1 プロローグ
勇者と魔王の戦い。
それは、この世界で幾度となく繰り返されてきたものだ。
魔族を統べる魔王。
彼らは一つの時代に必ず一人いる。
今代の魔王が倒された時、魔族や魔物の中でも特に強い力を持ったものが、次代の魔王として進化する。
そう、世界によって決められている。
故に、魔王は滅びることはあっても、絶えることはない。
その性質は千差万別。
剛力により拳で地面を割り砕き、谷を作ったとされる魔王。
魔導を極め、千の術を操ったとされる魔王。
そうした魔王たちに共通しているのは、人族に敵対し、いずれも強力であるということ。
勇者はそんな魔王と戦う、人族の希望。
勇者と魔王の戦いは、まさに一進一退。
勇者が魔王を討ち滅ぼすこともあれば、魔王が勇者を退けることもあった。
しかし、魔王が絶えぬように、勇者もまた、絶えぬ存在だった。
両者の戦いは、代を超え、連綿と続いている。
それはこの世界の宿命。
悲劇があるとすれば、その代の勇者と魔王は、互いに相性が良すぎた。
双方ともに、希少な次元魔法の使い手。
次元と時空すら操る神にも匹敵する魔法。
彼らは己の宿命に従い、その魔法を行使した。
二つの魔法がぶつかり合い、世界が悲鳴を上げる。
勇者と魔王は、己の魔法の力に耐えられずに滅びた。
その余波は、時空をも超えて別世界に届いてしまう。
その時空の大爆発は、地球という名の世界の、日本という国の、とある高校の教室で炸裂した。
教室内にいた、総勢26人の生徒と教師は、魔法の直撃を受け、あっけなく命を落とした。
その事件は、謎の大爆発と報道された。
だが、死んでしまった彼らがその放送を知ることはない。
たとえ生まれ変わっても、ない。
なぜならば、彼らの魂は、時空を渡り、勇者と魔王が争う世界に逆流してしまったからだ。
彼らの魂は、新たな世界で飛散し、それぞれが新しい命として生まれ変わる。
これは、そんな彼らのうちの一人の物語。
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うぐおがー!
意味不明のうめき声をあげたつもりだったんだけど、うめき声も出やしない。
それだけ今の私の体はやばい状態なのか?
OK、落ち着け私。
体に痛みはない。
国語の授業中に、いきなりものすごい激痛に襲われたところまでは覚えてる。
多分それで気を失ってたんだと思うんだけど、今はどこも痛まない。
けど、目を開けても真っ暗でここがどこだかもわかりゃしない。
というか、まるで体を何かに覆われているみたいな感じで動かせない。
これはまさか、植物人間状態!?
うわー。
否定したいけど、状況的にその可能性が高い。
何があったのかは分からないけど、どうやら私は植物人間になってしまったっぽい。
ないわー。
意識だけあって体も動かせない、五感もないとか…。
発狂コース確定じゃないですかー。
ないわー。
と、思ったら、何やらカサカサという音が微かに聞こえる。
聞こえるってことは、聴覚は生きてるわけだ。
うーん。
けど、音が聞こえるだけってのも辛いことに変わりないよね。
ガンッ!
あ痛!?
なになに?
なんかぶつかった?
ん?
痛いってことは触覚も生きてる?
あれあれ?
もう一度落ち着け私。
冷静になってみれば、なんか違和感あるけど、体の感覚あるじゃん!
いやー、植物人間とか早とちりだったっぽい。
さっきは体が何かに覆われてるみたいって言ったけど、そのものずばりそのままの状態だったわけだ。
あはは。
いや、笑いごとじゃなくね!?
え、何この状況?
麻袋に入れられて拉致?
イヤイヤ。
私みたいな最底辺女誰が攫って得するよ?
とにかく、脱出せねば。
ピシッ!
お、体に力を入れて踏ん張ってみたら、私を覆っている何かが壊れ始めた。
麻袋じゃなかったっぽい。
なんだろうこれ?
柔らかいような、硬いような、不思議な感触。
まあ、壊れるならそれに越したことはない。
このまま壊していざ脱出!
パカッ!
開いたー!
頭から這い出す。
これで私は自由だー!
目の前に大量の蜘蛛がウヨウヨしてた。
ホワィッ!?
ウエェェェイェ!?
キショッ!?
なにこの巨大蜘蛛軍団!?
一匹一匹が私と同じくらいでかいんですけど!?
え、なんか卵みたいなものから次々出てくる!
さっきカサカサ聞こえてたのはこれかー!!
思わず後ずさる。
足に何かがあたって振り向く。
うん?
これは、あれか?
私がさっき這い出してきたものか?
なーんか、蜘蛛軍団の卵に似てるように見えるのは気のせいか?
似てるというか、そのものじゃね?
改めて自分の姿を見直す。
首が動かない。
けど、視界の端に私の足らしきものが映った。
蜘蛛の足が。
おおおおおおぉぉぉおおおお落ちちちち付けけけ!!!
こ、これは、まさかのあれか!?
あれなのか!?
今ネットで流行のあれなのか!?
イヤイヤイヤ!
ほら、小説とかだと、神様的なやつに特典とか貰うじゃん?
私もらってないしきっと違うはず!
神様出てこないパターンもあるけど、いくらなんでもねえ。
男の場合勇者候補とか、女の場合悪役令嬢とかそういうパターンもあるけどさ。
もう一度チラッと横を見る。
周りにワサワサいる蜘蛛と同じ、細い針金のような足があった。
意識して足を動かしてみる。
私の思い通りに動いた。
うむ。
現実逃避は大の得意だけど、ここは潔く認めなければならない。
どうやら私は、蜘蛛に転生してしまったらしい。