やる事無い一般転生者と要介護ガチ鬱男 (海毛虫)
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転生失敗

 

 

 

        もし漫画の世界に

        生まれていたらと

        考えたことはある?

 

 

 

「頼む、お前だけが頼りなんだ。この修羅場をなんとかしてくれ!」

 

 

 

 

      原作知識やキャラクターの設定を

        生まれたときから

       持ち合わせていたらと

 

 

 

 

「黙れ、すけこましハーレム主人公アクアマリン。自虐風自慢ほどウザい物はないぞ」

 

「待ってくれ、本当に覚えが…」

 

「鈍感属性まで付くとかいよいよお終いだな。その内刺され…いや、実際に刺されかけたからこのザマか。まぁ、命があるだけラッキーだと思って受け入れるんだな」

 

 

 

        この世界の行く末が

        初めから

        手の内にあったのなら

 

 

 

 

 ─────────

 

 ────

 

 ─

 

    

 この物語は二次創作である

 

 

 というか

 

        

 大抵のメジャーな作品には

 二次創作が発生する物である

 

 

 転生(・・)して

 

 救済(・・)して

 

 救われない悲劇は

 出来るだけ無くす(・・・・・・・・)

 

 

 ならば

 

 

 それを実行出来るだけの

 才能や行動力を後付けされるのが

 転生者という物だ

 

 

「本日早朝、アイドルグループB小町所属のアイさんが須田涼介容疑者によって殺害されました。警察は…」

 

「星野アイ!!!えっ、ここ推しの子の世界!?」

 

 

 この二次創作(せかい)

 おいて

 

 

 原作知識は最大の武器だ

 

 

「は?てか、あれ、俺はトラックに轢かれて死んだ筈じゃ。いや、そんな事より、アイが死んでる…。アイの死を防げないオリ主に何の意味があるんだ…」

 

 

 さっきまでアイドルグループ

「B小町」の

 絶対的エースだった人

 

 

 痴情の絡れの末

 16歳で極秘出産し

 案の定何らかの恨みを買って

 ブスっといかれた悲劇のアイドル

 享年20歳

 

 

 ───アイ

 

 

「転生してから四年で転生者意識覚醒とかマジ巫山戯んな。そりゃ、赤ちゃん時代をすっ飛ばしてくれるのはいいサービスだけどさぁ、これは無いだろ、これは。折角漫画の世界に転生出来たのにもうやる事ねぇじゃん。だって俺、人前で話すの苦手だから芸能界なんて夢のまた夢だし、容姿も見た瞬間判るタイプの遺伝的クソデブだし。4歳までスキップサービスなんかつけるくらいなら原作介入できる才能を寄越せよ!」

 

「何だい、突然ぎゃーぎゃー騒ぎ出して。ほら、おやつの焼きそばでも食って落ち着きな」

 

「オカン…、なんで俺ってこの世界に生まれてきたんだろう」

 

「はぁ、突然どうしたんだい。子供は子供らしく、食う寝る遊ぶの三つをこなしていればいいんだよ」

 

 こんな感じで、転生後の家庭はドラえもんのジャイアン家やちびまる子ちゃんのさくら家のようなガサツな感じの家庭環境であり兄が二人、弟が一人いてパーソナルスペースなどという概念は存在しない感じである。しかも教育までガサツなので俺が転生者パゥワァで無双する事など夢のまた夢であった。

 

 …いや、まて。この世界は確か「かぐや様は告らせたい」と世界観を共有していた筈だ、ワンチャンそっちに介入する手も…

 

 いやダメだ…ウチ貧乏だし、白銀御幸のように秀知院に補助金が出るほど高い順位で入学する知力も努力する根気もねぇ。前世はFラン大生だぞ、俺。

 

 はぁ、クソつまんねぇ人生だった。かと言って自殺する程の勇気を持ち合わせている訳でも無いので前世のリピート、コピペ人生かぁ。スマホやゲームが無いのがキツいな。妄想で欲求を満たそうにも今自分がその転生者になって上手くやれてないから考えるだけ惨めな気持ちになるだけだし。

 

 せめて高校だけはアクアやルビー、重曹などといった原作キャラがいる高校に行きたいなぁ。偏差値も43くらいだったし、まだ何とかなる範疇だろ。

 

 まぁ、原作キャラの精神状態に介入できる程、自分が人間的に優れているとは思えんから、もっぱら原作キャラ鑑賞が目的だな。

 

 …いや、待てよ。ここは転生者補正が働いてどちらかの原作キャラと同小や同中になる可能性たっt

 

 

 

 

 ───などと期待している内に

 

 12年の時が過ぎた

 

 

 

 そしてその間

 

 特に何も無かった…

 

 

 

 

「チート特典、原作ヒロイン、勝手に上昇するコミュ力…あばばばば!まじで何もねぇじゃん、ふざけんな」

 

 なんとか補欠合格でアクアとルビーのいる陽東高校一般科に滑り込んだ俺は俺らしく"ある一つの事"を除いて何も成せていなかった。

 

「またいつものうわ言か?お前も妄想ばっかりしてないで地に足をつけて人間関係築いたらどうだ。ウチの高校にはラノベのヒロインばりの美少女だってたくさんいるんだし」

 

「黙れ、自称インキャのイケメンコミュ強男アクアマリン。芸能科に突撃するのには一定以上の容姿とコミュ力が必要なんだよ。俺が行ったら即ストーカー扱いされて良くて職員室、下手すると警察署だ」 

 

 星野愛久愛海、彼は原作において陽東高校の一般科に通っており唯一何の才もなくても接触可能だったのだ。彼は中身だけは比較的陰の者だったので話もそこそこ合い何やかんやよっ友くらいの関係性は築けた筈だ。…出来ればヒロインが良かったなぁ。

 

「じゃあ、俺が一緒についていってやろうか?妹がいるから不自然にはならないだろ。毎日話相手してくれてる義理くらいは返したい」

 

「何でお前はそんなに自己評価低いんだよ。客観的に考えろ?女の子の前で俺とお前が並びだったら俺は死ぬ。低身長、肥満体型、ニキビ面の男が金髪碧眼高身長のデラックスイケメンと比べられたら耐えられん」

 

「でもお前には何やかんや優しいとこあるし、内弁慶という条件付きだけど話もしっかり面白いからいい線いくと思うけどなぁ」

 

 …よりにもよってコイツに優しいと言われるとか何の冗談だ。さりなちゃんに死の寸前まで寄り添ったり、自殺未遂の黒川あかねを救ったりするレベルの事をしないとこの作品においては優しい判定貰えないというのに。

 

「内弁慶なのは認めるが、優しくなんか無いね。俺の優しさっぽく見える物には常に打算が含まれている。所詮は善意の押し売り、利己的なのさ」

 

「それは誰でもそうだろう。でも、お前はそれを隠そうとしないから、やっぱり優しいんだよ。わざとらしい善行をした後に"俺、優しいでしょ?"って圧力をかけてくる人間より100倍マシだ」

 

 …俺がやろうとしてた事をこれ以上先回りしないで欲しい。正味、原作知ってるだけの転生者がヒロインを堕とす方法は発生日時がはっきりしているイベントに先回りして、ドヤ顔で主人公のセリフを読み上げる、またはそれに準ずる事をするしかないのだ。

 

 分かりやすい例で言うと、アイの刺殺、有馬かなの驕りの除去、黒川あかねの自殺未遂、…ルビーに関してだけはどう足掻いても介入出来ないのはお約束である。

 

 まぁ、俺は芸能人でもなんでも無い一般クソデブなので全て意味の無い想定ではあったがな。

 

「男相手にそれをやる意味無いからな。もし女の子相手だったり意中の子の視線が向いていたら俺もニチャニチャとした笑みを伴いながら優しいデブアピールするんだがなぁ。でも、デブってだけでmaxマスコットキャラなのはマジでどうかと思う」

 

「じゃあ、痩せたらいいじゃないか。運動習慣をつけるくらいなら手伝うぞ?」

 

「いやはや、俺がダイエットを試みなかったと思うか?ポテチやダッツ食いながら痩せたいとかほざいてるクソ共と違って運動方面からも絶食方面からもアプローチを試みたさ。結果は痩せるよりも先に日常生活に支障をきたしただけだったのさ。具体的に言うと頭が回らなくなったり気持ち悪くなったり…、まぁ兎に角、俺は魂からデブだったってことさ」

 

 因みに前世もクソデブだったので強ち間違いでは無いかもしれない。

 

「成る程、体質なんだな。済まない、無粋な事を聞いた」

 

 アクアは割と本気で申し訳なさそうにそう頭を下げた。前世が医者な上さりなちゃんの事もあって割とセンシティブだったかぁ。

 

「いやいや、構わんよ。男子と話す分には然程影響は無いしな。だが、そうだな、どうしても謝罪したいと言うならミラノ風ドリアで手を打たない事もないぞ。ほら、俺はデブだからな」

 

 

 

 

「───やっぱり、お前は優しいな」

 

「奢らせるのにか?」

 

「驕りが無いからさ」

 

 

 

 かくして、俺の転生者ライフは原作主人公を鑑賞できるポジを獲得してまぁ及第点くらいにはなったのだ。

 

 



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今日は辛口で

 

「───という訳でリスペクトの無い実写化はクソ!原作レイプ!滅びろ、大根役者共!」

 

「キレ散らかしてるなぁ、お前。だったら見なきゃいいのに」

 

 そんな掛け合いを取っ掛かりとして今日も今日とてアクアマリンと他愛のない無駄話が幕を開けた。

 

 話題は入学ちょい前に起こった原作イベント、『今日あま』の最終回周りの一件についてだ。最初は原作に沿ってアクアを立てて、最終回だけは良かったからまぁ…、みたいな事を言おうとしていたが古のオタクの血が騒ぎ思わずボロカスに言ってしまった。正直言って16年もこの世界で特に何も起こさず生きてるとこの世界が漫画の世界であるという認識が薄れてしまうものだ。

 

 閑話休題、推しの子において高校時代から原作介入がキツい理由の一つにこの今日あま編の絶妙な時系列と役割がある。そもそも、今日あまの撮影、放送自体がギリギリ高校入学前であり、この章の役割が二大ヒロインの片割れの恋愛のスタートとしての役割があるので、俺がアクアと接点を持つ前にメインヒロインの片方の好感度は割と行くところまで行っちゃってるので転生者的に大変旨みがないのだ。

 

「はぁはぁ、…いやいや、アンチ程熱心なファンはいないぜ。よく言うだろ、好きの反対は無関心って。嫌なものを態々律儀に毎週見て、必死に粗を探して、それを頑張って文章化して、ネットを通して全世界に公開する。これはもう一種のツンデレか何かだろ。俺はそこまででは無いがなんやかんやダチに対して騒ぎ立てちゃう位には怒りに囚われて毎週追ってたし」

 

「まぁ、それは言えてるな。反転アンチって言葉もある位だからファンとアンチの境界線なんて案外曖昧なものなのかもな。…でも、このヒロイン役はまだマシじゃないか?少なくとも大根では無いと思うが」

 

 アクアが主人公らしく原作ヒロインにそうフォローを入れた。

 

 そう、件のヒロインの名前は有馬かな

 

 毒舌かつツンデレ、しかし心を許した人間にはかなりチョロい、といったいにしえのオタクが好きそうな合法ロリっ子ヒロインだ。

 

 有馬かなについて前世で推しの子を読んだ際に抱いた印象は、ギャグ調で誤魔化されてはいるものの多分素で性格が悪い人物という事と、サバサバしている様に見えて本質は感情的という事だったか。

 

「んー?有馬かな…ああ、ピーマン体操の!小学校の給食の時間に無駄によく流れてた!懐かしい〜」

 

 流石に生粋の二次元オタクの俺が有馬かなを細かく知っているのは不自然なので、ピーマン体操の人、とすっとぼけておく。

 

「いや、まぁ小学生はドラマとか見ないから知らないのは仕方ないが、コイツは本来役者なんだ、それもかなり一流の。…一応、認識しといてくれ。あとこの人うちの高校にいるぞ」

 

「…マジか。いや、だからなんだって話でもあるが。どうせ俺らは接触する機会無いだろうし、それ言い出したらあの不知火フリルだって名目上は同じ学校だからなぁ」

 

 そう言うとアクアは少し気まずそうに目を逸らした。

 

「いやぁ、その、妹が芸能科でさ。ちょっと面倒見てたら不知火フリルとも一応接点が出来たんだ。というか今日あま最終回の一件でなんか認知されてた」

 

 あー、そういえばそんなイベントもあったな。不知火フリル、寿みなみ初接触イベント。これも無能力の俺にはなんの旨味もないイベントだ。

 

 芸能系の能力で何か一芸に秀でていれば大体認知してくれるフリルさんと心優しいエセ関西弁Gカップことみなみさんは死亡直前に見た原作125話時系列において特にアクアの毒牙にかかっている様子も、他に男がいる様子もなかったため転生者的には大変おいしいキャラクターになっているのだが…、やはり最終的にはコミュ力などの基礎スペック不足という推しの子転生界隈(俺以外いるのかは知らん)においてぶち当たる最大の難関を超えることが出来ないのでどうしようも無いのだ。前世で言えば、橋本環奈を真っさらな人間関係から口説き落とせと言っている様なものである。それが出来たらそもそも漫画の世界に転生する必要なんかない。

 

「えぇ、そんな事ある?酷い格差社会だ。俺はこの二、三年はおかんとコンビニ店員以外の女性と話した事ないのに…」

 

「それはそれである意味凄いけどな。…本当に芸能科連れていこうか?マジでこのままだとお前、魔法使い(30歳以上童貞の蔑称)路線一直線だぞ」

 

 いや、前世も含めたらアラフォーなので既に大魔導士なんだよなぁ。恋愛とかもはや御伽噺である。

 

「いや、無理に精神削りながら婚活するくらいなら俺はこの孤独と共に生きるぜ。話を戻すとさ、その有馬かなって実際のところどんな人なんだ?」

 

 俺は今日のメイン目的である初期アクアの有馬かな評を回収すべく話を戻した。この男は兎に角、身内に甘いので有馬がB小町加入後だとあまり正確な評価が…いや、そうでもないか。まぁ、兎に角折角原作主人公が原作メインヒロインを語ってくれる事自体大変興味深い事ではあるからどのみち聞きたい事には変わりはない。

 

「一般人のお前的には意外かもしれないが芸能界には精神的防御力が低い人が多い。完全実力主義の血も涙もない厳しい世界だからな、色々擦り減り易いんだ。有馬もその例に漏れず言い方は悪いが、一度没落してかなり色々ダメージが入ったせいか、生き残る為の術かは知る由も無いが…かなり共感力が強くて押しに弱い。正直、ホストとかに沼らないか心配になるレベルだ」

 

「へー、それだけ聞くと俺でも友達になれそうな感じはするけど…、なんやかんや一線は引いてるんだろ?そんな鴨が葱背負ったような上手い話は無いだろう」

 

「どうだろうな。…まぁ、一度多くの人に見限られ、離れられていく経験をしているせいで疑心暗鬼というか人間不信な一面はあるか。でも一度信用されてしまえばそれはなんとでもなるぞ」

 

「簡単に言いやがって、0を1にする事ほど難しいものはないぞ」

 

「それは違いない。…有馬と言えば、今日の放課後会いに行く用事があるんだが、お前も来るか?こっちの話が終わった後に妹と一緒に紹介するぞ」

 

 …これは、…確かB小町勧誘イベントか。ルビーのアイドルとしての第一歩であり、アクアが有馬をごり押しで口説き落とすギャグシーンもあった筈だ。…介入するか?どうせルビーは俺にあった所で精神的に変化しようがないし、有馬もこの地点でアクアに対してかなりの好感度があるから…いや、ダメだ。万が一俺の醜さやキモさが原因で有馬の勧誘が失敗したら一発で特に意味もなく原作ルートが崩壊する。

 

 あのシーンはアクアとルビーとか言う最強アイドルの遺伝子を継いだ二人だからこそ奇跡的に勧誘が成功したのであって、勧誘側にエロ同人の顔無し浅黒色竿役レベルの俺がいた瞬間にその確率はカクンと下がってしまう。

 

「辞めておく、いきなり芸能人はハードル高すぎ。こちとら女性耐性0だぞ」

 

「ワガママだなぁ、その辺が彼女出来ない理由じゃないのか」

 

「分をわきまえてるといってくれ。おっ、やっと列が進みきった、辛口カレーライス大盛りお願いします」

 

「ん?お前辛いのは苦手だったろ」

 

「…今日は辛口な気分だったのさ」

 

 原作に介入する最後の勇気が出ない俺自身を戒める様に、辛口カレーライスをかき込んだ。

 

 ああ、無能転生者ライフは(つら)いよ。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 余談 個人的オリ主介入難易度について

 

 推しの子という作品は二次創作においてオリ主と原作ヒロインをくっつける難易度がクッソ高い印象があるのでその感覚を共有しときます。

 

 以下難易度順

 

 ルビー(100%不可能、来世に期待もできない)>アイ(原作に忠実版)>(星野家の壁)>黒川あかね(根が善良かつある程度の知能が必須、下心はすぐ見抜かれる)>MEMちょ(ちょっとメンタル強すぎる)>不知火フリル(キャラの根が全然見えない)=寿みなみ(前と同様)>斎藤ミヤコ(125話で存外に一途な事が判明、でも脆弱性はある)>有馬かな(スキャンダル編や偽ピヨエンとの様子を見ると唯一なんとかなりそう)>(越えられない壁)>アイ(原作設定度外視版)

 

 アイに関しては真面目にエミュレートするか、雑にデレさせるかでもはや別キャラなので二つに分けました。

 

 

 



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今からガチで…やっぱ明日でいいや

 

 今ガチ編。

 

 推しの子という作品における黒川あかねという人物の導入編であり、今日あま編とはある意味対となる話であった。

 

 この編は読者として読む分には非常に面白く、現代社会においてタメになる教訓を教えてくれる非常に質の高いストーリーなのだが、転生者として関わるとするとその評価は一気に反転する。

 

 

 "絶対に触ってはいけない"

 

 

 これが当事者になった自分の総評である。…というのもこの編に関して言えば原作の流れが最良であり、下手に我欲に任せて介入すると、よくて黒川あかね覚醒失敗、その後に続くアイ殺人事件解決フラグが全部折れてアクアは黒幕の正体を誤解しカミキが元気に暴れ回りその末にワンチャン、ルビーが死ぬ。悪いと自殺阻止失敗でもう目も当てられない状態になる。

 

 よって、俺に出来ることは今ガチを見ない事しかないのだ。

 

 アクアは自分の出演してる作品を宣伝するようなタイプじゃないし(そもそも自分が出てる恋愛リアリティショーを進んでダチに見せようとする奴がこの世にいるのかは謎)、俺は二次元オタクなので知らなくても違和感はない。流行にも乗らないタイプなので黒川あかねの炎上も知らぬ存ぜぬでやり過ごしても違和感は無いしな。

 

 …しかし本当にやる事ないな、推しの子転生。今んとこ生で見たことある原作キャラがアクアしかいない辺りマジでどうしようもない。かと言って下手にヒロインに触るとバッドエンドルート開きそうだし。

 

 という訳で今日も今日とてアクアとつるむ。

 

「カラオケとか久々に来たな」

 

「だろう?…まぁ、俺はコテコテのアニソンしか入れねぇから、曲選は気にする必要ナッシング」

 

「ん、じゃあ、何となく入れとくぞ」

 

 …どれどれ、コイツの曲選は「Lemon」、「紅蓮の弓矢」、「フォニィ」、「gone angels」…うっへぇ、アイへの未練と復讐の意思でいっぱいだぁ。

 

「夢ならばどれほど良かったでしょう。未だに貴女のことを夢に見る」

 

 …重っ!マジで早く病院行けよこいつ。

 

「獲物を殺すのは凶器(どうぐ)でも技術でもない。研ぎ澄まされたお前自身の殺意だ」

 

 何で紅蓮の弓矢で2番に感情籠るんだよ。その作品の主人公も復讐辞めたがってた事忘れてない?

