海賊のボスとの商談中。雇主であるフロイド・ヘクマティアルの背後でレーム・ブリックとチェキータは周囲への警戒を怠らずに、今回の向こうの支払いである奴隷たちに目を向けていた。
「気の毒って言ったら、気の毒よねぇ…あら?」
大柄で屈強な女性。チェキータが奴隷たちを見ながら声を零した。
「どうした?生き別れの兄でも見つけたのか?」
「いいえ…でも、そうね…そんな感じかしら?」
「ぶふッ…お前さんにもそーいう冗談のセンスがあったってことだ。」
「ふふふ…本当の話なのに。…まぁ、他人の空似かも?」
相方の男の傭兵レームは、珍しく目を見開いて固まっていたチェキータを探るように茶化し、チェキータはすぐにいつも通りの何を考えているのかわからない表情を顔に張り付けた。
任務中に感情の混じる声を上げるとは滅多なことではない。だが深追いはせず、いつも通りに戻ったチェキータを確認してからレームは視線を前に戻した。
いつも通りに戻っていた筈のチェキータの眼だけは、寸分狂わず一人の奴隷を射抜いていたことに、レームは気がつかなかった。
穏便な取引の幕引きと共に、事件は起こった。
きっかけは誰にもわからなかった。突然、海賊のボスの首が180°回転したのだ。椅子に座ったまま突如として絶命した。そうとしか見えず、海賊たちはバイヤーを疑う素振りさえ見せなかった。それほどまでに一瞬のうちに彼らの頭目は、誰から見ても確実に死亡していた。
人間技ではない。まるで魔法のような光景。その中で、唯一僅かな変化を掴んでいた者が居た。チェキータだった。
彼女はにんまりと口に弧を描いて、流石に困惑した様子のフロイドに耳打ちした。
「さっきの彼がいなくなってるわ。もしかしたら、彼の仕業かもしれないわね。」
「…そんな馬鹿な…いや、もしも…もしも、本当に<あの男>だったとしたら?」
「朝飯前よ。」
「戦闘準備だ。私はまだ死にたくない。それに、もしかしたらこれはチャンスかもしれない…。」
紅潮する顔を隠そうともせず、チェキータは言った。眼を見開く百戦錬磨の商人フロイド。
だがすぐさま事態収拾の為に、それから万が一でも自分の身だけは守れるようにと武器を構えた。
異変から間もなく、奴隷が一人失踪していることに気づいた海賊たちは、バイヤー一行を椅子の上で死んだままのボスの目の前で待機させた。既にバイヤーと護衛も防衛火器を構えており、この場がまだ商売の場であるならば、利益を搔っ攫われないためにも今は眼を離すことは出来なかった。
あちこちに散らばって捜索を開始してから一分。悲鳴が響き渡り、それ以降は一方的な殺戮の場と化した。
「ぎゃあああぁぁぁ!?」
頭上から突如現れた奴隷が、指を躊躇なく海賊の眼球に刺した。そして、そのまま眼窩一杯に手を突き込んで頭の中を掻き混ぜて殺した。
「おいっ!そいつを捕まえろ!」
「ぐぎゃ!?腕がぁぁ…腕が、折られだぁぁ!?」
捜索班の班長が指示し、援護射撃を受けながら身動きの取れない奴隷を拘束する為に近づくと、そのまますれ違いざまに腕を正反対の方向に捻じ曲げられ、そのまま両目を親指で突き潰された。
「うううう、撃て!撃てぇぇ!!ぅがぁぁぁぁ!???」
混乱と恐怖で我を失い乱射するが当たらない。飛び跳ねる様に弾丸から逃げ、射線に捉われる前に接近し、そこらへんに転がっていたプラスチック製スコップで心臓を抉りだした。
「クソッ!!弾が当たらねぇゾ!ごぽぽぽぁおぉ…!?」
「速い!早すぎィッ!?ぐあああ!おでのぐび、がぁああ!や、やづ、どっがら、ナイフを!?グぇ…」
二人同時に乱射するも撃破叶わず。一人は先ほど殺した者から鹵獲したサバイバルナイフを真後ろから首を串刺しにするように突き入れて殺し、もう一人はスタンダードに首を一閃で掻き切られていた。
次々にトランシーバーに届く凶報。捜索に向かった者たちは各個撃破されていき、バイヤーと護衛二名、それからボスの代理を務める者とその護衛数名を除いて、その場には件の奴隷ただ一人となっていた。
最後の悲鳴から十数分が経つも、今度は一転して何も起こらず。焦れに焦れた残りの海賊たちが屋外に出た時だった。
「おい!?クソ野郎!出てきやがれぇぇ!!!」
「ヒッ!?う、うええええええええええ!!!!」
「あん?う、うわぁぁぁぁぁ!!!???」
乱射して、吼えていたのも忘れて。部下の悲鳴に従って飛び上がるように上を見上げた。
すると、そこには向かいの屋根の上から、武器庫から持ち出された手榴弾と爆薬をこちらに投擲するあの奴隷の姿があった。
<<カシュンッ!!>>
海賊たちが最期に見たものは、無表情で着火済みのライターを放り投げる姿だった。