皆さん、来週アニメ最終回ですって…。
…悲しい。はよ!三期はよ!
「こりゃ無理だろ。これってかなり年代物だから修理部品残ってるか怪しいし、SDカードじゃなく内蔵メモリに保存してたんだろ?データの復旧は無理だ」
ボロボロに壊れた携帯を見ながら総司は長々と説明する。
総司が握っている携帯電話はかぐやの物である。着メロは16和音、写真も10万画素という代物だ。思い入れがあるとずっとかぐやはその機種を使い続けていたのだが今日、屋上から落としてしまったらしい。
「かぐや。明日一緒に新しいの買いに行こう」
「…いや」
「…かぐや」
「総司が言ってる事は全部推論でしょう?もしかしたら直るかもしれない」
「…解った。なら明日、その携帯を持って見せに行く。駄目だったら一緒にスマホを選ぶ、それでいいな?」
「…」
意気消沈した様子のかぐやは初め、総司の提案に首を横に振ったが続いて総司が出した妥協案には頷いた。
(相当だなこれ…。早坂から聞いてショック受けてるだろうなとは思ってたけど、想像以上だぞ)
放課後、帰宅してすぐに仕事を始めた総司。かぐやと早坂が帰ってきたのはいつか定かではないが、恐らく帰宅してすぐだったと思われる。
早坂に呼び出され、かぐやの部屋に来た総司を出迎えたのは未だ制服姿のままの二人だった。そして早坂からかぐやが携帯を屋上から落としたのだと聞いたという訳だ。
「…かぐや。気持ちは解るけど、写真ならまた撮れるんだから」
「…」
「…」
ダメだ。かぐやは本当に携帯に残した思い出を大切に思っている。正直、ここまで追い詰められるのはどうかと思うが…、しかしそれはかぐやにとって大切に思える友人がそれだけ増えたという事。
喜ばしい反面、今のかぐやをどうやって立ち直らせるのか悩ましいところ。
「とにかく、明日かぐやと携帯ショップに行ってくれ。頼むぞ早坂」
とりあえず、何にしても一つハッキリしているのはすぐにでもかぐやに代わりの携帯を用意する事である。先程かぐやにああは言ったが、中のデータは絶望的である。修理すら難しいだろう。
早坂が総司の言葉に頷く。本来なら総司もついていきたい所なのだが、明日入ってくる仕事の量が恐らくいつもよりも多いと予想される。そのため、かぐやについていく事は難しいのだが──────
「総司も来て」
かぐやが総司を見上げながら言う。総司と早坂が声を上げたかぐやの方へ振り向く。
「お願い」
「かぐや様…。明日、総司様は…」
「…いや、いいよ。行こうか、かぐや」
「総司様…」
「…ありがとう」
かぐやのお礼の言葉に総司は何も言わず、ただ優しく掌でかぐやの頭を二度叩く。
「いいんですか?」
「…まあ、今のかぐやを放っておくのもな。気になって仕事に集中できなくなるかもしれないし」
早坂にかぐやを任せるのはそれはそれで仕事に手が着かなくなりそうな気がする。かぐやの事が気になって集中できなくなる気がする。
だから総司はつい先程までの考えを改めて明日、かぐやと早坂についていく事にしたのだった。
そうして翌日、結局かぐやが持っていた携帯は修理すら不能という結論を突き付けられ、新しくスマホを購入する事となった。
かぐやが購入した機種は、白銀が持っているスマホと同じメーカーの最新型。笑顔検出機能が搭載され、QI充電が可能、4KでHRD対応という機械オタクの早坂をうきうきさせる程の便利さを誇る物である。
あの早坂のうきうきっぷりは今思い出しても笑みが溢れそうになる。
しかし、実際にスマホを持つ事になるかぐやの顔は未だに晴れないままだった。
「あ!かぐやさんもしかして、遂にスマホ買ったんですか!?」
そしてかぐやがスマホを持ってから最初の学校、すでに放課後に入ってかぐやは今、生徒会室にいる。
ついでに総司もかぐやの隣に座っていたりする。今のかぐやから目を離すのが不安だというシスコン極まれりな理由でこの生徒会室に来ている。
「それならかぐやさん!私とID交換しましょう!」
早速千花がかぐやとメッセージアプリのID交換を行う。続いてかぐやは石上、伊井野ともID交換を行い、そして──────
「会長。ID交換してもらっていいですか」
「あぁ、ID交換ね。勿論いいぞ…」
白銀の目が丸くなる。相当驚いているらしい。その気持ちは解らないでもない。何しろ総司も驚いているのだから。
しかし、それはかぐやの様子が未だに戻っていない事の証拠である。他のメンバーならともかく、まさか白銀に直接ID交換を申し込むとは。それだけ傷は癒えていないという事か。
「?」
じっ、と真っ暗なスマホの画面を見つめるかぐやの横顔を眺めていると、視界の端でゆらゆらと揺れる何かが映る。
そこに視線を向けると、総司とかぐや以外の四人が集まり、その中で千花が総司に向かって手招きしていた。
何か用事だろうか。まあ多分、今のかぐやの様子について聞きたいのだろうが。そう予想をつけながら、立ち上がった総司は千花達の元へ歩み寄る。
「どうした?」
「あの…。かぐやさん、どうしちゃったんですか?元気ないですけど…」
総司の予想は当たっていた。千花が、白銀が、石上が、伊井野が総司に視線を向ける。
