pixivは2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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碧棺左馬刻と恋人になり、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。
一般的には違うと思うが、
こと碧棺左馬刻においてはその恋人になる=命の危険がある、ということであった。
世の恋する乙女よ憧れろ。
これがまことの命懸けの恋であるぞ。
比喩抜きで。
説明すると
これは「身も世もなく愛しているのダーリン」と言うことでもあったし、
「世界中を敵に回したとしても愛しているぜハニー」と言う方向でもあったけれど、
そういう恋によってぷりぷりと桃色に愚かになった思考と並走して、
生命の事をタマと呼びそれを取ったり取られたりする殺伐とした日常を寝床としてずっと生きてきた男の思考回路はきちんと荒んだまま冷たさを保ってもいた。
左馬刻はやくざの若頭で、この街の王様だったので。
左馬刻の大切な女性はあの世に一人この世に二人居て、
亡くなったお母様と、この世の一人は中王区に居る妹さん。
そしてもう一人が私←NEW!
である。
その私が左馬刻を狙う者の標的や便利なカモになるかもしれないのは避けようがない。
普通に生きているだけで人を従えてしまう生まれながらにして王の器の、彼の治める身近にはその心配はないと言っても良かったが、
その領外でものを知らない敵が湧くのは止められない。
私は誘拐や拷問に関してぼんやりとしか想像出来ない。
恐ろしいことだとは思うし左馬刻の為なら耐えて見せようとも思うが、具体的にはどういう恐怖でどういう痛みなのか、それが精神に来す影響がどの程度でそれによってどこまで自分が正気を保てるか、狂うと自分はどう行動するだろう、と言うのがあまりにも茫洋としていた。
左馬刻は多分誰より詳しくそう言う知識があるのだろうけれど、
私にそれを知らせるのは嫌がった。
そんな事はお前は知らなくて良いよ、と言う甘さでもあったし、
絶対にそんな目には合わせねえと言うかたい決意でもあった。
宝物はこっそり宝物庫に仕舞って鍵でも掛けておければいいんだけどな、とは珍しく苦笑した左馬刻の言葉。
実際には合歓さんも私も閉じ込めたりしたくないと思ってくれる、優しい男の可愛い愚痴だった。
そういういきさつで、左馬刻と恋人になった日に、同棲も決まった。
左馬刻がいくつか所有している、セーフハウスと言うのだろうか、セキュリティーの信頼できるマンションに住み、一人では出歩かないことが約束になった。
彼氏束縛激しくない?とか言っている場合ではなかった。何しろ自分の命がかかっているもので。
あと私に何かあったら左馬刻が泣いちゃうでしょうが。
左馬刻との暮らしは意外と言うか想像通りと言うか、静謐だった。
足音やドアの開閉、食器の上げ下げ。どれを取っても左馬刻は静かで粗雑なところが全然なかった。
細々とよく家事をしたし、疲れている時は気を張らずにぐんにゃりとスウェットで酒を呑んだ。
きりりとスーツを着て出ていって夜中に帰宅した時はキッチンで私に抱き付いて、暫くそのまま木偶の坊になったりした。
往来で絡まれる事も稀にあった。
左馬刻はヤクザだったけれど、普通の恋人みたいに私と手を繋いでおもてを歩いてくれる。
なにぶん付き合いたてなのだ。
にこにこウフフと買い物をしている時にそう言った衆に絡まれると馴れた様子で左腕に私と荷物を抱き寄せて、右手で骸骨マイクを起動させて流れるように相手をブッ転がした。
左馬刻の胸板に耳を付けて直接聴くリリックは骨身に沁みて腰が砕け、私は帰ってからあまりの興奮でセックスをねだった。
マイク以外の暴力で向かってこられる事はごく稀にあったが、
その場合は普通にがんがん逃げた。銃とかナイフ若しくは骨の砕ける音や飛び散る血肉が私のトラウマにならない為である。
逃げ切ると左馬刻は決まってすぐに“下のモン”と呼んでいる組の人に電話を掛けて、絡まれた場所や相手の特徴等を伝え「調べろ、見つけたら報告。いいや、俺がやる」と言って切る。
