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ピックアップカバーを外す、または付ける前に

 ギブソンが開発し、後にエレクトリックギター用ピックアップ(以下PU)の標準原器のひとつとなったP490、ハムバッカー(以下HB)には金属製のカバーが取り付けられていた。

 このカバーの除去というのがギブソン系ギターの改造のなかで最もポピュラーであるといえる。なんせ70年代初頭のエリック・クラプトン、ジミー・ペイジ両名がそろってレスポールのPUカバーを外していたのだから。
 今回は音質改善の一端としての、HBのカバー除去または装着のメリットとデメリットについてご紹介したい。





 改めてHBの金属製カバーだが、各弦の感度を補正するためのネジ、アジャスタブルポールピースが顔を出すよう上面に穴が開けられてはいるものの、側面まですっぽりとPUおよび内部コイルを覆い、ベースプレートと2点ではんだ付けされる。
 これによりベースプレートとカバーに導通が生まれ、誘導ノイズが生み出す信号をアース(マイナス)側に落とすことでノイズが軽減される。
 またこのハンダ付けによりカバーがベースプレートと固定され、大音量時に空気の振動である音によってカバーが揺らされることで生じるマイクロフォニックノイズを抑え込んでいる。
 素材はフレットと同じく非磁性体のニッケルシルヴァー(洋白銀)で、これはPUのマグネットが生み出す磁界への影響を極力減らすためである。

 HBのカバーにはもうひとつ、脆弱なコイルを保護する役割が与えられている。
 よく考えてみてほしいのだが、PUの真上には約8kgの張力を保った6本またはそれ以上の弦が張られ、プレイヤーの手によってビャンビャン振動させられているのである。
 さらに、ヴィブラートユニットなる奇怪な機構により緩められた弦がコイルの真横まで落ちてくることもある。プレイヤーの不注意により弦がコイルの端に食い込んでしまい、内部ワイヤを断ち切ってしまう事故がいつ起きてもおかしくはない。

 このリスクを軽減すべく開発されたのが

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  セミオープンカバーともいうべき、側面を保護する枠上のカバーである。
 上記画像はヤマハの70~80年代の純正PUだが、カバー無し=オープンのHBのサウンドと、外部からのコイル保護を両立させるべく採りいれたのであろう。よくみるとPU上面のコイルがカバーよりも上に露出するよう設計されており、弦とPU上面の距離を可能なかぎり近づけられるよう配慮されているのが分かる。

 このセミオープン方式のカバー、現在では汎用型のパーツとして流通している。

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 画像のスカッド(SCUD)PNS4Cの他にも複数の製品が見つかる。
 オープンHB搭載のギターのオーナーで、弦によるコイル断裂のリスクを少しでも減らしたい方はぜひ。ギターの設計によってはPUがボディ上面からかなり露出するものもあるので、保険のつもりで取り付けておくと安心である。


 70年代後半にニューヨーク在住のエンジニア、ラリー・ディマジオがPUの自社製造に乗り出し、スーパーディストーションことDP100のヒットにより幸先の良いスタートを切った頃、そのHB系モデルのほとんどがオープンだった。

 これについて後年にラリーはふたつの理由を挙げている;
①ヘックス(六角ネジ)やブレイド(一枚板)等のポールピースを採用したモデルをリリースしたが、それに適合するカバーの生産が追い付かなかった

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②PUカバーや、その上に施すメッキの加工精度が低く、カバーが磁気を帯びてしまうケースが発生したため音質に影響を与えてしまうのを避けた

 振り返ってみれば80年代から90年代初頭にかけてのPUのトレンドはハイゲインであり、高音域の反応が大人しくなる金属製カバーのニーズは低かった。
 ディマジオだけでなくセイモアダンカンや他PUカンパニーがこぞってリリースしたのはオープンHBであり、さらには元祖たるギブソンでさえも

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 全ポールピースをアジャスタブルとしたオープンHB、ダーティフィンガーズをリリースしたのだから、カバードHBの時代ではなかったというべきであろう。


 80年代からのヴィンテージブームはエレクトリックギターの、50~60年代への回帰を促し、同時にオールドギターのオリジナルスペックの研究が進んだ。
 最初期型P490はPAFと呼ばれるようになり、その個体差でエンジニアを悩ませる一方で、多くのギタリストがロウゲインPUの生み出す繊細で艶やかなトーンに目を、耳を向けるようになった。
 
 ディマジオは90年代に特許を取得したエアバッカー・テクノロジーを用いてPAFサウンドの再現に挑み、エアクラシックことDP190(ネック用)/同191(ブリッジ用)をリリースする。
 ほぼ同時に、このエアクラシックに金属カバーを純正採用したモデルをPAFクラシック(ネック用:DP194/ブリッジ用:同195)の名でラインアップに加える。

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 カバー付が純正仕様という、当時のディマジオ製品としては非常に珍しいモデルであった。
 ただし、しばらく後にディマジオが開始したカスタムオーダーのオプションの中にカバーの取付が加わったことでエアクラシックとの差がなくなってしまい廃番となった。

