なぜ「理解のある彼くん」はイケていないのか
はじめに
「理解のある彼くん」をご存じだろうか。
理解のある彼くんとは、何らかの理由(精神疾患や発達障害など)によって困難を抱えている女性に「理解」を示し、寄り添う男性のことを指す。
※最も、何をもって「理解」とするかについては様々な見解があるだろう(上記記事にもある通り)が、それについては本筋からは逸れるためここで詳しく述べることは避けようと思う。
理解のある彼女ちゃんはいないのか?
理解のある彼君の話で頻繁に議論されているのが、「理解のある彼女ちゃん」は存在しないのか、という話である。理解のある彼女ちゃんとは要するに「理解のある彼君」の男女反転版であり、精神疾患や発達障害などによって生きづらさを抱える男性を支える女性パートナーのことだ。
そんな「理解のある彼女ちゃん」であるが、どうやら理解のある彼君と比べると発生確率がかなり低いようだ。よく言われるのは、「女性は生得的に性的価値を有しているため需要が発生しやすいが、男性はそうではないため、ハンディキャップを背負っている状態でパートナーを獲得することが難しい」ということだ。
ちなみに、生得的な性的価値に由来するものであるかは置いておいて、同じ症状でも男女で異性経験に差が生じることが分かっている。StrunzらがASDを持つ人を対象に行った研究では、「恋愛経験がない」と答えた人は男性である可能性が有意に高いことが分かっている。
また別の研究によると、ASDを持つ人のうち「現在交際相手がいる」と答えた人の割合は男性よりも女性の方が有意に高く、男性16.1%に対して女性は46.2%であった。
無論生きづらさの原因は様々であるため一概に言い切ることはできないが、こうしたことからは「関係の結びやすさ」に関して言えば男性よりも女性の方が有利であると考えられるだろう。
※ちなみに、女性は性的価値が高いということに関しては、一応実際に高いと言えるだろうというのが個人的な見解である。詳細はこちらのnoteを参照
なお、ASD男性の妻について扱う作品もあるにはあるが、その内容は「理解のある彼君」作品とはだいぶ描かれ方が異なる。ざっくり言うと、「ASDの旦那を持つことで妻はこんなに苦しい思いをしている」というものだ。
参考までに、同じメディアが公開した、「理解のある彼君」側の視点を描いたものも紹介しよう。こちらは、「働かない、家事をしない引きこもり状態」の妻を持つ夫が、「僕は妻というロールに縛られ、精神的DVをしてしまっていたんだ!」と反省するお話である。
ともあれ、「理解のあるパートナー」は女性に多くあらわれる存在であるということ自体は言えそうである。そして、そんな「理解のある彼君」であるが、どうやら頻繁に確認される特徴があるようだ。
理解のある彼君の特徴について
理解のある彼君作品に登場する「彼君」であるが、容姿に一定のパターンがあると言われている。 清潔感がある 理解のある彼くんの見た目はチー牛です。眼鏡をかけてださい髪型と服装をしています。まともな女性に相手にあれないチー牛が生きるのが苦手な女性の理解のある彼くんになります。 最も考えられる可能性が、「恋愛市場で価値が低い、モテない男性」であり、メンヘラであったり何かしらの障害を抱えている女性としか恋愛ができなかったというパターン
イケメンでは無いが普通よりちょっと顔がいい(主人公視点では)
太っていない、マッチョでも無い
安定した職と収入を持っている
※原文ママ
と、まあ色々ひどい言われようであるが、要するに「イケていない」ということは言えるだろう(個人的な意見としては眼鏡率が高いように思うが、今回はそれに関して詳しく触れることはしない)。
そして、理解のある彼君が「イケていない」理由として、「モテない」「まともな女性に相手にされない」ということが挙げられているが、これは本当だろうか。次章では、こうした説明が果たして妥当なのか、ということについて検討していこう。
「理解のある彼君」がイケていないのは「モテないから/まともな女性に相手にされないから」なのか?
