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エンカウント率0%の世界で、モンスターを寄せ付ける俺1人だけが強くなる 作者:如何屋サイと

第1章

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観察と作戦

 ルキが歓声を上げたせいで、スライムがルキめがけて突進を仕掛けた。


「ルキッ!」


 ルキに跳ぶ。アドはルキの頭を抱きかかえるように腕の中にすっぽりと収め、よく均された土の地面に肩をすりつけながら突進を(かわ)した。

 我に返ったルキの顔面は蒼白(そうはく)だ。守るべき人に守られたのだから仕方ない。


「大丈夫。それよりも」


 アドは前に視線を向ける。

 突進したスライムは(おり)にぶつかり、体の一部に鉄柵(てっさく)が食い込んで動けないようだ。ちょうど燭台(しょくだい)の明かりに照らされ、体の透明度が上がる。


「ルキ。こいつがモンスターだとして、今ここに勇者はいない。まして魔法なんて言うおとぎ話じみたものを俺たちは持っていない」


 ルキは目を伏せた。舞い上がって判断力を鈍らせた自分を悔やんでいるらしい。


「申し訳ありませんでした、アド様」続けて深呼吸をして「もう普段の私です。状況は把握しました。(しか)るべき機関に委ねましょう」と述べた。


 顔のないスライムなのに、じっとアドを見つめているように感じた。


「モンスターの対処に然るべき機関なんてあるのか?」


「それは……」


 ルキは言いよどむ。

 答えは「無い」だからだ。勇者がモンスターを魔法で倒していた過去が事実だったとして、勇者もモンスターも魔法もおとぎ話の形でしか残っていない。


「こいつ、放っておけば人を襲うだろう」


 スライムの体から鈍い音が鳴った。中で鉄柵が一本折れた音だ。立て続けに鉄柵は折れ、居られた破片が体内の中心へ沈んでいく。

 一瞬の静寂(せいじゃく)

 ふいに破片が弾ける。スライムが鋭い先端をアドめがけて打ち出した。

 鉄と鉄がかち合う音。

 火花が散って、鉄柵の破片がアドの腕を(かす)める。いつの間にかアドとスライムの間にルキが割って入り、天幕を破る時に使っていた小刀を構えていた。


「お下がりください!」


 アドは言われるがままに退いた。高く積み上げられた木箱を背に、ルキとスライムのにらみ合いを注視する。

 スライムが第二撃を放った。ルキは雨除けの外套を投擲(とうてき)を防ぐように脱ぎ捨て、身をかがめながら戦闘を離脱する。外套は鉄片をくるむように地面に落ちた。

 ルキはアドを見るなり、悔しそうに歯を食いしばる。


「重ねて申し訳ありません。アド様にお怪我をさせてしまいました。くっ……、一生の不覚です」


 どうやら腕をかすめた傷のことを言っているらしい。

 彼女は血の命令を受け、アドに血を一滴たりとも流させるなと言われている。


「そこまで大した怪我じゃない。むしろ大事に至らず済んだ。ありがとう」


 たしかにアドの言うとおり、怪我の程度はひどくない。しかし、流血したことは間違いなかった。滴った血が地面に赤い斑点を作っている。

 ルキは迷いなく自分のスカートを破り、簡易的な包帯で腕の怪我を止血した。その間、アドはスライムの動きをじっくり観察する。


「おや、スライムの動きが変わったか?」


 スライムは檻にめり込んだ体を外し、いよいよアドたちに突進を仕掛けてくるものだと思っていたが、なぜか緩慢な動きで近寄ってくる。


「仲間になりたそう、というわけでもないよな」


「あんな仲間はごめんです」


 アドは「そのとおりだ」と返し、木箱の上によじ登った。木箱は重たい荷物を収めているに違いなく、四段五段と積み重ねられ、二人がよじ登ろうとびくともしなかった。

 二人は木箱の上を伝ってスライムから距離を取る。出入り口のそばまで移動し、いつでも撤退できる状態だ。アドは敵の観察を続ける。


「逃げましょう、アド様」


 ルキはそうするつもりはなかった。早くこの場から立ち去り、護衛の安全を確保しなければならない。そうしなければ血の命令には従えないと判断した。


「私の力ではアド様をスライムの脅威から守ることができません」


 苦渋の決断という様子だ。

 アドは逃げないというのが分かっているから、この決定が苦しい。


「待て、ルキ。あれを見ろ」


 アドが指さしたのはスライムだ。いや、()()()()()()()だ。そこには鉄柵の破片と一緒にロザリオが浮いていた。それもルキが売ったという髑髏(どくろ)のロザリオだ。


「なぜ私のロザリオがあそこに……」


「いつの間にか取り込んだんだろうな。俺はあれを見て引き下がれない」


 戦う理由が増えた。それはアドにとってここへ来た本来の目的に直結する力強い理由で、ルキにとって撤退を提案するのをあきらめる契機になった。


「しょうがないですね……」


 アドはもう一つ何かに気がついたようだ。


「あの動き……、まさか俺の血を追っているのか?」


 スライムはアドたちに目もくれず、地面に滴った血を伝って移動しているようだった。その証拠にスライムが通った後に血痕はない。


「血を吸うのか? いや、黒いマントの男は吸血なんてされてなかった」


「アド様の血が好みなのかもしれませんね」


 ルキが冗談っぽいトーンで言う。

 一緒になって戦うと決めたルキは撤退を決め込んでいたルキと比べて躍起になっているように見えた。


「笑えない冗談だな」


「いえ、もし本当にそうだとすれば……」


 ルキは天幕の様子をぐるりと眺める。今いるのは出入り口のそばで、天幕を破って入った場所とは中央の柱を挟んで対角線になる。木箱を伝っていけば対角線の場所にも移動はできそうなほど、木箱は中央を囲んでぐるりと積まれていた。一方、スライムは中央の柱のそばで未だに地面の血を吸収するのに忙しいみたいだ。


「アド様。勇者が最初に覚えた魔法が何か知っていますか?」


 かつてルキは勇者になりたいと夢を見ていた。だから、勇者のことに人一倍は詳しい。モンスターの登場に勇者を結びつけ、我を失うほどだ。

 アドは彼女の企みに耳を貸す。

 ささやき声は雨に消されて聞こえない。

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