とある黒猫になった男の後悔日誌 (rikka)
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プロローグ:黒猫になった男
自分が転生したことを理解していた。
自分がどの世界にいるかも理解していた。
自分が誰なのかも理解していた。
なにせ自分がいるのはかつて読んだ漫画の世界。
なにせ地図を見て飛び込んできたのは『グランドライン』という言葉。
なにせ成長してから鏡を見たら、見覚えのある顔が幼くなった感じの人物が自分を覗いている。
「いたぞぉぉぉぉぉっ! 賞金首だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だから絶対海賊にはならず山賊にもならず――というかお尋ね者にはならずに知らない土地に行こうとしてたらどうしてこうなるのか。
「天竜人に逆らうどころか暴言を吐いた罪状によりお尋ね者!」
すいません。でもドン・クリークの筋肉と脂肪入れ替えた上で性転換したような知らん女に可愛がってあげるから奴隷になれ言われて「チェンジ!」って叫ぶのは普通だと思うんですよ、ええはい。
「数々の山賊を潰して金品を強奪すること三十を優に超え!」
すいません。略奪するなら山賊相手の方が気持ちよく略奪できると思ったんです。
「人狩りの連中を逆に叩きのめして身ぐるみ剥いでから人買いに売り渡す手腕!」
すいません、襲ってくる連中の中で一番効率がいい宝箱だったんです。
「しかも売り渡す時の宣伝文句が『人売ってきたやつが売られる絶望の顔は高値が付くんじゃないか?』 鬼か貴様! この外道!!」
すいません、それは限りなく本音です。
「挙句の果てには海軍の船を沈めて中身をいただく凶悪犯!」
すいません違うんです。海軍の船なら船底に海楼石たくさんあるんじゃないかと思って漁ってただけなんです。
あれただの座礁船だし乗組員はちゃんと助けたんです。
なのにこうなりやがってちくしょう海軍の連中絶対に許さねぇ。
「13歳にして懸賞金2300万ベリー! 『抜き足のクロ』! その首よこせぇ!」
助けて、助けてクレメンス。
「ぢ、ぢぐしょう……追いづげねぇ……」
――ドサッ
「…………片付いたか」
よ、弱い奴らで助かった。
さすが作中でも最弱の海と明言されている東の海。
ワンピース世界――それもクロになったのならばと、とりあえず足だけ鍛えた俺でもどうにかなってる……。
クロの身体スペックやっぱやべぇ。
まだ『猫の手』はないけど近々作って……いや俺に使いこなせるか?
「どうしたもんかなぁ」
今回俺を襲ってきたのは賞金稼ぎだ。
というか、俺を襲ってくるのは大体全部賞金稼ぎだ。
天竜人のガキのわがままっておかげで海軍も手加減してくれたのか、そもそも最初の懸賞金なんて1000ベリーという、ちょっと高い小遣いレベルの額だった。しかもオンリーアライブ。
おかげで俺を狙おうとするのは、賞金稼ぎとして始めたばかりの連中ばっかだったからどうにかなっていた。
それでもお尋ね者はお尋ね者で逃げざるを得なくなって、しかたないからそれまで鍛えていた足を頼りに色々やってたら……額がとんでもなく跳ね上がってしまった。
オンリーアライブも気が付いたら
なんでだ。山賊吊るしあげたり村襲ってた海賊吊るしあげたり身ぐるみ全部剥いで金に換えたりしたけど殺したりしてねぇぞ。
全裸で逆さづりにしたりはしたけど。
あれか、チ〇毛に油垂らして火を点けたのが駄目だったのか。
「とりあえず、こいつらの身ぐるみ剥いできて適当な島で金に換える。問題はその後かぁ」
俺の小舟、壊されてないだろうな。
さすがに海賊漫画の舞台だけあって、基本的にここは船がないとまずどこにも行けない。
懸賞金が付く前に、航海術の勉強がてら他の海の海図も手に入れてみたけど、どこもかしこも島だらけだ。
(どっちにせよ、もう俺は裏で生きていくしかない。となると、基本平和な東の海じゃあ稼ぎ口を見つけるのが大変だ)
となると、違う海にいく必要がある。
だがそれには海路を使うのは無理だ。
また違う危険があるが、レッドラインの陸路を伝う必要がある。
あまりにもお先真っ暗すぎて、思わずため息が出てしまう。
ボロボロの手鏡を取り出す。せめて外見だけは整えようと、逃亡生活からこっちずっと持ってたものだ。
最初は縁起が悪いと、短くそろえていた髪も、逃亡生活で伸びてしまった。
前は整えられても後ろは手を出すのが怖いので、伸びた分はもう縛ってある。
そこまで鋭くはなかったハズの目つきはもうアレだ。
完全にアレだ。
「結局中身が変わってもキャプテン・クロということか……」
「頭は『百計』に程遠いけど……どうしたものか」
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第一章:旗揚げ
001:西の海へ
結局、レッドラインを伝って西の海に行くことにした。
ワンピースの世界の事はもはやうろ覚えだけど、ルフィたちもまだ生まれていないハズだ。
なにせ俺が賞金首になるちょいと前にゴールド・ロジャーが処刑されている。
(しかしなるほど……。マフィアの海とはよく言ったもんだ)
ここがワンピースの世界だと気付いてから、少なくとも荒事は避けられないと色々鍛えてはいた。
今や代名詞といっていい覇気も当然試してみたがよく分からず、六式は
…………成功?
とにかく、そういうのもあって足には自信があるからレッドラインを一気に駆け抜けて……まぁ一年かかったけど……いやぁ、東の海は本当に平和な海だったんだな。
「いたぞ、『抜き足』だ!」
「3500万の首だ! 逃がすなよ!」
東の海の賞金首よく知ってたなお前ら。
賞金稼ぎとして熱心というか仕事に真面目なのはいいけど勘弁してください。
(というかまた懸賞金上がってる!? なんで!?)
レッドラインを走り抜けた時に賞金首とか山賊何人かぶっ飛ばしたけど、懸賞金上がるような悪さはしてないハズなんだけどなぁ!
「お尋ね者とはいえ、命を狙ってくるんなら落とす覚悟もあるな?」
人に覚悟を問う前にまず自分が覚悟を持てと言う話だが。
予想はしていたが西の海は賞金稼ぎのレベルが高く、東の海のように手加減する余裕がない。
(抜き足……!)
「ま、また奴の姿が消え――」
「ぐわあああああ!!」
「あぁ、ちくしょう! 新入りがやられた!?」
とりあえず数を減らすためにあからさまに練度が低い奴を思いっきり殴り飛ばす。
(コイツらぶっ飛ばして身ぐるみ剥いだら、次の街で補給する時に銃か刃物買おう。もう無手でやれる敵じゃねぇ)
キャプテン・クロと言えば指部分一本一本に刀を付けた手袋、『猫の手』だ。
クロとして生きる事になった以上、出来る事なら使ってみたい気もするがとにかく武器だ。
クロの身体という事も手伝って足には自信があったので、ゼフやサンジよろしく足技でイケるかもしれないとか考えてたけど無理無理。
相当な訓練積まないとコレ無理だわ。
サンジとかゼフから料理の特訓と同時進行だったろうによくやれたもんだわ。
「死ね、賞金稼ぎ」
「ぐべらっ!!」
サンジのようにこう……『ドゴォン!』って感じに上手くならない。
だから出来るだけ、壁とか地面なんかで頭を踏みつぶすか叩きつけて無力化させる。
これが一番最小の労力で相手を無力化できる。
上手くいけばいい感じに顔が酷いことになって他の連中ビビらせられる。
「てめぇ! なんてえげつない真似しやがる!」
「この鬼!」
「悪魔!」
「賞金首!」
「ボビーしっかりしろ! ちょっと鼻ごと顔が潰れて歯が折れて血まみれになってるだけだ!」
「おいお前足退けてやれ、もう気を失ってるだろう!? ……更に踏みにじれって言ったんじゃねぇよ!! 地面が真っ赤になってんだろうが!!」
クソ、失敗。
東の海ならこれだけでビビる連中ちょいちょいいたんだけどな。
それか、ビビらせるにはこの足元で痙攣してるヤロウのキャラじゃ足りなかったか。
ちっ、わざわざ人襲ってきやがった分際でコイツ使えねぇ。
「おいアイツ舌打ちしたぞ」
「あの平和な
「あんだけ血まみれのまま甚振ったボビーにツバまで吐きかけやがった」
うるせぇ! この数年で目つきも完全にクロのそれになるくらい荒んでんだよ!
美人や可愛い子ちゃんが(生命的な意味で)襲ってくるのはまだどうにかモチベーションにプラスになるけどお前みたいなムサい連中に襲われるなんざ楽しい事なんもねぇんだよ!
「とりあえずそことそこの若い奴」
「お、おう」
「なんだガキ、ここにきて命乞いか?」
「なんか女殴りそうな顔をしている。貴様らの顔は徹底的に潰すな」
「「テメェに言われたくねぇよ!!!」」
「くそっ、賞金稼ぎの癖に身ぐるみ剥いで合わせてたった8万べリー程度のブツしか持ってねぇのか」
シケてやがる。
やっぱ武器をへし折ったのが駄目だった。
一番金目になるものだけど、安心して顔やら足やらをこう、ベキッとかボキッとかやるにはさっさと武器を破壊するのが一番楽だし安全なのだ。
質屋の親父がボッタクってるっていうなら顎骨蹴り砕いて有り金と倉庫の金目の物全部奪っていくところだけど、むしろ相場よりもちょっと高めに買い取ってくれたから略奪するわけにもいかない。
…………。
ちっ、命拾いしたな店主。
「店主、このあたりに武器を取り扱う店はあるか?」
「なんだ坊や、その年で旅してんのか? この街で武器を扱う店はないよ。包丁やノコギリ程度の物なら、ちょいと離れた所の金物屋に行けば買えるがね」
「あー、そうか」
さすがに包丁やらノコギリで戦うのはなぁ。
ノコギリはちょっとエグいし、包丁はほら……料理に使うものだしそういう扱いしたら後々未来の海賊王のコックから蹴り殺されかねん。
出会うかどうかは分からんけど。
そもそも今が原作のどのくらいの時期かもわからん。
ゴールドロジャーが処刑されて2年。
そして一応はキャプテン・クロである俺の身体が12,3くらいだから……。
少なくとも、まだルフィは生まれていないだろうって事しか分からん。
「そもそも武器の販売は5大ファミリー、つまりはマフィアが取り締まっている。どこかの島には取り扱ってる店もあるだろうけど、近寄っちゃだめだぜ? どんな難癖付けられるか分かったもんじゃない」
「マフィア?」
「あぁ……坊や、お前さんどっから来たんだい?」
「東の海から陸路で」
「おいおい……レッドライン駆け抜けてきたってのかい。本当だとしても山賊がわんさかいただろう」
「おかげでいい金になった」
「……その年で賞金稼ぎだったのかい坊や。なるほど、それなら武器を欲しがるわけ――」
「いや、全員足と鎖骨へし折って身ぐるみ剥いだ」
「お前さんのほうが山賊じゃねぇか!」
がびーん、と店主が驚いているが、俺だってこの歳でこんな生活することになるとは思ってなかったわ!
特にワンピースの世界で山賊狩りしてることに。
クロだと気が付いてから一生懸命勉強した航海術の技術や知識ほとんど使ってねぇぞ……。
「しかしそうか、そりゃ強いわけだ。最近は君みたいに、強い子供の話を聞くし……海賊王の話といい、時代の節目かねぇ」
「強い子供?」
作中に登場しなくても強い奴らはたくさんいるだろうし、話の通じる相手ならば仲間にしたい。
最終的にワンピースの物語がどうなるかは知らないけど、ルフィの行先以外でもアチコチで事件が起こるんだろう。
そうなると、賞金がかかってしまってる自分ではその波は避けられない。
あのクソ共、覚えておけよ。
チャンスがあったら暗殺してくれるわ。
「ああ、因縁付けてきたチンピラ集団を一人で返り討ちにした子供がいるとか……君と同じくらいの年だとか」
自分で言うのもなんだけど、俺と同じくらいって本当に子供じゃないか。
それに因縁をつけるチンピラ……。
わかってはいたけどこの世界、治安が本当に酷いな。
いかに麦わらの一味やその周囲のモラルが上澄みなのかよく分かる。
「その子供に関して、なにか情報は持っているか?」
「さぁ、ここから西の島のどこかとしか聞いていない」
西か。
元々ここには仲間探しに来たわけだしちょうどいい。
強い奴がいるといいなぁ。
「お前が『抜き足』か」
強い奴がいるといいなぁ。
「3700万ベリーの懸賞金に加えて、ファミリー傘下の賞金稼ぎを潰した件で500万ベリーの報奨金も出ている」
話し合いの余地がある強い奴がいるといいなぁ。
「お前がチンピラ返り討ちにしたっていう噂の子供か」
「……噂は知らないが多分、そうだ」
「名前は?」
「ダズ・ボーネス」
原作に関係なくて話し合いの余地がある強いやつがいるといいなぁ。
「俺の懸賞金が微妙に上がっているのは……」
「ファミリー傘下の賞金稼ぎグループ50人を叩き潰したんだ。この西の海では上がって当然だ」
おっふ。
「先日の喧嘩の場所で見つけた妙な物を食べてから、
色々とスパスパ出来るようになっちゃったんですね。分かりたくないです。
「手合わせ願う」
助けて、助けてクレメンス。
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002:とっさの一言
――ガァァァンッ!!
最悪だ。最悪すぎる。
「クソ……今の蹴りですら通らないか」
「全身刃物なのでな」
「そのまま全身鋼か」
なんでよりによって悪魔の実食べた後のMr.1に会うんだよ!
というかなんで悪魔の実をあっさり見つけて食べてるんだよ!
ズルい! 俺も欲しい!
……いややっぱいいや。なんかどっかで海に落ちて大惨事になる気がする。
それならどこかに売って資本金にした方がマシだ。
「どうした、よそ見か」
あっぶね!
刃物化で槍のようになった腕による突きを蹴り上げて軌道を逸らす。
靴の底に鉄板仕込んどいてよかった! 敵の顔や股間を効率的に踏み抜くための装備だったけど役に立ってる!
(大丈夫だ、少なくとも無抵抗に殺されるほどのレベルじゃない)
本当に実を食べてそんなに経っていないようだ。
それなりに時間が経っているからかある程度能力を把握しているようだが、おそらく試行錯誤の期間なのだろう。
アラバスタでゾロ相手に見せた技の数々――特にあのドリルみたいな奴を出してこないし、体の一部を刃物化しての普通の格闘しかしてこない。
それに今ので気が付いたが、まだ刃物の鋭さがあの頭おかしいレベルじゃない。
(能力で鋼鉄になっても真芯で入った蹴りは多少ダメージが入っている……ような感触がある。能力手に入れても完全に無敵になったわけじゃない)
無理もない。
食べたことがないから分からないが、自分の身体が急に変化してそれを使いこなせるはずがない。
悪魔の実を食べてすぐの戦闘で、多少の試行錯誤をしながらも使いこなして麦わらの一味と真っ向からやり合えたCP9の面々、カクとカリファのセンスがおかしいだけだ。
「抜き足」
「……っ、消えた!?」
そして、速さにおいてはこちらに分がある。
なにせ俺はキャプテン……ではまだないがあの百計のクロ。
ワンピース世界でも速さにおいては屈指のキャラ……だったハズの男だ。
そして
そしてこっちには一つ切り札がある。
「どれだけ加速しようが、この身体には傷一つ付けられん!」
と思うじゃん?
ほれ、パス。
「!!?」
とっさに切り札を投げつけて、ダズの身体に触れさせる。
「踏ん張れ」
さすがにコイツは殺したくないというか子供と言えど殺せる気がしないというか。
ただ、今のダズなら逆に殺される気はしない。
抜き足で加速させた状態ではなった回し蹴りで、投げつけた切り札――座礁した海軍の船から回収していた海楼石を、ダズの身体に埋め込まんばかりの勢いで踏みつける。
――ドゴッ!!
これまで散々響いた金属音が、初めて肉に衝撃が走る音へと変わった。
「がは……っ!?」
どれだけの蹴りをどこに入れてもほとんど変わらなかった表情が、ようやく苦痛へと変化した。
押し付けた海楼石を蹴り上げて回収する。
これ失くしたら俺はただの足が速くて鉄板仕込んだ靴で顔とか股間を潰すだけの雑魚になってしまう。
本当は対能力者ではなく、船の底に敷き詰めてカームベルトを渡る船を作るためにあの時出来るだけ回収した。
おかげで大量に運んでは隠して運んでは隠してを繰り返している最中に他の海軍に見つかってエラい目にあったわけだが。
とにかく、これはいい。
「ぐっ……なるほど、その石が切り札か」
「ああ」
能力者相手に反撃の余地があるというのは実にいい。
「つまり、その石にさえ触れなければいいわけだ」
俺の低スぺ戦闘能力で通用する相手ならば。
そして相手は後の強敵Mr.1。
うーん、これはダメかもわからんね。
相手も油断なく構えている。
というか、さっきよりも構えが綺麗だ。
コイツ、戦闘の中で成長しやがったな!?
これだから原作強者は!!
お前も中身がヘタレになーれ!!
「そうだ、実際今の俺の腕ではこの石なしではお前にダメージは与えられない。延々蹴り続けられれば蓄積したダメージで倒せるかもしれないが、それにどれだけの時間と体力が必要か見当がつかない」
「……」
「だが同時に、お前も俺を捉えきれない。違うか?」
正直な話、逃げようと思えば逃げられる。
足を特に鍛えていたのも、クロだから足は絶対に育つという判断もあったけどいざという時の逃走確率を高めるためでもあった。
情けない男と笑わば笑え!
少年漫画でしかも海賊の世界とかいうフラグ乱立地での生存確率を上げるためならなんでもやったるわい!
「ダズ、だったな」
尋ねると、ダズは意外と素直に小さくコクリと頷いた。
「親はどうした」
「……ファミリーに殺された。なにをやったかは知らないが、報復だそうだ。そこから逃げて、今は一人だ」
……。
うろ覚えだけど、そういえばコイツの夢って確かヒーローだったな。
あれはひょっとして……そういうことだったのか?
「お前、今何歳だ?」
「……10……だと思う」
マジか。
俺と違って内面も10歳でそんだけ強いの?
「お前は強いが俺より遅い」
「……」
「俺は速いがお前よりも弱い」
「自分で言うのか」
「間違っているか?」
「……わからん」
この年でこの冷静さ。スゲェよダズは。
普通もっとこう……浮かれたりするだろう?
クロコダイルが連れて行く訳だわ。コイツ頼もしすぎる。
「なら、俺とお前が一緒なら出来る事がもっと増える。そうだろう?」
味方なら。
味方なら――これ以上なく頼もしい。
「俺と一緒に行こう、ダズ・ボーネス」
「……俺は賞金稼ぎで、お前は賞金首だ」
今はそれでいい。俺もまだしっかりとした旗を上げるには早いと思っている。
「俺とお前で賞金首をとればいい。俺は表に出られないけど、お前なら換金できる。お前の能力と俺の足なら、今よりもずっと効率的に稼げる」
「……」
「俺がここに来るまでにどれだけ短期間で大量の山賊を蹴散らしたか知っているだろう? 換金していればどれだけの額になったのかも」
子供を相手に舌先で言いくるめようとか外道の所業ではあるが、もうこの際なりふり構っていられない。
予想を超えた優秀な人材が転がっているんだ。
しかも能力者。
勧誘せずにはいられない。
「この海を俺はよく知らないが、マフィアの影響力がいかに強いかはよく分かった。お前の両親の件も」
「……」
「お前の両親はマフィア――どこかのファミリーの不興を買って殺されたんだろう。で、お前は?」
大抵マフィアってのは情報網を持っている。
さっきの会話で気付いたけど、俺が西側に来たのがバレていたところからみてかなりガチだろう。
「その息子っていうお前の事もバレているんじゃないか? 先日チンピラを返り討ちにしたっていう噂は、それじゃないのか?」
眉がピクッと動いた。
当たりっぽい。
いや、当たりじゃないかもしれんが、本人はそうじゃないかと思っている。
「お前は強い。多分大体の敵は返り討ちに出来る。だけどこのままじゃあ、追手とずっと戦う事になるんじゃないか?」
俺はこの男がいずれ
海賊王や
おそらくクロコダイル――というかバロックワークスの勧誘リストに載ってそのまま話に乗ってグランドライン入り……といった所だと思う。
大事なのは理由じゃない。
西の海を離れたという事実だ。
つまり、サンジにとってのバラティエやウソップにとってのカヤのようなこだわりが西の海にあるわけではない。
多分。
「だが逃げてどうする。世界は弱者に優しくない。搾取されるだけだ。……俺の家族のように」
「なら、共に力を手にすればいい」
なんとしてもここで壁役ゲフンゲフン――優秀な戦闘員候補を味方につける事は後々大きいアドバンテージになる。
回れ俺の頭脳!
「弱者が虐げられるのは、強者が敬意を忘れつつあるからだ」
回れ俺の舌!
「強者が敬意を忘れつつあるのは、自分達も弱者であったことを忘れつつあるからだ」
思考の海に沈むんだ!
「ダズ・ボーネス! 俺と一緒に世界をひっくり返そう!!」
もっと穏当な言葉をチョイスできなかったのかマイブレイン。
「この出会いは運命だ!」
誰が俺の人生を泥沼に沈めろと言ったマイマウス。
駄目だ、百計に到底及ばないこの頭脳とうろ覚えの原作知識だと、海賊王と冥王の伝説の名シーンの劣化パクリしか引き出せねぇ。
ダズ・ボーネス少年も目を見開いて呆然とするばかりである。
助けて。助けてクレメンス。
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003:仲間集め in 西の海
「キャプテン、アンタの言う通り海兵が急に増えた。どうやら誰かを探しているらしい」
「だろうな。……お互い、噂に注視しておこう。そこからでも海兵の動きの方向性が読めるはずだ。その隙を縫って動く」
「アイ、キャプテン」
あの運命の出会い(失笑)の果てに、更にもう一戦繰り返した後にダズ・ボーネス少年がマジで仲間になってくれてから一月経つ。
なんで? とも思わなくはないが結果としては狙った通りだ。
……うん、本当に世間を揺るがす事をしないと裏切られそうだからなんかこう……世間をワッと言わせることをしなければならなくなった。
ねぇ、せけんをアッといわせるってどうやるの???
…………。
まぁいい、今の問題はそこじゃない。
またしても予想外の事態になった。
原作でも大きな転機となる一つ、バスターコールによるオハラの壊滅である。
すいません、オハラってグランドラインの島じゃなかったんですか(震え声)
詳細はわからないが、ロビンの回想シーンではありとあらゆる場所に海兵が来ていたし。色んな連中が通報していたし、海賊に拾われても海軍が追いかけてきていた。
てっきりグランドラインと思い込んでいたけど、西の海にそれだけの人員を動員したのならば動きが読めると思ったらやっぱりだ。
正確さには欠けるだろうが噂で、どこで捕り物だの海戦だのがあったと酒場や井戸端でアレコレ聞ける。
……よし、どうやら俺の事は話題になっていないな。
この一月でダズとちょっとした賞金首を狩って、まだ懸賞がついていないダズに換金させてきたりしている。
ホント、よくダズ君俺に付いてきてくれたな。
しかも俺をキャプテンとしてちゃんと立ててくれているし、これはちゃんと飯の種を確保せねば。
まぁ、ぶっちゃけこれまで身ぐるみ剥ぐだけだった山賊やら海賊が一気に金になっていてお金は豊富なんだが。
「それでキャプテン、次はどうする?」
「……ちゃんとした船は東の海で作る予定だからな」
「例の
「確かだ。実際、俺が持っている海楼石は海軍の船の船底から頂いたものだ」
いずれ
たとえば、グランドラインのいくつかの島特有の特産や名物、あるいは技術の交易。
以前と同じく、略奪は出来るだけ悪党からやりたい。
倫理もあるが、自分自身やダズの士気にも関わる事だ。方針はそれでいいだろう。
「さすがに海楼石全部を持って移動は出来なかったからな」
「隠し場所がバレて回収されている可能性は?」
「充分あるが……まぁ、問題ない」
どちらにせよ東の海には行っておきたい。
結局自分一人では見つけられなかったけどジャンゴを勧誘したいのだ。
覇気もそうだが、この世界は基本的に『自分は出来ると強く思い込んだら本当に強い』ルールがある……と思う。いや当然少年漫画らしく
だからこそ自分が集めたいのは、精神に作用する能力を持つ連中だ。
催眠術のジャンゴはもちろん、絵具で強力な催眠を使い分けるミス・ゴールデンウィーク……マリアンヌだったか。
この面子や、それに近い力を持っている連中は出来るだけ抑えたい。
俺がクロの時点で原作の流れなんてあってないようなものだ! 好き勝手やらせてもらうぞ!
……それにいやだぞ、わざわざ可愛い、しかも年下の女の子泣かせたあげくに固いゴムの塊の頭突きぶち食らうとか。
「一応計画はいくつか用意している。今必要なのは食料と武器、それを買い支える金……は、とりあえず置いといて」
「――人手か」
「量より質でな」
下手に数だけ集めると、食料ならなんやらの問題で本格的な大規模略奪しなくちゃならんかもしれん。
それはノウ、絶対にノウ。
海賊漫画なのに悪には厳しいこの世界で上手く立ち回るには、きわめて難しいが少数精鋭で固めるのがベストになる。
「……東の海から、危険を冒してこの西の海に来たのは最初からそれが目的だったのか?」
「そうだ。東の海にも使える人材はいるんだろうが……あの海で人を集めるのはまだ早いと判断した」
それなりに探し回ってみたけど、ジャンゴが全然見つからなかったしな。
となると、もうちょっと時代が経ってからだろう。
……そもそも、本来の流れではクロだってさすがにまだ海賊なんてやってないだろう。
「まぁ、それに関しては気長にやっていくしかない。とりあえずは目先の問題を片付けよう」
俺たちが今小舟で向かっているのは、とある海賊に支配されている島だ。
本来ならば海軍が出て討伐するのだろうが、今海軍は動きが鈍い。
おそらくニコ・ロビンの捜索に人手のほとんどを注ぎ込んでいて他を後回しにしているのだろう。そういう所だぞ世界政府。
「海賊か。懸賞金は船長含めてトータルで400万ベリー……人数と金額的にそこまで美味しい話ではないようだが、なぜここを?」
「理由の一つに、ファミリーの影響力。海賊に荒らされた所か、実質占領されてそのままってことはどこかのナワバリって事じゃないんだろう。出来ることなら解放した後、しばらく拠点にしたい」
「なるほど……。もう一つは?」
「マフィアも海軍――政府も迅速に助けを出さない場所を俺たちが解放することで名声を得る」
「……お尋ね者のキャプテンがか?」
「お尋ね者だからこそだ」
悪名高めてたら当然危険度が上がる、というか海軍にとっての重要度が上がる。
重要度が上がれば、ことを起こす時の海軍の行動が早まる。
いずれそうなるのは、生き抜いていく限り避けられんだろうが今はさすがに早い。
覇気習得とまではいかないがせめて『月歩』の習得までは目立ちたくない。可能ならグランドラインに入るまでには『嵐脚』も覚えたいが……。
「まぁ、とにかく海賊ぶっ飛ばして物資を頂こう。そして島の人間と交渉して……出来るなら拠点としてしばらく使わせてもらう」
「謙虚な賞金首だな、キャプテン」
「そこらの奴とは一味違うからな」
「キャプテン」
「ああ」
「これは……なんだ?」
「……予想は付く。だが、まさか……」
島に上陸した俺を待っていたのは海賊たちと、その海賊に隷属させられていた村民達――が、全員そろって項垂れていた。
俺はクズだ。だのゴキブリ以下だとかぶつぶつ呟いている。
あの、これひょっとして……。
「キャプテン」
「ああ」
「あそこでこっちをじっと見ている半透明の連中はなんだ」
「幽霊的な物だ、触れなければ害はない」
「そうか、幽霊的な物か」
「ああ」
「……幽霊的な物ってなんだ?」
「いいからまずどう見ても海賊って連中をふん縛るぞ。話はそれからだ」
ペローナ!? お前も西の海にいたの!?
船長:キャプテン・クロ
戦闘員:ダズ・ボーネス
まだアラバスタの話をやっている頃にゲームボーイカラーで、好きな仲間を集めて自分の麦わら海賊団を作ろう! ってゲームあったんですが、あれグランドラインも含めてやってくれないかなぁ
さすがにもうキャラが多すぎるか
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004:『悪魔』の実
「キャプテン、海賊らしい連中は全員拘束した」
「ご苦労、船の中の……あぁ、この島での略奪品以外の戦利品も大体回収した」
訓練も兼ねていた戦闘が無くなった今、とりあえずダズと共に島を制圧していた海賊を一通り拘束を終えてお目当ての物を回収した。
「それで」
「ん?」
「そろそろ説明してもらいたい」
「……お前の方がすぐにピンと来そうなものだけどな」
なにせとんでもないもの食った人間なんだから。
「悪魔の実の能力だ。多分な」
「……こういうものもあるのか」
「そうだ。あの全員無気力――無気力? というか鬱状態なのは、このゴーストに触れると」
ポフッ
「生まれ変われるならナマコになりたい………ナマコになって海の底に沈んで静かに暮らしたい」
「なぜわざわざ触った、キャプテン」
ハッ! あ、あぶねぇ、完全にダウンしていた。
ダズが揺すってくれたのもあってなんとか回復できた。
いや、実践するのが一番早いと思ったんだけど、これ思った以上に抵抗できねぇぞ。
さすがウソップさえいなければ麦わらの一味を完封できた女だ。ヤバすぎる。
仲間にしよう(即決)
「あ、アンタ、あの呪いに触れてもう大丈夫なのかい?」
「呪い? あぁ、まぁ……外部から刺激をもらえばなんとかなる。……貴方は?」
気を抜けばまたちょっとネガティブになりそうだけど、なんとか耐えられる。
……ただ、これ一対一というか他の面子も全滅してるような状況だったら多分駄目だな。
あっさり捕縛されるか殺される未来しか見えない。
「私はこの村のまとめ役をやっている者だ。すまない、海賊たちの捕縛をやってくれて……おかげで助かった」
「連中を倒したのは能力者だろう。どこにいるんだ? 手間が省けた礼を言いたい」
作中でのクロの実年齢は分からないが、20代半ばは超えているハズ。そして今の俺が13歳くらいということは、最低でも原作まで10年以上前。ペローナは……アイツあれで何歳くらいだ?
まぁ、10代だと仮定すると今は子供だろう。
勧誘は厳しいかと思っていたけど……
(呪い、か)
違う意味で勧誘が難しいかもしれん。
「やめとけアイツには会わない方がいい!」
「あの娘が呪われてから碌なことがないんだ!」
村人たちの非難轟轟の声に、ダズがわずかに眉を上げる。
ステイ、ステイだダズ。
(東に比べて知られているもんだと思ってたけど、それでも能力者への偏見は強いか)
半透明な幽霊。ネガティブ・ゴーストだったか? あれはさっきからネガティブネガティブ呟きながらずっとこっちを見ている。
(襲う気はない。にもかかわらず、さっきは海賊だけじゃなくて村民もやられていた……)
「質問がある。答えてもらうぞ」
「な、なんだいアンタ」
「海賊達は、お前たちに金品や食料以外に何を要求した?」
場所だけなんとか聞き出せた。
島の裏側の、ちょっとした山の中の小屋に奴が――やはりペローナだった――が
当初予定していた拠点化は駄目だ。
ここの連中は多分、交渉に合意したとしても後でひっくり返す。
「……なるほど、幽霊屋敷だ」
そのオンボロ具合を見て、ダズが思わずといった様子で呟くが……うん……だよね。
さすが趣味がオカルト系に全振りされてた女だ。こういう家に住めばそういう趣味になる……なるか?
下手にノックしたら崩れそうなドアを、出来るだけ優しくノックする。
……返事はない。
「その能力で見ていたから知っているな? 先ほどこの島に上陸した者だ」
むぅ、完全に返事がないのはまた困るな。 話続けていいのか?
「キャプテン」
ダズが少し焦った声を出す。
「気にするな。向こうからしたら警戒するのは当然だろう」
気が付いたらとんでもない量のネガティブゴーストに囲まれている。
ただ、これは当然ながら覚悟の上だ。
これくらいのリスクを冒す価値がペローナにはある。
「まず、礼を言わせてくれ。本来ならば俺たちが狙っていた連中だったんだが、おかげで手間が大幅に省けた」
一番の目的であった実践訓練と名声の獲得はできなくなったけどまぁよし。
これからもチャンスはあるだろう。
「そのうえで提案だ。俺達と共に、海へ出ないか?」
ゴーストが、ゴーストが多いっす。
エライ勢いで増え続けている。
ただ凹むだけなら問題ないといえば問題ないが、あのラップだけは怖い。
「さっき海賊だけじゃなくて、村の連中までお前が攻撃したのは、聞いてしまったのだろう?」
「村の連中が、君の身柄を要求した海賊に迷わず渡そうとしたのを」
閉じたままの扉が、ギッとゆっくり開いた。
―― ……入れよ。
小さく、幼い少女の声がした。
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005:魔女の娘
なにとぞご了承下さい
「驚いた、本当に子供じゃないか」
「ホロホロ、そういうお前だって子供だろう」
「……いや、それはそうなんだが……」
俺を家の中に招いてくれたペローナは、歳の割には大人びているが少女――いや、幼女と言っていい姿だった。
明らかにずっと着の身着のままだったのだろう、少しくすみ始めた服を身に纏ったまま、埃の積もったソファを軽くはたいて俺とダズに勧めてくれた。
こら、ダズ。鼻をひくつかせるんじゃない。
そういう小さい行為こそ人傷つける事多いんだから。
軽く注意すると、ダズも悪いと思っていたのか小さく頭を下げた。
「すまない、キャプテン。だが、匂いが少々強くてな」
あぁ、まぁ……嗅ぎ慣れていないと分かんないだろうな。
「これは薬草の匂いだ。壁や家具にたくさんのものが染みついていて分かりづらいが……」
「ホロ……お前、よく分かったな」
「海に出る用意をしていた時に、簡単な医学は覚えておいて損はないと思って少しだけ勉強したことがあってな。その時に野草も少し触っていた」
ダズ少年が目をまん丸くして驚く。
「キャプテンは医学知識も?」
「いや、触りで学ぶにも複雑でややこしくて結局匙投げた……というか壁に本を叩きつけた。あんな面倒くさい本を書いた奴は性格が悪いに違いない」
なにが『優しい初歩の医学』だ。初歩に踏み出すのに更に必要な知識があるなら最初っから違うこの本を買えと表紙にデカデカと書いておけ。
一方、ペローナは何がツボに入ったのか、漫画で散々見たあのホロホロ笑いをしている。
ダズも少し笑っている。
「ホロホロホロ! あぁ、わかるぞお前。この家に住んでいた女が同じことを言っていた」
「……母親か?」
「私を拾った女だ。村の人間からは、魔女と呼ばれていた」
「魔女。……あぁ、なるほど。土着の薬師か何かだったのか?」
「……お前本当によく知っているな。私もそれを知ったのはついこの間なのに」
そこらへんは、クロになる前にどこかで知った雑学だ。
まさかこんな形で役に立つというか披露することになるとは思わなかった。
「村の連中とここに住んでいた女にどういう確執があったかは知らないけど、まぁ疎まれていたらしい」
「……その人は今?」
「死んだ。海賊が来る一月くらい前にだ」
「……ついでに、悪魔の実を食べたのは?」
「同じ頃だ。……食べる物がなくなって、家の中を漁っていたら見つけた」
この家からは埃と薬草の匂いはしても死臭が一切しない。
おそらくその魔女の遺体の運搬や埋葬自体はどういう形にせよキチンとされたのだろう。
そしてそれを今のペローナが一人で出来るハズがない。
最低限手伝った人間はいるハズだ。
(村の連中、この子の現状知ったうえで全部放置していたな?)
魔女の子だから、気味悪がった――といった所だろう。
しかし、まさか食べ物や衣類の援助も一切なしか。
子供相手にえげつねぇ……。
「ん?」
ふと、最初に比べて上機嫌だったペローナが顔を上げて、外を――村の方に顔を向ける。
「おい、お前ら。お尋ね者だったのか?」
「あぁ、一応俺がな。……連中がなにか騒いでいるか?」
海賊がここで逃げ出せるわけはないし、なにかやらかすとしたら村の連中だろう。
といっても、ペローナのネガティブ・ホロウ一回食らってまだ立ち上がるとかまず無理だと思うんだけど――。
「急いで逃げろ。奴ら、電伝虫で海軍を呼んでやがる」
――。
やりやがったなあのクソ野郎ども!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お、おい、本当にいいのか?」
「うるせぇ見ろ! あの眼鏡のガキだって賞金首だ!」
村人たちは、一番大きな広間に集まって相談していた。
村人たちが囲んでいるのは一枚の紙。
この村で海賊の捕縛を行った眼鏡の少年――『抜き足』のクロの指名手配のポスターだった。
「だけど魔女の子がいる。あの呪いで暴れられたら……」
「それでもガキ三人だ。いくらなんでも海軍に勝てるハズがねぇ!」
きっかけは海賊に支配されている間は止まっていた新聞などの情報の整理だった。
ゴールド・ロジャーの処刑と、その最後に残された
この島を支配していた海賊もそういった中の一つで、ただ暴力だけでのし上がってきた男達だった。
そういった存在がどこにいるのか知ることは、島民に取って重要な情報になる。
「あの眼鏡のガキをとっ捕まえれば3700万ベリーになるんだ! しかもファミリーが奴に1000万ベリーの報奨金を懸けている!」
「じゃあ、合わせたら5000万ベリー近くになるのか!?」
村人の誰かの喉がゴクリとなった。
「それだけじゃない、こんなド田舎でもファミリーの影響が強まれば金が動くようになる。豊かになれるんだ!」
その様子を見て、まとめ役の男が満足げに頷く。
「なにも難しい話じゃない。全員で奥の方に隠れよう。あのガキの船を持ってだ。アイツら、海賊のお宝を手に入れてやがった。それごと一度船を預かって島の反対側に――」
――面白い話をしているな。お前ら。
そして次の計画を話している次の瞬間、隠れていた建物の半分が吹き飛んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おま、お前! 空飛ぶなら空飛ぶと言え! というか飛べたのか!!」
「驚かされるばかりだな……キャプテン、こんな事も出来たのか」
「……いつか出来る事は知っていたが、今とは思わなかった。すまん、二人とも今降ろす」
いやホント、話を聞いた時、生まれて初めて頭に血が上るっていう感覚が分かった。
百歩譲って海軍に通報程度ならば理解できるが、ここまでアレコレされるとさすがにちょっとくらい暴れたくなっても仕方ないだろう。
俺の蹴りから出た
あーあー、まさかこんな形で嵐脚まで覚えるとか。
いや嬉しい誤算ちゃあ誤算だがそれはそれとしてぶっ飛ばすか。
「馬鹿共が、ペローナの能力を舐めていたな?」
散々迫害されてきたことを知っているペローナが、お前らを警戒しないわけないだろうが。
ホロホロの実のゴーストは諜報も出来るって事を知らなかったのか?
……いや違う。ペローナが子供だと舐めていたんだろう。
どうせ何をしても、やり返しの仕方一つ知らない子供だと舐めていたんだ。
それが自分達や海賊を容易く捻ったので怖くなったんだろう。
「ま、待て……待ってくれ」
「何が待ってくれだ。お前たちが奪われた物は全部取り返した。お前達に危害を加える事もしなかった。その上で我々を海軍に売った」
あぁ、やっぱ予想通りの連中だったかこの村。
まとめ役の男以外が腰が抜けて動けなくなっているか、なんとか逃げ出そうとしている奴しかいない。
「いや、それはいい。どうあがいても俺はお尋ね者の賞金首だ。『
そうだ、繰り返すがそれはどうでもいい。
業腹極まりないがそれはいいんだ。
「だがなぜだ」
「なぜ、『抜き足』のクロの一味として
ペローナがゴーストを通して耳にした話を聞いて驚いた。
ダズは分かる。
本人もいつかそうなる事を覚悟して俺をキャプテンと呼んでくれている。
だがペローナは違う。いや違う違わないとかいう話ですらない。
このクソ共、曲がりなりにもこの島にいて自分達の命助けてくれた奴を、見捨てるとか通り越して濡れ衣着せて海軍に処分させようとしてやがる。
あ? なんだお前らその顔は。
「キャプテン、海軍の船だ」
「数は」
「一隻」
あぁ、それでちょっとホッとしやがったのか。
馬鹿共が。
「ダズ、ここでペローナを守れ」
「キャプテンは?」
こちらでも視認した。
海軍の船一隻。数は一。
「あの船を沈める」
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006:『抜き足』のクロ
「幹部候補生諸君! いよいよ待ちに待った、諸君らの初陣である!」
その船は、海軍の研修船の一つであった。
研修船と言ってもその研修を受ける幹部候補生はわずか5名。
残りの船員は5大ファミリーが蔓延る西の海で揉まれた精鋭達。
「市民からの通報によると、街に潜伏しているのは賞金首とその一味、計三名!」
そして、偶然この近くで訓練を行っていたために召集命令が出された、ただ一隻の船だった。
幹部候補生と言うだけあって、実戦経験こそないもののここにいる新兵5名は過酷な訓練を積んでいた。
他ならぬその訓練を課して、その結果を見届けてきた教官たちは次代の海軍を担う者たちに期待していた。
(問題は……『抜き足』だな)
海軍側からしたら、一味とされる二名の力量は不明だが、最大の脅威はやはり首魁である『抜き足』のクロだと認識されていた。
(始まりは不憫だとは思うが……許せ、『抜き足』)
数多くの山賊や賞金稼ぎがクロ一人に潰されていた。
その内捕縛した山賊や海賊、あるいは交戦した東の海の海兵は、クロの能力について皆一様にこう語っている。
――何も見えなかった。
――消えたと思ったら一味の半分が吹っ飛ばされていた。
――気が付いたら部隊の人間が全員倒れていた。
――村の女を人質に取ったと思ったら顎を蹴り砕かれて倒れていた。
(……剃に酷似した歩法を習得しているか。上はどうやら、『抜き足』を奴隷から逃れただけの新米だと思っているようだが……)
山賊や賞金稼ぎを余りに凄まじい勢いで狩っていき、さらにはマフィアの資金源まで潰していることから懸賞金こそ上がっていっているが、その海兵は話を聞く限りもっと金額を上げてもいいのではないかと思っていた。
明らかに東の海出身の平均レベルではないと。
正直に言えば、研修で扱うような賞金首ではないと思っている。
(だが、だが! この精鋭達ならば捕縛は不可能ではない!)
「首魁である『抜き足』のクロは東の海から多くの山賊や賞金稼ぎを返り討ちにしている賞金首! わずか三名の一味とはいえ油断してはならん!!」
――士気を上げている最中に申し訳ないが、少しいいだろうか?
そう男が思っていた時、男の背後から聞いたことのない声がした。
「!!? 貴様!?」
「失礼。敵船とはいえ、挨拶もなしに乗り込んだ無礼を詫びる」
未だ洋上にある海軍船に、黒いスーツを身に纏った少年が乗り込んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「激励を飛ばしていた所を見るに、貴官がこの船の船長か」
偶然習得できた月歩の練習も兼ねて――ついでに、しっかり見ていなかっただろうあそこの村人への威嚇と牽制も兼ねて軍艦に。
見た所、戦力としてはやはり東の海で数回交戦した連中に比べてレベルが高い。
隙がないというか、気が引き締まっている。
「どうやってこの船に乗り込んだ!?」
「貴官の後ろに立つ海兵諸君が見ていたと思うが……走ってきただけだ」
「……馬鹿な、まさか」
月歩と言えば月歩なんだろうけど、なにせ我流な分本職からしたら見苦しい出来かもしれんし、できればもうなんか、独自の名前でも付けるべきか。
抜き足に対して……差し足?
「なにをしに来た。降伏か?」
「自分の場合、その先は奴隷にされるか死ぬかだ。まだ人生に悲観しているわけではない」
「ならば何をしに来た!?」
「……貴官らに、ある少女の冤罪撤回の陳情に」
ここがボーダーラインだ。
マジで原作でどうやってペローナがモリアの仲間になったか不明だが、あんなん見りゃ分かる。
そら余裕でモリアの仲間になるし、あれだけ忠誠誓うわ。
けど、アレをそのままにするのはあんまりだ。
どういう道を選ぶかはペローナに任せるけど、『故郷の隣人に無実の罪を着せられた』って事実を形式上はキチンと撤回してやりたい。
「住民からは少女も貴様の一味と通報があったぞ」
「違う。あの少女は……」
さて、なんと説明したものか。
「自分も完全に把握しているわけではないが、島内における対立から孤立させられてしまっただけだ。自分の一味はこの抜き足ともう一名のみ。彼女は、ここにいた海賊の捕縛に協力してくれただけの民間人だ」
ペローナを拾った女と村の間にどれだけの確執があったか知らんが、まぁ間違っていないだろう。
「……それは出来ん。仮に貴様の言う事が真実だったとしても、一度捕縛させてもらう」
「まだ四、五歳の少女だ」
「それでも悪の可能性がある限りは捕縛せねばならん!」
「捕縛される事の意味を分かっているのか! 何もしてないのに罪人として扱われる意味を分かっているのか!」
いや確かに海賊に誘いはしたけど! 返答待ちの状態でこりゃねーだろ!?
村人襲ったのだってアイツらの自業自得だし!
「それでもだ!!」
船長が剣を引き抜く。
それに倣って後ろの連中もライフルや剣を俺に向ける。
「わずかな可能性でも摘まねばならん! お前のような脅威を二度と生まぬように!」
「俺を脅威にしたのは政府だと! 貴官らが知らないわけがないだろう!」
「捕縛されていればそれで済んだ話だ!」
てめぇ!? 一人残らず顎骨砕いて回るぞお前ら!?
あのメスゴリラに飼い慣らされる未来なんざ絶対ゴメンじゃい!!
「少なくとも今現在、世界はそうして回っている! ならば市民はそれに従う事で安定する! そうでなくてはならん!」
正直、9割9分こうなると思っていたけどやっぱ決裂か。
ちょっと息整えよう。熱くなりすぎた。
……いや、この男だけは全力で蹴り砕こう。股間と鎖骨と顎を。
「――貴官らの意見は分かった」
ただ、コイツも思う所はあるんじゃないかなぁ。
問答無用で「ひっ捕らえろ!」なんて言い出さなかったし。
……うん、男としてやっぱ股間は許してやる。
「決裂こそしたが、時間を割いてくれたことに感謝を。……手間を取らせて悪かった」
で一応、頭も下げておこう。
今の問答、下手したら兵の士気に関わるにも関わらず一応キチンとやってくれたし。
「その上で――押し通させてもらう!!」
それでもまぁ、今から襲うんですがね!
「――来い! 『抜き足』のクロ!! 総員! 戦闘開始!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その新兵にとって、初めての海戦は不運だったとしか言えないだろう。
自分と共に肩を並べて過酷な訓練を重ねてきた仲間は、気が付いたら甲板の上に転がっていた。
自分よりも経験のある、だが自分の方が強いと思っていた僅かばかり年上の先輩海兵が、見えない斬撃で斬られて、あるいは見えない蹴りで倒れていく。
そして新兵自身に至っては、支部中将との問答が終わった瞬間、突然目の前に現れた自分とそう歳の変わらない海賊によって蹴り飛ばされ、意識を保つのがやっとであった。
「くっ、我が艦の精鋭が何もできぬだと!」
「いや、強かったぞ。東の海なら俺の蹴りを見切れる海兵は一人もいなかった」
もはや甲板で立ち上がっているのは海賊と船長の二人だけだった。
それまで他の兵士がライフルを撃ち、剣で斬りかかっていたがそのどれもが、かすり傷一つ付けられなかった。
それほどまでに『抜き足』のクロは、速かった。
――カァァンッ!
「そして速い! これほどまでとは!!」
「止めた男のセリフではないだろう」
消えたと思った海賊が中将の後ろに現れ、側頭部へと放った回し蹴りを中将がサーベルで受け止めていた。
靴に鉄でも仕込んでいたのか、二人の間に金属音が響く。
「あぁ、なるほど! 確かに惜しい! 貴様程の――貴君程の男が海兵だったらどれだけ良かったか!」
「貴官こそ窮屈に見える。いっそ海賊にならないか?」
「できん話だっ!!」
足を受け止めたまま、中将がサーベルをそのまま振り抜いてクロを壁に叩きつけようとする。
だが、やはり足技ではクロの方が一枚上手だった。
「
クルッと空中で回転し、勢いをいなしたその姿勢の足から放たれる、見えない斬撃。
それを中将がサーベルで受け止め――きれなかった。
中将が受け止めた瞬間目を見開き、次の瞬間にはサーベルは弾き飛ばされていた。
とっさに無手で対抗しようとしていたが、それだけの間を『抜き足』が見逃すはずもなく。
今度は真正面――中将の目の前へ忽然と現れた『抜き足』の鋭い蹴りが、中将の腹部に突き刺さっていた。
「……っ……無念……!」
「……そうだな」
少しの間保っていた意識が薄れて崩れ落ちる中将を、その海賊はなぜか支えた。
―― ……生き方に納得できていれば、もっと強かっただろう?
12,3くらいの少年が、大柄な男を支えるその姿は一見、子が親を支えるような平和な光景に見えて……だが実際は敵同士による奇妙な光景だ。
その後、マストの周りをグルグルと歩き回っていた海賊は、睨みつけていた新兵に気が付いた。
「起きていたのか。事が終わるまで起きない程度には蹴り飛ばしたハズだが……」
その一言に、新兵は頭にカッと血が上るのを感じた。
「殺す気が……なかったって言うの……っ」
「あぁ」
「っ私が……女だから!? 年齢だけなら子供だから!?」
新兵の、そして海賊の少年とそう歳の変わらない海兵の少女は『抜き足』を睨みつけた。
「いや、そもそも誰も殺す気がなかった。……あんな連中の通報絡みで人死を出すなんて、『抜き足』の名に傷がつく」
海賊の言葉に少女が辺りを見回すと、倒れている同僚や同期の肩や胸がわずかに上下しているのが目に入った。
呼吸をしている――生きている。
いや、
「屈……辱……よ……」
「ヒナ、屈辱……」
体の痛みと疲労から、意識を落としかけた少女の目には、なぜか驚いた顔で自分を見ている『抜き足』の顔が入ってきた。
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007:speed
どうにか終わったか。いや、驚くほど強かった。
攻撃も妙に洗練されていていくつか危ういのもあった。勘で避けたが。
東の海の海兵がどれだけ弱かったかよく分かるというか。
棒立ちの的の集団と、油断したら一撃もらいかねない集団くらい違いがあった。
体感だが、なんだかんだで30分くらいは攻防戦をしてたんじゃなかろうか。
攻撃自体は当てられるけど片っ端から防がれて、それを崩すのに滅茶苦茶時間かかった。
(……海兵の数がもうちょっと多いか、あるいはもう一隻戦力あったら危なかったかもな)
あるいは、一番予想外だったあのヒナが『黒檻』になっていれば……アウトだったろうなぁ。
乱戦状態だと下手に傷つけるかもしれんと思って真っ先に沈めたあの女の子がヒナとは……俺とそう歳変わらねぇじゃん。
「キャプテン、終わったか」
「ああ、予定通り……だ……?」
月歩――もとい、差し足で島に戻ってみると、出迎えてくれているのはダズとペローナだけだ。
あの……ビビり倒してた島民共は?
「ホロホロホロ、奴らならお前が軍艦のマストを斬り飛ばしたのを見て泡食って逃げたぞ」
「どこにだ」
島の中に逃げ場があるわけでもなし。
いや、正直もう用はないんだが。
「自分の家だったり山の中だったりだな」
「そうか……ところでダズ」
「なんだ」
「お前、額から煙出てるけどどうした?」
「撃たれた」
「ハッハッハッ!!!!!」
普通の人間ならば大惨事どころか、そもそも口を開く事が出来なくなっている所を平然と口にするダズに、思わず大笑いしてしまった。
「そりゃあ驚いただろう!」
そう尋ねるとダズは不敵に笑って、
「あぁ、驚いて
「ハッハッハッハ!!!」
是非ともその光景は見たかったものだ。
ここの島民たち、きっと化け物を見る目でダズを見たんだろうな。
この世界、映像通信はあるんだしそういうのを保存できるものないかな。
空島のダイヤル技術ならありそうだ。
もし行くことがあったら探してみよう。
「さて」
一方で、当然のようにここにいるペローナに向き合う。
「これからどうするかはともかくとして、とりあえずここを離れないか? さすがにここに留まるのは不味いだろう」
戦ったあの海兵は、なんだかんだで色々キチンと調べてくれそうだけど
「というか、ここにいる意味が元々ないからな。……元々、どこかで島を出ようと思っていた」
ダズが、「まぁ、だろうな……」みたいな感じで頷いている。
まったくもって同意だ。
島民たちは気付いていないだろうけど、アイツらはもう生贄なしでは村社会を構築できないようになりつつある。
しばらくはペローナの呪いのせいにしているだろうけど、ここでペローナが消えたら消えたで多分違う生贄を探し出すだろう。
具体的には、今のまとめ役とか。
「まったく、まさかいきなり海賊の一味扱いされるとは思ってなかったぞ」
「それはこちらのセリフだ。キャプテンが勧誘こそしていたがこうなるとはな」
ホントそれな。
いやはや、まさかこうなるとは……。
「ホロホロホロ。まぁいい、お前らと行く方が面白そうだ」
「なってやろうじゃないか。海賊に」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『まさか、お前ほどの男が東の海出身のルーキーに敗れるとはな』
「申し訳ありません、コング元帥」
『いや、いい。相手の戦力を見誤っていた』
とある島からの通報によって発生した、とある海賊との戦闘。
その報告は華々しい物ではなく、未来ある海兵の顔に泥を塗ってしまったという苦々しい物になってしまった。
『死人が出なかったのが幸いだった』
「……『抜き足』も、戦闘するつもりはあっても死人が出るのを良しとしなかったようです。幹部候補生の一人が、彼から話を聞いたと」
『……またとんでもない奴が現れたな』
「ええ、驚きました。グランドラインどころか、この四つの海でこれほどの存在が頭角を現すとは」
中将は、『抜き足』と戦った時の感触を思い返すように電伝虫の受話器を持ち換えて、あの時サーベルを握っていた手を閉じたり開いたりしている。
「確かにあの男の攻撃は
「視えた時には、もう攻撃が来ていました」
電伝虫の向こう側で、小さく唸る声がした。
「独学で剃や月歩、嵐脚を習得していたことは、驚きこそすれありえない事ではありません。問題は、その習得した技が
『……他の乗船していた幹部からも報告は聞いている』
『姿は捉えられず、そして音も一切しなかった。そうだな?』
「……あの時は背筋が凍りました」
「真後ろに立たれたにも関わらず、声を掛けられるまでその存在に一切気付けませんでした」
『先ほど聴取した船員たちも同じことを言っていた。』
――貴官の後ろに立つ海兵諸君が見ていたと思うが……走ってきただけだ。
『一切姿は見えず、音もなく、着地の際にもそれを誰一人気取らせず船に降りたと』
「私も海兵を務めて長いですが……完全な無防備で背中を取られたのは初めてです」
『……『抜き足』か。恐ろしい男だ』
「ええ、おそらくですが」
「『抜き足』のクロは
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだ、それじゃあ一度東の海に行くのか」
ペローナを仲間にして一月。
なぜかこっちを狙っている5大ファミリーの刺客を叩きのめして賞金稼ぎを叩きのめしてお腹がすいてきたら海賊を叩きのめす生活に一区切りつけて、今はとある島に落ち着いている。
落ち着いているといっても、こうして船は目立たないところに隠した上にサングラスやらで簡単な変装をしてコソコソ物資の補充やらをしているわけだが。
「東の海には色々と置いている物があってな。とりあえずそれを回収しようとは思っているが……」
「まだ三人の集団だ。残る仲間集めは東で?」
「……そこを今考えていてな」
以前から考えている通り、精神に作用する技能持ちは一人でも多く仲間にしたい。
その中で唯一出身がハッキリしているのは催眠術を扱うジャンゴだ。
奴の催眠術があれば『覇気』の訓練も進むかもしれない。
「とりあえず、それぞれの装備を固めよう。やっと金が貯まったしな」
「島の奴らから略奪すりゃよかったじゃねぇか。海賊らしく」
嫌だよ、なんか汚れそうだ。
いや違うな、こう……運にケチがつきそうだ。
「奴らごときの恨みつらみの種になるのはごめんだ。あの島を訪ねてお前を手に入れた。それだけで戦果としては充分すぎる」
いやホント。ここにきてペローナを仲間にできたのは大きい。
正直に言うがほとんどの敵は無力化できるんじゃなかろうか。
鍛えるのを怠ってるとすぐ死ぬ世界だから、あんま多用しないようにしてるけどさ。
せいぜいが雑魚ちらし。
「ホロホロ。そう言ってくれるのは嬉しいが、その結果飯と服以外は碌に買えてないぞ」
「それに関してはスマン。服には少し金を掛けたかったんだ」
「それで全員揃って黒スーツか?」
「……アレだ、分かりやすいだろう?」
いいじゃん、黒スーツ。
ダズは予想通り似合うし、ペローナだって意外と似合ってる。
荒事とかもあるだろう中でスカートでいられると落ち着かないし、黒スーツで揃えようかなマイ海賊団。
「まぁ、とりあえずは装備だ。ダズは実質必要ないだろうがペローナは何か考えておけ」
「私にいるか?」
「万が一のための護身武器は大事だろう」
現にお前が勝てない相手がいるのは間違いないんだし、ついでにいうなら万が一にも四皇……と戦うようなことはないだろうけど、幹部クラスと小競り合いがないとは言い切れん。
そうなるとギャグ特化ともいえるペローナの能力が阻まれる可能性はある。
……多分、高レベルの覇気とかなら防げるだろうし。
「まぁアレだ。次の仕事は5大ファミリーの密輸船襲撃。ガッツリ頂いていくから船の積み荷の整理をしておくぞ。デカい買い物他諸々はその後というわけだ」
んでもってその略奪が終わったら、西の海の後片付けをして一度東に戻るか。
やろうと思えばまた二人を抱えて月歩――違う違う、差し足で飛べば時間も短縮できる。
「ん、……お?」
「キャプテン?」
「あ、いや、すまない」
空っぽになった樽を運び出そうと持ちあげたのだが、なんか中途半端に重い。何か入ってたか?
蓋を開けて中を覗き込む。
「……っ…………ぁ……」
そこには、黒髪黒目の小さい女の子がすっぽり入りこんでいた。
おっとぉペローナの島で一通り目を通した賞金首一覧で見た顔があるぞぉ。
「マジか」
今の西の海の台風の目が。
ニコ・ロビンがそこに隠れていた。
「あ、あの……」
助けて、助けてクレメンス。
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008:襲撃
「しゅ、襲撃だぁぁぁーーーーーっ!!」
5大ファミリーの収入源は多岐に渡るが、その中でもよく知られているのは、いわゆるご禁制の品の運搬、売買である。
「なんだとっ!? おい海軍! てめぇら裏切ったのか!?」
「ち、違う! ちゃんとここは今日のパトロールからは外してい――すみません俺はゴキブリ以下のクソ野郎です……」
「いきなりどうしたてめ――苔になりたい……苔になって日陰でジメジメと静かに生きたい」
よく知られているという事は、多少こそこそ隠れていようが、調べ方によってはあっさり見つかるわけである。
コイツらちょろいな……。
「ダズ、おそらく倉庫は隠されているタイプだ。ペローナの攻撃で倒れていない奴がいたら斬ってかまわん。探せ」
「了解」
コイツらはどうも、ファミリーの中でさらに隠れて横流しをやっていたようだ。
賄賂で繋がりを持った海軍と。
いやぁ、ペローナの島に行く前に海軍の動き探ってた時に見つけたあからさまに怪しい海域がここまでドンピシャだったとは。
「ロビン、外は大丈夫か?」
片手を耳に近づけて呟くと、自分の手の平から
『はい。近づいてくる船は見えません』
「よし、万が一の時はペローナと一緒にこっちに来るか、最悪の場合船を出して逃げてくれ。俺とダズだけなら空を走って追いつける」
『分かりました』
……ロビンは本当にどうしよう。
まさかここでエンカウントするとは思わなかった。
今俺が作ろうとしているイメージというか……ブランド? 的にもここで見捨てるのは論外だから全力で守る必要が出てきた。
これでサカズキとかが「おんどりゃあああああ!!」と追いかけてきたら俺チビる自信あるよマジで。
その場合でも無様晒すわけにはいかんしなぁ。
ダズを暫定船長にして皆を逃がした上で、俺が華々しく散る覚悟で戦い……うーんその場合俺死ぬなぁ。
……それ完全にロビンの過去編で心に傷跡付ける奴じゃん。
出来るだけそうならんようにしなきゃな。
(そもそも俺がクロという時点で難しい事を考えても仕方ないんだよな)
今考えるべきは自分達の取る戦略だ。
「……それにしても海兵がファミリーとつるんでいたとは」
「キャプテンは東の出身だからピンと来ないかもしれんが、よくあることだ」
マジか。
アーロンと組んでたネズミみたいなのって珍しくないのか。
「海兵といってもピンキリだ。末端にはファミリーやマフィアと組んだり、あるいはチンピラを脅して小銭を稼ぐのもよくいる」
「それで、ここにいる連中もその類というわけか」
ちょっと積み荷が心配だな。
取引が禁止されている贅沢品とか金塊とか裏金まんまだったらありがたいんだけど、麻薬の類だったら火を付けなきゃならん。
その場合金目のもの片っ端からかき集めなきゃ……ロビンに能力で手伝ってもらえば多少は楽になるか。
「キャプテン、これがそうじゃないか?」
ペローナのゴースト攻撃で完全にダウンしている連中を退けながら調べていると、ダズが気になる所を発見したようだ。
「まぁ、隠し倉庫は床にあるものか」
某宇宙大戦争の伝説の貨物船的にも。
「ダズ、一応構えていろ」
今いる場所と船の外見から考えると、思った以上にスペースが広いハズだ。
中に倉庫番がいる可能性もあるにはある。
「ロビン、ペローナに中を覗けと伝えてくれ」
再び生えてる耳を通して船に待機している女性陣に伝える。
すると辺りを漂っているゴーストの一体が床の向こうに行こうとして……帰ってきた。
んお?
『キャプテンさん』
拾った時にキャプテンと呼ぶように言ったのだが、どうも名前と勘違いしているような気がしなくもないロビンのさん付けにも慣れてきた。
右手を耳に当てると、ロビンが囁く。
『ペローナさんが、その扉は越えられないって』
マジでか。
「……海楼石か? わかった、そのまま周囲の無力化と警戒を頼むと伝えてくれ」
わざわざ海楼石を仕込む隠し倉庫。
まさか中身は能力者? いや能力者の密輸とか意味分からん。
悪魔の実ならともかく。
「キャプテンが持っているアレと同じか?」
「ああ、俺が開けよう」
後ろでダズが手を刃にさせて控えている。
子供の身体でキツいのは、こういう重い物を動かす時に苦労することだ。
せめてあと5年くらいあっという間に過ぎてくれないかな……。何事もなく。
「よ……っと……!」
ギシギシと音を立てる重い仕掛け床板をズラすと、隠し階段が現れた。
(思った以上にしっかり作られてるな、コレ……)
「キャプテン、俺が先導する」
頼むよダズ君。物理攻撃に対しては現状最強の耐性持ってるからこういう時は頼もしい。
そして階段を降り切ると広い空間が広がっていた。
そこに所狭しと並べられていたのは――
「キャプテン、これは……どういう?」
「人身売買だ。つまり……奴隷としてこれから売られる予定の連中だと思う」
そういうとダズが押し黙り、繋がれている人間の
「…………
――だから高値が付くんだよ。小僧共。
手足と口に枷が付けられて鎖でぶら下げられている、男女共に顔が整っている若い海兵達に驚いていると、後ろから声がした。
「ファミリーの船を襲撃したのが、こんな小僧だとはな。……だが、悪くねぇ」
後ろにいたのはいかにもマフィア、いかにもギャングと言った風体の男。
目つきも雰囲気も鋭いが、10代後半といった所だろうか。
「海賊なのにスーツを着こなして身綺麗にしているってのはいいぜ。身だしなみを整えている奴は信用できる」
……あれ?
若くて一瞬分からなかったけど、コイツひょっとして……
「カポネ・ベッジか?」
そう尋ねると、男は肩を揺らせて小さく笑う。
「俺も有名になったもんだ。かの『抜き足』に名を知られているとはな」
いや、正直なんも分からん。
時期的に多分これからマフィアのボスになってそれから海賊になるんだろうなぁって事しか分からん。
「逆に聞くが、なぜ俺の名が広まっている?」
「あぁ? 一千万前後の懸賞金が付いていたレッドラインの山賊団を片っ端から壊滅させたんだ、そりゃ名も上がる。西の海に来たとたん、デカい賞金稼ぎのグループも潰したんだからな」
…………アイツら、あの弱さでそんなに高かったのか。
仮に賞金首でもせいぜい500万超えるかどうかくらいと思っていた。
「それで、この海兵達はなんだ?」
「お前の言った通り奴隷だよ。正確には、これから奴隷になるんだがな」
そこが分からん。
奴隷と言えばあの天竜人絡みだろうけど、アイツら好き勝手に人を奴隷認定するし、ヒューマンショップとかで買い漁るじゃん。
……いや、待て。
記憶が正しければ、出てきた奴隷は大体が海賊か魚人。それか民間人だ。
つまり海兵の奴隷は珍しい。珍しいということは――
「いくら天竜人といえども、海兵を堂々と奴隷にすると海軍と軋轢が生まれ、世界政府の骨組みが軋んでしまう。だからなんらかの事情で
俺の言葉に、ベッジはニヤリと笑みを深めた。
「いいぜ『抜き足』のクロ。身だしなみに気を使って腕が立って、しかも頭の巡りも悪くない」
「どうだ抜き足。俺と手を組まねぇか?」
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009:ギャング・カポネ=ベッジ①
「お前たちが腑抜けにした連中の中に海兵共がいただろう」
「あの裏切者共か」
「そうだ、奴らはリスト屋とこの船までの運搬役なのさ」
数十名にもなる繋がれた海兵たちをしり目に、ギャングと海賊の話が続いていた。
「リスト屋は海軍の人事関係に深くかかわっている奴でな。天竜人からの要望を元に、それに見合う連中を見つけ出してリストアップする」
「レストランならぬヒューマンショップのメニュー作成というわけか」
「そういうことだ」
海賊の方は、自分の仲間を念のために船に戻していた。
ギャングも海賊もアウトローで、かつその人間性はピンキリだというのは共通している。
海賊――クロという存在になった男は、これから先のカポネという『可能性』は知っていても、船長として今のカポネを無条件で信用するわけにはいかなかった。
「そしてそのメニューから選ばれた
一言ずつ強調するギャングの言葉に、海賊は不快そうに眉を顰める。
「そして事故に遭った海兵は出荷される、か」
「お前が潰したレッドラインの山賊連中も一枚噛んでたんだぜ? まぁ、ほぼ名前を借りて事故の原因と推測させていただけだが」
「………あの弱さで懸賞金が高かったのはそういう理由か……」
「まあ、レッドラインの山賊なんざ基本マリージョアから捨てられて、なんとか裏側で生き残ってる連中だからな」
「それ潰してなんで自分の名が上がるんだ……」
「レッドラインを横断したんだぞ? あの崖よじ登っただけでも偉業っちゃ偉業だ」
「よじ登るとか疲れるだろう……」
「ならどうしたんだ? 他に抜け道が?」
「走って登った」
「意味わかんねぇよ!!!」
ギャングのツッコミを他所に海賊は一度、まさに出荷されつつある海兵達を一瞥する。
「にしても、若い女海兵が多いからまさかとは思っていたが……やはりか」
「他にこうして海兵が運ばれる理由があるか?」
「ファミリーとつるんでいたが土壇場で裏切った連中がケジメのために身柄を――という可能性も考えていた」
「……なるほど、確かに有りうる。お前やっぱり頭が切れるな」
「だが、こう言うのもなんだがよく今まで漏れなかったな。アイツらは……飽きっぽいだろう」
海賊は読み物としての知識からそう言うとギャングは笑って、
「キチンと決まりがあるのさ」
「絶対に捨てない……とかじゃあないんだろうな」
「あぁ、飼うのは自分の敷地内のみ。そして飽きて処分するときは
ギャングは底意地の悪い笑みに顔をゆがめて続ける。
「ただ殺すんじゃねぇ。海兵の証拠である衣類はもちろん、身体も骨すら残らないように処分される。顧客によっては死に様すらショーにしやがる」
「……そしてそれは、
「そうだ、処分される時のショーを見せつけられたりする。おかげで大抵は従順だ。どんな屈辱的なことを命じられてもな」
吊るされたまま話を聞かされている海兵たちは、それぞれが顔を青ざめさせて話を聞いている。
口枷をつけられたまま必死に声を上げようとしたり、鎖を外そうともがいたりしている。
「そちらの目的は?」
「俺はギャングだぜ? 決まっている、金だ」
その海兵達の様子を、ギャングは冷めた目で見ている。
人を見る目ではなく、金を数える目で。
「俺はこの販路を乗っ取る。上で腑抜けてるカスは新米や内勤の海兵しかかっ攫えないようなクズだったが俺は違う。カスが捕まえられないとリストに載せなかった奴でも上手く
「強い海兵の奴隷……そんなものにまで需要があるのか」
「金さえ払えば、他の連中が持っていない――いや、簡単には持てない物を手に入れられるんだ。より有力な天竜人は必ず乗ってくる。それがリスクになると知っていたとしても、強欲であればあるほどだ」
海賊は、心から納得出来るためか不機嫌そうに眉間を揉み解す。
「まずはコイツらを売り飛ばして、そのやりとりでルートや関わりのある連中をある程度を把握したい」
特に若い海兵が必死に暴れている。
なんとか抜け出せないかと、必死に。
「どうだ『抜き足』? まずは今回の商売だけでも一枚噛んでみないか。儲けはきっかし折半でいい」
目に涙を浮かべてせめて一声だけでも、ほんの一言だけ声を――助けを求めようとして、
「カポネ・ベッジ」
「ああ」
海賊が動く。
「自分を誘ってくれた事、感謝する」
ベッジの眉がピクリと上がる。
「だがすまない。この話、断る――」
「言葉は正しく使え、海賊」
そしてスーツとコートを軽く伸ばして、
「てめぇ、潰すつもりだな? この取引そのものを」
「そうだ」
次回も少し遅れるかもしれません
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010:ギャング・カポネ=ベッジ②
「海賊」
「ああ」
「ソイツは……情か?」
ぶっちゃけ言うと……まぁ、そうなんだ。
ほとんどの海兵が10代とか20代で、それが男女問わずガン泣きして繋がれてる手首やら首周りから血が出るくらい暴れているの見ると心に刺さる。
「ないと言ったら嘘になる」
「情で渡れる世界じゃねぇぞ、こっちの世界は」
知ってるよ! もう何回さっさと安易に街や村の略奪に走ろうかと葛藤したと思ってる!
金がなけりゃ飯も食えねぇ!
モラルとか全部投げ捨てた方が絶対楽なんだよ知ってるわ!
でもそれやっちゃうと10年、20年後あたりにデッカイ揺り返しが来る可能性が跳ね上がるんだわ!
「抜き足。俺はお前を見た目通りのガキだとは思わねぇ。この船の連中を無力化させるだけの連中を従えている。さっきの奴も、お前という頭目に従っている。部下の立場と役割を分かってやがる。お前らは一端のアウトローだ」
ベッジは見た所一人で乗り込んできているように思える。
おそらくこの船の一員というわけではないだろう。それならとっくにペローナのゴーストかロビンの目で見つかっているハズだ。
(もう
仮に向こうが強襲されたとしても、ペローナの場合わずかなりとも時間を稼いでくれる人間がいれば一瞬で形勢を逆転できる。
(ロビンに攻撃方法とか教えるのもアレだしなぁ)
原作でのロビンの得意技である関節技だけど、今の時点では今回に限り盗聴や監視を手伝わせているけど基本は『耳』と『口』を使った通信役と、文字通りたくさんの腕を使ったお手伝いが精々だ。
仮にこの男がもうあの実を食べて『勢力』になっているんなら、外にも戦力がいるかもしれん以上、対抗できるダズを護衛にしておけばいい。
(……もう一人戦力が欲しいな)
「ベッジ」
「ああ?」
「自分が海賊になった理由がまさに天竜人だ」
ベッジの顔がわずかに驚きで歪む。
そうか、やっぱここら辺の話は広まっていないか。
……考えてみれば、世界貴族のせいで海賊一人増えたなんて話を海軍が自主的に話すわけないか。
「奴らに奴隷にすると言われて、その場で断ったために追われる身となった」
ベッジが小さく、「奴ら、節操ってもんを知らねぇのか」と呟く。
赤べこのごとく頷きたいが我慢だ我慢。
「金が大事なのは分かる。こっちの世界じゃ金がなければ立ち回れない」
「オメェは……苦労している方か」
「こんなナリと身体だ。仕方ないだろう?」
「違いねぇ」
「だが、そのためになんでもする――というわけにはいかない。せめて納得したい」
決裂表明してからの会話だというのに、ベッジは怒りもしなければ不機嫌になった様子もない。
ギャングではある。表社会でのなぁなぁは通じないし、地雷がどこにあるか分からないところはある。
ある、が――筋を通せば分からない男ではないんだろう。
「これから先海を越えて行く度に笑いもするし、苦しみもするんだろうが……その根っこの所に、『俺が裏に行かざるを得なかった事を誰かにした』という事実があれば、どこかで俺は腐る。必ずだ」
元が一般人メンタルだし、ジャンゴやミス・ゴールデンウィークみたいなプラス方向のメンタル操作できる人員を仲間にして信頼を得るまでは、俺の人生に折り目を付けるような汚点は一つたりとも残すべきじゃない。
「しかも、見捨てた相手が海兵なら猶更だ」
「そこがわからねぇな。敵じゃねぇか」
「敵だからだ。加えて、動機はどうあれ海に出た人間」
この海賊の世界で散々山賊連中蹴散らしてる俺が言うのもあれだけど、海はホントに怖い。
最低限の航海術を習得しているからなんとかなっているけど、進路があっているのかどうかはコンパスだより地図だより、食料や水が不安な時は星を頼りに暗い夜でも船を進めなきゃならん。
「敵であり、命の奪い合いをするだろう相手でも……海の怖さを知っている人間を粗末に扱うことは、俺の矜持が許さん」
ダズ同様、攻撃が通用しない可能性がある相手だけど仕方ない。
念のためにダズには伏兵の可能性を伝えていつでも船を出せるようにしておいた。
「言い分は分からんでもねぇ。だが、それじゃあ成り上がれねぇぞ海賊」
「それでいい。金を集め、物を集め、人を集めて成り上がるのはあくまでギャングの本懐だろう?」
お互い距離を取り始める。
もう交戦は避けられない。
「なら、海賊は?」
「進みたい所へ、進みたいように進む」
「なるほど……確かに海賊だ。だがなぁ!!」
ベッジの体の一部がパカパカ開き始める。
…………。
いやちょっと待て!
おっま! そっから砲撃したら後ろの海兵が!!
というか! 船の中で砲弾撃つんじゃない!!
ここは底に近いんだぞ!!?
「ご立派なお気持ちだけで勝てるか!? 信念だけで勝てるか!?」
「残念だったな海賊! 兵力が違う!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
誰もが絶望していた。
突然現れた多数の砲弾。それに相対するのは海賊と言えど子供一人。
しかも銃はおろか刃物一本持っていない。
距離を取りつつあったとはいえ屋内ではそう離れられない。
事実、次の瞬間には轟音と閃光が走った。
誰もが嗚咽を漏らし、涙を零している。
自分達はやはり売られていくのだと。
海兵に夢を見ていた者も、安定を求めて入った者も、皆これから骨の髄までしゃぶられる。
――海兵諸君、背筋を正せ。
だからその声が響いた時、誰もが目を剥いた。
ギャングもまた、目を見開いていた。
「入った目的は多々あれど、海の上で命を懸けると誓ったんだろう。その背に正義の二文字を背負って」
充満した煙が晴れていくと、傷どころか焦げた様子もない子供が、そこに立っていた。
「ならばどれだけの窮地だろうと、背筋を正して胸を張るべきだ。貴官らは海兵なのだから」
「海賊てめぇ――あれだけの砲弾を全て蹴り上げたってのか!!」
崩れた天井を見上げて驚愕交じりに叫ぶギャングは、不敵な笑みを浮かべていた。
まるでお宝を目の前にした海賊のように、目を輝かせていた。
同時に、ギャングの身体のアチコチの小さいドアが開いて、銃火器で武装したギャングたちが飛び出し、子供を――
「兵力を並べただけで勝てるのか?」
多数のギャングに囲まれて、
「砲弾を集めただけで勝てるのか?」
多数の銃口に囲まれて、
「残念だったなギャング」
その小さい背中は吊り上げられた海兵達の前で、縮こまる事無く、
「――覚悟が違う」
まっすぐ立っていた。
「いい……。やっぱりお前はいいぜ、『抜き足』のクロ」
「俺の
「その評価は嬉しいが、断る」
「だったら無理やりにでも連れて行くぜ!」
「やってみろ、ギャング・ベッジ」
「――海賊の矜持を以って押し通る!!」
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011:決着
「
――カンカンカンカンカンッ!!
「なんだこのガキ!?」
「銃弾が通じねぇ!!」
表向きは普通の商船を装っているその密輸船の甲板では、船の制圧と『抜き足』一味の確保のために動き始めたベッジ配下と『抜き足』の一味の戦闘が始まっていた。
「船長命令だ。お前達を排除させてもらう。
「ぎゃああああ!」
「コイツ、悪魔の実の能力者!? 海賊ごっこではしゃいでるガキ共じゃねぇのか!?」
「俺はダニだ。プチっと潰されるのがお似合いのダニだ……」
「皆さんと同じ大地を歩いて本当に申し訳ありません」
「どうして俺のようなクズが産まれてしまったんだ……」
「お前らしっかりしろ! 相手はガキばっかじゃねぇか! この幽霊さえよければなんてこと――呼吸をしていて大変すみません……」
「ホロホロホロ! キャプテンから奇襲の警告はあったけど全員雑魚じゃねぇか!」
「…………」
「おい、ダズ。その目は何だ」
「いや、キャプテンがその能力を多用するなと言っていた理由がよく分かっただけだ」
ダズ・ボーネスはニコ・ロビンとペローナが乗っている船を占拠しようとするギャングの一団を迎撃し、ペローナはホロホロの実の能力によって幽体離脱した状態で囮になりながら、密輸船を制圧しようとする一団を無力化していた。
「しかし、数だけは多いなコイツら。一体どこから出てきたんだ面倒くせぇ」
ゴースト・ペローナがふよふよと浮いて自分達の船の上に漂っていると、ニコ・ロビンが顔を出す。
「キャプテンさんに咲かせたのは耳だけだから分からないけど、相手の人も何かの能力を持ってるみたい。急に兵隊さんや武器が現れたみたいだから……」
「ロビン、キャプテンの元に目を咲かせる事はできないのか?」
話を聞いていたダズの質問に、ロビンはふるふると首を横に振る。
「さっき何が起こっているか見るためにそうしようと思ったんだけど、地下倉庫に入っちゃってからは新しく咲かせることが出来ないの」
「……あの石が仕込まれているのは扉だけではなかったか」
一方でロビンは、そこかしこに腕を咲かせて弾薬やお金になりそうな品などを船へと運び込んでいた。
それを邪魔しようとしたギャングはネガティブ・ホロウによる攻撃を受けて床と一体化しているか、あるいは爆弾と化したミニホロ・ゴーストの爆発によって吹っ飛ばされていた。
「ん? どうしたロビン。珍しく機嫌いいじゃねぇか。普段は私好みにジメジメしているのに」
「人を褒めながら
近づけば危険だと思ったのか物影に身を隠してひたすら船に銃弾を撃ち込んでいたギャングの一団が、今まさにミジンコ以下の存在になった。
「ダズさん、ペローナさん」
「む」
「ホロ?」
「私、キャプテンさん達の船に乗って……本当によかった……っ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャッスルタンク・チャージ!」
「抜き足・刺突!」
足をキャタピラにしてのベッジの突撃を、抜き足の速度の蹴りで押し返――そうとするのだが拮抗して止まってしまう。
「堅いだろうとは思っていたが……重い!」
「当然だ! 俺はシロシロの実を食べた城人間!」
周囲には先ほど蹴り飛ばしたギャング共が転がっている。
邪魔にならないところに蹴り飛ばしていて正解だった。
ベッジの奴、まさかここまで俊敏な戦闘が出来るとは思ってなかった。
「脆くて軽い城なんざ城じゃねぇだろ!」
「確かにそうだ。……ところで、兵隊はもう出さないのか?」
「出せる奴は全員出撃させてお前ん所の奴らを押さえに行かせたんだが、ものの見事にやられたみてぇだな。さっきの奴といい骨のある部下がいるじゃねぇか、クロ」
「ああ、自慢の仲間だ」
やっぱりダズとペローナがいればただの戦闘員程度ならば余裕で制圧できるか。
それが確認できただけでもこの戦いの意味はあった。
というか、海楼石で覆われているといってもこの部屋の中ならそれなりの力で戦えるようだし、ペローナ連れ込んできたら初手で抑えられたな。
その場合、もし外に伏兵がいた時にダズが頑張らないといけないんだが。
(やっぱりロビンの護衛役が必要だ。信頼できる奴見つけないとな……)
「どうしたクロ! 考え事か!?」
「ああ」
ベッジの目が開いて、城に残った迎撃要員が銃弾を放つ。
やはり、あの時の海兵との戦闘はやってよかった。この程度なら一発残らず蹴って弾ける。
「次の航海について考えていた」
「なら安心しろ! 次の航海は俺との仕事だ! 思いっきり派手で楽しい奴を用意してやる!」
キャタピラがギュララララッ! と音を立てる。
なんでキャタピラなんだよ城にキャタピラねぇよ!
「航海はあっても陸での仕事だろう? 海の方が好きなのでな!」
噛猫・弐式。
あの海戦で覚えた嵐脚もどきを、右足だけではなくすぐさま軸足も振り抜いて行う二連撃に調整した攻撃。
一撃でダメなら二撃で――うおっ!?
「ぬるいぜ、クロォッ!!」
「っ、これでも足りないか」
戦車になった城人間の突撃によってはじかれる。
クソッ! 思いっきり俺の弱点である攻撃力の低さが仇になっている!
嵐脚もどきを覚えて多少上がった所で、相手はシロシロの実を食べたカポネ・ベッジ!
堅さにおいては作中でもピカイチの奴じゃねぇか!
まだあのレベルにまで到達していないとは思うが、それでも西の海で戦う相手じゃねぇ!
(今この瞬間に火力を跳ね上げる必要がある!)
時折鼻をすすったり、なにかに驚いたのか小さいうめき声こそ耳に入るが、海兵達は全員静かに俺とベッジの戦いを見守っている。
(海賊風情に期待する誰かがいるんなら、それに応えきらなきゃ悲しい過去か外道ルートに真っ逆さまだ! なんとしてもここを突破せにゃならん!!)
だけどこの世界で威力を跳ね上げるなんて、修行を除けばそれまで使ってなかった技を使うか新しく作るくらいしかない。
だから鍛錬だけはずっと続けてきたけどこのレベルの奴が出てくるのは早いって!
ダズの防御だって抜けないのに!!
しかも俺の技は基本的に鍛錬でしか伸ばせない『六式』がベースのもどき!
鍛錬以外で威力を今すぐ跳ね上げる、手持ちの俺の技能で出来そうな方法――
あるかぁ! そんな都合のいいものがあるかぁっ!!
助けて、助けてクレメンス……
(――いや……あった!!)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「器だけじゃねぇ……お前は強い。認めるぜクロ」
キャタピラによる体当たりを幾度も受け止め、足にもダメージが入り始めているのか海賊の動きが段々鈍ってくる。
「お前が部下を下げさせた時は、サシで俺と渡り合えると舐めているクソガキかと思ったがどうだ! お前一人に俺の部下は全員のされちまってる! 外に出した奴らはお前の部下にだ!」
海賊を囲んでいた――そしてボスの命令でその手足を撃ち抜こうとしたギャングたちは一瞬で吹き飛ばされ、伸びている。
「もう少しお前が成長していれば、その蹴りの威力も段違いだったろう。あるいは俺の城壁を多少は抜けたかもしれん。それくらいお前の蹴りは響きやがる。中にいる俺の部下共が初めてビビる程だ」
吐く息も荒い。
クロの足技――異名にもなっている『抜き足』はかなりの体力を消耗する技である。移動手段だけならまだしも、戦闘に多用するとなれば尚更だ。
「だが残念だったなクロ! 俺と出会った時期が悪かった!」
「いや、違う。それは違うぞベッジ」
鎖で吊るされている海兵達の前に立つ男は変わらず、不敵にまっすぐ立っている。
「ここでカポネ・ベッジ程の男と――強敵と刃を交えることになったのは、俺にとってこれ以上ない幸運だった」
そしてカンカンと、右足のつま先で床を確かめるように数回蹴る。
「元々速さには自信があった。攻撃も、ただの人間ならば問題なかった。だから、それが通用しない『堅い』敵を相手にした時の事をずっと考えていた」
そして、普段軸にしている左足ではなく攻撃に使う右足を軸に、
「届かないなら、届かせるまで」
その場で回転し始めた。
「なんだぁ……?」
ギャングは最初怪訝な顔で、だが加速していく海賊の姿に信じがたい物を見る顔に変わっていく。
海賊が、その姿がブレるまで一瞬で加速した瞬間にまずその足が赤く輝き始めた。
さらに加速するそれは発光の度合いが強くなり、輝きは赤から蒼へと変化した。
――ジ、ジジ! ジジジジジジジ!!!
その輝きは熱を持ち、聞くものによっては不快でもある、多くの鳥が鳴き叫ぶような音を立て始めた。
そして海賊が回転を止めた時、その右足には
「……俺の足だとこうなるか」
「てめぇ、隠し玉か!?」
「いや、イチかバチかの賭けだった」
海賊は、少しズレた眼鏡をなぜか手の平で直し、再び不敵に笑った。
「受け止めろ、ギャング・ベッジ」
「っ、キャッスルウォール――」
――冬猫・紫電一閃
これまで幾度も海賊の蹴りを跳ねのけた、城壁でもあるギャングの身体に、初めて海賊の蹴りがめり込んだ。
ベッジの口から、苦悶の声がわずかな血と共に漏れる。
「ク……ロォ……」
「言ったハズだ、ベッジ」
「海賊の矜持を以って押し通ると」
「はっは……やっぱ……おめぇは……」
――最高だぜ……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「
「てめぇガキ! よくもベッジさんを!!」
ようやくベッジを倒したと思ったら、その瞬間にベッジの中にいた砲兵や銃撃手役を担っていたギャング共が一斉に湧いてきた。
能力が解けたのか、あるいは普通に飛び出してきたのか。
やめろ撃つんじゃない。
一々弾丸蹴ってはじくのももう面倒くさい……疲れた。
「もうよせ。決着はついた」
このまま全員蹴り倒してもいいんだけど、代表同士で決着ついたんだ。
これ以上やり合うのは野暮すぎる。
「それよりもそちらの負傷者の救助と回収に当たれ。急がないとさらに面倒くさい事になる」
「なにぃ!?」
いやホント、急がないとヤバいんだよ。
「海兵奴隷の売買などという話が、この船にいる連中だけで出来るはずがない。そして当然情報の漏洩にもかなり気を遣っているハズだ」
ギャング側にもっと人がいただろうって事は当然だし、海軍内部にも関わっていた奴らはかなりいるハズだ。
「カポネ・ベッジと接触する前に船の上層は一通り見て回ったが、電伝虫の類は確認できなかった。盗聴などによる位置特定を恐れたんだろう」
おかげで助けを呼ぶこともできなかったろうが。
「それでも、なんらかの確認をするはずだ。売買が完了して帰港するハズの船が遅いとなると……なにせこれほどの危ない橋だ。確認も細かにあっておかしくない」
というか、確認のためにもう一隻後から来てもおかしくない。
「お互い、出来るだけ早くこの海域から離れるべきだ」
ギャング同士で顔を見合わせている。
ちくしょう、もうちょい年取っていれば説得力も付いてくるんだろうけど……。
「ミスタ・ベッジと俺はそれぞれの看板を背負ってぶつかった。諸君らがいたとはいえ、ボスとボスが向かい合って決着をつけたんだ」
「決着がついてなお戦えば、ミスタ・ベッジの看板と共にこの『抜き足』の看板に傷がつく」
だが、さすがに看板――メンツの話を持ちだしたら渋々ではあるが納得しはじめたようだ。
舌打ちこそもらったが、まとめ役っぽい男が「おい、行くぞ」と呟くと、ベッジを始め倒れている仲間の介抱へと走り出す。
……うし、あとはお宝頂いて脱出するだけだ。
「海兵諸君」
「すまない、待たせた」
技名考えるのってこんな大変なものだとは思っていなかった……
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012:蠢く悪意
「ゲホッ……あぁ……お前らか」
「ボス、お気づきですか!」
「大丈夫だ。……今どうなっている」
「ガキ――あ、いえ、『抜き足』からの警告を受けて、全員を船に戻して海域から離脱している所です。まだ奴らの船は見えますが……」
部下からの報告を受けて、カポネ・ベッジはニヤリと笑った。
「やっぱり分かってるじゃねぇか、クロの奴……。いいぞ、そのまま離脱を急げ」
ベッジは内心で、先ほどまで戦っていた海賊に感謝しながらヨロヨロと立ち上がる。
「おい、奴らは?」
「奴らって……『抜き足』ですか?」
「他に誰がいるっていうんだ」
察しの悪い部下に、ベッジは海賊とその部下の姿を思い出す。
話を聞いただけでおおよそを察する頭があり、度胸もあり、それを押し通すだけの実力もあった。
部下への統率力もあり、カリスマもあった。
とても15を超えていない子供の能力ではない。
「奴らなら、奴隷やらなにやらを回収してさきほど船を出したようです。まだ船は見えていますが……どうします? 進路変えて襲いますか?」
「馬鹿野郎! 野暮な戯言抜かすんじゃねぇ!!!」
「ひっ! す、すみません!!」
冷や汗をかいて頭を下げる部下を見ていると、やはり逃した魚はデカかったとベッジは再認識していた。
ベッジは葉巻を取り出し、吸い口を切って口に咥える。
そして火を付け、香煙を燻らせる。
「――で、奴の船は?」
「は、はい! 左舷側のほうに! もう大分遠くなっていますが……」
「望遠鏡持ってこい」
ベッジはズカズカと甲板に出ると、部下が持ってきた望遠鏡を受け取り遠くにうっすらと見えていた船影を捉える。
甲板では、見目の整った海兵達が泣いていた。
悲しみではない。安堵と解放から来る涙を零している。
長時間鎖に繋がれていたために傷ついた首や手首を、あの坊主頭の腹心や、自分が見ていなかった少女が手当てをしている。
船の後ろには、おそらく海兵奴隷の輸送に使われていたのだろう小さめの船が繋がれている。
略奪品の輸送に使っているのだろう。
それを牽引する船の船首に、目当ての姿がいた。
ベッジが心から惚れ込んだ男の姿があった。
「……なるほど、これが海賊の姿って奴か。クロ」
船首から海を眺め、小さく笑みを浮かべて波の様子を
「ああ……確かにお前には――海が似合う」
そしてベッジは――のちに
「俺の誘いを断ったんだ! クロォ!!」
「だったら半端な真似は許さねぇ! 駆け上がって見せろ!!」
「――高みまで!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よし、とりあえずこの島は安全か」
海域を出来るだけ離れるように舵取りを指示して大体五日。
少々多めに食料を積んでいた上に、あの密輸船から多少日持ちしそうな食料を少しだけ持ってきたおかげでどうにか足りた。
近くの町がある島はファミリーの影響がある可能性が高く、上陸できなかったというのもある。
海兵達の安全を考えると、うかつに彼女達を人目に付けるわけにはいかなかった。
「すみません、キャプテン・クロ。私達のためにこんな手間をかけて頂いて……」
「……海兵の貴官らが、自分の事をキャプテンと呼ぶのは拙いだろう」
いやもう、航海の間ずっと海兵たちからキャプテンクロ、キャプテンクロ呼ばれて落ち着かなかった……。
海賊なんだけどなぁ、俺。
「ですが、ここでせめてもの敬意を示さなければ、我々も立つ瀬が無くなります」
囚われていた海兵の中で、ちょっと前半のたしぎが眼鏡を外した時によく似ている女海兵が敬礼してくる。違うのは髪色か。
それにしてもキャプテン呼び引っ込める気なしとか……マジか。マジかぁ。
「……わかった、素直に受け取ろう。貴官らの中に、サバイバルの経験がある者は?」
「ハッ、緊急事態訓練で全員多少はあります」
多少か。――まぁいい。
「よし、とりあえずシェルター作りを急がせてくれ。船の上ですし詰めのままでは貴官らの回復もままならない。食料の確保はこちらで行う」
「了解しました。直ちに設営に入ります」
だから敬礼もいいんだって……。俺海賊な上に年下なんだけどなぁ。
まぁいい。
とりあえず今はペローナとダズが肉の確保に向かっている。
幸いこのやや広い島が無人島である事は確認したし、木の実は豊富で野生動物もかなりいる。
狩猟にせよ採取にせよ、当面の間は困らないだろう。
今は二十人近くの海兵を抱えているし、ここで食料を確保できるようにする必要がある。
最低限の生活基盤を整えたら、その後の事も考えないといけない。
とりあえず入り江の奥の岩陰に隠してある船に戻り、略奪品を調べていたロビンに会いにいく。
「ロビン、どうだ?」
「あ、キャプテンさん。調度品の方は清掃と整理終わりました」
倉庫代わりにしている一番大きい船室の一画には綺麗に磨かれた高そうな皿やカトラリー、絵画や毛皮がまるで飾るように並べられている。
「よし、ご苦労。……それで、武器の方なんだが」
「はい」
ロビンが今やっているのは、襲撃時にあの密輸船にいた武装ギャング達の持っていた武器の整理だ。
「やっぱり変です。こっちの武器はダビット商会の、こっちの方はクロムウェル製鉄の刻印が入っています。だけど残りのは、どこの刻印も入っていません」
「……密輸目的で刻印の類を削り取ったという事は?」
「その痕跡もありません。これらは完全に密造されたものです」
うっへぇ。
また変な話が出てきたな。
「5大ファミリーが作った物か」
「……それも違うと思います」
ロビンが能力を使って、密造品と思われる刀と剣を一つずつ手元に運んで来る。
「剣の握り部分に皮を使うのも、刀の刀身と握りをつなぐための目釘が一つじゃなくて二つなのも
「……北」
北の海っていうと……多分この時期やべぇ奴が暗躍してる頃なんだけど。
「密輸用の密造品という事か? ロビン」
「多分……。ただ、お金稼ぎが目的なら効率が悪い気がする……ような……」
「目的が金だけじゃないからだろうな」
原作でいうアラバスタがそうだ。
武器が過剰にあるというのは、それだけでも火種になり得る。
燃え盛っている中に放り込めば即着火するし、そうでなくても燃えやすくなる。
「ロビン」
「うん」
「海兵の一件、表沙汰になっていたらどうなっていたか、想像がつくか?」
「……奴隷売買の規模によっては、戦争になっていたかも」
「海軍との対立か……」
「正確にいうと、海軍が世界政府から独立するような事になっていたかもしれません」
そうか、考えてみればサイファーポールは海軍とは別系統の世界政府直属機関だった。
海軍との対立で即天竜人が終わりとなるんじゃない。
……海兵奴隷なんてやべぇ橋を渡る馬鹿共は、そこらへんの事情で事態を楽観視したのかもしれねぇな。
「……海兵達を、このまま基地近くで解放でめでたしめでたし……とはならんよな」
「それをしたら、よくてまた誘拐。でもきっと――」
「殺されるか」
ロビンが暗い顔をして頷く。
まぁ、口封じは当然だろうし、あるいは拷問もあり得るだろうなぁ。
密輸船の襲撃犯は捕まえたいだろうし。
「キャプテンさん」
「ん?」
「どうして、こんなことをしたんだろう。……あの人達、お金が欲しかったの?」
「半分はそうだろう。ただ……そうだな」
考えが当たってれば、絵図を描いたのはヤベェ奴だ。
なにがヤベェって復讐に
鷹の目とかハンコックは別としても、七武海の中でも危険度が頭一つ抜けてる奴だ。
「天秤を揺らしたい奴がいるということだろう。悪意を以ってな」
もうホント洒落にならねぇ。
なんで西の海であの鳥野郎が絡んでるかもしれない事件に関わるのさ。
「まぁ、海兵達の扱い方は考えておこう。俺はもう一つの戦果を整理してくる」
換金の手間がかかるとはいえ金目の物が大量に入ったのはいいし、デカいお宝も手に入った。
「うん。……ごめんなさい、キャプテンさん。手伝えなくて」
「気にしなくていい。能力者だったら仕方ないさ」
船倉の倉庫――奴隷倉庫の偽装に使われていた海楼石の山だ。
俺がベッジと戦っている間に、ロビンが違う船倉への出入り口を見つけてくれていた。
……これ、人員揃えて海図とログポースさえ手に入れば、船作ってもう乗り込めるかもなぁ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
北の海のとある港町、スパイダーマイルズ。
そこを根城にしている海賊の隠れ家で、一人の男が部下から報告を受けていた。
「そうか、西の海の方で失敗例が出て来たか」
「海兵ではなく、海賊が偶然襲ったようだが……どうするつもりだ?」
報告をしている男――なぜか頬に一口齧っただけのハンバーグが張り付いている部下は、表情を見せずに淡々と問い掛ける。
「いずれにせよ潮時だった。捕まった海兵が蜂起でもしていればまた違ったんだろうが、どいつもこいつも新米の小物しか狙わねぇ。同時進行で武器の密輸を繰り返させた意味も薄れた」
「潮時?」
「そろそろセンゴクが動きかねん」
「……本部大将だったか。知将だとは聞いているが」
「薄々勘づいている素振りがある。それにタイミングも悪い。オハラへのバスターコールのせいで、一番『商売』が活発だった西の海に手練れの海兵が大量に投入された」
忌々しそうにそう言う船長は、部下を一瞥し、
「コラソン」
「ああ」
「海兵になれ」
「……情報か?」
それがスパイ行為をしろという意味だと悟り、必要なモノはそれか? と聞く部下に船長は、
「いや、とりあえずは信頼と信用だ。まずはこちらとの繋がりを断って海賊の匂いを消せ」
「どれくらい?」
「軽く見積もっても数年。……こちらの情報だって漏れている可能性がある」
「だが、連絡はどうする。ある程度は必要だろう」
「……こちらで用意する」
「分かった。ところで、例の海賊はどうする?」
「もう分かったのか」
「行方は掴めていないが、何者かは」
部下はその海賊の手配書と、独自の調査資料を船長へと差し出す。
「海賊『抜き足』のクロ。先日、支部中将とその配下を倒したことで名が広がっている」
「……フ、フフ……フッフッフ、天竜人の奴隷の身になることを拒んで海賊か。運のねぇ奴だ」
――『抜き足』のクロ 懸賞金6500万ベリー。
そう書かれた手配書を手にした海賊――後に『天夜叉』と呼ばれるその男は、興味なさげに手配書を放り投げた。
「なにかする必要はない」
「そもそも、
※ヴェルゴをコラソンと描いているのは、彼が初代コラソンであって、かつこの頃のドフラミンゴならなおさら慎重に動くと考えているので、ヴェルゴの名前は出さないだろうと思いそう書かせていただきました
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013:対面
結果として、一時しのぎの拠点のはずだった無人島は多少とはいえ総員での開拓が進み、自分達の本拠点となりつつあった。
ダズとペローナが捕まえた獣は捌いて干し肉にしたり焼いたり、海兵組が自作した竿で川や海で魚を釣ったり、ロビンが能力で木の実を集めたりと……まぁ、ここで過ごす分での食料面に関しては問題はなさそうだ。
少し栄養失調っぽかった海兵も回復しつつある。
寝泊まりする所も最初は流木や枝、葉っぱで組んだ簡素なシェルターだったのが、海兵組の中で修繕などの大工仕事が得意な人間が少しずつ家を建てつつある。
というかすでに一軒建った。
俺達幹部組(子供勢)の家である。
怪我人や衰弱した人間を優先して家に住ませるように提案していたのだが、結果としてこうなった。
まぁ、俺達の家兼倉庫みたいになっている。
「さて、貴官らに集まってもらったのは他でもない」
ぶっちゃけ畑まで作ろうという話が出ているくらい、拠点化というか開拓計画が海兵諸君から提案されている。
つまりまぁ……海兵組も気付いているんだろうなぁ。
「海兵諸君らの身の振り方も交えた、今後の我々の行動についてだ」
元の生活に戻れるどころか、故郷に帰れる可能性も低いという事に。
ダズは相変わらず鉄面皮。多分一番人の良いロビンは不安そうな顔で海兵組の面々の顔色を窺っている。
ペローナ、お前はホロホロ笑うんじゃない。空気を読みなさい空気を。
「何度か話し合いに参加した諸君らの仲間から聞いていると思うが、貴官達を表に戻すのは現状極めて危険だ。関係者に奪還される可能性が高い」
海兵の一人、例のたしぎに似た娘――アミスという名前らしい――が暗い顔をしながらも頷く。
実質この人がまとめ役になっているな。
「どこかの支部に出頭した所で、そこに例の一件に関わった連中が紛れ込んでいないとも限らない。再び貴官らの誘拐を画策するか……あるいは口封じをしようとするかもしれない」
やはり、ここでの開発、開拓作業に熱心だったのはそこから目をそらしたいという想いもあったのだろう。
「だが、いつまでもこの島にいては現状を打破できない。そこで、一つ賭けに出ることにした」
色々考えたけど、色んな所の暗躍の果てに生まれた海兵奴隷売買とかいうクソ案件から、この面子を無事に逃がすにはこれが一番早い。
「自分が
うん、全員目を点にしている。そりゃそうか。
だけどこういうヤバイ話は、まず関係ないだろうお偉いさんに話を通すのが一番間違いがないんだわ。
「その際、地区本部まである程度の所までは船を出す必要がある。出来るだけ日持ちのする食料をたくさん作っておいてくれ。途中の港町で補給はするが、そこにたどり着くまでの食糧を確保してもらいたい」
そもそもここで過ごすんならともかく、船出する場合の食料面は割とカツカツだしね、今。
それに一応略奪品はあるけど、出来れば換金は海兵達の身の安全を確保した上で逃げやすくなってからにしたい。
今使える金は10万ベリーとちょっとくらい。……それと物々交換に使えそうな物品もいくつかあったか。
……うん、人数のこと考えると補給だけでギリギリだな。
「時間をかけすぎると関与していたファミリーや海兵がどう動くか想定するのが難しくなる。最低でも一週間後には出発したい」
本音を言えば海兵と、念のためにロビンを置いて出航したいところだが、さすがにロビンを海兵だけの所に置いておくのは拙い。
「全員、そのつもりで動いてくれ」
ダズは小さく頷き、ペローナはホロホロ笑い、以前襲撃の話をした時は不安そうにしていたロビンも、ちゃんとこっちを見ている。
よし、大丈夫そう――
「待ってください、キャプテン・クロ!!」
「いくら貴方でもあまりにも無謀がすぎます!!」
「貴方に危険を冒させるくらいなら、私達だけで出頭しますから!」
…………。
うん、ちょっと待ってくれたまへ海兵諸君。
「貴官らは
「それでも海兵です! 顔を知っている者だって――」
「駄目だ。真正面から上に陳情しようとしても、指揮系統からしていきなり地区本部のトップに話は行かないだろう。……もし自分が貴官らを罠に嵌めた者の立場なら、絶対にそこは押さえておく」
絶対バレないようにするということは、知られてはいけない人物に情報が届かないようにするという事だ。
それに、顔を知っている者が味方だと今は断言できない状況でもある。
「そも、地区本部周囲の海域は見張られていると見るべきだ。うかつに近づけば問答無用で沈められる。貴官らだけで船を出したとしても、死んだ人間には好きに札を付けられる。例えば、事故に遭った貴官らの装備を奪い海兵に偽装していた、卑劣な名もなき海賊……とかな」
実際、もうそんな感じの噂が出まわっていてもおかしくないなと今思った。
隠匿に力を入れすぎて情報収集を怠ったのは自分のミスだな……。
地区本部への潜入自体は頭にあったが、そこまでの航海をまっすぐ乗り切るための物資不足や海兵達の体力の問題などを考えると、どうしても一回休まなければならなかった。
……まぁ、特に自分がベッジに轢かれまくったダメージ滅茶苦茶残ってて、潜入どころか長時間の差し足が無理だったというのが一番デカいんだが。
―― やっぱ完全に俺のせいじゃねぇか!!!
「自分ならば、離れた所から無理やり宙を走って上陸できる。敵に捕捉される可能性は大幅に下がるし、単独ならば逃げる事も容易い」
ホント、足を鍛えまくったのはこういう時のためだし。
「今回の一連の流れを本当の意味で食い止めるには、海軍の力が必要だ。そして現状では、直接上層部に、敵にも悟られずに話を説明する必要がある。それができるのは自分だけだ」
「ですが、キャプテンは海賊です! 潜入に成功したとしても支部長やその周囲が信じるとは限りません! せめて、我々の中から一名付けて……」
「そうすると上陸と潜入が困難になる。以前ダズとペローナを抱えて走ったこともあったが、そうなると高度が保てない」
だが、海兵が言う通り最大の問題は、話を聞いてくれるかどうかだ。
「貴官らの懸念も分かる。自分も海賊がいきなりこんな事を言い出したら鼻で笑うだろう」
とりあえず、それらしい証拠が必要だ。
「略奪品を貴官らの身に着けさせるのは心苦しいが、数名は服を交換してほしい。その制服と……そうだな、適当な紙に貴官ら全員にサインをしてもらって、それをとりあえずの証拠としよう。その上で……まぁ、あれだ」
「単独で潜入した命知らずの馬鹿な海賊の言葉なら、あるいは耳を傾けてくれるかもしれないだろう?」
「危険を冒すだけの価値はある」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――海兵達は納得してくれたと思うか?」
「そう簡単には割り切れんだろう、キャプテン」
「まぁ、普通に考えたら自殺行為だからなぁ。ホロホロホロ」
なんとか方針は決定できたが、何人かはまだ納得がいかないらしく泣いて抗議する海兵もいた。
一応前にもやったんだけどなぁ、ペローナの時。
……あ、でもこれ失敗してんな。
「でもキャプテンさん、危ないのは本当だよ?」
「まぁ、それはそうなんだが……。大勢で押しかけるメリットがないし、隠れ続けるのはリスクが高まり続ける」
オハラやロビン捜索の件で、今この海には後の本部大将が最低二人は来ている……ハズ。
さすがに正義の狂犬サカズキ――今は中将だったか? はどう動くか想像は……いやなんか大噴火する姿は想像は付くんだけど、話に乗ってくれるかどうかが全く分からん。
話に乗ったあと「じゃあ死ねい」とかもあり得る。
(理想を言えば青雉……クザンと会うのが一番なんだけどなぁ)
こればっかりは行ってみなければ分からん。
だかまぁ、仮に不味い状況になったとしても最悪逃げればいいだけの話。
――問題はその場合のその後である。
「ダズは海兵達と話をして、造船を請け負ってくれそうな会社や職人についての情報を聞き出してくれないか?」
「む? 確か船は東の……いや、そうか。戻る必要がなくなったのか」
そう、東の海の置き土産である海楼石だが、その倍くらいの量を手に入れてしまった。
これならそこそこの大きさの船でも、底部に専用の船倉を作って敷き詰めれば海軍の船と同じく
(出来ればジャンゴを確保してからにしたかったんだけど……こうなったら一度
ロビンが能力を使って操船手伝ってくれるならちょっとした船でもやっていけるだろうし。
「あぁ、まだ船を作るのは先になるだろうが一応な」
「今回の一件にケリを付けてから――か」
「そうだ。……ここから先、戦闘が続く可能性もある。船やその装備の手入れをしっかりやっておくぞ。ペローナとロビンは――」
「ホロホロ、その手伝いをしながら船番だろう?」
「今あそこには換金品と海楼石があるから、万が一がないように……ですよね?」
「そうだ、退屈だろうが頼む。制圧に偵察、いざというときの船の操作と万能性ではお前らがずば抜けている」
いやホント、グランドラインの前半のさらに前半くらいまでなら冗談抜きでペローナ一人でも大抵は制圧できるだろう。
ロビンは戦闘面は教えてないけど、手がたくさんあるというだけで出来る事が無限にある。
それに目と耳を使った諜報に口を使った連絡と、色々な場面での活躍が期待できる。
うん、これ戦力面だけなら今すぐにでもグランドライン行けるな。
「例の大工組の海兵達が船室を改造してくれるって話だし構わねぇよ」
「木材が余ってたら、ちょっとした家具を作ってくれるって」
お、おう。
まぁあの海兵達にはロビンのことは口止めしてるし、あの様子だと喋りそうにはないけど気を付けるようにな?
まぁ、全ては海兵達を裏世界から逃がし終わってからか。
「まさか、海軍の基地に一人で忍び込むふざけた海賊がおるとはのぅ」
そして五日後に出航し、それから更におおよそ半月の航海を経て到着した。
「あらまぁ、まだ小さいのに随分と度胸がある海賊じゃない。いくつだっけ?」
途中港町で補給を数回しながら、おおよその海域に到達。
「14だ。14歳にして6500万ベリーの大物ルーキー、『抜き足』のクロ」
海兵から預かった畳んだ海兵服を持って出発した――地区本部に。
ねぇ、
マリンフォードにカチコミかけたわけじゃないんだよ?
「中将サカズキ殿、同じく中将クザン殿に……本部大将、センゴク殿とお見受けします」
未来の海軍トップ勢達が雁首揃えて待機してるのってちょっとおかしくない?
「貴官らが正道を征かれる正しき海兵であると聞き、馳せ参じました。差し支えなければどうかしばし、お耳を拝借したく存じます」
そりゃあクザンかサカズキのどっちかはいるかもしれないな程度は想定していたけど、センゴクさんまで勢ぞろいしてるのはちょっとひどいよね。人生が。
ローンでいくらでも払うから、誰か俺の人生に難易度修正パッチ当ててくれない?
「海賊風情が生意気抜かすな、小僧――!」
頭下げても駄目ですかそうですか。
まぁ、後の赤犬はそうだよね!
「まぁまぁ、話くらい聞いてあげてもいいでしょうよ。丁寧に畳まれてるその海兵服も気になるし」
出来れば話を聞いた後にちゃんと逃がしてくれませんかね。
……駄目?
「――いいだろう、話を聞いてやる『抜き足』のクロ。貴様は一体何の用事で、この地区本部の最深部まで潜入した?」
サカズキさん、話を聞いてくれるってセンゴクさんが言ってるんだからガチの殺気飛ばすの勘弁してください。肌がビリビリして気を抜くと意識持っていかれそうなんです。
助けて! 助けてクレメンス!!
油断してるとクザンの喋り方がアイスバーグになる病
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014:種
――ご歓談中、失礼いたします。
ニコ・ロビン。自分があの時逃がした少女の捜索計画についての引継ぎに関する話し合いと言う、実に陰鬱な会議の最中、突然その男は現れた。
出会ったことはない。だが顔だけは、ここにいる人間は全員知っている顔だった。
「まさか、海軍の基地に一人で忍び込むふざけた海賊がおるとはのぅ」
そう、本来ここにいるのは手枷を嵌められているか、あるいは首から上だけになっているはずの海賊が、まるで来客のように平然とドアの前に立っていた。
「あらまぁ、まだ小さいのに随分と度胸がある海賊じゃない。いくつだっけ?」
「14だ。14歳にして6500万ベリーの大物ルーキー、『抜き足』のクロ」
(いやぁ、14歳が出していい貫禄じゃないでしょコレ……)
おちょくりに来たと思ったのか、先日避難船すら沈めたサカズキが放つのは本気の敵意――もはや殺気と言っていいそれを受けて、海賊は汗一滴流していない。
それなりに場慣れして経験を積んだ海兵でも気圧されるだろうそれを受けてだ。
(おまけに全然騒がれていない所を見ると、ここまで誰にも見つからずに潜入している。海兵だったらもう本部に出向してておかしくない実力だ)
6500万ベリーという金額にも納得できる。
「中将サカズキ殿、同じく中将クザン殿に……本部大将、センゴク殿とお見受けします」
加えて、目の前の海賊からは不思議と
「貴官らが正道を征かれる正しき海兵であると聞き、馳せ参じました。差し支えなければどうかしばし、お耳を拝借したく存じます」
多少汚れてこそいるが黒いスーツできっちり固めているので、そのまま背に海軍のコートを着せたら普通に海軍将校に見えるだろう。
「海賊風情が生意気抜かすな、小僧――!」
「まぁまぁ、話くらい聞いてあげてもいいでしょうよ。丁寧に畳まれてるその海兵服も気になるし」
即座に捕えようとする同僚を押さえて、話を促すように上司であるセンゴクさんの様子を見ると、センゴクさんも『抜き足』の話に興味を持ったようだ。
海賊を目の前にしているから鉄面皮を被っているが、敵を見る目ではなかった。
「――いいだろう、話を聞いてやる『抜き足』のクロ。貴様は一体何の用事で、この地区本部の最深部まで潜入した?」
センゴクさんも、やけに丁寧に畳まれて、そしてやけに海賊が大切に扱っている海兵服が気になっているようだ。
「分かりました。まず、これから自分の語る事に偽りは一切ない事を宣誓しておきます」
そもそも、海賊が本部大将相手に直訴する時点でとんでもない与太話かとんでもなくヤバい話の二択なのは分かっていた。
「この西の海において、マフィアと癒着した一部海兵によって、『海兵奴隷』という裏取引が行われています」
だけど、こんな地獄の蓋がいきなり目の前で開くなんて普通想像できないでしょ。
とんでもないもの持ってきたねぇ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どこまで腐っとるんじゃ、あやつらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
熱、あっつい!!
ちょ、センゴクさんかクザンさんこの人止めて!!
密輸船襲撃の過程説明している時まではこっちに向いてた殺意が多少楽になったけど今度は全てがヤバい!
ほらセンゴクさんのヤギがめっちゃ怯えて俺の所に逃げてきてるから!!
マグマの熱気が漏れて部屋の一部がくすぶり始めてる!
皆からかき集めたサインは無事だな? これ一応生存の証拠なんだから!
「近年、特に4つの海で不可解な事故が多い事は薄々感じていた。だからオハラの一件に合わせてまずは西の海から査察を始める予定だった。その真相が……奴隷だと!!? 世界秩序を守らんと危険を覚悟で志願し、入隊してきた海兵達を!!」
ドアの辺りでドサドサっと誰かが次々に倒れる音がする。
あー、うん。突然の怒声に何があったのか確認しにきた海兵がこの二人の怒気に巻き込まれたか。
ご愁傷さまとしか言いようがない。
覇王色のそれかどうかは分からないけど、さっきからすっごいビリビリしてるから気を抜くと自分も意識持ってかれそうになる。
事態を全く把握していなかっただろう海兵にはそりゃ耐えられんだろう。
……クザン、おい後の青雉。
どちらも止めないでジッとこっちを見るな。やることあるだろう、話はなんにも進んでないのに俺もうチビりそうだぞ。
いいのか、俺がただ醜態晒すだけの事態になるぞ。
「サカズキ中将、お怒りはごもっともですが今は能力を控えていただきたい。……センゴク大将、こちらは出航前に本人達に直筆で書いてもらったサイン一式になります」
本人たちの証拠になるし、照合の材料になるものだからサカズキに言ってみると、意外な事に素直に能力を抑えてくれた。
…………。
小さく頭を下げた!!?
いや、まぁいい。驚愕している場合じゃない、今は細部を詰めていかないと。
「すまん『抜き足』。すぐに保管されている入隊書類などと照会させる」
「それと、出来るならご家族の安否確認と保護もお願いしたい」
「……っ。いや、だが……事実なら馬鹿共にこちらが事態を把握している事を確信させかねん」
それは自分も思っていた。
口封じで念のために殺しているならある意味で話は早いんだけど、俺が奪った海兵達が逃げ帰る可能性を考えると監視を思いつく奴は絶対にいるだろう。
「事故……と敢えて言いますが、自分が保護した海兵がそれに遭ったのは、全てこの数か月の間です」
「数か月も恥辱に耐えさせてしまったか……っ!」
「はい。……ですが、
「……それでも不審に思う奴は出る、が――」
「初動をある程度鈍らせることはできるのではないでしょうか」
自分の頭だとそれくらいしか思いつかん。
だが、知将と呼ばれているセンゴクさんなら、
「私が主導となって慰問式典を開催する。対象は近年殉職した海兵の遺族全員だ」
「……あぁ、なるほど。保護対象を堂々と理由付けて纏めれば、キチンとした護衛も付けられますし、余計な茶々も入れにくくなりますね」
「でもセンゴクさん、予算や場所取りなんかを本部大将の身分で強行して大丈夫ですかぁ?」
横からそう口を挟んできたクザン中将の言葉に、「何とかする!」とセンゴク大将が声を荒らげる。
「『抜き足』、貴様の持ち込んだ話には真実味がある。わざわざここまで来た上で、戯言で言うような内容ではない。だが、貴様の持ち込んだ海兵服やサインも含めて確認せねばならん事がある。しばらくここで待っておけい」
海兵が海賊に待っておけって普通は死の宣告だよなぁ。
いやまぁ、今回はさすがに違うんだろうけど。
そしてセンゴクさんはそのまま、サカズキさんを連れて部屋を出て行った。
サカズキさん、出るときに俺を睨んだのはどういう意味が込められてるんですかね。
とにもかくにも、つまり残ったのは――
「いやぁ、わざわざ乗り込んできて大事な話をしてくれたのに慌ただしくてゴメンねぇ。せんべい食べる? センゴクさんのだけど」
だらけきっ――てはまだないだろうけど、まぁ後々そういう正義を掲げる海兵である。
「えぇ、頂戴いたします」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最初はここに乗り込んできた度胸と実力を踏まえて、6500万の懸賞金は妥当だと思っていた。
だが、今となってはその意見を引っ込めざるを得ない。
(実力だけなら億の台に乗っててもいい子じゃない。危険度という点では大幅に下がるんだろうけど)
敵になる姿が想像つかないという、初めて見るタイプの海賊だった。
海兵の基地で、怒りのあまり漏れ出た能力から他の二人の実力は分かっているだろうに、今こうして何でもないように煎餅を齧ってお茶を啜っている。
(クソ度胸と言うかなんというか……)
怯えていないわけではない。
それはなんとなく視えるが、あまりにそれを隠すのが上手すぎる。
怒りに震えていたあの二人の目には、どう映っていたのだろうか。
(そもそも、センゴクさんの覇気を耐える奴がまだ4つの海にいるってのがおかしいでしょ)
「クザン中将」
「ん?」
「いえ、こうしてお茶とお菓子を頂いていてなんですが、自分は牢に入っていなくてよろしいんでしょうか?」
「君、その年で色々覚悟しすぎでしょ」
つい本音が漏れたが、本人は小さく笑って「そんなことは」と謙遜する。
「そもそも逃げる理由がないでしょ君。あの二人も……ひょっとしたら君が海賊って事ちょっと忘れているんじゃない?」
「……いや、さすがにそれは」
自分で言っておいてなんだが、あるかもしれない。
この海賊は、奇妙な話だが、下手な海兵よりも海兵らしい。
「正直、君が海賊って言われてもピンとこないのよ」
「略奪もそれなりにやっているのですが……」
「それ、そこらの島民にやった?」
「……いずれ、必要になればやるかもしれません」
「そうだねぇ」
しない。
この男は絶対にそれをしないだろう。
そういう事態が来ないようにまず動くと見た。
略奪をしていたというのは事実なのだろうが、民間からやったことはないだろう。
そういう略奪を繰り返す人間特有の刺々しさが全くない。
大物の中にはそういう海賊もいるらしいが、この少年もそうなのだろうか。
(いや、もうすでに大物か)
「ところで、なぜセンゴク大将は自分の話をこんなにもすぐに信じられたのでしょうか。やけに話が早いと思いましたが」
「あぁ、世界政府から君に絡む話がちょっと前にあったのよ」
「……自分に?」
「懸賞金を上げたうえで、条件を『
「……世界政府は把握していた?」
「……ありうるなぁ」
不快気に眉を顰めた海賊からは、純粋な怒りを感じる。
(まいったな、本当なら俺も怒りを感じてしかるべきなんだが)
どうにも天竜人やマフィア、裏切り者の海兵への怒りよりも、目の前の海賊への興味が
「クロ君だっけ」
「……君。まぁ、はい」
「ニコ・ロビンは元気にしてる?」
だが、仕方ない。
なにせ、ハグワール・D・サウロが残した種の守り手になり得る男なのだから。
自分の質問に海賊は即答せず、小さく微笑んでこちらを見ている。
その笑みからは、何も悟ることができない。
「申し訳ありませんが、どちら様の事ですか?」
本当に、とんでもないクソ度胸の持ち主だ。
あばっばっばばばばっばば
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015:腹に括った槍
お、おおおおちおちおちっつばばばばばばばっばばっばばば!
まだだっだだあわあわわわてあわわわわ!!!
なんで!? なんでロビンの事バレてんの!!??
「いやぁ、あの樽重かったでしょ。重い物を空っぽのつもりで持ち上げると腰に来るから気を付けなきゃだめよ?」
「そうなんですか。よくわかりませんし、まだ自分には早い話のような気がしますが肝に銘じておきます」
「うんうん、そうした方がいいよ。体は大事にしないとねぇ」
「はっはっはっは」
見てたんかい! そういやちょくちょく確認してたとか原作でも言ってたな!
はっ倒すぞこのボケェ!!
「もう一個いいかな、クロ君」
「……なんでしょうか」
「あらら、警戒しちゃってる?」
「海兵を警戒しない海賊なんていますか?」
「うん、それもそうか」
オハラの一件が起こったばかりだから原作開始まで大体二十年か。
てっめこの腹黒陰険糞野郎、二十年後に覚えておけよ! ぶっ飛ばすからな!?
…………。
ルフィが!!
「まぁ、最初からこっちの事を聞きたかったんだけどさ」
じゃあ最初に聞けよと怒鳴りてぇ。
この熱いお茶ぶっかけたらちょっと溶けないかなコイツ。
「君、どうしてここまで海兵のために無茶してくれたの? 基地の近くとまではいかなくても、適当な島でバイバイしておけばよかったんじゃない?」
「あぁ、それに関してですか。簡単です」
「簡単?」
「はい、自分が弱いからです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分を弱いと言った海賊の目に偽りは一切ない。
だが、その弱い海賊の目に、中将クザンは一瞬気圧されていた。
「自分は弱い。それは誰よりも自分が分かっています。だからこそ、ここで海兵を見捨てることは出来ない」
海賊は気付いていない。海兵が自分を見る目に熱が宿った事に。
「別れる事は考えました。適当な街がある島の端っこに置いていくことも。……最初の密輸船襲撃計画でも、略奪後は素早く遠くへ離れる予定でしたから」
「当然食料もそれだけ積んでたわけだ。だけど食い扶持が増えれば遠くへはいけない」
「だからといって海兵達を船から降ろせば、おそらく彼女達はとっくに関係者に捕捉されていたでしょう。その可能性に思い至った時点で、自分に退路はありませんでした」
「どうして?」
「その先に、逃げ続けるようになる自分の姿を見たからです」
海兵は小さく、ほぅっと息を漏らす。
「気が付けば懸賞金が懸けられていた身です。一人で逃げ切るのは難しい、仲間は必要だった。だけど逃げ癖がつけば、いつか自分のために仲間を切り捨てるようになるでしょう」
「その生き方は……」
海兵は、心の底からこの海賊に同情してしまっていた。
天竜人に目を付けられなければ、この男はごく普通に生きて行けただろう。
スーツに身を包んだこの少年は、きっとどこかの商人にでも弟子入りしていればそのまま大成して、ごく普通に――幸せに暮らせただろう。
「その生き方は……きっついよ」
「承知はしていますが……」
「貫き通せば、私の勝ちです」
海兵は絶句する他なかった。
海賊どころか、海兵の中でもこんな男を見たことがなかった。
なぜこの少年が海賊をしているのか、なぜ普通に生きられなかったのか。
なぜ、この男が海兵でないのか。
そんな思いがグルグルしている中、ノックもなしにドアが開く。
「待たせてすまん『抜き足』、まだ一部だけだが確認が取れた。お前が持ち込んできた筆跡は間違いなくウチの海兵の物だった」
入ってきたセンゴクとサカズキは険しい顔をしていた。
そしてサカズキの方は、その拳がなぜか少し血に濡れていた。
海賊はそれを見て、
「もう動きが?」
と簡潔に尋ねる。
センゴクが一瞬迷う間に、サカズキが口を開いた。
「貴様が持ってきた筆跡の持ち主たちの関係書類を、処分しようとしちょる馬鹿者がおったんじゃ」
「聴取中だが、上官からの指示だったそうだ。今海兵を送ってそちらも取り押さえている」
海軍将校と海賊が対等に話しているという奇妙な光景が出来上がっているのだが、それを指摘する人間はいない。
海賊はその話を聞いて、初めて冷や汗を見せて。
「……まずい」
と小さく呟いた。
サカズキが眉をピクリと不機嫌そうに動かし。
「どういうことじゃあ、『抜き足』」
「相手は地下に潜ろうとしています」
「……だからなんじゃあ。そんなん悪党からすれば当然じゃろう」
「まぁ、バレたと判断したらそうするだろうけど……それでも完全に痕跡を消せるわけじゃない。大丈夫なんじゃない? クロ君」
海兵の問いかけに海賊は首を横に振る。
そして本部大将センゴクは、忌々しそうに頭に手を当てていた。
「自分がもし海軍に追われているなら、積み荷を捨てて身軽になります」
その積み荷と言う言葉が意味する所を察して、二人の顔がわずかに歪む。
奴隷ビジネスでその商品が全部で20人ちょっと、というのはまずない。
自分達が潰したのも、数ある中の一つに過ぎないだろうという海賊の言葉に、再び怒気を纏ったマグマの発する湯気が部屋に立ち込めだす。
ただの物品ではなくそれは人間で、自分達にたどり着く証拠――証人になりうる。
生かしておく理由はない。
「大将センゴク殿」
「む」
「申し訳ありませんが、今しばらくこちらで保護している海兵達をお借りしてもよろしいでしょうか?」
センゴクは、気が付いたら拳を握りしめていた。
「先ほどの話では抜けていましたが、相手は電伝虫を持っていませんでした。盗聴を恐れてアナログな方法でやりとりしている可能性が高い。ならば、まだ間に合う可能性があります」
血が滲むほどにだ。
「自分達なら、諜報に適した人間もいるので今すぐに隠密行動ができます。ただし迅速な行動、操船にどうしても人員が――」
「なぜだ!!!!?」
そして気が付けば、叫んでいた。
「なぜお前が手を貸す! お前は海賊だ! それでも海兵を救い! 守り! まだ見ぬ者のために更に裏の戦いに身を投じようとしている!!」
中将クザンは、二人が来る前の会話を思い返し、
「答えろ! 『抜き足』のクロ!」
中将サカズキは、センゴクと同じように拳を握りしめていた。
「お前を動かす物は一体なんだ!!?」
「――仁義」
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016:曲げたいけど曲げられない物
本来使われるハズのない電伝虫が鳴ったことに、『ジョーカー』は眉を顰めて不快そうに取る。
『よかった、こいつが当たりだったか……! おい、アンタが例の『ジョーカー』なんだろう!? 助けてくれ!!』
流れてくる声は慌てていたが、それがますます『ジョーカー』と呼ばれる男を苛立たせた。
『海兵奴隷の件がバレた! 人質の監視も一斉に消えて、海兵が動き出して――どうすりゃいいんだ!?』
この言葉に『ジョーカー』はさらに眉を顰め、そこで初めて電伝虫の受話器に向けて口を開いた。
「おい」
『あぁ、『ジョーカー』! 『ジョーカー』か!? なぁ、俺達どうすりゃ――』
「動きの読めないガープは先日脱獄した『金獅子』のシキの足取りを追うために中将のつると一緒にグランドラインに残っている。センゴクは堅実な男だから、オハラの一件を落ち着かせるまでは動かないハズだ。誰が動いた?」
『ジョーカー』は頭の中に描いていた海兵リストに、要注意人物を追加するために尋ねる。
『違う、海兵じゃない!』
「ならどこぞの保安官か?」
『そうじゃない――ガキだ! 海賊のガキだ!!』
そこで『ジョーカー』は、その顔から苛立ちを消して呆然とした様子を見せる。
『よりによってあの海賊ごっこのガキ、地区本部に乗り込んで全部バラしやがった!! バレねぇように証拠もちまちま消させていたのに、ソイツもセンゴクにとっ捕まった! 全部あのごっこ野郎が――』
――ふ、ふふ……フフ、フッフッフッフッフ……!
