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会話

ほぼ漫画業界コラム14 回顧録第4章。タイトルは【雷句誠先生】です。 【純血主義、生え抜き主義】 少し時間を戻す。そんな風に『神のみぞ知るセカイ』がヒットし始めた頃、僕にはサンデー編集部で親しく連む編集者達が出来始めた。ほぼ皆、同じ歳だった。ガーくん、ヅカさん、ムッちゃんとしておく。その中でヅカさんは僕より一つ上の中途入社社員だった。つまりサンデーは2年連続で中途入社社員を編集部に迎え入れたのだ。これは上層部なりにサンデーの変革を期待していたという事だ。ガーくんも、ムッちゃんもサンデーの本流ではなかった。ガーくんは、最初は青年誌に配属されていたし、ムッちゃんは生え抜きだが、一度編集部を出たので生え抜き扱いされていなかった。キャラが増えてめんどくさいので以後全員“同期”と表記する。つまり僕の同期達は【純血主義、生え抜き主義】のサンデーで本流ではない人達だった。 サンデーで本流になれるのは、新入社員の時にサンデーに配属され、そのまま3年間編集部に残れた人だけだ。それが本流。いわゆるエリートだ。そして編集部へ投稿された作品は、エリートから優先に担当になる権利が与えられる。エリートは作家を育て、連載を次々と起こす。そして立ち上げた作品は、いずれエリート以外の編集者に引き継がれていく。そういうシステムが完成していた。立ち上げを沢山こなせるのでエリート達は成長が早い。実績が積み重なる。成功率が高くなる。ちなみにこのエリートの筆頭格が、有名な市原武法氏、後にゲッサンを立ち上げ、後にサンデー編集長になる人である。 逆に、エリート以外の編集者の仕事は決まっていた。進行が厳しくなったり、人気が出なかった作品の引継ぎ担当と雑用だった。エリートではない僕の同期は全員ヒット作を出せていなかった。当然だった。引継ぎ作品ばかり渡されて、新人がもらえないのだから。そんな中で僕はルールを破り編集長に直訴し、有望な若木民喜氏を担当させてもらいヒットさせた。もし僕がスクエニで立ち上げ経験が無ければそれは不可能だったであろう。その点で今回の事例は異例中の異例と言える。 同期たちはそんな僕に興味を持ってくれた。もちろん【純血主義、生え抜き主義】は明文化されたものではない。日本社会によくある、慣習、不文律、そういう奴だ。それはずっとそこで育った人間にはおかしな事かどうかは分からない。だが、外から来た僕にははっきり、おかしいと分かる。生え抜きだろうが、中途入社だろうが平等に打席に立たせるべきだ。そして結果を出せるものが重用されるべきなのだ。寿司屋の修行じゃあるまいし。いや、寿司だって最近はYOUTUBEで学んで独学で、素晴らしい職人になる人もいる。 僕は同期と共に編集長と交渉した。生え抜きではない僕たちにも有望な新人作家を担当させてくれと。神のみの成功で僕を信用してくれた林編集長は、快くOKしてくれた。 【純血主義、生え抜き主義】はサンデーというブランドを真に愛し、誇りを持っている編集者と作家だけがコンテンツを生み出す立場にいる事で、サンデーというブランドを強化するための手法らしい。馬鹿馬鹿しい。生え抜きだろうと、中途だろうとヒットを出す事が重要でしょと詰め寄った。すると意外にも林さんは「だよな」と答えた。林さんも前々からおかしいと思っていたようだ。慣習なんかそんなものだ。おまけに誰が作ったルールなんだと首を傾げ出した。誰かが生み出した謎ルールが、なぜかそのまま使い続けられる。日本社会でよくある単にそれだけの話だった。そもそも林さん自身、ジャンプから鈴木央先生を引き抜いて連載させていたのだから。真っ先に【純血主義、生え抜き主義】を破った編集長である。僕はこの人の下でなら、本気で働けると思った。 そして林編集長は当時、低迷しつつあった編集部を改革するために上層部が送り込んだ編集長だった。彼にとって、僕たちは改革を行うコマとして有望な存在だった。僕たちは林さんの下でサンデーの改革を行おうと毎夜話し合った。これは楽しそうだ。仕事とはイノベーションを起こすこと。当時はハマっていたGoogleの偉い人が言っていた。俺たちでサンデーにイノベーションを起こそう。僕たち同期4人は強く誓った。仕事が楽しくなってきた。・・・そんな矢先に事件が起きた。 2【雷句誠先生の訴え】 2007年、僕がサンデーにきて1年経たない時期にそれは起きた。雷句誠先生が、少年サンデーが原稿を失くしたと提訴したのだ。僕はかなりショックを受けた。ガッシュの1話は僕のバイブルでもある。だから僕は雷句先生を敬愛していたし、担当編集にいつか一度会わせて欲しいとせがんでいた。だが、その願いは叶わなかった。 確かに原稿を無くす事は良くないが、話し合いでなんとかならなかったのかと悲しく思った。現場の編集者達は訴状に実名を出されネットでバッシングを受けはじめた。 