米ジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人から、スナック菓子大手カルビーのトップへという華麗なる転進を果たした松本晃氏。外資系企業で培った合理的経営を日本企業に定着させている。今回から、日本企業の経営者からの悩みに丁寧に応えてもらう。第1回目は、多くの会社で増えつつある「指示待ち型の社員」への対応についてだ。
【悩める社長からのQ】
従業員に指示待ち族が増えて困っています。社長の私が多くを決めてきたためですが、もう少し従業員が自ら考えて動いてほしいと思っています。何から着手すればいいのでしょうか。
【松本晃のA】
厳しい言い方になりますが、従業員が育たないのはトップの責任です。経営者がしっかりした環境を用意すれば人材は育ちます。その環境が作れていないから「人が育たない」と嘆くようになるのです。
では、環境を作るためのポイントは何なのか。
端的に言えば、任せることです。目的と権限を与えて、後は従業員自身にやらせてみることです。そうすると、義務感を持って取り組むようになります。
「任せる/任せない」の線引きは?
もちろん、何でもかんでも任せるというわけではありません。その会社でしか学べない仕事は、事前に社内で教える必要があります。例えばカルビーの場合、ポテトチップスの作り方はどこの学校に行っても教えてはくれませんので、社内で徹底的に教えます。それ以外を任せるのです。
仕事を任せる具体的な方法としては、プロジェクトを立ち上げてリーダーを選ぶことです。プロジェクトの目的やリーダーの人選、権限はトップが決めます。従業員ごとに能力や経験は異なりますから、難易度に応じて「これは」と見込んだ人に任せるわけです。
その際のポイントは、プロジェクトのメンバーを絞り込み、リーダーの責任を明確にすることです。
プロジェクトを立ち上げると、様々な発想を取り込みたいと考え、多くのリーダーはメンバーの数を増やそうとしがちです。しかし、これが失敗の確率を高めます。責任の所在が不明確になりますから。
多くの中から優秀な従業員を選ぶ「少数精鋭」だからプロジェクトが成功するのではありません。事前に「少数」にするから、責任感が生まれて結果的に「精鋭」が育つのです。
いったん任せたら、後はリーダーが悩んでいたり、プロジェクトが停滞していたりしても、トップはできるだけ口出しせず、我慢することが重要です。オーナー経営者はどうしても、「こうやればいいじゃないか」と指図したがります。しかし、そこはこらえて従業員自身が考え抜いて局面を打開するのを見届けなければ、“指示待ち”体質は解消されません。
とはいえ、漫然といつまでも任せっぱなしでも人材は育ちません。内容にもよりますが、1年以内に芽が出なければ、打ち切るべきでしょう。
優秀な経営トップの落とし穴
実際、2009年に私がカルビーの会長兼CEO(最高経営責任者)に就いた当初、指示待ち体質の従業員が目立ちました。以前は良くも悪くも創業家があまりに優秀だったため、オーナーカンパニーとしての色彩が強く、トップダウンで物事が進んでいました。
そこで、私は3年前から「成長戦略プロジェクト」という取り組みを始めました。新商品開発やコスト削減、社内制度改革など、成長戦略の達成に欠かせないテーマごとに28のプロジェクトを創設。それぞれにプロジェクトリーダーを据えて、メンバー選びも含めて全面的に任せたのです。
リーダーの立場は様々で、入社7、8年目の従業員もいれば、20年のベテランもいます。通常業務と掛け持ちでプロジェクトを進めてもらいました。次代を担う人材の発掘・育成と既存の仕事では考えつかない新しい価値の創出を狙いました。
実際に任せてみると、様々なことが分かります。自らビジョンを示してメンバーを引っ張っていくリーダーもいれば、メンバーを巻き込んで上手に生かすリーダーもいます。
一方、賢そうに見えたのに、期待はずれだった人もいます。本当に優秀なリーダーは、今のところ全体の3割前後です。
しかし、この取り組みにより、社内の雰囲気は着実に変わってきていると思います。
「権限集中」が、人材教育的には正しい
各プロジェクトを通じて権限や責任は1人に集中させたほうがいいと改めて実感しました。
リーダー1人に完全に任せるのは時期尚早と考え、当初はプロジェクトリーダーの上にプロジェクトオーナーという役職を作っていました。すると、リーダーがオーナーの顔色ばかりうかがうようになりました。そこで、オーナー制は廃止し、アドバイザーを設置する形に変えました。
プロジェクトを立ち上げて目的と権限をリーダーに与え、後は任せて我慢強く見守る。人を育てるには、これを繰り返すしかないのです。
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