『じょ、『ジョーカー』? おい――』
「『ごっこ』? 馬鹿か。賞金首は賞金首、どんな理由でそうなろうと背負った重みは変わらねぇ。それが……ふふ、フッフッフ!!」
「自分から海軍に出頭!? 協力!? フッフッフ! どんなイカれ方をしたらそんな海賊が出来るんだよ!」
『おい、『ジョーカー』……っ』
「あぁ、どうしたらいいかだったな。そうだな――」
「あきらめろ。運が悪かったな」
なにかまだ叫んでいる声を無視して受話器を置いてから、『ジョーカー』は一人で静かに笑い続けていた。
「べっへへへへへへ」
その『ジョーカー』に近づく大男が現れた。
「んねードフィ、どうしたの? 随分機嫌いいけどどうしたの?」
「なに、イカれた海賊の話を聞いてな……おい、トレーボル」
「なになになに?」
「今すぐ『抜き足』のクロの情報を集めろ。そしてその情報を、噂として西の海全体に回すように手配するんだ」
「抜き足? 例の取引ぶち壊した海賊?」
「ああ、多少頭が回るだけのルーキーかと思ったが――」
「面白れぇ。あぁ、面白れぇイカれ方をした海賊だ。フッフッフッフ――」
「気に入らねぇ……だが、同時に気に入ったぜ」
「『抜き足』のクロ、か」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン・クロ! 進路合わせ完了しました!」
「よし! そのまま出せる最大船速で船を進ませてくれ。手の空いている者は船室に、この航海の説明をする」
ダズたちはもちろん、海兵達にも悪い事したなぁ。
戻ってきて突然今すぐ船を出してこのポイントを目指せって命令受けたら、交渉失敗して逃げなきゃならんって思うよね。
海兵達も緊張感があったせいか、滅茶苦茶行動早かったし。
船室に入ると、現在船を動かしている人員以外の海兵組と幹部全員が揃った。
よし、やっと説明できる。
「結論から言おう。本部大将センゴク殿と話が付いた。現在諸君らの家族の保護のために一計を案じている」
安堵の声が上がるかと思ったが、海兵達は妙にざわめいている。
「キャ、キャプテン・クロ」
「む?」
「センゴク大将と話をしたんですか?」
「あぁ、サカズキ、クザン両中将もいた」
「あのサカズキ中将と!!?」
あぁ、うん。やっぱ普通の海兵からしてもサカズキってそういうイメージなのか。
まぁ仕方ないよね……。
青ざめている海兵達の顔を眺めていても仕方ない。
「事前に書いてもらった筆跡と制服のおかげで話は早かった。すぐに照会できたのだが、その最中に貴官らの書類を処分していた海兵を発見した。……まぁ、一枚噛んでた連中というわけだ」
「……証拠の隠滅に入ったか。なら、この船の目的地は――」
ダズはおおよそを察してくれたようだ。
さすがだ副船長。
「すでに奴らは海兵奴隷というビジネスから
ここでようやく、海兵達も話を理解したのか顔が引き締まる。
「これを見てくれ。この西の海の海図は、センゴク大将から借りてきたものだ。事故の報告があった海域と、その近辺の海軍の哨戒順路が記されている」
正確には、「この海図を部屋に置いてしばらく我らは席を立つ」とか言ってこっそり……こっそりか? まぁ、内密に渡された物だ。
要件終わったら、またこっそり潜入して返しにいかないとな。
「その中で事故があった海域に近く、にも関わらずその後の捜索任務などの回数が他の基地に比べて少ない基地をリストアップした。さすがに基地に囚われているということはないだろうが、近隣に――失礼な物言いになるが、『商品の集積所』があると見ている。センゴク大将も同じ意見だった」
「では、我々は今そこに向かって……?」
「そうだ、連中の
海兵たちは同胞の窮地を救いに行くという事で士気があがり、顔色も元に戻っているが、それとは逆にロビンが難しい顔をしている。
「キャプテンさん」
「なんだ、ロビン」
「時間は大丈夫?」
「……そこが問題だ」
これはセンゴクさんともあの後大声で何度も話し合ったっていうか口喧嘩したんだけど、正直五分五分だ。
「見つけたら必ず助け出す。必要ならば食料も水も、医薬品も全部突っ込んでいい。そして仮に手遅れだったとしても」
「それがご遺体だろうが、遺品のわずかな欠片だろうが、必ず海軍基地に――ひいては家族の元に返す」
「諸君――矜持を掲げろ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「センゴクさん、例の馬鹿たれが吐きました。どうやら、基地の管理任されとる支部大佐の一部までもが、奴らのいう『ビジネス』に関係しちょるそうです」
「…………そうか」
つい先日、三人の海軍将校と一人の海賊による対談という奇々怪々な出来事があった部屋で、センゴクは能面のような顔で話を聞いていた。
怒りがないのではない、怒りを通り越して情けなくなっていた。
「西の海は、調査のためにマフィアと繋がりを持つ者も珍しくはない。結果を手にすればと一部は黙認していたが……ここまで腐敗が広まっていたとは」
センゴクは執務机に手を置き、ため息を吐く。
手を置いた場所は、先日自分が不注意で紛失した海図を置いた場所だった。
「クザンの奴は?」
「隠密に動いてもらっている。こういう仕事は奴の得意分野だ。船を使わずに海を渡れる。奴が上手く能力を使えば目立たずにだ」
そしてクザンから送られてくる報告も、センゴクの頭を痛めるものばかりだった。
すでに何名か、捕縛されていた海兵の救出に成功しているが、同時に救出できなかった海兵達の発見報告も来ている。
「どれも人数は20人前後。『抜き足』の話から考えるに、出荷前に『一時保管』されていた海兵達だろう」
4つの海の一画とはいえ、西の海もそれなりに広い。
ましてや、今回の事件は西の海だけの話ではないのだ。
「不安は残るが、私はマリンフォードに戻らねばならん」
「わかっちょります。他の海でも多かれ少なかれ、海軍の恥が馬鹿な事をしちょるのは」
「……幸い、『抜き足』の行動のおかげで奴らの前提条件は全てひっくり返った」
――彼女達は海賊と戦ったわけでもない、災害に遭ったわけでもない。
――同志であるはずの仲間と上司に裏切られて、何一つ成せぬままにその人生を奴隷として骨の髄までしゃぶられようとしている。
――それを惨いと! 救われるべきだと確かに自分は思った! ならば征くのみ!
――どのような結末が待とうとも、ここで立たねば『矜持』が死ぬ!!
なぜ戦うのか。
なぜ海兵のために戦うのかという問いに、海賊は『仁義』と答えた。
たった一言。
たった一言の宣言に、そしてその後に続いた海賊の想いに、敵でなくてはならない三人の海兵は圧倒されてしまっていた。
「……センゴクさん」
「なんだ」
「あの男、なんとか海兵にすることは出来んかのう」
センゴクは、驚愕してサカズキに顔を向けた。
「……難しいだろう。彼は天竜人に逆らっている。罪を消すのは簡単な事ではない。可能性があるなら七武海だが――」
「七武海も所詮は海賊。それじゃあならんと思うんですわ」
「あの男は……海賊の看板を背負うような男じゃあない……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(……おかしい)
目的の拠点にたどり着いたが、見張りの気配が一つもない。
真昼間だというのにだ。
「キャプテン、あれは……」
「わかっている」
自分達が目指したのはとある無人島。
事故現場からそれなりに離れていて、かつ海軍の哨戒範囲から外れている島だ。
いや、ここが当たりだった場合外れているというよりは外されたという方が適当なんだろうが。
(あの黒く塗られた船、あれが密輸船か。一応当たりは引いたようだけど……)
自分達が襲撃した船は商船に偽装していたが、これは完全に隠密活動のための船だ。
「ホロホロ、ものの見事に横転してるな」
「船底までまっすぐに穴が開いてる……大砲の攻撃じゃあない」
ペローナは笑っていてロビンが険しい顔をしている。……いつもの事だな。
(ペローナの奴、能力に対する過信があるし多少は強敵と戦わないとなぁ)
実際自分が覇気を纏って見せてペローナのネガティブ・ゴーストを耐えて見せれば話は早いんだろうが……。
(上手くいってるかどうかが分からないんだよなぁ)
瞑想自体はそれなりに効果は出てると思う……いや、今はそれどころじゃなかったな。
「上陸する。ペローナ、ロビンは船を頼む。海兵諸君は……5名は船に残っていつでも船を出せるように用意を。残りは付いてきてくれ。武器を忘れるなよ?」
どいつもこいつも、隠し倉庫というものは足の下に作りたくなるらしい。
上陸した無人島の中にあったゴーストタウンの中の建物の一つの中に、また同じような隠し階段が作られていた。
(本当に見張りが一人もいないな。こりゃあ……だめか?)
その場合は、預けられた電伝虫でクザンに連絡を取り、彼の能力で遺体を保存してもらって自分達が運ぶ手はずになっているが……。
(ペローナ達を残しておいたのは正解か)
問題の扉にダズが手を触れて、以前と同じような仕掛けがあるか確認してもらっている。
右手で触れたまま、左手が刃物になる。
「キャプテン、あの石は仕掛けられていないようだ」
「みたいだな。すまない海兵諸君、数名はここで退路を守ってほしい。残りは自分と共に」
考えてみれば、新兵や内勤しかいない彼女達では、これが初の実戦になるかもしれないのか。
「大丈夫だ。最前線は自分とダズが受け持つ。仮に戦闘になっても、貴官らは敵を倒すことよりもその場で耐える事を優先してほしい」
しかし、と声を上げる海兵を手で制する。
「ここにいる全員が実戦経験がない事は知っている。だけど、そんな貴官らがこっちに向かう敵を一人でも多く足止めしてくれればその分自分達が有利になる」
下手に万歳アタックされて死なれでもしたらセンゴクさんに申し訳ないし、なにより士気への影響が問題だ。
「ダズ、海兵諸君はお前に任せる」
「キャプテンは……まぁ、好きに暴れた方が強いか」
これでも考えて暴れてるんだけどな。
基本頭を潰せば勝負は勝つんだから。
「まぁ、そういうわけだ。行くぞ」
「だめ! お願い!!」
開けた先には、やはり同じように両手を吊るされている見目の良い海兵達が集められていた。
「お願いだから! 扉を閉めて!!」
前回の船の時と違い、倉庫も兼ねているためかかなり広い。
ちょっとした運動場くらいはある。
問題はその先に、どうやらギャングらしき一団の死体があって
「
それが全員立ち上がってこっちを見ている事だ。
おまっ
「キシシシシシシシ」
おっま!!
「立て直そうにも碌な死体も影も手に入らなくて、せいぜい雑兵集めくらいにしかならないと思っていたが」
馬鹿!! 俺の運命の馬鹿!!
なんか原作より体引き締まってる馬鹿の顔があるんだけど!!
「イキのいい奴が来たじゃねぇか!! なぁ!!」
ポンポンポンポン、俺の通り道に原作キャラを配置するんじゃない!!
毎回毎回的確に邪魔なキャラクター配置しやがって!
タワーディフェンスゲームじゃねぇんだぞ!!!
「6500万ベリーの大物ルーキー! 『抜き足』のクロ!」
「ゲッコー・モリア……!」
毎回俺の胃にストレステストをかましてるつもりか!? 南無三!!
「ちょうどいい、骨のあるゾンビが欲しかった所だ!!」
「てめぇの死体をよこせ! 『抜き足』のクロぉ!!」
「黙れ、ゲッコー・モリア。おそらく、捕らえられた海兵の影をギャングの死体に入れたのだろうが……」
「一つ残らず返してもらうぞ!!」
助けて……もうホント助けてクレメンス……。
――申し訳ありませんがクレメンス氏は外出しております。
誠に恐れ入りますが、ピーーっという音が鳴った後に貴方の人生の電源を切ってください。
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017:海賊・ゲッコー・モリア①
「
「噛猫・乱れ柳!」
二本足だがカクばりに乱れ撃った嵐脚もどきで、モリアから飛び出してきた大量の蝙蝠を撃ち落とす。
なんで西の海でこんな奴が出てくるんだよ馬鹿じゃないのか!?
暗闇の中で見えづらいが、吹っ飛ばした蝙蝠の一匹がうごめいたのが分かる。
「入れ替わるな!!」
「ぐお……っ!?」
入れ替わった瞬間を狙って、全速力でデカい顔を蹴り飛ばす。やっぱデカいだけあって重いしダメージを与えた感覚がない! クソわよ!
「ダズ、海兵を率いてゾンビどもを押さえろ! 救命食の塩を口の中に叩き込め! 数名は囚われている兵士の解放に! できるだけ場所を空けてくれ!」
「ガキがぁっ!
「遅いっ!」
とにかく固い、素の状態で城壁ガード発動させたベッジよりも固いし破壊力はやべぇし、ホラーゲームで一番勘弁してほしい密閉空間に大量のゾンビ配置とかクソみたいな事をしやがるが――
(想像していたカイドウレベルには遠い!)
「刺突――!」
「ちょろちょろするな!
コイツの基本的な技は、能力で生み出した大量の蝙蝠が基点になっている。
そこさえ見切れば!
「もうそこにはいないぞ! モリア!!」
「ご――っ!」
確信した。
速さという一点においては俺の方が上をいっている。
「げほ……っ……ふっざけるな!
「こちらの台詞だ」
ホントおめぇに言われたくねぇんだよクソが!!
「だがいい。いいぜ抜き足……てめぇの身体にそれなりにやる海賊なり海兵の影を入れてやろうと思ったが……逆だ」
……モリアさんモリアさん。
なんか蝙蝠さん達ちょっと黒光りしてない?
「てめぇの影を抜いてやる! なんならそこらの雑魚海兵の死体でもてめぇはいい仕事をしそうだ!」
今ここには女海兵しかいないよねぇ!?
「キシシシ!」
やっばい、来る!!
「見せてやるよ『抜き足』……グランドラインの海賊の力をなぁ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「邪魔だ……っ!」
ダズ・ボーネスはスパスパの実を食べた刃物人間だ。その防御力は一味の中でトップクラスであり、特に一対一の戦いではこれまで苦戦すらしたことない。
「
『きゃあああああ!!!?』
切り裂いて崩れたゾンビから影が抜け、元の持ち主であったまだ吊られている海兵の元に帰っていく。
ゾンビという存在に一瞬驚いたが苦戦する相手ではない。
だが、他ならぬダズ・ボーネス自身が理解している。
今の自分が勝てないだろう敵は、全てキャプテンであるクロが受け持ち、倒してきたことを。
あの海軍支部中将しかり、ギャングしかり、そして今目の前にいるグランドラインの海賊。
それらを相手に一歩も引かない船長の姿はあまりに遠く、だが眩しかった。
「ダズさん! ロビンちゃんが能力で塩を袋ごと運んで追加してくれました!」
「全員、ポケットでもどこでもいい、すぐに手が伸びるところに塩を詰め込め」
そして理解している。
副船長の役職を与えられている自分に求められているのは堅実な仕事だということを、誰よりも。
(膂力はあるが、まだ動きが拙い。海兵の影を入れたとキャプテンは言っていたな。能力か)
目の前に敵がいて、すぐさま交戦に入ったためにクロも十分な情報を伝えられなかったが、ダズはその断片から状況を組み立てる。
(それが暴力に慣れたギャングの身体であっても、その動きは中に入れた影に左右されるのか。そして弱点は塩、と)
「三人で一組になれ。最低でも二人一組だ」
あの島で過ごしていた間に、ダズは海兵達の訓練に付き合っていた。
全員新兵かそれ以下だったが、奴隷にされかけた恐怖のためかそれ以外の理由か、海兵は全員開拓を進めながら必死に訓練を行っていた。
能力者な上に場慣れしているとはいえ、子供のダズに頭を下げてだ。
「敵は力が強くても動きが鈍い。数こそ脅威だが防御役と組んでいれば、早々崩されることはない」
まだ戦力と呼ぶには遠いのだろう。
だが、もう彼女達が新米ではない事をダズ・ボーネスは知っている。
「一人が対峙し、一人が防御の補助に。残る一人は乱入を警戒しながら口の中に塩を叩き込め」
「二人一組の所はとにかく崩されるな。発見次第加勢する」
「確実に戦力を削っていけば、訓練を重ねたこちらが負けるような相手ではない」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「
「ワンパターンな!」
「だが威力も速度も大違いだぜ!」
「そうだな――だがそれがどうした!!!!」
(クソが! クソがクソがクソが!! クソガキが!!)
内面を隠して笑いながら、ゲッコー・モリアは焦っていた。
覇気を纏わせたはずの蝙蝠は、先ほどよりも『抜き足』に肉薄するが直撃まではいかない。
飛んできた斬撃に耐えきり、近づいた蝙蝠は直接蹴り砕かれている。
常人の目ではとても見えないだろうが、一瞬でそれぞれが5回以上蹴られてたのがモリアの目には視えた。
(どういう足をしてやがるコイツ!? しかもうっすらとだが
グランドラインで戦ってきた敵の中での強者程のプレッシャーはない。
攻撃に関してはまだグランドラインの前半レベルだ。
新世界のレベルまでは届いていない。
だが、足は……速度に関してはまるで――
(当たらねぇ! どれだけ
――ズキッ
(体が万全だったならこんなガキ――!!)
部下を失いながら挑んだ海賊――百獣のカイドウ。
怪物とも呼ばれる男との闘いは、尋常ではないダメージをモリアに残した。
そしてその後の敗走。
それは確実に、大海賊であったゲッコー・モリアの心身に消えないダメージを与えていた。
(だが足さえ止めりゃただの雑魚だ。このクソガキの足を止めるには――)
チラリと、とりあえずの兵力として適当に作ったゾンビ軍団を抑え込んでいるクロの部下たちを見る。
「キッシシシ、おいガキ――おごぉっ!?」
部下らしい能力者の子供や、その指揮下でジリジリとゾンビを無力化しているやけに美形揃いの兵士たちの影を奪い、人質にしようとした瞬間。これまでにない一撃が顎を蹴りぬいた。
――じ、じじ……っ、ジジジジジジジジジ!!
「お前の考える事はなんとなく分かるが……そうはさせん」
「てめぇ……その足は……っ!!?」
青く輝く、雷を纏った黒い足。
そして先ほどから、視えても避けられないその速さを持った一撃は――
――『雷鳴八卦!』
海賊、ゲッコー・モリアの心にこびり付いた一撃を思い起こさせるには十分だった。
「お前に、この場でこれ以上カゲは切らせない」
「てめぇ……抜き足ぃ……っ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やると思ったやると思った! お前は絶対にやると思ったよそういう奴だもんな!!
ギリギリ『冬猫』の発動間に合ってよかった!
(やっぱりこの時期だと覇気を纏うか。でも――)
遅い。
より正確に言うなら、どういうわけか攻撃に入る瞬間と覇気を纏う間にわずかなタイムラグがある。
しかも、攻撃にこそ覇気を纏うが、それを維持したままには出来ないようだ。
その瞬間ならば蹴りは入る。
問題は蹴りが入ってもダメージが入っているかどうか分からない点か。
(筋肉固すぎるだろうコイツ、何食ったらこうなるんだ!?)
今の時点で一番威力が出るのは悪魔風脚の真似事だ。
ベッジの城壁も抜けてダメージを入れられる今の自分の必殺技だ。
西の海にいる間はこれだけでも十分やっていけると思っていたのにこれだよ!
「あぁ、俺の認識が甘かった。クロ、お前は海賊ごっこのガキじゃねぇし、ましてや駆け出しでも生ぬるい略奪しかできねぇ奴でもねぇ」
いやもう、出来ればずっと油断しててくれませんかね。
なに? その刀……刀……ちょっと待ってそれひょっとして――
「全力で相手してやるよ! 抜き足ぃ!」
――っ、速い!
刀身……いや、覇気込められてたら靴の鉄板ぐらい斬られる!
とっさに握っている手に狙いを変更して上へと蹴り上げ――
「そこのガキも上でさっきから鬱陶しい能力を使っているガキ共もさっさとカゲを剥いで!! そしてゾンビになれ!! そして!!」
「――ぐあ……っ!!」
次の瞬間、思いっきり吹っ飛ばされて端に積まれていた木箱や樽の中に叩きつけられた。
ペローナのネガティブゴーストが飛んでいるのが見えたが、全部覇気を纏わせているんだろう蝙蝠に叩き落されている。
「俺を海賊王にならせろ!!」
(クッソ……カゲを切られたら不味い!)
体を動かそうとするが、残骸に足を取られて『抜き足』が上手くいかない。まっず――
――アイス
最悪カゲを取られる事を覚悟していたら、接近してきていたモリアが大量の氷の槍でぶっ飛ばされた。
……なんで!?
「あらら……あのニコ・ロビンが自分で電伝虫使って助けを求めるなんてただ事じゃないと思ってたら」
「クロ君、君とんでもない大物と戦ってるじゃない」
「クザン中将!!」
ロビーーーーーーーーーーーーーン!!!!
お前今度好きな物なんでも食わせてやる!!
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018:海賊・ゲッコー・モリア②
「ペローナさん、能力は……っ!」
「駄目だ! あの筋肉達磨、どういうわけか私のネガティブ・ゴーストを蝙蝠で撃ち落としやがる!! あぁ、くそ! ミニホロも駄目か!!!」
戦闘に入っていたことは分かっていた。
ペローナもロビンも、覗き見る事は得意分野だ。地下の広い倉庫の中で何が起こっていたかはすぐに分かっていた。
そしてゾンビの軍団という、大量の敵にもっとも有効な手段を取れるペローナは当然能力で加勢するつもりだったが、妨害されていた。
「嘘だろ、今度こそ当てたと思ったら弾けた!? 私の能力が通用しないなんて……ロビン!」
「うん、今もっとお塩を送ってるから……ダズさん達も頑張ってる」
船室の中では、残っていた海兵達が大急ぎで食糧庫の中から塩を集め、それを適当な大きさの袋に詰め直し、それをロビンが能力で大量に腕を生やしてバケツリレーのようにして目的の場所まで運んでいた。
「ペローナさん、他の敵は?」
「ちょっと待て……」
塩を送る事と、地下の戦闘を見る事に集中しているロビンにこれ以上の作業は出来なかった。
代わりにペローナがゴースト達を使って島や周囲の海域を見渡す。
「大丈夫だ、さっきのチャリンコ野郎が通ってきた以外異変はねぇ」
「うん……」
ロビンからしたら、複雑な救援だった。
クロから渡された電伝虫は、今回味方になってくれた海兵と繋がっていると全員には説明していたが、ロビンにはこっそりそれが誰かを教えられていた。
だから、電伝虫を取ろうとした手が何度も止まった。
だが、能力で見ていた地下の戦闘で、敵である大男を蹴るたびに納得がいかない顔をしているキャプテンを見て、それが強敵であることを理解した。
そして状況は、ロビンが以前
後ろには、キャプテンが守ろうとしている海兵達がいて、さらには能力による攻撃を受けて一歩間違えれば死ぬ状況になっている。
そして対峙している敵はあのギャングよりも大きく、一目で分かるくらい鍛えられていて、そして強敵に見えた。
そしてその巨体に足を突き立て――キャプテンが苦痛でわずかに顔を歪ませたのを見た瞬間、ニコ・ロビンは決意した。
「……キャプテンさん」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よりにもよって、あのカイドウと戦争起こしたゲッコー・モリアを相手に戦ってるとか、君の人生どうなってるの?」
「……上手くいってないのは事実ですね」
そんな哀れな物を見る目で見られても……。
いや本当に、どうしてこんな人生になったのか色々な物を呪う日々ではあるけど。
「ニコ・ロビンもそうだ。ちょーっと14歳には荷が重すぎるんじゃない?」
「…………」
「俺は今のところ上に報告するつもりはないけど、知ったら政府は全力を挙げて君ごとニコ・ロビンを殺そうとする。……まぁ、その顔は分かっているようだけど」
「手にした宝を手放す海賊なんていませんよ」
「…………ホント凄い度胸だよ。君」
「どういうことだテメェら……海賊と海兵が手を組んでるだと!?」
ホントにどういうことなんだろうね。
ここ最近俺の人生がジェットコースターばりの急加速と急旋回で振り回されまくって意味が分かんねぇんだよ。
頼むから誰かパッチかMOD当てて難易度調整してくれないかな。
easyとか贅沢言わないから、せめて普通のHardくらいにまで調整してくれないかなマジで。
「この海兵奴隷の一件に気付いたのがこの子でね、その後色々手助けしてくれてるのさ」
「テメェどういう海賊だ!!!?」
ホントそれな!?
いや、そもそも海賊やる予定はなかったんだけどさぁ!!
「海賊に身を落としはしたが、自分の矜持に背を向けるつもりはない」
この世界、自分なりの筋を見つけないととんでもないデバフかかるからな!
筋通しても勝てない時は勝てないんだろうけど、そん時はせめてキャラエピソードばりに華麗に散ってやるわ!!
守るもん守って部下全員逃がせりゃ俺の勝ちじゃボケェ!!
「救うべきだと思ったのならば、それが海賊だろうが海兵だろうが救ってみせる」
「……いいぜ、ますますお前のカゲが欲しくなった」
「お前を必ず部下にしてやるぜ! ゾンビとしてなぁ!! キシシシシシ!!」
すいません、その斬新すぎる勧誘は……ちょっと、はい、ノーサンキューの方向で……ええ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「てめぇ、まだ速くなるのか!!?」
「これだけ蹴ってダメージが入るのはこちらの足だけか……っ」
「テメェとは海賊の格が違うんだよ!」
「こちらが上か?」
「ほざけガキぃ!
「――っ……中将、兵士達を!!」
(何度も何度も思っちゃうけど、この子4つの海のレベルじゃないでしょ……!)
クロ目がけてと見せかけ、ゾンビと戦っている子達の方に飛ばした蝙蝠を氷壁で防ぐ。
自分でも反応自体は出来ただろうが、呼びかけのおかげで完全に防げた。
「ほんと君……いい目をしてるね」
「速く正確に走るには、いい目も必要だったので」
「ちぃっ、うっとうしい蠅小僧に氷の
ゲッコー・モリア。
グランドラインでも上位に入る大海賊はやはり覇気も、これまで経験した敵の中でも桁違いだ。
何度か覇気を纏わせた氷を撃ったり、あるいは氷の剣で斬りかかっているが全て防がれている。
「それにしても、さすがゲッコー・モリア。ちょっとこれは厳しいかな……」
「いえ、そうでもないようです」
大量の蝙蝠を周囲に羽ばたかせ、守りを固めたまま退路を塞いでいる大海賊を前に、駆け出しと言っていいハズの少年海賊は堂々と向かい合い、
「中将の攻撃を覇気で防いでいるのに、こちらの蹴りは純粋な身体能力のみで防いでいます」
「君の蹴りに覇気は不要と判断したんじゃ? 実際、ダメージほとんど入ってないし」
「ずっと覇気を纏われていれば、とっくに自分は戦力外になって中将に全力を注いでいるハズです」
「なるほど、そりゃ確かに――っ」
下から気配を感じて飛びのくと、能力の蝙蝠が集まった太い槍が飛び出す。それも連続でだ。
「クロ君!」
「問題ありません」
よほど邪魔だと判断したのか、彼を狙って執拗に連発される槍と蝙蝠の攻撃を全て避けながら――驚くべきことにときたま見失うほどの速さで全てを回避する。
「クロ、おめぇの速さは大したもんだ。だが――経験が不足してるなぁ!!」
「――ちっ」
だが、それをモリアは捉えた。
クロの回避先を読み切ったモリアが、回避した瞬間のクロ目掛けて床ではなく壁から横に飛び出す黒槍が、クロの身体を貫いた。
「キシシシ! やっと捕まえたぞ蠅やろ――ぅごぉっ!!?」
左肩と右足を貫かれて、だがそれでもクロの速さは衰えを見せなかった。
一撃を入れてモリアが油断した瞬間に、足から血を噴き出しながら、その足に渾身の力を込めてモリアの喉に突き立てていた。
「中将!」
「っ!
崩れた所に、巨大な雉を模した氷塊を撃ち込む。
今度は覇気を纏う暇もなかったのか、それでも頑強に鍛えられた肉体は氷塊の一撃に耐えて見せた。
「くそがぁ……! なんて面倒くさい連携しやがる! お前ら本当にどういう組み合わせだ!」
「いいコンビでしょう? いや、俺もクロ君が合わせられることに驚いているんだけどね」
(にしても……触れば勝てそうなんだけど、簡単に触らせてくれないか。ロギアとの戦い方を分かってるな)
「クロ君、足大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
この海賊があのモリアを攪乱してくれているおかげで何とか渡り合えている。
だが、現状では決定打に欠ける。
攪乱と足止め役を務めていたクロが足を負傷したのならなおさら。
「先ほどの続きですが、恐らくモリアはもう限界です」
さてどうするかと考えていると、『抜き足』が眼鏡を直しながら口を開く。
「覇気を長時間纏うことが出来ない。だから防御ではなく可能な限り攻撃にそちらを振る。それに、攻撃に移り変わる時の覇気を纏うタイムラグも徐々に大きくなっています」
「……ねぇ、クロ君」
「はい」
「覇気の事、よく知ってるね」
クロの眉がピクリと動いた。
後ろの方で戦っている剣戟の音を聞いて、もう一つ思い出す。
「あの子達に塩を使うよう指示を出したのも君でしょ? 能力で作られたゾンビの弱点とかどうやって知ったの?」
「……海賊の
「
戦力として脅威なのは、言わずもがなゲッコー・モリアである。
新世界の海賊として、四皇の一角と渡り合った実力は洒落にならない。
だが、自分の勘がより脅威になる存在だと囁いてるのは――
(……こんな得体の知れない子が、あのニコ・ロビンの保護者とはねぇ)
――『お願い、急いで!!』
――『キャプテンさんが戦ってるの!!』
(全く、世の中どうなるか分かったもんじゃないね)
「クロ君」
「はい」
「多分だけど、覇気が弱まっているなら自分が触れば勝てると思う」
「だけど触らせてくれない。……動きを止めればいいんですね?」
「分かりました――もう一度、自分が前に出ます」
(ホント……海軍にとって怖い海賊になるねぇ。この子はきっと)
―― ……ザン……クザン。
―― ……っと、あららごめんね。うたた寝しちゃってたみたい。
―― えらく気持ちよさそうに寝てたな。
―― 君と初めて会った頃の夢見てたのよ。
―― また懐かしい話を……もう二十年近くになるのか。
―― 君、こーんなに小さかったのにね。
―― 当時から思ってたけどそっちがデカすぎ……いやいい、我々の島が見えてきた。
―― あらら、それじゃ準備しますか。
―― あぁ、頼む。新入りとはいえウチの『隊長』任せるんだから、身なりはそれなりにな。
―― わかってますよ……
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019:海賊・ゲッコー・モリア③
ゲッコー・モリアがこの島にたどり着いたのは偶然だった。
命からがら
ついでに、その場にいるだろうギャングも適当に殺してゾンビにして、とりあえずの雑兵として使う予定だった。
最初の予想外が、ギャングの密輸品の半分が分かりやすい金品ではなく『海兵奴隷』という
しかも地上のギャング達は全員殺してしまい、地下の気配からまだ入れる影は用意できると思ったら売りに出される――正確には、その前に全員処分されるところだった、碌に訓練も終わっていない海兵ばかりだった。
それでも兵士は兵士。略奪の数合わせになるだろうと影を切り取り、死体につけてゾンビ化させ、影が定着して忠実な
(コイツ、それなりに深手のハズなのに全然動きが鈍らねぇとはどういうことだ!?)
速さを武器にしていることは見て分かった。
そして、それは認める。
いくらダメージを負っているとはいえ、グランドラインの猛者を相手にしてきた自分が集中しても当てられなかった。
この男に傷を負わせるには後ろの海兵達を狙って、避ければ誰かが傷つく状況を作るしかなく、それでもなお凌がれた。
だが、その速さから見てこの海賊は痛みに慣れていないと考えた。
実際、目立つ傷があるように見えなかった。
だからこそ、仕掛けておいた
一度は分かる。我慢すれば一撃くらいは全力を出せるだろう。
だが、何度も。何度も何度も何度も。
――ガンギンゴンガガンギンッ!!!
(クソが! 血が流れれば流れるほどに加速してるみてぇだ!!)
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ダメージはあるのだろう。これまで声どころか足音一つ立てなかった男が、叫びながら怒涛の攻撃をしてくる。
肘、肩、首、膝、腿。
的確に動きを鈍らせるための攻撃だ。
ダメージは微々たるものだが、積み重なれば馬鹿にはできず、かといってそちらに気を取られた瞬間氷の
まだ成長途中といった所だが、それでもその射程と速さは馬鹿に出来ない。
「どいつもこいつも!」
正直、逃げの一手が最善であるとわかっていた。
裏側には自分が奪ったマフィアの船がある。
せっかく作ったゾンビは惜しかったが、海賊達――海賊というにはやけに統率の取れている連中によって次々に無力化されている。
元々質が悪い連中だった。もうそんなに持たないだろう。ならば用はない。
「
「中将! 天井を固めてください!!」
「――っ、てめぇクソガキ!!」
天井をぶち破って逃げようとした瞬間、狙いに気が付いた海賊が海兵に指示を飛ばす。
それでもぶち破るために威力を高めようとするが、カイドウにやられた傷が痛み、さらにここまで目の前の海賊と海兵によって食らい続けた体が悲鳴を上げた。
「まだゾンビになってる人間がいるという事は、下手に日光が差し込めば消える人間がいるということだ。悪いが、今はまだ逃がすわけにはいかない」
「クロぉ――!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
おまっ! その手はもうちょっと後に使えよ!
全員のゾンビ化解けた後なら見逃す手もあったのに!!
…………。
ごめん、嘘こいた! 見逃したふりして見逃してもらう手の間違いだ!
「テメェみてぇに小賢しい奴は初めて見たぜ、クロ!」
「……照れるな」
「褒めてねぇんだよガキャア!!!」
いやちょっと本気で照れてしまった。
騙し合いの面でクロコダイルばりにルフィを翻弄したモリアに小賢しいって言われるのは褒められてると同意だろう。
(あー、正直これ以上は足が不味い。仕留めるか)
最悪クザンに俺ごと凍らせてもらおう。
一か八かになるがすぐに海水かけ続けてもらえばワンチャン生き残れるだろう。
「冬猫――」
足に雷を纏わせて構える。
どういうわけか、モリアはたまにクザンの氷よりこの蹴りを警戒する時がある。
囮にはちょうどいい。
「その蹴りを止めろ、クロ!」
おそらく例のアレだろうなぁという黒っぽい刀が振り払われる。
後がないと感じていたのか、覇気っぽい物を刀身に感じたが、
「――あくびが出るぞ、モリア」
「!? てめぇ!!」
下手に射程のある武器を使ったのは却って失敗だ。『抜き足』の速さからすれば、その程度では分かりやすい足場が増えるだけだ。
刀身に乗って、初めてモリアの姿を見下ろす。
相当ムカついたのかそのまま蝙蝠の群れに俺を襲わせようとするけど――
「ノーウ。クロ君にばっか気を取られちゃ駄目だよ」
「――しまっ」
その時には接近していたクザンが、ついにその手を触れた。
すぐさま中将の後ろの方に飛び降りると、
――アイスタイム。
色々な技があるけど、その中でも上位のやべぇ技。
巨人のサウロですら一瞬で凍らせた冷気による攻撃で、ゲッコー・モリアの巨体がみるみる凍っていった。
……にしてもこれ、後の七武海はどうなるんだろう。
そもそもスリラーバーク編……いやまぁ、俺が割と重要な戦闘の敵であるクロになっている時点でなんかもうアレだから考えても無駄なんだけど……。
――パキッ
…………おっとぉ。
――パキ、パキンッ
中将、クザン中じょ――
「なめるんじゃねええええええええぇぇぇぇっ!!」
「グァ……っ!!」
氷厚くしてくれと頼もうと思った瞬間巨大な氷像が割れ、明らかに全身に覇気を纏っていると分かる巨体が現れ、クザンを一撃で殴り飛ばした。
おま、馬っ鹿!!
「俺は! ゲッコー・モリアだ! こんな海でやられるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!!」
やばい。
そう思った次の瞬間には、これまでにない速さで詰めてきたゲッコーモリアの拳が、俺の胴に突き刺さっていた。
「副船長! 最後のゾンビ兵の一団、討伐完了しました!」
「もう日光が差し込んでも大丈夫です!!」
「ロビン、聞こえたな?」
「ペローナさん! ダズさんが!」
「任せろ! 食らえ筋肉達磨! ミニホロを集めて極限までデカくしたお試し技! ――特ホロ!」
激痛で意識が持っていかれそうな中、モリアの足元からバカでかいゴーストが現れモリアを包んだのが見えた瞬間、反射的に吹っ飛ばされたクザンを抱えて更に距離を取っていた。
「!? これは――上にいる奴の!!」
――
轟音と共に、爆発がモリアを中心に弾け、氷で補強した天井をも吹き飛ばす。
「ご……あぁ……っ!!?」
覇気を纏うだけで防げた技が、もうそれすらできていなかった。
痛みに耐えて、立つのがやっとだ。
まぁ、それは自分も同じなのだが――
(懐が……っ)
「ガラ空きだぞ! ゲッコー・モリア!!」
幸いだったのは左足が無事だったことだ。
軸になる左足さえ無事なら――
「冬猫――」
いつもの蹴りとは違い、ズドムッ! と大きな音を立てて踏み込む。
正確には『抜き足』の要領で何度も踏んで大きく蹴る方の足を加速させている。
「クソ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「障子破り!」
いつものように何度も蹴るのではなく、ただ一回の蹴りに出来る限りを込めた一撃が、大海賊の胸に突き刺さり――
――そして日光が差し込むその先、空へと吹き飛ばした。
(もう、こんな戦い二度としねぇ…………)
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020:不信の種
「――それで、例の話だけど……」
マリンフォード。
世界の海を守り、力を行使する海軍本部では数人の幹部が集まって難しい顔をしていた。
「海兵奴隷……まったく、ふざけた話が出て来たもんだね」
この場にいる唯一の女性である本部中将つるは、珍しく激怒を漏らしながらセンゴクから渡された資料を見ていた。
「
「話に出てきた海賊と組んでだね」
説明しているセンゴクに対して、つる――普段はおつるさんと呼ばれている海兵は、確認をする。
「ええ、捕えられていた海兵達を救い、地区本部に単独潜入して我々に事態を知らせてくれた者です」
「…………ねぇ、センゴク。それは本当に海賊なのかい?」
「まぁ……そうだ。残念なことに」
センゴクも珍しく歯切れの悪い答えを返して、事件のあらましを一通り書いた報告書に目を落とす。
書いたのは他ならぬセンゴク自身なのだが、あらためて事件の酷さを見返して関係していたすべてに関して怒りを抱いていた。
書類の作成を手伝い、そして今は後ろに控えているサカズキも同じくだ。
「『抜き足』のクロか……。そうか、コイツが」
「なんだいガープ、知ってるのかい?」
「
海賊王、ゴールド・ロジャーと何度も戦い、海兵の中で伝説と言われている男は、滅多に見せぬ渋い顔をして溜息を吐く。
「おかしいとは思っておった。民間人への略奪の痕跡は一切なく、裏で動く山賊や闇奴隷商を狙うばかり。懸賞金が懸けられた理由が今一つ見えんかったが、あのクズどもに目を付けられた故か……不憫じゃのう」
「ガープ! 口を慎め!」
「クズをクズと言うて何が悪い!!」
大抵いつも笑っている男が、怒りに顔を歪ませ立ち上がる。
「入隊したばかりの若い海兵を食い物にしおって! いっそ儂が海賊になって奴らを襲ってやろうか!!」
「ガープ!!!!」
「これを聞いて腹が立たん海兵がおるかぁ!!」
「二人とも落ち着きな。……気持ちは痛いほど分かるから、落ち着きな」
つるの一言で、今にも殴り合いを始めんばかりに怒気をぶつけ合っていた二人が、覇気はそのままに渋々席に着く。
この場にいる面々で、怒りに燃えぬ者はいないと全員分かっているのだ。
「それで、『抜き足』は今?」
「クザンから入った報告によると、偶然発見したその海兵やギャング達を自分の駒にしようとしたゲッコー・モリアと遭遇、交戦。クザンも救援に向かいこれを撃退しましたが……傷が深いため、他の海兵の治療の指揮を執りながら療養を取っているという事です」
ここで、今までとは違うざわめきが起こる。
――ゲッコー・モリア!?
――カイドウに敗れたとは聞いていたが……
――
――14歳であれと戦えるとは……
「その場にいたのは、捕えられた海兵達とギャングだろう?」
「正確に言えば、モリアに殺害されたギャングの死体に海兵達の影が入れられていたとの事です」
「……よく逃げなかったね」
これが大抵の海兵の思う所だ。
自分達のような将官が揃っているならともかく、捕えられていた海兵を率いた海賊なら逃げるのが普通だ。
そしてその場にいたのは、敵である海兵と大海賊のみ。
逃げるのも選択肢に十分入る窮地だ。
だが、それにセンゴクが首を横に振る。
「あれは、逃げ出す男じゃないだろう。逃げ出す男なら、そもそも海兵達の家族が人質にされないようにと、保護を頼みに基地に乗り込む真似はしない」
センゴクの言葉に全員納得を示すが、同時に誰もがやりきれない顔で息を吐く。
「……いい子だねぇ」
つるのしみじみとした呟き――海賊として追われている者に対して不適切な言葉に反論も不快感もなかった。
この海賊の、海賊らしからぬ勇気ある行動が多くの海兵を救う結果に繋がったのは間違いないのだから。
「コング元帥。それで、世界政府に動きはありましたか?」
「あぁ、センゴク……通達があるにはあったが……」
今回の事件における世界政府の責任は大きい。
ならば当然、なにかいう事があるハズだが――
「事実関係を確認次第、指示を出す。それまで関係者全員に
「ふざけているのですか!!」
あんまりにもあんまりな言葉に、センゴクは机を叩いて立ち上がる。
「どう考えても時間稼ぎです! その間に可能な限りの証拠を消して、責任を最小に抑えようとしているだけだ!!」
「だが動けんのだ!!」
「―――っ!!」
「時代はゴールド・ロジャーの宣言により大海賊時代へと突入した!」
「カイドウとモリアの戦争のように
「加えて
「ここで世界政府との間との摩擦を大きくし、火が着くような事になれば――」
「犠牲になるのは多くの無辜の市民だ!!」
コングの身を切るような叫びに、その場にいる全ての海兵が歯を噛みしめた。
無力感とふがいなさに、うっすら目じりに涙を溜めるものさえいるほどだ。
「今、奴隷にされていると思われる海兵達を消させるような真似はさせん。必ず取り戻す!」
「だからすまん……今は堪えてくれ……っ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン、足はどうだ?」
「まずまず……と言った所だな」
軽く崖を走って登ってみたけど特に違和感はない。
ほぼ完治したと言っていいだろう。
だからもう、そろそろこのベッドから解放されたいものだ。
今は、例のゴーストタウンの中で比較的無事な建物を大工組が改修した仮療養所にて海兵達と身体を休めている所だ。
「ペローナと船医には礼を言っておかないと……」
「船医の方は見習いだがな」
「人の傷を治せるのならもう船医だろう」
治療に当たってくれたのは、今回一緒に戦った海兵の中にいた船医見習いとペローナだ。
あの島の『魔女』に育てられていたペローナは多少とはいえ傷に効く野草や傷の応急手当のやり方を知っていて、船医見習いの子と一緒にあれこれ手当してくれていた。
「? そういえばペローナとロビンは?」
「キャプテンが崖を走っている間に、今回救出した海兵のための食事を作っている。かなりの間放置されていたようで、普通の物を食べさせると危ないそうだ」
「……捨てるつもりだったんだろうな」
あのバカでかい地下部屋があった建物を散歩がてらロビンと調べていたら、海水を引き込む装置と、海へと続く隠し扉――いや、隠し弁が取り付けられていた。
あの部屋を海水で満たして、海での溺死に見せかけて殺して適当に捨てる予定だったのだろう。
「クザン中将は……?」
「さっき戻って来た。この近辺に散らばっている残党を捕まえていたらしいな」
「残党?」
「元々この辺りにいたのは、逃げ出した海兵の家や家族の様子を見張っていた連中を辿った結果らしい」
「あぁ、なるほど」
すげぇベストタイミングで来たと思ったらやっぱ近場まで来てたからか。
にしても、監視役を辿ってここに辿り着くとか……
ギャングの連中、リスクの分散というかマネジメントが随分下手だな……こんな大それたことしていたにしては……。
全部の指揮執ってた奴から切り捨てられて
――キィィィィィィ……。
「あらら、もう動けるようになったのクロ君」
そんな話をしてたら本人が来たわ。
「ええ、もう崖を走れる程度には回復しました」
「崖は走るものじゃなくて登るもの……いや君なら今さらか」
クザンは肩をすくめて俺のベッドの所に来ると、適当な椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
「で、クロ君。一応君が言った事センゴクさんに手紙で送ったけど……いいの?」
「いいの、とは?」
「今回の件は隠した方がいいってこと。上手く立ち回れば君の罪は消せるかもよ?」
「自分がカタギになっちゃったら、誰がロビンを守るんですか」
まぁ、二十年後にルフィと出会うから……いや考えたら二十年ずっと実質孤独って地獄よりヒデェな。
すでにファミリーやら山賊やら一部天竜人に喧嘩売ってるようなもんだし、そのままロビン隠しててもすぐに目をつけられて逃亡ルートだし、まぁしゃーない。
「あらら……。決まっちゃってるねぇ、覚悟」
「宝を手放す気はないって言ったでしょう」
「そうだったねぇ。で、隠した方がいいってのは?」
「海軍……あるいは世界政府もそう思っているかもしれませんが、今海軍と政府の間に大きな
なにせロジャーの処刑からそんなに時間経ってないから、ここから本格的に色々動くんだろうし……。
実際、この西の海は中々に荒れているし。噂だと北も中々だ。
「政府も内心、海軍の不興をこれ以上買うのは不味いと思っているでしょうし……」
「まぁ……センゴクさんもコング元帥もブチ切れてたしね、実際」
「割と戦々恐々としていると思いますよ。世界政府は」
まぁ、だから自分はある意味で連中の恨みを買うわけで……。
「懸賞金、上がってるの見た?」
「えぇ、何度も目を疑いましたが……」
止めなさいクザン中将。いつ撮られたか分からんキメ顔とか本気で恥ずかしいんだから。
――『抜き足』のクロ 9800万ベリー
…………。
お、億行かなかったのはアレかな。せめてもの優しさと受け取っていいのかな……。
「政府は、君に死んでもらいたいみたいだね」
「海軍に自分の討伐命令出しても事情を知っている者からすれば益々政府への不信の種になる。だから賞金稼ぎや海賊に自分を狙われやすくして――って所ですか」
「あらら、頭切れるじゃないクロ君。……ま、そんな所だと思うよ」
ゲロゲーロ。
もうホントあいつら……。
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021:勃発
ゲッコー・モリアとの予期せぬ対決から二週間。
海兵達の体力が航海に耐えられるくらいには回復したのを見計らって、仮拠点となっていたあの島へ戻っていた。
最初はクザンが海兵達を連れて帰るのかと思っていたけど、考えたら海凍らせて自転車で来てたんだ。大量の人員輸送できる船とかないわな。隠密行動だし。
(まぁ、隠密行動が必要なくらい行動が早いのが少し気になるけど……)
クザンは、ゲッコー・モリアとの交戦報告や救出した海兵の照会やらなんやらで忙しくなるため、地区本部へと戻っていった。その後すぐにマリージョアに戻らないといけないそうだ。
――それじゃ、海兵達の事よろしくねー。
おかしいよね?
窮地にあった部下を海賊の所に置いていく海兵っておかしいよね?
まぁ、とりあえず辺りを探し回ってたらファミリーの物らしい船を発見したのでそれに救出した海兵達を乗せて出航、仮拠点で式典への出航まで待つ予定になっている。
「訓練中の海難事故で遭難した新兵達が、力を合わせて困難な環境を生き延び、自分達の事故の慰問式典の日に地区本部へとたどり着く――奇跡の海兵達……か」
「ベタだと思うか? ダズ」
「……話そのものは嫌いじゃない」
センゴクさんに、例の海図と一緒に送った手紙の内容は主に二つ。
一つは暴走しそうな海兵――自分の知識の中だとガープくらいしか――サカズキもキレそうっちゃキレそうだが……まぁ、そういった海兵を抑えてもらう事。
もう一つは今回の件に対するカバーストーリーの作成だ。
死んだことになっている海兵を戻すためには、どうしても物語が必要だ。
あくまで西の海での話なので、他の所だとまた違う作戦が必要になるんだけど。
どうも他の海でも似たような事があったようで、センゴクさんと……驚いたことにあのおつるさんから感謝の手紙がクザンを通して届けられた。
もう一人、教官のゼファーという人からもなんかものっっっすごい長文のお手紙が別に届いたけど……天竜人への怒りと助かった海兵がいる事の喜びの熱が籠りすぎててめっちゃ怖かった。
誰だよこの人。クザンは自分の教官だったとか言ってたな。
……いや、そうか。教官ってことは新兵に対して思う所はあっただろうしこれだけ熱が籠るのも仕方ないのか……。
とりあえず全員に海兵達の様子とか、自分は正しい海兵になってみせると話していた子の事とか織り交ぜた返事を書いてクザンに渡しておいた。
これで多少でも頭が冷えてくれるといいんだが……。
ここで世界が荒れに荒れたらもうどうなるか分からん。
「幸い、自分達はまだ海賊旗もない。こっそり近づく……というとなんだか聞こえが悪いが……まぁ、そうやって海兵達を送り届けて終わりだ」
「……そうだな」
浜辺の方では、海兵達が二組になって模擬刀で訓練を行っている。
ペローナとロビンはそれを眺めながら焚火の近くに腰を下ろしている。
やかんがその上に吊るされている所を見るに、ペローナがココアを飲みたがったのだろう。
「名残惜しいか?」
ダズは、なんだかんだで訓練相手としてあの子達とかなり長い間いたからなぁ。
「……彼女たちには、得難い経験をさせてもらった」
「訓練か?」
「それもそうだが……部下を使う戦いというものは新鮮だった」
「はっはっ。歯痒いだろう?」
「……心臓には悪いな」
ダズくらいの力があれば一人で突っ込めば勝てる。
特にあのゾンビ程度なら。
だけど後ろに守る対象がいて敵が数多くいる場合は、上手く部下を使って状況を捌かなければならない。
(本当は、個々人の能力に任せるのが海賊流なんだろうけど……俺の肌には合わないしなぁ)
ダズがそういう能力を伸ばしてくれれば、これから作る海賊団の色もそうなるだろう。
「実際、どう思った?」
「……崩されない戦闘員がいるだけでかなり違った。もしこれから先に部下を持ったのなら、そこから鍛えたい」
あぁ、そういや負傷とかして崩れた所はちょっと危なかったっけか。
自分は完全にモリアが余計な動きをしないように集中していてそっちはあまり見れていなかったが、怪我していた子が周りに申し訳なさそうにしていたな。
あー、あの子だ。二人がかりで攻撃してもらってそれを一生懸命防ぐ訓練してる子。
「今鍛えても、将来の難敵を作るだけなんだがなぁ」
「ちょっとやそっと鍛えた所で、俺やキャプテンの相手ではない」
「はっはっは。まぁ、そりゃそうだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そしてさらに半月が経ち、俺達は出航した。
船は二隻。元々の俺の船にはベッジとの戦いから一緒の海兵達を、もう一隻をモリア戦からの海兵に任せて、地区本部へと出航。
到着したら、実に式典らしく海軍の船が大量に並んでいた。
…………。
ねぇ、なんで全部それがこっちに向いてるの?
式典だったら地区本部に船首向けるのが普通だよね?
『海賊、『抜き足』のクロ!! その船にお前が乗っているのは分かっている!!』
誰だお前。俺の知ってる声じゃない。
センゴクさんは? クザンは? もうこの際サカズキでも――ごめんやっぱそれなし。
『そしてお前の罪もだ! お前が大罪人――』
海賊にそれいうの野暮じゃねぇ?
俺、ある意味存在が罪だって言われてるような身なんだし――
『ニコ・ロビンを
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
『オハラの悪魔を引き渡せ、『抜き足』のクロ! そうすればこの場だけは見逃してやる!!』
『さもなくばその船ごとお前達を沈める!!』
『その船に
クレメェェェェェェェェェェェェェェェェンスッッ!!!!!!!!!!
クレメンス「すいませんちょっと自分留守なんですよ」
次の更新は少し遅れるかもしれません
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022:道を征く者
後ろで、ロビンがガタガタ震えているのが分かる。
そうか、考えてみればそんなに逃げていないロビンだ。そりゃ怖いか。
しかも状況的には軍艦に囲まれててバスターコールそっくりときた。
「ロビン。おい、ロビン」
ビクリッ、とロビンが震える。
「大丈夫だ。俺は最後まで付き合う」
最悪の状況でも、首魁の俺が首飛ばす覚悟で暴れればお前が逃げられる隙くらい作れるだろう。
「だから、覚悟を決めろ」
横目でロビンの様子を窺うと、冷や汗こそ流しているし、震えも止まっていないがコクリと頷いた。
よし。とりあえずはよし、問題は……
(どうなってる? センゴクさんやクザンが今回の一件でつまらん裏切りを働くとは思えない。……そもそも、ロビンの事がバレたのだって……いや、能力での操船を見られた可能性はあるか)
というか、誰が得をするんだこれ?
確かにロビンの件は大事だけど、それでも後回しにしておけば済む話だ。
兵士を回収した後の方がすんなり上手くいくし、ここまで大げさにするのは――正直頭が悪い。
そもそも、海軍側からしたら、今回のお芝居で色々な事にケリが付くはずだったわけで……。
政府としても、今回の一件に一枚噛めば海軍との交渉の手札になる。
これがぶち壊れたら、マジで世界中が荒れて……荒れて……
(――まさか、陰険チンピラドピンク腐れサングラス!? あのクソ野郎に引っ掻き回されたか!?)
ドフラミンゴが本当に奴隷の一件に関わっているなら、確かにやりかねん。
新聞見たけどアイツまだ七武海じゃねぇし……いやでも、じゃあ誰が奴の駒として動いてる?
アイツは北の海にいるんだよね?
ロビンを要求したあの男は……まぁ、確実なんだろうが。
「すまない、諸君。あの叫んでいるのが誰か分かるか?」
後ろで呆然としている海兵組に尋ねると、例のたしぎ似の子――アミスが答える。
「は、はい。
「…………大物か」
分からん。ますます分からん。
原作でいうスパンダムみたいな、中途半端に権限持ってて中途半端に世界が見えていない野心家なら、あの性悪ピンクに唆されて動く可能性はあるが……統括支部長なんてご立派な地位を持ってる男がなぜ?
「ちなみに、どういう海兵だ?」
アミスに尋ねると、即座に口を開こうとして――止まった。
「? どうした?」
「あ、いえ、すみません。あまり話というか、逸話を聞いた事がない人物だったので……」
…………。ん?
「他に誰か、彼を知っている者は?」
アミスの後ろにいる面子に聞いてみるが、皆顔を見合わせて小さな声で少し話し合い、誰もが首を横に振る。
(実力主義の海軍で、碌な逸話がないのに支部長に?)
「えぇと……海賊船を沈めたとかマフィアの船を取り押さえたとかはあるんですけど」
「地味というか、気が付いたら功績を上げてはいたけど、その内容は特に……」
……嫌な予感がしてきた。
海兵側に、このタイミングでだまし討ちをする理由なんて一切ない。
それでもやるなら、海兵というより個人の理由だろう。
それに、さっきの言葉からすると奴らはロビンを欲しがっている。
ただの口封じならとっくに大砲ぶっ放している。
生きて欲しがるという事は、それを誰かに引き渡したい――取引したいという事だ。
(あの男一人じゃない。政府内部に天竜人、それに……まぁ、一人でどうこうって話じゃないだろうが……)
一つだけ、確信が出てきた。
あの叫んでる統括支部長とかいう男――相当に後ろ暗い所があると見た。
賄賂なりなんなりだろうが、それだけじゃない。
そういう所に手を出すとどんどん深みに嵌まっていくものだ。
危ねぇ。自分はあの時地獄に踏み込んだと思っていたけど、逆に幸運を掴んでいたんだ。
(にゃろう、一枚噛んでやがったな?)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「その情報は確かなのか、『ジョーカー』!?」
『あぁ、間違いない』
時間を
『わかっているだろう。センゴク達による内部監査が始まる。もうお前に逃げ場はない』
変声機がかけられている、男か女かも分からないその相手――『ジョーカー』は淡々と事実を話す。
『どうあがいても後ろ指を指される人生だ。だが……牢獄に入らず、まぁ人らしい生活が出来る道を見つけてやったんだ。感謝してほしいぜ。フッフッフッフ』
「あぁ、あぁ……助かる、助かるよ『ジョーカー』! お前はいつだって頼りになる!」
男は『ジョーカー』の
従っていたために地位を得て、従い続けたために思うままの生活を過ごせていた。
『名前は明かせないが、とある政府の要人がニコ・ロビンの身柄を欲しがっている』
「オハラの悪魔か」
『そうだ。頑固な老人なら殺すしかないが、知識だけはあるガキの方なら手懐けられると考えているようだ』
「し、しかし一体なんのために……?」
『フッフッフ、そこに踏み込むと死ぬぞ? 止めておけ』
「あ、あぁ……そうか……すまない」
男が危うい方向に進んでいた時は『ジョーカー』が必ず警告を出し、救いの手を差し伸べていた。
だから男が『ジョーカー』を疑う事は一切ない。
『世界政府は海軍との折衝のために、幹部をマリージョアに召集している。いいか、チャンスはそこしかない。センゴクあたりが動きを察知すれば、もうアウトだ』
「それまでに『抜き足』とかいうガキの下にいるニコ・ロビンを捕まえなくてはならない……」
『そうだ、ニコ・ロビンを捕まえたら、後で指定する場所まで運んで来い。そこで政府要人と会わせてやる。そうすれば――』
「私は、政府の人間になれるのだな!?」
愚かしいほどに、疑わなかった。
『あぁ、言っておくが要職につけると思うなよ? せいぜいが雑用だ。名前も変えるわけだしな』
「今更そんな贅沢は言わない! そもそも例のビジネスで儲けた金は全部隠した! そこそこの身分さえあれば、あとは十分な暮らしが出来る!」
『……そうだな、フッフッフッフ。お前はよく
『いいか、ニコ・ロビンを捕まえた後は身を隠せ。どうあがいてもしばらくはお尋ね者だからな?』
「あぁ……しかし、子供の賞金首一つに政府の人間が動くとは」
『政府がどれだけ
『そろそろ切るぞ。武運を祈る、統括殿』
「ああ、ガキ共なんて全軍を当てればどうにでもなる。だから頼んだぞ『ジョーカー』!」
―― ……おいトレーボル。
―― ベッヘヘヘヘ、なーにドフィなんの用?
―― 念のためにCPに匿名で情報を放り込んでおけ。お探しの物が見つかったとな。
―― 統括
―― フッフッフッフッフ。海兵だけじゃねぇ、関係していた天竜人やマフィアの連中も見張っておけ。動き次第では駒になる。
―― 関係者が動けば、より状況が真実味を帯びる。
―― その動きの中で一つでも自分に都合のいい真実を見た気になれば、またさらに馬鹿が動く。
―― 矜持、仁義、正義……あぁ、偉い。お前は
―― おかげで読みやすくて助かる。……ここまではな。
―― さて、超えられるか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『どうする!? 『抜き足』のクロ!!』
黙れカス。
本命はロビンっぽいからそこまで本腰というわけでもないだろうが、出来れば余計なこと言いそうな海兵には死んでもらいたいっていう所か。
「どうするもこうするも、やる事は決まっているのだがな……」
戦うしかない。だけどその前に――
「ダズ、スピーカーに電伝虫を繋いでくれ」
「分かった」
ダズが繋いだのを確認してから電伝虫を持ったまま船首に出る。
受話器を取ると同時に、キィィン、という不快な音がする。
『
遠目にだが、ニヤリと嫌な笑い方をする奴がいた。あれか。
『ただし、乗っているのはニコ・ロビンではない! 遭難していた民間人たちである!!』
……途端に不満そうになったな。やっぱり狙いは海兵よりもロビンの身柄か。
『ニコ・ロビンは私の仲間だ! それを引き渡して生き長らえるくらいならば戦いを選ぶ!』
『それでも――もはや戦いは避けられないが、互いに戦いにしこりは残したくないハズだ!』
なにを考えているかは分からないが、恐らくロビンを確保して逃げるつもりだ……と思う。
仮に待っていても、海軍にコイツの居場所はない。
ならば、一度保護させれば海兵達は無事だ。
加えて、実力以外で駆け上った奴なら、名誉――雑に言えば褒められることには弱いハズだ。地位を求めた奴なんざ分かりやすすぎる。
『この西の海を統括してきた貴官を誉れ高き海兵と見込んでお願いしたい! どうか彼らの保護を!!』
来い、来い、乗ってこい!
二秒ほど沈黙が続くが、カス野郎が受話器を握った。
『いいだろう。そちらの船の方に、回収のための兵士を送る』
「ダズ、ペローナ」
「む?」
「ホロ? 回収と見せかけて襲ってきた場合の策か?」
「その程度お前のゴーストでどうにでもなる……じゃなくてだな」
さて、コイツらにも話しておかないとな。
「ここが最後の分岐点だ。海賊か、そうでないのかをまだ選択できる」
ロビンは仕方ない。
ロビンはどう足掻いても世界から追われる身だ。
「ロビンの前でこれを言うのは酷だが……ロビンが側にいるという事で危険度が跳ね上がっている。こればかりは変えられない事実だ」
ロビンが俯いてしまう。ごめんホントごめん!
でもここで言っておかないと不味いんだわ!
「出来る限り人目には気を使っていたが、緊急時にロビンには能力で操船を手伝ってもらっていたことがある。あるいはそこらから漏れたかもしれん」
「あぁ、買い出しでもロビンを使わなかったのはだからか」
ペローナが納得して頷いている。
「ここから先は、世界が追いかけてくる。ここからの航海は、想定していた危険度をはるかに上回る」
バレた以上、いつロブ・ルッチみたいなヤベェ奴が襲ってきてもおかしくない。
「その上で、ここで断言しておく。先ほど宣言した通り、俺がロビンを捨てる事はない」
出来る限りのことはする。
それで死んだらすまん、出来る限り道は作っておくから許してくれ。
「海兵諸君らは、手狭になるがあちらの船に移ってくれ。敵の目的は今一見えないが、恐らく海兵奴隷の件を
この襲撃が海軍の総意ではないのは間違いない。
となれば、あのカスはおそらく逃げるつもりだろう。
疑問点として、ロビンに価値があると言ってもこれだけの騒ぎを帳消しに出来るような人物があんなカスと真っ当な取引をするかということだが……。
(捨て駒だろう。相手――本丸も足が付く真似はしていないだろうし、ここさえ乗り切れば海兵奴隷の一件に一応の決着は付く)
そして最大の問題は、事態がもっとやべぇ話になりかけているという点だ。
助けて、ホント助けてクレメンス……。
「そして、もしお前らが海賊の道をここで選ばないのならば、避難民として向こうに移れ」
まさか、万が一がこうも早まるとは思ってなかったが――
「まだ手配されていないうちならば、クザン中将にお前らの受け皿になってもらえるように頼んでいる」
ダズが珍しく驚いてこっちを見る。
「いつの間に……」
「最後に手紙のやり取りをした時に」
「相変わらずの手際だな」
ロビンとクザンがまた繋がり持った時点でフラグは立ってたからな。
念には念を入れて万が一に備えていた。
「ホロホロホロ、私はお前に付いていくぞ。私はどっちにせよお尋ね者になっていただろうからな。堅苦しい軍の世話になるのはごめんだ」
一番不安だったペローナが真っ先に結論を出す。
……お前変な所で度胸あるよね。
「俺もだ、キャプテン。アンタになら付いていく」
ダズの言葉にロビンも頷いて、こっちを見る。
『待たせたな。こちらは本部大佐、モモンガである。民間人の保護の立ち合いに来た』
…………聞き覚えあるけど誰だっけ。
まぁいい、信頼できそうな面構えではある。
「立ち合い、感謝する! ……よし、海兵諸君は移動してくれ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの日、隠し倉庫の中で見た背中がずっと目に焼き付いていた。
「キャプテン・クロ……」
「アミス、そんな顔をしないでくれ。やっと帰れるんだ」
覚悟を背負い、仁義を
本部大佐と海兵の監視の中、もう一隻の船――臨時の避難船へと自分たちが移るのを見守っている。
「でも――」
「元々諸君らは海兵で、俺達は海賊なんだ。まぁ、なんとかしてみせる」
悪魔の実を食べた能力者たちを相手に、海兵を守るために小さな体で一歩も引かなかった人を罪人として、自分達は置いていかなくてはならない。
立ち合いとして来た海兵達は、事情は知っている者なのかもしれない。
誰もが気まずそうな顔をしている。
「ほら、忘れるな」
そして彼から、自分が着ていた服を渡される。
あまり汚すわけにはいかないと着替えていた、海兵服だ。
どうしてだ。
どうしてこの服を、この人は着る事が出来ないのだろう。
「キャプテン・クロ……私は……正義は――」
あの日を自分は忘れない。
同じ正義を背負った仲間に手錠を掛けられ、口枷を嵌められた時の混乱を。
同じ正義を掲げたはずの上官に、体をまさぐられて値付けをされた時の恐怖を。
「正義……正義なんて――っ!」
気付いていた。
いつの間にか、自分はかつて袖を通していたこの白い服を嫌悪し始めていた。
目に入るだけで苛立ち、背筋がすくみ、顔を背けたくなる。
手にしている制服が、この世でもっとも汚くおぞましい物に思えて仕方ない。
「こんなもの!!」
それがなんなのか分からない程ぐちゃぐちゃになった感情のままに、それを海に捨てようとして――
「止めておけ」
その手を、自分よりも小さい――
「もったいない」
だが大きな手に受け止められていた。
「この服が嫌いになったか?」
気が付いたら涙でぐしゃぐしゃになりながら、言葉を発することも出来ずにただ頷いた。
「……貴女は、この服の価値を勘違いしている。背中にいずれ背負う正義という言葉の価値も」
「そもそも、海兵服にも正義という言葉にも……等しく価値はない。俺が掲げる仁義にもだ」
思わぬ言葉に、顔を上げる。
「正義という言葉に、その手にしている服に価値があるなら、貴女を――諸君らを物扱いした連中はそれに見合う価値があったことになるが……そんな訳がない。正義ほど薄っぺらい言葉はなく、海兵服はただの制服に過ぎない」
「それでも、海兵に憧れる者は後を絶たない。一攫千金を夢見て海賊になる者が増える一方で、海兵を志す者もまた確かにいる。なぜか」
「決まっている。服や正義がかっこいいからではない。――誰がために立ち上がる意思が美しいからだ」
服を持つ手に、思わず力が入った。
「誰かの役に立ちたいという意思が服に意味を与え、守りたいという意思が正義の二文字を輝かせる。その服の本当の価値は、他ならぬ貴女の意思の価値」
「……捨てるにはもったいない。取っておけ。……貴女なら、その服もまた輝かせられるさ」
これから死地に赴くというのに、いつもと変わらない。
―― 海兵諸君、背筋を正せ。
あの時と変わらないように、また立ち向かうのだろう。
曲げられないもののために。
服を掴んだまま、足が進む。
立ち合いの海兵を率いる大佐の前まで歩き――止まった。
「…………それでいいのか?」
本部大佐の問いの意味は分かっている。
持ち帰るはずの海兵服を、自分は大佐へと差し出していた。
「この服の価値を教えていただいた今でも、自分はもう……この服に袖は通せません」
「…………わかった。預かろう」
大佐は服を丁寧に受け取ってくれた。
――もう、迷いはなかった。
進んでいた方向と反対の――来た道を振り返る。
キャプテン・クロが、珍しくキョトンとした顔でこちらを見ている。
「すみません、キャプテン・クロ!!」
「それでももう、自分はこの服を着れません!!」
自分の後ろに続いていた人間の顔を見て、理解した。
「あの時は、成すがままに売られる道を選ぶしか出来なかったけど、今度は自分で選びたい!」
この人たちも、同じ道を選ぼうとしている。
「私は――私はっ!」
「貴方に殉じたい……っ!」
( ゚д゚)
( ゚д゚ )
次は多分月曜か火曜あたりの投下になると思いますー
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023:ROMANCE DAWN
「ホロホロホロ! 結局この船の人員はほとんど変わらねぇな!」
うん。ホントなんでだろうね。
「キャプテン。作戦は分かったが、配置は以前のままで問題ないか?」
うん、なにせ人員がほぼそのままだからね。なんでだろうね。
…………。
ねぇ、ホントなんでさ。
「海軍がどう動こうとも、鍵を握るのは速さだ。操舵もそうだが
「了解」
「分かりました」
いやまぁ、最悪ロビンに操船任せて俺が船に乗ってくる奴や砲弾全部蹴り飛ばすか、あるいはロビン抱えて走って適当にかく乱したうえで逃げるつもりだったからスゲェ助かるんだけどさ。
「私は防御を考えなくていいんだな?」
「あぁ。砲弾は俺が受け持つ。ダズ、甲板に乗り込んだ奴は基本的にアミス達にやらせろ。上手く指揮を執れ」
「ホロホロホロ。一応ゴースト化もしてるんだ、任せろ。連中をビビらせてやる」
「了解した、やってみせよう。アミス、いいな?」
「はい! 持ち場を死守します!」
おかげで取れる作戦は大幅に増えた。
相対する数は圧倒的。
だが、向こうには多くの不安要素がある。
(こちらの想定通りに動いてくれれば活路はある。……活路はあるんだけどなぁ……)
モモンガという大佐が牽引する臨時避難船が徐々に遠ざかっていく。
あるいは向こうに砲弾が撃ち込まれるかもしれないと警戒していたが、本部大佐がいるとなるとうかつに撃てないか……あるいは――。
(より逃げ場のなくなる基地の近辺ではなく、やや離れたここで襲撃をかけたのは被害者家族の目を避けるためか……)
案外、こっちが海兵を何人か返したのは向こうにとっても渡りに船だったのかもしれない。
なにかしらの言い訳の材料にはなると考えたかもしれない。
式典そのものは予定通り用意が進められていたにも関わらず、こうも大げさに仕掛ける。しかも中途半端に民間人の目を避けてだろうし……。
だがやはり、やり口が雑で適当だ。
行き当たりばったりの思い付きとしか思えない。
(やはりセンゴクさんはいないと見ていいか……)
センゴクさんがいた上でそういうことになる可能性もなくはなかったが、それにしても仕掛け方も仕掛ける場所も雑だ。
仕掛けてこなかった時点でサカズキもいないし、クザンはマリージョアにいることがほぼ確定。
(……駄目だ。事態を抑えられる人間がいない)
なにせここにいる一番のお偉いさんが――
『よぅし……それでは全軍でお前達を攻撃する! 後悔するなよ『抜き足』ぃっ!!!』
あの馬鹿である。
敵船一団の動きを見て、ダズは深いため息を吐いた。
「……キャプテンの予想した通りの動きだな」
「ロビンの身柄が欲しいんだ。まぁ、だから包囲したがるのは理解できるが――」
「――もっとよく考えるべきだったな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「モモンガ大佐より、安全圏まで下がったとの報告が入りました」
「よし……艦隊に指示を出せ! これより『抜き足』の一味を包囲する! 全員、海楼石の手錠を用意しておけ!」
勝った。
(事後処理は本部からでしゃばった大佐に任せればいい。どうせこの支部に残ってる将校は関係ない奴も全員取り調べを受けるんだ)
身体の一部を好きな場所に、植物のように咲かせる能力を持つと聞いているが所詮は子供。大して戦闘慣れもしていない能力者など脅威にはならない。
(海賊に成り下がった海兵共は、新兵やら技能訓練しか受けてない連中。顔しか取り柄のない雑魚だ)
ならば大した脅威ではない。
「14の身と言えど相手は海賊! 容赦するな! ニコ・ロビン以外は全員斬り捨てろ!」
海賊を討つという大義名分を得た以上、理は自分にある。
特に口を割りそうな残った連中さえ全員殺せば、少なくとも逃げてジョーカーの手の者と落ち合うまでの時間は稼げる。
そう男は考えていた。
「まずは脅しで大砲を撃ち込め! 反転する間を与えるな!」
「と、統括支部長!」
「なんだ!? さっさと砲撃を始めろ!」
「そ、それが――」
「抜き足の一味、反転せず! 帆を上げてまっすぐこちらに突っ込んできます!!」
「………………」
「ば、馬鹿なのか!!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「帆を張れ、進路二時の方向! 風を逃がすな!」
残った海兵――元海兵で、あの島で過ごしている間に帆船の扱い方を練習していた面子が帆を張り風を受け、手の空いた者は
「確かに包囲は効果的だ。だが結果として敵は数を分散させ、船団の層が薄くなっている。そこを突破し、そのまま海域を脱出する!」
それに包囲のために動き始めた艦隊の両翼は動きがバラバラだった。
慣れていない事が丸わかりだ。包囲のための艦隊機動訓練を行ったことがない組み合わせなのだろう。
おかげでいくつかの船団と船団の間に隙が存在する。
「沖に向けて反転していればその間に距離は縮まるし、それで逃走に一時成功しても逃がすくらいならばと数に任せた砲撃をされかねない」
敵もこちらの行動に泡を食ったのか慌てて砲撃してくるが、明らかに脅し目的で直撃は一発もない。
離しすぎだ馬鹿め! 威嚇目的でも当てるつもりで撃たないと意味がない。
これでは、ロビンの身柄をなんとしても生きたまま確保したいという意図が透けて見えるだけだ。
「幸い風は追い風だ! 船の軽さと小ささ、そして喫水の浅さがこちらの利点。相手の航行が難しい地点を切り抜ける! 操舵手の腕が試されるぞ!」
実際、妙に風がさっきから強くなってきた。
これなら問題ない。想定よりもかなり速度が出ている。
……ちまちま反転してたら横転しそうなくらいにはな!!!!!!
神様仏様クレメンス様! 海賊やってる今はともかくとして俺前世でなにか悪い事しました!!?
「接近すれば当然危険だが、向こうからすればロビンを奪うチャンスと取る! そうなれば砲撃の可能性は更に減る!」
砲撃さえ無くなれば俺も甲板掃除に参加できる。
なにせ今回は狙いがロビンだ。
「ダズは今回あまり前に出るな。ロビンを捕らえるとなると、対能力者装備を揃えている可能性が高い。アミス達を上手く指揮して対応しろ。鋼の身体だからと油断すれば捕えられるぞ!」
海楼石の錠はもちろん、あの変な網もあると考えた方がいい。
いざとなったら本気の速度解禁して、まだ練習中の
「私は敵の足を奪えばいいんだな?」
「そうだ、とにかく近くの船を無力化していけ。同時にミニホロで舵輪や櫂を破壊することも忘れるな」
「ホロホロホロ! 任せろ、片っ端から凹ませてやる!!」
よし。以前ゲッコー・モリアのゾンビ兵と戦っただけあって全員士気が下がってる様子はない。
「キャプテンさん! これ! 出来たよ!」
船室に戻っていたロビンが、俺の装備を持ってきた。
密輸船や先日の隠し倉庫から頂いた大量の武器や火薬、その中でサイズが均一な脇差サイズの物を解体して、俺の言葉を元にロビンや手先の器用な人員がアレコレ試行錯誤しながら作ってくれた装備だ。
「助かる、ロビン」
黒くて丈夫な革手袋。
元は密輸船の中にあった略奪品の一つだったそれに、その指先一本一本に刀の刀身が取り付けられた一見珍妙な武器――『猫の手』と呼ばれるものだ。
初めて手にして、初めて装備したにも関わらずしっくりくる。
重さも気にならない。最低限にと鍛えていた分が幸いしたようだ。
「さて、敵も泡食って進路を変え始めたようだ」
当初は自分達が反転して逃げた時くらいの距離を想定して船を進ませていたんだろうが、こちらが想定外の速度で接近したことで慌てているのだろう。
おかげで大砲の照準合わせも手間取っているのか、少しの間だろうが砲撃が止んだ。
「よし、行くぞ」
あぁ……やっぱり俺、あのクロなんだよなぁ。
すっかり馴染んだ仕草で眼鏡の位置を直して、さらに隙が増えた艦隊を見る。
やはりだ。
個々で統率力の高い船はあるようだが、一番上で指示を出す奴が海戦に慣れていない。
船団としては二流だ。
うん、問題ない。――いける。
「諸君――
背後で、鬨の声が上がった。
今週のジャンプ、長期連載のワンピ二次作者ほど頭抱えてるんじゃなかろうか
次回はマリージョアの描写を入れながら海戦
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024:嵐の出航
聖地マリージョア。
赤い大地の上に鎮座する、天竜人の住まう文字通りの世界の中心。
あらゆる諍いが忌避されるハズの聖地は今、
「我々は攻撃を指示した覚えはない! まだ奴隷にされるところだった海兵が残っているんだぞ!? 政府側の差金ではないのか!?」
「現在政府としても事実関係を確認中だ。それが終わるまで――」
「海兵奴隷の一件からそればかりではないか!!」
「ならばニコ・ロビンの件はどうなのだ? 海軍があのオハラの生き残りを隠蔽していたのではないか?」
「馬鹿な事を!!」
「事実、バスターコールの中で巨人族の海兵がニコ・ロビンを匿っていたという目撃情報が入っている。貴様ら、政府を裏切るつもりではないだろうな」
「いくら五老星といえど、それ以上の海軍への侮辱は許さん!!!」
世界政府における全軍を掌握する全軍総帥と、世界政府における五人の最高権力者。
本来ならば手を取り合わなければならない両者は、今にも激突しそうなほどに激高していた。
(いかん、このままでは……)
本部大将であるセンゴクは、今回呼ばれた海兵達の様子を見て焦っていた。
怒りに震えている総帥や、その後ろでいつ暴れ出してもおかしくない様子の教官ゼファー。そして――
(頼むぞガープ、本当に頼むから堪えてくれ! お前が暴れ出したら全てが悪い方向に転がるんだからな!!)
海賊王ロジャーとの戦いで一躍英雄となったガープの震える腕を、こっそり押しとどめる中将つるがいた。
クザンはどこか落ち着きがなく、サカズキはずっと難しい顔をしたまま拳を握りしめている。
一方の五老星は平然としているが、周囲にCP0が控えているのが分かる。
もはや、いつ開戦となってもおかしくない雰囲気だ。
(おかしい。あの男がニコ・ロビンを匿っていたのはまだ分かる。あの男ならば手を差し伸べるだろう)
センゴクの目から見たクロという男は、罪人ではあれど『悪』にはほど遠い男だった。
ならば、それが賞金首だとしても子供であるニコ・ロビンをもし発見し、助けを求められたのならば匿う事は想像に難くない。
(だが、なぜその情報が
ニコ・ロビンがクロの下にいるという情報が上がったのは、ようやく政府から声がかかり海兵奴隷の一件で政府に進展があったかと思った矢先であった。
(コング元帥)
センゴクは、総帥の後ろで自分やゼファーと共に控えているコング元帥に目線を送ると、元帥もわずかに不安そうな眼差しで小さく頷く。
(くっ、政府から呼び出されたとはいえ、やはり自分は
センゴクが念のためにと実力、人格共に申し分ない部下を残しておいたのだが、連絡はまだ来ない。
(今、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一隻の海賊船目掛けて、大量の砲弾が発射される。
うん、つまりこちら目掛けてである。本当に勘弁してほしい、ほしいが……。
(おまえら、ちょっとベッジの所の兵隊見習ってこい)
あの時はほぼ零距離射撃というのもあったが、それにしても狙いが雑というか……。
宙を走り回り、片っ端から蹴り飛ばしていく。
あの時と違い蹴り飛ばす方向を気にしなくていいというのもあるが、数は圧倒的なのに全然やりやすい。
……いや、でもそりゃそうか。
あの時のベッジはキャタピラで走り回って固い装甲で蹴り防いだ上で大砲とか銃弾バカスカ撃ちこんできてたんだから。
「大佐! 敵は……『抜き足』はどこに!?」
「く……っ。最後に視認できた方向にとにかく撃ち込め! そのあたりにいるはずだ!」
いやぁ、俺はもうそこにいないし、そもそもそちらの船にもう乗ってるんだけどなぁ。
……あの、本当にお分かりでない? 俺、貴方のすぐ後ろにいるんだけど。
まぁいい。とりあえず『猫の手』を試しておこう。
「
両手の『猫の手』を逆手で嚙み合わせて、互いを滑らせて勢いよく開いて目的の物を斬る。
「!? マストが――貴様、いつの間に!?」
「反応も判断も遅い」
とりあえずマストを切り倒して、ついでに
これでこの船は操舵不能だ。
―― おのれ! 総員かかれ! せめてここで討ち取らなければ……っ!
―― 大佐、駄目です! もうどこにもいません!
船を沈める必要はない。さっさと離脱して次の目標を探そう。
とにかく航行不能な船を増やして包囲までの展開を遅くすればいい。
……うん、突風のせいで何隻か進路変更に失敗して横転してたりするけど……運が悪かったとそれは諦めてくれ。
正直、救助活動なんかのおかげでそこそこの数の船の足止めになっているからちょうどいいっちゃいいんだが。
「ロビン、電伝虫は相変わらずか?」
宙を走りながら手の甲の辺りに生やさせた耳に話しかけると、その側に口が生えて喋り出す。
『うん、戦闘が始まってからずっとノイズしか出ないよ』
「やっぱりか……。先ほどから海兵達は、手旗信号で連絡をとりあっている」
『どうして? 電伝虫の方が確実だし、手旗信号じゃ視づらいのに……』
「全ての念波を遮断したいんだろうな」
確信した、間違いなくあの統括とかいう名ばかりのカスの後ろには誰か――多分、未来の謀略大好きドピンクイキりおじさんが付いている。
そうでもなければ意味がない。
(あぁ、情報の制限は謀略の基本だよな)
何が起こっているのかは大体察した。
モモンガとかいうあの本部大佐、多分センゴクさんが残した人なんだろう。なにかあると感じたのか念のためかわからないけど、それでもセンゴクさんとの通信手段は持っているハズ。
だからだろう。今こうなっているのは。
(大方、今余計な事を喋られると逃げるのが難しくなるから妨害しておけみたいな事言われたか)
スゲーなあの統括。自分から棺桶担いで墓場に全力ダッシュして自分の墓穴掘りまくってやがる。
まぁ、一理あるといえばある。
事態を知ったらセンゴクさんやらサカズキやらが来て何もかも崩壊させるだろう。
そう考えると、逃走を目的にしている自分達にとっても都合はいい。いいんだけど……。
「ロビン、ダズに進路はプランCを選ぶと伝えてくれ。俺はもう少し後方の足止めをしてから戻る」
『C? 一番危ないルートじゃないですか?』
「まぁ、そうなんだが……」
直撃コースっぽい砲弾を蹴り落とし、反動で放った
……まぁ、いい。そろそろ本格的に敵本陣に肉薄するから砲撃も誤射を恐れて減るだろうし、速度さえ下がれば問題ない。
自分達の船の甲板を確認すると、なんとか飛び移ったのだろう兵士がアミスにサーベルで斬りかかるが防がれ、そのままアミスともう一人――例の防御訓練頑張ってた子の二人がかりで抑え込まれて海に落とされた。
よしよし、それでいい。
下手に斬っちゃうと後味悪いし、アミス達海兵組の士気に関わる。
(ダズの指示か。いい方向に成長してるな)
本来なら一人で任務をこなす殺し屋だったけど、こっちじゃいい感じに人を使う事を覚え始めている。
「一旦戻って甲板で敵の迎撃に移るが、今のうちに進路を取っておいてくれ。その方が相手も驚く。復唱」
『は、はい!』
『これより、敵海軍旗艦に向けて進路を取るよう伝えます! ……で、いいんだよね』
「ああ、それでいい」
さて、通りすがりに殴りかかるようで大変申し訳ないんだけど、こっちにもちょっと用事がある。
統括支部長殿の船、ちょっとの間占拠させてもらおうか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「副船長! 甲板の敵の掃討、完了しました」
「こちらの負傷者や落ちた者は?」
「ありません! 点呼した所、全員揃っております!」
「……よし、すぐに本格的な戦闘になる。キャプテンが戻るまで万が一がないように持ち場に就け」
海軍時代の癖で自分に向けて敬礼をとるアミスに小さく苦笑をしながら、ダズは眼前の一団を見る。
進路は、敵旗艦の真横をすり抜ける進路だ。
当然敵の中でも主力が揃っている。
あるいは能力者がいるかもしれない。
「ペローナ」
「ホロホロ、分かっている。出鼻を挫けってんだろう?」
「そうだ。ここから先、操船にわずかでもミスが出たら、戻すために時間のロスが出る」
「そしたらロス分海兵が乗り込んでくるな。あぁ、任せておけ。
ダズの横でペローナは、周囲にゴーストを漂わせてふわふわと浮いている。
幽体離脱した体で、甲板に飛び込んできた敵への威嚇も兼ねてだ。
攻撃されれば当然すり抜け、相手は能力者の存在に気が付く。
4つの海のレベルでは、能力者の有無は戦局を大きく左右する。
敵にそれがいると――それも対処法が分からないものだと知らしめれば、大きく士気を下げる要因になる。
「こちらは大砲が一門もない。敵船は沈めず、航行不能にすることで障害物として利用するという事だが……」
「いざってときは特ホロで沈めてやるよ。あれから練習してんだ。あん時よりも威力出せるぞ」
ペローナの言葉にダズは小さくうなずいて、自分達が辿ってきた後方を見る。
いくつか統率の取れた船団が自分達を包囲し乗り込んできたものの、結果として全て立ち往生。
そこから離れた所には、クロの足技によって帆が切り裂かれ出遅れている船や、操船に失敗して横転している船もある。
そして今、また一隻帆を切り裂かれ――
「――よし、誰も脱落していないな?」
それとほぼ同時にこの船の船長が、音もなく甲板の真ん中に降り立った。
「キャプテン。随分と早かったな」
「あぁ、思ったより兵士が弱くてな……。ペローナの一件の時の海兵はかなりの上澄みだったようだ」
「ホロホロホロ、単にお前が更に速くなったんじゃねぇか?」
ペローナがそういうがクロは納得した様子はなく、軽く肩をすくめている。
「問題は、今からその上澄みの兵士が大量に来る可能性が高いという事だ。全員気を抜くな。ここからは速さに加えて正確さが必要になる」
舵輪を任されている元海兵が、緊張しながら進行方向を見据えている。
「元々潜入計画を立てる際に、周辺の地形を調べていたのが役に立った。操舵手、海図は頭に入ってるか?」
「はい! 問題ありません!」
数少ない男―― 一見女に見える男の元海兵は、残った元海兵組の中でも特に努力家な男だった。
まだ海兵であった頃でも、仮拠点の島では特に訓練に熱心だった兵士の一人で、先日の対ゾンビ軍団戦でもダズが覚えていたほど、崩されずに前線を支えていた。
「最悪なのは足を止める事だ。足を止めた瞬間、海兵が大量に乗り込んでくる。そうなれば数で押し切られる」
アミスをはじめ戦闘を任されている人間が、気を引き締める。
「だから、相手が操船を躊躇う所を切り抜ける。観測手は海面をよく見て、異変を感じたら操舵手に必ず伝えてくれ。戦闘員は操船要員の死守を」
「ここからが本番だ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なにをやっているんだ!!」
この海をこれまで統括してきたと日頃豪語している男は、あまりの状況のふがいなさにみっともなく叫んでいた。
「相手はたった一隻!! 武装すらないただの船だぞ!?」
目の前で、この船を目掛けてまっすぐに突っ込んでくる敵船に乗りつけようとした軍艦が、マストを斬り落され、甲板にいた兵士たちは次々に倒れていく。
敵船――旗こそないが海賊船の背後から、風を受けて接近していたキャラック船は、突如その側部に現れたとてつもなく巨大な幽霊の爆発の余波でバランスを崩し、横転した。
そしてそれが障害物となり、周りの船が近づく障害になってしまっている。
「さっさと押さえろ! ガキと雑魚しか乗っていないんだぞ!!」
「し、しかし支部長! 相手は一億に近い賞金首の『抜き足』です!」
「乗っている他の海賊達も、連携が取れていて切り崩しにくいという報告が入っています!」
「駄目だ、別働隊もマストと舵輪をやられた! 航行不能の信号確認!!」
「ジェイス大佐の一団もやられました! 乗り込んだものの迎撃を受け、全員海に落とされた模様!」
(馬鹿な! 高額賞金は例の事件を知っているから付けられたという話ではないのか!?)
「モモンガはどこだ! 本部の大佐なら――」
「げ、現在式典開催地の警護を固めています!」
「なぜそんな所にいるんだ!?」
それを指示したのは他ならぬ統括支部長自身なのだが、本人はすでに忘れていた。
ただ単に邪魔者を遠ざけたいだけだったため、碌に覚えていなかった。
「おい、今すぐどの艦でもいいから奴らの船に体当たりさせろ!」
「は?」
「これだけ強いのなら『抜き足』も何らかの能力者のハズだ! 船ごと倒せば碌に戦えはしまい!」
「ですが、ニコ・ロビンは?」
「そんなもの後からどうにでもなる! 今はあのガキを――」
なんとかするんだ。
その一言を男は言えなかった。
言おうとした瞬間、自分の周囲を固めていた海兵と共に、突然顎に走った衝撃を受けてその場に崩れ落ちたからだ。
―― よし、予定通り。あとはタイミングが合えば離脱が楽でいいんだが……
―― さて、統括支部長殿。突然の来訪で申し訳ないが、妨害念波を出している電伝虫の在りかを教えてもら……
―― あ
てへぺろ
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025:接触
「ここまでだ海賊! 覚悟し――」
カァン!
「なっ、能力者!? ニコ・ロビンや『抜き足』以外に、こんなにも能力者が揃っているだと!?」
「愚かな」
海賊、ダズ・ボーネスは体を刃に変化させず、ただ鋼化させた上で思い切り押して海兵を海へと叩き落とした。
「我々のキャプテンは、あの不味い実を口にしたことはない」
「ホロホロホロ。クロは変な所で美食家だから、不味いと分かってるアレを食べようとは思わないだろうな」
「…………確かに」
甲板に乗り込んだ兵士の大半は、すでに船の外――海へと追い出されていた。
次に接近してきた船に対して、ペローナが大量のゴーストをけしかけ、次に飛び移ろうとしていた海兵達を全員無力化する。
―― 全員何をやっているんだ!? さっさと飛び―― こんな身分で大声出して申し訳ない……
―― このまま甲板のシミになりたい…………。
―― 自分みたいな人間が子供に剣を突きつけるなんて……そうだ、死のう。
こと、制圧力という一点においては絶大な力を持つペローナにとって、この程度の海兵ならば大した脅威ではない。
「新入り共も思ったよりやるじゃねぇか。動きのいい海兵相手に、基本二人がかりとはいえちゃんと戦えている」
「当たり前だ。一月ほどだけとはいえ俺とキャプテンで鍛えたんだ」
全身刃物人間のダズや、圧倒的なスピードを持つためどこから攻撃が来るか分からないキャプテン・クロとの手合わせは、本人達も予想していないほど濃度の高い経験値をそれぞれの中に積み上げていた。
「問題はキャプテンの方か……。ロビン、そっちの様子はどうだ?」
戦闘や略奪といった
目をどこかに咲かせている証拠なのだが、これは滅多にない。
以前クロの身体に目を咲かせたままにしていたら、あまりの速さに酔ったからだ。
『ごめん、今はちょっと忙しいの。キャプテンさんに頼まれて、両目とも探索に使ってて』
「む、探索?」
「例の電伝虫が見つからねぇのか」
ダズは船の進み具合を見る。
風は相変わらず強く、帆は風を受けて力強く張られている。
まだキャプテンが乗り込んだ旗艦の側面に辿り着くには時間がかかるが、もし
「ペローナ、特ホロで周囲の船をいくつか横転させろ。この風ならいける」
「特ホロだと射程少し落ちるぞ?」
「キャプテンが乗り込んでいる旗艦に敵船が近づく障害になればいい。……だから沈めるな」
「ホロホロ、よし任せろ」
言うや否や、偽りのペローナの手の平から、まるで風船が膨らんでいくかのように巨大な半透明のゴーストが現れる。
「行くぞ、海軍!」
――大佐! またあのゴーストが!
――銃兵達はあの能力者を狙い撃て! 怯ませるだけでもいい!!
わずかにそんな叫び声が聞こえてきたが、ダズもアミス達も何もしない。
実際、この遠距離で奇跡的にペローナを直撃したいくつかの銃弾はそのままペローナの身体をすり抜け、甲板や手すりに小さな焦げ跡をいくつか付けただけだ。
「ホロホロホロ! そんなもので!」
「私達を止められると思うな!!」
――神風ラップ三連!
直撃すれば船体に多大なダメージを与えるだろう一撃は、船底部から少し離れた所で連続した爆発を起こし、海軍の船を大きく傾かせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まずはニコ・ロビンを押さえろ。奴の存在は脅威以外の何者でもない」
「同胞達に殺し合えとおっしゃられるのですか! まずは事態を収拾させてもらいたい!」
「結果ニコ・ロビンを――オハラの知識を逃す可能性があるのならば、どれほどの犠牲が出ようと潰さなければならん」
「しかし――」
「むしろ、ニコ・ロビンを抑える事に腐心している西の海の支部長の方が、よほど海兵として正しいではないか」
「ぐ……っ」
話し合いはまったく進まない。
海軍側としては、海兵の売買に関して政府から言質を取りたい。
政府としては、何よりもまず『オハラ』の知識の流出を防ぎたい。
「それに、すでに一部の海兵達は海賊として活動しているという報告が上がっている」
「あの取引さえなければ、真っ当な海兵だったのです!」
その言葉に、ゼファーとガープが拳を握りしめる。
それを見たセンゴクとおつるの二名が思わず動こうとした時、ドアが強くノックされた。
「何事だ!?」
五老星の一人が叫ぶと、海兵が一人入ってきた。
「申し訳ありません! 西の海のマッズ統括支部長の電伝虫が繋がりました!」
海兵側はもちろん、五老星たちもそれに反応した。
「マッズの奴、なぜ今になってようやく!?」
「あ、いえ、それが……出ているのはマッズ統括支部長ではなく……」
「海賊、『抜き足』のクロと名乗っています!!」
椅子に座って身じろぎもしなかったサカズキやその横に立つクザンも含め、その場にいた誰もが虚を突かれた顔で、海兵が持ってきた電伝虫に目をやった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今後どう荒れるか分からんし、あるいは情報を上げることで混乱を多少は抑えられるかとセンゴクさんに情報を上げようとここまで来たが、さすがにちょっと諦めそうになったわ。
「ロビン、助かった。こっちの様子は聞かせるから、後は自分の身を守る事に専念していてくれ」
いやホントに助かった……。
俺一人だとあんな分かりづらい所にあった金庫なんて見落としていただろう。
このバカはなにやっても全然起きねぇし……いい感じに脳を揺らしてしまったか。
滅茶苦茶手加減したつもりだったんだけどな。
『うん、わかった。キャプテンさんも気を付けて。海軍の船がたくさん来てる』
「心配してくれてありがとう。だが大丈夫だ、問題ない。そっちこそ気を付けてくれ」
うんまぁ、実際海兵のレベルがこの程度なら……全く問題ない。
ベッジやモリアの時みたいに変な縛りがあるわけではないし、戦う場所だって自分で選べる。
(それに――)
足元で寝ているここの統括支部長――叩いても起きないなら起きるまで叩けばいいじゃないと顔がすげぇ腫れ上がってる――は結局起きなかった。雑魚。
(いやぁ、賄賂なりなんなりで駆け上がったタイプだとは思うが、このレベルで上になれるんなら……うん)
さすがにグランドラインの海兵はここまで甘くないだろうが、四つの海の海兵のレベルがちょっと心配になっていた所で、
『抜き足! お前なのか!?』
電伝虫に出たのは予想通りセンゴクさんだった。
やっぱりいたか。
「センゴク殿、お久しぶりです。そちらもお忙しい状況だとは思いますが、こちらの状況をまずお伝えします」
後ろがエラいざわついている。
マリージョアにいるとは思うので多分、海軍の人間用の詰所なり待合室みたいな所だろうし、ひょっとしたらクザン達もいるかもしれない。
「あるいはすでに耳に入っているかもしれませんが、ニコ・ロビンの一件で海軍の
『では、捕えられていた海兵達は!?』
……あれ? ロビンの事あっさり受け入れられたな。
もっとこう、罵りの十や二十くらい飛んで来るかもと思ってたんだけど。
「交戦前に、民間人として本部大佐モモンガ殿の立ち合いの下保護していただきました。詳しくは彼から……おそらく、今なら通信が使えるようになっているハズです」
俺がそう言うと、センゴクさんの安堵のため息が聞こえてきた。
その背後からもだ。ただ――
「ただ……」
アミス達の事をどう説明すればいいんだ。
自分だって正直まだ呑み込めてないのに……『海兵達が自分のためなら死ねると言い出して今元同僚相手に交戦してます』?
運命は俺に恥ずか死ねとおっしゃる?
助けて……ホントもう助けてクレメンス……。
「申し訳ありません、そのうち二十近くの海兵は、私の下に」
『分かっている。そっちの方の話は聞いている。海賊になった者がいると……』
…………あ?
それを聞いているのに海兵達を返したことは知らなかった様子だった。
後ろから聞こえてきた反応も含めて多分。
なのに、海兵が海賊になった事は知っていた?
…………。
「センゴク殿。海賊としてニコ・ロビンを迎え入れて、なおかつ交戦している身で失礼なのは重々承知ですが、お聞きしたいことがあります」
あー、なんか接近してくる船もあるし、どこまで話できるかな……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――以上だ。正直、お前から聞いたことの方が情報量が多い」
電伝虫の会話は、この部屋にいる全員が聞いている。
五老星も、一言も口を開かず会話を見守っている。
あるいは、会話からクロという男を推し量っているのかもしれない。
『……こちらの支部長は、電伝虫を金庫の中に入れて隠していました。その横に妨害電伝虫をわざわざ置いてまでです』
「……支部長は、事態を隠したい者と繋がっていたと思うか?」
あえてそういう言い方をした。
ガープ辺りが歯を食いしばる音がしたが、事態を収めるには言葉にインパクトが必要だ。
今回の一件で海兵を救い、守り続けた異色の海賊。
ニコ・ロビンの件があるとはいえ、今回の事情を知る海兵からはそれなりの信頼を得ている。
(なにより、お前なら――)
『いいえ、逆でしょう』
なにより、この男は野蛮や粗暴と言った言葉から程遠く、知性を感じさせる。
(そうだ、お前なら気付く)
『今回の一件……いえ、奴隷の一件から続くこの事態は、何者かによる世界政府への
クロという
『センゴク殿、今回の一件、海軍側が現場の情報を把握できなかったように政府側も把握できていないのではないでしょうか? 海兵の動きもそうですが、政府側も動きが鈍いように感じます』
五老星の面々が小さく体を動かす。
「……政府の人間とは話をしているが、そういう素振りはなかった」
『隙を見せまいとされたのでしょう。世界政府――世界は色々な物を清算せずに積み上げすぎた』
一瞬、電伝虫の向こう側の海賊に今この場にいる面子の事を説明するべきかとさすがに思った。
だが五老星は、まるで先を促すようにどっしりと座ったままだ。
『長い世界政府の歴史から、彼らは自分達に反旗を翻す者が出る可能性に慣れすぎている。そして
『奴隷、貧困、飢餓、戦争、天災、海賊――そして
『だが、多くを押さえつけるという事は多くが敵という事。それらに備えている日常の中に、海兵奴隷という
『おそらく政府側も海軍側も、欲しい情報の
『奴隷の件で海軍は政府に怒りと不信を覚え、政府はそれを受けて不安を覚えたハズ』
『海軍組織への不安は不信をよび、互いが互いの不信を読み取りそれは不審へと成長する』
『そんな状況で、得た情報が断片のみ。それだけで不安を煽るモノ』
『そうして断片から自ら組み立てた情報は、どうしても不審の香りが強く残る』
『……全員を騙す必要はない。海軍、政府で、ある程度の影響力を持つ数名に互いへの強い不審が残ればそれだけで敵は目的を達成できる』
『敵の目的は、政府内部の消えない火種を増やすことです』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
実際、今回の件で海軍と政府が対立まで行くかというと微妙だと思う。
不審は凄まじい物になるだろうが、天竜人だけが動いていたのではなく海兵の中にも裏切り者がいた。
最終的にそこらの事実を使って、後はすでに奴隷として売られた海兵の把握やら回収やらで手打ちっていう流れになったはずだ。
推定真犯人(のちの41歳)のやったことは、その解決の時間を小細工で引き延ばして、互いの不信感を煽ったって所だろう。
『……抜き足』
「なんでしょうか」
『お前と話をしたいという
…………。
「ええ、構いません」
俺がそう答えると、受話器を誰かが握り直すノイズが入る。
誰だろう、全軍総帥とかかな……後のコングがなる役職。コングは……この時期だと元帥だっけ。
『話は聞かせてもらった。『抜き足』のクロ……面白い男だな』
「恐縮です。……失礼は重々承知ですが、どなたか伺ってもよろしいでしょうか」
『……そうだな。声だけでは分からんものだ』
『五老星。そういえばわかるな?』
…………。
「これは……失礼いたしました。知らぬとはいえ、ご無礼を」
センゴクさんがいた所、海軍の集まりじゃなかったの!?
『よい。我々が聞きたいのはただ一つ』
『貴様、七武海の地位に興味はあるか?』
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026:脱出
『貴様、七武海の地位に興味はあるか?』
…………。
ははぁ、七武海。
七武海かぁ。
「……それは、お誘いでしょうか?」
『どうかね?』
てめぇ、明言を避けやがったな!?
「……この非才の身に、五老星程の方々から目をかけていただいたのは大変光栄ですが……」
『断る、と?』
「ロビンの事もあります。うかつに自分が政府側に入るわけにはいかないでしょう」
権力側に取り込めば後はどうとでもなるって言いたいのが丸見えじゃボケェ!!
と言っても、同時にそこまで敵対したくないという意図も見えるし……。
海軍側と妙なパイプを持ってしまった俺を、ニコ・ロビンという危険因子ごと取り込んで監視下に置きたいってのがまず思いつくことだが……中に入れば暗殺だって容易くなる。
……うん、やっぱうかつに入るのは拙い。
「なにより、七武海という制度に疑問を持っている自分程、その任に似付かわしくない者はいないでしょう」
『疑問? 七武海にか?』
「はい」
『……それは海賊に権利を認める事についてか?』
「いえ、土地と時間を与える事です」
クロコダイルとかクソダサイキリドピンクグラサンとかがまさにそれだしなぁ。
「王下七武海は、文字通り世界政府の下略奪が認められている海賊です」
……いや、よくよく考えると文字通りっておかしいな。世界政府ってふわっとしたイメージでしかないけど連合国というかより実権を持った国連みたいな……それで王の下って――あぁ、天竜人がいたか。
「その海賊が、人物によっては世界政府加盟国に堂々と根を下ろし、長い時間をかけて同化できる。これは極めて危険です」
『……転覆を狙うことがあると? いかに認められたとはいえ海賊だぞ? 王はもちろん民衆が認めるとは思えん』
「いいえ。これから先の大海賊時代において、力ほど分かりやすい魅力はありません」
そもそも、悪魔の実は図鑑が出来るくらいには知られているわけだし、人を操るやべぇ能力だって知られてると――いや、糸を操る能力で人まで操れるとは思わんか。
ベッジだって城の能力でキャタピラ出してたし、考えてみりゃ悪魔の実ってなんかこう……アバウトというかいいかげんな所あるよなぁ。
「海賊は、政府や海軍が持っていない懸賞金という分かりやすいステータスがあります」
『……』
「ロビンがそうであるように、これは本来世界政府への危険度を表す金額ですが、民衆からすればそれは強さを表す数字に見えるでしょう。それが曲がりなりにも政府に認められている。これが話をややこしくします」
『民衆からすれば、危険度の意味がわずかに違う。だから読み違えると』
「加えて大衆はどうしても理解の及ばない物を避け、分かりやすい物に流れるものです。それが王だろうと海賊だろうと」
クロコダイルの方はまだ分からんでもない。あれは本当に時間をかけて溶け込む作戦だった。
でもドレスローザは……うん、ちょっとこう……。
「なにかの理由で王家に多大な不審を感じた時、その先に何があるかを見ずに力を持つ者を求めるのは想像に難くありません」
まぁ、あの流れで民衆に何が出来たかっていうと仕方ないんだけどさぁ。
「そしてなにかが起こった時、海賊の行動がそのまま政府の威信に泥を塗りかねない。あまりにも……リスクが高すぎる」
『……『抜き足』のクロ。貴様、なぜ海賊になった。いや、きっかけは分かっておる。天竜人――ジャルマック聖の娘の奴隷要請を断ったからだな』
「はい」
『その後お前には生存のみで1000ベリーの懸賞金が懸けられた。……その額ならば、隠れ住むこともできたのではないか?』
お前ら全員顎骨砕かれたいのか!?
……懸賞金付けた奴――多分あの名前知らんアフログラサン海兵も似たような考えだったんだろうけど。
「それがどれだけ少額だろうと、賞金首は賞金首です」
『…………』
マジで物買うだけでもすんげぇ苦労すんだよ!
下手に平和な
懸賞金も低いから舐められて小遣い稼ぎに捕まえようとする奴チラホラいるしさ!
『七武海ならば、もう追われる事はない。ニコ・ロビンもだ』
いらんわボケェ!
七武海ってのがなんなのか分かってんのか!?
ルフィのパワーアップ練習台のサンドバッグなんだぞ大体!?
そもそも実績ない子供が七武海なんぞになろうものなら、功績目当てで玉石混淆だろうが海賊共がわんさか――それが狙いかお前ら!!
「この身には不要です。堅気に手を出したことはなくとも、略奪で生計を立てている罪人である事に変わりはない」
正直ロビン――オハラもそうだ。
人格者達の集まりではあったのだろうし、空白の百年の研究を禁止するなんてのも悪法ではあると思うが……法は法ではあり、世界政府にとっての罪人であったのは間違いない。
まぁ、これから先20年に渡って逆らう罪人がわんさか出てくるのがこの世界なんだけど。
「まぁ……確かに海賊の他にも裏の道はあったと思います。空き巣、スリ、山賊やマフィア」
『そうだ、それを聞きたい。なぜわざわざ海に出た』
いや、なぜって――
「それら全て、罪のない堅気を食い物にするからです。それでは私は自分の生き方として納得できない」
「空き巣やスリは当然、仮に犯罪者を相手に絞ったとしても、一つの土地に根を張るのならばいずれは手を出していたでしょう」
「縄張りが全てとなる山賊やマフィアでは尚更でしょう」
……あ、いや、コイツらひょっとして自分が空白の過去を暴こうとしているとかなにか考えている?
「誰にも迷惑を掛けずに生きるなど、堅気でも無理な話でしょうが……」
今回の七武海勧誘は、権力に取り込む目的もあったけど、同時に会話でこちらの目的を探るためか?
なにせ俺はロビンを仲間にしている。
「賞金首となったからこそ、せめて自分が納得できる生き方を選びたい」
ゲロゲーロ、また面倒くさい連中に目を付けられたなぁ。
仕方ないけどさ。
『ならば、せめてニコ・ロビンを渡せ』
「分かり切った答えを、貴方々は一々必要とされるのか?」
『……後悔するぞ。貴様の手元にニコ・ロビンがいる限り、我々は貴様を追い続ける』
「やはり、最大の目的は彼女でしたか」
『貴様は薄々何かに勘付いているようだが、だからこそその少女には消えてもらわなければならない』
「空白の百年は、政府にとって余計なものだと?」
『そうだ』
「余計な物を削り続ければ、その果てに待つのは先細りし、摩耗した世界ではないですか?」
『…………』
「すべての物事には意味がある。それが隠されれば、何年経とうともその意味を探す者は必ず現れる。その度に関係ない人間を巻き込んで全て消すのですか?」
『……そうだ』
こいつらホント! 言っちゃなんだけど隠し方下手くそか!
というか空白の百年に関しての方針、本当に五老星が決めてるのか!?
もっとこう……ずっと愚直に守ってきた方針が合わなくなってきたとかそういう感じもするんだけどな……。
これまでずっと守られてきた世界が、クローバー博士が言っていたポッと出の思想一つでそこまで混乱するんだろうか?
……いや崩壊するかもしれんな、ここ腐った貴族が支配するワンピース世界だったわ。
…………。
あれ? 崩壊した方がよくね?
「……理解はできます。表に出れば事態が大きく動く物を恐れ、それがどれだけの大火になるか分からないのならば蓋をしようというのは、分からなくもない。それもまた、確かに正義なのでしょう」
『ならば!』
「だが、私の仁義はこう言っている。ただ知識を得ただけで、それらを皆殺しにするような真似は断じて正義ではない」
『っ』
「そも、今回の奴隷の件も歴史と同じく、怠惰な安定だけを求めた結果の暴走ではないか。仮に今回の一件、捕まっていたのがただの一般市民だったのならば、海兵はどこまで動いた? 囚われた者達の心身に、果たしてどこまで寄り添った?」
小さく、呻く声が聞こえてきた。
おそらく海兵の誰かだろう。
……センゴクさんだったらマジですいません。そりゃあ後の元帥の心にダイレクトアタックですよね!
でももうロビン拾った以上、俺には引き返す道も逃げる道もないんですよ!
「私と以前戦った海兵は私にこう言った。私が奴隷として捕縛されていれば済んだ話だと。世界はそうして回っていると」
『……その通りだ』
「違う。私にそれは出来なかったが、誰もがただ耐えているだけだ。奴隷にされた者も、そうなる恐怖に怯える者も、……今にして思えばあの時の中将殿も。ある意味で、そういう環境の中でしか生きられない天竜人もだ」
ふと、ガープの事を思い出した。
ガープとかまさに耐えてる人だろうなぁ。
「下がただ耐えるのは簡単だ。それを当たり前と思うのも簡単だ。だが、それではいずれ限界が来る。もたなくなる日は必ず来る」
というか、もうすぐ来るんだよなぁ。
まだ革命軍はないけど、ルフィが産まれる頃には革命軍出来上がってるんだろうし。
「その可能性から目を逸らし、世界政府という歪な組織の背筋を正さず、多くの犠牲を当たり前とする怠惰な安定こそが正義と謳い、ただ古い文字を読めるだけの少女一人を追い回し、殺すという」
「ならば私は、私の矜持の下にこう言おう」
「来い。受けて立つ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一隻の船が、海軍の砲撃を物ともせず、包囲網を突破する。
わずか4人の子供の海賊と、その下に就く元新兵ばかりの名もなき海賊団が、後に語られるだろう船出を果たした。
「いや……だろう、ではないな。私が彼らを――この船出を語り継がねばならない」
戦闘が行われていた海域から少し離れた所にポツンとある岩礁の陰に隠された船の上で、盗聴用の電伝虫を手にした一人の男が、全てを見届けていた。
「征くがいい。その気高き矜持を掲げて」
「世界がお前達に追いつくのか、あるいはお前達が世界を切り拓くのか」
顔に大きな入れ墨をいれたその男は、海賊たちの船に追いつくところだった唯一の軍艦が大量のゴーストの群れに襲われ、更に帆が切り裂かれるのを見て満足げに笑う。
「私も、覚悟を決める必要があるな……」
男は、必死に海賊船を追いかける海軍たちを尻目に、静かに船を出航させた。
男の名はドラゴン。
後に、世界に戦いを挑む男であった。
言ってやった言ってやった悔いはないんだ逃げ場はないんだタイムマシンはどこかなばっばばっばば!!
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027:旗揚げ
「まだ14歳。身の安全を餌に権力側に取り込めば、あの才覚をこちらに染められると思ったが……」
「抜き足のクロ……末恐ろしい男が現れたものだ」
「ジャルマック聖め、余計な事を」
海軍将校たちとの協議が終わり、彼らが去った後の部屋には5人の男たちがテーブルを囲んでいた。
「どう思う?」
「今すぐに消すべきだ。時を置けば置くほど手に負えなくなる」
「だが、肝心の海軍はどうだ? あの男を討つ事に躊躇いが出ないか?」
「躊躇い程度ならいい。最悪、殺したことにしてニコ・ロビンごと一味を海軍組織の中に匿いかねん。なにせ一味のほとんどは奴隷になるハズだった元海兵だ。十分にあり得る」
「……火種を警告した男が最大の火種とは、皮肉だな」
男たちは、一枚の手配書――眼鏡をかけた、14歳にしては鋭い目をした海賊のソレを囲んでため息を吐く。
「サイファー・ポールはどうだ?」
「今は別件で動いている。0もだ。近年、妙な動きを見せる国家が増えているのでその調査にな……」
「だいたいは天上金を納めるのに精いっぱいの貧困国だろう。飢えた人間に何ができる」
「それでも数は力だ。調査しておく必要がある」
長い刀を持った年寄りが、深いため息を吐く。
「誰もが耐えているだけ、か。……耳の痛い事を言う男だ」
誰もが、写真に写っている男を子供と見ていなかった。
「そもそも、どうやってレッドラインを渡ったのだ?」
「そちらについては、当時東の海で赤い大地の絶壁を疾走する何者かの話が上がっていた。与太話だろうと思っていたが、直前までの『抜き足』の目撃情報とも合致する」
「…………本当か?」
「実際に交戦した海兵からも、奴の脚力は常人離れしていたという報告が上がっている」
「……頭の切れだけではなく腕も立つ、か。やっかいな……しかもそれがオハラの遺児の守り手になった」
「あの様子では、何があってもニコ・ロビンを切り捨てる真似はしまい」
もっとも大柄な、ただ一人椅子に座っていない男は、置かれている手配書を手に取り口を開く。
「少なくとも、奴は自分から世界を動かそうとするタイプの男ではないように見える。無論、なんらかの刺激によって政府を敵視するようになる可能性はあるが、現時点では天竜人にさえ深い怒りを見せてはいない」
「……では、放置か?」
「出来る限りの情報収集しかあるまい。新興勢力ゆえにフットワークも軽い。あの男ならそれを活かして隠れるだろう」
「気を付けろ。この男は間違いなく、これまででもっともやりづらい敵になる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
西の海の地区本部の戦力と『抜き足』の戦争が終わって一月。
海兵奴隷の一件の捜査が進み始めて、徐々に
「なんじゃい、おつるちゃん。書類仕事か?」
「ガープ、アンタもちょっとは書類片づけてやりな。また部下の子に任せっきりなんだろう?」
「ぶわっはっはっは! 儂がやると手直しだらけで二度手間三度手間になるからのぅ!」
「まったく、アンタは……」
「それで、それはなんじゃい?」
「例の海賊と地区本部の戦闘記録だよ。やっと各船の動きがちゃんと分かってね」
海賊、という言葉に伝説の海兵が眉を動かす。
嬉しそうにだ。
「クロか! ぶわっはっはっは! まったく、また妙な海賊が現れたもんじゃのう!」
「呑気だね、アンタは」
「そういうな。儂とてあの男の話を聞いていたんじゃ、思う所はある」
「……ゼファーはどうしてる?」
あの時、クロと五老星の話を聞いていた者達は少なくない。
元帥のコングやセンゴク、ガープといった重鎮に加え、実際にクロと共に今回の件に当たったサカズキやクザン、そして、多くの海兵達を育て上げ、今回の一件で最も怒りに震えていた教官ゼファー。
「とりあえず海軍に留まる事になった。クザンやボルサリーノの奴が必死に説得してなぁ」
「……よかった。これから新体制になるんだ、これ以上人員が減っちゃあ組織が成り立たなくなるよ」
「まだ分からんぞ。あくまで
その言葉に二人の表情は曇る。
戻ってきた海兵達の姿を見てしまっているからだ。
体に傷がある程度ならいい方だった。
四肢のいずれか、あるいは全てを失っている者もあれば、酷い火傷で爛れている者もいる。
一見五体満足な者でも表情は乏しく、人の顔を見ようとしない。
逆に、酷い身体になっていてもずっと笑顔を貼り付けて震えている者もいた。
「……正直ね、アタシは海賊クロと
「それは儂もじゃわい。……今度元帥になるセンゴクも、複雑じゃろうて」
―― 仮に今回の一件、捕まっていたのがただの一般市民だったのならば、海兵はどこまで動いた?
―― 囚われた者達の心身に、果たしてどこまで寄り添った?
あの時、あの場にいた海兵で、あの海賊の問いかけが刺さらなかったものはいなかった。
クザンも、そしてサカズキも返す言葉がなく、血が滲むほどに拳を握りしめていた。
元帥――全軍総帥になるコングに至っては悔しさと至らなさでわずかに涙を零すほどだった。
「ゼファーの奴、もし海軍を辞めていたらクロの所に行ってたかもねぇ」
「あぁ、あり得るのぅ。五老星と渡り合う気骨もそうじゃが……奴の生き方は眩しすぎる」
緘口令こそ布かれたが、その頃にはすでに噂になっていた。
奴隷の件に加えて、それを救った少年海賊の存在は、もはや海軍内部で静かに伝説になりつつある。
『ガープ中将! ガープ中将!? ……ちょっとガープ君!!』
「ほら、呼ばれとるよ。例の若い子だろう?」
「おっと、そういえば約束しとったのぅ」
豪快に笑い飛ばす老兵に、おつるがため息を吐くのと同時に乱暴にドアが開かれる。
「もう! 訓練に付き合ってくれるっていう話だったのになんでこんな所にいるんですか!? 憤慨よ、ヒナ憤慨!」
「ぶわっはっはっは! すまんすまん、忘れておった」
「悪いねヒナちゃん。コイツはこういう奴なのさ」
現れたのは、まだわずかに幼さの残る海兵の少女だった。
「訓練場を空けるのに苦労したんですから! お願いします!」
「アンタは真面目だねぇ。ガープもちょっとは見習いな」
「やれやれ、耳が痛いのぅ。ヒナ、もうちょっと肩の力抜いてくれんと儂が居辛いじゃろうが」
「真面目な新兵を悪い道に引き込むんじゃないよ、ガープ」
おつるは、書類はトントンと整えて立ち上がる。
せっかくだから、新兵の訓練に付き合おうとしていた。
「それにしてもヒナちゃん、元々真面目だったのに最近偉く訓練に力を入れてるね。何かあったのかい?」
なにせこの老兵は伝説の海兵とはいえ無茶苦茶な男だ。
無茶苦茶だからこそ伝説になったのかもしれないが、新兵の訓練に適しているか、おつるは少々心配になってしまったのだ。
一方ヒナは少し顔を暗くし、口をもごもごさせる。
「……捕まえたい男が、ドンドン先に行くから……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン・クロ、キャンプの設営完了しました」
「よし、とりあえずの引っ越しは終わったか」
引き渡した海兵達からやはり聴取はするだろうし、そうなるとあそこの事は知られる可能性が高いのでこの一月でマフィアの船や拠点を襲って金と物資を調達しながら、新しい無人島を見つけてそこに船をつけた。
とりあえず寝泊りできる環境は整い、船はちょうどいい崖の横穴に隠した。
あれだ、修行も兼ねて蹴りで洞窟広げてもいいな。
それが出来れば船の隠し場所もキチンと作れるし。
「さて、皆少しいいか?」
俺が声をかけると、テントの設営やら火起こしやらを終えた面々が集まってくる。
……うん、海賊なんだから綺麗に整列しなくてもいいんだよ?
まぁ、いいけどさ。
「俺たちは、名実ともに海賊になった。……旗も出来たしな」
地面に枝で書いては消してを繰り返していたペローナとロビン、そして旗に清書したアミス――地味に絵が上手かった――がクスリと小さく笑う。
すごいよね。途中で見た時デザイン案もう60くらいあったよね。
「これから先はマフィアや海賊、そして海軍や政府の人間との闘いになる。……激動の時代の中を泳ぎ切らなければならない」
ダズも含めた全員が小さく頷く。
うん、覚悟はある。
そこは正直安心してるんだけど……。
「これから強敵も多々現れる。俺も含め、全員で強くならなくては生き残れない」
自分の実力に不安があるのか、元海兵組は少し緊張している。
少なくとも、ダズの指揮の元であの包囲網から船守り抜けたんだから、下手な海兵よりはもう強いと思うんだけどな。
「だが、それと同じくらい大事なことがある」
「皆、強く在り続けてくれ」
全員が一瞬キョトンとする。
うん、まぁ、仕方がないが――
「これから先、我々は力を行使して事態を解決していく。外道な行いをさせるつもりはないし、そうならないように進めていくつもりだ。俺は俺が正しいと思う生き方をしていきたい」
マジで気を抜くと心折れて変な方向に進みかねないのがワンピ世界だからな……。
SBSの小ネタとはいえ、何かあった未来ってのはぶっちゃけよくあることなんだと思う。
「が、力を行使することに飲まれかねない事態もある。我らが、我らの正しいと思うことを行えば行うほどだ」
「正しい事のために、正しくないと思ったものを叩くのは正義であるかもしれない。だが同時に、快楽でもある」
正直、自分も人売りの連中シバいてた時はちょっと楽しかったしなぁ。
だけど、集団になったんなら迂闊にそういうことはできない。もしやれば暴走しかねない。
「その快楽に吞まれた時、我らは怪物に成り果てる。そして怪物は、どれだけ強かろうともいつか勇者に討ち取られるものだ」
中途半端に読んだ所だけど、ビッグマムとかもある意味そういう面はある。
掲げている物は一見正しいけど、それが歪むとああなる。
というか、海軍も一部そういうところがある気がする。
好き勝手やってるのに曲がらないルフィ達ネームドが凄すぎるんだわホント。
殺人は嫌いだとかいうローの一味とか。
「だから、強く在ろう。多くの物を見て、多くの物を知り、多くのことに悩みながら自分達の仁義の道を探していこう」
「それが、俺の思う強い
途中で俺が死んで一味がバラバラになったりするかもしれないけど、ここにいる全員が筋を通す連中になってたら……まぁ、酷い終わり方はしないだろう。
場合によってはソイツらがルフィの仲間になったりするかもしれない。
「……色々言ったが、まぁあれだ。――皆で悩んで皆で楽しくいこう! 一番後悔しない道を探しながら!」
どうせ俺達海賊っていう犯罪者だしな! ハッハッハッハ!
ロビンいるからガチの暗殺者も来るだろうけどな! ハッハッハッハッハ!
笑えねぇけど笑うしかねぇ!!
