寒波の中で

今年は稀に見る大寒波が日本列島を襲った
当然ながら屋外で生きる野良の実装石たちにとっては厳しい冬となった
「デヒィィ…」
あと数時間で年も越そうかという夜、一匹の野良があまりの寒さに冬篭りの眠りから目を覚ます
ダンボール箱の住処の床一面に敷き詰められた落ち葉のベッドの上で身を起こし
眠い目を細めながら娘たちを探して傍らを手でまさぐった
場違いに硬く冷たい物の感触があり、思わず目を向ける
それは氷のように固まった我が仔の凍死体であった
「デェェ…ッ!?お、オマエたち!?」
驚きながらも仔実装を胸に抱くが、苦悶の表情で固まったままの口から返事はなかった
暗い住処の中を探すと、6匹いた仔実装たちはみな同じように凍り付いていた

異常な寒さで親よりも早く目覚めて空腹だったのだろう
備蓄されていたドングリなどの食糧はほぼ食い散らかされていた
ペットボトルに溜めていた水も、蓋を開けられなかったのか
側面に付いた小さな歯形から溢れ出ており一面の落ち葉を濡らし凍っていた
状況を理解した親実装は仔実装の死を嘆くよりも
冬篭りの支度を台無しにされたことに怒り心頭だった
「よ、よくも…っ!非常食のくせにワタシの食べ物を!」
思わず手に持っていた仔実装の死体に齧り付き、熱量に変えるべく胃の中に収める
しかしよく冷えたシャーベットのようなその死体は
熱に変わるどころか体の内側から体温を奪っていった
「デェェ…、ささ寒くて…たたたたまらんデスゥ」
呻きながら暖を求め住処を這い出ると、閑散とした公園に何匹かの実装石が行き倒れていた
寒さに震えながら近づいて様子を確かめると、どれも我が仔と同じように凍り付いていた

この実装石たちも寒さに耐え切れず目を覚ましたのだろう
虚空を見つめる同属の目に、実装石は自分が死に直面していることを悟った
このままじっとしていては自分も近いうちに同じことになる
少しでも暖を取ろうと死体から実装服を剥ぎ取りマントのように羽織ると
まずは食料を得るため実装石は公園を出ることにした
寒さのせいか街に人通りは少なく、人目を気にせずゴミ漁りができると思ったが
ゴミ置き場にあるのは年末の大掃除で処分されたガラクタばかりであった
「こんなもの食えないデス…。」
知っている限りのゴミ置き場をめぐってみたが成果は無く、期待を裏切られた気分だった
無駄な体力を消耗したことに肩を落とし再び歩き始めるが
今度は足が思うように動かなくなってきた


この寒さの中では食料よりも、下がり続ける体温を気にかけるべきだった
カクカクと膝が揺れはじめ、右に左にと蛇行しながら歩くうち
ついには電柱の脇にへたり込み一歩も動けなくなってしまった
目に映る景色も霞掛かり意識が薄れようとしてきたそのとき
不意に実装石の腕の中に、何か暖かいものが差し込まれたのだ
冷え切った体に、じんわりと温もりが伝えられ実装石は息を吹き返した
「…デェ?これはなんデスゥ?」
実装石の目にしゃがみこんだ人間が映る
「実装石にカイロやったの?もったいなくね」
「いーじゃん安物なんだし。寒そうにしてるの可哀相だよ」
「しゃーないな、じゃお前は俺の使えよ」
「さすが私の彼氏は気が利くねぇ」
いちゃつきながら去っていく人間の男女の背中に
実装石は生まれて初めて感じる感謝の気持ちから、泣きながら頭を下げていた


思いもよらぬプレゼントのおかげで暖まった手で実装石はカイロを破り始めた
しかし思ったよりもそれは硬く、実装石は両手で掴んだままカイロの端の方に噛み付いた
ありったけの力を顎に込め、どうにか噛み千切ろうと頭を左右に振る
やがてバリッという音と共にカイロは破れ、そのはずみで中見が空中へと飛び散った
目の前で暖かい袋からバラ撒かれる黒い粉末に実装石は困惑した
「なんデス、これは?食べ物はどこ行ったんデス?」
破れたカイロを逆さまにしてみるが、黒い粉末がアスファルトの上に積もっただけだった
必死に粉末の山を掻き分けてみても何も見つからない
手にこびりついた粉末を試しに口にしてみたが砂のような感触に口全体が不快感に塗り潰された
とうてい食べられるようなもので無いことは確かだった
呆然としながらも手についた粉末からほんのりと温もりを感じたとき
ようやく実装石は自分が酷い勘違いをしていたことに気がついた


実装石はカイロというものを知らなかったのだ
ただ袋に入った温かい食べ物を分けてくれたのだと思っていた
撒き散らしてしまった黒い粉末こそが大事だったのだ
アスファルトに膝をつき急いで散らばった粉末をかき集めるが、それはもう熱を失っていた
「デギャアアアアア!!デギャァァオオォォオ!!」
怒りなのか哀しみなのか、自分でもわからない湧き上がる感情を抑えられず
膝を屈したまま実装石は吼えるように鳴いた
頬を伝う血涙の温かさ以上に、空から舞い降り始めた雪の冷たさを感じた
その死への誘いに抗う術を失った実装石は
涙が温もりを失ったころ偽石までも凍り付き、初日の出を拝むことなく息絶えた