この記事は深夜〜早朝限定です。


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思い出の選りすぐりのシーンだけ、集めてみました。

今日は特集・あの日立リヴァーレ①です。



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※この記事は2018年8月に書かれたを一部加筆、訂正しております。

かつて、ミホノブルボンという名馬がいた。

この馬は今はなき戸山調教師のスパルタ調教で鍛えられ、栗毛の大柄な馬体は筋骨隆々。

サイボーグと呼ばれた。

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ミホノブルボンはデビュー戦で出遅れるも豪快に差しきり勝利を飾ると、ヤマニンミラクルの追撃を交わし朝日杯3歳ステークス(当時)を勝利し、3歳王者へ。



しかし、血統的な背景と陣営の「本質はスプリンター」発言から3歳クラシック競走*は無理との下馬評。

明けて4歳初戦、スプリングステークスでは低評価の2番人気。ところが、道悪の不良馬場を嘲笑うかのように後続を7馬身ぶっちぎる圧勝。一躍クラシック候補一番手に躍り出る。

迎えた一冠目・速い馬が勝つ皐月賞。
ミホノブルボンはスプリングステークスの再現VTRをみるかのように2馬身1/2離しての逃げ切り勝ち。

距離不安が囁かれたクラシック第二弾・ダービーも終わってみれば堂々の4馬身差で逃げ切り勝ちで、クラシック二冠目を勝利した。









当時、戸山調教師はミホノブルボンの強さについて「食が太いこと」を挙げていた。

つまり、どんなにハードな調教をしても食欲が落ちないところにあると。

ミホノブルボンの強さの秘訣はタフさにあった。しかし、夏を越え成長の秋。
調教のアドバンテージは少しずつ縮まる。





陣営は距離不安を囁かれながら、秋初戦の京都新聞杯を勝利。そして3000mの長丁場となるクラシック最後のレース・菊花賞に挑んだ。



ところが、予想外なことが起きた。

皐月賞、ダービーと常に逃げを打っていたミホノブルボンが先手を取れず、キョウエイボーガンが玉砕的に逃げを打つ。
クラシック三冠目で初めて他馬を見ながらのレースとなったミホノブルボンは最終コーナーから進出し、先頭に立つ。

誰もがミホノブルボンのクラシック三冠達成を信じて疑わない中、ミホノブルボンは予想外のペースの速さもあって伸びない。
外から関東からの刺客・ライスシャワー、内からマチカネタンホイザが襲い掛かり、マチカネタンホイザをおさえるまでが精一杯。

ミホノブルボンはクラシック三冠制覇の目前で敗れ去った。




戸山師はこの敗戦について「馬はこんな長い距離走りたくないですよ。人間の欲です」と語った。

それでも現役最強馬の一角としてジャパンカップ出走を目指したが調教中に屈腱炎を発症。

ミホノブルボンは二度とターフに帰ってくることはなく、惜しまれながら現役を引退。

8戦7勝2着1回。

もっと評価されるべき名馬である。


※3歳クラシック競走とは…
中央競馬において創設された、競馬発祥の地・イギリスを規範にした3歳牡馬・牝馬のための皐月賞(芝2000m)、東京優駿(日本ダービー)(芝2400m)、菊花賞(芝3000m)の3競走を指す。単に三冠競走とも称する。3歳当時しか出走出来ないため、サラブレッド競走では生涯一度きりの名誉とされ、特にダービーは最高の栄誉とされる。