「これから俺達の掲げる旗は! 『黒猫』!」
背伸びをしたロビンと適当な岩の上に立つペローナが、斜めに走らせた三本の爪痕の上にちょっとリアル寄りの黒猫の横顔を乗せた俺たちの旗を広げ、一同からおぉ……と小さく感嘆の声が広がる。
いろいろ考えたけどこれしかねぇ。
黒獅子とか考えたけど、何回
「キャプテン!」
「なんだ、トーヤ?」
トーヤ、数少ない男の船員――今は操舵手を担当している、一見女に見える美少年だ。歳も15、と近いために話しやすい。
そのトーヤが挙手しているため、話を促す。
いやホントウチの海賊団、海賊の癖に変に統率されてるなぁ。元海兵ばっかだから仕方ないけど。
「思ったんですが、猫はちょっと海賊というには可愛すぎませんか!?」
「ああ。――愛嬌があっていいだろう?」
俺がそういうと、全員が噴出して笑いだした。
あぁ、そうだ。海賊ってのはこれでいい。笑っていかなきゃなぁ。
「全員、今日は好きなだけ飲んで食え! 歌って騒げ!!」
「黒猫海賊団! 旗揚げだ!!」
トーヤ君、イメージとしては漫画「ぐらんぶる」の
次回は少し海軍側を触りながら話を進めていきたいとおもいます
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028:黒猫海賊団
幻想水滸伝の5? だったかで一時期占領されていた街の描写があったけどアレと変わりなくてマジでやべぇ。
「よく、よく帰って来てくれたな」
巨漢の海兵が、若い海兵達を一人一人抱きしめている。
皆、ボロボロの身体で立つこともやっとの者もいるが、ゼファーが会いたいと零した所、それを聞きつけわざわざ訪ねてきてくれた海兵達だ。
むろん、誰とも会いたくないと拒絶する者や、反応する気力も湧かない者達もいるが……。
「教官……はい、戻ってきました」
その中で、一人だけほとんど疵のない女海兵がいた。
ついているのは手首と首のあたりの拘束の痣と、少しの傷、そして腕のあたりには戦闘で付いた切り傷のみ。
先日の海戦が勃発する直前に、『抜き足』のクロの船を降りて
「はい。……あの」
「迷ったのだろう? 当然だ。
うつむく彼女に集まる視線は様々な物だった。
感謝するような眼の者もあれば、羨望の……あるいは嫉妬や妬みが混じった暗い目もある。
「教官……ゼファー先生……私は……私は……っ」
だがそのような視線などまるで気にならないように、彼女は俯いたまま涙を零すばかりだった。
大きく武骨な腕で撫でられるがままの海兵に、ゼファーは思わずと言った様子で口を開く。
「……残りたかったか?」
野暮だと分かっていた。
分かっていたのだが、思わずゼファーは口にしてしまっていた。
海兵は、泣きじゃくるのを必死に堪えながら、肯定も否定もせずにただ必死に耐えていた。
だが、思わず膝をついてしまったその様子から、本当は彼女がどうしたかったのかが、ゼファーには痛いほどよく分った。
「すまない。すまない……っ!」
奴隷になりかけた者、奴隷として嬲られた者に対する謝罪。
そういった腐敗と戦わなくてはならない海軍が腐敗に蝕まれていた事への謝罪。
どれだけ鍛え、どれだけ多くの海賊を狩ろうとも無力な自身への贖罪か。
「本当にすまなかった……っ!」
老兵もまた傷ついた海兵達と同じように、涙を堪えていた。
安全な地で何も知らずに生きていた自分が涙を零すことは、必死に耐えがたきを耐えて生き抜いた者達への侮辱になると必死に堪えていた。
海兵が息を取り戻してから、ゼファーは海兵にもう一度語り掛ける。
「これは聴取ではない。ただの雑談であり、俺の好奇心でもある」
「どうか、お前が見たままの話を聞かせて欲しい」
「皆を救ってくれた、『抜き足』という海賊について。――クロという男について」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやぁ、必ずこの先に頭角現す子になると思ったけど勢いありすぎじゃない?」
マリンフォード内の将校用の執務室にて、クザンは西の海から上がった報告書に目を通して呆れていた。
最初に聞いたのは二月ほど前、爪痕に黒猫の横顔という変わった旗を掲げた海賊が、西の海に出現し、そこらの海賊やマフィアを相手に暴れているという報告だった。
様子を見ていた海軍の偵察船から、やけに海戦に手慣れていたというその海賊の話を聞いて、事情を知る者はあの黒い長髪を後ろで束ねた眼鏡の少年を思い浮かべていた。
大参謀と言われるつる中将をして、『風に助けられた所もあるが、急造艦隊の弱点を見事に突いた』と分析した海賊。
その手並みから、真相のほとんどが隠される事になったとはいえ危険度はさらに上がり、結果として『抜き足』の懸賞金は跳ね上がる事になった。
その一味もだ。
「……旗を掲げ始めてから二か月で、もう立派に西の海の一勢力になってるじゃない」
おそらく、例の海兵奴隷に関わっていたのだろうマフィア勢力によって、裏でクロたちには政府のかけたものとは別の特別懸賞金が懸けられていたが、それをものともせずに全てを撃退している。
本来ならばとっくに本部中将クラスかそれより上が探索に向かっている所だ。
なにせ、それほどの強敵の下に世界政府の潜在的不安因子のニコ・ロビンがいるのは間違いないのだ。
にも拘わらず、海軍が人をやれないのにはまた違う理由があった。
「おんやぁ? 君、センゴク元帥から呼ばれてなかったっけ?」
「ボ……いやぁ、
「また海賊かい?」
「いんや」
「革命を煽る連中が現れたんだとさぁ」
―― 下がただ耐えるのは簡単だ。それを当たり前と思うのも簡単だ
「まさか、例の海賊かい?」
本部大将となった同僚の言葉に、クザンは顔を横に振る。
「いいや、起こったのはグランドライン内の島。まだ西の海にいるクロ君は無関係だろうさ」
だが、クザン――青雉も黄猿も顔をしかめている。
これがもしクロの仕業なら、まだ話が早かった。
世界政府の存在を認めつつも、在り方に疑問を持っていた少年海賊が革命という手段に走るとはだれも思っていないが、そうなってもまぁおかしくはない。
―― だが、それではいずれ限界が来る。もたなくなる日は必ず来る
だが、立ち上がったのはまた違う人間だ。
そしてその立ち上がった世界政府への怒りは、瞬く間に広がりつつある。
「青雉、聞いたかぁい?」
「何を?」
「西の海の将校たちから、『抜き足』の七武海就任の嘆願が出始めてるってさ」
青雉は、あちゃあっと手を額に当てる。
「それを呑む子じゃないって……。ニコ・ロビンの事があるのに」
「そのニコ・ロビンの罪に関しての疑問が広がりつつあるって、センゴクさんが頭抱えてたよ」
きっと、これから先もあの少年海賊に関することで胃が痛い思いをし続けるんだろうなと、どこか他人事のように考えながら、青雉はあの時『抜き足』が言っていた事を思い出す。
「出来る事なら、わっしも一度話してみたかったねぇ。そのクロって海賊とは……」
「そりゃまたどうして……」
「本部の中でも噂の海賊だよぉ? モモンガ大佐が聞いたっていう海賊クロの言葉を聞いたセンゴクさんが、『訓示に使いたいほどの強い言葉だ』って言ってたの聞いたし、サカズキ――赤犬も普段海賊の事は誰だろうと罵るのに、『抜き足』に対しては何も言わないしさぁ」
あのサカズキが何も言わないという事にクザンは内心驚愕しながら、五老星とのクロの対談の時の様子を思い返すと同時に納得も出来た。
おそらく、クロという男は初めてサカズキの心を揺さぶった海賊なのだろう。
「ま、海兵の立場じゃ無理だって」
青雉クザンが自分の前に広げているのは、もはや西の海で知らぬ者はいないだろう男の手配書だ。
―― 『抜き足』のクロ 一億三千八百万ベリー
―― 『オハラの悪魔』ニコ・ロビン 七千九百万ベリー
―― 『鋼刃』ダズ・ボーネス 一千五百万ベリー
―― 『ゴースト・プリンセス』ペローナ 六百万ベリー
「海兵の立場じゃ話せないでしょ。こんなヤバい海賊の
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
旗揚げから更に二月、とにかく自分達は拠点の開拓と訓練と略奪を繰り返す日々を送っている。
「キャプテンさん、陸のマフィアの人達に動きはないよ? こっちにまだ気が付いていないみたい」
「砲撃訓練も兼ねている中で夜の襲撃はどうかと思ったけど、これなら上手くいくな」
「そのようだな……アミス、電伝虫で指示を。各艦砲手、照準合わせ」
「了解、
背中に大きく、そして右胸に小さく海賊旗の猫のマークが刺繍された黒スーツを身にまとったアミスが敬礼して、電伝虫で他の船に指揮を飛ばしている。
今回は、海兵奴隷の一件に片がついてから急に増えた誘拐からの人身売買の流れに歯止めをかけるための襲撃である。
ある筋からこの島に人身売買の拠点があると聞き、ペローナ、ロビンという我が海賊団の諜報畑のトップツーに調べてもらったが、一応当たりだということで夜を見計らい、事前に捕まっている人間にも砲戦で被害が行かないことを確認してからのこの襲撃である。
(少数精鋭で行くつもりだったハズが、もう船三隻の海賊団になってるしなぁ……)
略奪行為も、5大ファミリーのうち海兵奴隷の案件に関わっていたファミリーが他の人身売買や誘拐に深くかかわっていたので、コイツらの拠点や船を最大の目標にしてアレコレ攻撃していた。
すると、その過程で解放した売られる前の人たちや、中には家族を人質に取られて動けなかったという人達が参加を希望して……気が付いたら旗揚げ時の三倍の規模に増えている。
どうして……どうしてこうなったクレメンス……。
おかげで食い扶持確保のために略奪も開拓も急ピッチで進めなきゃいけなくなった……。
原作でゾロとの戦いで見せたあのカッコいいドリル技を、畑を耕したり俺が蹴って拡張してる洞窟の細かい仕上げのために覚えさせてしまってダズには本当に申し訳ないと思っている。
……いや、本人滅茶苦茶拠点作り楽しんでたけどさ。
わざわざ略奪で稼いだ金でいろんな本まで買っちゃって。
ペローナもロビンも、というか海兵組も含めて全員畑仕事や大工仕事めっちゃくちゃ楽しんでたけど……海賊の姿じゃねぇ。
満面の笑みで鍬振ったり種蒔いてるのはそれ農夫なんだわ。
考えてみれば戦闘や避難の訓練をわざわざするのも、なんかイメージする海賊と違うな?
(こりゃ、最低限の用意出来たらグランドライン入りも急いだほうがいいな……)
「にしても、キャプテン。敵はこちらが海で大砲を並べているというのに気付かないものだな」
「船を黒塗りにすれば、夜だと気付かないだろうと思ってたけど本当に気付かないとはな……正直、自分も予想外だった」
略奪品の中には武装の類も多く、刀剣や銃、弾や火薬の類もあれば、数門だが大砲まで揃えてあった。
ずっと使ってきたこの船に一門、横に並んでいる元マフィアの船を改造した暫定二番艦、三番艦にそれぞれ二門ずつ積んである。
「キャプテン、こちらの砲手より照準合わせ完了の報告が」
「他の船は?」
「二番艦完了。三番艦……今完了しました」
能力者の存在もあるし空飛べる奴も多いからあれだけど、なんだかんだ船沈めたら勝ちな事多いからなぁ。
通常の戦闘に関しての訓練はもちろん、海戦に関してももう少し練度高めるべきだな。
戻ったら一度演習するか。
「よし、全艦砲撃」
「ハッ! 全艦、砲撃開始!」
俺の号令と共にアミスが復唱し、同時に計五門の大砲による一斉射撃が始まる。
場所は港町があるそこそこ大きな島の外れも外れ。
騒音を除けば民間人に被害も出ないだろう。
「ペローナ、そっちは!?」
「ホロホロホロ! ボートの用意はできているぞ!」
砲撃による轟音の中、大声で尋ねるとペローナの返事が聞こえてくる。
「よし、ダズを始め戦闘員はボートに乗り込め! 事前に指定していた弾数を撃ち込んだ後、上陸! 敵残党を始末したのちに略奪に入る!」
ただ暴れるだけだと、この大海賊時代すぐに潰されてしまう。
キチンと経験積ませて、危機の際にも動ける人材に育てなけりゃなぁ。
「クロ殿」
ふと、船に同乗していた今回の情報提供者が声をかけてくる。
「私も戦闘に参加したい。同胞を救いたいという私の願いを聞き入れ、船を出してくれたのだ。せめて戦力として一助をせねば、私の顔が立たぬ」
船首に立つ俺の後ろに控えて状況を見ていた、黒スーツだらけのこの船の中で唯一白い胴着に袖を通した
「
つい先日ウチの島に偶然たどり着いた魚人の友達――聞けば魚人空手師範にして魚人柔術武闘家というすんごい武闘家が、そこにいた。
……微妙に聞き覚えあるような見覚えあるような……。
まぁ、いいか。
「すまない。ウチの戦闘員は、海戦はともかく白兵戦にはまだまだ不安がある。そういってくれると助かる」
「うむ、任されよ」
仲間になるかどうかはともかく、話の分かる魚人と知り合えたのは大きかったわ。
なぜハックと出会ったかについては次回
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第二章:飛翔
029:魚人開拓団
話は、さかのぼる事一週間と少し前になる。
増えた船の隠し場所として、更に拡張を急ピッチで進めていた洞窟内部で、ボロボロになった魚人を発見したのが最初だった。
「かたじけない……かたじけないっ! まさか治療や衣服だけでなく、こうして食事まで馳走していただけるとは」
「遠慮は無用だ。魚人の事は正直理解が浅いが、海に一人でいる事の怖さと飢えの恐怖はよく分かる」
ハックと名乗る魚人は、丁寧に頭を下げながらこっちの用意した料理を、最初こそ警戒していたが今はパクパク食べている。
細かい所がうろ覚えの原作知識だったおかげで何を出せばいいか迷っていたが、魚も食べられるのは助かった。
隠れ住んでる俺達には、どうしても海で捕れる魚が主な主食になる。
洞窟の拡張工事を進めていたダズとトーヤ達から、魚人が流れ着いていると聞いた時は警戒したが……いやぁ、いい人でよかった。
最初はアーロンみたいな魚人襲撃イベントかと思ったが、どうも怪我をしているようだし、意識はあるのに近い所にいる見た目子供のダズを人質やらに使おうとする気配もないので、ちょうど非戦闘員で編成中だったウチの医師団と仕立て部門の連中で治療や破けた衣服の修繕をさせながら、俺やロビン――魚人ならば政府関係者ではないだろうと思ってだ――で交流を図っていた。
「ちょうど今日は、襲撃した拠点のマフィアに苦しめられていた街の人間が色々渡してくれてな。ただ、日持ちしない物も多い。存分に飲み食いしてくれ」
「……貴殿らは、本当に海賊なのか?」
「よく聞かれるが、ああ。……一応賞金首だ。この通り」
やはり魚人という種族は、身体能力は人間をはるかに超えているようだ。
わりとボロボロに見えたのだが二日程度で完全に回復していた。
海から見て焚火や生活の光が漏れていないのを、夜間航行訓練のついでに何度も確認している森の中のアジトで、動けるようになったハックも招いて簡単な宴をしていた。
「手配書……4つの海で億越えとは。失礼だが、いったい何を?」
「……奴隷になれって言われて逃げ続けていたらこうなったのさ」
「なんともはや……人間とは、同じ種族に対してもそうなのか?」
「そういう者もいるにはいるが……俺の場合は天竜人だ。聖地に住む者以外は全て格下なのだろう」
「天竜人……そうか、奴らか……。なるほど、得心がいった。不快な事を言わせてしまい、申し訳ない」
そりゃあ知ってるよな。なにせ魚人島のすぐ上が聖地マリージョア、そして近くにはヒューマンショップなどのヤバい店のせいで悪名高いシャボンディ諸島があるんだ。
「気にしなくていい。俺からすれば、天竜人もある意味で世界の被害者だ」
いやまぁ、ぶっ殺されても文句言えない奴らばっかりなんだけどさ。
ただ、ドンキホーテ聖絡みの話を思うと……哀れな面もあるように見える。
「ところで、どうして西の海に? 魚人は基本的に、グランドラインの魚人島に住んでいると聞いているのだが……」
「あぁ、我々――私は開拓団の者だ」
「開拓?」
「……正確には、冒険家と言った方がまだ正しいかもしれないが……」
ハック――聞けばエビスダイの魚人だという男がポツポツと話し始めた。
「ゴールド・ロジャーより始まった
「それは、つまりその……貴方達を捕まえて売るためですか?」
横で、焼いた魚と野菜をバランスよく食べているアミスが尋ねる。
「それもあるだろうが、魚人島がグランドラインの後半の海に行く唯一の道だからだ。政府の使うレッドポートを除けばだが」
「おっしゃる通りだ。大体は魚人島に辿り着く前に複雑な海流に巻き込まれるか、あるいは海王類に船ごと食われるかだが……母数が増えればやはり、な」
アミスは西の海の新兵だという話だったし、グランドラインの知識はなかったのだろう。
なるほど、としきりに頷いている。
「魚人島は、唯一地上の光が届く海底の島だ。我ら魚人や人魚にとって、あそこほど暮らしやすい島はないが、逆に言えばそこでしか安全に暮らせぬ。それが……」
それが、海賊達によって連れ去られる人魚や魚人が爆発的に増え、行き場を失くしつつあったというのは原作でも確かにあったが……住んでた島が安心できなくなるというのは、やはり絶望したのだろう。
「……では、開拓団というのは」
「魚人島以外に、我らの理想に近い誰も知らぬ島があるのではないかと、それを探し求めている者だ」
「それで探検家とも言っていたのか……。確か、少し前にあの白ひげが魚人島をナワバリにしたと新聞で見かけたが、まだ安定はしないのか?」
「いや……海賊白ひげと、ネプチューン王が懇意であるのは周知の事実だが……貴殿らのように直接言葉を交わしたこともない海賊を信じるほど信用できぬのだ。……海賊はやはり海賊なのでは……とな」
あぁ、なるほどなぁ。確かにそう考えるのも分かる。
白ひげがわざわざ大勢の魚人の信頼を得るために動くとは思えんし、仮に多くに会って言葉を交わしたとしても、ホーディみたいな連中は絶対に出るだろうし。
白ひげの縄張り宣言で多少安定したとしても、他に魚人の暮らせる場所を探そうとするのも当然の流れだ。
(すっかり忘れてたけど、あのフィッシャー・タイガーもそもそも海賊じゃなくて冒険家だったなぁ)
あるいは似たような理由で冒険をしていたのかもしれない。
そう思うと……うーん。
そういえば今フィッシャータイガー何やってんだっけか……。
「クロ殿」
「む」
「正直な話、貴殿にはこの身だけではなく、心も救われた。ここに来るまで、己が内に静かに燻り続けていた人間への憎しみと疑念が、いくらか晴れたように思える」
……まぁ、そりゃあやっぱり警戒するよね。
無礼ではあるけど、先に目の前の料理にさっさと手を付けておいてよかった。
俺やペローナがパク付き始めてから、ようやくちょっとずつ料理に手を付け始めたものな。
一服盛られて、気が付いたら爆弾首輪付きなんて事もありえるのが魚人の環境だ。
……ワンピース世界は実質ポスアカ世界だった?
考えてみれば、敵サイドの勢力が勝っちゃって何百年も経っちゃった世界みたいなものだしな。
「手当をしていただき、衣類も直していただいた上に食事まで頂いた。その上で、厚かましいのは承知だが――」
「囚われた仲間がいるんだな?」
ボロボロだった服の破損部位のいくつかは、恐らく海流に流されている間に岩肌や珊瑚などで擦ってできた物なのだろうが、いくつか戦闘によるモノに見える物もあった。
修繕をした者がいうには、何かしらの薬品のような染みもあったという事。
おおかた、捕えて商品にしようとして麻酔弾のような物を使った連中がいたのだろう。
事実、ハックは悔しそうな顔で頷いた。
「おそらく、すでにどこかに連れ去られているのだろうが、探そうにも我らは西の海に来たばかり」
「土地勘がない、か……トーヤ!」
「はい! すぐに!」
現本船の操舵手兼航海士を務める仲間を呼ぶと、すぐに察して西の海の地図を持ってきてくれた。
「辛い記憶を思い起こさせるようで申し訳ないが、襲われた時の場所と状況を教えてもらいたい」
「クロ殿……」
「火を囲んで共に同じ食事を取った。ならばもう友人だ。手助けの一つくらいさせてくれ」
「……まぁ、文字通り
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(いやぁ、陸のチンピラ連中を混乱させればそれでいいと思ったけど、思った以上に大砲がいい所に当たってるなぁ)
グランドラインに入ればどうせ強い悪魔の実を食べたつよつよ能力者による能力バトルになるんだろうけど、それと互角に――あるいは保たせるだけの戦力を整えることが出来たら、きっとその時には戦闘部隊の統率力、そして海賊なので海戦の能力の差が大事になる。
そう思って通常の戦術訓練に加えて、夜戦訓練なんかも色々試していたんだけど……海を主戦場にしていないマフィア相手ならそれなりに有効なようだ。
油断すると対策組まれたりするので更に戦術を練っていく必要があるが。
――
視界の端で、少し突出していたアミスに銃を向けていたチンピラを、ハックが水を用いた一撃で吹き飛ばしていた。
「すみません、ハックさん! 助かりました!」
「アミス殿、体も意識も
「はい!」
「他の者は逆に縮こまりすぎだ。陣を崩されぬよう間合いを維持したくなるのは分かるが、下がればその分相手は押してくる。下がるよりも出る方が安全という事も少なくない、見極められよ」
「はいっ!」
「了解です!」
師弟関係かな? と思わずにいられない実戦光景だけど、場所の特定までのほんの数日の間に戦闘訓練に付き合ってくれたおかげか、白兵戦がますます様になってきている。
(今本船の指揮任せてるトーヤとか、操船組は真面目に魚人空手習い始めたから本当に戦力の底上げ始まってるなぁ)
「てめぇ! 例の海賊ごっこのガキだな!?」
「億の首をよこ――」
――
――
今回は相手も逃げ場のない地形という事で白兵戦の訓練も兼ねているので、囮も兼ねて真ん中にどんっと構えていると、俺の首を狙いに来た奴らの片方が切り裂かれ、そして片方が全身の関節を極められて悶絶した。
ロビンの奴、船にいるのに……遠距離でここまで出来るようになっちゃったかぁ。
(学者肌だからか要領いいからなぁ……。ハックから人体の急所を教えてもらっただけで原作仕様になっちゃって……)
一番成長してるのはロビンかもしれない。
そもそも、ロビンもトーヤ達に交じって魚人空手習ってたし……君、そんなに戦闘に対してのモチベーション高い娘だっけ……。
足技を教えて欲しいとも言ってきたからたまに走り込みに付き合ったりしてるけど……。
「……この程度の腕でキャプテンの首を取れるわけがないだろう」
「助かる、ダズ。ロビンもありがとう」
「気にしなくていい。今回は暇だからな」
アミス達が今回はハックの指揮――指揮というか指導の下で戦っているから、あまりやることがないのだろう。
ただ、やはり生真面目というかこれまでの戦闘で指揮官気質になったのか、アミス達の動きをずっと観察している。
ロビンも問題ないという意を込めてか、能力で生やした手の指で軽く肩をトントンと突いて、それを消した。
「にしても、ロビンが戦闘に参加したいと言い出したのは予想外だったな」
船の上から、場所を変えながら生やした目で状況を確認しているのだろう。
狙撃手のような離れた位置に身を隠している敵が次々に、自分の身体から生えてきた腕に関節を極められ沈められていく……かわいそうに。
「地区本部戦を終えてからペローナに相談しているのを耳にした事はあった。もっと一味の役に立ちたいと」
ダズ、今俺の首元にロビンの耳生えてるし、なんならなんか生えてきた腕がお前をベシベシ叩いているんだが……いやまぁ、いいか。
「……情報の整理と通達だけで十分以上に役に立ってくれてるんだけどなぁ」
ロビンとペローナは情報収集と偵察、通達の要なんだし……。
……ペローナは同時にウチの最強広範囲制圧兵器兼爆撃要員だからな。そこらへんを気にしたのか。
「キャプテン、そろそろ外の掃討は完了しそうだ」
「よし。ロビン、通達だ。本船並びに三番艦は解放した人たちの受け入れ用意。医療班も器具に……冷える夜だし毛布も十分用意して待機するように。二番艦はそのまま増援警戒を」
にしても、コイツらの拠点それなりに潰してるけど……。
「そろそろ何か手を打ってもいい頃なんだがな」
「隠し玉か?」
「あるいは……どこかに助けを求めるとか」
「……今回、あの魚人に指揮を任せて俺をフリーにしたのはそのためか?」
「ハックな。種族で分けると気が付いたら偏見の沼に足取られてるぞ。まぁ――」
「油断はするな。いざってときは、最低限の目的だけ達成させて離脱だ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ちくしょう! せっかくデカい取引二つ用意をしていたのに、よりにもよってアイツらが来やがるなんて!」
五大ファミリーの中でも、特に人身売買で利益を得ていたそのファミリーにとって、『黒猫』という海賊団は悪夢そのものだった。
なにせ船員は自分達の金に換わってくれるハズだった連中。
確実にそこそこの金になる上に、高額まちがいなしの能力者の子供が複数いると分かって根こそぎ攫いに行けば返り討ちにされ、それどころか自分達の拠点や商品を確実に潰し、奪いに来る。
能力者相手なら海の上で戦えば本領発揮できないだろうとファミリーの船総出で襲えば、いつの間にか増えていた船団による戦術と強力な幽霊を操る能力者にやられ、二十隻近くの戦力は完全に壊滅。
他のファミリーからの突き上げもあり、もはや五大ファミリーの一角は風前の灯火となっていた。
なんとかこの状況から脱するために、偶然手に入れた大金の元を使って盛り返そうとしていた矢先のこれだ。
「おいテメェ! なにのんびり本なんか読んでやがる!」
ファミリー幹部の男は、椅子に腰を掛けている男に声をかける。
「相手も砲撃を止めて上陸してやがる! せめて飯の代金分くらい働け!」
男はパタンと本を閉じて、自分の得物を手にして立ち上がった。
「こういう時のために高い金払って海軍の目を誤魔化したんだからな!」
「鷹の目!!」
クレメンス「お腹痛いのでちょっと出かけてくる」
当然ですがハックの過去はオリジナルです。革命軍に入る前、大海賊時代の始まりあたりの魚人の動きとかを想像してこんな感じにしました
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030:『海兵狩り』
「!? アミス殿! 全員下がらせよ!」
最初にそれに気が付いたのはハックだった。
「ダズ! 前に出るぞ!」
仲間ではないとはいえ、今いる面子の中でおそらく一番戦闘力の高いだろうハックが下がれという事はかなり不味い敵なのだろう。
(やっぱ倉庫の守り役に腕の立つ護衛を用意してやがったか!)
「アミス、ハック! 俺とダズが敵の相手をする! その間に目標建造物内部に突入! 中に囚われている者を救出して脱出しろ!」
目標の施設は目の前だ。
幸いもう数だけの雑魚は壊滅している。
どれだけの強敵か分からないけど、救出までの時間を稼いで終わったら全力でトンズラすればいい。
―― ザンッッッ!!
そう考えていた瞬間、目の前の建物が
…………。
真っ二つ?
―― この一月、ろくな海兵が来ないはずだ。愚か者め……
崩れ落ちる建物をバックに、一人の男――剣士が、血まみれの男を引きずって出てくる。
嘘じゃん!!!!!!!!!!!!???
「嘘……
ワッツ!?
何その呼び名、ミホークにそんなんあったっけ!?
「アミス殿、あ奴を知っておるのか?」
「はい。ここ数年で多くの海軍将校を狙って襲っている賞金首です! 最近ではもっぱらグランドラインで活動していたはず……どうして西の海に!?」
なにしてんのコイツ!?
いや、そもそも七武海って海賊の集まりだしそりゃ政府に睨まれるような事しとるわな!?
だ、だだだ大丈夫だ。
海兵が狙いというならまだ大丈夫まだセーフ。
対話だ。まずは対話を試みて――
「だが最後の最後で運がいい。気になっていた男が会いに来てくれたのだからな」
? 誰のことだ? ハック?
「グランドラインに出ていないにも関わらず億を超えるほどの海賊、『抜き足』のクロ」
…………………………………………………………。
ダレノコトデス?
「ミホーク殿、我々の目的はその先に囚われている人々だ」
「そうか、今の俺の目的はお前だ。抜け」
会話を! 会話をしてくれませんかお願いだから!?
お前ってこんなに戦闘にギラついてる……奴だな! 暇つぶしで艦隊沈めるしな! 若い頃なら特に!!
「キャプテン、俺が――」
「駄目だ、下がれ! 命令だ! ペローナもロビンも手を出すな!」
ダズが前に出ようとするけどミホーク相手じゃお前はアカン!
この西の海は
アミスが言うようにグランドラインで暴れて新世界まで来てから、どういうわけか凪の海を渡ってきたとするなら覇気を習得済みの可能性が極めて高い。
現状、指揮官寄りの成長をしているダズの戦闘スタイルは、どうしても敵の攻撃を鋼の身体で受けるタンク役に近い所がある。
それだと覇気持ちかつ剣士のミホークとは相性が悪すぎる。
というか勝てる奴が誰もいねぇ!
覇気持ちならモリア同様にペローナのアレも通用しねぇし!
「海兵狩り、この施設が何かは知っているのか?」
「知っている。姿は見ていないが、捕まっている連中は隠し扉の下だ。救いたいなら好きにすればいい」
好きにすればいいって俺がそっちにいったら斬りに来るんでしょう!? 知ってんだからね!?
「もっとも、よほど大事な物らしく倉庫の中にまで人員を配置していたようだ。せいぜい気を付けることだ」
「……随分色々と教えてくれるんだな」
「手下を行かせる理由は多い方がいいだろう」
そうだけどもさぁ!!
「……ダズ、聞いたな? コイツはなんとか俺が抑える。お前はアミス達と共に、一刻も早く囚われている人たちを解放した後船まで走れ。最悪、俺ごとここら一帯に再度砲撃しても構わん」
砲弾程度なら避けられるし、多少でもコイツの気を逸らせれば逃げるチャンスが増えるかもしれん。
「ちなみに、捕えられている人間は見たのか?」
「いや、見ていない。そもそも興味がない」
うん、だろうね。
例によってまた海楼石で囲まれてるっぽいから、魚人開拓団のメンバーなのかどうかだけでも確認したかったけど。
「ダズ、急げ。お前達の行動が早ければ早いほど、俺も体力を残せる」
まぁ、その前にズンバラリされたらマジでスマン!
その時は全力で逃げてくれ!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「一閃!」
――カァンっ!
あるいは音を超えているのではないかと思わせる程の速い一撃が、首を落とそうと走らせた刃を側面から蹴り上げ、防いだ。
「なるほど……。これが今の西の海最大の
鷹の目と称される男がこの西の海に来たのは、今現在、この西の海がグランドライン並みの鉄火場になっていたからだ。
海賊やマフィアはともかくとして、投入されている海軍戦力は本部中将クラスがゴロゴロと転がっていた。
そしてその海軍戦力に執拗に狙われているマフィア勢力は、鷹の目にとってちょうどいい撒き餌に見えた。
事情は不明だが、グランドラインでも中々お目にかかれない執拗な、海軍勢力による徹底攻勢。
胸が躍った。血が沸き立った。
マフィアを適度に攻撃して腕を見せ、もっとも激戦区に放り込まれるように図った。
結果、何度かいい戦いが出来た。
剣の腕を磨いた者、銃の腕を磨いた者、六式を磨いた者。――そして能力を磨いた者。
海賊を打ち倒し、秩序を守らんと武を磨いた兵士たちと戦い続けた男の結論として、それらすべてを極めるのに必要なのは『覇気』だということだ。
技術があっても覇気を習得せねばそれを持っている者に覆され、覇気を纏う者もそれを磨かねばさらに強靭な覇気の持ち主に破られる。
だからこそ、新世界クラスの戦力がいる今の西の海での戦いは、鷹の目という剣士を心の底から楽しませていた。
ここしばらくは、小賢しい小細工のせいでそれもなかったが……。
(だが、この男は――)
抜き足と呼ばれる海賊は、確かに覇気を纏いつつある。が、まだまだ未熟。とても実戦で通用するレベルではなかった。
仮に敵がロギアの能力者だった場合、何度も攻撃を繰り返してようやく小さいダメージが蓄積するだろうという程度の物だ。
覇気使いというにはほど遠い。
にも拘わらず――
(覇気というものを理解した上で、こうも食らいついてみせるか)
海賊の攻撃の主軸は足である。
指一本一本に脇差を取り付けた奇怪な武器も油断こそ出来ないが、鷹の目に致命打を思わせる攻撃は少ない。
あくまで補助だ。
(実質足だけで、この俺を足止めしてみせるつもりか)
この海賊は、鷹の目に勝てないと踏んでいる。正しい。
実際、この男がもう少し攻撃に集中すれば、その瞬間に鷹の目はこの男の足か首を落とせるだろう。
もっと防御だけに集中していれば、その守りごと覇気を込めた一撃で男の頭蓋を叩き割れるだろう。
だが、この男は崩れない。
最適な攻防のバランスで、的確に鷹の目の斬撃をずらし、動きを鈍らせるための軽い一撃を読み切って鉄板を仕込んでいるのだろう靴と手に嵌めた武器で防ぐ。
そして――
(余裕があるわけではないだろうに、これだけの死合いの中で笑みを浮かべるか)
殺し合いの中で、これほど静かな笑みを浮かべる男を、鷹の目は初めて見た。
静かで、どこか透明さを感じさせる――菩薩のような笑みだ。
「名を上げたと言えど4つの海の海賊。貴様を討てば、更なる強者が群がってくるだろう程度にしか考えていなかったが……すまない、謝罪しよう」
その笑みを前に、鷹の目を持つ男は真逆の――猛禽を思わせる笑みを浮かべた。
「本気でいかせてもらう。どこまでその首を守れるか、やってみせるがいい」
男の宣言に海賊はその笑みを崩すことなく、静かに手の平で眼鏡の位置を直し、武器を構えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― 来やがった、黒猫だ!
―― 一列に並びやがって! ぶっ放せ!
―― 出番だぞお前ら! 高い金払ったんだ、アイツらの首を取れ!
「くそっ、頼むぞお前ら……。コイツら売り飛ばすだけで一億二億どころじゃねぇ金になる。ファミリーを盛り返すことが出来るんだ……っ」
倉庫の中でも特に最奥。
落ちぶれたファミリーにとっての最後の希望をしまい込んだそこには、十数名の魚人や人魚たちが繋がれていた。
そして、その横には三人の人間の少女が繋がれ、なぜか厳重に鎖でグルグル巻きにされている金庫もある。
「兄貴、いっそ金庫の中身を誰かに使わせるのはどうなんですか?」
「馬鹿野郎! 相手はセットでお望みなんだ!」
「で、でも一つくらいは……」
「一つだけでも五億以上はする代物だ! うかつに
ファミリー最高幹部の一人――正確には、海軍に次々と最高幹部たちが捕えられたために、否応なしに繰り上がってしまった男が、部下の頭を空の酒瓶で殴り倒す。
「くそっ!」
男は繋がれて怯える三人の少女――その中で最も顔が整っている少女の黒髪を掴み上げる。
「待っていろ。上の奴らを片づけたら、一月後にはお前達は天竜人の玩具だ。焼き印を付けられたら、手始めに三人ともそこのクッソ不味い実を食わされる。吐き出すことも許されず、全部無理やり飲み込まされる」
男は
「喜べよ。なんと五億……いや、下手したら十億以上の価値があるものを食わされるんだ。そしたらお前達が今している枷は、ますますお前達には辛くなるがな。なにせ力が一切入らず、抵抗も一切できなくなる」
「そうしたらお前達はどういう遊ばれ方をするのか……。まぁ、お友達と一緒に買ってやると言ってる天竜人に感謝するんだな。能力者の奴隷コレクションだなんて、悪趣味だとは思うんだがね」
「恨むなよ?
およそ10歳ほどの黒髪の少女は隣に並ぶ少女達のように震えるばかりだ。
「まぁ、なにせ悪名高き
少女の両耳につけられた蛇を模したピアスが、少女の震えを受けてチリ……っと鳴った。
わ…………ぁ…………
※海図を確認したら女ヶ島は南の海に面しているようですが、新世界に乗り込んでの海賊行為の過程で遭難したという解釈でお願いします。
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031:未だ至らずとも
ちょっとバランスおかしいけど髪短い子好き
調べたら名前あったわ……ランか
「さらに、さらに加速するか……。これだけの連撃でも捉えきれないとは」
避けたってか掠った! 掠ってるんだってばねぇ分かってる!?
「そして浮かべる笑みに曇りなし……面白い。久々に落としがいのある首に出会ったな」
いぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃやぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!!
ホントなんなのマジでなんなの! なんなのコイツなんなの俺の運命!!?
斬撃がさっきから首周りというか喉元でちっちちっちって薄皮削って熱おわあああああああああぁぁぁぁぁっ!!!
っっぶねぇ! 完全に終わるかと思った!
目が間に合う限界ギリギリまで加速してんのにコイツ一回蹴ったらますます笑うしもう捕捉し始めるし猫の手片方斬り飛ばすしホントなんなの!? 完全に覇気纏ってんじゃん殺る気満々じゃん!
これロビンがトーヤ達と一緒に一生懸命作ってくれたのにてめぇこの野郎!
なんなの俺の第二の人生!?
俺なんか悪い事した!?
そりゃあ駆け出しのころは俺を売り飛ばそうとしたクソ野郎共逆さ吊りにして股間に油ぶっかけて火を点けたりしたけど可愛いもんじゃん!? 正当防衛じゃん!?
助けて! ほんとそろそろ一回くらい人生の難易度下げてクレメンス!
「だからこそ惜しい。貴様が覇気を纏えていたのならば、更なる強敵になったであろう」
じゃあ見逃してくれませんかね!? ねぇ!!?
「ならば、一つ賭けといかないか? 海兵狩り」
唯一いいことがあると思うならば、モリアと違い重量の差がそれほど酷くないこと。
もっとも、モリアとは逆に攻撃が早くて見切るのにずっと集中してなきゃならないんだが、あの時みたいに攻撃の始点をずらすことが出来るのはデカいアドバンテージだ。
「お前は俺より強い」
「そうだな……。貴様には決定打が欠けている」
ね。
毎回毎回あれこれ考えて、西の海レベルの海兵ならまず苦戦しない程度には強くなってるのになんでモリアとかお前みたいなヤベー奴ばっか出てくるの?
「ならば、だ」
「仲間が下を抑えてここに戻ってくるまで俺がお前を圧倒し続ければ、仲間の事は見逃してくれないか?」
いやもう情けないけど、こりゃ本気で死ぬ覚悟で頼み込んで仲間逃がすくらいしかできねぇ。
ぶっちゃけ命乞いしたいレベルだけど、それやると首チョンパ待ったなしだからなぁ。
仲間守るには、この死神相手に仲間以外の俺の持ち物全部をベットするしかない。
…………。
うん! これは死ぬしかないな!
こんなに月が綺麗な夜なんだ、死ぬには出来すぎなくらい良い日だ!
ハッハッハッハ! シバくぞ神様!!
「……いいだろう。来い」
「ああ、行くぞ」
この夜のほどよい暗さ、静かさ。
そして死ぬほど集中したおかげで覚えた鷹の目の
多分――行ける。
「――杓死」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ダズ殿! 突出しすぎだ! 攻撃を一人で引き受けても、味方が戦線に間に合わなければ意味がない!」
「く……っ」
崩壊した建物の地下入り口を発見したダズ達は、破竹の勢いで勝ち進んでいた。
迷路のように入り組んでいた道はペローナのゴーストの物量偵察によるマッピングと、ロビンの能力による情報の伝達で道を探る。
それを活かして、ダズ率いる黒猫海賊団戦闘員は次々に進撃を続けていた。
道を塞いで守りを固めているマフィアに雇われた兵隊も、盾役をこなすダズとその後ろで他の人員を統率して討ち取っていくハックとアミス達の部隊によって討ち取られた。
だが、快進撃を続けているダズの顔は、これまでのどの戦いよりも苦い顔をしていた。
「アミス」
「はい」
「あの男は……強いのか?」
「……多分、これまでキャプテン達が戦ってきた誰よりも強いと思います。私が捕まる前の話ですが、当時の本部中将が
ダズの脳裏をよぎったのは、かつて戦ったゾンビを使う敵。
正確には、その敵と戦う前に見た大穴を空けられ転覆していた密輸船の姿だ。
「……さっさと雑魚を蹴散らし、一刻も早く目的の開拓団の面子を救出して脱出する。いつものような貨物の持ち出しは一旦なしだ」
「一旦、ですか?」
「外が片付いていれば後で回収すればいい」
そしてダズが、最後の扉を蹴破る。
「クソッ! 辿り着きやがったか! あいつら全員クソの役にも立たねぇ!」
そこには、なぜか頭から血を流して倒れている男と、その横で悪態をついているいかにも高そうなスーツを着ている男、その後ろに控える多くのマフィアの兵隊。そして囚われている魚人たちや、自分達とそう歳の変わらないだろう少女たちがいた。
「隠し倉庫で、かつ捕らえた人間が逃げにくいように出入口を一つだけにしたのが裏目に出たな。そのためにお前達は逃げ場を失った」
ダズの指摘に、スーツの男は「黙れクソガキが!」と苛立ち混じりに叫ぶ。
「野郎共! コイツら全員ぶち殺せ! ここは海楼石で覆われている! この中なら噂の幽霊やら生えてくる手足は出てこねぇ!!」
マフィアの男は、黒猫の快進撃を能力ありきだと捉えていた。
あながち間違ってはいない。いなかった。
黒猫海賊団でもっとも活躍している者が誰かとなると、強力な能力者であるペローナが第一に挙げられるだろう。
「だからなんだというのだ」
だが、それを一番分かっているのは他ならぬ黒猫に所属する全ての人間である。
そしてゲッコー・モリアとその軍団と戦っている古参組は、それが通用しない相手がいる事も理解していた。
だからこそ、誰もが出来る事を磨いていた。
「確かにペローナやロビンの援護はここには届かない」
力がなければ奪われることを誰もが知っていて、だからこそ誰もが旗揚げの――いや、それ以前から自分達を鍛えていた。
「だが、それだけだ」
「貴様ら程度で我々を止められると思うな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
少女達にとって、海賊とは戦士の事だ。
戦士であるから強者でなくてはならない。
強者でなくば戦士ではない。
強いから奪う事を許され、弱者は抗う事を許されない存在だ。
だからこそ、まだ見習いの身でありながら乗船を許されるほどに自らの身を鍛えぬいた。
強者として弱者を踏みにじり、奪い尽くし、そうして故郷で戦士としての誉れを受ける。
だが、それでも自然には勝てなかった。
なぜか動きの鈍いグランドラインの海軍戦力を見て、今なら旨みがあると見た彼女の島の皇帝――海賊の皇帝の判断により新世界へ進出したが――想像を超える異常な気象と海流により、彼女は自分の妹たちと共に転落、遭難してしまった。
運よく三人とも一命を取り留めたが、その先に待っていたのは想像したこともなかった囚われの身。
海楼石と特殊な合金による二重の拘束で抵抗することは許されず、口を開いただけで物を投げつけられたり、顔に傷がついたら価値が下がると腹や背を鞭や警棒で殴られることもあった。
奪われるとはこういうことなのだと、その身に思い知らされた。
そして、ここから先が自分達にはないのだとも。
だから、この光景が信じられない。
「どう……なって……」
「言っただろう。我々は止められんと」
あれだけ怖かった、自分達を支配し、更なる支配者に引き渡そうとしていた男たちが瞬く間に全滅していた。
「数を揃えただけで、武器を揃えただけで勝利が決まるわけではない」
「く……そ……正義の……味方ごっこの……ガキが」
自分達が万全ならばと苦痛から逃れるための空想が、現実となって起こっていた。
―― ハックさん、鍵束を見つけました! すぐに全員解放を!
―― すまぬ。皆、待たせてすまなかった! 助けに来たぞ!
次々に、自分達と同じように囚われていた異形の者達が解放されていく。
「ごめんなさい。怖かったでしょう? すぐに外すから待っててね?」
髪を短くしている黒スーツの女が、自分達の元に駆け寄り鍵を外そうとしてくれている。
「アミス殿、同胞が言うには、どうやらその者らの鍵は金庫の中に入っているそうだ。金庫の鍵を!」
「分かりました。総員、敵兵の拘束が完了次第捜索を!」
「正義の味方ではない。キャプテンの言葉を借りるなら、我らも略奪で身を立てる者」
能力者なのだろう。
銃弾も刃物も通さず、刃物に変化する自分の手足で次々に男たちを血の海に沈めた、自分と歳の変わらないだろう男が、散々自分達を甚振った男を見下ろしていた。
「海賊だ」
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032:舞い散る桜の如く
―― 魚野郎だ、捕まえろ! 連中は高く売れる!
―― 女の人魚は絶対に逃がすな! 海に入られたらもう無理だぞ!
―― 最低でも7千万ベリーだ! 死んでも捕まえろ!!
ハックだけではない。魚人族や人魚族にとって、人間という種族は恐怖と嫌悪の対象だった。
魚人にもまた
だが、異種族扱いどころか最初から奴隷として見ている人間の海賊――海賊どころか普通の冒険家の中にすらそういう者がいる現状を見れば見る程、魚人島に住む者は人間への憎悪を、多かれ少なかれ心の内に募らせていた。
「解放したばかりで悪いが、時間がない。全員、我々に付いて走れるか?」
「問題ないぞ、小僧。走りづらい人魚は儂らが背負う! 体力はお前達人間より上だ!」
「……助かる。アミス」
「はい、こちらの三人も大丈夫です! 兵士三名に背負って走らせます!」
「よし。外では一番の強敵とキャプテンが戦っている。全員、状況がどのようになっていようと、船まで一直線に走れ」
(なんと、なんと気持ちの良い者達か)
初めて出会った時から、互いの不理解からの警戒があった。
だが、彼らが全員確かな敬意を向ける少年――クロと名乗る海賊の長が現れ、和やかに話しかけてくれたおかげで大きく変わった。
偏見はあれどそれを乗り越えようと話しかける者もあれば、能力者だという二人の少女のようになにも気負うことなく話しかけてくれる者もいた。
ただ一人だけ自分を警戒していたダズという子供の海賊も、魚人という異種族を救う事に真摯に手を貸してくれている。
本当ならば、今すぐにでも船長であるクロの元へ、加勢に向かいたいだろうに。
「く……そ……っ。テメェらさっさと起きろ! いくらの損害になると思ってやがる! アイツらが魚人共を売ったら更に勢力に差が――」
行く手を遮ろうとしていたマフィアの男を、魚人である同胞達を守っている海賊の一人が飛び出し、刀の鞘で殴り倒した。
「ふざけるな。奪う事はあっても、人を家畜にする所業に加担するほど落ちぶれてたまるか」
おそらく人間の中でもかなり顔が整っているのだろう海賊の一人は、心からの嫌悪感を顔に出しながら敵を倒して退路を確保していく。
「……ダズ殿」
隣を走っている少年――だが、これだけの海賊達にあの男の補佐として認められている男に声をかける。
「なんだ」
「この『黒猫』は……いい海賊団だな」
そう言うと、ダズは小さく鼻を鳴らし、
「当然だ」
とだけ答えた。
「下がってください、私が開けます!」
そうして入ってきた扉へと続く
まるで豪雨の中の雨音を思わせる、凄まじい金属音が外から鳴り響いてきた。
どう考えても戦闘の音であるそれを前に、一人だけその光景を見ているアミスは呆然としていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
かつて、アミスが奴隷として捕まっていた時、キャプテン・クロの戦いを彼女は見ていた。
自分達という
あの時アミスやトーヤ達は、人はここまで速くなれるものなのかと驚愕していた。
船を隠すための洞窟を、蹴りだけで削り広げていくほど強いのだと。
「ぬ……ぅ……っ」
違う、そうではない。
目の前の光景を見ればそんな感想なんて吹き飛ぶ。
「
まるで地上に、大きな線香花火が上がっているようだった。
海兵の背筋を震わせたあの鷹の目が笑みを浮かべながらも汗を流し、必死に剣を振っている。
その周囲は、夜にも関わらず明るかった。
甲高い金属音と共に凄まじい量の火花が散り続けている。
「……っ」
アミスに続いて次々に上がってきた黒猫の一同――ダズや実力者のハックですら何をどうすればいいのか分からず呆然と立ちすくんでおり、助けたばかりの魚人や人魚、そして三人の少女も、その光景に見入っていた。
その間も鷹の目は不可視の連撃をほぼ完璧に捌き続けるが、それでも頬や手などに小さい傷が次々についていく。
「神速を謳う剣士は山ほどいた。だが、どれもこれも小手先の小技や曲芸に過ぎない者……あるいはイカサマと口先頼りのペテン師ばかりだった」
剣戟の音以外は完全に無音の、ありとあらゆる角度から放たれる不可視の連撃。
それを相手に鷹の目はますます笑みを深くし、瞬きの一瞬よりも短いわずかな間を使って剣を握り直す。
「お前は、違う。剣士ではなく、どこか闘争を忌避している素振りはあるがそれでも確かに磨き続けて、積み上げ続けてきている」
そしてますます剣を振るう速度が跳ね上がり、辺り一面で鳴り響く金属音がより甲高くなる。
「認める。お前はまさしく、神速の域に達するだろう戦士だ」
「――だからこそ、俺にとっても糧になる一戦だった。礼を言う」
次の瞬間、鷹の目の握る剣がフッ……と消え、同時に鋼が砕ける音がした。
残っていた片方の猫の手。その五本の刃が砕け散り、それまで誰も姿を捉えられなかった黒いスーツの海賊が、未だ鋭い眼で鷹の目を睨みつけながら、その眼前に現れていた。
「お前と戦えた事に、心から感謝を」
鷹の目の斬撃が、これまでよりも数段階速くなっていた。
それこそ、一瞬とはいえ
咄嗟なのか、刀身目掛けて蹴りを放つクロ。
確かに受け止めたのだろう刃は、それでも止まらず――
斬り裂かれたスーツから鮮血の華を撤き散らし、黒猫はその場に崩れ落ちた。
その瞬間、二つの影が鷹の目に向かって飛び出した。
「キャプテン!」
先日の海軍との一戦にて、その強さと部隊の指揮を取っていた事から、『鋼刃』の異名を付けられた本船副船長。
「よくも!」
そして、未だ賞金こそ懸けられておらず無名に近いが、本船戦闘部隊の部隊長となりつつある女の刀使い。
ダズとアミスが、
「待て、お前達」
鷹の目が何か言おうとするが、二人とも耳に入っていなかった。
ダズは螺旋状の刃物に変えた腕を回転させ、それを
「気迫は良いが……」
相手の武器のほとんどを破壊し、そうでなくとも弾き飛ばしてきたダズの必殺技は、鷹の目が持つ剣によりたやすく受け止められていた。
それも刃ではなく、逆手にした刀の
「ダズさん! 頭を下げて!」
驚愕し、わずかに動きを止めたダズは反射的にその声の通りに身をかがめる。
瞬間、飛び掛かっていたアミスが刃を横に払うが、それもやはり柄の部分で止められる。
「くそっ! くそ、くそ、くそ!」
そのまま二撃、三撃と続く連撃を全ていなし、直後に飛んできたゴーストを斬り飛ばし、自分の首を絞めようと生えてきた腕を軽く斬り、全ての攻撃を一度止めた。
「落ち着け。この男は生きている。傷も、想定よりかなり浅い」
「早く船医を呼ぶといい」
「クロという男は、ここで終わらせるには惜しすぎる」
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033:レベリング
目が覚めたら、見覚えのある部屋の中で横になっていた。
てか、ここ本船の医務室じゃん。
「起きたか……」
「キャプテンさん!」
隣から、ダズとロビンの声がした。
というか、声こそしないけどなぜかすぐ横にペローナのゴーストが見える。
アイツは席外してんのかな?
とりあえずそっちを向こうとするが……
「ん? ……ん、お?」
あれ? 身体が全然動かねぇ。首動かそうとするだけですげぇ体が重く感じる。
目はさすがに動くので横目で状況を確認すると、ロビンやダズだけじゃなくアミスやハックも……
「あれだけの速度での攻防を長時間維持し続けたのだ。当分の間は動けまい」
………………。
「ミホーク。お前、乗っていたのか」
クッソビビったわ心臓止まるかと思ったわ! お前なにしとん!?
「お前との約束を一つ守れなかったのでな。借りを返すために同行させてもらっている」
「約束?」
「部下を見逃がすと言ったにも関わらず、軽くとはいえ傷を負わせてしまった」
誰の事だと思ってよく見ると、ロビンが腕に包帯を巻いていた。
(……ロビンが攻撃しようと生やした腕を、止めるために軽く斬ったって所かな……)
「それに、お前には聞きたいことがある」
そう言ってミホークはニヤリと笑う。
……。
お前ロビンの傷は適当な言い訳でそっちの方が本命だなこの野郎!?
見ろ! ロビンだって感づいてお前の事睨んでるじゃん!!
「何についてだ?」
「お前が最後に纏った
おぉう……俺もついに纏えたのか。偶然だけど。
「生憎、あの時は頭を全部動きの制御とお前の捕捉に使っていたから、碌に覚えていないぞ」
「だが、貴様は普段から覇気を纏う訓練をしているハズだ。そうでなくば、その歳で朧気とはいえ纏い始める事はまず不可能だ」
「……そりゃしてるが」
うげぇ、ちょっと恥ずかしい話になるなぁ。
うろ覚えの漫画の知識を一生懸命練習してました的な話になるし。
「全員、ちょっと席外してもらっていいか?」
「副船長として断る」
「
……ダズ、はまぁいいとしよう。
ロビン、ちょっと船長の言葉を一言どころか一文字で切り捨てるのはどうかと思――泣くんじゃない。頼むから涙ぐむの止めてくれ。
なんか俺が悪いことしてるみたいだろう。
他の連中も皆首を横に振ってるし……。
「あの、キャプテン。さすがに立ち上がるどころか指一本動かせそうにないキャプテンをこの人と二人っきりにするのは……」
そういうことする男じゃないんだけど……。
アミスまでそういうなら仕方ないか。
いや、そうだな……なら……。
「ミホーク」
「なんだ」
「借りを返したいというのなら頼みがある。それが喋る条件だ」
わざわざ話を聞きたいというのならば、コチラ側に何かしらの価値を見出したんだろう。
だったら、ちょっとした条件なら飲んでくれるハズ。
「……内容による」
「ウチの戦闘員に剣を教えてやってくれ」
出来れば覇気も。
俺の場合、まだ思うように発動できないしなぁ。
「……貴様を斬った男の剣を、貴様の部下が習いたいと思うか?」
「もうそんな贅沢を言ってる段階じゃないと見たからだ」
この西の海で最低限の仲間揃えてからグランドライン行こうと思ってたら後の最悪の世代やら七武海と戦ったり、海軍の地区本部の戦力と戦った後に世界政府に喧嘩売って、ついには世界最高の剣士――ゾロ的なラスボスなら四皇クラスでもおかしくない――と戦うとかちょっと運命の難易度調整がバグってる。
ゲームだったらとっくに詰んでるレベル、TRPGならGMにガチ詰め寄りしてもおかしくないレベルである。
加えてロビンの事があるし、いつどんな連中が来ても持ちこたえられるレベルの力がいる。
「自分の戦い方は全て聞きかじりからの我流だ。自分で部下を鍛えるにも、肝心の俺自身の経験値が足りていない」
「そこで俺か」
「どうだ?」
鷹の目――まだあの目立つ十字架の剣も帽子もかぶっていないが、確かに後の剣豪の頂点に立つ男は、警戒しているダズやアミス達を一瞥する。
俺も目線を送ると、全員こくりと頷く。
「いいだろう。覇気に関しては他の者が教えているようだし、問題あるまい」
…………。
え、覇気使いが今この船にいるの?
ハック……は知っていてもおかしくないけど、使ってる様子はなかった。
となると、あの時魚人たちの他に捕まっていた誰かか?
「それで、聞きたいことと言うのは?」
いや、まぁいい。
あとでダズ辺りから話を聞けば済む話だ。
そういうと、ミホークは腰に下げていた刀を鞘から少しずつ抜いて刀身を俺に見せる。
反射的にダズとアミスが警戒するが、ミホークは途中でそれを止める。
「……
お前、刃毀れすら剣士の恥とか原作でゾロに言ってなかったっけ。
「お前の最後の一撃で入ったものだ。もし、俺が切っ先を逸らしていなかったら折られていただろう」
…………。
俺が!!?
「結果として、貴様の傷は浅いものになった。本来ならばもう少し深くするハズだったのだが」
てめぇ張り倒すぞ!!?
「それにあの一撃。覇気を纏ったそれに、俺の剣は触れていない。触れていないのに確かにぶつかった。……いや、弾かれそうになった」
なんじゃそりゃ。
覇気使い同士の激突ってドフラミンゴとかカタクリとか見てたけど。ガッツリぶつかりあってたよな。
「……それが関係しているかどうかは分からないが、覇気を習得しようと練習を重ねている時に意識していることはある」
ん……。
思い当たる事というか、それっぽいのは一個しかねぇ。
「覇気を使うお前には今更の話だが、覇気というのは気合だ。特に武装色は」
これから先の事を考えると、最低でもダズには覇気を習得してもらわないと戦況が厳しい事になる。
説明も兼ねて振り返っておいた方がいいだろう。
「気合を自らの身を纏う鎧のイメージにして、自分の身体や武器の攻防力を大幅に引き上げる。能力者がいかに体を変化させようと、実体として捉えられるほどに。ここまでは合っているか?」
「ああ」
よしよし、後で船に乗っているらしい覇気使いの人にも話を聞いてみなきゃアレだけどここまでは合っていたか。
「だから、俺は覇気とは相性が悪い。致命的にだ」
ミホークが目を鋭くさせる。
うん、俺が覇気――武装色の習得について一番不安だったのがここだったからだ。
「己を信じる事がそのまま力になる覇気は、常に己の実力を疑ってしまう俺とはすこぶる相性が悪い。だから武装色を会得するためには、より鮮明なイメージが必要だと考えていた」
「そのイメージとは?」
「そうだな……なんといえばいいのか」
同じ雑誌で連載していたハンター×ハンターでいう攻防のバランス調整……いや、こっちじゃないな。
もっとイメージしていたのは――
「自分の全身に覇気が流れているとして、その時使っていない部分の覇気を全部、必要な所に流し込むイメージだ」
あれだ。歌で世界救う某変形宇宙戦艦アニメのピンポイントバリアパンチだ。
仮に自分の覇気が薄くても、強敵相手に覇気の防御を貫けそうなイメージ。
となると、そういう一点集中型の必殺技が真っ先に思いついたのだ。
基本的に一点集中とかアーマーパージ系の浪漫技は強敵相手でもいい勝負が出来るものだと相場が決まっている。
「では、あの時も?」
「まったく意識していなかったが、おそらくそうしていたとは思う。そういう訓練ばかりしていたからな」
そういうと、ミホークがハッハッハッハッハ! と滅茶苦茶笑い始めた。
どうしたお前、そんな笑う男……修行付ける事決まった時のゾロ相手にそういえばそんな笑い方してたな。
「覇気も、貴様が教えた方が良いのではないか? そもそも、なぜ存在すら部下に教えていなかった」
「戦闘に関しては全員まだ駆け出しだった。能力の扱いも含めてな。それならまずはそちらを優先させるべきだと判断した」
そういうと、ミホークがまた笑いだす。
いやだって、俺自身覇気を習得できてなくて試行錯誤していたのに、そんな中途半端な知識で教えられるわけがない。
ましてやあやふやな訓練だけで戦闘させたら、その前に死んでしまうかもしれない。
それなら、まずは戦闘力よりも生存力を高めるための
少なくとも、この黒猫では。
「ハッハッハ。いいだろう……思った以上に興味深い話を聞かせてもらった。あぁ、条件の方は任せろ。どれだけの者が付いてこられるかわからんが」
「今の俺が持つ剣の全てを叩き込んでやろう」
なお、島に戻ってからなぜか俺も一週間に一回。
気が付いたら三日に一回ミホークと全力で戦う日々が待っていた件について。
どうして、どうしてこうなったんでありんすか……。
たすけて、たすけてくれめんす。
クレメンス「ただい…………トイレ行きたくなってきたからまた出かけてきます」
九蛇っ娘達は次回
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034:拡大
魚人開拓団の救出作戦から一月。
ハック達は今も俺達の拠点にいる。
開拓団としての活動はまだ続けるつもりだそうだが、捕えられたことにショックを受けている者もいるため、しばらくはウチのやっかいになりたいそうだ。
その間の対価として、労働力での助けに加えて魚人空手や魚人柔術の師範としてウチの戦闘員を鍛えてくれている。
トーヤとか操船要員組は筋が良い……というよりは全員が死に物狂いで訓練し続けたために、もう段位を取るほどに成長している。例の○○枚瓦正拳突きの前に、最低でも八百という数が付くほどになっている。
他の船員も、覇気の同時修行をしながら急速に成長している。
……うん、いや本当に強くなったな。
この一月の間に三回ほど略奪したけど、マフィアの連中や襲ってきた海軍を俺やペローナのゴースト抜きで制圧しきったからなぁ。
ロビンも能力を駆使した上での魚人空手の技の再現に成功しつつある。
関節技はどこに行ったと思うが、アレはアレでいつでも出せるしなぁ。
「……ダズ・ボーネス、武装硬化へのコツを掴みつつあるな」
「そうじゃないかなぁと薄々感じていても確信持てなかったけど、お前がそう言うのなら間違いないか。ミホーク」
「うむ、殴っている二人の女もいい覇気を持っている」
一方で、もっとも訓練に力を入れているダズはステップアップが恐ろしく早い。
二人の少女にぶん殴られながら、防御技である
「ふん、妹達も妾と同じく九蛇の戦士。当然覇気も鍛えておる」
「
「
「……つまり、立ち入れば九蛇の戦士達が襲ってくるわけだな」
「おい、止めよ。貴様、今それも面白いと思うたな!?」
「…………ふっ」
「何を
……で、なぜこうなるのさ。
この娘、ハンコックだよね? 俺よりちょっと年下だけどすでに原作でああなるんだろうなぁと思うくらいの美少女だし。妹達間違いなくあの二人だし。
あと見下しすぎて見上げてるし。
大丈夫? 後ろに倒れない?
一緒に囚われていたと聞いていたけど、まさかあのハンコックとは思わんわ。
うろ覚えだけど、時期ちょっと違う気がするし。
「ミホークもそうだが……ハンコック、ソニアもマリーもありがとう。感謝している」
とはいえ、後々の七武海やその部下に今からダズ達の修行に付き合ってもらえるのは本当にありがたい。
「……なぜ、おぬしが頭を下げるのじゃ」
「? 感謝しているからだが……」
それ以外に何があるのか。
「強い者は、そう簡単に頭を下げるものではない。格を低く見られる」
そう言われてもなぁ。
「頭下げるくらいで落ちる格ならそれまでだ。恩人に対して誠意を示す事が弱い事だというなら、弱くて一向に構わん」
「救ってくれた恩人はそもそもおぬしらじゃろう。……ミホーク、外の海賊というのはこういう者達ばかりなのか?」
顔合わせをしたときは本気で驚いたが、ハンコックはどうも九蛇から離れた上に奴隷候補から解放されて、外にすごい興味を持っているみたいだ。
ウチの団員ともそれなりに良好な関係を築いていて、ダズやアミス達の訓練に積極的に付き合ってくれている。
「いや、この男が特別なだけだ。政府の役人見習いと言われたら納得しそうな海賊など、他にはおるまい」
「であろうな。わらわたちが沈めてきた海賊は、もっと下品で粗野な者ばかりであった」
……原作から大きく外れているのが少し不安ではあるが、この子やダズのスパーリング相手のあの二人が酷い目に遭う事がなくなったというのは、まぁ、いい事だろう。
「肌に合わないか?」
「いや、違和感は確かにあるが不快ではない。覇気こそ未だ未熟だが、九蛇の物とは違う強さをおぬしには見せてもらった」
「おぬしの下に付くことに不満はない。妹共々、世話になる」
……だけど傘下に入るってのはそれ未来の九蛇海賊団大丈夫?
いや、一応グランドラインから九蛇の島に帰り着くまでの期間限定ではあるんだけどさ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハックさん、頼まれていた台車を持ってきました」
「それと、作業してくれてる皆のお弁当も」
「おぉ、すまないトーヤ殿、ロビン嬢」
元々は海賊船を隠すために拡張していた洞窟は、さらに拡張されて魚人・人魚族のためのスペースとして一部が改造されていた。
硬い天井の岩盤をクロが蹴り砕き、奥の方には日光が差し込むようにしていたのだ。
さらに島の中心部にあった湖の付近が特に見つかりにくいだろうと、そのあたりに魚人たちの家も作っていた。
現在ハック達魚人組は、ただの船の隠し場所でしかない洞窟内部をより整備し、隠し港として機能するように改造する仕事をまかされていた。
水中で活動できる魚人たちは、より大きな船でも乗り上げる事が無いように、浅い所を掘って深みを作っていた。
ロビンの持ってきた弁当を受け取りに、彼女と仲良くなった人魚や魚人が手を振って答えている。
「クロ殿は大丈夫か? 昨日も海兵狩りと斬り合っておったようだが」
「あ、はい。もう起き上がって、先ほどは副総督たちの訓練の様子を見ていました」
「キャプテンさん、最近あの人と戦った後でもグッスリ寝れば、もう動けるようになったって」
「なんと……」
あの時、指揮を取っていたダズですら自分の『何があってもまっすぐ船まで走る』という指示を忘れる程の、非能力者同士の人知を超えた戦い。
あの戦いは、その場にいた全ての人間の目に焼き付いていた。
「やはり、あの年齢で億を超えるだけはある。大した海賊だ」
「おかげで、いろんな所から狙われてますけど……」
ここ数回の略奪――マフィアや海賊の船を狙った所、襲撃に備えていたマフィア側が想定以上の戦力を用意していたり、あるいは網を張っていた海軍に包囲されることもあった。
もっとも、それらは力を付けた黒猫海賊団一同と、訓練の成果を見たいと同行していた鷹の目、黒猫という海賊団を知りたいと参加した九蛇の三人によって蹴散らされることになった。
あまりの過剰戦力に、船長であるクロが『目も当てられねぇな……』と珍しく素の言葉を零すほどの蹂躙劇だった。
「キャプテンを傷つけた事に関して思う事はありますけど、ミホークさんのおかげでウチの戦力が大きく底上げされているのは間違いないんですよね。ハンコックちゃん達も」
剣術こそ習っていないが、覇気の扱いに関してはミホークと九蛇の三姉妹にしごかれているトーヤが複雑な笑みを浮かべている。
「……あの人、うちの海賊団じゃないのになんでウチのつなぎ服使ってるの……」
その隣で、ロビンはすこし頬を膨らませてむくれていた。
「あぁ、あれは私も驚いた。あの剣豪が畑仕事とは……」
「うちのマーク入ったつなぎを着てるのに後ろ姿に見覚えなくてすっごく焦りましたね……あれ」
開拓の一環として、開墾作業も黒猫海賊団に所属するものならば大事な仕事である。
海賊でこそあるが、民間からの略奪を良しとしない黒猫において自給自足体制を作るのは当然の流れだった。
その時に汚して構わず洗いやすいようにと、元民間人のテーラーが制服の他に作った黒猫海賊団の作業着。
それを麦わら帽子と共に着こなし、他の団員と共に
「最近じゃ訓練の時にあの服着てる時があって、凄い違和感あるんですよ」
「先日の新聞で、海兵狩りが黒猫の傘下に入ったかという記事が載っておったが……本当にそのまま居付きそうな勢いだな」
「……キャプテンさん、斬り合ったのにあの人と仲良いの……」
実際、クロからすればミホークは船員――実質クロの親衛隊となっている元海兵組の特訓を行い、開拓作業も手伝ってくれる友好的な人材のために、食事を共にして酒を振舞う程度には仲良くなっていた。
「でもロビンちゃんも麦わら帽子作ってあげてましたよね。ミホークさんに」
「…………最近、暑いから」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、全員集まったな」
ダズと今日の分の兵隊の訓練――今日はミホークやハンコックからまだ早いと言われていた二番艦や三番艦の船員の基礎トレの日だった――を終えてから開拓組の作業を手伝って、全員で簡単な食事をとってから幹部を集めての定例会を開いている。
ダズ、ペローナ、ロビン、アミス、ハック、ミホーク、ハンコック。それに開拓を担当している非戦闘員のまとめ役数名。
……うん!
なんか一部おかしいけど全員いるな!
「ハック達魚人開拓団の一件に片が付いてから、ようやく状況が落ち着いてきた。ここらで一度、我々の今後の動きをハッキリさせようと思う」
「それはつまり、次の略奪の話か?」
ミホークの言葉に、ロビンがジトッとした目で睨む。
うん……ミホーク、君なんというか、すごくウチの活動に積極的だよね。
大丈夫? 君、後に七武海になるんだよね? ちゃんとなるんだよね?
「まぁ、略奪といえば略奪だが……アミス」
「はい」
アミスが会議部屋――大工組が偉く頑丈に作ってくれた作業場の中の一室の壁に、ダズとロビン、そして海兵組や買い出し班があれこれ調べてくれた情報をまとめて書き込んだ、この西の海の海図である。
「今更の話だが、西の海は裏社会が強い海だ。先日の魚人開拓団の救出作戦で、実質その中核となる五大ファミリーの一つの力を大きく削いだが、その壊滅しつつあるファミリーの縄張りの食い合いで、今ファミリー達は抗争状態になっている」
「……キャプテンが以前戦った能力者のギャング……ベッジだったか。奴もその中で名を上げつつある」
海図の中にはどことどこのファミリーが戦ったという×印や、金や人の流れを示す色違いの矢印がアチコチにある。
「ミホークやハンコックも、ウチの船員から話は聞いていると思うが、俺は五老星――世界政府に喧嘩を売った」
ミホーク……おまえニヤリと笑うのやめーや。
ハンコックがドン引いてるじゃん。
「今はまだ向こうも
「……グランドライン行きを遅らせて数を増やすのか?」
最初立てていた俺の計画を大体は知っているダズが質問する。
「……数、といえば数なんだが……今の俺達に必要なのは実績を含めた名声と、なによりも権威がいる」
世界政府に立ち向かうだけの戦力を揃えるだけっていうなら、変な話傘下全員でビッグマムなりカイドウの所に行けばいい。
ミホークやハンコックは抜けるだろうけど、新世界までたどり着く程度の戦力はもう持ちつつあると見ている。
ただそうなると、ワンピースの正体次第じゃ取り返しのつかない事になるし世界が暴力一色のヤバイ世界になるし……。
シャンクスが四皇入りしてればそういう選択肢もあるにはあったが今はなし。
「戦力を揃える。つまり俺達が強くなるのは、以前にも言ったが最低条件だ。剣豪のミホークに九蛇の覇気使いのボア三姉妹、そして魚人空手の達人であるハックを師範として、こんな駆け出しの時代から密度の濃い訓練が出来るのは、『黒猫』にとって望外の幸運だとしか言いようがない」
ハンコック、自慢気なのはわかるけど、だからそれ見下してるんじゃなくて見上げてるんだって。
ミホーク、お前も。
あの訓練量と試練は下手したら死人出るからな?
親衛隊から脱落者一人も出ていないけどアレ奇跡なんだからな?
あと出来れば俺との斬り合い、やっぱ四日に一回にしてくれない? 駄目?
「だが、ただ強いだけの海賊団では駄目だ。世界政府を躊躇わせるにはそれだけでは足りない。手を出すことへの畏怖、迂闊な刺激を躊躇わせる恐怖と共に、組織を潰すと困る……ある種の有用性をカードとして持っておきたい」
そこで海図に向き合い、いくつかの大小の島にペンで大きく丸を付ける。
「キャプテンさん、それって……非加盟国?」
学者の卵として様々な本を読み、地図を見ていたロビンがそれに気付く。
「そうだ、ロビン。これらは世界政府に――正確には天竜人への金を払えず加盟できなかった、あるいは除名された西の海の国々。現在内戦、あるいは海賊による支配などで内情があまりよくない国家だ」
「……魚人たちや、例の海兵奴隷に関わっていた連中の仕入れ先であり、市場でもあるな」
一時マフィアに、形だけとはいえ雇われていたミホークが俺の言おうとしていた答えを言ってくれる。
「ミホークの言う通りだ。マフィアはここの武装勢力に武器や船、食料や資材などを売りつけ、一般層には闇市でより高値を付けたそれらを販売している。違法薬物などの類も一緒にな」
ミホークとハンコック、ペローナはさもありなんと大して態度を変えていないが、それ以外の面々は不快感から顔をしかめている。
「そして奴隷市場の仕入先にもなっている。ここで目を付けられた人間が攫われ、ヒューマンショップ――海軍のいう職業安定所へと送り込まれる」
「世界政府は非加盟国を人扱いしておらん。我々九蛇も、それがあるから非加盟国はよく略奪の対象にしておったと聞いておる」
うん、そこよ。
それが世界政府のちょっと下手というか、後々の世界に妙なしこりを残しかねないと思っている点なんだが。
「そうだ、どうしてか世界政府は軽視しているが……荒れ果てているとはいえ、実質手つかずの土地が転がっている」
「では、我々の最初の目標はこれらの制圧ですか?」
「……キャプテン、制圧した所で俺達に旨みはないぞ」
「そうだ、ない。むしろ手間な位だ。なにせ向こうは食うものすらない」
ダズの言う通りだ。
旨みと言える程の旨みはない。
制圧してからが大変だし、そもそも市場にしているマフィアからは更に目を付けられる。
「だからこそ、誰もが意味がないと手を付けていないからこそやる価値がある」
「少なくとも、俺達にはな」
世界政府に、こちらの意思を示すには十分だろう。
そっちの膿をちょっと減らしてやるから、後はそっちで頑張れ。
「我々の手で、西の海の非加盟国を一度まとめ上げる」
……居場所が割れてるからと襲われる可能性もあるけど、その時は一度本気で海軍と戦おう。
「状況によっては西の海の海軍戦力が攻め込んでくるかもしれんが……」
そういうとダズとアミスが小さく頷き、ペローナがホロホロ笑い、ロビンは少し顔を暗くするがこっちをちゃんと見て、ミホークとハンコックがニヤリと笑う。
…………うん、あの。
ホント、今の戦力でも結構いい勝負できるから。
「諸君、矜持を掲げていこう」
次回もうちょっと九蛇姉妹とか魚人組深堀……出来たらいいなぁ
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035:前哨戦
ルーチュ島。
西の海の非加盟国であった王国に所属していた島であり、今では複数の盗賊団による支配と生存税という名の略奪から、日々をしのぐ金も食料も碌にない。
そんなそれほど大きくもなければ小さくもない島は今、突然現れた海賊によって襲撃されていた。
―― 事前に調査をしていたから数字や伝聞で状況は知っていたが、思った以上にひどいな……。
―― キャプテン・クロ、では?
―― ここの賊も大体斬ったし、死体を片づけたらとりあえず炊き出しだ。そっちはアミスに任せる。
―― 敵勢力が食料を狙ってきた場合は捕縛を?
―― いや、暴力に酔った賊だ。生かす必要はない。自主的に降伏しないのならば迷わず斬れ。
海賊団の名は、黒猫。
先日より自分達三姉妹が世話になっている、質だけならばもはや九蛇を一部凌駕しているのではないかと疑うほどの海賊団だ。
それほどの海賊が、海賊にしてはやや温い話をしているのが耳に入った。
「おい、
仮にも下に付くことになったのならば『おぬし』と呼ぶわけにもいかず、今では
「あぁ、ハンコック。そっちはどうだ?」
「終わったぞ。略奪に慣れて戦闘を忘れたような俗物であったわ。あれなら、ミホークが相手していた宗教家崩れの連中の方がよほどマシであったわ」
「そいつらは?」
「あやつが全員斬った。生かす価値はないとな。ほれ、終了の狼煙も上がっておる」
「よし、それじゃあ残るはダズの所と残党狩りか」
分かり切っていたが、黒猫としての最初の仕事は温いにも程があった。
ただあの賊どもを排除するだけならば、恐らく目の前の眼鏡の優男と、妹達に覇気を叩き込まれているあの刃物人間だけで十分だっただろう。
「あぁ、ミホークが斬った連中だが、集落から捕まえた連中を奴隷にしておった。今はその解放作業に入っているハズじゃ」
「……どいつもこいつも、好きだな奴隷」
「全くじゃ」
ろくに食事も与えられず、痩せぼそった体で重労働をさせられている男に、同じく痩せぼそりながら暴力の跡がみられる女たち。
あるいは、それがあり得たかもしれない自分達の未来の姿だと思うと、背筋が凍り付きそうになる。
「アミス、先に彼らに食事を提供してやってくれ。各集落の説得の材料にもなる」
「了解。親衛隊5名を残して、我々で向かいます。南の方に見える、あの古びた教会ですよね?」
うむ。と頷くと、親衛隊の隊長が、すでに九蛇の精鋭にも匹敵するだろう兵士を引き連れて動き出す。
(あのミホークと最低でも十分は渡り合える戦士達のやることが、弱者への飯炊きと配膳とは……)
行動方針を決めてから二週間。
それからは特にマフィアの船や拠点からの略奪を強め、そして戦果のほとんどを日持ちのする食料に変えてからの今回の攻撃である。
「クロ殿、我らは本当に待機でよいのか?」
「あぁ、退屈させてすまんなハック。魚人族に対しての理解が深いとは思えない地で、魚人という種族の頑強さ……言ってしまえば暴力に強い面を見せるとどうなるか分からなくてな……」
ある意味で恩人の一人でもある魚人――この男がクロたちと出会わず、助けを求めなかったら自分達は今頃売り飛ばされていただろう。
「それに、魚人島は今難しい問題に関わっていると聞く。賊とはいえ人間を倒す魚人よりも、弱者に手を貸す魚人というイメージの方がプラスに働くはずだ」
「……すまぬ、クロ殿。魚人島に戻った時は貴殿の話をするとしよう。きっと皆驚き、そして喜んでくれる」
そして魚人に手を貸し、自分達を助けた海賊は、あいも変わらず強者に似つかわしくない気配りを忘れない。
「まぁ、俺という海賊に手を貸す時点で不味いんだが」
「はっはっは、いずれ分かるモノには分かる。貴殿らが背中に背負う黒猫の意味と、その価値が」
「……そうか。なら、そうなるように微力を尽くすまでだ」
「うむ、我らはそれに手を貸すまでよ」
(海賊の
自らが所属していた九蛇の皇帝しかり、沈めてきたいくつもの海賊船の長しかり、海賊とは傲慢で、他者に気を配るのではなく自らに気を配らせる者が海賊の長というものだ。
そうでなくば、荒くれものが多い海賊達をまとめ上げる事は出来ないし、嘗められる。
そして、嘗められたら敵は増えるばかりだ。
「む……主殿、四本目の狼煙が上がったぞ、賊の討伐は全て完了したようじゃ」
「ダズもやってくれたか。ハンコック、ここの警護を頼む。残党の奇襲がないとも限らん。島としては、ここはそこそこ大きいからな。隠れる場所も多そうだ」
「隠れられそうな場所は、畑や集落からは遠い。いっそ火を付けてみてはどうじゃ?」
「……その手があったか。……いや、いや今回は駄目だ、事後処理に時間がかかりすぎる」
「あぁ、それがあったか。いや、よい。それならばそれで守りを固めるだけじゃ。日暮れ前までには各地の集落民を一度ここに集めるのじゃろう?」
「あぁ、解放の宴という奴だ。出来るだけ派手にやりたい」
だが、このクロという海賊は奪う事で利を得るのではなく、与えることで与えた以上の利を得ようとする海賊だ。
それでいて、奪う事を決めたら徹底的に奪う一面もある。
(やはり、この男はよく分からぬ)
分からぬが、知っておかねばならぬ。
いずれは敵になるかもしれぬ男ということもあるが、かつての自分が知らなかった外の世界は思った以上に広く、そして思っていた以上に醜悪な存在がいることをこの目で見た。
なればこそ、一文の得にならぬというのにそれに立ち向かおうとしている男の事は、知っておかねばならない。
妹達も、自分達の恩人であると同時に弟子にもなった男の鍛錬や、ペローナやロビンといった年下、あるいは年の近い娘と過ごす今の生活を気に入っている。
「夜が俺達にとっての本番だ。警戒を固めたら交代で仮眠を取るようにな」
「分かっておる。主殿こそ、適度に休息をな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
休息なぁ。
取るに越したことはないんだけど、ここから先は時間との戦いだからうかつに休めないんよなぁ。
せめて、最初の冬――いや、多分来年の収穫期を無事に乗り越えるまでは俺も海賊団の面子もちょっとデスマーチに近い死地を潜り抜けなきゃすり潰されるからなぁ。
グランドラインに行こうにも、どうも政府や海軍の船がリヴァースマウンテンに続く航路を見張ってるようだし、最低限これを突破できる力は必要だ。
(……まぁ、その結果
まぁ、ロビンを連れている俺達をグランドラインに行かせたくないという気持ちはよく分かる。
「ハンコック嬢の言う事には一理あるぞ、クロ殿。貴殿の顔色が悪いと、アミス殿やロビン嬢が不安がる」
「気を付けたい……とは思っている。正直、海賊として働くよりも、適当な茶でも飲みながら本を読んでいる方が好きだ」
「書物か。……確かに、主殿はそっちの方が似合いそうじゃ」
うちのスーツを着たハンコック――ただし、アミス達に比べて少しドレス風に改造されていて、より細身のスラックスはくるぶしのやや上の辺りまで裾上げされ、それでいて少しスリットが入った物になっている。
原作でもそうだけど、コイツ足に自信あんのか?
……あるか。そういやこいつの未来の必殺技は蹴りだったわ。
(悪魔の実、一応アミス達が三つとも持ち帰ったけどアレ食べるのかねぇ?)
今は一応本船船長室――つまり船での俺の部屋の金庫の中にしまっているけど。
『キャプテンさん』
む。
「ロビン嬢か」
「動きがあったかの」
自分の腕に生えてた耳の隣にロビンの唇が咲いたのを見て、ハックとハンコックが島の向こう側に遠い目線を送る。
『キャプテンさんの言う通り、変な船が二隻······島の周りをウロウロしてる。ペローナさんが、北北西の方からさらに三隻来てるって』
よしよし、狼煙なんて分かりやすい連絡方法使った甲斐があったな。
「近づく気配はないんだな?」
『うん、そういうつもりはないみたい。ペローナさんが、ゴーストなら船員の様子を見れるかもって』
「不要だと伝えてくれ。代わりに、バレないように船の数と位置を常に捕捉していてほしい。上陸しそうならすぐに俺とダズに報告を」
『うん、分かった』
「親衛隊の面子から離れるな。すでに上陸している奴がいる場合に備えてハックをそっちに向かわせる」
おそらくマフィアの連中だろう。
俺達が
「餌にかかったようじゃの」
「あぁ、これで本命の制圧作戦が楽になる」
今回、この島を解放することになったのは黒猫海賊団の行動方針の喧伝と、後々の生産拠点の一つにするためというのは正解だが、この島が選ばれた理由は別にある。
これから俺達が制圧する予定である、ほぼ無政府状態といっていい非加盟国にほどよく近い場所にあったからだ。
「連中はこっちの強さを理解している。となると奴らが考えるのは奇襲だ」
「戦での負傷なり宴なりで身動きが取れない最中を狙うか。まぁ、効率的ではある。最初から見られていなければ、だが」
ハックが苦笑しているが、正直油断のならない相手だ。
やっぱり一度連中は徹底的に兵力を潰して後顧の憂いを断つべきだな。
「ハック、念のためロビンとペローナの護衛の増援に向かってくれ。魚人組で戦える者も連れてだ」
「ふむ、夜の役目は?」
「ロビンとペローナの二人が連中の上陸を確認したら、その後に奴らの船を強襲、接収してもらいたい。逃げ道を消す意味でも」
「なるほど……了解した」
当初の計画からもうすでに大きく外れているが、今から始める計画には頭数と船数が必要になる。
一隻でも多く、無傷の船が欲しい。
「ハンコック」
「む」
「予定通り宴を行う。集落民に酒と食事を振舞ったら、二番、三番艦の大砲から花火を上げる」
「照明弾を混ぜて、じゃな?」
「そうだ。おそらく日が暮れそうになってから上陸して、宴の気配が消える頃を狙うために隠れ潜もうとするはずだ」
「そこをダズやミホーク、そしてわらわ達で強襲する、と」
そういうこと。
「逃げられたら面倒だ。照明弾や能力で確実に敵を捕捉し、確実に包囲し、そして的確に包囲網を狭めていく部隊の連携が試される。ロビン達と連絡を密にな」
今回の作戦の最大の肝は、肝心の非加盟国制圧戦で一番厄介で、かつ俺達を目の敵にしている連中の兵力を事前に削り取る事。
そして出来る事ならば、捕えた兵隊から目標の国の様子はもちろん連中のアジトや取引についてなど、とにかく片っ端から情報を引き出したい。
別に痛めつけなくてもネガティブ状態にしまくって何度も質問すれば大体全員吐く。
「ハックは船の接収時、あるのならば電伝虫をすぐに野生に帰してくれ。ここからは相手に情報を与えないうちに動く必要がある」
ある意味で電撃戦はうちの十八番だ。
今回は規模が規模なので事前に兵力を削る作戦をあれこれ考える羽目になったが……。
「主殿」
「ん?」
「主殿は、ひょっとしたら下手な海賊よりも怖い海賊かもしれぬの」
なんでじゃ。
ちょっと年始の頃まで、投稿がより不定期になるかもしれません
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036:ご記憶下さいます様に
この島に住む者にとって、夏とは腐臭があちこちから漂う季節だった。
食べる物こそ増えるが同時に略奪も増え、あげく略奪者同士の戦いも増える。
争いは多数の骸をあちこちに放り投げ、そして出来た骸分の補充のためにまた略奪が行われる。
言いがかりを付けて食料を持っていくならマシ。
酷い時は若い男を兵隊として連れて行ったり、税と称して若い女子供を連れて行く。
たまに他所の集落から逃げてくる者もいたが、聞く話はどこも同じだった。
食べ物は持っていかれ、働き手も娘も連れていかれ、残るのは怪我人や病人、老人といった、畑を耕すことすらままならない者ばかりだ。
いずれ、朽ち逝くこの集落と共に死ぬのだろう。
―― 土地に手が入っていないか。そんな余裕もないという事だろうが……。
そういつものように悲嘆に暮れていた時に、奇妙な一団がやってきた。
微妙に個々で着こなし方が違うが、背中と胸に、三本の爪痕と横を向いた猫のマークを付けた黒いスーツを身に纏った一団だ。
―― キャプテン、井戸も枯れているようだ。ここを生産拠点にするなら掘り直さなければならんな……。
―― うむ、それに畑すら荒れ果てている。種こそ撒かれているようだが、雑草だらけだ。これでは作物が痩せ細るどころか、病にかかりかねん。
―― ミホーク、おぬし真っ先に出る感想がそれなのか。いっそ剣士から農家に転職するとよいのではないか?
―― …………ふっ。
―― おい、その笑いはどういう意味じゃ。おい。
その一団は誰も彼もが若く、体の丈夫そうな者から美しい者、さらには見たことない異形の者までいる。
いかにも略奪者から狙われそうな者ばかりだ。
「お前さん達、どこの方かは知らないが外から来たのだろう? すぐに出て行った方がいい」
「ほう、なぜじゃ」
まだ幼い年頃だというのに、すでに女としての美を身に付けつつあるどこか尊大な少女が尋ねる。
「この島は盗賊団が奪い合う地獄みたいな所さ。アンタみたいな綺麗な子が奴らに捕まったら、死ぬより酷い目に遭わされちまう。悪い事は言わないからすぐに出て行った方がいい」
そう答えると、少女は特に表情を変えることなく、年上の者達ではなく近い年頃の男の子に、
「主殿、これは思った以上に旨みがないぞ。兵になる者どころか、労働力もほとんどないと見える」
そう意見を言っていた。
主殿、と呼ばれた眼鏡の少年。長く伸ばした髪を後ろで無造作に束ねている、どこか育ちの良さそうな男の子は、少女の言葉に首を振り、
「おそらく、賊が農夫として持って行ったんだろう。奪い合いでも、生産する者を使い捨てていれば奪う物すらなくなる。……食料もそうだが、働き手の奪い合いの側面もあるか……」
「ホロホロホロ、それじゃあ計画通りか」
まだ幼い、親の側で甘えていていいくらいの歳の娘は妙に堂々とした貫禄で、閉じた小さな傘で山の方を――連中のアジトがある方を指す。
「クロ、どうやらもう連中に見つかってるようだ。あっちの山から、武器を持ってこっちに向かってる連中がいる」
「周りに非戦闘員らしき人間は?」
「いねぇな。さっきちらっと山の中で畑仕事っぽいことしている奴らが見えたから、そいつらじゃねぇか?」
「……巻き込む恐れはないか。なら、まずはこっちを狙っている連中から片づける。ダズ、ここを仮拠点にしよう。俺達が倒す間に設営に入って――」
こっちに、またあの悪魔みたいな連中が来る。
そう聞いた瞬間、背筋が凍る。
一方で、目の前の若者たちはそれほど緊張を見せずに荷物を下ろし始め、その内の一人―― 一団の中では年齢の高い方の男が、腰から剣を抜き、
次の瞬間、オゥッ! という風を切る信じられない轟音と共に、少女が傘で指示していた方向に巨大な
「「「「「ミホーーーーーーーーーーーーーーーークッ!!!!!!!!!!」」」」」
一団の全員が、剣を振るった男に叫びながら詰め寄る。
「おっま! なんでいきなり斬った!!?」
「一応行動を共にしているのならキャプテンか幹部の誰かにまず許可を取ってくれ……っ!」
「このクソ野郎、滅茶苦茶ビビったじゃねぇか!!」
「なんでミホークはいっつもそうなの!?」
「というか、斬るなら斬ると言わぬかたわけ!!」
一団の中で、子供のハズなのに妙に敬意を払われている者達が、剣を振るった男に一通り怒鳴る。
ミホークと呼ばれた男は、キョトンとしてから「あぁ」と小さく呟き、
「斬ったぞ」
「「「「「やる前に言え!!!」」」」」
眼鏡をかけた少年は、頭をガシガシ搔いてから周囲に指示を飛ばし始める。
「ペローナ、敵の様子は!?」
「ぶった斬られてるよ! 生き残ってる奴らもなにがなんだか分かってねぇ様子だそりゃそうだ!!」
「生き残ってる数は?」
「ひぃふぅ……四人だ。うち一人は範囲の外側にいたのか無傷」
「よし、そのままゴーストでそいつら無力化しろ。二番艦所属兵はソイツら捕まえて敵の情報引き出せ。親衛隊は拠点設営を進めながら住民から事情や情報を聞き出してくれ。敵のアジトもそうだが、他の集落の事などもだ」
生き残りがいた事が不満だったのか剣を握り直している剣士の
「あ、あんたらは一体……」
度肝を抜かれていた隣の家の老婆が、恐る恐る声をかける。
「一体、何者なんだい?」
その問いかけに、眼鏡の少年は小さく微笑んで、彼の側に控えていた女性剣士に目線を送ると、今度はその女性が他の者達に目線を送り、長い物干し竿のようなものを持ってくる。
「ん、んん! ……失礼いたしました。紹介が遅れてしまいましたが……海賊です」
やけに長い物干し竿と思ったそれは、ポールだった。
そういう部隊なのか、ほとんど女性で構成されている剣士の集団がその先に大きな旗を結び付けている。
海賊旗と言われれば確かにそう見える、だが恐怖を感じさせない旗だ。
剣を振るった男以外が身に付けている服の胸と背中に輝く、三本の爪痕に猫のマーク。
「我らは今日より、貴方達を統治する海賊」
「名を黒猫と申します」
「ご記憶下さいます様に」
これは、ある海賊団が国を手に入れたという情報が入る一週間前。
黒猫にとって前哨戦にすらならない、戦いの始まりの一幕であった。
そして、海賊という名に怯えていた集落の住人たちが、息子たちの帰還と共に『黒猫』の名を深く心に刻むその少し前の話である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一番の大仕事になるはずだった王国――モプチという名の国の制圧作戦は、驚くほどすんなりと終わった。
……終わっちゃったおかげで、俺はミホークと二日に一回、最低三時間はガチの斬り合いしたうえで仕事こなさなきゃいけないんだけどどうなのそれは……。
しかもアイツ次の日にはアミス達と丸一日斬り合いしてるか畑仕事してるし。
元気良すぎるにも程があるだろう……そのうち毎日五時間斬り合いしようぜとか言ってこない?
確かにおかげで武装色はハッキリと使えるようにはなれたんだけどさ。
マフィアらしき連中の報復攻撃もあるしそれへの対策に哨戒計画に情報の喧伝と隠ぺいの仕分け、市民の慰撫と同時に労働力の割り振りに……。
自分で立てた計画だけどたすけて……たすけてくれめんす……。
「ロビン、食料生産の方はどうなってる?」
「今使える畑全部で、夏撒きの作物の種まきを終えたってさっきミホークが言ってたよ。ダズさんも畑の復興を手伝っていたよね?」
「あぁ。それに先日制圧した島と同じく、内乱で潰されていた井戸の復興も進みつつある。持ち込んだ食料も含めて、すぐに飢え死ぬ人間はそこまで多くないハズだ」
「……それでもゼロには出来ないか」
「多少は割り切るしかあるまい。埋葬を丁寧に行うように取り計らえば、多少は印象も良くなるだろう」
(……ダズもそういう考え方をするようになったか……いい事なのか悪い事なのか……はてさて)
半分外壁が崩れた王宮――元王宮の中の一室に俺はダズ、ロビンを呼んで状況を聞いていた。
玉座は残っていたし、ハンコックが座らないのかと聞いてきたが、あれに座るのはさすがに恥ずかしすぎる。
「まぁいいだろう。それにしても、マフィア勢力が脆いのが予想外だったな……能力者の一人二人は想定していたんだが」
銃火器の類こそ揃っていたが数だけ集めた連中だった。
親衛隊どころか二番艦以降の通常戦力だけでも十分に対応できる程度の寄せ集めと言えばいいのか……。
結局金品持って脱出しようとしてたから先回りしての一斉砲撃で全員潰したけど。
「多分、他のファミリーに移ったか買収されたのだと思う。能力者は重宝される」
「そうなの?」
「島に籠っている連中は能力者を気味悪がるが、マフィアはそういうものだと知っているからな」
「……ダズ、ひょっとして勧誘受けたことあった?」
「あぁ、一度な」
王族と呼ばれる人間は、女子供を残して全員死んでいた。
実質この国は、反政府軍というよりは反マフィア軍とマフィアの手が入った元王国軍、それに生きるために略奪に走った盗賊集団の三つに分かれて争う形になっていたわけだ。
王族の子達はマフィアによってこの王宮の地下牢に囚われていた。
いざなにかあった時にやり玉に挙げるつもりだったのか、あるいは折を見て非加盟国とはいえ王族という触れ込みで売り飛ばす予定だったのか。
「それでキャプテン、これからは?」
「詳しい事は今晩の幹部会で、王族の方々も招いて話し合う予定だが……とりあえずは情報収集に力を入れる事になる。王族の名前が今この地でどう思われているのか、とかな」
後はしばらくの間食料と燃料の確保と貯蓄になるなぁ。
冬前までに可能な限り安定させたうえで俺達で海賊のような外敵を排除して、春からの生産活動を軌道に乗せて一度成功させたらようやく一息、といった所か。
まずはここの生産力を十分な物にしないと身動きが取れん。
「ダズ、接収したのも含めて、今哨戒に使ってる船に全部、網を引くように命令しておけ」
「……哨戒船兼漁船にするつもりか? 斬新だな」
「あんまり成果は出ないだろうけど足しにはなるだろ」
「出来るだけ民衆から飢えを遠ざけないとな……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はあぁぁぁぁっ!!」
王宮内部、並びに旧首都の見回りを終えてから、親衛隊の隊長となったアミスは元王宮兵の練兵場にて、刀を振るっていた。
相手をしているのは黒猫海賊団が戦った中でもっとも強力な剣士、『海兵狩り』のミホーク。
先日起こったマフィアによる報復戦において、副総督ダズ・ボーネスと共にたった二人で船7隻分の戦力を斬り伏せた男である。
「良い。他の親衛隊の者達も驚嘆に値する速度で上達しているが、お前はその中でも特に速い」
アミスが上段から振り下ろした剣を受け止めたミホークは、その剣をからめとり、弾き飛ばそうとするがその前にアミスは剣を引き抜き、突きの態勢に入る。
「……よし、今日はここまでにしよう」
「? もう、ですか? まだ体力は残っていますが」
「だからだ。拠点のあの島でならば最後まで付き合うが、ここは制圧したばかりでまだ敵地と言ってよい。特にダズ・ボーネス同様に部下に指揮を飛ばす必要があるお前をヘバらせるわけにもいくまい」
ミホークがそういうと、アミスは少し頬を膨らませて、
「だったら、キャプテンの事も少しは労わって頂けませんか? あの方は、これから政務にも携わる事になるのですから」
「だからこそだ」
ミホークは剣を鞘に納め、手拭いで額の汗をぬぐい始める。
「クロは、我流で訓練をしていたためかその覇気を歪な方向に成長させている。基礎を固めずに応用に入ってしまった……と言ったところか」
「……貴方の刀に
「そうだ」
今ミホークが使っているのは、彼が黒猫海賊団と行動を共にし始めて最初の略奪の際に、目標のマフィアの取引品の一つだった大業物、『宮尾・弐式』と呼ばれる名刀である。
彼が元々使っていた刀はただの数打ちだったため、クロがミホークに「壊した刀の代わりに使え」とこれを渡した時には大変喜んでいた。
「覇気は上位層との戦闘において基本であり、奥義になる。覇気を拳や武装に纏わせればその威力は大きく跳ね上がり、
「だから武器に覇気を纏わせるのは、海軍本部将校や四皇勢力を相手に戦うのならば絶対条件。刀が折られるのはもちろん、刃毀れすら剣士の恥……ですね」
「まぁ……俺はあの男にしてやられたわけだが」
ミホークは、
彼にとってあの刀は、剣豪と呼ばれるようになって初めての敗北の証であり、より強くなるという誓いの証であり、『黒猫』と出会った思い出の証でもある。
「クロは強くなる。覇気をいつでも使えるようになれば、俺の刀に
「ええ、そうなると我々も信じております」
「だが、奴は生き急ぐように敵を作る。……この作戦も、奴が勢力を築いたと知れば海軍はかなりの部隊を送り込んでくるだろう」
「……はい」
アミスは、あの偽装船から解放されて以来ずっと使っている刀を握りしめる。
「キャプテンは、一刻も早く一大勢力を築かなければならないと考えているようです」
「聞いた。といっても詳細までは奴も言わなかったが……」
ミホークが、王宮の方へと顔を向ける。
豪華な部屋は好みではないと、簡素な部屋を暫定的な
おそらく、彼女もそこにいるのだろう。
「ニコ・ロビン。オハラのバスターコールは風の噂で聞いていたが、政府がそこまで
「貴方が来る前の地区本部での海戦においても、彼女を重視しているような印象を受けました」
「まったく、そのような
参加したかったのかと、アミスはジトっとミホークを見るが、本人はどこ吹く風と流している。
「ともあれ、少なくとも海軍と一度大きな戦いをせねばならないのはほぼ決定事項だろう。これから先、クロは非加盟国民のまとめ上げや対策に追われる。ならば、まだ時間のある今のうちに覇気の基本を完全に体になじませておけば、そう簡単に止められんレベルに奴は仕上がる」
アミスは、目の前の男と自分達のキャプテンの一騎打ちを思い出した。
ミホークですら完璧には捉えきれないほどの神速の連撃。
あれに今以上の攻撃力が乗れば――果たして、それに対抗できる者など
「気を抜くな、親衛隊隊長」
そんなアミスの思考を読み取ったのか、ミホークはその鷹のように鋭い眼でまっすぐ彼女の目を見る。
「上には上がいる。今の俺でもまだまだ届かぬ強者なぞ、海にはゴロゴロいる」
「……正直、ピンと来ません。今の私からすれば、貴方こそ雲の上の人間ですから」
「いずれ出会う。純粋に強い敵はもちろん、想像から外れた思いもしない敵にも」
「油断してくれるな、アミス。海は大きく、世界は広く、そして
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まったく、面倒な所から依頼が来たものだ」
ある特殊な船の中で、仮面のような兜をかぶった大柄な男が酒を飲みながら地図を見ている。
「東ならば壁を一つ越えるだけなのだが、西ともなると手回しがあれこれいる。……依頼金がこれほど高額でなければ突っぱねていた話だな」
依頼主は西の海のとある加盟国――それも複数の国家による連名のものであった。
ある非加盟国を舞台に代理戦争を起こしていた者、あるいはその代理戦争の元で儲けていた国家群である。
依頼内容は、とある海賊の排除とその海賊の支配下にある島の制圧。
相手が非加盟国とはいえやっていた内容が内容なので、表沙汰にならぬようマフィアと手を結んで裏から搾取していた所を追い出され、奪還のために偽装した軍隊を送った所一方的に壊滅させられたため、『戦争屋』として有名な男の元に依頼が届いたのだ。
「子供で億越え。それに伴う実力もあるとは大したものだと褒めてやりたいが……」
男が見ている地図は、西の海のとある海域。とある非加盟国とその周辺を正確に描いた海図である。
「まぁいい。一次ロットの兵隊の実用テストと思えば、金銭以外にも得るものはあるか」
その海図の横には、四枚の手配書が並べられている。
ターゲットの海賊団を率いる少年海賊と、その部下達だ。
「『抜き足』のクロ。若い可能性を奪うのは残念だが」
「我ら、ジェルマが悲願の糧となるがよい」
【悲報】クレメンス氏、失踪【いつもの】
次回投稿がいつになるのか本当にわかりませんのでここで明記。
年内に最低一本以上は投稿したいとは思っていますが……
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037:再会
二番艦以降の人員はまだあっさり蹴散らさられる。
「どうだハンコック? 大工組に頼んで出来るだけ固くて丈夫な木材を選んでもらったんだが」
「うむ、良い素材であった。おかげでほら、この通りじゃ」
そう言ってハンコックは、ブラウスの上に革製の胸当てを付けたうえで、手にしている木製の弓を引いて見せる。
いや、俺に弓の良し悪しは分からんのだが……。
まぁ、ハンコックが自慢げにしているという事はかなり納得のいく出来なのだろう。
「矢の方も、今大工組が復興の片手間に作っている」
「先ほど交代で戻ったトーヤに聞いておる。ある程度矢が揃ったら、弓の慣らしも兼ねて山で狩猟をするとしよう」
「あぁ、それは助かる」
「うむ、豆と魚の塩辛いスープばかりでは皆飽きてくるじゃろうて」
弓を作りたい。
ハンコック達九蛇の三人がそう言いだしたのは先日の話だ。
これまでハンコックは格闘主体でたまに剣やナイフを、妹の二人は槍を使って戦っていたが、三人曰く使い慣れているのは弓という事だった。
(言われて思い出したが、原作でも九蛇は結構弓使ってたな)
「九蛇だと弓兵は多いのか?」
「大抵の戦士は使える。アマゾン・リリーは外部との繋がりなど略奪程度しかないから、
その大砲もあまり使わぬがの、というハンコックの言葉に、原作を思い返す。
……確かに、大砲使ってたイメージあんまりないな。
「だから飛び道具として弓は大体の戦士が一度は触る。作成も容易く、矢ならあの島の中でも数が揃えられるし、覇気を込めれば威力とて銃にも負けぬ」
「なるほど、確かに理に適っているな」
マフィア勢力からの略奪というか、ここ最近の鹵獲品が多くて武器には困っていないが、後々の補充や整備を考えると、地盤を固めるまではそっちの方がいいのかもしれん。
親衛隊なら覇気を使えるし。問題点があるとすれば訓練時間か。
―― キャプテンさん、ハンコックさん!
しばらくハンコックの弓の調整を眺めていると、ロビンが来た。
「これ、ロビン。この王宮がもはや我らの領地に等しいとはいえ、お主にはことさら身の上の事情というものがあろう。あまり一人で出歩くものではない、用心せぬか」
「あ……ごめんなさいハンコックさん」
あぁ、そういや親衛隊は港の整備と民衆の居住区画の設営で大体出払っていたか。
「すまない、一部の民衆はともかく王族の方々が協力的だったので俺も油断していた。今度からは親衛隊を一人は付けるようにしておこう。それで、どうしたロビン」
「あ、うん。ダズさん達の船が哨戒から帰ってくるのが見えたんだけど、なんだか甲板の皆が忙しそうだったから……知らない船を二隻も牽引してるし」
あぁ、おおかたまた敵船が来ていて、武器なり兵器なりと一緒に鹵獲したんだろうな。
あるいは、珍しく引いた網が大漁だったか。
大海賊時代とはよく言ったものだよなぁ。
おかげで海賊が新造船やら大砲、火薬に弾をわんさか持ってきてくれるので、武装面では大いに助かる。
……一番肝心な人員に関しては、下手に中に引き入れることが出来ないので地道に増やして育てていくしかないっていうのが問題なんだが。
「わかった。ハンコック、しばらくの間ロビンを頼む。俺は港で状況の確認と指揮を執ってくる」
「
「うん!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いくら大海賊時代っつってもこれはおかしくない?」
港では確かにちょっとした混乱が起こっていた。
武装関連の整理はさすがに現地民にはまだ任せられないので、基本ウチの船団員で行うことにしていたのだが……それでは追いつかないほどの武器で溢れかえっている。
お前ら海賊に人生賭け過ぎだろ。
これだけの装備買える金あるんだったらもっと上手い生き方しろよホント……。
「キャプテンか、助かった。人員を少し出してもらえないか?」
「あぁ、もうトーヤに頼んで信頼できる労働者の選別と、指揮役の親衛隊出してもらってるけど……」
大砲大砲、また大砲。
見たところそこまで使い込まれていない、比較的新しい型の大砲がゴロゴロと運び出されている。
銃の方もよく見かける
……銃かぁ。白ひげの中にも幹部で使ってる奴確かいたし、赤髪の副船長が銃で黄猿止めてたから効果的なんだろうけど、ワンピース世界で強い印象がまったくない……。
まぁ、兵隊の通常装備が更新できるのはありがたい。
大砲も含めて試射してデータ取ったら再編時に採用だな。
「敵の数は?」
「6隻だった。うち4隻はあまりに鬱陶しかったのでペローナに沈めさせた……すまない、できるだけ船は捕らえておきたかったのだが……」
「あぁ、別にいい。無理に船を手に入れようとして、鍛えた精鋭を多少でも失う方が痛い」
親衛隊もそうだけど、地区本部戦以降から傘下に入った面々もキチンと戦力として育ってきてるからな。つまらんことで失いたくはない。
そもそも船動かすのにも腕と経験がいるんだから、下手に部下が死ぬような真似はすべきじゃないし、それを実行したダズは相変わらず期待を裏切らない。
「にしても、えらい武装だなコレ……」
「あぁ、船に固定しているものだけではなく、見ての通り車輪式のものまで甲板にギッシリと並べていてな……とにかく砲撃が鬱陶しかった……」
「ホントに面倒くさかったんだぞちくしょう!!」
いつの間にか来ていたペローナが、水をゴクゴク飲んでぷはーっ! と妙にオッサン臭い仕草をしている。
どうしたペローナ。
「直接の戦闘はもちろん、我々の得意とする中距離での撃ち合いをとことん避けられてな……」
「しかもこっちのゴーストのギリギリ射程外にまで逃げるから途中でミニホロ使って敵の砲弾落としながら突撃してからの特ホロで! あーっ、疲れた!」
「……思っていたよりも対応されるのが早いな。アミスには?」
隊長としての指揮力を鍛えるためにアミスも船を出すようになっている。
ダズが帰ってきたのならば、次の哨戒の準備を進めているはずだ。
「すでに伝えた。念のために鹵獲品の中で射程の長い大砲を二番,三番艦に二門ずつ一度積み込むということだ」
「……弾や火薬は十分か?」
「数はある。奴ら、どうも射程外からの一方的な砲戦でこちらを仕留めたかったようでな……」
それが気になるというか不安というか……。
正確には、そこまでしてこちらを確実に仕留めたいほどの勢力が世界政府や海軍以外にいるというのがちょっと……嫌な予感がする。
どうもマフィアの連中とも違うようだ。
「……ダズ、トーヤが人員連れてきたら後の予定はお前に任せる」
「? 臨時居住地と復興作業の視察も?」
「そうだ。必要だと思ったのならばハンコックやロビンを使え。無論、ペローナやロビンを一人にしないようにだが」
横でガキ扱いすんなとペローナがゲシゲシ蹴ってくるがガキなんだから仕方ないだろう。
ハンコックみたいに能力なしでも戦えるならともかく。
「哨戒に同乗する。万が一の時のためにな」
俺だったら、最悪の場面でも海面なり空走って船の側面なりマストぶった切ればいい。
猫の手もロビン達がまた作ってくれたし、今ならそういうことが出来る自信もある。
「戦力の逐次投入なんて馬鹿な真似はしないと思うんだがな……」
俺達を潰したい奴がいるのならば、それぞれでこちらの戦術分析はそりゃするよねぇ。
西の海を封鎖している海軍との決戦までに、また余計な敵が現れなきゃいいんだけど……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(……なんでそうなるのさ)
あまりの事態に思わず頭を抱えてしまう。
「キャプテン・クロ、どうしますか?」
「……一応
哨戒に出ておよそ半日。アミスの指揮の元予定通りのポイントを通過して、このままただの哨戒の視察で終わりかと思いきや、見覚えのある船がこっちに来てやがる。マジかお前。
「アミス、電伝虫」
「はっ。スピーカーにはすでに繋いであります」
サンキュー。
だけどアミス、顔に出てるよー。
アイツら今すぐ沈めませんか? って言いたいのが顔に出てるよー。
んんっ、とりあえず――
「そちらに交戦の意思がないことは確認した。これよりそちらに乗り移る」
スピーカーを通して拡散された俺の声に、相手もスピーカーで返そうとしたのだろう。ザザッと小さなノイズが向こうの船――超見覚えのある船から聞こえ、
『ヘッヘッヘ、そこは普通船長一人でこちらに来いだろう。相変わらず妙な海賊だな。えぇ?』
「お前はそもそも、
「――ベッジ」
『ハッハッハ! 相変わらずだな、クロォ!』
おま、お前、なんでわざわざこっちに来るん!?
しかも白旗掲げてまで話し合い!?
『お前に話したいことがあってな。まぁ、とりあえず上がりな。まずはこっちの武装解除だろう? 話はそれからにしようじゃないか、ヘッヘッヘ』
話ってお前絶対にやっかいごとだろうがコルァ!!
わかってんだぞコルァ!!!!
本年最後の更新になります。
来年はワンピースと同じくコナンも大きく動くようですので、黒猫と同じくワトソンも更新して行くのを抱負にしたいと考えております。
何卒、来年もよろしくお願いいたします
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038:同盟
「海賊国家?」
「そうだ、お前らが今相手にしてるのはそう呼ばれている連中さ」
結局あの後船に不審な点がないことを確認してから、モプチの港へと戻った俺はアミスと共にベッジをいつもの会議室へと通していた。
こいつの部下達は港で待機だ。
少なくとも今回は敵ではないし、ベッジの事だからこうして話すことに価値があるだけの情報を持ってきているのだろう。
そういう相手を、部下とはいえ上陸するなと粗末には扱えない。
さすがに街中にはマフィア・アレルギーがある民衆もいるから通せないが、多少の自由は保障する必要がある。
「そう呼ばれるだろう枠組みを今まさに作っている所なのに、まさか
「へっへっへ。ここ最近のお前らの動きに、とあるファミリーはお怒りだぜ。麻薬の原料作ってた所が乗っ取られたってな」
「乗っ取ったんじゃなくて潰したんだが……」
「自分がやってたことは相手もやる物だと思ってんのさ。後ろ暗い真似は尚更な」
事実、ここの市民の収入源の一つが麻薬になる作物の栽培だった。
それをマフィアは安く買いたたき、加工して出来上がった違法薬物を高く売りつけ、その儲けで安い食料を買ってここの闇市で高く売る。
そういう真似をしていたようだ。
むろん、それだけではなかったようだが……。
まぁ、諸々全部燃やした。
繊維質としても使えるからそっち方面で活用しようか悩んだけど、ここでうかつに許したら生産力が落ちるのは目に見えていたので片っ端から火をつけた。苗も種もだ。
山とかに自生しているやつがあったら徹底的に駆除するように指示も出している。
「話を戻すぜ、クロ。モグワ王国。西の海の中じゃあ
ベッジとの会談は、一対一で構わないと思ったのだがダズとアミスがこれを拒否。
俺のそばにはアミスが控えていて、向こう側にもなんか見覚えのある男が控えている。
コイツ、あの時に船から急いで脱出するように俺が説得した男じゃん。
「モグワ……確かにこの国からは近い位置にある国だが……海賊国家? 一応、加盟国は海賊とつながりを持っていたら重罪だろう?」
七武海を除いてという話になるが。
原作でのアラバスタ事件のエピローグで、海兵がそんな感じの事を言ってアラバスタの……なんだっけ? チャカ? とかいう将軍に詰め寄っていたような?
「表向きは関係ないとして、裏で海賊と手を組んでる奴らはそこそこいるぜ。たとえば西の海で有数の海賊である八宝水軍なんか見ろ。頭の首に5億ベリーがかかっていても、同時に
……花ノ国ってグランドラインの国じゃなかったのか。
いかん、やっぱキチンと地理関係は頭に叩き込んでおくか。
関わったところやなんらかの形で関わるつもりの所しかチェックしてねぇ。
というか、グランドライン後半の物語でも普通に西の海の連中が来てるってことは、少なくとも20年後には割と行き来してる奴らがいるって事か。
今は……まだそういう話は聞いてないけど、いずれは四皇も見据えて対策を……遠いなぁ……。
自分だけじゃなくて仲間の命やら尊厳がかかってるから嘆いてポイとか無理だし……。
クレメンス……クレメンスどこ……?
「まぁ、確かに海賊との結託があからさまだと海軍に
違う方法って……そもそも、海賊とつるむ理由がねぇ。
あるとすればなんだ? 略奪による収入? んなもんに頼る国家なんざ論外だ。
となると戦力? それこそ自前の方が……自前の軍じゃ出来ないこと?
「……他国への圧力か?」
世界政府は一つの国家というわけではなく、国家群の集まりだ。
そして国家間の仲は決して良いものではない。
20年後の話とは言え、陰険チンピラドピンク腐れサングラスがSMILEをはじめ武器を売りさばいていたんだ。
火種なんてそこらにあるものだろう。
「へっへっへ、そういうことだよクロ」
「面倒な……と切って捨てるわけにもいかないか」
だったら、それが非合法な手段だと分かっていても他国より有利になりたい、あるいは他国の足を引っ張っておきたいという奴がいてもおかしくない。
「やつらの狡い所は、直接海賊と話し合うんじゃなく、自前の兵力を使って海賊を上手く利用する所だ」
「要するに、海軍戦力を海賊を
「おうとも。さすがだなクロ、そういうことさ」
アミスが持ってきたワイングラスに口を付け、美味そうにワインを一口呷る。
さすがマフィア、酒が似合うな。
「なにせ今は大海賊時代。
「当然、国力を落とす要因になる。が、それを追い出すだけの戦力があれば……」
「周辺国の国力をそぎ落とす武器になる。もっとも――」
「俺達がそれを片っ端から潰し始めた。連中からしたら面白くないわけだ。周りの国の足を引っ張る効率が落ちる」
「逆に、他の加盟国はお前達の事を歓迎してるぜ。どういうわけか、海兵奴隷の一件が噂で広がっているようだからな」
あぁ、それは買い出し組の面子から聞いた。
酒場で酒を補給した時に、俺達の話をしている連中がいたとかなんとか。
「余計な尾ひれがついた噂は面倒なんだがな……」
海兵奴隷の件で天竜人――世界政府への不信が広がるのは百歩譲ってまだいいが、内容が内容だ。
アミス達が妙な色眼鏡で見られかねない。
あまり心地の良いものではないだろう。
「あぁ……お前はそういうのが嫌いだろうが、悪名だろうが名声だろうがもらえるもんはもらっとけ。手札が多いに越したことはないだろうが」
「む」
言われて見りゃそりゃそうか。
雇うどころか養う人間が爆発的に増えた今、敬意だろうが恐怖だろうが懸賞金の額以外で名を知られるのは色々利用できる。
「……そうだな。受け止めるさ、ベッジ」
「おう、そうしとけ。それよりも問題は、海賊国家だ」
ベッジ、貴様葉巻吸うのは構わんが一言くらい言えこの野郎。
アミスが睨んでるだろうが。
「力で押さえつけていた連中ってのは、その力が弱まるとやり返されるのを恐れるもんだ」
「道理だ。自国民の安全を保障するという意味では……まぁ、そういう手段もある意味正道ではあるが……」
力を使った策は間違いなく強いし、数が揃っていれば成功確率も上がるんだけど、バランス感覚ないと難しいよなぁ。
「……ベッジ、お前達が来る少し前に、やけに装備の整った集団に襲われた。装備も船も新品だったので、新興の海賊かと思っていたんだが」
「モグワの海軍だろうな。お前らを潰して、内乱が形だけとはいえ収まったこの島を無理やり接収するつもりだったんじゃねぇか」
だろうなぁ。
ついでにその後も分かるぞ。
この島の住民は非加盟国民だからな。奴隷なり農奴なりとして生産力を無理やり高めるつもりだったんだろう。
近海の海賊という圧迫役が減ったのならば、それが回復するまでに自国の圧力を上げるのは当然だ。
「いいタイミングで来たようだな。女々しい嫌がらせなんざする国の軍がお前らに敵うわけもねぇ。それは向こうも分かったはずだ。そうなると、次にどういう手段に出るのか……」
……碌な事はしないだろうな。
あれだけの船と武装を失ったんだ。乗組員は一応小舟を与えて逃したが……。
ともあれ、すぐに補充を考えるはずだ。
それも手っ取り早い方法……。
「狙いは俺達か?」
「入ってるだろうな。だがそれだけじゃねぇ。近隣の国は元々モグワ国が自分達の所に海賊が殺到している理由だと察している」
「それが少し活気づいているなら、苛立たしいか」
「あぁ。理不尽この上ないがな」
非加盟国をまとめるために、まずは生産力確保したという実績を積みたい所でなんで加盟国のいざこざが飛んで来るんだよ馬鹿!
なんにせよ偵察が必要だな、ちくしょう。
顔の知られていない面子で調べさせるか。
「つまり、近隣諸国内にあるだろうお前の所の縄張りも荒らされそうだから、協力してモグワの圧力を削ごう……ってことか?」
そう言うとベッジはニヤリと笑い、
「察しが早くて助かるぜ、クロ」
「得もなしに手助けをするタイプじゃないだろう、お前は」
「へっへっへ。で、どうする?」
「分かっているだろう? 加盟国への実質宣戦布告なんざ……」
「避けては通れない道が今来ただけだ。乗ったぞ、ベッジ」
「はっはっは! そうでなくちゃなぁ! クロ!」
「ああ」
「同盟だ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「加盟国が海賊を利用して、他の加盟国への間接的な攻撃に使っていると……。なんという」
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。王女殿下」
同盟が決定し、港内部の旧衛兵詰所へと案内してから、事態を説明するために王族の方々と面会している。
場合によっては、ベッジ達をこの王宮内に招くことがあるからだ。
後ろにはハンコックが片膝をついて頭を下げている。
ハンコックのそれは原作的に考えられない事だったため最初は目を疑ったが、「主殿が敬意を示す相手に、下につくわらわが示さぬわけにはいかぬ」という事だ。
……奴隷時代を経験させる前に救出したことが、思わぬ方向に影響与えているな。
元海兵組に礼儀作法のアレコレ習ってたりするし。
お前そんないい子だったのか。
すまん、正直使いやすいから色々仕事任せてしまうかもしれん。
「よいのです、クロ。貴方が気にすることはありません」
栗色の長い髪――少し前まで手入れもされないまま伸ばしっぱなしだった髪が、多少は手が入るようになっている。
「貴方は海賊であるにも関わらず私や母上、妹にも敬意を持って接してくれています。アミス達親衛隊の方々も、街へ出る際に我らを守ってくれ……おかげで少しずつ民に対し、王族としてせめてもの慰撫を行えるように……少し前まで、考えられなかったことです」
初めて会った時は、絶望からか海賊である俺達のご機嫌を窺うような発言が多かったお姫様も、少しずつキチンと話してくれるようになった。
「……王妃様は」
「母は、全て私に任せると……いえ、その実は、貴方に任せたいのでしょう。クロ」
玉座に座る事を良しとしなかった王族の最高位――王妃様はあまり表に出てこない。
体調が悪いわけではなさそうだが……人間不信か、あるいは恐怖か……。
「クロ」
「はっ」
「世界政府は、いつかこの島を攻めるでしょうか?」
…………うん。
「おそらく。我らがここを去ったとしても、ここが豊かになれば世界政府はなんらかの形でここを欲するでしょう」
多分、だけど。
世界政府としては、自分達こそ文字通り『世界』だという正当性が最大の武器だ。
その世界の手を離れて豊かになろうとする国があるとしたら、よほどの理由――例えば四皇や七武海の勢力下であるとか――がない限り、世界政府の中に加えておきたいハズだ。
(だからこその連合構想なんだけど……核になる国も人物もいないのがなぁ)
「……我らにはとうの昔に逃げ場はありません。貴方達が来なければ、裏社会の人間に嬲られ今頃売り飛ばされていたでしょう。……現に、父や兄はそうなりました」
元国王や王子の行方はこちらでも探したが、どうも東の海――あの橋の国ことテキーラウルフに送られたようだ。
もしまだ生きているのならば、労働力として働かされているのだろう。
「クロ」
「はっ」
「これは、この国の王族としての言葉です」
「貴方が先日おっしゃった計画も含め、貴方の思うままに事を進めてください」
「きっとそれが、この国にもっとも自由と豊かさを取り戻させてくれると信じております」
……いや、そういってくださるのは嬉しいのですが。
「この身は、海賊ですが?」
「いいえ。たとえ人があなたを海賊と呼ぼうが……」
「私は、あなたほどの騎士を見たことがありません」
そういう評価は巡り巡って事態をややこしい方向に引っ張りかねないんですけど!!?
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039:黒猫のとある一夜
「それで、今度は戦争か」
「……すまんな、ダズ。当初の予定ならもうグランドラインで数を揃えだしているハズだったんだが……」
「数は揃っているだろう。7隻――輸送船や改造漁船も含めると15隻もの大船団になった」
「予定外にも程がある……」
まぁ、ロビンを拾った時点で予定なんざ全て吹き飛んだんだが。
ミホークと斬り合って偵察の人員を選別、送り出してからミホークと斬り合って復興作業絡みの仕事を一通り見て回り、ミホークと斬り合ってベッジの王女殿下への謁見を無事に終わらせてミホークと斬り合った夜。
ここから忙しくなるのが確定ということで、せめて身体だけは休めようと男子部屋でゴロゴロしていた。
「モグワ王国か……。高名な剣士の噂は聞かないが、どうにかして呼び寄せるだろう『補充戦力』の方に興味があるな」
「ミホーク殿はやはり強者を好むか。まぁ、私も武人の端くれ。その気持ちは分からんでもない」
ミホークやハックも同じく、刀の手入れをしていたり、筋トレをしたりして思い思いの時間を過ごしている。
「まぁ、傭兵の類を雇うとしてもそれなりに腕の立つ奴を呼び寄せるだろうなぁ。なにせ、わざわざ新造艦で編成した部隊を送り込んでいる」
「……だから負けたのではないか?」
ダズは新しい船や武器よりも、使い慣れて信頼性の高い物を好むからそう思うのだろう。
実際、間違いではない。ないのだが……。
「お前から話を聞くに、長距離での砲戦に特化させるためにわざわざ作ったんだろうな」
例の長距離砲を一度本船に乗せてみたのだがやはり大きく、操船において邪魔になる面もあったと報告があった。
「お前達は個々の戦力もそうだが、それと同じくらい砲戦を主軸とした戦術が明確な脅威だからな」
その気になれば剣一本で砲撃全部切り抜けて船をたたっ斬れる男の評価だ。嬉しくねぇ。
「はっはっは、その気になれば夜でもクロ殿の指揮する船は当てられるからな。敵からすれば肝を冷やすであろう」
「……あんな芸当できるのは、ペローナのおかげなんだけどなぁ」
幸い火薬の類は、同種類の物が豊富に手に入ったので試射を何度も出来たのがでかい。
なるだけ性能の近い大砲を横一列に並べ、角度を一定ずつずらして一斉に射撃。
それをゴーストで高所から観測しているペローナに着弾報告してもらう。
例えば、一番と二番の大砲の着弾位置が相手の船を挟んだとする。届かなかったが最も近かった砲弾と、近いが通り過ぎた砲弾だ。
この時、一番と二番の着弾地点の間を十分割して、敵船の位置がそのどこにいるかをペローナが報告する。
例えば、二番の方がやや敵船に近ければ「一番から二番、七-三」と。
それを元に照準調整して、より精密な砲撃で圧を加え続けるのがウチの基本戦術だ。
ホロホロの実の特性なのか、ゴーストを通した視界は夜目が利くというのもこちらにとって大きかった。
(夜戦だったら完封できる自信もあるけど、それも相手の戦力次第か)
「少なくとも、数だけの連中ではないと思え。数だけの連中ならば、こっちの戦力を抜くのに必要な数を揃えるには余計に金がかかる」
「となると、精鋭か」
「精鋭、かつ人数もそこそこって所だろうな」
ミホーク、お前いい笑みを浮かべやがって。
斬り合いがしたい斬り合いがしたい。と、その笑顔がとてもうるさいですわよコノヤロウ。
今日お前と合計でだいたい8時間強も斬り合ったじゃん。
「では相手の動き次第では海戦か?」
「……数次第だな。海戦は海上でも活かせる能力者がいない限り、結局船の数が大局を決める」
全員を船に乗せて海上決戦を挑んで、船を一隻二隻逃した場合相手次第では大惨事だ。
地区本部の時のように、切り抜けるだけで良しとするわけにはいかないのだ。
「魚人組にちょっと仕事はしてもらうが、基本的には本土での決戦になるだろう」
なにせこっちには全自動人斬りマシーンがもうスイッチ入れてウズウズしているのだ。
その性能を全力で活かすには、海じゃなくて陸だ。
後は偵察隊こと買い出し隊やベッジ達がどれだけ情報を持ち帰ってくれるかだな……。
念のためにモグワを避けて、周辺諸国で遠まわしな情報収集を命じている。
モグワ本国を俺一人で調べてもいいんだが、それだとグランドラインでの勢力拡大している間に領地や情報の管理を回せる人員が育たない。
モグワ国内の調査はベッジの影響下にある組織を使うらしいが……そっちは大丈夫なんだろうな?
「そうだ、クロ」
「? なんだ、ミホーク」
「いや、思えばお前達の計画を知らなかったなと。今でこそ非加盟国による連合などという大事業に手を掛けているが、元々一海賊としての計画があったのだろう?」
ぴくり、とダズが反応する。
あぁ、そういえば元々のグランドラインでの計画知ってるのってダズとペローナだけだったな。
ロビンはそのうち説明しようと思っていた矢先に、ロビンを加えた最初の仕事で海兵奴隷事件にぶち当たったから……。
「ここにいる面子は信頼してるし、もはや意味がない計画なので言うが……ある島の制圧が目標だった。グランドライン入りするまで……そして入ってからは、島を制圧できるだけの戦力の増強に努めてな」
当初の予定だと、最短でも5年がかりの計画だったんだよなぁ。
せめて見た目だけでも子供と思われないくらいに成長してからが本番って感じで。
「島、か」
なんだよ、ミホーク。
そういう意味を込めて軽く睨むと、実質うちの親衛隊の剣術顧問はワインを呷り、
「いや、不思議なものだが……お前が島を制圧、支配すると言うと、そこはさぞ栄えるのだろうなと笑ってしまった」
ミホークがそういうと、ダズとハックが同時に噴き出した。
お前ら……。
「前々から思っていたんだが、武力のみを背景に恐怖で支配するのはこう……効率が悪いと思うんだよ……」
そりゃ四皇並み――せめてクリーク並みに数揃ってるならアレだけど、バギーとか船一隻の戦力でよく堂々と町支配していたな……。
いくらバギー玉みたいな強力な砲弾があっても、海軍が集まったらどうしようもなかっただろうに……。
茶ひげとか白ひげが死んだ途端にイキったせいであんな面白生物に……。
「つくづくお前は海賊らしくないな」
「そうか?」
海軍相手にやらかしてるんだが……。
しかも今回の敵は加盟国だ。
向こうから喧嘩売ってきたわけだけど。
「普通は暴力に酔うものだ。まぁ、そういう者はグランドラインに入る前か、入ってすぐに死んでいくが」
「それは海賊じゃなくて雑魚っていうんじゃないか?」
仮にそれが主流でも、俺には無理だなぁ。
これから先街で酒飲む時に、怯えながら注がれたら不味くなる。
「クックック。いやすまん、確かにお前の言う通りだな」
「して、クロ殿。貴殿はグランドラインのどこの島が欲しかったのだ?」
「ん? あぁ――」
「ジャヤ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― 悪いね、いつもお手伝いしてもらって。ところで、今日はご飯の前にあんたにお客さんが……。
―― いい娘だが……一緒にいるとおれ達まで危ない……。それに……この賞金額を見ろ……。
―― くそ、部屋にいない! 探せ! アイツを海軍に引き渡すんだ!
「……っ!!」
ニコ・ロビンは、ここしばらく見ていなかった夢――実際に起こった悪夢を思い出して跳ね起きた。
反射的にバランスを取ろうとするが、ここが船のハンモックの上ではなく王宮の大きな部屋の中、雑に敷かれたマットレスの上だった事を思い出して一息つく。
部屋の中にはロビン同様、ハンコックやその妹を始めとする黒猫海賊団の女性陣が所々欠けていたりするマットレスの上で、シーツや毛布に包まって睡眠を取っている。
ここにいない人員は、今や黒猫海賊団の本拠ともいえるこの王宮の警備に出ている。
ロビンは辺りをキョロキョロと見回し、起きている人間がいないか探すが誰も彼もが熟睡している。
迷ったロビンは、隣で寝ている緑の髪の少女――サンダーソニアに触れて起こそうか少し悩み、結局一人で起き上がった。
喉が渇いていて水を飲みたかったし、なにかジットリと嫌な予感がしたからだ。
そっと歩いていき、脆くちょっとしたことで音を立てるドアを出来るだけ静かに開けたロビンは、廊下へと出て水樽が置かれているバルコニーへと出る。
「? なんだ、ロビン。起きてしまったか?」
そこには、あの日からずっと自分の側にいる、大きな黒猫が風に当たっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテンさんも、起きちゃったの?」
「あぁ、ミホークに釣られてワインを飲んでたらあの野郎、飲み比べを煽りやがって……それで、少し早い時間からぐっすり寝てしまってな。とりあえず水を飲みに来た」
アイツまじでザルだから困る。
ワインも今では貴重な嗜好品だから大事に飲んでくれ……。
……ウチの船員、ほとんど麦酒の方を好むからワインが余っていたのは確かなんだけどさ。
「私も……。なんだかふっと目が覚めちゃって」
「すまんな、水飲み場を屋内に用意できればいいんだが、そこまで手を回す余裕がなくてな」
かなり気を付けて開けたようだが、それでも音がするからなぁ。
ひょっとしたら、ロビンに続いて目を覚ます人員が出るかもしれん。グラスや器を用意しておくか。
もうちょっと物資を治安の維持と畑や山周り以外に使えるようになったら、水道とかの整備にも着手出来るんだが……。
「ほれ、これでいいか」
今ではこうして、一々汲んだ水があるところまで行かないと悪い。
樽の蓋を外して
「……しかし珍しいな」
「?」
「ロビン、ここ最近はちゃんと眠れるようになっていただろう?」
出会ったばかりの頃は眠っていても小さな音で目を覚ましていたし、俺がダズやペローナと部屋で話していると、いつも物影部分に目やら耳やらを生やして警戒していた頃がなんだか懐かしく思える。
アミス達を保護したあたりから警戒が薄れて、島を開拓し始めた頃には熟睡できるようになっていたのに。
ペローナが眠るロビンの目の上で手をヒラヒラさせて熟睡を確認した後、謎のガッツポーズを取った日を俺は忘れない。
「…………うん」
「あれか、ハンモックに慣れてしまってマットレスじゃ落ち着かなかったか?」
出来れば船員は全員ちゃんとしたベッドで寝かしてやりたかったが現状その余裕がなく、寝袋やマットレスを集めて来るのが精一杯だ。
船の中でも、ちゃんとしたガレオン船とかならまだしも本船(仮)な状態だからな。基本全員ハンモックだ。軽いし。
(……やっぱりお金も稼がなくちゃアレだな。ナミじゃないが、貧乏海賊団なんてあんまりだ)
俺に付き合って追いかけ回されるのならば、せめて多少はいい暮らしをさせてやらないとあんまりだ。
ロビンだって、こんな極貧生活に慣れすぎるのはアレだろう。
せめてちょっとしたゆとりくらいは確保。最優先とはいかないが、次点くらいには優先させていいだろう。
「……なんだか、嫌な夢を見ちゃって」
「夢?」
「うん。……キャプテンさんと会う前までの……」
俺と会う前。あの樽の中にロビンが隠れるまでか。
(原作キャラの悪夢って洒落にならん嫌なフラグなんだよなぁ)
一瞬、ウチが崩壊してロビン原作ルート入りの可能性が思い浮かぶが……まずそれはない。
ミホークがノリノリでウチにいる今、多少犠牲が出る事はあってもロビンが逃げ出さなければならない程の崩壊をするとは思えない。
と、なると……思い当たるのは一件。
「多分、お前の勘が働いたんだろう。そして、それは多分正しい」
そもそもロビンは勘のいい子だし、悪意には敏感だ。そうでなきゃ一人で二十年逃げ続けられるわけがない。
「この国の人間は、故あればすぐに俺達を裏切る。あるいは、もう準備を始めているかもしれない。そのつもりでいてくれ」
ロビンはギョっとした目で見ているが、そこまで大きい驚きではない。
薄々、小さな悪意を感じていたんじゃないだろうか。
まぁ、仕方ない。
どれだけ俺達が真っ当な統治をしたところで、この地になんの
「つい先日まで、生きるためには親類縁者……自分の親や子供を売らなければ生きていけなかったんだ」
実際、明確な略奪者がいたルーチュ島はまだいいほうだ。明らかに自分達が不幸な理由がいた。
こっちはマフィア達が手を加えていたとはいえ、それは言う程表に出ていない。
統治に失敗した王族に対する不満、略奪を行う反乱に対する不満、立ち上がらない市民に対する不満。
不満と不満と不満のミックスピザ状態だ。
無意味な怒りと裏切りで現状をやり過ごす事に慣れすぎてしまっている。
「場合によっては俺達を売る事で以前よりも安定した状態で加盟国が
具体的に言うと、あまり俺達に顔を見せない王妃様とか。
(……自分の娘を俺達海賊に会わせるって事はこっちが勝つ可能性が高いと見て……だけどいざってときは売るつもりだろうしなぁ)
その場合、王妃様は王女殿下を切り捨てて幼い妹の方を攻めてきた加盟国、あるいは政府との交渉に使うつもり……か?
