四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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四宮総司の奉心祭3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方、目を丸くしてこちらを見る壮年の渋い男性一名。そして此方には同じく目を丸くして男を見る男子生徒一名と、顔を青くして震える女子生徒一名。

 

 周りが奉心祭を楽しむ人達の明るい雰囲気に包まれる中、ここだけ奇妙な空気が発生していた。

 目にしてはいけない何かを目にしてしまった様な、ここに存在する筈のない何かを見てしまった様な、何ともいえない奇妙な空気。

 

「おやぁ…?おやおやおや…」

 

 男、つまり白銀父は総司と圭の間で何度も視線を行き来させながら口を開く。そしてこちらに歩み寄ってくる。

 

「朝から随分急いで家を出ていったと思ったら…、こういう事か」

 

「な、なに?別にお父さんには関係ないでしょ」

 

 言い返す圭の声は震えている。相当動揺しているらしい。

 

「おいおい、つれない事を言うなよ。もしかしたら、彼が未来の義息子になるかもしれないんだぞ?」

 

「ちょっ…!変なこと言わないで!」

 

「変なこととは何だ。俺は知ってるんだぞ?お前が彼からのメッセージを見ながらにやにやしてr「ああああああああああ!あああああああああああああああああ!!!」」

 

 白銀父の台詞に圭が割り込んで叫び出す。更に叫びながら白銀父の口を両手で塞ぐ。

 

 圭の背後では総司が首を傾げていた。

 何しろ総司のメッセージがどうのと言っていたのだから。

 

「俺が何ですって?」

 

「あぁ。圭は君からメッセージが来ると、とてもうれしs「だからやめてぇっ!!」」

 

 再び圭による妨害。白銀父の台詞を総司は聞き取れなかった。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「大丈夫か、圭?」

 

「だ、誰のせいでこうなってると…」

 

 連続で全力で叫んだせいか、圭の息が乱れている。その元凶は、全く原因が自分にあるとは思ってなさそうな顔で圭を眺めていた。

 圭に睨まれても、素知らぬ顔である。

 

「総司くん、久しぶりだね」

 

「はい。お久しぶりです」

 

 前に会った時にも思ったが、白銀父は相当なマイペースのようだ。圭の視線を受けながら、白銀父は総司に話し掛けてきた。

 娘に鋭い視線を向けられながら、それを意に介さず他人に話し掛けるなど、普通の人間には出来やしない。

 

「…え?総司さん、父と会った事があるんですか?」

 

「あぁ。三者面談の時にな」

 

「…」

 

 総司と父のやり取りを聞いて、引っ掛かりを覚えたのだろう、圭が問い掛ける。

 

 総司が白銀父と会ったのは、三者面談の順番をかぐや、早坂と待っていた時。

 突如颯爽と登場した白銀父は、総司とかぐやに途徹もないダメージを残して去っていった。

 

「…総司さん。父は何か失礼な事をしませんでしたか?」

 

「圭。お前はお父さんを何だと─────」

 

「黙ってて」

 

「ひどい」

 

 有無を言わさぬとはまさにこの事。父の抗議をバッサリと切り捨てた圭は総司を見上げる。総司の返答を待っているのだ。

 

「まあ、その…、うん。ユニークなお父さん、だよな」

 

「…」

 

 総司の返答を受けた圭がゆっくりと俯き、全身がわなわなと震え出す。その内心を窺い知る事は出来ないが、まあ平常心ではないだろう。それだけは解る。

 

 因みに、話しはずれるが以前の体育祭で白銀父が同じようなやり取りをした事があるという事を総司も圭も知る由もない。

 

「おっと…。年取ったおっさんがいつまでも若い男女の邪魔をしていてはいかんか」

 

「黙って…」

 

「総司くん、時間が空いたらで良い。いつか私の所に挨拶に来なさい」

 

「もう、黙ってぇぇぇぇぇ…!」

 

 

 限界に達した圭の絶叫は、それはそれは綺麗に響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 頭を抱える圭と、その隣で苦笑を浮かべる総司の姿をじっと眺める人影があった。

 

 悲しげに、今すぐにでもあの輪の中に飛び込んでいきたい欲求を抑えながら、ただただ二人の姿を見ているだけ。

 

「千花ちゃーん、何してるの?早くいこー」

 

「…はいっ、すぐに行きます!」

 

 誰かに呼ばれた人影は悲しげな表情を収め、笑みを浮かべて振り返る。

 

