星野アイを都合良く助けたかっただけ (シンラマン)
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I will save you

 エレベーターを降りて、狂乱する男を躱し、彼が来た方へと歩みを進める。

 どうやらタイミングは完璧だったらしい。

 遅すぎても早すぎてもダメだろうから、とギリギリまで粘った甲斐があったというものだ。

 彼女がその答えを得るまでの道程に必ず必要なものだからな、うん。俺じゃあどうにも出来なかったことだしな。まあ多少の痛みは仕方がないって事で許して欲しい。

 

 どうにも出来なかったことも、今ならこの時のためだったんだとそう思える。

 

 前世からして捻くれた俺じゃあ、どうやっても彼女の心を救うことは出来ないのだから、せめて命ぐらいは救ってみせろというのが神様とやらの思し召しなのだろう。

 

 終わりよければすべてよし。これでここからこの物語は、ただの喜劇へと変わるだろう。今時、シェイクスピア染みた復讐劇なんて流行らないのだから。

 

 ああでも……

 

 ゆっくりと遅々とした足取りで、全開になった扉の前へと歩みを進めながらふと思う。

 

 きっとお前は怒るのだろうな。

 

「久しぶりだな、星野」

 

 今まさに思いの丈を告げようとした彼女に向けて、玄関の外から声をかける。

 

「あ、な、んで……」

 

 驚いているのだろう。困惑しているのだろう。そりゃそうか、最後に会ったのは五年は前だしな。

 

「まあ、色々あって近く通ったからな」

 

 言い訳にもならない適当な嘘。こんなもの彼女に通じる筈もないが、今はそんなことはどうでもいい。

 ふらりと玄関に入り込めば、アクア少年がこちらを警戒するように星野の前に立ち塞がった。

 俺は彼の体を持ち上げて、そのままホールドし、星野へと近づく。

 

「なあ、星野」

「な、に? わたし、その子達に、伝えなきゃ、いけないことが……」

「そういうのは生きてちゃんと伝えてやれよ」

 

 そう彼女の言葉を突き返して、俺は彼女に手を突き出す。

 

「常世の祈り……なんてな」

「そ、れ、昔やったゲームの、やつじゃん。こんな、時に、そんなッ、冗談……」

 

 冗談なんかじゃないんだよ、とは言わなかった。

 

「あ、あぁ、もう……眠たくなって……」

「寝ちまえばいいじゃねえか」

「駄目、だよ……二人に……」

 

 きっと続く言葉は、二人に愛してると言えてない、なのだろうけれど、そこまで言って彼女は静かに静かに寝息を立て始めた。

 小さく上下する胸がその証拠だ。

 

「一丁上がりってな」

「な、何が……アイッ!」

「どぅわ!?」

 

 俺を蹴飛ばすようにして、離れたアクア少年は星野へと真っ直ぐ向かって、その頬をペタペタと触ったり脈を測ったりなどし始めた。

 

「呼吸も脈拍もある……それに傷が塞がってる……? アンタ、一体何者なんだ?」

「通りすがりの魔法使いってことじゃダメかね」

「茶化さないで、答えろ。あんたは一体、アイに何を……」

「だから言ったろ、メシアライザー、って……あ、常世の祈りだったわ。すまんすまん」

 

 戯けた調子で言って見せれば、アクア少年は顔を顰める。

 そりゃそうか。謎の力で母親が助かった、なんて本気で気になっても仕方がない。が、説明する気もないのだ、こちらには。

 

「んじゃ、警察来ても面倒だから退散するわ」

「待て……待ってください!」

 

 帰宅しようとする俺を引き留めようとするアクア少年。

 その時だった。

 

「アクア……! ね、ねえ! ママは、ママはどうなったの!?」

 

 これはルビー少女の声だろう。確か、リビングの方にいるんだったか。

 

「少年、お前には俺よりも気にかけるべきことが山ほどあるんじゃないか?」

 

 例えば、妹とかドーム公演とか。

 丁度いいとばかりにそう言ってやれば、彼はハッとして、それから苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「せめて、名前を」

「星野が起きたら嫌でも聞ける」

 

 尤も、意識朦朧としてただろうし、夢だと思って忘れてくれる方が断然いいんだけれども。

 

「じゃ、そういうことで」

 

 それだけ言って、俺はその場を後にする。

 あと半刻もしないうちに、星野は目覚めることだろう。

 きっと今日のドーム公演は恙無く行われ、天才的なアイドル様は完璧で究極なアイドルとして、その名を伝説に刻み込むはずだ。

 

 だが仮に、ドーム公演が行われなかったとて、些かも問題はない。

 

 彼女が笑顔で生きてくれるのなら、俺はそれだけで十分満足だとそう思う。

 

 無論のことながら、話はこれでお終い。

 俺はこれ以上彼女たちに関わるつもりはないからな。

 最高のハッピーエンドを迎えるための条件は揃ったし、あとは原作キャラたちでどうぞって感じだ。

 

 シェイクスピアがなんだの言ったが……

 

 俺はただ、お前を救いたかっただけなのだから。

 

 




7/20
メシアライザーだと年代設定に無理があるため、常世の祈りに修正。


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A long long time ago

 愛という言葉は、それそのものは単純極まりないが、突き詰めればいくらでも複雑になっていく。

 今からずっと昔の話だ。

 両親の愛に、他者からの愛に振り回され続けた男が居た。

 

 特別根拠もない期待と押し付けがましい好意。

 増長したし、勘違いだってした。自分は特別なんだと。

 けれども、本当はわかっていたんだ。

 自分はどこにでもいる普通の人間なんだと。

 

 それがどうしようもなく、辛かった。

 

 ある時、彼は知った。人間誰しもが仮面をつけて生きていることを。

 

 だから、彼は仮面を被った。

 奇人変人の仮面。いつだって笑っていて、ちょっとスケベで変なことを言い出す可笑しなやつの仮面。

 ねじくれた内心を隠し、他者と関わるために彼はそうして道化になった。

 

 嫌う人間も居た。というか、ほぼほぼ嫌われる人生だった。

 ただ、僅かな友人たちとかけがえのない絆を結ぶことは出来たはずだ。

 

 彼は満足だった。

 人生にもう悔いはないと思えるほどに。

 仮面の内側の傲慢極まりない本性を見ても、それを笑って許してくれる友人たちの存在はこれ以上ない救いだったから。

 

 だから、死にたいと思った。

 

 道を踏み外した自分を許せなかった。

 友人が誇れる自分になれなかったことが、変わらず愛を注いでくれた両親を裏切る結果になったことが許せなかったから。

 

 けれども、自死を選ぶことは何よりも酷い裏切りだと思っていたから、終ぞ男は死ねなかった。

 

 ただ、やはり愛によって歪んだ人生は愛によって終わるのだ。

 

 男は、どこまでも鈍感であった。

 

 これだけ言えば、もうわかるだろ?

 

 妄執と化した愛は、狂気に変わる。そうして男は、たまたま何処かでハンカチを拾ってやっただけの女に刺されて死んだ。

 

 それが俺、来栖綾時の前世の最後である。

 

*

 

 十三になる頃、ここが漫画の世界だと知った。

 理由は、彼女と同じクラスになったことだ。

 

 輝く相貌。どこか目を惹く立ち姿。吸い込まれそうな瞳。

 そして、仮面どころか彼女の全身を装飾する嘘。

 見事だと思った。創作上で作られたいわゆる記号的な『天才』とは、現実として目の当たりにした時、これほど光ってみえるモノなのかと。

 

 俺は、初めて本物に出会ったとそう思った。

 

 前世と今世合わせても四十年ぽっちの短い人生だが、負けるべくして負ける。一眼見て、その道ではどう足掻こうとも、絶対に敵わないと意識させられるほどの才能に出会ってしまったのは、初めてのことだった。

 

 ただまあ、ゲームが楽しいお年頃というか、前世ではろくに触れたことのなかったFPSというジャンルにどハマりしていたから、元々芸能の道に興味はなかった。

 

 原作で彼女がどうなるかはわかっちゃいたが、特段それに関わるつもりもなかった。折角の二度目の人生なのだから、前よりも楽して愉快に生きたいと思うのは当然のことだろう。

 

 だから、俺の方には彼女に関わるつもりなんてなかった。

 ん? じゃあ何故、こんなに詳しく話すのかって?

