潮流
立ち上がる若者たち/「テレビの前で不平言っても仕方ない」/安倍政権への怒りを行動に
休憩室/小山力也さん/一生懸命気持ち込め
憲法9条守るアピール発表/富山・ファンクラブ
14回顧/演劇/歴史の逆流に向き合う
自民・公明が横暴な議会運営/「ぶっ殺すぞ」発言も/東京・渋谷
中国「平和と発展が外交任務」
南京大虐殺から77年/国際法投げ捨てた日本軍の蛮行
安倍暴走ストップ/近畿比例「4議席以上」必ず/京都1区こくた候補逆転勝利へ/不破前議長訴えに反響
ホロコースト犠牲者・遺族/仏、基金通じ補償
12月8日―太平洋戦争開戦73年/「生存圏」の名で領土拡大/戦後の平和秩序壊す「靖国派」の歴史観
音楽/東京シティ・フィル第284回定期演奏会/珍しい曲目に聴衆熱く
発言2014総選挙/元大阪城天守閣館長渡辺武さん/9条守る共産党大きく
党首討論/安倍首相の発言/大不況ない限り/歴史家の判断
「身辺や年暮れんとす些事大事」(松本たかし)。年内最後の週末、大事な些事の代表格は大掃除です▼掃除をしてもいずれほこりはたまる、ほこりでは死なないと、しない理由を並べてみますが、散らかった部屋で新年を迎えるのもどうかと思い、手をつけます▼本棚は要注意です。積み重なった本が落ちてくるからではありません。「こんな面白い本を読まないのかね」と背表紙が語りかけてくるからです。以前、子どもに買った児童文学全集も誘惑に満ちています。ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』などは今の時代にぴったりです▼「かしこさをともなわない勇気は乱暴でしかないし、勇気をともなわないかしこさは屁のようなものなんだよ!」(池田香代子訳)。好きな言葉です。ページを開いて続きを追います。「世界の歴史には、かしこくない人びとが勇気をもち、かしこい人びとが臆病だった時代がいくらもあった。これは正しいことではなかった」▼この本が出版されたのはナチスが政権を獲得した1933年。ヒトラーの宣伝の一つが「経済回復」でした。「この道しかない」という、やたらに勇んだ安倍政権のスローガンにも知性が感じられず、別の道を考えることを排除しています▼ケストナーはその後弾圧され、著書は焚書処分になりました。〝勇気と賢さを〟との呼びかけは命がけの言葉だったのです。先人の思いをじっくりと味わうのが読書の醍醐味です。大掃除をしない言い訳にしてはいけませんが。
( 2014年12月28日,「赤旗」) (Page/Top)
「集団的自衛権の行使容認反対」「憲法守れ」「安倍政権打倒」―。2014年は学生を含む若い世代が積極的に街頭で声をあげた1年でした。つぎつぎと立ち上がった青年たちの思いと歩みは――。
(土田千恵)
昨年12月、秘密保護法の強行採決を目の当たりにした学生たちが立ち上がり、「特定秘密保護法に反対する学生有志の会」(SASPL=サスプル)が発足しました。
秘密保護法反対、学生たちの叫び
「秘密保護法は、国家を批判する言動をさけ、お互いに監視しあう社会をつくります。そんなふうになってたまるかよー!」。ことしの2月を皮切りに、首都圏で8回にわたってSASPLが企画したデモや首相官邸前抗議行動では、多くの学生たちが切実な思いを叫びました。
集団的自衛権の行使容認が「閣議決定」された7月1日と前日の6月30日に、SASPLが「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」「怒りのドラムデモ」「東京デモクラシークルー」などと行った官邸前抗議行動には、連日数万の参加者が押し寄せました。「戦争に巻き込まれるのは僕らの世代。政府は、僕らの意見を聞くのが先でしょう」。学生たちが最前線で、日本の進路に声をあげ続けました。
10月25日に行われた、「特定秘密保護法に反対する学生デモFINAL@SHIBUYA」には2000人の学生らが集まりました。
「日常でかっこいいと思うものを取り入れる」「どう見られるかを意識する」と工夫された宣伝ポスター、ラップと音楽を基調にしたデモのスタイルは多くのメディアの注目を集めました。
「民主主義が終わってるって人もいました。それに対して言えることは、終わってるなら始めるぞってことです!」「秘密保護法は知る自由、学ぶ自由、表現する自由を私たちから奪おうとしているようにしか思えません」。一人ひとりの気持ちを大切に、スピーチを重視する姿勢。詳細で明確な秘密保護法への反対理由を提示するのも特徴です。
全国各地に拡大「若者憲法集会」
解釈改憲による集団的自衛権行使容認などに対して6月には、日本民主青年同盟をはじめ、さまざまな青年組織で活動する若者たちが実行委員会を立ち上げ、「若者憲法集会」と「命と自由を守る 若者憲法デモ」を行いました。全国からのべ1856人の若者が参加し、「憲法守れ」の思いを訴えました。
「憲法を生かす道こそ、僕たちが希望をもてる未来を開く道。自分たちの視点で憲法をとらえ、自分たちの言葉で憲法を発信する運動を全国に広げたい」という思いから始まった取り組みです。
各地から訪れた青年たちは、「デモは楽しかった」「自分の地元でもやりたい」という思いを持ち帰り、京都、大阪、滋賀、山梨、新潟など、全国各地で「若者憲法集会」やデモを実施しました。
原発再稼働やヘイトスピーチ(差別扇動行為)に反対してきた無党派の市民による「怒りのドラムデモ」や「東京デモクラシークルー」は、秘密保護法強行、解釈改憲による集団的自衛権行使容認の「閣議決定」など、安倍政権の政策全般に怒りを募らせ「安倍政権打倒デモ」に取り組みました。ここにも学生を含む若い世代が多数参加しました。
怒りのドラムデモは5月、6月、7月、11月に東京・新宿駅周辺で「安倍政権打倒デモ」を行い、参加者はのべ2500人を超えました。
怒りのドラムデモや東京デモクラシークルー、SASPLなどによって構成された、東京デモクラシーネットワークが8月2日、東京・渋谷で行った「ファシズム潰(つぶ)せ! 怒りのブルドーザーデモ」には、3000人(主催者発表)が集まりました。京都や北海道など、全国にも運動が拡大しました。
沿道からは「こんな大きなデモは初めて見た。僕もやってみたい」(長野県の男性会社員)、「私もこのデモに共感します」(東京都江戸川区の女性)など、応援の声が数多く寄せられました。
関西では若者を中心に、反レイシズム(人種差別)の運動が活発に行われるなど、若い世代の動きは多彩に広がっています。
民主主義つくる息吹なお広がる
これらの行動には「秘密保護法採決に『これはやばい』と思った。テレビの前で不平不安を言っても仕方がない。声をあげようと思った」(大学院生)など、今までデモに参加したことがない人たちが多く参加しました。
安倍自公政権による改憲に向けた動き、集団的自衛権を行使するための法整備、消費税10%増税、社会保障改悪など、日本の行く末を決める問題が数多く待ち受ける2015年。
「負ける気がしない。(安倍政権を)引きずり降ろす気でいます」(11月、怒りのドラムデモの井手実さん)
「民主主義をつくるのは俺たち国民。(秘密保護法に)何度でも反対する。あきらめない。SASPLは解散しますが、僕たちの行動は終わりません」(12月、SASPLの奥田愛基さん)
若者たちの息吹はまだまだ広がりそうです。
( 2014年12月27日,「赤旗」) (Page/Top)
重低音が効いた伸びやかな声。アニメ「名探偵コナン」の毛利小五郎や、ジョージ・クルーニーなど持ち役は多彩です。
映画の吹き替えは「その俳優を尊敬すること」に心を砕き、飛躍が求められるアニメの場合は「どれだけ遊べるか」。声優として、本業の俳優としても共通する思いは「一生懸命、気持ちを込める姿勢」だと言います。
役への謙虚さは俳優座入団から25年で培ったもの。「よき先輩方に恵まれました」と振り返るなか、大切にしているのが「一番の師」と仰ぐ演出家・故若杉光夫さんの「思えば出る」という言葉。「自己顕示欲を捨て、そこに居る共演者のことをちゃんと思いなさいと。生意気な僕の心にしみ渡っていきました」
来年5月の舞台「フル・サークル」に主演します。ナチス・ドイツ崩壊前夜、脱走した政治犯と彼を追うゲシュタポ大尉を軸にしたサスペンス。
「1995年の初演から達成感のあった芝居の一つです。〝無関心〟という罪の恐ろしさ。最後はドンデン返しの連続です」。「赤旗まつり」に出品した色紙にも、自ら演じる政治犯のセリフを書きました。「反対意見を認めない それじゃあナチスと同じだ」
記事・佐藤研二
( 2014年12月27日,「赤旗」) (Page/Top)
富山県の「憲法9条ファンクラブ」は8日、県庁で県民に向けて「私たちは戦争をさせません、戦争をしません」とのアピールを発表しました。同クラブは2005年に結成され、毎年12月8日に反戦・憲法擁護の訴えを出してきています。
今年の訴えは、「閣議決定」による憲法解釈の変更について、ワイマール憲法を変えずに軍事大国の道をゆき、第2次世界大戦に突入したヒトラー・ナチスのてつを踏む、危険なやり口と批判。特定秘密保護法(10日施行)は、かつての軍機保護法や国防保安法の再現であり、国民が知らぬうちに戦争を開始することができる恐ろしい法であると批判しています。
(2014年12月17日,「赤旗」) (Page/Top)
イラク戦争を機に結成された「非戦を選ぶ演劇人の会」による今年のピースリーディングは、安倍政権が集団的自衛権行使容認の閣議決定を強行した直後に開かれました。今年のテーマは「あなたは戦争が始まるのを待っているのですか?」。ストレートに問いかける舞台で、出演した30人の俳優たちの「私たちは何を見てきたか、何を許してしまったか」と語る言葉が心を揺さぶりました。
演劇界全体を見ても、歴史の逆流に向き合い、問題提起する作品が多彩に上演され目を引きました。
劇団民芸の「コラボレーション」は、ナチスが台頭してくる1930年代のドイツでの芸術と政治の相克というテーマを扱いながら、現代日本の現状に迫る力を持った作品でした。二兎社の「鴎外の怪談」は、文豪・森鴎外の人間像を大逆事件裁判との関連で描きながら、軍国主義へと傾斜する時代と人間の生き方に迫りました。
劇団昴の「ラインの監視」は、ある家族を舞台にナチスの脅威に抗する尊厳ある生き方を描き、トム・プロジェクトの「案山子」は太平洋戦争末期の村での出来事をとおして〝銃後の日本〟の現実を告発しました。
俳優座の朗読舞台「戦争とは…」はことし20周年。平和を願う俳優たちの粘り強い企画として今後も注目し続けたいと思います。
原発再稼働の動きの中、原発問題を取り上げた舞台も上演され注目を集めました。なかでも、青年座の「地の乳房」は原発を受け入れるかどうかで揺れる人々の葛藤を描き深い感動を呼びました。青年劇場の「羽衣House」も、原発事故による放射能の影響に揺れる人々の現実を見据えた新鮮な作品でした。
前進座の新作時代劇「薄桜記」、50年ぶりに上演された俳優座「東海道四谷怪談」は、今後の劇団活動への意欲に満ちた舞台でした。シェークスピア生誕450年の今年、文学座は来年1月まで1年間にわたり「シェイクスピア祭」として、演劇公演、リーディング、シンポジウムを多彩に取り組みました。
(寺田忠生)
( 2014年12月15日,「赤旗」) (Page/Top)
東京都の渋谷区議会で、無所属渋谷の佐々木弘明区議が視察先のドイツ連邦議会議事堂で受けたセキュリティーチェックを「ナチスのガス室のようだった」などとドイツ国民を愚弄(ぐろう)する発言をした問題で、9日の本会議で前田和茂議長(自民党)が「発言は不適切」と謝罪したものの、本人は謝罪しませんでした。
謝罪動議を提出するなど暴言をただす日本共産党に対し、自民、公明などは動議に反対して否決したばかりか、動議を提案した共産党区議に「厳重注意」動議を強行するなど、両党の横暴な議会運営が際立っています。
佐々木区議ら区議4人は9月3~10日、区が計画する新庁舎における「議場の設計に資するため」としてドイツ、イギリス、ベルギーの議事堂を視察。視察団は職員を含め8人で、費用は総額701万2000円に上り、共産党区議団は税金のむだづかいだとして反対しました。
11月17日に開かれた全員協議会で視察報告した佐々木区議は、「ガス室」発言とともに、ドイツ連邦議会議事堂の事前申請が間に合わなかったために議場内の視察を許可されなかったことについて「ゲルマン民族の頑固さで見られなかった」とする差別的発言をしました。
9日の本会議で、共産党区議団の五十嵐千代子幹事長は謝罪を要求。佐々木区議に本会議での謝罪を求める動議を提案しましたが、自民、公明などが反対し、否決。これに先立つ議会運営委員会の休憩中、公明党の沢島英隆副議長が共産党区議に対し「黙れ、ぶっ殺すぞ」とどう喝。追及された沢島区議は発言を撤回し、謝罪しました。
( 2014年12月13日,「赤旗」) (Page/Top)
【北京=小林拓也】中国の王毅外相は11日、中国外務省主催のレセプションで、2015年は国際社会が共同で反ファシスト戦争勝利70周年を記念する年だとし、「中国人民は抗日戦争勝利70周年を厳粛に記念する。平和と発展は中国外交の二大任務となる」と語りました。
( 2014年12月13日,「赤旗」) (Page/Top)
77年前の12月13日は、中国大陸で侵略をすすめる日本軍が、当時の国民党政権の首都だった南京を攻略し、南京大虐殺事件(南京事件)と言われる「残敵掃討」作戦を始めた日です。あらためて南京事件とはどういうものだったのかを見ます。
(若林明)
南京大虐殺は1937年11月に上海を制圧した日本軍が、12月13日南京を占領したあと発生しました。日本軍は南京城の内外で、逃げ遅れた中国兵や子ども・女性を含む一般市民を虐殺し、性的暴行、略奪、放火などを行いました。この虐殺は、南京陥落から約3カ月間続き、被害者は「十数万以上、二〇万人に近いかそれ以上」(笠原十九司著『南京事件』)と言われています。
当時、現地にいた外国人や複数のジャーナリストは惨状を世界に発信します。「(日本軍の)野蛮な行為、大規模な捕虜の処刑、略奪、強姦、民間人の殺害、その他暴行などにより、日本の勝利は台なしになった」(ニューヨーク・タイムズのF・T・ダーディン、38年1月9日付)。「日本軍は少なくとも5000人を射殺し、その大半は埋葬の手間を省くために川岸で実行された」(駐華ドイツ大使館の報告第113号に添付)などとしています。
当事者の兵士たちは虐殺を書きとめています。砲兵伍長として参戦した永井仁左右さんは「城壁の隅に多数押し込め鉄条網を張り機関銃で射殺したり、尚又石油を掛け焼殺したりした隊もあった」(『永井仁左右回想録』)。
南京攻略作戦は、上海派遣軍司令官の松井石根(いわね)=A級戦犯、東京裁判で死刑=が参謀本部の統制に従わずに軍隊を進軍させました。そのため、作戦計画は不十分で、食料や軍馬のえさの補給を考えておらず現地調達主義をとり、進軍の途中で略奪や暴行などが頻発しました。
しかも、日本は宣戦布告もせずに「支那事変」と称して「戦争」ではないといい続け、日本軍は捕虜のあつかいなどの戦時国際法の規定を投げ捨てていました。そのうえ、軍規の乱れと中国人への侮蔑意識が虐殺につながりました。
笠原十九司都留文科大学名誉教授は「急に編成された軍隊で、戦意が低いため、南京を占領すれば何をやってもいいと、兵士をあおる上官もいました」と言い、そのうえで、「靖国派は東京裁判が南京虐殺やA級戦犯を裁き、侵略戦争を裁いたことを否定しようとしています」と言います。
こうした「靖国派」の立場はファシズム・軍国主義を否定した戦後の平和秩序に真っ向から挑戦するものです。
( 2014年12月13日,「赤旗」) (Page/Top)
ぶれない共産党でこそ
「安倍暴走政治を止められるのは、ぶれない共産党」―。総選挙(14日投票)は大激戦、大接戦のまま最終盤に突入しました。日本共産党は「近畿ブロック比例(定数29)で3議席回復・4議席以上」を必ずと全力。「小選挙区でも風穴をあけよう」と京都1区では自民候補を激しく追い上げる、こくた恵二候補(比例重複)の逆転勝利へむけ、残る期間の大奮闘をよびかけています。
不破哲三前議長を迎えて10日、京都・四条河原町で行われた街頭演説は、不破さんの到着に拍手と指笛が鳴り、こくた恵二衆院京都1区候補(比例重複)の決意に、ひときわ大きな拍手と歓声が送られるなど熱気に包まれました。「共産党がんばれ」「こくたがんばれ」「不破さんありがとう」の声がかかり、集まった人からは「やる気と元気をもらった」との感想が聞かれました。
聴衆の輪には、駅から出てきて足を止める会社員、路上ライブのため居合わせ、後から来た友人に「戦争しないためには共産党らしいで」と話す青年の姿もあり、京都随一の繁華街の注目を集めました。
「国民の願いと逆行する道を『この道しかない』と言って突き進むのはファシズムだという不破さんの話に共感した」という府金結太さん(33)=京都市左京区、看護師=。「周りには無関心な人もまだいる。最後まで自分の言葉で語り、共産党への支持を広げたい」と語りました。
11月末に共産党に入党した女性(26)=同北区=は「今動かなかったら絶対に後悔する。政治の話をしたことがない友人にも『私は共産党を応援している』と伝え、支持を広げたい」と話しました。
京都市の団体職員、西川晃さん(23)は「歴史を切り開いてきた共産党のことがはっきりわかった。同じ世代に支持を訴えていきたい」。八幡市から来た女性(60)は「こくた恵二さんを小選挙区で勝たせるため、1区内に住む親せきや友人に電話する」と決意を新たにしていました。
(2014年12月12日,「赤旗」) (Page/Top)
【パリ=ロイター】フランス政府は5日、同国の国有鉄道がナチスドイツの強制収容所にユダヤ人を輸送していたことをめぐり、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)犠牲者・遺族への補償を行うため、米政府が運営する新たな基金を創設し、仏側が6000万㌦を出資することで合意したと発表しました。
フランスでは第2次世界大戦中、約7万6000人のユダヤ人が拘束され、貨車でアウシュビッツなどの強制収容所に運ばれました。そのほとんどが殺害されています。
米政府との交渉にあたったスパラシーノ仏人権大使によると、補償の対象はこれまでフランスとの2国間協定がないすべての国に住む生存者や犠牲者の遺族。最終的には数千人になるものとみられ、生存者には1人約10万㌦が支払われます。
基金は米政府が管理・運営します。これにより、今後は仏政府に対する直接の補償要求は回避されることになります。
仏国鉄は輸送に加担したことは認めていましたが、当時は「ナチスの絶滅機関の歯車の一つ」であり、仏政府やナチスドイツの命令に従わざるを得なかったと主張してきました。
米政府は1990年代以来、欧州諸国政府や、ナチスと関係のあった企業に対し、ホロコースト犠牲者・遺族への補償を行うよう働きかけてきました。それを受けてドイツは99年、ナチス政権下で強制労働に従事した人たちに補償するための基金を創設しました。
( 2014年12月09日,「赤旗」) (Page/Top)
安倍政権は、過去の日本の侵略戦争を肯定・美化する「日本会議」国会議員懇談会と天皇中心の国づくりをめざす「神道政治連盟」国会議員懇談会のメンバーが中心に座る内閣です。日本が東南アジア全域と太平洋地域へ侵略を進めた1941年のアジア・太平洋戦争開戦の12月8日を前に、あらためてこの戦争について考えます。
(若林明)
日本軍は、ハワイの真珠湾とマレーシアのコタバルを「奇襲」攻撃し、中国への侵略戦争につづいて、アメリカとイギリスに戦争を仕掛けました。戦争継続のための資源を確保する目的で南方への領土拡大をめざしました。侵略戦争を美化する「靖国派」は、「連合国の対日経済封鎖、つまりは戦争への挑発」(『靖国神社 遊就館図録』の「解題」)によって戦争になったなどといいます。
独「快進撃」で日本は「南進」
事実はどうでしょうか。日本が「南進」を進めるきっかけは、ナチス・ドイツの欧州での「快進撃」です。ドイツはポーランドに続いてフランスに侵攻し、1940年6月に、フランスやオランダなどを占領しました。
占領された国はもちろん、イギリスもドイツ戦に力を集中し、東南アジアや太平洋地域の植民地での力の支配が弱くなります。これを「好機」として、日本は領土的野心を膨らませました。それを明確に示したのが、日独伊の三国同盟による世界再分割の構想です。
第2次近衛文麿内閣はドイツ、イタリアとの同盟締結を進めます。「日独伊枢軸強化に関する件」(9月16日、大本営政府連絡会議)で、世界の「新秩序」建設について、「南洋を含む東亜における日本の生存圏ならび欧州およびアフリカにおける独伊の生存圏を相互に尊重し」として、ドイツ、イタリアと手を結び、日本が、東南アジア全域、太平洋の島々、オーストラリア、ニュージーランドまでの膨大な地域を支配する意思を明確にします。「生存圏」とは、戦争を続ける上で必要な資源を確保するための地域です。日本は、植民地をこれまでの領有国から取り上げて自分のものにする日独伊三国同盟を締結します。(9月27日)
日本はこのように、アメリカと外交交渉に入る41年5月以前から、東南アジア侵略の野望を持ち、その準備を進めていたのです。
日本人軍人は140万人が餓死
日本の侵略戦争によってアジアの人々2000万人、日本人310万人の命が奪われました。そのうち日本の軍人・軍属の死者は230万人。うち140万人は餓死だといわれます。
ニューギニア戦線の経験者は、戦友の死を「(体についた)アリもウジも払えなくなると、体は少しは動かすんだけど、もうダメ」「戦争で亡くなったんじゃなくて、そういうひもじい思いをして、そういうふうに亡くなっていった人が、たくさんおる」(NHK「戦争証言」プロジェクト著『証言記録 兵士たちの戦争①』)と語ります。食料や武器の補給を軽視し、「現地での自活」に頼る無謀な作戦と「生きて虜囚の辱めを受けず」という「戦陣訓」が兵士たちを死に追いやりました。
日本の戦争指導部は、アメリカの軍事的優位のもとで敗戦が決定的になっても、国民の命を守ることは考えずに、「玉砕」作戦と「本土決戦」をすすめます。そのため沖縄戦、広島・長崎への原爆投下などによる犠牲を重ねます。45年8月にようやくポツダム宣言を受諾、敗戦を迎えました。
戦前、日本共産党が主張した侵略戦争反対の主張は、戦後の国際的平和秩序の出発点の一つとなります。この戦争を「欧米に強いられた戦争」「アジア解放のための戦争」という「靖国派」による歴史の偽造はその出発点を否定する暴論です。
( 2014年12月08日,「赤旗」) (Page/Top)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が阪哲朗を指揮に迎え、珍しい曲目を並べた。
ヨーゼフ・マルティン・クラウスは、モーツァルトと同い年で没年も一つ違い。その交響曲ハ短調。コントラバス2本という小ぶりの弦5部に、管もオーボエ、ファゴット、ホルンのみの曲。都内の楽団でまず聴かない。だが阪の表現は多彩だ。ビブラートを極力排した弦の高音部は美しく、スゥーと音が伸びる。
一方、強めのアクセントが利いた低弦は豊かに響き、ファゴットが小刻みに吹奏を重ね、快活な展開が小気味良い。斬新さすら覚える鮮やかさ。ハ短調固有の荘重さの中に、壮麗な音楽が芳香を放つ。
時代は一気に1930年近くまで下り、ソロに橋本杏奈を迎えたカール・ニールセン最晩年のクラリネット協奏曲。作曲者はクラリネット・ソロに美音とは対極の、ときに騒然、喧噪さながらの音を付けた。橋本は超絶技巧をこなし現代的な音楽を紡ぎだす。勢いオーケストラとの掛け合いには、いくぶん抑えがほしいくらい。
クルト・ヴァイルの交響曲第2番は、ナチスの政権奪取後、ユダヤ人のヴァイルがドイツを去って最初の作品。危機感と剛胆さの錯綜する同作品を阪は炸裂するような響きで描き分け、片時も聴き手の集中力を途切らせない。圧巻だ。緩徐楽章ではフルートの銀の音を美しく響かせしっとりとした音楽を作って魅力的。この名演が十分な客入りでなかったのは惜しい。聴衆の熱い反応が何よりの救いだった。
(宮沢昭男・音楽評論家)
11月20日、東京オペラシティコンサートホール
( 2014年12月03日,「赤旗」) (Page/Top)
来年は「大坂夏の陣」400周年です。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の放映もあって話題となっています。
安倍首相が解散・総選挙に打って出ました。争点のひとつに、日本を「戦争する国」にするのか、があります。そのことを考えると、重要文化財「大坂夏の陣図屏風」(大阪城天守閣蔵)が語りかける平和への希求に、思いをはせます。
戦乱の惨状も
この屏風は、慶長20年(元和元年、1615年)5月7日、南方から大坂城をめざして攻め上がる15万余の徳川軍とそれを迎え撃つ5万余の豊臣軍が激突した合戦場面と、落城にいたる数時間前の情景を描いたものです。天地150・3㌢、幅721・4㌢に及ぶ超ワイド画面で、極彩色の金屏風。まるでヘリコプターを飛ばしたかのように、船場南部上空から東方を見おろした構図です。無数の人馬、武器武具、旗指し物などがていねいに描き込まれ、人物だけで5071人に及びます。
注目されるのは、合戦場面だけでなく、戦乱の惨状が描かれていることです。落ち武者の首を切る、避難民への虐待、略奪、婦女暴行、人さらい…。逃げ惑う非戦闘員の悲鳴が聞こえてきそうです。
ピカソの「ゲルニカ」は、ナチスによるスペイン・ゲルニカ村への無差別空爆への告発として有名です。この屏風は「日本版戦国のゲルニカ」といえるでしょう。
平和への願い
屏風絵の注文主が伝えられるように黒田長政だったとすれば、絵師や庶民だけでなく武将による平和への願いも込められていたのではないか。後の人は「夏の陣」を境にもたらされた太平の世を「元和偃武」といいました。武器や戦争をしまいこむという意味です。憲法9条に通じる思いです。
安倍首相は、侵略戦争への反省のうえにできた憲法9条を投げ捨てようとしています。戦前の大日本帝国時代に戻そうというのでしょうか。ほんとうに腹が立ちます。
日本共産党は、自民党の良心的な人たちを含めて戦争をさせない勢力の結集に汗をかいています。新基地をつくらせない意思を示した沖縄県知事選の勝利にも力を発揮しました。ただ、共産党の国会議員があまりに少ない。右傾化に歯止めをかけ、憲法9条を守るためには、共産党が大きく前進することがどうしても必要です。
聞き手 渡辺健
わたなべ・たける 1937年生まれ。京都大学卒業。高校教員を経て2000年まで大阪城天守閣で学芸員、館長として勤務。『図説再見大阪城』など著書多数。
( 2014年12月03日,「赤旗」) (Page/Top)
大不況ない限り
安倍晋三首相は1日の党首討論で、消費税増税法にある「景気条項」を先送りにともない廃止することの是非について問われ、「リーマン・ショックは経済における天変地異。これは全く別の話だ」と述べ、2008年のような大不況が起きない限り、増税を強行する姿勢を示しました。安倍首相は「今回のような景気判断条項を使うような形での景気判断は行わない」として、2017年4月に消費税を10%に引き上げることを改めて宣言しました。
歴史家の判断
安倍晋三首相は記者団から「(アジア・太平洋戦争の)戦争責任を誰の責任だと考えるのか。軍部か政治家かメディアか天皇か国民か」と問われ、「先の大戦のどこに原因があったかは、歴史家の判断にゆだねられなければならない」と述べました。
日本が武力で領土拡大、外国の支配をはかった先の戦争について、侵略戦争かどうか断言できず、ファシズムと軍国主義の侵略戦争の断罪の上に築かれた戦後秩序を壊す安倍政権の立場が改めて明らかになりました。
また、安倍首相は「昨年、私は靖国神社を参拝した。誰に責任があるという問題ではない。心の問題、信仰の問題であり、生き方の問題だ」と述べ、改めて靖国参拝に無反省な態度を示しました。
( 2014年12月02日,「赤旗」) (Page/Top)
総選挙/私の審判/元公明党副委員長、元運輸大臣二見伸明さん/憲法踏みにじる安倍自民党
日本共産党の路線、理念、歴史を丸ごと理解していただく活動を/党創立91周年志位委員長の記念講演から
焦点フォーカス/パレスチナ国家承認へ欧州で決議相次ぐ/イスラエルに圧力/和平交渉進展狙う
読書のページ/海外文学の注目作/ナチ占領下の尋ね人/架空の米国史
総選挙と県議選の勝利をめざして茨城県水戸市で開かれた日本共産党演説会(22日)に、元公明党副委員長、元運輸大臣の二見伸明氏が次のような激励メッセージを送りました。要旨を紹介します。
◇
安倍首相は〝目には目、歯には歯〟の戦争大好き人間です。
万が一、自民党一人勝ちを許すと、日本はアベノミクスが猛威をふるい、格差が拡大し、固定化するいびつな社会になってしまいます。
特定秘密保護法が徐々に効力を発揮し、マスコミが調査報道をしなくなり、政府の発表物を忠実に報道する、〝私設政府機関紙〟になりさがる恐れも出てきます。
私たちに知られないように、気付かれないようにファシズムは静かに、私たちの周りに忍び寄ってきています。
江尻さん(江尻かな・水戸選挙区の党県議候補)。単に当選するだけでなく、安倍自民党が目指す日本は憲法を踏みにじり、基本的人権を軽視した、反福祉国家、非文化国家であることを全水戸市民に訴えていただきたいと思います。
一票は銃弾より強しです。ご健闘を期待しています。
(2014年11月30日,「赤旗」)
来月2日の総選挙公示を前に、安倍政権にきちんと対決してほしという思いから、「今度は共産党かな?」という注目や関心が広がっています。同時に、対話などのなかで、「でも共産党は…」という疑問がだされることも少なくありません。こうした疑問にこたえて、日本共産党の路線、理念、歴史を丸ごと理解していただく活動が重要になっています。志位和夫委員長は、昨年の参院選での躍進を受けた党創立91周年記念講演会(2013年8月10日)で、党躍進を本格的な流れにしていくうえで、この活動が重要であることを強調。よく出される二つの疑問―「日本共産党は、旧ソ連、中国と同じではないか」「日本共産党が党名を変えないわけはなぜか」に答える形で、党の立場を明らかにしました。この部分を再録します。
第二の努力方向は、日本共産党の路線、理念、歴史を丸ごと理解していただく活動を、日常不断の活動として強めることであります。
「綱領を語り、日本の前途を語り合う集い」を日本列島のすみずみで
さきほど、テレビ東京の番組に出演した話をいたしましたが、この番組では共産党に投票した有権者に、その理由を聞いたVTRが流されました。「一番まとも。頑張ってほしい」という声から、「(主張が)通る、通らないは別として、(自民党に)強く言ってくれる党といったらここしかない」という声、さらに、「(共産党は)好きではないけれども、こちら(自民党)が勝ち過ぎたらいけないから」という声までありました。
番組ホストの田勢さんから、「『共産党は好きじゃない。だけどもう期待できるのは共産党だから入れるんだ』という人も相当、いるような気がしますよね」と。こう問われて、私は、「いらっしゃると思います」「そういう方々にはですね、今度は共産党を丸ごと好きになってもらうような努力はしていきたい」とお答えをいたしました。(笑い、拍手)
「共産党を丸ごと好きになってもらう」といった場合に、その一番の土台になるのは、私たちの綱領がさししめす日本改革の方針――異常な「アメリカいいなり」と大企業・財界の横暴な支配を打破して、日本の本当の独立と、政治・経済・社会の民主主義的な改革を求める声を、国民多数の声にしていくための努力であります。
そのために、私たちは、新しい情勢のもとで「綱領を語り、日本の前途を語り合う集い」を大中小の規模で、日本列島のすみずみで網の目のように開いて、私たちも直接それに参加いたしまして、多くの国民のみなさんとひざを突き合わせて語り合っていくとりくみを、大いに発展させていく決意であります。(拍手)
「日本共産党は、旧ソ連、中国と同じではないか」という疑問にたいして
私たちは、このとりくみのなかで、国民のみなさんのさまざまな疑問にこたえて、党の丸ごとの姿――全体像を縦横に語っていきたいと思います。きょうは、よく出される二つの疑問について、お話しさせていただきたいと思います。
一つは、「日本共産党は、旧ソ連、中国と同じではないか」という疑問であります。
旧ソ連については、スターリン以来の横暴な覇権主義――日本の運動への干渉、チェコスロバキアやアフガニスタン侵略などに対して、日本共産党は、「こんなやり方は社会主義とは縁もゆかりもない」と頑強にたたかい続けた自主独立の党であります(拍手)。スターリン以後の旧ソ連のような、「社会主義」の看板を掲げながら、人間の自由を抑圧し、他民族の自由を抑圧する暴圧の再現は、絶対に許さないというのが、日本共産党の確固とした立場であります。(拍手)
それでは中国はどうか。私たちは、いまの中国を〝社会主義に到達した国〟とは見ておりません。中国では、「社会主義をめざす新しい探究」がおこなわれていますが、そこには「政治上・経済上の未解決の問題」がたくさんあります。私たちは、それらの問題については、節度を守りながら、節々で、いうべきことを率直に先方に伝えてきました。
たとえば1998年7月、日中両党関係を回復した最初の会談で、当時の不破哲三委員長は、「言論による体制批判にたいしては、これを禁止することなく、言論で対応するという政治制度への発展を展望することが、重要だと考えます」と表明しています。中国指導部に対して、将来の政治制度の問題について、率直に意見を伝えた党というのは、私は、日本共産党以外にないと思います。(拍手)
最近では、尖閣諸島問題で、2012年9月、私は、駐日中国大使と会談し、日本の領有の正当性を主張するとともに、日中双方が、物理的対応の強化や、軍事的対応をきびしく自制し、冷静な外交交渉によって解決することが重要だという立場を伝えました。この問題でも、こうした理性的で冷静な活動をおこなっているのは、日本共産党だけだと考えております。
日中両国、日中両国民の友好関係を願いつつ、節度を守りながら、言うべきことは先方に率直に言う――これが日本共産党の立場であるということを強調したいと思います。(拍手)
日本の未来の問題について言えば、私たちは、綱領のなかに、「社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが、受けつがれ、いっそう発展させられる」という確固とした方針を明記しています。
さらに、綱領では、「『社会主義』の名のもとに、特定の政党に『指導』政党としての特権を与えたり、特定の世界観を『国定の哲学』と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる」ことも明記しています。
いま、中国・ベトナム・キューバなどでは、旧ソ連型の政治体制――すなわち共産党に特別の指導的地位を認めるという体制をとっておりますが、日本では未来にわたってそのような体制は絶対にとらないことを、日本共産党は、綱領できっぱりと宣言しているのであります。(拍手)
「日本共産党が、党名を変えないわけはなぜか」という疑問にたいして
さてみなさん、いま一つは、「日本共産党が、党名を変えないわけはなぜか」――よく出される疑問であります。
私は、選挙後、TBSテレビの「情報7days」という番組に出演する機会がありました。「○」と「×」の札で一連の質問に答えるというインタビューを受けました。
その一つに、「共産党という名前で損をしていると思っていますか」という質問があったのです。私は、もちろん「×」の札をあげました。理由を問われまして、「私たちの名前は、ぶれない、筋を通すということの象徴なのです。ころころ変える政党では信頼できないでしょう」とお答えいたしました。そうしますと、スタジオでコメンテーターをやっていた教育学者の斎藤孝さんが、「名前はやっぱりアイデンティティーだから、ころころ変えると危険な面もありますね。社会党が名前を変えて社民党になってしまうと、どこか一貫性が欠けていると思われてしまう。老舗というのは名前を変えないほうが成功するといえますね」(拍手)というコメントをのべていました。どうやら納得していただけたようであります。(笑い)
いま多くの党が、党をつくったり壊したり、くっついたり離れたりというなかで、名前を変えないことが日本共産党の一貫した姿を象徴するものとなっているのではないでしょうか。(大きな拍手)
そのうえで私は、さらに二つの点を強調したいと思います。
第一は、日本共産党という名前は、党をつくって91年、「反戦平和」「国民主権」の旗を命がけで守り抜いてきた、不屈の歴史と固くむすびついているということであります(拍手)。私は、今日の情勢のもとで、この歴史は輝きを増していると思います。
この間、安倍首相による「村山談話」見直し発言、麻生太郎副総理によるナチズム肯定発言など、過去のファシズムや侵略戦争を肯定する歴史逆行の動きがあいついでいます。安倍首相は、「価値観外交」なるものを標榜(ひょうぼう)しておりますが、国際政治のうえで「価値観」を問題にするならば、何よりも過去の日本とドイツとイタリアによるファシズムと侵略戦争を断罪し、二度と繰り返してはならないとする「価値観」こそが、体制のいかんを問わず人類共通の「価値観」ではないでしょうか(拍手)。この「価値観」を覆そうという歴史逆行の立場に立つものは、国際政治に参加する資格はないということを強調しなければなりません。(大きな拍手)
こうした流れとは対照的に、日本共産党は、戦前の暗い時代から、この人類共通の「価値観」の側に立って不屈にたたかい続けてきた党であり、日本共産党という党名は、多くの先人の不屈のたたかいが刻み込まれた名前であるということを、私は心から訴えたいと思うのであります。(大きな拍手)
第二に、私たちは、人類が将来、資本主義のさまざまな矛盾をのりこえて、未来社会――社会主義・共産主義社会にすすむことを展望しています。
新しい綱領を決めた2004年の第23回党大会の結語で、当時の不破議長は、未来社会について次のようにのべました。
「この未来像の特質はなにか。一口に言えば、人間の自由、人間の解放であります。人間が、社会の主人公として、人間の外にあるどんな外力にも従属することなく、どんな搾取も、どんな抑圧も、どんな差別もなしに、たがいに協力しあいながら、人間社会と私たち人間そのものの躍進を実現してゆく社会。そこで人類の限りなき前進という、未来が開けてゆく社会、これが私たちのめざす未来像であります。この社会を描きだすさいに、大先輩であるマルクス、エンゲルスは、人間の『自由』という言葉を、いく度くりかえしたことでしょう」
私たちの綱領は、2003年6月の中央委員会総会で、改定案の提案がされ、それにもとづく全党討論がおこなわれ、さらに大会での報告と討論によって、マルクスとエンゲルスが本来めざしていた未来社会像が明らかにされ、深められていきました。そして、すべての討論をふまえた結語で、綱領が照らし出す人類社会の未来像とは、「一口に言えば、人間の自由、人間の解放であります」ということがズバリ表明されたことを、私は強い印象と大きな感動をもって受け止めたことを思い出します。
日本共産党という名前には、91年の不屈の歴史とともに、未来社会の理想がこめられております。
みなさん、この旗を高く掲げて、さらなる前進・躍進をかちとろうではありませんか。(大きな拍手)
( 2014年11月25日,「赤旗」) (Page/Top)
欧州各国で、パレスチナの国家承認に向けた動きが相次いでいます。イスラエルがパレスチナ自治区での軍事作戦やユダヤ人入植地建設を繰り返し、中東和平の実現を妨げていることに対し、パレスチナを国家承認することでイスラエルに圧力をかけ、和平交渉を進展させる狙いがあります。
(パリ=島崎桂)
スウェーデンは10月30日、欧州連合(EU)主要国として初めて、正式にパレスチナを国家承認しました。英下院、アイルランド上院、スペイン下院も、自国政府にパレスチナ国家の承認を求める非拘束決議を相次いで採択しています。
仏下院では11月20日までに、与党・社会党、左翼戦線(仏共産党と左翼党の統一会派)、環境政党の各会派が同様の決議案を提出。採決は来月2日に予定されており、賛成多数で採択される見通しです。
各国の決議は共通して、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による中東和平の実現を支持。パレスチナをイスラエルと同等の「国家」に格上げすることで、両国間の和平交渉が進展することを狙っています。
EU外交代表も
今月8日にパレスチナ自治区ガザを訪れたEUのモゲリーニ外交安全保障上級代表(外相)も「パレスチナ国家の樹立が必要だ」として、「エルサレムを2国家の首都にすべきだ」と主張。EU各国にパレスチナの国家承認を求めていく意向を示しました。
一連の国家承認や決議の契機となったのは、パレスチナの国連教育科学文化機関(ユネスコ)への加盟(2011年)と、国連での「オブザーバー機構」から「オブザーバー国家」への格上げ(12年)です。国家格上げを問う採決は、欧州17カ国(うちEU加盟は14カ国)が支持していました。
しかし、こうした国際世論の変化を受けても、イスラエル政府は各国の決議について「パレスチナに厄介なメッセージを送っている」と反発。スウェーデンについては外交関係の格下げにまで言及しました。
ドイツは消極的
一方、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)などユダヤ人迫害の過去を持つドイツのメルケル首相は、パレスチナの国家承認に消極的です。21日、ベルギーのミシェル首相と会談した際も「一方的な承認は、2国家共存による解決策を前進させるものではない」と指摘。ドイツによる承認を否定しました。
これに対しミシェル氏は「いつが適切な時期かという問題はある」としながらも「一般的にベルギーはパレスチナの国家承認に前向きだ」と表明。今後こうした立場の国々から、承認に向けた動きが続く可能性があります。
パレスチナの国家承認
国連加盟193カ国中135カ国が国家承認。ドイツやフランス、英国など欧州連合(EU)主要国の多くと日本、米国などは未承認です。国連での「オブザーバー国家」格上げ決議(2012年)は賛成138、反対9(米国、イスラエル、カナダなど)、棄権41の賛成多数で採択。日本は賛成しました。
( 2014年11月25日,「赤旗」) (Page/Top)
多様な価値観や歴史、風土のありようを伝え、視野を広げてくれる海外の文学。ノーベル文学賞の対象作など、海外文学の注目作を紹介します。
金子徹記者
今年のノーベル文学賞はフランスのパトリック・モディアノが受賞しました。すでに多くの邦訳があり、受賞を機に重版が相次いでいます。
ノーベル文学賞
『1941年。パリの尋ね人』(作品社・1800円)は、ノーベル賞受賞理由の対象となった作品。著者は1941年発行の、ナチス占領下のパリの新聞の「尋ね人広告」に注目。行方不明の15歳のユダヤ人少女の足取りを10年にわたり調べます。
少女が住んでいた地域の小学校に片っ端から問い合わせ名簿を調べたり、煩雑な手続きを要する出生証書の写しの請求をしたり。やがて、彼女は42年に父親とともにアウシュヴィッツ収容所へ送られたことが判明。母親も5カ月後に同じ運命をたどっていました。
手間はかけても記述は簡潔。本文が170㌻のコンパクトなノンフィクションです。数字で一括されがちな大虐殺の犠牲者を、血の通う一個人としてあぶりだそうとし、深い余韻をもたらします。
農村生活の100年
英文学では、寡作ながら強い印象を残す作品で愛好者の多いブルース・チャトウィン。若くして美術品の競売人として認められながらも考古学の道へ進み、新聞や雑誌の特派員として世界で取材するなど、異色の経歴の持ち主です。30代後半から作家生活に入るも、49歳で病死しました。
彼の唯一の長編小説が『黒ケ丘の上で』(みすず書房・3700円)。舞台はイギリス南西部のウェールズ地方です。山あいの農場で生まれ育ち、強い絆で結ばれた双子の兄弟の生涯を描きます。
両親のなれそめから兄弟の晩年まで、100年にわたる農村生活を描きだします。20世紀の始まりの時期に生まれ、戦争にかり出され、心に深い傷をおった弟の苦悩。家族間にはしる緊張と和解。厳しい自然環境や、実らぬ恋、隣人とのあつれきなどをじっくり描き重厚です。領主の没落や、機械化で様変わりする農村風景も浮き彫りにします。
離れると心理的に不安定になるほど相互に影響しあう兄弟の生活が、手触りまで感じられるように描かれ、ふたりの人生に立ち会ったような読後感。平凡な人々の生の輝きが感動的です。
史実を下敷きに
変わったところでは、もし飛行士のリンドバーグが大統領になったら、という「歴史小説」があります。アメリカ文学の大御所フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが…』(集英社・2200円)です。
リンドバーグはアメリカ人ですがヒトラーに共鳴しナチスの政策も礼賛。しばしばドイツを訪れ、38年にはナチスから勲章を授与されます。確固たる反ユダヤ主義者でユダヤ人の脅威を説き、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領と対立しました。
そうした史実を下敷きに1940年の選挙で共和党がおすリンドバーグがルーズベルトに勝ったとしたらどうなるかを描いた物語。作者(33年生まれ)は自身の幼年期に重ねた少年の目線から、ユダヤ系移民の家族が直面する環境の激変ぶりを生々しく描きます。
架空の「もうひとつの歴史」の物語。差別や扇動が支配し、息苦しさが増大する時代の「空気」を表現した本書には、国境を超えて現代日本に響くものがあります。
新しい動向案内
都甲幸治著『生き延びるための世界文学』(新潮社・2000円)は海外文学の新しい動向の案内書です。英語圏を中心に、ベテランから若手まで21世紀の24冊を紹介。アメリカで注目される若手作家たちの出身地が多様なことなどを伝えます。
(2014年11月23日,「赤旗」) (Page/Top)
マイク・ニコルズさん(米映画監督)19日、死去。83歳。ドイツ・ベルリン生まれ。父はユダヤ系ロシア人、母はドイツ人で、ナチスの迫害を逃れて幼少時に渡米。「裸足で散歩」(63年)のブロードウェイ公演で演出を担当し、舞台演出家として活躍。「バージニア・ウルフなんかこわくない」(66年)で映画監督を初めて務め、「卒業」(67年)でアカデミー賞監督賞を受賞しました。
( 2014年11月22日,「赤旗」) (Page/Top)
今年は喜劇王チャップリンの映画デビュー100周年だ。1914年2月公開の作品で、おなじみのチョビ髭の放浪紳士を演じて、以後、世界を笑いと涙の渦に巻き込んだ。チャップリンが20世紀の光ならば、ヒトラーは影だろうか。両者が4日違いで誕生したことはよく知られているが、ほぼ同じ時期にお互いを知らずに同じ髭を生やし始めたことはほとんど知られていない。これぞ歴史の偶然かそれとも必然か。
イメージ重視のヒトラーの戦略
ヒトラーはマスメディアを駆使した最初の政治家だ。何をしたわけではないが、「何かをしてくれる」という期待をメディアで膨らませ続けた。自分の演説をおさめた映画を全国で上映し、大衆を熱狂させた。政権の座についた後は、さらにメディア支配を強める。ユダヤ人を映画産業から追放、気に入らぬ映画は禁止。マスコミ業界に対して、敗戦までのあいだ1万以上の命令を出し、メディア上で総統の髭とチャップリンの髭とを比べることを禁止した。イメージが何より重要だということをヒトラーは知っていた。
「ヒトラーは笑い者にしなければならない」と義憤にかられたチャップリンは、1937年に「独裁者」製作を決意する。途端に各方面から圧力がかかった。ドイツの外交筋はもちろん、ヒトラー融和政策をとっていた英国政府は高官を撮影所に派遣して中止を要請。米国民も、不況の中ヒトラーのような強力なリーダーを求めており、ナチスの支持者は多くいた。
映画のラストで、チャップリン演じる床屋が大群衆を前に演説することを求められる。このラストに、身内の営業部は「演説をすると興収が100万㌦減る」と反対した。だが、喜劇王は「500万㌦減ってもやる」と言い放ち、ヒトラーがパリ入城した翌日…全世界がヒトラーの恐怖におびえる中、平和と民主主義を訴える崇高な演説シーンを撮影した。
「フィルムには毒が入っている」
「独裁者」が人類の傑作であることについては、ここで繰り返すまでもない。むしろ、興味深いのは、1940年の公開時の宣伝コピーが「世界中が笑います!」であることや、各地で「子供独裁者コンテスト」が開催されたこと、さらにデパートでは「今年のファッションを独裁!」などと流行語になっていたこと…つまり、作品をめぐる当時の状況から政治的要素が消えていることだ。戦争と向き合える状況そのものが消される――それが戦争の本当の怖さなのかもしれない。
ともあれ、チャップリンは勝利し、ヒトラーは敗北した。幸いなことに善が悪に勝ったといえばそれまでだが、喜劇王のイメージが総統のイメージ戦略に勝利したとも言えまいか。例えば、人々はヒトラーが小男だったと思い込んでいるが、本当は175㌢以上の身長、晩年には体重100㌔を超えていた。なぜヒトラーを小男だと思い込んでいるかと言えば、チャップリンのイメージが強いからだ。フィクションのイメージは必ず勝つのである。このことをチャップリンは簡潔にこう表す。「フィルムには毒が入っている」。イメージという毒の処方をよく知っていた方が勝ったわけだ。
ひるがえって、現代に目を移す。「何かを変えてくれる」と思わせる扇動政治家、イメージ戦略、そして向き合うべき困難は隠蔽される…「独裁者」をめぐる状況そのものだ。ネット上やTⅤでイメージが氾濫する、いわば毒だらけの今こそ、ユーモアたっぷりの毒である「独裁者」を見直す時かもしれない。そして、放浪紳士よろしく毒をもって毒を征することにしようではないか――あくまで、ユーモアをもって。
おおの・ひろゆき 1974年大阪生まれ。日本チャップリン協会会長、脚本家。著書『チャップリンの影 日本人秘書高野虎市』ほか。映画「太秦ライムライト」の脚本・プロデューサー
■チャップリンと時代
1889年 4月16日、イギリス・ロンドンで誕生。貧窮生活を送る
1913年 劇団でアメリカ巡業中、ハリウッドの映画会社に入社
1914年 「成功争ひ」で映画デビュー
1915年 他社に移籍。浮浪者にふんし監督・脚本・主演を務めたコメディーで人気を得る
1918年 ハリウッドにスタジオ設立
1921年 「キッド」
1925年 「黄金狂時代」
1928年 「サーカス」。第1回アカデミー賞特別賞
1931年 「街の灯」
1933年 ヒトラー政権誕生
1936年 「モダン・タイムス」
1939年 ヨーロッパで第2次大戦勃発
1940年 「独裁者」
1947年 「殺人狂時代」
1952年 「ライムライト」。ハリウッドへの赤狩りが進む中、国外追放
1957年 「ニューヨークの王様」
1972年 アカデミー賞名誉賞。受賞のため20年ぶりにアメリカへ
1977年 スイスの自宅で死去
( 2014年11月21日,「赤旗」) (Page/Top)
劇団民芸が先月、英国の劇作家ロナルド・ハーウッドの戯曲「コラボレーション」を上演したのを見た。
作品の中心的な登場人物は、ドイツの大作曲家リヒャルト・シュトラウス(西川明)と、オーストリア在住でユダヤ系の人気作家シュテファン・ツヴァイク(吉岡扶敏)。2人は1931年に出会って意気投合。ツヴァイクが台本を執筆し、オペラ「無口な女」のコラボレーション(共同作業)にとりくむ。
だが、33年のヒトラーの政権掌握で事態は暗転。ユダヤ人排斥が強まるなか、ツヴァイクは英国、ブラジルへ亡命する。他方、シュトラウスは息子の妻がユダヤ系であることを問題視されながらも、彼の威光を利用したい当局から帝国音楽局総裁を命じられる。立場の違いが2人に微妙なすきま風をもたらす。
オペラ「無口な女」は35年、ドレスデンで初演される。ところが、台本作家の名前は印刷物から消される。シュトラウスは抵抗を試み、初演は成功したが、作品はやがて上演禁止に。ツヴァイクは42年、亡命先で服毒自殺する。2人の共同作業は一作で終わる。
ナチスの民族排外主義と芸術への抑圧を静かに告発した作品が、日本版ネオナチともいうべき勢力が政権を支えるいま上演された意義は大きい。
(弩)
( 2014年11月18日,「赤旗」) (Page/Top)
このコラムが掲載されるのは11月9日号。この日は、東西ドイツを分断していたベルリンの壁崩壊から25周年の記念日です。1989年のこの日、壁が崩壊し、翌1990年10月3日に、東西ドイツは正式に統一しました。
法律も経済力も違う二つの国が1年以内に統一したというのは、考えてみれば驚くべきことです。「どうやってやりとげたのかな」と思っていたのですが、ベルリンで親しくなったベテランジャーナリストの永井潤子さんの本『ドイツとドイツ人』(未來社)を読み、その過程を詳しく知りました。通貨統合直前に、統一後の通貨を欲しがった東独の店主らがモノを売り惜しみしたため東独のお店の店先が空っぽになったり、1万以上の東独の国営企業がリストラされたり、大変なことの連続だったようです。
「もう少しだけ待って11月9日を統一記念日にしたら、日程に少し余裕もできるし、お祝いも1回で済んで良かったんじゃないの」と思ったのですが、そうできない理由があったことも、永井さんの著書で知りました。11月9日は、ドイツ近代史上の特異日と言われるほど、いろいろな出来事があった日。1923年にはヒトラーのミュンヘン一揆、1938年には、ユダヤ人のお店や宗教施設などへのナチスによる組織的襲撃がありました。そのため、この日を祝日にするのはやめたのだとか。なるほどと納得すると同時に、「こんな特異日って日本の歴史にはあるかな」と考えてしまいました。
(翻訳者・ライター)=ドイツ在住
(2014年11月09日,「赤旗」) (Page/Top)
安倍政権による秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認、原発再稼働などに反対して行動を続けている「怒りのドラムデモ」は8日、東京・新宿駅周辺で「ファシズム許すな! 安倍政権打倒デモ@新宿」をおこないます。今回で4回目。「日本全国で数多くの人が怒りの声をあげている今、さらに安倍政権打倒の世論を形成し、安倍内閣を退陣に追い込むことができるかに、わたしたち自身や次代を生きるものの未来がかかっている」と参加を呼びかけています。
デモは、新宿区の柏木公園を午後2時半に出発。新宿駅西口から南口を経由して新宿3丁目、新宿駅東口を回り、柏木公園に戻ります。
( 2014年11月07日,「赤旗」) (Page/Top)
第41回赤旗まつりの不破哲三社会科学研究所所長の「科学の目」講座(3日)には、第1会場、第2会場ともいっぱいの人がつめかけ、不破さんの話に真剣な表情で聞き入りました。今回のテーマは「『科学の目』で日本の戦争を考える」。紙上で再現すると――。
戦争をどうつかむかは日本の前途を左右する問題
不破さんは冒頭、なぜ今回のテーマを選んだのかを語りました。
来年は第2次世界大戦の終結70周年です。連合諸国と世界の反ファシズム・民族解放の立場に立つ諸国人民が、日本・ドイツ・イタリアの侵略国家・枢軸陣営を打ち破って、戦後世界の平和秩序に道を開いた記念の日です。不破さんは「この日を、日本国民がどういう立場で迎えるか。世界中から注目されています」と述べました。
そして、自身が、生まれた翌年に「満州事変」、小学校2年生で日中戦争、6年生で太平洋戦争、中学3年から東京・品川の電機工場に動員され、4年生で敗戦を迎えた世代だと語り、「戦争の実体験を持たない世代の観念的な戦争美化論が政界で横行し、いわゆる『靖国史観』の信奉者が政権を乗っ取っている今日、日本の戦争の実態を事実に基づいて科学的につかむことは、日本の前途を左右する根本問題です。その意味で、自分の体験も含めて、日本の戦争とは何だったかを、いくつかの角度から考えたい」と語りました。
戦争の性格はなんだったのか
判断できない政府は国際政治に参加する資格なし
歴代の自民党政権は「戦争の性格は歴史家が決める」で逃げてきました。不破さんはこのことを自らの国会質問の経験を交えて語りました。
田中内閣は1972年、中国と国交を回復する日中共同声明を発表しました。翌73年の予算委員会で不破さんは田中角栄首相に、中国に対する戦争から太平洋戦争まで、日本の戦争に対する考えをただしました。田中首相の答えは「侵略戦争であったかなかったかという端的なお答えは、後世、歴史家が評価するものであるという以外はお答えできません」というものでした。
その16年後、竹下登首相が同じ答弁を繰り返すので、「日本の戦争を侵略戦争と認めないあなたは、ヒトラーが起こした戦争をどう思うのか」と追及すると、答えに窮したあげく、竹下首相から返ってきたのは「この問題は学問的にはまだ整理されておりません」という答弁でした。すぐにAP通信が「日本の首相、ヒトラーの戦争を肯定」と世界に打電し、アメリカ太平洋軍の準機関紙「スターズ・アンド・ストライプス」(星条旗)も大々的に報道しました。過去の戦争に対する日本政府の態度が国際問題となった最初のケースでした。
「侵略戦争かどうかの判定ができない政府は国際政治に参加する資格がない」と述べた不破さんは「日本の戦争の性格の判定は簡単明瞭です。武力で領土拡大、外国の支配をはかるのが侵略戦争です。その尺度で見たらどうでしょうか」と述べ、1931年から45年までの十五年戦争がどう始まったのかを語りました。
「侵略戦争」の事実、公文書で明らか
十五年戦争には3段階がありました。
①「満州事変」(31年9月)
これは、「満蒙」(中国東北部と内モンゴル)を日本の領土にするのが使命だと豪語していた関東軍(日露戦争で獲得した「権益」擁護のために派遣された日本軍)が自分で鉄道を爆破し、これを中国軍の仕業だとして中国軍を攻撃して開始した謀略的な戦争でした。
政府は、現地・奉天(現・瀋陽)の日本領事の報告で鉄道爆破事件が日本軍の計画的行動だと知りましたが、そのまま戦争を追認。関東軍は数カ月で「満州」全土を占領し、翌年にはかいらい国家「満州国」をつくって、全域を自分のものにしてしまいました(地図1)。だれが見ても明らかな侵略戦争でした。
この戦争の目的も、事変前から、軍部とマスコミで、〝「満蒙」は「日本の生命線」〟という領土要求をむきだしにした主張がしきりにふりまかれていました。
②日中戦争(37年7月)
「満州」をわがものにしただけでは満足しない日本が、支配領域を中国の中心部にまで拡大しようとして始めた戦争です。きっかけは、北京近郊の盧溝橋での日中両軍の小規模な衝突事件(7月7日)でした。現地では中国側が妥協して、日中両軍が停戦協定を結びました。しかし、近衛内閣と軍部は事件を中国に攻め込むチャンスと見て、停戦協定に調印したその日(7月11日)に大軍の派遣を決定し、日中戦争が始まりました。
この戦争の理由づけについては、政府は8月15日、「もはや隠忍その極に達し、支那(中国)軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す」とする声明を発表しました。「膺懲」とは「こらしめる」という意味です。
不破さんは、外務省が発行した『日本外交年表並主要文書 1840~1945』を手に、そこに収められた「講和交渉条件」(37年12月、38年1月決定)を紹介しました(地図2)。これは日本政府が中国側に示したもので、「満州国を正式承認すること」、「北支及内蒙」と「中支占拠地域」(上海、南京など)に「非武装地帯を設定」することなどの要求が並んでいます。「非武装地帯」といっても、日本軍は「駐屯」するというのですから、日本の占領地帯ということです。このように、領土拡大と中国支配の要求が公然と掲げられていました。不破さんは「中国政府からは相手にされませんでしたが、侵略目的は公式の歴史に記録されている」と語りました。
③太平洋戦争(41年12月)
この戦争の領土拡大の目的は、開戦前年の40年9月に締結された日独伊三国軍事同盟に明記されていました。この条約がまずうたったのは、日本はドイツ・イタリアの「欧州新秩序」建設(ヨーロッパの征服)に協力し、ドイツ・イタリアは日本の「大東亜新秩序」建設(大東亜の征服)に協力するということです。つまり、3国による世界再分割条約で、日本の政府と軍部は、その年の9月の政府・大本営連絡会議で、日本の勢力範囲とする「生存圏」の範囲を決定しました(地図3)。それを実行に移したのが太平洋戦争だったのです。
不破さんは「このように、政府・軍部の決定した公文書そのものが侵略戦争の実態をあからさまに示しています。弁明の余地はありません。それをごまかしてきたのが歴代の自民党の政府でした」と強調しました。
どんな仕組みで戦争をやったのか―世界に例ない体制
戦争方針は天皇と軍首脳部がすべてを決める
日本の戦争指導は、世界に例のない異常な体制によって行われました。それは、開戦の決定には首相が参加するものの、戦争の方針は天皇と軍首脳部がすべてを決めるというものでした(これが、軍の統帥権は天皇に属するという明治憲法の仕組みでした)。
不破さんは、首相と政府の無力さを示す二つの例を紹介しました。
日中戦争が始まってしばらくたった37年7月下旬、閣議で閣僚が「だいたいどの辺で軍事行動をとめるのか」と質問したのです。海相がこの辺だと答えると、陸相が「こんなところ(閣議)でそう言っていいのか」と海相を怒鳴りつけました。弱った近衛文麿首相が、天皇に、「将来の計画を立てる上でぜひとも必要なものはお知らせ願いたい」と求めたところ、天皇はしばらくして〝軍部は政党出身大臣の同席する閣議では報告できないと言っている。必要なことは、天皇自身が首相と外相だけに伝える〟と回答したのでした。政府は戦争にノータッチということが、当たり前の体制だったのです。
もう一つは、太平洋戦争の冒頭、12月8日に行われた真珠湾攻撃です。これは、極東国際軍事裁判(東京裁判)での東条英機(太平洋戦争開戦時の首相・陸相)自身が証言していることですが、東条は、いつ真珠湾攻撃について知ったのかと問われ、「作戦計画を聞いたのは12月2日ごろ」、それも「(首相としてではなく)陸軍大臣の資格で参謀総長から聞いた」と答えたのです。真珠湾攻撃の作戦命令は11月5日に発せられ、連合艦隊は11月23日に千島の基地を出発していたのですが、東条のような軍人首相でさえ、作戦計画にはまったく関与しなかったのです。これが旧憲法下の政府と首相の実態でした。
全局に責任負う指導者が不在、展望ないまま戦争
この体制で戦争指導の実態はどんなものだったのか。
法制上は天皇が絶対権限をもっていましたが、作戦を立てるのは軍首脳部で、軍は天皇に計画を「上奏」して許可を求めます。天皇はそのときに「それで勝てるか」「外国を刺激しないか」などの質問や意見を言いますが、こういうやりとりで戦争が進むのです。
では、作戦を立てる軍そのものはどうかというと、陸軍と海軍は互いに仲の悪いことで有名でした。しかも、日中戦争からの8年間を数えても、参謀総長(陸軍の最高幹部)は4人、軍令部総長(海軍の最高幹部)は5人と次々に交代します。結局、十五年戦争の全期間を通じて戦争指導部にいたのは天皇だけでした。さらに、天皇と軍首脳部とのやりとりで大まかな方針が決まっても、実際の作戦計画の立案と実行は、大本営に陣取る作戦参謀たちが勝手に行いました。
不破さんは『前衛』連載中の「スターリン秘史」執筆の過程で痛感したこととして、アメリカではルーズベルト、イギリスではチャーチル、ソ連ではスターリン、ドイツではヒトラーが全局をにぎって戦争を指導したのに対し、日本では戦争全局に戦略的責任を負った指導者が誰もいなかったことを強調しました。「第2次世界大戦をたたかった主要国家でこんな国は日本だけ。戦争指導部の弱体さと不統一さは、主要国の中で際立っていました」
ですから、十五年戦争の3段階をとっても、まともな展望をもって始めた戦争は一つもなかったのです。
「満州事変」では日本は、中国共産党との国内戦を優先させた蒋介石が東北部の中国軍に無抵抗主義の指示を出したため、短期間での満州全土占領に成功しました。
しかし、日中戦争では、同じように「中国を一撃で屈服させて華北は奪取できる」と考えた日本の政府・軍部の思惑は、完全なあて外れに終わりました。37年初めに中国で国民党と共産党との抗日統一戦線の結成が進み、情勢が根本的に変化していました。中国全土に抗日戦の機運が高まり、華北を攻めても、上海・南京を落としても、中国政府は屈服せず、戦争は長期戦となりました。予想外の事態に直面して、日本軍は勝算を失ってしまったのです。
太平洋戦争では、緒戦は真珠湾への不意打ちの奇襲攻撃などで大戦果を挙げましたが、アメリカは42年早々には反攻の態勢を整えました。しかし、日本の戦争指導部は米国の反攻は43年以降になると楽観し、42年6月、ミッドウェー海戦を仕掛けて空母部隊全滅という大敗を喫し、太平洋での制空権を失いました。これが決定的な転換点となり、これ以後は戦争らしい戦争は一つもできず、敗戦への道を一歩一歩たどり続けることになりました。
( 2014年11月07日,「赤旗」) (Page/Top)
兵士たちはどんな戦争をさせられたか―半数以上が餓死者
この戦争での兵士たちの運命に話を移した不破さんは、歴史学者の故・藤原彰氏の『餓死(うえじに)した英霊たち』を紹介しました。同書によると、日本軍人の戦没者230万のうち少なくとも半数以上が餓死者だったのでした。
補給無視。ガダルカナルの場合
このようなことが起きたのは、軍首脳部が補給無視の戦争を行ったからです。
ガダルカナル島の戦闘(42年8月~43年2月)では、大本営は、制海権・制空権もない中、この島へわずかな食糧だけを持たせた兵士を次々と3万人も送り込みました。その結果、兵火による戦死者5千人に対し餓死者は1万5千人に上ったのでした。
補給無視は「陸軍の弊風」でした。不破さんは、戦国時代でさえ補給は重視されていたのに、近代の日本軍では昭和の初めまで輸送に携わる兵は「卒」と呼ばれ、「輜重(しちょう=輸送)輸卒も兵隊ならば電信柱にも花が咲く」と言われていたことを紹介し、「こんな軍隊は日本の歴史にも世界にも例がない」と強調しました。
「軍人勅諭」と「戦陣訓」 捕虜になるより「死を選べ」
不破さんは「もう一つ、『餓死した英霊』を大量に生んだ重要な背景に、日本軍隊の規律の問題があった」と述べました。
日本軍の規律は「軍人勅諭」(1882年)と「戦陣訓」(1941年)に示されていました。「軍人勅諭」は「朕(ちん=天皇の自称)は汝ら軍人の大元帥なるぞ」「義は山岳よりも重く、死は鴻毛(こうもう=鳥の毛)よりも軽しと覚悟せよ」「下級のものは上官の命を承ること、実は直に朕が命を承る義なりと心得よ」と命じ、「戦陣訓」は「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」としました。
この二つの規律は絶対でした。どんな無謀な、成算のない作戦計画でも、上級の命令だと従わざるを得ませんでした。さらに、武器も食糧もなくなった状況でも、〝捕虜になるより死を選べ〟と教えられ、「餓死」か「玉砕」(全滅)以外にとる道はありませんでした。
ニューギニアでは、大本営の参謀たちが地図だけを見てつくった、標高4000㍍級の山岳を越えてポートモレスビーを攻略するという無謀な作戦に大軍が投入され、それが全滅した後も次々と軍を送りこんで、十数万人もの餓死者をだしました。