この章では、理解のある彼君が「イケていない」理由に関して検討していく。理解のある彼君は「モテない/まともな女性に相手にされない」ために理解のある彼君としての役割を担っているのだということが前章で紹介した記事には書かれていたが、これは本当だろうか。
Rhodesらの研究によると、顔・身体が魅力的な男性は、他の男性と比べ短期的な関係(体だけの関係)のパートナーが多いことが分かっている。また、同研究では、身体が男性的な男性は、そうでない男性と比べ性的パートナー(特に短期的な関係のパートナー)が多いことが分かっている。
※なお、身体の魅力と身体の男らしさの間には正の相関関係があった
顔・身体が魅力的な男性に短期的なパートナーが多い理由に関しては、当然ではあるが女性に好まれているためである。LiとKenrickの研究では、女性は長期的な関係(例:結婚)の相手に対しては社会的地位を重視する一方、短期的関係では身体的魅力を重視することが分かっている。
また、MuggletonとFincherの研究では、体だけの関係に積極的な女性は、そうでない女性と比べ、体だけのパートナーの身体的魅力や男らしさといった特徴を重視することが分かっている。
https://psycnet.apa.org/record/2017-12491-031
これらのことから、「イケている男性」は複数の女性から短期的な関係(体だけの関係)の相手として選ばれやすく、そのような関係を多く結ぶ可能性が高いことが分かる。このような男性にとって、「理解のある彼君」をやるメリットはあまり大きくはないだろう。なぜなら、複数の女性と体の関係を結ぶことに積極的な男性にとって、「理解のあるパートナー」に時間的・金銭的・精神的リソースを割く必要性が薄いためだ。
一方で、複数の女性と関係を結ぶことが難しい「イケていない男性」には、リソースを割いてでも理解のある彼君をやるメリットはある。女性パートナーが欲しい「イケてない男性」にとって、女性との関係を持てる場面というのは数少ないチャンスである。「理解のある彼君」をやるにはコストがかかるかもしれないが、かといってその機会を逃せば次にいつ女性と関係を持てるか分からなくなる。
こうしたことは筆者の個人的な推測というわけでもない。進化心理学者のGangestadとSimpsonは、進化心理学における「男性は多くの女性と性的関係を結ぼうとする」という考え方を批判し、「複数の女性と関係を結べる男性はそうした戦略をとるだろうが、それが難しい男性は違う戦略(一人のパートナーと長期的関係を結ぶ戦略)をとるのではないか?」という指摘をしている。
イケていない男性は、複数の女性と関係を持つことが難しく、選択肢が限られるため、仮に「理解の必要な女性」にリソースを割くことになったとしても、そうした戦略を取りやすい。
これはどういうことか。進化心理学では、「男性は複数の異性と関係を持つことが遺伝的利益につながるが、女性はそうではない」とよく言われる。これ自体は間違っているわけではない。実際に女性は一人の子を作るのにかなりの時間を要するが、男性は「ビュ」で終わりである。極端な話、「ビュ」の後すぐに相手の女性を捨て、別の女性に「ビュ」すれば、それだけで2人の子を作ることが可能ということだ。避妊技術が発達した現代ではそううまくいかないが、人間の心が進化した時代(狩猟採集時代)にはその限りではないだろう。かくして複数の女性に「ビュ」させる戦略が子孫を残す上で有利になったため、そうした戦略やそれに対応する心理が進化した・・というのが進化心理学でよく言われる考え方だ。
しかし、実際に複数の女性に「ビュ」するためには、複数の女性から「ビュ」の相手として選ばれないと難しい。複数の女性に「ビュ」することが難しい男性が、複数の女性に「ビュ」する戦略を頑なに貫き通しても、結局誰からも選ばれずに終わってしまうだろう。そうした男性にとっては、複数の女性に「ビュ」することにこだわるよりも、一人の女性との関係にリソースを割き、なんとか「ビュ」に持ち込み、できた子どもに投資していくという戦略を取った方がよい。かくして「一人の女性と長期的な関係を持つ」方がよい人や状況においては、そうした戦略が進化するだろう、というのがGangestadとSimpsonの見解だ。