 

 そりゃあ、そうはならなかったからだよ。言わせんなよ恥ずかしい。

 

*

 

 入学式から一月が過ぎた、ある日の放課後のことだ。

 

 青春、というものをどう定義をするのかは人次第だと思う。

 ただ少なくとも俺は、恋であれ勉学であれ運動であれ、直向きに頑張ることをそう呼んでいる。

 

 青春をするのが好き、というよりかは青春を外野から見ているのが好きだ。校庭で練習をする野球部も、校舎の周りを走っているバスケ部も、校内に心地よい音を響かせる吹奏楽部も、どこかでひそひそと逢瀬を重ねる恋人たちもその全部が好きだった。

 

 さらに言うなら、それら頑張る人たちの音を聞ききながら、教室で本を読む時間がなによりも愛おしいとそう考えていたのだが……

 

「あれ? まだ人いたんだぁ」

 

 気の抜けるような声がして、そちらへと視線を向ければ見知った顔。

 額に少しだけ汗をかいた星野アイがそこにいた。

 

「……」

 

 どうしたものか。返事をするべきか。少し悩んで、気にしないことにした。

 声をかけられたというよりかは、ただ感想を漏らしただけのようだし、まあいいか、と思う。

 どれだけツラがよかろうが、他人だ他人。一々気に留める方が馬鹿らしい。

 そうにべもなく決めてしまえる程度には、前世と違い最初から素とは言わないまでも、変人の仮面をつけることをやめた俺にとって、彼女とのコミュニケーションは面倒臭いものだった。

 

「もしもーし、聞こえてる? もしかして聞こえてなかったりするのかな?」

 

 ああ、これもしかして……

 

「あれえ? うーん、名前呼んだら流石に反応するかな?」

 

 やっぱりそうだ……

 

「おーい、クルヤくーん」

「いや誰だよ、クルヤくん」

「あ、やっと反応した」

 

 堂々と名前を間違えられれば、そりゃあ誰だって反応すんだろうが。

 嘘の好意という外装で覆った態度も、その名前の呼び間違いで台無しだ。

 

「……はあ、あのな星野さん、興味がないやつにわざわざ話しかける必要なんてないんだぞ」

「そんなことないよ? だって私、クルヤくんと話してみたかったし」

 

 はいダウト。無視されたのが気に入らなかっただけだな、これ。

 

「俺、来栖綾時な。クルヤじゃなくてクルス」

「え、うん」

 

 訂正を挟んでみるが、まあどうせ直らないんだろうな、とそう思う。

 だって自分の事務所のトップの名前すら、ちゃんと覚えちゃいないんだ。関わりの薄い同級生の名前なんて、わざわざ覚えることはないだろう。

 しっかしまあ、綺麗は綺麗だがこれじゃあな。

 外側から眺めるのはともかく、実際に関わるのは面倒極まりないというか、嫌なタイプの女だな、こいつ。

 やべー女と言ってもいい。

 

「ところでクルヤくん」

 

 あーはいはい続けるのね。

 

「クルヤくんは、どうして私の方を見ないの?」

「見てんだろ、不本意だが」

 

 こちとら元は読書中だっての。

 

「んー、そうじゃなくて、何というか興味がなさそう? 他の子はみんな違うのに、クルヤくんからはそういうの感じないっていうのかな」

「そりゃまあ……」

 

 興味ないからな。

 とはいえ、それは星野アイにとかアイドルにとかそんなものではなく、他人に、というべきだろう。それに興味がないってよりは興味が持てないのが近いか。

 何故ってのにはそれらしい答えは出ている。

 まあ、大方精神年齢のギャップを感じないためなのだろうな。無意識に自分の精神状態を正常に保とうとしているんだろう。

 俺の転生は、これから転生するであろう二人とは根本的に違う多次元世界からの転生であり、加えて、彼らとは違って余分なものを「付加」された特殊なパターンでもある。

 まあ、現代世界では無用の長物になってしまうような戦闘関係のものではないだけマシ、ってな感じだ。

 にしたってやたら使う力じゃないってのは確かだけれども。

 ……ともかく、だからかどうかはわからないが、精神年齢が肉体に引っ張られることはなかった。

 もっとも、精神が肉体に引っ張られて幼くなるのだとしたら、大人にならなきゃいけなかった子供たちがその肉体にそぐわない精神性を持つこともないだろうから、必ずしも肉体と精神が直結するわけではないのかもしれない。

 そもそも、魂などとという目に見えない不確かなものを寄りどころにしなくては起こらないだろう「転生」という事象を思えば、その答えは自ずと……

 

「あれ、また固まっちゃった? もしもーし」

 

 目の前で手をひらひらとさせる天才アイドル殿に、思考引き戻される。

 周りに人がいても考え込むのは悪癖だな、直そう。

 

「いや、どう答えたものかと思ってな」

 

 そう切り返せば、彼女はきょとんする。

 

「興味がないってのが事実だから、それを素直に伝えるのもどうかと……」

「あはは、言っちゃってるけどね~」

 

 さして気にした様子も見せないで、そう言い切る彼女。

 けれどもそれは……

 

「でもふーん、そっかぁ」

 

 人差し指を顎に当てながら、眉根を寄せて考えるようにして、それからこちらを見て、そして……

 

「ちょお~っと、私、君に興味出て来たかも」

 

 まるで面白いおもちゃを見つけたかのように、彼女はその表情に笑みを浮かべる。

 中学生がしちゃダメだろ、その顔。小悪魔的、というか、なんというか……

 まあ、だからと言って、その表情に惹かれるなんてことはないが。

 

「あっそ」

 

 それゆえに、彼女の言葉はそこまで気にならなかった。

 この場で俺の気を引くためだけに言ったのだとたらそれこそどうでもいいし、もしも本気で言っているんだとして、これから絡んでくるようになってもどうせ三日で飽きるだろう、なんてそう思ったからだ。

 しかして、その予想は大いに外れることになった。

 

 

 ここから俺と彼女の長いようで短く、忘れ難い二年は始まったのだから。

 



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Day after day

 星野アイは、クラスメイトたちからは美少女だが変な子として認識されている。

 そこのギャップにこそ、人は惹かれる。近いようで遠い距離感は、否応なしに人の心を惹きつけるからな。それをくだらないとは言わない。そうして彼女が作り出した一側面は、多くの人間の心に光を灯すことになるのだろう。

 素晴らしいと思う。ぜひ、その調子で上り詰めてほしいものだ。

 

 なので……

 

「クルヤくん、おーい」

 

 俺に構わないで貰えませんかねえ……

 周囲の視線が痛いし、ひそひそ聞こえる噂話が胃に来る。

 まあ、今の彼女の知名度じゃそれほど問題にもならないだろうが。それにしたって、もうちょい、こうさあ、もうちょい身の回りに気を使ってくれよ。

 本に向けた視界の端でぴょこぴょこ動く星野アイに顔を顰める。

 

 あれから四日。話しかけられること十回。三日で飽きると思って、ガン無視を決め込んでいたが、そろそろ限界だった。

 

 また無視を決め込んでもいいんだが、それをすると本格的にクラス内でハブになりそうで怖い。ただでさえ、浮いているのにこれ以上となると普段の生活に問題が出るかもしれない。

 委員会とかもあるから、ガチで嫌われるのだけは回避しておきたいなあ……

 と、そんなわけなので、開いた本から視線は外さずに返事をすることにした。

 

「……何か用か?」

「あ、ようやく返事してくれた。ずっと無視されるから嫌われちゃったかな~って思ってたのに」

「いや、嫌うほど関わってないし。で、何?」

「クラスメイトだよ? 用がなきゃ話しかけちゃダメってこともないでしょ?」

 

 いや、お前の場合ただのクラスメイトじゃないから。別枠だから。作品が作品なら、校内一の美少女枠だからな。その辺、自覚してくれません?

 

「……ダメだ。用がないなら話しかけないでくれ」

「え? なんで?」

「なんで、ってそりゃあ、お前……」

 

 これだから、自分の影響力を正しく認識できないガキンチョは……

 いや、待て。

 ふと、星野の顔を見る。そして、確信する。

 

 ああ、こいつわかっててやってやがる。

 

 彼女の表情は、予想だにしないことを言われましたとでも言わんばかりの困惑の顔。

 だが、どこか作り物めいたその表情を見る限り、彼女の本心が別のところにあるのだということは、明白だった。

 

 普通に関わろうとしても相手をしない俺を見て、彼女は環境を利用することにしたのだ。

 

 それを理解して、俺は諦めることにした。

 

 教室の隅で本ばかり読んでいる大人しいやつと、学校に来ることは少ないがそれでも周囲と最低限のコミュニティを築いている美少女の彼女。ことコミュニケーションの場において、俺と彼女の差は月とすっぽんほどに違う。

 

 で、あるなら、こういう状況になった時、果たして人はどちらに同情するだろう。

 当然、星野アイの方だ。

 

 Q.どうしてこんなことになったのか。

 

 A.すべては身から出た錆である。 

 

「……はあ」

 

 ため息一つついて、次に言うべき言葉を探す。

 会話。会話ね。

 他人とまともに会話すんのなんて久しぶりだから、話題が分からん。

 

「何でもいいが、あんまり目立つのってどうなんだ。お前一応アイドルだろ」

「あ、知ってたんだ。大丈夫だよ、クラスメイトとちょっと話すぐらいだし」

「自分の容姿に自覚あって言ってんだよな、それ」

「もちろん、自覚はあるよ? けど、だからってクラスメイトと話すだけで、それの何が問題になるのかな。それとも、問題になるようなことするつもりでもあるの?」

 

 あるわけがない。

 

「いや、クソどうでもいいが」

「あはっ、そうだよね、君ならそう言うと思った。だって、ずっと興味無さそうだし、今も本の方が気になるって顔してる」

「ああ、お前と話すよりは本を読んでた方がよほど有意義だと思ってる」

「へえ、そこまでハッキリ言えちゃうんだあ」

 

 おかしそうに笑いながら、彼女は言う。

 

「ねえ、クルヤくん」

 

 ふわりといい香りがしたかと思うと、彼女の瞳がすぐ目の前に迫っていた。

 

「顔が近い」

 

 眉をひそめて、そう苦言を漏らす。

 しかし、彼女はそんなことはどうでもいいとでも言うように、続く言葉を告げた。

 

「友達になろうよ」

 

 ……は?

