第4話 入団申請 ★
二階の奥まった部屋にたどり着いた。掃除をしていたメイドに聞いてここまで来たのだが、いざ団長室を前にするとこれまでの自信がどんどん削れていき、緊張が胃液と共に込み上げてきた。
エストは口の中の甘酸っぱさを唾液と一緒に嚥下し、隣のノエルを見る。彼女はこくりと頷いた。
意を決して、エストは団長室のドアノッカーを叩いた。
「要件は」
低い、ドスの利いた声だった。
「にゅ……入団申請です。たった今来た、エスト・ミューレとノエル・ソレアードと申します」
「ふむ……話くらいは聞いてやろう。入れ」
意外といい人なのか……? と思いつつ、室内に入った。
部屋の中には高そうな家具やら調度品が飾られ、床にはライオンの毛皮の絨毯が敷かれている。黒檀の机の向こう、豪奢なソファに座るのは髪を撫でつけた男。
赤毛に、狼の耳。シワが刻まれた険しい顔立ち。
猟胞団団長、ロイ・グロウリィ。
「何のために、我が猟胞団に?」
「最強のハンターになるためです」
https://kakuyomu.jp/users/RaikaRRRR89/news/16817330663235634597
エストははっきりとそう言った。隣のノエルも力強く頷く。
しばらくロイは黙り込んでいたが、一度目を閉じ、
「なぜ力を求める?」
「失わないためです」
「逃げるという選択肢もある」
「それは弱者の考えです。俺は弱虫のまま終わりたくないんです」
「強くなって、何を望む?」
「ハンターとして相応しい成功、そして最期です」
ロイは視線をノエルに向けた。
「君は? なぜここに来た」
「エストはバカなので、一人では悪い大人に簡単に騙されます。それに、私としても最強のハンターの隣で最強の魔導師として恐れられるのも悪くないと思いまして」
「あくまでも最強を欲するか。……愚かだな。だが、愚直だ。汚れのない真っ直ぐさは、この団には必要だ」
太い顎を撫で、ロイは手元のゴブレットを手繰り寄せた。中身はワインか何かだろうか、それをぐいっと喉に流し込んで、こう言った。
「ミューレと言ったか。というこのはあの爺からここを聞いたんだろう。なんて言ってた」
「国内屈指の狩猟団だと」
「そうか。……地下に寝ぐらがある。適当に空いているベッドを見つけて、そこで寝泊まりするといい。仕事は自分で探せ。名を売れば"サークル"や俺が仕事をくれてやる。期待するぞ、尻の青い野心家よ」
含みのある笑みを浮かべ、ロイはそう言った。エストは思いの外簡単にうまく行った入団申請に胸を撫で下ろして——、ゴンゴンとドアノッカーが叩かれた。
「団長、ウルカです。報告したいことが」
「どうした、入れ」
入ってきたのは、さっき邪魔、と突っぱねてきたあの女ドラグオンだった。
彼女はちらりとエストたちを一瞥したのち、
「下町の酒場にラッセル・バークレー元伯爵の一味が現れました。昨日のことです。クエストに出かける前に目撃しました」
「またあの男か。今度は何を」
「例の地帯からショバ代を巻き上げていましたよ。あそこ一帯のストリートの元締めになった、元騎士が筆頭となって」
「落ちたもんだな。お前が撃退したのか」
エストは心当たりがありありだった。ウルカと名乗った女が視線だけこちらに寄越す。
「俺たちが追っ払いました。派手な喧嘩はしていませんが」
「若いくせに気骨があるな。じゃあ、この一件はお前たちに任してみるのも悪くないか」
「息子さんの度胸試しにもどうです? 一階で、こいつらと仲良く話していましたし」
「ジークが? そうだな……よし。エスト、ノエル。ジーク・グロウリィという男に接触し、ラッセル・バークレーの息がかかったストリートギャングを殲滅しろ。期限は……まあ三日後でいいか。捕虜の有無はお前らの判断に任せる。まさかハンターともあろうものが、ギャングや山賊に情けを……などとは言わんよな?」
×
「期限は四月九日火曜日、か」
その日の夜、猟胞団酒場『火鉢の祠』にて。
エストはジークを捕まえて、適当なテーブルに腰掛けて団長室でされた話をしていた。
三日後の期限——今日が四月の六日である。まだ時間はあるが、のんびりしていては三日などあっという間に過ぎる。
「僕がここを継がないって言ったせいで、君たちもこんなことに巻き込んだのだと思うと申し訳ないよ」
「さっき、一緒に狩りに行こうって言ってたじゃないか。随分消極的なんだな」
「そうですよ。まるで、腰抜けみたいな扱いでしたし」
ジークはエールを舐めるように飲んで、自虐的に微笑む。
「僕は別に、狩りが嫌いなんじゃないよ。ただ組織を率いるとかそういうのが嫌なだけだ。一人の狩人として気楽に生きていたいだけなんだよ」
狼の耳の裏をこりこり掻きながら、ジークはチーズを摘んだ。それを口に放り込み、もごもご咀嚼する。
エストも暖炉で直接炙っていたベーコンの塊をナイフで切り、口に入れた。塩っ気が肉汁の甘味で中和され、硬い肉だが噛み応えがあり、空腹も手伝ってあっという間に一口目を食べ終える。
