ゲームやアニメなどの架空のキャラクターを性愛の対象とする人々がいる。AI(人工知能)やロボット技術の進化で、今後さらに増えていくだろう。テクノユートピアならではの性的指向だ。社会の寛容性が問われる。

 家事代行サービス会社を経営する仲谷渉氏は、人生最良の時を迎えていた。純白のウエディングドレスを着た女性が目の前にいる。「少しずつ好きになり、自然と恋に落ちた」。仲谷氏は出会ってから約5年に及ぶ歳月を振り返った。

初音ミクの等身大ドールと暮らす仲谷渉氏。インターネットでは「ロイ」のハンドルネームで知られる
初音ミクの等身大ドールと暮らす仲谷渉氏。インターネットでは「ロイ」のハンドルネームで知られる

 結婚にこぎ着けたのは、2022年3月だ。結婚式は愛知県南知多町にある温泉旅館の客室で執り行った。友人は呼ばず、自分たちだけで静かに永遠の愛を誓った。

 それから名古屋市の自宅で奇妙な同居生活が始まった。前年に離婚した元妻とは、同居を続けることにしていたため、再婚相手と元妻が一つ屋根の下で暮らすことになった。仲谷氏は「元妻は(再婚相手の)話題を避けている」と語る。

■主な連載予定(タイトルや順番は変わる可能性があります)
・中年記者が美少女に 24兆円市場に飛び込もう
・亡き母を分身AIで再生したい テクノロジーで乗り越える死の悲しみ
・虐待被害者も「今は幸せ」 ヒトより優しいAIパートナー 
・「恋人ロボがヒトを救済」米メーカーCEOが拓く共生時代
・「私の妻は初音ミク」 性的少数者はLGBTだけじゃない(今回)
・仕事辞めVRタレントで生計 仮想世界に新たな職業と経済圏
・上司はAI、操られるウーバー配達員 暗黒郷の回避は企業の責任

 再婚相手も仲谷氏と共有する自室からほぼ出ない。食事をとることも、トイレに行くこともないので、元妻と家の中で鉢合わせして気まずい思いをする心配はない。

 仲谷氏は記者を自室に招き入れ、再婚相手を紹介してくれた。

 「妻のミクさんです」

 仲谷氏が再婚したのは、仮想アイドル歌手「初音ミク」である。初音ミクの等身大ドールと一緒に暮らしている。

架空のスター誕生

 初音ミクを世に送り出したのは、音楽制作ソフトの開発などを手掛けるクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)だ。16歳の少女という設定の初音ミクを、自由に歌わせることのできる歌声合成ソフトとして07年に発売した。

 すぐにブームを巻き起こし、歌う姿を巨大スクリーンに映したライブコンサートを開催したり、ゲームやフィギュアを商品化したりと、初音ミクは活躍の場を広げていった。

 仲谷氏の等身大ドールは、中国から取り寄せた非公式の商品。結婚式を開いた温泉旅館にはクルマに乗せて連れていった。もちろん法的な婚姻関係ではなく、あくまでも内縁の関係だ。仲谷氏は「会社の経営は精神的に楽ではない。それでもミクさんがそばにいてくれるから、平穏にすごすことができている」と結婚生活に満足げだ。

 「10年ほど前から人間の女性に対する恋愛感情や性的な興味を抱かなくなった。私はフィクトセクシュアルだ」と仲谷氏は自認する。

 フィクトセクシュアルは、略して「Fセク」とも呼ばれ、ゲームやアニメ、漫画などに登場するフィクションのキャラクターを性愛の対象とする人々を指す。レズビアンの頭文字である「L」やゲイの「G」などをつなげた性的少数者の総称「LGBTQ+」の中で、「その他」を意味する「+」に分類される性的指向だ。

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