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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

子供に罪はない、は正しい。

※虐待

※胸糞


※内容、ヒューマンドラマジャンル

一位、下菊様の「母は姉〜」を見て

同じテーマで書きました。

わたしだったらこうする、的な話となります。


「お母様が居る家になんて、もう暮らせません」


 そう言ったのは私が生んだ子供の一人だ。


 ……私が愛情を注がなかった妹ではなく、愛していた姉の方。


「…………」


 今、私の今の家……リンストン伯爵家には、血縁関係にある者がすべて集まっている。

 大きく、立派に育った我が子は、その立派さで私に反旗を翻したのだ。


 家族会議、などという安い言葉では収まらない修羅場。


 ここに居る他人は長年、伯爵家に仕えた侍従。


 子育てに関心のない夫であるリンストン現伯爵。

 政略結婚で、互いに愛もなく、教育などの子供に関する事は私がすべて任されていた。

 伯爵が夫なのは、爵位を継げるのが男だけだからだ。


 私の生んだ子供達である二人の姉妹。姉と妹。


 そして私の妹と、その夫。

 いつだってすべてにおいて私より優秀だった妹だが、家を継ぐ事だけは長女の私の役目となり、彼女は家を出ていった。


 ……私の両親は、意識してかどうか、優秀な妹の方を可愛がって育ててきた。

 家を継ぐ事だけは私に託して、あの頃は、それが一つの救いに感じていたけれど。


 結局、家を出ても優秀で綺麗だった妹は、王宮に仕官する事になり、さらに恋愛結婚を経て王宮務めの文官と結婚する事になった。


 私と夫、子供達である姉妹。妹夫婦。

 そして……私と妹の年老いた両親。


 夫の家族は来ていないけれど、充分だと判断したのだろう。



 この家族の集まりで話し合いの焦点となっているのは、私が娘に行ってきた虐待についてだ。


 世間、市井の言葉で言って私は『毒親』という言葉で評されるらしいけれど。

 何とも言えない響きだった。


 虐待、と言っても殴る蹴るをしたワケじゃない。

 食事を抜いた、というのもなかった。


 ただ、私は長女を溺愛し、……どうしても愛する事の出来ない『妹』に愛を向けなかった。

 明らかな差別を行い、我が子の内、『妹』の方に私は触れない虐待を行ってきた。


 その事について訴え出た私の子供の長女の方が、この場を整えたのだ。

 必要な人々を集めて。……我が子ながら、何とも優秀な事。


 それこそ、まだ大人になんてなっていないのに。


 集まった皆、特に元々の私の家族の両親や妹は、私が行ってきたその虐待に心当たりでもあったのだろう。

 何かを察した様子だった。



「どうして。お姉様。……子供に罪はないんですよ?」

「…………」


 まったくの正論を妹は吐いた。

 せめて、他の誰かに言わせればいいのに、よりによって彼女が言った。


「そうよ。アニータ。私達の教育に不満があったのなら……私達にぶつければ良かったのよ! それを、こんな大人にもなっていない歳の子にぶつけてしまうなんて……!」


 それもまた正論だ。

 また、よりにもよって私の母親が吐いた正論だった。


「すまない。リオネルくん。我々の子育てが間違っていたのだ……」


 リオネル……私の夫で、子供達の父親である彼に、私の父親がそう言った。


 私という存在が『間違っていた』と。



「……親が、育った子供の事を『間違っていた』と言っても良かったのですね。とても勉強になります。私のお父様」


 ボソリと私は呟いた。


「……! 何を言っている! 反省していないのか!?」


 反省。

 そう。私は反省すべきなのだろう。


 妹が言ったように子供に罪はないのだから。


 どんな育て方をされようと、関係なく姉妹の二人に公平に愛を注げば良かった話。


 この場は私の断罪の為の場だ。

 世間も、この家族達も、誰もが私を責めるに違いない。


 お前が間違っている。

 子供に罪はない。子供に罪はない。子供に罪はない。



「…………」