ここでの食事や寝床代などの生活費は、依頼の成功報酬から天引きされる仕組みである。まだ稼げない新入りはおんぶにだっこだが、それは全員同じだったので難癖っぽい文句を言う連中などいない。もともとハンターはいつ死んでもおかしくない短命な人生である。往々にして彼らは大らかなのだ。
「こんな可愛い子、うちにいたかい?」
髭面の大男がノエルのそばにやってきて、そう言った。
くすんだ薄緑色の肌と筋骨隆々の肉体。頭部には、円錐形の角——
「夜の相手なら、間に合ってますよ」
「マジかー。ハンターやるようなハイエルフとなら一発ありうると思ったんだがなあ。気が変わったら声かけてくれよ」
相手のメンタルもそうだが、夜の相手探しを平然と跳ね返すノエルも凄い。
ちなみに地下のベッドは二段ベッドで、一段目がエスト、二段目がノエルだった。小部屋にそんな二段ベッドが二つずつある作りで、同じ空間にあと二名寝ることになるが、この仕事では野宿や宿の大部屋で寝るのが当たり前なので、気にならない。
「ジーク、あんたが断っても俺たちはやるぞ。サークルってのはこの組織で言う幹部連中のことなんだろ。そいつらからそのうち仕事を貰うためにも、実績がいるんだ」
「そうです。私たちは最強のハンター、最強の魔導師を目指していますので」
「最強……? まるでウルカみたいなことを言うんだな。……そっか。エストたちは悪いやつじゃないし、協力するにやぶさかじゃない。わかった、僕も手を貸すよ。君たちと実績を積めば、流れに転向することを親父も認めてくれるだろうからね」
ジークはジョッキに並々エールを注ぎ、握った。それが意味することは一つだ。エストも
「この出会いに——乾杯」
「「乾杯」」
三人はジョッキやゴブレットに口をつけ、息もつかずに一気に飲み干した。
それからエストは火鉢の祠で集めた情報をまとめた羊皮紙をテーブルに広げる。
「俺たちがバークレー一味に遭遇したのはアケビ地区の酒場だ。ここらをシマにしてるストリートギャング『鉄山羊団』を殲滅するのが初仕事だ」
「まさか一狩りが人狩りになるなんてね。……連中の根城になっているのは、確かこの水路脇の廃道だ」
エストが書き込んだ地図に、ジークが指差した。ノエルが羽ペンでそこに丸をつけ、『アジト候補 水路脇廃道』と書き込む。
「ジーク、何か知ってるんですか?」
「僕はこの街の生まれだからね。この廃道はもともと戦時中の脱出路に使われていたものだ。二人とも、大陸会戦は知ってるかい?」
「一二七年前に集結した、大陸全土を巻き込んだ大戦争……ですか?」
「師匠が言ってたな。禁術やら、生体兵器とかそういうのまで使われたって」
「うん。その頃使われてた道でね。内乱の時にはまだここの主人だったバークレー軍がゲリラ戦法を取るために使ってたらしい」
こめかみを二、三回叩いて、エストは口を開く。
「地の利は向こうにあるってことか?」
「いや、バークレー軍だった騎士は君らが昨日ワインをぶつけた腰抜けだよ。あとはその辺のスラム街からあつまったごろつきさ。それに、そこまで入り組んでいるわけじゃないから……」
作戦会議は進む。
途中、エストは周りのハンターたちに意見を貰った。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。
曰く件の騎士、ショーン・トンタスは内乱の最中、一度も戦線に立つことはなかったという。噂では賄賂だけでのしあがったとか何とか。実際、もっとも最下級の爵位である準騎士は金で買えるものである。汚職に手を染めている貴族であれば、そこにあと少し色をつけられれば騎士に取り立てることくらいはするだろう。
当然指揮官としての能力も皆無で、だからこそチンピラ集団の音頭取りなどというチンケな立場に甘んじているらしい。
が、執念深く、騎士時代にはライバルにあることないこと難癖をつけては蹴落としていたとか——。
「三人で足ります?」
「相手を侮る気はないが、現役のハンターが三人いる。向こうは町場の喧嘩で腕を鳴らした程度のチンピラだ。聞いた限り、十数人規模らしい」
「僕はこの仕事に乗った。さっさと済ませて、祝杯と行こう」
「私も構いません。街中なので大火力な術は使えませんが、充分です」
「よし。さっそく明日、取り掛かる。でも仕事前に教会に行こう。明日は日曜礼拝だ」
エストがそう言うと、ノエルとジークは頷いた。
【一時更新停止】リミナル・テラシス — お前らっ、笑うんじゃねえ! 新米狩人はなぁ、最強ハンターを目指して人外娘たちに囲まれながら過酷な狩りをしてんだよッ! — 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89
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