eスポーツは健康にどう寄与できる? 慶応大・加藤教授と考える「ゲームと健康」

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コンピューターゲームを競技として行う「eスポーツ」。国内にプロリーグができたり、企業が参入したりと、2018年以降、日本でも普及が本格化している。健康づくりへの活用を模索する動きもある。佐久市出身の慶応大学環境情報学部・加藤貴昭教授は、東京・大井町のラボで高齢者向けの健康講座を定期開催。コンピュータゲームを使った脳トレプログラムを提供している。講座では、ゲームをすることで予測力や判断力、注意機能にどんな変化が起こるかを探っている。「ゆくゆくは歩行などの実生活のパフォーマンス向上につながる期待がある」と加藤さんは言う。そんな「eスポーツ」が健康にどう寄与できるのか? 詳しく伺った。

ゲームへの風向きの変化

手を広げて話す
慶応大学教授・加藤貴昭さん

ゲームは長らく有害なものというイメージが強かった。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長も、2018年の時点では「暴力や差別を容認し推進するゲームをオリンピック競技として取り入れることはできない」と話していた。

それが2021年の東京五輪では、プレイベントとして、eスポーツを競技種目とする「Olympic Virtual Series」が実施された。公式動画チャンネルで日本のeスポーツタイトルである「パワフルプロ野球 2020」「グランツーリスモ」を含む5種目が配信された。

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2021年5月13日から6月23日まで開催された「Olympic Virtual Series」

2023年6月には、オリンピックと名のついた初めてのeスポーツの大会「オリンピックeスポーツシリーズ」も開催された。ゲームへの風向きは明らかに変わってきている。

ゲームを取り巻く空気の変化は学術の世界でも見られると加藤さんは言う。

「かつては『暴力的なゲームが悪影響を及ぼす』という内容の論文が大半を占めていました。ここ数年はゲームに関する論文数が右肩上がりに増えていて、その中には知覚や認知、心理面へのポジティブな影響をうたうものも多いです」

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加藤さんの専門領域は、人間工学とスポーツ心理学。もともと人間のパフォーマンスを数値化することに取り組んでいた。特に眼球の動きに着目し、さまざまなパフォーマンスを行う際に人の目がどのように動き、何を見ているのかを調べていた。

eスポーツに着目したのは、テレビ番組の撮影に協力したことがきっかけ。2018年に、eスポーツ・アジア大会で金メダルを取ったトッププレーヤーの計測をする機会があった。

「サッカーゲームをプレーする際、一般の人はほとんどボールしか見ません。一方、メダリストはボールを持っている選手ではなく、前方に広がるスペースなど、それ以外のものを見ていた。一般の人とは明らかに目の使い方が異なっていたのです

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プレイ時の視線配置を色ごとに分けたグラフ。サッカー部員が自分が操作するキャラクター(赤色)をよく見るのに対して、eスポーツ選手の杉村選手は青色で表示されたCS(何もないスペース)をよく見てプレイしていることがわかる

野球ゲームで調べても同様の傾向があった。トッププレーヤーは全体を俯瞰したり、次の次のプレーを予測したりしている。だから優れたプレーができるのだと考えられた。

視覚を使った予測、意思決定といったタスクは、現実世界のスポーツにおいても重要なもの。そこから、現実と仮想空間の相互作用を探るようになった。

高齢者の健康づくりへの活用を模索する取り組みも、こうした文脈の中にある。

認知機能・注意機能の向上が期待される

加藤さんは2018年、東京都品川区のJR大井町駅近くにあるラボで、高齢化社会の課題の解決を目指す日本アクティビティ協会と共同で健康講座を始めた。

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体操、ストレッチなどに加えて、コンピューターゲームを楽しむメニューを設け、ゲームをすることで予測力や判断力、注意機能にどんな変化が起こるかを探っている。

その効果を検証する目的で、2019年に音楽ゲームの『太鼓の達人』を使った実証実験を行った。横浜市内の地区センターで10週間、高齢者に継続的に『太鼓の達人』をプレーしてもらい、眼球運動、注意機能にどんな変化があるかを測った。

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『太鼓の達人』は、太鼓を模した入力デバイスをバチでたたき、スコアを競う音楽ゲーム。スピーカーから流れる楽曲に合わせて、画面の右から左へと音符が流れてくる。音符が判定枠に重なったところでタイミングよくたたくと、スコアが伸びる。

「高齢者の視線の動きを計測すると、実験を始めた当初は、かなりの確率で判定枠だけを見ていました。それが10週間のうちに、だんだんと右に寄っていく。本人たちにその意識はまったくないのですが、できるだけ先を見るようになるんです