 ふと私は今まで愛さなかった『妹』の方に目を向けた。


「リーシャ。貴方、私に……愛されたかったの?」


 と。首を傾げた。今まで何の関心も寄せず、どころか遠ざけてきた子供に向かって。


 私の発言に対して集まった者達の多くが顔を歪める。

 だけど、言葉を紡ぐべきはリーシャだと思ったのか、皆、一様に黙り込んだ。


 姉であるアーシャは、妹のリーシャの手を握り、彼女に勇気を与えている。



「……はい。アニータお母様……。私は、貴方に愛されたかった……」

「そうなの。今もそうなの?」


 私は激情に駆られた言葉や態度を取る事なく。

 彼女に続けて、そう問うた。


 私の問いに、更に皆が私を睨みつける。


 『まさか子供の愛を盾にして言い逃れする気か』と。そう言いたげだ。


 だけど、そうはならないでしょう。だって答えは決まっているもの。



「……いいえ。もう、貴方の愛は、要りません。アニータお母様」

「ふぅん。とても立派ね、リーシャは。罪もない上に立派な子。アーシャや侍女達が居たお陰かしら?」


 表情を変えないまま、私はそんな事を言った。

 別に質問のつもりじゃない。


「……! それだけじゃありません……! 私には、イリス叔母様が居ました! 私にとってのお母様は……イリス叔母様です!」


 と。幼い我が子が、一生懸命な表情でそう訴えたわ。

 涙を零しながら。


 イリス、私の妹の名前。

 そして両親が溺愛してきた妹の名前。


 姉妹であり、イリスだって伯爵家で生まれ育った事から、何度も屋敷に帰ってきていた。

 アーシャとリーシャとの交流を深めていた事も知っている。



「そう。リーシャの母親は、イリスなのね。じゃあ、アーシャの母親はどちらの方かしら?」

「……ッ!」


 自分の口で、自分の母親はイリスの方だと告げたのに、哀れで罪のないリーシャは、興味の薄そうな私の反応にショックを受けている。

 別に今は目を逸らしたワケでもない。


 ちゃんと彼女に向き合いながら、淡々と彼女の言い分を受け入れた。


 虐待していたのは私なのだから、リーシャがそう言っても仕方ない事。

 罪のあるのは私だけで、子供に罪はない。


 じっとリーシャを見つめた後、視線を動かして隣のアーシャに目を向けた。


「っ! 私のお母様だってイリス叔母様です! アニータお母様なんて……私達の母親じゃないっ!」

「……ふぅん。そう」

「っ!?」


 淡泊な私の反応に、今度はアーシャまでショックを受けたような顔を浮かべる。

 少なくともアーシャに対しては愛情を注ぐ、そういう表情を向ける母親であったつもりだけれど。


 この子もそう受け取っていたようだった。



「……だったら、貴方達は、きっと生まれてくるお腹を間違えてしまったのね。本当のお母様であるイリスのお腹から出て来れば良かったのに。私もそういう事なら、貴方達を生みたくなんてなかったわ」

「……あ……」

「っ!!」


 姉妹がそれぞれに衝撃を受けたような反応を示した。

 罪のない子供達が、また傷つけられた事に憤る周囲の人間達の、怒った表情……。


「アニータ! お前、なんて事を言うんだ!」


 父親が怒鳴り。


「アニータ……どうして」


 母親が嘆き。


「アニータ……見損なったぞ!」


 夫が私を蔑み。


「アニータお姉様……」


 そして妹のイリスが私の前にまで歩いて来て。


 パシンッ! と私の頬を引っ叩いた。


「…………」

「貴方は、それでも人の親なんですか!?」


 イリスがそう叫ぶ。


「…………」


 実際、そうだろう。イリス夫婦には、まだ子供が居ない。

 意図して作らないのか、或いは……出来ないのか。

 夫婦のどちらに理由があるのか、環境のせいなのかは知らないけれど。


 とにかく妹夫妻には子供が居ないのだ。


「この家を継ぐ子であるアーシャが、私の居る家では暮らせないそうなの。そして二人共が『母親』なのはイリス、貴女だと言ったのよ? じゃあ、これから貴方達はどうするの?

 ……子供に罪なんてないのだから。

 きっと私を追い出すのでしょう? それがこの子達の為なんだから。

 イリスは、この子達の母親として愛してくれるのよね?

