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「国策」に逆らった元キャリア官僚の憂い 電源構成の議論開始

 日本の今後の電源構成(エネルギーミックス)をどうするか議論する経済産業省の「長期エネルギー需給見通し小委員会」(以下、長エネ小委)が30日、始まった。政府は2030年の原発比率を15〜20%にすることを軸に検討する方向とされる。だが各種世論調査では、東京電力福島第1原発事故から4年近くたった今も「脱原発」が過半を占める。「原発政策は国民の意思をできる限り把握し、国民の理解と納得を得ることが不可欠」。民主党政権時代、身を賭(と)して国民の声を国策に反映しようと闘った元キャリア官僚、伊原智人氏(46)は、そう訴える。長エネ小委のキックオフに合わせ、伊原氏の言葉にあらためて耳を傾けた。

エネ庁時代に書いた「19兆円の請求書」

 「国民的な議論ということで、複数の手法を使って民意を国策に取り入れる努力をした。それまでのやり方よりは一歩、進んだと思っている。エネルギーや原発政策は、国民の意思をできる限り把握し、国民の理解と納得を得ることが不可欠だ」

 伊原氏は、民主党の野田政権が12年9月に決定した「30年代の原発ゼロ」方針に関与した官僚の一人。当時、福島原発事故を受け、原発政策を担ってきた政官財グループ「原子力ムラ」に批判が噴出していた。政権は原発の将来像について、国民の立場から再構築を迫られていた。その担い手として白羽の矢が立ったのが、伊原氏だった。

 それには理由があった。

 伊原氏は東京大卒業後、1990年に通商産業省(現経済産業省)に入省。03年から1年間、同省資源エネルギー庁で電力自由化の制度設計に携わっていた頃、その後の人生を大きく変える行動に打って出る。

 当時、政府内では、使用済み核燃料を再処理工場(青森県六ケ所村)に持ち込み、プルトニウムなどを取り出して再利用する核燃料サイクル政策の是非について議論されていた。電力業界内ですら、高コストな同工場の稼働を進めることに反対意見があるにもかかわらず、国策として推進されようとしていることに、伊原氏は疑問を抱いた。

 「19兆円の請求書」。この頃、再処理工場の操業から廃止、中間貯蔵、高レベル放射性廃棄物の処分など原発稼働の後処理(バックエンド)に約19兆円を要し、さらに膨らむ恐れを指摘した匿名の文書が国会などに出回る。伊原氏らが莫大(ばくだい)な費用が国民にのしかかる恐れを訴え、核燃料サイクル政策からの撤退を求めるために作成した文書だった。ちなみに19兆円は、消費税を10%に引き上げた場合の1年間の増収分(約14兆円)を大幅に上回る規模だ。

 数字には確かな根拠があった。だが、与党や上司の理解は得られず、犯人捜しが始まった。伊原氏は文書作成の責任を取らされる形で左遷され、05年、霞が関を去った。

 ところが民主党政権は11年7月、民間企業に再就職していた伊原氏を内閣官房の国家戦略室エネルギー政策担当に呼び戻した。原子力ムラの鉄のトライアングルに歯向かった伊原氏の登用で、関係省庁の抵抗を抑える狙いもあった。

民主政権の手法は有効

 伊原氏が実質的なリーダーの一人である国家戦略室は、まず「コスト等検証委員会」を設置し、発電コストの検証に着手した。

 その結果、かつて大幅に安かった原発は、事故リスクなどを踏まえると1キロワット時当たり「8・9円以上」の単価となり、石炭火力の同「9・5円」並みとなった。原発が「ほかの電源と比べ安いとはいえない」ことが初めて明らかになった。

 電源構成に関しては12年6月末、「革新的エネルギー・環境戦略」の素案をまとめ、2030年の原発比率として「0%」「15%」「20〜25%」の選択肢を示した。その後、政府は国民向けの意見聴取会を全国で実施した。福岡市で12年8月にあった聴取会では「原発が安全というのは神話だ」「天然ガス発電を増やすべきだ」「核のごみの処分法が決まっていない」など、6割強の参加者が「0%」案を選んだ。

 情報提供や議論の前後で考えの変化を探る「討論型世論調査」と呼ばれる新しい手法も導入。国民からの意見公募で約9万件と異例の数が寄せられた。結果を踏まえ、有識者会合が「少なくとも過半の国民は原発に依存しない社会の実現を望んでいる」と結論づけた。電力の安定需給などを考慮し、「2030年に原発15%」を落としどころと考えていた民主党政権は、「ゼロ」への変更を余儀なくされた。