 足取りは軽く、心持ちは重く、藤原千花は総司から離れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何で総司が圭ちゃんと?」

 

「さっき教室で会ってさ。奉心祭回ろうって誘われた」

 

「…」

 

 所変わって、現在総司と圭の二人はB組の教室、つまり白銀のクラスへやって来ていた。

 あの後、白銀父は何も言わずに去っていった。圭の心に大きなダメージを残して。

 まるで嵐のように、颯爽と去っていった。

 

 頭を抱えて固まってしまった圭をフォローして、気を取り直させてから来たのがここ、白銀の所である。

 

 が、どうも歓迎されていない様子。折角友人が顔を覗かせたというのにこの態度は如何なものか。

 

「圭ちゃん。俺には今日は行かないって言ったのに」

 

「そうだっけ」

 

 白銀が少し悲しそうに圭に視線を向ける。しかし圭は白銀を見ようともしない。そっぽを向いたまま適当に相槌を打っている。

 

「おーい、いつまでも喋ってないで何か作れよ。ほらほらほらほら」

 

「…お前には巻き糞を作ってやろう」

 

「いらねぇ、てか作れるのか」

 

「二人とも、女の子の前でそんな話しないで」

 

 男同士特有のノリで話す総司と白銀だが、女子である圭にはついていけない様。圭の冷え切った声を、総司は初めて耳にした。

 

「「ごめんなさい」」

 

 男二人は声を揃えて謝罪の言葉を口にし、揃えて圭に向かって頭を下げた。

 幸いなのは周囲の生徒達が総司達の方を見ていなかった事だろう。四宮総司と白銀御行という学園で最も有名な生徒である二人が、中等部の女子生徒に頭を下げるという光景を見られなかった。

 もし見られていたら…、噂はたちまち広っていただろう。秀知院きっての天才二人を従える女番長現る、みたいな感じで。

 

「それで?何を作ってくれるの?」

 

「あ、あぁ。この本に載ってる物なら一通り作れるから、選んでくれ」

 

 白銀が言いながら、はじめてのバルーンアートと表紙に書かれた本を渡してくる。

 総司がその本を受け取り、自身と圭にも見える位置に置いてページを開く。

 

「へぇ…、結構色んな種類があるんだ。…これ、ホントに作れるの?」

 

「ふ、ふん。この程度、俺にかかればお茶の子さいさいだ」

 

 疑わしげに視線を向ける圭に、白銀は胸を張りながらどこかの誰かさんが聞いたら激怒しそうな台詞を吐く。

 この場にいる以上、本にある物を作れるというのは嘘ではないのだが、作れるようになるまで紆余曲折あった事を圭は見抜いていた。

 

 一方の総司はそんな事を知ろうともせず、ただ何を作ってもらおうか本を見ながら考えていた。

 

「…ハート?」

 

「え?」

 

 新しいページを開いた直後、総司の目に留まったのはハート型に整ったバルーンだった。

 

「何だ総司。ハートに興味があるのか?」

 

「いや…。これも頼まれたら作るのか?」

 

「あぁ、勿論」

 

「…面倒な事になるんじゃねぇの?」

 

「…お前が気になったのはそっちか」

 

 白銀が苦笑する。ハート、というのは、この奉心祭にとってかなり重要なキーアイテムになっていたりする。

 この奉心祭の由来となった昔話に準えて、異性にハートのアイテムを贈るというのが期間中の告白の仕方になっている。何でも、奉心祭中にハートを贈って結ばれると、永遠に二人は一緒になれるとか。

 

 しかし、こんな中々にロマンティックな話が問題を引き起こす場合もある。無理矢理ハートを贈ったり、受け取ろうとしたりする輩もいるのだ。

 先程総司が引っ掛かったのは、そうした輩を助長させてしまうのではないか、という懸念からだった。

 

「ほら、これを見ろ」

 

 だが、それは杞憂に終わる。白銀が机の上にある白い紙を指で叩き、総司に読むよう促す。

 そこには、【ハートのもの……1♥️】と書かれていた。つまり、ハートのものを受け取った場合、受け取った側もハートのものを渡さなければならないという。

 

 本気で相手が好きで、覚悟を決めた者ならば何の問題もない。しかし、そうでない者には効果がある、上手い牽制の仕方だ。

 

「で?総司はハートが良いのか?だとすれば、俺は断るが」

 