ビルマからインドのインパールを目指したインパール作戦は、現地軍の司令官の功名心から計画されたもので、補給の条件なしの無謀な作戦が、反対する参謀長や師団長を次々と首切りながら強行されました。8万6千人のうち帰還はわずか1万2千人。退却する日本軍の通った道は死屍累累(ししるいるい)で「白骨街道」「靖国街道」と呼ばれました。
爆弾を抱えた飛行機で艦船に体当たりする特攻作戦も、日本軍の非合理性と非人間性をあらわしたものでした。
国際法無視、旧ドイツ軍「戦陣訓」と比べても
不破さんはまた、日本の行った戦争が「国際法無視の戦争」だったことを強調しました。
日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦では「宣戦の詔書」で一応は国際法の順守をうたっていました。しかし、日中戦争では、開戦早々、中国への派遣軍に〝全面戦争をしているわけではないから、戦時国際法の具体的な条項のことごとくをまもる必要はない〟といった陸軍次官の通牒(つうちょう)を出すことまでしました。さらに、中国・朝鮮などアジア諸民族を蔑視する教育も行われました。これが、南京事件や「慰安婦」問題などの多くの戦争犯罪を引き起こす大きな背景となったのです。
不破さんは、シベリアに抑留された斎藤六郎さん(全国抑留者協会長)の著書で読んだこととして、収容所で出会ったドイツの将兵が歌っていたドイツ流「戦陣訓」の歌を紹介しました。全部で10項目、「不必要な野蛮行為を避け騎士道を守って戦うこと」や「降伏した敵兵の命はこれを奪わぬこと」「捕虜を人道的に待遇すること」「非戦闘員を迫害せず、略奪をしないこと」などなどです。ヒトラーは国際法無視の侵略戦争やユダヤ人虐殺をやりましたが、そのもとでも、ドイツの国防軍は将兵に戦時国際法を教えていたのです。
「ヒトラーの軍隊さえこのような『戦陣訓』を持っていました。ところが、日本軍は将兵に国際法などいっさい知らせなかった。『靖国派』は日本軍を、『住民虐殺』とも『慰安婦制度』とも無縁な、整然とした秩序正しい軍隊だったと主張していますが、これは日本の軍隊の実態を全く知らない者の言い分です」
国民はどんな扱いを受けたか―国民の命より「国体護持」
国民が好戦派の首相を選んだことはなかった
ここで不破さんは、6月に訪問を受けたアメリカの研究者からドイツと日本の国民の戦争責任の違いについて問われたのに対して、ドイツ人がヒトラーの党を2度の総選挙で第1党に選んだのに対し、専制体制下の日本では、国民が好戦派の首相を選んだことは一度もなかったことを指摘し、そこがドイツとの一番の違いだと話したことを紹介しました。
日本は、世界でファシズムが問題になる以前から、民主主義と平和の言論と行動を徹底的に抑圧した国でした。日本共産党は1922年、その体制下で生まれ、侵略戦争反対、専制政治・軍国主義反対でたたかいぬきました。世界の主要国で、共産党が最初から戦争終結の日まで非合法だったという国は日本以外にありませんでした。こうして平和と民主主義の声を強権で排除した上で、天皇絶対、戦争美化の考え方を国民に徹底してたたきこんだのでした。
最後の1年間、「もう一度勝ってから」と「一億玉砕」へ
では、その国民は戦争指導部によってどういう扱いを受けたか。不破さんは、戦争の最後の時期の状況を語りました。
日本は44年半ばには、戦争の見通しが完全になくなっていました。サイパン島の陥落で東条内閣から小磯国昭内閣に代わり(44年7月)、その背景には戦争終結への転機をつかもうという動きもありましたが、「もう一度は勝ってから」という天皇以下、軍部から重臣たちに至る全戦争指導部の共通の思惑がこの願望を空回りさせました。
44年10月、フィリピン上陸作戦に先立って台湾~沖縄方面に接近したアメリカの機動部隊を日本の航空部隊が迎撃しました(台湾沖航空戦)。そのとき、日本軍は1隻も米艦を沈めていないのに、未熟な搭乗員の誤認によって「空母19隻、戦艦4隻を撃沈・撃破」という架空の「大戦果」を大々的に発表しました。大本営自体もこれに舞い上がってしまい、フィリピンでのルソン決戦の計画を変更し、米軍は機動部隊が壊滅して裸でレイテ島に来るのだからその水際で撃滅せよと作戦変更を指令しました。ところが米軍は大艦隊の援護のもと上陸作戦を強行、日本軍はジャングルに逃げ込むしかない惨状になりました。戦争の実情も把握できない日本の戦争指導部の無能さが再び世界にさらけだされました。
このフィリピン戦敗北の時点で戦争終結への決断があったら、その後の本土空襲も、沖縄戦も、広島・長崎への原爆投下も、「満州」へのソ連の侵攻と引き揚げの悲劇もありませんでした。
しかし、日本の戦争指導部は、戦争終結への決断をせず、日本に降伏を求める連合国のポツダム宣言(45年7月26日)が発表されても「黙殺」「戦争邁進(まいしん)」の発表です。
日本の戦争指導部の頭にあったのは「国体(天皇絶対の体制)護持」だけで、国民全部が死んでも国体は譲るなと「本土決戦」「一億玉砕」を叫んだのでした。不破さんは「国民の受ける苦難への思いはまったくなかったのです」と語りました。
「国体」とはなにか。天皇よりも「三種の神器」
その「国体」とは何だったか。不破さんはここで、終戦直前の「国体」をめぐる宮中エピソードを紹介しました。
45年7月25日、木戸幸一内大臣が「本土決戦になったら、大本営(つまり天皇のこと)が捕虜になることも起こりうる。三種の神器の護持が危うくなる」と天皇に進言しました。三種の神器とは、皇位の象徴とされる三種の宝物、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)のことです。
当人は戦争終結を急げという進言のつもりだったようですが、6日後に天皇から、〝考えたが、自分が長野県・松代(まつしろ=大本営の疎開先として建設されていた巨大地下壕〈ごう〉)に持ってゆくのがいいと思う〟という回答がありました。天皇の頭にも、あるのは三種の神器のことだけでした。
この地下大本営を建設していた工事主任の記録によると、三種の神器の保管場所として「天皇の御座所の隣室を準備した」ところ、宮内省から「天皇に万一のことがあっても、三種の神器は不可侵だ。同じ場所は許されない」と変更を命じられました。不破さんが「『国体』とは、三種の神器というただのモノのことだったのです」と話すと、参加者からは笑いが起こりました。
安倍内閣―戦後世界秩序壊す「日本版ネオナチ」勢力
90年代に台頭した「大東亜戦争」礼賛派が自民乗っ取り
最初に述べたように、日本の戦争にまともに向き合おうとしないのは、自民党政府の伝統的体質でした。
日本共産党はこれを追及し、小泉首相が靖国神社訪問を行った時には、党本部で各国大使館や内外のジャーナリストも招いて「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」と題した時局講演会(05年)を行いました。不破さんはここで、侵略戦争礼賛という靖国神社の精神が遊就館(同神社の軍事博物館)に具体的に表れていることを説明しました。効果は絶大で、外国大使館の人たちや海外ジャーナリストが次々と遊就館を訪れるようになりました。
その後も、不破さんは「北条徹」のペンネームで、「〝靖国史観〟とアメリカ」などの論文を「赤旗」に連続発表して、小泉首相との論戦を続けました。「靖国史観」という言葉はここから生まれました。
「しかし、小泉首相は参拝には固執しましたが、侵略戦争の事実を否定することまではしませんでした」。こう述べた不破さんは「その自民党の中で90年代に、日本の戦争は正義の戦争だったと主張する異質な流れが頭をもたげてきました」と語りました。
きっかけは、「慰安婦」への日本軍の関与と強制性を認めて謝罪した「河野官房長官談話」(1993年8月)と、日本の行った戦争は侵略戦争だったという認識を示した細川護熙首相の会見(同)でした。
これに危機感を持った自民党は同月、「歴史・検討委員会」を設置(奥野誠亮・顧問、板垣正・事務局長)しました。これには、当選したばかりの安倍晋三氏も参加しました。同委員会が95年8月に出した『大東亜戦争の総括』は、「大東亜戦争」(政府・軍部による当時の戦争の呼称)は自存・自衛のアジア解放戦争だと美化し、南京大虐殺事件、「慰安婦」問題はでっちあげだと攻撃しました。
96年には「新しい歴史教科書をつくる会」が発足、97年にはこの運動を応援する「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」がつくられ、事務局長に安倍氏がつきました。
不破さんはこうした経過を語り、「安倍首相は、この『大東亜戦争』肯定論の真っただ中で育成され、先輩たちからその使命をたたき込まれて、首相にまで押し上げられた人物なのです。当選4年目で、『若手議員の会』の事務局長になり、大東亜戦争肯定の教科書を作った張本人です」と指摘しました。「侵略戦争を是とするこの異質な潮流が政権についたのが今日の安倍内閣です。いわばこの潮流が政権と自民党を乗っ取ったのです」
安倍政権を支えているのが、戦争美化の中心組織である「日本会議」国会議員懇談会と、天皇中心の国づくりを目指す「神道政治連盟」国会議員懇談会です。
第2次安倍改造内閣の18人の自民党閣僚は全員、「日本会議」か「神道政治連盟」のメンバーで、「政治とカネ」の問題で辞任に追い込まれた2人に代わって就任した新閣僚にも「神道政治連盟」のメンバーがおり、その性格はまったく変わりません。
この異質な潮流が自民党を乗っ取る中で、多くの自民党幹部が居場所を失いました。「赤旗」に登場して話題になった古賀誠さん(自民党元幹事長)はその一人です。
ウルトラ右翼勢力の政治支配を一日も早く終わらせよう
不破さんは、こうした潮流はヨーロッパのネオナチと同質・同根のもので、まさに「日本版ネオナチ」だと強調し、「安倍首相がくつがえそうとしているのは憲法9条と日本の戦後史だけではなく、ファシズムと軍国主義の侵略戦争の断罪の上に築かれた世界の戦後秩序だ」と警鐘を鳴らしました。
最後に、不破さんが「まさに亡国の政治です。亡国政治がはびこれば、日本は世界で生きていくことができなくなります。このウルトラ右翼勢力の政治支配を一日も早く終わらせることが、今日、日本の未来のためにも、アジアと世界のためにも、日本国民が果たすべき重大な責務があります」と呼びかけると、聴衆は大きな拍手で応えました。
兵士たちはどんな戦争をさせられたか―半数以上が餓死
この戦争に動員された日本軍人の戦没者230万人のうち少なくとも半数以上が餓死者だった―。不破さんは歴史学者の故・藤原彰氏の『餓死(うえじに)した英霊たち』からそんな実態を紹介しました。(地図C)
軍首脳部が補給無視の戦争をしたからです。
ガダルカナル島の戦闘(42年8月~43年2月)では、兵火による戦死者5千人に対し餓死者は1万5千人にも。
もう一つ、「餓死した英霊」を大量に生んだ重要な背景は、日本軍の絶対の規律―「軍人勅諭」(1882年)と「戦陣訓」(1941年)でした。「軍人勅諭」は、「朕(ちん=天皇の自称)は汝ら軍人の大元帥なるぞ」「義は山岳よりも重く、死は鴻毛(こうもう=鳥の毛)よりも軽し」「(上官の命は)直に朕が命を承る義なりと心得よ」と命じました。「戦陣訓」は「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ」としました。
どんな無謀な作戦計画でも、上級の命令に従わざるを得ず、武器、食糧がなくなっても〝捕虜になるより死を〟と教えられ、「餓死」か「玉砕」(全滅)の道をとりました。
また、日本の戦争は「国際法無視の戦争」でもありました。
日中戦争では開戦早々、中国派遣軍に〝戦時国際法の具体的な条項のことごとくをまもる必要はない〟という陸軍次官通牒(つうちょう)を出しました。
ヒトラーのドイツ国防軍でさえ、戦陣訓で将兵に戦時国際法を教えていました。
「日本軍は将兵に国際法など知らせなかった。『靖国派』は日本軍を、『住民虐殺』とも『慰安婦制度』とも無縁な、整然とした秩序正しい軍隊だったと主張するが、日本の軍隊の実態を全く知らない者の言い分だ」
国民はどんな扱いを受けたか―命よりも「国体護持」
日本は世界でファシズムが問題になる以前から民主主義と平和の言論と行動を抑圧してきました。主要国で共産党が最初から戦争終結まで非合法だった国は他にありません。
そのもとで国民はどんな扱いを受けたか―。
日本は44年半ばには、戦争の見通しが完全になくなっていたのに、「もう一度は勝ってから」というのが天皇以下、軍部から重臣たちに至る戦争指導部の考えでした。この時点で戦争終結への決断があったら、その後の本土空襲も、沖縄戦も、広島・長崎への原爆投下も、「満州」へのソ連の侵攻と引き揚げの悲劇もありませんでした。
しかし、戦争指導部は日本に降伏を求める連合国のポツダム宣言(45年7月26日)が発表されても黙殺。頭にあったのは「国体(天皇絶対の体制)護持」だけで「本土決戦」「一億玉砕」を叫びました。
安倍内閣―戦後世界秩序壊す「日本版ネオナチ」勢力
90年代に、自民党の中で「日本の戦争は正義の戦争だった」と主張する異質な流れが頭をもたげました。きっかけは、「慰安婦」への日本軍の関与と強制性を認めて謝罪した「河野官房長官談話」(1993年8月)と、侵略戦争の認識を示した細川護熙首相の会見でした。自民党は同月、「歴史・検討委員会」を設置。当選したばかりの安倍晋三氏も参加しました。同委員会が95年8月に出した『大東亜戦争の総括』は、「大東亜戦争」は自存・自衛のアジア解放戦争だと美化し、南京大虐殺事件、「慰安婦」問題はでっちあげだと攻撃。96年には「新しい歴史教科書をつくる会」が発足。97年にはこの運動を応援する「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」がつくられ、安倍氏が事務局長につきました。
「侵略戦争を是とするこの異質な潮流が政権についたのが今日の安倍内閣。いわばこの潮流が政権と自民党を乗っ取った」のです。
不破さんは、こうした潮流はヨーロッパのネオナチと同質・同根で、まさに「日本版ネオナチ」だと強調。「安倍首相がくつがえそうとしているのは憲法9条と日本の戦後史だけではなく、ファシズムと軍国主義の侵略戦争の断罪の上に築かれた世界の戦後秩序だ」と警鐘を鳴らしました。そして「亡国政治がはびこれば日本は世界で生きていくことができなくなる。このウルトラ右翼勢力の政治支配を一日も早く終わらせることが、日本の未来、アジアと世界のためにも、日本国民が果たすべき重大な責務だ」と呼びかけ、聴衆は大きな拍手を送りました。
( 2014年11月07-16日,「赤旗」) (Page/Top)
【ベルリン=時事】ドイツ警察は3日までに、南部ダッハウにあるナチスの強制収容所跡で、ドイツ語で「働けば自由になる」との標語が掲げられた入り口の金属製の扉が盗まれたことを明らかにしました。
警察によると、扉は縦1㍍90㌢、横95㌢。警備員が2日朝、なくなっているのに気付きました。1日深夜から2日未明の間に盗まれたとみられます。
ミュンヘン郊外のダッハウ強制収容所は、ナチスが政権を掌握した1933年に開設され、後に設置された収容所のモデルになったとされます。45年の解放まで、ユダヤ人ら4万人以上が犠牲になりました。
2009年には、ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡で同じ標語が書かれた金属板が盗まれ、ネオナチの元活動家らが逮捕されました。
( 2014年11月05日,「赤旗」) (Page/Top)
京都
憲法公布から68年の3日、憲法9条京都の会と京都96条の会の共催で「生かそう憲法 守ろう9条 11・3憲法集会」が京都市の円山音楽堂で開かれました。2団体が共催して集会を行うのは今回が初めて。
1700人の参加者は、集団的自衛権行使を容認するすべての立法や政策に反対し、京都から「戦争する国づくりを許さない」世論と運動を広げようと確認しました。子どもたちとおとなが一緒に歌う合唱「ぞうれっしゃがやってきた」の文化企画をはじめ、戦没者遺族が語る「戦争は二度と繰り返してはいけない」という訴え、青年学生による平和への思いの主張に参加者が熱心に耳を傾け、大きな拍手を送りました。
憲法9条京都の会世話人で、大阪大学の木戸衛一准教授が「ナチス独裁前夜のドイツと今の日本」と題して記念講演しました。
集会後、京都市役所前まで「米軍基地は京都にいらない」「9条壊すな戦争いやだ」と唱和しながら「憲法ウォーク」をしました。
参加した清水典子さん(32)=左京区=は「就職したくてもできないような若い人が多いなか、徴兵制になったら、経済的な理由でやむをえず駆り出されてしまうかもしれない。そういう動きは絶対阻止しないといけないと思った」と話しました。
兵庫
「憲法の素晴らしさを学ぶ」を掲げ、神戸憲法集会が3日、神戸市中央区で開かれ、600人を超える市民が参加しました。
渡辺治・一橋大学名誉教授とフリージャーナリストの西谷文和氏が講演しました。
渡辺氏は「安倍政権の改憲新段階と日本のゆくえ」と題し、集団的自衛権がアメリカの要求にこたえるもので、国民の運動が自衛隊の海外派兵と明文改憲を許さなかったことを歴史的に明らかにしました。
渡辺氏はアメリカと財界が全面的に支える安倍政権を国民的共同の力で包囲し倒したときに政治が変わると強調。1960年代の安保闘争の教訓を示し、地域の運動と保守層との共同、市民運動、女性、中高年の力の新しい可能性を現実の力とし、安保闘争を上回る国民的共同を呼びかけました。
西谷氏は「アフガン、シリア戦争から考える戦争のリアル」と題し、戦争がウソから始まることや子どもや市民が犠牲になる現実を映像をまじえ告発しました。
参加した教師の梅林真道さん(49)=洲本市=は「(改憲は)安倍首相個人の考えと受け止めてきたが、歴史の中でつくられてきて、それを押しとどめる流れも紡がれてきたことが分かり、改めて引き継いでいかなければと思いました」と話していました。
( 2014年11月04日,「赤旗」) (Page/Top)
「慰安婦」を強いられた韓国やフィリピン、オランダ、中国、台湾の女性らは、人間の尊厳を取り戻すため、日本政府に謝罪と賠償を求めて10件の裁判を起こしました。裁判の結論は請求を認めるものにはなりませんでしたが、10件のうち8件で35人の被害事実を認定しました。「慰安婦」の証言は信用できないなどという主張があるなかで、裁判所が厳格な証拠調べをした末、認定した事実は極めて重要です。
なかでも原告側が一部勝訴した関釜裁判の山口地裁下関支部の判決(1998年4月)は、日本軍の加害行為を「ナチスの蛮行にも準ずべき重大な人権侵害」と断罪。山西省裁判の東京地裁判決(2003年4月)は「著しく常軌を逸した野蛮な行為」と断定し、立法的・行政的な解決が望まれると異例の付言をしました。
地裁または高裁で事実認定された原告のうち、4人の事例を紹介します。
堕胎直後も性病になっても/盧清子さん/韓国遺族会裁判(91年提訴)東京高裁判決(03年7月)控訴人6人
1920年か21年に忠清南道で出生。数え17歳の春、約10人の日本軍人に手足をつかまれて捕らえられ、トラックと汽車でオオテサンの部隊の「慰安所」に連行された。
「18歳の時に一度妊娠したが堕胎手術をされ、1週間後に退院するとすぐに性行為を強要され、19歳の時には淋(りん)病に罹患(りかん)し、激痛があったが、治療を受けている間も軍人の相手をさせられた」
脇腹を斬られ腕には入れ墨/宋神道さん/在日韓国人裁判(93年提訴)東京地裁判決(99年10月)原告1人
22年、忠清南道生まれ。数え17歳の38年ころ、母の知り合いと称した初老の朝鮮人女性から「御国のために戦地に行って働けば金がもうかる」などと誘われ「慰安所」とは知らされずに中国・武昌の日本軍陸軍「慰安所」に。泣いてあらがい、逃亡も試みたが制裁を加えられた。終戦まで約8年間、強制使役された。
「帳場の担当者、軍人らから繰り返し殴られるうちに、右耳が聞こえなくなり、脇腹に軍人から匕首(ひしゅ)で斬りつけられた刀傷が残っている。武昌の慰安所では『金子』と呼ばれ、左腕に『金子』の刺青をされた」
「工場の仕事」とだまされて/朴頭理さん/関釜裁判(92年提訴、韓国)下関判決/原告3人
24年9月に慶尚南道で出生。数え17歳のころ、家に朝鮮語と日本語を話す慰安所の主人が来て「日本の工場で金になる仕事がある」とだまし、朴さんを台湾行きの船に乗せ、「慰安所」に連行。
「慰安所で朝鮮語を使うことは暴力によって禁止されており、呼び名も『フジコ』であった。…休みは1カ月に1日だけで、自由な外出もできなかった。…長年、性交渉を強いられたことにより、右の太ももの下がパンパンに腫れ上がる病気に」
軍靴で踏みつけ、砕けた骨盤/万愛花さん/山西省裁判(98年提訴、中国)東京地裁判決/原告10人
43年6~12月、3回にわたって当時居住していた山西省盂県羊泉村から日本兵に拉致されて同県進圭社村のヤオトン(横穴式住居)に監禁。逃げては暴行、拷問、輪かんを受けた。
「食事はたまに少量の残飯が与えられるだけであった。…3回目(に捕まったとき)は…銃床や棒でめちゃくちゃに殴られたうえ、固い軍靴で身体を踏みつけられるなどして、背中、胸、腰、脚を脱臼し、骨折した。…骨盤が破壊され、月経もなくなった」
事実認定された8件の裁判では、認定全体に重要な共通点があります。
①35人の被害者全員が強制的に「慰安婦」にされた。
②「慰安所」での生活は、文字通り「性奴隷」としての悲惨極まるものだった。
③被害者は肉体的・精神的に深い傷を負い、生涯にわたる後遺症に苦しんでいる。
(2014年11月02日,「赤旗」) (Page/Top)
2014とくほう・特報/日本の侵略戦争/第4回/「韓国併合」と植民地支配/下/沸き起こった「独立万歳」
この秋、学生を含む若い世代が元気です。秘密保護法や消費税増税、安倍政権打倒などさまざまなデモや集会を計画しています。安倍政権に対して、全国各地で声を上げます。
25日は、神戸市で「さよなら安倍さんパレード」、東京都内で「特定秘密保護法に反対する学生有志の会(SASPL=サスプル)」が呼びかける「特定秘密保護法に反対する学生デモFINAl.@SHIBUYAJがそれぞれ行われます。
SASPLのメンバー、奥田愛基さん(22)は、デモを行う理由を「社会問題について自分の立場を表明するのは世界では当然のこと。秘密保護法について『考えましょう』ではなく、明確に『反対』するためにデモをします」と記者会見(22日)で語りました。
26日には大阪市で「大阪若者憲法集会&デモ」が行われます。東京都内で6月に行われた「若者憲法集会」に参加した若者が、地元でも開催したいと呼びかけています。「安倍政権が憲法破壊を狙う今だからこそ、憲法の価値を見つめ直すきっかけにしたい」と語るのは、日本民主青年同盟大阪府委員長の川添健真さん(32)です。「平和憲法を持っている日本だからこそできることを考え、若者の声で訴えていきたい」
11月8日には、東京都内で「安倍政権打倒怒りのドラムデモ」、山梨県甲府市で「憲法生かせ若者怒りのデモ」があります。
「怒りのドラムデモ」は、5月からいち早く「安倍政権打倒」を掲げる抗議行動を主催。同デモは、今回で4回目の開催。「最大級の抗議を街頭で繰り広げ、国民の命を蔑(ないがし)ろにする安倍政権を打ち倒そう」と呼びかけています。
「憲法生かせ若者怒りのデモ実行委員会」の代表、雨松拓真さん(30)は「若者は、戦争や過酷な働き方など将来への不安がある。みんな何をしたらよいかわからないけど、何かしたいという気持ちがあります。その思いを表現したい」と語ります。
22日には、京都市で「安倍やめろデモ」、神戸市で「消費税増税反対デモ」が計画されています。京都でデモを主催しているひとり、寺野哲也さんは「おかしいことに対して、デモが普通に行われる社会が、よい社会だと思う。安倍首相はやめてほしいと思っている人はデモに参加して、街頭でいいたいことをいおう」と語っています。
この他にも各地で多くのデモが予定されています
【10月】
25日、「さよなら安倍さんパレード」場所は神戸市三宮・花時計前で、午後3時半集合。
25日、「特定秘密保護法に反対する学生デモFINAL@SHIBUYA」場所は東京・代々木公園ケヤキ並木で、午後3時半集合。
26日、「大阪若者患法集会&デモ」午後1時から大阪市酉区民センターで集会。デモは午後5時半に同西区・新町南公園を出発(大阪マラソンの関係で、デモの時間が変更になりました)。
26日、「意法守ろう!生かそう!輝かそう!ハロウインパレード」場所は仙台市青葉区の花京院緑地で、午後4時から集会。4時半にデモ出発。
29日、「川内原発再稼働は許さない! 脱原発☆スーツデモ@新橋」場所は東京都港区の桜田公園で、午後6時45分に集合。
【11月】
2日、「東京大行進2014」東京・新宿中央公園で、正午に集合。
2日、「あおもり若者憲法まつり」場所は青森市の柳町地域館で、午前10時から。
8日、「安倍政権打倒怒りのドラムデモ」場所は東京・新宿柏木公園集合で、午後2時半出発。
8日、「憲法生かせ若者怒りのデモ」場所は山梨・甲府駅北口で午後3時半集合。
9日、「安倍政権もう黙っていられない! 東京若者好一揆」午後2時から東京都練馬区のCoconeriホールで集会。デモは午後5時に東京・新宿柏木公園を出発(予定)。
16日、「安倍政権打倒デモ」静岡市の青葉公園で、午後2時に出発。
16日、「ブラック企業にレッドカード集会&デモ」午後1時半から、さいたま市浦和区・さいたま共済会館で集会。デモは午後3時40分に出発。
22日、「消費税増税反対デモ」場所は神戸市三宮・花時計前で、午後2時半集合。
22日、「安倍やめろデモ」場所は京都市役所前で、午後6時集合。
【12月】
6日、「あべ?NO!デモ」大阪市内で夕方予定。
7日、「若者意法集会&デモ@和歌山」詳細は未定。
7日、「安倍やめろ関西100人のドラム隊」場所は大阪市阿倍野区で、昼ごろを予定。
7日、「わかもの患法集会@はちおうじ」場所は東京・八王子労政会館で、午後2時から。
◇
このほかにも各地で行動が計画されています。
"安倍政権への怒り表現したい"/11月22日、京都市で「安倍やめろデモJを計画しているひとり、寺野哲也さんの話
「安倍やめろデモ」は、東京で行われている首都圏反原発迎合の首相官邸前抗議や「怒りのドラムデモ」、他県での「安倍政権打倒デモ」に刺激を受けて主催しました。
呼びかけているメンバーは、関西圏で別のデモを主催したり、時には東京のデモにも参加している人たちです。普段は会うことがほぼなく、ゆるいつながりで集まっています。
6月14日には、東京で行われた「安倍政権打倒怒りのドラムデモ」と同日開催で、「安倍政権打倒デモ」を京都で呼びかけました。今回はそれに続く2回目のデモです。
メンバーは、表現の仕方だけでなく、意法問題に反ファシズム、消費税増税や原発再稼働など、どの問題で安倍政権を批判していくのか、議論を進めています。
さまざまな関越での安倍政権への批判や怒りをデモという民主主義の形で表現したいと話しています。
(2014年10月25日,「赤旗」) (Page/Top)
善意敷きつめたファシズムへの道
地獄に落ちたくはないが、地獄は見てみたいもの。さてその地獄はどこにあるのか。すぐそこにあるのだ。
恭子は、30歳を超え、小学校5年生の頃の海塚市での母親との暮らしをつづる。海塚は、長い避難生活の後、8年前に市民が戻り、再建した「素晴らしい世界」。海塚の魚も野菜も安心でおいしく、市民は「結び合い」、ことあるごとに声をそろえて「海塚讃歌」を歌う。その秩序は「背広の人」が保っているようだ。
学校では、子どもたちの関係は険悪で、担任教師は突然姿を消し、子どもたちは何やら病気で次々に死んでいく。
恭子と母親との間には「終始蟠りのようなもの」がある。母親は「いつも見られている」とおぴえ、恭子の言動を厳しく管理し、海塚でとれた食べ物も一切与えない。恭子の秘密の日記を見つけた時には、恭子を怒鳴りつけ、殴り蹴り、日記を破り捨てた。
異常な世界では、異常であることが正常である。正常であることは、異常であり、病気であり、罪でもある。三角に見えても、まわりが丸といえば、丸に見えてくる。そう見えなかったら、病気なのだ。ボラ-ドとは「何があろうと倒れない」係船柱のこと。ボラード病とは言い得て妙。
恭子は誘われて参加した早朝奉仕作業を終え、「海塚讃歌」を歌い、初めて「同調」し、病気が治ったことを実感するが、その時「背広の人」に引き渡されてしまう。
今は自由を奪われているが、母親のこともすべてようやく理解できたところだ。
地獄への道は善意で敷きつめられているらしい。今世紀のフ7シズムは、一見、実にやさしい。そこが恐ろしい。
よしむら・まんいち61年生まれ。小説家。『ハリガネムシ』(芥川賞)
(2014年10月12日.「赤旗」)
反骨のジャーナリストであり、社会評論家、文明批評家ともいわれている長谷川如長閑(本名・万次郎1875-1969)は、東京・深川の生まれで東京法学院(のちの中央大学)に学んだ。
「白虹日を貫けり」という表現が天皇批判だと右翼から攻撃され、朝日新聞社を退社。大山郁夫らと我等社を設立し雑誌『我等』を創刊。その巻頭言に「戦争絶漉受合法案」を暮き、ファシズム台頭に警鐘を鳴らし、国民にとって最も大きな災禍は戦争である、とした。「戦争をするならオマエたち政治家が最前線へ行け」という内容だった。
如是閑は数多くの評論、小説のほか戯曲も書き残しているのはうれしいことである。
この10月に上演する「大臣候補」もその一つで、新築地劇団によって初演(1929年)され、丸山定夫、薄田研二、山本安英、細川ちか子、沢村貞子らが出演した。
内容は、醜い政界の内幕を暴露した痛快な喜劇で、登場人物はことごとく戯画化されている。実業家で文部大臣と目される父とその娘とのやりとりは面白く、娘に学校の教科や高等女学校、医学の学校の数をきかれても、父は「覚えんなァ」「そんなことは下役が知っている」と答えるだけ。娘に「じゃ大臣て何をするの?」といわれ「判を押すのじゃ判を」と無知蒙昧ぶり。派閥政治や大臣病に取り付かれた状態は現代と酷似していると思う。
如是閑の他の戯曲もそれまでの日本になかった人間風刺、社会風刺劇で「喰ひ違ひ」「エチル・ガソリン」「馬鹿殿評定」などがあり、もっと演劇界で評価されてもよい作品群である。
(かわわ・たかし演出家)
*第39回名作劇場(企画・演出-川和孝)能島武文「母の死」、長谷川如是閑「大臣候補」。
28日~11月1日、東京・シアターX(カイ)。TELO276(75)6878(オフィス樹)
(2014年10月10日.「赤旗」)(Page/Top)
「スウェーデン映画祭2014」/新旧名作など28本を上映/11日から東京と大阪で「スウェーデン映画祭2014」が11日から17日まで、東京と大阪で開かれます。昨年に続く2回目で、国の現実を反映する近年の話題作やドキュメンタリー、古典など28本を上映します。
子どもに焦点を当てた作品として、アストリッド・リンドグレーンの原作を映画化し国内で大ヒットした「山賊のむすめローニヤ」(84年、クーゲ・ダニエルソン監督)、居場所を求める少年が勇気ある"旅"を続ける「アイスドラゴン」(12年、マッティン・--グダール)や短編など。ドキュメンタリーは、米ソの軍事作戦に反対を貫き、86年に暗殺された首相の人生を追う「パルメ」(12年、マウド・ニカデルほか)など3本。
イングマル・ベルイマンと並ぶ名匠ヤン・トロエルの作品では、ナチスに抵抗した新聞人を描く「ラスト・センテンス死者-の裁き」(12年)と、スウェーデン社会を詩的に描くドキュメンタリー「理想の国」(88年)。
70年代の一大スキャンダルをもとにした「コールガール」(12年、ミカエル・マルシメーン)など近年の長・短編。
ベルイマンの脚本による「もだえ」(44年、アルフ・シェ-べルイ)。柳下美恵さんの演奏で、無声映画の代表作「エロテイコン」(20年、マウリッツ・スティレル)ほか。
問い合わせは、東京・ユーロスペースTELO3(3461)0211、大阪シネ・ヌーヴオTEL06(6582)1416
(2014年10月07日,「赤旗」)
いま「コラボレーション」の稽古を進めながら、時代も世界情勢も異なるものの、この国の現状と二重写しに見えて仕方がない。
じわりじわりとナチが台頭してくる1930年代のドイツで、新作オペラの創作に情熱を燃やす2人の芸術家が主人公。作者は大ヒットした映画「戦場のピアニスト」で、アカデミー賞脚色賞を受賞したロナルド・ハ-ウッド。民芸では「アンネの日記」「どちらの側に立つか」など、ナチスに関わる作品をいくつも上演してきた。
その何作かに意識的に関わってきたが、そのたびに当時の日本がどちらの側にいたのかを思うと、じくじたる思いがする。私自身には、戦争で大勢の人々が亡くなっているのに家族を失わず、焼けだされもせずにすんだという、ある種の後ろめたさもあるのかもしれない。本作の準備に改めてナチスの歴史を振り返ると、今まで過去のことと思っていたものが別の角度から見えてきた。
ドイツ音楽界にそびえ立つように君臨していた作曲家リヒヤルトシュトラウスは、音楽芸術を政治とは別次元のものと考えるあまり、ナチズムに対してやや無防備といえる面が否めない。作家のシュテファン・ツヴァイクはユダヤ人であるがために迫害から逃れられない。そんな2人の共同作業を自身もユダヤ系であるハ-ウッドは、生き生きと描きだすことに成功している。
政治と芸術の相克という重厚なテーマを扱いながら、とても分かりやすく魅力的。激しい歴史のなかにあって、芸術家のたたずまいや信念の強さ、内に秘めたドラマをご覧いただきたいと思う。
(こんだいぼう・かずえ演出家)
*「コラボレーション」出演は西川明、戸谷友、吉岡扶敏ほか。8-20日、東京・紀伊国屋サ
ザンシアター。Tel,044(987)7711(民芸)
(2014年10月06日,「赤旗」)
第2次安倍改造内聞の女性閣僚・党幹部と極右団体との"蜜月"ぶりに、海外メディアから批判の声があがっています。
「在特会幹部を知っていますか」-.9月25日、日本外国特派員協会で拉致問題をテーマに講演した山谷えり子国家公安委員長(参院議員)。記者からの質問はヘイトスビーチ(憎悪表現)を繰り返す「在日特権を許さない市民の会」(在特会)との関係に集中しました。
山谷氏は2009年2月、「竹島の日」関連の行事で肪れた松江市内のホテルで在特会の元幹部ら7人と懇談、記念撮影をしていました。国連人種差別撤廃委員会は8月、日本政府に人種や国柄で差別や対立をあおる「ヘイトスピーチ」を法律で規制するよう勧告を出しています。
在特会の主張に反対するのかと問われた山谷氏は「いろいろな組織について、コメントするのは適切ではない」と逃げました。
他方、高市早苗総務相と稲田朋美・自民政調会長は、旧ナチスドイツを信奉する極右団体代表と会い、ツーショット写真を振っていました。
この団体代表はインターネットの動画で「世間的にいうネオナチの団休」「世界中のコアなネオナチはほとんど仲間」と公言。ホームページには団体の綱領として「民族浄化」「在日朝鮮人殲滅(せんめつ)」などを掲げています。
2議員は「(ネオナチとは)知らなかった」「頼まれて写真を撮っただけ」と弁解しています。
しかし高市氏は1994年に自民党都連職員がヒトラー礼賛本(『HITLER選挙戦略l)を出版した時にも、「著者の指摘通り勝利への道は『強い意思』だ」と推薦文を寄せています。この本は「説得できない有権者は抹殺すべき」などと書いています。
英紙「ガーディアン」は「安倍首相の頭痛の種に」と報道。AFP電は「安倍首相が、日本政界の右翼的人物でますます周辺を固めている」と報じました。
欧州では、政治家はネオナチとの交流が明らかになれば辞任を余儀なくされる大問題になります。
女性の閣僚・党3役6人のうち4人が、先の侵略戦争を美化する改憲・右翼団体「日本会議」を支援する国会議員連盟のメンバーです。
「ホロコーストの否定やヘイトスピーチは、国際的には認められない問題です」と指摘するのは、ジャーナリストの鈴木哲夫さん(元日本BS放送報道局長)。「閣僚らは、『知らない』『聞いていない』などと自らの信条をごまかしたり隠したりせず、国民の前で正々堂々と脱明すべきです。それが政治家の矜持(きょうじ)じゃないですか」と語ります。
(2014年10月05日,「赤旗」)
憲法改悪阻止岐阜県各界連絡会会議はこのほど、森英樹・名古屋大学名誉教授(憲法学)を迎え、「7・1閣議決定とドイツから見た安倍政治)講演会を岐阜市で開きました。
約140人を前に、森氏は、戦後のドイツと日本には、歴史から学ぶ、加害責任を果たす、和解を深めることで雲泥の差があると指摘。安倍内閣の「戦後レジーム(体制)からの脱却」論は、戦後の憲法を総否定し、世界から完全に孤立していると警鐘を鳴らしました。会場から「ドイツの原発反対市民運動の歴史」を問われ、森氏は「ドイツの原発反対の動きは、憲法問題とつながっている。ナチス体験を通して、人間の尊厳が何よりも大事だとの考えを引き出した」と答えました。
(2014年10月04日,「赤旗」)
2014とくほう・特報/ 日本の侵略戦争/第1回/東方全強から「満州事変」へ
「在留邦人保護」を口実に
来年は戦後70年の節目の年を迎えます。それを前にして、安倍政権は日本をふたたび外国で「戦争をする国」にする解釈改憲の道に踏み出しています。このときにあたり、戦前に日本帝国主義が朝鮮半島・台湾を植民地として支配し、中国大陸を侵略、さらにアジア・太平洋戦争へと拡大していった「日本の侵略戦争」の歴史を4回シリーズでふりかえります。第1回は、「東方会議から『満州事変』へ」です。
日本が朝鮮半島の植民地化に続き、本格的に中国大陸への侵略を始めるのは、1931年の「満州事変」からです。その「満州事変」へ中国東北部への侵略は、どんな理由ではじめられたのでしょうか。
中国侵略決めた
靖国神社は、「満州事変」の始まりを「満州における排日運動と在満邦人の危機感が関東軍主群の満州事変の契機となり、満州国の建設となった」(遊就館図録、2008年版)と説明します。中国の民族意識 の高まり、排日運動が、日本人の危機感を増大させ「満州事変」は起こったといいます。
日本の中国侵略を決定づけたのは、1927年6月~7月の「東方会議」です。当時の田中義一首相・外相が主催し十数日間開いた会議で、軍部と政府・外務省の首脳が一堂に集まり、中国大陸への積極的な介入を決めました一
「シナにおける帝国の権利利益並びに在留邦人の生命財産にして不法に侵害せらるるところあるにおいては、必要に応じ断固として自衛の措置に出でてこれを擁護するはかなし」(東方会議「対支政策綱領」に関する訓令)
侵略の口実として日本の「権利利益」(権益)と「在留邦人の生命・財産」の侵奪をあげています。
日本の権益とは、日露戦争(1904-05年)後にロシアから奪った南満州を縦断する鉄道(南満州鉄道、いわゆる満鉄)の使用・管理の権利などです。日本はその権益を守るため関東車軍=中国東北部に駐留した陸軍を南満州に駐屯させます。
日本近現代史が専門の山田朗明治大学教授は「英米協調的な外交路線を投げすてた膨張主義の路線を決めたのが『東方会議』でした。日本は同時期に、中国国民政府軍の満州への接近阻止と山東半島の権益擁護のために3度の山東出兵を行います。本格的な戦争でしか動かさないような大規模な軍隊を山東省におくりました。満州ではなく近接する山東省に予防的に大軍を派遣するのです。さらに軍部はそれまで軍に協力してきた張作霖を謀略によって爆殺します(張作霖爆殺事件)。この事件は未遂に終わった『満州事変』です。混乱に乗じて『満州』を占領してしまうのが目的でした」
日本政府は、東方会議で「満蒙」(満411と内モンゴル)を中国「本土」と区別して特別な地域、すなわちこの地域を日本が〝大国に対抗して発展していくための生命線〟と位置づけ、自ら支配するという方針を確立しました。これが「満蒙生命線」論です。
東方会議に先立つ5月に、関東軍高級参謀の板垣征四郎(後のA級戦犯)は講演で、日本の「生存」のためには「原料の補給地ならびに製品の販路を確実に自国の勢力下に置くにあらざれば世界の大国に伍して国民の経済的生存を確保することを得ざる」として「これ(満州)を領土とするを当面の急務といたします」(「満蒙問題に就て」)と述べていました。
「神速なる行動」
1931年9月18日、関東軍は南満州鉄道の線路を奉天駅の近くで爆破し(柳条湖事件)、これを中国人の攻撃だと偽って、軍隊を出動させ朝方までに奉天市を占領するとともに、南満州鉄道沿線の全線で出撃し、主要都市を占領します。先の講演で板垣が「疾風のごとき神速なる行動」で目標を達成すると述べていましたが、その筋書きどおりことを進めました。
「満州事変」が始まって半年ほどの間に遼寧省、吉林省、黒竜江省の東三省の全域を占領し、32年3月、ここにかいらい国家「満州国」を建国します。
政府は「中国軍隊の一部は南満州鉄道の線路を破壊し我が守備隊を襲撃しこれと衝突するにいたれり」(満州事変に関する政府第1次声明)と、中国側に責任があるとする声明を出し、関東軍の行動を正当化しました。
「満州事変」を機に日本国内での軍部の影響力は強まります。当時の商業新聞は関東軍の「成功」を大々的に報道します.
排日感情の原因
当時の中国の対日感情は確かに悪化していました。その原因は、日本が武力でロシアやドイツから奪った「満州」や山東省の「権益」を維持・拡大したためです。排日運動は、日本が日清戦争、日露戦争などで中国から奪った租借地の返還を求めたり、不平等条約の撤廃を求めるなど主権回復の運動でした。
中国近現代史が専門の久保亨信州大学教授は「日本が中国で権益の拡張をしなければ、排日運動は起きませんでした。排日運動が強まった一因は、権益拡張の波に乗った居留日本人の激増です。1920年代には都市部を中心に毎年1万人以上の規模で居留日本人が増えていくのですから、中国側は平穏ではいられません」と述べます.
久保氏は「在留邦人保護」を理由にした軍隊の駐留が、次の侵略の火種になっていったと指摘します。
「在留邦人保護を目的とした中国への軍隊駐留は、欧米列強の侵略に反対する排外主義的な民衆蜂起の『義和団事件』(1900年)に始まります。他国の駐留軍が規模を縮小する中で、1936年に日本は以前は数百人規模の駐留軍を5800人規模に拡大しました。この軍隊が37年に、日中全面戦争の発端となる北京郊外での軍事的衝突、盧溝橋事件をひき起こします」
もともと中国の人々の対日感情は、悪くはありませんでした。中国側に近代化のモデルとして日本から学ぶという気持ちがあったからです。久保氏は「中国から毎年1万人くらいの留学生が来ていた時期もありました。
日本が山東や満州などの権益を格段に拡張しようとするF21ヵ条の要求』を出してから対日感情は悪化します」といいます。
「自衛」と正当化
当時の日本政府は、侵略行動を「断固とした自衛の措置」と言っています。そう主張したのは、国際社会が第1次世界大戦の反省をふまえ、パリ不戦条約(1928年)などに代表される「侵略戦争」を禁止する動きへの対応でした。山田氏は「政策の手段としての戦争を禁じ、自衛戦争以外は違法であるとなります。日本陸軍は、自衛という理由さえ立てば、どのような軍事行動も可能であると考えました」と述べます。国際的な平和の流れに逆らう「口実」でした。
(若林明)
対華21ヵ条の要求
第1次世界大戦に参加し、ドイツの持っていた山東省の青島などを攻撃・占領した日本が戦争中の1915年1月に中国政府に突きつけた要求。南満州と東部内蒙古や山東省の支配権の引き渡し、各種の経済的特権、多数の日本人の政治・軍事顧問の配置などを求めました。
☆満州事変関連年表
1914年第1次大戦開始
15年日本が「対華21ヵ条の要求」
19年中国で五・四運動
27年第1次山東出兵、東方会故
28年張作霖爆殺事件
31年満州事変
32年かいらい国家「満州国」、五・一五事件
33年日本が国際連盟脱退
(2014年08月02日,「赤旗」)
中国東北部を侵略(「満州事変」)し、日本が操る傀儡国家「満州国」を建設した日本は1937年7月、中国への全面侵略戦争を開始しました。日本の過去の植民地支配と侵略戦争を美化するセンターとなっている靖国神社の軍事博物館・遊就館が、この経過をどうゆがめているかを検証しながら、歴史の事実を見てみましょう。
(入沢隆文)
盧溝橋事件/1937年7月/現地の停戦協定を無視
日本の中国全面侵略の発端となったのが、1937年7月7日夜、北京郊外の盧溝橋で夜間演習をしていた日本軍が中国軍と衝突した盧溝橋事件です。
遊就館は事件を次のように描いています。
「昭和八年の塘沽協定で安定を見た目中関係は、現地日本軍の北支工作とコミンテルン指導下の中国共産党による抗日テロの激化により、再び悪化した」「盧溝橋の日本軍に対する中国側の銃撃という小さな事件が北支那全域を牧場とする北支事変となった背景には、このような中国側の反日機運があった」(『遊就館図録』。以下同)
歴史の事実を見てみましょう。
「満州国」を建設した日本は1933年5月、中国と塘沽停戦協定を結んだものの、その直後から、「満州国」に隣接する華北を中国の国民政府の影響下から分離して「第二の満州国」にしようとする華北分離工作を進めました。「北支工作」とはこのことです。
これに対し中国国内では抗日の機運が高まりました。36年12月には、抗日よりも中国共産党との対決を重視する蒋介石を東北地方の実力者・張学良が監禁して、内戦の停止を要求する西安事件が発生。帝は張の要求を受け入れ、国民党と中国共産党は抗日民族統一戦線の結成に向けて動き出しました。
一方、日本は、1900年の義和団事件で手に入れた北京・天津などでの駐兵権をたてに、北京周辺での兵力を一方的に増強。日中間の緊張が高まる中で、日本軍が中国軍の眼前で夜間演習を強行し、偶発的に起きたのが虚構橋事件でした。
遊就館の説明は、華北を勢力下に置こうとする日本の侵略的野望と、それに抗する中国の運動を同列に並べ、後者に責任があるかのような侵略者側の言い分にはかなりません。
盧溝橋事件では31年の柳条湖事件とは違い、現地日本軍は偶発的な衝突として解決する方針で中国側と交渉し、7月11日には停戦協定が調印されました。
ところが、「中国は一撃で屈服する」と考えた陸軍中央は10日、約10万人の大兵力の華北派遣を決定。近衛内閣も11日、「今次事件は全く支那側の計画的武力抗日なること最早疑の余地なし」と断定し派兵を承認しました。これは事件を中国全面侵略の転機にしようという日本政府・軍部の野望をあらわにしたものでした。
当時の日本軍の動きについて山田朗明治大学教授は「『満州事変』の成功体験が強く生きていた」と指摘します。「満州を切り取ったように軍事衝突を利用して華北も切り取れないかと華北侵略を決行した。成功体験にこだわって、それをやるごとに中国との対立が深まり、世界との対立につながっていくことに気がつかなかった」
第二次上海事変/1937年8月/和平閉ざし戦火広げる
華北での日本の新たな侵略は、中国全土で激しい抗日運動を引き起こしました。その中で1937年8月13日、上海で日本軍と中国軍が衝突しました。第二次上海事変です。
遊就館は、「中国側の挑発による第二次上海事変以降、蒋介石は、広大な国土全域を戦場として日本軍を疲弊させる戦略を択び、大東亜戦争終戦まで八年間を戦」ったと説明します。しかしこれは、侵略拡大の責任を侵略された側に押し付ける卑劣な論法です。
両軍の衝突の一つの原因となった「大山中尉殺害事件」(1937年8月9日)も、最近の研究(笠原十九司・都留文科大学名誉教授「大山事件の実相」)では日本海軍の「謀略」によるものという見方が出されています。
近衛内聞は15日、南京政府断固庸懲(こらしめる)の声明を発表。17日には、それまで建前としてきた「不拡大方針」を放棄しました。
上海を攻略した日本軍は、功名心に駆られた松井石根中支那方面軍司令官らの独断で南京に向けて進撃(大本営も追認)、12月南京を占領し、大虐殺事件を起こしました。
この時期、日本側の依頼でドイツを仲介者とする和平交渉がもたれましたが、南京が陥落すると日本は講和条件をつり上げたため、交渉は決裂。近衛内閣は38年1月16日、「爾後国民政府を対手とせず」と声明し、外交交渉の道を自ら閉ざしました。
日本軍は蒋介石政権の軍事的屈服をめざして侵略を拡大し、長期戦の泥沼にはまり込んでいったのでした。
南京事件/1937年12月/ 日本兵の記録に明らかな虐殺
日本軍は37年12月13日、南京を占領し、その過程で中国軍民に対する虐殺事件を引き起こしました。
『南京事件』などの著作がある笠原氏は「十数万以上、それも20万近いかそれ以上の中国軍民が犠牲になったと推測される」と指摘します。
ところが遊就館は南京事件について、松井司令官は「『厳正な軍規、不法行為の絶無』を示達した」が、「敗れた中国軍将兵は退路の下関に殺到して懺滅された。市内では私服に着がえて便衣隊となった敗残兵の摘発が厳しく行われた」と書くだけです。
これについて笠原氏は、日本政府は南京事件を裁いた東京裁判(極東国際軍事裁判)の判決を受け入れ、外務省ホームページも『日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない』としている。遊就館の記述は日本政府の見解にも反し、国際的にまったく通用しない」と語ります。
南京攻略目前、松井司令官が、軍規風紀の厳粛などを部隊に下達したことは事実ですが、それはまったく空文化していました。
上海で3カ月余の激戦で疲弊し、食料などの補給もないまま南京に進撃させられた日本軍は、戦時国際法も教えられず略奪・暴行・虐殺・放火を日常とする中で南京に突入していったのでした。その責任は松井司令官らにありました。
南京で捕虜や非戦闘員の大規模な殺害が行われたことは、現場にいた日本の将兵の証言や日記に明らかです。
旧陸軍の親睦団体・偕行杜の編集した『南京戦史』にも、「大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたる」「後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千」(中島今朝吾中将の12月13日付日記)などと捕虜を組搬的に殺害した記録が収録されています。
南京事件は直ちに世界に報道され、やがて陸軍中央でもひそかに問題にされるようになり、松井司令官は38年2月に解任。敗戦後、東京裁判で南京事件の責任を問われ、絞首刑に処せられました。
(2014年08月23日,「赤旗」)
1910年8月22日、「韓国併合に関する条約」によって、日本は韓国から主権国としてのいっさいの統治権を奪い、朝鮮半島の植民地支配を成立させました。明治政府が「帝国百年の長計」(別項)として狙ってきたものです。長い歴史と文化をもち、民族的誇りを培ってきた隣国の独立を軍事力で奪った歴史的暴挙でした。韓国では併合ではなくr強占」と呼ばれています。
(山沢猛)
日清戦争(1894-95年)のときから朝鮮支配を狙っていた日本は、日露戦争(1904-05年)で、こんどこそロシアを追い出して韓国を手中におさめようとしました。
これにたいして韓国は、日本による王宮占領や王妃殺害などの暴虐によって辛酸をなめさせられていたため、日露戦争がはじまる直前に「局外中立」を宣言しました。
「帝国百年」の野望
日本近代史が専門の中塚明氏(奈良女子大名誉教授)はいいます。「韓国政府はフランス領事らの協力で、戦時局外中立宣言を電報で世界に届け、この戦争(日露戦争)にはかかわらないという態度をとりました。中立となると日本は韓国で自由に軍隊を動かすことができなくなる。そこで日本は、日露戦争開戦と同時に、首都・漢城(ソウル)を占拠して、日本が政治全般の『忠告』をするF日韓議定書』を強要した。
こうして朝鮮半島が日本軍の占領下に置かれたのです」
併合に先立ってやったもう一つは、韓国の植民地化に向けた段取りをすすめたことでした。日露戦争後には「第2次協約」(05年)=韓国「保護条約」をおしつけて外交権を完全にとりあげ、韓国が独自に諸外国と条約を結ぶことを禁じました(協約第2粂)。日本政府の出先機関である「統監府」を首都を見下ろす南山におきました。
この「保護条約」の締結にあたっては、枢密院社長だった伊藤博文が特派全権大使となって出向きました。韓国政府は自国の植民地化を必然化させるとして受け入れをためらいましたが、伊藤は日本軍の憲兵を引き連れて閣議にのりこみ、「あまりに駄々をこねるようなら殺してしまえ」と大声で脅しつけながら、強盗的なやり方で従属国化をはかりました。
韓国ではこの条約を「乙巳条約」とよび民族屈辱の象徴となりました。
日本では戦後になっても、「これ(併合条約)は両者の完全な意思、平等の立場こおいて締結された」(佐藤栄作首相の1965年国会答弁)などと言う見解が根強くあります。
中塚氏はこの問題について次のように話します。
「対等平等などというのは作り話です。併合前からの日本軍の占領が、その後も継続されたというのが実態です。初代の朝鮮総督となった現職の陸軍大臣・寺内正毅は条約締結のときに反乱が起きないよう、東北・仙台の第二師団を動員して厳戒態勢のなかで条約を結びました」
さらに「皇帝・高宗(コジョン)は日清戦争開戦のとき王宮(景福宮)を占領されて、翌年には日本公使の指揮で王妃(明成皇后、開妃=ミンビ)を殺されるという日にあっているのに、統治権をすべて日本に譲りますなどと自分からいうはずがありません」と指摘します。
(小早川、加藤、小西が世にあらば、今宵の月をいかに見るらむ)
朝鮮総督・寺内が「韓国併合」の祝宴で得意満面で詠んだ歌です。
16世紀末、豊臣秀吉が起こした朝鮮侵略戦争の主力となり、朝鮮の人びとの耳や鼻をそぎおとしたり捕まえて奴隷にしたりするなど残虐のかぎりをつくしながら、最後には敗れて引き揚げた小早川隆景、加藤清正、小西行長らの武将たち。彼らがもし、きょうのこの月をどう見ただろうか、きっと喜んで見てくれただろう、という自画自賛の歌です。ここに当時の明治政府の首脳たちの意識を見ることができます。(吉岡吉典『「韓国併合」100年と日本』、新日本出版社)
東学農民革命と義兵
日本の韓国侵略は、韓国に広がった民衆運動の高揚と、それにたいし牙をむいた軍国日本による弾圧・せん減の戦争の歴史でした。
まず1894年に起きた東学農民革命(甲午農民戦争)です。当時の朝鮮で、官吏の腐敗と重税に反対して農民革命運動がおこります。鎮圧に向かった政府軍を破り、地方の中心都市(全州)を農民軍が占領するほどの力をもちます。その後、王宮占領をはじめとした日本軍の侵攻にたいして抗日の旗印を鮮明にした運動になりました。
この農民運動は以前「東学党の乱」などとよばれていましたが、現在、韓国では最初の民主革命運動であり、反帝反封建の先駆的運動だったという歴史の見直しが定着しています。(2001年東学農民革命107年記念大会への金大中大統飯メッセージ)
これにたいし日本は韓国政府から頼まれてもいないのに派兵し、農民軍の大殺りくをおこないました。その犠牲者は3万人、あるいは5万人に迫るといわれています。
この農民軍のせん滅作戦に従軍した兵士の「陣中日誌」に、井上勝生氏(北海道大学名誉教授)が、徳島県の郷土史家の協力で出会いました。
「本日(1895年1月31日)、東徒の残者、七名を捕え来り、これを城外の畑中に一列に並べ、銃に剣を着け、森田近通一等軍曹の号令にて、一斉の動作、これを突き殺せり、見物せし韓人及び統営兵(朝鮮の政府軍兵士)等、驚愕最も甚だし」。日中戦争で多発した、捕虜を銃剣でいっせいに突き殺すという事例は日清戦争ですでに始まっていたのです。(中塚明・井上勝生・朴孟沫著『東学農民戦争と日本』高文研)
1906-11年には「抗日義兵闘争」が起こります。上部階級出身者やキリスト教徒、解散させられた韓国軍隊の兵士などからなる武装闘争でした。これにたいする日本の「鎮圧」戦争で4万人といわれる人びとを殺し韓国を血の海に沈め、「併合」を行いました。
こうした抗日のたたかいは押さえつけることができず、「併合」後も「三・一独立運動」などに引き継がれます。
(下につづく)
随時掲載します。第1回は8月2日付、第2回は23日付。
「帝国百年の長計」明治政府の閣議決定(1909年7月6日)
韓国を併合しこれを帝国版図の一部となすは、わが実力を確立するための最確実なる方法たり。帝国が内外の形成に照らし適当の時期において断然併合を実行し、半島を名実ともにわが統治の下に置き、諸外国との条約関係を消滅せしむるは帝国百年の長計なりとす
(一部現代文に)
日本による韓国・朝鮮侵略と独立運動
1875 江華島事件(ソウルに近い島を日本軍艦が攻撃)
94 東学農民革命(甲午農民戦争)起こる(2月)
日本軍が朝鮮王宮占領、日清戦争始まる(7月)
95 王妃・閃妃(明成皇后)殺害事件(10月)
97 国号を朝鮮から大韓に(10月)
1904 日露戦争始まる(2月)
05 韓国に「保護条約」を強制(条約締結の禁止)(11月)
日本が韓国に統監府設置(12月)
抗日義兵闘争が激化
10 「韓国併合」(8月)、国号を朝鮮に変え総督府設置
19 三・一独立運動広がる
31 「満州事変」37El中全面戦争、韓国でr皇国臣民の誓詞.価IJ定
40 「創氏改名」を実施
45 日本敗戦(8月)
(2014年09月23日,「赤旗」)
韓国の民衆の独立運動は、日本による「併合」後も、地殻変動のエネルギーが蓄えられるように消すことはできませんでした。
全半島に三・一運動
その頂点に位置するのが、1919年3月1日にソウルで始まり、全半島にひろがった「三・一独立運動」です。1917年のロシア革命の成功、その指導者レーニンやアメリカ大統領ウイルソンが民族自決の理念を主張したこともこの三・一(サミル)独立運動や中国での抗日の五・四運動に影響しました。
19年1月、日本の侵略にさまざまな抵抗を試みた前皇帝・高宗(コジョン)の死を一つのきっかけとして、朝鮮民族あげての独立運動が一挙に沸き起こりました。民族宗教ともいうべき天道教、キリスト教、仏教の指導者が「独立宣言」を起草。ソウル市街の中心部にあるタブコル公園で、学生代表がその宣言文を朗読、読み終えるとr独立万歳」(トンニップ・マンセー)の声が高々と上がり、太極族を持った人びとが隊列を組んで街中に出て行ったといいます。
同公園の石碑に刻まれた宣言文は次のように始まります。
「われわれはここにわが朝鮮国が独立国であること、および朝鮮人が自主の民であることを宣言する。これをもって世界万邦に告げ、人類平等の大義を明らかにし、子孫万代に教え、民族自存の正当なる権利を永遠に有せしむるものである」
在日韓人歴史資料館館長で歴史家の姜徳相(カン・ドクサン)氏はいいます。「三・一運動は憲兵政治の支配のもとで、いわば入れ物の水がいっぱいになってあふれでるようにして起きたもの。同時に、第1次世界大戦末期のロシア革命や中国革命の進行、ウイルソンの民族自決権の宣言にも影響をうけています。被抑圧民族の解放という世界史の歩調と足並みをそろえる方向に展開したのです」
非暴力・女性の活躍
三・一独立運動は非暴力の運動でした。当初、この動きを察知できなかった総督府はうろたえましたが、にわかに軍隊を出動させ、武器を持っていない行進者に銃剣を向け発砲しました。なかでも凄惨を極めた事件の一つに堤岩里(チェアムニ)事件があります。ソウルの南にあたる水原(スウォン)地方の運動を鎖圧するために派遣された日本軍は独立運動に参加した人びとを「訓示する」といってキリスト教会に集め、建物に火を放ちいっせい射撃で皆殺しにしました。29人が犠牲になりました。
三・一独立運動では女性がめざましく活躍しました。その一人、柳寛順(ユ・グァンスン)は"朝鮮のジャンヌ・ダルク"といわれます。当時、梨花学生(現梨花女子大学校)に在学中の16歳の少女でしたが、休校にされると郷里の天安(チョナン)にもどって市場で人びとと独立行進をしてその先頭に立ちました。憲兵の発砲で両親は死亡、彼女は首謀者として逮捕され懲役刑に。しかし「日本人にわれわれを裁く権利はない」と法廷・獄中闘争をやめず、度重なる拷問がもとで、西大門(ソデムン)刑務所で18歳の生涯を閉じました。
夕プコル公園では各地の独立運動の群像が10枚のレリーフになり、その姿を伝えています。
三・一運動後のたたかいは、朝鮮と国境を接する「満州国」間島での独立運動、中国・上海での臨時政府などに引き継がれます。
「戦時動員」「皇民化」
民族あげての三・一独立運動などによって、日本の植民地支配は一歩後退を余儀なくされ、従来の「憲兵警察政治」(武断統治)を、親日派の育成を含む「文化政治」に改めることになります。
しかし、1931年の「満州事変」、37年の日中全面戦争が起きるとその文化政治も続けられなくなり、「戦時動員体制」、野蛮なファシズム体制へと転換します。この体制は、日本への米輸出を増大させ韓国の人びとを疲弊に追いやった「産米増産計画」などの物資面にとどまらず、労働力・兵士の確保に及びました。労働力不足になった日本の炭鉱、鉱山、軍事施設などに多数の朝鮮人労働者を強制的に動員したこともその一環です。その数は百万人以上といわれます。
ソウルの「朝鮮神宮」をはじめ各地に2000以上の神社をつくり天皇崇拝の参拝を要求するなど「皇民化政策」をすすめました。その具体化として日本幣の「国語常用」、「創氏改名」、「色衣奨励」(韓国の伝統的な白い衣装から色の着いた衣装に替える)をすすめました。
1936年に関東軍司令官から朝鮮総督こなった陸軍大将・南次郎(のちにA級戦犯)は、朝鮮での徴兵制実施、昭和天皇の行幸を目標にかかげ、小学校での朝鮮語の廃止など「内鮮一体化」の名で民族抹殺政策を推進しました。
姜徳相氏は「日中全面戦争の開始以降はとくに、『校門は営門(兵営の門)につうじる』として小学校での日本語教育を徹底して、長ずれば日本の兵士になれるようにした。私も中学生で日本の必勝を疑わなかったし陸軍幼年学校を希望していた。少国民教育は恐ろしい効果を持っていました」といいます。
韓国・朝鮮では徴兵制によって44年から終戦まで、40万人の青年が日本の軍人・軍属としてアジア・太平洋戦争に動員され、そのうち2万人が犠牲になりました。(樋口雄一『戦時下朝鮮の民衆と徴兵』総和社)
また、日本車の統制と監督下で「慰安所」がつくられ多くの朝鮮人女性が本人の意思に反して軍「慰安婦」となることを強制されました。日本政府が慰安婦制度の真実を正面から認め、「河野談話」が表明した痛切な反省と心からのおわびにふさわしい行動をとることが求められています。
1945年8月15日、日本がポツダム宣言を受諾し連合国に降伏した日、韓国にとっては植民地支配から解放され、民族の独立を回復する「光復」の日を迎えました。ソウルの街は歓喜に沸き、「万歳」(マンセー)、
「万歳」の声が響きわたりました。
(山沢猛)
第1回8月2日付、第2回23日付、第3回9月23日付に(上)。
(2014年10月01日,「赤旗」) (Page/Top)
大戦中破壊の独モール再建
安倍政権に黙ってへんぞ/青年が立ち上がる秋/大阪
各国に中国外相訴え
安倍首相やめろ/消費税10%反対/28日にデモ/大阪
美術/「岡本太郎とアール・プリュット生の芸術の地平へ」展/権威の色眼鏡を外
醜聞次々、女性閣僚/安倍首相も根は同じ/問われる任命責任
作家内田康夫さん/名探偵浅見光彦が見たドイツと日本/国民の不安をよそに独走する政治は怖い
ナチスと並んで「慰安婦制度」展示/カナダの人権博物館
ヒトラー演説熱狂の真実/高田博行著/評者望田幸男同志社大学名誉教授
立憲主義守れ/「閣議決定」撤回行動予定
柳条湖事件83年/現地溶陽で式典/中国
朝の風/第1次大戦と芸術・文学の変容
おはようニュース問答/放送と戦争「花子とアン」の描写興味深いね
高市氏とネオナチ、思想的共通/「日独友好決議」めぐり自民代議士会/日本会議系反対、
党議拘束外す
「ネオナチとツーショット」高市総務相/ 日独友好決議(11年)に反対/「戦争-の反省」を「自虐史観」と攻撃
ギリシャ、人種差別禁止法改正/ホロコースト否定も犯罪
芸能テレビ/音楽劇「三文オペラ」出演ソニンさん/社会を疑う目がいま必要
中国、抗日戦争70年記念活動モンゴル参加よびかけ/中ロモンゴル3国首脳会談
ベルリンでこのほど、ナチスに没収され、第2次世界大戦で破壊された、ショッピングモール「ウェルトハイム」が再建されました。このモールは当時の欧州では最大規模で、25日、開店式典が開かれました。
ロイター(通信社)によると同モールは、以前と同じ場所に再建されました。天井を覆うガラス張りのアーケードに、270もの店、ホテルにアパートまで備えた、総工費10億ユーロ(1388億円)の巨大商業施設となっています。
最初に建設された1896年当時は、10万6千平方㍍敷地面積を誇り、ベルリン市を象徴する、歴史的建造物でした。しかし所有者がユダヤ人だったため、1937年にはヒトラーのユダヤ人排斥政策により、没収。大戦中には、連合国側の爆撃で大きな損傷を受け、56年に東ドイツが取り壊しました。
ベルリンの壁崩壊以来、モールのあった地域は発展しました。開店式典では、ウオーウェライト市長が、1万人の聴衆を前に「今、歴史の隔たりを埋められ、本当に素晴らしい」と語りました。
(2014年09月29日,「赤旗」)
「閣議決定」で集団的自衛権の行使容認、さらなる消費税の大増税―。安倍政権の暴走を許さないと、多くの青年が立ち上がっています。この秋、大阪で、「大阪若者憲法集会&デモ」「消費税率引き上げ反対デモ」を企画した青年に、その思いを聞きました。
(前田智也)
憲法守りたい自分の言葉で/「戦争いや」増えてる/来月26日に集会&デモ
10月26日に「大阪若者憲法集会&デモ」が行われます。6月に東京都内で行われた「若者憲法集会」に参加した青年が「地元でも憲法守れと訴えたい」と呼びかけているもの。集団的自衛権行使を容認する「閣議決定」の撤回、秘密保護法の廃止、安倍政権打倒などを訴えます。
大阪市内で保育補助の仕事をしている山本訓子さん(28)は、実行委員会に参加しています。集団的自衛権の行使容認こついて「内容はもちろん、国民の声も聞かないめちゃくちゃな決め方がいちばん許せませんでした」と話します。
大阪平和委員会青年部の副委員長も務めている山本さん。街頭で宣伝やアンケートを行い、「戦争はいやだ」という若者が増えていることを実感しました。
「若者憲法集会に参加してくれた人、沿道からデモを見てくれる人に少しでも『憲法って大事だね』『今の政治はおかしいね』と伝えていけるように工夫していきたいです」
集会を呼びかけた日本民主青年同盟大阪府委員長の川添健真(たつま)さん(32)は、「戦争への危機感があります。過酷な働き方を強いられ、寝るためだけに家に帰る人も多いなかで、何かしたい、自分の声を届けたいという思いが若い人に広がっています」と指摘します。
「いまこそ憲法が自分たちの生活にどのように関わっているのかを、自分たちの言葉で広げていくのが大事だと思っています。1人でも多くの若者が参加して、『憲法破壊に青年は黙っていないぞ』と大阪で訴えたい」と力強く話しました。
大阪若者憲法集会は、午後1時から大阪市西区民センターで行われ、4時45分からデモ行
進します。
消費税の増税反対/ANTIFA大阪
28日に行われた、消費税10%への引き上げに反対するデモを主催したのは、反ファシズム、安倍政権打倒の運動に取り組んでいる「ANTIFA(アンティフア)大阪」です。
メンバーの1人で、大阪市内で会社員をしているnuhoさん(34)は、消費税増税反対でデモを計画した理由を「貧困が増大し、ファシズムの基盤が整備される。その結果として食べるためには軍隊にいくしかないという経済徴兵制が現実味を帯びてくることへの反発です」といいます。
「すでに海外や安倍政権のプレーンからでさえ、『増税はするべきでない』との声が上がっています。社会保障のためですらなく、アべノミクスを失敗だといわれたくないためだけに増税を強行しようとしている。こんなことは許されない」と強調しました.
