
橋本 省二:「月の裏側にできた粒子が地上の実験に影響をあたえはしない」。そんな言い方をすることがあります。直感的にはあたりまえですよね。遠く離れた場所で何をやっていようが、手元の実験に影響するはずがない。力が遠方でベキ則にしたがって小さくなるからといってもいいですし、もっと原理に立ち戻っていうと「物理法則が局所的だから」ということもできます。あるいは「クラスター分解の原理」ということもあります。どういうことでしょうか。
局所性というのは場の量子論をつくりあげるときの絶対ゆずれない大原則の一つです。ある粒子をあらわす波がこちらで揺れたとき、その揺れが瞬時と遠くに飛び火することはなく、順々に波として伝わっていく。それが場の量子論の考え方そのものと言ってもいいかもしれません。そのためには、場の運動をあらわす方程式(あるいはラグランジアン)が有限回の微分で書かれている必要があります。無限次の微分があるといくらでも遠方の点と瞬時に関係がついてしまうせいです。微分が有限回ならラグランジアン密度は空間の場所ごとに決まるものになる。質問者の方はこれを「加法性」と表現されているのだと解釈しました。きっと局所性のことですよね。
さて、この局所性。そこから何が導かれるか、ぼんやりと夏空を眺めながら考えてみました。(とにかく暑くていやになりますね。)局所性はとても基本的な性質なのですが、それゆえにそこからくる制限はそれほど強いものにはならないように思います。電磁気のポテンシャルが遠方で距離の逆べきになるというのも、これだけから導くことはできず、さらにゲージ対称性とくりこみ可能性が必要になるはずです。(なぜかって?
よかったらまた質問してください。)局所性から言えるのは、例えばポテンシャルが(距離について)不連続に変化する関数になる、そんな病的な場合を排除することくらいなんだと思います。
以下は余談です。
「月の裏側」うんぬんの話は、トポロジーが関係する場合によく聞く話です。ある種の理論(非可換ゲージ理論)では、ゲージ場の空間配置がトポロジーで区別されうることがわかっています。宇宙全体への巻きつき数が0、±1、±2...
と整数にならないといけないのです。だったら、巻きつき数がゼロだけの理論があってもいいか。でもそれはうまくいかないことがわかります。月の裏側に巻き数+1が隠れていたら、宇宙全体の巻き数をゼロにバランスさせるためにこちら側ではプラスになりにくくなる。つまり局所性が壊れるからです。
もう一つ余談。
ラグランジアン(あるいは相互作用)の局所性があっても波動関数が局所的になるとは限りません。離れた場所の間で量子もつれができることはありますから。