 

「愛のように、消える、消える」

 

 …この歌はどっちかというと今は亡きアイの内心に想いを馳せて歌ってるな。それでも重過ぎる事に変わりは無いが。

 

「For you, angels have fallen

 あなたのために 天使達は堕落していく

 Now they're gone

 どこにもいない

 See? Now they're gone

 ほら どこにもいない

 Forever gone

 もうどこにもいない」

 

 …最早、何もいうまい。

 

 流石にゴロー時代に流行った曲は自重してるみたいだが、まぁ誤差だな。ルビーとかミヤコさんが聞いたら卒倒するだろ、これ。

 

「───あぁ、スッキリした。久しぶりにくると良いもんだな、カラオケって」

 

「ソウッスネ」

 

「にしてもお前の曲選終わってるな。プリキュアとかニャル子さんとか、…女の子の前でそんなんやったら死ぬ程引かれてるから気をつけろよ」

 

 ───オメーの曲選が重過ぎるんだよ!一般通過転生者の気持ち考えろよ!

 

 言いたくても言えない文句を心の中で押し殺しながら努めて道化のフリをする。

 

「分かったよ、イケメンの言う事は聞いとくぜ。という訳で次の曲は、…「ピーマン体操」…ごめんなちゃい」

 

 その後、アクアは二時間に渡り、アイへの未練とカミキ某への憎しみと誰も救えなかった自分への後悔を煮詰めたような曲を歌い続けて、俺の胃と腹筋が死んだ。

 

 余談だが、最後は古さとか俺への気遣いをかなぐり捨てて、B小町楽曲「STAR⭐︎T⭐︎RAIN」、「HEART 's♡KISS」、「サインはB」の三連発で締めたあたりコイツは骨の髄まで星野アイとさりなちゃんに囚われてるなと感じた。

 

 おいたわしや。

 

 

 ▲

 

 

「よう、晴れて彼女持ち男になったアクアマリン。まぁ、色々センシティブな部分もあるだろうから弄りにくいが…、とりあえず今となっては使い古されたこの言葉を送ろう。リア充爆発しろ。なんか全体的にキラキラしすぎなんだよあの番組。出演者が同年代とか信じられんわ」

 

「本当に使い古された言葉だな。10年前のセンスだろ、それ」

 

 あれから二ヶ月ちょい、今ガチ最終回が放送されて、アクアと黒川あかねがくっついた事を俺は諸々の地雷を避けつつなんとか揶揄う事にした。問題の回を見た感じ、黒川さんは無事イタコ芸をやっていたので恐らく原作通り覚醒に成功した筈だ。

 

「オタクなんてカビ臭い生き物なのさ。それより、例の炎上の件はもう大丈夫なのか?白馬の王子様に助けられたとはいえ、傷跡は消えないものだろう?」

 

 無干渉とは言っても、この通り番組終了後の雑談で自殺未遂やら動画作成やらの粗方の事情は知ってはいるのだ。なんか知らんが結構信用されてるようで何よりである。…なんでこれがヒロインの好感度じゃないんだろ。

 

「…俺から見たら少なくとも大丈夫に見える。撮影に復帰した回からかな。本当に人が変わったかのように色々上手く出来るようになってな」

 

 黒川あかね、推しの子史上最強ヒロインの能力は伊達では無いという事だな。この地点で前世医者のアクアのスペックを軽々と超えるとか本当に意味がわからない。

 

 心理学に裏打ちされた並外れた洞察力と偏差値70オーバー(前世Fラン大生的には頭の良さをそう評することしか出来ない、頭悪いな、俺)の頭の回転の速さ、派手さや煌びやかさこそ無いものの、玲瓏で清楚な容姿。そしてその才に決して驕らない謙虚な精神。

 

 …前世では色々なヒロインとの逢引を妄想してきた俺だったが黒川あかねをどうこうしてやるぜ!的なのはどうにも無理だったことを薄らと覚えている。

 

 まぁ、原作知識フル動員して死ぬ程頑張り、運が全て俺の方に向いたとしても覚醒失敗して病んだ黒川あかねとの傷の舐め合いが関の山である。無論、バッドエンド一直線だ。

 

「まぁ、カレピッピなんだからその辺はしっかり見てやれよ。…因みに今更だけど流石にビジネスカップルじゃないよな」

 

「…どうだろうな」

 

「はっきりしない男だなぁ!女にモテな…、いや、辞めとこう。お前を煽っても俺の心のHPばっかり減ってくだけだし。どうかビジネスであってくれとだけ」

 

 …ええっと、実際はどうだったっけ。確か原作では"黒川あかねは使える"とか何様気取りの事を思って交際開始したものの文字通りあまりにも"使え過ぎて"使用者のアクアの手に負えなくなったから別れた、的な感じだったよな。こう考えるとこの男も大概情けないことやってんなぁ。

 

「んで、MEMちょもちゃっかり仮称新生B小町に引き抜いてるし、お前今回ばっかりはマジでやりたい放題やったな」

 

「…言われてみれば、確かにMEMちょもある意味口説き落とした形になるのか」

 

 MEMちょ、本名不詳年齢不詳(笑)のyoutuberだ。しかし、推しの子ワールドではみやえもんと並び二大聖人だと個人的には思う程人間的に出来た女性であり、原作125話時点では男の影もなくアクアに気がある訳でも無かったので転生者的には大変オイシイキャラクターである。

 

 …しかし、当たり前だがアイドルに手を出した人間が手を出されたアイドル共々基本酷い目に合うのが推しの子世界の厳しさであり、俺の矮小な性欲でB小町に変なリスクを発生させるのは原作ストーリーライン上かなりマズイ。スキャンダル編みたいになるのは御免である。…というか会えさえすればMEMちょ堕とせるって前提がまず驕りすぎな気がするな。

 

 閑話休題、兎に角アイドルに男が出来たらファンはキレるのだ。俺も前世は推しのvチューバーによく裏切られ、血涙を流したものである。消えたvのエンゲージリングが届いた時は発狂しそうになったね。

 

「そうだぞ、よく悔い改めろ。…俺にとっては画面の向こう側の人はお前にとっては友達というか、普通の人間関係の延長線上にあるのはなんか不思議な感じだな」

 

「別にお前も一歩踏み出せればこっち側に来れるのに。…まぁ、踏み込んだからって別に良い事が起こるとは限らないのが何ともいえないところだがな。寧ろ踏み込まない方が後から考えてみたら良かったと思うこともあるだろうし」

 

「違いない」

 

 という訳で俺の原作介入は今日も今日とて棚上げにされ、明日へと回されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ライブに参加する一般人

 

 うだつの上がらない転生者ライフを送っていた俺にも遂に、原作ヒロインを生で観れる機会がやってきた。

 

 ファーストライブ編。

 

 醜く過酷な芸能界を地でいく推しの子の中では珍しく終始明るい王道アイドル物のお話で、内容としては女の子達がわちゃわちゃしながらキラキラする的な感じだったと思う。で、章の締めとして初ライブやって成功して良かったね、的な終わり方だったので前回の今ガチ編とは違い圧倒的に平和である。

 

 まぁ、彼女らのキラキラに圧倒された末に心が折れてアイドル辞めちゃう人の話を一話かけてさらっと描いちゃう辺り闇もしっかりと健在ではあるのだが、主人公陣営が見える部分にはこれといった地雷ポイントは存在しない。

 

 章の役割としては、有馬かな掘り下げ第二弾兼MEMちょ恒常キャラ入り、…興味深い事にこの章にルビーのモノローグは何故か殆ど存在せず(アイドルをやる理由云々も一人だけ言葉に出して読者に提示してる)、それ故に読者にもアイを彷彿とさせる心の底からキラキラとしているように魅せている印象を与えていた筈だ。

 

 ルビーの掘り下げは中身の天童寺さりなが出てきてからが本番であり、この段階では悲劇にこそあったものの何だかんだで立ち直った天真爛漫な女の子って感じだった筈である。

 

 そう、このルビーというキャラクターは中々に難解な存在であり、上っ面のギャグキャラと話す事はどんな人間でも容易であるが、その隠された心中に踏み込めるのはこの世で雨宮吾郎、ただ1人だけである。…恐らくアイですら難しいと俺は個人的に思っている。兎に角、心理的障壁が硬過ぎるのだ。

 

 まぁ、そんな子相手に俺如きがどうこうできる筈も無いので黒川あかねと同様妄想すらした事無かった気がするな。…改めて推しの子ヒロインの攻略難度狂ってません?これやっぱ、原作キャラの血縁者に生まれるとか幼少期から一緒とかじゃないと一般人には無理だって!

 

 という訳で今回も俺はなーんもしない、というか出来ない。ライブでサイリウム振って終わりである。因みに色は黄色、MEMちょ推しということにしてある。まぁ、打算抜きにしても普通に視聴者だし、漫画のキャラとしてしか知らない残りの二人よりは健全に応援できるというものだ。

 

 という訳でライブ当日までは予定通り何も起こさずにやってきたのである。

 

 ただまぁ、俺にしては珍しく予定外の出来事も起こらなかった訳ではない。

 

「関係者として後ろから観るわけじゃなく、態々人口密度の高い客席に来るなんて君も物好きだねぇ」

 

「そう言うお前こそ、アイドルに興味あったのは意外だな。てっきり二次元専門かと思ってた」

 

 アクアとバッタリ出会ってしまったのだ。…ほんとにそういうイベントするなら俺のヒロインを早く出してくれ。

 

「…広く浅くの雑食性なんだよ、少しラノベや漫画にこそ寄ってるが基本的には何でもそれなりの典型的なにわかオタクだぞ?」

 

 …嘘である。実際のところは流石の俺だってもうそろそろ原作キャラを生で拝みたかったのだ。ライブだったら向こうに認知されずに合法的に原作名シーンを見る事が出来るので嬉々としてやってきた次第である。

 

 無論、アクアが客席からオタ芸打つのも承知していたが、…これだけの人が入ればまぁ見つかる事はないだろうと客席の後方に陣取っていたら不運な事にあっさり遭遇。その後なんやかんやで、最前列まで引きづられて来てしまったのだ。

 

「まぁ、そう言う事にしておこう、ファンが増えるに越した事はないからな。…サイリウム、黄色なんだな、少し意外だ。お前は逆張り厨というか、後方理解者面するタイプだから一番人気なMEMちょの黄色にはしないかと思ってた」

 

 ぐっ、コイツ、痛い所ついてくるな。…原作知識持ってるという前提を加えると俺の行為は正しく逆張りなんだよなぁ。これと言った理由もなくメインヒロインキャラを敢えて選択せず、サブキャラ好きって言ってみて俺はお前ら一般読者とは違うと悦に浸る典型的な臭いオタクムーブである。無論、ちゃんと理由を持ってサブキャラが好きって言えるしっかりしたオタクとは雲泥の差である。

 

「んぁ、そう言うお前は箱推し気取りか?」

 

「まぁ、身内だしな。特定の誰かにして無駄に優劣を付けてギスらせる意味も無いんだ」

 

「ぐぎぎ、それ俺がやりたいムーブ!他のファンに対して無意識でアイドルを人間関係の上において語る、これ以上のカタルシスはないだろ!」

 

「あー、…君らにとってはステージ上の遠い存在だけど俺にとっては日常の延長線でしか無い、羨ましいだろ、的なマウントか。…お前、相変わらずそういうの好きだよな」

 

「…俺は特別な女にモテたいというわけじゃなくて、特別な女にモテてる自分を周りに自慢したい、って欲求が強いタイプのオタクだからな。こればっかりは性癖だからどうしようもない」

 

 まぁ、前世でも好感度管理がシビアである真面目なラブコメより、なろう系のチートハーレム無双モノが好きだった辺りこれは間違いないだろうな。ざまぁ展開だとか、俺またなんかやっちゃいました?展開とかも大好きだったなぁ。

 

「それはどんな奴でも多少は有るだろ。芸能界のお偉いさんにも似たような行動原理の人なんて普通にいるしな。まぁ、大事なのはバランスだ」

 

 おっと、醜い自己顕示欲が殆ど無いアクアマリンがなんか言ってますね。…やっぱラブコメ世界に転生する際の転生特典として最も必要なのはこの系列の欲望の抑制、または除去だよな。こと推しの子世界では、芸能人やってるヒロイン達は大変察しが良いのでこの辺の欲望はすぐ透かされるだろう。

 

「やっぱ、枕営業だとか言って高い金払ったりしてでも皆の人気者を一時だけでも自分だけのものにしたくなるものなのかねぇ。…おっと、そろそろ始まるみたいだ」

 

 客席の喧騒が小さくなっていき、視線が自然とステージに向かう。

 

 いよいよ原作ヒロインと初対面。心なしか少しワクワクしてきた。

 

 えーっと、一曲目は確か「STAR⭐︎T⭐︎RAIN」だな。「星の列車」とも「雨の始まり」とも読めるこの曲は星野アイと雨宮吾郎の二人の存在を暗示しているものである。多分、あの二人、原作で提示されてないだけでまだ何があるだろ、と俺は個人的に考えているが、五反田監督の家からビデオレターを盗み出すほど倫理観が終わっているわけでも無いので俺がこの問いの答えを知る事はない。

 

 …あのビデオレター、ルビーには「ルビーへ」って書いてあるのに対しアクアには「お兄ちゃんへ」と名前を書いていない辺り、星野アイはアクアの正体が吾郎だと気付いていたのでは?と原作読んだ時に思ったのだがこの世界で推しの子の原作が更新される事は当然無いのでやはり俺にはどうしようもない。

 

 まぁ、考察ばっかりして一生に一度しかない原作名シーン見逃すのものもアホくさいので表情とかその時のキャラのモノローグとか頭に浮かべながら観るとs

 

 ────────

 

 ────

 

 ─

 

 

 …実物原作ヒロイン可愛すぎて、なーんも考えられなかった。超顔小さいし、目大きいし、何アレ?本当に俺と同じ種の生き物?てか、アクアはあんなのが常に至近距離にいてよく無事でいられるな。いや、本当に今まで下手に会わなくて正解だった。こりゃ、会っても多分会話成立しないわ。

 

「ほら、三次元アイドルも良いものだろう?」

 

「よりにもよって、初めて推したくなった三次元アイドルがダチの妹やダチの友達とか気まずいなんてレベルじゃねぇぞ。どうしてくれるんだ」

 

「まぁお前、その辺の線引きはしっかりしてるから大丈夫だろ。多分、プライベートでアイツらと会うことも無いだろうし、どうぞ好きに推してくれ。推しのいる人生は良いものだぞ」

 

 …なんかもう、色々諦めて転生者としての自認を捨てて一般人として健全に生きた方がいい気がしてきた。あの子達に欲望抜きで寄り添うとか女性耐性0の俺には不可能すぎて詰んでいるのだ。

 

 やはり、今回も俺は無力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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客席に座り続ける男

 

 

 

「最近しけたツラしてる事が多いな、アクアマリン。彼女に愛想尽かされでもしたか?」

 

「あかねとはそもそもビジネスだから愛想もクソも無い。…少し、役者業の方で演技に詰まっていてな」

 

「あ〜、東ブレの2.5次元ね。刀鬼役だったっけ。ダチが漫画キャラ演じるって何回聞いてもなんか変な感じがするな。感覚的にその事実を理解できん。んで、何に詰まってるんだ?ど素人の俺に言った所で意味なんて無いのだろうが昼食の時間を潰す話の種ぐらいにはなるだろうからいってみろよ」

 

 2.5次元舞台編、原作において他の章と比べてもそれなりの長編となっているこの章は、有馬かな、黒川あかねという二大ヒロインを対比させながら掘り下げていく事を主軸として、クリエイターという職業についての興味深い小噺を挟みつつ、最後の最後にアクアの複雑な内心が描かれて締められる非常に濃密なお話である。

 

 無論、例の如く役者でも何でも無い俺には関わる手段は存在しないためいつも通りアクアの話からほんのりと原作進行具合を確認するのが関の山である。…流石に原作の名シーンが大量にある第一回目の公演は速攻で予約したがな。

 

「なんというか、演技に感情を乗せることに難航していてな。これまでは小規模な出演が多かったからそれでも浮く事は無かったんだが、…今回は周りが一流の人間ばっかでな。才能の無い二流のハッタリではどうしようもなくなってきて困ってるんだ」

 

 あー、あったなそんなエピソード。演技を楽しもうとすると雨宮吾郎の亡霊が何処からともなく湧いてきて、SAN値直葬レベルの危険な一枚絵である星野アイの死に顔を貼っていく的な感じだったっけ。

 

 彼は自責の念に駆られすぎて、幸福になろうとする自分の意思すら許せないのだ。

 

「感情、感情ねぇ。俺は小学校の学芸会でも木役とか大量にいる衛兵役とかいうそもそも意思が希薄な役しかしかやった事ないから当たり前のように何も言えんなぁ。まぁ、妄想の中ではいつも主人公役だがな!」

 

 まぁ、例の如く俺に出来ることは何もない。奴も事件にも芸能界にも関係ない俺相手に過去の秘密を明かす事は無いだろうし、ここは推理チート持ちの超高スペ彼女の黒川あかねがめっちゃいい感じに何とかしてたと思うので原作ルートに丸投げでいいだろうな。

 

 しっかし、改めて考えると黒川あかねは推しの子ヒロインの中でも特異的な存在だな。他のヒロインがアクア"が"救う女の子なのに対し、黒川あかねはアクア"を"救う女の子なのだ。ほんと、なんの覚悟も無い転生者が軽々しく手を出していい存在じゃない。

 

 まぁ、アクアに救われた女の子もアクアがあまりにもスパダリすぎて男性観が捻じ曲がっちゃって、転生者にどうこうすることが難しくなるから結局意味なんてないんだけどな。

 

「ははっ、相変わらずのしょうもなさで何よりだ。でも、妄想の中で主人公やるのはそれはそれで才能要るだろ?少なくとも俺は出来ないぞ」

 

「まぁ、これは馬鹿にしか出来ないからしょうがない。本来、才能や力と特殊な精神性はセットなんだ。一般人的視点からすればイケメン、美少女に生まれたり、天才的な才能があったらそれだけで何やっても人生が幸せだと考えるけど、実際は違う。力を持つものの苦悩、社会に対する責任の重さ、どうやっても普通の人とは違うという孤独、…他にも沢山あるが一般的に何かしらの能力や財産を持っている人間の苦悩は無能な人間のソレとは比べ物にはならない。その事実を度外視して一般人の精神性のまま力だけ手に入れるという傲慢さと浅はかさが楽しく妄想するには必須の技能だからな」

 

「興味深い話だな。でもなんで無能を自称するお前が持ってる側の苦悩を知ってる風に語ってるんだ?」

 

「まぁ、漫画とかではよくある話だからな。ある程度しっかりした漫画の中の最強キャラってずっと楽しそうに雑魚相手に無双してる奴は少ないだろ。大体、退屈そうにしてたり、強すぎて孤独を抱えていたり、強さ故に仲間に先立たれ続けたり…どんな事もメリットとデメリットは抱き合わせだからなんとなく想像つくだろ」

 

 嘘である。俺は本来、天地がひっくり返ってもこんな事を漫画から学べるような人間ではない。では、何故分かったかというと他ならぬ俺自身がチート能力の重さを実感しているからだ。

 

 

 "原作知識"

 

 

 それは、この凡骨にはあまりにも重すぎる力だった。

 

 自分の力では、絶対に聞くことが出来ないであろう人物の秘密を全て知ってる事の申し訳なさ。自分が何もしない事で幸福になる人と不幸になる人が発生することについての悩み。人を漫画のキャラクターだと思う事への気持ち悪さ。etc…

 

 極論を言ってしまえば、こと推しの子においてこの力を持った時にすべき事は一つだけで、星野アイの死を防ぎそもそも物語を始めないこと、それに失敗したなら理屈も順番も何もかも無視してとっととカミキヒカルを殺して強制的に物語を終わらせる事の二つだけだ(まぁ、カミキヒカルが全ての黒幕というのはミスリード説もあるが…確か作中には壱護社長がその可能性を示唆する描写が存在した。カミキについて確定しているのは双子の父親という事と片寄ゆらを殺害した事だけである)。それだけが善良なキャラの人生を冒涜しない方法である。

 

 しかし、アイは死んでしまい、人を殺す勇気も、知識で知っているだけの相手にそこまでして尽くす善良さも無い俺は、浅ましくも主人公に近づき、いつか罪悪感の無い形でそのおこぼれに与れる機会がないかとハイエナのように待っている。無論、未来を変える勇気も無いので常に受動的のままだ。

 

「あー、確かにそれはそうだな。飛び抜けてるっていう事はメリットばっかじゃ無いってことは俺も分かる。結局、力だけあってもそれを楽しむような精神を持ったままじゃ生きていけないからな」

 

 あー、有馬かなとか星野アイのことを思い浮かべてるのか…。

 

 確かに彼女らは飛び抜けた才覚を持っていたが余り幸福な人生を送れたとは言えないよな。

 

