四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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四宮総司の奉心祭5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総司を離すのが嫌なら代わりの何かを要求すればいい」

 

 白銀の口からその言葉が出てきたのは、白銀兄妹が生徒会室に入ってきてから十分ほど経った時の事だった。

 その間、千花の胸に抱かれたまま千花と圭の口論を聞いていた総司の精神はもう限界ギリギリであり、全力で白銀の提案に乗った。

 

 千花がここまで固執する事の代わりがどんなものになるかなんて想像しなかった。そんな余裕はなかった。

 ただ、今のこの状況から抜け出せるのなら何でも良かった。とにかく早く解放されたかった。

 

「…総司君は今日、圭ちゃんと一緒に奉心祭を回ったんですよね?」

 

 千花は白銀の提案を聞いた後、少しの間考える素振りを見せてから口を開いた。

 

 総司がその問い掛けに頷いて肯定を返すと、千花は再び少しの間考えてから笑みを浮かべる。

 

「それなら総司君。明日は私と回ってください」

 

 そして、千花は輝かんばかりの笑顔で総司にそう言った。

 

 白銀の提案を聞いたばかりの、とにかく早く解放されたい気持ちばかり逸って混乱状態に陥っていた時よりはこの時の総司は幾ばくかの冷静さを取り戻していた。

 だからこそ思う。そんな程度の事で良いのか、と。

 

「…もうしばらくこのままでもいいんですよ?」

 

「回ろう。明日は千花と奉心祭を回る。回らせてください」

 

 今の千花の一言は今の総司にとって脅迫にも近かった。総司に選択肢などなかった。

 

 総司がそう言うと、千花はそれは本当に嬉しそうに微笑みながら総司を解放する。

 

「約束ですよ?」

 

「あぁ。約束だ」

 

 一言交わしてから、千花が総司に小指一本向けてくる。一瞬何のことか分からなかった総司だが、すぐに千花の意図が何なのかを察して同じように小指を一本立てて千花のそれと絡ませる。

 

「ゆーびきーりげーんまんうーそつーいたら─────」

 

 知識としてはあっても、実際にその歌を初めて聞いた総司は心の奥底で小さな感動を覚えながら千花の歌声に耳を傾けていた。

 その直後─────

 

「だきしめるっ。ゆーびきったっ」

 

 子供にとって馴染み深い約束の歌は総司にとって恐ろしい脅迫の歌と相成った。

 実際、指切りの歌の元は江戸時代まで遡り割と恐ろしい話なのだが─────そんなものは関係なく、ただただ総司だけに効く恐ろしい脅迫と化した。

 

「針千本飲んだ方がマシかもな」

 

「関係ねぇよ。約束は守る」

 

 総司を解放して千花が離れた後、白銀が歩み寄ってきて総司に声を掛けた。

 その顔は疲労感を漂わす総司とは違ってどこか楽し気に、それでいて何か微笑ましいものを目の前にする大人の顔をしていた。

 

 まるで子供扱いされていると感じた総司は僅かにイラつきながら、白銀の方を見ないまま短く言葉を返す。

 

「…あんな事言われたら、逃げる訳にはいかないしな」

 

 千花の気持ちを認めようとしない自分に好きだと何度も言ってくれた。

 四宮総司が言ってほしかった言葉を言ってくれた。

 

 そんな彼女との約束を破る訳にはいかない。そして、彼女から向けられる気持ちから絶対に逃げてはいけない。

 

 考えて考えて、その果てに総司がどんな答えを出そうとも、決して彼女の想いに背を向けてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奉心祭はここ数年一日開催だったが今年は白銀が奮闘し、二日開催を勝ち取った。

 その二日目、事件が起こる。

 

 朝、いつもの時間に起きて、いつものようにかぐやと朝食を食べ、いつもの時間に家を出る。

 何も変わらない普段の日常。ただ、いつもと違うのは心の中で今日という一日がどんな風になるのか、少しだけわくわくしていた。

 

 しかしこの時すでに、学園にて事件は起きていたのだ。

 

 異変に気付いたのは車から降りて、かぐやと並んで校門を潜ろうとした時の事。やけに生徒達がざわついていた。

 そして同時に、周囲の景色に違和感を抱く。何が、とハッキリとは言えないが、何故か周囲の景色に物足りなさを感じた。

 

「…ハートの飾りがない」

 

「─────」

 

 不意にかぐやが立ち止まり、目を見開きながらそう呟いたのを耳にして総司もこの物足りなさの正体に気付く。

 

 そう、飾りがない。奉心祭の由来、心臓をモチーフにしたハートの飾りが一個もないのだ。

 

 学園中に飾られたハートの数は間違いなく万は降らない。その途轍もない数のハートの飾りが一夜にして消え失せた。

 

「な、なんてことを!TG部め!」

 

 どこからか謂れもない中傷が聞こえた気がしたが無視をする。

 可哀想だが日頃の行いがあれだから仕方ない。…部員のとある一人だけには同情するが。

 

「犯行推定時刻は未明から朝方にかけて。昨夜は飾りつけの関係もあって各教室の施錠はされておらず、校舎内に忍び込めば誰でも犯行は可能だった、か…。四宮、どう思う?」

 

