リミナル・ヱクス・マキナ
夢咲ラヰカ
第1話 赫々たる竜翼
「システムスタート WiC-M2A1c〈グラム〉 OS Ver.8.21」
ステータス・モニターに円形のスタートカウントが表示される。ドットが一周し、座席の全方位に光が巡った。機体に埋め込まれたカメラが起動し、頭部ユニットのバイザー型メインカメラがオンラインになる。座席を中心に、その上下左右を覆う全方位モニターが励起した。
さながら空中に座っているかのような感覚。エストはこの瞬間だけは、脆弱な人間の肉体を忘れられて、好きだった。
「パイロットの認証を確認。
コクピットを閉鎖。ウィルコア始動。アクチュエータ活性開始、関節のロックを解除します。センサーをパッシヴで起動、
最大五二〇ミリのウィルコニウム合金装甲に
モニターには、機体を輸送している飛空艇の底部と空中から見下ろす下界が見える。外付けの翼で空を飛んでいるようなものだ。
鬱蒼とした森林が続くなか、次第に岩がちな山に風景がシフトしていく。もうじき
「おはようございます、エスト。本日は雨天、天候には恵まれませんが、今日も一日頑張りましょう」
「ああ。ノエル、目標までは?」
「残りカウント九〇です」
「確認する。鉱山の防衛って言ってたけど、実質敵勢力の排除だよな」
「ええ。我々
よって作戦自体は敵勢力の排除というのが主なものとなります」
ち、と思わず舌打ちが漏れた。
ハイエナめ、と吐き捨ててから、エストはコンソールを操作して武装をチェック。整備状況は問題なし、残弾も大丈夫だ。無論それらは整備士が徹底してチェックしているし、出撃前にエスト自身も行ったが、ルーティーンのようなもので、降りる前には必ず行わなければ落ち着かない。
引力の影響で、腹が引っ張られる。ドライバースーツは耐G性能もあるが、この生理的な感覚は拭えなかった。
頭部を覆う酸素マスクとヘルメット。機体OSと同期したヘッドマウントディスプレイにはAR表示された無数の戦術情報が表示されている。
エストたち『
シュー、というマスクとノズル越しの呼吸音。エストはまだ新人。しかもこれが初陣だ。緊張くらいする。
「抗不安薬を投与いたしますか?」
「判断が鈍る。いらない」
「ウィルコ。——降下地点まで残り一〇カウント。七、六、五――フックアーム、パージ」
ノエルが声に出し、直後バチンッ、と巨大なニッパーで鉄骨を切ったような音がした。自由落下が始まり、エストの機体〈グラム〉が大地へ向け加速していく。
一定の高度に達し、フラップの角度を調整。空気を掴んで減速し、空中で姿勢を正す。他にもエストを入れて合計四機の機体が降りている。
それぞれ線で結べば菱形になるように岩肌に着地し、地面を砕いて着地した。全高十七メートルから二十メートル、全装備重量約八〇トンから一〇〇トンもの機体が四機投入される現場。おまけにすでに別の傭兵組織も護衛のため集まっている。
「ロスリック鉱山は、ローエル・ロスリック伯爵が保有する鉱山です。この地域には、周辺一帯で最も多量かつ高密度のウィルコニウムが埋蔵されていると試算されています。測定器によれば濃縮ウィルコニウムの影も確認されたとか」
「わかってる。だからつねに火種が絶えない。ここの護衛は、実質殺し合いとも言われてるな」
「初陣にしては過酷な現場ですよ」
「選り好みできないだろ。下っ端なんだし、このご時世だ。食わして貰えるだけありがたい」
十八歳にしては妙に達観した口調であると、ノエルは思った。彼女はAIだが、普段はアンドロイドとして人間に――エストに寄り添って過ごしている。ウィルコニウムを素子として用いたウィルコ・ニューロAIは限りなく人間に近い思考を可能とし、知性を有し、学習する。
だから人間的に考えた上で、エストをそう評することができるのだ。
この時代の人間は往々にして、その精神は早熟である。それは時世が彼らを子供でいることを許さないからだ。