「危急の問題である消費税増税に対して、今後も多くの人が目に見える形で怒りを表すことが大事だと考えます」
(2014年09月29日,「赤旗」)
【ニューヨーク-時事】中国の王毅外相は27日、国連総会で一般討論演説を行い、2015年に第2次世界大戦終結70周年を迎えることに関連し、「侵略を否定し、歴史をゆがめようとする者に逃げ場を与えないよう、正義と良心を共に維持しよう」と各国に訴えました。沖縄県・尖閣
諸島問題への言及、示唆はありませんでした。
王外相は「来年は反ファシスト戦争に世界が勝利して70年目に当たり、歴史上、特に重要な年になる」と述べた上で、「歴史的な事実は明々白々であり、何が正しく、何が間違っていたのかの最終審判は既に下されている」と強調しました。
(2014年09月29日,「赤旗」)
安倍首相やめろ/消費税10%反対/28日にデモ/大阪
反ファシズム、安倍政権打倒の運動を取り組んでいる「ANTIFA(アンティフア)大阪」は28日(日)、「消費税10%の引き上げを許さない」「安倍(首相)はやめろ」と訴える「消費税率引き上げ反対デモin大阪」をおこないます。午後4時半、大阪市浪速区にある元町中央公園に集合します。
同会のメンバーnuhoさん(34)は、「消費税増税に対して、市民が路上で怒りを提示することは重要だと思い呼びかけました。一人でも多くの人に集まってほしい」と参加を呼びかけています。
(2014年09月26日,「赤旗」)
アール・プリュットとは「美術の専門教育をうけていなくても、独自な表現で自分の世界を作った芸術・芸術家を示す言葉」(同展カタログ)であり、「生の芸術」とも呼ばれる。
出品されている世田谷美術館のコレクション、岡本太郎と中津川浩章、石山朔の作品は、一般的には「美術」として認識されているが、「生の芸術」の視線を注ぐと、全く異なるものに見えてくる。例えば中津川の一連の作品を、抽象絵画ではなく具体的な場面として捉えると、生命力に満ちあふれ、躍動感に震えている日常の出来事の一つであることに気が付く。
大阪のアトリエ・コーナス、滋賀のやまなみ工房、埼玉の工房「集」という施設に所属するメンバーの作品、横浜のプチ・ホールやまぼうし所蔵のアフリカ民族資料コレクションこそがアール・プリュットではある。しかし、美術館で見ることにより、細部に宿る美の存在を確認できる。
美術とは高尚なものであると思われがちだ。しかし、この展覧会では、美術とは作品に権威があるのではなく、見る者が権威をつくりあげていることに気が付くのだ。その色眼鏡を外す方法こそが「生の芸術」の視線なのだ。
それは言論の自由と同様であろう。言論の自由は戦後、憲法によって保障されてきたが、今日では自主規制という名のファシズムが横行している。現状を打開するためには、我々が「生の芸術」の思想を携え、自らが生み出した幻想の権威を拭い去る必要があるのだ。
(宮田徹也日本近代美術思想史研究)
10月5日まで。川崎市岡本太郎美術館川崎市多摩区柵形7の1の5ThO44(900)9898
(2014年09月26日,「赤旗」)
安倍晋三首相は、内閣改造で閣僚や党幹部への女性起用について「過去最多」「日本の政治の風景も変わる」などと売り込んでいます。しかし、その"目玉閣僚・幹部"らと反社会的な団体関係者との親密な関係が次々浮上。国内外から政権への不信を呼びおこしており、安倍首相の任命責任が問われます。
(北野ひろみ)
高市早苗総務相と稲田朋美・自民党政調会長は、ナチスの思想を信奉する極右団体代表と議員会館でツーショット写真の撮影に応じていました。山谷えり子国家公安委員長は、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返す「在日特権を許さない市民の会」(在特会)との親密な関係などが問題になっています。
厳しい世界の日
当人たちは「どういった人物か不明だった」(高市氏)「素性や思想はもちろん名前すら把握していない」(稲田氏)「在特会関係者だとは知らなかった」(山谷氏)などと釈明していますが、各国のメディアは「安倍首相が、日本政界の右翼的人物でますます周辺を固めているとの見方を強めることになる」(フランス通信、8日)と厳しい目を向けています。
欧州では、政治家がネオナチとの交流が明らかになっただけで辞任を余儀なくされるほどの大問題です。ドイツではナチ戦犯に時効はないとされ、永久訴追でいまでも裁かれています。
在特会が朝鮮学校周辺で行った排外的な街頭宣伝は京都地裁、大阪高裁が続いて断罪。国連の人種差別撤廃委員会からもヘイトスピーチに対して、差別を助長するすべての宣伝を禁じ、犯罪者は罰するように勧告がだされています。
同じ日本会議系
ところが安倍首相は、これらの問題について黙認。高市、稲田、山谷各氏に対しても何ら説明を求めようとしていません。任命責任者としてまったく無責任です.
安倍首相をはじめ高市、稲田、山谷各氏はいずれも、日本の侵略戦争を肯定・美化する改憲・右翼団体「日本会議」を支援するためにつくられた「日本会議国会議員懇談会」の主要メンバー。安倍首相自身、「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」が持論です。高市、稲田、山谷各氏の問題を不問にすることは、安倍首相自らが3氏と同じ考えに立っていることを示すものです。
(2014年09月24日,「赤旗」)
『遺汚浅見光彦最後の事件』/歴史嘗引敬・原発・集団的自衛権
作家の内田康夫さんが、『遺譜 浅見光彦最後の事件』を出しました。ナチス・ドイツと日本の現代史を下敷きにした大長編です。いまなぜこの題材に挑んだのか。いまの時代をどう見るか。人気作家の胸の内はー。
金子徹記者
テレビドラマでもおなじみの名探偵・浅見光彦。その「最後の事件」と銘打った最新作『遺譜』はいまベストセラーとなっています。舞台はヨーロッパと日本。過去と現代をスケールの大きな謎でつないだ壮大な作品です。
「僕は人が好きでしょうがない。誰でも好きになってしまうんですよ。よほどの悪人ならともかく、悪人もあまり嫌いになれない。小説のなかでも、時々犯人を逃がしちやったりしてね(笑い)」
広く愛される名探偵を生み出した作家らしい人間観。その名探偵も、本書でついに人生の転機を迎えます。
「やめないで」
34歳の誕生日を目前にした浅見光彦のもとへ、誕生パーティーの案内状が届きます。パーティーは、幾多の事件を解決してきた光彦に縁の深い女性たちが企画。そこで光彦は、美貌のドイツ人音楽家からボディーガードを依頼されます。渋々ながら引き受けた光彦は思わぬ事件に巻き込まれ、ついにはドイツへと向かいます。やがて戦前から続く日独間の秘密が明らかに…。
第一稿が出来てから、予定していた世界一周の船旅に出発。そこでも推こうを重ね、ホテルに"缶詰め"で仕事をするのと変わらない状態になりました。
「もう、バカですね(笑い)。ドイツ取材が楽しかった分、追い込みは大変でした」
1982年、『後鳥羽伝説殺人事件』でさっそうと登場した浅見光彦。今回、大きな転機を迎え、一体これからどうなるのか。
「やめないでコールも結構あるので、お応えしなきゃならないかな」
本書の取材でドイツを3度訪問しました。
「これまでドイツのことはよく知らず、とっつき難いイメージがありました。でも、会った人たちからは謙虚さを感じました。取材すると、ナチスのユダヤ人弾圧の歴史もあって、戦争史をきちんと教えている。ドイツ人は歴史認識が深いです。それに比べて、日本は戦争をどれだけ教科として教えているのか。戦争に対する姿勢が、日本とドイツとではかなり違う感じです。ユダヤ人の強制収容所-も行きました。公開の仕方が行き届いていましたね」
本書では、謎を解くカギを握る忌部(いんべ)という老人が個性的な登場人物として存在感を発揮します。
「日本を憂う、いわば憂国の志士ですね。僕の考えているようなことを語らせました」
例えば作中ではー
「(ドイツでは)究極の文明のごとくに思われた原発が、じつは人類が発明した最悪の危険物やいうことを悟って、脱原発を模索し始めた。こんなんはごく当たり前のような話やが、これがなかなかできん。危険やと分かっとっても、経済効率を優先する気風がのさばっとる社会では、動いているものを止めるいうのは難しい。そういう英断が下せるのは思想がしっかりしとるからや」「残念ながらわが国にはその力が欠如しとる」
いま関心を持っているのは原発と集団的自衛権の問題です。
「福島第1原発で氷の壁を造るなんて、そんなことできるわけないと思っていたら案の定です。政治家や学者がよってたかって考えたのがあんなことかと信じられません。それを税金使ってやるんだから悔しいです」
若い人が心配
戦争を知る「昭和一ケタ世代」として、安倍政権がすすめる集団的自衛権の行使容認には、黙っていられません。
「全然間違っていると思います。これまでは憲法のもとで手かせ足かせをつけて自衛隊が存在してきたんですが、集団的自衛権の行使容認で海外派兵も可能にしてしまう。これをやっちやっていいのかなあと、ひとりの国民として思います。大多数の人はそう思うのではないでしょうか。それにもかかわらず政治が先行する。この状態は怖いです」
「外国とたたかって、自衛隊員が死ぬことが想定されるわけです。死ぬよといわれて自衛官になる人は、そんなに多くはない。安心して務められる職場ではなくなり、自衛官のなり手がいなくなる。その先には徴兵制が見えてきます。若い人たちのことが心配です。僕なんかはもう関係ないけれど(笑い)。憲法の解釈が時の政府の意向で変わるのは、誰が考えてもおかしい。これはイデオロギーに関係なく変ですよ。『忌部老人』も、そういうでしょう(笑い)」
うちだ・やすおー1934年東京生まれ。広告会社などを経て80年、『死者の木霊』でデビュー。
浅見光彦シリーズでは、2006年の『棄霊島』で100件目の事件を解決。「信濃のコロンボ」こと
竹村警部シリーズなど著書多数。著書の累計発行部数は1億部以上
(2014年09月21日,「赤旗」)
【ニューヨーク=時事】カナダ中部のウィニペグで19日、世界各地の人権侵害などについて展示・説明した「国立カナダ人権博物館」の開館式典が行われました。館内にはナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)やアフリカのルワンダ大虐殺などと並んで、旧日本軍の慰安婦制度が残虐行為の一つとして展示されています。
博物館の説明によると、慰安婦に関する展示は「沈黙を破って」と題したギャラリー内に設置。パネルで「慰安婦制度」を説明し、来館者は被害者女性のビデオ証言を見ることができます。
このギャラリーには中国系カナダ人のコミュニティーから200万㌦を超える寄付金が寄せられています。博物館のフイツツヘンリー広報担当は、展示物の選定について「すべての展示は、市民との協議や調査研究、専門家の助言、博物館の内部審査などを経て決められた」と述べました。博物館は27日から一般公開され、年間25万人の来訪者を見込んでいます。
(2014年09月21日,「赤旗」)
国民の対応冷やした強制と動員
ヒトラーの演説がナチスの政権獲得に貢献したことは、よく指摘されているが、その実像が学問的対象として検討されてきたわけではない。
ところが本書は、言語学の立場からヒトラー演説を本格的に解析している。たとえば「ヒトラー演説150万語データ」(時期ごとの使用言語の出現回数など)の作製と活用、さまざまな弁論技術的分析、さらにジェスチャーやポーズの特徴からラジオなどのハード面の活用ぶりまで扱われている。他方、ヒトラーの政界登場から、雌伏、躍進、政権掌握、対外進出の準備期、ヨーロッパ戦争と敗北という六つの時期区分のもとに、それぞれの時代状況の変化と演説内容とを連関させて考察されている。これ以上、注文のつけようのない行き届いた論述がなされている。
とりわけ以下の指摘は興味深い。すなわちナチスが政権の座につき、ラジオなどの報道のハード面を支配できるようになって以後、ヒトラー演説に対する国民の人気と関心は低下してきたという。
つまり政権の掌握以後に、国民の自発的関心を喚起することが後景に押しやられ、権力による強制と動員が強化されるようになると、逆にヒトラー演説に対する国民の対応は冷ややかになり、最後は「聴衆を失った演説」と化したのである。
政治の世界では、力(組織力など)を強化し、技術(演説・宣伝技術など)を高度化することに関心がむけられがちになる。だが「誰のための政治か」という政治倫理を忘れるならば、どんな強大な権力も人心の離反をとめられない、ということをあらためて考えさせられた。
たかだ・ひろゆき55年生まれ。学習院大学教授。『言語意識と社会』(共編者)
(2014年09月21日,「赤旗」)
■埼玉県川口市で憲法・民主教育を守る市民の集い「教え子・若者を再び戦場に送るな!」21日(日)午後1時半、青木会館(青木3の3の1)。基調報告「安倍『教育再生』と憲法改悪・戦争をする国づくりを問う」高橋哲さん(埼玉大学教育学部准教授)。主催-安倍「教育再生」による教育破壊を阻止し意法・民主教育を守る川口市民の集い実行委員会。連絡先048(295)8417杉本さん
■東京都渋谷区で憲法を考える映画の会21日(日)午後1時半、東京体育館第1会議室(JR千駄ヶ谷駅・地下鉄大江戸線国立競技場駅徒歩2分)。映画「ありふれたファシズムー野獣たちのバラード」を上映し、意見交流。ファシスト・ドイツの記録映画。参加費-一般1000円、学生600円。問い合わせ042(406)0502花崎さん
■横浜市で本牧・山手九条の会結成9周年のつどい(横浜市)20日(土)午後1時半、上台集会所(「本郷町」バス停そば)。記念講演「アべノミクスと集団的自衛権」萩原伸次郎さん(横浜国立大学名誉教授)。資料代500円。連絡先045(641)3991
(2014年09月20日,「赤旗」) (Page/Top)
【北京-小林拓也】日本の中国侵略の発端となった1931年の柳条湖事件から83年を迎え
た18日、遼寧省藩陽市の事件現場近くに建てられた「九・一八歴史博物館」で、劉雲山・中国
共産党政治局常務委員らが出席し、記念式典が行われました。
劉氏は演説で、「日本軍国主義による事件は、中国人民の怒りを呼び起こし、抗日戦争の起
点となり、世界反ファシスト戦争の幕を開いた」と指摘しました。
中国メディアによると、午前9時18分から3分間、藩陽市内に警報が鳴り響き、市民が侵略の
犠牲者に黙とうしました。
18日付の中国共産党機関紙・人民日報(海外版)の評論員論文は「安倍政権の歴史についての言動と外交政策は、軍国主義のにおいがただよっている」と警戒感を表明。当時の日本軍
国主義が「侵略を始めて自らの墓を掘ったように、軍国主義的思考は良い結果をもたらさないだろう」と強調しました。
柳条湖事件
1931年9月18日、中国東北地区(当時の満州)藩陽(当時の奉天)市近郊の柳条湖付近で、
日本が所有していた南満州鉄道の線路が日本軍(関東軍)の謀略で爆破された事件。日本軍
は事件の責任を中国側に押しつけ、中国東北地区を占領(満州事変)。その後の中国全土侵
略(日中戦争)のさきがけとなりました。
(2014年09月19日,「赤旗」) (Page/Top)
第1次世界大戦開始から100年。岩波書店から刊行された『現代の起点第一次世界大戦』
全4巻は、京大人文研の研究者が中心になって、大戦の社会に与えた影響を考察した論集で
ある。第3巻「精神の変容」は、大戦前後のヨーロッパの芸術や文学の変容を考察し、興味深い。
巻頭論文で岡田暁生氏は、「総動員体制」のもとで芸術が「社会的有用性」の強迫観念にさ
いなまれるようになったと指摘。次の論文では、大戦を「高級音楽のマス娯楽化」の契機と位置づける。
例えば、戦争迫家族のための慈善コンサートなどの名目でポピュラーな演目を並べる演奏会が広がり、こうした公演には政府の助成がおこなわれた。ウィーン・フィルのスイスへの派遣などは、後年のナチスによる文化的プロパガンダのルーツになったという。
同時に、戦中の前線兵士の体験は「異次元の音楽認識」をもたらした。ベルクやヒンデミットの大戦後の無調やノイズの多い作品には、彼らの戦場体験が反映されている。指揮者のフリッツ・ブッシュも、前線で毒ガス戦に遭遇し、爆弾で池に吹っ飛ばされた体験から、オペラに専心してきた歩みを変える。
大戦が芸術・文化に与えた影響について、研究のさらなる発展を期待したい。
(琴)
(2014年09月17日,「赤旗」) (Page/Top)
陽子 NHKの「花子とアン」は、戦争の時代がどう描かれるのか、注目して見ていたわ。
晴男 花子が1932年から9年間、ラジオで子どもニュースを読んでいたのは興味深いね。
政治宣伝の道具
陽子 6日の放送は、41年12月8日、太平洋戦争突入の日のようすを描いていた。
晴男 原案本によるとNHKから当日朝、「きょうは勇ましいニュースがある。女の声ではふさわしくないので来なくてけっこう」と電話があったそうだ。
陽子 ドラマでは、花子は心配になって夕方NHKへ出掛けた。子ども向け放送の夕6時前、政府の情報課長が乗り込んできて、ラジオで「政府は放送で国家と国民の進むべきところをはっきりと伝える」と演説した。
晴男 戦争と放送について研究している竹山昭子さんによると、情報課長は首相官邸から放送したんだって。
陽子 当日の新聞を調べたことがあるけど、その時間は「偉人伝『西郷隆盛』」を放送する予定だったわ。子どもの時間が乗っ取られたわけね。
晴男 この演説に示されているように、放送は政府の政治宣伝の道具だった。太平洋戦争開始の3年前に入局した柳沢恭雄さんの『検閲放送』という本によると、放送を管轄する政府の方針は、NHKは自分で取材する必要はない、政府発表と通信社の記事を読んでいればいいというものだった。 陽子戦前の日本は、放送の位置づけや内容はナチスドイツをモデルにしていたんだって。
軍人の講演とか、戦地向けの放送とか。
監視が必要だね
晴男 戦後は、民主主義の前進に役立つようにという精神で放送法が定められたけど、いまの政権がこの法律を守る姿勢があるかは疑問だ。
陽子 放送分野を所管する高市新総務相は5日、日本をアピールするためには国際放送で「NHKに放送要請をすることがありうる」と言った。その中でNHXに圧力をかけるようなことがあっては大変だわ。
晴男 そうでなくても「政府が右と言うものを左と言うことはできない」という会長がまだ居座っている。放送の逆戻りを許さないよう、いっそう監視を強めよう。
(2014年09月17日,「赤旗」) (Page/Top)
高市早苗総務相が2011年4月の国会で強く反対した「日独友好決議」をめぐって、自民党内はどんな状況だったのでしょうか。
40人以上退席・反対
月刊誌『正論』での高市氏の説明によると、当初、自民党執行部は「戦争への反省」に言及し
た「日独友好決議」案-の賛成を決めていましたが、代蔑士会では高市氏の強い反対を受け、
下村博文衆院藷負(現文科相)らから本会議採決の際の「退席」や「反対」を求める声が相次ぎ
ました。
このため、当時の石原伸晃幹事長が党議拘束を外すことを宣言。本会議では安倍晋三(堤首相)、麻生太郎(現副総理兼財務相)両氏ら30人以上が退席し、高市氏や森喜朗元首相ら10人以上が着席したまま反対の意思を表明しました。
日本会議の月刊誌『日本の息吹』(11年6月号)も、「自民党の代議士会では、日本会議(港
逮)所属議員より批判が続出」した結果、「自民党執行部は党議拘束を外さざるをえなくなった」と強調しています。
日本会議事務総局は、同決議採択の動きに対し、「大災害(東日本大震災)の対応に全力を
尽くすべきこの時期に、日独両国の歴史を断罪する国会決議の強行に断固反対します」とする見解を発表(同年4月14日付)。同会議は「『友好増進』に名を借りて日独両国を『侵略国』として再定義することが隠されたねらい」だとも批判していました。
「ネオナチ」団体代表とのツーショットで批判された高市氏や稲田朋美自民党政調会長は、ともに日本会議と一体の議連「日本会議国会議員懇談会」の役員で、日本の過去の侵略戦争を美化・正当化する靖国神社への参拝を繰り返してきた人物です。
禄影、決議まもなく
高市氏は12日の記者会見で「ネオナチ」団体代表の身分や思想・信条について一切知らなかったと説明しましたが、侵略戦争を肯定・美化する日本会議系政治家と、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を「つくり話」と宣伝する「ネオナチ」との間には思想的共通点があります。高市、稲田両氏らが「ネオナチ」団体代表との撮影に応じたのは、「日独友好決議」をめぐる国会での動きからまもなくのことでした。
「侵略」削った日独友好決議
「日独交流百五十周年に当たり日独友好関係の増進に関する決議」が正式名称。日本とドイ
ツの前身・プロイセンとの修好通商条約締結(1861年)150周年を記念し、友好増進を図るこ
とをうたった決議です。
日独友好議連が外務省の意見などを踏まえてまとめた当初の原案には「(日独)両国は、侵
略行為により、近隣諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」と明記していました。しかし、「日本会議国会議員懇談会」などの反対を受け、当吉亥部分を「(日独両国は)各国と戦争状態に入り、多大な迷惑をかけ」たと修正し、2011年4月22日、衆院本会議で、自民党が40人以上の反対・退席者を出したなかで可決されました。参院では、提出自体が見送られました。
一方、ドイツ連邦議会が同年1月に可決した「独日外交関係樹立150周年決議」には、「ドイ
ツと日本はそれぞれ侵略と征服のための戦争を遂行し、戦場となった近隣諸国の人々に甚だしい惨禍をもたらした」と明記されています。
(2014年09月17日,「赤旗」) (Page/Top)
ナチスの思想を信奉する極右団体「匡l家社会主義日本労働者党」代表と議員会館でツーシ
ョット写真の撮影(2011年6-7月ごろ)に応じた高市早苗総務相が、当時国会で問題となって
いた「日独友好決議」について、日本とドイツの「戦争への反省」を表明していることなどを理由に強硬に反対していたことがわかりました。
同決議については、日本の過去の侵略戦争を肯定・美化する改憲・右翼団体「日本会議」が
強く反対し、同会議と一体の「日本会議国会議員懇談会」も決議採決時の本会議退席を各党
の加盟議員に文書で呼びかけていました。
高市氏は、同決議に反対した理由や経緯を月刊誌『正論』(11年7月号)で説明しています。
このなかで同氏は同年4月22日の自民党代議士会で、「日独友好決議」の案文のうち、日独両
国が各国との戦争で「多大な迷惑をかけるに至り、両国も多くの犠牲を払った」と述べていることや、戦後の「戦争-の反省」に言及していることを問題視。「『戦争権』は、全ての国家に認められた基本権です」「日本の自虐史観にドイツまで巻き込んで、現在のドイツ政府を『反省するべき行為をした主体』であるかのように断罪する権利を日本の国会が持つとは思えません」と主張したことを明らかにしています。
同決議は同年4月22日に衆院本会議で可決されましたが、「侵略行為」という文言が当初の
文案から削除されたため、日本共産党は反対しました。
(2014年09月17日,「赤旗」) (Page/Top)
ギリシャ国会はこのほど、人種差別禁止法を改正し、人種差別や反ユダヤ主義、ヘイトスピーチ(憎悪表現)に対する罰則を強化するとともに、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を否定する言動を犯罪とすることを盛り込みました。
アテネからの報道によると改正法は、人種や性による差別、憎悪、暴力を扇動した場合の禁
銅刑をこれまでの最高2年から同3年に延長。罰金も個人は最高3万ユーロ(約400万円)、団
体は同10万ユーロに増額されました。被害者の告発がなくても司法当局が捜査を行うことが可能となりました。
同国では経済危機や高い失業率が続く中、不法移民が100万人以上に増加。それを背景に
極右ネオナチ政党「黄金の夜明け」が昨年9月の選挙で国会に初議席を獲得するなど支持を
伸長し、移民-の其撃事件も多発していました。
同党はナチスのかぎ十字に似た党章を掲げ、移民を「人間以下」とし、「ガス室はなかった」と
ホロコースト否定の主張を繰り返しています。ミハロリアコス党首ら幹部は、移民に対し襲撃や脅迫、殺害、粒敦などを行う犯罪グループに関与した容疑で起訴、拘禁されています。
国際人権団休ヒューマン・ライツ・ウオッチは改正案採択を歓迎。一方、ホロコースト否定を犯罪としたことには、歴史学者139人が言論の自由と相いれないと批判的な意見を表明しています。
(2014年09月15日,「赤旗」) (Page/Top)
俳優・歌手のソニンさんが、1年半のニューヨーク演劇研修から日本の舞台へ帰ってきました。差社会を生きる底辺の人びとを措くブレヒトの代表的音楽劇「三文オペラ」a90年前の傑作に、生きるたくましさを吹き込みます。
大塚武治記者
「毎日稽古でクタクタ。家で台本を読んでいて、気づいたら寝てます」
そう笑いながら充実感いっぱいのソニンさん02年ぶりの舞台です。
「疲れはピークですが、演出の宮田慶子さんに、『もっとエネルギッシュに!』と言われます。底辺で生きる人の底力を伝える作品ですから」
舞台は19世紀、ロンドンの貧民街。盗賊の親分メッキ-ス(池内博之)を軸にした物語です。
乞食(こじき)を束ねるピーチヤムの娘ポリー(ソニン)は、メッキ-スに一目ぼれし、親に無断で結婚。娘が富豪に嫁ぐことを望むピーチャムは激怒し、警視総監にメッキ-スの逮捕を求めます。
メッキースと癒着している警視総監は、しぶしぶ逮捕に向かいます。メッキースは逃げ、ポリーが盗賊の親分を継ぎへ。
「普段の演技では、役になりきることを追求しますが、今回は全体を見渡そうと意識しています。
宮田さんも『(役を)楽しんで』って。そうしないと、作品の本質が伝わらない気がします」
今作が書かれたのは、ワイマール共和政下でナチスが台頭した1928年。30歳のブレヒトは、
弱い者を踏みつける資本主義に怒り、笑い飛ばしました。
(真っ当に! 生きたい! だが世の中が許さねえ)(お偉い説教をする前に食うものをよこせ)(大企業の背後には銀行が控えている)。辛らつなせりふが若者や労働者に受け、大ヒット。
「今の日本で、やる意味がある作品だと思います。現実に貧しくて生きていけない人がいて、サポートを必要とする人がいる。そんな真実を、多くの人が見ているようで、直視していない。社会を疑ってみることって必要だと思います」
◇
2004年の初舞台以来、「-ンリー六世」「ミス・サイゴン」「RENTJなど活躍しながら、数年来モヤモヤしていたと言います。 「私は日本で生まれたけれど、国籍が違う(韓国籍)。口では平気と言っていても、気にしていたのかもしれません」
自分を見つめ直した米国の1年半。人種のるつぼであるニューヨークで、多くのアジア人や黒人、ヒスパニック系の人と知り合い、変わります。
「彼らは差別されるのが日常です。矧こしてないわけではないと思うけれど、同時にとても前向きです。そんな姿に励まされ、強くなれた」
「『三文オペラ』も『とにかく生きていく』という作品です。今の私にできることを一生懸命やって、お客様とそのパワーを分かち合えたらいいなって」
*作曲/クルトヴァイル、翻訳/谷川道子、音楽監督/島健。28日まで-東京・新国立劇場
TELO3(5352)9999
(2014年09月14日,「赤旗」) (Page/Top)
【北京-小林拓也】中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領、モンゴルのエルペグドルジ大統領は11日、タジキスタンの首都ドゥシャンベで初の3カ国首脳会談を行いました。
中国外務省によると習主席は、来年の反ファシズム戦争・抗日戦争勝利70年で中ロ両国が
共同で記念活動を行うことに触れ、「われわれはモンゴルの参加を歓迎する」と呼びかけました。
エルペグドルジ大統領は、地域の問題に積極的に参加すると表明。3カ国首脳は今後も必要
に応じて首脳会談を実施することで一致しました。
また今年4回目となる中ロ2カ国の首脳会談も行われ、習氏はウクライナ危機に関し、ウクライナが早期に包括的対話を始めるべきだという立場を示しました。習氏は、5月に締結したロシア産天然ガスを中国に供給するプロジェクトの早期着工を呼びかけ。プーチン氏は「早期に建設する」と応じました。
(2014年09月13日,「赤旗」) (Page/Top)
【パリ-AFP時事】フランス東部サンニコラドポールの町長が、「イトラー」と「イバ」と名付けられた2頭の犬の登録を拒否しています。飼い主は極右とみられ、2頭の名はナチス・ドイツ総統ヒトラーと愛人エバ・ブラウンを想起させることが理由です。
飼い主について町長は極右政党、国民戦線(FN)関係者だと主張。「(登録証に)署名したくない。うさんくさい言葉遊びだ。ぱかげている」と不快感を隠しません。
(2014年09月12日,「赤旗」) (Page/Top)
第2次安倍改造内閣で入閣した高市早苗総務相と、自民党政調会長に就任した稲田朋美前行革相が、旧ナチス・ドイツを信奉する極右団体代表と議員会館でそれぞれ会い、ツーショットで撮った写真が団体のホームページに掲載されていたことが10日、わかりました。主要閣僚、政権党幹部が反社会的な勢力と親密な関係にあったことを示すもので、海外の主要メディアも相次いで批判的に報じています。
問題の団体は「国家社会主義日本労働者党」という「ネオナチ」思想を掲げる極右団体で、山田一成氏が代表となっています。ツーショット写真はどちらも背後に日の丸を掲げ、山田氏と並んだ高市、稲田両氏が撮影されていました。ほかに、自民党の西田昌司参院議員との写真が載っていました。当該のページは既に削除されています。
ホームページによると、団体の綱領には「日本民族の優秀性を確認し血の純血を保持し全世界の指導国家として世界の自由に貢献する」と明記。基本理念には「民族浄化の推進」などを掲げています。ページを開いていくと旧ナチスのカギ十字をまねた印や、"ハイル・ヒトラー(ヒトラー万歳)"のポーズをまねたイラストが掲載されています。
英紙ガーディアン9日付(電子版)は「2人の政治家が山田のネオナチ思想を共有しているという証拠はないが、両氏を任命したことにたいし、安倍が政権をさらに右傾化させているとの非難が強まっている」と指摘し、両氏が「A級戦犯14人を含む日本の戦死者をたたえる靖国神社を参拝してきた」ことを紹介しています。豪紙オーストラリアン9日付(電子版)も報じています。
またフランス通信(AFP)は8日、「この写真は、安倍首相が、日本政界の右翼的人物でますます周辺を固めているとの見方を強めることになるだろう」と指摘。AFP電は、フランスのほか、フィリピン、シンガポール、タイ、香港など、アジア諸国の新聞などで掲載されました。
高市氏の事務所は本紙の取材に対し、山田氏について「雑誌のインタビュアーの補佐として(メモを取る程度の係)議員会館に来訪された」と回答。「撮影時に彼がどういった人物であるか不明」だったと説明し、撮影以前も以後も付き合いはないとしています。
稲田氏の事務所も「その人物の所属団体を含む素性や思想はもちろん、名前も把握しておらず、それ以後、何の関係もない」とのコメントを出しました。
ネオナチ団体代表の山田氏-反共謀略本の出版社社長
ネオナチ団体「国家社会主義日本労働者党」の代表、山田一成氏は、自民党とかつてから深い関係のある人物です。
2000年6月に行われた総選挙では、日本共産党-のデマ攻撃を目的とした、1億枚を超す反共謀略ビラが自民、公明勢力によって、全国的に配布されました。
この反共謀略ビラのために大量出版された単行本『誰も知らない日本共産党のホンネ』の出版社、「雷韻出版」(東京都目黒区)の社長が山田氏でした。
当時、自民党本部はこの本を大量に買い取り、選挙に活用するよう同党広報本部長名で、都道府県連合会や衆院選挙事務所、参院選挙区比例区事務所に通知していました。本紙が20
00年6月21日付で報じていました。
(2014年09月11日.「赤旗」) (Page/Top)
静岡市葵区の繁華街で7日、安倍政権打倒デモが初めて行われました。原発再稼働反対の金曜行動有志がツイッターやフェイスブックを中心に呼びかけたものです。
「ドン♪ドン♪ドドドン♪」と鳴り響くドラムの音に合わせ、参加した約50人は小雨の降る中、「集団的自衛権反対」「原発いらない」「安倍はヤメロ」「戦争するなら安倍が行け」などと大きな声でコールしました。通行人の注目を集め、「今日は署名はないの?」と残念がる人や、携帯電話のカメラで写真を撮る姿が見られました。
先頭集団で大きな声で叫んでいた金成耕太郎さん(52)-静岡県沼津市-は「昔と違ってイデオロギーより生活の不満をプラカードに込めて歩く時代になった。生活防衛のための行動です。あらゆる分野で生活を圧迫する強権政治を誰かが変えなきやいけない。地方からこれからも声をあげたい」と話しました。
知り合いから聞き神奈川県から駆けつけた長嶋純一さん(40)は「秘密保護法は『国民は黙れ』ということ。憲法を守る気がなく、お話にならない安倍政権は完全なファシスト。これ以上好き放題にさせてはいけない」と述べました。
フェイスブックで知り参加した女性(20)-専門学生・静岡県藤枝市-は「消費税増税の負担が重いことや、若い世代が戦争に行かされることは、私たち若者に直接影響する。こんなことやめてほしい」と語りました。
日本共産党の、もり大介県議候補(葵区)も参加しました。
(2014年09月08日,「赤旗」) (Page/Top)
「『イスラム国』は欧州に対する直接の脅威だ」(英国のキャメロン首相)-9月1日、対テロ強化策を盛り込んだ新法案発表に際して。
「清潔な党の建設と反腐敗闘争の厳しい情勢を認識すべきだ」(中国共産党の劉雲山政治局常務委員)-1日、山西省トップの袁純清・党委書記の解任を発表して。
「安楽死政策の犠牲者は長い間、忘れられてきた」(ベルリンのウオーウェライト市長)-2日、ナチスが「安楽死」させた障害者や難病患者の追悼式典で。
「経済問題を政治問題に変え、不真面目だ」(ロシアのラプロフ外相)-2日、20カ国・地域首脳会議(G20)からロシアを排除する動きを非難。
「平和構築を促進する手段で相互理解に適した」(ウクライナのポロシェンコ大統領)-3日、ウクライナ東部の停戦に向けロシアのプーチン大統領と電話会談後にツイッターで。
「何百万もの人々に影響する社会・経済的な挑戦へと変わりつつある」(国連の播基文(パン・ギムン)事務総長)-5日、西アフリカのエボラ出血熱の感染拡大阻止について記者会見。
「集団安全保障のために、即応軍は世界各地に展開される」(北大西洋条約機構くNATO)のラスムセン事務総長)-5日、NATO首脳会議後の記者会見で。
(2014年09月08日,「赤旗」) (Page/Top)
チェリストのパブロ・カザルスは、スペインのフランコ独裁政権に抵抗し、平和や核廃絶への願いを込めて故郷カタル一二ヤの民謡「鳥の歌」を生涯、演奏しつづけました。没後40年を超え、作曲家としての業績にも新たな光が当てられています。カザルス作品を録音したヴァイオリニストの松野迅さんに、その魅力を紹介してもらいます。
故郷への想い。そこには、言葉では言いつくせないほどの深い心持ちがたたずんでいます。
パク・カザルスは、1876年12月29日にカタル一二ヤのベンドレイで生まれました。1973年10月22日に96歳で没するまで、チェリスト指揮者として、さらにファシズムと闘うカタル一二ヤの民として、良心と正義を歴史に問うた生きざまでした。パブロ・カザルスとして知られていますが、本名はパク・カザルスで「パウ」はカタル一二ヤ語で平和を意味します。
「鳥の歌」を奏で
歴史をふり返りましょう。1936年から39年にかけ、スペインの軍人・フランコは共和国政府に対し反乱を起こし政権を取ります。第2次世界大戦後もフランコ独裁政権が継続される中、身の危険を感じたカザルスはフランス領カタルーニヤのプラードへ、のちにカリブ海のプェルトリコへと亡命し、反ファシズムとカタル一二ヤの自主独立を訴え続けました。そして、スペインの独裁政権を承認する国家では演奏しないことを表明し、実践しました。
1971年10月24日、カザルスはニューヨークの国連本部で演奏しました。「私はカタルーニヤ人です。現在はスペインの一地方ですが、カタルーニヤは国家でした。カタルーニヤ民謡から『鳥の歌』を演奏しましょう。鳥たちはこう歌います『ピース、ピース、ピース』と。(後略)」(筆者訳)
こう語ったあと、94歳のカザルスはチェロを持ち「鳥の歌」を奏でました。「鳥の歌」はキリスト降誕を歌ったカタルーニヤの民謡です。
34年に及んだ亡命生活は、カザルスの死をもって閉じられました。そして2年後の1975年にフランコが没したのち、生地へ埋葬されました。
生前のカザルスは、バッハの作品への再評価や、チェロの奏法を改革するなど音楽史に重要な足跡を刻みました。バルセロナでは勤労者音楽協会を設立し、のちの日本の労音運動へと結びつきました。
実は、幼少から作曲活動を精力的に行っていました。ところが「好きで作曲しているのだから」として、ほんの数曲しか公開されませんでした。
2010年、バルセロナの出版社がカザルス作品の出版を始めました。ようやく作曲家・カザルスの全貌に触れられる時が到来したのです。そこにピアノとヴァイオリンのための「ソナタ」がありました。
故郷を思う哀切
楽譜の解説文によると、カザルスは34年間の亡命時代のうち、中断しつつも33年間(62歳~95歳)を費やして「ソナタ」を作曲していたのです。私は昂まる気持ちとともに、譜面を読み解いてゆきました。そこには古くから伝わるカタル一二ヤの調べやリズムが横たわり、弦楽器奏者ならではの秦法や音域が読み取れました。そして「ソナタ」のテーマ(主題)には、哀感あふれる「鳥の歌」のモティーフ(動機)が内包されていました。
「ソナタ」は当初4楽章構成で着想され、三つの楽章が完成しました。私の演奏で44分を要する長大な作品です。カザルスは、混沌のうちにある世界情勢と、人類のあるべき理想を音につづっています。異なった意見や立場の存在を認識しつつ、そこからあらたにくみだされる人類の知恵を信じています。
また「ノスタルジック」(郷愁の)と記された第3楽章には、密着した音と音とのつながりが紡がれ、カザルスの故郷への深い愛着を感じさせます。故郷を思慕する哀切感に加え、生きているうちには戻れないかもしれないという無念の気持ちすら描かれているように思います。
私はこの間「ソナタ」と向き合ってきて、作曲という孤独な世界だからこそカザルスの内心の人生史が浮き彫りになっているとの気持ちが深まりました。音に託されたカザルスの人間への信頼感を受け止め、さらに未来へとバトンをつなぐ勇気に奮い立つ想いです。
(まつの・じん)
*響きあうカザルスの心-17日(水)午後6時半開演、東京・自由学園明日館謙堂。トークと演奏。出演・松野迅、伊藤千尋(ジャーナリスト)。2500円。問い合わせ胤03(3200)0101音楽センター
(2014年09月05日,「赤旗」) (Page/Top)
【北京-小林拓也l中国で「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利69年」を記念する式典が3日、北京市郊外の盧溝橋近くにある「中国人民抗日戦争記念館」で開かれました。習近平国家主席や李克強首相ら最高指導部7人全員も出席し、戦争で犠牲となった兵士に黙とうと献花をしました。
中国は、日本が1945年9月2日に米軍艦ミズーリ号で降伏文書に調印した翌日の9月3日を抗日戦争勝利記念日にしています。今年2月、中国政府は9月3日を「国家記念日」に決定。3日は初めて大規模な国家的式典が開かれました。日本の中国への全面的侵略の発端となった盧溝橋事件(1937年)77周年を記念する今年7月7日の式典では、習主席が演説したものの、3日は演税をしませんでした。
3日付の中国共産党機関紙・人民日報は1面に抗日戦勝を記念する論文を掲載しました。論文は「安倍政権は憲法を変え、再び武装し、日本を軍事大国にしようとしている。平和を愛するアジアと世界の人民はどうして安心できるのか」と安倍政権を批判。「日本政府は、戦争の罪を深刻に反省し、実際の行動で軍国主義的思潮を取り除いてこそ、世界の人民の尊敬を得ることができる」と訴えました。
(2014年09月04日,「赤旗」) (Page/Top)
【ベルリン-時事】ナチス・ドイツの安楽死政策の犠牲になった障害者や泉病患者を追悼する慰墓碑がベルリン中心部に建立され、開設式典が2日行われました。
ナチスは1942年から本格化したホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に先駆け、優生学思想の下、40年から障害者らをガスや薬物注射で安楽死させました。犠牲者は20万人以上とされます。
慰墓碑は安楽死政策「T4作戦」の本部跡前に設置。ベルリン市のウオーウェライト市長は式典で、「安楽死政策の犠牲者は長い間、忘れ去られてきた」と述べました。
ベルリンにはナチスに迫害されたユダヤ人と同性愛者、少数民族ロマの慰霊碑も設置されています。
(2014年09月04日,「赤旗」) (Page/Top)
戦争の愚かしさを庶民の目線で描いた、こまつ座の舞台「きらめく星座」(作.井上ひさし)が、8日から上演されます。演出は、井上作品を30年間にわたって手がけてきた栗山民也さん。「いまの日本の状況は、少しずつ毒を盛られているような"嫌な感じ"ですね。毒にまひしてはいけないと思う」と話します。(寺田忠生)
「きらめく星座」は、こまつ座旗揚げの翌年、1985年の初演。今回で7度目の再演です。
作品から感じる井上さんの怒り
太平洋戦争開戦前夜の1941年12月7日までの約1年間の時代の様相を、東京・浅草のレコード店を舞台に描きます。店には、家族4人と間借りの2人が平和に暮らしています。ところが、陸軍に入隊していた長男が脱走し状況は一変。長男を追う憲兵伍長や、傷痍軍人の長女の夫を交え、「戦争の本質」に迫る議論が繰り広げられます。
栗山さんは前回に続く演出。本読み(俳優による台本の読み合わせ)のときに、「もっともっと楽しい家族を、井上さんは欲していたんじゃないかと思った」といいます。
「だって、家族が集まったら必ず歌っちゃうみたいな家ですからね。ところが、冒頭とラストでは、俳優が『防毒面』をかぶって登場します。つまり"死者の顔"です。これによって楽しい家族の笑顔を全部消してしまう。かけがえのない一生を送る権利、人間の生きる権利を奪うものに対する作者の怒りを感じます」
栗山さんが井上作品を演出したのは「日本人のへそ」(85年)が最初。以来、「闇に咲く花」「東京裁判三部作」「組曲虐殺Jなど、長い演出歴のなかでも圧倒的に多い作品数を手がけてきました。
「どの作品も半端でないエネルギーで書かれているので、俳優はそのエネルギーの高みに登り詰めていかないと、活字が立ち上がってこない。しかも、台本の言葉の解釈の可能性がいろいろあるので、稽古が楽しいんですよ」
演劇・文化への認識が問われる
今作のような戦争という時代を描いた作品を演出するときに思うのは、「戦争の記憶を受け継いでいくことの大切さ」です。
「ドイツのベルリンでは街のあらゆるところで、ナチス政権の残虐な歴史を刻んだモニュメントと出合うことができます。人間が忘れやすいからこそ、忘れないようにという強い意思を感じます。日本の場合は逆で、消してしまう、忘れよう、となっていないでしょうか。その感覚を世界から凝視されているということを、日本人はもっと自覚する必要があると思います」
人間が自立するためには「前の時代の人間を思うことが大切」とも。「自分のことばかり考えていると、今の政治家みたいになっちゃう」と笑いました。
栗山さんは、2000年から7年間、新国立劇場演劇部門芸術監督に就任。現在、同劇場演劇研修所所長も務めています。その経験から国の演劇・文化政策に鋭い視線を注いでいます。
「海外の公立の劇場には俳優養成所があり、演劇人を育てていくシステムを確立しています。日本は新国立劇場の研修所が05年にようやくできましたが、わずかな予算さえ削られるばかり。運営は"火の車"です。軍事費はどんどん増えるのにね。沖縄の新基地建設にはいくらつぎ込むつもりなのか。国の指導者たちが本当に文化・演劇を必要なものだと考えているのか、基本的な認識が問われていると思います」
*「きらめく星座」
出演は秋山菜津子、山西惇、田代万里生、木場勝己ほか。8日から10月5日まで東京・紀伊国屋サザンシアター。ほか各地で。℡O3(3862)5941(こまつ座)
くりやま・たみや1953年、東京都生まれ。80年、演出家デビュー。紀伊国屋演劇賞、菊田一夫演劇賞など受賞多数
(2014年09月01日.「赤旗」) (Page/Top)
ことしのJCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を、TBS系の「報道特集」が受賞しました。秘密保護法や集団的自衛権など、安倍政権の狙いと危険な実態をねぼり強く取材した一連の報道活動が評価されたものです。(森保和史)
諌山修選考委負は、「徹底的な現場主義、地に足をつけた取材、実体験に基づいた証言の数々は確固とした説得力があった」と授賞理由を説明しました。同番組は、秘密保護法報道で放送批評懇淡会のギャラクシー賞優秀賞も受賞しています。
■受賞の言葉
「苦しい時に励まされ、身にしみてうれしい」。キャスターをつとめる金平茂紀さん(60)の受賞にあたっての言葉です。「日本は、戦後、3・11を経験した"災後"を経て、今は戦前に移ってきたような状況です」と、ジャーナリズムの中でも民主主義の危機が強まる時だけに感慨深げです。
秘密保護法問題では、本来真っ先に問題点を指摘するべきメディアの動きがにぷい中、官邸前の抗議行動に足を運び、反対意見を持つ学者・文化人の声を拾いあげてきました。「取材の自由がおびやかされる危険が強い。明日からの自分たちの仕事に関わってくることですから」秘密保護法がわずかの論議で強行採決された際には、「国民の声を反映したものですか」「希代の悪法と呼ぶ人もいますが」と担当大臣に迫りました。
■現場を重視
戦争中、「秘密保護」の名目で方言が禁止され、住民が虐殺された沖縄-も行き、ガマ(壕)の中に入って追体験して「あやまちをくりかえすな」と指摘しました。
「ネットなんかで情報収集して済ます傾向があるなか、『ちゃんと現場で取材していますよ』と視聴者に示さなければいけません。(真実は)現場にいかなければ分からないのです」
■外からの目
集団的自衛権間塔では、元自衛官幹部ら容認派にも意見を聞きました。「日本国憲法が支えだった」の証言も引き出します。その上で安倍首相がパネルで説明した邦人救助の例は、「まったくありえない。宣伝のダシでしかない」と厳しく指摘します。
ワシントンやモスクワに住んだことがある経験から、「今の日本のありようが、外の人からどう見られていることか。このままでは信頼を失ってしまいます」と警鐘を鳴らし、アメリカやドイツ、中東諸国やウクライナにも足を運びました。「まだ不十分ですが」と食欲な取材姿勢です。
■二つの「ゆ」
「憲法9条に代表される日本の原理原則が、時の政権による閣議決定で骨抜きにされようとしています。今の日本は、ナチス・ドイツによる1933年の全権委任法で、ワイマール憲法が死文化した状況と似ている」と分析する金平さん。
現在のように民主主義が危機にさらされている時にジャーナリズムに必要な二つの「ゆ」を挙げました。
一つは「勇気」。「少数派であること、権力をチェックすること、意見の多様性を保つこと。いずれも勇気がなければつぶされます」
もう一つは「ユーモア」。「硬直化する表現を抑え、笑いの力を回復すること。楽しくない運動には人は集まりません。チャプリンの映画『独裁者』のような精神が必要です。私自身も苦手なことですが(笑)」
(2014年08月17日,「赤旗」)
第2次大戦時の日本とドイツは、ともに隣国などを侵略し多くの人を虐殺しました。しかし、戦後、両国の戦争責任を問うあり方には大きな違いがあります。ドイツではナチ犯罪に時効はなく、また誰であってもホロコーストの否定を流布すれば刑事責任が追及されるなど、厳しく対応してきました。
若い世代への継承も力を入れています。ナチス・ドイツの被害を受けた国々との共同の歴史研究、教科書づくりが進められ、歴史の授業の中で、ナチスについては特別の重点が置かれています。
その意味をドイツ歴史博物館のベアーズ展示責任者は次のように説きます。
「若い世代は、ナチス・ドイツの犯罪とは何の関係もありません。しかし、若い人にも、過去のことを記憶する責任はある。重要なのは私たちが20世紀の歴史をきちんと伝え、若者たちが事実を知ることです」
学校の教師が所属するドイツ教員・科学者労組(GEW)、各地の歴史博物館などは、積極的に「過去の克服」のため、生徒たちの強制収容所・展示会などの社会見学、ホロコースト生存者の語り部の話を聞く取り組みをしています。
(片岡正明)
ホロコーストとアウシュビッツ
ホロコーストはナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺のことで、600万人以上のユダヤ人が殺害されました。1月27日の国際ホロコースト記念日では、ナチの犠牲になった200万人のロマ、1万5000人の同性愛者も犠牲者に含めています。
ポーランド南部のアウシュビッツ・ビルケナウは、ユダヤ人絶滅のために使用された6カ所の収容所の一つ。1940-45年にかけて、ユダヤ人100万人を含む110万人がガス室などで虐殺されました。
(2014年08月09日,「赤旗」)
つらい体験だが若者に語るのは/過去の歴史学ばねば、過ち繰り返す
インゲ・ドイチェクローンさん、この夏93歳を迎えます。ナチスによるユダヤ人迫害が荒れ狂った時代、戦火のベルリンで母親と2人ナチの追及をのがれて生き延びた体験を,これからを生きる若者たちに語り継いでいます。
(ジャーナリスト大内田わこ)
「私と話をしたいとやってくる生徒たちは、ナチ時代のベルリンでユダヤ人がどんな目に遭っていたかをよく学んでいます。でも、なかなか想像できないのでしょうね。1933年以来、ナチスは次つぎに法律を作って、ユダヤ人の持っている物すべてをはぎ取りました。家はもちろんのこと、仕事、学校、ラジオや電話などの通信手段、映画館や喫茶店に入ることも。ユダヤ人は人間として生きていくすべてを奪われ、ついには移送されていく。こんな現実は頭で理解はできても、体感できないのですよ」
従妹の話と武勇伝
この日も27人の高校生と対話しました。小さな体全体を使って、時にはユーモアも交えながら。声には少しの衰えも感じられません。インゲさんは、まず問いかけました。
「この前ホロコーストメモリアルへ行きました。そしたら観光客の人たちが、記念碑の上に登り、ビールを飲んだり、パンを食べたりしていました。それを見て、とても悲しく思いました。あの下にはアウシュビッツで殺された多くのユダヤ人たちが眠っているからです。あなたたちはどう思いますか?」
一人の少女が手を挙げました。「私はよくないと思う。あの場所はドイツがあの戦争で何をしたかを考えるところなのだから」。もう一人は「あの場所の意味をもっとわかるようにインフォメーションの改善が必要です。肉親をガス室で殺された人びとの悔しさ、悲しみをみんなが共有できるように」。
うなずきながらインゲさん。「私の3歳の従妹も眠っているの」
その言葉が生徒たちの胸に届き、涙を流す少女も。
次はインゲさんの体験について。なかでもみんなが聞きたがったのが、インゲさんの〝武勇伝〟です。
当時18歳以上の健康な男女はナチスの労働奉仕に駆り出されていました。インゲさんも、飛行機のパラシュートを作るICフアルペン社で働きました。
「SS(親衛駿)が二言目には〝おめえらに礼儀ってもんを教えてやろうじゃないか〟と怒鳴りつける職場でした。なにより我慢できなかったのは、自分がナチの仕事に協力しているということでした。何とかここから逃げ出したい。でもそれには病気になる以外に道はない。そこで考え出したのがハイヒール作戦でした」
インゲさんは、自分の持っている靴の中で一番かかとの高い靴を選び、通勤、10時間の立ち仕事、往復の電車、すべて立ちっぱなしで過ごしました。まるで拷問のような作戦が功を奏して、1週間後には、出勤不可能の診断書が出ました。
「この作戦は大成功だったけれど、その後私は生涯この右足の痛みに悩まされ続けているの」と苦笑します。
なぜ強かったのか
―なぜあなたは、そんなに強かったのですか。お父さんが社会民主党員だったから?
「父は社会をよくするために働いていたし私の誇りでした。ナチ政権についても、他民族を抑圧する政権が長続きするはずがないという信念を持っていました。私も笑うことの大好きな、普通の娘でしたけど、だれだって、こんな理不尽なことにぶつかったら怒るでしょう。ナチスのやろうとしていたことすべてが私にとって我慢ならないことだったのです。父は大学の職を奪われ、イギリス-亡命せざるをえなかった。あとから行くはずだった私たちはナチの渡航禁止令でその道を断たれ、母とふたり、ベルリンをさまようことになるのです」
―たくさんの人が、あなたたちを助けましたか?
「20家族の人たちが手を差し伸べてくれました。SSに知れたら、自分が収容所送りになるのが分かっていながら、宿を貸してくださったり、食料の配給切符をわけてくださったり、田舎の家を貸してくれた人もいましたOその一方では見知らぬ顔を見れば、必ずSSに通報する人もいて、生きた心地がしない毎日でした。やさしかった叔父や叔母、従妹たち、みんなが移送された夜には、真っ暗やみの中、母と抱き合って、泣きました」
真実と向き合って
―あなたは何度もつらい体験をお話しされています。どんなお気持ちで?