 「私たちは、行政に対する国民の不信感を払拭(ふっしょく)するために、広く意見を集める努力をした。それがまた元に戻り、政府の独りよがりになってはいけない。現政権で行われる電源構成の議論で少しでも、踏襲してほしい。政権は違っても、行政手法には普遍的なところがある。うまく使ってもらいたい」

 記者は、経産省に長エネ小委では国民の意見集約をどのように進めるのか、聞いた。いくつかの選択肢を示した上で国民の意見を聞くか、それとも選択肢を一つに絞って意見を募るか−。だが「未定」という、そっけない回答だった。

 「最近、パブリックコメント(意見公募)の直後に政策決定し、国民の意見を反映しているとは思えない行政対応がある。国民の多くが原発を『嫌だ』と言っても、政権が違う判断をすることはあり得るが、意見を集約する努力はしなければならない」

まだ止まらない核燃サイクル

 記者が伊原氏に最初に出会ったのは13年11月。九州大であったエネルギー関連のシンポジウムだった。今年1月21日に再会した際、尋ねてみた。「19兆円の請求書を出したこと、後悔していませんか」

 「自分が思ったことを素直にやっただけ、かな。後悔はないです」

 伊原氏は自公への政権交代を機に、国家戦略室を去った。今は、エネルギー系の技術開発ベンチャー企業「グリーン アース インスティテュート」の社長を務めている。

 昨年4月、安倍晋三政権は「エネルギー基本計画」を閣議決定した。核燃料サイクル政策については「再処理や、(再処理後に出たプルトニウムなどを再利用する)プルサーマル発電の推進」を明記し、継続することを決めた。

 ただ、伊原氏が「請求書」を配布した当時と比べ、核燃料サイクル政策を取り巻く環境は悪化している。(1)再処理工場が耐震などの新規制基準をクリアしなければならない(2)プルサーマル発電の普及が遅れ、再処理によって兵器転用の恐れがあるプルトニウムがたまり続けることを、米国など国際社会が強く懸念している(3)消費した以上に燃料をつくる政策の要、高速増殖炉もんじゅの計画が頓挫しつつある(4)完全自由化以降の再処理費用をどう負担するかについて根本的な議論がされていない−等々。難題だらけなのだ。

 「今国民負担が19兆円なのかどうか分からないが、早く再処理にかかる費用を算出すべきだ」

 伊原氏が原発政策で最も懸念しているのは、課題が曖昧にされたまま、なし崩し的に推進されようとしている点だ。

 例えば、廃炉会計。経産省は、老朽原発が増えてきたのを受け、見直し作業を進めている。廃炉のコストは各電力会社の電気料金に既に含まれ、原発の発電単価はその分も含めても「他電源より安い」と国民に説明されていたはずだ。

 「ところがいざ、廃炉を決めようとする直前で『廃炉にするとそれでは足りないから電力料金に上乗せさせてほしい』と電力業界は言い出した。そんなこと、堂々とのたまう。土壇場で何とかしてくれ、という議論はやっぱりおかしい。再処理事業も同じになるのではないか。19兆円で足りなくなり、負担するのは結局、後世。原発の恩恵を受けていない人たちがその負担を背負うことになる」

 取材中、穏やかに受け答えしていた伊原氏がこのときだけ「のたまう」と、怒気を含んだ言葉を選んだ。核燃料サイクル政策は、なぜ止まらないのか。

 「再処理工場に持って行けず、行き場のない使用済み燃料が各原発に残る懸念が地元で広がれば、再稼働が難しくなる。『請求書』を書いた当時と同じだ。再処理工場を動かす理由は、業界が主張するように資源のリサイクルではない。原発を動かしたい人たちは、立地自治体に『最終処分の場所にはなりません、再処理工場に運び出しますから』と説明してきた。再処理工場を抱える青森県には『最終処分場にしません、プルサーマルと増殖炉をやりますから』と。このシナリオの崩壊が怖いのだ」

 伊原氏は今こそ、核燃料サイクルを含めた原発政策の問題点を明らかにした上で、方向性を決めていくチャンスと力を込める。再処理工場からの撤退という選択肢も考えるべきだと訴える。けれども、見通しは悲観的だ。

 「政府はおそらく、(核燃料サイクル政策維持を約束した)青森県のためにも再処理工場はほそぼそと動かすことを目指すだろう。一方で再稼働が進んでくると、今度は原発内の燃料プールが使用済み燃料で満杯となり、原発が動かせない問題が浮上する。そこで、再処理する前の『中間貯蔵』という名目で、敷地内などに(持ち出せる見込みのない)使用済み燃料を長期保管していくことになる。再処理工場がほとんど動かなくても、核燃料サイクル政策を見直すのではなく、なし崩し的に中間貯蔵が長期保管になっていく。このままで、いいのでしょうか」

=おわり

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