 原作における転生のメリット、デメリットの描写といい、推しの子世界は徹底して力や奇跡、そして過ちには対価が伴うという描写をする。

 

 この観点でいうと生来より何の才も持たず、何者かに押し付けられたご都合主義的な原作知識を振るわなかった俺は皮肉な事にかなり安全に過ごせるだろう。

 

「本当に、楽しく無双するのは難しいことだよ。まぁ、そんなくだらない俺の妄想話は置いといて、話をお前の感情云々に戻すと…戻しといて何だけどまぁ、ガンバとしか言いようが無いわ。でも俺は鞘剣のカップリングは好きだから熱演してくれると助かる。最近は読者人気に押されてつる剣のカップリングがゴリ押され始めて少数派になりつつあるんだよ。舞台化するエピの範囲的にも鞘剣の名シーンが多い場所だから是非頑張ってくれよ?」

 

 まぁ、これでいい。アクアの根源的なトラウマを解消するのも、復讐の意思をどうこうするのも、前世の未練を慰めるのも俺では"役者不足"というものである。結局のところ前世においても、推しの子という物語においても俺の役はヒーローでも悪役でもない一般人xであり、何も知らない輪の外から主人公にほんの少しだけでも毒にも薬にもならない言葉を送れればそれで十分すぎる活躍というものである。

 

「…ふっ、応援ありがとな。そのくだらない理由も含めて少しだけ気晴らしになったぜ」

 

 俺はこれからアクアが歩むであろう、苦しくも美しい人生を幻視しながらそう思ったのだ。

 

  

 



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アクアマリンの虚構女難

 

「学校帰りにラーメンでも食いに行こうぜ」

 

「誘い文句が某超能力者の漫画に出てくるモヒカン男なの何とかしろ。お前、女相手にする時と違って俺に対して適当すぎなんよ」

 

 最近、何故かアクアとの関わりが増えた。

 

「別にいいだろ。そもそもお前の存在自体適当なんだし、男にカッコつけるのは労力の無駄だ」

 

「今日もキレキレだねぇ、その舌は。それは兎も角、野郎にカッコつけたところで意味ないってのは同意だ。飯食いに行くにしたって脳死でラーメン、ファミレス、コンビニ、奮発して焼肉くらいが楽な人付き合いというものだよ」

 

 …いや、"何故か"ではない。原因などとっくに分かっている。

 

 星が消えているであろう彼の右目を眺めながら、俺はそう逃避する自分を戒めた。

 

 

 プライベート編。

 

 

 それはアクアが復讐を終えたと勘違いする事による、小休止の時間であり、ルビーがよく分からないロリッ子上位存在によって闇落ちさせられるお話である。

 

 ちなみに例のロリッ子上位存在は俺に干渉してきた事は無い。というか原作知識とかいうモノを持っている俺は明らかに作中の転生システムを介していないので恐らく感知すらされていないのではなかろうか?…いや、気付かれている上でつまらな過ぎて放置されてる可能性もあるか。まぁ、何もしてないしな、する度胸もないし。

 

 まぁ、上位存在が跋扈するであろう世界の真理について探りを入れたところで、俺如きに出来る事など無いのは自明である。触らぬ神に祟り無しだ。

 

「それしか知らないのは問題だけどな。お前、多分気を使うような人間関係を無理して維持するくらいならボッチでいいとか素で思ってるタイプだろ。お前の私服、ユニクロとかの適当なヤツしか見た事ないし、ビビり風のキャラやってるが根は基本的に他人に無関心ぽいしな」

 

「…まぁ、そうだとも。自己肯定感云々を除けば俺は割と一人でも楽しく生きていけるタイプだからなぁ。確かに話す事自体は楽しいけど、互いに踏み込まれたくない部分まで見えてくるような深い人間関係は求めてないというか、俺が話したい事を聞いてくれる人がいれば話すというだけだからなぁ。…あっ、でも、今言ったこと全て無視して彼女は死ぬ程欲しいぜ」

 

「悲しき性欲モンスターだな、ほんと。女子はきちんと見て欲しい子多いから最終的には自分の快不快にしか興味無いお前は彼氏としては論外中の論外なんだよな。まぁ、その辺りが同性としては友達付き合いしやすい理由でもあるから今の指摘は野暮かもしれないが。他人の事情に興味無いから変な詮索はしてこないし」

 

 まぁ、作中で一番女性の扱いが上手い男からこう言われてしまえば反論のしようがない。野郎相手だったらこれでも問題ない場合の方が多いんだけどなぁ、要は互いに自分が楽しいように振る舞ったら馬鹿騒ぎになって結果的に皆楽しい的な感じで済むから。前世は頭の悪い中高一貫の男子校出身であったが、俺はあの時の気遣いという概念が存在しない下品なノリが大好きだったのだ。

 

「ふん、野郎の事情なんぞ興味ねぇよ。人間、生きてりゃそれなりにめんどくさい物を抱えるもんだろう。かくいう俺だって他人から見たらどうでも良かったり、簡単な事で軽く鬱になるくらい病むしな。友達関係で態々そこに突っ込むのは野暮が過ぎる。そんなことよりゲームしようぜ!って互いのクソみたいな悩みから逃避するのが健全な人間関係っていうのが俺の持論だね。まぁ、他人の事情については愚痴として聞くが関の山でしょ」

 

「ほんっとに、そうだな。色々あって分かった事だが仕事とか、利害が関わって関係性が濃くなると精神的距離はかえって離れるんだよなぁ。やっぱ、互いにホントにどうでもいい奴のほうが楽だわ。で、今晩は何して遊ぶよ」

 

 そう、アクアがやけに実感の籠った言葉を吐いた。コイツ全体的に人間関係が重いからなぁ。父親の遺伝だろうか?(鬼畜)。いや、前世からでしたね(畜生)。

 

「modマイクラの続きか、ファクトリオ、それともテラリア?civ6やる時間はないかなぁ。やったら明日の授業は全て教科書を枕に夢の世界だ」

 

「…僕は楽しませてもらってるから文句言いづらいけど、客観的に見つめ直すとお前のゲームの嗜好終わってるな。最近は陽キャも可愛い子も、なんなら芸能人だって普通にPCゲーやる世の中だけど、それでもチョイスがアレすぎる。FPSとかソシャゲが一切無いのが錆びついたオタク感が凄い」

 

「けっ、反射神経へっぽこすぎてアクションは苦手なんよ。結果、ストラテジーゲームやサンドボックスゲームに嗜好が偏ったんだ。あと二人じゃどうしようも無いから出して無いがノベルゲーなんかもかなり好みだぞ。…ラーメンはいつもの店でいいか?」

 

「ん、大丈夫だ。話は変わるが、ルビーがさ───」

 

 兎に角、再び闇堕ちして映画作り始めるくらいまでは存分に遊ばせておこう。それが原作知識を持っていながら悲劇を防げない俺に出来る精一杯の罪滅ぼしだろう。

 

 

 

 ▲

 

 

 

「最近、お兄ちゃんが休みの日に家にいない事が多いの!どこ行くの?誰と会うの?って聞いても、学校の友達、としか答えないし。第一お兄ちゃんの学校での友達なら私が認知してない訳ないじゃない。これはもしかして…」

 

 様々な噂話が溢れる陽東高校芸能科の昼休み。

 

 そんな飛び交う噂の一つとしてルビーがそう兄のゴシップな話を切り出した。

 

「それは普通に友達やないの?休みの日に遊びに行くくらいは誰でもあるとおもうけどなぁ」

 

 寿みなみが一般的観点からそう否定する。

 

「私が!認知!してないのよ!ゼッタイなにかやましい事があるに決まってるじゃん!お兄ちゃんにホの字のセンパイも彼女のあかねちゃんも認知してないみたいだし、ミヤえも…事務所の人に聞いても全く情報が無いなんてことある?SNSにも全く動きがないし、これはヤバイでしょ!」

 

 兄は元来より秘密主義ではあったが、今回の一件はその中でもかなり異質だとルビーは感じていた。他のコソコソやっているであろう事柄と異なり兄から隠蔽する気を微塵も感じ取れないのだ。

 

 普通に行き先も言う上、相手も学校の友達とはっきり言っている。写真を見せて!と言った所普通に見せようとする素振りはするものの携帯の中に写真が一枚も無いとかいうあり得ない理由で顔を拝む事が叶わなかった。曰く、「アクアと一緒に写真に写るとか死にたくなるからやめてくれ」とその架空の友達は言っていたとの事。まぁ、ママの遺伝子を継いでいる私達の顔に気後れするのはあり得なくは無い話なのでその理由には殊更に違和感はない、とルビーは直感的に感じとった。違和感がないからこそ、不気味なのだ。

 

「アクアさんのそう言う話は少し興味ある。続きをお願い」

 

 今をときめく大女優、不知火フリルもその噂話に食いついた。

 

「えっとね、お兄ちゃんは小中と友達の数は永遠の0で、友達の人数を聞くたびに屁理屈捏ねるか、ヘッタクソな嘘をついてたの。でも、入学してからちょっと経った4月の中旬くらいからかな、"まぁ、話し相手はいる"って普通に答えるようになったのよね。具体的な名前もポンって出てくるし、でもその名前調べても何も出てこないし…、お兄ちゃん、孤独のあまりイマジナリーなフレンドを作り出してるんじゃないかって心配なんだよ」

 

「ええ、アクアはんってあんなに気遣いできて気立もええのにホンマに友達いなかったんですか?」

 

「彼、何処か大人びてるし、小中の頃は精神年齢が周りの人と違いすぎたんじゃない?子役やってた子には多い、そういう事」

 

 寿みなみがそう驚いたが、不知火フリルは自身の芸能界への知見からそう返した。

 

「精神年齢…、うん、それはあるかもね。昔からなんか頭良かったし」

 

 ルビーは転生関連の事を伏せながらそう答える。

 

「でも、そうなると今のアクアはんのお友達って精神年齢があってるって事じゃないですか?きっと得難い友達なんやろなぁ」

 

「じゃあ、そんないい人なら何で私達に紹介しないんだろ」

 

「…それはアクアさんじゃなくて向こう側がストップかけてるからじゃない?芸能科にきてクラスで目立つのが嫌だとか、美女、美少女相手には気後れするだとか理由なんて幾らでも考えられる」

 

「あー、それはワンチャンありますなぁ。私らは基本、自分を売る商売しとるから本当に一切自分に自信がないって感覚を忘れちゃうけど、女の子と関わる自信すらないような子も普通にいてはるんやない?」

 

「でも、もう11月だよ?こんだけ散々話に上がっておいて一回も出会わないなんてあり得ないでしょ」

 

 ルビー達、ウルトラ美少女三人組は真の根暗陰キャの存在感の薄さを理解出来ないが故に勘違いは深まっていく。

 

「───ああもう、やっぱり、これは調査するしかないよ!今度の三連休、お兄ちゃんは何処かに泊まりで遊びにいくらしいのよ。…これを尾行してみようと思うの!二人とも良かったら来る?」

 

 ルビーがいくらアホキャラで通っているとはいえ、流石に今の誘いは冗談であった。しかし、帰ってきた答えは予期していたモノではなかった。

 

「いいよ、本当に珍しくそこはオフだし。それにこういう学生らしいアホなことも人生に一回はやっときたい」

 

「私もええですよ?みんな、普段追い回される側ですし、追っかける側とか新鮮やないですか?」

 

 かくして、豪華すぎる彼女らによる浮気調査により、一般転生者は過去最大の危機を迎える事になった。

 

 

 

 

 

 





 8/5 追記 ご指摘よりフリル→アクアの三人称を修正しました


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最強キャラとエンカウントする一般人

 

「昔から思ってたけど旅行先で宿に籠ってやるゲーム程、楽しいモノは無いよな。不思議だ」

 

「確かに、これは中々…、理屈で考えるとゲームに場所は関係ないから無駄でしか無いんだけどなぁ」

 

 我々は特に理由も脈絡も無く、三連休に草津にやってきた。

 

 季節は11月、まぁ、休むとしたら温泉か。ぐらいのじじくさい気持ちで適当に決定した今回の小旅行は割いた労力の数十倍の癒しがあった。

 

 温泉、ゲーム、飯、散歩、温泉…の無限ループを繰り返し精神が整って来るのを感じる。不健全と健全、非日常と日常を反復横跳びする事で脳がバグっているのであろうか。何やっても楽しいとかいうフィーバー状態に突入していた。

 

「おらっ、喰らえ!豪速球カード&屯田兵カード!因みに牛歩カードもあるからテメェはここで終わりじゃ!ギャハハハハ!」

 

「おまっ、マジで巫山戯んな!あぁ、このタイミングでボンビーがキングボンビーに!」

 

 因みに今は桃鉄99年チャレンジの真っ最中である。アクアマリンとかいう男は何かと幸が薄いのでクソみたいなイベントを踏みまくり今のところ大差で俺が勝っている。

 

 運は全て、女性運に使っているだろうから残当である。

 

「───ふぅ、アクアが通算24回目の破産をした所だし、ここらでまた風呂でも…どうした?アクア」

 

「いや、何か今、聞き覚えのある声が窓の外から聞こえたような…」

 

「おいおいおいおいおい、テメェのハーレム軍団はちゃんと振り切ったんだろうな女難祭りのアクアマリン!温泉旅館で女性タレントと一緒になるとか風紀的にもリスクヘッジ的にもアウトだぞ」

 

 それに、原作進行中の今、俺はヒロインズに認知される訳にはいかんのだ。単品なら関係ないかもしれんがアクアと一緒に出会うと否が応でも影響が出る。

 

 まぁ、黒川あかねの追尾をアクアが振り切れるとは思えないが…、相手方に黒川氏が居ただけで打つ手無しなの、やはり無法キャラ過ぎるな。

 

「いや、マジで心当たりが無い。あかねとは昨日、いつものカップル口実作りの為に会ったし、B小町の三人は動画撮影のロケとか何とか言ってた筈だ」

 

「さらっと女の存在を四人も出すな!ぶち殺したくなる!…多分ユーチューブのドッキリかなんかだろ。…男風呂に隠れるぞ。あそこなら手出し不可能だ。二時間風呂で耐久した後、顔が割れていないであろう俺が先に上がり偵察する。安全になったらスマホでお前に連絡。それで話は終わりだ」

 

「分かった。…この温泉旅行が決定したのは先週だし、奇跡的に空いてた最安の俺らの部屋を除けば他に空きは無かった筈だから何とかなる筈だ」

 

 そう、この旅行が決定したのが先週の今日である事が幸いして、どれだけ早く気づいたとしてもこの紅葉シーズンに新たに予約を取ることなど不可能。即ち、アクアズハーレムは恐らく日帰り、または別の安宿しか取れていない筈…!そこに勝機がある。

 

「兎に角、風呂にダッシュ!急げ!」

 

 癒しの温泉旅行から一転、アクアの圧倒的な女性関連の業の深さによりリアル逃走中が幕を開けた。

 

 

 ▲

 

 

 カッポーン

 

 視界を湯煙が覆う。仄かな硫黄臭が今は心の安らぎになる。

 

「取り敢えず、ここで最低二時間耐久だから風呂に浸かり過ぎんようにしとけよ。のぼせたお前なんてそれこそ据え膳だろ」

 

「お前はアイツらの事を何だと思ってるんだ。そんなことになる訳…ないだろ」

 

 そう、あの後何とか、誰にも見つからずに風呂まで逃げ切った我々は一先ず考えるのをやめて露天風呂に浸かっていた。

 

「今一瞬、間があったのを俺は聞き逃さなかったからな。テメェは後でやる桃鉄でけちょんけちょんにしてやる」

 

「もう既にどうしようもないくらい負けてる気が『お兄ちゃん居なかったねー』…は?」

 

「───口を塞げ、…柵の向こうか。いや、当たり前だが。取り敢えず、内湯に…どうした?」

 

"このイベント逃すのは…色々勿体なさすぎね?"

 

 アクアは鏡にそう記した。…やっぱコイツヒロイン共に差し出すか?その俗っぽい反応の一割でもヒロイン達の前で出せば作中の問題は色々解決するだろうに。

 

「アホか、今なら安全に部屋に戻れるし、何なら宿の外に隠れにいけるだろ。馬鹿なこと言ってないで『うわ〜、みなみのGカップが凄いことに!』…成る程。いや、うん。ホント、男って愚かな生き物だよな」

 

 前世から童貞の俺にはこの手の話題は危険過ぎる。幸い、クソみたいな時間に風呂に入ってることもあって我々以外、人は居ない。…しかし妙だな。浮気調査だったら家族風呂前で出待ちとかする筈なのに。声色や会話に上がってきた名前を確認する限り、アクアについた追手は星野ルビー、有馬かな、MEMちょ、寿みなみ、不知火フリルの五名。加えて、引率として斎藤ミヤコもいると考えて良いだろう。幸い、作中最強キャラである黒川あかねは確認出来ない。…これだったらまだワンチャン何とかなるかもしれない。

 

「アクア、やはり先に俺は上がる。よく考えたらダチの妹に本人を前にして興奮出来るほど性癖終わってない」

 

「───そうか…、そうか…」

 

「何でちょっと寂しそうにしてんだ、ボケカス。俺はお前の陰湿すぎる性欲にちょっと不安になったわ」

 

 取り敢えず、最後にそう言い残し色ボケ野郎を置いて風呂を上がる。

 

 

 

 ───さて、何処に逃げようか、などと考えながら男風呂の暖簾を出た矢先、それは起こった。

 

 

 

 

「はじめまして、こんにちは、アクアくんの友達の方ですよね。少しお話よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 作中最強チートキャラ、黒川あかねとの邂逅である。

 

「…まぁ、はい。そっすね。そういう貴方は奴の彼女の黒川さんですよね、SNSで見ました」

 

 …何とか、平静を装って言葉を吐く事に成功する。…この感じ、恐らくアクアじゃなくて俺を待ち伏せていたのか?しかし、目的が見えん。

 

「突然話しかけて、ごめんなさい。いきなり友達の彼女が現れるとか普通、混乱してますよね」

 

「まぁ、そっすね」

 

 出たよ、女子を前にすると語彙が死ぬ病。"はい"、"まぁ"、"そっすね"以外の日本語が吹き飛び会話が成立しなくなるのだ。

 

「でも、今日は私の知らないアクア君について知りたくて…。知ってます?彼が暗い過去に苦しめられてることは。それを解決する為にもっと情報が必要なんです。アクア君の人間関係を調べた結果、大体の他者に対するスタンスの傾向は掴めたんですけど、貴方の存在が特異点なんですよね」

 

 まぁ、仕事関係抜きにしたら男友達多分俺しかいないからね、アイツ。

 

 しかし、ホントにアクアに一途だな、この子。いや、これはちょっと狂気的が過ぎるが。

 

「そうなんすか?こんな凡骨キモオタよりも事務所でアイドル三人侍らせてる方がよっぽど特異的でしょうに」

 

 俺は男風呂の方向に視線を向けながら少し笑った。…イタコ芸で嘘の専門家を降ろせるコイツ相手に下手な嘘や建前は通用しないから、頑張って本音ではあるが、原作知識では無い事を言うように心がける。

 

「それは私も常々思ってますけど…やっぱり、貴方が彼にとっては特異なんです。恐らく、最初の最初に彼に興味を持たれたキッカケはその名前何でしょうけど…それは貴方に言ってもしょうがないですね、星野愛太郎さん」

 

「────ッッッ!!!」 

 

 こいつ、幾ら何でも無法が過ぎる。俺とアクアの関係の最初の取っ掛かりを言い当てやがった。

 

 "星野愛太郎" 

 

 無能かつコミュ障の俺がいかにしてイケメン芸能人かつ主人公のアクアとの関係を始めたか、その答えがこれである。

 

 神の嫌がらせとしか思えない推しの子世界において最低の名前とアクアのトラウマになっている星野アイの死体の様な燻み切った生気の無い目をもたされて俺はこの世に生を受けた。

 

 …まぁ、ある意味、これも転生特典と言えなくもない。個人としての星野アイを知っているキャラの興味を無条件で一度だけ引ける能力である。

 

 無論、件の最強アイドルとの血縁関係なんて全くないただの一般通過星野家であるし、容姿も彼女の美貌を数値化して先頭に−を付けたような醜いものであるので後に続くものじゃないし、この名前で下手な事して原作キャラに嫌われる確率の方がよっぽど高いのでゴミ能力もいいとこだが。

 

 俺がヒロインズに会うタイミングをかなり慎重に測っていたのは色々な事が解決した後でないと"星野アイ"という名を持った人物が醜いと言うだけで嫌われる可能性を考慮した上の判断だ。メタ的に考えてもマジで煽ってるとしか思えない名前だからな。