 学園中を揺るがす大事件が起きた中でも、文化祭はスケジュール通りに進めなくてはならない。とはいえ、あれだけの数のハートの飾りが一夜にしてなくなればそれなり以上の話題になる。

 

 今日の出し物の直前準備を進めつつ、学園新聞の号外を読みながら最近少し話すようになったクラスメイトが総司に質問してきた。

 

 そう。この事件の厄介な所は()()()犯行が可能だという事。学園の警備は巡回こそしていたものの教室の施錠がされてない以上万全とはいえず、侵入さえできれば()()()()()()()()()()にも犯行が可能だった。

 

「…何でハートの飾りつけだけ盗ったんだろうな」

 

「は?」

 

「もっと盗りたくなるものはあるだろ。この学園には」

 

 百五十年にも上る歴史があるこの学園には、もっと盗みたくなるような文化的代物が存在する。

 しかし、事件が発覚してからやってきた警察や教師達の調査によってそれらの物は手を付けられていない事がすでに判明している。

 犯人は正真正銘、ハートの飾りつけ()()を盗んでいったのだ。

 

「…確かに。犯行声明にも『ハートを頂きに参上した』って書いてあったみたいだし、ハートだけを盗みに来たって事か。…何で?」

 

「知るか。それよりも早く準備しろよ。開場時間に間に合わないぞ」

 

 その気持ちは総司にも分かっていた。総司とて、気にならないと言えば噓になる。

 が、それ以上に優先すべき事がある以上、それを疎かにする訳にもいかない。

 

 総司に諫められたクラスメイトはハッ、とした後学園新聞を教室後方のロッカーに置いてから準備に集中する。

 その姿を見ながら、総司はふと思った。

 

 突如大量のハートの飾りが消えた大事件。残された犯行声明。

 ()()()好きそうな要素が勢ぞろいのこの一件。

 

(どうすんだろ、今日。一応約束通りに行くけど…来るのか?)

 

 昨日、奉心祭を一緒に回ろうと約束した少女の顔を思い浮かべながら総司は準備を進めた。

 

 どんな事件が起ころうとも、生徒に全く被害が及んでいない以上文化祭を中止にする理由はない。

 予定に変更はなく、当初の時間通りに開場。奉心祭の二日目が始まった。

 

 開場から午前一杯、総司は()()()()()()()として教室で科学の説明をし続け、シフトが終わるとほんの少しの疲労感を感じながら白衣を脱いで教室を出る。

 控室に白衣を置いてから、総司は約束の場所へと足を向けた。

 

「総司君!」

 

 生徒達の控室が並ぶフロア、一般客は立ち入り禁止となっているエリア。そこの東階段付近で、千花は総司を待っていた。

 

「?どうしたんですか?」

 

「いや…。もしかしたら来ないかもって思ってたから」

 

 いつもと変わらない様子で笑顔を向けてくるその姿に少し驚いていると、千花が不思議そうに首を傾げながら問い掛けてきた。

 その質問に対し、総司は特に誤魔化す事なく正直に自身の気持ちを打ち明けた。

 

 すると、千花は不服そうにむっ、と頬を膨らませる。

 

「私が約束を破る子だって思ってたんですか?」

 

「違う、そうじゃない。ただ…あんな事があっただろ?だから、千花は調査に乗り出すんじゃないかって思ってたんだよ」

 

 くるっ、と総司に視線を向けたまま背を返した千花に慌てて言い募る。

 

 千花が約束を破る不誠実な人だと思っていた訳じゃないんだと。

 

 千花は総司の台詞を聞いてすぐに合点がいった表情になり、宙を見上げながら口を開いた。

 

「あー。確かに、ハートが盗まれた事件には興味が惹かれましたよ?マスメディア部の二人にも事件捜査の協力をお願いされましたし」

 

「…何で行かなかったんだ、なんて聞いたら怒るよな」

 

「勿論です。総司君が分かってくれてるようで安心しました」

 

 何で、なんて聞かない。何となく想像はついてるが、答えがハッキリしていない以上質問してみたい気持ちは小さくなかった。

 それでも耐えて、総司はギリギリの所で正解を引いた。

 

「事件の捜査よりも私が惹かれる人が目の前にいるんですから」

 

 両手を背後で組み、総司に体を向けて上目で見上げながら千花は淀みなくそう言い切った。

 

 直後、千花は右手を伸ばし、総司の手を掴んでくいくいっと引く。

 

「行きましょう、総司君。約束はちゃんと守ってもらいますからね」

 

「ここまで来て約束破るなんてある訳ないだろ。…どこか行きたい所はあるのか?」

 

「うーん…。いきなりで申し訳ないんですけど、ちょっとお腹空いてるんですよね。総司君はどうですか?」

 

「さっきまでクラスの出し物手伝ってたから昼飯はまだだ」

 

「それなら外の模擬店を見に行きましょう!」

 

 早速足を向ける場所が決まり、総司と千花は並んで歩き出す。

 

