「キム・ミョンホ」は軍事訓練を受け党幹部の娘と結婚した
【ケース⑥】静岡69年・大屋敷正行さん(16)
1969年7月27日。都立高2年だった大屋敷正行さん(失踪当時16)は、夏休みを利用して友達と静岡県沼津市大瀬崎海岸に海水浴に出掛けた。深夜、トイレに行くと言い残し、バンガローを出たまま行方不明になった。
大屋敷さんは8年後の77年、平安北道泰川の朝鮮人民軍総合軍官学校で軍事訓練を受けていた。名前は「キム・ミョンホ」、当時の階級は少尉だった。拉致後、収容所で語学や思想教育を受けて泰川に移動。軍人として本格的な生活を始めたようだ。以下は同期のB氏の証言だ。
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120人前後が団体生活をしていて、6人部屋で3カ月ほど一緒に寝起きしたから、ミョンホには格別な思い出がある。
体形は痩せ形で小柄。当時25歳前後のはずなのに、20歳くらいにしか見えなかった。特殊部隊の多くは長髪だったが、ミョンホは髪が短かった。鉄棒や卓球などの運動が得意で足が速かった。軍事的知識は自分より詳しかった。一緒に風呂に入った時、体の上半身にヤケドの痕のような傷を見た記憶がある。たばこ好きで毎日10本以上吸っていた。足りなくなると、自分が分けてあげた。