俺の姉貴はやべーヤツ (わへい)
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#01 山田のブルース


今さらぼざろにハマりました。



「起きろ!! クソ姉貴!!」

 

 四月七日、春の温かい日差しが差し込む花粉症が辛い季節な今日この頃、俺は姉貴の部屋で朝っぱらから怒号を飛ばしていた。

 

「今日から学校だろうが!! 布団引っぺがすぞごらぁ!!」

「春眠暁を覚えず」

「てめー年中暁覚えてねえだろ。よーしわかった。一度は警告したからな。無理矢理ベッドから引きずり降ろしてやんよ!」

 

 一向にベッドから起き上がる気配のない姉貴に対し、俺は実力行使に出る。姉貴が頭まで被っている掛布団を掴み、力の限り引っ張った。

 

 姉貴は抵抗するかと思いきや、ドンという鈍い音を立てて布団と一緒に床に落ちる。

 

「最愛の可愛い姉になんという態度。弟の風上にも置けない」

「俺ほど立派な弟やってる人間なんてそうそういないと思うけど?」

「そんな立派な弟を育てた私はもっと立派」

「だったらいい加減布団離せやこら。コアラの赤ちゃんかてめーは」

「コアラのマーチいちごはロッテが生み出した最高傑作」

「は? パイの実こそ至高なんだが?」

「パイの実……ぱいのみ……おっぱいのみ。レンは巨乳好きだから納得」

「朝っぱらから弟の性癖の話して楽しいか?」

 

 相変わらず布団にしがみついたまま姉貴は脈絡もなく意味もない話を続ける。俺と姉貴は別に仲が悪いわけじゃない。むしろ客観的には仲の良い姉弟だと思われているだろうね。うん……間違いじゃないよ、間違いじゃ。

 

「ええから、はよ起きんかい。今日は入学式なんだから」

「入学式とか在校生の私が出席する意味があるのか。これがわからない」

「姉貴のための行事じゃないんだよなぁ」

「良いこと思いついた。レン、私の制服着て代わりに学校行ってきて」

「俺は新入生なんだけど!?」

 

 なんで入学式の主役である俺が在校生の姉のバーターとして登校せんといかんのじゃ。しかも姉貴の制服を着て。昨今の日本はトランスジェンダーに寛容になりつつあるとはいえ、普通に事案だからな。

 

 男子新入生が女子生徒の制服を着て他校に侵入しました。しかも自分の入学式を放って。

 

 退学RTAかな?

 

「くだらん言ってないではよ布団から手を離さんかい。ぐだぐだやってると虹夏ちゃんが───」

『おはよーございまーす! リョウ起きてますかー?』

『あら~、おはよう虹夏ちゃん。リョウちゃんはさっきレンくんが起こしに行ったけど、まだお部屋から出てこないのよ~』

 

 そうこうしている間に俺と姉貴の幼馴染兼姉貴の唯一の友達である虹夏ちゃんがやってきた。マジかよ。姉貴とくだらん漫才やってる場合じゃなかった。

 

「リョウ、起きてる~?」

「目が開いているという状態を『起きている』と定義するなら起きている」

「目ぇ開けてる以外起きてる要素ないけどな」

 

 虹夏ちゃんは姉貴の部屋のドアをノックした後、ゆっくりドアを開けて中に入ってくる。そして、布団を引っぺがそうとしている俺と、みっともなく布団にしがみつく姉貴の姿を見て呆れたように大きなため息を吐いた。

 

「おはよう、虹夏ちゃん」

「おはよう、レンくん」

 

 俺達は苦笑しながら朝のあいさつを交わした。

 

 可愛い可愛い姉の幼馴染がお家にやって来てあいさつしてくれる。

 

 ギャルゲーの導入ですね。シチュエーションだけなら。まあ、虹夏ちゃん相手だったらそんな雰囲気に絶対ならないけど。

 

「もー! 学校の準備全然できてないじゃんっ!」

「今からやろうと思ってたところ」

「それ、姉貴の『信用ならない言葉ランキング』第六位」

「それって何位まであるの?」

 

 虹夏ちゃんが聞いてきたので「百位くらいまで作れる自信がある」と答えたら「百で収まるかなぁ」という、幼馴染らしい手厳しい毒が返ってきた。

 

「姉貴の制服は俺がアイロンかけてそこに畳んであるから。ヘアブラシと寝ぐせ直しとドライヤーはそっちね。虹夏ちゃん、姉貴の着替えお願いしていい? 俺は朝飯取ってくるから」

「うん、わかった。任せて! ほらリョウ。そっち座って」

 

 虹夏ちゃんに言われて姉貴はようやくのそのそ動き出す。やばいな、急がないとマジで時間がなくなってきた。

 

 

 

 

「すごい。なんだかお姫様になった気分」

「こら、リョウ! あんまり動かないでよ。寝癖直してるんだから」

「ほら、姉貴。口開けろ。ぐだぐだ喋ってたら全部まとめて放り込むよ」

 

 俺が朝食を取りに行った後、虹夏ちゃんが姉貴の寝癖を直しながら俺が姉貴に朝食を食べさせる。……ほんとにお姫様扱いだなてめー。母さんも父さんも姉貴にはゲロ甘だからな。

 

 俺くらいは厳しくしないと。

 

「レン」

「はいはい。次はヨーグルトな」

「レン」

「蜂蜜はもうかけてあるから」

 

 姉貴は朝が非常に弱く、放っておくと朝食を食べずに学校に行きかねないから朝は食べやすいものを用意している。今日はカットフルーツにヨーグルトと野菜のスムージー。

 

 姉貴は好き嫌いが少ないのが数少ない長所だな。と、俺は姉貴にヨーグルトを食べさせながら溜息を吐く。

 

 ドキドキワクワクの入学式の朝なのに、なんでこんなブルーな気持ちにならんといかんのだ。

 

 こんな姉貴に対して虹夏ちゃんはほんとにいい子。金髪サイドテールに人体の構造を無視したアホ毛、いつも元気で明るくて家庭的で料理ができて可愛くて良い匂いして……。

 

 なんで虹夏ちゃんが俺の姉じゃないんだ!?

 

 と、この十年で百万回くらい思いました。

 

 まあ、虹夏ちゃんも虹夏ちゃんで責任感の強さが裏目に出て一人で抱え込みがちになることもあるけどね。……あと、童貞キラー。

 

 エロい意味じゃなくて、こう……異性との距離の詰め方がおかしいんだよ。中学時代はほんとにすごかった。どれだけの男子生徒の初恋をクラッシュしてきたことか。

 

「レン、口の周り汚れた。拭いて」

「自分でやれや!!」

「とか言いつつ拭いてあげるレンくんなのだった。なんだかんだ君が一番リョウを甘やかしてるよね」

「甘やかすというか介護だけどね」

「くるしゅうないぞ、レン」

「てめーはもうちょい心苦しさとか感じろ!!」

「いつも感謝してる。心の中ではおーるうぇいずさんきゅーべりーまっち」

「感情が微塵もこもってねえよ!!」

 

 そんな風にぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、どうにか姉貴を登校させることに成功する。

 

 これが、俺と姉貴……そして虹夏ちゃんとの日常だ。

 

 

 

 あらためて言うまでもないだろうけど……

 

 俺の姉貴はやべーヤツだ。

 

 生活力はないし女子力もミジンコ並みだし、性格だって一癖も二癖もあって素直じゃないし俺には傍若無人だし。バイトさぼった姉貴の代わりに俺が何度バイト先に謝りに行ってそのまま働いたことか……。

 

 ウチは両親が医者だから他の同年代の子達に比べて遥かに高額なお小遣いを貰ってるのに、姉貴は速攻で使い果たすし。金がなくなれば俺に借りるかその辺に生えてる野草を食って飢えを凌いでるし。

 

 女子高生の姿か……これが……

 

 そんなゲロ甘な両親に反抗するためにベース始めてバンドも組んで……ロックってそーゆー意味じゃないと思う。

 

 おまけにインドア派の甘えたがりでコミュ力がないから虹夏ちゃん以外に友達がいないし。しかも最近になって姉貴全肯定狂信者が現れてえらいことになったし。

 

 さらにその狂信者は何の因果か俺と同じ高校に進学してるし。そこは姉貴と同じ高校に行っててほしかった!!

 

 俺はもちろん姉貴とは違う高校に通います。家でも学校でも姉貴の介護とか洒落にならない。そういうのは中学までで卒業したんだ!!

 

 負担増やしちゃってごめんね虹夏ちゃん。バイトとかでたくさんお手伝いしますから。

 

 弟を甘やかしてくれる優しい姉? そんなん二次元の中にしか存在せんわ。夢見るのも大概にしとけボケナス。

 

 そんな姉貴と十何年も一緒に生活して、姉を反面教師として生きてきて───俺は心に固く、固く誓ったんだ。

 

 

 

 

 将来は年上巨乳美人に甘やかされるような立派な大人になる!!

 

 

 

 

「続いて、新入生代表挨拶───代表、山田レン」

「はい!」

 

 この秀華高校での入学式の新入生代表に選ばれた俺……ここから俺が立派な人間になるためのサクセスストーリーが始まります!!

 

 と、この時の俺は愚かにもそう思っていたんだ。

 

 あの桃色の───不思議生命体に出会うまでは。

 

 

 

 

 新入生代表挨拶を無難にこなし、入学式が終わって俺達新入生は教室へと向かう。移動しながらクラスメイト達を観察していると、やっぱりみんな緊張しているのか、真面目な顔をしている生徒が多い。

 

 その中でも一際……悪い意味で目を引く少女がいた。

 

 桃色の長髪に猫背、前髪で目が隠れてて俯いているから表情はよくわからないけど、顔色は死人のように真っ青で、覚束ない足取り。大丈夫かこの子? 貧血とかじゃないの?

 

 俺が先生に声をかけて、彼女の体調が悪そうだということを伝えようとしたんだけど、その前に一年二組の教室についてしまいました。

 

 で、みんな自分の席に座るんだけど、俺は一応担任の先生にさっきの女の子について報告しておくことにする。

 

 俺の話を聞いて先生は女の子に声をかけるも、その女の子はこわばった表情で首を横に振っていた。ほんとに大丈夫かな?

 

 で、入学式後のホームルームの時間に行われるのは自己紹介。

 

 五十音順に自分の名前と出身中学と趣味、そんな感じのいたって普通の自己紹介。みんな緊張してるなーと、俺はどこか他人事のように思っていた。

 

 俺はどうなのかって?

 

 あのクソ姉貴と十何年一緒に生活してきて今さら怖い物なんてあるかい。

 

 まあ、姉貴は俺と違ってビビりでヘタレの小心者だけど。いっつも矢面に立たされてたのは俺だけどっ!!

 

 俺が心の中で姉に対する熱い思いを吐露していると、例の桃色ちゃんの番になった。

 

「あ……あ……えっと……ご、後藤、ひとり……です」

 

 桃色ちゃん───後藤さんは誰の目から見てもわかるほど緊張していた。

 

 あ、やばい。……俺の魂に刻まれた庇護欲が掻き立てられてしまう。うぎぎっ……お、応援せずにはいられない。

 

 が、がんばれっ! がんばれ後藤さんっ!

 

「あ、以上……です」

 

 それだけかいっ!?

 

 思わず声に出すとこだった。危ない危ない。常日頃クソ姉貴の奇怪な言動にツッコミを入れ続けていた反動か……。あの女……目の前にいてもいなくても俺に迷惑かけやがるな!

 

 その後は、俺が心の中で姉貴に悪態をつく以外特にトラブルもなく順調に自己紹介が進んでいく。

 

 そしてとうとう俺の番になった。

 

 いや、変なウケ狙いとかやりませんからね? これで盛大に滑ったら一年間弄られ続けるんだから。

 

「山田レンです。中学では水泳部に入ってました。趣味は洋画、温泉、銭湯、サウナ、岩盤浴、筋トレ、ランニング、水泳、お絵描き、ゲーム実況、それから───」

「多い多い! 先生も一回でそこまで覚えられないから! それに趣味がやけにサラリーマン染みてるね」

「俺の友達の平均年齢は高いですよ」

 

 なぜか担任の先生にツッコまれて笑いが起こりました。全部ほんとに俺の趣味だからね? インドア派の姉貴とは違うんだよ。

 

「じゃあ、あと一つだけ」

「はい。どうぞ」

「ロックバンドが好きです」

 

 俺がそう言った瞬間、桃色少女の後藤さんが勢いよく俺の方を見てきた。……なんで?

 

 あ、もしかして君もロックが好きなのかな? でもそれより、ずっと顔色悪いけどほんとに大丈夫?

 

 ……一応、あの子のことは気にかけておくか。もしかしたら体の弱い子かもしれないし。

 

 俺の自己紹介はこんな感じで終わりました。サウナ友達……同級生の「ウナ友」ができればいいな。

 

 

 

 

 高校の入学式というヤツは親にとってもやっぱり特別なわけで、俺の両親も病院休んで駆けつけてくれたんだよな。父さん母さん、気持ちは嬉しいけど突発的に休診日を作るのはやめようね! スタッフさん達も愚痴ってたんだから!

 

 まあ、それに関しては両親に前向きに検討してもらうとして……ホームルームが終わったら放課後になるわけなんだけど、俺はこのあと夕方からバイトが入っているからそれまで暇なんだよな。

 

 虹夏ちゃん達と昼飯食いに行くかー?

 

 なんてことを席に座ったままぼーっと考えていたら、教室に残っているのは俺一人になっていた。

 

 いや、正確にはもう一人いるな。

 

 廊下の窓から顔の上半分だけを出して俺に熱い視線を向けている桃色の少女。

 

 それで隠れてるつもりなのかな後藤さん?

 

 俺がそっちに顔を向けると後藤さんは慌てて顔を引っ込める。で、俺がまた別の方向を向いていると顔の半分だけ出てくる。俺が視線を向けると顔を引っ込める。俺がそっぽ向くと顔が出てくる───以下無限ループ。

 

 新手のモグラ叩きやめろや!!

 

 と、心の中で盛大にツッコミを入れてみる。

 

 さーて、どうしようかな。あの様子を見るに、後藤さんは何か俺に用があるっぽいね。今日会ったばかりで会話すらしたことないから用もクソもないと思うのが普通だけど、俺には一つ心当たりがあった。

 

 それは、後藤さんが俺の自己紹介で言った「ロックバンド」という言葉にこのクラスの誰よりも食いついてきたこと、だ。

 

 多分後藤さんは、俺と同じ趣味を持っているんだろうな。だから俺に興味が湧いたに違いない。でも、だからといって俺に話しかける勇気はない。だから遠巻きに俺を観察していたってところかな。

 

 と、推測してみる。

 

 じゃあ、俺はここからどういう行動を取るべきなのか。

 

 そんなものは決まってる。

 

「後藤さん」

 

 俺が廊下に向かって声をかけると、小さな悲鳴が聞こえてきた。……うん。なんとなくそういう反応をするだろうなと思ってた。

 

「後藤さんって、もしかしてバンド好きなのかな?」

 

 なるべく怖がらせないように、できるだけ優しい声で、姉貴には絶対使わないような声色で彼女に声をかける。

 

 返事はなかったけど、壁の向こうでもぞもぞ動いてる気配はあるね。

 

 そう思っていたら、教室のドアが開いて後藤さんが顔を半分だけ出して俺を……俺の足下をじーっと観察してきた。警戒心の強い猫さんかな?

 

 俺はそんな彼女を見て、なぜかほっこりとした気持ちになった。

 

「もし時間あるなら、ちょっとお話しない?」

 

 俺はできるだけ優しく笑ってそう言った。彼女が俺の提案に乗ってくるかは……五分五分、いやそれ以下だな。さっきの自己紹介でわかったけど、彼女は人と話すのが苦手っぽいし。

 

 しばらく彼女を観察していたら、意外や意外。教室に入ってきましたよ。……警戒心はMAXだけど。ほんとに猫っぽいな。借りてきた猫……は意味が違うか。

 

 そして後藤さんは俺から二つ離れた席に座る。……なんやねんその距離感!? というのは思うだけにしておきます。

 

 ふむふむ、なるほど。後藤さんはかなりの人見知りらしいね。こっちからグイグイ行くと引かれるヤツだ。なかなかコミュニケーションを取るのが難しそうな相手だけど……こちとらそんな女と一緒に育ってきたんじゃい!

 

「ねえ、後藤さんは───」

 

 俺の言葉に後藤さんがピクリと反応し、前髪で隠れた目と俺の視線が交錯する。

 

 その瞬間

 

 

 

 

 後藤さんはドロドロに溶けてしまいました。

 

 

 

 

 あの、比喩でも何でもなく……物理的に。あー……なるほど、なるほど。そーゆーパターンね。初めて見たからちょっとびっくりしたよ。うん。

 

 反応が薄い?

 

 だって虹夏ちゃんのアホ毛だって感情に合わせてぴくぴく動いて人類の理を超越してるから。

 

 で、後藤さんは極度に緊張すると溶けちゃうタイプの人種なんでしょ? 

 

 探せば他にもそんな人いるって。これが俗に言う若者の人間離れ。

 

 大谷〇平の方がよっぽど人外だよな。と、くだらないことを考える。

 

 でも困ったな。スライム後藤は今ちょっと会話ができないみたいですね。どうすれば元に戻るんだろ。時間経過でいいのかな。

 

 残念ながらグーグル先生に聞いても答えはありませんでした。

 

 俺が途方に暮れていると、ロインに通知が入る。姉貴か虹夏ちゃんか……どうか虹夏ちゃんでありますように。

 

 俺が祈りながらスマホをタップすると、意外な人物から「入学おめでとう」というメッセージが届いていた。

 

 でも、俺はただ返信するのは面白くないと思い、そのまま相手に電話をかける。すると、コール音一回で出やがりました。反応はっや。

 

『も、もしもし……!?』

「もしもーし。大槻先輩ですかー? メッセージありがとうございまーす」

『ど、どういたしまして。いきなり電話してくるなんてびっくりするじゃない』

「その割には爆速反応でしたね」

『た、たまたまよ! たまたま。あなたが電話をかけてきたタイミングと私がスマホをタップしたタイミングが偶然一致しただけで……』

 

 メッセージをくれたのは一つ年上の大槻ヨヨコ先輩だった。彼女は新宿で活動している凄腕ギタリストで、十代に限定すればその実力は全国でもトップクラスだと俺は思っている。

 

 正直俺は、同年代で彼女以上のギタリストを見たことはなかった。姉貴も凄腕ベーシストだけど、大槻先輩はそれ以上。

 

 俺がなんでそんなすごい人と知り合いかというと、理由は簡単。先輩がソロで路上ライブしているのを観て声をかけて仲良くなった。ただそれだけ。

 

 新宿FOLTっていうでかいライブハウスにも姉貴と何度か足を運んだことがある。

 

「大槻先輩、メンバー集めは順調ですか?」

『……絶好調よ』

「一人も集まってないんすね」

 

 ただ、そんな凄腕ギタリストである大槻先輩にも欠点があった。

 

 それは、先輩自身が自分にもバンドメンバーにも高い要求をし続けるコミュ障である、ということだ。

 

 話せば長くなるから割愛するけど、先輩のバンド───SIDEROSはメンバーの入れ替わりが激しくて、今はリーダーの大槻先輩のみという実質壊滅状態。

 

 俺もちょくちょく連絡とって話を聞いたりアドバイスをしてるけど、どうも上手くいってないみたいだ。

 

「また今度作戦会議でもしましょうよ。あ、今年の七月にミッションインポッシブルの最新作が公開されるから絶対観に行きましょうね!」

『相変わらず映画好きなのね。……まあ、時間があったら付き合ってあげるわ』

 

 とかなんとか言いつつ、大槻先輩はいつも律儀に予定を空けてくれる古き良きツンデレです。

 

 それから先輩と軽く雑談をして電話を切った。さーて、後藤さんは復活してるかな?

 

 お! スライムから再生途中の魔人ブウくらいになりましたね。人としてのシルエットもわかるようになりましたよ。

 

 復活のFならぬ復活のGというわけか。と、くだらないことを考えていたら約五分後に後藤さんが完全復活を果たしました。

 

「おかえり、後藤さん」

「あ、ただいま……です……?」

 

 初めて会話が成立したね。よしよし、まずは軽ーい質問から始めようか。

 

「後藤さんはさ、俺と話がしたかったんだよね?」

「あ、はい」

「それって俺が自己紹介のときに『ロックバンド』って言ったことと関係がある?」

「あ、はい」

「もしかして、後藤さんもバンドが好きとか?」

「あ、はい」

 

 録音された音声みたいな回答しかしないけど、これでいい。まずはイエスかノーで答えられる簡単な質問から始めないとね。ここで下手に「なんで廊下に隠れていたの?」とか「なんで俺と話そうとしたの?」とか聞いちゃダメだ。

 

 そんな質問をするときっと彼女は答えられずにさっきのスライムみたいになるに決まってる。

 

「俺さ。BUMPとかRADとかユニゾンとかワンオクをよく聴くんだよね」

「そ、そうなんですか?」

 

 お? 初めて「あ、はい」以外の返事が返ってきた。

 

「後藤さんはガールズバンド派? それともボーイ?」

「あ、えっと……どっちも割とよく聴きます……」

 

 これは……もう一段階レベルの高い質問をしても大丈夫そう、かな?

 

「最近は何を聴いてるの?」

「あ、最近は……」

 

 後藤さんは顔を伏せたまま考え込む。……まだちょっと早かったか? いや、でもがんばれ! がんばれ後藤さん! 無意識に俺の内なる庇護欲が暴走しかけていた。

 

「あ、アジカン……とか」

「アジカンいいよね。俺も好き」

「あ、そ……そうですか。ふへっ……」

 

 あ、笑った。すっげー不気味な笑顔と笑い声だったけど初めて笑ってくれた。

 

 なんだろう……この、この……異文化交流が成功したような感動は!

 

 後藤さんはかなり人見知りっぽいし、なんならコミュ障に分類される生き物だけど姉貴より百倍わかりやすいな。姉貴は酷いときはほんとに必要最低限以下の単語しか話さないし。

 

「レン」

「はい醤油」

「レン」

「爪切りはさっきリビングのテーブルで見た」

「レン」

「買ってきたノートは姉貴の机の上に置いてある」

 

 姉貴の最強モード時はこれである。我ながら、姉貴の言いたいことを理解できるのって超能力の類じゃないかと思うんだよね。この姉貴に比べたら後藤さんなんて可愛いもんだよ。少なくとも、ちゃんと自分の意思を言葉で伝えようとしてるんだから。

 

 姉貴の場合は「わかるだろ? なあわかるだろ? 察して察して察して察して察して」って目で訴えてくるからな。

 

「最近はサブスクが主流になってきてるけど、好きなバンドのCDを並べてジャケットを眺めるのも楽しいんだよね」

「あ、す……すごくわかります。ファーストアルバムから最新アルバムまで時系列順に並べたりして……」

「ジャケットの意味と歌詞を照らし合わせてみたり」

「ば、BUMPだと……CDケースを分解しないとシークレットトラックの歌詞が見れなかったりしますよね」

「それで他のバンドのケースも片っ端から分解しちゃうんだよな」

「う、上手くやらないと割れますよね」

「リッドとの繋ぎ目を何回折ったことやら」

 

 俺の言葉に後藤さんがうんうんと頷く。意外と食いつきがいいなこの子。コミュ力に難はあるけど、自分の好きな分野だと結構お喋りできるタイプか。

 

 姉貴とおんなじやんけ。

 

 いや姉貴は人の気持ちとか空気を読まずに一気にまくしたてるからあれと同類扱いは気の毒か。後藤さんは少なくとも、俺に合わせて会話しようとする努力が見られるし。

 

 というか、それにしても……好きな話題になったからか、後藤さんの顔がだんだん上がってきてちゃんと顔全体が見れるようになって思ったんだけどさ。

 

 後藤さんってめちゃくちゃ顔立ち整ってないか?

 

 姉貴とか虹夏ちゃんとか姉貴狂信者とか大槻先輩とか、顔面偏差値高い知り合いは多いけど、後藤さんはちょっと……うん。レベルが違う。

 

 前髪が長くて猫背で常時俯き気味で表情が分からない内気なコミュ障少女が実は学校一の美少女でした。

 

 夢小説の主人公かな?

 

 俺がそんなことを考えていると、またさっきまでの表情がよくわからない状態の後藤さんに戻ってしまった。多分、性格が理由で自分に自信を持てないタイプなんだろうな。

 

 姉貴の自信を一割でいいから分けてあげたい。

 

 前髪をもうちょっと短くするだけでも全然印象が変わるんだろうけど。

 

 でも、俺はここで「後藤さん、顔を上げて前髪を切った方が断然可愛いよ」なんてラブコメ主人公にだけ許される歯の浮くようなセリフを言ったりはしない。

 

 だって初対面の男にいきなりそんなこと言われたら普通にキモイでしょ。俺が女の子ならドン引きするわ。そういうのが許されるのは二次元の世界だけです。

 

 それに、仮に俺がここでそんなことを言うとまたスライム後藤になりかねないしな。

 

 今日のところは、普通に雑談を楽しみました。それで十分でしょう。

 

「そういえば、忘れてたんだけどさ……」

 

 俺がそう言うと後藤さんが首をかしげる。

 

「山田レンです。一年間よろしく!」

 

 俺が笑顔でそう言うと、後藤さんが顔を上げて俺と目を合わせる。……一秒だけ。うん、がんばった。がんばったよ君は。

 

「あ……えっと……」

 

 後藤さんは俯きながら拳をぎゅっと握っている。あー……自己紹介はまだちょっと早かったかな。判断ミスかもしれない。

 

 俺が内心反省していると、後藤さんがもう一度勢いよく顔を上げて俺の目を見た。……今度は二秒。

 

 すごいね! 記録が二倍に伸びたよ!

 

「ご、ごごごご……後藤、ひとりでしゅ……」

 

 嚙んじゃった。思いっきり嚙んじゃったよこの子。

 

 がんばって顔を上げて、目を合わせられるのは二秒だけで、でも俯いて自己紹介するのは失礼だと思ったのかな。……目を合わせられないから目は閉じたまま自己紹介してくれました。

 

 今日何度目かわからない、庇護欲を掻き立てられるような衝動。

 

 もしかしてこの子は、俺の学校生活での癒しになるのでは?

 

 ……普通にキモイな俺。初対面の女の子に向ける感情じゃないよ。

 

 よし、切替切替。

 

 高校の入学式、初対面の男女が誰もいない教室でお互い自己紹介を交わす。高校生活初日にしては青春ポイントの高いスタートを切ることができました。

 

 めでたしめでたし。

 

 で、終わってればよかったんだけどなぁ。

 

 

 

 

「見つけたわよ山田くん!!」

 

 

 

 

 教室のドアが勢いよく開き、赤い髪の可愛らしい女の子が現れました。

 

 はい。さっきまでのほっこりした気持ちが台無しです。

 

 みなさん、この女の子の見た目に騙されてはいけませんよ?

 

 こんなに可愛い顔してるのにこの子……

 

 俺の姉貴の狂信者なんです。




 性格が良くてコミュ力のある山田系主人公




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#02 白いブラウス似合う後藤さん


 原作の展開をガンガンぶっ壊していくスタイル



 第一印象は「すごく綺麗な顔をしている男の子」だった。

 

 ジャニーズやイケメン俳優って言うより、端正な顔立ちをしているユニセックスな容姿の男の子。私のような日陰者と違って常にみんなの中心で陽だまりを歩き続けてきた、私とは全く別の世界に住んでいる生き物。

 

 本来なら、コミュ障でゴミクズで承認欲求が強くてかまってちゃんで普通の会話すらままならない私となんて、絶対に接点が生まれないような存在。

 

 そのはずだったのに───

 

「後藤さんって、もしかしてバンド好きなのかな?」

 

 廊下で彼から見られないように隠れていた私に、優しく声をかけてくれた。自己紹介で彼が「ロックバンドが好き」って言っていたから思わずガン見しちゃったけど……それに気付かれていたみたいです。

 

 は、恥ずかし過ぎるっ! っていうか、彼もよく私の反応を見てたね。

 

 も、もしかして……私に一目惚れしちゃってたり───ないですね。ありえません。私なんぞよりも可愛い女の子はたくさんいるし、彼の容姿なら選り取り見取りでハーレムだって夢じゃないでしょう。

 

 でも、ちょっとだけ……ちょっとだけお話しするくらいなら大丈夫かもしれない。ちゅ、中学のときはバンドを組みたくても組めなくて、仲の良いお友達もいなくて……そんな自分を変えたくて一念発起して東京の高校に進学したんだ……!

 

 こ、ここで逃げるように帰っちゃったら中学までの私と何も変わらない。

 

 よーし……

 

 うん。深呼吸しよう。まずは落ち着かないといけないからね。

 

 そ、そろそろ教室に入ろうか。いや待て待て。ちょっと心臓がバクバクしすぎておかしい気がする。い、命に関わることかもしれないから慎重に越したことはない。

 

 さーて、いい加減勇気を振り絞ろうか。家族以外の誰かから……しかも同級生の男の子から声を掛けられるなんていつ振りかわからないし。こ、この機会を逃したら灰色の高校生活を送る羽目になるかもしれないっ……!

 

 で、でもいきなりは怖いからもうちょっと彼の様子を観察しようかな……。

 

 そう思って私は教室のドアを開けて少しだけ顔を出して彼の様子をうかがう。

 

 一瞬だけ彼は驚いた表情をしていたけど、すぐに慈愛に満ちた優しい笑顔に変わった。

 

 あ、これ……私のお母さんの笑顔にそっくりだ。

 

 彼の包容力のある笑顔を見て、私はちょっとだけ気分が楽になる。

 

「もし時間あるなら、ちょっとお話しない?」

 

 穏やかな口調で、彼はそう言った。彼の表情と様子を見て、私はこう結論付ける。

 

 こ、これならいけるかもっ……! 

 

 私は勇気を出して教室に入り、彼から二つ離れた席に座った。彼はそんな私に苦笑していたけど、さっきみたいに優しく笑って話しかけてくれた。

 

 あ、待って待って待って。距離が物理的かつ急激に近くなったから精神力が───

 

 

 

 ───はっ!? い、意識を失ってた。わ、私……何をやっていたんだろう?

 

「おかえり、後藤さん」

「あ、ただいま……です……?」

 

 お、思い出した! 目の前の男の子が「お話ししよう」って声をかけてくれたからなけなしの勇気を振り絞って教室に入ったんだった。

 

 そ、それで私が死んじゃって……ふ、復活するまで待っててくれたんですね。ふへっ、優しい。

 

 それから私は彼とどうにかこうにか会話をすることができた。

 

 私の人間性を一発で理解してしまった彼は、ものすごく気を遣って言葉を選びながら私が答えやすく、尚且つ話しやすい話題を提供してくれました。

 

 ちょ、ちょっと優し過ぎやしませんかね? で、でも私にはどうしようもないので、全力でその優しさに甘えちゃってますが……

 

 申し訳ないっていう気持ちもあるけど、それ以上に───

 

 入学式初日に同じクラスの男子と放課後の教室で二人っきりで会話するっていうシチュエーションに酔いしれてしまう~!

 

 で、でもダメ! これまで散々調子に乗って痛い目を見てきたんだから! ちょっと優しくされたくらいでコロッといっちゃうほど、私は単純な女じゃないんですよ?

 

 ……だけど、ほんのちょっぴり、小指の甘皮くらいは調子に乗ってもいいよね? ふへ、ふへ……ふへへへへへっ。

 

「山田レンです。一年間よろしく!」

 

 それから色々彼とお話して、彼は自分の名前を名乗ってくれた。や、山田くんって言うんですね。お、覚えておきます。

 

 ───はっ!? こ、ここは私も華麗に自己紹介をしてこれまでの失態を挽回するチャンスなのでは?

 

 そう考えて気合を入れ直した私だけど、思いっきり噛みまくって恥の上塗りをしただけに終わってしまいました。げ、現実が私に厳し過ぎる……。

 

 

 

 

「さっきからロインしてたんだけど、全然気付いてなかったみたいね」

 

 俺が後藤さんとハートフルコミュニケーションを取っていたところに、赤髪美少女兼姉貴全肯定狂信者である喜多郁代が教室に飛び込んできた。

 

 何回かスマホがブルブル震えてたのは喜多さんからのロインだったのか。……くそ、気付いた上で逃亡すればよかったな。

 

「あら……そっちの子は?」

 

 そして当然、喜多さんは後藤さんの存在にも気づくわけでして。極度な人見知りの後藤さんは喜多さんのダイナミックエントリーに、ただでさえ悪い顔色をさらに青白くさせていた。

 

 しかも喜多さんは後藤さんと対極に位置するスーパー陽キャコミュ強パーソナルスペースブレイカーJKだ。ぶっちゃけ二人の相性は最悪と言っていい。だから俺がどうにか緩衝材……というか喜多さんの陽キャオーラを緩和するフィルターにならないといけないな。

 

「この子は後藤ひとりさん。バンド好きらしいからちょっとお話してたんだ」

「そうだったのね。私は一年五組の喜多郁代。よろしくね、後藤さん!」

「ひぃん……!?」

「はいストーップ!」

 

 喜多さんが表情を輝かせてツカツカと後藤さんに歩み寄ろうとするのを俺が身体を張って阻止する。

 

「……何するのよ?」

「後藤さんはね。ちょっと人見知りが激しい子なんだ。だから喜多さんみたいな陽キャがいきなり距離感を無視して近づいちゃうと───」

 

 あ、後藤さんが干からびてる。やっぱり喜多さんの陽キャオーラに耐えられなかったか。

 

「あーあ、喜多さんのせいで後藤さんが干物になっちゃった」

「干物になっちゃうってどういうこと!? 後藤さん大丈夫!? クロコダイルに水分搾り取られたルフィみたいになってるわよ!?」

「警察行こう、喜多さん。大丈夫。不可抗力だったってことをちゃんと俺も説明してあげるから」

「その前にこの状況について説明してほしいのだけど!」

 

 仕方がないので後藤さんが復活するまでの時間を使って喜多さんに状況を説明してあげました。

 

 虹夏ちゃんのアホ毛という不思議現象を目の当たりにしている喜多さんは俺が思ったよりも早く後藤さんについて理解してくれたみたいです。さすが、姉貴の狂信者なだけはあるな。只者じゃない。

 

「で、俺に何の用?」

「あ、そういえば忘れてたわね。リョウ先輩と伊地知先輩から一緒にお昼を食べましょうって連絡があったのだけど」

「場所は?」

「STARRYの近くのファミレスよ」

 

 STARRYとは俺や姉貴、虹夏ちゃんがバイトをしているライブハウスのことだ。喜多さんは高校受験とかがあったからまだバイトはしていない。……俺も受験生だったって? サボった姉貴の代わりにシフトに入ってたんだよ。

 

「バイトまで特に予定もなかったから別に───」

「あ、後藤さんが復活したわよ」

 

 喜多さんの言葉通り、干からびていた後藤さんが、どういう原理かはわからないけど復活を遂げていた。多分、大気中の水分を上手く体内に取り込んだのでしょう。

 

「ねえ後藤さん。私達これからお昼ご飯を食べに行こうと思うんだけど、よかったら一緒にどうかしら?」

「喜多さん、さっきまでの俺の話聞いてた?」

「聞いてたわよ。聞いた上で誘ってるの」

 

 喜多さんと接触しただけで干物になるほどのコミュ障なのに、いきなり初対面でご飯を食べに行くってハードル高過ぎない? 後藤さんの耐久力的にもっと段階を踏んでからの方がいいと思うんだけど。

 

 でも、喜多さんって割と人の話を聞かずに突っ走る子だからなぁ……。

 

「後藤さん、どうかしら?」

「あ、えっと……」

 

 喜多さんがキタキタオーラ全開で一歩近づくと後藤さんが一歩下がる。また近づくと一歩下がる。また近づくと───あ、後藤さんが壁に追い込まれた。

 

「はいそこまで」

 

 俺は喜多さんの制服の襟を掴んでズルズル後ろに引っ張る。女の子に対する扱いじゃないかもしれないけど、俺の注意を無視した喜多さんが悪い。

 

「後藤さん、無理しなくていいよ。この喜多さんっていう子は心の壁とか一切合切無視して突撃を繰り返す距離感クラッシャーだから」

「あ、はい……」

「失礼ね。みんなで食べた方が楽しいじゃない」

「気持ちはわかるけどあんまり強要しちゃダメだよ」

 

 特に後藤さんみたいな子は接し方を間違えると心を閉ざしちゃいそうだし。一回そうなっちゃうと、心を開かせるのに通常の何倍もの時間と労力がかかるからな……。

 

「まあでも、俺も一緒に来てくれたら嬉しいかな」

「結局山田くんも誘ってるじゃない」

「俺はちゃんと距離の詰め方とかに気を遣ってるの。喜多さんみたいに『常にアクセル全開。ブレーキ何それ美味しいの?』コミュとは違うんだ」

 

 後藤さんに来て欲しいっていうのは間違いなく本音だ。せっかく仲良くなりかけてるし、個人的にもうちょっとお話したいっていう気持ちもある。もちろん、無理強いはダメだけどね。

 

「あ、あの……」

 

 俺と喜多さんが返事を待っていると、後藤さんが意を決したような表情を浮かべて口を開く。

 

「ご、ご迷惑でなければ……一緒に……」

 

 相変わらず俯いたままで弱弱しい声だったけど、俺達の誘いを受けてくれるみたいです。ちょっぴり感動。

 

「迷惑なんかじゃないわ! たくさんお話ししましょうね!」

 

 感激した喜多さんが勢いのまま後藤さんに突撃しそうだったので、さっきと同じように首根っこを掴んで後藤さんに近づけないようにしておきました。君はお散歩中の犬なのかな。

 

 あ、一応姉貴と虹夏ちゃんにロインしとくか。「友達を一人連れて行く」って。

 

───雄or雌?

 

 姉貴から爆速で返信がくる。何が雄雌だよ。女の子じゃバカタレ。

 

───入学初日でいきなり女をひっかける。さすが私の弟

 

 既読スルーします。相手にするだけ無駄なので。

 

 で、無視したらしたで五分後にスタンプが三十個くらい送られてきてくっそうざかったです。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「三人です。連れが二人先に来てるんですけど……」

「おーい、レンくーん。こっちこっちー!」

 

 それから俺達三人は予定通りファミレスへとやってくる。ここに来るまでの道中では喜多さんを先頭に真ん中が俺、最後尾を後藤さんという縦に三人並ぶ奇妙な隊形になっていました。

 

 喜多さんの陽キャオーラを俺で軽減するという緻密で隙のない作戦です。ちなみにことあるごとに喜多さんが後藤さんに話しかけていたけど、ぶっちゃけ喜多さんの一方通行だったんだよね。

 

 それでもめげずに仲良くなろうと話しかけ続ける喜多さん。君のそういう前向きな姿勢は尊敬できますね、はい。

 

「リョウ先輩、お待たせしました!」

「おつ」

「喜多ちゃん。あたしはー?」

「ついでに伊地知先輩も!」

「ついでかい。……で、レンくんの後ろにいる女の子がロインで言ってた子だよね?」

 

 虹夏ちゃんと姉貴が俺の後ろにいる後藤さんに視線を向ける。その瞬間、後藤さんは俺の背中にサッと隠れてしまった。……仕方ないよね。知り合い四人の中に突然放り込まれた初対面の人間なんだから気まずさもあるだろうし。

 

 ただ、虹夏ちゃんには後藤さんが人見知りの激しい内気な子だから気遣ってあげてほしいって事前にロインで伝えておいたんだけど。

 

「ほう。その桃色の女子(おなご)が我が弟の毒牙にかかった哀れな被害者だと?」

「いきなり何言ってんだクソ姉貴。それよりちゃんと金持ってきてんの?」

「……さて郁代。何食べる?」

「聞けやこら」

 

 姉貴は俺を無視して喜多さんと一緒にメニューを見始める。俺は一つため息をついてそのまま喜多さんの横に座り、おろおろしていた後藤さんを俺の隣に座らせる。

 

 姉貴と喜多さんが向かい合って仲良くメニューを見ている一方で、後藤さんの正面では虹夏ちゃんがにこにこと可愛らしい笑顔を浮かべていた。

 

 虹夏ちゃんなら初対面かつコミュ障な後藤さんを上手くフォローしつつ仲良くなってくれるだろうという俺の名采配です。

 

「はじめまして。下北沢高校の二年、伊地知虹夏です。君のお名前、教えてもらえるかな?」

「あ、え……えっと……後藤、ひとり、です……」

「そっか。ひとりちゃんって言うんだね。よろしく!」

「あ、よ……よろしくお願いします」

 

 おお。俺や喜多さんと自己紹介した時よりも遥かに落ち着いてるね。やっぱり虹夏ちゃんをここに配置しておいてよかった。我ながら慧眼ですね。

 

「で、あたしの隣にいるのが───」

「山田リョウ。そこにいるレンはどこに出しても恥ずかしくない我が弟」

「姉貴はどこに出しても恥ずかしいけどな」

「いやん照れる」

「後藤さん、()()とはあんまり深く関わらない方がいいからね。ろくなことにならないから」

「あ、え……? お、お姉さんなんですよね?」

「不本意ながら」

「よ、よく似てますね……特に、目元とか……」

 

 正直、俺と姉貴の顔立ちはかなり似ている。十人に聞けば十人とも俺達二人が姉弟だってわかるくらいにはね。ただ、俺は姉貴と違ってちゃんと目に生気がありますから!

 

「リョウとレンくんは顔立ちは似てるけど性格は似ても似つかないんだよね~。レンくんはリョウと違ってコミュ力高いし、色々しっかりしてるし」

「あ、しょ、初対面の私にも優しく話しかけてくれました……」

「そーそー。レンくんは昔っから面倒見がよくてね。いっつもリョウのお世話をしてたんだ」

「つまりレンが立派に育ったのは私のおかげ。感謝してくれてもええんやで?」

「てめーはその百倍俺に感謝しろ」

 

 虹夏ちゃんが上手く後藤さんに話を振ってくれるおかげで、自然な形で彼女が会話に混ざることができている。喜多さんの陽キャごり押しコミュとは違うのだよ。

 

「はー……マジで虹夏ちゃんが俺の姉貴ならよかったのに。一週間くらい代わってくれない?」

「うーん、そうすると(うち)が崩壊しちゃうかな? でも、お姉ちゃんって呼ぶのは許してあげよう」

「虹夏おねーちゃーん」

「よしよし。レンくんはいい子だね」

 

 虹夏ちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれる。あ~年上の可愛い幼馴染に甘やかされてダメになる~。これで虹夏ちゃんが巨乳だったら文句なしだったのに。

 

「ひとりちゃんは兄弟いるの?」

「あ、妹が一人……」

「へー。じゃあ後藤さんもお姉さんなんだね」

「あ、はい。お、お姉さんです……うへへっ」

 

 何が琴線に触れたのか知らないけど、笑顔になってくれて何よりです。あとはその笑顔が不気味じゃなければもっとよかったんだけど。

 

「なら、時々レンくんを甘やかしてあげてね? ひとりお姉ちゃん」

「あ、はい」

 

 虹夏ちゃんなんてこと提案してるの! それに後藤さんも後藤さんであっさり受け入れ過ぎじゃない!?

 

「まずい郁代。レンがあっちの二人に寝取られてしまう」

「寝てから言え定期」

「レンのベッドで何回も寝ている定期」

 

 姉貴は自分の部屋に入りきらない漫画やら雑誌やらCDやらを俺の部屋に収納してるからな。俺のベッドで勝手に漫画読んでそのまま寝落ちしてることも頻繁にあるし。

 

「……そうか。喜多さんが姉貴の妹になって俺が虹夏ちゃんの弟になれば全部丸く収まるな!」

「それはダメよ。だって私、先輩の妹じゃなくて娘になりたいんだもの」

 

 おっと、その発言は普通にドン引きですよ。隣にいる後藤さんも「何言ってんだこいつ」みたいな顔してるし。まあ、あの姉貴の狂信者になるくらいだから喜多さんも相当ヤバい女だっていうことをわかってたつもりだけど……うん。本当に()()()だったみたいですねぇ。

 

「その理論でいくと、俺は喜多さんのおじちゃんになるわけだ」

「レンおじちゃん。お小遣いちょーだい♡」

「俺は喜多さんがパパ活やってるって言われても驚かない」

 

 俺がそう言うと喜多さんが肘打ちしてきた。この子の隣に座ったのは失敗だったな。

 

「ねえレン。お腹空いた」

「そういや喋ってばっかで注文してなかったな」

 

 今気づいた。女三人寄れば姦しいって言うけど、マジでその通りだな。なんで女の子達ってあんなに話題が尽きないのかね。

 

「後藤さんは何がいい?」

「あ、えっと……ハンバーグ食べたいです」

「ハンバーグ系は……このページか」

 

 後藤さんもこの空気に慣れてきたのか、少しずつ自分の意思を伝えられるようになってきた。短い時間だけど確かな成長を感じられますね。姉貴とは大違いだ。

 

「俺もハンバーグにしようかな。あと別でパスタとサラダと……」

「よく食べるね~」

「成長期だからね」

「レンくんって身長いくつ?」

「最近測ってないけど……百七十二~三センチくらいだと思う」

「いいなー。あたしももうちょっと身長ほしいんだよね」

「虹夏ちゃんはそのくらいちんまい方が丁度いい」

 

 抱きしめやすそうなサイズ感だし。

 

「ひとりちゃんは私と身長同じくらいかな?」

「い、いくつだろう……。ひゃ、百五十五センチくらいだったような」

「じゃあ同じくらいだね。リョウは生意気にも百六十センチ以上あるからなー」

「スタイルには自信がある」

「顔もスタイルも良いなんて……リョウ先輩って本当に完璧な存在ですね!」

「いや、中身が終わってるから」

「そのギャップも魅力なのよ」

「どう考えても見た目も中身も優れてる方がいいでしょ」

「まだまだ甘いわね山田くん。私が君に熱を上げないのはそういうところなのよ?」

 

 「リョウ先輩には私がいないとダメなんだわ!」とでも言いたいのかね。それ、めっちゃ危うい思考だよ。都合よく利用されるだけされてポイ捨てされる未来しか見えない。

 

 まあ、そのうち喜多さんも我に返る日が来るでしょう。姉貴は親しくなればなるほどその魅力が下がっていく女なんだから。

 

 とまあ、こんな感じで料理が来るまでぐだぐだ雑談していました。

 

 

 

 

「あ、あの……気になってたんですけど」

 

 料理を食べ終わって俺がドリンクバーのパシリから帰ってくると、後藤さんがおずおずと話を切り出した。気になること、か。……うん、多分いっぱいあると思います。

 

「お、お二人が姉弟で、虹夏ちゃんが幼馴染っていうのはわかったんですけど……き、喜多さんとはどういうご関係ですか?」

 

 あ、確かにそこは気になるよね。でも俺はそれよりも後藤さんが「虹夏ちゃん」って呼んだことに密かに感動しています。……もしかして、俺が虹夏ちゃんって呼びまくってたせい?

 

 まあいっか。虹夏ちゃんも名前で呼ばれて嬉しそうだし。

 

「私はね。リョウ先輩の娘候補なの。本当は一番の理解者枠になりたいのだけど、それは山田くんに譲るわ」

「いらんわそんな枠」

 

 でも実際、姉貴の一番の理解者は誠に不本意ながら俺なんだよな。ほんっとうに不本意ではあるけど。

 

「喜多ちゃん、何の答えにもなってないよ」

「え? でも私の本音ですよ」

「……ひとりちゃん、あたしが説明するね」

 

 判断が早いですね虹夏ちゃん。ちなみにある意味話題の中心である姉貴はパフェを貪り食っていました。金出すの俺なんだけどな。

 

「リョウ先輩。一口ください!」

「いいよ。はい、あーん」

「あーん♡」

 

 幸せそうですね。俺はもうツッコまんからな。

 

「リョウ先輩に食べさせてもらったから、その分美味しく感じます!」

「人の金で食う分さらに美味く感じる」

 

 いやちゃんと来月の小遣いから差っ引いておくからな?

 

 もういいや。このあほあほコンビは放っておこう。俺の知らんところでどうか幸せにおなり。

 

 そう判断して虹夏ちゃん達との会話に混ざることにします。

 

「喜多ちゃんとあたし達の関係だよね?」

「は、はい……」

「ものすごーく端的に言うと、あたし達三人でバンドを組んでるんだ」

「ば、バンドですか……!?」

 

 後藤さんがめっちゃ食いついた。やっぱりバンドとか音楽関係の話題がこの子にとってはクリティカルなのか。

 

「あ、でも三人って……山田くんは……?」

「俺はメンバーじゃないよ。楽器できないし」

「便利なパシリ」

 

 うるせーぞ馬鹿姉貴。

 

「でもレンくんって歌はすっごく上手じゃん」

「俺はカラオケで満足する男なので」

 

 ギターも一時期姉貴に教えてもらってたけど、俺はどっちかというと体を動かす方が好きだったんだよな。だからもし今後、バンド活動をするのなら、一番動きが激しいドラムをやりたい。

 

「あたしがドラムで、リョウがベース。喜多ちゃんはギターボーカルなんだー」

「そ、そうだったんですか……で、でもお二人と喜多さんは学校が違いますよね? ど、どうやって知り合ったんですか?」

「後藤さん! 私が教えてあげるわ!」

「ひぃん……!?」

 

 ここで喜多さんが目をキラキラさせながら会話に混ざってきたので後藤さんが俺に隠れるようにして小さな悲鳴を上げる。

 

 あ、これ本当にヤバいときの喜多さんの顔だ。俺を間に挟んでいるとはいえ、俺一人の力じゃ喜多さんのこのオーラを相殺しきれないっ!

 

「私はね。リョウ先輩が路上で演奏しているところをたまたま見かけて───一目惚れしたのよ!」

「ひ、一目惚れ、れしゅかぁ……?」

 

 後藤さんは俺の腕を掴んで俯きながら辛うじて言葉を返している。この状態の喜多さんは話が通じないので……誠に遺憾ながら我が姉の力を借りようと思います。

 

「姉貴」

「まったくもう、レンったら私がいないと何もできないんだからぁ」

 

 姉貴は自分の両頬に手を当て、わざとらしくくねくねしながら甘ったるい声を出す。

 

「もう二度と宿題手伝わなくていいんだな?」

「郁代。ステイ」

「はい! リョウ先輩!」

 

 俺が脅すとあっさり姉貴は陥落した。そして喜多さんも姉貴の言葉に従って陽キャオーラをしまい込んでおとなしくなる。

 

「後藤さん、わかりやすく説明するとね。姉貴が路上で演奏する→喜多さんが目撃する→愚かにも血迷って一目惚れする→虹夏ちゃんが姉貴に声をかけてバンドを結成する→姉貴を追っかけてバンドに加入する。以上です」

「す、すごくわかりやすい……」

 

 姉貴は演奏しているときだけはほんとに格好良いからファンがいること自体は不思議じゃないけど……()()()姉貴には変なファン(しかも女限定)ができることが多かったんだよね。

 

「そ、そうですか。み、みなさんでバンドを……」

 

 後藤さんはそう言いながら、膝の上に置いた手がぎゅっと拳を作っていることに俺は気が付いた。

 

 なんというか、薄々思ってはいたけど後藤さんってただのバンド好き少女って感じじゃなさそうなんだよね。

 

 俺が虹夏ちゃんに目配せすると、虹夏ちゃんも察したらしく、優しく笑って後藤さんに声をかけた。

 

「ねえ、ひとりちゃん。あたし達のバンド……興味ある?」

「……え?」

 

 虹夏ちゃんの問いかけに、後藤さんは顔を上げて虹夏ちゃんの目を真っすぐに見つめ返した。後藤さんはぱちぱちと瞬きしながら返す言葉を悩んでいるらしい。

 

「あ……えっと……」

 

 そして今度は俺に視線を向けてきたので、俺は笑顔で頷いた。

 

「あ、あります……す、すごく……」

 

 その言葉を聞いて、虹夏ちゃんはますます笑顔になった。そうだよね。自分達のバンドに興味を持ってくれる人がいるってすごく嬉しいよね。

 

「じゃあさ───」

 

 虹夏ちゃんが後藤さんに返事をしようとしたところで、なぜか姉貴が勢いよく立ち上がって虹夏ちゃんの言葉を遮る。

 

「よし、行こう」

 

 姉貴はただ一言そう言った。後藤さんはもちろん、喜多さんも虹夏ちゃんも姉貴の言葉の真意を理解できていないらしく、三人揃って口をぽかんと開けていた。

 

 俺? 理解できちゃったんだよ。残念ながら。

 

 ただ、今回ばかりは姉貴の意思に俺は賛同できてしまうんですよね。

 

「STARRYに」

 

 姉貴は首をかしげている後藤さんに向かってそう言った。

 

「すたー……りー……?」

「ライブハウス。私達が活動の拠点にしてる。……気になるでしょ?」

 

 そして姉貴はクスッと微笑んだ。その笑顔を見て喜多さんは少女漫画みたいに瞳にハートを浮かべている。姉貴も顔はめちゃくちゃ良いからな。狂信者からすれば垂涎ものですよ。

 

「き、気になりますっ……!」

「じゃあ決定。ここから近いし、案内してあげる」

「は、はいっ」

 

 姉貴の言葉に後藤さんは嬉しそうに返事をした。

 

 ……大丈夫? 後藤さんも姉貴信者にならないよね? 

 

 なったら困る。非常に困る。「後藤さんもリョウ先輩の娘になりましょう!」みたいな展開にならないことを切に願う。

 

「リョウに良いとこ取られちゃったね」

 

 虹夏ちゃんが意地悪く笑いながら囁いてきたので乱暴に頭を撫でてあげました。姉貴が美味しいとこ取りするのは今に始まったことじゃないので別に悔しくありません。ただ釈然としないだけです。

 

「あ、すみません……もう一つ気になることが……」

 

 立ち上がってみんなで移動しようとしたところで、後藤さんがおずおずと手を上げてそう言った。

 

 もう一つ気になること? 何だろ一体。

 

「あ、み、みなさんのバンド名は……?」

 

 あっ……。

 

 後藤さんの問いに虹夏ちゃんは困ったような表情で俺を見てくる。それに対し姉貴は渾身のドヤ顔を浮かべてこう言った。

 

「結束バンド」

「……え?」

「結束バンド」

 

 姉貴の言葉に後藤さんが聞き返すも、姉貴の口から出た言葉はさっきと変わらない。

 

 姉貴達のバンド名は冗談じゃなく、マジで「結束バンド」です。ただの駄洒落ですね。ひっどいネーミングセンスだよな。

 

 誰が考えたかというと……もちろん我がお姉様です。

 

 ドンマイ虹夏ちゃん。俺に任せてくれたらこんなことにはならなかったのに。

 

 ほら、後藤さんもどう反応していいかわからない微妙な表情になってるし。

 

「虹夏ちゃん。やっぱ『下北卍ニジンジャーズ』にすべきだって」

「……レンくんとリョウってほんと似た者姉弟だね」

 

 虹夏ちゃんに呆れられました。……なんで?

 




 原作とは全く違う流れでSTARRYに行きます。
 
 次回も完全オリジナルな流れになりそうですね。




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#03 下北カルテット

 
 ぼっちちゃんの今日のスケジュール

 入学式→放課後青春トーク→ファミレスでみんなとお食事→STARRY訪問

 入学一日目の出来事である。



「ここから歩いて五分くらいだからすぐだよ~」

「あ、そ、そうなんですか」

 

 姉貴の提案で結束バンド一行とおまけ二人はファミレスを後にしてSTARRYへと向かう。姉貴の飯代は俺が立て替えておきました。次の小遣いかバイトの給料から引いておくからな。

 

「まだできたばっかりでね、あたしのお姉ちゃんが店長やってるんだ」

「あ、はい」

「そこであたしとリョウ、レンくんの三人でバイトしてるんだよ」

「や、山田くんも……?」

「俺は元々バイトしてなかったんだけど、姉貴がちょくちょくサボるようになって、そのバーターとして働いてたらいつの間にかバイトの一員になってた」

 

 受験生にやらすことじゃねーよ、ほんとに。俺の高校入試が推薦で早めに決まっててよかったなぁ! 姉貴!

 

「私もこれからバイトさせてもらうつもりなのよ」

「その前に一度みんなで()()()の練習やっておきたいね」

「そ、そうです、ね……。あ、でもまだ早いんじゃないでしょうか? お、各々のスキルを磨いてからでも遅くないかと……」

「でも、現状でどれくらいできるか把握しておくのも大事じゃない?」

「あ、ううぅ……。た、確かに……」

 

 なんか喜多さんの返事の歯切れが悪いね。そういえば、結束バンドを結成してから三人で演奏してるところって見たことなかったな。

 

 いつもテンション高くてノリが良い喜多さんは微妙な反応だし……もしかしてめちゃくちゃギターが下手くそだったりする? でもバンドに入るときに経験者だって言ってたしな。

 

「あ、着いたよ~」

 

 俺が思考に耽っていると、目的地へと到着する。STARRYは虹夏ちゃんが住むマンションの地下に併設されていて、地下への階段を降りた先にあった。

 

 ちょっと場末のバーっぽい雰囲気があって近寄りがたいけど、ライブハウスってこんなもんでしょ。

 

 虹夏ちゃんを先頭に階段を降りて、俺もそれに続こうとしたけど後藤さんが口を鯉みたいにパクパクさせながら痙攣しているのに気が付いた。

 

「後藤さん、大丈夫?」

「あ、え……あ……」

 

 大丈夫じゃなさそうですねぇ。まあ確かに普通の人でも初めてのライブハウスって怖いだろうし、それが人見知りの激しい後藤さんならなおさらだ。

 

「どうする? 怖かったら無理して中に入らなくてもいいよ。入口で雰囲気だけでもわかっただろうから」

 

 ぶっちゃけ、初対面かつ人見知りでコミュ力に難がある女の子がここまで来たこと自体、結構な快挙だと思う。今さらだけど、ほぼノリと勢いだけで連れ回してごめんね。喜多郁代って女が全部悪いんだ。

 

「あ、い……逝きます」

「そう? (なんか微妙にニュアンスが違う気がするけど)」

 

 後藤さんは意を決した表情で宣言する。そういや、俺と放課後トークすることを決めたり、一緒にご飯食べに行くことを決めたり、ここに来ることを決めたり……もしかしたら、後藤さんは今の自分を変えようとしてるのかもしれない。

 

 あかん涙出そう。後藤さんの努力とか心意気を俺のバカ姉貴にも見習ってほしいですね。

 

「レン、そんな熱い目で見られるとドキドキする」

「俺も姉貴に怒気怒気なんだが?」

 

 そんなわけで、ちょっとひと悶着あったけど無事に後藤さんをSTARRYへと招待することができました。

 

 

 

「じゃーん! ここがSTARRYでーす! ひとりちゃん、足元暗いし階段だから気を付けてね。転ばないように」

「あ、はい。わかりまし───」

 

 言ったそばから後藤さんが階段から落ちそうになる。即落ち二コマ。見事なフラグ回収ですね。俺は後藤さんの前を歩いていたので、そのままこけそうになっていた後藤さんを抱き止めた。

 

 ……あれ? なんかばあちゃん()の押入れみたいな匂いがする。き、きっと制服をしばらく押入れの中に入れていたから匂いが移っちゃったんでしょう。そうに違いない。

 

「後藤さん、大丈夫?」

「あ……あ……あ……」

 

 俺が声をかけるも、後藤さんは千と千尋に出てくるカオナシみたいな声を上げて激しく痙攣していた。あ、この反応ってもしかして───

 

「ぎゃーっ!? ひとりちゃんがピンク色のスライムみたいに溶けたーーーっ!?」

「おお、すごい。人類の新たな可能性」

「さっきの干物状態とはまた違った現象ね」

 

 虹夏ちゃんがリアクション芸人のお手本みたいな反応を見せてくれた。喜多さんはさっき教室で干物になった後藤さんを見てるし、姉貴は姉貴だから。

 

「れ、レレレレレンくん! ど、どどどどうしよう!?」

「大丈夫だよ。五分くらいで復活するから」

「五分っていう根拠は何?」

「だって見るの今日二回目だし」

「入学初日からとんでもない経験してるね!?」

 

 それからは俺が言った通り、約五分後に後藤さんが復活を果たしました。人間、極度に緊張するとこういうことになるんだよ。勉強になったね虹夏ちゃん。

 

 俺がそう言いながら虹夏ちゃんの頭をよしよしと撫でると、虹夏ちゃんは釈然としない表情を浮かべて俺と後藤さんを交互に見ていた。

 

「え、えーっと……ちょっと想定外のアクシデントがあったけど、あらためて紹介します! あたしのお姉ちゃんでSTARRYの店長である伊地知星歌さんです」

「……よろしく」

「ひぅん!」

 

 虹夏ちゃんが星歌さんを後藤さんに紹介した瞬間、後藤さんは小さな悲鳴を上げて俺の背中に隠れてしまった。

 

 うん、しゃーないよ。だって星歌さんってかなりの美人さんだけど切れ長の目で初対面の人には「きつめ」の印象を与えちゃうから。

 

 あ、思いっきりビビられて星歌さんが地味にショックを受けてる。可愛い。

 

「大丈夫だよ後藤さん。星歌さんは確かに見た目がちょっと怖いけど、姉貴より百倍乙女で繊細な可愛い物好きアラサーだから」

「最後のアラサーは余計だろ!?」

「え? 店長ってアラサーだったんですか?」

「喜多も食いついてこなくていいから!」

「お姉ちゃんは今年で三十歳になります」

「これ以上年齢を掘り下げるな!」

「ひとりちゃん、これ。ぬいぐるみ抱いて寝てる店長」

「あ、か……可愛い」

「おいリョウ! なんでそんな写真持ってんだ!?」

 

 こんな感じで星歌さんはよくみんなに弄られています。こういうギャップが星歌さんの魅力だよね。後藤さんも警戒心がちょっと薄れたみたいでよかった。……俺の後ろからは出てこようとしないけど。

 

「あそこにいるのが音響やエンジニアをやってくれているPAさん」

「こんにちは~」

「ひ、ひいぃ!?」

「あ、あれ~? 私ってそんなに怖いですか~?」

 

 次に紹介したのはピアスゴリゴリ黒髪ロング巨乳美人のPAさん。後藤さんはピアスを見てびびっちゃったけど、俺は将来PAさんみたいな人に甘やかされて生きるという野望を抱えているんだ。

 

 PAさんって見た目は確かにインパクトあるけどめっちゃ美人さんでおっぱい大きくて良い匂いするから好き。

 

 その後は練習用スタジオやステージ、受付等一通りライブハウス内を後藤さんに案内した。

 

「ひとりちゃん、どうだった?」

 

 まだバイトまでは少し時間があったので、五人でテーブルについて後藤さんから感想を聞くことにする。

 

「あ、最初はちょっと……怖かったですけど、雰囲気が私の家に似てて……お、落ち着きました」

「どんなお家に住んでるの!?」

 

 予想外の答えが返ってくる。ライブハウスに似た雰囲気の家って……後藤さんの家って自営業だったりする?

 

「あ、いえ。普通の一軒家です」

 

 俺が尋ねると後藤さんはそう答えた。ますますわかんね。……まあ、そのうち彼女の家について詳しく知る機会もあるでしょう。多分。

 

「あのさ、今更なこと聞いてもいいかな?」

「あ、はい。なんでしょう?」

「ひとりちゃんはどうしてレンくんとお話してたの?」

 

 はい出ました。女子高生特有の男女の組み合わせを見たらなんでもかんでも()()()()()に話を持っていきたがる恋愛脳。虹夏ちゃんもそういうのが気になるお年頃だもんね。仕方ないね。

 

「あ、えっと……」

 

 虹夏ちゃんの質問を全く想定していなかったのか、後藤さんは狼狽しながら俺と一瞬だけ目が合う。すると、彼女は顔を赤くして俯いてしまった。

 

 あらら、そんな反応すると変に誤解されちゃうよ?

 

「どうしたのひとりちゃん。顔赤いよ~?」

「あらあら~後藤さんったらなんで照れてるのかしら~?」

 

 虹夏ちゃんと喜多さんが怪しく笑いながら、わざわざ後藤さんの隣に椅子を持って行ってそこに座る。姉貴は姉貴で後方支援者面してうんうんと頷いていた。お前のその反応はなんやねん。

 

 というか、喜多さんは俺と後藤さんがなんで放課後に話してたかっていう理由を説明したじゃん。

 

 困っている後藤さんを見ていると庇護欲を掻き立てられて和むけど、さすがにちょっと可哀想だから助け船を出そうかな。

 

「喜多さんには言ったけど、俺から話しかけたんだよ。後藤さんがバンド好きだって自己紹介のときに言ってたから」

 

 真実にほんの少しの嘘を混ぜる。そうすれば話の信憑性が増すって何かの本で読んだ気がするので実行してみました。

 

「ほうほう。まあ、そういうことにしておいてあげましょうか」

「というか……虹夏ちゃんほんとは全部わかって言ってるでしょ?」

「……てへっ♪ なんのことかな~?」

 

 はいあざとい。そういう小悪魔ムーブするから中学時代に男子達の黒歴史が大量に生み出されたんだよ。幼馴染としては、ある意味姉貴より虹夏ちゃんの将来が心配です。

 

「ひとりちゃんは普段どんな音楽聴いてるの?」

 

 そして、今まで会話に入ってこなかった姉貴が珍しく話題を提供する。姉貴の顔……新しい玩具を見つけた時の顔だ。

 

「えっと……邦ロックや洋楽、一時期デスメタルにもハマってて……割と何でも聴きます」

「ジャンルを選ばないんだ。私と同じだね。……意外と私達、趣向が似ているかも」

「あ、そ、そそそそうですね。ふへへっ」

「あー! 後藤さんばっかりずるいですー! リョウ先輩、私にもおすすめのCD貸してください」

「いいぜ。私色に染め上げてやんよ」

「先輩……」

 

 後藤さんが嬉しそうに不気味に笑っている傍らで喜多さんが姉貴に対して雌顔をさらしていた。悪いけど喜多さん……覚悟しておいた方がいいよ。

 

 姉貴が本気出したらマジで洗脳染みたことしてくるからな。俺も一時期サイケ(サイケデリックロック)が脳内で無限ループして不眠症になったことがあったし。

 

「あ、じゃあ、山田くんのロック好きはリョ、リョウさんの影響、ですか……?」

「そう。でもレンは私と違ってアウトドア派の裏切り者だから十分に洗脳できなかった」

「家で筋トレしてるときにクラシックかけるのほんとやめろ」

「筋肉を和ませようと思って」

 

 乳酸が良い感じに溜まってハイになってるときにドビュッシーがかかったときの俺の気持ちがわかるか?

 

 あれ? そう言えば今、姉貴のこと「リョウさん」って呼んだよね。虹夏ちゃん、リョウさん、喜多さん……あっ。

 

「山田くん、その同情するような視線は何かしら?」

「どんまい」

 

 俺が喜多さんの肩をポンと叩いてそう言うとデコピンされました。めっちゃ痛ぇ!

 

「あと、私もひとりちゃんと会ってからずっと気になってたことがある」

「な、なんでしょう……?」

 

 ほんとに珍しいな。姉貴が初対面の人間にここまで興味を持つなんて。

 

 後藤さんは後藤さんで、さっきの虹夏ちゃんの恋愛脳質問が効いているのか、表情を引きつらせて警戒態勢になってるし。

 

 

 

 

「ひとりちゃんって───ギターかベースやってる?」

 

 

 

 

 ところが、姉貴の口から出てきたのは後藤さんどころか俺ですら全く予想していない言葉だった。

 

「……え?」

「その指先、よく見るとギタリストやベーシスト特有の固い皮になってる。普通の人の指先は、そうはならない」

 

 姉貴の言葉に、後藤さんは大きく目を見開いた。……全然気付かなかった。っつーか、今日会ったばっかりの女の子の指先なんて普通観察せんわ。

 

 よく気付いたな姉貴。虹夏ちゃんも喜多ちゃんも「うそー!?」みたいな表情になってるし。

 

 そして姉貴は後藤さんの手を取って、指先を優しく撫でる。……悔しいけど、我が姉ながら絵になるな。顔面偏差値の暴力だよ。

 

 そんな姉貴の行動に後藤さんは恥ずかしそうに顔を赤くし、喜多さんはNTR郁代ちゃんになっていた。どんまい。

 

「ひ、ひとりちゃん……リョウの言ってること、本当?」

「あ……はい……」

「これだけ固くなってるってことは、数年はやってる証拠。そうでしょ?」

「は、はい。中学一年の時から……一日六時間くらいは……」

「い、一日六時間!?」

 

 はい!? 六時間ってちょっとヤバすぎないか!? 姉貴でもよっぽど集中してる時じゃないと六時間も練習なんてやんないよ!?

 

 驚愕している一方で、なんで後藤さんがあれほど俺の「ロックバンドが好き」っていう発言に食いついてきたのかを理解した。

 

「ろく……ろくじかん……りょうせんぱい……ぎたーやってるひと……わかる……」

 

 喜多さんを見ると、なぜかNTR状態よりも悪化していた。確かに姉貴が後藤さんの指を見てギターやってるって見抜いたのはすごいけどさ……喜多さんの反応がなんかおかしいんだよね。

 

「ひ、ひとりちゃん!」

「は、はいっ!」

 

 虹夏ちゃんがテーブルから勢いよく身を乗り出して後藤さんに顔を近づける。姉貴が手を握ったままだから、この光景が百合ップルの修羅場に見えてしまった俺は心が腐っているのでしょうね。

 

「ひとりちゃんは軽音部に入るつもりだったり……学外のバンドに所属してたりする!?」

「あ、い……いえ……。ぶ、部活はまだ何も決めてないですし、バンドにも所属してません……」

 

 後藤さんの言葉を聞いて、虹夏ちゃんの表情がぱあっと明るくなった。この後に彼女が何を言うのか、まあ全員予想はついているでしょう。

 

 

 

 

「もしよかったら───私達のバンドでリードギターをやってくれないかな?」

 

 

 

 

 結束バンドの現メンバーはドラムの虹夏ちゃん、ベースの姉貴、ギターボーカルの喜多さん。演奏に厚みを持たせるならリードギターの存在は必須だ。ギターとボーカルの兼任っていうのは、外から見るよりも遥かにキツイ。

 

 だからこそ、リードギターが一人いれば演奏の安定性は格段に増すんだけど……

 

「あ、え……えっと……」

 

 あとは後藤さんの意思次第。

 

 一日ギターを六時間練習しているってことは、相当に好きな証拠だ。でも、彼女はその性格故に中学時代も多分バンドを組めていないのだと思う。 

 

 今日初めて会った虹夏ちゃん達の人となりもよくわかっていない状態で、いきなりバンドに所属するっていうのはめちゃくちゃハードルが高い。

 

 俺が後藤さんの立場だったらさすがに尻込みするな。

 

「あ、ありがとうございます。こ、こんなコミュ障な私を誘っていただいて……」

 

 後藤さんは俯きながら、絞り出すような声でそう言った。……これは、やっぱり───

 

 

 

 

「ふ、不束者ですが……よ、よろしくお願いしましゅ……」

 

 

 

 

 彼女は顔を上げて虹夏ちゃんの目を真っ直ぐ見た後、ゆっくりと頭を下げた。

 

 え……? マジで……?

 

「ひ、ひとりちゃん……」

 

 虹夏ちゃんがゆっくりと後藤さんのすぐそばまで歩み寄る。

 

「ありがとーーーーっ!!」

 

 そして、感極まってそのまま彼女を思いきり抱き締めた。うん、そらそーなるよ。俺が虹夏ちゃんでも同じことしたもん。というか正直、断られるって思ってたわ。

 

 でも、後藤さんは勇気を振り絞って一歩を踏み出した。何この少年漫画みたいな展開。

 

「ひとりちゃん……泣いてるの?」

「う、嬉し過ぎて……私、こんな性格だから……小さい頃から友達がいなくて……でもバンド組みたいってずっと思ってて……そ、それが、こんな風に叶っちゃって……夢みたいで……」

「夢じゃないよ! これから一緒にがんばろうね、ひとりちゃん!」

「はいっ!」

 

 あかん涙出てきた。ちょっとほんとにやめて。俺、こういうのにめっちゃ弱いんだから。映画館とかで普通に泣くタイプなんだから。

 

「よしよし」

 

 姉貴が頭を撫でてくる。こういう時だけ姉貴面になるよな。

 

「ひとりちゃんがギタリストだと見抜いた私の功績」

「それ言ったら後藤さんを連れてきた俺の功績だろ」

 

 やっぱ姉貴は姉貴でしたわ。

 

 後藤さんと虹夏ちゃんが漫画みたいな感動シーンを演出している横で俺と姉貴は「功績マウント」を取り合っていた。

 

 喜多さんは……喜んでいたけど、なぜか複雑そうな表情を浮かべていた。やっぱ喜多さん、なんかちょっと様子がおかしいよな。姉貴の狂信者とは違う理由で。

 

 今はこの良い雰囲気に水を差すのもあれだし、今度こっそり話を聞いてみるか。

 

「よし、じゃあ今日は結束バンドの新メンバー加入祝いといこうことで焼肉に行こう。レンの奢りで」

「は? なんでバンドメンバーじゃない俺が金を出さんといかんの?」

「レンの五百円貯金がいい感じに貯まっていることを私は知っている」

「鍵付き棚を開けやがったなてめー!?」

 

 俺の趣味の一つ、五百円貯金。お金が貯まっていくのがすごく楽しいけど、五百円を作るためにわざとお札を崩したりするからそれはそれで面倒なんだよね。

 

「今日はあたしもリョウもレンくんもシフト入ってるでしょ?」

「じゃあ、せっかくだし後藤さん達に今日のライブ観ていってもらおうよ」

「あ、それいいねー! おねえちゃーん。そういうことだからよろしくー!」

「ちゃんとお金払ってくれたらな」

「えー? お金取るのー?」

「こっちも商売なんだよ」

 

 星歌さんはそんなことを言っていたけど、虹夏ちゃんがごねまくった結果、会場の設営をお手伝いしてくれたら無料でいいということになりました。なんだかんだ星歌さんって虹夏ちゃんに甘いよね。

 

「そういえば後藤さんってどこの中学出身なの?」

「あ、実は私……神奈川から二時間くらいかけて来てるんです」

「二時間!? めっちゃ遠いじゃん! 横浜あたり?」

「最寄りは金沢八景駅でして……」

 

 グーグルで調べたら下北沢まで電車で一時間半くらいかかるみたいです。遠いな!? なんでそんなところから通ってんの!?

 

「あ、えっと……高校は昔の自分を知ってる人がいないところに行きたかったので……」

 

 はい! この話題はもうやめましょう!

 

 そうだよね。極度の人見知りで友達が一人もいないって言ってたもんね。でも大丈夫だよ。今日だけで俺含めて四人も友達ができたんだから。

 

「後藤さん」

「は、はい……」

「これからたくさん楽しい思い出作ろうね」

 

 俺はできる限り優しい笑顔で彼女にそう言った。うん……中学までの彼女の学生生活は想像もできないし、したくもないけど……せめて高校くらいは楽しく過ごしてもらいたい! 俺もできる限り協力するからさ!

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 俺の言葉に、後藤さんは恥ずかしそうに頬を染めて俯きながらそう答えた。……我ながらなかなかこっ恥ずかしいことを言ってしまいましたね。

 

 いやでも俺だって姉貴に負けず劣らず顔面偏差値が高いんだからこれくらい許されるでしょう!!

 

 

 

 

「見てください虹夏さん。あれが私が手塩にかけて育てた弟なんですよぉ」

「なんでリョウがドヤ顔してんの?」

「あれは口説く……というよりも庇護欲が爆発した結果ね。日頃からリョウ先輩を甘やかしているから自然とああなっちゃうんですね」

「つまり全部私のおかげ」

「さすがですリョウ先輩!」

「……あたしは喜多ちゃんの将来がすごく心配だよ」

「伊地知先輩、ブーメラン刺さってますよ」

「なんで!?」

 

 俺と後藤さんが良い感じの雰囲気になっている一方で虹夏ちゃん達はお互いに言葉のブーメランを投げ合っていました。……ほんとに結束してんのこの人達?

 

 その後、俺を含むバイト組の三人は通常通り業務をこなし、バイトがない後藤さんと喜多さんの二人はライブを楽しんでいたみたいです。

 

 後藤さんを喜多さんと二人にするのはかなーり心配だったけど……

 

「ねえ、後藤さんは初心者の頃はどうやってギターを練習していたの?」

「あ、ま、まずは初心者向けの教本から初めて、徐々に難易度を上げていって……自分の弾きたい曲を片っ端から弾いたりしていました」

 

 喜多さんにも何か思うところがあったらしく、後藤さんにギターのことで色々アドバイスをもらってたみたいだね。

 

 喜多さんがギター弾いてるところ見たことないけど、実力的にはどうなんだろ。

 

「じゃあ、明日は軽くミーティングをした後に四人でセッションしてみようか!」

 

 バイトが終わって虹夏ちゃんがそう言うと、なぜか喜多さんが狼狽し始める。

 

「えっと……す、すみません。実は私、今ギターを修理に出してて……」

「あ、そうだったの? じゃあ喜多ちゃんはボーカルに専念するってことで!」

「は、はい……」

 

 うん。明らかに態度がおかしい。喜多さんの歌は何回か聴いたことがあって上手だった印象はあるけど……もしかしてギターの腕に難あり、なのか?

 

 でも、それならそうと素直に言ってくれればいいのに。別に下手だからって虹夏ちゃん達は怒ったりしないんだから。

 

 一応、明日それとなく話を聞いてみるか。

 

 俺はそんなことを考えながら、後藤さんを駅まで送り、「腹が減って動けない」とほざく姉貴を引きずりながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

 そして翌日───

 

 

 

 

「や、山田くん……お、おはようございますっ!」

「後藤さん、おは───」

 

 俺が教室に入るなり、後藤さんが元気にあいさつしてくれました。

 

 うん、それはね……いいんだよ。君が前向きに今日からバンド活動をがんばろうっていう思いが伝わってくるから。

 

 だけどさ……だけどさ……

 

 

 

 

 その恰好何!?

 

 

 

 

 学校指定の制服ではなく、厨二臭いバンドTシャツの上からピンクジャージを羽織り、両腕に数多のラバーバンドを装着し、鞄にはびっしりと缶バッジが付けられていた。

 

 教室内が奇妙なざわめきに支配されている中、俺はどうすれば嬉しそうな笑顔を浮かべている彼女を傷つけずに言いくるめることができるのかと高速で思考を巡らせる。

 

 そして 

 

 入学二日目にして

 

 後藤ひとりは一年二組の伝説となった。

 




 現時点でのぼっちちゃんの主要人物に対する警戒度

 喜多ちゃん>>>>越えられない壁>>>>山田>>虹夏>レンくん

 どんまい喜多ちゃん。次かその次で出番たくさんあげるから。



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#04 R.T.A.


まだ入学二日目ってま?



 さて問題です。

 

 昨日仲良くなったばかりの内気でコミュ障な女の子が、クソダサTシャツに野暮ったいピンクジャージという服装で登校してきました。さらにたくさんのバンドグッズを身に着けています。しかも本人はものすごく嬉しそう(不気味)な笑顔を浮かべています。

 

 そしてそして、入学二日目ということでクラスメイト達も彼女はおろか俺の性格すら把握していません。

 

 そんな状況で彼女を一切傷つけることなく事態を収拾させる方法を答えなさい。

 

 後藤ひとり検定、通称「ごと検」三級の問題です。

 

「……おはよう後藤さん。俺、そのTシャツのバンド知ってるよ」

「あ、き、気付いちゃいました? こ、これで私も只者じゃないバンド少女っぽく見えますかね?」

 

 後藤さんがジャージを開いてTシャツの柄を俺に見せてくる。

 

 そうだね只者じゃないね……

 

 い、言いてぇ~!! 「Tシャツめっちゃダサいしバンド女子には見えねえよ!!」ってツッコミてぇ~!!

 

 相手が姉貴だったら間違いなくツッコんでるしその場で着替えさせてるわ。

 

 でも耐えろ! 我慢するんだ俺! 後藤さんは悪戯にこんな服装をしたんじゃなくて、昨日「バンドを組む」っていう大きな夢を叶えられたから舞い上がっているだけなんだ!

 

 ぐぎぎ……か、彼女のことを本当に考えるなら、真実を告げてあげた方が良いんだろうけど……

 

「ど、どうですか?」

 

 長い前髪の隙間から、わんこみたいな純粋な目で見られてそんな残酷なこと言えるわけないだろっ! 真実を告げたら間違いなく後藤さん学校に来なくなるわ!

 

「うん。バンド女子っぽいよ。ところでさ、制服はどうしたの?」

 

 俺はできる限り動揺を悟られないように後藤さんに尋ねる。ま、まずは一つ一つ問題を片付けていきましょう。大丈夫、姉貴と違って悪意がないんだからこの子には。ちゃんと話せばわかってくれるはず。

 

「き、今日は持ってきてません」

 

 そっかぁ……入学二日目で校則ガン無視かぁ……。後藤さんはロックの才能にあふれているんだね(白目)

 

「もしかしたらさ、先生に注意されるかもしれないから明日からはちゃんと制服着てこようか。今日、もしも何か言われたら『制服が汚れてクリーニングに出してます』って誤魔化そう」

「あ、そ、そうですね。せ、先生のことは何も考えてませんでした」

 

 ファッションセンスには一切触れず、遠回しに「明日はまともな服装で来い」と言えました。我ながら中々良い対応なのでは?

 

「それと、他のバンドグッズだけど……」

「こ、これですか?」

 

 そして後藤さんはまたもやわんこの笑顔で俺にラバーバンドと缶バッジを見せてくる。

 

「たくさん集めたんだね」

「は、はい。がんばりましたっ」

 

 これもセンスについては一切触れず、なんとか彼女を褒めてみる。

 

「でも、校則に引っかかって没収されるかもしれないよ?」

「あ……! そ、それは困ります……」

「それと、そんなにたくさんラバーバンドを付けてたら授業でノートを取りづらいんじゃない?」

「た、確かに……外しておきますっ」

 

 後藤さんは俺の言葉に素直に従ってラバーバンドと缶バッジを全部外して鞄の中にしまっていました。

 

 セーフ!! セーフ!! せっかく昨日一日が良い感じで終わったのに入学二日目でそれが全部台無しになるところだった!! 

 

 いやもしかしてアウトか……? ま、まだだ。諦めるな俺! 諦めたら後藤さんの高校生活はどうなる? 中学までと同じ悲劇を繰り返すことになるだろっ! そんなこと、絶対にさせやしない!

 

 と、漫画の主人公っぽく決意してみる。

 

「ギターは持ってきた?」

「あ、はい。あそこに……」

 

 教室後方にある棚の上に置かれているギターケースを見て俺は安堵する。よかった、ギターケースはまともだ。

 

「よかったら、ギター見せてくれない?」

「あ、はい……!」

 

 後藤さんは嬉しそうにそう言って、ぱたぱたとギターを取りに行く。

 

 昨日は警戒心MAXの猫だったけど、今は完全に子犬だな。そういうところは可愛いね。

 

「こ、これです」

 

 そして後藤さんはギターを取り出してストラップをかけてドヤ顔で構える。うん、そこまでしろとは言ってなかった俺が悪い。

 

「様になってるね。格好良いよ」

「そ、そうですか? ふ、ふへへっ」

 

 ほんとその笑い方もどうにかしないといけないですね。そ、それは今後の課題ということで……

 

 って、ちょっと待て。このギターってもしかしてギブソンのレスポールカスタムか? 姉貴のカタログで見たけど確か五十万ぐらいするハイエンドモデルだったはず……

 

「お、お父さんが昔使ってたギターなんです」

「お父さんもバンドやってたの?」

「ら、らしいです。詳しくは聞いたことないんですけど……」

 

 もしも後藤家がバンド一家なら娘のロックな服装にストップをかけなかったのも納得できる。というか後藤さん、この格好で一時間半電車に乗ってたんだよな。……ある意味メンタル強いですね。

 

 そんなことを考えていたら、俺はあることに気付いた。後藤さんの前の席の女子二人が俺達をチラチラ見ている、ということに。

 

 いや確かに後藤さんの服装は注目の的だから仕方ないけど、どうもこの二人はそういう感じの視線じゃないんだよな。むしろ後藤さんに興味を持ってるような感じ。

 

 なんでそんなことわかるのかって?

 

 あのクソ姉貴と十何年もコミュってたら大概のことは察せますよ。相手が女の子なら特にね。

 

「ねえ」

「な、何かな?」

 

 俺が二人に声をかけるとそれが予想外だったのか、ちょっぴり驚いた反応が返ってきた。いきなりごめんね。

 

「もしかして二人ともバンドに興味あったりする?」

「あ、うん……私達は楽器できないから聴き専なんだけど……」

 

 これはチャンス!!

 

 後藤さんに新たなお友達ができるチャンス!!

 

 しかも席は後藤さんの前という非常に話しやすいポジション。この二人を逃す手はない!!

 

「へー。何聴いてるの?」

「色々だけど……最近は髭女とかよく聴くかな」

「私はKing Gnu。あの声がたまらないんだよね」

「髭女もKing Gnuもいいよね。……後藤さん、この二つのバンドの曲って弾ける?」

 

 ここで後藤さんに話を振る。これで一曲でも弾けるならそこからもっと会話を広げることができるね。

 

「あ、えっと……その二つなら大体弾けます」

 

 マジで!? 予想以上にすごい答えが返ってきた。せいぜい「よく売れた曲を二、三曲なら」って思ってたわ。

 

「ほんと? ねえねえ後藤さん、『ミックシュナッツ』弾ける?」

 

 お、食いついてきましたね。

 

「あ、弾けますよ」

 

 後藤さんはあっさりと答えてその場でサビを軽く演奏する。……あれ? 普通に上手くないか?

 

「すごーい! ねえねえ。私は『BOY』聴いてみたいな」

「あ、はい」

 

 後藤さんはまたもやあっさり答え、さっきと同じようにサビを演奏する。即興なのに凄いな。コード符が全部頭に入ってるんだね。

 

 女子二人は大いに盛り上がり、その後も後藤さんに色々とリクエストしていた。

 

「軽音部に入るの?」

「学外でバンド組んでるんだ? 格好良い~!」

「あ、えへ……えへへ。そ、それほどでも……」

 

 こんな感じで会話も大いに弾んで、後藤さんはチヤホヤされてだらしなく笑っていました。友達が二人もできたよ。よかったね後藤さん。

 

 とち狂った格好を見てどうなることかと思ったけど、終わりよければすべてヨシ!

 

 ……それにしても、昨日は気付かなかったけど、後藤さんって胸大きいんだね。

 

 俺は自分の席に戻って割と最低なことを考えていた。男の子だもんね。仕方ないね。

 

 

 

 

 入学二日目は授業らしい授業はなく、ホームルームやオリエンテーション、身体測定が行われた。身長は百七十四センチ。前より少し伸びたな。よっしゃ、めざせ百八十センチ!

 

 あ、ちなみにクラスの委員長になりました。まあ、新入生代表挨拶もやったし、当然と言えば当然か。でもぶっちゃけ、委員長ってアニメや漫画みたいに仕事らしい仕事ってあんまりないから楽なんだよね。

 

「後藤さん、STARRYに行こうか」

「あ、はい」

「後藤さんばいばーい!」

「ひとりちゃん、また明日ね~」

「あ、え、あ……さ、さようなら」

 

 仲良くなった女の子二人にあいさつされて後藤さんは戸惑っていた。……中学の時にはこんな風に「ばいばい」って言われることがなかったんだろうな。昼休みもこの二人と楽しそうにお弁当食べてたし……あかんまた涙が出そうになってきた。

 

「喜多さーん。スタ練行こー!」

 

 教室を後にした俺は後藤さんを伴って一年五組までやってくる。俺が何のためらいもなく他クラスのドアを開けたことに後藤さんはぎょっとしていたけど、そんな羞恥心はありません。

 

 なぜかというと、中学時代は他クラスどころか他学年の姉のクラスに頻繁に出入りしていたからです。もちろん悪い意味で。だからこういうのには慣れっこなんだよな。

 

「お待たせ。行きましょ」

 

 喜多さんは何人かのクラスメイトと笑顔であいさつを交わして俺達のところへやってくる。さすが喜多さん、コミュ強陽キャ。すでに仲の良いグループを作ってるみたいだね。

 

 ……俺もちゃんとクラスの男子と打ち解けてるよ? まあ、後藤さんの服装についてめっちゃ聞かれたけど。今日のクラスの話題は後藤さんが独占していました。ぱちぱち。

 

「喜多さん、ギターってまだ修理終わってない?」

「そ、そうね。もう少しかかるって言ってたわ」

「ふーん……」

 

 様子がおかしいのは昨日だけかと思ったけど、やっぱり今日も少し変だ。今は後藤さんがいるし、あとでタイミングを見て二人になった時に話を聞いてみようかな。

 

 そして俺達は昨日と同じく、喜多さんと後藤さんの間に俺という緩衝材を挟む隊形でSTARRYへと向かうのだった。……そのうち喜多さんと後藤さんが並んで歩けるようにしないとだね。

 

 

 

 

「おはよーございまーす!」

「三人ともおはよう!」

「おは」

 

 STARRYに着くとすでに姉貴と虹夏ちゃんが来ていた。テーブルの一角を占拠して店のジュースを飲んでいる。星歌さんが店長とはいえ、虹夏ちゃんも結構好き勝手やってるな。まあ、虹夏ちゃんはしっかり者だけど甘えたがりな部分もあるからね。

 

「ひとりちゃん、学校どうだった?」

「あ、新しいお友達ができましたっ」

「そっかそっか~。よくがんばったね。偉い偉い!」

「私と大違い。すごい」

「えへ、えへへへへ……」

 

 虹夏ちゃんは母性溢れる笑顔で後藤さんの頭を優しく撫でる。虹夏ちゃんはほんとにいい子。悪い男に騙されないよう守らねば……

 

「(ひとりちゃんなんでピンクジャージなの?)」

「(……ロックでしょ?)」

「(全然意味わかんないよ!?)」

 

 虹夏ちゃんがこっそり尋ねてきたので曖昧に誤魔化しておきました。

 

「じゃあ、軽くミーティングして練習しようか。来月にはここでライブしたいし」

「え、も、もうライブですか?」

 

 虹夏ちゃんの言葉に後藤さんが驚いた声を出す。俺も気が早いと思うんだけどな。そもそも今から音源審査って間に合うの?

 

「まだ曲ができてないからカバーになるけどね」

「あ、私歌いたい曲がいくつかあります~!」

「喜多ちゃ~ん? カラオケじゃないんだよ~?」

「わかってますよ~」

 

 ガールズ達が話し合いをしているのを尻目に、俺は星歌さんの方へ向かう。星歌さんは可愛らしい動物がデザインされたパックジュースを飲みながらノートパソコンで仕事をしていた。

 

「星歌さん、おはようございます」

「おう、おはようさん。今日もよろしくな」

「うす。……あの、虹夏ちゃんが来月ライブしたいって言ってましたけど」

「……ああ、そのことか。一応出してやるつもりだよ」

「あれ? 音源審査は?」

「今回は特別だ。二回目からはちゃんと審査して他のバンドと平等に扱う」

「……相変わらず身内に甘々ですね」

「お前に言われたくねえよ」

 

 俺がそう言うと店長さんがぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。まあ確かに、俺も姉貴を介護してるから傍から見ると甘やかしているように見えるかもしれない。

 

「レンくーん! あたし達今からスタ練入るからねー!」

「はーい。がんばってねー」

 

 スタジオに入っていく四人を見送っていると、後藤さんが不安気に俺を見てきたので笑顔で手を振ったらぎこちなく振り返してくれた。ごとうしゃん、がんばえー!

 

 ……あ、やべ。忘れるところだった。

 

「姉貴、ちょっと待って」

「何? 融資の相談?」

「それ貸す側のセリフ!!」

 

 スタジオに入ろうとする姉貴を呼び止めて手招きすると、のろのろと気だるげな動きで歩いてきた。

 

「姉貴、ちょっと喜多さんの様子を気にかけておいてほしい」

「虹夏やひとりちゃんだけじゃなく郁代にまで手を出そうとは……我が弟ながら業が深い」

「ごめんな。俺、おっぱい原理主義者なんだ」

「どんまい郁代」

 

 って、こんなくだらんこと言ってる場合じゃねえよ。

 

「喜多さん、昨日から明らかに様子がおかしかったからな」

「まあ、その理由はなんとなく察してるけど」

「え? マジで?」

 

 俺が尋ねると姉貴がこくりと頷いた。ど、どうした姉貴!? 何だその有能ムーブ!? やればできる子って両親から言われ続けて十六年……ついに覚醒したというのか!?

 

「あとで話す。情報料はこれくらいで」

「毎度毎度弟から金巻き上げて恥ずかしいと思わんのか?」

「思わない」

 

 全く悪びれない姉貴の額を小突いておきました。用は済んだからさっさと練習行ってこい。

 

「へいへーい」

 

 そう言って姉貴はやる気なさそうに、さっきと同じくノロノロしながらスタジオに入っていった。まあ、あんな姉でもベース持ったらスイッチはいるから大丈夫だろ。

 

 さてと、俺も仕事に戻るか。

 

「PAさーん。機材運ぶの手伝いますよー!」

「ありがとうございます。じゃあ、そっちの段ボールに入ってるヤツを持ってきてくれますか?」

「わかりました!」

 

 そして俺はPAさんに言われた通り機材を運んだりテーブルを運んだり会場の設営を行う。ドリンクや受付はあんまりやらない。男がやるより可愛い女の子がやる方がウケが良いので。

 

 STARRYには可愛いスタッフがたくさんいるしね。姉貴も愛想はないけど顔は良いからな。

 

「あれ~? レンくん背が伸びました~?」

「そうなんですよ。百七十四センチになりました!」

「男の子は成長が早いですね~。私より十センチ以上高いです」

 

 PAさんはそう言いながら俺の正面に立って、穏やかに笑いながら上目遣い気味に見てくる。今日も変わらず美人さんで良い匂いしますね。PAさんって雰囲気もなんだかえっちだし、甘えていいですか?

 

 いや待てよ? こういう大人なお姉さんを全力で甘やかすのも趣深いのではなかろうか。

 

「PAさんは甘えたい派ですか? それとも甘やかしたい派?」

 

 我ながらなんて気持ち悪い質問してるんだ。

 

「うーん……相手によりますね。レンくんみたいな子を甘やかすのもいいですし、逆に年下の男の子に甘えるのもいいですね~」

 

 年下に甘える……その発想はなかった。ちょっと今後の人生プランの参考にしようと思います。

 

「甘やかしてほしいんですかぁ?」

「ほしいですね」

 

 俺は躊躇いなく答える。……こういう質問に即答したときに思う。やっぱり俺と姉貴は姉弟なんだなと。

 

「いつもお仕事がんばってますね~。偉い偉い」

 

 PAさんが優しく頭を撫でてくれました。あぁ^~、頭がフットーしそうだよぉっっ。

 

 今日の仕事中の俺はだいぶキモイことになってました。

 

 

 

 

「レンくんレンくん! ちょっと来て~!」

 

 仕事が一段落し、休憩していると虹夏ちゃんがスタジオから焦った様子で飛び出して俺に駆け寄ってくる。なんかトラブル?

 

 

「どったの?」

「ぼっちちゃんがゴミ箱に引きこもっちゃった!」

 

 ……ぼっちちゃんて誰よ?

 

「あ、そっか。レンくんはいなかったから知らないもんね。ぼっちちゃんっていうのはね、ひとりちゃんのあだ名だよ」

「新メンバーにそんないじめみたいなあだ名付けたらそら引きこもるよ!!」

 

 ぼっちちゃん……後藤ひとり……ひとりぼっち……完全にいじめですね。ガールズバンドのドロドロをいきなり新メンバーに浴びせる愚行。

 

 俺の虹夏ちゃんに対する好感度ががくっと下がった。

 

「変な誤解しないでよ! いじめじゃなくて『ぼっちちゃん』ってあだ名つけられてすごく喜んでたんだから!」

「どこの世界にそんなあだ名付けられて喜ぶ子がいるんだよ!?」

「……人生で初めて付けられたあだ名なんだって」

 

 あかん涙出そう。……後藤さんと出会ってから涙腺緩みっぱなしだな俺。

 

「で、そんなあだ名をつけたのはもちろん……」

「リョウだよ! あたしがそんなことするわけないじゃんっ!」

「ごめんて」

 

 ぷんすかしている虹夏ちゃんの頭をよしよしして宥める。あのクソ姉貴。結束バンドの名付け親でもあるからな。ほんとにネーミングセンスまで終わってやがる。

 

「ネーミングセンスに関してはレンくんも人のこと言えないよ?」

「そんなことないよ」

「あるもんっ」

 

 まあまあ。原因はわかんないけど後藤さんが引きこもったんでしょ? 場所がゴミ箱っていうのが意味わかんないけど。とりあえずスタジオに行きますか。

 

 というわけで、虹夏ちゃんと一緒にスタジオへ向かいます。

 

 

 

 

「わーお。ほんとにゴミ箱に引きこもってら」

 

 スタジオに入るなり、後藤さんの桃色ヘッドがゴミ箱からぴょこんと飛び出していました。観葉植物にするには色が派手すぎるね。

 

「で、なんでこんなことになってんの?」

「虹夏がぼっちに『ど下手だ』って言ったから」

 

 俺が尋ねると姉貴は微塵も悪びれる様子なくあっさりと答える。

 

「……虹夏ちゃん?」

「ち、違うよ! いや違わないけど……その、ね? こ、言葉の綾というか……つい口走っちゃったというか……」

「言ったことは事実なんだね?」

「……はい」

 

 虹夏ちゃんの頭をぐりぐりしました。痛みで涙目になってたけど知らん。初練習でいきなり「ど下手」って言われたらショック受けるよ。

 

 虹夏ちゃんって基本的には優しくていい子だけど、時々俺がびっくりするぐらい毒吐くからな。

 

 あれ? でも教室で弾いたときは普通に上手かったと思うんだけど……

 

 ああ、バンド組むのが初めてだから人に合わせらんなかったってことね。把握。

 

「とりあえず、後藤さんと二人で話していい?」

「あ、うん……」

 

 虹夏ちゃんは落ち込んだ表情を浮かべている。自分で後藤さんを誘っておいて「下手」って言っちゃったから罪悪感が強いんだろうな。姉貴はそんなもん全然感じないけど。

 

「山田くん。ひとりちゃんのことお願いね?」

「喜多さんはぼっちちゃんって呼ばないんだ」

「……バンド内だけならまだしも学校で呼ぶのはいじめを疑われるわよ」

 

 確かに確かに。喜多さんにもそういう常識が残っていたみたいでよかった。

 

「私は今回何も悪くない」

「フォローくらいしてあげればよかったのに」

「……その発想はなかった」

「また一つ勉強になったな」

「偉い?」

「偉い偉い」

 

 姉貴を雑に褒めてスタジオから追い出す。さてさて、後藤さんのメンタルケアのお時間ですね。

 

「後藤さーん」

 

 俺がゴミ箱に向かって声をかけると桃色ヘッドがピクリと反応した。

 

「ゴミ箱汚いからさ。とりあえずこっちの大きい段ボールに入ったら?」

 

 俺はそう言いながら、スタジオに放置されていた「完熟マンゴー」と書かれためっちゃでかい段ボールを後藤さんに差し出す。

 

 すると、ゴミ箱から後藤さんは恐る恐る顔を出し、段ボールと俺の顔を交互に見て、のそのそと段ボールの中に入っていく。

 

 ヤドカリの引っ越しだなこれ。

 

「後藤さん、虹夏ちゃんもさ。悪気があったわけじゃないんだよ」

「あ、はい。そ……それはわかってます。わ、私が下手くそなだけなので……」

 

 段ボール越しに女の子と会話するのはさすがの俺も人生初めてだな。

 

「でもさ、教室で聴いたときはものすごく上手いと思ったけど?」

「あ、あれはソロだったので……私、誰かと一緒に演奏するの、初めてで……全然上手く合わせられなくて……」

 

 やっぱり思った通りの理由だったか。正直、こればっかりは時間をかけてやるしかない。初めての演奏で全員の息がぴったり合うなんてことはありえないんだから。

 

 活躍しているプロだってそういう時代を乗り越えているからこその今があるんだろうし。

 

 というようなことは、言わなくても後藤さんもわかっているはず。

 

 だから……

 

「後藤さん」

「は、はい……」

「一曲弾いてくれない?」

「え……?」

 

 俺の言葉に、後藤さんは段ボールから顔を出す。困惑の表情を浮かべたまま。

 

「今はさ。俺以外にだーれもいないし、他の誰かに合わせる必要も、教室みたいに人目を気にする必要もない」

 

 俺はできるだけ優しく笑って言う。

 

「だからさ。いつも家で弾いてるみたいな、後藤さんの本気の演奏を聴かせてよ」

 

 俺の言葉に、後藤さんは目をぱちぱちとさせて俺を見る。そして、恥ずかしそうに頬を染めながら一度段ボールの中に引っ込んでいった。

 

 うーん……ダメだったかな?

 

 俺がそう考えていると、後藤さんが段ボールの中で何やらもぞもぞ動いている。

 

「わ、わかりました……や、山田くんのために一曲弾きます」

 

 そして、後藤さんはそう言って段ボールの中から出てきた。自分のギターを手に取り、ストラップをかける。

 

「お、お願いします……」

「こちらこそ、ありがとうね」

 

 後藤さんは一度大きく深呼吸した。

 

 何を弾いてくれるんだろう。と、内心ワクワクしていた俺だったが、彼女の演奏が始まった瞬間、その感情が一瞬で吹き飛ぶことになる。

 

 ピックが、弦を弾く。

 

 ギターを演奏するというのは、極論それだ。細かいテクニックは無数にあれど、根本にある原理は全ギタリストに共通している。

 

 そして俺は、姉貴の影響もあって……音を()()という能力に関しては一般人のそれよりも優れているという自負があった。

 

 にもかかわらず

 

 彼女の()を聴いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

 彼女が選んだ曲は、昨日の放課後に二人で雑談をした中で出たバンドの曲。

 

 俺が一番好きな曲だ。

 

 俺はこの曲がきっかけでそのバンドの虜になり、CDを買い漁り、ライブを観に行ったこともある。

 

 そんなバンドの曲を彼女が演奏して……初めてその曲を聴いた時の衝撃を思い出していた。

 

 日本を代表するロックバンドの一つに数えられるであろうそれと似た衝撃。

 

 俺は、後藤ひとりという少女が、彼らと同じものを持ちえているという確信を得た。

 

 俺が知る十代最高のギタリスト、大槻ヨヨコと同等か……それ以上。

 

 実力が、飛び抜け過ぎている。ソロだとここまで圧倒的なのか……。姉貴も学生レベルを超えてるけど……彼女はそうじゃない。プロレベルだ。

 

 彼女が実力を発揮できないのも仕方ない。そもそもの実力が並の学生バンドの範疇に収まるレベルじゃないからだ。

 

 でも、裏を返せば───彼女が結束バンドで実力を十全に発揮できるようになればメジャーデビューも視野に……

 

 いやいや、落ち着け俺。冷静に……冷静に……

 

 なれるかぁ!!

 

 こんな……こんなプロ級の凄腕ギタリストを目の前にして落ち着いてられるわけないだろ!!

 

「あ、あの……山田くん?」

 

 後藤さんの心配そうな声で俺は我に返る。

 

 そうだよ。後藤さんのメンタルケアのために、自信を取り戻してもらうために演奏してもらったのに俺の脳が焼かれてどうするんだ。

 

「後藤さん」

「は、はい……」

 

 俺は後藤さんに近づいて、彼女の手を両手で握る。

 

「俺に、あの感動を思い出させてくれてありがとう」

「は、はい……?」

 

 後藤さんは首をかしげて「意味が分からない」とでも言いたげな表情を浮かべていた。うん、意味わかんないよね。ていうか、普通に手を握っちゃったけど、それは平気なんだね。あ、でも意識しちゃったら後藤さん溶けるんじゃ───

 

 ところが、俺の懸念は全く想定外の理由で回避されることになる。

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

「ボーボボ」

「伊地知先輩の鼻毛真拳ですね」

 

 スタジオのドアが勢いよく開き、虹夏ちゃんが飛び込んでくる。その後ろからは姉貴と喜多さんも来ていた。……あ! さてはドアをちょっと開けて演奏聴いてやがったな!

 

「ぼぼっちちゃん! ぼぼぼっちっちちゃん! き、きみきみきみ……」

 

 虹夏ちゃん落ち着いて。さっきから日本語になってないよ。

 

 後藤さんが凄腕ギタリストだからって興奮しすぎでしょ。と、俺は数十秒前の自分を棚上げしてみる。

 

「ぼっちちゃんって……ぼっちちゃんって……」

 

 虹夏ちゃんは俺が視界に入ってないみたいだ。仕方ない。ここは昔みたいに抱っこからのたかいたかいコンボで───

 

 俺がこっそり虹夏ちゃんの背後に回って作戦を実行しようとするも、虹夏ちゃんの次の言葉に思わず動きを止めてしまうのだった。

 

 

 

 

「ぼっちちゃんって───ギターヒーローだったの!?」

 

 

 

 

 なにそれ?




ギターヒーローバレRTA



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#05 オオツキサンキュー


 前回のあらすじ

 内気でコミュ障な根暗少女が実は動画サイトで大人気の凄腕ギタリストだった!? 私の人気に気付いた過去のクラスメイト達が友達面しようとしてくるけど後悔してももう遅い!



 ギターヒーロー

 

 虹夏ちゃんは確かにそう言った。とうとう戦隊モノのヒーローがギターで敵をぶん殴って戦う時代が来たのかと、ほんの一瞬だけ思ったけどそんなわけないよね。

 

 いやでも音楽の力で戦う戦隊モノって探せばあるんじゃないの? シンフォギアみたいに。俺は知らんけど。

 

「姉貴、ギターヒーローって何?」

「これ」

 

 姉貴がスマホを操作して、オーチューブアプリを開いてとある動画を再生した。ギターヒーローとやらの意味が分からなかった喜多さんと一緒に姉貴のスマホをのぞき込む。

 

「『演奏してみた動画』ですね」

「この野暮ったいピンクジャージに桃色の髪、使ってるギター……」

「……顔は出してないけど完全にひとりちゃんね」

 

 再生されている動画を観て、俺と喜多さんは動画の人物と虹夏ちゃんの前で顔面を崩壊させながら痙攣している後藤さんが同一人物だと確信した。

 

「山田くんこれ! 再生数百万回以上の動画もあるわよ!」

「はえー……後藤さんってこんなにすごい子だったんだね」

「あ、す……すご……。えへ、えへへっ。ひ、人違いでしゅよぉ~」

「全く隠す気ないだらしない笑顔!!」

 

 後藤さんの反応に虹夏ちゃんが即座にツッコむ。三年くらい前から投稿してるな。確か、後藤さんがギターを始めたのが中一だったから時系列も一致する。

 

 なるほど。後藤さんがクラスメイト達の要望にあっさり応えて即興で演奏できた理由が分かった。彼女は流行りの曲を片っ端から演奏して、その動画をオーチューブに投稿していたんだ。

 

「こんなすごい人に虹夏ちゃんは『ド下手だ』って言っちゃったのかぁ……」

「あうぅ……は、反省してるからそれは言わないでぇ……」

 

 俺が虹夏ちゃんの耳元で意地悪く囁くと、虹夏ちゃんはちょっとだけ涙目になって恨めしそうな視線を俺に向けてきた。

 

「私だけは最初からぼっちの実力を見抜いていた」

「リョ、リョウさん……」

「後藤さん。信じちゃダメだ。姉貴は後藤さんの広告収入に目が眩んで媚びを売ってるだけだから」

「……お前のような勘の良いガキは嫌いだよ」

「じゃあ二度と身の回りの世話しなくていいんだな?」

「嘘嘘レン様大好き愛してる嫌わないで」

「縋りついてくんな! うっとうしい!」

「や、山田くん!? ダメよそんな! 近親なんて……姉弟の恋愛なんて微塵も生産性がないのよ!?」

 

 百合も生産性がないのでは? ということは思うだけで口には出しませんでした。昨今は色々厳しいですからね。何がきっかけで炎上するかわからないから。

 

「話脱線し過ぎでしょ! 今はぼっちちゃんがギターヒーローだっていう話してるとこ!」

「そうだった。全部レンが悪い」

「喜多さんが悪い」

「い、伊地知先輩が悪いわ」

「仲良いなお前らっ!」

 

 これ以上ぐだぐだしていると虹夏ちゃんの鉄拳制裁が始まりそうなので話を戻そうと思います。

 

「それで……ぼっちちゃん。さっきの合わせではどうしてあんな感じの演奏になっちゃったの?」

「あ、えっと……や、山田くんには話したんですけど、私……誰かと一緒に演奏したのって今日が初めてで、周りに全然合わせられなくって……」

「なるほどね~。突っ走っちゃったのはそういう理由か~。まあ、確かにソロとバンドって全然勝手が違うもんね。あたし達もそこまで気が回らなかったな~」 

「ご、ごめんなさい……日常でもバンドでもコミュ障で……」

 

 後藤さんが申し訳なさそうに縮こまって下を向く。

 

「ぼっちが謝ることじゃない」

 

 そろそろフォローに入ろうかと思ったところで、意外にも姉貴が口を開いた。……大丈夫か? 余計なこと言わないよな?

 

「私はそもそも、初めから何もかも上手くいくなんて思ってなかった。最初はぎこちなくても、息が合わなくても、何度も何度も繰り返すうちに少しずつ私達の音が形になっていく。バンドってそういうものだよ」

「リョウさん……」

「リョウ先輩……」

「リョウ……」

 

 誰やこいつ!? ほんとに俺の姉貴か!? ……と、思うのは冗談で。まあ、姉貴も姉貴で()()()()()で色々あったからな。今の後藤さんの気持ちがよくわかるんだろう。

 

「後藤さん」

 

 俺が声をかけると、彼女の俯き気味だった顔が上がって真っ直ぐに俺を見てきた。

 

「俺は楽器をやってないから偉そうなことは言えないけど……後藤さんだって最初からギターを上手く弾けたわけじゃないでしょ?」

「そ、そうですね……初めたばかりの頃は、何度も投げ出しそうになりました……」

「でも、諦めずに毎日継続して努力を重ねた結果が今の後藤さんなんだ。だから、今度は一人でがんばるんじゃなくて、みんなでがんばればいい」

「そうだよ! ぼっちちゃんがギターヒーローとしての実力が出せるように、あたし達も精一杯努力するからさ!」

「私も……うん……覚悟を決めるわ」

「虹夏ちゃん……喜多さん……」

 

 虹夏ちゃんの言葉はともかく、喜多さんの言葉は後藤さんに伝えている……というより自分自身に言い聞かせているような印象を受けた。……昨日と今日、様子がおかしかったことと関係しているのかな。

 

 まあ、それに関してはまた個別で話を聞くとして……どうなることかと思ったけど、結果的には結束バンドの結束力が高まったからヨシ! 

 

 具体的にバンドとしてどうすればいいのかは全然わかんないけど。

 

「でも、ぼっちがバンドになると下手っぴなのは何にも解決していない」

「お前自分から良いこと言っておいてなんで自分で台無しにしてんの!?」

 

 良い雰囲気で終わりそうだったのに、なぜか姉貴がちゃぶ台をひっくり返すような発言をして虹夏ちゃんに盛大にツッコまれていた。……姉貴株乱高下しすぎだろ。

 

 ただ、姉貴の言っていることは事実だし正しいから何も言い返せないけど。

 

「レン、なんか意見ない?」

「なぜそこで俺に振る?」

「こういうのは、当事者じゃなくて第三者の方が案外良い意見を出せたりする」

「姉貴の癖にまともなことを……」

「私、レンのこと信じてるから」

「……建設的な意見を出せなかったら?」

「失望させた罰として全員に焼肉奢る」

「じゃあ、意見を出せたら?」

「私が全力でハグしてよしよししてあげる」

「リスクと報酬が全然釣り合わないっ!!」

「そうよね。明らかに報酬が高過ぎるわ」

「逆逆! リスクが高過ぎるって意味!」

「山田くん! リョウ先輩のハグとよしよしが焼肉以下だとでも言うの!?」

「言うよ!!」

 

 狂信者の喜多さんと一緒にすんな。

 

 クソ姉貴め。こういう時だけ無茶振りしやがって。……他の三人は気付いてないけど、目が笑ってんだよ姉貴! こんにゃろ~。意地でも良い意見出してやるからな。覚悟しとけよこら。

 

 とはいえ、俺は姉貴の影響で色んな音楽を聴かされていたとはいえ、演奏なんてほとんどやったことがない。そんな素人に凄腕ギタリストをどうにかするための意見を聞かせろって言われても……

 

 待てよ……凄腕ギタリスト?

 

 あ、この勝負、俺の勝ちだわ姉貴。

 

「ちょっと電話してくる」

「男? 女?」

「女」

「お姉ちゃんはレンをそんな女たらしに育てた覚えはありません!」

「そりゃ俺が姉貴の介護ばっかりしてたからな!」

 

 俺は姉貴にそうツッコミを入れて、スマホを操作してロインを開く。ここで話すのはなんか気恥ずかしいので、スタジオを出てから通話のアイコンをタップした。

 

『もしもし?』

「すみません大槻先輩。聞きたいことがあるんですけど───」

 

 わからないときは、専門家に聞けばいい。凄腕ツンデレギタリスト……大槻ヨヨコ大先輩にっ!

 

 

 

 

「ふっ……女との電話を聞かれたくないから出て行ったか。愛いヤツめ」

「レンくんにまた彼女? でも、前の彼女は受験だから別れてたよね?」

「やっぱり山田くんってモテるんですか?」

「リョウと違って顔だけじゃなくて性格も良いからね~。コミュ力だって高いし」

 

 山田くんがスタジオを出て行ってから、彼の話題になった。あ、や、やっぱり山田くんって中学生の頃から人気者だったんですね。

 

 そうだよね。陰キャでコミュ障な私にも優しく話しかけてくれたんだから。そんな良い人がモテないはずないもんね。顔立ちもすごく綺麗だし……羨ましい。

 

「レンは私の背中を見て育った」

「反面教師としてだけどね」

「しかも私のお世話を十年以上し続けている」

「だから女の子の気持ちを察する力とか、下心なく優しく接する能力とかがずば抜けてるんだよ」

「つまり今の山田くんを作り上げたのは実質リョウ先輩?」

「その通り。あれはあらゆる女の夢が詰まった私の最高傑作」

「さすがですリョウ先輩!」

「いやいや、がんばったのはレンくんだからね!?」

 

 リョウさんとも、山田くんとも出会ってからまだ二日目だけど……リョウさんがその、ものすごく特徴的な、癖のある性格をしているっていうのはよくわかった。

 

 あんなお姉さんが常にそばにいて、献身的にお世話をしていたら……うん。確かにあんな風に育ってもおかしくない。それに、虹夏ちゃんが言っていた下心がないっていうのもよくわかる。

 

 きょ、今日だって朝から少しお話したけどあんまり緊張しなくて普通におしゃべりできたんだもん。他の男の子だったら、こんなことできなかったかもしれない。

 

「それに、虹夏もレンの人格構成に一役買っている」

「そんなことないでしょ?」

「ある。虹夏はことあるごとに『女の子はちゃんと褒めてあげないといけないよ?』とか『ただ可愛いって言うんじゃなくて、どこがどういう風に可愛いのかを具体的に伝えなきゃいけないの』とか『感情的になった女の子を優しく受け止めてあげる度量が必要だよ』とか洗脳染みたことしてた」

「洗脳じゃなくてアドバイスだよ!? レンくんが『同級生の女の子のことがよくわからない』って相談してきたから教えてあげただけで……」

「伊地知先輩。それっていつの話です?」

「え? 小学校の頃だけど」

「ダウトです」

 

 に、虹夏ちゃん……そんなことしてたんだ。リョウさんと虹夏ちゃんに囲まれて育った山田くん……。ああ、彼のルーツって二人にあったんだね。

 

 それに、彼があんなに可愛い喜多さんに対してもすごく自然で気安く接していた理由が分かった。

 

 リョウさんは山田くんのお姉さんだけあって顔立ちがすごく整っている。虹夏ちゃんも下北のお洒落な女子高生って感じですごく可愛らしくて良い匂いがする。

 

 山田くんの中で、女の子の基準が()()()()になっちゃってるんだ。だから、気後れしそうなくらい可愛い喜多さんにもまったく緊張してない。……うん。なんかもう、彼を好きになる女の子に同情します。はい。

 

「それに虹夏は幼馴染っていう『負け確ヒロイン要素』を持っているから、どうせメインヒロインの当て馬で終わる」

「世界中の幼馴染ヒロインに謝れ!!」

「もし伊地知先輩と山田くんが付き合い始めたら……先輩は私の叔母さんになりますね!」

「にじーば」

「湯婆婆みたいに言うな! 二人ともそこに並べ! ドラマーの筋力を思い知らせてやんよ!」

「幼馴染……暴力属性……IS……うっ、頭が……」

「フランス女に寝取られそうですね」

「喧嘩売ってんだな!? 二人とも喧嘩売ってんだな!?」

 

 お、幼馴染は負け確ヒロイン……そ、そんな恐ろしい法則があるだなんて……。に、虹夏ちゃん。強く生きてください。私は虹夏ちゃんがどんな結末を迎えても優しく慰めてあげます。

 

「幼馴染以前に、レンは巨乳好きだから虹夏は対象外」

「あ~。そういえばレンくんって『年上の巨乳お姉さんに甘やかされたい』って言ってたもんね」

「山田くんもなんだかんだ男の子ですね。じゃあもし、伊地知先輩が巨乳ならどうなってました?」

「伊地知レンになってた」

「レンくんが婿入りするの!?」

 

 きょ、巨乳好き……。そ、そうだよね。お、男の子だもんね。男の子って、みんなおっぱいが好きだもんね。ふへへっ。

 

 私は無意識のうちに自分の胸を触っていた。べ、別に深い意味はないよ? だって山田くんと出会ってまだ二日だし。山田くんは私の初めてのお友達だから。

 

「あれ? でも確かレンくんの歴代彼女ってみんな同級生か年下の、ちょっと癖のある手がかかる感じの色々小さい子ばっかりじゃなかった?」

「山田くんの庇護欲と包容力が弊害になってる……」

「自分の好みと付き合う人が全然違うってあるあるだもんね~」

「伊地知先輩も彼氏がいたんですか?」

「……えへへ。内緒だよ~」

「あー、ずるーい! 可愛い顔して誤魔化そうとしないでくださいよ~」

「きゃ~っ! 喜多ちゃんに襲われちゃう~」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんがじゃれ合ってる。あ、あれが本場の女子高生同士の絡みっ! わ、私もいつかあの領域に辿り着けるだろうか……。

 

「虹夏に告白していた男は悉く玉砕していた」

「おい! 人の過去を簡単にバラすな!」

「そして一時期、レンと虹夏が付き合ってるって噂が流れていた」

「ちょっ!? あれはリョウが噂を否定しなかったから被害が拡大したんでしょ!?」

「でも伊地知先輩。山田くんと結婚したらリョウ先輩の家族になれますよ?」

「そんな結婚の動機聞いたことないよ!!」

 

 き、喜多さんがリョウさんの娘になって、山田くんと虹夏ちゃんが結婚してリョウさんの家族になって……あれ? も、もしかして私だけバンドメンバーで家族じゃない? 

 

 そ、そそそそそそそんな仲間外れ嫌ですっ!

 

「わ、わんわんっ……!」

「ぼっちちゃんが急にお腹見せて吠え出した!?」

「わ、私をペットにどうですか? そ、その辺の野良犬より物覚えは良いですよ」

「野良犬相手にマウント!?」

「ぼっち、お手」

「あ、あぉんっ!」

「よしよし、いい子だ。頭なでなでしてやろう」

「そ、そうですか。こ、これで私も家族ですね……ふへっ」

「あたしのギターヒーロー像が粉々に砕け散っていく!!」

 

 や、山田くんも私が犬の真似したら頭撫でてくれるかな? ふ、ふへへ。

 

 

 

 

『それで、聞きたいことって何?』

「姉貴のバンドに新メンバーが増えたんですけどね……」

『開口一番自慢かしら?』

「昨日、メンバー集めは絶好調って言ってませんでした?」

『そういうこと言う人……嫌い』

「ごめんなさい大槻先輩! マジでごめんなさい! 何でもしますから許してください!」

『……言質取ったわよ?』

 

 あ、やべ。大槻先輩が悲しそうな声だったから思わず「何でもします」って言っちゃったけど……まあ、大槻先輩だし大丈夫か。あの人もなんやかんやで常識人だし。

 

 ちなみに姉貴は一日一回は俺に「何でもしますから許してください」と言っている。姉貴の「信用ならない言葉ランキング」四天王の一角ですね。

 

「えーっと……話戻していいですか?」

『ええ♪』

 

 大槻先輩がご機嫌な声でそう言った。わかりやすいなこの人。

 

「今回加入したメンバーがリードギターなんですけど……その子の実力が飛び抜け過ぎててですね……」

『プラスの意味で?』

「はい」

『ふーん。それで、他のメンバーを見下しちゃったり?』

「それならまだ扱いやすかったですよ。全くの逆です。その子、これまではずっとソロでしか活動していなくて、バンドを組んだのが人生で初めてなんです。で、今日メンバー全員で演奏したんですけど……」

『全く息が合わなかったと?』

「おっしゃる通り」

 

 さすが大槻先輩。話が早くて助かります。多分、大槻先輩も同じような苦労をしてきたと思うから、もしよかったら何かアドバイスを頂けないでしょうか?

 

『で? どういう風に息が合わなかったの? 大方、その子が一人で突っ走っちゃったのでしょうけど』

「すごい……まるで見てたみたいに言いますね。その通りです」

『……私も大昔はそうだったもの』

 

 大昔って言うほど老け込んでないでしょ。

 

「それで、どうしようか色々考えた結果、俺がこういうバンド関係で一番頼りにしているのが大槻先輩だったので……」

『ふーん。良い判断ね、あなたにしては』

 

 大槻先輩が嬉しそうな声色で言う。お世辞もあるけど、八割以上は本音だった。俺は彼女の演奏技術もそうだけど、それ以上に何事にも妥協しないストイックなところを尊敬している。

 

『確かに、バンドは全員で一つの音楽で作り上げるものだから、各々のメンバーが()()()()周囲に合わせる協調性が必要になってくるわ』

「ある程度?」

『そうよ。周りに合わせることだけに集中して自分の個性を出せないなんてバンドマンとして死んだようなものだから』

 

 俺はその言葉を聞いて、昔姉貴が似たようなことを言っていたことを思い出した。

 

『その子、リードギターなんでしょ? だったら「私の演奏についてきなさい! 遅れたヤツは置いていくわよ!」くらいの精神で……全員を引っ張るくらいの覚悟で演奏する必要があるわね』

「……少なくとも、大槻先輩はそうですもんね」

『当たり前でしょ。妥協して本来の実力を発揮できないなんて私が最も嫌うことだもの。本末転倒もいいところだわ』

 

 ここだけ聞くと、大槻先輩がものすごく我儘で唯我独尊の王様って思うかもしれないけど……いやまあ確かにそういう一面があることも事実だけどね。でも、彼女はそれに見合った実力と……相応の努力を重ねている。

 

 だからこそ俺は、彼女のことを本当に信頼していた。

 

『だから、その子が周りに合わせる練習だけじゃなくて、逆にその子の()()()()()()()()()()()()()()()練習もやるべきよ』

「レベルの高い演奏で周りのメンバーの実力も引っ張り上げる、と?」

『漫画みたいにそう上手くはいかないけどね。それに、この練習はかなりキツイわ。バンドとして安定した演奏ができないストレスに、実力がかけ離れていればいるほど痛感する他のメンバーの劣等感。ぶっちゃけ、解散の理由になりえるもの』

「確かに、それはきっついですね……」

『ただ、本気で上を目指すならそういう覚悟が必要だってこと。学生バンドのお遊びで終わらせるつもりならそこまでやらなくていいんじゃない?』

 

 大槻先輩の言葉に、俺はちくりと心が痛んだ。虹夏ちゃんが姉貴を誘ってバンドを結成して、喜多さんが姉貴に憧れて加入して、内気で人見知りな後藤さんという凄腕ギタリストと出会って……

 

『そもそもだけど、あなたのお姉さんのバンドは何を目標としているの?』

 

 大槻先輩の質問に、俺は答えることができなかった。今はとにかくメンバーを集めることばかりを意識していたから、そういうところまで考えが及んでいなかったかもしれない。

 

 いや、虹夏ちゃんには虹夏ちゃんなりの目標があるだろうし、姉貴は……聞かなくてもわかる。

 

『バンドとしての演奏技術を磨くことも当然だけど……そのバンドの方向性や、どこを目指しているのかっていうことを、全員で共通の認識として持っておく方がもっと大事よ』

「なる、ほど……」

 

 俺は、大槻先輩の言葉に歯切れの悪い返事しかできなかった。

 

『説教染みたこと言っちゃったわね。気に障ったなら謝るわ』

「あ、いえ……そんなことないです。俺の方こそ、こういうことあんまり考えてなかったから上手く答えられなくて……」

『というか、あなたそもそもバンドメンバーじゃないでしょ? それともこれを機に加入するつもり?』

「いや、それはないです」

 

 だって楽器できないし。俺は聴き専で推しのバンドの活動を見守る後方支援者面してる古参ファンくらいの立場がちょうどいい。

 

『……そう。私で良かったらギター教えてあげるけど?』

「俺、やるならドラムがいいんです」

『知り合いに良いドラマーがいるわよ? 紹介してあげるからこれを機に初めてみたらどうかしら? 大丈夫、最初はみんな怖がるけどだんだん(演奏が)気持ち良くなってくるから』

「俺と大槻先輩の性別が逆だったら普通に事案な発言ですからね」

『あとSIDEROSっていうバンドが絶賛メンバー募集中よ?』

「そっちが本音でしょ?」

 

 俺がそう言うと電話の向こうで大槻先輩がクスッと笑うのが分かった。珍しいな、こんな風に笑うなんて。先輩っていつも仏頂面してるのに。

 

「大槻先輩、色々アドバイスありがとうございました。このお礼は近いうちに……」

『何でもするって言ったものね?』

「……ちっ、覚えてたか」

『忘れるわけないでしょ。さーて何してもらおうかしら』

 

 大槻先輩のことだから常識的な範囲のお願いで済むとは思うけど。……これが姉貴ならこうはいかない。姉貴は「一生のお願い」を週一ペースで使う女なのだから。

 

『ま、それはゆっくり考えておくわ。……それとは別で、私も聞きたいことがあるのだけど』

「何ですか?」

 

 珍しい。こういう電話をするときって俺が先輩に質問があるときがほとんどなんだけどな。

 

『その新しいギタリストと私───どっちが()かしら?』

 

 なるほど納得。プライドの高い大槻先輩らしい質問だ。下手にはぐらかすとしばらく口をきいてもらえなくなるヤツですね。

 

「正直……大槻先輩と同レベルかそれ以上だと思います」

 

 だからこそ、俺は大槻先輩を失望させないために本音をぶちまける。

 

『……そう』

 

 数秒の沈黙の後、大槻先輩は短く答えた。

 

『そのギタリスト───興味があるわね』

「あれ? 俺の言葉をあっさり信じるんですか?」

『あなたの()は確かなものだし、それに……』

「それに?」

 

 大槻先輩が言い淀む。珍しい。

 

『私これでも───あなたのこと、結構信用してるのよ……?』

 

 あ、やばい。すっげー嬉しいけど、めっちゃ恥ずかしい。電話越しで良かったわ。今の俺、絶対口元ニヤケてるもん。

 

『ちょ……何か言いなさいよ!』

 

 俺が黙っていると大槻先輩が痺れを切らしたようにそう言った。うん、先輩も恥ずかしかったのか。可愛いですね。

 

「いや、大槻先輩にそう思われてたことが嬉しくて……ちょっと言葉が出なくてですね」

『恥ずかしいこと言わないでくれる!?』

「何とか言えって言ったり、言わないでって言ったり我儘ですね」

『~~~~~~~っ!!』

 

 大槻先輩が日本語ではない謎の言語……というか奇声を上げている。うん、さすがに翻訳はできませんよ。ちゃんと人類にわかる言語を使ってください。

 

「あ、そうだ。来月ライブやるんでよかったら観に来ますか? チケット取っときますよ?」

『はぁ、はぁ……ライブ? ああ、そうね。……気が向いたら行くわ』

 

 つまり絶対来てくれるってことですね。息を切らしながらハアハア言っている大槻先輩の言葉を聞きながら俺はそう結論付ける。

 

 先輩とはまだそんなに長い付き合いじゃないけど、それでも彼女は結構わかりやすい部分があるからな。

 

「先輩、本当にありがとうございました。ものすごく勉強になりました」

『いいわよ、これくらい。私も今日話ができて、早くメンバー集めて本格的に活動を再開したいって強く思えるようになったから』

「また今度一緒に作戦会議しましょ」

『そうね』

「じゃあ俺、メンバー達に伝えてくるんでこれで───」

『あ、ちょっと待って!』

 

 俺が通話を切ろうとすると、大槻先輩に呼び止められる。はて? まだ何か俺に用があったのかな?

 

『最後に一ついいかしら?』

「? ……どうぞ?」

 

 何だろ一体?

 

『そのギタリストって───男? 女?』

 

 何その質問? 全然予想外だったわ。

 

「女の子ですけど……それがどうかしました?」

『………………別に』

 

 いや絶対なんかあるでしょ今の間! まさかそのギタリストに心当たりがあるとか? もしやもしや大槻先輩もギターヒーローについて調べててその正体を突き止めていたとか?

 

 ……それはないか。

 

 あと、考えられることとしては……

 

「もしかして、嫉妬してます?」

『あーあーあー! 聞こえなーい! 電波が急に悪くなったわー! また連絡するわ! じゃあね!』 

 

 大槻先輩はわざとらしい棒読みで一方的に捲し立てて通話を切った。……なんやあの可愛い生き物。まさか本当に嫉妬していたとは。

 

 でも気持ちはわからんでもない。俺も突然大槻先輩に仲の良い男ができて、その男について相談されたらちょっともにゃっとなるし。

 

 ……まあいっか。とりあえず有益な情報は得たし、これをみんなに伝えよう!

 

 そして俺は意気揚々とスタジオへ戻るのだった。

 

 

 

 

「あ、レンくん帰ってきた」

「おかえり」

「結構長かったのね」

「わんわんっ」

「なんで後藤さんがみんなに撫でられてんの!?」

 

 俺がスタジオに戻って飛び込んできたのは、後藤さんを三人で囲んで彼女の頭やら顎を撫で回している光景だった。

 

 さ、最近の女子高生の間ではわんこプレイが流行ってるんですね。……結束バンドって俺が思ってるより遥かにやべーバンドかもしれない。

 

「レン、成果は?」

「……ふっ」

「ものすごいドヤ顔! こ、これはかなり期待できるんじゃない?」

「何の成果も得られませんでしたに一票」

「私もリョウ先輩に一票」

「わ、わんわんっ」

 

 後藤さんはいつまでわんこになってるのかな? いや、可愛くて目の保養になって癒されるからいいけどさ。……うっ、やばい。庇護欲が爆発する。お、抑えろ俺! 

 

 ここで出会って二日目の女の子の頭を犬みたいに撫でてみろ。勘違いイタイタ男のレッテルを貼られてドン引きされて黒歴史として永久に記憶の底に刻まれるに違いない!!

 

 ニコポ? ナデポ? リアルと二次元を混同した哀れな男達の末路が見える。

 

 虹夏ちゃんをよしよししてたって? 幼馴染で今さらそんなこと気にしない間柄だからいいんだよ。

 

「えー……おほん。善意の情報提供者O氏の協力の下、本日の結束バンドの練習メニューが決まりました」

 

 俺は一つ咳払いをして、四人を見回す。四人とも興味深そうな表情を浮かべて俺を見ていた。

 

「チキチキ『ギターヒーロースプリングC』~ついてこれるまで帰れません!~」

  

 というわけで、大槻先輩の提案通り今日はお試しで後藤さんの突っ走った演奏に、他のメンバーががんばって合わせるっていう練習をやります。

 

 最初は四人とも「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしていたけど、俺が丁寧に説明したら納得してくれました。

 

「へー……あたし達がぼっちちゃんに合わせる。逆の発想か。面白そうだね!」

「レベルの高い演奏を間近で観られるだけでも勉強になる。……ぼっち。私達のことは気にしなくていいからさっきみたいに思いっきりやってみて」

「あ、はい」

 

 虹夏ちゃんも姉貴も後藤さんも結構ノリ気だった。

 

 喜多さんだけは、三人から少し離れたところで浮かない表情をしている。……そろそろ声のかけ時かな。

 

「喜多さん」

 

 俺は彼女にそっと近づいて、他の三人には聞こえない小さな声で話す。

 

「明日、二人でちょっとお話ししようか?」

 

 俺がそう言うと、喜多さんは一瞬緊張した表情を浮かべるも、観念したように小さく笑って頷いた。まだ何にも話してないけど、ちょっと憑き物が落ちたような表情になってるね。

 

「先輩達ー! 私も混ぜてくださーい!」

 

 そして喜多さんはいつもの笑顔で三人の輪の中に入っていった。

 

 うん。とりあえず今日の練習は大丈夫そうだね。……あとで喜多さんのことについて姉貴にも話を聞いておかないと。それと、近いうちにバンドの方向性と目標について虹夏ちゃんとも相談して……

 

 そこでふと、俺はあることに気付いた。

 

 あれ? なんで俺がこんなことまでやってるんだ?

 

 

 

 

 ちなみに練習は全然上手くいかなかったけど、大槻先輩が懸念していたような、実力差に絶望することも、劣等感に苛まれることもなく、みんな───特に後藤さんが楽しそうでした。

 

 めでたしめでたし。

 

 あ、建設的な意見を出せたので姉貴がハグとよしよししてこようとしたけど、喜多さんを身代わりにしておきました。




レンくんとかいう山田の背中を見て育ち、虹夏の英才教育を受けた二人の愛の結晶
つまりリョウ虹の子共




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#06 とっておきの喜多


絶対に逃亡してはいけない結束バンド24時



「どの辺でお弁当食べようか?」

「あそこのベンチが空いているわ。天気が良いし、外で食べるのも気持ち良さそうね」

 

 後藤さんがギターヒーローだという衝撃の事実から一夜明けて、俺はお昼休みに喜多さんを呼び出して中庭のベンチに仲良く二人並んでお弁当を食べることにした。

 

 言うまでもないけど、ここ数日喜多さんの様子がおかしかった理由を聞くためだ。

 

 あ、後藤さんは今日はちゃんと制服を着てましたよ。ほんとなんで昨日はあんなピンクジャージだったんだろ。俺、深夜のドンキでしかあんなジャージ着てる人見たことないよ。

 

「喜多さん、俺の自信作のだし巻き卵と何かおかず交換しよ?」

「そのお弁当って山田くんが作ったの!?」

「昨日から母さんの体調が悪かったから、今日の朝は俺が作った」

 

 今日だけじゃなくて、俺の両親は忙しいから夕食を作れない時がたまにあるんだ。で、そういうときは出前にしたりもするんだけど、虹夏ちゃんに……

 

「料理ができる男の子はモテるよ」

 

 って言われて、虹夏ちゃん先生ご指導の下料理を覚えたんだ。自分一人のためだけに作るのは面倒だけど、誰かに食べてもらうためなら俺は全力を出せる。

 

 やってみると意外と楽しいしね。後片付けは面倒だけど。

 

 だから、作るのは俺。片付けるのは姉貴って役割分担してるんだ。最初、姉貴は食べる専門だったけど「働かざる者食うべからず」で押し切った俺が見事勝利をおさめました!

 

「料理までできるなんて。……君の欠点って何?」

「納豆を食えない」

「人間的な意味の欠点よ!」

「……歴代彼女が俺のタイプじゃない面倒な女の子ばっかり」

「なるほど、ダメ女製造機ね」

 

 俺の姉貴がダメ女筆頭だからね。そのお世話をしてたから……。待てよ? それなら俺が姉貴をもっと突き放せば自立するんじゃ───

 

 ありえないね。俺の魂に庇護欲が刻まれているのと同じで、姉貴の魂にもダメ女十箇条が刻まれているんだ。もう手遅れです。あんな姉貴を受けて入れてくれるスパダリが登場することを俺は切に願います。

 

「じゃあ、ミニハンバーグと交換しましょ!」

「……こうしてみると、俺達って付き合ってるみたいだね」

「君を全力でリョウ先輩と思いながらお弁当を味わうわ」

「うーんこのフラグを立てる気が微塵もない反応」

「さっきのセリフ、感情がこもらない感じがリョウ先輩にそっくりだったわよ」

 

 マジかよ!? めっちゃショックだわ。……こういう時、俺はちゃんと姉貴の弟なんだということをあらためて思い知らされるな。

 

「そういうこと、他の女の子に気軽に言っちゃダメよ?」

「虹夏ちゃんじゃないんだから言わないよ」

「伊地知先輩ってそんな頻繁に口説くようなセリフ言ってるの!?」

「下北沢の『思わせぶり女選手権(中学生の部)』で三連覇を果たした女だ……」

「一体どれだけの男の屍を築き上げてきたのかしら」

「一説によると、クラスの八割の男子が虹夏ちゃんに惚れていたらしい」

「学級崩壊レベル!!」

 

 で、そんな虹夏ちゃんと俺が付き合っているという噂が流れたんだけど……あの時は大変だったなあ。と、俺は遠い目で過去を思い返す。

 

 でも、虹夏ちゃんが本当にすごいのは、それだけモテるのに女の子から全然嫌われてなかったってところなんだ。普通、嫉妬やら何やらで男の十倍はドロドロしてそうな女子中学生なのに、全然そんなことはなかったんだよね。

 

 人望が厚いとか、カリスマ性があるとかそういうレベルじゃない……というか、俺の語彙力じゃ虹夏ちゃんのすごさを表現できないな。

 

 まあ、そんな虹夏ちゃんだからこそ、姉貴があんなに懐いているんだけど。

 

「伊地知先輩ってすごいのね……」

「うん。ほんとにすごい」

 

 虹夏ちゃんがいなかったら、姉貴は二度とベースを弾くことはなかっただろうな。あの時の俺はどうしようもなく無力だった。

 

 って、だめだめ。今はそんな暗い過去に思いを馳せてる場合じゃない。

 

 喜多さんの話を聞くために呼び出したんだから。

 

 本題を思い出した俺は、お弁当を急いで片付ける。うん、我ながら上出来。だし巻きも喜多さんに好評だったし、今度は後藤さんにも食べてもらうかな。……後藤さんの好物ってなんだろ?

 

 俺でも作れる物だったらいいんだけど。

 

「じゃあ、お話しましょ」

「そうだね」

 

 喜多さんもお弁当を食べ終わり、俺は思考を切り替える。さーて、どういう風に話を切り出したもんか。

 

「山田くんは、私の様子がおかしかった理由はわかってる?」

「なんとなーく、ね。ただ、昨日姉貴にも相談したから、ほぼ正解だっていう自信はあるよ」

「リョウ先輩も気づいてたのね……そうよね。ひとりちゃんのこともすぐに見抜いちゃったんだもの」

 

 喜多さんにはいつもの元気がなく、俯いて大きなため息を吐いていた。 

 

「もうわかっているみたいだけど……それでも言わせてもらうわね」

 

 喜多さんの言葉に、俺は頷く。こういうことは、内容よりも()()()()()()しっかりと話をさせるということが重要なんだ。

 

 

 

 

「私、ギターを全く弾けないのよ」

 

 

 

 

 喜多さんは、申し訳なさそうに……でも、どこかすっきりとした穏やかな表情を浮かべる。

 

 ずっと、打ち明けたかったんだろうなと、俺は彼女の表情から察することができた。

 

「でも、リョウ先輩とバンドを組みたかったら……弾けるって嘘ついちゃって……」

 

 概ね、俺と姉貴が予想した通りだった。喜多さんが頑なに合わせの練習をしようとしなかったこと、後藤さんがギタリストであるということを見抜いた姉貴に対する反応。その後の態度の変化。色々と推察できる要素はあったんだ。

 

「正直に言えばよかったのに」

「そうしないとバンドに入れてもらえないと思ったのよ……それに」

「それに?」

「憧れの人に、すこしでも良い格好しておきたいじゃない」

「あー……それは確かに」

 

 俺だって理想の年上巨乳なお姉さんが現れたら全力で格好つけると思う。まあ、こういう感情は俺や喜多さんに限らず、人間誰しもが持っていることだから、ある程度は仕方ないんだけどね。

 

「いつかはバレるって思ってたのよ……でも、言うタイミングを逃しちゃって。それで……後藤さんが加入して、本格的に活動が始まりそうになって……ライブの日程も決まって……」

「不安要素が色々重なったんだね」

「うん……でもね、山田くんが昨日、私に『二人でお話ししよう』って言ってくれた時、怖いよりも安心したって言う気持ちの方が強かったのよ?」

「誰かに話したかったんだね」

 

 俺が優しい声色で言うと、喜多さんは涙目になりながら頷いた。こういう時、すぐに具体的にアドバイスを言う必要はない。特に女の子が相手なら。

 

 自分の言いたいことを最大限受け入れて同意してくれる相手。女の子がこういう状況で求めているのはそういう相手だから。

 

 男相手だったら、もう少し理論的に話したり具体的な内容にまで踏み込んでいいんだけど。

 

 女の子って本当に難しい生き物だよね。まあ、俺の姉貴はその中でも上位に位置しているから、こういう状況には慣れっこだよ。

 

「それで、喜多さんはどうしたい?」

 

 ここでもまだ、俺の主張は必要ない。大事なのは彼女の意思なのだから。

 

「私は……先輩達に、ひとりちゃんに、みんなに謝りたいわ……」

「うんうん。それはすごく大事だね。他には?」

「……他?」

「うん。謝って、それで……()()()はどうするの?」

「その……あと……」

 

 ここで少し、踏み込んだことを聞いてみる。喜多さんがみんなに本当に申し訳なく思っていて、謝りたいって言うのは紛れもない本音だ。

 

 でも、彼女の本音には、もう一段階深さがある。俺が聞きたいのは、その深みにある何かだ。

 

「喜多さんの気持ちは絶対に届くよ。嘘をついたこと、()()()()は怒られるかもしれないけど……でも、嘘の()()について、二人がどうこう言うことはありえない」

 

 喜多さんよりもずっと、虹夏ちゃんと姉貴と付き合いが長い俺だからこそ、断言できる。

 

 そして、断言できる理由はそれだけじゃない。

 

「喜多さん。手、出して」

「え……?」

 

 喜多さんは戸惑いながらも俺に手を差し出し、俺は差し出された彼女の手、正確には手首を掴んだ。

 

「へっ!?」

 

 俺の突然の行動に、喜多さんは間抜けな声を上げる。何だ、喜多さんもそういう顔できるじゃん。

 

 俺は悪戯っぽく笑って、昨日姉貴が後藤さんにやったみたいに、喜多さんの指先をそっと撫でる。

 

「指先が少し硬くなってる。……姉貴と出会ってから、いっぱい練習したんでしょ?」

 

 そう。喜多さんは嘘をついただけじゃなかったのだ。その嘘を現実にするために、たった一人で努力を続けていたに違いない。

 

 なんで一人だったとわかるのかというと、後藤さんにギターの練習方法についてアドバイスを貰っていたからだ。喜多さんのコミュ力なら、わざわざ後藤さんに聞かなくても、後藤さんに出会う前に他の誰かからアドバイスをもらっていてもおかしくない。

 

 でも、そうじゃないってことは……誰にも打ち明けることなく一人でがんばり続けてたってこと。

 

 そして、嘘をついたとはいえ……その後の努力まですべて否定するような人間じゃないんだ。姉貴も、虹夏ちゃんも、後藤さんも。もちろん俺も。

 

「本当は姉貴にこういうこと、やってもらいたかったんだろうけどね」

 

 俺がわざとらしく落ち込んで見せると、喜多さんがクスッと笑ったのが分かった。その瞬間、目に見えて彼女が安堵し、空気が軽くなったのを感じる。

 

「山田くん……私ね……」

 

 しばしの柔らかい沈黙の後、喜多さんが口を開いた。

 

「私……まずはみんなに誠心誠意謝るわ。何を言われても、きちんと受け入れる」

「うん」

「それで、それでね……」

 

 彼女の手首を握る手から、緊張が伝わってくる。

 

「私……結束バンドのギターボーカルとしてがんばりたいっ!」

 

 力強い声色で喜多さんが宣言する。

 

 うん。喜多さんの奥底にある本当の気持ち……それを聞きたかったんだ。

 

 大丈夫だよ。絶対に、その思いは届くから。

 

 俺は言葉にすることなく、できるだけ彼女に優しく笑いかける。すると、つられて彼女も柔らかく笑い返してくれた。

 

 俺達はしばらくの間、春の日差しが心地よい中庭で見つめ合っていた。

 

 

 

 

「……こうしてみると、やっぱり俺達って付き合ってるみたいだね」

「そうやって最後に梯子を外すところ、リョウ先輩にそっくりよ」

 

 喜多さんのカウンターがクリティカルヒットした俺は、教室に戻った時に後藤さんに心配される羽目になるのだった。後藤さん優しいね。

 

 

 

 

「えー! 喜多ちゃんギター弾けなかったのー!? 言ってくれたらよかったのに……」

「知ってた」

「あ……だから山田くんとお昼休みに……」

 

 放課後になり、三日連続でSTARRYにやってきた俺達は喜多さんの謝罪会見に出席していた。喜多さんの見事な頭の下げっぷりは大物政治家を彷彿とさせ、無数のフラッシュが焚かれる幻覚が見えたくらいだ。

 

「え……そ、それだけですか?」

 

 そして、三人の反応があまりにも淡白だったので、喜多さんは恐る恐る顔を上げて怪訝そうな表情で三人を見る。うん……大体俺が予想した通りの反応でしたね。

 

「気付かなかったあたし達にも問題あるしね~。だから合わせの練習を避けてたのか~」

「あうぅ……れ、練習の邪魔をしちゃうような真似をしてごめんなさい……」

「だめだよ。許してあーげないっ」

「ひぃっ……! じゃ、じゃあどうすれば……」

 

 虹夏ちゃんが小悪魔チックに笑いながら発した言葉に喜多さんはがくがくと震え、土下座でもしそうな勢いだった。

 

「これからも結束バンドのギターボーカルとしてバンドに貢献すること。それを約束できるなら許してあげる」

「伊地知せんぱぁい……」

 

 虹夏ちゃんの優しい言葉に喜多さんは感極まって涙を流し、虹夏ちゃんに抱き着いた。そんな喜多さんに対して、虹夏ちゃんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたけど、すぐに聖母のような優しい笑顔を浮かべて抱きしめ返し、喜多さんの頭を優しく撫でる。……尊いね。

 

 はっ! もしやこれがきっかけで喜多さんが姉貴の呪縛から解き放たれて虹夏ちゃん信者になるのでは……!?