 一階まで下りて校舎を出た後、中庭まで伸びる通路脇に並ぶ屋台を眺めながら何を食べようか考える。

 

 焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、フライドポテト、クレープ等々。食べ物だけではなく、おもちゃを売っている模擬店も並ぶ道を千花と一緒に歩く。

 

 するとまあ、視線が集まる。四宮の後継者である総司とかつての総理大臣の孫でありピアノの天才と謳われた千花が二人で文化祭を回っているのだから当然と言えば当然だが。

 

 が、二人はそんな視線をこれっぽっちも気にする様子もなく、お昼ご飯に何を食べるか話をしながらただただ歩いていた。

 

「たこ焼きは昨日食べたので他の物が食べたいです」

 

「俺は焼きそばを食べる」

 

「あっ、総司君!クレープも食べましょう!二人で別の味を頼んでどっちが美味しいか確かめませんか?」

 

 会話が完全にデートである。そしてこの会話は周囲にも聞こえている。恐らく今朝、ハートの飾りが消えた事件が発覚しなければこっちの方で号外が出されていたかもしれない。

 

「総司君、あーん」

 

「…ちぎってくれない?」

 

「総司君、あーん」

 

「…」

 

「あーん」

 

 それぞれ昼食を済ませた後、食後のデザートにクレープを二つ、違う味を頼んで食べていた。

 中庭のベンチに並んで座り、総司は抹茶小豆を。千花はストロベリーチョコを食べていたのだが、不意に千花が総司に向けて自身が持っているクレープを差し出してきた。

 

 二人で別の味を頼んでどっちが美味しいか確かめる。総司もそれに了承はしたが、まさかこの方法で食べさせ合うなんて思っていなかった。

 

 初めは抵抗した。だが、無駄だった。総司は恋する乙女の前で無力、ただ従うしかできない弱者に過ぎなかった。

 

「「「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 差し出されたクレープを一口齧る。直後、周囲から巻き上がる歓声。

 さっきまでは気にも留めなかった視線が気になり始め、途端胸に湧き上がってくる羞恥。

 

 ─────俺達は人前で何をしてるんだ…。

 

 かぐやに見られたらそれは面白いものを見たと言わんばかりの顔で『お可愛い事』とか言われるのだろう。

 伊井野に見られたら顔を真っ赤にして怒りながら『不純異性交遊は止めてください!』と怒鳴られるのだろう。

 早坂に見られたら…見られたら…どうなるんだろう?とりあえず怒られる、気がする?

 

「総司君。今度は私の番ですよ?」

 

「…は?」

 

「あーん」

 

 何だかんだクレープは美味しく、心地よい甘さを堪能してから飲み込む。

 その時、隣から聞こえてきた言葉の意味を総司は数秒の間理解できなかった。

 

 私の番。あーん。

 

「…千花、待て。流石にそれは─────」

 

「あーん」

 

「…」

 

 駄目だ、と総司は悟る。さっきと同じパターンだ。千花は絶対に譲らない。

 

 総司にとって一番ダメージが入らない行動は今すぐここから立ち去る事だ。間違いなく周囲から罵られる事請け合いだが、自身と何の関りもない第三者から何を言われようとも総司にはノーダメージだ。

 しかしこれをすれば千花が傷つく。故に、この方法は論外。

 

 そのため、残される選択肢は二つ。千花を説得し続けるか、素直にあーんを行うかだ。

 前者は望み薄。というより、最早後者しか選択肢がないに等しいくらいだ。

 

「…はぁ」

 

 腹を括るしかない。ただ自分が頼んで口をつけたクレープを異性の友人に一口食べさせるだけだろう。

 何をそんなに尻込みする必要がある。

 

 あーん?間接キス?そんなものは知らない。考えようとしない。総司が今しようとしているのは、ただクレープを友人に食べさせる事。そんな甘い行為なんて総司は知らない。

 

 考えまいと努めなければ、耐えられなかった。

 

「んむ…。美味しいです」

 

「なら良かった」

 

「「「「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」

 

 さっきよりも上がった歓声が多い気がした。

 

 総司は体を小さくしながら、千花はご満悦そうに、それでいてちょっぴり恥ずかしそうにしつつも残ったクレープを食べ切る。

 

「それじゃあ総司君。今度は校舎内で何か面白そうなものを探しましょう!」

 

「…そういえば石上のクラスの出し物が面白いって噂で聞いたな」

 

「あっ、それ私も協力したやつです!興味あるなら行きますか?」

 

「お化け屋敷だっけか、何か普通のとは違うらしいけど。…行くか」

 

 クレープの包みを丸め、近くのごみ箱に捨ててから今度は校舎へと足を向ける。

 歩きながら次はどこに行こうと話に華を咲かせながら、隣の千花の顔を見る。

 

 楽しそうに笑っていた。自分とただ文化祭を回っているだけなのに。

 それとも、()()()、なのだろうか。自分と一緒に居るから、そんなに楽しそうなのだろうか。

 

「行きましょう、総司君!」

 

「あぁ」

 

 千花の満面の笑顔に釣られて総司も笑顔になりながら頷く。

 

 少し恥ずかしいが─────悪い気分ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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