 

 どれほど衝撃的なことを言われるのだろうと、身構えていたせいか、拍子抜けしてしまう。

 え、何、ここまでやって言うことがそれかよ。告白でもされるのかと思って、びっくりしちゃったわ、もう。いや、告白はないだろうけど、もっと重い話かと思ったわ。

 耳をすませば周囲も同じように固まっているらしい。先ほどまでのひそひそ話は聞こえなくなっていた。そうだよね、びっくりするよね。友達作る時の演出じゃねえよ、コレ。

 

 断ったらかなり面倒臭いことになりそうで、再び退路を断たれたことに本日二度目のため息を漏らして、

 

「友達申請の距離感じゃねーよ、このぼっちちゃんが」

 

 凡そ社会的な常識とかけ離れた感性の彼女には無意味だろうと分かっていながら、そう文句を垂れることにした。

 

*

 

 日常で起きた異常はその異常が継続すれば、いずれ「日常」になる。

 例えばの話、ある日突然友人が学校に来なくなっても、だいたい一月も経てば、その状況を自然なものとして人は受け入れるようになるように、星野アイという目立つ存在が、教室の隅っこで本を読んでいる人間に話しかけるという異常事態も、三ヶ月が過ぎる頃には「ああ、またね」と受け入れられるようになっていった。

 

 最初は物珍しそうに見ていた奴らほど、興味を失うのは早かった。

 学校では、俺と彼女は休憩時間に少し話すぐらいで、いわゆる「友達」以上の距離感での会話は、あの日以降なりを潜めていたから面白くなくなったのか、安心したんだろうな。

 

 三ヶ月もかかった理由は、星野は学校に来ない日が人よりも少し多かったからだろう。

 

 そして、ここで一つ誤解を恐れずに言うと、この三ヶ月の間に何度か星野は俺の家に来ている。

 彼女曰く、友達とはお互いの家で遊ぶものなのだそうだ。

 その割に向こうの家にお呼ばれしたことはないが、まあそこは事情もあるだろうから文句はない。

 無論のことながら、俺も拒否はした。友達になったと言っても、仲を深めるつもりなんてなかったからだ。

 しかしながら、星野アイという女は破天荒で刹那的な生き物である。そう言った生き物は、己の是とする行動を何が何でも押し通す。要するに「我が儘」を通すことに関してはプロなのである。

 

 仮にもアイドルなんだから異性の家に上がり込むのは云々と、口を酸っぱく言っても聞きはしないし、気をつければ大丈夫だ云々などと嘘臭い誤魔化しで乗り切ろうとする。

 

 そうして、こちらが根負けするまで言い募り、負けてしまったら最後。

 

 俺は自室とテレビゲームを彼女に占領されてしまった。

 

「あ、あぁ〜……ま〜た、死んじゃった……」

 

 画面に天使が舞い降りる。通算三度目のゲームオーバーを経て、星野はコントローラー片手に項垂れていた。序盤、というかチュートリアルの鬼門であるガキさんにぼこぼこにされているのである。

 いわゆるガキパトというやつで、真・女神転生3から採用されたプレスターンバトルの洗礼をプレイヤーに受けさせるために設えたのだろう。

 まあ、鬼畜難易度の戦闘、ということだけわかってくれればいい。

 

「ねえ、難しくないかな、このゲーム」

「そりゃあ、真・女神転生シリーズだからな」

 

 最初からマニアクス追加のハードモードでプレイするからそうなる。

 アトラスゲーに慣れないうちは低い難易度でプレイしましょうね。

 つーか、ノーマルでやれって言ったぞ、俺は。

 しかして、彼女にとってそんなことは関係ないのだろう。つまらなそうに、コントローラーを投げ出し、こちらに体を向けると、口を開く。

 

「他のゲームないの?」

「この前、ペルソナやってたろ」

「アレかあ……でも、戦い長いから嫌だなあ」

「んじゃあれだ、PS2でメダルオブオナーかタイムスプリッターでもやるか?」

「前言ってた、FPSっていうやつでしょ? アクション系は疲れるし、いいや」

「……」

 

 なんなんだ、こいつ。人の家でゲームやっておきながら、アレもいやこれもいや……

 でもまあ、うん。気持ちはわかる。

 メガテンはむずいし、ペルソナは長い。まだ初代ペルソナと罪罰しか出てないこともあるが、初代ペルソナはマジで戦闘が長い。レベリングとかしてられないぐらい長い。あと、セーブポイントまでも長い。

 十年以上先のゲームで慣れていたから、俺もその辺りに馴染み直すのに、ずいぶんと苦労した。

 

「クルヤくん」

「……なんだ」

 

 ゲームの電源を落とし、ゴロンとだらしなく床に寝転がりながら星野が声をかけてくる。

 

「暇」

「レッスンにでも行けよ。サボって来てんだろ」

「サボってませーん。今日は夕方からでーす」

 

 あっそ。

 

「暇って言われてもな、持ってるゲームだいたい一人用だし、うちにはボードゲームの類置いてねえぞ」

「んー、じゃあ、話とか? 恋バナとかする?」

「パス。つーか、それ家で遊んでるときにする話じゃねえだろ」

「えー、女子は友達の家とかカフェでするらしいよ?」

「はいはい、俺男子な。で、何、恋愛相談でもしたいの?」

 

 例の彼と「良い仲」になるのは、タイミング的にはまだだと思うのだが、俺が関わっている以上、バタフライエフェクト的に、出会いやら関係の進展やらが早まっていたとしてもおかしくはない。

 まあ、それについて相談されたところで困るのは俺だけども。サイコパスだかソシオパスだかの心理なんて全くわからんしな。

 待てよ、今気が付いたんだがもしかしなくても、例の彼、今十二歳ぐらいだよな? って、ことはすでに一児のパパになって……

 こっわ……

 衝撃の事実に戦々恐々としていると、星野がぼんやりと「うーん」と唸る。

 

「恋愛相談っていうより……ううん、何でもない」

「……そうかい」

 

 どこか憂いを帯びた表情に、呆気にとられながら小さく頷いた。

 まあ、話したくないなら無理には聞かない。

 言おうとした事は分かっていた。何せ俺は原作既読済みの転生者。

 彼女が抱える悩みとその闇の一端ぐらいは知っている。軽々に語れるような話ではないことも、十分に。

 

 どこかで彼女なら自分から話すのではないかと思っていた。

 自分の全てを相手に知って、それで受け入れて欲しいなどという願いを持っている彼女なら、斉藤壱護とのファーストコンタクト以降、それを踏み絵にして、関わる相手を選んでいるのではないか、とそう思っていたから。

 

 きっとここが俺と彼女の関係の分水嶺だったのだろう。

 

 それ以降、彼女は俺に「愛」について話はしなかった。

 

 話してくれと、聞かせてくれと、踏み込んでいたのなら何か変わったのだろうか。

 

 そんな思考に意味はなく、無駄なことだ。

 

 どんな時だって日々はたくさんの後悔を連れて、もしもなんて許さない速度で巡っていく。

 

 けれども俺はこの時の選択を未来永劫、後悔はしないだろう。

 

 ただ少しだけ、ほんの少しだけでも、優しい言葉をかけてあげられたのではなかろうか、とそう思うだけだ。

 



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I can't protect you

 俺と星野の思い出の中で語るべきことは、それほど多くはない。

 仮にも一般人とアイドル。学校で話しているだけでも普通なら異常事態なのに、外で会うなんてのはもってのほかだったし、星野も人目のつく場所に誘いはするが、俺が断れば大人しく引いてくれていた。

