三期…よき…
劇場番…みる…
小説…投稿する…
総司と千花の二人を残して生徒会室を出て、十五分は過ぎただろうか。
生徒会室を出て少ししてから突然、今までに聞いた事のない声量の千花の怒鳴り声がしたり、これまた聞いた事のない総司の怒鳴り声がしたり、どうなる事かと思いながら待っていたが、今は静寂を保っているらしい。
無論、実際に部屋の中にいる訳ではないため、本当のところどうなのかまでは解らないが。
生徒会室前の廊下、扉から十メートル程離れた所にて、白銀御行は妹である白銀圭と一緒に総司と千花が出てくるのを待っていた。
「…静かになったな」
「…」
先程までは何かしらの話し声が、内容までは聞き取れなかったものの聞こえてきた室内が、今では静かになっている。これは果たして、話し合いが終わったという事なのか。
そしてそれは、どういった結論を以て終わったのか。決別か、それとも。
「…圭ちゃん?」
「…なに?」
「いや、どこに行こうとしてるのかなー、と」
不意に、壁に背中をつけ寄りかかっていた圭が歩きだした。
それも、生徒会室の方へと。
「生徒会室に決まってるでしょ」
「あ、うん、そうだよね。そっちにあるの生徒会室だけだもんね。…じゃなくて」
今この場所から生徒会室の方に歩き出した人が、また別の場所に行こうとしていたら逆に驚く程である。しかし、本題はそこではない。
「話が終わるまで待つんじゃなかったのか?」
「静かになったし、終わったでしょ」
「いや、解らないだろ。平行線のまま話が進まないから一旦、って事も考えられるだろ」
話が終わるまでここで待つ、と言い出したのは圭だった。その圭が、まだ話の途中かもしれない二人の元に行くと言い始めた事に白銀は戸惑いを覚える。
圭は何かをやると決めたら絶対にそれを曲げない意思の強さがあった。そんな圭が、話が終わったという確証のない生徒会室に乗り込もうとしている事がどうしても引っ掛かる。
しかし、その理由はあっさりと圭の口から明かされる。
「嫌な予感がする」
「は?」
「このままじゃ追い付き様がない差をつけられる気がする」
「…は?」
明かされた、のだが、白銀はその言葉の意味を分かりかねていた。
嫌な予感とは。追い付き様がない差とは。圭は一体、何を危惧しているというのか。
「ちょちょちょ、待て待て待て」
「止めないでお兄ぃ。このままじゃ千花姉に総司さんかっ拐われる!」
「あっ、嫌な予感ってそれ!?てか言い方!」
かっ拐われるって。さすがにツッコミを止められなかった。
「どけぇ!」
「げふっ」
かくして、白銀は圭を止められず、圭は生徒会室の扉を勢い良く開け放った。その扉の向こうの光景を、圭の背後から白銀もまた目にしていた。
「…千花姉?」
「…いや、お前ら何がどうなってこうなった。何してんの?」
千花の胸に抱かれる総司という光景を目にし、圭の瞳のハイライトが消えていき、そして白銀の瞳もまた死んでいった。
というより、一番白銀が驚いたのは圭の予感が当たっていた事だ。適当に出鱈目を言っているだけだと、ただ総司と千花を二人きりにした事に不安が過っただけだと思っていたのに。
まさか、こんな事になっていたとは。
時は少し遡る。白銀兄妹が生徒会室に乗り込むよりも少し前、まだ総司は千花の胸に抱かれたままでいた。
ずっと押し留めていた感情が溢れ出し、自分を包む温もりに縋りながら泣き続け、そしてようやく落ち着き始めていた時だった。
(いや、これどうなってんの?)
千花の胸の中でようやく我に返ったこの男は、状況の整理を始めた。
千花と話し合い、どれだけ自分が千花に相応しくないと言い続けても受け入れて貰えず、挙げ句の果てに言い負かされ、その上情けなく涙を流して抱き締められる。
(…はっず!いやはっず!何これきっしょ!いやきっしょ!)
語彙力が喪失した。あまりの動揺に、すぐに千花から離れればいいものを、そのままの状態で総司は内心で悶えまくっていた。
しかし、この男として情けなさが限界突破してしまったこの状況、恥ずかしさによる機能停止は致し方ないのかもしれない。
「ん…」
「…」
だが、状況は何も変わらない。総司は千花に抱かれたまま。どころか、どうやら無意識に身動ぎしてしまったらしく、千花が小さく、擽ったそうに声を上げた。
総司は動けなくなる。この体勢で声を出せばまた同じ風に千花が悶えるだろうし、かといって無理矢理離れるのも千花に怪我をさせる危険がある。
決して今の体勢が心地好いとか、そんな事を考えている訳ではない。いや、普通に暖かいし心地好いのは間違いないが。
色々と混乱して総司の頭の中はぐちゃぐちゃになっている。そのせいか、年相応の欲から来るもやもやが胸の奥から滲み出てくる。
しかし何もできない。動けば千花と密着してるが故に柔らかい感触が押し付けられるだろうし、さっきみたいに千花の悩ましい声が上がるだろう。
だからといってこのままで居られる訳もない。完全なデッドロック状態だ。
(考えろ、思考を回せ。大丈夫だ。この状況から抜け出す方法が必ずある筈)
四宮の麒麟児と称された頭脳を限界まで回す。千花の胸に抱かれたまま。
(力づくは論外だ。千花を怪我させる危険がある)
必死に様々な可能性を手繰り寄せ、検証し、その先の結果を予測する。柔らかい千花の胸に抱かれたまま。
(さりげなく離れようとしても何故かその度に千花の腕に力が籠る…。くそっ、やはり駄目か…っ)
時に無謀と分かり切っていても脳内に浮かぶ可能性を試してみる。この世の極楽とすら思える程の千花の胸に抱かれたまま。
(─────ガアアアアアアアアアアアア!!!思考が定まらねぇっ!!!どうすりゃいいんだっ!!!!)
