四宮総司は変えたい   作:もう何も辛くない

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話の展開上出せてなかった圭ちゃんのお話です。


白銀圭は交換したい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いない、か」

 

 高等部の校舎の三階、二年の教室が並ぶ廊下を歩き、教室を覗き、目的の人の姿がない事を確認して落胆のため息を吐く一人の少女。

 

「むぅ…。やっぱり連絡先の交換は先に済ませとくべきだったかな…。そしたら事前に約束取り付けられたのに…」

 

 不満げに呟くその少女の名は白銀圭。中等部の生徒である彼女が何故高等部の校舎にいるのか、それはある人物に会いたかったからである。

 

『白銀さんも読んでみなよ!』

 

『すっごく泣けるんだから!』

 

 そんな風にクラスの友人に薦められ、少女漫画を借りたのが昨日の事。初めは友人が大袈裟に言っているだけだと高を括っていたのだが、実際に読んでみると泣けて泣けて仕方なかった。

 号泣する圭にバカにするような言動をした兄にも貸してやれば、圭以上に号泣していた。男女問わず泣かせる程の感動作を読んだ結果、今の圭は恋をしたい欲が限界突破していた。

 

 これまで、圭は何度か兄に橋渡しをしてもらい、総司に勉強を見て貰う約束をした事がある。その機会全て、勉強は生徒会室で行われ、二人きりになる事は出来なかった。

 だが、今日は違う。兄に橋渡しをしてもらえばまた生徒会室での勉強会になるのは目に見えている。なら、圭自身が電撃訪問すれば良いのではとテンションMAXだった昨日の圭は思い付いたのだ。

 

 そして今、圭は高等部の校舎に一人で来ているのだが…。

 

(…視線が)

 

 高等部の校舎に来るのは当然初めてではない。しかし、生徒が集まる教室前の廊下とこれまで圭が通ってきた生徒会室への廊下と、雰囲気はまるで違っていた。

 

 まず生徒の数が違う。まだ帰りのホームルームが終わったばかり、生徒もかなり残っている。

 そして何より先程から圭が気にしている視線だ。

 それも当然だろう、高等部二年の教室の前を中等部生が歩いているのだ。気になるのは仕方ないというものだ。

 

 だが圭にとっては恐怖でしかない。相手も学生とはいえ年上の視線が無遠慮に注がれるのだ。中学生である圭が恐怖を感じるのも仕方ないというものだ。

 

「圭さん?」

 

 しかしここで圭に救いの手が差し伸べられる。聞き覚えのある、そして圭が望んでいたその声に振り返ると、そこにはきょとんと目を丸くして圭を見る一人の男子生徒。

 

「総司、さん」

 

「あれ?今日って勉強の約束してたっけ?」

 

 震える声でその名前を口にする圭。一方の男子生徒、総司はあれ?ん?と繰り返しながら何やら思い返している様子。

 

「い、いえ…。約束はしてません」

 

「あ、そう?なら、藤原にでも用があるのか?それとも白銀に?」

 

「いえ!その…」

 

 言いたい事はある。しかしはっきりとそれを口にする事が出来ない。理由は、単純に恥ずかしいからだ。

 これまでは約束をして、その日に勉強を見てもらうという流れだった。今日はその約束の過程をすっ飛ばそうとしている。

 要するに、がっついてる様に見られないかと圭は心配しているのだ。

 

「圭さん?」

 

 何も言わないまま俯いてしまった圭に総司が声を掛ける。このままでは総司に不信感を与えてしまう。そう感じた瞬間、圭は勢い良く顔を上げた。

 

「総司さん!この後時間ありますか!?」

 

「え?…うん、大丈夫だけど」

 

 圭がそう問い掛けると、総司は鞄から黒い手帳を取り出し、開いたページに書かれているのだろう今日の予定を見直してから答えた。

 

「それなら…、その…」

 

「?」

 

「っ、これから勉強見てもらえませんか?生徒会室でじゃなく、どこかで二人で!」

 

 勇気を振り絞り、圭は総司に誘いをかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門を出てから歩いて十分程歩いた所にあるファミレス。今、総司はそこにやって来ていた。一人ではなく二人で。勉強を見てほしいと頼んできた圭と一緒に。

 

