第3話 通過儀礼

 柊が大吟醸きつねごろし、という彼女の種族を思えば自虐的な酒を注ぎ、こくっと飲み込んだ。

 妖怪が住まう家の畳は全て鋼い草とかいうもので作られているらしく、重量級の妖怪が座っても変形しないとか。妖草、妖木などを健在にした妖怪の家はとにかく頑丈で、数百キロの鬼が暴れ回ってもびくともしないらしい。


「まあ座れる。妾も首が痛い」

「はい……」


 燈真は座布団が置いてある席に座った。するとちょこちょこと細やかな動きで、可愛らしい少女が近づいてくる。

 人間で言えば十歳ほどか。二本の白い尻尾に、紫紺の目。顔立ちは椿姫にそっくりで、もちもちのほっぺたが餅のように見える。


「はじめまして」

「は、はじめまして」

「わっちは、いなおすずな。しょうらい、さいきょうのおいろけもふもふになります」

「はあ……」


 お色気もふもふ……っていうのは要するに、柊みたいなものだろうか。

 舌足らずで可愛らしい、妹分のような存在だ。くりくりした目で燈真を見上げ、彼の瞳の奥にあるものを見透かしているようにも感じられる。

 菘はむふーっと鼻を鳴らし、燈真に抱きついた。


「お、おい。汗臭いだろ」

「つうかぎれいだから」


 なんだそれは、と思ったが、誰も口出ししなかった。

 菘は二度三度燈真の匂いを胸いっぱいに吸い込んでから、「むぅ」と唸り、


「みょうなにおいする……まじってるにおい? ううん、もともとなのかな?」

「なんの話してんだよ」

「ううん、こっちのこと。こういうのは、おとなのおはなしなので」

「お前は子供だろう」

「ちゃうわい! わっちはセクシーでムチムチぼいんじゃい!」


 平坦でつるつるぺたんこだと思うが。

 口に出すと怒りそうなので、燈真は「そうだな、うんそうだ」と宥めておいた。


「菘は本質を見抜くことができる。目、鼻、耳、そして会話……触覚。あらゆる感覚が彼女の術の一部だ。最近それを切ることも覚えたから、不用意に情報を流し込まれずに済んだが」


 柊がそのように説明した。

 欲してもいない情報があちこちから流れ込んでくる——それは言ってしまえば地獄である。多感な時期を迎える頃にそれをオフにすることを覚えられたのは救いだろう。

 菘はケロッとした顔で「レディだからおさけもたしなむのです」と柊のグラスに手を伸ばそうとして、椿姫から「こらやめなさい」と叱られていた。


「菘はこれね。燈真、はじめまして。僕は稲尾竜胆いなおりんどう。菘の兄で、姉さん……椿姫の弟」

「ご丁寧に、どうも」


 竜胆と名乗った三尾の少年が持ってきたのは氷が浮かんだ麦茶だった。菘もそれを受け取り、ごくごく飲み始める。見ていて気持ちのいい飲みっぷりだ。

 燈真も麦茶に口をつけた。香ばしい風味が鼻から抜けていく。ほてった体が冷え、一息つくことができた。


「何はともあれ菘の通過儀礼は突破ね、燈真。彼女、汚いものくらいなら平気だけど、こう……本当の悪意を感じ取ると急に態度が変わるからさ。あんたは違うみたいで、よかった」

「そりゃどうも。その辺は全部柊……様が見抜いていそうだったけど」

「様はやめろ。敬語もいらん。お主はこの家に弟子として住まい、退魔師稼業に精を出すのだろう。家族同然に暮らす仲になる。今のうちから敬語なんぞ使っておったら、それが癖になるぞ」

「そういうもんか? じゃあ柊、今後の俺の活動についてはどんな感じなんだ?」


 柊は懐から手帳を取り出した。ページをめくって目を通し、


「実戦形式で椿姫の付き添い、援護、見て盗む……だな。それ以外では基礎体力の強化のための走り込みやらだが、この辺はここにくる前からしておったろう?」

「走り込みなら毎日十キロやってた」

「よろしい。さっそく明日から椿姫について行動しろ。わからぬことは適当な奴を捕まえて聞いてくれ。椿姫、部屋に案内してやれ」

「はいはい。柊、それ以上飲んだら夜のお酒なしだかんね」

「えっ、なぜだ! 妾から酒を取り上げるのか!」

「いくら九尾でも飲み過ぎはダメです。子供の教育上よろしくありませーん」


 柊が意気消沈する。椿姫は鼻を鳴らしてから「こっち」と燈真を案内した。居間を出て土間に面した通路を進むと階段があり、二階には個室がいくつも並んでいた。

 そのうちの一つに『TOMA』と青い木製のアルファベットで飾られたネームプレートがあり、椿姫は「ここ」とドアを開けた。


「必要なものは一通り揃ってると思う。エアコン、モニター、パソコン、本棚から、タンスに机……」

「そんなに? 充分すぎるくらいだ」

「そ、よかった。荷物とかもう運び込んであるから、片付けたら好きに過ごしてていいよ」


 椿姫はそれだけ言って階段を降りて行った。

 燈真は改めて己の部屋を見る。立派な一国一城である。

 青系の壁紙なのは、燈真が青色が好きだと知っているからだろうか。ひとまず燈真は置いてあった段ボール箱を前に首を回し、一つ一つバラして中身を整頓していった。

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ゴヲスト・パレヱド — 濡れ衣で勘当されたので居候先の妖怪屋敷で最強の退魔師を目指します — 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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