多分そう言うことなのだろうなと察するが、やはりこれも私は想像だけなのだ。
そう言うことがあった日は帰宅後ぎゅうと抱き締めあった。
こう言うことがあっても、どう言うことがあっても、離れずに生きていくことを決めてあったのでその確認だった。
迷ったり日和ったりしない。
そういう抱擁で、済むとクスクス笑って夕飯の支度を一緒にした。
ボニーアンドクライドみたいで悪っぽくて素敵ねと思った。
女は悪い男が自分にだけ特別優しいシチュエーションに弱い生き物なのでしようがない。
甘く淫らに一日中ベッドで過ごし、下着も着けないまま飲む半日ぶりの水分が左馬刻の淹れてくれたコーヒーです、みたいな午後もあったし、
ふたりともダサいTシャツを着て阿保みたいに酒を呑みながら香港映画をげらげら鑑賞する夜もあった。
石鹸の好みや生い立ちの話、近所のスーパーに置いていない調味料の通販の相談。
私達の同棲はそうやって穏やかで部分的に刺激的に流れ出した。
3日ほど前から予兆はあった。
カレンダーを確認して備える。
一月に一度の地獄だった。
私は生理痛が重めのタイプだ。
子供の頃はそうでもなかった様に思うのだが、思春期の終わり頃に今の地獄が始まった。
初めは高校からの帰りの電車内だった。
前夜から生理が来てはいたが、それまでは多少腹が痛くなる程度だったため普段通り立っていた。
しかしどんどんと腹痛が尋常じゃなくなっていき、腰まで重く引きつるように痛む。激痛で脂汗が出て、更に吐き気と目眩が来てその場に蹲ってしまった。
死ぬ思いで帰宅したあの日以降、同じ体調不良が月一で来るのでこれは生理痛だったのか、と判明した。念のため行った婦人科で改めて学んだ。人によって軽重あると知ってはいたが、今まで軽かったのでまさかだったし、生理痛は我慢できる程度のもの、と思っていた浅はかさを恥じた。そんな程度ではない人だって居るのだ。
自分もそちら側だった。
酷いのは一日目の終わりから二日目の辺りで6時間くらいピーク…マイナスピーク?とにかくどん底の時間帯がある。
その間、上半身と下半身を持って腰の辺りで雑巾のごとく絞られるような痛みに瀕す。
それが終わればその後の期間は比較的ゆるやかだったので、この時間を如何に戦うかが社会生活を送る上での重要な局面だった。
私は違うが、時間が決まっている職種にお勤めの人や小さい子の居るお母さんとかは本当にきついんじゃないかなと思う。
毎月お疲れ様です、と心からお見舞い申し上げる。
謎の戦友意識すらある。
さて、今朝がた左馬刻に寝起きの不調を見止められたので白状し、重い方ですと自己申告もした。
うむ、と言う感じに一つ頷いた左馬刻はそれ以降普段通りにしてくれた。
変に訳知り顔で軽んじたり、反対に動揺して騒ぎ立てる事もなく、とても平静にそばに居てくれたので安心した。
私が生理の間他の女抱きに行くかしらなどと失礼な事を邪推した自分を恥じた。
左馬刻のオンナはどうやら自分だけらしいとこの一月で解ってしまった。幸福なことだ。
いざピークに差し掛かって私の日常の動作が鈍くなった頃に
「 」
と名を呼ばれた。
左馬刻は王様だけあって、こうして音だけでこちらに明確に意図を伝えてくる事がままあった。
今のは止まれ、の音だと思った。休め、や座れ、を含んだ労いや思い遣りの音。
のでその様にさせて貰った。
左馬刻は頭痛があるかだけ訊くと
否と答えた私の頭を大きな手のひらで優しい優しい鷲掴みみたいにした。頭皮がほぐされて心地好い。
余談だが左馬刻は「頭を撫でる」のヴァリエーションが豊富である。
こちらがきちんと髪を整えている状態であれば手のひらをぽんぽんと頭頂部に触れさせるだけだったり、
それでもぐずれば自身の胸板にこちらの額をつけさせて、後頭部をぽんぽんとあやしてくれる。
風呂上がりなんかには両手で耳の辺りを挟んでわしゃわしゃとかき混ぜたり、
番外編で彼の甘い指の甲でこちらの目の横あたりの髪に触れ、そのまま耳に掛けるように流し、そのまますべらせて最後に毛先に口付ける。
少女漫画と乙女ゲーを履修してその道で博士号を取得しています、みたいなムーヴを素で行うおそろしい男だった。
可愛“がる”側に慣れた者の動き。