 

「私……リョウ先輩と伊地知先輩の娘になります……」

 

 何にも変わってませんでした。むしろ悪化しました。……まあ、虹夏ちゃんには高二とは思えない包容力があるからね。仕方ないね。

 

「私は気付いてた」

「リョウ先輩……」

 

 虹夏ちゃんに抱き着いたまま涙を浮かべている喜多さんに姉貴が近づく。

 

「会った時から指の感じがぼっちと違って初心者だったから、そうだろうとは思ったけど……」

「な、なら……どうしてその時に……」

 

 姉貴がなぜ会ってすぐ指摘しなかったのか。その理由が俺にはわかる。その時の姉貴は精神的にかなり不安定な時期で、喜多さんには悪いけど……そういうことにかまっていられなかったんだ。

 

 で、結局言うタイミングを逃して今に至る、ということ。

 

「嘘をついたのは悪いこと」

 

 姉貴の言葉に喜多さんはビクッと震えて虹夏ちゃんを抱きしめる力を強くする。

 

 姉貴はそんな風に怯えている喜多さんの手を取り、その指をそっと撫でた。

 

「でも、この指は私と出会ってから努力した証拠。まだまだ柔らかい指だけど、ひたむきに努力をしてきた。私はそういうの、嫌いじゃないよ」

 

 そして姉貴は喜多さんの頭を優しく撫でる。

 

「嘘を本当にしよう、郁代」

「リョウせんぷぁいっ!」

 

 これ、姉貴が男だったら完全に喜多さんルート入ってたな。……姉貴が兄貴じゃなくて本当に良かった。虹夏ちゃんとかいう可愛い幼馴染がいながらギター初心者陽キャJKに惚れられる。修羅場バンドまっしぐらやんけ。

 

「ぼっちは?」

「……ふぇ?」

「ぼっちは郁代に何か言うことある?」

「な、なななななななな何かですか!?」

 

 これまでずっと会話に入ってこないで空気だった後藤さんが、姉貴に突然話を振られて痙攣する。やめるんだ姉貴。後藤さんはそういう無茶振りに慣れてないんだ。ちゃんと事前に台本を用意しておかないと大変なことになるんだ!

 

 この時の俺は、後々のある大きな行事で本当に大変なことになるなんて思いもしなかったんだけどね。

 

「あ、えっと……」

 

 後藤さんは手をもじもじさせながら何を言おうか悩んでいる。うん……後藤さんも結束バンドに入ったの一昨日だからね? ついでに喜多さんに出会ったのも一昨日だから。

 

 コミュ障とか関係なしに「なんか言え」って言われても困ると思う。

 

「き、喜多さん……! わ、私もバンドのリードギターとしてはまだまだ初心者です。……だ、だから一緒に、がんばりましょうっ……!」

「ひとりちゃん……」

 

 後藤さん……そんな良いことを言えるようになるなんて……。俺も出会って三日だけど彼女の確かな成長に目頭を熱くせざるをえなかった。

 

「よーし、じゃあ今日が結束バンドの本当の門出ということで……」

「お祝いに焼肉?」

「どんだけ焼肉食いたいんだお前っ! 全然違わい! 今後の活動に向けてのミーティングだよ!」

 

 今日は俺も含めて誰もシフトに入っていなかったのでそのままミーティングをするようです。俺は特に用事もないので、一度帰ってから温水プールに泳ぎに行こうかなと思ったけど、虹夏ちゃんに引き留められたので残ることにしました。

 

 残ってもいいけど、俺にできることなんてないと思うよ?

 

「えー。来月のゴールデンウイーク明けにSTARRYでの初ライブが決まりましたので、それに向けての一か月間をどう過ごすかについて話し合おうと思います!」

 

 虹夏ちゃん主導で話し合いが進められる。そういや、結束バンドのリーダーって虹夏ちゃんでいいんだよな? というか、他に選択肢ないし。

 

「これからも放課後や土日に集まってスタ練をするのは確定として……それとは別に、喜多ちゃんとぼっちちゃんにはやってもらいたいことがあります」

「や、やってもらいたこと……ですか?」

「うん」

 

 嫌な予感がしたのか、後藤さんが恐る恐ると言った様子で首をかしげる。うん、その予感は当たってるよ後藤さん。

 

「二人には───あたし達と同じようにSTARRYでバイトしてもらいますっ!」

「は、はぁ……」

 

 あれ? 意外と後藤さんの反応が薄いな。平気なのかな?

 

「へあっ!?」

 

 あ、崩壊した。時間差のパターンもあるんだね。

 

 三日目ということもあり、後藤さんの奇行にだいぶ慣れてきた俺達は、何事もなかったかのように後藤さんが復活するのを待っていた。

 

 約五分後、人の形を取り戻した後藤さん達に虹夏ちゃんが説明を始める。

 

 なんで二人もバイトをする必要があるのかというと、めちゃくちゃざっくり言うとバンド活動にはかなりのお金がかかるから。

 

 スタジオのレンタル代や弦などの消耗品費、楽器にかかる費用もそうだけど、一番でかいのはライブ代だ。

 

 STARRYで一回ライブをするには三万円が必要になってくる。高校生のお財布事情を考えると、三万円っていうのはかなり大きい。お小遣いだけでは賄うことが不可能なので、バイトが必要なんだよね。

 

「こ、こここここここれはお母さんが私の結婚式の費用として貯めていた金です……。け、献上するのでなにとぞ……なにとぞバイトだけはご勘弁を……っ!!」

「わかった。ぼっちが言うなら仕方ない。ありがたく受け取───」

「受け取んなクソ姉貴!!」

「……痛い」

 

 後藤さんがおもむろに鞄から可愛らしい豚さん貯金箱を取り出したかと思うと……いやそもそもなんでそんなの持ち歩いてんの? 後藤さんだからか。

 

 とにかく、後藤ママが娘のために貯めていた大事なお金なんて使えるわけないでしょ!?

 

 姉貴は躊躇いなく受け取ろうとしたからその手をはたいておきました。

 

「大丈夫だよ、ぼっちちゃん。あたしもリョウもレンくんもいるんだから怖くないよ」

「アットホームで風通しが良く従業員同士が和気藹々としている職場です」

「地雷求人の欲張りセットやめろや」

「これで休日にバーベキューしてる写真を乗せれば完璧」

「ブラック企業として完璧だな!」

「ウチそんなブラックじゃないでしょ!?」

 

 姉貴が余計な茶々を入れたせいで後藤さんが余計にビビっちゃったじゃん。

 

「大丈夫だって。ちゃんと俺達でサポートするから。最初は緊張するかもしれないけど、焦らずにちょっとずつ慣れていけばいいよ」

「や、ややややらかしても見捨てたりしませんか?」

「しないしない。わざとならともかく、一生懸命やった上での失敗なら怒らないよ」

「ほ、本当に?」

「本当に」

 

 俺はできるだけ優しく言うけど……なんかあれだな。幼稚園児とか小学校低学年の子を相手にしているような感覚だな。

 

 コミュ障な後藤さんにいきなり接客バイトはハードルが高いと思うけど……でも、彼女の将来を考えたらここで少しでも社会とのつながりを意識させておいた方が絶対いいんだよな。

 

「ぼっちちゃんとレンくんがなるべく同じシフトになるようにしてあげるからさ」

「あ……え……?」

 

 別に俺に限らなくても、姉貴か喜多さんと二人きりにさえならなかったら大丈夫でしょ。後藤さんが入る日には常に俺か虹夏ちゃんのどっちかがいればいいんだから。

 

「え、えっと……」

 

 後藤さんは俺と虹夏ちゃんを交互にチラチラと見ながら悩んでいる。無理強いはできないけど、金銭面を考えたら、後藤さんだけバイトしないっていうのは不和の原因になりかねないし、後藤さんもずっと負い目を感じるだろうからな。

 

「が、がむばらしぇていただきましゅ……」

 

 後藤さんは観念したように俯きながらそう言った。

 

 うん。偉い! 噛みまくったけど偉い! 場の空気に押し切られた感は否めないけど……後藤さんが一人前になれるよう俺もちゃんとサポートするからね。

 

「じゃあ、来週の月曜日からお願いね! 今週いっぱいはスタ練しつつ、STARRYの雰囲気に慣れてくれたらいいから」

「わ、わかりました……」

 

 いきなり明日から、とかはさすがにキツイよな。ライブに向けて練習もしないといけないし。

 

 その後は、五月のライブについて話すことになった。

 

 結束バンドにはまだオリジナル曲がないので、カバーだけになるけど、ゆくゆくは結束バンドの曲だけでライブを成立させたいのとのことだ。それなら最低二曲は必要だな。欲を言えば三曲ほしいけど。

 

「作曲はリョウができるからいいとして……作詞については、ライブが終わってから考えよう! 先のことを考えすぎて目の前のことがおろそかになったらいけないもんね」

 

 虹夏ちゃんの言葉は一理ある。ただ、バンドとしての目標は早めに掲げておくに越したことはない。まあ、それについてはまた近いうちに虹夏ちゃんに聞いてみるか。

 

「他には何か話し合いたいことある?」

 

 虹夏ちゃんはメンバー三人をぐるっと見回した。特にないもないみたいだね。

 

「レンくんは? 第三者目線で何か気付いたこととかあったかな?」

「一つだけ」

「ほう……言ってみたまえ」

「なんかリョウが急に偉そうに割り込んできた!」

 

 姉貴はこういう時だけ反応するよな。こういう時だけ。あのさ、言っておくけど真面目な話だからね。姉貴が期待するような内容じゃないから。

 

「五月のライブまでに、一回路上ライブやっておかない?」

 

 俺の言葉に真っ先に反応したのは後藤さん。「絶対無理!」って表情だけで訴えてきている。

 

 喜多さんはいまいち実感がわかない感じで、虹夏ちゃんは顎に手を当てて考え、姉貴は腕を組んでうんうん頷いていた。なんやねんその理解者面。

 

「俺の予想だと、いきなりステージでライブやると大失敗する気がする。お客さんは二千円も払って観にきてるわけだから、お金のかからない路上ライブで、人前で演奏するっていう経験をしておいた方がいいんじゃないかな?」

「あー……確かに、それはそうだねぇ」

「それプラス、結束バンドの宣伝にもなる。上手くいけば路上ライブでチケットも何枚か捌けるだろうし……虹夏、私は割とありな提案だと思うよ」

「リョウまで真面目なことを……わかった。お姉ちゃんに路上ライブやっても大丈夫な場所とか聞いておくね。やるかどうかは、練習の進捗具合で判断するってことで」

 

 まあ、無難なところでしょう。最低限の演奏のクオリティがないと路上ライブが散々な出来に終わって心が折れる可能性だってあるし。……でも、バンドをやっていくならこういう経験は無数にあるだろうけどね。

 

 そんなことを考えていたら、スマホにロインの通知が入る。

 

 大槻先輩からのメッセージだった。

 

───今週の土日、メンバー集め会議をやるから付き合いなさい

 

 相変わらずシンプルな文面ですね。

 

 俺は迷わず了承の返事をする。大槻先輩のためにいくつかメンバー集めのためのプランを練っておくか。

 

「あの……私も一つ言いたいこと、というか……お願いがあるんですけど」

「喜多ちゃん。そんなに遠慮しなくていいから、ね?」

 

 俺がスマホをポチポチしていると、喜多さんが小さく手を挙げた。何を言うつもりなんだろ。

 

「みんなに……いえ、ひとりちゃんにお願いがあるの」

「わ、私にですか?」

「ええ。あのね……ひとりちゃん」

「は、はい……」

「私に───ギターを教えてくれないかしら?」

 

 喜多さんは後藤さんの目を真っ直ぐに見てそう言った。いつもの後藤さんなら、話し相手に真っ直ぐに目を見られると、絶対に目を背けるんだけど、今回は後藤さんもしっかりと喜多さんの目を見ている。

 

「一か月後のライブで演奏……っていうのは無理かもしれないけど、今後のバンドためにちょっとでもみんなに追いつきたいの! 後藤さんに迷惑をかけるって言うのは重々承知しているわ! だから、練習前とか、バイトがない日の放課後とか、ちょっとした時間だけでいいから、どうかお願いします!」

「き、きききききき喜多さん! あ、頭を上げてください!」

 

 土下座しそうな勢いで喜多さんが頭を下げる。喜多さん……嘘をついていたことがよっぽどこたえたみたいだな。

 

「い、いいんですか……私で? わ、私……根暗でコミュ障で人見知りで……人に教えられる自信なんて全くないです……リョ、リョウさんの方が……」

「───私は、ひとりちゃんがいいの」

 

 喜多さんははっきりとそう言った。姉貴もギターを教えられるけど、実力的には後藤さんの方が遥かに上だ。まあ、優れたギタリストが優れた指導者とは限らないけど……でも、誰かに教えるっていうのは後藤さんにとってもすごく良い経験になると思う。

 

 姉貴もそれがわかっているから口を挟まないんだろうし。

 

「あ、じゃ、じゃあ……お、お願いします……」

「お願いするのは私の方よ? ひとりちゃんったらおかしいのね」

 

 喜多さんは笑顔でそう言った。うんうん。喜多さんの様子がおかしかったことがバンドにどんな影響を与えるかと思ったけど……結果的には良い感じに収まったからヨシ!

 

「あと、ひとりちゃんにもう一つお願いしたいことがあって……」

「な、なんですか?」

 

 もう一つ……何だろ。バンド関係じゃなさそうな感じだけど。

 

「私のこと『喜多ちゃん』って呼んでほしいの」

「あ、あ……あぶぇ!?」

「伊地知先輩は虹夏ちゃん、リョウ先輩はリョウさんって呼んでるでしょ? 同級生の私だけなんだか呼び方に距離感がある感じがして……」

「あ、え……あ……」

「あ、伊地知せんぱーい! これから『虹夏先輩』って呼んでいいですか?」

「しょうがないなぁ~。特別に許してやろう」

「山田くんのことは『レンくん』って呼ぶわね!」

 

 お好きにどーぞ。

 

「だから、ひとりちゃん。仲良くなった証に、そう呼んでほしいの」

「は、はぁ……」

「だめ、かしら……」

「おふぅ!」

 

 喜多さんのあざと可愛い上目遣いで後藤さんが謎のダメージを受けている。……でもまだまだ虹夏ちゃんに敵うあざとさじゃないな。

 

「き、喜多ちゃん……こ、これでいいですか?」

「もちろん! ふふっ、なんだかすっごく嬉しいわ!」

 

 後藤さん……ほんとに結束バンドに入って良かったね。この出会いは奇跡だよマジで。俺は彼女と出会ってからの三日間を思い返し……まだ三日しか経っていないのかと、あまりにも濃密な三日間に戦慄していた。

 

「あ、そうだ。レンくんのことも名前で呼んでみたらどう?」

「む、むむむむむむむむむむむむむ無理でしゅっ!」

 

 いやいや、さすがに今の後藤さんが異性を名前で呼ぶのはハードル高いでしょ。

 

「ひとりちゃん、何事も挑戦よ! ほら、一度経験したらどうってことないんだから。試しに、ね? 一回だけ、一回だけだから……」

「薬中の怪しい勧誘にしか見えない」

 

 俺がぽつりとつぶやくも、喜多さんに完全に無視されてしまった。

 

 後藤さんは狼狽しながら俺と他の三人のメンバーを見回している。俺はともかく、虹夏ちゃん達もフォローに入る気ないんかい。

 

 しょうがない、ここは俺が上手く場を収め───

 

「あ、れ……れん……レン……」

 

 も、もしや後藤さん……呼べるのか!? 俺のことを! 名前で!

 

「レン……コン……」

 

 後藤さんはそう言って、人の形が崩壊してピンク色のれんこんになってしまいました。……なんでそうなる!?

 

 あ、後藤さんだからですね。はい。

 

「すごい。れんこんぼっちだ」

「ピンク色だと全然食欲をそそられませんね」

「あたしはもうツッコまないからな! ぼっちちゃんがどう七変化しようと絶対にツッコまないからな!」

 

 以上が結束バンド三人の反応である。さっきまで真面目な話とメンバーの絆が深まる良い話をしていたのにどうしてこうなった……。

 

 こ、これが結束バンドの結束力ということにしておきましょう。

 

 

 

 

 ちなみに、喜多さんがギターを全く弾けなかった真の理由は、ギターと間違えて弦が六本ある多弦ベースを買っていたかららしい。

 

 郁代ちゃん……。





喜多ちゃん回でした。
ぼっちちゃんの出番を奪っちゃったけどごめんね。
その分呼び方を早めに変えて好感度を上げておいたから。

次回はヨヨコ回です。
がんばってメンバーを集めます!

ヒロイン候補にれんこんと言われる主人公がいるらしい。



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#07 ヨヨコのナイフは鋭くなるもんさ


ヨヨコ回!



「ごめんなさい。待たせたわね」

「いえいえ。三十分しか待ってませんよ」

「かなり待ってるじゃない!?」

 

 四月第二週の週末、俺は大槻先輩の招集命令に従い、待ち合わせ場所であるスタバで新作のドリンクを飲みつつ大槻先輩を待っていた。大槻先輩はライブの時とは違ってラフな姿、髪型もツインテールじゃなくてストレートに下ろしている。

 

 いつもと違う髪型が見れてラッキーと思いつつ、胸元ががっつり空いてる服装だったので目のやり場に困ってしまった。……男子高校生には目の毒ですよ。しかも先輩は無自覚でこれをやってるからなぁ。

 

「で、お姉さんのバンドはどうなのよ?」

「大槻先輩からのアドバイスを参考にした練習を取り入れてますね。……だいぶ苦戦してるみたいですけど」

「当たり前でしょ。そんな一朝一夕でバンドが完成するはずがないわ。こういうのは結局積み重ねがモノを言うのよ」

 

 大槻先輩もドリンクを購入してテーブル席に向かい合って座る。

 

「先輩、今日は髪を下ろしてるんですね」

「え? ああ、そうね。ライブするわけじゃないし。学校だとこんな感じよ」

「その髪型だと大人っぽさがぐっと増しますね。十ポイントです」

「もっと素直に褒められないのかしら?」

「俺、こう見えてシャイボーイなんですよ」

「どの口が言ってんのよ」

 

 俺の軽口に対して大槻先輩は俺のほっぺたをぐにぐに引っ張ってくる。でもね。俺がここで先輩をストレートにべた褒めすると絶対赤面して大声でツッコミ入れて周りのお客さんの迷惑になるじゃないですか。

 

 まあ、照れてる先輩も可愛いから見たかったけど。

 

「じゃあ早速、本題に入りますか」

「そうしましょう。時間が惜しいもの」

 

 ではこれより、第何回目かの「どうにかして大槻ヨヨコの魅力をたっぷりお届けしてSIDEROSを復活させよう会議」を開催します。

 

「では、まず前回の反省から……『なぜ大槻先輩はメンバー達にダメ出しばかりしてその後のフォローができないのか』」

「うぐっ……! で、でも……あなたに言われた通り、ライブの反省会でちゃんと褒めるところは褒めたわよ!」

「ほんとですか?」

「ほ、ほんとだもんっ!」

 

 「だもん」とか使うんだこの人。可愛い。

 

「でも、大槻先輩ってバンドメンバーに対するツンとデレの割合が九対一くらいなんで、上手く伝わらなかったのかもしれませんね」

「そ、そこまで酷くないでしょ!? 私的には五分五分だったと思ってるくらいよ!」

「じゃあ、あと五倍がんばってください。それでようやくバランスが取れます」

「あ、甘やかしすぎるとダメになるでしょ?」

「昨今の若者は厳し過ぎるとすぐにそっぽを向いてしまうんです。……それは大槻先輩が一番よくわかってるじゃないですか」

「確かに、そうだけど。……でも、前のメンバーが()()()()()()()()()()()()んだから、やり方自体は間違ってなかったはずよ」

 

 俺が大槻先輩と出会ったのは約一年前で、その時のメンバーが二ヶ月ほど前に全員辞めてしまったのだ。理由は、大槻先輩のやり方についてこられなくなったから。

 

 大槻先輩は非常にストイックでひたむきに努力を続ける人だ。人に厳しく、そして誰よりも自分に厳しい。俺の姉貴とは大違いだ。だからこそ、俺は大槻先輩を尊敬しているし、信頼している。

 

 ただ、彼女のそういったスタンスがバンドを崩壊させている大きな要因でもあるんだけどね。

 

「あなたと知り合ってから……あなたのアドバイス通り、ダメ出しだけじゃなくて褒めるところはしっかり褒めるよう心掛けたつもりだったけど」

「俺と知り合う()()と比べたら長続きしたかもしんないですけど、そもそも結成して三年でメンバーがコロコロ変わり過ぎです。このままだと『大槻ヨヨコ』っていう超絶凄腕ギタリストが世に出ることなく埋もれちゃいますよ」

「むぅ……」

 

 実は、二か月前に大槻先輩から「SIDEROSが活動停止状態になった」という連絡を受けた時、俺は一度だけ大槻先輩を結束バンドに勧誘していたのだ。

 

 でも、大槻先輩は「私がリーダーのSIDEROSじゃないと嫌だ!」って頑なに勧誘を拒んだんだよね。もしも大槻先輩が喜多さんや後藤さんの代わりにメンバーになっていたらどうなっていたかな……ちょっと想像ができない。

 

「でも、思ってもないことを口にしてメンバーのご機嫌を取るのは嫌よ」

「そこまでしなくていいです。というか、それをやっちゃったら大槻先輩の魅力がなくなっちゃうので」

 

 あくまで先輩のスタンスやストイックさは崩さなくていい。ただ問題は伝え方とメンバーのモチベーションの上げ方だ。大槻先輩は後藤さんとは違うタイプのコミュ障だから、ある程度仲良くなるまでは誤解されがちなんだよね。

 

「とにかく、今後新メンバーが加入した場合は厳しさと優しさのバランスをこれまで以上に心掛けてください。あと伝え方。同じ厳しい指摘でも言葉遣いや語彙で受け取り手の印象が全然違いますから」

「……努力するわ」

「その上で、常にナンバーワンを目指すことを忘れないこと。その姿勢こそが先輩の最大の武器であり魅力ですからね」

「……ありがと」

 

 俺がそう言うと、大槻先輩は恥ずかしさを誤魔化すようにドリンクを飲む。こういうところだけ見ると普通の女の子だよな。……もっと自然体の先輩をメンバーのみんなが知ってくれればいいのに。

 

「ここまではメンバーが集まってからのお話です」

「ここからはメンバーを集めるための話ね」

 

 そういうこと。まだ集まってもいないのに先のことを話すなんて捕らぬ狸の皮算用過ぎる。まあ、事前に心構えをしておくのは大事っちゃ大事だけども。

 

「メンバーを集めるために俺は二つの作戦を考えました」

「奇遇ね。私も二つ思いついたのよ」

 

 ほう。仲良しですね。

 

「一つ目は?」

「せーので言いましょ」

 

 大槻先輩は不敵に笑って言う。あ、これ二人とも全然違うこと言って大槻先輩が盛大にツッコミを入れるヤツだ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。

 

 せーの

 

「路上ライブ」

「路上ライブ」

 

 あらま。意外や意外、息ぴったりですね。思わず二人でハイタッチしちゃいました。大槻先輩めっちゃ嬉しそう。

 

「この二か月は新宿FOLTに張り紙したり、()()()……知り合いに色々あたってみたり、自己研鑽に励んだりしたけど、いい加減外で活動した方が良いと思ったのよね」

「俺も賛成です。大槻先輩はソロだろうがバンドだろうが存在感と実力は圧倒的なので、興味を持ってくれる人は多いと思いますよ」

 

 新宿にも下北にもメンバーが集まらなくて燻ぶっているバンドマンは多い。そういう人達が大槻先輩に声をかけてくれる可能性は十分にある。

 

「で、俺はこんなものを作ってきました~」

 

 そして俺はリュックから一枚のフライヤーを取り出す。

 

「メタルバンド……SIDEROS……メンバー募集中……。これ、あなたが描いたの?」

「がんばりましたっ!」

「絵、上手なのね」

「姉貴の友達兼俺の幼馴染に教えてもらいました。ちなみにその幼馴染は俺に女心のいろはと料理も仕込んでくれました」

「あなたその幼馴染色に染め上げられてない!?」

 

 うん。否定はできない。でも実際、虹夏ちゃんのおかげで助かっていることの方が遥かに多いので俺は気にしません。

 

 フライヤーのデザインは、大槻先輩のシルエットに、ちょっとダークな雰囲気を出すために暗めの色遣いで仕上げている。あとはこれをコピーして路上ライブをやった時に配ればいい。

 

「このQRコードは?」

「ああ、そっちは作戦の二つ目と関係があるんですよ」

 

 最近はQRコードもアプリで簡単に作れるようになったからね。本当に便利な時代になりました。

 

「なら、作戦の二つ目とやらを聞かせてもらおうかしら」

「またせーので言います?」

「そうね。これでまた私とあなたの意見が一致したら……」

「結婚するしかないですね」

「なんでそうなるのよ!?」

 

 俺は冗談でそう言ったけど、さすがに二つ目が被ることはないでしょう。一つ目の路上ライブは割と思いつきやすいことだっただけだからね。

 

「じゃあ、いくわよ。せーの……」

「動画投稿」

「動画撮影」

 

 あ、ほぼ被った。結婚まではいかないけど、その一歩手前……両親の顔合わせでもします?

 

「それほぼ結婚と同意義でしょ!?」

「まあ、それは別に本題じゃないから置いておくとして……」

「あなたから言い始めたんじゃない……」

 

 いやだって本当に被るなんて思うわけないじゃないですか。嬉しいですけどそれ以上にビビりましたよ。

 

「んで、この作戦とQRコードに何の関係があるのかというとですね」

「ほんとに流して話を進めだしたわねこの男……」

「じゃあ、お互い三十歳になっても独身で売れ残ってたら結婚しましょ」

「恋愛ドラマでありがちな台詞ね。実現したケースを見たことがないけど」

 

 まあ、大槻先輩が売れ残るなんて絶対ありえませんから安心してください。むしろ俺は姉貴の方が百倍心配なので。自分が結婚してからも姉貴の面倒見るとか絶対に嫌だからな。

 

「話を戻しましょうか。大槻先輩、QRコードを読み込んでください」

「はいはい」

 

 そして大槻先輩は俺の指示に従い、スマホを操作してQRコードを読み込み、リンクを開く。

 

「なに、これ……オーチューブのチャンネル? しかも、SIDEROSの……?」

「はい。必要になるかと思って開設しておきました」

「なるほど。これに私の神テク動画を投稿して再生数をガッツリ稼いで知名度アッププラスメンバーの募集もかけるわけね」

「半分正解です」

 

 メンバーの募集を動画で直接かけるわけではない。むしろネットで呼びかけをすると余計なトラブルに巻き込まれかねないからやるつもりはありませんよ。

 

 どちらかというと、路上ライブを観て興味を持ったお客さん向けの動画にするつもりです。今のところは。

 

「今のところは?」

「今後活動が拡大すればSIDEROSのライブ映像や新曲MVをアップするのに使えるでしょ?」

「それもそうね。でも、それなら動画を投稿することとメンバーの募集に関連がみられないのだけど」

 

 俺の考えはこうだ。

 

 まず、路上ライブで大槻先輩の生演奏を観てもらって、彼女自身に興味を持ってもらう。演奏技術自体はずば抜けているから、興味を持ってもらうこと自体は難しくない。

 

 でも、演奏だけじゃ大槻先輩の人となりを理解することは難しい。直接色々会話ができればいいんだけど、会話をするきっかけすら掴めなかったら意味がない。

 

「話してみたいけど、怖い人かもしれない」って思われて、会話のきっかけを無駄にしてしまうかもしれない。

 

 だからこその動画投稿。

 

 投稿した動画で「大槻ヨヨコさんってこういう人なんだな。私もバンドメンバー募集中だし、少しお話してみたいかも……」って思ってもらう作戦だ。

 

 もちろん、大槻先輩の演奏を観ただけで話をしたいっていう人が見つかるのがベストだけどね。

 

「動画の内容については考えてあるの? もちろん私は考えているわ!」

「俺も一応考えてはいます。……ちなみに先輩の考えは?」

「ふふん。よくぞ聞いてくれたわね。私はこれよ!」

 

 そう言って大槻先輩はバッグからメントスとコーラを取り出した。……マジかよこの人。

 

「メントスにコーラを入れると面白いことになるんでしょ? やらない手はないわ!」

「えーっと、俺の考えはですね……」

「清々しいほどのガン無視!」

「真面目にやってください」

「失礼ね! 私はいたって大真面目よ!」

 

 でしょうね。

 

 でもさ、今さらそんな動画が流行るわけないでしょ。ものすごくワクワクキラキラした表情でメントスとコーラを両手に持っている大槻先輩は非常に可愛らしかったのですが、そんなクソ企画をやっても何の成果も得られそうにないので容赦なく却下します。

 

「じゃあ、あなたの企画を教えなさいよ」

「ギター講座です」

 

 俺の提案自体もありふれていて、すでに同じような動画が飽和しているけど、あくまで狙いは路上ライブを観に来てくれた人に大槻先輩の人となりをちょっとでも知ってもらうことだ。

 

 だから、ただの演奏動画じゃなくて大槻先輩が自分の言葉で、誰かにギターを教える感覚で、なるべく等身大の大槻先輩の動画を作りたい。

 

「わ、私にそんなお喋りを期待するの?」

「この前『俺にギターを教えられる』って言ってましたよね?」

「あ、あなたに教える場合はカメラなんてないじゃない」

「まあ、カメラを意識するなって言うのは難しいでしょうけど……それこそ最初は初心者向けの動画にしようと思っているので、カメラというより俺に教える感じで話してくれたらいいんです」

「……できるかしら?」

「できるに決まってるでしょう。ギターに限らず、俺にあんなに献身的なアドバイスをしてくれたんですから」

 

 姉貴がバンドを辞めて精神的に参っていたときも、つい先日の結束バンドのことについて相談したときも、言葉遣いは厳しいながらも大槻先輩はいつも親身になって話を聞いてくれた。そういうところを俺は本当に信頼しているんです。

 

「それとも、大槻ヨヨコともあろう女が……自信がないと申すか?」

「安い挑発ね。でもいいわ、乗ってあげる。私の神テク伝授動画でスーパーギタリストを量産してやるわよ!」

 

 うん。チョロい。ちょっとプライドを刺激するとこれだ。チョロすぎて将来が心配過ぎる。変な男が寄り付かないよう注意しないと……

 

 そこでふと、俺は気付いた。

 

 姉貴といい虹夏ちゃんといい喜多さんといい後藤さんといい……俺の周り、将来が心配な子が多くない?

 

「じゃあ、早速行きましょ」

「……行くって、どこに?」

「新宿FOLTよ。まさかその辺の公園とかで撮影する訳にはいかないでしょ」

「いやいや、新宿FOLTって……俺、完全に部外者ですから」

「私の関係者ってことにすれば大丈夫。店長もそこまでうるさくない人だから」

「えー……じゃあ、せめて菓子折りか何か買ってから……」

「そういうのいいから。さっさと行くわよ!」

 

 そう言って大槻先輩は話をさくっと切り上げて、俺の手をぐいぐい引いて歩きだす。一度スイッチが入ると真っ直ぐ突っ込んで行くからなこの人も……。まあ、それが先輩の良いところでもあるんだけどね。

 

 というわけで、なし崩し的に新宿FOLTに向かいます。

 

 

 

 

 新宿FOLT、その名の通り新宿にあるかなり大きなライブハウス。収容キャパは五百人だとかなんとか。STARRYよりも遥かにデカいな。結束バンドもいずれはこういうところで……

 

 いやいや。まずは下北でちゃんと地に足を付けた活動をしないとね。

 

「おはようございます」

「あら~ヨヨコ? 今日は確かオフだったはずでしょ?」

「すみません店長。ちょっとスタジオを借りたいんですけど……」

「スタジオ? 今は誰も使っていないから別にかまわないわよ」

 

 大槻先輩に引っ張られるがままついて行き、ライブハウスの中に入って先輩が真っ先に声をかけたのはピアスゴリゴリのちょっと強面でオネエ言葉なお兄さんだった。

 

 この人、バトル漫画だと絶対強キャラとして登場してくる! と俺は全然関係ないことを考えていた。

 

「そ・れ・よ・り・も~。一緒に来た男の子は誰かしら? もしかして、ヨヨコの彼氏?」

「は? え? か、彼氏!? ち、違いますよ! こんなヤツが彼氏なわけないじゃないですか!」

「でも、しっかり手を握ってるじゃない」

「…………へ?」

 

 大槻先輩のこの反応。もしかして気付いてなかったんですか?

 

「ちょっ……離しなさい! て、店長! これは誤解、誤解ですから!」

「ヨヨコが男を連れてくるなんてね~」

「だから違いますってばぁ!」

 

 どうしよう。そろそろフォローに入った方がいいのかな。でもこうやって困って顔を赤くしながら必死に否定している大槻先輩が可愛いからもうちょっと眺めていたいっていうゲスな自分もいるんだよね。

 

「なになに~? 大槻ちゃんが彼氏連れてきたって~?」

「わー。すごいイケメンがいるヨ~」

「廣井、イライザ。今はまだミーティング中だろうが」

 

 なんか人がわらわら集まってきた。……というか、この三人。SICKHACKの人達だよな? 姉貴と一緒に何回かライブを観たことがあるからわかる。

 

「ね、姐さん達まで! 違いますからね! こいつはただの友達で……あなたも黙ってないでなんとか言いなさい!」

「なんとか」

「小学生みたいなこと言ってんじゃないわよ!」

 

 大槻先輩が思いっきり耳を引っ張ってきました。いい加減話が進まないのでちゃんと説明しようと思います。

 

 

 

 

「なるほど。SIDEROSのメンバー集めのために大槻ちゃんに協力を……」

「はい。先輩には色々お世話になっているので、ちょっとでもお手伝いできたらなと思いまして」

 

 店長さんだけでなく、SICKHACKの三人にもこれまでの経緯を説明する。とりあえず彼氏っていう誤解は解けたな。

 

「こ、これが本場のジャパニーズ落とし前?」

「恩返しだよイライザ。落とし前つけてどうするんだ」

「殊勝な心掛けだね~少年。それにしても、大槻ちゃんにこんなイケメンな友達がいたとは……教えてくれてもよかったのに」

「うぐっ……」

 

 教えたら教えたでこうやって面倒なことになるから教えたくなかったんでしょ? とはさすがに俺も言えなかった。

 

「自己紹介が遅れました。山田レンと申します。普段は下北のライブハウス『STARRY』でバイトしてます」

「STARRY? STARRYって最近できたライブハウス?」

「はい、そうですけど。……廣井さん、ご存知なんです?」

「うん。私の先輩がやってるとこ……って、あれ? 私名乗ったっけ?」

「みなさんのことは知ってますよ。何度かライブを拝見させていただいたので。廣井きくりさん、清水イライザさん、岩下志麻さん……ですよね?」

「おぉ~! こんなところにも私達のファンが……嬉しいねえ~」

 

 ワインレッドの髪色をした廣井さんが甘ったるい声を出しながら俺の肩をバンバン叩いて来る。美人なのにめっちゃ酒臭いなこの人。……星歌さんこんな人と知り合いだったのか。

 

「いや、正確には岩下さんのファンなので」

「は、え? わ、私ですか?」

「はい。あのパワフルさと精密さをハイレベルで両立しているテクニックに心を奪われました」

「あ、ありがとうございます。えっと、君もドラムをやってたり?」

「いや、俺は聴き専ですね。でも、もしバンドをやるとしたらドラム一択なので」

「ヨヨコ、この子を逃がすなよ?」

「どういう意味ですか!?」

「この子にはドラマーの素質がある」

 

 バンドマン百人に聞きました。バンドを結成する上で最も集めにくいポジションはどこですか?

 

 百人が百人こう答えます。ドラムだと。

 

 理由はいくつかある。楽器がでかすぎて気軽に持ち運びできないことと、ギターやベースと違って練習場所がものすごく限られるということ。練習方法は人によるけど、雑誌を叩いたりする人もいるらしい。

 

 それを考えたら、家がライブハウスでいつでも自由に練習できる虹夏ちゃんはSSRドラマーなんだ。

 

 そんな悲しい事情があって、ドラマー人口自体が非常に少ない。ギタリスト百人に対して一人いるかいないかという統計データがあるとかないとか。

 

「姉貴は廣井さんのファンです」

「お姉さん見る目あるね~。でも君は私のファンじゃないんだ~」

「初めてライブ観に行ったときに酒ぶっかけられて顔面踏まれて廣井さんがダイブしたときに酒瓶で頭殴られたので」

 

 あれ以来、俺はSICKHACKのライブは最後尾で観ると決めている。姉貴は「踏んでもらって良い思い出」とか言ってたけど。

 

「あれ、良い思い出にならなかった?」

「なるわけないだろ! ごめんね山田くん。今さらだけど……怪我とかしなかった?」

「それは大丈夫です。姉貴は羨ましがってましたけど」

「私、君のお姉さんと話が合いそうだね」

 

 絶対会わせたくない。やべえ化学反応が起こるに決まってる。

 

 なんだよ。ベーシストってどいつもこいつもこんなのばっかりなのかよ。大槻先輩の新メンバーはまともな子を入れねば……

 

「ねーねー」

 

 清水さんが俺の袖をくいくい引っ張ってくる。……何だろうこの人。虹夏ちゃんと同じ「あざと卑しか女臭」がする。

 

「私はー?」

 

 清水さんは上目遣い気味に俺を見てきた。あなたも露出が激しい人ですね。それに胸も大きいから目のやり場に困りますよ。……大槻先輩といい、新宿FOLTは風紀が乱れまくってんな!

 

「清水さんの優雅で甘美、かつ情熱的なギターには心を惹かれました。容姿にそぐわない大人な色気のある演奏。すごく好きです」

「ほんと? えへへー。嬉しいナ。ありがとネ!」

 

 にぱーっと天真爛漫に笑う清水さんを見て思う。

 

 あ、やばい。この人、俺の庇護欲を刺激するタイプの人間だ。あ、甘やかしたい~。褒めちぎって褒めちぎって美味しい物たくさん食べさせてあげたい~。

 

「あれ? なんだかリーダーの私だけ存在が軽んじられている気がする」

「残念ながら当然よ廣井。あ、自己紹介が遅れたけど、私は吉田銀次郎三十七歳。ここの店長をやってるわ。よろしくね山田ちゃん」

「よろしくお願いします」

 

 オネエ言葉なのにすっげー名前。銀次郎って桃鉄でスリやってそうな名前ですね。

 

「このフライヤー。レンが作ったの?」

「はい。もうちょっと手描きっぽくしたかったんですけど、そうするとメタルの雰囲気が薄くなっちゃったんでデジタルな感じに……」

「ふーん? レンって絵が得意なんだ」

「得意……というか趣味の一つですね」

「それは良いことを聞いたヨ!」

 

 清水さんは満面の笑みを浮かべたかと思うと、背伸びして俺の耳元でそっと囁いた。

 

「いつかお仕事お願いするかも……」

 

 はい。お願いされます。……あ、だめだ。この人の前だと完全に甘やかしモードが発動する。俺、この人のお願い断れないかも……。決して清水さんが俺に囁いた時に胸が当たって篭絡されたとかじゃないからね。

 

 でも、男はおっぱいに勝てない生き物なんだ。悲しいことに。

 

「お仕事って何ですか?」

「内緒♡ また今度教えてあげるネ」

 

 やっぱこの人虹夏ちゃんの同類やんけ。いや、おっぱいがある分虹夏ちゃんより性質が悪いな。SICKHACKの清水イライザ……恐るべし。

 

「むむむ……イケメン少年がイライザにばかりかまっている。ここはきくりお姉さんが懐の深さを見せつける場面」

「お前の懐、常時氷河期だろ」

 

 廣井さんに対して岩下さんの辛辣なツッコミが炸裂する。懐が常時氷河期って……インディーズでは人気バンドなのにお金ないのかな。

 

「山田少年! お姉さんがこの色紙にサインを書いてあげよう。ありがたく受け取りたまえ~」

「待て廣井。山田くんは私のファンで将来有望なドラマー候補なんだ。ここは私が書くべきだろう」

「え~! 二人ばっかりずるいヨ~。私も書く~!」

 

 結局一枚の色紙に三人がサインを書いてくれました。額縁に入れて部屋に飾ろうと思います。あと三人とロインを交換しました。

 

 SICKHACK……すごく良い人達だ。廣井さんにはちょっと苦手意識あるけど……。姉貴とは絶対に会わせないようにしないとな!

 

 まあでも、新宿と下北沢だし……活動拠点も違うし出会うことなんてないでしょう!

 

 このときの俺は廣井さんが星歌さんの知り合いであるということをすっかり忘れていたのだった。

 

 

 

 

「私の動画撮影は……?」

 

 忘れ去られていた大槻先輩がしょんぼりしながら呟いた。

 

 ごめんなさい大槻先輩! でも、ちょっと拗ねた感じの表情の先輩も可愛いですね。

 

 口に出したらややこしいことになるから黙っておくけど。

 

 というわけで、色々横道にそれちゃったけど新宿FOLTで「大槻ヨヨコのギター講座」収録が始まります!





 一話で終わらなかった。

 今回と次回はぼっちはぼっちでもアクティブぼっちヨヨコちゃんの介護話になります。

 原作だとこの時期にSIDEROSが結成されていますが、レンくんの助言により前のバンドメンバーが原作以上に長続きした結果、まだ原作メンバーが集まっていない状態になっています。

 結束バンドRTAしている一方でSIDEROSの始動が遅れるという……

 善意と的確なアドバイスが裏目に出ちゃった形ですね。

 次回でSIDEROS結成編は終わらせるつもりです。

 早くネガティブぼっちひとりちゃんを甘やかす介護話を書きたい……



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#08 週末の大通りを大槻が歌う

「じゃあ、打ち合わせとリハーサルの通りにやりましょうか。緊張するかもしれませんが、こればっかりは慣れるしかありません」

「え、ええ……。ライブ前の緊張に比べたら全然だけど、その……」

「その?」

「なんで姐さん達もいるんですか!?」

 

 SICKHACKの人達と知り合いになってから、そのままライブハウス内のテーブルを借りて、俺が昨日作ってきた簡単な台本を渡して打ち合わせをした後、撮影のためにスタジオへとお邪魔していた。

 

「えー、だってなんか面白そうだし」

「私もオーチューバーに興味ある!」

「ヨヨコがバンドメンバー以外の同年代の子と仲良くしている姿に目頭が熱くなって……」

 

 廣井さん、イライザさん、志麻さんの反応である。……志麻さんの反応が完全に保護者のそれで草生えますよ。

 

 そこでふと、俺は気付いた。ああ、俺も傍から見ればあんな風に思われているんだな、と。……俺、志麻さんと美味い酒が飲めそう。あ、成人したら虹夏ちゃんも誘って三人で飲み会するのもいいね。

 

 あ、そうそう。イライザさんと志麻さんは呼び方はフランクでいいとのことだったのでお言葉に甘えています。廣井さん? なんとなく廣井さんは名前で呼ぶよりも名字の方がしっくりくるんだよね。

 

「ひ、人に見られると余計に緊張するわ……」

 

 人前でライブするのと、カメラを向けられるのとでは勝手が違うんだろうな。しかも今回はある程度トーク力も必要になってくるし。……まあ、大槻先輩が一人で無理だった時のプランは考えてある。さっき思いついただけの付け焼刃ともいうけど。

 

「このカメラってレンの私物?」

「そうです。一応俺も動画投稿しているので」

「え、そうなの? どんな動画?」

「筋トレ動画とキャンプ飯動画とゲーム実況、あとはお絵描き動画ですね。まあ、大したことないですよ。自分の趣味を垂れ流しているだけですから」

 

 このカメラもお年玉やお小遣い、バイト代を貯めて買ったんだ。十五年の中で一番高額な買い物だから大事にしようと思います。

 

 動画の収益? ギターヒーローさんには及びませんよ。

 

「大槻先輩、ライブと違って動画は何度でも撮り直せるし編集でいくらでも誤魔化せますから。撮影者の俺にギターを教える感覚でやりましょう」

「わ、わかったわ……。とにかくやってみましょう!」

 

 うん。それでこそ大槻先輩。ビビりながらも一度決めたら真っ直ぐ突き進むその姿勢。今後も忘れないでくださいね。

 

「じゃあ、カウントしますね。3、2、1、スタート!」

「み、みなさんこんにちは。し、SIDEROSの大槻ヨヨコです。きょ、今日はギターを買ったけど何から始めていいかわからない人達のために、初心者講座をやろうと思います」

 

 こうして第一回目の撮影が始まりました。緊張して引き攣った表情で、ところどころ噛みながらも大槻先輩なりに精一杯視聴者に説明しようという気持ちが伝わってくる。

 

 撮影が始まると、さすがに廣井さんやイライザさんもおとなしくしており、志麻さんにいたっては小学生の娘の発表会を見る母親のような表情になっていた。……ドラマーはママ属性がないとダメっていう法則でもあるのかな?

 

 そんなことを考えながら、撮影自体は台本通り問題なく進んでいく。大槻先輩ってギターや歌だけじゃなくて勉強もできるから、台本の内容もあっという間に覚えちゃったんだよな。

 

「こ、今回は以上です。次回はタブ譜の読み方と二つ目のコードAadd9をやっていくわ。よかったらまた観てちょうだい。……ご視聴ありがとうございました」

 

 大槻先輩がぺこりと頭を下げて撮影を終了する。動画の長さは十分程度。あまり長いと最後まで観られない上に大槻先輩の負担が大きい。逆に短すぎると大槻先輩がどういう人か伝わらない。

 

 色々考えた結果、このくらいの時間がちょうどいいと思いました。

 

「お疲れ様です。お水どうぞ」

「あ、ありがとう……。どうだったかしら?」

「初めてにしては上出来ですよ。台本の内容が飛んだりすることもなかったですし」

「そ、そう? でも、初めてにしては……ってことは───」

「一回観てみましょうか。その方が早いです」

 

 ということで、大槻先輩の初体験動画をみんなで観ることにします。

 

「が、ガッチガチの棒読み全開じゃない……」

「いや、ヨヨコはよくがんばった! 感動した!」

「志麻は泣きそうになってたもんね~」

「志麻~。ママって呼んでいい?」

「だったら酒やめろ不良娘」

 

 大槻先輩は自分の失態にかなりショックを受けているみたいです。いや、最初は誰だってそんな感じですよ。トップオーチューバーだって最初から上手く話せたわけじゃないですし。何度も何度も収録し直して、使える部分を編集して面白い動画にしているんですから。

 

「大槻先輩。これは慰めでも気遣いでもない俺の本音ですからよく聞いてくださいね」

「え、ええ……」

 

 俺は落ち込んでいる大槻先輩に目線を合わせるようにしゃがみこんで話しかける。

 

「正直、俺はもっと悲惨なことになると思ってました。ぶっちゃけ、通しで最後まで撮影できないだろうと」

 

 絶対台本の内容とか忘れて、一回は撮影自体が中断するだろうと思ってました。というか、俺も自分の最初の動画撮影はそんな感じだったし。

 

「一回目の撮影でこれだけできれば上出来です。……よくがんばりましたね」

「山田……」

「でも、動画のレベル的には底辺も最底辺なので撮り直しです」

「上げてから崖下に突き落としていくスタイル!!」

 

 そらそうよ。こんなもん投稿したって人となりは伝わらないですからね。ただの「緊張した棒読みの人」って印象しか残らないですから。

 

「でも、このデータは使えそうなので残しておきます」

「……何に使えるのよ」

「SIDEROSのメンバーが集まった時に『大槻先輩って今はこなれたベテラン感を出してるけど最初の動画撮影はこんな感じだったんだよ~』って教えてあげたいので」

「メンバーに恥晒すだけじゃない! 今すぐ消せーっ!」

 

 大槻先輩がカメラを奪おうとしたので、俺は手を高く上げて大槻先輩の手が届かないようにする。俺の目の前でぴょんぴょん飛びながらカメラを取ろうとする先輩はとても可愛かったです。

 

 あと、緊張も良い具合にほぐれましたね。ふっ、全て計算ずくよ。

 

「じゃあ、二回目の撮影をしようと思うんですけど……ここで一つ俺に提案があります」

「提案?」

「はい。……志麻さん、ちょっといいですか?」

「私か?」

 

 俺が声をかけると、少し離れたところにいた志麻さんが俺の隣にやってくる。

 

「さっきは大槻先輩一人でカメラに向かって喋るだけだったので、今度は志麻さんを先輩の横に座ってもらって、志麻さんにギターを教える感じで撮影しようかと」

「つまり……私も大槻の動画に出演すると?」

「そういうことです。一人で喋るよりも、明確な相手がいた方が大槻先輩もやりやすいと思って」

「なるほどな」

 

 これが俺の考えていたもう一つのプラン。志麻さんに手取り足取り丁寧に教える感じにすれば、視聴者に良い印象を与えられるだろうし、何よりカメラを向けられるのが二人になるから大槻先輩の精神的負担がかなり減る。

 

「そういうことなら、協力を───」

「えー! 志麻だけずるーい! 私もオーチューバーになりたいー!」

 

 話がまとまりかけたところで、イライザさんが駄々っ子のようなことを言い始め、俺達の方へ近づいてきた。……あなた確か成人してましたよね?

 

「イライザさんはギター弾けるじゃないですか。動画のコンセプト的に、ギターをできない人に教える方が自然なんですよ」

「えー……でもぉ……」

 

 うぎぎ……そ、そんな悲しい目で見ないでください。俺の庇護欲が、庇護欲が爆発して全力で甘やかしてしまう。これはあくまで大槻先輩のための動画。イライザさんを喜ばせるためのものじゃ───

 

「……ダメ?」

「───わかりました。こうしましょう。初心者講座には志麻さんに出演していただいて、イライザさんと大槻先輩の二人で演奏する動画も後で撮影します。……これで納得してもらえますか?」

 

 俺はさっき大槻先輩にやったみたいに、イライザさんの目線に合わせて体勢を低くしてそう言った。なんか、子供をあやしてるみたいだな……。

 

「えへへっ。アリガト! レンって優しいネ♪」

 

 いや、甘いだけだと思います。でも仕方ないでしょ。年上の金髪巨乳美人に可愛くおねだりされて断るのは男として終わってるんだから。

 

「よーし。それならきくりお姉さんも大槻ちゃんのために一肌脱いで~」

「あ、酔っ払いが出ると動画のコメント欄が荒れる元になるのでお気持ちだけで」

「山田少年が私にだけ冷たい!」

「いや、常識的な対応だろ」

 

 志麻さんのツッコミが炸裂する。意地悪とかじゃなくてマジですからね。せっかく面白い動画なのにコメント欄が荒れたせいで投稿者が病んで動画の続きが観られなくなった例が無数にあるんですから。

 

「あ、先輩すみません。勝手に話を進めちゃって……」

「いいわよ。私も一人より、実際に誰かに話す方が気が楽だもの。……志麻さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。私は本当に初心者だから、変に演技しなくていいから楽だな」

「ギターは私の貸してあげる~」

 

 という感じで、志麻さんがイライザさんからギターを借りて第二回目の撮影を始めます。

 

 

 

 

 「───今回は以上よ。また次回もよろしくね」

 

 約十分後、二回目の撮影が終了する。……うん。さっきとどっちが良いのかというと、比べるまでもないですわ。

 

「二人とも~。すっごく良かったヨ~!」

「大槻ちゃんもかなり自然に喋れてたね~。ここまで変わるなんて……私ちょっと感動しちゃった」

「そ、そうですか。ありがとう、ございます」

「私もすごく勉強になった。ヨヨコは教えるのが上手いんだね」

「い、いえ……そんなことは。志麻さんが隣にいてくれてすごく安心したからです」

 

 なんだ。大槻先輩ってちゃんと他のバンドの人達ともコミュニケーション取れるじゃん。やっぱり、普段のこういう感じをバンドメンバーが知ってくれれば問題はなさそうだね。

 

「二人ともお疲れ様です。ギター講座動画はこの方向でいこうと思いますが、いいですか?」

「ええ。私もその方がいいわ。志麻さんのご迷惑でなければ」

「迷惑なんかじゃないさ。SICKHACKの宣伝にもなるし、後輩のがんばりを支えるのが先輩だろ?」

 

 志麻さんはそう言って大槻先輩の頭を優しく撫で、先輩は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

 

 何やこの人イケメン過ぎひんか!? 虹夏ちゃん並みの母性とイケメン属性を兼ね備えてるって……こんなんもう反則だろ。女性ファンが「志麻様」って呼んでる理由に納得しかない。

 

「じゃあ、細かいところを修正したいんで、十分ほど休憩したらもう一度打ち合わせして撮影を再開しましょう」

「わかったわ」

「ねえねえレン。私、大槻ちゃんと何を弾けばいいかな~?」

「それは先輩と相談してください。流行りの曲でもSIDEROSの曲でもSICKHACKの曲でもなんでもいいですよ」

「アニソンは?」

「あ、アニソン? 大槻先輩がよければ、別に俺は……」

「ねえねえ大槻ちゃ~ん。私、やりたいアニソンがあるんだけど~」

「どんな曲ですか?」

「えっとネ~」

 

 イライザさんは嬉しそうに大槻先輩にアニソン動画を見せている。あとで聞いた話だけど、イライザさんはアニソンコピーバンドをやりたいがためにイギリスからはるばる海を渡ってきたらしい。行動力の化身だな。

 

「大槻先輩はやりたい曲ってありますか?」

「私は自分達の曲をやりたいわね」

「なるほど……じゃあ、アニソンはイライザさんと二人。SIDEROSの曲は先輩のソロということでいいですか?」

「ええ。問題ないわ」

「やっとアニソンを演奏できるよ~」

 

 イライザさんってほんと子供っぽいな。良い意味で。……虹夏ちゃんと同じでたくさんの(男達の)悲劇を生み出してきたんだろうなぁ。

 

 そんな感じで、SICKHACKの人達と談笑しながら交流を深め、その日の内に「初心者講座」と「弾いてみた動画」の撮影を終えることができた。

 

「じゃあ、今日中に編集して投稿しておくんで、明日は路上ライブがんばりましょう!」

「ええ。今日はありがとう。……明日もよろしくね、山田」

「山田くん。いつでも遊びにおいで。あと、ドラムをやりたくなったら絶対に私に連絡ちょうだい」

「またね~レン。今年の冬にはお絵描きのお仕事お願いするから!」

「今度STARRYに遊びに行くから先輩によろしく~」

 

 大槻先輩とSICKHACKの人達に見送られながら俺は新宿FOLTをあとにする。

 

 やっべ。廣井さんが星歌さんと知り合いなことすっかり忘れてた。……こんなん絶対姉貴と遭遇するやん! 虹夏ちゃん助けて……。

 

 俺はSTARRYにおける「対廣井きくり作戦」について考えながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

「姉貴姉貴。これなーんだ?」

「そ、それはまさか……SICKHACK全員のサイン!!」

「欲しいか? これが欲しいんか?」

「欲しいですくださいお願いしますレン様何でもしますから一生のお願い!!」

「……一生のお願い、今週だけで何回目?」

「三っ!!」

「頻度が蝉の寿命以下!!」

 

 結局額縁に入れて姉貴の部屋に飾ってあげました。……なんだかんだ、俺も姉貴に甘いよな。

 

 

 

 

「あれ? 大槻先輩早いですね」

「……早めの行動でライブに向けてのモチベーションを高める時間を多く確保しているだけよ」

「早めに目が覚めて家でじっとしていられなかったんすね」

「……そんなことないもん」

 

 翌日、路上ライブをする予定の場所にやってくると、すでに大槻先輩がいて機材の準備を始めていた。俺も途中のコンビニで差し入れとか買ってたから、時間に余裕をもって早めに来たつもりだったのに。

 

「フライヤーも、とりあえず三十枚くらい刷っておいたわ」

「うっす。あと、これ差し入れです。どーぞ」

「……ありがと」

 

 俺がお菓子やら飲み物が入ったコンビニの袋を渡すと、大槻先輩はペットボトルのジュースを取り出して一口飲んだ。緊張すると喉乾くよね。それに、ボーカルは喉が命だから大事にしないと。

 

「お~。二人ともやってるね~」

 

 俺も準備を手伝おうとしたところで、舌っ足らずな甘い声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に、俺はちょっとだけ表情を引きつらせながら振り返ると、そこには思った通りの人物───廣井さんがいた。

 

「姐さん!? なんでここに!?」

「え~? だってこの場所を教えてあげたのは私だよ~? だから応援に来てあげたんだ~」

 

 ああ、なるほど。だからピンポイントでここにやってこれたのね。応援に来てくれるっていう気持ちはすごくありがたいですけど……お酒が入ってなかったらなぁ。

 

「志麻さんやイライザさんは?」

「え? いないよ?」

「もしかしなくても……今日、スタ練だったりします?」

「練習よりも可愛い後輩を応援する方が大事だよ」

「練習サボる口実とかじゃないですよね?」

「……君のような勘の良いガキはうんぬんかんぬん」

「もしもし志麻さんですか? 今廣井さんがですね───」

「待ってお願い電話をしまって山田様一生のお願いです何でもしますから許してください!」

 

 俺が志麻さんに電話をかける()()をすると、廣井さんが涙目で縋りついてきた。この反応、姉貴と全く同じだな!! やっぱりベーシストってろくなのがいねえ! 

 

 くっ……大槻先輩のためにもどうにかしてまともなベーシストを発掘せねば。

 

「じゃあ、その辺の通行人さん達にフライヤー配るの手伝ってください。半分は俺がやりますから」

「そのくらいならお安い御用だよ」

 

 ほんとに大丈夫かなこの人。

 

「すみませーん! これからこの子が路上ライブやりまーす! お時間ある人は聴いていってくださーい!」

 

 廣井さんは物怖じしないでガンガン通行人に絡んでフライヤーを渡していく。あの様子なら心配なさそうだね。まあ、大槻先輩は廣井さんにとって可愛い後輩だし、その後輩の舞台を邪魔するようなことはしないか。

 

「今から路上ライブやりまーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 俺も廣井さんがいる場所とは反対側の歩道で声をかける。……こういうとき、顔が良いってめちゃくちゃ武器になるんだよな。初々しいイケメン高校生が笑顔で手作りフライヤーを配ってる。

 

 そうすると、興味がなくてもとりあえず受け取ってくれるって人が結構いるから。特に女性。

 

「おにーさんすみません。ウチにも一枚もらえますか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 フライヤーが残り五枚くらいになったところで、黒いマスクをした銀髪の少女に声をかけられた。……なんか、バンドマンっぽいパーカー着てるな。いや、俺の偏見かもしれないけど。

 

「あのー……もしかして、楽器やってたりします?」

「え? ああ、ドラムやってるっす。ただ、メンバーが集まらないんでバンドは組めてないんすけど」

 

 はい、いきなりバンドメンバーガチャで一番排出率の低いドラムを引き当てました!! さすが俺!! さすがの豪運!! 絶対に逃がさんぞ……!!

 

 とはいえ、出会い頭にがっついて勧誘すると引かれるので、あくまで自然な会話を装いつつ先輩の演奏を聴いてもらいましょう。

 

「そうなんですか? 実は、あの子も今バンドメンバー募集中なんですよ。よかったら、演奏聴いていってください」

「……そーっすね。ウチもあの人に興味ありますし」

 

 なんかその口ぶり……大槻先輩のことを知っているみたいだね。まあ、先輩はSIDEROSとして活動するのは三年目だから知ってる人が通りかかってもおかしくはないけど。

 

 俺が思考を巡らせていると、銀髪ドラマーちゃんは大槻先輩の方へ近づいて行った。

 

 あの子、メンバーに入ってくれないかなぁ……。

 

 そして俺は残りのフライヤーを全部捌いて大槻先輩の方へと戻ろうとしたけど、俺があんまり近くにいると先輩が緊張するかもしれないので、廣井さんと一緒に大槻先輩の視界からは外れないかつ、近すぎないポジション取りをする。

 

 廣井さんもフライヤーを全部捌ききったみたいだな。

 

「思ったより人が集まりましたね」

「新宿にもバンドマンは多いからね。通行人の中には意外と耳が肥えてる人がいるし、バンドを辞めちゃった人達もいる。そういう人達ってね、がんばっている若者を応援したくなるものなんだ」

「やけに実感こもってますね」

「私もその一人だからね」

「……廣井さんもまだ若いでしょ?」

「あれ? もしかして口説いてる?」

 

 廣井さんの軽口に俺が無言でスマホを取り出すと、思いきり手首を掴まれた。この人の扱い方がわかってきた気がする。……なんか俺の周り、操縦が必要な面倒臭い女の人が多過ぎない!?

 

「それよりも、聞きたいんだけどさ。君は本当に大槻ちゃんのお友達なわけ?」

「友達じゃないって言ったら大槻先輩が泣きますよ」

「いやいや、そういう意味じゃなくて。ほら、その……あれだよ。ほんとに付き合ってないの?」

「付き合ってませんよ」

 

 またその話か。昨日の内にちゃんと誤解は解いたはずなのにな。

 

「その割にはさ。ずいぶん献身的にお手伝いしてるなって思って」

「友達だったらこれくらいやるのが普通では?」

「……あー。君はそういうタイプの人間か。あのさ、ものすごく失礼な質問しちゃってもいい?」

「嫌な前置きですね。答えるかどうかは別として……どうぞ」

 

 何を聞いてくる気だこの人。

 

「君のお姉さんって結構なダメ人間だったりする?」

「『ダメ人間』ってグーグルで検索すると一番上に姉の名前が出てきてもおかしくないレベルですね」

「なるほど。君の献身のルーツがわかったよ」

 

 廣井さんはカラカラと笑い、パック酒にストローをさして飲み始める。大丈夫かなこの人。昨日もずっと酒飲んでたし。

 

「君よりもちょびっとだけ長く生きてきた人生の先輩として言わせてもらうと、君のその献身は……長所でもあり短所でもある」

「ですよねー」

「あ、あれ? なんか思ったのと違うリアクション……。もっとこう、葛藤して難しい表情を浮かべてシリアスになるんじゃ……」

「いや、自分の性格は自分で一番よくわかってますから」

 

 でもね。もうどうしようもないの。俺の魂というか脊髄というか人格の根本に深く刻み込まれちゃってるんですから。今さらねー。変えようと思ってもねー。

 

「あと俺は、無自覚鈍感難聴系女たらしじゃないので大丈夫です」

「大槻ちゃんが信頼しているくらいだからね。……あの子はちょっと、気難しい子だから」

 

 この人、酒飲んでめちゃくちゃするイメージしかなかったけど、面倒見良いよな。わざわざ後輩のためにここまで足を運んでくれてるんだし。

 

「そろそろ始まりますね」

「だね。さーって……度肝抜いてやれ大槻ちゃん!」

 

 俺と廣井さんが見守る中、大槻先輩の路上ライブが始まった。

 

 俺が大槻先輩と出会ったのも、路上ライブ。

 

 ちょうど一年くらい前の出来事。あの時も確か、大槻先輩は一人で演奏していたんだったな。懐かしい。下北や新宿で路上ライブをするバンドマンは別に珍しくないから、俺はよっぽどのことがなければ足を止めてその演奏を聴こうとは思わない。そんな人間だった。

 

 でも、大槻先輩は、その()()()()を体現する存在だ。

 

 無意識の内に、俺は足を止めて先輩の演奏に聴き入っていた。ライブの後に声をかけたのも……今にして思えば我ながらかなり気持ち悪い行動に出てたなと反省している。案の定先輩にめっちゃ警戒されたし。

 

 あれから一年、よくここまで仲良くなったもんだ。

 

 そして、一年前とは比べ物にならない技術と歌声で、あの時と同じように、いや……あの時以上に多くの通行人が足を止めて大槻先輩の演奏と歌声に聴き入っていた。

 

 やっぱり、埋もれさせちゃダメだよな。この人を。

 

 演奏が終わり、拍手喝采を浴びる中、充実した笑顔を浮かべている大槻先輩を見て、俺は改めてそう思うのだった。

 

 

 

 

「大槻ちゃんお疲れ~」

「先輩、お疲れ様です」

 

 ライブが終わり、人が捌けたところで俺達は大槻先輩のところまで戻ってくる。先輩は額に汗を浮かべながらも、安堵した表情で片付けをしている。

 

「姐さん、山田も……協力してくれてありがとうございました」

「私は最後にちょろっとお手伝いしただけだから~。山田少年のおかげだよ」

「いやいや。一番がんばったのは大槻先輩ですから」

「あなたの協力がなかったら、ここまで成功しなかったわよ。……ありがとね、本当に」

 

 そう言った時の大槻先輩の笑顔は、俺が今まで見た中で一番優しい笑顔だった。……先輩ってそういう表情もできるんですね。ちょっとドキッとしましたよ。

 

「みんながんばってめでたしめでたし! ということにしておこう!」

「……そうですね」

 

 廣井さんが雑にまとめたけど、実際そうだからまあいいや。

 

 よし、じゃあ俺達も片付けを手伝ってそのまま打ち上げにでも───

 

「あのー……ちょっといいすか?」

 

 後ろから声をかけられたので振り返ると、そこに立っていたのは俺がフライヤーを渡した銀髪黒マスクちゃんだった。

 

「大槻先輩。演奏、聴かせてもらったっす。素晴らしかったっす。感動しました」

「あ、ありがとう……」

「実はウチ、結構前からSIDEROS……大槻先輩のことは知ってたんすよ」

「え? そ、そうなの?」

「はい。ライブも観に行ったことあるっす」

 

 マジか。ライブ前にフライヤーを渡したときの口ぶりからそうじゃないかとは思ってたけど。この子はSIDEROSのファンだったのか。

 

「そのおにーさんに、メンバー募集中って聞いて……先輩の演奏を改めて聴いて……決めました」

 

 も、もしや……もしやこの流れは……

 

 

 

 

「ウチを───SIDEROSのメンバーに入れてください。お願いします」

 

 

 

 

 銀髪黒マスクちゃんはそう言って、大槻先輩に深々と頭を下げる。……マジか。マジか。いや、正直……興味を持ってもらえたら御の字だなって思ってたくらいだから。

 

 ちょっと、その……驚きすぎて言葉が出てこない。

 

 俺と先輩は同じように口をぽかんと開けた間抜け面でお互い顔を見合わせていた。

 

「ほら、大槻ちゃん。ボケっとしてないで返事してあげなよ!」

 

 そんな大槻先輩の背中を廣井さんがポンと叩く。ありがとうございます廣井さん! 俺も姐さんって呼んでいいですか?

 

「あ、あ、あ……え、えっと……」

 

 ヤバい。こんなところで大槻先輩のコミュ障が発動してしまった。うぎぎ……口を出したいけど……ここは大槻先輩が自分で、自分の言葉で伝える場面なんだ。落ち着け俺の庇護欲!!

 

「あ、あなたの名前を教えてもらえるかしら……?」

「長谷川あくび。ドラムをやってるっす」

「そ、そう。改めて、私は大槻ヨヨコ。ギターボーカルよ。……それで、えっと」

 

 がんばれ! がんばれ大槻先輩!

 

「私は、口下手で……色々厳しいことも言うし、誤解されやすいけど……でも、やるからにはトップを目指すわ。お遊びでバンドをやるつもりなんてない。───そんな私だけど、ついて来てくれる?」

「もちろんっす。ウチは、大槻先輩のそういう演奏に惚れたんで」

「あ、じゃ……じゃあ……」

「あくび。そう呼んでください」

 

 長谷川さんの言葉に、大槻先輩は目を丸くし、数秒の沈黙の後、しっかりと彼女の目を見て答える。

 

「これからよろしくね───あくび」

「はい。よろしくお願いします。大槻先輩」

「わ、私のことも……な、名ま。あ、いや……なんでもないわ」

「よろしくっす。()()()先輩」

「あ、う、うん……。よろしくね」

 

 あかん涙出てきた。いやね。こんなん泣くなって言う方が無理でしょ。まだ一年程度の付き合いとはいえ、大槻先輩がずっと苦労して努力してきたのは知ってるんだから。もうね。涙腺ガバガバですよ。

 

「山田少年……感受性豊か過ぎでしょ」

「俺、こういうのにめっちゃ弱いんですって」

「お姉さんの胸でお泣き」

「すみません。俺、巨乳派なんです」

「そんな断られ方初めてだよ!?」

 

 そんなこんなで、色々ありましたが路上ライブは大成功かつ、ドラマーの長谷川あくびさんが仲間になりましたとさ。

 

「よーし! じゃあ、新メンバー加入のお祝いに行くかー! ここはお姉さんが奢っ───」

 

 廣井さんが高らかに宣言しかけたところで、彼女のスマホから着信音が響き渡る。

 

『廣井てめえいつまで油売ってやがんだ!! さっさと戻ってきやがれぶっ〇すぞクソ野郎!!』

「あばばばばばばばば!? し、志麻様……志麻様……なにとぞご容赦を……」

 

 電話口から聞こえてきたのは志麻さんの怒鳴り声だった。……志麻さん、怒ったらあんな口調になるんだ。絶対に怒らせないようにしよう……。

 

 俺は心に固く固く誓うのだった。

 

 で、さすがに廣井さんが可哀そうだと思ったので、志麻さんにフォローの連絡を入れておきます。あんまり怒らないであげてくださいね。

 

「行っちゃったすね」

「ね、姐さんはあれで頼りになるところもある人だから」

 

 残された俺達の間に微妙な空気が漂う。ライブに使った機材に関しては廣井さんが回収のための車を手配していてもうすぐ来てくれるらしい。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。山田レンです。大槻先輩の友達です」

「長谷川あくびっす。友達……友達すか?」

 

 長谷川さんはそう言いながら俺と大槻先輩を交互に見る。その目……君も女子高生特有の()()な目で俺達を見てくるわけね。

 

「大槻先輩って呼び方……山田さんって高一すか?」

「そう。入学したばっかりです」

「じゃあ、ウチと同い年すね。敬語はいらないすよ」

「あ、そうなんだ」

 

 長谷川さんもヨヨコ先輩って呼んでたから俺と同い年かなーとは思ってたけど。敬語を使わないならそっちの方が楽でいいや。

 

「大槻先輩。とりあえず、俺達だけでご飯行きますか?」

「え? そ、そうね! 行きましょ行きましょ!」

 

 俺が声をかけると大槻先輩のテンションが急に高くなる。うん。舞い上がっても仕方ない。いきなり新メンバーを確保できた上、しかもドラムという希少種。実に幸先の良いスタートを切れましたね。

 

 本当は二人でご飯に行かせてあげたいけど、大槻先輩が初対面の人と二人きりでご飯とか地獄絵図になる未来しか見えないので、俺が潤滑油になります。

 

「あくび! な、何食べたいっ? わ、私が奢ってあげるわよ!」

「ん~。じゃあ、焼き肉がいいっす」

「焼肉ね。わかったわ!」

「なら、俺が店を予約しておきますね」

「任せるわ!」

 

 その後、俺達三人は食べログで評判の良いリーズナブルな焼肉屋へ行き、交流を深めました。俺と長谷川さんは同い年ということもあり……あと、ゲーム好きという共通の趣味もあって会話が弾んだ結果。

 

「レンさん」

「あくびちゃん」

 

 と、お互い名前で呼び合うようになりロインも交換しました。あくびちゃんいい子だな。色々気遣いできる優しい子だし。大槻先輩を慕ってるみたいだし。

 

 これはまだかなり先の話になるんだけど、このあくびちゃんは大槻先輩だけじゃなく、もう一人のネガティブぼっちである後藤さんにもなぜか気に入られるようになるんだよね。

 

 この子、ぼっちを惹きつける才能でもあるのかな?

 

 そして、あくびちゃんが加入してからもトントン拍子でメンバーが集まり、ゴールデンウイークが終わる頃にはギターの本城楓子ちゃん(俺の庇護欲センサーが爆裂に反応)とベースの内田幽々ちゃん(霊感少女)が加入し、新生SIDEROSがついに始動することになるのだった。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

「え? レンさんもバンドやるならドラム志望? そのときは絶対ウチに連絡ください」

「待て長谷川。山田くんは私が先に目を付けたんだ。横槍は許さん」

「山田……あなたの幼馴染って確かドラムだったわよね?」

 

 いや、あの……あくまで仮定の話ですからね?

 

 なんか虹夏ちゃんが知らん間に三国志に巻き込まれてました。俺は悪くない。

 




ヨヨコ介護編一旦完!
SICKHACKとの顔合わせもできて満足です。

そして次回、ぼっちちゃんの初バイト介護編になります。
ほんとに介護しかしてないなこの男。

入学初日→ぼっちちゃんコミュ&介護&結束バンド合流
二日目→ぼっちちゃんコミュ(クラスメイトとお友達編)&介護(イカれた服装編)&ギターヒローバレ&結束バンドにアドバイス
三日目→喜多ちゃんコミュ&介護
週末→ヨヨココミュ&介護&SICKHACKコミュ&動画撮影&路上ライブ&あくびちゃん捕獲

充実してますね(白目)



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#09 ベストティーチャー

「おはよう。後藤さん」

「お、おはようございます……」

 

 SIDEROSにメンバーが一人加入した翌日の月曜日、いつものように姉貴を叩き起こして朝飯を食わせて介護を虹夏ちゃんに引き継ぎ、登校して教室に入るといつも以上に顔色の悪い後藤さんがあいさつを返してくれた。

 

 なんか、目の下の隈も濃いし、大丈夫かなこの子。

 

「後藤さん、体調悪そうだけど大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫です……」

 

 後藤さんの反応を見て、俺はある程度の察しがついた。今日は後藤さんと喜多さんがSTARRYで初めてバイトをする日だ。そして、ライブハウスでのバイトは一応接客業に分類される。

 

 喜多さんはコミュ力の塊だからどうにでもなるとして、後藤さんにとって接客業のバイトっていうのはハードルがめちゃくちゃ高いはずだ。いくら俺や虹夏ちゃんがサポートに入るといっても、人間は誰しも初めてのことをやるときは緊張するに決まっている。

 

「後藤さん、これどうぞ」

「あ、えっと……これは?」

「STARRYでのバイト内容とやり方をまとめておいたんだ。今日はそれを見ながら一緒にやろうか」

 

 俺は昨日、大槻先輩達との打ち上げから帰ってきた後、俺が焼肉を食ってきたことに対して姉貴がうざ絡みしてくるのをあしらいつつ、後藤さんと喜多さんのために簡単なマニュアルを作っておいたんだ。

 

 ラミネート加工もしてあるから、濡らしたり汚れたりしても大丈夫なようにはしている。

 

「文章だけだとわからないし、かといって口頭で説明されるだけじゃ覚えきれないと思うから……ね?」

「あ、ありがとうございます……。私のためにこんなものを……そ、それに昨日の夜はわざわざ励ましのロインまでしてくれて」

 

 緊張しているだろうと思って、昨日の内に後藤さんにロインをしたら一瞬で既読がついたんだけど、返信はなかなか返ってこなかったんだよね。多分、どう返信するかとても悩んでいたのでしょう。……これから少しずつ慣れていこうね、後藤さん。

 

「え? ひとりちゃんバイト始めるのー?」

「あ、はい。活動しているライブハウスでそのまま……」

「ライブハウスでバイトってなんだか格好良いね!」

「か、かっこ……えへへ。そ、そうですか? ま、まあ私にかかればこのくらい……えへへ」

 

 露骨に調子に乗ってるよ。……まあ、変に塞ぎ込むよりはいいか。

 

「山田くんも同じところでバイトしてるの?」

「うん。元々は姉貴がやってたんだけど……なし崩し的に」

「お姉さんもバンド組んでるんだ!」

「後藤さんと同じバンドで、姉貴はベースをやってるよ」

「山田くんはやらないの?」

「俺は聴き専だからね」

 

 

 朝はホームルームが始まるまで、こんな感じでクラスメイト達と雑談している。後藤さんもちょっとずつだけど、お喋りできるようになって確かな成長を感じられますね。

 

 人見知りやコミュ障が急に改善されるなんてことはないので、ゆっくり時間をかけていきましょう。と、俺は無意識の内に思考が介護に侵されていることに気付き、虚しくなるのだった。

 

 

 

 

「後藤さん、バイト行こうか」

「あ、は、はひぃ……」

 

 放課後になり、後藤さんに声をかけると裏返った声色の返事が返ってきた。緊張し過ぎでしょ。……これはちょっと、介護レベルをかなり上げておいた方がよさそうだな。

 

「ひとりちゃん、バイトがんばってねー」

「が、がんまりましゅ……」

「手と足! 後藤さん! 手と足が一緒に出てるから!」

 

 ガッチガチやんけ。大丈夫? STARRYまで辿り着ける? ……その前に喜多さんを迎えに行かないと。

 

「ひとりちゃん、レンくん! バイト行きましょ!」

「うばぁっ!?」

 

 一年五組に行く前に、喜多さんが勢いよく二組の教室のドアを開けて突撃してくる。バイト初日で気合が入っていたらしく、陽キャキタキタオーラがいつもの十倍になっており、俺というフィルターを介さずにそれをまともに浴びてしまった後藤さんは、ピンク色の干からびたカエルになってしまった。

 

「あ、このパターンのひとりちゃんは初めて見るわね」

「もう全然動揺しなくなったね」

「一週間もすれば慣れるわよ」

 

 この適応力の高さよ。まあでも干からびちゃったもんはしょうがない。俺はそのまま「干しガエルぼっちちゃん」を抱っこして喜多さんと一緒にSTARRYへ向かうことにする。

 

 途中、意識を取り戻した後藤さんが俺に抱っこされていることを理解した瞬間、爆発四散してSTARRYに到着するのが予定より遅れてしまうことになるのだった。

 

 

 

 

「おはよーございまーす! すみません。ちょっと遅れました」

「おはよー! まだ時間には余裕あるから大丈夫だよ」

「三人とも、おは」

 

 STARRYに到着すると姉貴と虹夏ちゃんはすでに来ていて、姉貴はだらしなくテーブルに身を投げ出してスマホをポチポチしている。家みたいに寛いでんな。

 

「姉貴、行儀悪いからやめろ」

「あーれー」

 

 俺は姉貴の背後に回って、脇の下に手を差し込んで姉貴の上半身を起こさせる。ほんとにいつもいつも小学生並みに手がかかる女だな。

 

「ぼっちちゃん大丈夫? 顔が赤いけど、熱でもあるの?」

「あ、そ、そういうわけじゃないでしゅ……!」

「レンが何かやった。そうに違いない」

「レンくんがぼっちちゃんに意地悪するはずないでしょ? ねえ?」

「干からびたカエルになったひとりちゃんをレンくんが抱っこしただけです」

「どういうこと!? 全然意味わかんないけどぼっちちゃんだからという理由で納得しておくことにする! ヨシ!」

 

 結束バンドの理解力の高さよ。姉貴の言う通り俺のせいで後藤さんがちょっとおかしなことになったのは否定できないしな。だって、あんな干からびた状態からいきなり復活するなんて思わんし。

 

 今後、後藤さんが謎変化したら扱いには気を付けないとな。

 

「じゃあ、これから二人には仕事を教えていくんだけど───」

「あ、虹夏ちゃん。その前にちょっと……いい?」

「どうしたの?」

 

 俺は虹夏ちゃんだけを呼んで他の三人から少し離れたところで、お互い顔を近づけてこっそりと会話する。

 

「後藤さんと喜多さんだけど、別々に教えよう」

「いいけど……どうして?」

「後藤さんと喜多さんに同時に教えたとするでしょ? そうしたら、二人の内のどっちが要領よく仕事を覚えて動けると思う?」

「……喜多ちゃんだね」

 

 その結果、どうなるか。後藤さんはただでさえ自分に自信を持っていないんだ。そんな状態で同じ新人の喜多さんがバリバリ仕事を覚えて動けるようになれば、劣等感を刺激されて余計にマイナス思考に陥ってしまう。

 

 バイト初日から彼女にそんな思いをしてほしくないから、そういった細かい配慮が必要だと俺は思うんだ。

 

「確かにそうだね。そこまで考えが回らなかったよ」

「いや、俺も正直ここに来る途中で思いついたから」

「そういう気の利く男に育ってお姉ちゃん嬉しいよ」

 

 虹夏ちゃんはうんうんと頷きながら俺の頭を撫でてくる。あぁ^~。甘やかされて俺の心が浄化されてしまう~。

 

「じゃあ、ぼっちちゃんはレンくんにお願いしていい? あたしは喜多ちゃんに教えるからさ」

「おっけー」

 

 話もまとまったし、三人のところに戻ります。

 

「内緒話は終わった? 私は二人が「実はこっそり付き合ってました」と言われても驚かない」

「え? 虹夏先輩とレンくんが……? つまり、私にとっては虹夏おばさん先輩?」

「まだその設定諦めてなかったの!?」

 

 俺と虹夏ちゃんが付き合ってたら真っ先に姉貴に報告しとるわ。後藤さんも口をパクパクしながら俺と虹夏ちゃんを交互に見ないの。姉貴のしょーもない軽口なんだから。

 

「おほんっ。これから二人にはSTARRYでのお仕事について教えていきます。ぼっちちゃんはレンくん、喜多ちゃんはあたしが教えるからね」

「よ、よろしくお願いします」

「そんなに緊張しなくていいからね。ちゃんと一つずつ丁寧に教えてあげるから」

「は、はい……」

 

 俺はちょっとしゃがんで後藤さんと目線の高さを合わせながらできるだけ優しくそう言った。……目線の高さだけ合って目は合わせてくれなかったけど。まあ、気持ちが伝わればいいか。

 

「虹夏おばさん先輩先生! よろしくお願いします!」

「多い多い! 肩書が多いよ!」

 

 あっちはあっちで漫才やってるし。まあ、虹夏ちゃんはしっかり者だから放置してても問題ないな。

 

「ふっ……私が教えるまでもないということか」

「姉貴はふつーに戦力外通告」

「弟の心無い言葉に私は深く傷ついた。慰謝料請求した上でバイトを休むしかない」

「サボったら今日の給料なしな」

 

 姉貴のアホな戯言は星歌さんの一言によってバッサリと両断される。実際、姉貴は喜多さんと二人にすると仕事を教えるどころじゃないし、後藤さんと二人にすると会話にならない。よってこの人選が最適解なんだよ。ごめんな姉貴。

 

「じゃあ、まずは会場の設営からやっていこうか」

「は、はい……」

「基本的にはテーブルや椅子を決まった場所に運んでいくんだけど、時々機材の移動とかもさせるから。今日はとりあえず片付ける場所を覚えよう。で、そのあとは掃除ね?」

「わ、わかりました」

 

 虹夏ちゃんは喜多さんにドリンクを教えているみたいだ。喜多さんはコミュ力あるし可愛いからドリンクの受け渡しとか受付にはぴったりだな。姉貴がやると……愛想はないけど絵になるから評判自体は悪くない。うん。

 

 そして俺は後藤さんと一緒にテーブルや椅子を指定の場所に片付けていく。うんうん、緊張で表情が強張っているけど一生懸命がんばろうという気持ちがすごく伝わってきますね。心がとても穏やかな気持ちになります。

 

「片付けと掃除はこんな感じ。今やったのが……今日渡したマニュアルの、これとこれね?」

「あ、はい」

「設営は基本的に毎回やるからすぐに覚えられるよ」

「は、はい」

「今のところ、何かわからないことや質問はある?」

「あ、えっと……一つだけ」

 

 お? あるんだ。何か言い忘れたことがあったかな? 

 

「に、虹夏ちゃんと付き合ってるんですか?」

 

 なんやねんその質問!? バイトと全然関係ないじゃん!?

 

「いや、付き合ってないよ。あれは姉貴の冗談だから間に受けないようにね。姉貴の言うことなんて話半分どころか十分の一でいいから」

「は、はぁ……」

 

 俺がそう言うと後藤さんは安心したような表情になった。そりゃそうか。もしも俺が虹夏ちゃんと付き合ってたら、後藤さんは虹夏ちゃんの彼氏に二人っきりで仕事を教えられてるってことになるんだから。不安にもなるよね。

 

 結束どころかギスギスバンドの完成です。解散待ったなし!

 

「じゃあ、次はドリンクについて教えるからカウンターの方に行こう」

「わ、わかりました」

 

 虹夏ちゃん達とは入れ替わりでドリンクを教えることにする。同じタイミングで同じ内容の仕事を教えないようにする絶妙な気遣い。……俺と虹夏ちゃんじゃなかったら成り立たないな。

 

「ドリンクはチケットと交換だから。お客さんが注文したものを渡してあげてね」

「は、はい……」

「一応、テプラを貼ってどこに何が置いてあるかわかるようにしてるけど、種類が多くて最初は俺も覚えるのに時間がかかったんだ」

「そ、そうなんですか?」

 

 カウンターの裏でドリンクの位置を説明すると、種類の多さに後藤さんが狼狽し始めたので、安心させる意味も込めて、俺のバイト新人時代について話す。

 

 自分も苦労したんだよ~。っていうことを伝えれば「私と同じなんだ」って気持ちになって精神的に楽になるからね。

 

「慣れない間は俺か虹夏ちゃんが横についてちゃんとサポートするから大丈夫。安心して」

「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ、お手本見せるから───姉貴、ちょっとお客さん役やってくんない?」

「へっへっへ。おにーさん格好良いね~? この後予定ある? 私とイイコトしな~い?」

 

 姉貴がうざ絡みしてくる面倒な客の演技をしてきたので頭を思い切りぐりぐりしてやりました。声のかけ方が昭和だよ昭和!

 

「……ぼっちばっかりかまってずるい。私ももっとかまって」

「家で散々かまってんだろうが!!」

「リョ、リョウさんってこんな人だったんだ……」

「姉貴は甘ったれのかまってちゃんで野良猫みたいに自由奔放な寂しがり屋だからね。しかもヘタレで小心者という超絶面倒臭い生き物なんだ」

「そんなに褒められると……照れる」

 

 褒めとらんわ! ほんとに大丈夫かこの姉。くそっ……どこかに包容力があって優しくて面倒見が良い金持ちのイケメンが落ちてないかな? 落ちてたら全力で姉貴を押し付けるのに。

 

「真面目にやって。じゃないとそろそろ本当に怒るよ?」

「……ごめん」

 

 俺がちょっと強めに言うと姉貴がしゅんとなる。こうやって定期的にしつけて上下関係をわからせておかないと調子に乗りまくるからな。

 

「今日は俺がお客さんの相手をするから、後藤さんはドリンクの用意をしてくれるかな? ドリンクの場所もちゃんとその都度指示を出すから」

「は、はい」

 

 今日は初日だから仕事の雰囲気が少しでも伝わればそれでいい。仕事を覚えるのは個人差や向き不向きがあるから、ちょっとずつ覚えていってもらえれば大丈夫。

 

 だから俺は仕事を覚えてもらうっていうよりも、後藤さんが仕事を嫌にならないようメンタルケアすることを心掛けていた。

 

「最後に受付に行ってみようか」

「は、はい」

 

 後藤さんが一人で受付できるようになるのは……いつになるかわかんないけど、いつかできるようになるといいね。

 

「チケットは一枚千五百円で、それとは別でドリンク代を五百円貰うんだ。で、ピック型のこれがドリンクチケットね」

「あ、可愛いですね」

「でしょ? 星歌さんが考えたんだ」

「え? 店長さんが……」

「星歌さんってあれで可愛い物好きだから、ゲーセンで取ったぬいぐるみをあげるとめっちゃ喜ぶんだ」

(ち、近い近い!! 顔が近い!!)

 

 星歌さんに聞かれないように後藤さんに顔を近づけて囁くように言うと、めっちゃビビられました。あ、ごめんごめん。刺激が強かったね。

 

「お金を貰ってチケットを渡すだけ。顔面偏差値の暴力だけで接客してる不愛想な姉貴でもできるんだから大丈夫だよ」

「そ、そうですかね……?」

「いきなり一人でやらせたりしないから安心して。今日のところは俺と一緒にドリンクをやろう。受付は虹夏ちゃんと喜多さんがやるみたいだから」

「リョ、リョウさんは?」

「姉貴は俺の目の届く範囲に置いておく」

 

 隙あらばサボろうとするからな姉貴は。

 

「や、山田くんの方がお兄ちゃんみたいですね……」

「俺と姉貴は生まれてくる順番を間違えたんだ。俺が先に生まれてたら姉貴ももうちょっとまともに……いやなってないな」

 

 どっちみち父さんと母さんが甘やかすから結果は変わんない気がする。

 

「とまあ、仕事の内容はこんな感じ。一通り、簡単に説明したけど、わからないこともたくさんあると思う。そういうときは遠慮しないで聞いてくれていいからね?」

「は、はい……(こ、コミュ障にとってはそれが一番難しいんです……)」

「声をかけづらかったら……俺に何かしらのアクションを起こしてくれればいいから」

 

 大概のことは察せるし。一番困るのはわからないまま放置して問題が大きくなること。そうなると後藤さんも余計に責任を感じちゃうから、できれば素直に質問してくれるのが一番良いんだけど。

 

「よし。じゃあカウンターに戻ろうか。これからお客さんが増えてくるから、ちょっと忙しくなるかもね」

「あ、ああああ足を引っ張っちゃったらごめんなさい!」

「身も蓋もないこと言うとね……足を引っ張るほどは忙しくならないと思う」

「ほ、ほんとに身も蓋もないっ……!」

 

 あ、後藤さんがツッコんでくれた。なんか感動。

 

「おいレン。聞こえてんぞ!」

「すみません星歌さん。あ、新人教育用のマニュアル作ってきたんで使ってください」

「有能。許す」

 

 星歌さんを適当に言いくるめてカウンターに戻ります。

 

 

 

 

「コーラください」

「はーい。少々お待ちください。後藤さん、コーラはそっちね」

「こ、ココココーラです」

「ふふっ、ありがと」

 

 お客さんが徐々に増えてきて、ドリンクを貰いに来る人もそれなりにやってきている。でも、俺が思った通り目が回るほどの忙しさというわけでもない。

 

 後藤さんも後藤さんで、手つきはたどたどしいものの、新人バイトの初々しさ全開なのでお客さん達も微笑ましいものを見るような目で後藤さんを見ていた。

 

 あと、今日出演するバンドは女性ファンがほとんどだから、山田家の遺伝子が存分に仕事をしたイケメンスマイル接客で、俺が女性客を良い気分にさせている部分も大きかったりする。

 

「後藤さん、やればできるじゃん」

「あ、や、山田くんがちゃんと教えてくれたから……」

「俺がいくら教えてもね。本人にがんばろうって気持ちがなかったらできないんだよ。ちょっとずつ動きも慣れた感じになってるし、上出来上出来!」

「ふへへっ。そ、そうですかね?」

 

 後藤さんは不気味に笑いながら照れ臭そうに言う。あとはほんとにこの笑顔がどうにかなって顔を上げて前髪を少し短くして姿勢が良くなれば完璧美少女なのに。……まあ、気長にやっていきますか。

 

「あ、あの……山田くんっ」

「ん? どうしたの?」

「ひ、ひとつ……お、お願いがあってですね……」

「うん?」

 

 お願い? 何だろ一体。

 

「つ、次のお客さん……わ、私が一人で接客してみてもいいですか?」

 

 あ、ヤバい。また涙が出そうになってきた。……俺、この一週間で涙腺崩壊し過ぎだろ。いやだってしゃーないやん。自他ともに認める内気でコミュ障で人見知りな女の子がさぁ。初めてのバイト、しかも接客業で、誰に言われるわけでもなく自分から「一人でやってみていいですか?」って言ってきたんだよ?

 

「こ、このライブハウスが良いハコだったって思ってもらえるように……私もがんばりたい、ですし……。や、山田くんがこんなに優しく教えてくれたから……ちょっとでも期待に応えたくて……」

 

 はい泣きます。後藤さん……あなたどんだけいい子なの!? ほんとさぁ、ウチの姉貴はさぁ……ちょっとくらい後藤さんのひたむきさを見習えよ!! うぅっ……大槻先輩といい、後藤さんといい……ぼっちが俺の涙腺特効過ぎる……

 

「ど、どうしたんですか……!? ど、どこか痛いんですか……!?」

 

 おまけに本気で心配してくれる。優しいね。それだけでなんかもう……心が満たされますわ。

 

「いや、年取ると涙腺が緩くなって……」

「わ、私と同い年ですよね?」

 

 後藤さんに心配されながらも、次に来たお客さんは後藤さん一人にがんばってもらおうと思います。俺はその様子を後ろで温かく見守る……そうか。これが本当の後方支援者面なんだね。

 

「ジンジャーエールください」

「は、はいっ……じ、じじじジンジャーエールですね。ちょ、ちょっとお待ちください……」

 

 女性のお客さんが注文したドリンクを、後藤さんはぎこちない手つきながらも一生懸命用意する。

 

 がんばれっ! がんばれ後藤さん!

 

「お、お待たしぇ、しました……」

「ありがとう───バイトがんばってね」

「は、はい。あ、ありがとうございます……」

 

 女性客は後藤さんに笑顔で励ましのお言葉をくださいました。ぼっちちゃんに優しい世界。俺、今なら貯金全部ぼっち支援団体に寄付できるわ。そんな団体があるのかは知らんけど。

 

「やったね後藤さん。一人でちゃんと接客できたよ!」

「き、ききき緊張しました……」

「でも、後藤さんの気持ちがちゃんと伝わったからあのお客さんも笑顔で受け取ってくれたでしょ?」

「つ、伝わりましたかね?」

「伝わったよ、絶対」

「そ、そうですか……それなら、嬉しいです」

 

 いやー、俺も後藤さんの成長が見られて嬉しいよ。俺、将来は学校の先生になるのもいいかもしんないな。病院は……父さんも母さんも別に継がなくていいって言ってるし。俺がやりたいことをやらせてくれるから、すごく感謝してる。

 

「この調子で最後までがんばろう!」

「はいっ」

 

 お、背筋が少し伸びた。声にもいつもよりハリがあるし、ちょっとは自信がついたかな?

 

 その後も、特にトラブルらしいトラブルもなく、無事に後藤さんと喜多さんのバイト初日は終了しました。喜多さんはその持ち前のコミュ力と適応力であっというまに受付の仕事をマスターしたようです。

 

 うん……成長速度は人それぞれだから。焦らずいこうね後藤さん。

 

 

 

 

「お疲れ様、後藤さん」

「つ、疲れました……本当に……」

 

 バイトが終わり、夜も遅い時間になったので俺は後藤さんを駅まで送っています。姉貴? 腹減ったから先に帰って早く飯を食いたいらしい。ほんと自由人だなあいつ。

 

「では後藤さん。バイト初日を終えての感想をお聞かせ願いますか?」

「か、感想ですか?」

 

 俺はクスリと笑って、マイクを持つように手を握り、後藤さんの口元に手を持っていく。

 

「あ、えっと……さ、最初は覚えることがたくさんあって不安で……人生で初めて、接客をして……まだ、ちょっと……いや、かなり……ものすごく怖いけど、でも、自分にできることもあって、ちょっとだけ、ほんの少しだけ自信を持てました。だから、明日からもがんばれそうです」

「そっか。……うん、そう思ってもらえて嬉しいよ。ギターもさ。最初は何もできなくて、ちゃんと音が鳴らなくて投げ出したくなるけど、ちょっとずつ弾けるコードが増えてくると楽しくなるよね。だからバイトも、そんな風に思える日が来るといいね」

「は、はいっ! ……あ、山田くんもギターやってたんでしたね」

「ちょっとだけね。姉貴に教えてもらってたけど、身体を動かす方が好きだから長続きしなかったな」

 

 その時に練習で使ってたギターはまだ残ってるし。定期的に姉貴がメンテしてるから、今でも使えるだろうけど。

 

「ギターといえば、喜多さんはどう? がんばってる?」

「は、はい。ただ、Fコードに苦戦して発狂してましたけど……」

「あ~。最初の鬼門だよね。あれができるようになると一気に幅が広がって楽しくなってくるんだけど」

 

 喜多さんの多弦ベースは姉貴が買い取って、姉貴のギターを喜多さんに貸して、後藤さんが喜多さんにギターを教えている。まだ一週間も経ってないから人前で演奏なんてできるレベルじゃないけど、喜多さんもやるときはやる女だからな。

 

 嘘ついてまで姉貴を追っかけてバンドに入るくらいだし。行動力と実行力は半端ないな。……でも、あのまま嘘に気付かれなかったらライブとかどうするつもりだったんだろ。

 

 考えるだけ無駄か。

 

「あ、あの……山田くん」

「ん?」

「今日はありがとうございました。山田くんがあれだけ優しく丁寧に教えてくれたから、私もがんばれました……」

 

 この子は本当に……今日だけで何回俺の涙腺を刺激すれば気が済むんだ。

 

「だから───本当に、ありがとう」

 

 後藤さんは俺の目を真っ直ぐに見てそう言った。今までに見たことがない、自然な彼女の笑顔。

 

 なんだ、やっぱりそういう顔もできるんだね。

 

「ちゃんと、目……合わせられるじゃん」

「は、あ、え……!?」

「入学式の時はさ、二秒くらいしか目を合わせられなかったけど、今はちゃんと、俺と目を合わせて会話できたね」

「そ、そういえば……」

「うん。成長してるよ、後藤さん。いきなり誰とでも目を合わせて、っていうのは難しいだろうけど……まずは俺やバンドメンバーと、目を合わせてお話しできる時間をちょっとずつ伸ばしていこうか」

「わ、私にできますかね……?」

「俺相手にできたんだから大丈夫だよ。とりあえず、まずは十秒目を合わせるところから始めようか」

「あ、ちょっと長過ぎるので五秒くらいで……」

 

 後藤さんの言葉に、俺は思わず吹き出した。ここで五秒って言い出すあたりが最高に彼女らしい。うん。五秒ね。明日からそれを意識していこうか。明日から。

 

 なお翌日

 

───すみません。風邪を引いたので学校休みます

 

 後藤さんからのロインです。

 

 はい、実に彼女らしいオチでした。

 

 なお、かなーり後になってこの時のことを聞いたら、バイトが嫌過ぎて前日に氷水風呂に長時間浸かったことが原因だったらしい。

 

 君も喜多さんとは別ベクトルで行動力の化身だな!!




初バイト介護編完!
ぼっちちゃんが喜多ちゃんと同じタイミングでバイトすることになったので色々細かく配慮しています。

次回はアー写撮影に行きます。
さすがにアー写の話では介護することがないだろうと信じています。



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#10 ベストピクチャー

 
 介護からは逃げられなかったよ……



「起きろ姉貴!! 今日はアー写撮りに行くんだろうが!!」

「んぅ~……。撮りに行くの午後から……」

「もう十二時回ってんだよ! 待ち合わせまで一時間ないの!! はよ着替えて飯食って行かんかい!!」

「……いいこと思いついた。レン……私の服着て代わりに写ってきて」

「お前マジでぶっ飛ばすぞ?」

 

 後藤さん達がバイトを始めた週の土曜日。今日は結束バンドのアーティスト写真、通称「アー写」を撮る予定になっている。予定自体は午後からだから、油断していたら姉貴は全く起きていなかったらしい。

 

 昨日「サメ映画はしご」とかくだらんことやってるから起きれないんだろうが。付き合わされた俺はちゃんと起きてるのに。

 

 ちなみに今日はバンドメンバーだけに招集がかかっているので、俺は自分の動画撮影とかやろうとか思ってたんだけど……

 

 今日の予定は完全に潰れたな。

 

「蒸しタオル持ってきたから顔拭け」

「拭いて」

「自分でやれ! 今から飯持ってくるから着替えくらいは出しておけよ。戻ってきてまだベッドで寝てたら本気でキレるからな」

 

 俺はそれだけ言って姉貴の部屋を出てキッチンまで姉貴の朝飯兼昼飯を取りに行く。はぁ……こんなことならもうちょい早めに姉貴を起こしに行っておけばよかった。

 

 さすがに姉貴が昼回ってまで寝てるのは久しぶりだったから完全に油断してたわ。

 

 姉貴の飯は……食べやすいもんでいいな。コーンフレークと牛乳と、フルーツゼリーがあった気がする。……ほんとにさぁ。もう高校二年生だからいい加減しっかりしてほしいよ。

 

 もう介護放棄する? いやでもそうしたら虹夏ちゃんの負担が激増するしなぁ……。あんまり虹夏ちゃんを困らせたくないし。

 

 そんなことを考えながら姉貴の飯をトレーに乗せ、階段を登って姉貴の部屋へと戻る。これで寝てたらマジで怒る。鉄拳制裁も辞さない。DV野郎と罵られようが知らん!!

 

「姉貴、入るよ」

「おぉ~……」

 

 気の抜けた返事が返ってくる。……俺の拳が火を噴くか?

 

 ドアを開けると、意外や意外。ベッドの上に起きて上半身は着替えが完了し、下半身は寝間着のままという姉貴にしては上出来な進捗具合だった。

 

 姉貴! やればできるやんけ! 俺の中で姉貴に対するハードルがものすごく低くなっていることには目を瞑ります。

 

「ほら、寝癖直すからその間に食っとけ」

「レンさんや、いつもすまないねぇ」

「そう思うなら自立して?」

「無理」

 

 こんにゃろう。

 

 俺は姉貴の寝癖を直しながら大きなため息を吐く。姉貴は姉貴でなんか知らんけど鼻歌交じりでコーンフレークを頬張ってご機嫌だし。

 

「レン、ゼリー一口食べる?」

「あ」

「ん」

 

 姉貴が振り返ってスプーンを差し出してきたので俺はそのままぱくりと咥えた。これ多分貰い物のゼリーだよな。美味っ。

 

 そんなこんなで、休日も平日と変わらずドタバタしながら姉貴の介護に勤しんでおります。

 

 あ、ヤバい。本気で時間がない! 集合場所は駅だからそんなに遠くないけど……姉貴の亀のごとき歩みだと絶対間に合わない。下手したら途中で寄り道するかもしれないし。

 

 ぐぬぬ……こうなったら……

 

 

 

 

「あとはリョウ先輩だけですね」

「それが一番の問題だよ」

 

 現在時刻は十二時五十五分。集合時間まであと五分だけど……あたしが迎えに行けばよかったかな~。でも午後からの予定だから流石のリョウも起きてるだろうし、いざとなったらレンくんがなんとかしてくれると思うけど。

 

「ぼっちちゃん、お休みの日にここまで来てもらってごめんね」

「あ、いえ……お、お休みの日にお友達とお出かけするの、夢だったので……」

 

 ぼっちちゃんが恥ずかしそうに俯きながらそう言った。あ、これレンくんがこの場にいたら涙腺を刺激されて泣くヤツだ。レンくんってリョウと違って感情表現豊かで感受性が強い子だからなぁ。

 

「ひとりちゃん! これからは毎週一緒に遊びましょうね!」

「えぇ……!? (そ、そんなには遊びたくない)」

 

 ぼっちちゃんが「そんなに頻繁には遊びたくない」って顔してる。……ぼっちちゃんはほんとにわかりやすい子だなぁ~。この子がギターヒーローだなんて、未だにちょっと信じられないかも。

 

「そういえば、ぼっちちゃんなんで制服なの? 私服でよかったのに」

「え? あ、が、学生バンドだし、この方が良いと思って……(本当は持ってる私服があんまり好きじゃないからなんて言えない)」

「ひとりちゃんの私服見たかったわ~。あ、今度遊びに行くときは私服で来てね」

「(い、いやだ……!!)あ、はい」

 

 ぼっちちゃん、どんな私服着るんだろう。一度だけなぜかピンクジャージを着てきたことがあったけど、あれについてはレンくんも曖昧に笑って誤魔化すだけだったし。

 

「ま、間に合った……ギリギリセーフ!!」

「十二時五十九分……。ふっ、また世界を縮めてしまった」

「はよ降りろクソ姉貴。ごめんみんな、お待たせしました!!」

 

 ぼっちちゃんと喜多ちゃんのじゃれ合いを見ていると、レンくんがリョウを自転車の後ろに乗せて結構なスピードであたし達の方へ突っ込んできた。……今日は介護疲れしているであろうレンくんにゆっくり休んでもらおうと思って声をかけなかったのに。

 

 ごめんねレンくん。あたしが迎えに行くべきだったよ。

 

「レンくんずるいわ! 私だってリョウ先輩と二人乗りしたいっ!」

「いつでもどうぞ。俺だって好きでやっとるわけじゃないわいっ。あ、後藤さん。体調はもう大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「それならよかった。季節の変わり目は体調を崩しやすいから気を付けようね」

「あ、はい」

「……ひとりちゃんにだけやけに甘くないかしら?」

「そんなこと……あるな」

「……自覚あるのね」

 

 あ~、レンくんの甘やかしセンサーがぼっちちゃんに過剰反応してるね。仕方ないよ、ぼっちちゃんってレンくんのそういう庇護欲をくすぐる要素満載なんだもん。

 

 レンくんって昔っからそうだもんな~。リョウのお世話をしている影響が強いとはいえ、付き合ってきた女の子もみんな……ちょっと変な子ばっかりだったし。

 

 大丈夫かなレンくん。普段はしっかりしてるけど、こういうところはちょっと心配かも。うーん……いざとなったら、あたしと付き合う? ……なーんてね。

 

「じゃあ、姉貴も送り届けたんでこれで」

「あ、あれ……? 山田くん、帰っちゃうんですか?」

 

 おろ? ぼっちちゃんが意外な反応をしている。これはこれは……? もしかしてあれですか? 甘酸っぱい感じのヤツですか? 

 

 私の心の声が漏れていたのか、喜多ちゃんとバッチリ目が合った。ほほう、どうやら喜多ちゃんもあたしと考えていることが一緒みたいですねぇ。

 

「レンくん、今日ってこの後に何か予定ある?」

「いや、特にないよ。帰って趣味に没頭しようかと思ってたくらいで……」

「それなら、私達のアー写撮影を手伝ってもらえないかしら?」

「手伝うって……何を?」

「それは、その……あれよ! ねえ、虹夏先輩!」

「うんうん。あれだよ。えーっと、そう! カメラマン! 一応三脚は持ってきてるけど、やっぱり誰かに撮ってもらった方が良い写真になりそうだからさ」

「なんか……すっげー取ってつけたような理由」

 

 レ、レンくんがものすごく疑わしげな目であたしと喜多ちゃんを見てくる。あたしが言ったことは一理あるでしょ? それ以外の邪な理由が大半を占めてるだけで……

 

「俺は別にいいけどさ……後藤さんは俺がいても大丈夫?」

「どうしてひとりちゃんに確認するの?」

「休日に異性と出かけるってそれだけで結構なストレスになるでしょ。しかも予定外の人間と」

 

 おおっと、ここでレンくんのぼっちちゃんに対する気遣いが裏目に出てしまいました。言ってること自体は正しいんだよね。ぼっちちゃんが普通の女の子だったら、レンくんもここまで気を回さなかっただろうし。

 

「あ、私は、大丈夫……です。や、山田くんがいると、楽しそうだし……」

「そういうことよ! 観念しなさい!」

「観念って……別に俺悪いことしてないでしょ?」

「いーや、したわね。ひとりちゃんに余計な気を遣わせちゃったでしょ?」

「あー……確かにそれは。うん、反省。今日は誠心誠意お手伝いさせていただきます。ありがとね、後藤さん」

「い、いえ……こちらこそ、よ、よろしくお願いします」

 

 ぼっちちゃんがレンくんの弱点になっちゃった……。いや、むしろお互いがお互いの弱点になっちゃってるかも。レンくんもぼっちちゃんも、お互いにお願いされたら断れないんじゃないかな? 

 

 う、うーん……とりあえずしばらくは経過観察ということで!

 

 ……問題を先送りにしたわけじゃないからね?

 

 

 

 

 姉貴を自転車の後ろに乗せて全力で爆走したことでなんとか集合時間に間に合った。……電動自転車でよかった。普通の自転車だと絶対間に合わなかったよ。

 

 で、なんかよくわかんないけどアー写撮影を手伝うことになりました。まあ、手伝うっていってもスマホでパシャパシャするだけだろうけど。

 

「で、虹夏ちゃん。撮影場所は決めてるの?」

「ふっふっふ。当然だよ! ではここで問題です! 金欠バンドマンの定番のアー写撮影場所といえばどこでしょうか?」

「姉貴、パス」

「答える気ゼロ!?」

「階段、森、草とか木の前、海、公園、フェンス……あと『なんかよさげな壁』」

 

 最後のめっちゃ曖昧なヤツ何?

 

「具体的に言うと、ちょっとひび割れてて落書きがされてるような壁」

 

 あー、はいはい。イメージできたわ。うん、確かにそういう壁をバックにしたアー写を見たことあるな。

 

「海は今から行くのは無理だからそれ以外の場所で撮影する感じで~」

「おっけーおっけー。じゃあ適当に裏通りとかぶらぶらしますかね」

「れっつごー!」

 

 というわけで、明確な目的地がないまま歩き出しました。ただのお散歩にならなかったらいいけど。

 

 あと、自転車は邪魔なんで駐輪場に置いておきます。

 

「あれ? そういやなんで後藤さんだけ制服なの?」

「あ、その、他の三人は私服なので、一人くらい制服がいてもいいんじゃないかと思って……」

「確かに、上手い具合に差別化できてるね」

 

 でも、後藤さんの私服姿が見られないのはちょっと残念。……いや待てよ? ピンクジャージの件があるし、もしかして後藤さんのファッションセンスってぶっ飛んでるんじゃ。

 

 いやいや、あのピンクジャージはあくまでバンド女子っぽさを出すためのアイテムだったはず! あれを私服として着るようなとち狂った行動なんてしないはず!

 

「レンくんもひとりちゃんの私服姿を見たいわよね?」

「喜多さん急にどうした!?」

「見たいわよね!?」

「あ、これ完全に人の話聞かないモードだ」

 

 喜多さんが俺にグイグイ詰め寄ってくる。なんでこんな興奮してんだこの子? 後藤さんの私服でしょ? そりゃあ色んな意味で興味あるよ。……もしセンスがぶっ飛んでたら早めに矯正しないといけないし。

 

「見てみたいね」

「ほら、ひとりちゃん! レンくんもこう言っているわよ! 次に遊びに行くときは絶対私服で来てね!」

「え? あ、あ……」

「こらこら喜多さん。後藤さん困ってるじゃん。そういうのは無理強いしちゃダメだって。制服って案外楽なんだし」

 

 俺がフォローすると、喜多さんは「こいつ何にもわかってねーな」みたいな目で俺を見てくる。なんか喜多さん、今日はいつにも増しておかしなテンションだね。

 

「あ、あ、あ……じゃ、じゃあ……がんばってみましゅ……」

「その意気よ! 不安だったら私が一緒に選んであげるから、ね?」

「は、はいぃ……(き、今日の喜多ちゃんなんか怖い……)」

 

 あ、後藤さんの喜多さんに対する警戒レベルが上がった。せっかくこの一週間でちょっとずつ下がり始めてたのに。

 

 こんな風にぐだぐだお話ししながら下北の街を練り歩きます。

 

 

 

 

「レン、お金貸して。このシャツ買いたい」

「……財布は?」

「二十円しかない」

「次の小遣いか給料日まで待て」

「……郁代」

「はい先輩! 私が貸してあげますね」

「貸すな貸すな貸すな!!」

 

 裏通りにあった古着屋をめざとく見つけた姉貴が気に入ったシャツを物欲しそうにずっと見ていたかと思うと、俺や喜多さんにお金を借りようとする。

 

 俺はともかくバンドメンバーに金を借りようとするな! お前ほんとろくな大人にならねーぞ。

 

「姉貴の借金手帳のページが増える……」

「結局買ってあげるんだね」

「このまま放置してたら喜多さんがマジでお金貸しかねなかったから」

 

 姉貴がウキウキでレジにシャツを持っていくのを尻目にため息を吐いていると、虹夏ちゃんがよしよしと慰めてくれた。虹夏ちゃんはほんとにいい子。大好き。

 

「ひとりちゃん、このナイロンジャケットなんてどうかしら?」

「あ、き、喜多ちゃんに似合うと思います」

「私じゃなくてひとりちゃんに着てほしいのよ」

「わ、私ですかぁ……!?」

「ほう……郁代、なかなかいい目をしている。古着初心者かつジャケットを選ぶなら最初は白や黒を基調としたシックなカラーの物を選ぶといい。季節に関係なく着れるし、どんな服装にも合わせやすい。今のぼっちみたいに制服の上着代わりに羽織るのもお洒落。ちなみに私のおすすめブランドはナイキかアディダス」

「リョウ先輩、詳しいんですね!」

(リョ、リョウさんってこんなに饒舌な人だったんだ……)

 

 姉貴のスーパー古着トークタイムに対して喜多さんは目をキラキラ輝かせ、後藤さんは軽く引いていた。うん、後藤さんの方が正しい反応。

 

 かくいう俺も姉貴の影響で古着はちょこちょこ集めてるけど、姉貴ほどドはまりはしていない。

 

「ねえねえレンくん。どっちのスカートが良いと思う?」

「うーん……虹夏ちゃんにならこっちのチェックのスカートの方が似合いそうかな。スウェットとかパーカーと合わせたら秋でも使えそうだし」

「あ、やっぱりそうだよね? 私もこっちの方が可愛いと思ってたんだー!」

「買うの?」

「うん。可愛くておしゃれで安いしね~」

 

 虹夏ちゃんもご機嫌な様子。虹夏ちゃんには散々「女の子が服を買う時は適当な反応をしないこと! どっちでもいいって言わないこと! ちゃんとどういうところが似合うか具体的に褒めること!」って教育されたからな。

 

「レンくん、レンくん! ちょっとこっち来て!」

「なんぞや」

 

 喜多さんの目がシイタケみたいになってる。どうやってんのそれ? 漫画でしか見たことないけど。

 

「じゃーん! 下北系バンド女子ひとりちゃんでーす!」

 

 試着室から出てきたのは、黒を基調としたアディダスのナイロンジャケットを羽織った後藤さんだった。白のラインが良いアクセントになっており、制服のスカートともよく合っている。確かに、喜多さんの言う通りバンド女子っぽいな。

 

「あ、あの……どう、ですか?」

「うん。後藤さんって髪色が明るいからこういう暗めの服装だとコントラストになって映えるね。ジャケット自体がシックなデザインだから大人っぽさもあってなおヨシ! 総じてすごく似合ってる」

「あ、あへ……ふひゅっ……あ、ありがとうごじゃいます……」

 

 後藤さんは顔を赤らめて俯いてしまいました。あら可愛い。

 

 こうやって服装を褒められることにも慣れてないんだろうな。姉貴も虹夏ちゃんも喜多さんもファッションセンス良いし、後藤さんもこれからこういうことを少しずつ勉強していこうね。

 

「うんうん。百点の褒め方ね」

 

 喜多さんは俺の後ろで腕を組んで訳知り顔で頷いていた。君はどの立場から物言ってんの?

 

「虹夏虹夏。あそこにいるあれ、私の弟なんですよぉ」

「レンくんに女の子の褒め方を伝授したのはあたしだよ?」

 

 そして、後藤さんもこのジャケットを気に入ったらしくご購入されました。喜多さんも春物の上着を一枚買ってたみたいだね。

 

 俺? 俺は春休みに姉貴の「古着屋春の衣替え祭り」に散々付き合わされた時に買ったから買わないよ。

 

 というか、アー写よアー写! 本題忘れて寄り道し過ぎでしょ!

 

 と、なぜかバンドメンバーじゃない俺がアー写撮影に一番熱心になるという謎現象が起こっていました。

 

 

 

 

「この階段……『君の名は。』っぽい。レン、おいで。私と一緒に隕石止めよう」

「俺と姉貴で隕石を止められるはずがない」

 

 古着屋の後は、良い感じに寂れてアスファルトの亀裂から雑草がボーボー生えている階段や、これまた寂れて穴の空いているフェンス、潰れたCDショップの前などで次々と写真を撮っていった。

 

「あ、公園がありますよ! ちょっと寄っていきましょう」

 

 そして再びあてもなくぶらぶら歩いていると、それなりに広い公園を見つけた。ジャングルジムや滑り台、ブランコ、鉄棒、砂場など一通りの遊具が揃っており、休日ということもあって親子連れの姿も見られる。

 

「こういうの、久しぶりに乗ったけど案外楽しいわね!」

「意外と前後の動きが激しいな!? 小さい子吹っ飛ぶんじゃないこれ!?」

 

 俺と喜多さんは、土台がバネになっている馬の乗り物に乗って前後左右にぐわんぐわん揺れている。俺達の体重が子供達よりも重いこともあって、まあまあ激しい動きになってたけど、喜多さんはきゃっきゃと喜んでいるみたいです。

 

「レンくん、次はあっちに行ってみましょう!」

「……ジャングルジムってこんなに小さかったかな?」

「滑り台も小さい頃はあんなに長く見えたのに」

「なんだろう……。すごく懐かしいのにちょっと寂しく感じる」

「わかるわそれ! 成長するのは嬉しいことなのにね」

「俺達はもう……純粋だったあの頃には戻れないんだ」

 

 などと、ほんの一瞬だけ哀愁漂う雰囲気になったけど、俺と喜多さんの二人の間でそんなシリアスな空気が長続きするはずがなく、三十秒後には二人でブランコに乗って「どっちが靴を遠くに飛ばせるか」という懐かしい遊びで競い合っていた。

 

「元気だね~あの二人」

「レンも基本的にはアウトドア派の陽キャだから」

(じゃ、ジャケット褒められちゃった……。が、学校にも着ていこうかな?)

 

 週明けの月曜日、後藤さんのイカれた服装矯正大作戦partⅡが繰り広げられたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 公園でひとしきり遊んだ後、再びぶらぶらタイムに突入して雑談しつつ適当に写真を撮っていると、後藤さんが「なんかよさげな壁」を発見し、五人でそっちに移動する。

 

 そこには確かに最初に姉貴が言ってた通り、カラースプレーで落書きされて良い感じにひび割れてる壁があった。後藤さんよくこんなとこ見つけたな。

 

「お~。確かにこれは『よさげな壁』だね~」

「ぼっち、お手柄。偉い」

「あ、へへっ。そ、それほどでも……」

「リョウ先輩! 私も公園見つけたんですよ~」

「郁代も偉い」

 

 姉貴に褒められて頭を撫でられている後藤さんに対抗して喜多さんも「褒めて褒めてアピール」をしている。ほんとに姉貴が兄貴じゃなくてよかった。バンド四人の内一人が男、しかも顔とベースの腕だけが良くて万年金欠で性格が終わってる。

 

 ……このバンドはおしまいですね。

 

「じゃあ、撮ってくからそっちに並んで~。後藤さん、もうちょい虹夏ちゃんの方に寄ろうか」

「あ、はい」

 

 四人を壁の前に並ばせて、ポーズや表情を変えて写真を撮る。

 

「メンバーの個性は出てるけど、バンドっぽさが足りないね」

「なんか惜しい」

「え~? 十分可愛くないですか?」 

「可愛さよりもバンドらしさが欲しいんだよ」

 

 虹夏ちゃんの言う通り、撮った写真を見る限り普通の仲良し四人組にしか見えないのは否めない。んー……でもこんなもんじゃないの? これから活動していけばそれっぽく見えてくるかもしんないし。

 

「それにしても、喜多ちゃんはどの写真も可愛いね~」

「そんなことないですよ。ただ、写り慣れてるだけで……」

 

 喜多さんはそう言いながら自分のスマホを操作して画像フォルダを開く。フォルダの中には友達との自撮り写真や遊びに行った時の写真が何千枚と収められていた。

 

「(と、友達と写真……青春コンプレックスが刺激されてしまうっ!?)あ、あ、あ……あばばばばばばばばばばっ!?」

「ぎゃーっ!? ぼっちちゃんの作画がいきなり崩壊して幼稚園児の落書きみたいになったー!?」

「ひとりちゃんどうしたの!? 死なないで!!」

「あ、あ……私が……私が下北沢のツチノコです。のこのこ……のこのこ」

「おお、ピンク色のツチノコになった。……ちょっと美味しそう」

「涎を垂らすな姉貴!! 後藤さんこっちおいで! 姉貴のそばにいると食われちゃうから!」

 

 俺はツチノコぼっちちゃんを抱えて姉貴から距離を取る。

 

 おお、このツチノコぼっちちゃんぷにぷにしてて温かくて抱き心地良いな。星歌さんが好きそう。

 

「ダメよレンくん! そんな無造作にひとりちゃんを抱っこしたりしたら……」

 

 あ、やべ……

 

 喜多さんの警告も虚しく、ツチノコぼっちちゃんは爆発四散してしまいました。干しかえるぼっちちゃんの時の二の舞ですね。ごめん、後藤さん。姉貴の魔の手から救うことしか考えてなかった。

 

 後藤さんが復活するまでアー写撮影は中断になりました。ほんとごめん!

 

 

 

 

「よーし、ぼっちちゃんも再生したし撮影を再開しようか!」

「す、すみません……。ご、ご迷惑をおかけして……」

「いやいや、悪いのは俺だからね。ごめんね後藤さん。今度から気を付けるよ」

「あ、いや……お気になさらず……(山田くん良い匂いしたし。むしろ……ふへっ)」

 

 よし、切り替えよう。これ以上この話題を引っ張ってまた後藤さんが七変化したら無限ループになっちゃうからね。

 

「でも、アー写どうしようか?」

「あ、そうだ! ジャンプしてみます? 絵になるしみんなの素の感じが出るんじゃないですか?」

「それいいかも~! 喜多ちゃんてんさ~い! いい子いい子~」

「えへへ~」

 

 喜多さんと虹夏ちゃんもめっちゃ仲良くなったな。まあ、虹夏ちゃんの母性にかかれば喜多さんもイチコロだね。

 

「有識者は言っていた。OPでジャンプするアニメは神アニメだと」

 

 いや、大概の日常系アニメはジャンプしてるよな。

 

「よくわかんないけどやってみようか。レンくんシャッターよろしく~」

「ういうい。じゃあ、さっきみたいに四人ともそっちに並んでくださーい」

 

 俺の指示通り四人が壁を背景にして並ぶ。そんじゃあ、カウントに合わせてジャンプしてもらうか、と思ったけど、そこで俺は気付いた。後藤さんが挙動不審になっていることに。

 

 いやいつも挙動不審だろって思うかもしんないけど、このタイミングでっていうのはちょっと変だな。

 

(え? じゃ、ジャンプってどうすればいいの!? ど、どのくらいの高さで飛べばいいの!? れ、練習なしのぶっつけ本番はコミュ障陰キャにはハードルが高過ぎる!!)

 

 うん。彼女の表情で色々察しましたわ。

 

「一回練習しない? ジャンプの高さがバラバラ過ぎたら一体感なくてそれはそれで微妙になりそうだし」

「そうだね~。じゃあ、喜多ちゃんお手本!」

「はい! このくらいの高さでどうでしょう?」

 

 喜多さんが練習にもかかわらず見事なカメラ目線美少女スマイルを決めつつジャンプする。さすが喜多さん、色々慣れてるな。

 

「じゃあ、今の喜多ちゃんくらいの高さで飛ぼうか? ぼっちちゃんも大丈夫そう?」

「あ、はい。大丈夫です(あ、ありがとう山田くん……!! や、優しさに甘えすぎちゃってごめんなさい)」

「あともう一つ。四人ともスカートだから気を付けてね。俺、自分のスマホに同級生のパンチラ写真とか保存したくないから」

「あ~。レンくんもそういうところ気にするんだ~?」

「レンのえっち」

「えっちー」

「え、えっちー……」

「後藤さんも無理して乗らなくていいから」

 

 いいから。早く撮りますよ。

 

 俺はからかってくる三人の女どもの声を無視してカウントを取る。すると四人は慌ててジャンプする羽目になるも、鉄壁のスカートで絶対領域を守り切るのだった。

 

「あ、ぼっちちゃんが目を瞑っちゃってるね」

「ご、ごめんなさい……ジャンプすることに集中しちゃって……」

「慣れるまでは難しいよね~。よし、もう一回撮ろうか!」

「は、はい」

 

 写真慣れしていない後藤さんの写りが悪いのはある程度仕方ないけど、もったいないよな。後藤さんってちゃんと顔を上げればめっちゃ可愛いのに。

 

 うーん……ちょっと提案してみる?

 

「後藤さーん。スマホのレンズはここね? ここ。あともうちょっとだけ顎を上げてみようか。背筋も伸ばして……」

「あ、顎と背筋……こ、こうですか?」

「お? いいねいいねー! それそれ。それがほしかった!」

「なんかレンくんが本物のカメラマンっぽくなってる……」

「そ、それよりもひとりちゃん! ひとりちゃんを見てくださいっ!」

「ぼっちちゃんがどうした───ってええええええ!? ぼっちちゃんがものすごく可愛くなってる!?」

「……ぼっちはダイヤの原石だったのか」

 

 ふっ。今頃気付いたのか三人とも。俺は後藤さんと出会った初日に後藤さんが本当はものすごく可愛いってことに気付いとったんやで? と、心の中でマウントを取ってみる。

 

「あ、元に戻った」

「十秒しかもちませんでしたね」

「十秒間のシンデレラ」

 

 ずこーっ!?

 

 人と目を合わせるとか関係なしに十秒しかもたんのかい!? そ、それはちょっと予想外でした。い、いやでも……十秒あれば写真を撮るのには十分!!

 

「後藤さん、できるだけさっきの姿勢を維持しながらジャンプして目線はしっかりレンズにお願い。制限時間は十秒だから他の三人もちゃんと息を合わせてくださいよ!」

「む、難しい……」

「タイマーでもないのに制限時間ついちゃった!?」

「でも、これはこれでなんか楽しいですよね!」

「ぼっちのビジュアルを前面に押し出すのもありか……」

 

 姉貴が何やら恐ろしいことを考えているようなので、それは後でしつけておくとして……わちゃわちゃしながらもどうにかこうにかアー写を撮影することに成功しました。

 

「おー! 良い感じだね! ぼっちちゃんもちゃんとカメラの方を見てるし」

「ひとりちゃん……こんなに可愛いなら早く教えてくれればよかったのに」

「あ、かわ……そ、そんなことないですぅ……」

「ぼっち。ギターヒーロー動画で顔出しすれば再生数は十倍。つまり収益も十倍になる」

 

 目が和同開珎になっている姉貴をどついておきました。容姿を武器に再生数を稼いでいる俺が言うのもあれだけど、男と女の顔出しは全然リスクが違うからな。厄介ストーカーとかエロい目でしか見ないキモい視聴者が沸く可能性があるんだから。

 

「じゃあ、最後にせっかくだからレンくんも入れて五人で撮ろうか!」

「いいですね! ほらほらレンくん。真ん中に来なきゃダメよ? ひとりちゃんはレンくんの隣ね?」

「あ、あ、あ……(さ、さっき抱っこされた記憶が蘇って……)」

「秀華高校一年生三人組を真ん中にして、あたしとリョウは両サイドだね」

「レン、今のお気持ちは?」

「ハーレム主人公って二十四時間こんな感じなんだなって」

 

 絶対気が休まらないヤツじゃん。現実で二股とか三股かける男の気が知れない。俺には絶対無理。

 

「タイマーセットしたからねー? じゃあ撮るよー?」

 

 虹夏ちゃんが三脚にスマホを取りつけてタイマーをセットする。後藤さんはどういうポーズをしたらいいかわからず困っていたようなので、こっそり耳打ちしてあげました。

 

「後藤さん、俺と同じようにやってみて」

「え? は、はい……」

 

 俺と後藤さんは両手で耳のようなシルエットを作り、両手を自分の耳よりも少し上のあたりまでもってくる。

 

「はい。顔上げて笑顔!」

「は、はい」

 

 その直後、シャッター音。

 

 うん、いい感じになったんじゃないかな。

 

「ほうほう。レンくんとぼっちちゃんったら仲良くシナモンポーズしちゃって~」

「あらあら。お可愛いこと」

 

 虹夏ちゃんと喜多さんがからかうように言ってきたので後藤さんが恥ずかしそうに俯いている。

 

「山田家は顔面偏差値とあざとさだけでのし上がった一族だからね。俺にも立派なその血が流れているということだよ」

「その言い回し。リョウにそっくり」

 

 虹夏ちゃんの言葉に俺の心に鼻毛を抜いた時に匹敵する痛みが走る。どうしてそういうこと言うの!?

 

「虹夏せんぱーい。アー写と今の写真送ってくださいね~」

「グループロインに載せておくよ」

 

 虹夏ちゃんがそう言った約十秒後、ロインの通知が入り写真が送られてくる。……あれ? そういえば俺っていつの間に結束バンドのグループロインに入ってたんだ?

 

 まあいっか。

 

 写真を見ると、恥ずかしそうにしながらも笑顔でポーズをとっている後藤さんが非常に可愛らしかったです。うん、やっぱ顔を上げてると別格だわこの子。

 

「まだ時間あるし、どこかで何か食べていく?」

「あ、じゃあ私ここ行きたいです! 最近オープンしたカフェなんですよ~」

「お洒落だね。じゃあそこにしよー!」

 

 喜多さんと虹夏ちゃんが仲良くスマホを見ながら先導していく。

 

 まーた姉貴の借金の項目が増えるやんけ。

 

「後藤さん、行こうか」

「あ、はい(こ、この写真……焼き増しして押し入れにたくさん貼ろう)」

 

 ニヤニヤと不気味に笑いながらスマホを眺めている後藤さんに声をかけたら、とてとてと慌てて俺の隣に並んできた。

 

 さっきの美少女とは別人ですね。やっぱり可愛く笑う練習もしないといけないなと思いながら俺は三人についていくのだった。




ちょっとはラブコメ要素が出てきたな!
ぼっちちゃんの情緒が今後育ってくれることに期待しましょう。

次回は結束バンドを路上ライブという戦場に叩き込みます。
多分、虹夏回になる予定。




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#11 ヒトリブレイバー


虹夏回までたどり着けなかったよ……



 入学式から三週間、つまり結束バンドが本格的に活動を始めてから三週間が経った。学校生活にも慣れ始め……いや後藤さんは全然慣れてないけど……それなりに忙しい日々を過ごしている。

 

 クラスで後藤さんは、牛歩の如くではあるけど打ち解けつつあるし、バンド活動にも相当な熱が入っている。バイトは……うん。長い目で見ようと思います。

 

 あと、席替えをしました。後藤さんの隣になりました。……介護が捗りそうですね。

 

 まあ、そんなことは置いておきましょう。

 

 本日、四月最終日。世間一般ではゴールデンウィークと呼ばれる連休の真っ只中。

 

 俺と結束バンドの五人は路上にてライブの準備に勤しんでいた。

 

「後藤さん、アンプはもうちょっとこっちのほうに。屋内と違って反響がないからもう少し固まろう。自分が思ってる十倍は音が散ってるように感じるから」

「は、はい……」

「喜多さんのマイクは逆に少し離そうか。近すぎると演奏にかき消されるよ」

「わ、わかったわ……」

「虹夏ちゃんももうちょいこっち。姉貴は……そこでヨシ!」

「う、うん……」

「当然」

 

 姉貴以外の三人は目に見えて緊張しているな。当然だろう。路上ライブどころか人前で演奏すること自体が、このバンドでは初めてなんだから。姉貴はなんやかんや前のバンドで路上ライブとかやってたから、場数は誰よりも多い。

 

 ただ、表情に出てないだけで緊張はしてるけど。

 

「リョウはともかく、レンくんも場慣れしてない?」

「路上ライブの手伝いするのは初めてじゃないから」

「え? そうなの?」

「……喜多さん。俺はね、意外と知り合いの多い男なんだ」

 

 喜多さんが尋ねてきたので無駄にドヤ顔で返事をする。姉貴の前のバンドの時とか、大槻先輩の手伝いとかやってたからね。

 

「はい、水分。自分が思ってるよりも緊張で口の中と喉が渇くでしょ? こまめに潤しておいてね」

「あ、ありがとう……」

「緊張してるね」

「あ、当たり前よ……! か、カラオケやスタ練とは全然違うんだからっ!」

「ボーカルって一番注目されるもんね」

「た、他人事みたいに……」

「いや、正直俺もかなり緊張してる。……ほら」

 

 俺はそう言って喜多さんの手を取り、自分の胸に押し当てる。平静を装ってるけど、心臓バックバクですよ。

 

「ね? 俺の心臓、このままドラムに使えそうでしょ?」

「なんか私よりドキドキしてない!?」

「授業参観の親の気持ちがよくわかる」

「十五歳にして保護者の気持ちを理解しちゃうの!?」

「『親の心子知らず』ってことわざは俺には当てはまらない」

「四人の大きな娘ができちゃったのね……」

「今日だけはパパと呼ぶことを許してやろう」

「私は先輩の娘よ! あなたのことをお父さんだなんて認めないんだからっ!」

「なんでレンくんと喜多ちゃんはいつの間にかドロドロ家族ドラマをやってるの!?」

 

 喜多さんの緊張をほぐすためと、彼女にお口の運動をさせるためにくだらないことを言い続けていたら、虹夏ちゃんがたまらずといった様子でツッコんできた。

 

 虹夏ちゃんの方にも後で行こうと思ったし、手間が省けたね。

 

「いっぱい喋ってちょっと気分が楽になったわ」

「虹夏ちゃん。これが山田家に代々伝わる百八ある奥義の一つで……」

「残りの百七個全部を使う機会あるの!?」

「虹夏、これは一子相伝だから私とレンは将来殺し合わなければならない」

「北斗神拳かよ!」

 

 今度は姉貴まで割り込んできた。表情には出てないけど俺にはわかる。めちゃくちゃ緊張してますね。結束バンドとしては初めての路上ライブだし、基本的に姉貴はビビりでヘタレだからな。傍から見るとメンタル強そうなのに。

 

「レン」

「なんじゃ?」

「ハグして」

「この人の往来が激しいところで!?」

「……ダメ?」

 

 あ、この反応……姉貴、ガチでメンタルにきてるやつだな。ぶっちゃけ演奏に支障が出るレベル。……あんまり甘やかすのも良くないけど、仕方ない。

 

「ちょっとだけな?」

「ん」

 

 俺はため息をついて姉貴を真正面から抱き締める。昔から姉貴はこういうところがあった。猫みたいに気分屋で、好き放題傍若無人に振舞っていたかと思えば、急にしおらしくなって、辛いことがあるとこうして甘えてくることが。

 

 姉貴がこうなったのって……俺と虹夏ちゃんのせいだよなぁ……

 

「もういい?」

「ん」

 

 そう言って姉貴はあっさり離れる。顔を見ると……うん、さっきよりだいぶマシになったな。少なくとも演奏に影響はなさそうだね。

 

「な、なななななな何ですかその……姉弟がわかり合ってる感じ!!」

「いや姉弟だからね?」

「レンくんばっかりずるいです! リョウ先輩! 私も緊張してるからハグしてください!」

 

 俺の至極真っ当なツッコミは喜多さんに完全スルーされてしまった。

 

「いいよ、おいで」

「わーい!」

 

 姉貴が腕を広げると喜多さんは躊躇いなく飛び込んで行った。……これで喜多さんも大丈夫かな。

 

「虹夏ちゃんもハグしてあげようか?」

「ちっちゃい頃ならともかく今は恥ずかしいでしょ!!」

 

 虹夏ちゃんはドラムスティックを振り上げて、うがーっと俺に飛び掛かってきそうな勢いだった。この調子なら虹夏ちゃんも大丈夫っぽいな。

 

 さてさて……それでは一番の問題児(ラスボス)のところに行きましょうかね。

 

 俺は、虹夏ちゃんがバスドラ代わりに持ってきたキャリーケースの方へ向かう。なぜかというと、後藤さんがキャリーケースの中に体操座りで入り込んでしまっているから。

 

「ごとーさん」

「は、はひぃ!?」

「緊張してる?」

「は、はい。も、ものすごく……こ、怖くて帰りたいです……」

「あははは。正直だね」

 

 しゃがみ込んで後藤さんと目線の高さを合わせて声をかけると、後藤さんのあまりにも正直すぎる本音に思わず笑ってしまった。

 

 そのまま俺は何も言わず、できるだけ優しい笑顔を浮かべて彼女を見るだけにとどめる。

 

「あ、あの……」

「どうしたの?」

「な、何も言わないんですか……?」

「……言ってほしい?」

 

 顔を伏せたまま尋ねてきた後藤さんに、俺は逆に聞き返す。質問に質問で返すのはあんまり好きじゃないんだけどね。

 

「こういう時ってさ。一人で殻に閉じこもっちゃうと、余計に悪いことばっかり考えちゃうよね。前向きになろう前向きになろうって意識すればするほど、マイナス思考に陥っちゃうんだ」

 

 共感できるのか、後藤さんはぶんぶんと頭を縦に振る。……意外と元気だな。

 

「でもね。何も言わなくても、誰かがそばにいるだけで、不安が和らぐことがある。……俺が後藤さんにとっての、()()()()になれるだなんて自惚れてはいないけどね」

「そ、そんなこと……ない、ですっ……!」

 

 俺が自嘲気味に笑うと、後藤さんがちょっぴり力強い口調でそう言った。

 

「す、すごく怖くて今にも逃げ出したいけど……でも、山田くんが来てくれて、声を聴いたら……ちょ、ちょっとだけ不安が小さくなりました」

「そう? なら、よかった」

 

 そう言ってくれた後藤さんと目が合うけど、彼女は二秒くらいで目を逸らして顔を赤くして俯いてしまう。……うん、五秒の壁は高いな。

 

「あ、あと一時間くらいそこにいてくれたらここから出られそうです」

「警察の人に怒られちゃうよ」

「そ、そうですよね。ふへっ……」

 

 そして、相変わらずのぼっち節に俺も後藤さんも思わず笑ってしまった。あ、ちょっと空気が軽くなった気がするな。

 

「や、山田くんっ……」

「んー?」

「ふ、不安は小さくなりましたけど……そ、それだけじゃここから出られないので───わ、私にも勇気をくださいっ……!」

 

 勇気……勇気かぁ。どうしよう。まだガチガチっぽいし、もうちょっと緊張をほぐしてあげるか。

 

「姉貴みたいにハグしてあげようか?」

「ひょえっ!!」

 

 あ、後藤さんが痙攣し始めた。……崩壊まではいかなかったからセーフだな。

 

「冗談だよ、冗談」

「い、いいいい意地悪しないでくださいっ……(ちょっとやってほしかったけど。ちょっとだけ……)」

 

 緊張ほぐれたかこれ? うん、ほぐれたな。そういうことにしておこう!

 

「大丈夫」

 

 柔らかな声色で、俺は言う。緊張をほぐすためでも、気を遣うわけでもない。正真正銘、俺の本音。

 

「後藤さんのその実力で───怖がる必要なんて何もない」

 

 本音であり、事実。彼女ほどの実力を持つ同世代のギタリストを、俺は一人しか知らない。

 

「それでも怖いなら……」

 

 後藤さんの顔が上がる。

 

「俺を見てて。()()()()()()()()

 

 我ながら、青臭いセリフだなと思う。姉貴に聞かれてたら一生からかわれるような恥ずかしい言葉。でも、それでいい。後藤さんの背中を押せるならいくらでも恥くらいかいてやる。

 

 それに、心を落ち着かせるための目印をあらかじめ決めておくっていうのはスポーツ選手もやってることだし。……バンドとスポーツを一緒くたにしていいのかは疑問だけどね。

 

「わかり、ました……」

 

 俺の言葉をどう受け取ったのかはわからないけど、後藤さんがゆっくりと立ち上がる。桃色の前髪に隠された、綺麗な青い瞳が真っ直ぐに俺をとらえた。

 

「君を見てます。だから君も私を見ててください」

 

 ああ、君は()()()()もできるんだね。

 

 彼女の新たな一面を知った瞬間だった。

 

 

 

 

 「あ、でもずっと見られると逆に緊張するので五秒経ったら視線を外してください」

 

 その言葉に俺は思わず吹き出した。そんな俺を見て後藤さんも小さく笑う。ぼっちちゃんはぼっちちゃんだったよ。うん、これくらいの方が彼女らしい。

 

 さて、全員のメンタルはこれで大丈夫そうだし……俺は俺の仕事をやりますか!

 

 

 

 

「ヨヨコ先輩、あそこにいるのレンさんじゃないすか?」

「……そうね」

「ヨヨコ先輩のイケメンなお友達? あくびちゃん、どれどれ~?」

「ほら、あそこでフライヤー配ってる男の子っす」

「……顔がよく見えない」

「あのピンク色の髪のギターさん。ものすごいのが憑いてます~」

 

 山田から「姉貴のバンドが今度路上ライブする」って連絡があったから、メンバーとの交流会も兼ねて下北に来てみたけど……まさか本当に遭遇するとは。

 

 で、山田の言ってた凄腕ギタリストっていうのは……あのピンク色の女ね。そしてあの青い髪のベーシストが山田のお姉さん……。遠目からだと雰囲気は似てるように見えるわね。

 

「もしかしてヨヨコ先輩、これを知っててわざわざ下北のカラオケボックスに行こうなんて言い出したんすか?」

「あ~。そっかそっか。イケメンくんに会いたかったんだね~」

「ちょ、そんなわけないでしょ!? 下北だってバンドマンの聖地だし新宿だけじゃなくて他の場所でも今後活動していくことを考えたら街の雰囲気を知っておく必要があると思って提案しただけよ」

「ヨヨコ先輩ものすごく早口です~」

「素直じゃないっすね」

「ほんとだもんっ!」

「あはは。『もん』だって。ヨヨコ先輩可愛い~!」

 

 メンバーが集まったのは嬉しいことだけど……なーんか三人とも私のことをなめている節があるのよね。いや良い子よ? 良い子達なのよ? あくびはしっかりしてるし楓子は純粋で素直だし、幽々は……怖い話ばっかりしてくるけどみんな良い子なのっ!

 

「なんか女の人ばっかりフライヤー受け取ってるっすね」

「イケメンは得だね~」

「あの人には苦労人の霊が憑いてますよ~」

「ほんとっすか? じゃあ、今度ふーちゃん達を紹介するときは優しくしてあげないとっすね」

「あ、それなら私、お菓子作ってくるね!」

 

 前に路上ライブを手伝ってくれた時もそうだったけど、山田ってフライヤー配るの上手いわね。というか、女性客を集めるのが上手いわ。容姿もそうだけど、チャラい感じはしないから初対面の女性にも安心感を与えちゃうのよね。

 

 ……悪い性格じゃなくてよかった。一歩間違えればクズ男になって数多の女を泣かせていたでしょうね。

 

「あれ? ヨヨコ先輩、聴いていかないんすか?」

「あの子達、まだ活動を始めたばかりで自分達の曲すらできていないのよ。カバーをやるだけなら、本当の実力は見えてこないわ」

「うーん……興味はあるっすけどね」

「ねー」

「……あの子達が本気で上を目指すつもりならそのうち嫌でも名前を聞くだろうし、対バンする機会もあるわよ」

「それもそうっすね。また今度のお楽しみということで」

「イケメンレンくんとお話ししたかったな~」

「レンさんは優しくて話しやすい人だから、ふーちゃんならすぐ仲良くなれるっすよ」

「ほんと~? 今度会うのが楽しみだね」

 

 仲良くなれるでしょうね。すぐに。……しかもあの男は庇護欲全開だから楓子みたいなタイプは全力で甘やかすでしょうし。

 

「ヨヨコ先輩、ヨヨコせんぱ~い」

 

 そんなことを考えていたら、幽々が私の背中をツンツンとつついてくる。

 

「ほんとは照れ臭くって声をかけづらいだけなんじゃないですか~?」

「は? そ、そんなわけないでしょ!? さっきも言った通り今の段階じゃバンドの実力なんて測れないし今日はそもそもあなた達との交流を深めてちょっとでも仲良くなろうっていう目的があるんだからそれを最優先するのは何もおかしくないでしょ!?」

(ヨヨコ先輩は可愛いっすね)

(ヨヨコ先輩は可愛いな~)

 

 ちょっと! 何よその温かい眼差しは!! ほ、ほんとだからね! 確かに、知らない人がたくさんいる中であいつに声をかけるのはハードルが高いけど……別に照れ臭くなんかないわよ!

 

「じゃあヨヨコ先輩のためにもカラオケに行くっすよ」

「そうだね。ヨヨコ先輩のためだもんね~」

「そんなに『私のため』っていうのを強調しなくていいから!」 

 

 あくびも楓子も二人してニヤニヤしないの!

