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エンカウント率0%の世界で、モンスターを寄せ付ける俺1人だけが強くなる 作者:如何屋サイと

第1章

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黒マントの影

登場人物

アド(20)貴族の子息。体格が良い。

ルキ(17)アドの付き人。護衛もメイドも出来る。

 それから十五年後、王都。

 青年・アドは借金取りに追われていた。

 路地裏で息を潜める。子どもたちに不思議そうに見つめられ、アドは人差し指を口に当ててシーッとした。その子供らしい仕草が男らしい外見とのギャップとなって、子どもたちの警戒心を解く。どうやら協力してくれるようだ。

 アドは扉を開け、その陰に隠れた。すぐに借金取りが追いかけてくる。

 いつの間にか子どもたちの姿も見えない。


「隠れても無駄だ! 東方の名門アキレス家を(かた)る不届き者め!」


 借金取りの男はゴミ箱を開ける。


「見つかっちゃった!」


 中から出てきたのは先ほどの子どもではないか。

 男は驚いて退いた。


「何してんだ! こっちは本気で……、チッ! アドルファス! どこだ!!」


 今度は樽のひっくり返す。そこからもまた子どもが出てきた。

 二度もおちょくられ、男は堪忍袋の緒が切れたに違いない。懐のレイピアを抜いて、路地裏に響くほどの大声でアドの名を叫んだ。

 さすがに危ない事態だ。隠れていた子どもたちが一斉に飛び出してくる。ひとりは窓枠の後ろから、ひとりは家と家の隙間から。みんな路地の奥へ走っていく。

 男はあっけに取られて子どもたちが去っていくのをずっと眺めていた。

 この好機をアドは見逃さない。すかさず大通りへ抜けると振り返って、


「言っとくが、俺は本当にアキレス家の長男アドルファスだ! 覚えときな!」


 借金取りはアドの背中が大通りに消えるのを見た。追いかけた頃には王都特有の水路と階段と人だらけに溶け込んでアドの姿はもう見えなくなった。

 逃げ切ったアドは水路に係留されたゴンドラに飛び移る。アドがそこで横になるとちょうどゴンドラがゆりかごのように見えた。そして、懐から銀貨が詰まった袋を出すと、1枚のトランプがこぼれ落ちた。


「今日も俺ツイてるツイてる♪」


「なにが『ツイてるツイてる』ですか!」


 アドの頭上からトゲトゲしい声が降ってくる。

 顎を上げて視線を向けると、小さな橋の上に黒髪の少女がいた。アドをみおろし、不満げに頬をふくらませている。


「ルキ、見ろよ! 今日は一発当ててやったぜ。好きなもん食わしてやるぞ!」


 悪気のない笑顔でゼニ袋を掲げた。

 ルキと呼ばれた少女は眉間にシワを寄せ、しばらく葛藤し、


「……しょうがないですね」


 何か言いたいことを飲み込んだようだった。

 アドは軽いフットワークで橋の欄干(らんかん)に飛び乗ると、その場でしゃがんでルキと目線を合わせ、屈託のない笑みを見せる。


「何が食いたい?」


「私はパンが食べたいです」


「おう。真っ白なやつな」


「はい! ふわふわもちもちです」


 ルキは足取り軽く歩き始めた。アドも欄干を下りてそれに続く。

 幼児の頃はあまり違いのなかった二人の体格は十五年の歳月で大きく変わった。ルキはあどけなさを残る顔立ちに似合わぬたわわな果実を実らせ、アドは大剣でも振るいそうな肉体派に育つ。まあ、アドの筋肉は無駄遣いされているが。

 二人が並んで歩くと良くも悪くも目立ってしょうがない。


「やあ、アドの旦那! 今日は二人で一杯どうだい!」


 酒場の親父から気前よく声を掛けられる。


「そりゃいい!」


「アド様!」


 ルキはアドの腕を掴んだ。

 二人は目が合い、アドはハッとして親父に軽く頭を下げる。


「わるいね、今日は先約があるんだ」


 ルキがぺこりと頭を下げると、酒場の親父は察して「また来てくんな!」と手を振った。

 アドは子どもたちから笑顔を向けられ、お婆さんたちに微笑まれる。ルキは目を伏せて恥ずかしがっているが、アドは明るく振る舞いながら道を過ぎた。

 二人はパン屋で白パンを買って帰路につく。


「こっちから帰ろうか」


 アドは人の少ない道を行く。

 ルキは立ち止まり、ため息を吐いた。


「アド様。私のことは気にしないでください」


「いいのいいの。俺、今日は静かな道で帰りたい気分なのよ」


 身勝手だった頃のアドと打って変わって、青年のアドは約束を守ってルキを大切にしていた。ただ、それは多感な年頃のルキにはくすぐったいようだ。

 アドがニッと歯を見せると、ルキはあきらめてアドの背中について歩いた。


「ただいまです。アド様、夕食の準備はできてますけど……」


「先にご飯にしようか」


 ルキは嬉々として、荷物からパンを取り出してカゴに盛り付けた。板張りがきしんでテーブルはガタガタと揺れるが、テーブルクロスは清潔で真っ白だ。

 ディナーの準備が終わると、二人は食事を始める。ルキが顔ほどある大きなパンを小さな口でそのまま食いついた。真剣な顔であむあむし、次第に頬がゆるむ。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えて、ルキが食器を片付ける。ダイニングとキッチンは仕切りなしに隣り合い、リビングはなく、寝室があるのみだ。ちなみにバスルームは共同。二人は1DKでつつましい暮らしをしているのだった。