そんな左馬刻を上手に甘やかしてあげられる
意外とお返しのようにふわふわの白髪に指を突っ込んでわしゃわしゃと撫でたら嫌がらなかったのが最近の発見である。
鼻筋にぎゅぅとしわを寄せる幼い笑い方で喜んでいたように見えた。口ではやめろ、と言っていた。
とんでもなく可愛いなと思った。
閑話休題。
左馬刻はカフェインの入っていないものがいいな、と即座に結論し温めた豆乳に生姜とはちみつを溶かして持ってきてくれた。
やくざの若頭の作ってくれる飲み物がこんなに優しくて良いんでしょうか、と世間に投げ掛けたくなる程優しい味だった。泣きたくなった。
薬を嫌がると、「毎月こんなに重いんじゃそりゃそうだわな」
と責めもせず頷いてくれた。
そうなのだ。毎月痛み止めを服用することでいざという時に効かなくなるのを私は恐れていた。
必要な時は飲む。どうしても外せない仕事や式典などの時だ。
そういう時のために平時は薬に頼らない事にしていた。死にはしないので。
左馬刻が箪笥からぽいぽいと出してくれたもこもこのルームソックスと、同じ素材のショートパンツ…いわゆる毛糸のパンツ、腹巻きも兼ねるハイウエストのようなそれ、をのそのそと服の下に装備した。
先程のカップを片付けてくれた左馬刻が戻ってきて、羊そのものですみたいな毛並みのブランケットで簀巻きにされた。
抱え上げられ、座面が大きくて沈むように柔らかい素晴らしいソファに優しく転がされた。
気に入りの可愛いイギリスの映画が流れる。
「ハッピースシロール」にされる…と昔SNSで見たイラストを思う。
楽な体勢を探して、右を下に横になってうずくまる。
ソファーの背と私の間に左馬刻が身を割り込ませて私の背中にぴとりと腹をくっつけて寝そべってくれた。左馬刻の薄い腹からその愛しい内臓の温度が私の背中に伝わり、大きな手のひらがへその上に当てられ、じんわりと温められる。
変にさすられたりしないのが本当に有り難かった。今めっちゃ痛いので、患部を少しも刺激しないでほしいのだ。ただ優しく与えられる熱に感謝した。
先程の優しい飲み物と大好きな手のひらに体の内外を温められて、生理中にも関わらずメンタルが驚異的に穏やかだったため痛みにも鷹揚に向かいあえた。
経血を排出しようとする働きで活発に動く内臓がこぽ、とかきゅるとか音を立てるが、左馬刻は少しも笑ったり引いたりせず普通にそこに居てくれた。
ただひとこと「腹の方落ち着いて来たら腰の筋肉揉んでやんよ、頑張れ」と言っただけだった。
腹痛だけじゃなく腰や背中側、それにひどい時は脚の付け根から腿の辺りまで、胴の一周全部痛みずっしり重くなるのでこの申し出はとても嬉しかった。この激痛の時間が終わると筋肉痛みたいなずっしりしたしんどさが残るのだ。
あまりの手慣れた様子に合歓さんも生理痛ひどかった?と尋ねてみた。合歓さん、のところを元カノにしても良かったが、左馬刻がモテる割に実は必要以上の女遊びを全くしない男だと言うのをもう知っていた為その軽口は品性を欠くなと思って止めた。
割りとな、と教えてくれる。
あのホット豆乳は合歓さんのレシピなのだそうだ。
もぞりと私の腹に当ててくれている左手の親指を動かし、妹には湯たんぽかかえさせるだけだったけどな、と囁く。暗に今の体勢は恋人限定特典ですと言われたのでテンションがぶち上がった。
Foooooと快哉をあげようとしてすぐイタタ…となった。
くすくすと私の後ろ髪の中で左馬刻が笑う。
左馬刻は大きい声で獣がうなるようにラップをするが、
平素は静かな声の男だった。
私に対して怒りや不愉快で声を荒げることは一度もなかったし、暮らしの中でそう言う気持ちになった時は手を止めて冷静に話し合う大人さがあった。
小物だろ、と言う。
自分の不愉快で女に声を荒げ怒鳴り散らしたらそいつは小物だ。男が廃っちまうゾッとすんなぁ。
誰かの為に怒鳴り散らせる方が俺ァ男だと思うねと。
このディビジョンの王はそう言った。
ヨコハマ民に遍く号外で配りたいくらいシビレた名言だった。
左馬刻のこういう発言をメンナクのキャッチコピーみたいにして左馬刻の私服の写真の横に添えたモテ指南書みたいな本を出したら馬鹿売れすんじゃないのかなと思った。