長々とビュについて語ってきたが、これを「理解のある彼君」の話に置き換えると次のようになる。
このように考えると、「理解のある彼君がイケていないのは、モテないから/まともな女性に相手にされないからだ」という説は、ある程度は正しいように思われる。「まともな女性」というのは色々な解釈の余地があるので置いておくとして、「モテないから」というのは当たっているだろう。
しかし、「イケていない」男性が「選択肢」が少ないということだけでは、そうした男性が「理解のある彼君」となる理由を十分に説明できないだろう。なぜなら、現代社会においては女性の選択肢も(というより「こそ」)パートナーシップ形成において重要であるためだ。
Ditzenらの研究によると、女性はストレスを感じると、男らしい顔つきの男性に対する好みが減少する(≒女性的な顔つきの男性を好むようになる)ことが分かっている。さらに、コルチゾール(ストレスホルモン)の上昇が激しい女性は、そうでない女性と比べ男らしい顔つきの男性を好まないことも確認されている。
つまり、女性はストレスを感じると「男らしくない」顔つきの男性(≒女性的な顔の男性)を好む可能性があるということだ。
「男性的な顔」がどのように評価されるのか、ということについては、一応男性における顔の男らしさは顔の魅力を有意かつ正に予測するという研究結果がある。他に、対称性、平均性(極端な特徴がないこと)は男性の顔の魅力を有意かつ正に予測し、顔の肥満度は負に予測した。女性においては、顔の女性らしさが魅力を有意かつ正に予測し、顔の肥満度は負に予測した。
ただし、男性において「顔の男らしさ」は魅力を予測するか?ということに関する研究結果はまちまちである。これに関しては、個人差要因や文脈による違いが指摘されており、個人差要因に関しては、例えばSmithらの研究ではWHR(ウエスト・ヒップ比)の低い女性はWHRの高い女性と比べ男性的な顔の男性を強く好んでいることが分かっている。WHRの低さは、女性の身体の女性らしさや魅力と関係している。
文脈の違いに関しては、Littleらの研究で、女性は交際相手がいる場合や短期的な関係を考えている場合、男性的な顔の男性への好みが増加することが分かっている。
これらをまとめると、男性的な顔の男性は、女性的で魅力的な女性や、パートナーがいたり短期的交際(体だけの関係)を考えている女性に好まれる可能性が高いということになる(他に男性的な顔の男性に対する好みと関連する要因は指摘されている。詳細はこちら)。魅力的な女性に選ばれやすいという点や、「セックスだけの相手」として選ばれやすいということを考慮すると、男性的な顔の男性は「性的魅力」ということに関しては有利であると考えられるだろう。そう考えると、女性的な顔の男性は「性的魅力」という点では不利だが、「理解のある彼君」(一般的には長期的な関係)としては選ばれやすいかもしれない。そして、強いストレスを感じている「理解の必要な女性」は特にそうした男性を好むのだ。
ここまでのことをまとめると、 ・イケていない男性(多くの女性とセックスをすることができない男性)は「理解のある彼君」になるメリットが大きい
・「理解の必要な女性」は、性的魅力に勝る「男らしい男性」よりも、性的魅力は劣るが「長期的な関係」には向いている誠実な男性を好む
ということになり、これらが組み合わさった結果が理解のある彼君のあの容姿に繋がっているのではないか。
終わりに
ここまで、理解のある彼君の容姿がなぜあんな感じなのかということについて検討してきた。「イケていない男性」は性的魅力に劣り、複数の女性から選ばれることが難しいため、一人のパートナーに多く投資する戦略を採用しやすい。そして「理解の必要な女性」も、性的魅力に勝る(ただし長期的交際には向いていない)男性よりも性的魅力は劣るが長期的関係には向いている男性を好む。こうした組み合わせの結果が理解のある彼君のあの容姿に繋がっているのだろう。
最後になるが、僕は顔立ちが若く、男性的ではないです。眼鏡をかけるとチー牛になります。真剣な交際を希望しています。DM下さい。
@coffee_______s
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