半妖おきつね陰陽師による怪異事件簿、そこに美女妖怪を添えて、トッピングにバイオレンスを

夢咲ラヰカ

第1話 あやかしまじない、軽んずることなかれ

 ヨーロッパ各地に残る旧石器時代の遺跡には、石器を使用した死体埋葬の儀礼が行われていたと考えられるものが見受けられるという。またドイツのホーレ・フェルス洞窟から発掘された三万五〇〇〇年前のマンモスの牙で作られたヴィーナス像は胸や腰が誇張されており、豊穣や多産を象徴していたのではないかと考えられている。

 この日本にもそういったものがある。旧石器時代の遺跡である大分県岩戸遺跡からはこけし岩偶が発見されているし、縄文時代に入れば土器の発展でさらなる祭事の痕跡が見受けられた。

 まじない——そういった呪術は古代より人類の生活に根付いていた。科学万能と言われる現代でさえも、人々は神に祈る。であれば病や飢饉、異常気象や災害——説明のつかない事態に直面すれば、やはり、神や仏に助けを求めたのではないだろうか。

 そして神仏の力を借り受けるための方法として、世界中に多くの術が生まれたのではないだろうか。


 時には、それを使って他者を殺めることもまた——。


×


 芽黎がれい二十七年 九月二十六日 木曜日

 裡辺りへん地方 法泉ほうせん県 燦月さんげつ市 市内某所


 辺りは雑居ビルやらがならぶオフィス街だった。その中心からわずかにはずれたそこは飲屋街であり、居酒屋だったりラーメン屋だったり、スナックだったりがずらりと軒を連ねている。

 酔漢が間の抜けた顔で客引きの女の子に吸い寄せられ、それを見ていたが塀の上で大欠伸をかました。

 依澄揚羽いずみあげはは野良猫又の前に餌皿を置いた。青年の黒髪が風になびき、紫紺の目が優しげに行く宛のない妖怪へ向けられる。


「はて、人間の分際で我らが見えるとは驚いた。お前、よもや屍霊か?」


 猫又は小首をかしげた。

 揚羽はその指摘を緩やかに首を振って否定する。


「いいや、生者だよ。そして人間じゃないし、妖怪でもない」


 揚羽の腰から、二本の尻尾が現れた。黒い狐の尻尾である。先端は白く、ボリュームのあるモッフモフの尻尾だ。でも耳はしっかりヒトミミのままだ。


「半妖の子か。昨今度々見るな。人の世界に拠り所があれば、食うには困らんだろう」


 盛り付けたキャットフードに頭を突っ込み、ガツガツ食べ始める猫又。声は女性のもので、黒い体毛のそいつは言動が古めかしいが……しかし妖怪であれば、長生きは当然。彼らは百年前後でようやく大妖おとな、と認められる社会で暮らしているのだ。

 時々粒を噛み砕く音が聞こえてくる。周りの連中には、揚羽が塀に寄りかかって独り言を言っているようにしか聞こえまい。

 心労で病んだのだろう——そう思われたとしても構わなかった。そのほうが都合がいいし、それにあながち間違いでもない。五十年ほど人間社会で暮らし、そこでの生活に飽いて妖怪としての生を自然と選んだ。妖怪としてはまだ五年ほどしか生きておらず、半妖の揚羽は妖狐の血もあり、外見はまだ十代半ばか後半くらいにしか見えない。

