ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

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感想、評価、誤字報告感謝です!

久々の難産回です。修正するかも。
いつもより文章量少し短め。


転機×強襲×逃走(2)

 

 

 3

 

 

 雨が激しく打ち付ける。

 肌を叩く不快感に身を捩りながら龍園は不敵に笑った。

 霧が出てきた。視界は悪い。足場も不安定。

 自分が戦うにはこの上なく良好な状況。泥臭くても構わない。最後に勝ちさえすれば、それでいいのだから。

 

「―――で、この状況をどうするつもりだ?」

 

「どうする、とは?」

 

 肩を震わせる佐藤の身を案じながら言峰が問いを返す。

 多勢に無勢。背水に追い込まれていながらも、その表情に変わりはない。どこからその余裕が来るのか。

 龍園側はCクラスの男女ともに十五人。いずれも対言峰を想定しての人数であり、身体能力が高い者ばかりだ。しかし、相手は佐藤の肩を抱く言峰ただ一人。

 事前にあのエセ神父の身体能力が学年でもトップクラスなのは知っていた。上着を佐藤に被せ、半袖のアンダーシャツから浮き出る筋肉を見れば一目瞭然だ。

 だが、それでもこの人数差をどうにかすることは出来ない。

 

「俺たちは十人以上、そしてここには屈強なアルベルトもいる、喧嘩慣れした石崎も後から合流するだろう。つまり残る二十人以上がお前の敵として加わるわけだ。対して、お前は足でまといを抱えた上にその身一つ。で、どうする?」

 

「そうだな。お前たちは暴力を信じて疑わないらしい。逆に問いたいのだが、俺はどうするべきだと思う?」

 

「ハッ、そりゃ追い込まれてんだ。危機的状況を回避するしかないだろ」

 

 嘲笑を含んだ龍園の言葉に、言峰は首を傾げた。

 その仕草に龍園は眉を顰める。

 

「俺は、追い込まれてるのか? 危機的状況なのか?」

 

「⋯⋯何を言ってやがる」

 

「ふむ。確かにお前たちはこれから十五人の生徒で囲んで袋叩きにする予定だし、危機的状況なのかもな。だが、それはあくまで俺が反撃しないことを前提としたものだろう?」

 

「一人や二人は刺し違えるってか?」

 

「笑わせるなよ龍園。この程度の人数で刺し違えられるわけがない。俺を倒したければCクラス全員を連れてきてからにしろ」

 

 その言葉に時間が止まった。

 龍園も、アルベルトも、伊吹も、他のCクラスの生徒も耳を疑う言葉だ。不敵に笑う言峰の隣で佐藤の震えが止まった。

 先程までの絶望が嘘だったかのように、今は安堵している。絶対的な信頼、やはりこの男は人心掌握で龍園の上をいっている。

 

「⋯⋯理解出来ねぇな。本気で言っているのか?」

 

「そもそもこの策を考えたのは龍園じゃない。俺だ」

 

「―――は?」

 

「俺と椎名が懇意にしていたのを知っていたはずだが、なぜ警戒しなかった? 才女でありながらも運動神経に劣る椎名だから意識から外していたのだろう? そして、繋がりがあくまで優等生止まりの俺だったからこそ、警戒に値しなかった」

 

「お前、まさか」

 

「椎名から石崎、伊吹、金田。その三人から龍園に情報が回るわけだ。他クラスのptの効率的な減らし方をな。そして、お前はさも自分が思いついたかのように実行した。俺がばら撒いた断片的な情報を見聞きし、策として立案した」

 

 額から零れる雨水を払いながら言峰は淡々と告げる。

 信じられないという表情を浮かべるCクラスへと丁寧に教えを説くように。

 

「お前がそういった策を好む傾向にあることは須藤の事件、そしてそれより以前にCクラスとの衝突を相談してきたBクラスの生徒から聞いて、推測できた。そして実行は最終日近くであり、夜間、若しくは悪天候の時。今は絶好な条件だったわけだ」

 

「⋯⋯」

 

「お前は俺が森の中に入っていったと伊吹から連絡を受け、嬉々として潰しに来たのだろう? そしてあわよくば他の生徒を釣って更に減点させるつもりだった。連絡手段は、彼女が隠し持っていたトランシーバか」

 

「ありえ、ない」

 

