ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

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感想、評価感謝です。
誤字報告も見返しても見落としてることが多いので助かります。

愉悦部の皆様、期待に応えられなくてごめんなさい。


櫛田桔梗の級友(3)

 時間が止まったように感じた。

 心臓が跳ね上がり、息が詰まるような感覚。いきなり、私が動揺するタイミングを見計らっていたかのような質問。表情が凍りついた。仮面が正しく機能せず、何とか真意を尋ねようとしても、出るのは喘ぐように洩れた空気だけだ。

 

「ど、どういう、意味かな⋯⋯?」

 

「いやなに、君を見ていて思っただけさ。俺相手にも明るく振舞っていたら疲れるんじゃないかな、とね。君が明るい性格なのは知っているが、それでも少なからずストレスは感じると思うが?」

 

「そんなことないよっ。私は、人と話すのが好きだから⋯⋯」

 

「そうか。ならこれは君の友人、級友、同じクラスの仲間としての助言だ。その振る舞いはいずれ君の人間関係に軋轢を生み、尽くしてきた人間に裏切られることになるだろう」

 

「そんなっ」

 

「向こうがなにかしてくるのではない。君は女子生徒相手にも嫉妬を買わない素晴らしく素敵な生徒だ。だが、君が内側に溜め込んだストレスはそうはいかないだろう? いつか爆発するタイミングが来るかもしれない。愚痴を吐くのは悪いことじゃないし、それをせずに生きていける人間なんて稀有だ。だから、君が目指す皆と仲の良い櫛田も、愚痴を吐いていようがおかしなことでは無い」

 

「私が、目指す⋯⋯?」

 

「そうだろう? 君が言っていたじゃないか、学校にいる全生徒と仲良くなりたい、友達になりたい、と。君の努力はみんな見てきている。その愛すべき人柄もね。そう口にした以上、少なくとも君はそういう人間ではないはずなんだ。元からそのような優れた人格を持つ生徒だったのなら、わざわざそれを口にしたりしないだろう。俺は君を応援しているし、些細なことで躓いて欲しくないと思っている」

 

 どうやら、私の二面性がバレたわけではないらしかった。そうだよね、少しもそんな素振りは誰にも見せてこなかったのだ、バレるはずがない。

 言峰君は単純に私が内側に鬱憤を溜めていないのか気にしてるだけだ。優しい彼らしい質問であり、彼にとって私は自ら相談せずとも助言しようと思うほどの友人らしい。虚は突かれたが、距離が縮まっているのを確認できたから良しとしよう。

 

「ありがとう、私を心配してくれてたんだねっ」

 

「ああ、差し出がましいかもしれないがな」

 

「ううん、そんなことないよっ。ちょっとびっくりしちゃったけど嬉しかった」

 

「そうか。無駄に言葉数を多くしてしまうのは俺の悪い癖だ。簡潔に言うと愚痴を吐きたくなったのならいつでも頼って欲しい、と言いたかったんだ。どうにも感情が溢れると俺は自分を抑えられなくなる」

 

「ふふ、いつもより饒舌だったからびっくりしちゃった。もし、助けて欲しくなっちゃったらお願いするね」

 

「必要になったら言ってくれ」

 

「女の子は夢見がちだから、もしかしたら何も言わなくても言峰君が助けてくれるのを期待しちゃうかも?」

 

「くく、責任重大だな」

 

 何とかいつもみたいに戻れた。彼の観察眼は要注意だ。少しでもボロを出せば、いつ裏の顔までバレるかわからない。

 やっぱり総合的にずば抜けて優秀な生徒だ。高校生とは思えないかな。彼なら私の内面を打ち明けても今まで通りに接してくれそうだし、なんなら手助けもしてくれるかもしれない。

 でも、自分からリスクを冒すような真似はしたくない。それをするのは彼ともっと仲良くなり、言峰君が確実に私の味方をしてくれると確信できてからだ。

 

「おーい、言峰くーん! 櫛田さーん!」

 

 前方から駆け寄ってきたのは一之瀬さんだ。Bクラスの中心人物でありまとめ役、私が被っている仮面を素で持っている本物の櫛田桔梗が彼女だ。

 

「一之瀬さん!」

 

「急に声掛けちゃってごめんね、今回の事件について話したくて」

 

「一之瀬か。何かあったのか?」

 

 私と同じで言峰君も一之瀬さんと親交があったみたいだ。

 一之瀬さんは息を切らしながら私たちを真剣な表情で見つめた。

 

