第2話 酒場の騒動

「ハンターを統括する組織には三種類ある」


 エストは安い酒場に入り、昼食を注文したのち料理が来るまでの間、ノエルに説明していた。


「一つは公式組織であるハンターズギルド。後述する統括組合はいずれもこの組織の認可を受ける必要があるから、まあ俺たちの元締めだな」

「魔導師協会と似た感じですね。というか、組合自体どこも同じでしょうけど」

「そうだな。次に、今の俺の立場である流れのハンター。これはギルドで認可を受けた一定等級以上のハンターの元で二年以上の修行を積んだハンターもしくはギルドの試験に通ったハンターが認められる統括形態だ」


 エストはそこまで説明し、オレンジを絞ったジュースを飲んだ。陽も高いうちから酒を飲むのは、大仕事をこなした日だけと決めている。酒と女には飲まれるなとは、師匠が口を酸っぱくしていっていたことだ。とはいえあの老ハンターはいずれも守っちゃいなかったが。


「そして、狩猟団。ギルドと流れの中間だな。数人から数十人、多いと百人規模のハンター集団で、地元に根ざした活動を行ってる」

「ここにもそれがあるんですよね。村で聞いた通りならば」

「そうだな。なんて言ったっけ、名前」

「はい、お待ち遠さん」


 と、恰幅のいいダークエルフのおばちゃんが料理を持ってきた。

 鉄皿の上でジュウジュウ音を立てる水鹿レジーターデアーのステーキだ。ニンジンとじゃがいもの付け合わせに、輪切りにされたとうもろこしが乗っている。

 それが二つ、エストとノエルの前に置かれた。主食の黒パンがバスケットに入れられている。

 エストは胸の前で五芒星を切った。ノエルも、同じく五芒星を切る。聖五芒星教が祀る最高神、星の女神ステラミラへの感謝は、このエルトゥーラ王国の民であれば欠かさない。


「いただきます」


 エストはナイフとフォークを掴み、血の滴るようなレアステーキを切り分けた。肉汁が溢れ、油を散らす。火傷するのも構わず、エストは肉を一切れ口に放り込んだ。

 一口噛むと、肉の繊維を断ち切る感触と、歯を押し返す弾力が返ってきた。噛めば噛むほど味が染み、岩塩を振っただけの簡単な味付けだが、レジーターデアーの臭みの少ない豊かな肉の味が口に広がった。

 脂身が少なく締まった赤身は、この幻獣の特徴である。牛や豚より飼育が難しく牧畜数は限られるので、もっぱら野生を狩ることになるが、ここらは水辺が多いので個体数にも困らないのだろう。

 ノエルは一見ハイエルフなので上品に食べる——という外見をしているのだが、エストばりの男らしさで肉にかぶりつく。なんとなればフォーク越しに手掴みというような表現がふさわしい。形のいい顎を持ち上げ、ほぼ丸呑みに近いような噛み数で飲み込む。


猟胞団りょうほうだんでは?」


 大きな一口のあと、じゃがいもをフォークに刺しながらノエルは言った。エストは黒パンをちぎって、肉のエキスを鉄皿から拭って口に放り込む。


「そう、それだ。団長ロイ・グロウリィ。元々黒狼団って名前だったが、いろんな亜人種テラシスが増えたから名前を変えたとかなんとか」

「狩猟団はなんらかのテストがあると聞きます。筆記でなければいいのですが」

「誰を見て言ってんだよ。こう見えたって、読み書き計算くらいできる」


 ハンターは依頼書を読んで、仕事をこなして報酬を受け取る。さらには回収した素材を自ら売るのだ。簡単な計算くらいはできないと、悪い奴に簡単に騙される。

 教会が無料で勉強を見てくれるので識字率は高いが、計算できる者はそれに比べると減る。エストは師匠のレドが「ハンターは頭で狩りをする」と言っては、勉強を見てくれていた。