「ドイツ人は、戦後すぐ、私たちは何も知らなかったと言ったのです。ナチとは関係のない普通の人びとが。それを聞いた時、あなたは黄色い星をつけた子どもたちを見たでしょう。明け方にSSのトラックが来て、たくさんのユダヤ人たちをどこかへ連れ去るのを見たでしょう。一人ひとりに叫びかけたかった。もちろん、今のドイツでそんなことを言う人はいません。でも、過去の歴史をきちんと学ばなければ、人間はまた同じ過ちを繰り返しかねないと思うのです。ドイツが歴史教育に力を入れ、多くの若い人たちが、こうして自分の国の真実と向かい合って生きていることを、素晴らしいと思います。つらい話ではあるけれど、体験を持つ一人として、私が話す意味もそこにあると、思っているのです」
(2014年08月09日,「赤旗」)
1962年のポーランド。戦争孤児として地方の修道院で育てられた18歳のアンナ(アガタ・チュシェプホフスカ)は、引き取りを拒み続ける叔母ヴァンダ(アガタ・クレシャ)の存在を知った。
修道女になる前に叔母の家を訪ねた彼女は、「あなたはユダヤ人」「本名はイーダ」だという言葉を投げつけられる。
検察官の叔母は、「赤いファシスト」とそしられたスターリン政権下での苦い記憶に苦しめられながら、すさんだ日々を送っていたのだ。
そんな叔母と姪との、歴史の闇に埋もれた過酷な真実を探求する執念の旅が始まる。戦争中、ポーランド人にかくまわれたイーダの両親と彼らに託されたヴァンダの息子、その3人の運命の行方は? なぜイーダだけが生き残ったのか・-。
4日間の旅が終わったあと、両者の内面にはある変化が。深い傷を負ったまま、自らを滅ぼす道を選択せざるを得なかった叔母とは逆に、自らの意思を持って生き直そうと、つかの間の恋も経験するイーダだ。
対極を生きる2人を象徴するかのごとく、光と影のコントラストが際立つモノクロの世界。絵画を見るような映像の美しさ、見る者の想像をかき立てる短いせりふや無駄のない構成。そして彼らの心象風景を暗示するかのような、ジャズをはじめバッハやモーツアルトなどの音楽。1957年、ワルシャワ生まれのバグェウ・パグリコフスキ監督が、母国で初めて撮った、ひとりの少女の成長物語を描く秀作。
(山形暁子・作家)
東京・シアター・イメージフォーラムで公開中。順次全国で
(2014年08月06日,「赤旗」)
2日、若者たちでにぎわう東京・渋谷と原宿の街で繰り広げられた、安倍内閣打倒「怒りのブルドーザーデモ」。じりじりと照りつける太陽に負けず、「意法壊すな」「ファシズム許すな」「安倍は辞めろ」と力強い声を響かせると、飛び入りで参加する人の姿が目立ちました。
2時間余り、鳴り響くドラムやトランペットの音やリズムにあわせて声をあげました。車から降りて飛び入り参加した都内の大学3年生の男性(21)は初めてのデモ。「同年代がポップで楽しそうだったので自分も参加しました。何でも強硬に決める安倍政権はおかしい。秘密保護法もやめさせたい」
歩道橋の上から手を振る人、「すげえな。安倍はやめろ」と一緒に口ずさむ青年、表に出てデモをじっと見入る店員…。共感の輪は沿道に広がりました。
スマートフォンでデモの写真を撮っていた都内の女子高校生(16)は「安倍政権に反対するデモなんて初めて知りました。めっちや新鮮」と驚いた様子。デモをじっと見つめていた自営業の男性(24)は「安倍政権には私も反対です。このままだと戦争に向かってしまうようで不安」と話します。
知人の大学教授の案内でデモを見学に来たというフランス人作家、ステフアヌ・オードギーさん(49)は「日本の政府が解釈で憲法を変えようとしていることに非常に驚きを感じる。戦後、勝ち取られたことを白紙に戻そうとするものだ」と語りました。
(2014年08月03日,「赤旗」)
集団的自衛権の行使容認「閣議決定」を強行した、安倍政権の打倒をかかげて「ファシズム渡せ!怒りのブルドーザーデモ」が2日、東京・渋谷、原宿の繁華街で行われました。
実物のブルドーザーが、民衆の大きな力を象徴するものとしてデモを先導。参加者は「安倍はやめろ」「憲法壊すな」「生活守れ」「増税するな」とコールし、「秘密保護法廃止せよ」「安倍まじ無理」などのプラカードを掲げてアピールしました。
参加者は、沿道から飛び入り参加して、のべ3000人(主催者発表)に膨れあがりました。道行く人からはピースサインが送られ、デモに近寄り参加者と握りこぶLをグッと交わしあう姿もありました。
大学のサークルの仲間と3人で参加した、八木兵樹さん(19)は「安倍政権は何もいいことをしていない。解釈改憲もおかしいし、安倍首相には国をまかせられません」と話します。
普段は韓国で暮らしているという、東京・練馬区から来た松川美紀さん(44)は「安倍政権はとんでもないことをやっています。フェイスブックなどでこのデモを広げたい」と話しました。
デモの主催は、昨年末に強行された秘密保護法や、集団的自衛権行使容認の「閣議決定」
に反対する運動をしてきた東京デモクラシーネットワークですo「東京デモクラシークルー」「怒りのドラムデモ」「SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)」などによって構成されています。
(2014年08月03日,「赤旗」)
1960年代初頭、戦後のスターリン主義から「雪解け」を迎えたころのポーランド。修道院で育てられた18歳のアンナ(アガタ・チュシェプホフスカ)は、おばのヴァンダから自分がイーダという名のユダヤ人だと聞かされ、ヴァンダとともに両親の基を捜す旅に出ます。世間を知らずに育ったアンナと、冷酷な検察官として恐れられ、今は自堕落な生活を送るヴァンダの道行きは…。
ポーランドのユダヤ人が、ナチスドイツばかりでなくポーランド人からも迫害を受け、戦後はスターリン主義の粛清の先頭に立ったという事実が背景に。監督はバグェウ・パグリコフスキ。白黒の画面が時代の雰囲気を醸し出しています。
(伴)
(2014年08月03日,「赤旗」)
「品格」をキーワードに女性に自分磨きを説いた昭和女子大学学長の坂東眞理子さん。新著『ソーシャル・ウーマン』は女性たち-の社会貢献の勧めです。「どういう社会にしたいのか。そのためにどんな力を尽くすのか」と問いかけます。女性・男性を超えて響く、その思いは…。
神田晴雄記者
アジアの若い人たちと話をすると、戦後の日本が平和だった、戦争に加担しなかったということを、とても評価してくれるし、尊敬しています。
去年はタイへ行きました。タイも平和な国であることを誇りにしています。アメリカとの戦争で苦しんだベトナムは、空爆の記憶もいまだ生々しく「日本が戦争をしないと言ってきたのはなんて賢かったんだろう」と言ってくれます。
日本が60年余りの間、戦争をしなかったことは、この国に繁栄をもたらし、国際社会の尊敬を得て、現実的な利益につながりました。このことを忘れてはいけません。憲法9条は輝きを放っています。
バーチャルな愛国心
ところが近頃、戦争の悲惨さや平和の大切さを知る人が少なくなりました。政治家の中には「普通の国になるんだ」「ほかの国から侮られないためには武装しなければいけない」という〝元気で愛国的〟な方がいらっしゃいます。しかしその愛国心は現実的な裏付けのないバーチャルなものです。
第1次世界大戦に敗れたドイツは、誇りを傷つけられ、超インフレで生活はひどいありさまになりました。だれもがフラストレーションの塊だったところに、すっと、ナチスが人心を獲得しました。
日本も、自分たちは経済的に優れた国民だと思っていたところ、「失われた20年」でそうではない現実を突きつけられたように感じたのでしょう。フラストレーションがたまり、それがバーチャルな愛国心や-イトスピーチなどの背景になって不安や不満のはけ口を求めているのだと思います。
集団的自衛権の行使を閣議決定で容認する手法は、既成事実を積み重ねてなし崩し的に
憲法を変えるのではないかと心配です。この危ない流れを前にして、フラストレーションに負けない強い心を国民一人ひとりが持つことが大事です、と言いたい。経済は人の幸せのために
じつは昭和女子大学は今年、「女性は世界を変える」という"元気がいい"テーマをアピールしています。革命を起こすようなイメージを受けるかもしれません。本学の公開シンポジウムに出席したケネディ駐日米大使は基調講演で、自分の身近な人に「あなたはこういうふうに行動を変えたらどうですか」と働きかけることも世界を変えることといいました。パートナーに、育児や家事をシェア(分担)してくださいと働きかけるのも「世界を変える」行動の小さな一歩です。
今の社会には働きかけて変えなければいけないことがたくさんあります。「あたりまえと思って見過ごしてはいけないことがたくさんあるのではないですか」「もっとみんなが住みやすい場であるために何ができるかを女性も考えなければいけないのでは」、というアピールです。
本学で、日本初の大学による「女性のビジネススクール」を開講し、起業家コースを始めました。受講生は、自分が苦労したり困った時に、「どうして世の中にこういうサービスがないんだろう」と感じたことをアイデアに出し、ビジネスにしようとしています。
たとえば、子ども連れでもまともな料理を食べさせてくれるレストランをつくりたいとか。乳がんで切除手術した体にフイットした洋服がないのでそれを提供したいとか。忙しくて子どもの保育園・幼稚園バッグを作ってあげられないワーキングマザーと、手仕事が上手なお年寄りをつなげたいとか。
男性は起業というと、「このビジネスは成長するか」「もうかるか」と考えがちです。しかし「成長が全て」ではありません。経済を、人を幸せにするためにあるというその本来の姿に近づけることは「世界を変える」立派な仕事です。
自分は社会を変える力のない無力な存在だとあきらめている女性はまだ多いです。「だれかが変えてくれる」ではなく「私が変えるんだ」と思わなきゃ世の中の変化は起こらないのではないでしょうか。
私たちは微力だけれど無力ではない。微力は微力なりに黙っていないことが大事ですoそれは危ない大きな政治の流れに対しても言えることです。
ぽんどう・まりこ-1946年富山県生まれ。東京大学卒。総理府入省。内閣府初代男女共同参画局長、埼玉県副知事などを経て、女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベーン)に就任。2007年から現職。『女性の品格』が320万部を超えるベストセラーに。『錆びない生き方』『60歳からしておきたいこと』など著書多数
(2014年08月03日,「赤旗」)
安倍政権打倒を掲げて東京の渋谷と原宿の街をデモ行進する「ファシズム潰(つぶ)せ! 怒りのブルドーザーデモ」が2日に行われます。集合場所は、東京都渋谷区の代々木公園ケヤキ並木(NHKホール前)で、午後4時出発予定です。
主催は、東京デモクラシークルーや「怒りのドラムデモ」、「SASPL (特定秘密保護法に反対する学生有志の会)」などでつくる東京デモクラシーネットワークです。
代々木公園ケヤキ並木は、JR渋谷駅または原宿駅、地下鉄千代田線代々木公園駅から徒歩約10分。主催者は、暑さ対策を呼びかけています。また、救護スタッフも配置する予定です。
(2014年08月02日,「赤旗」)
ここ数年メディアで性的少数者(同性愛者や性同一性障害など)が社会問題として取り上げられ、私も呼ばれる機会が増えました。
見た目がわかりにくいですが私はゲイ(男性同性愛者)で、女装は仕事やパフォーマンスとして楽しんでいますO少数派の存在や思いを発信する場として真剣に、たま~に冗談を交えてお話ししています。
生きづらさを取り上げる番組「ハートネットTV」では、いじめや精神疾患を考える回にも呼ばれます。なぜ私が?と思いましたが、社会の中で生きづらい存在だからこそわかる痛みがある。少数者の問題はつながっていると感じます。
長く座右の銘にしているのが「よかった探し」。子どもの頃見ていたアニメ「愛少女ポリアンナ物語」で主人公の父親が「物事には必ずいい面と悪い面がある。いい面を見るように」と話します。それがすごく記憶に残っていて、思春期に同性を好きになって悩んだ時、死にたいとまで思い詰めなかったのはいい面を探す感覚があったからかもしれません。
母は私を1人で育てました. 1人っ子ですしゲイの私に孫は見せられない。それは申し訳ないと思います。でも私ならではの世界や想いを見せられて幹が深まった面もある。そんな「よかった探し」を続けています。
以前お付き合いしてた方が集中治療室に入ったときに私は入れず、ご家族が頼んでやつと入れました。法律で守られない関係というのは、不慮の事態の時に不幸な思いをすることがあります。同性婚を認める国が増えていることは素直にうらやましく感じます。
一部の外国嫌悪の風潮は怖いです。ナチスがガス室に送ったのはユダヤ人だけでなく同性愛者もでした。政策には外交手腕でたたかうべきで、憎悪は憎悪を呼ぶだけだと思います。
社会が何か一つの価値観に染まれば、別の価値観から見ればそれは闇。一色より虹色のようなうごめいているような感じが居心地がいいなと思います。
少数派として生きる意味を探して辿り着いたのは、私たちは「あそび」な存在ってこと。車のハンドルの「あそび」って無いと事故になりますよね。直接的な作用はしなくてもクッションのように存在することに意味があるのかなって。
聞き手吉岡瑞代
(第1土曜掲載)
1971年岐阜県生まれ。早稲田大学を中退後、ゲイ雑誌の編集に携わる。東京・新宿二丁目でお店などをプロデュースしながら、テレビなどで性的マイノリティーの存在を社会に発信し続ける。NHK第-ラジオ『午後のまりや- じゆ』木曜日パーソナリティー。
(2014年08月02日, 「赤旗」)
平和の祈りを作品に/アート展8月3日まで/愛知・春日井9条の会
NHKEテレ「100分de名著」/8月は「アンネの日記」/解説小川洋子/朗読浦島ひかり
諸団体の当面の行動計画/イスラエル抗議/閣議決定撤回を/安倍政権打倒を
芸能テレビ/平和の朗読、今年も/俳優座、青年劇場の俳優たち
「安倍政権打倒の国民的大運動」/私たちは声をあげます/続報
潮流
「TTPは反対だ」/首相に怒りの声次々/青森で宣伝
若手弁護士の会声明評判/解釈改憲?ハア!?なにその反則技/まだ閣義決定、ガッカリするヒマなし
自共対決鮮明/さらなる躍進を/躍進月間成功させよう/仁比氏迎え決起集会/長崎・中部地区委員会
にちよう特番/憲法壊すな/アベ首相ヤメロ/若者やまぬ声・デモ/東京/大阪/京都
海外で「戦争する国」止めよう/和歌山/京都/大阪/滋賀
2014とくほう・特報/安倍流とナチ流、酷似するが‥/国民だましの手口いまや通用しない
特撮の神様円谷英二のこと/鈴木和幸/1/戦時中の作品語らず
団的自衛権行使容認閣議決定に抗諌/戦争絶対させない/和歌山/大阪/兵庫/京都/滋
解釈改憲/各地で暴挙に反撃/子や孫、戦場に送らぬ/奈良/志賀/和歌山/兵庫/京都
朝の風/歴史の真実と向き合う若手作家
みなぎる思い/官邸前10代20代/楽器鳴らし踊りながら
愛知県春日井市の文化フォーラム春日井ギャラリーで29日から「平和への祈りアート展」(春日井9条の会主催)が開かれています。8月3日まで、入場は無料。
今年は名古屋芸術大学の学生や有名作家らの作品も含め、平和への思いをこめた130点を展示。ナチスにおびえる家族像や柔らかな雰囲気の絵手紙、香、写真、木造りの素朴なからくり人形まで多彩な作品が並びます。
会事務局長の細江幸右(こうすけ)さん(71)は、「今年は若い人と一緒に作品を展示することができて、政治や戦争に対する彼らの感性が新鮮で刺激になっている。今後もぜひ継続していきたい」と話しています。
小学生の娘と鑑賞に訪れた30代の女性は、「作品を作り、見ることができるのも平和であってこそ。旅客機の撃墜とかガザの報道に、日本がこの先もずっと平和でいられるのか不安です。集団的自衛権とか言いますけど、子どもを危険にさらすことは避けたい」と語りました。
3日に出展した学生を交えたトーク会を予定しています。問い合わせは0568
(85)4877 (春日井法律事務所内)。
(2014年07月31日. 「赤旗」) (Page/Top)
名作を読み解く「100分de名著」(NHKEテレ水曜後11・0)が、8月6日から4週連続で「アンネの日記」を放送します。著者はユダヤ人少女アンネ・フランク。ナチスドイツ占領下のオランダ・アムステルダムで、ナチスから逃れ、潜伏生活した13歳からの2年間を記録した世界的ベストセラーです。衰弱したアンネは1945年3月に亡くなりました。
アンネの関係者を訪ねた本を執筆している作家の小川洋子が講師を務めます。作家になるきっかけになったアンネの日記を、中学、高校そして親になってからも読んでいる小川が、独自の視点で作品を語ります。思春期から成長していくアンネの姿と、ファシズムの狂気も措かれています。作品を朗読するのは俳優の浦島ひかり。
各回の内容は次の通り。
・第1回-潜伏生活の始まり
・第2回-思春期の揺れる心
・第3回-性の芽生えと初恋
・第4回-希望を抱きながら
(2014年07月30日, 「赤旗」) (Page/Top)
諸団体・グループによる当面の行動計画を紹介します。
イスラエル抗議/きょう大使館前
日本平和委員会と安保破棄中央実行委員会は29日、午前11時から11時半まで、東京都千代田区二番町のイスラエル大使館前で、ガザ攻撃の中止を求める3回目の抗議行動をおこないます。同大使館は、地下鉄有楽町線麹町(こうじまち)駅5・6番出口から徒歩数分。
閉演決定撤回を/8月1日国会前
憲法9条を壊すな、安倍政権の「戦争する国」づくりにストップをかけよう、と訴える国会前行動が8月1日午後6時半から8時まで、衆院第2諌員会館前でおこなわれます。集団的自衛権行使容認の「閣議決定」から1カ月となる同日に、 「閣議決定」の撤回を求めます。
主催は、憲法共同センターです。
安倍政権打倒を/8月2日東京で
安倍政権打倒を掲げる「ファシズム潰(つぶ)せ! 怒りのブルドーザーデモ」が8月2日午後4時、東京・代々木公園ケヤキ並木を出発し、渋谷と原宿の街で安倍政権-の抗兼の声をあげます。
主催は、東京デモクラシークルー、「怒りのドラムデモ」、「SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)」などでつくる東京デモクラシーネットワークです。
(2014年07月29日,「赤旗」) (Page/Top)
安倍内閣の集団的自衛権の行使容認や外国人排斥デモ・・・。危険な動きの中、毎夏恒例の俳優有志による平和を考える朗読に熱が入っています。
20回目を迎える俳優座の俳優有志の朗読「戦争とは‥・2014」。俳優24人が3班に分かれ朗読します。初回から構成演出を務めた内田透氏が5月に逝去。追悼公演でもあります。
子ども班(2日)は、あまんきみこ作『ちいちやんのかげおくり』など絵本の朗読、おとな向けの班は、「君死にたもふことなかれ」のうたひ語り、政治風刺の朗読「憲法9条を殺すな!」など(1~3日)を上演します。8月1~4日=東京・俳優座稽古場、℡O3(3470)2888。
12回目となる青年劇場の俳優たちによる朗読「平和へのメッセージ2014年8月」(=昨年の公演から)は、日本の戦争体験とナチス支配下のドイツで何が起きたかを伝えます。「きけわだっみのこえ」や俳優・小竹伊津子氏の戦争体験のほか、ナチス・ドイツが行った人種差別教育などを朗読で伝えます。構成・演出/堀口始、8月8~9日=東京・青年劇場スタジオ結、℡O3 (3352)7054
(2014年07月27日,「赤旗」) (Page/Top)
草の根からノックアウト/新日本婦人の会会長笠井貴美代さん
ガザやウクライナの事態は武力で何も解決しないことを改めて教えています。いま各地で憲法カフェがとりくまれ、「戦争なんてとんでもない」と宣伝デビューが広がっています。「安倍政権が続くほど女性と子どもが不幸になる」との思いで、内閣打倒の国民的運動のよびかけを心から歓迎し、草の根から安倍政権をノックアウトしていきます。
極右の安倍政権は、戦争と新自由主義の政策を一体にすすめ、それに女性を利用する最悪の政権です。安倍首相が母子パネルを持ち出して集団的自衛権行使容認へと誘導しようとしても、女性はどの調査でも「解釈改憲ノー」「戦争する国づくり反対」の世論をリードしています。
安倍内閣の「女性活用戦略」も、女性を安あがりの「人的資源」とする施策ばかりです。女性たちのうずまく怒りと願いで運動をさらにつよめていきます。
呼びかけを待っていた/消費税をなくす全国の会常任世話人・福島県の会事務局長服部雅さん
消費税をなくす会は、「消費税、憲法変えれば戦争税」と訴えてきました。集団的自衛権行使容認の「閣議決定」と消費税大増税の強行はその危険性を示しました。
日本共産党の志位和夫委員長は、消費税大増税は、社会保障を削り、大企業減税を実施し、その財源として中小企業への増税を実施するという、〝3重の「逆立ち」税制〟だと解明し、安倍内閣打倒の国民的大運動をよぴかけました。
私は、このよびかけを待っていました。安倍政権が1日続けば、原発関連死者は増え、増税で食費を削る人びとが増えます。福島県内の原発10基廃炉を求める「オール福島」の運動を発展させたい。
「消費税10%中止」や「暮らしを守れ」などで、保守層も含めた壮大な共同をつくるために全力をあげたいと思います。
すべての力を注ぎ込んで/ 「東京デモクラシークルー」のメンバー平野太一さん
私たち「東京デモクラシークルー」は、3・11以降に反原発運動や反レイシズム(人種差別)運動を進めていた人々が中心になり、秘密保護法に反対する国会前の抗議行動をきっかけにスタートしました。反ファシズムの立場から、集団的自衛権の行使容認を強行した安倍政権に反対しています。
安倍首相は、立憲主義を否定し、「脱法クーデター」を推し進める存在です。いわゆるネット右翼と呼ばれる層の支持を背景に政権の座を奪った極右政権です。安倍ファシスト政権を、引きずりおろさなければなりません。
この政権は発足以来、民意に反する暴走を続けています。安倍政権打倒をめざして多くの市民が声を上げられるよう、私たちはすべての力を注ぎ込んでいきます。
8月2日には、東京都渋谷区で「安倍政権打倒怒りのブルドーザーデモ」を予定しています。一緒に頑張りましょう。
(2014年07月25日,「赤旗」) (Page/Top)
最近の本紙読者欄に『アンネの日記』を読んだという投書が続けて載っていました。出版から70年近い現在も人びとの胸を打つ日記。オランダの隠れ家でつづられ始めたのは1942年の今頃でした▼思春期の早熟な少女の悩みや夢。家族や同居人にたいする鋭い観察眼と手厳しい批評。そしてペーターとの恋。そのどれもが、息をひそめ、ナチスの影におびえる暮らしのなかで感性ゆたかに活写されています▼ユダヤ人というだけで迫害され、命を奪われたアンネ・フランク。絶望の淵に立たされながら、彼女は希望を捨てませんでした。みんなの役に立ち、喜びを与える存在でありたい。私の望みは「死んでからもなお生き続けること」だと▼その「アンネの日記」を劇団民藝が22日まで稽古場で特別公演しています。これまで13度の上演、全国で1700回以上の舞台を重ねてきた代表作。アンネや同居人とともに隠れ家に住むような臨場感が味わえます▼今年2月、東京都内の図書館で『アンネの日記』が次々と破られるという事件が起きました。しかし、それを契機に国内外で励ましや支援の輪がひろがり、寄贈が相次いだ杉並区の中央図書館では「アンネ展」を始めました▼歴史を逆戻りさせる政権が大手を振るいま、平和への思いがいっそう強まる夏。「人間は、この時代を乗り越えなくちゃいけないんだって。信じているの、それでも人の心の中は絶対にすばらしいのだと」アンネが語りかける言葉は勇気と希望を運んでくれます。
(2014年07月19日,「赤旗」) (Page/Top)
TPP反対青森県実行委員会は11日、青森市新町商店街で環太平洋連携協定(TPP)交渉からの即時撤退を求める宣伝署名行動に取り組みました。
今正則代表が「国民の命も暮らしも壊される。多国籍大企業の利益のため、各国の主権さえ脅かすTPP交渉は、もうやめるしかない」と訴え、TPP参加反対署名-の協力を呼びかけました。
署名を寄せた男性(70代)は、「もちろん反対だ。農業だけでなく、医療、金融すべてがアメリカ政策の枠にはまってしまう」と怒りの声を寄せました。
ほかにも、「TPPは、あれもこれも疑問だらけ。国民の声を聞かないナチスのような安倍さんの政治は危なくて任せられない」(笠石ヒサさん・70代)、 「国民に丁寧に説明すると言って、いまだに説明なんてしてないでしょ」(徳島ともさん・80代)など、安倍政権への怒りを示し、署名しました。
(2014年07月12日,「赤旗」) (Page/Top)
安倍政権が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定(解釈改憲)をしたことを受け、「明日の自由を守る若手弁護士の会」(あすわか)が発表した「解釈改憲?ハア!?なにその反則技」という声明。「政治にあまり関心の無い方にも読んで頂きたく、くだけた言葉で書きました」という内容がネット上などで評判を呼んでいます。要旨を紹介します。
1.政府が憲法の読み方を変えた、なんてありえないっつーの!
集団的自衛権の行使は、イコール「他国間の戦争への参戦」。「戦争放棄」「戦力不保持」を宣言する憲法9条を、どう逆立ちして読んだところで、他国間の戦争に参加してもいい、なんて読めるわけがない。
私たちは時の権力が決して暴走しないようコントロールするために、憲法を権力に突きつけ、縛っているのです。「縛られている」側の政権が独断で憲法の読み方を変えるなんてことが、許されるわ・け・が・な・い。
2.そこにあるのは情念だけ(民主主義が、お嫌いなのね)
現政権に、ナチスを真似ようって言ったり、抗議行動をテロと言ったり、「民意」への敵意(おそれ?)があるからこそ、物言う国民を逮捕して民意そのものを育たなくする特定秘密保護法を作って、さらに自分を縛っているはずの憲法をめちゃくちゃに読み替えちゃっているような気がします。
3.早く立ち上がらなきや。まだ、閣議決定だけだから。
閣議決定されたって、まだ何も具体的に法律が変わったわけではなく、まだ全然、戦争できる国にはなっていません。
だから、ガッカリしているヒマはないし、ガッカリする必要もない。そう、ほんとうに民主主義ってめんどくさいシステム!
民主主義を諦めちゃいけない。この世に1人しかいない誇りある人間として生き続けたいからこそ、自分のことは自分で決める、自分達の社会のハンドルは自分達が握る。
4.めんどくさいヤツであり続ける決意
幾万人からなる怒りの輪が首相官邸を囲む様子を見れば分かるとおり、私たち国民は、そんなにアホじゃありません。あなたとあなたの大切な人、自分より大事な子ども達のために、「めんどくさいヤツ」であり続けて下さい。
私たち「明日の自由を守る若手弁護士の会」は、解釈改憲という禁じ手を絶対に許しません。声をあげ続ける、すべてのめんどくさい皆さんと共に、これからも「あすわか的〝不断の努力〟」を続けます。
声明全文は同会のホームページで読めます。
http://www.asuno-jiyuu.com/
2014/07/blog-post.html
(2014年07月12日, 「赤旗」) (Page/Top)
日本共産党長崎県中部地区委員会は6日、仁比聡平参院議員を迎え、躍進月間を成功させる決起集会を諫早市で開きました。
仁比氏は、昨年の秘密保護法をめぐる国会内での動きを取り上げ、「国会の中で暴走する勢力があっても、国民の中では少数」と強調しました。集団的自衛権行使容認の閣議決定の問題では「憲法は国民のもの。時の権力者を縛るのが憲法で、最も厳密に縛られなければならないのが戦争」とのべました。
仁比氏は、ウソとごまかしを続け、戦争への道を開く安倍政権を「ファシストの手法」と批判。「戦争する国づくり」を許さない運動や諫早湾開門の運動など、これからの運動の重要性を強調し、「その運動の要になる日本共産党を強く大きくしよう」と呼びかけました。
同日、仁比氏は有明海漁民・支援者らと諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門開門間題における国政報告を行い、懇淡しました。県下の日本共産党の議員も参加しました。
(2014年07月08日, 「赤旗」) (Page/Top)
「解釈改憲、絶対反対」。集団的自衛権行使を認めた安倍自公政権の「閣議決定」撤回を求める動きが止まりません。若者たちを中心に声をあげ続けています。大阪、京都、東京で連続的におこなわれた抗議デモ。参加者の思いを追いました。
東京
東京では「ファシズム許すな!安倍政権打倒デモ」が5日、新宿駅周辺で行われました。
大勢の若者が飛び入り参加してデモの隊列が伸び、1200人以上に。参加者は初回(5月24日)の300人、2回目(6月14日)の700人から大きく膨らみました。
参加者はドラムのリズムに合わせて「憲法壊すな」「安倍はやめろ」とコール。「さよなら晋三」と書かれた3㍍を超える巨大な旗が掲げられ、「飛び入りOK」「戦争やめろ」と書かれたボードや、ピースサインを高く掲げるなどしてアピール。沿道から熱い注目を浴びました。
行動を呼びかけた「怒りのドラムデモ」の井手実さん(34)は「参加者は回を追うごとに増え、路上からも拍手、親指を立てたグッドサインが送られました。デモは、いまの危機的な日本の政治を周知する力になっている。今後も活動を継続して、必ず安倍政権を打倒したい」と語りました。
日本共産党の笠井亮衆院議員、吉良よし子参院議員が参加しました。
沿道の声/ 「とてもいい」/ 「賛同。ツイックーで発信します」
交差点でデモを見ていた東京都立ノ廿市の男子学生(23) 「安倍政権が国民の意見を聞かないことに、不安を感じています。大勢の人がデモでアピールすることで、集団的自衛権に対する関心も高まるのでとてもいいと思います」
仕事終わりにデモを見ていた東京都中野区の久保田智外さん(27) 「誰だって戦争なんかしたくないですよね。僕たちの世代が中心にもっとデモをやったほうがいいと思う」
「デモを初めて見た」と話す東京都小平市の小沢卓也さん(25) 「若い人がたくさん参加していて驚きました。自分がイメージしていたデモとはぜんぜん違います。メディアはこういうニュースをもっと報道してほしいです」
スマートフォンでデモを撮影していた女性会社員(32) 「このデモの趣旨に賛同します。若い人が多いのにびっくり。ツイックーなどで、この様子を発信します。解釈改憲をする安倍さんの手法は、集団的自衛権への賛否はともかく、憲法をないがしろにするもので、アウトですね」
大阪
昨年末に開いた秘密保護法反対集会の実行委員会有志がツイックーで呼びかけた「閣議決定に断固抗議! 安倍政権打倒デモ@大阪」のデモ(3日夜)。学生ら約150人が傘をさしながら歩きました。
「憲法まもれ」のプラカードを掲げて先頭を歩いた泉谷亨輔さん(30)。「安倍さんは、昨年の秘密保護法や原発再稼働と、とことん国民の声を無視してきた。集団的自衛権行使容認には元自衛官さえ反対する。アメリカのためになんで人殺しせなあかんのか。安倍首相は国民がいくら反対してもぶっちぎっていく。もう退陣しかないです」
「アべヤメロ」と書いた手のひらサイズのプラカードをもっていたのは上西彩さん(32)。「原発の再稼働反対」と関西電力に抗議してきた仲間から、「関電だけに抗議してもダメ。自民党トップの安倍首相をやめさせるべきだ」と話し合って参加しました。「安倍さんが首相になってから、聞く耳をもたない。だったら、やめてもらいましょう」
京都
「緊急行動・安倍打倒デモ」などが1日から連続しておこなわれた京都。4日午後6時半、京都駅前には「安倍を倒そうこれしかおまへん」「集団的人格権行使の時が来た」などと書かれたプラカードを持つ150人が並びました。
閣議決定(1日)のときに首相官邸前にかけつけた大道正史さん(37) 。「今こそ声をあげるとき。戦争に行くのは、私たち貧乏人です。あきらめないこと、粘り強く声をあげること。これが戦争をくい止める」
大道さんの訴えに拍手を送っていたのは、安倍打倒デモ(3日)でドラムとコーラーを受け持った古井理子さん(27) 。「原発、秘密保護法、集EZ]的自衛権-。民主主義を否定する積み重ねに怒りをぶつけました。出戻りの安倍さんを首相の座から引きずり下ろしたい」
アピールを聞いていた勇人さん(37)も、「あんなファシスト(独栽者)は許せない。国民をだまし、世界の紛争に一方的に加担する。おろかなことで、人の道に反する」。
(2014年07月06日, 「赤旗」) (Page/Top)
母親も声/雨の中デモ行進/和歌山
和歌山県の田辺・西牟婁憲法会議、田辺平和委員会、紀南9粂交流ネット、地評西牟婁支部、日本共産党田辺市委員会は3日、田辺市で「集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議する田辺・西牟婁集会」を開き、集会後、市内をデモ行進しました。
ときおり強く降る雨の児童公園でマイクを握った憲法会議の岡田政和弁護士は「ナチス・ドイツのときも同じようなことが起こった」と解釈改憲で憲法を壊す閣議決定を糾弾。紀南9条交流ネットの前田一彦さんは 「アメリカと結託して他国-戦争をしかける権利が集団的自衛権だ」と批判しました。
「9条ママnetキュッと」の小池佳世さんは2歳になるわが子といっしょに登壇し「この子の将来、戦場に送りだすことを受け入れる母親がどこにいるでしょう。一人でも多くの人に反対の共感を広めたい」と決意をのべ、南川麻里さんも「母親として声をあげ続けたい」と訴えました。
参加者らは集団的自衛権の閣議決定撤回などを訴え市内を行進しました。
戦争憎い/緊急行動に850人/京都
集団的自衛権行使容認の閣議決定に抗議する緊急行動が3日、京都市役所前(京都市中京区)で行われ、850人が参加しました。
雨が降るなか、四条河原町までデモ行進。「私たちは許さない集団的自衛権=アメリカの戦争で人殺しのお手伝い」と書かれた横断幕やさまざまなプラカードを掲げ、「戦争する国絶対反対」「安倍首相は憲法守れ」というコールを繁華街に響かせました。
市役所前でのリレートークでは、参加者が怒りや決意を次つぎに訴えました。
6歳のときに横浜で空襲を受けたという荒井康裕さん(75)=伏見区=は、火の中を母親に背負われて逃げた経験から「今日ここにこざるを得なかった。戦争は怖くて憎いです」と力を込めました。
6月30日の官邸前行動の映像を見て、運動に加わりたいと駆けつけた大学院生の女性(27)=上京区=は「立憲主義を無視した閣議決定は手続きとしてもおかしいし、国民をバカにしてる。集団的自衛権の行使は大反対」と語りました。
若者反響/署名、カンパも/大阪・羽曳野
大阪府羽曳野市の羽曳野革新懇は2日夕、古市駅前で集団的自衛権の行使容認の閣議決定撤回を求める緊急集会を行いました。
「若者を戦場に送る集団的自衛権の行使容認反対」「日本を戦争する国にする閣議決定を撤回せよ」など、思いをゼッケンやプラカードにして62人が参加しました。クラクションを鳴らし、自動車の窓から手を振る青年。署名と2000円のカンパを添えてくれた青年。バスから降りてくる大学生や勤め帰りの若者など、1時間で122人の署名が集まりました。
9人がマイクで訴えました。杉山彬代表世話人は、「安倍首相は『国民の命と財産を守るために』と言いますが、軍隊が国民を守ったためしはない。満州の関東軍や沖縄守備隊も住民の命などほったらかLで、自分たちだけが真っ先に逃げ出した。日本を戦争する国にしようとする安倍内閣のたくらみをみんなの力ではね返しましょう」と訴えました。
運動広く/横断幕掲げ宣伝/大東
大阪府大東市のJR野崎駅前で毎月欠かさずに宣伝を重ねている「憲法と平和を愛し野崎駅周辺で共同する会」(野崎駅周辺の会)は3日夕、「野崎駅周辺9条の会」と共同で駅前宣伝しました。雨の中、13人が参加しました。
「集団的自衛権秘密保護法撤回」と大審した大型横断幕を広げ、宣伝しました。独自ビラでは憲法第9条を掲載し、「閣議決定」による戦争する国への大転換を厳しく糾弾しています。
リレートークでは、共同代表の楠田政明元大東原水協会長、菱田宗一元関西電力争議団団長、山崎充宣事務局長などが、安倍内聞の集団的自衛権行使の「閣議決定」の違憲性やでたらめさ、公明党の公約違反を告発し、憲法破壊を許さず、海外で米軍と共に戦争する国にしないために野崎からも運動を広げようと訴えました。
力合わせ/ 「彼氏が戦争」怒る/寝屋川
「だまっていたら大変」と2日、集団的自衛権行使容認の「閣議決定」強行に対する怒りの抗議宣伝行動が大阪府寝屋川市の市内2駅で行われ、78人が参加しました。寝屋川無法を守る会、ねやがわ9条の会連絡会、革新怨が共同して行いました。
京阪寝屋川市駅前には70人が参加。「子や孫が戦争に! 国民の力で逆流を押しとどめよう」の号外を配布しました。市内各9条の会の代表らがリレートークしました。
「安倍首相は、戦争に巻き込まれることはない、戦闘に参加することはないとウソばかり」(西南9条の会)、「平和の党を掲げる公明党がなし崩し的に『限定』といいながら加担したのは重大だ」(西部9条の会)、「子どもも孫も絶対に戦争に行かせたくない」(新婦人)、「これから法『改正』が国会で始まる。国民が力を合わせて押しとどめよう」(革新懇)と訴えました。若い女性2人が「彼氏が戦争に行くようになるかもしれない。ムカック」「あんたも○○君のために署名したら」と署名するなど、次々と署名に応じてくれました。
暴挙抗議/ 「赤旗」受け取る/滋賀
滋賀県の日本共産党大津湖西地区委員会は2日夕、大津市のJR膳所(ぜぜ)駅前で、集団的自衛権行使容認の「閣議決定」撤回を求める緊急の宣伝行動に取り組みました。
井上敏一地区委員長や、ふしきみちよ県議候補、杉浦智子、石黒賀津子の両大津市議らが「歴史的暴挙に抗議の声をあげよう」と呼びかけ、同日の「しんぶん赤旗」を配りました。「『海外で戦争する国』-の歴史的暴挙」の見出しを見て、手を差し出す人など60人が受け取りました。
すぐ横では自民党衆院議員らが知事選のビラを配布するなど、「自共対決」の駅前宣伝となりました。
(2014年07月05日, 「赤旗」) (Page/Top)
「国の交戦権は、これを認めない」と定める憲法9条を解釈によって変え、「海外で戦争できる国」に突き進む安倍晋三首相。「私たちの平和な暮らしも突然の危機に直面するかもしれない」「命と平和な暮らしを守るため、何をなすべきかだ」と国民に迫ります。この物言い、過去によく似た例がありますが、いまや通用しません。 (西沢亨子、若林明)
国民脅し、不安感あおる
〝守れなくてよいのか?〟
「海外で突然紛争が発生して逃げる日本人を、米国が救助・輸送しているときに、日本近海で攻撃を受けるかもしれない」「NGOの人が危険な目にあっているときに、守れなくていいのか」
安倍首相は1日、集団的自衛権の行使容認の閣議決定の後の記者会見で、5月の会見とまったく同じ物言いを繰り返しました。
「現実に起こりえる事態-の対処」「平和国家だと口で唱えるだけで平和な暮らしを守ることはできない」「平和な暮らしも、突然の危機に直面するかもしれない。『そんなことはない』と誰が言いきれるのか。そんな保証はどこにもない」と国民を脅し、「国民の命と暮らしを守るため法整備する」と言います。
戦争-の動員〝とても簡単〟
こうした安倍首相の物言いによく似た過去の例とは、ナチス・ドイツが国民を戦争に動員したやり方です。
「(何者かから)国民が攻撃されると言い、平和主義者は愛国主義が不足し、国を危険にさらしていると非難すればいい。ほかに必要なことはない。この方法はどの国でも機能する」
ナチスで国会議長、空軍の総司令官を務めヒトラーの腹心だったヘルマン・ゲーリングが、戦争を好まない「平凡な国民」を指導者の命令に従わせ戦争に参加させる「とても簡単な」方法だとして述べたものです。
第2次世界大戦でのドイツの戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判の被告たちを収容していた刑務所で、1946年4月18日に被告人の心理観察をしていた心理学者の大尉に語ったものです。
ドイツ近現代史が専門の永岑三千輝横浜市立大学名誉教授は、「ナチスは、ドイツ民族が生きていくには近隣諸国に広大な生存圏が必要だといい、強大な国防軍を構築して実現するしかない、国民的団結のために、左翼など軍備増強と対外膨張政策に反対する連中をまずつぶすべきだと主張し、実行しました」とナチスの手法を説明します。
第1次世界大戦の敗戦により、ドイツは植民地を失い、隣国と接する領土を削られます。少なくない保守派のドイツ人は「ドイツは生存圏を奪われている」と感じていました。
パリ講和条約でドイツの軍隊は10万人までに制限されました。ドイツ国民の中には「普通の国家として他の列強並みの軍事力を持つことは当然だ」という意見もありました。ナチスはこれらを利用しました。
人為的に脅威作り出す
「安全保障化」の考え方そのもの
徳島大学の樋口直人准教授は、ゲーリングと安倍首相の発言を「典型的な『安全保障化』のやり方」だと指摘します。
「安全保障化」論はヨーロッパの安全保障研究のなかで提唱された考え方です。安全保障上の問題というのは、客観的に存在するというより、誰かがある事柄を「これは脅威だ」と言い、周囲がそうみなすことによって人為的に作りだされる、という考え方です。
例えばイラク戦争は「大量破壊兵器が危険だ」とされて始まりましたが、実際には大量破壊兵器は存在しませんでした。「現実に大量破壊兵器が存在することではなく、アメリカがイラクを危険だと名指しすることで安全保障の問題になったわけです」と樋口さんは説明します。
安全保障化とは「生存-の脅威を盾に、通常の政治的手続きの範囲を超えたイレギュラー(非正規)な意思決定を正当化し進めること」だとされます。
ゲーリングの発言について樋口さんは、「安全保障化の考え方そのままといえる」。安倍政権の場合も、「集団的自衛権の行使を閣議決定による意法解釈の変更で認めるのは、明らかに通常の政治的手続きの範囲を超えている」と指摘します。
「ただし、誰かが『脅威だ』と言っても、周りが『そうだな』と思わなければ、安全保障化されません。その点で安倍首相の物言いは稚拙で、脅威として持ち出す例も非現実的。これで国民を説得できるのかなと思います。首相会見からは逆に、いまの日本にとって差し迫った脅威なんて無理やり探してもこの程度、ということが浮かび上がったんじゃないでしょうか」
確かに「読売」の世論調査(4日付)でも、集団的自衛権の限定的行使「評価」36%に対し、「評価しない」が51%にのぼり、首相会見以前の同紙調査(5月12日付)の63%から減っています。「毎日」(6月29日付)では、「行使容認は抑止力になる」という首相の説明に「そう思わない」が62%と国民の多くは安倍首相の議論を見抜いています。
樋口さんは言います。「根拠のない脅威をことさら作り上げるより、意法を守って枕を高くして寝ている方が、よほど安全保障にとっていいですよね」
戦前と今、決定的違いは
安倍首相の解釈改憲の策動からは、「いつのまにかナチス憲法に変わっていた」「あの手口、学んだらどうか」という麻生太郎副総理の発言(2013年7月29日)が思い出されます。
しかし、永岑さんは、ナチスは〝静かに〟 〝いつのまにか〟民主主義憲法を破壊したわけではないと指摘します。
「ヒトラーが権力を握る全権委任法の成立(1933年3月)に至る過程は、まさに謀略と弾圧の連続です。ナチスは法成立の直前の国会議員選挙で、憲法改定のために3分の2の議席獲得を狙っていました。そのために、共産党の事務所を襲撃し、さまざまな脅迫を行いました」さらに選挙期間中に、国会議事堂放火事件を共産主義者の計画的な犯行だとでっちあげ、4000人以上の共産主義者を逮捕しました。
「これらの弾圧を見ていた中間派の中央党や人民党は、ナチスに抵抗したら弾圧されると考え、国会で『全権委任法』に賛成しました」と永年さんは独裁を可能にした翼賛状況を指摘します。
戦前の日本でも侵略戦争を推進するために、日本共産党以外の政党が解散し「大政翼賛会」をつくる翼賛状況がありました。
いま、維新の会やみんなの党が集団的自衛権の容認で自民党にすり寄り、首相の暴走を支えています。憲法9条の明文改憲を狙う「改憲手続き法」の改定が、日本共産党と社民党以外のすべての党の賛成で成立しています。国会の〝翼賛状況〟です。
一方で、今の日本では日本共産党が国会でも、各地域でも国民と共同して活動しています。ここに戦前日本との決定的な違いがあります。
「国民は戦争を望まないが、参加させるよう仕向ける」/ヒトラーの腹心・ゲーリングの発言
「もちろん、平凡な国民は、戦争を望まないだろう.ロシアでも英国でも米国でも、同様にドイツでもだ。このことは明白だ。しかし、最終的に政策を決定するのは一国の指導者であり、-国民を一緒に参加させるように仕向けることはいつでも簡単だ」
「国民はいつも指導者の命令に従うように仕向けられてしまう。それはとても簡単なことだ。国民が攻撃されると言い、平和主義者は愛国主義が不足し、国を危険にさらしていると非難すればいい。ほかにやる必要なことはない」
(2014年07月05日, 「赤旗」) (Page/Top)
円谷英二は1901年7月、私と同じ福島県須賀川市に生まれました。裕福な商家に生まれた英二は飛行機に憧れ、高等小学校を卒業すると東京の日本飛行機学校に入学します. しかし、1人しかいない教官はまもなく事故で死亡、その後、日本映画黎明(れいめい)期に活躍した技術者、枝正義郎に出会い、映画界入りを果たします。「外国の映画に負けるな!」という枝正の薫陶を強く受けた英二は特撮技術の道を目指すようになります。
39年、日本が軍国化していくと思想統制が行われ、ナチスドイツに倣った「映画法」が制定され、国策映画が次々と作られていきます。42年、日本海軍は開戦1周年記念として、真珠湾攻撃の作品を製作するよう東宝に通達します。
ところが、海軍は何一つ情報をくれません。軍部は、「君たちは竜宮城など見たことがないのに、映像にしてみせるじゃないか」という始末。そこで英二は外国紙「ライフ」のわずか4㌢四方の写真から其珠湾を想定し、大きなセットを作って撮影を行いました。果たして、英二の特撮は大成功、「ハワイ・マレー沖海戦」は、当時の国民が誰もが見た作品と呼ばれ、代表作の一つにもなりました。当時は他にも「加藤隼戦闘隊」、「雷撃隊出動」、「決戦の大空へ」などの作品があります。
しかし、英二は戦後、戦時中の作品については口を閉ざしました。それは、「ハワイ・マレー沖海戦」が、多くの若者を奮い立たせ、戦場-送ることになったからです。特撮による迫力ある活劇の描写が、血気盛んな若者を戦争に駆り出す大きな要因になってしまったのです。結果、多くの人々が戦死しています。これは英二ら当時の映画人にとって大きな悔恨となりました。
45年終戦。映画はGHQ (連合国軍総司令部)の支配下に置かれました。英二は軍に協力したことにより、公職追放指定を受け、表面的に映画界から去ってしまいます。
(円谷英二研究家)(金曜掲載)
(2014年07月04日,「赤旗」) (Page/Top)
安倍政権が、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を強行した1日夜の首相官邸前。
午後10時をすぎても、閣議決定の撤回を求める青年たちであふれていました。
午後11時すぎ、それまでいくつかに分かれていたグループが一気に集結。同じコールにまとまり、「安倍は出てこい!」の大合唱です。
踊りながらハンドマイクで「ファシストうせろ!」と声をあげる女性も。音響機器をかついだ学生たちは、ドラムとギターを鳴らしてコールをリード。9の字をかたどったグッズを掲げて「安倍聞いているか! 9条が怒っているぞ!」と叫ぶ男女もいました。
同20分、コールがやみました。「これが民意です。デモにどんどん参加して、押し返そう。安倍首相をひきずりおろそう。みんなで、でかい声をだしていこう」という呼びかけに、指笛、拍手、歓声、「そうだ!」の声がわき起こりました。
(2014年07月03日,「赤旗」)(Page/Top)
「日本を『殺し、殺される』国にするな」「『海外で戦争する国』づくりを許すな」ー安倍政権が集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を強行した1日、関西各府県では怒りの声が渦巻きました。
和歌山
緊急昼デモ
和歌山県地評が呼びかけた「集団的自衛権の閣議決定を許すな!緊急昼休みデモ」が1日、和歌山市で実施され、120人が参加しました。
和歌山市役所前での出発式で武内正次県地評議長は、自民・公明が強行する集団的自衛権の行使容認の閣議決定を糾弾。「憲法9条で戦争しない国のありようを根底からつくりかえるものだ。いったんつくられたら無制限に拡大される。なぜアメリカの引き起こす戦争に日本の若者が血を流さなければいけないのか」と怒りをもって告発しました。
関節リュウマチでつらい体をおして参加した和歌山県難病団体連絡協議会の東本喜佐子さんは「戦争は障害者をつくります。戦争になったら障害者は生きていけません」と怒りました。
参加者らは、「9条守れ」「戦争するな」「解釈改憲ぜったい反対」など訴え、炎天下の市内を行進し、沿道の注目を集めました。
宮本氏訴え
宮本たけし衆院議員は1日、JR和歌山駅前、南海和歌山市駅前で、集団的自衛権行使容認の閣議決定は撤回せよと訴えました。
宮本議員は、憲法9条のもと自衛隊が戦争で1人も殺さず、1人も殺されなかったことを強調。集団的自衛権が日本を守るものでも、日本人を守るものでもなく、アメリカの戦争に参加するためだと告発し、「憲法上許されないとしてきた半世紀の積み重ねを与党だけの密室協議で変えるなど、意法を破壊するクーデターだ」と糾弾しました。宮本議員の恩師、和歌山大学の山本健慈学長が「しんぶん赤旗」に登場して「声を上げ続けます」と決意を語るなど各界から戦争にする国にさせない声があがっていることを紹介し、「閣議決定は撤回しかない」と訴えました。
街頭では日本共産党和歌山県委員会、同北部地区委員会、民主青年同盟が宣伝や署名、シール投票にとりくみました。署名した男性(43)は「憲法で平和が守られてきたのに加速度的にアメリカの戦争に巻き込まれる。昔のような戦争の犠牲になる人が出る。反対です」と話しました。
大阪・憲法会議/主権は国民
大阪憲法会議・共同センターは1日、大阪市のJR天王寺駅前で、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に抗議する街頭宣伝を行いました。150人余が参加し、1時間で120人分の署名が寄せられました。
足を止めた老松望さん(31)-牧師-は「6歳の子がいる親として、次世代に戦争
できる国を残したくない。こんな小さな国で戦争するのは無謀なことです」と語り署名
しました。
「集団的自衛権が容認されれば、日本の平和と憲法が崩れるのは明らかです。安倍さんは国民主権を忘れている」と憤る女性(48)=自営業=は署名後、ビラを手に通行人に訴える側に回りました。
署名した高校1年の女子生徒(15)は「広島に行ったりして戦争の怖さを知っている。安倍さんの下で9条が変わるなら怖い」と話しました。
日本共産党大阪府委員会の清水忠史副委員長が参加し、マイクで訴えました。
大阪・新婦人/女子高生も
新日本婦人の会大阪府本部は1日、大阪市内で集団的自衛権行使容認に反対する宣伝を行いました。約30人が街頭に立ち、「集団的自衛権どう思う」のシール投票をよびかけ、反対の署名を集めました。
シールを反対に貼った女子高校生(15)は「戦争に行くのは若い人。いま政治をしている人は自分が行かないから好き勝手やっている。もっと若い人のことを考えてほしい」と話しました。
署名をした池田市の吉田豊さん(69)は「国民の声を聞くと言ったのに独断的だ。戦争をしてはいけない」と語りました。
約1時間の宣伝で署名が90人分集まりました。シール投票は、反対が65にのぼり、賛成が11、わからないが16でした。
兵庫
力合わせて
集団的自衛権行使容認の自民、公明両党の合意に抗諌し、日本共産党兵庫県委員会は1日正午、神戸市三宮の国際会館前で宣伝しました。
松田隆彦委員長と堀内照文副委員長は、集団的自衛権行使の容認によって日本がアメリカの起こす戦争に巻き込まれ、戦争をする国に変えられることを告発。「一内閣が意法解釈を変更することは許せません。力を合わせ、安倍内閣の暴走をストップさせましょう」と訴えました。
後援会負や勤務員が、「しんぷん赤旗」を掲げ、「集団的自衛権行使容誰を許すな」などと呼びかけ、ビラを手渡しました。
ビラを受け取った女性(74)は「創価学会員ですが、安倍首相とくっついている公明党はおかしい。夫の父親が戦死しました。子どもも孫もいて、戦争は絶対に反対です」と話していました。
穀田氏訴え
集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を強行した安倍政権の歴史的暴挙に抗議し、日本共産党兵庫県委員会と穀田恵二党国対委員長・衆院議員は1日夕、神戸市の元町商店街東口で訴えました。
穀田氏は、国会論戦の内容を示し、集団的自衛権の危険性や米軍による邦人救出など政府の想定のごまかしを告発。解釈改憲反対の声を政治家だけでなく国民が上げ始めていることを紹介し、軍国主義復活を許さない国民的共同を呼びかけました。
練木恵子党県議EEl長と堀内照文県副委員長が最後までたたかう決意を表明しました。
穀田民らの呼びかけに聴衆から大きな拍手が起こり、神戸市東灘区の女性(43)は「平和憲法は日本の誇りです。勝手な解釈で戦争ができる国にすることは絶対に反対です」と話していました。
ひきつづき同所で、憲法改悪ストップ兵庫県共同センターと兵庫県憲法会議が呼びかけた、安倍解釈改憲を許さない主権者宣伝がとりくまれ、津川知久兵庫労連港長らが「憲法違反の閣議決定を粉砕しよう」などと訴えました。130人を超える市民が次つぎと集まり、ネットを見て参加した東灘区の山口直登さん(29)は「与党の行き過ぎにファシズム的で危機的状況を感じます」と話していました。
京都
暴挙止める
京都市の北・上京地区労働者組合協議会は6月30日、北区の北大路駅前で集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対する緊急抗議宣伝を行いました。
50人でビラを配り、同地区労の呼びかけで集まった各団体の代表らが次つぎに訴えました。
日本共産党の浜田良之府議は、国民的な議論が一切されず、自民・公明の密室協議だけで開放決定してしまうことは許されないと強調。「閣議決定されても、その実施を絶対に許さない国民的な運動の力で暴挙をストップさせよう」と力を込めました。
北区母親連絡会の植野君子会長は「日本国憲法をないがしろにし、日本の若者を海外で戦争させるようなことは絶対許せることではない」と安倍政権の暴走を批判しました。
滋賀
独裁にノー
「明るい滋賀県政をつくる会」の坪田いくお知事候補-日本共産党推薦-は1日、東近江市で演説し、安倍政権による集団的自衛権行使容認の閣議決定は立憲主義を根底から否定するものだと厳しく批判しました。
「9条バッジ」を胸に着けた坪田氏は、「憲法9条で二度と戦争はしないと誓ったこの国を再び海外で『戦争する国』に変える。若い自衛隊員、その先にはみなさんの息子さん、お孫さんが戦場に引っ張られる。血を流すことになってもいいのかということが問われている」と指摘。「憲法9条守れの怒りの1票を、『明るい会』の私、坪田いくおへ党派を超えてお寄せください」と訴えました。
県知事候補・坪田氏が批判
「明るい滋賀県政をつくる会」は1日夕、大津市のJR大津駅前で宣伝し、集団的自衛権行使容認の「閣議決定」の撤回を訴えました。
「会」の人たちが次々にマイクを握り、「『戦争する国づくりは許さない』の声をこれからもあげていきましょう」と呼びかけました。
大津市の男性(72)は「内閣の閣議決定で決めるべきものではない。安倍(首相)の独裁で、自民党は取り返しのつかないことをやってしまった。公明党は平和の党なんかではない」と語りました。
(2014年07月02日,「赤旗」)(Page/Top)
中村文則は、今、注目されている若手作家の1人だ。芥川賞、大江健三郎賞、そして今年は、米国の文学賞を受賞した。社会的な問題への関心が広く、『新潮』6月号に発表した「B」という掌編は、日本軍「慰安婦」を取り扱った作品だC性奴隷とされた女性の悲しみを訴えかけている。
ところで、6月26日、日本軍「慰安婦」問題の学習会が日本共産党文化後援会の例会で行われた。軍の関与と強制性を課めた「河野談話」を葬り去ろうという動きがある中で、全面的に論破する見解を志位委員長が発表した(3月)。例会はその内容を学ぼうと計画されたO講師の党政策委員会の小松公生さんは、今日まで強制を示す無数の事実が発掘されているとして詳細に報告。彼らの攻撃の手口が、「ガス室はなかった」というナチスの蛮行を否定する論理と同じだと解明し、歴史を学ばない者に未来はないと批判した。
「河野談話」を否定しようとする「帝国」派に、政府は迎合して「検証」をおこなった。しかし結論は、談話は「妥当」(6月20日)というもので、「靖国」派には痛打となった。
安倍政権の軍国主義復活への暴走と並行して歴史をねじ曲げる策動があるなか、中村のような若手作家が歴史の真実に向き合ったことに注目したい。(響)
(2014年07月02日,「赤旗」)(Page/Top)
安倍政権が、1日にも集団的自衛権の行使容認などを明記した解釈改憲の閣議決定を狙うなか、「『戦争する国』にさせない」「閣議決定許さない」と、近鼓地方の各地で幅広い人たちが暴挙への反撃にたちあがっています。
奈良/みなで憲法守る
日本共産党奈良県委員会と民育同盟奈良県委員会は6月30日、集団的自衛権の行使容認反対の緊急宣伝を近鉄奈良駅前や県立大前などでおこないました。
近鉄奈良駅前では、細野歩党県委員長が「憲法の解釈を閣議で変えてしまうのは、到底許されません。今、声をあげないと、子どもや孫が戦場に送られることになる。明日、閣議決定をさせないという声を、ご一緒にあげていこうではありませんか」と訴え、参加者が修学旅行生や道行く人にビラを配り、署名を集めました。
京都府の女性は「安倍首相の暴走がひどすぎる」と署名に応じました。
県立大前では、「憲法は国も国民も企業もみんなで守らないといけない」とシールボードにシールを貼る学生や、試験帰りの中学生が署名に応じる姿がありました。
「何も生まない」
奈良県の平和委員会と新日本婦人の会は6月28日、近鉄奈良駅前広場で「集団的自衛権行使容認反対」緊急宣伝、署名行動をおこないました。
参加者が「集団的自衛権が行使されたら、戦争に行くのは、あなたたち若い人です」と訴えビラを配ると、修学旅行生が次々、受け取って行きました。
平和委員会の河戸意次郎事務局長は「時の政権与党によって憲法を変えられてしまえば、歯止めが無くなってしまう。反対の声をあげなければ、日本がふたたび戦争する国になってしまう」と語りました。
新婦人の桧垣峰子さんは「集団的自衛権行使容認に強く抗議する行動をおこなっています」と訴えました。
天理市の女性は「兄が戦争に行き、乗っていた船が撃沈され、骨も遺品も帰って来なかった。母は兄が死んだからと、海の魚を食べなくなったO戦争なんて何も生まない」と署名しました。
滋賀/政権の暴走阻止
滋賀県労働組合総連合は6月29日、草津市のJR草津駅東口で、集団的自衛権の行使容認に反対の声をあげようと呼びかけました。
知事選(13日投票)の宣伝として取り組んだもので、滋賀自治労連や建交労などの人たちが参加。県職員組合の清水庄次委員長はメガホンで、「安倍政権が日本を再び戦争する国にしようとしていますC 『明るい滋賀県政をつくる会』の坪田いくお候補は安倍政権の暴走ストップ、意法を生かし、暮らし第-の県政をと訴えています」と力を込めました。
殺し合いはイヤ
滋賀県平和委員会は6月28日、草津市のJR草津駅西口で集団的自衛権行使容認に反対する宣伝を行いました。「閣議決定するな!」と書いたビラを配り、署名を集めました。
署名に応じた女子高校生(16)-守山市-は「日本の自衛隊員が海外で殺し殺されるようになるのはイヤです」と話し、女子学生(18)=彦根市=は「多くの人たちが犠牲になった、戦争の反省のうえにできた憲法9条をなきものにするのはおかしい」と語りました。
県平和委員会は宣伝に先立ち、憲法問題連続講座第2回を開催。長谷川英俊・中央憲法会議前事務局長が「集団的自衛権行使・戦争する国づくりを許すな!」と題して講演しました。
和歌山/間違いさせない
「和歌山障害者・患者9条の会」は6月29日、和歌山市で記念講演会を開き由良登信弁護士が安倍政権の集団的自衛権の行使容認-の暴走をきびしく批判しました。 由良氏は「安倍政権は国家権力をしぼる憲法をかなぐりすてようとしている。1日に集団的自衛権の行使容認を閣議決定しようとしている。歴史の転換点になるかもしれない。私たちは阻止しなければいけない」と強調。国民的議論も国会での討議も経ることなく密室で憲法を壊す道をひた走る 安倍政権のやり方を「ルール無視のファシズム。クーデターのようなことをしようとしている」と糾弾しました。
集団的自衛権がアメリカや旧ソ連の大国が侵略戦争をする口実に使われてきた歴史を振り返り、「誰が日本に集団的自衛権の行使をできるように求めているのか。アメリカと財界の要求だ」と告発し、憲法を敵視する安倍政権の暴走を止めようと訴えました。
会場から90歳の女性が「21歳のときに戦争が終わった。ウソばかり教えられた。再び政府に間違ったことをさせるな。そのための私たちの1票です」と訴えました。
運動発展さらに
治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山県本部は6月28日、和歌山市で大会を開きました。
鶴田至弘(よしひろ)会長は大会あいさつで、和歌山の国賠同盟が有権者比で全国2番目の組織率であることを紹介。安倍政権が集団的自衛権の行使容認を1日にも閣議決定しようとする緊迫した情勢のもとで、治安維持法犠牲者の国家賠償を求める署名運動について「治安維持法の時代と歴史を語り、安倍政権の危険な本質を暴落する役割を果たしている」と強調し、さらなる運動の発展をよびかけました。
日本共産党の奥村規子県議は来賓あいさつで、日本共産党県議団の4県議がそろって県議会終了後ただちに街頭に立ち集団的自衛権の行使容認を許すなと訴えたことを紹介し、憲法を守るため全力をあげる決意を表明しました。
国賭同盟中央本部の増本一彦副会長はあいさつで、治安維持法の時代を振り返り、現在の緊迫した情勢のもとで、治安維持法犠牲者の実態を国民に公表する署名の力を強調し、運動を広げようとよぴかけました。
市議会が意見書
和歌山県御坊市議会は6月25日、「立憲主義に反する集団的自衛権の行使容認について慎重審議を求める意見審」を賛成多数で可決しました。
意見書は、集団的自衛権の行使が憲法上許されていないと強調。「一内閣が国民の意思と関係なく憲法解釈を変えることはできず、これを強行することは立憲主義に反するものと考える」と安倍政権の暴走を批判し、「国民的議論を踏まえ慎重に審議するよう当市議会は強く要望する」と求めました。
兵庫/首相本当に怖い
兵庫県姫路市の日本共産党安室(やすむろ)後援会は6月29日、姫路市のコープ田寺店前で昼の1時間、集団的自衛行使容認を許すなと宣伝活動を行いました。
日本共産党の谷川まゆみ姫路市議は、憲法9条が集団的自衛権の行使を認めていないことを強調し、「安倍自公政権による集団的自衛権の容認は許せません。戦争する国づくりをストップさせましょう」と、力強く訴えました。
参加した後援会員も力いっぱい、「解釈改憲を許すな」「日本を戦争ができる国にしてならない」とシール投票を呼びかけ、ビラを配布しました。
買い物客が署名やシール投票に応じながら、「安倍さんのやっていることは本当に怖い」「戦争の悲惨さを知る人がすくなくなった」などと話しました。
コープ前宣伝は月1回取り組んでおり、この日は、谷川市議など総勢9人が参加し、久しぶりににぎやかな宣伝になりました。
京都/宗教者アピール
世界の平和を求める京都宗教者連絡会、京都宗教者平和協議会、日蓮聖人門下京都立正平和の会、京滋キリスト者平和の会の4団体は6月27日、集団的自衛権の行使容認に反対する共同のアピールを発表しました。
アピールは、「集団的自衛権」に関する憲法解釈の変更は明確な憲法違反だと批判。「戦争する国」-の道を開くあらゆる政治の企てに反対し、阻止するため、非暴力の方法による行動に力を傾注すると述べています。
(2014年07月01日、「赤旗」)(Page/Top)
自民党の村上誠一郎元行政改革担当相は27日、都内の日本外国特派員協会で講演し、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認について「内閣が代わるたびに結論が変わるという非常に不安定な状況が続く。憲法を改正しない限り、問題の最終的解決にならない」と批判しました。
村上氏は自民党の最高意思決定楼閣である総務会のメンバー。講演後、新たな憲法解釈の閣議決定案を了承する総務会での対応について「問題の本質について答えがもらえないな
ら、そのときは考えざるを得ない」と記者団に述べ、賛成しない可能性を示唆しました。
村上氏は講演で「法手続きを無視すれば権力の暴走を止められなくなる」「(ドイツのナチスが)全権委任法で民主的ワイマール憲法を葬ったようなことを日本で繰り返してはならない」と訴えました。
(2014年06月28日.「赤旗」) (Page/Top)
心の傷深めた沈黙と真実の言葉
1995年、フランスのシラク大統領は、ナチス占領下で対独協力のヴィシー政権が国内のユダヤ人を収容所に送った事実について、政府の責任をはじめて認め、謝罪した。
ポーランド系移民の子としてフランスに生まれた著者はユダヤ人一斉検挙で両親を失い、自身も6歳の時フランス警察に逮捕されたが逃走する。苦学しトラウマ研究の第一人者となった著者が、心の傷について語った自伝だ。
戦後、自由を謳歌するフランス国民は一丸となって復興をめざし、ユダヤ人大虐殺に自国も加担したという証言に耳を傾ける者はいなかった。体験を語ると怒ったりあざ笑ったりする人々の反応に接した著者は、誰とも共有できない記憶をみずからに語り聞かせるようになる。勇敢な冒険によって生き延びてきた自分、悪者だが血の通った人間だったドイツ人将校一事実に修正をほどこして勇気と希望を与えてくれる物語をつくり上げ、胸によみがえらせては、心の傷から逃れてきたのだ。
戦後も政府要職にあった人物がヴィシー政権下で一斉検挙を指示した証拠が明るみに出た81年以降、歴史認識が変化し、「凍りついた言葉」は溶かされはじめた。沈黙は心の傷を深くした、言葉を取り戻して、歩んできた行程の意味を理解できるようになった、と著者は言う。「憎しみから抜け出すためには、許すよりも理解するほうがよい」
12年にフランスで25万を超える読者を得た本書は、真実が語られそれに耳が傾けられることで、個人も社会も未来に向かって歩み出せる、と教えてくれる。そして、小さな声に沈黙を強いる社会のあり方と、それを支える個々人の選択に重い警鐘を鳴らす。
37年生まれ。精神科医、作家。『妖精のささやき』
(2014年06月29日.「赤旗」) (Page/Top)
自民党東京都譲の人権侵害のヤジや、現職閣僚の発言など政権与党・自民党の「暴言が相次いでいます。どれも悩み、苦しんでいる人々を傷つけている点が共通の特徴で、国民の批判がおさまりません。
(阿部活士、竹原末書)
識者/「社会常識に照らすと一発でアウト」
「どれほど人権感覚を欠いた許されざる野次だったのか。まったく自覚がないようです」。東京都議会で、ヤジを発した議員が言い訳を重ねていることに、政治学者の五十嵐仁さんは、自身のブログでこう批判します。
漫画家の石坂啓さんは東京都議会での女性都議に対する「産めないのか」とのヤジについて、「エアギターならぬエアレイプされた恐怖心を感じます。秘密保護法や集団的自衛権行使容認も、この女性蔑視発音も大きな縄でつながっています。安倍さんは、戦前の体制がりっばだと思って、憲法9条を破壊して行き着くさきは旧態依然の姿。支持率が高いといわれますが、相当数の女性は、この暴言でしゃきっとしたと思います」と話します。安倍内閣のもとで暴言が相次ぐことについても、「第2次内閣になって数をたのんでこわいものなしと突き進むおごりを感じます」。
ブラック企業被害対策弁護団代表の佐々木亮弁護士は、「社会常誠や、職場の常識に照らすと、都議会でのあのような発言は一発でアウトです」と強調します。自民党内から暴言が続くことについても「衆院で多数を占め、都議会では第1党で、自分たちが何を言ってもいい、やってもいいというおごりが表れているのではないか。その意味で気が緩んでいるのではないか」と話します。
憲法改悪問題で「ナチスの手口を学んだらどうか」と発言し欧米諸国からも厳しい批判をあびた麻生太郎副総理兼財務相。五十嵐さんは、暴言が相次ぐことに、「国会での一強体制のおごりだ。閣僚の失言や妄言で失速した第1次安倍内閣になんだか似てきた。実質的な政権末期の様相だ」と指摘します。
福島/「国策の原発で事故起こしておいて」
「最後は金目でしょ」という石原伸晃環境相の発音は、東京電力福島第1原発災害によって生じた放射性廃棄物の中間貯蔵施設を福島県大熊、双葉両町内に建設する説明会を終えたあとでした。23日に釈明のため福島県を行きましたが、県知事と両町長と面談しただけ。
置いてきぼりにされた被害住民は怒りをさらに強めています。
「石原大臣は一度も仮設住宅にきたことないよね、とみんなで話している」というのは、大熊町から会津若松市の仮設住宅に避難する木幡ますみさん(58)です。「大臣は、説明会にも出席しなかった。国策ですすめた原発で事故を起こしておいて、悲惨な目にあっている私たちをさげすむような発言をする。しかも、謝るべき相手をわかっていない。政治家として失格で、辞めてほしい」と木幡さん。
先の石坂さんは、「金目」発言について、「日本語としてもびっくりした」と話します。「市民は、『金が目当てでしょう』などと話しますが、『金目でしょう』とはいわない。電力会社などとの"業界用語"が思わずロから出たのでしょう。上から目線で市民をなめているいやしい言葉です。潔く辞任して、ことしの流行語大賞になってほしい」。
安倍政権批判、ネットで拡散
五十嵐さんは、人権を侵害する暴言への批判が、インターネットやツイッターで広がったことに注目しています。「閣僚の失言や妄言で失速した第1次内閣の二の舞いにならないよう、マスコミ工作を強めていますが、市民の運動や国民の世論は健全です。
集団的自衛権行使容認に反対する国会行動も広げながら、こうしたネットでの発信や多彩な市民運動で、戦争好きの安倍内聞をさらに追い詰めるときです」と話しています。
(2014年06月26日.「赤旗」) (Page/Top)
日本軍「慰安婦」の研究で知られる吉見義明中央大学教授が、先ごろ『焼跡からのデモクラシー』(上下・
岩波各店)を出版しました。日本国憲法の平和主義や民主主義の理念は、外から与えられたものではなく同氏的な基盤を持っていたことを民衆の日記から読み解いています。吉見さんに戦後民主主義の意味、現代史の研究の課題を聞きました。
(若林明)
今回の本では、戦後の庶民の日記を資料として、女性や在日朝鮮人も含め、人々がどう敗戦と日本社会の変化を受けとめ、行動したかを明らかにしています。
「私は牧後日本の平和主義や民主主義は、かなりしっかりした基礎の上に立っていると考えていました。それを、よりよくするために、戦争責任の問題など、克服できていない歴史的な間問題解明し批判していけば、世の中は少しずつでもよくなっていくと思っていたのです。
今も過去の克服をしっかりしないといけないという気持ちは変わりません。一方で、この20年、強岡だと思ってきた平和、民主主義、自由が危うくなっていると強く感じます。それで改めて戦後民主主義の根っこにある人びとの体験を描いてみようと思ったのが今回の仕事です」
現代史の本を読んでいて、普通の人の息づかいがわからないとも感じていたといいます。そこで、個人の思いが正直に書かれている日記などを通じて人間の生き方の軌跡を積み上げ、見えてくる考えや意識をまとめるという方法をとりました。
「日本は日記を書く人が多く、それが残っているのが特徴です。例えば、大手電機関係の社員の日記は、8
7冊全部が古本屋で売られていました。おそらく、本人が亡くなり、古本屋の手に渡ったのでしょう」
そうした資料から戦後、庶民が憲法の平和主義や民主主義をどのように受容したかを読み解いて見えたものは-。
平和への確信を9条は表現した
「民衆は平和主義や民主主義を『与えられた』のではなく、自ら苦しみながらつくり上げてきたと思います。 戦争で悲惨な経験をし、敗戦こよって、それまでの価値観を否定される。それでも生きていこうとするときに、何かを発見していくのが占領期の過程です。その体験は非常に貴重なものです」
例えば、戦争中に中島飛行機で働いていた女性は、軍需工場で働くことを生きがいと思っていました。戦争
が終わってみると実はむなしいものだったと気づき、自分が犠牲にしてきたものに思いをはせます。お化粧も、美しい着物も着ることができなかった。そこで初めて日常的なごくごく平凡だけれども、平和な世界の持つ価
値が見えたことが紹介されています。
「そうしてつかんだ平和への確信は、実感的な、生々しいものです。その核心を憲法9条は表現していたこ
とがわかります」
武力に頼らない伝統生き続ける
さらに、日本には戦争のない、平和な無事な世の中で暮らしてきた伝統があるといいます。
「本格的な対外戦争である日清戦争までは、その伝統は、意外に生き続けていたのではないでしょうか。今
回の研究は、日本にあった、他人を思いやり、人に迷惑をかけない、そして、武力に頼ることなく、平和に暮らしてきた伝統を、戦後史の中に再発見することにもつながると思っています」
解釈改憲で憲法を否定しようとする動きが続く中、現代史研究の課題をどう考えるかー
「戦争体敦を持った人が減り、実感として感じることが耗しくなっています。忘れられていくかもしれません。歴史家が存在するのは、そういう過去のことを忘れないためです。
戦後日本の民衆が、憲法の理念をどう自分の生き方と重ねてきたか、もう一回記憶しなおす。乱暴な故意を政府がおこなおうとしている今こそ、民衆が苦闘しながら作り上げてきた平和の基盤、その草の根の力を発揮するときです」
よしみよしあき1946年生まれ。中央大学教授。専門は日本近現代史。著書『草の根のファシズム』『従軍慰安婦』『毒ガス戦と日本軍』ほか。「慰安婦」問題の研究をまとめた自著を「ねつ造」と発言した「維新の会」の衆院議員を名誉教祖で訴えた裁判の原告。
(2014年06月23日,「赤旗」) (Page/Top)
中東で地球儀を買うと日本のところに書い、てある都市は、東京、大阪に続き、広島、長崎です。
中東の人たちにとって日本のイメージは、原爆が落とされたけども、戦後復興してハイテク国家になったと
いうものです。しかも、欧米のように中東を侵略してこなかった国。中東の人たちも、自分たちの国をそう発
展させたい。その意味で、日本は一つのモデルになっています。
日本の意法9条については、よほどのインテリでなければ知りませんが、そういうイメージで日本を見てい
ます。ただイラクに自衛隊を派遣たことは、米軌こ反発を持っている人たちの日本の印象を変えました.