 ボソリと伊吹から言葉が溢れた。

 龍園は笑みを浮かべられず射抜くような眼光で言峰を見つめている。

 

「これは余談なのだが、お前が堀北に告げた言葉を考えていたんだ。確か、『既に勝っている』だったか? まるで誰が気付くか試しているような言葉だったな。きっと自分の元を訪れた生徒全員に告げていたんだろうな」

 

「そこにすら、気付いたってのか?」

 

「ああ、ついさっきだがな。Aクラスのスポットを見てきた。あれは明らかにお前たちCクラスが譲渡したものだろう? つまり契約していたわけだ、AクラスとCクラスとで何かしらの交換条件を―――」

 

「アルベルト」

 

 遮るような龍園の言葉に反応してアルベルトが距離を詰める。

 言峰とアルベルト。身長差は果てしない。

 その恵体から繰り出される暴力は、相手を易々と吹き飛ばすだろう。そう思ってしまうほどのもの。

 アルベルトの右腕がうねりを上げ、止まった。

 

「あまり侮ってくれるなよ山田アルベルト。俺はお前より遥かに強い」

 

「―――」

 

 振り上げられた腕は、その関節に抑えられ止められた。

 左手でアルベルトの右腕の関節を抑えながら、言峰が笑う。

 初動。攻撃態勢に入り、最も力が入っていない状態を狙った技術。ただ殴る蹴るの喧嘩だけに慣れていた彼らとは培ってきた技量が違う。

 

「勿論、こんなことをしなくても握力だけでお前の攻撃を受け止めることも出来たが」

 

「―――Great」

 

 アルベルトが下がった。

 龍園もようやく自分たちが追い込まれつつあることに気付き、それでも不敵な笑みを作った。

 雨がより激しさを増し、霧が濃くなる。

 

 そんな中、言峰は更に言葉を続ける。

 

「お前たちは仮に俺がこれから暴力を振るったとしても訴えることは出来ない」

 

「プライドの為に黙ってるってか?」

 

「それ以前に信用の差だな。これまで学校側に貢献してきた優等生である俺、問題ばかり起こすCクラス。差は歴然だ。普通ならどちらの証言を信用する? それにこの状況、俺が集団で囲まれて脅迫された、とでも言えば正当防衛として認めて貰えそうな程だな」

 

「クク、この状況を本当にお前が作ったんだとしたら、俺たちは手のひらで転がされていたわけだ」

 

「今回のお前の反省点は椎名ひよりを疑わなかったことだ。これまでクラスメイトに干渉してなかったはずの椎名が、突然として他のクラスメイトに断片的な情報を伝えて回った。あまりにも不審だったはず。でもお前、いやCクラスはそれを変わり者だったから、で片付けた。いや、もし龍園の耳に入っていたのなら疑っただろう。しかしお前の耳には届かなかったわけだ」

 

 佐藤から離れ、言峰が近付いた。

 龍園たちとの距離が三メートルとなる。

 

「見つめ直すべき点が次々と見つかるな龍園」

 

「ぬかせ」

 

「椎名という明らかなスパイ。これはお前への反抗が原因だ。Cクラスの伝達能力。これはお前の統率力が原因だ。お前は暴力で支配しようとして、同時に反抗する者も作り出した。支配者としてまだまだ未熟な証だな」

 

 近付く。

 残り二メートル。

 

「お前が信じてやまない暴力は万能なものじゃない。支配も、協調も出来ない。それに、更に上質な暴力を持つ者に屈する運命にある」

 

「⋯⋯」

 

「それを今から教えてやろう」

 

 一メートルまで近付いた。

 瞬間、アルベルトの身体が弾かれた。

 

「―――」

 

 何が起きたのか、見ていた面々は理解できない。

 当事者であった言峰とアルベルトだけがそれを認識出来ていた。

 

 簡単なことだ。アルベルトがタックルするより早く、言峰が肉薄し、更にその胸部へと掌底を放っただけ。

 たったそれだけで巨躯を誇る黒人の恵体は後方へと吹き飛ばされ、無様にも地に這い蹲ることになった。

 

「―――見えたか? 龍園」

 

「マジかよ⋯⋯」

 

「言峰ッ!」

 

 呆然とただ見つめるだけの龍園とは違い、小宮と近藤が接近する。

 両者ともに拳を振り上げ、殴り掛かろうとし―――、

 