 

「…その反応、やっぱり彼について色々知ってますよね。どうか私にその情報を教えてはくれないでしょうか?…次は私が、彼を救いたいんです、力を貸してください」

 

 かくして凡骨転生者は全ての優位性を失い、王手をかけられる。

 

 世界観や物語の流れを吹き飛ばしてしまう原作知識を秘匿するため、俺はそれ以外の全てを持ってこの女に立ち向かうしか無いのだ。

 

 今頃、女子共の会話に鼻の下を伸ばしてるであろうアクアマリンに呪詛を飛ばしながら俺はそう覚悟を決めた。

  

 

 

 



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一般人、友を売る。友は食われて死ぬ

 

 黒川あかねという人物は、推しの子作中において唯一星野アイの心理を理解している人物であり、原作の最終章の肝に当たる部分、星野アイの全てに関する答えを持っているためある意味、俺なんかよりも余程原作知識を持っていると言っても過言ではない。

 

 そもそも、彼女は打算抜きで命を救われた恩義から、その返礼にと彼の理想の女性になるべく、星野アイの思想、感情を取り入れた。

 

 その結果、アクアに対して恋愛的な重い愛情が発生したのだ。

 

 少し面白い考え方をすると、星野アイを再現した人物がアクアに対して深い愛を抱くと言う事は、原本である星野アイも、アクアと…否、雨宮吾郎とかなり相性がいいのでは?と考えたことがある。黒川あかねはプロファイリングによって星野アイのあらゆる事柄を知り、なんなら発表されていない隠し子の事まで妄想設定として取り入れている。しかし、流石の彼女も妊娠時の担当医が拗らせドルオタであったなどと言う奇天烈な話を想定する事は不可能であったに違いない。

 

 そう考えると、ある一つの仮説が浮かんでくるのだ。

 

"星野アクアマリンと黒川あかねの恋愛は星野アイと雨宮吾郎の関係の焼き直しになっているのではないかと"

 

 無論、これは黒川さん自身の恋を冒涜するような考えだが、アイを理解したのちのアクアに対する彼女の行動は、本人の生来の気質的には絶対に有り得ないようなはちゃめちゃな行動がかなり多くなっているので、(白薔薇ナイフカミキ凸未遂などがいい例)アイの超破滅的恋愛嗜好が多少、移ってしまったと考える方が自然であろう。

 

 …余談だが別の男の子供を身籠った状態のアイが吾郎に恋をしていたとしたら頭おかしいなんてレベルじゃないが…、双子が恋愛しちゃうレベルに倫理観がヤバい推しの子なら、まぁ、そういうこともあるだろう。(この仮説が正しいとするとカミキが吾郎を殺した理由はアイを寝取られ(寝てない)て脳が破壊されたからという事になる。ウケる)

 

 まぁそんなこんなで、今のこの状況である。まぁ、俺の名前があからさま過ぎるってのもあるだろうが…ある程度事情知った人間がこの状況見たらなんかあると思うに決まってるだろう。ワンチャン、星野アイの血縁者や復讐相手の縁者だとと勘違いされてるかもしれん。

 

「さてね、アクアについての話ですか…、アイツの真の女の好みとかなら知ってますけど、アイツがコソコソやってる事はコソコソやってるということ以外何も知らないですよ、興味もないですし。というか貴女方こそ一体全体なんでアクアをつけ回してるんです?」

 

 なんとかなれー!と言わんばかりに適当ぶっこきながらそう答える。

 

 俺の力じゃどうしようも無いから興味ないし、コソコソに全ての意味を載っけたので嘘をついてる自認はない筈である。

 

「それは…、えっと、事故といいますか…、事の発端はアクア君の妹のルビーちゃんで、最初は彼が秘密で女遊びしてるかもしれないから集合場所に相手の顔だけでも拝みに行くだけだったんですけど…、私以外悉く遅刻して…、貴方達は集合時間30分前に出発して…、呼んだメンツがメンツだからなんかもう収集がつかなくなって…、一番最後に来たかなちゃん、ええっと有馬かなって人が地の果てまで追いかけようとか言って子役時代の貯蓄を持ち出して…札束の力で急遽日帰り旅行になっちゃったんです」

 

 そう言いながら、黒川あかねは遠い目をした。あぁ、最初は偵察はついででメインは女子会の予定だったのだろう。なんやかんやルビーはアクアを信頼してるのだ、多分。

 

 で、この人だけ相手が俺だってことを知ってたのは集合場所で先んじて容姿と名前を確認されてたのが理由か。いや、名前だけならアクアが話してるかもな。…大方、盛り上がる浮気議論に真実を言って水を指すタイミングを見失ってズルズルとこんなとこまでやってきたのだろう。

 

 で、そのルビー曰く推定浮気対象(笑)の俺が名前的に色々ありそうだから適当なこと言って他の人とお風呂に入るタイミングをずらして俺を待ち伏せたわけか。

 

「えっと…ご愁傷様です?何というか、俺が美少女じゃなくてごめんなさいって感じなんですが…、話のオチとしては最悪レベルじゃないですか」

 

「いえ、そもそも勝手につけまわした私達にかなり問題があるんで…、といいますか本当に女の子だったら多分、空気感がお通夜になってましたよ…」

 

 それはそうだ。マジであの全自動女たらしマシーンは一度死んだ方がいいかもしれない。いや、一回は死んでるな。死んでも治らないどころか悪化する女難ってマジで面白すぎる。

 

「ははっ、ソレ空気だけじゃなくて本当に通夜になりますよ、アクアの。で、彼についての話が聞きたいんでしたっけ。まぁ、奴がなんかあってガチ鬱なのはこっちも何となく察しがついてるんですけど、俺はそれ以上は踏み込んでないんでお役に立てそうにありません。というかこんなに美人の彼女がいて、妹を含めた美少女アイドル三人侍らせておいて鬱になるんだったら、多分何やっても鬱になるんで諦めた方がいいですよ」

 

 アイツ近辺の恵まれすぎた人間関係を見るたびにこっちが鬱になるというものだ。

 

「…すいません、私はどうしても彼を助ける事を諦めたくないんです。どうか協力してくれませんか?」

 

 あー、そりゃそうなるか。アクアが俺のような諦観に満ちた理屈で黒川さんを見捨てずに、完璧に救い出したからなぁ。改めてなんだよ、嵐の中自殺寸前に後ろから抱きしめるって。まぁ、命より大切なものはないから文句言いづらいが、そんな事をされた黒川さんの男性観はもうお終いである。最初の恋愛を超えられる奴がいないのだ。多分、アクアが貰わなかったら一生結婚出来ないだろう。

 

 ルビーことさりなちゃんに対してと言い、何でこう、奴は無駄に100点満点のパーフェクトコミュニケーションを叩き出しまくるのだろうか。俺相手の時は気遣いのかけらも無い0点のゴミ会話しかしないのに。

 

 …それにしても案外詰められることは無かったな、何故か。最初はかなりビビったのに。あー、てか改めて見るとやっぱ原作キャラ超カワイイわ。よーし、折角だし記念に毒にも薬にもならないアドバイス飛ばしちゃうぞー!

 

「まぁ、大したことは言えないですけど…一つだけ。アイツ、実は構わないでくれ風カマチョなんですよね。病んでる部分に構おうとすると頭おかしい勢いで拒むんですけど、マジでほっとくとちょっと匂わせ始めるんですよ。で、聞こうとすると嬉々として拒絶するんで、いい感じにそのバランス取ってやると機嫌よくなりますよ」

 

「…えぇ、なんですか、それ」

 

 黒川さんは自身の彼氏のあまりの拗れっぷりに何とも言えない顔をした。

 

 …これは例の「やっ黒」のシーンからしても確かな事である。

 

 映画の企画が始まってから黒川さんに割と長いこと放置されたアクアは、関わらないでくれって言う為に公園で待ち伏せて関わってきたのだ。

 

「取り敢えず、俺はこれで。あっ、この後出てくるであろう金髪クソ野郎は貴女達で煮るなり焼くなり好きにしてください。これ、部屋の鍵です」

 

 改めてよく考えたら、俺が身を粉にしてまでアクアを女から守る義理など無いし、アクアが小康状況のこのタイミングで修羅場っても原作ストーリーラインに大きな影響はなさそうなので俺は嬉々として友達を売り飛ばし帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

「───苗字と名前、驚き方と恐怖の対象、嘘のつき方、限定的にユーモアのある会話、精神年齢、男友達、踏み込まない事で悩みを癒す、素のアクア君の人へのスタンス、…事情を全て知っている?」

 

 

 ───やはり、原作最強キャラは、伊達ではないのだ

 

 

 

 



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死ぬ時は道連れだbyアクアマリン

 

「おい裏切り者、何処へ行く。俺を桃鉄でボコすんじゃ無かったのか」

 

「HA、NA、SE!自称インキャぼっちのハーレム王アクアマリン!元はと言えば、身内に男友達の存在すら信じてもらえないテメェの女周りに対する信用の無さが原因だろうが!血濡れた修羅場に俺を巻き込むなぁ!」

 

 一般通過チートキャラの黒川さんとの恐怖の会合が終わった、最後になんかぶつぶつ言ってた気がするがまぁ気のせい(笑)(諦観)である。そしてその後、無事女性陣に出待ちされ締められたアクアは最後の抵抗と言わんばかりにロビーで帰り支度をしていた俺に縋り付いてきた。因みに、黒川さんにカッコつけて鍵を渡した後に自分が部屋に入れないことに気付き、鍵を一度返して貰った。…今日も無能転生者は元気に恥を晒しています。

 

「確かに俺は地獄行き確定だが…テメェは道連れだ。大人しく美女に囲まれて変な挙動沢山して恥をかくんだよ!クラスの女子相手でも語彙力が崩壊するお前がどんな風になるか見ものだなぁ」

 

「おま、まじでふざけんな!テメェの地獄は地獄(笑)だろうが!俺は全員マジで今日初対面なんだぞ!お前と女子の人間関係レベルのギャップ差で死ぬわ!」

 

 親しいグループ内の人間が私情で一人だけそのグループに加えると、その一人は地獄(阿鼻)を見るのだ。前世の小学校の修学旅行、出来上がっていた仲良し四人組にある一人の善意で加えられる俺…、うっ、頭が…

 

 

 

「お兄ちゃんの男友達、ホントにいたんだ。絶対孤独を拗らせた末のイマジナリーなサムシングだと思ってた。てか、ホントに死ぬ程仲良いんだ…」

 

 

 

 ふと、可愛らしい声が後ろから聞こえた。

 

 

 

「…ほら、お前の推しアイドルグループの一人が近くにいるぞ、握手とサインでも頼んできたらどうだ」

 

「あばばばば、死ぬ、マジで死ぬ。…いや、シュレディンガーの何ちゃらだ!俺はこのまま絶対に後ろを振り返らずにゴミオタク界隈に帰還を果たすんだよ!」

 

「そうはいかん。大体よく考えたら六ヶ月も俺関連の女子との接触を意味無く回避し続けたお前のせいで今回疑われたんだろうが!」

 

「おっと、責任転嫁かぁ?見苦しいぞアクアマリン。大体アイドルの身内なんだったら俺のようなクソキモオタにホイホイ紹介しちゃダメだろ!」

 

 

 

 

「アクアはんのことフルネームで呼んでる人、初めて見ました…フリルさん?」

 

「アクア、マリン、…いい。私もこれからはそう呼びたい。厳密にはそれが許されるような気安い関係になりたい…」

 

「えぇ…、私やマm…いや、ミヤコさんも会話の中でフルで呼んだことないよ?」

 

 

 

 背後にいる人数が増えた気がするが気にしない。振り返り観測しなければ誰もいないのと同義なのだ。

 

「ほら、あれ程妄想してたであろう女子とのお泊まり会だぞ。…部外者のお前の監視が入ればアイツらも下手な事出来ないんだよ、…多分。頼む!」

 

「黙れい、妄想は妄想だから楽しいんだよ!自分の悪いとこや無能な部分を度外視して考えるから!現実は何処まで行っても現実で、俺は情けないクソボケピザデブなんだよ!」

 

 

 

 

「アクアがあそこまで情けない声出してるの初めて見た気がするわ」

 

「そうだねぇ、アクたん、色々演じることはあれど根はクールキャラで通してるから…もしかしてコッチが素?」

 

「そうかもね。アクア君は自分で思ってるほど根が冷たくないから、クールな人じゃなくてクール"キャラ"の人って認識されてるんだと思う」

 

 

 

 

 あ"あ"、また増えた!てか、急展開が過ぎる!十七年間、遭遇キャラアクアだけだったのにこの一時間で六人、それもメインヒロイン級が沢山!そしていきなりお泊まり提案!0か100かしかないんか、俺の転生者ライフ!ヒロインと初接触するにしてもこうギャグみたいなのじゃなくて、もっと、こう、なんかあるだろ!

 

 

 

「こんにちは、アクアがいつもお世話になってます。アクアとルビーの保護者の者です。…今回は色々お騒がせして申し訳ございません。お詫びと言っては何ですが今回貴方の旅費はこちらで全て補填します。勿論、貴方が帰ってくれと言ったら私達はすぐに立ち去ります」

 

 この狂った空間に、非常にまともな一声が投じられた。

 

 誰であろう、推しの子2大良識者の片割れ、斎藤ミヤコその人である。

 

 俺が読んだ推しの子の最後の話である125話が確か、この人の掘り下げ回だったか。懐かしい〜。

 

 この人は他の女性とアクアに対してどうこうって訳じゃないが(当たり前)、普通に一途に斎藤壱護の事が好きっぽいので転生初期の頃は、専用の時代に生まれないと攻略は難しい、とか舐め腐ったこと考えてたっけ。あ"ー、幼少期の傲慢な思考は全部黒歴史だわ。

 

 兎に角、保護者である彼女が出てきたとあっては俺とて真面目に対応せざるを得ない。アクアもなんか一瞬で、スン、とした顔になってるし、俺も人の親の前で喚き立てるのは大分恥ずかしいので取り敢えず出口に向かう足を止める。

 

 …マジで後ろ振り向きたくねぇなぁ。原作主要女性キャラほぼ全員いるし。なんか、こう、一人一人もっとちゃんと出会いたい。一応原作漫画はラブコメ?なんだからそういう部分はしっかりした方がいいとおもう。あっ、主人公じゃないパンピーの俺にまでそんな事保証されませんよね…。アクアがニタニタとした笑みを浮かべながらこっちを見てくんのは気に食わないが、…流石にこれは俺の詰みである。とっとと運命の出会いを諦めて、一般通過男性として認識されてしまおう。

 

「アッハイ、コンニチハ。ボクはアクアのトモダチをやらせていただいてるモノです。ナンカ、勘違いさせてスンません、いや、ごめんなさいか?エット、ソノ…」

 

 …無理だよ!これ!原作キャラ七人は明らかに過負荷だって!

 

 まず、有馬かなと不知火フリルは俺…というか陰キャの弱点特性を持ってるのがヤバい。

 

 "なんか、怖そう"属性である。

 

 これは、いわゆる話かけにくさというパラメータに関係する話で、オタクやぼっちはこのパラメータの許容値が非常に低く設定されていて、余程弱そうだったり、同族だったりしない限り我々は自ら会話を切り出す事が出来ないのだ。

 

 かと言って社交的で話して楽しそうに見えれば良いのかと言えば、そうでもない。

 

 もう一つの属性、"みんなの人気者に俺なんかの為に時間使わせて申し訳ない"属性がある。所有者はルビーとMEMちょだ。これは、人気者本人が怖い訳でなく、人気者に話しかけて時間を使わせることによって他の人の時間を奪う罪悪感である。「話かけてくれるのは有り難いけど周りから変だと思われてないかな?」「ポッと出ですいません」だとかよく思ったものである。

 

 まぁ、寿みなみさんにはそういう苦手属性はついていないが、…人間関係とは上手くできていて往々にして彼女のようなおっとりゆるふわ系女子の周りには上記のタイプの片方がついていて擬似的な虫除けの役割を果たしているものである。

 

 黒川さんは原作知識無しだったら唯一普通に喋れそうだけど…、まぁもしものことを考えても意味は無い。知っているという事は時にマイナスにも働くのだ。

 

 かくして、そんな属性の嵐を一身に受けた吾輩は語彙が彼方にすっとんだ。

 

「ははっ、ざまぁないな。ほら、いつもの威勢やさっきまでの罵詈雑言はどうした」

 

「…お前は後で湯畑に沈めてやる。無論、冷ます前の方にだ。というか俺が恥を晒しただけでテメェの状況は何一つ良くなってないだろ。俺が手を下すまでもなく、水死体になるかもな」

 

「…ハハっ、違いない」

 

 人間、皆、窮すると醜いものである。

 

 

 





8/5 ご指摘より、有馬かな→アクアの三人称を変更しました。
   原作108話よりの変化であった為、時系列的におかしかったのです。


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役者や芸能人と人狼、難易度インフェルノ

 

 俺はあの後、結局場の空気に流されて温泉旅行継続を了承してしまった。いや、どれだけ遜られても人間的に格上の相手にNOとは言えないのが日本人なんです。まぁ、勘違いしてつけまわした罪悪感か、俺に気を使ってか彼女らは俺が女性との会話が心底苦手だと分かるといい感じに距離をとってくれた。芸能界を生き抜いてきてるだけあってその辺の人間関係のバランス感覚はやはりクソガキ高校生とは格が違うな。

 

 で、彼女達の有り余るVIPパゥワァで空きがない筈の温泉宿に謎のウルトラロイヤルスイートルームが生えて来て、予定通り女子会やるから気にしなくていいと通達がきて、我々はやっと元の格安部屋でひと息つく事が出来たのだ。

 

「はぁぁぁ、マジで生きた心地しなかった。流石に東京からここまできた彼女らに帰れと言うほどの度胸も勇気もないし、かと言って俺が帰ると彼女らに人を無理矢理帰らせた的な感じで角が立つし…、お前マジで監督責任を果たせよ。あのメンツ、お前の業を全て煮詰めたような奴らじゃねぇか」

 

「ぐっ、責任…、責任…かぁ。…あぁ、こんな話はやめだやめ!取り敢えず今は助かったんだ。なんかゲームして遊ぼうぜ」

 

 あっ、これは前世の方の女難ですかね。デキたから責任云々は産婦人科やってるとまぁ出くわすのだろうか。それともアラサー時代に転がした女に責任という何一つ拘束力の無い曖昧な言葉の元、脅迫されたのかは定かではないな。まぁ40年モノのヴィンテージ童貞の俺には金輪際解らぬ感覚である。

 

「うーん、何というか女子もきた事だしガッツリ籠る桃鉄って感じじゃ無いよな。あと何持ってきてたっけ…ポケモンはアクアが雑魚すぎてアレだし、緩くアソビ大全でも…む?誰かきたぞ。俺は役に立たないからアクア対応シクヨロ〜」

 

「もう誰か来たのか!?そりゃ、どっかのタイミングではあると思ってたが流石に早すぎだろ!まだ、一息つけてもないぞ!」

 

 ふと、廊下でがたん、と音がしたのだ。

 

 …成る程、女子会って体で誰かが抜け駆け急接近を狙ってたのか。

 

 確かにヒロイン単独凸られはラブコメの定番イベントではある。…やっぱ、俺邪魔だろ。どう考えてもこっから血で血を洗う原作ヒロイン共の恋愛頭脳戦が始まるというのに。

 

 アクアが死んだ眼でドアを開けると有馬かなとルビーが何やら取っ組み合いになっていた。

 

「お、お兄ちゃん!これは、えっと…ズルして抜け駆けしてるセンパイを捕まえました!」

 

「さらっと嘘をつくな!妹とはいえ、あんたも似たような動機じゃない!」

 

 まぁ、有馬かな…いや、有馬さんはこういうことやるかやらないかで言えばやるイメージだったので違和感が無さすぎて逆に驚くほどである。

 

 ルビー…ルビーさんは恐らく、俺に対する調査だろう。アクアのシスコンばかり目立つがルビーもルビーでかなり重度のブラコンなのだ。

 

 余談だが、原作キャラに近づいたり、出会ったりすると脳内の三人称がじわじわと変わるんだなぁ、と今ふと思った。漫画のキャラや芸能人としての認識していることから来る作品ファンとしての愛称や呼び捨てから、普通に人間として付き合う際の一般陰キャと人望のある美少女の正しく無難な距離感の〇〇さんに変わってしまうのだ。

 

 …流石にアクアはもう慣れた。アクアマリンっていう長い名前も嫌味言う時には語感がいいし、そういう意味ではいい名前なのかもな。

 

「で、どうするよ、アクア。俺はお前を介さないとその方達とは畏れ多すぎてコミュニケーション不可だから基本役に立たんよ」

 

「そうだなぁ、…有馬、ルビー、取り敢えず早く上がれ。お前らの金に物を言わせたロイヤルスイートと違ってこの部屋付近は人払いがされてないんだ」

 

「じゃ、お、お邪魔しま〜す」

 

 有馬さんが万年床にしてあるアクアの布団をチラチラ見ている。皆を騙くらかして即部屋凸する図太さと強かさはあるのに、恋愛の基本みたいな所になるとちょっとウブなのは面白いな。

 

「えっ、なんか部屋見た感じめっちゃ楽しそうに遊んでるじゃんお兄ちゃん!」

 

「まぁ、実際寝る間も惜しんで遊び倒してるしな。そこのソイツが遊び道具大量に持ち出したせいで飽きがきて暇になる事がないんだ」 

 

「ほんと便利な時代だよな、ゲーム機一つ、スマホ一つで何種類ものゲームで遊べるんだ。まぁ、二人用のゲームは中々無いが、一人用アクションゲームをワンデス交代とかでやればだいぶ楽しいし」

 

 俺は女子二人を極力意識から外し、アクアへの返答にだけ終始する。ちょっと失礼な気もするが語彙力吹っ飛んでそっスネbotになるよりはまだマシだろう。

 

「えー、なんかいいな、そーゆーの。…友達の人が良ければだけどちょっとだけでいいから私達も混ぜてくれないかなぁ」

 

「だってよ。まぁ、少しくらい遊んでやってくれないか?いいメンタルトレーニングの機会だと思ってさ」

 

 ルビーさんがそうぼやくとシスコン野郎は秒で俺の敵になった。ふざけんな。

 

「トレーニングは普通もっと段階を踏むもんだろ!今のお前がやってる事はヒョロガリに基礎トレーニングと称していきなり100キロダンベル投げ渡すようなものだ!死ぬわ!」

 

「まー、まー、そう言わずに。私達アイドルだからその辺りの気遣いは出来るから安心して!こう、なんていうんだっけ、泥舟に乗った気持ちでさ!」

 

「大舟な。泥舟は速攻で沈む例えだろ」

 

 アホっ子可愛い…、いやそうじゃなくて、やばい、このままじゃマジでゴリ押される。そうだ、ここは変なところで良識のある有馬さんに…

 

「アクアの布団…」

 

 ダメだ、役にたたねぇ! 