現代人にとってウィルコニウムは生命線だ。エネルギー資源であり、軍事力であり、生産の要だ。ウィルコニウム鉱山はまさしくその土地の地主にとっての生命線で、力の象徴だった。
とはいえ、エストたちのような傭兵にとってはそんな尊大な話などはどうでもいい。支払いの額が、彼らを動かすだけである。どんな立派な思想も、考えも、文化的背景も傭兵には関係ない。彼らが信じるのは金と、それに比類する物品——支払い、報酬だけである。
「お前ら、聞こえるか」
「〈グラム〉感度良好、聞こえるよノワール」
「こちらラベン。聞こえる」
「ロック、感度良好、問題ない」
「先に来ている連中の警戒機から通信が来た。さっそく敵が迫っているらしい。東と南から来る。俺たちはこのまま東の防衛に周り、敵勢力を駆逐する。伯爵からの通達では捕虜はいらんそうだ」
エストは実質殲滅しろ、と言われていることを理解した。
スティックを握り込む。フットペダルを踏み込んで、機体を走らせた。
「レーダーに敵影を捕捉しました。距離八〇〇〇、欺瞞迷彩はまだ破られていません」
「貧乏ゲリラだろうな。ノワール、戦術リンクを見てくれ」
「こちらノワール。……よし、IBGより他社各位へ。東から接近する敵影を認識、これより攻撃を開始する。エスト、構わん。撃て」
エストはスティックに取り付けられた、まるでゲーム機のコントローラのようなボタンをカチカチ押し込んだ。ミサイルコンテナのカバーが開く。
レーザー照準を開始。おそらく向こうは被照準を察知しただろう。ピピピ、と電子音を立て敵機体を次々ロックした。エストはフルフェイスの下で冷徹に目を細め、ターコイズの光が差す血赤の目に冷徹な殺意を宿す。
距離、射角、周囲の障害物と風速をノエルが計算し、最適な弾道ルートを弾き出した。
「ロック完了」
エストは射撃ボタンを押し込んだ。
十数発のミサイルが一気に吐き出され、ジェットエンジンに点火。マッハで飛翔したミサイルが、敵陣に食い込んで火柱を上げる。
それを皮切りに、護衛部隊の機動兵器――『
曇天の空が赤く染まるほどの爆炎と、大地を揺すり上げる轟音が響き渡る。敵軍もすかさず応戦し、銃弾と火砲が入り乱れ始めた。
エストはフットペダルを踏み込んで〈グラム〉を加速。後方に流れていく景色に、曳航弾の煌めきが踊った。背部マウントバーニアを噴かし、加速。加熱状況を知らせるヒートゲージに一瞬視線を投げつつ、左の対VARSAS砲を向ける。
撃発。八八ミリ高速砲弾がマッハ五で飛翔。型落ちの汎用機の横っ腹に突き刺さって、ジェット噴流が巻き起こり装甲を食い破る。便宜的にHEAT弾と呼ばれるが、反応しているのは火薬によるものではなく、ウィルコ粒子によるものだ。青い燐光が激しく散り、爆炎を吹き散らす。
「被照準。一時方向距離八〇〇」
左のスティックを握り、ボタンを一つホールド。ウィルコ粒子が前方にエネルギーシールドを展開し、飛来してきたミサイルを防いだ。爆風を突っ切り、エストは〈グラム〉の右腕にマウントされたブレードを展開。すれ違いざま、胸部コクピットへ青い刃を突き立てる。
激しいスパークと、血飛沫のようなウィルコ粒子の逆流——そして、爆発。ウィルコアは不安定化すると高温になり、発火する性質がある——が、それはリチウムイオン電池などでも同じだ。これは充電池というものの逃れられない宿命でもある。
「敵機撃破。お見事です」
「スコアを稼げば評価が上がるからな」
と、黒煙の向こうから蹴り足が飛んできた。シールドが間に合わず、腹に足底がめり込む。ガンッ、と鈍い金属音がして、モニターにブロックノイズが走った。
エストはバーニアを噴かして姿勢が崩されるのを防ぎ、ブレードを薙ぎ払う。敵はそれを己の左腕の刃で防ぎ、右のサブマシンガンを発砲した。