「私たちBクラスも協力させてくれないかな」

 

「いいのか? 君たちは直接な関わりがないし、俺たちDクラスを助ける義理はないと思うんだが」

 

「友達が困ってるんだったら助けるのは当たり前だよっ。それに、私たちもCクラスに思う所はあるし」

 

「確か、何かと嫌がらせを受けているんだったな。⋯⋯協力してくれるのであればこれ以上に有難いことは無い。こちらからお願いしたいほどだ」

 

「そうだね、私もBクラスに協力して貰えるのなら嬉しいよっ」

 

 Bクラスが協力してくれるのは願ったり叶ったりだ。私たちDクラスだけでは、捜査に限界があったから。それにCクラスと交戦中の彼らであれば積極的に情報を提供してくれるはず。

 

「よかった。早速何だけどやっぱり裏で龍園君が関わっていると思う。Cクラスのリーダーは彼だし、暴力で彼らを纏めているのだから、勝手なことは出来ないはず」

 

「龍園か。彼の統治下にある生徒が勝手に問題を起こすはずがないな。ふむ、確実に裏で関わっているなこれは。ありがたい情報だ、感謝する」

 

「⋯⋯なんだか分かってたみたいだね。もしかして余計なお世話だった?」

 

「そんなことない。確かに疑ってはいたが、君の証言で確信を持てた。些細な情報でも値千金、俺たちはCクラスではなく龍園翔への対策をするべきみたいだな。あの男の思考パターンを模索すれば先手は打てるはずだ」

 

「やっぱり言峰君って頭良いよね。敵がCクラスだけだと思ってたら足元掬われそうだなー」

 

「そうだな。いつ後ろから刺すか分からないぞ? 気付いた時には手遅れだった、なんてことにはならないようにな」

 

「ふふ、怖い怖いっ。その時はBクラスが真正面から応じるよっ!」

 

「言峰君ってBクラスとも仲良かったの?」

 

「ああ、入学当初、まだクラス分けの真意を皆が知らなかった頃によく相談を受けていた。CPシステムが明らかになってからは減ったが、それでも相談を持ち掛けてくる生徒は少なくない」

 

「そうだね、私もよく耳にするよ。言峰君はBクラスでも誠実な男子として評判だから」

 

「Dクラスでも人気者だしねっ。顔もかっこいい上に運動も出来て勉強もできる、性格も良く男女構わず親身に接してくれる優しい男子だって有名だよ」

 

「やめてくれ。あんまり持ち上げられすぎると困ってしまう」

 

 一之瀬さん、言峰君、私の三人は会話を弾ませながらも情報提供者を募り、聞き込みを続けた。

 この日の放課後は久々にストレスなく過ごせた心休まるひと時だった。

 

 

 

 3

 

 

 

「対策を思いついたのっ!?」

 

「声が大きいわ櫛田さん。Cクラスに聞かれたら意味がなくなってしまう」

 

「ご、ごめんね堀北さん。驚いちゃって」

 

 私たちは学校側から審議会までに一週間の猶予を言い渡されていた。そして今日は残り三日に差し迫った頃だった。

 私たちDクラスはCクラスへの対策会議を行っており、集まったメンバーは堀北、平田君、言峰君、私、そして何故か堀北さんが連れてきた綾小路君だった。場所はもう定番と化してきた教会の応接室。

 そこで堀北は爆弾発言を落とした。

 

「対策? 情報提供者を募る以外に何かわかったのかい?」

 

「ええ、平田君。正確にはCクラスに訴えを取り下げさせる方法よ」

 

「訴えを取り下げさせる? 説得じゃ無理だって話だったよね? どうするつもりなの?」

 

「櫛田さんの言う通り、説得は無理ね。だから、相手を騙すことにしたの。特別棟に監視カメラがないのは確認済みよね? そこに彼らを呼び出して偽物の監視カメラを見つけさせる。後は学校側が真実を知っていて、私たちがどんな行動を取るのかを見ている、なんて話せば勝手に取り下げてくれそうだもの」

 

「そんなの上手くいくかい? 騙されそうにないと思うんだけど」

 

「あそこはとても暑いわ。先に呼び出しておいて5分10分待たせておけば苛立ちや暑さによって正常な判断力を保てないはず」

 

