人生最大の危機を乗り越えて、売れない奴隷からHCLIの正社員に大出世したジタン・コッポラだったが残念ながら待っていたのは普通の暮らしとはかけ離れた過激な毎日だった。
アフリカ某所。フロイド一行はアフリカ権益係争で敵対する武器商人による急襲を受けていた。
差し向けられた刺客は完全武装のAH-64アパッチ攻撃ヘリコプター。その圧倒的な攻撃力と装甲の前にフロイドの車列は壊滅した。タイヤの潰れたディフェンダーで命からがら逃れた彼らを、デザート色の迷彩で塗装されたアパッチの執拗な追撃が待ち構えていた。
旋回するヘリの足音から逃げ続ける。鳴り響くローター駆動音と金切声の様に続く給弾ベルトの悲鳴。赤熱する砲身から立ち込める煙。彼らが通った道はえぐり取られた大地から砂煙が帯を引くように立ち昇った。
灼熱の太陽が照らす真昼間、アフリカの廃空港へ逃げ込んだフロイド、レーム、チェキータそしてジタン。彼らの頭上で旋回しつつ、動くものを手当たり次第に30mmチェーンガンの掃射で粉みじんにするアパッチ。
空飛ぶ戦車を相手に、彼らの手元には拳銃と自動小銃しかなかった。護衛として黒で統一された防弾チョッキと戦闘服をきているチェキータやレームとは違い、今回は事務の仕事だとはぐらかされて同行していたジタンの恰好は上下黒のスーツにタイ無し白シャツ姿であった。砂埃と泥でダメになった買ったばかりの革靴は安らかに眠れ。
敵地上部隊の到着が早いか、HCLI本社の救援ヘリが早いか。無線通信の最中、遂に頼りない鉄筋コンクリートの壁の裏でうずくまっている所をアパッチに補足されてしまった。
すぐさま地上を指でなぞるように撃ち込まれる30mm機関砲弾。アスファルトも砂も等しく吹き飛ばしながら死の射線が迫りくる中、ジタンはフロイドを担ぎながら遮蔽物を次から次に変えながら必死に逃げていた。
「
「えぇ?あぁ!!そうだ、座標は緯度**経度**…ああ、そうそう、そこ!そこだ!!その廃空港にいる!え?いや、コンボイはもうダメだ!非戦闘員及び車列の荷は全て避難・放棄済みだ!あぁ、そうだ!そこだ!」
「敵ぃッ!?敵、相手は
至近距離で炸裂した30mmの破片が無線に刺さり、煙を上げた。本部からの連絡が最早不可能となった今、出来ることは耐え忍ぶことのみだった。
「ミスタージタン!迎えは何分後に!?」
焦るフロイドを宥めつつ、状況を説明するべくジタンは顔を突き合わせた。
「ガッデメッ!!無線機が今の爆風でイカれた!予測時刻は最寄りの中継基地から最短15分後だ!それまでにあのヘリをどうにかせにゃ!」
ジタンは人差し指と親指で無線機を摘まんで見せた。5cm大の金属片が深々と無線に食い込んでおり、無線機の奥から煙と共に燻る火がちろちろと舌を出していた。
「ミスタージタン…どうにか、できますかね…?」
青い顔ながら希望を捨てていないのか、フロイドはジタンに問いかけた。
瞬間、背後からコンクリートがはじけ飛ぶ音と粉塵と共にアパッチが顔を寄せてきた。
「声が小さくて聞こえねぇ!もっとデカい声で言え!」
硬質な建材の破砕音に耳を傷めつけられながらジタンはフロイドを担いで走った。無意識に動く肉体にジタンはもう慣れていた。こういう時には、身体に任せるに限る。
「頼みますよ!!ミスタージタン!!」
叫ぶフロイド。半泣きだったが、重要資料の入った仕事道具のPCと鞄だけは抱いて離さなかった。
「いつもみたいに不思議な力で何とかなればイイがなッ!!フロイドッ!お前は信じる神にでも祈ってろ!!おーーいッ!!レームッ!聞こえるかぁ!」
フロイドの商人としての意地を垣間見ながら、ジタンは励ますように彼に軽口を叩いた。まだ無事な無線をポケットから取り出し耳のインカム越しに同僚に呼び掛けた。
「聞こえませーん!!」
聞こえて来たのはレームの呑気な声だった。ジタンは安堵しつつ忘れずにツッコミを入れた。また弾着が近くなっている。自分に向かって手合わせ拝むフロイドに首を傾げつつ、ジタンはレームに声を張り上げた。
「おい!!遊んでる場合かッ!そっちには弾ぁ残ってるのか!!」