これは、先述したプロeスポーツプレイヤーがやっていたことと共通している。注意機能に関するテストのスコアも、概ね向上していた。

実験でわかったのは、あくまでゲーム内のパフォーマンスの話。これを実生活にどう生かせるかは、今後の研究テーマになる。

「すぐに思いつくのは歩行です。高齢者は歩行時、若齢者と比べて自分の足元を見る傾向にあります。その分、急な段差などに気づけずに、つまずいて転倒するリスクが高いのです。『太鼓の達人』で培った視線の動きや予測力を歩行に生かせたら面白い。今後はさまざまなかたちで、実生活への活用を模索していきたいです」


世代を超えた交流のきっかけになる

加藤さんは健康講座を続けるうちに、集まる高齢者がみな元気なことに気づいた。「認知機能の向上といったこと以前に、知らない人同士が集まること自体にも意味があるのではないか」と感じるようになったという。

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「例えば、私の生まれ故郷の佐久市には『無尽』という文化があります。団塊の世代が気の合う仲間としょっちゅう集まって、美味しいお酒や料理を楽しんでいる。案外ああいうところに、長野や佐久市の長寿・健康の秘訣があるのかもしれません」

集まる理由は、必ずしもゲームである必要はない。だが、ゲームならではの利点もある。それは世代を問わず楽しめることだ。

「健康講座の参加者の中には、孫とやりたいからという理由でゲームを始めた人もいます。多世代で交流できる良さがゲームにはあります

スウェーデンには『シルバースナイパーズ』という平均年齢70歳超のプロeスポーツチームが、秋田県にも『マタギスナイパーズ』という、やはり高齢者のeスポーツチームがある。現実世界のスポーツと違い、eスポーツは何歳になっても楽しめる。

一方で、高齢者がeスポーツを楽しむには、超えなければいけないハードルもある。

いくら風向きが変わったと言っても、「ゲームはやってはいけないもの」という先入観は上の世代ほど強い。また、操作のやりやすさやデバイスの問題もある。

「コロナ禍で健康講座が開催できなかった期間に、参加者の自宅に学生を派遣し、インターネットを使って同様のことができないかとチャレンジしたことがありました。スマートフォンやインターネット環境に関しては、予想以上に整っていたのですが、その用途はほぼ電話とLINEだけ。Zoomもゲームもやったことがない人がほとんどでした」

家庭用ゲームをプレーするにはコントローラーが必要になる。だが、コントローラーを使い始めたのはいわゆる「ファミコン世代」で、60〜70代は経験がない。

現状、健康講座で扱うタイトルが『太鼓の達人』やレースゲームの『グランツーリスモ』に限られているのには、バチやハンドルなど、実物とほぼ同じコントローラーで遊べるから、という事情がある。

時間を忘れて没頭できる

『グランツーリスモ』は、実際に遊んでみると本物と見紛うばかりにリアル。それでいて、現実世界の運転では出すことのできない時速300キロまで出せる。

健康講座に参加する高齢者も夢中になってプレーする。現実世界では高齢ドライバーの交通事故が社会問題になっているが、「これなら免許を返納してもいい」と言う人もいる。

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「『太鼓の達人』にしてもそうで、お年寄りたちは順番待ちの列に並んでいるあいだも、自分の太ももを叩くなどして、練習にいとまがない。それくらいに夢中になって楽しんでいる。時間を忘れて没頭しているんです

時間を忘れて何かに没頭している状態を心理学では「フロー」などと呼ぶ。フロー状態が幸福度を高めるという研究もある。

高齢者はさまざまな人生経験を積んでいる分、何かに夢中になりにくい。専用の脳トレプログラムに対しても『どうせこういうものでしょ』という姿勢で臨んでしまうから、なかなか効果が得られにくいという話を専門家から聞いたことがあります。そんな中にあって、これほどのめり込めることは貴重と言えるのではないでしょうか」

健康講座に参加する彼らがゲームに夢中になるのは、健康になるためではない。楽しいから、ただ夢中になっている。それが結果として健康につながるかもしれないところに、eスポーツの価値があると加藤さんは言う。

ゲームが持つ中毒性はネガティブなものとして捉えられてきたが、見方によっては、それゆえに健康に寄与できる可能性があるとも言えるのかもしれない。

プロフィール

 加藤貴昭さん
 慶応大学環境情報学部教授

かとう・たかあき
1974年、佐久市生まれ。慶応大学環境情報学部教授。慶応大学卒業後に渡米し、米大リーグシカゴ・カブス傘下のマイナーリーグにて2年間プレー。2003年、大学院政策・メディア研究科博士課程で博士号(学術)取得。現在はeスポーツを通した知覚運動スキルの研究、実社会での活用と効果検証に取り組む。


文・鈴木陸夫
写真・飯本貴子

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