 まあ、そうは言っても家には来ていたが……それもペルソナと真・女神転生3をクリアした中一の終わり以降には来なくなった。

 彼女自身が忙しくなり始めたというのも理由として大きいのだろう。

 

 語るべきことは、あと二つ。

 

 一つは、どれだけ時間が経とうとも、きっと忘れることはない色鮮やかな記憶。

 

 もう一つは、別れの話だ。

 

*

 

 中学二年の夏。

 寄る年波、というには肉体が若さすぎるが、魂の重ねた歳月が故か変わらぬ日常は瞬く間に過ぎていく。

 星野と過ごす時間は、妙に長く感じていたがアレは前回の人生でもいないタイプだったから、交流そのものが目新しかったのだろう。

 

 もしかすると、単純に誰とも関わりがないから日々があっという間なのかもしれない。

 家に帰って、ゲームして、飯食って、親と少し話して、寝る。

 

 そんな日々が俺は嫌いではない。

 嫌いではないが、けれども、本当にそれでいいのだろうか。

 ただ何の変哲もない日々を漫然と過ごすことは、それこそ向上心を忘れた馬鹿にほかならないのではないか。

 まあ、前世からそんな高尚さはかけらもないが、それでも少しばかり思うところはあった。

 

 ここ最近になって、天童寺さりなのことを思い出した。

 一昨年だったか、彼女が亡くなったのは。

 俺が転生して手に入れた力があれば、彼女のことを生かすことは出来たのだろう。

 どんな病も、傷も、その対象が生きてさえいれば「治せる」力。

 

 ……彼女を治していたとして、それはきっと彼女を救うことにはならないのだろう。

 体は治せても、心ばかりはどうにもならないからな。

 それも、彼女にとっての希望であった雨宮吾郎ならどうにか出来たのだろうが、それだってその本質の解決にはならないだろう。

 まともに愛情を受けて来なかった子供がどんな心境を抱えて生きるのか、なんて俺には想像もつかないし、勝手に分かった気になって同情するつもりもないが、その二人や星野にとって最も望むべき結末はきっと……

 

 いや、それも自分に都合がいい俺の妄想だ。

 

 そもそも彼女のことは知りようがなかった。ここが推しの子の世界であると気が付いたのは昨年だったし、考えても詮のないことだ。

 

 だが、何か自分にすべきことがあるのではないか、と思うのには十分な理由になった。

 

 俺そのものは特別な人間ではないが、手が届いたはずの命のことを考えれば━━それがこれから転生してくる命であったとしても━━日々を無為に過ごすことはそういった命に対して、あまりにも無責任ではないか。

 

 なんて……

 

 そんなことを思ったからだろうか。俺はらしくもなくクラスメイトの誘いに乗って、夏祭りにやってきていた。

 

「いや~、来栖クンがこういうのにノッてくれるとは思わなかったわ。いつもガッコで本ばっか読んでるし、てっきりインドア派なものだとばかり……」

「別にインドア派ってわけじゃない。外に出るのもそれなりに好きだ」

「あ~ね。あの綺麗な子……星野さん、だっけ? 結構アグレッシブそうだもんなあ」

 

 なるほどなるほど、と頷くクラスメイトの男子に顔を顰める。

 

「で、どうなの? 付き合ってんの?」

「ねえよ」

「だよな~。アイドルは流石に高嶺の花過ぎるかあ」

 

 けど、ガッコであの子が話してるのお前ぐらいだぜ、と彼は言う。

 それは事実そうなのだろうが、それとそういう関係になるかどうかは関係がない。

 というか、そんなことより俺は彼に聞きたいことがあった。

 

「そういや、今日は何で俺を誘ったんだ。俺とお前って会話したこともないだろ。つーか、俺お前の名前も知らねえんだけど」

「ひっでえ! 真瓦だよ、真瓦啓二! 小学校からずっとクラス一緒なんだから、名前ぐらい覚えてくれててもいいだろ!」

 

 いや、マジで知らん。覚えがない。

 

「んなことより、なんで誘ったんだよ」

「……んー、なんかこうぴぴーんときたというか。来栖クンとも話してみたかったし、ちょうどいいかなと思って」

「話してみたかった、ねえ……」

 

 言いながら、前方を歩く女子二人を見る。

 同じく名前も知らない大人しそうなクラスメイトが一人と、姿すら見覚えのない派手なのが一人。

 彼女たち二人も、真瓦、だったか。彼に誘われたという話を合流した際に、聞いた。

 

「大方どっちかが俺に好意あるいは興味を持っていて、それとは違う方がお前の相手ってところか」

「んなァ!? なんでわかった!? エスパーか!?」

「声がでかい。二人がこっち見たぞ」

 

 慌てる真瓦に代わり、なんでもないと手を振って、二人の視線に答えると左側にいた女子が手を振り返してきた。派手な方だ。

 

「大人しそうな子の方だな」

「なんでわかんだよぉ……」

 

 そう言って項垂れてみせる彼の姿に、思わずククッと笑いが漏れる。

 

「こんなのコミュニケーション技術の範疇だ。普段関りのない相手をこういったイベントに誘うってことは、数合わせか、なにか理由があるか。多分、あっちの派手な方の子が俺を呼べば、あの大人しそうな子の方を誘ってやる、とかそんなこと言ったんだろ」

 

 そんな風に俺が講釈を垂れると、真瓦は胡乱な目でジィッと俺の方を見た。

 

「……」

「んだよ……」

「いやあ、普段誰とも絡まないやつが、コミュニケーションについて語ってるなあと思って……」

 

 こいつ、結構遠慮なくずかずか物を言いやがるな。

 

「……まあ、なんだっていいが、要はあの子と仲良くなりてえってこったろ。俺と話してていいのか?」

「いいんだよ、来栖クンと仲良くなりたいのだって本当だし」

 

 そう口を尖らせて、彼は言う。

 男がやっても少しも可愛くもないしぐさが、妙に似合っている。

 本心で言っているのだろうことが伝わってきて、彼の人の好さが少し理解できた。

 

「ま、なんでもいいが……」

 

 ふうと、息を吐き出して前を見る。

 なんとなく、今の彼に言うべきことがわかった気がした。

 

「後悔だけは、しないようにな」

 

 口に出すとあまりにも年より臭いそれは、自分に対する言葉でもあるのだと、そう思った。

 

*

 

 人に酔ったと適当なことを言って、元気そうな三人から離れて一人ベンチに座る。

 流れていく人波をぼんやりと眺めながら、俺にとっての後悔とは何か、そんなことを考える。

 

 ただ、漠然とこのままでは何かを後悔してしまいそうな気がしているのは確かだ。

 

 そう感じ始めたきっかけは、なんだろうか。

 

 天童寺さりなのことを思い出したからか。いいや、何かをすべきじゃないか、と考えるきっかけにはなっただろう。けれども、この得体の知れない不安のきっかけではない。

 雨宮吾郎のことを考えたからだろうか。その命を救うべきだと考えた、とか。いや、ないな。だいたい、天童寺さりなに関しても、生かせたかもしれないとは思いつつ、実際、それが出来る状況にあったとしても俺は何もしないだろう。

 知り合ってすらいない人間を救おうと思えるほど、俺はお人好しではない。

 

 では……

 

「星野、か」

 

 星野アイと……あの本物の愛を求めながら嘘の愛を囁くあのアイドルに出会ったからだろうか。

 愛、愛ね。

 俺は愛がそんなにいいものだとは思わない。

 そりゃあ、良い愛もあろうが悪い愛もあるし、可愛さ余って憎さ百倍という言葉があるように、愛しいという思いは別の負荷をかけられれば、簡単に憎しみのような負の感情へと変化し得る。

 人の感情は簡単に歪む。

 それが、元はどれだけ純粋なものだったとしても濁って歪んだ心は、他者を簡単に害する。

 それに、時として愛は愛する対象すらも意図せずに傷つけることすらある。

 そんな愛を彼女は知りたいのだと、いつか自分の口から出る「愛してる」が本物になることを願っている。

 

 そして、遂には歪んだ愛によって彼女は死に、他者への「愛」を確信して……物語が始まる。

 

 俺では彼女の口から「本当の愛」を引き出すことは出来ないだろう。そもそも、それは俺の役割ではないはずだ。

 

 では、俺の役割とは……

 

 そんなことを考えていたからだろう。俺は近づく人影に気が付くことが出来なかった。

 

「クルヤくん」

 

 名前を呼ばれて顔をあげる。

 そこには、サングラスをしてキャップを目深にかぶっただっせえ服装の女が立っていた。星野だった。

 

「あはっ、すっごい顔。ね、今名前呼んだでしょ」

「……なんのことだ」

「えー、絶対呼んでたって。星野、か……ってさ」

「おい、聞いてただけだろそれ」

 