 

「ヨヨコせんぱ~い。一つ聞いていいですかぁ?」

「幽々……何?」

「あの子達のバンド名、知ってます?」

「ああ……確か『結束バンド』よ」

「え? ヨヨコ先輩、そのギャグ全然面白くないっすよ」

 

 ギャグじゃないもん! ほんとだもん!!

 

 

 

 

「今から路上ライブやりまーす。お時間あったらぜひ聴いていってくださーい!」

 

 俺は虹夏ちゃんの手作りフライヤーを配りながらガンガン通行人に声をかけていく。ゴールデンウィークということもあって、人通りも多いので受け取ってくれる人もそれに比例して多かった。

 

「路上ライブだって」

「バンドやってた頃を思い出すね」

「ちょっと聴いていこうか?」

 

 さすが下北、バンドマンの聖地。こういう人達が多いから案外人は集まりやすかったりするんだよな。路上ライブ自体がありふれた光景だから、その分スルーされる確率も高くなるけど。

 

「お姉さん方~。よかったら聴いていってくださいね~」

「へー。私、こっちの方はあんまり来ないからちゃんと観るのは初めてかも」

「高校生なのかな?」

「高校生ですよ~。まだまだ出来立てのひよっこで拙いですが、その初々しさを楽しんでいってください」

「ふーん……ちょっと面白そうだね」

 

 俺が次に声をかけたのは推定女子大生の二人組。会話の内容から、バンド自体にはそれほど詳しい感じじゃなさそうだ。でも、そういう人達を惹きつけられるような演奏をしてこそのバンドだもんね。

 

「バンド名は……えっと『結束バンド』?」

「ギャグみたいな名前でしょ? 俺の姉貴が考えたんです。ほら、あそこにいる無表情ベーシスト」

「な、なんというか……個性的で覚えやすい名前だね」

「あ、ネーミングセンスゼロなんでそのうち改名すると思います。だから別に名前は覚えていただかなくて結構ですよ」

「そこは普通『名前だけでも覚えていってください』っていうところじゃないの~?」

「このバンド名だとエゴサしてもぜんぜん引っかからないと思うんですよね」

「なんでそんな名前にしたのかな!?」

 

 この二人、案外ノリが良いな。よし、観客二人確保。このまま一番前の良い位置で演奏を聴いてもらいましょうか。フライヤーもほとんど捌けたし、姉貴達の準備も整ったたみたいだし。

 

「何の曲を演奏するの?」

「まだオリジナルの曲がないのでカバーですね。多分、お二人も一度くらいは聴いたことがあると思います」

「そうなんだ。……ちょっと楽しみ」

 

 なんとなく流れで女子大生二人と観ることになりました。見回してみると、十人くらいは足を止めて観てくれているな。上出来上出来。思ったより多いくらいだ。誰一人として観てくれずにスルーするなんてこともザラにあるからな。

 

 それはそれとして、結束バンドの路上ライブデビュー。しっかりカメラに収めねば……

 

 俺は自前のビデオカメラで撮影を始める。星歌さんにも後でデータを送らなきゃいけないしね。

 

「みなさんこんにちはー! 結束バンドでーす。えーっと……なんと今日が初めての路上ライブ、どころかバンドとして人前で演奏すること自体が初めてです! 色々拙いところがあると思いますが、みなさんに少しでも楽しんでもらえるようにがんばりまーす!」

 

 喜多さんは緊張した面持ちながらも、持ち前の明るさと笑顔でハキハキと喋る。うん、こういう喋りが上手いのも喜多さんの強力な武器だ。変に擦れてない真っ直ぐな初々しさがいいね。

 

 第一印象で「なんやこいつ……」って思われちゃうと、よっぽど演奏が良くないと巻き返しができないから。逆に言えば、観客がお金を払っていない路上ライブでは、たとえ演奏が拙くても一生懸命さが伝わればある程度は盛り上がる。

 

「じゃあ、一曲目いきます。BUMP OF CHICKENで『天体観測』」

 

 「天体観測」おそらく、BUMPで最も有名な曲であり、彼らを一気に有名バンドに押し上げた曲ともいえる。他の曲は知らなくても、これだけは「あ、聴いたことがある」と思わせるような曲だ。

 

 一曲目はあえてこれをチョイス。カバーだし、誰もが知ってる曲で場の空気を温めることを最優先した結果だ。もちろん、ただ有名だからではなく、これが名曲であることも一曲目に選んだ大きな理由だよ。

 

 ただ、懸念は声の高さ。

 

 BUMPは男性バンドだ。サビはともかくAメロBメロは音程が低く、女性が歌うのは少し辛い。しかも低い分声自体が通りにくいというデメリットもある。音が反響しない路上ならなおさらだ。

 

 でも、喜多さんはその低い音程を見事に歌い上げる。俺が最初に喜多さんの歌声を聴いて思ったのが「彼女の声域」がかなり広いということ。これはボーカルにとってものすごく強力な武器だ。これでギターもできるようになれば、バンドとしてはかなり安定するだろう。

 

「ボーカルの子、声良いな」

「ちょっと演奏にかき消され気味なのが気になるけど……」

「路上だからこんなもんだろ。初めてのライブみたいだし上出来上出来」

「ベースの子はすごく上手いね」

 

 周りの観客からはそんな感想が聞こえてくる。うん、悪くない。悪くない反応だ。

 

「ドラムの子は、ちょっともたつき気味かな~」

「ギターの子も……まだあんまり合ってない感じ?」

 

 ぐぎぎ……し、仕方ない。仕方ないよ。それは俺も思ったことだし、それに……そう評価してるってことはちゃんと聴いてくれてるってことだから。技術的なことはこれから……これからなんです。

 

 けどな、二曲目には「GOTO爆弾」を仕掛けてるからな~。観とけよ観とけよ~? 

 

 あ、後藤さんが爆発四散するって意味じゃないからね?

 

「一曲目『天体観測』でした~! ここで簡単にメンバー紹介をしますね! まずは───」

 

 一曲目が終わり、まばらに拍手が起こる中、俺の隣にいる女子大生二人も拍手をしている。演奏の出来は……まあこんなもんだろう。ただ、お客さんの反応は想像よりも悪くない。

 

 正直、もっと冷めた反応をされるかもと思ったくらいだったから。多分、彼女達の熱意が通じたんでしょう。まあ、熱意だけじゃどうにもならないことも多々あるけど。

 

「続いて二曲目、RADWIMPSで『おしゃかしゃま』」

 

 きた! RADWIMPSであまりにも有名なイントロ! RADWIMPSの「五大格好良いギターフレーズ」の一角(俺の中で)。姉貴と「あーでもない」「こーでもない」と熱く数時間も議論していたのが懐かしい。

 

 さあ、後藤さん。見せつけてやれ。

 

 このイントロは、誰にも合わせる必要がない。君の本気の実力で───観客達の度肝を抜いてやれ!!

 

 俺の思いが通じたのか、後藤さんの顔が上がり、俺の顔を真っ直ぐに見てきた。

 

 そして、彼女がわずかに微笑む。そう思った瞬間───

 

 空気が、変わる。

 

 観客全員が彼女の演奏に目と、耳と、心を奪われていた。

 

 「おしゃかしゃま」のギターイントロは約八秒。

 

 だが、その八秒は……

 

 後藤ひとりというギタリストの実力を見せつけるのに、十分すぎる時間。

 

 ぶわっ、と。体の芯から燃え上がるような熱い感覚。俺だけじゃなく、その演奏を聴いていた人間は全員が同じことを感じたに違いない。

 

 虜になる、っていうのはまさに今の俺達にピッタリの言葉だ。

 

 隣にいる女子大生二人も、目を輝かせて後藤さんに熱い視線を送っていた。そうでしょ? 後藤さんはすごいんだ! こんな子がまだまだ世に出ず燻ぶっているんだ。だからインディーズバンドは面白いんだ。

 

 気付けば、先ほどまでは十人ほどしかいなかったのに、いつの間にか観客の数が倍くらいに増えている。おいおいすごいな。後藤さんどんだけだよ───いや、後藤さんだけじゃない。

 

 確かに、彼女の力が大きいのは否定しない。でも、この超アップテンポな歌詞を噛まずに幅広い音域で歌い続ける喜多さん。

 

 ギターイントロばかりが注目されがちだけど、この曲はRADWIMPSでは珍しく、ベースとドラムがユニゾンしている。つまり、二人の息の合った演奏がこの曲の魅力を引き上げているんだ。幼馴染ならではの信頼関係。そこに、後藤さんという凄腕ギタリストのテクニックが加わった。

 

 結束バンド全員の、現在出せる実力の最大限を発揮できる曲と言っていいだろう。

 

「二曲目『おしゃかしゃま』でしたー!!」

 

 拍手喝采。一曲目とは比べ物にならないほどの盛り上がり。この曲はこの三週間で一番力を入れて練習した曲だから、この反応は四人にとって大きな力であり、財産になる。

 

 正直、一曲目にはまだ固さがあった。でも二曲目のギターイントロ……これで完全に流れが変わった。練習でも後藤さんの実力は飛び抜けていたけど、今日の演奏は今までで一番だった。

 

 やばい、また涙が出そうになってきてる。

 

「だ、大丈夫?」

「大丈夫です。最近、涙腺が緩みっぱなしで言うこと聞いてくれないんです……」

「あはは。何それ~?」

 

 女子大生二人が優しく宥めてくれました。やっぱ年上って最高やな!

 

「それでは最後の曲いきます。ムラマサ☆で『QURULI』」

 

 ムラマサ☆は男女八人で構成されている、サックスやトロンボーンを使っているスカ・バンドだ。今はもう解散しちゃったけど、ものすごくポップで可愛い曲調が特徴のバンド。今日の演奏した三曲の中で、唯一の女性ボーカル。

 

 ほんとなんで解散しちゃったんだよ。大好きだったのに……。

 

 別の意味で涙が出てきそうになったわ!! 未だにベストアルバムをリピートしてるからな俺は!!

 

 喜多さんと今度カラオケ行ってムラマサ☆の曲いっぱい歌ってもらお。……姉貴に歌わせるのも良いな。姉貴もめちゃくちゃ歌上手いし。

 

 一曲目は王道、二曲目は高難易度テクで最高の盛り上がりを見せ、最後の三曲目はガールズバンドのキュートさを前面に押し出した。三曲とも違うコンセプトにより選曲されている。

 

 選曲は俺も交えて(第三者目線の意見)話し合ったけど、大正解だったと思う。今後の作詞作曲の参考にもなるし、バンドの方向性を決める材料の一つになるし。

 

「以上で、今日のライブは終わります! 初めての路上ライブですっごく緊張しましたけど、みなさんのおかげで最後までやりきることができました! 本当にありがとうございました!」

 

 喜多さんの言葉に続いてバンドメンバー全員が深く頭を下げる。

 

 そんな四人を、今日一番の大きな温かい拍手が包み込んだ。

 

 よくやった! 本当によくやったよ! 課題はたくさん見つかったけど、始まる前は緊張でどうなることかと思ったけど……それでも無事に最後までやり遂げた! この経験は必ず次のSTARRYでのライブに生きるよ!

 

「あ、私達五月九日にSTARRYっていうライブハウスでライブやりまーす! チケットもあるから、買ってくれたら嬉しいな~♪」

 

 場の空気に完全に慣れた喜多さんが可愛らしくアピールすると笑いが起こった。……うん。やっぱ喜多さんすげーわ。陽キャのノリを不快に思わせないよう完全に使いこなしてる。

 

「ねえ」

「はい?」

 

 喜多さんのキタキタオーラを眺めていると、女子大生に話しかけられた。

 

「あの子が言ってたライブハウスって下北にあるの?」

「そうですね。ここからそんなに遠くないですよ」

「次のライブ、五月九日だよね?」

「はい」

 

 も、もしかして……この流れは……

 

「二人分のチケットを買いたいんだけど、いいかな?」

 

 っしゃあ!! お客さんゲット!! しかも二人!! 最高過ぎる!! ぶっちゃけ今日の演奏の出来だと一枚も売れないと思ってたわ。

 

「あとさ……あのギターの子。あの子とちょっとお話したいんだけど……」

「わかりました。じゃあ、俺が通訳に入ります」

「あの子外国人なの!?」

 

 そうじゃないけど……まあ、話せばわかります。

 

 

 

 

「みんなー、お疲れー!」

「レンくん、お客さんいっぱい集めてくれてありがと~!」

 

 俺が片付けをしているメンバーに声をかけると虹夏ちゃんが駆け寄ってきてくれた。後藤さんは……あ、またキャリーケースの中に引きこもってる。

 

「えー……なんとですね。今度のライブチケットを買いたいというお二人を連れてまいりました!」

「はじめまして~。ライブを観たのは今日が初めてなんですけど……すっごく感動しました!」

「みんなががんばってる姿を見て、私達ももっとがんばらなくちゃいけないなと思って……今度のライブも期待してます!」

「あ、ありがとうございます! あたし達、普段はSTARRYっていうライブハウスで活動してて……」

 

 あの大学生二人は虹夏ちゃんに任せて……俺は後の三人を労いに行って、後藤さんを女子大生のところまで運ぶか。

 

「姉貴、喜多さん。お疲れ」

「お疲れ様……ものすっっっっっっっっっっっごく緊張したわ!!」

「その割にはMC良い感じだったよ。最後の方なんか特に」

「歌いきったら一気に肩の荷が下りたのよ」

「演奏にかき消されてるところもあったけど、二曲目、三曲目になるにつれてどんどん良くなってた」

「……やっぱりかき消されてたかぁ」

「動画撮ったから今度見直そうね。反省は後にして、ライブをしっかりやり終えたことを喜ぼう!」

「……そうね! STARRYでのライブはもっと良いものにしてやるわ!」

 

 その意気その意気。喜多さんのそういう前向きな姿勢はほんとに尊敬できるな。そういうメンタルは実にバンド向きです。

 

「レン、私は?」

「一曲目ミスりまくってたな」

 

 俺が無慈悲にそう言うと、姉貴はそっぽを向いたのでほっぺたをツンツンしてやる。

 

「でも二曲目のユニゾン。虹夏ちゃんとの息は練習の時よりもかなり合ってた。今までで一番良かった」

「……ありがと」

 

 一丁前に照れていたので軽くデコピンしておいた。姉貴にはこのくらいでいい。褒め過ぎると調子に乗ってベタベタしてくるし。

 

 さーて、残りは後藤さんだけど……

 

「あ、あ、あ……」

 

 俺はしゃがみこんで後藤さんを観察する。まーたカオナシぼっちになっとるやんけ。さっき圧倒的なギターソロをやったのと同一人物とは思えないな。

 

「後藤さん、お疲れ」

「あ、お、あ……おれたち、にんげん、くう……」

 

 ジブリの違う作品になっちゃった。猩々(しょうじょう)ぼっち。

 

「ほい」

「ひゃん!」

 

 俺はクーラーボックスから冷えた缶コーラを取り出して後藤さんのほっぺたに押し付ける。お? 正気に戻ったかな?

 

「あ、や、ややややや山田くんっ!? い、いつの間に……」

「さっきから声かけてたよ。お疲れ様、後藤さん」

「あ、お、お疲れ様です」

 

 俺はコーラのプルタブを開けて後藤さんに差し出すと、両手で受け取って恐る恐る飲み始めた。

 

「二曲目のギターイントロ……最高に格好良かった」

「あ、ほ、ほんとですか?」

「うん。あれでライブの流れが一気に変わってお客さん達も盛り上がったからね。後藤さんの活躍で、お客さんを一気にバンド側へ引き込めたんだ」

「え、えへ……そ、そんな、そんなこと……」

「もちろん、他のみんなががんばった成果でもあるけどね」

 

 でも、きっかけを作ったのは間違いなく後藤さんだ。たった一人の演奏で、場の空気を一変させるなんて……やっぱり彼女は彼らと同じ()()()()人間なんだとあらためて思い知らされた。

 

「あと、後藤さんと個人的にお話ししたいっていう人もいてね」

「こ、個人的に……? (も、もしかしてレーベル? 音楽業界のお偉いさんがたまたま通りがかっていたとか!? そしてそのまま結束バンドでメジャーデビューして高校中退! これこそが後藤ひとりのデスティニーロード!!)」

「あそこで虹夏ちゃんと話してる女子大生二人なんだけどね。初めてライブを観て、後藤さんの演奏に感動したんだって」

「あ、そうですか……(そんなわけないよね。人生そう甘くない……)」

 

 少し後藤さんのテンションが下がった気がする。……なんか変な妄想してたな絶対。三週間の付き合いで、後藤さんの生態が少しずつ分かってきましたよ。

 

「もしかしたら、サインをお願いされるかもしれないよ?」

「さ、サササササインですか!?」

「うん。……自分のサイン、考えてたりする?」

「いえ、全然(嘘です。本当は十個くらい考えてます)」

 

 あ、これ十個くらい考えてるって感じの表情だ。意外とわかりやすいな後藤さん。

 

「とりあえず、あっちでお話ししようか。俺もいるし、虹夏ちゃんもいるから大丈夫だよ」

「は、はい。そ、そうですね……」

 

 そして俺は、手を顔の高さまで上げて、掌を後藤さんに見せる。

 

「……へ?」

 

 でも後藤さんは俺の行動の意味が分からなかったみたいだ。

 

「ほら、後藤さんも俺と同じように手を出して」

「あ、はい」

 

 後藤さんも俺を真似て手を上げる。それを見て俺はクスリと笑い、彼女とハイタッチした。パン、という小気味よい音が響き渡る。

 

 後藤さんは目をぱちぱちさせて口をぽかんと開けていたので、俺は思わず吹き出してしまった。そんな俺につられて後藤さんも笑う。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

 そして俺は、後藤さんが入ったキャリーケースをゴロゴロ引きずりながら女子大生達の方へ向かうのだった。

 

 それを見た女子大生や虹夏ちゃん達の反応は……みなさんの想像通りだと思います。




選曲は完全に私の趣味です。
興味がある人は聴いてみてください。

次回こそ虹夏回プラスSIDEROSとの顔合わせになるかな?



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#12 才脳人応援夏


 いつもより短いです。
 虹夏回



「結束バンドの路上ライブが無事に終わりましたことを祝しまして……かんぱ~い!」

「乾杯!」

「かんぱ~い!」

「乾杯」

「か、乾杯……」

 

 路上ライブ終了後、俺達は近くのファミレスで打ち上げを行っていた。お酒が飲めないからドリンクバーで乾杯だけど、姉貴が俺のドリンクだけ特製ブレンドにするという小学生の定番の遊びをやりやがった結果、クソまずドリンクで乾杯することになりました。

 

 コーヒーを混ぜんなコーヒーを!! 他のジュースの味が全部かき消されてんだよ!!

 

 ちなみに後藤さんはここまでキャリーケースの中に引きこもったまま俺がゴロゴロ転がして運びました。「おんぶとどっちがいい?」って聞いた結果、死にかけながらキャリーケースを選んだんだよね。

 

「お客さんの反応も結構良かったし……上出来ですね!」

「技術的な課題はいっぱい見つかった。でも、初めてにしてはよくやった方」

「ひとりちゃんのギターイントロ……すごかったわね。あれでお客さんの顔色が一気に変わったのよ?」

「あ、あんまりお客さんの方を見る余裕はなかった、です……(あの時は山田くんばっかり見てたので)」

「ぼっちはやっぱりソロでこそ輝く。これから作曲する上で、ぼっちのギターソロをなるべく入れるようにする」

 

 姉貴が珍しく燃えている。確かにそれは戦法としてありだ。今の段階だと後藤さんの実力が飛び抜け過ぎてて、でもバンドとしてだとその実力の一割も発揮できない状態。

 

 だからこそ、ギターソロのパートを意図的に増やして観客を一気に引き込む。ソロなら後藤さんが他のメンバーに合わせる必要もないから実力を存分に出せるしね。

 

「……虹夏ちゃん、大丈夫? どうかした?」

「え? あ、ううん。何でもないよ……。緊張が一気に解けて、疲れがドッとでちゃったのかな? あはは……」

 

 姉貴達三人と比較して、一人だけ神妙な面持ちで何かを考えている虹夏ちゃん。

 

 何でもないわけないじゃん。何年の付き合いだと思ってんのさ。

 

 でも、虹夏ちゃんは責任感の強さが災いして、こういう場面で素直にバンドメンバーに自分の不安や悩みを打ち明けられないのが欠点だ。

 

 だからといって、俺もこの場で無理矢理聞き出そうとは思わない。

 

「あ、そうだ。俺にチケットを一枚売ってほしいんだけど」

 

 だから、ここはあえて虹夏ちゃんの反応をスルーした。

 

「チケット? レンくん、自分の分を買うの?」

「いや、俺の分じゃなくて俺が()()分。結束バンドに興味を持ってる人がいるから、その人に声をかけてみようと思ってるんだ」

「へー……学校の人?」

「内緒だよ」

 

 尋ねてきた虹夏ちゃんに俺はクスリと笑って返事をする。俺があえてさっきの反応をスルーしたことで、虹夏ちゃんもちょっと安堵したみたいだった。

 

「絶対女だ。そうに違いない。私は詳しいんだ」

「なっ……レンくん見損なったわ! あなたは顔と性格とスタイルが良いだけの男だと思ってたのに!!」

「その三つ以外に何を求めんの!?」

「金」

 

 姉貴がたった一文字で答えやがった。そらお前はそう答えるでしょうよ。

 

「え……お、女の子なんです、か……?」

 

 何か後藤さんまで食いついてきた!? そういえば、前も俺と虹夏ちゃんが付き合ってるのか? っていうことを聞いてきたし……後藤さんもそういうのに興味があるのね。お兄さんちょっと安心。

 

「女の子だよ」

「私は……私より良い女じゃないとレンの相手とは認めないっ!」

「姉貴より良い女なんて世界の女性の内九十九パーセント以上が該当するわ」

「先輩より良い女なんて世界の女性の内一パーセントしか該当しないわ」

 

 俺と真逆のこと言うとるやんけ。

 

 喜多さんはもうダメだ。俺の手に負えないよ……。

 

 ちなみに後藤さんと虹夏ちゃんはもちろん姉貴より良い女に該当します。喜多さん? うん、さすがに姉貴以下はないよ。さすがに。

 

「……それはレンにとってどんな女?」

「どんなって……尊敬できる先輩だよ」

「私以外に尊敬できる人間……? 果たしてそんな女が存在するのか」

「リョウ先輩以上に尊敬できる人なんて存在しませんよ!」

 

 ……よし、放置しよう。虹夏ちゃん、チケットちょうだい。ちゃんと千五百円払うから。

 

「え? あ、うん……」

 

 やっぱ虹夏ちゃん、上の空だな。これは結構重症のパターンかもしれない。……久しぶりの虹夏ちゃん介護タイムになりそうですね。

 

 そこでふと、服をくいくいと引っ張られていることに気付く。顔を横に向けると、隣に座っていた後藤さんが、不安そうな目で俺を見てきた。

 

 ……え? 何その視線? そんなにその女の子のことが気になる? もしかしてあれかな……俺が取られちゃうとか、そういうこと考えてる?

 

 うーん……でも、今までの経験上、後藤さんが俺に対して恋愛感情を持っている感じはないし……というか出会ってまだ三週間しか経ってないしな。

 

 どっちかというと、大事な玩具が取られちゃった子供? みたいな……。え? 後藤さんって俺のこと玩具か何かだと思ってた? いやいや、そうっぽく見えるだけで本当にそう思ってるわけじゃないと信じたい。

 

「尊敬できる先輩であり、大事なお友達だよ」

「お、お友達……お友達……そうですか。……ふへっ」

 

 なんでそこで不気味に笑う? 後藤さんってわかりやすいときとわかりにくい時の差が激し過ぎるな。少なくとも恋愛感情じゃなさそうだ。……今のところはだけど。

 

「郁代、まずい。レンの好みは年上の巨乳お姉さんだから、その先輩とやらのおっぱいが大きかったら大変なことになる」

「レンくんどうなの!? まな板でしょ!? 絶壁でしょ!! 回答はイエスしか認めないわ!!」

 

 なんで喜多さんまでそんなに必死になっとんねん。

 

 もしかして……喜多さんって俺のこと好きなんじゃ───

 

 そんなわけあるかい。もしそうだとしたら、もっとわかりやすくアプローチしてきてるわ。喜多さんは面食いだけど、それだけで恋愛感情を抱くようなチョロい女じゃないっていうのはわかってるしね。

 

 あと後藤さん、男がいる前で自分の胸をぺたぺた触るのはやめなさい。あなたおっきなお胸してるんだから目のやり場に困るでしょ。

 

 そんな感じで打ち上げはカオスに進んだものの、俺は無事にチケットを一枚手に入れることができたのだった。

 

 

 

 

 打ち上げが終わって解散した後、あたしは一人でSTARRYの扉を開いていた。

 

 お姉ちゃんももう家に戻ってて、誰もいない、無音でがらんとしたライブハウス。あたしはスマホの明かりを頼りにライブハウス内の電気を点けて、スタジオへと向かう。

 

 いつもあたしが練習で使っているドラムがあった。そのまま慣れ親しんだスタジオに入り、ドラムスローンに腰を掛けてほっと息を吐く。

 

 スティックを取り出し、目を閉じて今日のライブでの自分の出来を反芻する。

 

 そして一度深呼吸して、たった一人で一曲目から演奏を始めた。

 

 あたしは今日の自分の出来について、はっきり言って何一つ満足できていない。ライブ自体をトラブルなく無事に最後までやり遂げることができた。それはすごく喜ばしいことだし、良い経験になったと思う。

 

 でも、あたし自身は、今日のライブでお客さん達にどんな印象を残せただろうか。

 

 ぼっちちゃんは二曲目のギターイントロで一気にお客さん達の心を鷲掴みにし、リョウはぼっちちゃんがいるから霞んで見えるけど、その実力は学生レベルで収まらない。喜多ちゃんだって、今日はボーカルに専念していたけど、ぼっちちゃんにギターを教えてもらってて、初心者とは思えないとてつもないスピードで上達している。

 

 あたしだけが平凡だ。

 

 このバンドで……あたしだけが、特別な何かを持っていない普通の女の子。バンドを組んで、夢を叶える。そんなことばっかり考えていたけど、現実はどうだ?

 

 結束バンドを作った張本人が……一番平凡で、一番拙い技術しか持っていない。きっとみんなは、これからもあたしなんかが想像しているよりもずっとずっと、すごいスピードで成長していくのだろう。

 

 平凡なあたしを置いて……

 

 だからあたしは、置いていかれないように他のみんなの何倍も練習しないといけないんだ。

 

 その一心で、他の何にも目もくれず、あたしはドラムを叩き続けた。

 

「虹夏ちゃん」

 

 そして、しばらく無我夢中で叩き続け、さすがに少し疲れたから手を止めて、荒れた呼吸を整えていた時に、幼馴染の男の子の声が聞こえてきた。

 

「レンくん……」

 

 レンくんはスタジオのドアを開けて、優しい笑顔であたしを見ていた。そして、あたしにゆっくりと歩み寄ってペットボトルのお水を渡してくれる。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言って、一口飲んだ。冷たいお水が喉を通る感覚が心地良い。

 

 ほっと一息ついていると、レンくんはパイプ椅子を持ってきて、あたしの隣に座る。でも、何かを言うことなく、ただ黙ってあたしの隣にいてくれた。

 

「何も聞かないんだね……」

「虹夏ちゃんの考えてること、大体わかるし」

 

 レンくんとも長い付き合いだから、お互いの考えていることは言葉にしなくても大体わかっちゃうんだ。だからあたしは、レンくんがこのタイミングでこの場にやってきたことについても驚いたりはしなかった。

 

 むしろ、来てくれることを期待していた自分すらいる。……そんなこと絶対口に出さないけど。

 

「姉貴からの伝言」

「……聞くよ」

「『虹夏じゃなきゃやだ』だって」

 

 レンくんの言葉に、あたしはちょっと泣きそうになった。

 

 ああ、そうだよね。リョウにもわかっちゃうよね。今日の打ち上げの時のあたし、ずーっとおかしかったんだもん。みんなが楽しんでいる横で、内心が冷めている自分を悟られないように取り繕ったつもりだったけど……

 

「虹夏ちゃんはさ。責任感が強いけど、一人で抱え込みがちになっちゃうよね」

 

 あたしは結束バンドのリーダーだ。リーダーが不安な姿を見せちゃったら、他のメンバーはもっと強い不安を感じる。だからあたしだけは、どんな時でも真っ直ぐ前を見てみんなの先頭に立たなくちゃいけないんだ。

 

「だから、自分が抱えてる不安をメンバーには相談できないんだ」

 

 本当は、それがよくないことだってわかってる。もしも、あたし以外の誰かがリーダーだったとして、今のあたしと同じような不安を抱えていたとしたら、素直に他のメンバーに相談してほしいから。

 

 でも、いざ自分がリーダーという立場になると、それがたまらなく怖いんだ。ただでさえ、あたしは頼れる立派な人間なんかじゃないのに……

 

「でもね、虹夏ちゃん。今……ここにいるのは俺だけ。()()()()()()()()()()()俺だけだ」

 

 そしてレンくんは、そんなあたしの内面を全部見抜いている。そういう風に、人の気持ちを、特に女の子の気持ちを察することができるように教育したのはあたしだけど……こういう時になって思う。

 

 彼のその優しさに、無条件で甘えてしまいたくなる自分がいる、と。

 

「レンくん……」

 

 リョウと同じ、黄色い瞳があたしの目を真っ直ぐにとらえた。ああ、ダメだ。そんな風に優しい目をされちゃうと……今まで堪えてたものが全部溢れ出ちゃいそうだよ……

 

 あたしは無意識の内に、彼に体を預けていた。そんなあたしの体を、彼は壊れ物を扱うようにそっと、優しく優しく抱き締めてくれる。

 

 あたしがあげた、あたしの好きな香水の匂い。彼の温かさに包まれて、あたしもゆっくり抱き締め返す。

 

 とくんとくん、と。彼の心臓の音が伝わってきた。彼の匂いが、温かさが心地よくて、あたしは静かに目を閉じる。

 

「レンくん」

 

 彼の名前を呼ぶと、今度は優しく頭を撫でてくれた。本当に彼は、あたしのことをわかってくれているんだね……

 

 いつもはあたしがお姉ちゃんだけど、今だけ……今だけはこうやって甘えさせてほしい。

 

 小学生の頃は、あたしの方が背も高かったのになぁ……

 

「レンくん───おっきくなったね」

「虹夏ちゃんはちっちゃいまんま」

「……あたしはこれから成長するの」

「虹夏ちゃんが大きいのは解釈違いだからどうか成長しないでほしい」

「こいつー」

 

 気の置けないやりとりに、心がフッと軽くなる。でも、ちょっと悔しかったので彼の胸に顔をぐりぐりと押し付けた。そんなあたしを見て、彼が笑っているのがわかる。

 

「レンくん」

 

 あたしはもう一度、彼の名前を呼んだ。

 

「今日のこと……みんなには内緒だよ?」

 

 彼は返事をする代わりに、あたしを抱き締める力をほんのちょっぴり強くした。

 

 ありがとう。あたしの大好きな幼馴染。

 




 文字数がいつもの半分以下ですが、キリが良いのでここまでにします。幼馴染みヒロイン回ですね。

 私もこんな可愛い幼馴染みが欲しかった……

 今日の夜にこのお話にくっつけるはずだったSIDEROS回を投稿します。

 ヨヨコとレンくんが暴走します。

 次回もよろしくおねがいします!



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#13 しでろすろすろ

 

 SIDEROS回
 


「あらためて紹介するわね! ここにいる四人が『新生SIDEROS』よ!」

 

 五月に入り、まだまだゴールデンウィーク真っ只中というところで、俺は新宿FOLTへとやってきていた。理由は単純明快。SIDEROSが四人揃ったので、そのメンバーを紹介するという名目で大槻先輩に呼び出されたから。

 

 ちなみに廣井さん達はいません。埼玉の方へ遠征に行ってるらしいです。つまり今日の新宿FOLTは平和なのです! やったね!

 

「ウチは必要ないすけど一応……ドラムの長谷川あくびっす」

「ギターの本城楓子です。おぉ~噂以上のイケメンさんだぁ~」

「ベースの内田幽々です~。ほうほう……なるほどなるほど」

 

 あくびちゃんはもう知り合っているからいいとして……マロンベージュの髪色をしたゆるふわお嬢様の本城楓子さん。この子は俺の庇護欲センサーがビンビンに反応している。

 

 そして、黒髪ゴスロリ少女の内田幽々さん。この子は俺の頭の上やら肩やらをじっと見つめて意味深に笑っている。うん、ちょっと怖い。

 

「そして私がリーダーでギターボーカルの大槻ヨヨコよ!」

「いや大槻先輩は知ってるから別に自己紹介しなくてもいいですよ」

「こういうのはね、ノリよノリ! ノリが大事なの!」

 

 なんかいつもよりテンション高いなこの人。まあ、メンバーが集まったから気持ちはわかるけど……でも、それだけが理由じゃない気がする。

 

「あくびちゃんあくびちゃん」

「なんすか?」

「大槻先輩ってなんであんなにテンション高いの?」

「この前メンバー全員でカラオケに行ったときに、ウチらがめっちゃチヤホヤしたからじゃないすかね?」

「ああ、なるほど……」

 

 納得ですわ。めっちゃご機嫌で鼻歌歌ってるし。

 

「レンさんが『そうした方がいい』ってアドバイスしてくれたじゃないすか」

 

 そういやそうだった。カラオケに行く前日にあくびちゃんからロインがきたんだったわ。……つまり、あの大槻先輩のテンションは俺のせいだということに。

 

 害はないし可愛いから別にいいか。

 

「本城さんに内田さんね。俺は山田レンです。大槻先輩とは一年くらいの付き合いで、相談に乗ったり乗ってもらったりと、良い友人関係を築いております」

「よろしくね~。同い年だし、レンくんって呼んでいーい?」

「あ、同い年なんだ。うん、いいよそれで。じゃあ、俺はなんて呼べばいいかな?」

「ウチはふーちゃんって呼んでます」

「ならふーちゃんで」

「おっけー」

 

 ぽわぽわと天真爛漫な笑顔でふーちゃんが手を差し出してきたので握手する。小さくてやわっこいおててですね。……やばいな、庇護欲センサーと甘やかしたいセンサーが過剰反応してる。イライザさんといい、新宿FOLTはちょっと俺への特効が多過ぎませんかね。

 

「私も幽々でかまいませんよ~。それにしても山田さん……面白いものが憑いてますね~」

「幽々ちゃん? なんで俺の肩をじーっと見てるのかな?」

「幽々ちゃんは幽霊が見えるんすよ」

「え!? 何それこっわ!! ねえ、俺に何が憑いてるの!? ねえ!?」

「山田さんはこれからもたくさん苦労すると思いますよ~」

「どういうこと!? そもそも憑いてて大丈夫なヤツ!? お祓い行った方がいいの!?」

 

 幽々ちゃんは怪しく笑うだけではっきりしたことは言ってくれなかった。いや普通に怖いんですが。絶叫マシーンとかは全然平気なんだけど、ホラー系はマジで無理。姉貴は逆にホラー系は平気で絶叫系が全然ダメだけど。

 

「ふっ、情けないわね山田。幽霊なんて見えなければいないのと同じ───」

「あ、ヨヨコ先輩の後ろに夢半ばで自殺したバンドマンの霊が……」

「きゃああああああああああああああっ!!」

 

 大槻先輩が悲鳴を上げて俺に思い切り抱き着いてきた。大槻先輩の意外と大きいお胸が当たってるけどそんなの気にしてる余裕はない!! 俺も普通に怖いんだって!! というか、ライブハウスにそんなバンドマンの幽霊がいるとか縁起悪すぎでしょ!?

 

 吉田さーん! 吉田店長さーん! ここって実はいわくつきの土地だったりしませんかー!?

 

 俺と大槻先輩はがくがく震えながらしばらく抱き合ってました。

 

 ……先輩とのお化け屋敷デートは絶対無理だな。

 

「そ、そもそもこの科学全盛期に幽霊だのオカルトだのナンセンスだわ。全ての事象にはちゃんとした理由があるのよ」

「そ、その通りです。大体、幽霊がほんとにいるんならなんで昔みたいな心霊番組がなくなっちゃったんですかね? スマホが普及して心霊写真も見なくなりましたし」

 

 俺と大槻先輩が早口で捲し立てる。そうだよ心霊番組なんて全部やらせなんだよっ! この世に科学で説明できないことなんて何もないんだ! 後藤さん? あれはそういう新種の生物だから! あるいは人類の進化の可能性だから!

 

「二人とも手を繋いで仲良しだね~」

「や、山田が怖がってるから、し、仕方なく繋いでやってるだけよ!」

「はい。普通に怖いです」

「そこはレンさんもツンデレ返しする場面じゃないんすか?」

「いやだってほんとに怖いんだもん」

 

 そんなラブコメみたいなことをする元気はありません。大槻先輩と手を繋いでるけど、手汗かいてたらごめんなさい。そこまで気を配る余裕もないので。

 

「う~ん、ヨヨコ先輩もすごいの乗っけてますし……幽々のスマホで撮ってあげましょうか~? きっと面白いものが見れますよ~」

「やめなさい幽々! そんなことをしても誰も幸せにならないわ!」

「もしもガチで写ってたら……俺は今日、一人で風呂に入ることもトイレにも行くことも寝ることもできなくなる!」

 

 姉貴と以前、深夜にホラー映画を観た時は、朝まで部屋の電気を点けっぱなしにして起きてたからな。姉貴はぐーすか寝てたけど。

 

「レンくんレンく~ん。お風呂で頭を洗ってる時に後ろから視線を感じて……」

「俺、今日は人がたくさんいる時間帯に銭湯に行く」

「わ、私もそうしようかしら……。た、たまには大きいお風呂で疲れを取るのもいいかもね」

「二人が安心して入っていても、気付けばお客さんが全員いなくなってて聞こえるのは自分がシャワーを流している音だけになってるかもしんないすよ」

「先輩。今日は一緒にお風呂に入りましょう。大丈夫、ちゃんと目隠ししますから」

「そ、そうね。誰かと一緒に語らいながらお風呂に入るのも乙なものよ」

「やべえ。この二人の組み合わせめちゃくちゃ面白いすわ」

 

 言っておくけど、結構本気だからな。恥じらいとか下心とか微塵もないわい。そんなもんを感じる余裕は、今の俺達には全くないんだからなっ!

 

「そういえば~……すごいのと言えば、結束バンドさんのギターさん。あの人に憑いているのが一番すごかったです~」

 

 後藤さん……?

 

「あの人の近くにいれば、大抵の幽霊はイチコロですよ~」

 

 もう死んでいるのにイチコロとはこれいかに。なんてくだらないことを考えている場合じゃない。……つまり、後藤さんと行動を共にすれば安全だと、そういうことか!

 

「なるほど……じゃあ今日は後藤さんと一緒にお風呂に入ればいいんだね」

「ちょ……私を見捨てる気なの!?」

「大槻先輩も一緒に……三人で入りましょう」

 

 これが勝利の方程式。俺、これからもなるべく後藤さんと一緒に行動しよう。男として情けないかもしれないけど、幽霊以外の部分はめっちゃがんばるからさ。

 

「おぉ、もう……」

 

 なんかあくびちゃんが「そっとしておこう」みたいな諦めた表情してるけど、君さっきまで悪ノリしてたよね?

 

「ヨヨコせんぱ~い。レンく~ん。怖がらせちゃってごめんね~。クッキー焼いてきたから一緒に食べよう? ホットミルクもあるから。落ち着くよ~」

「楓子……あなたなんていい子なのっ!」

「ふーちゃん……好き」

 

 大槻先輩はふーちゃんを抱き締め、俺はそんなふーちゃんの頭を優しく撫でていた。……でも、冷静になってみたら、ふーちゃんも途中で悪ノリしてたんだよね。……可愛いからヨシ!

 

「山田さんって面白い人ですね~」

「意外な弱点がありましたね。完璧イケメンかと思ってたっす」

「このギャップが逆に魅力的では~?」

「そうっすけど……幽々ちゃんの目、新しい玩具を見つけた子供みたいすよ?」

「ヨヨコ先輩みたいに良い反応してくれるから気に入りました~」

「……ウチは優しくしてあげるっす」

 

 SIDEROSは実に個性的なメンバーが集まりましたね。……結束バンドに負けず劣らず。

 

 ま、まあ、このくらいキャラが濃くないとバンド戦国時代を生き抜けないからね。仕方ないね。

 

 

 

 

「そういえば、幽々ちゃんはなんで後藤さんがギターだってことを知ってたの? 会ったことはなかったと思うんだけど……」

「それはですね~」

「幽々……? わかってるわね?」

「わかってますよ~。結束バンドさんの路上ライブが気になってたけど、素直に観に行くのも癪だから下北のカラオケボックスに行く途中で偶然を装って遭遇したなんて言いません」

「全部言ってるじゃない!?」

 

 一旦落ち着いた俺達は、ふーちゃんの手作りクッキーとホットミルクで一息をつく。さっきまでの会話を思い出して、俺は頭を抱えたくなった。なんで後藤さんと大槻先輩と一緒に風呂に入る話になってんだ? どんだけとち狂ってたんだよ俺。……これも山田家の血か。

 

「……あくびちゃん。SIDEROSって漫才の練習もやるの?」

「この二人だけっす。あの時、レンさんがフライヤーを配ってたんで声をかけようかとも思ったんすけど……」

「ヨヨコ先輩が恥ずかしがっちゃって、そのままスルーしたんだ~。だから演奏も観れなかったんだよ」

「私は別に恥ずかしがってなんかなかったっ!」

「マジか。全然気付かなかった」

 

 あの時にSIDEROSの全員に見られていたとは。事前に大槻先輩にはロインしておいたから、もしかしたら変装してこっそり観に来るかもとは思ってたけど。まさか四人全員とニアミスしてたとはね。

 

 まあ、この前の路上ライブは俺もいっぱいいっぱいだったし気付かなかったのも当然か。

 

「それにしても、安心したよ。大槻先輩って誤解されやすいところがあるから三人が馴染めるかどうか不安だったけど、今日の様子を見たら大丈夫そうだね」

「ヨヨコ先輩ってわかりやすいすからね」

「そうそう。一匹狼を必死で装ってるチワワみたいで」

「幽々の話を馬鹿にしないで本気で信じてくれますし」

「あれ? 私って褒められてる? それとも馬鹿にされてる?」

 

 前者ですよ前者。ほんとによかったですね。前のバンドメンバーの時とは違って、早くも素の先輩を曝け出せてるみたいだし。良い化学反応が起こってるな。

 

「これからの活動方針はどうするんですか?」

「基本的にはこれまでと変わらないわ。まずはメジャーデビュー。でも、そこがゴールじゃない。私達は常にナンバーワンを目指しているの。最終目標は海外フェスの大トリよ!」

 

 すっげー目標を掲げてますね。海外フェスの大トリとか……でも、他の三人の表情を見る限り、先輩の目標を馬鹿にしてる感じも、温度差があるようにも思えない。

 

 つまり三人は、大槻先輩がこういう人間だということを理解した上でバンドに入っているんだ。共通の目標に向かってメンバー全員が一致団結する。言葉にするのは簡単だけど、それができなくて解散するバンドは無数に存在する。

 

 そしてSIDEROSは、その困難な課題を結成してから短期間で克服した。

 

 これは……結束バンドもうかうかしていられないな。STARRYでのライブ後に、メンバー達でそういうことを話し合った方がいいかもしれない。

 

「かといって、漠然と大きい目標を掲げるだけじゃモチベーションを保てないわ。だから、目先の目標として……これのグランプリを獲るつもりよ」

「Tokyo Music Rise?」

 

 関東を中心に、二十三歳以下のアマチュアバンドが参加する音楽コンテストだ。去年は全国から三百組がエントリーし、ファイナルステージは東京ビジュアルアーツのメディアホールで行われるらしい。

 

「本当は未確認ライオットに出たかったのだけど、応募は締め切られちゃったのよね……」

「未確認ライオット?」

「十代限定のフェスっす。日本最大級のね」

 

 未確認ライオットの去年のエントリー数は三千組以上。Tokyo Music Riseの十倍だ。しかも最終審査は海浜公園でのフェス形式。大槻先輩はそんなもんに出ようとしていたのか。

 

 や、やばい……。結束バンドとは根本的に何もかもが違い過ぎる。これが……これが本気でメジャーデビューを、その先を目指すバンドなのか。

 

「Tokyo Music Riseの応募締め切りは六月末……結束バンドはどうするのかしら?」

 

 大槻先輩は不敵に笑ってそう言った。 

 

 ……持ち帰って上(虹夏ちゃん)と相談させていただきます。

 

 あらためて思うけど……大槻先輩って本当に俺の姉貴と同い年? ロマンを追い求めているのに現状をしっかり把握して実際に行動を起こしている。

 

 人としても……バンドとしての在り方も、見習うところが多すぎるな。こういうところ、本当に尊敬します。

 

「ヨヨコ先輩、余裕ぶっこいてるっすけど……Tokyo Music Rise用の曲を作んないといけないすからね?」

「こ、これから死ぬ気でがんばるわよっ!」

 

 既存のSIDEROSの曲じゃないのか。新メンバーで全くの新曲に挑戦してコンテストに挑む……。どこまでも妥協しない性格ですね。

 

 虹夏ちゃんに相談してみないとわかんないけど……多分結束バンドも挑戦することになると思いますよ。楽曲制作が間に合えば。

 

「まあまあ、そんな堅苦しい話はここまでにして~。ウチ、レンさんに聞きたいことがあったんすよ」

「俺に聞きたいこと?」

「私も~!」

「幽々もです~♪」

 

 三人の小悪魔的な笑顔を見て、俺は次の質問の内容が予想できた。……できてしまった。多分、三人とも俺に同じことを聞きたいんだと思う。

 

「レンさんの好みの女性のタイプを教えてください」

 

 あ、やっぱりね。そういう質問ですよね。予想した通りですよ、はい。ほんとに女の子ってこういう話が大好きだよね。

 

「ドン引きしない?」

「マゾやロリコン、凌辱趣味などでなければ」

 

 俺が尋ねるとあくびちゃんは親切に答えてくれた。……そのどれにも当てはまらないな、ヨシ!

 

「年上の巨乳お姉さんに甘やかされたい」

(イライザさんすね)

(イライザさんだ~)

(イライザさんです)

 

 三人は「あ~」と、なぜか納得したような表情で頷いていた。え? 俺ってそんな「年上の巨乳お姉さん好き」に見えるの? そんな顔してる? だとしたらちょっと恥ずかしいです。

 

「ちょっと、なんで三人ともそんな『あっ……』て顔で私を見るのよ!? 私何か変なことした!?」

 

 大槻先輩の反応は普通だった。だって大槻先輩は俺の好みの女性についてすでに知ってるし。

 

 全くの余談ですが、それからしばらくSIDEROSでは豆乳がブームになったようです。……健康的だね。

 

 その後もみんなと楽しくお話して、新メンバーの子達ともロインを交換して仲良くなりました。入学してから女の子の連絡先ばっかり増えていくな。俺がイケメンだから仕方ない。

 

 あと、大槻先輩に今度の結束バンドのライブのチケットを渡しておきました。

 

 他のメンバー? 大槻先輩は他のメンバーに「結束バンドを意識している」と思われたくないから一人かつお忍びで来るそうです。

 

 ……手遅れじゃね? というのは思うだけにしておきます。

 




 #12と分けた理由として、虹夏介護の直後にSIDEROSといちゃいちゃすると、レンくんが女たらしクソボケムーブ野郎に見えるのでやめました。

 次回はSTARRYでの初ライブになる予定です。

 ようやくアニメの一話に辿り着きましたね。入学式から長かった……

 性格の良い高身長イケメンのくせしてホラーが苦手とかいうくっそあざとい男がいるらしい。

 これはまぎれもなく山田の弟ですね。

 次回もよろしくおねがいします!



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#14 大誤解大会

 
 前回はレンくんとリョウの名前を盛大に間違えてすみませんでした!



『Tokyo Music Riseかぁ~』

「うん。夏と春にやってるみたい。規模はそこまで大きくないけど、結束バンドの現在地を確かめるのに丁度いいコンテストだと思うよ」

『だよね~』

 

 大槻先輩からTokyo Music Riseについて教えてもらった翌日、俺は虹夏ちゃんと電話をしていた。声を聴く限り、虹夏ちゃんも立ち直ったっぽいな。よかったよかった。姉貴も顔には出さないけど心配してたし。

 

 あと、幽々ちゃんから怖い話を聞いて一人でお風呂に入れなかった俺はSIDEROSのみんなとスーパー銭湯に行きました。もちろん俺は男湯だからね? でも、可愛い女の子達のお風呂上り姿が見れたのでラッキーでした。

 

『ありがとうね、レンくん。わざわざ調べてくれて』

「いや、俺の尊敬する先輩が教えてくれたんだ」

『……その尊敬する先輩ってさぁ───レンくんがチケットを売った人?』

「そうだよ」

 

 正確にはお金は取らなかったんだけどね。お世話になってるお礼兼Tokyo Music Riseや未確認ライオットの情報料として。

 

『それって……どんな人?』

「一昔前の深夜アニメを彷彿とさせるような古き良きツンデレ凄腕美声コミュ障ストイックギターボーカル」

『属性過多っ!! でも、レンくんが気に入りそうな子だねぇ』

「後藤さん並みのテクに喜多さんのレベルをMAXにした歌唱力を持っています」

『漫画の主人公かな?』

 

 事実なんだよね。しかも向上心の塊で常にナンバーワンを目指している。マジで大槻先輩って漫画の主人公染みてるな。

 

『Tokyo Music Riseについては、あたし個人では参加したいと思ってる。漠然と練習するよりも、目標があった方ががんばれるし、それも踏まえてみんなにも意見を聞いてみるよ』

 

 これが大槻先輩と虹夏ちゃんの違い。大槻先輩はこういうことをバンドメンバーに相談せずに「出るわよ!」って強権を発動して反感を買ってた頃があったからな。今はメンバー達に弄られてるし、だいぶ丸くなったけど。

 

「あとさ、虹夏ちゃん。聞きたいことがあるんだけど……」

『うん。何かな?』

「虹夏ちゃんの夢って───あれから変わってないんだよね?」

『……そうだね。お姉ちゃんの分まで有名なバンドになって───STARRYをもっともっと有名なライブハウスにする。あたしの夢は何も変わってないよ』

 

 虹夏ちゃんは、小学生の頃にお母さんを亡くしていた。お父さんは仕事が忙しくて、虹夏ちゃんにとっての一番の家族は星歌さんだった。

 

 虹夏ちゃんはお母さんを亡くして塞ぎ込み、一時期は学校に行かなくなりかけたらしい。そんな虹夏ちゃんを、星歌さんはライブハウスへ連れて行って、自分達のバンドの演奏を聴かせてあげた。

 

 ライブハウスで演奏する星歌さんは、虹夏ちゃんにとって、とても輝いて見えたんだ。……でも、実は虹夏ちゃんはバンドばっかりで自分と遊んでくれない星歌さんを見続けていたから、最初の頃はバンドなんて大嫌いで「将来は公務員になる!」って言ってたらしい。

 

 そして、星歌さんのバンドは一時期レーベルに声を掛けられるところまでいったんだけど、星歌さんはバンドを辞めることになるんだ。

 

 理由は───虹夏ちゃんのためにライブハウスを作ってあげるため。星歌さんは絶対そんなこと言わないけど。

 

 STARRYは、虹夏ちゃんにとって、星歌さんにとって、俺の語彙力では表現できないような特別な……本当に特別な場所。

 

 そんな特別な場所を有名にしたいっていう虹夏ちゃんの夢を、俺は純粋に応援している。

 

「じゃあさ、早い内にバンドの方向性をしっかり決めておいた方がいいんじゃないかな」

『……うん。そうだね』

「虹夏ちゃんの目指しているところと、姉貴の目指しているところは同じ。でも───」

『喜多ちゃんはリョウに憧れて、ぼっちちゃんはバンドを組むこと自体が夢だった』

 

 そう。姉貴と虹夏ちゃん、後藤さんと喜多さんの間にはバンドに対する思いや目標に対するモチベーションに差がある可能性があるんだ。

 

 そして、メンバー間のそういう意識の差は、バンド解散の原因に直結しかねない。

 

 「ただ楽しく学生バンドとして活動したいだけ」っていう人と「本気でメジャーデビューを目指す」っていう人が同じバンドに所属すると、その温度差が軋轢を生むことになる。

 

 だからこそ、結成して日が浅い今なら、()()()()()()()()今のうちにそこをはっきりさせておく必要があった。

 

 そして俺は「楽しく活動したいだけ」という考えを否定するつもりはない。むしろ健全な考えだと安心するくらいだ。だってそうでしょ? 本気でメジャーデビューを夢見て、それを叶えることができたバンドがどれだけいる? 夢半ばで散っていったバンドがどれだけいる?

 

 虹夏ちゃんが目指しているのは、そういう世界だ。

 

『今度のライブ……それが終わったらみんなで腹を割って話してみるよ。あたしの夢も、やりたいことも全部ぜーんぶ! 本音を話すっ!』

「うん。それが良いと思う。たとえ……どういう結果になったとしてもね」

『怖いこと言わないでよ~』

「だって、現実的に考えたら……ねえ?」

『そこはさぁ。可愛い幼馴染の夢を応援して「大丈夫。絶対叶えられるよ!」って背中を押すところじゃないの?』

「ごめんね虹夏ちゃん。俺、そういう根拠のない薄っぺらな励ましや綺麗ごとって嫌いなんだ」

『知ってるよ! レンくんが変にリアリストなことは知ってるよ! でもね、そういう言葉が欲しくなるときってあるじゃん』

「またぎゅーってしてよしよししてあげようか?」

『……いじわる』

 

 電話の向こうで虹夏ちゃんがわざとらしく不機嫌なリアクションをしているのがわかった。でも、本気で怒っているわけじゃない。俺が言ったことは、虹夏ちゃんだって理解できているし、話し合いの結果、結束バンドが解散することになる可能性も想像できるからだ。

 

『でも、珍しいね。レンくんがこういうことを言ってくるなんて』

「そうかな?」

『そうだよ。これまでも色々お手伝いしてくれたり、相談に乗ってくれたりっていうことはあったけど、レンくんが能動的に、あたし達のバンド活動にここまで関わろうとしたのって初めてじゃない?』

 

 言われてみれば確かにそうだ。俺は別にバンドメンバーじゃないし、ただ流れでSTARRYでバイトして、姉貴と虹夏ちゃんがバンドを結成して、後藤さんや喜多さんと知り合っただけ。

 

 もちろん純粋に応援しているし、虹夏ちゃん達には夢を叶えてほしいと思ってる。

 

 でも、俺がここまで彼女達に積極的に関わろうとしたのは……ああ、そうか。

 

 大槻先輩の影響だ。

 

 この一年間、大槻先輩の苦悩と努力を見てきた。何があっても妥協せず、真っ直ぐに進み続ける姿勢と、何よりも自分に厳しいところ、夢を叶えるために口先だけじゃなく実際に行動に移しているところ、その熱量に……俺はあてられていたんだ。

 

 そして、大槻先輩と───SIDEROSと結束バンドの差を思い知らされた。技術的なことじゃない。バンドとしての在り方という点で。

 

 だから俺は、こんなにも……焦りにも似た感情というか、衝動に突き動かされていたんだ。

 

「ごめん、生意気だったね」

『そんなことないよ。レンくんがあたし達のことを本気で考えてくれてるっていうのがわかって、すごく嬉しかったんだから。それに、あたしもバンドの方向性についてはちゃんと話したいって思ってたからね。きっかけをくれてありがとう!』

 

 虹夏ちゃんは本当にいい子。この子には絶対に夢を叶えてほしい。夢半ばで全てを諦めて涙を流す虹夏ちゃんなんて……俺は絶対に見たくない。

 

『レンくん』

「んー?」

『この前のことと……今日も電話してくれてありがとう。おかげで、良い状態でライブを迎えられそうだよ』

「どういたしまして。あのくらいでよければ、いつでもやってあげるから」

『えへへ。じゃあまたしんどくなったらお願いしちゃおっかなー♪』

 

 あんまり辛そうにしているところは見たくないんだけどな……。でも、虹夏ちゃんの夢を考えるなら、これから先、辛い現実に直面することなんていくらでもあるだろう。

 

 そういう時に、俺が彼女の支えになれる人間の一人であるなら、それでいい。

 

『あたし。レンくんのそーゆー優しいところ───大好きだよ』

「……よくそんな恥ずかしいことを堂々と言えるね」

『だってほんとのことだもん』

 

 そうやって数多の男を勘違いさせてきたんでしょうが! 下高の男子達は大丈夫だろうか……。手遅れか。南無。

 

「とにかく、今度のライブ楽しみにしてるから」

『照れたんか? おねーさんの「大好き」って言葉に照れたんか? お? お? 愛いヤツよのぉ~』

「この前のこと……バラしてもええんやで?」

『君もただでは済まないよ?』

 

 それから少しの間、くだらない雑談をして俺は電話を切った。とりあえず、用件は終了。虹夏ちゃんのメンタルも回復してたし、バンドの今後についても話し合う予定を立てた。あとはライブを迎えるだけ。

 

 そこでスマホが振動し、ロインの通知が入る。

 

 誰からだろ。

 

───今度のライブのMCってどんな感じでやればいいと思う?

 

 喜多さんからのロインだった。さーてどう返事をしようかな……

 

 そう考えていると、部屋のドアがコンコンとノックされる。そして、俺が返事をする前にドアが開いた。ノックした意味!!

 

「レン、電話終わった?」

「終わった」

「……そう」

「虹夏ちゃんは元気になったから、安心して」

「いや、そこは別に心配してない」

 

 嘘つけ。

 

「それよりも、レン。……大変なことになった」

「絶対大変じゃない」

「お腹空いた。焼きそば食べたい」

 

 何で焼きそばなんだよ。美味しい焼きそばの作り方動画でも観てたんか?

 

「オーチューブで美味しい焼きそばの作り方動画観てた。そのせいでお口が焼きそばの気分。もう耐えられない。作って作って作って作って作って……」

「うるせー! 縋りついてくんな! 作ってやるから離れろ鬱陶しい!」

「さすが神様仏様レン様」

「イカの姿フライは?」

「買ってきた」

「ならばヨシ!」

 

 俺も腹減ったし、昼飯にはちょうどいいな。

 

 俺は喜多さんへの返信内容を考えながらキッチンへと向かう。姉貴は案の定作る手伝いは全くしないで、五歳児みたいに俺の間近で作っている様子をじーっと観察していた。

 

「うまうま」

「口の周り汚れ過ぎだろ」

 

 大変美味しい焼きそばができました。

 

 そして、ゴールデンウィークの残りは姉貴とぐだぐだ映画を観たり、姉貴の宿題を手伝ったり、自分用の動画撮影をしたりと充実した時間を過ごしました。

 

 入学したばっかの高一に高二の宿題を手伝わせるってどうなん?

 

 

 

 

 そして、いよいよ五月九日を迎える。

 

「……なんだ? お前ら意外と落ち着いてんな」

 

 STARRYにやってきた四人を見て、星歌さんはポツリとそう言った。

 

「この前路上ライブやったからね~。あの時ほどは緊張しないかな」

「私はいつもと変わらない」

「路上と違って音が反響するからやりやすいですし。ねえ、ひとりちゃん!」

「あ、はい(な、なんでみんなそんなに平気そうなの? き、きききき緊張で心臓が飛び出そうなんだけど……)」

 

 後藤さんを除く三人は思ったよりもリラックスしていた。後藤さんは……うん。君はとりあえずしばらくはこの調子だろうね。これに関しては場数を踏んで慣れていくしかないよ。

 

「はい、後藤さん。温かい梅昆布茶。落ち着くよ」

「あ、ありがとうございます……」

「レンくんそんなもの持ってきてたの!?」

「家にあったから淹れてきた。みんなも飲む?」

 

 俺が尋ねると飲みたいとのことだったので、星歌さんを含めたみんなの分を用意しする。ライブハウスの一角で、温かい梅昆布茶を飲みながらほっと一息。

 

「シュールな光景だね」

「レンくんが発起人でしょ!?」

「でも、落ち着きますよ。おばあちゃん家に行ったみたいな気分です」

「実家のような安心感」

「お、美味しいです……(これからライブ前は絶対梅昆布茶を用意しよう)」

 

 こういう緊張感との向き合い方は人それぞれだ。最後まで楽器の手入れに余念のない人や、心を落ち着かせる音楽を聴く人、目を閉じて瞑想する人。ルーティーンとして何かしらの方法を確立しておくに越したことはない。

 

「レン、お茶請けは?」

「いちご大福。抜かりはない」

「しのびねえな」

「かまわんよ」

「この山田姉弟……」

 

 虹夏ちゃんが呆れたように呟いた。

 

 母さんに言って買ってきてもらったちょっとお高いいちご大福。甘いあんこといちごの酸味のバランスがとてもいいですね。

 

 しばらくお茶と和菓子で和んでいると、チケット販売の時間になりチラホラとお客さんがライブハウス内に入ってくる。

 

「虹夏ちゃーん。きたよー!」

「ありがとう! 楽しんでいってね~」

「山田さんもがんばって」

「うん」

「もしかして、隣にいるのって……山田さんの……」

「私の弟」

「そうなんだ~! よく似てるね~」

「び、美形姉弟……。こんなの反則でしょ……」

「どうも、ウチの姉貴がいつもご迷惑をおかけしております。いらんことしてたらどつき回してもらって結構なので」

 

 虹夏ちゃんの友達兼姉貴のクラスメイトが五人ほどやってくる。姉貴も一応クラスメイトと会話くらいはできるんだな。ほんとに必要最低限だけど。

 

「喜多ちゃーん。やっほー!」

「喜多~。ヒップホップ好きのウチをわざわざ呼んだんだからそれなりのもの見せろよ~?」

 

 続いて喜多さんの友達が数名。さすがに男子は呼んでないのか。

 

 喜多さんと虹夏ちゃんが女子高生らしいきゃっきゃとした交流をしている中で、後藤さんは人見知りを全開で発動し、メタモンのような顔になって心を閉ざしていた。……うん。これから少しずつ慣れていこうね。

 

「あれ? そっちにいるのは噂の山田くん?」

「さっつー。レンくんのこと知ってるの?」

「五組に結構来てるじゃん。それに、喜多と仲の良いイケメンが噂にならないはずがない」

 

 さっつーと呼ばれたオリーブグリーンの髪色をした女の子。確かこの子、喜多さんとよく話してる子だよな。五組で見覚えがある。

 

「ども。一年二組の山田レンです。お互い顔は知ってるよね?」

「そだね。ウチは佐々木次子。喜多とは腐れ縁で中学からずっと同じクラスなんだ」

「へー。喜多さんにそんなお友達が……そういやさっき、ヒップホップが好きって言ってたよね」

「そーそー。普段ロックは聴かないんだけど、喜多にどうしてもってお願いされちゃってね」

「ヒップホップか。一時期姉貴にドレイクの物真似を無理矢理仕込まれてたんだよな……」

「どんな姉弟だよ。ウケるわ」

「そこの無表情女が俺の姉貴」

「よろ」

「めっちゃ顔似てる。さらにウケるわ」

 

 佐々木さんって結構話しやすい子だな。サバサバしてるし。でも喜多さんの友達って割には女子高生全開って雰囲気じゃない。

 

「で、こっちにいるのが俺と同じクラスの後藤さん。ほーら後藤さーん。喜多さんのお友達の佐々木さんだよー。そろそろ帰っておいでー」

「どんな声のかけ方だよ。ほんと面白いねあんた」

 

 いや、後藤さんの方がもっと面白い。

 

「あ、あ、あ……?」

「おはよう後藤さん。佐々木さんにあいさつしようか」

「あぶぇ!? さ、ささささささん!? (し、知らないうちに知らない人がたくさん増えてる! い、いつの間に……。す、STARRYは床から人間が生えてくるSAN値直葬スポットだった!?)」

「何個『さ』って言うんだよ。ウチは佐々木次子。よろしくね、噂の後藤さん」

「あ、えぁ……ご、後藤ひとりでしゅ……(だ、誰だろう、この綺麗な人。も、もしかして山田くんの彼女!?)」

「佐々木さん、噂って何?」

「ん? ああ、喜多が言ってたんだよ。ものすごくギターが上手い友達がいるって。だからさ、ウチが来た目的の半分はあんたなんだよ。ごとー」

「わ、私が……私だけが目的……えへへ。あ、サインいりますか? (や、山田くんの彼女じゃなかったんだね)」

「なんで解釈の仕方が極端なわけ?」

「佐々木さん。これがロックなんだ」

「……ウチ、ロックを舐めてたよ」

 

 喜多さんのお友達である佐々木さんと仲良くなりました。後藤さんも佐々木さんとは普通に会話できてるし、新しいお友達候補だね。うんうん。こうやって少しずつ人の輪を広げていこうか。

 

「ひとりちゃーん!」

「あ、喜多ちゃんと山田くんもいる~!」

 

 佐々木さんと話していると、今度は俺と後藤さんのクラスメイトがやってきた。後藤さんがクラスでまともに会話ができる二人の女子。俺を除けばこの二人がクラスの中では後藤さんと一番仲が良い。

 

「あ、こ、こんにちは……ほ、本日はお足元が悪い中お越しいただき……」

「あはは。今日は晴れだよひとりちゃん」

「後藤さん。何を演奏するかは今日まで内緒だったから知らないけど、楽しみにしてるからね!」

「は、はい……。あ、ドリンクはあそこで交換できるので……」

「ありがとう。行ってくるね~」

「一番前で応援するからね。がんばって!」

「あ、ほ、ほどほどの距離からでお願いします」

 

 後藤さんの反応にクラスメイト二人と佐々木さんが噴き出した。クラスメイトは後藤さんがこういう子だっていうのを理解しているからこその反応だけど……

 

「佐々木さん、素質あるよ」

「何の?」

 

 後藤ひとり検定三級の。

 

「ごとーってもしかして……かなり面白い?」

「……佐々木さん、STARRYでバイトしよう」

(や、山田くんって髪が短い子の方が好きなのかな?)

 

 勧誘したけど残念ながら佐々木さんにバイトを断られてしまいました。でも、後藤さんのお友達候補としてこれから積極的に絡んでいこうと思います。個人的にも、佐々木さんのこと気に入ったしね。

 

「もう結構混み始めてるね」

「ほんとだ。あ、結束バンドのみんなはあそこにいるよ」

「おーい、ひとりちゃーん!」

 

 続いてこの前の路上ライブでチケットを買ってくれた女子大生の二人がやってきた。名前を聞きそびれたので、勝手に俺達の間では「一号さん」「二号さん」って呼んでる。……よく考えたらめっちゃ失礼だな。あとで名前聞いておこう。

 

「みんな、これ差し入れね。何を持ってきたらいいかわからなかったから……とりあえず飲み物を買ってきたよ」

「わぁ~、ありがとうございます! 虹夏先輩、なんだかバンドマンっぽいですよ私達!」

「喜多ちゃん、バンドマンだからね?」

 

 結束バンド目当てのお客さんが意外と多くてびっくり。十人以上は集まったよな。しかも今回は路上じゃなくてちゃんとチケットを買ってもらったし。……欲を言えば、オリジナル曲で勝負したかったな。まあ、それは次回までの課題ということで。

 

「へ~。なんだかんだ盛り上がりそうじゃん。正直、もっとお通夜みたいになると思ってた」

「佐々木さん、オブラートって知ってる?」

「ウチ、そういう回りくどいのあんまり好きくない」

「君も言葉のナイフでナチュラルに人の心を抉るタイプの人間か……」

「喜多と一緒にされたら困る」

「……喜多さんがバンドに入った理由聞いた?」

「聞いた聞いた。昔からそうだったけど、喜多ってやっぱヤベーヤツだわ」

「ちょっと中学時代の喜多さんについて詳しく……」

「いいよ。あれは中二の秋だったかな───」

 

 俺が佐々木さんと談笑していると、後藤さんがしょぼーんとした表情で俺を見ていたので、後藤さんも交えて三人で会話する。ヒップホップについては後藤さんも一時期聴いていた時期があったらしく「ゴトラップ」を披露してくれようとしたけど、ものすごく嫌な予感がしたので丁重にお断りしておいた。

 

 ライブ前にド滑りしてメンタルがやられそうな気配を察知したので。佐々木さんは見たがってたけど……それは学校で、尚且つ人がいないところでやってね。

 

「おとーさん、おかーさん、見て見てー! おねーちゃんの周りに人がたくさんいるよー!」

 

 このライブハウスには似つかない、幼い声が響き渡った。入口の方へ視線を向けると、肩より少し上で切り揃えられた桃色の髪に青い瞳をした五歳くらいの少女がいた。

 

「あら本当ね~。ひとりちゃんったらいつの間にあんなにたくさんのお友達が……」

「ほらな、母さん。言った通りだろ? 音楽は人と人とを繋ぐんだよ!」

 

 後藤一家のご登場です。後藤ママは娘二人と同じく桃色の髪で後藤パパは薄紫色の髪で前髪が長く、目が隠れている。……うーん、普通のご両親っぽいけどな。妹ちゃんも活発そうだし。

 

「はじめまして。店長の伊地知星歌です。今日はありがとうございます」

「店長さんですか? いつもひとりちゃんがお世話になってます~」

「いえいえ。ぼ……ひとりちゃんはいつもバイトもバンド活動もがんばっていますよ」

「あの子に接客のバイトなんてできるか不安で不安で仕方なかったんですけど、最近は楽しそうで───」

 

 星歌さんと後藤ママが話している横をすり抜け、妹ちゃんがこっちへ……正確には後藤さんの方へ駆け寄ってくる。

 

「お姉ちゃん。ほんとにお友達いたんだね~」

「い、いきなりなんてこと言うの、ふたり!」

 

 ライブ前で緊張している姉にかける最初の一言がそれ!? こ、子供って純粋故に怖い……。それに、後藤さんってそんなに大きい声を出せたんだね。あとさ、聞き間違いかと思うけど……今、この子のこと「ふたり」って呼んだ? ち、違うよね?

 

「この子がぼっちちゃんの妹か~。こんにちは。伊地知虹夏です。お名前教えてくれるかな~?」

「後藤ふたり、五歳です! お姉ちゃんがいつもお世話になってます!」

「ちゃんと自分のお名前言えて偉いね~」

「可愛い~! 私は喜多郁代。喜多ちゃんって呼んでね!」

「虹夏ちゃんと喜多ちゃん! ふたり、覚えた!」

 

 聞き間違いじゃなかったーっ!! 後藤ひとりちゃんの妹は後藤ふたりちゃんでしたーっ!! 人様の……人様の家庭事情にあんまり口を出すのは良くないけど……絶対ノリで名前つけたろ!?

 

「山田山田ー。三人目ができたらどうなると思う?」

「三人って書いて、みつと?」

「ふつーにありえそうでウケる」

 

 女の子だったら……みつり、とか? でもこれだと鬼滅の刃の乳柱と同じ名前になっちゃうよ……。

 

「私は山田リョウ。人は敬意を表して私のことを『世界のYAMADA』と呼ぶ」

「せかいのやまだ……なんかかっこいい!!」

「嘘ばっか教えんな姉貴!」

 

 俺がそう言うとふたりちゃんが俺の方へ振り返る。そして、俺と姉貴の顔を交互に見比べていた。

 

「お兄ちゃん?」

「違う。あれは弟。世間では『日本のYAMADA』と呼ばれている」

「スケールが小さくなった!? 違うからねふたりちゃん! 俺の名前は山田レン。君のお姉ちゃんのお友達だよ~」

 

 俺はしゃがんでふたりちゃんと目線を合わせてそう言った。するとふたりちゃんは、今度は後藤さんと俺の顔を交互に見比べている。……なんで?

 

「うそだー! お姉ちゃんにこんなかっこいい男の子のお友達がいるはずないもん!」

 

 あ、後ろで佐々木さんが噴き出してる。ほんとに子供って残酷ね! ううっ……でも、悪気はない。悪気はないんだ。ふたりちゃんは家での後藤さんや中学校時代の後藤さんをよーく知ってる。だからそんな風に考えちゃったんだね。……涙が出ますよ。

 

「嘘じゃないよ。俺はひとりお姉ちゃんのお友達だから。俺が高校に入って、最初にできたお友達がひとりお姉ちゃんなんだよ?」

「ふごっ!?」

「あ、ごとーが口から緑色の汁を垂れ流して気絶した」

 

 なんで!? あ……俺が「ひとりお姉ちゃん」って呼んじゃったからか。だって仕方ないじゃん。ふたりちゃんにわかりやすく説明するにはこうするしかなかったんだから。

 

「ほんとーに?」

「ほんとーに」

「……ふーん?」

 

 ふたりちゃんが疑わし気に俺の顔をじーっと見てくる。

 

「飴ちゃん食べる?」

「食べるー! レンくんありがとーっ!」

 

 俺が飴をあげるとふたりちゃんは満面の笑みを浮かべてお礼を言って、後藤パパのところへ走って行った。あぁ^~可愛い。癒される~。俺の庇護欲センサーと甘やかしセンサーが爆裂に反応しちゃってる~。

 

「おとーさーん! お姉ちゃんの男に飴ちゃんもらったー!」

 

 こらーーーーーっ!! なんてこと言うのふたりちゃん!? あと佐々木さんもさあ!! 爆笑してないでフォローとかするつもりないの!?

 

「ふ、ふたり……お父さんに詳しく教えてくれるかな?」

「あそこにいるレンくんっていうかっこいい男の子が……お姉ちゃんの初めてで……」

 

 待て待て待て!! 確かに俺は!! 後藤さんにとって初めてのお友達かもしんないけど……その言い方は……その言い方は新たな誤解を生んじゃうよ!?

 

 状況が……状況がカオスすぎる……。おかしいな。今からライブなんだよね? 緊張感とかピリピリした雰囲気とかライブハウスのダークな感じとか全部どっかいっちゃったよね?

 

 くそっ! と、とにかく……とにかくこのカオスな状況を何とか打破せねば……!!

 

 俺がそう考えて後藤パパのところへ向かおうとした時だった。ライブハウス入り口の扉が勢いよく開く。

 

 

 

 

「へいへーい! きくりお姉さんの登場だぞ~! 私に声をかけなかった薄情者の山田少年はどこだ~!?」

「ね、姐さん……! ま、待ってください!」

 

 ……俺もう帰っていい? 





 ライブが終わりませんでした。
 色んなキャラと会話させるのは楽しいけど話が進まない不具合。

 佐々木さんも一年くらいの早めに登場してぼっちちゃんのお友達になってもらいます。ぼっちちゃんに優しい世界。

 山田の背中を見て育ち、虹夏に英才教育を施され、ヨヨコの影響を大きく受けたレンくんのやっていることが介護RTAというね。





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#15 メーデー

 一度冷静に状況を整理しよう。

 

・気絶している後藤さん

・俺に熱い視線を向けてくる後藤パパ

・フォローする気のない佐々木さん

・しいたけみたいな目で俺を見てくるキタキタオーラ全開の喜多さん

・現状を理解しようとしている虹夏ちゃん

・この状況を全力で楽しんでいる姉貴

・廣井きくり

・みんな大好き大槻先輩

 

 ……問題が多すぎる。とはいえ放置してても状況は好転しないので、優先順位が高いものから対処していこうと思います。

 

 まず後藤さん。彼女については一旦放置。無害だしこの状況に巻き込まない方が幸せだと思うから。個人的にはすぐにでもお世話してあげたいけど……泣く泣く放置。

 

 続いて結束バンドの面々。これに関しては一言で全員を動かせる言霊を思いついたから問題なし。

 

 ニヤニヤしながら「山田ー。呼ばれてるよー」と言っている佐々木さん。喜多さんの友達やってるだけはあるな! 放置。

 

 後藤パパ。ふたりちゃんが言葉足らずであらぬ誤解が生じているけど……でも、五歳児の言うことをそのまま鵜呑みにするとは思えない。あとでしっかり挨拶して誤解を解けば問題ないので緊急性は比較的低いはず。

 

 もしも、ふたりちゃんが全て計算済みで言葉の意味も理解しているとしたら末恐ろしい。虹夏ちゃんなんて足元にも及ばない立派な悪女へと成長してしまうでしょう。

 

 大槻先輩。今日は髪を下ろして眼鏡をかけています。服装もライブで着るような衣装ではなく普通の女子高生らしい私服です。可愛い。眼福。……ふぅ、大槻先輩を見ると安心するね。

 

 廣井きくり。最優先対象。理由? そんなもん一目瞭然でしょ。

 

「レンくん? あの人、知り合い?」

「あれはSICKHACKのベースボーカルにしてリーダーの廣井きくり。私とレンは何回かライブを観に行ったことがある。でも、レンがどうやって知り合ったかは不明。でもレンだからどこで知り合っててもおかしくない」

 

 虹夏ちゃんの問いに姉貴が饒舌になりながら答えた。そりゃあ姉貴は気付くよな。正直、知り合ったのは完全に偶然だし。大槻先輩に新宿FOLTに連れて行かれなかったら知り合うこともなかっただろうし。

 

 もしやこのカオスの原因は大槻先輩なのでは? 先輩には責任を取ってもらわないといけないですねぇ。

 

「じゃあ、あの後ろにいる子は?」

「それは私も知らん」

「あれが俺の尊敬する先輩」

「あー……レンくんがチケットをあげた」

 

 大槻先輩は「お忍びで来たい」って言ってたから結束バンドのメンバーにも詳細は話してないけど……廣井さんと一緒に来た時点でお忍びもクソもないよね。

 

「それより虹夏ちゃん。そろそろライブの準備したらどう?」

「あ、ほんとだ。結構いい時間だね。みんな、楽屋に行くよー!」

「虹夏先輩! ひとりちゃんが目を開けたまま緑色の汁を口から垂れ流して気絶してます!」

「溶けてないからヨシ!」

 

 虹夏ちゃんの指示の下、結束バンドは移動を始める。姉貴はこの状況をもうちょっと観察したかったみたいだけど、ライブが始まるので渋々他のみんなに付いて行った。これで問題を一つ解決。

 

 さてさて、廣井さんの対処に向かいますか。

 

「こんにちは廣井さん。わざわざ来てくださってありがとうございます」

「おいお~い、山田少ね~ん! 大槻ちゃんにだけ声をかけて私には何も言わないって冷たいんじゃないの~?」

 

 今日も今日とてパック酒を飲みながら酒臭い廣井さん。美人なのにもったいない。あなたに声をかけなかったのはそれが理由ですよ。誰が好き好んでトラブルの原因になりそうな酔っ払いを招待するんですか。

 

「この前新宿FOLTに行ったときは、SICKHACKのみなさんが遠征に行っていたので声をかけられなかったんですよ」

「でもロインで連絡してくれてもよかったじゃ~ん」

「そうしようとも考えたんですけど……でも、俺が推してる結束バンドはまだカバーしかできないですから。せっかくならオリジナル曲が完成したときに来てもらおうと思って」

 

 嘘である。たとえオリジナル曲ができてもこっちから声をかけるつもりなんて微塵もなかった。……勝手に来る分にはどうしようもないけど。それにできるなら志麻さんかイライザさんに来てほしかった!

 

「大槻ちゃんにはチケットあげてたのに?」

「先輩には色々お世話になってますからね。貴重なアドバイスや情報を貰ってますから、そのお礼です」

「う、う~ん……」

「ほら、そろそろ先輩である星歌さんにあいさつしたらどうですか?」

 

 必殺丸投げ!! バイトの手に負えない事態になったら責任者に投げるのは普通だもんね。仕方ないね。

 

「そうだったそうだった! せんぱ~い! 可愛い可愛い後輩であるきくりちゃんが来ましたよ~!」

「酒臭っ! 抱き着いて来ようとすんな! お前、レンと知り合いだったのか?」

「この前ライブハウスに来てくれて~」

 

 これで解決したな、ヨシ! 我ながら見事な手腕で全てのトラブルに華麗に対処したと言えるでしょう。

 

 後藤家? ら、ライブが終わったらちゃんとご挨拶に伺いますので。

 

「大槻先輩」

「な、なに……?」

 

 俺が声をかけると大槻先輩が挙動不審気味に返事をする。初めての場所で緊張してるのかな? いや、それもあるけどもっと大きな理由として「廣井さんを連れてきてしまった」ことに責任を感じてるんだろうな。

 

「……廣井さんがウザ絡みして無理矢理ついてきたんでしょ? 先輩が責任感じる必要はないですよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「そんな落ち込んだ顔しないでください。せっかく来てくれたんだから楽しみましょうよ。あ、ドリンクは何がいいですか? 俺が持ってきますから」

「……コーラ」

「わかりました。じゃあ、ちょっと待っててください」

「……私も一緒に行く」

 

 そう言って大槻先輩は俺の後ろにぴったりとくっついて来る。なんか今日の大槻先輩はしおらしいな。いつもの強引な感じがないというか。……そうか。後藤さんと同じで人見知りを発動してるのか。大槻先輩は後藤さんとはタイプの違うアクティブぼっちだからな。

 

「はい、どうぞ。コーラです」

「ありがと」

「前の方で観ます?」

「……ここでいいわ。十分わかるもの」

 

 前の方には結束バンドメンバーのお友達と一号さん、二号さんが大集合している。あの中に大槻先輩を突っ込むのは残酷過ぎる。

 

 それに先輩は無言で俺をじっと見つめて「どこにも行くな」って顔してるし。なんなら俺の服の袖を掴んでるし。完全に借りてきた猫状態だった。

 

「今日は眼鏡をかけてるんですね」

「お忍びだから」

 

 誰かさんのせいで全然忍べてないけど。そして俺は、まだ挙動不審になっている大槻先輩の緊張をほぐすために、彼女の眼鏡を取って自分にかけてみる。

 

「あ、ちょっと……!」

「どうです大槻先輩。これで俺も少しは知的に見えますか?」

 

 大槻先輩がぼーっと俺の顔を見ていたかと思うと、急にハッとした表情になってブンブン頭を振って我に返る。

 

「……返しなさい」

「さては普段見ないクールで知的な眼鏡姿の俺に見惚れてましたね?」

「返しな……さいっ!」

 

 大槻先輩は顔を赤くしながら俺から眼鏡を奪い返してかけ直す。これでちょっとは緊張がほぐれたかな。

 

「その恰好でライブするのもいいんじゃないですか?」

「メタル要素が薄れちゃうでしょ!」

「えー。新鮮で良いと思いますけどね。一見おとなしそうに見える少女から繰り出される神テクメタルってギャップありますよ?」

「そんな小細工しなくても、私は正々堂々勝負するわ」

「……そうですか、ちょっと残念」

 

 観たかった。眼鏡清楚な大槻先輩がステージに立ってる姿を観たかった。

 

「この恰好、そんなに気に入った?」

「いつもは結構活発な印象の服が多いですけど、今日は髪型も服装も落ち着いた雰囲気じゃないですか。男はみんなそういうギャップに弱いんです。もちろん俺も例に漏れません」

「そ、そう?」

 

 あ、ちょっと嬉しそう。

 

「ま、まあ? ライブでこの恰好は無理だけど? あ、あなたと会う時くらいは……た、たまにならしてあげてもいいわよ? たまになら、ね?」

 

 大槻先輩はそっぽを向きながら恥ずかしそうにそう言った。可愛すぎませんか、この生き物。

 

 でも、すっげーコテコテのツンデレ台詞。三十歳くらいのおじさんが懐かしさで涙流してそう。

 

「あ、そろそろ始まりますね」

「……あなたが推すギタリスト。その実力をしっかり拝ませてもらうわ」

 

 俺もしっかりカメラに収めさせてもらいましょう。そう考えながら俺は自分のビデオカメラを用意するのだった。

 

 

 

 

「みなさんこんばんはー! 結束バンドでーす! 実はつい先日路上ライブをやったばかりで、その時に私達を知ってくれた方は二度目ましてでーす! でも、こうやってライブハウスで演奏するのは初めてなので緊張してますが、みなさんに少しでも楽しんでもらえるよう精一杯がんばりまーす!」

 

 MCの子、初めてのライブハウスの割にハキハキ喋るわね。……圧倒的な陽のオーラ。さぞかし友達がたくさんいるんでしょうね!! っと、いけないいけない。なんてところに嫉妬してるのよ私。友達っていうのはね、数じゃなくて絆の深さなの!

 

 私にだって、隣に自慢の友達がいるんだから!

 

 私はそう思って隣を見ると、山田は授業参観に来た保護者のような顔つきでカメラを回していた。……相変わらずね。

 

「それとー……結束バンドっていう名前ですが、エゴサが全く機能しないので近々改名するかもしれませーん! なので別にバンド名は覚えてもらわなくても結構でーす! むしろ良いバンド名があったら教えてくださーい! それでは一曲目行きます!」

 

 いやどんな曲の入り方よ!? 確かに結束バンドってバンド名はネタに全振りしてるけど……それを本人達が言っちゃうの!? というか、誰がそんなバンド名にしたのよ!?

 

「喜多さん、打ち合わせ通りにできてるな」

「あなたが元凶だったの!?」

「元凶……というか、喜多さん───ボーカルの子にMCについて相談されたから一緒に考えただけで……」

「そういうのって普通メンバーと相談するものじゃない!?」

「虹夏ちゃん……ドラムの子と相談してたみたいなんですが、そのネタがあまりにもつまらなさ過ぎて会場冷え冷えお通夜ライブにしかならないと思ったので仕方なく……」

「あなたがそこまで言うなら逆に観てみたかったわよ」

「共感性羞恥心で死にますよ?」

「そこまで!?」

「……先輩のツッコミ、全部録音されちゃってますからね?」

「あっ……け、消しなさい!!」

「演奏始まってるのに無理ですよ」

 

 ぐぎぎぎぎっ!! お、落ち着きなさい大槻ヨヨコ。私は一体ここに何をしに来た? 山田が推しているギタリストの実力を測りにきたのでしょう。それ以外のことはすべて雑事……忘れなさい。演奏に集中しないとね。

 

 一曲目は、誰もが知っている有名バンドの代表曲だけあって、あの子達目当てで来たお客さんは割といい反応してるわね。でも、演奏のレベルははっきりいって低い。よくある高校生バンド。その域を出ないわね。

 

 期待していたギターも……山田が推すほどの実力は感じない。ソロだと圧倒的って話だったけど、バンドとしてなら、今のギターのレベルは平均よりも遥かに下ね。

 

 むしろベースの子……彼の姉の方がよく目立っているわ。学生にしては……いや、学生レベルではないわね。ちょっと自分の世界に入り込みがちなのが気になるけど、そこを改善できれば一気に伸びてくるわ。

 

 ドラムの子は周りに合わせようとし過ぎ。典型的な個性のないドラマー。あれが山田の幼馴染で、山田をこんな男に育て上げた女か……。

 

 ボーカルの子は……きっとカラオケは上手なのでしょうね。でも、ライブやレコーディングとカラオケは全くの別物。音程が合っていれば良いってものじゃない。そもそも、腹式呼吸をちゃんと使えてないわね。あれじゃあ声が演奏にかき消されても仕方ないわ。

 

 マイナスの面ばかりが目に付いてしまう。これは私の悪い癖だ。でも、どれも紛れもない事実。本人達にも自覚はあるのでしょうけど……果たしてそれを厳しく指摘できる人間がいるのかしらね。

 

 だけど……この子達、本当に楽しそう。

 

 楽しい()()では絶対に上を目指すことなんてできない。それを私は嫌というほどわかっている。でも、()()()()()()()()()()()()上を目指すことなんてできないわ。

 

 その点だけは合格。その点だけはね。あとはぜーんぶ落第点。少なくとも、現時点では私達SIDEROSのライバルにはなりそうにないわね。同世代の都内のバンドだとやっぱり、ケモノリアくらいかしら。

 

「一曲目、BUMP OF CHICKENで『天体観測』でしたー!」

 

 盛り上がっているのは前の方にいる結束バンド目当てのお客さんだけ。他のバンド目当ての人達の反応は……まあ、こんなもんよね。このレベルの演奏じゃあ、彼らを惹きつけることなんてできないもの。

 

 でもこの子達……冷ややかな反応をしているお客さんがたくさんいるのに全然へこたれないわね。ふーん? 前の路上ライブでそういうのは経験済みってこと?

 

「ここからが本番ですよ。大槻先輩」

「本番?」

「彼女の本気が見れます」

 

 山田はそう言って、小さな子供のように表情を輝かせる。……何よその顔。初めて私の演奏を観た時と同じじゃない。

 

 あなたは───私以外の相手にも……そんな表情を向けるわけ?

 

 ……悔しいわ。ちょっとだけ。

 

 だけど、その悔しさは

 

 彼女の演奏によって呆気なく砕かれるのだった。

 

 彼女がソロで演奏していた時間は、およそ八秒……人によってはたった八秒と思うだろう。

 

 だけど、違う。()()()なんてものじゃない。

 

 本物の───一流のギタリストには、会場の空気を一変させるのに、八秒()必要ない。

 

 有名バンドの、私も知っているギターイントロ……私も、練習の一環で弾いたことのあるギターイントロ……。弾いたのが数年前のこととはいえ、あの少女は……当時の私よりも遥かにレベルの高い演奏をしている。

 

 この瞬間を、何度見てきただろうか。

 

 たった一人の圧倒的な演奏に、空気が震えるこの瞬間を───

 

 ああ、そうか。

 

 認めよう。

 

 彼女は確かに……()()()()()側の人間だ。

 

 決して才能だけではない。人並外れた努力を、血の滲むような努力を繰り返してきたのだろう。私にはわかる。

 

 だって私も……同じだから。

 

 気付けば、私も彼女の演奏の虜になっていた。それを自覚したのは、二曲目が終わった後のこと。

 

「……名前は?」

「え?」

「あの子……彼女の名前」

 

 悔しさはある。山田の言う通り、彼女には人の心を動かす力があった。そして、悔しさと同時にそれと同じくらいの尊敬の念を抱いてしまったのだ。

 

「ひとり───後藤ひとり。それが彼女の名前です」

「……そう。後藤ひとり、ね」

 

 噛み締めるように、私は彼女の名前を呼んでみる。

 

 知らぬ間に三曲目が始まって、会場の盛り上がりもどんどん熱を帯びていく。

 

 悔しい……悔しい……本当に悔しい……

 

 彼にこんな表情をさせていることも……彼女が私と同じかそれ以上の実力を持っていることも……

 

 それに何より

 

 私が……この私が───同世代で、自分以外のギタリストを初めて格好良いと思ってしまったことに。

 

 三曲目が終わり、会場は拍手喝采に包まれていた。私も、彼も、彼女達に敬意を表して拍手する。

 

 技術だけなら、彼女達よりレベルの高いバンドは都内だけでも無数に存在する。

 

 でも、彼女達からはそれらを全部はねのけてしまいかねない「何か」を感じた。

 

「山田」

「はい」

 

 私は彼の名を呼ぶ。……なんでちょっと涙声になってんのよ?

 

「誘ってくれてありがとう。今日、あの子達の演奏を観れてよかったわ」

「……どういたしまして」

 

 鼻がズーズー鳴ってない!? 私が珍しく素直にお礼を言った貴重な場面なのに鼻水垂れそうってどういうことよ!? カメラ回しながら涙も流してるし。どんだけ感動してるのよ!!

 

 ああ、もう! 世話が焼けるわね。ほら、涙拭いてあげる。

 

「ありがとうございばず……」

 

 締まらないわね……。ポケットティッシュあげるから、鼻かみなさい。せっかくの綺麗な顔が台無しよ?

 

 ……まったく。いつもはもうちょっと頼りになるくせに。

 

 でも、そうやってあなたに甘えられるのも悪くな───

 

「山田少年! 山田少年! 山田しょうね~~~~~ん!!」

 

 き、きくり姐さんがいきなり飛び込んできた!? いやむしろ山田に抱き着こうと……したけど腕を伸ばした山田にガッツリ頭を掴まれてるわね。

 

「山田少年! あれ誰!? あの子……あのギターの子!! そんじょそこらのギタリストじゃない!! 学生バンド……いや、インディーズにもそういるレベルじゃないよあの子は!!」

 

 つまり、メジャー……プロに匹敵するって姐さんは思っているのね。わ、私だって実力は引けを取りませんよっ!

 

「彼女は後藤ひとりさん。バンド内では親しみを込めて『ぼっちちゃん』と呼ばれています」

「それ絶対いじめでしょ!? 何!? 結束バンドっていうのは名前だけで実情は女の醜いドロドロした争いが勃発しているギスギスバンドだったの!?」

「そんなわけないでしょ大槻先輩。後藤さんは『ぼっち』というあだ名に喜びを感じているんです」

「どこの世界にそんなあだ名で喜ぶ人間がいるのよ!?」

「一ヶ月前の俺と全く同じ反応をありがとうございます。俺達仲良しですね」

 

 そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あなたが推してるバンドだから安心してたけど……も、もしかして争いの原因ってあなた!? あ、ありえる……山田って顔も性格も良いし背も高いっていうモテ要素の塊。そんなのが近くにいたらバンドメンバー全員で取り合っててもおかしくないわ。

 

 ま、まさか山田はそんなハーレムな状況を心地よく感じてて「誰も傷つけたくない」とかほざいて全員に曖昧な態度を取り続けるクズ野郎だったの!?

 

「もしかして大槻先輩。俺がクズ野郎って思ってます?」

「な、なんでわかるのよ!?」

「顔を見ればわかりますって」

「あはは~。大槻ちゃんってばわかりやす~い」

 

 ね、姐さんまでっ! それに山田……こういう時にも察しの良さを発揮するなんて……!

 

「あのですね。後藤さんって、ものすごく内気で人見知りなんですよ。だから中学校までは親しい友人がいなくて、バンドを組むことが夢だったのにずっと叶えられなかったんです。で、高校に入って夢が叶って……『ぼっち』っていうあだ名は、人生で初めてつけられたあだ名だったんです」

「うぅ……その気持ち、わかる……。私もわかるよぼっちちゃん!!」

「俺はそのエピソードを聞いた時、涙が出そうになりました」

 

 姐さんまで共感しちゃってる……。でも、私もその気持ちすごくわかるわ。私もこんな性格だから、中学校までは誰も友達なんていなかったもの。

 

 そう……後藤ひとり───あなたは私に似ているのかもしれないわ。

 

 

 

 

「ぼっち」っていうあだ名はどうかと思うけどねっ!!

 

 

 

 

 ま、まあ? いじめとかじゃなく本人が喜んでいるならそれでいいわ。山田もクズ男だと疑っちゃってごめんね。よく考えたら、あなたがもしもクズ男だったら私と仲良くなれるはずがないもの。

 

「ぼっちちゃん……いや、この子達は絶対上がってくるよ。私が保証する」

「なんか廣井さんに保証されても素直に喜べない……」

「どうしてそういうこと言うの!?」

「だって……俺、演奏以外で廣井さんの頼れるところ見たことないですし。志麻さんに保証されたら飛び上がって喜んでましたけど」

 

 山田! 姐さんに謝りなさい! 確かに姐さんの私生活はボロボロで四六時中お酒飲んで酔っ払ってて、時間は守らないし、リハにも来ないし、最終的にライブはめちゃくちゃにするし、機材を頻繁にぶっ壊すし、金欠で私にお金を借りるし……だ、ダメだ……これじゃフォローにならない。

 

 と、とにかく!! 姐さんは演奏してる時はすごく格好良いの!! 私の憧れなの!!

 

「くそ~! 私だってなぁ~。頼れる大人の女性なところが一つくらい……」

「星歌さーん。廣井さんの良いところを教えてくださーい!」

「あん? そんなもん、ツラとベースの腕と歌だよ」

「人間的な部分で」

「ねえ!」

「先輩っ!?」

 

 姐さんの人間的な部分の長所よね! 任せてください姐さん! 私がここから華麗にフォローを……

 

 な、何も思いつかない……!!

 

 いいえ、諦めるのはまだ早いわよ大槻ヨヨコ。私はまだ、姐さんとの付き合いがたったの数年……それよりももっと付き合いの長い人達は、きっと姐さんの良さを知っているはず!!

 

 そう思って私はスマホを取り出してロインを送る。

 

吉田:ないわね~

志麻:ない

イライザ:ないヨ~ 

 

 微塵も嬉しくない満場一致!! 

 

 ちょっと待って……ここはあえて付き合いの短いあの子達なら……そうよ。先入観を持たないあの子達なら違った目線で姐さんを評価してくれるはず!!

 

あくび:ないっす

楓子:ないですね~

幽々:ないです~

 

 

 

 

 あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!

 

 

 

 

「大槻ちゃんが急に発狂したぁっ!?」

「大丈夫ですか大槻先輩? ほーら、俺はちゃんとここにいますからね~。息吸ってー、吐いてー。もう一回息吸ってー、吐いてー。はーい、よくできました。いい子いい子」

「大槻ちゃんが幼稚園児みたいに甘やかされてる!?」

「レンはぼっちちゃんに対してはいつもこんな感じだぞ」

「あの子もこんなに情緒不安定なの!?」

 

 れんおにーちゃん。もっとよよこをあまやかしてくれなきゃやーやーなの!

 

「うんうん。ヨヨコちゃんはいつも一生懸命がんばっててえらいね~」

 

 私は後に「暗黒の十五分(クオーター)」として、この記憶を永久封印することになるのだった。




 ヨヨコ回!
 ぼっちちゃんの演奏に脳を焼かれてきくりにとどめを刺されるお話。

 次回はライブの後始末をやります。レンくんが後藤一家にあいさつします。

 誤解が解けるといいね。




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#16 話がしたいよ


 後藤一家との初会合!



「いい? さっきのことは忘れなさいよ? もしも他言でもしようものなら酷い目に遭わすからね」

「言いませんよ。カメラの録画を切ってて幸運でしたね。切ってなかったら大惨事でしたよ」

 

 全てのバンドの演奏が終わって「おおつきよよこちゃんごしゃい」から元に戻った先輩はおめめぐるぐる状態で顔を真っ赤にしながら俺の胸ぐらを掴んでそう言った。心配しなくても言いませんて。

 

 それにしても、あんな大槻先輩は初めて見たな。可愛かったから得した気分。

 

「では大槻先輩。気を取り直して総評をお願いします」

「総評?」

「結束バンド全体に対する評価と、メンバー個人の評価について」

「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ!?」

「……ダメですか?」

「……しょうがないわねぇ」

 

 俺がちょっとお願いすると大槻先輩は素直に言うことを聞いてくれた。なんだかんだで面倒見良いからなこの人は。俺もついつい甘えちゃう。それに、真面目な話、俺よりも専門的な人間の客観的な意見っていうのはものすごく参考になるんだ。 

 

「バンドとしての力量は……まあ、平均以下ね。後藤ひとりのギターソロでちょっと盛り返した感はあったけど、総合的にはそこらにいる学生バンドの域を出ないわ。その後藤ひとりもバンドになると全然ダメ。あの子の実力が飛び抜け過ぎているからワンマンバンドにすらならないわ。あなたのお姉さんが辛うじてついていけるかも……ってくらいよ。もっと個別に欠点を上げていくとしたら───」

 

 大槻先輩は俺の要望通り、バンド全体に対する評価とメンバー一人一人について具体的な改善点、それに加えて良かったところを分かりやすく教えてくれた。良かったところをきちんと褒めてくれるあたり、大槻先輩の成長が垣間見える。

 

 そして俺は先輩のアドバイスを今後のバンド活動に役立てるため、一つ一つ丁寧にメモに残していた。

 

「こんなところかしらね。色々言っちゃったけど……少なくとも、私に『来てよかった』と思わせる何かを感じさせた。そこは胸を張っていいわよ」

「大槻ちゃんめっちゃ上から目線……」

「う、上からって……ち、違いますよ姐さん! 私はそんなつもりじゃ……」

「実際、SIDEROSの方が上でしょうしね」

「あなたもフォローしなさい!」

 

 経験や場数ならSIDEROS……大槻先輩が飛び抜けている。それに、話を聞く限り他のメンバー三人も大槻先輩の実力についてこられるだけの力量を持っているとのことだ。

 

「廣井さんは何かありますか?」

「ん? んー……大槻ちゃんがほとんど言ってくれたしね。それに、私はそうやって誰かに技術的なアドバイスをするのは得意じゃないんだよ。どちらかというと、行動で示すタイプだから」

 

 行動で示す……なんだろう。廣井さんがそう言うと嫌な予感しかしないのは。

 

「だからあの子達……具体的にはぼっちちゃんにやってほしいことがある」

「やってほしいこと?」

「それは後のお楽しみだよ、少年♡」

 

 廣井さんが怪しく笑いながら言う。……何をするか知らんけど、いざとなったら星歌さんを召喚しよう。

 

「ねえ、山田。さっきから気になってたことがあるんだけど……」

「何ですか?」

「あそこにいる親子が……ずっと私達の方を見てるのよね」

 

 親子……ああ、後藤一家か! 結束バンドのライブに夢中になっててすっかり忘れてたわ。ふたりちゃんの爆弾発言で誤解されたままだったんだよな。

 

 よし、あいさつついでに誤解を解いてくるか!

 

「あそこにいるのは後藤さんのご家族ですね。俺、今からあいさつに行ってこようと思いますが、先輩も来ます?」

「本人と会話すらしたことないのに行くわけないでしょ。そもそも、どうしてあなたがそんなことするのよ?」

「後藤さんは友達ですし。あと、ちょっと不幸な入れ違いがあったので、誤解を解いておきたいなと」

「誤解?」

「子供は純粋故に残酷だということです」

 

 俺がそう言うも、大槻先輩は首をかしげるだけだった。誤解が生じたのは先輩達が来る直前ですからね。わからなくても仕方ない。

 

「じゃあ、そういうことなんで行ってきます」

「え? あ、ちょっと……」

 

 大槻先輩を残しておくのは心苦しいけど、廣井さんがいるし、何より後藤一家をこれ以上放置しておくのは俺の精神衛生上あんまりよろしくない。だからごめんなさい大槻先輩。また今度何か埋め合わせしますから許してください。

 

 俺はそんなことを考えながら後藤一家がいるところへ向かうのだった。

 

 

 

 

「はじめまして。ひとりさんのクラスメイトで友人の山田レンと申します」

 

 俺は自他ともに認める爽やか好青年イケメンスマイルでそう言った後、丁寧に頭を下げる。人間、出会って数秒の第一印象が大事だからね。ここで下手を打っちゃうと、後々まで大きく響いてしまう。

 

「あらあら~。わざわざご丁寧にどうも。後藤美智代、ひとりちゃんの母です」

「後藤直樹です。よろしくね山田くん」

「ふたりはもうあいさつしたもん! ね~レンくん?」

「そうだね。ふたりちゃんはきちんとあいさつできたもんね。偉い偉い」

「えへへ~」

 

 俺はしゃがみ込んでふたりちゃんの頭を優しく撫でる。あぁ、癒される……俺も甘やかしてくれる姉か、こんなにも純粋で可愛い妹が欲しかった。

 

 にしても、後藤さん本人といい、ご両親といい、ふたりちゃんといい……顔面偏差値の高い一家だな。

 

「山田くんは、ひとりちゃんとはどういうきっかけで仲良くなったのかしら?」

「きっかけは入学式の日の放課後ですね。俺もひとりさんもバンド好きっていう共通の趣味があったので、俺から話しかけたんですよ」

「き、君から話しかけたのかい? ひとりに?」

「はい。最初の自己紹介でバンド好きってわかって、放課後にたまたま話す機会があったので、それで」

 

 全部紛れもない事実である。ただ、ご両親が想像しているような光景と、実際の光景にはかなりの差異があるけど、嘘は言ってませんよ。言葉の選び方ひとつで、こうも与える印象が変わっちゃうんだね。 

 

「じゃあ、ひとりちゃんが言っていた入学式の日にできたお友達って……」

「俺と……バンドメンバーの三人ですね。その日にみんなで一緒にお昼ご飯を食べて、ライブハウスに行って、ひとりさんがバンドに加入したので」

 

 今になって思い返してみると、入学初日からめちゃくちゃ濃いな。展開が怒涛過ぎる。漫画やアニメの第一話でもうもうちょい自重するんじゃないかな。

 

「き、君は本当にひとりのお友達なんだよね? その……レンタル彼氏的なものではなくて」

 

 パパさんがとんでもないことを言い出した。普通に考えたらものすごく失礼で相手にキレられても文句言えないセリフだけど、俺は腹を立てたりしない。

 

 むしろ、父親にそう思われてしまう後藤さんのこれまでの学生生活に深く深く同情し、目頭が熱くなったくらいだ。

 

「もう、お父さんったら失礼でしょ?」

「あ、ごめんね山田くん。気を悪くしないでほしいんだ。……あの子は、ひとりは……君もよくわかっているだろうけど、ちょっと人見知りが激しくて、中学を卒業するまでは周りにうまく馴染めなかったんだよ。それが、高校に入っていきなり……同性どころか異性の、しかも君みたいなものすごいイケメンの友達ができたって……そんな少女漫画みたいなことが現実に、ねえ……」

 

 パパさんの言うこともわかる。内気で人見知りが激しくてこれまで友達が一人もいなかった少女が入学式の日にクラス一のイケメンに声をかけられて友達になる。

 

 ……完全に少女漫画の第一話やんけ。これで他のクラスや他の学校のイケメンが二、三人出てきて後藤さんを取り合う恋のライバルになったら完璧だな!

 

 いやでも取り合う以前に後藤さんが他のイケメンとまともに会話できなくて死ぬか。

 

「ひとりさんだって、ものすごく可愛いじゃないですか。もう少し背筋を伸ばして、顔を上げて、前髪を短くすればいいのに。もったいないですよ」

「確かにひとりは───」

「そうなのよ!」

 

 パパさんの言葉を遮ってママさんが思い切り食いついてきた。

 

「ひとりちゃんは本気を出せば可愛いのよ! でも、あの子は人前に顔を晒すのを嫌がって、美容院に行くのも半年に一回とかで、それも気絶している内に切ってもらってて……前髪はもう少し上げた方が良いって私も言ってるんだけどね」

「内気な性格が災いしちゃってますよね。顔色も……色白だと言えば聞こえはいいですけど、割と頻繁に病的な白さになるので、顔色が良く見えるナチュラルなピンク系のメイクをするだけでも印象が大きく変わりますよ」

「お化粧も教えたいのだけど……あの子は嫌がるのよね」

「そこはバンドメンバーに任せてください。そういうのが大好きな人種が集まっていますので(姉貴以外)」

 

 喜多さんと虹夏ちゃんにお願いすれば喜んでやるだろうな。ついでにメイク用品も一通り揃えてもらえばいい。

 

「メイクで自分に対する印象が変わって、少しでも自信を持てるようになれば自然と姿勢も良くなって顔も上がってくると思いますよ」

 

 後藤さんに最も足りないのは自己肯定感だ。「自分は何をやってもダメだ」という気持ちが強すぎて、ギター以外には自信を持てない。そのギターも、ネット上では無敵でもいざバンドになるとその実力を十分に発揮できていなかった。

 

 でも、この一月で……前回の路上ライブと今回のライブ。少しずつ、本当に少しずつだけど成功体験を重ねてきている。その成功体験こそが、後藤さんが自分に自信を持つために一番必要なものなんだ。

 

 というようなことをご両親に丁寧に説明すると、二人は黙って俺の話を聞いてくれた。

 

「山田くん……君のご実家はアイドル事務所だったりするのかな?」

「いえ? 両親は医者ですけど」

「なるほど、そっちか(心療内科とか精神科に勤めるご両親。それなら納得だ)」

 

 パパさんにそう言うとなぜか深く頷いて納得した様子だった。……なんで?

 

「前髪については……目が見えないとどうしても暗い印象を与えちゃうので短くしてほしいですけど、あまり無理強いもしたくないので」

「そうなのよねぇ。でも、ひとりちゃんの目ってすごく綺麗な色をしているでしょ? だから隠しちゃうのはもったいないのよね」

「うーん……あんまり使いたくない手ではありますけど、褒めちぎって褒めちぎってちょっと調子に乗らせて勢いで切るっていう方法もあります」

「我に返った時のひとりちゃんのダメージがちょっと心配ね」

「ですよね。……前髪については保留ということで。これからもっと暑くなって鬱陶しいと思うようになるかもしれませんし」

 

 ちょっとでもそう思ってくれたら自然に誘導できるんだけどな。……というか、俺はあいさつに来たつもりだったのになんでこんなに真剣に後藤さんのご両親と一緒に、彼女について話し合ってんだろ。

 

 楽しいからいいけど。

 

「そういえば、この前ひとりちゃんがジャケットを買ってきたのだけど、あれは?」

「ああ。バンドメンバーでお出かけした時に古着屋で買ったんですよ。シックで大人っぽいデザインだから俺もかなり推して……」

「そうだったの。あのジャケット、ずいぶん気に入ってるみたいでバンドの練習に行くときはいつも着ているのよね」

「それならよかったです。……失礼ですけど、彼女は普段どんな私服を?」

「う~ん……あの子、自分で自分の服を買ったりしないのよ。だからいつも私が似合いそうなものを買ってきてあげるんだけど、一度も着てくれなくて……。通販で買った変なTシャツはよく着てるみたいだけど」

 

 変なTシャツってなんぞ? めっちゃ気になりますね。……まさか、あのクソダサバンドTシャツを家でも着てるってこと?

 

 俺はそう思っていたけど、かなり後になって彼女の部屋着を見る機会があり、ママさんの「変なTシャツ」という意味を深く理解することになるのだった。

 

「ちなみに、どんな服を買ってるんです?」

「こういうのなんだけど……」

 

 もしかしたら、ママさんのファッションセンスも後藤さん同様ぶっ飛んでて着るに着れないのかもしれない。と、思っていた時期が私にもありました。

 

「……これ、ママさんが選んだんです?」

「そうだけど、もしかして変だったりする?」

「いえ、逆です。びっくりするくらい可愛いものばかりだったので」

 

 ママさんがスマホで後藤さんのために買った服を見せてくれたけど、普通にセンスの良い可愛い系のものばかりだった。逆に大人びた服は少なかったけど……うーん、あのジャケットといい、もしかして後藤さんって大人びた服装の方が好きなのかな?

 

「服に関してもバンドメンバーと一緒に買いに行く機会を作りますよ。同世代の友達と一緒に買いに行って、自分で選んだものなら大丈夫かもしれませんし」

「本当? そうしてくれるとすごく助かるわぁ。あの子ったら高校生になったのに、全然そういうことに興味がなくって困ってたのよ」

「興味がないのも本当かもしれませんが、単純に服屋で店員さんに声をかけられるのを嫌ったのでは?」

「あら、よくわかったわね。実はそうなのよ。だから一緒にお買い物に行っても服屋さんには頑なに近寄ろうとしなくて……」

「ウチの姉も一人で静かに選びたいタイプですからね。その気持ちはわかりますよ」

 

 その後も俺は後藤ママと最近女子高生の間ではやっているファッションやメイクなどについて、熱く語り合うのだった。俺が詳しい理由? 虹夏ちゃんと姉貴の影響。

 

 それにしても、後藤ママめっちゃ話しやすいな。パパも普通に良い人そうだし、ふたりちゃんは明るくて天真爛漫だし。

 

 ……後藤さんは誰に似たんだ?

 

「おとーさん、仲間外れにされちゃったねー」

「最近の男子高校生は……みんなこうなのか?」

 

 いや、多分違うと思います。俺は姉貴と虹夏ちゃんの英才教育を受けているので。

 

「ねーねーレンくーん」

「どうしたの? ふたりちゃん」

 

 ふたりちゃんが俺のズボンをくいくい引っ張ってきたのでしゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「ふたりもお化粧したらもっと可愛くなるかなー?」

「んー……ふたりちゃんは今のままでもとっても可愛いよ。だからお化粧するのはもうちょっと大きくなってからで大丈夫」

「ふーん……」

 

 七五三とか特別な機会にお化粧するのは良いと思うけど、あんまり早い時期から化粧をやり過ぎちゃうと肌荒れの原因になったりするからね。……その辺はママさんが上手くやってくれるでしょう。

 

「じゃあね、じゃあね」

「うん」

「ふたりとおねーちゃん。どっちがかわいーい?」

 

 あらー、これはまたずいぶんおませさんな質問ですね。……女の子は何歳でも「女」というわけですか。

 

 俺はそんなことを考えながら、心がほっこりと温かくなった。

 

「ふたりちゃんの方が可愛いよ」

「ほんとにー?」

「ほんとにー」

 

 ふたりちゃんが疑わしげな表情を数秒浮かべるも、すぐににぱーっという効果音が聞こえてきそうな純粋な笑顔になった。

 

「えへへ~。ありがとーレンくん! おねーちゃんに自慢してやろーっと!」

 

 ふたりちゃんはそう言って、クラスメイトや佐々木さん、女子大生に囲まれている結束バンドの面々の方へ走って行くのだった。

 

「おねーちゃーん! レンくんがねー! おねーちゃんよりふたりの方がいちまんばいかわいいってー!」

 

 一万倍とは言ってないよ一万倍とは!?

 

 さ、最近の五歳児は口が達者なんですね。お兄さんびっくりしちゃった。

 

「ひとりがあんなにたくさんの人に囲まれて仲良くしている光景を拝めるとはなぁ……」

「東京の学校に行かせてよかったわね」

「……中学時代までは、やっぱり?」

「中学時代どころか幼稚園の頃からよ。頻繁に『お母さんのお腹の中に戻りたい』って言ってたわ」

 

 幼少期からブレないな後藤さん。なんかもう……逆に安心するわ。

 

「あの、すごく失礼なことを聞いてもいいです?」

「遠慮しないで何でも聞いてちょうだい。ひとりちゃんのことでしょ?」

「まあ、はい」

 

 なんか、後藤ママが目をキラキラさせて俺を見てくる。……この目、喜多さんと同類だ! 多分後藤ママもシイタケみたいな目になれるに違いない!

 

「ひとりさんの性格は、ご両親のどちらにも似ていないように思えるんですけど……何かきっかけがあったり?」

「ああ、ひとりちゃんはね。私のお母さん……つまりあの子のおばあちゃんにそっくりなのよ。隔世遺伝ってやつね」

「なるほど、おばあちゃんも内向的なところがあるんですね」

「内向的なんてもんじゃないわよ~。物事を何でも極端なマイナス方向に考えちゃって、ことあるごとに首を吊ろうとするんだから」

「病院に連れて行きましょう! ね!?」

 

 それもう精神病とかそっちの類じゃん! よく「おばあちゃん」って呼ばれる年齢まで生きてられたな! 多分、おじいちゃんがものすごく優しくて面倒見が良くて理解のある人だったんでしょう。……後藤さんにもそんな人が見つかれば───

 

 そこで俺は気付いた。気付いてしまった。

 

 現時点で該当してるの俺やんけ!?

 

 ……まあ、あくまで現時点でだしね。俺も後藤さんも今のところお互いに対して、そういう感情は持ってないし。意識するのも馬鹿らしいな。

 

「ぼっちちゃんのお父さんとお母さんですよね? はじめまして! ぼっちちゃんと一緒にバンドを組んでいる伊地知虹夏です!」

「喜多郁代です! ひとりちゃんとは違うクラスだけど、お昼休みに一緒にお弁当を食べたりして仲良くしてもらっています!」

「山田リョウです。娘さんの才能に誰よりも早く気付き、娘さんが最も尊敬している先輩です」

 

 みなさんに問題です。この中に大嘘をついている人がいます。正解した方に抽選で大槻先輩のハグ券を差し上げます。

 

「あらあら~。みんなご丁寧にありがとう。ひとりちゃんにこんなに可愛いお友達がたくさんできて嬉しいわ~。今度、ぜひお家に遊びに来てちょうだいね? 歓迎するわ」

「はーい! 絶対遊びに行きまーす!」

 

 虹夏ちゃんが元気よく答える。片道二時間かかるけど、連休とか使えば問題ないでしょう。最悪、あっちでビジネスホテルでも取れば良いし。

 

「あれ? どうしたの後藤さん」

「か、家族がお友達とお話してるのって……なんか気まずいです……」

 

 気が付けば後藤さんが俺の後ろに隠れるようにぴったりとくっついて俺の服を掴んでいた。わかるわーその気持ち。別に悪いことしてる訳じゃないのに、なんかこういたたまれないというか……気恥ずかしさがあるよね。

 

「でも、友達ができたからこそ、だよね」

「そ、そうですね。えへへ……こんな気持ちになったの、初めてだから……。嬉しい半分恥ずかしい半分、です」

 

 後藤さんは恥ずかしそうにふにゃふにゃ笑っていた。そういえば、今日はライブの後なのにちゃんと自分の足で立ってるね。偉い偉い。

 

「ねーねーレンくん」

「どうしたの、ふたりちゃん?」

 

 いつの間にか足元にいたふたりちゃんが俺のズボンをくいくいと引っ張る。

 

 この姉妹は俺の服をやたらと引っ張りたがりますね。

 

「あそこにいるお姉ちゃんがレンくんのこと怖い目で見てるよ?」

 

 あっ……やべえ。大槻先輩をずっと放置してた。後藤家へのあいさつに夢中になってました。マジでごめんなさい! 俺が両手を合わせて心の中で全力で謝ると、大槻先輩は「しょうがないわねぇ」といった呆れた表情の上に笑顔を浮かべていた。

 

 良いタイミングだし、大槻先輩のことも紹介するか。

 

「後藤さん、ちょっとごめんね?」

「え? ……あ、はい」

 

 俺の服を掴んでいる後藤さんに一言断りを入れて俺は大槻先輩の方へ向かう。ちょっと! 後藤さん、そんな悲しそうな顔しないで! 後ろ髪めっちゃ引かれちゃうから!

 

「虹夏ちゃーん! みんなー! ちょっとこっち来てー! 紹介したい人がいるからー!」

 

 俺がそう呼びかけると結束バンドの面々が俺の方、つまり大槻先輩と廣井さんがいる方に集まってくる。

 

「ご紹介します。こちらは新宿FOLTを拠点に活動している、あのSICKHACKのリーダーでありベースボーカルの廣井きくりさん」

「よろしく~。初々しい演奏だったね~。昔の自分を思い出したよ~」

 

 廣井さんは相変わらず舌っ足らずな声色でパック酒を片手にへらへらとあいさつをする。

 

「君、山田少年のお姉さんだよね? しかも私と同じベーシスト。私のファンだって聞いたよ~? これから仲良くしようね~」

「何度もライブ観に行きました。顔面踏まれたのは良い思い出です」

「でしょでしょ~? それなのに山田少年は私に冷たい態度をとるんだ~。今日だって私を誘ってくれなかったんだよ?」

「レン、酷い。廣井さんに謝って」

「……ごめんなさい」

「ふっふっふ。気にするな少年。心のひろーい廣井お姉さんが許してやろう。あ、ここ笑うところね~」

 

 廣井さんが自分でくっそおもんないギャグを言って自分だけで笑っている。大槻先輩でさえ「あはは」っていう愛想笑いしかできていなかった。

 

「リョ、リョウ先輩の憧れの人……? つ、つまり私が目指すべき姿はあれ? 次のライブ、私も泥酔した状態で歌えばあの人のようになれるかしら?」

「お? いいね~君。素質あるよ~! ロックなんて世間に逆らってなんぼじゃん!」

「じゃ、じゃあ……」

「ダメだよ喜多ちゃん! 戻ってきて! ベーシストは演奏技術以外は何も……何一つとして参考にしちゃいけない類の生き物なんだ! 喜多ちゃんはまだ……まだ間に合うからそっちの道に行っちゃダメ!!」

「に、虹夏先輩……」

「あ~。君が先輩の妹か~。うへへ~、先輩と違って可愛い顔立ちをしてるねこの子~」

「……どうも」

「おい廣井。それ以上虹夏に近づくな。出禁にするぞ」

 

 星歌さん直々にストップが入る。残念ながら当然である。俺は薄々思っていたんだけど、もしやこの廣井きくりという女は……俺の姉貴をも超えてしまう逸材ではないのか?

 

 いやよそう。姉貴で手一杯なのにこれ以上面倒な女の知り合いが増えてたまるか!!

 

「そして君がぼっちちゃんだね。───君の演奏、素晴らしかったよ」

「あ、は、はい。あ、りがとう……ございます」

 

 そして廣井さんは後藤さんと向かい合って彼女に声をかける。これまで聞いたことのないほどの真面目なトーンで。

 

 ……そんな真剣な声も出せるんですね廣井さん。ちょっとだけ見直しましたわ。ちょっとだけ。

 

「あとでお姉さんとイイコトしようか♡」

「はえっ!?」

 

 前言撤回。見直したなんて嘘です。後藤さんに変なこと教えようとしたらただじゃおかないからな。

 

「はい注目。もう一人紹介したい人がいます。こちらにいるのは───って先輩?」

 

 何やってんすか? さっきの後藤さんみたいに俺の後ろにくっつくように隠れて。また人見知りを発動させたんですか?

 

「(な、名前は出さないでちょうだい!)」

「(なんでですか?)」

「(なんでもよ! いいから言う通りにして!)」

 

 どれだけ恥ずかしがり屋さんなんですか? 活動を続けていれば、遅かれ早かれSIDEROSとは出会うことになるんですから。

 

 でも、お願いされたなら仕方ない。本名は出さない方針でいきましょう。

 

「こちらにいらっしゃるのは俺が尊敬する───つっきー先輩です。みんなも気軽につっきーと呼んであげてください」

「(つっきーって何よ!?)」

「レンくんが色々お世話になったみたいだね。これからよろしく、つっきーさん」

「レンくんに尊敬されるなんて……きっとものすごい人格者なのね。仲良くしましょうつっきーさん!」

「よろしく、つっきー。……どこかで会ったことある?」

「つ、つつつつっきーさん。(い、一向に目を合わそうとしない。もしかして私と同類かも……ちょっと親近感。でも、山田くんにあだ名で呼ばれるくらい仲良しなんだね……)」

「(み、みんな優しい……結束バンド、悪くないかも……)」

 

 ちょっと大槻先輩の目がキラキラしてきた。あだ名で呼ばれて嬉しかったんだね。ちょろ可愛くて不安になるよ。というか姉貴、こういうところはほんとに鋭いな。その鋭さと頭の回転の良さはもっと違うところで発揮して?

 

 ちなみに廣井さんは俺が「しーっ!」ってジェスチャーしたから黙っています。

 

「えー、ちなみにこちらがつっきー先輩による結束バンド全体の総評プラス個人へのアドバイスになります。俺が一言も聞き漏らさずに書いた貴重なご意見なので、心して見るように」

「(は、恥ずかしいからあんまりそういうこと言うのやめなさいよ!)」

「御覧の通り、つっきー先輩はちょっと人見知りなところがあるので、距離の詰め方に気を付けつつ仲良くしてあげてください」

「(だから保護者みたいなこと言うな!)」

 

 だったら俺の後ろに隠れながら顔だけ出すんじゃなくてちゃんとあいさつしてください。ほら、後藤さんが「同類を見つけた」って顔してますよ。

 

「す、すごい……みんなの良かった点と悪かった点をものすごく細かく分析してあるよ!」

「腹式呼吸……全然意識したことなかったわ。これから毎日やらなくちゃね!」

「……参考になる」

(わ、私個人へのコメントが他のみんなに比べて少ない……。そ、そんなに印象に残らないほどダメだったのかな?)

 

 評判は上々。大槻先輩は俺の後ろでビクついていたけど、みんなの反応に安心したようです。後藤さんはなぜかちょっと悲しそうだったけど……絶対変な勘違いしてるな。後でフォローしておくか。

 

「今回だけではなく、以前も俺に電話で非常に有用で献身的なアドバイスをくださいました。みんなしっかりお礼を言いましょう。せーのっ!」

「ありがとうつっきーさん!」

「ありがとうございました!」

「あざます」

「あ、あああありがとうごじゃいましゅっ!」

「結束感全然ないわねっ!」

 

 あ、大槻先輩が思わずツッコんだ。その反応を見て、虹夏ちゃんと喜多さんはきゃっきゃと喜んでいました。距離が縮まった感じがするよね。嬉しいよね。先輩は自覚した瞬間に顔を赤くしてまたすぐに俺の後ろに隠れちゃったけど。

 

(レンくんが甘やかすタイプだ)

(レンくんの庇護欲センサーに引っかかる人ね)

(もっとおっぱいが大きければ即死だった)

(や、山田くんの後ろは良い匂いがして安心しますよね。す、すごくわかります!)

 

 こうして、結束バンドと大槻先輩の初会合は心温まる優しい空気のまま終わりました。

 

 と、言いたかったんだけどね。

 

「───ぼっちちゃん」

 

 ここで、今まで不自然なほど静かだった女───廣井きくりが動き出す。

 

「お姉さんと───セッションしようか?」

 

 ……ぼっちちゃんときくりおねーさんがセッ〇〇〇するらしいです。




 まだSTARRYから出られません。
 きくりのせいでもうひと悶着あります。

 後藤一家とも心温まる交流ができましたね。初めてのご挨拶にしては上出来だったと思います。

 時系列的にはアニメの第一話ですが、この時点で喜多ちゃんがいてギターヒローバレしててヨヨコ、きくりと遭遇してファン一号、二号がいて後藤一家がいてささささんがいて……

 詰め込みすぎだろ。欲張りセットにもほどがある。

 次回でSTARRYでの初ライブ編は終わります!



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#17 アンサー


きくりお姉さんのカリスマ回!



「せ、セッション……ですか?」

「そう。私とぼっちちゃんとで、ね? あ、君~。ちょっとベース貸してくれない?」

「どうぞ」

 

 廣井さんがこれまでの会話の流れとか空気とかを全てぶった切って、いきなりとんでもないことを言い出した。何がしたいんだ、この酔っ払いは。姉貴も姉貴で躊躇いなくベースを貸してるし。後藤さんは突然のことで戸惑ってるし。

 

 そもそも、後藤さんとセッションすることに何の意味が───

 

 いや待てよ……。意味ならあるな。

 

「先ぱ~い。ちょっとの間だけ機材とステージをお借りしてもいいですか?」

「は? それなら金払え」

「え~! 先輩のケチ~。……お金あったかな?」

 

 星歌さんの冷たい言葉に、廣井さんはポケットを漁って財布を探している。

 

「三百円しかない……」

「さっさとお帰りやがれください」

「ひど~い! 可愛い後輩を助けようっていう気概はないんですか~?」

「ない」

 

 星歌さんマジで塩対応。まあしゃーない。本来なら片付けして閉店する時間だしな。というか、二人は先輩と後輩って間柄らしいけど、いつの関係だ? 高校? 大学? それとも二人がバンドを組んでたとか? 今度聞いてみよう。

 

 それよりも今は、星歌さんにお願いしたいことがある。

 

「いいんじゃないですか。少しくらい。何なら俺がお金出しますよ」

「山田少年……」

 

 廣井さんが目を輝かせてるけど、あなたのためじゃないですからね?

 

「は? お前、どういう風の吹き回し……」

「(これ以上駄々こねられるのが面倒っていうのもありますけど、それ以上に結束バンドのためですよ)」

 

 星歌さんが不思議そうな顔をしていたので、俺は他の人に聞こえないように星歌さんにそっと耳打ちする。

 

「(現状を正しく理解するなら、良い機会じゃないですか?)」

「(お前……結構鬼だな。それで心が折れたらどーすんだよ)」

「(傷が浅い内に諦めるのは決して悪いことじゃないです)」

 

 俺の一言で星歌さんは俺の考えを察してくれたらしく、困ったような呆れたような表情をしている。でも、この人はなんやかんや身内には甘いからな。俺のお願いを聞いてくれるはず。

 

「しゃーねーな……一曲だけだぞ?」

「いえーい! 先輩太っ腹~! さあ、いくよぼっちちゃん。私とのExtraステージだ!」

「はえ? あ、お、お姉さん……! ちょ、ちょっと……!?」

 

 廣井さんが強引に後藤さんをステージへと連れて行く。普段なら初対面の人にそんなスキンシップをされたら即死するんだけど……意外とがんばってる。廣井さんにシンパシーでも感じたのかな? 

 

 廣井さんも後藤さんの過去に強く共感してたみたいだし。案外、似ている部分はあるかもしれない。……絶対に後藤さんをアル中にはさせないけど。

 

「店長はレンに甘い」

「お前と違って真面目で有能だからな」

「レンが枕営業したんだ。そうに違いない」

「シバくぞ」

 

 姉貴が余計な一言を言ったせいで星歌さんにコブラツイストをかけられている。何が枕営業だよ。星歌さんとそんな関係になってみろ。虹夏ちゃんに一生口きいてもらえなくなるわ。そんなん耐えられんよ。

 

「山田、どういうつもりよ? 姐さんと後藤ひとりをセッションさせるなんて……」

「気になりませんか? インディーズでも上澄み中の上澄みであるSICKHACKのリーダーと、メジャーに手が届くかもしれないギタリストの競演って」

「それは、気になるけど……」

 

 大槻先輩は不満そうにほっぺたを膨らませている。わかりやすく嫉妬してるなーこの人。「私の姐さんが取られた!」って思ってるんだろうな。愛い愛い。

 

 まあ、さっき星歌さんに言った通り俺の狙いはそれだけじゃないけど。

 

「じゃあ、やろうかぼっちちゃん。どうなっても()()()()()()からさ。君の本気、見せてよ?」

「え? ……あ、はい」

 

 後藤さんは不安そうな表情を浮かべて俺を見てきた。……うん。後藤さん視点だと、廣井さんってただの酒臭いお姉さんだからね。色々不安……というか疑っちゃうよね。それは仕方ない。でも、廣井さんの実力は俺が保証しよう。そこに関しては何の疑いも持ってはいない。

 

 俺は後藤さんを安心させる意味も込めて、笑顔で頷く。それを見て彼女は、数秒間目を閉じて深呼吸した。

 

 そして───

 

 選んだのは、今日のライブで演奏した一曲目「天体観測」

 

 初心者向けの曲という人もいるけど、俺はそうは思わない。特にベースに関しては。この曲は……姉貴の影響もあるかもしれないけど、ベースラインが結構動く曲だからギターよりもむしろベースに注目すべきだ。

 

 後藤さんも、それを理解しているからこそこの曲を選んだのだろう。

 

 半信半疑。後藤さんは廣井さんの実力を疑っていた……だから、それを確かめるための選曲。そして、演奏が始まってわずか十秒ほどで後藤さんの顔色が変わる。

 

(このお姉さん……す、すごい。私と合わせるの、初めてなのに……ちゃんと、私の演奏を支えてくれているっ!)

 

 本気になった。

 

 半信半疑で、演奏が始まってすぐは遠慮がちだった後藤さんが本気になった。つまりそれは、廣井さんが相手なら本気を出しても大丈夫だという信頼。

 

 いつも彼女は、バンドメンバーに合わせることばかりを考えていた。もちろん、逆に彼女の本気に他のメンバーが合わせるという練習も取り入れてはいる。

 

 だが、廣井さんは───廣井きくりというベーシストは……そんな合わせの練習が必要ないほど、ぶっつけ本番で後藤さんの全力を引き出し、尚且つ彼女を支える演奏ができるほどの実力の持ち主。

 

「ぼっちちゃん……」

 

 虹夏ちゃんが小さく呟いた。その表情には、喜び、驚き、寂しさ……色々な感情がごちゃ混ぜになっている。姉貴も、顔には出ていないが虹夏ちゃんと同じか、あるいはそれ以上に複雑な心境だろうな。

 

 廣井さんが、自分と同じベーシストで、その実力の差を思い知らされたから。

 

 喜多さんは、ただただ驚いている。今後自分がギターボーカルとして……後藤さんと同じギタリストとして肩を並べなくちゃいけない。その事実を、あらためて認識しているみたいだ。

 

 この場にいるのが関係者の俺達だけでよかった。一般のお客さん達は、片付けもあるから先に帰ってもらっている。……こんな演奏、こんな彼女達の姿は、他の人達には見せられない。

 

 人によっては酷だと言うだろう。バンドを結成したばかりの、それも精神が未熟な少女達に突きつける現実ではない、と。時期尚早だと。

 

 俺だって、この子達がただ毎日楽しく学生バンドとして活動するだけなら廣井さんの提案を断っていた。でも、少なくとも……四人のうち二人は上を目指すということを目標としている。

 

 だからこそ、現実を突きつける。君達が戦おうとしているのは、そういう世界だと。その世界の一端を垣間見て、どう感じるか。

 

 心が折れて別の道を行くか。奮起して茨の道を進み続けるか。

 

 どちらも正解だ。

 

 あとは、選択するだけ。そして、この二人の演奏は、バンドとしての方向性を全員が本気で考えるきっかけには十分すぎる。

 

 そこまで考えて俺は、星歌さんにお願いしてまで廣井さんの提案を受け入れたんだ。

 

 星歌さんに鬼って言われちゃったけどね。もしかしたら「余計なお世話だ」ってみんなに嫌われるかもしれない。それでも、みんなが後悔のない道を選択できるなら……

 

 あ、でもやっぱ辛い。せっかく仲良くなったのに、明日から後藤さんに教室でめっちゃよそよそしくされたら泣きそう。

 

「ありがとうぼっちちゃん───最高だったよ」

「あ、こ……こちらこそ、ありがとうございます」

「君の演奏には、人の心を動かす力がある。だから、胸を張りな」

「は、はいっ……!」

 

 いつの間にか演奏が終わっていた。後藤さんは廣井さんの言葉に背筋を伸ばして、真っ直ぐに目を合わせて返事をする。

 

「君も、ベースありがとね。よくメンテナンスされている。大事にしているのが伝わってきた。良いベースだね」

「ありがとう、ございます」

「実力的には、君がぼっちちゃんに一番近い。でも、あの子を支えるにはまだまだ足りない。精進するように」

「……はい」

 

 廣井さんは姉貴にベースを返し、無表情で受け取った姉貴に優しく笑いかけてそう言った。

 

「君は、ボーカル専属なのかな?」

「いえ、ギターも練習している最中で……」

「なるほど。フロントマンで、しかもギターもやるならその負担はボーカル専属の比じゃない。ギターも初心者なら、周囲との技術的な差を痛感することはこれからいくらでもあると思う。……でも、腐るなよ? おねーさんも同じフロントマンだから気持ちはよーくわかる。困ったら連絡しておいで。相談くらい乗るからさ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ……この人、本当に廣井さんか? 演奏前までと別人やんけ。俺の隣にいる大槻先輩も唖然とした表情を浮かべてるし。

 

「君はもっと自分を出して、我儘になった方がいい。バランスを取ることだけがドラムの仕事じゃないよ? リーダーだから、色々と気を遣わなきゃいけない部分も多いだろうけど、君のその優しさは、武器にも弱点にもなりうる。どんな状況でも自分を主張することはやめないでね」

「わかりました。アドバイス、ありがとうございます」

 

 廣井さんの言葉に虹夏ちゃんは丁寧に頭を下げた。

 

 やっぱり、こういう人に直接言葉をかけてもらうのが一番()()

 

 実力も、経験もある人間。成功体験を、無数の失敗を繰り返し、数多の辛酸をなめてきたに違いない。

 

 これが、SICKHACKの廣井きくりか。彼女クラスの実力でないと、後藤さんのフルパフォーマンスを活かすことはできない。

 

 ……そんな彼女達がインディーズに留まっているという現実に、戦慄する。どんだけ魔境なんだよこの世界は。

 

「じゃあ、帰ろうか大槻ちゃん」

「は、はい。姐さん」

 

 あ……今普通に本名で呼びましたよね。ま、まあこれだけで大槻先輩の正体に気付く人はいないでしょう。みんなそれどころじゃないだろうし。

 

「がんばりなよ結束バンド。()()()()()も楽しみにしてるから」

 

 それだけ言って廣井さんは、大槻先輩を伴って颯爽とライブハウスから去っていく。最後の最後でカリスマを発揮していったなあの人。大槻先輩が慕っているだけはある。

 

 常時あんな感じだったらもっと尊敬できるんだけどね。

 

 さーて、あとは結束バンドの面々だけど……

 

 空気が重いなぁ~。まあ、仕方ない。目の前であんな演奏を見せられたら、そりゃあそうなるよ。後藤さんは状況をよくわかってないみたいでオロオロしてるし。

 

 ただ、きっかけを作ったのは俺だしな。責任はちゃんと取りますよ。

 

「とりあえず、今日はもう遅いし解散したら? 各々話したいことをしっかりまとめて明日のミーティングで全部話すってことで」

「あ、うん……そうだね。みんな、明日も学校が終わったらSTARRYに集合だよ! 結束バンドのこれからについての大事なミーティングをやるからね!」

「おけ」

「わ、わかりました!」

「は、はい……」

 

 虹夏ちゃんがそう言うと三人はしっかりと返事をする。今日この後すぐに話し合うなんて時間的にも精神的にも無茶だしね。各々、考えを整理する時間が必要だ。

 

「後藤さん、時間大丈夫? ご家族が待ってるんじゃない?」

「あ、そ……そうでした。あ、あの……お、お先に失礼しますっ……!」

「ぼっちちゃんお疲れ~。また明日ね~」

「ぼっち、ばいばい」

「じゃあね、ひとりちゃん」

「は、はい。また……明日」

 

 後藤さんはペコペコと何度も頭を下げて足早にSTARRYから出て行った。引き止めちゃって申し訳なかったな。遠くからわざわざご家族が来てくれてたのに。

 

「姉貴、先帰ってていいよ。俺は片付け手伝ってから帰るから」

「待ってる」

「じゃあ手伝え」

「やだ」

 

 そう言って姉貴は椅子に座ってテーブルにだらしなく上半身を投げ出していた。さすがの姉貴も今回のことは堪えたか。……帰ったらちょっと優しくしてやろう。

 

「それじゃあ、私もお先に失礼しますっ」

「喜多ちゃん、気を付けてね~」

「はーい。お疲れ様でしたー!」

「おつ」

 

 喜多さんも明るく振舞いながらSTARRYから出ていく。今夜、一番悩むのは彼女かもしれないな。技術的な面で、一番劣等感を感じているのは喜多さんだろうし。

 

「レンくん」

 

 廣井さんが最後に使った機材を運んだりしていると、虹夏ちゃんが声をかけてきた。

 

「ありがとね」

 

 虹夏ちゃんが笑顔でお礼を言ったことに、俺は思わず安堵してしまった。

 

「嫌われてもおかしくないことしたよ?」

 

 当てつけみたいに廣井さんと後藤さんをセッションさせたし。

 

「……あたしがレンくんを嫌いになることはないよ。ぜーったいに」

「なんか重くない?」

「えへへ~」

「可愛く笑って誤魔化そうとしない」

「だってほんとのことだもーん」

 

 「だもーん」じゃないよ「だもーん」じゃ。虹夏ちゃんって、幼馴染には何してもいいって思ってる節があるよね? まあ、俺は虹夏ちゃんになら何されても大概受け入れるけどさ。

 

「レン、お腹空いた。早く帰ろう」

「だから先帰っていいって言ったのに」

「弟が変な女にたぶらかされないか見守るのが姉の役目」

「はいはい」

 

 姉貴がうるさいのでさっさと片づけを終わらせて帰ります。明日も普通に学校あるし。……姉貴、ちゃんと宿題やってるんだろうな?

 

「星歌さん、今日はわがまま言ってすみませんでした。明日もよろしくお願いします」

「……気にすんな。気を付けて帰れよ」

「はい。……虹夏ちゃんも、また明日」

「うん。じゃあね! ……リョウ、宿題ちゃんとやってくるんだよ」

「今日の晩御飯は何かな?」

「聞けっ!」

 

 そして俺達は伊地知姉妹にあいさつをしてSTARRYをあとにする。姉貴に優しくしようとは思ったけど、宿題は手伝わないからな。

 

「それにしても……」

 

 帰り道、しばらく会話もなく黙って歩いていたら、姉貴が神妙な面持ちで話を切り出した。シリアスなのは表情だけで絶対アホなことを言うに決まってる。俺にはわかるんだ。……でも、何を言い出す気だこいつ。

 

「レンが───大槻ヨヨコとまで知り合いだったとは」

 

 完全にバレとるやんけ!? これも全部廣井きくりって女のせいなんだ!

 

 結局俺は、口止め料としてコンビニでハーゲンダッツを買わされることになるのだった。

 

 あんなことがあったのにどこまでもブレない姉貴に安心したよ。はい。

 

 

 

 

「おほん! それでは、今日は昨日言った通り結束バンドの今後について話し合いたいと思います」

 

 翌日、いつものように放課後にSTARRYに集まった結束バンドの面々は、虹夏ちゃん主導の下でミーティングを行う。

 

「あたしは……この結束バンドで絶対に叶えたい夢がある。だけど、あたしは自分の夢を他の人達にまで強要するつもりはないんだ。……それでも、みんなにはあたしの話を聞いてほしい。そしてその上で、みんなの本音を聞かせてほしい」

 

 虹夏ちゃんがメンバー達に静かに語り始めるのを、俺は少し離れたところで見守っていた。

 

「お前は参加しなくてよかったのか?」

「いや、俺が参加する意味はないでしょうよ」

「あの状況になったのは、ある意味お前が原因でもあるんだけどな」

「廣井さんは良い仕事をしましたね。後藤さんの本当の実力を引き出す基準を結束バンドのみんなが体感できたんですから。できるできないは別として……知っているのと知らないのとでは大違いですよ」

 

 俺はカウンターで仕事をしている星歌さんの隣に座りながら、結束バンドの様子を眺めている。会話内容が全部聞こえてくるわけではないけど、みんな真剣に虹夏ちゃんの話を聞いているみたいだった。

 

「まだ早いと思うんだけどな。……もうちょっと、バンドとして活動して楽しんでからでもよかったろ」

「星歌さんの言うことも一理あります。ただ、活動が長引いて仲が深まれば深まるほど傷も大きくなるでしょ?」

「そうだけどさぁ……。やっとメンバーが集まって、虹夏が夢に向かって走り出そうとしたときに『やっぱりやめます』って子が出てきたら……それはそれでめっちゃキツイだろ」

「その時は……ちゃんとメンタルケアしますんで星歌さんも協力してください」

 

 実際、その可能性は十分にありえる。姉貴は問題ないとして、後藤さんと喜多さん……特に喜多さんだ。あの子は、姉貴に憧れて嘘をついてまでバンドに加入した経緯があるっていうところだけ見ればめちゃくちゃやべーヤツだけど……それ以外は普通の陽キャ女子高生だ。

 

 彼女のご両親だってバンド活動に理解があるとは限らない。さらに技術的にも一番拙い状態でフロントマンを務めるというプレッシャー。あの子が一番、虹夏ちゃんとの熱量に差があってもおかしくはなかった。

 

 後藤さんは、なんやかんや大丈夫だと思う。中学時代に一日六時間も練習していた熱意、実力。バンドに対する思いも強い。

 

 問題は実力が飛び抜け過ぎていることだ。

 

 ぶっちゃけ、他のレベルの高いバンドに放り込んだ方が彼女は大成功を収める可能性が高い。……彼女が極度の人見知りとコミュ障でなければ。

 

 もしも彼女が、それこそ喜多さん並みの陽キャだったら結束バンドには加入していなかっただろうな。

 

「この前も、虹夏のこと色々と気にかけてくれてたろ?」

「それなりに長い付き合いですからね。がんばり屋さん過ぎるところが心配です。根っこは普通の優しい女の子ですから」

「お前が虹夏を貰ってくれたら私も安心なんだけどな」

「ごめんなさい星歌さん。俺、今度こそ年上の優しい巨乳お姉さんと付き合って甘やかされるって決めてるんです」

「まだその野望を諦めてなかったのか」

 

 虹夏ちゃんだって夢を諦めてないでしょ? それと一緒です。いや、一緒にしたらさすがに虹夏ちゃんが怒るか。

 

「虹夏だってこれから成長するかもしんないだろ」

「虹夏ちゃんが巨乳とか解釈違いもいいところ。どうかあのままちんちくりんであってほしい」

「ぶん殴られるぞ?」

「それに、俺は虹夏ちゃんには自分の胸が小さいことを気にしててほしいんです。それで、いざ体の関係を持つ場面で彼氏に『小さくてごめんね』って恥ずかしさと申し訳なさが混じった表情をしてほしい」

「お前やっぱりリョウの弟だわ。間違いない」

「星歌さんは虹夏ちゃんよりもご自分の心配をされた方がよいのでは?」

 

 俺が怪しく笑ってそう言うと、星歌さんに頭をぐりぐりされるのだった。星歌さんもなー、美人さんなんだけど彼氏がいないんだよな。もったいない。

 

「料理の練習、しましょうか」

「喧嘩売ってんのか?」

「でも虹夏ちゃんが家を出ることになったら自分で作んなきゃいけないんですよ?」

「……料理ができる男を探せばいい」

「それ以外の家事も虹夏ちゃんに任せてますよね?」

 

 俺の指摘に星歌さんはプイっと顔を逸らした。まずいな……前々から思ってたけど、星歌さんから行き遅れダメ女臭がプンプンする。でも、星歌さんに紹介できるような男の知り合いなんて……新宿FOLTの吉田店長? 色々と濃い組み合わせだな!

 

「二人で何のお話してるんですかぁ?」

 

 可愛らしい声が聞こえてきたかと思うと、PAさんが後ろから俺の両肩にポンと手を置いて会話に入ってくる。

 

「星歌さんにどうすれば彼氏ができるのかという話です」

「店長に彼氏ですか? ……女子力を磨くしかないのでは?」

「ほら、PAさんも俺と同じ意見ですよ」

「家事は女の仕事っていうのは古い考え方だ。そんな悪しき風習にとらわれている男なんてごめんだね」

「それは家事ができる人のセリフであって、できない人が言っていいことじゃありませんよ~」

 

 PAさんの言葉のナイフに星歌さんは胸を押さえて苦しそうな表情をする。正論は人を傷つけますね。

 

「PAさんはお料理できるんですか?」 

「も、もちろんできますよ~。と、得意料理は肉じゃがです」

 

 めっちゃ嘘っぽい。あ、でもなんだろう。美人で優しくておっぱいが大きい年上のお姉さんのちょっとダメなところ……ま、まさか……俺の甘やかしセンサーがPAさんに対して反応しているのか!?