(何があっても不思議じゃないのが却って判断に困る……。自前の兵力ほぼゼロだから、毒とかを警戒してれば問題ないと思うんだが……)
「キャプテンさんは……」
「ん?」
「怒らないの?」
そう言われてもな……。
「そりゃ、そういう事態になったら気分は悪いしそんときゃ怒るだろうが……弱いのが人だからな」
自分だってそういう醜態さらすほどに落ちぶれる日が来ないと断言できない。
というか十分以上にあり得る。
何もかも捨てて東の海でシレッと執事顔している可能性は十分にある。
ロビンだってなにかあったら本を全部捨てて人身売買に手を染めてる可能性があるんだし……。
良い事も悪い事も、善も悪も紙一重よなぁ。
「賞金首になってから一人が嫌で、背負える物はとにかく背負ってきて、まぁ……そういうものに振り回されてるのも確かだけど」
「……私も?」
嘘をついても仕方ないので頷く。
「あの時も、正直ロビンを拾う事は迷った。なにせ、あの時の俺達は子供三人の駆け出し海賊団だ」
なにより、賞金額とか吹っ飛ぶくらいのヤバいネタだからな。
だから最初は、海兵の動きを見てロビンを避けようとしていた。
「でもまぁ、そうやって背負ったものに助けられている。ロビンも、アミスもハックも……アレだ。背負ったわけじゃないが、正直ミホークにもかなり助けられている」
ここ最近は毎日斬り合っては仕事して斬り合っては食事して斬り合っては休んで斬り合ってるから、一度くらいアイツの顔をガチで蹴り飛ばしたいなと思っているんだが。
今日も蹴り入ったと思ったら後ろに飛んで衝撃逃がされた挙句、足斬り落とそうとしやがったあの剣術馬鹿。
「そんで行きついたのがこの島だ。俺はこの島の人間を利用することから始めて、政府が俺やお前達に手を出しづらい状況を作ろうとしている」
そして、そうやって状況を足止めさせた所でいつか必ず世界政府――に加えて四皇が襲ってくること確定の状況。
泣けるぜ。
「結局は自分達のためなんだ。そのためなら裏切りの百や二百、飲み込んでみせるさ」
ようは、最終的に何もさせなければいい。
ここから先は競争だ。
政府がこちらの脅威度を正しく計る前に、それ以上の土台を仕込まなければならない。
そして制圧した地域の人間が、『黒猫』を軽く見る前に実績を積み上げなければならない。
そのためには、ほどよく
―― なんだ、ここにいたのかクロ。
水を飲んで落ち着いたのか、少し表情が柔らかくなったロビンの頭を撫でていたら、ベッジがバルコニーにやってきた。
「ああ、慣れない酒を飲んでちょっとな……」
「お前は船団のトップなんだ。飲むならいい酒にすることだ」
「覚えておく。それで、どうした」
「俺の傘下にモグワの港町を調べさせていてな、そいつらが見慣れない船を確認したんで写真を撮らせてきた」
「見慣れない船?」
ベッジが手にしているのがそれだろう。
ロビンが立ち上がって、背伸びをしている。
早く見せろという小さな意思表示だろう。
……ロビン、ベッジといいミホークといい俺と交戦した相手には微妙に手厳しいな。
ダズが俺の首を取りに来ていた賞金稼ぎだったと教えたらどうなるんだろう。
「見せてくれるか?」
「おう、ほらよ」
ベッジは写真を俺に手渡し、その手でそのまま、写真を覗き込もうとしたロビンの頭をポンポンと撫でる。
ロビンが少しふくれっ面になるが、ベッジはそれすら楽しんでいる。
ベッジお前……ちょっと意地悪な親戚のオジサンか?
「かなりの巨船だ。数は5。まぁ……数以前に気になるだろう?」
「なんだろうな、
お――
「どうかしたのか?」
おっま!!!!
「ベッジ、そっちの幹部全員会議室に集めろ。こちらも幹部を招集する」
またこのパターンか!!
ここ西の海だって言ってんじゃん!!!!????
「ヤバい奴が出てきたぞ」
これ間違いなくジェルマの船じゃん!!!!!!!!
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040:開戦、秒読み
(ただですらやべぇ橋を渡るって話が、さらにやべぇ話になったなぁ)
ロビンがドアを勢いよく開ける音がする。
ベッジも港の施設で寝泊まりしている部下を叩き起こしにいった。
ここから俺は、敵がいかに面倒くさい連中かって話をしなくちゃならんわけだ。
(ペローナの村での一件から、海軍にさらに追いかけ回される覚悟はできてたけど……)
本格的に加盟国との戦いが始まる。
ロビンを拾ったばかりの頃のように、少人数ならまだどうとでもなった。
だが、今ではアミスを始め大勢の部下を率いる事になり、しかもリヴァースマウンテンの周辺海域の警備が強化されている今、最悪の場合を想定すると海軍――世界政府に手を出す事を躊躇わせる力を示さないとますます打つ手がなくなる。
それこそ、大戦力に包囲されて壊滅したオハラのようになる。
(……方角的に、ちょうど真正面か)
バルコニーの手すり――ボロボロで、体重を預けるには少々不安なそれに手を乗せて、海の方に目をやる。
そこには、オハラがある。
確かに急ぎすぎたのだろうが、滅びる程ではなかったと思ったあの島が。
「ロビンを……あの子を置いていかなければならず、死を覚悟しての貴女の行動。……見事、と言う事は、私には出来ません」
なんとなく、オハラと運命を共にし、オハラに眠っているだろう彼女に語り掛ける。
実際、オルビアがロビンと共に逃げてくれていたらもう少しロビンも救いがあったんじゃなかろうか。
ペローナが同情というか共感したのかえらくロビンに構っていたが、それでも最初の航海中では年齢に見合わない警戒心の塊だった。
一見素直で従順だったが、眠る事すら恐れていた。
ペローナがいない完全な男所帯だったらもっと警戒していたか、あるいはどこかで逃げ出していたかもしれない。
「ただ……さぞ、無念でしょう。さぞ、お心残りでしょう。あんなに可愛い娘さんだ。もっと『母親』をしてやりたかったでしょう」
「自分は本来の守り手ではなく、彼女の幸せへと繋がる二十年はもはやあってないようなものですが」
もうホントにどこに流れていくか不明である意味滅茶苦茶怖いんだが……。
「せめて、本来の守り手が世に出る二十年後まで、死力を尽くして娘さんをお守りします」
いやホント、ルフィたちが暴れ始めてくれればいろんな意味で安心できる。
そうすれば違和感なく麦わらの一味と出会うロードマップを考えて――
―― どうか……どうか、娘をよろしくお願いします……。
とっさに振り返る。
ベッジやロビン達が出て行った、このバルコニーと屋内を繋ぐ唯一の出入り口。
誰もいない。
一番近場にいるはずだろうロビンも、今頃一緒に寝ていたサンダーソニア達を起こしている頃だろう。
だが一瞬、そこにロビンによく似た大人の女性がいた……ような気がした。
身長も着ている服も、なにより髪の色も全く違う女性が、いたような気がした。
「キャプテン、緊急事態だとロビンが騒いでいるがどうし――どうした?」
そこにダズが顔を見せた。
なんとなく目が合い、首を傾げられるが……。
「あぁ……気にするな、背負い直しただけだ」
まぁ、このワンピース世界ならそういう事もあるか。
ブルックみたいな存在もいるんだし。
そもそも、今はそれどころではない。
「聞いた通りだ。幹部を集めて会議室に集合させろ。ベッジ達も来る」
本当に緊急事態だと改めて認識したのか、ダズが素早く振り返って駆けだす。
さて……行くか。
黒猫のマークの入ったコートを羽織り直し、バルコニーから出て……振り返り今一度頭を下げる。
オハラに向けて。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ジェルマ……あの物語の悪の帝国か」
「作り話じゃなかったのか?」
(まぁ、こういう反応になるわな)
半信半疑の幹部たちと、こちらを侮っているのか笑っているマフィアの幹部連中。
まぁ、仕方ない。
本気でヤバい相手だと分かっているのはベッジだけだ。ミホークは……ヤバいというか楽しい相手かもしれないと思ってやがるな。
ハック達魚人組やハンコック達は、そもそもの知識がない。
「海兵組なら知っている者もいるかもしれないが、MADSと呼ばれる科学者集団がいた。先日逮捕、解散したがな」
「敵の中にその学者様がいるのか?」
ベッジが眉をひそめてそう問いかけをする。
うん、それよりかはある意味でマシ……マシでもないか。
「敵の首魁がその科学者の一人だ」
「頭がかよ、面倒くせぇな……。クロ、ジェルマって事はつまり帝国だろう? なら頭ってのは王様なわけだ」
「あぁ」
「ちっ、国王なら国王らしく贅沢して満足してりゃいいものを……。名前は? ジェルマ何世とかそんな感じか?」
「いや、違う」
ベッジも組織を率いる人間だ。下の気持ちが緩み始めているのを察したのか、質問する形で情報を整理して状況を形にしていってくれる。
「家名はヴィンスモーク。ヴィンスモーク・ジャッジ。それが敵の名前だ」
正直、ジャッジ個人が強いかと言われると微妙な気もする。
いや、まず最低でも四皇幹部クラスはあると思うから油断すると不味い。
それに、俺が知っているのは紙の上のジャッジだけだ。
今は……多分あれだ。子供達が生まれたかどうかくらいの時期だろう。
奥さんもひょっとして来ているのか?
「ジャッジは主にクローンやその改造に関しての研究を進めている男だ」
「つまり、その強化されたクローンというのが敵の主力か」
ピンと来ていなかったダズ達も、ようやく敵の姿が見えてきたのか顔を引き締め始めた。
「具体的な性能……いや、能力は分からないが普通の人間のそれは間違いなく超えていると見ていい」
いやホントはよく分からないけど、二十年後にはビッグマム海賊団の兵隊を蹴散らしていた。
二十年前――サンジが子供の頃に比べれば段違いとも言っていたが、同時にその頃でもヤバいみたいな話が……あった……ような……?
俺が読んでたのそこら辺までだし、もう完全にうろ覚えだなぁ。
「船のデカさから考えると……二千……下手すりゃそれ以上はいるか」
ベッジは船を写した写真を全てテーブルの上に出して広げ、他に写り込んでいる物と合わせて乗組員の数を推理する。
「帆船とは違うんだ。この電伝虫が動力そのものなら、乗組員は必要ない。ほとんどは兵士だろう」
まいったな。あの電伝虫船の性能が分からねぇ。
赤い大地の絶壁に貼り付ける事は知っているが……いや、そうか。
「おそらく陸でも動けるのだろう。下手に島に近づけたらそのまま揚陸艇……どころか陸上戦艦になりうる」
「……となると、やはり海上で戦うしかないか。どうする、キャプテン」
問題は、俺達の十八番である砲戦がどこまで効くかだ。
敵はジェルマ。
というよりは、ヴィンスモーク・ジャッジだ。
MADSにいてクローンを始めとする生体改造の研究に従事していた男。
船も含めて自分の装備には、自分の持つ技術を用いて手を掛けているだろう。
(デカい的になるあの電伝虫が、柔らかいと考えるのは悪手でしかない。となると……)
「ベッジ、今すぐ偵察の船を出してくれないか? うちの六、七番艦も付ける」
とにかく情報が必要だ。
さすがに詳細な戦力を調べようと踏み込んだらバレるだろうが、せめて敵の船の動きくらいは掴んでおかないと不味い。
「六番、七番って……お前ん所の船大工がやけに手を入れていた船じゃねぇか。いいのか?」
「砲戦を担当する船の護衛艦として改造した船。つまりは、万が一の時の盾だ。今こそ出番さ」
この島を手に入れてから毎日毎日、船大工組が鹵獲した多数の船を駄目にしながら試行錯誤した上で、艦隊行動についてこれる限界ギリギリまでの追加装甲と大砲を積んだ船だ。
(ジェルマ相手なら失う可能性もあるが、今後の事を考えるとあまりベッジの兵隊を失うわけにもいかない)
今回をしのいだ後でも、5大ファミリーとの抗争になる可能性だってある。
その時、裏での渡り歩き方を熟知しているベッジの勢力は大事だ。
協力体制を取り続けられるならそれに越したことはない。
(まぁ、俺達が落ち目になったと判断したら嬉々として取り込みに動くだろうが……)
だってベッジだもん。
もうその時の光景が目に浮かぶよ。
互いに最善の協力行動を取り、同時に隙を見せてはならず、更に目に見える成果を出して将来性を喧伝しなければならない。
じゃなきゃ食われる。
とうの昔にデスマーチ入ってるけど、これから先は今以上のデスマーチだ。
「敵船の出航を確認次第、こちらも打って出る」
「いつものように砲戦を主軸に?」
艦隊の指揮経験を確実に積み上げて来ているダズが確認を取る。
いやぁ……本当に頼もしくなっちゃって……。
こちらの船二隻で敵海賊船五隻を砲戦のみで沈めた時は「おぉ……」って思ったもん。
「一応それでいく。そのための作戦を今から組み立てるが、白兵戦になる可能性も高いと俺は見ている。……ミホーク」
ジェルマの船の写真を見て不敵に微笑んでいるミホークに声をかけると、待ってましたとばかりに笑みが深くなる。
「
実際、暴れるだろうと思っているのだが俺はコイツに負けていて、その上で俺の所の兵隊を鍛えてくれている客人だ。
頭を下げて、頼むのは当然だろう。
「……頭を上げろ、クロ」
そこで分かったと一言言ってくれれば終わる話なのになにさ。
頭を上げると、やけに神妙な顔をしているミホークがいた。
「確かに、俺は客だ。お前達の一員の証である黒猫も背負っていない」
お、そうだな。
でもお前作業する時は絶対ウチのつなぎ着てるよな。
この間避難区域のおばちゃん達がお前の事「つなぎの人」って話してたぞ。
「それでも、食客ではなく客将であるつもりだ。なにせ、これほど充実した日々は生まれて初めてだからな」
お、そうだな。
お前ここ最近毎日俺と斬り合ってるよな。
俺が仕事している間は畑仕事か親衛隊と斬り合いして、俺が休憩に入ろうとしたら刀抜いて俺の所来るよな。
今の俺なら、手足さえ無事なら多分最低でも三日は寝ずに戦い続けられるぞこの野郎。
「命じろ、クロ。お前の指揮の下に振るう剣も悪くない」
まじか。
…………。
まじかぁ。
わかった。俺も腹括るよ。とっくに括ってるけど。
「ミホーク、今回、白兵戦主体に移行した際は独自行動を許可する。その場合は――」
「とにかく斬れ。相手を選ぶ必要はない。斬って斬って斬りまくれ」
「はっはっは! あぁ。あぁ、いいぞ」
「任せてもらおう」
次回、開戦
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041:開戦
「ふん、やはり西の海は安酒ばかりか。碌な物がない」
家族を連れてこなくてよかったと、一国の王であり科学者であり、そして傭兵である男は酒杯を乱暴にテーブルの上に叩きつける。
(モグワ国王……あの愚物め、金さえ払えばいいと思っている)
だらしない肥満体に、汚い髭が印象的な――否、それくらいしか印象に残るものがなかった国王らしからぬ男の印象を振り払うように、給仕として連れてきた女に酌を急かせる。
「海賊国家と呼ばれるわけだ。あのような下品な男が王とは……」
男――ヴィンスモーク・ジャッジは、国土無き国の王である。
土を踏むのは戦場のみ。
国土として認められるのは船の上だけ。
だからこそ、いつか必ずかつて――三百年前には確かにあった『ジェルマ王国』の復興を、先祖が代々受け継いできた一族の悲願を達成しなければならない。
「まさか、海賊の方がよほどマシとは……」
酒杯の横に広げられているのは、こちらに着いてから手に入れた敵――『抜き足』のクロに関する調査資料である。
ジャッジが特に興味を引かれたのは、『抜き足』の一味が過ごしていたという無人島の開発記録だ。
本来ならば手に入らないハズのものだったが、海軍内部の
(海賊にしては、拠点や陣地の構築に長けている……)
とある事件において、『抜き足』の一味が救出した海兵達と過ごしていた拠点跡地。
地区本部海戦の直後に放棄されたその拠点は、ちょっとした村と言える程に設備が整っていた。
寝泊まりする家屋はもちろん、土ごと植えた物は持ち出されていたがそれなりの規模の畑跡地。
怪我人や病人を収容する立派な小屋。
石と木材で作られた入浴設備。
狩った獣を解体し、得た肉を干し、皮をなめす作業所。
船の修理に使う板材を用意するための、原始的だが充分使える木材加工設備。
「海賊というより冒険家……いや、開拓者だな。それも、一流の」
おそらく、そう悪くない生活環境を作り上げていたのだろう。
現場を検証するためにその場に連れてこられた、一時『抜き足』と共に生活していた海兵達の中には、誰もいなくなった拠点跡地を見て泣き崩れる者が多く出たと記録にはある。
その後、海軍を除隊した者も少なくないと。
「陛下」
出来る事なら手元に置きたい人材だと考えていると、指揮官タイプのクローン兵が報告に現れた。
「武装船団がこちらの行く手を塞いでおります」
「例の海賊か?」
「ハッ、前方に三本爪の黒猫のマークの船五隻に、旗が違いますが質のいい武装船が一隻。右舷側より二隻ずつ」
「計十隻か」
男は兜を被り、槍を手に取る。
「出来る事なら幹部勢は生け捕りにしろ。手にすれば有用な人材であるし、そうならなくても生かしておいた方が世界政府への手土産として高く――」
そして指示を出すため直接敵の船を見ようと立ち上がった瞬間、これまで一度も揺れた事のない本船が、轟音と共に大きく揺れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ほう」
遠くに見える船団。――巨大な電伝虫に背負われた巨船の集団という異形な相手に対して、剣士は抜いた刀を鞘に納め、呟く。
「距離があるとはいえ、生物ならば斬れると思ったが……存外丈夫な生物だな。動きを止めるだけか。科学の軍隊……面白い」
「「「「「だから斬る前に一言言えっていってんだろうが!!!!!!!!!」」」」」
こいつ! 何も言わずに船首に向かった時点でやるんじゃないかと思ってたけども!!
ハンコックに背中をゲシゲシ蹴られているミホークは首を傾げているが、お前そろそろ『ほう・れん・そう』の一つくらいは覚えてくれマジで!
「えぇい、まぁいい! ミホーク、感触としてはどうだ?」
「あの固さなら、恐らく砲弾を直撃させたとしても簡単には沈まん。少なくとも数発では無理と見た。砲戦となれば長期戦は免れんだろう」
「……やっぱりそうか」
砲戦は確かに俺達『黒猫』の
砲弾に火薬、そもそも使用する大砲だって実質消耗品だ。
今でこそ多数の鹵獲品のおかげで戦闘には困らないし、こちらの戦力を喧伝するためにもバカスカ撃っているが……強敵相手ならこそ出来るだけ短期間で決着を付けたい。
「主殿、どうやら向こうは、船が揺らされるほどの攻撃を受けたことがないようじゃ。動きが鈍い」
一通り蹴りを入れてとりあえず満足したハンコックが、手入れに手入れを重ねて職人の作った一品並みの出来栄えになった弓で敵船を指す。
「よし、ペローナ、ネガティブとミニホロ両方用意しておけ。ペローナの能力の効果次第だが、この本船を主軸に突撃、ペローナの能力による援護を元にまず一隻制圧する」
巨船故の小回りの利かなさをついて姑息に戦うつもりだが、それでも兵力差は歴然。
全自動人斬りマシーンとその訓練を受けた精鋭がいなければ、後々ジリ貧になること覚悟で砲戦に徹底していただろう。
「アタシの能力が効かねぇのか?」
「ジェルマの兵士は恐怖心を抱きづらく
覇気という存在を知って自分の能力を過信することはなくなったが、それでも自分の能力に自信を持っているウチの広範囲制圧型
ミホークみたいな人型決戦兵器を除けば、戦力というか火力面で一番ヤバいのは間違いなくペローナだ。
「繰り返すがまずは一隻。一隻を確実に制圧する。ミホーク」
「ああ」
「ゴーストが効こうが効くまいが、俺とお前で先陣を切る。いいな?」
うちの最強のカードがニヤリと笑い、「無論」と一言だけ返す。
「その後、ベッジの船や六、七番艦による砲撃支援の下、一番から五番艦の戦闘員全員で乗り込み制圧。今度はその船を主軸に他の船の攻略に入る。俺とミホークは好き勝手に暴れて敵勢力の圧を削る」
ジェルマの最大の武器は兵隊だ。
簡単には倒れない兵隊による質を備えた数による圧殺。
逆に言えば、多数を圧倒出来る人員でそれを削ってしまえば対処は大幅に楽になる。
そしてここに、現時点でも最強レベルの剣士がいる。
そりゃぶつけて削りまくるしかねぇだろ。
「その間は奪った船の船上を主戦場とする。アミス達親衛隊は他の戦闘員をまとめて奪還に来るだろう敵軍を迎え撃て」
攻めさせるところを一か所にまとめて敵の分散を防ぐ。
激戦になってしまうが、今の親衛隊なら問題ない。
どれだけ長時間かつ劣悪な環境だろうと戦い抜けるとミホークのお墨付きだ。
なにせアミスの他に何名かはミホークから「面白い相手」判定を食らう程になっているのだ。
「今回ペローナは戦闘員の攻撃の補助を主とするため、敵の観測はロビンに一任する」
ロビンが力強く頷くと、アミス達が戦闘前だというのにニコリと微笑んでいる。
ペローナが構ったり引っ張り回すおかげか、ロビンは色んな面子から――特に親衛隊の面子からは可愛がられているからなぁ。
「ハック達魚人組は、すまないが移動の補助や落ちた船員の救助を頼む」
「うむ、心得た」
「そして――ダズ」
「ああ」
「今回、俺はとにかく数を削る。そうしなければこちらが圧し負ける」
「道理だ」
「そうだ、道理だ。だから――命令だ」
「敵の首魁――ヴィンスモーク・ジャッジはお前が倒せ」
「……キャプテン」
「ああ」
「アンタと共に海賊を始めて、色々あったが――」
「その命令をずっと待っていた」
え、えらい気合入っているな……。
いや、とにかく全員士気は高い。
二番艦以降の船も、それなりに経験を積んだために艦隊行動に乱れはない。
「よし、なら――行くぞ」
いける、いけるぞ。
「開戦だっ!!」
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042:ジェルマ66
「来るぞ、乗り込んで敵船を制圧する。総員、戦闘用――」
ジェルマ
ヴィンスモーク・ジャッジの持つクローン技術によって用意された兵士たちは、恐れを知らない。
恐れというものがないのだ。
故に動揺することはない。
戦場において、途中で言葉を遮られる時なぞ――
―― どけ、雑兵。
死ぬときだけである。
いつの間にか現れた、眼鏡をかけた黒スーツの
刀が五本ずつ付けられた奇怪な手袋による一閃によって、指揮をしていた部隊長タイプのクローン兵は斬り伏せられていた。
同時に、まるでサーフィンのそれのように一枚板を乗せた水柱が、甲板の上へと打ち上げられた。
それを敵だと判断した兵士クローンは全員手にした武器を向け、ライフルを装備した者は射撃を開始するが、そのすべては空中で
噴水のように吹き上がった水柱は、重力に従い板と共に甲板へと落下する。
落下した瞬間、その板ごと周囲のクローン兵が斬り倒された。
「……なるほど、三人を斬った初撃だけで、瞬時に間合いを測ったか」
突如として飛んできた斬撃を紙一重で躱した兵士達は、手にした短槍を構え戦闘態勢に移る。
だが、移ったその瞬間に最前にいた五人があっという間に斬られる。
「確かに筋肉や骨に手を加えているのだろう。これまで斬ってきた敵に比べて固く、刃が通りにくい。両断するつもりだったのだがな」
「お前、もっとスマートな勝ち方してきたと思ってたけど、結構エゲつないな」
聴覚を強化されているクローン兵にすら悟らせない無音の斬撃により、数小隊を斬り倒したスーツの海賊が、剣士に向けて呆れた声をかける。
「死地を切り抜ける時に、いつも上品にとはいかぬものだ」
「まぁ、そりゃそうか」
剣士は名刀らしき刀を構え、海賊は手のひらで眼鏡の位置を直す。
「では――征くぞ」
「杓死」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(これが……無双状態……っ!!)
楽しい! 楽しすぎる! 最高じゃないかヒャウィゴーーーーー!!!!
ここ最近、俺が戦ったのって話にならない雑魚を除けばずっっっっとミホークばっっっっっっっかりだったから実感なかったが、俺はこんなに強くなっていたのか!
「敵生体反の――」
「捕捉不能、我らごと広範囲での攻撃で巻き込――」
まったく逃げようとしない敵兵は、あの手この手でこちらを捕獲しようとしている。
斬られる味方を肉の盾にして捕えようとする者。
斬られた瞬間に強化筋肉を限界まで力ませて刃ごと俺の動きを止めようとする者。
ガトリングの乱射で斬られている味方ごと仕留めようとする者。
だが、そのどれもが遅い。遅すぎるし脆すぎる。
これではミホークやダズはおろか、トーヤでも魚人空手特有の範囲攻撃で吹き飛ばせる。
アミスも今では斬撃飛ばせるから初手で斬り飛ばせる。
(やはりあのジェルマといっても、二十年前ではそこまでの練度ではないか)
これがミホークだったら動きを読んで斬撃
だがこいつらにはそれが出来ない。
身体能力は強いのだが、格上と戦うのに必要な細かい判断――いや、それ自体は出来るのだろうがそこに至るまでが遅い。
味方もろとも撃ち殺そうというのならば、もっと広範囲かつ密度の高い攻撃でないと意味がないし、そもそもジェルマのクローン兵の固さがそのまま障害物になって効果が薄い。
俺を止めたければミホークみたく、一瞬で360度全方位斬撃とかやってみせろ。
初めてアレやられた時は軽く絶望したわ。
なんか俺の杓死を見ていて思いついたとか言っていきなり実戦レベルの技作り出すんだぞアイツ。
(……楽しいのは事実だけど、楽しんでばかりもいられないな。実際、通常戦力としてみるとやっかいどころの話じゃない)
実際、仮に海軍の本部戦力でも中将クラスの指揮する部隊程度ならばおそらく蹴散らせる。
うちの海賊団なら二番,三番艦の面子でおそらく同数ならギリギリ拮抗、それ以降の艦の人員ではまぁ勝てん。無理だ。間違いなく一方的にやられるだろう。
(一秒でも早く、一人でも多く斬らなきゃこちらの被害が増えるな)
雑魚狩りに専念したのは正解だった。
ハンコック達三姉妹とペローナのミニホロ爆撃――やはりネガティブ・ホロウは、無意味とまではいかないが効きが悪かった――による遊撃支援があるが、一般船員にとってはこれが最初の試練となるだろう。
「ロビン、戦況はどうだ!」
我が黒猫海賊団で最重要ポジションともいえるオペレーターのロビンに尋ねると、耳の後ろから声がする。
『キャプテンさんとミホークが作ってくれた隙間に、今ダズさんと親衛隊の皆が乗り込んで突破口を押し広げています』
「ハンコック達は?」
『かけた梯子やロープを落とそうとしている兵隊を迎撃――あ、今トーヤさんの部隊がその援護に入りました』
よし、親衛隊が展開してくれれば、戦線の維持に動いてくれるだろう。
まずはこの船の戦力を削り切って、ここを足場にしなければ……ウチの船だけでこれだけの巨船を相手取るには、乗り込むだけで苦労する。
(……ミホークからも強さにはお墨付きが出ているんだし、そろそろ俺も足技をアミス達には教えるか)
「ロビン、そのまま状況を監視。親衛隊と二番,三番艦の兵士のこちら側への展開が終わり次第、ハックか誰かに頼んでお前とペローナもこっちに。今回、守りに戦力を割く余裕がない」
『わかった。ベッジの船と六,七番艦の狙いは?』
「動きを見せた艦にとにかく集中。俺達がこの船を落とすまでなんとか時間を稼いでくれ。どうしても無理そうならすぐに報告してくれ。俺が空走って乗り込む」
ロビンが分かったと返事をし、とりあえずの会話が終わる間に何人斬っただろうか。
覇気によって黒く染まった猫の手にそこまで負荷は感じない。
切れ味は全く落ちていない。
ロビンが色んな本読んだりミホークから話を聞いたりして、厳選した刃で作ったおかげもあるだろう。
ふと横を見ると、ミホークがすげぇいい顔でジェルマの軍勢を片っ端から
なんだあれ、虐殺ショーかな? こわ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほう。奴も暴れているか」
巨船の甲板――本来ならば敵船に乗り込ませるための多数の兵士の一時的な待機所としての役割もあっただろう広い甲板は、戦場となっていた。
ミホークは自分が攻めている所の反対側に当たるところで、まるで刃の竜巻に襲われたかのように致命傷を負いながら巻き上げられている敵兵を見て、わずかに感心の息をこぼす。
「もはや虐殺だな。短期間で良くここまで練り上げたものよ」
いい傾向だと、クロという男の客将でありながら、師でもあった男はクロの暴れっぷりに満足そうにしていた。
元々クロという男が持っていた、命を奪う事への忌避感。
戦いを必要とする者にとっては重要で、だが多すぎると戦意を鈍らせるそれが程よく落ちている。
ミホークは、クロという男が人をまとめつつも戦う戦士として、その精神がもっとも良い塩梅になりつつあることを悟っていた。
(このクローンとやらの兵士では、目視も叶わんだろうな)
ミホークは、数で押して来る敵を次々に斬り伏せながら、あの日自分との力量差を知ったうえで挑んだ海賊を思い浮かべる。
彼にとって、それは得難い出会いだった。
耳にしただけならばおそらく信じなかっただろう、神速の域に達しかかっている戦士。
そして、真正面から世界政府に喧嘩を売る真似を
―― 親衛隊、抜刀! 戦線を押し広げる! 前へ!
―― はっ!!!
「む、来たか」
後方で、ミホークのしごきに付いてきた精鋭達の声がする。
(思えば、奴らもまた得難い出会いの一つか)
人に剣を教えるという、経験したことがない楽しみを教えてくれた者達。
特にアミスのように部隊指揮を担う者達の成長は著しく、数名はミホークが模擬刀とはいえ本気を出しても数分は付いていける。
そして例外なく、鍛えている親衛隊の者達は敗れるたびに強くなる。
まだまだ自分には遠いが、研磨を続ければあるいは今の自分に届き得る精鋭揃いだ。
現時点でも、下手な海賊団なら親衛隊が二、三名いれば容易く潰せる。
(このレベルならアミス達が敗れる事はないが、問題は他の兵士か)
ミホークが鍛えているアミス達が、時折他の船員を鍛えている。
そのため黒猫海賊団の船員は他の海賊団に比べれば戦力として安定はしているが、ずば抜けているわけではない。時間を掛ければ変わるだろうが、今はせいぜい中の上レベルだ。
「いいだろう、少しギアを上げる。食らいついて見せろ、科学の兵士よ」
―― アミス、向こうで真っ赤な霧と酷い音と臭いがするんだけど、あれひょっとしてミホ――
―― ただの狩場です。絶対に近づかないで! とにかく持ち場を死守!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだこのザマは!!?」
初期ロットとはいえ、十分な実力と耐久性を兼ね備えた最強の兵士。それによって編成された最強の軍隊。
ヴィンスモーク・ジャッジが太鼓判を押したその一隊が、まるで
「確かに、一度に全戦力を投下出来ない船上という地形が邪魔なのはわかる。だが、数は圧倒的にこちらが上なのだぞ!?」
手配されている海賊に負けるのはまだいい。まだ理解の範疇だ。
若くして億越えとなった海賊ならば、容易く勝利するというのは難しいだろうというのは分かっていた。
だから最初の作戦では、まず敵海賊団の構成員をすり潰すことを主目的にしていたのだ。
だが――
「それが、雑兵の守りすら抜けんだと!?」
黒いスーツで固めた刀を使う一団。
船長である『抜き足』と『海兵狩り』と思わしき二名に続いて乗り込んだことから、構成員の中では精鋭なのだろうが、敵の侵入口を潰そうと回したこちらの兵隊は、構成員を一人も倒せず次々に倒れていく。
そうこうしている内に敵の兵士は次々に船へと乗り込み、気が付けば船団の外周を担当していた一隻の甲板は、その半分が海賊側の陣地となっていた。
「陛下、中距離に陣取ったまま砲撃を繰り返す敵船は――」
「放っておけ! こちらの装甲を抜けないのならば豆鉄砲も同じだ!」
槍を手に取り、ジャッジは立ち上がる。
「近づいている船を沈めろ! 兵士をさっさと削り、全戦力をあの船に送れ!」
「はっ」
この一件が終わったら、ありとあらゆる手を使ってモグワを始めとする今回の依頼主たちを潰す事を決めながら、ジャッジは装備を固める。
「俺も出るぞ! なんとしても『抜き足』のクロを止めねばならん!」
船さえ沈めれば兵士も減る。
問題は『抜き足』を始めとするネームドだが、それも援護する他の兵士さえ削れば袋叩きに出来る。
その判断は通常の海賊団なら間違いなかったし、実際ジェルマが総力を挙げていたら『抜き足』といえどどうしようもなかっただろう。
身重でかつある
そのために連れてきた戦力は少数精鋭。
それでも、本来ならば国の一つや二つはたやすく潰せるだけの力はあった。
だが、あまりにも相手が悪すぎたという事に、まだジェルマ王国国王は気付けていなかった。
現時点の親衛隊の大体の強さイメージ
隊長アミス:おおよそ1億台
指揮代理を受け持つ隊長補佐(トーヤなど4名):7~9千万台
一般親衛隊員(現在20名):2~4千万台
親衛隊の一般隊員は連携および防御特化型でツーマンセルからスリーマンセルでの固さが特徴とかいうどうでもいい設定があったりします。
基本オリキャラは無粋かと思い、ネームド親衛隊は女剣士枠のアミスと男武闘家枠のトーヤだけを使うつもりですが、ひょっとしたらたまにふっとモブ枠のまま名前を付けるかもしれません。
……でもそれやっちゃうと結局ネームドになっちゃうんだよなぁ、最終的に。
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043:『鋼刃』ダズ・ボーネスー①
(なるほど、キャプテンの言っていた通り油断ならない! 質の高い兵隊で数を揃えるとこうなるのね)
まだ『黒猫』の旗がなく、ただの『抜き足』の一味だった頃から世話になり、その後正式に一員として黒猫を背負う事になった女兵士――いまは『抜き足』キャプテン・クロの周りを固める精鋭部隊、親衛隊の隊長となったアミスは、傷ついた兵士を盾に自分を押しつぶそうとしてくる同じ顔の兵士たちを一刀の下に斬り伏せ、後ろから銃や弓、槍で攻撃している一般戦闘員へと迫る脅威を押しのけていた。
横に並ぶ親衛隊のメンバー――つまり、元海兵組も刀を振るい、次々に同じ顔の兵士の死体の山を作る。
これまで乗り越えてきた戦闘と違い、確実に殺すように刀を振るっている。
腕一本足一本――いや、命さえ残っていれば最後まで足掻く、かつて戦ったゾンビ兵以上にゾンビのような敵だからだ。
親衛隊の中で唯一、魚人空手による徒手空拳を得意とするトーヤは敵を倒すことよりも、守りが崩されそうな所への遊撃と、相手を倒すよりも吹き飛ばして場を仕切り直す事を優先させている。
(キャプテンの予想通り、空になった船には目もくれない。早く船員をこちら側に移し終われば、その分戦力のバラつきも減らせる)
何度もミホークに叩き潰されながらも必死に振り続け、ようやく身につき始めた生き残るための動きを必死で行いながら、アミスは事前の作戦会議を思い出す。
―― 下手に船を守ろうとすると却って沈められる。だから、全ての船を空にする勢いでまずは戦場となる最初の敵船に全員を移りこませる。これが大事だ。
―― ジェルマは船団国家。彼らに本来の意味で国土と呼べる国土はない。
―― つまり、彼らは国土である船の修繕や新造に必要な材木などの物資の調達が、他国に比べて実に難しい。あるいは金がかかる。
―― ベッジの部下が撮ってきた写真からも分かる。船の一部修繕跡に、すでに使用されていた船材を再利用したような跡が見られる。敵にとって、船はそのまま貴重な資源でもある。
―― ならば、出来るだけ船を無傷で手に入れようとするはず。突入する船は大砲不要。とにかく軽くしてくれ。あと、人員や装備の移動のため梯子やロープをしっかり積むように。
―― 戦場を向こうに選ばせず、こちらで選べば質の高い人員が揃っているこちらが勝つ。
(いつもの事ながら、どこであれだけの知識と洞察力を……)
事実、キャプテン・クロの言う通り戦況は安定している。
敵兵一人一人の質は高く、実際一般戦闘員にはある程度被害が出ている。が、それだけだ。
クロとミホークという特級戦力によって隊列を崩された敵の一団を切り崩すのはそこまで難しくはなく、その後敵船の建造物などを利用した戦線の押し上げも、容易とは言わないが不可能ではない。
『アミスさん!』
耳元で、一緒に生活している女の子の声がする。
『敵が下から甲板を崩して抜け道を作ろうとしてる!』
「……ミアキス、キャザリー!」
「はい!」
「ああ、ここにいるよ」
親衛隊では珍しい、小太刀二本で戦う女兵士――対ゾンビ兵士戦の時に崩されてから、防御を自らの課題として訓練を続けていた兵士と銃火器を好む女性兵士を呼ぶ。
どちらも訓練や幾度の実戦において、単独での防衛に定評のある親衛隊員だ。
「後方に待機。敵は下から甲板を崩して戦場の混乱を狙っている!」
「……後ろの人員の層の薄さがバレましたかね」
「隊長、正確な場所は分かるかい?」
二人の隊員がアミスに近づいていたため、その疑問が耳に入ったロビンが、
『その真上に私が手を伸ばすよ』
と提案してくる。
それを耳にした隊員のキャザリーは、
「場所は廊下? それとも船室かい?」
と尋ねる。こと、銃火器を使う彼女は戦い方に差が出てくるからだ。
『廊下。広さは大体、敵兵士三人が同時に歩けるくらい』
「了解した、ロビン君。隊長、もう一名隊員を借りていいか? 敵は精鋭だ。ミアキスともう一人前衛がいないと、突破されかねない」
話している間にも敵の行動は続いている。
アミスは親衛隊の隊長として、即座に指示を下さなければならない。
戦場を見ると、前方でミホークが上に飛ばした斬撃を、おそらくそこにいたのだろうキャプテン・クロが下へと弾き返し、それを更にミホークが飛ばした斬撃で細かく切り裂き、甲板上に斬撃の散弾――散斬を巻き散らして敵を文字通り一掃していた。
(あそこまで前線を押し上げたら、後は内部の制圧戦になる。船内にも敵は多いだろうけど、敵の引きつけの維持のために出来るだけ親衛隊は残しておきたい……)
甲板上ではクロとミホークが前線を斬り拓き、親衛隊が戦闘員を引き連れそれを押し上げ、敵の密度が濃い所をペローナの爆撃によって潰している。
「右舷側から二名連れて、ロビンちゃんのマークした所へ。戦闘員も好きな数だけ」
「中から押すんですね?」
小太刀使いの言葉に、アミスは頷く。
「挟撃されるようなら、その場で持ちこたえて敵に圧を。親衛隊ならやってみせて」
「了解」
「もちろんだとも」
実際、出来る。
親衛隊は、下手すれば手足を失い脱落しかねない程のミホークのしごきに食らいついてきた者達だ。
刀ではなく、少々変わった武器を使うこの二人も――いや、だからこそこの二人は親衛隊の中でも上位に食い込む猛者に数えられている。
親衛隊は、そもそも奴隷として売られる所だった元海兵達の集まりだ。
強くなければ奪われ、尊厳すら奪われる事を身に染みて理解している者である。
だからこそ、鍛錬においても実戦においても死に物狂いで強くならんとしてきたが故の親衛隊である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あのクソ野郎! 普通この混戦の中で俺に向かって斬撃飛ばすか!?」
一度上空から敵の配置を見て、ロビンを通じてペローナの爆撃支援を頼もうと思ってた矢先にあの全自動惨殺死体製造機がいきなり人に向けて斬撃放ちやがった。
いや、何がやりたかったのかはわかったよ。今真下がひでぇことになってるもん。
だけどこう……あるだろう!? なんか斬撃のイメージが浮かんだから反射的に噛猫撃ったらこのありさまだよ!
「ロビン、敵の動きは?」
『もうすぐ甲板に穴が開く。そしたら、親衛隊の人が中に突入して中から圧をかけるって』
「人選は?」
ロビンの能力は戦況把握と、傍受の心配がない通信としては満点だ。
だが、同時に話すことが出来ないのが唯一の難点だな。
『ミアキスさんとキャザリーさん、それにミホークの後に続いている人……クリスさんを下がらせるって』
攻防両面で完成しつつあるミアキスに中・後衛のキャザリー、それに本気出したミホーク相手に最低十分は食らいつける隊員。
よし、バランス的にも問題ない。
敵の内から圧を掛ければボコボコ穴を空けて奇襲を画策する余裕も無くなるだろう。
(そろそろ俺も内部に突入するか)
ベッジ達は上手く敵の動きを止めてくれている。
いざという時は見捨てていいとしたうえで大量の大砲をくれてやった甲斐があったというものだ。
そもそも、大量の大砲なんて今の俺達の手には余る。
それを活かせるのは、文字通り『城』持ちのベッジくらいだ。
(ホント、これが終わったら内政に専念したいんだけどな……)
勢力を拡大させるのに必要な土台が脆いままだ。
本格的に動くためにもせめて冬が来るまでは開発に専念するつもりだったのにガチ泣き嘘だと言ってくれDVネグレクト野郎めホント余計なことしやがって!!
……いや、そもそもの原因は海賊国家とその取り巻きの国か。
今頃ベッジの手下がお前らの国内かき回してるからな、コイツら仕留めたら覚悟しておけよ!?
『! キャプテンさん、一番大きい船が回り込んできてる!』
来たか。だが――
「問題ない」
「奴が見落とすわけがない」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
槍を持ったその男は、『
科学の力によって空を飛び、科学の力による高速移動によって目にも留まらぬ速さで敵を仕留める。
これまでそうして来ていた。
男は、科学の産み出した産物で身を固めた軍隊によって蹂躙し、科学の力で自国の
今度もそうだ。
確かに海賊はこちらの想定をはるかに上回る強さを持っていた。
だが、所詮賊は賊だ。
兵士からも、精鋭と呼べるのは50~60名程。その中で脅威と呼べる最精鋭は20名ほどだと聞いている。
それ以外をすり減らせば、どれだけ強かろうが数で圧殺できる。
男は、そう思っていた。
「ぐ……ぬっ……」
側面からの奇襲で、雑兵を蹴散らし後方から混乱させる。
そうすれば、前線を維持している精鋭達を逆に挟めると。
「馬鹿な……っ」
そう思い、近づけた船から装備を使い、敵が群れている自船の甲板目掛けて飛び立った。
「能力者とはいえ、こんな子供に止められるだと!?」
だが、急に敵海賊が下がり、ぽっかり空いた広場にただ一人残った子供に自慢の槍が
「ジェルマ王国国王、ヴィンスモーク・ジャッジとお見受けする」
「貴様は――」
「船長命令だ。ここで無力化する」
そこには『
「懸賞金1500万ベリー……ダズ・ボーネス!」
『鋼刃』と呼ばれる海賊が、待ち受けていた。
※ジェルマの船は原作だと城でしたが、そうなるまでに今は電伝虫がそこまで大きくなく、底が平らな帆船を乗せているという感じでお願いします。
読み返しててイメージと違っていたのでちょっと冷や汗かいた……
※ミアキス
小太刀二刀流というロマン溢れるファレナ女王国女王騎士黒猫海賊団親衛隊。
※キャザリー
ピストルやライフルといった銃火器を使う魔弾の射手黒猫海賊団親衛隊。
濃い紫の髪を短めにしている長身の女性
その場で適当に作ったモブです。はい、気付いた人もいるでしょうが元ネタは幻想水滸伝5
見た目もそのまんまで黒猫スーツ着せたイメージにしてます
本当にモブですので、集団戦闘以外で出る予定はあまりないです。
筆者のイメージしやすさのためですご了承ください
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044:『鋼刃』ダズ・ボーネスー②
新時代の意味がクッソ重くなった……
「ひ……ぃ……っ」
黒猫海賊団は発足してから人身売買の現場の強襲、その結果の救出によって商品にされるところだった人間達が構成員となって拡大してきた面がある。
高い戦闘力と練度を持つ親衛隊も含めて誰もが、奴隷にされる恐怖を知っている。
暴力に晒される怖さを、暴力に身を任せる楽さを、支配される安堵を知る者達でもある。
二度とそうならないために立ち上がり、親衛隊の人間から剣や銃といった武器の扱い方を習い、鍛え、共に多数の略奪者を相手に戦ってきた。
だが、ここにまったく歯が立たない敵が現れた。
どんな略奪者でも、刃が掠りでもすれば血は出たし怯みもする。
だというのに、この敵兵士たちは全く怯まない。
それどころか、そもそも刃が通らず、当たったはずの銃弾がポロポロ落ちる。
決死の想いでどうにか刃で貫けば、貫かれたまま平然と戦い続ける。
それを見て、戦意を燃やし続けられる者ばかりではない。
特に、数が限られる親衛隊が必死に支える前線の穴を突かれ、やや士気が下がりつつあったその戦線は。
「だ、だめだぁ……っ」
全員が全く同じ顔の不気味な兵隊は、全員揃って無表情のまま怯えに飲まれかけた海賊に向けて武器を構え――
「えぇい、下がるな! 食らいついて押し返すのじゃ!」
どこからか飛んできた黒い光を纏った矢によって貫かれ、数名が絶命し崩れ落ちた。
「のけい!」
通常の武器では多少傷をつけるのがやっとの同胞があっさりやられ、その出元となった高い脅威度の少女に狙いを定めるが、崩れかかったその最前線に降り立ち、覇気で強化した弓で仕留めそこなった一人が殴り飛ばされ、さらに蹴り飛ばされた。
「姉様!」
「続け! 我らで敵をなぎ倒し、兵を鼓舞する! 九蛇の戦士の誇りを見せよ!」
「ええっ!」
続いて飛び出した二人の少女が、それぞれに手にした大斧とハルバードで敵兵士を吹き飛ばし、萎縮しかけた戦線を一瞬だが立て直す。
そして、他の隊員と違いジャケットは羽織らず、ブラウスの上から黒猫の焼き印が付いた革の胸当てを付けた先頭の少女――ボア・ハンコックは叫ぶ。
「黒猫の兵よ! 飲み込まれるな!」
九蛇の戦士ならば倒せる程度の敵ではあるが、それが数を揃えているため油断は出来ない。
手に持った矢を直接覇気で強化し目の前の敵の心臓に突き立て、そのまま弓に番えて狙いを定め、穿つ。
「敵は確かに強い! こやつらは不気味なまでに戦う事を止めぬ! もはや死に体となってもじゃ!」
敵兵の心臓を貫通した矢は、その向こうにいた敵兵の胸へと突き刺さる。
だが、敵兵は平然と動いている。
血が流れているにも関わらずハンコックを仕留めようと飛び掛かり、横に控えていたマリーゴールドの大斧による一撃でようやく活動を停止させる。
「だが! 無敵ではない! どれだけ頑強であろうとその肉体には限界があり、どれだけ強かろうとも手足は二本ずつしかない! 隊列を乱さず、耐えるのじゃ!」
そして弓で、離れた位置を指し示す。
斬り裂かれ、行動不能になったクローン兵たちが竜巻に巻き込まれたように吹き飛ばされている光景を。
「見よ! 主殿達が敵の軍勢を削っている! だからこそ我らは背後を気にせず戦える! そして削り切れば、主殿達もこちらに来る! 勝てる戦だという事を忘れるな!」
そう檄を飛ばすハンコックも、内心では不安だった。
敵に対しての恐れではない。自分自身が上手くやっているかという不安だ。
一人の戦士として――駒として戦うのではなく、大勢を率いる戦いという物を初めて経験しているからだ。
強さだけではない。気概――士気というものの影響の大きさとその維持の大変さが、初めて身に染みて分かった。
これが九蛇の船ならば、いわば身内だけの船である。
九蛇という戦士の島、戦士という『文化』によってまとまった船ではこんな心配はなかった。
(どうじゃ!? 少しは奮い直したか!?)
だがその時、その不安を消し飛ばすように、敵の軍勢がはじけ飛んだ。
次々と敵の兵士たちが爆発によって吹き飛ばされ、致命打とはいかずとも確実に動きの精彩を削っている。
「ペローナか!」
叫ぶと同時に、首元に覚えのある感触がする。
ロビンの能力だ。
『遅れてすまない、こちらの砲撃支援の密度を上げさせる。敵大将の迎撃も始まったので、それに合わせて下げた戦線の親衛隊と人員を回す……ってキャプテンさんが!』
「承知した! 感謝するぞ!」
マリーゴールドが大斧を、サンダーソニアがハルバードを横薙ぎに振り、敵の戦列を切り崩す。
その向こうにいた部隊指揮官と思わしき兵士の額に、ハンコックが覇気を込めて放った矢が突き立ち、崩れ落ちる。
それと同時に、大砲の砲撃音が鳴り響き、敵兵士がまとめて吹き飛ばされる。
―― なんだ、クロの奴も同じように見てたか。
気が付けば、黒猫の物とは違うスーツとコートを身に纏った男が立っていた。
体のアチコチが扉のようにパカパカ開き、そこから大砲や銃を構えた小さな人影が見える。
「お主……ベッジとやらか!? 砲撃支援に回っていたのでは?」
「なに、砲撃しかしないこちらを連中、ほとんど無視してやがってな。敵船の動きの阻害だけなら、お前らの護衛艦も含めて船員だけで十分だと判断したまでよ」
男――カポネ・ベッジはこの状況でも不敵に笑ったまま、葉巻を吹かしていた。
「それに、まだまだ俺の船は俺の
カポネ・ベッジはシロシロの実を食べた城人間。
その武器は城壁と化した自身の堅牢さと、文字通り
「もらった上等な大砲も、試射がてらぶっ
その身体から放たれた小さな砲弾は、ベッジの身体からある程度離れると途端に元の大きさになり、敵兵を吹き飛ばしていく。
「場所を空けろ海賊共! 今からここを
そしてその最大の武器は、文字通り自分が
――
突如として、戦場として成り立つほど広い甲板の上に巨大な城が顕現した。
いたるところに砲門を持つそれは、密度を高めて海賊を押しつぶそうとするジェルマの兵隊たちに向けて、致命打にこそならなくても確実に砲撃でダメージを与えていく。
『中には兵隊の他にウチの船医を待機させている! 負傷者がいたら中に入れろ!』
「ええい、そういう能力ならそういうものだと先に言わぬか!! 頭ミホークじゃな貴様!?」
敵同様に味方にも多少の混乱が見られる。
当たり前だ、敵か味方か分からない巨大建造物が突然現れたのだから。
「者共! 同盟者がここに拠点を築いた! 戦況は我らに傾いておる!!」
遊撃が役割であり、同時に黒猫の中でも幹部扱いされているハンコックは、兵を率いる者として落ち着かせるために声を張り上げる。
「押し返せ! 負ければ全てを奪われ、逃げれば全てを失う! ならば勝つしか我らに道はない!!」
「押せぇっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふざけるな……っ」
必殺を狙っていたのだろう鋭い槍の一撃を、ダズはあっさりと捌く。
確かに、これまでダズが戦ってきた相手の中では上位に入る実力の持ち主である。
(だが、キャプテンやミホークにはほど遠いな)
高速移動をするが目で追える速度であるし、視界から消えたとしても音で場所も分かる。
これがキャプテン・クロならそもそも見えないし、音もしないので本気で五感を研ぎ澄まさなければ一撃当てるどころか防御も難しい。
「ふざけるなぁっ!!」
攻撃の質も、ミホークに遠く及ばない。
たとえ百発この一撃を受けようが、防御を抜かれる事は決してないという確信がダズにはある。
これがミホークならば、刀を抜いただけで背筋が凍るほどの剣気を当ててきている、と。
「貴様が――貴様が1500万だと!? 一体何の冗談だ!!」
「それに関しては同感だ」
バチチッ、と敵――ヴィンスモーク・ジャッジの槍が電撃を纏い始める。
常人ならば触れた途端に感電――どころか燃えてしまうレベルの電圧だが……。
「電磁シャフト!」
「
電気を纏った一撃を、『鋼刃』は平然と受け止め、そしてその電撃は全て鋼と化したダズの肉体を通り抜け、そのまま地面へと流れてしまう。
「――っ、おのれぃ!」
「少し前の自分ならば動けなくなっていただろうが……幸い、キャプテンも似た技を使うために慣れている。残念だったな」
高速で回転することで自身の身体を一種のタービンと化し、一時的に足に強力な電撃を纏わせるキャプテン・クロの打撃強化技、冬猫。
その練習に何度も立ち会っていたダズは、電撃に対しての対策をその身に叩き込んでいた。
電撃の意味がないとジャッジは槍に覇気を纏わせて振るうが、その全てが腕や足を次々に刃物に変えて
刃物と化したその手足は刃の鈍い銀色ではなく、黒に染まっている。
「これほどの練度を持ち、覇気すら使う貴様が部下に過ぎないだと……」
「言っておくが、俺より強い者はあと五人いるぞ。キャプテンも含めてな」
自分を鍛えるため、親衛隊と共に幾度となく挑んだ剣豪。海兵狩りのミホーク。
あらゆる武器を使いこなす、未だ自分では届かぬ覇気使い。ボア・ハンコックとその姉妹。
そして……圧倒的な速度に覇気が加わり、ミホーク以外では訓練相手も務まらない程に成長した『抜き足』ことキャプテン・クロ。
未だダズの手が届かず、超えんがために挑み続けている強者たち。
いまや黒猫の中核とも言える者はダズ一人ではない。
それはダズにとって少し寂しさを覚える事ではあるが、同時に今や多くの船員を率いる身としては安堵できる事でもあった。
一方、事前情報で厄介なのは首魁のクロと、なぜか行動を共にしている海兵狩りだけだと認識していたジャッジにとって、幹部クラスの層の厚さは想定外もいいところだった。
「おのれ! 海賊ごときに、ジェルマの歩みを止められるわけにはいかん!」
「……66日のみの栄華。国土を追われた王族……だったか」
「そうだ! 私は、故郷の土も踏めぬ300年に渡る無念の魂を背負っている!」
いくばくか重みの増した槍は、だが『鋼刃』には届かない。
「そのための研究! そのための資金繰り! そのためのジェルマ
槍による叩き、突き、払い。
それら連撃を、ダズは冷静に捌いていく。
「国すらいくつも滅ぼした! 金を払う奴らを勝たせ! 払えない国をいくつも! いくつもだ!」
「なのに! なぜたった一団の海賊風情が潰せない!?」
ダズ・ボーネスには――
最も初期からクロという男と共に戦ってきた男には、それが視えていた。
「器が違う」
「器だと!?」
「そうだ」
ダズは、クロという男と初めて出会った日を思い出す。
「お前は国を復興させる事を悲願と謳いながら、口から出るのは金と他国を滅ぼすことだけだ」
「……っ」
「対して、我らがキャプテンは出会ったあの時から、金や国、欲を満たすことではなく時代を見据えて動こうとしていた」
「今のお前の器は、キャプテン・クロの足元にも届きはしない」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『ダズ・ボーネス!』
これは、今より少し時を
『俺と一緒に世界をひっくり返そう!!』
クロが内心汗をダラダラ流しながら、彼を仲間にすると決めた時の事である。
『この出会いは運命だ!』
『……世界をひっくり返すとは大きく出たな』
ダズ・ボーネスは、クロという賞金首を胡散臭い目で見ていた。
どう見ても詐欺師にしか見えなかったからだ。
『どうやって世界をひっくり返すつもりだ?
『いや、
そう思って適当に聞いてみれば、少し予想から外れた答えが返ってきた。
まるで
少し、ダズはクロという賞金首に興味が湧いた。
『……ならば、お前の狙いはなんだ?』
『ダズ・ボーネス。お前は
質問で質問に返され多少イラついたが、恐らく必要な事なのだろうと彼は首を横に振る。
『……
『なるほど……。いいか?
それからクロは、
島々がそれぞれ特殊な磁気を纏っており、コンパスが役に立たない事。
航海するには島の磁気を記録し、次の島を指し示すログポースと呼ばれる物や、あるいは島の磁気を永続的に記録したエターナルポースが必要だという事を。
『つまり、
意外にもハッキリとしているグランドラインの話は、西の海しか知らないダズにとって中々に面白い話だった。
話が嘘ではないというのも、なんとなくではあるが彼は感じ取っている。
『だから俺は、そこに抜け道を作る』
『どうやってだ』
『
『……ジャヤ』
『ああ、そこには面白い鳥がいてな。サウスバードという、必ず南を向く……いや、南しか向けない鳥がいる』
途端にうさん臭さが半端ないことになり、ダズは思わず目をジトッとさせているのだが、クロはそのまま続ける。
『南しか向けないということは、それで大まかな方位は分かる。まぁ、困難な海であるのは変わりないが、
『……それで抜け道を作ろうと? そして新航路で金を儲けると?』
『いいや、違う』
『運ぶのは、技術と文化だ』
思わず、ダズは口をぽかんと開けてしまった。
そこは、普通金になるものを運ぶのではないのか? と。
『四つの海にもそういう所はあるが、
『たとえ一部でも有用な技術を外に広めれば、より世界は安定する。一攫千金を求めて海賊として海に出る者だって減らせるかもしれない。もっと深刻な飢えや……貧困も……多少ではあるだろうが、あるいは……』
『サウスバードを用いて作る新航路、そしてお前に先ほど使った海楼石。これは海の力の結晶と言われていてな、これを船の底に敷き詰めれば
『これらを用いて、俺は部分的に
絵空事だ。
ダズがそう思うのも仕方がなかった。
だが、クロは大真面目に言っていた。
後々、とある道化の海賊が
『
『技術により生活が安定し、未知の文化を取り込み娯楽の幅が増えれば暮らしの質は上がる。一部だけ、かつ本当に一時的なものだろうが、あるいは平穏の時代を作れるかもしれない』
『
『海賊王……そして世界政府、天竜人、一部の大海賊が作っている時代の流れに、俺みたいな半端者が小さいとはいえ一撃を入れられるかもしれない。そう考えると――』
『ちょっとスカッとするだろう?』
目の前で、とんでもなくデカい絵空事をまるで小物のような言い方で語る海賊。
それを見て、思わずダズ・ボーネスは噴き出してしまった。
家では暴力に曝され、出てからも関わることは全て暴力。
笑った事など碌に思い出せないダズが、この時確かに笑った。
『まぁ、当然海賊だから海賊らしく、ちょっとは儲けさせてもらうが……どうだ?』
『全く、戯言もそこまでいけば大したものだ』
そういいながら、小さな賞金稼ぎは内心でため息をついていた。
笑ってしまえば負けだな、と。
そう思いながら。
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045:黒猫海賊団副総督
「野郎共、撃って撃って撃ちまくれ! 弾も火薬もたんまりあるんだ!」
カポネ・"ギャング"・ベッジの体内にいる兵士達は、次々と敵軍勢に向けて砲弾を放っている。
敵も見たことない小型の重火器を使い、城と化したベッジに向けて砲撃をするがビクともしない。
(ちくしょう、なんなんだよアレは……っ)
にも拘わらず、ベッジの兵隊達は多かれ少なかれ恐怖していた。
大砲の直撃を受けているにも関わらずまだ動け、そして戦う事を止めない兵士――にではない。
(あのガキ、あんなに強かったのか……!?)
その向こう側、こちらを包囲しようと迂回していた敵船の甲板上で、大砲でも死なない兵士を次々に斬り裂き死体、もしくは行動不能の兵士の山を築いている海賊だ。
その姿――正確にはその海賊が起こしたのだろう虐殺行為の跡を目にして、マフィア達は先日まで侮っていた相手の恐ろしさに、ようやく気が付いた。
それも一人ではない。違う船では、こっちは姿こそクロのように消えたりしていないが、目にも留まらぬ剣技で同じように死体の山を築いている。
自分達の眼下に広がる戦場では、高値が付きそうな少女が弓矢と、恐らく倒した敵兵から奪ったのだろう綺麗な刃のナイフを使い次々に敵兵を倒していく、後ろに続く二人の少女も長物を使って敵を切り崩し、よく守っている。
「あの新入り、ハンコックっつったか。いい目をしてやがる。こっちの砲撃を活かすために前線を固定したな? ありがてぇぜ、おかげで誤射を気にせずバカスカ撃ちまくれる」
逆に
特に目をかけていたクロという海賊の下に、いい部下が増えた事が心底嬉しいのだろう。
「ベッジ!」
「ホロホロホロ。能力者ってのは何でもありなのは知っていたが、こんなとんでもねぇ能力もあるのか」
「おぉ、二人とも無事にこっちに来れたか」
そのまま
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「戦況はどうなってる?」
「今は乗り込んでくる敵相手の防衛戦だな。残りの四隻のうち、二隻はクロとミホークが暴れてる」
「うん、もう一隻はベッジの船とこっちの護衛艦の砲撃でちょっと遅れているけど、そろそろ追いつくよ」
「だいたいは予定通りだが……問題は、ジャッジとかいう王様野郎が乗っていた敵本船の兵士だな」
今まさに戦っている敵主力の一団。
ただですら強化されている敵兵士の中でも選りすぐりなのだろう一団の攻勢は特に圧を感じる。
しかも本船だけあって一番立派な船のようで、乗っている兵士の数も多い。
「船室内の非戦闘員の確保も終わって、親衛隊の人――ミアキスさん達もこっちに向かってるから、そこまで持てばもう少し……」
「だが、それでも数の不利は否めねぇ……戦力を一か所に集中させるために、せめてもう一隻の到着を遅れさせてぇが……乗り込んだところで普通の兵士だけじゃあどうなるかってのはこの戦闘で明らかだ」
ベッジは眼下の船上を注意深く観察しながら、思考をめぐらす。
「おい、
「ペローナだ! ああ。ネガティブ・ホロウでぶち抜いたその瞬間には少しだけ動きは鈍るんだが、通り過ぎた頃にはダメだな。もう普通に動きやがる。……それに、貫いた瞬間なんかこう……気持ち悪いモンが伝わってくるんだよ」
「数をもっと出せば――いや、そんなんとっくに試してるか」
「あたりめぇだ!」
「だよな」
ならずものの海賊とはいえ、幼い少女二人を前にしての喫煙は躊躇ったのか、まだ残っている葉巻を灰皿に押し付け火を消し、ベッジはしばし考え――
「おい、ペローナ」
「なんだ?」
「じゃあおめぇ、あのデカい電伝虫に能力は試したか?」
そう切り出した。
「あれも一応生き物なんだろう? 人間とは違うが、アレにぶち当てりゃ少しは足を鈍らせられねぇか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この俺が! 子供の海賊風情よりも格下だというのか!」
「そうだ」
怒りに任せて振るわれた槍がこれまでよりは速く、重い一撃を放つが、精彩さは欠けつつある。
(反撃に移るには受け止めるのが一番だが……体格差はいかんともしがたい)
だが、戦闘者としての腕前は確かであり、連撃も捌き切れこそするが容易いかと言われるとダズ・ボーネスも首を横に振るだろう。
(ミホークと違うのは、攻撃の中に『柔』が全くない所だ。呼吸さえ読めればそのまま攻撃も読める)
―― ダズ・ボーネス。お前の能力の最大の利点は何か分かるか?
―― ……いつでも目的に沿った刃物をどこにでも変化で用意できる。……ではないのか?
―― 間違いではない。だが、戦闘においてお前の能力の利点は他にもある。
―― それは?
―― 知らん。
―― ……は?
―― お前が考えて磨け。その過程こそが能力者としてのお前の糧になる。
(大丈夫だ、焦る必要はない。戦線さえ安定すれば親衛隊とハンコック達が敵を削り倒す)
黒猫海賊団副総督、『
未だ新造に近いとはいえ、もはや船団規模となった海賊団の副総督としての責務を、この男は忘れていない。
自身の鍛錬と共に、部下の訓練や鍛錬をその目で確認し、食事などを共にすることで可能な限り個々人の調子や状態を把握している。
(最初に戦った敵兵と同等からやや上程度ならば、まず崩される事はない)
ミホークとの訓練の際、親衛隊は最低一回は立ち上がれないほどにズタボロになる。
ミホーク相手に全力の立ち合いをしたその後に、気力のみで一度は立ち上がれるのだ。
およそ十分ほど斬り合いを繰り広げた後に倒れ、気力で立ち上がりまた挑む。
ミホークが島に来てから、座学と合わせてひたすらに訓練や実践を積み上げて来ている親衛隊の強さは、指揮をするダズやクロにとってもっとも頼りになる戦力である。
そしてハンコック達は、指揮にこそ従ってくれるが同時にダズにとっては、ミホークとはまた違う師である。
その戦闘力には信頼と――そして敬意を払っている。
(俺はこの戦いに集中すればいい)
轟音と共に、ジャッジの靴――踵の部分が盛り上がる。
同時にその部分から大量の熱と空気が噴射される。
(突撃、ではないな。そう見せかけて脇を抜けて上を取る気か)
大勢は実質すでに決していた。
ヴィンスモーク・ジャッジはダズ・ボーネスに勝てない。
ゴゥッという音と共に、キャプテンほどではない――だが普通ならば脅威だろう速度でダズ目掛けて突撃し、槍による牽制の一撃を加えながら通り過ぎて、上空へと舞い上がる。
それと同時に、親衛隊や兵士が抑えていた周りの前線から、囲みを突破した兵士四名が襲い掛かる。
「振り向くな。目の前の敵に集中しろ」
親衛隊の数名や兵士たちが焦る気配がダズには視えた。
だからこそ、慌てる事はない。そもそもその動きはダズに視えていた。
おそらく四名の兵士が死を前提でダズの動きを止めて、空中にいるジャッジが渾身の突きで仕留める。
そういう作戦なのだろうが――その前にダズはその場で片手で逆立ちをし、両足を刃に変えてくるりと回転させて全員の喉を斬り裂き、行動不能にする。
すでに突きの態勢に入っていたジャッジと、ダズの目が合う。
「――っダズ・ボーネス!!」
「己の武器と、数を過信し過ぎたな。ジェルマ」
素早く立ち上がったダズの武装硬化した右腕と、ジャッジの槍がぶつかり火花が散る。
(俺の能力――スパスパの実は体のあらゆる部位を瞬時に刃物に変換できる。だが、同時にただの鋼と化すことも出来る)
「ぐ……抜けないだと!?」
「その程度の加速、飽きる程見ている」
(俺の利点の一つは、斬撃と打撃の瞬時の切り替えだ)
武装
――『
これまでも使ってきた技の一つ。
手首で合わせた二つの握り拳を、上下に勢いよく開くと共に斬撃を放つ大技。
それをダズは、片手だけで放つ。
本来ならば威力は落ちるハズのそれは、ミホークに幾度も挑むことでより精度と鋭さを増していた。
ジェルマの技術力を結集して作られた科学の鎧、レイドスーツ。
その防御力は凄まじく、今のダズ・ボーネスの一撃を以てしても斬る事は叶わなかった。
「…………っが……は……っ」
だが、それでも衝撃までは殺しきれなかった。
口から血の混じった泡が零れ、脳を揺さぶられたのか虚ろな目で――ジェルマ
「――任務完了だ」
まだ息のあるその男に、ダズはそれ以上手を出そうとはしなかった。
(士気を一気に高めるべきあの状況で、『討ち取れ』のような強い言葉ではなく『倒せ』という言葉をキャプテンは使った)
長いとは言えないかもしれないが、決して短くない時間を共にした男からの命令の裏側を、ダズは見抜いていた。
(この男が死ぬことによる不安要素が……なにかしらの迷いがあるのだろう。殺さず無力化できたのならば、それでいい)
自分の仕事が殺す事ではなく、総督と船団員を繋ぎ、支える副総督であることを承知している。
「敵総司令官、ヴィンスモーク・ジャッジはこの『
そして大勢が決した今、乱れは出ても止まりはしないだろう敵クローン兵団を抑え込むために、全体の士気を大幅に上げるのはここしかないことも。
「全体の指揮を取る者がいない以上、押せば押すほど敵は混乱する! 恐れる事はない!」
あまり大声を上げる事に慣れていないが、それでも腹の底から声を出す。
「これより掃討戦に移行する!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「む」
「お」
包囲のために動いていた船の兵士片っ端から斬りまくって蹴りまくって斬りまくって、最後の一隻――なんかものっすごい数のネガティブ・ホロウによる連打アタックを食らっていたせいか一隻だけ進みの遅かった電伝虫船に飛び移ったら、ちょうどハックの助力でこの船に飛び乗ってきたミホークと目が合った。
「お前もここに来たという事はこれが最後の一隻か」
「ああ、しかも――」
恐怖を感じない、
というより、指揮系統に乱れが生じている。
最初に乗っ取った俺達の船上へと無理やり向かうか、俺とミホークをどうにかするか、そしてどう攻めるかで意思の統一が取れていない。
……ねぇ、無言で斬撃飛ばしてとりあえずぶっ飛ばすの止めて差し上げて?
「ダズ・ボーネス。見事やってみせたか」
「普通ならこの時点で降伏させて戦闘終了なんだけど……そうはいかないか」
「ふっ、止まるべき所で止まれぬ兵士とは……皮肉だな。戦う者としては完璧であるがゆえに完璧な兵士に成れず、か」
刀を構えて、ミホークが笑う。
「往くぞ、クロ。種まきの時期は過ぎたとはいえ、開墾したい土地があの島にはまだまだある」
お前もう農家名乗れよ。あるいは某アイドル。
とはいえ――
「俺もだ。復興作業に土地や海域の測量、インフラ整備に周辺非加盟国の実態調査と……やることが山積みだ」
「クロ、お前は海賊と名乗らずにいっそ開拓者を名乗った方がいいぞ」
「言われたくないぞ、開拓民。ともあれ、互いに忙しいのは事実だ」
周りのネガティブ・ホロウが一斉に消えた。
かなりのゴーストを広範囲で酷使したんだ。ペローナはもう休んでいい。
後は俺達の仕事だ。
「蹴散らすぞ」
「了解」
―― と、まぁそんなわけでな……二十年くらい前に俺達『黒猫』はジャッジと戦った事があるんだ。
―― ええ、幼い頃から耳にタコが出来るほど聞かされていたわ。
―― ? む……そうなのか?
―― えぇ、貴方の事も。『鋼刃』ダズ・ボーネス。貴方達のニュースが新聞に出るたびにコイツらを超えろって、お父様に見せられていたのよ。
―― ……初めてサンジと出会った時、俺やキャプテンを妙な目で見ていたのはだからか……。
―― 因果というかなんというか……まぁいい。それで……いいんだな? ジャッジ。
―― ……我らの悲願は破れた。信じる相手を間違い、このような……このような……っ!
―― ……先ほどアレコレ言った俺が言うのもなんだが、婚姻政略を好むリンリンが普通に受け入れていた可能性も確かにあった。獲物と見られていた事に気付けなかったのは……運が悪かったのもある。
―― ……クロ。
―― ああ。
―― もはや我らは加盟国ではない。ジェルマ
―― ……受け入れよう。まずは暫定的にではあるが、お前達を特務隊として編成。我々の一員として組み込む。そして、ヴィンスモーク・レイジュ。
―― ハッ。
―― お前を特務隊隊長に任命する。
―― かしこまりました。その任、謹んでお受けいたします。
―― ジャッジは相談役として補佐を。拠点として、秋島ともう一つ近場の島を与える。
―― 了解した。……
―― あぁ。
―― ……かたじけない。感謝する。
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第三章:黒猫海賊団
046:荒れる西の海
「まさか、ジェルマ――あのジャッジの軍勢が敗れるとは……」
世界政府加盟国の一つでありながら国土を持たない――持つことを許されていない、だがその戦力は加盟国でも随一の戦闘国家の敗北は、五老星にとっても驚愕に――あるいは驚嘆に値する知らせだった。
「脅威と呼べるのはクロ本人と、行動を共にしている海兵狩り、ニコ・ロビンを始めとする能力者三名……だけだったハズの海賊団が、短期間にこうも成長するか」
今頃海軍の会議室でも話題になっているだろうジェルマ王国が持ち帰った戦闘記録の数々に目を通し、世界を管理する五人は眉を顰める者もあれば、険しい顔をする者も、そして頭を抱える者もいた。
「クロは裏社会からも狙われている男だ。引き連れている仲間の大半も連中の元
「
「西の海を封鎖し、奴らを見つけ次第包囲すればニコ・ロビンごと始末出来ると考えていたが……」
「見た目くらいしか商品価値のなかった人間を率いて、これほどの戦力に育て上げるか」
中でも彼らの注目の的になっているのは、かつてクロと電伝虫越しに相対した
「奴から返還された上で、未だに海軍に残っている者は皆訓練に打ち込んでおり、良い評価を得ていると海軍やCPから報告は上がっている」
「だが、クロの下にいる者程ではない……」
「なぜか奴の下に九蛇の海賊がいるからだとは思うが……まさかもう覇気を使うとは……」
「もはや、支部の戦力で太刀打ちできる一団ではない」
五老星は、クロという海賊自体は脅威ではないと考えていた。
会話から読み取る個人の行動指針や実際の行動記録を見る限り、統治側と上手く付き合える異色の海賊だというのが五人の共通認識だ。
問題なのは、その異色の――つまりは敵対した時の行動予測がつかない海賊の下に、消さなくてはならないオハラの知識が――オハラの意思が守られているという事実。
「……今一度、バスターコールをかけるか?」
「オハラはともかくとして、今回は海賊と言えど海軍本部の覚えが良い相手だ。軍部との分断の種にならぬか?」
「しかし……」
短期間で恐るべき成長を遂げ、放置すれば尚更手に負えなくなることが分かり切っている。
捕捉の難しくなる
扉がノックされた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「数か月前の地区本部海戦以降、姿の確認できなかった『抜き足』――今は『黒猫海賊団』と名乗る一味は、大きく戦力を増強させています」
海軍本部において、定例となっている本部上級将校による会議。
その会議で話題となっているのは、様々な意味で海軍を騒がせ続けている男の一味だ。
大勢が見やすいようにと作られた巨大な掲示板には白幕が張られ、敗走したジェルマ王国が持ち帰った戦闘の記録――本来ならば勝利した上で更に兵士を強化するための資料になるハズだったそれが上映されている。
―― 蹴散らすぞ。
―― 了解。
「本戦闘における最大戦力となっているのは、首魁である『抜き足』のクロ。そして近年
地区本部海戦での戦闘の詳細は報告書と証言でしか知らなかった本部の人間達は、首魁である抜き足のクロと並び、次々に刀を振るい兵士――ジェルマの持つクローン兵を斬り裂いていく男の姿が映っている。
「あらら、またとんでもないのと絡んで……。相変わらず、大物と縁がある子だ」
海兵奴隷事件の責任を取る形で全軍総帥が退陣したため、海軍でも再編が起こっていた。
全軍総帥にはコング、元帥にはセンゴクが。
そして、新たに海軍の最高戦力としてサカズキ、クザン、ボルサリーノの三人がそれぞれ『赤犬』『青雉』『黄猿』の名を与えられ、大将の位についていた。
その青雉は、録画された戦闘光景を見て、かつて自分がこの海賊と共に肩を並べて戦った日を思い出す。
―― いいだろう、少しギアを上げる。食らいついて見せろ、科学の兵士よ。
映像は切り替わり、今度はミホーク単独での戦闘の光景が流れ、そのすさまじさに海軍本部の猛者たちも難しい顔をしている。
「……他の連中と違って、三本爪のマークが入った服を着ておらん。一味というわけではないじゃろうが……しかし、『海兵狩り』が『抜き足』と……」
そして赤犬は複雑な顔でその光景を見ている。
「全体の戦闘記録をチェックした所、『海兵狩り』は首魁のクロと共に遊撃を務め、多数のジェルマ兵士をほぼ単独で圧倒しております。そして――」
司会を務める海軍本部准将ブランニューは、特殊電伝虫を操作して次の映像へと切り替える。
―― 親衛隊、抜刀! 戦線を押し広げる! 前へ!
―― はっ!!!
「そして一味戦力の主力とも言えるのが……その、申し上げにくいのですが
ここにいる人間は、全員が海兵奴隷事件の流れを知っている。
そして皆一様に、『抜き足』についていくと決めた者達を責められない。
むしろ、事態を把握できていなかった自分達のふがいなさに苦しむ者ばかりであった。
手ずから教育係や教官として関わったことがある顔を映像の中に見つけてしまった者は一様に顔を暗くし、新兵の合同訓練において彼女達と関わり、全員の顔を記憶していた本部特別大将ゼファーは怒りと悲しみ――そして全員が『海兵として理想的な戦い方』をする映像を、一抹の誇りも混じった目で見ていた。
「元海兵二十二名で編成された、この『親衛隊』と呼称される部隊は極めて練度が高く、また状況によっては個々人が他の一般船員を率いて指揮する姿も確認されています。そのことから、『黒猫』では指揮官教育や訓練、研究を行っていると見られます」
海賊がか? という疑問の声で会場がザワめく。
だが、次々に切り替わる映像は、海賊というにはあまりに統率の取れた戦闘。
個体としては上の存在であるジェルマの兵士に、一般兵士と思わしき船員に戦列を組ませ、よく守り、戦況を把握し対応していた。
「……見事だ」
小さくゼファーが呟く。
ゼファーが自分で海兵達に教え込んでいる物が――教えたい物が、その映像には詰まっていた。
大参謀と言われる中将つるも、その言葉に静かに頷いていた。
皮肉なのは、彼女たちがそれを手に入れたのが海賊になってからだという事実だ。
「隊長として指揮を執っているのはアミス元三等兵。その……成績などは特に目立つものもなく……本人も、入隊面接での答弁はともかく、実際は生活の安定のために入ったような人物でした。ですので、訓練が一通り終わった後は主計課に配属予定だったのですが……」
その説明にそこでブランニューは気まずそうに、ゼファーの方を見る。
「……人が育つには……いや、大成するには必要な物がある」
ゼファー。『黒腕』のゼファー。
紫の髪を海兵らしく短く整え、眼鏡をかけた巨漢。
多くの海兵達を鍛え上げてきた本部大将は、重々しく口を開く。
「技術を教えられる上位者。学び、立ち上がらんとする己自身の意思。そして……その意思が育つための導きになる……大義」
ゼファーと共に戦ってきた者、そして彼に育てられた者達は、思い当たる所があるのか小さく頷く者もいる。
「捕らえられ、売り飛ばされる所だったことで生まれた恐怖と絶望、そこから救われ心を立て直したことで生まれた『抜き足』への恩義、忠誠……あるいは……思慕……」
ゼファーはクロと直接話したことはない。
ただ一度だけ、クザンを通して手紙でのやり取りをしたことはあった。
「クロという海賊の……人柄や行動が彼女らのそういった、闘う者に必要な要素を埋めていったのだと推測する」
(……政府の一機関であるとはいえ無骨者が多い海軍では、まず目にすることがない文だったな)
まるで商人や役人、あるいは教師が書くような、癖の少ない均一の大きさの文字で書かれた、気遣い溢れる保護した海兵達の近況報告。
会ってみなければその人物は分からないものだが、それでもあの手紙一つで伝わる物は確かに有った。
同じくクロから手紙を受け取った中将つるも、『抜き足』という海賊に彼と似たような印象を持っている。
「クロという海賊の目指す物が何かは分からん。だが、奴はアミス元三等兵達になにかしらの
そう締めくくるゼファーの言葉を受け止め、その場にいる全員が改めて映像に目を向ける。
恐ろしく統率の取れた、
そのやっかいさと恐ろしさ、そして
「そして、恐らく彼らに覇気という物を教えたのが」
―― 続け! 我らで敵をなぎ倒し、兵を鼓舞する! 九蛇の戦士の誇りを見せよ!
映像は更に切り替わり、親衛隊の面々に比べて深いスリットの入ったスラックスに三本爪のマークが入ったブラウスの上から革の胸当てを付けた、弓を扱い部隊を鼓舞する少女の姿が映る。
その両隣には、身の丈に似合わない長物の武器に覇気を込めてジェルマ兵を剥ぎ倒していくさらに幼い二人の少女もいる。
「現在詳しい事は分かっておりませんが、御覧の通りあの『九蛇』の一員であることを示唆させている、姉妹と見られるこの三人――その中でハンコックと呼ばれるこの少女は、一味の中でも高いレベルの覇気使いであることが分かっております」
射撃武器、その弾丸や矢に覇気を纏わせるのは高等技術の一つである。
だが映像の中の少女は、覇気を纏わせた矢を放ち多数の兵士を穿ち、そして覇気を込めた弓で殴り、足で蹴り倒していく。
「……この子、多分覇気を教える代わりにクロ君から足技習ってるね……」
ボソリとクザンが確信を持って呟く。
この弓を持つ少女の動きの所々に、速さこそ全く足りていないが彼の動きに似ている所がある。
かつて共にゲッコー・モリアと戦ったクザンの目には、そう映ったのだ。
「これに加え、ホロホロの実による広範囲の爆撃や精神攻撃を行う『ゴースト・プリンセス』ペローナ。今回は役割が不明ですが、ハナハナの実の能力を持つ考古学者ニコ・ロビン。なぜか協力体制にあるギャング、カポネ・ベッジ。また、映像内で姿は確認はできませんでしたが、移動の補助に魚人が協力したのも間違いありません」
ブランニューは次々と映像を切り替える。
小さなゴーストの群れ――触れる事ができず、対処できない大量の追尾してくる爆弾によって、致命打にはならずとも深いダメージを負っていく兵士。
突如としてハンコック達の側に城が現れ、次々と城内からの砲撃で兵士を削り取っていく映像。
突如立ち上る水柱の上に、親衛隊と思われる一団が乗っている大きな木の板の光景。
そして――
「なにより、本戦闘においてもっとも頭角を現したのは『鋼刃』ダズ・ボーネス」
ジェルマ王国国王。
戦闘国家と呼ばれる国の王の実力は、決して低くない。
むしろ、新世界でも通用するレベルであるのは間違いない。
それが――
―― 貴様が――貴様が1500万だと!? 一体何の冗談だ!!
―― それに関しては同感だ。
打ち破られた。
能力はもちろん覇気、そして体術も巧みに駆使し、『
「……彼らがジャッジ王を殺さなかったのは、加盟国国王を討ち取るリスクを犯した際に得るメリットがなかったためだと、一度虜囚となったジャッジ王が、『抜き足』本人から聞かされたと……」
クザンと、ずっと黙って話を聞いていたセンゴクが同時に頭を抱える。
(屈辱だったろうなぁ、ジャッジ王)
お前の命に価値はないと言ったようなモノである。
直接言葉を交わしたことがある者は、基本的にクロが善性で、かつ礼儀正しい人間だと知っている。
だが、敵に対して冷静に過激な事をする男だろうというのは、肩を並べたクザンにしか分からないことであった。
「危険度はもはや
ここでブランニューは、チラリとセンゴクに目をやる。
「今回の件で一味の懸賞金を更新する必要がありますが、その危険度の測定が……例の事件における我々への協力もあり大変難しく――」
一味の危険度の説明を終え、これから一味の懸賞金に関しての話し合いを始めようという所で、ドンドンッ! と乱暴に扉がノックされ、一人の海兵が慌てて中に入ってきた。
「会議中に失礼いたします! 緊急事態です!」
元帥になったばかりとはいえ、十分な貫禄を持つセンゴクが「落ち着け、どうした」と尋ねると海兵は敬礼し、
「ハッ、第303支部より入電! 現在モグワ王国に向けて大規模な海賊による襲撃が発生! 陥落寸前とのことです!」
「なんだと!!?」
一部将兵が、思わず立ち上がる。
「また救援に向かった部隊も、海賊の数が余りにも多く拿捕されたと……」
「馬鹿な! それほど大規模な海賊が
この時、センゴクの頭によぎったのは他ならぬ『黒猫』だった。
まさに映像で見た戦力ならば、確かにそれは容易いだろうと。
「ハッ、支部からの報告によると――」
だが、もたらされた報告は――
「
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「遅かれ早かれこういうのが出るとは思ってたけど、よりにもよってウチの近海でやらなくてもいいだろう……」
ジェルマとの戦いを終えて、ジャッジに敗北を認めさせてから海にリリースして一月。
収穫期に向けての用意をしたり道付けのための測量やら石材用意したりと海賊らしく真面目に仕事をこなしていたらこれだよ!!
「一番から四番艦まで出航準備を急がせろ」
前回の戦闘でさっさと戦場を敵船の上にしたおかげで、人的損害はともかく船への被害はほとんどない。
港では、海賊船の出航用意でどこもかしこも大慌てだ。
「海兵も捕まって船を奪われたと情報が入っている。……奴ら、ますます調子に乗るぞ、間違いない」
ジェルマとの戦いを生き抜いた兵隊ならば、そこらの海賊には負けんだろう。
ハンコック主体でハックに防衛手伝ってもらえば島は問題ない。
念のために島民を避難区画まで動かして戦線を絞ればなおさら安心だ。
「主殿、なぜいきなりこれほどの海賊が手を組んだのじゃ?」
「……多分、だが」
一応理由は想像つく。
そう言った連中が現れるまでには、まだまだ時間がかかると思っていたんだが……。
「リヴァースマウンテンの封鎖艦隊を突破するために手を組んだのだろう」
今リヴァースマウンテン近海を封鎖しているのは、確認したところ本部中将が指揮する船二隻に
まぁ、生半可な海賊じゃすぐに沈められる。
それは挑戦した多数の海賊が身を以て知っている。
だから、その中で生き残った連中が中心になって、それを突破するために数を集め出したのだろう。
「それが、なぜモグワを襲っておるのじゃ……。本来ならば奴らは今頃、散々食い物にした周辺国から突き上げられて、我々の活動の目くらましになっていた算段じゃったのに」
ホントだよ。
そのためにベッジが軍需物資や食料の横流しと同時進行であれこれ段取り組んでたのにまたポシャった……。
ただ……。
「あぁ、それも簡単だ」
予測できなかったかというとそうでもないわけで……
「
特にモグワは軍事国家。大量の武器が転がってそうだというのもあっただろう。
まぁ、俺達がジェルマと戦っていた間にベッジが部下に命じて大量に流出させて後ほど俺と折半したんだが……。
そもそもモグワは海賊を道具として使っていた分、海賊達から恨みを買っている。
それが俺達と戦って戦力大幅に減らして、明らかに防衛線の戦力が落ちたのもあってターゲットにされたんだろうな。
……。
あれ、これまた俺のせいか?
いや、今回先に手を出してきたのはアイツらだったしセーフセーフ。
「ハンコック、お前は先日の一戦で指揮官として兵士の信頼を得た」
「……わらわの命に従ってくれるだろうというのは、分かるつもりじゃ」
「分かっているならいい。偵察役にペローナと、親衛隊七名を残す。ハックや残りの兵隊共々上手く使って、いざという時の防衛を頼む」
「うむ、承知した」
「よし」
「武装の積み込み急げ!」
「これよりモグワに急行! 海賊を蹴散らし、我らの矜持を見せる!」
クソみたいな仕事増やした馬鹿どもを海の藻屑にしてやらねば気が済まん!!
ジャッジのエピソードは次回あたりにチラッと挟みます
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047:解放戦
北の海のとある海域。
島の一つも見えないそこには、多数の巨大な電伝虫の殻の上に、城のような巨船が乗っている奇妙な船の大船団がある。
その中で最も大きな――だが妙にくたびれている城のような巨船、その中の一室で、一人の男が荒れていた。
「おのれっ!」
机を叩き割り、椅子を蹴り壊し、調度品を散らばらせる。
「おのれぇぇっ!!」
『殺せ、海賊! 敗者に情けはいらん!』
『こちらにそのつもりはございません、ヴィンスモーク・ジャッジ陛下』
脳裏にこびり付いているのは、一人の海賊。
自分を打ち破ったダズ・ボーネスが付き従う、少年海賊。
『そも、すでに我らに戦う理由はありません』
『ふざけるな! ここで俺に情けをかけるならば、今度は全戦力を引き連れてお前らを滅ぼす!!』
『ですが、貴方達のその労力に見合う資金を払おうとする国はもうないでしょう』
『なに!?』
海賊『抜き足』のクロ。
歳の割に妙にスーツ姿が様になる、まるで執事のような男は眼鏡を独特の仕草で位置を直しながら、落ち着いた声でそう切り出した。
『現在モグワ、並びにミシュワンを始めとするその属国の間では、静かな対立が始まっています』
『……馬鹿な……』
『正確には、属国のお歴々が自分達が想像していたよりも物騒な首輪を付けられていたことに気付いたようでして』
どこか茶化したような言い方をするその物言いに、ジャッジはそうなった原因が目の前の男だとすぐに察しがついた。
『一歩間違えればあるいは戦争、内乱に突入しかねない。それを収めるにせよ備えるにせよ、大量の資金が必要になる。ジェルマを頼ろうにも、用意できる依頼金は大きく目減りするでしょうね』
『貴様、この戦いの間……いや、その前から工作を!』
同時に驚愕していた。
まさか武の力ではなく、
『今回貴方方ジェルマを撃退できた所で、アレを放置していれば手を変え妨害してくるでしょうから』
事実そうだろう。
あの下品な王を自称する男は、他者を踏みにじる事で悦楽を満たすタイプだった。
恐らくは、忌々しく思っていたクロ一味をなんとしても踏みにじりたかったハズだ。
『モグワは今回表向きには動いていない。先日こちらを襲ったのはあくまで名もなき海賊』
『…………』
『今回の戦闘も、そもそも表向きはジェルマによるモグワへの表敬訪問。大方、その途中襲ってきた海賊を迎撃したという形にしたかったのでしょうが……』
その通りだった。
そういう筋書きにする予定だった。
大国がいちいち新興海賊に関わるなど恥でしかない。
それが軍事によって立つ国家であればなおさらだった。
『それならば、さすがに海軍や世界政府の上層部には知られるでしょうが、表向きこの戦闘をなかったことには出来ます』
『……だから大人しく敗北を認め、尻尾を巻いて逃げ帰れと!?』
『国土を持たないために産業が育ちにくいジェルマにとって、傭兵業は国庫を支える根幹。だからこそ、無敗の名声は黄金より価値があるものでしょう?』
『ぐ……っ』
返す言葉がなかった。
文字通り、傭兵業によってジェルマという国家は成り立っている。
その価値を高めるのは『金さえ払えば絶対勝たせてくれる』という信頼。最強の軍隊という看板があってこそ。
それが、全軍ではなかったとはいえ選りすぐりの精鋭を率いたうえで、少年海賊に率いられた新興海賊団に敗れたとあっては、ジェルマの威信は地に落ちる。
『自分が知るジェルマに比べ、船団の数がまったく足りない。何らかの事情があって、全船団を連れて来るのを躊躇われたのでしょう。全船団を動かすコストに見合わなかった。あるいは……そうですね』
『身重、あるいは出産直後の奥方様をあまり動かしたくなかった……とか』
拘束され、レイドスーツも奪われているにも関わらず反射的にクロに掴みかかろうとした。
しかしその瞬間、隣に控えていた女兵士に刀を喉に突きつけられる。
『貴様! なぜそれを!』
『繰り返しますが、我々はジェルマと戦争をしたいわけではありません。そしてジェルマも、もはや戦う理由はないでしょう? 部隊が壊滅し、その補充や再編に見合う利を差し出せる依頼者もいない』
『……っ』
『我らも、貴方と戦い貴重な人員に犠牲が出ている。再度戦うのも骨が折れるし、かといって世界政府加盟国国王を討ち取った所で得る物は汚名しかありません』
『ここで互いに手打ちとしませんか?』
「おのれ、『抜き足』のクロ……っ」
―― 今のお前の器は、キャプテン・クロの足元にも届きはしない。
「おのれ、ダズ・ボーネス!!」
「次は負けん! 生まれてくる子供達は、恐怖を感じぬ完璧な戦士になる!!」
「今回は使えなかったレイドスーツも全て動員できる。より強化した兵士も!」
「次に出会う時までに、お前達でも認めざるを得ない軍隊を作る!!」
「クロォォォォォォォッ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「
「所属していると見られる海賊船は現在、最低でも30を超えております!」
「報告、ディスタ王国が海賊の襲撃を受け壊滅! 多数の食糧や物資と共に国民が大勢持ち去られたと海軍に救難要請が!」
「報告!――」
(おのれ!
元帥センゴクは報告を受けながら、救援部隊の編成を急がせていた。
その横ではガープも、珍しく真面目な顔で報告を聞いている。
「
「現在ビッグマム海賊団が『金獅子』の残党と戦争に突入! こちらも近隣国から万が一に備えた救援要請が入っております」
(えぇい! どいつもこいつも!!)
「ビッグマムもそうだが、敗走するだろう『金獅子』の残党がどう動くか分からん! 黄猿を向かわせろ!」
「はっ!」
センゴクが頭を抱えているのは、例の事件以降、内部を引き締めるための大査察によって、見逃がせぬレベルの悪事に手を染めていた隊員や幹部の炙り出し、逮捕を行いその後の再編成を進めている最中だったからだ。
(数を頼りに国を襲い、そして奪えるものを奪い尽くしたら散る! まるでイナゴだ! おのれ、海のクズ共が!!)
「赤犬の方はまだか」
「はっ、現在
「くっ……」
そして同じタイミングで多数勃発している内乱も問題だった。
すでに転覆した国の中には反世界政府――否、反世界貴族に近い思想が出回っているのも。
「伝令! 伝令!」
「今度はなんだ!?」
そしてこの本部もあまりの情報の多さに潰されそうであった。
「大将青雉より伝令が入りました!」
「青雉!?」
青雉――クザンには
何か掴んだのか、あるいは敵を倒したのか。
「ハッ、モグワ王国に向けて『黒猫』の出撃を確認! 現在『黒猫』と合流し、共にモグワ王国の奪還作戦に入るとのことです!!」
「馬鹿者ぉっ!!!!!」
報告を入れてきた海兵か、あるいはそう報告させた青雉にか、思わずセンゴクは叫んでしまう。
「どこの世界に海賊と合流する海軍大将がおるかぁ!!」
「ぶわっはっはっは!! それを言うたら国を救わんとする海賊も普通おるまいて! わっはっはっは!!!」
「笑っとる場合かガープ!!!!!!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン・クロ! モグワ王国、視認できる距離に到達しました! ……なんてこと」
「あいつら、街に火を……っ」
なんでこう……海賊っていうか馬鹿共は火をつけたがるのかね……。
あれか、急行した海兵を迎撃と消火、救出に分断したいとか?
その後の復興作業大変だし危険度跳ね上がるし、そもそも火をつけてる時間がもったいないし……。
まぁ、バギーみたいにわざわざ大砲ブッパするよりは分からんでもない……ない……。
いやそうでもねぇな?
まぁいい。
出航してから三日でまだ燃えてるって事は、連中まだいるな?
一通り奪えるもん奪い尽くして、火を付けて逃げようかって所と見た。
「凧を揚げてくれ」
「ハッ」
「ロビン、頼むぞ」
「うん!」
今回ペローナは島の防衛に残した。
万が一襲撃があっても、アイツがいるなら数はどうとでもなるし、それに耐える強い敵が現れても対応できるハンコック達がいる。
そうなると戦場把握はロビンの仕事になるのだが、ジェルマとの戦いで浮き彫りになった問題点がある。
ロビンだけだと高所からの観測が難しく、戦況の把握のために彼女をかなり消耗させてしまうという点だ。
で、戻ってから開拓や訓練の合間に皆で話し合って思いついたのが凧だ。
凧を揚げてそこに目を生やさせることで、疑似的な観測を可能にした。
……まぁ、ゴースト観測に比べて夜戦では使えないのが弱点と言えば弱点だが。あと狙われやすい。
「ひどい……。キャプテンさん、街は全部火が点けられてる。畑まで燃えて……中には燃え尽きてる所もあるよ」
うっそだろ……。
そんなに気候モプチと変わってねぇハズだし収穫期直前だろう?
それに火ぃ点けるとかうっわ……。
「……所詮は関わりのない国。特にやる気はなく、お前の要請だから同行こそしたが」
本当にあまりやる気はなかったんだろうなぁ。
前のジェルマ戦の時はちゃんと着替えてたのに、今はウチのつなぎ着てロビン作の麦わら帽子被ったままの最強戦力が、刀の手入れを終えて鞘に戻したそれを腰に差している。
「少し、暴れたい気分になってきた。クロ、最前線に俺を加えろ」
ほーらウチの全自動惨殺死体製造機が勝手にスイッチ入っちゃった。
とりあえず頷くと、燃え盛る街の方へと目をやってなにか考えている。
「ねぇ、クロ君?」
というか、マジでなんでこのタイミングで動いた?
収穫期だというならまだ分かるけど、よりによってこのタイミングで――
「おーい、聞いてる?」
今別行動をしているベッジが情報をかき集めているが、奴の情報収集力を以てしても未だに首謀者がハッキリしない。
なぁなぁの良く分からない集まりなのか、それとも――
「ちょっと尋ねたい事があるんだけど?」
「……なんでしょうか、大将青雉」
「あらら、ずいぶん他人行儀じゃない」
「唐突に海軍最高戦力に飛び乗られた海賊船の船長の気持ちを察してくれませんかね」
笑ってんじゃねぇぞモジャモジャてめこの野郎!!
ホントお願いだから察してクレメンス!
マジで死ぬかと思ったわ!
具体的に言うとクザンさんと途端にちょっとスイッチ入ったミホークに挟まれて!!
というか海賊船に平然と乗り込んで「戦力いるでしょ? 力貸すよ」とか言い出すな海軍本部大将!!
海賊じゃなくて海兵と動けよ!
いや分かるよ!? このままだと俺達『黒猫』が先にモグワに一番乗りしちゃってアレコレしちゃうから、なんらかの形で海軍勢力の人間も絡めなきゃと思ったんでしょう!?
でもこうなるとは思わないじゃん!
沈めようとか足止めとかしないだけでありがたいっちゃありがたいけどさ!!
「それで、聞きたい事とは?」
「……なんで『海兵狩り』は急にやる気出してるの?」
そこかよ!!
聞いてれば分かるでしょうが!!
「他国とはいえ、丁寧に育てられた畑が焼かれたことにイラッとしたのかと」
「…………え、なんで?」
「ミホーク、ウチの畑仕事のエースなんで」
どうした青雉。
モリア戦でも見なかったくらい驚いてるじゃない。
「相変わらず予想が出来ない変な海賊だねぇ……」
「喧嘩売ってるなら買いますよ」
主にミホークが。
「褒めて……るつもりなんだよ?」
その間はなんだ。
「というか……え、本当なの? 『海兵狩り』が畑仕事?」
「開墾、治水作業面積トップです。あと最近各地の作物や農法まとめた本が愛読書になってます」
「えぇ……。イメージ壊れるなぁ」
いやまぁ、開墾治水に関しては他の住民たちも手伝ったっちゃ手伝ったけど。
アイツ、硬い岩とかにぶち当たったら即座に細切れにしてくれるから便利なんだよなぁ。
「キャプテンさん、海賊旗を揚げた船五隻、それと、海軍のマークの上から大きな×を付けた海軍船三隻を発見」
……海軍の部隊を負かしたにしては数が少ないな。
いくつか沈められたか、あるいは別れて違う所にいったか?
「大将青雉、モグワの救援に向かった海軍の船っていくつでしたか?」
「いちいち役職付けなくていいよ、君海兵じゃないんだし。確か……話じゃ五隻だったね。なにせ海賊を撃退したあと、救助活動が待っているのは間違いなかった。そうなるとほら、食料やら医薬品やら色々必要になる」
「……二隻は沈められた。いや、そっちも奪われたか?」
×印で簡易海賊船となった海軍船はどうも連中の主力艦になったらしく、甲板やらにちらほら人影が見える。
というか、大砲の試し撃ちのつもりかバカスカ街に向けて撃ちまくってる。
海軍の船は前面の攻撃力を重視したタイプだ。艦隊の先頭を走らせるにはちょうどいいのだろう。
加えて海軍に対しては心理的な効果もある。
(まぁ、そこまで考えているならば……って話だけど)
「逃げられると面倒だな。沈めるのもアレだし……青キ――しっくり来ないな。」
海面凍らせれば敵の船は動けなくなる。
捕らえられてる海兵がどこにいるか分からないが。
「クザンさん、能力で動きを止めてもらっていいですか?」
「ま、妥当な案か。分かった、すぐに――」
「待ってクザン!!」
ヒエヒエの実を食べた氷結人間という作中屈指のチート能力の力を存分に奮ってもらおうとしたら、ロビンが叫んで俺達を押しとめる。
「船は絶対に凍らせないで!」
「どうした、ロビン」
凧に咲かせた目を通して状況を確認していて――そこから更に偵察の手を伸ばしていたためにいち早くそれに気付いたロビンが、俺達を止める。
「船のあちこちに人が吊るされてる! 皆海兵服を着てるから多分――」
「……ちっ、人質兼盾というわけか」
舐めた真似してくれるじゃないの、とクザンが静かに怒りを燃やしている。そりゃそうだ。
「ロビン、彼らの様子は?」
「怪我をしたまま吊るされている人もいるし、服がボロボロだったり、破かれてる人もいる……でも、動いている人もいるから……生きてる……と思うんだけど」
一通り暴行加えた上で吊るしたのか。
少し肌寒い程度とはいえ、海風にずっと曝されていりゃ体温も下がっているハズ。
「体力的にも危険だな」
というか船に肉壁ってお前ら頭ゴブリンか?
人間に戻ってどうぞ。
「……クザンさん、他の連中と共に上陸して島にいる敵兵の排除。同時進行で住民の救助、並びに消火活動を頼んでいいです?」
お得意の砲戦が出来ない以上、乗り込んで斬り伏せるのが一番だ。
そもそも、奪われているとはいえ海軍船を沈めちゃったら、クザンを始め海軍からの覚えが悪くなる。
「……彼らの事、頼んでいいかい?」
クザンの問いかけに、頷いて答える。
こちらとしても、海軍の覚えはよくしておいて損はない。
「問題ない。キャプテンと自分が乗り込む」
そもそも、ウチの副総督が滅茶苦茶やる気である。
そりゃもう、出航時からずっとやる気満々である。
気合が入っていて大変よろしい。
「……分かった、任せる」
そういうとクザンが船から飛び降り、能力を発動させる。
捕らえられている海兵達が凍えないように離れた所で、だが敵船が逃げられないように氷壁を張る。
―― なんだこりゃあ!!? こ、氷の壁!?
―― 船を出せ! なんか来るぞ!!
向こう側で、慌てた海賊のざわめきが聞こえる。
これで驚くという事はまず強力な能力者はいないと見ていい。戦力的には問題ないな。
というか、ぶっちゃけモグワに居座ってる海賊を倒すだけなら親衛隊数名と二番艦戦力だけでもお釣りが出るレベルだ。
問題は――
(これ、海賊連合の膨れ具合と被害によっては、あれこれ面倒くさい問題が一気に吹き出しかねんな……)
規模によってはかなり不味いかもしれん。
ベッジが持って帰ってくれるだろう情報次第では、また計画修正かなぁ……。
「さて、船の防衛はキャザリーと船員5名に任せる。残りは上陸用意急げ!」
「モグワに居座る海賊を蹴散らし、市民を救出しろ! 火は大将青雉が消していく!」
「火や瓦礫に退路を断たれ、逃げ損ねた要救助者がいる可能性を忘れるな! 五感を研ぎ澄ませ!」
「矜持を掲げろ!!」
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048:仕掛け
―― 野郎共、街の物は全部奪うぞ! 邪魔する奴は殺せ! ガキは攫って女は犯して連れてけ! 金になる!
―― 食い物は全部持っていけ! 運べねぇなら火ぃつけろ! 何も残すな!
「海賊であるわらわが言うのもなんじゃが……略奪しか能がない輩は見苦しいのう」
「全くもって……。クロ殿と一緒にいると、ついつい海賊というものを勘違いしてしまう」
「主殿は逆に海賊としては高潔すぎる。どこに王女を立てて国を復興させる海賊がおるのじゃ」
「はっはっは。確かにそうだ」
「まぁよい。さて、そろそろ間合いか。弓兵、構えよ」
現在黒猫海賊団の縄張りにして重要拠点の一つであるモプチ王国。
その防衛を任されているハンコックは親衛隊に加えて比較的新入りに近い船員を率いて、人気の全くない入り江から街を目指す海賊の一団を待ち構えていた。
「しかしアレで奇襲しているつもりとは……呆れるしかないのう。主殿ならもっと上手くやるぞ」
「まぁ、まず私語厳禁の命が下されるな」
「まったくじゃ。よしペローナ、頼むぞ」
ハンコックの横でゴーストを使い、島周辺に他の海賊がいないか偵察していたペローナが小さくホロホロと笑い、パチンと指を鳴らす。
すると、海賊たちが上っている坂道――その真横の崖に用意されていた落石罠の支えをミニホロが弾き飛ばし、海賊たちの頭上に大量の岩が転がり落ちて来る。
「うむ、混乱しておるな。ハック」
「分かっておる、魚人組で船を奪うのだな?」
「いつも通り、の」
現在、このモプチともう一つの拠点である無人島には少しずつ隠れ住む魚人が増えつつあった。
その結果戦闘や、あるいは生産面で協力する魚人たちもまた増えつつあり、静かに『黒猫』の戦力となりつつあった。
「ペローナは念のため、そのまま島周囲の警戒を頼む」
「おう、任せろ」
「よし――総員斉射! 放て!!」
落石により少なくない負傷者を出し、混乱している海賊達に今度は矢の雨が降り注ぐ。
文字通り一糸乱れぬ斉射を確認し、訓練の成果が出たことに密かに満足したハンコックは、用意していた
笛と同じ仕組みを組み込んだ変わった形の矢は、ピィィィィィッ! と甲高い声を立てる。
また弓の攻撃が来るかと、まだ立てる海賊達は音の方――つまりはハンコック達の方向に注意を向けるが、
―― 姉様から合図があった! ソニア!
―― ええ! 全員声を上げろ! 挟撃して敵を一網打尽にする!
―― おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
その直後に背後から鬨の声が上がり、何もできなくなってしまった。
気が付けば隠れていたボア三姉妹の二人の妹率いる部隊に囲まれ、碌に反抗も出来ず海賊たちは次々に討ち取られていく。
「……奴らも、ここを狙わなければまだマシだったろうに……ハンコック殿、それでは」
「うむ。船の中にまだ兵が残っておるかもしれん。気を付けよ」
「かたじけない」
「しかし、主殿が出発してからこれで海賊の襲撃は三度目か。……主殿、思った以上に敵は数が多いぞ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャプテン、残党は城に立て籠もったようだ」
「蜘蛛の子散らすように逃げたり破れかぶれに襲ってきたり立て籠もったり……なんなんだコイツら……ロビン、敵の砲戦能力を調べてくれ」
「うん、わかった」
あれから港町を解放し、逃げ延びていたモグワの国民や助け出した海兵達を保護、治療に避難所の設営、炊き出しなどをやりながらこっちの戦力を使って他の街に残ってた海賊を討伐。
港町二つと島内の街四つ、砦三つを攻め落とし――いや、正確にはミホークによる砦ぶった斬りというドン引きもんの絶技を見て逃げ出した海賊勢力を追い散らす作業だが……。
もうホントこいつら……。
クザンがいてくれてよかった。おかげで広範囲に散らばる敵を逃がさないで済む。
ペローナを連れてこれれば問題なかったんだけど、アイツが防衛戦に一番向いてるからなぁ。
あるいは逃走戦。
問題はないと思うけど、どうしても駄目な場合には王妃様と王女様、それと出来るだけの避難民を連れて本拠点に逃げるように指示してある。
本拠点――例の無人島拠点もまた様子見にいかないとな。
一応トーヤ達がハックと一緒に定期的に様子見に行ってるけど……。
「ミホークはミアキス引き連れて西の大規模集落の様子見と救援、アミスは避難民の護送、クザンさんは避難所がある港町の守り」
「残るは城を陥とすだけだ」
「……まさかウチに工作戦仕掛けた国の王様達を助けなきゃならんとはな」
まぁ、生きていればだが。
どうもアイツら、人質どうこうって話をせずに「一緒に略奪しようぜ! ヒャッハー!」的な話しかしないから状況が掴みづらい。
「アミス達が護送を終えて戻ったら攻撃だ。ロビンも、ある程度内情確認したら休憩に入ろう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ここも焼かれているか」
「なんというか、手あたり次第って感じがしますねぇ」
大剣豪にして『海兵狩り』の異名を持つ男は、自分が剣を教えた人間の中でもっとも守りが上手い女兵士――刀を主武装とする親衛隊において、小太刀の二刀流を好む珍しい親衛隊員と共にモグワ国内の集落の様子を確認していた。
「避難民も街や村の規模にしてはかなり少ない。だが死体もそれほど見つかっていない」
「……連れ去られたんですかね?」
「となると、もうこの島にはおるまい。集めるだけの場所も隠す場所もない」
「ウチと違って戸籍とかも作ってないから、誰がどれだけいなくなったのかがハッキリしないのがまた……」
「あんなことをやるのはクロくらいだ」
「……まぁ、はい」
「それに、役場も教会も――墓場すらも燃えていてはそもそもな……」
おそらく襲われたその日に火を付けられたのだろう、もうすべての火は消え、わずかに燃え残った未だ煙がくすぶる民家や酒場跡、そして何を植えていたかもわからない広大な畑の跡だ。
小太刀二本を腰に差した親衛隊員――ミアキスはしゃがんで、燃えた畑の跡――細かい炭のマットに手を当て、押してみる。
「うぅわ……これやっぱり作物全部いっちゃってますね……これから冬が来るのに大丈夫かな」
「それをなんとかするのは海軍や政府の仕事だ。問題があるとすれば生き残った国民が――待て、ミアキス。動くな……いや、数歩下がれ」
「? はい?」
言われるままにしゃがんだまま「よっとっと……」と数歩下がり、そのスペースにミホークが歩み寄り、地面を観察する。
そこにあったのは、炭化した穀物の残骸。それと、
「
「……投げ入れたのか」
その後ミホークは、それなりの面積がある畑跡を少しうろつき、その無残な光景を観察し、
「ミアキス」
「なんです、先生?」
「クロに電伝虫を繋げ」
「これはおそらく、ただの海賊の寄せ集めによる騒ぎではない」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「目的は略奪ではなく、焼き払う事だった?」
『そうとしか思えん』
一通りロビンが凧やらを使って調べられる範囲の城の様子を調べ終わって、うちの船員に交代で休息を取らせていたら電伝虫が鳴り始めた。ミアキスとミホークからだ。
『今ミアキスに他の場所も確認させているが、燃え跡からしてここらの畑は全て四隅から火を付けた上で、更にそれぞれの面に必ず
食事を取っていたロビンとダズも集まっている。
休憩に入っていた親衛隊もだ。
「……まだ収穫期前だ。これから収穫に入って本格的な冬越えの用意に入るハズだった」
『海賊に全てを奪われるのと状況自体は大差がない。だが、奪われたのと喪失したのではその後の希望の有無が違う』
「……加盟国なら援助をするだろうけど」
『これが他の地域でも起こっているならば規模によっては手に負えんやもな』
「世界政府の余力次第では、
あぁ、なんだろう。
この感覚、な~~~んとなく覚えがあるぞぉ。
アミス達を助けた後に、同時に取引されていた武器が出元不明の
『これが計画的な物ならば、裏にいる者の狙いは――』
「分かってる。国民が飢えれば、飢え死にする前に余所から奪うしかない。まずは非加盟国あたりが狙われるだろうけど……」
非加盟国でそんな大量の作物育ててる所なんてまずない。
というか、毎年餓死者が出てる有り様だ。
なんとかまとめ上げて生産体制整えたウチの制圧下にあるモプチやらルーチュでも、余裕があるかと言えば全然である。
『作物だけではない。しばらくすれば冬だがすべてが燃やされたのだ、暖を取るための燃料もほぼ失われている』
「……そうか、それもあったか」
『最悪、余力があるうちに加盟国同士で小競り合いが起こりかねん』
そこまでいくかは世界政府の援助の質によるけど、一度そうなってしまえば段々エスカレートして戦争になるだろうな。
加えて今は革命軍という火種――いや火種じゃねぇな、とっくに燃えてるネタがある。
あ、アカン。
これ本気でヤバい奴だ。
これから先、森でも収穫できるものが限られる時期だ。
それで今の時期から春まで……その間に燃えてる部分が多ければ多いほど世界政府だって……。
(ちくしょう! 海賊が手を組むのが早すぎるし規模デカすぎると思ったら!)
推定容疑者陰険チンピラドピンク腐れサングラスてめぇこの野郎!
次は加盟国同士の分断に動きやがったな!?
なんでお前こんなに動き活発なのさ!?
(最悪、西の海の封鎖の切っ掛けともいえるウチに――特にロビンに変なヘイトが集まりかねん!)
クザンに確認取ってからだけど、場合によっては早いうちに手を打たんと不味い!
助けて、助けて神様仏様クレメンス大明神様!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まさか、引退していた俺を引っ張り出すとはね……ミスター・ドフラミンゴ……それともドフラミンゴ聖と呼んだ方がいいかい?」
「フッフッフ、さすがの情報収集力だな。好きに呼んでもらって構わない。なにせ、俺の無理に付き合ってくれたんだ」
北の海のとある町の酒場。
まったく人のいない――バーテンダーすら姿を見せないその酒場にて、二人の男が酒を交わしていた。
「なぁに。勝ちたい男がいるっていうシンプルな理由が気に入った。なにせ、俺は勝ちてぇ男に勝ち逃げされちまったからな。……あぁ、分かるぜ」
ボサついたもじゃもじゃ頭にサングラスの、やや年を取った男は酒を美味そうに呷り、もう一人の若い男の空いたグラスに酒を注ぐ。
「……奴は、俺達家族を地獄に叩き落したクソ野郎に似ていながら、あのクソ野郎が持っていなかった強さと
「だからこそ潰してみたいか! ハッハッハ! いい! 悪くねぇぜ、そういうの!」
歳のいった男の高笑いに、若い男は機嫌良さそうに酒を注ぎ返す。
「だが、俺はあくまで引退した身だ。だから、俺がアンタに俺のノウハウを教え込む」
「それでいい。むしろ、断られる可能性の方が高いと思っていたんだ。それが俺の師になってくれるなんて、何度頭を下げればいいか分からねぇぜ。フッフッフ」
「あらためて頼む。俺に世界最高と言われたアンタの腕を教えてくれ」
「
STAMPEDEのユースケ・サンタマリア出馬
いやホント、調べるまでユースケ・サンタマリアだと分からんかったわ……
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049:海賊と海軍
「
海軍本部にて連日行われている会議では、海賊連合に関する情報が集められていた。
「大将青雉、そして現地にて協力体制にある海賊『黒猫』から、海賊連合は略奪よりも
あちこちから、「また黒猫か」「あの黒猫か」と小さなざわめきが起こり始める。
一方で元帥センゴクや中将勢――また、先日の再編で昇格したモモンガ本部准将は複雑な顔をすると同時に、上げられてきた被害報告に顔を青ざめさせていた。
「……書類事務の教本に載せたいくらいしっかりまとめられているね。内容がこんな頭の痛くなることじゃなければだけど」
大参謀のつるは、書類に書かれている被害の規模や、畑や建物への火の付け方を推測したイラストやその根拠となる注釈付きの写真の写し、被害面積に保護した避難民の男女年代別の数などの必要な情報が、目が滑らないようグラフなども交えて分かりやすく並べられている。
問題なのは、これを作成したのが海軍ではなく海賊の一団だという話である。
「現在世界政府は被害国への物資援助を進めており、我ら本部戦力を以てその護衛につく事が決定しております」
ここで、センゴクの顔がわずかに歪む。
その決定に関して、元帥である自分が何も知らなかったからだ。
会議の直前になって、一方的に決定事項を告げられただけという現状に、さすがのセンゴクも穏やかではいられないのか、海賊の件も含めて腹立たしい気持ちを抑えられずにはいられなかった。
「一方
「現在被害を受けた加盟国は37。どこも共通してまず田畑に火をかけ、その後街へ。そして混乱に乗じて物資を奪い、加盟国民をどこかへ連れ去っているようです」
「連れ去った国民はかなりの数が運ばれているようなのですが、その行先は未だ掴めておらず」
「捕縛した海賊も連合に関わっていた海賊は数人で、むしろ国を焼かれたために連合の流れにのって海賊になった者がほとんどという事で情報の収集は進んでおりません――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ったく、海軍のお偉いさんは『人狩り』のことすら気付いてねぇのかよ」
モグワ王国首都にある王国の象徴、モグワ城。
モプチの時と同じく解放した城の一室を会議室として、俺とダズ、ロビンにベッジ、そしてクザンを始めとする海軍幹部勢が揃ってる。
…………。
改めて思うけどなんだこの集まり。
親衛隊は他の海兵と共に避難所の警備や炊き出しに回っている。
俺は海兵だけに任せた方がいいと思ったのだが、ベッジからこっちも加えておけと強いアドバイスを受けたので、クザンからも海兵側に共同作戦と認識してもらったうえで活動している。
ミホークは思う所があったのか、焼け残った集落を見回りたいというので電伝虫を持たせたトーヤを付けて好きにさせている。
モグワ王は惨殺されており、王妃や王子、王女、それにたくさんいたはずの側室や使用人達の姿はどこにもなかった。
おそらく、連れ去られたのだろう。
「ベッジ、説明を頼む。俺も完全に把握しているわけじゃない」
「ったく、仕方ねぇな。……ここにいる面子なら知っている話だが……少し前まで、裏社会じゃあ『海兵奴隷』っていうドでかい
海兵の中には、ひょっとしたら知らなかった人間がいるのかもしれない。
数名は驚愕の表情を見せている。
(ベッジの奴、わざとチンピラっぽい振りを……)
「普通なら人間なんてヒューマンショップに連れて行ったところで五十万ベリー程度。それなりに身体のデカイ奴やら美人はまぁ高値が付くが、面倒くさい交渉がそれぞれ必要だった。対して海兵奴隷は、元々厳選されていたとはいえ最低でも三百万から取引されていた」
さすがにクザンも顔をしかめている。
まぁ、そりゃしょうがないか。
連中の元から帰ってこれた海兵の様子をクザンから聞かされたけど、あまりに酷いしあまりに惨い。
天竜人の奴隷文化はマジでなんとかして変えるべきだと、柄にもなく変な使命感が湧いてしまった程だ。
「それをクロが叩き潰した。そこらへんはお前なら知っているだろう? 大将青雉」
「まぁ……この子が地区本部に単独で乗り込んできた時そこにいたからね」
(海兵の一般隊員が下手にウチらに反発するのを防ぐために、わざわざそこから説明しやがったな……自分でヘイト役を演じて注目集めてから……)
相変わらず
噂を細めに広げて、下手な現場の混乱の芽を少しずつでも摘むつもりか。
(自前の兵隊のほとんどをモプチの防衛に送ったのは、海兵相手だと下が暴走しないか不安だったからかぁ)
ベッジ配下の連中、ジェルマとの一戦からはこっちに敬意を持ってくれるようになったけど、それでも血の気の多い奴はまだまだいるからな。
(でもそれだとお前が俺を立ててる形になるから、この場のツートップが俺とクザンになるけどそれでいいのか?)
「まぁ、その後のアレコレで海兵奴隷の取引は潰れた……けどな、買い手側がいなくなったわけじゃねぇ。むしろ、予約していた
俺とダズはともかくとして、わざわざロビンを端っこに寄らせたのはいかにもチンピラっぽく葉巻を吸うためか。
お前そういう気遣いちょいちょい見せるから、ウチの面子から例の事件があったにも関わらず地味に信頼され始めてるんだぞこの野郎。
「買い手がどれだけ怖いかは全員知っているだろう? そりゃブローカーは大慌てだ。なんとしても失点を取り戻さなきゃならねぇ。だから高値が付きそうな珍しい奴隷や、それと同じくらい価値のある商品が必要だった。クロ、お前が『海兵狩り』と戦った件がまさにその一つだったみてぇだぜ」
「……あの時囚われていた魚人や、ハンコック達か」
「おう。まぁ、魚人も九蛇も偶然の産物だったみてぇだが……連中はグレーな所にいる賞金稼ぎみたいな連中も巻き込んでとにかく値の付きそうなやつを集めている――が、そうそうそんなのが見つかるわけがねぇ」
「ははぁ……」
そこでクザンが、納得したように声を漏らす。
「そこで数。そういうことか? カポネ・ベッジ」
「そうだ、青雉。奴らは手あたり次第に人を捕まえて献上しているのさ。人身売買ブローカーも、相場より高値でかき集めているし、それに売り込む連中もわんさか出ている」
誰彼構わず集めて、相手の気に入らないタイプだったらどうするんだ?
そう尋ねると、ベッジは皮肉気に笑い、
「気に入られなきゃその場で殺せばいい。……あるいは、あれだ。的当てなりなんなりの
頭いてぇ……。
何がアレかって俺の知識からしても、なんかそういうのありそうなんだよなぁ天竜人。
「言っておくが、お前ら海兵の中にも小遣い稼ぎに『人狩り』に参加している奴らはいるぞ。適当な難癖付けて、非加盟国襲ったりしてな」
それを聞いて海兵達は「馬鹿な!」とか「ふざけるなマフィア!」とか怒り始めるが……。
クザンも知らされていなかったのか、少し驚いてこっちに目を向ける。
「クロ君?」
「残念ながら、事実です。大将青雉」
俺も聞かされた時は驚いたよ。
だから無人島の拠点――連中に狙われやすい魚人や人魚を匿ってる所は偽装をあれこれ施して脱出口を急ピッチで作ったし、哨戒も目立たない程度に密にし始めた。
幸い、海軍がこっちに来ることはなかったけど……。
「非加盟国は人権を認められていません。だから……ご存じでしょう」
「そりゃまぁ、そうだけどさ……マジかぁ」
部下の前でその態度で大丈夫なのかと思うが、まぁ、それがこの人の人徳を表しているのだろう。
「でもまぁ、わかった。つまり、連れ去られた大勢の人たちっていうのは」
「多分、そのための人員かと。ハッキリしない所も多いですが、連れ去られたのは子供か若い……およそ30歳以下の人間が主のようです」
「クロとミホークの野郎の読み通り、一番の目的はとにかく作物やらなんやらを燃やし尽くすことだとは思うが、そのついでの小遣い稼ぎだろうな」
(それに加えて、労働力を減らしてその後の復興を遅れさせるってのもあるだろうなぁ)
状勢が不安定で回復の見込みが遠く、かつ絶望が深ければ深いほど、行動は極端になる。
気力を奪われ何もできなくなるか、あるいは……他者から奪うようになるか。
「大将青雉、敵の中枢はまだ?」
「あぁ、把握できていない。……誘拐された人や持ち去られた物資は、中核になってる連中の手元にある?」
「多分、ですが」
燃やすことが主目的とはいえ、大勢の人間を動かすには相応の物資がいる。
「敵の目的は二つ。一つは収穫期前のこの時期に全てを燃やすことで加盟国を追い詰め、戦乱の火種を作る事。そしてもう一つは民衆を追い詰め、賊、あるいは暴徒へと追いやる事だと考えています」
「……思い付きの計画じゃない、か」
「はい。そして前者はともかく後者の場合、人を動かすためにはある程度の物資が要ります。餌にするための食糧か、あるいは着火剤となる武器か」
所々に以前の海兵奴隷事件の時と似た感じがする。似た臭いがする。
だけど、今回は隠れるのではなく大々的にやってるのが気になる。
(腐れグラサンならもっとコソコソしてそうなんだよなぁ)
海兵奴隷の件がオシャカになって、関係していた奴がその後継いで好き勝手やり始めた?
いやでも、海軍の調査から隠れ切れてる連中とか只者じゃねぇし。
誰だよ敵は……。
本当にあのピンクか?
「ベッジはこれまで通り情報収集に専念してくれ」
「ああ、いいぜ。他のファミリーも海賊連合は邪魔な存在。5大……いや4大ファミリーも必死こいて探してるハズだ。そこから情報を探ってくる」
「ま、こういう時は裏社会の人間の方が強い、か。それでクロ君」
「……先日提示した話、呑んでくれますか?」
今や海軍の最高戦力の一人、海軍組織で頂点に近い所にいる男は溜め息を吐いて髪をボリボリ掻きむしる。
「報告ついでにその事、センゴクさんに話したのよ。さすがに俺一人じゃあ決められないから」
「……それで」
海軍側の動きによっては、このまま即開戦とか成りかねんのだが。
そうしていたら、クザンはまたもため息を吐いて、
「『君ならいい』ってさ」
よし!
「これより海軍は一時、『黒猫海賊団』との間に休戦協定を結び、協力して目の前の大火に当たる。はいこれ協定書。内容よく読んでからサインしてね」
「何かあったら、交渉に応じるってさ」
センゴクさん本当に色々すいません! そしてありがとうございます!
「元帥センゴクには、後ほど改めてお礼の
「いいと思うよ。おつるさんもゼファー先生も、君の手紙気に入ってたしね」
……手紙も武器になるか、覚えておこう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「にゅ~~。悪いな、ここまで付いてきてもらって」
名もなき島。
誰もいない無人島であるはずのそこには、外から見えない位置には民家を始め様々な建物が建てられている。
その島の中のとある洞窟。
ただですら見えづらい入口が今は塞がれ、魚人たちが出入りするための隠し水路でしか入れないハズの隠された港に、びしょびしょに濡れた二つの人影があった。
「知ってる奴らがここに住んでるって聞いたんだ。でも人間の海賊と一緒だって聞いて怖くてよぉ」
その島の隠し港に、一人の小さな、子供のタコの魚人がたどり着いていた。
そしてその横には、その子供の魚人を守るように一人の初老の男が立っている。
「なに、遭難していた所を助けてもらったのだ。この程度はな」
―― 隠し港の中から人の声がした?