昨年、アルジェリアで天然ガス施設が襲撃されて日本人が殺されました。かつてなら日本人なら殺されるこ
とはなかったでしょう。イラク派遣の影響があったと思います。
ただ日本への反感はまだ一部にすぎません。自衛隊のイラク派遣を知っているのは、派遣先だったサマワの人たちくらいです。その際、一人の死傷者も出なかったので、多くのアラブ人は知らないのです。
集団的自衛権の行使容認で、本格的に自衛隊が中東で戦闘することになれば、派兵された当該国では反発は避けられません。日本に抱いていた信頼感も失われることになるでしょう。
教え子を思い
個人的なことですが、ぼくは非常勤として防衛大学校で教えていたことがあります。ある日、新聞を開いた
ら、ぼくの教え子が海外での戦闘で死んでいた。そんなことはあってほしくありません。
集団的自衛権の行使容認は重大なことです。決めるのであれば、少なくとも国民に信を問うべきでしょう。閣議決定だけで決めるというのは関越だと思います.
後方支援でも
「米軍が日本に求めているのは、イラク戦争のときのような米国中心の多国籍軍への参加だ」陸上自衛隊元幹部は証言します。
米国はイラク戦争やアフガニスタン戦争だけでなく、最近ではリビア空爆(2011年)でも、多国籍軍で軍事作戦を遂行しました。
こうした多国籍軍への後方支援について政府はこれまで「戦闘地域には行かない」という歯止めを設けていました。現在戦闘が行われていないだけでなく、自衛隊が活動する期間ずっと戦闘がないとされる地域でしか活動しないということです。
ところが今回政府が示している案は、「現に戦闘が行われていない現場」なら、将来観閲が起こる可能性があっても後方支援を可能とするもの。しかも捜索・救難の場合なら戦闘中でも可能としています。後方支援であっても戦闘に巻き込まれる危険は前まります。
「朝日」(15日付)は、解釈改采でアフガン戦争に加わったドイツ軍が、後方支援に限定した派兵だったにもかかわらず戦闘に巻き込まれ55人の死者が出たことを特集しました。
最近の同国での世論調査では、82%が海外での軍事作戦を減らすべきだと回答。この結果を報じたロイタ
ー(5月20日)は、アフガン作戦での独軍死者拡大とともに、回答者の半数が自制すべき理由に、「(侵略戦争を行った)ナチス時代の過去」を挙げたことも伝えています。
たかはし・かすお-1951年、福岡県生まれ。大阪外国語大学ベルシア語科卒。コロンビア大学大学院、クウ
ェート大学客員研究員などを経て放送大学教授。『イランとアメリカ』など著杏多数
この企画は、北村隆志、坂口明、田中一郎、松宮敏樹の各記者が担当しました。
(2014年06月22日, 「赤訴」) (Page/Top)
〇-17日夜、首相官邸周辺に「憲法守れ」「安倍首相は辞めろ」の声とドラムの音が響き渡りました。集団的自衛権行使容認へ向け暴走する安倍政権に抗議する「ファシズム許すな! 安倍政権打倒首相官邸前抗議」です。
〇-2000人(主催者発表)の参加者が、ドラムに合わせて抗議の声を上げました。同日、東京・日比谷野外音楽堂で行われた「解釈で『戦争する国』にするな! 大集会」に連帯した行動です。
〇-午後8時30分ごろ、デモ隊が官邸前に姿を現すと、抗議参加者が拍手で迎え、「いっしょに頑張ろう」とエールを交換。抗議参加者とデモ隊が-体となってコールしました。8時40分過ぎには、デモ参加者が抗議行動に合流すると、コールはさらにボリュームを増していきました。
〇-東京都渋谷区の大河内むつみさん(66)は「『私が最高責任者だ』と言って閣議決定で解釈を変え、憲法を壊そうとする安倍首相は最悪の首相です。もう我慢できません」。「黙っていられない」という声を突きつける鳩となりました。
(逮)
(2014年06月20日,「赤旗」) (Page/Top)
【ニューヨーク-時事】米司法当局は、第2次世界大戦中にナチス・ドイツのアウシュビッツ強制収容所で守衛をしていたとされる89歳の男を、東部ペンシルベニア州の自宅で逮捕しました。米メディアが18日報じました。
ドイツ当局は男を約21万6000人のユダヤ人殺害に加担したとして訴追しており、米連邦地裁は18日、男の保釈を認めず、ドイツへの引き渡しに関する8月の審理まで拘束するよう命じました。
男は1952年、当時のチェコスロバキアから米国に移住し、働いていました。90年代にも米当局が男が収容所の守衛をしていたとして米市民権を剥奪しようとしましたが、ガス室での殺害には関わっていないと否定し、強制送還を免れていました。
(2014年06月20日.「赤旗」) (Page/Top)
2000年、ある全国紙が行った、21世紀に読み継がれてほしい本のアンケートで、フランクルの『夜と霧』は、海外ノンフィクション部門の3位に選ばれました。1961年に翻訳出版されたこの本は、いまなお毎年、増刷されています。さらに、著者が本文に手を入れた改訂版も、『新版夜と叛』として2002年に出版され、世界でも珍しいことに、日本では2種類の『夜と霧』が読まれています。
ナチスの絶滅収容所を生き延びた精神科医が、解放後まもなく、9日間の口述筆記で完成させたのが、『夜と霧』です。私は団塊の世代ですが、高校時代、この本を読まなければまともな戦後日本人にはなれないような雰囲気がありました。代表的な収容所であり、著者フランクルもー時期を過ごしたアウシュビッツは、広島・長崎と並んで、先の大戦でそれまでに人類が知らなかった残虐なやり方で命を奪われたおびただしい人びとに患いをはせるよすがともなりました。
人間性への思索
けれど、それだけがこの本の意味でもなければ、価値でもありません。理不尽な理由で収容所に送られ、そこで味わった苛酷ということばではとうてい言い表せない体験のなか、管理側もふくめた人びとの人間性がどのように失われたか、あるいは逆に
神々しいほどの輝きを放ったか、そのコントラストが、何度読んでも断腸の思いと驚きと感動、そして人間存在一般への深い思索を呼ぶからだと思います。
収容所では、すべてが奪われます。フランクルは、到着早々、隠し持っていた論文の原稿を没収されました。服も、経歴も、尊厳も、名前すら取り上げられたとき、もちろん現在も未来も奪われたとき、飢餓と寒さと重労働と屈辱と悪臭のなかで、フランクルは誰にも奪うことのできないものをみいだします。それは過去の思い出、そして愛です。フランクルの場合は、妻への愛でした。
「思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況・-にあっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、満たされることができるのだ」
あの3・11の大地震と津波の被害にあわれた方々のあいだで、『夜と霧』が静かなブームとなっていると聞いたときには、思わず震えがきました。被災した方々も、すべてを失われたのです。だから、フランクルの境遇をご自身のそれと重ね合わせたのです。ある医師は、生活用品をそろえるために仙台に行ったとき、若いころ読んだこの本をふと思い出し、買い求めたそうです。あのときその方にとって『夜と霧』は、最低限の生活必需品のひとつだったのです。
加害の側にいる
去年、若い方々とアウシュビッツに行きました。敷地内を歩いているとき、1人の女性がそっと近づいて言いました。
「でも、日本もひどいことをしたんですよね」
私ははっとしました。広島・長崎・アウシュビヅソと並べるとき、私たちは被害者の側に自分を置いています。けれど、この若者は加害の立場も忘れていない。すぼらしい若者が育っている、という思いをうれしくかみしめました。
『新版夜と霧』には、初版を訳された霜山徳爾先生の「前訳者あとがき」が収められています。先生は、昭和天皇の戦争責任と、特攻で亡くなった若者への思いから語り起こしています。戦争末期、若き軍医として特攻隊を見つめたつらい経験がおありだからでしょう。霜山軍医が勤務した海軍鹿屋基地からは、学徒出陣した私の叔父も出撃しました。この奇遇を今度お話ししようと思っていた矢先に、霜山先生は亡くなられました。心残りでなりません。
(いけだ・かよこドイツ文学翻訳家『新版夜と霧』の訳者)
ヴィクトル・エミール・フランクル1905年オーストリアのウィーンに生まれる。ウイ-ン大学医学部卒。精神科医。解放後、46年ウイ-ン市立病院に勤務。『夜と弄』(原題『それでも人生に然りという強制収容所における一心理学者の休駿』)を出版。55年ウィーン大学教授に就任。97年死去。
■ナチ収容所関連史
1933年・ヒトラー、独首相就任
・ダッハウに初の収容所設置。共産党且などを送る
39年 ・独がポーランド侵攻。第2次世界大戦開始。ユダヤ人夜間外出禁止令
40年 ・ポーランドにアウシュビッツ収容所開設
41年 ・独ソ戦開始
・フランクルー家がチェコのテレ-ジエンシュタット収容所に送られる
・アウシュビッツ収容所大幅改修、ガス室設置
42年 ・「ユダヤ人問題の最終解決」=ユダヤ民族の「抹殺」を正式決定
・アウシュビッツでガス虐殺開始。開放までに110万人のユダヤ人を虐殺
43年 ・独軍、スターリングラードで敗北
44年 ・フランクル、アウシュビッツに移送、その後、ダッハウ収容所に移送
45年 ・ソ連軍がアウシュビッツを開放
・フランクル、トウルクハイム収容所に移送
・連合軍がウィーン奪還
・フランクル解放
・全独軍が降伏。ヒトラー自殺
(2014年06月20日-「赤旗」) (Page/Top)
広島市西区の「己斐(こい)九条の会」はこのほど、己斐公民館で講演会を開き、24人が参加しました。原爆遺跡保存運動懇談会の高橋信雄副座長が「とめよう戦争する国づくり~9条解釈の変更をめぐって、集団的自衛権を中心に」と題して講演しました。
高橋氏は「麻生副総理が『改憲はナチスに学べ』と発言した通りに安倍政権が改憲に向かって突き進んでいる。9条によって『二度と戦争をしない』と誓った日本国民の決意を、全否定させてはいけない」と訴えました。
(2014年06月19日.「赤旗J) (Page/Top)
長野/「間組決定反対」
憲法破壊の集団的自衛権容認をめぐり、緊迫するなか、長野市で17日、「秘密保護法廃止・集団的自衛権行使容認反対集会」が開かれ、約120人が参加。「密室協議の閣議決定に反対」と、デモ行進で怒りの声をあげました。誘いあって参加した30代の女性など、若者の姿も目立ちました。県革新憩などの実行委員会が開きました。
連帯あいさつで、県弁凍土会憲法問題プロジェクトチーム・内村修弁護士は、「(政府は)これまで自衛隊は軍隊ではないとしてきたが、海外で戦争できるようになるなら、軍隊だ。そういう国になるかの瀬戸際に立っている」と警鐘を鳴らしました。
野口しゆんぽうく「明るい県政をつくる県民の会」代表委員、知事候捕)、田津洋子(「秘密保護法やだネット長野」代表委員)、親里千津子(沖縄戦語り部)、山口典久(共産党県書記長)、小山早紀(民青同盟県副委員長)の各氏もあいさつ・決意表明を行いました。
親里さん(82)は、「沖縄戦体験から、戦争をしてはいけないという気持ちが、人一倍強い。一人ひとりの行動が大きくなるように、声を上げるとき。悲しい思いは、絶対にさせない」と、声を振りしぼりました。
同日、長野県富士見町でも、党と民医連、原発問題連絡会の合同宣伝が行われました。
富山/昼休みデモ行進
「許すな!『戦争する国』づくり」と、国民大運動富山県実行委負会と安保廃棄富山県実行委旦会は17日.富山市内で昼休みデモ行進をしました。55人が参加。集団的自衛権容認の閣議決定阻止と秘密保護法の廃止を市民にアピールしました。
安保廃棄県実行委員会の松浦叶芳事務局長が、「安倍首相は軍事的な対応ばかり。日本の国の根本にかかわる憲法を勝手に変える政権は許せない。自公の密室談合も許さないという声をあげていこう」とあいさつしました。
参加者は、「国民の知る権利を守れ」「集団的自衛権の行使は許さないぞ」とシュプレヒコール。「若者を戦場には送りません」r戦争する国づくりNO!」と書いたプラカードなどをかかげ、JR富山駅前目抜き通りを歩きました。
福井/「9条を守ろう」
集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲に反対する決起集会とデモ行進が17日.福井市の中央公園で取り組まれ、約140人が集まりました。秘密保護法阻止福井県連絡会の主催。
県革新憩の松原信也事務局長が緊迫した情勢にふれ、「抗議の意思を表そう」「閣議決定で憲法解釈を変えてしまう非民主的な行為は絶対に許されない」と強明しました。
9人が1分間スピーチを行い、福井ネット準備会「根っこネット」会長の中野充さん(58)は「(安倍首相は)独裁者だ。まるでナチスが台頭したようだ」と非難しました。
日本共産党の佐藤正雄県副委員長(県議)が連帯の発言を行い、社民党県連合からのメッセージが紹介されました。
参加者らは、集会後、「集団的自衛権行使容認、反対」「憲法9条を守ろう」と訴えて行進しました。
愛知/寿法破壊許すな
安倍政権が集団的自衛権行使を容認する閣議決定の原案を提示するなか、日本共産党愛知県委員会は18日、岩中正巳県委員長、もとむら伸子参院選挙区候補を先頭に名古屋市中区の繁華街で「閣議決定やめよ」と宣伝しました。13日から連日実施しています。
岩中県委且長らは、原案が「国際法上は集団的自衛権が根拠となる」と明記され、歯止めなく無限定に海外派兵できるようになると厳しく批判し、「国民の批判を無視した暴挙は許されない。世論と運動で憲法破壊の暴挙を打ち破ろう」と訴えました。
署名に応じた男性(42)はr安倍首相は憲法の解釈変更、靖国神社参拝、消費税増税など、自分たち庶民を向いた政治をしていない。がんばってくれ」と話しました。
ビラを受け取った女性(66)は「自民党と公明党が協議しているが、国民無視で自公だけで憲法が変えられたらたまらない」。男性(66)は「安倍首相や自民党はもちろん、公明党もひどい。政権を離れないため安倍首相の言いなりになっている」と語りました。
(2014年06月19日.「赤旗」) (Page/Top)
「反ファシズムのフランスの運動の力、魂が生きているのを見る思いです」5月31日付国際面で報道した「反極右仏全土デモ高校生がよぴかけ『歴史逆行許さない』」について、読者から寄せられた声です。
5月25日に開票された欧州連合(EU)の共同執行機関、欧州雑会選挙では、EU主導の緊縮策に対する左翼勢力とともに、極右勢力の台頭も目立ちました。フランスでは、極右の国民戦線が国内第1党となり、国民のなかではこれに対する懸念が広がり、高校生の行動となりました。
「しんぶん赤旗」の国際面では、世界各地の進歩的運動、国民生活向上に向けた施策などを重視しています。米国のファストフード労働者をはじめとする最低賃金引き上げの運動にも光をあてています。
来年は被爆70年。いま、国際社会のなかで、核兵器禁止条約の早期交渉開始を求める声が出ています。原水爆禁止日本協議会(日本原水協)と日本原水爆被害者団体協誰会(日本被団協)はその交渉開始を求める各国政府への要請を強めています。「しんぶん赤旗」は、こうした動きの報道とともに、核兵器廃絶を求め、世界の運動、世論に注目しています。 (外信部)
(2014年06月17日.「赤旗」) (Page/Top)
「新しい時代の礎になるものだ」(エジプトのシシ大統領)-8日、大統領就任式で2011年にムバラク独裁政権を倒した「革命」に言及。
「欠くことのできない歴史との約束だ」-10日、仏中西部オラドウールで第2次世界大戦末期に起きたナチス・ドイツによる住民虐殺追悼式典で。
「貧しい人々や失業者、若者の声を反映させるために活動する」(欧州議会の欧州統一左翼/北欧緑左翼のツインマー委員長)-11日、欧州-誰会選挙で左翼の議席が1.5倍になったことを発表。
「武器を持ってテロリストとたたかう能力のあるものは、国家防衛のため志願して政府軍に参加せよ」くイラクのイスラム教シーア派最高権威シスタ二師)-13日、過激派武装組織「イラク・シリアのイスラム国」に対抗するために信者に呼び掛け。
「世界中の多くの男性指導者が、紛争下の性暴力を取り巻くタブーと向き合う姿勢を示したことに勇気づけられた」(女優アンジェリーナ・ジョリーさん)-13日、紛争下での性暴力根絶を目指す国際会議閉会会見で。
「労働者が長らくたたかっていた方向に前進する大きな一歩」(米サービス業国際労組のエンゲルスタイン氏)-13日、ニューヨーク市・近郊の3空港で働く下請け労働者の最賃引きあげ発表を受けて地元紙に。
(2014年06月16日,「赤旗」) (Page/Top)
政治・経済
◆法人税減税盛る政府は経済財政諮問会議を開き、経済財政運営の基本方針
「骨太の方針」の骨子案を提示。この中で法人実効税率を引き下げる方向を盛り込む
(9日)
◆「九条の会」発足10周年講演会2004年6月10日に呼びかけを発表した九条
の会が、講演会「集団的自衛権と憲法9条」を開く。「戦争する国」を許さない新たなた
たかいの出発点とする決意を固めあう(10日)
◆秘密会設置法案審議入り自民、公明両党は秘密保護法にもとづき国会に「情
報監視審査会」という秘密会を設置する国会法改定案の提案説明を衆院議院運営
委員会で行う(10日)
◆成長戦略骨子案提示政府は産業競争力会経に改定成長戦略の骨子案を提示
し、労働、医療、農業の3分野で大企業が一層もうけをあげられる制度改悪を盛り込む
(10日)
◆「残業代ゼロ」導入で一致政府は、「残業代ゼロ」制度について関係閣僚会議を
開き、労働時間規制を外す新たな制度を導入することで一致(11日)
◆安倍晋三首相が法人税減税を明言安倍首相が法人実効税率を来年度から数
年間で20%台に引き下げると表明(13日)
◆「骨太の方針」素案をまとめる経済財政諮問会議が「経済財政運営と改革の基
本方針2014」(骨太の方針)素案をまとめ、法人実効税率を20%台に引き下げるこ
とを明記(13日)
社会・国民運動
◆ノバ社元社員逮捕製薬大手ノバルティスフア-マの高血圧治療薬の臨床研究
データ操作問題で東京地検特捜部は.薬事法違反(誇大広告)容疑で同社元社員の
白橋伸雄容疑者(63)を逮輔(11日)
◆STAP細胞問題で提言 理化学研究所の外部有識者でつくる改革委長会は研究
不正の再発防止にむけた提言を提出。発生.再生科学総合研究センターについて
「構造的な欠陥」を指摘、解体を提言(12日)
◆鎮静剤投与後12人が死亡東京女子医大病院で小児への使用が禁じられた鎮
静剤「プロポフォール」が投与されて男児-当時(2)-が死亡した事故で、同大の吉
岡俊正理事長らが会見、謝罪.2009年から13年に同薬剤を投与した15歳未満の
患者63人中12人が死亡したと明かす(12日)
◆ニホンウナギ絶漉危倶種に国際自然保雄連合(IUCN)は、絶滅の恐れがある
生物対象の「レッドリストJの最新版に二ホンウナギを掲載(12日)
国際
◇エジプト新大統領就任5月の大統領選挙で勝利したシシ前国防相が就任。経済
成長、社会の安定に取り組むと演説。人権の抑圧などに批判も(8日) 紛争における性暴力根絶」で国際会議 ロンドンで第1回が開催。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使の女優アンジェリーナ・ジョリーさんとヘイグ英外相が呼びかけ(10-13日)
◆仏のナチ虐殺現場で追悼式典フランス中西部のオラドウールで、ナチス・ドイツ
による住民642人の虐殺から70年で追悼式典
◆イラク北部を過激派が制圧イラク第2の都市モスルを、スンニ派過激派組織「イラク・シリアのイスラム国」が制圧。さらに首都に向け南下を続ける。モスルからは住民50万人が脱出(10日)
(2014年06月16日.「赤旗」) (Page/Top)
落語で憲法の大切さを語る「八法亭みややっこ」こと
安倍首相は、自民党内の慎重派を抑え込み、連立を組む公明党までも黙らせて、
内閣の解釈により集団的自衛権を認めるという「実績」を作ろうとしています。民意を
聞くというポーズすら投げ捨てています。国民との矛盾は激化する一方。閣議決定の
時期が予定よりずれ込んでいるのは、国民のスクラムが安倍一派の足を止めている
証拠です。スクラムの数はいや増すばかり。このまま会期末まで押しとどめましょう。
そして、その後も、こんなナチスの手口のようなことを二度と言いだせないように、引
き続き、包囲していきましょう。
(2014年06月16日,r赤旗」) (Page/Top)
新宿で大注目
安倍首相が今国会の会期内にも、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を狙う中、「ファシズム許すな!安倍政権打倒デモ」が14日、東京・新宿駅周辺で行われました。街を歩く人が列に加わるなど、行進中にデモの隊列が長くなり、参加者は前回(5月24日)の300人をはるかに超える700人となりました。
ドラムのリズムに合わせて「憲法壊すな」「安倍はやめろ」とコール。「残業代ゼロ」に反対するプラカードなども掲げられ、それぞれの要求をアピールしました。
杉並区から来た会社員の堀口裕一さん(39)は「安倍首相は死人を出す集団的自衛権を、憲法解釈で無理やり変えようとしている。非常識です」と怒ります。
沿道からじっとデモを見つめていた、江戸川区在住の女性(46)は「アベノミクスでもうけているのは、富裕層だけ。私もこのデモに共感します」と話しました。
行動を呼びかけた「怒りのドラムデモ」の井手実さん(34)は「来月も開催します」と予告しました。
銀座でも訴え
安倍政権に、党派を超えて異議を突きつけようと14日、東京・銀座で「アベ NO THANK YOU!」(安倍政権、もうけっこう)と題したパレードが行われました。医療、福祉関係者らが呼びかけ、市民ら約100人が参加しました。
インターネット上で呼びかけを見つけて参加した横浜市の救急医、町田雄樹さん(29)は「こういう活動は完全に初めて。いま声をあげる必要があると感じている。海外での武力行使を認める安倍さんの言動は危険だ」と語りました。
済生会栗橋病院の本田宏院長補佐がマイクを握り、集団的自衛権の行使容認や消費税増税、原発再稼働の推進、医療・介護総合法案の強行に抗議。パレードに先立つ集会では、川島みどり日本赤十字看護大客員教授が「このままでは日本の若者たちが血を流す時代が来る」とビデオメッセージで訴えました。
パレードを呼びかけた千葉県南房総市の医師、伊藤真美さん(57)は、「身近な場所で政治を語って、声をあげる人を広げたい」と話していました。
( 2014年06月15日,「赤旗」)(Page/Top)
【オラドゥール・シュル・グラヌ(フランス中西部)=島崎桂】第2次大戦末期、ナチス・ドイツによる住民虐殺の舞台となった仏中西部オラドゥールは10日、事件発生から70年を迎えました。同地での追悼式典に出席したバルス仏首相は「歴史との約束」の重要性にふれ「偽りの言葉」をふりまく歴史修正主義者や極右勢力を批判しました。
在仏ドイツ総領事も出席した式典でバルス氏は、同国での極右台頭を念頭に「歴史修正主義者や(戦中の)対独協力を懐かしむ人々、有害でちっぽけな記憶の扇動者たちが偽りの言葉でフランスを傷つけようとしている」と指摘。過去の悲劇と向き合う毎年の式典は「欠くことのできない歴史との約束」だと強調しました。
数百人の参列者は式典に先立ち、およそ400人の女性や子どもが監禁、放火により死亡した教会や、犠牲者の名を刻んだ追悼碑をめぐり、黙とうと献花を行いました。
オラドゥールの虐殺では、同地をレジスタンス(抵抗)運動の拠点とみたナチス親衛隊の手により、一夜で642人が亡くなりました。ドゴール元大統領は戦後間もなく、歴史を後世に伝えるためオラドゥールの保存を決定。同地の「記憶センター」には、倒壊した家屋や焼け焦げた車が当時のまま残されています。
( 2014年06月12日,「赤旗」)(Page/Top)
○「これでパレスチナ人の分断は終結した。統一政権は過去の合意をすべて順守する」(アッバス自治政府議長=写真、ロイター)=2日、パレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハとイスラム武装抵抗組織ハマスが統一暫定政権の樹立で合意したことを受けて。
○「紛争に対しては、武力不行使と平和的解決の原則に忠実であり続ける必要がある」(マレーシアのナジブ首相)=2日、クアラルンプールで開かれた第28回アジア・太平洋円卓会議で基調講演。
○「(これからの)4年間、ソウル市は市民が市長だ。私は市民のことを考え市民の側にたつ」(朴元淳〈パク・ウォンスン〉ソウル市長)=4日、ソウル市長選で再選を果たし、有権者を前に表明。
○「(ナチス・ドイツのために)平和と自由を持たなかった人たちの経験をわれわれが生かし、平和と自由を強めなければならない」(メルケル独首相)=6日、ノルマンディー上陸作戦70周年記念式典に参加し発言。
○「外では掲げるな。命令に反しており、さらなる問題を生じさせる」(タイ軍政トップのプラユット国家平和秩序評議会〈NCPO〉議長)=6日、テレビ番組で、クーデターに抗議の意思を示す「3本指」サインの広がりに不快感を示して。
( 2014年06月10日,「赤旗」)(Page/Top)
第2次世界大戦中の「ノルマンディー上陸作戦」開始から70年となる6日、仏北部ノルマンディーで、大戦にかかわった世界19カ国の元首らが集まり、記念式典が開かれました。
節目ごとに開かれる式典には今回、旧敵国ドイツからメルケル首相が招待されました。同氏は「(ナチス・ドイツのために)平和と自由を持たなかった人たちの経験をわれわれが生かし、平和と自由を強めなければならない」と発言しました。
記念式典にドイツの首相が招かれたのは2004年の60周年式典のシュレーダー首相が最初。シュレーダー氏は当時、「われわれドイツ人は誰が罪を犯したかを知っている。われわれは歴史の前に責任を自覚し、真剣に考える」と演説していました。
ノルマンディー上陸作戦は1944年6月6日、ナチス・ドイツが占領するノルマンディー地方に連合軍が決行した大規模な上陸作戦。「Dデー」と呼ばれる作戦初日だけで、連合軍兵士約1万人が死傷しました。連合国側がナチス・ドイツに勝利するきっかけとなったといわれます。
英国のDデー博物館によると、「Dデー」とはもともと一般的な軍事用語で、作戦実行の日を指します。
( 2014年06月08日,「赤旗」)(Page/Top)
原発ゼロへ「巨石投じた」
「原子炉を運転してはならない」―。福井県内外の住民が関西電力大飯原発3・4号機の再稼働差し止めを求めた裁判で、福井地裁は画期的な判決を出しました(5月21日)。原発なくせの運動に40年余たずさわり、同訴訟で原告代表をつとめた中嶌哲演さんを小浜市に訪ね、判決の意義と運動について聞きました。
―今回の判決には特別の思いがあると思いますが。
判決は二重の意味で感無量でした。3年前の3・11福島第1原発の事故以降、広範な人たちの間にはじめて「安全神話」に反対する世論と運動がまき起こりましたが、それが今回の判決に凝縮しています。私たちだけで勝ち取ったものではなく、広範な人びとの声と願いが結晶した〝共有財産〟です。
同時に、原発事故以前からこの福井で原発建設反対を40年以上にわたって訴え、司法の分野で敗訴につぐ敗訴で、勝利することを1回も経験しないで亡くなった多くの先人たちの無念の思いがあるわけです。そういうこと一切合財をふくめ感無量の思いです。
―全国の運動を励ましていますね。
判決は冒頭から、一人ひとりの生存し生活し幸福を追求する権利である 「人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つ」 とのべ、被害をもたらす施設の運転差し止めを請求する権利が住民に十二分にあるときっちり認める、すばらしい判決でした。
その立場から原発の稼働が電気をつくるための経済活動の自由に属するもので、 「憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである」 とのべています。何が優位で何が劣位なのかが明確です。この基本的考えが全体に貫かれていて感動を呼びます。
また判決は、原発が運転を停止したあとも電気と水で原子炉を冷やし続けなければならず、いったん事故が発生するとそれが拡大していくという他の技術と違った 「原子力発電に内在する本質的な危険である」 と鋭く指摘しています。
地震問題では関西電力の主張を詳しく反証し、 「地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない」 と「安全神話」を断罪しました。
さらに原発の運転停止が国富の喪失につながるという推進派の議論について、
「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」 と対置しています。
法廷では、この国富論のところで傍聴席が大いに沸きました。
―判決はそうした精神を、福島やチェルノブイリの現実で裏付けていることが印象的です。
そうです。福島で避難生活を余儀なくされ、多くの人が「命を縮めたことは想像に難くない」と実情をよく踏まえています。
私はとくに判決冒頭の主文で、大飯原発から「250㌔㍍圏内に居住する」原告との関係で原発を運転してはならない、とのべていることがきわめて重要だと思います。250㌔圏といえば大飯原発なら大阪も神戸も和歌山も圏内です。国内すべての原発の250㌔圏内の人びとは原発の影響をうける当事者だということです。
この250㌔圏の根拠は事故当時の政府の原子力委員会の近藤駿介委員長が菅首相に出した最悪シナリオにある想定です。政府機関の専門家トップの想定を根拠にしているのです。
反原発の運動にとって大電力消費地域の住民にどう当事者意識をもってもらうかで、私をふくめ大変苦労してきたわけですが、これはすごい力になります。
―法廷闘争が実を結んだんですか。
そう思います。原告団と弁護団が連携して論陣を張りました。昨年4月の原告側の意見陳述では福島の2人を含め8人の原告がすばらしい陳述をしました。私も福島の声、子どもたちの声を極力紹介しました。
「原発はいちどに何もかもを/奪っちまった。/原発さえなかったらと/壁さ チョークで遺書を遺して/べこ飼いは首を吊って死んだ。/一時帰宅者は/水仙の花咲く自宅の庭で/自分さ火つけて死んだ/放射能でひとりも死んでいないだと…/この うそこきやろう 人殺し/原発は 田んぼも畑も海も/ぜーんぶかっぱらったんだ…」(青田恵子「拝啓東京電力様」から)
法廷で大きな声でこの詩を読み上げました。
原告の一人が「私たちが思ったり願ったり主張してきたことを、裁判官が表現してくれている」といっていましたが、そのとおりだと思います。
―嶺南地方の敦賀や若狭地域では長年原発反対の運動がありました。
この地方は15基の原発が集中している世界一の密集地帯、「原発銀座」ですが、いずれの1基たりとももろ手を挙げて歓迎したものはない。どの原発建設でも反対運動がありましたし、あと一歩、二歩で建設を阻止できたかもしれないという大反対運動もありました。それらはことごとく〝金力・権力・暴力〟で押しつぶされました。暴力は国家暴力で、機動隊や警官隊、何台もの機動車でデモを押さえつけ、参加した公務員に目をつけて逮捕する、そうして形ばかりの公開ヒアリング(公聴会)をして建設を強行していきました。
私は「原発マネーファシズム」といっているのですが、いったん建設されてしまうと、住民がものを言わなくなっていく。見ざる・聞かざるを決め込んでいかざるをえない雰囲気が強まる。そういう結果だけを県外の人が見ると福井県はどうなっているんだと思われるかもしれない。しかし、数十年にわたる経過があってそうなっている。唯々諾々と認めたなどとんでもありません。
そういう中で小浜市だけは市民の運動の結果、関電が計画していた4基の原発や使用済み核燃料の中間貯蔵施設をつくらせませんでした。1968年から40年余の間に、「原発設置反対小浜市民の会」などが、全市民を対象とした署名運動を何回も起こし、住民投票もやり、市長選挙などをつうじて世論をつくり、5回建設を阻止しました。
しかし小浜の周囲には15基の原発があります。
今回の判決は、反原発・脱原発に向けて「一石を投じた」以上に「巨石を投じた」のだと思います。大きな波紋がいまも広がりつつあります。福井では住民自治・地方自治の本領を発揮し、署名を集め知事などに再稼働をやめさせ、原発関連の雇用や経済を転換して、住民に安全・安心の自然環境と生活が保障される原発ゼロ社会を連帯の力でめざしていきます。
聞き手 山沢 猛
なかじま・てつえん 1942年生まれ。真言宗御室派明通寺住職。原発設置反対小浜市民の会から反原発運動に参加。現在、原子力発電に反対する福井県民会議代表委員(共同)。2012年3月大飯原発再稼働に反対して県庁で7日間ハンスト実施
( 2014年06月08日,「赤旗」)(Page/Top)
「アンネ」「カズエ」「ピース」―。平和にちなんだバラの品種が咲き誇る「平和のバラ園」(横浜市青葉区)のバラが見頃を迎え7、8の両日に「平和のバラまつり」を行います。
同バラ園では、1000平方㍍の敷地に約400本のバラが甘い香りを漂わせています。NPO法人「のむぎ地域教育文化センター」(樋口義博代表)が育成しています。
「アンネ」は、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害で犠牲になった少女、アンネ・フランクゆかりの品種です。オレンジ色に黄色がかった黄金色のバラ。フリースクール「のむぎ」の女子生徒3人が兵庫県西宮市の「アンネのバラの教会」まで自転車で旅をして譲り受けてきて移植、平和のバラ園に育てあげました。
「カズエ」は、1977年、横浜市緑区(現青葉区)で米軍機墜落事故で犠牲になった林和枝さん親子をしのんで、園芸家で和枝さんの父親、土志田勇さんが作りだしたもの。
「ピース」は、1945年、連合軍のベルリン入場を記念して名付けられたバラ。平和のバラ園で育った子孫苗はこれまで北海道から沖縄まで広まっています。
樋口代表は「集団的自衛権行使を容認し、戦争をする国へ突き進もうとしているとき、今年の『平和のバラまつり』は改めて平和の尊さをアピールしたい」と話しています。
連絡先=℡045(961)6696。
( 2014年06月06日,「赤旗」)(Page/Top)
米国家安全保障局(NSA)がドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していたとされる問題で、ドイツ連邦検察庁は4日、スパイ容疑で捜査を開始したことを明らかにしました。現地からの報道によると、検察は複数の米情報局員がメルケル首相の携帯電話を盗聴した証拠があると述べました。
一方、ドイツ市民を対象に行っていたとされる広範な情報収集については捜査を見送ります。
メルケル首相の報道官は同日、「政府は検察の決定に影響力を振るうことはしていない」と強調。一方、米国のローズ大統領副補佐官は捜査よりも二国間の対話が効果的だと記者団に語りました。
メルケル首相に対する盗聴疑惑は昨年10月、米中央情報局(CIA)のスノーデン元職員が持ち出した機密資料から発覚。首相就任前の2002年から盗聴していたとされ、ベルリンにある米国大使館の屋根などから、大規模に行われていたといいます。発覚以来、米独関係はぎくしゃくしています。証人としてスノーデン氏を独連邦議会に召喚するよう求める声もありますが、独政府は米国との関係を考慮して、現在のところはその見通しはないといいます。
ナチスや旧東独の秘密警察が国民を監視した歴史を持つドイツの国民の間では、米当局による情報収集に強い批判があります。メルケル首相は2月、電子メールやその他の情報が自動的に米国を経由するのを防ぐために、「欧州通信網」の創設を提起しました。
( 2014年06月06日,「赤旗」)(Page/Top)
波打ち際で逆さまになったヘルメット。反攻の始まりを告げるベルレーヌの詩。明るく軽やかな進軍マーチ。第2次世界大戦で欧州戦線の転機となったノルマンディー上陸作戦を描いた映画「史上最大の作戦」です▼1944年6月6日。米英を主力とした連合軍は、ナチス・ドイツが占領するフランスへの上陸を決行します。周到な計画によってドイツ軍の裏をかいた場所が、イギリス海峡に臨む北西部のノルマンディー地方でした▼「Dデイ」と呼ばれた日。第1波の部隊に同行した写真家のロバート・キャパは、弾丸や砲弾飛び交う攻防の生々しさを伝えています。「指揮官は吹き飛ばされた部下の肉片をまともに浴びて、血まみれになってわめき散らしていた」▼パリ解放へとつながっていくノルマンディー上陸作戦は、大戦の終わりを加速させました。戦争の歴史に刻まれた日から、きょうで70年。各国の首脳らが激戦の舞台に集まり、記念式典が開かれます▼式典では、ロシアのプーチン大統領が3月のクリミア併合後、初めて欧米の首脳と一堂に会します。外電によると、フランスの外交官は「将来を見据え、ウクライナ危機を拡大化させないための場でもある」と述べています▼「彼は死んで、おれは動けず、君ははぐれる…。そんなものらしい、戦争はね」。先の映画の中で傷ついた兵士が仲間に語りかけます。おびただしい命が奪われ、血が流れた地で、改めて平和の尊さをかみしめる。そして、行動に移す機会になってほしい。
( 2014年06月06日, 「赤旗」)(Page/Top)
何がなぜ起きたのか開かれた議論が大切
日本軍が中国に侵略する過程で引き起こした南京大虐殺。この事件を描いた映画「ジョン・ラーベ~南京のシンドラー~」が2009年に世界で公開されて以来、5年ごしでついに日本で初上映されました(5月17日)。ドイツ人のフロリアン・ガレンベルガー監督は「何が起き、なぜ起きたのかを議論するきっかけとなってほしい」とメッセージを寄せています。
本吉真希記者
映画の舞台は日中が全面戦争に突入し、混乱する日本軍占領前後の首都・南京。1937年12月、迫り来る日本軍に対し在留欧米人が「南京安全区国際委員会」を立ち上げ、市民が避難できる安全区を設置します。日本軍との折衝を有利にするため、日本と同盟関係にあったドイツ人のジョン・ラーベが委員長に選ばれました。ラーベは当時、ドイツ企業シーメンス社の南京支社長で、ナチス党員でもありました。
本作はそのラーベが書き残した日記から着想を得て、南京事件における日本軍の残虐行為を大局的な視点で描いた劇映画。ドイツ・フランス・中国の合作です。
中国での日本軍の虐殺事件に詳しい井上久士・駿河台大学法学部教授は「第三国の立場から人道主義的に一般市民を救出しようとした彼らの努力とともに、日本軍の蛮行がどんなものだったのかを描いています。とくに武装解除された中国兵を日本軍が組織的に殺したこと、女性に対する性暴力があったことを、映像を通して知ることができる貴重な作品です」と話します。
「捕虜殺害は明らかに国際法違反です。婦女暴行は日本の戦前の刑法や陸軍刑法でも犯罪行為。人道的にも許されない」とも指摘します。
不条理と日本兵
ガレンベルガー監督は待望の日本公開にあたってビデオメッセージを寄せました。「歴史上何が起きたのか、なぜ起きたのかを知り、責任を受け継ぎオープンに議論することで、南京虐殺やホロコースト(ナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺)のようなことが二度と起きないようにすることが大切」と話しています。
舞台あいさつに立った俳優の井浦新さんは自身の少佐役について「苦しみながら(戦争の)矛盾や不条理に耐えてたたかった日本兵はたくさんいたはずだという監督の思いをのせた人物だった」と語りました。
ドイツ、アメリカ、フランス、中国の名優とともに香川照之(朝香宮鳩彦=あさかのみややすひこ=中将)、杉本哲太(中島今朝吾=けさご=中将)、柄本明(松井石根=いわね=大将)の各氏らが出演しています。
初上映に尽力したのが「南京・史実を守る映画祭」実行委員会です。上映権の獲得に成功し、この日を迎えました。2回の上映とも満席で900人近くが足を運びました。来場者は「すばらしい映画だった。この映画が一般に劇場で上映できないことが、日本の異常な現状を示している」などの感想を寄せました。
実行委員会は09年と11年にも南京事件をテーマにした同様の映画計5本上映する映画祭を開催。ほとんどの映画が日本で配給会社がつかず、商業的に公開されていません。なぜか―。
南京事件は虐殺や強かんなど日本軍の蛮行を象徴する事件だからです。事実を否定する勢力の攻撃や妨害が絶えません。98年、「南京1937」の上映中、自称右翼団体員が刃物でスクリーンを切り裂く事件が起きました。04年には漫画雑誌連載の「国が燃える」(本宮ひろ志作)が、虐殺描写の大幅な削除・修正に追い込まれました。
「映画祭」実行委員の一人、荒川美智代さんは「戦争の史実や戦争責任に関心のない人たちにどう広めるかを考えたとき、映画は適切な媒体です。日本は過去、戦争に突きすすんだけれど、いまの政府を見ているとその前夜のよう。繰り返してはいけない。南京事件をなかったことにはできません」と語っています。
上映予定=実行委員会は8月23日、東京・文京シビックセンターで上映会を予定。今後は各地でも上映できるよう、すすめていく計画です。問い合わせ=メールinfo@jijitu.com、080(9691)5378
(2014年06月01日,「赤旗」)(Page/Top)
深い批判性を持つ政治風刺喜劇
あのヒトラーが現代ドイツによみがえり、マスコミの寵児となって着々と支持者を増やし政治に進出していく様子を、ヒトラーを一人称にして物語った本書は、荒唐無稽なファンタジーであると同時に、深い批判性を持った政治風刺コメディーである。130万部を超えるベストセラーになる一方、毀誉褒貶の激しい議論の対象ともなった。
ドイツではナチス批判が今日でも重要な政治テーマで、ナチスやヒトラーを礼賛すると刑事罰の対象になりうる。その中でヒトラーを描くこと自体がタブーであるような時期が長く続いたが、2004年の映画「ヒトラー 最期の十二日間」あたりから流れが変わったように思う。あの映画で名優ブルーノ・ガンツの演じるヒトラーのように、怪物や極悪人ではなく、生身の「人間」としてのヒトラーに迫り、ひいては国民を惹きつけた「魅力」の謎に迫ろうという厄介だが意味のある試みが行われるようになった。
ドタバタ喜劇のような見かけの本書の背後には、70年以上前の古臭い政治的言語、持って回った演説口調によるヒトラー的思考が見事に再現されている。ストーリーが起伏に富んで面白い後半より、前半部分でヒトラーが何十年かの遅れを取り戻し、着々と現代社会の権力・利害関係を理解していくプロセスの描き方が秀抜である。「一九三〇年のドイツもちょうどこんなふうだった。ただ、あのころは状況をぴったりあらわすこんな言葉は存在していなかった。それは『政治不信』という言葉だ」。このような良質の面白い政治文学が日本にも欲しい。読みやすい優れた翻訳である。
67生ドイツ生まれ。ジャーナリスト。本書が実名で執筆した初めての小説。
( 2014年06月01日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ドイツの高級車メーカー、アウディの前身企業アウトウニオンがナチス政権下で、ユダヤ人らを過酷な条件下で働かせ、多数の犠牲者を出した過去が歴史家の調査で明らかになりました。強制労働にはアウトウニオン創業者が深く関与。歴史家は報告書で、同社に「道義的責任がある」と指弾しました。
アウディが歴史家に委託した調査によると、アウトウニオンは南部のフロッセンビュルク強制収容所の近くの工場で収容者1万8000人を徴用。このうち4500人が死亡しました。また、ナチスがアウトウニオンのために設置した労働収容所7カ所で3700人以上を働かせたほか、東部ケムニッツなどの工場で非収容者1万6500人を強制労働させました。
強制労働では、アウディが「アウトウニオンの父」と呼ぶ創業者の一人、故リヒャルト・ブルーン氏が大きな役割を担いました。報告書は「アウトウニオンとナチスの密接な関係に議論の余地はない」と指摘しています。
アウディはブルーン氏の評価を再検討する方針。同社幹部は地元誌に「これほど深く強制労働に関わっていたとはショックだ」と話しています。
( 2014年06月01日,「赤旗」)(Page/Top)
1世紀にも及んだ国によるハンセン病患者への「強制隔離絶滅政策」。非道な政策に正面から立ち向かい、元患者の人権回復と社会復帰を求めて生涯たたかい抜いた谺雄二さん(82)が、11日に亡くなりました。群馬県草津町で第10回ハンセン病市民学会の総会が開催されていたさなかの死でした。病床にあって「総会が済むまでは死ねない」と繰り返し、開会日(10日)の朝も、参加の意思を全身で示していたといいます。谺さんの思いと、ハンセン病問題のいまを見ました。
(青野圭)
形を変え続く〝隔離政策〟
ハンセン病市民学会は、「交流・検証・提言」を活動の柱に、元患者と市民がともにハンセン病への差別と偏見の克服をめざして2005年に設立されました。
国の強制隔離政策を断罪した熊本地裁判決(2001年5月)から4年。全面解決に向けて、国は原告らと合意(01年12月)した4項目―①謝罪・名誉回復②在園保障③社会生活支援④真相究明・再発防止―の「確認事項」の実現を約束したはずでした。
「医療はどんどん悪くなっている。私たちは命の不安におびえる毎日を過ごしています」
同市民学会の初めての総会(05年5月)に、シンポジウムのパネリストとして出席した谺さんは、現状への危機感を語りました。この時、全国の療養所入所者は3307人、平均年齢は77・5歳でした。
「毎年300人近くの者が死んでいく。3000人ちょっとしか現在全国のハンセン病療養所の入所者はいないのです。ということは10年たてば全部死ぬんです。国が私たちの要求に十分応えない。そして法的責任は果たさない状況の中で私たちは国の思う通りに絶滅させられていくんです」。
先の「確認事項」にもとづき、元患者らの努力もあって、全国主要50紙に謝罪広告の掲載、ハンセン病補償法や退所者給与金を実現するなど一定の措置がとられました。しかし、療養所では医師や看護師など職員不足が進み、医療・介護の機能低下への不安が広がっています。「無らい県運動」(患者狩り)などで国が執ようにあおり立てたハンセン病に対する恐怖と偏見、差別は根深く、療養所を出た人の多くは故郷に帰ることを断念。夫婦間でさえ元患者であることを隠している事例もあります。
今、ハンセン病の治療を必要とする人はほとんどいません。後遺症や高齢による身体障害などの治療が大半です。しかし、患者だったことを知られる恐怖から、退所者の多くが一般の医療機関にかかれないでいます。医療機関の側も、長く続いた強制隔離のために、元患者を治療した経験も知識もないのが実態です。
元患者が療養所を出て普通に暮らすことができない現状は、形を変えて「隔離」と「絶滅政策」が続いていることを示しています。かつて1万人以上いた入所者は1850人(14年4月1日現在)にまで減り、平均年齢は83・4歳です。全面解決には一刻の猶予もないのです。
今年の総会に参加するために草津入りしていた全国ハンセン病療養所入所者協議会の神美知宏会長(80)が、開会直前の9日に急死しました。10日の総会で報告するために、直前まで手を入れていた「緊急アピール」の原稿が遺されました。
事実上、神さんの遺言となったアピールは、現状を厳しく告発しています。「21世紀に入っても、ハンセン病問題解決の目処は立たず、強制隔離絶滅政策の被害回復からも、現状はむしろ遠ざかりつつあると感じられる…1960年代には、療養所入所者すべてが、化学療法の進歩により病気は治っていても、社会問題としては多くの課題を残しており、全面的解決にはまだ程遠いというのが実感です」
9年前に谺さんが発した警告が現実になろうとしています。あの時、谺さんが語った願い―「私たちが最後の1人まで、生きててよかったと思える生活を獲得したい」―は次の世代に託されました。
〝世代継承〟/目立つ若者の姿
谺さんは、ハンセン病問題の真相究明と教訓が引き継がれ、人が人として大切にされる社会の実現を渇望していました。豊かな温泉もいかし、楽泉園を国立の医療施設として地域に開放する「療養所の社会化」を将来構想として描いていました。
重監房資料館の開館直後に開かれた今年の総会では、生前に録音された谺さんの肉声が紹介されました。「ここがふるさとだ。ここを永久に残せと厚労省に要求している。土地ごと残せと」
谺さんが願ってやまなかったのが〝世代継承〟です。楽泉園などを会場にした総会では、若者の姿が目立ちました。「ゼミでハンセン病問題に取り組んできた」という東京の大学生グループ。医大生の男女2人は「生々しい証言に胸が痛くなった。人間を人間と見ない、まさに日本のアウシュビッツだ。医者である前に人間そのものが問われていると痛感した」と語りました。
千葉の東葛看護専門学校は授業の一環として毎年、3年生数十人が楽泉園を泊まりがけで訪ねています。学生の吉田有希さん(31)は、棺に眠る谺さんと霊安室で対面。「初めてお会いしました。どんな生き方をすれば、こんなすてきな表情になるのだろうと思いました。受け継がなければ」といいます。
谺さんの「たたかい」は受け継がれるか。「オレたちが/この世から/滅べば/汚点(しみ)が消えたと/笑うやつらが/いる/笑わせて/たまるか/生きてやれ」(1969年、谺雄二作「死ぬふりだけでやめとけや」)。笑わせてたまるか。
人権侵害の頂点、重監房を復元
草津町の国立ハンセン病療養所「栗生楽泉園」に隣接した重監房資料館が4月30日にオープンしました。谺さんが生前、復元を強く求めていたものです。
谺さんとともに復元に尽力した新潟大学医学部の宮坂道夫教授は、日本政府の隔離政策が、世界的にも特異なものだったとして、「正式な法律の定めの下で厳しい懲戒検束の制度が運用されていた」と指摘します。裁判もなく、所長の裁量で入所者に死に至る懲罰を加えることが合法とされた社会。国家による懲戒検束制度の頂点に、重監房がありました。
ハンセン病違憲国賠訴訟弁護団の鮎京眞知子弁護士は、重監房を「療養所の中で行われた究極の人権侵害、最悪の虐待行為の実行現場」だったといいます。入り口には、「特別病室」の表札が掲げられていました。ナチス・ドイツがユダヤ人を大量虐殺したアウシュビッツ強制収容所のゲートに記された標語「労働は自由にする」を想起させると鮎京さん。
「全国13カ所のハンセン病療養所は、存在それ自体が日本のハンセン病隔離政策の真実を物語るものです。療養所といいながら、監禁室、火葬場、納骨堂、作業場、少年少女舎、学校など、普通の医療施設にないものがあります。これらの存在は、幼い子どもを含めて一般社会からすべて放逐し、療養所という名の別世界に生涯隔離して、絶滅するという政策が、この国で実際に行われていたということをはっきりと証言するものです」
ハンセン病をめぐる動き
1907年 「癩(らい)予防ニ関スル件」制定
路上生活患者を隔離
16 同法改定
ハンセン病療養所所長に「懲戒検束権」付与
31 癩予防法制定
罰則規定(患者懲戒検束規定)強化。「無らい県運動」(患者狩り)全国で展開
38 栗生楽泉園に重監房設置
53 らい予防法制定
96 らい予防法廃止
98 ハンセン病違憲国賠訴訟提訴
2001 熊本地裁判決・確定 原告全面勝訴
08 ハンセン病問題基本法制定
14 重監房資料館開館
( 2014年05月31日,「赤旗」)(Page/Top)
日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワークは24日、広島市中区で結成2周年記念シンポジウムを開き、約120人が参加しました。高雄きくえ共同代表が「なぜいまだ問題は解決しないのか」をテーマに進行役をつとめました。
広島市立大広島平和研究所教授の田中利幸、一橋大特任講師の平井和子、広島市立大国際学部教授のヴェール・ウルリケの3氏がそれぞれ報告。「兵士には性的慰安が必要だ」という発想や、ナチスの性暴力についての歴史的背景などを検証しました。
土井桂子事務局長はまとめのあいさつで、5月31日から東京で開かれるアジア連帯会議と院内集会について紹介し、「毎月第1水曜日の街頭宣伝などネットワークの活動へ協力を」と呼びかけました。参加した学生から「初めて知ったことが多く、問題点が分かってきた」「占領軍のために日本政府が慰安所を設置した歴史を知って、ショックだった」などの感想が寄せられました。
(2014年05月27日,「赤旗」) (Page/Top)
広島大学の准教授が授業で「従軍慰安婦」問題を取り上げたことを攻撃する「産経新聞」の記事(21日付)に対し、日本科学者会議広島支部幹事会は23日、声明を出して抗議しました。
「産経」記事はもっぱら、授業に出席していた一学生の声にもとづいたもの。声明は、政権獲得前のナチス党が「青年組織に告発させる形で意に沿わない学説をもつ大学教授をつるし上げさせ、言論を萎縮させていった歴史がある」と指摘。「産経」の記事はそれを「彷彿(ほうふつ)とさせる」と批判しています。
また、授業に対し学生が異を唱えたとしても、それは学生と教員との「相互理解にゆだね」「教員と学生の対話によって解決」すべきものだと強調。外部の報道機関が教育・研究に介入し、「特定の教員の講義内容を攻撃することは、学問の自由への侵害であるとともに、著しく公正を欠く」と批判しています。
「産経」の記事が出たことで、広島大学には「抗議」電話が殺到しているとして、声明は、大学当局に学問の自由を守るための毅然(きぜん)とした姿勢を求めるとともに、すべての大学人に学問の自由を守る行動を訴えています。
( 2014年05月25日,「赤旗」)(Page/Top)
テレビ朝日「報道ステーション」が19日、フランスのヴェルダンから生中継した。今、なぜ、ヴェルダンなのか。
ヴェルダンは第1次世界大戦のフランス軍とドイツ軍激戦の地。両軍合わせて70万人以上の死傷者を出した。ヴェルダンはまた、フランスとドイツが歴史的和解を実現した地でもある。
番組では、古舘伊知郎キャスターと遠藤乾北海道大学教授が、13万人の兵士の遺骨が眠る納骨堂前からリポートする。その中で、集団的自衛権をめぐる安倍政権の暴走に関連し、中国や韓国との関係改善について「仏独和解の道筋に学ぶべきだ」(古舘)と、解決のヒントを探る。
古舘はベルリンで、虐殺されたユダヤ人家族の名が刻まれる〝つまずきの石〟や、ナチスが書籍を焼き捨てたフンボルト大学広場を取材。路上に埋め込まれたプレートにユダヤ人の詩人ハイネの言葉がのこされている。ハイネは1820年、「本を焼く者は最後には人を焼くことになる」と、ナチスの蛮行を予言した。ベルリンのユダヤ人追悼碑には、国内外から毎年50万人が訪れる。
1984年、フランスのミッテラン大統領と西ドイツのコール首相(いずれも当時)は因縁の地、ヴェルダンの納骨堂の前で手を繋いだ。16世紀から1945年まで27回も戦争をした両国の歴史的和解が実現した。
和解の時、ミッテランの関心はアメリカからの解放にあった。和解はその後のドイツ統一、ヨーロッパ統一の核になる。
翻って、日本では隣国の脅威に対抗するためとして、集団的自衛権を進めようとしている。
遠藤「日本は憲法9条のもとで村山談話や河野談話など謝罪を重ね、和解のメッセージを出してきた。自分たちの歩みに誇りを持つべきだ」「独仏800万人の青少年交流などに学び、日中、日韓は息の長い(和解の)試みを続けないといけない」とコメント。
「戦争する国ではなく、戦争をしない努力を」の国民の声に安倍首相は耳を傾けようとせず、いたずらに隣国の脅威を煽り、集団的自衛権に突っ走る。
古舘は「韓国、中国とひとつひとつ雪解けをやっていくことが重要」とヴェルダンから呼びかける。その意味あいは小さくない。
(こうの・しんじ ジャーナリスト)
( 2014年05月25日,「赤旗」)(Page/Top)
集団的自衛権の行使容認や秘密保護法の強行など、安倍政権の暴走に抗議する「ファシズム許すな!安倍政権打倒デモ」が24日、東京・新宿駅周辺で行われました。約300人の参加者がドラムのリズムに合わせて「ファシズム許すな」「安倍はやめろ」とコール。道路から手が振られるなど、大きな注目を集めました。
都内の大学に通う小田川航さん(19)は友人に誘われて参加。「アジアに対する安倍首相の強圧的な政治には反対だ」と語りました。
インターネットでデモを知った女子大生(20)は、群馬県から参加しました。「9条を解釈だけで変えようとしたり、安倍首相のやり方はヒトラーのようで危ない。間違っていると伝えたい」
長野から友人に会いにきていた会社員の男性(18)は、道路からデモの写真を撮って「こんな大きなデモは初めて見ました。やってみたいなと思った」と話しました。
行動を呼びかけた「怒りのドラムデモ」の井手実さん(34)は「テレビだけで見ていたデモを実際に感じてほしい。またやります」と語りました。
( 2014年05月25日,「赤旗」)(Page/Top)
【モスクワ=時事】20日の習近平中国国家主席とプーチン・ロシア大統領の首脳会談を受け発表された共同声明の要旨は次の通り。
一、主権、領土一体性、安全保障を含む核心的利益を相互に支持する。
一、第2次大戦のドイツ・ファシズムと日本軍国主義に対する戦勝70周年記念行事を共催する。歴史の改ざんや戦後秩序の破壊に断固反対する。
一、2国間貿易額を2015年までに1000億㌦、20年までに2000億㌦に拡大させる。
一、包括的な中ロのエネルギー協力を強化し、ロシア産天然ガスの早期の中国供給開始に向け協力する。
一、原子力、民生用航空機開発、宇宙分野の協力を拡大する。
一、シベリア鉄道や北極海航路を通じた中国貨物輸送の条件を改善する。
一、一方的なミサイル防衛(MD)システム構築は国際安全保障を害するとの立場を確認する。
一、シリアの暴力停止と平和的問題解決を求める。シリアの化学兵器処理を支持する。
一、朝鮮半島情勢の安定化は極めて重要。北朝鮮核問題の唯一の解決手段である6カ国協議の再開に期待する。
一、イラン核問題の解決に向けた動きを歓迎する。
一、麻薬やテロ問題を含め、アフガニスタン情勢を注視する。
一、ウクライナ危機に深刻な懸念を表明。国内の全政治勢力に対し、緊張緩和に向けた国民対話への参加を呼び掛ける。
一、中ロが参加する20カ国・地域(G20)、新興5カ国(BRICS)、上海協力機構(SCO)は効果的に機能。とりわけG20は国際経済協力の主要な枠組みとみなす。
一、15年1月に創設されるユーラシア経済同盟は、地域安定と中ロ関係発展に寄与すると確認する。
一、東アジアサミット(EAS)、アジア太平洋経済協力会議(APEC)、アジア相互協力信頼醸成会議(CICA)での中ロ協力を推進する。
( 2014年05月22日,「赤旗」)(Page/Top)
【上海=小林拓也】中国を訪問しているロシアのプーチン大統領は20日、上海で習近平国家主席と会談し、共同声明を発表しました。共同声明は、「ドイツのファシストと日本帝国主義への勝利70周年」である来年に、共同で記念の活動を行うことを確認。「歴史の改ざんと戦後の国際秩序を破壊するたくらみに断固対抗する」と表明しました。
会談で、習主席は「軍国主義の野蛮な侵略の悲劇を決して繰り返させない」と強調。侵略戦争の否定や美化を繰り返す日本の勢力などへのけん制とみられます。
また共同声明は、ウクライナ危機に「深刻な懸念」を表明。衝突の拡大防止と暴力の自制、問題の平和的解決が必要だと訴え、ウクライナの全政治勢力に対し、緊張緩和に向けた国民対話への参加を呼びかけました。
一方、首脳会談の大きな焦点となっていた、10年以上も交渉しているロシアからの天然ガス供給契約について、共同声明は「包括的な中ロのエネルギー協力を強化し、早期の供給開始に向け協力することで一致」という表現にとどまりました。
( 2014年05月21日,「赤旗」)(Page/Top)
【モスクワ=時事】ロシアが編入したウクライナ南部クリミア半島では18日、第2次大戦時の1944年5月に行われたソ連独裁者スターリンによる少数先住民族タタール人追放から70年を迎え、タタール系住民が集会を開きました。