 

「嘘つけ。お前いつもコンビニ弁当だから胃と肌が荒れるって嘆いてたろ」

 

 さっきの正論殴りによる意趣返しなのか、星歌さんの言葉を聞いてPAさんが後ろで「うっ」と呻いていた。

 

「レンく~ん。店長がいじめてきます~」

 

 そしてPAさんは何を思ったのか、俺の両肩に置いていた手をそのまま首に回し、後ろから俺を抱き締めて耳元で甘く囁いてきた。

 

 PAさん、めっちゃおっぱい当たってるんですけど。そんなことされたら好きになりますよ。いいんですか?

 

「あ! お前そーやってレンに色目使いやがって……。犯罪だ犯罪! もしもし警察ですか? 不純異性交遊に走ろうとしている女がいてですね……」

「星歌さん、パワハラですよ」

「お前そいつの味方すんのかよ!?」

 

 PAさんがくすくす笑ってる。吐息が耳に当たってくすぐったいですよ。

 

 それにね星歌さん。PAさんの味方するって……当然でしょ。男はおっぱいに勝てない生き物なんだ。

 

 年上の美人な巨乳お姉さんに抱きしめられて微塵も劣情を抱かない男だけが、私に石を投げなさい。

 

「年上のお姉さんに甘やかされたいって常々思っていましたけど……そういう人を甘やかすのも乙なものですね」

「お前、リョウのせいで色々拗らせてんな……」

 

 結束バンドが真剣にミーティングしている一方で、俺は年上の美人なお姉様達といちゃいちゃしていました。PAさんのおっぱいは大きくて柔らかくて気持ちよかったです。

 

 

 

 

「店長っ……店長……!! 私……感動しましたっ!! 虹夏先輩のために、バンドを抜けてこのSTARRYを作ったんですね……!! 涙が、涙が止まりばぜんっ!!」

「はぁ!? ばっ、ち、ちげえし!! 誰が虹夏のためだ!? 私は自分のライブハウスを持ちたかったから作ったんだよ!! 変な勘違いすんな!!」

 

 ミーティングを終えた結束バンドが俺達の方へやってくるや否や、喜多さんは涙で顔面をぐしゃぐしゃにしながら星歌さんに抱き着いていた。

 

 虹夏ちゃん……全部話したのか。

 

「私、もっともっとがんばりますっ!! 結束バンドでメジャーデビューして有名になって、このSTARRYを日本一のライブハウスにして店長を胴上げします!!」

「最後の胴上げは全く意味わかんねえよ!? 日本シリーズじゃねえんだぞ!!」

 

 胴上げはともかくとして……喜多さんがああ言ってるってことは、つまり───

 

「結束バンドは───本気でメジャーデビューを目指すよ」

 

 虹夏ちゃんは俺の目を見て力強くそう宣言した。

 

 なるほど、全員の意思は共有できたということだね。

 

「私はバンドでしか食っていけないし食っていくつもりもない。最悪の場合は虹夏かレンに世話してもらう」

「ふざけんな。てめーの世話なんか絶対してやらないからな」

(お世話しちゃうんだろうなぁ……)

(お世話するわね……)

(お、お世話する。絶対に)

 

 なぜか結束バンドの姉貴を除く三人が気の毒なものを見るような目で俺を見てくるのだった。なんでや。

 

「ぼっちの夢は売れて高校中退」

「え!? 後藤さんそんなこと考えてたの!?」

 

 どれだけ学校嫌いなんだ!? その夢はちょっと……応援できない。せめて高校は卒業しよう! 大学進学までは無理強いしないからさ。

 

「あ……え……あ……」

「学校辞めたら、せっかくできた友達と会えなくなるよ?」

「そ、それは……ちょっと嫌かも……」

「それに、現役女子高生バンドがメジャーデビューして人気バンドになって……俺達の卒業式のための曲を作ってサプライズで卒業式ライブやるのって最高に格好良くない?」

「!!」

 

 後藤さんの顔が上がった。

 

「下級生の『後藤先輩! 握手してください』とか『サインください』っていう長蛇の列ができるかも……」

「!!!」

「なんならテレビ局の取材が来たりして……」

「!!!!」

「後々情熱大陸とかのドキュメンタリー番組で感動エピソードとして語られるかも……」

「!!!!!」

 

 後藤さんの目が大きく見開かれる。な、なんか今まで見たことがないくらい表情がキラキラ輝いてるね。

 

「卒業します」

「ぼっちちゃんが夢の半分をあっさり諦めた」

「さすがレン。ぼっちの心をくすぐるポイントをよく抑えている」

「レンくんって昔からあんな感じなんですか?」

「そう。手のかかる面倒な女であればあるほど……あの男は本領を発揮する」

 

 相手が強ければ強いほどそれに合わせて土壇場で成長するバトル漫画の主人公みたいな言い方なんなの?

 

 まあでも、どういう理由であれ後藤さんがちゃんと学校に通って卒業する気になってくれてよかったよ。さすがに中退はね。いじめとかを苦にやめるならまだしも。

 

「絶対一緒に卒業しようね、後藤さん!」

「は、はいっ!」

 

 後藤さんが力強く拳を握って元気の良い返事をしてくれる。

 

 ああ、成長したなぁ後藤さん。

 

 俺もできる限りお手伝いするからね。困ったことがあったら何でも言いなよ? 必ず力になってあげるから……

 

 大丈夫。今の君なら───きっと

 

 

 

 

「や、山田くん……」

 

 時は少し進んで五月下旬の放課後、俺は隣の席に座る後藤さんに渡された複数の()()()()()に書かれてある数字を見て───背筋が凍るような感覚に陥っていた。

 

 秀華高校第一学期中間テスト

 

 後藤ひとり

 

 現代の国語:十三点

 言語文化:十五点

 数学Ⅰ:三点

 数学A:〇点

 コミュニケーション英語:七点

 論理表現:五点

 地理総合:八点

 公共:七点

 生物基礎:五点

 化学基礎:六点

 

 中退どころか留年の危機だよこれ!?

 

 

 

 

 五月二十九日

 

 全ての中間テストが返ってきたこの日

 

 この日は、俺にとって───生涯忘れることのできない特別な日となった。 

 

 俺の、俺による、後藤さんを留年させないための長く苦しい戦いの幕が切って落とされた日なのだから。

 

 ちなみに五月二十九日は虹夏ちゃんの誕生日です。バンドメンバーとSTARRYのみんなでお祝いしました。甘いはずのケーキの味が絶望の涙でしょっぱく感じました。ぴえん。




 【悲報】佐藤愛子二十三才、原作での名台詞「ガチじゃないですよね」を言えなくなってしまう

 でも安心してください。ぽいずんの出番はちゃんとあります。原作よりかなり前倒しで登場してもらう予定です。

 結束バンドが本気で方向性を決めてからのぼっちちゃんの中間テストオチ。レンくんとのいちゃいちゃお勉強タイムだね。

 次回はちょっと迷い中。多分後藤家に突撃してTシャツを作る話になると思います。原作よりもスケジュールが前倒しになりまくっているので原作イベントの順番もごちゃごちゃになっています。

 こういうお話にしたのは私ですが……

 そして感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございます!

 ぼざろブームが過ぎ去ってあんまり反応がもらえないかなと不安になってましたが、想像の百倍くらい好評でびっくりやら安心やら嬉しいやら複雑です(笑)

 次回もよろしくお願いします!



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#18 ゴトリアスレボリューション

 
 後藤家に行くと言ったな?
 あれは嘘だ。



「おはようございまーす!」

「おはよう喜多ちゃん。今日は二人だけどがんばろうね!」

 

 六月になって、バンドの練習にもますます力が入っている今日この頃……本日は珍しく私と虹夏先輩だけがシフトに入っている。今日はスタ練もお休みだから、正真正銘先輩と二人っきりだ。

 

「虹夏先輩と二人っきり……私、何されちゃうのかしら?」

「もぉ~。何かしてくるのは喜多ちゃんの方でしょ~?」

「そんなにお望みなら……こうしちゃいますよ~!」

「あっ……もう、抱き着いてこないでよ~」

「そんなこと言いながら顔は全然嫌がってませんね~。はぁ~……虹夏先輩、良い匂いがする」

「恥ずかしいから嗅ぐなっ!」

「先輩がそんなに可愛い顔をしてるからいけないんですよ~」

 

 私は後ろから虹夏先輩を抱き締めて思い切り匂いを嗅ぐ。先輩ってバンドメンバーで一番背が低いから抱き締めやすいのよね。なんでこんなに可愛い先輩に彼氏がいないのかしら。私が男だったら絶対放っておかないのに。

 

 あ、リョウ先輩は殿堂入りだからノーカウントよ?

 

「ぼっちちゃんの勉強は大丈夫そう?」

「バイトやスタ練がない日はレンくんと一緒に放課後にお勉強しているみたいです。朝も始業前に二人で宿題の確認をしてますね」

 

 ひとりちゃんの中間テストの点数を聞いた時、私は何かの間違いじゃないのかと本気で疑っちゃったのよね。それに、レンくんのあんなに絶望した表情は初めて見たわ……彼もあんな顔をするのね。

 

「レンくんが一緒なら大丈夫か。あの子、頭良いし」

「私もこの前一緒にお勉強したんですけど……レンくんって教えるのもすごく上手ですよね? しかもあれで成績優秀って……」

「だってレンくん、去年はリョウの宿題を手伝ってたんだよ?」

「え? それって、つまり……」

「レンくんは中三の時点で高一の勉強をリョウと一緒にやってたってこと」

「そんなのありですか!?」

「普通はなしだよ! でも、レンくんもなんだかんだでリョウに甘いから……」

 

 「甘い」で片付けられることじゃないでしょ!? つまりレンくんは、完全な独学で高校の内容を勉強していたってことよね!? 一年も早く!! だったら今の学校の授業ってレンくんにとってじゃ復習みたいなものじゃない!?

 

「リョウが中学校に上がってから、レンくんはいつもリョウの宿題を手伝ってたんだ」

「その結果……常に一年先の勉強をやり続けることになった、と」

「そりゃあ推薦入試の対象にもなるし、新入生代表になるのも当然だよね」

 

 さらっとすごいこと言ってないかしら!? レンくんはいつもいつも「姉貴はやべー」って言ってるけど、一番ヤバいのは君じゃないの!?

 

「あのおバカなリョウが下高に受かったのも……留年しなかったのも、あたしとレンくんの努力の賜物なんだよ」

「え? リョウ先輩って、頭悪いんですか?」

「本気を出せば学年でもトップクラスの成績を出せるけど……勉強に使える脳みその容量が少ないんだ。しかも、勉強し過ぎると反動でベースの弾き方を忘れちゃうっていうおまけつき」

 

 ベースの弾き方を忘れるって……そんなことある!? わ、私の中にある聡明でミステリアスなリョウ先輩のイメージが壊れて……い、いいやまだよ。に、人間誰しも欠点の一つや二つくらいあるわ!

 

 むしろ、聡明に見える先輩が実はおバカさんだったっていうのは、チャームポイントになるじゃない! さすがリョウ先輩ですね!

 

「レンくん曰く、『瞬間記憶能力は姉貴の方が俺より上』らしいよ。まあ、確かにレンくんは一夜漬けっていうよりも、日々の積み重ねで好成績を維持しているタイプだからね」

「───はっ!? もしやレンくんがあんなにも成績が優秀なのはリョウ先輩のおかげ……?」

「ある意味ではね。リョウは反面教師としてはこれ以上ないくらいのお手本だから」

「弟のために自ら身を挺して堕落した人間を演じる……なんて愛にあふれたお姉さんなのかしら!」

「ただのダメ人間だよ?」

 

 ち、違うわよ虹夏先輩。確かにリョウ先輩は普段からだらしなくてレンくんにベタベタ甘えてて、ことあるごとにお金を借りようとしてるけど……それは全部、レンくんがこんな人間にならないよう……心を鬼にしてダメ人間を演じているにすぎないんです!

 

「うーん、この狂信者……喜多ちゃんが一番ヤバい子かもしれないなぁ」

「あ~! そういう意地悪を言う先輩は───こうしますよっ!」

「あはははははっ! や、やめて喜多ちゃん……あたし、あ、あたし……わき、脇弱いのっ!」

 

 虹夏先輩を抱きしめたまま脇をくすぐると、先輩は可愛い笑い声をあげて私に抗議する。……な、なんだろう、この感情。に、虹夏先輩をもっといじめたくなっちゃうっ!

 

「せんぱぁい? そーんな可愛い声を上げちゃって……私を誘ってるんですかぁ?」

「あ……そ、そんなに耳元でふーって、しないでぇ……!」

 

 か、可愛すぎるっ! 何よこの暗黒大陸の五大厄災級の可愛さは!? こ、このドラマー……スケベすぎる!!

 

「私が男だったら先輩を押し倒してキスしてましたよ?」

「なんてこと言うんだよバカぁ!!」

 

 ぷんぷんしながらも先輩は私の腕の中にすっぽりと収まったまま抵抗はしませんでした。そういうところですよ先輩。

 

 でも、これでよーくわかったわ。私が一体何をすべきなのか……私が何のために生まれてきたのかを。

 

「リョウ先輩と虹夏先輩の娘になって───先輩達を守り抜きます!」

「前半の野望は捨てなさいっ!」

 

 はっ! ちょっと待って! 私が虹夏先輩の娘になるということは……つまり店長は私のおば───やめよう。この言葉を口にしても、誰も幸せにならないわ。たとえ店長が今年で三十歳になるとしても……女子力が壊滅していて男の影が微塵もないとしてもっ!

 

「……店長、強く生きてくださいね」

「お前絶対ろくなこと考えてねえだろ」

 

 その後は虹夏先輩と仲良くお仕事をしました。リョウ先輩に会えなかったけど、虹夏先輩成分をたっぷり補給できたから大満足よ! これで明日までがんばれるわね!

 

 あ、そういえばレンくんが尊敬する先輩ってウチの学校の生徒なのかしら? ちょっと調べてみようかな。

 

 

 

 

「二次関数と次の単元の三角比は数Ⅰの鬼門だから、一つ一つ丁寧にやっていこうか」

「は、はい……」

「じゃあ、まずはこの二次方程式を解いて───」

 

 バイトもスタ練もない平日の放課後。俺は中間テスト以降、ほぼ日課となっている後藤さんの勉強会を実施していた。

 

 勉強会の内容は、基本的には復習と宿題。時間に余裕があれば予習までやっているけど、なかなかそこまでは追いつかない。後藤さんはただでさえ遠方から通学しているから、あまり長時間学校に残すわけにもいかないしね。

 

 ただ、通学時間の長さを逆手にとって、俺は百均で売っているような単語帳に数学の公式や理系、文系の用語を書き込んで、後藤さん用の暗記セットを手作りしている。電車の中で一時間半ほど過ごすことになるから、その時間を有効活用しない手はない。

 

「と、解けました……」

「うん……正解。じゃあ、次はグラフを書いていくんだけど、頂点がここってわかってるから、さっき出した二つの解をX軸上に記入して───」

 

 そして、暗記以外に必要な勉強を放課後や朝の始業前にやっている。欲を言えば、家に帰ってからもテレビ電話とかZOOMでお手伝いしてあげたいけど……あんまり彼女のプライベートな時間を潰すのも気の毒だからね。そこはまだ検討中。

 

「こ、こうですか?」

「そうそう。で、Y軸とも交点が……うん、そこだね。あとはその三点と頂点を通るようにすれば───はい完成!」

「で、できた……」

「ね? 慣れるまでは時間がかかるけど、今まで習った公式や解き方を使って、落ち着いてやればできるでしょ?」

「はいっ!」

「じゃあ、次の問題は自力でやってみようか」

 

 俺がそう言うと後藤さんは真剣な表情で問題に取り組み始める。

 

 後藤さんの成績は確かに悪い。めちゃくちゃ悪い。だけど、彼女は授業やテストで手を抜いているわけはないんだ。むしろ授業中は一切寝ることなく、丁寧にノートを取っている。……ただ、授業中の目的がノートを取ることになっていて、授業内容を理解することを意識できていないんだ。

 

 授業態度は良好なのに、宿題もがんばってやってきているのに成績が一向に伸びない。……典型的な要領の悪い子。こういう子に対する指導は難しい。ただ、本人にはものすごくやる気があるからモチベーションを上げる必要がないのは楽だ。

 

 姉貴とは大違い。姉貴は典型的な一夜漬け短期集中型で普段のやる気は皆無。だから姉貴の場合は内容を理解させるよりも、やる気を出させるというところから始めなければならない。

 

 正直、姉貴のようなタイプは教えがいがないんだよな。だって言えばすぐにできるし。なんでこれまでやってこなかったの? って何百回思ったことか。

 

 それに対して後藤さんは素直でがんばり屋さんで本当にいい子。自分ができないことをちゃんと自覚していて、それでも何とかしようと努力するその姿勢……俺は好き。ただ、こういう子はすぐには結果が伴わないんだ。

 

 ゆっくり時間をかけて一つ一つしっかり理解させてから、徐々に徐々に要領のいい勉強法を身に着けていく必要がある。こういうタイプは、いきなり要領の良い方法でガンガン詰め込むとあっという間にキャパオーバーになるからね。

 

 でも安心して後藤さん。どれだけ時間がかかっても、俺が絶対に進級させてあげるからね。次の期末テストでは……平均点五十点以上を目指そうか。

 

「できました……!」

「どれどれ……うん、正解。自分の力だけでちゃんと解けたね。偉い偉い。やればできるじゃん!」

「あ、ふへっ……や、山田くんの教え方が上手だから……」

「俺がどれだけがんばってもね、後藤さんにやる気がなかったら結果は伴わないんだ。だからこれは……二人ともよくがんばりましたってことにしよう!」

「そ、そうですね。ふ、二人でがんばりました……へへっ」

 

 ほんとに素直でいい子だよな。集中力もあるし、これまでの勉強方法が間違っていただけで、これから正しいやり方を少しずつ学んでいけば、どこかのタイミングで成績がグッと伸びるに違いない。典型的な大器晩成型か。超早熟型の姉貴とは何もかも真逆だな。

 

「あ、あの……山田くん。ありがとうございます。こんなダメダメな私に、勉強を教えてくれて……」

「俺も復習になるし、授業内容を自分の中で整理し直せるからお互い様だよ」

「そ、そうですかね? 山田くんにばかり、負担がかかっているような……」

 

 後藤さんが申し訳なさそうな目で俺を見てくる。……罪悪感を感じてるんだな。後藤さんがこういう子だから、俺は何が何でも力を貸してあげたくなるんだよ。

 

「後藤さんはさ。今、喜多さんにギターを教えてるでしょ?」

「は、はい」

「それを負担だなって感じてる?」

「い、いえ……感じてないです」

「それと一緒だよ。後藤さんが無意識の内にできている技術を、きちんと言語化して喜多さんに伝える。……それって、喜多さんだけじゃなくて後藤さん自身にとってもすごく勉強になってるんだよ」

「そ、そういえば……喜多ちゃんに教えるようになって、ギターとの向き合い方が変わったような……」

「そういうこと。俺も、今自分ができていることを後藤さんにわかりやすく教えている。そのおかげで、授業内容の理解が深まっているんだ。だからさ、後藤さんが罪悪感を抱える必要なんてないよ」

 

 俺が宥めるようにそう言うも、それでもやっぱり後藤さんは自分の性格的に、そういうことを強く感じちゃうんだろうな。表情でわかる。じゃあ、そんな彼女に対してどうすればいいのか。答えは簡単。対価を要求すればいい。

 

「後藤さん、学校の近くに新しいカフェができたこと、知ってる?」

「い、いえ。知らないです」

「今度、そこに一緒に行って何か奢ってよ。それでチャラ」

「あ、え……?」

「姉貴には内緒ね? こういうのにすーぐ食いついて来るからあの女は」

「わ、わかりましたっ……」

 

 俺が悪戯っぽく笑ってそう言うと、後藤さんも肩の力が抜けたらしく、笑ってくれた。この子の罪悪感がこのくらいでなくなるなら、いくらでもお付き合いしますよ。

 

(い、勢いで返事しちゃったけど……や、山田くんと二人でお出かけってこと? も、もはやこれはデートなのでは!? いやいやいやいやいや。早とちりするな後藤ひとり。現実を見ろ。山田くんは私に気を遣って提案してくれただけなんだ。自惚れぼっちになっちゃいけない。私はそんな痛い勘違いをしたりしない! ……で、でも気を遣ってくれたとはいえ、二人でのお出かけを楽しむのは別に悪いことじゃないよね? ふへっ)

 

「あと、もう一つ提案があるんだけどさ」

「な、なんでしょう? (あ、危ない危ない。妄想の海で溺れ死ぬところだった……)」

「今日みたいに二人の予定が空いている日は学校で勉強できるけど、どっちかがシフトに入ってたり、スタ練がある日はこうやって勉強するのは無理でしょ? でも、後藤さんの成績を考えたら、勉強会はなるべく毎日やっておきたいんだよね」

「あ、はい。私がおバカ過ぎてすみません。なんで高校に受かったのか今でも不思議に思っています」

 

 それは俺も不思議に思っています。……多分、色々な奇跡が重なったのでしょう。これについては、深く追求しない方が良いと、俺の第六感が告げている。

 

「だからさ。後藤さんの都合さえよければ、夜の九時以降で一時間くらいテレビ電話やZOOMで勉強会をやろうと思うんだけど……どうかな? これなら、お互いが家にいてもできるし」

「え? そ、そこまでやってもらうのは……も、申し訳ない、です。い、今でさえ……山田くんの時間を奪ってるのに……」

「家にいたら姉貴に時間を奪われるだけだから。後藤さんとの勉強会の方がよっぽど有意義だよ」

 

 後藤さんに気を遣っているわけでもなく、これはマジな話である。暇を持て余した姉貴のくだらんことに付き合わされるより、後藤さんと一緒に勉強するほうが一億倍いい。

 

「もちろん、毎日ってわけじゃない。そこは後藤さんの都合を優先するよ。家でギターの練習をしたいときや、体調がすぐれない日もあるだろうしね」

「あ、あの……一つ聞いていいですか?」

「なんでしょう?」

 

 後藤さんが上目遣い気味に俺を見て尋ねた。前髪の隙間から、綺麗な青色の瞳がのぞいている。

 

「ど、どうして……どうして私にそこまでしてくれるんです?」

 

 あ~、確かにそこは気になるよね。俺はもう姉貴の介護に慣れきっているから、まったく違和感とかなかったけど、普通に考えたらそういう疑問が出てくるのも当然だ。

 

 で、後藤さんの質問に対する答えなんだけど……これは実にシンプルだ。

 

「後藤さんを無事に進級させるためだよ」

 

 これに尽きる。いやマジで。これからもっと授業内容は難しくなるし、テストの点数が平均一桁は補習で見逃してもらえるレベルじゃない。で、さすがに留年したらバンド活動どころじゃないだろうしね。最悪、結束バンド解散にまで追い込まれるかもしれない。

 

「あ、そ……それだけ、ですか?」

 

 それだけって……相当重大な問題だからねこれ。下手したら後藤さんの今後の人生に関わるから。

 

 まあ、あとは後藤さんが大事なお友達だっていうのも大きな理由だよ。

 

「と、友達……へへっ」

 

 俺がそう言うと、後藤さんは嬉しさ半分、残念半分と言った複雑な表情をしていた。彼女がなんでこんな表情をしていたのか。

 

 鈍感ラノベ主人公なら気付かないだろうな。でも残念。俺は虹夏ちゃんの英才教育のおかげでこういうことを察する力を身に着けているんだ。

 

「……後藤さん。もしかして───()()()()展開を期待してた?」

「ひぅん!」

 

 俺は虹夏ちゃん直伝の小悪魔スマイルを浮かべ、後藤さんの耳元に唇を寄せてそっと囁くと、彼女は顔を真っ赤にして飛び上がり、思いきり後ずさった。……うん、予想通りの面白反応ありがとね。

 

「そ、そそそそそそういうってどういう意味ですか!? ご、ごごごごごごごごごご後藤ひとり、わかりませんっ!」

「意味って……恋愛漫画的な」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! 煩悩退散煩悩退散!! 後藤ひとり、何も聞こえませんっ!! 何も聞こえませんっっっ!!」

 

 後藤さんが発狂して高速ヘッドバンキングを始めた。やばい。後藤さんの反応が面白すぎてついからかっちゃったけど、大丈夫か? ……まあ、五分もすれば元に戻るか。

 

 そして、想定通り五分後。発狂が解けた後藤さんは机に突っ伏してわざとらしく「私、拗ねてますよ」アピールをしていた。

 

「後藤さん、ごめんね。からかい過ぎたよ。もう、こういうこと言わないようにするからさ」

 

 俺がそう言うと、後藤さんは顔だけこっちを向けてじーっと俺の目を見てくる。……五秒だけ。五秒経ったら視線だけ別の方向にいっちゃったけど。

 

「……私が無事に卒業できるまでお世話してください」

「もちろん。最初からそのつもりだよ」

「えへへっ、じゃ、じゃあ……特別に許してあげます」

 

 後藤さんはふにゃっとだらしなく笑ってそう言った。最初は後藤さんに綺麗な笑顔の練習をさせようと思ったけど……こうやってふにゃふにゃだらしくなく笑ってる笑顔も癒されるな。ゆるキャラみたいで。

 

「そ、それと……山田くんにもう一つお願いがあります」

「お願い?」

「は、はい。……えっと」

 

 俺が尋ねると、後藤さんが鞄の中をごそごそと漁り始める。珍しいな。俺からお世話したり、提案することはたくさんあったけど、こうやって彼女から何かをお願いされるなんて。

 

「こ、これ……歌詞を書いてきました。ひょ、評価をお願いしますっ」

 

 後藤さんが取り出したのは一冊のノート。俺はそれを受け取って一ページめくる。すると、そこに書かれてあったのは、後藤さんのサイン候補だ。十個くらい書かれてあり、正式に採用されたものがページのど真ん中にでかでかと書かれてあった。

 

 うん。これは見なかったことにしよう。

 

 そう思って、一度俺はノートを閉じる。

 

「歌詞って……結束バンドのオリジナル曲の、だよね?」

「は、はい。本当は作曲担当のリョウさんに見せようと思ったんですけど……先に、山田くんの意見を聞いておこうと思って」

「それはいいんだけど……なんで俺?」

「そ、それは……や、山田くんが一番……」

「一番?」

 

 俺が聞き返すと、後藤さんは恥ずかしそうに頬を染めて目を伏せた。

 

「一番……客観的な意見をくれそうだったから、です」

 

 後藤さんの反応に庇護欲センサーがビンビンに発動して暴走しかけていたのを何とか抑えて、俺は冷静に思考を巡らせる。

 

 確かに、虹夏ちゃんや喜多さんは後藤さんに気を遣って歌詞に対してあまり意見を出せないだろう。逆に姉貴は一切気を遣わないからいきなり見せるのはハードルが高い。俺で一旦ワンクッションを挟みたいっていうのが彼女の本音だろうな。

 

「わかった。でも、あくまで素人の評価だからあんまりあてにしないでね」

「い、いえ。山田くんに意見がもらえるだけで、安心できるので……」

 

 大丈夫かこの子? 俺に依存し始めてない? ま、まあ……これから交友範囲が広がって色んな人と出会っていけば問題ないでしょう。うん。

 

 気を取り直して俺はノートをもう一度開く。サインが書かれた次のページに、後藤さんが考えた新曲の歌詞が書かれてあった。

 

 ふーん……なるほどね。

 

 一通り歌詞を読み終えた率直な感想としては「どこにでもありそうな普通の応援ソング」だった。

 

 ただ、歌詞を何度も消しゴムで消し直したり、シャーペンで黒塗りにしてあったりと、後藤さんが苦悩しながら書いたというのがよく伝わってくる。

 

 そして、その苦悩の理由も俺にはある程度想像ができた。

 

 良い歌詞が思い浮かばなかったから苦悩したわけではない。自分の本心とは違うことを歌詞として表現してしまったことに苦悩しているんだ。そしてそれを、後藤さん自身も自覚しているに違いない。

 

 だからこそ、真っ先に俺に見せたのだろう。そういうことを、客観的な視点から指摘してくれる俺に。

 

「後藤さん」

「……はい」

「後藤さんが作詞を担当することになった理由って何だったかな?」

「そ、それは……私は、青春コンプレックスを刺激されるような歌詞が苦手で……禁止ワードが多いから、です」

「うん。そうだね。それで、後藤さんは現状の不満や鬱憤を歌詞にぶつけるようなバンドが好き……そうだったよね?」

「……はい」 

「でも、後藤さんが書いた歌詞からは、そういうものが何も感じられない。むしろ、これは後藤さんが苦手としている、無責任に現状を肯定するような歌詞だ」

 

 じゃあなぜ、後藤さんがあえて自分が苦手とするような歌詞を書いてしまったのか。その理由も俺にはわかる。

 

「これ……喜多さんがボーカルだってことを強く意識した歌詞だよね」

「そ、その通りです……」

 

 喜多さんは、後藤さんとは真逆の性質を持つ天然物の陽キャだ。そんな彼女に、自分が常日頃抱えているような不満や鬱憤をぶつけた、いわゆる陰気な歌詞を歌わせるわけにはいかないと思ったんだろう。

 

 喜多さんが歌うから、明るい青春ソングや応援ソングじゃなきゃダメだ。後藤さんはそう考えたに違いない。

 

「ごめんね。責めてるわけじゃないんだ。ボーカルのキャラクターを考えて作詞するっていうのは、確かに必要なことだし、真っ当な考えだと思う」

「……はい」

「だけどさ。それなら前提から間違ってるよね?」

 

 俺がそう言うと、後藤さんは首をかしげて俺を見る。……ちょっと表現が曖昧過ぎたか。もっとわかりやすく言わないと。

 

「そもそも、そういう明るい歌を喜多さんに歌ってもらうつもりなら……作詞を後藤さんには任せないんじゃない?」

「……あっ」

 

 後藤さん「今気付いた」って顔してる。作詞することに夢中になってて、視野が狭くなってたみたいだね。でも、俺もきっと後藤さんと同じ立場だったら、似たような悩みを抱えてしまっただろう。

 

 俺は、一歩離れた第三者っていう立ち位置だから、こういうことを指摘できたわけだし。岡目八目ってこういうことを言うんだな。

 

「だからさ。一旦、ボーカルのことは忘れて……後藤さんが本当に書きたいもの───後藤さんにしか書けないようなものを見せてほしいな」

「山田くん……」

 

 俺が笑顔でそう言うと、後藤さんは顔を上げて目を丸くしている。さっきまでの不安や緊張はなさそうだ。どちらかというと、安堵しているようにも見えるな。

 

 そして俺はノートを閉じて彼女に返す。ノートを受け取った彼女は、ノートと俺を交互に見比べていた。

 

「ヨシ! というわけで、これから姉貴に歌詞を見せに行こう!」

「は……あ、え……い、今からですか?」

「今から」

「ど、どこに?」

(ウチ)に」

「だ、誰の?」

「俺の」

 

 数秒の、沈黙。

 

 後藤さんは何度も目をぱちぱちとさせて、呆気にとられた表情で俺の顔を見てきた。

 

 

 

 

「はぶぇばぁっ!!!?!???」

 

 後藤さん、本日二度目の発狂。

 

 というわけで、彼女を俺の家に連れ込みます!!




 虹喜多をいちゃいちゃさせて、ぼっちちゃんのお勉強の面倒を見ていたら全然話が進みませんでした。

 次回はぼっちちゃんのドキドキ山田家訪問になります。徐々にラブコメっぽくなってきましたね。

 次で歌詞関係の話を終わらせて、その次こそ後藤家訪問になると思います。

 それでは、前回も評価、感想、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 今後もよろしくお願いします!

 もっと原作で虹喜多いちゃいちゃしろ!




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#19 彼女と俺の家


 ごとりちゃん暴走回!



 た、たたたた大変なことになってしまった!!

 

 中学時代……どころか人生で一度もお友達のお家に行ったことのない私が、十五年の時を経てついに、ついにお友達のお家訪問をすることになるとは!!

 

 よもやよもやだ。ぼっちとして不甲斐なし!! し、しかも……しかもそれが男の子の家とか!! 女の子の家でさえ未知の世界だというのに、男の子の家!? しかもイケメン……クラスで一番、どころか学年でも多分トップクラスのイケメンのお家に!!

 

 私、今日で死ぬんじゃないだろうか。

 

 彼のことを好きな子に殺されたりしないだろうか。

 

 陰キャでゴミクズな私が山田くんのお家にお呼ばれされちゃってごめんなさい。緊張もある。申し訳なさもある。

 

 でも、それ以上にイキってイキって声高に自慢しまくりたい~~~~~っ!!

 

 いやね。だってクラスのイケメンに「後藤、今から俺ん家来いよ」(そんな言い方はしてない)なんて言われたら「はい♡」ってなっちゃうじゃん!! 

 

 どうしようどうしようどうしよう!? 「今日は帰さないよ」とか言われちゃったらどうしよう~~~~!!?? あ、だ……ダメです山田くん。リョウさんが、いるのに……「ひとり、あんまり声を出すなよ」だって……ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!! 

 

 ……ふぅ。落ち着こう。私の悪い癖だ。山田くんがそんなことを言うはずがない。そもそも、歌詞をリョウさんに見せるために山田くんのお家に行ってるんだ。山田くんがそんな……え、えっちなことを考えてるわけない!

 

 で、でも……年上のおっぱい大きいお姉さんに甘やかされたいって言ってたから……。あ、でも私は年上じゃないですね。はい。

 

 いや待てよ? もしも山田くんの誕生日が私より遅かったら私の方がお姉さんってことにならないだろうか? 

 

 それはないか。だって私の誕生日って二月二十一日だから。私より遅い確率なんて十パーセントもないんだよ? 期待するだけ無駄だね。

 

 でも、もしかしたら……もしかしたら山田くんの誕生日が三月くらいっていう可能性もあるしぃ? そんなに期待はしてないよ? 期待はしてないっすよ? こんな確率の低いことを期待するなんて、まるで私が夢見がちな妄想バカ女みたいじゃないですか!

 

 ただ……こう、さりげなく、何気ない雑談の中で彼の誕生日を聞いちゃうのわね。仕方ないよね?

 

 さりげなーく、さりげなーく……

 

「や、やあまあままままままだくんのお、おおおおおお誕生日はいつでしゅか?」

「突然どうした!? え? 誕生日? 俺の?」

 

 そうです。そうです。山田くんがびっくりした表情で私を見てくる。あ、そんなに見つめないでください。五秒以上は目を合わせないでください死んでしまいます。

 

「三月三日だけど……それがどうかした?」

 

 しゃあっっっっっっっっっ!! 大勝利!! 大勝利!! 後藤ひとり大勝利!! 彼は私より誕生日が遅い。つまり私の方がお姉さん。ぶへへっ、ぶへへっ。

 

「わ、私のこと……と、時々ならお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんですよ?」

「いきなり何を……あ、あー……そういうこと。そういうことね……」

 

 ぐわああああああああああっ!! キモイ!! キモすぎる!! 今の私の発言キモすぎだろ!! 何を……何を血迷って同級生の仲の良い男の子に「お姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」だ!!

 

 ぐげろげごごごっ!? 血迷ってるYO!! 血迷い続けの人生だYO!! 調子に乗ったYO!! 後藤ひとり!!

 

「……じゃあ、俺の精神が限界に来たときは、お姉ちゃんに甘やかしてもらおうかな?」

 

 気遣いが……気遣いが痛い!! ごめんなさい山田くん!! こんなくだらないことにまで気を遣わせちゃってごめんなさい!! 君以外の男の子だったら絶対ドン引きして明日から口きいてくれませんでした!!

 

「あ、そうだ。俺も後藤さんに一つ聞きたいんだけどさ」

「な、なななななななななんでしょう!?」

 

 ひぃん!? な、何を聞かれるんだろう。「どうしてそんなに笑い方が気持ち悪いの?」とか言われたら私はもう!! 絶対に!! 学校にもSTARRYにも顔を出せなくなる!!

 

「後藤さんっておばけは平気?」

「お、おばけ……ですか?」

「うん」

 

 はえ? な、なんだろうこの質問。ぜ、全然予想してなかったよ。

 

 と、とにかく答えないと。おばけ……おばけ……。

 

「へ、平気ですよ。音でしか存在を主張できないところとか、むしろ親近感がわくというか……」

「ふ、ふうん……そうなんだ」

 

 知らない間にお墓にいることもあるし。でも、どうして山田くんはこんなことを聞いてきたんだろう? おばけなんて別に……はっ!!

 

 も、もしや山田くんはおばけが苦手なのでは? だから頼れるお姉ちゃんである私に平気かどうか尋ねたんだ! そうに違いない!

 

 ふへっ、ふへへへへっ。

 

 や、山田くぅん。可愛いところあるじゃないですかぁ。も、もしおばけが出てもお姉ちゃんがしーーーっかり守ってあげますからねぇ。ぶへへへへへっ!

 

(年上と判断するには微妙だけど……優しくて(本気を出せば)可愛くて胸大きくて素直で俺の庇護欲を掻き立てる……。あれ? もしかして後藤さんって俺の理想にかなり近かったりする?)

 

 どさくさにまぎれて「レンくん」って呼んじゃう? 呼んじゃうぅ? むほほほほっ!!

 

 

 

 

「とうちゃーく! 後藤さん、ここが俺の家ね」

「お、おっきい……」

 

 山田くんのお家はものすごい豪邸だった。お家自体も大きいし、庭もかなり広い。あ、そういえばご両親がお医者さんって言ってたよね。

 

 お金持ちでイケメンで優しくて頭が良くて背が高い……君、生まれてくる世界を間違えてませんか?

 

「はい、後藤さん。どうぞ」

「お、おじゃ、おじゃみゃ……お邪魔しますっ」

 

 大きな門を通って、広い玄関に案内されると、山田くんがスリッパを出してくれた。こ、このスリッパ……ふかふかですごく履き心地が良い。

 

「ぼっち、ようこそ。我が屋敷へ」

「あ、リョ、リョウさん! お邪魔します。あ、あのっ……歌詞、歌詞を持ってきました!」

「レンから聞いてる。部屋で見るからおいで。……レン、飲み物とお菓子。大至急」

「へいへい」

「あ、お、おかまいなく……」

「大丈夫。ぼっちが遠慮したらその分を私が全部食べる」

「晩飯食えなくなるだろうが」

「晩御飯も全部食べる」

「そう言ってこの前も姉貴が残した分を俺が食べたよな?」

「いつまでも昔のことをぐちぐちと……ねちっこい男は嫌われるよ」

「じゃあ、俺のことを嫌ってる姉貴の分は用意しなくていいな」

「嘘嘘!! 大好きだから持ってきて!!」

 

 山田くんは呆れた表情をしながらも、廊下をまっすぐ進んで奥の部屋へと入っていく。や、山田くんとリョウさんって家でもこんな感じなんだ。STARRYにいる時と何一つ変わらない……。

 

「部屋は二階だから。こっちだよ」

「あ、はい」

 

 そして私はリョウさんに呼ばれて階段を登り、二階の廊下を進んでとある部屋のドアの前で立ち止まった。

 

「ここ」

「リョウさんの部屋ですか?」

 

 私が尋ねるも、リョウさんは怪しく笑うだけで答えてくれない。な、なんですかその笑顔?

 

 リョウさんがドアを開けると、整理整頓されたシックでお洒落な部屋が視界に広がった。勉強机、本棚、テーブル、ギター、ベッド、カーペット、人をダメにするクッション。掃除もちゃんと行き届いてる。

 

 い、意外だ……。リョウさんの部屋ってもっと壊滅的に散らかってると思ってた。

 

「リョウさん、このギターって……」

「ん? ああ、それは昔レンが使ってたギターだよ。YAMAHAのPACIFICA 。コスパが非常に良いギター。デザインも良いし、レンもすごく気に入ってた」

 

 色は山田くんの髪色に合ったIndigo Blueだ。……か、カッコいい!! わ、私も二代目のギターを買うならYAMAHAにしようかな?

 

「でも、山田くん……もうギターをやってないんですよね?」

「本格的にはね」

「本格的には?」

 

 どういうことだろう?

 

「最初は私のベースのセッション相手のために強制的に練習させてたけど……」

 

 そ、そんなことさせてたんだ。

 

「私がバンドに入って、その必要がなくなって……レンはギターを弾かなくなった。でも、ギターが嫌いってわけじゃないよ? 元々、身体を動かす方が好きなだけだったから。私と違って」

「そ、そういえば……本気でやるとしたらドラムって山田くんが言ってたような……」

「それは虹夏が洗脳した」

 

 に、虹夏ちゃん……

 

「でも、最近になって……レンはまたギターをちょくちょく弾くようになった。まあ、お遊びみたいな感じだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。ぼっちのせい」

「わ、私のせい!?」

 

 わ、私は何もしてませんよ!?

 

「ぼっちがギターヒーローだってわかったあの日の夜……久しぶりにレンの部屋からギターの音が聴こえてきた。レンはね、ぼっちの演奏に脳を焼かれちゃったんだよ?」

 

 の、脳を焼かれたって……私、もしかして山田くんにイケないことしちゃったんですかぁ!?

 

「虹夏はレンを自分色に染め上げようとするし、ぼっちはレンの心に消えない爪痕を残すし……レンの周りには悪い女ばかり集まる」

 

 山田くんの周囲にいる中で、一番悪い女はリョウさんなのでは?

 

「……ぼっち。『一番悪い女は私』って言いたい顔してるね」

「し、ししししししてないでしゅよ! わ、わた……私がリョウさんにそんなこと思うわけないじゃないですかっ……!」

「ぼっちは悪い子だ。そーんな悪い子には、お仕置きしないとね」

 

 リョウさんが怪しく笑いながら私の手を掴み、そのまま私をベッドに座らせた。

 

 かと思ったらいきなり押し倒してきたぁ!?

 

「ぼっちはギターとこのおっぱいでレンを誘惑したのか」

「ゆ、誘惑なんか……してません……」

 

 むしろ山田くんの方が誘惑してきました!!

 

「これはもう『ぼっちちゃん』じゃなくて『えっちちゃん』だねぇ」

「ひぃんっ」

 

 ふーっってされたぁ!? 耳ふーってされたぁ!? りょ、リョウさんも、山田くんも顔立ちがよく似てるから……そ、そんなに顔を近づけられると……へ、変な気分になっちゃう……

 

「さーて……こんな可愛いえっちちゃんをどうしてくれよう───」

「人の部屋で何してんの?」

 

 部屋のドアが開いたかと思うと、そこにはお菓子とジュースを乗せたトレーを持った山田くんが立っていた。……も、ものすごく冷たい目でこっちを見ている!! こ、こっちというよりリョウさんを……

 

「なあ、()()()()()()()()で何してんの?」

 

 あ、リョウさんが冷や汗かいてる。か、身体もちょっと震えてるような……

 

 でも待って!! ちょっと待って!! それよりも私はぁ!! 気になっていることがぁ!! ありまぁす!!

 

「こ、こここここここここってリョウさんの部屋じゃにゃいんですか!?」

「……俺の部屋だよ、後藤さん」

 

 オレノヘヤ、オレノヘヤ……つまりここは山田くんのお部屋ということで……私は今、山田くんのベッドに寝ているということで……

 

 あっ───

 

「大変だレン。ぼっちが溶けた」

「そこに座れ」

「ぼっちが───」

「正座」

「あの……」

「早く」

「はい。ごめんなさい」

 

 薄れゆく意識の中、私が最後に見た光景は涙目で正座しているリョウさんの前で仁王立ちしている山田くんだった。

 

 

 

 

「親しき中にも礼儀ありって言葉知ってる?」

「知ってます」

「じゃあさ、なんであんなことしたわけ? 別にさ、リョウが勝手に俺の部屋に入ってるなんて日常茶飯事だし、俺のベッドで漫画読んで寝落ちしてることもしょっちゅうあるから、そういうのは気にしないよ? でもさ、今日は後藤さんがいたよね? 後藤さんにここは俺の部屋って説明した? してないよね? あたかもリョウが自分の部屋みたいに騙して連れ込んだんでしょ? 百歩譲って連れ込むだけならいいよ。でも、ベッドに押し倒すのはどうかと思う。後藤さんはただでさえ人見知りで内気な女の子だよ? 入学して二か月経って、ようやく俺以外の男子ともあいさつできるようになってさ。ちょっとずつ異性にも慣れ始めてさ。そういうデリケートな時期なわけ。そんな時期に異性のクラスメイトの部屋に勝手に連れ込んでベッドに押し倒したりしてさ。後藤さんが異性に対して拒絶反応を示してトラウマ抱えちゃったらどう責任取るつもり?」

「ごめんなさい……」

「謝る相手が違うよね?」

 

 い、意識を取り戻したら……や、山田くんがリョウさんにガチ説教していました。こ、怖い……や、山田くんって怒ったらこんな感じになるんだね。ど、怒鳴ったりしないで淡々と正論で相手の痛いところをグサグサ刺してくる。

 

 よ、余計に怖いよっ!

 

 ぜ、絶対に山田くんを怒らせないようにしよう。私、山田くんにこんな感じで怒られちゃったら立ち直れなくなっちゃう!! 

 

 私は山田くんのベッドに寝転がったままガタガタ震えていた。普段優しい人が本気で怒ると怖いっていうのは本当だったんだね。

 

 正直、山田くんのベッドで寝ていることに対する緊張感とかドキドキはどこかにいっちゃいました。あ、でもベッドは山田くんの匂いがしてちょっと変な気分になっちゃったのは本当です。

 

「ほら、後藤さんが生き返ったし、ちゃんと謝りな」

「……ぼっち、ごめんなさい。調子に乗り過ぎました」

「あ、いえ……私は、全然、き、気にしていないので……」

 

 リョウさんが目を真っ赤にして涙を流しながら深く頭を下げる。りょ、リョウさんってそんな顔もできるんですね!? わ、私にはそっちの方がびっくりですよ。

 

「あの……本当に、気にしてないから。……ね? か、顔上げてください。……山田くんも、私、本当に大丈夫だから」

「……後藤さんがそう言うなら」

「ぼっち優しい。好き」

 

 リョウさんがそう言って私にギュッと抱き着いて、私の胸に顔を(うず)めてくる。ど、どうしよう……ふたりにやってあげるみたいに、頭を撫でた方がいいのかな?

 

 どうしていいかわからず、とりあえずリョウさんの頭を撫でていると、山田くんが呆れた表情になって思い切りため息を吐いていた。

 

 え? え? わ、私……何かやっちゃいました?

 

 はっ!? なんか今の私「なろう」っぽい! なろうぼっち!

 

「ほんとにごめんね後藤さん。あと、()()はあんまり甘やかさなくていいから。どうせ飯食ったらケロッとして元通りになってるし」

「わ、私こそごめんなさい。や、山田くんのお部屋だとは知らずにはしたない真似を……」

「いや、後藤さんは何も悪くない。それに、俺の部屋は半分姉貴の部屋みたいなもんだからね。気付かなくても仕方ないよ」

 

 うん。全然気付かなかった。絶対リョウさんの部屋だって思ってたもん。でも、今になって部屋をしっかり眺めてみると、高一の教科書が勉強机に並んでることに気付いた。……私のバカ。

 

「ほら、姉貴もいつまで泣いてんだ。晩飯は姉貴の好きな生姜焼き作ってやるからいい加減泣き止め」

「……うん」

 

 や、山田くんもリョウさんにあまあまだっ! あれだけ厳しいことを言っていたのに……

 

「後藤さん。よかったら晩御飯食べていってよ。迷惑かけたお詫びにさ」

「め、めめめめ迷惑だなんてそんな……」

 

 むしろ役得……って、何考えてんだ私!!

 

「じゃあ、俺の顔を立てると思って。ね?」

「お、お母さんに連絡しますっ」

 

 「ね?」って!! 「ね?」って!! き、君みたいなイケメンにそんな笑顔で言われたら断れるわけないよっ!! 断るヤツは女じゃねえ!!  心が漢の中の漢に違いないっ!!

 

 あ、お母さんからめちゃくちゃテンションの高いロインが返ってきた。

 

 ……山田くんのお家だっていうことは黙っておこう。

 

「あ、あの……そ、それじゃあ、お言葉に……甘えまして……」

「よかった。今日は父さんも母さんも帰りが遅いから二人だけの予定だったんだよ。だから、後藤さんが一緒に食べてくれて嬉しい」

 

 ぐわあああああっ!! そ、そんな……そんな爽やかにはにかみながら言わないで!! わ、私の中にある何かが浄化されてしまうぅぅぅぅぅぅ!!

 

「じゃあ、晩御飯の準備してくるから。姉貴、その間にちゃんと歌詞を見てあげなよ?」

「……わかった」

 

 そ、そうだった! 今日はリョウさんに歌詞を見せるために山田くんのお家にお邪魔したんだった!

 

 い、色々衝撃的なことが多くて忘れてた。

 

「リョウさん……そろそろ、大丈夫です?」

 

 山田くんが部屋を出て行ったあと、未だ私に抱き着いているリョウさんに声をかける。

 

「ぼっちのおっぱい柔らかくて気持ちいい。……もうちょっとだけだめ?」

 

 リョウさんは顔を上げて上目遣い気味に私を見る。そ、そんな山田くんに似た目で……涙目の上目遣いで見ないでくださいっ!! わ、私の中にある邪な感情が暴走してしまう!!

 

「も、もうちょっとだけですよ」

「……ありがと」

 

 妹が増えたみたいだなぁ。と、私はリョウ先輩の頭を撫でながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

「ぼっち的には、この歌詞で満足?」

「し、してないです……」

「だろうね。こんなの、ぼっちらしくない。郁代が歌うことを意識し過ぎて、個性が死んじゃったありきたりな歌詞になってる」

 

 ふぐぅ!? さ、さっきまでベタベタ甘えて泣いてた人とは別人だ。や、山田くんよりも直球の言葉で私の歌詞を評価している。

 

 で、でも……思ったよりもショックじゃない。山田くんに指摘されてワンクッション挟んだっていうのもあるけど、それ以上に自分でしっかり自覚できているからだ。

 

「さっきも言ったけど……私、昔は別のバンドに所属してたんだ。私は、そのバンドの青臭くて真っ直ぐな曲が大好きだった」

 

 だけど、そのバンドは次第に自分達の曲ではなく、売れるための曲を作るようになり始めた。

 

 でも、その気持ちはよくわかる。自分達の個性を出すことはすごく大事。ただ、それ以上に「売れたい」っていう気持ちもすごく大きいんだ。自分達の個性を精一杯出した結果、誰にも認められない。誰からも評価されない。そんなのは、辛すぎる。

 

「そんなバンドに嫌気がさして……やめたんだよ。バンドを抜ける時も、ちょっと揉めたんだけどね」

「そ、そうだったんですか……」

「結局、そのバンドは解散。私はベースを弾くことすら嫌になって……あの頃はレンに迷惑かけてたなぁ」

 

 い、今でも十分かけていると思います。っていうのは野暮なツッコミなんだろうな。そんなことを言える空気じゃないし。

 

「でも、そんな私に虹夏が声をかけてくれた。こうしてできたのが結束バンドなんだよ」

 

 結束バンドができるまでにそんな経緯があったとは……私を誘ってくれたのも虹夏ちゃんだし。虹夏ちゃんがいなかったら、このバンドは存在していないんだね。

 

「バラバラな人間の個性が集まって、それが一つの音楽になる。だからぼっちも、つまんないことは考えないで、自分の好きなように書いてよ。私も、みんなも、ぼっちが書いた、ぼっちにしか書けない歌詞が見たいんだ」

 

 リョウさんはそう言って優しく私に笑いかけてくれる。その笑顔を見て、私は思う。やっぱり二人は姉弟なんだな、と。

 

 リョウさんと二人っきりで話したことはあまりなかったけど、少しだけ……リョウさんのことが分かった気がする。こんなに真剣に、音楽と向き合って真面目なお話ができる人だったんだ。

 

「ヨシ! じゃあ真面目な話はここまでにして……」

 

 あれ? なんか雰囲気が変わって……

 

「ぼっち。私のレンを婿にどう?」

「ぶほっ!!」

 

 の、飲んでたジュースを思いっきり噴き出しちゃった……。てぃ、ティッシュ、ティッシュ。

 

「この程度で動揺するとは、まだまだ甘いぞぼっち」

「い、いいいいきなり何を言うんですか!?」

「ごめん。婿は確かに早かった。私のレンを彼氏にどうだい?」

「か、かかかかかかか彼氏って……!?」

 

 そういう……そういうことじゃないです! いきなり山田くんを彼氏って、会話に脈絡がなさすぎる(自分のことは棚上げ)!! と、というか……リョウさんってそういうことに興味がある人間だったんですか? そっちの方がある意味びっくりですよ。

 

「あれは良い男だ。ルックスはもちろん、優しいし甘やかしてくれるし理解はあるしこっちの心情をすぐに察してくれるし、おまけに家事も勉強もできる。私によく似て、できた弟だ」

「それ、ツッコミ待ちですか?」

 

 思わず言っちゃった。山田くんとリョウさんが似ているのは顔立ちだけです。他には似ているところなんて何もありませんよ。

 

「姉の贔屓目を抜きにしても、あれほどの男はそういない。相当な優良物件だと思うがね?」

「そ、それは私もわかりますけど……話が飛躍し過ぎですっ! そ、それに、虹夏ちゃんがいるじゃないですか?」

「正直、虹夏とレンはいつどのタイミングで付き合い始めてもおかしくない距離感だけど……でも、お互いがお互いに告白することはないと思う」

「な、なんでですか? 二人は幼馴染なんですよね?」

「幼馴染だからだよ、ぼっち」

 

 リョウさんが不敵に笑った。リョウさんがこうやって笑う時って、大体的外れなことを言うんだよなぁ。

 

「二人の関係は、あれである意味完成しているんだ。今さら二人とも、その関係をどうこうしようっていう気はない。まあ、そもそもお互いに恋愛感情がないっていうのも大きいんだけどね」

 

 そ、そう言えば前に……「幼馴染は負けヒロイン」ってリョウさんが言ってたような……

 

「虹夏ってああいう性格だから、母性を求める愚かな男共にばかり告白されていたけど……虹夏はあれでかなり甘えたがりなんだ」

「そ、そうだったんですか?」

「だから虹夏は、自分が本当に辛いときに甘えることができる相手として、レンを作り上げた」

 

 何か虹夏ちゃんがすごい悪女みたいに言ってるけど……そもそも山田くんがあんなに甘やかしたがりなのはリョウさんが原因ですよね?

 

「虹夏の光源氏計画は成功したと言っていい」

 

 リョウさんは腕を組んでうんうんと頷いている。

 

「だから虹夏は、恋愛感情とはまた違う……重い感情をレンに持っていたりする」

「だったら、山田くんに彼女ができたら余計に拗らせちゃうんじゃ……」

「かもしれない。でも、今のままだと虹夏がレンにずるずる依存しちゃって一線を越えちゃう可能性だってある。そうなったら、誰も幸せにならない」

 

 い、依存……それはちょっとわかるかも。山田くんって、すごく頼りになって優しくて何でも受け入れてくれて……正直私も、彼のそういう部分にかなり甘えちゃっている。

 

「まあ、それはあくまで最悪の可能性だけどね。ただ、バンドを続けていくとこれから先辛いことはたくさんある。そういう時に、虹夏がレンじゃなくて私達を頼ってくれるような……そんな関係にしていきたい」

 

 そ、そうだよ。リョウさんの言う通りだ。確かに私達は虹夏ちゃんの優しさや包容力に甘え過ぎている部分がある。でも、そうじゃなくて……虹夏ちゃんがちゃんと私達を頼ってくれるように、もっともっと、私達がしっかりしなくちゃいけないんだ!

 

「……リョウさん、もしかしてそれが本当に言いたいことだったんですか?」

「……うん」

「じゃあ、山田くんが彼氏うんぬんのくだりは!?」

「ぼっちの面白い反応が見れると思って」

 

 やっぱりリョウさんはリョウさんだったよ。すごく良いことを言っているのに……他の言動で全てを帳消しどころかマイナスにしちゃってる。

 

「でも、全部冗談ってわけじゃないよ。ぼっちは結構、レンの理想としては良い線いってる」

「はえ!? そ、そそそそそんなことないでしょう!?」

「ある。レンは常々『年上の巨乳お姉さんに甘やかされたい』ってほざいてるけど……ぼっちはその条件に当てはまる部分が多い。おっぱい大きいし、さっきみたいに私を優しく慰めてくれる母性もある。しかもレンの庇護欲&甘やかしセンサーが全開で発動している。二人の相性は悪くない……むしろ良いと思ってる」

「あ、ふへっ。ふへへへへっ。しょ、しょんなことないですよ~」

「そういうだらしない笑顔もレンの心をくすぐるポイント」

 

 いや~っ! そうかぁ! そうかぁ! 私はいつの間にか!! 山田くんにとって理想の女になっていたということかぁ!!

 

 いやいや待て待て落ち着け落ち着け後藤ひとり。これはあくまでリョウさんが勝手に言っていること。ここで調子に乗って山田くんに変な態度で接してみろ。察しの良い彼のことだ。私とリョウさんの間でどんな会話が繰り広げられたかすぐに理解しちゃうに決まってる。

 

 ここは毅然として!! クールな私にならなければ!!

 

 でも理想的なんだって♡ 私は山田くんの理想の女神様なんだって♡(そこまで言ってない)

 

 ぐへへっ、どうしよう……思わず顔がにやけちゃう。

 

「レンと付き合ったら、今ならもれなく私もついてくる」

 

 すごくれいせいになった。そうだよ、山田くんと付き合うってことは、リョウさんとの関わり方も変わってくるってことだ。

 

 ……い、いらない。

 

 浮かれ気分が一瞬で吹き飛ばされちゃったよ……

 

「おかしい。郁代なら喜んで食いついてくるのに……」

 

 狂信者の喜多ちゃんと一緒にしないでください。

 

「き、喜多ちゃんは山田くんをどう思っているんでしょうか?」

「郁代は完璧すぎる男には靡かない。何かしらの欠陥を抱えていて『私が支えてあげなくちゃ!』と思わせるようなダメンズに惹かれて身を滅ぼすタイプ」

 

 ごめん喜多ちゃん……!! 否定、できないっ!!

 

「まあ、付き合う付き合わないは個々人の自由として……」

 

 散々引っ掻き回しておいて身も蓋もないことを言い出した!

 

「レンと付き合うことはなくても……()()と仲良くなった女は、将来必ず苦労する」

 

 ど、どういうことだろう?

 

「無意識の内に、レンと他の男を比べちゃうから」

 

 その瞬間、私は背筋が凍るような感覚に陥った。い、言われるまで気付かなかった……。き、喜多ちゃんや虹夏ちゃんみたいに、他に仲の良い男の子が多そうな人達はともかく……

 

 わ、私は山田くん以外に仲の良い男の子がいないっ!! 

 

 つ、つまり……私の中の男の子の基準が彼になっちゃうってこと!!

 

 それが何を意味するか……行き遅れ、生涯独身、ショッピングモールで買い物をしている家族連れに感じる劣等感、孤独死、店長さん……

 

 あ、あばばばばぼいfひゃじょkばばあばばばけうypばあああばっばばばあbっばばっばあはおjはぼあお!!??

 

 

 

 

「姉貴ー、後藤さーん。ご飯の準備で来たよ───って、なんで後藤さんバグってんの?」

「レンのせい」

「何もしてねーだろ!?」

 

 数分間意識を失った後、山田くんの手作り生姜焼きをいただきました。ものすごく美味しかったです。

 

 き、君に欠点はないのかな? いや、欠点がないことが欠点になりうるという……も、もはや哲学だよ!

 

「お口に合ったみたいでよかったよ」

 

 あ、そんな風に優しく笑いかけないでください。リョウさんのせいで今ちょっと……君の顔をまともに見れないので。

 

「レン、おかわり」

「自分でやれ」

 

 そう言いながら山田くんはリョウさんのお茶碗にごはんをよそってあげていた。君! ほんとそういうところだよ!? 

 

「もう遅いし、駅まで送っていくよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 美味しいご飯を食べて満腹になったら気持ちがちょっと落ち着いた。……ふぅ。これなら山田くんと二人で駅まで歩いても平気そう───

 

「ぼっち、ぼっち」

 

 玄関でリョウさんに呼び止められ、嫌な予感がしながらも無視するわけにもいかないのでリョウさんの方を見る。

 

 するとリョウさんは、悪戯っ子みたいな表情を浮かべて私にそっと耳打ちした。

 

 

 

 

「レンが()()()()()()()()で家に呼んだのはぼっちが初めてだから」

 

 

 

 

 その言葉を聞いて数秒間、私は硬直し……そして───

 

 爆発四散した。

 

 あ、ちゃんと復活したので電車には間に合いましたよ。終電に間に合わなくて山田家にお泊りすることになるなんて……そんなラブコメ展開に!! 私がこれ以上耐えられるはずがないっ!!

 

 でも、数日間は山田くんのことを変に意識しちゃってよそよそしい態度になってしまいました。

 

 山田くんが悲しそうな顔をしてたけどごめんね! ちょっと……ちょっとだけ時間をくださいっ!

 

 これも全部全部ぜーんぶ……リョウさんが悪いっ!! 




 ぼっちちゃんの愉快な山田家訪問でした。
 レンくんの出番はほぼありません。山田とぼっちちゃんがひたすらいちゃいちゃするお話になりました。

 ぼっちちゃん視点は初めてですごく難しいのですが、どんな言動をさせても「ぼっちちゃんだから」で許されるのが最大の強みだと思います。

 次回はおそらく後藤家でTシャツを作る話になると思います。

 ずっとぼっちのターン!

 感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございます!

 次回もよろしくお願いします!



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#20 Hello,(Goto)world!

 
 前回家に連れ込んだ女の家に転がり込む女たらしムーブ回。



「暑い……ぼっちの家、まだ?」

「もうちょいだから我慢しろ」

「無理。おんぶして」

「余計暑くなるだろーが。いろはすやるから飲んでろ」

「いろはすは桃が至高」

「は? みかんなんだが?」

 

 六月第二週の土曜日、結束バンドの面々プラス俺は神奈川県横浜市金沢区を絶賛闊歩中だった。理由は、後藤さんの家庭訪問。というのも、後藤さんの歌詞が完成し、姉貴も作曲が終わったのでそのお披露目&バンドTシャツ作り&今後についてのミーティングを実施するためだった。

 

「レンくんがあたし以外の女の子をお家に呼ぶ日が来るとはね~」

「自分の彼女を姉貴に会わせるのって普通に嫌じゃん」

「レンの私に対する独占欲が強すぎて辛い」

「暑さで脳みそ溶けたか?」

 

 俺が後藤さんを自宅に招いたことは、翌日には他のメンバー……虹夏ちゃんと喜多さんに知れ渡っていた。原因は俺の後ろで軽口を叩きながら歩いているクソ姉貴。別に秘密にしてたわけじゃないけど、口が軽すぎるだろこの女。

 

「ひとりちゃんだけずるいですー! 私もリョウ先輩のお家に行きたいっ!」

「いつでもおいで。歓待するよ。レンが」

「……レンくん、ひとりちゃんがレンくんのベッドで寝たって本当? もし本当なら、私もレンくんのベッドで寝たら実質リョウ先輩と寝たことに……」

 

 真顔で何言ってんだこの女!? やっぱ喜多さんが結束バンドで一番やべーヤツかもしれない!!

 

「もっと正確に言うなら、私がぼっちをレンのベッドに押し倒した」

「お前ほんとに何やってんの!?」

「わ、私のことも押し倒してください!」

「いいよ。ぼっちの家であの時の情熱を再現してあげよう」

「リョウ先輩……♡」

「レンくん。二人はここに捨て置いてあたし達だけで行かない?」

 

 虹夏ちゃんがジト目で二人を眺めながらそう言った。その提案に激しく同意。もうこの二人はダメだ。俺達の手に負えないよ……。それぞれ単品なら対処のしようがあるのに、二人揃うと頭ハッピーセットになるからな。

 

 あと、なんで俺も一緒に来ているのかというと、姉貴がばあちゃんに今年十回目の峠越えをさせようとしていたからシバキ倒して駅まで連行する必要があったっていうのが一つ。

 

 もう一つは、後藤パパママに名指しでお呼ばれしたから。

 

 後藤さんも、俺の家から帰ったその日に山田家に行っていたことがバレたらしい。……まあ、あの子は嘘をつくのが下手だからな。隠し事とかできないタイプだし。

 

 後藤パパママ曰く、後藤さんがお友達の家にお呼ばれされたのが人生で初めてだったらしく、そのお礼をしたいということで俺を指名したんだ。そんなに気を遣わなくてもいいのに。

 

「レンはぼっちの初めてを奪った男」

「ひとりちゃんの初めてのお友達だものね」

「ぼっちちゃんの生演奏を初めて聞いたのもレンくんだし」

「初物食いのレン。ぷっ……クズみたいな二つ名」

「弟の評判下げる二つ名をつけて楽しいか?」

 

 語弊のある言い方やめーや。事実かもしれないけど、そういう言い方すると俺が色んな人に誤解……いや、後藤さん相手なら誤解されるわけないか。

 

「あ、ナビだとひとりちゃんのお家、もうすぐみたいですよ」

 

 喜多さんがスマホの画面を見ながら俺達を先導していく。うん……もうすぐ着くのはとても喜ばしいことなんですが、今俺達が歩いている住宅街のとある一軒が嫌でも目に付くんですが……まさかそこじゃないよね?

 

 なーんか……横断幕みたいなもんがかかっているお家があるんですけど。

 

「えーっと……このお家」

 

 お? セーフだったか、ヨシ!

 

「───の隣ですね!」

 

 はい。アウトォォォォォォォォォ!!

 

「やっとか……体中の水分が絞り取られ───」

 

 死にそうな顔で歩いている姉貴が思わず絶句していた。その隣にいる虹夏ちゃんも口をぽかんと開けてその家の二階部分を凝視している。

 

 まだだっ!! 喜多さんの案内が間違っている可能性も……

 

「表札が『後藤』ですし、ここで間違いないですよ」

「喜多さん。もしかしたらこの辺りは『後藤』っていう姓が多い地域かもしれない。だからここは別の後藤さんのお家───」

「そんなわけないわよ。ほら『歓迎! 結束バンド御一行様』って横断幕が吊るされているもの」

「吊るされているから信じたくなかったんだよ!!」

 

 なんで普通の一軒家にあんなクソデカい横断幕を吊るしてるんだ……。あれって学校とか法人で使うヤツじゃん。どこで買ったんだよあんなもん。

 

「ぼっちちゃんのお家って旅館だっけ?」

「後藤さんは普通の一軒家だって言ってたよ」

 

 近所の人の目とか気にならないのかなぁ……。ならないんだろうなぁ。後藤さんのご両親だもんなぁ。

 

「姉貴、どう思う?」

「間違いなくぼっちの家。あのぼっちを育て上げた家庭だ。私達の想像をはるかに超えている」

 

 だよなぁ。いやね、気持ちは嬉しいんだよ? 高校生になってようやくできた人生初めてのお友達をお家に呼ぶってことで、ものすごく歓迎してくれているっていう気持ちは伝わってくるよ?

 

 ただ問題なのはさ。伝える手段だよねっていう話。

 

「ぼっちちゃーん、来たよー!」

『あ、は……はい。い、今開けまぁすっ!』

 

 俺と姉貴がボケーっと横断幕を見上げていると、虹夏ちゃんがインターホンを鳴らした。すると、後藤さんの少し上ずった声が機械越しに聞こえてくる。

 

 うん。やっぱりここが後藤さんのお家でしたね。

 

「ど、どうぞー……」

 

 玄関の中から後藤さんの声が聞こえてきたので、俺達は嫌な予感を覚えつつ、躊躇い気味に玄関の扉を開いた。

 

「「「結束バンドのみんな&山田くんいらっしゃーい!!」」」

「い、いらっしゃーい……!」

 

 扉を開くなりクラッカーの音が四連発。はい。後藤一家総出でのお出迎えです。うん、ありがたいですし嬉しいです。だからもう横断幕についてはツッコみません。

 

「後藤さん、その恰好何!?」

「あ、え? か、歓迎の気持ちを全身で表現しようと……」

「そっか……ありがとう」

 

 後藤さんの言葉に俺は目頭を押さえずにはいられなかった。なぜかというと、後藤さんはパーティーで被るような三角帽子に星型サングラス、付け髭、一日巡査部長と書かれたタスキ、さらにさらに……入学二日目に一年二組を震撼させ、封印されていたはずのピンクジャージをその身に纏っていたからだ。

 

 そのジャージ、部屋着にしたんだね。

 

「あ、レンくんがまた泣きそうになってるわ」

「ぼっちちゃんと出会ってからよく泣くようになったね~」

「ぼっちはレンを一番泣かせた女かもしれない」

「あはは~、お姉ちゃんがあくじょになっちゃった~!」

「あ、悪女……(山田くん、泣くほど嬉しかったのかな。がんばって準備した甲斐があったな。ふへへっ)」

 

 後藤さんの「がんばって色々考えて準備しました感」がひしひしと伝わってきて涙が出そうですよ。……ふぅ。落ち着け俺。後藤さんの奇行は今に始まったことじゃない。いつものように、冷静に対処しよう。うん。

 

「お招きいただきありがとうございます。これ、よかったらみなさんで召し上がってください。母がよろしくと申しておりました」

「あらあら。ご丁寧にどうも。誘ったのはこっちなんだからそんなに気を遣わなくてもよかったのに」

 

 俺は後藤ママにお土産の紙袋を渡す。水菓子だからふたりちゃんも食べられるはず。っつーか、こういうのは本来俺じゃなくて姉貴の役目なんだけどな!

 

「あと、ふたりちゃんにはこれね。この前ゲーセンで取ったミニヨンズのぬいぐるみ」

「これ……ふたりにくれるの?」

「もちろん。ふたりちゃん、ミニヨンズ好きなんでしょ?」

「好きーっ! ありがとうレンくん! 大事にするね!」

 

 俺が渡したぬいぐるみを満面の笑みを浮かべながらぎゅーっと抱き締めるふたりちゃん。可愛いなぁ。ほんとにこんな妹が欲しかったなぁ。と、思いつつ、俺はほとんど無意識の内にふたりちゃんの頭を撫でていた。

 

「わんわん!」

「お? わんこ!」

 

 俺がふたりちゃんに癒されていると、柴犬らしきわんこがとてとてと近づいてきた。……可愛い。

 

「ジミヘンっていうんだよー」

「じ、ジミヘン? ジミ・ヘンドリックス?」

「そう。邦ロックもいいけど、僕は洋楽の方が好きなんだ。だからジミヘンって名前にしたんだよ」

 

 俺の疑問に後藤パパが答える。やっぱりそこから名前を取ってたのね。まあ、犬の名前を伝説的ギタリストから取るのはいいとして……娘さんの名前はどうにかならなかったのかな? 由来とかものすごく興味があるけど、ツッコんだら命を落としてしまいそうなのでやめておくことにする。

 

「ジミヘンかー……お手!」

 

 俺が手を差し出すと、ジミヘンが前足をポンと俺の掌に載せた。か、賢い……! 俺の姉貴より賢いかもしれないなこの子。

 

 そんなことを考えながら、俺はジミヘンをわっしゃわっしゃと撫で回す。

 

「やっぱ飼うなら犬だよなぁ……」

「レンくんはもうおっきな猫を飼ってるもんね」

 

 虹夏ちゃんの言葉に俺は大きく頷いた。そうなんだよ。今年で十七歳になる大きな猫を飼っているんですよ我が家は。

 

「レンくん、猫さん飼ってるのー?」

「そうなんだよー。俺の後ろにいる、山田リョウっていうおっきくてどうしようもない猫さんがいてねー」

「リョウちゃんって猫さんだったの!?」

「にゃんにゃん」

「せ、先輩! 今のもう一回やってください! 動画に……動画に収めないと」

 

 姉貴は両手をグーにして猫のポーズで喜多さんのスマホに向かってにゃんにゃん言っている。

 

 ……楽しそうだね君達。

 

「あ、あの……みなさん、そろそろ……」

 

 玄関から一向に動かない俺達に向かって、後藤さんが恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。ごめんごめん。いつまで玄関でたむろしてるんだって思うよね。今日の目的を忘れるところだったよ。

 

「ゆっくりしていってちょうだいね~」

「よーし! ひとりのお友達がたくさん来てくれたし……今日は腕によりをかけてたくさん料理作るぞー!」

 

 後藤夫妻はそう言って奥の部屋、おそらくキッチンであろう場所へと向かった。後藤パパの手料理……ものすごく気になる。何を作ってくれるのかな。

 

「あ、山田くん。ちょっといいかしら?」

 

 奥の部屋へ向かっていた後藤ママが俺の方へ戻ってくる。どうしたんだろ?

 

「あとで、ひとりちゃんのことについてゆっくりお話ししましょ?」

「え? あ、はい」

 

 後藤ママがやけに()()笑顔で俺にそう囁いた。話って何だろ? あ、期末テストのことか! 今月末から始まるから、成績のことについて俺に相談したいんだね。ご両親のご理解とご協力を得られるなら、俺としても非常にありがたいです。

 

「あ、わ、私の部屋へご案内します……」

「お姉ちゃん。ふたりも一緒に行っていーい?」

「ふ、ふたりはジミヘンと遊んでなさい」

「えー? つまんないー!」

 

 ふたりちゃんはほっぺたを膨らませて駄々をこねるようにそう言ったかと思うと、今度は俺のズボンを掴み、じーっと見上げておねだりするような視線を向けてきた。

 

 仕方ないにゃあ。

 

「ふたりちゃんも一緒でいいんじゃないかな。でも、元々は結束バンドの諸々のために集まったんだから、お部屋では俺と一緒に遊ぼうか?」

「うん、遊ぶー!」

「あ、あ、あ……(そ、そんなことになると私の姉の威厳が奪われて……で、でも心の狭い女と思われるのも嫌だし)」

 

 ちょっと困らせちゃったかな。まあ、ダメだったら後藤夫妻にお願いしてリビングあたりを借りてふたりちゃんと一緒に遊べばいいか。結束バンドの会合自体に俺は必要ないし。

 

「ふたり、あんまり山田くんを困らせちゃダメだよ? (こ、ここは優しいお姉さんアピール!)」

「はぁーい! ねえ、レンくん。抱っこしてぇ?」

「ほーら、おいでー」

「わーい!」

 

  俺が両腕を広げるとふたりちゃんが飛び込んできたのでそのまま抱き上げる。

 

「男に甘える能力……あれは私に匹敵する」

「あれで自覚があるんだったら、ふたりちゃんの将来がちょっと心配ですね」

「喜多ちゃんは人のこと言えないよ?」

「虹夏先輩もですよ」

「結束バンドの絆はもうボロボロ」

「お前は一番将来を心配されるべき人間だろっ!」

 

 俺がふたりちゃんと戯れている横で結束バンドは互いにブーメランを投げ合っていたようです。何しとんねん。

 

(だ、だだだだだだだ抱っこ!? ……ふっ、だが甘いなふたり。私はもうすでに、二回(干しガエルぼっち時とツチノコぼっち時)も山田くんに抱っこされているのだ!! 私の方が回数も多くて時期も早い!!)

 

 なぜか後藤さんがドヤ顔でふたりちゃんを見ていました。……なんで?

 

 

 

 

 その後、二階に上がって後藤さんの部屋に案内された俺達は、目の前に広がった光景に再び言葉を失ってしまうのだった。

 

 ドンキ辺りで買ってきたスタンド型ミラーボールに大量の風船、輪飾り、小さい横断幕。

 

 準備が大変だったんだろうなぁ。お友達を精一杯歓迎したかったんだろうなぁ。

 

 後藤さんががんばって部屋を飾りつけしている様子がありありと脳内で再生されてしまう。

 

「あ、さすがに浮かれ過ぎですよね。す、すぐに片付けます」

「そ、そんなことないよ! やっぱり私達も少しだけ遊ぼうか? ね、喜多ちゃん!」

「そ、そうですね。ひとりちゃんがせっかくたくさん準備してくれたんだし!」

「これ、どこで売ってたの? 目がチカチカする」

「ド、ドンキです」

 

 虹夏ちゃんと喜多さんが気を遣った発言をする中、姉貴だけは平常運転で遠慮なく部屋の中に入り、ミラーボールを持ち上げて興味津々と言った様子で後藤さんに尋ねていた。

 

 うん、姉貴のそういうところは尊敬するわ。

 

 姉貴を除く、俺達三人は戸惑いがちに後藤さんの部屋に入る。あ、畳なんだ。和室って良いよね。落ち着く。俺も部屋はどっちかというと和室派なんだよな。ばあちゃん()とかめっちゃ落ち着くし。

 

「すごい飾りつけだね~」

「ギターとかエフェクターは置いてないのね。もっとロックな感じの部屋をイメージしてたけど……」

 

 さすがに暗いのでカーテンを開けて部屋の中に日の光を取り込むことにすると、後藤さんの部屋の全貌が明らかになった。

 

 といっても、俺達を招待するために色々片付けたらしく、物は全然なかったんだけど。……物で溢れかえってる姉貴の部屋とは大違いだ。

 

「ぼっち、このお札と盛り塩は何?」

「あ、それはですね……」

 

 部屋の中をうろうろして物色していた姉貴がとんでもないものを見つけてしまった。

 

 それは、押し入れに大量に貼られてある謎のお札と盛り塩だった。百歩譲って盛り塩は許そう。風水的な効果があるらしいから。でもさ、そのお札は何!? 明らかに何か封印してるよね!?

 

「それはね~。この前お姉ちゃんが幽霊に取り憑かれたから貼ってあるの~」

 

 それを聞いた瞬間、俺はふたりちゃんを強く抱きしめて部屋の外へ出ていた。幽霊に取り憑かれたって何!? 俺、ホラー系はマジでダメなんだって!!

 

 はっ!! そういや幽々ちゃんが、後藤さんにはすごいのが憑いてるって言ってたような……

 

 もしかしてすごいのって悪いヤツだったの!?

 

「ふたりちゃん。俺達は下で遊ぼうか」

「どうして~?」

「俺はね、幽霊が怖いの」

 

 俺は一瞬も躊躇わずに暴露する。

 

 意地を張るつもりも強がるつもりもありません。怖いものは怖いのです。……仲の良い女の子の部屋に入った直後の感想じゃないなこれ。

 

「へ~。レンくんって幽霊が苦手だったのね。それはいいことを聞いたわ」

「レンはホラー映画を観ると一人でお風呂に入れなくて夜に眠れなくなるタイプ」

「あたしも怖いの苦手だから……リョウとレンくんとあたしの三人で一緒にホラー映画を観ると、あたしとレンくんだけずっと一緒に朝まで起きてるんだよ」

「私は気にせず爆睡している」

「さすがリョウ先輩です! 幽霊を怖がらないなんて素敵! レンくんは今度一緒におばけ屋敷行きましょうね?」

「言っておくけど!! 俺は手を繋いでもらわないとゴールできない自信があるからなっ!!」

 

 人工物だとわかってはいても、それとこれとは話が別。ホラーがガチで苦手な人間には関係ない。お化け屋敷デートで「俺が守ってやるよ」なんて口が裂けても言えません。むしろ俺を守ってくれ!!

 

(に、虹夏ちゃん……さっきさらっと、山田くんと朝まで一緒に過ごしたって……とんでもないこと言ってなかった?)

 

 後藤さんが驚愕した表情で俺と虹夏ちゃんを交互に見てるけど……昔の話だからね? 一年くらい昔の話だから。

 

「大丈夫だよ~。ふたりがレンくんを守ってあげるからね~」

「ふたりさん……」

 

 トゥンク

 

 抱っこしているふたりちゃんが俺の頭をよしよしと撫でてくる。年下に甘やかされるって……こういう感覚なんだね。なんだか新しい世界が見えてきそうだよ。

 

 ふたりちゃんのおかげで勇気を取り戻した俺は、とりあえず押入れから一番遠い部屋の隅っこでふたりちゃんとジミヘンと遊ぶことにします。

 

「レンくんもTシャツの案出してよ~」

「えー……じゃあ虹夏ちゃんのデザインに一票」

「まだ何も描いてないじゃん!!」

 

 だってどう考えても虹夏ちゃんの案一択になるでしょ。喜多さんの画力はわかんないけど、多分バンドTシャツっぽいデザインにはならないだろうし、姉貴はまともに考えずにカレーとか寿司とかラーメンの写真を載せるだろうし、後藤さんは……うん。

 

 あのクソダサTシャツとピンクジャージで登校していた時点で期待できない。よって消去法で虹夏ちゃん。はい、この議題は終了!

 

「雑過ぎっ! もうちょっと真面目に考えてっ!」

 

 言うて俺、バンドメンバーじゃないからね? なんかこう……いつの間にか流れでくっついてきてるけど、俺の立ち位置ってあれだよ……

 

 今さらだけど俺って結束バンドにとってどういう立ち位置なんだ?

 

「コンセプトをどうするかによるよね。可愛い系で攻めるのか。ロックバンドっぽく文字のフォントやイラストにこだわって格好良い系にするのか。俺個人的には二種類作っても良いと思う。ガールズバンドだし、四人とも顔面偏差値()高いからポップなフォントやデザインの可愛い系は似合うだろうし。で、格好良い系でいくなら、王道のビートルズっぽくするのがいい。メンバーの顔かシルエット、そんでロゴを載せる」

「お、おおう……すごくガチな提案をしてくれたね」

「追々、物販で売ることを考えたらデザインは複数あって損はしないと思うよ」

「う~ん……今のところ物販は結束バンドを五百円の暴利で売ってるだけだしね~」

 

 虹夏ちゃん、暴利って認めちゃうんだ……でも、結束バンドって百本で千五百~二千円だから原価率がすごく良いんだよね。

 

「か、格好良い系……そ、それなら私に任せてくださいっ!」

「お? ぼっちちゃんやる気満々だねぇ~。じゃあ、お任せしちゃおうかな」

「ひとりちゃんのデザイン、楽しみにしてるわね!」

「は、はい。みなさんの度肝を抜いてあげますよ~」

 

 なんだろう。ものすごく嫌な予感しかしない。……後藤さんの画力ってどうなんだろう? いや、たとえ画力が低くても、センスさえよければ俺と虹夏ちゃんの画力でいくらでもカバーできる。

 

 問題はそのセンスなんだけど……いやいや。最初から疑ってどうするんだ。もしかしたら本当にとんでもないセンスで俺達の度肝を抜いてくるかもしれないし。うん。

 

「じゃあ、私は可愛い感じのデザインを考えますね」

「あたしはロゴと……レンくんが言ってたビートルズっぽく、四人のシルエットでも入れてみようかな」

「姉貴はどうすんの?」

「……今日の晩御飯、カレーとラーメン。どっちがいい?」

 

 熱心にスマホを見ているかと思ったら、晩飯のこと考えとったんかい。俺が思った通りだったなこの野郎。

 

「カレーラーメンでええやろ」

「天才の発想。でも私はカレーうどんの方が好き」

「だったら母さんにそう言え!」

「出汁のきいた味噌煮込みうどんも可」

「はいはい」

 

 姉貴には全く期待できないですね。まあ、虹夏ちゃんがいればどうとでもなるでしょ。最悪、決まらなかったら俺と虹夏ちゃんで案を詰めればいいだけだし。

 

「じゃあ、ふたりちゃん。俺達はお姉ちゃん達の邪魔をしないようにこっちで動画を観てようか?」

「うん! ねえ、ジミヘンに芸を教えられるような動画ある~?」

「犬の芸ね……ちょっと待ってよ」

 

 俺は隅っこで胡坐をかき、ふたりちゃんが俺の足の上にすっぽりと収まる。そして自分のタブレットを取り出して、オーチューブアプリを開いた。

 

「どれを観る?」

「これ、これ! あごを手に乗せるヤツ!」

「ジミヘン、こっちおいで~」

 

 俺が手招きするとジミヘンが尻尾を振りながら駆け寄ってきた。ほんと可愛いなこいつ。

 

 そしてジミヘンも一緒に、犬の芸を仕込むためのショート動画を観ることにした。

 

「ジミヘン。こうだよ! こう! ふたりが手をこうしたらあごを乗せるの!」

「わん!」

 

 ジミヘンが返事をするように吠える。……この子、もしかして人間の言葉を理解してたりする? まさかね。

 

「ジミヘン、あごっ!」

「わんっ!」

 

 ふたりちゃんが親指と人差し指でVの字を作ると、ジミヘンは自分のあごをふたりちゃんの指の上にしっかりと置いた。

 

 めちゃくちゃ賢いなこの子!! 一発で成功しちゃったよ!? 

 

 やっぱり姉貴より脳みその容量が大きいのでは?

 

「ジミヘン、こっちも」

 

 今度は俺が同じように指でVの字を作る。するとジミヘンはふたりちゃんの時と同じように、俺の手にあごを乗せてきた。パネェ!!

 

「レンくんレンくん! 次はこれ! 銃でばーんってするの!」

「はいはい。これね~。ジミヘンもちゃんと観るんだよ?」

「わんっ!」

 

 やっぱこの子、人間の言葉を理解してるよね? うーん……これはジミヘン動画を作るとめちゃくちゃバズる予感。ふたりちゃんも一緒に出せば、かなり再生数を稼げるんじゃないかな?

 

 でも、それでギターヒーローの動画再生数をあっという間に超えちゃったら、後藤さんのプライドがへし折れて引きこもりそう……

 

 後藤さん、相当承認欲求強いからなぁ。

 

「ジミヘン。ばーんするからね? ばーんって! そしたらお腹を見せてひっくり返るんだよ?」

「わんわんっ!」

「ばーん!」

 

 ふたりちゃんが指で銃の形を作って撃つ真似をすると、ジミヘンはころんと寝転がってお腹を見せるのだった。これも一発で覚えちゃったよ!? マジでジミヘン賢いな!?

 

「偉いぞ~ジミヘン。いい子いい子~!」

 

 俺がジミヘンのお腹をわっしゃわっしゃ撫でてやると、舌を出して気持ち良さそうな顔をしている。決めた! 俺絶対、将来は犬を飼う。父さんと母さんが医者だから衛生上の理由で今はペットを飼えないけど……姉貴がペットみたいなもんだからなぁ。

 

 むしろ姉貴の方がジミヘンより手ぇかかるわ。

 

「ねーねーレンくん。次はねー。お姉ちゃんがギター弾いてる動画観たーい!」

「この前のライブの動画のこと?」

「ううん。それじゃなくて、お姉ちゃんが一人で弾いてる上手な方。オーチューブにあるよ~」

 

 それってもしかして……ギターヒーロー動画のこと? あ、ご家族はご存知だったのね。

 

「ふ、ふふふふふふふたり!? し、知ってたの!?」

「知ってたー。だって、お家のあかうんと? で作ってるから、お父さんが見つけたんだよ」

「し、知らなかった……」

「そういえば、私もひとりちゃんの動画はちゃんと観たことがなかったわね」

「喜多ちゃんも一緒に観よー!」

「いいわよ~」

 

 喜多さんがそう言って部屋の隅っこにいる俺達の方へやって来て、俺の隣に座り込んでタブレットをのぞき込む。あ、喜多さんめっちゃ良い匂いする。

 

「レンくん、良い匂いするわね」

「虹夏ちゃんがおすすめの香水を色々教えてくれるからね」

 

 おすすめ、というか……虹夏ちゃんが自分の好きな香りの香水をプレゼントしてくれてるんだけど。俺自身にあんまりこだわりはないし。

 

「……虹夏先輩の功罪がまた増えてしまったわ」

「あたし別に悪いことしてないでしょ!?」

「ふたり、レンくんの匂い好きだよ~」

「……レンくんの罪がまた増えてしまったわ」

「なんで俺だけ『功』がないの? ねえ?」

 

 喜多さんとやんややんや言い合いながら、後藤さんのギターヒーロー動画を再生する。俺は後藤さんの正体がわかってから、いくつかチェックしてたんだよね。

 

「は~……やっぱりひとりちゃんって上手なのね~」

「お家だと上手だけど……お外だと下手になっちゃうの」

「へ、下手……」

 

 ふたりちゃんのド直球な言葉に後藤さんがショックを受けている。子供は裏表がないから言葉の鋭さが抜き身の刀並みなんだよね。

 

 でも大丈夫だよ、後藤さん。少しずつだけど確実に成長してるから。

 

「ぼっちちゃん。これからだからね! ぼっちちゃんがちゃーんと実力を発揮できるように、あたし達もがんばるから!」

「そうよ、ひとりちゃん。私は一番へたっぴだけど、いつかひとりちゃんの演奏を支えられるようになるから」

「虹夏ちゃん……喜多ちゃん……」

 

 感動的な光景だね。こうやって、バンドメンバー同士が互いを認め合い、リスペクトし合う……

 

 まさに結束バンドというバンド名に恥じない光景だ。

 

 そんな風に、少女達の尊い絆に胸の奥から熱いものがこみ上げてきた俺だけど……俺はここで思い出した。

 

 こういう場面で、感動的な空気をぶっ壊す女がすぐそこにいるということに。

 

「ぼっち、これ何?」

 

 姉貴が静かにスマホを眺めていたかと思うと、唐突にこんなことを言い出した。

 

「投稿遅れちゃってごめんね☆ 最近新しくできた超イケメンな彼氏と放課後に毎日一緒にお勉強してて収録の時間が取れなかったんだ♪ 私の彼氏はすっごく優しくて頭が良くて背が高くて毎日毎日甘やかしてくれるの♡ この前も彼氏のお家にお呼ばれされて私のために手料理を振舞ってくれたんだ~。もぅ、私ったら愛され過ぎ♡ そんな愛にあふれた私が視聴者のみんなに幸せをおすそわけしちゃうぞ~♪♪」

 

 姉貴がいきなり猫なで声でとち狂ったことをほざき始めた。とうとう頭のネジが全部吹っ飛んだ上、脳みそが気化して鼻から排出されたのかと思ったけど……

 

「レ、レンくん……これ……」

 

 喜多さんが俺のタブレットを操作して、ギターヒーロー動画の投稿者コメント欄をタップする。

 

 すると……そこには姉貴が口走ったような恐ろしい言霊が所狭しと羅列されていた。

 

「あ、あ、あ……」

 

 後藤さんは顔面を真っ赤に染めて崩壊させながらカオナシぼっちへと変態していく。

 

 ふーん。後藤さんって優しくて頭が良くて背が高くて毎日甘やかしてくれる超イケメンな彼氏がいたんだね。ぜんぜんしらなかったよ。

 

 ───って、そんなわけあるかい!!

 

 これ……これ……完全に俺のことじゃんか!! ねえ!?

 

 ギターヒーローだって……二ヶ月くらい前にみんなにバレてたでしょ!? なのになんでこんなすぐバレるような虚言を吐いちゃうの!? しかもこの動画だけじゃなくて結構前の動画から……「ロインで友達が千人居ます」とか「バスケ部エースが彼氏」とか……へぇ。前の彼氏はそういう設定だったんですね。

 

 待てよ……? 確かさっき「お父さんが見つけた」って言ってたよね? つまり……後藤さんのご両親もこのコメント欄を見ているわけで……

 

 そういうことか!! 後藤ママが……玄関で俺にあんなに()()笑顔で「ひとりちゃんのことについてゆっくりお話ししましょ」って……このことかぁ~!

 

 マジで誤解を解いておかないとな。

 

「ぼっち……」

「ぼっちちゃ……ぼっちさん……」

「ひとりちゃ……後藤さん……」

「あ、あ、あ、あ、あ………………」

 

 さっきまでの結束力はどこいった?

 

 そして後藤さんの全身が痙攣し、作画が崩壊していきます。

 

 さて問題です。彼女は一体この後どうなってしまうのでしょうか?

 

 正解者には姉貴を一生養う権利を強制的に差し上げます。

 

「そあhにおhmbvん、dぁ、あおぴhみうlh。j;おmgんbt!?1???おいgヴ」

 

 およそ人語とは思えない言葉を発し、後藤さんは爆発四散してしまいました。

 

 ごめん、後藤さん……今回ばかりはちょっと……さすがの俺もフォローできないです。

 

 そして、喜多さんは俺から離れて元の場所に戻り、みんなは何事もなかったかのようにTシャツのデザインについて考え始めましたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 あと、さ……自分でも意外だったんだけど

 

 たとえ()()が後藤さんの虚言で、ネット上で自分を大きく見せるためだけの自己顕示欲が暴走した結果だったとしても

 

 彼女が俺をそんな風に見ていたことが

 

 

 

 

 結構───嬉しかった




 後藤家訪問編part1でした。

 最近、小説のタイトルを「ダイヤモンドの功罪」にちなんで「ヤマダニジカの功罪」にすればよかったんじゃないかと思ってます。

 次回で後藤家が終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。

 それは私にもわかりません。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#21 続・Hello,(Goto)world!


 まだまだぼっちのターン



「どうですか、虹夏先輩。友情・努力・勝利! でーす!」

「体育祭で見るヤツだよ! 可愛い系のデザインにするんじゃなかったの!?」

「可愛いじゃないですか! ほら、この辺のマークとか……」

「申し訳程度にニコちゃんマーク入れてるだけじゃん!」

 

 後藤さんの虚言についてはそれ以降一切触れず、各々は再びTシャツのデザインについて考えていた。喜多さんの考案したデザインは全然ロックバンドらしさがなく、虹夏ちゃんが言うように体育祭でクラスやグループが作るTシャツのそれだった。

 

「リョウは何か考えた?」

「可愛い系といったらこれしかない」

「可愛いけど全体的にキラキラしてて完全にプリキュアだよ!!」

「私達の髪色的にプリキュアはいける」

「弟から金借りるようなヤツがプリキュアになれるわけないじゃん!」

 

 日曜の朝からそんな生々しいプリキュア嫌だわ。というか、姉貴のデザインって結束バンドの四人と同じ髪色のプリキュアを適当に配置しただけじゃん。「結束バンド」ってロゴも完全にプリキュアと同じフォントになってるし。清々しいほどの著作権違反だわ。

 

「虹夏のだって、完全にビートルズのパクリ」

「パクリじゃなくてオマージュ! さすがにそのままにはしないから。四人のシルエットをもうちょっと格好良く……」

「虹夏先輩のデザイン、ロゴだけでも十分格好良いですよね」

「ほんと~? えへへ。ありがと」

「郁代、私のは?」

「虹夏先輩の百倍素敵です!」

「あたしが完全にかませ扱い!」

「プリキュアの黄色は主役じゃないけどあざと可愛いから『あざとイエロー』って呼ばれている」

「虹夏先輩にぴったりですね」

「プリキュアから離れろっ!」

 

 女三人がぎゃーぎゃー言い合っているのを尻目に、俺はふたりちゃんと一緒にジミヘンにどんどん芸を仕込んでいた。

 

「ふたりちゃんはプリキュア好き?」

「好きー! 一番好きなのは初代のキュアブラック!」

 

 ふ、ふーん。歴代プリキュアで最強と名高い初代が好きとか……ふたりちゃんって結構()だな。というか、初代なんて俺が生まれてくる前のシリーズだよね? なんでふたりちゃんが知ってるの?

 

「レンくーん! 三人のデザインだとどれがいーい?」

「それ、聞く意味ある?」

 

 虹夏ちゃんが尋ねてくるけど実質一択でしょこれ。

 

「聞くまでもなく私のデザインを採用とは。偉いぞレン」

 

 姉貴が頭を撫でてくるけど、実際姉貴のデザインも考え方自体は悪くないんだよな。キラキラ感をもっと減らして、メンバーの四人を可愛くデフォルメしてフォントを変えればいけそうだし。

 

 喜多さん? 選考外。

 

「とりあえず、第一弾としては虹夏ちゃんのデザインをベースにする感じでいいんじゃない?」

「ほらほらー! やっぱりあたしが一番でしょー?」

「レン。虹夏になんぼ積まれたんや? 枕か? 枕されたんか?」

 

 姉貴の発言を聞いて虹夏ちゃんが姉貴にアナコンダバイスを極めている。星歌さんの影響でプロレス技を覚えちゃってまあ……

 

 虹夏ちゃんと俺がそんな爛れた関係になるわけないでしょ。

 

「あ、お、ぐふぅ……」

「あ、ひとりちゃんが復活したわ」

「今回は時間かかったね~」

「このぼっちを撮影した方がよっぽど再生数を稼げる」

 

 およそ女子高生が発してはいけないうめき声を上げながら後藤さんが復活した。多分後藤さんは、死亡前に受けたストレスの度合いで復活の時間が長くなったり短くなったりするのでしょう。

 

 もっとデータを集めて、復活までの時間の測定を続けていけば傾向も見えてくるだろうし。

 

「んはっ!? わ、私は何を……」

「おはようぼっちちゃん。バンドTシャツのデザインを考えてたところだよ~」

「バンドTシャツ……はっ! そ、そうでしたっ。あ、わ、私もデザインが完成したところだったので……(なんで気を失ったのか全然覚えてないけど)」

「そうだったのね。じゃあ、ひとりちゃんの考えたデザインを見せてもらっていいかしら」

「は、はい。これですっ!」

 

 後藤さんがやけに自信満々な表情で立ち上がる。お? もしかして後藤さんって絵も得意なのかな。一日六時間をギターの練習に費やすくらいだし、芸術肌でもおかしくない。

 

 これは結構期待でき───

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 だが、彼女がスケッチブックを開いた瞬間、俺は己の考えがいかに愚かで浅はかなのかを思い知るのだった。

 

 彼女が考えたデザインは……大量のファスナーに謎の鎖、裾は破けていて色はワインレッド。そして、極めつけは中学生男子が好きそうな謎フォントで書かれた英語の羅列。日本語訳したら意味の分からん言葉になっているに違いない。

 

 総じて……

 

 だっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっせ!!!!!!!!

 

「ご、後藤さん……こういうTシャツ、持ってたりする?」

「は、はい。あ、み、見ますか?」

 

 俺が返事をする前に後藤さんがニチャアと笑いながら洋服ダンスから何枚かのTシャツを取り出す。

 

 前に後藤ママがSTARRYで言ってた「変なTシャツ」ってこれかぁ~~~!!

 

「後藤さん……小学校の時に買わされた裁縫セットで『ブラックドラゴン』選んだでしょ?」

「よ、よくわかりましたね。そうです。ま、まだ残ってるんですよ。ふへへ」

 

 そして今度は押入れの中から思い出の裁縫セットを取り出す。あかん、懐かしさと悲しさで涙出そう。

 

「レンも同じの買ってた」

「あ、そうなんですね。や、山田くん……私と、お揃いですね。ふへっ」

 

 全然嬉しくないお揃い!!

 

 いや別にね。女の子だからって可愛い物を選べって言うつもりはないけど……ないけどさ!! 高校生にもなってそのセンスはヤバいでしょ!?

 

「じゃ、じゃあTシャツは私のデザインを採用ということで……」

 

 なんでこういうところだけ自信満々なの!? いつもの引っ込み思案はどこいった!? こんな場面で変な図々しさいらないから!! もっと大事な場面でそれを発揮してよ!!

 

 でも、めちゃくちゃ嬉しそうにしている後藤さんの笑顔を見たら……無下には……無下にはできないっ!! 

 

 俺ってほんとに甘いよなぁ。

 

 虹夏ちゃん、なんとかして?

 

 俺は助けを求めるように虹夏ちゃんを見るも、虹夏ちゃんは「無理」って言いたげな笑顔で俺に訴えかけてきた。

 

 喜多さんはドン引きしてスンとした表情になってるし、姉貴は初めからあてにしてない。

 

 くそっ、俺がやるしかないのか!? この純粋無垢な少女に……残酷な現実を突きつけることしかできないのか!?

 

 俺が葛藤していると、唐突にふたりちゃんが口を開いた。

 

「お姉ちゃんのが一番ダサいっ!」

 

 ふ、ふたりさんっ!?

 

「だ、ださっ……!? ダサくないよっ!! ふ、ふたりはまだお子様だからこのデザインの良さがわからないだけ。そ、そうですよね? 山田くんっ!」

 

 おおっと、ここで後藤ひとり選手からのキラーパスです。このパスの処理の仕方次第で今日の会合が地獄と化すか天国と化すか決まってしまうでしょう。

 

 個人的にはこのパスをスルーしてそのまま虹夏ちゃんに渡したいっ!!

 

 でも無理だよね。パスの受け手になりうるメンバーの三人全員がサッカーで言う「イタイヨーイタイヨー」アピールをしているが如く、俺からのパスを拒んでいるんだから。

 

 結束力はどこいった!? いや、ある意味三人とも結束していると言えなくもない。

 

 というか、こんな大事なパスをバンドメンバーじゃない俺に託すなよ!?

 

「山田くん……」

 

 後藤さんが悲しそうな目で俺を見てくる。ああっ、もう! そんな目をしないでよっ! なんか俺がすっげー悪いことしてる感じになるじゃん。甘やかしたくなるじゃん。庇護欲掻き立てられるじゃん!

 

 仕方ない……

 

 俺はふたりちゃんを降ろして立ち上がり、後藤さんに歩み寄って真っ直ぐに向かい合う。

 

「後藤さん」

「は、はい」

 

 名前を呼ぶと、彼女はビクッと震えた。さっきまでの図々しさはどうしたのかな?

 

「後藤さんのデザインは───人類に理解されるには早すぎるんだ」

「じ、人類には、早すぎる……?」

「そう。おそらく、これが正しく評価されるのは百年以上も先……少なくとも、後藤さんが生きている間は正当な評価をされないと思う」

「そ、そんな……」

 

 後藤さんがショックを受けたような表情になる。これでショックの方向性をデザインがとてつもなくダサいことからそらせたな、ヨシ!

 

「でも、芸術の世界ではよくあることなんだ。突出し過ぎた才能が、その時代では理解されない。悲運の天才達がこの世界には溢れている」

「悲運の、天才……」

「今では美術の教科書に当たり前に載っているゴッホ。彼もまた、その才能が死後に評価された天才なんだ───今の後藤さんのようにね」

「ゴッホって……あの『ひまわり』の?」

「うん。彼の才能は、世に出るには早すぎたんだ……」

「そんな人と、私は同じ……」

「だから後藤さん。今は評価されなくても、数百年後に誰かがそれを見つけた時……世界はひっくり返るんだ」

(レンくんがワンピースみたいなこと言い出した)

 

 虹夏ちゃんの心の中のツッコミが聞こえてきた気がした。お願いだからもう少し黙っててね。あとちょっとで言いくるめられるから。

 

「今はそれを、世に出す必要はない。でも、後藤さんが将来有名になって……生きる伝説として生涯を全うした後、そのデザインが見つかったらどうなると思う?」

「ど、どどどどどうなってしまうのでしょう!?」

 

 後藤さんがワクワクを隠し切れない幼稚園児みたいな瞳で俺を見上げてきた。

 

「死後もなお───永遠にその名を残し続ける伝説のロックスター『後藤ひとり』になるっ!!」

「!!!!!!!!!!!!」

 

 この二か月で後藤さんの性格は把握済みよ。彼女のどういうポイントをくすぐればこっちの思惑通りに誘導できるかなんて……簡単ではないけど、まあ、できる。

 

 これでも姉貴よりはだいぶ楽だよ。うん。

 

「げ、現代で評価されないなら仕方ないですね。……これは、未来のロック界のために、封印しておきます」

「それがいいよ。大丈夫、後藤さんの───ロックの意志を継ぐ者が必ずこれを見つけてくれるから」

「……はい」

 

 後藤さんは慈愛に満ちた表情で、己が生み出した人類には早すぎる迷作を眺めた後、名残惜しそうにスケッチブックを閉じるのだった。

 

 ………………セーーーーーーーーーフ!!!!!

 

 いやこれもう表彰もんだろ。後藤さんを一切傷つけることなく自分のデザインを諦めさせるって快挙でしょ。

 

「レンくん、あたしは君を信じていたよ!」

「レンくんったら本当にいい子なのね~」

 

 虹夏ちゃんと喜多さんが俺の頭をよしよししてくれました。

 

 女の子ってほんとにあれだな! 都合の良い生き物だよな!

 

「ひとりちゃんって……私服もこんな感じなの?」

「あ、いえ。私服はいつもお母さんが買ってくるんです。好みじゃないので、一度も着たことないんですけど」

「へー。どんな服を持ってるの? ぼっちちゃんの私服、すごく気になるなー!」

「え? あ、いや……ほんとに、あの……私には似合わないようなものばかりで……」

「そんなことないわよ。ひとりちゃんってすごく可愛いんだから、お洒落しないともったいないわよ?」

「そうそう。メイクとかわからなかったらあたし達が教えてあげるから」

「ひとりちゃん、香水は持ってる?」

「も、持っていません」

「じゃあ、今日は私のを貸してあげるわ。今度一緒に買いに行きましょうね!」

「あたしも行きたーい! ぼっちちゃんを可愛くコーディネートしてあげるよ」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんに押されて後藤さんはたじたじになっている。姉貴? 姉貴は出されたお菓子をもぐもぐ貪り食ってるよ。

 

「まずはひとりちゃんの私服チェックね!」

「あ、レンくんは外に出ててね? 今からぼっちちゃんのお色直しが始まるから!」

 

 お色直して……誰と結婚するのよ?

 

 どうやら、後藤さんがピンクジャージから私服に着替えるっぽいので俺は一時部屋の外まで退散します。

 

「レンくん、一人だと寂しいでしょ~? ふたりが一緒にいてあげる~」

「ふたりさん……」

 

 ふたりちゃんへの本日二回目のトゥンク……

 

 この子、さっきから俺の好感度を上げることしかしないな。でも、こんな純粋無垢なふたりちゃんもいつかは彼氏ができて結婚してお嫁に行くんだろうなぁ……

 

 俺はふたりちゃんを抱っこしながら、気の早すぎる悲しさを噛み締めながら階段を降りていくのだった。

 

 丁度いいし、後藤パパママの誤解を解いておくとしよう。

 

 

 

 

「───というわけでですね。俺はひとりさんの彼氏ではないので、そこは誤解なきようお願いします」

「あら~、そうだったの? ひとりちゃんと仲の良い男の子なんて、山田くんしかいないと思ってたから、私てっきり……」

「え? 山田くんはバスケ部じゃなかったのかい?」

「帰宅部ですよ。運動部に入ってたら、さすがにライブハウスでバイトなんてできないです」

 

 ふたりちゃんとジミヘンと一緒に一階に降りた後、リビングへと通された俺は後藤パパママにことのあらましを説明する。俺の思った通り、パパママも後藤さんの虚言には気づいていたらしく、俺のことを彼氏だと思い込んでいたらしい。

 

 あっぶねー。ちゃんと話をしておいてよかった。これで後藤さんが俺に対して変に意識しちゃってたらバンド活動や学校の成績に支障が出てたかもしんないし。

 

「ほらねー。ふたりが言った通りだったでしょー? お姉ちゃんにレンくんみたいなカッコいい彼氏ができるわけないよー」

 

 俺の膝の上で二人ちゃんが満面の笑みを浮かべて言う。あ、悪意はない……悪意はないんですよこの子には……

 

「でもふたり、万が一っていうことがあるだろう?」

 

 後藤パパがキッチンで料理を作りながらそんなことを言ってきた。

 

 フォローのつもりかもしれないですけど、全然フォローできてませんからね。そんなに、万が一って言わないといけないくらい後藤さんに彼氏ができないとでも……そうですね。まずはクラスメイトとしっかりコミュニケーションを取れるようになることから始めましょう。

 

「山田くんは、ひとりちゃんのことをどう思っているのかしら?」

 

 後藤ママ……穏やかそうな見た目でとんでもないことぶっこんできますね。俺はあなたの目が一瞬怪しく光ったのを見逃しませんでしたからね。

 

「どうって……いい子ですよね。自分の弱さや欠点をちゃんと理解していて、それを克服しようとひたむきに努力する姿勢。すごく好感が持てますよ」

「が、学校の先生みたいなこと言うのね」

 

 だって、俺が後藤さんにやってることって学校の先生みたいなことをめっちゃ甘々にした感じだし。

 

「私が思ってる答えとはちょっと……いやかなり違ったけど、ひとりちゃんに良い印象を持ってくれてるみたいでよかったわ~」

「大事なお友達ですし、彼女の努力を毎日そばで見ていたら自分もがんばらなきゃなって気持ちになるんですよ」

「そう言ってもらえて嬉しいわ~。ひとりちゃんはお友達……()()()()()()なのね?」

 

 口調は穏やかだったものの、後藤ママの言葉にはなぜかものすごい重力を感じてしまった。……まさかとは思うけど、俺に()()()()()()を期待しているわけじゃないよね?

 

「それにしても、初対面のひとりとよく会話が成立したね。あの子はこう……人と話をするのがすごく苦手な子だから」

「俺の姉に比べたら可愛いもんですよ」

 

 いやほんとに。

 

「君のお姉さん……確か、ベースをやってた子だよね?」

「ええ。俺の姉もなんというか……ものすっごくマイペースで猫みたいな女でして……」

 

 俺が普段、姉貴に対してどんな介護をしているかを後藤パパママに話す。姉貴に比べれば、自分からがんばろうとしている後藤さんとコミュニケーションを取るなんて難しくない。たとえ初対面であっても、だ。

 

「山田くんはお姉さんのことが大好きなのね~」

「え? まあ、そうですね。家族ですし、好きじゃなきゃこんなことやってられませんよ」

「……意外だ。君くらいの年齢の子はこういうことを言われると、もっと照れるような反応を見せると思ったのに」

「じゅーーーぶんに自覚してますからね。俺ってほんとに難儀な性格をしているなと常々思っています」

「いいことじゃない。ご姉弟の仲が良いのはとても素敵なことよ?」

 

 仲が良い。外からだとそう見えるのかもしれないけど……なんというかこう、俺達って普通の姉弟の距離感じゃない気がするんだよね。

 

 いや、姉貴みたいな女がそういないって言われちゃったらそれまでなんだけど。

 

「ねーねーレンくん」

「んー? どうしたの?」

 

 俺の膝の上でおとなしくしていたふたりちゃんが俺を見上げながら尋ねてくる。

 

「ふたりとお姉ちゃん、どっちが好き?」

 

 あらやだ。またとんでもないことを聞いてきましたよこの子。ほんとにふたりちゃんったらおませさんなのね。

 

「ふたりちゃんの方が好きだよー」

「ほんとー?」

「ほんとー」

 

 前にSTARRYで会った時もこんな感じの会話をしていたなと、俺は一ヶ月前のことを懐かしむように思い出していた。

 

「ふたりもねー。レンくんこと好きー」

「俺もふたりちゃんのこと好きー」

「一緒だねー」

「一緒だねー」

 

 なんやこの癒し空間。後藤家は俺にとっての理想郷(ユートピア)だった? 

 

 ジミヘンと戯れながらふたりちゃんを甘やかし、後藤さんの成長を温かく見守る……完璧な世界ですね。

 

「そうだ、山田くん。もうすぐ料理ができるから他のみんなを呼んできてもらえないかな?」

「はーい。わかりました!」

「ふたりも一緒に行くー!」

 

 そして俺はふたりちゃんとジミヘンを伴って、再び後藤さんの部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

「お嬢さん達ー。そろそろいいですかー?」

「ひとりちゃん、レンくんが来たわよ! お披露目しないと!」

「ま、ままままままだ心の準備が……あと三十分くらい……」

「ぼっちちゃんは可愛いんだから大丈夫だよ! レンくーん、今開けるからねー!」

 

 部屋の前で声をかけると、JK三人のきゃっきゃと戯れる声が聞こえてきた、相変わらず姉貴はこういう会話には参加しないな。まあ、姉貴がきゃっきゃし始めたらなんか別の病気を疑うけど。

 

「さあ、刮目するんだレンくん! スーパーぼっちちゃんだよっ!」

「あ、あ、あ……」

 

 虹夏ちゃんが勢いよく襖を開けると、喜多さんに後ろから肩を掴まれて立っている私服姿の後藤さんがいた。

 

「……なるほど。黒に近い紺のロングスカートと白ブラウスで清楚さと大人っぽさを表現し、赤のリボンが良いアクセントで可愛らしさも醸し出している」

 

 後藤さんは恥ずかしそうに頬を染めながら俯いている。そういう仕草が余計に庇護欲を掻き立てるんだよね。

 

「うん。すごく似合ってる。可愛いよ、後藤さん」

「あ、あへ……あへ……あ、ありがとう、ごじゃいましゅ……」

「熱い!! 熱い!! ひとりちゃんの体温が急激に上昇しているわ!!」

「ゆでだこみたいになっちゃった!! レンくん、やりすぎっ!!」

「虹夏ちゃんの教えを忠実に守っただけだよ?」

 

 あと、かなり饒舌になっちゃったのは正直、俺自身の照れ隠しだったりする。もちろん、可愛いと思ったのは本心だし、今の服装がよく似合っているっていうのもお世辞じゃない。

 

 ただ、それ以上に───ちょっとドキッとしただけ。

 

「ふっ、愛いヤツめ」

 

 そして、今まで会話に全く入ってこなかった姉貴が怪しく笑いながら俺を見る。……俺がドキッとしたことに気付いてるな。姉貴ってほんとにこういうところは鋭い。喜多さんと虹夏ちゃんに気付かれなかったのは不幸中の幸いだ。

 

「すごーい! お姉ちゃんが可愛くなってる! いっつも変な服しか着てなかったのにー」

 

 ふたりちゃんにまで変って思われるって……まあ、あのピンクジャージとバンドTシャツを学校に着てくるくらいだしな。まともに制服を着るように誘導しておいてほんとよかった。

 

「そうだ! 前髪を上げたらもっと可愛くなると思うわよ!」

「うんうん。ぼっちちゃんの顔ってすごく綺麗だから、隠すのはもったいないよ」

「あ、あ、あ……前髪は、前髪だけはなにとぞご勘弁を……」

 

 後藤さんは自分の顔を晒すことに拒否反応があるみたいだけど、喜多さんと虹夏ちゃんの言うことには賛成しかできない。後藤ママも後藤さんの前髪問題について嘆いていたし、ここでしっかり自分の可愛さに自覚と自信を持ってもらえたら。

 

 というのは、実に浅はかな考えだったと、俺はすぐに思い知ることになる。今日二回目だなこの展開。

 

「大丈夫よひとりちゃん。私達がもっともーーーっと可愛くしてあげるからね!」

「あたしがセットしてあげよう!」

 

 そして、虹夏ちゃんが後藤さんの前髪に触れた瞬間───

 

「ゔっ……!!!!」

 

 後藤さんは謎のうめき声を上げて全身が崩壊し、ピンク色の粉末になってしまった。……なんで!?

 

「お姉ちゃんが粉になっちゃったー」

「わんっ!」

 

 ふたりちゃんは全然動じてないな!? やっぱり家でも日常茶飯事なのか……

 

 初めて見る現象だけど、十分くらいすれば元に戻るでしょう。多分。

 

「ぐっ!?」

「虹夏先輩! どうしたんですか!?」

「な、なんか眩暈が……」

 

 その瞬間、嫌な予感がした俺はふたりちゃんを抱えて部屋の外へと飛び出した。

 

「ち、力が抜けていく……」

「わ、私も……な、何かしら、これ……思考が、極端に、マイナスに……」

 

 なぜか急激に部屋が暗くなり、虹夏ちゃんと喜多さんが弱弱しく畳の上に倒れる。完全にホラー現象じゃん!! やめてよほんとに怖いんだってこういうの!!

 

「レンくん大丈夫だよー。ふたりがいるからねー」

「わんわんっ!」

 

 俺が怖がっているとふたりちゃんが俺の頭を撫でてくれる。俺、決めた。ふたりちゃんを絶対嫁になんてやらねー! 彼氏? は? そいつ俺より良い男なの?

 

 そしてジミヘンも俺を元気づけるように足にすり寄ってくる。ええ子や。

 

「元気さだけが取り柄でごめんなさい……レンくんに激重感情向けてごめんなさい」

「ギター下手くそでごめんなさい……可愛すぎてごめんなさい……」

 

 二人が畳に倒れたまま、うなされるように何かを呟いている。喜多さん、実は結構余裕あるでしょ?

 

 それに、虹夏ちゃんも俺に重い感情を向けてるっていう自覚はあったんだね。大丈夫だよ、俺はちゃんと受け止めてあげるから。

 

「下の階から良い匂いがする……これは、唐揚げっ!!」

「何で姉貴は平気なんだよ」

「私にはこんなもん効かん」

 

 部屋の外に退避した俺達はともかく、後藤さんの近くにいた姉貴は何故か平気そうにしている。まあ、姉貴だからな。

 

「後藤パパが色々作ってくれたんだって」

「これは行くしかない。ちょうど小腹が空いていたところ」

「この惨状どーすんの!?」

「どうせ十分くらいしたら元に戻るに決まってる。それよりもお腹を満たす方が大事」

 

 うーん、どこまでいってもブレない姉貴。でも、十分くらいで元に戻るっていう見解は俺と同じだな。

 

 結論、時間が解決してくれる!!

 

 実際、後藤さんを異形から元に戻す有効な手段ってないんだよね。だから時間が経つのを待つしかないんだ。

 

 あと、ホラー展開が普通に怖いっていう理由が八割。漫画の主人公とかだったら、自らの危険を顧みず死地に飛び込んでヒロインを助けるかもしれないけど、ホラーはマジで無理。むしろ俺は真っ先に死ぬタイプ。

 

「レンくーん。ふたりもお腹空いたー」

「じゃあ、リビングに行こうか?」

「さんせー!」

「わんわんっ!」

 

 ふたりちゃんもひとりお姉ちゃんのことを全く心配していないみたいです。これなら逆に安心できるな。

 

 そして、ふたりちゃんを抱えたまま階段を降りようとしたところで、姉貴が俺に近づいて耳元でそっと囁いた。

 

「ぼっちにキュンとしてたこと───黙っててあげる」

 

 姉貴の言葉に、俺は自分の顔に熱が集まるのを自覚するのだった。




 後藤家が二話でも終わりませんでした。

 多分次で終わります。そろそろヨヨコを出したいので。

 めっちゃUAが伸びてると思ったら日刊ランキングに載ってました! 

 ぼざろパワーということもあるでしょうが……すごく嬉しいです! みなさんのおかげです! ありがとうございます!

 それでは、感想、評価、誤字報告、ここすき等お待ちしております!
 
 次回もよろしくお願いします。



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#22 続々・Hello,(Goto)world!


 後藤家訪問編最終章!



「すごく美味しい。レン、今度これ作って」

「そんなに慌てて食うなよ。あ、すみません。この唐揚げのレシピって教えていただけたりします?」

「もちろん。こっちの方は塩麹を使ってて……」

 

 後藤さんの部屋の惨状を完全に無視し、俺と姉貴、ふたりちゃんとジミヘンは一階のリビングで後藤夫妻お手製の料理を楽しんでいた。

 

 姉貴は目を輝かせて料理を次々と口に運んでいき、後藤夫妻は優しい眼差しで姉貴を見ている。わかるよ、その気持ち。姉貴って美味しいものを食べる時は、表情こそあんまり変わんないけど、本当に美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるんだよね。

 

「山田くんはお家でお料理をするのかしら?」

「ウチ、両親が医者なんで帰りが遅いときがあるんですよ。そういう時は基本的に俺が作ってますね」

「料理ができる男の子はポイント高いわよ~」

「虹夏ちゃん……えーっと、ドラムの幼馴染の子に教わったんです」

「幼馴染?」

「はい。金髪のサイドテールで、ギターピックみたいなアホ毛をしている子ですね」

 

 後藤ママが幼馴染という言葉に反応する。俺はそんな可愛い幼馴染を見捨てて美味しい料理を食べてるんですけどね。でも、そろそろ後藤さん達が復活してもおかしくない時間なんだけどな。

 

「レンくんがお料理して~……リョウちゃんは何するの?」

「私は食べる専門兼片付ける人。ちゃんと私も仕事をしてる」

「そうなんだ! リョウちゃん偉いね~」

「そう。私は偉い」

「ふたりもね~。お母さんのお手伝いするの~」

「偉い」

 

 姉貴がふたりちゃんの頭を撫でている。意外や意外。姉貴って小さい子が苦手だったと思うんだけど……それだけふたりちゃんが人たらしってことか。この子の将来が恐ろしいですね。

 

「二人とも高校生で多感なお年頃なのに本当に仲の良い姉弟なんだね」

 

 後藤パパの言葉に俺と姉貴は顔を見合わせる。まあ、ね。俺が甘やかしてる部分もあるけど、それ以上に伊地知姉妹の前では仲の良い姉弟であり続けたいっていう思いも強いんだよな。彼女達はお母さんを亡くしてから相当に苦労してきたから。

 

「レンは私という偉大な姉をもっと尊敬すべき」

「……ほんとはふたりちゃんみたいな妹が欲しかったんだよなぁ」

「山田姉弟の絆はもうボロボロ」

 

 結束バンドといい、すぐに絆がボロボロになるな。

 

「じゃあ、ふたりがレンくんのこと───お兄ちゃんって呼んであげようか?」

 

 ふたりさん? それ、色んなことを計算していってます?

 

 いやいや、そんなはずがない。ただ純粋に、俺が言った何気ない一言に応えようとしてくれているだけだ。そうだよね?

 

 あと、後藤ママの目が一瞬喜多さんみたいに光ったのを見逃しませんでしたからね!

 

「ん~……お兄ちゃん呼びはしなくてもいいかな~」

「え~? どうして~? ふたりもレンくんみたいなかっこよくて優しいお兄ちゃんが欲しいのに~」

「どうしてって……ねえ?」

 

 困った。非常に困った。姉貴はこの状況を楽しんでるみたいで助けは期待できないし。というか、そもそも姉貴がさっき()()()()()を言ったから変に意識しちゃったんだよ。

 

 だってふたりちゃんに「お兄ちゃん」って呼ばれるってことは……ねえ?

 

 あーっ! やめやめっ! 後藤家に来てから調子が狂わされまくりだな、俺。深く考えすぎだ。こういうのはシンプルに答えるに限る。

 

「ふたりちゃんには『レンくん』って呼んでほしいから」

「そーなの?」

「そーなの」

 

 姉貴が俺の隣で鼻で笑っているのがわかった。お前……家に帰ったら覚えとけよ。

 

「も~。しょうがないなぁレンくんは。ふたりのことが大好きなんだからぁ」

「そうだね~。大好きだよ~」

 

 ふたりちゃんはご機嫌な様子で俺の頭を撫でる。これでなんとか誤魔化せたな、ヨシ!!

 

 でも、後藤ママの笑顔がなんかすごい圧力がある。何も言わないのが余計に怖い。後藤パパは「ウチの娘と仲良くなってくれて嬉しい」って感じでうんうん頷いてるし。

 

 後藤パパに関しては何も問題ないな。後藤パパに関しては。

 

 後藤ママは……うん。娘を心配する親心だという感じに受け止めておきましょう。ただの自意識過剰なら俺が恥をかくだけで済むから。

 

 そう考えていたら、何やら階段をバタバタと降りてくる複数の足音が聞こえてきた。お? 三人とも復活したかな。

 

「あたし達を置いて先に美味しい物食べてるなんて酷くない?」

「ごめんね。でも、あの時の俺達にはバイオハザードに対して封じ込め策を実行することしかできなかったんだ」

「レンくん、見損なったわ!」

「真っ先に降りようって言ったのは姉貴だよ?」

「許したわ!」

「喜多ちゃん!?」

 

 清々しいまでの掌返し。でも、事実だからね。最初に言い出したのは姉貴だから。俺はそれに便乗しただけで……まあ、責任の何割かは俺にある。それは認めよう。

 

「みんなの分もたくさんあるからどうぞ」

「はーい! いただきまーす!」

「ほら、ひとりちゃんも」

「あ、はい」

「お姉ちゃーん。こっちおいでー!」

 

 ふたりちゃんはそう言って、手持ち無沙汰にしてオロオロしていた後藤さんを自分と俺の間に座らせる。何をそんなにびくびくしてるのかな? ここ、自分のお家でしょ?

 

 後藤さんが隣に座ると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。喜多さんに香水を借りたのかな?

 

「はい、後藤さん。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺は取り皿に後藤さんの分の唐揚げやピザ、ポテトなどを取り分けて渡す。

 

「飲み物は何が良い?」

「あ、コーラで……」

「おっけー」

 

 そしてコップにコーラを注いで渡してあげた。……はっ!? 今の、ほとんど無意識の行動だった。介護癖というか、もはや条件反射の域に達してる気がする。

 

「ねーねー、お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「レンくんがねー。お姉ちゃんよりもふたりの方が好きなんだってー!」

「ふごっ!?」

 

 ふたりちゃんの発言に後藤さんがコーラを吹き出しそうになった。さすがにこんなところで乙女の尊厳を崩壊させるわけにもいかないので、俺はティッシュを渡す。

 

 でも、よく考えたら普段の奇行やら爆発四散やら液状化、粉末化とかの七変化で乙女の尊厳を投げ捨てている気がするな。

 

「げほっ、ごほっ!! ふ、ふたり……あ、あんまりそういうこと言って山田くんを困らせたらだめだよ?」

「困らせてないもーん。ねー、レンくん」

「ねー」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら答える。後藤さん、そんなに痙攣しながらこっちを見ないでよ。五歳の子が言うことだよ? 真に受けすぎだって。

 

(ふ、ふたりは五歳だけど、十年後には十五歳と二十五歳の山田くん……「お姉ちゃん。私、レンくんと付き合うことにしたんだ」「よろしく、後藤さ───いや、お義姉さん」ぐわああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!? 普通にありえそうな未来で怖い!! 妹が私を差し置いてイケメンと付き合ってしまうっ!! そして結婚!! 幸せそうな妹のウエディングドレス姿!! 独身の私!! 誓いのキスをする妹!! 独身の私!! ブーケを投げる妹!! 独身の私!! 名前の通り独り身だYO!! 後藤ひとりだYO!!)

 

 なんか、後藤さんがとんでもない勘違いをしている気がする。

 

「虹夏ちゃーん!」

「何かな~?」

 

 そんな俺達の胸中は露知らず、ふたりちゃんはソファからぴょんと降りて、今度は虹夏ちゃんに抱き着くように隣へと座る。

 

「虹夏ちゃんがレンくんにお料理教えてあげたの?」

「そうだよー。レンくんのお姉ちゃんがダメダメさんだから、レンくんががんばったんだー」

「リョウちゃん、ダメダメさんなの? ふたり、さっき偉い偉いってしてあげちゃった。リョウちゃーん! さっきのなしー!」

「悲しい」

 

 ふたりちゃんの言葉に俺は思わず吹き出した。「さっきのなし」は反則でしょ。そして姉貴はわざとらしく泣き真似をしながら俺にもたれかかってくる。食い辛いからやめろや。

 

「喜多ちゃんはダメダメな子~? それともいい子?」

「私はすっごくいい子よ。それとね、ふたりちゃん。リョウ先輩はダメダメなんかじゃないわ。私はリョウ先輩の娘だからわかるの」

「え!? リョウちゃんって、喜多ちゃんのお母さんだったの!?」

「そうよ。それと、虹夏先輩も私のお母さんなの」

「こらっ! 唐突にあたしを巻き込むな!」

「虹夏ちゃんも!? じゃあ、お父さんは?」

「……複雑な家庭なのよ」

「ふくざつなかてい……ふたり、しってる。テレビでやってたヤツだ……」

 

 喜多さんは純粋無垢な幼女に何を吹き込んどんねん。このくらいの年齢の子はほんとにそういうこと信じちゃうよ?

 

「じゃ、じゃあ……レンくんはどうなっちゃうの?」

「レンくんは、私のおじさんになるわね」

「……ふたりのお兄ちゃんなのにおじさんになっちゃった」

「あら。レンくんがお兄ちゃんになってくれたの?」

「お兄ちゃんって呼んでいい? って聞いたら『レンくんって呼んでほしい』って言われちゃったの。でも、ふたりにはわかる。レンくんは照れ屋のおませさんだから、ふたりにお兄ちゃんって呼ばれるのが恥ずかしいんだ」

 

 今度は隣で姉貴が噴き出していた。なんかちょっとムカついたので肘で小突いておく。というか、ふたりちゃんやりたい放題だな! 口もめちゃくちゃ達者だし! ほんとに五歳児なのあの子!?

 

「ちょっと待ってね~。状況が複雑になってきたわ。ふたりちゃん、ペンと紙ってあるかしら?」

「あるよー。はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 喜多さんは今度は何をやらかす気や。虹夏ちゃんはジト目で喜多ちゃんを見ながら料理を食べてるし。後藤さんは念仏みたいなものを隣でブツブツ唱えてるし。

 

 あなた……俺がさっきドキッとした女の子と本当に同一人物ですか?

 

「リョウ先輩がここ、虹夏先輩がここ。その間に娘の私がいて……」

「レンくんはリョウちゃんの弟だからここ!」

「そうね。じゃあふたりちゃんは……」

「レンくんがお兄ちゃんだからふたりはここね!」

 

 なんか二人で紙にゴソゴソ書いてますね。喜多さんも一回スイッチが入ると暴走して止まらないからなぁ。虹夏ちゃんも諦めちゃってるし。

 

「でもこれだとお姉ちゃんが仲間外れになっちゃうよ?」

「んひぃっ!?」

 

 今度は後藤さんが悲鳴を上げる。「仲間外れ」という、後藤さんのトラウマワードを容赦なく使いますねふたりさん。

 

「お姉ちゃんはふたりのお姉ちゃんだから……」

「ひとりちゃんはレンくんより誕生日が早い。つまり、ひとりちゃんの方がお姉ちゃんね」

「できた! ふたりのお兄ちゃんがレンくんで、レンくんのお姉ちゃんがお姉ちゃんで、お姉ちゃんのお姉ちゃんがリョウちゃんで……」

「お姉ちゃんがゲシュタルト崩壊しちゃう!!」

 

 あ、とうとう虹夏ちゃんからツッコミが入った。何を書いてたかと思ったらツッコミどころしかない家系図かい。もうね、喜多さんの言う通りにすると人間関係複雑骨折どころじゃないよ。そもそも骨がないからね。

 

「あっ! ふたりとお姉ちゃんが喜多ちゃんのおばさんになっちゃった!」

「ふたりおば様ね」

「おば様……ちょっとカッコいいかも……」

「喜多ちゃん、五歳児のおば様ができちゃったけどそれでいいの!?」

「これが私の幸せ家族計画ですっ!」

「何一つ実現しないガバガバ家族計画!!」

 

 やっぱり喜多さん、とんでもなくやべーヤツだったわ。姉貴もやべーし、後藤さんも色々やべーし……虹夏ちゃんしか勝たんっ!

 

「あ、あの……山田くん」

 

 俺もツッコミを放棄して後藤パパの料理に舌鼓を打っていると、後藤さんが俺の服をくいくいと引っ張ってきた。どうしたのかな?

 

「(わ、私はふたりよりも背が高くて歳も上で髪も長くてギターも弾けます)」

 

 突然後藤さんが俺の耳元で変なことを囁き始めた。

 

 え? 何何? 俺にアピールしたいの? さっき「お姉ちゃんよりふたりの方が好き」って言われたことに対抗心を燃やして?

 

 ……ちょっとこの子可愛すぎない? アピール内容は別として。

 

「(あと……あと……)」

「(あと?)」

「(わ、私の方が……)」

 

 さてさて、今度は何をアピールするつもりなのかな? 

 

「あ、あうぅ……」

 

 俺が内心ワクワクしていると、後藤さんは何も思いつかなかったのか、顔を赤くして俯いてしまった。

 

 ああ、ヤバい。庇護欲が掻き立てられる。全力でドロッドロに甘やかしてあげたい。なんでこう……この子は俺のツボを的確についてくるのかな。

 

(ある意味レンくんが一番ヤバい)

(私よりレンくんの方がヤバいわね)

(ぼっち。レンをキメ過ぎると後戻りができなくなるよ?)

(言えない言えない言えない~~~~~っ!! 「私の方がふたりより胸が大きいですよ」なんて絶対言えない~~~~~っ!!)

 

 こんな感じで、後藤家のみなさんとの心温まる昼食会はつつがなく進行していくのだった。

 

 

 

 

「さあ! お腹もいっぱいになったし、午後からはミーティングをやっていくよ」

「眠い」

「てめー作曲担当だろ!? リョウの曲とぼっちちゃんの歌詞の確認が最優先なんだからね!」

 

 みんなでお昼ご飯を食べた後、再び後藤さんの部屋に戻ってバンドミーティングを開始する。ふたりちゃんもお腹がいっぱいになって眠そうにしていたんだけど……

 

「まだレンくんと遊びたいのー!」

 

 と言って、今は俺の膝の上で半分寝ながらタブレットで動画を観ている。午前中フルパワーで遊んだからな。そろそろおねむの時間でもおかしくない。

 

「ぼっちの歌詞……陰気だけどぼっちらしさがよく出てる。特定の人に深く刺さるんじゃないかな」

「私、ここのフレーズ好きです!」

「リョウの曲もめちゃくちゃ格好良いじゃん!」

「ぼっちの歌詞を見てたらインスピレーションが刺激された」

 

 曲のタイトルは「ギターと孤独と蒼い惑星」か。歌詞を見せてもらったけど、良い感じに後藤さんの不満がぶちまけられたような歌詞になってる。

 

 曲も結構アップテンポなのな。それに、聴いてる限り音程は割と低い。まあ、喜多さんの声域なら大丈夫か。

 

「よーし、じゃあ明日からはこの曲を練習して、六月末締め切りのTokyo Music Rise参加用の収録もするからね!」

「それって、確かレンくんが見つけてくれたコンテストですよね?」

「正確には俺じゃなくておお───つっきー先輩が教えてくれたんだ」

 

 思わず大槻先輩って言っちゃうところだった。危ない危ない。

 

「気になってたのだけど、つっきー先輩って何者なの? ウチの生徒じゃないわよね」

「俺が尊敬するバンドマンだよ。多分、そのうち対バンとかする機会があるんじゃないかな」

「へー……それは楽しみね!」

「ぼっちちゃん並みのテクと喜多ちゃんのレベルをMAXにした歌唱力なんだって」

「……漫画の主人公かしら」

 

 虹夏ちゃんと同じこと言ってら。そういや、大槻先輩の新曲の制作状況はどうなんだろう。最近は邪魔しちゃ悪いと思ってあんまりロインしてなかったけど。……あとで連絡してみよう。

 

「ウェブ投票が七月七日からだから、締め切りから一週間以内に音源審査の結果が出るみたいだね」

「音源審査に通過すると、二週間のウェブ投票……その中からグランプリを一組、もしくは二組を決める……」

「ら、ライブ審査とかはないんですね」

「みたいだね~。各地域のグランプリ受賞者は八月二十九日に東京ビジュアルアーツメディアホールで行われるファイナルステージへ進出……」

「専門学校のホールでやるんですね」

 

 会場の規模は新宿FOLTよりも小さいかな。収容人数四百人って書いてあるし。まあ、それでもSTARRYに比べたら遥かに大きいけど。

 

 やっぱり結束バンドがこういう大きい会場で演奏してる姿を観てみたいよなぁ……。吉田店長にお願いして……いやいやいや。全然実力が伴ってないのに無理だろ。せめてTokyo Music Riseのファイナルに残れるくらいじゃないとお願いなんてできないな。

 

「今年の未確認ライオットのファイナル審査は……八月七日だね。みんな! この日は予定を空けておいてね。来年のために下見に行くよ~!」

「虹夏先輩ったら気が早いのね。でも、そのくらい強い気持ちじゃないとメジャーデビューなんてできないですもんね!」

(す、STARRYよりも大きい会場……。おえっ、吐き気がしてきた)

 

 みんなが前向きに、そして本気で取り組もうとする姿勢は素直に称賛できる。ただ、これから彼女達に必要なのは、漠然と大きい目標を掲げるだけじゃなくて、その目標を達成するために具体的にどう活動していくかということだ。

 

「虹夏ちゃん。今後の活動スケジュールについては考えてる?」

「大まかにはね。六月いっぱいはTokyo Music Rise用の練習、それと七月にSTARRYでライブをする予定だから再来週にお姉ちゃん達の前でオーディションを受けるよ」

「お、オーディションですか……!? て、店長さん達の前で……!?」

「五月のライブはそんなことしてませんでしたよね?」

「あの時は特別だったんだ。これからお姉ちゃんは、私達を身内じゃなくて一バンドマンとして扱うつもりだよ」

「な、なんだかライブより緊張しそうですね」

 

 まあでも、星歌さんは口ではああ言いながらもなんだかんだで甘々だからな。俺も人のことは言えないけど。

 

「STARRYでのライブもそうだけど、路上ライブも積極的にやっていきたい」

「そうだね。私達に足りないのは技術もそうだけど、何よりも場数! 経験を積んで積んで積みまくって『下北に結束バンドあり!』って言われるくらいになろう!」

 

 ほーん。姉貴も姉貴でちゃんと考えてるのね。路上ライブはお金がかからないからそこは大きなメリットっちゃあメリットだけど。

 

「みんな、路上ライブはいいけど熱中症には気を付けなよ。これからどんどん気温が上がって三十五度とか平気で越えてくるから」

「そこはレンがちゃんとみんなの水分補給とかを管理してくれたらいい」

「なんで俺なんだよ。自分で管理しろそのくらい」

「可愛い女子高生四人を炎天下でライブさせて……自分だけ涼しい屋内で過ごすつもり?」

「姉貴さぁ……そんな罪悪感を刺激する言い方を……」

 

 他の三人の顔を見ると「え? 手伝ってくれるんじゃないの?」みたいな表情を浮かべていた。

 

 あれ? 俺って一応……結束バンドの後方支援者面してる最古参ファンくらいの立ち位置だったと思うんだけど。

 

 あるぇー?

 

「レンくん、他に何か意見はないかな?」

「え? うん、そうだね。Tokyo Music Riseが終わるまではそれでいいとして……来月のSTARRYでのライブはオリジナル一曲とカバー二曲でいくの?」

「いや、ライブまでにもう一曲作る。ぼっちの歌詞は二曲分貰ってるから、あとは私ががんばるだけ」

「姉貴、いけるの?」

「……心配?」

 

 姉貴がクスッと笑って尋ね返してくる。なんか、俺にシスコン発言を期待してるみたいだけど、俺が心配してるのはそこじゃないからね?

 

「今月、期末テストあるよ」

「ひあっ!?」

 

 なぜか姉貴ではなく後藤さんが激しく反応した。バンド活動もいいけど、学生の本分は忘れないでね? 留年だけはマジで洒落にならないから。

 

「……みんなで勉強会、しようか」

「はい。その方がいいと思います」

 

 成績優秀組の虹夏ちゃん&喜多さんの一声で結束バンドの勉強会が実施されることが決定しました。

 

「後藤さん、そんなに心配しなくても俺がいるから大丈夫だよ」

「ふ、ふふふふふ不束者ですがお手柔らかによろしくお願いしましゅ」

 

 姉貴はちょっと……虹夏ちゃんに任せきりになるな。俺は後藤さんの勉強を見るので手いっぱいになりそうだし。いや、俺が姉貴の勉強の面倒見ること自体がそもそもおかしいよな。

 

「まあ、テストについては一旦置いておこう……MVやミニアルバムについてはどう考えてる?」

「どっちも結構お金かかるよね~。あたしとしては、まず一曲分のMVを作ってみたいと思ってる」

「大体、三十万円くらいあればできるから……STARRYで月一回ライブをやるとして三万円。それとは別でみんなのバイト代を月に一人一万円ずつ積み立てるとして、ひと月で四万円。三十万円溜まるのは七か月後か」

「じゃあ、年明けくらいからMVを作ることを目標にしよう! その間に練習やライブを重ねて、実力を磨かなきゃね」

「半年後なら、曲も増えてる。私とぼっち次第だけど」

「あ、ががが、がむばりますっ!」

「MV製作の業者か~。……つっきー先輩に聞いてみようかな」

「つっきーさんが万能すぎる!!」

 

 だって、こういうバンド関係では一番頼りにしてるし。あ、志麻さんや吉田店長に聞いてみるのもいいな。イライザさんは……あの人は可愛いからいいんだよ。廣井さん? 禁酒してから来てください。

 

「虹夏せんぱ~い。私は何をすればいいです?」

「喜多ちゃんはSNS担当大臣に任命したから、ライブや新曲の告知、Tokyo Music Riseに応募するっていうことを発信してほしい」

「わかりました! 任せてください!」

「喜多さん、ちなみに今って結束バンドのSNSってどうなってんの?」

「え? こんな感じよ」

 

 喜多さんのスマホをのぞき込むと、トゥイッターやイソスタには流行りのメイクやおすすめの化粧品の投稿ばかりしてあった。……バンド活動どこいった?

 

「だ、だって……何を投稿していいかわからなかったから」

「まあ、確かに。……ってか、フォロワー数すごいな!? 五千人超えてんじゃん!」

「何だか知らない間に増えてたわ」

「このフォロワーさんの内、どれだけがロックバンドのアカウントと認識しているのか……」

「うーん……百人くらい?」

「可愛い笑顔で誤魔化そうとするな」

「てへっ。レンくんに可愛いって言われちゃった」

「はいはい。郁代ちゃんは可愛いね」

「名前で呼ばないで」

「姉貴は呼んでるじゃん!」

「私のことを名前で呼んでいいのはリョウ先輩だけよ」

 

 彼氏ができたらどーすんの? とは思ったけど、これ以上は話が脱線しそうなのでやめておこう。あと、ふたりちゃんが一言もしゃべらないけど、完全に寝ちゃってるよねこれ。

 

「あ、そうだ。来月のライブ、一曲はカバーって言ってたけど、曲は決めてあるの?」

 

 この前ライブでやった三曲のうちのどれかにするのか、はたまたこれから新しく練習するのか。

 

「ネタ曲にしようと思ってる」

「なんでネタにする必要があるんだよ!?」

「だって、結束バンドって名前がもうネタだからみんなの期待に応えなきゃと思って」

「応える方向性が完全に間違ってるだろ!?」

「結束バンドの名付け親として……ここは譲れないっ!!」

「意味わからんとこで頑固さを発揮するな!!」

 

 姉貴に聞いた俺がバカだった。ネタ曲っていってもどうするんだよ。そういうのはシークレットトラックに入ってるからいいのであって、それを前面に押し出したら───

 

 そこで俺は気付いた。気付いてしまった……

 

「まさか、姉貴……」

「今はまだ、その時ではない」

「意味深に言うだけ言って大したこと考えてない表情っ!!」

 

 実際、すっげーくだらないこと考えてると思う。まあ、お好きにどうぞ。ただ、ネタ曲をやるなら恥を捨てて振り切って全力でやらないと余計に恥かくからな。俺はもう……姉貴の中学時代の文化祭お通夜ライブみたいな空気は御免だよ。

 

 そして、俺達がこれだけ喋っていてもふたりちゃんは全く起きる様子がありません。……小さい子って、寝てると体温上がるよな。

 

 俺はふたりちゃんの重みと体温を感じながらそんなことを考える。

 

「俺の言いたいことはこんなところかな」

「……そこまで具体的かつ客観的な意見をくれてさ。『俺、ただのファンですよ?』ムーブは無理だと思うよ」

「だって求められたら全力で応えたいじゃん」

「レンくんのね~。そういうところはね~。すごく良いと思うんだけどね~」

 

 虹夏ちゃんがニコニコ笑いながらそんなことを言ってくる。

 

「これから、苦労するよ?」

「もう十年以上してるから……」

 

 俺がそう言って姉貴を見ると、なぜかこの女はドヤ顔を浮かべてやがった。

 

「じゃあ俺、ふたりちゃんを下の部屋で寝かせてくるよ」

 

 そして、眠っているふたりちゃんを起こさないように抱き上げて部屋を出る。……俺も将来、お昼寝している娘をこうやって運ぶ日が来るんだろうなぁ。

 

 ふたりちゃんの寝顔を見ながら、俺はものすごく温かい気持ちになるのだった。

 

 

 

 

「さっきのレンくんの顔、見た?」

「見ました見ました! すっごく優しい笑顔でふたりちゃんを抱っこしてましたね!」

「レンは家だといつも私にあんな感じ」

「堂々と嘘つくなっ!!」

「男の子のああいうところを見ると……こう、心にくるものがありますよね」

「ね~。ちょっとドキッとするよね」

「すべては私の教育の賜物」

「教育したのあたしだよっ!」

「洗脳の間違いじゃないですか?」

「人聞き悪いこと言わないでっ!」

(わ、私もお昼寝してたらあんな風に優しく抱っこして運んでもらえるかな? あ、でも抱っこされたらその瞬間に死んじゃいそう……。し、死なないように抱っこのトレーニングを……でも抱っこされたら死んじゃう……あれ? 詰んでいるのでは?)

 

 その後、ふたりちゃんを後藤夫妻に引き渡して部屋に戻ったら、なんか知らんけどおかしな空気になってました。まーた姉貴が変なこと言ったな。

 

 そして、後藤家での実りある一日が終わり、翌日からバンドメンバーはTokyo Music Riseへ向けて、ますます練習に熱が入る。カバーとオリジナル曲では、勝手が全然違うから苦戦していたみたいだけど、それでもなんとかテスト期間に入るまでには収録を終えることができた。

 

 STARRYでのオーディションも問題なし。バンドとしての成長がよく見られたと、星歌さんは言っていた。……本人達には直接言わなかったみたいだけど。このツンデレアラサーめ。

 

 んで、問題の期末テストは……

 

「や、山田くん……!! や、やりました……!! 全科目の平均点は五十.一……ですっ!!」

「しゃあっっっっっ!!」

 

 それを聞いた瞬間、俺は後藤さんの両手を握って上下にブンブンしたんだけど、やっぱり彼女は死んでしまいました。……俺、後藤さんのキルスコアが何気に高いかもしれない。

 

 ちなみに最高点はコミュニケーション英語の五十九点です。

 

 日本語でのコミュニケーションに難のある子が、この科目で最高点を取るって……なんだか感慨深いよね。これは泣いても許されると思う。後で聞いた話だと、後藤パパは号泣してたらしい。

 

 姉貴も相変わらずの一夜漬けで平均点が九十点オーバーという意味の分からん成績を収め、現時点では留年の危機を回避することができた。

 

 来てる!! 完全に流れが来てる!! 