 

 なんとか、何とか回避する方法は無いのか?!

 

 …無理に決まってんだろ!

 

 そもそもマトモに意思疎通が出来ないんだぞ!

 

 

 

 

 

 ───いいや、諦めるにはまだ早い!

 

 今からでも頑張って、NOと言える日本人になるんだよ!

 

 

 

 

 

 

 ──────────────

 

 ───────

 

 ───

 

 

「えー、これから人狼ゲームを始めます。役職は人数が九人なので人狼二人、狂人一人、占い師一人、騎士が一人、霊媒師が一人、市民三人にします。進行は全てスマホのアプリがやってくれてるので夜は無言で僕の携帯を回して下さい。人狼同士は夜のフェイズに秘密チャットで連絡を取れますが、狂人は出来ません」

 

 

 ダメでした。

 

 というか人が増えて状況が悪化しました。

 

 それもこれも、秒で寝返ったあのシスコン野郎が悪い。そもそもアイツが敵に回ったら唯のコミュ障陰キャの俺に勝ち目は無いのだ。

 

「遊ぶだけなんだったらコソコソするより皆んなで遊んだ方がよくない?みんなアナタとアクアの関係を知りたがってたし」

 

 という陽キャパワー全開のルビーさんによって地獄への道を丁寧に舗装された俺はアクアに引き摺られて無事、ロイヤル何たら部屋まで連れてこられたのだ。

 

 それによりにもよって人狼ゲームである。この面子で人狼やるとか一人だけメジャーリーグに送り込まれた草野球チームの4番バッターみたいな感じである。参加する人間が、アクアマリン、ルビーさん、有馬さん、MEMちょさん、黒川さん、不知火さん、みなみさん、ミヤコさん、俺の九人なのも含めてこの例えは強ち間違いじゃ無いだろう。

 

 以下にそのハイレベルすぎる戦いの概略と名シーンをダイジェストで記す。

 

 

 ▲

 

 

 

「人狼はかなちゃんとアクアくんだよ。さっきのルビーちゃんとの会話の時に発言に矛盾があったのと口調の変化、嘘をついてる時の癖が出てた。それに2回目にフリルちゃんと話してた時…」

 

 一戦目は名探偵あかねちゃん(市民)により全てが終わった。

 

 一人だけ知能のレベルが違いすぎたのだ。

 

 最早、占いなんかよりよっぽど正確に色々わかるので占い師などという職は不要である。

 

 俺の役職は市民であった。

 

 

 

「───皆、私の話を聞いてくれる?」

 

 二戦目は打って変わって、不知火フリル無双であった。

 

 彼女の圧倒的なケレン味により、議論の流れを完全に持っていかれたのだ。

 

 文字通り、場の空気を作り出していた。

 

 そしてなんと、彼女が人狼だったのだ。

 

 そして結末としては、市民陣営は完全に乗せられて敗北した。

 

 因みに黒川さんは初日の夜に死んだ。残当である。

 

 俺の役職は市民であった。

 

 

 

「はいはい!私、今回占い師です!」

 

 三戦目はアホの子ルビーにより混沌とした話の流れになった。

 

 ルールをいまいち理解できていない風の彼女は性善説で皆の潔白を頑張って示していた。

 

 その微笑ましい光景に皆、和んでいたのだがこの回には衝撃のオチがある。

 

 ───なんと、ルビーは狂人だったのだ。

 

 本物の占い師(アクア)は不運(故意)にもカミングアウトする前にやられてしまい、何故か(故意)一人も人狼を見つけられないドジっ子キャラで通して、日数を稼がれて市民陣営は壊滅した。

 

 俺の役職は市民であった。

 

 

 その後も、嘘、ハッタリ、演技、推理、メタ読み、何もかもを使った超高スペヒロイン共による無駄にハイレベルすぎる戦いが繰り広げられ、このゲームは多いに盛り上がったのだ。まぁ、楽しそうでなによりである。

 

 …何故か俺は全てのゲームにおいて無能市民だった為、今までの転生者ライフ同様、やる事は特に無かったし、何も出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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ラブコメ主人公の恋バナは非モテには聞くに堪えない

 

 

 

「夜と言えば、恋b「ホラゲーだろ。テメェは恋バナなんかしなくてもどうせ誰か部屋凸してきて恋愛ショー始まるし」…うっ、すまん」

 

 シスコン野郎を引き金に始まった大波乱の人狼ゲームが夕食の時間になった事によりやっとの事で終わりを告げた。

 

 もしかしたらアクアと話す事ができたからヒロイン達ともワンチャン友達くらいにはなれるかもしれないというご都合主義的な醜悪な考えが心の何処かにあり、それ故に俺は失敗したのだ。

 

 相手方には嫌だ嫌だと口では言いながらアクアにかこつけて芸能人にお近づきになりたいさぞ気持ち悪い人物に映っているだろう。

 

 今からでも原作のヒロインの誰かと物語のような恋愛が出来るかもしれないと捨てた筈の自尊心を無意識下に目覚めさせ、普段の影に徹するスタンスを曲げてしまった。女の子が向こうから俺を求めてくれた事に何処か期待していたのだろう。

 

 アクアとの関係はあくまで俺側の欲や期待が比較的薄いから上手くいっているのであって、女性との関係はそういったものが強く入るから自分には無理だとアクアと何度も話していたはずなのにこのザマである。

 

 やはり、この低俗な欲に流されて失敗する辺りは俺が凡人である証左であり、何処までいっても端役以上になれないことを示すものである。

 

「…あと、なんか色々すまんかった。気の知れた仲とはいえ流石に調子に乗り過ぎた」

 

「そうだぞオメー。折角大枚叩いてやってきた旅行先で痴情の絡れに巻き込みやがって。俺、さっきの2時間で100回は不整脈になったし、目眩と動悸も止まらなかったんだ。慰謝料を請求する。なんやかんや買い忘れてた9月発売のスプラの新作の購入資金を寄越せ」

 

 それはそれとして、寝返ったコイツは許さん。罪悪感にかこつけてちゃんと取れるもんを獲っとく。まぁ、俺の黒歴史は5000円くらいである。安上がりな男だ。

 

「…そういうお前の素直に怒ってくれるとこにはマジで感謝するわ」

 

「ほんと、感謝しろよなぁ。オメーは"大丈夫、気にしてないよ"とか言った方がかえって気にするクソみたいな性格してるから真面目トーンのときのがメンドイのよ」

 

「全部お見通しか。ふっ、情けないな、俺」

 

「ほんとだよ。てか、お前はもうちょい外道になっても良いんだ。その観点から言えば今回俺を問答無用で地獄に叩き落とした辺りはかなり成長してるぞ」

 

 そもそも、あの子達とて悪気があってキラキラしたオーラを発している訳でも、こちらに接触しようとしてきてるわけでもないので事故のようなものである。オーラだけで死ぬ俺がスペランカーすぎるだけなのだ。

 

 多くの人と関わる事が当たり前の世界の頂点に立つ彼女らにとっては、俺のような16年、転生前も含めると40年弱生きて関わった女性がマジでオカンくらいしかいないチー牛陰キャの存在なんてカルチャーショックもいいところだろう。

 

 まぁ、中途半端な陽キャにありがちな陰キャを見下すような感じでは無かったので恐怖こそすれど腹を立てるような事はない。外国人と会話するときは価値観の違いからすれ違いが発生するのは当たり前なのだ。

 

 …俺にとって女子は異邦の人間レベルなのが一番の問題なんだよなぁ。

 

 結局は、自業自得なのである。

 

「そもそも、人間的にはお前のがだいぶ正しいからな。女の子相手だったら俺の対応なんて全部器の小さい男だって取られかねんし。で、やるホラゲーは…リトルナイトメア2と夜廻三があるがどっちにする?ええっと、簡単に言えばエキゾチックな洋風ホラーかノスタルジックな和風ホラーだ。どっちもナンバリングや時系列はそこまで気にしなくても楽しめるから安心してくれ」

 

 ホラゲーはびっくり系のものよりじっとりとした雰囲気の良いものが好みの俺の持ち合わせは必然的にこんな感じになる。サントラがいいホラゲーは神ゲーなんだよ!

 

「話をすぐ流してくれるのも助かる。…折角の温泉旅館だし、和風の夜廻にするか」

 

「りょ」

 

 微妙にごめんなさいモードが続行してるアクアをとっとと恐怖のドン底に叩き落とすべく、俺は嬉々としてSwitchをテレビに接続した。

 

 

 

 ▲

 

 

 

「そ、それで、お前は結局誰が好きなんだ?」

 

「お前は相変わらずホラゲー好きなのにホラーが苦手なんだな。怖さを紛らわす為に結局恋バナを振り始めるし」

 

「ホラゲーはクリアした後に思い返すと神ゲーだったなってなるのであってやってる最中はクオリティーが高ければ高い程クソゲーだと思うんだよ!ぎゃぁぁぁ!追いかけられる!」

 

「にしても、キャラデザもサントラもいいなこのゲーム。僕も過去シリーズ買おっかな」

 

「なんでそんなに冷静なんだよオメー!あれか、それくらいの肝が無ければ女の子何人も侍らせられないのか?!はいはい、どうせ俺はビビりのクソ雑魚ナメクジですよ〜。ひぃぃ!」

 

 その後コントローラーが手汗で滑り上手く操作出来なくなり、結局俺は化け物に捕まってしまった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、はー死ぬかと思った。やっぱ、黒歴史製造した後はホラゲーに限るな。いい感じに頭の中の鬱屈とした気分が全部飛ぶ」

 

「もしかしてお前がホラゲー好きな理由って黒歴史の荒療治にいつも使ってるからか?だとしたら酔狂すぎるだろ、お前」 

 

「恐怖や嫌な事を忘れる方法はただ一つ。それ以上の嫌な物や怖い物で頭を埋めるんだよ!おら、消え失せろ、3時間前の黒歴史!ひぃぃぃ!」

 

「まぁ、いいや。僕も丁度恋バナしたいと思ってたし。ラジオ代わりにでも聞いてくれ」

 

 その後、聞いた話としてはまぁ、原作通りである。

 

 ある悩みが解決したから、外へ目を向ける余裕が出来た。

 

 有馬かなと黒川あかねが少なからず想ってくれてるからそろそろ向き合った方がいいんじゃないかと。

 

 でも黒川あかねはある私情により利用してた部分があるから少し引け目がある。

 

 有馬かなはアイドルであるので安易に恋愛すると良くない事が起こるんじゃないか。

 

 ポツポツと、アクアは言葉を紡いでいく。

 

 まぁ、原作知識持ち的には暫くしたらこのヒロインレースに前世バレしたルビーが参入してくる事を知っているので今真面目に相談したところで全部ポシャるだけだと思うのだが…、そんな事はコイツが知る訳もないのでヒィヒィ叫びながら適当な感想だけ言っていく。

 

 でも実際どっちが良いんだろうな。俺みたいな自己中心的で気の弱い一般男性が恋愛するのであれば黒川さん一択のような気もするが(また俺が驕ってる)、アクアは相手の女の子が幸せになる事で自分も幸せになれるスパダリなので信頼してる人に対してチョロい有馬さんともかなり相性がいいんだよな。

 

 ルビーを選択する場合に関しては最早俺の理解の外である。

 

 転生者とは言え16年その身体で生きると意外と自己の認識は体に引きづられるというのは俺もひしひしと感じている。だからアクアも幾らさりなちゃん相手とは言え、妹として接した16年の重みはそれなりにある筈なのだ。

 

「まぁ、お前、複数人に一定以上の好意を抱かれた状態を特に人間関係をギスらせずに保てるあたり不本意だろうけどハーレム作る才能あるから、いざとなったら『俺は皆を幸せにしたいんだよ!』とかいう優柔不断の三流なろう系主人公みたいな事言って刺されて死ぬか、ハーレム王かのデッドオアアライブの賭けにでも出たらどうだ。死んだら骨くらいは拾ってやるよ」

 

「…怖い事言うなよ」

 

 ラブコメとしちゃ、誰も選べないのはクソ主人公もいいところだが、現実でヒロインの失恋を観るとか心が痛いとかいうレベルじゃないので俺としてはそっちの方が健康にいい。

 

 俺も原作ヒロイン達の前ででしゃばったことによる失敗を経て改めて自身のスタンスを徹底する事を思い出したし、話の外側からコイツの恋愛周りの惨劇を眺めることにするとしよう。

 

「さて、次は誰が部屋凸してくるか楽しみだなアクアマリン」

 

「…お前、マジでメンタル強いのか弱いのかよく分からん男だな」

 

 不健康で不健全な夜は、ホラーと恋バナと共に更けていく。

 

 夜明けはまだ遠い

 

 



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最終的に土下座する話

 

「…お兄ちゃんの友達が正体不明すぎる件について」

 

 ロイヤルスイートで始まったパジャマパーティで上げられたのはそんな議題。

 

 槍玉に挙げられた事を当人が知ったら心停止すること間違いなしだがそこはそれ、知らぬが仏である。

 

「仲良すぎなのよ、あの二人。いつも通りアクアの方がたらし込んだかと思いきや、見た感じたらし込まれた風だし。でも情報抜こうにも、そもそも会話が成立しないのよね、あれがガチ陰キャって奴?あれに比べたら確かにアクアの陰オーラはパチモンね」

 

 有馬かなは今日も平常運転である。

 

 

「有馬さんの言葉には棘があり過ぎるけど、大筋はそう。私達がいる業界ではあまり見ない、いや"視えない"タイプの人間ね。静かな大衆(サイレントマジョリティ)と言ったら分かりやすいかな。どんな時もその他大勢に徹してきた人、彼の場合は多分ネットだとかのマクロな部分だけでなく日常生活のミクロな部分でも。文字通り陰に住んでる人って感じ。…私達と相性が悪いのは当たり前、今回はかなり申し訳ない事をした」

 

 不知火フリルは顎に手を当てながらそう考えを述べる。

 

 ファンでもアンチでもない存在───サイレントマジョリティ、自分の意思をどんな形であれ発信できない人、付和雷同、いてもいなくても変わらない、代替可能な人。

 

 彼が彼である意味がないが故に、彼は彼女達が苦手なのだ。

 

 誰しも、ネットで自分と同じ年齢、年代の人間を調べて驚き、尊敬するのと同時にちょっぴり惨めになることがあるだろう。その関係性を煮詰めたのが彼と彼女らの関係である。

 

「でも謝る、ていうのも違うというか謝った方が余計に気にするタイプの人に見えるから今出来ることは無いかなぁ。私達の存在自体が彼にとっては致命的なのが1番の問題なんだよね。そもそも私達が彼に近づいた動機だって普通の男の人ならかなり面白くないよ。極端に言えばプライベートで遊んでるところに押し入ってきて『君の友達に興味があるから橋渡しなり仲介なりしてね。でも君には全く興味無いから勘違いしないでね』って言外に言ってるようなものだから」

 

 黒川あかねは彼の正体の核心部分を伏せてあくまで一般論でそう意見する。

 

 彼女は何もしない、否、出来ない筈の彼がアクアに何かしている事を知っている。その不自然さが故に彼女は彼に対して最大限の注意を払うのだ。

 

「確かに成り行きとは言え…割と畜生行為を働いてるわね、私達。今からでもフォローというか甘い蜜吸わせとかないと良くてアクアと絶縁、最悪週刊誌にチクられてあの男が散々言ってたようにホントにハーレム王アクアマリンが爆誕するわよ」

 

「あの人散々言ってはったけど改めてエグい字面やなぁ、それ」

 

「一応、旅費を補填したりで金銭的にはフォローしてあるけど…それで止められたら芸能人はスキャンダル記事で苦しむことなんて無いわよね。何でこんなメンバーで押しかけてるのかしら、この子達…」

 

 斉藤ミヤコがそう頭を抱えると、状況を理解したMEMちょの顔から血の気が引いた。

 

「あれ?何気にアクたんも私達も今かなりヤバい状況?」

 

「あの友達の人がモテモテなお兄ちゃんへの嫉妬を拗らせてプッツンしたら皆仲良くお兄ちゃんのハーレムメンバーだよ。妹の私は大丈夫だけど」

 

「それはそれでいい気がしてきた…美女ハーレム…」

 

「ちょ、フリルさん、冗談やよね」

 

「…無論よ。とりあえずアクアさんとその友達の方の関係が険悪になってないかだけでも確認した方がいいんじゃないかと」

 

「じゃ、偵察は私ことMEMちょとミヤコさんで行きまーす。ミヤコさん、いいですか?」

 

「そうね、それがいいでしょう」

 

 このメンツの中では社会常識があり、年齢的にも大人なため消去法である。

 

 かくして斥候部隊である"第一陣"が出立したのだ。

 

 

 

 ▲

 

 

 

「遅いわね」

 

 雑談の中、ふと有馬かながそう溢す。

 

 MEMちょと斉藤ミヤコが出立してから2時間ほど、時計の短針は10と11の間を示していたが彼女らは帰還の気配を見せない。

 

「そーだね。やっぱりお兄ちゃんの友達の人ブチ切れてて、色々守るために必死に交渉してるんじゃない?…私もやらかしたなぁ、自信満々にフォローするとは言ったけど芸能界での会話のフォローと一般のそれがまさかあそこまでかけ離れてるなんて…」

 

「いや、アクアの友達には悪いけどあれは一般以下よ。幾ら芸能人相手とはいえ動揺の仕方が尋常じゃなかったもの。シャイなファンでもあそこまで緊張しないでしょ」

 

 反省するルビーに対して有馬かながそうフォローする。

 

 そう、彼は原作知識を持っているが故に、全員が物語の主要人物であったあの状況下で精神に必要以上に圧を感じていたのだ。その上、下手な事を言うと情報を抜いてくる黒川あかねが存在していたため彼の精神負荷は限界を超えた。まさしく原作知識をもつ弊害である。

 

「動揺の仕方、芸能人、何かを秘匿する仕草、道化を演じる、アクア君の知り合い…、うーん」 

 