 なんだよそれ、すげえ恥ずかしい。

 

「いつからいたんだよ……」

「うーんと、最初から? 声かけようと思ったんだけど、珍しく人と一緒だったからさー。一人になったから、チャンスだと思って追いかけてきたら、名前呼んでるの聞こえちゃったんだ」

「……ずっとつけられてたのか」

「そうとも言えなくないかも」

 

 そうとしか言えねえよ。

 

「でも、意外だなあ。君が独り言で私の名前を呼ぶ、なんてさー」

「……忘れてくれ」

「忘れられないよ、それぐらい驚いたんだもん」

 

 星野は、そう言ってケラケラとおかしそうに笑う。

 

「ねえ、どうして私の名前を呼んだの?」

「言わない」

「理由なんてない、とは言わないんだ」

 

 そりゃあ、理由はあるからな。

 

「そこで誤魔化しても仕方ないだろ」

「それもそっか。君はそういう人だったね」

「どういう意味だよ……」

「さあ、どういう意味でしょう」

 

 そんなことよりさ、と星野は言う。

 

「せっかくこういうところで会ったんだし、一緒に見て回らない?」

「いや、それは……」

「これだけ人いるし、変装だってしてるから大丈夫だよ。それに私、まだ売り出し中のアイドルだから、知名度もそこまで高くないしねー」

「つっても、知ってる奴は知ってるだろ」

 

 そう言えば、こいつは引いてくれるだろう。そんな打算からの言葉だった。

 あの手この手で、こうした催しへの誘いを断って来たが、彼女が無理を強いてきたことはない。

 我が儘な彼女が、越えて来ない一線。それは俺が築いた最後の砦であり、彼女自身との深い繋がりを拒絶するものだ。

 いつもなら、そうだった。

 

「へぇ、他の人はいいのに私はダメなんだ?」

 

 そう、いつもなら。

 

「他の友達に誘われたらほいほい付いて行くのに、私の時だけダメっていうのは納得できないなー」

 

 気持ちはわかるけどね、と続けて彼女は空の笑みを浮かべる。

 ……気持ちはわかると言うのは嘘だというのはわかる。彼女は一ミクロンたりとも俺の気持ちを考えちゃいないだろう。そして、だからこそ、同時に納得できていないというのも嘘だ。

 

「今日は妙にわがままだな、なんかあったのか?」

「あ、わかる? 最近さー、グループの仲が上手くいってなくて、それでちょっとナイーブになってるかも」

 

 クスクス笑うその顔からは何も情報が得られないが、その言葉が彼女の本音なのだということだけはわかった。

 自暴自棄気味になるのは、原作でもこの時期ぐらいだっただろうか。

 少しむかついた。

 本音を出したくせに、外面だけは平気ですみたいに振る舞うその在り方が酷く悲しいものであると、そう思った。だから、

 

「ま、そういう時期はあるだろ。誰だって人間関係の崩壊と再構築を経て大人になるんだよ。嘘と建前の違いがそうやって理解できるようになっていって、なんとなく惰性で関わりを続けていく。そんなもんだ」

 

 そんならしくないことを言った。

 

「なんかわかってる風なこと言ってるけど、クルヤくんって語れるほど人間関係ないじゃん」

 

 確かにそうだけどよ……

 いや、でもそれって今生だけの話だし? 前世はそれなりにコミュ築けてたんすよ? 大アルカナの数ぐらいはちゃんと人間関係築けてましたよ?

 説得力ないと思うし、前世の話とかするわけにもいかないから何も言えないこの状況が果てしなく憎い。

 荒ぶる心を鎮めるために深呼吸をする。

 さて、こっからは適当なこと言わないでちゃんと話をしてやろう。俺は大人だからな。

 無論、原作は変えない範囲で、だ。

 

「……まあ、なんだ。もしも、お前が周りの環境に絶望していて、自分の本当にやりたいことが出来そうもないんだったら、好きにやっちまえばいいじゃねえか」

「え……」

「ほら、俺たちってまだガキンチョなわけだろ。そんな嘘だの建前だの本音だの……本物ってのが何かなんて、わかるわけがねえんだ。そういう色々を、そうだな……理解したって、自分を納得させるために好き勝手やって、やり過ぎて怒られて、そんなもんでいいだろ。ガキなんだから」

「もし、それで周りに迷惑かけたら?」

「そんなこと気にするような玉か? お前が?」

 

 そう聞いてやると、彼女はハッとした顔をして、それから声を上げて笑って、少し拗ねたような顔をした。

 その顔があまりに可愛いものだから目を逸らしたのはナイショだ。バレてるだろうが。

 

「失礼だなあ、来栖くんは……」

「それこそ今更だろ」

 

 そこでもう一度、俺は星野の方を見る。

 

「で、だ。もしも、お前がとんでもねえことやらかして、どこにも味方がいねえとか、熱狂的なファンに刺されて死にそうって時は、俺が助けてやるよ」

 

 らしくないことを言っているとは思っている。けれども、それでも俺はこの可愛らしい幼い友人を心底どうにかしてやらねばならないと、そう思った。

 きっと俺では守れないだろう。傷を負う前に庇いに入る勇気もなければ、彼女が生きて答えに辿り着くための要因になれるほど、優しくはないのだから。

 でも、それでも俺に出来ること。その命を助けてやることぐらいはしてやれるはずだ。

 

「やけに具体的なのなんで?」

 

 や、だってお前マジでファンに刺されるし。多分、その時助けられるの俺だけだぜ?

 なーんて内心でちょけてはみるが、変に格好付けただけに横槍が痛い。

 

「そこはなんでも良いっての。ともかく俺は、お前の味方になってやる。どんな時でもどこにいてもな」

「……」

 

 しばし沈黙の後、言葉を選ぶように何度か口をぱくぱくと開いては首を傾げ、星野はようやく言葉を出した。

 

「どうして? 来栖くんは、どうしてそんなこと言ってくれるの?」

「あん? んなの決まってんだろ、友達だからだ」

「友達、だから? 友達ってそこまでするもの?」

 

 そう首を傾げてきょとんとした彼女ににッと笑ってやる。

 

「ああ、それが俺の友達観だ」

 

 そして、これだけが俺の中で唯一誇れるものでもある。

 

「だから、何かあったら連絡しろ。電話番号ぐらい教えといてやるよ」

 

 んじゃ、行くぞとそう言って俺は歩き始めた。

 

「え、ど、どこに?」

「出店。食いたいもん買ってやるからついて来いよ」

 

 珍しく困った様子の彼女の腕を引き、雑踏に足を踏み入れながら思う。

 俺に彼女は守れない。その心を救ってやることも出来ない。

 それが出来るなんて傲慢を俺は口にしない。

 けれども、幸い命を助けるための「力」はある。

 

 なら、俺はせめて彼女が生きて「愛」を告げられるように。

 入学式の日、笑顔で(つまらなさそうな顔で)いた星野アイに、人の家で文句を言って不貞腐れて(楽しそうに笑って)いたお前に、夏祭りで落ち込んでんだか(驚いて、呆れて、)笑ってんだかわからない顔を(確かな色の宿った表情を)していた友達のために、一肌脱いでやるとそう誓った。

 

*

 その後のことは語るに及ばない。

 何せそれはどこにでもあるような、友達を連れて楽しく回った夏祭りの思い出話にしかならないのだから。

 

 



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Until the day we meet again.

 ん? 夏祭りの話についてちゃんと聞かせろだ?
 だから、ありふれてるって言っただろさっき。話すようなことじゃねーっての。
 どうしても聞きたいなら、星野のやつに聞きゃいいだろ。
 あァ? なんか隠し事ばかりじゃないかって? 仕方ねえだろ、大人には言えることと言えないことがあんの。わかってくれとは言わねえけど、流す努力はできるようになったほうがいいぞ。

 んで、話を戻すと次の話だな。
 まあ、別に大した話じゃないさ。
 俺とアイツの別れに劇的なものなんてなんもなかったよ。

 誰もが当たり前に離れるタイミングで、当たり前のように離れたってだけの話だ。

 ただそれでも、語るべきだってことは確かだな。

 俺とアイツの卒業式について語ろう。

 と、その前に……あのルビーさん。君がさっきからバクバク食べてるそれ、頂き物とはいえ、結構お高いお菓子なんでちょっとは遠慮して……あ、嫌? そう……



 春は出会いを運ぶと共に、否応無く人と人の別れを促すものでもある。

 それがわかったのは、多分前世の中学時代だった。

 仲が良かった友人達との永遠にも思える別れ。実際はそんなことはなくて、数年後に酔っ払いながら喋ったりとかするのだが、それでも疎遠にはなってしまう。

 人生通しての友人ってのは、高校以降に出来るものでその前に出来る人間関係は時と共に忘れてしまうものだというのが持論だった。

 

