偽情報、再エネと農山村、トランスジェンダー問題…いま注目の論考は

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 朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(「*」はデジタル)

■中室牧子=経済・教育

△宇南山卓「『給付制限』はもう古い 現金給付政策の重要な論点」(週刊東洋経済8月12日・19日合併号)

<評>家計行動の分析を専門とする著者が、現金給付政策には、行動変容を起こさない家計にまで給付する非効率性と、所得制限を付ける不公平性が存在するジレンマについて論じる。

 近年の現金給付政策が貯蓄に充てられたことを踏まえれば「再分配を伴わない流動性の供給」を行うべきだという提言は一考に値する。実例としてリーマン・ショック後のデンマークで65歳から受給可能な確定拠出型年金の積立金を一定期間引き出すことを許容する政策がとられたことが紹介される。

△ダロン・アセモグル「いかに経済的繁栄を共有するか ベーシックインカム社会保障の強化」(フォーリン・アフェアーズ・リポート8月号)

△高久玲音「それでも若者は医師を目指す 『聖域』改革の論点」(世界9月号)

 

■安田峰俊=現代社会・アジア

△南隆「日本人拘束事件から見える日中間の溝」(世界9月号)

<評>中国で2014年に反スパイ法が施行されて以降、日本人10人が有罪判決を受けた。筆者は中国の外国勢力に対する攻撃的姿勢は、日中友好の建前を掲げる必要のない現在はより露骨になったと論じる。拘束者の多くは公安調査庁と関係があったことや、拘束者に対する日本側の大使館関係者の無気力な姿勢も指摘している。

 在中国日本大使館への出向歴がある警察庁OBの立場から、精度の高い状況整理と日本側当局者に対する辛辣(しんらつ)な批判をおこなった論考だ。

△関瑶子「もう夏の甲子園はやめませんか? 高校野球を巡る諸問題はやめれば解決する」(JBpress、8月5日*、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76377)

△小久保隆泰「『お寺のDX』が日本を救う」(Voice9月号)

  

■青井未帆=憲法

△立石結夏「トランスジェンダー女性問題から見える社会の歪み 経済産業省職員事件」(法学セミナー9月号)

<評>トランスジェンダー男性とトランスジェンダー女性をめぐる状況に存在する違いに焦点を当てながら、経済産業省職員事件について、原告代理人である女性弁護士の立場で振り返る。国からトランスジェンダー女性を性犯罪者に結びつける主張(性暴力論)がなされたことや、控訴審判決が性暴力論を受け入れたことの背景に、この国に存在する男女不平等の現実がある。

 トランスジェンダー女性は、女性の劣位性をより鮮明に凝縮された形で背負わされている。

△木庭顕「裁判官の良心」(現代思想8月号)

△等松春夫「なぜ自衛隊に『商業右翼』が浸透したか 軍人と文民の教養の共有」(世界9月号)

  

■板橋拓己=国際・歴史

△鳥海不二夫「日本の『偽情報拡散』をデータで検証する 浮き彫りになる『エコーチェンバー』の存在」(外交7・8月号)

<評>偽情報や誤情報(いわゆるフェイクニュース)対策の難しさは、たとえファクトチェック結果を提示しても、すでに偽・誤情報を信じている人の多くはそれを見ないか信じない、あるいは逆に偽・誤情報への信念を強めてしまうところにある。

 それでもファクトチェックは重要だと筆者は論じる。偽・誤情報を信じてしまう可能性がある人たちには一定の効果が予想できるからだ。そうした「予備軍」の人たちに向けての情報提供が第一に重要になってくるのである。

△遠藤誠治「『台湾有事』言説の問題点」(世界9月号)

△武内宏樹、東島雅昌「『選挙』を中心に考える 権威主義と民主主義のゆくえ」(公研8月号)

  

■金森有子=環境・科学

△T・アダムス=フラー「猛暑のリスクを見くびるな」(日経サイエンス9月号)

<評>低収入世帯や高齢者は猛暑のリスクにさらされる危険性が高いことを米国の例を挙げて紹介。低収入世帯の消費支出に占める光熱費の割合は高く高断熱住宅への住み替えや高効率エアコンへの買い替えなどの対策が困難であることが論じられる。また、調査から人々は高温リスクに関する一般的な知識はあっても、自身の防護活動につながっていないことが明らかになった。

 命に直結する問題であり、行政が低収入世帯や高齢者の適切な判断をサポートすることが望まれる。

△筆保弘徳「台風を脅威の存在から恵に タイフーンショット計画」(科学8月号)

△キーリー・アレクサンダー竜太「ESGは企業経営にどれだけプラスか」(週刊エコノミスト8月15日・22日合併号)

  

■砂原庸介=政治・地方政治

△重藤さわ子「再生可能エネルギーを地域のベネフィットに」(世界9月号)

<評>再生可能エネルギーはほかの伝統的な電源に比べて非効率とされるが、何に対する効率か、と評価の視点を変えると実態は異なる。エネルギー投入量が少なく、CO2排出量も少ない点で効率的と言える。再エネが本来豊富である農山村が、現在、化石燃料に依存していることは問題が大きい。エネルギー自給による地域発展の視点が重要だ。

 再エネとなる資源が潤沢、という農山村の利点を生かすことが、地方創生の文脈で不可欠だろう。

△綿村英一郎「心理学からとらえた裁判官という存在」(現代思想8月号)

△広井多鶴子「この国で『孤立出産』は増加・深刻化しているのか データが明らかにする『本当の実態』」(現代ビジネス、8月8日*、https://gendai.media/articles/-/114057)

※敬称略、「*」はデジタル

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