 その黒川あかね当人は彼の必死の情報封鎖も虚しくどんどん核心に迫っていく。

 

「とりあえず、次は私達が様子を見てくる。いざとなったらみなみさんのおっぱいで悩殺すればモーマンタイ」

 

「ちょ、何言ってはるんですか、フリル」

 

 こんな経緯により、第二陣の斥候、否、斥候などという枠に収まらない主力部隊が部屋を出た。

 

 

 

 ▲

 

 

 

「…もしかしてコレ、ホントにやばい感じ?だとしたら何とかしてあの男の口封じしないと」

 

 有馬かながそう呟いた。

 

 時計の短針がさらに30度進んだ女子部屋、なんの因果かこの部屋に残ったのは原作メインヒロイン三人集であった。

 

「相変わらず発想が物騒すぎるよ、センパイ。でも確かになんかあったかもしれない、やっぱり口封じ?」

 

「嗜めた割に同じ結論に行っちゃってるよルビーちゃん。それにあの人はそんな強く出れる性格じゃない筈、だから…」

 

「じゃあ、何で部屋を出た四人は帰ってこないのよ」

 

「「「…」」」

 

 かくして割とクソみたいな事案で芸能人人生最大の危機に陥ったと勘違いした三人は各々の想いに心を巡らせる。

 

(あーくんとのスキャンダル…、私はまだアイドル生命や役者生命絶たれたくない、…でも、でももしそうなっちゃったなら、そのときは…)

 

(アクア君とのスキャンダル。まぁ、私は一応公的に彼氏彼女の関係だから今回叩かれちゃうのは状況的に爛れた女性関係だと書かれるアクア君の方。…次は私が守らなくちゃ)

 

(どうしよう私は、…私は妹だからモーマンタイじゃん。なんだ、心配して損した〜、ってセンパイ達がヤバいのは変わらないじゃん。どうしよ)

 

 …何故かそんなに深刻じゃなさそうな三人は誰からともなく、ダメだったらその時はその時くらいの気持ちで部屋を出た。

 

 彼女らが人目を避けながら格安部屋に向かい、ちょっぴり緊張しつつ扉を開け放った。

 

 

 

「───フリル、この戦いが終わったら俺と結婚してくれ」

 

 

「「「は?」」」

 

 

 

 最初に耳をついたのは諸々の緊張も葛藤も何もかも消しとばすアクアの言葉であった。

 

 

 

 

 ▲

 

 

 

 いやー、結構盛り上がってるな。アクアマリンの神話。

 

 最初はアクアをいじり倒す為だけに自作した、クトゥルフ神話TRPGのクソシナリオだったのだが、筆が乗って割と長編のシティシナリオになっちゃったのだ。

 

 シナリオの概略としては街の各所に訳あって閉じ込められた何人かのヒロインを救っていくお話であるが、そのヒロインというのが大体碌でもないキャラ、というかぶっちゃけ正体は愛が重く、こちらの倫理観が通用しない神話生物である。で、そんな一癖も二癖もあるヒロインを管理しながら上手く騙して最終的にまとめて宇宙に返品するというものだ。

 

 壮大な身内ネタである為、俺とコイツ以外の前ではまぁ、回す気はない。

 

 で、夜廻三が想像よりだいぶ怖かった上、鬱屈としてたため一旦中断して明日の朝に回し、パッション成分を補給する為にこのシナリオを鞄から引っ張り出してきたのだ。

 

 キーパーは俺、プレイヤーはアクアマリンただ一人。…の筈だったのだが、途中でMEMちょとミヤコさんが部屋にやってきた。人狼ゲームでキョドりまくったためもう失う物が何もない無敵の人状態だった俺は、諸々の謝罪を聞き流した後、彼女らがTRPGだとかいう物珍しい遊びに興味を示したのとアクアの助言もありメンヘラ女神話生物NPCの役を与えてみた。ぶっちゃけ、俺の脳内で何人ものクソ女をエミュレートするのはキツかった。

 

 そしたらまぁ、面白いのなんの。二人とも人生経験が濃いので妙にリアリティのあるメンヘラロールプレイをかましてくれる。特にミヤコさんは義母だとかいうセンシティブな関係なだけあってアクアはたじたじだった。最初にきた二人が役者じゃないのも気楽で良かったのかもしれない。

 

 で、第二陣として大女優不知火フリルとGカップグラドル寿みなみがやってきた。…それも俺が渾身の大根メンヘラ演技でアクアに迫ってる最中に。

 

 かくして不知火フリル、抱腹絶倒。

 

 俺は軽く死にたくなったがこれ以上失う尊厳も好感度も無いので、ギリギリ復帰。

 

 で、その後はNPC役をやるMEMちょとミヤコさんをみた彼女らが何か言いたそうな目で此方をみていたので沢山いるメンヘラ神話生物NPCキャラを一人ずつやってもらうことに。

 

 良い空気感が出来上がっている所に投入されたキャラの濃い二人は正に劇薬で、彼女らが来てからの1時間は腹が捩れっぱなしだった。

 

 そして、クライマックスでのあのシーンである。

 

「───フリル、この戦いが終わったら俺と結婚してくれ」

 

 口から出まかせ怪人と化したアクアはラスボス前にそれはもう調子のいい事を言いまくっていた。

 

 しかし、俺は、否、我々は現実において本当にアクアに対して重い感情を抱いている三人の存在をすっかり失念していたのだ。

 

「クソシナリオ制作してマジすいませんでした」

 

「有馬、あかね、ルビー、…これは違うんだ。役に入り込みすぎてて、もはや何が違うのか分からないが取り敢えず違うんだ」

 

 彼女らの視線が氷点下まで下がったのを感じた俺は瞬時にジャンピング土下座を敢行。

 

 調子に乗ってたスケコマシ主人公も同様にとりあえず地面に頭を擦り付けた。

 

 事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。

 

 

 

 



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内弁慶レベル100

 

 

 

「その、アクたんの事ハーレムハーレムって散々弄ってるけど、…言い方は悪いけど、友達がめっちゃモテモテで自分はあんまりって男の人にとっては気にならないものなの?」

 

「うーん、そもそもそれを気にするような性格をしてる人間がアクアに近づくのが悪い、って思いますね。誰しも見た目や関係値で人を区別するものです。で、コイツの近くに立った時点で人格、容姿、能力、その全ての比較対象がコイツになるんである程度自尊心がある人間は友達やれないんですよ。だからコイツ同性の友達いないんですよね。その点、俺はとうの昔にある程度は自尊心を破壊されてるのでコイツと比べられようが元々、自己評価が低いんでなんとも思わないんですよね」

 

 場の流れとノリで土下座した俺達だったがその後何とか誤解を解く事に成功して(アクアが演技とは言え、女を口説きまくっていた事は誤解もクソも無い)、なんやかんやまたしても全員集合した部屋に俺はアドレナリンでキマった脳みそを伴って居座っていた。

 

 で、三人増えたから次はパラノイアでもするかとネットでシナリオを探していたら、ふとMEMちょさんにそんな事を聞かれたので俺はそう答えたのだ。

 

 原作における姫川さんやメルト氏もアクアと同等位の何かを持っている人である為、彼に特別な悪感情を抱かずに過ごせている事からわかる様に友達になる際の人間としての総合的な能力差というものは割と重要なものであると俺は考えている。

 

 多分、星野アイも似たような理由で同性に好かれなかったと思われる。男性のアクアでさえそうなんだ。女性のほうがそういうものはエグいだろう。

 

「というか人が人を区別するのは当たり前でしょう。ほら、アイドルの推しって概念だって突き詰めて言えば、自分達凡骨の何千倍も努力してる女の子に何様目線で序列をつけてるんですよ?男性側がそれを当たり前のように行ってるのに、いざ自分が女性に同じ事をやられたら顔を真っ赤にして怒るっていうのは人間の尊厳まで捨てちゃってると俺は思う訳ですよ」

 

「相変わらず、コミュニケーション能力のオンとオフが激しい男だな、お前。そしてそのモテなさすぎる事への言い訳を煮詰めたような理屈も相変わらずか」

 

「うるせーぞ、アクアマリン。…まぁ、というわけでモテたいとは思うけど、アクアと比べられてどうこうってのは無いので気にしないでください。酷い人だと俺のあらぬ噂を流して俺とコイツを引き剥がそうとしたクソ女もいた位ですから慣れたものです」

 

 俺がヤリチンのレイパーだ、って噂が流れた時は二人で爆笑したものだ。俺に確殺入れるならもっと他にやりようあっただろうに…。

 

「いや、でも、やっぱり多少は気にならないの?推しのアイドルが友達にだけデレデレしてるんだよ?」

 

 ルビーが前世のドルオタとしての感性からそう言った。

 

「いや、アイドルのファンって何人いると思ってるんですか。で、当たり前ですけど人間1000人も集めれば全てにおいて自分より優れている人がいる訳で、俺はそれが偶々アクアという形で可視化されただけで美女、美少女の心なんて残りの999人は手に入れられないのが当たり前なんです。寧ろ裏でこっそり、とかの方が地獄じゃないですか。アクアだったらまだ納得出来る分、俺が過去裏切られたvチューバーより百兆倍マシです。グッズの結婚指輪まで買ってたんですよ!おら、笑うなアクアマリン!」

 

 例のエンゲージリングで俺は皆のアイドルにガチ恋する不毛さを学んだのだ。好き、という気持ちが湧いてこれど自分が彼女らをどうこうできると考えるのは思い上がりも甚だしい。

 

「なんか、貴方の思考ってモテない事に対する極まった防衛方法ね。でも話を聞いてる感じ、何とかして普通に話せさえすれば思考能力も性格も悪くないから変に高望みしなければいけるんじゃない?」

 

「いやいや、俺は高望みしてるんですよ、有馬さん。そこの色男の近くに浅ましくいることがその証左です。そりゃ、俺だって100%善意でコイツの友達やってる訳じゃ無いですよ。"アクアと比べられて馬鹿にされてもいいから可愛い子と知り合いたい"って欲望がキチンと働いています。可愛い子と知り合いってだけでなんかちょっぴり自信出るじゃないですか」

 

 深夜テンションでどんどん口が回る。多分、明日の朝には悶絶しているがそれはそれ。今は原作キャラ相手に舌が回ってる奇跡的な状況を楽しもう。

 

「お前の性癖は、"特別な女にモテたいというわけじゃなくて、特別な女にモテる自分を周りに自慢したい"だったか。そりゃ、そんな感じのムーブになるわな」

 

「お前ナチュラルに俺の性癖公開したな、人の心とか無いんか」

 

 ここでそれはヤバいだろ、と奴に非難を送ると、周りから意外そうな目で見られている事に気付く。

 

「…どうしたんです?皆さん」

 

「いや、それを自覚してる男の人っているんだ、と驚いただけ。芸能界にも似たような行動原理で迫ってくる人が多いんだけど、彼らは彼ら自身がそう思ってる事を絶対に認めないから、…言い方は悪いかもしれないけどその醜さを割り切れてる君は物珍しいの」

 

「そりゃ、なにかしらの箔がついた人間にお近づきになりたい理由なんて綺麗事を除けばそれしか無いでしょう、フリルさん。俺みたいな自分で自分を磨く努力ができない人間は形式的な肩書きやバックにいる人間、偉大な友人の威を借りてなけなしの自尊心を満たしてるんですよ。ほら、俺がアクアと関わってるのだって見る人が見ればそうだと思われますし」

 

 心当たりがあるのか皆、バツが悪そうに目を逸らした。まぁ、対外的に見たら当たり前だが俺が胡散臭いので色々疑われるのは当然である。

 

「相変わらず自罰的で自虐的だな…お前は。格差への怒りを他人ではなく自分に向けられる時点でホントの最底辺じゃ無い事に早く気付け」

 

「オメーにだけは言われたくないわ、このファッション陰キャ男。マジでこんな美人の子たちにある程度信頼されてる時点で男としては最上位もいいとこだ。で、皆さん、他に聞いときたい事や言っときたい事あります?多分、深夜テンションが消えたら元のコミュ障ゴミ陰キャに逆戻りなんで今のうちにオナシャス」

 

「えっと、じゃあ、今のうちにちゃんと君を見て謝っておきたいと思います。今日は謝罪だとか補填だとか言いながらアクア君と自分達のことしか考えてなかった気がして…、申し訳ない気持ちで一杯です…」

 

「いやいや、いいっすよ、黒川さん。今から最低な事言いますけど、俺が逆の立場だったら絶対同じ事、いやそれ以上の酷い対応しますし。そりゃ身内の恩人の美少女と部外者の胡散臭いデブスが並んでたらどんな聖人でも多少は対応に差が出るもんでしょう。りんごが上から下に落ちる物理現象のように当然の帰結です」

 

 そもそも恋は盲目であるし、自分が出来ない事を他人に期待する事は愚か者のする事である。

 

「ブッ、ちょ、笑いのツボ入っちゃった。アンタめちゃくちゃ話面白いじゃない。トークが全部何処か仄暗い感じなのがめちゃくちゃいい味だしてるわよ」

 

「有馬とお前は相性よさそうだよな。どっちもえげつない程の毒舌だし」

 

「だーかーら、俺のこれは身内限定だっつーの。明日には元のクソ陰キャに逆戻りだよ」

 

 内弁慶レベル100は伊達ではないのだ。

 

「いやいや、一回話せたらもう大丈夫やと思いますよ?今日の機会でルビーのお兄さんの友達とかいうほぼ他人から直の知り合いに変わりましたし」

 

「それはそれで絶望的ですよ、寿さん。正直、ガチで女性と縁がない人生を送ってきた俺がいきなり日本トップレベルの美人と知り合いになったらその落差で爆裂四散します。ほら、深海魚って急に陽の当たる場所に引き上げたらその水圧の差で死ぬでしょう」

 

 その後も、まぁ、諸々の質問に答えていった。

 

 彼女達にしてみても、普段絶対に話さないような人間の長話は物珍しかったのかまぁ、話のウケは良く転生前も含めた俺の人生でも5本の指に入るくらいの成功体験だったと思う。

 

 

 

 

 ───ただまぁ、最後の最後にとんでもない爆弾が飛んできたのは後から思えばちょっとした笑い話である

 

 

 

 

「はいはい!質問!お兄ちゃんマスターのキミ的にはお兄ちゃんはぶっちゃけどんな女の子がタイプなの?キミの性癖もお兄ちゃんが勝手に開示してたからここらで仕返ししとこうよ」

 

 

 

 

 まじでどーしよ、この質問、何言っても修羅場待ったなしじゃん。

 

 

 



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好きなタイプは?相手は?さあ答えて

 

 星野愛久愛海という男は結局どういう女が好きなのか。

 

 この質問にはあまりにも多義的な要素が含まれており容易に答えることは出来ない。

 

「えっと、ルビーさん。それマジで聞いてます?」 

 

「うん、大マジ」

 

 ダメだ、なんか答えるしかないっぽい。

 

 脳死で星野アイ、と答えるのは簡単だが割とセンシティブな話題なので出来ればそう答えたくはない。

 

 かと言って誰かに寄った回答をするとこの先のストーリーラインにどんな影響が出るか分からない。ヒロインのパワーバランスはかなり拮抗しているのだ。

 

 

 

 ───ならどうするか

 

 

 

「そうですね…好みと言うにはちょっとアレかもしれませんが、コイツは自分が助けたり尽くした相手に対して絶対に恋愛的な欲求を押し付けない面倒臭い性格をしてます。まぁ、相手の弱味に付け込んで稼いだ好感度を使いたくないとでも思ってるのでしょう、贅沢な話ですね。という訳である種の誠実さというか…自分に対して潔癖なところがある性格してるんですよね。まぁ、そんな性格をしてるからさらにモテるんでしょうけども」

 

 

 

 全員平等に沈めれば良いんだよ!

 

 

 

 アクアのヒロインというのは突き詰めて言えばアクアに救われた人達であり、アクアはそのアドバンテージを振り翳して彼女らをどうこうするという事にたいして忌避感を抱いている。まぁ、前世が人を救うのが当たり前の医者ですからね、弱みに付け込むなんて論外なんでしょう。

 

 逆説的に言えば、救われた側の女の子からしたらアクアに何をしても心の底からの好意だとは受け取って貰えず"俺がそれっぽい事をしたから騙されてるだけだ、申し訳ない、やっぱり俺は悪い奴だ"と精神的メンヘラ自傷行為のネタにされてしまう。

 

 アクアに好きになるような事をされればされる程アクアの好感度が恒久的に上がりにくくなるのは控えめに言ってゴミすぎる。

 

「「…」」

 

 案の定、黒川さんと有馬さんが渋い顔してる。この二人は割と劇的に助けられちゃったからなぁ。アクアが意味不明な負い目を感じているのだ。

 

 ルビーはまだ前世バレイベントやってないからか普通に爆笑しているな。でもルビーことさりな氏は尽くされたという意味では最も長い期間、彼からそれを受けており、ある意味アクアにとっては一種の聖域になってしまっているのだ。それ故に今更恋だ性欲だなどと言ったチープな感情は発生しにくいのでは?と思ったりしている。というかそもそも肉体的には双子だし。

 

「で、当人的にはどうなんだ?」

 

「…ノーコメントだ。でも下品な感じじゃない分まだマシだった」

 

 まぁ、表情的に思い当たる節はあるのだろう。

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ。女子や保護者もいる前でそっちの意味での性癖の話なんて出来るわけないだろう。それこそセクハラでコンプラ的にアウトだ。でもお前はなんで助けた相手に負い目を感じるのか全くわからん。俺みたいな常人だったら嬉々として振り翳すだろうに」

 

 何人か、というかミヤコさんを除いたほぼ全員がお下劣な方の話も聞きたそうにしているが努めて無視する。性癖の意味を履き違えてはならんし、男のそれは同性間で秘匿されるべき情報であるのだ。バラしたら戦争である。

 

「さてな、…もういいだろ、ルビー。この話はこれくらいにしよう」

 

 あっ、コイツ嫌な話題になったからルビーの方を止めた。上手いけどちょっと卑怯臭い。

 

「まぁ、せやな。これ以上突っ込むと相互確証破壊で互いの諸々が終わるまで戦う事になる。というかこのレベルの美女、美少女揃いだったら好みもクソもないだろう。余程目が肥えていない限りある一定ライン以上からはキャラの系統なんてあんまり関係ないし、男なんて単純な生き物だよ」

 

 これで美しさの系統もあまり関係ない事を言えたから、全員フラットだろう。何とか上手く切り抜ける事が出来た。

 

「あっ、最後に一つ、興味本位で聞いてみたい事が。もし貴方が女だったとしたらアクアさんをどう堕とすの?」

 

 ふと、フリルさんが本当に興味本位でそんな質問を飛ばしてきた。

 

「あー、そっすね。ぶっちゃけコイツ男の癖してメンヘラなんで攻めすぎてもピキるし、放置しても消えます。なので本気で堕としたいなら着かず離れずの距離を維持して5〜10年くらいのズルズルとした耐久戦に持ち込みますね、多分その前に俺がコイツに飽きますけど。コイツはある程度長期間一緒にいると勝手に責任感じ始めるタイプだと俺は見てます」

 

 そう、今述べたのは原作で言うところの毒舌看護師ムーブである。恋愛を楽しむ事を度外視して結婚する事だけ考えるのだったら多分あれが最適解だと俺は思っていたりする。変にしっとりしてなくて気安いし、でも信用は出来るし、最終的にまぁ、なし崩し的に一緒に過ごす、って言うのもそれはそれで良い話だと思うのだ。まぁ、ラブコメとしては山場が無いので三流もいいとこだが。

 

 転生後の俺のアクアに対するムーブはこの看護師→吾郎の関係と吾郎→アイの関係を参考にして組んでいる。実はこれが俺が唯一、原作知識を有効に使った事柄だったりするな。

 

 恋愛において人の内心に踏み込むという手段は、アクアや黒川さんのように才能のある人間だったら劇的な効果があるが俺のような凡夫は普通に怒りを買って終わりである。

 

「勘弁してくれ、まさかいつも何も考えてなさそうなオマエがここまで分析してたなんて思わなかったぞ」

 

「ザマァねぇな。俺は超絶美人軍団に押しかけられて生きた心地しなかったんだ。折角の温泉旅行なのにかえって疲れたまである。これくらいの仕返しは喰らってくれや。で、折角全員揃ってるんでまたなんかして遊びます?パラノイアっていうTRPGの用意なら出来てますけど…」

 

「やろう、今すぐにやろう、これ以上お前が口を滑らせる前に」

 