「がっ」

 

 言峰の裏拳が小宮の顳顬を弾き、そのまま遅れて身を捩って行われた、かかと落としがその頭を地へと沈める。

 

「ひぃ」

 

 視線を向けると近藤は完全に怯え切っており、立ち竦んでいた。

 だが、そんなこと関係ないと言わんばかりに言峰の上段蹴りが側頭部を打ち抜いた。

 崩れ落ちる近藤から龍園へと視線を移し、言峰は笑う。

 

「これで三人倒れたな。お前の計算を上回ったぞ龍園」

 

「はは、暴力までも一級品と来たか。⋯⋯伊吹ッ!」

 

「―――ッ!」

 

 尚、龍園の笑みは崩れない。

 叫びに反応した伊吹が言峰へと接近し、顔面目掛けて拳が振るわれる。

 

 しかし、三度振るわれた拳は全て空を切り、次第に焦りが生じてくる。

 

 そして放たれたハイキックを言峰は身をかがめて躱す。そのまま弾丸のように肩から伊吹へと肉体を叩きつける。

 吹き飛ばされた伊吹は木へと背中を打ち付け、呼吸が困難になり起き上がれない。

 

「さて、四人目だ。どうする龍園」

 

「全員で行くぞ! 先頭は俺が―――」

 

「遅せぇよ」

 

 既に肉薄を終えていた言峰の拳が龍園の胸を穿った。

 

「―――ガッ!」

 

 恐らく手加減された一撃。

 倒れた己の肉体が動かなくなる。

 

 圧倒的な戦力差だ。

 たった一人に、無傷でここまでしてやられた。

 懐かしい敗北感、だが絶望にはまだ足りない。

 

「クク⋯⋯確かに強ぇが、今後どうなるかわかってるのか?」

 

「⋯⋯」

 

 倒れ伏した龍園を言峰が見下ろす。

 その表情に変わりはない。

 

「小便してる時は? 寝てる時は? お前はいつ、どこで襲われるか分からない恐怖を―――」

 

「まだ理解していないのか?」

 

「なに?」

 

「俺はまだ全力すら出していない。その気になれば拳一つで殺せる」

 

 わざわざ屈んだ言峰は龍園の瞳を見つめながら告げる。

 

「―――お前は浅はかだな。相手が自分を殺さないと考えている。相手が暴力を振るわないから安心して自分は暴力を振るえる。そう信じきっている」

 

「なんだと?」

 

「逆に聞くが、真に追い詰められた人間は何をするか分からないぞ? 包丁、鈍器、縄、人を簡単に殺せる道具は容易に手に入る。お前は世間を知らなすぎる」

 

「⋯⋯」

 

「もし佐藤を傷付けられ激昂した俺がお前たちを殺しに来たのならどうするつもりだったんだ? そこまで想定していなかったのか? お前のやり方は怒り、憎悪を買いやすい。事前にライン、つまり引き際を弁えておけ」

 

 殺意の籠っていない瞳。

 だが、何故か龍園の中で焦りのようなものを抱かせた。まるで果てしない闇を見ているかのようなその瞳に、思考が停止する。

 

 これは―――恐怖、なのか? 

 違う。龍園は今までで恐怖や絶望と言ったものとは無縁の存在だった。

 

 ではこの感情は一体なんだと言うのだろうか。

 

「―――増援が来たか。流石にこれ以上の長居は佐藤の身が危ないな」

 

「逃げるのか?」

 

「ああ、逃げるさ。⋯⋯お前にひとつ助言しておいてやる。もし、本格的に俺と戦いたいと思っているのなら歓迎しよう。その時はお前が用意した舞台、お前が用意した策を尽くひねり潰してやる」

 

「ハッ―――出来そうだから恐ろしいもんだ」

 

「その為にも、我慢を覚えろ。策を実行する前に今一度考え直す時間、つまり仲間と話し合え。お前一人では限界が来る」

 

 遠くから龍園の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 石崎だ。どうやら残りのクラスメイトが合流してきたらしい。言峰はそれに気付いたのか振り返ると佐藤の元まで歩いて行った。

 

「し、しろうくん」

 

「怖がらせて悪かったな。帰るぞ」

 

「この、まま逃がすかよ。石崎ッ! 他の奴らも追いかけろ!」

 