そこには同期の名前もあった。既に仲間となっていた彼らがそんな目に合うのは心が痛かった。訴状には一方的に、サンデーの編集者の無礼が書かれてていたが、それが真実かどうかは分からない。ただ大人気作家の雷句誠さんが言えば、それは事実になるのだ。TV、新聞あらゆるメディアが、一色に染まってサンデー編集部を叩いた。 編集部は騒然となった。心を病む人もあらわれた。僕も親からも心配の電話をもらった。地元の友人達からも、原稿無くすなと怒られた。SPA!のライターが、極悪編集部に潜入!なんてタイトルの記事で新人のフリをして持ち込みにきた。ある日など、僕に秋葉原の警察署から連絡が入った。職質で日本刀を持った男を捕まえたと。その男はサンデー編集部に持ち込みに行く予定だった。その日の持ち込み担当は僕だった。極悪編集部員の僕を斬り殺すつもりだったのか? 僕が入った頃、確かにサンデー編集部の空気は悪かった。だが皆、単なるサラリーマンなのだ。会社の命令で動いているのだ。本来会社の上層部が前に立ち、編集部員を守るべきだ。だがその会社も個人の編集者を守ってはくれなかった。この時はまだ編集者が個人のSNSアカウントで発信する事がなかった時代だ。バッシングされている編集者たちは、ただただサンドバッグになるしかなかった。 そしてこの事件以来、サンデー編集部への新人持ち込みは極端に減ってしまった。編集部は生え抜き以外にも、平等に新人作家を回してくれる体制に変わったが、そもそもその新人作家が殆ど来なくなったのだ。僕たち同期4人は振り上げた拳をどこに持っていけば良いか分からなくなった。僕たちが掲げたイノベーションは早々に頓挫した。さらにその時期で、日本の出版社はどこも減収減益、最終損益になる会社が続出した。小学館もそうだった。だが、ピンチはチャンス。僕は当時、エニックスお家騒動で作家も編集者もいなくなったガンガンが、すぐさま復活し『鋼の錬金術師』を産んだ奇跡を知っている。それを次は自らの手で起こそうと考えはじめた。 3、【大高忍と再会】 スクエニを退社する時に僕はスクエニとある約束をしていた。退社して2年間は作家を引き抜かないと。もちろん口約束だが仁義はある。だた、ちょうどその頃、退社から2年が経とうとしていた。僕は大高忍を飯に誘った。『すもも』もそろそそろ終わるそうだ。いよいよ、王道少年漫画をやってみないかと提案した。本人はかなり迷ったと思う。ヤングガンガンはすでに、雑誌としてメジャーになりつつあり、居心地も良いだろう。だが、本当に世間を変えるような連載をするならばメジャー誌でやったほうがいいと説得した。すもものヒットで、金銭的な余裕もあるし、優秀なアシスタントも雇える。折角なら王道ファンタジーをやらないかと。最終的に大高さんは了承し、打ち合わせが始まった。大高さんから古代ローマの剣闘士を舞台にした作品を提案された。 キャラクターは悪くない。だが暗い。僕は自分の手持ちの企画と融合させる事を提案した。この頃から僕は自分でシナリオを書くようになっていた。それは僕の中でボツ企画だったが以下のような内容だ。考古学を学んでいる大学生が青森県の戸来村を調査したら、ソロモンの隠し洞窟を発見し、そこに埋葬された金属器を触ったらアラジンよろしく、聖霊と契約することになり・・・のような馬鹿な話だ。ただこの時、ソロモン王やユダヤ教やアラビアンナイトの話などを調べまくっていたのでこのネタの話をした。大高さんはアラビアンナイトに反応した。大高さんと打ち合わせを重ねるうちにローマから中東に舞台は移った。主人公はアラジンとアリババの二人組に変わった。二人の関係はドラえもんとのび太だ。カラーイメージは見比べてみれば同じだとわかるだろう。さらにユダヤ教の神話をベースに世界観のイメージを共有していった。 主人公二人以外にも大高さんはすももの合間に、魅力的なキャラ表を次々と描いてきた。そしてマギの1話目のネームが完成した。そして僕はそれを企画書と共に提出した。林さんは絶賛しマギの企画は通った。大高さんを、サンデーの人気作家と同レベルに丁重に持ち成した会食を開いてくれた。 もし編集長が林さんではなかったらマギは通らなかったであろう。いや、雷句先生の提訴がなくても通らなかったかもしれない。運命とは不思議である。大高さんのデビュー作『すもももももも』も、『マギ』も雷句さんがいなかったら産まれていなかった。いや、僕自身も編集者として存在していなかったかもしれな。つまり、僕が関わって出来たその後の作品や、メディア、会社もなかったことになる。運命は繋がっている。これもルフの導きである。雷句誠先生ありがとうございました。 次号は『マギ』そして『銀の匙』。2008年〜2010年ぐらいのこと書きます。
9.2万
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