すぐさまシールドを展開。シールド側のヒートゲージの発熱率が上昇していく。
〈グラム〉が跳んだ。バーニアからウィルコ粒子を噴射して後ろに回り込み、背後からブレードを突き刺す。相手のオンボロ機体の装甲はバターのように引き裂かれ、ウィルコアユニットを直接破壊。爆発は免れ、そのまま前のめりに昏倒した。
「ノワール、聞こえるか。豚を一匹生け捕りにした」
「よし、よくやった。エスト、鉱山の方へ回ってくれ。敵がチャフでも仕掛けたのか通信の回線が悪い」
「わかった。団長にはしっかり報告しておいてくれよ」
「ふ、ちゃっかりしてるな、お前」
酸素を多めに吸引し、酸欠気味の脳を一旦休息。二、三回深呼吸し、目を開く。
「ノエル、目的地までの誘導ルートを出してくれ」
「ウィルコ。西北西へ五キロ。直線で突っ切ることも可能です」
「突っ切ろう」
フットペダルを倒し、〈グラム〉を走らせた。
あらゆる機甲兵器は基本的には自走させない方が故障のリスクを減らせる。だからこそ輸送車や、輸送艇などがもてはやされる。だが一旦ドロップされたVARSASが数キロ移動するだけで、わざわざピックアップするようなものを用意するわけがないのだ。そんなことをしていれば、敵に輸送機を破壊され高くつく羽目になる。
途中の詰所には火の手が上がり、作業員はおそらく地下シェルターに逃げているのだろう。人っこひとりない。
敵は明らかにここまで上がってきている。気を引き締めねば——。
「警告。ウィルコ粒子濃度の上昇を確認——いえ、これは」
ノエルの声に、微かな焦り。
「ウィルコ粒子汚染です! 地域一体に、汚染が広がっています! エスト、退避を!」
「冗談だろ!? ノワール、ノワール! ノエル、オープンチャンネルで呼びかけろ! 全機退避、ウィルコ粒子汚染だ!」
「強力な——磁場、です。思考が乱れ、る——!」
ブゥン、と音がして、全方位モニターの一部がダウン。ウィルコ粒子汚染に伴う強力な電磁パルスの影響だ。
光学神経回路が焼き切れたのか、右足がエラーを吐き出して動きを止めた。
「くそッ! 動けよ!」
「エ——ト、緊きゅ——だつ、を。離脱、を」
「ノエルを置いていけるか!」
その時、鉱山が赤く染まった。ゴゴッ、と地鳴りが響き渡り、山が溶鉄のようにどんどん赤くなっていく。
「山のウィルコニウムが発熱してるのか……?」
キンッ、と何かが弾ける音がした。
磁石の同極をぶつけたように、エストは首根っこを引っ張られるように真後ろへ吹き飛ばされる。彼を内包する〈グラム〉は岩肌を転がり落ち、飛来してきたウィルコニウムの破片でバーニアと両足、左腕を派手に損傷していた。
コクピットにも至近距離から散弾銃で撃ち込んだように、装甲を引き裂いた痕がある。
「ゴボッ、ゴフッ」
ヘルメットの中が血で満たされる。エストの赤い目が、割れたモニターの隙間から直接山を見上げた。
「……あれ、は…………竜?」
轟々と燃え盛る炎が、巨大な竜になっている。六つの翼を持つ竜は空中で身を捻り、そして掻き消えるようにしてどこかへ飛び去っていった。
己の死を間近に悟りながら、エストはそれでも呼吸を整え、止血し始めた。身体中が痛い。どこを撃たれたのか把握するのさえ難しい。全身が燃えるように熱い。
怒り狂うように、燃え広がるように。
エストはヒトという一つの生命がそうすべき定めであるように、死に際にあってなお生にしがみついた。
それでも視界は黒く染まっていき、目は色を認識できなくなる。
誰かがエスト、としきりに呼んできたが、それに応じることさえできず、エストは眠るように意識を手放した。
リミナル・ヱクス・マキナ 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89
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