 

 今の俺達には───結束バンドには確実に追い風が吹いている!!

 

 この勢いのままTokyo Music Riseのグランプリ獲るぞおおおおおお!!

 

 

 

 

「え? 予選落ち?」

 

 ウェブ投票にすら進めませんでした。

 

 現実は無常である。

 

 あ、ちなみにSIDEROSは予選を通過したみたいです。 




 後藤家訪問編というよりふたりちゃん編でしたね。この子は場を引っ掻き回すのに適しすぎている。

 レンくんがぼっちちゃんをちょっと意識する描写を入れましたが奇行で全部台無しになっています。

 そして予選落ちオチ

 これは最初から決めてました。ここまで割とトントン拍子で進んできたから、苦い経験をさせたかったので。

 次回はもう一人のぼっちに会いに行きます。ヨヨコ回です。

 それでは感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#23 真っ赤なヨヨコを見ただろうか


 SIDEROS回!



 結果発表当日、就活の不採用通知のごとくお祈りメールが虹夏ちゃんのスマホに届き、STARRYではバンドメンバーの四人が意気消沈していた。

 

 うん……気持ちはわかる。なんかイケる感じの雰囲気だったもんね。結束バンドの初オリジナル曲が完成して「音楽業界に殴り込みじゃー」って意気込んだところで出鼻をくじかれた感じ。

 

「まあ、現実はこんなもんでしょ。むしろ、今の結束バンドの実力を客観的に評価してもらった結果だよ」

「わかってる……!! わかってるけど……ショックなもんはショックじゃん!!」

「す、すみません……もっと早く、歌詞を完成させて練習時間をたくさん確保できていれば……」

「それを言うなら、私も作曲に時間がかかった」

「私がもうちょっとしっかり歌えてたらなぁ……」

 

 いつもは元気な喜多さんもさすがにへこんでいるらしい。姉貴も無表情だけど責任を感じてるし、後藤さんは顔面崩壊しかけてるし、虹夏ちゃんは……またちょっとケアが必要かもしれないな。

 

 今日はこのままスタ練の予定だったけど、今の四人を普通にスタジオに放り込んでも実のある練習ができるとは思えない。……しゃーないな。

 

「はいはい。四人とも、顔上げてー。ちゅうもーく!」

 

 俺は両手をパンパンと叩いて四人の視線を集める。このままお通夜になってても良いことないし、フォローしましょうかね。

 

「今の率直な気持ちを、一言でっ! 虹夏ちゃんから!」

「……悔しいっ!」

「辛いっ!」

「あ、あ、か、悲しいです……」

「小腹が減った」

 

 約一名、変なことを言ってたけどまあ大体みんな似たようなもんでしょう。

 

「それでは、今から三十分間あげます。今のその滾りに滾って抑えきれない感情を思い切り演奏にぶつけてきてください。周りに合わせる必要はありません。ただ感情の赴くままに、スタジオで思い切り発散してきてください」

 

 これは大槻先輩や、志麻さんがよくやっている方法だ。特に志麻さんはライブの後に、怒り狂ってドラムを叩きまくることで気持ちを整理し、技術が格段に向上したらしい。まあ、怒りの原因は廣井さんなんだけど。

 

「三十分経ったらもう一度動画を見直して、反省会をして、ちゃんと練習しましょう」

 

 反省会は絶対必要だ。今回どうして予選落ちをしたのか。それをしっかり分析する必要がある。しかも、予選を通過したバンドはTokyo Music Riseの公式ページに動画がアップされているから、そのバンドの演奏を観て勉強するのも悪くない。

 

「レンくんの言う通り。いつまでもウジウジしてても仕方ないよね。あたし達の今の熱い思いを思い切りぶつけてやるぞーっ!!」

「私も今、周りなんか気にせず無性に歌いたいですっ!」

「わ、私も……!」

「私は小腹が減っている。レン、なんか持ってない?」

「……カロリーメイトやるから食っとけ」

「バニラ味がよかった」

 

 贅沢言うなボケ。なんだかんだチョコが一番美味しいんだよ。

 

 姉貴はカロリーメイトをもそもそ食いながらスタジオへ向かう。とりあえず、これである程度は気持ちを切り替えられるかな。

 

 そして、四人がスタジオに入った、かと思いきや虹夏ちゃんだけが俺の方へ戻ってきた。

 

「レンくん、ありがとね。ほんとはあたしが言わなきゃいけなかったのに……」

「だって虹夏ちゃんが一番辛いでしょ? 俺も虹夏ちゃんと同じ立場だったら、さっきみたいなことは言えなかったと思う」

 

 客観的な立場だからこそ言えることがある。ただ、虹夏ちゃんもそういうことがわかってて、それでも俺にちゃんとお礼を言いたかったんだろうな。

 

 俺は笑顔で虹夏ちゃんの頭をぽんぽんと撫で「スタジオに行っておいで」と促した。

 

「レンくん」

「んー?」

 

 名前を呼ばれたかと思うと、虹夏ちゃんがぎゅーっと抱き着いてきた。……珍しい。二人きりの時じゃなくてじゃなくて外でこんな感じになるなんて。

 

「……ん。元気出たっ! じゃあ、スタジオで暴れてくるねっ!」

「物は壊さないでね」

 

 虹夏ちゃんは俺から離れて「わかってるよ~」と手を振りながら小走りでスタジオへと入っていく。あれなら大丈夫そうかな。

 

 結束バンドのケツも叩いたし、次は星歌さんに声をかけないと。

 

「へこんでますね」

「へこんでねえ。ばか」

 

 星歌さんはカウンターに突っ伏してぶっきらぼうにそう言った。ほんとにこの姉妹は……

 

「虹夏ちゃんみたいにぎゅってしてあげましょうか?」

「そんなことされたら……人として終わってしまう」

「……よしよし」

「だーっ!! 頭撫でんなアホ!! お前ほんとそういうとこだぞ!?」

「自分の半分しか生きていない小生意気なガキに慰められる気持ちはどうですか?」

「私を慰める気あんの!?」

 

 星歌さんはぎゃーぎゃー言ってるくらいがちょうどいいんですよ。素直な虹夏ちゃんとは違って意地っ張りなんだから。

 

 というか、この世界の厳しさはあの子達以上に星歌さんの方がよくわかってるでしょ。

 

「それはそうなんだけどな。虹夏の悲しい顔を見るのはやっぱ、辛い……」

 

 星歌さんが言うと重いっすわ。

 

「だったら素直に慰めてあげたらいいのに」

「そんなことしたら、私が先に泣く」

 

 ですよね。未だにぬいぐるみ抱っこしながらじゃないと眠れない可愛い可愛いアラサーですもんね。

 

「俺は今から用事あるんで出ますけど、あの子達が戻ってくるまでに、その辛気臭い顔をどうにかしておいてくださいね」

「あれ? 反省会するんじゃねえの?」

「……ちょっと行くところがあるので」

「女か?」

「はい」

 

 俺があっさり答えると、星歌さんは呆れたような表情になる。これから女と会うって言うのは嘘じゃない。しかも一人じゃなくて複数の女に会いに行きます。

 

「だからチケット売ってください。七枚」

「七枚も!? お前ほんとに誰に会いに行くつもりなんだよ!?」

「それは───ライブまでのお楽しみです」

「……その小悪魔みたいな笑顔、虹夏に教わったな?」

 

 俺が勝手に(なら)っただけですけどね。

 

 そして俺は星歌さんからチケットを七枚受け取り、STARRYをあとにするのだった。

 

 

 

 

「辛い悲しい泣きたいなんで結束バンドが予選落ちなの……?」

「久しぶりに顔を見せたと思ったらそれ?」

 

 星歌さんからチケットを買った俺は新宿FOLTへとやってきていた。そして、大槻先輩の顔を見るや否や、なんかこう……色々とこみ上げてくるものがあって、テーブルに突っ伏して泣き言を吐いている。

 

「……あなたもそんな風に弱るのね」

「俺だって人間ですからね。ただ、あの子達の前じゃ結構強がってましたけど」

「ふーん。私の前ではそういうの、曝け出せちゃうんだ?」

「だって、大槻先輩ですし」

 

 なんだかんだ、俺が一番甘えている相手は大槻先輩だからね。虹夏ちゃんみたいな母性があるっていうよりも、純粋に頼りになるんだよな。それに、虹夏ちゃんと違ってへんに抱え込んだりもしないし。むしろはっきりズバズバ言うし。それでいて面倒見がいいし。

 

「いやー。俺だってね? わかってるんですよ? 結束バンドが結成してからまだ三ヶ月くらいで、本気でメジャーデビューを目指し始めて二ヶ月で、初のオリジナル曲ができたのなんて一か月前ですから。それでいきなりコンテストのグランプリをとってとんとん拍子で階段を上っていけるほど甘い世界じゃないって」

「……聞いてあげるから全部吐き出しちゃいなさい」

「大槻せんぱぁい……」

 

 大槻先輩が今まで見たことないくらい優しい笑顔で俺を受け入れてくれている。正直「いつまでも過ぎたことをめそめそしてるんじゃないわよ! この悔しさを糧に練習に打ち込んで次の舞台で見返してやればいいじゃない!!」くらい言われるかと思った。

 

「俺なんて所詮、ちょびっとギターが弾けるだけのド素人ですからね。専門的なアドバイスなんてできないし、せいぜい、情報収集するか、客観的な立場から忖度のない意見を言うか、あの子達のメンタルケアに努めるくらいしかできないから」

「むしろそこまでやっておいてまだ何かするつもりなの!?」

 

 俺にもね。色々と思うところがあるわけですよ。もっとこう……上手くやれたんじゃないかって。

 

「そうやって試行錯誤を繰り返して、一歩一歩成長していく。バンドに限らず、人間ってそういうものよ。私だって何度もこんな目に遭ってきたわ。でも、その度に歯を食いしばって壁を乗り越えたの。あなたも今回のことを糧にして、次に活かしなさい。……良い経験ができたわね」

「先輩。抱き着いていいですか?」

「こ、こんな人がたくさんいるところでいいわけないでしょ!!」

 

 なんか、大槻先輩のそういう反応を見ると安心する。やっぱり先輩に相談してよかったな。俺のメンタルがかなり回復しましたよ。

 

「私がぎゅーってしてあげるー!!」

 

 年齢に似つかわしくない子供っぽい声が聞こえてきたかと思うと、後ろからイライザさんが俺に抱き着いてきた。髪の毛がほっぺたに当たってくすぐったいですよ。

 

「レンくんはがんばった。いい子いい子」

 

 そして、いつの間にかやって来ていたふーちゃんが俺の頭をよしよしと撫でてくれる。あぁ^~癒し系コンビに甘やかされて成仏してしまう~。

 

「レンさん。結束バンドの曲聴きましたけど、めっちゃ良いじゃないすか。ウチ、こーゆーの好きっすよ」

「幽々も~。この鬱憤をぶちまけるような歌詞が気に入りました~」

 

 そして、SIDEROSの他のメンバーもわらわらと集まってきた。あくびちゃんや幽々ちゃんはともかく、イライザさんはどこから来たの? 志麻さんや廣井さんと練習してたんじゃ……

 

「弱ってるレンの心の隙間に付け込もうと思って」

「どこでそんな日本語覚えてきたんですか?」

「今は悪魔がほほ笑む時代なんだヨ?」

「ほんとにどこで覚えてきたんですか!?」

 

 イライザさんが全然離れてくんないけど……暖かいし良い匂いするしやわっこくて気持ちいいからこのままでいよう。うん。

 

「この曲、作詞は後藤さんで姉貴が作曲したんだ」

「へ~。ぼっちさんが作詞を。それなら納得です。歌詞にものすごく重みがあるので」

「ウチにはこんな歌詞書けないっすね。それに、曲もめっちゃセンスありますよ。歌詞だけだと暗くて陰気ですけど、それに引っ張られ過ぎないテンポになっててバランスが取れてるっす」

「やめて。そんなに褒められると……嬉しくて涙が出そうになるから」

「……レンさんってあれっすよね。完璧イケメンに見えて結構あざと可愛いところがあるっすよね」

 

 それは虹夏ちゃんの影響です。でも、涙腺ガバガバなのとおばけ怖い怖いなのはわざとじゃないから。マジですから。「あたしぃ、天然ってよく言われるんですぅ~」とかほざく女とは全く違いますから。

 

「レンくん。クッキー焼いてきたからこれ食べて元気になろ? はい、あーん」

「……美味しい。ふーちゃん優しい。好き」

「私もレンくんのこと好きだよ」

「ごふっ!!??」

 

 俺がふーちゃんにクッキーを食べさせてもらっていると、ジュースを飲んでいた大槻先輩がいきなり噴き出してあくびちゃんがティッシュを渡している。さすがSIDEROSの大槻先輩係だね。

 

「や、や、や、山田……いきなり何言って……」

「レン。私のことは好きー?」

「好きですよ」

「えへっ。ありがとっ!」

 

 イライザさんが俺を抱き締める力を強くする。年上妹属性金髪巨乳とか好きになる要素しかないじゃん。

 

「こらーーーーーっ!!」

「どうしたんですか、大槻先輩。いきなり大きい声出して」

「にゃ、にゃ、にゃ……にゃにを平然と『好き』とか言ってるのよっ! しかも、複数の相手に対してっ!! あ、あなたがそんなに軟派な男だとは思わなかったわ!!」

 

 大槻先輩が顔を真っ赤にして俺をビシッと指差しながら糾弾するような声を上げる。

 

「あくびちゃん。俺って軟派な男に見える?」

「見えないっす。ヨヨコ先輩が過剰反応してるだけっす」

「だよね」

「なんでそうなるのよ!? そんな簡単にね!! 異性に好きとか言っちゃいけないの!!」

「レンさん、ウチのこと好きっすか?」

「うん、好き」

「ウチもレンさん好きっす」

「二人とも私の話聞いてた!?」

「幽々だけ仲間外れにしないでくださ~い」

「ごめんね。幽々ちゃんのことも好きだよ」

「幽々も~山田さんのこと好きです~」

「リーダーの言葉が微塵も心に響いてないわね!!」

 

 大槻先輩が地団太を踏んでテーブルをバンバン叩いている。相変わらず面白い反応してくれるなこの人。他の三人も普通に大槻先輩を弄ってるし。これまでのSIDEROSではありえなかった光景に感動。

 

「ヨヨコ先輩は硬派過ぎるんすよ。今時の高校生は、男女間で気軽に『好き』って言い合うんす」

「そーそー。あいさつみたいな感じだよね~」

「イギリスでも普通だヨ~」

「ヨヨコ先輩は~ちょっと恥ずかしがり屋さんすぎです~」

「え? 嘘……私がおかしいの? 私が知らないだけで、学校ではそんな風になってるの?」

 

 いやそんなわけないじゃないですか。みんなが悪乗りしてるだけですよ。でも、こういうくだらない嘘を簡単に信じちゃうのが大槻先輩の良いところだよね。

 

「山田……ごめんなさい。私、あなたのことを『全方位に思わせぶりな態度を取りまくるクソ男』だと誤解するところだったわ」

 

 マジでクソ男ですね。いや、俺はその場の空気を読んで相手をちゃんと見て言葉を選んでますからね。

 

「『好意はしっかり相手に伝えなきゃダメ』って幼馴染に小さい頃から教育されていたので」

「……あなたの幼馴染、罪深過ぎない?」

「彼女ほど多くの男の屍を積み上げた女を、俺は知りません」

「やっぱりものすごく誤解を与えているじゃない!?」

「あくびちゃん、どう思う?」

「『こいつ、俺のこと好きなんじゃ……』って愚かで哀れな勘違いをする男が悪いっす」

「だよね」

「さっきもこの流れやったでしょ!? どう考えても勘違いさせる行動する方が悪いじゃない!!」

 

 でもね。虹夏ちゃんには全く悪意がないんですよ。男を惑わそうとしてるんじゃなくて、ごく自然に距離を縮めてきて母性が溢れてて優しくて可愛くてコミュ強なだけなんです。

 

「それを魔性の女って言うの!!」

「虹夏ちゃんはドラマーだから……大槻先輩の理論でいくと、あくびちゃんや志麻さんが魔性の女になりますね」

「別にドラマーは関係ないでしょ!!」

「……ふーちゃん。何があってもウチが守ってあげるっす」

「はーちゃん……トゥンク」

「そっちはそっちで雑にカップリングすんな!!」

「でもでも~志麻さんは女性ファンから『志麻様』って呼ばれてるから魔性の女なのでは~?」

「……だって志麻さん格好良いじゃない」

 

 あ、そこは認めちゃうんですね。いやー、でもほんとにSIDEROSはみんな仲良しだな。大槻先輩のこの一年の苦労と見てきた俺としては感慨深い。

 

「ねーねー、レン」

 

 イライザさんは未だに俺に抱き着いたまま耳元で囁いてくる。どうせまた爆弾発言するんでしょ? 俺は詳しいんだ。

 

「レンはこの中で誰が一番好き?」

 

 はい。予想通りの爆弾発言ですね。でも、質問の答え自体はすごく簡単だ。俺がこの中で誰を一番好きかなんて、そんなのは決まってる。

 

「大槻先輩ですね」

「ちょおっ……!!」

 

 一番付き合いが長いですし、先輩の良いところをたくさん知ってるから当然ですよ。

 

「ウチもヨヨコ先輩のこと好きっす」

「私も大好きですよ」

「幽々もです~」

「あーっ!! あーっ!! あーっ!! 恥ずかしいから!! 恥ずかしいからやめなさいっ!!」

 

 大槻先輩は顔を真っ赤にしておめめぐるぐる状態で額をテーブルにガンガン打ち付けている。そういや、後藤さんも時々こんな奇行に走ってたな。……似た者同士か。

 

「大槻ちゃん愛されてるネ~。じゃあ、みんなで大槻ちゃんに良いところを一つずつ言っていこう!」

「大槻先輩の良いところ……まずいな。一つじゃ足りない」

「わざとやってるでしょ!? ねえ!! 私をからかってるんでしょ!?」

「からかってませんよ───俺の本気、見せてあげましょうか?」

「やめて……ほんとにやめて……」

 

 いつもは「私を褒め称えなさい!」って感じの態度なのに、いざ褒めまくろうとするとこうやって恥ずかしがって自分の殻に閉じこもっちゃうんだ。可愛いね。

 

「ヨヨコ先輩はどうなんすか?」

「どうって……何がよ?」

「ウチらのこと、好きっすか?」

「ぶびゃあっ!?」

 

 今度は大槻先輩が後藤さんみたいな乙女の尊厳を投げ捨てる奇声を上げる。……実は二人、血の繋がった姉妹だったりしない?

 

「……ウチらのこと、好きじゃないんすか?」

 

 あくびちゃんがしゅんとした表情になる。甘やかしたい。

 

「ヨヨコ先輩……」

 

 ふーちゃんが悲しそうな表情になる。甘やかしたい。

 

「悲しいです~」

 

 幽々ちゃんは笑いをこらえ切れていない。さすがベーシストやな!

 

「ちょ、ちょっと……ちょっと待ちなさい! そんな顔しないで! わ、私が……嫌いな相手とわざわざ組むような性格をしてると思う」

「思わないっす」

「じゃあわかりきってるじゃない!!」

「それはそうっすけど、やっぱりちゃんとした言葉を聞きたいじゃないすか」

「ヨヨコ先輩……」

「ヨヨコせんぱ~い」

「う、うぅ……」

 

 他の三人に詰められて大槻先輩はたじたじになっている。助けを求めるように俺を見るけど、三人とも先輩の反応を楽しんでるだけだから大丈夫ですよ。

 

 それはそれとして助けるけど。

 

「大槻先輩。ここは素直になって自分の気持ちを伝える場面です」

 

 俺がそう言うと、大槻先輩はうんうんと唸り、恥ずかしそうに机に突っ伏し、ツインテールをぶんぶん振り回すなどのいちいち可愛い仕草をやってのける。……この人が一番魔性の女じゃない?

 

「み、み、みんなのこと……す、好きに決まってるでしょっ!!」

 

 目を瞑りながら顔を真っ赤にしてそう言った大槻先輩に、他の三人が思い切り抱き着いていた。これでSIDEROSの結束力も上がったな。

 

 あれ? 最初は大槻先輩に甘やかしてもらうために新宿FOLTに来たのに、いつのまにかSIDEROSのお世話をしている……。まあいっか。

 

「でもヨヨコ先輩。まだ肝心なことを聞いてなかったっす」

「か、肝心なこと? これ以上私に何を言わせる気よ?」

 

 あくびちゃんがニヤニヤ笑っている。ふーちゃんも幽々ちゃんも同じ感じだ。悪い女どもやでほんまに。

 

「ヨヨコ先輩はレンくんのこと好きですか~?」

「んひぃ!?」

 

 先輩、そんな声出せるんですね。初めて聞きましたよ。

 

「そ、そそそそそそそそんなことわざわざ言うまでもないでしょ!? ほら、私と山田の仲だし……」

「言うまでもない、取るに足らない関係ってことですか。悲しい」

「レン、大丈夫~?」

「なんでこんな時だけ悪い方に受け取るのよ!?」

 

 イライザさんが俺を抱き締めながら頭を撫でてくれる。あぁ^~イライザさんに甘やかされてダメになる~。

 

「ほら、ヨヨコ先輩。レンさんが落ち込んでるっすよ」

「もしかしたら、もう新宿FOLTに来てくれなくなっちゃうかも……」

「私達のファンが減っちゃいますよ~」

「う、うぐぐっ……」

 

 今度は「ぐぬぬ」顔で俺を見てきた。ほんとに大槻先輩は表情がコロコロ変わって見ているだけで面白い人ですね。

 

「わ、わかったわよ! 言えばいいんでしょ、言えばっ! (そう。これは別に山田を変に意識しているわけじゃないわ。相手にちゃんと好意を伝えるのはあいさつみたいなものって楓子も言ってたじゃない。そうよ。これはあいさつ。あいさつなのよ。深い意味はないわ。意識する必要はないわ。「おはよう」って言うくらいの気楽さで、気楽さで……)」

 

 大槻先輩がぷるぷる震えている。うーん、これはチワワですね。間違いない。

 

「す、す、す……」

 

 大槻先輩の言動に、全員が注目している。さて、おおつきよよこちゃんじゅうななさいはちゃーんとおはなしできるのかな~?

 

「───って、言えるわけないでしょっ!!」

 

 大槻先輩はそう叫んで顔を真っ赤にして逃げ出し、楽屋へと引きこもってしまった。……ちょっとからかい過ぎたかな。後で謝っておこう。

 

 ただ、それはそれとして……

 

「大槻先輩の一番良いところって……ああやって恥ずかしがって顔を真っ赤にしちゃう可愛いところだよね」

 

 俺の言葉に、イライザさんを含む全員がうんうんと頷いていた。大槻先輩がみんなから愛されてるみたいでほんとによかった。

 

「そういや今さらっすけど、レンさんって何しに来たんすか?」

「SIDEROSのみんなに予選通過おめでとうって言いに来たのが二割、大槻先輩に甘やかされに来たのが五割。で、残りの三割はこれ」

「これ……ライブのチケットっすか?」

「うん。結束バンドのね」

 

 俺はチケットを取り出し、その場にいる全員に渡す。

 

「イライザさん。廣井さんと志麻さんにも渡してくれませんか? 都合が合えば、ぜひ来てほしいです」

「絶対行くヨ~! 前は廣井だけ行っちゃってずるいって思ってたの!」

「ヨヨコ先輩もお忍びで行ってたっすね」

「みんなにバレバレだったけどね」

「前日からすごくそわそわしてたんですよ~」

 

 めっちゃ楽しみにしてたんじゃないですか! ほんとにいつでも可愛いなあの人。

 

 それに、結束バンドは前回よりもレベルアップしてるから、もっと楽しめると思いますよ。

 

「いつかはこういう大きいライブハウスでも演奏できるくらいになってほしいんだけどね」

「銀ちゃんに頼んでみれば? あっさり出してくれると思うヨ?」

「今は何の実績もないので、Tokyo Music Riseでグランプリを獲ったらお願いしようと思ってました」

「じゃあ、ウチらと対バンでもします? ワンマンもいいんすけど、体力的にキツイんすよね」

「あ、私達の前座で出るっていうのはどう? それならプレッシャーも少ないと思うヨ!」

「お二人の申し出はすごくありがたいんですけど……俺一人で決めるわけにはいきませんし、せっかくなので今度のライブを観て判断してください」

 

 なんか思ったよりも簡単に出してもらえそうな雰囲気だけど……実力が伴わないままこういう場所でライブをやって、その後二度と呼ばれなくなるっていう事態だけは避けたい。だから、結束バンドよりも実力も実績も上にいる人達に、あの子達の演奏を評価してもらいたい。贔屓目なしで。

 

「だったら銀ちゃんも呼ぶ? 誘えば来てくれると思うヨ?」

「いやいや、さすがに忙しいでしょ」

「聞いてみなきゃわかんないヨ? 銀ちゃ~ん! ちょっとこっち来て~!」

 

 イライザさんが吉田店長を呼ぶと、彼は俺達を不思議そうに眺めながら近寄ってきた。

 

「どうしたのよイライザ。───って、あなたまだ山田ちゃんにくっついてるの? いい加減離れなさい」

「やだっ。イケメンに抱き着くのはやめられないの!」

「……ごめんね、山田ちゃん」

「いえいえ、役得ですよ。それに、イライザさんにはさっき慰めてもらったんで」

「あんまり女を甘やかしすぎるのもよくないわよ?」

 

 なんか、吉田店長が言うと説得力がありますね。さすが、男心と乙女心が同居しているだけはある。

 

「それで、何の用かしら?」

「レンが銀ちゃんをライブに呼びたいって!」

「ライブ?」

「……一から説明しますね」

 

 イライザさんの説明がざっくりし過ぎているので、俺はここまでの経緯を吉田店長に話した。仕事中なのにお時間取らせちゃってすみません。

 

「なるほどね~。そういうことならありがたくお誘いを受けさせてもらうわ」

「え!? いいんですか? 言っちゃなんですけど……全然無名のアマチュアバンドですよ?」

「私の仕事はね。ライブハウスを経営することだけじゃない。優秀なバンドマンを発掘することも仕事なのよ。それに、廣井と大槻ちゃんが一度観ていてその子達に光るものを感じたのでしょ? あの二人、特に廣井は普段はどうしようもないダメ人間だけど、バンドに関しては信のおける人物。そんな二人が評価したバンド……純粋に興味があるわ」

 

 なんだか話が予想外の方向に進んじゃったけど、これはまたとないチャンスだ。虹夏ちゃん達に話を通さないままなのはちょっと心苦しいけど、吉田店長の目に留まればこういう場所でライブができる機会がくるかもしれない。

 

「わかりました。では当日、お待ちしております」

「ええ。楽しみにしているわ」

 

 俺がぺこりと頭を下げると、吉田店長は笑顔でチケットを受け取って仕事へと戻る。

 

 ……事後報告になるけど、虹夏ちゃんに電話しておこう。

 

 あ! そういや今気付いたけど、吉田店長にチケットをあげちゃったから、一枚足りなくなっちゃった。……廣井さんには当日券を買ってもらうか。ごめんなさい廣井さん。 

 

「ウチらも楽しみにしてるっす。あと、レンさん。これどうぞ」

「……これは?」

「結束バンドがオーチューブにオリジナル曲の動画をアップしたじゃないすか。ヨヨコ先輩がそれを見て改善点と良かったところをまとめてました」

「ヨヨコ様……」

 

 あくびちゃんからルーズリーフを受け取ると、両面にびっしりと非常に参考になる意見が書かれていた。俺はそれを丁寧に折りたたんで、大事に鞄へとしまい込む。

 

 こんなことされてさ。大槻先輩に好意を持つなっていう方が無理でしょ。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ。大槻先輩はまだ引きこもったまま?」

「出てこないっすね~」

「最後にあいさつしていくか」

 

 そこでイライザさんが名残惜しそうに俺から離れる。俺も名残惜しいです。

 

 そして俺は席を立ち、大槻先輩が引きこもっている楽屋へと向かった。

 

「せんぱ~い。そこにいますか~?」

「いないわよっ!!」

「またベタなこと言いますね」

 

 俺は楽屋の中には入らず、外から声をかけると大槻先輩の元気な声が返ってきた。この感じなら心配なさそうだな。

 

「先輩、今日はありがとうございました。慰めてもらって、励ましてもらって、すごく元気が出ました」

「……この一年、あなたにはたくさん助けられたから。そのお返しよ」

「俺も先輩には助けられてばっかりです」

「じゃあ、お互い様ね」

「そうですね」

 

 扉を挟んだまま、俺達は笑い合う。

 

「それと、ずいぶん遅れちゃいましたけど……Tokyo Music Riseの予選通過、おめでとうございます」

「ありがとう。でも、予選通過くらいで満足していないわ。ファイナルステージへ進んで優勝する。それ以外に興味はない」

 

 大槻先輩はいつでも変わらない。どこまでもストイックで、それを成し遂げるだけの努力を積み重ねている。本当に、心の底から尊敬できる人だ。

 

「今月、結束バンドがライブをやります。観に来てくださいね」

「……楽しみにしてるわ」

「改善点とかをまとめてくれたメモ、ありがたく有効活用させていただきます」

「……せいぜい、がんばりなさい。簡単に私達に追いつけると思わないでね」

「簡単には追いつけないですよ、()()()()

 

 大槻先輩の言葉に、俺は嬉しさを隠せなかった。簡単には追いつけない、言い換えればいつかは自分達に追いつける、結束バンドに対して潜在能力のようなものを感じていてくれていたからだ。

 

「じゃあ、そろそろ帰りますね。また今度、ライブハウスで会いましょう」

「あ、ちょっと待って……」

 

 俺が背中を向けて帰ろうとすると、背後からドアの開く音が聞こえ、振り返ると大槻先輩が立っていた。

 

「私ね……あなたのこと、好きよ」

 

 完全に予想外だったその言葉を聞いて、俺は間の抜けた表情を浮かべてしまった。

 

「へえ。あなたもそんな顔するのね。初めて見たわ」

 

 大槻先輩はそんなことを言いながら意地の悪い笑みを浮かべて俺に近づいてくる。

 

「ただ、友達としてだからね? ───勘違いしちゃダメよ?」

 

 そして先輩は背伸びをして、俺の耳元で甘い声でそっと囁いた。やべえ、すっげえ恥ずかしい。

 

「……大槻先輩」

「何かしら」

 

 先輩は小悪魔チックな笑みを浮かべたまま俺を上目遣いで見てくる。そんな風に、男を挑発するような態度を取る先輩に対して言いたいことは一つだけだ。

 

「耳真っ赤ですよ?」

 

 大槻先輩が素面でこんなえっちな真似ができるわけないでしょ!! そんなの解釈違いですっ!!

 

 俺の指摘に、大槻先輩は完全に余裕をなくしたらしく、顔をリンゴみたいに真っ赤にして再び楽屋へと引きこもってしまった。……最後の最後まで可愛かったなあの人。帰ったらフォローのロインしておくか。

 

 そして俺はその日の夜、虹夏ちゃんに電話でことのあらましを伝えたら

 

「なんでそんなことになってんの?」

 

 と、真っ当なツッコミをされました。ただ、他のメンバーに伝えたらライブに対するモチベーションが上がったから結果的には良かったと思う。

 

 あと、結束バンドの大槻先輩に対する好感度が爆上がりしました。あのアドバイスメモ、めちゃくちゃ役に立ったので。

 

 大槻先輩なら「結束バンドはワシが育てた」ムーブをしても許される。

 

 で、これは少し先の話になるんだけど

 

 SIDEROSは大槻先輩の宣言通り、Tokyo Music Riseのファイナルステージまで進んで見事に優勝を果たしました。

 

 あ、結局大槻先輩に「異性の友達同士で『好き』って言い合うのがあいさつみたいなものっていうのは嘘です」ってことをバラすの忘れてた。

 

 まあいっか。




 結束バンドに格好つけてもっともらしいアドバイスをした直後にヨヨコ相手に弱々になるくっそあざとイケメン山田レン。

 これはまぎれもなく山田の弟で虹夏の洗脳を受けてますわ。

 次回はSTARRYでの二回目のライブです。原作とは時期が違うので台風が来ません。

 その代わりにSIDEROS、SICKHACK、吉田銀次郎の八人が来ます。

 レンくんは色んなところでコネを作りまくりですね。大体ヨヨコのおかげです。

 結束バンドが成長できたのは大槻先輩のおかげじゃないか!!

 ヨヨコはぼざろ界の月島さん……オオツキシマさんですね。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#24 BOCCHI-BOCCHI-GIRL

「あ、山田じゃーん。おすおす~」

「佐々木さん。今日も来てくれたんだね」

「前のライブが結構良かったから。あと、ごとーの観察に来た」

 

 STARRYでのライブ当日、今回もメンバー各自にチケットノルマが課せられ、喜多さんは佐々木さんや他の友達を呼んでいた。虹夏ちゃんも友達を何人か呼んでおり、姉貴は全然知らない五人にチケットを売りつけたらしい。

 

 しかも姉貴目当てで来た人は全員女で「リョウ様」って呼んでるし。ほんとに何したんだあいつ。

 

 後藤さんのご両親は、今日は都合が合わず残念ながら来られなかったけど、クラスメイトと一号さん、二号さんは来てくれている。あ、そういやまた一号さんと二号さんの本名を聞くのを忘れてたな。

 

「ごとーごとー。今日も格好良いところ見せてよ」

「あ、さ……ささささん! は、はいっ。がんばりますっ!」

「いい子だ。ほれ、飴ちゃんをあげよう」

「あ、ありがとうございます……(佐々木さん、私によく話しかけてくれるし優しいから好き……)」

 

 佐々木さんとは廊下ですれ違ったらあいさつするくらいの仲から、軽く雑談するくらいの仲にまでレベルアップしていた。

 

 喜多さんとシフトが重なっている時に毎回毎回五組に行って話をしている内に、俺も後藤さんも佐々木さんと仲良くなったんだよね。

 

 ちゃんとロインも交換したし、友達が増えて後藤さんも大変喜んでおりました。

 

「なんか後藤を見てると甘やかしたくなるんだよね」

「あ、わかるわー。こう、庇護欲を掻き立てられるというか……」

「いや、ウチの場合はペット感覚。ウチが飼ってるトイプーに似てるんだよね」

「ごめん、さすがにクラスメイトの……しかも女の子をペット扱いはできないわ。さすが喜多さんの友達」

「それ、褒め言葉じゃないよね?」

 

 やべー女の周りにはやべーのが集まるということか。佐々木さんは比較的まともだと思ってたのに。でも正直、俺も口に出さないだけで彼女が言わんとしていることは理解できる。

 

 後藤さんはペット扱いされていることに喜ぶべきなのか悲しむべきなのか迷っている表情をしてるけど、怒るところだと思うよ?

 

「でも、後藤って犬っぽくない?」

「それはわかる。初対面の時はめちゃくちゃ警戒してる野良猫だったけど、今は人見知りする小型犬っぽさがあるよね」

「チワワとかポメラニアンみたいな?」

「そうそう。ちなみに俺には『自分を狼だと思い込んでいるチワワ系新宿女子』の知り合いがいる」

 

 言うまでもなく、大槻先輩のことです。

 

「どんな知り合いだよ。じゃあ、後藤はポメラニアンだね。よしよし、いい子いい子」

「あ、えへへ……ご、ゴトラニアンですっ」

 

 後藤さんは佐々木さんに頭を撫でられてふにゃふにゃのだらしない笑顔を浮かべている。大槻先輩もこんな風に撫でてあげたらだらしなくなるのかな? ……今度廣井さんに頭撫でさせてみよう。

 

「俺も犬飼いたいけど……両親が医者だから衛生上の理由で飼ってないし」

「ウチの犬。マロンってゆーの。可愛いでしょ?」

「……抱っこして撫でまわしたい」

 

 佐々木さんがスマホで画像や動画を見せてくれる。やっぱりペットっていいよな。もしも俺が犬を飼うとしたら柴犬かコーギィがいい。

 

「ウチの家に来たらいつでも触らせてあげるよ」

「いいなぁ。散歩させたい散歩」

「今度ウチと犬の散歩デートでもする?」

 

 佐々木さんがニマニマ笑いながらものすごく魅力的な提案をしてきた。そして頭を撫でられてふにゃふにゃだった後藤さんが驚愕の表情を浮かべて俺と佐々木さんを交互に見てくる。

 

「俺は彼女と一緒に犬の散歩をしても犬にかまい過ぎて嫉妬させる男だよ?」

「経験済みかよ」

「歴代彼女の中に犬を飼っている子がいてね」

「おいおーい。女の前で別の女の話をすると嫌われるぞー」

「別に俺達付き合ってるわけでもないからいいじゃん」

「それもそーだ」

 

 俺と佐々木さんはけらけらと笑い合う。佐々木さんはこんな感じでサバサバしてて軽ーい感じでお話しできるからいいよね。でも、こういう女の子が付き合い始めたら本気で嫉妬しちゃったりするのが可愛いんだ。

 

「や、山田くん。わたっ、私も犬飼ってますよ……! ジミヘンのことは、山田くんもすごく気に入ってくれてたと思います。あと、あと……ふたりもいますよ?」

 

 後藤さんが変な対抗心を燃やしてアピールしてくる。おまけみたいにふたりちゃんを混ぜてくるのが後藤さんらしい。でも、確かにふたりちゃんも人懐っこい小型犬っぽさはあるよね。

 

 将来、恋愛関係では泥棒猫になりそうだけど。

 

「(ごとー。山田を取ったりしないから安心しな)」

「(と、ととととと取るとか、な、なにをおっしゃいましゅかっ……!?)

「(……今度、山田と一緒にウチの家に遊びにおいで。マロン触らせてあげる)」

「(あ、さ、ささささんも私の家に遊びに来てください。ジミヘンと遊ばせてあげます)」

 

 二人は俺そっちのけで何やらこそこそと囁き合っている。後藤さんが顔を赤くしたり嬉しそうな顔をしたり、表情がコロコロ変わってるのはわかるけど、会話の内容までは聞こえてこなかった。

 

 でも、後藤さんって佐々木さんとは自然に話せるようになったよな。ちょっと感動。

 

「山田、今日はあのやべー人来ないの?」

「……どの人のこと?」

 

 やべー人の心当たりがあり過ぎて……あ、でも喜多さんや姉貴はバンドメンバーだし、あと佐々木さんが知ってる人といえば……

 

「泥酔してたきれーなお姉さん」

「あー……廣井さんか。多分、そろそろ来ると思う。愉快な仲間達を引き連れて」

「え? あんなのがまだ増えるの?」

「いや、あれレベルはいないよ。けど、個性あふれるメンバーが結束バンドの応援に駆けつけてくれます」

「……ごとー。がんばってね」

「な、なんだかものすごく嫌な予感しかしないです……」

 

 大丈夫だって。みんなキャラが濃いだけで良い人ばっかりだから。多分、前のライブ以上にカオスなことになると思うけど。

 

「そういえば、バンドTシャツ作ったんだね。格好良いじゃん」

「そ、そうなんです。ほんとは私のデザインを採用する予定だったんですが、私の才能が現代の人類に早すぎるという理由でお蔵入りになって……」

「どういうこと?」

「色々あったんだよ。色々」

 

 佐々木さんは「意味が分からない」と言いたげな表情で俺を見てくるけど、実際ほんとに意味わからんと思う。そして、バンドTシャツのデザインについては虹夏ちゃんが考えたものを採用していた。

 

 黒地のTシャツで結束バンドのロゴと四人のシルエットが白で書かれているシンプルなもの。物販でも扱う予定らしい。ちなみに俺も買わされたので今日は着てきています。

 

「あ、ささささんも買いますか? い、一枚三千円です」

「結構取るね? ……でも、アーティストグッズってそんなもんか」

 

 姉貴は五千円で売りつけようとしていたけど。メジャーバンドでもないのに五千円のTシャツはアホ過ぎる。結束バンドの五百円も結構な暴利だけどね。

 

「それにしても……」

 

 佐々木さんはそう言ってTシャツ姿の後藤さんのある一部分を凝視し、ニヤッと笑って今度は俺を見てきた。

 

「山田が喜多と付き合わない理由がわかった。なんだかんだ男だね~」

 

 佐々木さんが俺を肘で小突いてくる。堂々とセクハラ発言するのやめーや。後藤さんは確かに、薄着になるとおっぱいの破壊力が増して喜多さんは逆に残念なことになるけど。

 

「喜多さんだって需要はある。どこかに」

 

 大きいのが好きな人もいれば、小さいのが好きな人もいる。後藤さんは俺達の会話の意味が分からなかったようで首をかしげていたけど、そのままの君でいてね?

 

「おら~っ!! きくりお姉さん率いる新宿FOLT御一行様のお出ましじゃ~い!!」

「誰がお前に率いられてんだ。迷惑になるから下がってろ!!」

「志麻、そのまま廣井を押さえつけてなさい。私はここの店長にあいさつしてくるわ」

「あ、レンがいる。お~い! イライザお姉さんが遊びに来てあげたヨ~!」

 

 新宿FOLT御一行の内、吉田店長とSICKHACKの三人がやってきた。相変わらず絶好調ですね廣井さん。でも今日は志麻さんがいるからあの人の監視はしなくてもいいな。

 

 イライザさんは階段の上から俺に手をぶんぶん振ってくれている。今日も可愛いですね。

 

「あ、前のやべー人だ。あと、前にはいなかった人。……女の人ばっかりだね。さすが山田」

「俺ってモテるから」

 

 知らない人が増えたからか、後藤さんがごく自然に俺の後ろに隠れる。

 

「新宿FOLTと違って地下ってのが雰囲気あっていいすね。ウチ、こういうの好きっすよ」

「ヨヨコ先輩、隠れてないで行きますよ~」

「わ、わかってるから背中押さないで」

「山田さんの後ろにいるのが生ぼっちさんですね~。相変わらずすごいのが憑いてます~」

 

 そして、廣井さん達の後ろからSIDEROSの四人がやってくる。今日の大槻先輩はいつものツインテールに帽子というライブ仕様だった。なんか先輩を見てると安心しますよ。

 

「あれ全部山田の知り合い?」

「そう。みんな俺が呼んだ」

「……山田が一番やべー」

「結束バンドのチケットノルマや店の売り上げに貢献してる有能バイト最古参ファンなんだが?」

「男が一人だけとか」

「その男の人も、心は乙女だから実質全員女性だよ」

「もっとやべー」

 

 さらに知らない人が増えたので後藤さんが俺の服を掴んできた。まだまだこういうところは成長しないね。佐々木さんは佐々木さんで「やべーやべー」言いながらやってきた八人を見てるし。

 

 でも、ちょうどいいタイミングだから結束バンドのメンバーを紹介するか。

 

「虹夏ちゃーん! 紹介したい人達がいるからしゅうごーう!」

 

 友達と喋っていた虹夏ちゃん達に集合をかける。SICKHACKやSIDEROSの人達も俺の意図を察してくれたらしく、俺達がいる方へ集まって来てくれた。……こら後藤さん、逃げようとしないの。

 

「SICKHACKの岩下志麻です。廣井のバカがいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「結束バンドの伊地知虹夏ですっ。廣井さんのおかげで結束バンドの方向性を決めることができたので、すごく感謝しています」

「ほらね~志麻。私だってやるときはやるんだよ?」

「でも、ほぼ毎日ウチにお風呂を借りに来るのはやめてください」

「……おい」

「だって私のボロアパートお風呂ついてないんだもん!! 角部屋なのに隣から話し声が聞こえてくるし!!」

 

 俺、絶対廣井さんのアパートには行かない。大槻先輩と目が合ったので、お互いうんうんと頷き合っておきました。

 

「君が廣井とレンが言ってた『ぼっちちゃん』だネ~。私、清水イライザ。二十一歳です! 君と同じギターだよ! よろしくネ~」

「あ、はい。よ……よろしくお願いします(と、年上の金髪巨乳お姉さん……!! や、山田くんの好きな要素しかないっ!! しかも虹夏ちゃんタイプのコミュ強……だ、ダメだ……ちょっと強すぎるっ……!!)」

 

 イライザさんは後藤さんと握手をして手をぶんぶん上下に振っている。でも、後藤さんは顔を強張らせるだけで爆発四散したりはしなかった。成長したなぁ……。

 

「ドラムの長谷川あくびっす。レンさんのお姉さんすよね? 新曲聴きました。めちゃ格好良かったっす! 今日はあの曲やってくれるんすか?」

「山田リョウ、よろしく。今日はオーチューブにアップしたものと、今日が初お披露目の新曲を演奏する」

「マジっすか。めちゃ楽しみっす!」

「幽々もお姉さんと同じベース担当です~。こっちはルシファーとベルフェゴールちゃん」

「ものすごく雰囲気のある人形。呪われそう」

「さすがお目が高いですね~。雑に扱うと不幸に見舞われますよ~」

「……レン、ちょっとこっちおいで」

「やめろバカ! 俺がそういうのダメだってわかってて言ってるよな!?」

 

 お前自分の弟が得体のしれない呪いを受けてもいいの? それに、幽々ちゃんが持ってる人形ってそんな名前を付けてたのね。あとさ、意味深な表情で後藤さんを見るのをやめようか。いや、後藤さん本人じゃなくて彼女に憑いてる「すごいの」を見てるのか。 

 

 ……余計怖いわ!!

 

「私、本城楓子です! 後藤さんのギターソロすーーーっごく格好良かったです~! 私もギターなので今度一緒にセッションしましょ~!」

「あ、ふーちゃんだけずるーい! ぼっちちゃん、私もっ! 私も一緒にするっ!」

「あ、あ、あ……(や、山田くんが甘やかすタイプのゆるふわ癒し系お嬢様……!! し、清水さんも年上お姉さんなのに妹属性持ち……ぎ、ギタリストには山田くん特効が多すぎるっ!!)」

 

 SICKHACKとSIDEROSが誇る癒し系コンビでも後藤さんの人見知りフィールドは突破できなかったか。でも、もうちょっと時間をかければ普通に仲良くできそうだな。とりあえず、後藤さんのさらなる成長のためにこのまま様子を見守っておこう。

 

「喜多さん、この人がSIDEROSのギターボーカルだよ」

「喜多郁代です! よろしくお願いします! ギターボーカルといっても、ギターは初心者なのでまだまだ下手っぴですけどね」

「大槻ヨヨコ。よろしく……」

「TOKYO MUSIC RISEの公式ホームページに掲載されてる曲聴きました! 大槻さんの歌、演奏に全く負けてなくて、それでいて心に響いてくる感じがして……すごく感動しましたっ!」

「そ、そう? あり、がと……。私も、あなたの声、結構好きよ? 演奏に負けちゃってるのがもったいないけど」

「どうしてもかき消されちゃうんですよね~。何かコツってあるんですか?」

「腹式呼吸、は意識してるわよね? それ以外だと───」

 

 

 こっちもこっちで大槻先輩は人見知りを発動していた。でも残念ながら、喜多さんはそんな人見知り相手でもグイグイ距離を詰めてくるスーパー陽キャだからな。

 

「大槻さん……? どこかで会ったことあるかしら?」

「ひ、人違いじゃないっ!?」

 

 喜多さんの言葉に大槻先輩は顔を思い切り逸らして口笛を吹いている。……誤魔化す時の反応が後藤さんにそっくりだわ。

 

「この前ライブに来てくれたつっきーさんだよ。ほら、俺が尊敬している先輩」

「なんでそんなにあっさりバラすのよ!?」

「いや、もう隠しておく意味がないでしょ?」

 

 俺がさらっと正体をバラすと、先輩は顔を真っ赤にしながら俺に詰め寄ってきた。むしろまだ隠しておくつもりだったんですか? こういうのって後になればなるほどタイミングがなくなって、いざバレた時に変な空気になるんですからね。

 

「つっきーさん!? あなたがつっきーさんだったのね!! あなたのアドバイス、ものすごく参考になったわ!! ありがとうございますっ!!」

「近い近い近いっ!! 距離の、距離の詰め方を考えなさい!! 私のパーソナルスペースは人の五倍あるのよっ!!」

「大丈夫です。ひとりちゃんはその十倍ありますからっ!!」

「極端な例を基準にするな!! この子、新宿FOLTにはいないタイプの陽キャね……!?」

 

 新宿FOLTどころかバンドマンとしてはかなりレアな性格をしてると思いますよ。

 

(あれがつっきーさん。年上で、お姉さんで、凄腕のギタリストでコミュ障気味……わ、私とキャラが被ってる!! でも私はつっきーさんみたいに胸元が開いた服は着ない。……つっきーさんってもしかしてものすごくえっちな女の子なのでは? 年上、お姉さん、おっぱいがそこそこある、えっち……あーだめだめ!! 山田くんの山田くんが危険で危ないっっっ!!! えちえち警報発令しますっっっ!!)

 

「どうしたの、後藤さん?」

 

 癒し系コンビに絡まれて成仏しかけていた後藤さんが俺と大槻先輩の間に入ってくる。……珍しいな。もしかして大槻先輩が自分の同類だと気付いたのかな?

 

「ご、ごごごごご後藤ひとりでしゅ……!! (や、山田くんとSTARRYの風紀は私が守らないと……)」

「大槻ヨヨコよ。よろしく(コミュ障なのに自分から私に話しかけてきた? ふっ……どうやら私のカリスマにあてられたようね)」

 

 なんか二人の間でものすごい誤解が発生してそうだけど……さすがに詳細まではわかんない。というか、わかったら読心術の領域だわ。俺も察しは良い方だけど、あくまで人間にできることの範疇だからね。

 

「レンくんが尊敬する先輩って……SIDEROSの大槻さんだったんだ。納得」

「私は気付いてた」

「なんで黙ってたの!?」

「レンがハーゲンダッツを奢ってくれたから」

「メンバーとの情報共有には三百円以下の価値しかないのかな!?」

「あと、大槻ヨヨコが黙っててほしそうだったから」

「そっちを先に言え!! 大槻さーん! 私、リーダーの伊地知虹夏。今日は来てくれてありがとう!」

「や、山田にどうしてもって頼まれたから、仕方なく……仕方なく、ね(ギターボーカルの子よりこの子の方が話しやすい陽キャだわ。あくびと楓子を足して二で割ったような子ね。……でも、山田をあんな怪物に育て上げた女でもある)」

 

 虹夏ちゃんと大槻先輩はリーダー同士ということで交流を始めたみたいです。虹夏ちゃんなら初対面の後藤さんともパーフェクトコミュニケーションができていたから大丈夫かな。

 

「レンに女運が下がるような幽霊憑いてない?」

「女運が下がるというより~責任感の強い介護士さんの霊や保育士さんの霊が憑いてますね~」

 

 そういうの怖いからほんとやめて!! ベーシストコンビは放っておこう。それが一番。

 

「へ~。イライザさんってイギリス出身なんですね。なんでまた日本に?」

「アニソンのコピーバンドをやるためだヨ! なぜか今はサイケをやってるけど」

「サイケ?」

「サイケデリックロック。うにゃうにゃしてもにゃーんとしてる感じのジャンルだヨ。説明が難しいから……あ、私達のライブを観に来ればいいよ! それに、喜多ちゃんってギター初心者なんでしょ? 今度私が教えてあげる~!」

「わぁ~! ほんとですか! ひとりちゃんも誘って三人で練習しましょう!」

「いいネ~! 楽しみ! あ、ロイン交換しようヨ!」

 

 陽キャコンビは問題なし。どっちも天然だから一歩間違えればとんでもない化学反応が起きそうだけど……そうなったら志麻さんを呼んでこよう。

 

「ごめんなさい後藤さん。私も後藤さんと同じギターだからつい親近感を持っちゃって……初対面なのに迷惑でしたね」

「あ、いえ……そ、そんなことは(せ、せっかく話しかけてくれたのに、私が上手く会話を広げられなかったから変な空気に───こ、ここはバイトと結束バンドで鍛え上げられたコミュ力を発揮する時!! そうだ。清水さんとすぐに仲良くなった喜多ちゃんの会話術を参考にすれば……)」

 

 喜多さん達のすぐ横でふーちゃんと後藤さんが話してるけど、まだふーちゃんには後藤さんの相手は荷が重かったか。

 

「ぼっちさんとふーちゃんの様子はどうっすか?」

「ん~……二人ともがんばってるし、後藤さんも初対面の割にはふーちゃんに心を開いてるけど、そろそろフォローが必要かな」

「そうっすね。ふーちゃんも困ってるみたいっす」

 

 さっきからふーちゃんがチラチラと視線をこっちに向けてくるんだよね。そろそろ潮時かな~。

 

 そう考えてあくびちゃんと一緒に会話に混ざろうとした時だった。

 

 不動の後藤が───ついに動きを見せる。

 

「あっ……かわい……ぐふっ……肌白っ……ロインID教えて……!?」

「……ぼっちさん、距離の詰め方エグイっすね」

 

 後藤さんがニチャアとした笑顔でふーちゃんの顎に手を添えていた。こらーーーーーーっ!! 何やってんの後藤さん!? ふーちゃんはいい子だから状況をよくわかってなくてぽかーんとした表情になってるけど、あくびちゃんは普通に引いてるからね!?

 

「ふーちゃん、ウチの後ろに……」

 

 あくびちゃんはふーちゃんを守るように後藤さんとふーちゃんの間に立つ。うん、しゃーない。今の後藤さんはその……男だったら通報案件な顔してたから。後藤さんってほんとに自分の魅力を自分で台無しにしていくよね!?

 

「後藤さん……今の何?」

「あ、喜多ちゃんの真似をしただけなんですけど……」 

「ひとりちゃんの目には私があんな風に映ってるの!?」

 

 あ、喜多さんにまで飛び火した。いや、後藤さんに悪気はないんだよ。ただその……ね? 他者に対する解像度がものすごく低いというか、解釈の仕方が独特なんだよ。だから喜多さんを貶めるつもりなんてさらさらないんだ。

 

 あくびちゃんもそんなに警戒しないで。後藤さんなりにふーちゃんと距離を縮めようとした結果なんだ。ふーちゃんを怖がらせようってつもりは全くなかったんだよ。

 

 とまあ、こんな感じでフォローを入れておきました。

 

「……確かに、過剰に警戒しすぎたっす。すみませんぼっちさん」

「あ、いえ……私こそ陰キャ全開のキモイ絡み方をしてすみません」

「私は気にしてないですよ~。でも、そういう不器用なところヨヨコ先輩に似てるかも~」

「あ、そうなんですか? (や、やっぱり大槻さんも私と同類なんだ。陰キャ同士仲良くなれるかもしれない。……えっちだけど)」

「『ギターと孤独と蒼い惑星』ってぼっちさんが作詞したんすよね。結構刺さるフレーズがあって、ウチは好きっすよ、あの歌詞」

「ほ、ほんとですか? えへへ。ありがとうございます。あ、サインいります?」

「ぼっちさん……そーゆーとこっすよ?」

「あ、え……? な、何がですか?」

「……レンさん、苦労してるんすね」

 

 あくびちゃんとふーちゃんがものすごく同情した視線を俺に向けてくる。わかる? でもね、後藤さんは本質的にはすごくいい子だから。あくびちゃん達も偏見を持たずに仲良くしてくれると嬉しいな。

 

「ひとりちゃんにとって……私の絡み方ってあんなに気持ち悪く見えてたのね……」

「そ、それは違うって。後藤さんの中で、ああいう場面で一番参考になりそうだと思ったのが喜多さんだっただけで、咄嗟のことで後藤さんも焦ってたから。ほら、あの子ってアドリブに弱いでしょ? それに、真っ先に喜多さんを思い浮かべるあたり、すごく信頼されてるよ」

「レンくん……」

 

 喜多さんがショックを受けて落ち込んでいるのは珍しい。でも、俺も後藤さんが俺の真似をしようとしてあんな距離の詰め方をしているのを目撃したら同じようにショックを受けるかもしれない。

 

「リョウ先輩に似た顔でそんなに優しくフォローされると……私の中にあるリョウ先輩の純度が薄まってしまうわ……」

「俺を不純物みたいに言わないでくれる?」

 

 なんだよ姉貴の純度って。むしろそんなもん下がってしまえ!!

 

「ねえねえ。ぼっちちゃんって呼んでいーい?」

「あ、はい。えっと、お二人のことはどう呼べば」

「私はふーちゃん、この子ははーちゃん。あそこでお人形を持っているのが幽々ちゃんだよ」

「ふ、ふーちゃんにはーちゃん、ですね。ふへへっ。よ、よろしくですっ」

「よろしく~」

「よろしくっす」

 

 どうなることかと思ったけど、とりあえず後藤さんが他の人達と仲良くなれて良かった。やっぱりふーちゃんは新宿の大天使やな。

 

「廣井、お前はもっと虹夏ちゃんやヨヨコを見習え! お前より年下なのにこんなにバンドのことを一生懸命考えてて……お前の百億倍立派にリーダーやってるだろ」

「し、志麻さん……姐さんだって何も考えてないわけじゃ……」

「でも大槻さん。自分の楽器をパフォーマンスで壊すならともかく、ライブハウスの機材をぶっ壊すのは絶許だと思う」

 

 志麻さん、虹夏ちゃん、大槻先輩、廣井さんの四人組の間にはピリピリした空気が流れていた。先輩はなんとかフォローしようとしてるけど……正直、フォローできる要素はないですよ?

 

「お、お酒の力でテンションが上がっちゃってつい~」

「お酒が悪いんですね?」

「こ、ここでお酒が悪いって言っちゃうと強制的に禁酒させられちゃうから……お、お酒は悪くないっ!」

「じゃあ、廣井さんが悪いんですね?」

「わ、私も悪くない」

「つまり、こういうことですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……志麻裁判長。判決を」

「有罪。一ヶ月の禁酒刑に処す」

「しょ、しょんな~!?」

「し、志麻さん。お慈悲を……どうか姐さんにお慈悲を……」

 

 一ヶ月かよ。志麻さんも甘いな。……でも、廣井さんにとっては地獄の一ヶ月になりそうですね。……俺は知ーらない。

 

「やまだやまだー」

「どったの?」

 

 完全にカオスな空気になっていて、すでに俺の手には負えない状況下で佐々木さんがつんつんと俺の背中をつついて話しかけてきた。

 

「ここにいるのって、もしかして全員やべーヤツ?」

「佐々木さんも含めてね」

「はっはっは。こやつめ」

「はっはっは」

 

 結局俺は、結束バンドがスタンバイに入るまで佐々木さんと仲良く軽口を叩き合い、小突き合っていました。はっはっは。




 はい。ライブが終わりませんでした。

 キャラをたくさん出すと楽しいのですが、話が長くなる上に全然進まないです。

 次回でライブは終わります。ライブは。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#25 いか


 ごめんね喜多ちゃん!



「みなさーん、こんばんはー! 結束バンドでーす! なんと今日は全員お揃いのバンドTシャツを着ています! ドラムの虹夏先輩がデザインしまして、ビートルズのパクリになってまーす!」

「パクリじゃなくてオマージュだよオマージュ!! なんでわざわざ評判下げるようなこと言うの!?」

 

 STARRYでの二回目のライブが始まった。路上で何度もMCをしているだけあって、喜多さんもかなり場慣れした感はあるけど……虹夏ちゃんのツッコミって完全にアドリブだよね?

 

「Tシャツは一枚三千円なのでみなさんぜひ買ってくださいね~。それとそれと~、なんと結束バンドのニューカラーを今日から物販で扱いますっ! 色々なものを縛れて便利なのでこちらも買ってくださーい! あと、ベースのリョウ先輩が私物を売りたいそうなので───」

「物販の話ばっかりじゃん!! 普通は新曲のことをアピールするんじゃないの!?」

「あ、そうでした。実は、今日演奏する三曲の内の二曲は私達のオリジナルで───」

 

 マジでそっちを先に言えよ。なんで物販の宣伝ばっかりしてんだ。どうせ金にがめつい姉貴が物販をアピールしろって言ったんだろうけど……というか、私物を売るって何!? 俺、何も聞いてないんだけど!!

 

「やまだー。新曲を二曲やるのはウチも聞いてたけど、もう一曲は何やんの?」

「俺も知らないんだよね。ネタ曲ってことだけは教えてもらったんだけど」

「ネタ曲?」

「……ぶっちゃけ、ド滑りする予感しかしない」

「まあ、バンド名の時点で滑ってるし大丈夫じゃない?」

「佐々木さんも結構ズバズバ言うよね?」

「ふふ~ん♪」

 

 俺と佐々木さんは最前列で二人並んでいる。俺達二人だけじゃなく、今回のライブは結束バンドを観に来たほぼ全員が最前列を陣取っていた。大槻先輩や志麻さんはちょっと恥ずかしがっていたけど、バンドメンバーに強制的に連れてこられている。

 

 吉田店長はさすがに後ろの方で見てるな。星歌さんも一緒にいるし。

 

 なぜあえて最前列を陣取っているのかというと、もちろんド滑り時の被害を軽減させるためだ。ネタ曲が全くウケなかった時、全く知らないお客さん達が冷ややかな視線を向けるよりも俺達が前でフォローする方がマシだからだ。

 

 いや、そもそもネタ曲をやるなっつー話なんだけどね。

 

「それでは聴いてください! 『ギターと孤独と蒼い惑星』」

 

 一曲目は「ギターと孤独と蒼い惑星」だ。全体的にアップテンポな曲調だけど、女性ボーカルが歌うにしては音程が低めになっている。でも、そこはさすがの喜多さん。持ち前の声域の広さでしっかりと歌い上げている。

 

 やっぱ、Tokyo Music Rise用の撮影をした時よりも格段に上手くなってるよな。……次のコンテストこそは結果を出したいね。

 

「生だと違うね。動画よりも全然上手いじゃん」

「そうなんだよ。喜多さんはやればできる子なんだ」

 

 姉貴が絡むと頭ハッピーセットになっちゃうけど。

 

「この後にネタ曲をやるんでしょ?」

「一緒に盛り上げようね、佐々木さん」

「え、やだ」

「……逃がさんからな?」

「こわーい。山田くんったら、こーんな暗いところで何をするつもりなのかしら?」

「佐々木さんってそういう口調でお喋りできるんだね」

「自分で喋ってて鳥肌立った」

 

 こんな感じで佐々木さんと良い感じに盛り上がりながら鑑賞する。他の人達も……結構盛り上がってるな。イライザさんとかめっちゃノリノリだし。廣井さんは志麻さんに押さえつけられてる。……面倒おかけしてすみません。

 

 SIDEROSの四人も、良い反応をしてくれているな。大槻先輩は後藤さんをガン見してるけど。どれだけ意識してるんだ。

 

「一曲目、『ギターと孤独と蒼い惑星』でしたー!」

 

 初めて路上ライブをした時に比べたら上々の反応。結束バンド以外を目当てで来た人達もそれなりに拍手をしてくれている。

 

 ちなみに曲名に「星」という文字が入っているので、星歌さんが「この曲……ぼっちちゃんが書いたのか?」となぜかご機嫌になっていて、星歌さんが後藤さんに積極的に絡むようになったんだ。

 

 後藤さんには怖がられてるけど。

 

「続いて二曲目いきます! この曲は、ある有名バンドのシークレットトラックでして───」

 

 はい。もうこの時点で嫌な予感しかしません。後藤さんと虹夏ちゃんは目に見えて緊張してるし、姉貴は笑いを堪え切れない表情してるし、大丈夫かこれ?

 

 姉貴……中学時代の文化祭お通夜ライブという悪夢をもう忘れたのか?

 

「人間、やっちゃダメだとわかっていてもやってしまうことがある」

 

 姉貴とバッチリ目が合い、姉貴の心の声が聞こえてきた気がした。お前……どーなっても知らんぞ?

 

「それでは二曲目、BUMP OF CHICKENで『いか』」

 

 や、やりやがったなこの女!? 

 

 喜多さんが曲名を言った瞬間、ライブハウス内の空気が一瞬ざわついた。ざわつくってことは……意外と知ってる人が多いのか!? いや別に喜ぶことじゃないな、うん。

 

「君の肌は~とても白くて~見とれてしまうぜ~」

 

 間抜けなイントロから始まる間抜けな歌詞。後藤さんによるギターイントロ。後藤さんの無駄遣いにもほどがある。

 

「この感じなんだろう~知ってるこの感じ~」

 

 喜多さんは恥ずかしさを微塵も感じさせず笑顔で歌い続ける。というか、姉貴もこんなとこで美声を無駄に使ってハモってんじゃねえよ!! めちゃくちゃ良い笑顔してんな姉貴!! そんな純粋な笑顔久しぶりに見たわ!!

 

 っつーか、この曲……楽譜化されてなかったろ!! まさか耳コピしたんか!? え!? 耳コピしたんか!? 

 

 この「いか」という曲は、BUMPのとあるシングル曲のシークレットトラックとして収録されている曲で、ネタに振り切った迷曲だ。迷曲であるがゆえに、この曲の熱狂的なファンも多いんだけど……

 

 ライブでやる曲じゃねえよ!!

 

 そして、この曲の一番の見せ場というか……見せ場じゃないな。サビなんだけどさ……

 

「イカイカ! イカイカ! イカイカ! イカイカ!」

 

 はい。これがサビです。ふざけてないです。いやふざけてるけど大真面目に歌ってます。

 

 あのね、俺も好きだよ? BUMPのシークレットトラック大好きだよ?

 

 でもね……喜多さんになんつー曲を歌わせてるんだ姉貴!! 喜多さんってあんなんだけど学校では人気者なんだからな!! 男子のファンも多いんだよ!! 怒られても知らねーからな!!

 

 喜多さんは喜多さんでめっちゃノリノリだし。姉貴もノリノリだし。虹夏ちゃんは恥ずかしさ半分、姉貴にキレてる半分。後藤さんは……ずっと俯いてる。あ、後藤さんのセンス的にも恥ずかしいのね。

 

「喜多やべー……」

「発案は俺の姉貴。間違いない……」

「山田姉やべー……」

 

 なんか佐々木さん、STARRYに来てから「やべー」って連呼し過ぎじゃない。いや実際かなりヤバいんだけどね。

 

 で、会場の空気なんだけど……少なくともお通夜ではない。変にざわついてるというか、四方八方から戸惑いを感じています。はい。

 

 廣井さんは爆笑し、イライザさんはノリノリで、志麻さんと大槻先輩は口をぽかんと開けている。ふーちゃん、あくびちゃんは「よくわからないけどとりあえず乗っておこう」って感じ。幽々ちゃんは姉貴を見ながらニヤニヤ笑ってる。

 

 一号さんと二号さんや俺のクラスメイトは戸惑ってどう反応していいかわかんないっぽいな。

 

 うん。滑ってない。滑ってないだけマシ!! 姉貴の文化祭の悪夢に比べれば百倍マシ!!

 

 マシってだけで良い状況じゃないけどな!!

 

「みんなも一緒に~!! イカイカ!!」

「へーい! イカイカ!!」

「イカは美味いんだぞ~!」

 

 喜多さんがコールアンドレスポンスを始めやがった。……喜多さん、こういう時のメンタルは強いな。普通に尊敬するわ。イライザさんと廣井さんは喜多さんのコールに応えてるし。

 

 いや、廣井さんは応えてないか。

 

「佐々木さん」

「やだ」

 

 俺が呼ぶと、詳細を話してないのに佐々木さんが即答する。

 

「さっつー」

「やだ」

「次子ちゃん」

「やだ」

「イヤイヤ期かな?」

「何を言うつもりか大体わかったけど、嫌なもんは嫌」

「俺達も喜多さんに応えよう!」

「やだっ!」

 

 喜多さんとは腐れ縁なんでしょ? だったらこういう時に助けてあげないとね。

 

「やってみると案外楽しいから、ね? 一回だけ、一回だけでいいから!」

「ちょ……山田っ……強引にっ……」

 

 なんかちょっとエロい感じになってるけどわざとじゃないから。わざとじゃないですから。

 

 俺は佐々木さんの手を引いてノリノリのイライザさん達の方へ向かう。あとは……ふーちゃんやあくびちゃん、幽々ちゃんを拾っていけばいいかな。いや、この際だし大槻先輩も巻き込んでやろう。

 

「イライザさーん。乗ってますね~。俺達も混ぜてくださ~い」

「今日はイカの日だヨ~! イカイカ~!」

「ふーちゃん達もこっちおいで~。みんなで盛り上げよう!」

「わーい!」

「幽々も~」

「ほら、ヨヨコ先輩も行くっすよ」

「わ、私はここでいいわよ。というか、なんでこの曲を選んだの!?」

 

 それは俺の姉貴に聞いてください。大槻先輩もなんやかんや付き合ってくれるあたり、ほんと優しいですよね。

 

「君は~?」

「イカイカ! イカイカ!」

「イカイカ! イカイカ!」

「そこのお姉さ~ん。ノリが悪いぞ~?」

 

 喜多さんは笑顔でウインクしながらマイクを観客の方に向けてくる。さすが喜多さん。ノリをちゃんとわかってる。

 

「志麻~言われてるよ~? こういうのは恥ずかしがってちゃいけないんだって~。うお~イカ刺し食いてえ~」

「あ、あの子すごいな……私には絶対真似できない……」

 

 そら志麻さんが「イカ」を連呼するなんて想像できませんよ。あ、でも結局イライザさんと廣井さんに押し切られて両手を掴まれてレスポンスに参加させられてる。

 

 なんかあれだね。恥ずかしそうに顔を赤くしてる志麻さんって可愛いね。貴重なものが見れました。拝んでおこう。

 

「さあヨヨコ先輩。志麻さんがやってるんだから後輩のウチらもがんばらないといけないっすよ」

「ヨヨコ先輩もイカになりましょう~」

「イカにはならないわよ!」

 

 そして大槻先輩も他のメンバーに巻き込まれてレスポンスに強制的に駆り出されていた。……あとは俺達だけだね。

 

「佐々木さん。今こそ大親友の喜多さんを助けるべきだよ」

「しょーがない。山田に強引にイカに染められたって学校で言いふらしてやろう」

「それ絶対変な誤解されるよね!?」

 

 最終的に佐々木さんも付き合ってくれました。ライブハウスでイカコールが飛び交うのは……結構シュールかつ貴重な光景だったと思う。でも、思ったよりみんな楽しそうだし、意外と盛り上がったから結果オーライということにしておこう。

 

「ロックも悪くないね」

「これをロックと言っていいのかわかんないけど」

 

 佐々木さんはこれからも結束バンドの応援に来てくれるみたいです。やったね。

 

「二曲目、BUMP OF CHICKENで『いか』でした~! みんな~乗ってくれてありがと~! この曲、楽譜になってないからがんばって耳コピしました~!」

 

 やっぱりそうだったんだね。変なところに労力使いすぎだろ。姉貴も姉貴で「やりきった」って顔してるし。

 

「山田、三曲目ってどんなの?」

「実は俺も聴いたことないんだよね。練習してるのは知ってたんだけど」

 

 姉貴も頑なに教えてくれなかったし。後藤さんならボロが出るかと思って聞いてみたら「ふへへっ。た、楽しみにしててください」としか言わなかったんだよな。

 

「ごとーの物真似めっちゃ似てる」

「なんだかんだ一緒にいることが多いからね」

「ほんとにあんたら……何にもないの?」

「あったら、俺はともかく後藤さんは態度ですぐにわかるよ」

「それもそうか」

 

 後藤さんの反応から推測するに、かなり良い曲ができたんだとは思うけど……。でも、あの後藤さんの不気味な笑顔は何だったんだろう。格好良いギターソロでも入ってるのかな?

 

 ありえる。後藤さんを輝かせるならギターソロは必須だし。姉貴も後藤さんのそういう部分には絶大な信頼を置いているからな。

 

 でも「いか」で全部持っていかれたから三曲目は相当インパクトがある曲じゃないとお客さん達の印象に残らない。でも、姉貴達だって馬鹿じゃないからその辺はわかってるだろう。

 

「三曲目は、本日が完全に初のお披露目になります───『あのバンド』」

 

 喜多さんがそう言うと、四人全員が一度顔を伏せ、照明がわずかに暗くなる。……こんな演出をやるなんて、知らなかったな。

 

 そして数秒後、後藤さん()()が顔を上げた

 

 瞬間───怒涛のギターイントロ

 

 喜多さんが歌い始めるまでの約十二秒間を

 

 後藤ひとりが席巻する

 

「やば……」

 

 隣にいる佐々木さんがポツリと呟いた。前回のライブで後藤さんのギターソロを聴いているはずの彼女の口から無意識の内にこぼれ落ちる。

 

「やっぱぼっちさん……すごいっすね」

「うん。すごく、すごく格好良い……私もあんな風に演奏できたらな~」

「ヨヨコ先輩はぁ~どう思います?」

「……私が認めたギタリストよ。このくらいやってもらわないと困るわ」

 

 SIDEROSの四人からの評価は上々。大槻先輩は悔しそうに、でもどこか嬉しそうな表情をしている。

 

「廣井と大槻から話は聞いていたけど……ここまでとはね」

「動画と全然違うヨ~! ぼっちちゃんって、大舞台になればなるほど力を発揮できるんじゃない?」

「ね? ね? 私の言った通りでしょ? だから志麻様、先程の禁酒の刑にどうか執行猶予を……」

「それとこれとは話が別だ」

 

 SICKHACKの人達も後藤さんの実力に度肝を抜かれている。

 

 もちろん、彼女達だけではない。このライブハウスにいる全員が、後藤ひとりの……結束バンドの演奏に引き込まれていた。 

 

 喜多さんはまだまだギターの技術は拙いけれど、それを補って余りある成長速度と圧倒的な声域でそれをカバーしている。

 

 姉貴も前に言われたことを反省して、自分の世界に浸るだけじゃなくしっかりと周囲に合わせ、前に廣井さんがやったように後藤さんの演奏を支えようと必死で食らいついている。

 

 虹夏ちゃんも、大槻先輩に指摘されたことを改善しようと、演奏全体のバランスを取りながら自分の色を出そうと奮闘している。

 

 全員が全員、今出せる限りの実力を十全に発揮した一曲。

 

 TOKYO MUSIC RISEであっさりと予選落ちし、自分達の実力を思い知らされてからわずか二週間。

 

 新曲が完成し、これからというところで出鼻を挫かれ絶望していたあの日から二週間。

 

 この短期間でここまで……ここまで変わるのか?

 

 純粋な実力だけで見れば、結束バンドより格上のバンドは下北沢だけでも数多く存在する。

 

 それでも、それでも、だ。身内贔屓だとしても言わせてほしい。

 

 俺にとって、彼女達こそが一番だと。

 

「やまだー。泣いてるのー?」

「ごめん。感動し過ぎてちょっと……」

「感受性豊か過ぎ。ウケる」

 

 佐々木さんは俺の泣き顔を見てからからと笑いながらも慰めるように頭を撫でてくれた。急に優しくしないでよ!? 今の俺、ちょっと情緒不安定だから感情がめちゃくちゃ揺さぶられちゃうでしょ!

 

「三曲目……『あのバンド』でしたーっ!!」

 

 演奏が終わり、喜多さんがわずかに息を切らせ、汗を拭うこともしないで笑顔で観客に呼びかける。「いか」で変な空気になっていたのが嘘みたいに、盛大な拍手が彼女達に送られていた。

 

「私達結束バンドは、これからもっともっともーーーーっと活動して、来年の未確認ライオットのグランプリを獲りにいきます!! そしてゆくゆくは───メジャーデビューを果たします!! みなさん、応援よろしくお願いします!!」

 

 喜多さんの言葉に、バンドメンバー全員が頭を下げ、再びライブハウス内が大きな拍手に包まれる。ちょっと待って。ほんとに待って。さっきから涙が止まんないから。

 

「星歌ちゃん……あなた号泣し過ぎじゃない?」

「子供達の成長した姿を見ると涙腺にくるんだよ」

 

 後ろの方では星歌さんが号泣していて吉田店長に慰められていた。人のこと言えないけど、星歌さんも涙腺ガバガバですよね。ほんとに人のこと言えないけど。

 

「最後に、この素晴らしい曲を作ってくれたのは……作曲担当のリョウ先輩」

「どうも。誠意とは言葉ではなく金額。物販よろしく」

 

 喜多さんに振られて姉貴は無表情でそう答え、会場は笑いに包まれた。ウケ狙いじゃなくて本気で言ってるからな姉貴は。

 

「そして、作詞担当のひとりちゃん!」

「あ、あ、あ……」

 

 さらに喜多さんは後藤さんに話を振る。……ちょっと待って! 後藤さんにそれは無茶ぶりだって!! 後藤さんは事前に台本を用意しておかないとこういう場面でまともに話すことなんか───

 

「あ、あ……も、モノボケやりますっ!! 武田信玄の軍配っ!!」

 

 空気が……死んだ。

 

 後藤さんは突如ギターのネック部分を両手で持ち、いきなりそんなことを叫び出した。

 

 SIDEROSのみんなも、SICKHACKのみなさんも、星歌さんも、吉田店長も……ライブハウスにいる全員が彼女の奇行にドン引きしていた。

 

 あ、廣井さんだけは爆笑してました。

 

 俺? 涙が一瞬で引っ込んだわ。

 

 君、ほんとにあのプロ顔負けのギターソロをやってのけたのと同一人物?

 

 ま、まあ? ギャップがあるのすごくみりょくてきだとおもうよ。うん。

 

「い、今のはギターを武田信玄の軍配に見立てたというモノボケでして……」

「ひとりちゃん! 自分で自分に追い打ちかけてどうするのよ!?」

 

 喜多さんが盛大にツッコんだ。そのおかげで笑いが起こり、空気がちょっと柔らかくなる。ああ、よかった。あのまま終わったら感動的な演奏が全部吹っ飛ぶところだったよ。

 

(わ、笑いが起こってる……。こ、ここはさらなる追撃をかけて盛り上げる場面っっ!!)

 

 俺は、後藤さんと知り合ってまだ三ヶ月くらいだ。まだまだ付き合いは短いけれど、それでも多少なりとも彼女のことは理解している……つもりだった。

 

 本当に、つもりだったんだよ。

 

(追撃の歯ギター!! 私の華麗なる一撃で今日のライブを締めくくるっっ!! 後藤ひとり伝説はここから始まるのだっ!!)

 

「ひとりちゃん何やってるの!? 照明さん!! ライト!! ライト消してくださーい!!」

 

 この日以降、下北沢には「歯ギターする武田信玄が出没する」という否定のし辛い噂が流れ、トゥイッターでそれなりにバズってしまうのだった。

 

「後藤やばー……」 

 

 そして、後藤ひとりは───STARRYの伝説となった。 




 ライブ終了!!

 喜多ちゃんごめんね。どうしても君に「いか」を歌わせたかったんだ。興味がある人はグーグルで「バンプ いか」と検索してください。迷曲ですよ~。

 あと、感動的な演奏からぼっちちゃんの奇行パフォーマンスオチ。

 早めにこのイベントを消化しておいて、追々ぼっちちゃんが大恥をかくのを防ぐという采配。なお文化祭。

 次回はSIDEROSと打ち上げします。

 多分、ヒロインイベントっぽくなる予定。誰がヒロインかはわからんけど。

 むしろレンくんがヒロインなのでは……?

 ではでは、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!


 記念すべき初使用楽曲が「いか」というね……



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#26 ラブ・トライアングル 喜多と姉とぼっちちゃんver.


本作のメインヒロインは山田です!



「ウーロン茶四つ、オレンジジュース二つ、ジンジャーエール一つ、コーラ一つ、メロンソーダ一つお願いします」

「は~い。かしこまりました~!」

「料理は大根サラダとフライドポテトと鶏のから揚げとだし巻きと串の盛り合わせと天むすとイカリングと───」

 

 STARRYでの第二回目のライブが無事に……色々アクシデントはあったけど無事に終わって、結束バンドのメンバー&SIDEROSのメンバープラス俺で居酒屋に打ち上げに来ています。

 

 それなりの人数になったので、座敷タイプの個室を二部屋用意してもらって、一部屋は俺達子供組が、もう一部屋はSICKHACKのみなさん、吉田店長、星歌さん達のアダルト組が使っている。

 

 うまいこと廣井さんを隔離できてよかった。そういえば、廣井さんって禁酒の刑にされてたけど、居酒屋で一人だけ酒飲めないって拷問だよね。……絶対大人組の方には行かないでおこう!! 臭い物に蓋をするの精神ヨシ!!

 

「レンくんごめんね~。注文全部任せちゃって」

「いいよ。姉貴はそのつもりで俺を呼んだんだろうし」

「その通り。レンは面倒な女に尽くすことに喜びを感じる変態だから。虹夏が謝る必要はない」

「お前には感謝の心とかないの?」

 

 総勢九名ということで、中途半端な人数になったんだけど、姉貴は喜んで一番上座のお誕生日席に座ったからな。……ほんとどんだけ図々しいんだよあいつ。

 

 ちなみに俺は一番入り口に近くて注文のしやすい場所に座っています。

 

「後藤さん大丈夫? 疲れた?」

 

 隣で死にそうな顔をしながら座っている後藤さんに声をかけた。

 

「あ、疲れたのもあるんですけど……さっきのライブ、反省点が多くて」

 

 あんなに良い演奏をしていたのに……それでもまだまだ満足していないのか。うん。こういう風に向上心があるんなら大丈夫だ。現状に満足しちゃったら、そこで成長が止まっちゃうもんね。

 

「ライブってそういうものよ。私達は常に、一曲一曲に自分が持つ実力の全てを……全身全霊を込めるの。それでも、私は今までに一度たりとも完璧に納得のできる演奏なんて……できたことがないわ。だからこそ、それを追い求めて私達は走り続けるのよ」

 

 俺の前に座る大槻先輩が熱く語る。こういうことを、自分にプレッシャーがかかることを平然と言ってのけるのが先輩の良いところだよね。

 

「あ、いや……演奏後のパフォーマンスがいまいちウケなかったことを反省してて……」

「あんなのがウケるわけないでしょ!? 大真面目に語った私がバカみたいじゃない!!」

「ええ……!? お、おもしろくなかったですか?」

「ドン引きよドン引き!! せっかく良い演奏してたのに最後のアレで全部持っていかれたわよ!!」

「あ、ふへへ。つ、つまりお客さんの心には深く刻まれたということですね……」

「なんでこういうところだけポジティブになるの!?」

 

 大槻先輩が必死で後藤さんにツッコんでいる。……案外、この二人の相性って悪くないのかもな。でも、なーんか後藤さんって大槻先輩にシンパシーを感じながらも警戒してるような雰囲気があるんだよね。

 

(大槻さん……山田くんの正面に座って胸元の開いた服でセッ〇スアピールしてる……や、やっぱりすごくえっちな子なんだ……わ、私が近くでしっかり見ておかないと山田くんが大槻さんのえちえちオーラに当てられてお持ち帰りされてしまうっっ!!)

(この子、やたらと私の方を見てくるわね。そんなに私のことが気になるのかしら? ふっ……どうやら私の溢れ出るカリスマに惹かれているようね)

 

 なぜか大槻先輩がドヤ顔で後藤さんを見ている。先輩が何を考えているのかはよくわかんないですけど、多分盛大な勘違いですよ?

 

「こ、今度は会場全体が笑いの渦に巻き込まれるような一発ギャグを……」

「ぼっちちゃんはギター弾いてるだけでいいよ。ライブ中は一言も喋らないで」

「虹夏ちゃんが廣井さんを見るような目で後藤さんを見てる……」

「あの子、あんなに冷たい表情もできるのね」

「に、虹夏ちゃんっ……! あのギャグのどこが悪かったんですか……!? や、やっぱり武田信玄じゃなくて上杉謙信の方がよかったと……」

「改善すべきはそこじゃない!! なんでぼっちちゃんって変なところで自信満々になるのかな!?」

 

 服装のセンスにもなぜか自信を持ってるよね。他のことになると極端なマイナス思考になるのに。

 

「そういえば、ふーちゃん達って物販で結束バンドを買ってくれたんだね」

「そうだよ~。色んな色があって可愛いし、何かに使えそうだと思って~」

 

 ふーちゃんはそう言って手首に巻いたピンク色の結束バンドを見せてくる。ギターだから後藤さんカラーを買ったんだね。

 

「ウチも買いました。ドラムなので虹夏さんカラーを」

「幽々も~新発売だったからリョウさんカラーを買いました~」

「あなた達正気!? 五百円も出して結束バンドを買ったの!?」

「大槻先輩。これ、百本で千五百円くらいです」

「とんでもない暴利ね!」

「バンドグッズってそんなもんじゃないすか? 正直、Tシャツのデザインも格好良かったので買おうと思ったくらいっす」

「Tシャツは他の色はないんですか~? あったら買いたいです~」

「幽々はバンドパーカーをおすすめしますよ~。冬は暖かくて便利なので」

「バンドパーカーか~。考えておこう。Tシャツについてもメンバーのカラーに合わせたものを作る予定だよ」

 

 なんか普通にSIDEROSの子達が結束バンドのファンになってるな。グッズのことできゃっきゃと楽しそうに話し合ってるし。……そういや、SIDEROSの物販については聞いたことがなかった気がする。

 

「お、大槻さんも一本いっときますか?」

「『一杯やる?』みたいな感覚で言わないでちょうだい!」

「大槻さん! 私と同じギターボーカルだから赤色にしましょう!」

「商売魂たくましいわねあなた達!?」

 

 結局、大槻先輩は喜多さんカラーの結束バンドを買わされていた。……どんまい。でも、これでSIDEROSの結束力も上がったんじゃないですか?

 

「上がるわけないでしょ!?」

 

 飲み物や料理が来るまでこんな感じで雑談していました。後藤さんや大槻先輩がもっと人見知りを発動させるかと思ったけど……案外大丈夫だったな。

 

 二人とも真っ先に俺の近くに座ったということとは関係ないと思いたい。うん。 

 

 

 

 

「取り分けるから適当に回していってね~」

「レンくん、手伝うわよ」

「じゃあ、喜多さんはそっちのテーブルをお願いね」

「わかったわ」

 

 料理と飲み物が来たので、乾杯を済ませて料理を取り皿に取り分けていく。こういう時、喜多さんや虹夏ちゃんは積極的に手伝ってくれる。姉貴はお誕生日席で踏ん反り返ってて、後藤さんはどうしていいかわからずおろおろと手持無沙汰にしていた。

 

「後藤さん、みんなに割り箸を配ってくれる?」

「あ、はいっ」

 

 役割を与えてあげると後藤さんは嬉しそうにみんなに割り箸を配っていた。

 

「大槻先輩、この中で食べられないものはありますか?」

「……ないわ」

「先輩って、確か唐揚げには抹茶塩をつけるんでしたよね? 店員さんに頼んでおきましたから。はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」

「ドレッシングはゴマが好きなんですよね。はい」

 

 俺が大槻先輩の分の料理を取り分けて渡してあげると、先輩やSIDEROSの他のメンバーからすごい目で見られてしまった。……あ、やべ。いつもの癖でやっちゃった。姉貴と飯食う時はこんな感じになるからつい。

 

「や、山田くんっ。他にお手伝いすることありますか?」

「じゃあ、こっちの取り分けたサラダをみんなに渡してくれる?」

「あ、はいっ」

 

 娘がお手伝いをしている姿を見守る父親ってこんな心境なのかな。俺は嬉しそうにお手伝いをしてくれる後藤さんを見ながら、ほっこりと心が温かくなるのだった。

 

「レンさんってやべーすね。全方位甘やかしマシーンじゃないすか」

「私達よりも先にヨヨコ先輩と仲良くなるくらいだからね~」

「ぼっちさんもすごく懐いてますね~」

「SIDEROSのみなさん。あれ、私の弟なんですよぉ」

「……家でもあんな感じなんすか?」

「お家だともっと甘々介護士になるよ」

「あれより甘くなるんすか!?」

「甘やかされて出来上がったのがリョウだからね」

「あれはゆっくりじっくり体と精神を蝕んでいく性質の悪い毒。ぼっちも大槻ヨヨコも手遅れ」

 

 誰が毒だ誰が!! 俺がこんなになったのはほとんどてめーのせいだろうが!!

 

 と、心の中で悪態をつきつつも、後藤さんや大槻先輩のお世話をやめられない俺なのだった。

 

 

 

 

「よし。なんかゲームやろう」

 

 しばらく料理を食べてみんなで歓談していると、姉貴が唐突にそんなことを言い始めた。ざっくりしすぎだろ。ゲームって……何をするつもりなんですかねぇ?

 

「もちろん、合コンの定番───王様ゲーム」

「合コンじゃねえし、この令和の時代に王様ゲーム?」

「王様ゲームって都市伝説じゃなかったんすか?」

 

 男一人女八人の合コンとかバランス崩壊ってレベルじゃねーぞ。しかも王様ゲームって……あれって三十代とか四十代のおっさんが大学時代にやってたんじゃなかった?

 

「じゃあ、おっぱいゲームにする?」

「酒入っててもやりたくねーわ」

 

 あのね。俺も一応男だからね。気まずさとか感じるからね。しかもおっぱいゲームって名前の割にルールが結構面倒だったりするし。

 

「とにかくやろう。割り箸はたくさんあるし。番号は一~七と王様、あとは『レン』って書いたやつ」

「なんで俺だけ名指しなんだよ。毎回罰ゲームを受けんといかんのか?」

 

 俺がぐちぐち文句を言うも、姉貴はせっせと割り箸を用意していく。こういう時だけ行動早いな。

 

「リョウ先輩、なんでも命令していいんですよね?」

「もちろん」

「喜多ちゃ~ん? 常識の範囲内でだよ~?」

「わかってますよ! 結束バンドの絆が崩壊するような真似はしませんから!」

「はーちゃんに当たったらどんなお願いをしようかな~」

「これって指名制じゃないっすよね?」

「幽々は霊視を応用して無双しちゃいますよ~」

 

 意外とみんなも乗り気だった。……大槻先輩と後藤さんを除いて。

 

(お、おおおおおお王様ゲーム? そ、それってあれだよね!? 合コンで王様がえ、えええええっちな命令をしてお持ち帰りされちゃうヤリサー専用の十八禁ゲーム!? ま、まずい……大槻さんが王様になったら絶対山田くんにえっちな命令をするに決まってる!! なんとか……なんとか山田くんの山田くんを守らないと……!!)

 

 後藤さんがものすごい形相で俺と大槻先輩を交互に見てくるけど、どうしたの? 彼女の行動の意味が分からず、俺と大槻先輩は顔を見合わせて首をかしげていた。

 

「記念すべき最初の~王様だ~れだっ?」

 

 全員に割り箸を引き終え、ノリノリの喜多さんの掛け声で各々割りばしに書かれている番号を確認する。……とりあえず俺は王様じゃない。

 

「はーい。私でーす!」

 

 最初はふーちゃんか。……とりあえず安心できるね。ふーちゃんなら変な命令はしないでしょう。一回目だし、そんな過激な内容にはならないはず。……ならないよね?

 

「四番の人は~王様の頭をなでなでしてくださ~い」

 

 はい可愛い。こんな可愛い子を疑ってごめんなさい。そんな命令しなくてもいつでもなでなでしてあげます。

 

「四番はあたしだね~」

「虹夏さ~ん。なでなでしてくださ~い」

「よしよし。こっちおいでふーちゃん」

 

 虹夏ちゃんとふーちゃんという癒し系コンビ。虹夏ちゃんは聖母のような笑顔を浮かべてふーちゃんの頭を優しく撫でている。……もう、この光景だけで世界を平和にできるんじゃないかな。尊い。

 

「虹夏さんってお姉ちゃんみたいです」

「あたしもふーちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったな~」

 

 虹夏ちゃんの言葉に、俺とあくびちゃんが腕を組んでうんうんと頷く。

 

「虹夏先輩は結束バンドのお姉ちゃん兼ママということですね!」

「ママは余計でしょ!?」

「そしてリョウ先輩もママです!」

「二人のママ……百合アニメっすか?」

「私はそんなリョウ先輩達の娘になりたい……」

「おっと、聞き間違いっすかね? 聞き間違いじゃなかったらナチュラルにヤバい発言っす」

 

 聞き間違いじゃないよあくびちゃん。喜多さんはね。姉貴の狂信者過ぎてちょっと頭が残念な感じになってるの。

 

「そしてひとりちゃんはペット! これが結束バンドよ!」

「あ、ぽ、ポメラニアン後藤です。ふへへっ」

「なんでこの子ペット扱いされて喜んでるの!?」

 

 大槻先輩がツッコむけど……先輩も狼気取りのチワワですからね? まあ、大槻先輩はなんやかんや包容力あるし、甘やかしてくれるからSIDEROSのママといえばママですけど。

 

 ということで、一回目は平和に終わりました。こーゆーのでいいんだよ、こーゆーので。

 

「じゃあ二回目。王様だ~れだっ?」

 

 割り箸をシャッフルして二回目、次に王様になったのは……

 

「ウチっすね。ん~、まだ序盤だし軽~いのでいくっすよ」

 

 あくびちゃんか。良心がまだ続くな、ヨシ! 王様になったらまずいのは姉貴と喜多さん、ずっと怪しく笑ってる幽々ちゃん。あと、何をしでかすか予想ができないという点で後藤さん。……多いな!!

 

「一番は三番に膝枕してください」

 

 膝枕か。うん、軽い軽い。平和的でいいですね。……って、三番って俺じゃん!

 

「三番は俺だけど、一番は───」

「わ、私よ……」

 

 俺の前に座る大槻先輩が震える声を出しながら名乗り出る。マジか。こういう系の命令で引き当てたらまずい人を引き当てちゃったな……

 

(お、大槻さんが山田くんに膝枕!? ま、まずいまずいまずいまずい!! えちえちオーラ全開の大槻さんが膝枕なんてしちゃったら……二人はこの後夜の街に消えていき……おぼろろろろろろろろろっ!! そ、想像したら吐き気がしてきた……)

 

 なんか後藤さんの顔が真っ青になってるけど大丈夫!? 対照的に大槻先輩の顔は赤いけど!?

 

「ヨヨコせんぱ~い。王様の命令は絶対っすよ~?」

「そうですよ~? レンくんにちゃぁんと膝枕してあげてくださ~い」

「幽々が記念撮影してあげます~」

 

 SIDEROSの三人はここぞとばかりに大槻先輩を弄り始める。喜多さんはスマホを構え、姉貴は満足そうに腕組みをしてうんうんと頷き、虹夏ちゃんはニコニコと笑っている。

 

「もしかしてヨヨコ先輩。照れてるんすか? 意識しちゃってるんすか?」

「はぁ!? だ、誰がこんなヤツのことを意識するのよっ!!」

「大槻さん。それならレンくんに膝枕するくらい余裕ですよね~?」

「あ、当たり前でしょっ!! 山田っ!! こっちに来なさい!! ひ、膝枕してあげるからっ!!」

 

 あくびちゃんと喜多さんにあおられて、大槻先輩はおめめぐるぐるになりながら捲し立てる。……大丈夫かなぁ? 家に帰って枕に顔埋めてバタバタするんじゃない?

 

「じゃあ、先輩。失礼しますね」

「は、はい……」

 

 なんか敬語になってるし。とはいえ、時間をかけても大槻先輩が可哀そうなので俺は先輩の太ももの上に頭を乗せる。……ふっ、こういう時、イケメンって得だよな。顔が良ければ大抵のことは許されるし。

 

「う~ん……レンさんは割と余裕そうっすね」

「虹夏がよく膝枕してあげてたから」

「え? そうなんすか?」

「そうだよ~。といっても、昔の話だけどね」

「虹夏さんってリョウさんやレンくんと幼馴染なんですよね~」

 

 あくびちゃんやふーちゃんが怪しく笑いながら俺を見てくるけど、俺からお願いしたわけじゃないからね? ソファで昼寝してて、起きたらなぜか虹夏ちゃんが膝枕してくれてたりっていうことが多かっただけだから。

 

「も、もういいかしら?」

「ヨヨコ先輩ダメですよ~。あと一分」

「い、一分も!?」

「レンくん。ここで大槻先輩に一言!」

 

 幽々ちゃんと喜多さんがスマホを向けながらそんなことを言ってくる。なんか命令増えてない?

 

「いつもは先輩が俺を見上げてますけど、先輩を見上げるのも乙なものですね」

 

 大槻先輩が顔を真っ赤にして俺のほっぺたを引っ張ってきた。全然照れを隠せてない先輩は可愛いですね。

 

(や、山田くんがえちえちに染められている!? で、でも……えっちになった山田くんもちょっと見てみたいかも……って、違う違う!! そうじゃないだろ後藤ひとり!! 山田くんが感染してしまったえちえちウイルスを何とか取り除かないと……はっ! 次のゲームで私が王様になっていい感じの命令をすればいいんだ!!)

 

 さっきまで顔面ブルーハワイだった後藤さんが超サイヤ人みたいに黄金のオーラを纏ってる。……そんなに王様になりたいのかな?

 

 あ、大槻先輩の膝枕はとても心地よかったです。

 

「次の王様は~……私よっ!!」

「げっ!?」

「レンくん、げって何よ!? げって!?」

 

 とうとうこのときが来てしまった……王様にしてはいけない四天王の一人が……いや、確率が九分の四だからそりゃあいつかは当たるんだけどね。

 

 どうせ姉貴関連の命令にするんだろ? 俺は詳しいんだ。

 

「リョウ先輩は私をハグしてください!!」

「いいよ」

「くじ引きにした意味!!」

 

 なんで名指しで命令してんだよ。ルールぶっ壊しじゃん。王様ゲームの一番面白いところを堂々とぶっ壊してくるなこの子……

 

「……だめ?」

「そんな可愛くおねだりしてもダメ。俺以外の男なら効果があったかもね」

「……ちっ」

 

 舌打ちしやがったこの女。まあ、喜多さんは自分の可愛さを自覚していて最大限利用する女だからな。

 

「姉貴への愛が本物なら、八分の一っていう確率の壁くらい超えてみろ!!」

「っっ!? そうね!! ただ命令するだけなんて……私はなんて愚かなことを……困難に打ち勝ってこそ、真実の愛が芽生えるのよ!!」

「この人達何言ってんすか?」

「はーちゃん、しー! しー!」

 

 あくびちゃんがものすごく冷静にツッコミを入れている。虹夏ちゃんは色々と諦めているみたいでふーちゃんの頭を撫でていた。

 

「私の運命力なら必ず先輩の番号を引き当てられる!! 刮目しなさいっ!! これが結束バンドのギターボーカル、喜多郁代の真の力よ!!」

「この子、お酒飲んでるわけじゃないわよね?」

「完全に素面ですよ、大槻先輩」

「素面なら素面で逆にヤバいと思うのだけど」

 

 姉貴が絡むと喜多さんは大体こんな感じですよ?

 

 喜多さん、めっちゃ気合入ってるけど、俺には違う番号を引き当てて即落ち二コマするフラグにしか思えない。

 

「七番っっ!!!!」

「あ、俺だ」

「山田違いっっ!!??」

 

 俺が手を挙げた瞬間、喜多さんは膝から崩れ落ち、後藤さんは驚愕の表情で俺を見てきた。

 

「レンくんモテモテだね~」

「イケメンとハグできるのに喜多さんが微塵も喜んでないのがめっちゃウケるっす」

「喜多ちゃんはリョウ信者だから」

「でも~お二人はご姉弟だから山田さんをリョウさんだと思い込めばいいんじゃないですか~」

 

 幽々ちゃんが何気なく言ったその一言に、喜多さんは天啓を受けたような表情で幽々ちゃんを見る。そしてキタキタオーラ全開で、目をしいたけみたいにして俺に詰め寄ってきた。その顔やめーや。

 

「レンくん、櫛で髪型をリョウ先輩っぽく整えるからじっとしててね」

「なんか鼻息荒くなってない?」

「レンくんは目に生気があり過ぎ。リョウ先輩はもっと死んだ魚のような目をしているの。あと、声ももっと無感情な感じで高くして……」

「この王様、命令が細かすぎる!?」

「私が使ってる香水をつけてやろう」

「姉貴も悪乗りすんなや!!」

「こ、これで五感全てでレンくんをリョウ先輩だと思い込めるわ!!」

「俺、喜多さんのヤバさをまだまだ侮ってたわ」

 

 佐々木さんはこんな喜多さんとの腐れ縁なんだよな。……なんか、佐々木さんの顔を思い浮かべたらちょっと心が落ち着いた。

 

 で、大槻先輩の顔を見たら喜多さんにドン引きしていました。仲の良い男の子が自分以外の女の子とハグするのに、嫉妬とかしてくれないんですね。

 

 この喜多さん相手なら嫉妬もクソもないか。

 

「私は今からレンくんを全力でリョウ先輩だと思い込むから、レンくんも全力でリョウ先輩になりきるのよ?」

「え? やだ」

「声っ!!」

「はい」

 

 目がマジじゃん。ふつーにこえーよ。

 

 そして俺達はそのまま抱き合う。……女の子と抱き合っているのに微塵もドキドキしないのはなんでだろうね。

 

 ドキドキはしない。ドキドキはしないけど、ただ……

 

(喜多さんってやっぱ可愛い顔してるよなぁ)

(レンくんってやっぱり綺麗な顔してるわね)

 

 喜多さん……色々ともったいなさすぎる。俺は至近距離で彼女の顔を眺めながらそんなことを考えていた。

 

(き、ききききき喜多ちゃんまで大槻さんのえちえちウイルスに感染しちゃった!? こ、これ以上感染が広がる前に食い止めないと!! やれるやれる私ならできる諦めるな後藤ひとり!!)

(後藤ひとりがやたらとチラチラ見てくるけど……これ以上私に何をさせるつもりかしら? というか、山田も女の子と抱き合ってあの反応はないでしょ。……相手が相手だから仕方ないかもしれないけど)

 

「今のところ、結束バンドの『やべーやつランキング』は喜多さんが堂々の第一位すね」

「二位がぼっちさんで~三位がリョウさん」

「虹夏さんは一番普通! そのままの虹夏さんでいてね?」

「……悩み事があったらいつでも連絡ください」

「幽々も相談に乗りますよ~」

「SIDEROSが……SIDEROSの子達が温かすぎる……!!」

 

 虹夏ちゃんは人の優しさに触れて感激しているようです。

 

「大槻先輩、いい子達を見つけましたね」

「でしょ? 自慢のメンバーよ!」

 

 大槻先輩はドヤ顔でそう言った。可愛いね。

 

 

 

 

「次の王様は~?」

「わ、わたっ……私ですっ……!!」

「ぼっちちゃんかぁ~(も、ものすごく不安なんだけど)」

「ぼっち。わかってるね?」

「あ、はい。わかってます(大槻さんのえちえちウイルスをここで撲滅させますっ!!)」

 

 後藤さん、めっちゃ気合入ってるな。そんなに王様をやりたかったのか……でも、ものすごく嫌な予感しかしないのは気のせいじゃないな。ライブの時の突拍子もないパフォーマンスといい、こういう場面での彼女の言動はちょっと……予想できない。

 

(で、でも……撲滅させるってどうすれば? わ、私も大槻さんや喜多ちゃんみたいな命令で上書きする……? いやいや、それじゃ上書きにならないだろっ!! えっちな雰囲気が加速してしまうっっ!! ここには山田くんしか男がいないんだから、エロ漫画みたいな展開になって……あーだめだめ!! そういうのは早すぎますっっ!! もっと……もっと段階を踏んで関係を進めてからじゃないと!! はっ!? 待てよ……このピンクのオーラを消し去るには対極の力───すなわち「純愛」をぶつければいい!! さすが私!! 天才過ぎるっっ!! この勝負、もろたで後藤!!)

 

 なんか後藤さんがとんでもないことを考えてそうだけど……まあ、どうなっても後でちゃんとフォローしてあげるからね。

 

「に、二番の人は王様に愛を囁いてくださいっ……!! (これぞ純愛!! ピンクでえちえちなヤリサームードをこれで一変させてやる!! あ、でも山田くんが二番だったらどうしよう……え、えへへへ。み、耳元で甘~い言葉を囁かれちゃって……私もそれを受け入れてそのまま二人は愛を育み……ぐへっ、ぐへへへへっ)」

 

 後藤さん……そんなに愛に飢えて……というか、承認欲求を変に拗らせた感じかな?

 

「に、二番はどなたでしょうか? (ま、まあ? 山田くんだろうけどぉ?)」

「私だ」

「りょ、リョウさんっ!? (や、山田違いっっ!!??)」

「ひ、ひとりちゃん……いいえ!! 後藤さん……こ、この泥棒猫っ!!」

「ち、ちがっ……そんなつもりは……!!」

 

 喜多さんが寝取られてて草生えますよ。

 

「そんなに私の愛が欲しいのか、ぼっち。いいだろう、どこまでも情熱的に愛してやるよ」

「リョ、リョウ先輩……わたっ、私との関係は遊びだったんですか!?」

「郁代、お前のことは……好き()()()よ」

「いやああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁああああっっっ!!!!!!」

 

 あ、喜多さんが脳破壊されて顔面が後藤さんみたいに崩壊してる。君もそんなことできるんだ。ふーん、すごいね。

 

「……何、この茶番?」

「結束バンドじゃ日常茶飯事ですよ」

「あなた達……間違いなくロックバンドだわ」

 

 大槻先輩はドン引きを通り越して呆れていた。このくらいキャラが濃くないと、このバンド戦国時代を生き残れないですからね。

 

「ぼっち、好きだよ。愛してる。この世界中の誰よりも」

「あ……りょ、リョウさん……(や、山田くんに似た顔でそんなに迫られると───はひゅぅ……)」

 

 後藤さんは姉貴に耳元で愛を囁かれ、そのままドロドロに溶けてしまいました。……大丈夫? 後藤さん、百合に目覚めたりしないよね?

 

「誰かこの惨状にツッコミを入れなさいよ!!」

 

 大槻先輩以外のメンバーは後藤さんが溶けたことには一切触れず、きゃーきゃー盛り上がってました。……この子達も結構大物だな。

 

 あと、大丈夫ですよ先輩。十分くらいで元に戻るので。

 

 

 

 

「んはっ!? わ、私は何を……」

「……変ね。ここ十分くらいの記憶を失っているわ」

 

 世の中には、忘れたままでいた方が良いこともある。きっと、喜多さんにはこれ以上精神を傷つけないための自己防衛本能が働いたのでしょう。

 

「結構いい時間だし、次で最後にしようか?」

「そ、そうですね。うぅ……なぜか頭が痛い……」

「大丈夫? おいで郁代。よしよししてあげよう」

「リョウせんぱぁい♡」

 

 お前、自分で脳破壊しておいて自分で治すんかい。やってることが完全にDV男のそれやんけ。……良い空気吸ってんなー姉貴。

 

「最後の王様は───幽々で~す!」

 

 ゆ、幽々ちゃんかぁ~……そこは虹夏ちゃんや大槻先輩あたりの安パイに引いてほしかった。幽々ちゃんも考えが読めないところがあるから結構怖いんだよな。あと、その人形もかなり怖い。人形が俺の方をじっと見ているのは気のせいだよね?

 

「最後なので~ちょっと過激な内容にしますよ~?」

「盛り上がる命令を頼むよ~幽々ちゃん!」

 

 ふーちゃんも煽らないで! 君はあんまり被害受けてないから余裕なんだろうけど……その余裕が命取りになるかもしれないよ?

 

「まず内容から発表しま~す。今から言う番号の二人は……キスをしてもらいます───ほっぺに♡」

 

 その言葉に、ふーちゃんとあくびちゃん、喜多さんの三人は黄色い歓声を上げて盛り上がる。口って言わないあたり、幽々ちゃんもギリギリ踏みとどまった感があるな。

 

 ただ……ここで俺の番号が指名されたらほっぺだろうが何だろうが、空気がヤバいことになるのは確定している。

 

 頼む神様仏様大槻様!! どうか……どうか今回ばかりは俺を見逃してください!! 八人のうちの二人……確率四分の一だからそんなに無茶なお願いじゃないはずです!!

 

「では……五番の人~!」

「……お、俺だ」

 

 しかし、俺の願いも虚しく見事に指名されてしまう。……俺が当たる確率高くない!?

 

 あと、ふーちゃん達!! そんなに盛り上がらないの!! いや俺だって他人事だったら盛り上がるけどさぁ……

 

 後藤さんや大槻先輩は顔を赤くして俺を見てくるし……相手がこの二人だったらちょっとヤバいな。それ以外の五人だったら……比較的平和に終わるはずっ!!

 

 虹夏ちゃん? 虹夏ちゃんはずーっとニコニコしながら俺を見てるよ?

 

「じゃあ、山田さんがほっぺたにキスをする相手は───一番の人~」

 

 一番……一番は誰だ!? 後藤さんと大槻先輩は……自分の番号を見てほっとしている感じだ。ならばヨシ!!

 

 残りの五人のうちの誰が───

 

「私だ」

「姉貴かい!?」

 

 姉貴はドヤ顔で立ち上がって俺の方へ歩いて来る。いや……よく考えたらこれは一番平和に終わる相手なんじゃないのか? 下手に他の人にやっちゃうと後々悔恨が残りそうだったし……

 

「幼馴染? ツンデレ先輩お姉さん? 内気なおっぱい同級生? 誰も彼も相手にならんよ。レンのメインヒロインはこの私。私は───全てのヒロインを過去にする」

「何言ってんだお前?」

 

 とりあえず、面倒だからさっさと終わらせよう。ほら、ほっぺた出せ姉貴。

 

「だ、ダメよ!! そんなのダメ!! たとえ王様が許しても私が許さないわ!! 姉弟で……姉弟でだなんて非生産的よっっ!! そんなの……そんなのは漫画の中だけにしか存在しちゃいけないの!!」

「あくびちゃん、ふーちゃん。喜多さんを押さえてくださ~い」

「あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! 離してっ!! 離してよっ!!」

「王様の命令には逆らえないんすよ~」

「喜多ちゃ~ん。観念しようね~」

 

 また喜多さんが雑に脳破壊されてる……ちょっと本格的にこの子の更生について考えた方がいいかもしんないな。

 

「じゃあレン、よろしく」

「うい」

 

 そして俺は、そのまま姉貴の頬にそっと唇を落とす。

 

 まあ、多少の気恥ずかしさはあるけど海外だと挨拶みたいなもんだしな。相手が姉貴でよかったよほんとに。これで後藤さんだったらちょっと……うん……俺もさすがに意識するわ。

 

「あ、喜多さんが気絶したっす」

「起きるまで私が膝枕しててあげよう」

「姉貴……やってることが完全にクズ男のそれだからな」

 

 しかも喜多さんに効果てき面なのが余計にな~。

 

 そんなことを考えながら自分の席に戻ると、顔を赤くした大槻先輩と後藤さんが俺からさっと視線を逸らした。

 

 ちょ、ちょっとショック……

 

 いやでも、本当に最後の命令がこの二人に当たらなくてよかった。若干残念な気もするけど。……若干ね? 若干! 小指の甘皮くらい。

 

 で、喜多さんが生き返るまでは普通に歓談していたんだけど

 

 なんというかこう、お約束の()()がありまして

 

 

 

 

「廣井のバカはどこだ!? どこへ行った!?」

「伝説の日本酒を求めて新潟に行きました」

 

 禁酒中の廣井さんを追って、武装した志麻さんが俺達の部屋に突撃してくるのでした。

 

 めでたしめでたし。




 本作のメインヒロインは山田(レン)です!

 ちょっとくらい恋愛フラグを進行させようと思ったんですが、気付けば喜多ちゃんと山田に全部持っていかれてました。

 この二人のギャグ適性が高すぎる。

 唯一ヒロインっぽいムーブをしていたヨヨコも完全に食われてしまいました。

 つ、次のお話ではもうちょっと甘くするから許して。

 次回は夏祭りに行きます。

 多分ぼっちちゃんのターンになるかな。ターンになったところでヒロインムーブできるとは思えないけど……

 ではでは、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

 


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#27 ひとりごと


 このお話を書いている途中、吐きそうになりました。

 最後までお読みいただければ意味が分かると思います。



「も~! なんでリョウだけ浴衣を着てこなかったの!?」

「暑いめんどい動きづらい」

「リョウ先輩の浴衣……見たかった……」

 

 夏休みに入り、バイトやバンド活動に精を出す結束バンド御一行と、バイトと姉貴の介護に精を出す俺の四人は電車で金沢八景駅へと向かっていた。

 

 目的は、今日実施される「金沢まつり花火大会」

 

 夏らしいことをしようということで、バンド活動だけじゃなく、この夏休みはバンドメンバー達で色々遊びに行く予定を立てているらしい。

 

 バンドメンバーだけで遊びに行けばいいのに、毎度毎度俺を連れて行くのはなんでかな?

 

「男の子がいれば変なのに絡まれないで済むでしょ?」

 

 というのが虹夏ちゃんからのありがたいお言葉です。まあ、俺としても断る理由はないし、なんなら男女比がおかしいから俺の友達を連れて行こうかとも考えたんだけど……後藤さんが人見知りを全力で発動して花火を楽しむどころじゃないから無理と判断。

 

 しゃーないから夏休み明けに男子共に「喜多さん達と花火大会行ったけど?」ってマウントを取ってやるか。

 

「レンくんも浴衣着てないし……」

「俺、夏祭りデートする時は彼女に浴衣を着てもらって俺は私服で歩くって決めてるんだ」

「……山田姉弟って謎のこだわりがあるよね」

 

 虹夏ちゃんが着ている浴衣は藍色ベースに薄いピンク色と水色のアジサイが描かれている。帯は薄紫色で明るい虹夏ちゃんとの髪色ともよく合っている。髪型は、いつものサイドテールに編み込みを加えて、髪の毛を無造作に出すことでボリューム感がアップしていた。結び目に薄水色の花の形をした可愛らしいバレッタを付けているのもグッド。

 

 喜多さんは黒をベースに白色の帯に白色の花柄。シンプルな色合いだからかなり上品に感じるな。髪型はくるりと巻いて後ろでルーズにまとめている。緩くまとめているので、女の子らしい可愛さがいつもより強い。

 

「───総じて、二人ともすごく可愛い!」

「な、なんか……褒めるというよりも解説になってて恥ずかしさがどっかいっちゃったわね」

「嬉しいよ? 嬉しいけど、レンくん……もうちょっと抑えてもいいかな?」

「ごめん。俺、女の子の一番好きな恰好って浴衣だから。ちょっとテンション上がっちゃって」

 

 さすがにキモかったか。いやでも俺は悪くない。こんなに可愛い二人が悪いんだと開き直っておこう。どうせなら姉貴も浴衣を着ればよかったのに。見た目だけは良いんだから。見た目だけは。

 

「ぼっちちゃんの浴衣姿楽しみだね~」

「どんな柄のものを着てくるんでしょうか?」

「ぼっちのことだ。とんでもないセンスになっているに違いない」

「あ、そこは大丈夫。後藤ママのセンスに一任したから」

「この男……事前に根回ししてるのね」

「喜多さん……バンドTシャツの悲劇を忘れてはいけない」

「あれは……嫌な事件だったわね」

 

 まあ、浴衣だからよっぽど変なのを選ばなければ大丈夫だと思うけど……後藤さんはその()()()()を平気で選ぶ女だからなぁ……

 

 いやでも、後藤ママのセンスは良かったから信じよう! お祭りの浴衣姿ってだけで女の子はいつもの三倍は可愛く見えるんだから!

 

 俺は電車に揺られながらそんなことを考え、後藤さんの家へ向かうのだった。

 

 

 

 

「ぼ、ぼっちちゃん……」

「ひ、ひとりちゃん……」

「お、おお……」

 

 電車に揺られること約一時間半、俺達は金沢八景駅へ着き、そのまま後藤さんを迎えに行くため彼女の家へ直行する。今日は花火大会ということもあり、電車の中には虹夏ちゃん達と同じような浴衣姿の女の子達の姿がそこそこみられた。眼福。

 

 で、後藤さんの家にやって来て、浴衣姿の彼女と玄関先でご対面を果たしたんだけど……

 

「あ、あの……どう、ですか……?」

 

 後藤さんは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにこちらを見る。いつもと違って顔色が良く見えるようナチュラルピンクのメイクを施しているらしい。

 

 着ている浴衣は、明るく柔らかい印象を与える白に近いアイボリー、帯は淡いピンク色。虹夏ちゃんや喜多さんと違って、あえて無地のレース浴衣。ガーリー系を前面に押し出した、可愛らしさ重視。

 

 髪型は、トップから髪の毛を編み込んだロングポニーテール。いつもはストレートだから印象が大きく変わっていてうなじがとても色っぽい。

 

 そして何より……何より……これまでの彼女との一番の違いは───

 

「ぼっちちゃん……前髪……切ったの?」

「あ、はい。せっかくみんなでお祭りに行くので顔を隠すのはもったいないとお母さんに言われて……」

 

 そう。後藤さんは前髪を切っていたんだ。これまでは、前髪で目が隠れてて表情がわかりづらかったけど、今ははっきりと目が見えていて端正な顔立ちを惜しげもなく披露している。

 

「その方がずっとずっとず~~~~~っと可愛いよ~~~~~!! あたしが髪を上げようとしたら粉末状になってたのに……」

「あ、美容院に行ったところまでは覚えているんですが、髪を切られている間の記憶がなくて……」

「それ、レース浴衣よね? 可愛い~~~~~~~!! 私も来年はレース浴衣にしようかな~」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんはきゃっきゃとハイテンションで喜んでいる。姉貴は顎に手を当ててブツブツと何やら考え込んでいるけど、目が和同開珎になってるからな。どーせろくなことを考えてないんだろ?

 

 まあいいや。姉貴のことは置いておこう。

 

 それにしても、後藤さん……

 

「ほら、レンくんも何か言ってあげなよ!」

「ちゃーんと褒めてあげなきゃダメよ?」

「あ、う……あ……」

 

 喜多さんが後藤さんの背中を押して、俺の目の前に連れてくる。後藤さんから、ふわりと香水の甘い香りがした。あ、この匂い……俺の好きな香りだ。虹夏ちゃんの仕業だな?

 

「や、山田くん……どう、ですか?」

 

 身長差の関係で、後藤さんが恥ずかしそうな表情で上目遣い気味に俺を見て尋ねる。

 

 そんな彼女を見て、俺はとっさに言葉が出てこなかった。

 

 自慢じゃないけど……いや自慢だね。俺は小学生の頃から女の子にモテていた。ルックスもそうだし、虹夏ちゃんから女の子の扱い方について色々教えてもらっていたから、そういう意味でも、俺は他の男子とは違う存在だった。

 

 当然、女の子と付き合ったこともあるし、俺の周りには姉貴を筆頭に、虹夏ちゃん、星歌さん、喜多さん、PAさんのように顔面偏差値の高い女性がたくさんいる。

 

 だから、初対面の綺麗な女性相手に気後れしたり、恥ずかしくて会話ができなくなったりということはない。ましてや、それが友人ならなおさらだ。

 

 だけど……だけど……

 

 俺は、後藤さんを前にして、言葉が出なくなっていた。

 

 人生で初めて、女性に対してどう話していいかわからなくなっていた。

 

 確かに、後藤さんは可愛い。元々の素材が一級品であることに加え、俺が好きな浴衣姿、いつもと違う髪型、彼女の魅力を何倍も引き上げる要素が重なっていることは間違いない。

 

 でも、それだけか? ()()()()で俺は、こんなにも彼女に対して緊張しているのか?

 

 ふー……落ち着こう。冷静になれ。

 

 まだ()()と決まったわけじゃない。そもそも俺は、()()()()知らない。初めての感情に、ちょっと戸惑っているだけだ。

 

 とにかく今は、彼女の期待に応えないと……がっかりさせて、悲しませることだけはしたくない。

 

「うん。すごく、よく……似合ってるよ。髪型も、浴衣も……いつもと、雰囲気が違って……」

 

 ああ、やばい。普段ならもっと自然に褒められるのに、なんで今日に限ってこんなに言葉が出てこないんだ。

 

 俺ってこんなに弱い男だったか?

 

「可愛いと思う……うん……とっても……」

 

 雑っ!! 全体的に褒め方が雑過ぎるっ!! もっとこう……具体的に色々あるだろっっ!! 虹夏ちゃんから教わったことが何一つ活かせてない。

 

 あー……マジで何なんだこの感じ。ちょっと、自分でもよくわかんなくて心と頭の中がぐちゃぐちゃしてる。こんなの初めてだよ、ほんとに。

 

「あ、ありがとう……ございます。う、嬉しい。えへへ……」

 

 後藤さんは俺を見上げたまま恥ずかしそうに笑った。

 

 そんな彼女の笑顔を見て、俺は自分の顔に熱が集まるのを自覚する。前と同じだな、この感覚。後藤家に来ると、俺はいつも調子を狂わされる。 

 

「(……なんか私達の時と反応が違いますね?)」

「(あんなレンくん……初めて見た……)」

「(私も初めて。やるな、ぼっち)」

「(あ、二人とも! 私、良いことを思いついたんですけど───)」

 

 俺と後藤さんが向かい合っている傍らで、三人が何やらこそこそ話しているけど、今の俺にはそっちに気を向ける余裕がない。

 

 やばい。冷静になろうと思っても全然冷静になれない。

 

 誰か、誰かこの状況をどうにかしてください!! ほんとに誰か助けて……

 

 俺がそんなことを考えていると、祈りが通じたのか、この場に救世主がやってくる。

 

「あ、レンくんだーーーーーーっ!!」

 

 ふたりさんっっ!!

 

 天真爛漫な声とともに、浴衣を着た一人の少女が俺に向かって思い切り飛び込んできたので抱き止める。相変わらずお転婆さんだね。せっかくの浴衣が着崩れちゃうよ?

 

「ふたりちゃんも、花火を観に行くの?」

「うん! おとーさんとおかーさんに連れて行ってもらうのー!」

「そっかそっか~よかったね~浴衣もすごく似合ってて可愛いよ~」

「ほんと~? えへへ、レンくんありがとー! お姉ちゃんとね、同じ色にしたの!」

 

 ふたりちゃんが着ている浴衣は白地に桃色の花柄と赤い帯。髪もお団子にしていてとても可愛らしい。あー癒されるわー。さっきまでの変な緊張感とかどっかいっちゃたわー。

 

 ふたりさんマジ救世主!!

 

「あれ? レンくん、顔赤いよ~? お熱でもあるの?」

 

 ふたりさんマジ世紀末!!

 

「……お外が暑いから。ふたりちゃんも熱中症には気を付けるんだよ?」

「うん! かき氷いっぱい食べる! あ、レンくんこれあげるね~。ねっちゅーしょーにいいんだって」

 

 ふたりちゃんがくれたものは塩飴だった。俺は抱っこしていたふたりちゃんを降ろし、飴を受け取って口の中へ放り込む。

 

「虹夏ちゃん達にもあげる~」

「ふたりちゃん、ありがとー!」

「ふたりちゃん! 私と一緒に写真撮りましょう!」

「いいよ~!」

「喜多ちゃんだけずるいよ~。あたしも一緒に撮るっ!」

「じゃあ、みんなで撮りましょう! ひとりちゃんとレンくんもこっちに来てくれる?」

 

 俺と後藤さんはお互い顔を見合わせ、笑いながらみんながいる方へ向かう。そして、後藤家の前でふたりちゃんを含めてみんなで記念撮影を行った。

 

「良い写真だね。喜多ちゃん、あとでグループロインに載せておいてね!」

「もちろんです。じゃあ、そろそろ行きますか? 二時間前には会場に着いておきたいですし」

「そうだね。れっつごー!」

 

 というわけで、花火大会の会場である海の公園に向かいます。

 

 

 

 

「うわ~まだ五時前だけど結構人が多いね~」

「これからどんどん増えてきますよ。先に屋台とか回っておきましょう!」

「よーし! 気合入れていこーっ!」

「レン、お小遣いちょうだい」

「とりあえず五千円渡しておく。……帰りの電車賃込みだから全部使い切るなよ?」

「私、できない約束はしない主義」

「虹夏ちゃん、姉貴の小遣い渡しておくから」

「任せてっ!」

 

 海の公園南口駅を降りると結構な人混みになっていた。はぐれるって程じゃないけど、花火が十九時からだからあと二時間の間にどんどん増えてくるはずだ。

 

 その前に屋台で色々食べ物とか買って、花火を落ち着いて観れる場所まで移動しておきたい。

 

「あ、あ、あ……」

「後藤さん、大丈夫……じゃないみたいだね」

「ひ、人が多過ぎて……酔いそう……」

 

 駅から降りた後藤さんはすでにグロッキー状態だった。仕方ないよね。こうやって友達と花火大会に行くのは初めてで、人見知りだからこんな人混みは避けて生活をしていたんだろうし。

 

「虹夏ちゃーん。後藤さんがちょっと辛そうだからそこの休憩所で休んでもらおうと思うんだけど」

「そう? だったら───」

 

 前を歩いていた三人のうち、虹夏ちゃんに声をかける。すると、虹夏ちゃんが答える前に喜多さんが例のしいたけアイになりキタキタオーラ全開で虹夏ちゃんに何やら耳打ちしている様子。

 

 それを聞いた虹夏ちゃんと、喜多さんは実に良い笑顔を浮かべて俺達の方を見た。

 

「じゃあ、あたし達は先に行って二人の分も色々買ってくるよ!」

「そうそう。だから二人はそこでゆっくり休んでてね! あとで合流しましょ!」

「私は腹が減った。早く何か食べたい」

 

 姉貴はともかく、虹夏ちゃんと喜多さんは露骨過ぎだろ。あー……完全に後藤さんの家で俺が挙動不審になって彼女をめちゃくちゃ意識しちゃったことがバレてるな。

 

 姉貴は俺の様子に気付いてるだろうけど、腹が減ったのも本当だろう。というか、そっちの方が本命に決まってる。

 

 ただまあ、後藤さんを放ってはおけないし、虹夏ちゃん達がやっていることは、俺にとっては余計なお世話で無駄な気遣いでしかないんだけど……

 

 その申し出を、無下にする気にもなれなかった。

 

「わかった。じゃあ、後でロインするわ」

「お? レンくん話がわかるね~」

「じゃあ二人とも、ごゆっくり~」

「早く。焼きそばとたこ焼きと焼きトウモロコシとフランクフルトとベビーカステラとかき氷が私を待っている」

「お前どんだけ食う気だよ!?」

 

 そして三人は本当に俺達を置いてさっさと出店が並んでいる歩道の方へ行ってしまった。

 

「じゃあ、とりあえずそこの休憩所でゆっくりしようか。メインの花火の時に体調が悪かったら元も子もないからね」

「あ、はい……す、すみません……こ、こんな時にもご迷惑をおかけして……」

「こんなの、迷惑のうちに入らないよ。むしろ、姉貴の世話をしなくていいから俺が感謝したいくらいかな」

 

 これは気遣いではなく、紛れもない本音である。姉貴はこういうお祭りだと、しれっと単独行動をして探すのにめちゃくちゃ苦労するんだよな。

 

「だから、お相子。お互いありがとうってことにしよう!」

「あ、えへへっ。そ、そうですね。お互い様ということで」

 

 後藤さんは罪悪感が和らいだのか、ふわりと笑ってくれた。……うん、やっぱり顔がちゃんと見えると別格だなこの子。

 

 それから俺達は十五分ほど休憩所でのんびりと休んだ後、虹夏ちゃん達が向かった歩道へと歩いていくのだった。

 

 

 

 

「うわぁ……さっきより人が増えてるね」

「そ、そうですね……」

 

 休憩ができたおかげで気分がかなり楽になった。山田くんには迷惑かけちゃったな……でも、彼がそんな風にいつも私を気遣っていることがすごく嬉しくて、ついつい甘えてしまう。

 

 リョウさんは、彼のことを「性質の悪い毒」だって言っていたけど……否定できない自分がいた。だって、甘えるのがダメだってわかってても……彼の優しさに甘えちゃうんだもん……

 

「後藤さん」

「あ、ひゃいっ!」

 

 ぼーっとしていると、山田くんに声をかけられて変な声を上げてしまった。うごごごごごっ!! な、何をやってるんだ後藤ひとり!? こ、これ以上彼に変な子って思われてしまったらどうするんだ!!

 

 ヨシ! 一度深呼吸しよう……こういう時こそ冷静に、冷静に……私はクールビューティースーパーギタリスト後藤ひとり。大丈夫、大丈夫。ほーら心が落ち着いて……

 

「はぐれないように……手、繋ごうか?」

「わひゃおおぅ!?」

 

 全然落ち着いてないっっ!! い、いいいいいいいいきなりなにをにゃにをいいだすのかなやままままだくんん!? お、おててを……おててを繋ぐなんて、ままだくん!? まままくん!? やややくん!?

 

「危ないから、ね?」

 

 彼はそう言って優しく笑いかけ、私が返事をする前に自然な動くで私の手を取った。

 

 ちょおっ!? ちょおっっ!!?? ちょおっっっ!!!??? こころの……心の準備がまだにゃんですがっっ!?

 

 いきなりそんなハードな刺激を与えられたら死んでしまい───

 

 そこでふと、私は気が付いた。

 

 これまでの私なら、いくら仲の良い男の子だろうと……こんな風にいきなり手を繋がれたら、良くて爆発四散、悪くて花火が終わるまで復活しない。

 

 そんなことになっていたはずだ。

 

 だけど……

 

「じゃ、行こうか。とりあえず早く買えそうなものを片っ端から買っていこう。早めに花火を落ち着いて観られる場所まで移動したいからね」

「あ、はい」

 

 彼と手を繋いでも……爆発四散するどころか、なぜか心が落ち着いている自分がいた。

 

 緊張はある。ドキドキもしている。だけど、それ以上に……掌を通して伝わってくる彼の温かさが心地良い。

 

 何なんだろう。この感じ……心がぽわーっと温かくなるような……不思議な感覚。

 

 私が知らない───これまで経験したことのない感覚だった。

 

「お、たこ焼きが早く買えそう。後藤さん、たこは食べられる?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 私達は手を繋いだまま屋台に並んだ。周りを見ると、友達同士で来ている人達や、夫婦、子供連れの家族、たくさんの人達が楽しそうに歩いているのがわかる。

 

 こんな場所……私には一生縁がないと思っていた。

 

 友達ができるなんて、思ってもいなかったし……初めてのお祭りが、まさか男の子と二人きりになるなんて───

 

 そこで私は、自分の顔にものすごく熱が集まってくるのを感じた。

 

 そうだよっ!! 私って今……男の子と二人きりなんだ……し、しかも手を繋いで……

 

 こ、これじゃあ……これじゃあ私達……傍から見たらか、かかかかかかかかかっぷ───いやいやいやいや!! 自惚れるな後藤ひとり!! こんな状況になったのはたまたま!! たまたまたまの玉の輿!! 山田くんは微塵もそんな風に思っちゃいないんだ!! だから自意識過剰になるのはやめよう……

 

 って!! そんなの無理だよっ! 完全にカップルだよっ! 事情を知らなかったら私達……完全にカッポオゥにしか見えないよっっ!!

 

 あーうー……顔が、顔が熱いよぅ……

 

「後藤さん、そういえば……新曲の出来はどう?」

「まひゃどっ!? し、シシシシンキョクですかい旦那!?」

「あははっ。イントネーションがおかしなことになってるよ?」

 

 おげろろろろろろろっっ!? へ、変に意識しちゃって山田くんに笑われちゃった。あうぅ……ますます変な子って思われちゃったかも……

 

 で、でも……山田くんがせっかく話を振ってくれたんだし! ちゃ、ちゃんと答えないと……

 

「じゅ、順調です……曲名ももう決まってて……」

「へー。なんて曲名なの?」

「『忘れてやらない』ですっ。あ、あの……まだ誰にも話してないので……みんなには、内緒ですよ?」

「二人だけの秘密だね。おっけー」

 

 山田くんが悪戯っぽく笑いながらそう言った。うぐっ……い、いつもの爽やかイケメンスマイルには結構慣れてきたけど……そういう無邪気な美少年スマイルにはまだちょっと耐性ができていないんですぅ!!

 

 か、顔が良い人ってほんとに反則だよね。な、何をやっても絵になるというか……羨ましいな。

 

「どんな感じの曲なの?」

「えっと……青春の不満をぶつけるような感じですけど……曲が進んでいくにつれて前向きになっていって、喉越しが良く爽やかな後味になっています」

「グルメリポートかな?」

 

 山田くんの言葉に、お互い笑い合う。

 

 なんだろう……今の私、すごく自然に笑えている気がする……

 

 こんな状況なのに、すごく不思議で……すごく心地いい。

 

 その後も、新曲のことや最近ハマっているバンドのこととか、山田くんが色々と気を遣って、私が楽しめるような話題を選んでくれたから、屋台に並ぶ時間がすごく短く感じた。

 

「へー。ヨーヨー釣りもあるんだな。意外だ」

「や、やったことあるんですか?」

「俺も姉貴もこういうのは得意だったから。取り過ぎて次の年から出禁を食らったこともある」

「えぇ……」

「俺は自重したんだよ? でも姉貴が空気を読まずに取りまくるから」

「リョウさんらしいですね」

「姉貴は小さい頃から何一つ変わらないんだ」

 

 山田くんは昔を懐かしむように、柔らかい表情でそう言った。いつもリョウさんにぐちぐち言っているけど、山田くんもリョウさんもお互いのことが大好きだっていうのがすごく伝わってくる。

 

 姉弟の距離感にしてはおかしいと思う時もあるけど……

 

「あー……またちぎれちゃったー……おかーさん。もう一回!」

「もう三回もやったからダメよ。さっきので最後って約束したでしょ?」

「でもぉ……」

 

 ふたりと同じくらいの歳の男の子とお母さんがヨーヨーの屋台の前でそんな会話をしている。お父さんはどこにいるんだろう? 花火の場所取りをしているのかな?

 

 そんなことを考えていたら、ふと右手の温かさがなくなった。

 

「ごめん、後藤さん。ちょっとだけ時間くれる?」

「あ、はい」

 

 どうしたんだろう? 山田くんの温かさがなくなったことに寂しさを感じながら、私は彼の行動を見守った。

 

「どれが欲しい? おにーちゃんが取ってあげるよ?」

 

 山田くんはそう言って、男の子の隣に座り込んで優しく笑いかける。

 

「このあおいの!」

「これだね? ちょっと待ってて」

 

 山田くんは出店のおじさんにお金を払って紙でできた釣り紐を受け取る。そして、慣れた手つきであっという間に男の子が欲しがっていたヨーヨーを釣り上げてしまった。

 

「はい、どうぞ」

「おにーちゃん、ありがとー!!」

「どういたしまして」

 

 山田くんは男の子の頭を優しく撫でてヨーヨーを渡す。

 

 私はそんな彼の姿を見て、心臓がドクンと跳ねるのを自覚した。

 

 ああ……そうだよね。君は……そういう人だよね。

 

 格好つけたり、良いところを見せようなんて全く思っていない……ごく自然に、当たり前のように、君は誰にでもそういうことができる人間なんだよね。

 

 どうしよう……心臓がすごくうるさい。

 

「ありがとうございました。何かお礼を……」

「いえいえ。また来年、会うことがあったらその時にでも」

「次はぼくがおにーちゃんのほしいものをとってあげるー!」

「楽しみにしてるね」

 

 お母さんは去っていく途中に何度も何度も山田くんに頭を下げ、男の子は姿が見えなくなるまで大きく手を振っていた。

 

 そんな二人の親子に笑顔で手を振っている山田くんを見て、私はまた顔に熱が集まるのを感じる。……本当に、なんなんだろう……この感じ。

 

「お待たせ。じゃあ、行こうか」

「あ、はい……」

 

 そんな私の心の内に気付いているのかいないのか……山田くんは優しく笑って自然に私の手を取り歩き出す。顔が熱いのは、きっと気温と屋台の温度のせいだ。そうに違いない。

 

 だって、それ以外に考えられないんだもん。

 

 

 

 

 この時の私は、本当に、どうしようもなく───笑っちゃうくらいに子供だった。

 

 

 

 

 だって

 

 私がこの熱の意味に

 

 この感情の意味に気付いたのが

 

 ずっとずっと───先のことだったんだから




 一話で終わらなかった……

 前書きで私が書いたことの意味がみなさんわかったかと思います。

 でも、書いててすごく楽しかった。

 一番力を入れた描写はバンドメンバーの浴衣のデザインと髪型です。私の願望と欲望が駄々漏れです。私の拙い表現力で申し訳ございませんが、みなさんがんばって脳内補完してください。

 現実の金沢まつり花火大会は八月二六日ですが、本作では七月に行われた設定でいきます。ご容赦ください。

 レンくんが浴衣ぼっちちゃんを見て情緒不安定になってますが、彼がなんであんな反応をしたのかという掘り下げはあと二~三話後くらいににやります。

 次回もぼっちちゃんのターン!!

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#28 カルマ

「暑いし、かき氷食べようか」

「あ、そ……そうですね」

 

 男の子にヨーヨーを取ってあげて、他の屋台を回っているとかき氷の屋台を見つけた。この暑さはちょっと洒落にならなくて、冷たいものが欲しかったからちょうどいい。後藤さんも人混みで余計に体力を使っているだろうし。

 

 でも、あれだな。普通に後藤さんと手を繋いで歩いてるけど、全然緊張とかしないな。むしろ安心感すらある。やっぱ後藤さんの家で情緒不安定になってたのは後藤さんの浴衣姿に衝撃を受けたからだったのか。なるほど納得。

 

「後藤さん、ブルーハワイ好きでしょ?」

「ど、どうしてわかったんですか……!?」

「だって、そうとしか思えなかったから」

「あ、そ、その笑い方……ちょ、ちょっとバカにしてますね……?」

「してないしてない」

「し、してるもんっ!」

 

 後藤さんはそう言いながら、俺に抗議をするように手を握る力を少し強めながらジト目でじーっと見上げてくる。あら可愛い。そんな顔もできたんだね。

 

 なんで後藤さんがブルーハワイ好きってわかったかっていうと……「後藤さんだから」としか言いようがない。この子のセンス的にね。

 

「じゃ、じゃあ……山田くんの好きな味を当ててあげますっ……!」

「どうぞ~」

 

 どうしよう。当てられる予感が全くしない。

 

「メロン!」

 

 あ、でも結構惜しい。

 

「残念、レモンでした~」

「う、嘘……だってファミレスではいつもメロンソーダ飲んでるじゃないですか?」

「メロンソーダはメロンソーダで完成された飲み物。バニラアイスがあればなおヨシ! でもかき氷はレモンが一番」

「……メロンとレモンって語感が似てますし、ほとんど正解ですよね?」

「残念ながら不正解です。じゃあ罰ゲームはどうしようかな……」

「ず、ずるいですっ! そんなの最初に言ってなかった……!!」

「世界はね、残酷なんだよ」

 

 俺が笑ってそう言うと、後藤さんは「むむむむむむむむむむむむ!!」と言いながら首を高速でぶんぶん横に振って「イヤイヤアピール」をしてくる。何やこの可愛い生き物。

 

「まあ、かき氷のシロップって色が違うだけで全部同じだから何を選んでも一緒なんだけどね」

「い、色々台無しです……」

 

 俺と後藤さんは顔を見合わせて笑った。

 

 そこでふと、俺は思う。入学式の日は、廊下で隠れながら俺の様子をうかがっていた後藤さんと……こんなに自然に話せて、笑い合えるくらい仲良くなったんだな、と。

 

 こう……色々と感慨深いものがあるよね。

 

 それから、屋台に並んでかき氷を買い、食べながら歩いていると後藤さんが何か閃いたような表情になり俺を見てくる。

 

「あ、あ……や、山田くん。私、すごいことに気付きました! レモンとブルーハワイを混ぜると緑色になるから……実質メロン。私の正解ですっ」

 

 そう言って後藤さんは自分のブルーハワイのかき氷を一口分、俺の容器に入れてくる。……結構大胆なことするのね、君。絶対今、自分が何やったか意識してないでしょ? というか、意識した瞬間爆発四散しちゃうでしょ?

 

 俺は「気付いた私、偉いでしょ?」みたいな純粋な笑顔を向けてくる後藤さんを見てそう思った。

 

「確かに、緑色になったね」

「ですよね? な、なので罰ゲームは山田くんが受けるということに……」 

 

 後藤さんが「ふへへ」と怪しく笑いながらそう言った。……前髪を切って見た目はかなり変わったから、次は内面をもっと磨いていこうか。

 

「後藤さんは、俺に何をさせたいのかな?」

「あひぃ!?」

 

 後藤さんが少し調子に乗り気味だったので、俺は怪しく笑って彼女の耳元でそう囁くと、彼女は素っ頓狂な声を上げてかき氷の容器を落としそうになった。

 

「か、かかかか……考えておきます」

 

 あ、俺が受けることは確定なのね。何をやらされるのか全然想像つかないけど……「面白い一発芸をやれ」とか言われたらどうしよう。普通にありえそうで怖い。

 

「あ、山田くん。虹夏ちゃん達とは……いつ合流しましょうか?」

「そうだね。屋台の列もそろそろ終わるっぽいし、買いたいものは一通り買えたからそろそろ連絡してもいいんだけど……」

 

 スマホを取り出して時間を確認すると、午後六時を過ぎたところだった。ぼちぼち花火を見れる場所を確保しておきたいな。

 

 そう考えて、ロインを開いて虹夏ちゃんに連絡を取ろうとしたけど……

 

「───やっぱやめた。ねえ、後藤さん。せっかくだし、このまま二人で見ない?」

 

 俺はスマホをポケットにしまい、笑顔で後藤さんに提案する。なんで俺が突然こんなことを言い出したのか……残念ながら、この時の俺には全く自覚がなかったんだ。

 

「あえ? ふ、ふたり? ……二人でですかぁ!?」

「うん」

 

 後藤さんは大きく目を見開いて俺を見てくる。そりゃあ驚くよね。俺も自分でこんなことを言い出すなんて思ってもいなかったんだから。

 

「今から虹夏ちゃん達を探して合流するのは……結構面倒だし、姉貴の介護と夏祭りでテンションの上がった喜多さんの相手をするのは疲れる」

「そ、それは確かにそうですね……」

 

 虹夏ちゃんには後日謝ります。負担増やしちゃってごめんなさいって。今度また甘やかしてあげるから許してください。

 

「じゃあ、決まり! 実は俺、落ち着いて見られそうな場所を色々調べてたんだ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。電車で一駅移動するから来た道を戻ろうか───ほら、行こう」

「あ、え……? (ま、また手を繋いじゃった……! 山田くんに流されちゃったけど……こ、これでいいんだよね? えへへ……)」

 

 俺はもう一度後藤さんの手を握り、元来た道を戻り始める。彼女のちゃんとした返事を聞いてなかった気もするけど……まあいっか。

 

 

 

 

 海の公園南口駅から金沢シーサイドラインに乗り、一駅先の野島公園駅で降りた後、五分ほど歩いて野島公園の展望台へとやってくる。地元の人が知っている穴場で、展望台に上ると何組かのカップルがいた。

 

 人が少なくて快適に見られそうだ。展望台からの眺めも良いし。

 

 俺達は展望台のベンチに座り、屋台で買ったたこ焼きや焼きそばを一緒に食べる。

 

「こんな場所があったんですね。知らなかった」

「ネットで検索すれば出てくるよ。会場からそんなに遠くないけど、電車で移動したりここまで登らなきゃいけないからあんまり人は来ないみたい」

「た、確かに……ちょっと疲れました」

「二学期は体育祭があるし、がんばって体力つけようね」

「た、体育祭っっ!!??」

 

 俺が体育祭というワードを使った途端、後藤さんが激しく痙攣し始めた。ごめんごめんごめん!! 体育祭って後藤さん的には禁止ワードだったよね!! うっかりしてたからどうか溶けたり爆発したりしないで!!