タタール系住民はナチス・ドイツの「スパイ」のぬれぎぬを着せられ、約20万人が中央アジアなどに追放され、飢餓などで多数の死者が出ました。タタール系住民は3月の住民投票を棄権するなどロシア編入に反対しましたが、こうした感情は歴史問題に起因します。
集会は、追放を「ジェノサイド(集団虐殺)」とみなすタタール系住民が毎年行っていますが、今年は反ロシア・デモに発展するのを恐れる当局が初めて禁止。ただ、中心都市シンフェロポリなどには数百人が集結し、警官隊とにらみ合いました。
ロシアはタタール系住民の懐柔を図る一方で、当局に批判的なタタール系指導者ムスタファ・ジェミレフ氏には4月、5年間の「入国禁止」処分を通告しました。プーチン政権による抑圧は追放の歴史と重なり、反ロシア感情が高まっています。
( 2014年05月20日,「赤旗」)(Page/Top)
【モスクワ=時事】ウクライナの緊張緩和に向けた第2回円卓会議が17日、東部ハリコフで開かれました。参加したクラフチュク初代大統領によると、円卓会議は最高会議(議会)に対し、和平合意案を検討するよう要請。憲法改正や地方分権も進めるよう迫りました。
第1回は14日に首都キエフで実施。混乱が続く東部で行われるのは初めて。第3回は中部チェルカシで21日に開かれます。11日に住民投票を強行して独立国家の樹立を宣言した親ロシア派勢力「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」は参加していません。
ウクライナ暫定政権は16日、ドネツクとルガンスクの「人民共和国」を「テロ組織」に指定。「人民共和国」側も首相や国防相を独自に選出するなど、暫定政権に徹底抗戦する構えです。
報道によると、会場となったハリコフのホテル前には、暫定政権主導の円卓会議に反対する親ロシア派のデモ隊約50人が集結。「軍事政権を倒せ」「ファシストは認めない」と気勢を上げましたが、大きな混乱はありませんでした。
( 2014年05月19日,「赤旗」)(Page/Top)
愛知県弁護士会と名古屋市は憲法週間記念行事として18日、市内で「みらいのために~東アジアの平和をきずく~」と題するシンポジウムを開き、市民ら230人が参加しました。
花井増實(ますみ)県弁護士会会長が「安倍政権の解釈改憲による集団的自衛権行使への動きは憲法の規範と立憲主義に反するものだ。施行以来67年間、平和と安全を保障してきた憲法と今後の日本のあり方を考えたい」とあいさつしました。
筑波大学の進藤榮一名誉教授が講演し、「敗戦後、日本は米国に劣等感と憧れからつき従ってきたが、現在の日本の貿易額は中国を含むアジア諸国で5割を超え、米国を大きく上回っている。集団的自衛権行使で政府は米国に貢ぎ続けようとしているが、『同盟関係』という美辞麗句に惑わされてはいけない」と語りました。
パネルディスカッションで森英樹名古屋大学名誉教授は、東アジア共同体構築についての会場の質問に答え、「大きく阻害しているのは、アジア侵略を清算しないまま軍事力強化を狙う日本だ。加害を認めたがらない人物が首相職にあり、日本に対するアジアの目は厳しい。中国の軍拡を懸念する声もあるが日本の態度が対抗心を高める原因になっている」と述べました。
進藤氏は「憲法まで捨てて米国に貢ぎ、『ナチスに学べ』と発言するなど政治家の劣化が著しい。アジアと歴史問題を乗り越える議論をすべき時に、米国への追従が国益になるかのように言うが、国益とは政治家個人でなく民衆の利益であるべきだ」と語りました。
( 2014年05月19日,「赤旗」)(Page/Top)
第4回東北市町村長九条の会交流会が16日、秋田市で開かれ、首長経験者14人ら32人が参加しました。東北地方6県で首長経験者による9条の会がそろい「東北六県市町村長九条の会連合」を結成しました。
交流会座長を務めた「憲法九条を守る秋田県市町村長の会」呼びかけ人代表の千田謙蔵・元横手市長は、前日の安保法制懇の報告をうけての安倍首相の記者会見に触れ「集団的自衛権行使の第一歩を踏み出した」と指摘。「その翌日に交流会を開催することに因縁を感じる。勇気をふるって戦争を許さない決意を固めたい」とあいさつしました。
各県の会から「三沢の米軍基地や六ケ所の核燃施設など、有事となれば真っ先に狙われる。絶対に戦争させない」(青森県・市町村長九条の会代表の木下千代治・旧大畑町長)など決意が語られました。
会連合として「絶対に戦争への道は許さない!」と題したアピールを発表。アピールは、安倍首相に対し、国民を欺く言説を吐き、正当な憲法改正の手続きを踏むことなく「閣議決定というナチス以上の手口で憲法9条をなきものにしようとする暴挙だ」と批判しています。
( 2014年05月17日,「赤旗」)(Page/Top)
安倍晋三首相は15日、安保法制懇の報告書提出を受け、憲法解釈変更に向けた検討を加速する方針を表明しました。これに対し、各界の識者から批判の声があがっています。
驚くべき憲法の無理解/砂川事件弁護団新井章弁護士
報告書で述べられている集団的自衛権についての法的理解は完全な誤りです。個別的にせよ、集団的にせよ、「自衛権」は国際社会が主権国家に与えた国際法上の権利ですが、日本は憲法9条1項、2項によって、この権利を「武力によって行使することはしません」という国際的な誓約をしています。日本の安全保障は武力によってではなく、平和的、外交的、文化的、経済的な手段で確保していくというのが憲法の哲学です。
最高法規が「武力行使はできない」といっていることを、砂川事件最高裁判決が認める余地を与えているわけがない。判決を読んでも全然出てきません。
法制懇の報告書は、あたかも憲法は集団的自衛権の行使を禁止していない、砂川最高裁判決は武力行使を容認しているようにも読めるなどとしていますが、これは牽強付会(けんきょうふかい)―無理のあるこじつけもはなはだしく、説得力がまったくありません。
自衛権についての基本的、初歩的な理解を欠き、国政に関する文書としては驚くほど低いレベルです。
国民運動でストップを/朝日訴訟を承継朝日健二さん
安倍政権は解釈改憲を表明した同じ日に、多くの反対の声を押し切って医療・介護総合法案を衆院本会議で強行採決しました。この事象は朝日訴訟の〝前夜〟に酷似しています。
吉田内閣は1954年、日米相互防衛援助協定を締結、防衛庁を設置して自衛隊を創設しました。アメリカ余剰農産物の押し売りに応じる一方で、社会保障予算を半減しました。
その結果、例えば療養中の結核患者の半数が主治医の治療方針にかかわらず退院させられ、病院の報酬はマイナス改定されて保険医の自殺が後を絶たない状態になりました。
そのとき、重症結核患者、朝日茂さんが朝日訴訟を起こし、憲法・最低賃金・社会保障の国民運動に発展、東京地裁で勝訴して、国民の最低生活水準を引き上げたのです。
この間、生活保護基準引き下げに対して1万人超が、年金引き下げに10万人超が審査請求しました。「21世紀の朝日茂さん」を励まし、朝日訴訟の時代のような国民運動で改憲・戦争への動きを阻止したい。
「ナチスの手口」を実行/ジャーナリスト青木理さん
戦後最悪の政権による最悪の愚行だと思います。
集団的自衛権の行使を認めるということは、日本が海外での武力行使で人を殺し、殺される国になるということ。これまでは憲法9条のおかげでベトナム戦争やイラク戦争、アフガン侵攻などに直接巻き込まれずにすみました。
しかし、集団的自衛権の行使を認めれば状況は一変します。アメリカの意向には逆らえない。日本の平和を守るのではなく、アメリカの戦争に付き合わされる。
立憲主義を根本から破壊するという意味でも大問題です。公権力の行使者を縛る憲法を徹底的に守らなければならない安倍首相が、自分の「お友だち」で固めた私的諮問機関の主張を根拠とし、憲法の解釈を勝手に変更してしまう。こんなことが許されるなら、時の政権はやりたい放題です。
首相は憲法を変えたくてしかたないが、世論の反対で変えられない。だから解釈改憲で9条を削除するかのような暴挙に走る。これは麻生副総理の「ナチスの手口に学べ」という発言を実行に移すようなものです。
土台変えてはいけない/料理研究家坂本廣子さん
料理もそうですが、何事にも変わらない、変えてはいけない土台があります。
その時にはやっている調味料をかけて「はい、新しい料理ができました」と言ってもそれは違います。
「時代の流れ」といっても、それがあとになって間違っていたということもあります。基本を大事にしなければいけません。土台が死ぬようなことをしてはいけないのです。
憲法9条は、大事な土台です。私は、おとなの責任とは、子どもたちが生きていける環境を残すことだと思います。動物と違い、人間の子どもは環境によってその後の人生が大きく変わります。
シリアやウクライナをみても思いますが、普通の生活ができないということは、子どもにとって最悪の環境です。そういうことはあってはいけないことです。
子どもにとってよい環境を守るということ、その一番最初にあるのが平和だと思います。おとなの役割とは、第一に平和を守ることではないでしょうか。
( 2014年05月16日,「赤旗」)(Page/Top)
NHKBSで事実を描く社会派作品が3本。「ミシシッピー・バーニング」。1964年夏。ミシシッピ州の町で公民権運動家3人が行方不明になり、FBI捜査官が2名派遣される。リンチ、焼き討ちのなかでねばり強い捜査が続く。人種差別殺人を告発した傑作。
「俺たちに明日はない」、1934年5月、テキサス州を強盗として駆け抜けたボニーとクライドのラストが哀れ。「カティンの森」、1939年、ソ連軍の捕虜になったポーランド軍将校の遺体が43年に大量に発見された。その真相の悲惨。
がらっと変わって「フィールド・オブ・ドリームス」は、自分の農地を野球場にした農夫の夢のような生き方。野球ファンタジー。「地平線から来た男」、婚約者から逃げた男が途中下車した町でガンマンに勘違いされて―。
「時をかける少女」、原田知世のデビュー作で女子高校生が思いがけない体験をしていく。「あいつと私」、芦川いづみと組んだ石原裕次郎。退院1作目で張りきっている。「ひばり捕物帖 かんざし小判」、ひばりの明朗映画が続々、これは東千代之介が相手役。
地上波は、「X―MENファーストジェネレーション」、特殊能力を持つ2人が人類滅亡をはかる元ナチスの科学者に立ちはだかる。
(石子 順 評論家)
( 2014年05月16日,「赤旗」)(Page/Top)
戦前の軍部独走のような暴走/安倍政権打倒で力あわせよう
作家、作詩家の、なかにし礼さんが『天皇と日本国憲法』(毎日新聞社)を刊行しました。副題は「反戦と抵抗のための文化論」。がんとの闘病を経て、「やるべきことをやって死のう」と決意しています。安倍政権がすすめる集団的自衛権の行使容認を厳しく批判します。
金子徹記者
食道がんを克服し、1年半がたちました。
「検査はしていますが、いまはまったく異常なしです。この本のエッセーは病後に雑誌で連載を始めたものです。病気の前と比べて文章を書く覚悟が変わりました。何事も穏やかに表すのが日本人のたしなみという面がありますが、僕はあえて行儀わるく言いたいことを言いたいように書くことを自分に誓いました。己に正直であること。自問自答しつつ、一行も無駄の無いものを書くべきだと思うようになりました」
題材は、憲法、秘密保護法、歌舞伎に音楽と、幅広い。例えば改憲派が好んで引用する白洲次郎の憲法論。憲法制定の内幕を知り、吉田茂首相の懐刀と呼ばれた人物です。彼のエッセーの、「この憲法は占領軍によって強制された」という一節が一人歩きしています。ところが、白洲の著作の全体をよく読むと「憲法そのものを否定しているのではない。むしろ絶賛しているといっていい」。
増税、原発再稼働、改憲と、暴走し続ける安倍政権には「やめてもらうしかない」と。
「この政権は、日本を危機にさらし、国を滅ぼします」
戦前の日本にあった統帥権(とうすいけん=軍隊の最高指揮権)という悪弊の再来だと、安倍政権の「暴走」を批判。統帥権は明治憲法下の大権の一つです。
「陸軍参謀本部が統帥権に過大な価値を与え、それにより日本は戦争へと突き進んでいきました。昭和初期の20年間は、統帥権によりアメリカとの戦争に突入し、敗戦に至った。その統帥権が成立した時期の新聞を調べてみましたが、当時のマスコミはほとんど問題にしていなかった。その状態といまが似ているのです」
憲法の番人である内閣法制局長官を交代させるなど、安倍政権の手法には―。
「いま、安倍首相が、『私が最高責任者です』といって法制局長官よりも首相の解釈が正しいなどと、あり得ないことをいう。前の法制局長官をくびにして、自分に都合のいい人を長官にした。集団的自衛権行使も、内閣で解釈を変えて容認しようとしている。これは戦前の統帥権を振りかざしたやり方と同じです。〝統帥権の平成版〟で暴走しているのがいまの安倍内閣です」
死と隣り合わせ
生まれは「満洲」(中国東北部)。死と隣り合わせで日本に引き揚げて来ました。参戦した旧ソ連の進攻から逃れ、日本を目指した列車が戦闘機に機銃掃射されました。目の前で、人が頭から血を流して死にました。
戦争はいけない。その思いを『赤い月』などの小説にしました。ソプラノ歌手の佐藤しのぶさんからの求めに応え、反戦反核の歌「リメンバー」の歌詞を書きました。
「安倍首相は何がやりたいのか。戦争でしょう。戦争を実際にやるかどうかはともかく、戦争モードという緊張感をつくることによって国民の意思を束ねようとしている。国益を強調しながら、物事をすすめる。戦争状態なんだから文句はいわせないと。そういう伝統的なファシズムの手法を焦りながらすすめている。文字通り、いつか来た道です。国会も、多くの野党が翼賛化して政権にすりよっている」
いま、大きな問題となっている集団的自衛権の行使容認についても―。
「安倍政権は、集団的自衛権の行使容認で地球の裏までいってアメリカと一緒に戦争しようとしています。最高裁の古い判例を持ち出して言い訳するが、無理がある。無理を通すのは独裁です。安倍政権は戦後の民主主義全体を否定しようとしている」
「安倍首相をとがめられない国会は国際的にも恥ずかしい。立憲政治になっていない。政治はもっと手順をふんでゆっくりやらなくては。打倒安倍のため、共産党はリベラル層と協力してほしい」
日本国憲法がノーベル平和賞候補になり、意を強くしています。
「憲法9条の大事さは世界共通の認識なんだなと思い、うれしくなりました。それを感じない人がいまの首相なのは、非常に残念です。憲法9条は不戦の誓いです。日本はあれだけの戦争を起こして敗北し、国民は戦争の悲惨さを味わい、もう戦争はすべきでないと心底から知った。憲法はアメリカから押し付けられたというが、平和を求める国民の意思に合致し受け入れられたのが憲法なのです」
なかにし・れい=1938年、中国黒竜江省(旧満洲)生まれ。作詩家として「北酒場」などで日本レコード大賞を3回受賞するなど受賞多数。2000年、『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞。NHK連続テレビ小説「てるてる家族」の原作となった『てるてる坊主の照子さん』、ベストセラーとなった『生きる力 心でがんに克つ』など著書多数
(2014年05月11日,「赤旗」)(Page/Top)
90年代のボスニア紛争でセルビア人によるモスレム人迫害は「民族浄化」と名付けられ、国際社会の非難を巻き起こしました。ナチスのユダヤ人虐殺を想起させるその言葉を生みだし広めた仕掛け人はアメリカのPR会社だといいます。
「戦争広告代理店」といわれるこのPR会社を追う番組に携わったNHKディレクターの高木徹著『国際メディア情報戦』(講談社現代新書・800円)は、メディアがつくるイメージによって世界が動かされている実態に迫ります。アメリカの対テロ戦争では、テレビやインターネットを通じ米政府と国際テロ組織アルカイダが際限のない情報合戦を繰り広げる舞台裏が描かれます。浮かび上がるのは、攻撃する相手の姿に時には残酷な映像を重ねた情報を流し自分が優位に立とうとする戦略です。
受け手に届く情報がどんな「情報戦」をくぐりぬけてきたかを、一人ひとりが見抜く必要性を説きます。同時に、政権寄りの姿勢を公言する会長をいただくNHKを含め、メディアが国民の「知る権利」にどう答えるのか。そのことが問われていると思えてなりません。
(哲)
( 2014年05月11日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の犠牲者が強制連行されるまで住んでいた住居前に、名前を刻んだ「つまずきの石」を埋め込む活動がドイツを中心に行われています。これまで設置された石は欧州各地で約4万6000個。犠牲者を記憶に残す地道な作業が続けられています。
「つまずきの石」の埋設はベルリン出身の芸術家グンター・デムニッヒ氏(66)が1990年代に開始しました。石の上部には犠牲者の名前や連行先の収容所、死亡場所などが刻まれた金属板を張り付けています。
デムニッヒ氏は個人や団体から埋設の要請を受けると、手作りで石を用意。特別な事情がない限り、自分で現場に赴いて埋めます。昨年はドイツだけでなく、オランダやノルウェー、イタリア、チェコ、ハンガリーなどを回り、1年のうち235日を石の設置に費やしました。
ベルリン西部のアパート前で3月下旬、42年8月にチェコ北部テレジーンのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)に送られたエルンスト・フィリプさんと妻ヘレーネさんの石が埋設されました。エルンストさんは3カ月後に死亡。ヘレーネさんは44年5月にアウシュビッツ強制収容所に移され、その後殺害されました。デムニッヒ氏は歩道に穴を開け、15分ほどで二つの石を埋め込みました。
( 2014年05月05日,「赤旗」)(Page/Top)
5月1日のメーデーには、世界各国でも労働者らが緊縮政策への抗議や最低賃金引き上げなど切実な要求を掲げて、集会やデモをおこないました。
緊縮政策に抗議
怒りが渦巻く/南欧4カ国
【パリ=浅田信幸】財政再建が課題となっているイタリア、ギリシャ、スペイン、ポルトガルの南欧4カ国でも1日、「緊縮反対」が共通のスローガンとなったメーデー行進が取り組まれました。
イタリア最大の全国労組・労働総同盟(CGIL)のカムッソ書記長がメーデー集会で「欧州で話されるのは雇用への投資ではなく削減ばかりだ」と演説した通り、南欧全域で社会保障の切り下げや賃金抑制、高止まりする失業率など緊縮政策への怒りが渦巻くメーデーとなりました。
過去6年間に国内総生産(GDP)が25%も低下し、失業率が27%と欧州最悪のギリシャでは、首都アテネと第2の都市テッサロニキで計2万人がデモに参加。「富は資本家ではなく労働者が生産したものだ」「失業メーデーはこれを最後にしろ」といったスローガンが叫ばれました。
ギリシャと並んで失業率26%と深刻なスペインでは、経済回復の兆しが現れているものの雇用改善は見られません。全国約70市で取り組まれたデモの参加者たちは、不安定雇用の拡大を告発し、「質の高い雇用なくして回復なし」と声を張り上げました。
半世紀近い独裁体制と決別した「4月革命」から40年のポルトガルでは、自由の下でのメーデーも40周年。独裁時代にもなかった緊縮による国民総貧困化が大きな問題となり、首都リスボンでのメーデー参加者は「緊縮はもうたくさん」「われわれから盗んでいる連中とたたかえ」「ファシズムを繰り返すな」のシュプレヒコールを繰り返しました。
21万人がデモ/フランス
【パリ=島崎桂】メーデーの1日、フランスでは、全国300カ所以上で約21万人がデモ行進、首都パリでは、断続的な雨の中、約6万5000人が「緊縮政策はもうたくさんだ」と声を上げました。
同国の失業率は約10%、24歳以下では約23%に上ります。4月29日には、3年間で500億ユーロ(約7兆円)の歳出削減案が国民議会(下院)を通過したばかり。バルス首相は「緊縮ではない」と主張しますが、デモ参加者は「緊縮以外の何物でもない」と口をそろえました。
サンバ、ヒップホップ、労働歌…。街中に響く歌声の中、デモ隊は「メーデー、緊縮反対にはちょうどいい日だ」「(税金を)誰が払っているのか考えろ」と唱和。林立するプラカードには「これ以上貧しくなる方法が見つからない」「雇用を、賃上げを」などの文字が躍りました。
友人とともに女性労働者の待遇改善を訴えていたレオナ・ステブナさん(23)は「女性の平均賃金は男性より27%も少ない。緊縮が強まれば、まず女性から苦しむことになる」と不安を語りました。
最低賃金上げを
貧困労働ノー/ドイツ
ドイツでは、2017年までの最低賃金の順次導入が決まる中、1日のメーデーで労働組合が「例外なき最賃の導入」を訴えました。
ドイツ労働組合総同盟(DGB)のゾンマー議長はブレーメンの中央集会で、「全国一律の法定最低賃金8・5ユーロ(約1200円)を実現させよう」と強調し、年金生活者や青年が就く職業訓練職などで最低賃金適用を除外しようとする動きを批判。最低賃金確立こそが貧困労働をなくす道だと訴えました。
DGBによると、全国493カ所で集会・デモが開催され、約40万3000人が参加しました。
DGB加盟労組は、派遣労働者の権利擁護、欧州議会選挙の年に当たって、投票で欧州の緊縮政策を一掃させようなどのスローガンも掲げ、各地で集会やデモ行進を行いました。
イスタンブール/警察が放水弾圧/トルコ
【カイロ=小泉大介】トルコの最大都市イスタンブールで1日、中心部のタクシム広場に向けメーデー行進を行っていた労働者らを警察が放水や催涙ガス弾で弾圧し、市当局によれば90人が負傷しました。昨年以降顕著となっているエルドアン首相の強権的姿勢が、労働者の祭典にも向けられた格好となりました。
弾圧が起きたタクシム広場は、昨年6月、約2週間にわたり取り組まれた大規模反政府デモの主要舞台となった場所です。
今回のメーデーにあたり、主要労組は「すべての道はタクシム広場につながっている。われわれは労働、平等、自由、公正、平和のためにたたかいつづける」と声明。一方、市当局は「(デモ隊には)違法なテロ組織が含まれていた」などとして弾圧を正当化し、142人を拘束しました。
警察による催涙ガス弾などを使った弾圧は首都アンカラでも発生し、数千人規模の労働者のデモ隊が解散させられました。
権利実現要求/インド
【ニューデリー=安川崇】メーデーの1日、インド各地でも労働者の権利実現を求める集会が開かれました。首都ニューデリーではインド労働組合センター(CITU)や全インド労組会議(AITUC)など左派系列の8労組が共催した集会に約1500人が参加しました。
気温が40度を超える日中を避け、集会は午後5時スタート。参加者は契約労働制度の廃止や、2012年の暴動で逮捕されたスズキ子会社労働者の釈放を求めるスローガンを叫び、旧市街の目抜き通りを行進しました。
行進後の演説でCITUのスワデシュ・デブロイ書記は「途上国でも先進国でも、労働者への攻撃は続いている。だがメーデーの運動を終結させようとする財界の試みは、どこでも成功していない」と語りました。
派遣根絶訴え/インドネシア、カンボジア
【ハノイ=松本眞志】インドネシアでは首都ジャカルタで約10万人の労働者が結集しました。
インドネシア労働組合総連合(KSPI)のサイド・イクバル議長は、「前回、政府は最低賃金を20~25%引き上げることに合意した。今年は3割増を要求する」と語りました。サイド氏は、労働者の不公平な扱いにつながるとして派遣労働の根絶を訴え、「政府がわれわれの要求を無視するならば、ストライキも辞さない」と呼びかけました。
この日集まった労働者たちは、公共交通機関の無料化、家賃の引き下げ、12年間の教育費の無料化、子どもたちへの奨学金の支給など10の要求を掲げました。全国では全土で100万人の労働者がメーデーの行事に加わったとみられています。
カンボジアでは、集会禁止の措置がとられるなか、首都プノンペンに労働者約1000人が結集し、賃金引き上げや昨年7月の総選挙結果の公正な検討を要求しました。
一方、野党指導者が聴衆に向かって発言した後、警棒などで武装した警官が集会に介入し、少なくとも5人が負傷しました。
カンボジアでは、昨年12月に最賃引き上げをもとめる縫製工場などの労働者と選挙の不正を追及する野党勢力が結束し、政府に抗議しました。フン・セン政権はこれを弾圧し、今年1月には公の場所での集会やデモを禁止していました。
( 2014年05月03日,「赤旗」)(Page/Top)
作品に結びつけると条文に血が通い始める
「憲法はもともと、現実の歴史の中から生まれてきた、大変にリアルな問題を扱った文書」だという武蔵野美術大学教授の志田陽子さん。『映画で学ぶ憲法』(法律文化社)をまとめた思いを聞きました。
(都光子)
憲法は、建物でいえば、柱や土台構造の部分。ふだんの暮らしの中では、壁や家具の奥に隠れて見えてきません。憲法が日常の中で見える世界というのは、人の生き死にの問題がむき出しになっていて、国家や社会の強者からどういう理不尽な扱いを受けるかわからないような世界です。『映画で学ぶ憲法』で取り上げられている映画の中にも、そんな世界が描かれているものがあります。
私たちの身近な暮らしの中に、そういう状況はないことを祈りたいですが、その土台を私たちが忘れてしまったら社会は確実に理不尽な方向へと弱体化します。
実感から学ぶ
私は美大の学生に教えています。憲法や法律のエッセンスを実感として理解してもらうため、新聞記事やテレビ、映画など具体的なものの中から憲法を学んでもらうように工夫しています。
映画は作り手が観る側に「あなたならどう考えますか」と問いかけてきます。人種差別、不当逮捕…と、人間が理不尽な扱いを受けていることに「ひどいんじゃないか」「おかしいんじゃないか」と感じる。そこで何の権利が脅かされているのか。たとえば「人の尊厳」「思想・良心の自由」といった条文にそれが結びついたとき、憲法の抽象的な言葉に、血が通ってきます。
「シンドラーのリスト」という映画があります。ナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺を扱ったものです。ラストに、生き残ったたくさんの人々の顔がアップになって流れます。そこに、一人ひとりがかけがえのない命なんだ、人間は十把一からげに扱ってはいけない、集団のための道具にしてはいけないものなんだという、憲法における個人の尊重・尊厳が感じ取れると思います。
想像する窓口
本書では、「憲法とは何か」というテーマで、たとえば1996年の南アフリカ憲法を紹介しています。南アフリカ憲法には、「過去の不正義を認め、この地で正義と自由のために苦難に耐えた人々を称え」とあります。「過去の不正義」とは、アパルトヘイト(人種隔離)です。そしてこう続きます。「過去の分断を解消し、民主的価値、社会的価値および基本的人権に基づく社会を確立すること。政府は人民の意思に基づき、すべての市民が法によって平等に保護されている…こと」
日本の憲法前文も、過去の戦争をうけて、これを二度と繰り返さないようにと「平和のうちに生きる権利」や「恐怖と欠乏から免れる権利」を宣言しています。構造が似ているのです。
長い時間をかけて「基本的人権」の内容として認識されてきたものは、今では世界共通のスタンダードになってきています。憲法の内容を耕してきた人間たちを映像で想像することは、憲法の問題を抽象的な話としてでなく、「同じ人間」の話として想像するきっかけになります。「遠い夜明け」「ミッション」「ミルク」、そのほかにも本書に登場する作品は、そんなふうに見てほしい映画です。
映画は、身近な暮らしの中で接することのできるメディアでありながら、「人間が人間らしく生きるのに必要な条件は何か」ということを、憲法的な空間・時間のスケールで想像する窓口を与えてくれます。
( 2014年05月03日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーは甘党だった―。70年前にヒトラーの家事手伝いをしていた女性がこのほど、健康に気を使っていたヒトラーは食事に細心の注意を払う一方、夜食にケーキを楽しんでいたと証言しました。
この女性はヒトラーがドイツ南東部ベルヒテスガーデン近郊に構えた山荘ベルクホーフで働いていたオーストリア人のエリザベート・カルハマーさん(89)。同国紙ザルツブルガー・ナハリヒテンに対し、深夜まで起きていたヒトラーは使用人が寝た後、毎晩のように台所に行き、ナッツとレーズンをまぶしたリンゴケーキを食べていたことを明らかにしました。ケーキは家事手伝いが用意し、「総統のケーキ」と呼ばれました。
カルハマーさんは1943年、「ベルクホーフの家事手伝い募集」との新聞広告を見て、雇い主がヒトラーとは知らずに応募。勤務初日に、集まっていた客の中に突然、ヒトラーが現れました。直接話したことはないといいます。
カルハマーさんは洗濯や掃除を担当。うっかりヒトラーのお気に入りの高級紅茶カップを割った時は、長期の外出禁止を科されました。
( 2014年05月02日,「赤旗」)
広島市で6月にブレヒトの反ファシズム劇「第三帝国の恐怖と悲惨」を上演する劇団月曜会(原洋子代表)は26日、同劇への理解を深める学習会を開きました。
同劇は、ドイツのナチス体制下での人々の生活を描いて現代のファシズムの台頭に警鐘を鳴らすもので、広島大大学院の長田浩彰教授(専門=ドイツ・ユダヤ近現代史)の講義を劇団員ら13人が聴きました。
長田教授は「第三帝国下の日常と労働者」と題して、ヒトラーが権力を掌握する経緯を解説。安倍晋三政権下で麻生太郎副総理が「改憲のやり方をナチスに学べばいい」と発言したことを批判しました。
上演は6月21~29日に8回、中区榎町4の27にある月曜会の芝居小屋アッカーで。入場料=一般2000円、中高生500円。問い合わせ=月曜会082(234)9656(ファクス兼)
(2014年04月30日,「赤旗」)
安倍晋三首相が集団的自衛権の行使を可能にする解釈改憲に突き進んでいることに対し、自民党元幹部や有力議員、元内閣法制局長官、改憲派の学者などが反対の論陣を張り、「立憲主義守れ」の声が大きく広がりつつあります。
痛烈「憲法泥棒」/告発「クーデタ」
河野洋平(元自民党総裁・元衆院議長)インタビュー「平和への決意を再確認せよ」(『世界』)は、安倍首相の動きについて「六十数年前に決意した平和主義を正反対のものに塗り替えようとしている」と叱責。自民党総務会メンバーの村上誠一郎(衆院議員)インタビュー「日本は『ワイマールの落日』を繰り返すな」(『世界』)は、かつてナチス・ドイツが全権委任法を議会で成立させ、民主的なワイマール憲法を葬り去った歴史に触れて、「安倍さんの解釈改憲は、それと同じ愚を繰り返す危険性がある」とし、反対を表明しています。
自衛隊による「国際貢献」を憲法に明記すべきだと主張する小林節慶応大学名誉教授も、解釈変更だけで「自衛隊の活動の縛りを解けば、無条件に海外派兵される道を開く」と批判。安倍首相は昨年、憲法改正の発議要件を緩める96条改定が行き詰まったため今度は解釈を変えて憲法を破壊しようとしているとし、「私は96条改正の動きを『裏口入学』と批判したが、解釈変更はよりひどい『権力による憲法泥棒』だ」と痛烈です。(「朝日」20日付)
小林武(沖縄大学客員教授)「立憲主義否定の『解釈クーデタ』―集団的自衛権行使へ疾駆する安倍政権」(『前衛』)は、首相が自由に憲法を解釈できるとすれば国家権力を憲法によって制限する原理としての立憲主義の根幹を否定する「クーデタ」と呼んで差しつかえないと告発。明文改憲の動きと併せ「平和憲法の死命を制する、総がかりの攻撃」を「どうしても阻まなければならない」と語っています。
自衛隊存立論拠「捨てる」ことに
政府の憲法解釈上、なぜ集団的自衛権の行使は認められないのか―。水島朝穂(早稲田大学教授)「安保法制懇の『政局的平和主義』―政府解釈への『反逆』」(『世界』)は「他衛のため」の集団的自衛権の行使を認めることは、自衛隊が創設された1954年以来政府がとってきた「自衛のための必要最小限度の実力」という論拠を捨てることを意味し、「自衛隊」の存立根拠にかかわることを詳しく解説しています。集団的自衛権行使容認派が持ち出す砂川事件最高裁判決にいう「固有の自衛権」は「武力によらざる自衛権」を意味し、「集団的自衛権の根拠づけは無理である」という指摘をしています。
松井芳郎(名古屋大学名誉教授)インタビュー「戦争違法化の世界の流れに逆行する安倍内閣の集団的自衛権行使容認(上)」(『前衛』)は、集団的自衛権について「(国連安全保障理事会)常任理事国やその同盟国にとっては武力行使のライセンス」となり、「(国連の)集団安全保障の理念と真っ向から逆行する」と本質批判を行っています。
安倍首相の私的諮問機関・安保法制懇の北岡伸一座長代理は「今あるのは(米国から日本が)見捨てられる危機だ」と述べ、米国を引き止めるために集団的自衛権の行使を認めるべきだと主張しています(「毎日」16日付)。〝今まで以上に尽くすので見捨てないでほしい〟という懇請であり、主権国家として恥ずべき、卑屈な態度です。
多くの人たちが一致できる展望
阪田雅裕(元内閣法制局長官)・青井未帆(学習院大学教授)の対談「これは憲法問題だ―『解釈』で平和主義を捨ててよいのか」(『世界』)で、阪田氏は、今大事なのは集団的自衛権の本質や必要性を語ることなのに、安保法制懇は日本のはるか上空を飛ぶミサイルの迎撃など「極めて枝葉末節」の議論に終始していると批判しています。青井氏は、安保法制懇は憲法との関係について研究を行うために設置されたのに、憲法論議が展開された様子はなく、憲法学者も一人しか入っていないという、驚くべき実態を紹介しています。阪田氏が、現在進んでいる9条解釈改憲の動きに対しては「いわば政治以前の、常識的な問題として、多くの人たちが一致して反対できるのではないか。改憲、平和主義をどう考えるかにかかわらず、おかしいと言えるはず」と述べているのは、今後のたたかいの展望を示しています。
(えのもと・よしたか)
( 2014年04月29日,「赤旗」)
【カイロ=小泉大介】パレスチナ自治政府のアッバス議長は27日、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を非難する声明を初めて発表し、「近代史における人類に対する最も憎むべき犯罪だ」と力説するとともに、イスラエルとパレスチナとの「2国家共存」による和平の実現を訴えました。
アッバス議長声明はイスラエルのホロコースト記念日に合わせたもの。「ホロコーストは、民族に対する差別的迫害であり、パレスチナは断固拒否し、これとたたかう」と述べ、犠牲者と家族に哀悼の意を表しました。
同時にアッバス議長はパレスチナ人についても、「不正義と抑圧に苦しみ、自由と平和の享受を否定されている」と強調し、イスラエルに対し「2国家共存路線にもとづく公正で包括的な和平を達成するよう求める」と呼びかけました。
しかしイスラエルのネタニヤフ首相は27日の閣議で、アッバス議長声明を「国際世論をなだめることを目的としたものだ」と一蹴しました。
さらにパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハとイスラム武装抵抗組織ハマスの間での暫定統一政府樹立の動きを念頭に、「アッバス議長は(イスラエル敵視の)ハマスか真の和平かのどちらかを選ばなければならない」などと述べました。
ホロコーストとイスラエル
現イスラエル領を含むパレスチナ地域では19世紀末、欧州で提唱された「シオニズム」(ユダヤ人国家建設運動)にもとづくユダヤ人入植が始まり、ホロコーストにより急増しました。国連は1947年11月の総会で「パレスチナ分割決議」を採択。翌年5月にイスラエルは建国宣言しましたが、パレスチナ人はいまだ国家樹立に至っていません。
( 2014年04月29日,「赤旗」)
否定論は戦後の歩みに逆らうもの
東京裁判とは何だったのか。その意義や否定論について明治大学の山田朗教授(日本近現代史)に聞きました。
Q裁判の根拠はあるの?/A戦犯処罰は「ポツダム宣言」で日本が受け入れた
第2次世界大戦末期に連合国側は、日本に降伏を勧告する「ポツダム宣言」(45年7月)を発しました。そのなかで「一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ」(第10項)と求めていました。日本はこれを受け入れて降伏し、戦争犯罪人の処罰は免れないものとなりました。
東京裁判の法的根拠は「極東国際軍事裁判所条例」(46年)です。ナチス・ドイツを裁いたニュルンベルク裁判を踏襲しています。
Q誰を何の罪で裁いた?/A侵略にかかわった指導者が「平和に対する罪」に問われた
「極東軍事裁判所条例」が審理対象としたのは、①平和に対する罪②通例の戦争犯罪③人道に対する罪です。
東京裁判で裁かれたA級戦犯容疑者は、主として「平和に対する罪」に問われた人たちです。侵略戦争の計画、準備、開始、遂行にかかわり、その共同謀議に参加した国家指導者です。
このほかに米、英、フィリピン、中国などが、民間人や捕虜への虐待など「通例の戦争犯罪」に問われた人々を、すでに確立していた戦時国際法違反で裁判にかけ、刑を執行しています(BC級戦犯裁判)。A級戦犯容疑者は、戦時国際法違反も含めて起訴されました。
逮捕されたA級戦犯容疑者は100人以上。起訴された被告は28人。残りの容疑者も裁判にかけられる予定でしたが、米国が占領政策を転換、追及は不徹底に終わりました。
日本はサンフランシスコ講和条約(52年発効)でこの東京裁判を「受諾」し、国際社会に復帰しました。
Q「事後法」だからダメ?/A当時も侵略戦争は違法、日本はパリ不戦条約に違反
たしかに日本が侵略戦争を始める前に「極東国際軍事裁判所条例」はありませんでした。
しかし日本が侵略戦争を始めたから、戦争処理の一環として戦犯の問題が生じたのです。戦争前から条例を用意すべきだったというのは無理な話です。
大事なことは、日本もすでに自衛戦争以外の戦争は違法だと取り決めていたパリ不戦条約(28年)を批准していたことです。
この国際ルールを守る義務が日本にはあったのに、それに反したのです。
Q反対の判事いたけど?/A欧米の植民地支配を批判、日本の残虐行為も断罪した
東京裁判の裁判官は11カ国から派遣され、インドのパール判事は事後法による裁きだとして判決に反対しました。ただ彼が一番強調したのは、裁く側の欧米列強も植民地支配で、手は汚れていたではないかということです。
だからといってパール判事は日本の侵略戦争を容認したわけではありません。
数々の残虐行為を「鬼畜のよう」だと断罪しました。彼の主張を都合よく切り取って、日本の侵略戦争正当化に利用することは許されません。
Q問題は何もないの?/A天皇の責任、米国「犯罪」を不問、それでも意義は損なわれない
東京裁判には米国の対日占領政策が色濃く反映しています。天皇を占領に利用するため、侵略戦争遂行の「共同謀議」を問題にしながら、その中心にいた天皇の責任を不問にしました。これが最大の問題です。
米国がおこなった広島、長崎への原爆投下や都市無差別爆撃は追及されませんでした。日本の毒ガス兵器使用なども裁かれませんでした。米国が将来使う可能性があったからです。
しかし、裁判全体は侵略戦争を裁いたもので、その意義は損なわれません。
Q戦後世界への影響は?/A国際刑事裁判所を設置、定着した「戦争指導者を裁く」
旧ユーゴスラビアなど局地的な紛争で国際刑事裁判所が設けられ、02年には常設で戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所も設置されました。東京裁判がうち立てた指導者を裁くという考え方は、今日確実に定着しています。
安倍首相が、東京裁判を「勝者による敗者の裁きだ」などと言ってその意義をおとしめようとするのは、戦争で犠牲になった日本とアジアの人々にたいする冒とくです。それは、戦後国際政治の秩序と歩みに逆らう試みとして世界の世論が許さないでしょう。
東京裁判関連略年表
1945年
8月15日 終戦
9月11日~12月6日 戦犯容疑者逮捕
1946年
1月19日 極東国際軍事裁判所条例制定
4月29日 A級戦犯被告28人と起訴状を公表
5月3日 開廷
1948年
11月12日 刑の言い渡し
12月23日 東条英機ら7人の処刑
24日 28人以外のA級戦犯容疑者19人釈放(岸信介、児玉誉士夫ら)
1952年
4月28日 サンフランシスコ講和条約発効
東京裁判ミニ資料集
永久に除去
「日本国国民を欺瞞(ぎまん)し之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力は永久に除去せられざるべからず」(ポツダム宣言第6条)
法的根拠「本裁判所は、平和に対する罪を包含せる犯罪につき個人としてまたは団体員として訴追せられたる極東戦争犯罪人を審理し処罰するの権限を有す」(極東国際軍事裁判所条例第5条)
判決が示した「犯罪的な目的」
「侵略戦争に対する長期の、複雑な準備およびこれらの戦争の遂行は…多くの指導者の仕事であった。その共通の目的は、侵略戦争を準備し、遂行することによって、日本による支配を確保しようということであって、犯罪的な目的であった」
裁判を受諾
「日本国は、極東国際軍事裁判所ならびに日本国内および国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し…これらの法廷が課した刑を執行するものとする」(サンフランシスコ講和条約第11条)
(2014年04月27日,「赤旗」)
青年法律家協会和歌山支部は25日、和歌山市で「憲法を考える夕べ」を開きました。
講演した東京新聞論説兼編集委員の半田滋氏は、24日の日米首脳の共同会見で安倍首相による靖国参拝への無反省な発言にオバマ大統領が冷たい視線を送り、集団的自衛権についてなんの感想もしめさなかった(25日の共同声明は「日本が検討を行っていることを歓迎し、支持する」とした)ことを紹介し、アメリカからも距離を置かれ世界から孤立する安倍政権の危うさを「歴史認識での独りよがりの考え方にある」と指摘。憲法解釈を変えるため内閣法制局長官を、同局の仕事をしたことのない素人で集団的自衛権行使を容認する人物に代えたり、本来個別的自衛権の対象でしかないものを、集団的自衛権のように見せかけるなどする安倍政権のやり方を「トリックを使っている」と批判し、「集団的自衛権の行使は本格的なアメリカの戦争に自衛隊が使われると考えるのが自然だ。安倍首相の積極的平和主義とは平和の前に戦争があるということだ。日本はナチス・ドイツの道を歩いている」と警鐘を鳴らしました。
(2014年04月27日,「赤旗」)
アジア・太平洋戦争終結から約70年。〝日本がアメリカと戦争して負けた? いつ?〟―若い人からこんな質問が出るようになりました。戦争に負けた日本は米英など連合国に降伏し、戦争指導者が国際裁判にかけられました。東京裁判です。間違った戦争をした罪が裁かれました。ところが安倍首相などのように〝日本は負けたから裁かれた〟と意義を否定する動きが強まっています。東京裁判を考えてみました。
田中一郎、神田晴雄記者
東京裁判(東京・市谷で1946~48年)は、日本が中国をはじめアジア・太平洋へ進出しておこなった戦争を侵略戦争だと断罪し、東条英機元首相ら28人のA級戦犯容疑者を起訴しました。審理ののち25人が有罪の判定を受け、うち7人が絞首刑となりました。
この裁判を安倍晋三首相は「連合国側が勝者の判断によって断罪がなされた」(2013年3月12日、衆院予算委)と公言。首相に近いNHK経営委員の百田尚樹氏は「GHQ(連合国軍総司令部)が徹底した自虐史観を植え付けた。これは東京裁判のせい」などと攻撃しています。根底には「侵略の定義は定まっていない」(安倍首相)と侵略戦争と認めない戦争観があります。
それは、戦争を「自存自衛の戦争」だったと美化する靖国神社に参拝したり、重大な戦争犯罪である「慰安婦」問題への旧日本軍の関与を認め、政府として謝罪した河野官房長官談話をくつがえそうとする動きとつながっています。
第2次世界大戦とは
第2次世界大戦はファシズム(ドイツ、イタリア、日本)対反ファシズム(米英など連合国)のたたかいが主要な側面でした。日本の侵略戦争はそのアジア・太平洋における戦争でした。この戦争で日本人310万人以上、戦場となったアジア・太平洋地域の諸国民2000万人以上が犠牲になりました。
(2014年04月27日,「赤旗」)
Jリーグ1部(J1)浦和レッズサポーターの差別横断幕が世間を騒がせてから約1カ月。お膝元のさいたま市で、市民やファンによる新たな一歩が始まっています。
4月中旬に「サッカーと多文化共生」をテーマにした市民のつどいが開かれました。埼玉新聞サポーターズクラブなどが主催する「埼玉・市民ジャーナリズム講座」の一環です。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のフェイスブックで企画を知った浦和サポーターなど、50人が集まりました。参加者は、同時進行で行われている浦和の試合経過を気にしつつも、土曜午後の語らいに熱が入りました。
講座の前半は、朝日新聞の元論説委員で「ニュースステーション」のコメンテーターを務めた轡田隆史(くつわだ・たかふみ)さんが、約1時間講演しました。
轡田さんは地元で「Jリーグの理念を実現する市民の会」理事を務めています。浦和高校のサッカー部員として、全国高校選手権を制しました。
轡田さんは、キムチなどの身近な食生活などを例に、多文化が共生する日本社会のありようを気づかせました。
そのうえで、参加者の心にずっしりと響くボールを蹴り込みました。
訴え
ナチスによるユダヤ人差別の命令に疑いを持たずに実行した親衛隊のアドルフ・アイヒマンを引き合いに出して、考えることを放棄したら、だれもがヒトラーやアイヒマンになりうると説明。「少しでも考える若者になってほしい」と訴えかけました。
この講演メッセージに呼応するかのように、講座の後半戦は活発な〝パス交換〟が繰り広げられました。
今後、スタジアムで差別的な言動を見かけたときの対応を真剣に論じる男性。県内各地で行われたヘイトスピーチや、朝鮮学校への補助金を打ち切った県政と絡めて、差別的な風潮を嘆く女性…。
浦和のゴール裏で差別的な言動を耳にしたことのある男性は「考えないだけでなく、(差別に)無関心であってもいけない。いい街にするために、ぼくらがどう行動したらいいのだろうか」と、スタジアムの外にも目を向けました。
参加者の年齢層はさまざま。老若男女が一つのテーマで1時間以上、思いの丈を語りました。轡田さんは「飲み屋のカウンターでも、こういう形で考え、議論していくことが大切」と締めくくりました。
意識
日本のスポーツ界では、不祥事の真相究明と再発防止のルールづくりをごく一部の関係者に任せてしまう傾向があります。
この日、地元市民やサポーターたちは、当事者としての意識を持って熱く思いを交わしました。そんな光景が広がれば、サッカー文化の土壌がいっそう豊かで肥えたものになるに違いありません。
(勝又秀人)
( 2014年04月26日,「赤旗」)
「歴史的な対立がアジアの不安定につながってきた。靖国神社の参拝などでさらに緊張が高まるのを防ぐため、どのようなことをすべきだと考えるか」
24日の日米首脳会談直後の共同記者会見で、安倍晋三首相に米AP通信社の記者が突きつけた質問です。日本政府にとって首脳会談は、安倍首相の靖国参拝(昨年12月)など歴史認識の問題で生じた日米関係のほころびを修復する思惑があっただけに、関心を集めた問題でした。
ところが、これに対して安倍首相は、自身の靖国参拝について「国のためにたたかい、傷つき倒れた方々に対して手を合わせ、ご冥福をお祈りするため」「不戦の誓いをした」など参拝を正当化する説明を繰り返したのです。
靖国神社は、日本軍国主義による侵略戦争を「自存自衛の正義のたたかい」「アジア解放の正義の戦争」として美化し、宣伝することを存在意義とする特殊な施設です。この施設に首相が参拝することは、侵略戦争を肯定・美化する立場に自ら身を置くことを世界に向かって宣言することにほかなりません。「不戦の誓い」に最もふさわしくない場所が靖国神社であるからこそ、そこへの参拝には米国政府をはじめ、アジア諸国や欧州連合からも批判が上がったのです。
安倍首相は、その国際的な批判の前に反省するどころか、靖国神社の春季例大祭にあたって祭具「真榊(まさかき)」を奉納(21日)するなど、参拝に準じる無反省な行為を繰り返しています。
会見で安倍首相は、「靖国神社の中にある鎮霊社という社(やしろ)にお参りをした。鎮霊社には世界中の戦没者の霊がまつられている」とも述べましたが、この鎮霊社自体、A級戦犯が13年間まつられていた場所であり、そのことは国会でも指摘されていたはずです。今回、その鎮霊社への参拝を強調したことは極めて重大です。
安倍首相は、靖国神社参拝について「世界の多くのリーダーに共通する姿勢ではないか」とも述べました。しかし、戦犯をまつり、ファシズムによる侵略戦争を「正義の戦争」と美化する宗教施設に参拝する世界のリーダーなど、日本以外には存在しません。
会見で首相は「法の支配といった普遍的価値を共有する国々と新たなルールをつくり上げる」などと語りました。しかし、過去の侵略戦争にきわめて無反省な行為を繰り返していることに加え、憲法9条の解釈を一内閣の判断で勝手に変えて海外で戦争ができるようにしようとする安倍首相が「法の支配を尊ぶリーダー」として世界から信頼されるはずがありません。
(林信誠)
( 2014年04月25日,「赤旗」)
【ニューヨーク=時事】リトアニア・カウナス駐在の杉原千畝(ちうね)領事代理から「命のビザ」を受け、欧州を脱出したユダヤ人多数が1940~41年、日本の定期船でソ連(当時)ウラジオストクから福井県敦賀へ運ばれましたが、その際、感謝を込めて担当日本人に顔写真を残した女性の身元が、73年ぶりに判明しました。女性は97年に亡くなりましたが、米在住の子どもたちは「写真を見てすぐ母と分かった。言い知れぬ感動を覚えた」と話しています。
女性はポーランド生まれのソニア・リードさん。ナチスの迫害を逃れて日本に渡った当時は16~17歳で、写真の裏に「私を思い出してください。すてきな日本人へ」と書き残していました。
ユダヤ難民輸送に当たったジャパン・ツーリスト・ビューローの故・大迫辰雄さんは、船中で男女7人から託された顔写真を戦後も大切に保存していました。大迫さんの国際観光振興会(現日本政府観光局)時代の後輩に当たる作家、北出明さんは在米の元ユダヤ難民らにインタビューを重ね、7人の消息を追ってきましたが、最近カナダ在住ジャーナリスト高橋文さんの協力で、写真の1人がソニアさんと確認されました。
北出さんによると、ソニアさんはニューヨーク近郊で夫の板金工場経営を手伝っていました。日本にも2回旅行。生前、3人の子どもには欧州からの逃避行について何も語りませんでしたが、「日本人にはとても親切にしてもらった」と話していたといいます。
命のビザ
リトアニアの首都カウナスの杉原千畝領事代理が第2次大戦中の1940年、ユダヤ人に発給した日本通過ビザ。ナチス・ドイツの迫害を逃れて欧州脱出を図るユダヤ人が領事館に殺到。杉原氏は人道的見地から外務省本省の訓令に背き、独断でビザを出し続けました。これによってホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の運命を免れたユダヤ人は約6000人に上ると言われます。杉原氏は終戦後、外務省から事実上解職。本人は何も語らず、救われたユダヤ人が杉原氏を捜し出し、その功績が世に知られたのは68年になってからでした。
(ニューヨーク=時事)
( 2014年04月25日,「赤旗」)
「困難を乗り越える力・SOC」が注目されています。専門用語では首尾一貫感覚(Sense of Coherence=SOC)。「人生で起こるさまざまな出来事を一貫してとらえ、状況を理解・予測し、周りの助けを得ながらうまく対処し、日々の営みへのやりがいや生きる意味を見いだすことができる」といった、困難への向き合い方のことです。
理論を提唱したA・アントノフスキー博士は1970年代、ナチスの強制収容所を体験した人々に対する大規模な健康調査をしました。過酷な環境下でも心身の健康を維持できた人に共通した力を見いだし、SOCと名付けました。
SOCは三つの要素、把握可能感(わかる感)、処理可能感(できる感)、有意味感(やるぞ感)をかけ合わせたもの。
①把握可能感(わかる感)
・置かれた状況を理解でき、今後がある程度予測できる
「なにをすればいいか、だいたい分かった」
②処理可能感(できる感)
・これまで身に付けた能力で何とかやれそうな前向き感覚
「なんとかできそうだ」
③有意味感(やるぞ感)
・困難を乗り越えることに人生の意味を見いだす感覚
「艱難辛苦汝を玉にせよ」
重要なのは、SOCは周りの人と高めあうことができるという点。どうすればいいか分からないとき、できそうな自信がないときは、周りの人に気軽に話してみましょう。それで前向きなパワーをもらったら、立ち向かう意味をじっくり考えてみましょう。
■今回の秘伝
・周りの人と「困難を乗り越える力SOC」を高めあおう(水曜掲載)
( 2014年04月23日,「赤旗」)
【パリ=浅田信幸】緊迫するウクライナ東部のドネツク州では21日、緊張緩和措置での米ロなど4者ジュネーブ合意から4日目を迎えました。政府庁舎の占拠を続ける親ロシア派武装集団は、武装解除と庁舎明け渡しを拒否しており、むしろスラビャンスク近くで発生した銃撃戦をめぐり、ロシアとウクライナ暫定政権が非難を応酬、相互不信の深さを見せつける形となり、事態は好転どころか複雑化する気配が濃厚です。
暫定政権が復活祭休戦を宣言した下で、銃撃戦は20日未明、スラビャンスク近くの親ロシア派武装集団が設けた検問所で発生し、ロシア国営テレビは親ロシア派3人と襲撃した集団の2人が死亡したと発表。ウクライナ内務省は3人の死亡を確認したとしています。
同事件について、ロシア外務省は同日、声明を発表し、2月政変をもたらした親欧米派デモで大きな役割を果たした極右の「右派セクター」が襲撃の首謀者だと断定。「復活祭休戦は破られた。キエフ当局には民族派と過激派を武装解除する意思がないことを証明した」とウクライナ暫定政権を非難しました。
「右派セクター」はこれを否定し、「ロシア秘密情報機関による挑発」だと反論。ウクライナ保安局(SBU)と内務省も「ロシアテレビのカメラマンが銃撃戦の現場に現れた素早さに疑念を抱かざるを得ない」と述べ、ロシア軍情報部による「やらせ事件」の可能性を示唆しました。
ドネツクでは欧州安保協力機構(OSCE)の特別監視団が、ジュネーブ合意履行を支援するために活動を開始していますが、責任者のツィリケンス氏は銃撃戦について、真相確認は難しいとの判断です。
一方、スラビャンスクの親ロシア派ポノマリョフ市長は20日、「ファシストがあらゆる手段を持ってわれわれを負かそうとしている」と述べ、ロシアのプーチン大統領に対し平和維持軍の派遣検討を要請、同時に「ドンバス人民軍」を立ち上げつつあることを明らかにしました。ドンバスはドネツク州とルガンスク州を合わせた地方の名前で、親ロシア派武装集団が10市前後の市庁舎や警察署を占拠し続けています。
ウクライナのヤツェニュク暫定首相は同日、米国テレビのインタビューで、ロシアのプーチン大統領を「ソ連の復活を夢見ている」「ロシアは今日、世界にとっての脅威だ」と非難しました。
( 2014年04月22日,「赤旗」)
欧州安保協力機構(OSCE)の特別監視団が20日、ウクライナ東部ドネツク州で本格的な活動に入りました。親ロシア派武装集団の公共施設からの退去や武装解除を促すのが目的。しかし現地では同日、親ロシア派が支配する検問所で銃撃戦が発生するなど緊張が続いています。
監視団派遣は17日にウクライナ、ロシア、米国、欧州連合の外相が開いた4者協議で合意したものです。4者協議共同声明に基づき、「ウクライナ当局と地方が最も必要としていることへの支援を主導する」役割を担います。
ウクライナ暫定政権は監視団の現地入りに合わせて、親ロシア派武装勢力を強制排除する「反テロ作戦」を中断しました。
監視団の副団長(英国)は20日、ドネツク市で親ロシア派武装組織との対話を開始。OSCE議長国スイスから派遣された代表は現地記者団に、「現在のところ(武装集団に)退去する意思はない」とする一方で、「監視団の任務は彼ら(武装集団)を説得して、退去することが最善だと理解させることだ」と語りました。
ロシア国営テレビによると、スラビャンスクの検問所で発生した銃撃戦で親ロシア派3人と襲撃した集団の2人が死亡したといいます。
親ロシア派武装集団のメンバーはロイター通信に、「われわれを挑発する者には力で反撃する」と語り、武装解除に応じない姿勢です。親ロシア派側は、「われわれは武装解除を迫られているが、暫定政権側の武装集団は放置されている」と反発しています。
ドネツクの行政庁舎を占拠する親ロシア派は、暫定政権に加わる「右派セクター」とナチスのつながりを宣伝する展示会を開催中。暫定政権への反感をかき立てています。
ただ、東部地域の住民の多数が親ロシア武装集団を支持しているわけではありません。キエフの「国際社会学研究所」が東部で行った世論調査によると、庁舎占拠を支持する意見は4分の1に達しませんでした。
暫定政権のデシツァ外相は19日、OSCE監視団との会談後、監視団と親ロシア派の対話が「4者協議合意の履行に向けた実践的な手順を案出すると期待する」と述べました。
欧州安保協力機構(OSCE)
1972年に欧州の安全保障を協議する国際機関として発足。75年の首脳会議で、国境不可侵や人的交流などをうたった「ヘルシンキ宣言」を採択。ソ連崩壊後は地域紛争の防止、民主主義の構築・強化や基本的人権の保障することなどを目的に活動。現在、欧州諸国と旧ソ連諸国、米国、カナダなど56カ国が加盟。
( 2014年04月21日,「赤旗」)
今日から始まる靖国神社の春季例大祭を前に、閣僚の参拝がつづきました。昨年末に参拝した安倍首相と同じく、国のために命を犠牲にした英霊たちに 哀悼の誠を、と口にしながら▼この神社には先の戦争を計画、開始、遂行した責任者がまつられています。東京裁判で裁かれたA級戦犯です。しかも、アジアで 2千万をこえる命を奪った日本の侵略戦争を、いまも“正しかった”と宣伝している施設です▼もしドイツが戦後、ヒトラーやナチスの幹部に哀悼の意を示して きたら、欧州では生きられなかったでしょう。反省もせず、国際社会の出発点にも背を向けつづける日本の政権党の異常さ、愚かさに、空恐ろしさを覚えます▼ 先日、読者から1枚のDVDが送られてきました。題名は「右傾化の源流」。いまから58年前のラジオ番組で流されたA級戦犯の肉声が収録されたものです。 いずれも、みずからの戦争責任を認めず、自衛のためだったと▼「戦(いくさ)をやったことは向こうにも責任がある」(鈴木貞一(ていいち)・元陸軍中将) 「敗戦はわれわれの責任ではない」(賀屋興宣(かやおきのり)・東條内閣大蔵大臣)。国民や世論に責任を転嫁したり、憲法の改正や教育勅語の復活を堂々と 主張する戦犯も▼番組の制作者は昨年、地方紙の取材に彼らの姿勢は「いまの安倍内閣に相通じる」と答えています。その読者も同じ思いだと。番組は最後に女 性の原爆被災者を登場させます。「また戦争をしたい人がいたら、私の顔を見せてやりたい。そんな人は人間じゃ絶対にない」「2014年4月21日(月) 赤旗」
【ニューヨーク-時事】米中部カンザス州の東部にあるオーバーランドパークとその周辺で13日、ユダヤ系のコミュニティーセンターと高齢者介護施設の2カ所で銃撃があり、14歳の少年1人を含む男女3人が死亡、10代の少年1人が負傷しました。警察は73歳の男を容疑者として拘束しました。白人至上主務集団クー・クラックス・クラン(KKK)の関連団体元幹部とされます。
男は取り押さえられた際、ナチス・ドイツ総統ヒトラーをたたえる言葉を叫んだと伝えられています。警察は人種・宗教差別に基づく憎悪犯罪の可能性も視野に入れ、調べています.