 貴方はお腹を痛めてなんて、ないけれど。生まれた後で愛情を注いだ者勝ちよね。

 子供達は、貴方を選んだわ。イリス。とても素晴らしい事。

 ……だったら、せめて命懸けの出産だって貴方がしてくれれば良かったのにね?」


 その方が、罪のない子供達の為だったろうに。

 二人を生む時、難産だった。生死の境を私は彷徨った。


 ……アレは、この子達の最初の抵抗だったのかしら……。

 私から生まれてきたくないって。

 両親に愛されて育って、他人を愛する事を知っている本物のイリスお母様から生まれてきたいって。



「貴方は……、子供に恵まれた事がどれだけ幸せな事なのか、分かっていない」


 と。妹の夫が口を開いた。

 他の事に関しては口を噤んでも、子に関してだけは黙っていられなかったようだ。

 そこに反応した事からするに、欲しいとは願っているのだろう。


 なら二人の間には何か別の問題があって子宝には恵まれなかったようだ。



「そうおっしゃるのなら、やはり考えたのでしょう? 貴方達も。『だったら私達がアーシャとリーシャを引き取る』って」

「……だったらどうしたと言うんだい? 君のような女性に子供を委ねるよりも、余程いいと私は思っている」

「……そう。二人共、引き取るの? それとも貴方達がこの家に暮らす? 私を追い出して、ね。それが一番、この子達の為なんじゃないかしら?」


「…………反省、して、いないのか? 君は」

「反省。というのは。私が心を入れ替えて、アーシャとリーシャを公平に愛する態度を取ればいい、と。そうとでも思っているということ?」

「……違うと言うのか」

「違うも何も。アーシャもリーシャも、はっきりと言ったじゃない。私は二人の母親じゃない。母親なのはイリスの方だって。この子達は私の改心や反省なんて望んでいないわ」


 私は、どこまでも冷めた声色で答えた。

 イリスに張られた頬が痛むけれど、それも気にせずに。


「……ッ!」


 そうして、ここまで来て。

 皆、私を恐ろしいものを見るような目で見てきたの。


 言葉が通じないバケモノだ、とでも言うようなね。

 変かしら? でも、心を殺す術なんてとっくに知っていたし。


 少なくとも愛情を注いでいたアーシャが私を拒絶した時に、私の中に残っていたなけなしの心も砕け散っていた。


「アーシャ、リーシャ。貴方達が決めていい筈よ?」

「え……」

「な、何を」

「ここに集まった皆は、ちゃんと貴方達の味方。貴方達二人を平等に愛する祖父母。関心はなくても、跡継ぎとしては見ている父親。そして優しいイリス叔母様とその夫。ああ、貴方達にとっては本物のお母様ね。みんな、みんな貴方達の味方だからね。

 ……ねぇ、どうしたいの? 私とは一緒に暮らせないのでしょう? 私に家から出て行って欲しい?

 それとも、イリスお母様の元へ行って本当の家族になりたい?」



 罪のない子供達。子供達。私が命懸けで生んだ子供達。

 それを虐げた私は、どんな目に遭わされたって『当たり前』だと罵られるの。


 あはは。あははは……。


「…………」

「…………」

「アニータお姉様、やめて! 子供達になんて事を言わせようとしているの!? 母親なら、せめて!」

「せめて、何? イリス」

「自分で問題を解決しようと思わないの!? 貴方は、何と言われたってこの子達の母親なのよ! お姉様!」

「……それは、だから私が改心して見せればいいって事かしら? アーシャ達がこんなに頑張って訴えてきたのに? さっきの言葉からして、どうもそれは望んでない様子なのだけれど……? 少なくとも一緒に暮らしたくはないんじゃない……?」


 ああ、それとも。


「ああ。そうね。私が自分から『出て行きます』と言え、って事なの? 確かにそれがベストね。アーシャとリーシャに責任を負わせることじゃないし。貴方達だって私を追い出したなんて負い目を背負いたくない。

 子供の為と言いつつ、結局、そういう責任は負いたくなんてないものね?

 だって結局は、イリスの実の子供じゃないんだから」


「お姉様……!」


「アーシャ。リーシャ」


 私は、尚も言い募ろうとするイリスから顔を逸らし、二人の子供に向き合った。


「はっきりと言えないなら、別の提案をしてみるわね?」

「……?」


 私は、子供達に向き合いながら説明をする。


「ごめんなさい。本当は私も、『子供が実の親に愛される』って、どういう事か分からないの。自分の子供を愛する、っていう事がどういう事か、今まで感じた事もなかったから。……今までは、それでも両親の事を思い出して……『子供を愛する母親』というのを演じてみたんだけれど……どうも上手く出来なかったみたい」