 卒業式を迎えて、ちょっとばかしおセンチ気分に浸りながら、見覚えのない同級生が答辞を述べるのを黙って聞いた。

 周囲の啜り泣く声に対して思うことはない。ただ、星野がどんな顔をしているのかだけは少し気になったが、別のクラスになった彼女とは席が遠く、ここからじゃ見えやしないので諦める。

 隣でおんおん泣いてる真瓦はどうでもよかった。割と、心底。

 こいつのせいで中学程度のちゃっちい文化祭ごときで頑張らなきゃならんかったり、球技大会で目立つ種目やらされたりしたしな。まあ楽しかったは楽しかったけれども。

 

「来栖ぅ! 俺はお前に会えてホントに……」

「はいはい」

 

 まだ答辞の最中なのに鬱陶しいな、こいつ。なんて、そんなことを思いながらも、これが年相応なんだよなとも思った。こいつが将来どんな大人になるのかは知らないが、まあこうして情緒豊かに生きていられるうちは大丈夫だろう。

 ……こういう時に泣きたくても泣けないやつって、大人になったら情緒豊かとかじゃなくて不安定になるからな。感情ってのはちゃんと出せた方がいい。

 辛い気持ちは特にそうだ。上手く吐き出せないやつほど、おかしくなってしまう。

 

「……まあ、俺もお前と会えて良かったと思うよ」

 

 この先、真瓦との関係性がどうなるかはわからない。

 ただ、ずっと続くだなんて思っちゃいなかった。

 進学先が違うから、とか……まあ色々と理由はあるが疎遠にはなるのだろうと思う。

 数年後に同窓会で顔を合わせて、また仲良くなるタイプの友人って感じだ。

 だから、言っておくべきだろうとそう口にする。

 今日が最後になるのなら、言えなかったことを後悔したくなかった。

 

 それは星野に対しても同じだ。

 

*

 

 三年という決して長くはないものの、貴重な時間を過ごした学舎を去るという非日常の中、さりとて俺の行動はそう変わるものでもない。

 

 卒業アルバムに別れの言葉を書けという真瓦には応えたものの、彼以外には捕まるはずもなく、そそくさと喧騒に包まれた教室から抜け出した。

 両親は先に帰って祝いの準備を進めているらしいので、この後の俺は割と自由だ。帰るもよし、真瓦を待ってどこぞにでも遊びに行くのだってなしではない。誘われていたなら、打ち上げのようなものにだって顔を出しただろう。

 だが、そのどれもを俺は選ばなかった。

 特に約束もしていないが、予感があったからだ。

 

「お疲れ様、クルヤくん」

 

 下駄箱まで行って靴を履き替えていると、そう声をかけられる。

 

「ああ、お疲れ星野」

 

 そう言って視線を向けると、彼女はその瞳を細くしてこちらをジトォっと見つめた。

 

「どうして帰ろうとしてるの? まだ話してすらいないのに」

「そういうお前だって下駄箱にいるじゃねえか」

「まあねー」

 

 ケラケラと笑って、彼女は手に持った靴に履き替え始める。

 お互いに履き替え終えると、そのまま校舎を出た。

 

「卒業しちゃったねー。あっという間だったな、中学生」

 

 少し歩いたところで校舎の方へ振り返って、目を細めながら何かを懐かしむように星野は言う。

 

「お前は忙しそうにしてたしな、普通の人より体感が早かったんだろ」

「そういうものかな?」

「さあ? わからん」

「テキトウだなあ」

 

 苦笑気味にそう言われるが、否定の言葉はない。

 ろくでもないことに、大人というのは大概テキトウだ。世のことを雑に受け流して、毒にも薬にもならん言葉を並べることが出来るようになるってのが善かれ悪しかれ「大人」になるってことだからな。

 そういう大人になりたくなくとも、大多数はそうやって成長していく。

 それが規範化された処世術ってやつで、人生を生きるための一つの答えだ。

 そういう意味で星野はとっくに「大人」で、けれども彼女は違う「答え」を求めてもいる。それがどれだけ険しい道でも知らないと突き進んでいく。

 その姿が眩しいと、素直にそう思った。

 

「なあ星野」

「なあに?」

「ありがとうな」

 

 思いの外、すんなりとその言葉は出た。

 それは彼女に伝えたかったことの全てじゃないけれど、それでもきっと伝えなければ後悔してしまう、そういう類のものだ。

 

「き、急だなあ。どうかしたの?」

「今日が終わればそう気軽に会えなくなるからな……」

 

 片やアイドル、片や一般人。

 本来なら俺と彼女の距離感は近すぎるもので、ともすればこの先なんらかの形で俺との関係が彼女の活動のノイズになるかもしれない

 それだけは絶対に嫌だった。それがどれだけ小さな可能性でも、俺は他者の自由を縛る枷にはなりたくない。

 だけど、彼女は……

 

「なんで? 普通に会って遊ぼうよ。その……友達なんだしさ」

 

 変装すればバレないし、バレない場所なんていくらでもあるよ、なんて頬を掻きながら言う。

 それに俺は首を横に振って答える。

 

「わかるだろ。お前はアイドルで、俺はパンピーなんだ。行き着くところまで行きゃまた別だが、少なくともそれまでは異性の友人ってのはいない方がいい。実際にそうであれ、って話ではないが、異性との関係が見えないことによる処女性ってのが今はまだ必要だろ」

「だから、バレなければ……」

「バレんだよ。そういうのは」

 

 隠し事だの秘事だの言い方は様々あるが、それを完璧に隠し切ったやつなんて見たことがない。

 いや、原作の彼女は子供たちの存在を隠し切って死んだわけだから……ってもな、それだって絶対じゃない。

 いくら彼女が巧妙に隠そうと、俺が隠せるとは限らないからだ。

 というか、もう星野アイが特定の男子と友人である事はバレているんだろう。

 まだ週刊誌とかに出てないのは、俺たちが中学生だから。義務教育中のガキだからだな。

 

「聞き分けてくれとは言わない。けどな、お前の行動が万が一を引き起こした時、何をするにも言い訳がなけりゃ俺じゃ何にも出来ないんだよ」

「むう……」

 

 不満そうな顔をつくる星野に苦笑する。

 

「んな顔すんなよ、俺が悪いみたいだろうが」

「……どんな時でも味方だって言った癖に、自分から離れてこうとする友達は悪いと思いまーす」

「かもな。でも、どんなところでもとも言ったぞ」

 

 別に近くにいるだけが友達じゃない。

 

「遠くにいようが、会えなかろうが味方だ。応援だってする」

「そういう割に一回もライブ来てくれたことないじゃん。あーあ、薄情な友達だなあ」

「……それはまあ、なんと言いますか。ここまで来たらドームライブが初ライブってのもオツかな、なんて」

「ドーム?」

 

 まっずい。痛いところを突かれて、思わず余計なこと言っちまった。

 

「いや、ね? 星野ってか、B小町ならそんぐらいいけんじゃねーかなって」

「ふーん? 見てもいないのに?」

「だからですね……」

 

 数年後にドームライブをすることになる、なんて口が裂けても言えないので、どうにかこうにか言葉を並べて誤魔化すと星野は「わかった」と言って呆れたように笑った。

 

「じゃあ、ドームでライブやることになったら招待してあげようかな。それまで私から会おうとしたりもしないよ」

「お、おう……だから、そのつもりで……」

「その代わり、それまでライブに来ないでね。ってそれだけじゃ今まで通りだしなあ……」

 

 そう言って、星野は少し考え込むとすぐに何か思いついたようでニヤッと笑った。

 

「じゃあ、ドームでB小町がライブをやるまでテレビのバラエティ番組とかドラマとか……映画も、私とかメンバーが出るのは観ないようにすること。情報が出てるニュースサイトとかもダメね。SNSもエンタメ系のものは、なるべく見ないようにしてほしいかな」

「いや、え、はぁ?」

 

 薄情だなんだと言った癖に、次に言い出すのがそれかよ。

 

「……お前に関する情報を一切仕入れるな、と?」

「うん。あ、連絡したかったらしてもいいし、会いたかったら会いに来てくれてもいいよ?」

「……」

 

 そう言って彼女はニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

 その表情に彼女の意図を察して、ため息が出た。

 お前ばっかり一方的に情報を握って、勝手に安心しようとしてんじゃねえよってか。

 つまるところ彼女は、こう言っているのだろう。

 

「まあ、友達だしそこはフェアじゃないとな」

「あ、わかった? 私ばっかり近況気にしてるのって、やっぱり変だしちょうどいいよね」

 

 ドームライブの招待が対価と考えれば……まあ、一見、軽い条件ではあるか。取れるかどうかもわからないものが確実に取れるって意味でもそうだし、ドームライブをやる頃には星野アイ直々の招待ってのもかなりのプレミアだ。