訂正。総司は全く自身の思考を回せていなかった。それどころか自身の顔を包み込む柔らかい感触に浸りかけてすらいた。
「…千花さん」
「はい。なんでしょう?」
「そろそろ離してくれませんかね」
そうだ。何を回りくどい事を考えていたんだ。こうやって正々堂々と頼めばきっと離してくれ─────
「嫌です」
ませんでした。即答で拒否されました。
「な、何故でしょう?」
「私がこのままでいたいからです」
「なんで!?」
「総司君が好きだからです」
「…」
黙り込む総司。総司からは見えないが、そんな総司の反応を受けて千花はご満悦そうに笑みを浮かべていた。
「だいたい総司君。これは全男子が憧れるシチュエーションですよ?女の子の胸に抱かれるなんてそうそうありません」
「俺は憧れてないから全男子という部分は訂正してくれ」
「…総司君てホモなんですか?」
「違う。何故そうなる」
「大丈夫です。総司君がホモでも私の気持ちは変わりません。むしろ絶対に総司君の心を私に振り向かせようって燃えてきますから」
「話を聞いて!」
「それと総司君。話がずれますが、くすぐったいので静かにしてほしいです」
「…」
再び黙り込む総司。そしてご満悦そうに微笑む千花。さっきの繰り返しだった。
くすぐったいなら離せと言ってもさっきと同じく「嫌です」の一言で即断られるのだろう。
(くそ…。屈辱だ、この俺が誰かに救いを求めるとは…っ)
こうなればもう総司に残された選択肢はもうこのまま誰かが来るのを待つ事だった。
それはつまり、自信の命運を第三者に委ねるという事。総司にとってはこれ以上ないほどの屈辱であったが、この状況では仕方ないと必死に自分に言い聞かせる。
千花の胸の中で。
恐らく、生徒会室からそう離れてない所で白銀兄妹が自分達の話が着くのを待っていると総司は算段を立て、そしてその予想は当たっていた。
総司は彼らにこの状況を打ち破ってくれると期待した。してしまったのだ。
「っ─────!」
総司の期待に応える者は現れる。当然だ。遅かれ早かれ、総司と千花がいつまで経っても生徒会室から出てこなければ白銀兄妹は奇妙に思って様子を見に来るに決まっている。
恨むべきはタイミングの悪さか、それとも
「…千花姉?」
生徒会室の扉が勢いよく開き、総司と千花が振り向いた視線の先に立っていたのはハイライトが消えた瞳に二人を映す圭。
「…いや、お前ら何がどうなってこうなった。何してんの?」
そして続いて聞こえてきた声は圭の背後から。死んだ目をした白銀がそこに立っていた。
二人の─────というより、圭の目を見た総司はこの時こう思った。
選択を間違えたかもしれない─────と。
「圭ちゃん。どうしたんですか?そんなに慌てて」
一見、いつもと同じくほんわか柔らかく鼓膜に届く千花の声。
だが何故だろう、その声から微かに険を感じるのは気のせいだろうか?
「うん、ちょっと嫌な予感がして。…とにかく総司さんを離して」
一方圭の方は千花とは真逆、声から怒りが滲み出ていた。
ギロリ、と音が聞こえてきそうな程に鋭く睨み付ける圭の視線に対して千花は全く堪える様子はなく、ニコニコと笑顔を浮かべたまま総司を離す事はなかった。
「し、白銀…。助けてくれ…」
「はい。任せてください総司さん。今助けます」
「…」
圭の背後の白銀に視線を向け、か細い声で総司は助けを求めたが返事をしたのは兄ではなく妹だった。
違う、そっちじゃない。
総司はそう心の中で思ったが口には出せなかった。
「聞こえたでしょ千花姉。総司さんが困ってるから早く離してあげて」
「そうでしょうか?思春期男子達が夢見る至福の一時を早々手離そうとは思わないんじゃないですかねぇ~?」
「総司さんはそんな子供っぽい人達と一緒にしないで!」
「…」
ごめんなさい。今はともかく、少し前まではちょっぴりこの感触を堪能してる部分がありました。
総司はそう心の中で思ったが口には出せなかった。
「し、白銀!頼む、助けてくれ!お前しかいない!お前だけが頼りなんだ!だから頼む、白銀ぇっ!!」
「…仕方ない。圭ちゃん、藤原。一旦おちついt「「お兄ぃ(会長)は黙ってて(ください)」」…すまない総司。俺は無力だ」
「白銀ぇ──────!!?」
秀知院学園全生徒の中で最も権力を持っている生徒会長は、二人の少女の迫力に圧されて引き下がるしかなかった。
そんな無情な現実を目の当たりにした総司は、最初の親友の名前をただ叫ぶ事しか出来なかった。