「まあ…、ちょっと落ち込む出来事があったらしい」
「落ち込む出来事…。身内の不幸とかあったのか?」
「いや、今のところ身内は皆元気だ」
「なら、お腹痛いとかですか?」
「いや、健康そのものだ」
「ゲームのやりすぎで寝不足?」
「それはアンタだけでしょ」
「うーん…。総司君は何か知らないんですか?」
「…」
本気で心配そうにする千花達には悪いが、総司は今とても嬉しくて仕方なかった。妹をここまで心配してくれる人がいる。それが兄にとって嬉しくて仕方なかった。
かぐやが大切に思う人達は、かぐやを大切に思っているのだ。その事実が、総司は自分の事のように嬉しい。
「…まあ、大丈夫だと思う。お前らがいつも通りでいてくれたら」
「いつも通り?」
「あぁ。いつも通り」
いつも通り。人によっては冷たいとも取られるだろう結論。しかし、今のかぐやにとってはそれで良いのだ。
「──────」
生徒会室に複数の着信音が同時に流れる。常にマナーモードにしているせいで総司の場合はバイブ音なのだが、総司のスマホもメッセージを着信する。
光るスマホの画面に映るのは『生徒会連絡網』、『白銀御行が招待しました』という二つの文字列。
「今生徒会のグループ作ったから入っといて」
「はーいっ」
「了解です」
「あ、今までグループなかったんですね。良かった…、私だけ招待されてないのかと思ってました」
「いや、そんな事しねぇよ…」
ほっ、と安堵した様子の伊井野とは抱く気持ちは違うが、総司もまだ生徒会のグループがなかった事は初耳だった。まあ、今までガラケーを使っていたかぐやが仲間外れになってしまう事を考えればない方が自然なのかもしれないが。
いや、それよりもだ。
「おい白銀。俺にも招待来てんぞ」
「いや、なにさも俺が間違えてるみたいに言ってんだよ。総司も入るんだよ」
「…は?」
首を傾げる。何故だろう、前に同じ様な会話をした気がするのは気のせいだろうか?
「総司君、参加しないんですか…?」
「え?…ち、千花?」
スマホの画面とにらめっこしていると、千花が総司の傍までやって来て、上目遣いで総司を見上げながら問い掛けてきた。
両目を潤ませ、不安げな千花を前に総司は狼狽える。
「あー、総司先輩が藤原先輩を泣かせたー」
「最低だなー」
「最低ですね」
「お前ら…」
石上と白銀、更に伊井野までもが総司を責め立てる。総司の立場が一気に狭くなっていく。
これはもう、背に腹はかえられない。
「…」
「…」
ため息を吐きながら画面をタップする総司。
その様子を見て、パア~ッと表情を明るくさせる千花。
それだけで総司が何をしたか解るだろう。
「そうです!ついでに共有のアルバムも作りましょう!皆、自由に写真アップしてくださいね~!」
「じゃあ、僕は体育祭の時のを」
「ス◯ウの写真送っていいですか?」
「…なら、俺はこれを」
「…は?おい総司。これどうやって撮った?」
「偶然撮れた」
「いやいやいや、加工でしょ?これ。加工の痕全然見えないけど…」
「加工じゃないからな」
「…え」
次々とアルバムに送られるたくさんの写真。生徒会室のふとした日常の光景や、この間の体育祭で撮った写真、その中に混じる総司が撮った衝撃写真等。
「…凄い量ですね」
「かぐや?」
「前の携帯が壊れた時、全部失くしてしまったと思っていたのに…、かえって前より一杯になってしまいました」
スマホを胸に抱き締めながら、かぐやが微笑む。失ったと思っていた思い出がこうして戻って来た事が嬉しいのだろう。かぐやのこんな笑顔を見たのは総司も久し振りだった。
「良かったな」
「…はい」
短いやり取り。しかしこのやり取りの中にどれ程の思いが籠っているか、語るまでもないだろう。
「あ、四宮先輩のスマホって最近でたやつですよね?笑顔検出で写真撮ってくれるっていう」
「え!それなら皆で撮りましょうよ!石上君、どうやるか解る?」
「えっと…、はい、これでOKす」
かぐやからスマホを受け取った石上が操作し、ペットボトルにスマホを立て掛けてセットする。
「じゃあほら!かぐやさん、笑って笑って!」
「え?え?」
「笑わないと撮影されないですよ」
「伊井野さんまで…」
「…」
あぁ、何て眩しい光景だろう。この光景の中にかぐやがいるというだけで、総司は満足できる。それだけで、総司にとっては──────
「むっ、総司君、何してるんですか」
「はい?」
「何でそんな所にいるんですか。早くこっち来てください」
「いや、俺は…」
「いやも何もありません!もうっ!」
千花に手首を掴まれ、総司もかぐや達の所へ連れてかれる。
「だから千花、あのさ…」
「ほら、総司君も笑ってください!」
「…」
これはあれである。何を言っても、何をしても無駄というやつである。
総司の腕は千花にしっかりホールドされ抜け出せない。力一杯振り解けば出来ない事はないが、そこまでするつもりはないし、したくもない。
総司は諦めてスマホのレンズに顔を向ける。その直後──────
カシャ
スマホのライトが灯り、それと同時にシャッター音が鳴り響いたのだった。