私は欲しいしひとしきり爆笑するしツラい時に読み返すわ。
左馬刻と暫くそうしてのらくらと会話をし、イギリス英語のコツコツした響きがメトロノームみたいに作用して私は脂汗を浮かべたまま浅く眠った。
左馬刻が前髪をよけて生え際をなぜてくれるのを時々感じた。
夜になっていた。
身動ぐと寝入った時の体勢のまま左馬刻も眠っていたので申し訳なくなってそうっと身を起こす。
すぐに気付かれてしまって、
そのままゆるゆるとキスをしに左馬刻も起き上がってきたのでんーの口で口付けた。
ひとしきりそうしてむにむに遊ばれたのち
「タバコ…」
とうめきベランダに出ていく。
そう言えば私が不調を訴えてから一本たりとも吸わないでそばに居てくれた。
普通に感動した。大事にされてる…!と噛みしめのたうつ。
私はすっかり元気だった。
ベランダに出入りする硝子戸越しにこちらを見ていた左馬刻と目が合う。いつもは柵に肘を凭れさせて外を向いて吸うのに、今日は室内を向いている。
私から目を離さない為だ、と気付いて更に照れる。
大丈夫(頭も)、の意思を込めて手を振ったら愛しそうに目を細めて笑まれた。死んだ。
10分弱で左馬刻が部屋に戻ってきて、
「もの食えそうか?」と尋ねてきた。
もう痛みのピークを脱していたので「食べたい、おなかすいてる」と甘えれば「ん」と額にかすめるキスが降ってきた。
はぁーーーーーーー
これだからナチュラルボーンイケメンはさあ。
ローストビーフサンドイッチ、豆乳入り野菜たっぷりお味噌汁、ほうれん草の温かいおひたし。
和洋混ざった謎の献立の全てが鉄分やイソフラボンに配慮されていたのでエプロン姿の部屋着の背中に抱き着くしかなかった。
一生このようにしていたい…とキッチンでウザ絡みする私に「おう」とだけ雑に返し左馬刻はこちらに一切構わずに作業を続けた。
料理上手な彼氏。どころか家事全般そつなくこなすし、顔が良いし、スタイルが良いし、ラップ上手いし…ははーん、さては釣り合っていないな?(thinking face)と思い、それでもなお、私は左馬刻にしがみつき続けた。
何より愛おしいのはその優しさだった。
この男を身も世もなく愛していた。
十数分後
「出来たぞオヒメサマ」
とやっと喋って貰えたので
「アリガトウダイスキ」と語彙を失うしかなかった。
左馬刻の料理は美味しい。
なんと言うか、家庭的な味がする。大事な人を健康に保ち育む料理。
多分これは左馬刻のお母様の味で、合歓さんに作ってあげた味なのだと思う。
おしゃれ料理も作ってくれるけど、基本的にはこういうの。
私は左馬刻のご飯が好きだ。切なく幸せの味がするので。
普段はふたりで晩酌するが今日は食後に果物をむいてもらってだらだらお茶を飲んで、
そして入浴後は約束通り腰の筋肉を揉んで貰った。極楽だった。
この「極楽だ」は左馬刻と付き合いはじめて私の口癖になった、彼の口癖だった。
今まで苦痛なだけであった孤独な戦いに左馬刻が当然の顔をしてそばに居てくれたことで、私は自分の生理に関してこういうものだときちんと受け止められたし、今後もやっていける気がした。
眠気に任せてなんでこんなに良くしてくれるんだと尋ねれば
「大事な女の体だろーが」といかにも任侠みたいなことを言い、次いで「家族になりてぇんだよお前と。いつか子供産んでもらう気でいんだ俺様は」とやわやわ腹を撫でられた。
なンでこの体は最早他人と思ってねんだわなぁだめか?
と心細い少年みたいな声音で言われてしまえば、もう母性爆発するよね。
おっけー任せろ。
眠りの淵でそう返事出来たかわからないが、私達は遠くない未来でその言葉を叶える事になる。
好きなジャンルでは一通り風邪ネタと生理ネタやらんと気がすまん病気…
題材通りある程度生々しいのでご自衛下さい
苦しんでいるお嬢さんが少しでも救われますよう
毎度の野暮な端書きになりますが、
実在のものやその描写っぽく書いてる事も
ヒプマイ世界の設定も
全捏造なのでそう言う感じでヒトツ。
p.s.
ガイドブックのMTC新衣装に
情緒を滅茶苦茶にされています
「格好いい……死ぬ………」
と
「カッコイイ!!!!!生きる!!!!!!!!」
の間をもう百億回シャトルランしてる