私が服役した当時の刑務所は
過剰収容の時代で
監獄法から
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律
に変わる境目の時だった
雑居は6畳に8人
独居でも3畳に2人
という詰め込まれ方だった
これまで服用していたベンゾは
有無を言わさず一気断薬
情報が入ってこなかっただけ
離脱症状のしんどさは知らず
服役生活に紛れてしまっていた
働けないなんてことは許されないし
医務課はあったものの
申請して受診するころには
風邪くらいなら自然治癒していたものだった
私は一度懲罰を食らったけれど
配役となったミシン工場で班長を務め
最後の半年は完全個室になった
そして1年ほど仮釈放をもらい出所した
中での生活はあまりにもしんどくて
思い出すだけでも吐き気がする
刑務所とはそういうところである
被害者や家族の苦労を思うと
つらいのは当たり前である
むしろ社会から隔離され
ある意味、守られ、税金で生活をさせていただいたのだから
贅沢といえば贅沢である
アルコールとベンゾジアゼピンに翻弄された
転落人生
二度とここへ来てはならない
刑務所の門を出るときに
私は誓った
35の春だった
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