一卵性の双子は「遺伝的に同じ」と限らない 研究で判明
ナショナル ジオグラフィック
毎年、「ツインズ・デー・フェスティバル(双子祭り)」に参加するため、世界の双子たちが米国オハイオ州ツインズバーグにやってくる。2023年の開催は8月4日から6日だ。このイベントは双子の集まりとしては世界最大規模だが、現在の傾向が拡大すれば、さらに参加する双子は増えるはずだ。
1915年頃から1980年にかけて、米国で生まれた子どもの50人に1人が双子だった。その後、双子の割合は30人中1人に急増し、減少する兆しはない。今日でも双子の出生は珍しいが、双子の増加は、母子に負担となる早産や出生時の低体重など健康上の問題の増加にもつながっている。
それでも、遺伝学者にとって双子の誕生はありがたいことだ。双子は、通常ならば入手できないさまざまな生物学上の情報を豊富に提供してくれる。こうした情報は、疾患だけでなく摂食障害、肥満、性的指向、多様な心理的特性などへの理解を深める貴重な手がかりとなる。
また、双子の研究によって、同じ遺伝子という設計図を持つ2人に、生活や習慣の違いがどんな影響をもたらすのかについて新たな知見も得られる。世代を超えて伝わる特性に、遺伝と環境が与える効果を調べる上で、双子の研究は非常に有益な取り組みだ。
生まれか育ちか
こうした観点から、双子はいわゆる「生まれか育ちか」にまつわる議論にしばしば取り上げられてきた。遺伝(生まれ)と環境(育ち)のどちらがその人に大きな影響をもたらすかという問題は、数十年にわたって議論されてきたが、双子の研究は、この問題を解く手がかりを与えてくれる。
99.99%同じDNAを持つ一卵性双生児は外見が似ており、そっくりなこともある。目の色も髪の色も同じ、何もかもがほぼ同じなのだ。対して、二卵性双生児では、遺伝子の50%が同じだ。
ある特性を一卵性双生児が二卵性双生児よりも高いレベルで共有する場合、関連する遺伝子がこの特性により強く影響していると考えることができる。一方、一卵性双生児も二卵性双生児も同等のレベルでその特性を共有するならば、遺伝子ではなく環境がその特性に影響したと判断することができる。
また、遺伝子の働きに環境が及ぼす影響を理解し、ある特性や疾患に遺伝と環境のどちらが大きく影響するのかを見極める上でも、一卵性双生児の研究が役立っている。2015年に学術誌「ネイチャー・ジェネティクス」は、世界の双子研究に関する包括的レビューを行った。その結果、平均すると、本人の特性や疾患に遺伝と環境がそれぞれ影響を及ぼす可能性は同等だという結論に達した。
ある宇宙飛行士の双子のケース
スコット・ケリー氏とマーク・ケリー氏の兄弟は、一卵性の双子だった。しかし、スコット氏が地球の軌道を回る国際宇宙ステーションに1年間滞在した後、変化が生じた。
地球に帰還した時、スコット氏の身長は5センチ高くなり、体重は大幅に減少していた。NASAの研究者によると、スコット氏のDNAの状態も変化していた。もう双子の兄弟は遺伝的に同じとは言えなかった。
もちろん、スコット氏が宇宙人になったわけではない。宇宙に非常に長く滞在したストレスで、少なくともしばらくの間、スコット氏の遺伝子の働き方が変化していたのだ。
スコット氏とマーク氏はほぼ同じDNAを持っているので、研究者は2人の遺伝子をスコット氏の宇宙滞在の前後で比較してみた。研究者たちが特に知りたかったのは、染色体の末端にあるテロメアというDNAの構造が放射線で損傷を受けるかどうかという点だった。
テロメアは、靴ひもの繊維がほつれないように先端に巻いてあるビニール製のカバーのようなものだ。このような保護カバーがなければ、棒状のDNAの末端が損傷する可能性がある。
先行テストでは、宇宙滞在中にスコット氏のテロメアの長さが平均してかなり長くなっていることが確認されたが、地球帰還後48時間以内にテロメアは出発前より短くなった。一方で、双子の兄弟であるマーク氏のテロメアには大きな変化はなかった。
