ぼたもちの化け物
橘南谿が著した『東遊記』と言う本がある。
教科書にも載っている結果が分からない怖い昔話シリーズのうちの一つで、学生の時に教科書で読んだという方も多いのではなかろうか。
話は大体こんな感じ。
ある時から越前国鯖江付近、新庄村の百姓の家の床下で、何者かが人の口真似をするようになりました。
家の者は大いに驚いて、床板を外して調べてみたものの、床下には何も居ませんでした。
ところが板を戻すと、家人が何か言うたび床下から真似をする声が聞こえてくるようになります。
やがて薄気味悪いこの噂は村中に広まり、怖いもの見たさで家に集まった若者たちが色々と話すと、やはりその全てを床下から口真似で返してきます。
ある者が「お前は古狸だろう」と言ったところ、床下の声が口真似ではなく「狸にはあらず」と返事をしてきました。
そこで「では狐だろう」と言うと、また「狐にはあらず」との答え。
猫か、鼬か、河太郎か、もぐらかと、あれこれ名を挙げて聞いてみても、声は「いずれにもあらず(どれも違う)」と言うばかりでした。
そうして面白半分で「それならお前はぼた餅だろう」と言ってみると、床下からは「なるほど!ぼた餅なり」と声がしました。
それからは床下の声は「ぼた餅化物」と異名をとり、近辺で大評判に!
この奇怪で薄気味悪い話は城下にまで伝わり、吟味の役人が大勢訪れる騒ぎにまで発展する大事になりました。
役人たちはこの家に一晩宿泊しましたが、その夜だけは声も聞こえず、何を聞いてもうんともすんとも言わない。
彼らが帰った日の晩からはまた色々と喋るようになったそうです。
後にも何度か役人が調べに来ましたが、そのたびに「ぼた餅化物」は何も話さず、うんともすんとも言いません。
どうしようもないので調べも打ち切りとなり、それから一月ほどが経つと何も話さなくなりました。
声の主が本当は何者だったのか、どうして消えたのか、とうとう何ひとつ分からぬまま。
物語自体は続編も無く、ここで完結していて、何しろ江戸時代の話ですから、どうだったのかなんて分かるはずも無く。笑
長年記憶の片隅にこの話があって、最近ヒキガエルを見ていてふと思ったんですが、ぼたもちの妖怪はヒキガルの化け物だったのではないか?・・・・なんて思ったりします。
結構、つじつまが合うと思うんですよねぇ。
もしかしたら訊ねたリストに有ったかも知れないけれど、人を化かす生き物に真っ先に挙げられそうなのに挙がってない点を見ると聞き忘れている可能性もあるし、そうなると、狸でも狐でもなくヒキガエルなわけだから、どれにもあらず!なんて答えて当然です。
ヒキガエルそのものが幻覚作用に加えて長い舌で獲物をくっつけて食す様が吸い込んでいるようにしか見えないというところから、万物を吸い込む大蝦蟇みたいな化け物扱いされている話もあるわけで、そう考えるとヒキガエルを持ち出すのも無理ではないかなぁと。
ただ、ぼたもちか?と訊かれた時には、そのまま「いいや、がまがえるだよ」と答えるのも癪だろうし、姿かたちがぼたもちに似てなくもないしで、確かにぼたもちみたいだし良いかぁ!そうだよぼたもちだよってなるかもしれないじゃないですか。
と言うか、自分だったらそうかなぁと。
それに、床の下って言うのもポイントで、他の話に出てくるような年月を経た妖怪化したヒキガエルって大抵床下だよねって話。
ヒキガエルの毒は強力な幻覚作用を持ち、それ故に忍術とかそういう妖の類の話に利用されたりした経緯もあり、話の中で化け物扱いされても何の不思議も無いんじゃないかなと。
中国の仙人の中にも蝦蟇仙人(がませんにん)と言うのが居たらしく、青蛙神を従えて妖術を使うとされたとか。
爾來也豪傑譚の中でも、綱手、大蛇丸と共に描かれ、ヒキガエルの妖術を使うとなっている点から、ガマの親しみやすさと毒の強さがうかがい知れる。
フグ毒に匹敵する毒で、テトロドトキシン(直訳でフグ毒)に並びブフォトキシン(直訳してヒキガエル毒)と言う神経毒を有し、歌舞伎だなんだで日本人は忍者と結びつけて親しんでいる。
つまり、そういう未確認生物とか仙術、アニメ的や物語のような忍術などの不思議な技、超常現象などに結び付けられやすい。
以上のような点だけで物語の中のぼたもち妖怪がヒキガエルだと決め付けるのも浅はかだし、そのまま分からないモノとして想像を膨らませた方が楽しいのは勿論だけれど、正体に限りなく近いのはヒキガエルだろうなぁとは思う。
真相は闇の中だけれども。