【壱】彼の者は、燈火なり

第1章 妖怪屋敷

第1話 祓葬開始

 宵闇が迫る頃、一人の少女が往来を逆行して歩いていた。

 月白の髪を背中で一つに結わえ、柄物のシャツの上から緋色の羽織を着込み、下はスラックスとショートブーツを履いている。

 顔立ちは女にしては精悍で、目つきは獲物を狙い定める狐のように獰猛であった。

 どう見ても人間離れした気迫。しかし、

 ポケットで携帯エレフォンが鳴り響いた。少女は通話ボタンをタップして耳に当てる。


「目標を捕捉しました、稲尾いなお二等。次の交差点を左に曲がって二〇〇メートル行くと廃ビルがあります。そこの四階です」

「隠すのが上手いわね。ま、都会の魍魎もうりょうなりの生存戦略かしら」


 稲尾と呼ばれた少女は——稲尾椿姫つばきは駆け出した。その途中で頭頂部に狐耳と、腰から小ぶりな五本の尻尾が現れる。いずれも先端は紫色だ。まさに人外の容貌——そして明らかに迷惑な逆走に、誰も文句を言わない。

 彼女は彼らにとって、『居ない存在』——『認知できない存在』なのだ。

 周りを固めた術師が認識阻害の術をかけているため、妖怪だと、存在しているのだと認識できない。せいぜい、重たい風が駆け抜けたように感じる程度である。

 彼女はポーチから式符を一枚抜いて、振った。現れた背負い刀を背負って、駆ける。銃刀法違反待ったなし、だが構わなかった。

 地面を蹴って電柱を駆け上がり、ビルに飛び移る。目標の朽ちたビルを確認した。『負の念』が滞るにはおあつらえ向きである。


 稲尾少女はビルを一つ挟んだマンションのへりを蹴り付け、弾丸のように突っ込んだ。廃ビル四階の窓ガラスを叩き割り、室内に突っ込む。

 打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しで、柱が等間隔に並んでいた。窓から差し込む彩度と明度が落ちつつある太陽に照らされた異形が、そこには一つ。


陰摩羅鬼おんもらきたちの方がまだ可愛げがあるわね」


 鳥の頭に、刃が鱗のように並ぶ翼腕。アスリートのように太い足。目玉はいびつに膨らみ迫り出していて、嘴からは三又の舌が垂れている。黄ばんだ粘液が口からこぼれ、糸を引いていた。


「目標を確認。目算レートは二等級。祓葬ばっそう開始」


 太刀を左肩側から抜いた。素早く接近。抜き身の太刀を抜いて、あり得ぬほどの速度。

 二等魍魎が翼腕を勢いよく薙いだ。妖力を孕んだ突風が巻き起こされ、堆積していた埃と細かい砂利が舞う。肌にあたるそれらがさながら豪雨のように痛みを訴えてくるが、無視。

 下段から擦り上げるように、床を切り分けながら太刀を振り抜いた。逆風に一閃、しかし鳥魍魎は素早く右に跳んで回避した。僅かに翼腕を羽ばたかせていたが、跳躍の助けくらいしかできないだろう。飛ぶにしては、あの翼は細い上に翼膜も羽根も生えていない。


「ドぉしテぼくナんだ「いじメなんてアりません」「できソコないメ!」なんでおレだけ「あいツさえイなけれバ」シんでしマえ!」


 魍魎を形成する負の感情が、嘴から漏れ聞こえてきた。はっきりと音波として、である。


「なんでもかんでも他人のせいにするなッ!」


 椿姫が吼え、円軌道を描きながら左側から疾走。翼腕ごと切り裂かんと太刀を振り下ろした。刃の鱗が阻んでくるが、見れば太刀がかすかに紫色に発光している。

 ジュゥ——と音を立てて鱗が赤熱化し、溶け落ちる。その勢いのまま、椿姫は太刀を振り抜いた。


「いたイよォ「イやだ!」「たすケて!」ぐぅアああっ、シにタクイい!」

「死なないわ、念の持ち主に帰るだけよ」


 秘剣・熔狐ようこ。狐火を刀身に纏わせ、対象を数千気圧・数千度の刃で焼き切る術だ。椿姫のオリジナルで、狐火の扱いが苦手な彼女が編み出した対抗策である。

 踏み込み、裏切上を見舞った。脇腹が深く刻まれて墨汁のような血液が吹き出し、鳥魍魎が苦鳴を漏らす。

 苦し紛れに左翼腕を縦一文字に振り下ろしてくるが、椿姫は右に転がって回避。起き上がりざまに切先を翼の根元に捩じ込んで、ぐるりと手首を捻って切り落とす。


「グゥううるる——おまエなんて、ダいきらイだ」

「私も、弱い奴なんて大っ嫌い。大勢群れて狐一匹仕留められないようなやつは、特に」

「ボくはヨわくナイ!」

「ざーこざーこ、クソ雑魚! 狐にさえ勝てない弱々魍魎さん!」

「ギィィイイイイイイイイアアアアアアアアッ!」


 全ての負の念が怒りに集約された。

 椿姫は突っ込んできた鳥魍魎の喉に刺突を見舞い、語りかける。


「やっと前向きになれたじゃん」

「なニがだ!」

「怒り狂えるくらい前向きになれるのなら、そのエネルギーで努力して、見返してやりなさい」


 今までの煽り方とは違う、優しい口調。

 椿姫は刀を真上に振り上げて、脳天をかち割った。


 ザァー、と魍魎の体が細かい粒子になっていく。赤黒い粒子は徐々に青く染まっていき、穏やかなものとなってった。


「……あリがとウ」

「ええ。……祓葬完了」


 最後にそう言って、魍魎は完全消滅した。

 粒子はさっきまで邪念だったものだ。そして持ち主に向け帰っていく。

 怒りは絶望に勝る。弟が見ていた映画にあった一言だ。

 それは事実だと思う。絶望というのは愚者が導き出す答えだ。怒るほどのエネルギーがあれば、きっと何か打開する努力に繋げられる。

 怒るというと負の感情に思われるが——あのままマイナスの思考が肥大化した末、それが還元されてさらなる犯罪を生むよりはずっといい。当人たちにとっても、社会にとっても。


 椿姫はエレフォンを取り出して補助官に連絡する。


「目標の祓葬を完了。魂の浄化もついでにしておいたわ。報酬に色をつけておいて」

「わかりました。ご苦労様です。……報酬の件については、経理部の方と話しておきます」

「よろしく」


 椿姫は通話を切って、窓から飛び降りた。

 刀を式符に戻し、妖狐の姿から人間に変化し、雑踏に溶けるように消えていく。


 そのとき、隣を白髪の少年が通り過ぎていった。

 目は、青い。

 ハッとした。

 顔立ちは思い詰めているようで、負のエネルギーを感じた。


 まさか——あいつが。


 椿姫は声をかけるかどうか迷ったが、そのうちに彼はいなくなっており、ぽりぽりと頭を掻いてタクシーが来る停留所まで移動した。


 彼とはいずれまた、きっと近いうちに会えることを椿姫は知っている。

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