また、宇宙ステーションでの1年間の生活で、スコット氏の免疫システム、骨の形成、視力、その他の生物学的機能も影響を受けていた。こうした遺伝子の変化はその後ほとんど正常に戻ったが、スコット氏の遺伝子発現の7%は変化したままだった。
遺伝子が働くプロセスでは、遺伝子のオンとオフを切り替えて細胞の働きを変化させる。宇宙滞在によるストレスなどの環境要因がこのプロセスに影響することがあるので、これは想定内の結果だった。結果的に、スコット氏の体で一部の遺伝子は抑制されたが、その他の遺伝子の働きは増幅されていた。
スコット氏の遺伝子の働きは変化したが、DNA自体は変化しなかった。また、スコット氏とマーク氏がもう「そっくり同じ」でないことも驚きではない。地球上で生活している一卵性双生児でも、基本的な遺伝子の多くで長い間に化学変化が生じる可能性があり、遺伝子の働きに影響をもたらすからだ。つまり実際には、マーク氏とスコット氏はずっと前から「遺伝的に同じ」ではなくなっていたのだ。
性的指向
一卵性・二卵性双生児の研究から、性的指向の決定において遺伝が重要な要素の1つであると示唆されている。実際に多くの研究結果では、遺伝の影響は、育て方、教育、環境などその他の要因をしのぐとされている。
双子の男性に関する研究では、対象者の性的指向の60%が遺伝によるものだった。
また、二卵性双生児や双子でない兄弟姉妹と比較すると一卵性双生児は同性に魅かれやすい、という研究結果もある。双子でない人を対象としたある研究で、2人以上のゲイの兄弟がいる146家族の男性456人の遺伝子構造を調べたところ、ゲイの男性の60%で、特定の3つの染色体に同じ遺伝子のパターンがあったという。
遺伝子の働きだけではなく、同性愛者であることは異性愛者であるのと同様に本人の選択を超えているのかもしれないという見方も含めて、人間の機能の多くが双子の研究で解き明かされる可能性がある。
文=JOHN PERRITANO/訳=稲永浩子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで8月5日公開)
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(更新)- 中室牧子慶応義塾大学 総合政策学部教授/東京財団政策研究所 研究主幹ひとこと解説
経済学分野の研究においても、一卵性双生児のデータを用いた研究は多い。オハイオ州で行われる双子の祭典で収集したデータを用いて遺伝的な影響や家庭環境の影響を制御した後で、学歴が所得に与える影響を推定した研究が端緒となっている。こうした研究は、双子によって反実仮想(「もし~ならば」と事実に反することを想定すること)を推定する際に用いられ、双子のデータから得られた結果に一般化可能性があると考えられてきたが、最近では北欧諸国を中心とした行政記録情報により人口の1%しかいない双子であっても相当数のデータが蓄積されるようになり、双子のデータから得られた結果が一般化可能性に乏しいことがわかってきている。
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(更新) - 高橋祥子ジーンクエスト 取締役ファウンダー別の視点
タイトルがミスリーディングです。一卵性の双子が同じなのは遺伝子配列であり、DNAの化学修飾であるエピジェネティクスは環境が影響して変わる性質のものであるため、一卵性双生児であっても同じでないのは既知の事実であり、記事で取り上げられている研究で判明したことではありません(引用元のナショナル ジオグラフィックの記事タイトルは違和感ないですが)。記事で紹介されている近年のエピジェネティクス研究等によって明らかになってきたことは、たとえ遺伝子配列は同じでも、まるで同じ遺伝子配列ではないかのように思えるほど、環境によって変わるエピジェネティクスの状態が大きく身体に影響する、ということです。
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