「そのレド様はお元気でしょうか」

「御年八五歳、俺より元気じゃねえかよあの爺さん。なんで未だに一等級相当の幻獣を単独で狩れるんだか」

「エストと同じヒューマンですもんね。獣人種セリオンならまだわかりますが」


 黒パンを食べる。固くボソボソしているので、肉汁を吸わせたりオレンジジュースを吸わせていた。

 エストはステーキを口に運び、とうもろこしを掴んだ。吸うように粒を口に入れ、咀嚼する。肉の旨みを吸った甘い粒が、脂でくどくなった口をさっぱりさせてくれた。


「エスト、もう一皿おかわりしてもよろしいでしょうか」

「自腹なら」

「折半しましょう」

「なんでだよ、お前の分だろ。——そんな目で見るな、子犬みてーな目ぇしやがって。いいよ、半分な」

「ありがとうございます!」


 ぱぁっと晴れた顔で、ノエルは大きな声で「レジーターステーキもう一皿追加!」と注文する。

 エストは安い店にして良かったと安堵した——と。


 店のドアが開いた。ベルががらんがらんなって、三人組の男が入店してくる。

 にわかに店の雰囲気が落ち込んだ。先頭の男は四十絡みのセリオン——犬族の男だ。獣化比率は三〇パーセントほど。ところどころ毛皮があったり、獣の耳と尻尾がある感じだ。

 残る二人もセリオンだが、獣化率は一〇パーほど。毛皮はない。

 どういう空気なのだろう、これは。

 エストは一般客を装い——実際そうなのだが——、パンを齧りながら様子を見守る。


「女将よお、上納金を滞納しすぎだぜ。ショバ代がもらえねえんなら、この店は返してもらうぞ!」

「何言ってんだい、この土地はあんたのものじゃないだろう! ここはオーレン・トリンガム城伯の土地だよ! 税金を払う義務はあっても、ごろつきにくれてやる金なんてビタ一文ありゃしないよ!」


 ダークエルフの店主は気丈にそう返した。客たちも「そうだそうだ!」と声を張り上げる。


「黙れッ! もとよりこの土地は我が主人、ラッセル・バークレー様のものだ! トリンガムが簒奪したものだ!」

「だったら貴族様同士で話し合ったらいいだろう!」


(内乱、だろうな)


 エストはそのようにあたりをつけた。

 六年前に終わったエルトゥーラ内乱は、政治の場に民間の有識者を議員として招こうとした前国王に反抗した貴族連合が挙兵したものである。

 内乱は八年続き、国王率いる正規軍が勝利。反乱を起こした貴族連中は資産を凍結され、爵位も土地も取り上げられた。

 ラッセル・バークレーはおそらく、反乱軍の貴族に違いなく、であればあの連中は元騎士、あるいは正規の士族だったのだろう。


「母ちゃんをいじめんな!」


 そこへ、厨房から十歳ほどの少年が飛び出してきた。彼は雑巾を先頭の男の顔に叩きつける。

 ベシャッ、と張り付いた雑巾を、男は指で摘んで床に叩きつけた。


「悪さをするガキには——」


 そして、あろうことか剣を抜いた。


(子供相手に、本気かあいつ!)

「お仕置きせねばな!」


 剣が鋭い角度で閃く。エストは隣の席の酒瓶を掴み、男に投げつけた。豪速で飛翔した瓶は男の肩に激突。革鎧を、赤ワインが汚した。

 色めき立つ二人の男。エストはつかつか歩み寄り、先頭の男に言った。


「戦争は終わったろ。何がそんなに気に食わない」

「なんだ貴様は!」

「うるせえ答えろ。子供殺そうとするほど気に入らないことってなんだ」


 エストの青い目が、温度を伴わない怒りを相手にぶつける。

 ぞわり、と肌が粟立つのを、男たちは禁じ得なかった。


「ふん、今日は出直してやる。……興醒めだ、帰るぞお前たち!」

「はっ、はい!」


 男は剣を納め、さっさと出て行った。これ以上エストと目を合わせていられない、そんな顔であった。

 エストは落ちていた雑巾を拾って、少年に返す。それから女将に向かって、


「すみません、騒ぎを大きくする気はなかったんですが……あと、ワインぶちまけて申し訳ないです」

「は、ははは! いいのさそんなこと! ほらあんたも礼をいいな!」

「ありがとうお兄さん! ワインなら大丈夫、いっつも酔っ払いがこぼしたりするし」


 酔っ払いって誰のことだよ、と客から笑い声が上がった。エストはなんとか悪い空気を払拭できて、満足である。

 それから少年と共に酒瓶の破片を拾い、溢れたワインを掃除した。その間に黙って見ていたノエルはステーキにありついて、その健啖っぷりを周りに驚かれていた。


 さても、事態を隅の席から眺めていた女がいた。

 青い髪に、赤らんだ双角を持つ女だ。腰には爬虫類めいた尻尾が生えている。翼はないが、希少種族の竜人種ドラグオンと見受けられた。

 深緑色の革鎧を押し上げる豊かな胸、そして立てかけてある剣。二つの剣を交差させたエンブレム——。


 女はビールを呷って、若い二人組を観察していた。

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