 そう感心していると、白銀が口を開いた。

 ここに来てからずっと白銀と話し続けていたが、さすがにそろそろ本題に入らなければ後のお客達に迷惑だ。

 

「ふざけんな。俺だって御免だ。…じゃあ、この花を圭さんに作ってくれ」

 

「え?」

 

 白銀のからかいに言い返してから、総司は圭を見ながらそう言った。すると、圭が目を丸くしながら総司を見上げた。

 

「総司さん、また…!」

 

「いやぁ、こういう時は男が出すのが定石だろ?」

 

「そういう問題じゃないですっ」

 

 プリプリと怒る圭に苦笑いしながらも、総司は譲らない。

 ここで譲るのは先輩として、男として格好悪すぎる。

 

「ほら、白銀。先払いだ」

 

「ちょっ、お兄ぃ!受け取らないでよ!?」

 

「どっちの言う事聞きゃ良いんだ」

 

 真逆の事を要求する二人に困惑するしかない白銀。しかし、総司が言いながら代金を差し出したため、白銀はつい受け取ってしまう。

 

「受け取ったな?よし、作れ白銀」

 

「あー…、まあ、あれだ圭ちゃん。今日くらい、甘えたって良いんじゃないか?」

 

「…」

 

 何故か偉そうにしている総司を無視し、白銀が圭を宥める。

 頬を膨らませて不満です、と意思表示していた圭だったが、これ以上駄々を捏ねるのも時間をとって他の客の迷惑になると自分を納得させる。

 

「…解りました。ホント、総司さんはこういう所が狡いんです…。強引だし…」

 

「?何が狡いって?」

 

「何でもありませんっ」

 

 つーん、とそっぽを向く圭に総司は再び苦笑い。

 普段は大人っぽい割に、ふとした時に年相応の可愛らしさを見せる圭を見ていると、つい気持ちが緩んでしまう。

 

 常に冷静沈着な早坂と、常に明るく柔らかな雰囲気の千花を足して二で割ったような─────

 

(…千花)

 

 脳裏に浮かんだ、混じりっ気のない満面の笑顔。

 千花とはあの出来事から口を利いていない。いつもなら一日に一度は必ず千花と話していたのが、今は姿を見る事すら難しい状況だ。

 

 いや、そうじゃない。千花と話そうとしていないのは、誰でもない総司自身。

 千花とこのままでいたいと思っている訳ではない。むしろその逆だ。しかし、千花と顔を会わせたとして、何を話せば良い?何と言えば良い?

 

 きっと、自分は千花の望む言葉を返せない。

 そんな呪縛が総司を縛り付けていた。

 

「総司さん」

 

「─────」

 

 傍らから聞こえてきた声で我に返る。気付けば、圭の手には黄色いバルーンで作られた花があった。いつの間にか白銀は依頼の物を完成させていたらしい。

 

「ふーん。白銀はこういう器用さを求める作業は苦手だと思ってたんだけどな」

 

「さっきも言っただろう。お茶の子さいさいだ」

 

「まあ、そういう事にしておいてやるよ」

 

 白銀と軽口を叩き合ってから、総司が立ち上がり、圭も続いて席から立つ。

 

「じゃあな白銀。頑張れよ」

 

「あぁ。総司も、圭ちゃんに何かあったら許さんぞ」

 

「シスコンうっざ」

 

 最後に今度は三人で軽口を叩き合い、総司は圭と共に教室を出ていった。

 

 軽口を叩き合った直後、圭と白銀の視線が一瞬、交わった事には気付かぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…。何か腹減ってきたし、次は外の出店でも回ろうか?」

 

 隣で、自分の想い人が笑い掛けてくる。いつもなら心踊らせるその仕草が、今は悲しく見えて仕方ない。

 それは、先程の総司の顔を見たから。兄がアートを作っている間に総司が見せた、複雑な表情の理由を知っているから。

 

「総司さん」

 

「ん?」

 

 圭は立ち止まる。立ち止まった圭に呼ばれ、振り返った総司がその事に気付き、同じく立ち止まる。

 

 迷いがなかったと言えば嘘になる。何しろ、今から圭がする事は、恋敵に塩を贈る事と一緒なのだから。

 それでも、圭はこの選択に後悔はない。圭にとって、二人は掛け替えのない大事な人達だから。

 

「千花姉と、何かあったんですか?」

 

 総司の顔を見上げながら、ハッキリと問い掛ける。

 

 総司の表情が、固まったのが見えた。


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