 

「クラス一致団結……陽キャ達の応援団……準備で男女の仲が縮まり付き合い始める体育祭ラブ……いつもより格好良く見えてしまう男子……運動能力の低いものが淘汰される悪魔の所業……」

「それ全部歌詞に使えそうなワードだね」

 

 こうやって喋っていられるうちは大丈夫。本当にヤバかったらいきなり変態するからねこの子は。

 

「まあ、運動が苦手な子でもそんなに問題がない団体系の競技に出ればいいよ。俺も運動は好きだけど、本職の運動部に比べたら全然だし」

「い、一緒の種目に出てくださいっ」

「いや、男女別だからね?」

 

 いつもお話してる前の席の女の子達と同じ種目に出れば大丈夫だって。

 

「あ、そうだ。後藤さん、ラムネどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「今時ビンの容器でビー玉入りって珍しいよね」

「あ、あまり見ないですね。私、いつも開ける時に噴射して手がベタベタになっちゃいます」

「わかるわかる。慌てて口に入れるよね」

 

 プラスチック容器のラムネとか普通のジュースも売ってたけど、これが一番お祭りに来た感があって俺は好きだ。ビー玉を押してポンって音が鳴る瞬間がいいんだよね。

 

 二人で縁日で買ったものを食べ、ラムネを飲んでほっと一息。……なんかすごいな。後藤さん相手に普通にお祭りを楽しんでるよ。しかも二人っきりで。これってもしかして結構な快挙なんじゃないかな。

 

 浴衣姿を見た瞬間はまともに話せなくて、どうなるかと思ったけど。

 

 今ならもう少し、彼女のことを上手く褒められる気がする。

 

「ど、どうしました?」

 

 後藤さんの横顔をぼーっと眺めていたら、彼女が不思議そうに尋ねてきた。

 

「やっぱり、後藤さんは前髪を上げてる方がいいよ。その方が───ずっと可愛い」

「あ、あ、え……あ……あり、ありがとうごじゃいましゅ……」

 

 俺がそう言うと、彼女は漫画みたいにぷしゅーって音が聞こえてきそうなほど顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 うん。大丈夫。さっきみたいに、心臓が変に高鳴ったりはしない。いつもの俺だ。うん。大丈夫大丈夫。

 

 俺は自分に、そう言い聞かせる。

 

 本当は、ちょっとだけ緊張して、ドキドキしていた。ちょっとだけね。本当にちょっとだけ。誤差レベルで。

 

「あ、花火……始まったね」

「そ、そうですね」

 

 しばらく沈黙していると、ドンという大きな爆発音とともに、夜空が色とりどりの花火に覆われる。この花火大会には初めて来たけど……結構迫力あるな。

 

「後藤さん、もっと見やすい方に行こうか」

「あ、はい」

 

 そして俺が手を差し出すと、彼女は恥ずかしそうに、でも嬉しそうな笑顔で俺の手を取るのだった。

 

 

 

 

 花火が始まって、私達は会場である海の公園側のフェンスに寄り掛かりながら夜空を埋め尽くす花火を眺めていた。……しっかりと手を繋いだまま。

 

 初めは緊張していたけれど、今はもうすっかり平気だ。

 

 ……嘘。本当は今もちょっとだけドキドキしてる。

 

 でも、全然嫌な感じじゃない。むしろ彼とこうしていられることが、すごく嬉しい。今まで感じたことがない、ふわふわして、ぽわぽわした不思議な感情。

 

「綺麗だねー」

「そうですね」

 

 そう言った彼の横顔はどこか(うれ)いを帯びているような、儚い笑顔だった。

 

 でも、すごく───すごく綺麗な横顔。女の私が羨ましく思ってしまうくらいに。

 

 山田くんは、容姿端麗で、頭が良くて、背が高くて、すごく面倒見が良くて、優しくて……本当なら、私なんかが隣にいたら気後れしてしまうような男の子だ。

 

 クラスでも、クラスの中だけじゃなくても……すごく人気者で、君はみんなから愛されて───

 

 はっ!? なんか今のフレーズとか心情……新曲の歌詞に使えそう!! ちゃんと覚えておかなきゃ!!

 

 こ、こんな時にまで歌詞が浮かんでくるなんて……作詞の才能が溢れすぎて自分が怖い!!

 

 あれ? それで……新曲の歌詞の前は何を考えていたんだっけ?

 

 あ! そうだそうだ思い出した! 山田くんのことだ。彼の横顔に見惚れちゃってたら歌詞が浮かんできたんだった。

 

 山田くんって本当に反則級の男の子だよね。彼のことを好きな……彼のことを思っている女の子はきっとたくさんいるんだろうな。

 

 でも私は……そんな子達に申し訳ないなと思いながらも、ちょっとだけ優越感に浸っていた。

 

 嘘ですちょっとじゃないです。めちゃくちゃ優越感あります。

 

 本当なら今すぐ「私、こんなイケメンと二人きりで花火を見たんだよ?」って声高に叫んでSNSで自慢しまくりたいです。でも、私は承認欲求が人の十倍はあるのでSNSには手を出していないから無理だけど。

 

 だって……だってこんな状況だったら調子に乗っちゃうでしょ!!

 

 陰キャに優しい高身長イケメンと二人きりで花火を見て、周りの女どもに微塵も優越感を持たない者だけが私に石を投げなさい。

 

 だーれも私に石を投げる資格はありません! 以上、証明終わりっ! 

 

 それにしても、さっき山田くん……私のこと「前髪を上げた方が可愛い」って言ってくれたよね。

 

 お、お母さんの言うことを聞いててよかった……

 

 美容院に行くのはすごく……ものすっっっっっっっっっっっっごく嫌だったけど、寿命を犠牲にした甲斐があったよ。

 

 こ、これからも前髪は今の長さくらいをキープするようにしよう。山田くんがまた褒めてくれるかもしれないし。

 

 そう考えながらもう一度山田くんの方を見ると、今度は彼を目がばっちり合ってしまった。綺麗な黄色の瞳が私を真っ直ぐに捉える。

 

「後藤さん」

「わひゃい!?」

 

 彼の顔に見惚れていたら、思わず変な声が出ちゃった。あ、山田くんがクスクスとおかしそうに笑ってる。は、恥ずかしい……

 

「写真、撮ろうか?」

「は、え……?」

「花火をバックに……こう、ね?」

 

 山田くんはそう言って、繋いでいた手を離して、花火を背にするようにしてフェンスにもたれかかる。な、なるほど……私も君を真似すればいいんですね?

 

 そして私も彼と同じようにフェンスに背中を預けた。 

 

「後藤さん、もうちょっとこっちに」

「こ、これ以上ですかぁ……!?」

「───こんな感じで」

「ひぃん!?」

 

 私が狼狽していると、山田くんは優しく笑って私の肩に手を回し、自分の方へ抱き寄せる。

 

 ち、近い近い近い近い良い匂い良い匂い良い匂い良い匂い!!!!!

 

「はーい、撮るよー?」

「ま、まままま待ってくだひゃい……」

 

 山田くんは右手で私を抱き寄せたまま、左手でスマホ自撮りモードにして構えている。

 

 む、むむむむむむむむむむむむ!!!! 今の私、まともにカメラを見られないよっ!!

 

 は、恥ずかし過ぎて……ぜ、絶対顔が真っ赤になっちゃってるっっ!!

 

「後藤さん……俺だってね───結構恥ずかしいんだよ?」

 

 その言葉を聞いて山田くんの顔を見ると、確かに彼の頬もほんのり赤く染まっていた。

 

 あ、君も……そ、そんな風に思ってるんですね。なんだか、ちょっと安心します。でも……それ以上に、嬉しいです。すごく。

 

 なんで私が嬉しく思ったのか……理由はよくわからないけど。

 

「じゃ、じゃあ私達、恥ずかしい者同士ですね」

「そうだね」

 

 そう言ってお互い笑い合うと、さっきまでの緊張がいくらか和らいだ。ま、まだちょっとドキドキはしてるけど。

 

 でも、今ならちゃんとできる気がする。

 

「じゃあ、撮るよ?」

「は、はい」

 

 無機質な音とともに、撮影が終わる。写真を見せてもらうと、恥ずかしがってはいるけど……自然に笑えている二人が写っていた。バックの花火もすごく綺麗。

 

「良い写真だね」

「そ、そうですね」

「……他の三人には、内緒にしておこうか」

「は、はい」

 

 彼は悪戯っ子のように笑って、人差し指を唇に当てる。ふ、二人だけの秘密の共有って、なんだかドキドキしますね。えへへ。

 

 前に撮ったアー写は焼き増しして押入れの中にびっしり貼ってあるけど……この写真は誰にも見られないように大事に保存しておこう。

 

 そして私達は再び花火鑑賞へと戻る。

 

 もちろん───ずっと、手を繋いだまま。

 

 

 

 

 午後八時を少し過ぎたところで、花火が終わる。

 

 それにしても、その場の雰囲気に流されたとはいえ……結構大胆なことやったな俺。ああ、今日帰ったら絶対思い出して枕に顔埋めて悶絶するやつだ。

 

 ……まあ、いっか。良い写真が撮れたし。後藤さんも嬉しそうだったし。何より俺も嬉しかったし。

 

「終わっちゃいましたね」

「そうだね」

 

 花火が終わってからも、俺達は手を繋いだまま展望台のベンチに座っていた。どうせ今移動しても、駅は花火大会に来た人達でごった返している。それなら、少し時間を空けてからの方がいい。

 

 それに、こうやって彼女と一緒に花火大会の余韻に浸っているこの時間がとても心地良かった。

 

「花火に夢中になってたから気付かなかったけど、夜景もすごく綺麗だね」

「はい。八景島シーパラダイスのネオンが幻想的です」

 

 しばらく二人でぼーっと夜景を眺めていたら、気付けば展望台にいるのは俺達二人だけになっていた。……あー、やばい。この雰囲気は……ちょっとやばい。

 

 お互いその気は全くなくても……()()()()ことになりかねない。

 

 雰囲気に流されるのだけは、絶対にダメだ。お互い不幸な結末にしかならない。

 

 大体、俺はそういう感情を───知っているだけで、()()()()()()()()()()()んだよ。

 

 そう考えていたら、スマホがブルブルと振動し始める。

 

 姉貴からの電話だった。

 

 ある意味、最高のタイミングだよ。姉貴。

 

 俺は電話に出ようとしたけど、少し考えて画面の「拒否」をタップする。

 

「で、出ないんですか?」

「メッセージを送っておくよ。それよりも、思い出したんだ」

「な、何をですか?」

 

 ちょっと色々刺激的なことがあり過ぎて忘れてた。

 

 俺は繋いでいた手を離し、リュックの中からあるものを取り出す。

 

「後藤さん」

「は、はい……」

 

 俺は後藤さんに取り出したものを見せて、笑顔を浮かべる。

 

「二人で───花火大会の続きしよ?」

 

 

 

 

 展望台を降りて、すぐ近くの海岸までやってくる。

 

 私達以外にも、いくつかのグループが花火をやっていたり、散歩をしている人がいた。

 

 下駄だからちょっと砂が入っちゃうかもしれないけど、それは我慢しよう。電車に乗るときに落としておけばいいかな。

 

「こうやって、市販の花火で遊ぶのってすごく懐かしい気がする」

「あ、わかります。私も家が普通の住宅街だからできる場所が限られてて」

「……姉貴は小さい頃、庭でロケット花火を打ち上げてたんだ」

「も、ものすごく近所迷惑になりますね」

「珍しく父さんが怒ってた。本当に珍しく」

 

 私達は花火を手に持ちながら、そんな会話をする。さっきまでみたいな、大きな打ち上げ花火も綺麗で好きだけど……こういう手持ち花火も落ち着いてできるから好きだ。

 

 それに、独特の火薬の臭いが「夏」って感じがして───いけないいけない……青春コンプレックスを発動させて死ぬところだった。過去の何の色気もない夏を思い出しそうになっちゃう。

 

 で、でも……それを考えたら今年の夏は人生で一番充実していると思う。バンドのみんなで遊びに行く約束もしてるし、フェスも観に行くし、あとは……海水浴とかできたらいいかな。私は泳げないけど。

 

 あ、バイトは嫌です。できるならさっさと辞めたいです。

 

「後藤さん、蛇花火って知ってる?」

「うねうねする気持ち悪いヤツですよね?」

「そうそう。姉貴はうねうねするのをじーっと観察するのが好きなんだ」

「リョウさんらしい」

 

 しゃがみ込んで蛇花火を観察しているリョウさんが簡単に想像できてしまった。

 

「あと、姉貴はねずみ花火を投げてきゃっきゃと喜ぶアホだ」

「や、やんちゃなんですね」

「クソガキなだけだよ」

 

 いつもリョウさんに振り回されてて、でも君はそんなリョウさんが大好きなんだね。なんだか、そう考えると愚痴を言っている彼がすごく可愛く見えてくる。

 

「や、山田くんは……どの花火が一番好きですか?」

 

 私が一番好きなのは線香花火。あの地味で儚い感じがものすごく落ち着く。線香花火百本セットとか売っていたら、迷わず買って一人で全部やっちゃいそう。

 

「俺は───線香花火かな」

 

 い、意外だ。もっとこう……ロケット花火とかねずみ花火とかが好きなのかと思ってた。

 

 でも、びっくりする以上に、なんだかとても嬉しかった。私と同じ、線香花火が好きで……

 

 山田くんとは、性格も、歩んできた人生も何もかもが違うはずなのに……そんな彼と自分の間に共通点があることが、たまらなく嬉しくて心がぽわぽわと温かくなる。

 

「わ、私も……線香花火が一番好きですっ」

「そっか。俺達、結構好みが合うのかもね」

 

 無邪気に笑う彼を見て、私はトクンと胸が高まる。またこの感覚だ……私が知らない、経験したことがない不思議な感覚。でも私はそれが不快だとは思わなかった。

 

「じゃあ、最後に線香花火をやろう」

「は、はい」

 

 その後も、何気ない雑談をしながら花火を消費して最後に線香花火が残った。

 

 二人で火を点け、パチパチと静かな心地よい音を立てる線香花火を楽しむ。ああ、やっぱりこれが一番好きだ。儚くて、寂しげで、でもそれこそが何よりも美しいと思う。

 

 いつか、線香花火をモチーフにした歌詞を書いてみようかな。

 

「どっちが長く保てるか、勝負しようか?」

「わ、私……結構自信ありますよ?」

「ほう……姉貴の数多の妨害を経験してきた俺に勝てるとでも?」

「リョウさん、邪魔してくるんですね……」

「肩を揺らしたり息を思い切り吹きかけてきたりする」

 

 リョウさん……でも、そうやって妨害すると、妨害した側が大体負けちゃうよね?

 

 そう言うと、山田くんは笑って頷いてくれた。

 

「ま、負けた方はどうしましょうか?」

「いつになく積極的だね? ……そういや、かき氷の一件で俺に罰ゲームが残ってたな」

「こ、これで負けたら山田くんは罰ゲーム二回分ということになります」

「そんなに俺に罰ゲームを受けさせたいのか。後藤さんって結構悪い子なんだね」

「ば、バンドマンですから……」

 

 山田くんが意地の悪い笑顔を浮かべるけど、私はそんな彼の顔を直視できなかった。そ、そういう意地悪な、悪戯っぽい、小悪魔的な笑顔はちょっと、反則です。……絶対虹夏ちゃんの影響だ。

 

「よし、じゃあ同時に火をつけるよ?」

「ま、負けませんっ……!」

 

 二人で一緒に火をつける。

 

 そしてお互い沈黙したまま、じっと自分の花火を見つめていた。な、なんか私、ちょっと緊張してる? 気のせいかもしれないけど、手がぷるぷる震えてるような。

 

「あ」

「あ」

 

 約三十秒後、二人の間抜けな声が重なった。と同時、線香花火の火球が二つ同時に砂浜に落ちる。

 

「引き分け、だね」

「ですね」

 

 そう言って、お互い顔を見合わせて笑い合う。なんか、すごく私達()()()終わり方な気がする。……「らしい」って思えるほど、付き合いは長くないけど。

 

「結局、俺が一回分の罰ゲームか~」

「な、何をしてもらいましょうか……」

「お手柔らかに、ね?」

 

 どうしよう。調子に乗って罰ゲームの話とかしてたけど……内容を全然考えてなかった。

 

 はっ!! こ、こういう時こそ紡いできた絆の力を発揮する時なのでは!? みんな!! 私に力を貸してくれ!!

 

 虹夏ちゃん:あたしと付き合ってもらおうかな~……なんてね♪

 

 こ、小悪魔すぎるっ!! 私にそんなこと言えるわけないっっ!!! そもそも虹夏ちゃんはこんなこと言わない!! 多分。……い、言わないよね?

 

 喜多ちゃん:じゃあ今度、買い物に付き合ってくれないかしら?

 

 ふ、普通にデートのお誘いだよ!! き、喜多ちゃんみたいな陽キャが言えば絵になるけど……私みたいな陰キャが言ってもドン引きされるだけ~~~!!

 

 リョウさん:今までの借金チャラで

 

 論外

 

 大槻さん:ピー音(放送規制)

 

 あー!! ダメダメ!! えっちすぎます!! 私の脳内が大槻さんのえちえちウイルスで侵されてしまうぅぅぅぅぅぅ!! 出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ!! 煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!

 

 どうしよう……き、絆の力が何一つ役に立たない……

 

 本当は……本当は罰ゲームというか、山田くんにお願いしたいこと、あるけど……

 

 でも言えないっ! 言えないよっ!

 

 「来年も一緒に花火を見に来ましょう」なんて、そんなこと絶対言えやしない! は、恥ずかし過ぎて死んじゃうもんっ!

 

 山田くんの顔を見ると、彼はニコニコと笑っていたので私は思わず目を逸らしてしまった。

 

「あ、ほ……保留でお願いします」

「保留ね。楽しみにしてるよ」

 

 うごごごごごごご!! なんか……なんかめちゃくちゃハードルが上がった気がする。も、もういっそのこと、このまま自然消滅させてしまおう。うん、その方がいい。わ、私は罰ゲームなんかで山田くんの心を操ったりしない! 硬派な女なんだから!

 

「そ、そろそろ帰りましょうか?」

「そうだね。この時間なら、電車も空いてるだろうし」

 

 私は内心を悟られないように、話題を逸らして花火の片付けをする。でも、山田くんってすごく察しがいいから私の考えていることなんて気付いちゃってるかもしれない。あうぅ……そうだったら、は、恥ずかしい。

 

 そして私達は片付けを終えて、来た道を戻り駅へ向かって歩き出す。

 

 色々、本当に色々と想定外のことばかりだったけど、今日はすごく楽しかったな。

 

 彼の隣を歩きながら、私は思う。

 

 「来年も一緒に来たいな」と。

 

 でも私には、そんなことを言う勇気なんてない。そんな勇気があるのなら、とっくの昔に私はたくさん友達ができていただろう。

 

 だけど、もしも私にそんな勇気があって、たくさんの友達ができていたとしたら……結束バンドに入ることもなかったし───山田くんに会えなかったかもしれない。

 

 それはそれで……なんだか嫌だな。だって、今がとても幸せだから。

 

「後藤さん」

 

 思いに耽っていると、隣を歩く山田くんが私を呼んだ。

 

 

 

 

「来年も───一緒に花火を見に来よう」

 

 

 

 

 ああ、君は……どうして君は……いつもいつも、私がほしい言葉をくれるのかな?

 

 今が夜で、よかった。

 

 だって……今の私、鏡で見なくてもわかるくらい顔が赤くなってるんだもん。

 

 私は彼の言葉に、すぐには返事をできなかった。

 

 だから、その代わりに

 

 今度は私から、彼の手を握るのだった。

 




 青春ポイントが高過ぎて死にそう。

 このぼっちちゃんは「青春コンプレックス」なんて歌詞を書けなさそうですね。その代わりに夢女子みたいな妄想ラブソングを書きそうです。

 「星座になれたら」の歌詞の意味……解釈は無数にあるでしょうが、私は喜多ちゃんに向けた歌詞だと思っています!! この話だとレンくんのおかげで閃いた感じになっちゃいましたけど……

 あと、この話を書いててレンくんは猗窩座殿の素質があるんじゃないかと思いました。でも、ぼっちちゃんは死んでもすぐ復活するから悲しいエピにはならないですね。

 次回は夏フェスに行きます。一年早く「未確認ライオット」の最終審査を観に行きます。SIDEROSも出すので、多分ヨヨコ回になるのかな?

 あと、みんなが大好きな「あのキャラ」がかなりフライングで登場する予定です!

 ではでは、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#29 superpoya(mi)

「来たぞー! 未確認ライオット最終(ファイナル)ステージ!」

 

 八月七日、俺達は未確認ライオットの最終審査会場である東京ビッグサイトに来ていた。屋外駐車場に特設ステージが作られ、ファイナルステージには全国から審査を勝ち抜いた八組が出場できる。

 

 応募総数三千組以上から、わずか八組。倍率は四百倍近い。

 

 だけど、彼女達は……結束バンドの四人は一年後、このステージに立つことを本気で目指しているのだ。いや、立つだけじゃない。ファイナルステージを勝ち抜き、グランプリを獲るつもりなんだ。

 

「スタートは十二時だから、それまでは適当にぶらついたりご飯食べたりしようか」

「はーい!」

 

 特設ステージがある屋外駐車場の近くには芝生が広がる水の広場公園があり、屋台が立ち並んでいる。喜多さんや虹夏ちゃんはかなりテンションが上がっているけど、俺は二人に……いや全員にどうしても言っておきたいことがあった。

 

「その前に、はい! 全員分のクールコアタオル。これ、水でぬらすだけでひんやりするから首に巻いたりして使って。それと塩タブレット。飴だと溶けて食べにくいからこっちの方がおすすめ。あとスポーツドリンクも渡しておくね。喉が渇いてから飲むんじゃなくて乾く前に飲むんだよ? 冷えピタも持ってきてるから、欲しい人は言ってね」

「れ、レンくんの熱中症対策がガチすぎるわ……」

 

 俺はリュックから次々と熱中症対策グッズを取り出して四人に渡していく。過保護? 馬鹿者、東京の暑さ舐めんな。あと、熱中症舐めんな。過保護すぎるくらいでちょうどいいんだよ。

 

「あ~……でも、レンくんがここまでしっかりやるのにはね、理由があるんだ」

「理由、ですか?」

 

 後藤さんが虹夏ちゃんに尋ねる。

 

 そう。俺がここまで警戒する理由を、虹夏ちゃんと姉貴は知っている。

 

「去年、あたしとレンくんとリョウの三人でろっきんを観に行ったんだけど、その時にリョウが熱中症で倒れちゃって……救急車で運ばれたんだ」

「え!? りょ、リョウ先輩!! ほんとですか!?」

「ほんと」

 

 姉貴はたった三文字で軽く答える。お前……お前……あの時俺達がどんだけ心配したと思ってんだよ!!

 

「それでレンくんが責任感じて落ち込んじゃってね~。あたしが慰めてあげたんだけど……」

「あの時のレンはなかなか見物だった」

「あそこまで取り乱して落ち込んでたレンくんを見たのは、後にも先にもあの時だけだね」

「私への愛が深すぎる故に……」

 

 姉貴はそう言いながら俺の頭を撫でてくる。やめんか!

 

 それに……あの時は虹夏ちゃんにはかなーり情けない姿を見せちゃって甘やかしてもらったからなぁ。でも、しゃーないやん。いきなり何の前触れもなくフラッと倒れたりしたらそら動揺するよ。しかも救急車まで呼ぶ事態になったし。それに毎年この時期って熱中症で死者が出たってニュースをやってるしさぁ……

 

「熱中症は、命に関わる。だからみんな、ちゃんと対策しなきゃだめ」

「……そうね。気を付けるわ」

「わ、私も……」

 

 喜多さんと後藤さんの二人は素直に言うことを聞いてくれた。今年も誰かに倒れられたりしたら……マジで俺はフェスがトラウマになるかもしれない。

 

「さーて、じゃあ辛気臭い話はここまでにして……何を食べようか?」

 

 虹夏ちゃんがポンと手を叩いて切り替えるようにそう言った。

 

「ロックフェスと言ったらケバブですよケバブ!」

「俺はLa Andyのベーコンエッグロールを食べたい」

「カレーこそ大正義」

「あ、こ、この冷たい焼き芋……食べてみたいです」

「見事にみんなバラバラだなっ!!」

 

 結束バンドの結束力のなさよ。ちなみに虹夏ちゃんは「ルヴァン」のパンを食べたいらしい。

 

「二時間しかないから……今言った屋台の中で早く買えそうなものを優先して買えばいいんじゃない?」

「そうだね。どっちみち全員の希望は叶えられなさそうだし」

 

 というわけで、みんなで屋台がたくさん並んでいるところへ向かいます。

 

 その結果、喜多さんが希望したドネルケバブ専門店「グリルワーク」のピタサンドと後藤さんが希望した「OIMO café」の冷たい焼き芋を買うことができた。

 

 俺を含む残りの三人が希望していた屋台は、恐ろしいほどの行列だったのであえなく断念。ちょっとしょんぼりしちゃったけど、そんな憂鬱を吹き飛ばすくらい嬉しい出来事がこの後起こったんだよね。

 

「あ、大槻先輩じゃないですか!」

「あれ……? 山田と、結束バンド?」

 

 公園内で比較的落ち着いている芝生ゾーンにレジャーシートを広げてご飯を食べようとしていた時に、大槻先輩率いるSIDEROSのメンバーとたまたま遭遇したのだ。

 

「落ち込んでたレンくんのテンションが露骨に上がったわね……」

「レンは大槻ヨヨコに懐いている。それに、あれは私が期待している女の内の一人」

「期待って……何のですか?」

「内緒」

 

 姉貴の「懐いてる」って言い方はどうかと思うけど……否定できないな。今の俺、完全に飼い主を見つけた犬の反応だったし。

 

(きょ、今日の大槻さんは胸元が開いてない普通のTシャツ……なのに、なぜかえっちに見えてしまうっ!! ふ、服を着ている方がえっちに見えることもあるってネットに書いてあったし、大槻さんはそういう人種なのかもしれない!! 警報までは出ないけど……こ、これはえちえち注意報ですっ!!)

(後藤ひとりが今日も熱い視線を向けてくるわね。……ふっ、そんな風にライバル視されるのも悪くないわ。勝つのは私だけど)

 

 なぜか後藤さんと大槻先輩が無言で見つめ合っていました。脳内で会話でもしてんの?

 

「みなさんも未確認ライオットのファイナルステージを観に来たんすか?」

「そうだよ~。来年はあたし達があのステージに立つことになるからね」

「……口先だけではなんとでも言えるわよ。Tokyo Music Riseで予選落ちしてるようじゃ───」

「ぼっちちゃーん! オーチューブに上がってる新曲聴いたよ~。今回は結構爽やかな歌詞だったね! 私、すっごく好き!」

「あ、ふ、ふーちゃん。えへへ。じ、実はそうなんですよ。喉越しがよくて爽やかな後味に仕上がってて……」

「リョウさ~ん。今回の曲もよかったです~。イントロからテンション上がっちゃいましたし、喜多さんの最後のウインクがとても可愛くて……」

「実は、九月までにもう一曲作る予定」

「ねえねえ。私の歌、どうだった? 少しは成長してた?」

「前のライブよりずっと良くなってましたよ~」

 

 大槻先輩が正論をぶちかまそうとしたところで、他のメンバーが結束バンドのメンバーときゃっきゃと楽しそうに交流をし始める。

 

 大槻先輩そっちのけで。

 

「先輩……」

「……何よ。笑いたきゃ笑いなさい」

 

 笑うわけないでしょ。そんな露骨に、あの顔文字みたいにしょぼーんっとなってるんだから。あぁ^~大槻先輩を甘やかしたくなるんじゃ~。

 

「一緒にご飯、食べましょ?」

「……うん」

 

 というわけで、SIDEROS御一行と一緒に仲良くご飯を食べることにします。

 

 

 

 

「意外でした。大槻先輩が未確認ライオットを観に来るなんて」

「そう?」

「だって、先輩って『未確認ライオットは観るものじゃない! 出るものよ!』とか言いそうだし」

 

 俺がそう言うと大槻先輩はぷいっと顔を逸らし、代わりにあくびちゃん達がニヤニヤと笑っていた。

 

「実際に言ってたっすよ」

「でも幽々達がわがまま言って連れてきたんです~」

「ヨヨコ先輩、ずっとライブハウスに引きこもってたので」

「なんであっさりばらすの!?」

 

 あー、やっぱり言ってたのか。でも、それでメンバー達の言うことを聞いてこうやって観に来るあたり、先輩ってなんだかんだ甘やかしたがりですね。

 

「あなたにだけは甘やかしたがりとは言われたくないわね!」

 

 ごもっともです。

 

「あのー……一つ気になってることがあるんすけど、いいすか?」

 

 あくびちゃんが手を挙げて俺達を……正確には後藤さんを見る。

 

「ぼっちさん、前髪切ったんすね」

「あ、あ、あ、は……はい。お、お母さんに言われて、記憶を失っている間に前髪も失いました」

「過程はちょっと意味わかんないすけど、似合ってますよ。というかぼっちさん、めちゃくちゃ美人さんじゃないすか!」

「うん、絶対その方が可愛いよ~! なんで今まで隠してたの?」

「アイドル事務所に履歴書を送れそうです~!」

「え、えへ……えへへへ。そ、そうですかね。で、でも私は、硬派なギタリストなので……そ、そんなにちやほやされて調子に乗るような女じゃないですよ~」

 

 後藤さんはそう言いながら、だらしなく「えへえへ」と笑って、隣に座っているあくびちゃんの腕をツンツンつついている。なんか後藤さんってあくびちゃんに対しては警戒心が薄いんだよな。

 

 大槻先輩もぼっち気質だし……あくびちゃんは「ぼっちに優しいギャルオーラ」が出ているのかもしれない。

 

「これ、この前みんなで花火大会に行った時の写真よ」

 

 喜多さんはそう言ってSIDEROSのお子様組にスマホを見せる。

 

「うわ~みんな浴衣着てて、髪型もいつもと違ってて可愛い~!」

「花火大会いいっすね。ヨヨコ先輩、ウチらももうちょっと夏らしいことしましょうよ」

「花火大会……夏祭り……リア充カップルども……うっ……」

 

 なんか大槻先輩の顔色が悪くなった。先輩もそういうの気にする人だったんですね。俺と出会ってからの一年は、メンバー集めやバンド活動で右往左往してたからそんなところまで気を回す余裕がなかったんだろうけど。

 

「わ、私達にはTokyo Music Riseに向けての練習があるでしょ! そ、そんな浮ついたイベントに参加してる余裕なんてないのっ!」

「レンさん、一言お願いします」

「オレ、オオツキセンパイノユカタスガタ、ミタイ」

「なんでちょっと片言になってるのよ!?」

 

 絶対可愛いに決まってる。髪型は今日みたいにツインテールのままでも下ろしても後ろで結ってもグッド!

 

「ほらほら~レンくんもこう言ってますよ~? ヨヨコ先輩! お祭り行きましょう! お祭り!」

「う、うぅ……」

 

 あ、大槻先輩が押されてる。このパターンは先輩が「仕方ないわねぇ」って言いながらなんやかんや願望を叶えてくれるヤツだ。

 

「……し、仕方ないわねぇ」

 

 ほらね。

 

 大槻先輩がため息を吐いている傍らで他の三人は無邪気に「わーい!」と喜んでいた。先輩は完全にSIDEROSのママになってますね。その面倒見の良さと包容力、好きです。

 

(でも私……浴衣ってどんなのが良いのか全然わからないのよね……)

 

 喜んでいる三人とは対照的に、大槻先輩が困ったような表情になっていた。行きたくないってわけじゃなさそうだけど……ああ、そういうことか。

 

 先輩の心情を察した俺はスマホを取り出してあくびちゃんにロインを送る。

 

「大槻先輩の浴衣を一緒に選んであげて」と。

 

 そして、俺のロインに気付いたあくびちゃんは親指をグッと立てて、ものすごく頼りになる笑顔を見せてくれた。

 

「ヨヨコ先輩、今度浴衣を一緒に観に行きましょう」

「さんせ~! 私達が可愛いのを選んであげます!」

「幽々も~ちょうど新しい浴衣が欲しいなって思ってたんですよ~」

「あ、あ、え……?」

 

 三人の急な申し出に大槻先輩は戸惑っている。その戸惑い方、完全に後藤さんと同じですよ。……やっぱりこの二人、種族違いぼっちとはいえ本質は一緒だ。

 

 これでSIDEROSの仲がさらに深まったな! ヨシ!

 

「そういえば、花火大会の写真……山田さんとぼっちさんだけ全然写ってなかったんですけど、なんでですか~?」

 

 俺が腕を組んで後方支援者面でうんうん頷いていると、幽々ちゃんがとんでもない爆弾を投下してきた。それに合わせてあくびちゃんとふーちゃんの二人も目を輝かせて俺を見てくる。

 

「ぼっちとレンは途中から別行動してた。……二人きりで」

 

 そして姉貴がここぞとばかりに追撃を仕掛けてくる。お前ほんと良い空気吸ってんな!!

 

「ほうほうほうほうほう。ぼっちさんぼっちさん、その辺りのことを詳しく教えてくれないすかね?」

「あ、あ、あ……」

「私も私も~! すっごく気になるな~!」

「なんで別行動したんですか~?」

「そ、それは……私が体調を崩して、山田くんが休憩所に連れて行ってくれて……」

 

 SIDEROSの陽キャ組に詰め寄られて後藤さんは痙攣しながらもどうにかこうにか質問に答えている。なぜこんな状況になっても彼女が死なずにいるのかというと……すでにSTARRYで一度、虹夏ちゃん、喜多さん、姉貴の三人に同じような尋問をされていたからだ。

 

 俺も尋問されたけど、のらりくらりとかわしてボロを出さなかったから標的が後藤さんに移ったんだよね。ちゃんとツーショット写真の存在だけは何とか守り切ったよ? あれを見られたら流石に俺も……平常心じゃいられないから。

 

「ねえ」

「どうしました?」

 

 隣に座る大槻先輩が、ちょっぴり不満そうな顔で俺を見てくる。

 

「あなた……後藤ひとりと付き合ってるの?」

「いえ、付き合ってませんよ」

 

 さらっととんでもないことを聞いてきたなこの人。でも、今思い返してみれば、花火大会の時の俺達はちょっと……いやかなり距離感がおかしかった。

 

 花火大会の雰囲気に当てられたっていうのもあったんだろうけど、それを差し引いても、あの時の俺は普通じゃなくて、不思議な知らない感情に振り回されてたな。今はすっかり元に戻ったけど。

 

「……そう」

 

 大槻先輩はそれだけ言って後藤さんに視線を移す。後藤さんはまだ三人に弄られてるな。でも、楽しそうだから放っておこう。後藤さんも嫌がってるわけじゃないみたいだし。

 

 それよりも今は大槻先輩だ。平静を装ってるけど、先輩の不機嫌メーターがちょっぴり上がっている。俺にはわかる。もちろん、その理由もだ。

 

「先輩、やきもちですか?」

「ぶふっ!?」

 

 俺が耳元でそっと囁くと、先輩がジュースを思い切り噴き出しそうなったので、ウェットティッシュを渡してあげる。

 

「はぁ!? わ、私が何にやきもち焼いてるって言うのよ!? しょーこは!? しょーこをだしなさいしょーこを!!」

「その態度が証拠になりませんか?」

「~~~~~~~っ!!」

 

 俺がそう言うと先輩が顔を真っ赤にして肩をぽこぽこ殴ってくる。典型的なツンデレ反応ですね。星歌さんといい勝負できそう。

 

 俺は先輩がやきもちを焼いてくれていることが、素直に嬉しかった。それに、もしも大槻先輩に彼氏ができたりしたら、俺だってその彼氏に嫉妬してもにゃっとするだろうし。

 

「そうやって意地悪言う人、嫌いっ」

 

 そんなことを考えていると、先輩はツーンと不機嫌そうな表情になって俺から思い切り顔を逸らす。

 

 あ、ヤバい。「嫌い」っていう言葉が先輩の冗談だとわかっててもめっちゃショック!

 

「ちょ……!? そんな捨てられた子犬みたいな表情しないでよ!? 冗談、冗談だから! ……そんな簡単にあなたのことを嫌うわけないでしょ?」

 

 露骨に表情に出ていたらしく、大槻先輩は慌てて俺を慰めてくれる。先にからかうようなことを言ったのは俺なのに、優しいですね先輩は。

 

 そこで俺は、大槻先輩に対して自分で思っている以上に大きい感情を持っているんだということを自覚した。

 

「からかい過ぎました。ごめんなさい」

「別にいいわよ。私も変なこと聞いて悪かったわね。これでお相子よ?」

「そうですね」

 

 そう言って俺達は笑い合う。もしも大槻先輩に本気で嫌われたりしたら……俺は一ヶ月くらい引きこもる自信があった。で、その心の隙を誰かに突かれてドロドロの依存関係になって破滅する未来まで見える。

 

 うん、そうならないようにしよう。

 

「先輩」

「何よ?」

「La Andyのベーコンエッグロール、一口ください」

「だったら私にもピタサンドを一口ちょうだい」

「いいですよ」

 

 色々あったけど、俺と先輩はお互い一口ずつ食べさせ合って、実に平和な昼食会になりました。

 

(大槻ヨヨコ……嫁ポインツを1(ワン)ポインツ追加)

(お、大槻さん……お、お互い食べさせ合うなんてやっぱりすごくえっちな子だ……!!) 

 

 姉貴と後藤さんが意味深な目で大槻先輩を見てたけど……あれ何なん?

 

 

 

 

「せっかくだから一番前で観るわよ!」

「え? マジすか。この人混みを突っ切って前に行くんすか?」

「その方が臨場感があるでしょ? それに、ステージ上での立ち居振る舞いとか参考になるだろうし、来年自分達が立つことをより鮮明にイメージできると思うわ」

「幽々は後ろの方でのんびり観てます~」

「私も」

「ウチも」

「無理矢理私を連れ出しておいてなんでこういう時だけノリが悪いの!?」

 

 お昼ご飯を食べて、ちょっとテンションが上がり気味だった大槻先輩がいきなり出鼻をくじかれる。幽々ちゃんはともかく、ふーちゃんやあくびちゃんまで断るとは……

 

 確かに、この人混みを突っ切って前に行くのはちょっと大変だろうけど、それ以外に行きたがらない理由がありそうな気がする。

 

「大槻先輩、俺がついて行ってあげますから」

「本当っ!? こういうのはやっぱり前で観ないとダメよね」

「先輩が迷子になった結果『おおつきよよこちゃんじゅうななさい』を放送で呼び出さないといけないので。それを防ぐために」

「このくらいで迷子になるわけないでしょ!?」

 

 大槻先輩って変なところでぽんこつだから普通に迷子になりそうなんだよな。

 

「いや、ヨヨコ先輩ならありえるっす」

「あるある~」

「山田さん、ヨヨコ先輩から目を離さないでくださいね~」

「私の方がこいつより年上なんだけど!?」

 

 SIDEROSの三人もどうやら俺と同じ考えのようです。

 

「ヨヨコちゃん、お兄ちゃんから離れないでね~」

「山田も悪ノリするなっ!!」

 

 俺がからかうようにそう言って大槻先輩に手を差し出すと、ピシャンと勢いよく叩かれてしまう。

 

 でも、はぐれる可能性は十分にあったので、結局俺は「おおつきよよこちゃんじゅうななさい」と手を繋いで人混みの中へ突っ込んで行くのだった。

 

「先輩、私達も前に行きましょうよ~!」

「そうだね。大槻さんじゃないけど、あたし達が来年立つことになるステージなんだから!」

「私はここにいる」

「あ、私も……(山田くんがいないのにあんな人混みに突っ込むなんて無理。……はっ!! で、でも人混みに紛れて大槻さんが山田くんにえっちなことをしちゃうんじゃ……)」

「やめておけぼっち。前に行くと───死ぬぞ?」

「え、ええ……? (リョウさんがすごく真剣な顔をしてる。ぜ、絶対くだらないことを考えてるに違いない!! 山田くんが心配だけど……え、えっちなことされて傷物になっちゃったら私が慰めてあげるからね)」

 

 

 

 

 け、結構無理矢理前に来たけど……思ったよりも人が多かったわね。ただ、人の多さよりも気になるのが……

 

「前は危険だからな。俺が守ってやるよ」

「嬉しい。私の手、離さないでね?」

 

 カップルが……カップルが多い! 何よあんた達、いちゃつくならどっか別のところでいちゃつきなさいよ! どうせこの後はホテルに行ってR18なロックフェスを開催するんでしょ!? まったく……いやらしいったらありゃしないわね!

 

 で、でも? 私も山田と二人だしぃ? は、傍から見れば完全にカップルよね、私達。しかも山田は顔だけならそんじょそこらの男とは天と地ほどの差がある。……ふっ、たとえ彼氏じゃなくても私の勝ちね。

 

 そもそも、山田は私のお友達だから、そんなつもりは全然ないんですけどぉ? 羨ましくなんてないんですけどぉ? そんな軽い気持ちでここに来てないんですけどぉ?

 

 ま、まあ? 山田がどーしてもって言うなら? ちょっとくらい、そーゆー風にカップルっぽく振舞ってあげてもいいわよ? ちょっとだけね? ちょっとだけ……

 

「大槻先輩、俺も『人混みから彼女守るマン』ごっこしていいですか?」

「ごっことか言わないでよ!? ちょっと虚しくなるじゃない!!」

「……ごっこじゃなくて本気ならいいんです?」

「ち、ちがっ……そーゆー意味じゃないわよバカっ!!」

 

 む、ムカつくわね~!! その「大槻先輩の考えてること、わかりますよ?」みたいな笑顔!! あなたの察しの良さは十分過ぎるほど理解してるけど……そうやってからかってくるのは……あれ? あんまり嫌じゃない……

 

 嫌じゃない理由はよくわかんないけど……でも、やられっぱなしっていうのは性に合わないのよっ!

 

「先輩?」

「あ、あなたが自分で言い出したんだから……さ、最後まで責任取りなさいよ」

 

 悔しかったから山田の腕に思い切り抱き着いてみる。山田は一瞬、間の抜けた表情で私を見てきたけど……どうやら私の勝ちみたいね。私の顔が熱くなっているのは気温のせいにしておくわ!

 

 あと、こいつ……すごく良い匂いがしてなんだか安心するわ。もっとドキドキするかと思ったけど、意外と落ち着いて……って! ドキドキするって、私がこいつを意識してるみたいじゃない!

 

 冗談じゃないわ! 大事な友達をそんな風に見るなんて……ありえないっ!

 

 後藤ひとりと二人で花火を見てたって聞いた時はちょっともにゃったけど。

 

 山田は私の初めての友達だから、取られちゃった気がして嫉妬したのね。……あれ? 私って意外と面倒臭い女?

 

「わっ、す……すみませんっ!」

「大丈夫?」

 

 私が自己分析して自分に軽くショックを受けていると、人混みに押された一人の女の子が山田にぶつかってきて、女の子が倒れそうになったところを支えてあげていた。

 

「ご、ごめんなさいっ。無理して前で観ようとしたら、思った以上に人が多くて……」

「ここまで来るの、大変だったでしょ? 怪我とかしてない?」

「あ、してないです。お兄さんこそ、大丈夫ですか?」

「うん、俺も大丈夫」

 

 山田にぶつかったのは中学生くらいの女の子だった。ハートと十字架が描かれたピンク色のシャツ、ツインテール……というよりも両サイドを短く結っているわね。

 

 何かしら。同じ女として……この子から良からぬものを感じるわ。

 

「一人で来てるの? それともはぐれちゃった?」

「あ、一人です。ここに来たのは、取材も兼ねてるので」

「取材?」

 

 山田が首をかしげて尋ねる。……なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。

 

「あたし、こーゆー者です!」  

 

 そう言って女の子が一枚の名刺を取り出して山田に渡した。

 

「ふりーらいたー、ぽいずん♡やみ、じゅうななさいだよ。……え? ライターさんだったんですか!? しかも俺より年上……タメ口使っちゃってごめんなさい! てっきり中学生だと思ってました!」

 

 年齢もそうだけど……ツッコむところ他にもたくさんあるでしょ!? 何よこの怪しい名刺!? 完全に水商売してる感じじゃない!!

 

「いえいえ、お気になさらず~。よく間違われるので~(本当は二十三歳だけど、イケメンに十四歳に見えるって言われちゃった! 今度から十四歳って名乗ろう。痛い恰好してる甲斐があったわ)」

 

 めちゃくちゃ山田に媚びを売ってるわねこの女。だけど、相手が悪かったわね。容姿を武器に媚びを売るような女に靡くほど、山田はチョロい男じゃないのよ?

 

「十七歳でライター……どこかの高校の新聞部さんですか?」

「いえいえ。正真正銘、一端の社会人ですよ。といっても、三文記事しか任されないしがないライターですけどね」

 

 あ、まずい。この女の境遇はまずい。

 

「十七歳で……姉貴と同じ年齢で立派に社会人をやってる。しかも自分の未熟さをしっかり理解した上で、こんなにも暑い中精力的にフェスの取材に来るなんて……ぽいずんさん、飲み物どうぞ」

「あ、ありがと……?」

 

 ぐあーーーーっ!! 山田の甘やかしセンサーが発動しちゃってるーーーーっ!! そうよね!! あなたはそういう男だものね。あのだらしないお姉さんと同い年の人ががんばっている姿を見るとそうなるわよね!!

 

「ぽいずんさん。がんばってください! 応援してますから!」

「う、うん……(理由はよくわかんないけどイケメンに応援されたからヨシ! あ、もしかしてあたしに一目惚れしたとか~? まったく、彼女を連れているのにあたしに目移りしちゃうなんて……あたしってなんて罪深い───)」

 

 そこで私はぽいずん♡やみとバッチリ目が合った。かと思うと、彼女は口をぽかんと開けて私の顔を凝視している。……はぁ、やっぱりそうなるのね。

 

「あ、あああああなた……も、もしかしてSIDEROSの大槻ヨヨコさん!?」

 

 気付かれちゃったか~。そうよね~。フェスに取材に来るライターだものね。私のことくらい知ってるわよね~。かーっ! 有名人はつれーっ!!

 

 って、喜んでる場合じゃない! よりによって山田と一緒にいる時にライターと遭遇するなんて!!

 

「……ってことは、お兄さんは大槻さんの彼氏さんですかぁ?」

 

 ほらぁ! そういう誤解を生んじゃうでしょ!?

 

「あ、違いますよ。大槻先輩はお友達です」

 

 山田も山田で全く動揺しないでスラスラ答えるな! ちょっとくらい……こう、意識してくれてもいいじゃない!

 

「え~? でも二人きりですよね~?」

「他のメンバーは後ろの方にいますよ。先輩が『前で観たい』ってわがまま言ったから、迷子にならないよう俺が引率してるだけで……」

「ちょっと! まるで私が悪いみたいな言い方じゃない!」

「でも、事実ですよ?」

「もうちょっとオブラートに包むとか……色々やり方があるでしょ?」

「……本職のライターさん相手に言葉を濁したら都合よく解釈されて変な記事を書かれるかもしれないじゃないですか」

 

 うぐっ……た、確かにその可能性はあるわね。

 

「あたしはそんな記事を書いたりしませんよ~。あ、そうだ大槻さん。よかったら今度、SIDEROSのことについてお話を聞かせてほしいんですけどぉ~」

 

 こ、この女……なかなかやるわね。このタイミングで……絶対に私が断れないタイミングで取材を申し込んでくるなんて……

 

 言外に「今日のことを記事にされたくなかったら取材受けてね♪」ってことでしょ?

 

「……そういうしたたかさ、俺は嫌いじゃないですけど先輩には逆効果ですよ。それなら真摯にお願いした方が百倍いいです」

 

 山田がフォローを入れてくれるけど……フォローになってる? 結局私が取材を受ける方向になってない? 

 

 ああ、なるほど。断ると変な記事を書かれかねないから、受けるのは確定として……私が気持ちよく受けられるよう配慮してくれてるってことね。

 

「失礼しました。最近、あまり大きな仕事を任せてもらえなくて焦ってたんです。短い時間でもかまいませんので、どうか取材させていただけませんか? お願いします」

 

 彼女はそう言って私にぺこりと頭を下げる。……なんか、さっきまでと違って言葉に重みがあるわね。少なくとも、演技をしてるって感じじゃない。

 

 正直、取材なんて面倒だし苦手だから断りたいけど……私と同い年なのに、この子もがんばっているのよね。ライターって職業だから、色々と人に邪険に扱われることや馬鹿にされることもあるでしょうに。

 

 それでも、ひたむきにがんばっている。なんだか……ちょっとシンパシーを感じるわ。

 

「いいわよ。その代わり、事前にアポは取ってね? 普段は新宿FOLTで活動してるからそっちに連絡してくれればいいわ」

「あ、ありがとうございます。近いうちに連絡させていただきますので……」

 

 顔を上げてそう言った彼女は、今度は山田の顔を見る。

 

「ありがとうございます。お兄さんのおかげで、良い仕事ができそうですっ!」

「いえいえ。俺もぽいずんさんと同い年の姉がいましてね。でも、姉はぽいずんさんと違ってどうしようもないダメ人間で……だからがんばってるぽいずんさんを応援したくて……」

 

 山田の言葉に彼女は苦笑いを浮かべている。……これって、考えようによっては山田姉のおかげでこの子が取材できるとも言えるわよね? 山田姉のドヤ顔が目に浮かぶわ。

 

「せっかくなので、お兄さんの名前も教えてくださいっ」

「そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。俺の名前は───」

 

 山田が答えようとした瞬間、周囲が一気に盛り上がり、人混みが激しく動き始める。

 

 ちょっ!? このタイミングでサークルモッシュ!? 

 

 私はバランスを崩して倒れそうになったけど、山田がしっかりと抱き止めてくれた。

 

 あのライターは……

 

「ま、また連絡しますねーーーーっ!!」

 

 サークルモッシュの荒波に飲まれ、消えてしまった。可哀想に。今日はもう再会できないわね。弱者が悉く淘汰される……これがフェスよ!

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 

 私は山田に抱き着いたまま答える。近くで見ると、ほんとにこの男……綺麗な顔してるわね。

 

 そこで私はなぜか急に恥ずかしくなり、赤くなった顔を見られないように彼の胸に顔を埋める。甘くて優しい香りが鼻腔をくすぐって、少し心が落ち着いた。

 

 彼の香りと温かさに触れながら思う。

 

 普段はパリピや陽キャなんて苦手だし、こういうサークルモッシュみたいなノリも大っ嫌いだけど……

 

 今は、ちょっとだけ感謝するわ。

 

 ちょっとだけよ?

 

 

 

 

「うぇいうぇーい!」

「陽キャさいこーう!!」

 

 ライブが終わってみんなのところに戻ると、山田姉と後藤ひとりが星型サングラスとヘアバンドを付けてバグっていた。……暑さに頭をやられたのね。可哀想に。




 一年早い未確認ライオットファイナルステージでした。

 といってもライブの描写は皆無ですけど。……この話のメインはぽいずんとの顔合わせなので。

 レンくんもヨヨコもぽいずんが十七才だと信じ込んでいます。だからあんなに優しい対応になりました。

 ぽいずんは原作での登場時の結束バンドへの態度が辛辣なので、ヘイト役になって二次創作ではオリ主とレスバしがちですけど、本作ではそうなりません。

 というか、レスバする必要がないので。

 ヘイトのないぽいずんはただの有能なお助けユニットなので原作とは違う立ち回りをしてもらいます。

 ……原作と違うことばっかりやってるな。

 次回は一年早く山田家の別荘に行きます。水着回です。あとレンくんの掘り下げをします。掘り下げというほど深くなるかはわかりませんが……

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#30 shining day

「だから十七歳で立派にライターさんをやってる人もいるんだから、姉貴ももう少し自立心を持ってだね……」

「よそはよそ。うちはうち」

「それ躾けられる側が言うことじゃないからな?」

 

 未確認ライオットの最終審査をみんなで観に行った数日後、俺と結束バンドメンバーの合計五人は山田家が所有する海に面した別荘に来ていた。

 

 みんなでたくさん夏の思い出を作ろうということで、花火大会には行ったから次は海に行く話になったんだ。でも、時期的にどこも混んでいるだろうということで比較的人のいない、ほぼプライベートビーチになっている山田家の別荘にやってきたんだよね。

 

「今さらだけどさ。男一人と女四人で海に来るってバランスおかしくない?」

「だって、レンくんだけ仲間外れにするのはかわいそうじゃん」

「みんなが大丈夫なら別にいいんだけどさ……」

 

 今回は夏祭りと違って海で遊ぶことになっているので、必然的に水着になる。つまり肌の露出が増えるということだ。男の俺は正直眼福だから何も問題ないんだけど、みんなは異性に肌をさらすのに抵抗があるお年頃なんじゃないの?

 

「レンくんだし、いいかなって」

「そうですね。レンくんだし」

「私は照れる」

「嘘つけ」

 

 姉貴や虹夏ちゃんはともかく、喜多さんもなんでそんな軽い感じなの? 喜多さんは元々距離感ガバガバ女だから、大抵のことは「喜多さんだから」で片づけられるけど、今回はさすがに異性だから意識されると思ったんだけどな。

 

「……後藤さんも本当によかったの?」

「あ、はい。み、みんなで遊んだほうが楽しいので……(ほ、ほんとはものすごく恥ずかしいけど!! 友達と海に行くのなんて初めてだし、お、おおおお男の子の前で水着になるなんて……は、恥ずかしすぎて何回死ぬかわからないっ!! はっ!? こんなときこそ大槻さんのえちえちパワーを受信すれば羞恥心なんてなくなるのでは!? 大槻大明神様……今こそ私に力を!!)」

 

 なんか後藤さんがいきなり手を合わせて祈り始めた。

 

 正直、君が一番心配なんだけど……花火大会以降、前より距離が縮まってすごく仲良くなれたから耐久力もアップしたのかな? でも、いつ死んでもおかしくないから警戒だけはしておこう。海で爆発四散したり溶けたりしたら大変なことになりそうだし。

 

「あ~もしかしてレンくんったら照れてるのかしら?」

「可愛い女の子四人の水着だもんね~。意識しちゃうよね~」

 

 喜多さんと虹夏ちゃんがからかうように、メスガキっぽく笑いながら俺を見てくる。そりゃあ多少は意識するけど……結束バンドだしなぁ。あ、でも後藤さんはスタイル的に目のやり場に困るかもしんない。

 

 まあ、後藤さんのことだからそんなに露出の激しい水着は着ないと思うけど。

 

「俺を意識させたかったら───」

 

 と、そこまで言って俺は本能的に命の危険を感じたので口を閉じる。ほんとは「もっと発育が良くならないとね」って言おうとしたけど、普通に最低な発言だし、喜多さんに海に沈められそうだからやめておこう。

 

「意識させたかったら……何?」

 

 喜多さんは表面上はニコニコ笑いながら俺を見てくる。うん、怖い。

 

「さて、着替えてくるか」

「ちょっとレンくん! 何が言いたかったの!? ねえ!?」

「喜多さん……世の中には、知らない方がいいこともあるんだ」

「絶対変なこと言うつもりだったんでしょ!!」

 

 俺は喜多さんを無視して二階にある自分用の部屋へ向かう。一階は女の子達が使うから俺は必然的に二階になるんだよね。

 

 この別荘、久しぶりに来るけどめっちゃ広いな。部屋も十部屋くらいあるし。……なんでこんなに部屋があるんだよ。

 

 俺はそんなことを考えながら適当な部屋に入り、水着に着替える。

 

 下はレギンスタイプのラッシュガードの上から水着を履き、上は前開きのファスナータイプの長袖ラッシュガードを着る。なんでここまで厳重にラッシュガードを着こむのかというと、クラゲ対策だ。

 

 時期的にはぎりぎり大丈夫だと思うけど、用心しておくに越したことはない。小さい頃クラゲに刺されて酷い目に遭ったし。

 

 あと、ラッシュガードってスタイルがよく見えて、デザインも格好良いのが多いんだよね。

 

 着替え終わって時間があったので、俺はベッドメイクや荷物の整理もついでにやっておくことにする。俺達が来る前に清掃屋さんが一通り掃除してくれたからかなり綺麗だな。エアコンや家電も問題なく動くし。

 

「レンくーん、着替え終わったー?」

「終わったよー」

 

 下の階から俺を呼ぶ声が聞こえたので、部屋から出て階段下をのぞいてみると、ビキニ姿の喜多さんがいた。カラフルな水着が喜多さんの明るさとよくマッチしている。……胸のサイズについては触れないでおこう。

 

「いいじゃん。髪色ともよく合ってるし、可愛いよ」

「ふふん、でしょ?」

 

 喜多さんは得意げに(慎ましい)胸を張る。きっと貧乳フェチもどこかにいるだろうから、気を落とさないでね。南無南無。

 

「他の三人は?」

「虹夏先輩とリョウ先輩はもう着替えてたわよ」

「よし、じゃあお姉様達の水着姿を拝みに行くとしますか」

 

 姉貴と虹夏ちゃんはリビングで待っているらしい。後藤さんは別の部屋で着替え中だから、ラキスケに遭遇することもない。ラキスケが許されるのは二次元の中だけだ。現実に起こったら気まず過ぎて関係に亀裂が入りかねないんだよね。

 

「あ、レンくん! あたしの水着どうかな?」

「ハイウェストで、裾を前で結んでるのがいいね。髪も後ろでお団子にしてるし、めちゃ可愛い」

「えへへ。ありがとっ!」

「レン、私は?」

「シースルータイプか。いいんじゃない?」

 

 適当に言ったら姉貴が露骨に拗ねた表情になる。

 

「……大人っぽいね」

「むふー」

 

 ちゃんと褒めたら姉貴はめちゃくちゃ得意げな顔になった。姉貴は不養生なくせしてスタイルは抜群に良いからな。なんか知らんけど腹筋が割れてるし。俺、姉貴が筋トレしてるところなんて見たことないんだけど。

 

「レンはなんでレギンスタイプのラッシュガードを履いてるの? せっかく私がすね毛を脱毛してやったのに」

「だからだよ!!」

 

 姉貴は昨日、俺が昼寝をしている隙をついて脱毛クリームで俺のすね毛を全部剃りやがったからな。起きた時つるっつるだったからびっくりしたわ。

 

「でも、こうして見るとレンくんってスタイルいいのね~。肩幅も結構広いし、腹筋も割れてたりする?」

「割れてるよ、ほら」

「すご~い! 板チョコみたいね!」

 

 俺がファスナーを開けて腹筋を見せると喜多さんが遠慮なくぺたぺた触ってきた。あのさ、俺が言うなって思うかもしれないけど、距離の詰め方おかしくない?

 

「虹夏先輩、すごいですよ。レンくんのお腹、カッチカチです!」

「レンくんって筋トレが趣味だからね~」

 

 今度は虹夏ちゃんが俺の二の腕をさわさわしてきた。

 

「なんというか、ほどよい筋肉って感じですよね。ボディビルダーみたいなムキムキじゃなくて、バランスと見栄えのいい細マッチョというか」

「そうそう! レンくんは脱ぐとすごいんだよ~」

「レンくんったら服の下にこんなえっちな肉体を隠していたのね」

「この弟……スケベすぎる……!!」

 

 女三人が俺の体をペタペタ好き放題触ってくる。君達、俺が男子高校生だってこと忘れてない? 普通に結構恥ずかしいからね?

 

「ただ、レンの本当にエロイ部分は筋肉じゃない」

「ま、まさか……まだ上があると言うんですか!?」

「その通り。レン、上を脱げ」

「そんな前振りされて脱ぐわけないだろ!?」

 

 俺はファスナーを閉じようとするも、姉貴と虹夏ちゃんにがっつり両腕を抑えられてしまう。

 

「大丈夫よ、レンくん。すぐに終わらせてあげるわ」

「喜多さんには恥じらいとかないんか!?」

「レンくんがいけないのよ? リョウ先輩に似た顔でそんなにいやらしいフェロモンを出してるんだから」

「だめだこいつ、話が通じねえ!」

 

 なんで俺が逆レされてるみたいになってんだよ!! 

 

 そんな感じで四人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、リビングのドアがゆっくりと開いたので、全員の視線がそちらに向く。

 

「あ、あの……き、着替えました……」

 

 後藤さんがドアの向こうから恐る恐るこちらの様子を伺い、おっかなびっくりといった様子でリビングに入ってくる。

 

 彼女が着ていたのは白のVネックタイプのビキニで、胸のリボンとフリルスカートが非常に可愛らしい。後藤さんの姿を見た喜多さんは、例によって目をシイタケ化させて俺から離れて後藤さんへと駆け寄る。

 

「レンくん、どう!? どう!? 私がこの水着を選んだのよ!!」

「……正直、大儀であったとしか言いようがない。やっぱり後藤さんは白が似合うよね。髪型も両サイドでお団子にしてて、すごく可愛い!」

「あ、ありがとうございます……(ふへへ。は、恥ずかしいけど、また褒められちゃったっ! み、水着も案外悪くないかも……)」

「……浴衣の時みたいに動揺しないんだね?」

「虹夏ちゃん、俺は成長する生き物なんだ」

「ふーん?」

 

 虹夏ちゃんはジト目で見てくるけど、浴衣の時ほど衝撃は受けてないよ。今回はしっかり心の準備をしてきたからね。まあ、正直ビキニは予想外だったし、目のやり場に困ってるところはあるけど。

 

 水着になったら後藤さんの胸の大きさがより強調されるな。……うん、視線には気を付けよう。

 

「う~ん、これはぼっちじゃなくて間違いなくえっち。レンもえっちだし、STARRYの風紀が乱れてしまう」

「俺のどこがえっちなんだよ?」

「……鎖骨のくぼみ」

 

 姉貴はそう言って、一瞬の隙を突いて俺が羽織っていたラッシュガードを脱がしてくる。この女……こういうときだけ無駄に動きが速くなりやがって!!  

 

「この、水が溜まりそうな鎖骨のくぼみ……ここが最高にえっち」

「あ~それすっごくわかるな~!」

 

 虹夏ちゃんがくぼみをツンツンつついてくる。くすぐったいからやめて!

 

「鎖骨もいいですけど、肩幅からウエストにかけて逆三角形になってるのがいいですよね」

「俺、小一からずっと水泳やってて、中学は水泳部だったから」

「へー、だからこんなにスタイルがいいのね」

「今も週一で温水プールに通ってるんだ。体と筋肉のバランスを整えられるし、ダイエットにもなるからおすすめだよ」

 

 将来結婚して子供ができたら絶対水泳は習わせようと思ってるくらいだし。ベース? 絶対やらせねーわ! ギターかドラムなら歓迎だけどね。

 

「あたしも最近食べ過ぎてちょっと太っちゃったし、泳ぎに行こうかな~」

「……どこが太ったの? 虹夏ちゃんめっちゃ細いじゃん」

「男の子だって身長で悩むでしょ? それと一緒だよ」

「そーゆーもん?」

「そーゆーもんっ」

 

 虹夏ちゃんはにっこりと笑いながらそう言った。喜多さんもめちゃくちゃ細いし、女の子ってやたらと痩せたがるよね。俺としては、ちょっとくらい肉付きがある方が抱き心地良くていいんだけどな。

 

 男と女の価値観の違いかぁ。

 

「だからレンくん、今度プールに行くときはあたしも誘ってね?」

「しょーがない。虹夏ちゃんを『みわくのぼでー』にするお手伝いをしてあげますか」

「そうなったらレンくんを誘惑してあげるから」

「……ふっ」

「あーっ! 鼻で笑いやがったなこいつーっ!」

 

 虹夏ちゃんはそう言いながらほっぺたをぷくーっと膨らませてぽこぽこ殴ってきた。虹夏ちゃんが「みわくのわがままぼでー」になるのは解釈違いだし、たくさんの人が悲しむからそうならないでほしい。

 

「ほらほら、ひとりちゃん。レンくんの腹筋すごいのよ? 触ってみたら?」

「む、むむむむむむむむむむむむむむっっ!! (じょ、上半身裸になってる山田くんが目の前にいるってだけでも死にそうなのに……ふ、腹筋なんて触っちゃったら確実に死ぬ!! で、でもリョウさんが言う通り、山田くんの体ってすごくえっちだ……はっ!? ま、待てよ……も、もしも大槻さんが山田くんの水着姿を見たりしたら───ああああああああああああああああああああああああ!! か、鴨葱なんてもんじゃない!! 山田くんの山田くんが大槻さんの大槻さんとセッションしてしまうううううううううううううううううう!! ま、守らねば……山田くんを守らねば……!!)」

 

 首を激しくぶんぶん横に振っていたかと思ったら、急に力強い表情になって俺をじっと見つめてきた。何を考えているんでしょうかね。

 

「みんなのお着替えも終わったし、海に行こうか!」

「さんせーです!」

 

 ひと悶着どころか百悶着くらいあったけど、みんなで海に向かいます。

 

 

 

 

「リョウ先輩、海に入らないんですか?」

「海水でべとつくから映画観とく」

「お前海に来てまで何してんの?」

「レン、ジュース取って」

「そこにクーラーボックス置いておくから好きなもん飲んでろ」

 

 パラソルを設置するや否や、姉貴はビーチチェアに寝転がってタブレットで映画を見始める。ほんとに何しに来たんだこいつ。まあいいか。俺達が楽しそうに遊んでいればそのうち寂しくなって混ざりに来るだろうし。

 

「姉貴、何観んの?」

「シャーク・ネード」

「海に入れなくなるヤツだな」

「それは小さい頃にジョーズを見て海に入れなくなったレン」

 

 いや、あれは小さい子にはトラウマになるって。あの不穏なBGMがさぁ……って、おいバカ姉貴! こんな時にジョーズのBGMを流すな!

 

「……恥ずかしいこと思い出させんな」

「照れてる。可愛い」

「うっせ。ディープブルー2でも見てろ」

「約束された駄作」

 

 姉貴はクスクス笑って映画を観始める。どうせならイケメンのハゲがメガロドンと戦うヤツにすればいいのに。

 

 姉貴を見ていたら、パラソルのすぐ隣で喜多さんが何やら大量の荷物を抱えてゴソゴソ動いているのに気づいた。

 

「喜多さん、その浮き輪……全部手で膨らます気?」

「人がいないし、絶好のチャンスだからたくさん持ってきたのよ」

 

 喜多さんはサメやらあひるやら貝やらの大量の浮き輪を持ってきていて、全て手動の空気入れで膨らませるつもりらしい。……日が暮れちゃいますよ? 

 

「別荘に電動の空気入れがあるから持ってくるよ」

「レンくん……あなたにはリョウ先輩の息子になる権利をあげるわ!」

「弟で息子とかどろどろしたバックボーンしか思い浮かばないんだけど」

 

 姉貴の息子になるとか年中反抗期不可避ですね。そもそも姉貴は結婚できるのだろうか。顔は良いけどそれ以外が終わってる女だからな。

 

「ぼっちちゃんは泳がないの?」

「あ、私……泳げないので……」

 

 パラソルの下で薄手のパーカーを羽織ってしゃがみ込んでいる後藤さんに虹夏ちゃんが声をかける。

 

 後藤さん泳げないのか。足がつく範囲で水遊びくらいはできるだろうけど……後で泳ぎを教えてあげようかな。喜多さんがいっぱい浮き輪持ってきてるし。あ、そういや別荘にフロートボートやビート板があったはずだから空気入れと一緒に持ってこよう。

 

 ボートで揺られるくらいなら大丈夫でしょ。

 

 と、この時の俺は思っていたんだ。

 

 俺は後藤さんの運動能力の低さを───あまりにも高く見積もっていたとすぐに思い知ることになる。

 

「喜多さーん、持ってきたよー」

「ありがとうレンくん!」

「こんなに浮き輪を持ってきてどーすんの?」

「もちろんイソスタにあげるのよ!」

「……俺の写真はあげないでね」

「レンくんの水着写真を欲しがる子は多いと思うわよ?」

「それを聞いて俺が喜ぶと思う?」

 

 自分の容姿とか体には自信があるけど、知らないところで写真が出回るのは普通に嫌だな。まあ、喜多さんもその辺はわかってるだろうし、俺が本気で嫌がることをやるような子じゃないから大丈夫だと思うけど。

 

 でも、二学期になったら佐々木さんにめっちゃいじられる予感がする。

 

「電動だと早いのね~」

「全部手動でやるとか正気の沙汰じゃないよ」

 

 喜多さんの浮き輪と一緒にフロートボートも膨らませる。ついでに喜多さんがめっちゃでかい貝の浮き輪に寝転んでヴィーナスになっているところをスマホで撮ってあげた。

 

 そうしたら調子に乗って色々リクエストしてきたから、面倒になって虹夏ちゃんや後藤さんも巻き込んで女の子三人が色々な浮き輪に囲まれてきゃっきゃと戯れている光景を写真に収めていく。

 

 うん、眼福眼福。後藤さんも楽しそうでよかった。喜多さんもたくさん写真が撮れて満足してるみたいだし。

 

「じゃあ、三人ともボートに乗りなよ。俺が引っ張ってあげるからさ」

「ぼっちちゃん、大丈夫そう?」

「あ、はい。それくらいなら……」

 

 後藤さんの表情がぱぁっと明るくなる。泳げないとはいえ、やっぱり海で遊びたいよね。

 

 それに、ほとんど波はないから大丈夫大丈夫。

 

 俺は三人をボートに乗せ、ロープを引っ張りながら沖へ向かって泳ぐ。三人乗ってるから苦戦するかなと思ったけど、意外とスイスイ行けるな。三人とも体重軽すぎだろ。

 

 あと、一応念のために足が届く範囲までにしておこうかな。喜多さんや虹夏ちゃんはともかく、後藤さんは泳げないから足のつかないところで落ちたりしたら大変だもんね。

 

「三人とも、乗り心地はどう?」

「船長、最高だよ~」

「た、楽しいですっ」

「ひとりちゃん、虹夏先輩、写真撮りましょう! ほら、もっとこっちに寄ってください」

 

 どうやら喜多さんはまだ写真を撮りたいらしい。動かすと写真がブレるから俺は足を止めてボートをしっかり支えようとしたんだけど……

 

「ひとりちゃんが落ちちゃったわーーーーっ!!」

「さざ波にも負けるバランス感覚!!」

 

 喜多さんの方へ移動しようとしたときに後藤さんはバランスを崩して海に落ちてしまったようだ。足がつくところだから大丈夫だと思うけど……

 

「後藤さんが犬神家みたいになってるーーーーっ!?」

 

 ギャグ漫画みたいに頭から落ちて見事に足だけが海面から出ていた。って!! やばいやばいやばい!! ツッコんでる場合じゃない!! これ普通に息できてないじゃん!! 後藤さんが溺れちゃう!!

 

 俺は慌てて海中に潜り、砂に頭を突っ込んで微動だにしない後藤さんを抱き上げる。どうやったら犬神家をそこまで完全再現できるんだよ!?

 

「後藤さん、大丈夫!?」

「あ、おぐぇっ!? げほっ、ごぼっ、おぼろろろろろろっ!!」

「もう大丈夫だからねー。しっかり息吐いてー。ゆっくり吸ってー。もう一回しっかり吐いてー」

 

 俺は後藤さんを正面から抱きしめながら背中をトントンと優しく叩く。彼女は年頃の女の子が出しちゃいけない擬音を発しながら魚を五、六匹吐き出していたけど、後藤さんだからこのくらいの超人技は朝飯前だな。

 

「あ、ありがとうございばず……し、死ぬかと思いました……」

 

 後藤さんはそう言いながら俺の首に腕を回してぎゅっと抱き着いてくる。……うん、なるべく意識しないようにしてたけど、めっちゃ胸が押し付けられてますね。いや、これを意識するなって方が無理だわ。しかもお互い水着で薄着だから余計に柔らかさが伝わって……

 

 あー!! やめやめ!! 後藤さんはそれどころじゃなくて、下手したら命の危機だったんだから!! そんなときに変な気分になるとか最低だな俺!! 今は人命救助中なんだよ!! 反省しろこの大馬鹿野郎!!

 

「一回上がって休もうか?」

「は、はい……そうしま───」

 

 そこで俺と後藤さんの視線がばっちりと交錯する。お互い正面から抱き合ってるから、今までにないくらいの至近距離で見つめ合うことになってしまった。

 

 やっぱ後藤さんって、めちゃくちゃ可愛いよな……

 

(やっぱり山田くん……すごく奇麗な顔してる……)

 

 こんなに近くで後藤さんの顔を見るのは、初めてかもしれない。それこそ、ちょっと顔を動かせばキスができそうなくらいの距離……

 

 俺の心臓がドクンと跳ねる。

 

 その瞬間───

 

「いい写真が撮れたわ~」

 

 スマホを俺達の方に向けているキタキタオーラ全開の喜多さんがいた。ちょ……おまっ……!? それは、それはいかんでしょ!? よりによって俺と後藤さんが水着姿で抱き合ってるところを……

 

 油断も隙もねえなこの女!! 虹夏ちゃんも嬉しそうに笑ってないで止めてよ!!

 

「あ、あ、あ……」

 

 ご、後藤さんが痙攣し始めた!? まずいまずいまずいまずい!!

 

「後藤さんちょっと待って!! 溶けるのはせめてボートに乗ってからにして!! 海で溶けちゃうと回収できなくなっちゃうから!!」

 

 ボートに乗った瞬間、後藤さんはデロッデロに溶けてしまいました。

 

 さっきまでの変な気分? そんなもん全部吹っ飛んだわ!!

 

 そこはある意味喜多さんに感謝です、はい。後藤さんと二人きりだったら俺……何してたかわかんないし。あー……マジで最低だな俺。後藤さんをそういう目で見ちゃうなんて。

 

「ぼっちのおっぱいどうだった?」

 

 スライムになった後藤さんをパラソルの下で休ませていると、姉貴が怪しく笑いながら尋ねてくる。

 

 その笑顔がムカついたから、ビーチチェアをひっくり返して姉貴を砂浜に叩き落してやるのだった。




 水着回でした!

 全然レンくんの掘り下げができない……でも順調にぼっちちゃんを意識していってますね。容姿デバフがなくなったぼっちちゃんは最強ですから。

 次は虹夏回になります。

 激重感情持ち虹夏ちゃんが幼馴染みを免罪符にレンくんに攻勢を仕掛けます。多分。

 喜多ちゃん回はその次! 別荘で結束バンドメンバーとと個別にイベントを起こします!

 山田回?

 毎回山田回みたいなもんでしょ。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#31 Gravity

「ではこれより、山田スイミングスクールを開校する!!」

「は、はいっ! よ、よろしくお願いしますコーチ!!」

 

 山田くんに抱きしめられてドロドロに溶けちゃった後、復活した私は山田くんと一緒に水深が胸くらいの浅瀬に入っている。私がこれから少しでも海やプールで楽しめるように泳ぎを教えてくれるんだって。

 

 優しいなぁ山田くん。……それに、さっき抱きしめられた時、思った以上に山田くんの身体つきががっしりしててドキドキしちゃった。顔も近くてもうちょっとでキスできそうなくらい───って! 何をいやらしいことを考えてるんだ私! 

 

 彼は溺れそうになっていた私を助けてくれただけなんだから! 脳内お花畑のピンク色な妄想なんてしちゃいけません! 私は決してえっちな女じゃありません。ピンクは淫乱なんてもう古いんです! 私は確かにピンク色の髪だけど、淫乱じゃないピンクですから! 清楚なピンクですから!

 

「じゃあ確認するけど、水に顔をつけたり、水の中で目を開けることはできる?」

「あ、はい。それくらいなら大丈夫です。ただ、泳ごうとすると体が勝手に沈んでいって全く前に進まなくて……」

「うん。お手本のような初心者あるあるだね。いきなり何の道具もなしに泳げって言うのは無理だから、最初は浮き輪を使おうか」

 

 山田くんはそう言って私に浮き輪を渡してくる。さ、さすがの私も浮き輪があれば沈んだりしませんよ?

 

「まずは何も考えず、ぷかーって浮かんでみようか?」

「は、はい」

 

 私は浮き輪に体を通し、山田くんが言ったようにぷかぷか浮かんでみる。よ、よく考えたら今の私達ってビーチで仲良く遊ぶカップルだよね。で、でへへへっ……

 

「今、体を浮かせるためにどこかに力を入れているかな?」

「あ、い、入れてないです。ただ浮き輪に身を任せているだけで……」

「うん、そうだね。まず理解しておいてほしいんだけど、体が沈む原因は体のどこかに余計な力が入っているからなんだ」

「余計な力、ですか?」

「そう。浮かぼうと思って手や足に無駄な力が入って沈んじゃうのが水泳初心者にありがちな現象。体を浮かすのに、特別な力は必要ないんだ」

 

 そう言って山田くんはあおむけの状態でぷかーっと浮かんで見せてくれた。確かに彼が言ったように、今の山田くんは力を入れている様子はなくて、すごくリラックスして見える。

 

「といっても、いきなりやれって言われても難しいよね? だからまずは浮き輪を使って、力を入れずに体を浮かべる感覚を知ってほしかったんだ」

「な、なるほど……」

「じゃあ、次は浮き輪を外してビート板を使ってみよう」

 

 山田くんがビート版を見せてくれた。ど、どうしよう……ビート版なんて小学生時代のプールの授業でしか使ったことがないからよくわかんない。

 

「こうやって、ビート版に腕全体を乗せて、上の方を手で持つ感じで使うんだ」

「あ、はい」

 

 よかった。ちゃんとお手本を見せてくれた。こういう風に細かい気配りができるところが山田くんの良い所だよね。……優しさに甘えすぎてる部分もあるけど。

 

 で、でもでもっ! この前の花火大会ですごく仲良くなったし! こ、これからは山田君に甘えるだけじゃなくて山田君を積極的に甘やかしていこうと思います! 

 

 具体的に何をすればいいのか全然わからないけど。

 

「で、ビート版を持ったら水に寝転がるイメージで体全体を浮かべるんだ」

「水に、寝転がるイメージ……」

「俺がビート版をゆっくり引きながら歩くから、全身の力を抜いてみよう。そうすれば自然と体が浮いてくるから」

 

 山田くんがお手本を見せてくれた通りにビート版を持つと、彼がゆっくりと引きながら歩いてくれる。そして、彼が言ったとおりに体の力を抜いてみると、自然に体が浮き上がってきた。

 

「や、山田くんっ! すごいです! ちゃんと体が浮きました!」

「うん、上出来だよ! 少しの間このまま引いてあげるから体が浮く感覚を覚えようか」

「はいっ」

 

 う、浮き輪なしで体が自然と浮いちゃった。ビート板を持ってるだけなのに、すごい! も、もしや私には水泳の隠れた才能があったのでは? い、今からでもオリンピック目指せるかも……

 

「じゃあ、次はバタ足ね。ここまでは俺が引っ張ってきたから次は自分で前に進めるようになろう!」

「はいっ! 山田コーチ!」

「お? やる気満々だね~。じゃあ、俺がアドバイスする前に、まずは自力でやってみようか」

「ま、任せてくださいっ」

 

 ふっ……水中で体を浮かべられるようになった(ビート板あり)私にかかればバタ足なんてちょちょいのちょいですよ~!

 

 (脳内)オリンピック金メダリスト級の私の華麗なる足技をご覧にいれましょう!!

 

 そして私は意気込んでバタ足をしたんだけど……

 

 あるぇ!? ま、前に進まないどころかどんどん体が沈んでいく始末!!

 

 ここは私の華麗なる美技に山田君が酔いしれて「もう教えることは何もない」ってなる場面じゃないの!?

 

 な、なんという体たらく……いや、もしかしたら私の胸が大きすぎて沈んじゃったのかもしれない。喜多ちゃんや虹夏ちゃんならこんなことにはならなかったでしょう。 

 

「うんうん。足……というか体全体に力が入って沈んじゃったね。でも、これも初心者あるあるだから気にしないでね」

 

 山田くんはそんな私を見てにこにこと優しく笑いながらそう言った。な、情けないところを見せちゃってごめんなさい。……でも、彼には散々情けないところを見せてるから今さらかな。

 

「力を入れるのは水を蹴る時だけでいいんだ。意識するのは足首と膝の使い方。で、バタ足は大きすぎても小さすぎてもダメだから……ちょっとお手本を見せるから浮き輪が動かないように支えてくれる?」

「あ、はい」

 

 私は山田くんの言う通り浮き輪が波でさらわれないようにしっかりと支えてあげる。そして彼は私が支えている浮き輪を掴んでバタ足のお手本を見せてくれた。なるほど、そのくらい上下に動かせばいいんですね。

 

「こんな感じかな。さっきも言った通り、基本的には力を入れすぎないこと。これが一番大事だからね?」

「わかりました!」

「うん、良い返事です。じゃあ、今俺がやったみたいに浮き輪をつかんでバタ足の練習をやろう!」

 

 今度は山田くんが浮き輪を支えて、私がその浮き輪を掴んで彼のアドバイス通りにバタ足の練習をする。彼のお手本を見ていたおかげか、体も沈まず、さっきよりも上手くできた気がした。

 

「いいじゃんいいじゃん! その調子だよ。体もちゃんと浮いてるし、後藤さんはコツを掴むのが早いんだね」

「え、えへへ~。そんなことないですよ~」

 

 山田くんに褒められてついつい頬が緩んでしまう。すると彼はお母さんみたいな温かい笑顔を浮かべて私を見ていた。なんか、彼って時々私にこんな感じで笑いかけるんだよね。なんでだろう?

 

「次はその感じで実際に前に進んでみようか」

「わ、わかりました」

 

 私は浮き輪からビート板に持ち替えて、山田くんのアドバイスを思い出しながらバタ足をしてみる。すると、バタ足に合わせて体が前に進んでいくのがわかった。

 

「すごいすごい! ちゃんと前に進めてるよ、後藤さん!」

「は、初めて……生まれて初めて泳げました!」

 

 私が感激しながら笑顔で山田くんを見ると、彼が私に向かって手を伸ばしてきたかと思ったら、慌てた様子で手を引っ込めた。

 

 どうしたんだろう? も、もしかして……私の頭を撫でようとしたのか?

 

 別に撫でてくれてもよかったのに……

 

 ちょっぴり残念。

 

 そこで私は、自分がそんな風に考えてしまったことが恥ずかしくなって、赤くなった顔を見られないように泳ぐのだった。

 

 

 

「後藤さん、運動は苦手って言ってたけど数十分でここまでできるようになったじゃん! 偉い偉い」

「や、山田くんの教え方が上手だったからです……」

 

 それから、私はしばらく山田くんが見守る隣で泳いでいた。

 

 中学生までは水泳の時間が地獄でしかなくて、どうやってサボるかばかり考えていたのに……こ、これは天才スイマー後藤ひとりの誕生の瞬間というわけですね! MVの撮影は海かプールでやりましょう!

 

「ほう、ぼっちがかなづちを克服している」

「あ、リョウさん。えへへ、ちょっと私の内なる才能が溢れすぎちゃいまして……」

「ぼっちはよくがんばってる。偉い」

 

 映画を見ていたリョウさんが私達の方へやってきて、私の頭を撫でてくれた。リョウさんはよくこうやって撫でてくれるから好き。

 

「珍しい。泳ぐ気になったんだ」

「サメ映画を見てたら私もサメの気分を味わいたくなった」

「シャークネードって海あんま関係ないじゃん」

「本当はチェーンソーがあればよかったのに」

「あってたまるかそんなもん」

 

 こうして二人が並んでいるのを見ると、本当によく似た顔立ちをしているなと思う。山田くんは今、髪がしっとりと濡れているからなおさらだ。山田くんが本当にスイミングクラブのコーチになったりしたら、すごくモテるだろうなぁ……

 

「後藤さん後藤さん」

「あ、ひゃいっ!?」

 

 ぼーっとそんなことを考えていたら、彼は悪戯っ子のように笑って私にそっと囁いてくる。いつの間にかリョウさんは一人で泳ぎに行っちゃったらしい。

 

「いいことを思いついたから、ちょっと協力してくれない?」

「いいことって……何ですか?」

 

 私が尋ねるも、彼は得意げに笑うだけで答えてくれなかった。そういう態度というか、笑い方、リョウさんにそっくりですよ?

 

 そんなことを言うと、君は嫌そうな表情をするだろうけど、ね。

 

 山田くんが思いついた「いいこと」というのは、喜多ちゃんが持ってきた大きなサメの浮き輪でリョウさんを驚かしてやろうということだった。

 

 リョウさんはあれでヘタレのビビりだから、サメ映画を見た後にこの浮き輪を持って近づけばびっくりするに違いない、とのこと。

 

 私もリョウさんにはよく振り回されてるし、いつものお返しということで山田くんの提案に賛成する。

 

 そして、こっそりリョウさんに近づいたら、リョウさんは私が想像していた十倍はびっくりしてものすごいスピードで泳いで逃げて行っちゃったんだ。

 

 その後、私たちの仕業……というよりも山田くんが首謀者だと気づいたリョウさんは───

 

「レンはさっきぼっちに抱き着かれてすごくドキドキしてたんだよ?」

 

 って私に囁いてきて、ものすごく恥ずかしい目に遭ったんだ。それで山田くんは顔を真っ赤にしてリョウさんを追いかけて行っちゃったんだけど……私は恥ずかしいだけで、全然嫌な気はしなかった。

 

 むしろ、なぜかよくわからないけど……彼が、山田くんがそう思ってくれていることがすごく嬉しかったんだ。

 

 本当に、理由はよくわからないけど……

 

 

 

 

「何してんの?」

「見て見てレンくん! 虹夏先輩が『わがままぼでー』になっちゃったわ!」

 

 山田スイミングスクールが終わり、後藤さんをパラソルの下で休ませている間にバーベキューの準備をするために別荘へ戻ろうとしていたところで、砂に埋まっている虹夏ちゃんと埋めた張本人である喜多さんの元へやってくる。

 

「はぁ~~~~~~。虹夏ちゃんが巨乳とか……喜多さんってほんと()()よな?」

「想像の十倍腹立つ反応ね」

 

 砂に埋められて、胸の部分が思い切り盛られて巨乳になっている虹夏ちゃんを見て、俺は思い切りため息を吐いた。喜多さんはダメだ。何もわかってない。

 

「虹夏ちゃんが巨乳とか解釈不一致。虹夏ちゃんはこのまま色々と小さいままで、背が低いまま抱っこしやすい体型をキープして、それをコンプレックスに感じて恥ずがしがってるのが最高に可愛いんだ」

「レンくんが普段あたしをどんな目で見てるかよくわかったよ」

「だから虹夏ちゃん……どうかちっこいままでいてください」

「珍しくレンくんにお願いされたと思ったらそれ!?」

 

 だって、今の虹夏ちゃんって膝の上に乗っけて腕の中にすっぽり収まる丁度いいサイズだし。

 

「レンくんの言う通りね。私が間違っていたわ……そうよ、虹夏先輩は決して巨乳であってはならない。今のこのサイズのまま大人になって、でもそれに反比例してバブ味はどんどん増してくる。……恐ろしい殺戮兵器ね。でもそれが虹夏先輩のあるべき姿なんだわ!」

「二人して喧嘩売ってる? ねえ?」

「そんなことないよ」

「はい。むしろ先輩の真の魅力に気付いて……浅はかだった己の考えを恥じているところですから」

 

 そこで埋められていた虹夏ちゃんが自力で脱出を図り、立ち上がった。あーあー。可愛い水着が砂まみれに……

 

「だから虹夏先輩……どうか色々と小さいままでいてください」

「小さい小さいって……喜多ちゃんだってあたしとおっぱいの大きさ全然変わんないでしょ!?」

「え? 私の方が大きいですよ?」

「そんなまな板でよく平然と言えるな!?」

 

 虹夏ちゃん、まな板なんてそんな失礼なことを……思っててもそれは口に出しちゃダメ。これじゃあ喜多ちゃんじゃなくて板ちゃんでしょ? 

 

 そんなこと言ったら殺されるな、俺。

 

「レンくん! あたしと喜多ちゃん、どっちがおっぱい大きい!? もちろんあたしだよね!?」

「忖度しなくていいわよ? 幼馴染補正も抜きにして事実を告げなさい。……たとえそれが、残酷な真実だとしても」

 

 どっちも微塵も負けると思ってなくて草生えますよ。……えー? 正直に言っていいの? ほんとに? 残酷な真実を二人に突きつけちゃっていいの?

 

「いいわよ。(虹夏先輩の)覚悟はできているから」

「(喜多ちゃんに)現実を教えてほしい」

 

 二人がそこまで言うのなら……

 

「どんぐりの背比べ」

 

 両者の胸を見比べてそう言った瞬間、二人に砂をぶっかけられました。だって事実じゃん!!

 

 はぁ~、もういいや。バーベキューの準備に行こう。

 

「じゃあ俺、別荘に戻ってバーベキューの準備してるから二人はまだ遊んでなよ」

「あ、それならあたしも手伝うよ!」

「私も───」

「郁代。今からぼっちと砂のお城作るから手伝って」

「はいっ!!」

 

 一瞬で喜多さんに掌返しされました。でも喜多さん……さっきまで胸が小さい話をしてたのに、スタイル抜群の姉貴と巨乳の後藤さんと一緒になって大丈夫? バンドに不和が発生したりしない?

 

 俺、胸の大きさでバンドが解散するとか絶対嫌だからね?

 

 喜多さんならぬ板ちゃんの健闘をお祈りしておくとしましょう。

 

「虹夏ちゃん、行こっか?」

「うん」

 

 ということで、虹夏ちゃんと一緒に別荘に戻ることにします。

 

 

 

 

 裏庭の水道で砂を落として軽く体を拭いた俺達は、水着姿のままで準備する訳にもいかないので、海でべとついた身体を綺麗にするために先にシャワーを浴びることにする。事前にお湯は張っておいたし。虹夏ちゃんに先に入ってもらうか。

 

「虹夏ちゃん、先にシャワー浴びてきなよ」

 

 特に深い意味はなく、俺は虹夏ちゃんにそう言った。バーベキューをしたら匂いがついちゃうと思うけど、近くにスーパー銭湯があったから、食べ終わったらみんなでそこに行くのもいいかもしんないね。

 

「え? レンくんも一緒に入ろうよ」

 

 俺が銭湯のことを考えていたら、虹夏ちゃんがとんでもないことを言ってきた。……耳に水が詰まっちゃったかな? き、聞き間違いだよね?

 

「今、俺と一緒にお風呂に入ろうって言った?」

「うん」

 

 聞き間違いじゃないみたいです。

 

「に、虹夏ちゃん……いつからそんなえっちな子に……結局、私の体が目当てだったのね!!」

「それ女の子が言うことだから!! も~、違うよっ! 海水を流すだけなら二人でさっと入って一緒に準備しようって意味だから! ほら、お互い水着で入れば海に入るのと一緒でしょ?」

「……そうかなぁ?」

「そうだよ」

 

 海とお風呂ってシチュエーションが全然違うと思うんだけど。

 

「もしかしてぇ……あたしのこと、意識しちゃってるのぉ? ただの幼馴染なのにぃ? さっきは散々『小さい小さい』って言ってたのにぃ?」

 

 虹夏ちゃんが小悪魔っぽく笑いながら上目遣い気味に言ってくる。あ、そういうことか。さっきの仕返しというわけね。でもね、そーゆー態度は良くないと思うよ? 俺以外の男にそんなこと言ったら押し倒されても文句言えないからね?

 

「別にいいよ、レンくんなら───なーんてね♪」

「そういうのほんとやめて……ちょっとドキッとするじゃん」

「ふーん? ドキッとしたんだ?」

 

 いくら幼馴染で昔から知っていて家族同然とはいえ、可愛い女の子にそう言われたら反応しちゃうよ。でも、虹夏ちゃんがちんちくりんでよかった。もしも後藤さん並みのおっぱいさんだったら、俺の理性が崩壊していたかもしれない。

 

 虹夏ちゃんも俺のそういうところをわかってるから、こんな風にからかってくるんだろうけど。

 

「ほら、早く入ってバーベキューの準備するよ~」

「え? 一緒に入るのは確定なの?」

 

 俺が尋ねるも、虹夏ちゃんは質問に答えず鼻歌交じりに俺の手を引いて浴室へ向かうのだった。

 

 ……海は人を開放的にするんだね。

 

 

 

 

「お客様ぁ、かゆいところはございませんかぁ?」

「ございませんねぇ」

 

 レンくんを浴室に連れ込んで……連れ込んでって言い方はおかしいな。いやおかしくないな。

 

 と、とにかく一緒にお風呂に入って頭を洗ってあげている。

 

 あれー? 一緒にバーベキューの準備をするだけだったのに、どうしてこんなことになってるんだろう……うん、百パーあたしのせいだ。あたしがとち狂った行動に出たせいだ。 

 

 なんでこんな行動に出たのか意味が分からない。二人でお風呂に入っている間に三人が戻ってきたらどうするのか……レンくんに責任を取ってもらおう、ヨシ!!

 

「はい、終わりー」

「ありがとう。俺も洗ってあげようか?」

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

 レンくん、全然動揺してない……いやわかってたけどね。むしろ動揺されたらこっちが困ってたけど。相手がぼっちちゃんだったらどうなっていたことか。……うん、これ以上想像するのはやめておこう。

 

「虹夏ちゃん、髪長いよね。いつも洗うの大変でしょ?」

「洗うのもそうだけど……乾かす方が大変かな~。ドライヤーで何十分もかかるから」

「俺、男でよかった」

「レンくんも髪伸ばしてみたら?」

「手入れが面倒だからやだ」

 

 顔が良いからどんな髪型でも似合うと思うけどね。

 

 それにしても、レンくん髪洗うの上手だね。もしかして、昔の彼女とこうやって一緒にお風呂に入って髪を洗ってあげてたりしたのかな? いや違うな。リョウの寝癖があまりにも酷いときに髪を丸洗いしてたから、そのせいか。

 

 レンくんが髪を洗ってくれる感覚が心地良くて、私は目を瞑りながらそんなことを考えていた。

 

「虹夏ちゃん、そこに座るの?」

「うん……ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど……」

 

 髪を洗ってもらってそのまま髪をまとめて、、シャワーで軽く海水を流したら二人で湯船に浸かる。お風呂はすごく広くて、三人くらいなら余裕で入れそうなくらいだった。

 

 でもあたしは、レンくんの足の間にちょこんと座って彼の胸に背中を預けた。さすがにレンくんも苦言を呈そうとしていたみたいだけど、あたしがこうやっておねだりすると彼は大体言うことを聞いてくれる。

 

 君の性格はね? よーくわかってるんだよ?

 

 そしてあたしは、手持無沙汰にしていたレンくんの両腕をあたしのお腹の前あたりで交差させて、後ろからレンくんに抱きしめられるような体勢になった。

 

 我ながら大胆なことをしてるけど、正面から向かい合う方が恥ずかしいんだ。だって、今のあたし、お風呂の温度で誤魔化しきれないくらい顔が赤くなってると思うし。

 

「ほら、やっぱり虹夏ちゃんはこのサイズがちょうどいい。すっぽり収まってるでしょ?」

「えー? 百六十センチはほしいんだけど?」

「百五十八センチまで。それ以上伸びるのは許さない」

「じゃあ、おっぱいを大きくするためにこれから毎日豆乳飲むね」

「じゃあの意味が分からない。あと、SIDEROSで一時期豆乳が流行ってたらしい」

「流行って()んだ……」

「大槻先輩は今も続けてるらしいよ?」

「大槻さんって、怪しい豊胸サプリに騙されそうだよね」

 

 あたしがそう言うと、レンくんは笑った。レンくん……あたしの知らないところで大槻さんと仲良くなってたよね。別に嫉妬するってわけじゃないけど、君の大槻さんに対する態度が、これまで君が付き合ってきた女の子に対するそれと違うからちょっと気になってるんだ。

 

 まあ、レンくんが今、()()()()()で一番意識しているのはぼっちちゃんだろうけど。

 

 でも……そもそもレンくんは恋愛感情を向けられたことがあっても、自分がそれを誰かに向けたことが一度もないからなぁ~。知っているだけで、自覚したことがない。だから君は、女の子と付き合っても長続きしないんだよ。

 

 だって、女の子が本当に求めているものを……感情を、君は持ち合わせていないんだから。

 

 そして、そういうことをレンくんに自覚させる役割を担う()()()()()のがあたしで、リョウもかなり期待していたんだ。

 

 でも、知らない内にあたしも、レンくんも、お互いがお互いに向ける感情が……恋愛感情なんかじゃない、もっと重たい感情になっちゃったんだよね。

 

 レンくんのことは好きだよ? 大好き。

 

 あたしが知り合った男の子の中で一番仲が良くて、一番大好き。それは間違いない。

 

 でも、あたし達が付き合うことはないと思う。

 

 ただ、もしもあたしがレンくんに「付き合って」と言ったらレンくんは承諾してくれるだろうし、逆にレンくんがあたしにそう言ってきたら、あたしは彼と付き合うだろう。

 

 あたしとレンくんは、そんな不思議な関係。

 

 ただの幼馴染……とは言えないなぁ。一歩間違っちゃったら、ドロドロに依存し合うことになっちゃうかも。

 

 それはそれであり……じゃないね。健全じゃないもん。

 

 そうならないために、レンくんには素敵な女の子と恋をしてほしい。だからあたしは、大槻さんやぼっちちゃんには結構期待している。レンくんが知らない感情を、自覚させてくれるかもしれない相手だから。

 

 一番身近にいる格好良い素敵な男の子が自分以外の女の子と付き合うことに対して、嫉妬はしないのか? って思うかもしれないけど……

 

 あたしは全く嫉妬しない。

 

 強がりじゃなくて、本当に。

 

 だって、あたしのレンくんに対する感情って……()()()()で揺さぶられるものじゃないから。

 

 レンくんが誰かと恋をして、幸せになってくれたら、あたしは全力でそれを祝福するよ。それはレンくんも同じ。あたしに素敵な彼氏ができたら、彼は心の底から喜んでくれるに違いない。

 

 あたし達の関係って、そういうものだから。

 

 ただ……もしも、もしも君にそういう相手ができなくて、どうしようもなくなった時は───

 

 あたしだったら、君を幸せにできるからね。 

 

 はぁ~……我ながら嫌になるくらい重たい感情だなぁ。素直にレンくんに恋をしている女子が羨ましい。でもね、レンくんみたいな男の子が昔からずーっとそばにいてくれたら、重たい感情を持っちゃうのも仕方ないと思うんだ。

 

 だってレンくんって、それだけ素敵な男の子なんだもん。

 

 レンくんと幼馴染でよかったと思うことはたくさんある。本当に、数えきれないくらいたーくさんあるっ!

 

 でもね、たまに……ごくたまーに思っちゃうんだ。

 

 レンくんと、別の出会い方をしていたら……もっと違う関係になれたんじゃないかって。

 

「レンくん」

「どうしたの? のぼせちゃった?」

 

 あたしのそんな重たい感情に、レンくんは気付いている。気付いた上で、全部受け止めてくれるから……あたしは君のことが大好きなんだ。

 

「あのね……あたしね……」

「うん」

 

 レンくんが、ほんの少しだけ強く、あたしを抱き締めてくれる。

 

「やっぱりやーめた。なんでもなーい」

「え~……気になるじゃん」

「うん。ずーっと気にしてて?」

「気になって夜しか眠れない」

「そういう言い回し、リョウにそっくり」

 

 あたしがそう言うと、レンくんは腕を解いてあたしの顔にお風呂のお湯をかけてくる。だからあたしもレンくんの顔にバチャバチャとお湯をかけて、お互いに笑い合った。

 

 レンくんの屈託のない笑顔を見て、思う。

 

 あたしはきっと、君の一番にはなれない。

 

 君はきっと、あたしの一番にはなれない。

 

 それでもあたしは、君のことが大好きだよ。

 

 だから君も、あたしと同じ気持ちであってほしい。

 

「レンくん」

 

 そしてあたしは、今度は正面からレンくんにぎゅっと抱き着いた。

 

 彼はちょっぴりびっくりしていたけど、優しく笑って抱きしめ返してくれる。

 

 ただそれだけのことが、たまらなく嬉しいから───

 

 それ以上は、何も望まないよ。




 激重感情虹夏ちゃん回。

 前半のぼっちちゃん水泳教室と重力が違いすぎる。

 あと、レンくんについてちょっと掘り下げ。次回もう少し詳しく触れていきます。

 虹夏は拗らせていますが自覚があるので暴走したりヤンデレ地雷女になったりしません。

 他にいい人が見つかって恋をすればもっと虹夏は楽になるでしょう。……見つかれば。

 次回は順調に行けばレンくん掘り下げ+喜多ちゃんならぬ板ちゃん回になる予定です。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#32 グッドラック

「ガンガン焼いていくから各々好きに食べてね~」

「レンくん、カステラも焼いていいかしら?」

「開幕からなんでそんなもん焼こうとしてんの!?」

「フランスパンもあるわよ~」

「喜多さんのエリアは端からここまでね? そこで好きに焼いてなさい」

 

 虹夏ちゃんとお風呂に入り、他の三人も俺達と同じようにお風呂で海水を流した後、庭でバーベキュータイムになった。母さんが気合いを入れて結構良い肉を買ってきてくれたんだけど……この肉、バーベキューにするのもったいなくない?

 

「後藤さん、これ焼けてるから。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

「姉貴、肉ばっか食ってないで野菜も食え」

「野菜生活飲むから」

「あんなもん飲んでも意味ねえよ。糖尿病になるだけだわ」

「レンくん大変! お好み焼きがくっついて取れないわ!」

「ちゃんと牛脂使った?」

 

 喜多さんと姉貴はマイペースだけど、後藤さんは友達とバーベキューなんて人生で初めてだからどうしていいかわからずオロオロしている。なぜか率先的に焦げた野菜を食べようとしてるけど……お腹壊すからやめなさい!

 

「あ、でもバーベキューポイントが貯まってない状態でお肉を食べるとヘイトが集まりやすく……」

「バーベキューポイントって何!?」

 

 後藤さん曰く、バーベキューに対する貢献度によってポイントが加算されるシステムで、俺はすでに二百ポイント貯まっているとのこと。

 

 なんじゃそりゃ。

 

 後藤さんの脳内が奇想天外すぎる。俺、察しの良さには結構自信があったけど彼女の頭の中は時々ほんとに何もわからなくなるんだよな。

 

「ポイントとか気にしなくていいよ。むしろどんどん食べてもらわないと消費しきれないから」

「わ、わかりました」

「こっちのお肉とウインナーも焼けてるよ。お皿出して。あと、喜多さんにもこっちのお肉を食べさせてあげてくれる?」

「はいっ」

 

 喜多さんは嬉しそうにカステラやらフランスパンやらを焼いて写真をバンバン撮ってる。普通さ、そういう変わり種って飽きてきた後半に投入するよね? なんで開幕ブッパしてんの?

 

「レン、鶏肉まだ?」

「もうちょい。鶏肉は時間かかるからな。半生で食うとマジで腹壊すよ?」

「こっちのウインナーは?」

「端に寄せてるのは全部食えるヤツ」

「有能。ヨシヨシしてやろう」

「ええから黙って食え」

 

 姉貴の皿に肉や野菜を放り込んで食わせてやる。最初は姉貴も「なんで美味い肉をわざわざ砂と灰まみれにするのか」とか文句言っていたのに、始まったら誰よりも嬉しそうに食ってるからな。

 

「レンくんも焼いてばっかりじゃなくてちゃんと食べなきゃだめだよ?」

 

 俺が三人のお世話をしていると、虹夏ちゃんが取り皿にお肉と野菜を盛って俺に差し出してくる。

 

「食べさせてあげる」

「あ」

「はい、どうぞ」

 

 虹夏ちゃんがお箸を俺に向けてきたので、俺は躊躇うことなく口を開けてお肉を食べる。……この肉めっちゃ柔らかいな。母さん、気持ちはありがたいけど学生のバーベキューには不釣り合いな肉だよ。

 

「次は?」

「玉ねぎ食べたい」

 

 具材を焼いている俺の隣に虹夏ちゃんが座って食べさせてくれる。その光景を見た後藤さんはムンクの叫びみたいな顔になり、喜多さんは俺達をパシャパシャ撮っている。

 

 俺はもう、後藤さんがどんな顔になろうと驚かないよ。

 

「虹夏ちゃんも食べなよ?」

「うん。ちゃーんと食べてるよ~」

 

 虹夏ちゃんはニコニコ笑いながら言う。二人でお風呂に入ったから、それを意識するんじゃないかと思ったけど、それは全くの杞憂だった。

 

 でも虹夏ちゃんって……そういうのを隠すのは上手いからなぁ。

 

 俺に対する激重感情も、気付くのが結構遅れちゃったし。

 

 俺は虹夏ちゃんが俺に対して、友情や恋愛感情とは違った特殊な感情を向けていることを知っている。あえて言語化するなら、親愛の一種だろう。

 

 そして、俺自身も虹夏ちゃんに対して結構重たい感情を持っている自覚はあった。ただの幼馴染に対する愛情……とは違う家族愛のようなもの。

 

 虹夏ちゃんのことは大好きだ。

 

 姉貴を除けば一番近しい異性で、それこそ家族のように思っている。中学時代には友達によく「初恋相手は虹夏ちゃんなのか?」って聞かれてたけど、俺の答えはいつもノーだった。

 

 なんというか……俺達の距離感が近すぎるから、虹夏ちゃんをそういう恋愛対象として考えたことはなかったんだよな。

 

 もちろん、虹夏ちゃんと付き合ったらすごく楽しいだろうし、彼女のことをたくさん愛せる自信はある。だけど、彼女に対して恋愛感情を向けられるかどうかと聞かれれば、正直よくわからない。

 

 そもそも、俺自身が今まで誰かに恋愛感情を抱いたことがないからな。だから女の子と付き合っても、そんなに長続きしなかったんだ。

 

 もしも俺が虹夏ちゃんと付き合うことになったら、別れることはないんじゃないかと思う。お互いのことはよくわかってるし、お互いがお互いに重い感情を向け合っていることを知っているから、長く付き合って最終的に結婚するという未来が容易に想像できた。

 

 けど、俺と虹夏ちゃんがすぐに付き合うことはないと思う。多分。

 

 うまく説明できないけど……お互いがこの感情を上手く整理できない限りは、そういう関係にはならないんじゃないかな。

 

 まあ、俺の場合は虹夏ちゃんに対する感情が重たいことよりも、自分が誰かに恋愛感情を抱いたことがないっていうのが根本の原因なんだけどね。

 

 そこを解決しない限り、虹夏ちゃんに対して曖昧な感情のまま付き合うなんてことはしたくない。

 

 学生の恋愛なんだから、もっと気楽に付き合えばいいっていう意見もあるだろうけど……気楽に付き合った結果、中学時代は長続きしなかったからね!

 

 虹夏ちゃんにそんな不義理な真似できるわけないだろ!

 

 ……俺って結構面倒臭い性格してるな。よくこれで何人もの女の子と付き合えたもんだね。山田家の遺伝子パワーバフが強すぎる。

 

 あと、そもそも俺は───虹夏ちゃんの俺に対する感情を「重たい」とか「面倒臭い」なんて思ったことは一度もない。

 

 なんでかって?

 

 こちとら物心ついた時から虹夏ちゃんの百倍重たくて面倒臭い女の世話をし続けてるんだよ!!

 

 姉貴の面倒臭さと重さに比べれば……虹夏ちゃんなんてわたあめみたいなもんだ。

 

 だから俺は、虹夏ちゃんにあんまり深刻に考えすぎないでほしい。

 

 強がりでも気遣いでもなく、俺は本当に虹夏ちゃんの気持ちを重荷だなんて思ってないから。

 

 ただ、俺がそう言ったところで、虹夏ちゃんは真面目だから真剣に考えこんじゃうんだよね。しかも、理屈じゃなくて感情の問題だから解決するのが難しいんだ。

 

 一番の解決策は、時間が経ってもっと精神が成熟して気持ちに整理をつけることなんだろうけど、それ以外にも三つ……解決する方法はある。

 

 それは───

 

「レンくんっ。カステラ食べさせてあげるわ!」

「砂糖が真っ黒に焦げてる! ただの残飯処理でしょ!?」

「……私の愛が強すぎたのよ」

「姉貴に食わせればいいじゃん」

「リョウ先輩にこんなもの食べさせられるわけないでしょ!?」

「こんなものって言いやがった!」

 

 喜多さんが無理矢理俺にカステラを食わせてくる。この女……好き放題焼くだけ焼いて失敗したのを俺に押し付けやがって。

 

「や、山田くん……これ、私が育てたお肉です。どうぞ」

「ありがとう」

 

 後藤さんはそう言ってぷるぷる震える手で俺にお肉を食べさせようとしてくる。そんなに緊張するなら無理しなくていいからね!? 

 

 お箸とお肉がめっちゃ振動してて食べにくいけど彼女の頑張りを無下にするわけにもいかず、どうにか口に入れることに成功する。……ちょっと焦げてる。でも後藤さんが勇気を出して俺に食べさせてくれたからそんなのは気にならない。むしろ美味しい!

 

 娘が「パパ食べさせてあげる~」っていうのと同じような感情なんだろうな。

 

「美味しい。後藤さん、焼くの上手だね」

「そ、そうですか。ふへへっ、た、たくさん食べてくださいね?」

 

 そんな感じで、バーベキューは平和に終わり、みんなで片付けをした後にスーパー銭湯に行ってその帰りにアイスを食べました。

 

 

 

 

「それではこれより結束バンド旅行~夏の思い出編~夜の部、スタートしまぁす!」

 

 お腹いっぱいになって一階のリビングに布団を敷いて後は寝るだけになったのに、郁代はまだまだ元気いっぱいだった。レンはさっさと二階に上がっちゃったし、郁代を押し付ける相手がいない。

 

「起きてくださーーーーーーーい!!!」

「だーーーーっ!! うるせーーーーっ!!」

 

 郁代は電気のスイッチを何度もオンオフにして私達を叩き起こす。隣で寝ていた虹夏は額に青筋を浮かべて、ぼっちはいつも以上にどんよりした表情になっていた。

 

「喜多ちゃん、夜の部って何するの~?」

「女子高生が四人……夜に集まってやることなんて一つじゃないですか!」

 

 郁代はそう言って虹夏の布団に潜り込む。郁代は虹夏に対するスキンシップがものすごく激しい。美少女同士の絡み合いだからこれをなんとか有効に使えないだろうか。

 

 別に悪用するつもりはない。ただ、私達は貧乏バンドマンだから現在の経済状況を打破するために、使えるものは何でも利用しなくちゃいけないんだ。

 

 その面で一番期待できるのはぼっち。ぼっちが水着でギターを弾けば動画収益が激増するし、ぼっちの精神面も鍛えられる。まさに一石二鳥。

 

 ただ、これをやるとレンに本気で怒られるという最大にして最悪のデメリットがあるから実行できない。

 

「恋バナしましょ!」

「郁代、正気か……?」

「このメンツで恋バナができると思う?」

「こ、恋バナ……あ、あ、あ……せ、青春コンプレックスが刺激されて……死にそう……」

「欠片も女子高生っぽさがない反応!?」

 

 ふっ、甘いな郁代。この四人でそんな普通の女子高生っぽい会話ができるわけないだろう。ここにいるのは顔が良いだけで恋愛とは縁がない女達なんだから。

 

「しましょうよ~恋バナ~恋バナ~! みんなでお泊りできる機会なんてあまりないんですよ~?」

「喜多ちゃん、暑いから抱き着かないでよ~」

「虹夏先輩良い匂い。今日は一緒のお布団で寝ましょう?」

「聞けっ!」

「じゃあ、私はぼっちのおっぱい枕で寝ることにする」

「お、お……おっぱい枕!?」

「もしくは抱き枕」

 

 ぼっちのおっぱいはふかふかで気持ちいいから枕に最適。郁代も虹夏も細すぎて抱き枕にはちょっと適していない。やはりぼっちがベスト。

 

 待てよ? もしもレンとぼっちが付き合ったら私はぼっちを毎日抱き枕にできるんじゃないだろうか?

 

「そこまで言うなら仕方ないな~。じゃあ、喜多ちゃんは好きな子いるの?」

「いませんけど?」

「言い出しっぺの癖に話を広げる気が全然ないなっ!」

 

 虹夏と郁代が布団の中でぎゃあぎゃあ言い合いながら乳繰り合っている。正直、私は眠いからさっさと話しを切り上げたい。いや、むしろ今のうちにレンの部屋に行って寝るのもありかもしれない。

 

 レンは嫌がるだろうけど、あの子は私がおねだりすれば、なんやかんや言うことを聞いてくれるから。

 

「じゃあ、レンくんのお話をしましょうよ~。私達の一番身近にいる男の子ですし」

「レンくんの……どんな話?」

「私達の知らない中学時代の話が聞きたいですね。やっぱりモテてたんですか?」

「そうだね~。レンくんはずーっとあんな感じの性格だから人気あったよ。でも、付き合う女の子はみんなちょっと面倒臭い感じのお世話が必要な子ばっかりだったんだ」

「……レンくんらしいですね」

「でも、レンは付き合ってもあまり長続きしない。一番長くて……半年くらいだったはず」

「そうなんですか? ……って、リョウ先輩! なんでひとりちゃんに抱き着いてるんですか!?」

「ぼっちの体、柔らかくて温かくて気持ちいいから」

「羨ましいです! 私も間に入れてください! ほら、虹夏先輩も行きますよ!」

「え~……暑いじゃん」

 

 虹夏はブツブツ言いながらも私達の方へやって来る。そして、私達四人は布団の中でくっつき合うことになった。

 

 ぼっちと私の間に郁代が割り込んできたけど、郁代はまな板だから抱き心地はぼっちに遠く及ばない。でもすごく良い匂いがする。さすが郁代。

 

「でも、意外ですね。レンくんと付き合う女の子が面倒臭いのなら、すっぱり別れられるとは思えないんですけど」

「レンはあれで地雷になりそうな女を見分ける目を持ってる。その上、あいまいな態度を取らずにきっぱり後腐れなく別れるのも上手い」

「別れた女の子は『別れ話をするときのレンくんの目を見たらすっぱり諦めきれる』って言ってたよ」

「へー。そうなんですね。未練を残さない別れ方……ちょっと興味があります」

「まあ……長続きしないのはレンに大きな問題があるからなんだけど」

「大きな問題、ですか?」

 

 郁代が尋ねてきたので、私は頷く。ぼっちも興味津々という感じだ。いいぞぼっち。そのままレンについて色々勉強するがよい。

 

 レンの性格を考えれば……ぼっちがおっぱいを揉ませてキスすればレンは責任を取って付き合ってくれるぞ。

 

 おっと、思考がそれてしまった。レンの大きな問題点についてだったね。

 

「……レンは、恋をしたことがない」

 

 正確に言うなら、恋愛感情を持ったことがない。

 

 よく、付き合ってから相手を好きになって恋愛感情を持つようになることがあるという話を聞くけれど、レンは終ぞ、誰かに恋愛感情を抱くことがなかった。これまで付き合ってきた相手全員に対して、だ。

 

「よ、よくそれでレンくんは付き合おうと思いましたね……」

「愛はあったからね」

 

 そもそもレンは興味がない相手の告白を受け入れたり、同情心で付き合うということはない。歴代彼女達に対して、レンはレンなりの愛情を向けていた。

 

 そう。愛情を、だ。

 

 だけど、その愛情は、彼女達が本当に求めているものではなかった。

 

 レンが向けていたのは、あくまで家族に対するような愛情。

 

 それに対し、彼女達が求めていたのは焦がれるような恋愛感情。

 

 似ているようで、両者の間には大きな隔たりがある。その隔たりこそが、レンと長く付き合えない最大の理由だった。

 

 顔が良くて、背が高くて、頭が良くて、面倒見の良い優しい性格。だけど、恋愛をする上で根本的な感情のすれ違いがある。

 

 我が弟ながら……中々に罪深い。

 

「だから、レンと長く付き合える相手は……『レンに恋愛感情を抱かせることができる女』か『すれ違いの愛情を許容できる女』に限られる」

「でも、レンくんって『年上の巨乳お姉さんに甘やかされたい』ってよく言ってましたよね?」

「だけど、そういう相手に恋愛感情を抱いたことはない」

「えぇ……」

 

 まあ、そういう相手とあまり出会わなかったというのもある。

 

 ただ、姉としては弟がずっとそんな状態なのはよろしくない。だから、虹夏にはレンの初恋相手として結構期待していたんだけど……

 

 なんか知らん内にレンも虹夏もお互いに激重感情を向け合うようになってたんだ。これには頭脳明晰天才淑女な私もさすがに想定外。

 

 ただ、レンも虹夏もその感情を自覚しているから拗らせることもないし、それがバンドに悪影響を与えるという可能性は低いだろう。もし本当に悪影響なら、お互いに距離を取っているはずだから。

 

 そして、これに関しては、レンに一度相談されて話し合ったことがある。その時に、解決するための方法も三つ思いついていた。

 

 一つ目は「レンが恋愛感情を抱くこと」

 二つ目は「虹夏が幸せな恋愛をすること」

 三つ目は「レンと虹夏が付き合うこと」

 

 正直、三つ目は一番簡単な方法だけど、()()()()()()可能性は最も低いと思っている。

 

 そして、一つ目と二つ目は連動していて……レンが誰かに恋をすれば虹夏は安心して自分の恋愛に集中できるはずだ。お互いの重い感情も、素敵な相手が見つかれば時間が経つにつれて解消されていくだろう。

 

 ……そういう相手を見つけるのが一番難しいんだけど。

 

 でも、二人とも私にとってすごく、本当にすごく大切な人だから……二人には悲しい思いをしてほしくない。

 

 だからどうか、二人には素敵な恋をしてほしい。

 

「どうしてレンくんは恋愛感情を抱いたことがないんでしょう?」

「私を毎日甘やかして献身的に愛情を注いでお世話し続けたから」

「イケメンを射止めるための最大の障壁が姉という恋愛漫画のテンプレですね!」

「その通り。私への愛を超える相手が現れない限り、レンはこのまま」

「諸悪の根源のくせしてなんでちょっと嬉しそうなんだよ!?」

「だって、レンの一番は私だから」

 

 レンは私にいつも厳しいことを言ってくるけど、なんだかんだ言うことを聞いてくれるし、甘やかしてくれる。あんなにできた弟をそう簡単に手放すのは惜しい。

 

 かといって、情緒が発達しないまま大人になるのは問題だ。だから何とかして、レンには真っ当な恋愛をしてほしい。

 

 だから私はレンが恋する相手として大槻ヨヨコとぼっちにはかなり期待している。

 

 大槻ヨヨコは、レンが虹夏以外で純粋に甘えられる年上のお姉さんで、重い感情を向けているわけでもない。しかも大槻ヨヨコはツンデレで包容力があるし、レンも色々彼女に世話を焼いているから性格の相性もいい。

 

 ただ、大槻ヨヨコもレンと同じで恋愛感情を知らない人間っぽいのが問題。

 

 ぼっちはレンが介護してきた中でも「手がかかる女」歴代ナンバーワンで、レンの庇護欲センサーと甘やかしセンサーが常に全開で発動している。でも、ぼっちにも妹がいて、ぼっち自身は甘えたがりだけどいざという時には包容力を発揮できるだろう。

 

 しかもおっぱいが大きいからレンの好みにも一致する。さらに、この前の花火大会でレンはぼっちのことをかなり強く意識した。

 

 レンに知らない感情を発生させたという点で、現時点では大槻ヨヨコよりぼっちが優勢に見えるけど……

 

 ぼっちも恋愛感情を知らない人間なのが問題。

 

 あれ? 私の周り……恋愛感情を知らない人間が多過ぎない?

 

「私の一番もリョウ先輩ですよ!」

「ふっ、モテる女は辛いぜ」

「私のリョウ先輩に対する愛はレンくんに負けてないし……いえむしろ、血の繋がりがないから勝っていると言っていいわ! あれ? そうなると、さっき先輩が言っていた『先輩への愛を超える相手』ってつまり私がレンくんと付き合うということ?」

「リョウが言ってた『超える』の解釈が全然違うと思うよ?」

「あ、あ、あ……(山田くんと喜多ちゃんが付き合う? つまり私は喜多ちゃんの彼氏とずっと隣の席になるわけで、喜多ちゃんの彼氏と一緒にお勉強するわけで……こ、これがNTR!? ま、まずい……私のせいで結束バンドの絆が崩壊してしまう!!)」

 

 ぼっちがガタガタ痙攣し始めた。なるほど、レンが郁代に取られるかもしれないという危機感を抱いたか。そのまま情緒を成長させてくれ、ぼっち。

 

「大丈夫。レンが郁代と付き合うことはない(まな板だし)」

「そうですね。レンくんと付き合ったら先輩の娘になれませんから」

「そんな理由なの!?」

「でも、レンくんと結婚したら自動的に先輩の家族になれる……それはすごく魅力的ね」

「もっと他にたくさんレンくんの魅力あるでしょ!?」

「お、お、お……(け、結婚!? さ、さすがに結婚相手をNTRしたら慰謝料が発生して……ど、どうしよう!? はっ! 確か腎臓って二つあるから片方を売ってお金にすれば何とか……)」

 

 ぼっちの顔色が悪くなっている。

 

 あれ? なんか私が思っているのと違う反応? もしかして、全然違うことを考えてる?

 

 ぼっちだし、ありえるな。変な方向に妄想が爆発しているんだろう。……でも、そういう面白いところがぼっちのいいところだ。

 

 たとえそれが、とんでもない妄想だとしてもレンは受け入れ───

 

「き、喜多ちゃん……慰謝料はいくら必要ですか?」

「私が知らない間に慰謝料払うようなことしたの!?」

 

 ふー……とりあえず大槻ヨヨコに嫁ポインツを+10しておこう。

 

 ぼっちはまあ……ぐっどらっく。




 レンくん掘り下げ回その2。

 鈍感でも難聴でもないけど姉の介護ばっかりやってたせいで、女の子に対して家族愛しか向けることができず付き合っても長続きしない男の子。

 だからヒロイン候補達はがんばってレンくんに恋愛感情を芽生えさせないとね。

 ただ、そのヒロイン候補達も恋愛感情知らない系ガールだから全然前に進まないという不具合。

 あと、前回の虹夏激重感情に対する反応が想像以上でビビりましたが、虹夏を不幸にする気はありません。

 お互い激重感情に自覚していて、解決策もちゃんとあるので最終的に幸せになると思います。

 次回こそ喜多ちゃん回!

 レンくんと喜多ちゃんがいちゃいちゃ……になるのか? この二人で?

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#33 不眠時間


 板ちゃん回!



「あれ? 喜多さん、まだ起きてたの?」

「レンくんも起きてたのね」

「まあね。喉が乾いたから飲み物を取りに来たんだけど」

 

 午前零時を回って、飲み物を取りにキッチンに来たらレンくんとばったり遭遇した。

 

 リョウ先輩達とガールズトークをして……いや、あれはガールズトークに分類していいのかしら? 私の知っているのと違う気がするけれど。

 

 と、とにかく先輩達とのトークが一段落したら、先輩達はみんなすぐに寝ちゃったのよね。まだまだ夜はこれからなのに。これだからインドア派の人達は……

 

「仕方ないよ。むしろ昼間あんだけはしゃいだんだから、この時間までよくもった方だと思うよ」

 

 レンくんは苦笑しながらコップにお茶を注いで渡してくれる。

 

 そのままなんとなく、二人で話す流れになった。

 

「喜多さんってストレートなんだね。初めて見た」

「普段はアイロンで巻いてるもの。こういう時くらいよ? 人前でストレートになるのは」

「ほーん。普段見ない髪型を見れて五組の男子に恨まれそうだ」

「もう恨まれてるから手遅れじゃない?」

「フォローは!?」

「しなくても大丈夫でしょ。レンくんなら」

 

 実際「山田ならしゃーねーなー」って雰囲気が男の子達の間で流れ始めてたし。でも確かに、ひとりちゃんを連れて五組の教室に私を迎えに来て、さっつー達と仲良く喋ってそのまま一緒にバイトに行くって……同じクラスの男の子からすれば妬みの対象になってもおかしくないわね。

 

 ただ、その妬みも相手がレンくんだから「諦め」に変わってるみたいだけど。

 

「みんなで何の話してたの?」

「恋バナよ! 恋バナ!」

「……え? あの面子で?」

「リョウ先輩達と同じこと言うのね」

「だって喜多さんくらいしかまともなエピソードなさそう」

「虹夏先輩だってモテてたんでしょ?」

「モテるだけで誰とも付き合ってなかったから……」

 

 確かにそんなことを言ってたわね。でも、どうして誰とも付き合わなかったのかしら。先輩の好みから外れていたのかな。でも、先輩の好みって……どんな人だろう。

 

「喜多さんも外面()良いからモテるだろうし、現に学年で人気者だし」

「何だか引っかかるような言い方ね」

「姉貴への狂信っぷりを間近で見続けてたらこういう言い方にもなる」

 

 くっ……た、確かに学校ではリョウ先輩への愛を抑えているけど……あ、でもさっつーにはバレてたわね。憧れの先輩がいるバンドに、ギターを弾けるって嘘をついて入ったことまで話してたわ。

 

「人気といえば……ひとりちゃん、新学期から大丈夫かしら」

「夏休みの宿題はコツコツやってるみたいだし、大丈夫じゃない? 学校嫌いだけど、いざ来ると結構楽しそうにクラスの子と話してて……」

「そっちじゃなくて! ひとりちゃん、前髪切ったでしょ? それであのウルトラ美形フェイスが露になって……変に言い寄ってくる男の子が激増するかも」

「あー、そっちの話? 言い寄ろうとする男は確かに出てくるかもしんないけど……言い寄る前に後藤さんが死んじゃって会話が成立しないから大丈夫だと思うよ」

「マイナスベクトルの安心感!?」

 

 そこは「俺が守ってやるよ」くらい言いなさいよ! ただ、死んでるひとりちゃんが容易に想像できるから否定もできない……

 

 それに、よく考えたらひとりちゃんと一番仲が良い男の子ってレンくんなのよね。レンくんは入学当初からひとりちゃんを気遣ってて、優しくて……

 

 それこそ「ひとりちゃんが実はすごく可愛い女の子だ」って他の人が気付く前から仲良しだったのよね。

 

 心配するだけ損ね。他の男の子達に勝ち目なんてないもの。ひとりちゃんもレンくんのことは好意的に……あれは好意かしら? ま、まあ……大事なお友達って思ってるみたいだし?

 

 今さらレンくんを超えるようなそんな男の子が突然ひとりちゃんの前に現れるなんて……ないわよね?

 

 そもそも、そんな男の子がいたとしても、すでに他の女の子と付き合っていると思うわ。

 

 新学期からのひとりちゃんは、レンくんがそばにいれば大丈夫ね、ヨシ!

 

「じゃあ俺、そろそろ部屋に戻るわ」

「せっかくだからもうちょっとお話ししましょうよ~」

「えぇー……」

 

 レンくんは呆れた表情になるけど、こうやってお願いすれば君はなんだかんだ言うことを聞いてくれるって、この数ヶ月で学んだのよ? ふっふっふ、面倒見の良さが仇になったわね。

 

「……もうちょっとだけな?」

「そうこなくっちゃ♪」

 

 ほらね。君はそういう男の子だから。年上のお姉さんに甘えたいとか言ってても、君の本質は他人を甘やかすことなのよ。

 

 でも、このままキッチンでおしゃべりするっていうのも味気ないわね。

 

 あ、そうだ!

 

「何か余計なこと思いついた顔」

「余計なことって失礼ね!」

 

 とってもいいことなのに。

 

「レンくん、夜のお散歩しましょ!」

「えぇー……」

 

 さっきと同じように呆れた表情をするレンくんの手を引いて、私は玄関の方へ向かうのだった。

 

 

 

 

「月明りのおかげで思ったよりも明るいわね」

「今日は満月か。全然気付かなかった」

 

 外に出て空を見上げると見事な満月だった。都心では見られない満天の星空が広がり、それだけでなんだか胸がいっぱいになるわ。

 

「よく考えたら……深夜、綺麗な星空の下、海岸線、二人きり」

「俺と喜多さんの間で何か起こると思う?」

「……そう考えると何も起こらないわね」

 

 レンくんは、私が今まで出会った中でも一番顔が良い男の子。そして、一番仲が良い男の子。でも、なぜかよくわからないけど、彼と二人きりになっても緊張したり、ドキドキしたりはしない。

 

 「男女の友情が成立するのか」というのは、人類に課せられた命題ではあるけど、少なくとも私とレンくんの間には、そういう甘酸っぱい空気なんてものは微塵もなかった。

 

 不思議ね。私、ものすごく面食いって自覚があるから少しは意識すると思ったのだけど。

 

「そういえば、ガールズトークでレンくんの話題になったわよ」

「女四人が寄ってたかって俺の陰口か。表面上は仲良くしておいて、本人がいなくなった瞬間に悪口を言い合う女子の得意技だね」

「君は私達のことを何だと思ってるの!?」

「共通の敵を前にして結束するという……」

「そんな結束力いらないわよ!」

 

 レンくんはカラカラと笑いながら言う。私達が君の悪口を言うわけないでしょ。君の欠点なんて、納豆が食べられないことと幽霊が怖いことくらいなんだから。あと、甘やかし癖ね。女をダメにする素質があるわ。

 

「レンくんは今まで恋をしたことがないって話をしたわ」

「……姉貴だな」

 

 レンくんはバツが悪そうな表情になって頭をかく。

 

「実際その通りだよ、うん。これまで何人かの女の子と付き合ってきたけど、結局、恋愛感情がどういうものかわかんなかったんだ。自分がそれを向けられていることは察せられるんだけどね」

「……先輩達には言わなかったけど、私もその気持ち、すごくよくわかるのよ」

 

 私はレンくんと違って、今まで誰かと付き合ってきたことはないけど、男の子に告白されたことは何度かある。でも、私もレンくんと同じで誰かを好きになったことはなかった。少女漫画や恋愛映画は大好きだけどね。

 

 リョウ先輩? あれは崇拝よ。

 

「へー、意外だな。喜多さんって恋に恋する女の子っぽいから、とりあえずお試しで付き合うことくらいやってそうだったのに」

「さっつーと同じこと言うのね。でも確かに、それもいいかなって思ったこともあったんだけど……」

「あったんだけど?」

「顔が好みじゃなかったのよ」

 

 私がそう言うとレンくんがずっこける仕草をする。が、外見って大事でしょ! レンくんだっていつも「巨乳なお姉さんに甘やかされたい」って言ってるじゃない!

 

「いや、別に否定はしないよ。俺だって『人間は見た目じゃない。内面だ』なんてことを声高に言えるような聖人じゃないし」

「そうよね。やっぱり付き合うなら……顔が良い人じゃないとね!」

「でも喜多さんは顔が良いだけのクズ男に騙されそうな気がする」

「どうしてそういうこと言うの!?」

「だって姉貴を崇拝してる時点で……」

「リョウ先輩はね。ダメダメに見えて色々と深く考えているの。レンくんが真っ当な人間になるようにあえて反面教師を演じてて……」

「俺、もう真っ当な人間になったから姉貴がダメ人間を演じる必要なくね?」

「……星がきれーねー」

 

 くっ……レンくんの正論に何も言い返せなかったわ! 正論はね、時として人を傷つけるのよ! 臭い物に蓋をするという言葉があるように、世の中には真実から目を背けることも大事なの!

 

「喜多さん、一旦姉貴に対する崇拝を置いといて客観的に考えてほしいんだけどさ」

「……嫌よ」

「もしも俺が姉貴みたいな性格で、虹夏ちゃんがそんな俺に対して、喜多さんが姉貴に対するような態度で接してたらどう思う?」

「あーあーあー! 何も聞こえないわー! レンくん、あっちに灯台があるわよ! 行ってみましょう!」

 

 そんなの……そんなの虹夏先輩がダメ男に騙される不幸な女の子じゃない! で、でもリョウ先輩は女の子だからセーフよね? もしもリョウ先輩が男の子で、レンくんが妹で、虹夏先輩が幼馴染だったら……

 

 おえっ。想像しただけで吐き気がしてきたわ。

 

「レンくんとリョウ先輩の性別が逆じゃなくてよかったわ」

「それな」

 

 レンくんが腕を組んでうんうんと頷いている。でも、私以上に君が一番リョウ先輩を甘やかしているわよね? 厳しいことを言いながらも、いっぱいお世話してるでしょ?

 

「……俺はもう、そういう条件付けがされている」

「授業でやったわ! パブロフの犬ならぬヤマダケの犬ね!」

「否定できないんだよなぁ……」

 

 がっくりと肩を落とすレンくんの頭をポンポンと撫でてあげる。……髪サラサラね。何のトリートメントを使っているのかしら。

 

「そういうボディタッチ、他の男子にしない方がいいよ。『喜多って俺のこと好きなんじゃ……』って勘違いする男子が続出する。実際、虹夏ちゃんは中学時代に距離の詰め方を間違えて哀れな勘違い男の黒歴史を量産してたから」

「こういうこと、レンくんにしかしないわよ?」

「ほらまたそーゆーこと言う」

「あっれ~? もしかして私()()()の言葉にドキッとしたのかしら~? 『俺と喜多さんの間で何か起こると思う?』とか言ってたのに~?」

 

 私が意地悪くそう言うと、レンくんが突然私の手首を掴んで思い切り自分の方へ抱き寄せてきた。

 

 あ、良い匂い。

 

 なんてことを考えて顔を上げると、すぐ近くにレンくんの顔があった。月明りだから影があるように見えるけど、それはそれで絵になるわね。

 

「あんまり、男をからかい過ぎない方がいいよ。喜多さんが思ってるよりずっと───ずっとバカな生き物なんだから」

 

 レンくんが顔を近づけて、耳元で甘く囁く。ちょ……そ、その声は反則でしょっ! 王様ゲームでも抱き合ったから、抱き締められること自体はそこまでドキドキしないけど……そんな風に、耳を刺激されちゃったら……い、嫌でも変な気分になるじゃないっ!

 

「あっれ~? もしかして俺ごときの言葉にドキッとしたのかな~? 『何も起こらないわね』とか言ってたのに~?」

 

 レンくんが私を放してからかうように笑いながらそう言った。さ、さっき私が言ったことの意趣返しじゃない! あー、もうっ!

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうか~」

 

 レンくんは呑気にそう言って私に背を向けて別荘の方へ戻り始める。私は自分の顔に熱が集まってくるのを自覚し、それがどうしても悔しかったので、彼を追いかけてその背中をどついてやるのだった。

 

 

 

 

「良いお散歩だった。じゃあ喜多さん、今度こそおやすみ」

「何言ってるのよレンくん。夜が明けるまでまだまだ時間があるわよ」

「オールするつもりなの!?」

 

 レンくんは別荘に戻るなり寝るモードに入ろうとしたけど、そうは問屋が卸さないわ! この喜多郁代……舐められっぱなしのまま終わったら、女が廃るというものよ! 

 

 今夜は寝かさないからね♪

 

「私達がガールズトークしている間、レンくんは何をしていたの?」

「タブレットで映画観てた」

「じゃあ、私達も朝まで映画を観ましょう!」

「なんでそうなるの!?」

「ほらほら、玄関で騒いでたら先輩達が起きちゃうわ。レンくんの部屋に行きましょう」

「……喜多さんってこういうところでほんと大胆になるよね」

 

 レンくんは呆れたような表情になりながらも、二階への階段を登る私についてくる。ふふっ、駄々をこねれば君はちゃんと言うことを聞いてくれるものね。

 

 そして私達はレンくんの寝室に入り、二人並んで枕を背もたれにしてベッドの上に腰掛けた。

 

「そういえば、レンくんはホラー映画が苦手だったわね。……一緒に観る?」

「言っておくけど、俺はホラー映画を観る時は開始からスタッフロールまで何かに抱き着いているから、ずっと喜多さんに抱き着くことになるよ?」

「別にレンくんに抱き着かれるのはかまわないけど。……はっ!? ま、まさか、いつもリョウ先輩に抱き着いて……」

「姉貴と観る時はデカいクッションに抱き着くか、無理矢理付き合わされた虹夏ちゃんと抱き合ってる」

 

 そういえば、虹夏先輩も怖いものが苦手だったわね。二人が震えながら抱き合ってる姿が容易に想像できるわ。

 

「じゃあ、恋愛映画にしましょう! 恋を知らない者同士、仲良く映画でお勉強よ!」

「えぇー……」

「嫌な気持ちを微塵も隠そうとしない表情ね!」

「だって、ああいうのって……非現実的過ぎて感情移入できない……」

 

 レンくんの存在も非現実的よ?

 

「その感情を知るための勉強でしょ?」

「確かに、一理……あるかぁ?」

「あるわ!」

「そこまで言うなら仕方ない。エクスペンダブルズ2を観るか」

 

 聞いたことないわね。どういう内容なのかしら?

 

「スタ〇ーンとシュワちゃんとブルース・ウ〇リスとジェイ〇ン・ステイサムが出てくる映画」

「むさい男ばっかり!! 恋愛映画って言ったわよね!?」

「……騙されなかったか」

 

 騙されるわけないでしょ!? そのキャストってゴリゴリのアクション映画じゃない! 私のこと、どれだけ節穴だと思ってるのよ!

 

「じゃあ『君に届け』」

「……ひとりちゃんと観なさい」

「『好きって言いなよ』」

「……ひとりちゃんと観なさい」

「『オオカミ少女と黒王子』」

「……ひとりちゃんと観なさい」

「なんで後藤さん限定なの!?」

 

 レンくんが選ぶ映画がどれもこれもひとりちゃんに刺さりそうだからよ!! 何!? わざとやってるの!? わざとじゃなかったらレンくんは自覚なしにひとりちゃんを意識しちゃってるってことになるのよ! あれ? それってすごく尊くないかしら……

 

「これにしましょう『僕の初恋を君に捧ぐ』……恋をしたことがない私達にぴったりじゃない?」

「観たことないけど……多分、いや、確実に俺は泣く!」

「タイトルとあらすじでオチが想像できるわね。私も原作しか見たことないし、泣けるならそれはそれでありだわ」

 

 レンくんはタブレットを操作して映画を再生する。深夜だから迷惑にならないよう、お互いイヤホンを片方ずつつけて、肩を寄せ合って映画を観る。

 

 あれ? 私達がやってることって、完全に付き合ってる男女のそれよね?

 

 ……お互いそんなこと意識してないからヨシ! 

 

 

 

 

「……喜多さん」

「何?」

 

 約二時間後、レンくんが鼻をズーズーと鳴らしながら私を呼ぶ。私の声も、ちょっぴり涙声になっていた。

 

「俺、長生きするよ」

「そうね。私も……長生きするわ」

 

 このタイミングでこの映画を観たのは失敗だったかもしれない。いや、面白かったのよ? 原作と違うところは色々あったけどそれはそれでよかったの。

 

 でも……恋愛感情を勉強するというか、初恋を勉強するには不適切だったかもしれないわ。

 

「重い……重いな。初恋……恋をするって、大変なんだ……」

 

 あ~……レンくんが変に重たく受け止めちゃったわ。これでレンくんが恋をすることに対してハードルを高くしちゃったらどうしようかしら。

 

 ……私、何かやっちゃいました?

 

 リョウ先輩と虹夏先輩に怒られるかもしれない。い、いや……次はひとりちゃんと一緒に「君に届け」とかを観させればいいのよ! うん。大丈夫! 私は悪くないわね!

 

「喜多さん……俺、この後寝るの無理だわ」

「じゃ、じゃあ……さっきレンくんが言ってたエクスなんとかって映画を観ましょう?」

「そうだね。深く考えず、頭空っぽのままで観れる映画がいい」

 

 ろ、露骨にレンくんのテンションが下がっている。ごめんなさい! やっぱり私が悪かったわ! 私に責任は取れないけど、ひとりちゃんとこう……なんかいい感じにしてあげるから!

 

「れ、レンくんのおすすめ、楽しみね~」

 

 そして私達は二本目の映画を観始めるのだった。

 

 

 

 

「ジェイ〇ン・ステイサム……世界一格好良いハゲね」

「ブルース・〇ィリスも負けてない」

「レンくんが言ってた『おっさんが活躍する映画は名作揃い』の意味がわかった気がするわ。こういう映画もたまにはいいわね」

 

 レンくんは「将来はこんな格好良いハゲになりたい」って言ってたけど、私はハゲのレンくんなんか見たくないわよ?

 

「姉貴もこういう映画が好きだから、話が合うと思うよ」

「……もっとおすすめ教えてくれる?」

 

 映画を観終わったら、レンくんのテンションが少し戻っていた。それに、映画自体も結構面白くて楽しめたわね。むさ苦しいマッチョなおっさん達がドンパチ大暴れするだけでこんなに面白くなるなんて。

 

 それに、リョウ先輩が映画好きなら私も趣味を合わせなくっちゃ♪

 

「これ、シリーズ物なのね。3も観る?」

「……観なくていい。これは2まででやめておくのが吉」

「続編に失敗しちゃったのね」

「2までは良かったんだよ本当に。2までは」

 

 ヒットした一作目の続編で大爆死する。映画に限らずありがちよね。奇をてらった演出をやろうとして、ファンが求めていたものとは違うものを作って大滑りして……

 

 案外、曲作りにも共通する点があるかもしれないわ。新しいことに挑戦することは大事だけど、一番根っこにある部分を忘れてはいけない。ジェイ〇ン・ステイサムとシルベ〇ター・スタローンは私にそれを教えてくれた。

 

「いやそれはおかしいでしょ」

「私もボクシング始めようかしら」

「虹夏ちゃんはプロレス技を覚えるし、結束バンドがどんどんバイオレンスになっていく」

 

 私達はお互い笑い合った。よかった。レンくんも元気になったみたいで。恋愛感情を勉強させるのは大切だけど、ラインナップを考えなきゃ。これからは悲恋や死に別れじゃなくて、甘酸っぱい青春物のハッピーエンド映画を観せてあげましょう。

 

「なんか、全然眠れる気がしない」

「私もよ。アクション映画でテンション上がっちゃったわね」

「次は何を観ようか?」

「うーん……のんびりできるもの?」

「のんびり、か。だったら日常系アニメでも観る? これも脳みそ空っぽで見れるし、荒んだ心が癒されるよ」

 

 レンくんがそう言いながら勧めてきたのは、可愛い女子高生がキャンプをするというアニメだった。リョウ先輩はこのアニメに影響されてキャンプ道具を買い漁ったそうだ。

 

 でも、買うだけ買ってほとんど使わなかったので、今はレンくんのキャンプ飯動画に利用しているらしい。

 

「桃色と青色の髪をした子がいるのに、どうして金髪と赤い髪の子がいないのかしら」

「結束バンドのみんなの髪色って、アニメよりファンタジーだよね」

「日本人は黒髪、という考えはもう古いのよ」

「確かに、黒髪の知り合いってあんまりいない気がする」

 

 今度はみんなでキャンプに行くのもいいかもしれないわ。でも、夏は虫が多そうだから涼しくなり始めた秋が良いわね。先輩達に提案してみようかしら。

 

「初心者はキャンプよりグランピングの方がいいよ」

「グランピングか~。確かにその方がハードルは低いわね」

「まあ、一番難しいのは姉貴と後藤さんをその気にさせることなんだけど」

 

 インドア派筆頭の二人を説得するのは確かに骨が折れそうね。でも、今回みたいに海水浴に来てるし、意外と何とかなるんじゃないかしら。

 

 ただ、リョウ先輩は虹夏先輩やレンくんがいるからいいとして、ひとりちゃんはお出かけ自体にまだ慣れていないのよね。

 

 ……はっ!? だったら私が色々なところにたくさん連れて行って慣れさせてあげればいいじゃない! 待っててねひとりちゃん! これから毎週どこかに遊びに連れて行ってあげるからね!

 

 そんなことを考えながら、私達はアニメを楽しむのだった。

 

 

 

 

「ん……」

 

 カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。でも、まだ眠いから……もう少しだけ寝かせてほしいわ。

 

 頭がぼーっとして脳みそが働かない。ほとんど無意識の内に、私は近くにあった良い匂いのする何かに思い切り抱き着いていた。

 

 抱き枕にしては固いわね。一体何が───

 

 薄っすらと目を開けると、目の前にあったのは、すーすーと寝息を立てている少年の綺麗な顔だった。

 

 一瞬、思考が停止する。

 

 が、物の十秒足らずで昨夜の出来事を全て思い出した私は、勢いよく起き上がった。

 

「んぅ……」

 

 その拍子にレンくんが妙に色っぽい声を出しながら寝返りを打つ。……お、起きてないわよね。よ、よかった。

 

 そうよ。私達は昨日あのままアニメを観てて……知らない内に寝落ちしちゃってたんだわ。

 

 あ、相手がレンくんで一番気の置けない異性とはいえ……同じベッドで一夜を───

 

 その事実を理解した瞬間、私は急激に顔が熱くなるのを感じた。

 

 な、何もなかったからセーフ!! こっそり別荘を抜け出して夜の海岸線をお散歩して眠れないからレンくんの部屋のベッドで恋愛映画とアクション映画と日常系アニメを観て寝落ちしただけだから!! 

 

 ふー……厳しく見積もってもギリギリツーアウトってところね。

 

 いや、まだよ喜多郁代!!

 

 まだ時間は午前七時。どうせ先輩達は疲れ果てて眠っているに決まってる!! 今のうちにこっそり下の階に戻って何食わぬ顔で布団に紛れ込めば大丈夫!!

 

 バレなかったらヨシ!!

 

 じゃあ、レンくんを起こさないようにそっと───

 

「ほうほうほう」

 

 背後から感情の薄い声が聞こえ、私は肩をびくりと震わせた。そして、恐る恐る振り返ると……怪しい笑顔で私を見ているリョウ先輩がいた。

 

 あばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!!! な、なななななにゃんでリョウ先輩がここにいるんですか!? ま、まままままだ寝てたんじゃ……

 

「私、旅行先とかだと誰よりも早起きするタイプ」

「ち、違うんですリョウ先輩。こ、これには深い訳が……」

「みなまで言うな。わかっているよ、郁代」

 

 リョウ先輩は私の肩をポンと叩いて優しい表情になる。

 

「レンを無理矢理夜の散歩に連れ出して帰ってきたけど眠くならないから映画やアニメを一緒に観ている内に寝落ちしたってところでしょ?」

「そ、その通りですっ。さすがですリョウ先輩!」

 

 す、すごい。まさか本当にわかっているとは……てっきり、変な誤解をされちゃうかと思ったけど、やっぱりリョウ先輩はすごいですね。惚れ直しちゃいました♪

 

「運がよかったね、郁代」

「何がですか?」

「レンは寝てると近くにあるものに抱き着く癖があるから」

 

 だ、抱き着き癖!? そ、それは本当に危なかったわ。何もなかったとはいえ、ベッドの上でレンくんと抱き合いながら寝ているところを見られたりしたら……想像するだけで恐ろしいわ。

 

 私はベッドでスヤスヤ眠るレンくんの顔を見ながらそう思った。

 

 深夜テンションとはいえ、とんでもないことをしちゃったわね。男の子との距離感には気をつけましょう。これがレンくん以外の男の子だったら、どうなっていたかわからないし。

 

「郁代」

「なんですか?」

 

 これ以上この部屋に留まることは危険と考え、部屋を出ようとしたところでリョウ先輩に呼び止められる。

 

「ぼっちと虹夏には黙っててあげる」

 

 悪戯っぽく笑ったリョウ先輩を見て、私は頭を抱えるのだった。




 喜多ちゃん回でした。

 恋を知らないレンくんに恋愛映画を観せるというアイデアはよかったんですが、いかんせんチョイスが最悪でした。

 これでレンくんが恋愛をさらに重く受け止めちゃったら戦犯は喜多ちゃんになります。

 喜多ちゃんは責任取らないとねぇ!!