 確かに、やってみる価値はある策だ。

 お世辞にも今回の事件の当事者たちは頭が良いとは言えない。あくまで策を練っているのは龍園君一人だと思うし、彼らは脳死で命令をこなしているだけの駒だろう。

 言峰君はどう思ってるのだろうか。堀北は私と同じことを思ったのか、優雅にソファに座って珈琲を飲んでいた言峰くんへと視線を向ける。

 視線に気づいた彼は穏やかな笑みを作って口を開く。

 

「そうだな、少なくとも俺はやってみる価値はあると思う」

 

「ありがとう言峰君。貴方にそう言ってもらえれば心強いわ」

 

「だが、確実性に欠けるな。もし失敗すれば、龍園は隙を見せなくなるだろう。リスクが大きい作戦だ。その後に支障が出るからな」

 

「ええ、そうね。そこは私も理解してる」

 

「⋯⋯ふむ、石崎は裁判に詳しいだろうか?」

 

「? 私が見た限りではそこまで知性のある生徒には見えなかったわ」

 

「なら、嘘の訴えや証言は偽証罪にあたる、なんて嘯いてみれば彼も取り乱すんじゃないか? 暑さや苛立ちによる判断力の低下、そこに監視カメラの存在、そして嘘の訴えは懲役三年又は十年に相当する。ここまで言えば最早恐怖から訴えを即座に取り下げそうなものだがな」

 

「なるほど、偽証罪ね。詳しく知っていれば偽証罪が適応されるのは第三の証人だけと分かる。どちらにしろ失敗するのなら、この手はマイナスにはならない」

 

「ああ、失敗する恐れのある作戦なら少しでも成功の為に尽くした方が懸命だろう。それに、もし失敗しても既に裁判で勝てる方法を用意はしている。安心して君の作戦を試してみるといい」

 

「⋯⋯ありがとう」

 

 なんだか堀北と言峰君が良い感じの雰囲気になっている。苛立ちが募るが、ここは大人しくしておこう。

 堀北が失敗するように事前に石崎君に情報を流してみる? いやもしバレれば言峰君が敵に回るかもしれない。どうしよう、このままじゃ私より堀北の方が有用だと判断されるかも。

 

「もし、貴方に協力して欲しいと言えばついてきてくれるのかしら言峰君」

 

「⋯⋯やめておいた方がいい。龍園は俺や櫛田、洋介を警戒していると思う。石崎も俺たちの姿を見れば話す機会もなく逃げ出す可能性が高い。だから、比較的人に知られていない堀北と清隆が適任だ。堀北一人だけだと錯乱した石崎が攻撃してくる可能性もあるから清隆を連れていくといいだろう」

 

「オレ、堀北の肉壁なのか?」

 

「すまないな仕事を押し付けてしまって。俺や平田は動けない。だから清隆、お前に手を貸してほしいんだ。友人として、Dクラスの一人として仲間を助けたいと思っている」

 

「是非協力させてくれ堀北!」

 

「綾小路君、どうしたの貴方。やけにテンションが高いわね」

 

 こんなに綾小路君って積極的だったかな。須藤君を助けるため動いていた時もそこまで自発的に動いてなかったし。普段根暗な彼がテンションを高いところを見るとぶっちゃけキモイな、って思ってしまう。

 

「今回は協力しない、とは言わないのね」

 

「そうだな。今の堀北には手を貸すに値すると判断した。君もDクラスの仲間だよ」

 

「⋯⋯そう」

 

 そうと決まれば行動開始だ。

 私たちは堀北の作戦を成功させる為の準備に取り掛かるのだった。

 審議会まで残り三日。出来うる限りの手を打たなければならない。

 

 

 

 結局、審議会は始まることも無く終わった。堀北が提案した作戦は何一つアクシデントなく成功し、石崎君たちは慌てた様子で訴えを取り下げたみたいだった。無事に勝利を収めたDクラスは活気に溢れ、須藤君はまたも涙を流して皆にお礼を言っていた。

 その日はBクラスと共に祝勝会を開き、両クラスの親睦を深めることになった。Bクラスの女子が言峰君に近付くのを何とか私は阻止していたが、気が付くと彼だけが姿を消していた。佐藤さんにだけ伝言を残しており、「急用が出来たから先に席を外す。悪いが、埋め合わせはまた今度させてくれ」と言っていたと皆に伝えてくれた。

 皆で言峰君の欠席を惜しみつつも、二次会にカラオケやボーリングなどを回って大いに楽しんだ。私もBクラスで連絡先を交換していなかった生徒とも交換出来たことから結構楽しんでいたと思う。