 という訳で俺はこの後数時間、自分より圧倒的に格上の人相手にUVとして接するという世にも奇妙な体験をしたのだった。

 

 

 

 ▲

 

 

 

 いやー、楽しかった、楽しかった。

 

 急遽拾ってきた目的も簡単な短編シナリオであそこまで盛り上がるとは思わなかったな。

 

 特に有馬さんと黒川さんの足の引っ張り合い(ZAP合戦)は面白すぎて腹筋が攣るところだった。

 

 にしてもやっぱりある一定以上の能力がある人間にはきっちりとユーモアも備わっているなぁ、と改めて思ったり。ある一時期を除いて、前世も今世も基本的には自身も含めてそこまで頭の回らない人しかいなかったから、何も言わなくてもこっちの意図が伝わってくれたり、自分の想像以上の事をポンポンとかましてくる感じはとても懐かしいな。

 

 というか俺がキーパーやっていた都合上、ゲーム上の秘密チャットの為とは言え、この人達とライン交換してしまった。最初はアクアのスマホ借りようと思ったが、アイツ、色々バラされた仕返しと言わんばかりに突っぱねやがって。まぁ、流石に向こうからすぐに消してくれるだろうし、そこまで気負う必要もないか。

 

「やっぱ、キーパー上手いな、お前。厳密に言うと人を遊ばせるのが抜群に上手い。毎晩やってるマイクラだって、…あっ」

 

「なんだ、お兄ちゃんがほぼ毎晩話してる相手ってこの人だったんだ。…その、良かったら偶にでいいから一緒に遊ばしてくれたら嬉しいなぁ、って。今日一日一緒にいた感じ、貴方は悪い人ではないし、ノってれば死ぬ程面白い人だから」

 

 あっ、これは前世なら間違いなく勘違いしてたやつですね。メインヒロインの火力高すぎてびっくりしたわ。原作知識無かったら告って死んでました、…ホント、たまには役に立つな。

 

 諸々の事情を考慮すると、多分、彼女は本当にマイクラやりたいだけである。

 

 というかアクア、夜な夜な俺と遊んでる事周りに伝えてなかったのか。

 

 で、そんな話をしていると深夜テンションの他の子達もやりたいと言い出して気づいたらディスコードのサーバが出来上がっていた。鯖主は俺だが、サーバー名は「アクアマリンキングダム」である。メンツ的に残当である。

 

 …最初はやらかしたと思ったが、このサーバーにより原作のストーリーの進行具合をかなりの精度で確認できるようになると気づいた俺は展開に影響を与えないように留意しつつ、頑張って彼女達との関係を継続してみることにした。まぁ、アクアが再度闇落ちした際にアボンする可能性は高いが、そうなった時はそうなった時である。

 

 かくして、より高精度で原作を観測できるようになった俺は、これからどうしようかと想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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フラグ管理人と化した一般人

 

 俺のスマホがやけに重い。

 

 無論、物理的な意味ではなく感覚的な意味でである。

 

 あの三日間に渡る狂った温泉旅行は、無事終わりを告げ、俺は起伏に乏しく、しかしそれ故に平和な日常に帰還を果たしたが、あの狂騒の影響が綺麗さっぱり無くなったかと言えば、残念な事にそうはいかなかった。

 

 推しの子という物語におけるほぼ全ての主要人物と縁が出来てしまったのだ。それはスマホの連絡先という形で如実に現れていて、それ故に俺はあれ以来スマホの重量をより意識的に感じる事になったのだ。

 

 一日に一回は誰かしらから個チャで連絡、というより雑談を振られるし、アクアとゲームして遊ぶ時は誰かしらヒロインの女の子も一緒に遊んでいる。

 

 まぁ、元より転生者的にはヒロインと恒常的に絡めるようになるのは願ったり叶ったりであるし、自身の暇つぶしついでにアクアとヒロインの親密度の水増しにでもなれば物語は良い方向に進むだろうという希望的観測もある。

 

 流石に転生当初やヒロイン遭遇時とは違い、俺自身が原作知識使って無双してヒロインにモテまくるぜ!的な愚かな欲望は自身の内で正しく絶たれ、健全に対話を重ねていく内に彼女らは良い友人といった認識に落ち着いた。

 

 欲望と供給の関係、有り体に言えば物欲センサーとは面白いもので、俺から原作キャラ云々といった欲望が解消された直後、黒川さんやアクアの紹介でかなりの重要キャラである姫川さんや五反田監督と知り合えたり、フリルさんの紹介で彼女の姉である不知火ころもさんやその一派とも知り合えたりなど、あれ程不可能だと思っていたかぐや様関連のキャラも見え隠れし始めたのだから分からないものである。無論、このナリなので今まで通り恋愛は無理だろうが。

 

 まぁ、暫くはそろそろ俺の原作知識の限界点が近づいてきた事もあり、アクア周りのイベントのフラグ観測に終始しなければならないから自身の生活の質の向上のために本格的に人脈を広げるのは一先ず後回しである。

 

「人生分からんモノだよな。芸能界やネットに踏み込まずそれ関連の人間とかなり多く知り合えるなんて。その反面、有名で功績のある人間と知り合い、そのコミュニティに属するとあたかも何の取り柄も無い自分までそのレベルの人間になったと錯覚してしまうから恐ろしくもあるな」

 

 良いイベントが沢山起こっているからこそ、この良縁の起因が俺ではなくあくまでアクアである事を正しく認識しておかないと俺は驕りによって身を滅ぼすだろう。

 

 それ程までに、有名人との縁という物は魔性であり蠱惑的なのだ。

 

「いや、そうやってちゃんと一線を引けてるからお前は縁を維持できているんだ。俺はあくまで紹介、というか原因になっただけでその後の関係の維持は正しくお前の功績だ。芸能人やネットの有名人は一線を超えて無礼に踏み込んでくる相手には敏感だからな」

 

「褒めてくれるのは嬉しいが、それで舞い上がったり調子に乗ったりする様な感じになった途端破綻するのが何とも言い難い感じだな。あぁ、一線と言えば、家族への秘匿もかなり大変なんだ。特に俺の兄弟連中はこの事を知ったら絶対に集ってくる。そしたら縁も全て切れてしまうだろうし…すまない、少し愚痴になってしまったな」

 

 転生後の家族は、…正直少し苦手である。彼らに際立った悪性は無いのだが根本的な価値観の違いという奴だろうか?男兄弟しかいない大家族故に物品や資金の個人所有、個々の人間関係の独立性、物理的な意味であれ精神的な意味であれパーソナルスペースの遵守といった概念が皆無の令和の昨今には珍しい極めて昭和的な家庭であり、俺は成長過程でかなりのストレスを強いられた。特に俺の魂の友ともいえるゲーム機や高スペックPC、漫画やライトノベルをはじめとする書籍の完全個人所有は困難を極めた。その過程で兄弟間では比較的浮いてしまったのはコラテラルダメージである。

 

 それでも際立った実害が無かったのは、俺も含めて兄弟皆平等に持たざる者であったが故、妬みから奪われることも壊される事も比較的無かったのだ。

 

 だが今回の一件でこと人間関係においては俺はお世辞でも持たざる者とは言えない状況になってしまっている。

 

 正直言って、転生後の家庭環境などといったクソみたいな理由で観測状況が悪化するのは御免被りたいし、心情的にもどこか極めて不快である。…切れる蜘蛛の糸というヤツだろうか、自分が手に入れた幸運を他人に共有出来ない者の末路など碌なものでは無いのだが、何分持たざる者だった故自分から奪われる事には慣れていないのだろうか、浅ましくも良縁を分け与える事に対して相手の為だと理由をつけて拒絶しているのである(本当に相手の為という側面も有ることがこの自己正当化を殊更にややこしくしている)。

 

「いや、いい。お前自身がいつもよく言ってるようにちょっとくらい相手の精神的に醜い側面が見えた方が人間関係としては健全だし、安心できるものだ。こっちは知っての通り色々秘匿してるせいで余り話せる事も無いし、愚痴くらいなら幾らでも付き合おう」

 

「すまんな。…それで今週末はB小町and黒川さんと宮崎旅行だろう?で、昨日は黒川さんとお出かけして明日は有馬さんと旅行準備という体のデート。スゲェなお前、マジで夜道には気をつけろよ」

 

「悲しい事に姫川さんにも同じような事を言われた直後だ。自分の中途半端さが恨めしいよ」

 

 今の時系列としては、宮崎旅行編直前。黒川さんにアクアの復讐関連の情報が渡り終わり、あとは女優賞イベントが有れば自動的にカミキヒカル発見といった感じだったか。

 

 ここらで一度、今後のイベントフラグを整理しておこう。

 

 まず、吾郎の死体発見によるルビーさん闇落ちイベント。

 

 これはあの鴉の上位存在が関わっている為、確定で発生するだろう。…あの少女によって俺の事までバラされた時はどうしようもないので諦めるしかないな。また、ルビーさんの闇堕ちはその後のB小町の飛躍と有馬さんへの精神負荷により、スキャンダル編のフラグにもなっている。…スキャンダル編はどうにかしたいとは思うが思うだけで特に解決策も浮かばないのでこのままでは墓暴きによる解決になってしまうだろう。

 

 次に、カミキヒカルによる片寄ゆら殺害イベント。

 

 人死を放置するのは心が痛むなんてレベルでは済まなそうなので、こっちは精神衛生上何としてでも解決したいが、発生日時も場所も不明であるからしてルビーの闇落ち以上にどうしようも無いというのが現状である。今回の一件で広がった人脈により片寄ゆらを捕捉できれば、どうにかして黒川さんやアクアをけしかけたりして解決出来るかもしれない。ただ、俺の人脈はあくまでもアクア由来のものである為、原作においてアクアが関係を持っていない以上どうしようも無い可能性が非常に高い。最終手段、カミキプロダクション粘着というものがあるが、多分俺が殺されるだけだろう。カミキに体は重いけど軽い命だ、と鼻で笑われながら死ぬのはゴメンである。

 

 三つ目は、壱護氏周りのイベント群である。

 

 ルビーが発見、利用し、アクアを再度闇堕ちさせ、ミヤコさんによってトドメを刺される不幸を運ぶクソグラサンおじさんである。…厳密に言えば不幸を運んでいるのは星野アイなのだがこの話は長くなるので割愛する。兎に角、俺に二次創作のオリ主ばりの干渉能力があれば、このイベントは再会の順番を入れ替えて初手ミヤコさんにするだけでありとあらゆるフラグが前倒しになったり折れたりするので良くなるかもと思ったり…原作知識切れで何とも言えないからアンタッチャブルなような気もする。

 

 四つ目は上と少し被るが、アクア再闇堕ちイベントである。

 

 このモテ男はド派手にぶっ壊れ、アイとの大切な過去も、周りの人間との楽しい今も、自身の未来も薪にくべてそれはもう暴れまくる。俺は原作を最後まで知らないので何をどうすればいいかさっぱり見当もつかないが人死が出そうになったら介入する、というのがこの凡骨の脳みそにできる精一杯の誠意だろうか。闇落ち自体を阻止しろや、という考えもあるだろうがカミキヒカルを放置すると恐らく酷い事になる以上、下手な事は出来ないのだ。

 

 …ああ、なぜ俺は二次創作のオリ主の様に星野アイの死を防げなかったのだろうか。原作介入可能状況が整ったのが物語後半だとか唯の罰ゲームである。フラグ管理の量が幼少期介入の比じゃない上、何をしても、否、何もしなくてもバッドエンドと人死が付き纏う難易度ルナティックの転生ライフである。

 

 俺だって元はもっと、こう、アイ殺害阻止!カミキヒカル逮捕!有馬かなの曲箱買い!MEMちょ学費支援!黒川あかね炎上阻止!ハーレム結成!的な大味かつ爽快な原作介入をしたかったのだが何故こんな事になっているのだろうか。

 

 加えて、転生先の家族などという原作など関係のない所での問題も発生しているので俺の低スペ脳みそは爆発寸前である。

 

 ───何も変えられない無能転生者を嘲笑う様にカラスが鳴いていた。

 

 

 

 

 



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初手でぶっ飛ぶ原作展開

 

「ゲームで初見のMAPを探索する時は取り敢えずスポーン地点から後ろに進む。これ鉄則な。クリエイターなんてものは大抵始まりに意味を持たせたがる。大体、隠し洞窟とかがあって伏線やフレーバーテキストが置いてある」

 

 

 

 いつ言ったかも覚えていないそんなありふれた雑談。

 

 

 

 原作キャラと関わる以上、何が展開に影響を与えるかなんて誰にも分からない、そんなことは承知していた。

 

 だが、…だが、これは無いだろう。

 

 

 

「せんs…、おにいちゃん♡」

 

 

 や、ら、か、し、た

 

 どういう訳か、宮崎旅行から帰ってきたルビーさんのアクアへの態度が目に見えて変わっていたのだ。

 

 この感じは前世バレイベントを前倒しで踏んでしまったということで間違いないだろう。

 

 これは…、どうなるんだ?  

 

 メタ的な視点を抜きにして本当に単純に考えるなら、良い事ではある。

 

 ルビーさんが闇落ちしないという事はまず第一に物語後半から最終章序盤にかけて彼女にかかり続ける精神負荷がかなり軽くなるという事である。

 

 加えて、釣り堀グラサンおじさんこと斎藤壱護の悪知恵を使わないので、B小町メンバー間の不和、それに起因するスキャンダル編への導線やアクア闇落ちの起点も消失する。

 

 正にバッドイベントをご都合主義トラックの如く轢き潰す、神の一手である。

 

 ただ、推しの子という作品はキャラに降りかかる不幸や苦痛が非常に大切な事柄になっているのは言うまでもない。

 

 この作品史上、最も魅力的とされる人物である星野アイの中身が人の業と星回りの悪さを煮詰めたような悲惨な物である様に、溢れ出る絶望と失意を飲み込んで破滅スレスレで頑張る女の子が一番美しいという考えを地で行っているのだ。もっとキラキラした素直さが良しとされるアイドル物の世界に転生したかった…。

 

 星野アイは極端過ぎるにしても、何かしらの不幸や人間性の破綻があった方がより垢抜けて美しくなるという事は死の淵で覚醒した黒川さんや幼少期からそうあれと願われて歪まされた有馬さんを見ても間違いないだろう。闇があった方がより人間性に深みが出るとでも言いたいのだろうか、本当に当事者からしたらふざけた話である。

 

「おい、アクア、ルビーさんに何したんだ?…アクア?」

 

「…済まない。今、少しだけ体調が悪いんだ」

 

 

 

 や、ら、か、し、た(2回目)

 

 これ、多分アクアが闇落ちしてるやんけ!

 

 いや、改めてよく声を聞いてみるとルビーさんの雰囲気も何処となく暗いものになってる。一体全体、宮崎旅行で何が起こったんだよ。

 

 前世バレしただけだったらどっちも明るい筈だし、やっぱり真犯人云々の情報を俺のバタフライエフェクトのせいでチャートが崩壊しただろう疫病神が二人に伝えて修正を図ったのか?

 

 えっ、だとしたら最終的に兄妹仲良くカミキに入刀する流れもあり得るやんけ。

 

 やばい、二人同時闇落ち…恐らく原作漫画的表現だと黒星と白星のオッドアイになってるのだろうか。兎に角、その影響は計り知れない。

 

 頭の中であらゆる可能性が現れては消えていく。

 

 黒川あかねとの交際関係、有馬かなの焦燥感、B小町の飛躍への影響、この章からスキャンダル編までの半年間に渡るルビーの精神負荷の減少とアクアの負荷の増加、斎藤壱護の発見の遅延、それに伴う芸能界に対するノウハウ不足による行き詰まり、そして最終章の映画への影響。

 

 だめだこりゃ。もう訳がわからん。

 

 何が原作介入可能だ、驕るのも大概にしろよ、俺。凡人がちょっと触ったせいでイベントフラグという名の地雷が一気に起爆したじゃないか。

 

「最近は元気そうだったのにまた鬱屈とした感じが戻ったな。…ルビーさんソイツになんかあったんすか?」    

 

 取り敢えず、ダメ元で探りを入れてみる。

 

「うーん、終わったと思った事が終わってなかった的な?夏休み最終日まで忘れられていた読書感想文の事を思い出しちゃったような感覚に近いのかな。それでちょっとバッド入っちゃってるの。でも、私も手伝う(・・・・・)からモーマンタイだよ!」

 

 考えうる限り最悪という訳では無いが、まぁそこそこヤバい答えが帰ってきた。

 

 …前提として原作でもそうだが星野アイの復讐関係の話ではアクアが一番殺意が低く、ルビーさんや黒川さんの殺意がべらぼうに高いという事実がある。

 

 己に言い聞かせないと殺意を維持できないアクアとそれを容易に維持できてその感情を理性的に利用する事が出来る彼女らでは雲泥の差である。

 

 この辺りがアクアが復讐向いていない所以であり、たとえやり切ったとしても幸福にはなれないであろう証左なのだ。

 

「そうですか。まぁ、奴の秘密主義はいつもの事ですし今回は妹さんと事情を共有している分少しは成長しているのでしょう。奴がヘラったり発狂したりしたらいつでもこのディスコに連れてきて下さい。せめてもの慈悲として完膚なきまでにトドメを刺してやります」

 

「いや、トドメ刺されるのかよ」

 

 まぁ、この通り事情を共有している事とルビーの前世周りの問題が解消したのは良い事ではあるし、危険な状況ではあるが俺も出来るだけ頑張ってポジティブにいくとしよう。

 

 あー、あと復讐関連に比べたらクソ程どうでもいい事ではあるが、アクアのヒロインレースはどうなるんだろうか。ルビーの前世早バレは単純に考えればかなり有利に働くが、原作の半年強苦しんだ末の救済の火力も馬鹿にならない。

 

 まぁ、ヒロインレース負けても妹だし、そんな酷い事にはならないだろ。

 

「取り敢えず、アクアがなんか鬱に戻った事はそれとなく他の人にも伝えとくから良い感じに慰めて貰ってこい。…けっ、羨ましい限りだ」

 

「いや、お前が伝えなくても「馬鹿か、こういうのは第三者から聞いた方が深刻度が高まってよりしっかり見てもらえるもんだ。自分で言ってもヘラってるだけだと思われるし、どうやっても多少は取り繕うだろ」…すまん」

 

「ホント、良い友達を持ったね、おにいちゃん」 

 

「兎に角、まずは彼女の黒川さんにみっともなく泣きつくんだな。お前は再三ビジネス、ビジネス言ってるが最近ガチで好きになってきてるのはお見通しなんだからな。相手の好感度は言うまでもなくカンストしてるんだからきっと迷惑だなんて思わんだろう」

 

「やっぱり、おにいちゃん、あかねちゃんの事好きなんだ。…浮気者」

 

 あーあー、俺しーらね。

 

 …冗談は兎も角、まぁ最強キャラはこのように便利に使い倒すものだ。もう全部黒川さんに丸投げした方が無能の俺が掻き回すよりずっと良い結末を迎える気がしてきた。

 

 まぁ、彼女は最初こそ他者に判断を依存させない自立した考えを促すだろうが本当にどうしようもない状態だと分かったらすぐに手を打ってくれるだろう。

 

 その後の話ではこれ以上有意義な情報を引き出せなかったので、黒川さんも呼んでゼル伝の「四つの剣」を皆でやって軽くストレスを発散した。

 

 四人でやれるゲームというか四人前提のゲームって任天堂も中々残酷な事するよなぁ、ボッチに優しくない。

 

 まぁ、謎解きゲームと黒川さんの相性は言うまでもないので四人で楽しく無双してその日はお開きになった

 

 

 

 

 ───ひとしきり遊び終わった後、ふと黒川さんとの個チャにメッセージが入っている事に気付く。

 

 

 

 

 

 

「夜分遅くにすいません。今晩、少し身近に起こったオカルトな事について相談したいのですがお時間大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 無能転生者の詰みはもう近い。

 

 

 



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霊能探偵あかねちゃん

 

 

「えっと、お話というのは旅行先で私達が見つけた16年前に亡くなったあるお医者さんにまつわることなんですけど…」

 

「あぁ、一応アクアから話は聞きました。白骨化した遺体を見つけたんですよね。メンタル的にも色々大丈夫でしたか?」

 

 個人チャットで電話を繋げると挨拶もそこそこに黒川さんがそう話を切り出した。

 

 …まぁ、宮崎旅行でオカルトときたら白骨遺体か鴉の神様しかないから分かっていたことではある。

 