「え……?」

「やっぱり演技じゃダメみたいねぇ。アーシャの方には上手く『愛する親』を演じる事が出来ていたと思ったのに……。本当に難しいわ」

「お、母様……?」

「うん? どうしたの、アーシャ」

「じゃあ、貴方は……私の、事も……?」

「うん?」

「……私のことも、貴方は、愛してなかった、のですか?」


 ああ。


「そうねぇ。私の両親の子育ての仕方を真似してみたんだけど……上手く出来なかったの。アーシャもリーシャも、私とイリス程の差があるワケでもないし。だってアーシャが何度も言ってたみたいに、リーシャだって可愛らしい子でしょう? 歳も近いから余計に差もないし……。そんな貴方達を、不平等に扱うのも中々に大変だったわ」


 私とイリスの時の両親は、もっと自然に出来ていたものね。

 それは、イリスがあらゆる面で私より優れていたから。


 彼女を自慢する両親も自然体でイリスを尊重し、比較して私を貶める事に精が出ていたわ。


「あ、アニー……タ。貴方……」

「お、姉様……」


 淡々と告げる私に、元々の家族である両親や妹は絶句しているようだった。



「アーシャとリーシャが、イリスを母親だと言ったの。……なんだか納得しちゃったわ。そうよね。きっと私が間違っていたの。貴方達は、私のお腹から生まれてくるべきじゃなかった。イリスのお腹から生まれてくるのが、本当だったのよ」


 私は、尚も表情を変えずに。

 穏やかに、諭すように……。アーシャとリーシャにそう告げた。


 子供に罪はない。子供に罪はない。

 別に二人を恨んでもいない。


 そう恨んではいないのよ。本当に。

 リーシャの事だって。


 見れば、二人の子供達は、涙を流していた。

 気丈に振る舞っていたアーシャの方まで、ポロポロと。



「今からでも遅くないわ。貴方達を生んだのは、イリスって事にしましょうか。そうしたら貴方達は幸せよね?」

「ち、違……」

「うん?」

「違う……、お母様……わ、私……」


 リーシャが、ポロポロと涙を零しながら。

 私の傍に寄って来て、そして私の服の袖を掴んだの。


 うん……?


「私の、私のお母様は……お姉様のお母様も……! アニータお母様、です!」

「あら」


 私はコテンと首を傾げたわ。

 さっきと言っている事が違っているのだけれど。


「そうなの?」

「はい……はい! 私、私……! お母様に、愛されたかった! アニータお母様に……!」

「まぁ」


 涙を零すリーシャ。


 その姿に思い出す事があった。

 ずっと、ずっと小さい頃の話。


 今のリーシャよりも幼い頃の私が、こんな風に泣いた事があったっけ。


 あの時の私は、どうして欲しかったかしら?

 ちょっと忘れちゃったわね。だって何十年と昔の話なんですもの。



「でも、リーシャ。貴方もアーシャと一緒にイリスの娘になりたいんでしょう?」

「違うっ! 違うの! ごめんなさい、ごめんなさい、お母様……っ」

「あらあら。貴方が謝る事じゃないのに。だって悪いのは私なのよ? 子供に罪はないって皆が言っているじゃないの」


 私は、リーシャに愛情を注いでこなかった。

 伯爵家として衣食住の責任ぐらいは持っていたけれど、放置していた。


 そしてアーシャの事を溺愛……するフリはしてきた。

 私のお母様や、お父様の事を精一杯、真似してみて。

 上手く人の親のフリぐらいしてきたつもりだったけど、失敗してしまったの。


 だから私は、断罪されるのを待つだけだったわ。

 なのに、どうしようかしら。


「お母様……私を、私達を捨てないで……」

「捨てるだなんて。違うのよ? 貴方達は、愛を知っている親の元に生まれればいいって、そう言っているだけ。別に母親なんて誰だっていいでしょう? 愛情さえ注がれればいいのだから」


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「もう。謝らなくていいって言っているのに……。貴方は何も悪くないの。ねぇ、アーシャ?」

「ッ!」


 ビクっと。リーシャを守ろうと気丈に振る舞っていた筈のアーシャは怯えたように私を見た。


 そうして、何故か。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい、アニータお母様! 私達のお母様は……! お母様です……!」


 アーシャまで泣きながら、私に縋りついて来てしまった。

 ええ……?