ジタンからの声を聴き、こちらも安堵したレームは転がり回ったお陰ですっかり砂埃塗れの戦闘服を気にするそぶりもなく、落ち着いた手つきで愛銃M4カービンの薬室と弾倉を確認。撃ち尽くしてしまったことを確認してから、マガジンをリロードした。
「マガジン一本で終いだ!!って!?おいおいッ!遮蔽物から頭出すもんじゃねーぞ!」
<<シャコッ>>と音を立ててレバーを引き薬室への装填を済ませ、ジタンへ報告した。チラリと30mほど離れた位置にいるジタンとフロイドを確認したレームは、ジタンが頭を出して手をこちらに振っているのを見て苦笑した。
「聞こえないんだよ!それに30mmで掃射されてんだぞ!隠れる場所もそろそろ無くなる!ったくよぉ…事務の仕事とか言い出すから付いてくればこれだ!!おいッ!チェキ!チェキ!?聞こえるかッ?残弾はッ!?」
手を振り返されたジタンは悪態を吐いた。全身を引っ込め、陽光に晒され熱くなったコンクリ壁とアスファルトに背中と尻を預けてから、もう一人の相棒に声を繋ぐ。アパッチの旋回運動が確認され、もう直にここもヤツの射角に入る。時間が無かった。
「アハッ♪うふふ…確かにそんなこと言ったかも~!あ、私は今のを撃ち切るとオシマイね~!そういうジタンは?」
冷静に焦るジタンの声が届き、真反対の<オモテ>のジタンに微笑まし気なチェキータ。手元のP90の残弾を確認したチェキータも、ヘリに決定打を与えられないことを理解しつつ報告した。
「45口径に3発!チャンバー込みでな!以上だ。」
最後に告げられた誰よりも頼りない報告にレームが吹いた。
「おい!冗談よせよ!フロイドさんは無事なんだよな!?」
レームはタバコを咥えながらわかり切った質問を敢えてした。煙草は激しく動いた所為でポケット内であちこち折れたり潰れたりしており不格好だったが、泥まみれ埃塗れの今の恰好にはやけに似合う仕様に見えた。
「レェェェーームッ!!私は無事だーー!!」
悲鳴のようなフロイドの声にレームが笑った。
「おぉ!元気そうだな!」
絶体絶命の状況下でへらへらと笑うレームにフロイドも怒りたいような有難いような心地であった。
互いの無事を確認した矢先、チェキータの声が届いた。
「レーム!ジタン!そろそろ私のとこ、壁が無くなっちゃいそうなんだけど?ウッ…つつ…ちょっと破片が掠っちゃった…。」
無線から届く音の八割が機関砲が地面を耕す音だった。フロイドとジタンの方がチェキータには近い。100mほど離れた半壊した管制塔のすぐ脇の瓦礫に避難していたチェキータに、運悪く破片が届いてしまったようだった。
「言わなくても見えてる!!四つん這いになってそこでじっとしてろ!」
ジタンは腰から抜いたUSP拳銃をフロイドに投げ渡して言った。
「ジタン!どうすんだよ!?」
アパッチがチェキータの元に釘付けになっていることを横目で確認してから、フロイドの元に滑り込む様に合流したレームは走り出そうとするジタンの背に叫んだ。
「俺が行く!!」
ジタンはそれだけ言い残して走り出した。
「はぁ!??どうやってッ!?お前さん、素手でヘリ堕とす気かよ!?正気じゃねえな!」
肉体が動いた。そこに表のジタンの意志は関係なかったのだ。明らかに人間離れした走力で駆けだしたジタンに向かってレームは舌打ちを一つ。
「シャダップ!!ここぞという時の神頼みだ!!頼むぞ不思議パワーッ!!」
レームの制止も気にせずぐんぐん進んでいくジタンは本気だった。
「…あぁ、クソッ!フロイドさん!イイんだな!!?」
レームの許可を求める声にフロイドは頷いた。
「やってくれぇ!!」
許可を得たレームは愛銃と自身が咥えていたタバコ、そしてライターをクイックリロード用にマガジンを固定するバンドに括りつけて全力で投擲した。
「おいッ!ジタン!もってけ!死ぬかもしれねえんだ!記念に一服していけよ!あと、これももってけ!」
全力で投擲した先、ジタンの体は後ろを見ることもなく受け取り、スリングを肩にかけると言葉通りに煙草を咥えた。
「悪いな…借りるぞ。」
走りながら煙草に火をつける瞬間。フリントの摩擦により独特の擦過音が鳴った。