 加えて言えば、俺が彼女の出演するテレビやら映画やら観たところで言わなければバレないわけで……と、まあここが条件の重い部分だな。

 完全に俺の良識を信頼しての要求だろこれ。重いって、信頼が。

 

 それにどうあれ、俺は一度だけ彼女の情報を仕入れなきゃいけないタイミングがある。それは絶対に守れない約束だった。

 けれども……

 

「わかった。約束だ、俺はドームライブまで一切お前のことを調べないし、なるべく視界に入れないようにする」

「本人は別に見てもいいよ?」

「いや、会わないって話したばっかだろ」

「頑なだなあ、もう。本当に顔出さなかったりしたら、私だって怒るよ?」

「そりゃ怖い」

 

 ケラケラとお互いに笑って、それからちょうどそこがお互いの向かう方への別れ道だと気がついた。

 ここでさよならと言えば、きっとそれで俺たちの中学生活は終わる。

 少しの名残り惜しさを感じながら、俺は口を開く。

 

「んじゃあ、ここでさよならだな」

「うん。次に会うのはいつになるかな」

「さあな」

「私は明日でもいいんだけどなー、春休みでしょ?」

「しつこいぞ」

 

 そう返すと、彼女は唇を尖らせて抗議する。

 そういう顔をもっとすりゃ友達も増えそうなのにな、なんて思う。

 

「今生の別れってわけじゃねえんだからよ」

「でも、もしかたらがあるでしょ? ほら君って幸薄そうだし」

「幸薄そうだろうが俺は死なねえよ」

 

 生きてやることがあるからな。

 

「つーかお前、人が気にしてること言うんじゃねえよ」

「へー、気にしてたんだ。幸薄そうなの」

 

 こいつ……!

 思わず喧嘩なら買ってやろうと、言葉を用意するが……

 

「ふふっ、あははっ」

 

 悪戯に成功したガキみたいな笑顔に毒気を抜かれて、息を吐いた。振り上げた拳を向ける先がこれだとな、喧嘩する気も起きはしない。

 

「……たく、お前の方こそ気をつけろよ」

「大丈夫だって、私なら」

 

 絶対嘘だな、と思いながらもまあ騙されてやるかと諦めた。

 思わずフッと笑みが溢れて、感じていた寂しさがいくらか消えていることに気がついた。

 それから残った寂しさを吐き出すように、別れの言葉を告げた。

 

「またな、星野」

「うんまたね、来栖くん」

 

 そうして、俺と彼女はさよならをした。

 背中を向けて歩き出してからしばらくして、そう言えばいつからちゃんと名前で呼ばれるようになったんだったか、とそんなことを思って振り返る。

 けれども、そこにはもう彼女の姿はない。

 

「ま、どうでもいいかそんなこと」

 

 そう呟いて家路を歩く。

 次会えた時、覚えていたら聞けばいい。聞ける状況じゃないし、きっと覚えてないんだろうけれど。

 まあともかく、は。

 

「さようなら」

 

 また会う日まで。

 




「それでその後は……?」

 アクア少年が、続きを話すように促して来るが首を振る。

「会ってねえし、ドームライブまで情報仕入れたりもしなかったぞ」
「……ずいぶん律儀なんだな、アンタ」

 皮肉なんだろうが、残念だったな。俺にその手の皮肉は通用しない。

「約束だからな」

 それにドームライブの招待はして貰ったしな。
 律儀と言えばこいつらの母親だってそうだ。
 そんなことを思っていると、お菓子を貪り食らっていたルビーちゃんが拳を握って立ち上がる。

「中学時代のママのライブに一回も行かないとか有り得ない! ましてや連絡先知ってて連絡しなかったり、会いにもいかないなんて来栖さんは男じゃないよ!」

 チマっこくて可愛いらしいなあ、なんて思っているとそんな酷い言葉をぶつけられる。

「男云々以前の問題だろ。なあ、アクアくんよ」
「ああ、男云々以前に面倒臭いな」
「……お前らな」

 いやもう何も言うまい。
 面倒臭いのは承知しているのだから。

「ミヤコさん、さっさと連れて帰ってくれません?」
「え、ええ……」

 言いながら、二人を説得しにかかるミヤコさん。
 アクア少年の方は聞きたいことは聞けたし、といった感じで大人しく帰ろうとしているが、ルビーちゃんの方はまだ帰りたくなさそうだった。

「お菓子……」

 だから、それ高いやつだから。
 バカスカバカスカ食いやがって。そうそう頂ける物じゃないんだぞ。
 なんて思いながらも、小袋に入ったそれをいくつか別の箱に分けて持たせてやる。
 ついついワガママを許してしまう。親戚の娘ってこんな感じなんだろうか。

「お母さんとお兄ちゃんと一緒に食いな」
「わあい! 来栖さんおっとこまえー!」

 さっき成人男性捕まえて男じゃないとか言ってなかったか、この子……
 そのまま玄関まで送って、三人を送り出そうとしたところでふと思い出す。

「そうだ、少しいいか?」

 そう声をかけると双子は揃って振り返った。

「お母さんに、どうして俺の名前ちゃんと呼ぶようになったか聞いといてくれねえかな」

 お願い! と両手を揃えて、そう言うと二人は顔を見合わせて、それからため息をついた。
 そうして、まるでどうしようもない腑抜けを見るような冷たい顔をして、口を揃えてこう言った。

「自分で聞け、ヘタレ」

 ドアがバタンと音を立てて閉まる。

「ったく……」

 そう呟き頭をかいてから、三人分の音が消えて静まり返った部屋に戻ると、ソファにぐでっと体を預けた。

「タバコ吸お……」

 真実は時として人を傷つけるということをあの二人は知らないのだろうか。
 ヘタレって男に言っちゃダメな言葉トップテンだろ。この野郎。


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再会編
魔法の歌・1


更新頻度さらに落ちるかもしれんので、匿名外します。


 いつか見た風景も、退屈だと思った日常も、君がいたから綺麗だと思えたのだとしたら、それって最低なことだと俺は思うんだ。

 

*

 

「あ、置く場所ミスった。わりぃ、オレ死んだ」

 

 PC画面の端に見えた敵に頭を一撃で抜かれる直前、そんな言葉を呟く。

 

「マジで悪い。なんつーところで置いてんだ俺」

 

 そんな風にボヤくとPCのサブモニターに流れる有象無象たちが「雑魚死乙」だの「二日ぶっ通しだから流石に脳死んでじゃない?」だのと心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書きつくっている。

 

「まー、確かに二日ぶっ通しランクは馬鹿だったかもな」

 

 けどまあ、下がった分のランクは盛り直したし、元よりランクも上がったから結果は上々だろ。

 これで最後にしとくか、などと思っていると「負けたら終わる?」などというコメントが流れてくる。

 

「どっちにしろ終わろうと思う。けどまあ、負けて終わるの渋いし、この試合は勝ちてぇな。5-7だし、まだ勝ちの目はある。このマップ攻めのが若干エリアコントロールしやすいしな」

 

 それからしばらく、どうにかこうにか覚醒した味方のキャリーなどもありつつ、辛くもその試合を勝つことは出来た。

 

「ふい〜、んじゃタバコ二本ぐらい吸ってから配信切るわ。なんか話題くれ」

 

 流れていくコメントを見ながら、話題になりそうなものをピックアップしていく。

 

「ええと、次のB小町未履修組過去ライブ同時視聴はある? あー、まああんじゃねえか。誘われたらやってもいいとは思ってる」

 

 以前、仲間の一人に誘われてやったやつだ。というのも、配信で星野の名前が出た時に焦って咄嗟に「誰?」と言ってしまったのが原因だった。

 炎上とかそんなことにはならなかったのだが、B小町の星野アイを知らないのは社会教養がなさ過ぎる、と昔所属してたチームの仲間に心配され、結果、B小町の過去ライブを同時視聴することになったのである。

 本当は知ってるどころか同じ中学出身で友人だと知られたらきっと殺される。

 

「推しは決まったか、ねえ。Vtuberも箱推しだからな、俺。B小町も箱推しだけど……は? 星野アイをすこれ? あーはいはい、俺以上の星野アイ強火オタクいないからな、マジで」

 

 なんて言えば「絶対嘘だろ」というコメントが溢れる。

 

「嘘じゃねえって。サインはBとか星野アイの振りとか完コピしてるから。踊ってみせようか? っておい、無理すんなおっさんっておっさんはダメだろ。星野アイと同い年だぞ俺」

 

 苦笑しながらそう溢すと「サーセンした!」というコメントを皮切りに俺ではなく星野に謝罪するコメントが流れ始める。

 直前まで辛辣なコメントで溢れていたんだがなあ、おかしいなあと思っていると、

 

