あやかし・おーゔぁどらゐぶ

夢咲ラヰカ

第1話 川縁の美女

「この先の川を渡るなら気をつけなさい」


 松が生い茂る山裾の宿で酒を飲んでいると、店主の犬妖怪の男がそう言った。柴犬らしい。獣の血が濃く出ているのか、半獣状態である。器用に手を動かして俺の盃に裡辺酒りへんしゅを注ぎ、話を続けた。


「綺麗な女が川向こうへ渡りたいと頼んで来るんだ。橋が壊れているからな。そのまま引き摺り込まれ、身ぐるみ剥がされるんだと」

「古い怪談話か。あいにく間に合っている」

「お侍さん、悪いことは言わん。時には仁義を捨てな」


 俺は立てかけていた太刀に目をやった。師範から授かった一振りである。妖魔を切り裂く霊力があると、俺は聞いていた。


「あいにく俺は侍じゃあない。もっと、実際的な剣士だ」

「……?」


 俺は頭の耳をかいた。丸みを帯びた三角形のそれは、ハクビシンの特徴である。尻尾は二股に裂け、八〇そこそこの俺は順当に妖力を増やしていた。

 危険な魍魎もうりょうを狩り、そこから得られる妖気を吸い込み己の力とする——この世界では一般的な鍛え方だ。

 無論、瞑想やなんかで鍛えるのも手だが、俺にはそういうのは向かなかった。精神統一は『斬るためにする』と思っているからだ。斬らないのにやることはない。ケツが痒くなる。


「あったまってきたな。そろそろ俺は寝る。布団は自分で敷いていいのか」

「大部屋でな。こんなところに敷いたら、いくら帯刀してようと蹴り出すぞ」

「ふん」


 大した肝だ。あれくらいでなければ宿などやれないだろうが。

 俺は大部屋に向かい、布団を敷こうと窓辺に積んであったそれに手を伸ばし、ハッとした。

 向こう、松林の向こうに女がいる。

 真っ白な女だ。着物一枚で、絹のように白い髪。一目見て絶世の美女と知れた。


 俺は戸を開けて足袋で飛び出した。

 冷たい夜風が頬をなぶり、俺は光に誘われる蛾のように女に近づいていく。女がこちらに振り返り、微笑んだ。


「息子が川の向こうに取り残されたのです。おぶっていただけませんか」

「お安いご用だ」


 俺は微笑んで、素早く太刀を抜いた。そのまま女を両断する。


「あっ——ガァ、なぜワかっタ……!」

「こんな辺境には退魔師がいないからと油断したか。俺は現役の退魔師だ。魍魎の匂いくらい、嫌でもわかる」


 ぐにゃり、と女の体が歪み、ザアッと粉になって消えていった。

 おそらくは五等級。戦闘能力はほとんどなく、油断させて不意打ちというのが常套手段だったのだろう。真正面から切られることになるとは夢にも思うまい。


 俺は太刀を一つ振って、鞘に戻した。

 遠く、川向こうにも魍魎の気配がしたが、次第に反応は弱くなり消えていった。二体一対の魍魎に違いない。


 金にもならない魍魎退治をしてしまった。俺は落ちていた赤い妖涙石ようるいせきを拾い上げ、それを指先で弄びながら宿に戻った。

 しかしさっきまで宿だった掘っ立て小屋はそこになく、焼け落ちた廃屋が佇んでいるだけだった。

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あやかし・おーゔぁどらゐぶ 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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