 兎に角、ここが正念場だ。頑張って彼女からどのイベントが発生して、どのイベントが飛んだのかを聞き出すのだ。

 

 …たとえ知った所でこれまで通り俺に出来ることは何もないとしても、せめて知ろうとする事、理解する事だけは諦めてはならない。全ての人間関係の始まりはその意思にあり、それすら捻じ曲がった諦観で覆われてしまったら俺は自分を無能だと識る事すら出来ない真の無能に成り下がるのだ。

 

「心配してくれてありがとうございます。私よりはルビーちゃんのショックが大きかったみたいで…というのも運の悪い事に古い知り合いだったみたいなんです」

 

「はて、16年前に死んだ医者と今年で16歳の彼女がどうやって知り合ったのでしょう?その、オカルトというのは…」

 

「…察しがいいですね。その通りです。今回お話ししたいのは16年前に亡くなった雨宮吾郎と言う人物とアクアくん、ルビーちゃんの関係についてです。…ごめんなさい、少し長くなりそうなのですが改めてお時間よろしいでしょうか?」

 

 その後、話されたことはほぼ(・・)原作通りの話であった。

 

 アクアと一緒に雨宮吾郎の縁の地を巡ったこと。

 

 産まれた病院へのこだわりという違和感。

 

 アクア曰く、雨宮という人物との関係は昔の知り合いの一点張りだがどう考えてもその関係値では説明できない所作や知り得ない個人的な事情を知っていたこと。

 

 他人の悲惨な事情に対して、アクアの口ぶりが彼の心優しい性格に反して違和感のある程淡白なものであったこと。

 

 高千穂がアクアとルビーの故郷らしいが、小さい町の割に思い出の場所に違和感が多かったこと。

 

 アクアが雨宮吾郎の遺体の大体の位置をどういう訳か知っていた風ということ。

 

 ルビーと一緒に雨宮吾郎の遺体を発見したこと。

 

 その時の彼女の反応が、明らかに知人以上の人物に対するものであったこと。

 

 発見直前にされたルビーさんの意中の相手の年の差云々の話。

 

 鴉に導かれ死体が隠されていた洞窟を発見した直後、何処からともなく一人でにアクアが現れたこと。

 

 そしてルビーの絶望的な反応に対して、アクアの反応があまりにも淡白すぎるものであったこと。

 

 そして次の日には二人の様子が豹変し、アクアが何処か憂いを帯びたものに、ルビーは死体発見時よりもかなり穏やかな様子を見せたということ。

 

 …大体、旅行中にどのイベントがどういう経緯で起こったかは見えてきたな

 

「…成る程、確かに胡散臭いですね。ただ現実的に考えてオカルトだとかお化けだとか前世だとかの可能性より、あの二人がなんらかの手法で年齢詐称してる可能性の方が高いんじゃないんですか?ほら、B小町にも18歳(笑)の人がいますし。そっちの方がスッキリ時系列の矛盾を解消出来るんじゃないでしょうか?」

 

 言葉を注意深く選びながら、俺はあくまでお化けなんていないさ、という立場をとる。沈黙は金、とよく言われるが俺は無言の間と圧に耐えられないコミュ障なので何も言わないということは完全に精神が上がり切った後でないと出来ないのだ。黒川さん相手だとたとえ、無言だとしてもそれはそれで何かしらの意味を見出されそうな気もするが…。

 

 まぁ、それに黒川さんにも双子の親が星野アイであるという事を俺に言えない縛りがある。というのもたとえ俺の正体に見当がついていたとしても、俺に秘密(厳密には限りなく精度の高い推論)を漏らしたという事実を俺に利用される事により星野家との人間関係上の信用を損なわされるリスクを持つ彼女もまた推理で行き着いたこの事実を秘匿しなければならないのだ。条件だけはほぼイーブンと言った所だろう。

 

 …いや、どうだろうか、言った人が黒川さんで漏らす相手が俺だった場合はあまり脅しとして機能しないかもな。

 

「えぇ、私も最初はそう思いました…、ただアクアくん本人の反応や発言の前後の文脈、意図的に虫食いになってる発言、雨宮吾郎に対する感情ラインの不自然さ、旅行中におけるあからさまな暗示から本人も気付けない程の無意識的なSOS、それらを整理して論理だてて推察すると…なんて言ったら良いんでしょう、その…」

 

 …この反応は、まさかアクアの告白イベントが消滅したのか?そうだとすると黒川さんが色々察した事も納得がいく。原作においてもこの天才少女は真相に迫りかけたがアクアにキスされた事により脳味噌がスタックして色々考えていた事が消し飛んだ描写が原作の温泉シーンにあった筈である。

 

 となると、ルビーが前世の約束(してない)を引き合いに出して求婚してきた事により黒川さんへの告白イベントが飛んで、その隙に疫病神にカミキ生存の知らせを吹き込まれて恋愛どころじゃ無くなったという所か。

 

 哀れアクアマリン。超絶天才美人彼女とイチャイチャする半年間はクソ転生者のバタフライエフェクトにより破壊されました。…休憩無しでの再度闇落ちに関してはホントに転生してごめんなさいといった感じだが女性関連に関してはまぁ、奴がちょっとくらい損しても心は傷まない。…黒川さんにはマジで申し訳ない気持ちで一杯だが、あり得たかもしれない未来の損失に対して罪悪感を抱いた所で誰に対しても意味がないためグッと気持ちを押し殺す。

 

「どう考えても、奴の前世が雨宮吾郎としか思えない言動をとっていたんですか?」

 

「そうなんです。アクアくんは雨宮さんに対して驚く程冷たいのに、雨宮さんの事情を当人じゃないと知り得ない感情的な事まで全て知っていたのです。まるで自分の事であるかのように」

 

「…もう、本人に聞いた方が早くないですか?話聞いた感じだとほぼ暗に自白してるような物じゃないですか。きっと、質問待ちですって。…これでもしアレな感じだったら精神科に叩き込んであの男の事はすっぱり忘れましょう。世の中には救いようの無い者もいるのです」

 

 ガチで前世がどうとかというのは普通に頭のお医者さん案件である。今回の一件だって雨宮吾郎の死体さえ見つからなければアクアは田舎にて突如、謎の電波を受信してしまったイカれポンチとして処理されるだろう。

 

「そうじゃないとは思いたいですね。アクア君はかなり理性的な人だし、嘘や隠し事も自分で思ってる程上手くないから…たとえどれだけ荒唐無稽な事を言い出したとしてもせめて私くらいは信じてあげたいのです」

 

 いいなー、あの男。愛だよ。純愛だよ。女の子に心の底からこんな言葉言われるなんて羨ましいにも程がある。

 

 異性愛は俺が一生、否、こうしてラブコメ?の世界に転生しても手に入らなかったものだから、自分の人間関係の範疇で観測出来ただけでも良いのだが…羨ましい物は羨ましい。

 

「…愛されてますね、アクア。いや、無論広義的な意味で。男としてというより人として羨ましい限りです」

 

「…こんな事言ったら少し腹が立つかもしれませんが私達からしたら、貴方の立場はちょっぴり羨ましいんですよ?互いに驚く程気安くて、でも何処か信頼はある。女の子はたとえ同性同士であってもあんな風にはきっと成れないので本当に楽しそうだなぁ、って見ていていつも思います」

 

「…ほんっッとに大した関係じゃ無いっすよ。やってる事自体は普通の男子高校生の範疇に収まることしか出来ていませんし、俺がちょっとアクアの事を知ってる風なのだってあるズル(・・)をしているだけなんで。俺にそこまでの人間力はないですよ」

 

 

 

 

「───さらっと、明かすんですね」

 

 

 

 

「黒川さんは大体察してる風だったんで、ここらで自白した方がダメージは少ないかなぁと。そもそも今日の話の本題だっていよいよ胡散臭さmaxになった俺の正体を暴くための最後の情報収集といった所でしょう?」

 

 …ダメだ、かなり不意をついた自白だったがちっとも効いてねぇ。頭良すぎるというか、素人の浅知恵なんて想定済みといった風だ。

 

 そう、今回の俺の真の目的は転生者、またはそれに類する者(事情を知っている側)である事の自白と原作知識の死守である。

 

 流石に転生者である事を隠し通す事は無理だと判断して捨てるべき部分をとっとと捨てたのだ。

 

 …原作知識を死守したいのは一身上の理由である。ただ、どうしても信条的に無理なのだ。

 

「本当にごめんなさい、その通りです。…これは純粋に役者として聞きたいのですが、何処でこの相談が演技だと気付いたのですか?」

 

 あっ、やべ、そこまで考えて無かった。無能すぎ。

 

「…それも、そのズルに関係している事です。ズルの内容は、ズルなので言えません。ただ、そちらに敵対する意図はありません、とは一応言っておきます。一体全体、なんの保証になるんだ、とは思いますけど…」

 

「…私の演技を見抜ける、アクア君の心理状態を大体把握していて、星野家の事情に精通している、生前雨宮吾郎は産婦人科だった、星野アイの休業時期と雨宮吾郎の失踪時期の一致、心理を隠す嘘と事実を隠す嘘の精度の不一致、自身も転生を体験する事で双子の正体を把握」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 やべ、やっぱ、ダメか?

 

 

 

 

 

「───貴方は、星野アイの転生者、ですよね」

 

 

「いえ、違います(即答)」

 

 

 

 



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原作知識とかいうクソオブクソ設定

 

「───貴方は、星野アイの転生者、ですよね」

 

 

 

 

 

 …うわっちゃぁ〜、そうなったかぁ〜。

 

 最後の最後にド派手に外したな。

 

 まぁ、確かに俺の正体として原作知識持ちとかいう妄想大好きな中学生が考えたようなクソ設定持ちのクソ無能転生者という胡乱な可能性を考慮しろというのは女性かつ、育ちの良い黒川さんには無理があったかぁ。

 

 で、何故か転生後の家庭の事情を全て知っていて、アクアの近くに全てを隠して居続ける転生者の候補としては、まぁ妥当な人選だろう。

 

 ホント、中途半端な原作知識が世界のノイズになってるな。

 

「いえ、違います。この際、諦めて転生者である事は認めますが、断じてそんな高尚な魂は入ってません。入ってるのは前世Fラン大学生の木っ端野郎魂です。で、俺が色々知ってるのは超限定的な予知夢的なアレです。なんかスイマセン」

 

 取り敢えず俺が星野アイだと勘違いされるのは、なんだか気恥ずかしいので否定しておく。…転生を隠すのはまぁ、アクアとルビーがバレた時点で無理だろうからスパッと諦めた。この世界が漫画の世界であるという事を秘匿する一線を守り抜けば良しとしようか。

 

「…その、星野アイの幽霊に憑かれている、とか彼女の記憶だけ持っているとかではなく?」

 

「あっ、はい。そこについては本当に全く知りません。というか星野アイが死んだのは俺が四歳の時ですよ?それこそ時系列的に矛盾しています」

 

 全く知らないというのは少し語弊があるかもしれないが、…星野アイの情報については彼女のモノローグすら嘘か本当か分からないので正直何一つ確かなことは言えない。

 

「…今回、貴方について考察するにあたっては、オカルトなんてものがある以上、矛盾を見つけて選択肢を絞る消去法は意味を為しません。なので、それらしさや共通点を見つけて選択肢を増強していく加点方式をとったのです」

 

 確かに、普通の推理ものの様に事象の矛盾を突いても、転生以上の無法が罷り通る可能性を考慮したらあまり意味はない。事実として、その方法で俺の正体に辿り着けるのはチートハーレムなろう小説やチート無双ご都合主義マシマシ原作ブレイク二次創作を愛読しているオタクだけだろう。いや、その人達でも、俺のチートとは程遠い無能っぷりからその可能性を排してしまうか。

 

「その結果、俺が星野アイの可能性が一番高いと?」

 

「厳密にはそうあってくれたら、という私の願望も後押ししてその結論を言ったのです。貴方が星野アイであってくれたら、少し軋轢こそ生まれますがアクア君もルビーちゃんも救われますから」

 

「あぁ、ルビーの事避けてましたもんね、俺。というよりそもそも高校生まで接触して来なかったのはふざけんな案件でしょうし」

 

「…前世の記憶や予知夢に目覚めたのは高校生から、という訳では無いんですね。タイミング的に高校直前に目覚めたものかと…。逆にそれまでは何故接触して来なかったのですか?」

 

 あっ、やべ、また情報漏らした。

 

 それにしても、理由、理由ねぇ。ただ俺本体のスペックが足らなすぎて介入したくても介入できなかっただけだからなぁ。なんて言えばいいんだろ。

 

「いや、予知夢でだけ知ってる何処の誰かも分からない他人にどうこうする程の熱量は持ち合わせていなかったんですよ。俺のこの意識が目覚めたのは、4歳の時。ああ、丁度星野アイが死亡したニュースが流れてましたね。とどのつまり詰みからのスタートだったんですよ」

 

「…やっぱり、貴方は記憶を失った星野アイじゃないですか?意識覚醒のタイミングがあまりにも出来すぎています。自殺した犯人、という線もかなり高かったのですが、持っている情報の質が高く、より感情的な事象に寄っているので…」

 

「いや、だからいくら状況証拠が揃っていようが違うものは違いますって」

 

「…『オズのオズマ姫』という話を知ってますか?『オズの魔法使い』の続編にあたる少しマイナーな童話なんですけども…」

 

 無教養低知能Fラン大生にはわかんねぇ〜。なんかのゲームで聞いたことあるようなないようなって位だ。

 

「…知らないようなんで必要な部分だけ説明しますね。結論からいうとオズマ姫という美しい姫は魔法使いによって幼い頃に男の子に変えられてしまうのです。なので彼は自身が姫である事はおろか、女の子である事も知らずにチップという見窄らしいわんぱく少年としてその幼少期の殆どを過ごしました」

 

 はぇ〜、童話にもTSものってあるんだ。幼少期に見たら性癖壊れるだろ。

 

「そんなある日、チップ少年の元に主人公一行がやってきて魔法使いを懲らしめます。そして、主人公一行にチップ少年はこう告げられるのです」

 

『君の正体はお姫様であり、魔法で姿を変えられて本来の姿を失っているんだ。どうか元に戻って王位を継いで欲しい』

 

 おお、役者の生演技すげぇ。ちょっとドキッとするだろ。

 

「それに対してチップ少年はこう返しました」

 

『一回は戻ってやっても良いけど、気に食わなかったら元に戻してね』

 

「…その後、どうなったと思います?」

 

「えっ、そっすね…女の子になった興奮と姫様と崇められる自己肯定感からチップに戻れなくなったとか」

 

 我ながらエロ漫画の読み過ぎだと思うが、こういうのってお姫様や王子様が絶対的な正義だからそれを否定する事はないだろ。

 

「…それだったらまだ救いがあります。正解は魔法と共にお姫様だった性格や立ち振る舞いに目覚めてチップだった自認が跡形も無く消滅する、というものです。私はこの話を幼い頃に読んだ時、怖くて眠れなくなった記憶があります。お話の中の人は皆、いや元に戻った本人すらオズマ姫の方を必要としていて誰一人、チップが人格的に葬られた事にレスポンシブが無いんですよ」

 

「…大体、話が見えてきました。俺がその記憶だけ持ってるチップで、何かの拍子にオズマ姫に戻るんじゃないか?という事ですね」

 

 まぁ、無くは無いのか?うーん、あまりにも哲学的過ぎて俺にはさっぱりだ。きっとチップ少年もさっぱり分からないまま元に戻され、塗り替えられたのだろう。まさにわからん殺しである。

 

「でも、それと同じくらい記憶を失った犯人、敵対者の可能性もありますけどね。ミステリーでは定番なんです。記憶喪失の犯人が主人公達とずっと一緒にいて、ここぞというタイミングで記憶を思い出す方法を準備しておいて牙をむく事なんて」

 

 あー、推理ものはさっぱりだが俺のサブカル知識で言うのであれば『Death Note』の『夜神月』が良い例か。記憶喪失も想定の内で、アクアとルビーが最も幸せになったタイミングでぶっ殺す的な感じかぁ。

 

「うわ、確かに俺って超胡散臭いですね。黒川さんに初対面時から妙に警戒されてると割とショックだったんですけど、そういう事なら仕方ありませんね」

 

 まぁ、でも、原作知識とかいうクソオブクソがある時点で今の面白そうな話は全部パーである。どうやっても一つ次元が違うこちらの方が真実味が高いのだ。黒川さんの教養の高さが仇になったな。

 

「…今の貴方に本当に敵意が無い事は今回話して流石に分かりました。でも、それ故に私は貴方をこれまで以上に警戒しないといけないのです。どうかご容赦ください」

 

「いえいえ、胡散臭い上、秘密を明かす勇気が無い自分が悪いんです。気にしないでください」

 

 まぁ、俺としても痛く無い腹を探られるくらいで原作知識を守れるのだからモーマンタイである。

 

 という訳で作中最強キャラ相手にも防衛成功したし、問題は山積みだが俺本体は暫くは安泰かな。

 

 という訳で通話を終わろうと、軽く雑談しつつお開きの空気感を作っていた俺に彼女はこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───まぁ、今回の一件について本当に根拠も無い直感的な感想だと、貴方の立ち振る舞いは第四の壁を超えて舞台に引き上げられてしまってあたふたしている観客のようだなぁ、と思ったりはしてるんです。だとすると演劇という物の構造上そこまで害のある方じゃ無いのかな?とも。壇上に上げられたゲストによって結末が変わる演劇はありませんから」

 

 

 

 

 

 

 …だから怖いって!最後の最後に当てるなよ!

 

 

 




 

 追記・あとがき

 まず、最新話までのご精読本当にありがとうございます。

 皆様がくださるコメントや評価はとても励みになってます。

 さて、今回このような形で皆様にお話しさせて頂きたいのは2、3回コメント欄で論争が巻き起こっていた、キャラクターの露悪的な表現についてです。

 基本的にこののssにおいては作者が込めた意図より読者の皆様が読んで感じた事が全てだという考えの元、無干渉主義で放置していたのですが…自分のキャラならいざ知らず、人様のキャラに対してアンチ・ヘイトの意図を込める事は無いとだけは明記しておかないと原作に対してリスペクトに欠く行為だと考えたのでそれだけは作者として言っておきます。

 のほほんとした無能主人公視点である事で、分かりにくくなっているのですが側から見たらこれまで誰にも心を開かなかったアクアが何やら事情を知っている風の男に上手く騙されて取りいられているのです。要介護祖父母が詐欺にかかってるのを見つけた感じと言えば伝わるでしょうか。

 皆様が何度かヒロインの女性達の反応に嫌悪を感じたのは彼女らの対応は正しく敵対者(追記・仲の良さへの嫉妬だとかではなくマジでなんか怪しい人だと思われていた)に対するそれであり、どんな人間でもまぁするだろうな、という対応を少しギャグで希釈してマイルドにしている感じですね。多分、この作品がオリジナルだったらアンチ・ヘイト縛りを解き放ち真に容赦なく主人公をボコボコにし、排斥していると思います。この作品を読んでくれたら分かる様に作者は人生ハードモードで頑張る人が好きなのです。

 それと読者の皆さまはヒロイン→アクアの対応に見慣れているせいか、恋愛的には全く興味の無い相手の主人公に対する対応が些か露悪的に見えてしまったのかも知れません。しかし私の人生経験上、本当に興味無い相手に対しては、皆あんなもんです(正直、アレでもかなりマイルドにしたつもりでした。主人公の見た目に誰も触れていない事がその証左です)。

 あと、私は有馬かな同様、素で口が悪く作中キャラに言わなくていい相手を貶めるような事までナチュラルに言わせてしまうのでその時はどうかコメントでご指摘ください。書き直す、と言った事はある意味誠意に欠けるのでやりませんが次の話から出来るだけマイルドな表現に切り替えます(因みに8、9、10話で実際にやりました。後になるほど主人公に優しくなってます)。

 …余談ですがこの作品において有馬かなの出番が少ないのは主人公と相対するとこの話で問題になった黒川あかねの推理詰め以上に主人公をボロカスにこき下ろして(無論、私の中のキャラエミュレートの範囲で)その末にコメ欄か大炎上する事間違いないのでセーブしてます。(放棄された3200文字)

 長々と語りましたがとどのつまり何が言いたいのかというと、どうかオリ主以外のキャラ批判はご容赦ください。叩くなら作者にしましょう。エミュレートした末に意図せず皆様が原作キャラに対して憤りを覚える事があったのならそれは全面的に私の過失です。…黒川あかね擬似炎上が自分のコメ欄で起こるとか心臓に悪い所じゃないのです。


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