 合流したばかりで状況を理解出来ていない石崎たちならば言峰に恐怖は抱かないはずだ。この場にいた生徒では無理だが、言峰の強さを知らない石崎たちなら追える。

 その確信と共に龍園は指示を下した。

 

 石崎たちは直ぐに言峰へと向かって走り出す。

 

「鬼ごっこか。失礼する麻耶」

 

「え、きゃっ」

 

 言峰は佐藤を抱き抱えると走り出した。

 そのまま逃げるように去っていく。

 

「は、はやっすぎ」

 

「まじかよ!」

 

 石崎たちの驚嘆を背後に、言峰の加速は止まらない。

 人一人抱えてこの速度、並のスポーツ選手を凌駕していた。

 

 泥による不安定な足場、木々による障害、視界を遮る濃霧。

 全てをものともせずに加速していく言峰。その速度に佐藤は目を瞑ってしまう。

 

 どんどんと離されていく距離。

 止まらない加速。

 石崎たちはやがて追いかけることを諦めていた。

 

 言峰の背中が暗闇へと消えていく。

 

 

 

 4

 

 

 

「あ、あの、ありがとう士郎くん」

 

「⋯⋯怪我はなかったか?」

 

「え、うん!」

 

 追っ手を撒ききった後、言峰は走るのをやめ、佐藤を抱えたまま歩いていた。ここから拠点はそう遠くない。

 五分もしないうちに辿り着けるだろう。

 

 佐藤は状況を呑み込めたのか、言峰に抱えられているという状態に顔を赤面させていた。

 いつもみたいに穏やかな声音、優しい笑顔。安心感が湧き出てくる。

 

「つ、強いんだね喧嘩」

 

「喧嘩は慣れていない。あくまで俺はただの武に身を置くものだ。本来、素人相手にその武を振るうことは褒められたものでは無い」

 

「でも、私を助けてくれたし」

 

「そうだな。悪戯に暴力を振るった訳じゃないから、主も寛大な心で認めてくれるだろう」

 

 安堵からか、感情が爆発し涙が零れる。

 危機を乗り越えたという安心感、言峰といるという嬉しさ、色々なものが溢れてくる。

 

「あ、あれ、涙が⋯⋯」

 

「怖かったんだろう。随分な思いをさせてしまった」

 

「士郎くんのせいじゃないよ⋯⋯」

 

 何度も涙を拭いながら佐藤は笑った。

 かなり弱っている。体温も高い。呼吸も正常ではない。

 これはリタイアさせるべきなのだろうか、と言峰は思案する。

 

「私、試験終了までは頑張るからっ。だからリタイアはさせないで⋯⋯」

 

「⋯⋯わかった。皆には内緒にしておこう。だが、それで何かあれば―――」

 

「私だってDクラスの一員なんだよ? もっと信用して」

 

「そう、か。君は強いな麻耶」

 

「ふふ、士郎くんもね」

 

「⋯⋯今回の騒動は秘密にしておいてくれないか? 俺がそれとなく言っておく。全て伝えてしまうとDクラスが混乱してしまうかもしれない」

 

 言峰の言葉に佐藤は首を縦に振った。

 堀北が指導者として成長しようとしているというのに、その邪魔はできない。それでは楽しみがなくなってしまう。

 

 そう考え、言峰は唇を噛んだ。

 まただ。また思考が安定しない。二つの思考が、二つの善悪が心を引き裂こうとしている。

 

「⋯⋯大丈夫?」

 

「―――ああ、俺は傷一つないよ」

 

 佐藤の言葉に引き戻された。

 何故、彼女にだけ自分はこうも優遇しているのだろうか。

 

 この学校で初めてできた友人だからなのか。

 最も身近にいた異性だからなのか。

 それとも―――。

 

 考える必要は無い。

 言峰は佐藤を抱えたまま、Dクラスのスポットへと帰還した。




裏タイトルは闘争です。
どうでもいいですけど笑

今回、愉悦でき、てないですね。申し訳ない。龍園くんは成長させた上で叩き潰そうと思ってます。

あと、佐藤麻耶はかなりの重要人物です。

所属するならどのクラス?

  • 絶対王者坂柳が率いるAクラス
  • 一之瀬率いるみんな仲良しBクラス
  • 龍園が支配する暴力帝国Cクラス
  • 堀北がまとめる闇鍋魔境Dクラス

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