日本大百科全書(ニッポニカ) 「痛覚」の意味・わかりやすい解説
痛覚
つうかく
皮膚感覚の一つ。痛覚は、他の皮膚感覚が身体の内外におこったできごとを感じさせるという機能をもつのに対し、加えられた侵害から身体を防御するという機能をもっている。この意味で、痛刺激(痛み刺激)を侵害刺激、それによっておこる痛覚を侵害受容感覚という。
痛覚受容器は、身体のほとんどすべての組織にみられる自由神経終末(特殊な形態をもたない無髄の神経線維末端)である。痛覚情報はAδ線維系とC線維系との二つの神経系統によって中枢に伝えられる。両線維系は脊髄(せきずい)後角に終わるとニューロンをかえ(このときのシナプス伝達物質はP物質とされている)、反対側の外側脊髄視床路を上行し、視床の後内側腹側核と後外側腹側核とに達する。ここでふたたびニューロンをかえて、大脳皮質中心後回に終わる。大脳皮質は痛みの内容や意味などを明らかにするところで、大脳皮質以下の中枢部位では単に痛みを感じるだけにすぎない。
痛覚に痛刺激が与えられると、2種類の痛みがおこる。まず初めにはっきりとした、鋭い、局在の明確な痛みがおき、ついで鈍い、うずくような、びまんした不快な痛みが続く。これらをそれぞれ速い痛みと遅い痛み、あるいは第一の痛みと第二の痛みとよび、前者はAδ線維系によって、後者はC線維系によって伝えられる。たとえば、たばこの火を誤って皮膚につけたとき、まず最初におこる刺すような痛みが速い痛みであり、それに続くうずくような痛みが遅い痛みである。感覚受容器には、もっとも敏感に反応する特別な刺激(適当刺激)があるが、痛覚受容器に対する適当刺激は他の感覚受容器の場合ほど特殊ではなく、どんな刺激でも十分に強くて、生体にとって侵害的であれば痛みがおこる。こうした痛みは、刺激によって組織細胞が破壊され、このとき細胞から遊離した化学物質(主としてキニン類)が、痛覚受容器である自由神経終末を刺激することによって生じるとされている。つまり痛覚は一種の化学感覚であるともいえる。
痛覚は全身のほとんどの組織や臓器でおこるが、部位に応じて表面痛覚、深部痛覚、内臓痛覚の三つに分けられる。表面痛覚は皮膚や粘膜におこる痛覚である。深部痛覚は体表と内臓臓器の中間組織、つまり筋、骨膜、関節などにおこる痛覚で、表面痛覚と違って局在がはっきりせず、吐き気を催したり発汗や血圧変動などを伴う。このうち筋痛(筋肉痛)は、血流不全の状態で筋が収縮を続けるとおこるもので、筋内に蓄積されたキニンやカリウムがその原因とされる。筋痛の好例は狭心症の痛みである。内臓痛覚は内臓臓器に由来する痛みで、深部痛覚と同じく局在は不明確で、不快感、吐き気、血圧変動をおこすほか、当該臓器と一定関係にある皮膚部位に関連痛をおこすことがある。
なお、近年は、生体には鎮痛作用をもった内因性活性物質があることがわかり、それがペプチドpeptideであることから、これをオピオイド・ペプチドopioid peptidesとよんでいる。エンケファリンenkephalinやエンドルフィンendorphinなどの物質がその好例である。
[市岡正道]