―― 今は封鎖してるハズだろう? 定期整備だって明後日からだし。
―― あぁ、入口は塞いでいるし、念のために出航口も尖った岩を沈めている。人が入れるとは思わんが……。
―― まさか、クロさんから警戒しろと言われていた海賊かしら?
―― 警備の人達を呼んできて。私達人魚は、念のために隠し水路から出て周りの様子を確認してくるわ。
「おや、もう見つかったか」
「は、話が通じるといいんだけどなぁ……」
「はっはっは。魚人のお前がいるんだ、ハチ。話くらいは聞いてもらえるだろうさ。……しかし」
今は空っぽの船が二隻――武装の少なさから海賊船と言うより輸送船といった様子の船と、その周りのドックや材木加工設備の豊富さ、なにより海賊の拠点なら珍しくない暴力と血の気配が全くないことに、初老の男は
「ここに来るまでの道中で噂は聞いていたが――」
そして、丁寧に削られ、磨かれた壁面に垂れ下げられている旗。
三本爪の黒猫のマークの旗を、整えた顎髭を撫でながらその男、その海賊――その伝説は小さく微笑む。
「およそ海賊らしくない海賊というのは本当だったか。――黒猫海賊団」
西の海「けえれけえれ! お前みたいなもんが来る海じゃねぇんだべ!!」
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050:コンダクター
「エリアEより不審船発見の報告が来ています! ど、どうしましょう――」
「慌てるな、貴官らが慌てれば民にも不安が伝わる。ビグル大佐、コリー大佐」
「ハッ」
休戦協定を結んで数日。
こちらとしてはあまりよろしくないのだが、急遽モグワを仮の本拠として西の海軍戦力の一部が集結。
モプチからやや離れているとはいえ近海といっていいモグワに海軍勢力が集まる結果になっているのはさすがに不味い。
であれば、一刻も早く海賊連合を叩き潰すしかないとアレコレやっているのだが。
「それぞれの乗艦を以ってエリアEへと急行、もし敵艦ならすでに戦闘になっているハズ。すぐさま救援行動に。もし何もなければ、その二隻を以って近海の海賊への示威も兼ねて近くの加盟国への巡回を。少しでも民心を安心させてほしい」
「了解しました」
「失礼します、キャプテン・クロ! 一昨日救出した隣国カナンより食料、並びに医薬品が足りておらず、緊急の補給要請が入っております!」
「要請量は?」
「はっ……いえ、それが……要請だけでそこまでは……」
なんで俺が海兵の指揮までやっているんだ!
クザンはどこいったクザンは!
他の将校はなにしてんの!? というか指揮系統どうなってる!!?
えぇと、確かカナンの担当に任命したのは緊急再編で繰り上がった将校で、あの一件の後に繰り上げられたことに加えてクザンも「いいんじゃない?」とか言ってたって事は真面目で人柄と能力は確かなハズで……えぇとえぇとえぇと……。
なら将校としての教育と経験の不足か! 人手不足に目を瞑ってでも補佐役もっと付けるべきだった!
「把握できない程混乱していると見るべきか。……アミス」
「ここに」
「親衛隊から二名、現場監督に長けた者を選出。海軍の船に物資を多めに載せた上で同乗、現地に。救護の補佐を行いながら情報を整理して報告させてくれ。必要ならば消費は許すが、無駄遣いさせるな」
「ハッ」
「それと、主役はあくまで海兵だ。目立ちすぎないようにな」
「畏まりました」
えぇと、今ここに待機している海兵で使っても問題ないのは……医者の数もあんまり減らせないしできれば多少でも医療知識を持ってて理解のある……そうだ、確か両親が医者だった海兵がいた。名前は――
「バーセンジー大佐に伝令。今すぐ医薬品と食料を多めに積み込み、隣国カナンへ。追加援助と、現地活動中の海兵の救援を頼むと」
「はっ! 直ちに!」
兵士としては熟練でも指揮者としては新米もいい所の人間が多すぎて草も生えない。
助けて……助けてクレメンス……。
この際赤犬でもいいからもう一人、いるだけで兵士を安定させられる人連れてきてクレメンス……。
「キャプテン・クロ! エリアAより敵船との交戦報告!」
穀倉地帯の島がいくつかあるエリアじゃねぇか! やっぱり来たな!? 戦力多めに配置しててよかった!
そしてお前ら報告一つでビビるな! 不安に思っても顔に出すな!!
民衆の不安にこれ以上火が着いたらますます止まらなくなるぞ!
「敵の船種と数は?」
「はっ、ブリガンティン船二隻と!」
二隻。一隻10~20人と考えると……。
海軍が警戒を強めていることが明白な現状では明らかに少ない。
「囮の可能性がある。なんとしてもソイツらを捕縛してくれ。対応は交戦中だろう最寄りの二隻に加えてバセット、サモエド両大佐に。他の船は最大限の警戒を、島への上陸を狙う別働隊がいる可能性を忘れるな」
「了解!」
「伝令! 近海にて南東へと向かう海賊船の目撃情報! 数5!」
「ダズ、ロビンとミホークを連れて二番、三番艦で出撃。大量に物資を積み込める海軍船は少し手元に残しておきたい」
「分かった、すぐに出る」
「キャプテン・クロ! テリア大佐より報告! 初期に襲われた集落民に決起の気配あり!」
「食料を配って説得を。今ベッジの別働隊がルートを使って食料をかき集めてくれているからそちらは多少余裕がある。配った分もすぐに補充させる。もしそれでも海軍に反発するようなら即座に報告を。我々が海賊として襲う素振りを見せてプロパガンダを仕掛ける」
「ハスキー准将より入電! エリアAに向かう大艦隊を確認との事です! 数は10! 船種は――」
「エリア内の残存艦隊の半数を対処に。それとエリアDの担当将官に、援軍を出させろ」
「キャプテン・クロ、保護した避難民より陳情が――」
「管理部に関連物資の在庫数を挙げさせて――」
「俺は海賊だって言ってるだろうがどいつもこいつも!!」
今日も……今日もどうにか捌き切った。
いやまだ分からんけど、とりあえず日は暮れたし念のために穀倉地域には海軍部隊を手配している。
予断は許さないが、各支部の予備戦力に余裕が出来たので対応力に厚みが出来た……はず……今日の所は……。
どうしよう、ロビンとペローナ入れ替えるか? ちょっと攻撃力が欲しい。
でもロビンは身の上の事があるから、出来るだけ目の届くところに置いておきたいし……。
ペローナの殲滅力と偵察力は少ない数での防衛に最適だし……本拠地のモプチに海兵入れたくないし……。
人が、人が足りんでありんす……。
食料も医薬品もその他資材も、本部から運ぶ運ぶと言いながら出だし遅いし必要な量はバンバン増えるし……。
ベッジが情報収集と並行して、ツテのある闇市の元締めから食料を流してくれてるからそれだけはなんとかなってるが……もう。もう!
「いやぁ、お疲れ。今日も八面六臂の大活躍だったって?」
「ぶっ飛ばすぞモジャモジャこの野郎」
おっとつい本音が。
オイ笑ってんじゃねぇぞホントこの野郎。
「そもそも大将が現場に出るとか……ドンと構えていてくれ……」
どこに行ってたかと思ったらコイツ、前線に出てやがった。
普通そこは海賊を鉄砲玉にして数すり減らせながら、安全圏で民衆相手にいい顔して自分達の被害減らす所だろうが。
なんで逆やってやがる。
いや出来るだけ民衆の慰撫には海兵使ってるけど。
「現場もちょっとヤバい感じがしててね。……ほら、古参の将官が昨日怪我で動けなくなっただろう」
「あぁ……タキ准将殿」
「うん。あの御爺ちゃん」
「いい将校だった。戦力的な物は分からないけど、判断力に優れた上に人心掌握に長けた傑物で……自分も助けられてました」
「俺も、あんな人が
「……せめて報告の一つくらい出してくれ。海兵が不安がる」
ここ数日の共闘であまりに忙しくなったせいか、他の兵士や将校の目がない時はクザンとは完全に砕けた話し方をするようになっていた。
あまり良い事じゃない気がするが、まぁ仕方ない。
正直もうクザンは他人とは思えないくらいに、数日とはいえ苦を共にしすぎた。
「俺が従えと言っても、地区の将官たちは本気でお前さんに付いていかないでしょ。実力見せなきゃ」
「いや、だからクザンが指揮を……」
そこで思い出した。
そうだった、クザンも例の事件の影響で急遽繰り上がった新米大将だった。
「……割と一杯一杯?」
なんとなくそう尋ねてみると、クザンは虚を突かれたような顔をして、その後気まずそうに頭をかいて誤魔化し始めた。
ハハハ、こやつめ。
「お前さんには敵わないね。まぁ、そこまで追い詰められているわけじゃあないけど……」
もうすぐ日が沈む。
本来の住人が一人もいなくなった城の一室から、瓦礫の山となったかつての城下町をクザンが見下ろす。
……占領したばかりの頃のモプチを思い出すなぁ。
あの時は焼けてない分まだマシな方だったけど。
「俺はね、てっきりおつるさんやガープさんが大将になると思ってたのよ。先生と並んで」
「大参謀に大英雄。俺もそれが順当とは思うけど……」
「結果は俺にボルサリーノ、それに……サカズキ。一番頼りにしてた先生は教官役の特別大将枠」
先生ってのはゼファー先生か。
にしても、まさかクザンが俺に弱音を吐くとは……。
まぁ、多分原作と比べても相当早い大将就任だろうしなぁ。
経験不足は否めないか。
「ホント、クロには助けられてる。お前さんがいなければ、これだけ広範囲を素早く引っ掻き回す海賊連合に対応できていたかどうか」
「ぜひ感謝してくれ」
「はっはっ」
そして頼むから、せめて支部の手綱握って管理してくれ。
アイツらの統率もうちょっと良ければ多少は楽になるんだよ。
「分かっていたつもりだったけど、先生達がどれだけ凄かったのか改めて思い知らされるよ」
そう言ってシェリー酒の瓶に口を付ける。
あんま飲みすぎないでくれよ? 昨日海賊として決起した連中、どうも進行方向からモプチを狙っているようだからその前に捕捉したいんだから。
……いや、まぁ、そんな連中がペローナの援護があるハンコックの部隊を抜けるハズがないのは分かってるんだが。
「…………多分、中核と言えるのは数人だと思う」
「指揮役かい?」
「ああ」
連合の発生自体は偶然だったのだとは思う。
前に推理した通り、リヴァースマウンテンの封鎖艦隊を突破するために手を組んだ連中だというのは今日までに捕まえてきた捕虜からの証言で分かっている。
「本来の意味で中核にいる連中は、海賊連合が壊滅した所で痛くない場所にいるからこの際気にしても仕方ない」
「やっかいだなぁ」
まったくもって。
「策を考えている中核の人間と海賊連合の主力を繋ぐ、その人物を抑えればとりあえず事態は収まると思う。……あぁ、いやごめん。ウソついた」
「分かってる、大丈夫。……その後の立て直しでしょ?」
「政府が援助してくれるらしいけど……」
「大丈夫かねぇ……。クロ、お前さんはどう思う?」
「本部大将に疑われている時点でグレー」
「あらら。まぁ、そうなるか」
まずちゃんと事態を把握できているのか?
センゴクさんの上飛び越えて指示出されていたみたいだけど、俺もクザンも報告はセンゴクさんに出してるし。
なんかおかしいと思ってモプチに残ってる事務方に被害報告の写し送って複製してもらったのをアチコチに配って情報の共有に努めているけど。
それとも、政府の力を見せるってことで本気で凄い量を用意してるか?
「
「……物資はともかく、増援は見込めないか」
となれば、手持ちの戦力でなんとかするしかない。
敵の目的は戦火の拡大。
今はなんとか防衛線を構築して戦線を作ってる所。
相手はそれを崩そうと手を打つだろう。
……なんとか、それを読み切って一手打たないとなぁ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ソニア、マリー、民の様子はどうじゃ?」
「怖がっている者もいたけど、被害が出る前に抑え続けたからか生活は段々落ち着いているわ、姉様」
「どちらかと言えば、数年ぶりのしっかりした収穫期の用意を楽しんでいる」
「うむ、ならばよい。主殿から手の空いた者に出来るだけ多く薪を用意させろとの事だが、これなら問題なく作業に入れそうじゃ」
西の海の全ての国が海賊の恐怖に怯えている中、このモプチだけはその恐怖が大きく薄れている。
他ならぬ海賊に支配されており、かつその支配は自由と安全を保障したものだからだ。
民は、全てを奪われる心配のない収穫期を目前にして、ささやかな祭りとして歌や踊りを楽しむくらいには余裕があった。
「ペローナ、潜んでいる敵船はないのじゃな?」
「おう、島の周囲から離れた所までチェックしてるけどなし。ウチの輸送船だけだ」
「全く、まさかあの拠点に客人とな」
本来ならば兵士の装備の出来を確認する予定だったハンコック達三姉妹は、港へと出向いていた。
しばらくは隠れておけとクロが命令していた非戦闘員の魚人達から、客人が来ていると報告があったのだ。
急遽残されていた船に人員を積み、ハックと共に迎えに行かせていた。
「しかし、ハンコックに用事とはいったい何事だぁ? ……この忙しい時に」
「なんでもメイプルの幼馴染をここまで連れて来たらしい。ほれ、戦闘員として訓練してるイカの魚人がいたじゃろう、女人の」
「……?」
「刀を八本も使う贅沢な奴じゃ。見覚えがあろう?」
「あぁ! 親衛隊入り目指してる奴か。名前までは知らなかったぜ」
メイプル――メイプル・リードとは、歳の頃はクロとそこまで変わらない開拓団の一員で、現在ハックに次いで黒猫と関わりのある魚人である。
「お、見えた見えた。ウチの輸送船が……待て。ハンコック、妙な船が一隻その後ろから来てる。ウチの船じゃねぇ」
「えぇい、見つかったか。ソニア、マリー! 兵を連れて船を出せ!」
ハンコックの命に、妹二人は駆け出し、船へと乗り込む。
「ペローナ、いざという時はそなたの能力で先制を頼むぞ」
「任せろ、雑魚海賊なんざアタシの――」
敵じゃねぇ。
そう言おうとしたペローナの強気な言葉が止まる。
「? どうしたペローナ」
「あ、いや……」
ハンコック達が目視できる距離にその不審船はまだない。
状況の把握が出来るのはペローナだけだった。
「近づいていた船が、なんか急に
「……ミホークの奴め、とうとう増えたか。やりおる」
※メイプル・リード
知る人ぞ知るハチことはっちゃんのプロトタイプだったイカの魚人。八刀流。
多分レッツパーリーとか叫び出す
実は自分も知らず、資料探ってたら出てきたのでちょい役で登場
ひょっとしたら本編時代に魚人戦力としてちょっと出すかも
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051:『抜き足』の仕事
「まさかミホークのような芸当が出来る
「はっはっは、君のような才能溢れる若者にそう言われると照れるものがあるな」
モプチの港は、黒猫海賊団はもちろんカポネ・ベッジの配下や魚人たちの協力により、モプチ国内では農村と同じくらい復興が進み、また栄えている街である。
「しかし先々代女帝とな? グロリオーサ殿は病死されたと耳にしたことがあるが……」
「いやはや、彼女とは色々あった先に偶然出会ってな。今はシャボンディ諸島で、もう一人と共に元気に暮らしている」
その港町の中の一角、カポネ・ベッジの選んだ信頼のおける闇商人など、取引の出来る裏の人間や同盟者であるベッジを持て成すために作られたサロンで、ハンコックは給仕の人間に命じて酒を出しながら
「その時に、君たちの噂を耳にしてだね。
「……わらわ達に、戻れと?」
「君たちが望むのならば、手助けしてほしいと頼まれてな。それで、どうかね?」
「ふむ……」
ハンコックの周りにいるのは、共に話を聞いている二人の妹と控えている給仕、そして空気を読まずにココアのお代わりを注文しているペローナの四人。
「ソニア、マリー。そなたらはどうする? 好きにしてよい」
ハンコックは二人の妹にそう尋ねると、二人は微笑み、
「姉様の御側に」
「私も」
と、ハンコック自身も薄々予想していた言葉を返す。
ハンコックは小さく笑い、
「レイリー、であったな。
「残るのかね?」
「うむ。特に今は情勢が情勢。主殿からこの島を任せられているのに、それを放ってゆくことは出来ぬ」
「では、この情勢――海賊連合なる者達の問題が片付いたら?」
初老の海賊――レイリーという海賊の問いかけに、ハンコックは静かに首を横に振る。
「一度は
「だが、今ではない。そういうのかね?」
「……囚われ、売り払われる所を救われた恩をまだ返しきれていないというのもあるが……」
給仕の女性に命じてカーテンを開けさせたハンコックは、そこから広がる光景をレイリーに指し示す。
「海賊とは、戦士とは……強者とは、弱者から奪う生き物であるとわらわは考えておった。そういうものであると。だが主殿は……それにミホークも」
ハンコックの脳裏に未だ焼き付いている、地上に咲いた巨大な線香花火。
自分では未だ及ばぬだろう戦い。
目では到底追えぬ神速の斬撃と、それを最小の動きで捌き切る絶技のぶつかり合い。
「この港町は、主殿がここまで復興させた。まだまだ小さいが、主殿は更に発展させる計画をすでに作っておる」
「……この町は、最初からこうだったわけではないのかね」
「最初は酷かった。裏社会の者達による、薬物や武器、奴隷といった商品を保管する倉庫と小さな酒場くらいしかまともな建物はなく、マフィアやチンピラのお情け目当てで
ハンコックにつられ、酒の入ったグラスを持ったままレイリーも立ち上がり、外を見る。
港町と呼ぶには少々寂しい、だがキチンと人が
「主殿は、こんな町など捨てて
「ほう……。海賊らしくないな」
ペローナがホロホロと笑っている。
彼女自身も時折、ミニホロによる爆発威力の調整練習も兼ねて整地や工事を手伝う事があった。
「あまりに強者らしからぬ強者である主殿が目指しているものを、今しばらく側で見ていたい。兵達も、教える事も教わる事も山積みだからのう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「海軍が保護している避難民を、日払いの復興作業員として雇え。そう言うのだな、クロ?」
『はい、元帥殿』
マリンフォード海軍本部。
そこに控えて全海兵を統率している元帥センゴクは、電伝虫を通して海賊と
『海賊連合の襲撃により住居や仕事場も燃やされ、財を全て失った人間も多数出ています』
元帥室にはセンゴクの他に新しく大将となった黄猿ことボルサリーノ、それに英雄ガープに大参謀つるが控えている。
『そのため、将来に悲観して短慮に走る人間が増えているという報告が現場の兵士から出ています。食料や甘味の配給などでなんとか落ち着かせていますが、それにも限度があります。……出来るだけ、食料の消費を切り詰めたいのもありますが』
「雇用することで給金を渡し、復興までの生活を安定させるか」
『はい、気力が湧かず動けない者に仕事という明確な目的を与えれば、復興速度の上昇と環境の安定にもつながります』
直接顔を見たことはなく、話でしか聞いていない海賊らしからぬ海賊。
クロという男の話を、大将黄猿は興味深そうに聞いていた。
『ささやかな物にはなるでしょうが、それでも財を持つ事は民心の安定に繋がりますし、給金の使い道として酒保商人を集めれば、気分転換に嗜好品などの売買も楽しめます』
「……配給に嗜好品を加える、ではいかんのか」
『売買という日常での活動に少しずつでも戻すことが要かと。それに、配られた物で気を紛らわせるのと選んだ物で気を紛らわせるのでは……』
「後者の方が効果的、か」
『はい。食料に関しては配給も仕方ないですが、だからこそ他の面を埋めるべきかと』
「避難している状況で金銭を持たせるのは諍いの原因になるのでは?」
『ただお金を持っているのではなく、稼ぐ手段があるのですからそこまで悪化はしないと考えています。まぁ、購入した嗜好品などを使ったちょっとした賭け事などは出るかもしれませんが、それも適度なレベルに抑えればガス抜きにはちょうど良いかと』
「ふむ……」
『ただ、これにはどうしても政府ならびに海軍からの金銭による援助を必要とします。どうか、ご一考を』
センゴクは思わず深いため息を吐いてしまっていた。
「すぐには動けん。肝心の補給物資もまだ足りていない……が、対策会議の中で話してみる」
『十分すぎるお言葉です。お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございます、元帥』
「――どう思う」
電伝虫での会話を終え、センゴクがその場にいる人間をザッと一瞥して問い掛ける。
「わっはっは! こやつが政府の人間なら、世界はもう少しよくなっとったんじゃないか?」
ガープはせんべいを齧りながら、笑ってそう言う。
それを受けて大将黄猿は小さく頷き。
「いやぁ、あのゼファー先生が褒める海賊なんてどんな子かと思ったら……海賊というか兵士というか……どうも役人みたいな子ですねぇ……」
と呆れたようにぼやく。
「……こういう子こそ、海軍には必要だったんだけどね」
「話に裏はない、か。いや、分かってはいたのだが……」
「政府の補給も遅れている中でこんな話を挙げたという事は、避難民の不安や不信が私達が考えているよりかなり大きいということだろう。センゴク、急いで働きかけるべきだ」
「分かっておる」
定期的に送られてくるクロの作成した報告書――情報部の人間が送ってくるそれとほぼ同じ情報を、より簡潔に読みやすくまとめているそれを一瞥して、センゴクは再び大きなため息を吐いてしまう。
海域を支部の哨戒範囲ではなくエリアで分けての部隊管理。
混乱していた現場の差配と再編の補助。
兵士や避難民の体調、心理状態の把握や保全。
避難民の慰撫や不満への対処、交渉。
これを機に黒猫の情報を集める事を政府から命じられていたが、上がってくる黒猫に関する報告書は、そのほとんどが実質『黒猫』一味の七武海就任、あるいは減刑の嘆願書になっていた。
「つる」
「なんだい」
「もし、クロが海軍に入隊していたらどうなっていたと思う」
「……そうだね、順当に行けば十年以内には本部入り、二十年後には大将。そしてその後は……」
「その時の状況によっては、史上最年少の海軍元帥が生まれていたかもねぇ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「エリアBより定時連絡。不審船は確認できずとのこと」
「エリアAにて、マラミュート大佐より不審船二隻の報告があった模様。なお、敵船は視認直後にエリアG方向へと逃走」
「エリアGに逃走ねぇ。……クロ君、どう思う?」
「穀倉地帯が集中しており、もうじき収穫が始まるエリアAに手を伸ばせるか判断するための偵察でしょうが……逃げた方向はそう思わせるための誘導の可能性があるかと」
「だよねぇ。……よぉし、エリアGに不審船の事も含めて報告。念のため警戒を密に。Aはそのまま持ち場を守ってちょうだい」
「ハッ!」
よ~~~しよしよしよし。どうにかクザンを中心に指揮系統回復したな。
これまでずっと複雑な機械を延々手探りで無理やり動かすようなものだったから、俺達も海兵達も負担が半端なかった……改善できて本当に良かった。
再編のためにクザンと一緒に徹夜で部隊名簿と経歴、実務報告書の束と向き合った甲斐があったというものだ。
ねだったら上に掛け合ってくれたクザンと、少し揉めたけど最終的に許可をくれたセンゴクさんには本当に頭が下がる。
黒猫の船員はともかく、海兵達は全く落ち着かない環境だったろうによく付いてきてくれて……。
「にしても、少し落ち着いてきたな」
「黒猫の部隊を遊撃隊として動かしていますが、こちらも戦闘数は減少傾向にあります」
「……海賊の数が減った……わけないか」
「むしろ増えていますね。どうも、まだ襲われていない国や集落で扇動している存在があるようです」
「あぁ、報告は受けてる。なんとか捕まえられない?」
「……どうしても人手が……現地の保安官や警察機構に頼るしかないですね」
「人手かぁ」
もう完全にモプチと同じように会議室になりつつあるモグワ王城内の一番大きい部屋では、俺達の後ろの巨大なボードの上から大きな
はしごを一々使わなくていいから……割と会議の時にロビンの能力便利だなコレ。
「あぁ、そうだ。本部から増援が来るってさ」
「増援……糧食などは?」
「キッチリ確保した上で、追加の補給もたんまり載せてるってセンゴクさん言ってたよ」
「なら助かりますね……数は?」
「5隻。どれも本部中将が指揮している」
「……5隻」
海軍本部の船は支部のと違い、砲火力と白兵戦力を大幅に上げるために大型船だ。
当然、人数は桁違いだ。
人数アホみたいに増えるな。
労働力や戦力としてはありがたいんだが……。
「到着はいつ頃になるのでしょうか」
「さっきの定時連絡の時に編成終えたって言ってたからレッドポート抜けて……風向きが良ければ一週間前後、まぁ多分……十日前後くらいかな」
……寝る場所は……例の燃え尽きた集落が空いてるからいいとして。
いや、それでも手を入れる必要があるか。
「大将青雉」
「ん?」
「そちらの工兵をお借りしたい。こちらの大工組と合わせて、増援部隊の宿泊場の整備に当たります」
「えっと……船に泊まらせちゃダメかい? 海兵なんだし生活はここに来るまでと変わらないけど」
「復興作業までを見通すとこれまでにない長丁場になることは避けられません。長い作戦行動中ずっと揺れる船の中で、かつすし詰めでの睡眠では……疲労の蓄積は大きくなるでしょう」
なるほど、とクザンは頷く。
「地上でしたらスペースの限られた船の上より広く場を取れますし、後々必要ならば拡張も可能です」
周囲に他の海兵や将校もいるが、反応は悪くない。
海兵としての振る舞いを知っている親衛隊を軸にコミュニケーション取り続けた甲斐があるというものだ。
「それに、なにより……」
「なにより?」
「その後の掃除なども考えると、その……排泄が……」
クザンが、「あーーーーっ」と額に手を当てて顔をしかめる。
将校も含めて聞いていた他の海兵たちも、見習い時代を思い出したのか同じように顔をしかめている。
「船だと……それも長期間……そうか。そうだった……うっかりしてた」
「はい、士気に直結します。なので今すぐ穴掘りや臭い消しの香草集め……、テントやトイレの設営も含めて大人数を受け入れる場所を整備しようかと」
「分かった。すまない、誰か作業中の工兵を……どれくらい欲しい?」
「かなりの人数分を用意するので、最低でも二小隊は欲しいです」
「……とりあえず一小隊はすぐに動かせる。追加人員は調整しながらその後で……いいかい?」
「問題ありません。ありがとうございます、大将」
頭を下げると、青雉はいいっていいってとヒラヒラ手を振る。
それでいいのか大将。
「では、一度こちらの部隊を連れてきます。場所の選定はそれから」
「ん、よろしく。……あぁ、そうだクロ君」
「なんでしょう?」
「この作戦終わったら俺の副官にならない?」
「俺海賊だって言ってんでしょーが」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
トイレ作ったり整地したりテント張ったりするから人集めてくれ。
そんな面倒くさい作業なんて下っ端に押し付けるのが普通の海賊なのだろう。
「あの焼き払われた場所か。後々の事を考えると、その後も使える設備を組み立てたいな」
「同感だ、ダズ。地面を削り取るならお前が適任だろうが、材木集めなら俺も役に立とう」
「虫除けの草なら知識にあるから、私でもすぐに集められるよ」
そこに副総督と剣豪と考古学者が一般船員より先に嬉々として参加表明するのがウチである。
いやぁ、いい幹部が集まったものだ。一人客将だけど。
「しかし、海軍本部の増援か。……クロ、戦況はどうなのだ?」
「徐々に膠着って所だな」
「……ふむ」
「でも、数は敵海賊の方が増えているんでしょう? キャプテンさん」
そうなんだよねぇ。
正直、穀倉地帯が多くてまだ焼かれてない所が多かったために最重要防衛ラインに設定したエリアAだけど、どうしてもこっちは広範囲に防衛戦力を割かなきゃならん。
万が一敵が全戦力でエリアAに突貫してきたら、俺やミホーク、クザンといった広範囲殲滅型で相当無双しなきゃ島のいくつかはやられるんじゃないかな……。
もしそうなったらモプチの防衛に不安が出るとしてもペローナとハンコックも呼び寄せる覚悟だ。
「
「……おそらく敵もそれを知っているだろう」
「だろうな。敵に知恵を与えている者がいなければ、このような膠着などありえない。キャプテンはどう思う?」
「おおよそ同意だ。敵は戦力を温存している」
多分、奪った食料を与えたりして戦力を増やしているのだろう。
捕まえた人間を放置して、飯が食いたかったら仲間になれとかやってるかもしれない。
「敵の拠点を探るためのエリア設定とその監視だったけど、思った以上に敵の動きが狡猾だ」
「待つのは不利か」
「あぁ、だが敵の手が読めない」
近隣諸国を焼き払っていたが、今ではなんとか防衛体制を一新した。
とはいえ、どうしても被害は出る。出るのだが……穀倉地帯を焼くことをあきらめたか?
広範囲を焼けば勝ちと?
死ぬほどうっとうしいな……。
「相手の目的が状況を動かす事ならば、恐らく政府が動くタイミングだろう」
「……援助か? ミホーク」
「そうだ。それを潰すか、あるいはそのタイミングで援助のニュースが薄れてしまうほどの何かを起こせば……」
「民衆の海賊化……あるいは以前までのルーチュ島のような匪賊化が止まらなくなるかもしれない、か」
「……やはりベッジが頼りだな。何か掴んでくれるといいんだが」
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052:仕掛けの手腕
「テント一つに四人として……二千人分、よし。各テントの番号振り、よし。食事、歓談用の簡易テーブルとベンチよし」
「海兵側より調理場と、そこへ水を引く簡易水路の設置も完了したと報告がありました」
「わかった、あとで念のためにダズに確認させる」
「副総督は今?」
「ロビンや海軍工兵と一緒に糧食用の倉庫の仕上げに入っている。鼠や虫にやられないように返しやらの防獣、防虫対策のチェックとかな」
なんとか受け入れ態勢は間に合いそうだ。
結局二小隊では本当に最低限の設備でしかもギリギリっぽかったので、クザンに陳情してさらに二小隊追加してもらった。
ダズとミホークも材木や石材の切り出しから加工まで手伝ってくれたおかげでまぁまぁの設備が完成している。
……戦闘より工事の方が得意かもしれん、ウチの海賊団。
「アミス、ミホークは何をしている?」
「せっかくの草木灰がもったいないと、こちらの兵士数名と共に灰を樽詰めしています。なんでも、持ち帰って育ちが悪かった畑の一部に少しずつ撒いて試してみたいとか」
「ん、なら違う人間使うか」
もう慣れたものだよなぁ。
最近じゃあ、アイツの野良仕事についていける専任の兵士がいる。
まぁ、いるというか付けたんだが。
おかげでこういう建築やら開墾絡みの仕事ができた時はミホーク隊(仮)はめっちゃくちゃ頼りになる。
ここらへんのテーブルやらなんやらも、最低限の数があればいいかと思ってたらアイツラ三日でそれなりの数をなんとかしやがった。
「それじゃあアミス、人数を集めて道を――」
「キャプテン・クロ、ここにいたか」
最近は戦闘よりもこういう設営や管理の仕事が増えたために、半ば秘書みたいな仕事をさせてしまっているアミスと共に増援部隊の受け入れ作業を進めていたら、声をかけて来る男の声がある。
「ビグル大佐」
「あぁ、貴殿が増援部隊向けの宿営地の設営を行っていると聞いて見に来た。場合によっては自分達も使うのでな」
このモグワを中心に動いている大佐の一人。現場指揮官の中で最も即応力が高く、自分達を所詮海賊と見る者が多かった中で最初から協力的な部隊を率いていたために、ついつい仕事を頼んでしまう佐官の一人である。
「ハッハッ! 部下達が驚いていたぞ。海賊である貴殿らが、我ら海兵のためにトイレを作っているとな」
「……そういう所にこそ一番力を入れるべき所だと私は思うのですが、海兵達はおろか自分の部下にもあまり理解されないのですよ」
「……鹵獲した船のトイレを毎回毎回隣室壊してでも広めに再構築させるのは、私もどうかと思います。キャプテン」
「ね? この通りです」
実際効果は出ているだろうが。
トイレ狭いと掃除しにくいし、掃除しにくいとしばらく経つと酷いことになる。
衛生に関わる所と、不快な思いをしやすい場所にこそ金と労力をかけるべきだ。
「ハッハッハ! 一度貴殿の船に乗せてもらったが、いや確かに快適だった」
「大佐はしばらく休養でしょうか? ここしばらくはずっと海に出ていたハズですが」
「相変わらず、よく把握している。うむ、しばし休息を取れと命令が出されてな。……ただ」
む?
「兵の士気が下がらなくてな……何か仕事をしたい、働きたいと言っているのだ」
「休息こそ兵士の大事な仕事だと思うのですが」
「私もそう思う。だが、どう言っても引き下がってくれなくてな」
「……ルチマ一等兵を始め、貴官の部下は命令に忠実かつ穏当な兵が主体だったと記憶しております」
「うむ、このような事は初めてでな」
えぇと、確か受け入れ態勢の用意を始める三日前からビグル大佐は海に出てたな。
その間にデカい戦闘は一回、海賊船十五隻から成る大船団による略奪。――を、行い逃げる途中の敵を援軍と共に迎え撃ったハズ。
ちょいとウチに近かったため、急遽出撃させたハンコックの部隊とダズの船も参加して被害は最小に抑えて、かつ奪われる所だった物資も人も奪い返せたハズ……。
あぁ、いや、奪い返したからか。
「兵士たちは、身体以上に心を摩耗させたのではないのでしょうか。もしや、救出した加盟国民に接したのでは?」
「あぁ、応援の救護艦に乗せるまでは我々海軍の船で保護していた」
「……奪われ、連れ去られる所だったのです。身内に犠牲が出た者もいたでしょう、家が荒らされ、火を付ける所を見せつけられた者もいたでしょう。あるいは直接暴力に晒された者も……。それが感謝にせよ、あるいは遅れたことへの罵倒にせよ、恐らく民衆の剥き出しの感情に触れたのかと」
思いつくのはそれくらいだったので聞いてみたら、思い当たる所があったのか大佐もわずかに顔をしかめて「それか……」と小さく呟いた。
「部下から特に報告は受けていなかったので、気に留めていなかったが……」
「実際、報告するような事態はなかったのでしょう。ですが、
「そういうわけにもいかんか」
まだ三十前の若い大佐は、ため息を吐いて設営されたテント群を見渡す。
「キャプテン・クロ、貴殿になにか策はないかね? 追い詰められたような顔で、なおがむしゃらに働こうとする部下を見るのは……忍びない」
うん、だから俺は海賊……いや、今更か。
「……とりあえず、負担にならない程度に身体を動かしてもらいましょう。現在、この宿営地はほぼ完成しましたが、港湾までの道はこの通り手つかずです」
「道付けか」
「はい。まぁ、時間をかけられないので荷車をスムーズに通せる程度に地面を平らにしていくだけの作業ですが」
「ふむ」
重労働と言えば重労働だが、掘って埋めて
ダズがいれば固い地面を一気に耕せるし、海軍の工兵にも手伝ってもらう。
「その上で……アミス」
「ハッ」
「今、ここ以外で一番落ち着いている避難地はどこだ?」
ここだと人手が十分すぎる。
もうじき本部の増援も来るし。
「……そう、ですね」
親衛隊は、民衆を相手にする経験の少ない佐官の補助役として二名ずつアチコチに出回らせている。
当然報告はこっちに書面で来ているが、隊長のアミスは本人達より詳しい話を聞いている。
「ここの隣国のカナンでしょうか。ミアキス、キャザリーのペアが現在、バーセンジー大佐の補佐についています。その前に担当していたクリス達のペアからも、初期の物資不足の混乱を
よしよし、なら悪くない。
報告書でも居住区画の再建に入ってるって話だったし、バーセンジー大佐も家が病院だっただけあって、民衆の管理だけではなく衛生や健康にも気を配りたいと先日送られてきた手紙に書いていた。
直接この目で確認していないのが残念だが、かなり状況がいいのは間違いないだろう。
「現在現場差配をされている上官殿に、休息期間が終わり次第部隊をカナンでの復興作業補佐に任じるように掛け合ってみるのはどうでしょう」
「? 兵をあえて民に触れさせるのか?」
「はい、肉体的な疲労ならともかく、精神の疲労ならばその原因を軽くするしかありません。今落ち着いているカナンならば、貴官らの部隊の気質を見ても互いに不快な思いをされることはないかと」
「……民の言葉に傷ついたのならば、それを癒せるのも民の言葉か」
「逆に使命感に燃えすぎている者も含めて、軍人として守ったモノが確かにあるのだと実感してもらえば……」
「なるほど」
大佐は軍帽を被り直すと、海兵とはこうあるべきだというような見事な敬礼を俺とアミスにしてきた。
「貴殿に相談してよかった。さっそく上申して来ようと思う」
だから、俺とアミスも敬礼で返す。
手の甲を相手に見せるこの世界の海軍式ではなく、腕を45度ほど外に開き、まっすぐ伸ばした手を軽く額に付ける『黒猫』での形式だが。
「お力になれて幸いです、大佐」
そこのエリアの現場を差配しているのはハバニーズ中将だったな確か。
先にクザンも交えて話をして根回ししておかなきゃ。
それが上手くいったら、念のためにバーセンジー大佐と、ミアキス達にも手紙を書いておこう。
こっちの事情を伝えておけば、現場を良く知る向こう側が上手くやってくれるハズだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――と、いうわけで食料は想定よりも多めに取引してきた。さすがに被害地域の全域をカバーするには足りねぇが、しばらくは持つはずだ」
「助かる、ベッジ」
「あぁ、ホントに助かったよカポネ・ベッジ。これで避難民へこれ以上の負担を
「あくまで当面の間だ、気を抜きすぎるなよ青雉」
道付けとその他諸々の宿営地周りの指示を終えてあちこち将校の間を駆け回って大佐の件の根回しやら現状の確認などを終えたタイミングで、ベッジが大量の物資を持ち帰って来てくれた。
ありがてぇ、マジでありがてぇ。
「で、先にお前らに電伝虫で伝えた通りなんだが……わりぃ、医薬品の方は足元を見られた。一応、クロの言う通り抗生物質と痛み止めは出来るだけ押さえたが」
「十分だ。これだけの成果を上げて文句を付ける奴はいないさ。積み出し担当していた海兵だって喜んでいただろう?」
「まったく。表で言う事は出来ないけど、一海兵として礼を言う」
「……まさか俺が海兵の大将に感謝されるとはなぁ。ヘッヘッヘ、クロ、お前といると予想外のことばかりだ」
「だろう?」
そもそも俺にだって予想外の事ばかりだからな! はっはっは!
笑えねぇ……。ホントに笑えねぇ。
本当なら今頃収穫予測量を見て、民衆と王族のお二人の慰撫のための収穫祭の段取り立ててる頃だったのに。
「思い切って手持ちの食糧を初手で放出したが、どうにか回収できたか」
「あぁ、そっちもここに来る前にモプチに寄って、ハンコックの嬢ちゃん達に補充分を渡してきた」
「元気にしてたか? 手紙や電伝虫ではやり取りしているんだが」
「おう。海賊共を叩き潰したり港や町の整備を進めたりする毎日だってよ」
あー、うん。元気だなそれは。
いざという時の王女殿下の護衛役も兼ねていたんだが、思った以上にアイツ指揮官としての振る舞いが様になってきている。
一回暫定的にアイツをトップにした部隊を編成してみてもいいかもしれん。
「あとは酒やら茶葉、煙草といった嗜好品が少々。モプチで嬢ちゃん達が作ったのと合わせた薪や材木の補充と、頼まれていた石鹸も積めるだけ積んでいる。次に来る船も大体同じ中身だ」
よしよし、石鹸は衛生面で不安のある避難所生活ではホント助かる。
燃料や材木の補給もいいニュースだ。
「収穫が始まった地域もあるし、政府の支援まではどうにか持たせられるか。……それで、どうだ?」
ベッジに頼んだ仕事は主に二つ。
裏ルートを使った物資の収集――金はキッチリ海軍から支払わせる事で話が付いている――とその輸送。
そしてなにより……情報だ。
「お前の言う通り、やっぱコイツはただの海賊の仕業じゃねぇな。俺も予想外だったんだが」
モグワ王城内の会議室――の、隣。
主に長時間の会議が開かれる際の給仕室になっているそこで、ベッジは葉巻の吸い口を切って口に咥え、火を付ける。
「奴隷の売買が思った程増えてねぇ」
「? というと、例の人狩りの?」
「あぁ」
そうして香りの強い煙を少し吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「いや、確かに売買そのものは馬鹿みてぇに増えちゃいる。西の海からブローカーを通して
「……まだこの海に?」
「いやそれはねぇ。連れ去ったって事はなにか使い道があるんだろうが、それを生かすには奪った物資だけじゃ全く足りねぇ。売りつけるならって話だが、痩せ細って価値が下がる前に売り飛ばしてるハズだ」
「
「ゼロじゃねぇが、大した量じゃねぇ。……あぁ、そっちはもう売買が成立しちまってる。そいつらが攫われた加盟国民だって証拠があるならまだしも……」
俺もクザンも思わずため息が出る。
そういった証拠なんてまず出ないし、あったとしても燃えてしまっている。
可能性があるとすればブローカーをとっ捕まえて調べる事だが、それをすりゃベッジの面子がズタボロだし、そもそも対策されている可能性が高い。
ほんと誰が作ったんだよこのクソみてぇな奴隷の文化と仕組み。
「切り替えよう。西の海で取引はあまりない。だがおそらく売り飛ばすかどこかに運び込まれているハズ。……そうなると、実質一か所しかない」
「
いや、でも……。
あれ? これあの趣味悪いグラサン無関係かもしれねぇな?
アイツらはまだ
一度も入ったことない
というかそもそも、千は超えてるだろう人員をどうやって?
天竜人相手ならブローカー通せばいいだけだし……。
「相手の目的が情勢不安を作る事なのは間違いない」
「あぁ」
「センゴクさんもほぼ間違いないだろうって言ってたよ」
うん、知将のお墨付きがもらえているなら問題ないだろう。
「
「……天竜人か、労働力が急遽必要だったり天竜人の真似事やってるような国か……」
「あとは海賊だな」
うん、まぁ、そんな所だよね。
海賊。
……海賊。
…………。
海賊か!!
「クザン、ベッジ、仮に新世界に縄張り持ってる中堅の海賊達が大量の奴隷を手に入れたとする。……どうすると思う?」
「どうするって……そりゃあ……」
「見目のいい奴なら別の使い道もあるだろうが、普通に労働力だろ。畑仕事なり山仕事なり、技術持ちなら他の仕事も」
「うん、当然奴隷を手に入れた海賊の勢力は伸びる。……いつまで伸びる?」
クザンとベッジが、同時に首を傾げる。
「いつまでって……」
「強いて言や、奴隷がくたばるまでだな。お前はんなことしねぇだろうが、普通は奴隷なんざ使い潰すだろう」
うん、だよね。
絶対そうなると思う。
「そして奴隷が倒れて行けば生産力が減る。減れば、海賊は当然補充しなきゃ食べていけない」
「そりゃあ当たり前――」
クザンが言葉を切る。
気付いたか。
「奴隷の力によって急速に勢力を伸ばした海賊は、一年二年程度は成長し続けても、その後伸びた勢力を率いての更なる略奪を知らず知らずのうちに
クザンの問いに頷く。
しまった、西の海に目を向けすぎた。
「放置すれば数年以内に、無駄に肥大化した海賊勢力が新世界で暴れ出す。だけどそれに気付いたところで
「もっといえば、海賊連合が片付いたところで西の海が戦争の海になれば尚更海軍はここを無視できなくなります」
こいつは、西の海と新世界の二つを相手に仕掛けられた王手飛車取り……いや、飛車角同時取りだ。
わかるよ、頭抱えたくなる気持ちは痛いほど分かるけど頑張って大将青雉!!
あんたが今倒れたら西の海の平和と再編されたばかりの海軍はどうなっちゃうの!?
…………。
多分、まずセンゴクさんが過労で死ぬ所からスタートだな。
「クザン、海軍で新世界を調べて欲しい。頼めるかな」
「……動かせる兵がもうないとか言ってたけど……なんとかセンゴクさんに掛け合ってみるよ」
「頼む。ベッジは金の流れを調べて欲しい。人の流れは西の海だけではもう無理だ。だけど……」
「なるほど、奴らが奴隷を売ったんなら、その代金を支払う奴がいるハズ。分かった、調べてみる」
「……即答したけど、マフィアとしての面子は大丈夫か?」
「安心しな。今回の件はファミリー全ての縄張りを荒らしているんだ。どこの組織も、連中を潰すためなら情報を提供してくれるさ」
よし、それなら問題ないか。
かなり無茶させて申し訳ないが、もう少し頑張ってくれ。
「敵は想像をはるかに超えて組織立てられている。計画は巧妙かつ大胆な物で、どこから手を付けていいか分からない程だ」
ただ、この絵を描いた奴――こんな陰湿で陰険で、しかも世界秩序をぶっ壊すために動く奴なんてあのいい年してドピンクに染まるクソ鳥しか思いつかねぇんだけど……いやマジで誰だ。
新世界でのツテを持っていて、なんらかの形で西の海と新世界を繋ぐ方法を持つ……四皇とまではいかなくてもそれに準ずる実力……あるいは実力者と繋がっている奴……マジで誰だ!?
いや、ともかく絵を描いた奴がいるのならばこれは流れではなく計画で、計画ならば必ず穴がある。
「だけど、敵の目的自体は分かる。この時代に大戦の火を付ける事。ならば、次に動く日も想定がつく」
頭と――ついでに胃も痛そうな顔をしているクザンが俺を見る。
……いや、そんな目で
じゃなきゃウチの勢力圏も危険だし。
「やっぱり政府の輸送船団が来る日、か」
「やらかすならその日か、その前後が一番インパクトがある。間違いないと思いますよ」
その時にどう動くか。
それを読み切れば、逆転の一手を打てる。
読み切れば……だが。
(センゴクさん、頼むから今すぐおつるさんみたいに頭の切れる人こっちに送ってくれないかな……)
そうすればもうちょっと俺とクザンの胃が落ち着くんですがどうですか駄目ですかそうですかそうですよね。
助けて……助けてクレメンス……。
いや、なんとなく敵が何しようとしてるかは読めたけどさ。
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053:獅子の戯れ
『どうだいミスター。アンタの目的と小遣い稼ぎにはちょうど良いと思ったんだが』
「ジハハハハハハ! あぁ、悪くねぇぜ祭り屋」
本来ならば互いに相いれない海賊同士であるはずの二人は、電伝虫越しとはいえとても仲良さそうに話をしていた。
「計画に移るのは二十年後の予定だったが、その間に海軍がただ力を付けるのも面白くねぇ。時間稼ぎにはちょうどいい」
『そういってくれると助かる。こちらとしても、アンタの
「あぁ、だが適当な奴隷は俺も少しもらっていくぞ。野良仕事役は必要だし、なんなら使える部下にゃ褒美として女も与えておきてぇ」
『無論構わないとも。それより、いいのか? この計画じゃ新世界に残っているアンタの部下は使い捨てる形になりかねんが』
「別に構いやしねぇ。使い物になる奴らは引き上げた。あとはせいぜい新世界を引っ掻き回してくれりゃいい。生き残っていればまた利用してやる」
海賊は眼下に広がる海を――
空を飛ぶ巨大なその船は、雲の上に姿を隠しながら空を進んでいた。
「おっと」
『? どうかしたか?』
「いや、真下に軍艦がいる。あのデカさは本部の船か」
『どうするつもりだ?』
「最後の仕事のついでだ、沈める。西の海に俺がいるかもしれないと海軍を迷わせておけるかもしれねぇしな」
『ハッハハハハ! まぁ、ここらでアンタの存在を匂わせておくのも悪くねぇか』
「それに、こんな海に本部の船をわざわざ五隻も送り込むなんざ、どうせ民衆への御情けをたんまり載せているに違いない」
『あぁ、なるほど……。OK、ぜひ頼む。俺からの依頼として、奴隷の他に武器を追加で手配するぜ。ちょうどアンタに会ってもらいたい男がそういった物を取り扱っている』
「ジハハハハ、そいつぁいい。奴隷と武器はいくらあっても困らねぇからな」
「さて、それじゃあ――」
男は、その両足がなかった。
本来ある足の代わりになっているのは、一目で良く斬れると分かる二振りの刀。
柄の部分を足の切り口に突き刺し、その刀を足としていた。
カチンカチンと、金属の足音を立てながら船の高度を下げ始めていた。
「この『金獅子』のシキの慣らしに付き合ってもらうか――海軍共っ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クザン、それマジで言ってる?」
他の将校の目がある時は大将呼びしているのだが、思わず素で聞いてしまった。
だが、他の将校たちもそれを咎めることはない。
というか、そんな余裕がない。
「あぁ、本当だ」
そしてクザンの顔色も悪い。最悪だ。
氷結人間でもそんな顔色になるんだな。
「応援の本部戦力五隻が全て沈んだ。今、最寄りの支部が救助の船を出したって報告が来たよ」
おっま! それだと反撃に出るどころか戦力配置の見直しが!!
いやまず頼りの物資が!!
「こちらからも船を出す。ポイントを教えてくれ」
「あぁ、すまない……誰か、海図持ってきてくれる?」
クザンもさすがに、いつもの頼りになるだらけ感がない。
本気で落ち込んでいる。そりゃそうだろう、ここで本部戦力が追加されていれば反撃の余裕が出てくるとしていた所でコレだ。
西の海の古参将校ですら顔色が良くない。
現場で避難民に接して、かつ現場を良く知っているがために物資を心待ちにしていた佐官たちに至ってはガチで絶望している。
アカン! ここで兵隊側の士気がどん底まで落ちたらようやく安定してきた民心にまで影響する!
まだ復旧作業の日雇いも始められてないから物資頼りなのに!
「ダズ! 防衛戦力を除く全ての船にありったけの毛布と医薬品を積んで出航! 一人でも多くの海兵を救出しろ! 船医も全員連れていけ!」
「……っ、わかった。すぐに出る」
物資関連の書類に触れているダズは、事態の不味さに気付いている。
さすがに少々顔に不安が出ていたが、こういう時はさっさと仕事を振るに限る。
「ミホーク、すまんがお前も使うぞ!」
「構わん、お前の好きに使え」
すまんミホーク、助かる!
「救護設備の受け入れ態勢を整えて欲しい」
えぇと、待て待てさすがにかなりの死傷者が出ているだろうが、生き残りが一割いれば……うん、駄目だ、受け入れる場所が足りない。
「先日建てた糧食倉庫をすべて緊急の救護設備とする。救助者の数によっては、せめてベッドだけでも設置してくれ。電伝虫で救助班との連携を密に」
「分かった。クリスといつもの面子を借りるぞ」
アミスの次に剣を熱心に叩き込んでいる親衛隊の隊員だ。
ミアキスと並んで仕事を共にしているし、使いやすいのだろう。
「問題ない、頼む」
「良い。お前はお前の役目を果たせ」
ホントにすまんミホーク。時間が出来たらまた斬り合うから。
「アミス、各地の親衛隊に伝令。民衆により気を配るように。妙な動きがあればすぐに報告を上げさせてくれ」
「ハッ」
「それと、例の扇動者が現れる可能性が高い。見つけたら必ず捕えろ。叶わないなら斬れ」
「了解しました」
「トーヤはアミスの補佐をしながら、各国の為政者たちの動きに注意しろ。行動にはまだ移さないだろうが、物資不足がまだ続く事を知れば裏で馬鹿な行動を取ろうとする者が出るかもしれん」
「了解です、キャプテン!」
うちらも海兵達も顔が固い。
こっちで仕事を割り振れば多少は気持ちが戻るかと思ったが……もう一押しか。
「全員安心しろ! 知らない者も多いだろうが、俺とダズ達と親衛隊のみで
「――なにせ、あの時と違ってまだ俺がチビりそうになっていない! ……なら余裕があるさ」
小さく、吹き出す者がいた。
側に控えていたミアキスだ。
(よし! よく笑ったミアキス!)
ジェルマ戦以降部隊の管理をやることが増えただけあって、こういう時に小芝居に乗ってくれる程周りを見る余裕があったか。
こちらの部隊の人間が少し笑い、海兵もわずかに顔が緩んだ。
よし、ほんの少しだけとはいえ調子が戻ったな。
「はっはっは! 噂の一戦はそれほどであったか。なら、そこに我らの部隊がいれば、クロ殿を捕らえられたかもしれんな」
「あぁ、それは勘弁してもらいたいタキ准将殿。貴官らの働きぶりは、共に仕事をしていてよく知っている。小さい方なら海にでも落ちれば誤魔化せるが、それ以上はどうしようもない」
以前の戦闘で負傷して、しばらくは海軍の救護所で寝ていた高齢の准将が乗って来てくれた。
それに返すことで、海兵側も少し気持ちを取り戻した。
小さくだが、笑いの波が出来た。
「よし、救助活動の増援部隊はタキ准将に差配を任せる、残る将校は持ち場を死守してくれ」
そしてクザンも少し余裕ができたようだ。
「大将青雉、可能ならばボルゾイ少将をお借りしたい」
「あらら、どうしてまた?」
「彼は軍に入隊する前、この西の海の王侯貴族御用達の商人の下で働いています。彼らの空気に慣れている軍人に、彼らの様子見をお願いしたい。我々でも気づかない点に気付いてくれる可能性があります」
クザンが「いいかい?」と歳の割に若く見える良い顔の軍人に尋ねると、その軍人――ボルゾイ少将は敬礼して「ハッ!」と答える。
(割とトーヤと組んで仕事をすることが多かったから、コンビネーションも問題あるまい。ミアキスからもあの二人の仲は良好だったと聞いてるし)
「本部の補給が途絶えたのは無念だ。だが、政府が援助の船団の編成を終えて出航したという一報が入っている。そっちの援助船にはボルサリーノ、大将黄猿も付いていると。そちらを守り切れば状況は改善する。皆、もうしばし頑張ってくれ」
珍しくクザンが真面目にやっている。
しかし、しかしなぁ……。
(ぶっちゃけ、もうそっちはどうでもいいんだよなぁ)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「敵の次の目的は海軍支部の占拠だったって?」
「俺はそう考えている」
とりあえず持ち直した海軍と海賊の連合部隊の指揮を終えた後、クザンに俺の考えを話すことにした。
「生存者から詳しい話を聞かなければ分からないが、本部の船が五隻共沈められた以上、噂が広がるのはおそらく止められない。緘口令も、下手に敷けば却って危険だろう」
「どうし……そうか、扇動者」
「そうだ。念のために本部の物資無しでもなんとかするように予備計画を立てていたのが幸いだったけど、配給の質が下がるのは隠しようがない。下手に隠せば、扇動者は更にそれを煽る」
「だったら先に事実を告げた上で、飢えないように段取りは立てているとアピールした方がいい……か」
まぁ、どちらかと言えばそっちの方がマシってレベルだけど。
「緘口令を敷くのか、公開情報を制限するのか、あるいは全部公表するかはそちらに任せる。ただ、各国の王には説明しなければならない。となると当然、向こうは不安を抱く」
「……安心させるためには哨戒を密にしなければならない。……そうか」
うん、そうなんだよ。
「そうなると、支部の常駐戦力が大きく減る。緊急時のための船も、残せて数隻だ」
多分、元々は全力で一か所デカい所を落とす計画だったと思うんだよ。
徹底的に主力を隠していたのは、政府の船が到着したタイミングで攻撃して、民衆の不安を一気に煽るためのハズ。
その場所を絞るために情報収集と敵の主力が隠れている場所を見つけるために色々調べていたんだが……。
こうなってくると、複数の支部をバラけて襲う可能性が出てきた。
(つくづく上手くいかんなぁ……)
本部戦力壊滅前までは、絞った要警備支部に戦力をこっそり集めて、襲ってきた所を逆襲。
そこで捕縛した奴らから本拠地の場所を尋問し、別働隊で強襲。
火を付けられる前に連中ぶっ飛ばして物資奪還。
ある程度状況を安定させたうえで政府の援助物資を使って加盟国を安定させながらこっちの計画を進める予定が……。
「今、ベッジに頼んで追加の取引を頼んでもらっているが、状況によっては食料すら足元見られかねない」
「あぁ、それでも助かる。センゴクさんも、キチンと金は出すって約束してくれたよ」
「信頼を得たのは喜ばしい事なんだけど……」
さて、マジでどうしたものか。
これで沈められたのが西の海の船ならば、言っちゃあ悪いがそこまで悪化はしなかった。
海軍の切り札――ではないが、それでも生半可な海賊ならば十分委縮させられる本部戦力――それもバスターコール級の戦力が沈んだからこそ、ここまで酷いことになっている。
「なぁ、クロ……。避難民が自棄を起こしたり……しないかな」
「大丈夫。危ういとはいえまだ状況は安定している。民衆の暴動や略奪が起こる気配もまだない。それに、少なくとも政府の援助船は黄猿がいると知らされているから沈められる可能性は少ないと民衆も分かっている。そこまで持たせればなんとかなる」
政府の大型輸送船七隻に本部の護衛艦隊。
今度はガチだ。急遽追加で大将の黄猿を付けたとか……まぁ、当たり前だ。
このままだと政府の威信どころか、多くの加盟国で大飢饉、冬に入れば民衆の蜂起。最悪多くの加盟国が敵に回る事になるかもしれない。
「おそらくだけど、今回の一件は不運な遭遇戦だったのだと思う」
「遭遇戦?」
「本部の艦隊と戦える戦力なんて、表に出したら更に本部戦力を呼び寄せる。俺なら最初から見せ札にするか、そうでないのなら最後の最後まで隠していた」
にも関わらず、今回は手を出した。
たまたま見つかった……いや、たまたま見つけたから手を出したか?
船一隻も残らない程の戦力ならば、戦闘の主導権は正体不明の海賊側にある。
「お前さんが言った、支部の占拠のために?」
「……支部は加盟国を守る要所でもあるし、その分守りも固い。それなりの数の兵士が常駐しているからな。そこが陥落して海賊に支配されれば、政府の物資が来たとしても、その輸送計画に大きな支障が出る」
「……そうなれば、さすがに本部戦力が投入されるだろうけど……」
「それはそれで新世界で海賊を狩る人間が減り、より多くの中堅海賊に奴隷を売り払い、成長させる時間を与える」
まーじ
「これまで一切見つからないように徹底的に隠れていた戦力が、ここで本部戦力を襲う意味はない」
「でも、物資不足の危機に陥ってるけど?」
「本部とやり合える戦力だったら、とりあえずの援助である本部戦力より本命の船を襲った方が効果的です。政府も大々的に広報していますし。全滅は不可能だったとしても船数隻沈んだだけで政府に大ダメージを与えられる」
「……あぁ、なるほど。確かに」
「多分、計画の本筋に関わっている奴らではない」
本筋の戦力なら、このような戦闘はなかったはずだ。最初から政府の船を狙うために、より戦力を集めて息をひそめていたハズ。
……捕まえた西の海の人たちの、新世界までの運搬役か?
正体不明だが、本部戦力を一方的に叩けるほどならば
それだけの重要な役で、だが政府の船を襲う前に手を出した……。
今回の黒幕とは協力体制……いや違うな。取引でもしたか?
少なくとも、目指す点が違う者同士のハズだ。
「ダズから、漂流していた海兵を何名か発見し、救助していると報告が入っている」
「……彼らからの情報を待つしかないか」
うん、あの時は俺もそう思ったし、だから俺もクザンと一緒にここで指揮を飛ばしながら待っていた。
「本部少将、マンチカン。出頭いたしました」
うわぁ。すっごい見覚えのある人が来たぞぉ。
ペローナの一件の時の中将じゃん!? 支部から本部に異動してたの!!?
いや少将!? 降格!?
「……同じく二等兵。ヒナ、出頭いたしました」
そしてなんでお前まで来る!!
あと、もうちょっと体を拭くか着替えてから来てくれ!
なんか気まずいだろうが!!
「あー、疲れている所ホントに申し訳ないが、こっちも直ちに情報が必要でね。……辛いだろうけど、何が起こったのか全部話してくれる? 他の兵たちは全員、立ち上がる気力もなくてね」
「ハッ」
……中将、いや少将……上官への敬礼なんだからそんなこう……複雑な目でこっちを……海賊を見ないで。
ヒナ嬢も。ホントお願いだから。
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054:Gotcha
「俺を客将としながら、人を斬らせるより材木や岩を斬らせることの方が多いとはな」
倉庫として用意されていたため、日当たりなど一切考慮されていない簡素な建造物は、その壁の一部が真四角に斬り裂かれていた。
「先生、資材倉庫よりガラス板と窓枠持ってきました!」
それを実行した剣豪は、自分が剣を教えている生徒に指示を出していた。
「クロからの条件は主に三つ。ベッド間はそれなりの間隔を空ける事、日光を入れる事、換気が出来る事……だったか」
「漁に使う予定だった目の細かい新品の網があるので、先にこれを窓部分に張ってから窓を付ければ開閉しても虫が入らないように換気が出来ると思います」
「そちらは工事に慣れたお前達に任せた。俺は燃料を用意してくる。救助した者も含めて、体を冷やした者がほとんどであろうしな」
「了解です」
まだ日は高く、気温もそこまで低くないのだがあちこちで焚火の用意がされていた。
ずぶ濡れだろう遭難した海兵達の身体を温める用意であるのと同時に、救助出来た者を落ち着かせるためのスープや粥の用意である。
炊事を得意とする海賊と海兵が、並んで真面目な顔で火を扱っている。
(まったく、まさかこのような光景を目にする日が来るとは。そして、その一員に加わる日が来るとは……)
「ミホーク先生」
「クリスか」
ミホークにとって親衛隊の人間は『努力』の才を手にしたものである。
戦う者としての才能を一切持たず、だが絶望から立ち上がり覚悟を背負ったことで驚くべき成長を遂げた。
これまで彼が斬り捨ててきた海軍や海賊の猛者ともいい勝負――あるいは増援を待てるほどには余裕を持って戦えるほどにはだ。
だがその中で数名、加えて『剣』の才を持っている者を見つけていた。
クリスという親衛隊隊員は、その中の一人である。
「相変わらず、お前達に先生と呼ばれるのはこそばゆいな」
「呼称としては適当でしょう。ともかく、ベッドや毛布、医薬品は一通りこちら側に移しました。幸い避難区域も落ち着いているので、最低限の医師を残して残りは港に待機させています」
「クロには?」
「一名、伝令を走らせております」
「ならば問題なかろう。気にかかる点があるなら奴が修正する。……物を運ぶ所だ、手伝え」
「ハッ、お供いたします」
唯一欠点があるとすれば、剣を抜いていない時は少々生真面目すぎる所だとミホークは思っていたが、仕事をする面ではアミスに次いで頼りになると評価している。
「クリス。親衛隊もそうだが、兵士の様子はどうだ?」
「少々不安に駆られておりましたが、出航前にダズ副総督が檄を飛ばし、その後ミアキスが上手く空気を作ってくれたために今では程よい士気を保っております」
ほぅ……、とミホークが小さく感嘆の息を零す。
黒猫という集団において、未だ個人での戦闘では最強を自負するミホークだからこそ、こういう時の集団を率いる者としての強さを見せる黒猫の面々には、内心教わるところも多いと感じているのだ。
「ならばよい。……次の戦いが要だな」
「しかし、どこを攻めるのですか? 総督や大将青雉も、敵の主力部隊の動きが掴めず、防衛戦に専念している形ですが」
「すぐに見つけ出すだろう。ようやくクロが本気になったのだ。……いや、すまん。これだと語弊があるな」
二人は、大量の薪が保管されている小屋が視界に入る所までたどり着く。
管理していた海兵は、クリスの黒猫のスーツに気が付き敬礼し、ミホークは軽く手を、クリスは黒猫式の敬礼でそれに答える。
「クロは、可能な限り安全な策を取ろうとする。兵士の損耗を出来るだけ少なくするように」
「はい、存じております」
「だからこそ、奴が己の全てを絞り尽くすほどに全力を出すことは少ない。それが今回、物資の不足という事態に陥り、時に余裕が無くなった」
「……総督は、民衆の一斉蜂起を最も恐れているように感じます」
「同感だ。ここで敵の中枢を一刻も早く落とさなければ、例の
クロと青雉、それにベッジの命令で、資材の管理体制は厳重な物になっている。
貴重な食料や医薬品の闇市などへの転売を防ぐためである。
クロとベッジはアウトロー側を良く知るため、青雉は海兵でも堕ちる時は堕ちる事を知ったため、この点に関しては特に厳重に管理することで同意していた。
書類仕事に手慣れているクリスが物資の持ち出し関連の手続きを終わらせ、それなりの量の薪を台車に載せて運び出していく。
「ジェルマ戦や、俺と戦った時がそうだ。被害が出るのがどうしようもなく、だがそれでも為さねばならない問題がある時にこそ奴は本領を発揮する。それが兵にせよ、ダズやお前達にせよ、自分の身体にせよ……戦士として、あるいは指揮者として、そういう時のクロが一番強い」
「得た情報によって、奴は決定打になり得る一撃を打つ。必ずだ。備えておけ」
「……ハッ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「金獅子ィ……? またやっかいなのが……」
「大将青雉、知っているのですか?」
聞き覚えがあるようなないような……。
金獅子、金獅子……えぇと……。
「あらら、意外だ」
「?」
「お前さんなら、これほどのビッグネームは大体頭に入ってると思ってたよ」
……ん? 大物なんです?
「金獅子のシキ。先日インペルダウンを初めて脱獄した唯一の事例を作っちゃった海賊にして……そうだな、今でいう四皇の立ち位置にいた海賊だよ。海賊王と渡り合った男として有名だ」
…………。
クッッッッソ大物やんけ!!
大物なら大物らしくこんな海で暗躍してないでさっさと新世界に帰ってどうぞ!!
……ん? いやでも……。
「待ってください。元四皇の一角――のような立ち位置だったというなら、当然戦力――その、部下というか兵隊が大勢いるハズですよね?」
「ああ、そっちのほとんどは今新世界でビッグマム海賊団と抗争中。自分達の縄張りを守っているみたいだね」
……数は力だ。その数を使えばもっと事態を引っ掻き回せたハズ。
一度捕まったらしいし、それからほぼ独立していただろう傘下の連中を捨てたか……?
あるいは、捕まえた奴隷の売り先か?
海賊の傘下は全部一つの旗を掲げているわけじゃない。
頂上戦争の白ひげ陣営だって、白ひげの隊長以外に色んな海賊団が来ていた。
(どういう奴かは知らんけど、白ひげレベルで纏まらせるのは無理よなぁ。それも捕まってからじゃあ……)
好き勝手に動いている傘下の中で、堅実に勢力の拡大を目指している連中に奴隷を売って後は流れに任せてポイ、が一番可能性高いかな。
(……部下を見捨てるにしても、海軍相手に攻撃してるし隠遁目的の線はなし。次の奇襲狙いの可能性も低い。しいて言うなら陽動……だけど、それならそれで動くタイミングは襲撃から程よく時間が経った今しかないけど情報ゼロ。なら、長期的な計画のための仕切り直し……か?)
「あぁ、二人とも放ってしまってごめんね」
「ハッ、いえ、お気になさらず……」
そして生き残りの中でどうにか意識が残っていた二人――少将と……後の『黒檻』の二人は、とりあえず控えていたアミスとロビン、それに近くにいた女性大佐に着替えやら毛布やら用意してもらって、今は温まってもらってる。
いやホント……軍隊だから形式が大事なのは分かるけど最低限の健康の保持位は……低体温症とか洒落にならん。
モグワ解放戦の時に吊るされていた海兵達だって、回復にちょいと時間がかかったんだし。
「それで、シキの奇襲を受けたんだな?」
「ハッ! 気が付いた時には私とヒナ二等兵の乗艦を含む二隻がやられ……その後、残る三隻の中将を主軸に反撃を試みていたようでしたが……次々に船を浮かされ高所から落とされ……」
「待った」
出来るだけいつもの大将『青雉』を相手にしている時の真面目モードこと海賊『黒猫』モードで話していたのだが、思わず素が出た。
「浮かされ?」
「……あぁ、そうかそれも知らないか。そう、『金獅子』のシキはフワフワの実の能力者でね、触った物を浮かせられる。船とかでも一度触られたらふわぁっと飛んじまうのさ」
「…………」
あの、それひょっとして……。
「中じょ――失礼、マンチカン本部少将。その、奇襲というのは……頭上から?」
「……そうだ、『抜き足』殿。突如、頭上から斬撃が飛び……我らの乗艦は斬られた」
…………。
「
散々見てきたミホークのあれ?
えぇと……ってことは……ミホーク並みとして大体……。
「少将、斬られた時はその『金獅子』という海賊は単独でしたか? それとも、船かなにかも?」
少将と、その側にいるヒナが怪訝な顔でこっちを見る。
ええから答えろ。大事なんじゃい。
「戦力としてはほぼ単独だったが、船があった。かなりの巨船だ」
「接近されていることにはどこで気付かれたのでしょうか?」
「……分からぬ。気が付いたら真上に来ていた」
「アミス、ロビン、縮尺の同じ海図を何枚か――いや、一枚と透明なプラ板を何枚か持ってきてくれ。そして、大将」
「あぁ、大体わかったよ。襲撃を受けた頃の各支部の気象情報だね?」
「はい」
「ついでに連れ去られた人間が多かった日の記録も出させるよ」
「お願いします」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
かつて戦い、自分を破った男が本部大将と肩を並べている。
「射程距離? お前さんが気にかかったのはそれか」
「うちのミホークで斬撃飛ばしは散々見ているので分かるのですが、船を両断するほどの斬撃を放つにはある程度近づいていなければ不可能です」
かたや少々だらけているが海軍の制服を着ており、かたや黒いスーツを綺麗に着こなした海賊は、壁に貼り付けた海図の上に透明な薄いプラ板を敷いて、次々と何やら矢印や線を書き込んでいる。
「だけど、少将達はその距離まで敵の接近に気付けなかった。いくら慣れない上への警戒といえど、巨船の影が落ちれば気付くはず。にもかかわらず気付いたら真上にいたという事は、おそらく違う物を使って隠れていたのでしょう」
「雲か」
「はい、おそらく」
そう、肩を並べて仕事をしている。
本来ならば、これは海兵のみの仕事であるはずなのに。
「これまでは目撃情報と海流を頼りに敵の本拠地を探していました。目につかない船団ならば、目の付くところを塗りつぶしていけば残った場所から推測できると」
「だけど、敵は空を使っていたことが分かった」
「はい。そして敵は雲に船を隠して動いている。つまり見るべきは波ではなく風向き。船が本来通れない大地も無視して良い……まぁ、あくまで仮説ですが、これを元にこれまでの敵の動きを逆算してみると……」
(……なんと手慣れた物か)
横に控えている、海賊とそう歳が変わらない若き二等兵は、海賊の言葉と書類捌きを食い入るような目で見ている。
「ロビン、次のプラ板頼む。それとこれを……向きを揃えてな」
「うん……はい!」
「ありがとう。アミス、次の日の風向きと天気の記録を」
「はい、こちらになります」
聴取の後に例の
―― 捕縛されていればそれで済んだ話だ!
あの日、海賊として戦った子供に叫んだ言葉は呪いとなってしまっている。
返品と称して解放された教え子たちの惨い姿が、瞼に焼き付いて離れない。
「クロ、シキの相手は俺がする。お前さんは――」
「万が一の時はお願いしますが、シキはおそらくもう出て来ません」
「……ちょっと前に、連中はこの計画の本筋じゃないって言ってたけど……」
「自分は知りませんでしたが、海賊王と渡り合った有名な海賊ならば名前を出しただけで多くの海賊が集まったでしょう」
そして彼女達を救ってくれたのは、よりにもよって自分が「奴隷になっていれば済んだ話」と切り捨てた男だった。
「それをしていない。ならば、その『金獅子』という海賊はこの西の海の騒動の主流ではなく、あくまで一運搬役として関わっただけでしょう」
「じゃあ、本部の船を沈めたのは……」
「やはり、最後の仕事のついでのような物だったのかと。むしろ、本部に新世界での海賊狩りに力を入れてもらえるようにお願いできないでしょうか」
今こうして、海賊らしからぬ知略を以って西の海を救わんとしている男だった。
「……あ~~、シキの残党か?」
「その中で動きを見せていない者達を特に。無論それだけではないでしょうが、一番可能性の高い売り先です」
「わかった、センゴクさんにすぐ動くように進言しておく」
海賊に襲われながら、死傷者を一人も出さずに通報のあった島から海賊を追い出したという、皮肉にも程がある理由で形だけの降格を受けて本部に入った。
そして気が付けば、彼は海兵達の間で静かな『伝説』の存在になっている。
「……キャプテン・クロ。指定された情報はこれで一通りになります」
「よし。この日襲撃されて多くの市民が誘拐されたのはこことここ、天気はどこも雲少なめの晴れ。これを繋ぐ風向きは……こう……っと。OKロビン、プラ板全部くれ」
「うん、はい」
これまで色々な物を書き込んでは入れ替えていた薄いペラペラのプラ板を全部重ね、海賊は海図に押し付ける。
何重にも重なった黒い大量の矢印、それらのうちのいくつかを繋ぐ赤い線。
それらを海賊は指でなぞり――
「……捕まえたぞ。やっとな」
※特にモデルもなく、パッて出てきたキャラ名だったので貴方の好きな外見をクリスに貼り付けてあげてくだせぇ
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055:連合部隊
「げっひゃひゃひゃひゃ! 見ろよこの金と食料の山! 当面食うには困らねぇ!」
「おい、こっちの酒が空っぽだぞ! 女はモタモタしてねぇでさっさと
その島は、本来この海域には存在しないハズの島であった。
あらゆる航路に引っかからず、そのため海軍も警戒していない――そもそも調べるような島がない海域であるために哨戒から外されていた海域。
そこには、ある大海賊によって
「本番は三日後。海兵共が政府の船に目を取られている隙に、目を付けていた支部を落とす」
「海兵共を全員殺して、残った基地は俺達が使わせてもらおうぜ!」
「女がいるといいなぁ。いい女はシキの旦那がほとんど持って行っちまったし、残った女も飽きちまった。海兵なら活きもいいだろ」
「基地を奪って海軍の力を減らせば奪い放題さ! そうなりゃこの西の海はもう海賊の海だ! 欲しいモンがあるなら全部奪え!」
「そりゃそうだ! ギャハハハハハ!!」
島は奴隷として集められた人間によって建物が建てられており、ちょっとした町になっていた。
その中でもっとも豪勢な酒場では、歩くには不自由しない程度の鎖の足かせを付けられた女たちが給仕を命じられて、怯えながら酌をしている。
「しばらくは前祝いだ! シキのお頭の心付けはたんまりある! 飲んで食って抱け! 減った分また奪い尽くすんだ!」
「おおっ!!」
「そこの女、オメェはこっちだ! 可愛がってやる!」
「食い物もっとこっちによこせ! モタモタしてるとヒデエ目に遭うぜ!?」
汚い無精ひげの男の言葉に、海賊達は盛り上がって――
―― まったく、ここまで品がないとは……。
次の瞬間、給仕の人間を除いた全ての海賊がその場に倒れた。
「まぁ……これが普通の海賊ですよね」
給仕役を押し付けられていた若い女たちは驚いてキョロキョロとあたりを見回している。
その中に、いつの間にか紛れ込んでいた黒いスーツの一団がいた。
ほとんどが美しい女性たちで固められたその一団は、囚われている女性たちに小さく微笑む。
そして、その中のリーダーらしき髪を短く整えている女性が一歩前に出る。
「どうかご安心ください。我々は助けに来た者です」
「か、海兵なの?」
怯えている女性陣の中でも、最も気の強そうな女性が声をかける。
「いいえ。ですが、海兵も後から来ます。我々は先遣隊ですから」
「海兵じゃないなら、貴女達は!?」
「その……説明しづらいのですが……海賊です」
「――はぁっ!!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『キャプテン、南ブロックの港町を制圧。敵のほとんどが集まっていた酒場で、働かされていた民間人を保護しました。少々混乱こそありましたが、怪我人はおりません。現在、敵の拘束と並行して民間人の拘束を解く作業に入っています』
「よし、よくやったアミス。作業を続けながらそのまま周囲を警戒、何者かが来たら即座に無力化しろ」
『ハッ』
とりあえず離れた所で俺は海軍――タキ准将を中心とした特別攻撃艦隊と共に待機。
アミスを始め、『
予測された海域には何にもない事から、ジェルマのような一種の船団拠点のようなものを作ったのかと思ってたら……。
いや、マジで存在しないハズの島が出来ちゃってるとかさすがに驚いたわ。
金獅子のシキか。覚えておこう。なんか変なタイミングでかち合う敵かもしれん。
対策も考えておかないとな。
「貴殿らの親衛隊は上手くやってくれたようだのう」
「はい。念のため、偵察の目を広げますのでしばしお待ちを、准将。――ペローナ」
今回の決戦においては必要だと判断して、こちらも本拠地モプチの防衛に最小の人数だけ割いて、残る全戦力を持ってきた。
……まぁ、万が一にも協定が一方的に破られて、この一戦終わった瞬間俺らの捕縛命令出された時のための用意でもあるのだが。
「万が一にも見つかりたくないからな。制圧した港から低空で侵入させてから偵察を頼む」
「ホロホロホロ。あぁ、任せろ」
事前に絶対に視認できないだろう高高度からペローナのゴーストに見てもらって、島の全景は把握している。
それを用いて作った簡素な地図を元に、俺とダズ、ハンコックにタキ准将で作戦を立てた。
「クロ、やっぱり親衛隊を送り込む前と変わらねぇ。奴ら、北側の港近くの砦みてぇなところでドンチャン騒ぎを続けてやがる。アミス達の動きに気付いた様子はなし。制圧した港の周りに見張りも全然いねぇ」
それにしても防衛網が穴だらけ過ぎるなこいつら……。
上陸させるのも楽だったし。
仮にも海賊ならもっと警戒しろよ。
ペローナの報告を受けて、今回の特別攻撃隊の指揮官に任命されたタキ准将が俺を見て頷く。
作戦開始か。
「よし、作戦の大筋は決まっているが、我々『黒猫』の編成を確認する。――第二陣の隊長はお前だ、ハンコック」
「うむ、久々に主殿の下でのびのび戦えるのじゃ。任せるがよい」
しばらくぶりに会ったら、なんか妹達と揃ってすげぇ覇気が鍛えられててビビったがやはり――いやますます頼りになる。
部隊もキチンと鍛えているし、仮にではあるが部隊長決定だな。
「お前達は、親衛隊が海軍の別働隊と共に回り込むまで制圧した拠点を保持」
「事が起こったら親衛隊と共に我らも出向き、今騒いでいる連中を挟撃するのじゃな?」
「そうだ。オペレーターにロビンを付ける。上手く合わせろ」
「承知した」
よしよし、それでよし。
「ミホークは共に上陸して待機、戦闘が始まってからは遊撃を。判断はお前に任せる。数を削り取るなり、頭を減らすなり好きに動け」
「心得た。お前から預けられたこの名刀に恥じぬ働きを見せよう」
よし、普段の訓練時の切れたナイフっぷりはともかく命令には素直でミホークは本当に頼りになる。
個人戦力としては絶対級だもんな。二十年前だから油断しちゃだめだと肝に銘じているが、何が相手でも勝てる気がしてしまう。
それに頭も切れるから個人の判断に任せておいて問題ない。
あれだ、麦わらの一味でいうと迷子癖が無くなって戦闘AIの性能が上がったゾロみたいなもんだ。
…………。
最強かよ。
最強だったわ。
「俺とダズ率いる主力部隊は、これより海軍と共に北の港を強襲。まずは船を出来るだけ航行不能にし、敵の逃げ道を潰す」
「その後は上陸して、民間人を救助しながら海賊の排除か」
「そうだ。最初の混乱でどれだけ海賊を削れるかで、その後の作戦難易度が変わる。黒猫海賊団一同、これまでの演習の成果を見せてみろ」
いいな? とこちらの兵士に目をやると、全員が一糸乱れぬ敬礼でそれに答える。
うん、よし。
無許可の略奪を禁じたり金銭での賭け事を禁じたりと大雑把な規則作った上で鍛え上げただけはある。
部隊戦力にムラがあるのが少し気にかかるが、それでも俺やダズといった幹部の指揮によく従い、アウトローであることに甘えず、最低限以上のモラルを持った俺の理想の海賊戦力になりつつある。
「では准将、号令をお願いいたします」
「……すまぬな、クロ殿。本来ならば貴殿が指揮を執るべきなのだが……」
なんでや!?
いや確かに停戦している間は自分と青雉は対等っていう事になってるけどこちとら海賊やぞ!!
さすがに向こうで馬鹿やってるカス共と一緒にされたくはないけど、一応は同類なんだからな!!
「我らは海賊であり、現行の世界政府とは相いれない存在です。どうか、お気になさらず。今は囚われている市民と海賊に集中しなくては」
「うむ、そうだな」
タキ准将――正直、自分とクザンは大変お世話になっているし、むしろこの人が
それだけの海兵だけあって、やはり部下にも慕われている。
だからこそ、この特別部隊の総司令官に任命された。
……まぁ、俺がクザンや将校に根回しした結果なんだけど。
ともあれ、彼の顔が優しいお爺ちゃんのソレから、海兵の顔へと切り替わる。
「これより海賊連合中枢への奇襲作戦を敢行する。総員、配置に付け」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やはり、主殿がいると気が楽じゃ」
「……お前からそのような言葉を聞くとはな……」
「えぇい、貴様も一度兵を率いてみよ! 領地を預けられてみよ! ミホーク!」
「はっはっは。俺は客将であり、そして剣の指南役だからな。その贅沢な苦悩とは縁がないのだ。すまんな、ハンコック」
「…………おのれぇぃ」
親衛隊による奇襲によって容易く陥落した海賊連合拠点の港の一つに、ハンコック率いる精鋭部隊と世界でも最高の一人に数えられる剣士が身を隠している。
「ハンコックさん、モプチにも海賊は来たの?」
そのハンコックの側には、『黒猫』海賊団の特色にして要であるオペレーターを務めるロビンが身を寄せている。
ハンコックは、周囲の状況を把握しながら尋ねて来る妹分の頭を軽く撫で、
「うむ……計十四度もな。やはり非加盟国はポッと出の海賊に狙われやすいと痛感したわ」
「骨のある者はいたか?」
「貴様すぐさま聞くことがそれか」
そしてミホークはこれである。
「もう少し土地や民の事を聞かぬか! 貴様が耕した土地もあるし、貴様を慕う民もおるじゃろうが!」
「お前がペローナやハックと共に黒猫の一団を率いていたのならば、被害が出るはずがない。仮に出たとすれば、お前達が無事でいられない程の難敵が現れた時くらいだ」
「ミホークどうしたの? 皮肉なしに褒めるとか何か変な物食べた? 船医さん呼ぶ?」
思わぬ言葉にハンコックは絶句し、ロビンは思わず失礼極まりない質問を切り出してしまう。
もっとも、そのミホークは気を悪くした様子もなく小さく笑い、
「お前もその幼さですでに
「……まさか、貴様に素直に褒められるとはな」
クロに救出され、黒猫の文化に触れてからは『武』以外の物にも興味を持ちだしたハンコックだが、その根っこにあるものは九蛇という戦士の文化である。
そのため、強さを褒められる事にはいまだ彼女は弱かった。
「だからこそ気になる。お前はどうやってそれほど覇気を高めた?」
「あぁ……客人じゃ。九蛇のツテでわらわやソニア達の安否の確認に来た者がおってな。おぬしらがモグワで活動しておる間、その者に稽古を付けてもらっていたのだ」
「…………ほう」
「えぇい、やめぬか! まだ主殿達の砲撃すら始まっておらぬのに剣気を漏らすでない!」
兵士達に緊張が走るほどの剣気を零すミホークに、もはや慣れたロビンやソニアたちは「またか」とため息を吐いている。
「今は目の前の作戦に専念せぬか。客人も、主殿に一度挨拶をしたいとモプチに留まりハック達と酒を酌み交わしておる。交渉次第では手合わせ出来るやもしれぬぞ」
ハンコックがそういうとミホークは剣気を抑え、だが研ぎ澄ませる。
そしてロビンが頭を抱えて首を振っている。
「良い事を聞いた。なればこそ、この作戦にも身が入るというものだ」
北の方角から、大きな爆音が響き始めた。
七門の大砲による一斉射撃。『黒猫』の兵士には耳慣れた、初手の観測射撃の音だ。
「ロビン」
「うん、始まったよ。砦で騒いでいた人たち皆慌ててる。まだ北の港が襲われてるって分かってないみたい」
「酔いつぶれた中での混乱か。……民を救い出す機じゃな」
「西の海を荒らしまわった海賊連合が、逆に本拠を荒らされどこまで対処できるか……見せてもらうか」
「ふん、所詮は不埒者の集団じゃ。蹴散らしてくれる」
砲撃音がいくつも重なり、徐々に人が上げる鬨の声が響き始める。
それを聞いて、タイミングを計っていたハンコックは、離れた所で待機している親衛隊や海兵の面々がいる方向に向けて
「よし! 征くぞ者共! 我ら『黒猫』の矜持を掲げよ!」
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056:掃討、完了
「クロ、アミスとハンコックの部隊も順調に北上中。ミホークの奴は……まぁ、好き勝手に動いてるな」
「それでいい。いいんだが……思ったより敵が南側にバラけないな。キャザリー、こちらの船は大体破壊したな?」
「ハッ、目視できる範囲の船は全て航行不能の状態にあります」
「こっちのミニホロでも、念のために小さい漁船サイズの船は確実に沈めてる」
「……よし、電伝虫でアミスとハンコックに通達。行動を隠密よりに。我々で敵勢力の目を全力で引き付けるので、その隙をつき囚われている民衆の救助を第一とせよ」
「ハッ、直ちに!」
敵の混乱を狙ったのはいいし作戦通りなのだが、混乱しすぎてて敵の動きが鈍すぎる。
こいつら本当に海賊か? そこらのチンピラ以下じゃねぇか。
これがベッジならとっくに統率取り戻して脱出するための策の一つや二つ打ってくる……いや、そもそも用意しているぞコノヤロー。
「これが……これが『黒猫』の戦いか」
「はい、マンチカン少将」
今回の戦いの主力は西の海の勢力で固めるべきだという話になり、そのためタキ准将が指揮官候補に挙げられたわけだが、問題なのが本部の人間だった。
なにせ本部としては、助けに入った所なにも出来ずに船を沈められ、人員と物資をほとんど失ったのだ。
その上で、助けるハズだった西の海の海軍と、その停戦相手の海賊に救助されて……ようするに面子が丸つぶれというわけだ。
おまけにどうにか救助出来たわずかな人員はほぼ全員治療中。
せめて動ける人間を参加させねばという事で動いたのが、
「これだけ混乱しているなら、私達も戦闘に参加すればすぐに決着が付くんじゃない? ヒナ、疑問よ」
マンチカン少将とヒナである。マジかぁ。
「とりあえず、今回の戦闘の結果として起こってほしくないのは二つ。まずは雑魚海賊の拡散。ここで大量の海賊を逃がして拡散させれば、瞬間的に被害が広がる」
まぁ、正直その心配は少ない。
この馬鹿共ときたら見張りも碌に配置せずにただ酒飲んで乱痴気騒ぎに興じてるだけだった。
おかげで極めて狭い範囲に纏まってくれているので対処が楽だ。
「ただこの場合、ここの海域は近くに島がないので、碌に準備もせずに逃げ出した海賊は大体死ぬでしょう。念のために辿り着きそうな可能性のある島を警戒していれば大体は済む」
もっとも、さすがに海の上で飢え死には悲惨だからできるだけ探すつもりだが。
「もう一つは、指揮官クラスの逃亡を許すこと。当然ですがこれが一番痛い」
出来る事ならば、今回の騒動の首謀者に繋がるパイプは海軍に確保してもらいたい。
(仮にあの桃鳥が関わっていた場合、政府がどこまで本腰入れられるか少し疑問符が付くってのがあれだが……早い段階から警戒対象に入っていれば多少なりとも牽制になる……ハズ)
桃鳥じゃないのならば、それこそ調査を急いでほしい。
正直な話、すでに俺達が『完全な勝利』を得るのはもはや不可能だ。
これだけの絵図をいつから用意していたか知らないが、短期間で用意できたとするのならばソイツは相当ヤバい。
正直、下手な海賊や海軍よりも恐ろしい。
「今回の首謀者に繋がる手掛かりは、恐らく手に入らないでしょう。敵はかなりのキレ者です。ならば、せめて手掛かりを組み立て得る情報の断片くらいは入手しておきたい」
「だから一歩引いた所で、戦況の観測に徹すると」
「これが単純な海賊の集まりで、脅威となるのが数だけならば私もすでに前線で戦っているのですが……」
いや、それなら親衛隊の奇襲だけで終わらせられたか。
訓練や演習模擬戦の時から薄々思ってたけど、『
「海賊を組織立たせている支柱を捕殺しない限り、再び西の……いや、どこかの海に大混乱を呼び込みかねない」
収穫期に突入した今、海賊からしたら奪う物が出来た。
今回の大混乱から、西の海で食うために略奪に走る連中が増える事は半ば避けられない。
そいつらを利用すれば、第二の海賊連合が現れかねない。……というか、俺が世界の混乱のみを狙うならそうする。
「それを踏まえてタキ准将と話し合った結果、今最も重視すべきはこちらの兵達に余裕を持たせること。そして包囲網を崩さないことだと判断しました」
加えていうなら、あんまり手の内を見せたくないので正攻法で攻めたかったのもある。
タキ准将はともかく、少将達の目的はどうもこちらの解析っぽい。
(以前交戦した時もそうだが、後ろめたさを隠せないのがこの人の弱点だなぁ)
ヒナ嬢の図太さを見習ってほしい。
こいつ、堂々と俺を教材にしてやがる。いやいいけどさ。
「北の前線はダズの率いる黒猫の親衛隊に二番、三番艦戦力、並びにビグル、コリー両大佐が率いる精鋭によって港へと通じる道の封鎖が完了しており、今現在押し上げています」
「海賊――失礼、『黒猫』との連携は問題ないのかね?」
「コリー大佐はこれまでの軍事行動において我々と共同で作戦に当たった経験が多く、またビグル大佐率いる兵士はルチマ一等兵を始め柔軟に動ける者達が主体となっております。問題はありません」
それにビグル大佐の兵士はウチとは特に交流あるし、先日のメンタル調整の一件もあって士気が高い。
ここで後方配置にしたら、後々に響きそうだったしなぁ。
タキ准将からOK出たなら大丈夫だろう。万が一に備えて対多数戦に長けてるミアキス付けたし。
(もう一人前線を支えられる人間がいるな……。いやそれを言い出したら欲しい人間なんて山ほどいるんだけど)
戦闘員はもちろんロビンの負担を減らせるオペレーター。あるいはペローナに代わる観測手。
内政向けには数字に強い人間や、農耕やら造船やら医療……、とにかく技術を持った人間。
海賊に過ぎない俺達がどうやってそこらを囲い込むか……。誘拐なんて論外だしなぁ。
「……クロ殿」
「なんでしょう」
「貴君は……佐官や兵士の事まで把握しているのかね」
「海賊と組むことに忌避感を覚える兵士は必ずいるでしょうから……。いち早くそう言った海兵を知り、信頼を得るための行動の指針の参考にしようと……可能な限り情報を収集し、頭に叩き込んでおりました」
ついでに、政府筋の人間が紛れ込んでいないか把握しやすくするためにも暗記は必須だったからなぁ。
この機にロビンを暗殺しようとする連中が出る事は予測していたし、実際数名いたし。ミホークと俺で捕獲してクザンに突き出したけど。
いやぁ……名前と顔を一致させるまで大変だった……。
「しかし、思った以上に脆いな。ペローナ、戦況はどうなってる?」
「圧倒的だな。というか、敵のほとんどがフラフラだ。飲んだくれてやがる」
「馬鹿か、あいつら?」
海賊なんだから追われるモノだって事が抜け落ちているのか?
いやまぁ楽しく騒ぐのが海賊なのはそうだけど……交代で見張りや哨戒を出すもんじゃないのか?
「……さっさと押し込むか。キャザリー」
「ハッ」
「お前とクリスの隊を使う。まずはクリス達に西側から突かせろ。敵をもう少し揺さぶる」
「では私は?」
「多分、その頃にはいい加減に人質を使おうとしてくる奴らが出てくる。お前の下に付けた十二名はハンコックが鍛えて認めた弓の名手だ。中距離ではまず外さん」
「なるほど……危険地域にいる市民の救助のための遊撃ですね」
「そうだ。任せる」
「了解。直ちにクリスと一度合流し、作戦に入ります」
これで敵の問題はよし。
あとは……。
「ペローナ、兵の負傷率は?」
「アミス達南側の部隊は目に見えて分かる怪我人はいねえ。こっちは……あー、ちらほら出てるな。大怪我ってほどじゃないけど。パッと見だと海兵の方が怪我人が多い。一割……はまだ行ってないと思う」
「……マンチカン少将」
「む」
「申し訳ありませんが、参戦している本部勢力を率いて加勢。前線を押し上げて頂けませんか」
「前線をか」
「はい、同時にこちらの医療班を急行、最低限の設備を展開させ治療を施します」
「押し上げる事で出来る空白地帯を臨時の救護施設にする、と」
「はい。この戦闘で、それが我々だろうと海兵であろうと、むやみに兵を使い潰せば『黒猫』の恥です」
「…………」
おい、なぜそこで押し黙る。
「分かった、すぐに向かおう。だが、クロ殿」
「はい?」
「連絡員も兼ねて、ヒナ二等兵を君の側に置いてくれないか?」
「? 構いませんが、よろしいのですか?」
曲がりなりにも海賊の側に、海兵とはいえ若い子置くのはどうなんだ?
「貴君も薄々察しているだろうが、海軍は君の情報を欲している」
「……口にしてしまって大丈夫なのですか?」
そこは暗黙の了解にしておいた方が良かったと思うんですが……。
ほら、そちらの立場的にも。
「正直に言うが、貴君の戦術を始めとする手腕は我々にとって喉から手が出るほど欲しいものなのだ。これから先、海軍本部の一員となるヒナ二等兵にとって、君の働きを見る事が大きな糧になると思っている」
「……敵を鍛える……事自体はまぁ、もう今更なのですが」
むしろ海軍の詳細なデータやら配置やら基礎戦術に訓練方法がっつり知っちゃったからそれくらいは別にいいんですが……。
どうせまだ完成してないし。
「ヒナ二等兵は構いませんか?」
えぇい、睨むな。
いや気持ちはめっちゃ分かるけど。
(いうて、純粋な戦闘ならこの娘もあの時みたいに簡単には蹴り飛ばせないくらいには強くなっているっぽいんだよなぁ)
なんだかんだヒナもアレから相当鍛えたのか、地味にウチの精鋭並みには強い気配がする。
まぁ、ミホークブートキャンプに手足失わずに食らいつき続けている親衛隊には届いてないけど。
(……あれ? ひょっとして親衛隊ってもう結構ヤバい連中になってる?)
「私も、貴方の力には興味があるわ。……ガープ君からも、貴方を見て来いと言われてるし」
…………。
なんでそこで海軍の英雄の名前が出てくるんすかね。
―― プルルルル、プルルルル、プルルルル
おっと、電伝虫……コイツは……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハンコックちゃん! ロビンちゃんも!」
「アミスか! もう合流するとは……」
海賊連合との決戦は、驚くべき速度で進行している。
北からは主力が、南西からハンコック、南東からはアミスが襲い掛かり、三方から敵を締め付ける作戦だった。
「アミス、おかしいぞ」
そして作戦通り、それぞれの部隊は戦線を順調に押し上げている。
新たな命令通り目立つ真似は避け、不用心に逃げてくる海賊を討ち取り、見かけた民間人を救出し、想定以上のスピードで想定以上の戦果を挙げている。
だが、現場を指揮している二人は、とても納得していなかった。
「あまりにも敵兵が脆すぎる」
「はい、私も気にかかっていて……」
あまりにも敵兵が脆すぎた。いくらなんでもこれはおかしい。
確かに酒を飲みすぎて前後不覚になっている者もいるが、せいぜい酩酊程度で意識のはっきりしたそこそこの強者もいた。
だが、その者も多勢に無勢となってしまい、ロビンの関節技によって容易く沈められてしまった。
「まるで、指揮を執る者がすっぽり抜けてしまったようじゃ。バラバラで場当たりな戦闘しかできておらぬ」
「あの……ひょっとして、最初の砲撃の範囲内に指揮官がまとめていた……とか?」
また数人、サーベルを握った酒臭い海賊達が襲いかかってくる。
弓を手にして戦闘に慣れた者の気配を匂わすハンコックではなく、ロビンならば人質になり得ると考えたのか、アミスやハンコックと話している彼女に手を伸ばしながら必死に走ってくる者が一人いる。
だが、次の瞬間にその海賊は首を落とされていた。
その後ろには、音も立てずに刃を振るった親衛隊の一人がいる。
そして彼女は、再び音を立てずに残る敵を斬り伏せ、また次の敵目掛けて姿を消したのだった。
「作戦会議で主殿はまず船を狙うと言うておった。加えて向こうは、砲戦技術の高い者で固めた六、七番艦があるのじゃ、狙いはかなり正確なハズ。それに、この宴の中で指揮役がまとめて船やその周辺におったとは考えにくいじゃろう」
「ペローナさんが事前に周囲を警戒してたけど、逃げられそうな船があるのは港にばっかりだったって」
「……隠し港があるか?」
今ではある意味で第二の魚人島となっている拠点での開発で慣れているため、真っ先に思いついたのは隠し港だった。
「でも、上から見てもそれっぽい道はなかったよ?」
「ならば下かもしれぬの。……アミス、主殿に」
ハンコックがクロに連絡を取るようにアミスに促すと、すでにアミスは小電伝虫を握っていた。
―― ……はっ。えぇ、はい。……分かりました、了解です。
「アミスさん、キャプテンさんはなんて?」
そして通信が終わってすぐにロビンがアミスに尋ねる。
アミスは、それになぜか曖昧な笑みを浮かべて。
「あ、はい。そちらの方はもう大丈夫だそうです」
「……大丈夫?」
「……先ほどから姿を見ないと思ったら……あ奴、まさか……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ば、かな……」
狭い坑道――口封じにもう殺した奴隷に堀らせた、やや広めの横穴の中で、数名の巨漢の男達が倒れている。
「せ、船長たちが一瞬で!?」
「やはり抜け道があったか。あまりに集団として雑な連中だったので、あの砦を攻めた時に最も手薄になる場所に出入口があると見て来てみたが……」
そして倒れた男に付いてきていた海賊達の目の前に立つのは、一人の剣士。
刀についた血を払い、暗闇の中でも小さく輝く美しい刃を海賊へと突きつける。
「安心しろ。その船長たちとやらは殺していない。……情報を知っていそうな者を殺してしまえば、あの男の歩みが遅れるのでな」
それなりに新世界で暴れていた海賊達は、目の前の男が何者なのかすぐさま気が付いた。
「か、『海兵狩り』だと!? なんでお前があの海兵と一緒にいやがる!!」
海賊とは少々違うが、少なくとも海賊達から見れば『海兵狩り』は海軍の敵でしかない存在だった。
それが海兵と共に攻めてくるなど、訳がわからなかった。
「成り行きというものだ。悪く思うな」
だが、現実は変わらない。
新世界でも上位に入る剣豪が、自分達を狩りに来ているという事を海賊達は認めなくてはならなかった。
「ち、ちくしょうふざけんじゃねぇ!」
「こんな海で俺達が捕まってたまるか!」
「敵は一人だ! 全員で斬りかかって一人でも多く船までたどり着け!」
「とっくにクロが親衛隊の誰かを手配して押さえさせていると思うが……まぁいい」
「奴との協定だ。逃がすわけにはいかん」
それから五分もしないうちに、脱出のために隠されていた船は海軍と黒猫によって接収され、さらに十分も経った頃には全ての海賊の討伐、並びに民間人の救出が終わり、作戦司令官タキ准将より、作戦完了の宣言が出されるのだった。
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057:breaktime
「大将青雉! タキ准将より入電! 作戦成功との事です!」
「……准将達がやってくれたか。よかった」
モグワにおいて、全体の指揮を執っていたクザンは安堵のため息を吐いた。
「どうやら、政府が余計な横やりを入れる事はなかった……か」
「ハッ。准将より、配下の者達の奮闘と『黒猫』の指揮により、軽傷者こそ出たものの味方に犠牲はなしとの事」
「それ報告したら、またセンゴクさんがため息吐きそうだなぁ」
ただですら忙しい日々の中で、恐らく黒猫に関する情報は毎日目にする事になっているのだ。
(……なんだか、その横で呑気に笑ってるガープさんにブチ切れてそうだよね)
クザン――大将青雉は、自分の執務机に置かれた、雑紙の束を紐で結んだ簡素な帳面に目をやる。
その表紙の片隅にはもはや見慣れた三本爪の猫のマークが書かれており、真ん中には『想定される緊急事態とその対処案一例(※あくまで一例なので思いついたことを書き込んでいくように)』と、これまた見慣れた丁寧な文字で書かれていた。
「これも、上に提出した方がいいんだろうねぇ」
「……『黒猫』殿も、好きにしてよいとおっしゃっております」
「本人からしたら別に重要な物じゃないんだろうけど……センゴクさん、クロの書類仕事に興味持ってるしなぁ」
当初はただの空っぽの城でしかなかったこの臨時司令部も、今ではテーブルや書類棚などの必要最低限の調度品はもちろん、医薬品や食料の管理体制が整い、さらにはクロの提案で持ち込まれた印刷設備のおかげで、部隊を動かすのに必要な仕事が効率的になっている。
「部隊を十全に動かすのは優秀な指揮官かもしれないが、軍隊を十全に動かすのは合理的な組織編成と兵站である、か。……いや、本当に怖いなアイツ」
「……正直、『黒猫』とは刃を交えたくありません。心情としても、一勢力としても」
「クロを理解した海兵なら皆そう思っているだろうさ」
分かりやすい所だと、『黒猫』と共に作戦に当たった際の兵士の損耗率は将官の間で度々議論を起こしている。
とにかく『黒猫』――特に親衛隊の面々が現場にいるときは、明らかに負傷者が少ない。
数字として知っている将官はもちろん、現場の兵士も肌で感じ取っているのか『黒猫』が来ると聞いて安堵する兵士も少なくない。
この西の海の動乱で『黒猫』は畏怖と同時に、海兵達の信頼と敬意を勝ち取ったのだ。
「……本部からの増援だった人員の方はどう?」
「兵士達は少しずつ回復しており、救護に当たっている海兵や『黒猫』の者とたわいない会話に興じているようですが……、生き残っていた将官達は、あまり口を開きません」
「……行き先について聞いても?」
「はい、口を閉ざしたままです」
クザンが、思わず深いため息を吐いた。
側に控えて報告をしていた将官は、その姿に本部のセンゴク元帥を被らせる。
「金獅子に襲われた正確な海域を聞いた時にえらい口ごもっていたから何かおかしいとは思っていたけど、こりゃあやっぱり……」
レッドポートを抜けて、真っすぐにここモグワへと向かうならばまず通らないハズの海域で彼らは襲われていた。
「行き先はやはり……『黒猫』の本拠であるモプチであったと見るべきでしょうか」
海図を眺めた将官の言葉に、クザンは「だろうねぇ」と頷く。
なんとなくではあるがクザンも、そして将校も彼らの本来の目的を察していた。
恐らく、彼らの領地をこの混乱に乗じて焼き払い、戦力を削ろうとしたのだろう、と。
「休戦協定を認めてくれたセンゴクさんがそんな指示をするハズがない。……政府からセンゴクさんを飛び越えて妙な横やりが入っていたと見るべきか」
チラリと、クザンはクロが残していったトラブル対処集表紙に目をやる。
主に対海賊、対民衆、対加盟国の三つの章で分けられており、クロが考えついた起こり得る混乱とその原因や対処の一例――ついでに、クザンや目にした者が後から追加で書き込めるようにわざと大きく間隔を空けたり、白紙のページを挟んでいたりするそれには、一言だけ対政府でのトラブル対策が書かれていた。
他のと違い、考え得る原因やその他諸々を書かずにただ一言。
『絶対に挑発に乗らず、落ち着いて元帥に連絡を取って時間を稼ぐ事』
とだけ書かれている。
正確にはその下に色々理由か何かを書こうとしていた痕跡は見えるのだが、それらは結局インクで黒く塗りつぶされていた。
斜線などではなく、大量のインクでわざわざ塗りつぶしたという事は、あまり人目についたら不味いと思い消したのだろう。
(……挑発……ねぇ)
神出鬼没の海賊連合を相手に、報告を聞いたつるが絶賛したという智謀を以って立ち向かった海賊が、そう判断した何かがある。
「……クロは、すぐに戻ってくるんだっけ?」
「いえ、拠点を押さえた事で海賊の動きはしばらく鈍くなるだろうという事で、一度モプチに戻り王族の方々や民衆の様子を見て来るそうです」
「……海賊とか貴族って言葉の意味を考え直してしまうな」
「まいったね。今すぐお前さんと直接話がしたいよ……クロ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クロ、よくぞ無事に戻って来てくれました。ハンコックや交代で戻った親衛隊の方々から、貴方の活躍は聞いていましたが……」
「長らくこの地を留守にして申し訳ございませんでした、王女殿下。無事作戦は成功し、未だ予断こそ許しませんが、海賊の組織的活動の中核となっていた者達を討ち取ってまいりました。これで少しは状況も落ち着くかと」
久々のモプチの王城、俺達が不在の間にハンコック達が頑張って修復してくれたのだろう、より立派になった謁見の間には、もう誰がどう見ても王族に違いないと感じるような立派なドレスに身を包んだ王女様が玉座に座っている。
こういう仕事はやっぱりハンコックの方が向いているなぁ。
まだ防衛組からは報告書での情報しか知らないけど、ベッジの所の女性の構成員と共にあれこれ話し合いながら、布や生地の調達を復興計画の邪魔にならない程度に挟んでいたらしい。
うん、俺から見てもいいセンスだ。
「このモプチも海賊の襲撃を幾度も受けたと聞いております。直接的な被害はないと報告を受けておりますが」
「はい、ハンコックとペローナ、それに親衛隊を始め兵士の方々がよく働いてくれて……。襲撃の後には兵舎や町には必ず顔を出していましたが、皆とても落ち着いていて、とても安心いたしましたわ」
……報告とも誤差はない、か。
「そこで、クロ。貴方に頼みがあるのですが」
「ハッ、なんなりと」
珍しいな、王女殿下が俺に何か頼むっていうのは。
あれか。今回の海賊騒動で、より信頼されるようになったと見るべきか。
「はい。先ほど言った通り民たちに大きな不安はなかったように見えましたが……それでも長い緊張の時、並びに久々の大規模な収穫作業により、皆心労が溜まっていると思うのです」
「はい、私もそのように感じます」
「であれば、時期こそズレ込みますが、少しでも民の心をいやすために近々祝日として祭りのようなものを開催したいと思うのです」
おぉ、よかった。
王族の方からそう言ってくれれば、こちらとしても王家の顔を立てたまま行動できる。
あんまり海賊が主導しすぎても不味いと思ってたからコレは助かる。
「畏まりました、殿下。直ちに収量や使える物資などを確認次第、計画の立案に入ります。……ただ、そこで殿下に一つお願いが」
「なんでしょう?」
「モプチの主要都市も徐々に復興し始め、こちらの船による防衛網も堅固なものとなっております」
「ええ」
少しだけ殿下の顔に不審……というか、不安そうな気配が漂う。
まぁ、海賊の頼み事なんて怖いわなぁ。
「ここで一度、ルーチュ島の方へ慰問も兼ねて顔をお出しになられてはいただけませんか?」
「まぁ!」
ほとんど若い人間はいなくてお年寄りばかりの田舎島といったありさまだが、だからこそかつての王国を懐かしく思う者が多い。
王女殿下が顔を出してくれれば、祭りも合わせてそれなりに活気を取り戻すと思うんだが……。
「私としたことが……ルーチュの方々も、辛い時代を耐えてこられたのに……」
「ええ。ようやく、理不尽な暴力と搾取の時代を乗り越えたのです。叶うならば、あの島の民に作物の収穫や祭り以外にも、これからの生活に希望がある事を実感してもらいたく」
「ええ、わかりましたクロ。時期や手はずは貴方に一任します。私が民の希望になるというのなら、いかようにもこの身を使ってください」
……言葉重くない!?
「……ハッ。殿下の期待に背かぬよう、努めさせていただきます」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
久々に王女様との謁見を終えてから顔を出した練兵場――とかっこつけた名前を付けた運動場は今……。
「まさか、これほどの男を相手に出来るとは! クロ! クロっ! やはりお前の道は……面白いっ!」
「はっはっは! 海兵狩りという異名は耳にしていたが、その若さでここまで練り上げた剣士がいるか! まったく、歳を取った自分ではキツいな」
「こちらの剣を捌き切ってよくも言うものだ!」
斬撃の豪雨が吹き荒れている。
うーん……だめだ。今の応酬とか、俺なら四手まで捌いた所で構え崩されて腹バッサリだな。
というか、これで互いに手加減してるってマ?
……マジなんだろうなぁ。兵士たちが慣れて普通にちょっと離れた所で作業続行してるし。
…………。
というかウチの兵士達、この数日でえらいクソ度胸身に付けたな。
まぁ、刃の台風に毎日遭ってりゃ慣れるか。慣れるな。
いやその前にさぁ。
「さて、どうやら君の上司が来たようだ。どうかね、ここは互いの一撃をぶつけて幕とするのは」
「……いいだろう。今の俺の渾身を以って挑ませてもらう」
あそこでミホーク相手に遊んでる人――いやもうその時点でヤベェんだけど。
バチクソにヤベェ人があそこにいらっしゃらない?
「――征くぞ、『冥王』!!」
わぁ…………お空が真っ二つだぁ……。
驚かせてすみません王女殿下、王妃殿下。
後で謝罪に行かなきゃ……。
「いやはや、いい勝負をさせてもらった。こうして剣で汗を搔いたのは、ロジャーの奴がいなくなって以来だ」
「楽しんでいただけたのなら幸いです。『冥王』シルバーズ・レイリー」
「君のような若者がそんな丁寧に呼んで頭を下げるような名前ではないさ。レイリーで構わん」
「……なら、レイリー殿と」
「はっはっは! ハンコックから話は聞いていたが、本当に君は海賊らしくないな!」
あの後ミホークはいい笑顔で風呂に入ると言って別れた。
ダズは祭りの準備のためにロビンを連れて物資管理部に、ペローナは親衛隊のキャザリーと一緒にルーチュ島に。あそこの教会廃墟がアイツの好みの場所らしい。
「であろう? まぁ、こうして海賊という者達を多く見てきた今では、主殿の在り方の方が好ましいがのう」
で、ハンコックはここ。
空が割れたのを見て真っ先に王女殿下や近くの民たちへの説明やフォローに走り回ったり妹達に指示を出してくれていた。
すまねぇ……マジですまねぇ……。
お前がいてくれて、俺やダズがどれだけ助かってるか。
迂闊に化け物二人をじゃれあわせてしまった俺を許してほしい。
「しかし、君も
「一応、海賊ですので」
「いや、すまんな。どうも君は商人のような雰囲気がして……てっきり西の海で勢力を築くのが目的かと」
うーむ、一見ハンコックを保護した俺への礼だけど……なんか量られてる?
「勢力圏を広めているのは確かです。ですが、それは
「ほう、準備」
実際そうである。
ここを発展させているのも、船の調達や製造に加えて、生産体制を整えて出来る限りの物資を持って
「部下の入ってきた理由が理由ですので、出来るだけ略奪をせずに渡りたいと思っています。海賊としてはどうかとは思いますが……」
「それこそ君の自由さ。海賊とは、自分の進みたいように進むものだからな」
だから、と『冥王』は一度言葉を途切れさせる。
「私が気になるのは、君の航海の目的地だ」
目的地?
「率直に聞こう。君は――
「いいえ」
「自分の役目は、
いや、普通に考えて俺は馬鹿になり切れんから
そう答えたら、レイリーは口をポカンと開けてこっちを見ている。
……あれ? 納得いかない?
「ちょうど、私の同盟者も到着したと先ほど知らせが入りました。これからの展開を決める会議が始まりますので……」
「よろしければ、見学されてみますか?」
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058:西の海にて会議は踊る
「ひっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
ハンコック達の手によって修繕が完了した港町のサロン。
そこに幹部を集めて同盟者を待っていたら、その同盟者――ベッジが顔を出した瞬間滅多にしないガチ笑いを始めやがった。
おいこら。
「クロ! お前ならどんなハチャメチャが起こってもおかしくねぇと思っていたが……ひゃっひゃっひゃ!!」
俺、お前が腹を抱えて笑う所なんてお前とサシで飲んでる時以外で見た事ねぇぞ。
「どこで繋がりを持ちやがった! かの『冥王』と!」
まぁ、顔知ってたらそりゃビビるか笑うかの二択よね。
「偶然……とは少々違うが、俺達がモグワで活動している間にこっちに来ていた」
「はぁ……はぁ……ちくしょう、アホみてぇに笑っちまった。相変わらずお前は持ってんなぁ……」
最初はなんで自分達のボスが笑っているか分からず怪訝な顔をしていたベッジの部下達も『冥王』と聞いて察したのだろう、一気に顔に動揺か緊張が走る。
「レイリー殿、紹介します。こちらは私の同盟者、カポネ・"ギャング"・ベッジ。今回の一件では情報と物資の収集に走り回ってもらっていた者です」
「ほう。同盟というからには、肩を並べて海賊連合相手に戦場で暴れていたのかと思ったが」
「なに、適材適所というやつさ。よろしく頼む、シルバーズ・レイリー。今を生きる伝説よ」
そう言ってベッジは、俺が知ってる姿よりも若いレイリーと握手を交わす。
マジで適材適所だったよなぁ。
敵の隠れている海域こそ絞れたけど、そこから更にピンポイントで場所を絞れたのはベッジ達が周辺の島からわずかでも目撃情報を集めてくれたおかげだ。
もしベッジの情報がなかったら拠点捜索に俺と海軍で大量の哨戒船を出すことになり、その場合は敵に発見されていた可能性が極めて高い。
完全な奇襲とはいかなかっただろう。
「実際、戦闘でも頼りになりますよ。ジェルマ戦では世話になった」
「そいつはこっちもだ、クロ。海賊連合でケチこそ付いたが、それでもここらの海域は俺の縄張りになった」
「なら、懸念していた薬物の流通は?」
「お前との協定通り相当絞っている。来年からは別の稼ぎも出来るしな。ここらでお上がしつけぇ
よしよし、それならいい。
他の事ならまだなんとか折り合いが付けられるが、一回出回れば生産力にダイレクトにダメージを与える薬物関連はどうしても排除したかった。
「よし、とりあえず皆席に着いてくれ。会議を始める」
いつものスーツを着ているダズ、ペローナ、ロビンにハンコック、アミス。
そしていつもの胴着姿のハックにいつものツナギのミホーク。お前風呂上がりでまたそれ着たのか。
ベッジとお付きの部下二名。そして『冥王』がいる一室。
ここだけ完全に新世界で草も生えないわバカタレ神様コノヤロー。
マジでなんか難易度調整というか乱数狂ってません?
「まずは海賊連合問題について、全員本当にご苦労だった。おかげで多少の修正はあるが、本来の俺達の計画に戻せる」
「とはいえ、こっからの冬が勝負だな。このままじゃ政府の援助があっても餓死者が出るのは避けられねぇ。情報を集めている間に、もう
マジでアイツラ、ホント無駄に広範囲を焼いてくれたな……。エリアAを守りきれたのは本当にデカかった。
ダズやミホークはもちろん、しばらくの間復興作業の指揮を執っていたハンコックや、民衆に接する機会が多かった親衛隊を束ねるアミスも顔をしかめている。
「ああ……政府はそれなりに加盟国は救おうとするだろう。が、非加盟国はそうはいかない。クザン――大将青雉が多少力を貸してくれるとしても、それはここからまた増えるであろう海賊に対してだ。物資に限っては……そう気安くはいかない」
下手に現場レベルの判断で物を分けてもらうと横流しになっちまうからな。
クザンや西の海の海兵と友好関係を築けたからこそ、ここで下手に海軍勢力を頼るとかえって自分達の首を絞めることになる。
「基本的な方針は変わらない。ベッジは交易の中で無理のないレベルで食料と燃料を主に仕入れて欲しい」
「おお、任せろ。……あのバカでかい食料保存庫の方は大丈夫か?」
「完璧だ。なにせ、ほら……
そう笑うとベッジは普段のようにへっへっへと笑い、黒猫の面々は苦笑している。
ジェルマとの戦闘で戦利品として要求した物の一つが、奴らの船に搭載されていた冷蔵、冷凍庫だ。
大勢の人間――しかもクローンとはいえカロリー消費の多い兵士を食わせるだけあって滅茶苦茶容量のデカいそれを、連中の帰り道に必要な分を残して全部頂いておいたのだ。
正直、下手なお宝や大金より嬉しかったなぁ。
碌に技術がない非加盟国を押さえる際に、越冬のために収穫物――はともかく、魚や肉といった動物性食料の長期保存をどうするかってのは結構な難題だったから。
他にもポンプやらホースやら発電機やらモーターやら、ついでに武器や弾薬も……おぉ、あの時は軍用の食料保存庫の入手に舞い上がってたけど俺ちゃんと海賊らしいことしてたじゃん。
「一応、先日センゴク元帥と電伝虫で会談を行った際に、あくまで『治安維持』のための追加援助物資という事で、輸送船二隻分の食料や燃料をこちらに渡してもらうことも確定している。それらも用いて一つでも多くの非加盟国を救う」
海軍への貸しは積もりに積もりまくっているので、それを多少でも返す意味合いもあったのだろうけど、マジでセンゴクさんには足を向けて寝れないな。
俺達は海賊なんだから、戦力に任せて踏みつぶされる可能性もあると思ってたら……。
「だが、同時に我々も計画を進めなければならない。ロビン、地図を頼む」
「はい!」
海軍との時もそうだが、出来るだけ他に組織の目がある時には、こういう人に見られる仕事をロビンに頼むようにしている。
ロビンがトップである俺と親しい人間だという――つまりはうかつに手を出したら『黒猫』が敵に回るというアピールのためだ。
あと、何でもない時に能力を使うことにちょっとトラウマというか怯えがあるみたいだからそこのメンタル改善。
「当初の予定ではここモプチを中心に我々の統治圏を広げ、ピュリナ、カナガン、ミオ、キャラット」
ロビンがボードに貼り付けた海図に記された、モプチの近海に点在する四つの島。
ベッジが目星を付けてくれた程よく人の数があり、かつ適度な大きさの森と平地がある非加盟国、あるいは加盟国外の島。
俺が挙げた島に、ロビンが次々に丸印をつけていく。
「この四島を加えた五つの島で我ら独自の経済圏を立ち上げ、その生産力と新規市場を以って世界政府と共存が可能な第二の統治勢力を成立させるのが狙いだった。……ダズとベッジには話していたな」
……おかしい。もっと驚いてくれると思ったのだが皆小さく笑うだけだ。
もうちょっとこう、演技でいいから驚いてくれてもよくない?
レイリーもむっちゃ笑っとるし。
「が、計画を変更せざるを得なくなった。海賊連合による略奪被害もそうなのだが……」
いざ説明を続けようと思っていたら、なんかミホークが頷いている。
「ミホーク、理由が分かるか?」
「あぁ、なんとなくはな」
なんかもうモプチ民から親しみを込めて『ツナギさん』と呼ばれている剣士は、給仕に持ってこさせた紅茶を啜り、
「要するに、今の開拓速度では間に合わんのだろう? 時間をかければ市場規模にまで復旧出来るだろうが、そもそも世界政府が手を打ってくる前に形だけでも完成させなければ交渉はおろか、取引も不可能だ」
「そうだ。まさにその通りだ」
コイツまじで当てやがった。
開墾というか開拓作業をあれこれ任せていたせいでそっち方面の知識も付いたか?
「ここにいる面々ならよく知っているだろうが、そこのツナギの大剣豪は間違いなく開墾作業のトップエースだ」
全員が吹き出し、爆笑する中で当の本人は『当たり前だ』と言わんばかりに優雅に紅茶飲んでやがる。
なんだ、地味に自慢だったか?
……ただ、ロビンが嫌味なく笑ってくれたのは良かった。
ベッジに対してもそうだが、一連の騒動の中でかなりミホークに対しての敵意が薄れている。
「その力を存分に振るってもらったおかげで、モプチは……まぁ、今回の騒動で初手に食料大放出なんて普通ならまずやらない事をやったんだが……収量だけで言えば春先までは持つほどの穀物畑を作れた。これに秋播きの、これから収穫する作物も含めればどうにかなる……が」
「売り物に回せるほどの余裕はない、か」
「ん。……まぁ、来年には更に広げる予定ではあるが、働き手の問題もある。急激には伸ばせない」
当初の予定では、穀物の収量によっては酒とか金になる物を作ってベッジに売りさばかせるつもりだったんだがなぁ。さすがに甘く見すぎていた。
一応、来年は育てられそうな茶葉や煙草、香辛料に薬草の栽培も試してみるから、多少換金率は上がると思うが……。
それでも面積がどうしても限られる。
現地民からしたら、まだまだ食料自給に余裕が欲しいだろうし。
「そこに海賊連合の一件が起こった。非加盟国はただですら余裕がなかった所にトドメだ。これを立て直すには、ここモプチの一件以上に物資と労力が必要になる」
「物資に関しちゃ元々、クロが勢力を立ち上げた時はこうなるというデモンストレーションとして、近隣の加盟国落ちしそうな国に、加盟国の相場よりやや安価な食料を売り込むつもりで事前に買い溜めていた分がある」
ホント、これが上手くいってればなぁ。
さすがに政府は無視するだろうが、財政が厳しい加盟国の後押しを得られれば多少は発言力を得られたかもしれんのに……。
「まぁ、ほとんど今回の騒動で放出したんだが……。それでもまだ予備分が余っている。足しにゃあなるだろう」
「その食料やこれから手に入る物資を投下したとして、俺達が防衛も担いながら復興に従事できるのは……島一つが限界と見ている」
ダズがもっとも暗い顔をしている。
うん、今回の事件でよく分かったが、ダズは意外に助けられない人がいると落ち込む。
そこら辺のメンタルコントロールも教えておかないとな。
「開拓は行う。我らにとって、国とも呼べない荒れ地だけの非加盟国を政府の手を借りずに復興、成長させたという実績は、後の立ち回りにおいても大きな武器になりうる」
今度はロビンではなく、俺の手で海図に一本の線を入れる。
「しかし、開拓した島数で競うのは影響力を持つまでに時間がかかりすぎる。そこで――」
線の片方はモプチ。俺達の手で、農業面だけはなんとか立ち直りかけてきた非加盟国。
「ここから先、我らは航路を以って世界政府に挑む」
遠いわけではないが、それでも近くはない場所にある島。
「旧キャネット国。ここは今回の件で人こそかなり連れ去られたが、海軍の迅速な展開のおかげで火を付けられる所まではいかなかった。おかげで貴重な森林が無傷だ」
森は大事。本当に大事。今回の復興作業で実感したけど、材木を自前でどうにか出来るかどうかってのはホント大事。
特にこのワンピース世界は海洋世界。
燃料や建材になり、炭になり、そして船に必要な木材が作れる土地は本当に大事だ。
「海軍と休戦協定を結び、かつ緊急事態だからこそ我らが自由に動ける今、この島を復興させ、ここモプチとの航路を定着させる」
その航路を表す線の中央あたりには、少し広い無人島がある。
それを大きな丸で囲み、そこから更に線を引く。
その先には、モグワの影響下にあった国々を始め、加盟国の中でも貧しい国々が多くある。
「周辺に他の加盟国がないために休戦協定が終わってから海軍に襲われる可能性も比較的少なく、そしてこの無人島は他の加盟国にやや近い。ここを起点にすれば、裏ルートになるとはいえ加盟国――特に余裕がない国との交易も可能になる。いや、そういう状況を作る」
たとえそれが暗黙の了解だろうと、まっとうな品物の売買取引のルートがあるという実例を作れば、それはのちの交渉材料になるだろう。
「テストケースとして程よい大きさで選んだモプチと違い、向こうは開墾可能な土地の面積がこちらの比にならない。これが簡単な地図になる。結構な平地に、川もあるだろう?」
ミホークが、俺が海図の上にマグネットで張り付けたその地図を見て「ほう……」と笑う。
よーしよしよし、スイッチが入ってなによりだ。
「主殿、復興させるのは良いが労働力はどうするのじゃ? 住民が連れ去られたということは、残っているのは働けぬ年寄りがほとんどと見るが」
「いい質問だ。それに関しては当てがある。今回の事件において、奪還できた加盟国民は保護されているが、非加盟国民は少し扱いがややこしいことになっている」
最終的にはどこかに放り出すあたりになるんだろうけど、それまで食わせるのが海軍はともかく世界政府としては微妙な問題ということだろう。
「そこで元帥と、彼らの扱いを俺に一任させてもらえないかと交渉を行っている。向こうとしても困っていたのか、感触は悪くない」
「つまり、臨時の移民か」
「非常事態に付け込んでいるようでアレだが、今は人の力を合わせる必要がある」
「なるほど……。じゃが、もし交渉が失敗した際の代案は?」
……マジでハンコック、デカい仕事を任せてから凄い成長してるなぁ。
「代案というのは少し違うが……実は、以前一時行動していた人間……アミスたちのように救助した海兵――元海兵が、俺がそこにいると耳にしてモグワに集まりつつある。現時点で数は四十ほどだ」
「間者の可能性はないか?」
「ないとはいえない。が、本人であるのは確認している。少なくともCPのような諜報訓練を受けた者ではないんだ。現場の情報が抜かれる程度ならば、むしろ広告塔になってくれる」
「ふむ……だが、四十か」
「初動での最低労力としては十分だと思う。考えてみろハンコック」
横で紅茶を飲んでるツナギの人に目線を送る。
「開拓力がアホみたいにずば抜けている上に防衛戦力としても破格の男がいるんだぞ」
「…………………………そうじゃったな」
「まかせろ。次に備えて、収穫後に多めに苗の用意をさせている」
お、おう。
「前々から思っていたのじゃがミホーク、お主それでよいのか?」
「必要だと感じたことを実行に移しているだけにすぎん」
「う、うむ……。いや、実際に助かっておるのじゃが……」
頼もしすぎて変な笑いが出てくるな。いやマジで頼もしいけど。
見ろ、お前とさっきまで遊んでいた海賊王の右腕さんがまーた爆笑してるじゃん。
「ベッジ、お前に頼みたいのは――」
「その無人島だろう? ここを将来の交易拠点として俺達のアジトと倉庫、港くらいを用意しておけば、お前らの島が旨みを持った時に即座に動ける」
「そうだ。無論、のんびりで構わない。正直、重要度で言えば交易も兼ねた物資調達の方が今は大きい。同盟者であるお前達にただ働きだけを頼むわけにもいかんしな。最悪、変な海賊に奪われないように確保だけしてくれればそれでいい」
ベッジも自分の強みを理解している。
ベッジのやべぇ所は裏の要人を把握して、売買ルートを新たに作れるという強みだ。
だから俺は商売事に関してはベッジとその部下の力が必須だし、向こうもこちらがうかつに裏切ることはないと確信しているハズだ。
「へっへっへ、出費もデカいがその分なんだかんだで稼がせてもらってるからな。任せな」
「よし。……当面の行動方針はそんなところだ」
海軍との行動を共にすることで改めて実感したが、名声というものは馬鹿にできない。
こちらにとっては生産力を上げるための行動なのだが、
「さて、正直幹部で共有しておくべき情報は今ので全部なのだが……今日は
分かる人間の顔に緊張が走る。あるいはニヤリと笑っている。
ロビンはキョトンと首を傾げていてペローナはまたココアを飲んでいる。
「せっかくなので、よろしければ
「ほう。この隠居人に、なにか聞きたいことでもあるのかね?」
……なんで微妙に凄むんです?
「えぇ。いい機会なので、以前幹部……いや、正確にはダズとペローナには
あいつら絶対まだ半信半疑だからな。特にサウスバードのくだり。
現にダズはなんか静かに笑い始めるし、ペローナに至ってはホロホロホロと大笑いであるこんちくしょう。
「ここで一度、自分がどう動くつもりだったのかを皆に話しておこうかと。できれば、実際に
「……君の航海がどこに繋がっているか、か」
レイリーは、手にしていた酒を呷りグラスを空にすると、
「いいだろう。何が知りたい……いや、確認したいのかね?」
「ありがとうございます。では……」
「ジャヤという島について、まずはご存じでしょうか?」
「……………………は」
え、なにその反応。
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059:新しい種
「……確かに知っているが……いやはや、予想の外を突かれたな」
予想ってなんぞや。
「こう言っては何だが、ロジャーの船に乗っていたのだ。なので正直、
いらんわそんなもん!! 見る必要はあるかもしれんが!! そもそも!!!