警察発表や報道によると、男はコミュニティーセンターの駐車場で銃を発射し、2人を殺害。近くにある介護施設に車で移動して発砲し、1人が死亡しました。当時、センターには若者らが集まり、ダンスや歌を楽しんでいました。
現場は大都市カンザスシティーの南部郊外で、ミズーリ州との境界に近い。
(2014年04月15日,「赤旗」) (Page/Top)
憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を可能にしようとする安倍政権に対し、阪田雅裕・元内閣法制局長官が反対の思いと論理を語った『「法の番人」内閣法制局の矜持』(大月書店・1600円)。読んで頭に浮かんだのはドイツの牧師ニーメラーの言葉です。(ナチスが最初共産主義者を攻隼したとき、私は声をあげなかった)。共産主義者ではなかったから。社会民主主義者、労組が攻撃され、ついに教会が攻撃されて彼は行動します。(しかし、それは遅すぎた)
自衛隊ができたとき、「憲法違反」の声が上がりましたが、法制局は「必要最小限度の実力は憲法の禁じる戦力ではない」としました。イラク戦争で自衛隊が戦地に出たときも「武力行使にならない活動に限るので合意」としました。
いま阪田氏は、集団的自衛権はそもそも武力行使のためのもので憲法違反、解釈変更でやるのは立憲主義の否定だと明快に主張。海外での武力行使を一貫して違憲としてきた法制局の矜持を示します。立憲主義を守る一点で共同し安倍政権の暴走を止める一全く遅くないのが、かつてとの大きな違いです。
(辛)
(2014年04月13日, 「赤旗」) (Page/Top)
ウィーンからの報道によると、5月に実施される欧州議会選挙に3選を目指し出馬予定のオーストリアの極右政党・自由党(FPO)の議員が8日、同党からの出馬を断念しました。自身のナチス・ドイツに関する問題発言への批判を受けたもの。無所属として立候補するかどうかは未定です。
この議員はアンドレアス・メルツアー氏。比例代表制で行われる同選挙で、同党の候補者リストの上位に位置していました。
同氏は"次々と規制を掛ける欧州連合(EU)に比べればナチス・ドイツの方がリベラルに見える" "(移民が増えて)EUが黒人たちの集まりになってしまう"などの極端な発言を繰り返し、非難が集まっていました。
同党は高い失業率への不満や移民への不安を吸収し、与党・社会民主党や保守の人民党を上回る27%の支持率を維持しています。欧州議会選挙では好成績をあげると予想されています。
(2014年04月11日, 「赤旗」) (Page/Top)
自民党の村上誠一郎衆院鎌且(元行革担当相)が雑誌『世界』5月号(岩波脊店)のインタビューに答え、安倍晋三首相の集団的自衛権行使に向けた憲法解釈変更について「絶対にやってはいけない『禁じ手』」と批判しています。
解釈改憲に反対する理由について村上氏は、ナチス・ドイツが全権委任法でワイマール憲法を葬り去った歴史を例に挙げて「安倍さんの解釈改無は、それと同じ愚を繰り返す危険性がある」といいます。
そのうえで村上氏は「集団的自衛権行使を認めることで、…日本が、誤った情報をもとにした戦争に加担することとなったならば、誰が戦場に行くんですか。日本の多くの若者に犠牲者が出てしまうかもしれない。その時、いったい誰が責任を取るのか」と指摘。
安倍政権に対して「平和外交によっていかに戦争を防止するか、その努力を全力でやらなければいけない時に、安倍さんは集団的自衛権の『行使容認』だとかr武器輸出三原則の撤廃』だとか、相手を逆撫(な)ですることばかりに力を注いでいるJと、くぎを刺しています。
(2014年04月11日, 「赤旗」) (Page/Top)
秘密保護法成立(昨年12月6日)を受け、同法の廃止、凍結を求める意見事を採択した市町村議会が全国で127にのぼることが日本共産党の調べでわかりました。うち73市町村は今年の3月議会で採択しており、同法への懸念が依然強いことを示しています。
都道府県別では北海道の45市町村、長野県の17市町村、高知県の13市町村、沖縄県の9町村、福島県の6市町などと続いています。
福島県桑折町議会の意見書は東電福島第1原発事故に言及。核施設への"テロ活動防止"を口実に、国民の生命と財産を守る情報が「特定秘密」に指定される可能性が極めて高いとして、内部告発や取材活動を萎縮させる同法は「民主主義を根底から覆してファシズム-の道につながる」と暫告し、「一旦廃止」を要求しています。
また、「適性評価」は思想信条の自由やプライバシー権を侵し、国民の目と耳をふさぐ「憲法改悪の先取り」(埼玉県小鹿野町)という指摘や、「国民の知る権利・表現の自由を奪うなど、国民主権・民主主義とは相容れない意法違反の内容」(茨城県取手市)という批判もあります。
安倍政権の憲法珠蹂躙の暴走に対する大包囲の全国的広がりを示しています。
(2014年04月10日, 「赤旗」) (Page/Top)
絵師・北斎役/幕府が芸術を弾圧した時代
文学座代表の加藤武さん、84歳。取材中も「ワッハツハ」と大声で笑い、意気軒高です。今月、主演する同座公演「京の盛りの蝉のように」では、がんこな江戸っ子絵師・葛飾北斎を演じますD どこか今を思わせる物語です。
大塚武治記者
江戸後期、花のお江戸。老いてなお技を究めんとする北斎と、彼を敬愛しながら反発する若手絵師・渡辺畢崋山、歌川国芳の3人を軸にした群像劇です。
「北斎はバイタリティーあふれる男です。50歳で隠居だって時代に、70歳を過ぎて、有名な『神奈川沖浪裏』や『赤富士』を描く。構想がどんどん湧くから、90歳で死ぬのは悔しい、120歳まで生きたいなんて、すごいよね」
北斎宅に集まっては、議論をたたかわす3人。芸術至上の北斎、非道な政治に怒る堅物の華山、ニヒルな国芳。いつも大騒ぎです。
そんな3人に時代の波が迫ります。体制維持のため、幕府が学問や芸術を苛烈に弾圧し始めたのです。 「崋山は蘭学を学んで捕まり、国芳は理不尽な政治に風刺絵を描いて反発する。絵だけに没頭した北斎は若い2人の生きざまに感心したんです。生き方は三者三様。理屈っぽくなく、面白く書かれた脚本ですから、自然と現代が見えてくるんじゃないでしょうか」
口封じで始まる
少年時代を戦争の中で過ごした加藤さん。
「時の権力ってのは、自分に都合の良い法律をポコツポコツとつくるもんです。治安維持法など、戦争のときがそうでした」
思い出すのは、旧制麻布中学の同級生・河合武さんの父だった、東京帝大の河合栄治郎教授の弾圧事件です。
「自由主義者の彼がファシズムを批判したら、著書は発禁、免職。そうやって政府は進歩的な人を捕らえ、口を封じ、戦争に進んでいったんです」
自身、「お国のために命を投げうて」とたたき込まれた軍国少年でした。同級生の俳優・小沢昭一さんは中学途中から海軍兵学校へ行き、加藤さんも陸軍士官学校を受験。疎開することさえ、「卑怯(ひきょう)」とされた時代と言います。
「心の底では、映画や芝居、寄席を求めていたのにね。教育は方向を誤ると、怖いよ」
大空集の猛火で
先月、NHKドラマ「東京が戦場になった日」に出演しました。満足な装備や訓練もなく、東京大空襲の猛火を消そうとした「年少消防官」「学徒消防隊」の悲劇です。「戦争をテーマにしたドラマを世に送ることに意味があると思う」
加藤さんも空襲体験者です。1945年5月25日夜、250機のB29が東京に低空で侵入。自宅のある築地周辺も爆撃されました。
魚河岸で仲卸業をしていた加藤さんの家では、2階に寝たきりの祖母がいました。父母と姉とで布団ごと下ろして大八車に乗せ、16歳の加藤さんが引いて逃げました。
「『火が風を呼ぶ』と言うけれど、風がすごいんだ。おばあさんに布団をかけたら、竜巻みたいな風にバーツとあおられて、ハンカチみたいに飛んでった。おばあさんを縄で縛りつけるようにして逃げました。
人々は、われ先にと広い魚市場こ向かいました。先頭が着く直前、焼夷(しょうい)弾がさく裂。慌てて引き返す人でパニックになりました。加藤さんは父や姉とはぐれました。
大八車を引き、母と逃げる中で見たのが、炎上する歌舞伎座です。幼少期から通った憧れの歌舞伎座。ごう音と共に桃山調の大天井が崩れ落ちました。「ああ、これで二度と歌舞伎は見られない.ぽうぜんとしました」
朝帰ると、自宅が奇跡的に残っていました。「良かった」と思ったのもつかの間、祖母が息を引き取っていました。
「芝居見物が楽しみだったおばあさん。歌舞伎座と一緒に死んじやった。あんな思いは二度としたくない」
大きな声で言う
「このごろの日本はまた、きな臭いやね。声を上げないと、どうなっちゃうかわからない。だから私は秘密保護法に反対するし、意法9条を守れと言っています」
集団的自衛権行使の動きについても、こう語ります。
「政治家がくだらない発想をするのも、戦争を知らない、知ろうとしないからです。そんなものが通って、自衛隊に一人でも戦死者が出てみなさい、一気に戦争のムードになるよ。だから今、大きな声で言わなきやいけないんだ、戦争はダメだって」
戦争を体験した者として、つらくても、残酷な思い出を語らなければと話します。
「いまは、誰もが芝居を楽しめる、すぼらしい時代です。そんな時代がずっと続くことを心から廟います」
かとう・たけし-1929年、東京生まれ。文学座代表。59年、文学座座員。舞台のほか、映画では黒澤明作品の侍、金田一耕助シリーズの警部、釣りバカシリーズの専務など幅広く活躍。舞台「夏の盛りの蝉のように」(作/吉永仁郎、演出/西川信席)は11~22日=東京・三越劇場、℡ 0120(481034)、26~27日-兵庫・ピッコロシアターTEL06(6426)1940
(2014年04月06日, 「赤旗」) (Page/Top)
[バリ-浅田信幸】ウクライナ危機をめぐるロシアと欧米の対立が深まる中、ロシアに対して最も融和的だとみられたドイツとロシアの関係も険しさを増しています。
ロシア外務省は3日、ショイプレ独財務相がクリミア併合を第2次世界大戦期のナチス・ヒトラーの領土拡張になぞらえたことに抗議する声明を発表しました。
ショイプレ氏は今週初め、学生を相手にした講演で、ロシアのプーチン大統領がロシア系住民の保護を理由にクリミアを併合したことについて、「ヒトラーがズデーテン地方を奪うために使った方法だ」と発言。1938年、当時300万人のドイツ系住民がいたチェコスロバキアの同地方をナチス・ドイツが併合し、翌年には全土を侵略したことになぞらえました。
独ロは経済関係も強く、メルケル独首相はウクライナ危機発生後もプーチン氏と最も数多く電話会談を行い、対ロ制裁にも供重な姿勢をとってきました。クリミア併合後、メルケル氏は対ロ制裁強化で欧州連合(EU)を主導。閣僚の発言や声明でも、両国関係では異例の厳しい言葉が飛び交うようになっています。
(2014年04月05日, 「赤旗」) (Page/Top)
憲法9条の価値再認識を/武村正義さん
私は、かつて自民党安倍派に所属していました。安倍首相のお父さんの晋太郎さん(元外相)が会長でした。生前、晋太郎さんが話していたのは、晋太郎さんの父の安倍寛元衆院議員のことです。寛さんは戦前、軍閥政治に異を唱え、大政翼賛会の推薦を受けずに当選した数少ない、スジの通った政治家だった、と誇らしげに話していました。
安倍首相は、もう一人のおじいさん(母方の岸信介元首相)のことをよく話されますが、父方のおじいさんのことも語られてはいかがでしょうか。
いまの安倍首相は、私の目には極めて危うい姿に映っています。
特定秘密保護法制定も武器輸出三原則見直しも、世論などお構いなしに突き進んでいる。昨年末の靖国神社参拝は、中国・韓国から反発を呼んだだけでなく、米国や欧州の国からも懸念が表明されました。
安倍首相の主張と行動は、戦後の世界秩序に異を唱えるものとして世界には映っています。第2次世界大戦を引き起こしたナチス・ドイツと軍国主義日本が、ニュルンベルク裁判と東京裁判で裁かれ、戦後の世界秩序はできました。東京裁判で有罪となり処刑されたA級戦犯をまつる靖国神社への参拝は、この戦後の世界秩序に疑問を投げかけている、ととらえられて当然です。
80年代に西ドイツのワイツゼッカー大統領(当時)は、ナチスドイツの戦争犯罪にふれ「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となる」と演説をしました。この言葉を安倍首相もかみしめてほしい。
憲法9条の価値は再認識すべきです。私はかつて「小さくともキラリと光る国・日本」ということを提唱していましたが、この「キラリ」の中には憲法9条も含んでいました。
たけむら・まさよし=1934年滋賀県生まれ。東京大学卒業、旧自治省入省。74年、滋賀県知事に初当選し3期務める。86年衆議院議員に初当選(自民党公認)。その後、「新党さきがけ」代表、内閣官房長官、大蔵大臣などを歴任
脳裏に残るB29墜落現場/藤井裕久さん
昭和20年(1945年)の初めごろ、私は都心から郊外に学童疎開をしていました。私の真上で、飛んできた米軍のB29に日本軍の飛行機が体当たりして、落ちていくのを見ました。墜落地点に行ってみると、兵士の腕やら足やらがバラバラにちぎれて散乱していました。おそらく米軍の女性兵士のものと思うのですが、赤いマニキュアをした細い片腕もありました。その光景は、今でも私の脳裏に焼き付いています。
二度と戦争をしないということで、戦後体制がつくられた。憲法をアメリカが占領政策でつくったなんてことをいう必要はまったくない。そこには相当な世界の真理が入っている。平和主義、国民主権、基本的人権の尊重―という3原則は民主主義国家の常識だと思います。ただ占領中にできたために、抜けているものがあることは事実で、憲法の足らざる点は改正すべきというのが私の考えです。
しかし、安倍首相にはそれをやってもらいたくない。
なぜならば、彼の歴史観、ナショナリズムが極めて偏っているからです。
昭和初期に日本が進んだ道は明らかに誤りです。しかし、安倍首相は「侵略かどうかは後世の歴史家が判断する」といっている。「村山談話」が認め、謝罪した日本の植民地支配と侵略も、初めは認めようとしていなかった。衣の袖からよろいが見えています。
安倍首相の歴史認識だと世界から孤立します。孤立すれば平和は成り立たず、その国は滅びます。
安倍首相の叔父の西村正雄・元日本興業銀行頭取と私は、学童疎開の仲間でした。彼は第1次安倍政権が誕生する直前に亡くなりましたが、最後まで安倍首相の政治姿勢を心配していました。私にまで手紙をくれ、安倍首相に「市場原理主義者や偏狭なナショナリストと絶縁し、もっと経験を積むように」と伝えたことが記されていました。
安倍首相にはこの西村さんの思いを、今こそ思い出してほしい。
ふじい・ひろひさ=1932年東京生まれ。東京大学卒、旧大蔵省入省。77年、参院全国区で初当選(自民党公認)、参院議員2回、衆院議員7回当選。自民党、新生党、新進党、自由党、民主党を経て、現在民主党顧問
(2014年03月30日,「赤旗」)(Page/Top)
【オスロ=AFP時事】ノルウェーの美術館は21日、ナチス・ドイツが第2次大戦中の1941年にフランスの画商ポール・ローゼンバーグ氏から略奪した仏人画家マチスの作品を同氏の一族に返還しました。
暖炉の前に座る青い服の女性を描いた作品の評価額は推定2000万㌦(約20億円)。2012年にパリで展示されたのを受け、一族が所有権を名乗り出ました。
この作品は元独空軍総司令官ヘルマン・ゲーリングが所蔵した後、ドイツの美術商などを経て、ノルウェーの富豪が50年に購入しました。
米在住のローゼンバーグ一族は、ナチスに略奪された数百点の作品の行方を捜し続けているといいます。
( 2014年03月24日,「赤旗」)(Page/Top)
昨年10月に87歳で亡くなった作家・右遠俊郎氏の著書がこの2月、刊行された。1979年以降に書かれた53編からなる評論・エッセー集『右遠俊郎 文学論集成』と、自伝的長編小説『青春のハイマートロス』である。
最晩年の未刊だった諸作品もこの2著にほぼ収められ、右遠俊郎氏の文学世界を、完全により近い形で次代に手渡せることになった。
両著、ことにも『文学論集成』は、ありし日の右遠俊郎氏を彷彿させる。それは、自ら退路を断った男の凛とした立ち姿だった。
氏は、禁じられた白線帽をかぶって旧制高校を追われ、入営後は旧満州で終戦を迎えた戦争の生き残りの一人である。金にならぬと分かっていても「ほんとうのこと」を追究するために生涯を費やす純文学作家を志したその背後には、若い死者たちが立っていた。
従って氏は、国家はもとよりどのような権力権威に対しても、常に臆せず自立した個人としての本心を述べた。作品に品位を求め、文章に厳しかった。「文学は第一義、書くことは死にもの狂い」(「群狼通信」№57・1982年5月)と、後進を叱咤した。
こうした生き方を選んだことに葛藤もあったはずだ。が、〈今をいかに生きるか〉を自らに深く問うた時、氏にはいつも「玄人」の作家であり続ける道だけが残ったのであろう。
その初心の証しのように、1996年に最初の脳梗塞で倒れて後の約10年間、再発で小説の言葉を失う2008年2月まで、氏は休みなく作品を発表し続けた。『青春のハイマートロス』はその時期の成果の一つである。
終戦から5年、宇高元郎は22歳。T大には入ったが〈今をいかに生きるか〉が分からない。酒と煙草、放蕩に明け暮れ、奨学金とバイトだけが頼りのその日暮らし。同人誌の仲間たちと小説を書くことで自分を捉え直そうと心が定まった時には、肺を患う身になっていた。
愚か者の物語の行間には、作者の遺言も込められていよう。わが身の可能性を食いつぶすだけの、戦地で元郎が唯一覚えさせられた生き方。あんな青春はもうごめんだ。彼が若かった昔、ファシズムはスマートさと凶悪さを交えて襲ってきた。その先は戦争だった。読者が生きる今も同じだ。忘れてくれるな…。
(こばやし・やえこ 文芸評論家)
( 2014年03月24日,「赤旗」)(Page/Top)
ナチ占領下のパリが舞台
歌手のクミコさんが還暦を迎える今年、初めて本格的な演劇に出演します。ナチスドイツ占領下のパリを舞台にした音楽劇「ピトレスク」。今の時代、おかしいと感じることに声をあげる勇気を、見る人に届けたいと語ります。
大塚武治記者
「稽古していて、今の日本と重なって仕方ありません。一人でも多くのお客様に見ていただきたい」
物語は1942年秋、ドイツ占領下のパリ。クミコさんは、ナチスに夫を殺されたユダヤ人、マルゴーを演じます。
マルゴーは、警察のユダヤ人狩りに息を潜めながら、行方不明の息子を捜しています。その中で、政府に禁止されたキャバレーを復活しようとする人たちに出会います。少数民族ロマや同性愛者など迫害された彼らの中には、マルゴーを仲間にするのを危ぶむ者も。でも互いの痛みを知って心が通い、音楽劇でレジスタンスをしようと考え始め…。
台本を読んで、涙が流れたクミコさん。
「この世の地獄を味わい、笑顔を忘れていたマルゴー。仲間と出会い、生きるよすがを見つけ、人間性を取り戻していきます。人によってしか、人の心は開けない。そんな示唆を感じる台本です。見た後にはきっと心に勇気が残ると思います」
ユダヤ人狩り
物語の背景になっているのが、パリで行われた史上最大のユダヤ人狩り、「ヴェル・ディヴ事件」です。
42年7月16日早朝、フランス警察とナチスが組み、ユダヤ人1万3千人を一斉検挙しました(うち子ども4千人)。捕らえられた人たちは、家畜のように列車で強制収容所に送られ、殺されました。
「当時、収容所で何が行われていたか、一般のフランス人は知らなかったそうです。多くの人が、『まさかそんなことはないだろう』『自分には関係ない』と思っていた裏で恐ろしいことが進み、後戻りできないところに行ってしまった。戦争中の日本とそっくりですし、今の日本とすごく重なる気がします」
クミコさんは、最近の日本の空気に危機感を感じます。
「『アンネの日記』が破られ、書店に『嫌韓』『嫌中』と題名のついた本が大量に並べられる。在日朝鮮人、韓国人へのヘイトスピーチ(憎悪表現)がまかり通り、韓流ブームでにぎわった町も閑散としてしまう。私たちが『おかしい』と思いながら黙ってきたことが、そんな空気をつくってしまったのではとも思うんです」
そんなときに思い出すのは、戦争を体験した故・小沢昭一さんの言葉です。
〈戦争ってものは、なっちゃってからでは止められません。なりそうなときでも駄目。なりそうな気配が出そうなときに止めないと〉(「日経」2012年12月11日付)
「彼の言葉の通りなんです。沈黙とは全てを許してしまうこと。流れが急になったころには、もう止められなくなっている。この作品は、沈黙がいかに罪かを問うています。おかしいと感じることに、それぞれができる形で抵抗できたら、すてきだなと思います」
若い人がいる
舞台「ピトレスク」の作・演出は、36歳の小林香さんです。「重いテーマ」が敬遠されがちなエンターテインメントの世界。しかし小林さんは「人目に触れる東京・日比谷の劇場でこそ、この作品をやりたい」と…。
クミコさんは、小林さんの思いに心を動かされました。
「今も、こんな若い人がいるんですね。これからの社会をつくっていく世代が、覚悟を決めて作品と向かい合っている。私も一員として、しっかり後押ししなきゃと思うんです」
「ピトレスク」は、フランス語で、「絵のように美しいさま」という意味。音楽劇による抵抗を通じてマルゴーたちは、「戦火にも燃えない大切なもの」を見つけていきます。
「それは人間の良心、人間にとって一番尊いもの、自由や美しさ、どんな困難にも崩してはいけない理想を指しているのだと思います。私たちの仕事は、魂に語りかけていく仕事。見る方が、自分の中のピトレスクを見つけ、差別や人間の自由を奪うことって情けないよねと言う人が増えてくれるのが、望みです」
1954年、茨城生まれ。82年、銀座・銀巴里でデビュー。シャンソンから歌謡曲まで幅広く活動。シングルCD「指も髪も唇も」発売中。SHOW―ismⅦ「ピトレスク」は27日~4月3日=東京・シアタークリエ℡03(3201)7777
(2014年03月23日,「赤旗」)(Page/Top)
憲法改悪阻止和歌山県各界連絡会議と憲法9条を守るわかやま県民の会は22日、和歌山市で学習講演会「憲法9条と集団的自衛権」を開きました。
講演した憲法会議代表幹事の川村俊夫氏は、安倍政権が集団的自衛権を行使できるようにしようとする手法を「国会の多数をテコに憲法を棚上げにして停止の状況にもっていこうとしている。ナチスの手口だ」と糾弾しました。
アメリカのベトナム戦争や旧ソ連のチェコ侵攻など侵略の歴史にまみれたこれまでの集団的自衛権行使を振り返り「集団的自衛権の行使は、いろいろなことが起こりうる。戦争への国づくりだ。たんに軍事面での強化ではない。国民を総動員する体制だ」と警鐘を鳴らしました。
川村氏は、「安倍政権は手段を選ばない。それは特殊な歴史観によって支えられている」と指摘し、そのために自民党内やアメリカにまで批判が広がっていることを紹介。改憲を許さず憲法が生きる社会のため運動を発展させようと訴えました。
(2014年03月23日,「赤旗」)(Page/Top)
安倍晋三首相が集団的自衛権の行使容認に向けた解釈改憲を強行しようとしている問題で、自民党内からも異論が上がっています。同党の意思決定手続きの重要機関である総務会のメンバーによる「総務懇談会」(17日)でも、慎重論が相次ぎました。▽憲法を改定せず憲法解釈の変更だけで集団的自衛権の行使を認めるのは立憲主義の否定になる▽自衛隊が地球の裏側まで行くような無限定な行使容認は認められない―といった意見です。解釈改憲の大義のなさと集団的自衛権行使の危険性がいよいよ鮮明になっています。
ナチスの手口学ぶ
「憲法によって権力を縛る」という立憲主義の否定だとの批判の声は、自民党元幹部や元内閣法制局長官などを含め大きく広がっています。
元内閣法制局長官の秋山収氏は、麻生太郎副総理が昨年7月、憲法改定のためにナチスの「手口に学んだらどうか」と発言したことに触れて「ナチスは『合法的』に全権委任法を成立させて権力を握り、憲法を事実上葬った歴史がある」と指摘し、今の解釈改憲の動きに警鐘を鳴らしています(「朝日」18日付)。
自衛隊が地球的規模で戦争に乗り出すことができるという集団的自衛権行使の危険な本質もいっそう浮き彫りになっています。
集団的自衛権の行使解禁を求める報告書を4月にも提出する安倍首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)のメンバーもそのことを認めています。同メンバーの西修駒沢大学名誉教授は参院予算委員会の公聴会(13日)で、日本共産党の井上哲士議員の質問に対して、かつてのベトナム戦争やアフガニスタン戦争(2001年)に自衛隊が参加する可能性について「もし(憲法)解釈を変えるということになったら、やっぱり結果的にはそうならざるを得ない」と答えています。
西氏だけでなく、集団的自衛権行使容認派の急先鋒の一人である石破茂自民党幹事長も、アフガン戦争について「論理上は、日本の集団的自衛権の行使が可能になっていたならば、あの戦いに自衛隊が参加した可能性はゼロではない」と認めています(『日本人のための「集団的自衛権」入門』)。
日本が武力攻撃を受けていないのに海外での戦争が可能になるとの批判の中、安保法制懇の北岡伸一座長代理は、集団的自衛権行使の要件に「放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合」などを加え、「抑制的」に行使するかのように述べています(2月21日、日本記者クラブ会見)。しかし、「日本の安全に大きな影響が出る」という要件はいくらでも恣意的な解釈が可能です。
中東有事でも発動
北岡氏は実際、「日本の安全に大きな影響が出る場合」として、「日本に来る石油が途絶する」例を示しました。これでは、産油地・中東の有事でも発動されかねません。北岡氏は「何らかの理由で日米同盟に対する米国の信頼が大きく傷つく」場合も挙げました。国際法違反の米国によるイラク戦争(03年)を日本が支持し自衛隊を派遣した理由として「日米同盟の重要性」を掲げたことを忘れてはなりません。反対世論と運動を広げることが急務です。
( 2014年03月23日, 「赤旗」)(Page/Top)
クリミア半島の中心都市シンフェロポリでウクライナ軍基地が武装集団に襲撃され、兵士1人が死亡、2人が負傷したことを受け、ウクライナのテニュフ国防相は18日、クリミアのウクライナ軍部隊に自衛のための武器使用を許可しました。ロシアがクリミア半島を実質的な支配下に置いてから、兵士に死者が出たのは初めてで、これまでウクライナはクリミア駐在部隊に武器使用の自制を求めていました。
ロイター通信などの報道によると、ウクライナ国防省は、襲撃者がロシア軍服を着用していたと断定。ヤツェニュク首相は同日の国防省での会議で、クリミア紛争は「ロシア兵の関与で政治的なものから軍事的なものに発展した」とし、襲撃を「時効のない戦争犯罪」と非難しました。
また、同首相は、テニュフ国防相に対し、対立の拡大を阻止するために英、米、ロシアの3カ国国防相と緊急会議を開催するよう指示しました。
ウクライナと3カ国は、ウクライナの核兵器撤去を決めたブダペスト覚書(1994年)で、ウクライナの独立、主権、現国境を尊重することを誓約しています。
トゥルチノフ大統領代行はこの会議で、ヒトラーのナチスドイツに言及し、「プーチン(ロシア大統領)は前世紀のファシストにならい、独立した他国から領土を併合した」と非難しました。
一方、インタファクス・ウクライナ通信は、クリミア警察の情報として、基地近くで親ロシア「自警団」の1人がこの事件で死亡したと報じました。
( 2014年03月20日,「赤旗」)(Page/Top)
【キエフ=ロイター】ウクライナの首都キエフにある国立大祖国戦争博物館に勤めるワレンティンさんは、1968年にソ連軍の戦車が東欧チェコスロバキアの改革運動「プラハの春」を押しつぶした時、ソ連赤軍の一員として従軍しました。「あのときわれわれは占領軍だった。今は、この国がロシア人に占領される側になった」。
ウクライナは、ロシアによってクリミアを失おうとしており、さらなる軍事侵攻さえ懸念されています。
プーチン大統領は、2月にキエフで起こった政権転覆が極右グループの仕業だとして暫定政権の指導者たちを「ネオナチ」とレッテル貼り。「兄弟国家」の市民を「保護」するために部隊を派遣するかもしれないとしています。
ファシストは誰
「われわれがファシストだって? 彼らこそファシストだ」とワレンティンさん。「銃口を突き付けられての住民投票」は、若いころ参加したチェコスロバキア侵攻と同じだといいます。ソ連の指導者は、同国からの要請を受けて「右翼の陰謀」にたいする「兄弟的援助」だと主張しました。
東部ポルタバ出身のスベトラーナさんは、プーチンと腐敗したウクライナの政治家に責任があるといいます。「皆が戦争を口にしているのは恐ろしい。心配です」
反ヤヌコビッチ前政権デモの中心地独立広場では、迷彩服を着た超民族主義者の一人が「やつらをシベリアまで追い払ってやる」などと息巻きますが、別の民兵は「平和解決が必要だ」と語りました。
広場を見下ろす旅行社で働くイリーナ・ツァルイノクさん(43)は、自身のようなロシア系市民が極右勢力から危害を加えられているとのロシアの主張はばかげているといいます。「広場にいる男たちほど過激じゃない。だけど、もしよりよい生活を求めることが極右だというなら、私はそういわれてもかまわない」
1980年代のソ連時代、商店の棚に売り物がなかったことを知るイリーナさんは、モスクワが繁栄を約束しても信じることはできないし、「支配民族」のように振る舞う多くのロシア人を目にしてきた、といいます。
迫害再来あるか
広場に面したレストランで働くレナラ・スメドリャーエワさん(22)は、クリミア・タタール人。クリミアに住む家族との別離や、ソ連時代に受けた迫害の再来を懸念しています。クリミア・タタール人がボイコットした住民投票について、彼女は「プーチンは詐欺師だ」といいます。
娘を連れて戦争博物館を訪れたキエフ市民のオクサナさんは、展示物の戦車の列を前にしてこう述べます。
「戦争は博物館の中に入れたと思っていました。これからもそうあってほしいと願うだけです」
( 2014年03月20日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の舞台となったポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所で、収容者に管理番号の入れ墨をするのに用いた金属製器具が見つかりました。収容所跡地にある博物館は「解放から70年近く経過してから見つかるとは驚き。近年で最も重要な発見の一つ」と指摘しています。
器具は収容所に旧ソ連軍が迫った1945年1月、ナチスが収容者を西方に移送したルートで発見されました。匿名を条件に個人から数週間前に寄贈され、博物館が本物と認めました。同様の器具はロシア・サンクトペテルブルクの博物館に所蔵されているだけといいます。
見つかった器具は5個で、数字の「0」が1個、「3」が2個、「6」か「9」とみられるのが2個。縦横1・5㌢程度の台に長さ数ミリの針が付いています。
アウシュビッツ収容所では41年に入れ墨を開始。当初は左胸、その後は左腕に入れました。収容者に入れ墨を刻印した強制収容所はアウシュビッツだけでした。
( 2014年03月17日,「赤旗」)(Page/Top)
東京都内の図書館や書店で「アンネの日記」など300冊余りの本が破られた事件で、警視庁杉並署捜査本部は14日、被害に遭った大型書店に侵入したとして逮捕された東京都小平市の無職の男(36)が図書館で本を破った疑いが強まったとして、器物損壊などの容疑で再逮捕しました。男の供述通り、都内で破り取られた本の一部とみられる紙片が見つかりました。
逮捕容疑は2月5日午前、杉並区の区立南荻窪図書館に侵入し、アンネの日記や関連本計23冊を引き裂くなどした疑い。男は容疑を認め、杉並区以外の図書館での被害についても関与を認めているといいます。
捜査本部によると、南荻窪図書館の防犯カメラには、男とみられる黒い手袋を着けた人物がアンネの日記などが置かれた書架に近づき、本を手に取って立ち去った後、元に戻す様子が写っていたといいます。この書架からは破られた本が見つかりました。
男には不可解な言動もあることから、捜査本部は刑事責任能力の有無を含めて慎重に調べます。
都内では昨年2月以降、杉並区や中野区、東久留米市など5区3市の38カ所の公立図書館で、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害に関する書籍が300冊以上破られる被害が発生しています。
( 2014年03月15日, 「赤旗」)(Page/Top)
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害から逃れて隠れ家で過ごした2年間をつづった『アンネの日記』やその関連書籍が、東京都内の図書館などで相次いで破かれる事件が発生しました。一方で、イスラエル在日大使館が300冊の関連本を図書館に贈るなどの支援が広がっています。
( 2014年03月15日,「赤旗」)(Page/Top)
歴史認識をめぐって、政治指導者が侵略を否定する発言を繰り返す日本。戦後国際秩序への挑戦だと国際社会から厳しい批判を浴びています。にもかかわらず、「靖国」派などからは「いつまで日本は謝り続けるのか」などといった暴言が飛び出す状況です。侵略戦争への謝罪をどう考えるのか、ドイツとの比較で考えてみます。
日本とドイツは第2次大戦時、ともに隣国などを侵略し多くの人を虐殺しました。しかし、戦後、両国の戦争責任を問うあり方には大きな違いがあります。ドイツではナチ犯罪に時効はなく、また誰であってもホロコースト(ユダヤ人大虐殺)という歴史的事実はなかったと流布すれば刑事責任が追及されるなど、厳しく対応してきました。
ネオナチのデモ中止
「ネオナチの前にいつもたちふさがる市民。ついに極右はデモを放棄」(ドイツの海外向け公共放送ドイチェ・ウェレ)―先日、古都ドレスデンからこんなニュースが飛び込んできました。
実は、ドレスデンはネオナチの〝聖地〟です。同地では1945年2月13日の夜から翌日にかけての米英軍の空爆で約2万5000人が死亡。ネオナチは、戦後60年の2005年ごろからこの空爆を「連合軍の空爆テロ」と取り上げ、「(ナチスからの)解放のウソと罪の崇拝を終わらせよ」と毎年2月14日前後に、集会・デモを開催。これに対抗する市民とのにらみ合いが続いてきたからです。戦争犯罪の反省・克服を「罪の崇拝」と唱える勢力はさらに片隅に追いやられています。
ナチ指導部の政界復帰皆無
日本では、A級戦犯容疑者として逮捕・勾留された岸信介が首相になるなど、太平洋戦争を推進した張本人たちの一部が戦後政治の中心に座りました。ドイツではナチス指導者が戦後、政界に復帰することはありませんでした。
1968年11月7日、キリスト教民主同盟の党大会でキージンガー首相(当時)が「ナチ」と叫びながら駆け寄った女性に平手打ちされる事件は有名ですが、同首相はナチ党員で外務省に勤めた前歴がありました。指導的地位になく、ユダヤ人虐殺には加担しなかった同氏ですが、その経歴は常に問題になり、国民が歴史認識をさらに問い直す機会になりました。
ホロコーストの事実否定も犯罪に
ナチスの犯罪に時効はありません。2013年、ナチスの犯罪を追及するドイツの公的機関「ナチス犯罪解明のための司法行政中央本部」は新たに40人ほどのアウシュビッツ強制収容所の元看守をリストアップして調査。この調査を元に、2月20日には、ドイツ検察当局が南西部バーデン・ビュルテンベルク州の88歳、92歳、94歳の3人の男を逮捕しています。
同中央本部のクルト・シュリム所長は本紙に、「ナチス・ドイツの犯罪は世界史的に見ても際立ったものです。長い時間をかけてもその罪を償う責任があり、それは義務でもあります」と語っています。
また、ホロコーストはなかったと流布することもドイツやオーストリアでは犯罪になります。05年には英国の歴史小説家デビット・アービング氏が「ホロコーストはなかった」とオーストリアで発言し、逮捕されました。
独マスメディアの日本の安倍政権を見る目もこの点から厳しいものがあります。ホロコーストがなかったとする主張は「修正主義」と呼ばれます。安倍首相のNHK人事について、独紙フランクフルター・アルゲマイネは、「米大使館でさえ、NHKの国粋主義者や修正主義者の影響力増大を見ざるを得ない」と南京虐殺否定発言などを念頭に、「修正主義」という言葉を使って報道しました。
歴史をきちんと伝え
若い世代への継承も力を入れています。ナチス・ドイツの被害を受けた国々との共同の歴史研究や教科書づくりが進められ、歴史の授業の中で、ナチスについては特別の重点が置かれています。
ドイツ各地の歴史博物館なども、学校の教師と連絡を取り合い、ナチスの「過去の克服」の展示や講義をしています。
ドイツ歴史博物館のマヤ・ペアーズ展示責任者はいいます。
「若い世代は、ナチス・ドイツの犯罪とは何の関係もありません。しかし、若い人にも、過去のことを記憶する責任はある。重要なのは私たちが20世紀の歴史をきちんと伝え、若者たちが事実を知ることです」
(片岡正明)
( 2014年03月14日,「赤旗」)(Page/Top)
今回は負い目を持った者たちの奮起。NHKBS。「英国王のスピーチ」。国王の吃音を克服させようとする平民男の徹底した試み。その衝突と身分ちがいの友情。対ナチス・ドイツ開戦で国民に呼びかける国王の言葉に映える力強い決意。
「クレイジー・ハート」、落ちぶれ酔いどれ歌手が、女性との出会いで歌と自分をよみがえらせていく。「グリーン・デスティニー」、清朝時代、女剣士が体力的限界をこえるかのように戦い悲痛な蝶のよう。
「サウンド・オブ・ミュージック」、子どもたちに歌の翼を与えて心を解き放ち、自分も家庭教師から母へと輝く。「グローリー」、南北戦争ではじめて結成された北軍黒人部隊。勇敢に戦うのは、黒人たちが奴隷解放めざすため。「スラムドッグ$ミリオネア」、スラム育ちの少年が人気TVクイズ番組で正解しつづけ警官たちの不当な干渉に耐える。
地上波。「宇宙兄弟」、兄弟2人で宇宙をめざすが、立ち遅れた兄がはい上がる努力。「塔の上のラプンツェル」、18年塔に閉じこめられていた黄金色の髪の少女。そこから未知の世界に旅立つ。ディズニーアニメ50作目。
(石子 順 評論家)
( 2014年03月14日,「赤旗」)(Page/Top)
近所の図書館に寄ったら、アンネ・フランクの関連本が目につく場所に移されていました。川崎市内の図書館では特設コーナーをつくり、借りていく利用者も増えているといいます▼被害を避けるために本を避難させた所もありましたが、〝災い転じて〟とした図書館の姿勢に拍手を送りたい。これからも大勢の目に『アンネの日記』がふれていく。それが、歴史を覆い隠そうとする黒い闇を晴らすことになるのですから▼ナチス・ドイツの蛮行とともに、人間アンネ・フランクの感性が生き生きと描かれた日記。しかし人類が犯した最悪の罪を正面から問うたのは、ゲシュタポに捕まった彼女が死をむかえるまでの7カ月でした▼連合軍が迫るなか、最後の移送列車に家畜のようにつめこまれ、アウシュビッツへ。父との別れ、悲嘆と衰弱の末に死んだ母。そして、姉とともに別の収容所に移され、ガリガリに痩せこけてチフスにかかり、解放直前に亡くなりました▼アンネがくぐった絶望の門。それを作品に含んだチェコの彫刻家、ズビネック・セカールの展示会が23日まで渋谷のギャラリーTOMと神奈川県立近代美術館の鎌倉別館で開かれています▼先の大戦中、レジスタンス運動に身を投じ、強制収容所に入れられたセカール。プラハの春も体験した彼の造形の多くは異様さのなかに自由をもとめる空間があります。「繊細で想像力の豊かな人が門をくぐると、きっとその人に何らかの変化が起こる」。開かれた門が未来へと通じるように。
( 2014年03月12日, 「赤旗」)(Page/Top)
図書館で「アンネの日記」など300冊余りの書籍が相次いで破られた事件で、「アンネ・フランク・ハウス財団」(オランダ・アムステルダム)が8日、被害冊数が最も多い東京都杉並区にアンネの写真などを収めた図録と、ナチス・ドイツの迫害を逃れるためにアンネが暮らした隠れ家の模型を寄贈しました。
事件をめぐっては、イスラエル大使館も関連書籍を被害図書館に贈ったほか、一般からの寄贈も相次いでいます。120冊以上の関連本が破られた杉並区には、全国からこれまで約70冊が集まったといい、区立中央図書館(同区荻窪)でうち一部が展示されています。
( 2014年03月09日,「赤旗」)(Page/Top)
「神様のカルテ」。地方の病院で患者の命と向き合う桜井翔の内科医の真剣な生き方と悩みを描く。宮崎あおいの妻の愛情と仲間たちの支え、患者のことばが青年医師を成長させていく。「映画『紀元前1万年』」、遠い昔、騎馬の略奪者たちに奪われた恋人を追っていく狩猟民族の若者。未知の土地の文明を知りたどり着く巨大ピラミッドの世界。奴隷制社会という驚き。
NHKBS。「ライフ・イズ・ビューティフル」、ナチスの強制収容所に捕らわれたロベルト・ベニーニの父がわが子をユーモアと明るさでかばいつづける。笑いにひそむ抵抗心。「スティング」、ギャングのボスにひと泡ふかせるサギ師たちの痛快な逆転ドラマ。ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード共演。「冬のライオン」は、ピーター・オトゥール、キャサリン・ヘプバーンによる国王と王妃の愛憎と王室一族の策謀が火花を散らす演技派映画。「ジョーズ」、巨大サメと戦う海洋学者たち。スティーブン・スピルバーグ監督の出世作。「いまを生きる」、ロビン・ウィリアムスの教師が厳格な名門校で、生徒たちと本当のつき合い方を見せる。「女と男の名誉」は、ジャック・ニコルソン、キャスリーン・ターナーでわけあり男女の愛の行方を追う。
(石子 順 評論家)
( 2014年03月07日,「赤旗」)(Page/Top)
多感な少女の思いを描く
いつも斬新な発想とみずみずしい演奏で聴き手を魅了してやまないアンサンブル・ノマド。ソプラノ歌手・天羽明恵(好演)を招いて、ロシアの作曲家G・フリドのモノオペラ「アンネの日記(室内楽版/日本初演)」とイタリアの作曲家L・ベリオの「フォークソングス」をとりあげた今回も、期待を裏切らぬ渾身の演奏で楽しませてくれた。
オペラの台本は、ナチスの迫害からオランダに逃亡、結局はホロコーストの犠牲となるユダヤ人少女アンネ・フランクの日記。歌手は舞台上手の、隠れ家を象徴する高い柵の中。下手に演奏陣(中川賢一指揮の9奏者)。独奏、重奏など多様な編成をとる器楽は、柔軟な現代的書法で聴き手に状況を察知させ、歌に寄りそって誕生日からゲシュタポ(秘密警察)に捕えられるまでの過酷な日々のエピソードを、多感な少女の思いと対話しつつ描き出す。孤独と不安と恐怖にみちた時をおくりながらも、小鳥の声に耳を傾け、隣人の会話に笑い、自由を求め、生きる希望をあきらめないけなげな少女の歌声は、澄み切っているだけにいっそう鋭い時代の証言となって心に迫らずにはいない。舞台監督は稲垣聡。
「もしアンネ・フランクが大人になって世界を旅することがあれば聴いたであろう」(佐藤紀雄)世界各地の民謡11曲の編曲集「フォークソングス」(指揮は佐藤)は、ベリオならではの名人芸的声と凝った器楽の書法が非凡。まさしく創造的編曲の妙を堪能した。
(池田逸子・音楽評論家)
2月16日、東京オペラシティリサイタルホール
( 2014年03月05日,「赤旗」)(Page/Top)
【パリ=時事】1950年代末にフランスで始まった新たな映画運動「ヌーベルバーグ」の旗手の一人とされる映画監督、アラン・レネ氏が1日夜、パリ市内で死去。91歳。関係者がAFP通信に明らかにしました。
22年、仏西部ブルターニュ地方のバンヌ生まれ。13歳で短編映画を撮り、黒澤明監督の「羅生門」に影響を受けた61年の「去年マリエンバートで」でベネチア映画祭の金獅子賞を受賞。
ナチス・ドイツによる大虐殺の舞台となったアウシュビッツ強制収容所を題材にした55年の「夜と霧」や、広島を訪れたフランス人女優と日本人男性の情事を描いた59年の「ヒロシマ・モナムール(二十四時間の情事)」などでも知られます。
( 2014年03月04日,「赤旗」)(Page/Top)
東京などの公立図書館では、『アンネの日記』をはじめ、アンネ・フランクの関連書籍が破られる被害が相次いでいます。
被害は中野区、練馬区、新宿区、東久留米市、西東京市、横浜市など広範囲の公立図書館で約300冊におよびます。
アンネ・フランクは、ナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)により15歳で死去した少女。書籍の破壊は昨年から、長期にわたっておこなわれていたとみられています。
アンネの遺族と40年以上にわたる交流があるホロコースト記念館(広島県)の大塚信館長は、「平和のバイブルである『アンネの日記』が破かれたのは本当に残念。少女の新鮮な思いと普遍的な平和への願いが込められた本が踏みにじられることは悲しい。どんな考えがあったとしても、相手を尊重したうえで自分の意見を表現すべきです」と話しています。
(2014年03月02日,「赤旗」)(Page/Top)
【モスクワ=時事】失脚したウクライナのヤヌコビッチ前大統領は2月28日、ロシア南部ロストフナドヌーで記者会見し、「ウクライナの将来のため闘い続ける」と述べ、大統領続投に意欲を示すとともに、親欧州連合(EU)派のヤツェニュク首相率いる新政権との対決姿勢を表明しました。
前大統領は、最高会議(議会)が決めた5月25日の前倒し大統領選は「違法だ」と主張し、参加しない意向を表明。27日に発足した新政権は「少数派の国粋主義者やファシストに奪取されたものだ」とし、正統性を認めない考えを改めて鮮明にしました。
( 2014年03月02日,「赤旗」)(Page/Top)
百田氏の東京裁判否定論
百田氏の議論はまったく幼稚で、現代史に対する無知を示しています。
東京裁判は、ナチス・ドイツの指導者を裁いたニュルンベルク裁判と対となっているのです。東京裁判の根拠とされた極東国際軍事裁判所憲章はニュルンベルク裁判の訴訟手続きを定めたロンドン協定にならったものだからです。そのロンドン協定の議論が開始されたのは1945年6月ですから、原爆投下とは何の関係もありません。
そもそも戦争犯罪人の追及という議論は、第2次世界大戦の初期からありました。東京裁判が米軍の戦争犯罪をごまかすためであったというのは、百田氏の「新説」です。
百田氏は南京虐殺事件もなかったといっていますが、旧日本陸軍将校の親ぼく団体「偕行社」の機関紙も調査の結果、虐殺があったことを認めているのです。
ニュルンベルク裁判、東京裁判は、旧ユーゴスラビア、ルワンダなど現代の戦争犯罪の裁判などにも引き継がれています。東京裁判を否定することは、戦争犯罪を裁く現代的な意義をも否定するものです。
( 2014年03月01日,「赤旗」)(Page/Top)
排外的な右翼団体「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のウェブサイトに掲載されていた「アドルフ・ヒトラー生誕125周年記念パーティ」の開催予定(4月)が27日までに削除されたことが分かりました。
同「パーティ」は、政治団体「維新政党・新風」の瀬戸弘幸元副代表らの「ヒトラー・ナチス研究会」が主催する予定。同研究会のウェブサイトには、依然として同「パーティ」の日程が掲載されたままです。本紙は14日付紙面で、ナチス賛美のパーティーを開く異常な勢力の動向を報じていました。
「維新政党・新風」は東京都知事選で田母神俊雄元航空幕僚長を支持。瀬戸氏も自身のブログなどで田母神氏を応援していました。
一方、ヒトラー賛美「パーティ」の日程を削除した在特会ですが、同じ日の予定に新たに「支那朝鮮のいない大東亜共栄圏実現・国民大行進!」という別の行事を掲載。「ヒトラー」を隠しつつ排外主義的体質を一層露呈しています。
( 2014年02月28日,「赤旗」) (Page/Top)
ベネズエラで、治安悪化などに抗議し、チャベス前大統領の後を継いだマドゥロ大統領の退陣を求めるデモ、集会が続いています。治安部隊の発砲が国際的な非難を浴びる中、大統領は野党を含む国民的な対話を呼びかけています。しかし、混乱を収拾するめどはたっていません。
(松島良尚)
学生らのデモは昨年来、地方で散発的に発生し、一部が投石などを行っていました。今月12日には、野党「人民の意志」党(VP)も加わって3000人規模のデモを首都カラカスで実施。解散地点で治安部隊や政府支持者と衝突し、学生2人と政府支持者1人が銃弾で死亡しました。
その後も学生らの抗議は各地で続いており、与野党とも大規模な集会やデモを繰り返しています。24日現在、政府支持、反対派双方で死者13人、負傷者149人にのぼっています。
2012年大統領選と、チャベス大統領の死去で急きょ実施された13年の大統領選で野党連合の候補だったカプリレス氏は、政府支持者らと衝突する懸念などから12日のデモとは距離を置きました。22日には5万人のデモを率いて「政府の過ちを別の過ちで克服することはできない」と強調。力ずくの行動を暗に戒め、政府支持層もまきこむ運動を呼び掛けました。
■発砲の映像
マドゥロ大統領は反政府デモを「クーデター計画が進行」「ファシスト」「背後にアメリカ帝国主義」と非難。暴力を扇動したとしてVPのリーダーを拘束し、米外交官3人に国外退去を命じました。同様の理由で、外国のニュース専門放送を視聴できない措置もとりました。
12日のデモ後に公表された映像から、治安部隊が発砲していたことが判明しています。
発砲に至った命令系統は不明ですが、大統領は「国家情報ボリバル機関」(SEBIN)が待機命令を破って街頭に出たとして責任者を更迭し、数人を拘束したと発表。政府支持者とみられる市民2人も発砲した疑いで取り調べています。
マドゥロ大統領が口にする「クーデター計画」の詳細は明らかにされていませんが、02年のクーデターに財界や多くの野党関係者が深く関与しただけに、一笑に付すわけにはいきません。ただ、同国の社会不安や経済の行き詰まりが際立っているのも事実です。
非政府機関によると、昨年の殺人発生件数は約2万5千件。インフレは近年20%を超え、昨年は56%に達しました。通貨ボリバルの米ドルに対する闇レートは公式レートの10倍を超えています。
■生産が縮小
外貨不足と為替問題のため、輸入に必要な外貨発給が滞り、原料や中間資材の不足で生産の縮小や停止に至る企業が相次いでいます。生活必需品不足も深刻です。
筆者が12年7月に現地を取材したときも、価格統制や中間資材不足のため生産に支障が出ている状況が広くみられました。昨年の大統領選のときは、ボリバル大学のF・アリバス元教授が本紙に「無計画な経済運営を続ければ、変革の衰退と崩壊は避けられない」と語っていました。
マドゥロ大統領は経済の困難について、右派や財界が国の不安定化をねらい、仕掛けている物資の隠匿や経済サボタージュなど「経済戦争」のせいだと批判。価格統制などを強めていますが、状況は悪化しています。
国際社会も対話促す
12日の衝突後、国連や米州機構、欧州連合は暴力に至った事態の徹底究明や対話の促進などを求めています。
中南米全33カ国の地域機構である中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)は、「ベネズエラ国民との連帯」を強調し、政府に対話の努力を続けるよう要請しています。
ベネズエラを含む8カ国が加盟する国家間協力機構、米州ボリバル同盟(ALBA)やキューバ、シリアなどは政権支持を表明しました。
( 2014年02月27日,「赤旗」)(Page/Top)
【北京=小林拓也】中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)常務委員会は25日、1937年に旧日本軍による南京大虐殺が発生した12月13日を「国家哀悼日」に定めるとする議案を審議しました。最終日の27日に採択する見通しです。
また、中国が抗日戦争勝利の日としている9月3日(1945年)を「国家記念日」とする議案も併せて審議しました。中国国営メディアが伝えました。
NHK経営委員の百田尚樹氏が南京大虐殺を否定するなど日本の一部勢力に日本の侵略を否定し美化する動きが広まっていることに対し、中国政府として強く批判する意図があるとみられます。
議案への説明では、12月13日は「南京で40日以上にわたる残虐な大虐殺が始まり、30万人以上が殺された」とし、「日本の侵略戦争の犯罪を暴露する」日と位置づけています。
9月3日について「中国人民の抗日戦争は世界の反ファシズム戦争の中で重要な位置にある」とし、「国家主権と領土保全、世界平和を断固守る立場を表明するものだ」と強調しました。
南京大虐殺
1937年12月、中国への侵略戦争の中で旧日本軍が当時の中国の首都・南京を攻略・占領し、中国軍兵士だけでなく、一般市民を虐殺した事件。強姦(ごうかん)、放火、略奪などの残虐行為は占領後2カ月にわたりました。
( 2014年02月27日,「赤旗」)(Page/Top)
〝選挙で審判を受けるから首相が集団的自衛権の憲法解釈を変えられる〟かのように国会で答弁した安倍首相は立憲主義を全く理解していません。
憲法が国家縛る
立憲主義は平易に言えば憲法が国家権力を縛るという考えです。憲法はたとえ民意の支持があっても奪えない価値を定めています。選挙でできた政府であっても、それを奪ってはなりません。ドイツでナチスが権力についたように情報が操作され多数者が間違うこともありますから。
憲法の解釈は憲法が許す範囲で変わることはあります。表現の自由には知る権利が、幸福追求権にはプライバシー権が含まれるようになりました。
しかし憲法の条文を論理的に説明できる枠をとび出したら、それは解釈とはいいません。集団的自衛権の行使容認はそれにあたります。
憲法9条のもとでの自衛権行使について、政府がつけた3要件の最初は「わが国に急迫不正の侵害があること」です。米国が攻撃されることは、日本が自衛権を行使する理由になりません。
内閣法制局が解釈の変更によって、集団的自衛権の行使を容認することは不可能です。法制局の元長官もそういっています。
メディアも批判
集団的自衛権の本質は、日本防衛と関係ないところで米国がする戦争に日本が参加することです。英国は自国の防衛と関係ないアフガニスタンやイラクで米国の戦争に参加し、自国の若い兵士の命を失い、自国で起きたテロで多くの人命を失いました。日本もテロの脅威にさらされ、自国の若者を他国にささげる国になりたいのか、そういう問題です。
自民党は2年前に改憲案を発表し、去年は姑息なことに条文を変えやすくするために96条を先に変えようとしました。おかげでメディアや市民が立憲主義を意識するようになりました。
去年NHKテレビに出演しますと政治家も立憲主義を言いました。1年前なら考えられないことです。私は30年間、言い続けてきたので非常に感慨深い。安倍首相の今度の答弁についても「立憲主義を否定」とメディアでも批判が出ています。いまこそ市民がそれを武器にたたかうときです。解釈「改憲」を許さないため、ともにがんばりましょう。
聞き手 小玉純一
いとう・まこと 伊藤塾(法律資格の受験指導校)塾長、弁護士。
( 2014年02月26日,「赤旗」)(Page/Top)
国家安全保障基本法案の危険性を学ぼうと、九条の会福岡県連絡会(石村善治代表)は23日、福岡市内で講演会を開催しました。約130人の参加者を前に山口大学副学長の纐纈(こうけつ)厚氏が講演しました。
纐纈氏は、基本法案の条文に沿って、国内全ての人や物を戦争に使うことを狙い、集団的自衛権・軍拡のための法整備や愛国教育などの推進を定めていると解説し、「現代版の国家総動員法。基本法をつくらせないことが重要」と強調しました。「厳しい経済環境に置かれた若者をファシズムが取り込もうとしている」と警鐘を鳴らし、憲法の平和的精神や基本的人権を守る重要さを訴える「原点的なたたかいを」と述べ、市民の連帯を呼びかけました。
市内から参加の中原茜さん(30)は「さまざまな法律でこの国が戦争に向かっていることを知り、生徒たちが成長したとき日本がどうなっているか不安。学んだことを周囲に伝えていきたい」と話しました。
(2014年02月25日,「赤旗」)(Page/Top)
ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)を生き延びた世界最年長とされる女性アリス・ヘルツゾマーさんが23日、ロンドンで死去しました。110歳でした。家族が明らかにしました。
1903年、チェコのプラハで生まれたアリスさんは、第2次世界大戦中の43年、息子とともにチェコ北部のテレジエンシュタット(チェコ名テレジーン)強制収容所に送られました。収容所では、他の音楽家とコンサートを開き、収容者を勇気づけ、45年に解放されました。
その生涯は、「ザ・レイディー・イン・ナンバー6」と題する映画ともなり、今年の米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門でノミネートされています。(ロンドン=ロイター)
( 2014年02月25日,「赤旗」)(Page/Top)
フランスの代表的な建築物で、同国の偉人を顕彰するパンテオン。仏政府は来年にも、ナチス・ドイツ占領下(1940年~44年)のレジスタンス(抵抗)運動家4人を新たにパンテオンに移葬する見通しです。うち2人は女性。実現すればパンテオンで顕彰される3人目と4人目の女性になります。
オランド仏大統領は21日、パリ郊外のモンバレリアンで、ナチスに殺害されたレジスタンスを追悼する式典を主催。演説の中、「レジスタンスの精神を思い起こさせる4人の偉大な人物を来年、パンテオンに移す」と表明しました。
現地からの報道によると、移葬が見込まれているのは、ジェルメーヌ・ティヨン、ジュヌビエーブ・ドゴール(以上女性)、ピエール・ブロソレット、ジャン・ゼイの4氏です。
著名な人類学者のティヨン氏は、ナチスの占領開始直後に同国初のレジスタンス組織を創設し、対独協調路線を取っていた当時のビシー政権下で拘束中だった多くの収監者の脱獄を支援。2008年に亡くなりました。
戦後のフランスを率いたシャルル・ドゴール元大統領のめいにあたるジュヌビエーブ・ドゴール氏は、ティヨン氏と共にレジスタンス運動に参加。戦後は貧困問題に従事し、今日の国際NGO「ATD第4世界」の母体を結成。02年に亡くなりました。
ティヨン、ドゴール両氏は共にナチスに拘束され、一時、ドイツのラーベンスブリュック女性強制収容所に収監されました。
記者で大学講師も務めたブロソレット氏は、国内のレジスタンス組織の結集に尽力。1944年に逮捕され、拷問を受ける中、秘密を漏らすまいと6階の窓から身を投げ、命を落としました。
ゼイ氏は、社会党や共産党が反ファシズムを掲げて結成した人民戦線政府(36~37年)で国民教育相を務めた人物です。ビシー政権は44年、レジスタンス運動への参加目的で国外脱出を図ったとしてゼイ氏を投獄。その後、ユダヤ人を父に持つことでナチス寄りの民兵の怒りを買い、獄中から誘拐、殺害されました。
パンテオンで顕彰されているのは現在74人。移葬対象者を選ぶ権限は大統領が持ちますが、移葬には親族の同意が必要です。これまでのところ、4氏の顕彰に反対する親族は出ていません。
(島崎桂)
( 2014年02月25日,「赤旗」)(Page/Top)
北朝鮮による大規模な人権侵害の実態に関する国連の報告書が17日、公表されました。英紙ガーディアン(電子版)をはじめ世界のメディアは、国連国際調査委員会のカービー委員長(元豪州高等裁判所判事)が記者会見で北朝鮮の所業について、ナチス・ドイツと「多くの類似」があると述べたことなどを伝えました。そして、こうした北朝鮮の人権侵害に対して世界は何ができるか、を論じています。
米紙ワシントン・ポスト(電子版)は20日、社説で「ヒトラーの強制収容所や(旧ソ連の)スターリンの刑務所制度」は1940、50年代の出来事だが、北朝鮮の事態は「私たち自身の時代に起きている」と指摘。「北朝鮮の指導者の責任を追及せねばならない」と強調しています。
米紙USAトゥデー(電子版)も18日の社説で、「おそらく体制転換以外に(事態を変える手だては)あまり多くないだろうが、文明世界はできることをやるべきだ」と主張。実態を公表し続けることや、経済制裁その他の方法を通じて北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)政権の国際的な正当性を否定することなどを呼び掛けています。
カナダの日刊紙オタワ・シティズン(電子版)は19日付の社説で、「北朝鮮は国際刑事裁判所(ICC)加盟国ではない」ため、国連安全保障理事会による同裁判所への付託だけが北朝鮮指導者を裁く道だと指摘。ただ安保理では中国が拒否権を発動するだろうとの見方を示しています。
中国に対するそのような見方は、多くのメディアに共通しています。米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)は19日の社説で、シリア内戦をめぐりロシアがシリアのアサド政権を擁護してきたように「中国は北朝鮮を守ってきた」と指摘。「中国は道義の側に立ち、(国連で)拒否権発動を抑制すべきだ」と訴えています。
( 2014年02月24日,「赤旗」)(Page/Top)
教育の右傾化止める共同を
教育委員会「改革」は通常国会の大きな争点です。安倍政権が、戦後かろうじて維持された〝教育と政治とは一線を画す〟という制度の、その一線を消して、政治がどこまでも教育に介入できる制度に変えようとしているからです。(本紙21日付志位委員長会見「政治権力による教育支配への大改悪―安倍政権の『教育委制度改革』について」参照)
歴史をふりかえれば、明治時代の支配層は、西欧民主主義の影響の広がりにたいし、「教育で始末をつける」と教育勅語を考案しました。さいごまで「神国必勝」を疑わなかったのはその教育を受けた少国民たちです。ナチスドイツもしかり。憲法改悪をかかげる平成の支配層が教育制度に駒を進めてきたことは、甘く見られません。
首長の恣意で
それだけに、私たちのたしかな足場が必要です。この点で、わが子を思う親たち、子どもをいつくしむ人々の思いをくみ上げることが大事です。いま国民世論には二つの注目すべき動向があります。
第一に、「首長の政治的な考え方で教育が左右されるのはいやだ」と思っていることです。
グラフは最近の一般紙の調査結果です。教育は、子どもの柔らかい心にふれ、価値観にも関わる文化的な営みです。だから乱暴な政治介入はいやなのです。橋下徹大阪市長などの露骨な介入への批判も反映した数字でしょう。同市長が無理やり進めた「民間人校長」は、採用した11人のうち6人がセクハラなどをおこし、すでに2人が辞めました。首長の恣意(しい)で学校現場がふりまわされる。最大の被害者は子どもたちです。「国家的介入についてはできるだけ抑制的」とした学力テスト最高裁判決(1976年)は重要です。
なお世論は首長が教育行政にもっと関わるべきだともしています(63%、「朝日」昨年4月18日付)。住民の代表たる首長が教育にモノを言うのは変なことではなく尊重されるべきです。ただし、それは話し合いであり、さいごに判断するのは教育委員会です。そういう政治と教育との距離感が大切でしょう。
いじめの隠蔽
第二は、この間のいじめ自殺事件での教育委員会の隠蔽(いんぺい)への強い怒りです。
教育にかんする行政は、子どもの命のためなら、なりふりかまわず行動してほしい。それが組織防衛のために隠蔽にまわる。最低のことです。
訴えても結論がはじめから決まっている、しゃくし定規な対応。そんな目にあった若い母親は「終わってる。人としての会話が成立しない」と嘆きます。ある小さな学校では卒業式で教頭先生がうっかり「君が代」の伴奏テープを流し忘れ、斉唱なしで式が進みました。県教委職員が急行し、取り調べ。一方で、深刻ないじめを報告をしても誰も来ませんでした。
じつはこれらは、教育委員会制度の理念がねじ曲げられた結果です。同制度は1948年、教育の自主性を守るために発足しました。住民代表の数人からなる「教育委員会」に決定権をもたせ、首長ら一般政治から独立させました。それは、教育専門職員=「事務局」の住民不在の独走を防ぐためでもありました。しかし自民党政権が制度を改変し(1956年)、地方自治に反し文科大臣の告示(学習指導要領など)や通知どおりに「事務局」が動くようにしたのです。そうなれば「教育委員会」は無用の長物、名誉職化=形骸化の始まりです。いじめ自殺に機能不全の教委と事務局はこうしてつくられました。上意下達になるとき、組織は形式的で隠微な性格をおびます。それが国民のつよい批判にさらされているのです。
子どもを守る
国民が望んでいるのは、首長の政治的意見で左右されない教育行政であり、子どもの命第一に、住民目線で仕事をする教育行政です。安倍首相による教育の右傾化はのぞんでいません。誠実な教育委員や真面目な職員はいます。子どもを大切にする願いで共同し、安倍政権のたくらみを打ち砕き、わが町の頼りになる教育委員会をつくる。その国民的なとりくみを始める時に私たちはいます。
(党文教委員会責任者)
( 2014年02月24日, 「赤旗」)(Page/Top)
○「私は米国の責任を初めて認めた」(ケリー米国務長官)=16日、ジャカルタでの講演で地球温暖化について米国の責任を認め、中国を含む世界的な取り組みを呼び掛け。
○「ナチス・ドイツ時代に酷似している」(国連国際調査委員会のカービー委員長=写真、ロイター)=17日、ジュネーブでの記者会見で、北朝鮮による大規模な人権侵害を非難。
○「両岸の平和発展は後戻りすることのない正確な道だ」(台湾の連戦・国民党名誉主席)=18日、北京で中国の習近平国家主席と会談し、中台関係の改善を評価。
○「(5月の)欧州議会選挙前に金融取引税を仕上げたい」(オランド仏大統領)=19日、パリでメルケル独首相と会談し、欧州連合(EU)11カ国が導入を予定する同税の成立に向け努力することで合意。
○「非常に建設的な3日間だった」(EUのアシュトン外交安全保障上級代表)=20日、ウィーンで18日から開かれたイランと国連安保理常任理事国にドイツを加えた核協議で、今後の「交渉枠組み」で合意したことを歓迎。
○「秩序回復への第一歩だ」(ウクライナの野党指導者ヤツェニューク氏)=21日、同国で3カ月に及ぶ政治危機終結に向けて、ヤヌコビッチ大統領と野党指導者が合意書に署名したことを歓迎。
( 2014年02月24日,「赤旗」)(Page/Top)
マリア・フランツィスカ・フォン・トラップさん(映画「サウンド・オブ・ミュージック」のモデルのトラップ家次女)オーストリアのメディアによると、18日、米バーモント州の自宅で死去、99歳。
1914年、現在のオーストリア中部ツェルアムゼー生まれ。38年、オーストリアを併合したナチスを逃れて米国に渡り、家族合唱団として活躍。きょうだい7人のうち、最後の存命者でした。一家の話はミュージカルに取り上げられ、「エーデルワイス」や「ドレミの歌」はスタンダード曲として定着。65年に映画化され、大ヒットしました。
(ベルリン=時事)
( 2014年02月24日, 「赤旗」)(Page/Top)
2010年に87歳で死去した翻訳家スヴェトラーナ・ガイヤー。ロシアの作家ドストエフスキーの「罪と罰」などの独語訳で独文学界に衝撃を与えました。亡くなる前に数奇な人生を追ったドキュメンタリーです。ヴァディム・イェンドレイコ監督。
スヴェトラーナは、ウクライナのキエフ出身。父はスターリンの大粛清で犠牲に。母の勧めで学んだ独語のおかげで、母国にナチスが攻め入った時、独軍のために働き身を救われます。65年ぶりに母国を訪ねる彼女の複雑な胸中。「文章の全体を内面化する」「逃れ去っていくものへのあこがれ」と、翻訳の極意を語ります。人は、時代の中でどう生きるのか。重い問いがあります。
(紀)
(2014年02月23日,「赤旗」)(Page/Top)
東京都内各地の図書館で、『アンネの日記』や関連書籍が破られるなどの被害が続出しています。分かっているだけで、新宿、杉並、中野、豊島、練馬各区と東久留米、西東京両市の公立図書館で250冊以上に被害が及んでいます。
最も被害が多かった杉並区では、区内に13ある図書館のうち11館で確認されています。初めて気づいたのは今月6日。12日現在で119冊に及んでいます。同区は12日に被害届を出しました。
中野区では、全8館中5館で約50冊に被害が出ました。被害が判明した6日に被害届を出しています。
区内に七つの図書館がある豊島区では、練馬区からの照会を機に全館で調査したところ、1館で5冊の破損が分かりました。
同館では、昨年2月にも書架整理をしていた職員が破られている書籍3冊を見つけています。その後、区内全館で調査したところ、別の1館で新たに2冊の破損が判明。さらに、同年5月には、利用者から「切り取られている」と申し出があり、2冊の破損が分かっています。
豊島区では「たまたま職員が書架整理していて発見したのが昨年2月ということで、いつ破られたかは分からない」といいます。
西東京市では1月22日、「破れていますよ」という利用者の指摘で被害が判明。市内全7館を調査したところ、2月1日までに3館で10冊の毀損(きそん)書籍を見つけました。「10㌻、20㌻まとめて手で引きちぎったようです。こんなことは初めて」と幹部職員があきれます。
杉並区の井出隆安教育長は「知の財産を共有する場所である図書館において、いかなる理由においても、図書を意図的に毀損することは許されない行為」とコメントしています。日本図書館協会の山本宏義副理事長も「図書館にかかわる者として大変残念だ」と話しています。
『アンネの日記』
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害を逃れて隠れ家生活を送っていたユダヤ人少女アンネ・フランクがのこした日記。2009年、ユネスコの世界記憶遺産に登録されました。
( 2014年02月22日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ドイツ検察当局は20日、第2次大戦中にナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)が行われたポーランド南部アウシュビッツ強制収容所で虐殺に加担した容疑で、元ナチス親衛隊員の疑いがある3人を19日に逮捕したことを明らかにしました。
3人はドイツ南西部バーデン・ビュルテンベルク州に住む88歳と92歳、94歳の男で、健康診断を受けた上、警察病院に収容されました。このうち88歳の男はアウシュビッツの看守だったと認めていますが、容疑は否認しています。
捜査当局は19日、同州など3州で元親衛隊員とみられる高齢者の自宅を一斉に家宅捜索し、ナチス関連の文書を押収しました。反ユダヤ活動監視団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は逮捕を歓迎するとともに、「時間の経過は決して殺人者の罪を軽減しない」との声明を発表しました。