 人間として暮らすときは変化を使い加齢を再現していたが、色々手間である。術の行使もそうだが、いわゆる『人付き合いの目に見えないルール』がなんとも厄介だった。

 人間は思いの外図太く、そして意外なくらい繊細だ。平気でこちらのプライベートを踏み荒らすくせに、ちょっと間違いを指摘するとすぐいじけて拗ねる。

 それはまあ、人の血が半分入っている揚羽も当てはまるが——。


「ご馳走様。久しぶりに真っ当な飯を食えたよ」

「そっか。俺はこの辺に来ること多いし、また持ってくる。なんかリクエストある?」

「……ふむ、あれがいい」


 猫又が、サラリーマンが箸でつついているものを指差した。


「ホッケ? わかった。でもお前も人に化ければ、姿を見せて食えるだろう」

「私は悪女だ。貢がせてこその猫生なのさ。自分で汗水たらして稼ぐなんてごめんだね」

「妖怪の鏡みたいだよ。……俺は行くね」

「そうだ」


 何か思い出したように、猫又が呼び止める。


「あれを飲みたい。美味い酒を」

「えぇ」

「代わりに良いことを教えてやるから」


×


 感情、欲望、願望——それらがなにかを「まじなう」力になる。

 まじないは『痛いの痛いの飛んでいけ』という可愛らしいものから、怨敵を呪い殺す呪詛まで幅広く、用途を間違えれば夥しい人々を巻き込む被害を生み出してしまうのだ。

 なんせそれらは本来神仏や妖怪の力であり、到底ただの人間が扱えるものではないからである。

 身に余る力は、呼びつけた本人さえ破壊する。


「いい、やるよ?」


 飲屋街にはテナントが全て空っぽの廃ビルがあった。中高生が屯するにはちょっと危険だが、人に言えないことをしようとする連中にとってはむしろ好都合の場所である。

 もちろん、本当に手のつけられない悪ガキ半グレ連中が集まっており、被害に遭ってしまうこともあるが、今回はそうはならなかったようだ。

 ビルの三階、打ちっぱなしのコンクリートだけのそこに集まっているのは三人の女子高生。ダンボールの上には五十音表のような紙。二人の女子が五円玉に人差し指を乗せていた。


「本当にやるの?」

「当たり前でしょ。オカルト研究部の存亡がかかってんのよ。ここらで大きい実績を上げなきゃ、部室まで取られちゃう」


 心配性なおさげ髪の子——美佳子はハンディカムを手に撮影をしており、残る二人が実行役のようだ。

 勝気な顔をしたポニーテールの子……理子が最後の確認をした。


「じゃあ、やるからね」

「うん」


 三人目、怜奈が応じた。

 そして、その行為を始める。明治時代に生まれた降霊術を。多くが不覚筋動と信じて疑わない——決して行ってはならないそれを。


「——……こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


 五円玉は動かない。


「あ、あれ……」

「もう一回言ってみようか?」

「うん。……こっくりさ——」


 ぞわり、と肌が粟立つ。

 何かが通ったような気がして、三人は「ひっ」と息を呑んだ。

 怪奇現象の場において何かが通ったような錯覚というのは、目に見えないもの——お化けがそばを通ったことを意味するらしい。

 彼女らはここにきて、微かに後悔していた。


「やっ、やばくない?」

「やめようか……?」

「こっ——こっくりさん、こっくりさん、どっ、どうぞお戻り下さい」


 そこで初めて五円玉が動いた。すぅ、と動いたそれは『いいえ』で止まる。


「えっ、な——なんで……むぐっ」

「美佳子!」


 ハンディカムを手にしていた女の子の首に何かが巻き付いた。がちゃがちゃとカメラが落ちる。

 巻きついてきたそれは金色の毛を編んだようなもので、ぐぅっと細い首を締め上げる。さらに毛束は伸び、彼女の服の裾を捲り、乳房や股間を弄り始める。


「今宵の生贄はこいつか。娘ども、こいつを献上した礼だ。なんでも願いを言ってみろ」

「い、生贄……違う! 美佳子は生贄じゃな——」

「理子を殺して」


 冷静な声で、ボブカットの子——怜奈がそういった。


「えっ……怜奈?」

「ごめん、でもあんた邪魔なんだよね。何が学校一の美女なの。この淫乱女が。知ってんのよ、パパ活でお小遣い稼いでんの。ヤリマンが」

「なっ、なによ!」


 理子が憤慨し、怜奈に詰め寄った。

 そこへ毛束が伸び、理子の全身を包み込む。そして、


「願いは叶えてやるぞ」


 グシャッ、と音を立て握りつぶした。毛の隙間からどろどろした赤黒い血が溢れ、毛が解けるとすりつぶされた肉片がぼちゃぼちゃ落ちる。


「うぇっ、げぇっ、おげえっ! ひゃっ、ひゃひゃ……」


 怜奈は初めて見る死体——しかも凄絶な人間のミンチにその場にくずおれ、嘔吐し始めた。けれど怨敵の死に、顔には歪つな笑みが張り付いている。

 美佳子はその様子を見て発狂し、迫る快楽に身を捩らせ壊れた人形のように喘ぎ声まじりの笑い声を響かせた。


 一瞬で三人の少女が壊れてしまった。

 これがまじないである。これが、呪術である。

 神や妖怪の前では、人間なんぞは容易く破壊される。精神も、肉体も、そして死後の尊厳さえも。


「さあ、小娘。私の愛玩人形として愉しませてもらうぞ」


 毛束が真っ黒な穴に吸い込まれ、消えていった。

 残ったのは大量の血の跡と、そこに山を作る肉片。そしてゲタゲタ笑いながら嘔吐し、糞尿を垂れ流す少女。


 揚羽が駆け付けたのは、その数分後。何もかもが手遅れになってからだった。

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半妖おきつね陰陽師による怪異事件簿、そこに美女妖怪を添えて、トッピングにバイオレンスを 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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