 山田家別荘編はこれで終わりです。メンバー一人一人と濃密なコミュができたんじゃないでしょうか。

 レンくんの掘り下げもできましたし……掘り下げというか面倒臭い部分が露になったというか。

 次回はSIDEROS+ぽいずん回になります。

 まだ江の島回が残っているというね……

 夏休みが全然終わらない!!

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました。

 次回もよろしくお願いします!



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#34 新(宿)世界

「山田くーん、こっちの機材運ぶの手伝ってくれるー?」

「はーい!」

「山田くんって照明とか音響機材はいじったことある?」

「基本的な使い方くらいなら……」

「レーン! 私がドリンク教えてあげるヨー!」

 

 俺は今、新宿FOLTで労働に勤しんでいます。別にSTARRYでやらかしてクビになったわけじゃなく、吉田店長直々に頼まれて、今日と……あと何日か新宿FOLTで臨時バイトをすることになったんだ。

 

 そもそも、なんで吉田店長が俺にそんなことを頼んできたのかというと、数日前に遡る。

 

 

 

 

『山田ちゃん、ごめんね。いきなり電話しちゃって~』

「いえいえ。でも珍しいですね、吉田店長から俺に電話してくるなんて」

『山田ちゃんに……というよりも結束バンドちゃん達にお願いがあったのよ』

「お願い?」

 

 数日前、いつものようにSTARRYには俺と結束バンドのメンバーが集まっていた。俺はバイトでメンバー達はスタ練の予定になっていたところに、吉田店長から俺に電話がかかってきたんだ。

 

『単刀直入に言うわね~。九月に廣井達がウチでライブをやるんだけど……その前座を大槻ちゃん達のSIDEROSと結束バンドちゃん達にお願いしたいのよ』

 

 ……ぱーどぅん?

 

「すみません。ちょっと……ちょっと脳みその理解が追いつかなくてですね……も、もう一度言ってもらえませんか?」

『九月に廣井達の前座として、ウチでライブしてくれないかしら?』

 

 ふー……ど、どうやら聞き間違いじゃないみたいですね。ほ、本気ですか? 結束バンドを……あの、あの新宿FOLTで……前座とはいえライブさせてもらえると?

 

「た、タイム願います……」

『認めるわ♪』

 

 とはいえ……とはいえだ。こんなもん、俺一人でどうこうできるもんじゃない。

 

 なので───

 

「結束バンド、集合っっ!!」

「どうしたの、レンくん?」

「なんぞ」

「なんかすごく慌ててますね。珍しい」

(誰と電話してるんだろう? も、もしかして山田くんがどこかのモデル事務所に引き抜かれるからバイトを辞める話だったり!? い、嫌だっ……!! や、山田くんが辞めるなら私も辞めてやるっっ!!)

 

 とりあえずメンバー全員を集めます。動揺を隠しきれないまま俺が叫ぶと、四人は首をかしげながら俺の近くに集まってきた。珍しく狼狽している様子の俺に、虹夏ちゃんは心配そうな表情をしている。

 

 こんなのね、冷静になれっていう方が無理だわ。

 

 俺はテーブルにスマホを置いて、スピーカーモードに切り替える。

 

「吉田店長、大変申し訳ありませんが……メンバーを全員集めましたので、もう一度説明をお願いします」

『はーい。結束バンドちゃん達、聞こえてる~? 突然のお願いなんだけど、九月に廣井達がウチでライブをするからヨヨコ達と一緒に前座をやってくれないかしら?』

 

 吉田店長の言葉に、四人は数秒沈黙する。

 

 そして……

 

「えーーーーーーーーっ!!??」

 

 虹夏ちゃんの大声がライブハウス内に響き渡った。姉貴も驚いているらしく、声には出さないけど狼狽えている。喜多さんは首を傾げ、後藤さんは虹夏ちゃんの声にびっくりしていた。

 

「虹夏先輩、何をそんなに驚いているんですか? ただのライブのお誘いですよね?」

「た、た……ただのライブじゃないよっ!! し、新宿FOLTってSTARRYとは比べ物にならないくらいおっきなライブハウスなんだよ!!」

「収容人数五百人。私達が予選落ちしたTOKYO MUSIC RISEのファイナルステージが行われる東京ビジュアルアーツのメディアホールよりもさらに大きい」

「え? そ、そんなところでライブさせてもらえるんですか!? すごいじゃないですか!」

「だからこんなに驚いてたんだよっ!」

(す、STARRYよりも大きいライブ会場……路上ライブは週に一回やってるからだいぶ慣れてきたけど……新しい会場でライブ……おえっ……い、今から吐き気がしてきた)

 

 喜多さんは無邪気に喜び、後藤さんは顔色を悪くしていたので背中を擦ってあげる。今からすごく緊張してて大丈夫かな? でも、ライブが始まってしまえば、なんやかんや後藤さんは結果を出すからな。

 

 あとは、変なパフォーマンスさえしなければそれでいい。

 

「で、でもでもっ……ど、どうしてあたし達なんですか? お誘いはすごく嬉しいですけど、あたし達より実力のあるバンドは他にもたくさん……」

『七月にライブを観に行って、あなた達は伸びそうだと思ったからよ。それに、下北での路上ライブ、がんばってるみたいじゃない? トゥイッターで結構評判良いみたいよ』

「き、喜多ちゃん!? そうなの!?」

「あ、はい。エゴサすると結構トゥイートしてくれてる人がいて……」

『それに、オーチューブに上がってる新曲も聴かせてもらったわ。すごく良い曲ね』

 

 やばい。めちゃくちゃ評価されてる。曲を褒めてくれることはもちろん嬉しいけど、それ以上に……路上ライブとか、そういう地道な活動を評価してくれていることが、俺は自分のことのように嬉しかった。

 

 やべえ、泣きそう。

 

 俺が目頭を押さえていたら、後藤さんが頭をよしよししてくれた。後藤さんも緊張でそれどころじゃないのに……俺のことまで気遣ってくれて、ほんとに優しいね。

 

『廣井からの推薦があったけど、それ以上に───あなた達の曲をウチで演奏してほしい。あたしがそう思っているの』

 

 吉田店長の言葉に、メンバー全員が言葉を失っていた。

 

 新宿FOLTで活動しているバンドは……はっきり言ってSTARRYよりも遥かにレベルが高い。そんなバンドの演奏を聴き慣れている人が、結束バンドをここまで評価してくれている。

 

 この事実に、感動しないわけが───燃えないわけがない。

 

「や、やらせてくださいっ!! 絶対に、良いライブにしてみせます!!」

『ありがと~! どうせなら、SIDEROSやSICKHACKを食っちゃうくらいの意気込みで臨んでね!』

「はいっ! 新宿FOLTを結束バンド色に染め上げてやります!!」

 

 虹夏ちゃんが力強くそう宣言した。……虹夏ちゃん、精神的に強くなったなぁ。初めて路上ライブした日の夜に、一人きりでSTARRYにこもっていたとは思えない。

 

「ですね! モッシュにスタンディングオベーションの嵐を巻き起こしてやりましょう!」

「物販も。たくさん売れるかもしれない」

(ご、五百人の前でライブ……き、緊張で死にそうだけど……も、もしもお客さんの中に音楽業界のお偉いさんがいたら、そのままメジャーデビューして印税生活!! バイトを辞められる!! そ、そう考えたら力がわいてきた!!)

 

 あの後藤さんまで燃えている。後藤さんも成長したなぁ……

 

 未だに路上ライブ後はキャリーケースに引きこもってるけど。

 

『じゃあ、話は決まりね。詳細はまた今度、山田ちゃんに伝えておくから』

「はい、よろしくお願いします!」

 

 なんで俺? 虹夏ちゃんに直接話をすればいいのに。……まあいっか。虹夏ちゃん達には練習に集中してもらって、日程とか流れや段取りは俺がしっかり把握してメンバーに伝えることにしよう。

 

『あと、別件で山田ちゃんにお願いがあるんだけど』

「俺にですか?」

 

 なんだろ、一体。

 

『山田ちゃん───ウチでバイト、する気ない?』

 

 

 

 

 というわけで、吉田店長直々にスカウトされて新宿FOLTでバイトをすることになったんだ。

 

 なんでも、バイトの人数が減って困っているから八月中だけヘルプで入ってほしいとのことらしい。俺としても、STARRYとシフトが被ってない日は大丈夫なので快諾しておいた。

 

 時給もSTARRYよりいいしね。それに、大きいライブハウスの機材にも結構興味があるから。

 

「レンが身体を売って、私達の新宿FOLTでのライブを勝ち取ってきた」

「レンくんの枕営業の成果ということですね」

「実力と将来性を評価された結果だよっ!!」

(や、山田くんが枕営業!? ま、まさか大槻さん相手に……!? 大槻さん、そこまでして山田くんの山田くんを欲しがるなんて……こ、これは、傷物になった山田くんを私が慰める日も近いですね。ふへへっ)

 

 メンバーの四人は変な反応……というか姉貴と喜多さんはマジで失礼な反応をしてたからな! 後藤さんは後藤さんで姉貴と喜多さんの言葉を真に受けてるみたいだし。

 

 ……そんなことないからね?

 

「やっぱり、()()()()()()()()経験者がいると助かるわ~」

「STARRYより規模は大きいですけど、やることは基本的に変わらないですからね」

「ドリンクや会場設営はともかく……機材のことも普通にわかるのね」

「その日の客層に合わせて仕事内容を変えてるんですよ。女性客が多そうなら俺が受付やドリンクをやって……逆に男性客が多そうなら音響スタッフさん達のお手伝いをしてます」

 

 これも顔面偏差値の高さがなせる技。俺を含め、STARRYのバイトは顔が良い人が多いからね。それを有効活用しない手はない。

 

「夏休み中だけじゃなく、他の日にもちょくちょくヘルプに入ってもらっていいかしら?」

「もちろん、都合が合えば」

 

 俺がそう言うと吉田店長は「お給料に色を付けてあげるわね♪」と言って、ご機嫌な様子で仕事に戻っていく。俺としても、タダで新宿FOLTのバンドを観れるからものすごくありがたいんだけどね。

 

「レン、お疲れー! 休憩しヨー?」

「お疲れ様です。色々仕事を教えてくれてありがとうございます」

「ふふん。なんといっても私は先輩だからネ?」

 

 イライザさんはそう言って大きな胸を張る。目の保養になると同時に目のやり場に困るから気を付けてくださいね。ただでさえ、イライザさんってガードが緩そうなんですから。

 

「頼りになります。イライザ先生」

「先生……もう一回呼んでくれる?」

 

 俺がもう一度「イライザ先生」と呼ぶと、得意げな表情で胸を張った。可愛い。

 

 ほっこりした気持ちになりながら、俺はイライザさんと志麻さんの二人と一緒に休憩する。今日はSICKHACKのワンマンライブなんだけど、廣井さんはいつものようにまだ来ていない。

 

 ま、まあ……まだまだ時間はあるから落ち着きましょうよ志麻さん。ね?

 

「はい、志麻さん。チョコあげます。イライラした時には甘い物が一番ですよ~」

「あ、ありがとう……」

「レン~。私も欲しい~」

「もちろん、どうぞ」

 

 志麻さん、苦労してるんだなぁ。虹夏ちゃんもそうだし、あくびちゃんは大槻先輩のお世話係だし、ドラマーは苦労人っていう法則でもあるのかな? おいたわしや、志麻上。

 

 こんな感じで、年上のお姉さんが苦労しているところをみると……甘やかしたくなるんだよなぁ。はぁ、これもう完全に病気だわ。

 

 イライザさん? イライザさんは相変わらずの癒し枠。

 

「志麻さん、今度居酒屋でも行きますか? 俺は飲めないですけど……愚痴くらいなら聞きますよ」

「あ、いや……そこまでしてもらうのは……」

 

 よく星歌さんとかPAさんの愚痴の聞き役になってるから、こういうのには慣れてるんですよ。

 

「えー? 志麻だけずるーい! 私も一緒に行くー!」

「はい。イライザさんも一緒に行きましょう」

「私ね、お魚が美味しいところ見つけたんだヨー」

 

 イライザさんは嬉しそうに、俺に肩を寄せながらスマホでおすすめのお店を見せてくる。彼女の髪からふんわりと良い匂いがしてきた。相変わらず距離感が近いですね。

 

「そういえば、イライザさんは夏コミには行ったんですか?」

「夏コミは……くちゃいから行ってない。私の戦場は冬」

 

 イライザさんは嫌そうな顔で鼻をつまみながらそう言った。確かに、夏コミの激臭は毎年問題になってるね。かといって冬コミが臭くないかと言われれば……まあ、夏よりはだいぶマシだと思う。

 

「冬コミの同人誌はレンにもお手伝いしてもらうからネ~」

「そんな話もしてましたね。まあ、俺にできることだったら……」

「山田くん、あんまりイライザを甘やかさなくていいからな」

「レンはネ、女の子を甘やかすことに喜びを感じる生き物なんだヨ?」

 

 イライザさんが俺と腕を組んでくる。おっぱい当たってますよ。

 

 それに、甘やかすことに喜びを感じるんじゃなくて……甘やかすことが習性になっているという方が正しいです。

 

「それ、余計悪化してないか?」

「ごもっともです。でも、これはきっと一生治らないと思います」

「諦めるのが早すぎないか!?」

「魂の奥底に刻まれてしまっているので……」

「どんな人生を歩んだらそう達観できるんだ?」

 

 どんな人生を歩んだら? ふっ……俺がこうなった原因なんて一つだよ。

 

「俺の姉は、廣井さんに匹敵するダメ人間なんです」

 

 俺がそう言うと、志麻さんは「あっ」と全てを察したような表情になった。

 

「だから、俺の甘やかしや達観は……志麻さんの、廣井さんに対する怒りや諦観と似たようなものですよ」

「ああ、なるほど。すごく……ものすごく納得できた」

 

 志麻さんは腕を組んでうんうんと頷く。俺、やっぱり志麻さんと仲良くなれるな。いくらでも「苦労話」ができる気がする。

 

「志麻さん、俺が二十歳になったら一緒に飲みに行きましょうね?」

「一晩中語り明かそう」

 

 そして俺と志麻さんはガッシリと力強く握手する。俺も早くお酒が飲める歳になりたいな。

 

「じゃあ私はレンをいっぱい甘やかしてあげるネ~? よしよし、いい子いい子」

 

 イライザさんが俺を抱き締めながら頭を撫でてくる。あ、やばい。これはやばい。おっぱいが当たってるのもそうだけど、さっきまで甘やかしの対象だったイライザさんが包容力を発揮してきたから、そのギャップがものすごくグッとくる。

 

 おっぱいに顔を埋めて甘やかされたい~! しかもイライザさんって普通に受け入れてくれそうだからなおさら……

 

 やっぱりSICKHACK(廣井さんは除く)は最高やな!

 

 俺はイライザさんに甘やかされながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

「あ、ほんとにレンさんがいるっすよ」

 

 イライザさん達と談笑をしていたら、あくびちゃん達……SIDEROSの四人がライブハウス内へやってきた。あれ? 確か今日はSICKHACKのワンマンだからSIDEROSは出演しないはずだけど。

 

 純粋にライブを観に来たのかな?

 

「いや、それもあるんすけど、他に用があってですね」

「他に用?」

「ヨヨコ先輩がどうしてもレンくんに会いたいって言うから仕方なく~」

「数日前からずっとそわそわしてたんですよ~」

「適当なこと言ってんじゃないわよあなた達!!」

 

 大槻先輩……どんだけ俺のこと好きなんですか?

 

「だから違う!! 山田も真に受けるな!!」

 

 大槻先輩はやってくるなりぎゃーぎゃーわめき散らす。この人は何回同じネタで弄ってもその度に新鮮なリアクションをしてくれるんだよね。

 

「で、本音は何なんですか?」

「取材よ、取材。ほら、フェスを観に行ったときに痛い恰好したライターに会ったでしょ? その取材が今日なのよ」

「あー、あの『ぽいずん♡やみ』さんですね」

 

 痛い恰好……確かにぶりっ子っぽい恰好と言動だったけど、あれは多分あの業界で生き残るためのぽいずんさんなりの戦略なんだと思う。だって、十七歳なんだから舐められることもたくさんあるだろうし。

 

 だから逆に、十七歳でしかも童顔ということを利用して武器にしているに違いない。

 

 ……それが効果的なのかどうかは微妙だけど。

 

 もしもあれがあの人の趣味なんだとしたら……まあ、後藤さんのファッションセンスよりはいいんじゃないですかねぇ?

 

「姐さん達のライブも観たかったから、始まる前についでに取材を終わらせようと思ってね」

「なるほどねー」

 

 納得納得。レベルの高いバンドの演奏って、見るだけでも結構勉強になるし。

 

「レンさん……なんか、焼けました?」

「この前、海に行ったからね」 

「えー、いいなー! 誰と行ったの?」

「結束バンドのみんなと」

「男の子は山田さん一人だけだったんですか~?」

「そう。俺のハーレム状態。ウチの別荘に一泊してきた」

「レンさん、お金持ちなんすね……」

 

 今さらながら、女の子四人と……いや、姉貴はカウントしないでいいな。女の子三人と海に行って一泊するって、なかなか男子に恨まれることしてるよね。でも、相手が俺だからみんな許してくれるでしょう!

 

「お、女四人と男一人だなんて……そ、そ、そ、そんなの不健全じゃないっ!」

 

 俺がスマホで虹夏ちゃんが砂に埋められている写真やバーベキューの写真、俺が上半身裸でジョジョ立ちしている写真をみんなに見せていると、大槻先輩が顔を真っ赤にしてそんなことを言ってきた。

 

「ヨヨコ先輩、どの辺が不健全なんすか?」

「みんなで仲良く遊んでるだけですよね~?」

「幽々もよくわからないので、不健全なところを詳しく説明してほしいです~」

「は、はぁ!? く、詳しく説明って……そんなこと言えるわけないでしょ!?」

 

 三人がここぞとばかりに大槻先輩を弄り始め、三人に指摘された大槻先輩はたじたじになっていた。普段の関係性もこんな感じなんだろうな。でも、一年前のメンバーとの関係性と比べたら、今の方がずっと良い。

 

「つまり大槻先輩は人前で言えないようなことを想像していたと。そういうことですね?」

「ち、違うわよっ! 別に変なことなんて考えてないからっ!」

「あはは。大槻ちゃんはえっちなんだネ~」

「ヨヨコがそういうことに興味があるとわかって、私は逆に安心したけどな」

「ちょっ!? お二人も誤解しないでくださいっ!!」

 

 イライザさんと志麻さんの二人も乗ってくる。いや、志麻さんは乗ってるというよりも、本気で安心してるっぽいな。さすが新宿FOLTのママですね。

 

 それに、俺もちょっと志麻さんの言うことはわかる。大槻先輩がそういうことを気にするってことは、それだけ精神的に余裕があるってことだから。メンバーがいない半年くらい前だったら、今みたいなやりとりはできなかっただろうしね。

 

 みんなと楽しそうにお喋り……というより弄られている大槻先輩を見て、心がほっこりと温かくなるのだった。

 

 

 

 

「ヨヨコ先輩すみませんって。ちょっと弄り過ぎたっす」

「お菓子あげますから機嫌直してくださ~い」

「ルシファーちゃんとベルフェゴールちゃんを触らせてあげますから~」

「……別に拗ねてないわよっ」

 

 大槻先輩は「つーん」という効果音が聞こえてきそうな雰囲気を出しながら、テーブルに突っ伏している。メンバーの三人はあの手この手で先輩の機嫌を取ろうとしてるけど、あんまり効果がないみたいだ。

 

「レンさん、出番っす」

「ヨヨコ先輩の機嫌を直す気の利いた一言をお願いね~」

「こうなったヨヨコ先輩は面倒臭いですよ~」

「俺に対するフリが雑っ!!」

 

 やるけど。

 

 ただ、大槻先輩の機嫌を直す一言ねえ。お世辞を言ったところで効果はないし、変に褒めたり持ち上げたりすると逆効果になりかねないから……あ、そうだ。

 

「大槻先輩。江の島に行きませんか?」

「……江の島?」

 

 突っ伏していた大槻先輩が顔だけ俺に向けてジト目で見てくる。そういう表情も可愛いですね。

 

「もう盆は過ぎちゃったから、今から海で泳ぐのは無理ですけど、夏休みの思い出作りに一緒に江の島に行きましょうよ」

「江の島……江の島ねぇ」

 

 悪くない反応。もう一押しってところだね。

 

「音楽の神様を祀ってる神社がありますよ」

「行くっ」

 

 めっちゃ食いついてきた。やっぱり大槻先輩は音楽関係のネタで釣るのが一番手っ取り早いね。

 

「八月三十日に行くので、予定空けておいてくださいね?」

「わかったわ」

「結束バンドのメンバーにも伝えておきますんで」

「……え? あの子達も一緒に行くの?」

「はい。元々は虹夏ちゃん達が企画してて、でも人数は多い方が楽しいですからね」

「あ、そ……そう。そう、よね……」

 

 さっきまで嬉しそうだったのに、大槻先輩のテンションが目に見えて下がった。確か、大槻先輩って三人以上の集まりが苦手だったんだっけ? でも、結束バンドとはもう何度か顔を合わせてるから結構仲良くなってたと思ったんだけど……

 

「ヨヨコ先輩は多分、レンさんと二人きりだと思ったんじゃないすか?」

「あくび!? 何言ってるの!?」

「あ、そっち? てっきり三人以上だから苦手意識が発動したと思ったよ」

「山田も山田でさらっと流すな!!」

「それも多少はあると思うっす」

「じゃあ、みんなも一緒に江の島に行く? その方が先輩も安心できるだろうし」

「行きた~い! 八月三十日ならTOKYO MUSIC RISEのファイナルステージも終わってるから大丈夫だよね~」

「幽々もたまにはセロトニンを補給しておきたいです~」

「なんでリーダーを無視して男の言うことばっかり聞いてるの!?」

 

 というわけで、SIDEROSと結束バンド、俺の合計九人で江の島に遊びに行くことになりました。楽しみだな。大槻先輩と遊びに行くのは、なんやかんやで久しぶりだから。

 

「二人っきりは別の機会にしましょうか」

「うっさいバカ!」

 

 俺がからかうようにそう言うと、大槻先輩が顔を赤くしながらぺしぺし俺を叩いてくる。先輩の機嫌も直ったし、遊びに行く約束もできたし、完璧な仕事と言えるでしょう。

 

「八月三十日……志麻~?」

「その日はスタ練だからダメだ」

「ちぇ~……私も江の島行きたかったナ~」

 

 イライザさんが残念そうにそう言った。また今度遊びに行きましょうね?

 

 こんな感じで夏休みの残りの予定を立てていたところで、志麻さんのスマホに着信が入った。相手は……廣井さんだ。どうしよう、この時点でもう嫌な予感しかしない。

 

「廣井、今何時だと思ってる?」

『ごべーん!! 志麻様~~~~!! 助けてくださ~~~~~い!!』

「どこにいるんだクソボケ」

『ここは……ここは……上北沢?』

 

 なんでそんなところにいるんですか!? 上北沢から新宿までは、電車で一本だからすぐ来れるでしょ。そろそろ志麻さん達もリハに入んなきゃいけないだろうし、都内でまだよかったわ。

 

『電車賃が……ないっ!!』

「走ってこい、この大馬鹿野郎。三十分以内に来なかったら断酒させるからな」

『待って待って! 一生のお願い……一生のお願いだからどうぞお慈悲を~~~~!!』

「お前の一生のお願い……これで何回目だと思ってる?」

『両手両足の指では足りないくらい』

「くたばれ」

 

 志麻さんはそう言って通話を切った。廣井さん……言動が完全に姉貴と一致している。やっぱりベーシストってろくなのがいねーな! あ、幽々ちゃんは例外ね? あの子はちょっと変わってるだけでいい子だから。

 

「ね、姐さん……」

 

 ちなみにスピーカーにしていたので、会話の内容は全員にバッチリ聞こえています。大槻先輩、いい加減目を覚ましましょう。あなたが憧れているのは、ろくでもない人間なんですから。

 

 とはいえ、お金がない廣井さんがここまでくる手段は……タクシーがあるけど時間がかかるのと、誰がタクシー代を払うかってこと。なんやかんや志麻さんが出してくれるとは思うけどね。

 

「俺でよければ、迎えに行きますよ。吉田店長の許可が出ればですけど」

 

 一応バイト中だし。

 

「い、いや……君にそこまでやってもらうわけには」

「タクシーだと余計に時間がかかります。電車なら……往復で三十分から四十分ですから。リハにも間に合います」

「う、うーん……」

 

 志麻さんは悩んでいる。俺に迷惑をかけたくないと思いつつ、ライブに来てくれる人たちのためにもリハはしっかりやりたいっていう思いを天秤にかけてるみたいだ。

 

「吉田店長ー! 今から廣井さんを迎えに行くんで四十分くらい抜けても大丈夫ですかー?」

「山田ちゃんごめんね~。あのクソバカが迷惑かけちゃって~。これ、二人分の電車賃。廣井の給料から引いておくから安心して」

 

 志麻さんは立場上、俺にお願いしづらいだろうから俺から吉田店長に提案する方が早い。

 

「ご、ごめんな。気を遣わせちゃって……」

「いえいえ。今度()()()リーダーに技術指導でもしてもらえたらそれで」

「それくらいでよければ、いつでも」

 

 志麻さんは気まずそうな表情をしていたけど、俺が提案すると柔らかい表情で笑ってくれた。やっぱこの人もすごい美人だな。バンドマンでは珍しい正統派黒髪美人。

 

 ついでに虹夏ちゃんのスキルアップ指導もお願いできたからこれでヨシ!!

 

 そして俺は、姉に匹敵するかそれ以上のダメ人間である廣井さんを回収するために上北沢へ向かうのだった。




 本当はぽいずんを出すところまでやろうと思ったけどできませんでした。

 次でがっつり絡ませる予定です。

 あと、江ノ島にはSIDEROSも一緒に行くことになります。ヨヨコもどんどんみんなと仲良くなりましょうね~。

 レンくんが新宿FOLTでもバイトをするようになるのは後々の展開で都合がよかったりします。

 まあ、めっっっっっっっちゃ後のことですけどね。

 虹夏の特訓イベントフラグも立てておいたし、結束バンドは順調にハイスピードで成長しています。

 原作よりも早く新宿FOLTでライブをやりますから。

 未確認ライオットが楽しみですね。何話先になるかわかんないけど。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#35 ポ(いずん♡)ヤミー


 ぼざろ六巻の発売日投稿だよ!!



「廣井さん、迎えに来ましたよ」

「や、山田しょうね~ん!」

「お水としじみの味噌汁とウコンの力も買ってきました」

「えへへへ~。とうとう山田少年が私にデレてくれた~」

「これ以上志麻さんに心労をかけさせないためですよ」

 

 新宿FOLTを出発して、上北沢駅までやってくると駅前で座り込んでいる二日酔い状態の廣井さんがいた。酒臭い上に、昨日お風呂に入ってないっぽいから汗の臭いもする。年頃の女性がそれでええんか?

 

 とりあえず俺は廣井さんにしじみの味噌汁とウコンの力を飲ませることにする。

 

「なんでまた上北沢にいたんです?」

「全然覚えてなーい。お金がないから色んなお店でお酒とかご飯を奢ってもらってたんだとは思うけど……」

 

 廣井さんは金欠になると……万年金欠だけど、行きつけの居酒屋やバーに行って持ち前のコミュ力でお客さんに飲食代を奢らせているらしい。とんでもねー女だな。でも、姉貴も将来こうなりそうだから怖い。

 

 いや、姉貴の場合は虹夏ちゃんや喜多さん、ファンに奢らせる方向に……余計酷いな!!

 

「そのコミュ力をどうしてもっと良い方向に活かせないのか……」

「え~? 言っておくけど、私がこんななのは酔っぱらってる時だけだからね~? 素面だと陰キャのコミュ障なんだぞ~」

「そっすか」

「あー! 全然信じてないなこいつー!」

「……陰キャなのによくバンドをやろうなんて思いましたね」

「だって、陰キャのままだと『私の人生つまんねー!』って気づいちゃったから」

 

 だからと言って方向転換し過ぎでしょ。

 

 というか、後藤さんといい廣井さんといい、陰キャは覚悟を決めた時の行動力がすごいな。覚悟を決めるまでにものすっごく時間はかかるけど。

 

「今が楽しいのならそれも正解なんでしょうけど……体は大事にしてくださいね。このままだと早死にしますよ?」

「バンドマンの人生なんて太く短くでいいんだよ~」

 

 人の人生に口出しするのは好きじゃないけど、生きたくても生きられない人もいるんです。虹夏ちゃんのお母さんだって……いや、これは廣井さんには関係ない話だな。このことで廣井さんにどうこう言うのは筋違いだ。

 

「なんか思うところがありそうだね?」

「……長生きしてくださいね。廣井さんが早死にすると、悲しむ人がたくさんいますから」

「山田少年……」

「俺以外」

「ずこーっ!?」

 

 俺が無慈悲にそう言うと、廣井さんがコントのようにずっこける仕草をする。

 

「山田少年は悲しくないの!?」

「そういうわけじゃないですけど……でも俺、廣井さんのダメな部分しか見てないから」

 

 一度だけSTARRYでカリスマを発揮してたけど、あれ以外で尊敬できる部分が皆無なんだよな。

 

「それと、大槻先輩が悲しむ顔を見たくないので、長生きしてください」

「どんだけ大槻ちゃんのこと好きなの!?」

 

 無条件に甘えられるくらい大好きですよ。絶対そんなこと言わないけど。

 

「じゃあ、そろそろ行きますか。廣井さん、酒と汗で臭いがだいぶやべーことになってますから気を付けてくださいね」

「女性にそういうデリケートなこと言っちゃダメだよ!?」

「自業自得です。電車で隣に座った人が嫌な顔してもそれは廣井さん自身の責任ですから」

「この辺にコインシャワーとかないかなぁ……」

「コインランドリーならありますよ」

「洗濯物扱い!?」

「ついでに心も洗われるといいですね」

「山田少年が私にドライすぎる!!」

「洗濯機だけに?」

「おあとがよろしいようで」

「はっはっは」

「はっはっは」

 

 こんな感じで、廣井さんとおバカな会話をしながら新宿へと戻るのだった。普通に面白い人ではあるんだよな。酒癖さえ悪くなければ。

 

 

 

 

「なるほどなるほど~。今のSIDEROSにそんな結成秘話があったとは~」

「まだ半年も経ってないけど、それでも今のメンバーは過去最高だと思っているわ」

「近々控えているTOKYO MUSIC RISEは当然……」

「優勝。それ以外に興味はない」

「そのストイックさ。十代とは思えないですね~」

 

 これがSIDEROSの大槻ヨヨコか。噂だともっと傍若無人なイメージがあったけど、実際話してみるととことん自分に厳しくて、他人にも厳しい人物。メンバーに求めるハードルが高過ぎるから入れ替わりが激しかったのね。

 

 ふーん? いいじゃない。そういうストイックさ、あたしは好きよ。才能に胡坐をかかずにひたむきに努力を続ける姿勢、口先だけじゃなくちゃんと結果も出している……都内の十代バンドだと頭一つどころか頭十個くらい抜けているわね。

 

「他の方々も大槻さんをものすごく信頼なさってるんですね~」

「まあ、そっすね。ライブの時はものすごく頼りになるんで」

「そうですね~。ライブの時は」

「ライブの時は、ですね~」

「そんなに『ライブの時は』を強調しなくていいでしょ!?」

 

 ほうほう。つまりプライベートではギャップがあると?

 

「割とずぼらなところがありますね。楽屋の電気を点けっぱなしだったり」

「エナドリの缶を放置したままだったり」

「ライブ後の打ち上げも、自分から言い出すんじゃなくて私達が誘うのを子犬みたいな表情で待ってたり~」

「言わなくていい!! そんなこと言わなくていいから!! 私のイメージが壊れちゃうでしょ!?」

 

 プライベートも完璧でストイックだったら、逆に面白味がなくてネタとしては弱かったわね。むしろそのくらいだらしない方がウケがいいわ。

 

「別にいいじゃないすか。そういうギャップがヨヨコ先輩の魅力だってレンさんも言ってましたよ」

「あ、バカッ! あくび、こんな時にあいつの名前なんて出しちゃダメでしょ!? 今のなし! 今のは聞かなかったことにしてちょうだい!」

「え~、それは無理ですよ~」

 

 大槻ヨヨコをそこまで焦らせるとは……その「レン」っていう人物に興味があるわね。

 

「その『レン』っていう人は、大槻さんのお知り合いなんですか?」

「そうね。ただの知り合いで友達よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。はい! この話はもうおしまい!」

「あと、今のメンバーを集めるのに尽力してくれた恩人っす」

「優しくてすごく面倒見が良い人なんですよ~」

「しかも高身長イケメンなんです~」

「ぎゃーーーーっ!! そんなにぽんぽんあいつの情報を漏らすなーーーーっ!!」

 

 へぇ……壊滅状態だったSIDEROSのメンバーを集めるのに協力してくれた優しくて面倒見の良い高身長イケメン。何その痛い夢女子の妄想みたいな存在?

 

 そんな男はね、少女漫画とか恋愛映画の中にしか存在───

 

「すみませーん! 遅くなりましたー!」

「ヒーローは遅れてやってくるぅぅぅぅぅ!! みんな大好き廣井きくりちゃんの登場だぞぉぉぉぉぉぉ!! 者共!! 頭が高いぞ!! 控えおろう!!」

 

 ライブハウスの入り口から変な大声が聞こえてきたから振り返ってみると……あそこにいるのはSICKHACKの廣井きくりと、この前のフェスで会ったイケメン高校生じゃない。

 

 なんであの子がこんなところにいるのかしら? しかも廣井きくりと一緒に……

 

「頭が高い? ほう……廣井、随分と偉くなったもんだな? そうだよなぁ? 重役出勤だもんなぁ? 偉いに決まってるよなぁ?」

「あ、し、志麻様……へへへっ、と、とんでもねえでごぜえやす。い、今のは言葉のあやでして……あ、靴舐めましょうか?」

「廣井は相変わらず三下ムーブが似合うネ~。レン、ご苦労様。いっぱいよしよししてあげるヨ~」

 

 何? SICKHACKは高校生のイケメンマネージャーでも雇い始めたの? 凄テクインディーズバンドなのに、一向にメジャーデビューできないのはそういうこと? イケメン高校生を食い物にするなんて……

 

「あれがウチらの言ってたレンさんっすよ」

 

 は!? マジで!? SICKHACKだけじゃなくSIDEROSのお世話までしてたっていうの!? こ、高校生の癖に敏腕マネージャーってわけ!?

 

「あ、ぽいずんさんじゃないですかー! こんにちは。俺のこと覚えてます?」

 

 そして噂のレンくんがあたしを見るなり笑顔になって駆け寄ってくる。

 

 なんか、あたしに対する好感度高くない? そういえば、初めて会った時も応援して飲み物までくれて……

 

 彼の姉と同い年でひたむきにがんばっているあたしを応援したいって言ってたけど、この反応を見る限り、それはただの照れ隠し。

 

 ふっ、どうやらこの少年は私に一目惚れしていたようね。

 

「あの時は自己紹介できませんでしたね。山田レンです。よろしくお願いします」

 

 山田レンは爽やかな笑顔をでそう言った後、礼儀正しく頭を下げる。年下のイケメン高校生に慕われているこの感じ……悪くないわね。

 

「覚えてますよ~フェスで会いましたよね? 改めて、ぽいずん♡やみです。気軽に『やみ』って呼んでくださいね」

「はい、やみさんですね!」

 

 ぐあっ!? さ、爽やかイケメンオーラが眩しい……あ、あたし、自分の容姿には結構自信がある方だけど、こんな男の子に好かれたことなんてなかったから……

 

 こ、これは佐藤愛子選手……二十三年の生涯で初のモテ期なんじゃないの~?

 

「(なんかレンさん、ライターさんへの好感度高くないっすか?)」

「(リョウさんがライターさんと同い年だから~がんばっているライターさんを純粋に応援しているんだと思いますよ~)」

「(でも、ライターさんってそのことに気付いてないよね?)」

「(そっすね。残念なことに)」

「(残念なのは服装だけじゃなくて頭もだったってことですね~)」

「(幽々ちゃん、それはわかってても言っちゃダメだよ~?)」

「(ふーちゃんもフォローになってないっすからね?)」

 

 何やら三人がこそこそ話してるみたいだけど……ごめんなさいね? あなた達の恩人、あたしが取っちゃったわ。でも大丈夫よ。マネージャー業務に支障が出ないようにしてあげるから。

 

「ちょっと山田!! あなた、いつもはムカつくくらい良いタイミングで現れるのに……なんで今日に限って最悪のタイミングで登場するのよ!?」

「え? そんなまずかったです? あ、そういや取材中でしたね……ごめんなさい。ぽいず───やみさんの姿が見えちゃったからつい」

「あなたの甘やかしセンサーはほんとにガバガバね!!」

 

 大槻ヨヨコが動揺してるわね。ふーん? ただのお友達って言ってた割には、そういう反応をするのね? 甘やかしセンサーがなんのことかさっぱりわからないけど、あなたのお友達……あたしに夢中みたいだから。

 

「と、とにかく……取材はもういいでしょ!? これで終わりっ!!」

「ヨヨコ先輩。そんな態度だとレンさんを意識してるって勘違いされるっすよ」

「そうですよ~レンくんはお友達なんだから動揺しちゃダメです~」

「まるでヨヨコ先輩が~……あ、これ以上は幽々の口からは言えませ~ん」

「なんで誰も私の味方をしてくれないの!?」

 

 なんだか取材が終わりそうな雰囲気ね。まあ、いいわ。聞きたいことはあらかた聞けたし。山田レンっていう面白い材料も見つかったし。

 

 その材料くんは……あれ? どこに行ったのかしら? あぁ、あっちの方で音響スタッフと話してるわね。

 

 ただ、彼はある意味爆弾ね。下手にネタ記事にしちゃうと、せっかくできたSIDEROSとのつながりがなくなりそうだし、それ以上にSICKHACKや新宿FOLTを敵に回しかねないわ。

 

 まあ? 彼があたしに好意を持っているってことがわかっただけでも大収穫だけど?

 

「じゃあ、最後に一つだけいいですか?」

「……山田関連のこと以外なら」

 

 どれだけ意識してるのよ……。もしかして本当に、そういうことだったりする? ふっ、今は彼が近くにいなくてよかったわね。

 

「SIDEROSのみなさんが今、最も注目されている都内の同世代バンドは?」

 

 「ケモノリア」でしょうけどね。全国に目を向けて見れば「なんばガールズ」も活躍してるけど、東京都内に限れば、SIDEROSとケモノリアの二強だわ。

 

「ケモノリア」

 

 やっぱりね。メタルとダンスミュージックっていう違いはあるけど───

 

「それと───結束バンド」

 

 ……はい? 今、何て言いました?

 

「あなたが知らないのも無理はないわ。ただ、このバンドの名前を覚えておいて損はない。私から言えるのはそれだけよ」

 

 大槻ヨヨコはそれだけ言って、楽屋の方へと向かっていく。

 

 確か、結束バンドって言ってたわよね? え? 何? 大槻ヨヨコ渾身の駄洒落なの? だとしたらセンスが壊滅的なんだけど……

 

 大槻ヨヨコはギャグセンスゼロ。これは記事にしないでおいてあげるわ。ものすごく可哀想だもの。

 

「ヨヨコせんぱ~い。颯爽と楽屋に行ってますけど、もうすぐライブ始まるっすよ~!」

 

 ドラムの子、長谷川あくびがそう言うと大槻ヨヨコは顔を赤くしながらステージの方へ走って行く。……最後の最後まで締まらなかったわね。でも、彼女に対するイメージがかなり変わったわ。

 

 もっと近寄りがたい一匹狼って印象だったけど、思ったより親しみやすい女の子ね。

 

「あ、山田くん。後でちょっとお話したいんだけどぉ……いいですかぁ?」

 

 あたしは山田レンに近づいてそう言った。

 

 くらえ!! 渾身の上目遣いおねだりポーズ!! これで落ちない男はいない!! 多分!!

 

「お話、ですか? 仕事が終わった後でよければ」

「ありがとう! そんなに時間は取らせないから!」

「やみさん……ライブ観ていくんです?」

「ええ。そのつもりですよ」

「だったら……ああいや、ライターさんにわざわざ言うことでもないか(廣井さんのライブ中の素行は知ってるだろうし)」

「どうしましたぁ?」

「なんでもないです。ドリンク取ってきますけど、何がいいですか?」

「お気遣いありがとうございます! あたしも一緒に行きますよ~」

「そうですか。じゃあ、こちらへどうぞ」

 

 イケメンに接待されるこの感じ……癖になるわぁ~! 後はSICKHACKのライブを最前線で楽しみましょっ! 生で観るのは初めてなのよね~! 

 

 取材もできたし、イケメンに惚れられるし、生でSICKHACKのライブは観れるし。

 

 今日は最高の一日だわ!!

 

 

 

 

「あの……大丈夫ですか?」

「見てわかんない?」

「タオル……どうぞ」

「ありがと」

 

 SICKHACKのライブが終わり、片付けが一段落したところで俺は呆然と佇んでいるやみさんに声をかけた。なんでやみさんが呆然と佇んでいるのかというと、廣井さんに顔面を踏まれて頭から日本酒をぶっかけられたからだ。

 

「もしかして、知らなかったんです?」

「動画でライブの映像は観たことはあったけど、こんなパフォーマンスがあるなんて聞いてなかったわよ!!」

 

 あー、動画サイトとかだとカットされてたのね。

 

「ライターさんだからてっきり知ってると思って……事前に言っておくべきでしたね。すみません」

「別に、あんたのせいじゃないでしょ?」

 

 やみさんは俺のタオルで頭をワッシャワッシャと拭きながら答える。シャワールームでもあればいいんだけど……さすがに未成年を酒臭いまま帰らせるのはなぁ。

 

「でも、今日のライブは機材をぶっ壊したりしていないのでまだ大人しかった方ですよ」

「あれで!? めちゃくちゃダイブとかしてたじゃない!!」

「俺は一升瓶で頭を殴られたこともあります」

「普通に暴力事件!!」

 

 だからSICKHACKのライブには鍛えられたファンしかいないんだ。初見さんは……ドはまりするかドン引きするかの二択。でも、ドはまりしたコアなファンを味方にし続けてるから強いんだよな。

 

「というか、やみさんって()()()が素なんですね」

「あ───な、なんのことかしらぁ~? えへへ、お酒かけられちゃった~。やだ~臭いが残っちゃったらどうしよぉ~」

 

 やみさんの態度が一瞬で豹変する。プロ根性たくましいですね。

 

「そういうキャラ付けをしないと生き残れない業界なんですね……」

「そうなのよ! わかる!? あたしだってね、好きでこんな痛い恰好してるわけじゃないの!」

 

 やみさんがタオルに頭を乗せたまま、俺に思いきり身体を寄せて上目遣い気味に見てくる。またキャラが戻ってますよ。

 

 あと、やっぱり痛い恰好っていう自覚はあったんですね。

 

「若い女って理由で舐められることも多そうですしね」

「そうよ。だからあたしは若さを逆手に取って、おっさんどもに媚びて印象を良くする努力をしてるの」

「加齢臭漂うおっさん連中は若い子に武勇伝を聞かせたがりますからね。適当におだてて頷いておけばご機嫌取れますし」

「そうそう。お酒を飲ませれば口も軽くなるし~」

「でも、気を付けてくださいよ。やみさんはまだ未成年なんだから場の雰囲気に当てられてお酒を飲まされて小汚いおっさんにお持ち帰りなんかされたら……」

「だ、大丈夫よ。その辺の線引きはちゃんとしてるから! (そ、そういえばこの子ってあたしが十七歳と思い込んだままだったのよね。危ない危ない)」

 

 苦労してるんだなぁ。でも、やみさんのキャラっておっさん達にウケは良さそうだけど、同性からは思いっきり嫌われるよね。

 

 やみさんのことを嫌いにならないように、大槻先輩達には事情を話しておくか。二人とも厳しい世界に身を置いている者同士だから理解し合えるでしょう。

 

「で、俺と話したいって言ってましたけど……」

「ああ、それね。えっと……あなたってSICKHACKのマネージャーなのよね?」

「違いますけど」

「ええ!? あ、SIDEROSのメンバー集めに尽力してたって聞いたからSIDEROSのマネージャーだったのね」

「違いますけど」

「じゃあなんで廣井さんを連れてきたり大槻さんを献身的にサポートしてたのよ!?」

「ん~……まあ、話しても大丈夫か。実はですね───」

 

 俺はやみさんに大槻先輩と俺が元々の知り合いで会ったことや、今のメンバーを集めるために相談をされていたこと、なりゆきでSICKHACKと知り合いになって、廣井さんが俺のホームであるSTARRYに入り浸っていることなどを話した。

 

「待って……あなた、新宿FOLTが本職じゃないの?」

「こっちはヘルプで入ってるだけです。家は下北沢ですよ」

「下北もバンドの聖地だものね……あなたはバンドを組んでないの?」

「組んでないですね~。俺は聞き専ですから。あ、でも……最近、下北で注目を集めつつある若手バンドを知ってますよ」

「へえ、何ていうバンド?」

「結束バンドです」

 

 俺がそう言うと、途端にやみさんは渋い顔になった。あ、やっぱバンド名だけだとそういう反応になりますよね。

 

「そのギャグ……流行ってるの?」

「ギャグじゃないです。マジでバンド名ですから。……というか、流行ってるって?」

「さっき、大槻さんも同じこと言ってたから。同世代で注目してる若手バンドだ、って」

「大槻先輩が……」

 

 やばい。めっちゃ嬉しい。正直、実力はまだまだSIDEROSには遠く及ばないけど、でも……大槻先輩が、音楽には一切妥協しないストイックな大槻先輩が、お世辞や社交辞令を嫌う大槻先輩が……

 

 結束バンドのことを認めてくれている。

 

「どうしたの?」

「いえ……ちょっと、感極まっちゃって」

「ふーん?」

「えっと、結束バンドの曲……ほんとに良い曲ばかりなので、よかったら聴いてみてください。それで、もし……()()()()の話を聞きたいって、ちょっとでも思ってくれたら嬉しいです」

「……考えておくわ。言っておくけど、あたしは媚びは売るけど魂までは売り払っちゃいない。バンドの実力は公平に評価するから」

「もちろん、その方がありがたいです。あ、そうだ。ロイン交換しましょう! もし、結束バンドの取材をしたいってなったら、俺に連絡してもらえれば、あの子達に事情を話してスケジュール調整しますので」

「別にいいわよ(とかなんとか言っちゃって~! あたしのロインをゲットするのが本命だったんでしょ~? なかなか可愛らしいところがあるじゃない。く~~~~っ!! これだからモテる女は辛いのよねぇ)」

 

 よし、ライターさんの連絡先ゲット! これから先、活動の幅を広げていけばこうやって取材を受ける機会も出てくるだろうし。あの子達にとっても良い経験になる。それに、同年代のライターさんだから話もしやすいだろうしね。

 

 ……なんか、マジで俺、マネージャーみたいなことやってるな。別に営業をかけてるつもりはないけど、変なところでコネができるんだよね。

 

 まあいっか。結束バンドにとってプラスになれば。

 

「山田しょうね~ん! 今から打ち上げ行くけど来る~? 今日は機材を壊さなかったからお姉さんが奢ってあげるよ~!」

 

 廣井さん達と打ち上げ……二日酔いだったのに今日も飲むんかい!!

 

「大槻ちゃんも一緒にどう~?」

「はいっ。ご一緒させていただきます! みんなも行くわよ───っていねえ!?」

 

 いつの間にか、大槻先輩を除く他のメンバーの姿が忽然と消えていた。判断が早い!!

 

 その時、スマホがブルブルと震えたので画面を見ると、あくびちゃんからロインが来ていた。

 

───ヨヨコ先輩のことよろしくっす

 

 あ、普通にリーダーを見捨てていくスタイルなのね。で、廣井さんの相手を俺に押し付ける、と……

 

 あくびちゃんって結構したたかだよなぁ。でも、そういうの、俺は嫌いじゃないよ?

 

「すみませ~ん! あたしも参加していいですか~?」

 

 そして、俺が廣井さんに答える前に、やみさんが俺の手をぐいぐい引いて廣井さん達の前に連行する。さすがライター。酒の席でネタ集めというわけですね。

 

「え? なになに~? 山田少年の彼女~? あはは~、君ってこういうあざとぶりっ子がタイプだったっけ? 趣味悪いね~」

「初対面なのになんてこと言うんですか!? 違いますよ。SIDEROSの取材に来てたライターさんです」

「勘違いしちゃってごめんね~。でも、若いのによくがんばってるんだね~! よーし、君もついて来い! SICKHACKの魅力をたっぷりお伝えしようじゃないか~」

「ありがとうございまーす! じゃあ、遠慮なく……」

 

 え? マジでやみさんも同行するの? 廣井さんの失言とか迷惑行為でSICKHACKの評判が落ちちゃうんじゃ……

 

「大丈夫だヨ~。周知の事実だから」

「記事にされたところで……というか、散々ネタ記事にされてきたからね。ファンは今さらどうとも思わないよ」

「……無敵状態なんですね。志麻さん、約束通りたくさん愚痴聞いてあげますから」

「ありがとう……」

 

 遠い目をしている志麻さんを見て、俺はそう言わずにはいられなかった。

 

「私一人置いて……帰っちゃった。私、リーダーなのに蔑ろにされてる?」

「大槻先輩、違いますって! みんなは廣井さんから逃げただけですから! 先輩はちゃんと信頼されてますから!」

 

 なんか大槻先輩もショック受けてるし。この打ち上げ……介護力全開で臨まないと───危険だな。

 

「レン。美味しい物いっぱい食べようネ?」

「はい!」

 

 イライザさんはほんと癒し。好き。

 

 こうして、廣井さん率いる愉快な仲間達で夜の街へ繰り出したんだけど……

 

 

 

 

「あたしだってねえ! 好きでネタ記事書いてるんじゃないのよ! ネットではアンチ共が好き放題言いやがって~~~!! あたしの個人情報まで漏洩してるじゃない!!」

()()ちゃん。結構いける口だね~。ほらほら、どんどん飲みな~。嫌なことはぜーんぶ、飲んで忘れるに限る!!」

「山田レン! あんたもそう思うわよね!? あたし、がんばってるわよね!?」

「そうですね。本当は()()()()()()()十七歳と偽って、童顔を武器に嫌いな痛い恰好をしてまでなりふり構わず自分の役割を果たそうとするストイックな姿勢には好感が持てますよ」

「でしょ!? でしょ!? あたしはね~すっごくがんばってるの! だから褒めて褒めて~!」

「よしよし。やみさんはがんばってますよ~。いい子ですね~」

「えへへ~」

 

 やみさんがベロベロに酔っぱらってしなだれかかってきたので頭を撫でてあげる。……やみさん、本当は二十三歳だったのね。PAさんの一つ年下とか……全然見えない。マジで中学生くらいにしか見えませんよ。

 

「大槻先輩、そんなに落ち込まないでくださいよ。あの子達が先輩のことを慕ってるのは、普段の態度でよくわかってるでしょ? 今日は廣井さんから逃げたかっただけなんですから」

「それは、そうだけど……」

「先輩の好きなだし巻き頼んでおきましたから。一緒に食べましょ?」

「うん」

 

 近いうちに大槻先輩を遊びに連れて行ったりご飯に誘ったりするよう、あくびちゃんにロインしておこう。こういうのはアフターケアが大事だからね。

 

 そんな風に、酔っぱらったやみさんを甘やかしつつ落ち込んでいる大槻先輩を励ましていると、志麻さんが疲れたような表情をしているのに気が付いた。

 

「志麻さん、グラス空いてますよ。次は何を飲みますか?」

「あ、じゃあ……レモンサワーで」

 

 俺はタブレットを使ってレモンサワーを注文する。

 

「そういえば、前に気持ちの整理をつけるためには、感情の赴くままにドラムを叩くって言ってたじゃないですか? あのアドバイス、すごく参考になったんですよ! ウチのメンバーがTOKYO MUSIC RISEで予選落ちした時に、志麻さんのアドバイスのおかげで気持ちを切り替えて前を向けたんです。お礼を言うのが遅くなっちゃいましたけど、ありがとうございました!」

「別に、大したことじゃないさ……」

「志麻さんにとっては大したことじゃなくても、あの子達にとってはすごく大きなことだったんです。俺が言っても、説得力はありませんから。本職の、()()()()()()の言葉の影響力ってすごいんです! SICKHACKって、志麻さんのそういう部分に支えられてるところがすごく大きいんだなって、今日のライブで改めて思いました!」

 

 俺がそう言うと、志麻さんは優しく笑いかけてくれる。

 

「……君は、あれだな。生まれてくる時代を間違えたかもしれないね」

「よく言われます。はい、レモンサワーが来ましたよ~」

「ありがとう」

「レン、れーん! 次これ食べてみたい! 激辛ロシアン餃子!」

「当たっても知りませんよ」

「私に当たったらレンが代わりに食べてネ?」

 

 結局俺が食べるんだったら注文する意味ないじゃん!

 

「普通の鶏皮餃子にしましょう。これ、皮はパリパリで中がめっちゃジューシーで美味しいんです」

「じゃあ、それにする~!」

「飲み物はどうします?」

「なんか甘くて可愛いの~」

 

 こんな感じで、廣井とゆかいな仲間達の打ち上げはカオスに進み……俺はほとんどの時間を全員の介護に費やしたのだった。

 

 ちなみに翌日、さとうあいこちゃんにじゅうさんさいから怒涛の謝罪ロインが来たので、俺のことは一切記事にしないという取引を持ちかけておきました。

 

 やみさんが話のわかる人でよかった。




 ぼざろ単行本六巻が発売されましたね!

 めっっっっっっっちゃ濃かったです。ぼっちちゃんは相変わらずぼっちちゃんで安心しました。

 あと、六巻の山田を見たらレンくんはキレると思う。

 まだ買ってない人は是非とも買いましょう! 色々語りたいことが多すぎますが一つだけ……

 スプリットタンのバニーPAさんがえっちすぎる!!

 絶対レンくん捕食されてるやん!!

 次回は江の島に行きます。SIDEROSも一緒に行くのでどんなカオスなことになるか今から戦々恐々です。

 ぼざろ六巻発売日投稿ということで、評価、感想、誤字報告、ここすき等たくさんお待ちしておりまーす!

 次回もよろしくお願いします!

 マジでPAさんのおっぱいがえっち……



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#36 江の島観測

「着きましたね~。今から何しましょうか?」

「あたし、しらす丼食べたーい!」

「幽々は暑いので冷たい物を食べたいです~」

「やっぱり海だよ! 海に行こ~!」

 

 八月三十日、結束バンドとSIDEROS、そして俺の九人は予定通り江の島に来ていた。姉貴は最後まで駄々をこねていたけど、俺達だけで楽しく遊んでその写真をグループロインに載せたりしたら拗ねるから無理矢理連れてきたんだよな。

 

 我が姉ながら本当に面倒な女ですね。

 

「じゃあ、とりあえず海に行こうか。海の家だったらあたしが食べたいしらす丼とか、他にも色々あるだろうし」

「さんせーでーす!」

「喜多ちゃん、ナビよろしく!」

「お任せください!」

 

 そんな会話をしながら陽キャ組(虹夏ちゃん、喜多さん、ふーちゃん、幽々ちゃん)の四人は先に歩き出す。

 

 そこから少し離れて陰キャ組という名の要介護組(姉貴、後藤さん、大槻先輩)の三人がのろのろと重たい足取りで歩き始めた。

 

 そして、俺とあくびちゃんの介護士二人は両グループの中間を歩いていた。役目は主に要介護組が前の陽キャグループに極端に遅れないようにバランスを取るためである。

 

「暑い……なぜこんな日に外を歩き回らねばならんのだ」

「あっあっあっ……と、溶けそう……」

「ぎゃーーーっ!? 後藤ひとり!! 顔がすごいことになってるわよ!?」

 

 後藤さんが物理的に溶け始めている。毎週の路上ライブとこの前の別荘で暑さに耐性が出来てたと思ってたけど……SIDEROSの人達もいるから緊張してるのか。なるほど納得。

 

「そういえば、レンさん。この前はヨヨコ先輩がお世話になりました」

「……あの後、めっちゃ大変だったからね?」

「聞いたっす。なんでもあのライターさん、年齢詐称してたらしいっすね」

「あの顔で二十三歳だったからな。俺、初対面でふつーに中学生扱いしてた」

「二十三であの恰好はやばいでしょ?」

「恰好で言うなら……大槻先輩のライブ衣装もかなり際どくない?」

「やっぱレンさんもそう思います?」

「正直、目のやり場に困るところがある」

「それ、ヨヨコ先輩に言ってみたらどうっすか? 多分、面白いことになると思うっすよ」

「リアクションが簡単に想像できるんだけど。それに、気まずくなりそうだからやだ」

 

 今日は胸元全開の服じゃないけど、動きやすさを重視してて体のラインが浮きやすい服装になってるんだよね。後藤さんは大槻先輩の胸元をめっちゃガン見してるし。……いくらなんでも見すぎでしょ?

 

「ヨヨコ先輩、スタイル良いっすもんね。容姿も抜群だし、あれでもうちょっと面倒臭さがなくなればいいんすけど」

「でも、あの面倒臭さが大槻先輩の可愛い所でもあるんだよなぁ」

「レンさんもだいぶ手遅れっすね」

「あくびちゃんって結構ズバズバ言うよね?」

 

 俺と違って甘やかし系介護士じゃなく、性格は佐々木さんに近いサバサバ系介護士だ。でも、ふーちゃんに対しては俺もあくびちゃんも共通して過保護になるんだよな。

 

「陰キャ三人でクソ暑い中ただ歩くのは苦痛。ぼっち、何か面白い話して」

「お、面白い話ですか? あ、あ、じゃ、じゃあ……次のライブでやろうと思うモノボケを……」

「七月のライブでド滑りした悪夢を忘れたのかしら!?」

「あれは武田信玄がわかりにくかったので、今度は誰でも知ってる戦国武将にしようかと……」

「あなたはギターだけ弾いていればいいのよ! どうして自分から魅力を下げていくの!?」

「み、魅力……(今日の大槻さんは露出の多さじゃなくて体のラインで勝負を仕掛けてきてる!! こ、これで山田くんを誘惑して、どさくさに紛れて抱き着いておっぱいを押し付けたりして夜のロックフェスを開催する気だっっ!! 『あなたの未確認なところをライオットしちゃうわよ?』とか山田くんに囁いちゃうに違いない!!)」

「ぼっち。何考えてるかよくわかんないけど、これだけは言っておく。おまいう」

 

 意外と陰キャ組の会話が盛り上がってるな。もっとお通夜みたいな雰囲気になって俺達が話題提供しなくちゃいけない羽目になるかと思ったけど、変な化学反応を起こしてる。

 

「ふーちゃん達は多摩川花火大会に行ったんだ~?」

「そうですよ~。これがその時の写真です!」

「幽々達みんなで浴衣を選びに行ったんですよ~」

「わ~、みんな髪形がいつもと違ってて可愛い~!」

「喜多ちゃん達は海で遊んだんだよね? レンくんに写真見せてもらったよ~」

「虹夏さんが埋められてました~」

「実はね、とっておきの写真があって……」

 

 陽キャ組はきゃっきゃとはしゃぎながら仲良さそうに喋っている。圧倒的平和!

 

 放置して問題ないな。ただ、喜多さんが言ってた「とっておきの写真」とやらが気になるけど……

 

 まさか、溺れかけていた後藤さんを助け出して抱き合う形になった時の写真じゃないだろうな?

 

「ぼっち、次は何か涼しくなるような話して」

「す、涼しくなるような話……といっても、夕暮れ時に知らない声に呼ばれて気づいたら墓場にいた話くらいしか……」

「それでいい。詳細を」

「やめなさい!! 私はそういう話が苦手なのよ!!」

「……ほう、それは良いことを聞いた。次はより親睦を深めるためにホラー映画鑑賞会を───」

「絶対参加しないからね!!」

「大丈夫。レンも怖がりだから。上映中は二人で抱き合っていればいい」

「観なかったら抱き合う必要もないでしょ!?」

「だ、抱きっ……!? (や、やっぱり大槻さん……山田くんを抱くつもりなんだ……!! いや待てよ? 抱く必要がないって言ってたよね? ……はっ!? つ、つまり抱くまでもなく山田くんを前〇のみで骨抜きにできるということ……!! も、もうSIDEROSじゃなくてS()I()E()R()O()S()だよっっ!! た、大変なことに気付いてしまった……SIDEROSからDを抜くとSI‐EROSになる。Dを抜く……童貞を抜く……す、全てが繋がった!!)」

 

 後藤さんが何やらすごい形相で大槻先輩を凝視しながらホラーな話をしてるけど、今の俺には彼女を気にかける余裕がなかった。

 

「大丈夫すか?」

「……怖いから手、繋いでもらっていい?」

「レンさんってそういうとこあざといっすよね」

「下心なんて微塵もないんだけどね!!」

 

 ついでに余裕もありません。後藤さんの話が普通に怖かったので、俺はしばらくあくびちゃんに手を握ってもらうのだった。

 

 

 

 

「うーみだーっ!!」

「海は何回見てもいいですね!」

「私は海に来るの今年初です~」

「幽々も~!」

 

 駅からしばらく歩いて江の島の海水浴場へやって来る。さすがに八月の終わりも終わりなので、泳いでいる人はほとんどいなかった。クラゲがいっぱいいるもんね。刺されたらマジで大変なことになるから。

 

「山田とあくび……なんで手を繋いでるのよ?」

「ぼっちさんの怪談が怖かったらしいっす」

「俺はホラー映画を観る時は何かに抱き着いていないとダメな人種なので」

「えー……気持ちはわかるけど……」

 

 大槻先輩が不満そうな表情をしている。先輩は後藤さんの話を間近で聞いてて縋れる相手もいなかったからね

 

 もしも俺と先輩が二人っきりでホラー映画を観たら……多分終わるまでずっと抱き合ってぎゃーぎゃー悲鳴上げてるな。で、二人とも寝れないから朝まで起きておくコースになる。

 

「はーちゃーん! レンくーん! こっち向いてー!」

「いえーい」

 

 ふーちゃんが俺達を呼んできたのでそちらを向くと、スマホのカメラでパシャリ。あくびちゃんはピースしてて、俺はとっさのことだったので、多分間抜けな顔になっていると思う。

 

「良い写真だよ~。レンくんとはーちゃんが仲良くおてて繋いでる~」

「まずいっすね。これは秀華高校の女子に女子特有の陰湿な嫌がらせをされるっす」

「俺もあくびちゃんのファンに石を投げられるかもしれない」

 

 でも、写真自体はすごく良いから俺のロインに送ってもらおう。

 

「みんなー! 早くおいでよー! 一緒に写真撮ろー!」

 

 気付けば虹夏ちゃんと喜多さんが砂浜の方へ走って行っていた。元気だな~あの二人。でも、喜多さんはともかく虹夏ちゃんは絶対帰りに電池が切れて電車で爆睡するな。

 

「行くぞ。私について来い。レン、ぼっち、あくび、楓子、幽々、生足魅惑のヨヨメイド」

「なんで私だけ変な呼び方するの!?」

「大槻ヨヨコの生足がえっちだから」

「どこがえっちなのよ!? 後藤ひとりもうんうん頷くな!!」

(は、長谷川さん……い、いや、はーちゃんも山田くんと手を繋ぐだなんてえっちすぎる!! 山田くんがホラーが苦手っていう弱みに付け込むなんて……こ、これが噂に聞く卑しか女!?)

 

 大槻先輩の生足は確かにエロいけど……後藤さん、あなたのおっぱいも人のこと言えないからね?

 

「何よ山田。あなたも言いたいことがあるの?」

「先輩の今日の髪型、ちょい高めの位置で結んだゆるふわポニーテールじゃないですか」

 

 さらに、いつものベレー帽とは違って、キャップを被っているのでデニムパンツも相まってアクティブに見える。

 

「それが何?」

「太ももよりも、俺はうなじの方が色っぽいと思います」

 

 俺がそう言うと先輩は顔を真っ赤にしてべしべし叩いて来るのだった。それに合わせてポニーテールがゆらゆら揺れているのが最高に可愛い。

 

 もっと言うなら、キャップの後ろからポニーテールを出してるのほんと好き。

 

 さすがにそこまでは口にしないけどね。

 

 こんな感じで大槻先輩達とじゃれ合いながら、可愛い女の子達と砂浜で写真をたくさん撮っていく。

 

「レン、ここは姉弟の絆を見せつける場面。山田式組体操『サボテン』の出番」

「あれ腰が痛くなるから嫌なんだけど」

 

 なんで砂浜で姉貴と組体操せんといかんのだ。と主張しても姉貴がどうしてもやりたいと駄々をこねるので仕方なく付き合ってやることにする。

 

「今の私は───風になっている」

「ぐぎぎぎぎぎぎ!! こ、この体勢結構きついな!!」

 

 姉貴が俺の太ももの上に立ち、両手を広げて恍惚の表情で何事かほざいている。久しぶりにやったから腰に……腰に来る!!

 

「リョウ先輩、目線こっちにお願いしまーす! あ、今度はこっちの角度から……」

「喜多さん……まだ……?」

「もうちょっとがんばりなさい、レンくん。男の子でしょ?」

「最近はそういう発言すると、すぐ……炎上するよ……?」

「意外と余裕あるじゃない」

 

 喜多さんの写真撮影が無駄に長引いたせいで腰がめっちゃ痛くなった。姉貴は満足そうだったけど……しばらくやんないからな!!

 

「レンくん、一緒に写真撮ろ~!」

 

 俺が腰をトントン叩いていると、ふーちゃんがぱたぱたと駆け寄ってくる。ふーちゃんはほんと癒し。見てるだけで心が穏やかになるね。

 

「いいよ。どんな感じで撮る?」

「高い高いチャレンジしたい!」

 

 マジか……あれ、結構難易度が高かったと思うんだけど。

 

「ウチが撮ってあげるっすよ。ふーちゃん、スマホ貸してください」

「任せたよ~、はーちゃん」

「高い高いチャレンジなら写真より動画の方がよさそうっすね」

 

 ふーちゃんはやる気満々みたいですね。まあ、体重は軽そうだし大丈夫でしょ。上手くふーちゃんがジャンプするタイミングに合わせて彼女を持ち上げればいいだけだし。

 

「じゃあ、いくよふーちゃん」

「おっけー!」

「せーのっ!」

 

 掛け声とともに、ふーちゃんがジャンプしたので俺は彼女の腰を両手で支えながら勢いよく持ち上げる。

 

 ふーちゃん軽っ!

 

 と、思った瞬間だった。

 

 ふーちゃんのジャンプの勢いが強すぎたのか、俺が彼女を持ち上げる力が強すぎたのか……両方だな。

 

 俺は思い切りバランスを崩して後ろに倒れ込んでしまった。ふーちゃんが怪我しないように咄嗟に彼女を抱き締めて砂浜に転がる。下が柔らかい砂浜でよかった。

 

「あはは、レンくんを押し倒しちゃった~」

「ふーちゃん、怪我……ない?」

「うん。大丈夫だよ~。レンくんは?」

「俺も大丈夫」

 

 ふーちゃん、めっちゃ良い匂いするな。サイズ感もちょうどいいし。抱き枕にしたい。

 

「この画は撮れ高が高いっすよ~。ふーちゃん、お手柄っす」

 

 あくびちゃん……仲間内で楽しむのは良いけど拡散するのはやめてね? まあ、この子は比較的常識人だから大丈夫だと思うけど。

 

「次はあくびちゃんの番だね~」

「そっすね。レンさん、ウチもお願いします」

「よしきた! ふーちゃんでコツを掴んだからもうさっきみたいな失態は起こさない」

「起こしてくれた方が面白いんだけどね~」

「あと『ふーちゃんでコツを掴んだ』って表現がエロいっす」

 

 というわけで、あくびちゃんも同じようにしてあげると、幽々ちゃんもやってほしかったらしく、SIDEROSの陽キャっ子達全員に高い高いチャレンジをしてあげるのだった。

 

「ほらほら、次はヨヨコ先輩の番っすよ」

「嫌よ! なんでこの歳になってまで高い高いされなくちゃいけないの!?」

「最近のトレンドですよ~。TikTokにもたくさん上がってます」

「え? そ、そうなの?」

「今の女子高生はみんなやってるんです~。幽々のお友達の間でも流行ってますし~」

「そ、それなら……」

 

 いや、騙されてる。騙されてるよ大槻先輩。確かに、ちょっと前に流行ったけど今はもうあんまりやってる人はいないから。というかこの流れ、前にも新宿FOLTで見た気がするな。

 

 大槻先輩はちょっと……一度身内認定した相手の言うことを簡単に信じすぎるところがあるね。

 

 そして、言いくるめられた大槻先輩にも高い高いしてあげるのだった。

 

(ふ、ふふふふふふふーちゃんが山田くんを押し倒してた!! あ、あんなに人畜無害な癒し系キャラみたいな容姿なのに、な……中身はとんでもないえっち少女!! お、男の人はああいうギャップに弱いって聞くから、や、山田くんがえちえちに染められてしまう!! やっぱりSIDEROSじゃなくてSI-EROSだよ……)

 

「レンくん。SIDEROSの人達だけずるいわよ! 私達にもやってちょうだい」

「えー……結構疲れるんだけど」

「ダメ?」

「しょうがないにゃあ……」

 

 喜多さんがおねだりしてきたので結束バンドのみんなにもやってあげることにする。俺、めっちゃ酷使されてるな。

 

 で、順番に高い高いチャレンジをやってあげてて虹夏ちゃんの番になったんだけど……何を思ったか、虹夏ちゃんはジャンプと同時に俺に思い切り抱き着いてきたんだ。

 

 完全に予想外だったので俺は何とか受け止めることはできたんだけど、その場に尻もちをついてしまう。

 

「……虹夏ちゃん。危ないでしょ?」

「えへへ。でも、レンくんならちゃーんと受け止めてくれるって思ってたんだー」

 

 虹夏ちゃんが悪戯っぽく舌をペロッと出してそう言ってきたので、鼻をつまんでおきました。

 

 後藤さんにもやってあげようかと思ったけど、例によって首を高速で横に振りながら「むむむむむむむむむむむむむ!」と「イヤイヤぼっちちゃん」になっていたので、一緒に写真を撮るにとどめておくことにする。

 

 二人で写真を撮れるようになっただけでもものすごい成長だけどね。

 

「山田さ~ん、幽々とヨヨコ先輩と一緒に撮りましょうよ~。すんごいのが写りますよ~」

「絶対良いヤツじゃないよね!? あと、そのお札何!?」

「これは~この前ヨヨコ先輩が連れてきた霊を除霊するのに使ったお札で~」

「大槻先輩……良い人だったな」

「ちょっと! 露骨に距離を取らないでよ! 普通にショック受けるじゃない!」

 

 その後も大騒ぎしながら、各々のバンドの楽器ごとだったり一年生組だったり先輩組だったり陰キャ組だったり陽キャ組だったりと、色んな組み合わせでたくさん写真を撮るのだった。

 

 

 

 

「いっぱい写真撮れたね~」

「こうしてみると、山田姉弟の美形っぷりが際立ってますね」

「レンくんはともかく、リョウも顔だけはいいからな~。変なファンも多いし」

「リョウ先輩! 変なファンに困ってたら私に言ってくださいね!」

「変なファン筆頭がなんか言うとるわ」

「……レンくん?」

「後藤さん、大槻先輩、何食べますか? 王道のしらす丼?」

 

 ひとしきり海ではしゃいだ後、海の家でお昼ご飯タイムに突入する。生しらす丼にも興味があったけど、海の家だと釜揚げしらす丼しか売ってないみたいだ。残念。

 

「あ、大槻さん。遅れちゃったけどTOKYO MUSIC RISEの優勝おめでとう!」

「曲聴いた。すごくよかった。おめでとう」

「おめでとうございます! 次は私達も負けませんからね~!」

「お、おめでとうございます」

 

 八月二十六日に最終審査が行われ、SIDEROSは見事に優勝を勝ち取り、TOKYO MUSIC RISEのホームページにも詳細が記載されていた。予選を通過した他のバンドの動画も観たけど、やっぱりSIDEROSが頭一つ抜けている。

 

 今のSIDEROSのメンバーが集まった時期と、結束バンドのメンバーが集まった時期はほとんど同じなのに、二つのバンドの間には大きな実力差があった。

 

 それに悔しさを感じつつも、結束バンドは地に足をつけた活動を続けていて、着実に実力を伸ばしていっている。今はまだ、SIDEROSのみんなには勝てないけど……次の舞台では彼女達と肩を並べるくらいにはなっておきたい。

 

「ありがとう。でも、あのくらいのレベルなら優勝して当然よ。ここで躓くようなら未確認ライオットの優勝なんて夢のまた夢だわ」

「あたし達は予選落ちだもんね~」

「あれは結構ショックだった」

「予選落ちした日、みんなで(スタジオで)大暴れしましたね」

「し、七月や八月のライブはかなり良くなってたでしょ!? そ、それに、音源審査ギリギリに曲が完成して練習時間が満足に取れなかったって聞いたわ! あ、あれがあなた達の本来の実力って私はちゃんとわかってるから……」

「大槻さん、私達の八月のライブ動画もチェックしてくれてたんだ」

「大槻さんって優しいのね」

「ツンデレ」

「う、うううううるさいっ!! 山田っ! 店員さんを呼んでちょうだい!! もう注文は決まったから!!」

 

 大槻先輩が顔を赤くしながら捲し立てる。他のみんなはニコニコと温かい笑顔で彼女を見ていた。後藤さんですら、妹のふたりちゃんに向けるような優しい表情になっている。

 

 ほんとに大槻先輩ってこういうところがあざといよなぁ。

 

「レンさんも人のこと言えないっすからね?」

「俺のおばけ怖い怖いはガチだから。狙ってないから」

「だからっすよ」

「幽々がお守り代わりにこのお札をあげますよ~」

「……なんか思いっきり『呪』って字が書かれてない?」

「レンくんとヨヨコ先輩を二人でおばけ屋敷に放り込んでみたいね~」

「笑顔でなんて残酷なこと言うの!?」

 

 富士急ハイランドのおばけ屋敷になんかに放り込まれたら……俺は五分ももたないからな!! はっきり言って、泣かない自信がない!!

 

「大槻さん。TOKYO MUSIC RISEで優勝してから、どこかから声がかかったりした?」

「昨日、レーベルに話を聞きに行ったわ。ただ、私達の方針と合わなかったから断ったけど」

「こ、断っちゃったんだ!? もったいない……」

「レーベルだからと言って、無防備に話に飛びついたら危険よ。中にはこっちのことなんて搾取対象としか思っていない悪徳レーベルだっているわ。あなた達も、気をつけなさい」

「大槻さん……私達がいつかレーベルに声をかけられるくらいのバンドになれるって思ってくれているのね」

「だ、誰もそんなこと言ってないでしょ! 都合よく解釈しないでちょうだい!」

「うーんこの大槻ヨヨコとかいう絵に描いたようなツンデレヒロイン。こんな面白生物なのになぜ昔はメンバーの入れ替わりが激しかったのか」

「それは多分、昔はツンツンツンツンツンツンツンツンツンツンデレだったからじゃないすか」

「お姉ちゃんより酷いことになってる!?」

 

 俺と出会った頃もかなーりツンツンしてたからなぁ。今はもう、すっかり正体がバレてるからどんな発言をしても温かい目で見守られてるんだよね。

 

「つ、ツン……デレ……?」

「お? 後藤さん、興味ある?」

「あ、はい……(こ、これをマスターすれば山田くんともっと仲良くなれるかもしれない……よーし!)」

 

 後藤さんのツンデレとか……ちょっと想像ができない。後藤さんはちょっと褒めたらデレデレのデロデロになるから……いやこれだとデレの意味が全然違うな。

 

(はっ!? ちょっと待って! ツンデレって……冷たいことを言った後に甘い言葉を囁いて相手の心を支配するってことだから……実質DV!? お、大槻さんはえっちなDV女だった!? つ、冷たく突き放した後にえっちな服と体で山田くんに迫ってあまあまにしても身も心も虜に……)

 

『大槻先輩はね。本当は優しい人なんだ。俺はそれをよく知ってる。先輩が冷たいことを言うのだって、全部俺のためなんだよ? ちゃーんとわかってるから。大丈夫、辛くなんてない』

 

(ぐわああああああああああっっ!! や、山田くんが……山田くんがクズ男に引っかかるダメ女みたいになってしまうううううううううう!! わ、私が……私が守ってあげないと……) 

 

「ぼっちさんが一人で百面相してますけど、大丈夫っすか?」

「大丈夫。多分『ツンデレ』をおかしな方向に解釈して変な妄想を脳内で暴走させてるだけだから」

「あ、あ、あ……し、SIDEROSのDはドメスティックのD……」

「なんか怖いことを呟きだしたっす!?」

「どんな妄想をしたらツンデレとドメスティックが繋がるわけ!?」

「あー……なるほどな。ツンデレをDVだと拡大解釈しちゃったか~」

「この子の拡大範囲はどうなってるの!?」

「それよりレンさんの理解力に驚くべきっすよ」

 

 これは理解力というか……これまでの彼女の奇行と妄想と暴走の傾向から推察したに過ぎないんだけどね。彼女の脳内を本当に理解しようとするなら、常人ではいられないと思うよ。

 

「後藤さんの理論でいくと、ツンデレな大槻先輩はDV女だということに……」

「ちょ!? 後藤ひとり!! 帰ってきなさい!! 誰がDV女よ!? 私はちょっときついことを言っちゃって人に誤解されやすいだけなんだからね!?」

「大槻さんはきつい女……おおきつさん……おおきつつきさん……ぐふっ、キツツキさん可愛いね」

「山田ァ!! 何とかしなさい!!」

 

 後藤さんの好きな唐揚げを注文して食べさせてあげるか。それで元に戻るでしょう。

 

 

 

 

「虹夏さん、結束バンドって面白いですね~」

「SIDEROSも人のこと言えないでしょ!?」

 

 ふーちゃんと虹夏ちゃんのそんな会話が聞こえてくる。八人とも全員キャラ濃いんだよなぁ。この中だと俺が一番まともな常識人だから相対的に埋もれてしまう……

 

 うん。埋もれたまんまでいいや。

 

 こうしてみんなで仲良くしらす丼を美味しくいただきました。




 江の島回一話目!

 順調に行けば次で終わるかなー?

 ノリと勢いでSIDEROSを連れて来ちゃったけど、キャラが多くて捌ききれない。これは大きな反省点です。

 ぼっちちゃんが会話に参加できないから存在感がなくなるし、わちゃわちゃさせるのも考えものですね。

 そしてぼっちちゃんの中でSIDEROSがどんどんえっちな集団になっていく……

 この女、レンくんと青春花火デートしたのと本当に同一人物なのか?

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#37 続・江の島観測

「もっと混雑してるかと思ったっすけど、意外と空いてますね」

「あたし達は夏休みでも世間は普通に平日だからね」

「さて、次は何を食べてやろうか」

「あなた……まだ食べるの?」

「おやつと甘い物は別腹。たくさん食べてぼっち並みのおっぱいを手に入れてやる」

「わ、私は別に大食いなわけじゃ……お、大槻さんもそんなに見ないでくださいっ……」

「み、見てないわよ!? 変な言いがかりはよしてちょうだい!」

 

 海の家でお昼ご飯を食べた後、腹ごなしも兼ねてお散歩しつつ、仲見世通りへとやってきた。ここは江の島神社の参道で、約二百メートルの緩やかな坂道区間に飲食店や土産物屋が並んでいる。

 

「古風な繁華街……いいね。俺、こういう雰囲気好きだわ」

「あのお土産屋さんとか、掘り出し物がありそうです~」

「また怪しい呪いの人形みたいなもの増やすの?」

「……山田さん。そんなこと言っていると、本当に呪われますよ? 今日の夜、一人でお風呂に入っている時に───」

「ごめんなさい俺が悪かったから許してください!! ルシファー様、ベルフェゴール様!!」

 

 幽々ちゃんがからかうように人形を俺に近づけてくる。その人形マジで怖いからやめて!! 目がヤバいんだよ目が!! 人形なのに勝手に髪が伸びたり、目がキョロキョロ動いてそうで怖い。

 

「ほう……女夫(めおと)饅頭。レン、あれ食べたい」

「お小遣いは?」

「まだ残ってる。……偉い?」

「偉い偉い」

 

 姉貴の頭を雑にポンポンして和菓子屋さんに女夫饅頭を買いに行く。

 

「こし餡と粒餡がある。姉貴、どっちがいい?」

「こし餡」

「じゃあ俺は粒餡」

 

 店頭でお饅頭を買うと、蒸したてだったらしくほかほかで温かかった。他のメンバーも甘い物は別物なようで、俺達と同じようにお饅頭を買ったり、みたらし団子を買っていた。

 

「レン、粒餡一口ちょうだい」

「ほら」

「こっちも一口あげる」

「ん」

 

 こし餡も美味しい。ほうじ茶か濃い目の緑茶飲みたくなるな。それに、餡子自体がめちゃくちゃ甘いから歩いて疲れた体に染み渡る気がする。姉貴はこういう繁華街や屋台で良い店を見つけるのが上手いね。

 

「なんつーか……あれっすね。ただお饅頭を食べさせ合ってるだけなのに、二人だとめっちゃ絵になりますね」

「リョウも顔だけは良いからね~」

「えへん」

「リョウ先輩! 私のみたらし団子も食べてくださいっ!」

「食べる」

「ヨヨコせんぱ~い! アイス最中です。サザエの形してて可愛いですよ~」

「かわっ? 可愛いのかしらこれ……」

「(女夫……夫婦(めおと)じゃないんだ。どういう意味だろう? ……つ、妻と夫!? 夫婦の音変化!? ま、まさか……リョウさんと山田くんが禁断の愛に落ち……いや、それはないか。山田くんだし。はっ!? お、大槻さんはこし餡のお饅頭を買ってて山田くんは粒餡のお饅頭……ゆ、油断も隙もないですねっ!? こ、ここは私も粒餡のお饅頭を買って私と大槻さんという組み合わせにすれば───)お、大槻さん! ひ、一口交換しましょうっ!」

「え、ええ。いいけど? (何? もしかしてこの子、私と友達になりたいのかしら? ふっ、そこまで言うならロインを交換してあげてもいいわよ? まあ? 私からじゃなくて? あなたから申し出てきたらだけど?)」

(え? 大槻さんがスマホで攻撃してくる? ど、どうしたんだろう?)

 

 後藤さんは粒餡派なのかな? あと、大槻先輩はスマホで後藤さんをツンツンつついて何やってんの? しかもあの満足そうな表情……というか、かまってほしそうな表情。

 

 後藤さんとロイン交換したいとか? でも自分から提案するのは癪だから後藤さんに言わせようと……?

 

 そんなの伝わるわけないじゃん!! 後案の定後藤さんは戸惑ってるし。

 

 仕方がないので大槻先輩のプライドを傷つけないようにうまいこと誘導しながら二人のロインを交換させました。ロインの友達が増えてだらしなく笑っている二人の姿を見て、やっぱり似た者同士だなとあらためて思うのだった。

 

「しらすパン、しらすまん、しらすたこ焼き、しらすコロッケ……なんでもかんでもしらすぶち込めばいいってもんじゃねーぞ!」

「あ、虹夏がとうとうツッコんだ」

「虹夏先輩……誰もが思っていても口に出さなかったことなのに……」

「虹夏さんが江の島の存在を否定したっす」

「虹夏さん、埋められちゃうね」

「幽々がちゃーんと供養してあげますからね~」

「あたしのツッコミってそんなに大罪なの!?」

 

 虹夏ちゃんの言わんとすることはわかる。江の島にはとにかく食い物にしらすをぶち込んでおけばいいっていう風潮があるのかもしれない。名物をアピールするのは良いことだと思うけど……さすがにソフトクリームにしらすを乗せるのはやりすぎじゃない?

 

「レン、しらすソフト買ってきて」

「え? 姉貴、あれ食うの?」

「レンが食べる」

「……俺を実験台にする気か?」

「美味しかったら私も買う。ネットで調べる限り、SNS映えするとのこと」

「味についての口コミは?」

 

 おい、黙って目を逸らすなや。

 

「映え!? レンくん、買ってきなさい!! これは結束バンドのSNS担当大臣の命令よ!!」

「喜多さんが自分で買えばいいじゃん!」

「買ったら食べなきゃいけないでしょ!?」

「写真撮りたいだけか!?」

「そうよ!!」

 

 躊躇いがねえなこの女。逆に清々しいわ。はいはいわかったわかった。わかりましたよ。買って来ればいいんでしょ買って来れば!

 

 俺は半ば自棄になりながらしらすソフトを売っている「とびっちょ」というお店に向かい、お目当てのソフトクリームを買う。抹茶と竹炭パウダーを練り込んだソフトクリームのミックスにしたけど……竹炭!?

 

 竹炭だけでも十分インパクトがあるのに、さらにしらすを乗せるのか……恐るべし江の島。

 

 で、みんなのところに戻ると早速喜多さんがスマホで写真を撮りまくる。

 

「うわぁ……」

「結構がっつり乗ってるっすね」

 

 大槻先輩も軽く引いていた。よし決めた。先輩にも一口食わせてやるからな!! 絶対に!!

 

 俺はお店でプラスチックスプーンを何本か貰っていたので、そのうちの一本を使ってしらすソフトを口に入れる。

 

「レンくん、どう?」 

 

 虹夏ちゃんが尋ねてくる。……これ、正直に言っていいかなぁ?

 

「不味くはないよ。不味くは。しらすの塩気とソフトクリームの甘みが意外とマッチしてる」

「へー、そうなのね」

 

 喜多さんは他人事のように言うけど、君にも後で食わすからな!!

 

「ただ……」

「ただ?」

 

 俺はびみょーに眉をしかめながら言う。

 

「しらす……ない方が美味しい」

 

 その言葉に全員が「それを言うなよ……」とでも言いたげな表情で俺を見てくる。ハイ決めた。全員に一口ずつ食わせるからね? 食ったら俺の言った意味が分かるからね? そんな顔できなくなるからね?

 

 俺は固く心に誓い、スプーンを渡して一人一人に食わせていく。すると全員───

 

「レンくんは正しい」

「レンさんは間違ってなかったっす」

「……これは、なかったことにしましょう」

 

 という雰囲気になり、全員の心が一つになるのだった。

 

 不味くないんだよ? 決して不味いわけじゃないんだよ? ネタ的にはおいしいけど……しらすいらねーじゃん。

 

「姉貴、気を取り直して……次はどこ?」

「あっち。あさひ本店の『たこせん』。江の島に来たらここは絶対外せない」

 

 ということで、江の島名物のしらすは堪能したので別の場所に向かいます。

 

 

 

 

 「あさひ本店」はグルメ番組でも紹介されるくらい有名なお店で、休日は長蛇の列ができる……とのことだったけど、意外や意外。夏休みのほぼ最終日ということもあって、行列はかなり短かった。これならすぐ買えそうだな。

 

「お、おっきくないですか?」

「確かに……B4用紙くらいの大きさがありそう」

 

 他の人が食べているたこせんの大きさを見て、後藤さんが驚いていた。たこを二、三匹熱した鉄板に乗せてプレスするらしい。二、三匹も使ってんのかよ!? そらあれだけでかくなるわ。

 

「ぼっち。プレスした時に聞こえる『きゅー』って音は、タコの断末魔なんだよ」

「ひいぃっ!?」

「嘘つくなこら! 後藤さん、そんなわけないからね?」

 

 姉貴の言葉に後藤さんは驚いて俺の腕を思い切り掴んでくる。確かに、あの音はちょっと不気味で断末魔って言われたら信じちゃうかもしれないけど……

 

「……大槻先輩も信じちゃったんですか?」

「は? 何を? 私は最初から分かってたけど?」

 

 じゃあ何で後ろから俺の服を掴んでるんですか? まあ、そうやって意地張って強がるところも可愛いんですけどね。しかもそれを気付かれてないと本気で思ってるあたりが最高にあざとい。

 

「わ、私、あんなにおっきいの食べられないかもしれません……」

「じゃあ、俺と半分こする? 俺もお昼に食べ過ぎたから、結構きつくなってきたんだよね」

「は、半分こ!? (お、落ち着け落ち着け!! さっきだってソフトクリームを食べさせてもらったし、何なら前のバーベキューではお肉を食べさせてあげたし……あ、あれに比べたら余裕の義経徳川慶喜ヨークシャーテリア!! そうだよ、大槻さんの五千えちえちポイントに比べたら、おせんべいを半分こするなんてせいぜい四えちえちポイント……全然大丈夫だ)」

 

 あ、ちょっと刺激が強すぎたかな?

 

「あ、お、お願いしましゅ……」

 

 大丈夫そうだった。よしよし、このくらいなら耐えられる……まあ、それもそうか。この夏休み、後藤さんとは結構濃い時間を過ごしたからね。……花火大会とか。

 

「喜多ちゃん、あたし達も半分こしよう? 全部食べられる気がしないや」

「そうですね。結構お腹いっぱいになりましたし……」

「私は一枚食べられる」

「でも、たくさん食べる割にはリョウさんって全然太ってないっすよね?」

「私は食べても太らない体質」

 

 姉貴はドヤ顔で世界中の女性陣に喧嘩を売るような発言をする。でも、姉貴の言ったことは事実だ。どれだけ食べても、どれだけ不養生をしてもスタイルが崩れることはない。

 

 きっと、姉貴の前世はものすごく徳の高い人物だったんだと思う。

 

 逆に姉貴の来世になる人は……がんばれ。

 

「あくび……わ、私も……」

「ウチと半分こしましょうか」

「あ、ありがとう!」

 

 さすがSIDEROSの大槻先輩係。先輩が何を言いたいのかすぐに察してくれる。あくびちゃんがいればSIDEROSは安泰だな。

 

 ふーちゃんと幽々ちゃんも俺達と同じようにたこせんを半分こにするらしい。一人で全部食べ切るのが姉貴だけとか……いや、姉貴ならペロッと食っちゃうだろうけど。

 

「お、美味しいですっ……!」

 

 十分ほど並ぶと買うことができ、実際手に持ってみると想像以上に大きかった。……これ、一人で食うのは無理だったわ。姉貴はもっしゃもっしゃ食ってるけど。

 

 後藤さんも目を輝かせてるな。気に入ってもらえたようで何より。

 

「喜多ちゃん、まだ~?」

「こっちの角度がいいかな? それともこっち? あ、虹夏先輩、笑ってくださ~い!」

「いつまで経っても食べられないじゃん!」

 

 喜多さんが喜多さんだったので、俺の分を一かけら虹夏ちゃんに食べさせてあげると、虹夏ちゃんはとても嬉しそうにもぐもぐしていた。

 

「見た目はあれだけど……思ったより美味しいわね」

「そっすね。見た目と断末魔はあれっすけど」

「断末魔とか言うなっ!」

 

 先輩達も美味しいものを食べられて満足してる。……しらすソフトで終わらなくてよかった。

 

「たこせん食べてたら、ビールが飲みたくなってくる」

「……姉貴には絶対に酒は飲ませないからな」

「リョウ、飲んだことあるの?」

「正月の甘酒で酔った」

「アホ過ぎる!?」

 

 当然、甘酒にアルコールなんて入ってない。でも姉貴はアルコールが入っていると思い込んで……一種のプラシーボ効果でべろんべろんに酔っぱらったんだ。虹夏ちゃんの言う通り「アホ」の一言に尽きる。

 

「どんな感じになったんすか?」

「……五十代のおっさんが若者に説教する感じ」

「あー……それは、うざいっすね」

「最近の音楽は~とか、昔は良かった~とか?」

「そんな感じ。しかもさらに面倒なのが、姉貴がそれを全然覚えてないんだ」

「記憶にないから実質無罪」

「俺の記憶には残ってんだよ!!」

 

 だから姉貴には絶対に酒を飲ませないと誓ったんだ。めちゃくちゃうざ絡みしてくるからいつもの十倍面倒になるからね。……相対的に、廣井さんがマシに見えたんだよな。

 

「お、お姉さんの方がマシ……りょ、リョウさん。もう、お酒飲んじゃダメですよ」

「ぴえん」

 

 注意してくれるのは嬉しいけど、後藤さんも酒癖悪そうなんだよなぁ……

 

 

 

 

 

「よし、食べるもの食べたし、帰ろう」

「何言ってんの!? こっからが本番じゃん!」

「リョウ先輩、まだ江の島神社に参拝してませんよ!?」

「私以外で行けばいい。あの石段を登る気にはならん!」

 

 赤い大きな鳥居の下までやってきたところで、あまりにも長い階段を見た姉貴がふざけたことを言い出した。いやいや、ここに音楽の神様が祀られてるから参拝するのが一番の目的だっただろ?

 

「こんなところいにいられるか! 私は帰らせてもらうぞっ!」

「……姉貴、帰りの電車賃あるの?」

 

 俺の一言で姉貴は黙る。さっきまでの食べ歩きでお小遣いを使い果たしたな? はんっ、それくらい俺にはわかってるんだよ。

 

「郁代……」

「うっ……」

「喜多さん、貸したらダメだよ。たとえ親しい間柄でも、お金の貸し借りが原因で人間関係が崩壊するなんてよくある話なんだから」

「う、うぐぐ……み、貢ぎたい~……リョウ先輩に貢ぎたいけど……こ、ここはレンくんの方が正しい……」

「貸し借りがダメ。ならばお金を借りるのではなく貰えばいい。郁代、電車賃ちょうだ───」

()()()?」

「あ、レンくんが結構本気で怒ってる」

 

 俺が姉貴を名前で呼ぶときは、俺の怒りボルテージが一定のラインを超えた時だ。それを知ってるのは虹夏ちゃんと……後藤さんが俺の家に来た時、彼女の前でも一回姉貴にガチ説教したな。

 

 とはいえ、俺だって楽しい空気をぶち壊したいわけじゃないので、姉貴にある提案をする。

 

「姉貴、これ見ろ」

「……はい」

 

 俺はスマホを取り出して、江の島神社の境内マップを表示する。

 

「ここには江の島エスカー……頂上までいけるエスカレーターが三台ある。最初の辺津宮まではがんばって階段で登って、あとはエスカー使っていいから。有料だけど、この分のお金は俺が貸す」

「……いいの?」

「音楽の神様が祀られてるんだから行かなきゃダメだろ? その代わり、辺津宮までは自力で登ること。いいな?」

「うん。……がんばる」

「よし」

「……嫌いにならないで」

「ならんわ。このくらいで」

 

 しょんぼりしている姉貴の頭を撫でてやる。はぁーーーー。ほんとに世話が焼ける。金を借りることやめぐんでもらうことに一切の躊躇いや罪悪感がないからな、姉貴には。

 

 マジでこの部分だけは矯正しないと……将来廣井さんみたいになったら、さすがの俺も心が折れる。

 

「へー、レンさんもああやって怒ることがあるんすね」

「……初めて見たわね」

「あたしもレンくんが怒ったところはほとんど見たことないよ。リョウ以外に怒ったところなんて一度も見たことないし」

「え? そうなんですか?」

「レンくんって基本的に全方位甘やかしボーイだから。リョウはレンくんに一番甘やかされて一番怒られてるんだよ」

「脳みそバグりそうっすね」

「ああやって、『ダメだよ』ってちゃんと怒った後に優しくフォローするからリョウも甘えちゃうんだよ。もっと厳しくしてもいいくらい」

「五歳児に躾けてるみたいだね~」

「山田さんは幼稚園の先生や保育士さんが向いているのでは~?」

 

 なんか色々言われてるけど……虹夏ちゃんも姉貴にあまあまだからね!?

 

 まあいいや。気を取り直して、このながーい階段を登っていきますか。いざとなったら体力ない組を全員エスカーに放り込めばいいし。

 

 ただ、エスカーは登りオンリーだから帰りは徒歩になるけどね。

 

 とまあ、こんな感じでひと悶着あったけど江の島神社の長い長い石階段を登っていきます。

 

 

 

 

「死屍累々ね……」

 

 辺津宮に到着して、喜多さんがぽつりと呟いた。

 

 姉貴、虹夏ちゃん、後藤さん、大槻先輩の四人はへたり込んでおり、幽々ちゃんも結構しんどそうにしている。それに対して、喜多さん、あくびちゃん、ふーちゃんの三人はまだまだ元気だった。もちろん俺も。

 

「も、もう無理……ここからエスカー使う」

「あ、あたしも……階段はむりっ!!」

「キツ過ぎでしょ……膝がぷるぷる震えてるわ……」

「幽々もちょっと辛いです~」

(ぜ、絶対明日筋肉痛になるっ!!)

 

 体力のないインドア派軍団はここで脱落らしい。まあでも、姉貴にしてはがんばった方か。帰りにしらすソフトじゃないアイスでも食わせてやろう。

 

 それに、正直後藤さんについては途中でおんぶする必要があるかと思ったくらいだ。体育でいつも死にかけてたし……真夏の路上ライブでちょっとは体力がついたのかな。

 

「じゃあ、参拝して階段組とエスカー組に別れましょう! 階段組の人~!」

 

 喜多さんがそう言うと、予想通りあくびちゃんとふーちゃん、そして俺の三人が手を挙げる。エスカーは楽でいいんだろうけど、景色が見れないのが欠点なんだよな。俺、こういうところに来ると隅々まで見たいタイプだし。

 

「先輩方……参拝、できます?」

「ご、五分ちょうだい」

 

 へばっている大槻先輩達の横を、還暦を過ぎたらしいおばあちゃんがスイスイ歩いていくのを見て、俺は何とも虚しい気持ちになるのだった。

 

 

 

 

「この緑色の輪っかをくぐってから参拝するみたいですよ~」

 

 社殿の右手に「茅の輪」という緑色の輪があり、みんなでそれをくぐって社殿に参拝する。

 

「江の島神社って、なんのご利益があるのかしら?」

「縁結びだったり金運だったり勝負運だったり……色々だよ。音楽や芸能の神様が祀られているから」

「金運っ!!」

(ぜ、贅沢は言わないから十億円くださいっ!! そうすれば高校も中退できてバイトも辞められる!! 好きなバンド活動だけに集中できる!!)

 

 俺がご利益について簡単に説明すると姉貴が真っ先に反応した。さっきまで死にかけてたのに現金なヤツだな。金運だけに。

 

 あとなんか、後藤さんもそわそわしてる。……絶対ろくなこと考えてない顔だ。

 

「音楽の神様、勝負運……どこ!? どこにいるの!?」

「大槻先輩ステイ。まずは社殿を参拝してからです」

 

 大槻先輩が目をキラッキラさせながら犬のように走り出していきそうだったので、手を掴んで動きを制止させる。この人も一気に元気になったな。

 

「縁結びかぁ~……」

「虹夏さん、好きな人でもいるんすか?」

「そういうわけじゃないけど……色々と思うところがね~」

「私も気になります~」

「えへへ。内緒だよ~」

 

 お労しや虹上……俺もがんばるからさ。一緒に素敵な恋をしようね。

 

「山田さ~ん。確かに縁結びのご利益があるみたいですけど、カップルで来ると神様が嫉妬してお願い事が叶わないみたいですよ~」

「山田、あなたは入り口で待ってなさい」

「悪いな、レン。この参拝……女用なんだ」

「レンくん、先に一人で登っててもいいのよ?」

「女子特有の陰湿ないじめ!!」

 

 よく考えたら、俺は別に誰とも付き合ってないので問題ないという結論に至り、みんなで仲良く参拝できました。男一人に女八人で神様にハーレム認定されたらって? その場合は神の力に頼らず自分の力で願いを叶えましょう。

 

「あっちの奉安殿が音楽や芸能の神様が祀られているところね」

「山田っ! 早く行くわよっ!」

「行きますからそんなに引っ張らないでください」

 

 先輩が俺の手をぐいぐい引いて奉安殿へ連れて行こうとする。ほんとに散歩中の犬っぽいな。喜多さんも犬だし後藤さんも小型犬っぽいし……俺の周りにはわんこ系女子が多すぎる。

 

 姉貴? 姉貴は野良ペルシャだよ。

 

 

 

 

「こ、この白いの……何ですかね?」

 

 奉安殿で参拝を終えると、私は白くて小さい蛇のお人形がたくさん売られているのを見つけた。この蛇さん、ちょっと可愛いかも。

 

「ひとりちゃん、これはね『一文字願立ての巳さま』よ。漢字を一文字だけ書いて神様にお供えすれば願い事が叶うって言われてるの」

「き、喜多ちゃん……物知りですね」

「って、見知らぬ誰かのブログに書いてあったわ!」

 

 公式サイトよりも個人ブログの方が良い写真を使ってたり、詳細が載ってたりするよね。それにしても、この蛇のお人形さん可愛い。願い事を書くかどうかは別として、普通にお土産として買って帰りたいな。

 

「私が書く漢字は決めた『金』」

「だろうね。あたしは何一つ驚かないよ」

「虹夏はどうするの?」

「どうしよう……無難に『音』って書こうかな」

 

 みんな一つずつ買って思い思いの字を書いているみたいだ。どうしよう……私は何も思いつかない、どころか思いつきすぎる!!

 

 か、漢字一文字だけって……ちょっとケチすぎやしませんか神様。書きたいことはいっぱいあるのに……

 

 はっ!? じゅ、十個くらい買ってそれぞれ別の漢字を一文字ずつ書けば十個の願いが叶うことになるんじゃ!? よーし……

 

「こういうのは一つだけ書くから風情があるんだよ?」

「あひぃいやぁ!?」

 

 突然山田くんに声をかけられたから、びっくりして変な悲鳴を上げちゃった……

 

 で、でも、それよりも驚いたのは、山田くんに私の心の中を見透かされちゃったこと。山田くんはニコニコ笑っていたけど、その笑顔を直視できない。うぅ……恥ずかしい。

 

「や、山田くんは何を書いたんですか?」

「俺はこれ」

「こ『恋』!?」

「そう。今の俺に一番必要なものだから」

「や、山田くん……誰か好きな人がいるんですか?」

 

 に、虹夏ちゃん!? 喜多ちゃんはないだろうし……も、もしやえちえち大槻さん!?

 

「ヨヨコ先輩は何を書いたんすか?」

「な、なんでもいいでしょ。こういうのは人に話すと叶わないって言うじゃない?」

 

 ぜ、絶対人には言えないようなえっちな漢字を書いたんだ!! そうに違いない!!

 

「『絆』って書いてあるよ~」

「楓子!? 何勝手に見てるの!?」

「ヨヨコ先輩……絆ってSIDEROSの……」

「そ、そうよ! 悪い!? このメンバーでずっとずっとバンドを続けたいから───」

「「「ヨヨコせんぱーい!!」」」

「だーっ!! 暑いから抱き着いてくるなーーーっ!!」

 

 も、ものすごく良い字を書いてた。ごめんなさい大槻さん。私、絶対に「淫」とか「性」って書くと思ってました。心の中で土下座します。

 

「別に、好きな人がいるってわけじゃないよ。ただ……後藤さんも知ってるだろうけど、俺って誰かに恋をしたことがないんだ。だから……ね?」

 

 私はそこで、この前の別荘でのお泊りでリョウさんがそんなことを言っていたことを思い出した。

 

「そ、そうなんですね……」

 

 山田くんが、今は好きな人はいないと聞いて、私はなぜかちょっとだけ安心してしまう。……理由はよくわからないけど。

 

 そして、山田くんは少し愁いの帯びた笑顔を浮かべてお人形をお供えする。そんな彼の表情を見て、私も何を書くのかを決めた。

 

 字を書き終えて、私は彼が置いた隣に自分の人形をそっと置く。

 

「後藤さんは何を書いたの?」

「な、内緒ですっ」

「えー? 俺は教えたのにー?」

「た、たとえ山田くんでも教えてあげませんっ!」

「ふーん?」

 

 山田くんはちょっとだけ意地悪く笑いながら私の顔を見てくるけど、何を言われても教えてあげないからね? 

 

 だってこんなの……教えられるわけないもん。

 

 私が書いた字は───

 

 君と同じ「恋」だったなんて。




 ガチ観光させてたら江の島編が終わらなかった……

 だって原作もアニメも江の島の描写が少なくて物足りなかったんですよ。

 つ、次で終わるから! 8月31日の夏休み最後の日に合わせただけだから!

 でも今の子達の夏休みって31日まであるのかな?

 それと、最近のぼっちちゃんの扱いが酷かったのでちょっとだけヒロインムーブしてもらいました。

 でもぼっちちゃんを一番酷く扱っているのが原作というね……

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#38 続々・江の島観測

「エスカー組は大丈夫っすかね」

「さっきの中津宮でも死んでたもんね~」

「姉貴からロイン来た。サムエル・コッキング苑のUMIYAMA DOってカフェでめっちゃ美味そうなアップルパイ食ってる」

「ば、映えレベル四十二ってところね。レンくん、私達も行くわよ!」

 

 エスカー組が文明の利器を利用して、風情を味わうことなくさっさと登り切って、展望台付近でお茶をしているのに対して、俺、喜多さん、あくびちゃん、ふーちゃんの元気っ子組はのんびり景色を楽しみながら階段を登っていた。

 

 喜多さんは「早く行こう」と急かすんだけど、ことあるごとに立ち止まって写真を撮りまくるからな。まあ、確かに景色はすごく綺麗だけどね。

 

「そういえば、喜多ちゃんに見せてもらったんだけど、レンくんってぼっちちゃんと海で抱き合ったんだってね~」

「え? なんすかその情報。ウチ知らないっす」

「はーちゃんがレンくんとおてて繋いで歩いている時に喜多ちゃんに見せてもらったんだ~」

 

 やっぱりあの時の「とっておき」ってその写真だったんかい!? あくびちゃんは興味津々な様子で喜多さんのスマホをのぞき込んでいる。

 

「レンさんも硬派気取ってる割にはやることやってるじゃないっすか」

「……言い訳してもいい?」

「したところで、抱き合ったっていう事実は変わんないっすよ?」

「だとしても!!」

 

 あくびちゃん達にあの時の状況を事細かく説明する。人命救助だったからね! 後藤さんが犬神家みたいに海面から足だけ出して沈んじゃったから仕方なくね! ……後藤さんのおっぱいはめっちゃ柔らかかったけど。

 

「あと、こんな写真もあるわよ~。レンくんが上半身裸でボディビルダーみたいなポーズを取ってる写真」

「あ、すご~い。レンくん、スタイルいいね~」

「うわ、えっろ! なんすかこのエロい身体! えっちの妖怪じゃないっすか!」

「えっちの妖怪って何!?」

 

 あくびちゃんって結構遠慮なく好き放題言うよね。

 

 そしてあくびちゃんとふーちゃんの二人は俺の腹筋を服の上からさわさわしてくる。触るのはいいけど時と場所を考えてほしいかな。

 

「そんなモテ要素の塊なのに、彼女はいないんすね」

「レンくんはね。これまでに何人もの女の子と付き合ってきたけど、恋をしたことがないのよ」

「……どういうことっすか?」

「喜多さんもなんですぐ人の秘密をばらすの!?」

 

 仕方がないのであくびちゃん達に事情を説明する。

 

 俺は愛情を向けることはできても、誰かに恋愛感情を向けたことがないということ。恋愛感情を向けられることは、これまでの経験上察することができるということ。そういう感情のすれ違いで歴代彼女とは長続きしなかったかということ。

 

 さっきから説明してばっかりだな俺!

 

「だから俺は、さっきの蛇の人形に『恋』って書いてお供えしてきた!」

「あざとっ! レンさんってそういうとこほんとあざといっすよね?」

「あざとくないでしょ!? 俺は大真面目に書いたんだからね?」

「だからっすよ。狙ってないから余計に……」

 

 あざとさで言ったらウチのリーダーや君達のリーダーも大概だよ? 特に大槻先輩は無自覚にあざといことをやってのけるから俺と同類。

 

「レンくんって、身近にいるからあまり意識していなかったけど……全方位甘やかし包容力マックスの高身長イケメン高校生なのよね」

「しかもおばけが苦手という母性をくすぐるあざとさに恋を知らないピュアピュアボーイっす」

「完全に年上のお姉さん特効だ~」

「レンさん、絶対に成人女性と二人っきりでご飯とか行っちゃダメっすよ?」

「そうよ! そのままお持ち帰りされて捕食されてしまうわ!」

「『恋を知らないならお姉さんが教えてあげる~』っていうえっちな展開だ~」

「そんな漫画みたいなことあるわけないじゃん!」

 

 そんなのは年上のお姉さんに優しくリードされたいという童貞特有の妄想だから。そういうのはエロ同人の中だけにしておきなさい。

 

「いやいや、レンさんのルックスならありえるっすよ。レンさんってガードが堅いようで意外とガバガバっすから」

「おねだりすれば大体言うこと聞いてくれるもの」

「あ、ヨヨコ先輩とは二人でお出かけしても大丈夫だよ~。ヨヨコ先輩はヘタレだからレンくんに手を出す度胸なんてないし~」

 

 いや、そもそも大槻先輩とそういう関係には……あれ? ちょっと想像してみたけど、大槻先輩とそういう関係になるのって、全然嫌じゃない……むしろ、先輩って結構俺の理想だったりする?

 

 ……これ以上意識するのはやめ! ヨシ!

 

「でも心配っすね。ライブハウスなんかでバイトしてたら悪いバンドマンにレンさんがたぶらかされるかも」

「だ、ダメよ! そんなこと絶対ダメ! レンくんに何かあったらリョウ先輩にも悪影響が出ちゃうわ!」

「はーちゃん、ここは私達三人で『山田レンを守らねば同盟』を結成しようよ!」

「良い考えっすね。STARRYでは喜多さんが、新宿FOLTではウチらでレンさんを守りましょう」

「レンくんをイケないバンドマンの手から守ってあげるわ!」

「だから安心してね~? 私達がいるから」

 

 俺はもう、何もツッコみません。なんか知らんところで俺を守るためという意味不明な同盟ができたけど……好きにしてください。

 

 というか、こういうのは普通隙だらけな女の子を守るためにやるんじゃないの?

 

「レンさんって自分で思ってる以上に隙だらけっすからね?」

「STARRYでよくお持ち帰りされなかったね~」

「店長が保護者だからよ」

「STARRYの店長さんって虹夏さんのお姉さんすよね? 若くて美人さんだったっす」

「でも、今年で三十歳よ? しかも誕生日はクリスマスイブ」

「あの顔で三十なんすか!?」

「全然見えないね~」

 

 星歌さんは三十路詐欺なところがあるから。でも、あざとさでいえばあの人がSTARRYで一番だからね?

 

「ただ、店長が最大の味方と言っても……STARRYにはレンくん特効の危険人物がいるのよ」

「あれ? そんな人いたっすか?」

「あくびちゃん達は直接会ってないかもしれないけど……STARRYにはピアスゴリゴリのスプリットタン巨乳美形お姉さんがいるのよ。年齢は二十四歳で巨乳には視線誘導ホクロも完備しているという……」

「そ、その人こそ本当のえっちの妖怪だ……」

「年上の巨乳お姉さんって……レンさんの好みドンピシャじゃないすか。もしかして、レンさんはもう……」

「ないから! PAさんとそんなことになってないから!」

 

 確かにPAさんってめっちゃエロい見た目してて声がクソ可愛いから、そういう目で見ちゃうこともあるけど……大丈夫! 二人でご飯とか行ったことないし! そもそも俺より九歳も年上だから逆に安全でしょ?

 

「いいすか、レンさん。女性は二十代に入ってから性欲が高まってくるんす。だから二十四歳なんてのは、高まり始めた性欲を持て余し気味になる危険な年齢で……」

「俺はもう、PAさんよりあくびちゃんの方がえっちな子に思えてきたよ……」

「ウチは『レンさんの体エロいなー』くらいにしか思ってないから大丈夫っす」

「それ安心できる台詞じゃないじゃん!? ふーちゃんは!? ふーちゃんは大丈夫だよね!?」

「大丈夫だよ~。()()ちゃーんと守ってあげるからね~」

 

 俺が心配そうに尋ねるとふーちゃんが背伸びして優しく頭を撫でてくれる。癒されている一方で、俺は気付く。

 

 今、「私が」って言った? ……同盟は早くも決裂しそうですね。

 

 

 

 

「あ、レン達やっと来た」

「みんな~、こっちだよ~!」

 

 階段を登り切って、姉貴達がいるカフェにやって来ると、エスカー組は美味しいスイーツを存分に味わった後らしく、だらしなく寛いでいた。

 

「アップルパイとバニラアイス、美味しかった。これで帰りもがんばれる」

「言っておくけど、ここから先はエスカーがないから全部歩きになるからな?」

「……おんぶして」

「もう登りはないから自力で歩け。後藤さんはどう? まだがんばれそう?」

「あ、はい。涼しいところで休んだから大丈夫です」

「よかった。体調が悪くなったら言ってね?」

「ぼっちに甘すぎる。やはりおっぱいか。おっぱいの差か」

「人間性の差だよ」

 

 歩き組もエスカー組が頼んだものと同じものを注文し、甘酸っぱいアップルパイと冷たいバニラアイスに舌鼓を打つ。今日は歩いて食って歩いて食って歩いて食って……めちゃくちゃ江の島を満喫してるな。

 

「大槻先輩は大丈夫ですか?」

「……ふん、余裕よ。このくらい」

「その割には膝がプルプルしてません?」

「し、してないわよっ! そんなに足を見ないでちょうだい! えっち!」

 

 先輩の格好の方がだいぶえっちだと思いますけどね。お詫びも兼ねてアップルパイをフォークに刺して一口分差し出すと、先輩は俺とアップルパイを交互に見て、そのままパクリと食べた。

 

 後藤さんは激しくうんうん頷いていたけど、もしかして君も俺のことえっちな男だと思ってる? 

 

 あれ? なんか俺の周り……俺のことをえっちだと思う女の子が多過ぎない?

 

 

 

 

「わぁ~! すご~い! 富士山が綺麗に見えますよ~!」

「……ドローンの航空写真の方が綺麗」

「なんでそんな情緒のないこと言うんだよ!?」

 

 カフェで休憩した後、俺達は江の島シーキャンドルの展望台へ上がり、景色を楽しんでいた。今日は天気が良いので富士山が綺麗に見えて感激していた喜多さんに、姉貴の無慈悲な言葉が炸裂する。

 

「そういう情緒にとらわれない先輩も素敵!」

「山田、前から思ってたけど……あの子相当やばいわよね?」

「そのうち、先輩に喜多さんのボーカルレッスンをお願いしてもいいですか?」

「この流れでそんな頼み事する!?」

「先輩がダメなら廣井さんにお願いするんで」

「姐さんの手を煩わせるまでもないわ! 私に任せなさいっ!」

 

 喜多さんも前に大槻先輩から貰ったアドバイスメモを頼りにがんばってて、かなり上手くなったと思うけど、まだ演奏にかき消されてる弱い部分があるんだよね。だから、それを改善するために大槻先輩や廣井さんにはぜひとも直接指導をしてもらいたい。

 

「ヨヨコせんぱ~い! 富士山をバックに写真撮りましょうよ~!」

「山田さんも一緒にどうぞ~」

 

 ふーちゃん達に声をかけられたので、SIDEROSっ子達と一緒に写真を撮る。

 

 姉貴達は……姉貴はもう景色に飽きてるな。早すぎだろ。後藤さんでさえちょっとわくわくしてるのに。

 

 そして俺達は屋外の階段を登り、展望台の最上部までやって来る。姉貴は暑いから冷房の効いた中にいたいとかほざいていたけど、虹夏ちゃんが無理矢理引っ張って連れてきているみたいだ。

 

「あ、あれ……? 何か、変な音が鳴っていませんか?」

 

 動物の鳴き声のような「ピュー」という甲高い音が聞こえてくる。

 

「ああ、トンビだよ。江の島ってトンビが多いんだ。しかも人間の食べ物を狙ってくるから外で何かを食べる時は注意しないとね」

「そ、そうだったんですね……」

 

 後藤さんは「はえー」と感心したような表情で、旋回しているトンビを眺めていた。江の島のトンビの被害は結構有名で、注意の看板が立っているくらいなんだよね。人が多いところではあんまり襲ってこないみたいだけど、人気が少ないところで食べ歩きしていると、背後から勢いよく襲いかかって来るらしい。

 

「ぼっちはトンビにも負けそう」

「さ、さすがに鳥には負けませんよっ……!」 

「でもぼっちちゃん。トンビって六十センチくらいあるらしいよ」

「翼を広げたら百六十センチにもなるみたいね」

「あ、あ、あ……そ、それはちょっと勝てない……」

 

 後藤さん、あっさり負けを認める。でも確かに、姉貴の言う通り後藤さんがトンビに食べ物を取られてる絵が簡単に思い浮かぶんだよなぁ……

 

 後藤さんこそ「守らねば」な存在やんけ。

 

 その後、江の島シーキャンドルから出ると、すぐ隣に白い山型の大きなトランポリン……通称「ふわふわドーム」があり、ものすごく面白そうだったので心を引かれた俺と喜多さんが走ってふわふわドームのところへ向かったんだけど……

 

 「三歳から九歳のお子様専用」という無慈悲な現実に叩きのめされ、俺と喜多さんはお互いに慰め合うことになる。

 

「今だけ五歳児になるのは無理かなぁ……」

 

 やみさんは六歳サバ読んでたし……十五マイナス六は九。……いけるな。

 

 ぼく、やまだれんきゅうしゃい。

 

「わたし、きたちゃんごしゃい」

 

 当然ふわふわドームで遊べなかったので、喜多さんと一緒に「五歳児ごっこ」をしながら次の「奥津宮」へ向かうのだった。 

 

 

 

 

 奥津宮へ向かう道は下りだったものの、階段が結構急だったのでエスカー組は手すりにつかまりながらよたよた歩いていた。大丈夫か今時の若者?

 

「こういうところにこそエスカレーターが必要。バリアフリーが行き届いてないなんてけしからん」

「姉貴の財布は常にバリアフリーだもんな」

「その通り。みんな私を見習うべき。ガンガンお金を使って経済を回そう」

「リョウ先輩は日本経済の貢献者ですね!」

「物価高騰? 増税? 私の物欲を止めたければ、その三倍は持ってこい」

「その時は俺が物理的に止めてやるから安心しろ」

「……物理はずるい」

 

 ずるくないわ!

 

 くだらない雑談をしている内に奥津宮へ到着し、みんなで参拝する。カフェで結構休めたからか、エスカー組は思ったよりも元気そうだった。エスカーは登りオンリーだから帰りは全部徒歩になるんだけど……

 

 いや、一応他の手段もあるな。まあ、それに関しては後でいい。

 

「リョウさ~ん。あそこにある像、『山田検校』さんという方の像らしいですよ~」

「ほう……私の先祖だ」

「リョウ先輩の先祖……つまり私のご先祖様でもありますね!」

「もう何もかもおかしい!!」

 

 虹夏ちゃんがたまらずツッコむ。歩き疲れてツッコミをだいぶ放置していたけど、甘い物を食べて元気を取り戻したみたいでよかった。

 

「幽々ちゃん。山田検校さんって何をした人なの?」

「江戸時代の箏曲家さんですね~。のちに『山田流』を興したらしいですよ~」

 

 俺が尋ねると、幽々ちゃんがスマホで調べて答えてくれた。

 

「ほう……筝曲家。間違いなく私の血筋。私の作曲の才能のルーツがここにあった!」

「先輩! ロック界にも『山田流』を広めましょう! それがご先祖様の悲願でもあるはずです!」

「私は私の『山田流』を作り上げる。……待てよ? 山田メソッド、情報商材……閃いた!」

「やめんか!」

 

 虹夏ちゃんが姉貴の頭をひっぱたく。姉貴が情報商材に手を出すとか……絶対ろくなことにならない。

 

 しかし、約一年半後……適当に聞き流していた「山田メソッド」が現実のものになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

 

 

 

 

「見て見て、レンくん! 『恋人の丘』ですって!」

「……ほう? 恋愛学習マシーンと化した俺にはうってつけの場所だね」

「恋愛学習マシーンって何!?」

「ヨヨコ先輩。レンさんは今、『恋とは何か』ということを勉強中なんすよ」

「そんな口に出すのも恥ずかしいようなことを勉強してるの!?」

「レンくんは恋愛赤ちゃんだからね~」

「大槻先輩、ばぶーっていった方がいいです?」

「言わんでいい!!」

 

 奥津宮から脇道を通ると「龍恋の鐘」という看板とがあり、さらに先へ進むと小さな公園になっていた。公園には、一つの鐘と、その鐘を囲むようにフェンスが設置してある。

 

「ふーん。この鐘を鳴らした恋人は別れることはない……か」

「独り身の私達には縁のない場所ね」

「恋について学べる場所でもなさそうかな」

 

 喜多さんと一緒に、鐘の下に設置されている石碑を読むも、俺が思ったのとはちょっと違ったらしい。

 

「恋人がいない状態で鐘を鳴らしたらどうなるのかしら?」

「……自動的に俺と喜多さんが付き合うことになるんじゃない? しかも別れられないという効果付き」

「それは大変! 早く出ましょう! そんなことになると先輩の娘になれないじゃない!」

「これが恋愛スポットを訪れた男女の反応なの!?」

 

 俺と喜多さんが鐘の設置場所からそそくさと出てくると、大槻先輩に盛大にツッコまれた。だって、幸せな出会いがありますとかならともかく……恋人と別れることがないってものなんだったら俺達には意味ないですよ。

 

「……この鐘を鳴らした恋人は別れることはない。恋愛ゲームにありそうな設定っすね」

「ここが学校だったら鳴るはずのない伝説の鐘扱いされてたかもね」

 

 あくびちゃんが呑気にそんなことを言っている一方で、ふーちゃんと幽々ちゃんがきゃっきゃと騒ぎながら鐘をガンガン鳴らしていた。……そんなことして大丈夫?

 

「あたしは鐘より、フェンスに付けられた大量の南京錠が気になる」

「……正直、これだけびっしり付けられてたら恋愛スポットにそぐわない不気味さしか感じないんだけど」

「なんかホラーっぽいよね」

 

 虹夏ちゃんがしゃがみ込んでフェンスを観察していたので、俺も隣に座って南京錠に触れてみる。ここを訪れたカップルの何割が別れずに添い遂げたんでしょうねぇ?

 

「レンくんは鳴らさなくていいの?」

「彼女がいないのに鳴らしても意味ないじゃん」

「……じゃあ、あたしと一緒に鳴らす?」

 

 虹夏ちゃんが俺にクスリと笑いかけてそう言った。

 

「俺と虹夏ちゃんの気持ちがちゃんと整理できて……お互いが恋愛感情を自覚できるようになったら鳴らしに来よう」

「ふふっ。そうだね。今のあたし達じゃ……そんな資格ないから」

 

 虹夏ちゃんは俺の肩に頭をもたれさせてくる。そうだよなぁ……仮に虹夏ちゃんと付き合うことになるとしても、それはこの激重感情をどうにかしてからだもんなぁ。

 

「次はぼっちと大槻ヨヨコだ。行け」

「なんで私と後藤ひとりで鐘を鳴らさなきゃいけないのよ!?」

「じゃあ、選択肢をやろう。鐘を鳴らすか、大槻ヨヨコにとって『恋』とはどういうものかをみんなに教えるか」

「地獄のような二択ね!?」

「あ、はーちゃん。い、一緒に鐘を鳴らしましょう」

「いいっすよ」

「後藤ひとりに一瞬で裏切られた!?」

 

 あっちはあっちで変な盛り上がりになってるな。俺と虹夏ちゃんはなぜかしんみりしてるのに。いつの間にか虹夏ちゃんは手まで握ってきちゃって……なんとかこの子の心労を軽くしてあげたいんだけど。

 

「大槻さんにとって恋とは!? はい、さーん、にーい、いちっ!」

「え? えええっ!? そ、それはあれよ……えっと……こう、甘酸っぱくて……ドキドキして……胸がきゅーってなって……」

「可愛い」

「可愛いわね」

「可愛いっす」

「可愛い~」

「可愛いです~」

「あーっ! あーっ! あーっ! うっさい! うっさいわよあなた達!!」

(ぜ、絶対嘘だっ! こ、恋は下心って聞いたことあるもんっ! こ、ここでは言えないようないやらしいことを考えてるに違いない!!)

 

 大槻先輩が顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃー騒いでいるのを見て、俺と虹夏ちゃんは顔を見合わせて思わず噴き出してしまった。

 

「なんか……あたし達、難しく考えすぎなのかもね」

「そうだね。もうちょっと……気楽にいこうか」

「うんっ! 大槻さんを見てたら、なんか元気が出てきた」

 

 虹夏ちゃんはさっきまでの暗さが嘘みたいに明るく笑っていた。大槻先輩には感謝しないとね。

 

「あ、そうだ。レンくん」

「何?」

 

 姉貴達のところへ戻ろうとしたところで、虹夏ちゃんが俺を呼び止めた。

 

「さっきの約束───ちゃーんと守ってね?」

 

 虹夏ちゃんは背伸びをして、俺の耳元でそう囁いたかと思うと、小走りで姉貴の方へ駆け寄っていった。

 

 約束、ね。大丈夫だよ。俺が虹夏ちゃんとの約束を破るわけないじゃん。

 

 

 

 

 恋人の丘でひとしきりはしゃいだ俺達は、そのまま石階段を降りて海岸へとやってくる。午前中に海を散々見たけど、少し高い歩道沿いから眺める海岸は絶景だった。砂浜ではなく岩場になっており、海水浴場とはまた違った趣がある。

 

「みなさんにお知らせがあります。ここから片瀬江の島駅まで戻るには、今降りてきた階段を全て自力で登る必要が───」

 

 俺がそう言うと、エスカー組の五人(姉貴、虹夏ちゃん、後藤さん、大槻先輩、幽々ちゃん)が阿鼻叫喚の嵐となった。正直、俺も今からあの階段を登って、来た道を全部戻るのはしんどい。

 

「───ありましたが、なんとこの近くにフェリー乗り場があります。フェリーに乗れば十分ほどで江の島神社の入り口まで戻れます」

 

 続けると、阿鼻叫喚だった五人が感動を分かち合うように抱き合っていた。いちいち反応が面白いなこの人達。大槻先輩もかなり結束バンドと仲良くなったみたいでよかった。

 

「江の島シーキャンドルのライトアップは観ないんですか!?」

 

 喜多さんはそう提案するも、さすがに他の人達もそんな体力は残っていなかったらしく、喜多さんの案は泣く泣く却下されてしまう。

 

「ま、また別の機会に来よう? ね?」

「レンくぅん……」

 

 あまりにもしょんぼりしていた喜多さんが可哀想だったから、そう提案せずにはいられなかった。俺を含む階段組(あくびちゃん、ふーちゃん)はともかく、エスカー組の体力はもう限界だろうしね。

 

 次は時間をずらしてくるか、最後まで付き合ってくれる彼氏を見つけてからにしてください。

 

 喜多さんのお眼鏡に適う男が現れたらの話だけど。

 

 というわけで、結束バンド&SIDEROS+おまけ(俺)の江の島観光は終わり、帰路に就きます。

 

 

 

 

「電車に乗るなり、みんなあっという間に寝ちゃったわね」

「絵に描いたような電池切れ」

 

 帰りの電車に乗ると、姉貴や虹夏ちゃんはもちろん、はしゃぎまわっていたSIDEROSの陽キャっ子達もみんなお互いの肩にもたれ合って眠っていた。

 

 ちゃんと起きているのは俺と喜多さん。あと、目をシパシパさせている後藤さんと大槻先輩。二人も眠いんだったら寝たらいいのに。

 

「先輩、寝てていいですよ? 後藤さんも、藤沢までだけどちゃんと起こしてあげるから」

「ね、寝れるわけないでしょ!? (山田に寝顔を見られるなんて……恥ずかしいじゃない!!)」

「わ、私も起きてますっ!(私が寝ている隙に大槻さんが山田くんにえっちなことをするかもしれないし! ちゃんと見張っておかないと……)」

 

 なぜか二人とも目を血走らせている。……人に寝顔を、というより俺に寝顔を見られるのが恥ずかしいのかな? でも、寝顔以上に二人の恥ずかしいところを何回も見てきてるんだけどね。

 

 複雑な乙女心ということで、これ以上は刺激しないでおこう。

 

 乗り換えがある後藤さんはともかく、どうせ大槻先輩は十分もすれば力尽きるだろうし。

 

「喜多さんはまだまだ元気だね」

「本当は江の島シーキャンドルのライトアップまで見たかったし、みんなで晩御飯も食べたかったわ」

「それは別の機会にしよう。俺はともかく、さすがにみんなクタクタだから」

 

 実際、インドア派組はよくがんばったよ。まさかここまでガチで江の島観光するとは思わなかったから。

 

「き、喜多ちゃん、山田くん。ありがとうございました。つ、疲れましたけど……すっごく楽しかったです。今日だけじゃなくて、色んな所に遊びに行けて……今年の夏休みは、人生で一番楽しい夏休みでした」

「後藤さん……」

「ひとりちゃん……」

 

 後藤さんが恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら笑顔でそう言った。そんなこと言われたら感動するじゃん! ちょっと涙腺が刺激されるじゃん! 

 

「後藤さん、これからもたくさん思いで作ろうね」

「あ、はいっ……!」

「そうよ! 冬休みは毎日一緒に遊びましょう!」

「あえっ!? (そ、そんなには遊びたくないっ!!)」

 

 毎日は勘弁してあげて。それに、バンドの練習もあるでしょ? 初詣に誘ってあげるとか、休みの日に遊びに連れて行ってあげるくらいにしてあげて。

 

 後藤さん達とそんな話をしていると、不意に左肩に重みを感じた。視線を向けると、力尽きたらしい大槻先輩が俺の肩に頭を預けて寝息を立てている。

 

「先輩も電池切れらしい」

「写真撮ってあげるわ」

 

 喜多さんは嬉々とした表情で俺にもたれて眠っている大槻先輩の写真を撮る。メンバー達に共有されて後日盛大に弄られるヤツだ。で、SICKHACKの人達にまで拡散されて俺が先輩に怒られる未来まで見える。

 

 まあいっか。先輩の可愛い寝顔が見られた代償ってことにしておこう。

 

「また遊びに行きましょうね、()()()先輩」

 

 俺は誰にも聞こえないように、大槻先輩の耳元でそっと囁く。

 

「そうだ。今度はカラオケに行きましょう。私、ひとりちゃんの歌声を聞いてみたいわ!」

「か、カラオケですかぁっ!? (よ、陽キャパリピソングの練習しておかなきゃ……)」

「レンくんもいいわよね?」

「ほう? YK(山田家カラオケ)ランキング四年連続二位の俺に勝負を挑むとな?」

 

 一位は姉貴です。姉貴はマジで上手い。そこらのバンドのボーカルより余裕で上手い。作曲もできるし……姉貴はちょっと音楽の才能に溢れすぎている。その代わり人間性が終わってるけど。

 

 その後も俺達は、秀華高校一年生トリオは後藤さんの乗換駅になるまでずっと、色んなことを話していた。

 

 だから俺は、気付かなかったんだ。

 

 大槻先輩の頬が、ほんのりと赤く染まっていたことに。




 江の島編完!

 八月三十一日……夏休み最終日投稿。全部計画通りです。

 嘘です。めっちゃ長引きました。しかも原作の原形をまるでとどめていないという……

 いや、ガチで江の島観光しているぼざろ二次も探せば他にもあるはずです!

 SIDEROS組をノリで連れてきたので、その分観光スポットでのイベントを増やした感じですね。前回はぼっちちゃんのヒロインムーブで締めたので、今回はヨヨコで締めました。

 そして次回についてですが……

「内気でコミュ障な根暗猫背少女が実はクラス一の巨乳美少女だった!? 私の魅力に気付いた男共が言い寄ってくるけど山田くんがいるからもう遅い!!」

 こんな内容です。あと、ぽいずんも出します。

【本作のぼっちちゃんの夏休み】

 あまあま青春花火大会→フェス→山田家の別荘お泊り会→江の島観光

 充実してますね。しかも描写外で週一の路上ライブやSTARRYでのライブもやっているという。原作の卒塔婆ぼっちちゃんはどこだ!?

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#39 ラバーリポート

 新学期初日の教室は朝からやけに騒がしかった。特に女子連中が。

 

 んで、その騒乱の中心にいるのが一人の女の子。

 

 後藤ひとりさん。

 

 内気で物静かな女の子。俺は彼女と話したことはないし、彼女について知っていることなんて、学外でバンドを組んでるってことくらいだ。

 

 彼女がクラスで話す相手は、数人の女子と()()()。あと、コミュ力の高い男子とあいさつするくらい。あいつ以外の男子と話しているところなんて、俺は一度も見たことがなかった。

 

 そして、彼女は決して、クラスの中心になるような、話題になるような女の子じゃない。

 

 いや、一回だけ話題になったな。入学二日目にいきなりピンクのジャージで登校してきたのには驚いた。次の日からはちゃんと制服に戻ってたけど。

 

 あれに関してはあいつも言葉を濁してたし、何か特別な事情があったんじゃないかと思う。

 

 とまあ、その一件以外で彼女のことを話題に出すなんてクラス内でほとんどなかったんだけど……

 

「ひとりちゃん、前髪切ったの!?」

「すっごく可愛いよ~! なんで今まで隠してたの!? もったいな~い!」

「後藤さん、写真撮ってもいい?」

「あ、えへへ。しょ、しょれほどでもないですよ~」

 

 後藤さんがクラスの話題を独占している理由。

 

 彼女が前髪を切ってきた。

 

 ただ、それだけ。

 

 それだけで、彼女の周りにはクラスの女子が十人以上集まっている。

 

 大体、髪を切ってきたら「可愛い~!」って言うのが女子特有の暗黙の了解というか、ルールだと俺は思っていた。所詮は社交辞令だろうと。どんな変な髪型だろうと、似合ってなかろうと「可愛い」という。

 

 それが女子という生き物。

 

 俺は、そう……思って()()

 

「え? 後藤ってあんな可愛かったの?」

「初めて顔全体見たけど……やばくね?」

「陰キャが実はめちゃめちゃ可愛かったとか……現実でもあるんだな」

 

 クラスの男子連中までこんな反応をする始末。もちろん、俺も例に漏れない。クラス全体……というより、秀華高校は全体的に女子のレベルが高いけど、後藤さんの可愛さはちょっと……次元が違う。

 

 普通にアイドル事務所とか、モデル事務所に履歴書を送ってもいいレベルだ。

 

「しかも後藤って……()()()よな?」

「それな」

「地味陰キャが着痩せするって……王道の設定だけど、あの可愛さででかいのは反則だろ」

「ふつーにやばい。っつーか、めっちゃ好み」

「ロイン教えてもらおうかな……」

 

 男子達が言うように、後藤さんはただ可愛いだけじゃなくて、胸も大きいんだよ。かなり。

 

 普段は半袖が嫌いなのか、夏でも白いカーディガンを着てて猫背だったけど、それでも男子高校生の目は誤魔化せない。クラスの男子の間では、後藤さんは隠れ巨乳だっていう共通の認識があったんだ。

 

「マジで俺……後藤さん狙いてえ」

 

 陽キャ男子の一人がそんなことを言い出した。……お前、自分が何言ってるかわかってんの?

 

 よくもまあ、一年二組にいながら、そんな身の程知らずなことを言えたもんだ。

 

 だってお前……このクラスには、()()()がいるんだぞ?

 

「やめとけやめとけ。山田に勝てると思っとるんか?」

「あ、無理だわ。安西先生が『諦めたら? もう試合終了ですよ?』って言うレベルだわ」

「ミッチーがグレて二度とバスケやらなくなる!!」

 

 そう。このクラスにはあの男───山田レンがいるのだ。

 

 このクラス一……いや、下手したら学年一イケメンな男。

 

 しかもイケメンなのはツラだけじゃなくて性格もだ。

 

 基本的にあいつは面倒見が良くて、ものすごく優しい。あの後藤さんと……誰がどう見てもコミュ障全開な後藤さんと、誰よりも早く仲良くなった男。それこそ、クラスの女子連中よりも、だ。

 

 それにあいつは、俺達……クラスの全員が「後藤さんが実はめちゃくちゃ可愛い女の子だ」って気付く前から仲が良かったんだ。

 

 そんな男を相手にして……今頃後藤さんの可愛さに気付いて仲良くなろうって下心丸出しの連中が勝てると思うのか?

 

 ただでさえ、顔面偏差値がずば抜けているのに性格まで完璧……しかもノリが良くてクラスの運動部陽キャと仲が良いかと思いきや、俺みたいな陰キャとも話が合ったりする。

 

「俺は、重曹ちゃんにどうしても幸せになってほしい……」

 

 山田とそんな話をしたことがあった。あいつは、お姉さんの影響で深夜アニメにも結構手を出しているらしく、そういうオタク趣味にも理解がある……どころか積極的に話を振ってくるんだよ!

 

「なあ、夏アニメ何観る? ぶっちゃけ不作な気がするから秋に期待しようかと思うんだけど……」

「今期は割とジャンプアニメが豊作。呪術にるろ剣、BLEACH。あと、刃牙くらいじゃね?」

「きらら作品はお預けかぁ……」

「秋まで待てよ」

 

 クラス一のイケメンと、そんな会話をするなんて夢にも思わなかった。中学まではイケメン陽キャなんて嫉妬の対象でしかなかったんだけど、あいつは……山田は嫉妬する気すら起きない男だ。

 

「山田を相手にするくらいなら坊主にする方がマシだわ」

「俺、女だったら絶対山田のこと好きになってた」

「それな」

「あいつが実は少女漫画の世界からやってきたって言われても俺は驚かない」

 

 クラスの男子連中の山田に対する評価はこんな感じだ。中途半端なイケメンなら嫉妬の対象になるけど……あいつはちょっと次元が違う。ダンゴムシがヘラクレスオオカブトに嫉妬するか? そんなレベルだよ。

 

「でも山田って、五組の喜多さんと付き合ってたんじゃなかったか?」

「え? 佐々木さんだろ?」

「下高に可愛い幼馴染がいるとかなんとか」

「ライブハウスの年上お姉さんにお持ち帰りされたんじゃ……」

「俺、茶髪のツンデレっぽいツインテ女子と山田が歩いてるとこ見たぞ」

「山田のお姉さんって、確かめっちゃ美人らしいな」

「禁断の姉弟ルート……」

「……誰が山田の彼女なんだよ?」

 

 もう……全員彼女でいいだろ。それが許される男だよあいつは。

 

「全員じゃね?」

「それな」

「あいつならハーレムでも許される」

「嫉妬する気にもならん。むしろみんな幸せにしろ。それが山田に課せられた使命」

「でも、山田って確かそういうの嫌いだろ? 『一途な恋がしたい』とか言ってたような」

「ピュアピュアボーイかよ!? どれだけ属性増やせば気が済むんだ!」

「あのツラと性格なら二股、三股なんて余裕なのに……あえて一途を貫くのか?」

 

 そういうところが、山田がみんなに好かれる理由で、みんなと仲良くなれる理由で……後藤さんがあいつに惹かれる理由なんだろうな。

 

「後藤は山田に任せよう」

「それな」

「でも、他のクラスの男が後藤にちょっかいかけたらどうする?」

「その時は、その男が無様に玉砕する様を特等席で眺めていればヨシ!」

「お前性格悪いな」

「だから彼女ができないんだろ?」

 

 陽キャ達がぎゃーぎゃーと言い合っている。中学までの俺なら、こいつらのことを煩わしいって思うだけだったけど、今は山田のおかげで……昔ほどこいつらに嫌悪感を抱いていない。話してみれば、気の良い連中だったしな。

 

 これでも、山田にはかなり感謝してる……んだけど、あいつ全然登校してこねーな?

 

 たまーにあるんだよな。基本的に優等生なのに、こうやって遅刻ギリギリに登校してくることが。

 

 その理由を聞いたんだけど───

 

「おはよー! 五分前か……ギリギリだな」

「あ、山田くん、おはよう! 今日は遅かったんだね」

「新学期初日の恒例行事。姉貴が起きなかった……」

「あー、いつものお姉さんの介護ね」

 

 山田がギリギリに登校してくる理由。それはあいつのお姉さんが原因らしい。なんでも、お姉さんはものすごくずぼらで毎日身の回りのお世話をしているとかなんとか……そりゃあ山田みたいな弟がいたら堕落するに決まってんだろ。

 

「や、山田くん! お、おはようございますっ!」

「おはよう後藤さん。筋肉痛はどう?」

「じ、地獄でした……階段をあれほど恨めしく思ったのは人生初です……い、今もちょっと痛い……」

 

 後藤さんが笑顔で山田にあいさつをする。

 

 ……ほらな? 山田以外の誰が後藤さんのあんな笑顔を引き出せる? 後藤さんが自分から声をかける男が他にいるか?

 

 わかってはいた。わかってはいたさ。初めから勝ち目なんてなかったことくらい。

 

「山田くん! ひとりちゃんが前髪を切ったんだよ!」

「知ってるよ。夏休み中に遊んだからね」

「え、えへへ~。い、いっぱい褒めてもらいました~」

「えー? ひとりちゃん、山田くんと遊びに行ったのー?」

「そういえば、喜多ちゃん達と江の島に行ってたよね?」

「ほ、他にもフェスとか、花火大会とか……色々……」

「写真あるー? 見せて見せてー!」

 

 あ、やべえ。結構きつい。

 

 山田に対して嫉妬なんてしないけど……ちょっと「いいな」って()()()()()()が楽しそうな笑顔で……俺には絶対向けてくれないような笑顔で山田との思い出を話しているのを聞くのは、心にくる。

 

 後藤さんのことは……()()()()()いいなと思ってたんだけどな……

 

 うん。本格的に()()()()前でよかった。心に予防線を張っておいてよかった。

 

「おいっすー。さすが運動部。日焼けしてるね~」

「そういうお前も結構焼けてんじゃん」

「……可愛い女子達と海に行ったからな~」

「お前相手だと嫉妬する気にもなんねーよ」

「それな」

「お前それしか言わねーじゃん!」

 

 山田と陽キャ達が笑い合っている。そんな、一学期にもよくあった当たり前の光景を見て、俺は少しだけ心が落ち着いているのを自覚する。

 

「ねえ、この前のBLEACH見た? 白霞罸(はっかのとがめ)のシーンやばかったよな?」

 

 そして山田はいつものように俺に話しかけてくる。そんな山田を見て、俺はちょっとだけ誇らしい気分になった。

 

 山田は基本的に人の感情の機微に鋭くて、察する力がずば抜けている。そんな山田を相手に、俺が自分の本音を隠しきれていることが、本当に……ちょっとだけ誇らしかった。山田に勝ったような気がして。

 

「あそこでエンディングに入るセンスよな! あれがいい!」

 

 でも、笑顔でそう言った山田を見て、俺はふと思う。

 

 こいつ……俺の心情とか、全部察した上で……俺が気を遣わなくても済むように、俺が気まずくならないで済むように、普段と何ら変わらない態度を───俺が一番望んでいる態度を取っているんじゃないのか?

 

 ありえるよな。山田だから……

 

 そして俺も、山田のそんな態度に安堵していることに気付く。

 

 どうやら俺は、おこがましくも、山田のことを一人の友人だと思っていたらしい。

 

 はぁ……本当に、俺は一生、こいつには勝てねえんだろうな。

 

 不思議と、悔しさはない。

 

 ただ、こいつと友人であることが……俺にとって、筋金入りの陰キャオタクな俺にとって、数少ない将来の自慢話になるだろう。

 

 俺は山田と話しながら、漠然とそんなことを考えていた。

 

 

 

 

「それではみなさんに紹介します。こちらが『ぽいずん♡やみ』さん二十三歳。バンド関係のネット記事を書いていらっしゃるライターさんです」

「年齢まで言わなくていいでしょ!?」

 

 始業式が終わって、今日は午前中で放課になるので結束バンドメンバーとファミレスでお昼ご飯を食べた俺は、STARRYでバンドメンバー達にやみさんを紹介していた。

 

 数日前、突然やみさんから「結束バンドの取材をしたい」って連絡が来たときは結構驚いた。正直、知名度や実力はまだまだSIDEROSに遠く及ばないから、取材の申し込みがあるのはもっと先だと思っていたからだ。

 

 不思議に思ったから、取材をする理由をやみさんに聞いてもはぐらかされちゃったんだよな。

 

「じゃあ、元気な声であいさつしましょう。みんなで声を揃えてー……せーのっ!」

「こんにちは!」

「こんにちは~!」

「こんちは」

「こ、こんにちは……」

「はい、よくできました」

「ここは幼稚園なの!?」

 

 俺の号令の後、四人は元気よく……若干二名のテンションは低めだけど、しっかりあいさつができましたね。偉い偉い。

 

「じゃあ、虹夏ちゃん。あとは任せるね」

「うん。取材なんて初めてだから緊張しちゃうな~」

「レン、私は?」

「余計なこと喋るなよ?」

「酷い」

(しゅ、しゅ、しゅ……取材……!! こ、このインタビュー記事が音楽業界のお偉いさんの目に留まって結束バンドがメジャーデビューしてミリオン飛ばして作詞担当の私に印税ががっぽがっぽ入ってきてバイトを辞める!! 完璧な流れ!! こ、ここはライターさんの心をがっちり掴むために、温めていた一発ギャグを……)

「後藤さんは大人しくこっちに座ろうね~」

「あえっ!?」

 

 後藤さんがニヤニヤと怪しく笑いながらろくでもないことを妄想しているオーラを出していたので、被害が出る前に椅子に座らせる。多分、変な一発ギャグをやろうとしたんだと思う。

 

 この子、自分のギャグセンスにはなぜか絶対に自信を持ってるからな。……もっと他のところで自信を発揮してほしいのに。

 

「ねえレンくん。私の髪型、変じゃないかしら?」

「いや、写真は撮らないからね?」

 

 喜多さんはしきりに手鏡を見ながら髪を弄っている。いつも通りの可愛い喜多さんだから大丈夫だよ。あとは、姉貴関係のことで暴走さえしなければそれでヨシ!