「わざわざ答えを聞きたがる人間に手に入る宝ではないでしょう?」
ポーネグリフを読めなきゃたどり着けない島にあるお宝って時点でヤベーいわくの気配ビンビンだし。
ロビンもいるし、麦わらと合流できなきゃいつかは行かなきゃならんのだろうけど、一足飛びでラフテル立ち入ったら手痛いしっぺ返しを食らうか、あるいは価値に気付かない可能性がビンビンじゃい!!
ゲームでショートカットや裏道を見つけるのは大好きだが、それはそれとしてフラグ未回収で進行不能ゲームリセットみたいな奴ほど腹立つ事はない!
「わっははははははははははは!!!!」
……あの、それはそれとしてレイリーさんえらいご機嫌ですね?
そんな周りがちょっと引くほど笑わんでも。
「いや、すまん。はっはっは……なるほど、いやしかし……西の海でこのような男が産まれるとはな」
「産まれたのは東の海ですが……」
結局妙にこの海が馴染んでるけど、お尋ね者になったのが今くらいだったらそこまで舐められなかったのになぁ。
「ほう……東の……」
おかしい。質問したのこっちなのに気が付いたらあれこれ聞かれてる。
「では、
「走りました。マリージョアを越える時は壁面を」
「はははははははははははは!!!」
……ええ、もう、はい。
どうも俺の話は酒が進むようで……美味そうに飲むなぁ……まぁいいか。
「やれやれ、まだまだ聞きたいが後の楽しみとしよう。……あぁ、ジャヤは知っている。
「ええ。そこに、変わった鳴き声のする鳥がいますよね?」
「あぁ、サウスバードか。うむ、ロジャーが喧嘩していたからよく覚えている」
「喧嘩……」
あぁ、そういやサウスバードってえらく知能高かったっけか。
……説得役にドラムでドクトリーヌとチョッパーに頼み込んで通訳頼むか?
そのころまでにはそれなりに金は稼いでいるハズだし。
「その鳥は、南しか向けないというのは本当か?」
そこに、ダズが立ち上がって尋ねる。
そういや、何気に一番俺とその件について話し合ってる人間だったわ。
「その通り、南しか向けない。我々も、とある場所に向かうために利用したものだ」
「…………やはり、事実だったのか」
ロビンがアミスとなにやらひそひそ話したり、ベッジが金の匂いを嗅ぎつけたのか目を輝かせていたりする。
さすがだよ、お前ら。
「さて、ここまでの話を踏まえた上で、話を聞いて欲しい」
「私の目的は、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分も、そして『抜き足』という海賊に付いてきた者達も、一部を除いてポカンと口を開けてしまっている。
「今聞いた通り、サウスバードは天然のコンパスだ。これを利用すれば、磁気の乱れによって方角の把握が難しい
かつての船長が、死の間際に残した言葉によって引き起こされた大海賊時代。
海賊になる者は皆、あの男が残した『財宝』を求めて海に出ている。
そういった中で腐っていくものもいる。
脱落する者もいれば略奪に味を占める者もいる。あるいは、ただ暴力に酔う者も。
「特殊な環境により航路がある程度絞られている
だが、新しい時代になったばかりだというのに、これまでいたどの海賊とも違う道を歩もうとしている男を見るのは、これが初めてだった。
「
「そして、
「……そうだ。いや、正確には最初の内だな。使うには使うが、なにせ生き物だ。途中で亡くなることだって十分にあり得る。ゆえに、サブプランが必要になる。まぁ、これに関しては改めて説明するが……」
「海楼石船による
「この二つを軸にして、閉鎖環境にある
「これまで狭い場所で発達してきた技術と学問のぶつかり合いは必ず革新を起こし、文化風俗の広がりは世界に新しい潤いを与える!」
「そしてそれらを運ぶ航路はより大きく市場を刺激し、売買を加速させ、各島により豊かになるチャンスを運ぶ!」
恐らく詳しい話を知っていたのだろう少年の副総督と、畳んだ幽霊を模した日傘を手で弄んでいる少女は小さく笑っている。
一方で、『黒猫』と呼ばれている海賊の親衛隊の女性隊長は、横に並んでいるオハラの遺児と共に目を輝かせている。
「これが、以前から考えていた私の計画だ。いくつか修正が必要な所もあるが……どうだ?」
「馬鹿野郎、クロてめぇ!!」
パッと見なら舐められてもおかしくない少年海賊と、対等な立場を築いているマフィアの男は叫んで立ち上がり、
「そんな面白い話持ってんならもっと早く言わねぇか!!」
「すまん、ベッジ。なにせ
そう、笑いながら怒鳴っていた。
どこまでも海賊らしくない一団が、海賊らしく笑っていた。
まるで、かつて乗っていたあの船の連中のように。
「……そうか」
男は確信した。
この海賊の計画が上手くいくかは分からない。
だが――
「次の時代の種はもう芽生えつつある、か」
この海賊団は更に大きくなる。若い能力者が、新世界の剣士が、時代に見捨てられた人間が、時代を――そして、残されたオハラの意思が集まった理由が。
なんとなく分かるような気がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
キャプテン・クロの発表が終わり、そのままサロンはちょっとした宴会の場となった。
別室で控えていた親衛隊やカポネ・ベッジの部下達も集まり、給仕の人間に思い思いの料理や酒を注文して歓談している。
普段よりは質素な料理をつまみながら、キャプテン・クロはベッジやミホークと話をしている。
ニコ・ロビンは、その後ろでクロの長く伸びた髪に一生懸命櫛を通して、なぜか三つ編みにしている。
ハンコックは姉妹と共にその様子を眺めていた所に、果物を持ってふらりと寄ってきた親衛隊の面々と話を。
ペローナは魚人や人魚たちと、隠し港のある拠点の開発についてなにやら話し込んでいる。
「しかし、君達もその歳で大変な海賊になったな。補佐役は大変だろう?」
「ああ。……ただ、部下が皆役割を理解してくれているので助かっている」
「そうですね、船員は全員、持ち場を死守するという意味を分かってくれて……逆に親衛隊は、少し役割がバラけ始めているので、一度考えないといけないかもしれません」
そしてサロンのカウンターでは、海賊王の右腕と共に、『黒猫』を支える主力と言っていい二人。副総督のダズと、親衛隊隊長のアミスが酒を酌み交わしていた。―― 一名はお茶だが。
「いや、私の目から見ても親衛隊は中々の精鋭だ。このまま覇気を鍛えていけば、新世界でもそうそう崩されん精強な部隊に成長するだろう。……いや、うらやましい」
「? うらやましい、ですか?」
「一般船員も含めて、ここまで統率された海賊を見たことがなくてね。……君達のような部下がいてくれれば、私ももう少し楽が出来ただろう」
その言葉に、ダズは鉄仮面を少し崩す。
「確かに、言われてみればこれまで沈めてきた海賊達は、暴れるだけで戦術もなにもあったものじゃなかったな」
「はっはっは! それが普通だ。クロ君や君達のように、海賊を組織立てた上で、海軍以上に戦略、戦術を用いて運用するなど……」
「海軍以上、ですか?」
「そう感じる。ハンコックの修行の合間に、残る親衛隊や船員の訓練を観察させてもらったが、実に面白かった」
カポネ・ベッジが仕入れてクロが買い取った、サロン用のやや上等な酒。『冥王』レイリーは、普段あまり口にしないその酒を、さぞ美味そうに口にしながら、
「新世界――後半の海では特に、個の武力と数の世界だからな。そこでもある程度なら通用するレベルの覇気を纏う程に鍛えられた上で、個ではなく群としての動きを重視する一団は……いやはや、怖いな」
「集団で当たってもミホーク先生にもキャプテンにもまだまだ敵わないんですがね」
「キャプテンは、武装色を覚えてからはより速くなった……らしいからな」
「……副総督、それ本当ですか?」
「なんでも、加速時に足に武装色を纏わせていれば足が保護されて、より静かに加速できるらしい。傍目には分からんが」
「…………無理、追いつけない」
「はっはっは!!!」
ただでさえキャプテン・クロの速さを良く知る二人は、より強くなっている自分達の総督に頼もしさを覚えながらも、相当手加減してもらわなければ模擬戦すら成立しないレベルになっていることに頭が痛くなっていた。
「あの『海兵狩り』とも訓練を?」
「はい、親衛隊は全員。後は船員で先生が目を付けた人も……」
「だいたい訓練に参加している中から五人ずつで斬りかかって全員のされるのを繰り返すだけだが」
ダズもアミスも、いつもの地獄を思い出して顔を顰める。
指揮を執る事が多い二人なので毎回ではないが、参加するたびに前回のやり取りを思い出し、そしてその度に「そうではない」と言わんばかりに再び蹴散らされるのだ。
何度も何度も挑むことによって、ようやく単独では十五分以上。瞬殺ではなく連携次第で二十分以上は斬り合えるようになってきた。
他の隊員だと、防御に長けたミアキスを除けばもっと早く気絶させられる。
「ダズ君。君は若い。総督であるクロもそうだが、まだまだ少年と呼ばれてよい頃だろう。なぜ、海賊に?」
「……元々、偶然悪魔の実を食べてからは賞金稼ぎの真似事をやっていた。キャプテンと知り合ったのはその時だ」
「つまり……敵としてかね」
「ああ。キャプテンは当時、元々の賞金に加えてマフィアから追加の報奨金が付けられていた。……賞金首のビラを見れば、少し年上だがそこまでではない。自分のような能力者という情報もなかった」
一人だけ酒ではなく茶――マテ茶を飲んでいたダズはカップをカウンターに置き、当時を――まだ最近と言える時期であるのに、もう数年は前のようなその時の事を。
「あの時からキャプテンは速かった。まず目では追えず、ダメージこそ負わなかったが一方的に蹴り続けられていた。蹴った瞬間ならば斬れると思い、刃に変化させた腕を振るってももうそこにはいない。……正直に言えば、怖かった」
今ではどうだろうかと、ダズは手のひらを何度か開いて見せる。
「まぁ、そうしてやり合っていたら……唐突に、『一緒に行こう』と言い出した」
―― 弱者が虐げられるのは、強者が敬意を忘れつつあるからだ。
―― 強者が敬意を忘れつつあるのは、自分達も弱者であったことを忘れつつあるからだ。
当時、クロの言った言葉をダズは今でも覚えている。
間違いなく、この西の海の中では敵らしい敵などもはやいないだろう強者となっても、そのキャプテンが他者への敬意を忘れていないから。
「本当に、馬鹿な誘い方だった」
クックック、と小さく笑うダズにレイリーが、
「なんと彼は言ったのかね?」
「あぁ、詐欺師のような事を言い出したんだ」
と尋ねる。
「俺と一緒に世界をひっくり返そう。この出会いは運命だ、と」
思わずアミスが吹き出す。
「副総督、そんな誘いに乗ったんですか?」
「その後に、先ほどの与太話を聞かされてな。……まぁ、その後に「俺がリーダーなら仲間になる」と切り返したらもう一戦始める事になって……その後は知っての通りだ」
そうして、ダズがこの話を振ってきた初老の男に向き合うと――男は愕然とした表情をしていた。
まるで、あり得ないものを見るかのように呆然と。
だがその後に、
「はっはははははははははははははは!!!!!」
と手にした酒をカウンターの上に置き、目尻にわずかに涙を浮かべながら、大きく笑い出したのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「というわけで、ハンコック達を心配していた九蛇の知り合いには手紙を送っておいた。しばらくはこちらのやっかいになる」
なるなよ!!
思わずそう叫びそうになった俺を誰が責められるだろうか!?
ここ西の海だぞ!? しかも俺達は海軍と休戦協定結んでるというややこしい状況下にいる海賊だぞ!?
さすがにクザンにも「すいません、ウチにしばらく『冥王』いますけど気にしないでくださいね?」とか言えんじゃろがい!!
「まぁ、君たちの成長も興味があるのでな。特に……」
ねぇ、レイリーさんやい。
とりあえずそのサーベルを鞘に納めてそこに置いてお茶でも飲みません? いや、酒でもいいんだけど。
「君には、少々興味が湧いた」
湧かなくていいで――殺気!? 後ろ!!
―― ザンッッッッ!!!
「ほう、今のを避けたな? 思った通り、良い具合に仕上がりつつある」
「ミホーク貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
なに!? なんなの!? どうして俺の目の前で『冥王』がサーベル構えて後ろで『鷹の目』が刀抜いてるの!!?
「しかしレイリー、いいのか? クロの訓練に付き合ってもらって」
「構わんさ。君の見立て通り、クロ君はその思慮深さが覇気を纏う際のブレーキになっている。ならば、彼の武器である思考速度を落とさず意図的にブレーキを壊せるように、限界を超えた所まで追い詰めるのが一番早い」
「限界を超えたら人は死ぬんですよ!!」
思わずそう叫んだ俺を誰が責められるだろうか!?
「はっはっは! 安心したまえ、君は身体面では相当鍛えられているし若いんだ。なぁに、骨さえ無事なら繋がるだろうとも」
「ひょっとして今手足ハーフカット宣言しました!!?」
「安心しろクロ、俺が保証する」
「なにを!?」
「俺は無論、レイリーも綺麗に斬れる。船医も待機させているのだ。問題ない」
「お前ちょっと問題という言葉を辞書で引いてこい!!」
確かに雑談の中でポロッと覇気の訓練を見てくれとか言ったよ!
後の主人公に覇気を教えた師匠ポジだから、多少スパルタでも筋の通った訓練を教えてくれると思ったんですよ!
多少無茶でもやってみせますとも言ったよ!
でもそれは自分の訓練の話なんですよ! 誰も自分を処刑してくれとか言ってないんですよ!!
「クロ君も、しばらくしたらモグワに向かわねばならん」
「この男は五日は戦い続けられるくらいには鍛えている。多少の無茶は利くぞ」
多少の無茶は手足ハーフカットを覚悟する所まで行かないという事を知ってクレメンス! 理解してクレメンス!!
「ほう、そうか。ではまず軽く流そう。そうだな……六時間。私とミホークが一つ隙を残して斬りかかり続ける」
「それを見切り、生き残って見せろ」
「すいません俺の耳にはそれ判断一つミスったら死ぬレベル設定だって聞こえたんだけど嘘だよね!?」
「いくぞ」
「あの夜のように力を見せてみろ、クロ」
「――ぬ゛わ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
白雨白刃様、日真日様、ファンアートの提供ありがとうございました!!
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060:指揮官
「わらわを部隊長に?」
「あぁ。正確には部隊長というか、まずは数隻からの艦隊を率いてもらう提督にと思っている。その……もし抜けるのならば、引き継げるように形を作ってな」
朝起きて歯を磨いて飯食って各班に今日の予定を確認してから地獄で活路を開いて現場を視察して地獄で死にかけて昼飯食って地獄に落とされかけて王女殿下に謁見してその日の進捗を報告して晩飯食ってダズかアミスと共に地獄でハードラックとダンスして風呂入って仲間と駄弁って歯を磨いて寝る生活を数日繰り返し、そろそろ祭りの用意と一緒にモグワに戻る用意をしなくてはというタイミングで、以前から考えていた話をハンコックにしていた。
「わらわでよいのか? 親衛隊の者や、わらわより先におるペローナの方が良いのでは?」
「親衛隊は自由に配置できる精鋭という部隊だし、ペローナは唯一無二の役目がある。団全体の要だからな。加えて、ジェルマ戦以降お前は実質ハンコック隊の隊長だったんだ。実績として申し分ない」
「ふむ……」
それに、分艦隊並びに別動隊をしっかり組織立てて編成しておかないと仕事が増える一方になる。
思えば、西の海の海軍再編成を手伝ったのはいい経験だった。
ハンコックは、俺が留守の間の復興作業を通してある程度内政も学んでいるし、言っちゃなんだが顔がいいから看板役としても使える。それに、ミホークやダズも認める強さを持っている。
「編成はとりあえず主力として二番艦、それを補佐する五番、六番艦を率いて欲しい」
「六番……護衛艦まで預かってよいのか?」
「ああ。運用データは多ければ多い方がいいからな。むしろ好きに使ってほしい。その情報を元に次の船を造る」
「……正直、護衛艦があるだけで砲火力の密度が段違いじゃ。助かる」
だよなぁ。
船員の質が高いとはいえ、本船も含めて鹵獲して戦力に組み込んだ船はほとんど改造商船だ。大砲を大量に積み込むようには作られていない。
そこで、ないなら造ればいいじゃんと試行錯誤しながら出来るだけ大きめの鹵獲船に装甲板や大砲を可能な限り積み込んだのが護衛艦だ。
なお、護衛艦という呼称は、そもそもは輸送船の護衛が主任務になると思っていたからだ。
「先日の主殿の計画もそうじゃが、正直ここは居心地が良くてな……。分かった。その任、承った」
「ありがとう。モプチを発つ前に第一艦隊提督への叙任式を行うつもりだから、一度王宮の部屋借りて段取り考えるか」
「主殿……。それも催し物にするのか?」
「儀礼式典の類は大事だぞ? 特にウチみたいに名声を武器にする組織にとって、王家はもちろん、民衆への分かりやすい役職の説明と顔見せはな」
「……つくづく海賊らしくないのう」
俺も最近自分たちがおかしいとわかってきたけどしょうがない。
大衆の支持なんて危なっかしくて簡単に信用しちゃ駄目だけど、無視もできん。押さえつけずに力の誇示ができるならやっておかなくては、統治力に罅が入る。
舐められるわけにもいかんからある程度は絞るけど、同時に絞られているからいい暮らしができていると納得させる必要があるからなぁ。
ウチなら、海賊や海賊みたいな海軍崩れへのカウンターとしての役割などがそうだ。
……武力面でのアピールもうちょい強めるか。
造船の態勢整って船揃えられたら、いっそ観艦式とかもやってみよう。
「……それと、主殿。折り入って話がある」
「ん? どうした?」
「前々から妹達と話し合っておったのじゃが……」
ソニア達もか。
もし出来るならアイツらも含めて残ってくれないかなぁ。
あの二人も、少人数の分隊指揮では中々優秀なんよな。
それに二人ともダズと仲良いし、ロビンやペローナも懐いている。
ハンコックは普通にうちの主力だし。
「実は、主殿が預かってくれておる悪魔の実を食べようという話になった」
んお?
「あぁ、別に構わない。もし食わないままでも、あれだったらお前達が九蛇に戻る時の餞別に渡すつもりだったし」
蛇の二つはともかく、メロメロの実なんて食わせて役に立ちそうなの……。
親衛隊ならありだったかもしれんが、アイツら万が一の時のダズ達能力者の救助役も兼ねているしなぁ。
魚人組は一味じゃなくて、保護している協力者だし。
「しかし、いいのか? 言うまでもないが海が弱点になるし……お前達にとっては嫌な事を思い出させる物だろう?」
「……主殿は、優しいの。……うむ、その優しさがあるからこその『黒猫』じゃが……」
もはやすっかり着慣れた『黒猫』のスーツ。
三本爪のマークが刺繍されたそれを少しドレス風に改造して、くるぶしの少し上まで裾上げした上でスリットを入れたスラックス。
それを着こなした美少女が、俺に微笑んでいるわけである。まだ子供とはいえちょっとドキッとするわ。
(ロビンやペローナがマスコットなら、ハンコックはウチのアイドルだよなぁ)
「それこそ、あのジェルマなる輩と戦った時につくづく実感したのだが……わらわには、主殿やミホークのような絶対的な武がない」
「そうか?」
「うむ。……ダズも、単純な覇気比べなら譲る気はないが、それでも闘う者としてはおそらくはもうわらわの上にいっておる。覇気を能力に活かし、面と向かっての一対一ではソニアやマリーでも敵わぬ」
「……あの二人を超えたか」
九蛇の戦士といえどまだ子供の二人は、それでも大柄な体を活かすために槍や戦斧のような長物を好む。
リーチの長さを活かして敵の出鼻をくじき、いざという時は弓矢による援護も出来る。
先日の海賊連合の本拠地強襲戦でも、囚われた民間人の救助に入ったキャザリーの部隊をその場の判断で援護している。
(ちょいと前までは、覇気纏った長物にぶっ飛ばされて対処法をハックに相談していたダズがなぁ)
「部隊を指揮してみて分かったが、戦闘――特に船上のように兵同士が密集している戦場では、士気の上下が激しく、兵の指揮や把握が難しい」
「あぁ、わかる。隣の仲間が怪我で苦しめば恐怖が伝染し、逆に拮抗していた敵を倒せばその達成感が伝染して士気が跳ね上がる」
「うむ。……そして、士気が上がりすぎれば戦線を維持すべき場面でもつい前に出てしまう兵が現れ、下がればそもそも維持が難しい」
それなぁ。
隊列組んだ戦闘は相手に圧をかけやすいけど、同時に最大の弱点はそれなんよ。
隊列組んだ兵士が、自身の左右の環境に影響されやすい。
ヒャッハーな海賊が強いのもなんとなく分かる。
今は、最前線で落ち着いて兵士を指揮できるまでになった親衛隊がいるから、戦線の規模が小さければ安定して戦えるんだが……。
出来るだけ砲戦で勝ちたいのもそれがあるからだ。
縄張りの根幹になる内政で忙しいけど、戦術の研究もしっかりやらないとな。
うん、ハンコックを第一艦隊提督にするのはやっぱり間違いじゃない。
「兵を無駄に消耗させぬには、士気を安定させるのが一番じゃ。そしてそれには、やはり矢面に立つ強者がいるべき。しかし、わらわには色々と足りておらぬ。主殿ほどの加速力があれば徒手空拳にも威力が出ようがそれもなく、
俺はともかくミホークは目指しちゃダメな気がする。
「武器が欲しいのじゃ、主殿。この先、どれほどの強者を相手にしても自信の揺るがぬ武器が」
「……気持ちはわかる」
ベッジ戦がなければ俺も悩み続けていただろうことだ。
それに元々、やはりハンコックにはメロメロが似合うとは思っていたし。
「ソニアやマリーも同じか?」
「うむ。……あ奴らも少数とはいえ兵を率いておる。……そうなると、な」
兵士が傷つく前にぶっ飛ばせば早いと考えたか。
……出来ればそれを乗り越えてほしいんだが……。
(いや、いくらなんでもそんな事を考えさせるには早すぎるか)
いかん、どうもここ最近ヤバい状況だらけだったせいで、求める質がずっと右肩上がりだ。
誰よりも俺がもうちょっと肩の力抜かなきゃダメだな……。
「ちょうどいい。ソニア達を連れて俺の部屋まで来てくれ」
「第一艦隊提督就任の前祝いだ。受け取ってくれ、ハンコック」
「……かたじけない、主殿」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほう、島の制圧。それが君の仕事か、ミホーク」
「あぁ。それと開発だな。生き残っている者や、新しく来る者も含めてまずは食えるだけの畑と水回りを用意せねばならん」
あれから『冥王』と呼ばれた男は、主にモプチの港町を中心に自由気ままな生活を送っていた。
特に、運動がてら『海兵狩り』と剣を合わせたり、あるいはともにクロを始めとした『黒猫』の船員をしごいたりしているのは有名で、名こそ大きく明かしていないが街の者や正体を知らない船員からは"レイさん"や"レイ先生"と呼ばれている。
「はっはっは! 君程の剣を持つ男が、鍬を握り田畑を耕すために船出か!」
「客将とはいえ将は将だ。それに、奴と斬り合ってから驚くほどに充実した日々を過ごさせてもらっている。多少の頼みくらいは受けてもよい」
客人を持て成す場であるのと同時に、黒猫の一味のたまり場でもあるサロンのカウンターで、その二人は酒を酌み交わしている。
「まったく、船長が勤勉ならその仲間も勤勉か」
「勤勉というのはアミス達の事を指す。……まったく、クロやダズはともかくとして、奴らは気合いだけでよくここまで食らいつくものだ」
「あぁ……」
ミホークは自分が客将であることを公言し、そう動いているのに対してレイリーは完全に食客としてモプチにいる。
ゆえにクロ以外の特訓に付き合っているのは完全に暇つぶしのつもりだった。
だが、想定を超えて粘る生徒たちに、愛着が湧きそうになっているのも事実だった。
「あの娘達も素晴らしい。よほど役に立ちたいと思っているのだろう……あれだけ身体を苛め抜いてよく投げ出さないものだ。クロ君なら、そこまでしなくとも見捨てたりしないだろうに」
「……理由はそれぞれあるのだろうが、強さに貪欲な姿勢は見ていて微笑ましい。それが『黒猫』のような一団なら猶更だ」
「あぁ……変わった一団だ」
海賊団としてはすでに有数の実力を持っているが、おそらく一般人からすればもっとも危険度の低い海賊団。
一見放置していて問題ないほどの一団なのだが、その下にいる一人の少女の存在があるために反転、世界政府にとってもっとも恐るべき――だが手が出しづらい存在になってしまっている。
「しかし、なぜだね?」
「なぜ、とは?」
「君の話だと、頼まれていたのは戦闘員の訓練であって、その仕事はもう完了したと言っていいのではないかね? 親衛隊はもはや
「そうだな。支部戦力程度ならば一方的に蹴散らせるだろう」
「彼らに対しての義理は充分以上に果たしている。それでも『黒猫』にいるのは、居心地が良いからかね?」
「……それもある」
クロが仕入れていた自分の好みに近い味のワインを喉に流し込み、ミホークは一息吐く。
「だが、やはり気になるのはクロだ。奴がこれから何を選んでいくかを見てみたい」
「はっはっは、ご執心だな!」
「……覇気を知り、鍛えてから初めて刀を折られそうになった男だ。その成長も気になるが……」
小さくレイリーが驚嘆する。
この地で目の前の男と知り合ってから、この男の剣の腕を知っているからだ。
「奴の道には敵にせよ味方にせよ強者が多い。あんな道を征こうとするなら当然だが……」
「いやはや、私も頭が固かったようだ。まさか、ログポースに頼らない道を作りに行くとは」
先日の馬鹿みたいな――だが夢のある話は、久々に腹から笑える笑い話だった。
「奴が非加盟国をまとめ上げると言い出した時も笑ったが……まったく、退屈させてくれん男だ」
「だから、付いていくと?」
「下に付くつもりはないが……」
こうして静かに酒を飲むことも出来れば、人が集まっている方に足を運べば好ましい騒ぎを背景に呑むことも選べるこのサロンは、ミホークにとっても気に入っている場所の一つだ。
「まぁ、今しばらくは奴の命で振るう剣も悪くないだろう」
―― コンコンッ
その時、階下の出入り口の方からノックの音が響いた。
「む?」
「ノックするということは、客人か……珍しいな」
―― すまない。『黒猫』に会いたければここだと言われてきたんだが、合ってるか?
―― えぇ、合っていますよ。失礼ですが、どちら様でしょうか?
門番をしている親衛隊が応対している。
なんとなく気になったミホークはカウンターを立ち、やや重い扉を静かに開ける。
「ここにいる海賊のおかげで、奴隷の身分から逃げ出せたんだ……直接礼を言いたくて、連れと一緒にここまで来た」
「俺は……テゾーロ。ギルド・テゾーロだ。どうか一度、『黒猫』に直接礼を言わせてほしい!」
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061:夢へ
「海軍主導でのヒューマンショップへの強制査察か。……なるほど」
「ああ、俺達が船に乗せられる所でそのための混乱が起こって……自分達もそれに紛れ込んで……なんとか逃げ出してきたんだ」
王女殿下にハンコックの提督就任の旨を告げたうえで、叙任式の日時と式典の内容について話していたらミアキスに呼ばれて、なんかサロンの方に客人が来たというのであってみれば、また例の海兵奴隷事件の影響を受けた人間だった。
尾を引くなぁ、あの事件……いやぁ無理もないけど。
一番解決が難しい所だからこそ推定容疑者のアイツも狙ったんだろうし。
「査察の直前に無理やり……その……出荷される所で船が止められて、その時に俺は彼女を連れて逃げ出したんだ」
「正直、内容が内容だったからあの事件を暴いて良い所も悪い所も吹き上がった。……よく、そちらの女性を連れて逃げ出せたな」
海兵奴隷絡みなら、下手したらCPがいてもおかしくない――というか、いただろう状況だ。
「海軍が船を押さえて……その時に政府の人間と海軍とで揉めてたおかげで、船のアチコチで混乱が酷かったんだ。俺達以外にも、かなりの数の奴隷――いや、奴隷として買われた人間は逃げていた」
「まさか、戦闘に?」
「……ちょっとした小競り合いは起こっていた」
おぉう!?
ちょっと待って海兵の誰からもそんな話聞いてない……ひょっとして本部の海兵?
…………。
あれ、それかなり滅茶苦茶相当ヤッッバいことになってないか!?
クザンお前そういうことあったんなら言っておけよ!!
例のノート、余計な事にならないようにいくつか塗りつぶした部分あったけどやっぱり書いときゃよかった!!
俺がモグワに戻るまで頼むから変な事するなよ!??
「とにかく、それで彼女を連れて逃げられたんだ。全部、あんたらが奴隷売買をブチ壊してくれたおかげなんだ! 礼を言わせてほしい、本当に助かった!」
そういって男――テゾーロという男が頭を下げ、その後ろに付いてきていた女性も続いて頭を下げる。
……えらい美人だな。目を付けられてただろうし、よく連れて逃げられたわ。
「着の身着のままでなんとか逃げてきたから金目のモノは一切ないが、働いて少しでも――」
「ミスター・テゾーロ」
まぁ、ということはさぁ……。
「先に断言しておくが、貴方達を売り飛ばすような真似は断じてしない。そう無理して恩を持ち出さなくていい」
未だに追われている可能性があるわけだ。
いや、多分もっとやべぇ状態になりつつあるから多分大丈夫だと思うけど、とっ捕まっていた本人達からすればとても落ち着けないだろう。
俺がそう言うと、女性の方――ステラだったか――は少しホッとしたように息を吐き、テゾーロは少しだけ表情を柔らかくするが少し警戒の気配が残っている。
……コイツ、いいな。
ここであからさまに警戒を見せるんじゃなく、警戒を解いたように
大した演技力だ。他に持ってる技能や積んできた経験次第では滅茶苦茶使える人間ですわ。
他には……。
(傷の残った拳に身体……武術とか剣術とかじゃなく、殴る蹴るの喧嘩慣れはしている。若さからするとマフィアの新入りとかチンピラっぽいけど……)
年の頃は……二十歳前後だろう。だが、その若さにしては随分とこう……チンピラ感というか……なんというか、チャラい感じがしない。もっと具体的にいうなら、軽率な真似をするように見えない。
声も響くような出し方するし、演技力も考えると……歌手とか役者みたいな……裏社会なら取引の差配みたいな人前に出る仕事をやってたか?
というか、若くてこんだけ貫禄あるなら……幼いころに親から捨てられたか出ていったかで早い時分に裏の世界に入って、苦労したか自分の役割を見つけたタイプか。
そして、ステラさんの男を見る目からして信頼はされている。
……あれか。アオハルか。
いいなぁ……。
「うちの団員は、同じように売り飛ばされる前に救出できた人間が多い。だからこそ、一度裏市場に流され、逃げ続ける恐怖は多少なりは理解しているつもりだ。決して、貴方達の気持ちを無下にはしない」
ともあれ、今は仕事だ仕事。
まずは本音を聞かせてもら……いや違う違う、本人達に口にしてもらわなきゃイカンか。
「だから、無駄に肩肘張らなくていい。張り続けると俺みたいに、歳に絶対合わない大事が放り込まれるんだ」
「いや、主殿は自分から業火の中に飛び込み続けておるからじゃろう」
「キャプテンさん、いつも助走を付けて飛び込むよね」
「ハンコック、ロビン、シャラップ」
念のためにと護衛に付いてくれたハンコックと付いてきてくれたロビン、すごいありがたいけどお口にチャック。
いや、二人が少し笑ってくれたから助かったけど。
「だから、飾らずに言ってくれ」
もうね、わざわざ礼を言いに来るとかいう時点で狙いが読めるというか伝わってくるというか。
「すまない……すまない、キャプテン・クロ!」
いや、頭……頭どころか土下座しなくていいから……。
「彼女を、ステラを買って俺も奴隷にしようとしたのは
うん、知ってたとしか言いようがねぇ……。
あいつら、ほんと節操ねぇな。
「いざこざの間になんとか逃げられたが、取り戻すために追いかけて来るかもしれない! 俺はともかく、奴は彼女を買ったんだ!」
なるほど、金を使って買おうとしたのなら、執着する可能性もあるか。
あのデブが出てくるんじゃねぇだろうな。
「頼む、俺達を匿ってくれ! アンタらは、世界政府でもうかつに手が出せない海賊だと耳にした!」
……手が出せないというか、出しづらいというか。そういう風に立ち回ってるというか。
あと海賊強調するな。
いや、海賊だから海賊っていうのは正しいんだけどステラさん微妙に納得いってないだろう。ちょっと微妙な目でこっち見られてる。
……実際、俺達悪党だもんなぁ。そりゃ、こんな真っすぐな目をした女の子からしたら海賊なのにそれらしくしない胡散臭い集団なんて下手な海賊より怖い存在であること間違いなしなわけで……。
「俺がいくらでも働く! 頼む、せめてステラだけでも!」
「ミスター・テゾーロ。いや、テゾーロ、顔を上げてくれ」
まぁ、ぶっちゃけ問題ない。
別に天竜人を倒したいと思ってるわけではないが、何らかの形でその権力の暴走を止めようとは考えているわけだし。
「世界貴族を敵に回してでも、そちらの女性を連れて逃げて来たのだろう? それほどの必死な……真摯な訴えを無下にしたら、この三本爪の猫が泣く」
その際にどうせ海軍やらCPとはなんらかの形で戦う事になるんだ。
奴隷だのなんだの気にせず駆け込んでくればいい。
それを守り続けることが最終的にウチの看板になって武器になる。
「そもそも、俺も天竜人に奴隷になれと言われた身だ。その怖さはよく分かる」
いやホント、もしチャンスが出来たらアイツらの顎骨と鎖骨を片っ端から蹴り折りたいと常々思うくらいには分かる。
二十年後を見ておけよアイツらホント……。
「二人の身柄は、この『黒猫』が保障する」
さて、とりあえず二人の戸籍作成からだなぁ。
あと若い女性いるならしっかりした家も用意しないと……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「海賊が支配している街とは思えないわね、テゾーロ……」
「ああ……。もし噂と違い君を襲おうとするような輩なら、暴れて逃げ出すつもりだったけど……噂通り、秩序を求める海賊だったようだ」
どうにか逃げ切り、男のかつてのツテを駆使して一組の男女がたどり着いた島。
億越えの大物海賊が支配するという西の海のとある非加盟国は、支配という言葉が信じられない程活気にあふれていた。
どうやら祭りが近いらしく、大通りを女性たちが思い思いに飾り付けを施し、男たちは木材やら鍋やらを運んでなにやら出店のようなものを用意している。
「……正直、家までもらえるなんて思ってなかったわ」
「ああ。仕事だって普通だ。……金より配給の方が多いのが少し心配だが」
「非加盟国だもの。むしろ、ちゃんとした量の配給がもらえるまで安定していることに驚いているわ。すごい……」
ステラという女性の言葉に、男――テゾーロは頷く。
実の所、テゾーロからしてもこの光景は想像以上だった。
「祭りも……少し寂しいがそれでも良い雰囲気だ。」
「貴方からしたら物足りないんじゃないの? テゾーロ」
「ん……」
ステラの言葉に、テゾーロは少し眉をゆるめて苦笑する。
「まぁ、それこそ仕方ないさ。どうにか食っていける所まで復興したばかりの国では、そういう事を考え抜く余裕もないだろう」
「なら、貴方がキャプテンさんに進言してみたら?」
「それこそまさかだろう。こんな出会ったばかりのチンピラの言葉なんて」
「やってみなきゃわからないわ。それに、貴方はチンピラじゃないでしょう?」
大通りを抜けて、簡素なものとはいえ木とレンガで建てられた小さな家の前に辿り着く。
黒猫の大工組が、モプチの国民と共に次々と建てていった民家の一つだ。
「言ってたじゃない。いつか大きなステージで、大勢の観客を前に歌いたいって」
「……ステラ」
「貴方はチンピラじゃない。貴方は捕らわれていた私を自由にするために一生懸命働いて稼いで、あの騒動の中血にまみれながら、必死に私の手を掴んで連れ出してくれた素敵な人」
ドアを開けると、中はやはり大きいわけではない。
少し大きめのテーブルに椅子、棚にかまど。奥にはベッド二つにサイドテーブル。
意外な事に家具は揃っており、テーブルの上には小さな花瓶に花が活けられていた。
「私、もう十分すぎる程に幸せよ。テゾーロ」
「だから、貴方のしたい事をやって」
「私を助けてくれた貴方の夢を、手助けしたいの」
女の言葉に、男は涙ぐむのを必死に堪える。
「ああ……」
堪えながら、宣言する。
「ああ、ステラ。やってみせるとも。この先、必ず君に……っ」
「最高のエンタテイメントを見せてやる……!」
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062:おさなごころ
修復された大広場では、日が沈みつつあるとはいえまだ明るいうちからあちこちにランタンが吊り下げられている。
簡素ながらも飾り付けられた大通りでは、数こそ少ないが出店も並び、滅多に口に出来ない肉や砂糖をふんだんに使った料理を子供が頬張っている。
「幾分か豪華になったな。無駄に出店を増やさなくてよかった……」
「海賊連合の被害にあった国に比べればマシとはいえ、人が少ないからな」
「見た目だけ派手にしようとしても中身が追いつかなければ虚しいだけ、か」
ようやくここまでたどり着けた。
ここモプチを中心にルーチュや移動の難しい集落の方での同時開催の収穫祭。
まぁ、本来の収穫祭の時期からはだいぶ遅れたからなんか違う名前のほうがいい気がするけど。
「しかし、見事なものだ。テゾーロ」
俺とダズで離れた所から祭りの様子を確認してから、俺の隣に立っている男に――真新しい三本爪のスーツを纏った背の高い男に声をかける。
「本音を言えば、もう少し盛大に行けると思ったんですが……」
「すまん、状況が状況なもので物資も金も他に使う所があってな」
ギルド・テゾーロ。
つい先日、暫定的に財務担当に任命した男だ。
「今は生活を安定させるので精一杯だが、ここから盛り返せば来年の今頃にはお前の頭にあるような、華やかな祭りも出来るだろうさ」
「……何事もなければ、だが」
「おいやめろダズ」
不吉な事を言うんじゃない。
いや、海軍と世界政府の間に不穏なものが漂っていてすごく怖いのは確かだけど。
(最悪のパターンは、海軍が二つに割れる事だな……)
ベッジからきた手紙の情報なども加味すると、反世界政府派と現状維持派の対立が激しくなっているのだと見た。
おそらく、テゾーロが助かるきっかけになった強制査察での小競り合いもそれが一因だろう。
(今ここで軍事バランスが崩壊すれば、最悪ガチの海賊世界になりかねん。暴力が全ての時代が来る)
海軍の手綱を握り直したい政府。
対して世界政府への不信が過去一番に高まっている海軍。
(……放置してたら、今回の敵がまぁた妙な一手を打ち出しかねん。あるいは、その前に世界政府が海軍に対しての影響力を強めるために強硬策に出かねん)
本来ならば5年後くらいに「まぁ、万が一そんな形になったら困るな~」程度の最悪の想定がノンストップで飛び込んでくるのホントなんとかしてクレメンス。
「しかし、テゾーロだったか。財務官に任命したとキャプテンから聞いていたが、どういう経緯で?」
「あぁ、テゾーロが祭りに関しての提案書を出してきたのが出来が良くてな。その日の夜に俺が家を訪ねて話をしてきたんだ」
「キャプテン、もうちょっと手心というものを学んでくれ」
「どういう意味じゃい」
テゾーロも苦笑するな。
いや、島に来たばかりの人間がいきなり海賊のボスに呼び出し食らったら怖いだろう?
「最初は祭りというか、儀礼式典も含めた催事の取り締まり役が良いかと思ったんだけど、今のウチらには必要な人材というか、役割というか……色々足りてない物が多くてな。そちらを任せることにした」
そこらを含めて、土産に果実をいくつかバスケットに詰め込んだ上で家庭訪問に伺ったわけである。
「親衛隊を通して上げられた今回の祭りの企画や進行の計画書に、最初の数日の仕事――港湾での仕事でも現場の作業員と上手く関係を築いてタスクを捌いていたから、能力があるのは知っていたしな」
最初は内政の計画立案や工程管理を担当してもらおうかと思ったけど、一通り話し合った際に聞いた過去の仕事を考えると土地の開発より金儲けの方が向いていると見ての財務官だ。
「まぁ、催事の企画や進行も任せる。近い所だと、ハンコックの第一艦隊提督の叙任式とかな」
「ええ、今回の祭りが無事に終わり次第、先日提出した草案を基に形にします」
元裏社会の人間だったからか、年齢や姿で見下すことはなく上下関係を守り、若い親衛隊はもちろんダズやペローナ、ロビンやハンコックといった子供の幹部にも丁寧に接してくれる。
いやホント、欲しかった人材がすっぽりと来てくれた。
「キャプテン・クロ。やはり、来年までには交易の強化を?」
「そうだ。ステラと一緒にいる時に説明したように、食料を始め交易で資金を手に入れられるようにしたい」
「……そうなると、我々独自の販路が必要になる。……それを作るのが自分の?」
「そうだ。頼みたい」
俺達『黒猫』の最大の特徴は、裏稼業の真逆に位置する人間か、あるいは被害にあった人間で構成された海賊団であることだ。
そのために基本的なモラルは高く、訓練や演習も真面目に取り組むし統率も取れるのだが、その代わりにデカい弱点がある。
裏との接点の少なさだ。
(麦わらの一味、今思うとナミの役割ってめちゃくちゃ大事だったんだな……)
空島で手に入れた金塊だってあの娘がいたからキチンと査定してもらえたんだし、泥棒時代の経験が麦わらの生命線になっていたハズだ。
対して黒猫は、五大ファミリーを相手に戦う事になったのもあって儲ける手段が限られていた。
放置されている非加盟国の開拓に走ったのも、そういう側面がある。物資の売買が難しかったのだ。
(裏の手腕を知っている上で、真面目に働く事を良しとしているテゾーロはマジで貴重な人材だわ)
その内やりたい仕事に専念させてあげたいけど、今はウチの土台作りを頑張ってもらいたい。
「ベッジは同盟者だ。頼りすぎて我々にとって必須の存在になってしまえば、奴の要求を断りづらくなる。……いや、というかそれを狙ってる所がある」
ベッジは基本的に有能だし信頼も信用もできるが、同時に油断も出来ない。
今回の連合事件の混乱を少しでも抑えるための物資の確保を頼んでいて、その仕事をキッチリしてみせているが裏で勢力を拡大させている。
(戦力ではこっちを圧倒するのが難しいから、搦手で優位に立とうとしていると見るべきだよなぁ)
同盟者が頼もしすぎて泣けてくる。
「交易となると、商品になりうる物を探し出す必要が……」
「そうだ。来年はとりあえず食料を売り出すつもりだが、こればっかりは天候やらとの戦いだからどれほど収穫できるか分からない」
「……安定した物が少ない、か」
広場に組まれた大きなキャンプファイヤーに、トーヤ達が火を付けている。
もう少し経てば、歌と踊りの時間だ。
去年までは、どうにか手に入れた食料を守るために民衆同士で、あるいは海賊や野盗と争い合っていた国が、こうして祭りを開けるようになった。
「まずはこちらの販路をいくつか手に入れてみせます。そこから西の海の需要を調べてみます」
「頼む。俺も出来るだけ外から邪魔されないように、団を大きくしていく」
その前に問題だらけでどう乗り越えるかが問題なんだが……。
どうしたもんかなぁ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ほれ、ロビン。カボチャのスープじゃ、甘いし温まるぞ」
「ありがとうハンコックさん」
収穫祭と呼んでいるが、実際はやや遅れた祭りである。
冬は近づいていて、収穫を行った頃よりも気温は確実に下がっている。
祭りの始まりに『黒猫』の幹部としての顔見せをしてからは、離れた所に設置している傘付きのピクニックテーブルについて、ハンコックとロビンは祭りを楽しんでいた。
「でもハンコックさん。こんないいお洋服をもらってよかったの?」
「うむ。お主はいつものスーツ以外あまり服を持っておらぬし、欲しがらぬじゃろう? 主殿から、いい機会だから寒くなる前にちゃんと
黒猫という海賊団は、地味に服に金を掛けている。
それは服に『看板』の意味も持たせるためだが、同時に本当にいい服なのだ。
幼いころから服をあまりもらえない生活を送っていたロビンにとって、わざわざ仕立ててくれたいい生地のスーツというのは、それだけで宝物だった。
その宝物の上に、また新しい宝物が増えていた。
今のロビンの背丈に合わせた、上質なコート。
ハンコックが注文していた一品である。
「せっかくの外歩き用のコートじゃから、我々のマークを付けなくともよかったのじゃぞ?」
「ううん。私、このマーク好きだから」
ロビンは羽織っているコートにも刺繍されている胸元の三本爪の猫を撫でて微笑む。
微笑み――そしてその直後に、顔を少し曇らせる。
「ハンコックさん」
「? なんじゃ、ロビン」
「私、こんなに色んなものをたくさんもらっていいのかな……」
羽織ったコートの様子を確かめるように、生地を引っ張りながら背中の方を見ようとしながら、ロビンが呟く。
「唐突におかしなことを言うのう。おぬし、自分が『黒猫』の最高幹部の一人であることを忘れておらぬか? 上の者が着飾らずしてどうするのじゃ。上がみすぼらし過ぎると下の者が舐められるぞ」
「でも、ハンコックさんみたいに戦ったり兵隊さんを指揮したりしたことないのに」
「いや、お主、わらわが『黒猫』に入る前は、能力を駆使したえげつない関節技で敵を次々に沈めていたと聞いておるのじゃが……」
なお、ハンコックやミホークが一時参加してからは戦力に余裕が生まれたために、クロもロビンを戦況の把握や維持のためのオペレーター役に専念させているのである。
「キャプテンさんに拾われる前……ううん、島にいた頃は綺麗なお洋服なんてもらえなくて……」
「……わらわはアマゾン・リリーしか碌に知らぬので、お主がどういう環境におったか分からぬが……」
木製のカップに注いでいたスープを飲み干し、ハンコックは一息つく。
「欲したものは欲して良いし、手に入るのならばそうして良いのじゃ。確かにこの『黒猫』は、欲しい物を奪うくらいなら作るか買うというよくわからん海賊じゃが、それでも海賊じゃ」
ハンコックが飲み干した木製のカップは、他ならぬクロが見様見真似で手彫りしてみた一品だった。
出来の良い――とはとても言えぬ、所々凸凹したいびつな品だ。
クロ本人も失敗作にも程があると思い薪の足しにしようとしていた所を、なんとなくそのいびつさが気に入ったハンコックが譲り受けていた。
「でも……」
「でも、なんじゃ?」
「……私がいなかったら、もっとキャプテンさんは好きに動けたんじゃないかなって」
「ロビン……」
「私がいなければ、七武海にだって入れたしもっと多くの人を助けられたし……ずっと守ってもらってるばかりの私が、こんなに幸せでいいのかなって……」
「気にしすぎじゃ。おぬしの働きは、特に一線で戦う者ならば全員身に染みて分かっておるし、そうでないものは気合を入れてやるわ。それに――」
「どう転ぼうが、出会った時点で主殿はおぬしを助けたに決まっておるわ。主殿じゃからのう……」
次回海軍合流
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063:殺戮空間
まだ完全に吹きというわけではないですが、椅子に座っていても平気なくらいには回復思案したのでちまちま投稿を再開していきます
「本隊の作戦行動中、残る部隊を指揮して多くの海賊を相手のモプチ防衛、討伐。並びに短期間での港湾設備の復旧の功績を以って、ボア・ハンコック……貴女を第一艦隊提督に任ずる」
「その任、謹んで受けよう」
ダズや親衛隊を始めとする『黒猫』の中枢の面々が整列している前で、ハンコックが俺に向かって
(……テゾーロの奴、叙任式とは言ったが、これじゃあまるで中世の騎士の任命式みたいな感じじゃねぇか。いや任せたの俺だけどさ)
いつものスラックスの上から、長いパレオのようなアシンメトリーのオーバースカートを付けている。むろん、あの三本爪の猫のマークの刺繍が入っている。
(正式に幹部になるなら、見た目も変えるべきって進言してきたし、やっぱテゾーロの奴、こういう見せる系の仕事の方が適性
実際テゾーロはよくやっている。
ステラさんが手伝っているのもあるが内政方面の仕事を上手く纏めてくれているし、次の穀物の種まきの畑にどこの畑を使うかもう決めて道付けやら道具や貯蔵の準備も始めている。
あとついでに歌も上手いし楽器も使えるから、音楽家の役割も兼ねてくれている。
「散々頼りにしてきた上で今更言うのもなんだが、これからも頼むぞ」
「うむ。売ればすぐさま財産になったあの実を三つも頂いたのじゃ。妹共々、主殿の期待に沿うよう努めよう」
今回の叙任式で例の悪魔の実を渡そうと思ったのだが、それだと能力者でないと提督になれないというイメージが付くと指摘されたために、今回は特別に改造したジャケットを目の前でかけるという形になった。
今回は本人の希望でジャケットになったけど、基本的にはコートかマントになるだろうなぁ。
海軍の白いそれに対して喧嘩売ってるとか思われませんように。
ジャケットを羽織らせると、ハンコックは袖を通して振り返る。
後ろには、今回ハンコックに任せる事になった船――輸送船も二隻任せる事にしたから現在計五隻となった第一艦隊の船員たちが整列している。
ハンコックが実際に率いてきた上で直接接し、アミスやトーヤの力も借りながら妹達と数日かけて考え抜いて再編した部隊だ。
(うん、よし。侮っている兵士はいないな)
薄々肌で感じていたが、想定を超えて『黒猫』の名前が大きくなっている。
多分だが、東の海でのクリーク海賊団くらいには知名度があるのだろう。海軍からはミホークがいるのもあって
そのために志願兵も多くいるのだが、徐々に元チンピラやら食うに困ってウチを頼る人間が出てきている。
雑魚というかモブ海賊みたいに分かりやすい賊にするわけにはいかないから、規律はガッツリ叩き込んでいるが……。
今のところは問題ないか。
場合によっては見せしめに問題起こした奴を一度斬るか蹴らなきゃならんかもしれんと思ってたから、まぁ一安心だ。
「サンダーソニア、マリーゴールド」
「ええ、
「はっ」
本来の水着みたいな服よりも、もう完全にスーツを着こなすようになった妹達が前に出る。
ソニアはそれほど変わってないけど、マリーのほうは普通に美人だよなぁ。
どうしてああなったんだ原作……。
鍛えただけにしては肉ついてたし……ストレスか?
「ぬしらを第一艦隊提督補佐に任命する」
第一艦隊へ命令は俺が出すが、部下に関してはハンコックに任せている。
だからまぁ、こうなるのは分かっていたが、ハンコックが補佐に置いたのは妹達だ。
実際、指揮官としてもこの二人じわじわ成長してるしなぁ。
ハンコックと違って、内政面の仕事はさすがに出来ないが。
…………。
いや、ハンコックの場合はロビンと共に一生懸命あれこれ勉強や現地の調査や確認を頑張っているからか。
「これからも、わらわを助けて欲しい」
ハンコックが二人に渡したのは、片方の肩にかけるタイプのマントだ。
……あれ、これやっぱり騎士のそれっぽいな?
確か、渡すモノに関してはテゾーロと王女殿下が相談に乗っていたハズ。
(……だからか? どうも殿下は、俺達を海賊と認識しているか怪しい所があるなぁ)
ともあれ、式典は
俺や提督であるハンコックとその補佐の妹達に向かって船員たちが敬礼し、それに三人が敬礼で返す。
ダズやペローナ、親衛隊たちが拍手で――ん!? ミホークもしてる!?
い、いや、まぁいいか。
アイツもなんだかんだ『黒猫』には馴染んでるし、なんならこのまま……このまま……
あれ? ゾロの最終目標になるミホークがウチにいたら、俺フツーにルフィにぶっ飛ばされる枠になるんじゃね?
あれ? 俺、原作みたくルフィに頭突きでぶっ飛ばされる?
い、いや、まぁ先の事は分からないし。
「いい式典だったな。まぁ、海賊というにはほど遠いものだが……悪くはない」
式典を無事に終え、ハンコック達と共に裏へ下がるとレイリーが来ていた。
あんまりここにいる事はバレたくないらしく、俺達は基本レイと呼んでいる。
……実際、町の人からもレイさんとかレイおじさんとか呼ばれているし馴染んでいるのだが。
「あぁ、ハンコックを見た目で軽んじる奴が出るかと思ったがそうでもないし、これでハンコックにも箔が付く」
「ふむ。ハンコック、能力の方はどうかね?」
三人ともすでに悪魔の実を口にしていて、それぞれ原作通りの能力を手にしている。
「問題ない。先日はぐれ海賊相手に試してみたが、戦いになる前に全員一目で石になりおったわ」
結果、ハンコックの制圧力が準ペローナ並みになった。マジパネェっすハンコックさん。
「解除はできるか?」
「そちらも問題ない。万が一に備えて試しておる」
お、おう。ならいいが……いやヤベーわコレ。範囲以外はマジでペローナとほぼ同じだ。
ソニア達も戦闘力がアホみたいに跳ね上がって、雑魚海賊の掃討スピードがヤバかったって同行していたトーヤが言ってたし。
「よし、しばらくは能力を用いた戦闘を主としよう。ミホーク達が旧キャネット国の制圧と開拓に動いている間、俺は第一艦隊と動く」
「ミホークの代わりにわらわが主殿と共に、モグワで海軍と組んで動くのじゃったな」
「そうだ。訓練も兼ねてはぐれ海賊を狩りまくれ。復興内政や政治の方は俺に任せろ」
「うむ。ついでに、ミホーク達の動きをあまり注目されぬように、能力者になったわらわが看板として目立てば主殿にとっても都合がよかろう?」
こういう考えも出来るようになっているから、やっぱコイツを指揮官にしたのは正解だったわ。
というか、強さの面はわからないけど海賊というか勢力の長としては原作よりもめっちゃくちゃ優秀なんじゃないか? 今のハンコック。
「ああ。表向き、俺達ははぐれ海賊による非加盟国への略奪を抑えるために部隊を分けるんだ。……いや、実際そのとおりでもあるんだが」
「念には念を入れておいた方がよいじゃろう。話を聞く限り青雉とやらは妙な手出しをする男ではなさそうじゃが、それでも海軍の中に政府の手の者が紛れておらぬとも限らぬ」
「ああ、その通りだ。頼むぞ」
ちょいと下世話な話をすれば、こうして部下を率いる事になればこちらに残ってくれる可能性が多少でも上がるかもしれん。
正直ハンコックとソニア達は残ってほしい。滅茶苦茶頼れるし、ロビンの事を考えると女性の信頼できる幹部は一人でも多く欲しい。
「そろそろ君達も動くか。では……ほれ」
「…………ほれ?」
なんですレイリーさんや。この黒い……帯は。
「レイ……さん。これなんです?」
「む、わからんかね」
「はい」
「目隠しだ」
「なぜ目隠しを?」
いや、なんとなく覚えはあるけど聞きたくない。今はまだ聞きたくない!
「以前俺とレイで話し合って、そろそろお前の訓練を三段階ほど上げるべきだと判断した」
ミホーク! ぬっ、と出てきてとんでもないこと言い出すんじゃない!!
というかもっと段階を踏め!
「せめてステップアップは一段ずつにしないか? 俺はお前達と違って普通の人間なんだが……」
…………。
あの……。
そんな腹を抱えて笑う程の面白い話、私しましたっけ……?
「ではいくぞ。時間が惜しい。君は見聞色においては天賦の才がある。なぁに、私とミホークが少々本気で相手をすれば嫌でも伸びるさ」
「本気ってのは訓練に本気って意味ですよね? まさか目隠しした俺を少々本気で斬ろうとしているわけじゃないですよね?」
…………。
爆笑してないで答えろや馬鹿二人!!!
いや耳栓も用意するかじゃなくて!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あらら、やっと戻ってきたか」
海賊連合の主力を押さえた奇襲作戦へ出発したのが一月少し前。
それからしばらく、手紙と電伝虫でしかやりとりをしていなかった男を乗せた船が戻ってきた。
数は七隻。
本船となっている改造商船ともう一隻――『黒猫』と同じく協力者であるカポネ・ベッジの船は相変わらずだが、残る五隻は覚えのない船だ。
「戦力を更に増やしたのか、それとも本拠地の守りに付いていた人員と入れ替えか……ま、クロなら両方か」
男――クザンもクロという海賊の手腕は良く理解している。
あの奇襲戦から一月ちょっとくらいの間でも、打てる手は全て打っていたのだろう。
もはや単純な戦力の数だけでも、黒猫海賊団はそこらの海賊ではまず潰すのが難しい勢力となっている。
「おお~、あれが噂の三本爪か。いやぁ、報告書や写真で見た時は海賊らしくない旗だと思ったけど、こうして直接目にすると気圧されるものがあるねぇ」
そのクザンの横には、大きな眼鏡をかけた黄色いスーツに海軍のコートを羽織った男がいる。
大将・黄猿。
海軍の再編によって、クザンやサカズキと共に大将に就任したどこか胡散臭い男が、近づいてくる船の帆を見て感心したようにつぶやく。
「言うまでもないが、舐めてかかると痛い目を見るよ。追い詰められれば追い詰められるほど頭の回転も武力も跳ね上がるタイプだ」
「わかってるよぉ。元帥からも、無駄に敵対しないようにと念を押されているしねぇ」
「……へぇ……センゴクさんがかい?」
「そりゃあ、ほら。なにせ、海兵に人気のある海賊なんて扱いに困るだろう?」
「……ま、そりゃそうか」
実際、日に日に『黒猫』の名声は上がっている。
協力的とはいえ海賊は海賊。その本拠地の確認のために、非加盟国民を装って『黒猫』の本拠地であるモプチに、連絡役の海兵と協力して情報を収集させた結果、『抜き足』のクロが略奪者から程遠い統治者であることが静かに広がっている。
「おっと、入港したか。出迎えなきゃな」
「あっしも行くかねぇ。元帥からの伝言を預かってるし」
―― おおぉぉぉおおぉおぉぉおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ……
そうして久々に出会った海賊は、口から瘴気を漏らしていた。
彼の特徴である眼鏡は新しい物になっており、左目には浅いが切り傷が付いている。
「……く、クロ……?」
一般兵士の前では君付けで呼ぶことの多かったクザンが、ためらいながら彼の名前を呼ぶ。
とたんに、どこを見ていたか分からない虚ろな目をして力なくうなだれていたクロの首が、まるで糸で引っ張られたようにグンッ、と勢いよくクザンに顔を向ける。
思わず一歩下がるクザン。
そしてクロの後ろで、頭を痛そうにしているハンコックと親衛隊の面々。
なお、ベッジは腹を抱えて笑っている。
「その……大丈夫か?」
「帰ってきた……」
「俺は……地獄から帰ってきた……っ! 生きて帰れたんだ……っ!!!」
「お前さん、本拠地に帰ってたんじゃないの?」
叙任式などモプチでのエピソードを少し抜かしてしまっていたので、本格的な合流話は次回
改めて、お待たせして大変申し訳ありませんでした。
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064:さらなる発展
次回あたりから新章
「あぁ、すまない大将青雉、大将黄猿。少々取り乱した」
「お、おう……少々ってレベルじゃなかったけど立て直したんなら別にいいや」
いやホント申し訳ねぇ。
目隠しも耳栓もされてなくて、足に重りも鎖も付けられてなくて刃や打撃どころか殺気も剣気も感じないし飛んでこない船旅に馴染むのに時間がかかった。
なんか油断したら舟斬る一撃が飛んで来るんじゃないかって警戒してたら海の中の海王類を刺激してしまったのか道中一狩り始まるし……。
地面に足が付いても一切奇襲がなかったあたりで、ようやくここが地獄じゃないことを実感できたなぁ……。
ははっ。
「……にしてもクロ、お前さんしばらく見ていない間にえらく強くなってないか?」
「実感はさほどないんですが、強くなっていないと困りますよ」
いやホント……これで成果がなかったら、何のために仕事しながら地獄のデスマーチをすることになったのか。
ある程度政務を任せられるロビンとハンコックとに加えて、テゾーロが加わったおかげで自由時間を取れるようになった弊害だなぁこんちくしょう。
とにかく一撃は入れようと頑張ったけどミホークに二回、レイリーに一回蹴りが入っただけでそのあと鬼のような連撃が来て軽く顔斬られるわポケットにしまってた眼鏡が割れるわで……
ホント散々だったよコンチクショウ!!
「ともあれ、久しぶり。ああ、初めまして大将黄猿。今回の援助物資の護衛、本当にありがとうございました」
今度は大量の食糧が無事に届いたおかげで、ひたすら跳ね上がっていた食料価格の上がり方が少々緩やかになってくれた。
おかげで非加盟国側の平定にかかるコストが少し抑えられそうだ。
「いいよぉ。むしろ、お前さん達が海賊を狩ってくれたおかげで道中静かだったしねぇ」
「いえ。それこそ我らではなく、目を皿のようにして日々哨戒任務に精を尽くした海兵達のおかげです」
日々の訓練や演習、抜き打ちの親衛隊によるしごきでウチの海賊団も質は跳ね上げているけど、やはり数を使う任務となると海軍一強だ。
海軍が交戦して足止めと報告をしてくれているからエリアの指揮官がすばやく援軍を差配できるし、非加盟国の海域に向かった連中も捕捉できてうちらが速やかに叩ける。
「事前に報告していた通り、今回ダズは拠点の防衛と整備、ミホークはロビンを連れて防衛拠点の増設を命じている。その代わりの遊撃戦力として、彼女を連れてきた」
俺が一歩引くと同時に、新しいウチの幹部が前にでる。
「ミホークの代わりにモグワを中心にした復興、並びに遊撃作戦を担当させてもらう」
「お~、噂の九蛇の子かい」
黄猿ことボルサリーノが、珍しい物を見たとでも言うような声を上げる。
まぁ、実際に珍しいだろう。
なにせ、西の海に
いや、
うん、珍しいのはアマゾン・リリーの戦士か。
「ボア・ハンコック。先日、第一艦隊提督に任命した私の部下です」
俺が紹介すると、ハンコックは「よろしく頼む」と言って敬礼する。
殿下の時と同じく、きちんと周りに合わせられるんだよなぁ。
今回は相手が休戦中とはいえ海軍だから、殿下相手みたいに丁寧じゃなくややぶっきらぼうだけど。
「お前さんが任命して『海兵狩り』の代わりに連れてきたって事は、この子、内政も?」
「さすがに畑仕事やら工事はやらせないが、俺達の代わりに本拠地を取り仕切るくらいには出来る」
「あらら……。それじゃあますますお前さんの勢力が伸びるわけか」
「そうは言っても、人がな」
非加盟国に避難民や、傘下に入りたいという人間は増えているが海賊になりたいというよりは助かりたいだけの人間が多くて……。
とりあえずは復興なり開墾なりの労働役として出来るだけ受け入れてはいるけど、これ勢力が大きくなっているわけじゃないしなぁ……。
「そうでもないさ、クロ」
「ん?」
「お前さんに会いたいって連中がゾロゾロここに集まってるのさ」
「…………」
誰!?
……あ、いやそういえば……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お久しぶりです、キャプテン・クロ!」
「キャプテン・クロ! お変わりはありませんか!?」
「故郷にも貴方の活躍は伝わっていました、キャプテン!」
「……そうか、貴官らか」
青雉の後に続いてモグワ王城――もう持ち主がいなくなってしまって半ば海軍のモノになった城に入ると、とんでもない数の――そして見覚えのある大勢の人間に出迎えられていた。
そうか、モリア戦で助けた――地区本部戦の時にそのまま保護してもらった海兵達だ。
集まっているとは聞いていたが……あの時の顔はほぼ全員いるんじゃないか?
何人か見当たらない人間もいれば、逆に見覚えのない人間もいるが、海兵と顔が似ていたりあるいは親しそうに見える。
家族や友人、あるいは恋人か。
「久しぶりだ。皆、元気そうでよかった。しかし……なぜここに?」
それも、全員私服で。
海軍としての任務でこっちに来てるんじゃないのか?
「あの後、保護をされて海軍に戻ったのですが……」
「皆、あの日キャプテンになにも言えず別れてしまった事を悔やんでおりました」
「すまない。状況が状況だったとはいえ、諸君らにもう少し気を配るべきだったな」
あの時は操船に慣れていた今の親衛隊メンバーを本船に乗せて、モリア戦で救出した人員を乗せた船を牽引していた。
そして予定になかったあの戦闘のために、例の本部大佐にその船をそのまま引き取ってもらったわけだ。
アミスのまさかの宣言があって、船に移らせるはずだった本船メンバーがそのまま部下になるというまさかすぎる事態になったが。
「いいえ、そんな! ……我々も、あの時はどうすればいいのか分からなくなってしまって……」
まぁ、パニックにはなるよなぁ。
ロビンの事は知っていたとはいえ、まさかあんなタイミングで馬鹿な事やらかす馬鹿が出るなんて……。
あっ。
「そういえば、あの支部長はどうなったんだ? あれから色々忙しくなって頭から抜けていたが……」
マジで忘れてた。
あれからはどうやって政府の打つ手を遅らせるかってことにばかり気を取られていたからなぁ。
「あの後、モモンガ大佐に拘束されて本部に移送されました。本部から拘束命令が来たそうで――」
「情報を全部吐かされて、その後インペルダウンに叩きこまれたと聞いています」
おぉう……。
あそこにぶち込まれたのかぁ。
元海兵って事でリンチとかにあってないだろうな? ありそう……。
いやまぁ、出来るだけ苦しんでほしいという気持ちは滅茶苦茶あるが。
(アイツが余計な事したおかげで下手にウチが目立って結果
思えばあんにゃろう、妨害電伝虫のありか吐く前に蹴り一発で沈みやがったし殴りまくっても起きねぇし……もうちょい蹴り回しておけばよかった。
「そうか……。ともあれ、奴から情報が抜かれたというのならば、捜査も進んだことだろう」
「はい。我々の前に囚われた人たちも、帰ってこられる者は解放された……と、思います。……多分」
これだ。問題はここなんだ。
今回みたいな事件の場合、天竜人の
表には出さないだろうが、センゴクさんも含めた上層部も、そういった疑念を抑え込むのに苦労しているだろう。
(実際、隠している海兵奴隷がまだまだたくさんいる可能性は十分にあるしなぁ……。海軍の世界貴族への不信はもうちょっとやそっとじゃ止まらない。……となると、世界政府は当然手綱を握り直したくなるわけだ)
恐らく、あの手この手で政治抗争が起こっていることだろう。
本来の仕事に加えて対応に走り回っているだろうセンゴクさんには、許されるなら差し入れでも送りたい気分だ。
(今海軍に一番足りないのは、政治将校だなぁ。これまでは本来そこまで必要なかったポジションだけど)
物騒な海上警察でよかった原作に比べて、良くも悪くも事態の流動性が高まっている。
……いや良くも悪くもじゃなくてどう考えても悪いな。
世界の不安定感がパネェことになっててお腹いっぱいです。
「あの事件と、空っぽになったあの拠点の姿……そして、ここに来るまでに聞いていたキャプテンの活躍を耳にして覚悟を決めました」
ん?
「元海兵63名、および協力者22名、計85名。大型輸送船二隻と中型キャラベル船一隻。自前の食糧や物資と共に馳せ参じました」
……。
ちょっと待ってここ一応海軍の拠点だし今後ろに本部大将が二人もいる――お前らもうちょっと焦るなり驚くなりしろよ海軍組織の要だろうが!
「どうか、我々も『黒猫』に加えてください!」
戦力になる事覚悟してくれてる人員は喉から手が出る程欲しかったけどさ!
おぉ……もう……。
とりあえずトーヤとかハックに押し付けて白兵戦叩き込む所だな……。
ちくしょう、大きくなりすぎると立ち回りが難しくなるんだが……助けて、助けてクレメンス……
メモ代わりに
総督:キャプテン・クロ
副総督ダズ
幹部:ペローナ(偵察役)
幹部:ニコ・ロビン(オペレーター)
親衛隊隊長:アミス
(以下親衛隊隊員二十一名)
内務官:ギルド・テゾーロ
第一艦隊提督:ボア・ハンコック
― 第一艦隊提督補佐:サンダーソニア
:マリーゴールド
(現在海賊船三隻、輸送船二隻)
客将兼白兵戦指南役:ハック
:ジュラキュール・ミホーク
食客:シルバーズ・レイリー
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第四章:西海諸島連合
065:静かな『次』の始まり
これも病気とFallout4と頭文字Dが悪いんだ……
「おいダズ、戦利品の積み出しは終わったって報告きたぞ。食料やら道具、苗の類を積み込んだらどうだ?」
「少し待て、ペローナ。今ミホークとロビンが最後の確認をしている」
黒猫海賊団の拠点であるモプチでは、略奪の気配がない久々の冬を迎えていた。
民衆はそのほとんどが大人しく家に籠り、更に薪を用意したり縄を編んだりして静かに過ごしている。
一方、港町の方はこれまでよりも活気に満ちている。
スーツや作業着を着た黒猫の団員が、物資の運搬や船の整備に忙しく動いてる一方で、モプチの民衆が町の修繕のための物資の陳情や持ち出しに来ていたりする。
「次はロビン嬢がキャネットなる島へ、そしてペローナ嬢がモグワに行くとは……しばらくの間ここが寂しくなるな」
「ホロホロホロ。まぁ、ゼロから制圧するミホーク組はともかく私はたまにこっちに戻るからな。半月に一度は帰ってくるさ。その間は頼むぞ」
「ああ。皆も少しずつ、ここには慣れておるからな」
船に乗り込む人間は、基本的に三本爪のマークが入ったスーツか作業着を着ているのだが例外がある。
ここモプチと第二拠点を行き来する『魚人開拓団』の面々だ。
「そういえばダズ殿、メイプルはどうしている?」
クロの客人という形になっている開拓団の面々は、黒猫の拠点である無人島を間借りし、力仕事や戦闘時の補助などの手伝いをしながら、今後をどうするか話し合っていた。
状況が落ち着き次第船を手配し、再び開拓に乗り出すつもりの者もいれば、このまま『黒猫』に協力し、彼の勢力下で第二の魚人島を作ってもらおうとする者もいる。
そして中には、『黒猫』に参加することを決めた者も。
「あの女性魚人か。今はアミスとトーヤが面倒を見ている。ミホークも、もう少し基礎が固まれば自分も鍛えると言っていたから……
「ハッハッハッハッハ!! まぁ、いい機会だ。あの跳ねっ返り、『黒猫』の親衛隊になると言って聞かなかったらしいからな」
ただ一人、後に第二の魚人島を作ってもらうように交渉するにせよなんにせよ、『魚人開拓団』が『黒猫』と友好な勢力だと証明するために彼の下に魚人がいた方がいいと言って、三本爪のスーツを羽織ることになった魚人がいた。
「にしても、クロもよく受け入れたなぁ。魚人のイメージは大丈夫か?」
「海軍と一時とはいえ協力体制を築けているのだ。今のままなら問題ないだろうと皆で話し合ってな」
「あぁ……まぁ、確かに」
「……連絡役の海兵も、収穫祭やハンコックの叙任式を普通に楽しんでいたな。……まぁ、こちらの内情の調査というのもあったんだろうが」
「はっはっは、あの祭りを見れば、海賊と呼ばれようが悪党ではないと分かるだろうさ」
「まぁ、海軍と共同作戦を展開できる海賊という時点で異色中の異色であるのは間違いないな」
数こそ制限はあるが、海兵が堂々と武器を構えずに入れる海賊の拠点などここだけだろう。
普通に歓迎されるし、必要ならばドックも使えるように協定を結んでいる。
船の上から港の様子を眺めていると、数名海軍の白い制服を着た人間が確認できる。
黒猫の幹部たちが動き始めたので、手にした情報を上げるためにモグワの拠点に戻ろうとしているのだろう。
「皆、お待たせ。物資のチェック終わって今兵士さん達が積み込みを始めたよ」
「すまん。少々遅れたな」
そうしていると、甲板へ少女と剣士が現れた。
片方は客将の身だが、どちらも黒猫になくてはならない人間だ。
「ホロホロホロ、やっと来たか。お前らが遅れるなんて珍しいじゃねーか。特にロビン」
「ごめんなさい、ペローナさん。向こうの状況はある程度調べたけど、向こうでの活動がどれだけ長引くか分からないから、念のために食料と燃料を多めに持っていこうって話だったんだけど……」
「なにせ冬だからな。どれだけ持っていくかをテゾーロと話し合っていたら遅くなった」
直前まで作業をしていたのか、戦闘の時の私服ではなくいつものつなぎの上からコートを羽織ったミホークの後ろにロビンが付いている。
「一応、海軍から回してもらえる物資の量が思っていた以上だから、それをこっちに回そうって話になったんだけど、……同時に人もすごく増えたから……」
「あぁ、ミズキ達も結局戻ってくるんだったか」
かつての海兵奴隷事件の中で起こった戦闘。
海賊ゲッコー・モリアとの戦闘で出会い、救出した海兵七十数名。
そのほとんどが、結局『黒猫』へと戻るという話は、放棄した無人島で海兵達が回復するまで世話をしていたペローナとロビンにとっては嬉しいニュースではあった。
「となると、ハックの出番だな」
「む、その者達は兵士を希望しているのか?」
「ああ。最悪雑用でもいいと言っているが、希望は戦闘職らしい」
「ほう、やる気があるな。鍛え甲斐がある」
今の黒猫の一般戦力の層の厚さは、魚人空手を用いた白兵戦に因る所が大きい。
操船作業などのために武器が手元になくとも、即座に戦闘に移れるのは大きなアドバンテージになるとクロがハックに頼んで、一般船員の教育を頼んでいるからである。
「冬を越えられたら、またクロ殿も大きく動く。その時が楽しみだ」
「レイも同じことを言っていたな」
「そういえば、レイも開拓班に同行するのだったか」
「……おい、ミホーク。お前ら手合わせで島を壊すんじゃねーぞ?」
「ははははは」
「頼むぞ? 本当に頼むからな? ロビン、お前ミホークをしっかり見張れよ!?」
「………………うん」
頭を痛そうにしているペローナやロビンと、年上であるにも関わらず子供のように笑うミホークを、『黒猫』の副総督であるダズは鉄面皮のまま、少しため息を吐いて見やっている。
「用意が終わり次第、出航だ。まずは全員でキャプテンとハンコックに続いてモグワに、到着次第海軍から物資を受け取る。その後の活動は計画通りだ」
「留守は我らに任せて欲しい。トーヤ殿たち親衛隊もいるし、テゾーロ殿もあれで中々出来る」
「あぁ、頼むハック。ペローナもロビンも残せないので、これまでと勝手が違うが……」
「なに、ダズ殿たちが戻るまでの間の話。任せられよ」
「ああ……よろしくな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「センゴクさん――失礼しました、センゴク元帥から私に言伝?」
「ああ。気付いているし、油断もしていないだろうけど念のためにってさぁ……」
念のためにって……。
本当になんか、こう……海兵奴隷事件からセンゴクさんには一海賊の俺なんぞにここまで気を使ってもらって……。
世界政府が一切介入せず、全ての方針をこちらと海軍上層部に任せるって条件飲んでもらえるならなんちゃって七武海みたいな役をやってもいいんだけどなぁ。
「それで、元帥殿は?」
「なんでも、『強行する可能性が高まりつつある。注意されたし』ってさぁ。意味、分かるかい?」
「ええ、まぁ……」
あぁ、いよいよ動く気配が濃くなったか世界政府。
まぁ、おおよそ狙いは――
「大将青雉、政府の輸送船の動きは?」
「全部このモグワに停泊、この島で積み荷を降ろして、海軍の船で輸送するって形にしている。お前さんの提案通りにな」
「動きもありませんか?」
「今のところはなにも。政府の役人も、物資のやり取り以外は特に動きを見せていない」
……とりあえず初手の牽制はクリアしたと見ていいか。
ここで好き勝手に動かれたら、万が一の対処が遅れる。
「クロ」
「はい」
「やっぱり、奴らはバスターコールを狙ってるのか?」
「…………」
…………はいぃ?
「いいえ、それはあり得ません」
どうしてそうなるのさ。
「確かに世界政府は、海軍に対してバスターコールの命令権を持っています。ですが、実行役である海軍との間に大きな亀裂が入っている現状、大義名分の薄い強行は海軍の離反……まではいかなくとも混乱、分裂を招きかねない。特に、正式に書面を通して休戦協定を結んでいる我々に刃を向けることは難しいでしょう」
ましてや大海賊時代が始まったばかりで、聞いた話じゃもう結構な数の国がやられている。
その上で、比較的とはいえ安定した収入源になる西の海の加盟国の国力をいたずらに落としかねない真似は
「い、いやちょっと待ってくれクロ。じゃあ、海兵の格好してニコ・ロビンを狙った連中は!? アイツらが政府の人間なのは間違いないぞ!?」
「確かにあれは政府の人間による攻撃でしたが、捕えた連中は全員、政府の名前を出して解放を要求するばかりでしたよね?」
「あぁ……」
「政府は何か言ってきましたか? 今回来た役人は?」
「……いや、特に何も。……黄猿?」
「いんやぁ。わっしも特に妙な動きはないように見えるねぇ」
だろうな。
「仮にロビンの暗殺が政府からの命令によるものだったら、そもそも海軍に何らかの根回しをしているハズです」
こう言っちゃなんだが、海軍の好感度を稼いだ分、俺達の足枷になりうるロビンの存在を彼らに疎ませることは決して不可能じゃない。
ロビンを消すことで俺の七武海入りをチラつかせるとか、十分にあり得る。
それに対抗するために、ロビンの黒猫での立ち位置のアピールに頑張っていたわけだが、定着までまだまだ時間がかかる。
つまり、政府はそこを突こうと思えばできたハズだ。
それがないということは……。
「にも関わらずほぼ単独による暗殺を決行し、失敗した所で回収されず、政府からも特にアクションがあるわけではない。まぁ、功を焦った下っ端の暴走でしょう」
もっと正確に言うと、こちらがロビンをどう扱っているのか正しく測るためにグレーな範囲で
万が一にも上手くいけば儲けものと暴走を黙認したくらいで……まぁ、それ以上でもそれ以下でもないだろう。
失敗した所で実際に命令の類は出していないし、俺達はともかく海軍からの不信なんて今更の話。
せいぜい俺達がロビンを匿う事に対して多少でもプレッシャーを与えられればそれでよし程度の使い捨てメッセンジャーと見るべきだろう。
動きがないのは、捕えた人間を海軍の人間がどう扱うか観察しているのか、何らかの形で後々カードにするつもりなのか……。
「なら、あの増援は? 連中、ここじゃなくてそっちの本拠地に向かっていたのは間違いない。あれは政府が手を回したんじゃ……」
「……あぁ」
クザンが気にしてるのはそれかぁ。
政府に余計な刺激を入れたくなかったし、ここはなぁなぁのまま流して、罪悪感というかこちらへの精神的な借りだけあの人たちには持って帰ってもらおうと思ってたんだが……。
(俺達は政府の敵ではあるけど、なにがなんでも敵対したいわけでないし……)
不味いな、なんとか海軍と政府の落としどころを探さなきゃいけない。
このままだと、最近動きが活発な革命軍の動きもあって、訳わからんレベルで世界が荒れに荒れてしまう可能性が洒落にならないレベルで俺の胃が破裂しそうだ。
そんな状態で後の41歳がまた余計なちょっかいかけた日には、もう海軍に土下座してレッドポート使わせてもらって北の海に殴り込みだな。
…………。
あれ? これ、意外と悪くない一手だな。
今の戦力で叩くって手もあったか。
……いやでも、使わせてもらうための交渉材料がないしなぁ。
(まぁいい。とにかく今はこっちだ。さて、あの時のマンチカン少将の感触からして、多分真相は……)
「せっかくですし、一緒にお見舞いにいきます?」
「……本部からの増援組にかい?」
「ええ」
「とりあえず、誤解を解いておきましょう」
「……誤解?」
「はい」
ぶっちゃけ、世界政府にとって今一番邪魔なのは誰かって、戦力は揃いつつあるけどやろうと思えば圧倒的物量で潰せるだろう俺達『黒猫』じゃなくて……。
海軍の方だよなぁ。
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066:『抜き足』、再び
「少将、お加減はいかがですか?」
「……黒猫。それに大将殿達も」
サルーキ本部少将。
本部からの増援艦隊の指揮官だった人で、シキとかいう海賊の襲撃を受けて壊滅していた所をダズ達が助けた人間だ。
「足の方はもう大丈夫ですか?」
「あぁ。杖さえあれば、なんとか一人で用を足しに行けるくらいには……。すまぬ、黒猫。お前達には随分と世話になった」
よしよし、かなり印象は改善しているようだ。
救助した当初は「おのれ、休戦しているとはいえ海賊に救われるとは……っ」とか言っていた人だったのに。
元海兵の親衛隊やら民間の救護班が、よほど対応を頑張ってくれたと見える。
「今日は、詳しいお話を伺いに」
「話というと……」
「本部内部での我々に対しての印象というか、評判についてです」
この間まで強気に俺達を睨んでいた海軍の猛者が、少し気まずそうにしている。
「あれ? 本部じゃあお前さんらの評判はかなりいい物だったけどな」
「わっしも、『黒猫』が海賊である事を惜しむ声は耳にしていたけどねぇ……」
おう、そうでなくちゃ困る。
出来るだけそういうように立ち回って戦力面以外の危険度を可能な限り下げてたんだから。
そのために、もうあんまりやりたくなかった政治というか、そっち関係の仕事でわざと目立ってるんだから。
「だからこそ、我々『黒猫』が上層部に取り入り……そう……ですね……非加盟国を好き勝手にしている、とかでしょうか。そのような感じの噂が静かに出回っていたのでは?」
「…………そのとおりだ」
それなら当然、反発もそれなりにあるはずだと思ったらやっぱりかい。
「我々が拠点としているモプチへとまず航路を取ったのは、いわば抜き打ちの視察のようなもののつもりだったのでしょうか。自らの目で正しく我々の実態を探ろうと」
ベッドの上で少将が小さく頷き、クザンが「そういう事だったのか……」と呟いている。
天竜人をコントロールできていない政府への不信と、本部戦力五隻という数で見誤ったかな……。
「……その通りだ。今にして思えば……申し訳ない」
「いえ、我らは間違いなく海賊。世界政府とは決して相容れない存在です。それを思えば、海軍と良好な仲を築いている我々に、あるいは海賊と繋がりを持っている上層部に不審な物を感じるのも理解できます。どうか、お気になさらず」
クザンやボルサリーノがちょっと驚いているが、そんなものだ。
これは良いものだ、って騒いでると必ず反発者が出るんだよ……。
あとそういうのに限って、主流側じゃない分熱が入りやすくて手に負えない。
感情面の問題だから、説得とかでコントロールしようとしても大抵悪い方向に進むんだよ。
「しかし……そのために多くの部下を……それに、この西の海の民を救うはずだった物資まで……っ」
「ですが、あの襲撃がなければ我々は未だに敵の拠点を探すために哨戒による目撃情報と海流を読む事に必死になるばかりで敵拠点も把握できず、多くの民が攫われ奴隷にされていました」
いやホント。
犠牲になった海兵達には申し訳ないのだが、あの襲撃があったおかげで敵の情報が手に入り、拠点を抑える事に成功できた。
まさか自分で空を飛ぶどころか物を飛ばすことが出来るとか……。
それも船一隻二隻じゃなくて島。
まさかそういう方法があったとは……考えてみれば原作の大将『藤虎』も、重力操作が可能って事はそういうことが出来るんだよな。
……まずはガトリングの試作からだな。
意外に変な方法で空飛ぶ奴はいるし、原作思い返せば空からだけじゃなくワポルやらローみたいな潜水艦持ちもいる。
そっちの対策も何か考えておかないとなぁ。
「決して、貴方達の行動は無駄ではありません。そのおかげで多くの民が救われたのです」
「……正直、お前達が敵拠点を押さえたと聞いた時は、心から安堵した。マンチカン少将からも、お前達の行動は真摯な物であったと聞いている」
あらま。
あの人はずっとこっちに探りを入れているタイプだと思ったんだが……。
となると、あの戦闘でヒナを俺に付けたのって純粋な好意というか、ヒナの教材として俺が適切だと本気で思っていたのか?
なんか、意外だ。
「私が気になっているのは、抜き打ちの視察を行おうとした理由にあります。視察を考えたのはサルーキ少将でしょうか?」
「そうだ」
「そう考えた……いえ、決断した理由はなんでしょうか」
決断を下したのがこの人でも、そこに至るまでの判断材料があったはずだ。
「……色々あった。が……一番の理由は、モプチへの海兵の入港に制限が掛けられていたことだ。……いや、すまない。今ならその理由も分かる。非加盟国民は人権を認められていない」
「はい。加盟国民の緊急事態のための物資や労力が不足している。それを理由に、海軍組織はともかくその上から強硬手段の命令が飛んで来る可能性は十分にありました。海軍か、あるいは政府の持つ武力か。そのため、どうしても制限をかけざるを得なかったのです。……不審に思わせてしまい、申し訳ない」
「……うむ。だが遠く離れ、お前達の人となりを憶測のみでしか捉えていなかった我らには、この緊急事態においても利己を通す……その、所詮は海賊とタカをくくってしまっていた」
いや、それでいいんですが……。
この状況を利用して自分達に有利な状況を作ろうとしているっていうのはそれほど間違っていないんだし。
「噂はどこから流れていたか、分かりますか?」
「……下士官の間で、そういう声もあると耳にしていたが……詳しくは」
ちぃ、尻尾を掴ませてはくれないか。
海賊の俺には無理でも、センゴクさんなら政府に対して上手く使えるカードになり得るかと思ったんだが……。
「ちなみに、船団の数を五隻にしようと決めたのは?」
「……万が一黒猫を相手にするような事態になれば、まとまった本部戦力が必要になるだろうというのは元々話題の一つだった」
「それで、五隻と上申したのですね」
「ああ。元帥殿には、より多くの物資が必要だと訴え……すまぬ、浅はかにも程があった」
なるほどなぁ。
完璧とは言わずとも準バスターコール戦力を、万が一にも俺達と戦う時のために持ってきておきたかったのか。
まぁ、ミホークの存在がある以上そう考えていたならそうなるか。
それでモプチに行って一悶着起こしてた場合、今度はあの島でのんびりしていた冥王さんにずんばらりとされていたかもしれんけど。
(にしても、
結局、ここまで俺達が関わった厄介事は解決にまで至っていない。
なんとか相手の一手をしのいでいるだけで、海兵奴隷にせよ海賊連合にせよ、そしてその隙間隙間で搦め手を仕込んでくる世界政府に有効打を打てていない。
(まぁ、
「……政府は、現状で我々『黒猫』の団員に接触しようとしている様子はない。なら……」
「なぁ、クロ」
大将青雉、もうちょっとこう……他の海兵の前では海賊と海兵の立場を……あぁ、いや、それなら呼び捨ての方がらしいのか。
「なんです?」
「増援艦隊の動向と、その理由も分かった。なら……」
「はい」
「センゴクさんがお前に伝えた『強行』ってのは、一体何を指してるんだ?」
「……ようするに、グレーゾーンでの挑発です」
センゴクさん、マジで武力以外の方面での教育強化した方がいい気がするよ。
いや、俺が知らんだけかもしれんけど、正直兵隊以外は準無双要員しか目につかねぇ……。
いっそタキ准将本部入りさせようよ。
「世界政府には今、喉から手が出る程欲しいものがあるんです」
「そりゃあ、ニコ・ロビンの首だろう?」
「ついでに、その守り手である君の首も欲しいだろうねぇ」
「……まぁ、そうです。政府からしたら、なんとしても俺達を沈めたい。だけど、状況がそれを許さない」
そうか。こうして状況を整理すると、海賊連合の発足は俺達にとってもある意味で都合が良かったのか。
「海賊連合、そこに付随する食糧危機の問題。それがなくとも増え続ける海賊問題に最近活発になりだした革命運動。それに対処するには海軍の力が必要ですが、海兵奴隷の一件から政府と海軍の間には齟齬があります」
確証はないけど、海賊連合の裏にいる誰かの狙いが政府転覆……とまではいかなくとも政府の力を削ごうとしているならば、まず第一弾として奴隷の一件を静かにバラ撒いているはずだ。
いろんな意味で現場になったこの西の海程ではないだろうが、確実に海軍の士気は下がる。
日に日に悪化する状況に、政府は当然海軍に不満を持つが、強権を振るうには材料が足りない。
「つまり、政府は海軍への影響力を強化したくてたまらないのです。お二人やセンゴクさんが突然昇進した緊急再編も、恐らくその一環でしょう」
「俺達の昇進が?」
「戦力としては確かに妥当ですが、軍組織の把握に手間取ったでしょう?」
求心力のあるガープは上に昇ろうとする人間ではないし、詳細は分からないけど原作時での階級で見るにおつるさんも同じタイプ。
センゴクさんが想定よりもはるかに有能で上手くいかなかったって言うのもあるだろうが……。
「センゴク元帥を始め、大きな戦力を据えた三大将やその配下に対して揺らいだ政治的優位を取り戻す。その力を以って海賊問題や我々『黒猫』の問題を解決したかったのでしょうが……。センゴク元帥は上手く立ち回り、政府の過剰な干渉の影響を最小限にしました」
そういうやり取りがあったと手紙にこっそり書かれていた。
いや、向こうからの手紙の普通の文章の中に暗号めいた別の文章に読み取れる物を見つけたので、ひょっとしたらとそれを真似て返信した所、さらに来た手紙の中からそういう話がこっそり出てきたわけなんだけど。
「それでも政府が諦めるはずがない。海軍は政府にとっていわば表の顔役です。これが不信から政府と距離を置きたがるようでは、政府はこれまでのような統治が難しくなる」
「じゃあ……政府が喉から手が出るほど欲しい物ってのは……」
「はい。海軍の多大な失点です」
クザンはともかく、ボルサリーノの苦虫を噛み潰したような顔とか初めてみたな。
いっつも胡散臭い顔してる人間だと思ってた。
「正確には、海軍が政府の意向を無視していることは悪であるというのを大々的な物としたいのです。それを口実に、海軍の実権を握るつもりかと」
「……ならば、グレーゾーンっていうのは?」
「色々手は思いつきますが……」
一応世界政府の敷いた法を遵守した上で海軍としてはギリギリの所を突こうとしたのならば、その手段は限られる。
「おそらく、非加盟国とその国民を利用するつもりでしょう」
「……非加盟国は、庇護の対象から外れる」
「はい。色んな意味で、海軍が動きづらい所です」
俺が世界政府ならば、海軍の実権を握るには海軍を共犯者に仕立てるのが一番だ。
今回の一件で言う休戦協定がそうだった。
俺は海軍の正義を立てる方向性で策を立てていたが、政府からすればそこにより濃いめの
「まぁ、それに関しては――」
「主殿! 来たぞ!」
「クロ! 大将青雉!」
おっとぉ。
「ハンコック……ヒナもか。ダズ達が到着したか?」
「それもあるが政府じゃ!」
「クロ! 突然、サイファーポールが一方的に……」
「加盟国の危機への対処のために、今こっちで保護している非加盟国民を労働力として徴収するって……!」
ははぁ、なるほど……。
妥当だ。妥当な一手だけど……。
「ハンコック、ダズに通達。現在この島にある全戦力を以て非加盟国民を保護。ただしこちらからは手を出さず、専守防衛を第一とする。お前もそのまま、サイファーポールと少し睨み合っててくれ。すぐに行く」
「うむ、承知した」
世界政府……。いや、狙いは大体読めるし理解もできる。
だけど、それ自体が目的とは言え、裏方で行うべきだった事を舞台の上でやることのリスクをもっと考えるべきだったよ。
いや、それ以前に――
(どれだけ異色だろうと海賊は海賊だとでも思ったか。多少強引でも政治方面で話を進めれば、海賊に過ぎない俺達には武力しかないと踏んだか)
馬鹿め。
さすがに俺を舐めすぎだ。
「クロ、これは――」
「大丈夫。十分に想定の範囲内です」
「大将青雉、黄猿。それにヒナも……行きましょう。ここで事態を仕切り直します」
スタンピードが結構好きでたまに見返すんですが、しれっと新世界の中でもやっていけてるジャンゴの成長っぷりに驚いてる
扉絵連載の時とかアラバスタの描写でも思ってたけどアイツまじで強いな
なんであの時のウソップの一撃で倒れたんだ……。
あれか、攻撃力は高いけど防御力はカスなのか
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067:毒の一刺し
「そこをどけ! お前らが匿っている非加盟国民は、政府が徴用するって決まったんだ!」
「非加盟国避難民の扱いについては、我々の代表であるキャプテン・クロと海軍元帥センゴク殿の間での交渉の末、我々『黒猫』に一任すると先日合意に至り正式に書面を交わしている。そのように理不尽かつ一方的な要請を受け入れるわけにはいかない。お引き取り願おう」
「てめぇら海賊風情がいっちょ前に交渉してるんじゃねぇ! クソガキが!」
(やれやれ……ガキの海賊であるダズの方がよほど役人らしくて、政府の役人であるスパンダインとかいう奴の方が海賊……いや、海賊以下だな。ただのチンピラにしか見えねぇってのはアレかね。ある意味で今の世界の縮図か)
睨み合う両者を眺めて、『黒猫』の同盟者であるギャングは呆れてため息を吐いていた。
「
「おう」
「ど、どうしましょうか……」
「やばいと思うんなら逃げな。別に咎めたりはしねぇ」
いつもと変わらず葉巻を吹かしているベッジは、ガラの悪い役人から目をそらし、それに相対する『黒猫』の面子の方を見る。
ガラが悪いだけの政府側と違い、その暴言に怯む者は一兵卒も含めて誰もおらず、親衛隊を筆頭に先へは行かせないと政府の人間達の前に立ちふさがっている。
海兵狩りと恐れられている剣士は、ニコ・ロビンに服の裾を掴まれながらも不敵な笑みを浮かべて何が起こるのか待っている。
一番幼いペローナですら、声を荒らげる役人を前に全く恐れておらず、念のためにと護衛についている親衛隊の隣でホロホロ笑っている。
いや、明らかに見下しているのだ。
(無理もねえなぁ……。こりゃ役者が違いすぎる)
少女――いや幼女と言っていいが、それでも実戦で多くの敵と戦い、訓練なども通じて強者同士の戦いという物を多く目にしている。
強者に関しての目が肥えているのだ。
その上で、戦う事で切り拓ける道がある事を学びつつある。
(あの役人ども、脅威なのは海兵狩りだけだとでも思ってやがるのか? 子供とはいえ幹部は当然、兵卒ですらお前らの引き連れてる連中程度じゃ相手にならねぇよ)
あまり攻撃を担当することはないが、連中の一番の目標であるだろうニコ・ロビンですらこの役人共には止められないだろうとベッジは見ていた。
それが兵隊――特に指揮官役でもある親衛隊が揃っているなら猶更だ。
「俺が責任を取って残る。お前達は……まぁ、あれだ。出来るんだったら非加盟国の避難民たちについていてやれ。それでお前らの面子は守られるだろ」
「ふぁ、
部下の言葉に、後の『ビッグ・ファーザー』は咥えた葉巻に手をかけ、紫煙を吐きながらそれを一度口から離す。
「馬鹿野郎。部下が逃げちまうのは俺の責任問題で終わるが、同盟相手の頭が尻尾巻いて逃げたら信義にもとらぁ」
「後々のために覚えておけ、お前ら。男が一度掲げた言葉ってのはなぁ……」
「貫き通して、はじめて輝くもんだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
指揮官の大事な仕事の一つに、直接な戦闘時以外は出来るだけ走らないことが含まれているというのが持論である。
緊急事態で急がなくてはならなくても、本当にギリギリの時でもない限り走ってしまえば、部下は緊急事態だと察して士気に影響が出るからだ。
つまり……まぁ、あれだ。
「ちょっとクロ! 急がないと非加盟国民が不味いのでしょう!?」
落ち着けヒナ嬢。お前未来の本部大佐だろうが。
ちょっと横道にそれてしまったとは言えお前、人の上に立つ事が確約されたエリートなら、人の使い方というか立場の使い方を学べ。
時間稼ぎ以外にアイツラにどういう役目があるのか見極めるにも、数分とはいえ話の通じる人間がいない状況ってのが必要な時があるんだよ。
具体的にはどういう方向に話を持っていこうとするかとか、焦っているかとか!
それに、『抜き足』はおろか『差し足』も習得したハンコックが通達に向かったんだ。
もうとっくに通達を受け取ったダズが先日の交渉結果を武器に粘ってくれているだろうし、ハンコックもそのまま万が一に備えて第一艦隊の面々を使ってミホークやレイリーたちが乗ってきた船への移送を始めているハズだ。
「だがクロ、政府が強硬しているって事は人員も連れてきているハズだ。下手したらお前らと衝突するんじゃないか?」
お前もかクザン!
だから、狙いは俺達じゃなくて海軍だって言ってるでしょうが!
「まずは最高責任者である大将を引きずり出すまでは動きませんよ。こちらが折れて避難民を差し出すような真似をしてたら話は違うでしょうが……ダズがそんなタマではないのはご存じでしょう」
「……仮に武力を振りかざされたら」
「仮にも役人がそんな悪手を打つとは思いませんが……衝突が起こった場合でもダズと親衛隊が揃っているならば問題ありません」
それに、ぶっちゃけ戦力的な意味でもこちらが下がる理由は一つもない。
実際の強さがよくわからん0クラスだとさすがに分からないが、よっぽど六式を極めた9の上澄み連中でもない限り今のダズが負ける理由がない。ミホークもついているんだし。
そもそも今は、能力者なり立てとは言えハンコック率いる第一艦隊……それどころか、モプチの防衛戦力以外の全戦力がここに揃っている。
加えて、船を落とそうとすればさすがにレイリーも動く。
状況や開戦のタイミングにもよるが、うまく立ち回ればここにいる大将二人を相手取ることになっても十分に戦えるハズだ。
「大体、非加盟国民とはいえ民衆を一方的に連れていくなんて、政府は何を考えているのよ!?」
「理由の一つは、前例作りだ」
あと黄猿さんは何かしゃべってください。
後ろに付いてきてくれているけど、なんかこう……観察されている感がすっごい。
すっごくて胃がなんか重いッス。
「今回の多大な被害を補填、対処するために、安価な労働力が大量に必要だという事自体は間違っていない。すでに加盟国でも口減らしが始まっていると報告が入っているからな」
「だからって!」
「なら、加盟国民の飢え死にを許容するのと強制徴収、どちらか選べと言われたら即答できるか?」
「……それは……っ」
クザンも即答できない。それはそうだろう。
特に海に出ている人間ならば、飢えの怖さはよく分かっている。
たとえ知り合い――友人や家族だとしても奪い合いが起こり、それが殺し合いに発展する可能性が極めて高いのが飢饉という災害だ。
一番の穀倉地帯こそギリギリ守りぬけたとはいえ、西の海の状況はまだまだヤバい所にある。
そして世界政府には、どんな手を打とうとも加盟国を守らなければならないという大義名分がある。
(実際は、ここまでの動きを見るにどこまで加盟国を守る気があるのかは怪しいがなぁ……)
「そして今回海軍側が折れれば、緊急時にはそういった行動も
まぁ、こちらの狙いを読んで、こちら側の戦力なり労働力になる可能性の高い人員を先んじて没収しておこうって意図もあるのだろうけど……。
(マジで海賊連合の起こるタイミングと場所次第では、海賊連合潰す戦力そのままこっちに向けられてたかもなぁ……)
「も、もし折れなかったら? 海軍の中にだってこういう事を許さない人はいる。そんな人たちが一斉に蜂起したら!」
「そういう、弱い人の事を考えられる人間がさっきの理由上げられた上で力に訴えられるか?」
それこそクザンとか、ヒナの上官のマンチカン少将とかだ。
……まぁ、中には本当に蜂起しそうなガープとかいう英雄もいるが……あぁ、いやでもああいうタイプ地味に頭脳派でもありそうなんだよな。
「立ち上がらなくても、この後辞めてしまうかもしれないじゃない。そんな事になったら、政府の戦力は大幅に落ちるわ!」
「それこそ政府の思う壺だ」
「どうしてよ。海賊はどんどん増えているのよ!? そうなれば、政府にお金を払う加盟国の被害だって!」
「いや、だから……」
あのな。そこまでたどり着いてるんならあとは世界政府の視点に立って見れば――。
いや、なんだその顔。
そんな顔で俺を見られても……。
こら、ジャケットを引っ張るんじゃない。
「おんやぁ……。君の言う通り、政府の人間と君達の所が睨み合ってるみたいだねぇ」
喧噪が聞こえてきたと思ったら、なんかスッゲーあからさまに態度の悪いスーツのオヤジを相手にダズが渡り合っている。
……おい、あれスパ……スパンダ……。
名前忘れたけどスパンダインの親父じゃねぇか。……あれ? こっちが親父の名前だっけ。
どっちでもいいや。
すげぇな、髪型息子よりは真面目なのに純度100%のチンピラですわ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いいか! お前ら海賊なんざ社会のクズなんだ! これまでが単なるお目こぼしだって事を理解しやがれ! そんな紙切れになんの意味があるんだ! えぇ!?」
「同じセリフをセンゴク元帥殿に吠えられたら多少は認めるが、どうだ? 電伝虫のラインはここにある」
「……っ、てめぇ!」
(埒が明かんな……)
ダズ・ボーネスは『黒猫』のどの船員の圧も超えていない男の恫喝を半ば聞き流しながら、冷静に状況を確認していた。
(だが実力行使に踏み切る気配もなければ、具体案を出すわけでもない。仮にも政府の役人が最低限のメッセンジャーしか務められない愚者であるはずがない……と、思いたいが……)
海兵達も、うかつには動けないようだ。
無理もない。どうやら、肩書だけならばこの男はそれなりの権力を得ているようだ。
それくらいの雰囲気は、ダズでも察する事が出来た。
(……時間稼ぎだとしたら、何かを待っている事になるが……キャプテンか、それとも本部大将の方か)
ダズ・ボーネスは副総督として、総督であるクロとは自分達の活動の方向や領地の運営や開拓についてアレコレ話すことが多かった。
そのため、その年齢に見合わず『黒猫』の中でも特に分析と判断力に優れている。
顔を真っ赤にしながら怒鳴り続ける役人を前に、静かに思考を走らせている。
当然、奇襲や別動隊を警戒しながらだ。
(キャプテンは以前、海兵奴隷の一件から海軍という組織が政府にとって無視できない政敵になったと言っていた。この一件も、そのために練られた策か)
「そも、世界政府は徴用というがどこで何をさせるつもりなのだ? 具体的な計画はあるのか?」
「あぁん!? んなことお前ら海賊が知る必要はねぇ!」
(……いかん。言葉通り教えるつもりがないのか、そもそも知らないのか判別がつかん。攪乱のつもりならば大したものだが)
たとえそれが敵であっても、言葉を交わすつもりならば伝わるように言葉を選ばなければならないというのが総督であるクロの言葉だが、それがどれだけ大切な事かを今になってダズは理解していた。
「副総督」
そうしていると、いつの間にか音も立てずにダズの隣に、改造したスーツを着込んだ少女が立っていた。
「ハンコックか」
「念のために避難民は全員船に乗せた。いざという時は強行して船を出せるように用意させてある」
「助かる。ご苦労だったな」
「わらわはどうする?」
目の前の役人達は、音も立てずに現れたハンコックに驚いている。
兵士達はもちろん、親衛隊とも違うスーツを着ている事から主力であるのは間違いなく分かるハズだと、ダズは計算する。
「船の守りは?」
「親衛隊からはミアキスとアメリア、奴らが指揮する二個小隊と訓練兵30で守っておったので、それに第一艦隊の兵士半数を置いてきた。そちらは妹達が指揮を執っておる」
「……よし、ここで牽制に加われ。今見せたお前の機動力はいい見せ札になる」
「承知した」
防衛戦に長けているとミホークのお墨付きをもらっている二人と、訓練の終わった兵士80名がいるのならば一方的に崩されることはなく、さらにはハンコックの兵士がいるならば問題ないとダズは判断する。
最悪の場合激戦になり得るこの場所で、クロに次ぐ速度とペローナに匹敵する制圧力を併せ持つハンコックの存在は、切り札になり得ると判断していた。
―― な、なんだこのガキ……増援か?
―― いつからいたんだ……
―― こいつ、例の九蛇の子供か!
「……こやつら、このくらいで驚く程度の腕で我らを相手にしようとしておるのか?」
「奥の方に気配を隠している者が十名前後いる。油断はするな」
「さすがにそのつもりはないが……問題あるまい。到着したぞ」
突如現れたハンコックの姿にざわつく政府側の役人だったが、そこで更にざわめきは大きくなった。
「ダズ、ハンコック。すまない、待たせたな」
一人の海賊が、まるで引き連れているかのように海軍最高戦力である本部大将二人と少女海兵を連れて悠々と歩いてきていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あらら、本当に政府が偉そうに出張って来てるじゃないの」
「やれやれ、いったいどうなってるのかねぇ……」
「げっ! クザンさん……」
ねぇ、二人とも挑発に取れる発言をするのはやめてよ。
おい、ヒナ嬢。ヒナ、お前は俺をグイグイ押すな。
あれか。俺も何か言えってか?
「お待たせいたしました。貴方が政府からいらっしゃった方ですね?」
ヒナ、見えないように俺を蹴るんじゃない。
なに? 丁寧に出ちゃ駄目なの?
「お、おう……。てめぇだな!? 黒猫とかいうふざけた海賊は!」
「はい。……ところで、本日は一体どのような用件で? 聞けば、非加盟国民を接収するとか耳にしたのですが」
さて……。まずはどうアプローチをかけるか。
正攻法で攻めるか、あるいは――ちょっと毒を仕込んでおくか。
「そうだ。本日、世界政府より命令が出た! 急ぎ――」
「急ぎ労働力を確保せよ。手段は問うな。ですか?」
「ムハハハハ、その通りだ!」
肯定したか。
……よし、後者だな。
「なるほど。つまり、その実具体的な命令は出ていなかったのですね?」
「……なに?」
もうちょっとさっきまでダズ達にやっていたようにチンピラっぽく振舞ってくれるかと思ったが、大将たちがいることに気付いた瞬間ちょっと勢い大人しくなったな。
さすがに大将二人が控えていると態度を変えるかぁ。
(つまり権威には弱い。出世欲こそあって、そのためには他者を利用するタイプだがそこに絶対的な差がある相手は恐れる。なら……)
「失礼。ミスター……」
「……スパンダインだ」
おっと、名前は合っていたか。
「ミスター・スパンダイン。貴方は立場のある人間であるにも関わらず、この西の海まで直接足を運ばれている。五老星の信を得ている重役なのでしょう」
「お、おう」
この手合いは、まずは小さくとも持ち上げてやればいい。
「ならばもしや、オハラの件の指揮も執られていたのでは?」
「ムハハハ! そうだ、俺の指示であの島は滅びた! 残さず全て火の海だ!」
クザン、ちょっと嫌そうな空気出すの止めてくれ。ヒナ、お前も。
この手合いは根っこのところが臆病だから、逃げ足と並んで空気を感じ取るのは早いんだよ。
ボルサリーノみたいに静かに存在感出すくらいがちょうどいいんです。
ミホークは、ロビンを引っ込めて前に出たのは褒めてやる。
一対一なら何日でも斬り合いに応じてやるぞこの野郎。
「でしたら、すでに貴方は任を果たしているハズです。これ以上我々や海軍を挑発する必要はないでしょう」
「なにぃ!?」
「ミスター。貴方は我々『黒猫』と政府の確執の理由はご存じでしょうか?」
「……例の裏取引の件だろうが」
「いいえ、違います」
あれは切っ掛けであって理由じゃないんだよ。
「我々がニコ・ロビンを――オハラの知識を保護している事に他なりません」
「だったらさっさとあんなガキ一人殺せばいいだろうが! お前ら同様くだらねぇ社会のゴミだ!」
クザン、ステイ。ダズ――はステイしているが、今にも能力込めて飛び蹴りかましかねないハンコックを抑えてくれ。
全員全力でステイだぞステ――ヒナ、お前ことあるごとにこっそり俺の足を蹴るな。
ここで俺達はもちろん海軍も、先に手を出しちゃったら不味い。
「あるいはそうかもしれません。ですが、どうやら状況は変わったようです」
「あぁ!?」
「考えてもみてください。未だにニコ・ロビンの優先順位が高いままなら、なぜこうして我々と接触しうる所まで来ていて、戦力として申し分ない人員を率いる貴方にニコ・ロビンの暗殺命令が出ていないのでしょうか? 後方に数名、そして気配を隠して左右を固めているのは
「……ちっ」
実際は優先順位高いままだと思う。それはこの男もなんとなく察してはいると思う。
それがCP9を連れてきていても暗殺に動く気配がないということは、海軍や俺達が万が一攻撃した時の護衛役でしかないと見るべきか。
(さて、そして暗殺命令が出ていないのはほぼ確実。加えてこの男は世界政府の役人であっても天竜人ではなく、五老星の命令を受ける事はあっても近い存在ではない)
原作知識になるが、オハラの問答の時も蚊帳の外にいたことからも間違いないだろう。
「ミスター。貴方は、CP9の長官という事でよろしいですね?」
「お、おう」
「であるならば、現在展開中の対海賊連合の作戦の中で起こったニコ・ロビンの暗殺未遂が全て個々人の暴走であり、そのトップたる貴方は正式に命令を受けてはいない。そうですね?」
「……あぁ、そうだ」
……興奮から脈は激しかったが、会話で少し落ち着き出し、今は大きい乱れはなし。
呼吸も同じく。視線は乱れているが、これは状況が急遽不透明になったことへの不安から来るもの。
(少なくともこのやり取りに嘘はないな。よし)
「政府は今回の騒動を見て、我々『黒猫』になんらかの価値を見出したのだと思われます。それが良い意味でか悪い意味でかはわかりませんが」
「ふざけんな! 政府が新興海賊団ごときに価値なんざ――」
「ではなぜ、貴方ほどの人間がわざわざ西の海へまたも直接派遣されたのでしょうか?」
「……違う、俺達は海軍との折衝にこの島へ――」
「我々もここを拠点にしている事は知っていたでしょう?」
ここで少し隠したか。
となると表向き受けた命令は……ロビンの事やらを材料に、最近勢いのある『黒猫』に圧をかけろ、かな。
少々後ろめたいが、大した用ではないと命令を受けた者に思わせる程度だとそこらが妥当だろう。
「ましてや我々が海軍と交渉し、救助者、ならびにこれから救助されるだろう非加盟国民の扱いを一任された事を五老星は知っています。交わした協定書の写しを、対策会議にて提出した事は元帥殿から聞いておりますので」
「…………」
考え始めたな。
実際、出世が出来るという事は内部の政治に長けているハズだ。
少ない手掛かりから情勢を察することは出来るだろう。
「海賊ではありますが、現状我々は海軍と友好関係を築いている勢力です。それは変えようがない事実」
「……」
「つまり、やりようによっては七武海のような役割とて我らは得られる」
実際、どこまで本気かは分からんけど勧誘自体はされたしな。
「そこでネックになるのがニコ・ロビンの存在。政府とオハラの確執になります」
「……オハラは犯罪国家だ。禁止されている古代文字の研究をしていた」
「それを調べ上げたのは?」
「……俺だ」
「現場を差配し、バスターコールを要請したのは?」
「俺だ。……何が言いてぇんだ!?」
「貴方がオハラの全権における責任者であるのと同時に、今回海軍との折衝の責任役も背負わされているという事です」
責任、という言葉にピクリと反応する。よしよし、思った通りだ。
(権力にこだわる――権力を使いたがるタイプであるのは間違いない。権力とはそういう力であると認識している。つまり――)
どこかでこの男は、権力と言うものに対しての恐れも持っている。
上位存在の理不尽な気まぐれと言うものが存在すると思っている。
権力を振るわれる事も、奪われる事も恐れている。
かといってただの小物と言うわけではない。
CP長官という肩書は、ただの太鼓持ちが手にできる……わけが……いや、コイツの息子はチャランポランだったな。
いやまぁ、逆に言えばあんなチャランポランでも長官になれるほど原作時点でコイツが立場を固めていたとも考えられるか。
「貴方が裏取引と言葉を濁したことに現れていますが、海兵奴隷の一件は政府にとってのアキレス腱になりました」
「? アキレ……?」
「失礼、弱みと言う事です」
あっぶね、こういう所も気を付けねーと……。
「自画自賛するようで気恥ずかしいですが、あの事件において我々は海軍に協力し、一定の信頼を得ました。だからこそ今回、西の海の危機において共闘関係を築くことが出来たのです」
「…………」
口数が減り出した。
自分の損得に関わるかどうかを計算し始めたな。
「ロビンを有する我々が、自分たちに不信を覚え始めた海軍組織と良好な関係を築き始めている。政府にとってその事実は無視できるものではなかったのでしょう。だから貴方に我々へ圧をかけるように命じたのでしょうが――」
正確にはクザンを始めとする西の海にいる海兵がなんらかのアクションを起こすことを欲したのだろう。
静観すれば前例を作り、クザン達海兵達の心理に折り目をつける。
決起すれば西の海の海軍に反逆者のレッテルを。
結果どういう形であれ役職のある者が海兵を辞した場合は――
(だけど、世界政府は一つミスをした)
ここには俺がいる。
そう易々と思い通りにはさせない。
「なればこそ政府は、最悪の事態を想定して動かざるを得ない。犠牲を払った上で海軍と和解するための材料を――」
「おい、待て『黒猫』! そいつぁ……」
相手が武力ではなく政治と謀略で来るのならば、それがどれだけ綿密な物だろうと打つ手は決してゼロにはならない。
あと、どうでもいいけどできれば『抜き足』って呼んでもらえません?
なんかこう……『白ひげ』とか『赤髪』、『黒ひげ』みたいな大物と微妙に被る気がして心臓に悪いッス。
「政府は海軍の上位存在に立ちたい。当たり前です。ですがどうしても決裂しかねない場合、海軍に対して譲歩をしたという誰の目にも一目瞭然な証がいる。その場合、あるいは海軍と良好な関係を結んでいる我らにとってもそう映る物である可能性がある」
「海賊風情にそこまで気を使う必要が政府にあるか!!」
「ならば、なぜあなた方CP9という札を切るのにこうも躊躇いがあるのでしょうか」
「……ぬ……っ」
実際の所は分からない。ただ、海兵が一斉に抜けたり離脱するのはいいが、全面的な敵対は避けたいハズだ。
(まぁ、その上でそれ覚悟しているような作戦を取れるってのは……なにかしらの切り札があるんだろうけど)
ブラフではないだろう。万が一のリスクと秤に掛けた場合、具体的な策なしではキツすぎる事態だ。
それが何かは分からないが、何かしらの札はあると見た方がいい。
(ただし、ここまで遠回しにやるということはそう簡単に使えるモノじゃない。それが物理的な札にせよ謀略的な札にせよ、出来ることならば切りたくない札というのならばまだ付け入る隙がある)
「今回の件で海軍のリアクションを見て、それ次第では痛み分けで仕切り直したいという考えは十分にあり得ます。海軍は海兵奴隷の件を一旦水に流し、政府の表の顔として海賊や反政府勢力と戦う」
「では、政府側の分かりやすい痛みとは?」
世界政府はどうあがいても、その組織内部ですら五老星を含む天竜人とそれ以外に区別されてしまう。
世界政府に属する者達ですら内心、その畏敬――恐怖からは逃げられない。
「海軍内部で密かに疑問視され始めているオハラのバスターコール、そして今回の労働力の確保を主導し、海兵達のヘイトを一身に集めた責任者。政府でも特に裏の仕事を受け持つCP9長官の首というのは、喜ばれる土産に成り得ませんか?」
まずはそこを突かせてもらう。
「オハラの一件を仕切り直し、ニコ・ロビンの手配を取り下げる代わりに我々に政府傘下に入れ、という取引はありえない。……と言えますか? 政府からすれば、ある意味で直接ニコ・ロビンを手中に出来る。もしこれが上手くいくのならば、オハラ事件の関係者の価値は良くも悪くも上がってしまう」
権力に惚れ込んでいるからこそ、権力が振るわれる可能性というのは毒になりうる。
「ミスター・スパンダイン」
「……っ……あ、ああ」
もう誤魔化せないほどに顔色が悪い。
ぶっちゃけここまでの話はブラフ交じりの推測だが、それでもリアリティはあったのだろう。
世界政府の強大さ、闇の深さ、そして天竜人という存在のせいで何があってもおかしくない。
その事実が政府最大の弱点になる。
「貴方は十分に任を果たしました。労働力を確保しようとし、結果我々『黒猫』という海賊がその妨害となっている。ただそれだけです。
CP9という裏仕事の中枢。
悪いが、そこに不信の毒を刺させてもらう。
(ざまぁみやがれこのボケカスども、ややこしいタイミングでクソみたいな仕事持ち込んできやがった罪を償えバーカバーカ!!)
「どうでしょう。一度貴方の上に……五老星へと取り次いでいただけないでしょうか?」
「海賊風情の話を五老星が聞くわけがないだろうが!!」
「ならば、実力行使をして構わないかの相談報告と言う形を通してならばどうでしょう?」
「……っ……ぬ……む……ぅ」
ミホーク、こっちは戦闘回避しようとしてるんだからニヤニヤしてないで刀から手を放しなさい。
……いや、刀の向き変えても駄目。
なに、峰打ちならいいだろうって!? ダメに決まってるだろうがこのお馬鹿!!
ハンコック! このチンピラの代わりにソイツの脛蹴っておけ!!
「決して、貴方に損はさせません」
「どうでしょう? ミスター」
「……少し待っていろ」
誤字脱字訂正や改訂が深夜に入るやもしれませぬ
※アメリア
もう幻水縛りで良いかなとなんかノリでチラッと出してみた親衛隊の一人
見た目は『幻想水滸伝Ⅳ アメリア』で検索お願いします。
元ネタ的にはどんな時でも化粧は欠かさない傭兵なので、多分ハンコック達女性幹部のメイク係
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068:OK, Let’s STAND UP!
「相変わらず流れを作る事に長けた海賊だな、クロという男は」
初めて戦ったあの日。覇気を覚えてから初めて握った刀に罅を入れられた夜。
ならず者という言葉から程遠い奇妙な海賊勢力を率いて、海賊の頭とは思えないほどの自己犠牲の精神を以って自分に戦いを挑んだ男は、今もまた正気とは思えない戦いに身を投じようとしている。
「ねぇ、ミホーク」
くいくいっと着ている服が引っ張られる。
この海賊団の幹部にして、おそらくもっとも重要な人物であるニコ・ロビンが、少し不安そうな顔をしている。
「キャプテンさんは、海軍や政府を相手にどうするつもりだと思う?」
「頭を使うのはお前の方が得意ではないか、ロビン」
「歴史は知ってても世間はそんなに知らないもん」
ぷくっ、と少しふくれてみせる少女に思わず小さく笑ってしまうが、少女の不安もまた真実だというのは理解できる。
横に付いているハンコックが、静かにロビンの頭に手を乗せ、軽く撫でて落ち着かせている。
そのハンコックは、今一度下がった男がロビンの仇であると知って、万が一があるやもしれんと全力で周囲を警戒している。
なぜか自分が一歩踏み出そうとした途端に脛を蹴ろうと威嚇してくるが。
「さてな。奴の思考は計り知れん。ある意味で先日の海賊連合以上に状況は悪い。直接的な戦闘も含めてどう事態が転がってもおかしくないと思うのだが……」
「だが?」
「不思議と、海軍の増援五隻が沈んだと聞かされた時より余裕を感じる。今のこの事態は、奴の中では想定の範囲内だったのかもしれんな」
そういうと、まだ少し怯えが残っているが同時に尊敬のまなざしで、政府の役人たちを相手に一歩も下がらず話の主導権を持って行った大海賊の背をロビンが見つめる。
(つまり、戦いになる可能性は低い。というよりは、戦わずに終わらせようとしているのだろう)
本当に変わった男だと、日々刃を交わしていて感じる。
普通ならば、もう少し腕に自信を持っていいハズだ。
まだ始まったばかりとは言え、今や世界は大海賊時代。
武力を持つ者はそれだけで敬意を勝ち取れる時代にも関わらず、暴力を振るう機会を可能な限り減らしたいと思っている。
海賊になった理由が理由だが、それでも普通ならば名のある海賊を討ち取り、名を上げようとするはずだ。
(奴の腕ならば、今すぐにでも新世界でやっていける。俺はともかく、あの『冥王』ですらお前の才を認めているというのに……)
訓練の際も、あの『冥王』が覇気の強度以外はかなり本気で戦っているのだ。
自分に至っては、見聞色の覇気を一瞬でも乱せば『黒猫』の一撃を防げない。一瞬でも見聞色の覇気が乱れれば、即座に隙を縫って一撃を入れてくるのだ。
それでいて部隊指揮に長け、その下にいるのはダズ・ボーネスを始め高い実力を持つ智勇兼備の逸材揃い。
(それだけの実力があっても未だに武に自信がないとは……奴は一体何を想定している?)
「どういう形になるにせよ、劇的に状況が悪くなることはあるまい」
「……我々『黒猫』にとってはな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(さてさて。とりあえず嫌がらせも兼ねた毒刺しはオッケーと)
武力面では大したことはないだろうが、逆に言えば頭脳労働面を担当してきたのだろうCP9のトップが一歩引いたという事実は強い伏せ札になった。
後ろに控えている連中の中で特に強いだろう数名も、気配にかすかながら動揺を感じる。
あれだ。訓練にレイリーが加わってからやはり覇気が伸びているのか、気配にえらく敏感になりつつある。
おまけに最近レイリーはともかくミホークの奴は、隙を見せれば首でも狙ってくるから気が抜けないというか回避力全振りみたいな所があるので、聴力も意識すれば跳ね上げられる。
…………。
なんで俺こんなセルフ人体改造してんだろ。
その内某ライダーばりの強力キックが出来たりしたらどうするんだ。……あ、もう出来るわ。
ハンコックと足技鍛え合ってたら、ついでにキック力すんごい上がってたわ。
この間試しにと本気で覇気込めて海に向けて『噛猫』撃ったらちょっと海割れたわ。
いや、割れたってのは言い過ぎかもしれんが抉れてた。
それ見られてからスパーリング相手の馬鹿二人が覇気のレベル跳ね上げて、毎日生死の境を彷徨う羽目になったけど。
俺はお前ら超人とは違うんだから、ちゃんと人間レベルに難易度設定してクレメンス。
(あとは五老星が応えてくれるかという第一関門を突破できるか……だが……)
出来る限り戦闘はしたくない。おそらくこれは共通認識だろう。
となれば、決着は口で付けるのが最善だというのも互いに思っていることだ。
だと思う。だといいなぁ。
うん、命令をわざと曖昧にしたからそのハズなんだけどなぁ。
(向こうが海賊の俺を相手に交渉のテーブルについてくれれば御の字。まずは取引に持ち込めるかどうかだが……)
こちらが現在見せているカードは、俺がニコ・ロビンという歴史の鍵の管理者であること。
そしてダズやミホークと言った特級単体戦力。
一部海域だけならば安定させられる統治力。政治力。
これから来年度の冬にかけて大きい拡張が予測される政府管理外の穀物生産力。
海賊連合事件を通じて築いた海軍勢力との太いパイプ。
まだ見せていないが、今回ハンコックを主軸に編成し、指揮系統を分けた事によりフットワークが軽くなった艦隊戦力。
伏せ札を除けばこんな所か。
出来る事ならばもうちょっと生産力を上げておくはずだったが……。出来なかったものは仕方ない。
(最悪、政府と海軍が仕切り直してくれるというのならば、前回ちょっと頭によぎったなんちゃって七武海役を受けてもいい……が、そうはならんだろうなぁ)
俺達『黒猫』を事実上の海軍戦力に組み込むというのは最後の札だ。
その際に政府は関与しない事を条件に出すこともできなくはないが、それは潜在的な政敵である海軍の強化につながる。
心情的にも統治戦略的にも怖くてできないだろう。
(……のらりくらりと躱して、CP9を始めとする政府戦力を撤退させる事自体は……可能……だと思う。だけど、それは先延ばししてるだけなわけで……)
先延ばしにしただけという空気は『黒猫』のメンバーにも海兵側にも伝わるだろう。
別に悪いわけじゃないし、成果としては十分だと言ってくれるだろうが士気に影響する。
もう冬が始まってそれなりに時間が経っている。
口減らしが始まっている事に加えて、目を背けたくなるほどの餓死者が出る気配が出ている。
というか、特に被害が酷かった初期に襲われた国家ではもう出ている。
非加盟国は当然加盟国もその対策をしたいが、全てを燃やされていてはどうすることも出来ず、政府の援助を待つばかり。
それ以上を得ようとするならば……余所から奪うしかない。ある意味で海賊以上に必死で、命がけで襲おうとするだろう。
それらに対応しなければならない俺達『黒猫』や海軍の人間にとっても大きな試練になる。
(少しでも、一人でも多くの兵士を勇気付けなければならない……それはわかっている)
海賊のような明確な敵がいてそれを倒す戦いならばまだしも、ここから先は人の生き汚さと向き合う戦いになる。
(下手しなくても、対海賊戦以上に心を削る戦いだ)
であるならば政府と海軍の連携の齟齬を取り除き、海兵達の士気を跳ね上げる必要がある。
すなわち――勝つしかない。
確かな成果を掴み取った上で、正義を背負って立ち上がる事に確かに意味があるのだと思ってもらうしかない。
「ぇ――ねぇ、クロ!」
「? どうした、ヒナ……じゃない。ヒナ二等兵?」
「もうヒナでいいわよ。それより、どうするの?」
「……どうするって?」
「五老星なんて呼び出してどうするのよ。無視して非加盟国民を連れ去れって命令が出されたら!」
「その時は俺達が海賊らしく彼らを
仮に青雉、黄猿の両名と戦闘になっても拮抗させられるだけの戦力はあるし、特記戦力を押さえた場合の残る兵力勝負でも、対多数戦を想定して訓練や演習を重ねているウチの海賊団なら避難民を乗せた船が安全圏に出るまでは持ちこたえさせてみせる。
そもそも、そういう状況になったら海軍兵士の士気はボロボロだろうし。
真面目に警戒するべきなのは黄猿と
「まぁ、政府も分かっている。海軍の手綱を握り直すには海軍の失点か、あるいは政府の大義名分を大きく知らしめてからじゃないと無理だって」
もっとも、五老星が出てこずに現場の判断という事でCP9に非加盟国民の徴発を任せる可能性は確かにある。
というか、滅茶苦茶あった。
だからその場合のために、一応牽制も兼ねた毒は流した。
五老星がそう言いだした時に、五老星を怒らせない程度に何とか出てきてほしいとあのチンピラ長官は頑張ってくれるだろう。
「今回の命令の最大の狙いは、海軍が守るのはどこまでか。どこに仕えているのかというのを将兵に思い知らせることだ」
そのための大掛かりな芝居だな。
いやはやホント、宮仕えは大変だよなぁ。わかるわかる。
「……大体これから冬が来るのに人員を徴発してもどこで働かせるのよ……これからどこも育てられる作物なんて限られて――」
「アホウ、気候がバラバラな
「……ぁ」
コイツ、本部入りしたとはいえまだ普通の海の常識に染まったままだな。
「クザン、実際政府が本気で援助したとして、現状の食糧危機をどこまで軽減できると思う?」
「さて……どこの海でも海賊の被害が出てるからねぇ」
「食料なんて、海賊が街を襲った時に真っ先に奪われる物よ」
「……だよなぁ。つまり、分からない?」
「ただ、島を奪われたというわけではないから次の収穫期まで……いや、それでも農作業の事はよく分からねぇしなぁ」
まぁ、農作業を理解している軍人なんて、なんちゃって屯田兵と化しているウチらくらいだよなぁ。
うん、軍人じゃなくて海賊だけど。
(仮に援助による消費量がデカすぎたら政府も二の足を踏む。具体的にどこまでが許容できるラインか分かるのは、やっぱり政府側だよなぁ)
となれば、取れる策はやはり――
「おんやぁ? どうやら長官殿が戻ってきたようだねぇ」
「……結構早かったですね」
一言も話さずじーっと俺達の会話に耳を傾けていた黄猿が唐突に口を開くと驚くな。
ともあれ、本当に戻ってきたようだ。
……顔色はそこまで悪くはないが、緊張はしたままだ。
(五老星……。俺との会話をあっさり承諾したという所か)
こちらとしては助かる。
他ならぬ五老星が俺に価値を見ているという、動かぬ証拠になる。
ということはつまり、スパンダインに刺した毒は全く抜けていないということだ。
「おい、黒猫」
「はっ」
「五老星が、お前と話をしたいと言っている」
(……こんなガキにビビるなよ。いや、ビビってるのは俺と五老星の関係性か)
さっきまでに比べてこの男から感じる圧が激減している。
さて、この男をどう扱うか。
(ロビンの仇ではある。正直、使い潰す方向で振り回そうと思えばできなくもない。ないが……)
チラリとロビンの方を向くと、さっきまでミホークの服を引っ張っていたのに今ではハンコックに後ろから抱きしめられている。なにがあった。
目が合ったのでスパンダインへと少し目線を当ててみると、本人は「ん?」と首を傾げている。
…………。
え、いいの? コイツお前の島滅ぼしたある意味張本人なのは分かってるよね?