 現在私たちのCPは95pt。まだまだ他クラスに大きく劣ってはいるが、それでも追いつけない差ではないはず。言峰君によれば、今後もCPを左右するイベントが起きる可能性が高いらしいし。

 

 執拗に私に構ってくる池くんや山内くんにうんざりしながら、言峰君について考えていた。

 かれこれ一ヶ月近い付き合い。まだまだ出会って日は浅いが、告白するには十分なほど距離は縮めていると思う。言峰君と恋人になれば、女子の嫉妬を多少買いそうだが、立場は今以上に大きくなるはず。

 無駄なことではない、が。果たして私の告白を彼が受けるだろうか。今まで何度も浮いた話が上がっているというのに、彼が特定の誰かと付き合った、なんて噂は一切広がっていない。火のないところに煙は立たない、つまり、そんな素振りさえ見せなかったことになる。

 彼はそもそも恋愛に興味があるのだろうか。カラオケルームで一人ぽつんと隅に佇む綾小路君を見つけたので少し探ってみよう。

 

「綾小路君っ。楽しんでる?」

 

「⋯⋯オレが楽しんでるように見えるか?」

 

「あはは、ちょっと見えないかも。言峰君がいないから一人になってたの?」

 

「ああ、平田の所に行こうと思ってたが軽井沢が占領していた。おかげでオレは一人ぼっちだ」

 

「でも今は私と話してるから違うでしょ? ほら、もっと楽しも?」

 

「お前は天使か櫛田。俺は今猛烈に感動している」

 

「大袈裟だよぉ。⋯⋯ちょっと聞きたいんだけどさ。綾小路君って言峰君と仲良いでしょ」

 

「ああ、オレは言峰の友人だ」

 

 やっぱり急に声のトーンが上がった。なるほど、綾小路君は言峰君に関わることがあるとテンションが高くなるのか。これはいい情報を知った。おかげで彼の扱い方がわかってきた。

 

「言峰君って恋愛相談とか受けてたりするの?」

 

「うーん、どうだろうか。本人はあまり恋愛は得意じゃない、と言っていたが」

 

「そうなんだ。過去に付き合ってた人とかいたのかなぁ」

 

「さぁ、どうだろうな。そこまでは聞いていない」

 

「気になるなぁ」

 

「どうして言峰のことを気にしているんだ? 本人に直接聞けばいいと思うんだが」

 

「言峰君ってあんまり自分のこと話さないから気になっちゃって。それに友達に恋愛相談したいって子もいたから」

 

 これは事実だ。この前みーちゃんがしようとしてたのは恋愛相談であり、言峰君の好きなタイプを探ろうとしていた。直接的にでは無いが、どうやったら上手くいくか、などを聞いてそこから遠回しに聞こうとしていたみたいだけど。

 もう少し踏み込んだ質問してみようかな。

 

「綾小路く―――」

 

「おい! 綾小路! お前なに櫛田ちゃんと良い感じになってんだよっ!」

 

「そうだぞこの裏切りもんが!」

 

「お前には堀北がいるだろ!」

 

 池くんを先頭に馬鹿共が綾小路君へと集る。思わず心の中で舌打ちしてしまった。肝心な所で邪魔しやがって。さっきまで一之瀬さんにデレデレしてたくせに。

 しかしこれ以上は今日は無理なようだ。きっともう男子たちは私と綾小路君を接近させないように動くし。

 はぁ、仕方ない。恋人になるのはもう少しだけ待ってみよう。

 

 

 

 教会に二人の男がいた。

 

「やけに上機嫌だなシェロ。何かいい事でもあったのかい?」

 

「そうだな。新たにもう一人上質な果実を見つけた」

 

「ほう、もしや例のプリティガールかな? 最近よく二人で行動していただろう?」

 

「ああ、ただのつまらん優等生かと思っていたが」

 

「君の趣味は困ったものだねぇ。あんな無垢で自分を信頼してくれている者たちを地獄に落とそうだなんて」

 

「後は実るのを待つだけだ。キッカケは与えた。成長も促した。収穫の時期が待ち遠しいな」

 

 不気味に笑う二人の姿を、ただ月明かりに照らされステンドグラスに浮かび上がった神だけが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




櫛田「せ、セーフ」

言峰「ニタァ」


櫛田を愉悦する機会はまだ先になります。期待していた皆様、誠に申し訳ございません。

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