( 2014年02月22日,「赤旗」)(Page/Top)
ジュネーブからの報道によると、北朝鮮による大規模な人権侵害の実態を報告した国連国際調査委員会のカービー委員長は17日、国連欧州本部で記者会見しました。組織的な拷問や飢餓、殺害や拉致などの「人道への罪」について、同国の最高責任者である金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に対し、国際司法の場で責任を追及される可能性があると警告した書簡を送ったと明らかにしました。
(伊藤寿庸)
同委員長は、これらの残虐行為について「ナチス・ドイツ時代に酷似している」と述べるとともに、「世界のどこでも当局者が行うような侵害ではなく、人道に対する侵害だ」と述べました。
「国際刑事裁判所(ICC)以外にも、旧ユーゴスラビア特別法廷のような形態も考えられる」としています。
同日公表された400ページに及ぶ報告書によると、「国家の最高レベルで策定された方針」に基づいて、「収監、レイプ、強制人工妊娠中絶などの性的暴力、政治的理由による迫害」などが行われているといいます。
「管理所」と呼ばれる政治囚収容所や、韓国や日本などの市民の「組織的な拉致と帰還の拒否」なども行われていると指摘。思想・良心・宗教の自由や意見表明・表現・情報・結社の自由も否定され、「全体主義国家の多くの性質を示している」と批判しました。
金第1書記あての書簡は1月20日付で送付。「人道への罪がこれ以上行われないように、あらゆる措置を取り、適切な調査と訴追を行う」よう要求。同国の情勢を「ICCに送付するよう安全保障理事会に勧告し」、同第1書記を含む全ての責任者の責任を問うつもりだと通告しています。
調査委の報告書は、故金日成(キム・イルソン)主席、故金正日(キム・ジョンイル)総書記の犯罪関与も明記。カービー氏は「全て(の指示は)最高指導者が下している」と指摘しました。
同調査委は中国に対しても、脱北者の北朝鮮への強制送還を問題視する書簡を送りましたが、中国の駐ジュネーブ代表部は「彼らは難民ではない」と反論。同委員会の調査が「客観的かつ中立の立場で、未確認の情報にミスリードされずに行われるように望む」との返書を送りました。これらのやり取りは、報告書に収録されています。
( 2014年02月19日,「赤旗」)(Page/Top)
ケン・フォレットの新作『凍てつく世界』(4部作、SB文庫)は、ファシズムが台頭するヨーロッパが舞台の大河小説である。作者は映画化もされたスパイ小説『針の眼』などで知られているが、本作は1933年のドイツでヒトラーが首相になり、ヨーロッパ全土でファシズムが民衆の一部の支持を得て広がっていくさま、それに抵抗する人々を描いていく。
この作品で注目したのは、ナチスがドイツ共産党による国会放火事件をでっちあげ、非常事態を宣言し、ドイツの行政・警察機構を掌握、ドイツ共産党の議席を剥奪し、キリスト教政党の中央党を抱きこみ、「全権委任法」を議会で可決させていく過程を描いていることである。これはヒトラー政府に国会が立法権を移譲したもので、ファシズム化をいっそう加速させていく。
安倍首相が先日の国会で「最高責任者は私だ」と言い放ち、首相が自由に憲法の解釈を変更できるかのような発言をおこなったことは、この「全権委任法」を彷彿とさせる。志位和夫委員長が「最高法規としての憲法のあり方を否定し、立憲主義を否定する、きわめて危険なもの」と批判したのは当然なことだ。安倍首相の暴走は厳しい審判を受けざるを得ないし、そうしなければならない。
(聳)
( 2014年02月19日,「赤旗」)(Page/Top)
安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈変更をめぐり、憲法は権力を縛るものという立憲主義を破壊する発言を繰り返しています。一連の発言をどう見るか、識者に聞きました。
ナチス「全権委任法」を想起/ドイツ文学翻訳家池田香代子さん
昨年夏、麻生太郎さん(副総理)が〝ナチスの手口を真似たらどうか〟と発言して世間を驚かせました。今、安倍晋三首相がやろうとしていることは、ナチスの手口を思い出させます。
安倍さんは「私が最高責任者だ」といって憲法解釈を変えようとしています。憲法を変えないけれど、実際は葬ってしまう。それは、ナチスが台頭した当時のドイツで、ナチスが反則技を使って「全権委任法」を通し、ワイマール憲法をあってなきがごとき状態にしたことを思い出させます。
10年前、私たちは『戦争のつくりかた』(マガジンハウス)という絵本を作りました。
そこには「戦争のことは、ほんの何人かの政府の人たちで決めていい、というきまりを作ります。」とあります。安倍首相が議長を務める国家安全保障会議(日本版NSC)を想起させます。
憲法って何なのか、暮らしとかけ離れているようにみえるけど、今こそみんなに知ってほしい。戦争はある日突然、始まるのではないのですから。
憲法尊重擁護の義務を負う/立命館大学教授植松健一さん
集団的自衛権の行使を可能とすることは、政府がこれまで認められないと解釈していたものを百八十度変える、完全な変更です。同じ憲法の枠組みのなかの論理的な結論になることはありえません。理屈がたたないのです。このような憲法や法律をふまえない政治は、憲法で権力を縛るという立憲主義という点から許されるものではありません。
そもそも閣僚は憲法尊重擁護義務をおっており、内閣は国権の最高機関である国会が決めた法にもとづき行政をする機関です。積極的に憲法解釈を変える立場にはいないのです。安倍首相が「最高の責任者は私だ」などと言うこと自体がおかしいのです。
一首相が解釈変更できない/憲法研究者小沢隆一さん
集団的自衛権の行使が違憲だという解釈は、1954年の自衛隊法制定以来の長い間自民党政権でさえ取ってきた憲法解釈です。政府は、この解釈に基づいて、自衛隊は「専守防衛」の組織だと説明して来ました。60年に改定された日米安保条約も、この解釈を前提にしています。
国民が選挙で選んだのは国会議員であって首相や内閣ではありません。法律や条約の基礎になっている憲法解釈を、一首相、一内閣が変更することは、法の支配、立憲主義に反しています。
安倍首相の発言
・「(集団的自衛権の行使容認について)政府が新しい解釈を明らかにすることによって可能」(5日)
・「(政府答弁の)最高の責任者は私。そのうえで、選挙で国民から審判を受ける」(12日)
( 2014年02月18日,「赤旗」)(Page/Top)
欧州で、情報保護の強化を目的に、インターネットの米国の一極支配に一石を投じる動きが広がっています。背景には、米国家安全保障局(NSA)による一連の盗聴問題で高まった米国への不信感があります。
(島崎桂)
ドイツのメルケル首相は15日、米国を経由しない情報交換を可能にする「欧州通信網」の創設を提起。19日に予定しているフランスとの首脳・閣僚会議で協力を求める意向を示しました。
大西洋渡らず
メルケル氏は「高水準の情報保護をいかに維持するかについて、フランスと話し合うつもりだ」と表明。「大西洋を渡って(米国経由で)メールや他の情報を送る必要がなくなるよう、市民に安全を提供する欧州のプロバイダー(インターネットのサービスを提供する事業者)について話し合うだろう」と述べました。
ロイター通信によると、仏政府もメルケル氏の提案を歓迎しているといいます。
NSAはメルケル氏個人の携帯電話やシュレーダー前首相への盗聴を行っていたことが明らかになりました。ドイツは、ナチス施政下や旧東ドイツでの市民監視への反省から個人情報保護の意識が強い国柄ということもあり、独政府は米国の盗聴行為を公然と非難してきました。
管理の透明性
米国が事実上一元的に管理するネットのあり方にも疑問が生じています。欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は、米国が単独で行うネット管理の透明性を高めようと動き始めました。
インターネットに接続しているコンピューターを識別するIPアドレスやドメイン名(「.com」や「.org」など)は現在、米商務省傘下の非営利法人「ICANN」が管理しています。ネットの管理については長く、国連や中立の国際機関に委ねるべきだとの声が上がっていました。
欧州委員会のクルス副委員長(デジタル戦略担当)は12日、「欧州はインターネットの世界的な管理に向けて、信頼できる方法に貢献しなければならない」と強調。米国とICANNの一元管理に代わり、各国や非政府組織(NGO)、研究機関、民間部門など「多数の利害関係者」による管理を支持する立場を示しました。
インターネットの民主的な管理に向け、市民社会からも声が上がっています。国際NGOアバーズが先月末、「民主的で自由なインターネット」を求めて開始したネット署名には、16日までに108万人分を超える署名が寄せられています。
( 2014年02月18日,「赤旗」)(Page/Top)
先月、モルゴーア・クァルテットの定期演奏会を聴いた。とりあげられたのは4曲。ナチスドイツから米国に亡命したヴァイルの弦楽四重奏曲。ギリシャの作曲家テオドラキスの「MASA」。天安門事件への抗議を込めた林光の「レゲンデ」。これら20世紀作品にくわえ、シューマンの第2番という意欲的な選曲。エネルギッシュかつ密度の高い演奏で、特にテオドラキス作品が印象に残った。
ミキス・テオドラキスといえば「その男、ゾルバ」「Z」などの映画音楽で知られる。1925年ギリシャに生まれ、第2次世界大戦中、ドイツの占領への抵抗闘争に参加。さらに戦後は軍事政権への抵抗運動に身を投じ、何度も投獄された。
当夜演奏された「MASA」とは、父親の出身地であるクレタ島西部の村の名。作品は1楽章だけだが、強いアクセントの激しい音型が執拗に繰り返される。この作品と同じ58年、テオドラキスは、戦前にストライキで殺された労働者を悼むヤンニス・リツォスの詩に作曲した「エピタフィオス」(墓碑銘)も書いている。
その後、テオドラキスは67年の軍事クーデター下に逮捕され、70年に国外追放される。ロックをも想起させる激烈な音楽は、まさしく抵抗の叫びを感じさせた。
(弩)
( 2014年02月14日,「赤旗」)(Page/Top)
神話にもとづいて定められ、戦前、天皇絶対主義の押しつけの柱になった「紀元節」。それを戦後、自民党が復活させたのが「建国記念の日」です。
1966年に2月11日が「建国記念の日」と定められたのに対し、翌67年から毎年これに反対する集会が開かれてきました。
48回目となる今回(11日、東京・日本橋公会堂)は、安倍晋三首相が侵略戦争を肯定する歴史観・行動を示すなかで、国民の歴史観の土台をつくる教育政策の問題が中心的に取り上げられました。
中嶋哲彦名古屋大学教授は、反動化を深める安倍政権の教育政策について、二つの側面を指摘しました。ひとつは自民党の「日本国憲法改正草案」に示されている「極端な国家主義」です。戦前の「修身」が国民に「国定道徳」をすり込み、国民を侵略戦争にかりたてた反省から、戦後、「道徳」は教科からはずされました。安倍政権はいま「道徳」教科化を狙っています。中嶋氏は「道徳」教科化の動きや、漫画「はだしのゲン」を学校図書館で読めないようにした問題の背景に安倍政権の特徴が現れていると指摘しました。
同時に中嶋氏はもう一つの側面として、「安倍内閣が強力に推し進めようとしている新自由主義的教育改革に注意が必要だ」と指摘します。
「教育全体にかけるお金を減らし、少ないお金を、大企業の利益を生み出す、グローバルな人材、競争力のある人材に集中的に使うというのが安倍政権の教育政策だ」と批判しました。
中嶋氏は、現在の格差と選別の教育の中で「若者たちが不満を持ち、それを救ってくれそうなところに飛びつく。これは第2次大戦前のヨーロッパのファシズムが台頭したときと同じです。今、若者を信頼し、根拠となる歴史的事実を示しながら、その意味を伝えていくことが大切です」と語りました。
歴史教育者協議会の石山久男元委員長は「安倍政権はあらゆる面で反国民的政策を進めようとしていますが、今回は安倍政権が重視し、歴史観にもかかわる教育の問題を取り上げました。講演の内容は、今年の国会でも議論されるところです。参加した人が、地域や職場で今日学んだことを生かしてくれると思います」と運動の広がりへの期待を述べました。
(若林明)
( 2014年02月14日,「赤旗」)(Page/Top)
戦前の「紀元節」を復活させた「建国記念の日」の11日、各地で「戦争する国づくりを許さない」「紀元節復活に反対」と集会やピースパレードが行われました。
安倍政権退陣を/福岡
「『建国記念日』に反対する福岡県民集会」(同実行委員会主催)が福岡市内で開かれ、約200人が、国のあり方を考えようと基地建設・オスプレイ配備への沖縄県民のたたかいを描いた映画「標的の村」を鑑賞しました。
集会は1967年から毎年開催で48回目。
牧忠孝実行委員長は、安倍首相が靖国参拝や国家安全保障戦略などで目指すものは明治国家体制に他ならないと指摘。「『建国記念の日』を紀元節に戻すわけにはいかない。安倍政権は一刻も早く退陣を」とあいさつしました。
市内から参加した古澤里奈さん(30)は「国内のことなのに沖縄の基地のことをよく知らなかった。もっと勉強して、関心を持たない身近な人に伝えていけたら」と話しました。
憲法考える集会/宮崎
日本科学者会議宮崎支部と宮崎民主法律家協会は、「憲法と平和を考えるつどい」を宮崎市で開きました。一橋大名誉教授の渡辺治氏を講師に、140人が日本のゆくえと改憲に立ち向かう国民のなすべき課題について考えました。
渡辺氏は、安倍政権のアジアで軍事的・経済的に「強い国」にしようとする姿勢と、安保法制懇の設置や防衛計画大綱の策定など改憲をめざす危ない動きを指摘。憲法制定以降、繰り返されてきた改憲の動きを国民の抵抗で抑えてきた経過を紹介し、どんなに素晴らしい憲法も「その蹂躙(じゅうりん)を許さない国民のたたかいがあってこそ大きな力を発揮する」と強調しました。
改憲を許さない国民的共同を進めるための現在的な課題として▽構造改革や戦争への道へ懸念を抱く良心的保守層との共同▽地域を根城にした運動▽憲法9条に基づく平和や日本のあり方など具体的な対案の提示―の3点を提起しました。
会場からは教育の重要性を訴える声などが出されました。
集会後、みやざき九条の会主催でピースウオークが取り組まれました。
アピールを採択/徳島
徳島県の歴史教育者協議会や徳島労連など12団体でつくる実行委員会は、徳島市で集会を開き、60人が参加。「2・11復活と『戦争できる日本』『靖国の日本』を決して許してはいけません」とする県民へのアピールを採択しました。
アピールは、2月11日が日本を軍国主義へと思想動員した「紀元節」だったと指摘。秘密保護法や靖国神社参拝など戦争する国づくりへ暴走する安倍政権を批判し、「憲法はさきの大戦の惨禍に対する平和と不戦の誓いであり、侵略への反省の証しです。軍事力で世界の平和や生命を守ることはできない」と呼びかけています。
歴教協の中内輝彦氏は「20世紀は戦争と平和のたたかいの歴史であり、戦争の違法化を打ち立て発展してきた」と報告しました。
徳島市の男子大学生(23)は「戦争の実態は、餓死や暴力だと知った。二度と繰り返さないように運動したい」と語りました。
歴史から学ぶ/高知
「建国記念の日」に反対するつどい(主催・同つどい実行委員会)が11日、高知市で開かれ160人が参加しました。
高知大学の岡田健一郎講師はドイツ・ナチスの台頭で停止状態になったワイマール憲法をめぐる歴史について説明し、「若者の大量失業に対し、公共事業で働く場を作り、ボランティアなどの場を提供したことが、ナチスが支持された背景にある。平和主義だけでなく生存権を保障することも大事で、日本国憲法の9条と25条が大きな意味をもっている」「強いリーダーを求める風潮がいつの時代にもあるが、みんなが決めるという民主主義の手続きを踏むことは大切なこと」と話しました。
会場から「麻生副首相の『ナチスの手口を学ぶ』との発言があったが、私たちも戦争をしない国づくりのために歴史を学ぶことが必要」などの発言がありました。
(2014年02月12日,「赤旗」)(Page/Top)
対照的な日独の歴史認識を分析
本書はドイツ近現代史の研究者であり、かつ平和運動の実践者である著者が、戦後の日独の歴史の違いを分析し、今後の平和運動の展望を示すことをテーマとしてまとめた提言的な著書である。
まず日本とドイツの戦後史の類似点と相違点に関して、現象面にとらわれず、両国の思想と歴史の展開の背景の違いについて鋭い分析をしている。第2次大戦後の平和への取り組みは、日本では戦争直後の占領下では一定の民主化がなされたが、その後対米従属を軸に不徹底な改革に終わった。ドイツでは戦争直後の改革は不徹底だったが、70年代以降のドイツ自身による「第2次改革」が、その後のドイツの歴史に重要な影響をもたらしたという。
そして70年代初めの教育改革は、従来の「エリート教育」中心の体制から「大衆教育」への転換であり、ブラント政権のいわゆる「東方政策」は「戦争しない国」への歴史的転換だとする。チェルノブイリ原発事故後の原発問題への取り組みは「経済成長至上主義」への批判だと分析している。
またナチスへの厳しい追及と、「戦争と暴力支配の犠牲者」に対する追悼と補償には全ての戦争犠牲者を含み国籍を問わないというドイツの基本的な立場が示されている。日本の靖国神社では、自国の軍人・軍属に限定されている追悼の対象が、ドイツでは全ての国の戦争犠牲者とされていて対照的だ。
最後に著者はこうした違いと自身の地道な地域での活動を踏まえ、両国の平和運動が「全ての戦争犠牲者」への弔いという地道な方向へ統合され、発展することを期待する言葉で結んでいる。
もちだ・ゆきお 31年生まれ。同志社大学名誉教授。
( 2014年02月09日,「赤旗」)(Page/Top)
○「無実の者に対して懲役4年が下され、われわれは受け入れることができない」(中国の人権活動家許志永氏の弁護士張慶方氏)=26日、北京市第1中級人民法院が公共秩序騒乱罪で許氏に実刑判決を下したことに。
○「きょうは誇りをもって歴史に刻まれる日となった」(チュニジアのベンジャアファル制憲議会議長)=26日、同議会が新憲法案を承認したことについて。
○「この惑星には依然として虐殺が身近な所に存在する」(米国の映画監督スティーブン・スピルバーグ氏=写真、ロイター)=27日、ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺の犠牲者を追悼するため国連本部で行われた国際ホロコースト記念日式典で演説して。
○「安倍政権は公共放送まで極右路線の宣伝道具、ラッパ吹きに使おうとしている」(韓国与党・セヌリ党の金泰欽〈キム・テフム〉院内報道官)=27日、籾井NHK会長の「慰安婦」暴言を非難して。
○「法律がなくても私にできることは、いつでも実行する」(オバマ米大統領)=28日、一般教書演説で中間所得層の強化などをめざす政策実現のために議会の承認がなくても大統領令を行使する意向を表明。
○「両者の溝は深いまま残っている」(ブラヒミ国連・アラブ連盟合同シリア特別代表)=31日、スイス・ジュネーブで開かれたシリア政府と反体制派の直接協議後に表明。
( 2014年02月03日, 「赤旗」)(Page/Top)
女性の人権を踏みにじった日本軍「慰安婦」の問題を、「戦争しているどこの国にもあった」などと弁護した籾井勝人NHK会長の発言は、歴史的にも国際的にもなりたたない暴言として批判を広げています。籾井氏は〝謝罪〟しましたが、発言の責任を明確にしていません。しかも見過ごせないのは、籾井氏を起用した責任が問われる安倍晋三政権が、「個人的な発言」(菅義偉官房長官)などとかばいたて、逆に「政治的圧力に屈することなく、中立公正な放送を続けてほしい」(安倍首相)と激励していることです。
個人的発言ですまない
籾井氏の発言が「個人的発言」ですまされないのは明らかです。
発言はNHK会長としての公式の就任記者会見(1月25日)でのものです。籾井氏は、公式な記者会見で「個人的」な見解を発言したのは不適切だったと〝謝罪〟しました。しかし、発言は国民の受信料で賄われる公共放送の会長が、日本軍「慰安婦」のような制度は「どこの国にもあった」などというとんでもない認識の持ち主だということを明らかにしたものであり、「個人的発言」というだけで責任はあいまいにできません。
1月31日の参院予算委で追及された籾井氏は、「慰安婦」発言を含め、記者会見でのすべての発言を「個人的発言」だとして取り消すといいましたが、公的な場での自らの発言に一切責任を持たないとは、情けない限りです。NHK会長としての資格はいよいよないといわなければなりません。
実際、籾井氏は〝謝罪〟したといっても、発言自体が間違っていたと認めたわけではありません。視聴者に「誤解」を与えたともいっていますが、誤解した側が悪いというふうにも聞こえます。籾井氏が発言の責任を明らかにするには、発言が間違っていたことを明確にすることが不可欠です。
朝鮮半島などから女性を連行し、「慰安所」に閉じ込めて性行為を強制した日本軍「慰安婦」のような行為に、軍が組織的、系統的に関わったのは日本とナチス・ドイツ以外に例を見ません。それを籾井氏は「どこの国にもあった」と弁護し、しかも戦後の公娼制度などと同列視したのです。いったい籾井氏は、ことばに尽くせない非人間的な取り扱いを受けた元「慰安婦」などの訴えに耳を傾けたことがあるのか。籾井氏に報道機関であるNHK会長としての資格がないのは明らかです。
菅官房長官や安倍首相がその籾井氏の発言をとがめるどころか、「圧力に屈するな」などと〝激励〟しているのは、まさに黒を白といいくるめるものです。籾井氏が発言を批判されるのは自らの責任であり、外部の「圧力」などではありません。それなのにそれに耳を貸すなというのはまさに開き直りのすすめであり、言語道断です。
加害を被害にすりかえる
安倍首相はかつて、首相や閣僚の靖国神社参拝に対する内外の批判に逆らって、「どんな脅かしにも屈しない」などと発言したこともあります。加害と被害をすりかえるのは安倍政権の常套手段です。
籾井氏は安倍政権が任命した首相に近い委員を含むNHK経営委員会に選ばれて会長に就任しました。安倍政権が籾井氏をかばい続けるなら、政権自体への責任追及がいよいよ免れなくなります。
( 2014年02月03日,「赤旗」)(Page/Top)
NHKの籾井勝人(もみい・かつと)新会長が1月25日、就任会見で「(『慰安婦』は)戦争をしているどこの国にもあった」などと発言し、国内外で批判が噴出しています。公共放送トップとしての資格が厳しく問われています。
27日、韓国外務省は「歴史的真実をゆがめ、でたらめな主張をおこなった」、中国外務省は「歴史を逆行させる行為」と、それぞれ批判。英公共放送BBCも、「NHKの新会長が、日本軍による〝慰安婦〟と呼ばれる性奴隷の使用を軽視し、議論を引き起こした」と報じました。
NHKのあるプロデューサーは、「びっくりした。ああいう発言をすると海外において反発を呼ぶことが計算できないのか。そもそも公共放送を理解していない」と話します。
問題になった発言はドイツやフランス、オランダの国名をあげ、「(『慰安婦』は)欧州はどこでもあった。韓国は日本だけが強制連行したように言うから話がややこしい。(補償問題は)日韓条約で解決している」などという内容でした。
「慰安婦」問題に詳しい林博史・関東学院大学教授は、「一般的な性売買と、軍の組織としてやっていた慰安婦制度を意図的に混同したとんでもない議論だ」と批判します。
日本軍「慰安婦」の場合、「慰安所」設置の計画の立案、業者選定・女性集め、女性の輸送など、すべての過程において日本軍の管理下におかれ、国家機関が深く関与していました。
「第2次世界大戦で軍がこうした制度をつくっていたのは、日本とナチス・ドイツだけです。日韓条約では慰安婦問題は扱われておらず、請求権は消滅していません。こうしたでたらめで人権を蹂躙(じゅうりん)する暴論を吐く人物は、NHK会長をただちに辞任すべきです」(林氏)
日本軍「慰安婦」制度の正当化は安倍晋三首相の持論です。慰安婦問題を扱った番組「ETV2001」に介入し、圧力をかけて大幅に変えさせたのが当時、官房副長官だった安倍首相でした。
市民・視聴者団体である「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」「NHK問題を考える会(兵庫)」「NHK問題大阪連絡会」は、籾井会長の解任、辞任を求めました。
発言は、「放送の不偏不党、真実および自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と明記した放送法第1条2項にも反します。
NHKの最高意思決定機関である経営委員会には昨年11月、安倍首相に近い、作家の百田尚樹氏や長谷川三千子・埼玉大学名誉教授ら4人が新任委員として送り込まれたばかり。この経営委員会で任命されたのが、籾井新会長でした。同委員会は進退を問わない態度で、菅義偉官房長官も、「辞任は必要ない」との認識です。
(2014年02月02日,「赤旗」)(Page/Top)
【パリ=浅田信幸】メルケル独政権の内部で、国際紛争解決のためドイツがもっと軍事的関与に積極姿勢をみせるべきだとの声が増大しています。しかし、ナチスによる侵略戦争の歴史を背負った国民の間には、軍を国外に派遣することには反発が強く、今後、国民的な大論議が繰り広げられそうです。
ガウク独大統領は1月31日、安全保障問題に関する国際フォーラム、ミュンヘン安保会議開幕の冒頭、国際システムの変化の速さや新たな挑戦を前に「これまでのように、よく知られたドイツの外交政策を続けるだけでは十分でない」と表明。国際紛争に軍事力行使を含めて「もっと素早く、断固として、実質的に」関与すべきだと強調しました。
象徴的な存在である大統領の発言は、昨年12月に発足したキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の連立政権内部で力を増しつつある積極外交論を反映しています。
安保会議に先立ってシュタインマイヤー外相(SPD)は30日、「われわれにはもっと関与することが期待されている」と発言。フォンデアライエン国防相は31日、安保会議での発言で、「座して待つことは選択肢でない」「手段と能力があるなら、われわれには関与する責任がある」と述べました。
ただ軍事的関与の増大に国民の反発は必至です。同国は現在、アフガニスタンとバルカン半島に計5000人ほどの部隊を派遣しています。1月末に公表された世論調査によると、45%が軍は「すでに関与し過ぎ」、30%が「すでに十分」と回答しています。
また軍隊よりも外交と資金援助で紛争解決に資するべきだとの回答は58%に上っていました。
( 2014年02月02日,「赤旗」)
【ワシントン=島田峰隆】中国と韓国、北朝鮮の国連大使は29日、国連安全保障理事会の公開討論で、安倍晋三首相が靖国神社を参拝したことを批判し、周辺国を侵略した事実を否定することは地域を不安定にすると厳しく批判しました。
公開討論は「戦争、その教訓と永続する平和の探求」が議題で、54カ国と欧州連合(EU)の代表らが発言しました。
中国の劉結一国連大使は靖国参拝を「反ファシズム戦争の勝利への挑戦にほかならない」と指摘。「安倍首相は戦争についての審判を覆し、戦犯を擁護しようとしている。これは良識ある人や正義を支持する国々からは決して受け入れられない」と強調しました。
韓国の呉俊大使は「日本は歴史を否定して周辺国を挑発することを控えるべきだ」と主張。北朝鮮のリ・ドンイル次席大使は靖国参拝を「時代錯誤の犯罪」と非難しました。
日本の梅本和義次席大使は首相の靖国参拝を「二度と戦争をしないことを誓うため」だと弁明。それに対し、韓国、中国、北朝鮮の大使が反論しました。
( 2014年01月31日,「赤旗」)
【ワシントン=島田峰隆】ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の犠牲者を追悼する国際ホロコースト記念日式典が27日、ニューヨークの国連本部で開かれました。潘基文(パン・ギムン)国連事務総長らは、大虐殺を二度と許さず、各国間の平和と協力を図ることが国連憲章の精神だと強調。人種や宗教に基づく偏見、差別、暴力の根絶を呼び掛けました。
潘氏はメッセージの中で、昨年11月にアウシュビッツ強制収容所跡地を自ら訪問したことを紹介。「国連はこうした恐怖の再来を防ぐために設立された」「万人に平等と尊厳が保障される世界を目指す旅へともに加わろう」と語り、子どもたちへ実相を語り継ぐ重要性に触れました。
ピレイ国連人権高等弁務官もメッセージで「ホロコーストが起きたことを否定する人、反ユダヤ人活動や宗教、人種、民族的な差別をしている人々へのメッセージは単純だ。アウシュビッツを訪問しなさい、ということだ」と指摘。「憎しみの種は戦時だけでなく平時でもまかれることに注意しなければならない」と警鐘を鳴らしました。
ユダヤ系米国人の映画監督、スティーブン・スピルバーグ氏は演説で、「この惑星には依然として虐殺が身近な所に存在する」と警告。さらなる悲劇を防ぐためには「過去と向き合い、教訓に基づいて行動するしかない」と訴えました。
アッシュ国連総会議長は開幕演説で、「われわれは国連憲章の価値観を忠実に守り、人間の尊厳を侵害する犯罪をなくすことに取り組み続けることで、ホロコーストが二度と繰り返されないようにする義務がある」と強調しました。
( 2014年01月29日,「赤旗」)(Page/Top)
高知県の「国民主権を守り、憲法を暮らしに活(い)かす懇談会」は28日、「憲法9条を死文化させる集団的自衛権容認に反対する声明」を高知市で記者会見して発表しました。
同会は、県生協連会長の井垣政利、元県教育長の大崎博澄、高知大講師の岡田健一郎の各氏ら7人が呼びかけ人になり、憲法問題などで、県民的論議を呼びかける声明やアピールを出しています。
声明は「憲法の解釈の変更、関連法の改正で憲法9条を空洞化しようとしている」として、安倍首相がめざす集団的自衛権行使に反対を表明しています。
会見で井垣氏は「解釈改憲で集団的自衛権行使を可能にしようというやり方は、ワイマール憲法を無効化したナチスの手法と同じ。集団的自衛権行使と秘密保護法を合わせて阻止したい。若い人にも考えてほしい」と話しました。
同会の声明は、憲法96条改悪反対(昨年6月)、秘密保護法反対(同11月)に続き3回目。今後、憲法や経済、外交問題での講座を開くことにしています。
(2014年01月29日,「赤旗」)(Page/Top)
秘密保護法が成立したあとも、国民は〝異議あり〟と声をあげ、行動しています。悪法にどう向き合えばいいのか。同法反対で活動している憲法学者の清水雅彦・日本体育大学准教授に聞きました。
―秘密保護法が通って多くの人が悔しい思いでいます。
法学的にはもともと、法の支配と法治主義とは別物です。簡単に言うと、法の支配とは悪法は無効にすべきという考え方で、法治主義は「悪法も法なり」という考え方です。
戦前の日本はドイツと同じで法治主義の国でした。戦後日本は法の支配の考え方に変わりました。象徴的なのは憲法81条の違憲立法審査権です。国会が多数決でつくった法でも、憲法にかなっていなければ違憲、無効にできるわけです。民主主義的に決定したものでも、中身が問題であれば無効にできるというのが違憲立法審査権です。
日本では、決まったことは守らなきゃいけない、法律だから守らなきゃ、という人が多いです。でも市民革命が成功したのは悪法を破ったからです。市民が法律を、本当に守らなければいけないのかそれぞれが判断するのです。
適用させない
―具体的にはどういう態度をとれるのでしょうか。
法律はできたけれども、悪法なのだから、国の情報にアクセスしていってひるむことなくこれまで通りの生活をすべきだと思います。「秘密保護法は悪法だよね」という世論が高まれば、簡単に適用できません。破壊活動防止法がいい例です。当初、共産党を弾圧するためにつくったけれど、「破防法は悪法」という意識が強いから、ほとんど使えずに今日まできています。
中曽根康弘政権の時に国家秘密法案を制定させなかったのも世論の力です。「スパイ防止」を口実に防衛や外交にかかわる問題を「国家秘密」として国民の知る権利を奪い、政党や国会議員の国政調査やマスコミの言論活動まで「犯罪」扱いしました。自民党は議員立法で1985年6月に国会に提出したものの、国民の激しい反対でその年の暮れに廃案になりました。その後、修正案をつくり今度は政府提出法案で制定を狙いますが、国会提出を断念しました。
世論を高めるにはやはり秘密保護法の中身や問題点をきちんと知って、それを広げることです。秘密保護法廃止法案を成立させるためにも、それが必要です。
運動の力大事
―戦前の法治主義が戦後、法の支配に変わった要因は。
世界的に大きな流れがあって、法学の世界では第2次世界大戦後の流れを「違憲審査革命」という言い方をします。違憲審査制度はもともと、アメリカ独特の制度でした。ヨーロッパはジャン=ジャック・ルソーの影響もあり議会中心主義的な発想があって、アメリカのこの制度に見向きもしませんでした。
第2次世界大戦後に多くの国で違憲審査制度が広まるのは、ナチスの体験が大きいです。ナチスは国会放火などをやりましたが、手続き的には多数決原理で議席を取るわけです。あれを見て多数決は常に正しいわけじゃないし、市民が一時の感情などで暴走するのは危険だと分かったわけです。多数派の暴走をも防ぐために違憲審査制度が使えると気づいて、各国が導入するようになったのです。
政治は国会の中だけで決まるものではありません。悪法を止めるには、国会外の取り組み、運動の力も大事です。
(聞き手 神田晴雄)
( 2014年01月27日, 「赤旗」)(Page/Top)
テレビや舞台で活躍する俳優の渡辺徹さんが、2月8日からの舞台「国民の映画」(作・演出=三谷幸喜)に出演します。ナチスの高官たちとドイツ映画人たちとの間で繰り広げられる一夜の物語。重いテーマの中にも、三谷作品らしい喜劇的要素を盛り込んだ切れ味鋭い展開です。
(寺田忠生)
「それぞれの登場人物の我とか欲が、きっちり出ないと面白くないと思います」と話す渡辺さん。
作品の舞台は1942年のベルリンです。ナチスの宣伝大臣ゲッベルス(小日向文世)が、全ドイツ国民の誇れる映画をつくろうと映画界の要人を招いてパーティーを開きます。ゲッベルスは、すべての芸術とメディアを検閲する権力の持ち主でした。
パーティーには、招かれざる2人のナチス高官、親衛隊隊長・ヒムラーと、空軍総司令官・ゲーリングも現れます。2人はゲッベルスにとって厄介な存在。ナチスと結託して作品を量産する映画監督や、逆に反旗を翻して業界から干されてしまった名優など、ナチスにたいしてさまざまな立場に立つ映画人たちとナチス高官たちとの間で、虚飾と陰謀の物語が展開します。
生きた感情をつむぐように
渡辺さんが演じるのはゲーリング。彼の登場によって、ゲッベルスの映画作製計画は狂い始めます。
「今回のように、テーマが大きくなればなるほど、〝こうあるべきだ〟という思いを役者が背負って演じてしまいがちになる。でも、そうではなく、人間の生きた感情、一つひとつの営みをつむぐように演じられたら、この作品の社会的な意味が出せるかなという気がしています」
ユダヤ人大虐殺などのナチスの狂気を背景に、人間の滑稽さ、弱さ、欲などをあぶりだし、一人ひとりの生き方、芸術のあり方をも問いかける内容です。
「日本の起こした戦争も含め、当時の多くの人は間違いだとは思わず突き進んで悲劇になってしまった。大きな流れに流されるのでなく、立ち止まって考えたり、疑問を持つことが大事。そのヒントを演劇は与える力を持っていると思うんです。今回も、そんな舞台になればいいなと」
いわば劇団は〝役者ドック〟
渡辺さんが文学座に入ったのは1980年。以来、テレビなどに活躍の場が広がっても、劇団員の一人として活動することを中心にすえながら三十数年の俳優人生を歩んできました。
「劇団は自分にとって芯であり、核なんですね。核があるからこそ、ときどきバラエティー番組にも出ていられる。家でも言うんですが、家庭が落ち着くから、外で遊んでいられる、なんて冗談をいうと怒られるんですが(笑い)」
小・中・高と生徒会長を経験したこともあって、仲間と何かをつくることの面白さを求めて劇団に入った渡辺さん。いまも、劇団の人間関係のなかで、自分を再発見・再構築することが欠かせないと話します。
「50歳を過ぎた自分がテレビの世界に行くと、怒られることがほとんどない。若いころはいつも怒られていました。でも、劇団は昔のまんま。稽古場では、先輩からは怒られ、後輩からも指摘される。そんな中で、自分に何ができるようになって、何ができないのかをつかんでいく。つまり、自分にとって劇団は、人間ドックならぬ、〝役者ドック〟なんです」
*「国民の映画」(パルコ・プロデュース公演) 2月8日~3月9日=東京・パルコ劇場。大阪、愛知、福岡でも公演。03(3477)5858(パルコ劇場)
わたなべ・とおる 1961年生まれ、茨城県出身。高校卒業後、文学座に。テレビ、舞台など出演作多数。菊田一夫演劇賞など受賞。
( 2014年01月27日,「赤旗」)(Page/Top)
【ベルリン=時事】ナチス・ドイツ総統ヒトラーの著書「わが闘争」の著作権を持つドイツ南部のバイエルン州政府は24日までに、著作権が2015年末に切れた後、学術的な注釈を付けた同書の発行を認める方針を示しました。
州政府は12年4月、著作権切れ後にネオナチが同書を宣伝に利用する事態を懸念し、正しい理解に導く注釈を付けて出版する計画を表明。しかし、昨年12月には著作権切れ後は民衆扇動罪を適用して発行を全面禁止し、注釈付きの出版も取りやめると発表していました。
ヒトラーが自らの生い立ちや反ユダヤ主義思想をつづった「わが闘争」は第2次大戦後、ヒトラーが住所登録していたバイエルン州が著作権を保有。同州は国内での出版を認めてきませんでした。
バイエルン州は「学問の自由は侵害されない」と強調。注釈付きは現代史研究所が発行準備を進めており、16年初めにも出版される見通し。注釈付き以外は一部であっても発行を禁止します。
( 2014年01月27日,「赤旗」)(Page/Top)
黒々とした壁に顔は埋もれ、浮き出た背骨が悲しみを物語る「酷烈」。絶望を前に、黒壁をかきむしる背中を描いた「傷壁」。一枚一枚の絵が、闇のなかから不条理をあぶりだします▼福島・白河市にあるアウシュヴィッツ平和博物館。そこでいま、人間社会の理不尽さを描いてきた増田常徳さんの絵が展示されています。増田さんは、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の現場を訪ね歩き、恐怖と人間への尊厳を突きつけられました▼終戦の1945年のきょう、ソ連軍によってアウシュヴィッツ強制収容所は解放されました。生存者は数千人。子どもたちをふくむ、110万ともいわれる人間の命が、この悪魔の施設で絶たれました▼戦後、ドイツはみずから犯した罪と向き合ってきました。先日も88歳になる元ナチス親衛隊の男が住民虐殺に加担したと、起訴されています。「過去に目を閉ざす者は、未来にたいしても盲目になる」(ヴァイツゼッカー大統領)▼解放60周年のときには、当時のケーラー大統領が国民に呼びかけています。「われわれには、ナチス・ドイツが与えたすべての苦しみと、その原因について、記憶を風化させない責任がある。その責任に終わりはない」▼ドイツはいま欧州連合のなかで中心的な役割を果たしています。他方で政権が先頭に立ち、アジアの国々への侵略を美化し、罪を反省せず、いまだに周りと信頼関係を築けない日本。命や平和の尊さを教える歴史から学べない国に未来はありません。
( 2014年01月27日,「赤旗」)(Page/Top)
自由のないナチス政権下、「映画を撮りたい」「いい役がほしい」と必死な映画人たち。笑って見ているうちに、ゾッとさせられます。パルコ・プロデュース公演「国民の映画」(作・演出/三谷幸喜)の再演に臨む風間杜夫さんが語ります。
大塚武治記者
2011年初演。数々の賞に輝く群像劇です。
「三谷さんが膨大な資料を集め、格闘して結実させた作品です」と風間さん。
1941年秋、ベルリン。ヒトラー内閣の宣伝相ゲッベルズ(小日向文世)の別荘に、ドイツを代表する俳優や監督が集められます。目的は、「全国民が誇れる映画」を製作することでした。
国家のすべての芸術とメディアを監督検閲する権限を持つゲッベルズ。「国家予算を好きなだけ投入する」という言葉に映画人たちは喜びますが、政権の秘めたおぞましい計画を知り、映画に参加すべきか否か、選択を問われることに―。
風間さんが演じるのは、無声映画の名優で監督のヤニングス。巨大な力を持つゲッベルズに気に入られようと躍起な、お調子者です。
「〝映画監督なんてものは、映画を撮ってなきゃ、ただの夢想家だ〟と、堂々とこびを売る腰ぎんちゃくです。でも恐ろしい計画に加担することになると気づいたら、きちんとおびえ、一線を引く潔さがある。ちゃんと、人間として物事を見ている男だなと思います」
物語の終盤、映画人たちの示す気骨が胸を打つ人間ドラマ。かつて三谷さんは、「笑の大学」(96年舞台初演)で、戦中、警視庁の検閲に屈しない喜劇作家を描きました。
「日本も第2次大戦のとき、弾圧や民族差別がありましたよね。戦意高揚に参加せざるを得なかった映画人も大勢いた。この作品で三谷さんは、どこか外国の悲惨な話でなく、日本にもそんな歴史があると思い返してもらいたかったんじゃないでしょうか」
64歳。昨年10月に初孫が生まれ、「もっと自覚的に役者をやらなきゃいかん」と決意する今年初の演劇出演。5月には、ひとり芝居の新作(作・演出/水谷龍二)が控えています。
「国民の映画」の再演にあたって意識したいのは、「真剣に人間を演じること」と話します。
「台本に、ちゃんと人間の愚かさが描かれていますから、役者が小ざかしく考えなくても、笑いになるんじゃないでしょうか。でも三谷さんの描く人物ってチャーミングだから、つい悪乗りして演じてしまいそうなんです(笑い)」
*2月8日~3月9日=東京・PARCO劇場℡03(3477)5858
3月13~16日=大阪・森ノ宮ピロティホール℡06(7732)8888
21~23日=愛知・刈谷市総合文化センター℡052(331)9966
4月4~6日=福岡市民会館℡050(3539)8330
(2014年01月26日,「赤旗」)(Page/Top)
オーストリアの首都ウィーンで24日、極右政党、自由党(FPO)が同日開催した舞踏会に抗議する集会が開かれ、警察発表で約6000人、国営放送によれば約1万人が参加しました。
現地からの報道によると、抗議集会の参加者は、「ナチスは国会から出て行け」と書かれたポスターや横断幕を手に、舞踏会の会場となったホーフブルク宮殿前に集結。ナチス・ドイツが行ったホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者や、隣国ドイツからの参加者も加わりました。一部は警官隊と衝突。逮捕者や負傷者が出たもようです。
同舞踏会はFPOに近い学生団体が毎年開催しているものです。2012年には国連が定めた「国際ホロコースト記念日」にあたる1月27日に開催し、フランスの極右政党、国民戦線のルペン党首をはじめ、各国の極右政治家が参加。市民の抗議を受けたFPOのシュトラッヘ党首は当時、抗議行動をユダヤ人迫害にたとえ、自分たちが「新たなユダヤ人だ」と強弁しました。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)は12年、極右の人々が集うものが含まれていることを理由に、10年に無形文化遺産に認定した「ウィーンの舞踏会」の登録を抹消しました。
現在、議会第3党に位置するFPOは、外国人対策の強化や難民受け入れ制限の強化を主張。ハイダー前党首がナチスを称賛した言動は、たびたび国際的な非難を引き起こしました。
( 2014年01月26日,「赤旗」)(Page/Top)
性的マイノリティーが直面している問題についてのアンケートを都知事選の候補者に送ったところ、返事をくれたのは宇都宮さんだけでした。同性同士では、10年20年付き合ったカップルでも資産相続ができなかったり、異性カップルのように両者の名義で部屋を借りることも難しい。パートナーが亡くなったとき葬式にも出られません。
宇都宮さんは、性的マイノリティーをめぐる現状を政治から変えることを約束してくれました。
いま、世の中が右傾化し、このままでは「正しい日本人」「正しい家族像」だけが「正しい」とされてしまうのではないか。ナチス・ドイツが同性愛者を迫害したように、日本も「正しい日本人の異性愛カップル」しか認められないような社会になってしまうのではと危機感を持っています。
男女のカップルと同等に、同性カップルも暮らしやすい東京にしてほしい。宇都宮さんなら、性的マイノリティーだけでなく障害者や外国人などのマイノリティーも暮らしやすい社会にしてくれると期待しています。
(舘野裕子)
( 2014年01月24日,「赤旗」)(Page/Top)
第2次世界大戦中、ドイツのナチス政権によって迫害され、大量殺害された600万人以上のユダヤ人、200万人以上のロマ人、1万5000人の同性愛者などの犠牲者を記念する日です。
国連総会が2005年に採択した決議で、1月27日を記念日に決めました。1945年のこの日、旧ソ連軍がホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の舞台となったポーランド南部のアウシュビッツ・ビルケナウ絶滅収容所を解放したことにちなんでいます。
同収容所は、ナチスが占領下のポーランドに設置したユダヤ人絶滅のための6カ所の「絶滅収容所」の一つです。ここでは40年から45年にかけて、欧州各地から連行されたユダヤ人100万人を含む約110万人がガス室などで虐殺されました。処刑や栄養不足、病気、強制労働で死亡した人も多く、人体実験による殺害も行われました。
同記念日は年ごとにテーマが決められており、今年は「ホロコーストの旅路」。収容所への強制輸送から解放までのさまざまな旅路と、それを耐えぬいた人々の人生を思い起こし、次世代の指針とすることを目的にしています。
( 2014年01月24日,「赤旗」)(Page/Top)
国際援助団体オックスファムは20日、世界経済フォーラム(ダボス会議)を前に報告書を公表しました。経済格差が多くの国で急速に拡大していると指摘し、世界の富の半分を最も豊かな1%の人々が占有し、残りの99%の人々には半分の富しか分配されていないと強調しました。
ダボス会議は昨年11月に発表した報告書で、所得格差の拡大を世界が抱える危機要因の第2位に挙げ、「世界の進歩に重大な危機をもたらしている」と指摘しています。オックスファムはこのことに言及し、そのような状態が放置されると、政治制度が崩壊し、政府は普通の人々を犠牲にして経済エリートの利益に奉仕するものになると警告しました。
その上で次のような事実を挙げています。
▽世界の最も豊かな1%の人々の財産は110兆㌦に達し、世界人口の貧しい半分の人々の財産の65倍に達している。
▽下層半分の財産は、世界の最も豊かな85人の財産と同じ。
▽10人に7人が過去30年間に経済格差が拡大した国に住んでいる。
▽米国では最も豊かな1%の人々が2009年以降、経済・金融危機後の成長の95%を獲得し、下層90%の人々はより貧しくなった。
またオックスファムが世界の6カ国で行った世論調査で過半数が、法律は豊かな人々の利益のためにゆがめられていると回答しています。
報告書はダボス会議に対し、富裕層が自分たちの利益のために政治に影響を及ぼすのを規制することなどを求めています。
(夏目雅至)
オックスファム
英国で1942年に創立した国際援助団体。当時、ナチスの支配下にあったギリシャ国民の飢餓救済を求めたオックスフォード大学関係者やクエーカー教徒らが設立。現在、90カ国以上に展開し、貧困や不正の撲滅、政策提言に取り組んでいます。日本での拠点、オックスファム・ジャパンは2003年に設立。
( 2014年01月22日,「赤旗」)(Page/Top)
中国の程永華駐日大使は20日、最近の日中関係について「安倍晋三首相の(昨年12月の)靖国神社参拝で一気に壊れた」と厳しい認識を示しました。その上で「致命的打撃だ。最後のレッドラインを踏み越えた」と首相を厳しく批判しました。都内の大学で行われた藤崎一郎前駐米大使との対談で語りました。
程大使はこの中で、ドイツや欧州各国がナチスの戦争責任を厳しく追及しているのに対して、A級戦犯の合祀(ごうし)された靖国神社を日本の首相が参拝するのは「過去の贖罪(しょくざい)に対する姿勢が大きく違う」と強調。「日本のリーダーが歴史を正しく認識し、国際社会に日本の正しい姿勢を示すのが先決だ」と求めました。
( 2014年01月21日,「赤旗」)(Page/Top)
秘密保護法廃止に向けた運動が勢いを増しています。18日、市民団体「NHK問題を考える会(兵庫)」がジャーナリストの鳥越俊太郎さんを講師に招いた講演会には、会場の神戸文化ホール定員の900人が参加。約200人余が入りきれないほどの盛況ぶりでした。
講演会のタイトルは「希代の悪法『秘密保護法』を許さない!」。鳥越さんと、弁護士9条の会事務局長の羽柴修さんがそれぞれ講演した後、2人が「悪法の施行を阻止するために、市民はどうすればいいのか?」を主なテーマに語り合いました。
鳥越さんは冒頭、安倍首相が掲げる「美しい国」の実態は、「戦後、天皇絶対主義とおさらばしてつくってきた、『国民が主人公』という国の形を変えるもの」だと指摘。秘密保護法の狙いも「国民は黙って国の決めたことに従えという国家統制型の国づくり」だと警鐘を鳴らします。
そんな権力者を一般市民に代わってチェックするのが記者の役割です。しかし、と鳥越さんは言います。「何が秘密に指定されたのか、一部の官僚しかわからない。主人公である国民が選んだ国会議員でもわからない。いままで〝鳥(越)ちゃんなら〟と気楽にしゃべってくれた人も言いにくくなる」。特定秘密を漏らした人は最高10年の懲役、聞き出した人は5年…と重い刑罰が科されます。
「それでも、国民に知らせる意味があるなら、かなりのメディアの人間が体を張って仕事をするでしょう。しかし、漏らす方が萎縮する。上から監視し抑えつける、ある種のファシズム社会が一歩近付いたと思います」
○ ○ ○
羽柴さんは、1941年12月8日の「真珠湾攻撃」当日、軍機保護法違反で逮捕された北海道帝国大学生・宮沢弘幸さんのえん罪事件を例に、秘密保護法の危険性を説きました。「何で逮捕されたのか、当時の軍機保護法で宮沢さん自身も、世間も分からない。非公開の裁判によって懲役15年が言い渡されました」
戦後の研究で逮捕の理由が明らかになります。宮沢さんが敬愛していた英語教師のハロルド・レーン夫妻に、道内を旅行中に見聞した海軍飛行場のことを話したことでした。宮沢さんは45年10月に釈放されたものの、激しい拷問の影響で47年2月に27歳の若さで亡くなりました。
「一般市民の生活を監視する秘密保護法と軍機保護法は似ている」と羽柴さん。秘密法を強行した次に、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈を変えようと狙う安倍首相は「戦争する国づくりにまっしぐら。戦前の体制と同じ所に向かっている」と強調します。
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国民は悪法にどう立ち向かえばいいのでしょうか?
羽柴さんは「法律の施行を許さず廃止するたたかいは、まだ間に合います。安倍首相の暴走を止めるため、顔見知りだけでなく横のつながりにも危険な内容を伝えていただきたい」と、秘密保護法撤廃を求める署名を呼び掛けました。
鳥越さんは、学生時代に安保反対のデモに毎日通っていたと振り返り、「秘密保護法NO!と思う人は国会を取り巻いて、声を安倍首相にぶつけよう」と呼び掛けました。
「私もやります。みなさんもやれる範囲で立ち上がって、国民を抑えつける政治に反対していきましょう」
参加者も大きな拍手で応えました。
( 2014年01月22日,「赤旗」)(Page/Top)
【ロンドン=AFP時事】英警察当局は15日、ロンドン市内の霊園に保管されていたオーストリアの精神分析学者ジークムント・フロイト氏夫妻の遺灰が何者かによって盗まれそうになる事件があったことを明らかにしました。
警察によると事件が起きたのは昨年12月31日から今月1日までの間。盗難は免れましたが遺灰が入っていた骨つぼが壊されました。つぼは2400年前にギリシャで作られたといいます。
フロイトは1938年、祖国がナチス・ドイツに併合されたことを受けてロンドンに逃れ、翌39年にがんのため死去しました。
( 2014年01月21日,「赤旗」)
ワシントン=島田峰隆】国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は18日、ニューヨーク市内で演説し、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)犠牲者を追悼するとともに、悲劇を二度と起こさないよう国際社会がそれぞれの役割を担って行動することを呼び掛けました。
潘氏は、国際ホロコースト記念日(1月27日)に先立って市内のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)で開かれた式典に参加。「国連が理想や目的を決めて発足するうえでホロコーストの恐怖が影響した。歴代の事務総長と同様に、私はあのようないかなる惨劇も重大な人権侵害も防ぐ決意だ」と語りました。
また「ナチスを打ち破った多くの国の指導者や兵士の勇気と犠牲に賛辞を送りたい。私の希望は、いかなる場所でも、いかなる人やグループに対しても、あのようなおぞましいことが再発しないように、われわれの世代やこれからの世代が結束して同じ目的を持つことだ」と力を込めました。
潘氏は、中東やアフリカでの宗派間抗争の激化、欧州諸国での移民への差別などに懸念を表明。「われわれ一人ひとりが、紛争や政治宣伝で見られる不寛容、差別の扇動、ごまかしとたたかう役割を持っている」と訴えました。
( 2014年01月20日,「赤旗」)(Page/Top)
安倍晋三首相の靖国神社参拝をめぐって、NHKなど一部のメディアが「『不戦の誓い』をした」などという首相の説明を無批判に流しています。靖国神社とは何か、首相の参拝がなぜ世界から厳しい批判をあびるのか、問題の根本を説き明かした報道はほとんどみられません。靖国神社のそもそもを知れば、首相の参拝が「内政問題」や「内心の自由」では絶対に片付かない、深刻な問題であることがはっきり見えてきます。
戦前・戦中はどんな施設/戦争動員の精神的支柱
靖国神社は、明治時代の1869年、新政府軍と旧幕府側との間で戦われた戊辰戦争で戦死した軍人をまつるために創建された「東京招魂社」が前身です。79年に「靖国神社」へと改称。「別格官幣社」という特別の社格を与えられ、国家神道の中心的神社と位置づけられました。
一般の神社とは異なり旧陸軍、海軍両省が管理する軍事的宗教施設でした。明治維新からアジア・太平洋戦争までの戦没者240万人余をまつっていますが、いずれも〝天皇のため〟にたたかって死んだ軍人・軍属だけです。
このため、西南戦争(1877年)で天皇に背いた〝賊軍〟の西郷隆盛や捕虜となって病死した兵士、原子爆弾や空襲の民間犠牲者、旧「満洲」など外地で死んだ一般国民などはまつられていません。
天皇制政府と軍部は、天皇への「忠義」を尽くして戦死し「靖国の英霊」になることを最大の美徳として宣伝。靖国神社を、侵略戦争に国民全体を動員するための精神的な支柱として持ち上げました。
安倍首相は、「国に殉じた人に尊崇の念を示す」などと繰り返しています。しかし、靖国神社への合祀は、天皇のためにたたかって死んだかどうかにあり、死者を選別することに本質があります。また「英霊」としての合祀は、戦死者や遺族の意思に関わりなく行われます。戦争遂行や侵略戦争美化の〝道具〟として人の死を利用することは、戦争犠牲者を冒とくするものではないでしょうか。
戦後果たした役割/戦争美化する発信地に
靖国神社は戦後、信教の自由や政教分離を厳格に定めた日本国憲法のもと、一宗教法人となりました。しかし、〝日本の行った戦争は正義の戦争だった〟とする特異な戦争観を「国論」とするための策動が、同神社を中心に続きました。「国家護持」や天皇・首相などの「公式参拝」を求める運動などです。
とりわけ、1986年に同神社の付属施設・遊就館が再開されると、日本の過去の侵略戦争を美化・正当化する「靖国史観」の宣伝センターの役割を強めていきます。
遊就館は、「近代史の真実」を学ぶパネルや「英霊」の遺書・遺品、当時の兵器を展示している軍事博物館です。いまでも、「先の『大東亜戦争』は、わが国の自存自衛と人種平等による国際秩序の構築を目指すことを目的とした戦いでありました」(3月から靖国神社が開く「遊就館特別展 大東亜戦争七十年展Ⅲ」の案内チラシ)などと公然とのべています。
こうした靖国神社の本質は、小泉純一郎首相(当時)らの度重なる参拝や神社の実態を批判した日本共産党の不破哲三議長(同)の講演(05年5月)をきっかけに広く知られるようになり、国内外のメディア・世論から「軍国主義の過去を再評価しようとする動きの象徴的中心」(米紙)などと厳しい批判が起こりました。
07年には、遊就館の展示パネルを一部改修。太平洋戦争が「資源に乏しい日本を、禁輸で追い詰めて開戦を強要」したルーズベルト米大統領の陰謀だったかのように描いた「反米」的な部分を削除しましたが、先のチラシのように戦争を賛美する本音は隠しきれません。
首相の参拝は、日本の過去の侵略戦争を肯定・美化する靖国神社の立場に自らを置くことを意味します。それは、日独伊のファシズムと侵略戦争を断罪した戦後の国際秩序への挑戦とみなされるのです。
戦争指導者を「神」/国際社会への公約違反
靖国神社は1978年に、東京裁判(極東国際軍事裁判)でA級戦犯とされ処刑された東条英機元首相ら14人を合祀しています。
A級戦犯とは、東京裁判で、侵略戦争を計画・準備・開始・遂行した「平和に対する罪」(a)、占領地での殺人や捕虜への虐待などの「戦争犯罪」(b)、「人道に対する罪」(c)などすべての罪で裁かれた犯罪人です。一般将兵がbとcの罪に問われた「BC級戦犯」と区別し、A級戦犯と呼びます。
安倍首相の祖父、岸信介元首相も東条内閣の商相などを務めたA級戦犯容疑者でした。
靖国神社は、このアジアと日本の国民に多大な犠牲を強いた戦争指導者を、〝神〟としてまつっているのです。実際、遊就館には「靖国の神々」のコーナーでA級戦犯の東条元首相らの写真を展示しています。
A級戦犯合祀の理由について、宮司だった湯澤貞氏は、同神社の崇敬者総代会で「A級戦犯だけ合祀しないのは極東裁判(東京裁判)を認めたことになる」との意見もあり、合祀が決まったと語っています(『正論』05年8月号)。合祀の狙いは、日本の戦争を侵略と断罪した東京裁判を否定する意思を示すためなのです。
日本は、米国など連合国と結んだサンフランシスコ平和条約(51年調印)で東京裁判を受け入れており、同裁判を否定することは国際社会への公約に反することです。
A級戦犯合祀が明らかになって以降は、昭和天皇も現天皇も同神社を参拝していません。
( 2014年01月11日,「赤旗」)(Page/Top)
私は福島でホームステイをしながら放射能汚染の調査を続けています。共に暮らし、一緒に泣き笑いするなかで、住民が抱える多くの問題やその解決策も見えてきます。
罰せられても
秘密保護法が成立しましたが、私は、調査してデータを積み重ね、住民に正しい情報を知らせて理解してもらうための努力を続けていこうと思います。地道ですが、これが私なりのたたかいです。
秘密法で私は罰せられるかもしれない。しかし罰せられてもいいと思っています。なぜなら、正しいことが言えなくなった時点でこの国はどうしようもなくなっていく。だからたたかわなければいけないと思うのです。
安倍首相は、五輪招致の演説で、福島第1原発事故の放射性物質の汚染水問題について「状況はコントロールされている」「影響は第1原発の港湾内で完全にブロック」と言いました。その後、首相は福島原発を視察(9月19日)しましたが、同じ時、実は私は、福島原発の港湾の外で海水を調査していたのです。調査では、明らかに放射能漏れがおきており、港湾外の海水からもトリチウム、セシウム137および134を検出しました。コントロールもブロックもされていないことをあばいたのです。
政府は基準値内と言いますが、放射性物質を流出しながら大量の海水に薄まるために濃度が下がっているという〝マジック〟です。むしろ私は、海水で薄められながらも検出されるレベルの放射性物質があることに恐怖心をもっています。
こうした政府にとって都合の悪い情報が秘密法で隠されてしまうのではないか。国民の生活や安全よりも「国益を損なう」という言葉で、情報がコントロールされれば、昔の軍国主義の日本と同じになってしまいます。大阪市長の橋下徹さん(日本維新の会共同代表)がファシズムのような考え方をしていますが、安倍政権はもっと危険だと感じています。
団結して進む
安倍政権は再稼働を進めようとしていますが、福島原発事故の被害が続き、収束すら見えていないにもかかわらず、再稼働なんて絶対にありえません。
住民は、放射線の被ばくだけでなく、原発事故が生んだ家族や地域の崩壊などに苦しんでいます。支援を放射線量で区分するのではなく、こうした原発事故が原因の全ての被害を認め、支援することが必要です。
事故から2年10カ月たちますが、この間、私は「子どもを守るんだ」という女性の力を強く感じています。その力がうまく大同団結すれば、世の中、良い方向に進んでいくと思っています。
聞き手 前野哲朗
きむら・しんぞう 1967年愛媛県生まれ。獨協医科大学准教授。原発事故直後から福島に入り、放射能汚染調査や除染などにとりくむ。チェルノブイリ原発事故の調査も続けている。
( 2014年01月10日,「赤旗」)(Page/Top)
ナチスの犯罪捜査にあたるドイツ西部ドルトムントの検察当局は8日、第2次大戦中にナチスが行ったフランス中部オラドゥールでの住民虐殺に加担したとして、88歳の元ナチス親衛隊(SS)の男を起訴しました。独西部ケルンの裁判所が発表しました。
現地からの報道によると、男はケルンに住む年金生活者。19歳だった虐殺事件当時、25人を銃殺したほか、数百人の殺害に加担したといいます。男は、当時現場にいたことを認める一方、殺害への関与は否定しているといいます。
虐殺事件が起きたのは1944年6月10日。SSは住民を市場に集め、男性を複数のグループに分けて銃殺、女性や子どもを教会や小屋に閉じ込め火を放ちました。犠牲者は女性254人、子ども207人を含む642人にのぼります。現場では、虐殺の惨状を後世に伝えるため、焼けた建物や車が当時のまま保存されています。
被害者団体の代表を務めるクロード・ミロール氏は仏紙20ミニュット(8日付電子版)に対し、「ドイツは過去と向き合う意思を示している。素晴らしいことだ」と話しました。
ガウク独大統領は昨年9月、オランド仏大統領の招待を受け、独首脳として初めてオラドゥールを訪問していました。
( 2014年01月10日,「赤旗」)(Page/Top)
第2次大戦、ドイツが降伏し、ナチス親衛隊幹部だった父と母は連合国に逮捕される。近くの農家に避難していた子どもたちも、周囲の冷たい視線にさらされて居場所を失っていく。14歳の少女ローレ(サスキア・ローゼンダール)は、乳飲み子を含むきょうだい4人を連れ、遠く離れた祖母の家を目指して困難な旅をはじめる。
〈ヒトラーの子ども〉として育てられ、祖国の勝利を信じていた少女は過酷な現実に投げ込まれた。戦火で荒廃した土地を行くうち、ユダヤ人虐殺の事実を知り、そこに父親がかかわっていたことを知って衝撃を受ける。食べ物にもこと欠く旅は、トーマスと名乗る青年(カイ・マリーナ)によって助けられる。彼がユダヤ人と分かり、ローレは嫌悪するが、祖母の元に辿り着くため頼らざるをえない。
国家が起こした戦争、残虐な行為。そのつけは、だれも逃れることのできない刑罰のようにして子どもたちに覆いかぶさってくる。むごい死との出合い。危機を切り抜けるために犯す罪。ローレはその痛みを一身に受け止め、心も体も傷だらけになっていく。彼女が信じてきた、おとなたちから与えられた世界は、それら一つひとつの出来事によって崩れ落ちていく。
監督はオーストラリアのケイト・ショートランド。同性ならではの繊細な視線で、思春期の少女の内面を描いていく。ローレの傷に寄り添うような映像は、人間の愚かさが引き起こした苦しみを静かに伝えてくる。
(柴田三吉・詩人)
東京・シネスイッチ銀座で11日公開、順次全国で
( 2014年01月08日,「赤旗」) (Page/Top)
フランスで、反ユダヤ主義的な言動を続けるコメディアン、デュドネ氏(47)の公演中止を求める動きが相次いでいます。仏政府も、デュドネ氏の一連の言動を問題視し、同氏の公演禁止に向け動き始めました。
先月パリで行われた公演では、デュドネ氏が自身に批判的な記者を名指しし、「彼の話を聞いていると、(ナチスがユダヤ人を殺害した)ガス室のことを考えてしまう。残念ながらね」と皮肉っていたことが、仏国営テレビ「フランス2」の隠しカメラによる取材で明らかになりました。
仏中部トゥールのジェルマン市長は今月3日、デュドネ氏が月内に市内で予定している公演の中止を求める声明を発表。「表現の自由は(フランス)共和国の根本思想だが、その表現が民族差別や外国人嫌悪、反ユダヤ主義やホロコースト(ユダヤ人大虐殺)否定論の宣伝となる場合は対抗する余地がある」と述べました。
マルセイユやメス、ナンシーでも、市長や地元選出の議員らが公演中止を求め、ナントでは公演反対のデモが予定されています。
デュドネ氏はコメディアンとなって以来、イスラエル政府が強行を続けるパレスチナ人自治区へのユダヤ人入植地建設に反対する一方で、2000年ごろからユダヤ人自体を敵視する発言を繰り返すようになりました。
09年の欧州議会選には「反シオニズム党」(シオニズム=イスラエル建国思想)を創立して出馬。ユダヤ人を〝詐欺師〟や〝奴隷商人〟などと称した一連の言動で現在、総額約6万5000ユーロ(約930万円)の罰金支払いを求められています。
バルス内相は4日、国内の全知事に宛てて同氏の公演を禁止するよう求める通達を出す意向を表明。パリのイダルゴ第1助役は「デュドネ氏はもはやコメディアンではない。民族差別と反ユダヤ主義の熱狂的な活動家になった」「デュドネ氏の劇場を閉鎖しなければならない」と述べました。
(島崎桂)
( 2014年01月07日,「赤旗」) (Page/Top)
○「彼(フン・セン首相)らはわれわれを無視できないし、国民は変革を求めている」(カンボジア野党・救国党のサム・レンシー党首)=13年12月29日、スト中の縫製労働者との合同集会で首相辞任を要求。
○「中ロは反ファシスト戦争の勝利国として、共同して戦後国際秩序を守るべきだ」(中国の王毅外相)=30日、安倍晋三首相の靖国神社参拝についてロシアのラブロフ外相との電話会談で。
○「愛する町を駄目にする危険のある経済的、社会的な格差を終わらせる」(ニューヨークのデブラシオ市長)=1日、市長就任式の演説で公約履行を強調。
○「兵士が悪者になり訴追されてしまう」(タイのプラユット陸軍司令官)=1日、反政府勢力の選挙妨害を阻止するための警備出動に難色。
○「この国の政治指導者になる市民の権利を制限したくない」(ミャンマーのテイン・セイン大統領=写真、ロイター)=2日、外国籍の家族がいる国民の大統領就任を禁じる憲法の改定を支持。
○「立候補を予定していた人々は、候補者資格があることを認めるよう最高裁に申し立てることができる」(タイ選挙管理委員会のプチョン事務局長)=3日、反政府勢力の妨害で候補者登録ができなかった人の処遇について記者団に表明。
( 2014年01月06日,「赤旗」) (Page/Top)
【北京=時事】中国外務省の華春瑩・副報道局長は1日、新藤義孝総務相の靖国神社参拝に対し談話を発表。「安倍晋三首相の参拝に続き、日本の閣僚が歴史問題で取った新たな挑発行動だ」として、「強烈な抗議」を表明しました。
華副局長は新藤氏の参拝について「世界反ファシスト戦争の結果と戦後の国際秩序に挑戦する日本の危険な動向を再び明らかにした」と指摘。「中国国民と他のアジア国家の国民は、日本が歴史を後戻りさせることを決して許さない」と述べ、日本が歴史を反省して、態度を改めるよう求めました。
( 2014年01月03日,「赤旗」)(Page/Top)
【北京=小林拓也】中国外務省の秦剛報道局長は30日の記者会見で、安倍首相は中国側の強い反対を無視してA級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を参拝し「中国の指導者との対話の門を自ら閉ざした」と批判しました。
A級戦犯について「彼らの手は被害国民の血に染まっている。彼らはファシストであり、アジアのナチスだ」と述べ、安倍首相の靖国参拝を「戦後の国際秩序を否定するものだ」と改めて強く非難しました。
また、「靖国参拝は中日両国の交流と協力に深刻な困難をもたらした」とし、両国の民間交流にも影響が出ると示唆。「日本国内でますます多くの有識者やメディア、一般国民が安倍首相の間違った言動に批判と疑問を呈している」と指摘し、「彼らとともに歴史の正義と両国関係の大局を守っていきたい」と述べました。
( 2014年01月01日,「赤旗」)(Page/Top)
【北京=時事】新華社電によると、中国の王毅外相は30日夜、ロシアのラブロフ外相と電話会談し、安倍晋三首相の靖国神社参拝について話し合いました。中国は安倍首相への非難を強めています。国際世論にも積極的に働き掛け、靖国参拝批判の包囲網を築く外交攻勢を強化する構えです。
電話会談で王外相は「中ロは世界反ファシスト戦争の勝利国、国連安保理の常任理事国として、共同して国際正義と戦後の国際秩序を守るべきだ」と中国の考えを伝えました。ラブロフ外相も「ロシアの立場は中国と完全に一致する」と応じました。
さらに、王外相は「(安倍首相の靖国参拝は)平和を愛好するすべての国と国民の強い警戒を引き起こす」と訴えました。ラブロフ氏も参拝に反対する考えを示した上で「日本が誤った歴史観を正し、地域の緊張を激化させる行動を取らないよう促す」と答えたといいます。
王外相は30日、ドイツのシュタインマイヤー外相や、ベトナムのファム・ビン・ミン外相とも電話会談しました。新華社電は「日本問題」についても意見交換したと伝えており、靖国参拝に反対する中国の立場に理解を求めた可能性があります。
( 2014年01月01日,「赤旗」)(Page/Top)