広島県三原市の三原港のまん前。
米が美味かったチェーン店の定
食屋が撤退して唐揚げ屋となっ
たが、すぐにフルーツサンド屋
になる。
そして、これは持たないかもなぁ
と思っていたら、早々にラーメン
屋になった。
横浜家系など、この土地では
多分だが、全く流行らないので
はと思ったりもする。
尾道ラーメン以外ラーメンでは
ないと思っているような土地だ
から。これまじ。
かなーり美味い味噌ラーメン屋
のラーメンの事も、「あっこは
うもうないけえ、行ったらいけ
んで(あそこは美味しくないので
行ってはいけないよ)」という
ジモチーの声をよく聞く。
人に行くなと言うのは広島県人
特有感覚なので置いといて、
?と思う。
九州人、東京人、横浜人、大阪人、
外国人と何度も行ったが誰もが
「これはうまい!」と北海道味噌
ラーメンに舌鼓を打っていたのだ。
じゃろじゃろけえけえ言わない
連中は。私も含めて。
まあ、感覚の違いなのだろう。
横浜家系のガッツリしたラーメン
が果たして三原市内で生き残れる
のはどれほどの期間か。
今度、味を確かめに行ってみよう
と思っている。
個人的には東京ラーメンが好きで
新造の家系は好みではない。
ハマ系ならば、私はサンマーメン
が一番好きだし、世界最高!とか
思っている。
実は、三原駅そばにサンマーメン
を出す店があった。名称はサンマー
メンとはしていなかったが。
「これ、横浜の味だ」と呟くと、
「よくわかりますね!」と店主
が言った。
ハマでラーメン修行して広島三原
の地でラーメン屋を開いたのだと
いう。
おいしかったので、家族で何度も
通った。
だが、ある日突然閉店した。
広島県三原市は古い城下町なのに、
飲食店がとても多い。
これは、かつてテイジンと三菱が
あり、工業の街だったからだろう。
赤線青線も沢山あったし、飲み屋
も異様に多かった。
街の商店街も活気があったし、
市街地には映画館が6軒もあった。
今は見る影も無い。
そして、飲食店の盛衰が異様に
多い田舎町でもある。
しかし、シャッター通りが続く
ようになったのは、都内の部分
エリアとも同じだ。
違いは、都内は商店街と街の繁
盛格差がエリア毎に開いている
のに対し、広島県三原市は全体
的にドボン一直線である事だ。
三原市で飲食業を続けるのは
非常に厳しい。
第一、三原市の市民が殆ど外食
をしない。これマジで。
外で食べているのはごく若い
世代か高齢者のみ。
中堅世代はあまり外食をしない。
多分、国の経済政策を反映した
家計の事情によるものだろう。
三原市で飲食業は厳しい。
客が来ないのだから。
三原市内で客が並ぶ人気店など
は、殆どが市外からの来訪客だ。
停まっている車もほぼ他地域
ナンバー。
市内の人はあまり外食しない。
そして、首都圏でごく普通の
賃金センサス平均給与が、三原
市では高額収入となる実態があ
る。
そうなると、当然、市の財源も
人口比でかなり低くなる。
しかし、公務員は全国一律基準
なので都内と差異は無い。
三原では一部の自営業や東京に
本社がある企業の勤め人を除き、
公務員が一番高額収入者だ。
そして、帰結として市民が外食
はしない。
客がいないのだから、三原で
飲食業で財を成す道は果てし
なく狭い。
となると、冒頭に掲げた店舗
変転、という現象が市内のあち
こちで起きる。