 私は、首を傾げて、困惑しながら二人の子供を見下ろした。


 こんな言葉を言わせるつもりはない。

 暴力は振るわなかったし、どうしても私の言う事を聞かせる教育とか、そういうのはした事がなかった。



(……忘れていたけれど。こういうもの、なのかしら?)


 どんな親だろうと、子供は、どうしても『親』として慕ってしまう?


 困ったわ。本当に困った。

 この子達にとってもイリスが母親になった方が、それこそ幸せだと思ったのだけれど。


 ねぇ?

 両親だって、イリスに子供が生まれた方が嬉しかった筈。


 この家にとって邪魔で、要らないのは私だったのよ。

 今日、その事を心から理解して、ストンと腑に落ちたと。


 『納得』したの。


 この家や、この世界に、別に私は要らなかったんだって。

 どうやら、それが『答え』なんだって、ようやく納得して、理解した所だったのに。



「…………」


 私は、首を傾げながら二人の子供達を見下ろし続けた。


 顔を上げて、両親や夫、イリス夫妻に侍従の顔まで窺ってみるけれど……困惑したまま誰も口を開かない。


 うーん……。

 このままじゃどうにもならなそうだわ。



「アーシャ。リーシャ。貴方達は、私に『母親』で居て欲しいの?」

「……はい! はい、お母様っ」

「はい! アニータお母様……っ」


 虐待して来た事は誰もが認める事実で、この子達だってだからこそ周囲に訴えかけたのでしょうに。


「分かったわ。じゃあ、こうしましょう」


 私を断罪しようとしていた筈の大人達が黙ったままだから。

 私は、別の提案をしてみた。


「市井から、子供の居る大人を雇うわ。それでこの家で……なくてもいいけど。私も彼等と一緒に暮らしてみる。それで……私は、その『親』を真似てみるわね? そうしたら私でも貴方達の『親』のように演じられると思うの。今までは記憶を頼りに演じてきたけれど、今回は間近で学びながら『親』をしてみるわ。それでどうかしら?」


「…………!」


 私は、妥協案として提案してみたのだけれど。

 子供達は、悲痛な面持ちをしながら私を見上げるばかりだった。


 親に愛して欲しい、のよね。それを頭では理解できるわ。

 でも……私が愛するって言うと……それはよく分からないの。


 そういうモノは私の中には、もうないんだと思う。

 いつかの昔に壊れて、消えちゃったのね。


 だから私に出来るのは演じる事ぐらい。今までと同じよ。


 伯爵家に生まれ、親の求める女を演じて。

 妹の求める姉を演じて。

 夫の求める伯爵夫人を演じて。

 姉妹の母親を演じて。


 アーシャとリーシャがイリスを母親だと言って、家族が私を断罪しようと怒りの表情を浮かべていた時。


 ……少しだけ、ようやく楽になれると思ったのだけど。


 子供に罪はないのだものね。

 なら、今度は、この子達の為に『母親』を演じる人生を送る、というのも……まぁ、今までと同じよ。


 いつだって私の人生は誰かの為にあるもの。

 人生は私のものじゃない。

 求められる役割を演じる為にあるもの。


 演じて、演じて、演じて。

 いつか死ぬまで続けるだけのもの。



 引き攣った顔に涙を浮かべながら……アーシャとリーシャは『それでも』と、私に母親『役』をするのを願った。


 方針が決まった以上、やる事は決まったわね。

 伯爵領にそれらしい募集を掛けて、子供の居る家族を侍従として雇いましょう。


 そうして私は『親』らしい振る舞いを真似する。

 今度は、アーシャやリーシャが求める『親』を演じてみればいい。



「今後のプランが決まりましたけれど……他の提案はありますかしら? 貴方。イリス。お父様、お母様」


 私は、凍り付いたままの表情で。

 すがりつく子供達に目を向けないまま、言葉を失う家族を見た。


 彼等は、言葉を失ったまま。

 両親はフラついて、その場に膝をつき。

 イリスは驚愕の表情のまま私を見つめるばかりだった。



「……?」


 私は首を傾げた。


 ……まぁ、いいわ。

 特に反論はないみたい。私を家から追い出す気もないらしい。


 ただ、私は次の『演技』の準備に動き始める。


 こうして家族からの断罪の日は、罪を犯した筈の私を裁かないまま終わってしまったわ。


むしゃくしゃして、書いた。パターン。

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