いや、グッドサインじゃなくて。……口パク?
(ま・か・せ・る。……か)
まぁ、そう言うならいいか。
可能な限り大切に利用しよう。
「ありがとうございました。スパンダイン長官」
「お、おう」
「あっさり話が通ったという事は、五老星の方々にとって十分にあり得た想定だったということでしょう」
毒を持った人間が敵性勢力に残ってくれた方がこちらとしては助かる。より長くだ。
ならば、この男からの信用を稼いでおくことはこちらにとって有利に進む。
(今はこれ以上毒を刺す必要はない)
病気と同じだ。潜伏期間は長ければ長いほど後が怖い。
「あとは私と五老星の話し合いになります。その結果次第ではどうなるか分かりませんが、その間に混乱が起こらないように、今は海軍と協力していただけませんか?」
「……わかった」
そう言うとスパンダインが、役人達や後ろに控えていたCP9っぽい連中を引き連れて少しだけ下がる。
(……どちらかと言えば海軍の方を警戒しているな。命令としては、やはり海軍の挑発が主だったかな。まぁいい)
スパンダインから受け取った電伝虫の受話器を取る。
『久しぶりだな』
「ええ、およそ半年ぶりですね」
まさか、こうしてまたこの人たちと話すことになるとは。
俺海賊だし主人公のルフィですら話したことも出会ったこともないような連中なのに、んもぅ。
「声だけですが、お変わりないようで安心しました。――五老星殿」
ヒナ嬢、なんでそんなにビビってるのさ。
「まずは御礼を言わせてください。政府の手配した物資のおかげで、多くの民衆を飢えから遠ざける事が出来ました。差配のための人員も含め、ありがとうございました」
『……相変わらず、面白い男だな。まさか海賊勢力を率いて海軍の援護をするとは』
「確かに我らは政府の在り方を良しとせず、その庇護下から外れた海賊ではありますが、無法を好むわけではありません」
ぐぬぅ、さすがに自分達から本題に切り込んでくれるわけではないか。
向こうから本題に切り込んできてくれればやりやすいんだけど。
(……世界政府は今回、海兵を観客としてショーを開いた)
海賊を始めとする脅威に対抗するには、清廉ではいられないと。
スパンダインは本人の性質からしてムチ役。
推測でしかないが、今回の物資量から観て、仮に海軍との間の対立が深くなった際にもっとも食料の問題がキツくなるのは燃料の問題も深刻化する真冬の時期。
(悪に見えるスパンダインにヘイトを集めさせた所に、民衆を救う物資をもったアメ役を登場させて説得。海軍は政府の下になくてはならない。冷酷な判断だって必要なんだと説き伏せる。ここらが世界政府の理想のストーリーラインだったハズだ)
まぁ、そうならない可能性も十分に高いと見てサブプランを敷いていたみたいだけど……。
(事態の解決に政治をショーに仕立てて大きな流れを作る。それ自体はいい手だ。だが……)
海兵達を観客として、役人たちを役者としてショーを開きたかったのだろうが……。
(劇とは観客もまた演出の一つであり、決してただ受け身なだけの存在ではないという事を理解していなかったのが、貴方達のミスだ)
『無法を好まぬ貴様なら分かるハズだ。西の海は極めて危険な状態にある』
「なれば、非加盟国の人間を奴隷として酷使するのも已む無しだと?」
『飢えがどれだけ危険なモノか、統治力に優れたお前ならば分かるであろう』
「それを判断するには、材料が不足しているとしか思えません。政府が具体的にどれだけの物資貯蔵をしており、どれだけの輸送力があるのか」
実際、センゴクさんはそこらへんの情報は全て提示するように指示を回してくれたからアレコレ動かせたんだ。
本当にセンゴクさんには頭が下がる。足向けて眠れねぇ……。
「それらの情報を開示し、輸送を担当するのだろう海軍との関連議事録を見せて頂かないと納得は出来ません」
『こちらの軍事機密を、一海賊に見せろと?』
「まさか。ただ、納得させるには到底足りないと言う事です。無論、それは一般海兵達もでしょう」
『彼らは我ら世界政府の軍である。命令があればそれがどのようなモノであろうと実行する存在でなくてはならん』
「ええ、おっしゃる通りです」
「ですが、それは上位者である貴方方が、兵士たちを裏切っていない場合に限る。違いますか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
初めて出会った時は、顔すらまともに見れなかった。
訓練教官であるマンチカン中将が戦闘開始を宣言したその瞬間、自分は蹴り飛ばされて動く事すらできなくなっていたからだ。
『裏切る? 妙な事を言う。軍とは政治の下に振るわれる力であり、そうあるべきなのだ』
「あぁ……やはり。海兵奴隷から続く一連の事件の中で感じていた違和感の正体がようやく分かりました」
見返したくて。
自分にとって初めての戦闘で、初めての敵で、そして初めて負けた相手を自分の手で捕まえたくて。
だから英雄と言われるガープにも訓練を頼んで、少しずつとはいえ力を付けつつある。
だけど――
「貴方方は、根本的に軍隊という物を理解していない」
『…………ほう』
だけど、遠い。
あの日、自分で捕まえると決めた海賊は、気が付けば海軍と肩を並べる海賊になっていた。
そして今、捕まえなければならないハズの海賊という存在は、自分達に背を見せ、五老星というとても手が届かない存在を相手に、言葉を以って戦っていた。
「確かに、軍隊とは政治手段の一つとして統治機構の下に揮われる力です。それに関しては異論を挟む余地はない」
『意見が一致するな。黒猫』
「はい。ですが――」
「それは土台となる統治機構が、統治機構として確固たる覚悟を決めている場合に限ります」
海賊であるハズの男が、自分達海兵に無防備な背を見せて、
―― 世界に立ち向かっている。
しばらくは投稿速度が週一に落ちます。
申し訳ありませんが、どうかご了承願います
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069:海賊か、それとも――
「よいのか、ロビン?」
自分の足なら奇襲を受けても躱せるし、避けた直後に大抵の敵は石に出来るとロビンを抱きしめているハンコックは、ロビンの耳元で小さく呟く。
「うん?」
「あ奴はおぬしの仇と言っていい者じゃろう?」
「……うん」
ロビンにとって、あの島は決して楽しい物ばかりではなかった。
預けられた先では厄介者扱いされ、食べる物も着る物も厳しい制限が掛けられていた。
家族同然に扱ってくれる人はいた。
自分に色々な物を教えてくれた、家族同然だった考古学者の皆はいたが、それでも『家庭』という物を感じた事は一度もなかった。
「でも、きっとキャプテンさんは人に嫌な事をするのは嫌だろうし」
だけど、あの空き樽の中に隠れていたのを見つかった日から、家が出来た。
あの時は定住しない船の中に。
今では、皆と一緒に切り拓いた島の中に、皆と一緒に建てた家がある。
オハラの――故郷の無念は忘れない。
必ず他のポーネグリフを見つけ出し、あの島に眠る者達の悲願。空白の百年の謎を解き明かす。
だけど同時に自分を守り、家を、家族を与えてくれたキャプテンの意向に出来るだけ沿いたかった。
あの優しい人が嫌がるだろう事を、押し付けたくはなかった。
「――いや、ロビン。主殿は敵と判定したらとことんまで悪辣じゃぞ」
「あの、うん……それはそうなんだけど……」
「同感だ。奴なら生かさず殺さず、あの男の人生を見事にしゃぶりつくすだろう」
「ミホーク、ちょっと口を縫い合わせてきて」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『我々に、覚悟がないと?』
五老星め、会話に乗ってくれたんならばこっちのもんじゃいワレコルァ!
マイクパフォーマンスはアジテーションの基本中の基本じゃい!!
「私の目にはそう映ります」
『怖いもの知らずな所も変わっておらんようだな。我々に何が足りないというのかね』
「ではお尋ねします。貴方方にとっての『世界』と、海軍にとっての『世界』。これは果たして同じ物でしょうか?」
『……』
前にもコイツらに言った通り、世界政府には弱点がある。清算するチャンスを逃し続けている所だ。
「世界政府は、三つの分断を用いて世界を治めている」
世界政府を割るようなつもりはないが、天竜人こと世界貴族への牽制の一手になりうるならばちょいと突っついておいてもいいだろう。
「世界貴族とそれ以外という絶対階級、非加盟国民への意図的かつ過剰な差別、そして――加盟国同士の対立因子の保持」
多分だけど、仮に問題点を指摘した所で世界政府は手を打てない。
天竜人の在り方を変えない限り、抜本的な改善策を打てない。
そしてそれが出来ないのが世界政府だ。今は特に。
それがお前たちのアキレス腱だと思い知らせてくれるわ!
「前者二つはまだ分からなくもない。だが、最後の一点が貴方達の問題を浮き彫りにしている」
『ほう、そちらか』
五老星の誰か――声だけだとあの中の誰が喋っているかさっぱり分からんが、誰かが話に乗ってくる。
『加盟国には加盟国それぞれの理由がある。そこに強権を振りかざせと?』
「ですが、多少なりとも介入、外圧がなければ簡単には変われないのもまた国家という物でしょう」
『容易く口を挟んで良い物ではないと思うがな』
「ならば、
俺が元々商家に住み込みで弟子入りしてたのを忘れてないだろうな!?
そこら辺の詳しい話は行動の指針を決めるために常にアンテナ伸ばしてチェックしてたから、過去三回くらいの
例のゴア王国の王家の所にもウチの商会出入りしてたし、ちょっと持ち上げたらベラベラ内情喋ってくれたからな。
他の東の海の王家にもちょいちょいヒアリングしていて分析していた結果をこんな形で使う事になるとかホントもう!
「天竜人を絶対の存在とするために意図的に被差別階級を作り出し、天上金を設けて加盟国の国力を削ぎ落とし、そして対立の種を残して削り合わせる。これが世界政府の方針ではないのか」
「だから、加盟国への対策も遅れがちになる。世界政府の根幹として、加盟国群という物が生産地を兼ねた聖地を守る緩衝地帯に過ぎないからだ」
20年後にはクロコダイルやら腐れグラサンがやるかもしれない、わっかりやすい手口だし。
俺だってある意味海賊とマフィアを槍玉に挙げてるわけだし。
…………。
いやなんか言ってくれ!
別にただそっちを一方的に悪人にしたいわけじゃないんだ!
クザンもヒナも歯ぎしり止めなさい!
「そして、それ自体は悪ではない。悪ではないのです」
しょうがない面もあるんだってば!!
「背負わぬ者が何をどう言おうと、国家の最大の使命はその生存にある。これは変えようがない真理です」
『……貴様は――』
「世界政府というものを天竜人の国家だと仮定すれば、全て当てはまる。なにかしらの争いと見られる空白の百年を乗り越えた、今の世界貴族――天竜人の祖に当たる者達も疲弊していた事でしょう。だから生存のために策を打った。より大きなまとまりを作り、それを殻とした」
実際、ここまで天竜人に都合がいい世界を築くのは……いやまぁ、悪事と言われるような真似だったとは思う。ワンピース世界だし。
ああ、そうだ。そう思う。思う……が、大偉業であったのもまた事実だ。
ワノ国到着してちょっとくらいの話までしか知らない上に色々うろ覚えの知識ではあるが、実際にここで生きた経験も踏まえると、なんだかんだで800年こんな暴力世界に――その原因の一端であるとはいえ――ある程度の秩序を維持してるのは凄いとしか言いようがない。
より良い手段があったとかどうとか言えるのは、結局のところ後出しでしかない。
確かに救われた者もいるこの800年間の否定は俺にはできん。
「それはいい。だが、それから長きにわたり、その生存の策を時代に合わせ修正しないままここまで来てしまった。政府にとっての『世界』と加盟国の――ひいては海軍にとっての『世界』の意味の乖離は年月を重ねるごとに大きくなる」
ついでにいうなら、その乖離が生み出したのが政府の支配にも非加盟国への搾取にも我慢できなくなった海賊なのだろう。
『……憶測にすぎん』
「ならば、なぜ今回政府の援助がこうも遅れたのでしょう」
『被害の拡大を抑える事に力を入れたまでだ』
「その後予測される革命や海賊の拡大を天秤にかけてですか?」
『事実、想定よりも被害は大きく抑えられている』
「さて、その言葉で海兵が納得するでしょうか?」
『…………人心は、結果の後に続くものだ』
「なるほど、確かに。一理あります」
結果出してるのはこっちだけどなぁ!
まぁ、五老星には悪いがこのまま反論がないならこの推測で押し切らせてもらう。
劇場型の政治はその実インパクトとパフォーマンスの勝負。
うかつに舞台に上がらせてくれたんだ。遠慮なく突かせてもらう。
それに、政府と海軍両方が歩み寄る切っ掛けを作るには、それが見当違いだったとしても立場的に下の海軍が多少でも納得出来うるストーリーがまず必要だ。
「海軍は正義を掲げ、その正義を――あるいは安定を求めて新兵たちが入隊してくる」
その新兵も、新入りとはいえ兵士は兵士。
「そして本来ならば訓練期間である彼らも、今回のような事態では頭数に数えられて派遣される。派遣され……倒れる者も出てくる」
『……そうだな。新兵とはいえ兵士ならばそうだろう。彼らは立派だった』
「はい」
そうだ、皆立派に戦った。戦っている。
五老星が肯定してくれてよかった。ここでまさか当然の扱いをされたら修正に手間がかかるところだった。
「海賊連合による最初の襲撃が起こった際に、モグワ近海を担当していた第178基地では新兵7名が……全体では78名が犠牲になりました」
初日に犠牲になった海兵達の遺体の回収や修復、葬儀も手配したが、あれほど嫌な物はない。
海軍の歌とか言う……
あれを同期だったのだろう若い海兵が泣きながら歌ってて……。
クザンもやるせない顔をしていたなぁ。
「そちらも把握していると思いますが、本日までに西の海だけで836名の犠牲者と、1329名の重傷者が出ています」
ハイランド三等兵は奪還した島で補給品の運搬をしていた時に隠れ潜んでいた海賊に、テリア大佐の息子のデール二等兵はエリアAの防衛戦で。マリノア大佐率いる231基地の部隊は救援が間に合わずに沈められた。
ケルピー三等兵、カレリア軍曹、シュナウザー准将にケリー一等兵、クバース二等兵……。
中には家族が今回の騒動で行方不明になっていても、頑張って海兵として戦ってくれている兵士もいる。
「たとえ新兵だろうと、老兵だろうと。国家から下された如何なる命令にも清濁を併せ呑み、恐怖を抑え込んで戦場に立つ」
『何が言いたい。ここまで、お前と我々の軍隊観は変わらんように見える』
「分かりませんか?」
『……ああ』
「だからこそ。だからこそ軍隊に――兵士に命を捨てろと命令を下す統治機構が、その根幹を偽る事は許されないのです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(……変わってねぇ。変わってねぇな、クロ)
かつて自分と敵対した男は、初めて出会ったあの隠し倉庫での戦いからなに一つ変わっていなかった。
(ああ、そうか。ただの商品だったあの小娘達は、あの時にこの背中を見たのか)
強いて言うなら、視点が違う。
あの日、自分が部下に撃たせた大砲の砲弾を蹴り上げ、向かい合っていた少年海賊は自分達に背を向けて、遠くにいる世界政府に――いや、巨大な何かに立ち向かっている。
「多くを語らずに兵を動かすこともあるでしょう。迷いを持たせぬために情報を絞ることも当然のこと」
(あの小娘共が、この半年で兵士になるわけだ。これを見せられちゃあ……な)
結局ここを動かなかった部下達も、生唾を飲んで海賊の背中から目線を外そうとしない。
いや、外せなくなっている。
「正義を謳う清廉な作戦であろうと、実態が極悪非道な反吐の出る作戦であっても兵士は軍隊組織に、軍隊組織は統治機構に忠を誓い、下された命令を実行に移さなくてはならない」
「その命令がいかに理不尽で不甲斐ない物でも、覚悟を決めて兵士は死地へと赴く」
「武器を手にし、命を懸けて海に出るのです。不平や不満を押し殺し、覚悟を持って
『敵は賊や犯罪者だ。何の問題があるというかね』
「いいえ、人です。それを兵士が一時忘れる事はあっても、呑み込む軍隊はあっても……偽り続ける軍隊ほど脆い物はない」
海兵達も、身じろぎせずにクロを見ている。
声が届いていないだろう者ですら、クロという海賊から目を離せない。
「兵士たちは、世界を守るためにと全てを押し殺して覚悟を決める。だが、その命令を下す統治機構が偽りを重ねている。世界政府の示す世界と、海軍の思う世界に大きな齟齬が出来る程に」
「ならば兵士たちは、何のために海賊という恐怖に立ち向かうというのか」
「何のために戦場に散っていったのか」
ヒナというクロとそう変わらない年頃の兵士もまた、これまでとは違う目でクロを見ている。
「そこに偽りを抱かせる統治機構が正しいハズがなく、それを正そうとせぬ統治機構は統治機構たる覚悟がない」
「五老星殿、貴方方に問い掛けたい」
「今の海軍に、正義はあると胸を張って言えるのか」
「政府のただの都合の良い駒などではないと言い切れるのか」
「命を賭して任務に赴く海兵達の胸に――」
「誇りは輝くのか……っ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(あぁ……)
大将黄猿としてこの西の海で受けた任務は、西の海の民衆を救うための物資の護衛。
そしてもう一つが、この目で『黒猫』を見て来いという物だった。
(これは……)
周囲にいる海兵達は、まるで凍り付いたように動かない。
(これは……いけないねぇ)
確信がある。
殺すなら今だ。
この海賊を殺すには今しかない。
なにせ次々に一部の海兵が、
海兵やマフィア、海賊達が気付いていないのは、誰もがクロという男から目を離せないからだ。
(政府があの海賊を認めるはずがない……)
今殺さなければ、とてつもなく大きな海軍の――ひいては政府の障害になる。
いや、言葉を間違えた。
ここが最後のチャンス
オハラの悪魔――ニコ・ロビンを守っている剣士と副総督の二人が、先ほどからこちらに微弱な殺気を飛ばしてきている。
クロの
ダズ・ボーネスはそこまで察してはいないようだが、それでも警戒を怠っていない。
仮にクロを襲えば初撃を『海兵狩り』に防がれ、そうすればすぐにダズ・ボーネスが他の『黒猫』の兵士をまとめ上げて戦闘になってしまうだろう。
『無論だ。海軍は正義の下に立ち、そこに異論をはさむ余地はない』
一方で会話は続く。
一海賊と五老星の対話という、歴史上一度もないだろう異変だ。
五老星の言葉に、海賊はそれを待っていたと言わんばかりに小さく口元をニヤリと歪め、
「では、問題は海軍との齟齬のみであり、だがその機会を掴み損ねていると」
『そうだ』
「なるほど、これは失礼いたしました。ならば、恐れながら一つ提案があります。よろしければ……」
『構わん、言ってみろ』
「互いの認識に齟齬があり、そのためにより良い連携の機会を掴み損ねているのであれば、調停する第三者がいれば問題ないでしょう」
『……まさか、貴様』
「政府の代表、そして海軍の代表を交えた正式な会談の要請をさせていただきたい」
海賊は、なんという事のないような顔でシレッと切り出した。
「これを受け入れてくださるのならば、第三者としてこの『抜き足』のクロが、武装を解除した上で単身マリージョアへ出頭致します」
普通に考えれば自殺に等しい提案を口にしているにも関わらず、
「いかがでしょうか?」
海賊『黒猫』は、勝利を確信した笑みを浮かべていた。
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070:次の戦場へ
よしよし、感触は悪くない。
五老星から少し待てと言われたが、バッサリ断られなかったという事はかなり揺れ動いている。
(予想通り、今のうちに海軍への影響力を強めたいと考えていたのは間違いないと見た)
状況が落ち着いてからでは遅いのだ。
政府としては、『政府は状況を改善したいが海軍が足並みを揃えてくれない』という形を取ったうえで情報操作をしようとしていた可能性が高い。
これが安定してしまえば、これまでの政府の失点がより大きく目立ち拡散されかねない。
海軍も海賊への対処に向けていた戦力がまとまるようになる。
(さて、とりあえずダズ達に戦略の再確認と、用意していた計画の草案がどこにあるか伝えておかないと)
一応こうなるパターンは十分にあったし、自分が死んだ場合の備えとしても残している物がある。
問題は驚愕の表情と泣きそうな表情が混ざってるロビ――ぐごふっ!!?
「馬鹿野郎!!」
ちょ、クザン!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「馬鹿野郎!!」
気が付いたら胸倉を掴み上げていた。
これまで色んな強者と戦い続けてきた男は、それでもまだ少年で、あっさりと身体が浮き上がった。
「ぐ……っ……どうかしましたか、大将青雉」
「無茶苦茶な事しやがって!」
少年――いや、青年になったばかりの男は苦痛に少し顔をゆがめながら、それでも何という事のないような表情で問い掛けてきた。
「大丈夫です。海軍という組織を巻き込んだ上で政府にとって動きづらい所を突き、加えて海兵や政府の役人の前で言質を取りました。仮に今の話を呑み込めば尚更――」
「それでもお前が一番危険な所に乗り込むのは変わらねぇだろうが!」
いや、考えてみればこの男はそれをする事に迷いはないだろう。
あの時も、たった一人で海軍将校三人の前に平然と姿を現した。
「勝算はあります。……というか、作りました。世界政府は私からの対話要請に応えた時点で、多くの兵士たちの前で我々『黒猫』という組織に価値を見たことを認めています。その上での会談要請に答えを出すために時間を取っている」
今もそうだ。
普段はこんな顔をする男じゃない。
存外表情豊かで、仲間といる時はそれでもやや大人びているとはいえ歳に相応しい顔をしていた。
ダズ・ボーネスといるときは静かな顔で、読んだ書籍について語り合っていた。
昼寝をしているペローナの枕兼座椅子になってしまってるのをヒナにからかわれて、顔をしかめていた。
ニコ・ロビンやハンコックといる時は、軽口を交えながらお茶とお菓子を楽しんでいた。
訓練として一通り斬り合った『海兵狩り』と、親衛隊の子達と揃って食事と談話を楽しんでいた。
「お前を殺そうとする奴がいないとも限らないだろうが! 現に暴走して命令もないのに共闘体制にあったお前の下にいるニコ・ロビンを狙った奴らがいる!」
「ええ、それは当然出る可能性はありますが……」
民衆を決して傷つけず、民衆から決して奪わない。
「先日元帥との通話でも議題に上がりましたが、推測通り新世界に多くの民衆が奴隷として流れています。海軍が対処に当たっていますが、多くの労働力を得た海賊勢力の肥大化は避けられません。これから先、戦う力のない民衆にとって厳しい時代が来る」
それどころか、奪うくらいならば作ると自ら土地を開発する男だ。
「今ここで世界政府と海軍の関係の改善に動かなければ、もはや止められないこの大海賊時代への対応にさらなる致命的な遅れが出ます」
下手な海兵よりも、海賊を相手に戦っている男だ。
「それを多少でも改善できる可能性があるのであれば、たかが海賊一人の命を賭けるには十分すぎるでしょう」
「ふざけるなっ!!」
そんな男が――
「海賊だぁっ!? どこにいるんだ、ええ!? 俺の目にはどこにも見当たらねぇぞ! なぁ、おい!」
「今! 一体どこに海賊がいるって言うんだ!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
お前の! 目の前に! いるじゃろがい!!
お前ホントに俺をなんだと思ってやがる!
ちゃんと海賊らしく島制圧して民衆支配して働かせてみかじめ料取ってるじゃねぇか!!
戦う用意だってしてるし領土が船とはいえ加盟国と戦争だってしたし政府に宣戦布告してるし、挙句の果てにはオハラの遺児を堂々と匿ってるしこれで海賊じゃなければ何なんだよ!?
ついでに船の中では『冥王』さんが酒飲んでるわ!
あ、なんか感じた! 『冥王』さんアンタ今なぜか爆笑しながら美味そうに酒飲んでるな!?
なんか察したわボケェ!!
「クザン、頼む。分かってくれ……」
いや、たしかにお前とはもうほとんど友達というか、正直俺もお前とやり合うような事はしたくないレベルでずっ友感あるんだけど、それでもお前は海兵で俺海賊なんだってば!
「政府も焦っているんだ。事態を少しでも自分達に有利に収めるには、落ち着いてからではなく混乱の中の方がやりやすい。逆に言えば、型に嵌めるには向こうから舞台に出てくれた今しかない」
政府としても今のままでいいとは思っていない……ハズ。
だが同時に、少しでも有利になるタイミングを見計らっていたハズだ。
おそらく、絶対支配を続けていた弊害のせいで初動時の危機感が足りていなかったのに加えて、その後の騒動やら俺がロビンを保護している事やらで手の打ち方に迷っていたのだろう。
「だからってお前が……っ」
「いや、俺じゃないと駄目だ。政府に今の段階で口を挟めるのは、海軍との間に協定を結んだ俺達『黒猫』しかいないんだ。政府が第三者を用意したといっても、今度は海軍側が納得しないだろう?」
特にロビンの存在が大きい。
政府がもっとも恐れているのは、海軍が俺達の後ろ盾になった結果、消したハズのオハラの知識が拡散されることだろう。
だからこそ、ロビンのいる俺達『黒猫』との協定は海軍にとって政府に切れる交渉カードになり得る。
……というか、センゴクさんならそう考えて休戦協定受け入れてくれると思って、クザンを通して話を振ったんだよなぁ。
おかげで海賊連合と海軍相手の二面作戦なんてアホみたいな真似をする事態を避けられて助かった。
もしそうなっていた場合、あの下品な連中を一度徹底的に叩いて連合を吸収するなんてリスキーな策を取る事になってただろう。
「クザン、海兵にとって……俺達『黒猫』にとってもここからが試練の時になる」
「……復興か? だが海賊連合はもう――」
「いいや、復興はとても大変なんだ。それにここからは組織的なものではない、もっと散発的で予測のつかない海賊問題が一気に膨れ上がる」
ホント地獄だぞ。
恐怖の中にいる民衆よりも、余裕を持ちだしたばかりの民衆が一番手を焼くんだし、統率されていない略奪集団なんて本気で下手なイナゴレベルで厄介だからな。
モプチを制圧した時は、『海賊』という恐怖の看板である程度抑え込めたが……。
「ここから先、復興に当たる兵士は人の生き汚さと向き合わなければならない。それは明確な敵である海賊を相手にする以上に心を削る戦いになる」
クザンは能力から見ても、その力を求められるのは当然戦場だ。
大海賊時代の前から海賊だらけのこの世界では当然現場も多くて、そちらにばかり回されていた。
海兵達との雑談で出てきた話は武勇伝がほとんどだし、指揮の様子を見る限り救助や復興の経験はほぼないのは間違いない。
「ビグル大佐の部隊の件を思い出してくれ。ここから先は、ああいった事例がとんでもなく増える。それに加えて、海賊連合も中枢を潰したと言っても本当の意味での指揮役はそのままだ。落ち着いたと言っても油断が出来ない」
より直接関われる『黒猫』の兵士ならば俺が踏み込んで対応できるし、幹部勢や親衛隊にはそこら辺のケアの重要性をレクチャーしているが……海兵側はどこまで理解があるのか……。
(指示役を押さえたと言っても今度は食料狙いの、ある意味で本物の海賊が大量発生するのが目に見えてるしちくしょう……)
「そして今から増える海賊は、やむを得ず略奪に走る者だ。海賊だと兵士が割り切ってくれればいいが、そういう者ばかりではない。やせ衰えて、震える手で剣を握る者を斬って、心を乱さない者なんて一握りだ」
特に二等兵から三等兵の辺りに危ない奴がいるな。
感情移入しすぎる兵士は、念のためにと親衛隊にリストアップさせていたし、後でリスト渡しておこう。
「この状況で、政府への不信を抱いたままでは兵士も疲弊するし、思わぬ暴走に出る可能性がある。ロビン暗殺に走った者達のように」
というか、ここら辺はクザンも分かっているハズだ。
なんだかんだで俺と一緒に兵士達の様子を見ているんだ。
(政府が何をやってもおかしくないとか……陰謀論がまんま実現したような世界だからなぁ)
「だから、ここでなんとか関係改善への一歩を進めて来る。必ず、兵士たちが目の前の仕事に専念し、その制服を誇れるように仕切り直す」
センゴクさんとは暗号の手紙で情報を共有しているし、俺一人ならばマリージョアからでも逃げ切る自信がある。
黄猿が付いてくるだろうけど、それでも逃げに徹すれば可能性はある。
なにせ一回真横を見つからずに素通りしてるし。
「政治は俺とセンゴクさん達でなんとかしてみせる。だから、その間現場を頼む」
そもそも、お前という最大戦力の一角が西の海にいてくれるだけでデカい意味があるんだ。
センゴクさんもお前さんを本部に引っ込めていない時点でその思惑はある程度見えてくるし、多分俺と考えていることは一緒のハズ。
「必ず、必ず事態を好転させてくる」
だから、ほら……とりあえず手を離してくれないか?
「……勝算はあるんだな?」
「当然」
というか、五老星が時間を取った時点でもう勝ってる。
「帰ってくるんだな?」
「ああ」
成功率70%っていう所だな。
足を封じられでもしない限りどうにかなる。
後は黄猿――さっき一瞬殺気走ったこの胡散臭いオッサンがどう出るかだ。
マジでなんで殺気ぶつけてきたのさ。すぐにミホークが牽制してくれたみたいだけど。
「……まだ」
「ん?」
「まだ、お前から教えてもらいたい事が山ほどあるんだ」
海賊になに教えてもらう気じゃい!?
「死ぬ気でこの海を守ってやる。だから……ちゃんと帰って来い」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この機会に非加盟国の国力を奪い、『黒猫』が成長する機会を潰し、後の『黒猫』包囲網の布石を打つつもりが……ひっくり返されたな」
「海軍との状況を仕切り直す好機と言えば好機だが、『黒猫』の狙いはなんだ?」
「そもそも、奴の仲裁があった所で海軍に傾くのでは……」
世界政府において最高権力を持つ五人が囲むテーブルの上には、今現在判明している『黒猫』の主要人物の写真や手配書が散らばっている。
もはやジェルマの精鋭を打ち倒すほどの大船団を率いるようになった海賊達は、総督であるクロが億越えの賞金を懸けられて以降全くその懸賞金が更新されていなかった。
「……どうこう言った所で奴は海賊であり、海軍は敵の一つである。ならば、この機会を利用して海軍になんらかの策を打とうとしている可能性はないか?」
「スパンダインのようにか」
「うむ、あの男が手柄を前にしてわざわざ確認の連絡をしてくるとは思えん。おそらく、クロの口車に乗せられたのだろう」
「抜き足め。ここまでやっかいな男になるとは」
懸賞金とはすなわち政府に対しての危険度である。
ニコ・ロビンがそうであるように、武力的な危険度は低くとも高額が付けられることがある。
その意味でクロは特級の危険人物だった。政府としては、今すぐにでも十億を超える額を付けたい。
だが、クロという海賊が逆に治安維持において貢献している事実が事をややこしくしている。
「話は受ける。それでいいとは思うのだが……」
「……ここでクロを捕殺できるか?」
「難しい所だな」
「ジェルマ戦を見る限り、クロの下にいる者達も侮れん。あれだけの戦力が、明確な反政府勢力となる事は避けたい」
「だがクロがおらず、かつ非加盟国の掌握のために戦力を別けているのなら――」
要するに、問題としているのはクロをどうするか。
あまりにも多くの火種と繋がっている海賊をどう扱うかという話であった。
だが、話しているのは四人ばかりで、一人だけその会話に加わらず、じっと何かを考えている者がいる。
「どうした、卿? なにか考えが?」
「…………うむ。私としても、ありえん考えだと一笑に付す案だが……」
「奴を、天竜人へと迎え入れる事は出来んか? 部下の者達を、あの男の家臣団としてだ」
残る四人が目を剥く。
「馬鹿な!」
「許される事ではないだろう」
「前例にないことであるし、そのような前例を作っては世界貴族の立場はどうなる!」
「外の血を迎え入れること自体はよくあることだ。現にロズワード聖のように、10人以上妻を迎え入れて子を作る者だっている」
「その妻とやらも、ほとんどは使い潰して下界に捨てるだけではないか」
「子もいるにはいるが……」
「……迎え婿……か」
残る四人はまず否定するが、同時に分かっていた。
あの才覚を取り入れるという事が、どれだけ有益な物なのか分かっているのだ。
「あれだけ広い視野を持つ男を在野に放置しておくわけにはいかん。まごうこと無き敵である海賊の立場にもだ」
「だがオハラの知識はどうする」
「少なくとも一度取り込めば、こちらの手中における」
「……いや、しかし奴は権力を求めるタイプではない。モプチを支配していても、あそこに残っている王族から実権を全て奪う事はしていないと聞いている。話に乗るとは到底……」
「……せめて、奴が七武海への参加を受けてくれればな」
初めての対話でもそれを感じたからこその、七武海への勧誘だった。
もっとも、その時には手元に置いたまま海賊とぶつけて削り合ってもらおうという狙いだったのだが。
「過ぎたことを言っても仕方あるまい。……言いたい事は分かる。奴の才覚を野放しにするのも、潰してしまうのも惜しい」
「上手く取り込む手か……」
「どうするにせよ、やはり奴とは顔を合わせて話してみる必要がある……よいな?」
問い掛けた男に対して残る者達は全員頷いて肯定し、そして男が受話器に手を伸ばす。
「私だ。――そうだ。要請を受ける。会談の場を設けることに決定した」
「日時が決定次第、通達する。それまでその場にとどまり、少しでも『黒猫』の情報を多く集めろ」
「……以上だ」
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071:ニコ・ロビン
「というわけで、少しの間俺は出張することになった」
緊急会議というわけでモグワ城の会議室を借りて、現在の幹部を全員集めている。
もうちょいざわつくかと思ったが、存外幹部勢――加えて親衛隊の面々は落ち着いている。
「その間の指揮はダズに任せる。……当然だがな。ダズ、現段階での西の海で一番の戦略目標は分かっているな?」
「ああ」
こういう緊急事態でも全く動じていないダズはさすがだ。
いや、内心はどうか分からんけど俺から見ても冷静に見えるのは本当に心強い。
これなら兵士の動揺も最小限に抑えてくれるだろう。
「穀物を主軸に生産力を増強させ、一つでも多くの島から飢えを駆逐する。あるいは遠ざける」
「そうだ」
武力もそうだが、今もっとも伸ばさなければならないのは生産力だ。
ただでさえ広範囲が政情不安に陥りそうなんだ。
ここでなんとか生き残れるだけの生産力を確保しておきたい。
「ミホーク、もっとも重要なのはお前達の旧キャネット国の開発にある」
「ああ、すでに輸送船には十分な量の食料と苗、資材を用意している。初動分としては問題あるまい」
「よし。戦力はクリスを始め親衛隊に加えて精鋭を付ける。民衆にこれ以上被害を出すな」
「承知だ、クロ」
「ハンコックはモプチ-モグワ間の海の防衛をしながら海軍と連携を。ただ――」
「状況が動いておる故、油断するな……といった所かの?」
「そうだ。万が一を常に考えておけ。……すまんな、本来ならばそっちの内政、外交関係は俺が受け持つはずだったんだが」
「なに、提督に任ぜられた以上そういうこともあるじゃろう。成果を出すと約束はできぬが、下手を打たぬように微力を尽くす。アミスやテゾーロもおることじゃしな」
「……ありがとう、ハンコック」
ミホークもやる気満々で大変よろしい。
これ、開拓速度は思った以上に早まるかもしれんな。
少しでも穀物の収量が上がればいいんだが……。
ハンコックも、艦隊指揮をするようになってからますます頼もしい。
「ダズはモプチの運営と防衛を。一応考えていた開発の計画草案は金庫に入っている……が、優先順位は特に考えていない。実現、実行が可能な案なのかも熟慮したわけではない。繰り返すが、草案だからな」
上下水道の工事にため池や新規農地の開発に街道整備計画の草案、島内の輸送体制の見直し案やら造船所設営の前段階として船の整備ドックの建築やらやら……。
ホントにもうあれだ、高校生の喫茶店経営みたいな妄想レベルの走り書きだが、いい機会だし放出しておこう。
「親衛隊の面々やテゾーロと相談して、使えそうな物があったら使ってくれ。好きにしていい」
「了解した。……当初の計画にあった、モプチ近海の島はどうする?」
あぁ、ピュリナとかカナガンとかの……最初の制圧目標だったモプチ周りの島か。
できるだけモプチとキャネットの開発に力を入れたいんだが……被害もあるだろうし変に賊になられても困るか。
「余力があるのならば我々の勢力下においても構わん。判断はお前に一任する」
「了解」
「テゾーロはダズや王女殿下の相談役を務めながら金策を頼む。これまでの活動で多少の貯蓄はあるが、復興やその先を考えるといくら金があっても足りない」
「了解です、総督」
よし、テゾーロもいい感じにウチに馴染んできた。
ダズやペローナのような原作ネームドではないし能力持ちでもないから少々不安だったが、金稼ぎに関してはかなり信頼できる。
頭の回転が速いのもあるが、かなり現場への理解が深い。
「魚人組は自衛を最優先してくれ。最悪の場合は連絡なしで逃げても構わん」
「……やはり、狙われるか」
「残念だが、魚人が金に換わりやすいのは変わらない。西の海はマフィアの海だ、一般人でもそういうツテは見つけやすいし、この緊急事態では金や飯になるネタならば即座に飛びつくだろう」
「うむ、承知した……が、クロ殿には世話になっておる。せめてちょっとした物資の収集や加工程度は手伝わせてもらう」
「……すまん、ハック。助かる」
ハックも正直、ウチになくてはならない存在だよなぁ。
親衛隊だけじゃなく、一般戦力を文字通り底上げしてくれているのはハックによる教導があるからだ。
ミホーク? アイツは難しい事考えないから。ぶっ飛ばすだけだから。
改めて、ついていける親衛隊のガッツには驚かされるばかりというか……。
「さて、……で、だ」
フードで顔を隠したレイリーは小さく微笑むだけだ。
まぁ、特にいう事はない。
好き勝手やってるだけでミホークの剣の腕を上げてくれるし。
問題は……。
――む~~~~~~~~~っ。
「誰か、絡みついてるロビンを引き剥がしてくれないか?」
「無理だ、キャプテン」
「おい副総督、あきらめが早すぎないか?」
「判断が早いと言ってもらいたい」
「ホロホロホロ! もうロビンも一緒に連れて行きゃいいじゃねぇか。クロなら万が一でも逃げ切れるだろう?」
「無茶言うな。なぁ、ロビン。せめて能力くらいは解除してくれないか? なんかこれ蜘蛛か何かに捕食されてるみたいで――」
「
「そこをなんとか……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぐす……っ」
「悪かったよ、勝手に決めて。だが、チャンスだったんだ」
結局部下達は誰も助けてくれなかった。
ちくしょうなんて薄情な部下なんだ。
アイツら全員ロビンに甘すぎないか?
もしロビンがクーデター起こしたらアイツらなんかノッリノリで乗りそうだぞ?
特にペローナ。
全員出航やら仕事の用意に出ていって、今ここにいるのは俺とロビンだけだ。
「これから先、どうしても俺達は世界政府を相手に立ち回らなきゃならない」
とりあえず能力使った腕の雁字搦めから、普通に
「今回の一件でよく分かった。俺達と海軍は、根底にある……そうだな、文化と言えばいいのか。そういった物に似通ったものがある。だから話し合いがまだ成立する」
まぁ、正確にはアミス達の事件というきっかけがあったのが極めて大きいが……。
政府との間に溝がなかったらどうしようもなかったなぁ、ホント。
「ここで世界政府の根底にある物を理解……まではいかなくとも、肌で感じる必要がある」
ついでにいくつか策も仕込んでおきたい。
ある程度の安全が担保されている状態で、敵になり得る相手の中枢を覗けるチャンスなんて逃がすわけには行かない。
うん……ある程度は安全なハズ。
少なくとも会談に何らかの決着がつくまでは。
その際、カードとして『黒猫』と海軍の協定破棄を使う事があったとしても、これまでの心証と世界情勢から西の海までの安全は確保されるハズだ。
これまでのダズやハンコック達の活躍に加えて、これから俺抜きでの活動内容次第によってはその安全度は更に上がる。
下手に俺を殺せば、残る『黒猫』が明確な反政府戦力になる。
そんな事態は政府としては避けたいだろう。
(しかし……念のために、革命軍とのツテも作るべきかねぇ)
「キャプテンさんは、西の海から海賊を全部追い出したいの?」
「……ゼロというわけには行かないだろうが、まぁ、もう少し落ち着いてもいいとは考えている」
打算だけで言えば、略奪者という分かりやすい敵がいてくれるのは都合がいい。
いいのだが……多すぎたら今度はこちらの開発計画に影響が出る。
「ロビン、俺の目的は分かるな?」
「……世界政府の競合相手として共存可能な、第二の統治勢力の設立」
「うん。……まぁ、前に話したな」
これからモプチを制圧するぞって前にダズ達にはある程度説明していたな。
ただし、ペローナは堂々と居眠りしていた。いやまぁ、無理もないが。
「海賊として追われる以上、取れる進路は二つ。隠れ住むか、手を出せなくするかだ」
「……うん」
「で、俺達の場合前者は難しかった。アミス達の事件に関わった時点でやっかいな連中に追われるのは確定だった以上、勢力を広げなければ海軍なりマフィアなりに飲み込まれるしかなかった」
いやホント、海賊連合の一件がなければ、本拠地の開発と防衛をやりながら未だにマフィア相手への攻勢に専念していただろう。
手を緩めたら不味い事になっていた。
「幸い、俺達は上手く勢力を拡大出来た。一海賊団の戦力としては、すでに西の海では屈指だろう」
ミホーク抜きでも、多分親衛隊を越えられる奴らがいない。
いやほんと、海賊連合の拠点攻めでつくづく思った。数以外にアイツらが勝ってる点が一切なかった。
唯一気になった敵の指揮官も、ミホークの言葉を信じるならばウチの通常船員の中の上くらいだったという。
「それだけの勢力になったからこそ、政府とは遅かれ早かれ接触する必要があった」
「……キャプテンさん、ちゃんと帰ってこれる?」
「当然。相手が分かっている分、地区本部の時よりも勝算はある」
地区本部の時、もしセンゴクさん達じゃなく地区本部の人間に話を持ちかけていたら危うい所だったからな。
今度は話す相手は見えている分、不測の事態は起こりにくい。
「むしろ、ここで政府との間に繋ぎを作って、もう少し有利に立ち回れるように時間を稼いでくる。大事なのは、ロビン。お前とミホークがどれだけあの島を俺達にとって有益な物にしてくれるかだ」
……ロビンに伏せていることもあるにはあるのだが、これは真面目に思ってる事でもある。
あのデカい島を、合流した元海兵組も加えた労働力を上手く使って避難民が上手く生産、経済活動に専念できるようにすれば、海軍や政府の介入を躊躇わせるだけの実績になる。
いかに『黒猫』という政府管轄外にある組織が、そう在るだけで全体にとって有益な存在か見せつける必要がある。
「ミホークも土地を切り拓く事に関しては一級品だが、例えば町や街道の配置やその計画に関しては親衛隊のクリスやアメリアに任せっきりだ。それでもなんとかなるだろうが、俺はお前にその指揮役になってもらいたい」
正直、『黒猫』という海賊の幹部になるなら統治計画については多少の経験を積んでいてもらいたい。
「お前達がキチンと島を復興させて、それが海軍に、そして政府に伝われば俺も有利に事を運べる。頼めるか?」
俺が知ってるニコ・ロビンというキャラクターに比べて、少し涙もろくて普通の女の子っぽい俺の仲間が、涙を拭って頷いてくれる。
うん、でも俺のジャケットで拭うんじゃない。
「キャプテンさん」
「ああ」
「私、頑張る」
「頑張るよ……っ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「フッフッフ。なるほど、姿を隠したまま勢力を集めるのか」
「ああ、どうせしばらくは宝狙いのミーハーだらけだ。そんな所に縄張りを張り直した所でうっとうしいだけだ」
北の海のとある港町、スパイダーマイルズ。
ある海賊団の拠点となっているその島の酒場に、三人の男たちが揃っている。
「それにしても、『抜き足』のクロ。面白れぇ……まさかあれだけの情報でこっちの拠点を発見するとは」
「悪かったな、祭り屋。デカい花火を打ち上げる予定だったんだろう?」
「ヘッヘヘヘ、気にすることはねぇさ『金獅子』。GOサインを出したのは他ならぬ俺だ。むしろ、謝るのは俺だな」
三人の中の一人――アフロ頭の目立つ初老の男がそう言うと、もっとも若いサングラスの男が首を横に振る。
「失敗こそしたが、大きな損失があったわけでもない。むしろ、そういう失敗もあると経験できたのはなによりだ。それに――」
若い男は、アフロの男の側にある空のグラスに酒を注ぎ、
「目的は達成した。これから新世界は荒れに荒れる。クロがこちらの目的を読んだからこそ、海軍も楽園から新世界に兵力を配備し始めている」
「ジハハハハ、ミーハーとはいえ海賊は海賊。
「いい隠れ蓑にはなったか? 金獅子のシキ」
「ああ、おかげで人員集めにも苦労はしねぇ」
「フッフッフ、ならなによりだ。ここにいる三人で、損をした奴がいないという事だからな」
アフロの男と同じくらいの歳だろう、頭に舵輪が刺さった男がテーブルに並べられた料理を口にしながら、広げられている汚れたどこかの島の地図に目を向ける。
「まぁ、後で回収しようと思っていた島を押さえられたのが少し痛手といえば痛手だが……すでに
「いいニュースだ。アンタみてぇに、世界を相手に喧嘩を売る計画を立てている奴の役に立てたのならば、俺にとって何よりさ」
「ジハハ……それにしても、お前さんも上手いな。ドフラミンゴっつったか」
金獅子は、その地図に食べかすや油が飛び散るのも気にせず肉にかぶりつき、それを呑み込んでから若い男に、
「大規模な海賊騒ぎを起こさせ、多数の海兵を削る。ここまでは誰もが一度は考える事だが、その後海軍が兵士を補充したがるのをついて、多くの手駒を海軍の中に紛れ込ませるとはな」
「フッフッフ、まぁ、どいつもこいつも各支部で訓練中だ。スパイとして使えるのにも数年はかかるだろうが……布石としちゃあ十分だろう」
「ちげぇねぇぜ! ジハハハハハ!!」
三人の海賊達は、大きく笑うとまた酒を呷る。
「それで、ミスター・ドフラミンゴ。こちらの提案は受けてもらえるかい?」
「ああ、問題ない。ブエナ・フェスタからも面白い話を聞いてな。本番までの時間稼ぎにはちょうどいい……といっても、もうしばらく先の話だが」
「今は基本となる戦力を……そして次に、権威を手にするために動く」
「政府にとって、『黒猫』という海賊は面倒だ。ならば必ず、奴らに対抗するための戦力を欲する。海軍以外でだ」
「もうしばらくは、この海でやっておくことがあるが――」
「目指すは七武海。まずはな……」
「フッフッフ……せいぜい利用させてもらうさ」
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072:黒猫海賊団の今日の活動-①(金策、制圧、開発編)
ホント繋ぎが多くて申し訳ない
なんだかんだでここ最近は船での活動よりも拠点での差配やアチコチへの顔見せが主な仕事だったので、こうして長く波に揺られるのは久しぶりだ。
「クロ、マリージョアや世界貴族に関しての資料というか、文献というか……とにかく出来るだけ持ってきたわ」
「あぁ、ありがとう」
「といってもこの船に積んでるものなんてたかが知れてるし、そもそも大した事は書かれてないわよ? 娯楽室に置いている本の中から漁ってきたものだから、ちょっとした紹介程度の事しか書かれていないし」
「いや、それが大事なんだ」
これまでずっと軍事と開発に全振りしてて、必要そうな情報以外の収集が少しおろそかになっていたし。
「書かれていることから分かる事もあるし、書かれていないことから読み取れることもある」
船にいる間、自分の監視役という名目で四六時中引っ付いているため、なんだか小間使いのような扱いをしてしまっているヒナ嬢が持ってきた本の山を受け取り、テーブルの上に置く。
海軍の船だからもっと内装も無骨かと思ったけど、今座っている椅子といい悪くない。
意外とそういう所にも金かけるのね。
「まぁ、あと十日ちょっとで読み取れることなんてたかが知れているが、やらないよりはマシだ」
「ええ……そうね、もう船に乗ってそれなりに経ってたわね。今更だけど、不便はない?」
「ああ、飯も美味い。スパニエル一等兵の味付けはウチのに似ていて好きだな。ベッドも程よく硬いし」
いやホント。最悪水だけの生活覚悟してたら食事はかなりしっかりしているし、なんならワインももらえるし助かる。
寝床も牢屋どころか個室もらったし。
だが監視役とはいえヒナ嬢を付けるな。
一海賊に大将がわざわざ出るのが非効率なのは分かるが、なぜそこでヒナ嬢なんだ……。
海賊の世話役に年頃の女の子を付けるんじゃない。
そもそも、手錠をかけると思って船に乗る時に黄猿に手を差し出したら断られるし、武装解除も『猫の手』置いてきて、いつもの鉄板入りの靴を普通の革靴にしただけだし……。
これ大丈夫なんだろうな? いや、大丈夫か。CP9の連中も同じ船に乗ってるんだし。
「ねぇ、クロ」
「ん?」
お前も気安く肩に手をかけて手元をのぞき込むな。だいたいお前が持ってきた普通の新聞だろうが。
というか、もっとこう……この状況に疑問を持たんのか。
……いや、思えばモグワで再会してからコイツずっと側にいたな。
「大将青雉も言ってたけど、貴方がここまでする必要はあるの?」
「……明確に、世界政府に対しての工作を働いている何者かがいる」
多分、陰険チンピラドピンク腐れサングラス……だと思う。
「何者か?」
「あぁ、政府を倒す……かどうかはともかく、混乱を欲している奴らだ」
ただし、奴だけじゃない。
今回の西の海の騒動には、海兵奴隷の時にあったような隙がない。
一つの失敗で全て崩れるような危うさがない。
(誰かがブレーンとして付いたか? ドフラミンゴの海賊団でそういうのが出来そうなやつって誰がいたか……)
あのベトベト野郎が本気出したとか……。
それか、俺の知らない奴か?
「確かに世界政府は俺の考えと相容れない敵だが、こうも混乱すれば民衆への被害が大きくなる。被害は貧困を呼び、貧困は飢えへと悪化し、飢えは民衆を暴徒に変える」
現に、西の海はすでに宝目当てなんかじゃない、略奪のための海賊があちこちで大量発生している。
開発方面はともかく、肝はハンコックの第一艦隊がどれだけモプチ近海の治安を維持できるかだなぁ……。
短期間で驚くほど頼もしくなったハンコックに加えてアミスもいるから大丈夫だとは思うが。
以前から考えていた部隊運用も、ハンコックとアミスが指揮するなら出来るだろうし。
他の海域? 必要ならば戦力は貸すけど、ここまで来たらクザンの手腕に期待しよう。
「そうして賊が増えれば、更に民衆への被害が出る」
「それが貴方の言う……何者かの狙い?」
「多分。その先にも狙いはあるんだろうが……」
海賊連合事件で略奪じゃなく焼き討ちを指示した辺りから、まずは混乱を優先させたのは間違いない。
その先に何を狙っているかを特定するには、ちょっと情報が足りん。
「生産力が下がれば、国民を養うのもそうだが天上金を払う余裕がなくなる」
「……それを避けるために、加盟国が他の国を攻める?」
「それもあるが、それでも天上金が大きく減る事は避けられない。なら、天竜人から不満が出るんじゃないかな?」
天竜人という言葉に、ヒナが分かりやすく嫌そうな顔をする。
それはもう嫌っっっそうな顔だ。
「……我慢が出来るとは思えないわね」
「ああ。俺もそう思う」
なぜ下々の者の事情で自分達の生活が切り詰められるのか。残ってる国からもっと搾り取れ……なんて言い出しかねん。
…………。
いかん。ちょっと思いついただけの空想だったんだが、本当に言い出しそうで頭が痛い。
「その時にどう動くか、どんな命令を出すか想像がつかん。場合によっては、それこそ革命が多発しかねん」
それ自体は、俺からすれば別に悪い事じゃないと正直思う。思うんだが……。
「その場合、非加盟国の価値が良くも悪くも上がりすぎる。もうぶっちゃけるが、静かに生産力を上げて、まずは西の海から飢えを駆逐したい我々としては不都合なんだ」
正確には、加盟国内の貧困を減らす一因に『黒猫』の勢力圏が大きく絡んでいるという状況を作りたいんだが……。
…………。
ヒナ嬢、その顔なに?
「クロ」
「ああ」
「貴方、もう海賊やめなさい」
「無茶言うな」
おもっくそ指名手配されとるじゃろがい。
ロビンの事もあるし、正式な団員じゃないとはいえ海兵狩りをやってたらしいミホークの事もある。
それに、生存のために立ち回った結果だから自業自得とはいえ、求められている役割というのが出来たからなぁ。
「貴方が海賊なの疑問よ? ヒナ疑問」
「仕方ないだろう。天竜人が馬鹿やった時にそれをやんわり抑え、止まらなければ蹴り飛ばすのが俺という男に求められた役目だ」
そんなん、海賊以外の何者でもないだろうさ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「物資そのものはともかく、こちらの最大の弱点はやはり、金銭面です」
もはや名実ともに『黒猫』最大の拠点であるモプチの港町。
元々は『黒猫』が物資の積み下ろしに使うだけに即席で作った名も無き港町だったのが、今では『シャムロック』と立派な名前がついた、規模こそ小さいが洒落た街へと変わっていた。
そしてその港町は、これまで率いていた総督が不在ということで独特の緊張感に満ちていた。
「そうだな。キャプテンが生産体制を整えてきたおかげで、急に飢えたり暖を取れなくなることはない。しいて言うなら建築資材になる木材が足りんが」
「そちらは市民に任せましょう。植樹伐採や加工を市民に任せれば、ちょうどいい雇用になるし産業になります」
そのほとんどが一般市民にも開放されている街の中で唯一、『黒猫』の団員か、あるいは同盟関係にあるマフィアだけが入れるサロンでは、黒猫海賊団の副総督と、内務を任されている男が話し合っていた。
「幸い、ここに自生している木は中々に質がいいです」
「? わかるのか?」
「ステラの解放資金のため働いていた時に少し。建築や造船といった金を稼げる仕事と木材は切っても切れませんので」
「なるほど」
同じ黒いスーツを身に包んだ子供と大人。
商人見習いとその身元を預かる商人にしか見えないだろう二人は、海賊らしからぬ真面目な表情で多くの資料を読み返しながら、組織の未来を話し合っていた。
「しかしそうか。それを販売できるようになればいいのだが……」
「はい。今後を考えると、キャプテンの考え通り、我々独自の販路が必要です」
いつもならばマフィアの人間も多く入り浸り、酒や食事を楽しむ者が多いのだが今日は数えるほどしか来ていない。
頭目であるカポネ・ベッジが多くの部下を引き連れ『黒猫』の他の戦力と共に、前回の会議で議題に上がっていた島の制圧に動いているためだ。
「ですが、新規で売買をするにしても、まず我々には信頼がありません」
「む?」
少し怪訝そうな顔をする少年に男は、
「この西の海の海軍に対しては、我々は絶大な知名度と信頼度がありますが……逆に民衆に対してはあまり知られていません。直接支配している地域での信頼は勝ち得ているのですが……」
「悪名ならすぐに広がるが、そういう名声は逆に広がりにくいか」
「はい」
対海賊連合の作戦中は、可能な限り海軍を立てて行動していた弊害がここで起こっていた。
「一応、噂としては流れているようで、全く知名度がないわけではないのですが……」
男――テゾーロという、クロに内政面を任されている男は、内心で今の状況を『信頼を得るための試練』と捉えていた。
そのために、ある意味で目の前の少年副総督よりも必死だった。
「飾らずに言いますが、胡散臭い話だと思われているのでしょう」
「と、言うと?」
「略奪を好まない海賊……というのは、珍しくこそありますがいないわけではありません。ですが、海軍と連携を取る海賊となると……」
「……まぁ、普通は信じられんか」
少しだけ不愉快な気配を漏らしていたダズは、納得と共にそれを引っ込め、深いため息を吐く。
「確かに。俺自身、今の状況は色んな意味で奇跡が重なった結果だと思っている」
「ええ、そしてその奇跡の中身を民衆は知らないのです。この大海賊時代に悲観した誰かが作った、
「……太い販路を作るには、そろそろ他の民衆へとアピールが必要か」
「はい」
「……となると、海賊狩りが妥当か」
海賊連合は中枢こそ叩き潰したが、今度は本当の意味での海賊が跋扈し始めている。
自衛も含めて、海賊を叩き潰す機会はいくらでもある。
「はい。ですが同時に強く、民衆に『黒猫』という海賊団がどういう存在かを知ってもらう必要があります」
「策はある、と」
「はい。まずは、商会の輸送船護衛依頼を受けようかと」
「商会の?」
テゾーロは、あかぎれや細かい傷跡だらけでゴツゴツした両手をテーブルの上で組む。
まったく飾り気のないその手の、左手薬指にだけ無骨な指輪が嵌められている。
「偶然ツテがありまして。……まずはそれを利用し、『黒猫』の戦力と、信義を重視する存在だという事を知ってもらいます」
「ちなみに、商船は何を運ぶつもりだ?」
「さすがに禁制品を護っては意味がないので事前にこちらも親衛隊の方々とチェックする予定ですが、主に食料と材木を始めとする建材です」
「……復興のための資材か」
「はい、今回の一件でまだ国としての体裁を保っている加盟国は、あわてて食料や物資をかき集めています」
ダズ・ボーネスは小さく眉を寄せる。『黒猫』という海賊団の特徴は、戦闘経験の濃さもそうだが、同時にそれ以外の政治関連の経験の濃さにもある。
「加盟国は、後ろ暗い手を使ってでも多く食料や資材を手に入れようとするだろうな」
「はい。それこそ、国軍を海賊や山賊と偽装して他国の輸送船を襲わせる可能性もあります」
「……モグワを思い出す」
結果として高品質の大砲や船、武器を大量に手に入れる事になった、ジェルマ戦の前哨戦を思い出して、再びダズは溜息を吐く。
「つまり需要は十分にあるということだな。護衛戦力はどれくらい必要だ?」
「親衛隊の方が指揮する船でしたら、二隻もあれば十分だと思います。まずは少数から始めますので」
(……万が一がある。編成も含めてキカかトロイに任せるか)
親衛隊の中で個人としての戦力はもちろん、アミスに次いで海戦指揮に長けている二人のどちらかにしようとアテを付ける副総督。
その分かりにくい表情から、編成が決まったと読んだテゾーロは話を続ける。
「現在、鹵獲した船の改造も終わり、志願してきた兵士の訓練も最低限の訓練は終わりそうだと先ほどハックさんから聞きました。船仕事も一通り教えているとも、出発する前のトーヤさんから」
「……わざわざこっちに来ると言っていたのはそれか」
「はい、そうすれば島の防衛や海軍との連携以外の仕事が増やせます」
「数は」
「訓練が終わったのが80名。一隻に20名ずつとして、まずは四隻分」
「……新兵ばかりというわけにはいかんから再編成こそ手間だが、悪くないな」
「はい。数を増やしながら信頼を積み重ねれば、より高額での護衛依頼も手配できるようになります」
「ふむ」
街を預かる事になり、王族の身の周りを整えながら開発を進めなければならないダズとしては、物資もそうだが、いざという時にそれらと交換できる金は喉から手が出るほど欲しかった。
「だが、護衛という物は危険だからこそ価値が出る。このままキャプテンの方針に沿えばその価値は下がるのでは?」
「はい、なので護衛から、それとセットで商売の方向性を変える必要があります。副総督――」
「――保険業……というのはどうでしょうか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ロビンさん、ミホークさん。村の制圧、完了しました」
「この村を支配していた山賊勢力は目につく範囲では全員討ち取りました。今は村民の手当を行っております」
「ご苦労だったなトーヤ、クリス。さて……どうする、ロビン」
旧キャネット国。
それなりに大きな島にあった王国は、ある時期に起こった災害と海賊被害が不運にも重なり、今では見る影もなくなり、山賊が暴力で支配する貧しい島となってしまった。
「……キャプテンさんが用意した地図の通りだけど、実際見ると……」
その島に、多くの食料を持った三本爪の黒猫の旗を掲げた海賊船がたどり着いたのは、まさに山賊による略奪のまっ最中だった。
海賊らしからぬ美女の多いその船を、馬鹿なカモがネギを背負ってきたとばかりに襲った山賊たちは、その美女たちに一瞬で討ち取られた。
海賊側にとって、彼らの襲撃は自分達の戦力のアピールの場となったのだ。
「どうだ?」
「うん。この島、山が険しいのもそうなんだけど、その向こう側が湿地帯になってるの。すっごく広い」
「なるほど、地図にも書かれていたが……。田畑にするのは難しそうだな」
その海賊達を指揮している鷹のように鋭い眼を持つ男は、なぜか凧揚げをしている美しい女性海賊の側でしゃがんで両目をつぶっている少女と話していた。
「ただ、山の手前には広い平地が多いみたい。緑も多いから水もあるだろうし……うん、川もいくつかある」
「そちらは耕せそうか」
「多分。だけど、ミホークが直接見た方が確実だと思う。得意でしょう?」
「そうだな。……クリス」
「ハッ」
略奪に慣れ過ぎていたのだろう痩せこけた村人たちは、驚くほどに海賊達に従順だった。
彼らからすれば、支配者が変わった程度の物なのでしかない。
ただ、明らかに山賊に比べて紳士的に接してくる海賊に対して、少し安堵しているようだった。
「この村の制圧には誰が?」
「トーヤを中心に四番艦の兵士達が、村の防衛戦力も兼ねて付く予定です」
「お前は?」
「今は特に。強いて言うなら、総督より任務時以外でのロビンの護衛を任せられています」
「ふむ……」
そんな村人にとって、誰が媚を売るべき頭なのかというのは、とても大事な事だった。
どう見ても指揮役に見えるのは、一番立派そうな刀を振るう男だ。
「ミホーク、私も一緒に行くよ」
「む」
「そうすれば、仕事に慣れてるクリスさんも一緒に行けるでしょう?」
「ああ、助かる」
だが、一番大事にされているのは黒い髪の少女だった。
帯刀している美女の誰かが必ず少女の側に付き、常に周囲を警戒している。
「とりあえず川に近くて広い所がいいよね?」
「そうだな。水場が近いと開発しやすい」
片目をつぶったままの少女が広げた地図に次々と何かを書き込み、その地図の一部を指で差して剣士は口を開く。
「ロビン、この地点から一番近い海岸線までの傾斜はどうだ? このルートだ」
「……上から見る限り、なだらかに見えるよ。海の方は一部が崖になってるけど、なだらかな浜辺になってる所もある。うん、ここはいいと思う」
「よし。ミアキス、兵士たちにこの地点まで物資を運ばせろ」
「はーい。でも、先ほどの山賊があれで全戦力だとは思えないので、念のために兵力ちょっと借りていいですか?」
「それなら、今回編成した部隊の人たちが――」
集団は、酒を飲んで騒ぐばかりの山賊と違いやけに統率が取れていた。
皆揃って同じ黒いスーツに身を包み、キビキビと動くその集団を見て、村人たちはこっそり思っていた。
―― ……なんであの人だけツナギ服なんだろう。
「ところでロビン、お前のいう湿地帯というのはあの山を越えてすぐなんだな?」
「え? うん、そうだよ。多分、山から流れた水が行き場を失くして――」
「俺とレイリーなら山の一角を斬り落として……うむ、埋められるな。よし――」
「駄目」
「……開墾可能地が増えるかもしれんぞ?」
「駄目。ちょっとミホーク刀構えないで――ダメ! ダーメ!! レイリーもこっち来ちゃ駄目!」
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073:総督不在の作戦行動
「ギッヒャヒャヒャヒャヒャ! 見ろ、たんまり奪った食料を! これでしばらくは食い扶持に困らねぇ!」
「次は金目のモノの多そうな所を狙おうぜ」
「馬鹿野郎、金なんざ使い道がねぇと意味がねぇだろ!」
「だったら、女のいるところがいいぜ。この近くに、えらく栄え始めた街があるって話だ」
「ギャハハハ! ソイツはいいぜ、奪い甲斐がある!」
暗い海の上で錨を下ろし、停留している一隻の海賊船があった。
近隣のくたびれた村々を襲い、貯めていた食料や金目のモノを全て奪い尽くした船だ。
「うー、駄目だ。ガラにもなく飲みすぎちまったようだ。小便行ってくる」
「さっさと戻ってこねぇと酒飲み干しちまうぞ!?」
「馬鹿言え、五つの村と三つの町を襲って奪い尽くしたんだ! 浴びる程飲んでも今晩だけで消えるものか!」
「ちげぇねぇ!! ヒッヒャッヒャッ!!」
「う~~~っと、ちくしょう奪ったはいいが安い樽酒ばっかじゃねぇか。たまにはたっけぇラム酒を浴びる程飲んでみてぇぜ」
小汚いトイレで用を足しながら、まだ若い海賊がぶつぶつと愚痴を呟いていた。
「ちくしょう、灯りも消えてるし……油が切れたかぁ?」
そうして用を足し終わり、酔っぱらった手つきでズボンを戻そうと視線を下に向けた海賊は――
「……え?」
自分の胸から生えている刃を見て言葉を失った。
―― 総督がトイレにこだわるのも、こんな汚くて臭いのを目の当たりにするとやっぱり正しい気がしてくるな。
―― あまり無駄口を開くな。作戦行動中だぞ。
―― わりぃ。
気が付けば、黒いスーツの上から更に真っ黒な外套を被った三人の男たちが海賊の後ろに立っていた。
海賊の胸を後ろから突き刺している男は、すばやく海賊の口に手を当ててからナイフを――わざわざ刃を黒く塗っているそれを引き抜き、海賊の喉を搔き切って確実に絶命させる。
同じナイフを手にした二人は周囲を警戒し、海賊の気配がない事を確認すると懐から小さな電伝虫を取り出す。
「三班、トイレに来た敵一名を排除。引き続き船内出入口の確保を続ける」
小電伝虫を通した男の報告を皮切りに、他の
―― 第二班、船底部の制圧を完了。敵や囚われた民間人の姿はなし。これより確認した物資の運搬用意に入る。
―― 五班、六,七班と共に船倉部を制圧完了。こちらも敵や監禁されている者の姿は確認できず。このまま物資の確認と保管に回る。
―― 一班、中層部制圧完了。船室にて泥酔していた敵六名を排除、死体はとりあえず手頃な木箱の中に隠した。指示が出るまで待機する。
電伝虫からは次々に若い男女の声が響く。
報告を聞いている内に三人は殺した敵の死体を処理し、またトイレに来た敵が死体を見つけないように掃除用具入れの中にそれを隠す。
(さて――報告通りならこれで全部制圧したし、要救助者もいないって事は……)
男――『黒猫』という海賊団がモプチを制圧してから、もっといい生活をするには一味に入った方がいいと判断し『黒猫』の兵士となった、比較的古参と言える一般兵士――本作戦の第二班班長は、外套で手足や顔を隠し闇に紛れながら、今後の展開を想像する。
―― 者共、ご苦労じゃったな。灯りを点けて良いぞ。
そして、兵士の想像通りの展開になったようだ。
扉が開くと同時に、海賊には似付かわしくない少女の――聞き慣れた声がした。
一度消したランプに再度明かりを灯すと、第二班ことそれなりに実力の高い兵士三名が整列し、敬礼で扉を開けた人間を出迎える。
「第二班、欠員はありません。ハンコック
「よし。外の敵はわらわが片づけた。他の班が物資を甲板に運び出すので、その間に親衛隊と共に海軍の受け入れ態勢を整えよ」
月明かりが漏れる扉の向こう側の甲板には、敵海賊の姿はない。
ただ、
脆そうで、少し力のある者ならば容易く砕けそうな石像が。
その光景を目にするのと同時に、三人は少女へ「ハッ」と言葉を返す。
まるで少女の兵隊ごっこに付き合っているような光景だが、大人の男三人の顔には緊張が走っていた。
黒猫海賊団第一艦隊提督、ボア・ハンコック。
彼女は、決して有名な海賊ではない。
彼女は、未だ懸賞金を付けられていない無名の海賊である。
仮に外で彼女が名乗りを上げたところで、何も知らぬ海賊や民衆はたいそうな肩書を持つ彼女を笑うだろう。
だがしかし、『黒猫』内部に彼女を侮る者など一人もいなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あらら、また捕まえたの。向こうのダズ・ボーネスと変わらないくらい戦果を挙げてるじゃないの」
「えぇい、雑魚海賊が余りに多すぎるわ! どこまで増えるのじゃコヤツらは! 船ごと沈めるわけにもいかんから厄介極まりない!」
「お前さんなら丸ごと石にできるでしょ」
「人質ごと石にした結果くっついて面倒なことになったのじゃ!! 報告したであろうが!」
クロがおらず、モプチの防衛をダズが受け持っている以上海軍との共闘はハンコックの仕事となった。
結果としてクロの定位置だった大将青雉の横は彼女の席となり、上げられてくる報告に向き合うのが彼女と、その補佐をするアミスの仕事となった。
もっとも、クロと違い戦場に立つ事も多かった。
それなりに精鋭揃いではあるが、まだ編成したばかりの艦隊での戦闘指揮もあるので、どうしても現場に立つ必要があるのだ。
「ま、助かってるよ。少しずつではあるが、各地で奪われた物資も取り戻せている」
「二割はこちらが頂いておるがの」
「むしろ二割でいいのか? 正直、戦力的にもお前さん達『黒猫』の方が戦果上げてる気がするし、協定では三割だったんだけど」
「出航する前に主殿と話し合って決めた割合じゃ、問題ない。それに、ああ……こうして兵士を動かしながら復興や物資のやりくりをしていると、少しずつではあるが主殿が苦労していた物が視えて来る」
艦隊の指揮もそうだが、同時に事務仕事に慣れた親衛隊の面子と共に、ダズ・ボーネスと分担した政務面の仕事をこなし始めたハンコックは、一海賊にしては広い視野を持っていた。
「海が落ち着かねば、民の動揺が大きくなる。たかがその程度と思っていたが……生産の効率や物資消費に大きく関係する。幸い、我らは主殿が生産の計画を立てていた上に被害がないので、許容の範囲内ではあるのじゃが……」
ミホークが夏から秋ごろに民衆と共に植えた大根や白菜、ほうれん草といった作物が収穫され、豊富とは言えないがそれなりに黒猫の持つジェルマ製食料保存庫には、春を迎えるには十分な量の蓄えが詰まっている。
「そっちも民衆が不安がっている?」
「我らも海賊じゃからな。現状の危機にこれまでの支配を止めて、食料などを奪うのではないかと
「おいおい……大丈夫か?」
「副総督を始め、政務に長けた者を残しておるのだ。問題あるまい。……ただ」
モグワ王城内の執務室からは、城下町だった所が一望できる。
元は市場だった場所に燃え残った板やレンガを使って民衆がバラックを建てて、寒さに震えながら耐え忍んでいた光景は、少しずつだが小さな木造の家に建て直され、キチンと町の形を取り戻しつつある。
「一刻も早く耕作地を広げねば、今度は夏の辺りでまた窮地が来るじゃろう。だが恐怖と不信が民衆の気力を削いでおる。……我らは兵士をそのまま開墾に使えるが……」
「海兵はそういう運用を想定してないからな。いや、冗談抜きでそっちの兵隊が欲しいよ。戦闘もそうだけど、それ以外の面で頼もしすぎる」
「羨ましがっておる場合か。物資は我らが取り戻すから、早くおぬしらで情勢を安定させよ。加盟国には我らが介入出来ぬゆえな」
「そうなんだけどねぇ」
実際、海兵達がもっとも度肝を抜かれたのは『黒猫』の兵士達の戦いぶりよりも、全員がいつものスーツから同じマークの入ったつなぎの作業服に着替え、田畑の耕しから街の復旧作業まで幅広くこなす汎用性だろう。
その中でも特に驚いたのは、総督であるクロ本人がそういう工事を優先して行う時がある事だった。
「復興作業にも人手不足でね。働き手になる人員はかなり連れ去られてるし……いっそ『黒猫』の兵士借りて一海兵の振りさせたいくらいだよ」
割と問題のある発言をする海軍大将だが、幸いここにいるのは海軍大将と大海賊の幹部だけだ。
わざわざ槍玉にあげようとする者はいなかった。
「主殿の目指す一団の姿は海賊らしくないと最初は思っておったが、こうしてみると主殿が兵士に仕込んだり経験させたことは確かに糧になっておる。我々の活動を見せる事で、略奪目的で我らに志願するならず者もまずおらぬしの」
「その兵士がますます『黒猫』の生産力を引き上げると……いやはや、うらやましいね」
クザンはいつもかけているサングラスを外してテーブルの上に置き、近隣加盟国からの防衛や援助の要請書の束を見てため息を吐きながらコキッコキッと首を鳴らす。
「まぁ、その分訓練や教育に時間がかかるのが難点かの。……む? おい青雉、そろそろ出発の時間じゃぞ」
「あぁ? ああ、もうそんな時間か」
「……加盟国の王族への顔出しも兼ねた援助の要請か。大将というのも骨じゃの」
かけていたサングラスではなくなぜかアイマスクを手に取った海軍大将が、そのまま椅子の背もたれに適当に引っかけていた正義のコートに手を伸ばす。――手を伸ばし、
「なぁ」
「む?」
「正義ってなんだ?」
「……海軍大将が海賊に聞く言葉ではあるまい。ましてや、肩書こそ立派であるがわらわは主殿ほどの知識や経験がない」
クザンは、コートに手を置いたままじっと何かを考えている。
現在周辺加盟国が不足している物資の一覧と、現在『黒猫』が提供してもいい物資の種類とその限界量をまとめたテゾーロからの報告書を見比べていたハンコックは、ため息を吐く。
「今は目の前の事に向き合うしかあるまい。主殿が戻るまではな」
「……クロは戻ってこれると思うか?」
「政府の出方にもよるであろうが……なに」
「帰ってこれぬような事態であれば、迎えに往くまでよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「つまり、埋めるのではなく山から流れる水を減らすほうが良いと」
「うん、ミホーク。湿地帯が消えることはないけど、それで緩やかに縮小できると思う」
当初の予定に比べて、キャネットの開拓計画はスムーズに進んでいた。
予想されていた住民の抵抗や混乱がなかったことに加えて、驚くほどに彼らが従順なこともあった。
「それで、山に田畑か」
「池もあればいいし、田畑が出来れば保水も出来て環境もよくなる。問題があるとすれば獣や虫の害だけど……」
「それに対処するにも、やはり山賊どもが邪魔だな」
「今まさに退治中だけど」
「お前もやるではないか、ロビン」
それはおそらく、これまでさんざん苦しめてきた山賊が次々に
親衛隊の面々を見て売り物になると考えた者達は次々に首を落とされ、あるいは飛ぶ斬撃に蹴散らされ、あるいは突如生えてきた腕に足をへし折られていたりしていた。
徹底的な山賊の排除を提案したロビンに乗ったミホーク、並びに実践訓練も兼ねた新兵達を率いる親衛隊によって、険しい山々に隠れ潜んでいた山賊たちは次々に蹴散らされていた。
巧妙に隠れて建てられていたアジトも、高く上げられた凧とロビンの能力の組み合わせによって高所から発見されており次々に強襲を受けていた。
「む、そういえばレイリーは?」
「港町で飲んでるよ。……なんでドックや倉庫、家より先に酒場が建っちゃうんだろう」
「我々は海賊なのだ。常に町や村にいるよりも、我々がいる場所を分かりやすくしていた方が現地住民にとっては安心できるものだろう」
「……確かに私がそう提案したけど、それがなんで酒場?」
「海賊とはそういうものだろう」
「……そう……かな……?」
「客将の俺が口を出すのもなんだが、クロを参考にするな。海賊とは基本的に、これまで我々が討ち取って来たような人間だ」
もはや愛刀になりつつある名刀・宮尾弐式を鞘に戻し、ジュラキュール・ミホークはあたりを見回す。
「ミアキス、山賊共は適当に処理しておけ」
「わかりました。けど……ん~~~、見せしめ分としては十分斬りましたし、適当な小舟で追放辺りでいいですかね?」
「……小舟も貴重なのだが仕方ないか。ロビン、どうだ?」
「うん。大人しく働いてくれるとも思えないし、それでいいと思う。ミアキスさん、お願い」
ロビンの言葉に、長く伸ばした髪をちょうちょ結びのように結い上げている親衛隊の双剣使いは、いつも通り笑みを崩さずに、
「了解しました~」
「あの、嫌な仕事をさせてごめんなさい……」
「いえいえ、こういう事こそ親衛隊の役割ですので。それじゃあコイツら引っ立てますね~」
ロビンが特に懐いているその親衛隊員は、指揮官としても優秀だった。
ようやく実戦に慣れてきた新兵たちに指示を出して、ロビンに足を折られたなどしてまだ息がある山賊たちを手早く縛り上げていく。
「ともかく、山に田畑を作るということは削るのか」
「うん。面の広い階段みたいに、畑か田んぼを作っていけたら……どう?」
「なるほど、理解はしたが……ふむ」
この程度の山賊相手ならば大した作業ではないと、いつものつなぎ服のままのミホークは山の斜面に手を当てて、傾きを肌で感じながら自分の開墾の経験と照らし合わせる。
「いつものように力任せにやるわけにもいかんな。およその計測と縄張りをしたら、港と新しい開拓村の拡大に注力した方がよさそうだ」
「やっぱり時間がかかる?」
「それと人手だな。まずは基本的な地盤を固める方が……む」
ふと、ミホークが空へと目を向ける。
「? どうしたの、ミホーク?」
「…………クリス、いるな?」
突然目つきが鋭くなったミホークにロビンが声をかけるが、ミホークはそれには答えず、自分に最も近づきつつある親衛隊員を呼ぶ。
「ここに」
「ロビンを連れて少し離れていろ」
「承知しました」
ロビンが改めて何か声を出そうとするが、その前にクリスがロビンを抱きかかえ、抜き足で姿を消す。
そちらを見ておらずとも気配が消えたのを確認したミホークは、鞘に納めた宮尾に手をかけ、鞘の中で刃を滑らすようにして素早く抜刀する。
――ォウ……ッ……!
クロとの訓練――いや、戦いを繰り返した結果、ミホークもまた剣の腕を上げていた。
クロと行動を共にし始めたころに比べて、より鋭さを増した斬撃が宙を割き、ミホークが感じた
―― クッハハハハ、なるほど。それなりに名前を上げてる海賊なだけはあるか。
だが、ミホークは手ごたえを感じなかった。
躱されたと感じ、刀を構え直すミホークの前に、突如として小さな
「……驚いた。まさかここに来て、明確に『黒猫』を狙う者がいるとは思わなかったぞ」
そして、その砂嵐が止んだと同時に、そこには一人の男が立っていた。
顔に一直線に入った傷跡、ミホークを値踏みするかの様な嫌な目、そして左手があるべき所に収まった大きなフック。
「まぁいい。さっさと目的を果たして
「オハラの悪魔はどこだ?」
「この一刀の先に」
「渡せ」
「断る」
「そうか」
次の瞬間、突如現れた砂の刃がミホークめがけて飛び、即座にミホークの一閃によって散らされた。
「てめぇ……覇気使いだと?」
「なるほど、砂の能力者か。相変わらず、クロの周りは強者が集まる」
蹴散らせると思っていた一撃を容易く蹴散らされ、フックを持つ海賊は警戒を強くし、対してミホークは不敵に笑っている。
「あの少女もクロの道を往く者だ。容易く手に入ると思わぬことだな」
「思わぬところで痛手を負うことになる」
「ちっ……」
この西の海で、思いもよらぬ大海賊の激突が始まった。
※前回少し出した親衛隊
『キカ』、『トロイ』
前回お話した通り幻想水滸伝縛りになった親衛隊
シリーズの中でも海戦がテーマになっているⅣに搭乗したへそ出しクール女海賊と、主人公の敵となる海の騎士です
外見ですが、基本的に幻想水滸伝wikiにて外見が確認できる人で固めようと思っております
https://suikoden.fandom.com/ja
……調べたらさっそくキャザリーとかが見当たらねぇけど勘弁してくだせぇ。
ようつべとかなら出てくるんで……
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074:かつての『夢』
マリージョア。
世界の中心であり、四年に一度開かれるレヴェリー以外では天竜人以外はまず入れないその聖地には、数十名の海兵が一隻の船を待っていた。
正確には、船に乗って来る人間をだ。
船着き場からまっすぐ通っている大きな道を守るように、海兵達が整列して、人影が現れるのと同時に敬礼で出迎える。
現れたのは大将黄猿。
突然の大将抜擢にも関わらず、すでに多くの戦果を挙げている次世代の海軍を率いる一人である。
大半の海兵が彼に対して敬礼しているのに対して、半数にこそ満たないが決して少なくない海兵は、その後ろに続く人間に向かって注目していた。
聖地という、海兵でもおいそれと入れない場所に迎えられた、恐らく歴史上初めての
黒猫海賊団総督、『抜き足』のクロ。
彼に注目する者のほとんどは好奇心からだ。
だがその中に、確かに『海賊』に対して敬意を持つ者もいたのだ。
「……大将が通り過ぎたんだから、敬礼止めていいだろうに……落ち着かん」
「いいからキリキリ歩きなさいよ、クロ」
「大体テメェ、向こうでテメェん所の兵隊に敬礼させていただろうが」
「いえ、ミスター・スパンダイン……自分の部下にやられるのと海兵にやられるのではプレッシャーが違いますよ。それもこんな大勢に同時にされるなんて……」
「五老星に啖呵切っといて何言ってやがるクソガキ」
「あっちの方がよっぽど心臓に悪かったじゃない。……なによ、その納得いかないって顔は」
「周りの海兵共が見てんだからキチッとやってろ。で、クロ。いいんだな?」
「あっ、はい。実際の会談が行われるのは明後日からですが――」
「その前に、五老星の所に挨拶に行かせていただけると幸いです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「というわけで、クロは先に五老星の方々へ顔を見せに行きました」
「うむ。奴の部屋の用意と確認も済んでおる。迎えの者も行かせているので問題ないだろう」
ヒナという少女海兵は、スパンダインと呼ばれるイケすかない男と共に五老星の待つパンゲア城内の権力の間へと向かったクロを見送り――正確には、ついていこうとした所でクロからやんわりと断られたために、少しむくれているのだが――元帥であるセンゴク達海軍に割り当てられた部屋へと報告に戻っていた。
「海軍が出迎えたのに、先に五老星に会いに行くなんて……」
「いや、それでいい」
就任してまだそれほど時間は経っていないというのに、暴走しかねない状況にある海軍を統率してみせる元帥センゴクは、ヒナの報告に微笑んで言葉を返す。
「こちらは少数とはいえ兵士を連れて、向こうに圧をかけているのだ。ここでクロが真っ先にこっちに来て海軍寄りの姿勢を見せれば、政府は海軍との会談ではなく我々と『黒猫』の……そうだな、一種の連合との政争になると考えるだろう」
普段いる上級将官達のほとんどはここにはいない。
余りに大勢でマリージョアに詰め寄れば、余計な摩擦が増えるとセンゴクが判断したためだ。
「クロがそうやって政治的なバランスを意識してくれるのならば、こちらとしてもやりやすい。……なにせ、こっちはすでに予想外の――」
「ぶわっははははは! 聞いていた通り頭が切れるか! 顔を見るのがますます楽しみになったのう」
「――っ、だから! なぜお前が来ておるんだガープ!!」
だがしかし、それでも政府が脅威と思うような人員もいないわけではなかった。
海軍側としても不本意ではあったが。
「まぁ、そう怒るなセンゴク。煎餅でも食べるか?」
「やかましいわ!!!」
「悪いね、センゴク。気が付いたら乗り込んでいてね」
元帥センゴクの横に控えている大参謀のつるは、深いため息を吐いている。
「にしても、本当になんで来たんだい? 最近じゃアンタも、英雄とはいえ立場が不味いだろう。息子さんに国家転覆罪の疑いが掛けられそうとか」
「なぁに、どうにかなるもんじゃろうて。今はそれよりも、こっちの方が気になってな」
「……クロかい?」
「ま、それもあるがのう」
差し出した菓子箱から、一枚煎餅を乱暴につかみ取って食べだしたセンゴクを見て満足げに笑う海軍の英雄、ガープは続いて一枚取って豪快にかじり、
「話したことこそないが、クザンの話を聞く限り『抜き足』は大した海賊じゃて。政府が推し進めている七武海制度を牽制し、その代わりのパワーバランスを担う勢力として割り込んでおる」
「……状況に助けられている所もあるけど……そうだね。政府が七武海に求めていた以上の成果を出している。それも政府を絡ませずに。……クザンが先行してしまった時はどうしたものかと思ったけど、あの一件の始末をつけるためという点においては、悪くない。まだ全く人員が揃っていない政府の王下七武海に対して、あの子は海軍にとっての七武海になりつつある。……影響力はまだ西の海だけとはいえ……」
「おおやけに認める事はできん。できんが……うむ」
海軍元帥であるセンゴクにとって、『黒猫』の動きは良くも悪くも頭痛の種であるのは間違いなかった。
略奪をするのであれば排除すればいいだけの話だが、現状は逆に『黒猫』の動きがなければ被害が増える――どころか各国の復興支援もままならない所に来ていた。
黒猫がその艦隊戦力を以て拠点を確保したうえで、より多くの海賊を生み出しかねない非加盟国の管理者となることで西の海の均衡は保たれている。
それは直接目にしたヒナや、現地の将兵から上げられる報告書から十分に伝わっていた。
突如として各地で沸き上がった革命の機運が、比較的とはいえ西の海では下火な事からも間違いなかった。
「地区本部での問答を知らない海兵達からは、未だに七武海の就任要請の嘆願書が相も変わらず送られ続けておる。……よほど西の海の将兵にとって、クロの働きは眩しく映ったようだ。兵士どころか、将官からも延々繰り返しな」
「そりゃそうだろうさ。……こんなのが来るようじゃね」
つるが珍しく嫌そうな顔を向けるのは、一枚の命令書――つまりは世界政府からの通達の一つだった。
「恒例の宴というのは分かるが、こんな時に食料を集めて聖地まで持ってこいとはのう」
今はどこも食料がカツカツである。
大規模な海賊被害にあった西の海はもちろん、他の海でも蓄えが大量にある国は限られる。
そしてそれらは大体がまず加盟国である。
無論、食料の提供を要請することになるだろうが、求められる量は到底足りる物ではない。
増え続ける海賊の被害に加えて革命という名の反乱による収量の減少。
地域によっては作物の病害や気候による不作もあり、どの海のその地域でも、少しでも蓄えを残したいと思うのは当然の理である。
であるのならば、加盟していない国から
「もう命令は下したのかい? センゴク」
「……モモンガ准将に任せてある。彼ならば見極めを間違う事はないだろう」
任せられた仕事を堅実にこなしていくタイプという、実にセンゴク好みの海兵である。
「嫌な仕事を任せるんなら、ちゃんとご褒美を用意しておくんだよ」
「うむ。本人から希望を聞くつもりだ。昇給もな。……それで、ガープ」
「む?」
「改めて聞くが、なぜ来た。クロの顔を見るためだけではなかろう」
もしそうなら、本部に叩き返してやると言外に込めるが、当のガープは小指で耳をほじりながら
「むぅ、そうじゃな。……そうじゃなぁ」
「……理由はあるんだな? そうだな?!」
「わからん」
「なにぃ!?」
思わずセンゴクのこめかみに血管が浮き上がり拳に力が入るが、それでもガープはぼんやりとしたまま、
「ただ……」
「ただ!?」
「……なんとなくじゃが……」
「――嫌な予感がしてのぅ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まさか、あの地区本部での通話からこれほど早く、こうして直接顔を見る事になるとはな」
「……恐れながら、私も同じ気持ちであります」
いかにも私偉いんですオーラが出まくっている五人のお偉いさんを前にすると、やはり気圧されそうになるな。
「改めて、こちらの勝手な提案を受けてくださりありがとうございます。宣誓通り、海賊『抜き足』、武装を解除して出頭致しました」
「最初は冗談かと思ったが、存外悪くない提案だった」
「ここにいる間のお前の身の安全は、我々が保障する」
「だが、自分が海賊である事は忘れるな。いいな?」
「ハッ」
でも、そのセリフは一介の海賊風情にまで敬礼崩さない海軍に言った方がいいって。
いやマジで。
なんかウチの兵士が向けるのと変わらない目でこっち見てるの何人か――何人かっていうか何割かいたぞ。
アレ大丈夫か?
いざという時は俺不在での対海軍戦マニュアルを、最優先攻略目標とか状況ごとの防衛優先地域なんかについてそれぞれ10パターンずつ作って幹部と共有している身なんで……すっごく罪悪感がヤバくて胃が逝きそうなんだが……。
(……ホント、なんで俺の人生こんなことになったんだ)
難易度調整を……頼むから難易度調整を当ててクレメンス。
「心に留めておきます。明後日からの会談では、どうかお手柔らかに」
とりあえず、政府もおろそかにするつもりはないという意思表示はこれくらいでいいだろう。
本当なら手土産の一つくらい持ってくるべきだったかもしれんが、今の勢力で用意できるのなんてちょっとした食料や木材くらいで、印象に左右するような品なんてないしなぁ。
「では、自分はこれより海軍への挨拶に――」
「待て、クロ」
……。
もう早くここから抜け出してセンゴクさんトコのヤギに癒されたかったんだけど何さ!?
「一つ聞いておきたい。貴様は、何を望んでいた?」
「…………」
過去形?
つまり、今の状況――海賊になる前か?
「お前のことは調べた。お前が使っていた部屋の蔵書やメモも全てな」
あぁ……。
俺が商人見習いだった頃の人生設計のための走り書きとか集めた本とかを回収したのか。
「……その前にお聞きしますが、商会の方々は?」
東の海にいたころの逃亡生活では情報収集なんざ碌にできなかったし、色々怖くて調べる事はしていなかった。
わざわざ聖地を挟んだ西の海まで逃げたのは、あそこが東の海からもっとも遠い海だったからかもしれない。
「全員無事だ。ガープに感謝しておくのだな」
「……中将が?」
「ジャルマック聖による商会員の処刑を止めたのは、近くにいたために騒ぎを聞きつけ立ち寄ったガープの介入があったからだ」
マジか。正直、俺が逃げたことで全員殺されていてもおかしくないと思っていたが……。
もしこっちに来ていたら、中将にはすぐに頭を下げよう。
まぁ、こんな微妙なバランスの時に大戦力になる海軍の英雄は本部待機だろうけど。
部屋に着いたら紙とペンをもらって手紙でも書こうかな。
「話を戻す。お前が優秀な商人だった事は調べがついている。見習いとしてもだ」
「見習いの身であったにも関わらず王族の覚えも良く、上手く二か国に有益な販路を作り出したと」
「商品の開発にも真面目に力を入れていたため、職人集団とも太い人脈を築いていたらしいな」
うぼあぁ……。
貴様らアレか。会談の前に人の黒歴史を暴き立ててまずは精神攻撃から始めようってか。
ホント勘弁してくれ。
あの頃は商人としてある程度いい稼ぎが確約されていたから、色々夢を見てたんだってば……。
「残されていたお前の走り書きから見ても、お前には明確な計画があったのは違いあるまい。それはなんだったのだ?」
原作知識から推測できる危機を回避しながらそれなりにいい暮らしをしようとしていたこっっっっっ恥ずかしい計画を最高権力者たちの目の前で話せって何その精神的公開処刑!?
「幼い頃から考えていた、どうしようもない妄想話に過ぎないのですが――」
「構わん、話せ」
クソぁっ!
お前ら、ホント最悪だな!
万が一世界政府と戦争になるパターンになった時は覚えておけよお前ら!!?
「では、お耳汚しになりますが」
ぐぬぬぬぬぬ!
えぇい、まぁ仕方ない!
「私が親無しの浮浪児から商人見習いとなった頃には、すでに時世は大海賊時代へと入っておりました」
「海軍の庇護下にあるには加盟国民である事は必須であり、かつ海軍から見ても重要である栄えた島にいる事が肝心」
「ですが……そのような島でしたら天竜人が来島される可能性がある。恐れながら、私にとって当時から天竜人は可能な限り避けるべきものだと判断しておりました」
「ならばと私が考えたのは、天竜人の方々が興味を持つような華やかな島ではなく、だが海軍にとっては極めて大事な意味を持つ、私自身の拠点を持つ事」
「東の海において海軍の補給といくらかの娯楽提供を確約できる、軍事的交易港の開発とその発展。それが私の夢でした」
ぐおおおおおおお。
恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。
黒歴史ノートの公開とかこんなトンデモ辱めとかある!?
…………。
ほう。とか、ふむ。じゃねーんだよお前ら!!
ちくしょう滅べ世界政府!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おお、無事に面談は終わったか」
「随分時間がかかったじゃねーか、クロ」
世界政府へのヘイトを高めながら部屋を出ると、ここまで案内してくれたスパンダインと、見たことがない海兵が待っていた。
かなりガタイが良い、紫の髪を海兵らしく短く刈り込んだ男だ。
これまで見てきた兵士の中でも上位に入る筋肉質な男だが、眼鏡をかけているせいか知的に見える海兵だ。
「君とは一度会って話をしてみたかった」
男はすっと手を差し伸べて――
「俺はゼファー。階級は特別大将だ」
ゼファー……。
クザンが言ってた先生!
あのすんごい長い手紙をくれた人か!
「はい、覚えております。以前、手紙にて挨拶をさせていただきましたね」
「うむ。……君には俺の教え子達が大変世話になった」
そういうとゼファー特別大将は深々と頭を下げる。
止めてくれ! 政府の要地で海兵が海賊に頭下げると不味い――
「これから先は、ヒナ二等兵と共に君の世話役を受け持つ。なにかあったら遠慮なく言ってほしい。可能な限り応えよう」
大物を海賊の世話役に付けるな!!
誰だこの配置を指揮したのは!!?
次回ミホーク、クロコダイル戦
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075:海兵狩りvs砂漠の王
「
「そうやすやすと能力を発動させられると思うな」
―― ォウッ……!
旧キャネット王国キャネット島。
黒猫海賊団の支配の下、急速な復興を見せていたその島の山間部では今、本来この西の海に似付かわしくない二人の実力者が激突していた。
「ちっ、そうか思い出した。てめぇ、『海兵狩り』のミホークか」
片手がフックになっている如何にも海賊と言った風体の男は、斬撃によって斬り飛ばされた体を
「お前は
「こちらの台詞だな。覇気こそ纏っていないが、それでも覇気使いとの戦いに随分と慣れている。かなり修羅場を潜り抜けている海賊と見た」
もしこの海賊が能力頼りの男であれば、砂嵐となって宙を漂っていた瞬間を狙った初手の斬撃ですでに決着はついていた。
そうなっていないのは、一見無敵に思える能力に胡坐をかかずに回避しきったからである。
「なぜ、わざわざ『黒猫』の縄張りを……いや、ニコ・ロビンを狙った?」
ミホークの問いかけに海賊はすぐさま答えず、だがニヤリと笑い、
「知りたければニコ・ロビンを連れて俺と組め、海兵狩り」
「……なに?」
「お前ほどの剣士と俺が組み、オハラの知識を今のうちに確保しておけば、後々誰もが無視できない影響力を持った海賊組織を立ち上げられる」
ミホークが誘導したことによって、今二人が戦っているのは地肌が視えている山の斜面である。
下手に緑が豊富な所で砂の能力者と戦えば、どれほどの影響がでるか分からないと判断したが故である。
なお、その判断の切っ掛けは散々無茶な事はするな環境は大事なんだという、ロビンからのありがたい数々の説教の
「プランはある。オハラの悪魔――ニコ・ロビンも粗末に扱わないと約束しよう。どうだ?」
金に輝くフックを、まるで握手でも促すように差出し、海賊は続ける。
「こんな辺境の海賊団なんざ、退屈だろう? 俺達なら――」
「興味がない」
そして剣士は、あっさりと海賊の提案を一蹴する。
「あぁ……?」
「聞こえなかったか? 興味がないと言った」
海賊が腕を振るい、より研ぎ澄まされた砂の刃がいくつもミホーク目掛けて飛び掛かる。
だが、ミホークの斬撃はそれよりも速かった。
海賊からすればいつのまにか抜いていた刀を、静かに鞘に戻したようにしか見えないその動作だけで、優に十本近くあった金色に輝く砂の刃を全て斬り払った。
「どういうつもりだ。こんな辺鄙な海でイキがっている三下海賊風情と共にいつまでも燻っているつもりか? それほどの剣の腕を腐らせるつもりか?」
「愚かな。『黒猫』に関して何も知らずにここまで来たと見た」
強い。
この海賊は強いとミホークは分かっていた。
だが、同時に思う。
(若い)
目の前の男よりも更に歳が下の『黒猫』幹部勢に比べて血気に逸っていると。
(自信がそうさせるのか、知識の不足が油断を招いているのか)
「だったらいい。ここを潰してオハラの悪魔を頂いていく。
「……なるほど、実体のない目隠しか」
右手から立ち上る砂嵐を瞬く間に大きくし、広範囲に巨大な砂嵐が起きる。
「クハハハハ。先にオハラの悪魔を逃がしたようだが、それでも島から逃げられるわけがない」
能力を自分の手足として、そして目や耳として使用する能力者の存在は『黒猫』ならば誰もが知っている。
そういう能力も併せ持っていたのか、あるいは能力の工夫か。
この視界の悪さの中で相手が正確に自分の位置を把握していることを、ミホークは理解した。
「この一帯ごとお前を潰せば後は容易い!」
砂嵐の影響は極めて強い。
ミホークは平然と立っているが、他の一般兵士がここにいれば吹き飛ばされるか、あるいは立っていられなかっただろう。
「
完全に潰された視界の中から飛び出た腕を、触れた物を乾燥させるその一撃をミホークは避ける。
覇気が能力者の実体を捉える物ではあっても、能力の発動そのものを防げるものではないと理解しているからだ。
(クロのような
仮とはいえ自分が仕える男であり、この『黒猫』という海賊を率いる総督が戻り次第、また本気で斬り合う事を決めながら刀を握り直す。
「お前の剣技は確かに凄まじい。だがそれでも、一人である以上対応できる事象には限界がある!」
ミホークの周囲を吹きすさぶ砂嵐の中から突如大量の、黄金に輝く刃が、これまで以上の数と速さで剣士を襲う。
ミホークはその全ての攻撃を躱すが、同時に決定打も与えられなかった。
砂嵐が能力によって拡散された海賊の肉体そのものかと思い、覇気を纏わせた斬撃を振るってみるが手ごたえはない。
(能力による砂嵐を種として、ここらの岩盤を砂に変えて飛ばしているのか)
覇気は身体や武装を硬化させ、盾となり武器となり、なにより弱点がない限り実体を捉えることが難しい
だが逆に言えば、ただの自然現象相手では出来る事も限られる。
このレベルで能力を使いこなす敵の相手は、兵士の平均実力が極めて高い黒猫でも難しい。
――だが、
(そう。確かに普通の兵隊ならばこの砂嵐すら脅威だろうが――)
「海賊、お前は……」
「あまりに『黒猫』を舐めすぎたな」
――『
次の瞬間、放っておけば島全体を覆いかねなかった砂嵐が、吹き飛ばされた。
突如として突風が――いや、突風と錯覚しそうになるほどの斬撃が飛んできたのだ。
砂嵐の中に身を隠していた海賊は、驚愕の顔で吹き飛ばされた砂嵐を追い、そして斬撃が飛んできた方向へと目をやる。
それは、剣士がいる方向ではなかった。
その方向は山の尾根。
そこにいたのは、たった六人の女性だけだった。
その六人が、それぞれの得物である刀剣を振りぬいた姿勢から、一切油断のない姿勢でそれらを鞘に戻した時に、
「これほど広範囲に能力を発動させれば、無差別の攻撃を狙っていると見て親衛隊が動くのは当然だ」
ようやく海賊が我に返った時には、すでに
「馬鹿な、これほどの連中が……賞金首はニコ・ロビンも含めて全員ガキだけだったはず……っ!」
「目の前の俺だけが障害だと思ったのがお前の失策だ、海賊」
とっさに身体を砂へと変えて逃げようとした海賊は、だがそれよりも速く黒く染まった刀の柄が腹へと突き刺さっていた。
「―― ご……っ……ぁ……」
「全員俺の弟子だ。甘く見るべきではなかったな」
意識を失いつつも脱出のために能力を発動させようとした海賊の首筋に、武装硬化した手刀を入れて完全に落とした海賊を尻目に、ミホークは刀を振るい鞘に戻す。
「先生」
「全員、いい一太刀だった。後はそれぞれ、単独であの斬れ味を出すのが課題だな」
「ハッ」
六人の親衛隊員――主にミホークに付いているために剣術と同時に土木や開墾といった野良仕事に長けた女性たちが、先ほどまで離れた位置にいたにも関わらず全員無音でミホークの側に集まっていた。
「その男はまだ息が?」
「確か、以前クロが試作していた海楼石の錠があったな」
「はい。あるいは武器になるかと思って持ってきていますが」
「拘束しておけ」
「……殺しておかないんですか? あるいは海軍に引き渡すか」
海楼石は加工が極めて難しく、ジェルマから接収したメンテナンス用の工作機械を使用した上でいくつもの失敗の果てにいくつか成功といえなくもない形になるのがやっとだった。
余りの難しさにクロが、『残りは出来るだけ保管していずれ造る旗艦用に使う』と言っているため、海楼石製のモノはどうにか試作出来た手錠数個くらいしかなかった。
つまり、今の『黒猫』にとってはかなり貴重な品なのだが――
「目的がロビンの身柄だった」
そう言った途端に、親衛隊――最初はペローナやロビンの護衛役として編成される予定だった兵士達の目つきが変わる。
「どうやらオハラの知識が目的のようだが、裏に何者かがいないとも限らぬ。政府は言うに及ばず、海軍の可能性もある」
「……本部、でしょうか?」
あえて本部としたのは、実質西の海の暫定トップになっている青雉ことクザンが、今更『黒猫』を裏切るとは考えづらいからである。
「分からん。だが万が一に備えて、下手に殺すよりは捕らえて周囲の動きの様子を見たい」
「分かりました。問題は監禁場所ですが……」
「今の作業が一段落付いたらモプチ、並びにモグワに一度俺が出向く。その際にモプチの牢屋に入れておけばよかろう」
「見張りや守備は大丈夫でしょうか?」
「親衛隊二名にダズ・ボーネスがいれば対応は可能だ。加えてあちらならば、ハックもいる」
能力の傾向と、戦場を山を流れる川の付近から変える際にあっさりと乗ってきたことから、大量の水が弱点だろうとミホークは判断していた。
そのために、水や水分を武器とする魚人空手の使い手がハックをはじめ多くいるモプチの方が対応しやすいだろうと。
「それに……出来るならば、念のために戻って来てからクロに会わせたい」
「総督に?」
「ああ。尋問した所で吐くような男ではないだろうが、口の上手いクロならば……いや、そもそも知っているかもしれんが……」
「これほどの海賊がわざわざ追う程の、オハラの知識とはいったい何なのか、な」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「つまり、海軍としては世界政府の謝罪に加えて、何らかの誠意を見せて欲しいと」
「うむ。可能ならば他にも絞りたいがそこは譲れん。海賊連合事件や他の事件などのせいで有耶無耶になってしまっていたが、あの事件に関して政府からは特に何の言葉もないのだ。それが事情を知る将兵たちの不満になっている」
話を聞けば聞くほどうんざりしそうな話で……いかん、違う意味で胃が死にそうだ。
道理でヒナを始め海兵側の士気が低いというか政府よりもこんな海賊よりになるわけだ。
「では、政府の最後のアクションは囚われていた海兵達の解放と」
「うむ、そうだ」
五老星から受けた精神的公開処刑の後にセンゴクさんの所に顔を出したら……以前お会いした時よりも痩せました?
もうあんまりにあんまりな状況説明にゲッソリだよ。
先に五老星に顔出ししておいてよかった。
これを聞いた後だと感情が顔に表れていたかもしれん。
「囚われていた海兵達の様子も酷いですね……」
というか
仮にも貴族を自称するならもうちょっと文化的になってどうぞ!
「うむ……。だが、生きて戻れただけでもまだ良い方だ」
「……ええ」
原作でも酷い扱いを受けている連中は多かったが、あれは海賊が奴隷になっている面もあったんだろうなぁとか思ってたらそれ以上でビックリだよ。
いや、ホント天竜人の文化ってどうなってんの?
こんなドS文化でよくこれまで政府の形を保てたな……。
下手な創作上の野蛮人より野蛮な貴族ってどうなのさ。
割とひどい王様って印象だったワポルがまだマシに見えるとか……。
「ちなみに、兵士たちは大丈夫ですか?」
「……死を懇願する者もいたが、そこにいるゼファー特別大将の説得でどうにか思いとどまってくれた。一通り治療が終わり、体が動かせる者は少しずつリハビリに入っている」
ここまで案内してくれたゼファー先生が、いたたまれないと言うように顔をしかめる。
うん、まぁそりゃそうなるわな。
スパンダインの奴こっちに来てなくてよかったな。
下手にこんな場に出くわしたら敵意ぶつけられまくって針の筵だったぞ。
「お前が救出してくれた兵士のうち、こちらに残った者達が彼らの世話をしてくれている」
「……彼女達は、立派な海兵を目指す誇り高い者達でした」
そうか、戻ってきた中にいないと思ったらちゃんと海兵やってたか。
海兵の正義を信じる子達だったから、戻った後が心配だったがよかった……。
「今後このような悲劇を起こさないように、世界政府にはケジメを付けていただかなくては話になりません」
ゼファー先生やおつるさんらしき海兵、それにヒナも頷く。
「ですが、世界政府には世界政府の道理と面子があり、そう易々と事は進まないでしょう」
今度はセンゴクさんが、小さく呻くことで同意してくれる。
そうだよ、悪いことしたから謝ってくださいなんて道徳授業のような言葉で片付くんなら、こんなにねじれてないんだよ。
「明後日からの会談では、揺さぶりのために不快な言葉を出すこともあるでしょうが、何卒……」
「分かっておる。……あの事件の時からお前には世話になりっぱなしだった」
「更に恥を上塗りするようだが……すまん、今一度力を貸してほしい」
いやぁ、むしろ早く本部で動かしたいクザンをわざわざ西の海に残したりして、海軍が出来るギリギリの形での世界政府への牽制をしてくれたり物資を融通してくれたりで、こちらこそセンゴクさんには頭が上がらないというか……。
いやもうホントよろしくお願いします。
「いえ、こちらこそ」
そもそも海賊がこうして動けるのはセンゴクさんの政治手腕のおかげでもある。
「ところで元帥殿」
だけどさ。
「……うむ」
「なんじゃ、かたっ苦しい話は終わったのか? ならこっちにきて茶にでも付き合わんか? 前々からお前とは一度話を――」
「ガープ、アンタはちょっと黙ってな」
「なぜ、このギリギリのパワーバランスの所にガープ中将が?」
「すまん、クロ。……本当にすまん」
多分この章終わったあたりで懸賞金一斉更新
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076:黒猫の憂鬱、青雉の胃痛
「では、世界政府は海軍による聖地内部――神々の地の緊急監査は現状では不可能だと」
「そうだ。それは到底受け入れられるものではない」
「今回の一件は海軍から政府への不審感を助長しています。世界貴族が本来手を出すべきではない方法で、自分達に忠誠を誓っている海兵に手を出したのは間違いないのですから」
交渉が始まって三日目。
改めての挨拶も兼ねた初日と打って変わって、胃が痛くなる話し合いが続いている。
帰りてぇ……。
帰って積んでた本読んで開発計画書書いて、出発前にダズに投げといた街道整備計画とか港町の整備をちょっとでも進めてぇ……。
必要な事だとは思っているし、政府並びに海軍への影響力を拡大させるという点では大事な仕事なんだけどやる気出ねぇ……。
まだ『鷹の目』と『冥王』による地獄のシゴきの方が成果を実感できるとは思わんかった。
「聖地は天竜人の物である。いかに海軍といえど、そこへの介入は決して受け入れられる物ではない」
「ですがこのままでは、この会談が交渉と呼べるものにならない可能性があります」
「そも、現状でも海軍はこちらの指示通り動いているのだ。そこまでやる必要があるというのか?」
「現状はそうでも、この一件が余りにも大きすぎる火種である事は間違いありません。だからこそ、一歩間違えれば不愉快な醜聞になりかねない私の提案を受け入れたのでしょう?」
コイツら、話し合いに踏み切ったからにはある程度進んだ話が出来るかと思いきや、急にのらりくらりと時間を稼ぎやがって……っ!
しかもなんでちょくちょくこうして海軍を挟まずに俺と話す!
時間の無駄だろうが!
いやまぁ、こうして海軍のいる時に話したら海軍への印象悪くなりそうな話題を切り出せるって利点もあるにはあるんだがそれで話が進まなかったら意味ないじゃろうがい!!
「……聖地に住まう天竜人の説得には骨が折れる」
それがそっちの仕事だろうが!!
最高権力者らしく権力振るえよ!
滅茶苦茶に権力振り回すのは馬鹿な支配者だけど、アンタら仮にも統治者だろうが! 統治者なんだよな!?
適切に振り回して馬鹿共黙らせて来い!
ちなみに俺はあの馬鹿共に関わる気はないからな!
海軍側から囚われていた海兵達の話を聞いたらやる気どころかSAN値削れたわ!
「ならば、カードを一枚手に入れるための行動とお考え下さい」
「む」
こっちだってセンゴクさんと一緒にあれこれ、どうにか海兵の不満を宥めながら今後の海軍の活動に支障が出ないような落とし所を見つけ出そうとあれこれ案をひねり出してんだぞ!?
手袋して誤魔化してるけど俺の手とかインクまみれだからな!
鉛筆でノート何ページ分も漢字の書き取り練習終えた小学生の手みたいになっとるわ!
「海軍側――いえ、失礼いたしました。海兵からすると、未だ聖地に囚われたままの兵士がいるのではないかというのが反発する理由の一つであります」
「……政府が全て解放したと宣言してもか」
「恐れながら、天竜人の方々が
だから本来、貴族らしい姿を見せて「キャー、貴族様ー!」ってやんなきゃいけないのに、俺の知る限りで天竜人をキャーキャー持ち上げてるのって消費するしか能のない連中だけである。
ゴア王国の貴族共とか。
(……いや、あれはある意味で平和ボケしているだけか。おだてて商品の貴重さを喧伝したら、献上品にちょうどいいと高い物をバカスカ買ってくれたしなぁ)
「ならばこそ逆に、海軍からの要請を受け入れていたという実績は十分以上のカードになり得ます」
対してこっちは……狙いが読めん。
なんでここに来て時間を稼いでる?
(まさかと思うけど、聖地の監査を受け入れる前提で、その前に残ってる海兵奴隷やその証拠を消すための時間稼ぎとかか?)
だったら尚更、ここで少し畳みかけておく必要があるか。
「迅速に査察を受け入れれば、海軍はそれを政府の誠意と見るでしょう。あるいはそういう事で、元帥が海兵達を説得する材料になります」
「……天竜人を動かすにはどうしても時間がかかる」
時間稼ぎにしか見えなくなってしまってるが、正直そうだろうなぁという気持ちもある。
なにかしらの形で駄々をこねそうな連中というイメージだ。
だけど、海軍側がどう見るかというと……。
「これ以上こじれれば、海軍が割れる可能性もあります。ただですら今回の一件で経験豊富な本部将校が多数軍を抜け、指揮系統に混乱が起こっているのです。最悪、どうにか均衡を保っている現在の勢力バランスが大きく崩れるでしょう」
どうも海軍のお歴々と話をしてみた所、西の海はなんだかんだで東の海並みに安定しているらしい。
あれでかよ!? と思うんだが、
西の海の現状でマシな方とか、割と本気で綱渡り状態……と思うんだが……。
「決して世界政府にとって、緊急査察はマイナスな面だけではありません。海軍に対しての『無茶を通した上で潔白を証明してみせた』というカードは、その後の海軍からの追及や要求に対しての牽制として効力を発揮するでしょう」
「どうか。どうか、ご決断をお願いいたします」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうにか、緊急査察は受け入れられました。明日の正午より調査部隊を受け入れると。そちらの用意は……」
「会談が始まった時点で念のために召集をかけている。ギリギリにはなるだろうが定刻には間に合うだろう。よくやってくれた、クロ」
「ただ、奴隷を管理していた区域は公開するが、それ以外への立ち入りは許されないとの事です」
「……時間もかかってしまったが……まぁ、致し方あるまい」
本当に申し訳ない。
もうちょっとサクサク進むかと思ったら、微妙な言葉遊びで時間を稼がれてしまった。
「万が一残っている海兵がいる場合、明日の正午までに完全に痕跡を隠す事は難しいと思うのですが……」
「あぁ、いやよい。そもそも、最初の会談で押し切れなかった我らの方に非がある」
一応自分は中立の立場ではあるのだが、それでもやはり関係性が深いのは海軍である。
うん、海賊なのにね。おかしいね。
海軍に与えられた部屋で海兵に囲まれて元帥や将官とお茶飲んでるのおかしいよね。
「ぶわっはははは! ようやったクロ! どうじゃ、
「ガープ……貴様は……っ」
「ガープさん……」
本当におかしいね!?
ガープさん、人の頭掴んで揺らさないでください。
貴方は握力だけで人の頭潰せそうなんですから!
あとヒナ、お前も平然と茶をしばいてるんじゃない!
海賊の隣に普通に座ってる時点で何かおかしいと思わないのか!
「それにしても、元帥」
「む?」
「なぜ、五老星側は海軍をのけて私との会談を小まめに行うのでしょうか」
この余計な時間稼ぎをなんとかできれば仕事も早く終わって、最悪海軍との協定破棄になるかもしれんが西の海に戻って計画続行できるんだが……。
「おや、分かっていなかったのかい?」
意外といった様子で声を掛けてくれたのはおつるさんだ。
モリア戦の後に手紙を頂いていたので察していたが、初めて言葉を交わしたのだがかなり好感触だった。
「はい?」
「クロ。世界政府は、アンタを使いたくて使いたくてたまらないのさ」
…………。
………………。
はぁっ?
「どういう意味でしょうか?」
「七武海制度を公表したけど、未だ人が集まっていないのは知っているね?」
「はい。確か集まった数名は、先日白ひげ傘下やその他の新世界の海賊に討ち取られていましたね」
「政府の後ろ盾があるのなら、海軍の兵力も顎で使えると思っていたのさ。こっちの都合などお構いなしにね」
馬鹿かな?
仮に友好的だったとしても、勢力が動くのにそうポンポンと都合良くいく訳がなかろう。
しかも海賊が海軍の動きに干渉しようとしたら、普通は反発が酷いぞ。
百歩譲ってもまずは海軍の行動に一度合わせて、交渉できる材料用意しないと……。
「まぁ、その結果勝手に暴走し、勝手に沈められた。おかげで今や有力な七武海はおらず、海軍は数だけならば海賊に押されつつある」
「政府は、七武海制度の公表前に有力な海賊を押さえておかなかったのですか?」
「役に立ちそうな海賊ほど、事前にそんな話をされた所で罠と思うさ。警戒されるばかりでね」
あぁ、なるほど。そういうことか。
そういえばパンクハザードの時にも、救難信号が罠に使われる事が多いみたいな話があったな。
フィッシャータイガーの過去編でも思ったが、情に関わる所に罠の可能性の匂いを付けるべきではないと思うんだけどなぁ。
ともあれ、政府や海軍から胡散臭い話が来たらそりゃ警戒するか。
考えてみたら、クロコダイルもまだ七武海入りしてないし。
ハンコックやミホークはもう考えても仕方ないとして、モリアはどうなるんだろうな……。
「だから政府は、アンタらが欲しいのさ」
七武海としてか? ぶん殴るぞ世界政府。
つまり小まめに会談を挟むのは、俺が政府と話が出来る程友好的であるというパフォーマンスか。
「自分やアミス達が海賊になった理由を、彼らは忘れたんですかね」
「さすがにそれはないだろうさ」
「……そのうえで、ですか」
「ああ」
海軍挟んだ交渉の最中でなかったらちょっとだけキレたかもしれん。
アイツらホント……。
「自分が入った所で、七武海は文字通り海賊七人を集める組織。あと六人はどうするつもりなんですかね」
「いや、そうじゃないんだよ。クロ」
ん?
「正確には、アンタの部下を七武海に。そしてアンタをその統括として政府側に引き込みたいのさ」
本気でぶっ飛ばすぞアイツら!?
……ちょっと待て、という事は時間を稼いでいるのは――
「元帥殿、ひょっとして我々の噂が変な方向に広まってませんか?」
「捻じ曲げた物はないが、少しずつ西の海での――海賊連合事件の詳細が他の海の海兵にも広まり出している」
アイツら! 外から固めるつもりか!
しかも海賊連合の詳細ってことはその発端になった海兵奴隷の件はあえてスルーしてか! クソ共!
「君にとっても、悪い話じゃないんじゃないかぁい? 黒猫殿ぉ~」
結局そのままマリージョアに付いている黄猿――ボルサリーノさんが声を掛けてくる。
……正直この人、サカズキさんより苦手なんだよな。
人間的にも戦力的にも。
「君達が七武海になって政府側になれば――」
「情勢が落ち着いた途端に、七武海制度を政府が一方的に破棄しないという確約はどこにありますか?」
そもそも、どれほどの条件を提示された所で断じて政府に付くことはない。
正直、信頼度はそこらの海賊とどっこいどっこいだ。
契約の下に小さい仕事を少し受けるくらいならまだしも、中には決して入らん。
ロビンの事を別にしてもだ。
「今回の発端となった事件やその後の対応を考えると、政府は到底信頼できない」
出来る事ならハッキリ「アイツらマジでクズっすよね」と言いたいが、さすがにそれは不味いだろう。
(黄猿が政府側と繋がってる可能性もある……というか、海軍大将って実質天竜人の番犬扱いだったって作中のどこかで言われていたような……)
まぁ、実際政府の人間から聞かれれば誤魔化す事は出来ても、答えないわけにはいかないだろうさ。海兵なら。
だったらそれも利用するまでだ。聞いている兵士の皆には悪いが、スピーカー役になってもらおう。
「世界政府を根本から否定するつもりはありませんが、彼らの統治方法を、私は良い物だとは到底思えません」
七武海制度を盾に非加盟国の開発をやっても、なんか接収されそうなんだよなぁ。
そうなった場合、他の統治地域から不安を持たれないように接収拒否しなきゃならんが、最悪海軍や政府戦力と小競り合いどころか戦争になりかねん。
「……なら、君はどうするつもりだい? 一海賊勢力のまま、追われ続けるのかい?」
「まさか」
「――策はあります」
それよりも問題は、この期に及んで足場固めの策を優先させている世界政府の方なんだが……。
どうすんべかなぁ……。
……。
おいヒナ嬢、それ俺の茶菓子。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
モグワの王城――から少し離れた港町の一角。
主に黒猫海賊団の一般船員たちの拠点となっている一角のテントでは、本来ならばモプチの本拠点にいるはずである『黒猫』副総督の少年と本船幹部ペローナ、そして第一艦隊提督のハンコックが難しい顔をしていた。
「とうとう、民による食料の奪い合いが始まったか」
「幸い、アタシと海兵らで発見した時はまだ小競り合い程度だったから、さっさとネガティブ・ホロウで黙らせてきたけどよ……」
「……うむ」
ダズ・ボーネスは海軍から回されてきた報告書数枚を簡素なテーブルの上に並べ、普段よりも難しい顔をしていた。
「海軍が配る食料は主にパンと保存食だ。特に気にせずにこれまでと同じく配給を行っていたようだが……」
「その気になれば取って置ける食料だというのが災いしたのじゃな。先行きの不安から貯める者がいれば、それを欲する者も出よう。……今にして思えば、早くから気付くべきじゃったな」
「どうする、ダズ? アタシらは海賊だ。アタシやアミス達が力で黙らせるのが一番手っ取りばえーぞ」
「それでも我らは『黒猫』だ。うかつに民衆に手を上げるわけにもいくまい」
ハンコックは、テゾーロがまとめた今度の配給計画と、こちらの食料の残りや、すぐに調達できる予想量をまとめた書類と睨めっこしている。
「せめて、主殿が提案していた売買の自由化が間に合えば、ここまで悪化はせんかったろうに……」
「元帥センゴクも動いたと聞いている。それで実現したのが一部だけという事は、横やりが入ったということだろう」
騒動が起こり始めているのは『黒猫』の直轄地ではない。
全て加盟国側の避難所であった。
「別に政府側の領地で何が起ころうと知ったことではないが、暴徒化の挙句に海賊になられると面倒じゃ」
「数だけの連中なんざ大したことねーだろ。クロがいなくてもアタシとアミス達の誰かがいりゃ余裕だ」
「……一か所に纏まってくれるのならばそうだろう。だが、散らばってしまうと厄介度が跳ねあがる」
ダズは報告書から暴動や小競り合いの発生した地域とその大きさを地図に書き込み、こちらの支配領域に近い所には大きな丸を付けていく。
「ハンコックのいうように海賊になる者が多く出れば、こちらの輸送や船団護衛の計画にも見直しの必要が出て来る。出来ればその前になんとか改善したいが……」
「ならばどうする、副総督。……こちらの余ってる食糧を渡すか? 近隣の地域に限れば、多少は熱を冷ますことが出来るやもしれぬ」
ダズに問い掛けながらも対策を考えていたハンコックが思い付きを口にする。
ダズはそれに対して小さく頷き、
「短期的には効果があるだろうが、この状況ではお前の言う通り焼け石に水だろう。冬はまだ長いし春になった途端に解決するわけでもない。それに、下手をすれば奪い合いを加速させかねん」
一度肯定しながらも、更に難しい顔をする。
「一時しのぎのために食料を与え、その食料を奪うために争いが起こり治安が悪化すれば意味がない。そもそも、手が届く人間もそれではほんのわずか。もっと根本的な解決が必要だ」
「といってもな、ダズ。根本的な問題って要するに飯が足りねぇんだろ? 早く春が来るの祈るか?」
「いや……」
地図に必要な情報を書き込み、考える。
それは他ならぬこの海賊団の頭であるクロの癖だった。
とにかく分かっていることを書き出し、並べて比較精査し、より簡潔に情報をまとめ直して考える。
「食料は日々の分はあった。それが途切れる気配も噂もなかった。……にも関わらず、民衆の不安が増大している」
その技法をダズは真似ていた。
「……海軍が救護拠点を築いた地点から、ある程度離れた所に集中しているな」
「海軍が側にいるからというある種の安堵が、民衆たちの頭を余計な事に使わせているのではないか?」
「その可能性もある。あるいは……」
ここにいる幹部三人の中でももっともやる気がなく、だが不真面目というわけではないペローナが最初にピンと来た。
「おいダズ、まさか海賊連合の時から扇動していた奴か?」
「その可能性もある」
「自信なさげかよ!? 全部可能性可能性ばっかじゃねーか!」
「仕方あるまい、ペローナ。まだ情報が足りん……が、確かにそれはありうるの」
ハンコックは、提督に就任した時に改造したジャケットを羽織り、席を立つ。
「こちらで預かっている親衛隊を使う。哨戒や遊撃といった海戦は通常戦力で十分じゃ。妾たちがそちらを受け持つ間に親衛隊員に各地の調査に回ってもらえば、なにか掴めるかもしれん」
「兵士の負担は大丈夫か?」
「ちょうど例の島の攻略での負傷兵が本格的に現場復帰する頃じゃ、海軍側も哨戒の数を増やせるハズ。それに、船員共も戦闘行為に慣れてきたとはいえ、親衛隊頼りのままではいかぬじゃろう?」
かつてはなぜか『黒猫』に紛れ込んでいた九蛇の子供としか見られていなかった少女は、その美しい顔立ちと黒い髪と合わさり、西の海の海兵で知らぬ者はいない存在となっていた。
「親衛隊を抜いた上での戦術も少しずつ形になってきておる。ここらで第一艦隊の名声を上げるのも悪くない」
先に征くぞと言い残し、部屋を後にした美少女提督の背中を見送り、残ったダズとペローナの最古参二人組は顔を見合わせる。
「戦術って……あの暗殺戦術か?」
「一応、砲戦戦術や通常の白兵戦も磨いている。一番好んでいるのはアレだが」
「この前物資の回収に来た海兵共が、死体の山見てドン引いてたぞ」
「まぁ……ああいうのも必要だろう。事実、兵や物資の損耗が最も少ない。回収した戦利品や救助者にも傷は一切ないとなれば、文句はない」
「まぁ、そうだがよう……」
ペローナは好みのココア――は現在品薄で数が限られているので、代わりにと麦湯を煎れてカップに注ぎ一息吐く。
「やれやれ、クロが戻ってくるまでに多少は片付くと思ったが、そう簡単にいきそうにはねぇな」
「その分、我々の出番があるということだ」
「あぁ? なんだダズ、活躍する場が欲しいってか?」
「ある意味な」
ほら、とペローナが差し出したカップを受け取り、ダズもまた一息入れて、
「ここで俺達が『黒猫』として活動した成果を出せば、マリージョアにいるキャプテンに取って追い風になるだろう」
「政府が真面目に取り合えばな」
「その可能性は高いと見ている。政府が俺達をただの海賊と見ているのならば、すでに俺達やロビンの捕縛に動いているハズだ」
「まぁ、そりゃそうか……」
ミホーク曰く、初めてにしては中々の出来だという麦を軽く炒ってお湯で煮だしたお茶もどきは、肌寒さを緩めてくれる。
「だとしたら、扇動者……いるならって話だが、ソイツの捕縛に狙いを絞るか?」
「……暴動を治めるには、不安の種を取り除くか、あるいはそれを越えられると信じる事のできる支柱が必要だ」
ダズは再び海図に目を落とし、支配している海域に点在する島々を指さす。
「キャプテンが言うように、政府とは違う、だが共存できる大きな統治組織というものは、存外必要不可欠な物なのかもしれんな」
「そっちの計画を進めるにも、どの非加盟国も今回ので……お?」
唐突に、扉がノックされた。
ペローナが「入っていいぞ」と返事をすると、ドアを開けたのは――
「ハンコック? お前港に行ったんじゃなかったのかよ」
「うむ、そうだったのじゃが……客人じゃ」
先ほど出ていった第一艦隊の提督だった。
そしてその後ろにいるのは、
「よう、歓談中にすまんね」
「クザン!?」
「青雉……わざわざこちらにまで?」
ほかならぬ海軍最高戦力の一人、大将青雉だった。
「港に向かおうとしていた所、こっちに来ているのが見えてな。声を掛けたら、話があるとの事じゃ」
「悪いな。お前らに相談しようと思ってここに来たら迷っちまってね」
「バッカおめぇ、仮にも大将がこんな所に一人で来ちゃ不味いだろうが! とにかく入って座れよ。麦湯で良かったら淹れてやる」
海賊のイメージからは程遠い、整頓の行き届いている部屋へとハンコックが青雉を通し、ダズは椅子を用意しその間にペローナが、先ほど使ったヤカンのお湯を温め直し、飲み物を用意する。
「いや、悪いね。ありがたく頂くよ。温かいモノを口にしたいと思っていた所だ」
「ホロホロホロ、氷結人間でもやっぱ熱はほしいものか。待ってろ、ミホーク自慢の麦だ」
存外ペローナは海軍の人間から受けが良い。
まだまだ幼子と言っていい外見のおかげでもあるが、薬草に関しての知識や簡単な医療術を身に付けているため、海兵の応急治療に当たったこともあり、黒猫の人間は当然海兵にも可愛がられている。
「……それで、青雉。相談とはなにかあったのか?」
「お主が来るとは、よほどの事じゃと思うのだが」
「あー、いや。大したことはない。いや、大したことではあるんだけどウチじゃ扱いが難しいというか。……だからまぁ、頼み事なんだが」
ペローナが持ってきた麦湯のカップに小さな氷の欠片を入れて熱さを調整したクザンは、そのカップの中身を一気に飲み干して一息つき、
「お前ら、人を買ってくれないか?」
「「「………………は?」」」
新刊が出てくれたおかげで使えるキャラが数名増えたー
どのタイミングで放り込もうかな……
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077:投降者と『黒猫』
(なるほどなぁ……)
明日の緊急査察に関しての細部を詰めようって話をしたい時に、突然西の海の海軍や『黒猫』の面子も揃って緊急会議を行いたいなんて聞かされた時には「なんじゃそら」と思ったが……。
―― なるほどなぁ。
「口減らしの時期を狙った人身売買の横行か。いや、そういうのが出てくるのは予想していたが……」
『はい……』
急遽会議室となった海軍の控室の壁に貼られた白い布の上には、特殊な電伝虫によってリアルタイムのクザンが映し出されている。
うん、久しぶり。
こんなに早く顔を見る事になるとは思わなかったよ。
クザンはセンゴクさんと話しているが、チラチラこちらに目線を送って来るのは勘弁してくれ。
「まさか、海軍相手に営業をかけてくるとは、大した奴だな……」
『堂々と話を持ってこられてな……』
「当然、多くの海兵の
『……ああ』
やってくれるなぁ、マジで。タイミングが最悪すぎる。
冬の時期に人身売買が増えるのは当然だ。
東の海でも島によってはそういう話があった。
とはいえ、まさか海兵に直接取引の話を持ちかけるとはやってくれる。
『誘拐なんかで無理やり集めた子供達とかいう話ならやりやすいんだが、連中が違法な手段で人を集めた証拠は見つからなかった』
だろうな。
グレーゾーンでの人買いというか人集めは、この時期の風物詩だ。
しかも今は海賊被害での混乱でしっちゃかめっちゃかだと、その量も馬鹿みたいに跳ね上がってる事だろう。
冬を過ごすには不安がある集落を狙ってタダ同然で商品をかき集め、どこかへ売りつけるという話は珍しくない。
「大将青雉、売り込まれた人間は女子供が多いのではないですか?」
『ああ、その通りだ。……分かるのか?』
「まぁ……。食い扶持が不安な所なら、タダ同然でいいから子供や女を連れて行ってくれと頼む所だってあるのです」
『……家族は? これだけの数の子供達だ、親や親戚がいるだろう!?』
「だからこそです。……自分の手で殺すことはできなくても、働きに出ていなくなった。あるいはその先で不幸にあって亡くなったんだと思い込むことは出来ます。自分は直接関わっていないのですから……」
意外だな。そういうものを今回の騒動の中で少しは見てきたと思っていたんだけど……。
『…………っ』
落ち着け、頼むから落ち着いてくれクザン。
なんか画面の隅にチラッと映ったダズを見習って――あ、いや、あれは何かしゃべろうとしているペローナあたりを必死に押さえているのか。
「ですが、なるほど。今こそ待たせていますが海軍が堂々と子供達を売買するわけには行かない。だが、放置すれば子供達は他の所に売り飛ばされるのは間違いなく、それもまた士気に多大な影響を与えかねない、と……」
それで海賊のウチに介入してほしいという所か。
まぁ、後から物資とかの現物援助を対価にって手段もあるにはあるが……だけど、これって――
「クザン、現状を確認したい。その商人達はどういう連中だったのだ?」
重っ苦しい顔のセンゴクさんが口を開く。
まぁ、俺がセンゴクさんの立場でも似たような顔しちゃうだろうなぁ。
ホント頼むからこれ以上厄介事が増えませんようにって。
『えぇ、三人組でした。うち一人は若くて、クロよりちょっと年上くらいの奴です』
「商品として連れてこられたのは?」
『全部で二十八人です。十五,六の女の子が四人に、あとは全部十歳にもなってない子供達……。女の子が十八人に男の子が六人』
うん、想像通りだ。
冬が明け次第働き手になる男手は手放したくないから、それ以外を減らしたいと思っていた村や島からかき集めたんだろう。
だけど、思ったより少ないな。
……いや、船一隻で一度に輸送するならそれが限度だったか?
