自宅で死ぬと90歳過ぎても警察が来る

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「異状死」平野久美子著(小学館新書)という本を読んで、クレーマー気質に唖然とすると同時に、一応は勉強になった。94歳の母親の死についていつまでも愚痴愚痴できるひとでないと、こういう粘りは出てこない。

まず前半は、読むに値する。
94歳の母親がショートステイ先の施設で誤嚥し死亡して、そこからの警察や葬儀屋とのやり取りである。

それからちょうど十年後の二〇二〇年。世の中が新型コロナウイルス感染症に身構え始めた三月九日に、母がショートステイ先の施設で誤嚥を起こし、救急搬送先の神奈川県横浜市立市民病院で死亡宣告をされた。九十四歳だった。
父とは息を引き取った場所も状況もまったく違うのだが、母も突然死だったので異状死扱いとなった。まさか両親が二人揃って警察のお世話になるとは……私も妹もとうてい考えつかなかった。


かいつまんで言うと、人間が病院以外で死ぬと警察が調べに来る。今回の場合はショートステイの施設だが、もちろん自宅でも同じことだ。94歳でも警察はやってきて家族は事情聴取される。保険金殺人とか、そういうのを念のために疑うわけである。
「かかりつけ医」がいれば、また話は違うのだが、それも簡単な話ではない。普段から元気だと、なおさらそうであろう。
(このケースではかかりつけ医はいたが、死亡がショートステイ先だったので、異状死となったそうだ)。

またこの著者の逆鱗に触れたのは、父親が世田谷区で死んだときは費用負担を求められなかったのに、母親が横浜市で死んだときは費用負担させられたことである。


「あ、それと明日の件ですけれど、横浜市の場合はすべてご遺族の実費負担なので、よろしくお願いしますね」 刑事さんは帰り際にそう付け加えた。同じ異状死扱いでも東京都内で亡くなった父の時は代金の話など一切出なかったのに、どういうことだろうか。 「何が起きても驚かない」という母との約束は、この場面を迎えるに及んでがらがらと音を立てて崩れた。  ──遺族負担? そんなこと初めて聞きました。東京都は無料でしたけれど。私は十年前に父が都内で亡くなった時のことを懸命に思い出し、かいつまんで説明した。
「すみませんね、東京都と横浜市は制度が違うんです。さきほどお渡ししたパンフレットにも書いてあるように、ご遺族負担なんですよ。ご遺体の搬送費とか検案代とかもろもろの費用は、ご遺体が明日帰ってこられた時点で支払いをお願いします」


では具体的にいくらだったのか。
請求書は葬儀屋が持ってくるそうだ。
搬送施行人件費……二万円
寝台車・病院へのお迎え……一万六三〇〇円
寝台車・検案施設往復……二万三九〇〇円
防水シーツなど……二万円
消費税……八〇二〇円

この他に、雑費があり、そして、嘱託医による検案料が45,000円。
諸々合算して15万円を超えたそうである。
葬儀屋としては「自分が立て替えたので支払ってほしい」ということだ。
なぜ遺族が横浜市に直接支払えないのか、というモヤモヤがでてくる。

当然ながら、警察と葬儀屋の癒着が疑われるが、この本によれば、神奈川県警と葬儀屋の贈収賄の不祥事が2021年に問題となったという。
検索してみたら、その裁判のニュースが出てきた。

https://www.asahi.com/articles/ASQ2J3TQNQ2HULOB00C.html
警察で扱う遺体の搬送を巡る贈収賄事件の公判が15日、横浜地裁であった。受託収賄の罪に問われた神奈川県警大和署元警部補、加藤聖被告(48)は初公判で起訴内容を認め、検察側は懲役2年6カ月を求刑。一方、贈賄の罪に問われた葬儀会社「林間葬祭」の実質的経営者、河合恵子被告(60)と、夫で宮前署元警部補の博貴被告(65)に対して、青沼潔裁判長は懲役1年6カ月、執行猶予3年(求刑懲役1年6カ月)の有罪判決を言い渡した。
起訴状によると、加藤被告は大和署で検視を担当していた2019年3月~20年1月、署で扱う遺体の搬送先として遺族に林間葬祭を優先的に紹介してほしいと河合夫妻から依頼を受け、現金127万円とクオカード計68万5千円分を受け取ったとされる。
加藤被告の公判で検察側は「警察官の職務に対する社会の信頼を失墜させた」と指摘。弁護側は「現金収受は受動的だった」として執行猶予を求めた。
河合夫妻の公判で青沼裁判長は「警察に対する社会の信頼は相当に害された」としたが、2人が罪を認め反省していることなどから執行猶予付き判決とした。
葬儀会社から警察への金券の提供について、加藤被告は被告人質問で「私がいた6署全てであった」と供述。神奈川県内には全54署あり、「全てでやっていると思う」とも述べた。
弁護側から事件の経緯を問われた加藤被告は「博貴さんから『どうしても頼むから助けてくれ』と何度も電話を受けた」「捜査1課でお世話になった先輩なので断れなかった」と述べ、河合夫婦の葬儀会社を使うよう部下に頼むための飲み代として月10万円を博貴被告に求めたという。弁護側は「かねてより葬儀会社から県警にビール券を渡す慣習はあった」と指摘した。
県警監察官室は、葬儀会社によるビール券などの提供の有無について「公判において被告人等が申し立てた事項についてコメントは差し控えますが、現在同種の案件で調査している事項はありません」としている。(土屋香乃子)


ちなみにこの本の後半では、なぜかショートステイ先の誤嚥についての責任追及をしており、ここは感心しない。ちなみに裁判に訴えたとか、そういうわけではないと思うが、クレーマー的なのが気になる。前半部の神奈川県警と葬儀屋の問題は現実に贈収賄で捕まっているのだから、非常に社会的な悪であり、そこだけに集中して書いたほうがよかった。後半部については、94歳の誤嚥について愚痴愚痴と施設のせいにされても読んでいて不愉快なだけである。すでに述べたように、贈収賄の事件はこの本でも触れられていて、わたしもそれではじめて神奈川県警と葬儀屋の問題を知ったから、ここを徹底して掘り下げるべきだった。(誤嚥について施設が悪いとどうしても愚痴愚痴書きたかったのだろうが、神奈川県警という巨悪に絞った本にしてほしかった。蛇足の極みである)。

ともかく、神奈川県警は葬儀屋から賄賂をもらっており、ただでさえ不愉快な死後の事情聴取や葬儀屋とのやり取りが、賄賂が絡んだ邪心ゆえに、無神経極まりないものになっているのである。これは神奈川県警の救いがたい問題であろう。
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