 アドは台所のルキの背中を眺めながら、鼻歌でゆったりとしたメロディを唄う。


「アド様、なつかしい歌ですね」


 片付けを終えたルキにそう言われてアドはハッとする。


「これって子守唄だったか。そう言えば、大人になったら何になるか、とかそういう話をしてた記憶があるよな。ルキは勇者になりたいとか言ってたっけ」


「そんなこともありましたね」


 投げやりな言い方だ。

 アドは彼女の仕草を観察するように見つめ、突然イスから立ち上がった。イスが勢いよく倒れたので、ルキはびくりと身を震わせる。


「急にどうしたんですか?」


「ロザリオはどうした?」


 アドの真剣な視線がルキの胸元へ送られる。豊かな乳房があるのみで、幼い頃に身に着けていたそれがない。

 ルキは鎖骨の間に触れ、当てつけるように言う。


「天幕の商人に売りましたよ。黒い魔石は珍しいそうですね。高く売れ……」


 話を最後まで聞かず、アドは部屋を飛び出した。後ろからルキがアドを呼ぶ声が聞こえる。それも次第に遠ざかった。どちらかと言えば、降り出した雨がルキの声をかき消したのだ。

 アドは階段をひとっ飛びし、転落防止の柵から下を見る。そこにはサーカス団のテントがあった。円形で中央が尖った形をし、雨水が縁に溜まっている。これが本当にサーカス団なら良かっただろう。しかし、この辺り一帯は無法者たちが住みつき、賭場が開かれる盛り場で、違法な取引も日常茶飯事だ。

 魔石付きでなくてもロザリオを売るとしたらここしかありえない。堅気の店は決して勇者道に背く手助けをしないからだ。

 アドは柵から飛び降りる。地面はぬかるんでいて、靴が泥だらけになるのも構わず、天幕の出入り口へ近寄った。


「開けてくれ! 昼間、売ったロザリオを買い戻しに来た!」


 …………。

 ……。

 返事がない。


「おい! いるんだろ!? アキレス家のアドだ。早く開けろ!」


 天幕の中で人影がゆらめく。燭台の火が揺れたのだろう。

 本来ならアキレス家なんて家名はこんな物騒な場所で口走るものじゃない。持たざる者は貴族を恨む。殺されるか、殺されるよりひどい目に遭うのがオチだ。

 しかし、アキレス家というビッグネームに天幕内の人間が動いたのは間違いない。やり方は乱暴だが、的確だ。

 鉄扉が開く。黒いマントの男が出てきた。フードをすっぽりかぶり、顔の上半分がまったく見えない。しかし、四角い顎を見るにアドより年上の男だ。


「取り込み中だ。帰れ」


 威圧的な声で告げられ、アドは黙っていられなかった。


「アンタ誰だよ。俺はここの店主に話があるんだ」


 黒マントの男は返事もせずに扉を閉めようとする。だが、拳ひとつ分の隙間を開けて扉が固定された。


「足癖がわるいもんでね」


 アドは自分の足を扉に挟ませ、ひるんだ男ごと扉を勢いよく開いた。

 男は外に放り出されて悲鳴をあげる。

 悲鳴を聞きつけた黒マントの仲間がテント内でアドを目視した。また、アドも彼らの所行をしかと見る。


「お、おい、お前ら店主を縛って何を……」


 黒マントたちは店主を天幕の支柱に縛り付け、何か悪事を働いているようだ。天幕の入り口近くには防具を身に着けたならず者が数人ほど転がっている。どうやら周辺を警備していた男たちなのだろうが、黒マントたちにのされたのだろう。

 店主のそばを見張っていた黒マントがアドに気づき、何かを放り投げた。


「っ!?」


 アドはかろうじて鉄扉の陰に隠れた。

 鉄扉が鳴る。何かが頬をかすめた。天幕の向かいのバラックの壁に刺さったそれは串のような形状の投擲武器だ。

 これではっきりした。今、この天幕は武装した集団に襲撃されている。


「なんだってこんな時に……」


 アドの嘆きは尤もである。

 それでもアドはツイてる男だ。この騒ぎで、入口近くで転がっていた男が目を覚ました。

 ならず者の男は情けない声を漏らしながら、あわてて天幕から飛び出したものの、後頭部に一本の飛び道具が突き刺さって絶命した。

 天幕から暗器使いの黒マントがアドを探しに出てくる。もちろんだが、アドはすでに跡をくらましていた。


「チッ、逃げられたか」


 …………。

 ……。


「まずいな、厄介事に巻き込まれちまった」


 とはいえ、アドが逃げた先は柵のあった高台のすぐ下だ。この高台の上にアドが住むスラム街がある。高い壁は雨でびしょ濡れだ。上るのは不可能だろう。スラム街より下層の暗部から逃れる手段はもはやない。

 アドは額の雨水を手のひらで払う。

 雨が一段と強くなった。

 あらゆる音は雨にかき消され、アドの背後に影が迫る……。

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