 いつもは圭の勉強を見る際は生徒会室で行っていたのだが、今日は圭が生徒会室とは違う場所で勉強がしたいと言ったからこの場に来ている。

 まあ、顔見知りが多くいる生徒会室では集中しづらいのだろう。と、総司は考えていた。全く以て見当違いの予想だが。

 

「…総司さんも勉強するんですね」

 

 圭の勉強を見るという事だが、ボックス席で圭の対面に座る総司もまた集中して勉強に臨んでいた。何しろ全国模試がいよいよ明後日に迫っている。そのため総司も圭と一緒にペンを走らせていたのだが、圭の呟きを耳にして一旦手を止める。

 

「そりゃ俺だって勉強しなきゃ成績キープできないしな」

 

「でも、凄く真剣に…」

 

「まあ、本気でやらなきゃ負けちまうから」

 

「…四条さん、でしたっけ。毎回総司さんと一位を争っている人」

 

 四条帝の名前は他校の中等部にまで広まっているらしい。まあ、同学年かつ全国模試でも毎回上位に食い込む白銀の妹だからというのもあるのかもしれないが。

 

「あぁ。蟹のためにも勝たなきゃならん」

 

「え?か、蟹?」

 

「あぁ。負けた方が蟹を奢る約束をしてるんだ。負けられない」

 

「…」

 

 黙り込む圭。手を止めない総司。

 

「四宮家と四条家って仲悪いって話を聞いてたんですけど…、そんな事ないんですか?」

 

 圭がそう言った直後、圭に解らない所を質問された時以外は止まる事がなかった総司の手が止まった。

 数秒後、手元を見下ろしていた総司の顔が上がり、圭と正面から視線を合わせる。

 

「聞かなかった事にしてくれ」

 

「え?」

 

「さっきの話。知られたら色々と面倒な事になる」

 

 勉強に集中するあまり注意が散漫になってしまった。それにしたってまさかこんな初歩的なミスを冒すとは。

 これでさっきの話は嘘だと言っても圭は信じられないだろう。それなら口止めさせた方がまだ確実な方だ。あの白銀の妹だ。それに何より何度か会って話して、この少女は信用できる人物だと総司の勘は語る。

 

「えっと…、はい。誰にも言いません」

 

 理由も語られず、良く解らないといった顔をする圭だが、総司の言葉に頷いてくれた。

 これで約束は成立した。圭は白銀と似て約束を違える事はしない性格だ。とりあえず、少し警戒は必要だろうが帝との交流の件が外部に漏れる事はなくなった。

 

「あの、総司さん。さっきの話を誰にも言わない代わりと言ってはなんですけど…」

 

「ん?」

 

「私と、連絡先を交換してくれませんか?」

 

 勝手に警戒を薄くしてうっかり口から漏らしてしまったのは総司の方だ。交換条件には基本何でも応じようとは思っていたのだが。

 

「…そういえばまだ圭さんのアドレス知らないのか。でも、そんなので良いのか?何なら交換条件とは別にして交換しても良いけど」

 

「そ、そんなの良いんです!総司さんと連絡先の交換が出来るだけで満足です!」

 

 やや興奮気味に、頬を紅潮させて言う圭の勢いにこれ以上何も言えず、総司は鞄から自分のスマホを取り出して圭と連絡先の交換を行う。

 

「…ありがとうございます」

 

「別にお礼言う程の事じゃないだろう?」

 

「言う程の事なんです」

 

 何がそんなに嬉しいのか。圭はスマホを胸に握りしめ、満面の笑顔を浮かべた。

 総司と連絡先を交換した、たったそれだけの事で。

 

「…そろそろ帰らないとだな」

 

「あ…、もうこんな時間…」

 

 窓を見る。空が茜色一色に燃え上がって、かと思えば良く見れば空の一部が夜の色に染まり始めている。

 圭と連絡先を交換する際にスマホで見た時刻が、二人にそろそろ帰るべきだと教えていた。

 

「…迎えを呼んだけど、圭さんも乗ってくか?」

 

「え?良いんですか?」

 

「勿論。女の子の夜道の一人歩きは危険だぞ」

 

 白銀家はここから歩いていくとかなり掛かる。家に着く頃には辺りはかなり暗くなっているだろう。

 さすがにそんな時間帯に女の子を、それも中学生を一人で歩かせるのは少し心配だ。そのため、赤木に連絡して迎えを呼んだ後、圭を車に乗っていかないかと誘った。

 