 

 四人を見ていてこう思う。なんかもう……不安だ。ものすごく、不安だ……

 

 やみさんとは知り合いで、SICKHACKの打ち上げで仲良くなったとはいえ、仕事はきっちりやる人だから下手したら結束バンドがイロモノ集団と思われかねない。

 

 ……あながち間違いじゃないから別にいいか。

 

「じゃあ、まずは結束バンドさん達の目標について教えてください」

「もちろん、メジャーデビューです!」

 

 取材が始まったので、俺はみんなから離れて、カウンターで仕事をしている星歌さんの隣に座る。

 

「お前は取材受けなくていいのか?」

「俺が受ける必要はないでしょ」

「そりゃそうだが、一応……お前が持ってきた話だろ?」

「事前に結束バンドの情報はある程度話してますし、どういう話をするかも虹夏ちゃん達に伝えてあります。よっぽど変なことにはならないと思いますよ」

 

 虹夏ちゃん以外の三人が暴走しなければ。

 

「にしても、お前も変なところでコネを作ってくるよな」

「俺が一番不思議に思ってます」

「新宿FOLTでライブはできるし、SIDEROSやSICKHACKと知り合いになるし、ライターは連れてくるし、お前……マネージャーでもやる気なの?」

「インディーズの……しかも学生バンドにマネージャーはいらんでしょ? 何をマネジメントすればいいんですか?」

 

 SIDEROSやSICKHACKにさえいないのに。それに、そういうのは本当に業界に詳しい人がやるべきだ。素人が中途半端に手を出してもあんまりいいことがなさそうなんだよね。

 

 将来的に、どこかの事務所に所属することになれば事務所からマネージャーが斡旋されるだろうし。

 

 だから俺にできるのは、せいぜい細々したお手伝いと……お悩み相談くらい? あとは、素人目線からでもできる客観的な意見を言ったり、業界に詳しい人に話を聞いて情報を集めるとか、わざわざマネージャーっていう肩書や役職にこだわらなくてもできることだ。

 

「あと、ガールズバンドのマネージャーが男って……将来的に色んな問題に発展しそうで怖いっす」

「……バンドが解散する一番の理由って知ってるか? 恋愛関係なんだよ」

「だったら余計にマネージャーなんかできませんよ」

 

 バンドメンバーに男がいなくてよかった。姉貴が男じゃなくてよかった。姉貴が男だったら絶対ギスギスバンドになってたよ。

 

「お前とあいつらの距離感は、今くらいがちょうどいいのかもな」

「ですかねぇ? ……これからどんどんファンが増えていくと、俺の存在が邪魔になりそうな気もしますけど」

「だからといって、今更変に距離を取ろうとするなんて考えるなよ? その方が、あいつらにとってマイナスだからな」

「……うす」

「まあ、私としては虹夏をもらってくれたら嬉しいんだけど」

「またその話ですか? それについては俺と虹夏ちゃんがしっかり気持ちを整理できてからですね。激重感情同士が軽い気持ちで付き合っても、共依存して破滅する未来しかありませんよ」

「お前、そういうところは真面目だよな」

「虹夏ちゃんには、不義理なことをしたくないので」

「お前、真面目だけど面倒臭いヤツだな」

「自覚はあります」

 

 星歌さんの言葉に俺は苦笑する。

 

 それに、俺は激重感情よりもまずは恋愛感情を自覚することから始めないといけないんだ。だからこれからは、色んな人に積極的に「恋とは何か」をいうことを聞いて回ろうと思います。

 

「あ、星歌さん。星歌さんにとって『恋』ってなんですか?」

「何いきなり少女漫画みたいなこと言ってんだお前!?」

「今の俺は恋愛学習マシーンなんですよ。小学生で止まってしまっている情緒をどうにかして成長させようとしているんです」

「全然意味わかんねえ……」

「いいからいいから。教えてくださいよぉ~。可愛い弟分に正しい恋愛観を身に着けさせるためだと思って~」

「珍しく甘えてきたかと思ったら、そんな内容かよ!?」

 

 星歌さんは口調こそ厳しいけど、身内にあまあまなのは知っている。だから俺がこんな風にお願いすると、大体言うことを聞いてくれるんだ。

 

 そこで俺は気付いた。

 

 俺に甘えてくる人達は……今の俺と同じような気持ちになっているのだと。なるほど、一つ勉強になった。でも多分、勉強になったところで俺の甘やかし癖は治らないんだけどね。

 

「恋……恋ってのはなぁ……」

「恋ってのは?」

「こう……甘酸っぱくて、胸がドキドキして苦しくなってキューってなって、でもすごくわくわくして……」

 

 星歌さんは恥ずかしそうに頬を染めながら答えてくれる。

 

 大槻先輩と似たようなこと言ってるよ。今年三十歳になるアラサーが言うことか……これが。

 

 まあ、それが星歌さんの可愛いところなんだけど。

 

「あら可愛い」

「お、おまっ……おまっ……!? 聞いてたのか!?」

「聞いてましたよ~。レンくんがマネージャーうんぬんのあたりから」

「めっちゃ序盤じゃねえか!?」

 

 PAさんがクスクス笑いながらカウンターの裏側からひょっこり顔を出す。そこにいたってことは、最初から全部聞いてましたね?

 

「お前もなんでメモしてんだよ!?」

「恋愛学習帳です。色んな人の話を聞いて、恋愛感情を芽生えさせる参考にしようかと……」

「バカッ! そんなもん消せ消せ消せっ!」

 

 店長さんが身を乗り出して俺からメモ帳を奪おうとしたので、俺はメモ帳を取られないように手を高く上げて椅子に座ったまま後ろにのけぞるような体勢になる。

 

「あ……」

 

 すると、体重をかけ過ぎたのか、そのまま後ろに倒れそうになってしまい……

 

「レンくん、危ないですよ~」

 

 PAさんが後ろから俺を支えてくれた。後頭部にPAさんのおっPAいが当たってる。柔らかい。

 

「店長の恥ずかしい言動なんて今に始まったことじゃないんですから、過剰に反応し過ぎですよ~」

「お前、フォローすると見せかけて全力で私をけなしてるよな?」

 

 PAさんは俺の両肩に手を置いたまま、ニコニコと星歌さんを見ている。

 

「あ、PAさんにとって『恋』とは一体何ですか?」

「まだこの話題続けるのかよ!?」

「俺が人間的に成長するために大事なことなんです!」

「お前のその気迫は何なん?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。俺は今まで、恋について深く考えたことなんてなかったのに……

 

 いつからだろう。この感情に強く関心を抱くようになったのは。

 

 あ……

 

 あの時だ。間違いない。

 

 俺には一つ心当たりがあった。

 

 結束バンドのみんなで花火を観に行った日。後藤さんの家で、彼女の浴衣姿を見た時。俺は、今まで経験したことのない、知らない感情を自覚した。

 

 多分、あれがきっかけだったんだと思う。

 

 でも、今は後藤さんと話しててもあの時みたいな気持ちにはならないんだよな。不思議だね。

 

「私にとって恋とは……ですか~。そうですねぇ……」

「レン、聞く相手を間違えてる。ろくな答えが返ってこないから」

 

 そんなことないでしょ!? PAさんって色々経験豊富そうだから、絶対ためになるお言葉をくださるはず。

 

「『熱』ですね」

「熱……ですか?」

「ええ。恋をすると、色々な()()が燃え上がるんですよ~」

「色々なものが、燃え上がる……」

 

 俺は目を閉じてPAさんの言葉を噛み締める様に呟き、メモ帳にしっかりと記載する。星歌さんはものすごく胡散臭そうにPAさんを見るけど……ぶっちゃけ星歌さんの意見より参考になりましたからね?

 

「普通、お前くらいの歳の男って、そういうことを口にするのは恥ずかしいだろ?」

「高校生の男の子なんて、格好つけたがりですからね~」

「俺は格好つける必要がないくらいイケメンなので」

「そういうところ、リョウにそっくりだな」

 

 星歌さんにそう言われて俺がわざとらしくしょぼーんとした表情になると、PAさんが優しく頭を撫でてくれた。優しい。良い匂い。おっぱい大きい。好き。

 

「じゃあ、次の質問ですが……」

「まだ続くのかよ!?」

「安心してください。今度はアウトローギリギリの渋いところへスライダーを投げ込みますので」

「ほんとだろうなぁ?」

 

 星歌さんがめっちゃ疑い深い目で俺を見てくる。……ほんとですよ?

 

「えー……星歌さんは俺を捕食したいと思いますか?」

「どこがアウトローギリギリだ!? インハイの胸元に火の玉ストレート投げ込んでんじゃねえか!?」

「むしろデッドボールでは~?」

 

 PAさんはクスクス笑い、星歌さんは俺の頭にチョップをしてくる。言っておきますけど、ふざけてなんてないですよ。これも真面目な質問ですからね?

 

 でも星歌さんがぎゃーぎゃーうるさくて仕方がないので、先日の江の島観光で俺という人間を客観的に分析した結果「成人女性に捕食される危険性極大」という結論に至ったことを二人に説明した。

 

「誰がそんな分析をしたんだよ?」

「SIDEROSの子達です」

「絶対廣井のせいだな!?」

 

 あと、喜多さんもその場にいたな。正確にはあくびちゃん、ふーちゃん、喜多さんの三人だ。廣井さんに風評被害がいってるけど……あとでフォローしておこう。覚えてたら。

 

「でも、見当違いかもしれないので、俺にとって一番身近な成人女性である星歌さんに意見を聞こうかと」

「ここで仮に私が『捕食したい』って答えたらどうする気なんだ!?」

「父さんと母さんに良い精神科医を紹介してもらいます」

「病人扱いか!?」

「だって、店長は二十九歳で、レンくんはまだ十五歳ですよ~? 歳の差は十四、ほぼ倍ですからね~」

「世界一残酷な引き算はやめろ!!」

 

 もっと正確に言うと、星歌さんの方が俺より誕生日が早いから、一時的に年齢差が倍になるんだけどね。

 

「小学生の頃から知ってる年の離れた弟分が恋愛に興味を持ち始めて熱心に勉強している……事実だけ羅列すると感動するはずなのに悲しみしか浮かんでこねえよ」

「結局、捕食したくないということでいいですね?」

「当たり前だろ!!」

「わかりました。───星歌さんは俺を捕食したくない、っと」

「それはメモしなくていいヤツ!!」

 

 星歌さんはそう言うけど、記念すべき成人女性第一号の貴重な意見なんですからしっかり記録に残しておきますからね。

 

「PAさんはどうです? 俺のこと、捕食したいですか?」

「お前ほんとどんなメンタルしてんだ?」

「レンくんのことをですか? う~ん、ちょっと恥ずかしいですけど……」

「おいやめろ。お前もそれ以上口を開くな」

「正直、()()()()()ところはありますね~」

「口を開くなって言ったよなぁ!?」

「なるほどなるほど。俺にはそそられるところがある、っと。勉強になるなぁ」

「今のお前、ライオンの檻に入れられた生肉状態だからな!?」

 

 PAさんの言葉をしっかりとメモに残しておく。正直、冷静を装っているけど……もしもPAさんに誘惑されたら俺は拒否できる自信がない。というか、拒否できるヤツは男じゃないと思う。

 

 だってすっごくえっちな見た目してておっぱい大きくて可愛い声してるんだよ? 男の夢が詰まりまくってるじゃん。

 

 まあでも、さすがにPAさんも俺の話に乗ってくれただけで本気じゃないだろうし……本気じゃないよね?

 

「今度、SICKHACKの人達にも聞いてみよう」

「もう好きにしろよぉ……」

 

 あ、星歌さんがとうとう諦めた。だけど俺は諦めない。「恋とは何ぞや」という問いの答えを見つけるまでは!

 

「がんばってくださいね~」

 

 PAさんが椅子に座っている俺を後ろからを抱き締めて頭をなでなでしてくれる。後頭部にめっちゃおっぱい押し付けられてやばい。

 

 やっぱ俺、この人に本気で迫られたら抵抗できないや。

 

 俺は今日、生まれて初めて草食動物の気持ちを───()()()()側の気持ちを理解したのだった。

 

 これで「恋」の理解に一歩近づいたな、ヨシ!




 ぽいずんと全然絡めなかった!

 次回がっつり絡むから許してください。

 前半は名もなきモブ視点による美少女ぼっちちゃんのクラスにおける反応、後半はレンくんの恋愛学習教室。

 レンくんがかなりぶっとんだことをやっていますが、原作六巻で山田もえれちゃんや猫々をおとなしくさせるために、STARRYで蟹を食わせるというぶっとんだことをやっているので、似た者姉弟ということで。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#40 Title of yami

 悪くない。

 

 あたしの結束バンドに対する第一印象はそれだった。

 

 大槻ヨヨコが一目置いているバンドだからということで、何気なくオーチューブで彼女達のライブ動画を観てみると、拙い技術ながらも一生懸命さが伝わってくる。下北に数多くいるアマチュアバンドの一つではあるけど、()()()()()()()確かに光るものを感じた。

 

 でも、たったこれだけのことで、あの大槻ヨヨコが一目置くかしら? しかも、SICKHACKの廣井きくりもやたらとこの子達を高く評価していたし……

 

 廣井きくり、打ち上げ、飲み会、山田レンに晒した醜態……あ゙ーーーっ!! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!!!

 

 あの時の私の失態……山田レンに弱みを握られるなんて……うぎぎぎぎぎぎぎっ!!

 

 ふぅ……話を戻しましょう。

 

 確かに、結束バンドに対する私の第一印象は決して悪くはなかった。だけど、取材対象となるほど、()()()()()()()のだ。

 

 じゃあなんで、わざわざ山田レンに、あたしの弱みを握っている憎たらしいイケメン高校生の山田レンに連絡を取ってまで彼女達の元を訪れたのか。

 

 理由は───一つ。

 

「それでは~……リードギターの後藤さんにお聞きたいんですけど~」

「あ、は、はい。な、ななななんでしょう?」

 

 あたしの目当ては、後藤ひとり。この子だ。

 

 

 

 

「あなた───ギターヒーローさんですよね?」

 

 

 

 

 「ギターヒーロー」は、オーチューブ界隈では知る人ぞ知る超絶凄腕ギタリストだ。動画の再生数は百万越えのものも多く、平均すると数十万といったところだろう。

 

 正直、最初はどこぞのプロのギタリストが匿名で投稿しているのだとばかり思っていた。

 

 だけど、違う。

 

 見つけた。

 

 あたしは見つけたのよ。ギターヒーローを。

 

 ただ、結束バンドの動画を観ても、すぐにはピンとこなかった。彼女達の最初のライブ動画はあまりにもお粗末な出来で、光るものはあったけど、正直……そこで視聴をやめようと思ったくらいだったから。

 

 でも、ほんの少し……ほんの少しの期待を込めて次のライブ、またその次のライブ動画を観ていく内に、気付く。

 

 このリードギターが時折見せる手癖……ギターソロパートでの圧倒的な技量……

 

 間違いない。この人だ。

 

 この人がギターヒーローだ!!

 

 衝撃の真実に気付いたあたしは、すぐさまロインで山田レンに連絡を取る。「結束バンドに取材を申し込みたい」と。

 

 彼は快諾した。連絡を入れたのは、ほんの数日前のことだったのに、彼はすぐに日程を調整してくれた。彼にとっても、()()の知名度をアップさせるチャンスだものね。

 

 まさか、あたしがギターヒーローさんの正体に気付いているとは夢にも思うまい。それどころか、あんたはこの子がギターヒーローさんだってことすら知らないんじゃないの~?

 

 ふっふっふ。前の打ち上げでは不覚を取ったけど、今度こそあたしの方が大人だってことをわからせてやるんだからねっ!

 

「あ、えっと……」

 

 ギターヒーローさんもとい、後藤ひとりさんはあたしの問いに戸惑っている。そりゃそうよね。こんなこと、聞かれるなんて想定外でしょうから。そもそも、他のバンドメンバーはこのことを知っているのかしら?

 

 ギターソロを積極的に取り入れているくらいだから、彼女が優秀なギタリストだってことは理解しているかもしれないけど……あなた達が思っているよりもずーっとずーーーーーっと、ギターヒーローさんはすごい存在なのよ?

 

 じゃじゃ~ん!! ついに明かされる衝撃の真実!! メンバーにずっと秘密にしていた……いつかは打ち明けようと思っていた……でも、でも……打ち明けた結果、バンドが不和に陥る可能性も捨てきれない!!

 

 だから打ち明けられなかったのよね? だって、バンドでの姿とソロでの姿があまりにも違い過ぎるから。簡単には信じてもらえないかもしれないから。

 

 でも大丈夫よ、ギターヒーローさん。

 

 たとえバンドメンバーが信じてくれなくても、これがきっかけでバンドに不和が生じたとしても……というか、この程度のことで不和になるくらいなら遠くない未来に解散するわよ!!

 

 だけど安心してちょうだい。あたしはあなたの味方───

 

「あ、はい。私がギターヒーローです」

「あっさり認めたーーーーっ!?」

 

 な、ななななななんでなんでなんでなんでよ!? こ、ここは……ここはもっとこう、漫画なら単行本十冊くらい引っ張って引っ張って引っ張って、回想やら葛藤やら色んなものを挟みまくって読者から反感を買って、それでももったいぶってもったいぶって……打ち明ける勇気を得られるようなイベントの先にようやく……ようやく認める展開でしょ!?

 

 それがなんで……「納豆嫌いだったよね?」「はい」みたいな気軽な感じになってるのよ!? さっきの戸惑いはどこいったの!?

 

「あ、わ、私……ひ、人と話すのが苦手で、急に話を振られてびっくりしちゃったから」

 

 戸惑ってた理由が単にコミュ障ってだっただけ!?

 

「そ、その反応を見る限り……他のメンバー達も……」

「あ、はい。みんな知ってます」

 

 ずこーっ!? ダッッセ!! ダッッッセ!!! ダッッッッセ!!!! さっきまでのあたし、ものすごくダサいぃぃぃぃっっっ!!! 

 

 何が「ついに明かされる衝撃に真実!!」じゃい!! すでに周知の事実じゃないの!!

 

「そ、それと……ライターさんにギターヒーローのことについて聞かれたら『認めていいよ』って言われていたので……」

「誰に?」

「や、山田くんに……」

 

 山田ァ!! 

 

 あたしが憎きイケメンの方へ視線を向けると、店長の金髪女にチョップされていたわ。何やらかしたのよ、あいつ?

 

「下手に誤魔化すより、認めてしまって記事の内容をコントロールする方が得策というのが、我が弟の意見」

 

 ベースの子が補足するように言う。やっぱりあんたの弟なのね! 苗字といい、顔立ちといい、血縁者だと思っていたけど!! ちくしょう、顔の良い姉弟ね!! 別の意味でも憎たらしいわ!!

 

「それに、ライターさんがあたし達に取材を申し込む理由が……『大槻さんが一目置いている』っていうだけじゃ弱いって。だからもっと、別のことを聞きたいんだろうって言ってました」

「……誰が?」

「レンくんが」

 

 山田ァ!!

 

 ドラムの子の言葉を聞き、再び憎きイケメンの方を見ると、今度は黒髪のエロそうな女に頭を撫でられていた。何やってんだ山田ァ!!

 

「それで、私達……ぽいずんさんのことを調べたんです。どんな記事を書く人なのかなって。……そしたら、結構アクの強いというか、癖の強いライターさんだってわかって、もっと調べたら実家の住所とか晒されてて……」

「あたしの個人情報が駄々漏れ!?」

 

 ギターボーカルの子がスマホであたしのことをボロクソに言っている某掲示板を見せてくる。やめろ!! ナチュラルに鬼畜な真似をするんじゃない!!

 

「それでもまだ、記事の内容で主導権を握られそうになったら『俺に振れ』って。とっておきのネタがあるからって……」

 

 山田ァ!!

 

 ぐぬぬぬぬぬっ!! あ、あたしが酔っ払ってあいつにベタベタ甘えてデロデロに甘やかされている動画を撮られたせいで~~~~~~~っっ!!

 

「で、でも……ぽいずんさんの記事は、それだけじゃないって、や、山田くんは、い、言ってました。ほ、ほんとはもっと、大きな記事を書きたいけど、任されなくて……すごく、苦労してるって」

「フェスの記事なんて任されないとわかっていても、あなたは真夏のクソ暑い中、しっかりフェスを観に来てた。最前列で、バンドの全てを五感で感じ取ろうとしていた」

「しかも、フェスには出られないけど、確かな技術を持ちながら燻ぶっているインディーズバンドのライブに積極的に足を運んで、彼らのことを綴った熱い記事を書いていますよね?」

「敵は多そうだけど、あなたのバンドに対する評価は的確で、真摯に向き合っていることがわかりました」

「だ、だから……取材を受けようって決めたんです。ちゃ、ちゃんとお話すればわかってくれる人だって……」

「ギターヒーローさん……」

 

 いい子じゃない!! この子達すっごくいい子じゃない!! あたしのことを、ちゃんとわかってくれて……記事もしっかり読んでくれて……

 

「って、や、山田くんが言ってました……」

 

 山田ぁ……

 

 あんたもいい子だったのね。顔が良くて女を甘やかすだけの男じゃなかったのね。ちょっとは見直し───

 

 って!! 黒髪の女に抱きしめられてデレデレしてるじゃない!? 見損なったわよ山田ァ!!

 

 はぁ……はぁ……もういいわ。山田のことは一旦置いておきましょう。

 

 それよりも今は、ギターヒーローさんのことについてよ。

 

「おほん。じゃあ、改めて質問しますけど……ギターヒーローさんは、ライブではどうして()()()演奏になるんですか? ソロの時とは全くの別人ですよ?」

「あ、それは……私、バンドを組むのは初めてで、人と合わせるのが苦手で……どうしても、突っ走る演奏になっちゃって……」

「でも、ぼっちの技量を腐らせておくのはもったいない。だから、どの曲にもぼっちが輝けるようなギターソロを入れてある」

「作曲はあなたが?」

「そう」

 

 ふーん、なるほど。その判断は悪くないわね。

 

 それに、ライブ動画を観る限り、ギターヒーローさんの次にセンスがあるのはこの子なのよね。ドラムの子も悪くないけど、先の二人に比べれば全然足りない。ギターボーカルの子は論外。多分、ギターを始めて一年程度ってところかしら?

 

「最初の質問に関してですけど、あなた達は『メジャーデビューを目指す』と言いました。では今後、具体的にどのような活動をしていくつもりですか?」

「今のあたし達には実力も知名度も何もかも足りません。だからまずは、しっかりと地に足をつけた活動で実力を磨く……具体的には、週一回の路上ライブ、月に一回か二回、ライブハウスでのライブ。基本的には下北で活動しますが、今後は活動のエリアを広げていくことも視野に入れています。そのためには、自分達だけじゃなく、他のバンドとの関係作りも重要だと考えています。今のところはSIDEROSやSICKHACKの人達と友好的な関係を築けていて、そのご縁があって今月は新宿FOLTでライブをさせていただくことになりました。それから───」

「ちょいちょいちょい! ちょい待ち! え!? 新宿FOLTでライブ!? マジで!?」

「はい、本当です。あ、喜多ちゃん。告知ってまだやってなかった?」

「今日が九月一日でキリがいいので、取材の後にやるつもりでしたよ」

「そんな大事な情報はさっさと開示しておきなさいよ!」

「あ、す、すみませんっ!」

 

 知らなかった。この子達、新宿FOLTの音源審査を突破できるくらいの実力があったの? あそこの収容人数はこことは比べ物にならないから、それ相応の実力がないとライブなんてできないのに……

 

 まさか、この短期間でさらに成長して───

 

「ライブと言っても、廣井さん達……SICKHACKの前座ですけどね」

「SIDEROSの人達も出演しますし」

「それに、半分はレンのコネ」

 

 山田ぁ……

 

 新宿FOLTでバイトしながらこの子達が出演できるよう営業をかけていたのね。今度こそ、ちょっとは見直してもいいわ。

 

 それに、コネとはいっても半分は実力で勝ち取った。そしてあたしはこの子達の演奏を、生では聴いたことがない。……聴いてみたいわね。

 

「メジャーデビューを目指すと言っても、結束バンドにはミニアルバムもMVもそれらを製作する資金もありません。だから今はみんなでバイトをしながら資金を貯めて、年明けを目途にMVの第一弾を製作し、来年の春にTOKYO MUSIC RISEへ再挑戦、そして……夏には未確認ライオットでグランプリを獲りにいきます」

「……本気? TOKYO MUSIC RISEで予選通過すらできていないあなた達が、十代最高峰フェスで一位を獲るって?」

「本気です。そのための努力を、惜しむつもりなんてない」

 

 ドラムの子が真っ直ぐにあたしを見据えて言う。他の三人も、力強くあたしの目を見てきた。……なるほど、バンドとして()()()、目標を共有することはできているというわけね。

 

 その熱意は認めてあげるわ。だけどね、熱意だけで駆け上がれるほどこの世界は甘くないのよ。夢半ばで散っていった数多のバンドを見てきたあたしにはわかる。

 

 必要なのは、実力。聴く人間を一瞬で魅了するような圧倒的な実力。

 

 今のそれが備わっているのは……残念ながらギターヒーローさんだけよ。

 

 でも、この子達はそれがわかっている。わかった上で、ギターヒーローさんが実力を最大限発揮できるような工夫もしているし、今後のバンド活動についてもこの子達なりに具体的に考えていた。

 

 ただ漠然とメジャーデビューを口にするような連中とは違う。

 

 この子達は、結束バンドはすでに方向性を決めている。

 

 ……悪くないわね。

 

 ただ、だからこそ余計に───

 

「き、聴いていかれますか?」

「え?」

 

 それまで沈黙を貫いていたギターヒーローさんが口を開く。

 

「わ、私達の演奏……聴いていかれ───いや、聴いてください。今の私達の、全力を」

 

 ギターヒーローさんの綺麗な青い瞳が真っ直ぐにあたしを捉えた。

 

 そしてあたしは、彼女に……彼女の言葉に、無意識の内に頷いていた。

 

 

 

 

「なんすか、やみさん。わざわざ俺だけ呼び出して」

 

 取材が無事に終わり、結束バンドと山田レンに見送られたけど、どうしてもあたしは彼と話がしたくて、彼だけを近くのカフェまで連行した。

 

「結束バンド……よかったわ」

「そうですか」

「映像と、全然違う。まだまだ足りないところばかりだったけど、それを差し引いても、よかった」

 

 あたしがそう言うと、山田レンは嬉しそうな表情を浮かべながら笑う。

 

「本当はね」

 

 あたしはポツリと呟いた。

 

「ギターヒーローさんのこと、記事にしようと思って()のよ」

 

 あたしが今日、取材を申し込んだ最大の理由。彼女のことを記事にして、その正体がちょっと内気で気弱な女子高生だったってことがわかれば、反響がすごく大きいと思ったから。

 

「今は、思ってないんですか?」

「思ってないわ。そんなことをしても、彼女の───彼女達のためにならない。むしろ、ギターヒーローであるという真実はしかるべき時まで隠すべきね」

「しかるべき時?」

「彼女が、バンドでもソロの時と何ら変わりない実力を発揮できるようになるまでよ」

 

 もしも今、ギターヒーローさんの正体が後藤ひとりさんだということを発表してしまえば、彼女だけでなく結束バンドにまで悪影響が出てしまうだろう。

 

 いやそもそも、ギターヒーローと結束バンドの後藤ひとりさんの実力が違い過ぎて、信じてもらえず反感を買ってしまう可能性が非常に高い。そうなってしまえばもう、バンド活動どころじゃなくなってしまう。

 

 あたしは別に、彼女達を潰したいわけじゃないんだ。

 

「俺からも聞いていいですか?」

「何?」

「今の後藤さんって、プロのバンドに放り込んでも通用します?」

「当たり前でしょ。彼女は周りに合わせられなくて実力を発揮できないって言ってたけど、もっとレベルの高い……それこそSICKHACKにでも放り込めば、彼女は周りに気を遣うことなく本来の実力を存分に発揮できるでしょうね」

 

 そう。彼女が成功する一番の近道は、すでにメジャーデビューを果たしているハイレベルなプロのバンドに放り込む……いわば引き抜きに応じることだ。

 

 正直、あたしは編集長や自分の伝手を使ってギターヒーローさんを業界の人に紹介しようとも考えていた。そう()()()だと。

 

 だけど……

 

「あの子達の演奏を聴いたら……そんなことできないわよ」

 

 ギターヒーローさんと話すのは初めてなのに。結束バンドの演奏を聴くのは初めてなのに……

 

 不思議と「彼女はこのバンドじゃなければダメだ」と思ってしまった。

 

 彼女は、もっとレベルの高いステージで輝ける人なのに。

 

「……よかった。俺の一番の不安は、()()だったんですよ」

 

 山田レンは、あたしの言葉を聞いてほっと息を吐く。心の底から、安堵したような表情だった。

 

「今日の取材は大まかな内容を事前に打ち合わせていたとはいえ、細かいところはアドリブでしたから。ギターヒーローについて言及されるかもとも思ってましたし……もっと言えば、後藤さんが引き抜かれるかもと思ってました」

「……あたしの考えを見事に予測していたらしいわね?」

「だって、やみさんって()()()()()()じゃないですか。ウチの虹夏ちゃん……ドラムの子でさえ、後藤さんのソロを聞いてすぐに『ギターヒーローだ』って見抜いたんですよ? それなら、この業界にもっと詳しいやみさんならすぐに気付くだろうって考えたんです」

 

 あんたが賢過ぎるせいであたしは一人で恥を晒してたんだけどね!!

 

「でも、本当に安心しました。あの子達の演奏を聴いて……そりゃあ、SIDEROSやSICKHACK、ケモノリアの人達にはまだまだ及ばないですけど、それでもやみさんは……あの子達を認めてくれた。俺みたいな素人や同じバンドマンじゃなく、()()()()()()()()()に評価された。それが本当に、嬉しいんです」

「もしもあの子達がただのお遊びバンドで、ギターヒーローさんの才能を埋もれさせるようなバンドだったら本気で引き抜きをかけてたわよ。でも、そうじゃなかった。あの子達なりにしっかり将来を見据えて活動している。口先だけじゃない。本気で成し遂げようとしている。それが十分、伝わってきた。それだけのことよ」

 

 もっとも、熱意だけではどうにもならないことが多いけどね。だけど、彼女達にとって、それは諦める理由にはならないのでしょう。そして、どんな状況になっても諦めない姿勢や向上心を持ち続けられるのなら……本物でしょうね。

 

 ただ、熱意も向上心も実力もあるバンドが夢半ばで散っていく。ここがそういう世界だということも忘れてはいけないわ。

 

「あらためて、あの子達に伝えておきますよ」

「そうしてちょうだい。せっかく面白くなりそうなバンドだもの。簡単に終わってほしくないわ」

「他に何か、伝えておくことはありますか?」

「ドラムの子とギターボーカルの子、もっともっと精進しなさいと言っておいて。特にギターボーカル。あの子、ギターを始めて精々一年でしょ?」

「いや、まだ半年足らずですね」

「はん、はんとっ!? そ、それであの成長速度……!?」

「やばいですよね。俺もギターはちょろっと齧ってますけど、彼女を見てるとなんだか悲しくなってきますよ」

「なら、ボーカルとしてのテクが余計にネックになってくるわね」

「あ、やっぱり?」

「声域は広いし、良い物を持っているんだけど、まだちょーっとカラオケ気分が抜けてない気がするのよね。ボーカルの指導ができる人、いないの?」

「……心当たりなら」

「だったら、細かいテクもそうだけど、フロントマンとしての姿勢や在り方を学ばせなさい。それを自覚するだけでもかなり違ってくるから」

「メモメモ……」

「そのメモ『恋愛学習帳』って書いてない!?」

 

 山田レンがおもむろに取り出したメモ帳には表紙に筆で「恋愛学習帳Vol.1」と書かれてあった。何よその怪しいメモ帳は!?

 

「これは文字通り……俺が恋愛感情を学習するためのメモ帳です。あ、ついでにやみさんにも聞いておこう。やみさんにとって『恋』って何ですか?」

「もうどこからツッコんでいいかわからない!! このタイミングでそんなこと聞く!?」

 

 恋愛感情を学習するってどういうことよ!? あんたみたいなイケメンだったらそんなことしなくても選り取り見取りでしょうが!! こんちくしょう!!

 

 初対面のあたしに対して優しかったのも、一目惚れじゃなくてこいつの()()だって教えられて恥かいたし!! くっそー!! この男、どれだけあたしに恥をかかせれば気が済むの!? いつかぎゃふんと言わせてやるんだから!!

 

「で、やみさんにとって『恋』とは?」

「そんなキラキラした純粋な瞳で尋ねてくるなっ!!」

 

 答えるわけないでしょ!? って、ああっ……!! そ、そんな悲しそうな表情になるのはやめなさい!! なんかあたしが悪いことしてるみたいでしょ!?

 

 ……しょ、しょうがないわねえ。い、一度しか言わないからよく聞きなさいよ? 

 

 こらっ! そんな嬉々とした表情でメモしないの!

 

 はあ……ほんと、調子狂うわねぇ……

 

 

 

 

 今日は本当に実りのある一日だった。結束バンドの取材は無事に終わって、やみさんも結束バンドを正しく評価した上で、ギターヒーローについては記事にしないって約束してくれたし。

 

 それに何より、俺の恋愛学習帳のページがたくさん埋まったこと! 

 

 これで俺も「恋」の真実に一歩近づいたかもしれない。でも、まだサンプルが星歌さん、PAさん、やみさんの三人だけだから、もっともっと色んな人から話を聞きたい。明日は佐々木さん辺りに聞いてみようかな。

 

 とまあ、俺の恋愛学習珍道中は置いておくとして……今後、結束バンドがやらなければならないことは、やはりスキルアップ。

 

 特に虹夏ちゃんと喜多さん。この二人は後藤さんや姉貴に比べて技術的に劣っている。だけど、裏を返せば伸びしろがとても大きいということ。

 

 ただ、俺には彼女達のスキルを伸ばしてあげる指導やアドバイスなんてできない。

 

 ならばどうするか?

 

 俺にはこういう時、とても頼りになる心強い知り合いがいる!

 

 スマホを取り出し、ロインを開いてある人物の通話マークをタップした。

 

「もしもし、志麻さんですか?」

『珍しいね、君から連絡をくれるなんて。もしかして、とうとうドラムを本格的に始めるつもりになったのかな?』

「いや、そうじゃなくて……ちょっと、お願いしたいことがありまして」

『お願いしたいこと? 私にか?』

「はい。志麻さんと───廣井さんに」

『廣井にもか? あー……なるほど、なんとなく予想はついたよ』

 

 さすが志麻さん。話が早い! 素敵! SICKHACKの実質リーダー!

 

「ウチのドラムとギターボーカルの技術指導をお願いしたいです」

『それはかまわないが……ヨヨコに声をかけなくていいのか?』

「あ、それは大丈夫です。廣井さんに話が通れば『姐さんの手を煩わせるなんて! 私もお手伝いします!』って感じで勝手についてくると思うんで」

『ヨヨコに対する理解が深すぎる』

 

 俺は電話越しに志麻さんがうんうんと頷いているのがわかった。あと多分、話を聞きつけた他のSIDEROSっ子やイライザさんも面白がってやって来ると思う。

 

 でも、ごめんねイライザさん。今回は後藤さんと姉貴を連れて行くつもりはないんだ。あくまで喜多さんと虹夏ちゃんの秘密特訓って形にしたいから。バイトのシフトのこともあるし。

 

 姉貴と後藤さんの二人だけがシフトに……

 

 星歌さんがんばれ。

 

『日程については、君達に合わせるよ』

「ありがとうございます。急な申し出を受けていただいて……ライブも近くてお忙しいでしょうに」

『かまわないさ。むしろ、ウチでのライブが近いからこそ、少しでもスキルアップをしておきたいんだろう? 結束バンドの演奏を聴く限り、ライブまでの短期間で伸びそうなのはその二人だけだろうからね』

 

 志麻さん……俺の考えなんて全部お見通しなんですね。やばい、格好良すぎる。俺が女だったら志麻さんに惚れてた。絶対に。

 

 是非とも志麻さんにも「恋」について熱く語ってもらいたい! 何なら志麻さん専用ノートを作った方がいいかもしれない。よーし、今日のうちに準備しておくぞー!

 

「じゃあ、明日にでもまた連絡させてもらいますね」

『ああ、待ってるよ』

 

 そして俺は通話を切る。あとは虹夏ちゃんと喜多さんに連絡をすればいいな。で、技術指導のお礼のお菓子を買いに行って、日程調整して……

 

 そこでふと、俺は思う。

 

 たとえ自分は演奏できなくとも、こんな形で好きなバンドに関わって、彼女達の活動を少しでもお手伝いできるのは───

 

 こんなにも、楽しいことなんだなって。

 

 あ、ちなみにやみさんにとって「恋」とは「いつの間にか突然始まり、後から気付くもの」だそうです。

 

 深ぇ……




 ぽいずん回!

 原作とは違ってかなり穏便に取材が終わりました。本作の結束バンドは現時点でガンギマリ状態ですからね。

 次回は虹夏、喜多ちゃん強化大作戦!

 でもレンくんは本格的に関わらず、新宿FOLTで恋愛学習マシーンと化す予定です。

 最近ぼっちちゃんの影が薄い。

 どこかでテコ入れする必要がありますね。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#41 続・ラバーリポート

「こ、こんにちは……本日、ボーカルの技術指導をさせていただく廣井と申します。よろしくお願いします」

「誰!?」

 

 志麻さんに連絡を取った週の金曜日、俺と虹夏ちゃんと喜多さんは新宿FOLTを訪れていた。そして、訪問するなり、志麻さんとイライザさん、SIDEROSのメンバーに加えて、酒臭くない挙動不審の廣井さんという謎の生命体が俺達を出迎えてくれることになり、戸惑いを隠せない。

 

「し、志麻さん……?」

「普段の廣井じゃ技術指導なんて無理だからね。四十八時間ゆっくりじっくり酒を抜いた成果だ」

「み、みなさん……いつもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「これ逆に大丈夫ですか!?」

 

 以前、廣井さんから本当は陰キャで不安を紛らわすために酒を飲んでいると聞いたことはあったけど、素の廣井さんって、こんな感じになるのか……

 

「廣井さん、今日はよろしくお願いしますね」

「あ、よろしくお願いします」

 

 喜多さんが声をかけると廣井さんはサッと視線を逸らしてしまう。か、完全に普段の後藤さんと同じ態度だ。

 

「廣井さん、これ……よかったらみなさんで召し上がってください」

「あ、ありがとうございま───すっ!!」

「なんで逃げるんですか!?」

 

 俺が廣井さんに菓子折りを渡そうとするも、廣井さんは俺と目を合わさず志麻さんの後ろに隠れてしまった。マジか……マジか……あんなにウザ絡みしてくる廣井さんがこんなことに……

 

「ご、ごめんなさい。山田()()のような格好良い男の子と話すのは、慣れてなくて……」

 

 そして志麻さんの後ろからひょっこりと顔だけ出して、恥ずかしそうに廣井さんはそう言った。あ、ヤバい……この感じ、まさか……

 

 まさか、この感情は……いや、ありえない。廣井さんだよ? あの廣井さんだよ? STARRYに入り浸って酒臭くてライブではヤジを飛ばしてくるあの廣井さんだよ? 姉貴のダメ人間レベルをMAXにしたような女だよ?

 

 そんな、そんな廣井さんに対して俺は……

 

「はっ!? れ、レンくん……あなたまさか……廣井さんを……!?」

「俺が、廣井さんに……こんな感情を抱いてしまうなんて……」

「だ、ダメよレンくん! 他の人はいいけど廣井さんだけは絶対ダメ! いくら恋愛感情を学習中だとしても、廣井さんを好きになるなんて私が許さないわ!」

「廣井さんを甘やかしたいと思ってしまうなんて……」

「あ、いつものレンくんだったわ」

 

 いやいやいや。これは俺の中でかなり衝撃的な出来事だよ? 正直、廣井さんって「俺が雑に扱う女No.1」候補だったから。そんな廣井さんを甘やかしたくなるって……今の廣井さんがよっぽど俺にクリティカルヒットしたんだね。

 

「私を好きになってもいいことなんてありませんよ? そ、それに……き、君にもたくさん迷惑をかけたので、甘やかされると……は、恥ずかしいです」

「ぐああああああああああああああああっ!?」

「レンくんが雄叫びを上げて膝をついた!?」

「普段の廣井さんと今の廣井さんのギャップに脳が焼き切れた挙句、レンくんの魂に刻まれている甘やかしセンサーが全開で反応している!?」

「……山田くんも難儀な生き物だね」

 

 志麻さんが他人事のように言うけど、俺がここまで追い詰められることになったのは、間接的にはあなたのせいですからね?

 

 でも、正直……これはヤバい。普段の廣井さんを見ているだけに、そのギャップで甘やかしたい欲求が暴走しかけている。俺ってこんなにも女の人のギャップに弱かったんだな。恋愛学習帳にメモしておこう。

 

「大槻先輩、抱きしめて頭撫で回していいですか?」

「いきなり何をとち狂ったことを言っているの!?」

「今の廣井さんを見て俺の甘やかしたい欲求が抑えきれなくなりそうで……とりあえず視界に入った大槻先輩でその欲求を晴らそうと」

「みんなの前でそんなことできるわけないでしょ!?」

「二人きりならおっけーと……楽屋行きます?」

「行かんわっ!!」

 

 大槻先輩に断られてしまった。甘やかしたい欲求をぶつける相手に大槻先輩を真っ先に選んだあたり、俺って先輩にかなり甘えてるよなぁ。……甘やかしたいのに甘える? あかんまた脳みそバグりそう……

 

「レンくん、おいでー」

「虹夏ちゃん……」

 

 虹夏ちゃんが笑顔で両手を広げて待っていたので、俺は躊躇うことなく虹夏ちゃんを抱きしめて頭を撫で回す。あ、虹夏ちゃんのアホ毛が嬉しそうにブンブン動いてる。やっぱり虹夏ちゃんは可愛いね。

 

「なんか、レンさん情緒不安定じゃないっすか?」

「レンくんは最近、恋愛感情を積極的に勉強しているのよ。多分そのせいね」

「レンくん……廣井さんにぶつけられない欲求をヨヨコ先輩でも晴らせなかったから、さらに別の女の子で発散してる~」

「状況だけ箇条書きにすると、山田さんがとんでもないクズに思えますね~」

「あなた達笑顔でなんてこと言ってるのよ!?」

「ヨヨコ先輩がレンさんを受け入れてたらこんなことにならなかったっすよ?」

「私が悪いみたいな言い方しないでくれる!?」

 

 俺が虹夏ちゃんに癒されていると、あっちはあっちで変な盛り上がりになっていた。確かに、最近の俺はちょっと情緒不安定だったかもしれない。気をつけないと……

 

「大槻さん……」

「ヨヨコ先輩……」

「ヨヨコせんぱぁい……」

「う、うぅ……わ、わかったわよ! や、山田っ! こっち来なさい! 私のことも甘やかしていいからっ!」

「あ、虹夏ちゃんのおかげで落ち着いたんで大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 俺がそう言うと大槻先輩が顔を真っ赤にしながら俺をポコポコ叩いてきた。いやほんとすいません。情緒不安定でご迷惑をおかけして変な気遣いまでさせちゃって申し訳ないです。

 

 

 

 

 その頃のSTARRY

 

「ぼっち、今日はレンも虹夏も郁代もいない。それがどういう意味かわかるな?」

「あ、はい(全然わからないです)」

「今日……STARRYで一番偉いのはこの私! つまり、ここは山田王国(キングダム)! ぼっちよ。我が手足となって馬車馬の如く働くがよい」

「あ、はいっ」

「てめーも働け! あと、一番偉いのは店長の私だっつーの!」

 

 

 

 

「いや~、ごめんね山田()()。完全に素面だとさすがにキツイわ~」

「なんか……その姿を見て安心しました」

「これでも()()()()で抑えてるから大丈夫。よぉ~し! 喜多ちゃん、お姉さんがフロントマンのいろはを教えてやろうじゃないか~」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」

 

 廣井さんに、泥酔しない程度にアルコールを与えてコミュ力を回復させたところでその場は一旦落ち着いた。会話ができないと技術指導もクソもないからね。

 

 それにしても、素面状態の廣井さんには心を揺さぶられるものがあった。後藤さんとは違って、妄想が激しい奇行陰キャじゃなく、ひたすら地味地味している陰キャ。

 

 でも、後藤さんみたいに前髪で顔を隠したりしてないから、学生時代もひそかに人気があったに違いない。

 

「素面の廣井さんだとライブは無理ですね」

「実は一度だけ、酒の力に頼らずにライブしたことがあったんだけど……」

「だけど?」

「……察してくれ」

「あっ……」

 

 志麻さんは気まずそうな表情で俺から目を逸らす。ド滑りしたんですね。わかりますよ。あの居たたまれない地獄のような空気になっちゃったんですね。俺の姉貴も中学時代に同じことやらかしてお通夜になったことがありまして……

 

 俺は志麻さんに深く共感し、慰め合う。苦労してるんだよな、この人も……

 

 なんかもう、あれだな。俺の甘やかしセンサーがSICKHACKとSIDEROSの全員に反応しているあたり、俺はもうダメかもしれない。

 

「虹夏ちゃんは私とだね。動画を観る限り、演奏全体のバランスを取ることに関しては一定のレベルに達しているから、今回は精密さと個性を主張することを重点的にやっていこうか」

「よろしくお願いします!」

「喜多郁代! あなた達のようなバンドが姐さんに指導してもらうなんて普通はありえないんだからね。感謝しなさいよ」

「あれぇ~? 大槻ちゃんも手伝ってくれるんでしょ~?」

「そうなの? やっぱり大槻さんって優しいのね」

「違うわよっ! 姐さんの手を煩わせるまでもないってだけだからっ!」

「大槻ちゃん、そういうのはね……ツンデレっていうんだよ~?」

「店長と同じなのね……」

「つ、ツンデレなんかじゃありませんっ!」

「でも、()()()に手伝ってもらえるってすごく嬉しいわ。よろしくね、大槻さん」

「お、お友達……えへへ」

「ヨヨコ先輩が一瞬で陽キャに陥落されたっす」

 

 こうして、虹夏ちゃん、喜多さん、廣井さん、志麻さん、大槻先輩の五人はスタジオへと入っていく。今月の新宿FOLTでのライブに向けて、存分にレベルアップしてきてください。俺も俺でレベルアップしておくから。

 

「レンはどうするの~? 私がギター教えてあげようか?」

「レンさんはドラマーになるんすよ。イライザさんはお引き取りください」

「いえいえ。ここは山田姉弟でベーシストになるべきですよ~」

 

 なんで俺も楽器を練習する流れになってんの? 気持ちはありがたいんだけど、それよりも俺はやりたいことがあるんだよね。

 

「やりたいこと~?」

 

 ふーちゃんが首をかしげて俺に尋ねてくる。

 

「みなさんにはこれから、俺の恋愛学習教室に付き合ってもらいます!」

 

 

 

 

 その頃のSTARRY

 

「見ろぼっち。今日はカップルが多い。こんな日に限ってレンがいないとは……『私の弟はあなたの彼氏より百倍イケメンですよマウント』が取れない」

「あっあっあっ……り、リア充……(彼氏とライブに来るとかリア充ポイント高過ぎ……おえっ! あ、でも私も山田くんと花火大会に行ったり海で遊んだりしたから……もしや、私の方が格上っ!? ふっ、そうだ後藤ひとり……この夏休みで私は変わったんだ!! リア充なぞ、何も恐れることはない!!)」

「すみませぇ~ん。カルピスとストローを二本お願いしまぁ~す」

「おいおい。別にストローは一本でいいだろ?」

「だってぇ、たっくんと一緒に飲みたかったんだもぉん♡」

「しょうがないなぁ♡」

「……ぼっち、カルピス」

「りょ、リョウさんがやってください」

「お前ら押し付け合ってんじゃねえ!!」

 

 

 

 

「え~、それではこれより『山田レンの恋愛学習教室』を始めます」

「わ~!」

「楽しそう!」

「……レンさんが恋愛について教えるみたいになってるっすよ?」

「実際は山田さんに『恋』について教えるんですよね~?」

 

 ライブハウス内の一角でテーブルを借りて、俺、イライザさん、あくびちゃん、ふーちゃん、幽々ちゃんの五人で恋愛学習教室を開く。今日だけでサンプルが四つも手に入るな! あ、でも志麻さんや廣井さん……廣井さんは別にいいか。あと、吉田店長にも聞いておきたいね。

 

「みなさんに順番に聞いていこうと思います。まずはイライザさん!」

「はーいっ!」

 

 俺が指名するとイライザさんが笑顔で元気よく手を挙げる。相変わらずおっぱい大きいですね。

 

「ずばり、イライザさんにとって『恋』とは何ですか?」

「ふふーん! ズバリ『戦争』だヨ~!」

「せ、戦争っ!?」

 

 俺はその言葉に衝撃を受けながらメモを取る。

 

「そうだヨ! 恋はね、奪い合いなの! ライバルを蹴落として~、陥れて~、意中の人を手に入れる! 強ければ生き、弱ければ死ぬ! 志々雄真実もそう言ってたヨ!」

「強ければ生き……弱ければ死ぬ……なるほど、恋は戦争。意中の人の隣に立てるのはたった一人! その座を、ありとあらゆる方法で勝ち取れと! そういうことですね?」

「そのとーり! 私の大好きなアニメに、こんな名言がある……『ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん』」

「い、イライザ様……」

「苦しゅうないゾ~! 私を崇めたまえ~!」

 

 俺が感激した表情でメモを取っていると、イライザさんが俺の頭を撫でてくれた。なんか、イライザさんに後光がさしているように見える……

 

 この言葉、胸にしっかり刻み付けておかないと!

 

「開幕からとんでもねえ爆弾をぶっこんできたっす。このままじゃレンさんの恋愛観がやべーことに……」

「じゃあ、次はあくびちゃんね?」

「ウチっすか? イライザさんと比べたらインパクトのない当たり前のことっすよ?」

「俺は……その当たり前すらわからないんだよね」

「まあ、そこまで言うなら……」

 

 あくびちゃんは少し恥ずかしそうだった。珍しいな。あくびちゃんって大体のことは飄々とスマートにこなすイメージがあったんだけど。いやでも、こういうサバサバした女の子が恥ずかしがるのが恋なのか! また一つ勉強になったね。

 

「嫉妬するかどうかじゃないっすか?」

「嫉妬?」

「そうっす。例えば……難しいかもしんないすけど、想像してみてください」

「がんばる」

 

 何を想像すればいいのかな?

 

「まず、すごく仲の良い女の子を一人、思い浮かべてください」

「はい」

 

 すごく仲の良い女の子……たくさんいるけど、色んな意味でパッと思い浮かんだのは後藤さんだな。色々とインパクトのある子だし。

 

「その子が……自分以外の男の子とすごく仲良くお話ししたり、二人きりでお出かけしたりするとします」

「うんうん」

「すると、心がもにゃっとしないっすか?」

 

 後藤さんが、俺以外の男子と仲良くおしゃべりして……二人きりで遊びに行って……

 

 成長したなあ! 後藤さん!

 

「感動しました……」

「……ぼっちさんを思い浮かべたっすね?」

「なんでわかるの!?」

「わかんない方がおかしいっすよ。あー……でも、ウチの例えも悪かったっすね。ヨヨコ先輩……もダメっすね。あの人もぼっちだから同じ反応になる。じゃあ虹夏さん? それとも喜多さん?」

「難しいね」

「そうなんすよ。まあ、とにかく……自分の身近にいる仲の良い女の子が、自分以外の男と仲良くしてたり、付き合ったりしてることに対して『悔しいな』っていう、もにゃっとした感情が生まれるようだったら……それは限りなく『恋』に近いと思うっす」

「嫉妬……悔しい……あくびちゃん、メモしたいからもう一回言ってもらっていい?」

「恥ずかしいから嫌っす」

 

 あくびちゃんはそう言って、プイっと顔を逸らした。本当に珍しい反応だな。こんなに恥ずかしがってるなんて。

 

 でも、普段はサバサバしてる女の子が照れてるのって、すごく可愛く見えるよね。マスクでよくわからないけど、多分ほっぺたも赤くなってるんだろうなぁ。

 

「じゃあ、次はふーちゃん」

「私は……はーちゃんとちょっと重なるところがあるけど『独占欲』かなぁ?」

「独占欲?」

「うん。例えば、レンくんにすごく可愛くて学校の人気者な彼女ができたとするよ? それで、その彼女がレンくんを放って仲の良いお友達とばかり遊んでると、もにゃっとしない?」

「え? あんまり……」

「あれぇ!?」

「あ、でも元カノが言ってたのはそういうことか! 俺、元カノが友達と遊びに行きまくるのを全部許してたら『本当に私のこと好きなの!?』って怒られたことがあって……」

「それはレンが半分悪いネ! 女の子はね、束縛され過ぎるのは嫌だけど、適度に束縛されたい生き物なんだヨ?」

「む、難しい……」

「束縛って『自分のことを大事にしてくれてる』っていう、一種の恋愛感情だから」

「心の狭い男って思われない?」

「それは束縛の度合いによるよ。レンくんだって、彼女が男の子と二人きりでお出かけするのは嫌でしょ?」

「さすがにそれには苦言を呈する」

 

 「独占欲」と「束縛」かぁ。あんまり、良い印象のない言葉だと思ってたけど、そういうものが適度にないと、相手に恋愛感情を感じさせることができないんだね。

 

 ふーちゃんの話を聞いて思ったけど、これって……今の俺に足りないものとしてすごくしっくりくる気がする。

 

「レンくんみたいな男の子に束縛されるのも悪くないかなぁ~って」

「過保護ってある意味束縛っすからね。もしかしたら、レンさんに本当に好きな人ができた時……そういう独占欲が強くなっちゃうかもっすよ」

「でも、あんまり束縛しちゃダメだヨ? 独占欲の強いレンも見てみたいけど……」

「ですよねっ! レンくんが私だけを見てくれてるって想像すると……」

「そーそー!」

 

 イライザさんとふーちゃんは共感できるのか、きゃっきゃと手を取り合って話している。逆にあくびちゃんはそこまで共感できないのか、フラットな態度だった。

 

「よし、次は幽々ちゃん!」

「ようやく私の出番ですね~。任せてくださ~い」

 

 幽々ちゃんが怪しく笑いながらそう言ってくる。これまで会話にはほとんど参加してなかったけど……正直俺は、彼女の意見がある意味一番楽しみだったりもするんだよね。何を言うか全く予想ができないから。

 

「私が考える恋とは~『呪い』です」

「の、呪い?」

 

 ほら、とんでもないこと言い出したよこの子。

 

「だって、恋をすると四六時中その人のことを考えて、その人のことで頭がいっぱいになって、無意識の内にその人を目で追っちゃうんですよ~。こんなの『呪い』以外何物でもありませんね~」

「た、確かに……言われてみれば……」

 

 お、思いの外まともな意見だった。ちゃんとメモしておかないと……

 

「それに、恋って『自分がこんなにも好きなんだから、相手にも同じくらい好きになってほしい』って考えたり『こんなに好きなんだから嫌われるはずがない』っていう、究極の自己中心的な願いだと思うんですよね~」

「究極の、自己中心的な願い……」

「幽々ちゃんが言うと説得力あるね~」

「レンさんが度肝を抜かれた表情してるっす」

 

 度肝抜かれるわこんなん。なんというか……心をガツーンと殴られたような気持になったよ。自己中心的な願い、呪い……確かに、俺がよく知る家族愛とは全くの別物だ。

 

「なんというか……愛と違って、恋ってすごく自分本位なものなんだね」

「そうですよ~。愛は二人で育まないといけませんが、恋は一人で完結できますからね」

「い、今の言葉……もう一回お願い!」

「いいですよ~」

 

 俺は幽々ちゃんが言ってくれた言葉をしっかりメモ帳に書き残す。言われてみれば、恋占いやおみくじに「待ち人」ってあるんだから、恋はそういうスピリチュアルな面が強いのも当然だよね。

 

 すごく勉強になった……

 

「あら~? みんなで楽しそうに何を話しているのかしら~?」

「あ、銀ちゃん! 今ね、レンが『恋』について勉強したいって言うから、みんなで『恋』とは何かって教えてあげてたんだヨ!」

「……山田ちゃん、好きな人ができたの?」

「いえ、その逆です。俺は『恋』をしたことがないので、どんなものかみんなの意見を聞いて今後の参考にしようかと……」

「そう。でも、難しい問題ね~。恋なんて十人十色だから……『これだ!』っていう明確な答えがないものよ?」

「吉田店長はどう思います?」

「そうだヨ! 銀ちゃんは新宿FOLTで誰よりもピュアな乙女心を持っている三十七歳のおっさんだから絶対参考になるっ!」

「三十七歳のおっさんは余計でしょ!?」

 

 た、確かに……乙女心を理解する男という意味では、吉田店長は俺が恋愛相談をする相手としては最強なのでは?

 

「あたしにとって『恋』とは、ね~。すこーし抽象的になるけど『その人の隣にいるのが自分じゃなきゃ嫌だ』っていう思いかしら?」

「自分じゃなきゃ……嫌だ……」

「例えば、山田ちゃんに気になる子ができたとする。そして、山田ちゃんの親友も同じ子を好きになってしまった。親友と、気になる子がすごく良い雰囲気になって……誰が見てもお似合いのカップルで、気になる子を幸せにできるのが親友だというのが山田ちゃんにもわかっている」

 

 俺は吉田店長の言葉を黙って聞いていた。

 

「それがわかっていながら、気になる子の隣にいるのが例え親友であっても許せない。自分がそこにいたいっていう気持ちが自覚できたら……それは恋なんじゃないかしら?」

「自分がそこにいたい、か……」

「もちろん、その子の幸せを願って……自分が身を引いて涙で枕を濡らす時に初めて恋だと自覚することもあるでしょうけど」

「それは、辛い……」

「そうよ。恋は楽しいだけじゃない。辛いこともたくさんあるの。だけどみんな、そういうことを一つ一つ経験して大人になっていく。たとえ自分の思いが届かなくても、恋が実らなくても……誰かに恋をしたことがあるというのは、人生の大きな財産になるわ。絶対に」

 

 吉田店長の言葉に、俺は感激せずにはいられなかった。彼の言葉にはすごく……ものすごく重みがあったからだ。きっと、吉田店長もそんな思いを何度も繰り返してきたんだろうなと、俺は勝手に思い込んでいた。

 

「山田ちゃん、焦る必要はないわ。そうやって、恥ずかしがらずに色んな人から素直にお話を聞けるのは、山田ちゃんの良いところよ。あたしは、山田ちゃんがすごく魅力的な男の子だってわかってる。だから、いつか必ず───君は素敵な恋ができる」

 

 俺だけじゃなく、その場にいた全員が吉田店長の言葉に聞き入っていた。ふ、深い……深すぎる……。そっか、俺……ちょっと焦ってたのかもしれない。この夏休み、色々なことがあり過ぎて、初めての感情を抱いちゃって……変に意識していたのかもな。

 

「俺、好きな子ができたら吉田店長に相談しようと思います」

「いつでもウェルカムよ~! 応援してあげるからね! あ、でもウチの廣井はやめておきなさい。あいつとの恋愛だけは応援できないから。それじゃあ、あたしは仕事に戻るわね~」

 

 いやー、ほんとに頼りになるな吉田店長。比べちゃ悪いけど……星歌さんとは大違いだった。星歌さんも、吉田店長に恋愛相談した方がいいんじゃない?

 

「銀ちゃん、すごく良いこと言ってたネ」

「そっすね。言葉の重みが違ったっす」

「さすが三十七歳ですね」

「私達とは人生経験が違います~」

 

 俺だけじゃなくて、他の四人もすごく勉強になったと思う。今日は新宿FOLTに来てよかった。大収穫だよ。あとは志麻さんに話を聞ければ完璧だな。

 

「この後どうします? 特訓組はまだしばらく終わりそうにないっすけど」

「どうしようかな……」

 

 正直、ほとんど勢いで特訓の予定を立てたから、細かいところまであんまり考えてなかったんだよね。うーん……スタジオに様子を見に行くのもありかもしれない。

 

「あ、せっかくなんでレンさんもドラム叩いてみます? ベースやギターと違って、ちょうどステージに設置されてますし」

「……いいの?」

「もちろん。ドラムって練習場所が限られてるからこういう時にちょっとでも触れてもらえると、ドラマーとしては嬉しいっす」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「あくびだけずるいー! 私もギター教えてあげる!」

「イライザさん、私と一緒にレンくんを立派なギタリストにしてあげましょう!」

「山田さんはリョウさんと同じベーシストになるべきです~」

 

 正直、ギターやベースは姉貴が持ってるし、ギターは俺も持ってるからいつでも弾けるんだけど……まあ、せっかくだからみんなにちょっとずつ教えてもらおうかな。ドラムの配分多目で。

 

 

 

 

「レンさん、いいセンスしてるっすね。八ビートや四ビートだけじゃなく、裏打ちまであっさりマスターするとは……特に初心者の内は、裏打ちで手足がバラバラになりがちで苦戦するんすけど」

「虹夏ちゃんのドラムをよく見てて、見よう見真似で遊んでたこともあったから」

「うーん、これはもうドラマーになるしかないっすね。ギター? ベース? イケメンドラマーがどれだけ希少価値が高いかわかって言ってるんすか?」

「はーちゃん、次は私が教える番ー!」

「ふーちゃんのお願いでもそれは聞けないっす。レンさんは私が育てるんで」

「レン、ギタリストになったら私が色々イイコト教えてあげるヨ?」

「イライザさん! おっぱいで誘惑するのは反則っすよ!」

「山田さんがドラムを見るとトラウマを思い出す呪いを……」

「呪いをかけるのもレギュレーション違反っす!!」

 

 こんな感じで、俺も色々と楽器の使い方を教えてもらいました。ギターやベースも楽しいけど……俺にはやっぱりドラムが一番合ってる気がするな~。まあ、俺がドラマーとしてライブに出る機会なんて、あるわけないだろうけど。……ないよね?

 

 

 

 

「今日はありがとうございました!」

 

 そして、夜の九時を回った頃、特訓組の二人と俺の三人は協力してくれたSICKHACKとSIDEROSの人達に深々と頭を下げていた。

 

「志麻さんに教えてもらったこと……あたし、絶対に忘れません!」

「ああ。みんなの道標になるのがドラマーだけど、それだけが仕事じゃない。ドラマーは、もっと自由でいいんだ。それをずっと、心に留めておいてほしい。今月のライブ、楽しみにしてるから」

「はいっ! ありがとうございました!」

 

 虹夏ちゃんは充実した表情を浮かべている。いい刺激になったみたいでよかった。やっぱり、自分より上の技量を持つ人に教えてもらうのが一番効果的だね。

 

「細かいテクニックもそうだけど、もっと歌詞の内面に目を向けて、歌に気持ちを乗せなさい。そうすれば、あなたの強い武器である声の良さと、声域の広さ。これらをもっと生かせるわ」

「ありがとう、大槻さん! 今度、一緒に遊びに行きましょうね!」

「じ、時間が合えば……ね」

「絶対合わせるわ!」

 

 大槻先輩と喜多さんもうまくいったみたいでよかった。仲も良くなったみたいだし……大槻先輩の交友範囲がこうやって少しずつ広がればいいなぁ。

 

「喜多ちゃん。フロントマンは観客に一番観られるポジションだ。だけど、観客に見られることを意識し過ぎて、本来の自分を見失っちゃいけないよ。究極『自分が気持ちよ~く歌えればそれでいい』くらいのふてぶてしさがないと、フロントマンなんてやってられないから」

「はい! 廣井さんの、そのメンタル()()は見習おうと思います!」

「よしよ~し、その意気だぁ~!」

 

 なんか廣井さん……最初より酒が回ってない? もしかして、飲みながら指導してたとか……ま、まあでも、フロントマンとしての姿勢は十分に伝わってそうだからヨシ!

 

 喜多さんのメンタル強化にもつながったみたいだし……飲酒に関しては目を瞑ろう。廣井さんに倣ってライブ中にダイブとかしなかったらそれでいいよ。

 

「みなさん、今日は本当にありがとうございました。二週間後のライブ……絶対に成功させましょう!」

 

 虹夏ちゃんの言葉に、みんなは笑顔を浮かべていた。単純な技量だけなら、結束バンドが一番下だ。しかも新宿というアウェーな舞台でライブをすることになるから、STARRYでのライブとは雰囲気も大きく違うだろう。

 

 だけど、虹夏ちゃんの言葉には、そんなマイナス要素を全て吹き飛ばすような力強さがあった。虹夏ちゃんってメンタルがそこまで強くない子だから不安だったけど、これなら大丈夫そうだね。

 

「打ち上げは美味しいお店を予約しておくからね~!」

 

 最後にもう一度頭を下げ、新宿FOLTをあとにすると、後ろから廣井さんのそんな声が聞こえてきたので、三人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。

 

 二人とも、本当に良い表情をしている。

 

 来てよかったな、新宿FOLT。

 

 心の底から、そう思える一日だった。

 

 あ、志麻さんから「恋」について聞くの忘れてた……

 

 

 

 

 その頃のSTARRY

 

「ふっ、私とぼっちにかかればこんなもの。 レン? 虹夏? 郁代? あやつらがいなくとも、STARRYは私達二人がいれば十分」

「どんだけ私がフォローしたと思ってるんだ!?」

「ご、ごめんなさい……店長さん。わ、私が足を引っ張っちゃったから……」

「……ぼっちちゃんはいいんだよ」

「店長()ぼっちに甘い。ライブでぼっちの動画ばかり撮ってるし、お巡りさんこっちです」

「え? ……え?(わ、私……店長さんに目をつけられてる?)」

「はぁ!? ばっ、ち、ちげえし! お前らの成長がちゃんとわかるように記録に残してるだけでだな……」

「盗撮だ。ぼっち、慰謝料請求できるぞ。情報提供した私と折半だ」

「い、慰謝料?(私の動画に価値なんてないと思うけど……あ、喜多ちゃんからロインだ。新宿FOLTでの秘密特訓が終わったのかな?)」

「ぼっちちゃん、違うからな? 私はあくまで結束バンドの成長の軌跡を形に残しておいて将来の役に立てようと……」

「へあぁっ!?」

「あ、ぼっちが気絶した。店長のせいだ」

「ご、誤解だ! 誤解だからなぼっちちゃん! 私はぼっちちゃんを盗撮なんてしてないから! ぐ、偶然ぼっちちゃんのアップが多かっただけで」

「犯罪者はみんなそう言う」

「(き、喜多ちゃんがウチにお泊りに来るなんて……じ、地獄の週末が始まるっ……!!)」




 レンくんの恋愛学習珍道中in新宿FOLTでした。

 虹夏と喜多ちゃんは描写外でしっかり特訓して強化されています。原作よりもハイスピードで成長しているようで何より。

 ぼっちちゃんと山田は二人きりにするとダメだ。ストッパーがいないから星歌さんの心労が大変なことになる。

 原作よりも早く喜多ちゃんのお泊まりイベントが発生しましたが、レンくんは関わりません。というか、関われません。

 なのでごとりちゃん呼びは回避できないんだ。ごめんねごひとりちゃん。

 次回は新宿FOLTでライブします。ささささんとぽいずんを出します。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#42 オンリーロンリーグロッキー

「それでは~、一年二組の出し物は『メイド&執事喫茶』に決まりました~!」

 

 新宿FOLTでのライブ当日、ホームルームの時間に文化祭でのクラスの出し物を決めることになり、文化祭実行委員の女子二人による司会進行の下、無事に出し物が決まった。

 

 メイド&執事喫茶……ねえ。男子と女子の両方にちゃんと役割を与えて盛り上げようって考えなんだろうけど……執事喫茶にお客さんってくるかなぁ?

 

 メイド喫茶は問題ないと思う。女子のレベルは高いから。だけど執事喫茶……もういっそ、可愛い女の子を選抜して執事のコスプレさせた方がウケがいいんじゃないかな。

 

「んはっ!?」

「お? ようやく復活したね」

「わ、私は一体何を……」

「文化祭の出し物を決める話し合いが終わったところだよ。後藤さんは開始三分で意識を失ってたからね」

「か、開始三分……み、見苦しいものをお見せしてしまって……(や、山田くんに気絶してる顔を見られちゃったっっ!!)」

 

 なんか恥ずかしがってるけど、後藤さんのとんでもない死に様や気絶してる様なんてこの半年近くで数え切れないほど見てきてるからね? あ、でも……異性にそういう顔を見られて恥ずかしいって思えるくらい、後藤さんも成長しているのかもしれない。ちょっと感動。

 

「そ、それで……出し物は一体……」

「メイド&執事喫茶に決まったよ」

「め、メイド!? わ、私がメイドとか……戦力外過ぎる……おえっ……」

 

 後藤さんがえずきながら顔面が崩壊させかけている。後藤さんのメイド服……可愛いから似合うと思うんだけどな。

 

「し、死者の魂が眠る冥土なら自信があるんですけど……」

「それおばけ屋敷だよ。おばけ屋敷は俺が怖いからやだ」

「や、やだって……山田くん。わ、わがままはだめです。こ、ここはあえて冥土喫茶にしてトラウマを克服する胸熱イベントに……」

「他のクラスがおばけ屋敷とかやるんじゃない?」

「あ、じゃ、じゃあ……おばけ屋敷に一緒に行きましょう。だ、大丈夫です。私がちゃんと守ってあげるので……ふへへ」

「えー……だって怖いよ?」

「わ、私だってメイドは嫌です。だからお相子……ね?」

 

 後藤さんが怪しく笑いながらそう言った。学生の出し物とはいえ、おばけ屋敷はめっちゃ怖いから行きたくない。

 

 でも、せっかく誘ってくれたんだし……どうせ一日目はメイド喫茶で女子がメインだから俺はフリーで動けるから───

 

「あ、山田くんはメイドもやってもらうからね?」

「なんで!?」

 

 実行委員の無慈悲な言葉に俺は抗議のツッコミを入れる。

 

「だって、その顔面偏差値の高さを活かさない理由がないじゃない」

「俺の自由時間は!?」

「大丈夫大丈夫! ちゃんとあげるから! ……多分」

 

 今多分って言ったよねこの子!? いやいやいや、二日間ともクラスの出し物で拘束されるとか……ブラックが過ぎる。

 

「すね毛はどうすんの!?」

「真っ先に心配するとこそこ!?」

「脱毛すればヨシ! あとはロングスカートのメイド服でカバーすれば完璧ね!」

「腕の筋肉は!?」

「長袖なら問題ないでしょ?」

「そ、それなら野球部の連中も巻き込めばいいじゃん。坊主頭のゴリゴリマッチョなメイドってそれだけで笑いが取れる───」

「あ、悪い山田。俺達、初日は部活の屋台を手伝わなきゃいけないんだ」

 

 は、薄情者!! 他の男子連中も俺と目を合わそうとしないし……救いはないんか!?

 

「う~ん……まだ粘るのね。仕方ないわ……後藤さん!」

「あ、はい」

「山田くんを説得してちょうだい」

「え、ええっ!?」

 

 実行委員が後藤さんに無茶振りする。こらっ、こんな無茶振りに後藤さんが対応できるわけないだろっ! この半年間、同じクラスで何を学んできたんだ!

 

「ひとりちゃん……あのね───」

「───すれば、山田くんがたくさん───かも」

 

 狼狽している後藤さんに、前の席の女子二人が何やら余計な入れ知恵をしている様子。おい、やめんか。後藤さんに何を言わせる気だ一体。

 

「あ、あの……山田くん」

「はい」

 

 後藤さんが恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら俺を見てくる。さて、何を言い出す気やら。

 

「い、いいいいいいいい一緒に冥土に落ちましょうっ!!」

「心中のお誘い!?」

「あ、間違えた。い、一緒にメイドになりましょう!」

 

 後藤さんがテンパりながらわたわたした様子で俺にそう言ってくる。

 

 ……正直に言おう。実行委員がここで後藤さんに話を振ったのは最適解なんだ。悔しいことに。

 

 だって……だってさぁ……

 

「ダメ……ですか?」

 

 俺が後藤さんのお願いを断れるわけないじゃん。ずるいわー。マジでずるいわー。

 

 おーけーおーけー。降参だ降参。俺の負けですよ。メイド喫茶……本気でやってやろうじゃありませんか。

 

「やっぱり山田くんを動かすには後藤さんにお願いするのが一番ね」

 

 俺の習性が完全にクラス全体で認知されている。……まあいっか。後藤さんのメイド服姿も見れるから、それは純粋に楽しみだね。よーし、後藤さんのことが大好きな星歌さんにメイドぼっちちゃんの写真を見せてマウントを取りまくってやろう。

 

 そこで俺は気付いた。一日目のメイド喫茶で超絶本気を出して二日目の分まで売りまくれば、二日目の執事喫茶はかなり早く終われるじゃない? そうすれば俺も二日目は文化祭を回れるかも……ヨシ!

 

「集え! 男共! 緊急会議だ!」

「なんぞ?」

「体育祭マジックの次は文化祭マジックか?」

「体育祭で告白した三組の藤田、もう別れたらしいぞ」

「マジかよ。まだ二週間だぞ」

「初めての彼女で舞い上がって休み時間も放課後もずっと付きまとってたらウザがられたらしい」

「うわぁ……」

 

 俺は教室の後ろの方に男子を集め、文化祭に向けての緊急作戦会議を行う。執事喫茶をやると決まってから、どういう戦法を取るかについては考えていたんだよね。

 

「男子の役割を三つに分担しようと思う」

「三つ?」

「『客引き』『接客』『裏方』の三つだよ」

「誰がどれをやるんだよ?」

「まず『客引き』だけど、これに関してはコミュ力もしくは顔面偏差値の高い者を選抜する。もちろん俺はここに入るから」

 

 飲食系の出店はいっぱいあるし、どれだけお客さんを呼べるかが勝負になってくる。そこで重要なのは、顔とコミュ力。俺はどっちも兼ね備えているから、片っ端から女子生徒や外部の女性客に声をかけて店に客を引き込む。

 

 あとは……サッカー部とかバスケ部の陽キャ組に任せればいい。

 

「次は『接客』なんだけど、これに関しては野球部の坊主集団を中心に『ザ・体育会』って感じの接客をやってほしい」

「えー? そんなんでいいのかよ?」

「他にも似たようなことをやるクラスがあるかもしれないから、差別化を図りたいんだ。屈強な坊主軍団の統率の取れた動きで『お帰りなさいませお嬢様!』ってやれば、良くも悪くも話題になる。あとは運動部の上下関係で鍛えられたキビキビした体育会系接客で良い印象を与えればいい。ガチガチのスポーツマンが執事服で大真面目にそれをやるっていうギャップがウケるはず。……いい? こういうのは変に恥ずかしがったり、小生意気なマセガキみたいな感じでやると逆に寒いんだ。全力で体育会系執事喫茶をやれば、お客さんも必ず評価してくれる」

「ガチだ……こいつ、ガチすぎる……」

 

 当たり前じゃい。二日目の出来で俺の文化祭の自由時間がどれだけ確保できるか決まるんだからな!

 

「で、接客とかやりたくない人は会場の設営や料理の準備、チラシや小道具の製作をがんばってもらう。あと、これは強制じゃなくて提案だから。『客引きや接客に挑戦したい』って人は大歓迎だし、逆に運動部だけど『裏方に徹したい』ってのもおっけー。あくまで文化祭……みんなで楽しむことが最優先だから。誰かが嫌な思いをしちゃったら本末転倒だからね」

 

 とはいえ、客引きが俺だけとかになったら非常に困る。いやがんばるよ? 山田家の遺伝子を最大限有効活用して女性客を引っ張って来まくるよ? それはそれとして……一人はちょっとキツイ。

 

「あと、もう一つやる気を出すことを言っておくと……文化祭は十一月二日と三日……その一か月半後には何がある?」

 

 俺が怪しく笑ってそう言うと、男子連中の目の色が変わった。

 

「そう、クリスマスだ。十二月に入って焦ったところで時すでに遅し。この文化祭っていうのは、女の子達との距離を縮める絶好のイベント。しかもお祭りだから女子のガードも普段よりは緩くなっている&体育祭と違ってクリスマスまでの期間が短いからそれまでに別れる可能性が低い! 高校野球マジック? 体育祭マジック? ふっ、甘いな。真のカップル成立イベントは文化祭! さあ、これまでの人生を思い出せ! 十二月に入って街全体があまあまクリスマスなムードに包まれている中、嫉妬と情けなさで周囲のリア充を全て呪っていたことを! そんな過去とはもうさよならだ! もう、あんな惨めな思いをする必要なんてない! 今年こそ……今年こそ俺達が栄光を掴み取るんだ!」

 

 俺が拳を高くつき上げると、クラスの男子達の盛り上がりは最高潮になった。ノリが良すぎだろこのクラス。やはりこれも俺の人徳、カリスマのなせる技。動機はどうであれ、みんながやる気になってくれたのは何より。

 

 どうせやるなら全力で楽しみたいしね。

 

「山田くーん。盛り上がってるところ悪いけど、時間押してるからそろそろいーい?」

「あ、ごめん。最後に一つだけ……」

 

 気付けば、ホームルームの時間がもうほとんど終わりかけていた。男子のモチベーションは上がったし、これである程度は勝負になると思うけど……それとは全くの別件でクラスのみんなに言いたいことがある。

 

「今日、新宿FOLTっていうライブハウスで後藤さんが所属するバンドがライブしまーす! いつもは下北のライブハウスでやってるんですけど、今日はアウェーで、しかもめちゃくちゃデカいライブハウスなので、お時間ある人は応援に来てくださーい。よろしくお願いしまーす! あ、五組の喜多さんもいるので」

「らしいでーす。ちなみに私は後藤さん達の路上ライブを観たことがあります。すごく格好良かったので、楽しめると思いまーす!」

 

 あ、そういや実行委員の子は路上ライブを何回か観てくれたことがあったな。八月のライブもクラスメイトが何人か来てくれたし、後藤さんもかなりクラスに馴染めてきたから、男子連中にも個人的に声をかけてみるか。

 

「それと、文化祭の体育館ステージで出し物をやりたい人がいたらこの申込用紙に記入して生徒会室前のボックスに出してくださいねー」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは俺ではなく、後藤さんだった。 

 

(ぶ、ぶぶぶぶぶぶぶぶ文化祭ライブ!! 中学時代、妄想の中で千回以上やった文化祭ライブ!! い、今はバンドを組んでるし……結束バンドのみんなで出れば……そ、それが偶然音楽業界のお偉いさんの目に留まって現役女子高生バンドがメジャーデビュー!! 『え? あの物静かな後藤さんが実は凄腕天才ギタリスト!? 後藤様抱いて~!! お前が人間国宝!!』大作戦……いけるっ!!)

 

 あ、結束バンドで文化祭ライブに出たいって考えからぶっとんだ妄想に発展してる。顔を見ればわかるよ? 後藤さんって変な妄想する時、大体だらしない笑顔になるからね。……そういう笑顔も可愛いけど。

 

 そしてチャイムが鳴ってホームルームが終わり、涎を垂らしながら妄想の世界から帰ってこない後藤さんをどうにかして正気に戻そうとしていると、教室のドアが勢いよく開いて誰かが飛び込んでくる。

 

 他のクラスでこんなことをしでかす人間を、俺は一人しか知らない。

 

「ひとりちゃん! 結束バンドで文化祭ライブに出ましょう!」

 

 あ、呼び方が「ひとりちゃん」に戻ってる。後藤さんの家のお泊りしてから喜多さんが後藤さんによそよそしくなってたんだよな。理由はよくわかんないけど。ただ、後藤さんの家だし……何が起こっても不思議じゃない。

 

「うへ……うへへ……そ、そうです。私がグラマー賞を受賞した天才ギタリスト、後藤ひとりですぅ……」

()()()ちゃん……」

 

 喜多さんがスンとした顔でそう言った。まーた好感度下がってるよ。

 

 

 

 

「───ということがあったんですよ、大槻先輩。なので、俺のメイド姿を見に来てくださいね」

「そこは普通執事服姿を見に来てって言うところじゃないの!?」

 

 放課後になり、俺は結束バンドのメンバー達より一足早く新宿FOLTへとやってくる。後藤さん達は虹夏ちゃんと姉貴に文化祭ライブ参加について話すためにSTARRYへ向かい、俺はそのまま新宿へ向かって、ライブハウス内の設営やらの雑用を手伝ってたんだ。

 

 で、そこに大槻先輩達がやってきたから、今は楽屋で一緒に話している。

 

「へ~、面白そうっすね。ヨヨコ先輩、せっかくのお誘いですし、秀華高校の文化祭に行きましょうよ」

「私も行きたいです~。レンくんやぼっちちゃんのメイド姿見た~い!」

「幽々は他の出し物にも興味があります~。おばけ屋敷とかぁ、占いがあるといいですね~」

 

 SIDEROSっ子達はかなり乗り気だ。この子達は基本的にこういうイベントが大好きだからね。江の島にも一緒に来てくれたし、来年は花火大会とかウチの別荘に誘うのもいいかもしれない。

 

「うーん……まあ、その日は特にライブの予定とかはないから、みんなで行きましょうか?」

 

 大槻先輩がそう言うと、他の三人は「わーい!」と両手を挙げて喜んでいた。この大槻先輩のママ力の高さよ。完全に保護者になってますね。

 

 大槻先輩が来るとなると……これは全力でおもてなしをしなければ!

 

「俺のメイド姿に酔いしれてくださいよ」

「二日目は執事服なんすよね?」

「でも、二日目は客引きで校内を駆けずり回ってるから多分会えないと思う……」

「酷使されすぎっすよ」

「俺の顔が良いばっかりに……」

 

 俺が大げさに落ち込んだ仕草をすると、ふーちゃんと幽々ちゃんがよしよしと頭を撫でて慰めてくれた。

 

「そういえば大槻先輩、目が血走ってますけど……また寝不足ですか?」

「仕方ないでしょう。ライブの前はいつもこうなるんだから」

「三日くらい前からこんな感じっすよね」

「でも、なんだかんだ本番では最高のパフォーマンスを見せてくれますよね~」

「対バン相手の方が盛り上がってたら裏で泣いてますけど~」

「な、泣いてないっ! ふんっ! どうせ私は無駄に緊張しまくりの女よ! 笑いたければ笑いなさい!」

「笑うわけないじゃないですか」

 

 むしろ、そこまで自分を追い込んだ上で実力を存分に発揮できるんだから逆に尊敬しますって。緊張で思った通りの力を出せないことなんて多々あるのに……大槻先輩はどんな状況でもその時の最高のパフォーマンスを引き出す。

 

 そういう点は結束バンドが大いに見習うべき点だよね。後藤さんのフルパフォーマンスがまだまだ発揮できていないんだから。

 

「ただ、リラックスするに越したことはないですよ。梅昆布茶とどら焼きです。これで心を落ち着けてください」

「なんでそんなもの持ってきてるの!?」

「結束バンドはライブ前にいつも梅昆布茶と和菓子で緊張をほぐしてますよ? それと、このどら焼きは結構高いですけど、めちゃくちゃ美味いんでおすすめです」

「レンくんありがとー! いただきまーす!」

「ウチもいただきます」

「幽々ちゃんは甘いもの平気?」

「は~い。大好きですよ~」

 

 大槻先輩以外の三人は嬉しそうにどら焼きを食べている。可愛い女の子が笑顔でもぐもぐ食べてる姿って癒されるよね。後でSICKHACKの人達にも差し入れしよう。

 

「大槻先輩もどうぞ」

「あ、ありがと……」

 

 俺は紙コップに梅昆布茶を注いで大槻先輩へと渡す。先輩は俺と紙コップを何度か見比べた後、ふーふーと息を吹きかけて梅昆布茶を一口飲んだ。

 

「……美味しい」

 

 大槻先輩の頬が緩むのを見て、俺も思わず笑顔になる。よかったよかった。少しは肩の力が抜けたみたいで。

 

「どら焼きもどうぞ。あんこは……江の島でもお饅頭食べてたから大丈夫ですよね?」

「ええ、ありがとう」

 

 大槻先輩は柔らかい笑顔でお礼を言ってくれた。ツンケンしてる先輩も弄ったらいい反応してくれるから可愛いけど、こうやって穏やかに笑ってくれる先輩もすごくいい。

 

 学校でもこんな感じだったらぼっちにはならなかっただろうになぁ。

 

「……レンさん、ウチらがライブする時は毎回こっちのシフトに入ってくださいよ」

「えー……それは、どうかな? STARRYとの兼ね合いもあるし」

 

 というか、あっちが本職でこっちはヘルプで入ってるだけだからね?

 

「ヨヨコ先輩のメンタルケアができる人材は貴重なんだよね~」

「楓子っ! 別に私はこいつに世話されなくたって……」

「その割にはぁ~、ここに来て山田さんのお顔を見たら露骨に安心してましたよね~?」

「し、してないっ! 普通よ普通!」

 

 大槻先輩の反応を見て、俺は素直に嬉しくなった。先輩にはたくさんお世話になったから、何かしらの形で恩返しがしたいと思ってたけど……俺と会って話をすることで、ちょっとでも先輩に安らぎを与えられたり、支えになれているっていうのなら……ちょっと照れ臭いけど本当に嬉しい。

 

「おはよーございまーす! 今日はよろしくお願いしまーす!」

 

 大槻先輩の緊張もすっかり解けたところで、虹夏ちゃん率いる結束バンドの四人が楽屋にやってくる。もうそろそろリハが始まる時間だから、ちょうどいいタイミングだね。

 

「どもっす。こちらこそよろしくお願いします。虹夏さん、特訓の成果……期待してるっすよ?」

「もちろん! 志麻師匠が見てるからね! 今のあたしにできることを全力でやるよ~!」

「大槻さん! 私、あなたから教えられたことを精一杯がんばるから見ていてちょうだいね!」

「え、ええ……き、気持ちと意気込みは十分伝わったからもう少し離れなさい……!! そ、そのキラキラしたオーラが私を蝕んでるからっ!!」

 

 特訓組は気合十分。喜多さんはほんとに大槻先輩のことを気に入ってるな。元々パーソナルスペースブレイカーだし、後藤さんと同じぼっち気質だし……大槻先輩の成長のために喜多さんっていう劇薬は結構効果的かもしれない。

 

「ぼっちちゃん、文化祭でメイドやるんだよね~? 遊びに行くから可愛いところ見せてね?」

「ほげぇっ!? ど、どこからその情報が……!? わ、私のメイド姿なんてどこにも需要が……」

「そんなことないよ~。ぼっちちゃんはすごく可愛いんだから自信持って! 私が保証してあげる!」

「ふ、ふへへっ……そ、そうですかね?」

 

 いいね、ふーちゃん。後藤さんはそうやって褒めちぎってちょっと調子に乗ってるくらいが一番本領を発揮できるんだ。でも、乗せすぎるとこっちの想定を遥かに上回る暴走っぷりで度肝を抜かれるから注意しないと。

 

「レン、私もどら焼き食べたい」

「そこのテーブルに置いてあるから好きに食え」

「やったぜ」

 

 姉貴はどこまでいってもブレない。でも、結構緊張してるな。表情には出してないけどわかる。まったく、素直じゃないお姉様ですね。

 

「リョウさ~ん。今日は新曲を披露してくれるんですよね~? 楽しみにしてます~」

「今回の曲はちょっと落ち着いた感じになってる。ぼっちのギターソロにも乞うご期待」

 

 ああ、そういえば今日のライブで新曲を演奏するんだったな。オーチューブにもまだアップしてないから、正真正銘初のお披露目になる。

 

 曲名は「星座になれたら」

 

 俺も曲自体は聴いたことはなくて、後藤さんに歌詞だけ見せてもらったんだよね。ただ、この曲は世の中に対する不満をぶつけたりするようなものじゃなくて、一人の登場人物の切ない思いというか……ちょっぴり暗いけど最後は前を向いて進んでいけるような歌詞だった。

 

 ちなみに、この歌詞を後藤さんが披露した時はSTARRYがおかしな雰囲気になったんだよね。

 

(この歌詞……あたしのことだよね、ぼっちちゃん)

(ひ、ひとりちゃん……わ、私のことを歌詞にしたのね。嬉しいような、恥ずかしいような……)

(六時の一番星ってSTARRYの私のことだろっ!! ぼ、ぼっちちゃんが私のことを好き過ぎる……)

(本命は郁代……もしくは虹夏を意識したっぽい歌詞だけど……これ、レンも当てはまる)

 

 俺個人的には喜多さんをイメージした歌詞に思えるんだよね。次点で虹夏ちゃん。星歌さんはない。なんか星歌さんの中で勝手に後藤さんに対する好感度が上がってたけど、俺には夢見るアラサーに残酷な現実を突きつけることができなかった。

 

 姉貴は候補にすら入らない。だって、姉貴がこんなキラキラ輝いた人気者なわけないでしょ。変なファンは多いけど。

 

「あ、レンくーん。あたし達、秀華高校の文化祭ステージでライブやるからね~」

「ぼっちとレンがメイドになることも聞いた。絶対行く」

「当日は私が可愛くメイクしてあげるから任せてちょうだいね! もちろんごととりちゃんも!」

「あえ!? あ、はい……」

「喜多ちゃんまだその気持ち悪い呼び方なの!?」

 

 喜多さんは相手に対する好感度で呼び方が変わる恋愛ゲームの攻略キャラみたいな性質らしいから、今日のライブで後藤さんが格好良いところを見せれば普通に戻ると思うよ。

 

 あと、虹夏ちゃんと姉貴の予定も大丈夫だったんだね。下高の学校行事とかと重なってたら無理だったけど、何もないみたいでよかった。

 

「喜多さんのクラスは何やるの?」

「……担任が真面目だから、何かよくわからない展示をするのよ。だから当日は暇なのよね~」

「じゃあ喜多さんもウチのクラスでメイドやってよ」

「ほんと!? いいの!?」

「たぶん誰も反対しないと思う」

 

 それに、(学校では)人気者の喜多さんがメイドになればそれだけで宣伝になるし、初日の売り上げがアップする。つまり、二日目の俺の負担が少なくなって自由時間を長く確保できることにつながる。……どうよこの完璧で緻密な計画は?

 

(後藤ひとり……この胸でメイドになるつもり? 文化祭の空気に当てられて良からぬことを考える輩がいても……ああ、そのための山田メイドというわけね。山田が近くで後藤ひとりをちゃんと見守っていれば大丈夫でしょう)

(お、大槻さんがじっとこっちを見てくる。目が充血してるし、な、何を興奮しているんだろう? ……はっ!? も、もしや山田くんがメイドになるって聞いて頭の中でえっちな妄想を繰り広げてるんじゃ!? め、メイドになった山田くんを誰もいない空き教室に連れて行って『私だけにご奉仕しなさいよ』とか『ヨヨコ様と呼びなさい』とか言うに違いないっ!! い、いや大槻さんだけじゃないかもしれない!! お祭りの雰囲気に当てられてピンクな妄想を垂れ流しているいやらしい女どもが山田くんを突け狙うかも……そんなこと絶対させない!! ま、守らねば!! 山田くんを守らねばっ!!)

 

 後藤さんと大槻先輩がじーっと見つめ合っていたかと思うと、後藤さんはなぜか俺の隣にやって来て、鼻息をフンフンと荒くして気合いが入ったような表情になっていた。ライブ前に気合いが入っているのなら心強いけど……これ多分ライブと関係ないことを考えてるな。

 

 二人が何を考えてるのかよくわかんないけど、ちゃんと言葉にして会話しよ?

 

「うええーい! みんな揃ってるか~い? 遅刻なんてしてるヤツはいねーだろーなー?」

 

 しばらく談笑していると、SICKHACKの三人が楽屋にやって来る。め、珍しい……廣井さんが遅刻してないなんて……!!

 

「廣井さん、やればできるじゃないですか!」

「でしょでしょ~? がんばって起きたんだから褒めて褒めて~」

「はい。廣井さんはえらいですね~。これからもそれを続けていきましょうね~」

「えへへ~。がんばる~」

 

 俺が優しくそう言うと、廣井さんはだらしない笑顔を浮かべる。俺の態度を見て大槻先輩が軽くショックを受けた表情になってるけど、大丈夫ですよ。取ったりしませんから。

 

「れ、レンくんが廣井さんに甘くなってるわ!? に、虹夏先輩……これは一体!?」

「この前の素面廣井さんがよっぽどレンくんに衝撃を与えたみたいだね。廣井さんの飲酒が不安や緊張を誤魔化すためで、内気でコミュ障な自分を守る防波堤になっていたんだとしたら……レンくんの廣井さんに対する『甘やかしレギュレーション』がアップデートされていてもおかしくない」

 

 虹夏ちゃんの言う通り、俺の中で廣井さんに対する認識が変わったのは確かだ。酔っぱらってる廣井さんは面倒臭いし酒臭いし絡みはウザいけど……素の彼女を見たら、酔っぱらっている姿がお労しく思えるようになったんだよね。

 

 飲酒量はもっと抑えてほしいけど。

 

「じゃあ、今からリハーサルに入るから。ライブ順通り、結束バンド、SIDEROS、SICKHACKでいくよ。結束バンドのみんなは準備してもらえるかな?」

 

 志麻さんがそう言うと結束バンドの四人はそそくさと準備に入る。今回は多分、数百人の前でライブをする上、STARRYの時みたいに盛り上がるとも限らない。ただ、こういう大きな会場で演奏したっていう経験は必ず今後のバンド活動に生きてくるはずだ。

 

「みんな! 気合い入れていくよ!」

「新宿を私達色に染め上げてやりましょう!」

「私達色どころか……ぼっちの顔色が悪い」

「あ、すみません。こんな大きなところで演奏するって思ったら吐き気が……」

「リハの段階で!? ぼっちちゃん! トイレこっちだからもうちょっと我慢して!」

「お、お、お……」

「きゃーっ! ごひとりちゃんの顔色がどんどんナメック星人みたいに!!」

「結束バンドにはいない緑枠。口から卵吐き出しそう」

「ごとりちゃんならそのくらいできそうですね!」

「言うとる場合かぁ!!」

 

 虹夏ちゃんと喜多さんが後藤さんを支えながら彼女をトイレに連れて行く。……後藤さん、一人だけグロッキー状態になるとは。最近はがんばってたから忘れてたけど、本来ああいう子だったよね。

 

「志麻さん……先にSIDEROSのみんなにリハをやってもらっていいですか?」

「……そうだね」

「俺、ドラッグストアに行って吐き気を抑える薬を買ってきます」

「うん、そうしてあげて」

「山田しょうねーん! ウコンとシジミのお味噌汁もおねが~い」

「……しょうがないですねぇ」

「ほんとに廣井に甘くなったな!?」

「レーン! 私が連れて行ってあげるヨ~!」

「お願いします」

「ちゃんと案内できたら私も褒めてネ~?」

「もちろんですよ」

「と、年下の男の子に甘やかされることに喜びを感じてる……う、ウチのバンド、大丈夫か?」

 

 志麻さんの懸念をよそに、俺とイライザさんはドラッグストアへ向かうのだった。




 ぽいずんとささささんを出すところまでいけませんでした。文化祭の話で尺を取りすぎた……

 本作のぼっちちゃんは文化祭ライブに出る出ないで悩んだりしません。本気でメジャーデビューする覚悟を決めているので。 

 それはそれとして、ゲロを吐きそうなほど緊張しますが。でも、ゲロを吐くきらら主人公って一体……

 そして、徐々にアニメ最終話が見えてきましたね。あと何話かかるかわかりませんが。

 次回はライブして打ち上げして終わるはず!

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!



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#43 Stage of the folt

「レン」

「何?」

「すごく緊張してきた」

「デカい会場だもんな」

 

 イライザさんと一緒にドラッグストアに行って、廣井さんの酔い覚まし用の諸々を買って帰ってくると、楽屋には緊張でガチガチになっている結束バンドがいた。

 

 あれ? さっきまで結構余裕そうな感じじゃなかった?

 

「いざ、リハをやると会場の大きさに圧倒されちゃって……」

「STARRYや路上ライブとは全然雰囲気が違いましたね」

(み、みみみみみんなが緊張している! こ、ここは私のクールでホットなハイセンスギャグで緊張をほぐしてあげないと!!)

「後藤さん、ステイ」

 

 後藤さんが何かやらかしそうな気配がしたので、どら焼きを食べさせて大人しくさせる。気持ちだけはありがたく受け取っておくよ。でも、この空気でド滑り一発ギャグを披露されるとさすがに俺もフォローしきれない。

 

「緊張なんて当たり前よ。プロとして……この世界で、音楽で食っていこうって考えているのなら、この緊張感を絶対に忘れてはいけないわ。そういう緊張や不安をずっとずっと抱えながら、でもそれらを少しでもなくすために、少しでも上を目指すために私達は寝る間も惜しんで練習するのよ。……もしも、もしも私が緊張しなくなるとしたら……それこそ全てをやり遂げて()()()()()()()でしょうね」 

「大槻さん……」

 

 大槻先輩の言葉にみんな感銘を受けている。本当に良いこと言うよね、この先輩。何度思ったかわからないけど、とても姉貴と同じ十七歳には見えない。普通さ、こういうことってもっと年上の……それこそ廣井さん達が言うことなんじゃないのかな。

 

「でもヨヨコ先輩、寝不足のガンギマリアイは怖いんでそれは直してほしいっす」

「え!? 私、そんなに怖い顔してた!?」

「ライブの時はいつもですね~」

「三日くらい前から徐々に眉間の皺が深くなっていきます~」

「今日はレンさんのおかげでちょっとマシっすけどね」

 

 良いことを言った直後にメンバー達に梯子を外される。SIDEROSにはもはやお決まりの流れができているんだね。でも、先輩の言葉のおかげで結束バンドのみんなの緊張も少し和らいだみたいだ。

 

「あなた達のリハ……今まで観た中で一番良かったわ。それに、私達と肩を並べて姐さん達の前座を任された意味、それを理解しなさい。私も、姐さんも、吉田店長も、あなた達ならできると思ったから声をかけたのよ。知り合いの縁だけで、ここでライブできるほど───新宿FOLTは甘くない。だから自信を持って、あなた達の今の全力を見せつけてやればいいわ」

 

 こういうところが、大槻先輩の元に人が集まる理由で、今の結束バンドに足りないものなんだろうなと思う。誰よりもひたむきに努力を続け、結果を出してきた先輩だからこそ言えること。

 

 そして、そんな大槻先輩に認められたことが、何よりも嬉しい。きっと、結束バンドのみんなも同じ気持ちだろうな。

 

 俺はそう思って、メンバー達の顔を見る。うん、みんな実に良い表情をして───

 

「でも、それはそれとしてまだ緊張してる。レン、ぎゅーってして?」

「この流れでそれを言うんかい!?」

 

 姉貴が感動の空気をぶっ壊すような発言をする。でも、姉貴はふざけているわけじゃない。顔を見ると、ガチで緊張しているのがわかる。……結束バンドで初めて路上ライブした時と同じだな。

 

「しゃーない。姉貴、こっち来い」

「うん」

 

 姉貴がとてとてと力なく俺の方へ歩いて来る。ふてぶてしくて図々しい癖にこういう時のメンタルは弱い。我が姉ながら、本当に面倒臭い生き物だ。

 

 俺はそう思いながら、姉貴の緊張をほぐすように抱き締める。

 

「……やっぱりレンが一番いい。落ち着く」

「大丈夫そう?」

「うん」

 

 姉貴を離すと、目に見えて肩の力が抜けていた。ほんとにしょうがない女だな。もしも俺がいなくなったらどうする気だよ。

 

「レンくん、あたしもー!」

「よーし、虹夏ちゃんおいでー」

「わーい」

「……私の時と全然態度が違う」

 

 当たり前じゃ!

 

 ちょっぴり不満そうな顔をしている姉貴の横で俺が笑顔で腕を広げると、虹夏ちゃんが飛び込んでくる。腕の中にすっぽり収まった虹夏ちゃんの頭を撫でると、相変わらずアホ毛が嬉しそうにブンブン動いていた。

 

「え? 何すか? 結束バンドはライブ前にイケメンと抱き合って緊張をほぐすとかいう羨ましいルーティーンがあるんすか?」

「リョウ先輩! 私もぎゅーってしてくださいっ!」

「いいよ」

「あ、違った。やっぱ何でもないっす」

 

 喜多さんを見てあくびちゃんは一瞬で素の反応に戻る。いや、いつもやってるわけじゃないからね? 今回は特別だから。 

 

「よしっ! 元気出た! レンくん、ありがとね!」

「どういたしまして」

 

 虹夏ちゃんが眩しい笑顔でそう言ってくれる。うん、強がってる感じはないね。いつもの虹夏ちゃんだ。喜多さんは喜多さんでいつも通り。あっちは見なくていい。

 

「ぼっちちゃんもレンくんにぎゅーってしてもらう?」

「ぃhだhlfcん;lkvんひおあflj!?」

「それ、どうやって発音してるんすか?」

 

 人類が発していい音じゃないからねそれ。

 

 後藤さんとハグするとか……うん、まだ無理だよ。俺ももしかしたら、変に意識しちゃうかもしれないし。

 

「しょうがないなー。ぼっちちゃんはあたしがハグしてあげよう」

 

 虹夏ちゃんはそう言って聖母のような笑みを浮かべてバグった後藤さんを抱き締めて頭を撫でている。尊い光景だね。

 

 そう思っていたら、後藤さんが鼻をスンスン鳴らして虹夏ちゃんの匂いを嗅いでだらしない笑顔になっていた。……後藤さん。

 

「結束バンドって、おかしな人ばっかりっすね」

「あくびちゃんもハグしてあげようか?」

「……恥ずかしいからいいっす」

 

 やっぱりあくびちゃんはまともな感性をしているね。

 

「レンくーん! 私もやって~」

「幽々は頭撫でてほしいです~」

 

 やっぱりふーちゃんや幽々ちゃんはまともな感性してないね!?

 

「わ、私の名言が……完全に食われた……」

 

 そして大槻先輩は一人愕然としていた。

 

 

 

 

「おーい、山田ー」

「あ、佐々木さん」

 

 結束バンド、SIDEROS、SICKHACKのリハが終わり、チケットの販売時間になると数百人のお客さんが新宿FOLTを訪れていた。わかってはいたけどSICKHACKとSIDEROSの人気はすごい。STARRYとは全く雰囲気が違う。

 

「すごい人だね。喜多達、ほんとにこんなところで演奏すんの?」

「ほんとのほんと。いやー、出世したもんだよ」

「最初のライブはあんなにお客さんも少なかったのにねぇ」

「といっても、今日のお客さんの目当てのほとんどはSICKHACKっていうバンドなんだけどね」

「あの、酔っぱらったやべーお姉さんのバンドだっけ?」

「そうそう」

 

 佐々木さんを始め、喜多さんと仲の良い五組の女子が何人か来ていた。あと、今日のホームルームの時間に教室でアピールした成果もあって、二組の生徒の姿もちらほら見える。しかも、女子だけじゃなくて男子の姿も。

 

「後藤、めちゃくちゃ可愛くなってたね。山田が何か言ったの?」

「なんで後藤さん関連のことは全部俺のせいになるのか。……あれは美容院に行って意識を失ってる間に前髪を切られたらしいよ」

「さすが後藤。意味わかんない」

 

 佐々木さんはそう言ってカラカラと笑う。かと思いきや、小悪魔みたいな意地悪な笑みを浮かべて俺を肘でツンツン小突いてきた。

 

「喜多から写真たくさん見せてもらったけどさ~。この夏、後藤と結構いい感じだったらしいじゃない?」

「どの写真を見たのかこと細かく追求したいけど……佐々木さんもそういうのに興味があるんだね」

「ウチも一応女子高生だからね~。そういうのが気になるお年頃なの」

「じゃあ、そんな佐々木さんに質問。佐々木さんにとって『恋』って何?」

「喜多の言ってた通り、ほんとにそんなこと聞いてくるんだ。ウケる」

「今の俺は、恋愛について深く勉強して人間として成長している最中なんだ」

「大真面目に言ってるのが余計にウケる」

 

 佐々木さんは笑いながら俺の肩をバンバン叩いてきた。

 

「そしてこれが俺の恋愛手帳(バイブル)

「めっちゃびっしり書き込んである!? あんたってほんと……何と言うか、あざとい男だね」

「最近よく言われるようになった。俺としては自分の欠点を克服しようと努力してるつもりなんだけどね」

「そのままのピュアな山田でいてちょうだい。ほら、いい子だから飴ちゃんあげよう」

「餌付けかな?」

「あんたが普段後藤にやってることだよ」

「俺って傍からだとそんな風に見えてんの!?」

 

 いや確かに休み時間によくお菓子をあげたりしてるけどさ。あ、そういや佐々木さんって犬を飼ってるんだったな。つまり、今の俺は佐々木さんにとって飼い犬と同じだと……

 

「それで、佐々木さんにとって『恋』とは?」

「そーゆーのは喜多に聞けばいいじゃん」

「喜多さんの恋愛レベルも俺と同じくらいだから参考にならないんだよね」

「……恋愛映画観れば?」

「喜多さんと一緒に観た結果、こうすべきだという結論に至った」

「何を見たの?」

「僕の初恋を君に捧ぐ」

「なるほど、山田がこうなった戦犯は喜多だったか」

 

 戦犯って……いやでもある意味そうだね。花火大会の後藤さんがきっかけとはいえ、俺が具体的なことを考え始めたのは別荘で喜多さんと一緒に映画を観てからだし。なるほど、俺があざといあざとい言われるのは全部喜多さんのせいか。納得。

 

「喜多のせいで面白生物と化してしまった山田少年に、偉大なるシェイクスピアのお言葉を捧げようじゃないか。しっかりメモするように」

「はいっ! 佐々木先生!」

「恋は目でなく心で見るもの」

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。さ、さすがシェイクスピア……なんという含蓄溢れるお言葉。心で見る……具体的にどうすればいいのか全然わかんないけど深い!!

 

「さ、佐々木さんは心で見るような恋をしたことがあるの?」

「ふふん。内緒だよっ」

 

 佐々木さんはさっきみたいに意地悪く笑い、人差し指を唇に当てながらそう言った。俺のことあざといとか言ってたくせに、佐々木さんもしっかりあざといじゃん。

 

「恋愛って、本当に難しいなぁ……」

 

 俺はメモ帳を見ながらぽつりと呟いた。

 

「山田が深く考えすぎなんだって。こういうのはもっと気楽でいいんじゃない? ウチらはまだ高校生なんだしさ。ほら、なんだったらお試しでウチと付き合ってみるとか? なーんて───」

 

 佐々木さんがそう言った瞬間、バシャッという水音がすぐ近くから聞こえてきた。そちらを向くと、驚愕した表情の一号さんと、ドリンクを落として顔面蒼白で震えている二号さんがいた。

 

 あ、今の会話……お二人に聞こえてました?

 

「レンくん、あのね……」

「れ、レレレレレレンくんダメだよそんな簡単に女の子と付き合ったりしたら!! だ、だだだだだだだってレンくんにはひ───」

 

 一号さんが何かを言う前に、二号さんが思い切り俺に詰め寄って俺の服を掴んで前後に激しく揺らしてくる。そして、言葉を続けようとした二号さんの口を一号さんが抑えて俺から引きはがした。

 

 なんか、この瞬間だけ切り取ると修羅場みたいだなぁ、と俺は半ば現実逃避しながら濡れた床を掃除するためにモップを取りに行くのだった。

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいっ! 私ったら早とちりしちゃって……」

「いやいや、紛らわしいことを言ったウチも悪かったですから。あとついでに山田も」

「俺に責任ある!?」

「そもそも、山田が恋愛学習マシーンになってなければ、こんな悲劇は起こらなかった」

「俺がこうなったのは喜多さんのせいなんだけど」

「全部喜多が悪い」

「そういうことにしておこう」

「しておこうじゃないでしょ!?」

 

 床をきれいに掃除して、大学生二人に一から事情を説明して誤解を解く。一号さんは落ち着いてたけど、二号さんは割とテンパってたな。というか、未だにこの二人の本名知らないんだけど……まあいっか。

 

「ちょっと見ない間にレンくんがこんなことになってたなんてね~」

「て、てっきり……レンくんがとうとう女たらしに目覚めちゃったのかと……」

「前から思ってましたけど、二号さんって結構思い込みが激しかったりします?」

「そうなのよ。今日は新宿でライブって聞いて『下北は捨てちゃったの!?』って勝手に勘違いしてて……」

「そんなこと言わなくていいでしょっ!」

 

 二号さんが顔を赤くしながらそう言った。割とほわほわしてるイメージがあったけど、付き合ったら過剰に彼氏の浮気とかを疑っちゃう独占欲の強いタイプと見た。……ふっ、俺の恋愛観も順調に成長しているらしい。

 

「大丈夫ですよ~。ウチと山田は付き合ったりしませんから。だって、山田には……ねえ?」

「その怪しい笑顔は何?」

 

 「ウチ、わかってるよ?」みたいな表情はなんですか? 佐々木さんから見て俺にとって理想の女の子が近くにいるとでも言いたいのかな?

 

「あ~、君も()()思ってるタイプ?」

「そうなんですよ。山田がこんな面白生物になってなければ、とっくに()()なってたと思うんですよね~」

「なんか、指示語ばっかり使ってますね。二号さん、どういう意味か説明してもらえます?」

「え!? で、できないできない! こういうのはレンくんが自分で気付かなくちゃいけないことだから!」

「自分で気付かなくちゃいけない……さっきまでの二号さんの焦った反応……まさか俺は……知らない内に二号さんのことを好きになっていた……?」

「もしそうだとしたら、今ここでそれを聞かされた私はどう反応すればいいの!?」

「え? それはもちろん……イエスかノーかでお答えいただけると……」

「こんなタイミングで付き合えるわけないでしょ!?」

「佐々木さん、フラれた。どうも俺の初恋は儚く散ったみたいで……そっか、これがやみさんの言っていた『いつの間にか突然始まり、後から気付くもの』なんだね」

「ちょっと目を離した隙に山田がまーた面白いことになってる」

「レンくん……普段はすごくしっかりしてるのに、恋愛が絡むと途端にポンコツになるわね」

「いいから二人ともレンくんの誤解を解いてよーっ!」

 

 色々と冷静に分析した結果、どうやら俺の初恋ではなかったみたいです。言われてみればフラれたってわかっても全然ショックじゃなかったし、それもそうか。

 

「すみません二号さん。ご迷惑をおかけしちゃって……」

「気にしなくていいよ。レンくんみたいな男の子に好かれるのは全然迷惑じゃないから」

「そういえば、山田って年上に甘やかされたいって言ってたよね?」

「でも、二号さんはどっちかというと俺が甘やかす類の女の子だと思う……」

「確かにそうね。この子は庇護欲を掻き立てられるタイプだから」

 

 思い込みが激しいみたいだし、あらぬ方向に色んな勘違いをして周囲がそれを温かく見守ってそう。でも、その分変に病んだりしてSNSに痛いポエムを綴ったりするかもしれない。

 

「そ、そんなことないよ! 私だって包容力あるもん!」

「じゃあ、試しに俺を甘やかしてくださいよ」

「いいよ。なんか、さっきからレンくんが私を見る目がひとりちゃんをお世話する時のそれと同じになってるから……この辺で私が年上のお姉さんだって言うことをちゃーんとわからせてあげるからね?」

 

 どうしよう。失敗するフラグにしか見えない。

 

「レンくんはいつもたくさんお勉強してて偉いね~」

 

 二号さんはそう言ってちょっと背伸びをして俺の頭を撫でてくる。

 

 うん……とても可愛らしいし、癒されますよ? 癒されるけど、包容力があるかと言われればちょっと……

 

「ふたりちゃんみたいですね」

「五歳児レベルの包容力!?」

 

 俺の言葉に二号さんはショックを受け、一号さんは呆れたように息を吐き、佐々木さんは爆笑していた。

 

 

 

 二号さんの思わぬ一面が露になり、しばらく談笑しているとライブが始まる時間になったので、そのまま流れで佐々木さん、一号さん、二号さんと一緒にライブを観ることになった。

 

 トップバッターは結束バンド。楽屋での雰囲気を見る限り、全員、緊張しつつもいい精神状態になっていたはずだ。それに、これまでのライブを見る限り、彼女達は……特に後藤さんは本番に強い人種だったりするから大丈夫だろう。

 

「みなさんこんばんはー! 結束バンドでーす! 普段は下北で活動していますが、今回は縁あってここでライブさせていただくことになりましたー! 私の師匠はSIDEROSの大槻さんとSICKHACKの廣井さんなので、師匠達を超える意気込みでがんばりーす! あ、廣井さんが師匠とはいっても、お酒をぶっかけたり顔面を踏んづけたりしないので安心して前で見てくださいねー!」

 

 喜多さんはいつものように笑顔でそう喋ると、SICKHACKのファンらしき人達の間で笑いが起こった。よく訓練されているファンで何より。

 

「え? あのおねーさん。お酒ぶっかけたりするの?」

「そう。だからほどほどに離れたところで観るのが安全」

「……いざとなったら山田を盾にするか」

 

 佐々木さんが恐ろしいことを言っているけど、これまでの経験上、このくらいの距離なら大丈夫なはず。あと、二号さんがさりげなく俺の後ろに隠れるような位置に移動したけどあなたも俺を盾にする気満々ですね。

 

「それでは一曲目いきます! 『あのバンド』」

 

 今回のライブで一曲目に選んだのは「あのバンド」だ。

 

 選曲の理由は、至極単純。

 

「うおっ……あのギターやべー」

「確かまだ高校生だろ? SIDEROSの大槻ヨヨコの他にまだこんなギタリストがいたのか?」

「俺……結束バンドって知ってる。トゥイッターでちょいちょい流れてくる……下北で最近評判になってるバンドだ」

 

 周囲からそんな声が聞こえてきたので、俺はちょっと誇らしい気持ちになる。今回は新宿というアウェーでのライブだから、一曲目から観客の心を掴んでおく必要があった。

 

 だからこそ、一曲目のイントロで……後藤さんのギターソロで観客全員を虜にする。

 

 周囲の反応を見る限り、作戦は成功。今日の観客の大半はSICKHACKを目当てに来ているにもかかわらず、結束バンドの曲にもかなり乗っている感じだ。

 

「ギターだけずば抜けてるかと思ったけど、ベースの子も上手いね~」

「ボーカルの子は初めてのライブハウスなのに良い声が出てるよ。ギターの腕はまだまだだけど……」

「ドラムも全体をしっかり支えられてて良い感じ。ちょっと志麻様っぽさがあるかも」

「結構レベル高いね」

「SICKHACKの前座を任されるだけはある、か……」

 

 やべーなぁ……結束バンドが真っ当に評価されてて普通に泣きそうだわ。アウェーで、しかも他のバンドのファンの人達が……レベルの高いバンドを観続けてきたような人達が、結束バンドを褒めてくれている。こういう声を間近で聞けただけで、このライブをやった意味は十分あった。

 

「やまだー。()()泣いてんのー?」

「こんなにたくさんの人が結束バンドを観てくれて……」

「うんうん、山田もよくがんばってるよ。よしよし」

 

 佐々木さんが俺の頭を優しく撫でてくれる。俺、ライブの度に泣いてる気がするな。バンドとしてのレベルが一段階上がったこともそうだけど……それ以上に、技術不足で悩んでいた虹夏ちゃんや一番経験の浅い喜多さんがしっかり評価してもらえていることが嬉しかった。

 

「一曲目『あのバンド』でした! ここでメンバー紹介に入ります! まずは───」

 

 一曲目が終わり、喜多さんが他のメンバーを紹介する。今回は事前に、後藤さんには何も喋らずにただ背筋を伸ばして顔を上げて一礼するだけでいいって言っておいたから大丈夫なはずだ。

 

「次は、リードギターの後藤ひとりちゃん!」

 

 頼むから歯ギターとか戦国武将の物真似はしないでよ? 頼むからね? フリじゃないからね?

 

 ハラハラしながら見ていると、俺の心情を察した佐々木さんが隣でくすくす笑っていた。いや、笑い事じゃないから! ここで変なことやると洒落にならないからね!?

 

 そして、後藤さんはどうなったかというと……なんと! なんと! ちゃんと俺の言いつけを守ってくれました! 偉い! 拍手! 

 

「やっぱり、後藤ってちゃんと顔を上げるとすごく可愛いね」

「前髪と姿勢のデバフは酷かった……」

「ウチのクラスでもかなり評判良いよ。後藤が人気者になって焦ってるんじゃない?」

「これで後藤さんの友達の輪が広がれば何も言うことはないよ」

「うーん……これは重症だね」

 

 懸念していた変な男子からの猛アタックも今のところないし……まあ、後藤さんと会話を成立させるのは滅茶苦茶難しいからな。それに、俺というとんでもないハードルがすぐ近くにいたら、後藤さんを口説こうって気にもならないか。

 

 ……あれ? もしかして俺、後藤さんの異性との出会いを邪魔してる?

 

「レンくん。ちゃんと責任取らなきゃだめだよ?」

「い、いざとなったら……」

「ほんとに? 言質取ったからね?」

「なんでそんなグイグイ来るんですか!?」

 

 二号さんの言葉に、俺はちょっぴり不安になりながら答える。どうしよう……このまま後藤さんが他の男子と仲良くなれなかったら……

 

 焦らなくてもいいか。今はまだ男子どころか、女子の一部としかちゃんとコミュニケーションが取れてないんだし。これからちょっとずつちょっとずつ、お話ができる相手を増やしていけばいい。

 

 後藤さんの世界が広がれば、きっといい人が見つかるはずだ。……うん。

 

 見つからなかったら……その時はもう、そらあれよ。あれ。あれするしかないな!

 

「───では、二曲目です! 『忘れてやらない』」

 

 俺が色んな覚悟を決めていると、二曲目が始まった。───っと、いけないいけない。今はライブ中なんだ。あの子達の演奏に集中しないと。

 

 この変な気持ちだって、彼女達の演奏を聴けば吹っ飛ぶはずだ。

 

 一曲目はゴリゴリのロック、二曲目は爽やかな曲調、となると三曲目の新曲は……歌詞の内容的には、あんまり盛り上がる系じゃなさそう。どちらかというと、バラードに近い曲かもしれない。

 

 それにしても、虹夏ちゃんと喜多さん……この二週間でずいぶん良くなったね。

 

「なんか、喜多のヤツ……歌上手くなった?」

「そうなんだよっ! わかる!? あのね、声の出し方と歌詞に対する意識が変わったんだ! この前、すごい人達に指導してもらって……」

「わかった、わかったから。そんな興奮しなくてもウチはちゃーんと聞いてるから、な?」

「ジカちゃんのドラムも、すごく安定してるような」

「それでいて、楽しそうだよね。前までは結構いっぱいいっぱいな感じだったけど」

「そうなんですよ! 虹夏ちゃんは全体のことを考えすぎてて、自分がやりたいようにできてなくて……でも、もっと自由にやっても大丈夫だって教えてもらって……」

「山田って大型犬っぽいね」

「全方位にお腹を見せまくるゴールデンレトリバーね」

「シベリアンハスキーも捨てがたいかも」

 

 興奮してすみません。佐々木さんや一号さん二号さんみたいに、それほど詳しくない人達にもそうやって評価してもらえることが嬉し過ぎたんです。

 

 わかる人達にはわかる技術っていうのも格好いいけど、誰の目から見てもすごいということがわかるっていうのが、本当のアーティストだと俺は思う。

 

「『忘れてやらない』でしたー! 次がいよいよ最後の曲になります。実はできたばかりの新曲で……まだ動画サイトにもアップしていなくて、人前でお披露目するのは今日が初になりまーす!」

 

 二曲目に対するお客さんの反応も上々。やっぱり一曲目でグッと引き込んだのがよかった。あれで会場の空気を一気に変えることができたからね。

 

 伝う汗を拭うことなく、明るい笑顔で話し続ける喜多さんを見ていると、俺はあることに気付いた。

 

「……あ」

「山田、どーしたの?」

「ごめん、佐々木さん。俺ちょっと、知り合いのところ行ってくる」

「ふーん? それって女?」

「うん。十四歳に見える自称十七歳の二十三歳」

「年齢以外の情報はないの!?」

 

 一号さんがツッコんでくるけど、年齢以外の情報か。あとは……痛い服装をしたライターさんってことくらい。いや、これを言ってもフォローにならないな。

 

「もうそれだけでやべー女だっていうのが伝わってきた。ほんとにあんたってそういうヤツだね」

「俺が面倒臭い女の子が好きみたいな言い方やめてくれる?」

「違うの?」

「違わい!」

 

 たまたま俺の周りにそういう女の子が多いだけで……それに、自分で言うのもなんだけど、俺は俺で結構面倒臭い男だからな!

 

「とにかく、ちょっと知り合いにあいさつしてくるから」

「いってらー」

「え? さっつーちゃん、そんな簡単に行かせちゃっていいの?」

「だいじょーぶですよ。面倒臭い女と面倒臭い男……マイナスとマイナスをかけたらプラスになるでしょ?」

「どういう理論!?」

 

 あの三人、意外と仲良くなれるかも。なんやかんや一号さん二号さんは毎回ライブを観に来てくれるし、佐々木さんも五月と七月、それに今回も見に来てくれた。古参ファン同士、厄介ファンになることなく応援してください。

 

 そう考えながら、俺は自称十七歳ライターぽいずん♡やみさんのところへ向かうのだった。




 ライブが終わらなかった。久々のささささんと一号二号と絡ませてたら話が進みませんでした。

 次回はぽいずんとコミュして打ち上げに行きます。

 多分(レンくんが)酷い目に遭います。

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

 


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#44 サケガクロス

 この二週間で何があった?

 

 今日の結束バンドを見て、率直に思ったことがそれだった。

 

 九月一日、あたしが結束バンドを取材して、ギターヒーローさん達に色々な話を聞いて、あの子達の演奏を生で聴いて……その時、確かにあたしはこの子達に期待した。

 

 少なくとも、ギターヒーローさんをこのバンドに任せてもいいかもしれないと思うくらいには。

 

 だけど、あれからたった二週間だ。たった二週間で……演奏の安定感が、というよりレベルが一段階上がっている。

 

 特に目を引くのはギターボーカルとドラムの子。あたしが山田レンに直々に「精進しなさい」と伝えておくよう言った二人。確かに……確かにあたしはそう言ったけど。

 

 あの男、一体今度は何をやらかした?

 

「それでは、最後の曲です! 『星座になれたら』」

 

 最後の曲が始まる。新宿というアウェーにもかかわらず、客の反応は決して悪くない。初めて新宿FOLTで演奏するということを加味すれば大健闘といっていい。

 

 ボーカルの子は前に聞いた時よりも声がはっきりと通っているし、何よりも歌詞に対する思いが以前よりもずっとずっと強く伝わってくる。

 

 ボーカルとしての技術が劇的に向上した、というよりもバンドのフロントマンとしての姿勢や考え方に大きな変化があったようね。

 

 ドラムの子は、吹っ切れたような良い顔をしている。前に観た時はその真面目さ故に()()が全然感じられなかったけど、リズム隊として全体の演奏を正確に支えつつ、どこか奔放さを感じる。

 

 何かがきっかけで、バンド全体のレベルが一気に上がるというということは稀にある。そして、若いバンドであればあるほど、そうなる可能性は高い。

 

 だけど……ちょっとこの成長速度は異常じゃないかしら?

 

 本当に、あの男は一体何をやったのよ?

 

「やっぱギターの子が一番レベル高いな」

「ソロだと圧倒的だよ。セッションになると微妙になるけど」

「あれだろ? 周りに合わせるのが苦手なタイプ」

「あー……バンドとソロじゃあ勝手が全然違うもんな」

「あのギターの子……どっかで観たことある気がするんだよなぁ」

 

 SICKHACKのライブを見慣れているだけあって、ファンの目も肥えている。だけどさすがに彼女とギターヒーローさんを結びつけることは難しいみたいね。

 

 まあ? 私みたいな生粋のファンだったらぁ? 一目見た瞬間に気付きますけどぉ?

 

 それにしても……本当に上手いわね。二番から大サビへとつながる間奏でギターソロ。落ち着いている曲調だけど、それでも彼女の技術の高さに圧倒されてしまう。

 

 一曲目のイントロといい、ラストのソロパートといい、観客のことをよく考えたセトリになっているわね。

 

「ありがとうございましたー! 次は前座じゃなくここでメインを張る気持ちでこれからも活動を続けていきます! 応援よろしくお願いしまーす!」

 

 ボーカルの子がそう言うと、メンバー全員が丁寧に頭を下げ、会場は拍手に包まれる。ロックバンドらしからぬ爽やかさ。でも、これも彼女達の武器よね。現役の女子高生だからこそ作れる雰囲気。

 

 擦れた感じがない、純粋に音楽を楽しもうという気持ち。

 

「よかったねー」

「下北で活動してるんだって? 私、次のライブも観に行こうかな」

「トゥイッターとイソスタ、フォローしとこ」

「SIDEROSとケモノリアもいるし、都内の若手バンドはレベルが高いね」

 

 正直、結束バンドがここまでやるとは思っていなかった。レベルが上がっているとはいえ、まだまだSIDEROSやケモノリアには及ばない。だけど……この子達の成長速度を考えたら、本当に……本当に来年の未確認ライオットでは彼女達と張り合えるところまでいけるかもしれない。

 

 それだけのものを、この子達は見せつけた。

 

「やみさん、来てくれたんですね。ありがとうございます」

 

 そんなあたしに、山田レンが後ろから声をかけてくる。そうよね、当然いるわよね。あの子達の最古参ファンだものね。あんたには、厄介老害ファンの栄えある第一号になる資格があるわ。

 

「驚いたわ。あんた、あの子達に一体なにをやらせ───ってええええええ!? なんであんた涙目で目ぇ腫らしてんの!?」

「ちょっと、感動し過ぎて……」

「どこまであの子達に入れ込んでいるのよ!?」

「演奏自体、というより……初めてのお客さん達が高く評価してくれたことが嬉しくてですね」

「あんた、拗らせファンを超えた何かだわ……」

 

 というか、その涙目はやめなさいよ。なんかあたしがあんたを泣かしたみたいじゃない。

 

「どうでしたか、今日の結束バンドは?」

「聞くまでもないでしょ。二週間前とはまるで別人よ。あんた一体、何をやったの?」

「やみさんに言われた通り、ギターボーカルとドラムのレベルアップを図りました。ぶっちゃけると、俺は何もしてません。指導者が良かったんです」

「指導者って……誰よ?」

「内緒です」

「ふーん?」

 

 なるほどね。バンド指導の専門家を雇ったか……いや、この子達にそんな金銭的な余裕はなさそうだし、その線は薄いわね。となると、レベルの高いバンドの知り合いに頭を下げたか。

 

「前座とはいえ、こういう大きい会場で演奏できたのは良い経験だわ。これを糧にこれからもがんばりなさい」

「それ、あの子達に直接言ってあげてくださいよ」

「……気が向いたらね」

 

 一ライターとして、あんまり一つのバンドを贔屓し過ぎるのも、ね。それに……ちょっと照れ臭いし。

 

 あたしのそんな心情を察したのか、山田はクスクス笑っていた。それがムカついたので袖でぺしぺし叩いておく。

 

「そうそう。十一月二日と三日、ウチの学校の文化祭で結束バンドがライブやるんですよ。よかったら観に来てください」

「文化祭ライブ? まーた青春ポイントの高そうなイベントね」

「初日に来れば俺のメイド姿が見れますよ」

「アピールするとこそこ!?」

「なんだったら、やみさんもメイドになりますか? 童顔だし、ロリ系ツンデレメイドとして活躍できるかもですよ」

「あたしが二十三歳だとわかってて言ってるのよね!?」

「後藤さんもメイドになります」

「ギターヒーローさんになんてことやらせてるんだ! まさか、ライブもメイドの恰好ででやるつもりじゃ……」

「その発想はなかった。……提案してみよう」

「あ、やばい! こいつに余計な入れ知恵を……」

 

 山田はどこかに連絡を取ろうとしてスマホを取り出す! やらせんぞ! ギターヒーローさんの名誉はあたしが守るんだ! あたしが山田の腕を掴んで抵抗すると、山田は微笑ましいものを見るような目をあたしに向けてきた。

 

 その包容力溢れる笑顔は何!?

 

「冗談ですって。あの子達が望まない限りやりませんよ」

 

 あたしのこと、小さい子供か何かだと思ってる!? 言っておくけど、あんたより八歳も年上なんだからね!?

 

「それはそれとして……今日は本当にありがとうございました。あの子達が今日、あれだけの演奏ができたのは前にやみさんが俺にアドバイスをくれたおかげです」

「一番がんばったのはあの子達よ。それに、もっと感謝すべき相手が他にいる」

 

 あんた達が一番感謝しないといけないのは、今日のためにしっかり指導してくれた人達でしょ? それに、アウェーにもかかわらず、ここまで応援に来てくれたファンの人達。

 

 まあ、こいつならわざわざ言わなくてもわかっているでしょうけど。

 

「わかってます。でも、やみさんにもお礼を言っておきたかったんですよ。結束バンドの取材記事、読みました。すごくよかったです。……ありがとうございました」

「そう……気持ちは受け取っておくわ。これからもがんばりなさい」

「はい。やみさんも、取材したくなったらいつでも連絡ください」

 

 山田はあたしにぺこりと頭を下げた後、背を向けてどこかへ行こうとする。

 

「待ちなさい」

 

 そんな彼を、思わずあたしは呼び止めていた。

 

「まだSIDEROSとSICKHACKの演奏があるでしょ。ここで聴いていきなさいよ」

「……へえ。やみさんってそういう人だったんですね。てっきり、ライブは一人で静かに楽しみたい人だと思ってました」

「普段はね。でも、今日は誰かと一緒に聴きたい気分なのよ。……ダメ?」

「俺でよければ」

 

 山田は優しく笑って私の隣に戻ってくる。なんであたしがこんな提案をしたのか、自分でもよくわからないけど……多分、この喜びを誰かと分かち合いたかったんだと思う。

 

「最後に一つ言っておくと」

 

 身長差の関係で、山田を見上げる形になる。彼は私の隣で、きょとんとした表情を浮かべていた。

 

「ギターヒーローさんはこのバンドじゃなきゃダメよ」

 

 今日の演奏を観て、一番強く思ったこと。彼女が人見知りだからとか、他のプロのバンドに混ざると馴染めないからとか、そういう理由じゃない。

 

 なんというか……彼女の居場所はここなんだって漠然と思っちゃったのよ。上手く説明できない、感覚的なもの。

 

 そして、この男は……山田レンはあたしよりもずっとずっと長い間結束バンドを見続けてきた。だから、わかってくれるはずだ。共感してくれるはずだ。この気持ちを。

 

「あの子達に直接言ってくださいよ」

「気が向いたらね」

 

 山田の笑顔を見て、思う。

 

 思いを共有できるのは、こんなにも気持ちのいいことなんだなって。

 

 

 

 

 

「それではぁ~! 結束バンド、SIDEROS、SICKHACKのライブが無事に終わったことを祝しましてぇ~! かんぷぁ~~~いっ!!」

 

 すでに()()()()()()()()廣井さんの間の抜けた乾杯の音頭で打ち上げがスタートする。今日はSICKHACKの三人+吉田店長もいるので、合計十三人での大所帯だ。

 

 廣井さんおすすめの居酒屋、個室になっている座敷の一室をそのまま俺達が使っている。

 

「結束バンドちゃん達、すごい盛り上がりだったじゃな~い! ウチで初めてのライブなのに、すっごくよかったわよ~!」

「これも、みなさんのご協力のおかげです。特に、あたし達に技術指導や心構えを教えてくださったSICKHACKの方に大槻さん、本当にありがとうございました!」

「えへへ~。それほどでもないヨ~!」

「イライザは何もしてないでしょ~?」

「私はレンに『恋は戦争だ』って教えてあげたもん! ねー?」

「そうですね。イライザさんの言葉はとてもためになりました」

「ほらほら~!」

 

 俺がそう言うと、イライザさんのアホ毛が嬉しそうにぴくぴくと左右に揺れ動く。なるほど、虹夏ちゃんと同タイプか。

 

「後藤さん、お疲れ様。今日も最高に格好良かったよ」

「あ、ほ、ほ、本当ですか? えへへ、しょ、しょんなことないですよ~。あ、あのくらいちょちょいのちょいの朝飯前です~」 

 

 隣に座る後藤さんがえへえへとだらしくなく笑っている。この顔を見ると和むなーと思うあたり、俺も結構手遅れかもしれない。

 

「はい、乾杯」

「か、乾杯……です」

 

 俺はジンジャーエールが入ったグラスと、後藤さんはコーラが入ったグラスを持って軽くぶつけ合う。

 

 そこでふと正面を見ると、大槻先輩が不満そうな表情でウーロン茶が入ったグラスを持って俺をじーっと見てくる。分かりやすいなこの人。

 

「大槻先輩もお疲れ様でした。俺、久しぶりに先輩の本気を見ましたけど……鳥肌立ちましたよ」

「そ、そう? ま、まあ、あのくらい……私にかかればどうってことないわ。いつも通りよいつも通り」

 

 大槻先輩は喜びを隠し切れない表情で言う。なんというか……やっぱり後藤さんと大槻先輩って似てるよな。ネガティブぼっちとアクティブぼっちの違いはあるけど、本質が似すぎてる。

 

「山田しょうね~ん! 私は? 私はどうだった~?」

「今日は機材を壊さなかった! ファンを一升瓶でぶっ叩かなかった! 偉い!」

「でしょでしょ~? ダイブと大五郎のぶっかけだけで自重したんだからね~」

 

 廣井さんの自重のハードルが低すぎる。いやでも、これまでのSICKHACKのライブに比べたら本当に大人しかったからな。身構えてたファンの人達も、若干肩透かしを食らった感じだったし。

 

 やみさんも前回酒まみれになったことを警戒して、SICKHACKの演奏が始まったら俺を盾にしてたからね。

 

「でも、今日の演奏の出来なら……定期的にウチでライブしてもらいたいわね」

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 吉田店長の言葉に虹夏ちゃんが思い切り食いつく。いや、これって結構な快挙じゃないか? 吉田店長はおそらく、この中の誰よりも多くのバンドを見てきた。そんな人が、結束バンドの実力を認めてくれている。お世辞や、社交辞令ではなく、本心で。

 

「ただ、ウチでライブをするとなると、その分ノルマも大きいけどね」

「の、ノルマ……お金が、お金がいくらあっても足りないよう……」

 

 吉田店長の現実的な言葉に、よわよわ虹夏ちゃんになっていた。アホ毛もしゅんと垂れている。

 

「そこはレンのバイト代と引き換えということで手を打ってもらえませんか?」

「文字通り弟を売るなや!」

「バンドの発展には犠牲が付き物デース」

「じゃあまずは姉貴のハイエンドギターをメルカリで売るところから始めようか」

「待って。売るならせめて郁代から買った六弦ベースにして」

「リョウ先輩!?」

 

 あまりにもクズ過ぎる発言。いやでも、喜多さんの病気を治すには良い機会なのでは?

 

「喜多さん、姉貴はこういう人間なんだ。いい加減目を覚まそう」

「う、うぅ……で、でも、それがバンドのためになるなら、リョウ先輩のお役に立てるなら───リョウ先輩! 私(の物だった六弦ベース)を好きにしてくださいっ!!」

「……こちらも売らねば無作法というもの」

「ベーシストの姿か……これが……」

 

 俺と喜多さんと姉貴が漫才をしていると、大槻先輩は呆れた表情でため息を吐いていた。こんなん結束バンドじゃ日常茶飯事ですからね?

 

「後藤さん。このチキン南蛮美味しいから一緒に食べよ?」

「あ、はい。い、いただきます……」

「先輩もどうぞ」

「あ、ありがとう」

 

 ぼっち組に気を配ることも忘れない。この二人は放っておいたらただ黙々と料理だけを食べ続けるからね。適度に話を振ってあげないと。

 

「先輩、今日みたいにSICKHACKと共演することってよくあるんですか?」

「それなりにね。ただ、姐さん達は遠征に行ったりするから」

「遠征って……車ですよね? ああ、志麻さん……お疲れ様です」

「山田少年! 私も免許持ってるからね~?」

「だとしても廣井さんの運転する車には絶対乗らないですから」

「廣井の運転は、意外に思うかもしれないけど……かなり丁寧なんだ」

「え? そうなんですか?」

 

 志麻さんの言葉に俺は驚いた。素面の廣井さんは超絶コミュ障だから、運転する時はガッチガチに緊張してものすごく力を入れて両手でハンドルを握ってそうなのに。

 

「ヨヨコ先輩、ウチらも来年には遠征行きたいっす」

「そーそー。ヨヨコ先輩が十八歳になれば免許が取れますし~」

「おっきな機材車を買いましょ~」

「私をアッシーにする気でしょ!?」

「ヨヨコだからヨッシーになりますね」

「レンさん、上手いこと言いますね」

「ヨッシー先輩だ~。今度被り物買ってきますね~」

「ヨッシー先輩……いつもマリオに乗り捨てられて可哀想。幽々は応援してますよ~」

「大槻ヨヨコを乗り捨て……乗り捨て……ふっ」

「山田姉っ!! 今何を想像したのよっ!?」

「この場で言えないようなこと」

「ほとんど答え言ってるじゃない!!」

 

 大槻先輩達も変な盛り上がりになってるな。ヨッシーって言った俺が戦犯かもしれないけど、ここはそっとしておこう。

 

 隣に座っている後藤さんを見ると、顔を赤くして口をパクパクさせていた。あ、後藤さんも意味は分かってるのね。

 

「後藤さん」

「ぶあひゃい!?」

 

 驚きのバリエーションが豊富だね。

 

「今、何考えてたの?」

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにも考えてないでしゅよ~! にゃーんにゃーん!」

 

 とち狂った後藤さんが手をグーにして猫の物真似をする。その様子があまりにも可愛らしかったので、俺はスマホを取り出して写真に収めた。今度星歌さんに自慢してやろ。

 

「あ、あ、あ……な、何を撮ったんですか!?」

「にゃんにゃん言ってる後藤さん」

「け、消しっ……消してくださいっ! そ、そんな写真を保存してたらスマホが爆発しますよ!?」

「韓国製じゃないから大丈夫」

「あ、あ、じゃ、じゃあ……ありとあらゆるデータを破壊しつくして大変なことに……」

「後藤さんの写真はウイルスか何かなの?」

 

 だったら星歌さんのスマホはとっくにお陀仏になってるね。

 

「そ、そんなに意地悪しないでっ……! 私の手……届かない、から……」

 

 後藤さんが俺のスマホを奪おうとしてきたので、俺は手を伸ばして取られないようにする。

 

 すると、後藤さんは思い切り俺に体を近づけてぐーっと手を伸ばしてがんばって取ろうとしてきた。

 

 ちょっとちょっと! そんなに体近づけないで! 当たってるから! 胸が当たってるから! 君絶対気付いてないでしょ!? 気付いてたら死んじゃうもんね!?

 

 わかったわかった! 消すからちょっと待っ───

 

 その瞬間、パシャリというシャッター音が()()聞こえてきた。

 

「喜多さん!? イライザさん!?」

「良い写真が撮れたヨ~」

「ひとりちゃん見て! レンくんといちゃいちゃしてる写真よ!」

「い、いちゃいちゃ……いちゃいちゃ……あ、あ、あ……」

 

 あ、後藤さんが痙攣し始めた。やばいやばいやばい! 死んじゃうって! ドロドロに溶けるならまだしも、もしも粉末状になったらお通夜会場になっちゃうよ!?

 

 どうする!? どうする俺!?

 

 形状変化をし始めた後藤さんを見て、もう数秒の猶予も残されていない。俺はこれまで彼女と出会ってからの記憶を総動員して、脳みそをフル回転させる。

 

 そして、閃いた。

 

「後藤さんっ!」

 

 俺は今にも爆発四散しそうな(自爆寸前のセルにそっくり)後藤さんの口の彼女の好物である唐揚げを放り込む。

 

「……あ、美味しい、です」

 

 すると後藤さんは正気に戻り、唐揚げをもぐもぐし始めた。なるほど、一度変形してしまったら元に戻すのは時間がかかるけど、その前なら好きな物を食べさせてあげればいいんだね。

 

 後藤さんへの理解がさらに深まったな、ヨシ!

 

「レーン、私とも乾杯しヨー!」

「もちろん。お疲れ様でした、イライザさん!」

「かんぱーい!」

「それ、何飲んでるんですか?」

「ジンジャーハイボール。甘いから結構飲みやすいんだヨ」

 

 へー、そうなんですね。グラスといい、色といい、俺のジンジャーエールとそっくりだから間違えて飲まないようにしないと。

 

「ひとりちゃん、私達も乾杯しましょ!」

「あ、はい(よかった……喜多ちゃんがよそよそしくなくなってる)」

 

 呼び方が元に戻ったみたいだ。今日の後藤さん、格好良かったもんね。好感度が無事に上がったようで何より。

 

「レン、文化祭でメイドになるんでしょ? 私、メイドさん大好きなの! 絶対見に行くからネ!」

「そうなんですか? じゃあ、ライブも観に来てくださいよ。二日目に結束バンドが体育館のステージで演奏するので!」

「うん! 観る観る~! ぼっちちゃん、今日みたいに格好良いところ、期待してるネ!」

「あ、はい。ぜ、ぜひ来てください……しゅ、秀華高校を震撼させちゃいますよ~」

 

 まーたわかりやすく調子に乗ってるよ。まあ、今日の出来なら確かに震撼させられるだろうね。

 

「虹夏ちゃん、セトリはどうするの? 今日と一緒?」

「うーん、どうだろう。ぼっちちゃんと喜多ちゃんの晴れ舞台だし、文化祭のために()()()()()を作りたい! って言いたいとこだけど……」

「こればっかりはインスピレーション待ち。……まあ、()()()()よ。ぼっちと郁代のためだもんね」

「リョウさん……」

「リョウ先輩……」

 

 後藤さんと喜多さんは感激したような表情になっていた。

 

 でも姉貴、あんなこと言ってるけど大丈夫か? あと一ヶ月半しかないのに……それにさっき、ほんの一瞬だけど暗い表情してたろ? 俺にはわかるんだからな。

 

 ……明日から文化祭が終わるまではちょっと優しくしてやるか。

 

「ねーねーレン」

 

 俺が姉貴の様子を見ていると、イライザさんが俺にそっと耳打ちしてきた。内緒話ですか?

 

「さっき……ぼっちちゃんのおっぱいが当たっててドキドキしてたでしょ?」

 

 いきなり何を言ってくるんだこの人!?

 

「ぼっちちゃんや他の人は気付いてなかったけど……私はネ、そういうの……わかっちゃうんだヨ?」

 

 イライザさんが小悪魔チックに笑いながら囁いてくる。……もしかして、酔ってるんですか?

 

「レンはおっぱい大きい子が好きだもんネ~? そういう男の子だもんネ~? もしかして、私のこともえっちな目で見てたりするのカナ~?」

 

 マジで酔っ払ってんじゃないかこの人!? 前の打ち上げの時はこんなことにならなかったでしょ!?

 

 あ、でも前は度数の低い甘いカクテルしか飲んでなかったから……

 

 というか、赤らんだ顔をそんなに近づけないでくださいよ。ただでさえ、最近の俺は情緒不安定なんですから!

 

 あー、くそっ! 前まではこんなスキンシップなんかで動揺することはなかったのに! なんで急にこんなことになってんだよ!

 

「山田……大丈夫? 顔、赤いわよ。あ、もしかして暑い? エアコンの温度下げようか?」

「い、いや……大丈夫ですよ大槻先輩! お気遣い、ありがとうございますっ」

「そう? 今日はあなたも色々お手伝いしてくれたんだから、無理しないのよ。疲れたら横になっていいんだから」

 

 大槻先輩の優しさが心に沁みる……さっきまで動揺していた心が落ち着いて───

 

「そーそー。私が膝枕してあげるから……ネ?」

 

 イライザさんが妖艶に笑いながらそんなことを言ってきた。俺は反応したら負けだと思って、恥ずかしさを誤魔化すようにしてグラスを手に取り、中身を()()()()()()()()

 

「あ、レン……それ……」

「なんですか?」

 

 イライザさんが目を見開いている。どうしたんですか?

 

 あれ? そういえばこのジンジャーエール、さっきまで俺が飲んでたのと味が違うような……

 

「それ……私のジンジャー()()()()()

「マジ……ですか……?」

 

 ヤバい。

 

「ヤバい」

 

 離れたところで姉貴がそう呟いたのが聞こえたかと思うと、そこでぷっつりと俺の記憶は途切れてしまった。




 打ち上げが長引いたので二分割!

 次回、間違ってお酒を飲んじゃったレンくんのリミッターが解除されます。

 酒癖の悪さは姉が証明してるので同じ遺伝子を持つレンくんもやべーことになります。

 レンくんの性格を理解している人はどうなるか予想できるでしょうけど……

 では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

 


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