 現在では多くのPUカンパニーで金属製カバーの有無が選択できるようになったし、かのEMGでさえ

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 ジェイムズ・ヘットフィールド(METALLICA)のシグニチュアモデルに金属製カバーを採用しているのだから、技術は進歩しているのである。



 では実際に、HBのカバーを外すことで音質がどう変化するのか。

 まずメリットを挙げるとすれば、高音域の反応が良くなる
 これは文字どおりひと皮むける感覚といえるだろう。プレーン弦を強くアタックした際の立ち上がりの速さや鋭さが増すとともに、強弱の変化がより大きく感じとれる。
 
 反面、(聴感上の)ノイズが増える
 ノイズはギターに付きものではあるが、このノイズの厄介なところは弦に最も近い、弦振動のセンサーであるPUが受けるノイズが増加している点にある。
 
 ギター歴の長い方であれば、ギタリストの手に近い箇所の変更ほど音質の変化幅が大きいことにお気づきだと思う。
 太い弦に変更する、スライドバーをブラス(真鍮)からガラスに替える、ピックをナイロンからデルリンに替える、その変化が最終的にアンプからの出音に大きな変化をもたらす。
 喜ばしくない事項を挙げるのならば、ギターケーブルを踏みつけた際に発生するノイズよりも、ギター内部の回路のスイッチの接点に溜まった錆やホコリが原因のノイズのほうが音に大きく影響する。

 PUのカバーを外すことで、ギターの他の箇所は同じままでも聴感上のノイズが増大する。
 かりに、先に挙げたような音質に変化し、それが自身にとって喜ばしいものであったとしても、今度は増大したノイズをどう抑え込むかの対策に頭を使うことになる。

 ギター本体に極力手を入れたくないギタリストの場合はここからが大変なのである。PUや回路のキャビティ内の防ノイズ加工のための塗料塗布もNG、ギターケーブルの変更もダメ、歪み系ペダルもそのまま使いたい、というようなこだわりを貫くギタリストに、楽器屋店員時代の私はずい分と振り回されたものだ。

 
 今度は逆に、オープンPUへの金属製カバー装着はどうか。
 高音域のノイズは確実に減る。これはもう、だれが聴いても分かるぐらいに減る。
 しかし、ここからが重要なのだが;
〇音の暴れ感が減ってタッチのコントロールが楽になった
〇音に艶が出た
など、ノイズ低減以外の音質変化が起きている場合は注意が必要である。

 先のラリー・ディマジオの、PUカバー純正搭載を見送った理由の②を思い出してほしい。PUカバーは素材やメッキが適正でないと磁気を帯びるのである。
 装着したカバーが磁気を帯びると、その影響によりPU内部のマグネットの磁界が変化してしまう。磁界の変化はPUの音質を変えてしまい、PU本来のキャラクターと異なるトーンへ変わってしまう。
 具体的に言えば強弱の変化が付きにくくなり、立体感が感じられない平板な音になる。

 これを防ぐにはただひとつ、PUカバーをしっかりと吟味して選ぶことである。

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 ディマジオの公式HPに掲載のPUカバーには、隅のほうに小さくではあるがちゃんとnickel silverの表記がある。
 近所のリサイクルショップで叩き売られていたジャンクのPUから採取したカバーであれば確かに安上がりだろうが、そのせいで発生した音質の予期せぬ変化をどう補正するか悩むぐらいなら、コストを割いてでもまともな出自のパーツを使うほうが賢明である。



 現在のHB搭載のギターの音質が気に入らず、PUカバーの除去または装着を検討しているのであれば、まずはギターケーブルを替えてみることをお勧めする。
 次に歪み系ペダルを、さらにペダルの数を、つなぎ方を変えてみてほしい。
 信号がロスしやすい接続になっていないか、パッチケーブルやエフェクトへの電源供給をチェックする。これは自分だけだと見落としがちな点も多いので、知人に立ち会ってもらうのもいいだろう。

 それでも思ったような音になってくれず、かつ、内部配線の改造や防ノイズ処理をギターに施したくないということであれば、PUカバーの除去/装着に踏み切るほかはないだろう。
 
 ただし、先にも述べたようにノイズの増加や音質の(予想外の)変化は覚悟しておかねばならない。

 それと、愛着のあるギターに手を入れたくない心情は理解できるが、カバー除去/装着したPUの音が気に入らなかった場合のPU交換ぐらいは想定しておいてほしい。
 P-90ならまだしもHBであれば同寸同形状、ハンダ付けだけで換装できるリプレイスメントモデルが多く流通しているのだし、ネット通販の普及した現在であればエンドユーザーたるギタリストにも入手が容易なのだから。時代に流されて自分を見失う必要は無いが、時代を上手く利用することも時には必要である。

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元中古楽器店員がギター系弦楽器のハードウェアや周辺機器、修理調整にまつわるあれこれを書き綴っていきます。お持ちのギターのグレードアップや、長く弾き続けるためのメインテナンスについての参考にしていただければ。
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