「…お願い、します」

 

「あぁ。…さて、ここに着くまで大体二十分くらいか。最後に何か聞きたい所とかあるか?」

 

「あっ、それならここを…」

 

 誘いを受けた圭に、総司は恐らく今日は最後になるだろう圭への授業を始める。

 総司の説明を圭が理解し、授業が終わったのは丁度迎えの車が到着したと赤木から連絡が入るのと同じ時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪~♪」

 

「圭ちゃん、随分ご機嫌だな。鼻歌なんか歌っちゃって」

 

 夕食が終わったリビングには台所からカチャカチャと食器と食器がぶつかる音と水が流れる音が聞こえてくる。

 そしてその音と一緒に白銀の声が聞こえてくる。

 

「そんなのお兄ぃには関係ないでしょ?…♪」

 

「…本当に良い事があったみたいだな」

 

 そして圭の口から出るのは普段通りの兄を突き放すきつい言葉。しかし、その声音は普段よりも柔らかく、圭の機嫌が相当に良い事を物語っていた。

 

「男か」

 

「え?」

 

「なっ!?」

 

 そんな中で響いたのは短く低い男の声。圭と白銀が振り向いた先には、腕を組んで圭を見る男。

 

「な、何言ってんだ!圭ちゃんにはまだそういうのは早い!」

 

「おいおい御行、今時中学生でも経験済みは珍しくないんだぞ?圭に彼氏がいたっておかしくないだろ?まあ妹に先越されるのが嫌な気持ちは解るが」

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 両手が洗剤の泡に濡れているのも構わず頭を抱える白銀。そんな哀れな息子の姿をコップ片手に眺める父親。

 なかなか愉快な光景だがこんなのは白銀家では日常茶飯事である。圭は二人を見回し、ため息を吐いてから立ち上がった。

 

「け、圭ちゃん!まさか親父の言う通りじゃないよな!?」

 

「…」

 

 いつもこの兄は圭を子供扱いし、圭はそれを鬱陶しく思ってきた。今回もいつもの圭なら「過干渉うざ」の一言で切り捨てていた事だろう。

 

 しかし、今日の圭はご機嫌MAXだった。

 

「別に彼氏じゃないよ。…まだ、ね」

 

「そ、そうか…、それならよかっ…え、圭ちゃん?最後何て言った?」

 

 たとえご機嫌MAXとはいえこれ以上話すつもりはなかった。兄の食い下がる声は無視して兄と共同である自室に籠る圭。

 

 リビングの方から声が聞こえてくる。

 

「…圭も成長したな。よし、相手がどんな男か俺が見極めてこよ「余計な事しなくていいから!」」

 

 自室に籠り始めて数秒後、圭は再びリビングに引き戻される羽目になった。

 リビングに戻ってきた圭にこれ幸いとエプロン姿のままの兄が問い詰める。圭はそれを聞き流す。

 

 次第にしつこい兄に対して苛立ちが募っていき、いよいよご機嫌MAX状態の圭でも我慢の限界が訪れそうになったその時だった。

 

「っ!」

 

 誰かの着信音が鳴り響く。圭はその音を聞いた瞬間、自身のスマホを操作し始める。アプリを起動し、ホーム画面に映される《新着メッセージ一件》の文字と、そのメッセージを送ってきた人物のユーザー名。

 

 圭はそのメッセージをタップし、全文を表示させる。

 

『言い忘れてたけど、解らない所があったらここでいつでも聞いていいからな。返事が遅くなるかもしれないし、何なら気付かない事もあるかもしれないけどそれは広い心で許してくれm(_ _)m』

 

「…~♪♪♪」

 

「け、圭ちゃん?」

 

「こりゃ重症だな」

 

 自分の妹、或いは娘の姿を見て男二人は悟る。

 今の着信音は妹の、或いは娘の想い人からのメッセージだったのだと。

 そして、たった一通のメッセージだけで機嫌が急上昇した妹、或いは娘の姿を見て二人は思う。

 

 べた惚れにも程がある、と。




ちょっとした没ネタ
圭に送った総司のメッセージの一部から
『広い心で許してクレメンスm(_ _)m』

さすがに寒いと思って没にしました

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