だとすると、海兵奴隷の件の時と同じく、どこかにかき集めた
「大将青雉、相手はいくらで買えと言ってます?」
『金額に関してはいくらでもと。最低でも一人五千は欲しいが、仕事が出来るわけでもないし二千でもいいとか……』
おっふ。これやっぱり商人じゃないな。
商人ならなんとか適当な理由で少しでも吊り上げるはずだ。
センゴクさんとおつるさんに目配せすると、二人とも小さく頷いた。
(これは……取引というより、おそらく攻撃だな)
まさか海軍相手に情報戦を仕掛けてくるとは。
(人身売買の人間が海軍と接触したのでマイナス一点。多くの海兵が目撃してしまって更にマイナス一点)
おそらく見た目ボロボロの子供を引き連れていたから対応を躊躇ったって所か……。
売人どもを直接見てみないと分からんが、避難民に見せかけていたんだろうなぁ。
(そして売買を匂わせる時間を設けさせられたのでマイナス一点)
海軍からすれば今現在『奴隷』という言葉に敏感になっている。
無視すれば現場の士気が下がり、対応すればそれ以外の海兵が動揺する。
そして俺達が関われば……。
ちくしょう、飛車角同時取り出来る場所に桂馬を打たれたようなもんだ。
「元帥、少々失礼いたします。――ハンコック」
『待っておったぞ、主殿。指示を』
……あれ? なんかやる気満々?
お前メンタルばりばりアウトロー寄りだったから、こういうのを気にするタイプじゃ――あ、自分が売られかけたからか。
「モグワ島周囲の哨戒を密に。不審な船を発見次第無理やりにでも乗り込んで中を確認しろ。島陰なんかに隠れて通信関係の機材を積んでいる奴は石にしても構わ――いや、すぐさま石にして確保しろ」
定石を打たれたのならば、半端な牽制をしても意味がない。
駒を取られる前にその駒を取らなくては。
『構わんが良いのか? それが普通の船なら反感を買うやもしれぬぞ?』
「いいさ。海賊の立場だからこそ出来る事だ」
『なるほどの。承知した、すぐに出航する』
「大将青雉、商人と子供達は今どこへ?」
『一応別室で待機してもらっている。子供達はさらに別室でだ』
「ダズ、商人達を押さえろ。例の扇動者に繋がっている可能性が高い」
というか、むしろ扇動者本人かもしれんな。
もしそうであれば、海軍が子供達を金を払って保護すれば人身売買だとはやし立て、断れば幼い命を見捨てたと罵る。
そして俺達が保護すれば、海賊とつるむ海軍として噂を拡散するつもりだろう。
俺が敵ならそうする。
『海賊の立場を最大限利用するにせよ、今この王城内で押さえれば海軍の面子に傷をつけかねない』
「やり方はお前達現場に任せる。ただ、いつどこで押さえるにせよそいつらから目を離すな。連れてこられた人間も含めて確実に監視下に置け。子供達の中に連中の手の人間が紛れ込んでいないとも限らん。外見につられて油断はするな」
『
よしよし。相変わらずいい反応だ。
さて、海賊のお仕事としてはこれでいいか。
後は俺の仕事じゃない。
「クザン」
『元帥』
「現場の海兵は、精神的な負担が大きくなっている。可能な限り動揺を抑えろ」
『了解』
「人身売買業者とうかつに接触したのは褒められんが、状況からして避けがたかったのも分かる」
『はっ、申し訳ありませんでした』
「うむ。今回の件はお前
『ハッ!』
現場で上手く処理してみせろと申しましたか。
いや別にいいんですが。
ダズ達にとっては、ちょうどいい課題になるだろう。
ついでに共に課題を解決していくのは、クザンとその下に付いている海兵達との関係を深める事になる。
(いざという時は海賊の俺らが悪名被って逃げれば、とりあえずは落ち着くかな)
「さて、とりあえずはこんなところだろう。他に何かあるか?」
ないなら以上だ。
そうセンゴクさんが仕切り、会議はとりあえず終わり――
「クロ、少しいいか?」
……そりゃ、そうなりますよねぇ。
あ、ガープさんはちょっと座っててください。
いえ。いえ、結構ですから。大丈夫ですから。
いえいえ。
いやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(監視が急に厳しくなった? これは……)
王城内部の一室にて二人の男が、この一件でいくら稼げるか、売る前にあの娘で楽しめばよかったと下世話な話で盛り上がってる中で、一番若い眼鏡をかけた男が辺りを見回し、状況を確認している。
(これまでの動きと入って来る情報から、妙なしがらみを抱えつつも良い立ち回りをする海賊団だと思っていたが、指揮者が
ちょうどいい隠れ蓑として利用したこの下品な二人とは比べ物にならないと、少年とも青年とも言える年頃の眼鏡をかけた男は頭を回転させる。
(さて、どうしたものカネ。割のいい仕事として西の海まで来たのはいいものの、工作部隊の回収地点だったあの島は海軍に押さえられている)
男は能力者であった。
多種多様な能力の中でも活用できる範囲が極めて多い物のため、今回は特に特殊工作船の動力も兼ねた運用を任されていたのだが、その計画は予期せぬ奇襲によってひっくり返されてしまった。
(
裏の世界は信用の世界だ。
裏切りそうだと思われたらどこに行ってもやっていけなくなる。
(十分に義理は果たした。……潮時だガネ)
であるのならば、うかつに情報を漏らすことは致命的な事態になる。
逃げる事が不可能なのであれば、せめて取引をして致命的なことまで漏らさずに
海軍が相手では生半可な取引は不可能だ。拷問してでも情報を抜こうとするだろう。
だが、あの変わった海賊団なら可能性がある。
(来るときに見た、三本爪の猫の旗を掲げた船。あれが例の海賊の船だろうネ)
三隻での戦列を維持したままでの哨戒という、海賊らしからぬ統率の執れた艦隊行動を当たり前のように行っている海賊。
(おそらく、海軍が子供の奴隷を金銭による取引で手にした……という絵を取る事はすでに不可能。それどころか、情報工作のための大電伝虫の管理船をその内押さえられかねない。一応船は隠しているが……そもそもの計画が破綻している時点で無理があったか)
海兵とは違う、一切足音を立てない兵士が動き始めている。
下品な男たちはその数人を見て、抱きたいだのいくらで売れるかだのという話をし始めている。
無論、眼鏡の男にとってはそんなバカな話に意識を割いている状況ではなかった。
一刻も早く動きを決めねばならない。
(下は分からないが上の方の嗜好は極めて紳士的。兵士の様子をみても、血や暴力を好むタイプではない。十分な利を提供できれば、命を取られる事はないハズだガネ)
「ん? おいギャルディーノ、どうしたんだ?」
そうと決まれば話は早かった。
こちらの見張りについた、あの規律の取れた艦隊と同じマークを胸と背中に付けたスーツを着ている女性兵士の元へとゆっくり歩いていく。
「なんだぁ? そのベッピンさん口説くのかぁ!? 無理無理、おめぇが口説き落とせたら俺は二千ベリー払ってやるよ!!」
「だったら俺は五千だ! もし俺らの売春宿で働いてくれるって所まで口説いたら一万ベリーくれてやるぜ! ギャッハハハハハ!!」
―― キャンドル・ロック。
一応これから商談だというのに酒を入れていた愚者二人の下品な口とその両手足は、眼鏡の男の指先から現れた真っ白で、そして頑強な
「軽い神輿とはいえ、貴女方の耳に下品極まりない言葉を入れてしまった事を心から謝罪する。申し訳ない」
海兵と共に出入口を固めている、黒いスーツの女性兵士に対して眼鏡の男は深く頭を下げる。
海兵の方は何が起こったか分からず呆然としているが、スーツの兵士たちは全員腰の刀に手をかけ、だが狙いが自分達ではないと分かっていたのか刃は抜かず、それでも男の一挙手一投足を見逃すまいとしている。
「その上で、貴女方の海賊団に投降したい」
「上の人間と直接話をさせてもらえないカネ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どう思う?」
センゴクさん、おつるさんと一緒に別室行きは別にいいんですけど主語くらいは付けてくれません?
「政府自らが動いたという可能性は低いでしょう」
まぁ、言いたいことは察せるけどさ。
「確かに、つる中将がおっしゃられたことと合わせると政府にとって都合がいい。もっとも穏便に事態を終わらせるには、自分達『黒猫』が行政側に極めて近い事を強く世論にアピールした上で、我々が彼女達を保護すれば済む話です」
おつるさん、そのため息はなんです?
そうなればいいのにって?
断言しますけど、連中が俺達を欲しがってるならなおさら俺達はそうなるべきじゃないんですよ!
万が一俺達が七武海になったら、絶対に政府は調子に乗りますよ!
正確には聖地の連中が!!
「ですが政府側も今現在、海兵にとって『奴隷』という言葉が極めて扱いの難しい物であることは理解しているハズです」
「ハズ……というのが悲しいねぇ」
おつるさん今はそれ言わないでください!
本気でやる気がゴリッゴリ削れるんですよ!
「政府もこれ以上海軍を直接刺激する真似はしないでしょう……が、自分達が犯人ではなく、しかしそこに材料があるのならば利用する可能性は十分にあります」
「では、海軍を狙った今回の奴隷売買騒ぎは偶然だと?」
「…………いえ、それは……」
もし第一艦隊が情報の拡散が目的の船を発見、確保すれば確定なんだが……本丸に辿り着くほどの証拠はないだろうなぁ。
現場の工作員を捕まえて海軍側に引き渡せば何か分かるかもしれんが……ここまで一切捕まえられなかったという事はかなり頭の切れる相手だ。
(売人が実行犯だったら、状況――というか連中側の環境次第では投降するかもなぁ)
計画の主軸だったであろう島を押さえたんだ。
それを取り返す動きはおろか、他の海賊がどこかに集まる様子もないってことは、海賊達は切り捨てられたということ。
それは薄々、実行犯も気付いているハズだ。
それでも工作戦を続けたのは状況を打開するためか、例の金獅子とかいう奴が介入し直す隙を作るためか、あるいは――
(そもそも意外と義理堅いのか、それとも裏のルールを順守するタイプか……まぁ、ともあれ)
「元々の事件と同じく、やはり海軍や政府に対しての攻撃である可能性は極めて高いと思います」
二人とも予想していたのだろう。「まぁ、だろうね」的な顔で頷いている。
「そして敵は、おそらく天竜人と世界政府をよく知っています」
ドフラミンゴかどうか、正直確証はない。
単に思い当たる原作キャラ内での有力な容疑者という程度の話ではある。
ましてや海賊連合事件が始まってからは、俺が漫画で知るドフラミンゴと明らかに差異がある。
――が、
「海兵奴隷の時といい、天竜人の射幸心を的確に煽り、政府の動きをおおまかに把握して海軍との離間を謀る。……見事な手際です」
「そして今回は海軍の信用を失墜させようとしているね?」
「おそらくですが。目的は海軍の信用失墜を以って、加盟国間の諍いを助長させようとしたのでしょう。海軍の発言力が下がれば、海を挟んだ国家間での争いへの介入が更に難しくなります」
元々のモグワのように海賊を利用した物ではなく、本気で隣国に適当な理由を付けて略奪をしようと狙っている動きはすでにある。
海軍の哨戒ルートに入れてもらったりこっちでも牽制したりして正面衝突はなんとか防いでいるが、一部の非加盟国はすでに襲われている。
海軍と協力している現状では、さすがにウチでも手が出せない。
「ところで元帥、
「……残念ながら、進んでいない」
「アンタもクザンから少しは聞いていると思うけど、北の海は今戦争が激化している」
そういえばクザンや本部の海兵達からそんな話聞いたな。
戦争が激しくて海軍も動きづらいとかなんとか。
「では、つまり――」
「そうだ。以前言った通り、ニコ・ロビンの解析はこちらでも裏を取った。最初の海兵奴隷事件で同時に取引されていた武器の数々の大半は北で作られた物であるのは間違いない。……だが」
「戦争が激化している北の海じゃあ、武器の横流しは日常茶飯事なのさ。新品でなくても、戦場跡地を民衆が漁って、拾った武器や鎧を売ってその日の糧にすることもね」
「……やはり決定打にはなりませんか」
くそう、例の島すら空に飛ばせる奴が今後出張ってきたら面倒だから、海軍に多少でも連中の勢力を削いでもらおうと思ったがそうはいかんか。
せめて牽制になればと思ったんだが……。
(政治的な問題でも戦力的な問題でも、さっさとこの一件にケリを付けて海軍主力をフリーにするべきではあるんだよあぁ……)
だけどやりたいことはあるし、黒猫として多少は利益を得たい。
「クロ」
「はい」
「お前は、こうなる事を予想していたのか?」
「……それは何に関してでしょう?」
「西の海の騒動に、さらなる混乱をもたらす者が出る事だ」
「はい」
そりゃまぁ……。
センゴクさんだって予想していたでしょう?
「……なぜ、マリージョアに出頭した。お前が西の海に陣取っていれば、暴れるしか能のない海賊はともかく、加盟国は牽制できたろうに」
「ですが、その場合は政府と海軍の溝は更に広がっていました。政府の万が一の軽挙に備えて、動かせる軍や物資は更に減ったのでは?」
「お前ならば、西の海に居座ったままでの調整も可能だったのではないか?」
あ~~~~……。
うん、それ自体は……。
「可能ではあったと思います」
多分、出来ただろう。
実際、海軍側の協力があったとはいえさっきみたいに、改造した電伝虫を使って会議は出来た。
盗聴の可能性はあるけど、大した問題ではない。
五老星なら盗聴されている事込みで策を練っただろうし、それはこちらも同じだ。
「ですがその場合、政府の動きの把握が極めて難しくなります。より短期間で情勢を立て直すには、やはり私が出向く他なかったでしょう。それに……」
「それに?」
「不謹慎かもしれませんが、我々『黒猫』にとっても都合が良かったのです」
「……それは?」
「私が一度、組織の主軸から抜ける事です」
世界政府を相手にやり合うには、万が一の場合の備えは絶対に必要だったからな。
「副総督を任せたダズ・ボーネスを始め、今の組織の主軸になっている者達には全員、私がこれから必要になると思った技能を全て経験させています」
基本となる操船や戦闘の技術、対能力者戦闘訓練、連帯行動に部隊指揮、兵士の心身の把握とその管理、遭難時の対処法にサバイバル、スカウト技術。戦略に基づく戦術構築。
復興作業を通しての土木の基礎、街の構造に民衆の予想外の動きの体験、他国での活動による文化の差異、救助時のトリアージによる緊急事態時での命の優先順位付けと選別。
「その上で、今回の連合騒動もそうですが……我々は人の弱さと向き合う必要があります。であるならばこそ、組織の根幹を担う現幹部勢には組織としてのモノ以外に、己の中に確固たる己の矜持が必要だと判断しました」
特に親衛隊の面々なんかは入ってきた経緯もあるから、この機に色々と考えておいてもらいたい。
「あくまで私の経験論ですが、解決が極めて難しい本当に困難な場面に遭遇した時、最も力になるのは技術や訓練量以上に、本人の中にある強い動機だと考えています」
「それはつまり、本人達の目標かい?」
「はい。……あるいは守るべき自分のルール……矜持もですが」
あとは俺が死んだり行方不明になった時のための予行演習だな。
今回みたいな海軍も関わるパターンは仕方ないが、一度しっかりダズやハンコックを中心とした指揮系統に兵士を馴染ませておいた方がいい。
こっちの勢力圏が広がれば、艦隊を別けて行動することだってあるだろうし。
特に
「我々が海賊になった理由である天竜人も、ある意味でもっとも人間らしい存在です。善良でまっとうな人間も、一つ掛け違えばああなる可能性は十分にあるし、またそういう物を目にする事もあるでしょう」
「そういった事象を乗り越えていける組織を作るには、今こそ、我々が我々自身の矜持を見つけ出す必要があると考えたのです」
まぁ、なんかあったらミホークあたりは抜けるだけだろうけど、万が一黒猫勢力が丸々『なにかあった未来』バージョンの、いかにもルフィの敵みたいな海賊団になってしまったら目も当てられない。
「……クロ」
「はい」
「アンタ、第二の海軍でも作るつもりかい?」
「そういうわけではないのですが……」
欲しいの第二の海軍じゃなくて、第二の世界政府なんですわ。
先行きが不安過ぎて泣けるぜ。
頼む、俺の身体に合ったちょうどいい胃薬クレメンス。
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078:五つの星の上に輝くのは?
八月中旬ほどまで、あるいはまたズレ込んでしまうような事があるかもしれませんが、出来るだけ早い投稿を目指して頑張りますので、どうかご了承ください。
思わぬことから始まった人身売買騒動、そしてその後に続けて発動された黒猫、ならびに海軍の共同作戦は瞬く間に西の海中に広がっていた。
海軍船はもちろん、冬の間に大きく数を増やした黒猫の新船団の初陣も兼ねた解放作戦は驚くほど上手くいっていた。
食えなくなって海賊になった結果、黒猫に吸収された者達は短期とはいえ訓練で叩き込まれた規律の下に救助活動と開墾、開拓作業に従事している。
元は農民だったものが多いためか、作業への慣れは初期の海兵組よりも早く、今もカポネ・ベッジの船が運んできた木材を運び出して、港の一画に用意された作業場でそれぞれ加工して運搬している。
薪を運び出す者がいれば建材として加工した木板を紐で括って海軍の用意した馬車に載せ、一方では大量のレンガを藁で包んで復興中の城下町へと行く荷車に載せている。
「やれやれ……。ホント、海賊が真面目に働いてるってのも変な光景だよなぁ」
「なにを不景気な顔をしておる、クザン。大将がそのような顔をするものでない」
もはや日常であるモグワ港――かつて、海軍大将と黒猫が共に戦い、海賊連合の先遣隊を蹴散らした戦場であった港の一角に腰をかけてボヤくクザンの元に、いつものスーツにオーバースカートを纏わせた姿の黒猫海賊団の第一艦隊提督、ボア・ハンコックが立っていた。
「ハンコックちゃん、戻って来てたの」
「ちゃん付けは止めよ。……うむ、我らに投降した男の情報通りじゃった。工作船も押さえ、近海の隠れ家は一通り押さえてきた」
ハンコックは小さな酒瓶を片手で小さく振り、
「ほれ、お主の好きな酒じゃろう」
「あらら、シェリー酒じゃない。それどうしたの?」
「襲撃してきた拠点の中に、大量の酒の貯蔵があってな。その中にあった」
ほれ、と海賊艦隊提督が差し出したそれを大将は受け取る。
「お主、前にこれを主殿に勧めておったじゃろう。主殿に似合う酒じゃと言って」
「……ああ。俺の先生がこれを気に入っていたんだ」
開ける前に自分の手を氷に変化させて、冬の空気でそれなりに冷えている瓶を更に冷やしながらクザンは、懐かしそうな目で、
「世界で一番かっこいい酒だってな」
「ハッハッ、確かに主殿に似合いそうじゃ」
ハンコックも水の入った瓶を片手に、クザンの横に腰を下ろす。
「で?」
「んん?」
「何を不景気な顔をしておったのだ」
「あらら……それ聞いちゃう?」
「協定相手の顔色くらい窺ってもよかろう。わらわも黒猫の幹部ゆえな」
「……ま、それもそうか」
ちょうどよい冷たさになったのか、手を元に戻して瓶口を開けたクザンはチビチビと中身を口にしながら、
「クロがエリアA――最重要防衛地域に設定して、結果守り切った地域の加盟国に援助を求めに行ったのは知ってるだろう?」
「知っておる。それで戻ってきたのであろう? ま、余計な話も持ち帰ったようだが」
「悪かったよハンコックちゃん」
「だからその呼び方は止めぬか!」
座ったまま器用に膝でクザンに軽く一撃を入れるが、クザンは特に表情を変えずに酒瓶に口を付けている。
「ふんっ。顔色を見るに、援助は引き出せなんだか」
「ああ。……予想していた?」
「主殿がな。財を残せたものが、そうでない者達に対して
領地である非加盟国内部でも思い当たる節があるのか、ハンコックは水で喉を潤しながら眉にしわを寄せる。
「そうなれば穀物を始めとする食料の値を吊り上げようとする者や、逆に不安から貯め込む者らが出て来る可能性を、注意書きの中に書き残しておったのじゃ。物資の管理や再分配の際には注意するようにと」
「アイツ、本当に海賊かよ……」
「団員どころか幹部ですら一度は首を傾げるのじゃ。今更であろう」
色違いといえど似たようなスーツを着ている二人は、並んで腰を落とすと傍からは兄と妹のようにしか見えなかった。
「ただ……そういうものならまだ分かるんだよ。それなら多少ベリーがかかろうとも買うつもりで、予算だって申請通したしな」
「あぁ、珍しく机に齧りついておったのはソレだったか」
「おう。でも……駄目だったんだ」
「海軍の要請を断るには相応の訳が必要じゃろう。理由は?」
ハンコックの当たり前の問いかけに、クザンは大きくため息を吐き、
「――天竜人だ」
その一言に、眉間にしわを寄せていたハンコックの顔は更に不快気に歪んだ。
「また奴らか」
不敬と責め立てられてもおかしくない言葉に、クザンは特に何も言わずに頷き、
「毎年この時期には天竜人のとある家……確かロズワード聖だったか? の当主の祝い事があるんだそうだ」
「つまり、祭りのようなモノか」
「ああ。……で、そのために食料をかき集めてるのさ」
「……まさか、西の海からも?」
「幸い、西の海にはそういった要請は出ていない」
「当たり前じゃ。飢餓者がどれだけ出てると思うておるのじゃ……」
第一艦隊はその特徴から攻撃的な編成をしているが、無論民衆救助も行っている。
当然ハンコックも自分の目で、あるいは報告書による数字で把握していた。
「しかし、要請が出ていないならなぜ?」
「毎年の貢物を滞らせたら、天竜人の覚えが悪くなる……そうだ」
「……そんな理由で、飢える周囲を放置するのか? 賊徒が増えて、却って負担がかかるぞ」
「ああ。俺もそう言ったさ」
「それで、国を治める者はなんと?」
「……それは、海軍の仕事であり、我らの関知する所ではない……だと」
「愚物め。賊より始末に負えぬ」
「ハハッ、海賊にそう言われちゃおしまいだな」
九蛇の時代はともかく、黒猫に入ってからは略奪らしい略奪は海賊やマフィアからしか行っていない海賊は、不快そうな顔から、何とも言い難い複雑な表情へと変わる。
「事態を把握して物資から兵力まで協力してくれるのが海賊で、この状況でも自国の事のみで食料も労働力も貸さないのが守るべき加盟国。……なんのために戦ってるのか、分からなくなってしまいそうだ」
シェリー酒を更に呷り、ため息を吐いたクザンはぼーっと港の様子を眺めている。
三本爪の猫を背負ったスーツの集団が、船の中から中身の詰まった樽を数人がかりで次々に運び出している。
そして、日が沈みつつある海からは次々に海軍艦と海賊船が帰港しつつある。
互いが手旗信号で進路を伝え、確認しながらだ。
「のう、クザン」
「ん?」
「あれから、わらわなりに考えてみた」
「…………なにを?」
「たわけ。お主以前わらわに問うたであろう」
幼くも大人びてきた海賊少女は、自慢の髪をかき上げ、
「正義とは、と」
「…………あ」
こうして再会する前、クザンが加盟国へと出発する直前にハンコックにふと問い掛けた言葉。
なんとなく口にしたソレを、言われてようやくクザンは思い出した。
「言われて、ずっと考えておった」
「……おう。それで?」
「わからぬ」
「おーい」
ならなんで話を振ったと軽く肩を叩くクザンに、ええい聞かぬか! とハンコックもやり返す。
「お主も知っての通り、わらわは九蛇の一員じゃった」
「ああ。
「うむ。……今にして思えば、便利な言葉だが我らは戦士の部族……主殿の言葉を借りるならば……そう、文化。戦士の文化だった」
ハンコックやその妹たちは、悪魔の実を食べてから以前作った弓は使わなくなった。
出来の良かったアレは、もっとも弓を上手く扱う親衛隊の一人に与えている。
それでも、これまでの活動で習慣付いてしまったのかブラウスの上、ジャケットの下にいつも通り装備した革の胸当ての肩ひもに手を当て、なぜか彼女は悲しそうな顔をする。
「ゆえに、略奪に対しても思う所はなかった。強い者が全てを手にする。功を上げた者に最も略奪の分け前を与える。……当たり前のことだ」
「海賊ならな」
「その通りだ。……いや、すまん。皮肉ではない。それが九蛇の正義だったのだ」
海賊相手の略奪を行いながら、街の復興も指揮する少女は今一度ため息を吐き、
「捕らわれた時もそうだが、主殿達に助けられてからずっと、文化の差異という物に驚きっぱなしじゃ」
「……黒猫もやっぱりそうなのか?」
「驚いておるし戸惑いの毎日じゃ。……まぁ、不思議と心地よいのは確かだが」
もし、ハンコックが黒猫の一兵士のままならばこういう考えはなかっただろう。
兵士を預けられ、領地を任され、民を任される立場になってしまった結果に今がある。
「今でこそ、民衆は守らねばならぬと思っておる。組織の武力よりも生産力を重視する主殿の影響もあるが、生産を支える民草は決して替えが利かぬ。使い潰してよいものでは断じてない」
クザンは、眩しい物を見るように隣に座る少女を見る。
海賊ではある。
だが、その意思はもはや略奪者のソレからは程遠い物となっていた。
「民草が積み重ねて来た物は――いや、民というモノは決して軽いものではない。技術、経験、なにより自分がどこの人間かという想いは極めて重く、ゆえに価値がある。……ただ」
ただし、それでもボア・ハンコックという少女は海賊である
「それでも、弱い者が奪われるのは当然だとも考えてしまう。強くなければ奪われ。奪われないためには強くなるしかない。鍛える余裕も時もない民と言えどもじゃ」
「……強い奴の理論だ」
「うむ。わらわもそう思う。だが真理である事も間違いなかろう。力がなければ何もできぬ。わらわも……だから捕らわれ、売り飛ばされる所だった。……弱かったからじゃ」
反論しようとクザンが口を開くが、結局言葉は出てこない。
力が全てを言う海軍に身を置いているからこそ、ハンコックの言葉も真実であることは身に染みて分かっている。
「強者が全てを手にする九蛇の文化、九蛇の正義は正しいと思っておる。だが、民も含めた我らがそれぞれの力――いや……能力や経験を適切に活かそうとする……武の強弱を個性の一つ程度に見ておる主殿の正義を、そうあるべきだと思っておる自分もいる」
ハンコックはほぼ空になった水瓶を、目の前に弱弱しく咲いていた野花の上で逆さにして軽く振る。
「わらわもまた、わらわが『黒猫』という一味の中において通すべき義について、迷いの中におる」
そして完全に空になった瓶を側に置いて、クザンを真っすぐ見据える。
「お主と同じくじゃ、クザン」
「…………俺が迷ってるって?」
「先日の一件、我らの元へ相談しようとしていたら道に迷ったと言っておったな? たわけ、あんな所でお主が道に迷うわけなかろう」
クザンは気まずそうに瓶に口をつけて傾けるが、中身を喉に通すでもなく、唇を少し湿らせただけでまた戻してしまう。
「おおかた、奴隷という問題に我ら『黒猫』を巻き込んで良いのか。海軍――自分だけで解決すべきなのか二の足を踏んでいた所にわらわが声をかけたというところじゃろう? アミス達のことがあるから……このたわけめ」
「何回たわけって言われるんだよ……」
「下らんことで悩んでいる間は何回だってそう言ってやるわ。だが、それも含めて――」
「お主の迷いを、わらわは決して笑わぬ」
どこか後ろめたいような雰囲気を纏わせているクザン――大将青雉を、ハンコックは幼いながらも鋭い眼で真っすぐ見据える。
「わらわは九蛇にせよ黒猫にせよ、海賊の正義しか知らぬ。ゆえにおぬしが悩んでいるのが、海軍の正義からみてどう見られるかはさっぱり分からぬ」
内心、自分達の頭目であるクロならば理解できるかもしれんと思いながら、ハンコックは「ただ――」と言葉を続ける。
「お主のそれは、お主の正義を――お主の胸に通すべき矜持を探すものであろう。それは、決して他者が笑ってよいものでも、汚してよいものでもあるまい」
「…………」
クザンはとうとう何も言わなくなり、呑みかけの酒瓶をじっと見つめている。
時間にして三分ほどだろうか。
無言のままだった大将がようやく口を開き、
「ひょっとして、ずっと励まそうとしてくれてたの?」
「…………たわけ、一々口にするでない」
立ち上がり、スラックスやオーバースカートに付いた砂や小石を軽く払ったハンコックはクザンを見下ろす。
人によっては不快に思うだろう行為だが、クザンは困ったように小さく笑ったままだ。
「主殿が出発してしばらくの間は良かったが、特にここ最近は調子が優れぬようだったからの」
「悪かったね。心配かけて」
「悪いと思うのならば気を引き締めよ」
「主殿の友が、不景気な顔をするでないわ」
「何にも上手くいかなきゃ、ついついそういう顔もしちまうさ」
「不利な状況でも楽しめる上官にこそ兵はついていくぞ。ほれ――」
―― ホロホロホロホロ! おめぇいいセンスもってんじゃねぇか!
―― フフフフフ! そう言ってもらえるのは光栄だガネ!
―― その調子で家を頼むぜ! 火は使えねぇがこんだけ壁が分厚ければ寒さは十分凌げんだろ!
―― 窓ガラスの方さえそちらでやってもらえれば、この程度いくらでも量産できるのだよ!
―― ホロホロホロ! その調子で頼むぜ!
「あ奴らのようにじゃ」
「投降したばかりの実質捕虜があれでいいのか?」
「実益があるのならよかろう。実際、助かっておる」
「……ああ、うん、まぁ……そうなんだけどさぁ」
―― ホロホロホロホロホロ!!!!!
―― フッハハハハハハハハ!!!!!
「人生楽しんでるなぁ、あいつら……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(おかしい……)
マリージョアに来てからそれなりに経つ。
海軍と政府の折衝はとりあえず西の海への物資輸送の追加手配と対象者の遺族年金の加増、もはや働く事もままならない生還者への特別年金の用意まではなんとかまとまった。
それはいい。
それはいいんだ。
問題はこっちの計画だ。
(五老星が想定をはるかに超えて連携している)
俺に用意された部屋――外には監視と護衛を兼ねた海兵とサイファーポールの誰かの気配がする――に設置されたテーブルの上に、メモ代わりの紙切れを小さくちぎって五枚の紙片を用意する。
(当初の目的は五老星の内情の把握。可能ならば五老星という仕組みに罅を入れる事だったが……)
五老星はその役割や数からして、ある程度の対立があると考えていた。
というか、あって当然だ。
(最高権力者と言えどそれぞれの役割があり、その中に金を握る者もいる。ならば統治活動の中で対立は必ず生まれる)
聞いたところ、あの日本刀持ってる人が財務担当だという話だ。ならばなおさら……。
(実務的なものであろうが人間関係的な物であろうと、こうなればよくある構図は三対二)
五枚の紙片を左に三つ、右に二つに並べてみる。
(あるいは、二対二の対立構造に調停役を務める中立の一)
左の紙片三枚の内一枚を上へとずらし、五枚の紙片で五角形を作るかのような形を作る。
(三対二なら数で劣る二に、二対二対一ならば中立の一に近づき、五老星のバランス構築に我々『黒猫』の圧力を要する形を遠まわしに……作れたらいいなぁ程度の作戦だったが)
無理はせずに、隙らしきものを発見出来たらいいなぁ程度の物だったが、それらしいモノが見当たらない。
いや、交渉という意味では動きの予測が出来ない天竜人という枷がある分隙はいくらでもあるんだが、五老星という纏まりそのものには、綻びと呼べるものがほとんど見当たらない。
(こっちの目論見を見抜いて隙を見せまいとしている……可能性もあるが……それにしても統率が取れすぎている)
「……作戦変更、かな」
天竜人――世界政府の目指す果てが今一見えない。
世界の統一というのならば、無駄な被差別階級なんか撤廃して非加盟国を属国にすればいい。
こういっては何だが、非加盟国への人権がないのであれば、全員今日から奴隷な! 的な手段も取れなくはないハズだ。
現状でこそ難しいが、この800年の間にそういうチャンスが一度もなかったとは思えない。
まぁ、やっかいな海賊の拠点とかは別にしてだが。
(そのよく見えない目的は、例えばポーネグリフのような文章か、あるいは口伝のような形で残っているかもしれない……とは考えていたが)
現に原作中のコラソン……本名何だっけか……あのドジっ子スパイだって、子供の頃にDの事を聞かされていたとか言っていた。
口伝とかではなく、子供への脅し文句のようなものだが、それでも過去が残っていたのだ。
(ただ、その場合は解釈の違いやらでやはり対立は生まれる……というより、対立が起きない理由としては弱い。対立しない……あるいは出来ない強い理由があるとしたら……)
より強い実権を持った上位者が目を光らせている……とかになる。
なる……のか?
(まさか、五老星の上に王様がいましたとか言い出さねぇだろうな?)
ヒナやゼファー特別大将、スパンダインがあれこれ教えてくれた中に『
誓いを立てる象徴が偽りだったとか、世界政府の根幹から間違ってる事になるし一歩間違えたら不味い事になるんじゃが。なるんじゃが。
(それに、仮に王様がいたとしても代替わりは必ずある)
王様だって歳を取るし、子供だって生まれるし、その子供を育てなくてはならない。
次代の王を育てるとか次期政権の要を握るようなものだし、確実に争いの種になる。
その争いが外に漏れないとは……というか、そんなのがあったら天竜人共勝手に自滅しそうだし、騒ぎが酷いことになりそうだし、やっぱない。
それこそ、王様が不変の不老不死とかでもない限……り……
―― それほど利用価値のある能力なんだ!
―― 人格の「移植手術」も然り……もう一つ!
―― お前は知っているのか!? "オペオペの実"は才気ある者が使用すれば――
「……………………」
…………ふむ。
(よし、戦術的な目標を変えよう)
もう実績のみを確保してさっさと話を付けよう。
深い事は考えずに目の前の事にだけ集中すればいい。
いのちをだいじに!!!
「問題は、世界政府が海軍に対して、金銭や物資のみで誠意を尽くしたと言えるかどうかだなぁ……」
クザンやガープさんといった面々を除いても、海軍は面子――というより情を大事にする傾向がある。
(五老星から……いや、せめて実際に海兵を裏で取引していた天竜人の誰かによる謝罪の言葉があれば話は違うんだが……)
謝罪の言葉はお礼の言葉よりも難しいからなぁ。
ちっ、うっせーなー的な態度が零れた時点でアウトだし、そういう振る舞いを天竜人に期待するのは酷だろう。
となると、出来そうなのが必然的に五老星しかいない。
(ただ、最高権力者の頭を下げさせる程には状況が追い詰められているわけでもないし、なにより場が整っていない)
事態を終わらせるピースが絶妙に噛み合っていない。
だからこそ、センゴクさん程の政治センスがあっても事態がここまで進まなかったわけで……。
(少し休むか)
ヒナが持ってきて、毒見まで済ませてくれたポットの中のお茶を適当なカップに注いで、温くなったそれを飲み干しながら窓の外を見る。
真っ暗な水平線に、小さくオレンジの線が見えた。もうじき夜明けか。
また徹夜してしまった。
……いや、ミホークとレイリーに真剣で追いかけ回されながらの徹夜なんて散々やったからこの程度大したことないが……。
(軽く仮眠を取ったら、一度五老星に会談の要請を出すか。五老星が個人としてどこまで譲歩できるかを探らないと……ん?)
まだまだ真っ暗な空に、なんか違和感がある。
目を細めて空をじっと見つめてみる。
「……………………………………?」
そこには、船があった。
「――は」
そしてまるで俺が口が開いたのを合図にしたかのように、
―― ジハハハハハハハハッ!!!
聖地目掛けて、破壊の雨が降り注ぎ始めた。
( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ
(;゚д゚)
, .
(;゚ Д゚) …?!
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079:『黒猫』対『金獅子』―①
「ジハハハハハッ! 聖地とはいえ、住んでる奴らが欲ボケした連中だと脆ぇなぁ! おい!」
聖地マリージョア。
世界の支配者たる天竜人の住まいは今、大量の船や建造物の残骸や土砂によって瞬く間に埋め立てられていた。
ただ落とすだけではなく、全ての残骸には油が塗りたくられており、それには次々に火矢によって火がつけられ、それが次々に落下して聖地を焼き払っていた。
―― はやく! はやく私を助けるえ!!
―― 奴隷共は調度品を守れ! お前らよりも高かったアマスよ!?
―― 逃げるな! お前らが死んで道を塞いだらどうするんだえ!!
「おうおう、あちらこちらで汚ねぇ欲が吹き出してやがるな」
生半可な攻撃では到底届かぬ高所から次々に巨大な
「さて……食糧庫はあれか」
未だに空を覆い尽くすほどの大小の残骸の中から、大きい船数隻をその能力で自分の近くへと引き寄せる。
「ジハハハハ。さすがは祭り屋、面白れぇ事を考えやがる。あのガキも、お宝目当てのミーハーとは物が違う」
そして海賊は、自分が吸っているまだ火が付いたままの葉巻を船へと投げつけ、火を付ける。
「牽制がてらの火種だ、食らいやがれ!!」
文字通り海賊の手を離れた燃え盛る弾丸が、この聖地の中でかなり重要な施設目掛けて落下する。
落下し――
―― 極・
突如として業火は掻き消え、巨大な船体は一気に砕け散り、破片のほとんどが聖地の外側へと吹き飛ばされる。
「あぁん? 騎士団の連中がもう動きだしたか?」
ならばと更に燃え盛る船を次々に落とそうとした時に、
海賊の勘が働いた。
とっさに自分の眼前――なにもない宙に目掛けて、本来脚があるべきところに取り付けられた刀の一撃を振るう。
何事もなく空を切るだけだったハズの一刀が、甲高い音と共に止められる。
「見つけたぞ、このクソ野郎!」
「サイファー・ポールか? ……いや、その三本爪は……っ」
そこには、夜明けの光を背に黒いスーツを着こなした少年が宙に浮いて、刃を足で防いでいた。
「西の海と言い面倒な事態ばかり引き起こしやがって!」
「そうか、そうかお前が!!」
たとえそれが金属だろうと生半可な物なら容易く両断出来る一撃を、その男は覇気を纏わせた足で難なく受け止めていた。
「ちょうどいい! ここで一番厄介なお前を抑えさせてもらう!」
「ジハハハハ! 運がいい! 一度顔を見てみたかった奴が来てくれるとはなぁ!!」
「金獅子!!」
「黒猫ォッ!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(くそぁっ! なんとか食糧庫の完全崩壊は免れたけど、それでも被害が出ちまってるか!!)
センゴクさん達も動いているが、天竜人への被害を防ぐので精一杯だ。
よりにもよって火を付けてから落としてくれやがるせいで、天竜人はもちろんボディーガードや奴隷にも被害者が出まくっている。
「あの島を見つけた妙な海賊がいるとは聞いていたが、本当にガキだったとはなぁ!」
「お前が海軍を襲ったおかげで航路が見えた。うかつだったな!」
「構いやしねぇ! どうせアイツらのほとんどは西の海で使い潰す筈だったからな。お前らが捕まえたおかげであいつらも寿命が延びたんじゃねぇか!?」
「クソ野郎が!」
「ジハハハハッ!」
つーかなんなのコイツ!?
両足ぶった切ったってのは聞いていたけど、なんで剣が足になってんの!?
なんで舵輪が頭に突き刺さってんの!?
(というか、さすがは海賊王世代の大海賊! 隙がほとんどねぇ!)
いくつか攻撃のチャンスはある。レイリーに比べてわずかに隙がある。
そこを狙って
最小限の動きで躱しやがる!
というか靴がこれいつもの鉄板仕込んだ奴じゃねぇから感覚が違いすぎる!
「にしてもてめぇ、動きがいいな!」
「格上とばかり毎日戦っていたら自然とこうもなる!」
「悪くねぇ! 悪くねぇぞお前!」
そう言いながら殺す気満々じゃねぇか!
来る!
「
「噛猫!!」
ミホークばりの斬れ味を持った飛ぶ斬撃――そういやヒナが乗っていた船ぶった斬られたとか言ってたな――に、こちらの斬撃をぶつけて相殺する。
その余波を使って更に落下し続けている残骸を出来るだけ聖地の外へと吹き飛ばしているが、いかんせん数が多すぎて被害が拡大するばかりだ。
(天竜人もそうだが、奴隷やボディガードといった普通の人間の避難が終わらないとセンゴクさん達も思うように動けねぇ)
下の方で残骸を吹き飛ばす音が響いているが、あまりに物量が多すぎてそれで精一杯なのだろう。
天竜人への圧をかけすぎないようにと数を制限していたのがマイナスに響いている。
「今のを余裕で凌ぐとは大したガキじゃねえか! どうだ、俺の部下にならねぇか!?」
「すでに一団を率いている身だ、断る!」
「まぁ聞けよ!」
聞けというなら攻撃止めろよ!
? 手を動かした?
―― 能力を用いた攻撃か!
「ちぃっ!」
とっさに『抜き足』で距離を取るのと同時に、俺がいた所に燃え盛る船の残骸が集まり、ぶつかり合って大量の残骸へとなる。
あのままそこにいれば、押しつぶされた上に、運よく隙間に逃れても酸欠でアウトだったろう……いや待て、なんか嫌な
「
ホント技が豊富だなコイツはよぉっ!
さっきのイメージが数秒後の未来なら……あぁ、ちくしょう!
「
粉々になっても燃え続けている大小の残骸が集まり、波打ったかと思うとそれらが数頭の獅子の形となって襲ってくる。
あ、駄目だこれ!?
噛猫の
本気の噛猫一発でかろうじて相殺は出来るけど一点だけだしそれだけだ! 仮に残骸を止めてもそのまま落ちて食糧庫がボッシュートされちまう!
技! こういう時の必殺技はなにかないんですか助けてクレメンス!
あんだけ冥王と鷹の目を相手にしてたんだぞ! ご褒美の一つくらいあってもいいはずなのになんで俺の進む道はどれを選んでも地獄なんだ!?
――『いいかね、クロ君。言うまでもないが君の利点はその人間離れした速力にある』
駄目だ! 360度全方位からの同時斬撃を捌き切る事に集中しすぎて高威力広範囲の技は練習中だった!
――『故に君が考えるべきなのは、その速度を使っていかに他の面を上手く
というか、即座に高威力を出すために練習してたのは武装色の練度上げと冬猫の発動時間の短縮でデカイ範囲に均一に威力出すのはちょっと俺の体じゃ無理じゃありません事!?
――『例えば、そうだな。先ほど見せたのは武器が必要だが、足技ならばこれが再現できるかもしれん』
……じゃあアレをやれってか!? いや何度か実際に撃とうとしたけど、その度に足脱臼して軸足と手だけであの二人の攻撃捌く羽目になるんだよなぁっ!?
(いやもうやるしかない! 能力で操作される技ならば下手に回避するのは悪手! 真正面から打ち破る!!)
自分の中に流れる覇気の流れを、すべて足に集中させる。
右足だけじゃなくて軸足も固めた方が、前の実戦では一番上手くいきそうだった。
――『今から見せるのは、我々の敵の一人の得意技を私なりに模倣してみた物だ。君ならば上手く料理し、自分のモノにできるかもしれん』
あの時は覇気のコントロールに集中してたらミホークの置き斬撃を一つ見落として、危うく右手が斬り飛ばされる所だったけど!
――『そう、これこそ――』
「抜き足……噛猫……っ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(さすがに死んだかぁ?)
懐から新しい葉巻を取り出しながら、海賊は獅子の形を模した業火の波の背を見送っていた。
(あの小僧が執着する相手らしく見どころはあるが、ついはしゃぎ過ぎちまったな)
今はまともに自分の相手を出来る戦力は、全員地べたで残骸の対処に当たっている。
この高度までたどり着いた上で迷わず交戦を選んだ『黒猫』の判断と力量は認めるが、出会ったタイミングの悪さを海賊はわずかに悔いていた。
「時間をいくらでもかけられる場所なら、お前が俺の部下になるまで遊んでやってもよかったんだがな」
海賊の仕事は、世界政府と海軍に対しての牽制であってそれ以上でもそれ以下でもない。
やる事をやってさっさと帰るだけ。
「さて、今度こそ食糧庫を潰させてもらおうか。砲弾をギッシリ詰めたとびっきりの奴を残しておいて正解だったな」
海賊の目的は牽制。そして、可能ならばと頼まれたのが天竜人の『食料貯蔵庫』の破壊だった。
「ジハハハ……さぁ、今度こそ燃やし尽くして――」
―― 噛猫……っ……!
自分の作りだした獅子の向こう側から、声がした。
苦し紛れや末期のそれではない。
確固たる意志の元に、力を振るう者の声がした。
そして声と共に、空気を伝い波の音が海賊の耳に届く。
全てを包みこむような海のそれではない。
――これこそは……偽りなれど、なお誉れ高き巨人族の槍……っ
肌をビリビリとざわめかせる、王の威圧の音。
(覇王色!?)
――『偽典・威国』っ!!
とっさに海賊は自らの体をより高く浮かせて効果範囲から退避する。
同時に不可視の――だがうっすらと黒く染まった鋭い一撃が、炎に包まれた獅子の一頭に大穴を開ける。
そしてわずかなタイムラグの後に、残る獅子も全てが吹き飛ばされた。
「しま……っ、本命の船が!」
そして炎が消えたとはいえ未だ熱を帯びた破片の全てが、確実に食糧庫を破壊するために用意した砲弾や火薬、油をぎっしり積んでいた船を貫く。
「ちぃっ! あのクソガキめ、やってくれるじゃねぇか!!」
「……見える未来が真っ赤っか? ……あ!? ちょっと待ってそういう――」
次の瞬間、夜明けの聖地上空に巨大な業火の向日葵が咲き誇った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
地獄が、火の海となって燃やし尽くされていた。
(ようやく……ようやく逃げ出せるチャンスが来たというのに……っ)
ここは地獄だ。自分のような魚人も、そして人すらも等しく『玩具』のように使い潰そうとする悪魔が住まう地獄に他ならない。
何が『聖地』だ笑わせる……っ!
(くそ……瓦礫に足を取られたか……っ)
本来の自分の力ならばこの程度どうにでもなった。
魚人の膂力ならこの程度の重量など大したことはなかった。
だが、あの悪魔共はそれを良い事に、過酷な重労働を次々に押し付け、そして体を徹底的に苛め抜いてきた。
遊びと称して手足を撃ち抜かれ、そのまま荷物を運ばせられることもあった。
爆弾の仕掛けられた首輪の恐怖と激痛に耐えながら仕事をこなせば、魚の汚い血で廊下が汚れたと更に撃たれた。
(いかん、火がここまで……)
奴隷数名はすでに事切れている。
主人を置いて逃げようとした罪で全員射殺された。
自分も撃たれたが、この肉体の頑丈さと天竜人がさっさと逃げ出したことに救われた。
救われてしまった。
瓦礫で建物は破壊されているが、その瓦礫が上手く塞いでしまっているのか、煙も濃くなる一方である。
(せめて……)
せめて、楽に死のう。
このまま、眠るように。
そう静かに思い、目を瞑る。
……だが、その時。突然すぐ近くに、
何かが地面に勢いよく叩きつけられる轟音が地鳴りと共に響いた。
―― ゴッホ……っ……あぁクソっ! 見聞色の練りがまだ甘いか!
突然、この聖地ではまず聞かない、嘲りや無邪気な黒い念がまったく混じっていない、素直な若い声が瓦礫の向こう側から聞こえた。
―― ちくしょう、なんとか工作の要になるアイツを押さえねぇと……人の気配?
トントンッと二回、軽く地面を蹴るような音がしたと思えば、次の瞬間、轟音と共に煙の逃げ道を塞いでいた瓦礫や残骸を吹き飛ばした。
「……捕まっていた
「待て、ソイツにはもう火が移っている! 触ると――」
触れれば火傷するだろうソレに、突然現れたスーツ姿の子供は平然と手を伸ばし、見た目からは考えられない力を発揮して瓦礫を容易く持ち上げる。
ジュゥゥ、と手から肉が焼ける音をさせながら瓦礫を支え、平然とした顔で自分に脱出を促す。
「よし。後はその首輪か……。この熱気で誘爆しなくて本当に良かった」
「小僧お前、手は――」
「貴方の方が重傷だろう」
ちくしょうやっぱアイツら全員痛い目を見ねぇと割に合わねぇな。などとスーツの男はボヤきながら、自分をこの地獄に縛り付けていた爆弾の付いた首輪へと手を伸ばし、
「ふんっ」
自分が制止の声を上げる間もなく首輪はぐしゃりと握りつぶされ、まるでボロボロの輪ゴムを千切って外すかのような気安さで
「逃げられるなら逃げてくれ。この混乱だからこそ助けられるが、奴隷全員を救う余裕はない」
目にも見えぬ速さで首輪を投げ捨てていたのだろう。少し離れた所で爆発が起こる。
周囲は未だに火が付いた瓦礫の雨が降っており、あちこちに天竜人やその護衛達が逃げまどっている。
「すまない。私の力不足だ」
「いや……」
少なくとも、この男は手を伸ばした。
この地獄の住人は、誰も手を伸ばしてくれなかった。
それが同じ奴隷であっても。
時には余興として、奴隷が奴隷を殺すこともあった。
笑えと命じられて笑いながら奴隷を殺して、そのまま主人の前に出たら自分を笑ったと惨い殺され方をした者を何人も見てきた。
「……っ、向こうも見逃すわけがないか」
男は所々焦げたスーツのジャケットを脱ぐと、こちらに差し出し、
「逃げ場に困ったら西の海へ。これをもって、同じマークの旗の場所に行けば、魚人や人魚たちが隠れ住んでる場所へ案内してくれるはずだ」
「……お前は」
一体何者なのだ?
そう聞こうとするが、男の目は徐々に炎以外の明かりが差し込みだした空へと注がれている。
「早くいけ、ここもすぐに戦場になる」
「――っ。すまん!」
聞きたいことも、言いたいこともあったが足が勝手に海の音がする方向へと向かっていた。
この地獄から、一刻も早く立ち去りたかった。
少年から渡された三本爪の猫のマークが入ったジャケットを握りしめながら走り、ふと振り返る。
「俺は――俺の名はフィッシャー・タイガーだ! この恩、決して忘れん!!」
シキの技である鉄火巻きは、オリジナルの物です
基本獅子威しは○○巻きであるのがルールのようなので、今回は船の残骸と炎を利用した地巻きということから鉄と火……よし、鉄火巻きで行こうと相成りました
次回、シキの思惑
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080:『黒猫』対『金獅子』―②
「ようハチ、たこ焼き3パック欲しいんだがあるか?」
「にゅ? おう、ちょうどよかった、今焼き上がった所だ。ほい、3パックで1200ベリー」
「サンキュ。お前さんのたこ焼き、ここらのカタギにも評判良いからな。ほれ、1200ベリーきっかりだ」
「にゅ! まいどあり!」
黒猫海賊団の本拠地であるのと同時に、カポネ・ベッジ一味の重要な拠点でもあるモプチの港町。
黒猫が新しく興し、シャムロックと名付けられたその町の港前の大通りに開かれた屋台に、スーツ姿のマフィアの一団が
傍から見たらみかじめ料をせびっているように見える光景だが、店を開いているタコの魚人とギャング達は気楽な様子で会話を楽しんでいる。
「しかし、お前も度胸あるな。堂々と店を開くなんて……マフィアというかギャングの俺らが言うのもなんだが、魚人は目を付けられるぞ」
「にゅ~。まぁなぁ。俺も最初は、人間が怖くて隠れ島の方の世話になってた」
タコの魚人は、街の人間が作ってくれたたこ焼き用の鉄板に次のたこ焼きを焼くために、一本の手で油を塗りこみながら違う手で器用に頬杖をつく。
「隠れ島? あぁ、
「そう、そこ。向こうの島での工事や畑仕事も嫌いじゃなかったけど、こっちで働けば普通に金を稼げるからなぁ。最近じゃ内地の町に住む家族への土産にって買って行ってくれる人間も増えてきたし、だんだん居心地も良くなってきてる」
周囲には、ギャングや海賊の他に、港での仕事の出稼ぎに来ていたり、あるいは様々な店を開いて働いているモプチの島民で溢れかえっている。
中にはタコの魚人と同じように軽食の屋台を出している者もいた。
「まぁ、この島でもシャムロックに限れば魚人や人魚なんて珍しくねぇもんな。港を見りゃ作業中の魚人の二、三人も一緒に見かける」
「にゅ~。おかげで最初の時みたいに変な目で見られる事は無くなったよ。あんたらベッジさんの所の人間も普通に接してくれるしな」
そうした町の中には、店こそ構えていないが労働に勤しんでいる魚人の姿もチラホラ見える。
人間以上の腕力を持っている魚人は特に水夫として人気で、普通の人間ならば持ち上げられない中身の詰まった樽や箱をひょいひょいと運んでいる。
「こっちじゃまだ魚人の数は少ないが、次の拠点候補として開拓してる所じゃ魚人の割合が跳ね上がるからな。正直、見飽きたぜ」
「あぁ、メイプルもそっちを手伝ってるって言ってたなぁ」
「あのイカの女の子か。おう、あそこに隠れ住んでた海賊を追い出す時には手伝ってもらったぜ。お前もそうだけど、手が何本もあるってのはいいなぁ。最初はビビるけど」
「アッハッハ! まー魚人でも手足が何本もあるのは珍しい方だからな」
おどけるように残る手を全てヒラヒラとさせて、ハチと呼ばれた魚人はニッシシシシと軽く笑う。
「珍しい? 親がタコとかイカの魚人なら、生まれてくるのもそうなるんじゃねぇのか?」
「アッハッハ! 人間からするとそうか! いや、魚人は血筋が色々あるから、親とまったく違う姿の子供が生まれるのが普通なんだよ。父親がマグロ、母がカツオで生まれてきたのがサメやタイの魚人なんてのはよくある話だ」
「へぇ、魚人ってのはそういう所も違うのか……」
「まぁ、知らなくて当然なんだろう。俺も人間の事はよく知らなかったし」
「あんたらみたいにちょっとずつ俺らを知る人間が増えて、こっちも人間をちょっとずつ知って……そうしたらこんな場所が増えるのかなぁ……」
「ハハッ! そいつは確かに正論だけどよ、ハチ」
「そう簡単に行くなら、世界はもっとマシだったろうさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ガキがっ! 仕上げのための船を破壊しやがって……やってくれるじゃねぇか!」
やけに傷が酷い――明らかにいたぶった跡とみられる傷跡だらけの――魚人を逃がしたのと同時に、舵輪がニワトリの鶏冠みてぇにぶっ刺さってるオッサンが飛んで来た。
切り札失くしたんならもう帰れよ!!
「金獅子! お前の後ろにいるのは誰だ!?」
「あぁん?」
「この計画を立てたのはお前じゃない! 違うか!?」
どう考えても海賊の立てる計画じゃない。
どんだけコイツが大物海賊だろうが、海賊の視点から出る作戦でも計画でもない。
くそ、マジで七面倒な事態を引き起こしやがって!
あとコイツ飛び方が独特過ぎて、攻撃当てるのがクッソ難しい!
いや俺も空中戦は初めてだからアレなんだけどさ!
何度か噛猫を乱れ撃って迎撃するが当たらず、相手の斬撃を蹴り落している内にまた高度を上げて空中戦にもつれ込んでいる。
ちくしょう、地面に降りて戦えよ!
そしたら他の戦力がなだれ込んでくるから無理だよね知ってた!
「この襲撃は世界政府と海軍の牽制だろう!? なんちゃら聖の祝い事だかなんだかで世界中から集められた食料を聖地ごと焼き払えば、今度は加盟国からも失ったかなりの量の食料をかき集めようとする。聖地を立て直すための資材もだ! そうなれば多くの加盟国が疲弊し、略奪や小競り合いがまた増える! 西の海の一件はそのための火種作りも兼ねた演習だったか!」
あの野郎変な笑いしやがって、やっぱりそうか!
合点がいったぞ! 強力な戦略拠点になりえたあの運ばれた島に、まともな指揮役や手勢がいなかったハズだ!
一番の目的は資材や食料が大きく減った国の動き、そしてそれらを守るために海軍がどう動くかを見る事だったのか!
その挙句にこの聖地襲撃!
チマチマ西の海にこれ以上のダメージが出る事の不利益を遠まわしに遠まわしにそれとなく伝える事で、手持ちの交渉カードを切る事無くふわぁっと西の海の問題の方も解決しようとしていたのに、全部白紙に戻しやがって!
大海賊だろうが知ったことか、ふざけやがって! 蹴り飛ばさなきゃ気が済まん!
「そして聖地が襲われた以上、天竜人は確実に大将かそれに並ぶ戦力を常駐させたがる! そうなればさらに各地で増加するだろう海賊や反乱への対応力は著しく落ちる!」
「ついでに奴隷だな。これだけ瓦礫を雨あられと降らせば、奴隷もかなりの数が死んだだろうさ」
「……っ、ただでさえ人間狩りで奴隷をかき集めていた所に!」
「天竜人共は基本的に優秀な護衛が付いている! この騒ぎの中で大怪我する奴はいても死ぬ奴はそこまでいねぇだろ!」
「つまり、奴隷を欲しがる奴は全然減ってないって事だろう!? 貴様はどこまでも……っ!」
「ジハハハハ! お偉い天竜人様は、それが欲しい物ならどこから流れた物かなんざ気にしねぇ。奴隷屋にとっちゃあ書き入れ時になるな」
このっ、舵輪を鶏みたいに生やしやがってピンクグラサンといい鳥野郎ってのはホントマジで……っ!!
大規模な反乱と小競り合いは行き場を失った難民を生み、人攫いや奴隷ブローカーといった裏社会の勢力は莫大な資金と力を得る!
ついでにコイツに至っちゃ空に身を隠せるから、海軍が身動き取れなければ好きなだけ勢力拡大に専念できる!
せめてコイツだけはここで落とさないと冗談抜きで世界がヤバい!
「そうなれば大衆の絶望や、天竜人――いや、目に見える指導者である国家への憎しみと反発は天井知らずだ! 無秩序な反乱と混乱を煽るつもりか!?」
「ジハハ、読みはいい。この作戦についても大体は合ってやがる」
…………。
「クロ、だったな。てめぇ、俺の部下になれ」
ふざけんなボケカスオルァ!!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「断る。こうも被害を出すような力の振るい方をする輩とは、どうあっても分かり合えん」
「ジハハハ、まぁそう言うなよ」
スーツを役人のように着こなしている少年海賊に、金獅子はニヤニヤ笑いながら話しかける。
互いに隙は見せない。
だが黒猫の表情に余裕はなく、対して金獅子は緊張の欠片も見られない。
「お前は強い。リンリンの奴に比べりゃ精々威力は三割といった所だが、まさか巨人族の技をあれだけ高い精度で模倣するとは恐れ入った。すでに
余裕の態度を隠さない金獅子は、懐から葉巻を取り出し口にくわえ火を付ける。
「そしてなにより……お前は俺の同類だ。俺に付いた方がお前の能力は伸びるぜぇ?」
「同類だと? 無秩序な破壊に手を出すお前と一緒にしないでもらいたい」
「いいや、一緒さぁ」
「
香りの強い煙を燻らせ、金獅子は続ける。
「俺はお前の言う通り計画のために来た。ならお前は?」
「お前達が荒らした西の海の復興のためだ」
「ジハハハ! また随分と生真面目な奴だな!」
「お前らがやりたい放題やらかしたからだろうが!」
「違いねぇ。だが、俺が言いたいのはそこじゃねぇ」
「あ゛?」
「俺にはそれがなにかは分からねぇが、お前はお前の利益のために天竜人の権力を上手く味方に付けようとしていたんだろ。でもなきゃ、いくら政府や海軍の覚えが良い海賊と言っても、ここまで来る理由も聖地を守る理由もねぇ」
「クロ、お前は
黒猫が、小さく舌打ちをする。
「世界が支配する者と支配される者の二つしかいねぇ事を分かっていやがる。だからこそ聖地くんだりにまで来て、テメェの利のために上手く立ち回ろうとしてやがる」
「……そっちは、今の支配体制に罅を入れるためにか」
「ジハハハハ! 分かってんじゃねぇか!」
「俺と来いクロ! お前の武力と知略は人を支配するための物だ! 俺の能力とお前達『黒猫』の戦力が合わされば、政府すら簡単には手出しが出来ねぇ海賊団が出来上がる!」
「俺とお前でこの海を支配し、次の時代を作ろうじゃねぇか!」
迎え入れるように両手を広げ、海賊は高らかに叫ぶ。
海賊王によって始まった大海賊時代の、その次を目指すと宣言する。
「興味がない」
だが、黒猫は変わらない。
「支配に、というより……お前に興味がない」
会話の時間で息を整えたのか、少し体を楽にして眼鏡のズレを直しながら断言する。
「確かに、支配という物は必要だと思っている。人は弱く、些細な理由でも心身を崩しかねない。だからこそ人は集まり協力し合うが、人が集まれば必ずそこには役割が生まれ、役割はそのまま階級へと変化し、良くも悪くも差を生み出し、その構造が大きな一を頭にした支配体制へと成る。法の外にいる海賊ならば尚更だろう」
「そうだ、海賊の本質は支配だ!!」
「否定はしない。だが、それはなんのための支配だ?」
「……なに?」
眉を顰めるのと同時に、こっそりと金獅子は能力を使い、残骸をいつでも操れるように注視する。
黒猫という海賊が口を開くごとに、言葉を発するごとに、強張る事無くその身に纏わせている覇気が強まるのを感じていた。
「俺もまた海賊であり、支配者である。民衆を武力を背景に押さえつけ、労働を課して税を取り立てている」
「……それがどんな感じなのかは、話していておおよそ分かるが、まぁいい。お前の本質であるのは間違いねぇ」
「だが、俺とお前では目指すものが違う。お前の言うそれは支配のための支配に聞こえる。支配し続け、ただ君臨し続けることだ」
「それの何が悪い!」
「ならばその本質は、俺達の足元にいる連中と何も変わらない。お前は時代を作ると言ったが、本質的に不可能だ。お前に出来るのは、ただ役割を受け継ぐだけでしかない」
「なら――テメェは何のために戦っている!!」
「自由がために」
夜が明けて、陽が昇る。
未だ燃え続ける町や、地上目掛けて落ち続ける残骸の全てを陽の光が照らし始める。
「人が人を支配する以上、そこに完璧な支配はあり得ない。支配には必ず綻びがあり、必ずそこからあぶれてしまう人間が出る。支配に満足する者はいいが、支配に染まり切れず、だが強い意志も武力もない者は弱者となって追いやられる」
金獅子の脳裏に、一人の男の姿がよみがえる。
「それでもなお、弱者の多くが耐えるのはなぜか。支配を良しとしない者や、支配により追いやられた人間の多くが耐え忍び、次の世代に自分の意思を……思想を語り次に託すのはなぜか」
目の前にいる少年と同じく海賊であり、だが『黒猫』とは真逆の男だった。
目の前の海賊が知性の男なら、その海賊は野生の男だ。
だが、
「それは、いつか来るだろう自由に手を伸ばすためだ。弱い立場に追いやられたがために、次の世代に自由への希望を託す」
その海賊とは真逆の静かな声で、その海賊と同じような言葉を発する海賊がそこにいた。
「俺の役割はいつかの未来のために、一人でも多くの民衆に、そして弱者とされた者達に寄り添い、自由と平和への道を指し示す事だ。すでに背負った者達のために、この身はそう在ると他ならぬ自分が決めた」
「お前がその邪魔をすると言うのであれば」
来る。
金獅子は肌で感じていた。
わずかとはいえ乱れていた黒猫の覇気が、再び流れ出した。
静かな口調と裏腹に、黒猫の中に闘気がみなぎっているのが分かる。
「この三本爪に誓った矜持を以って、押し通るまで!」
「よく抜かしたぜ! なら死になぁ!」
海賊がパチンと小気味よく指を鳴らすのと同時に、周囲を漂っていた残骸が黒猫目掛けて殺到する。
「ちぃ……っ」
だがやはり、速さという一点においては黒猫がはるか上だった。
ぶつかり合う船やその残骸の上を、まるで宙を奔るかのように、時折姿すら捉えさせない速度でその全てを躱していく。
「ジハハ、やっぱりこの程度じゃテメェを捉えるのは難しいか。……だがなぁ!」
金獅子は能力で、クロの周りに大小さまざまな残骸を漂わせる。
一番大きな船の残骸の上に立ち、様子を窺う黒猫は小さく首を傾げるが、大して金獅子はニヤリと笑い、
「お前の威国は大したもんだ。瞬きよりも短い間に無数の蹴りによる飛ぶ斬撃を撃ち放ち、その斬撃を全てかち合わせて貫通力に特化した『突き』に変化させるなんざ常人にゃあ無理だ! だがなぁ!!」
金獅子が手の平をクルリと回転させると、更に大小の残骸が戦場に集まる。
一見黒猫にはもちろん、金獅子にすら邪魔に見えるが――
「てめぇの威国は、障害物のない空中でしか撃てねぇんだろ!?」
金獅子の言葉に、黒猫は顔をしかめる。
「斬撃を合わせて綺麗な『突き』へと変化させるには広範囲をほぼ同時に蹴って斬撃をぶつかり合わせ、
黒猫が、なぜか焼けている手を握りしめる。
「地上ならば地面が邪魔になる。地面を蹴れば斬撃の無駄撃ちだし、それを避けて高い位置で同じ現象を起こそうとすれば今度は足への負担がかかる! だからなにもない空中でなければ撃てねぇが、これだけ障害物がありゃ蹴ろうとした時の状況の悪さは地上以上だ!」
「これでお前の切り札は一枚潰れたなぁ! ジハハハハハ!!」
有利になったことを確信し高笑いをする金獅子を、黒猫は呆然と見つめている。
そして――
「――だから練習ではいつも脱臼に次ぐ脱臼だったのか」
「わかってなかったんかい!!」
本名ハチであだ名がはっちゃんだと思ってたら逆だったのか
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081:『黒猫』対『金獅子』―③
「いい加減に……っ!」
首、肩、腹、胸。
足はもう無くなっているのでそれ以外を狙って蹴りや噛猫ぶちかまそうと連撃をしているんだが、
「てめぇとは年季が違うんだ! そう簡単に当たってたまるかよ!」
ほとんど受け流されるし、当たってもインパクトの瞬間をずらされて手ごたえなし!
やっぱ強い!
腹が立つけどクソ強い!
ちくしょう今この瞬間にこのジジィの腰がグッバイしねぇかなちくしょう!!
(斬撃飛ばしの準備モーション……違う! フェイクか!)
噛猫を飛ばそうとしていた覇気の流れを切り替え、がっちり足周りを固めて備えた瞬間に、とんでもねぇスピードで突っ込んできたクソジジィの足代わりの刀が首元狙って飛んで来る。
―― ガギィ……ッ
「ちぃ……っ、コイツも読みやがるか」
「隙あらば首落とそうとしてくる奴らが俺のスパーリング相手だ! その程度ならば毎日味わっている!」
足で刃を絡めとれたけど覇気おっも!?
いや十分耐えられるけど!
まさかこんな所でミホークやレイリーがキチンと手加減してくれていた事実を知ることになるとは思わなかったわ!
「ジハハハハ、その歳で随分な修羅場を渡ってるようじゃねぇか。さすがだぜ!」
普通に話しかけながら能力の攻撃併用すんな!
俺の死角から残骸で押しつぶそうとしてんだろ、その程度なら視れるんだからな!?
(距離を取ったらまた面倒だ。撃ち落とす!)
伊達に毎日二重の360度全方位攻撃を捌いてきたワケじゃねぇんだ!
目の前の相手と切り結びながらノールックで迎撃するなんざお手のもんじゃい!
ノールックの噛猫版『障子破り』で飛んできていた残骸を弾き飛ばす。
先ほどと違い、火のついていなかったソレの残骸が被害の出ない海の方へと吹き飛ばされていくのを見て、金獅子はジハハハハッと好戦的に笑い、
「面白れぇ。まさかここまで出来る奴だとは思ってなかった。その歳で真正面から俺と撃ち合える程に鍛え上げてるとは……」
「実戦経験の数はともかく、修羅場の質では決して負けていない」
なにせ『冥王』と『鷹の目』のダブルキラー相手に三日間飲まず食わず寝ずのまま戦い続ける経験なんて原作キャラでも何人いるってんだオルァ!!
「ああ、まったく。とんでもねぇ修羅場に身を置いている事は肌で感じらぁ。……だがなぁ――!!」
「お前さん、歳が歳なんだからこう……そんなに生き急がなくてもいいんじゃねぇか? 若いし未来がある身なんだからもうちょっとこう、身の振り方を考え直した方が――」
「心配してくれてんじゃねぇぞコラァ!!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(とはいえこのガキ、冗談抜きでとんでもねぇ……っ……まだ若ぇってのに、どんな経験繰り返せばこんな海賊が出来上がるんだ!?)
障害物も兼ねた残骸による攻撃が全て躱されている。
(足主体の戦闘にそういう能力者並みの速度。元々見聞色に高い適性があったんだろうが、短期間に見様見真似で鍛えられる限界を超えてやがる!)
火を付けて次々に聖地に落としている残骸も、致命打になりそうな物や命の気配を感じる所に落とそうとしたものは即座にあの強力な蹴りの遠当てで粉々に砕かれ、吹き飛ばされる。
(ちぃっ、この前拾ったあの島で迎え撃てば確実にコイツを捕まえて持ち帰れるんだが……っ!)
ここで殺すには余りにも惜しい。
武力は言うまでもなく合格だ。
頭も回るし、根が生真面目なのは少し話せば分かる。
敵だとこうして面倒な相手だが、ひとたび味方に出来ればこれほど頼りに出来る男もいないだろう。
出来る事ならばその部下も含めて、手元に引き込みたい。
「どうした!? 頭の舵輪が疼くか!?」
「大先輩を舐めるなよ、ルーキー!」
だが、そう簡単にはいかない。
手元に欲しいほどの海賊ということは、これ以上なく厄介な海賊でもある事の証左でもある。
こうして隙を見せた瞬間に首目掛けて鋭い蹴りを撃ち込んでくる。
まるでライフルの弾丸が通り過ぎたような風音と目視すら難しかった蹴りが、動かした自分の首元ギリギリの所を通り過ぎる。
反撃で足代わりの刀の一撃を入れるが、先ほどから全て覇気を込めた足で止められている。
(大体コイツの覇気はなんだ!? 覇気が強いのはまぁいいが、覇気を込める時間の短さが異常だ! どういう訓練をしたらこんな芸当が出来るんだ!!)
通常、一度武装色の覇気を纏えば、何かしらの決着が付くまでそれを解除することはない。
それに対してこのクロは、判断一つ間違えば大ダメージを受けかねない程に覇気を絞った上で攻防に使用している。
攻撃の際は、蹴るその瞬間だけ攻撃に使う足に覇気を纏わせ、戻す時にはもう覇気は解除されている。
防御に至っては、その瞬間に最低限のその箇所のみに纏わせている。
纏わせる箇所が間違っていたり、間に合わなかったその瞬間に手足を失ってもおかしくない。
(そんな覇気の使い方でここまで防がれるってことは、見聞色が未来視にまで至ってやがる! それもまだまだ進化中か!)
師匠がいるのは間違いない。
そう考えた金獅子は、今の時点で分かっている『黒猫』の戦い方を整理し始める。
(威国なんて技を知っている以上、新世界でそれなりに名のある奴じゃねぇと無理だ)
足に関しては天賦の才であり、長年の訓練がなければああはならない。師匠に関係ない独自の物である。
間合いに関しては、接近距離から二、三歩離れた時にためらいが見えることから、おそらく手に何らかの武器を付けるのが本来のスタイルだろう。
(剣……いや、コイツの武器は足と速度だ。握りしめて更に斬る時に構えや刃の入り方に意識を割かれる類の武器は合わねぇ)
更に見えない速度の大量の蹴りを、それこそまるで見えない打撃の壁のような猛攻と正面からカチ合いながら、黒猫の手を見る。
浅い切り傷や皸の跡だらけで、しかもなぜか両手共に出来立ての酷いやけどを負っている、歳に見合わないほど使い込まれた手だ。
(覇気込めて殴るだけの打撃武器の類かと思ったが、握りしめる手じゃねぇ。だが、妙に指が鍛えられている。……白ひげの所の奴が使ってたような爪か? いや、あの程度の爪じゃあコイツの間合いに合わねぇ……まさか、刀を一本一本? 駄目だ、そんな戦い方をする海賊や海兵に心当たりがねぇ)
「正確な間合いを測ろうとするな!」
「間合いを考えねぇ馬鹿がどこにいるんだ小僧!!」
「海賊には割とゴロゴロいるイメージだぞ!」
「……おう、まぁ、そういうのもいるよね」
「納得しちゃうんかい!?」
注意力もそうだがスタミナも段違いだ。
覇気の素早い切り替えもあって、この海賊はおそらく三日は全力で戦い続けられるだろう。
(ちっ、若ぇってのはそれだけで武器だな……。無茶を承知で今一度デカいのをぶつけねぇと振り切れねぇ)
口に咥えた葉巻を手に持ち、側に浮いている油をしみ込ませた欠片を一つ手元に動かし、それを押し付けて小さな火種を作る。
「――っ、またか!」
「ジハハ……いい見聞色だな! そうら!」
火種を他の残骸に巻き込ませ、再度巨大な炎に包まれた残骸を集める。
「鉄火巻き!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
このワンパターン野郎!
さっきよりも規模小さめとはいえ、この距離でそれ撃つか!?
近づいていればうかつに火を使えねえと思ってたのに!
(やべぇ、アイツの言葉を信じるなら、威国を撃てば足にダメージがいく!)
敵の言葉をまんま信じるわけではないが、アイツの見立ては多分正しい。
(ただでさえ、最低でもミホークレベルの覇気纏わせた斬撃相手に足を酷使してるんだ……空中戦が出来る親衛隊もハンコックもいねぇ状況で賭けに出るのは無謀すぎる)
相手の無茶苦茶デカイ火まみれ狼がこちらに到着するまで4秒。だけど、見えたイメージだとあと2秒で膨れ上がって散弾みてえにぶっ飛ばされる。チャンスは後1.5秒!
―― 斬撃を合わせて綺麗な『突き』へと変化させるには広範囲をほぼ同時に蹴って斬撃をぶつかり合わせ、
そうだ、レイリーが見せた訳わからん方の一撃をなんとか形にするためにあれこれ模索して、さっきようやく身体を痛めずに初めて撃てたばっかり。
だけど今一度、その一撃が必要になった。
(俺があれだけの貫通力を出すのに必要な斬撃は、おおよそだけど200から300!)
正確な数は分からないけど、大体それくらいだろう。
それだけの斬撃がなぜ必要なのか。簡単だ、それだけの数の斬撃をかち合わせないと飛距離が稼げず、貫通力が出ないからだ。
本気の噛猫では威力が高くても貫通力が全く足りない。ぶつかったら弾けてしまう。
向こう側の金獅子が二の矢を用意していたらアウトだ。
残り1.2秒!
(……ならば!)
「冬猫……」
幸い、障害物のおかげで程よい足場が出来た。
威力の底上げには十分!
「偽典――!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さぁ! どうする、クロ!?」
圧が強くなった。
海賊が――そして覇王が身に纏う圧倒的な圧。
(あれだけ大小の、それなりに重量がある残骸が周囲に漂ってれば威国は撃てねぇ)
これだけの質量を迎撃するにはかなり足に負担の入る一撃を放たなければならない。
それが無理なら回避するしかない。『黒猫』の足ならばそれも容易いだろうが、それでもかなりの距離を逃げなければならない。
聖地の居住区を狙って落とし続けた残骸もかなりが吹き飛ばされている。
(センゴクの姿は確認できていたが、まさかガープまで来ているとはな……。さすがにこれ以上踏みとどまるのは不味いな)
空中戦ではより自由に動ける自分が有利に立てる。
だからこそ、自分よりも自由に空中を走り回れるクロという海賊は、手元に置きたい存在であるのと同時に最も脅威になり得る存在だった。
(まぁ、仕掛けるもんは仕掛けたし仕事の方は問題ねぇ。そろそろ――)
バチッ、という甲高い音がした。
乾燥した気候の中で、金属部分に触れた時に小さな火花と共に響くような音が、一回したかと思えば次の瞬間、まるでムクドリの群れの鳴き声のような騒がしさへと膨れ上がり――
「おいおい……まさか」
―― 偽典――!
「あんな指摘だけでもう仕上げやがったのかっ!?」
―― 威国っ!!
「斬波ぁっ!!!」
反射的に、今撃てる最大の斬撃を放つ。
同時に、自分の衣服や肌を少々焦がしてしまうのと引き換えに放った燃え盛る一撃が、
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(最悪だ、とっさに『やったか!?』とか考えちまった! こりゃ相殺でしまいか!)
間違いなく燃える残骸を使った一撃は吹っ飛ばせた。
タイムラグを考えて最悪一度は避けられると実験がてらに撃った一撃だったが、それ自体は上手くいったようだ。
(斬撃だけで再現するから手間がかかるなら、先に斬撃を
威力はほとんど落ちていない。
動きも最小で、労力も削れたので技としては一段階上に昇ったと見ていいだろう。
問題は、猫の手なしで出せる最大火力が通じなかった場合だ。
残骸を燃やし尽くさんばかりの勢いだった炎は火の粉となって辺りに散り、細かくなった残骸は力なくその場に落ちていく。
放った『威国』は後ろにいた金獅子が放った斬撃と相殺し、轟音と共に弾けてしまう。
そして――
―― ジハハハハハハ!
(……にゃろう)
舵輪が頭に刺さった鶏野郎は、技がぶつかり合った時点で遠くへと逃れていた。
「常に予想を超えていきやがってこの野郎! ますますお前が欲しくなった!」
「だったら手の届くところまで来たらどうだ!? 手を伸ばさなきゃ欲しいもんは手に入らねぇだろう!?」
「お前の言う通りだが、さすがにそろそろセンゴク達がこっちに来る頃だからな、そろそろおさらばさせてもらうぜ!」
残る残骸が全て自由落下を始め出す。
クソが。天竜人はちょっとくらい減ってもいいんじゃないかな、と考えてしまうが犠牲になるのは弱い立場の人間の方が先だ。
深追いすれば残骸の迎撃ができなくなるし、釣り出されて反撃を受けたらセンゴクさんやガープさんの援護も期待できなくなってしまう。
「一番の狙いは手に入れたしな!」
……手に入れた?
奴が遠くに見える、やたらデカイ船へと向かっている。
残るは落下しつつある残骸と……いや待て!
「お前!! まさか!!」
「俺の狙いは知っていただろう? もうちょっと警戒するべきだったな!」
一つ、やたらデカくて綺麗な立方体のようなものが金獅子と共に重力に逆らって船へと向かっている。
あれひょっとして!!?
「食糧庫!?」
なんで!? というか一体いつ――あ!?
(俺が魚人を助けた後、なんでわざわざ地表スレスレまで追ってきたのかと思えば……っ!!)
クザンから、奴の能力は触れたものを浮かせることだと聞いている! つまり――
(あれは俺を追ってきたんじゃなく、食糧庫に触れるためだったのか!)
不味い、なんとしてでも――それこそ死んでもアレを奪い返さないと!
「手を伸ばしてみるか? 手を伸ばさなきゃ欲しいもんを奪えねぇだろう? ジハハ」
「待――」
追いかけようと足に力を込めた瞬間、残る全ての残骸が聖地へと降り注ぐ。
「じゃあな、クロ! 荒れに荒れる、暴力と略奪の世界でまた会おうぜ!」
「金獅子――――!」
初めての戦術的敗北
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082:燃える聖地
「くっそ……やられた」
おぞましいレベルの残骸の雨をどうにか吹き飛ばしたが、それでも全部とはいかなかった。
もし逃げ遅れた人間がいれば、無事では済まない。
(あの爆発で吹っ飛ばされた時に、周囲の気配は全力で探ったけど見つかったのはあの魚人さんだけだった。問題ないとは思うんだが……)
最悪長期戦になると思って温存していた体力も覇気もほとんど絞り尽くした。
いやもう……これ少年漫画の世界だろ!? そりゃ俺は序盤も序盤のボスだった存在だけど、もうちょっと無双させてくれ! 強い海賊一人の方が圧倒的にヤバい世界観で、なんで物量相手に四苦八苦してるんだ俺は!!
「というか、海兵やCPは何してんだ……っ!? 特に黄猿!!」
いやまぁ、海兵はともかくCPが来たら背中を気にしながら戦わないといけないから却ってきつかったとは思うが……。
空中戦得意な奴が一人でもいれば、あのジジィを押さえるのは無理でも食糧庫は守れたのに!
(せめて親衛隊の誰かがいれば……っ)
アミスならもちろん、純粋な戦力としては親衛隊最強のクリスがいれば、討ち取れはしなくとももっとプレッシャーをかける事も出来た。
トーヤやキャザリーならば広範囲の警戒はお手の物だし、そもそも親衛隊員が一人でもいれば、あの鶏冠野郎の攪乱は出来た。
(いや、言ってもしょうがねぇ。もしいたらいたで金獅子の奴、俺への人質として身柄を攫おうとするかもしれんし、もしそれを許してしまったら俺マジで心折れるかもしれん)
なぜかやたら俺に執着していたしなぁ……。
じゃなきゃ、食糧庫を確保した時点でさっさと逃げりゃいいだけの話だったし。
なんでだよホント……そもそもアイツなんなんだよ。コミックスに出て来てない奴であんなバグ能力持ちなんて卑怯だろ、常識的に考えて。
(まだ吹き飛ばすような音が続いている……残骸の雨で足止めされている……のか?)
これ、西の海に戻ったら……いやその前に今後の交渉の道筋どうすんべか……。
どう考えても食糧問題がやべぇことになる。どこまで口出しできるか分からんが、奴隷の方も……。
革命軍のような勢いある反政府勢力があるのならストッパー役になれるが、このままだと――
「――っ、敵!?」
明らかに友好的ではない速度で何者かが近づいてきた。
とっさに足に覇気を込めて、見えた
「…………あぁ」
そして相手の姿を見て、納得してしまった。
援護が来なかった理由と、今どういう状況なのか一発で理解できた。
「そりゃ、助けに来れんわ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ジハハ……そろそろ海兵共も、聖地への被害を無視し始める頃合いだな」
空に浮かぶ巨船。
大海賊『金獅子』の乗船の甲板から、金獅子と彼に付いてきた海賊達が燃え盛る聖地を見下ろしている。
「さて、燃やし尽くす予定だった食料をついつい持ち帰っちまったが……どうしたもんか。聖地炎上を祝して宴でも開くかぁ?」
「計画がズレるなんざ、あの『金獅子』とは思えねぇな。なにかあったのか?」
他の者達がスーツで恰好を揃えているのに対して、ひときわ大柄で筋肉質な、なぜか胸のあたりを包帯でグルグル巻きにしている男が、船の持ち主に対して横柄な態度で話しかけていた。
「なに、ちょいと面白れぇヤツがいてな。ついつい遊んじまった」
「殺したのか?」
「遊んだって言ってるだろ。いずれは殺す事になるかもしれんが、今はまだ早ぇ」
戦いの間に短くなってしまった葉巻を、部下が持ってきた灰皿に置いて、新しい物に取り換え火を付ける。
「それより、お前の兵隊は本当にいいのか? 別に使い潰してもいいって話だからこのまま放置して離れるぞ」
「ああ、かまわねぇ。改造した奴は少々惜しいが、あんたの所の科学者がいりゃ、どうせすぐに増やせる兵隊だ」
「ジハハハ、まぁ、材料やらは用意してやるよ」
「頼む。まぁ、海に落下しかねない所を拾われた義理は兵力でキチンと返すぜ」
「
「キッシシシシシシシ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― なにをやっておるのだ海軍! 我らの聖地を壊さずにさっさと奴らを追い払え!!
―― さっさとあの不気味な連中を片づけるアマス!
―― 早くしないと、高い金を使って買い込んだ奴隷のコレクションが燃え尽きてしまうえ!
――そうだ! あれだけの大金をつぎ込んだんだ! 死んでいたら、せめてすぐに剥製にせねばならんえ!
天竜人を守るための避難所となったパンゲア城。
その防衛ラインとなった城門前には、一見暴徒に見える数千単位の海賊達が殺到していた。
「撃て! とにかく撃って数を減らせ!」
「はっ!」
「で、ですが准将、撃っても撃ってもアイツら倒れません! ゾンビの兵隊です!!」
「そもそも数が多すぎます! とてもこの戦力では――」
「そんな事は見ればわかる! とにかく撃て!」
ほとんどの兵隊は大したことがない。
だが、もはや雪崩に近い圧倒的な数がパンゲア城の堅固な門を破らんと殺到している。
的確に頭を潰せば倒れるが、それ以外では手が無くなろうが足が無くなろうが進軍を決して止めない。
海軍の将官達が、部下を叱咤しながら迎撃を命じているが、
「サイファーポールは何やってるの!? ヒナ、不満よ!」
「彼らは北から殺到している軍団の対処で精一杯だ。騎士団も南門を……今はここを死守するしかない」
「でも先生、クロが!」
「分かっている! ……彼を信じるしかあるまい」
聖地を押しつぶさんばかりの瓦礫の対処に海軍が、逃げ惑う天竜人の避難にCPと騎士団が動いている時に、落とされた巨大な船数隻の中から突然ソレは現れた。
明らかに顔色が生者のそれとは違う、無数の死体。――ゾンビの軍団。
形こそどうにか人間
「改造されたゾンビは正直強い。特にやっかいな一団は現在、元帥や中将たちが相手をしているが、場所が場所なだけに全力を出すのは難しい。未だに火に巻かれている避難民がいる可能性もあるのだ」
「でも兵力を回せないなんて……相手は金獅子です!」
「だからこそ、半端な戦力は回せんのだ。兵士を数名ライフルを持たせて援護に回らせた所で、やられるだけだ。……技能的にも、金獅子を足止め出来るのは彼しかいない」
事態が発生した時、ヒナを含め海兵達がどう動いていいか分からない時に、いち早く元帥と合流していた海賊は、二、三元帥や中将と言葉を交わした次の瞬間には姿を消し、単身戦場へと向かっていた。
「っ、ヒナ二等兵。このままここで迎撃を」
防衛ラインからまだ離れているが、ひときわ体の大きい、明らかに普通とは違うゾンビが兵士達目掛けて走って来ていた。
腕の太さからそのパワーがどれほどの物か、誰の目にも明らかだった。
並の海兵では相手にならない。ただ蹴散らされるだけだろう。
多くの海兵を鍛えてきた男は、拳に力を込めてそれらを睨みつける。
「改造されているゾンビ兵を片づけてくる!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ええい、わらわらと! センゴク、まとめて吹き飛ばすぞ!」
「待て、ガープ! 中に火薬を詰められた奴もいるのだ、うかつに潰すな!」
「ゼファーや他の兵士も頑張っているんだ、二人とも気張りな。コイツらをここで押さえるよ」
海軍本部戦力の中でも最高戦力に数えられる精鋭達は、防衛ラインからは離れた所で、おぞましい数の異形の軍団を相手に戦っていた。
一見普通に見える兵士も、腕が蛇の胴体を縫い合わせる事で伸びていたり、銃が仕込まれていたりする。
「おのれ、金獅子め! 一体いつゲッコー・モリアと!?」
「タイミング的に、クザンとクロが撃退した後だろうね」
サイズこそバラバラのゾンビ兵が、薄くなってロープにかけられ干されている。
それを行った能力者であるおつるは、周囲に転がっている巨大なガレオン船をみて、忌々しそうに珍しく舌打ちをする。
「聖地を燃やして破壊するための
「奴の力は影を死体に取り付け、兵士にする物。その能力は影の持ち主に依存するハズだが……」
「強い個体は、部下の中で手練れの影を使っておるのじゃろう。コイツらを倒した所で影が戻るだけ……うっとうしいのう!」
ガレオン船のうち数隻からは、未だにゾンビ兵が湧き続けている。
「これだけの死体をどこから集めたんじゃい!」
「全部というわけではないだろうが、おそらく西の海から連れ去られた人間を使っているのだろう。あるいは、雑兵の影に使われているかもしれんが」
「ならセンゴク、この肉体を改造された強化兵は?」
「……ゲッコー・モリアはカイドウとの戦闘で手勢を失っている。となれば、金獅子の部下の仕業であろう」
「やっかいだね……」
海軍最強戦力というのは伊達ではない。
だがそれでも、圧倒的な数に対して手勢が少ないという事実が、重く戦況にのしかかっていた。
「センゴク、ボルサリーノはどうしたんじゃ!?」
「天竜人の命令で、彼らの直衛に付いておる」
「足しか引っ張れんのか、奴らは!?」
「ここがどこだかわかっておるのかガープ! 口を慎め!!」
通路一杯に群がってくるゾンビ兵の群れを、海軍の英雄が拳一撃で向こう側にまで吹き飛ばす。
だがそのゾンビ兵を踏み越えて更に大量の兵士が迫りくる。
(……クロが金獅子の動きを押さえてくれたとしても、この戦況では食糧は切り捨てるしかあるまい。立場的に何も言えんが、恐らくまた食料の徴収を命じられるだろう)
ゾンビ兵をただの死体に戻し、それをまた踏み越えるゾンビ兵を迎え撃ちながら、元帥であるセンゴクは内心でガープの意見に賛同していた。
(聖地に住む天竜人の強権が、逆にこの聖地を守る枷になっているとは……っ)
―― 先行し、食糧庫上空付近に降下している敵の迎撃に向かいます。混乱をある程度抑えましたら、政府への説明と援護を、どうかお願いいたします。
どの兵士よりも先に状況を把握した上で、無駄な言葉を吐かず真っ先に行動を起こした海賊は強い。
聖地にて再会した時、かつて西の海の地区本部で出会った時に比べて圧倒的とすらいえる成長を目の当たりにしたときは信じられない思いだった。
(今のクロなら、中将クラスでもなければ止められん程の実力がある)
たった半年で、どれほどの死地を潜り抜けて来たのか。
恐らく自分やガープ相手でも、即座に決着が付けられるほど楽に勝つ事は出来ないだろうとセンゴクは当たりを付けていた。
(それでも金獅子相手に単独では余りに無謀! せめて……せめて二個小隊だけでも付けられれば!)
なにより自身の強さと関係ない、クロ自身の全体を俯瞰した戦略眼、誤解を生まないよう無駄な修飾を削った最低限かつ適切な量の言葉での報告、海賊連合事件で散々見せつけられた統率力、緊急事態への柔軟な対応力。
そして付いていった海兵達から見られる人心掌握術に、連携に長けた精鋭に育て上げる教育力。
(あの男が海兵でいてくれたのならば……っ!)
クロという、この危機的状況において特に有力な人材は海賊である。
ゆえに、海軍元帥という立場から彼に対しては一線を引かざるを得ない。
ましてやここは聖地であり、自分達の上に立つ天竜人のお膝元である。
もしクロが海兵であったら、天竜人から余計な指示が来る前に即座に部下を付けられただろう。
だが、海賊であるという一点が、センゴクに判断を躊躇わせてしまったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うっげぇ……お手本のような物量戦になってやがるな」
はぐれゾンビをぶっ飛ばして戦闘音が止まらないパンゲア城方面に走って見晴らしのいい所に昇ってみれば、とんでもない量のゾンビ兵によって城……というかその手前の城門やら防衛ラインが押し込まれていた。
う~~ん……これはアカン。
(監査役として受け入れた海兵達も、初手の瓦礫落としでほとんど失ったと見るべきだな。となると、海兵戦力は数でかなり劣る……)
シキが去ったという事は、落とすつもりはない。
あくまで打撃を与えるだけなのだろう。
ついでに、ゾンビ兵士達のテストか。
おそらく、このまま放置していても最終的にはセンゴクさん達が勝つだろう。
というか、瓦礫の中に取り残された天竜人や奴隷、護衛の面々といった枷がなければとっくに指揮系統は回復していたハズ。
が、ここからでもチラホラ見える改造された兵士と圧倒的な物量、そして海兵にとってのアウェー地形で分断されてしまっている。
最終的には個の特級戦力でひっくり返せるだろうが、その間に犠牲が増えてしまえば意味がない。
一刻も早く、戦況の流れを変えなければならない。
おそらく、前線の海兵はすでに士気に影響が出ているだろう。
(俺が飛び込んだとして、最大効率の戦術戦果を出すには……)
正直、体力的にも覇気的にもコイツら全員蹴り飛ばすのはさすがにキツい。
なにより、あの……今すぐにでも寝落ちしそうなんです。
もうシキとの一戦終わってからずっと。
昨日一睡もしてないし、聖地に来てから睡眠なんてとれても仮眠だけ。
……あれ? そういえば一昨日も寝てなかったから二徹じゃん。
なにが悲しくてこんなところで、また生前みたいな真似をしているのか……。
今度は好き勝手やりたいことやって生きようと計画立ててたら、あのゴリラのせいでこれだからなもう……。
(これが平時の城の中なら、疲れたのを察してヒナがコーヒー淹れてくれるんだが……ヒナの奴無事だろうな?)
もう完全に原作吹っ飛んでるから何が起こってもおかしくない。仮に原作キャラでも無事に生き残れているか分からない。
頼むから死んでくれるなよ、ヒナ。
ここでお前に死なれちゃ寝覚めが悪すぎる。
ゼファー大将が側にいるだろうから大丈夫だとは思うが……。
(こっちにゾンビ兵が来る気配はない。最初から城を攻めろという命令しか受けていないんだろう。突撃兵なら目標を定めた上でシンプルな命令の方が力を発揮する)
敵が乗っていたのは、あの密集して落ちてるバカでかいガレオン船数隻。
……ってか、まだ出てくるのか。
総兵力どれだけ……いや、そうか。西の海で連れ去られた人間なんかの影を活用しているのか。
死体も襲撃の際に回収していたとしたら分かる。現場で転がっている死体が少なかった理由も。
俺とクザンでぶっ飛ばした後に、あの筋肉ダルマどういうわけか鶏野郎と合流していたのか。
ちくしょう、あん時に今くらいの力がありゃな……。
ともかく――
(命令がシンプルだから真っすぐ城を目指し、まずは海軍が敷いた防衛線にぶち当たる)
なんか小さめの象みたいなデカさのゾンビ数体が上空にぶっ飛ばされたかと思えば、中に爆弾でも仕込んでいたのか爆発する。
汚ねぇ花火だ。場所的にセンゴクさん達かな。
……あれ? そういえば黄猿が戦っている感じがしない。あれだけ目立つ能力なのに、光が全然見えない。
天竜人の直衛に回されたか?
…………。
ありそうだなぁ。げろげーろ。
(で、防衛ラインにガンガン圧をかけながらも、その主流から溢れた戦力が他の門へと回り込んでいると)
なら――
「あふれ出る戦力を堰き止める……のは愚策か。そうなれば本流の圧が増す」
今で拮抗しているんだ。
これで更に圧が増えれば正面が破られかねん。
弾薬の問題もある。
量より質なCPを今の海軍戦力に追加した所でさほど意味がない。
それよりはいまのまま主流から零れた波を相手してもらった方がマシだ。
騎士団戦力――天竜人の兵とか強くても信頼できんし数に入れるのはアウトオブアウト。
そのまま天竜人を守って、出来れば黄猿を前線に出してほしい……。
まぁ、それは叶わないだろう。となれば現行戦力のままで戦況を好転させるには……。
(まずは、敵の流れを少し緩めるか)
屈伸したり、軽く膝を伸ばして足の様子を確かめる。
ん、威国の影響はない。
疲労感と眠気は凄まじいけど、足が不調なわけではない。
「さて――」
「もう一仕事かぁ。あー、やだやだ」
ちなみにシキのオリ技、『鉄火巻き』は『て
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083:黒猫による迎撃戦
「――よしっと。敵の動きはこんなもんか」
ロビンかペローナがいれば、今頃とっくに敵の配置を書き込んだ地図が出来上がっているんだけど……やっぱ一人で出来る事は限られてしまうな。
ただでさえ高いレッドラインのさらに高い所にいるから風強いし。
手ぇ火傷してるから風で飛ばないように紙押さえるのもペン持つのも大変だし……。
「城周辺。正確には堀の外側が主戦場。特に障害物は無し。柵なんかである程度行動に制限をかけようとしているが効果は薄いと……」
震える手で書いてるからかなり汚いが、状況の整理には役に立つだろう。
「障害物がないから、その分敵の層が厚くなって勢い負けしてんのか」
ここら辺は残骸がそれほど落ちていない。
最初から兵力で押し切る……というかゾンビ兵を展開しやすいようにしていたのだろう。
いくつか、踏み越えられた防御柵の残骸が見られる。
押し負けて後退した痕跡だろう。
「海兵や奴隷の死体がチラホラ見られる。つまりゾンビとしての再利用はないし回収するつもりもなし」
これであの筋肉達磨がこの場にいないのはほぼ確実と見ていいだろう。
それでも奇襲食らって影斬られるのは勘弁だから最大限警戒するけど。
「……海賊らしく勢いのある攻撃だが……大体わかった」
「切り口は見つけたけど、どうやってそこを突くかな……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ちっくしょう! よりにもよってこの聖地でなんてザマだ!」
パンゲア城北門側で、雪崩のように襲い掛かって来るゾンビの集団を相手に、CP長官であるスパンダインは部下に指揮を飛ばしながら、その顔は汗でダラダラだった。
「お前らしっかり気張れ! 兵隊一人でも向こう側に通したら俺達全員の首が飛ぶぞ!」
比喩などではない。冗談抜きで全員の首が飛ぶ――いや、首が
いや、殺されるのならばマシかもしれない。
事故に遭い、行方不明という形で自分達の雇い主に
(クソダラァ! こっちや騎士団が守ってる場所はともかく、海軍の方は大丈夫か!?)
海兵に失敗してほしいという気持ちはある。
ここで海兵が目立つ失点を出せば、自分達の身も少しとはいえ安全になるし、そもそも機会を見て海軍の失点を引き出せというのが自分達CPに課せられた任務だった。
だが、今後怒りがどこに飛ぶか分からない程事態が悪化した今では、向こう側の戦況も気になって仕方がなかった。
(クロの奴、さっさとあの小娘連れてこっちに来い! おめぇ、現状唯一の俺達と海兵のパイプ役だろうが!)
敵の首魁である金獅子との交戦に移ったとの報告は入っていたが、その後どうなったかは分かっていない。
そもそも、その報告の直後に入ったこの軍団との戦闘、防衛線の維持で情報の収集に回せる余裕がないありさまである。
―― プルルルルル。プルルッ
「おせぇぞクロこの野郎!!」
『……スパさん、反応早すぎないですか?』
「うるせぇこの野郎、馬鹿野郎! この事態で俺に外から電伝虫掛けてくる奴なんざおめぇ以外にどこにいるんだ! 敵を倒したんだな! 倒したんだな!? そうだと言え! そうだな!? そうだよなぁっ!!?」
『スパさん、ちょっと落ち着いて』
だからこそか、それまで沈黙を続けていた電伝虫が反応した瞬間、CP長官は他の副官が反応する前に自らその電伝虫を取っていた。
『どうにか金獅子のシキは撃退しました。ですが、食糧庫を持っていかれてしまい――』
「そっちは後からでもどうにかなる! つまりオメェは今動けるんだな!? だったら今すぐ俺達を助けろ!」
『スパさん、もう少し視野を広く持ってくださいよ……これ相当不味いですよ』
「うるせぇ、こっちは目の前の事で精一杯なんだよなんとかしやがれ! お前海賊なんだろ!? 義務を果たしやがれ!!」
『ちょっと矛盾が渋滞してますね?』
西の海の加盟国モグワにて、CP長官スパンダインが敵として出会った海賊。抜き足のクロこと、『黒猫』。
スパンダインからすればどうにも苦手な相手だったが、職務上『黒猫』とは会話を重ねなければならず、彼の周りに大抵控えている少女海兵と共に言葉を交わしている間に、気が付けばその少女海兵くらいしか人目がない所では、一応気軽に話すくらいの仲にはなっていた。
なお、上手くスパンダインの警戒を解かせる為にペラ回しに専念していた『黒猫』は、内心舌なめずりをしていた。
『正直、戦力としては力を出し切って微妙ですが、それでも敵の動きを見ていて思いついた事が――』
「策があるってことだな!?」
『……はい。で、スパンダイン長官』
「なんだ!?」
『ちょっとそこら一帯に火を付けてもらってよろしいですか?』
「よろしい訳あるかバカヤロウ!!!!!」
ごーん……っと大きく口を開けて受話器に向かって叫ぶスパンダイン。
それに対して受話器の向こう側にいる海賊は小さく、『ですよねー』と呟く。
「ここ聖地だぞ!? 敵に火をかけられたならまだしもこっちから燃やして回ればぶった斬られるわ!!」
『まぁ、そんな気はしていました。なら、少々疲れますがプランBで』
「駄目だと思ってたんなら一々口に出すなよ!」
『すみません、楽したい年頃でして』
まったく余裕がないスパンダインと違って、海賊はこの会話を楽しんでさえいた。
「それで! プランBってのは!?」
『はい。敵の動きを阻害する……というよりは、敵の本質を確かめるために、ちょっとした
「堰だぁ!? どうやって!!?」
『そのために少々用意してほしい物と、多少の人員を貸していただきたい』
それから数分……どころか一分程度で説明は終わった。
海賊が提案したのは常人では不可能な、だがシンプルな策だからだ。
「話は分かった。その程度ならば人員含めて回せる」
『出来るだけ急がせてください。こちらもすぐに準備に入ります』
「分かった! ……クロ!」
『はい?』
「勝てるんだな!?」
『無論です』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
―― 撃てぇっ!!
もはや最終防衛ラインと言っていい前線で、ヒナは他の兵士と共にライフルを撃って迎撃していた。
(もう、先生やマンチカン少将からクロのやり方を学べと言われていたけど、こんな状況でどうしろっていうの!?)
黒腕のゼファーと恐れられる男が、その二つ名の通り覇気で真っ黒に染まった腕を振るい次々に改造されたゾンビを吹き飛ばしているのだろうが、一度見た彼の実戦程の勢いがない。
比較的開けた場所であり、全力を出そうと思えば出せるハズなのだがその拳にいつものキレがない。
ここが聖地であるという事が、無意識にその拳を鈍らせている。
(頭……とにかく頭を狙って……っ!)
本来は格闘戦の方が得意なヒナだが、銃火器の扱いも下手な海兵よりも上手く扱える。
黒猫と出会ったあの日から調子は狂いっぱなしだと本人は言うが、近年稀にみる海軍の秀才は伊達ではない。
もしこの場にクロがいれば、「なんかお前一人だけやけにキルレートというかヘッショ率バカ高いな」と呟いただろう。
「二等兵、弾薬の補充は大丈夫か!?」
「ハッ、不足はありません!」
幸い、聖地での防衛線だけあって今の所弾薬に不足することはなかった。
おかげでそれなりに弾幕を張って、多少は敵の足を止める事に成功している。
だが、このまま敵が途切れなければどうなるのか。
なにせ敵は、まるで無限に湧いているのではないかと思う程に途切れない。
(このままじゃ……堀の橋を落とせればいいけど、ソレを天竜人が許すかどうかも分からない。最悪、城門まで下がらなきゃ……)
皮肉な事に、ヒナはこの戦いを以って、優秀な指揮者の有無の差を思い知っていた。
もし、センゴクかつる中将がここにいれば、せめて連絡がたやすく取れる状況ならばこうはなっていないだろう。
あるいは……あるいは……。
(クロ! 貴方、無事なんでしょうね!?)
瓦礫の雨は全て振り尽くし、もはや空からの脅威はない。
そもそも本当に危ない巨大な瓦礫は全て、遠くから飛んできた衝撃波――としかいえないものが飛んできて吹き飛ばしてくれていた。
何が起こっているか分からない海兵がほとんどだが、ヒナや一部の人間にはそれが誰の攻撃なのか分かっていた。
それがクロの無事を知らせていたのだが、同時にどれだけ激しい戦闘が繰り広げられているかも伝わっていた。
それが止んだという事は、どういう形であれ決着が着いたということだ。
(無事ならさっさと姿を見せなさいよ!)
内心でヒナがそう叫んだ瞬間、それが伝わったのか戦場に新たな変化が起こった。
空から轟音が響く。
数名の海兵は、よもや再び空から攻撃を受けるのかと頭上を見上げるが、そこには何もない。
逆に、真っすぐ敵を見据えていたものは、ソレに気付いた。
船が空を
上からではなく、巨大な船が
「総員、退避ーーーっ!!」
現場を指揮している将官の声と同時に、轟音と共にその船は多くのゾンビ兵をすり潰しながら、城の前の大広場に巨大な船が
「これ、ひょっとして……!?」
号令に従い、戦場に一度背を向け退避しながら、船が飛んできた向こう側を睨みつける。
その空には、同じようにかっ飛んで来る次の船が来ている。
「――もうっ!!」
「行動を起こす前に報告しなさい!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よしよし、距離、向き共に完璧」
さすがにガレオン船クラスの巨船は無理だったので、それよりは小ぶりで燃えていない船――最後の三隻目の着地を確認して、ようやく安堵する。
(島で洞窟蹴り抜いた経験が生きたか。力に頼って掘り抜けば天井崩れそうだったからなぁ)
おかげで船を壊さないように蹴り飛ばせた。
覇気抜きっていうのがちょいと辛かったが、まぁ、問題ない。
(うし、形としては完璧な三角形だ)
角の部分が空いている正三角形のような配置だ。
奴らが殺到しようとしているパンゲア城の方向に、ちょうどその一角が向くようにしてある。
「さて、敵もパニックを起こしてる……けど流れが崩れた訳じゃない」
予想通り、もう一押し必要か。
もう動いているんだろうけど、スパンダインことスパさんに電伝虫で行動の確認を取ろうとしたら、その電伝虫が鳴りだした。
「ん、向こうから来たか……スパさんかい?」
『――この馬鹿!!!! 何か仕掛けるなら仕掛ける前に言いなさいよ!!!!!!!!』
……ヒナのほうだったか。
「とりあえずは無事でよかった。そっちはどうだ?」
『どうもこうも! 突然船が飛んで来るから部隊を少し下げたわよ!』
「ゾンビ兵は雪崩れ込んできてるか?」
『……いいえ、向こうもちょっと混乱しているみたい。おかげでこっちも部隊の再配置が完了したわ』
うん、よし。読んだ通りだ。
「ヒナ、先ほどCPと連絡を取った。おそらくそろそろアクションを起こす頃だから、出来るのならばそのままそちらの状況を伝えて欲しい」
『それはいいけど、何をするの!?』
「なに、すぐに分かる」
そうこうしている間に、気配が動く。
CP数名だろう。
さて……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「本当にこんな事でこれだけの数を止められるのかしら?」
「何もないよりはマシだろう。しっかり打ち込んで固定するぞ」
黒猫という海賊が、蹴りで飛ばしてきた船三隻。
その内、最もパンゲア城に近い所に飛ばされた船――ちょうど帆先が城門へと向けられているその二隻に、仮面を付けた男女数名が近寄り、作業を行っている。
「敵が流れを乱せば、狭まったここに一気に雪崩れ込む。急げ」
そうして彼らがやっていることは、何という事はない。二つの帆先の間――まるで
鎖をしっかり括りつけた金属製の杭を、それぞれが得意な六式の技を用いて船に叩き込んでいく。
「失敗した所で、この場所でなら責任は海軍と、策を立案した黒猫とかいうふざけた海賊の物だ。むしろ失敗してくれた方が後々やりやすい」
「あら、海軍はともかくあの海賊はいいじゃない。強いし、五老星が惜しむくらいの切れ者、それにあのキレイな顔……ふふ、数年後が楽しみ」
「いいからさっさと仕上げるぞ。タイミングを損なうな」
「はいはい」
―― ビビるな! 俺達の体の頑強さは常人の何倍もある!
―― 城の中のモノを根こそぎ頂け!!
多くのゾンビ兵士が、雄たけびを上げて再び進軍を開始する。
船という障害物こそ出来ているが、それでも軍隊が動くには十分な広さがあり、むしろ軍団はより勢いづいている。
それを見て、仮面を付けた二人組の男の方は小さく鼻を鳴らし、懐から取り出した石を杭へ思い切り叩きつけた。
勢いよく火花が散り、その火花は鎖へ――鎖によく塗り込んでいた油に熱を加えた。
『ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
「……なるほど。ゾンビの兵隊は燃えやすいのか」
火が付いた鎖に押し付けられた先頭のゾンビ兵達は瞬く間に火に包まれ、その火が後続の兵士達へと飛び火している。
「片っ端から火だるまになっているわねぇ」
「とはいえ、それだけだ。このまま雪崩れ込めばこの程度の鎖の封鎖なぞ簡単に破られる。せいぜい、少し数を減らした程度で――」
「……なに?」
「あらあら」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クロ、貴方の火計で敵の兵士の足が止まったわ! というか、混乱して逆走しようとしているゾンビが多数出てる!」
いつの間にか現れた数名の男女が、クロが蹴り飛ばしてきた船に仕掛けをしてきた。
鎖による封鎖と炎上網。おそらく鎖にも油か何か仕掛けていたのだろう。
そして、たったそれだけの工作で、途端にゾンビの軍団は混乱に陥っていた。
『あぁ、やっぱり。念のための迎撃プランは必要なさそうだな……』
「どういうことなの!? たったあれだけの炎上網でこんなに崩れるなんて……」
『要するに、あの軍団は海賊じゃないんだ』
自分達が苦戦し、多くの兵士が倒れながらも止められなかった軍団が、工作一つで容易く崩れ出したのを見て、周囲の将兵は呆気に取られている。
そしてその答えを聞こうと、電伝虫の向こう側にいる海賊の言葉に耳を傾けている。
『死体を集めてちょいと手を加えるまではなんとかできても、問題は動かす影』
「影?」
『このゾンビ共の人格のベースは、影の方の人格なんだ。で、それだけの数の影をこの半年でどうやって集めたかとなれば』
「……西の海で攫われた人達!」
『そう。つまり、ゾンビ兵として指示に従うようになったとしても、その本質は戦闘はおろか暴力にもなじみが少ない民衆』
『繰り返すが、こいつらは軍勢じゃない。どちらかといえば暴徒に近い連中だ』
「……暴徒」
知識にはあるし、どういうものかも知っている。
だが、海軍として相手にすることは珍しい相手だ。
近くにいた本部の中将が、小さく呻く。
『痛覚がないのだろう体に加えて周囲に同じ方向に向かい、そして同じ行動を取っている味方がいるという集団心理が奴らの突進力の
電伝虫から聞こえる声は、いつものクロに比べて疲労の色が濃い。
『一体一体潰した所で止まらない。止めるには、人による銃撃や暴力よりもより根源的な恐怖である炎が一番効果がある。なにせ、連中の体の最大の弱点の一つだからな。目の前で大勢が燃えて倒れればそりゃビビる』
半ば付き人をしているヒナは、クロがこの二日で十五分しか寝ていない事を思い出した。
『ヒナ、周囲の将校に、船の囲いから外れた奴の掃討を上申してほしい。炎の恐怖から遠い奴らでも、船という壁の向こう側で何かが起こっていることは感じているハズ』
実際、こっちから見ても足が鈍っているしな。というクロの言葉通り、言われてみれば応戦している兵士たちは余裕が出てきている。
中将や少将が踵を返し、掃討戦の指揮を執りに向かう。
「大丈夫、今本部の将官が指揮に向かったわ」
『よし、それじゃ後は任せ――』
「それで、次はどうすればいいの!?」
『…………ん?』
「え?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「センゴク、ガープ」
「分かっておる、空気が変わった」
えらく強力なゾンビ兵士たちをそれぞれ四十は倒した所で、自分達のはるか後方――パンゲア城のあたりで氣勢が大きく変わったのを、三人は肌で感じていた。
必死に応戦する兵士の氣勢ではない。
殺し合いという熱に浮かされながらも、一定のルールを以って交戦を続ける軍隊の氣勢だ。
「クロか! わははははは! つくづく海賊であるのがもったいないのう!!」
三つの失策がここまで状況を追い詰めていた。
一つは、今回の会談に置いて政府を刺激しすぎないように、海兵の数を減らしていた事。
そして同じ理由で、高い実力を持つ本部将校をマリンフォードに置いていた事。
最後に、敵がシキだけならば初手の残骸による攻撃から聖地を守ればクロに合流できると、真っ先に残骸の迎撃に自分達が出てしまった事。
そのために指揮が分断され、後方を守っていた中将たちに任せざるを得なかった。
「センゴク、気を抜くな! デカいのが来るぞ!」
当の昔に改造されたものはおろか、兵隊ゾンビも出てこなくなったガレオン船が二つに割れ、ゆっくりと何かが動き出す。
何をどうやって作ったのか、巨人族に匹敵する大きさを持った、ゴリラのような体毛を持つゾンビだ。
「……コイツの中にも火薬が詰められているかのう?」
「おそらくな。中にギッシリ詰まっておれば、下手に倒せばかなりの被害が出る」
「かと言って放っておけば、せっかく持ち直した前線が崩れかねない。止めるよ」
おつるの言葉に、二人も続いて頷く。
この巨兵以外にも、数が減ってきたとはいえやっかいかつ下手に攻撃できない敵が多くいる。
後方で戦う兵士達のためにも、ここは死守せねばならなかった。
「クロ坊や……頼んだよ」
「センゴク、おつるちゃん、中型の連中は任せた」
「あのデカブツをやる氣か!?」
「なに、やりようはある」
「上手くやれば、ひよっこ共やクロへの援護に使えるからのう」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『キャプテン・クロ! 炎上網から抜けてきたゾンビ兵との交戦、開始しました!』
はいオッケー、そのまま押し込んで押し込んで。
「そのまま前進してください。敵兵は真っすぐ後ろに逃げようとすれば、後方の船が壁になって逃げ場に迷う。結果、逃げ場である二つの出口ではより大きな混乱が起こります」
うん、こっちでも見えてるから間違いない。
出口となる三角形の底辺部分の二角では、船の中を避けて両舷側から攻めようとする軍勢と、囲いから逃げようとする兵士で混乱が起こっている。
ちくしょうヒナの奴、無駄に手際よく連絡網整備しやがって……。
おかげで仕事が増えやがった。
頼むから、頼むから寝かせてくれ。
「ゼファー大将。そちらから見て、逆走する兵隊の中でその場に留まろうとしている、浮いた兵士がいませんか?」
『うむ、数名確認した。……指揮官か?』
「というよりは誘導役でしょう。混乱を抑え切れない以上指揮の腕は大したことないようですが、放置すると面倒です」
『了解した、優先して潰そう』
助かる。混乱しているとはいえそこは思いっきり敵陣の中だから、単独で強い駒じゃないと押しつぶされてしまう。
(混乱の方向を逸らしただけで、まだ暴徒のまんまだからなぁ)
あんまり燃やしたくないと言われるし、出来るだけ意向に沿った上で被害を最小に抑えるには……まぁ、こんな所だろう。
(火薬仕込まれた工作兵の対策も兼ねた囲いだけど、思ったよりも数が少ないな。これなら広場の被害も想定より下か)
というか、なんで俺またこんな事やってるんだろう。
指揮系統立て直す前の海賊連合騒ぎの時といい、海兵君達みんな素直過ぎるだろう……。
よく海賊の指示に従ってくれるな。
(……そういえば来ていた将校、一部を除いてそんなに圧を感じなかったな。……おっと)
「アーフェン准将の部隊は敵の牽制をしながら後退。補給に入ってください。シーズー大佐、ノーリッチ大佐は代わりに前に」
『待て、黒猫! 我らはまだ戦える!!』
「承知しています。ですが、部隊の残弾がそろそろ三割を切る頃でしょう」
『我らは精鋭だ! 各々の手にサーベルさえあれば――』
「想定よりも数が少ないとはいえ、火薬を仕込んだ工作兵がまだ紛れている可能性があります」
『……っ』
(急な編成で繰り上がったタイプかな……前線での仕事に慣れ過ぎてる)
今までの防衛戦と違い、押し返して攻勢に転じた今では補給タイミングの重要度が跳ね上がってるんだがなぁ。
「准将、戦闘には心理戦の側面があります。今でこそ混乱を煽り敵を切り崩しましたが、追い詰めすぎると再びガムシャラな一点突破に流れかねません」
『なればこそ!』
「ここで下手に工作兵を叩き、その爆発で部隊に負傷者が出れば暴徒はそれを突破口と見なしかねません」
『……だがっ』
ん~~~~~、まだ納得してくれない……コンバットハイか? なら――
「准将の部隊には、弾薬を補給し万全に戦える状態を整えた上で、後々状況を決着させる後詰を任せたいのです」
『後詰?』
「軍勢との戦いはおおよそ決着が着いています。ここからは、いかに被害を押さえながら敵を鎮圧するかの戦いです。准将の部隊には、そのトドメになりうる一戦をお願いしたい」
嘘は言っていない。いないですよー。
ただし、ここから戻って手持ちのライフルの弾の補充に刀剣の簡単な洗浄、軽傷の簡単な手当となれば……。
(最低でも十五分は休ませられるな。前後の移動時間もあれば、少しは熱を引かせられるだろう)
「なのでここは一度後退し、兵たちの調子を可能な限り万全にしてもらいたい。これ以上兵士達に被害はおろか、出来る事なら負担も残したくないのですよ」
さて、どうだ?
『……了解した。後退する』
「ご理解、感謝します」
『クロ殿、我らは押し込めばいいのか!?』
「はい、大佐二名の部隊はそのまま前進。ただし、相手との間合いに気を付けてください。アーフェン准将の退路を挟んで守るように前進、追撃をお願いします」
『承った!!』
うん、今更だけど承っちゃダメだよね。
……ホントに今更だけど。
というか、戦場の中で一々コミュとって信頼取らなアカンのが面倒くさい。
何度も何度も何度も何度も思うけど、ここに親衛隊が数名いるだけでかなり違ったなぁ。
(せめて、西の海で一緒に戦った海兵達なら……)
「スパさん、そっちはどうです?」
『こっちに流れる兵隊はかなり減ってる! どうする、押し込むか!?』
悪くない。ここでCPに側面を突いてもらえば……あぁ、いや――
「今は囲いを利用して軍勢に混乱を起こしているからです、一歩間違えば統率を取り戻しかねません」
『そうか……ならどうする?』
……そうだなぁ。
「ゆっくりそちらの前線を押し上げ、戦線に余裕を持たせるのと同時に、通常戦力を少しお借りしたい」
『あぁ? そりゃ、こんだけ状況落ち着いてんなら別に構わねぇが……役に立つのか?』
「はい。そして彼らを、パンゲア城方面の弁になっている船二隻に上げてもらいたいのですが」
『船の上? ……そうか、高所から!』
「ええ。火計策の規模を最小のモノにしたので、それを補うために高所からの銃撃で暴徒に圧を加えたいんです」
よし、対してこっちはある程度信頼を得たおかげもあって話が早い。
これで背中を警戒する必要なければもっと楽なんだけどなぁ!!
『滅茶苦茶燃やすわけにはいかねぇが、火炎瓶程度なら使わせられるぞ! 囲いの中なら火が広がるのも押さえられる!』
「お願いします」
いやぁ……、まさかスパンダインを頼りに思える日が来るとは。
ロビンの事を考えると滅茶苦茶複雑なんだけど。
さて……
(CPや政府戦力が動いてくれれば、混乱はもうしばらく続く。ゼファー大将のおかげで扇動、誘導役は潰されていっている。改造ゾンビが確認された範囲には、最低でも本部佐官クラス三名を配置。兵の損耗を考えると、余裕を持たせるためにももう少し後押しが欲しいな……気絶覚悟で一撃ぶっ放……いや駄目だ、一回指揮役になった以上、最後まで気を失うわけにはいかねぇし……)
その時突如、聖地上空――かなり高い、それこそ俺がシキとやり合ってた程の高さの所で突如轟音と衝撃が炸裂した。
完全に油断していたので敵の――あの腐れニワトリジジィの攻撃かと構えるが、空にはとんでもなくデカい花火が上がっている。
(……アラバスタのアレみてえ……ってか、これは……)
その少し下の方で、ガープさんの気配がする。
纏ってる覇気が強すぎるせいか、なんか見聞色が上手く働かないというかブレて感じるが。
(いやいや、ボーッとしてる場合じゃねぇな。仕事はキチンとこなさないと)
これはチャンスだ。一気に畳みかけられるかもしれん。
電伝虫を個別ではなく、オープン回線に切り替えて叫ぶ。
いやもうキッッツいけど、士気を上げるにはこういうのが大事だからなぁ。
「海兵諸君! 敵の切り札は元帥センゴク、並びにガープ、つる両中将によって破壊された! もはや敵勢に状況を覆す札はない!!」
切り札かどうかは知らんけど、まぁ間違ってはないだろう。
少なくとも、あれだけのデカい花火が無駄撃ちに終わった以上、同じものが複数ない限りもう意味がないのは事実だ。
仮にあったとしてもセンゴクさんとガープさんいりゃどうとでもなるだろうし。
「残るは敵を殲滅するのみ! 決して焦る必要はない! 指示した通りに包囲を狭めれば負ける事は断じてない!!」
これで一気に突撃で片が付くならそれに越したことはないけど、こちらの戦力的に物量勝負に持ち込むと被害デカくなる。
どれだけ敵に動かせず、一方的に殴るかが大事だ。
「ウィペット中将の隊はその場で一時待機! 混乱を深めるだろう敵の動きを見てから対応を」
『了解した』
「アーフェン准将、現在地は?」
『ちょうど後方に辿り着き、補給と手当てを急がせている所だ』
お、おう。
別にゆっくりでいいんだけど。
「補給と治療を終え次第、南西の巨大な噴水があるポイントを固めて頂きたい」
『そこに敵が来ると?』
「今はまだ。ですが、敵が完全に混乱した場合、もっとも雪崩れ込みやすいのはそこです」
『分かった。だが、敵が雪崩れ込むとなると私の隊だけでは不安がある。』
だよね。
えぇと、待て待て今一時後方に回してる部隊は……シェット准将は南門側への守りの要になる隊の一つ、スタッフォード中将……個人の実力は低いほうだけど機転の速い人だから前線の維持を任せたい、リタニー少将は部隊の編制が近接寄り……あとは……
「ペンブローク大佐、並びにワイアード大佐、動けますか?」
判断こそ遅いが指示を忠実に守るタイプの二人がいいだろう。
俺の目が届く範囲での防衛ならば特に使えるタイプだ。
『黒猫か、こちらは問題ない』
『兵士の手当ても終わりました。いつでも出動できます』
よし、行けるな。
「アーフェン准将の補給と治療が終わり次第、彼の援護をお願いいたします」
『承知!』
『了解しました』
『クロ! 南西側の出口の敵兵がこっちに流れ込みそうよ!』
分かってるわヒナ! 対策は済んでるから安心しろ!!
「大丈夫だ。キースホンド中将がすでに守りを固めている。それが崩せないと知れば敵は更に散る。三班、五班はキースホンド中将の後背に待機。戦闘が始まってから敵勢の側面を突いてください」
もうホント……
これ絶対復興も多少は手伝う羽目になるんだろうなぁ。
頼むから休ませて、休ませてクレメンス。
結局、敵の掃討まで更に二時間の時間を費やす羽目になった件について。
何が聖地だ、こんなん地獄じゃねぇかチクショウ……
CPのモブはモブのつもりなんですが、女性の方はちょっとだけステューシーに寄ってしまった感ある
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