「お、ホッシーさん。サブスク継続サンキュー」

 

 ホッシーさんは、時々投げ銭もしてくれる視聴者だ。

 最近コメントを見かけるようになったのだが、中々に的を射たことを言うため、記憶に残っている。

 そんなことを思いながら、煙を吐き出した。

 二本目もそろそろ吸い切りそうだし、頃合いだろう。

 

「いい感じに勝てたし話もしたし、今日はこの辺にしとくか」

 

 言いながら、キーボードに手を伸ばした。

 

「んじゃまた次回」

 

 そして、最後にそう言ってキーボードのキーを押して配信を閉じた。

 

*

 

「いつになったら、アイに会うつもりだ?」

 

 部屋でパソコンを叩いて作業をしていると、勝手に部屋へ入り込んでいたらしいアクアが、そんなことを言ってきた。

 

「鍵はやったけど、勝手に入っていいっておじさん言ってないんだけど」

「……スマホの通知ぐらいこまめに見ろよ」

「あー? ……悪い。メッセージくれてたのか」

 

 気づかなかったな。

 

「二日ぐらい寝てねえんだよ。前回ランク下がったから、あげ直すためにずっとやっててさ」

「……ゲームに熱中するのは良いと思うが、睡眠はちゃんと取らないと早死にするぞ」

 

 この元医者、正論を言いやがって。

 今は中学生の癖によお。

 

「良いんだよ。これがお仕事なんだから」

「だからって無理しすぎだろ。72時間配信の悪夢を忘れたのか?」

「本当に無理だったらメシアライザー使うから平気だっての」

「いや、その力ってそんな風に使っても良いのか……?」

「知らん。が、俺が持ってる力をどう使おうが俺の勝手だ」

「まるで悪役だな。もっといい使い方……医者になろうとか考えなかったのか?」

「んー、まあ、そうだなあ」

 

 人によってはそう思うのかもしれない。

 どうしても生きたいのに重病で死にそうなやつとか、重傷を負っていてこの力があれば回復するってやつとか、そいつらの親族や友達だとか。後は、彼のような医者か。

 そういう奴らからしたら、疲労回復とアンチエイジングぐらいにしか使ってないこの「魔法」の使い方に文句の一つも言いたくなるだろう。

 世のため人のために力を使わないのか、大いなる力には大いなる責任が伴うんだぞ、と。

 けどまあ、前者は救われる側の論理で後者は力をひけらかす奴を戒めるための論理だ。

 そのどちらでもない俺としては、

 

「世のため人のために力を使えるやつは立派だと思う。けどな、俺はそういう人間じゃないし、むしろこんな力「あの時」以外あって良かったなんて思ったことはねえんだよ」

 

 むしろ余計なもんがあるせいで、いらん選択肢が増えたってのが印象だ。人の生死を自分の手一つで決めてしまえるようなこの力なんて、それが「癒す」力であっても存在すべきじゃない。

 俺は正義のヒーローじゃねえしな。例の彼に関しては日本の司法がどうにかするしかないだろ。個人的な報復とかもしょーじきどうでもいい。

 

「誰も彼もを救おうとするのは、傲慢な善性の表れだぜ。アクアくん」

「……言わんとすることは分かったが、じゃあお前はそれを誰に使うのか決めてるのか?」

「自分以外にはなるべく使わないって決めてるからなあ。お前らの母親と……まあ仲のいい友人、あとはお前ら双子ぐらいだな」

 

 つっても、死ぬほどの重症とか重病とかでしか使う気ねえけども。

 アンチエイジングたって、視力と反射神経を全盛期の状態に戻すだけで、本質的な劣化を消してるわけではねえから普通の人間と同じように死ねるだろうし、頼まれればそれもありか? いや無しだな。一歩間違って不老不死とか勘弁だわ。

 老衰すんのが一番いいだろ。

 

「まあ、そういうわけだ。安心して女に刺されてこい」

「なんで俺が女に刺される前提なんだ、アンタ」

 

 だって刺されそうだし。やべえ女吸引機じゃんお前。

 

「……まったく、そんなことより、最初の質問なんだが」

「ああ、星野にいつ会うのかってやつか。その予定はないな」

 

 最後に会ったのが、十一年前とかだったか。

 いや、会ったとも言えないのかあれじゃあ。まあ、顔を合わせたのがそんぐらい前ってので、ここは一つ納得して欲しい。

 

「だって今のアイツ大女優じゃん。どのツラ下げて会いに行きゃいいんだよ」

 

 数年合わずに売れっ子アイドル。そっから数年してアイドル引退からの女優に転身。同時に本名も公開し、華々しい大成功。そんなやつに急に会いに行ったらあれだぞ、ただのミーハー拗らせたヤベーやつだ。

 そんなことを思っていると、アクアは心底どうでもよさそうに言った。

 

「別にどのツラ下げて行ってもいいんじゃないか?」

「ハッ。十年以上会ってない相手が、俺? 星野アイのマブダチー! ってか? 無理だね」

「誰もそこまで厚かましくなれとは言っていないんだが……」

 

 そこまで厚かましくないと無理だって言ってんだよ。

 

「だいたい、向こうは今大事な時期だろ? 役者としてこの先も売れ続けるかどうかは三十代からの演技の質で決まるってどっかで聞いたぞ。そんな時期のスキャンダルなんてもってのほかだろ」

「大事な時期だからこそ、どうでもいいような話が出来る友人が大切っていうのもあるだろ。あと、スキャンダルに関しては俺たちの存在をつい最近まで隠し通してたんだ。心配する必要があるか?」

 

 その言葉に思わず黙り込む。

 一理あった。

 

「……遠くから応援してるぐらいでいいんだっつーの」

「わざわざ業界人の弱み握って脅して、アイを付けさせて、家特定してまで命を助けた癖にか?」

「お前それ絶対本人に言うなよ。おじさんと約束しろ」

 

 よくよく考えなくても重いし怖いだろ、そんなやつ。

 

「……アレは良いんだよ、どうせあの後引っ越したんだろ? その後どこ住んでんのかなんて知らねーんだし、あの時の一回だけだからノーカンだノーカン」

「俺もルビーもそういうところがヘタレだって言ってるんだよ」

「ヘタレじゃねえ。リスクマネジメントがしっかり出来ていると言え」

「ならいい加減、腹括ってちゃんとアイと話をしたらどうだ。このまま会わなかったアンタだって後悔するだろ。何より」

 

 アイが悲しむ。なんて、そんなことを彼は口にした。

 

「これまで何度も言ったが、お前が助けに来るあの日より前からアイは『中学時代の唯一の友達』の話を聞かせてくれたよ。それはもう楽しそうに。それで結局、一度も会いに来るどころか、連絡も寄越さなかったけどって言った時は、少し寂しそうだったんだ」

 

 ああ、何度も聞いたなそれ。ルビーとかクソやかましく聞かせてくれたの覚えてるよ。

 

「誰だって仲の良かった友達の近況は気になるもんだ。それが学校で唯一出来た普通の友人だったら尚更だろ」

「でも最近は俺の近況をお前らが話してんだろ?」

「……羨ましがられるんだよ。つーかこっちの身にもなれ、ここ来た後帰ったらちょっとしゅんとしてる母親の顔とか精神衛生上よろしくない」

 

 そう語るアクアは、その母親に似て綺麗な顔をどんより曇らせて疲れてますアピールをして来る。あれ、どっちかっつーと父親似なんだったか? 

 

「……だいたい来栖さんアンタ、アイのことどう思ってるんだ」

「どうって、うーん、友達」

「……いや、正直に」

「友達」

「マジかよ」

 

 マジだよ。

 

「友達に向ける感情の重さじゃないだろそれ」

「あー、まあそうかもな」

 

 他に向ける感情が薄いからなあ。

 友達以外だと後はなんだ。ゲームぐらいだな。

 

「んだよ、俺が星野をそういう意味で好きだとでも?」

「そうだと思ったんだが……いや、自覚がないだけか?」

 

 失礼なことを言ってくれやがるが、それはないと断言出来る。

 

「アクア、愛ってのには種類があんだろ?」

「ん? ああ……けど、なんだよ急に」

「まあ聞け」

 

 愛ってのにはそれはもう様々な種類がある。友愛、敬愛、性愛、親愛、情愛、家族愛……まあ色々。愛しさ余って憎さ百倍なんて言葉があるぐらいだ。憎悪だって広義の愛だと言える。

 

「と、このように視点を変えればどんな感情すら愛になるわけだが、そのどれもが結局は押し付けでしかないんだよ」

 

 親から子への無償の愛。友へと向ける親しみの篭った愛。異性へと向ける情欲と敬意が合わさった愛。

 それらの中に自己で完結するものはない。押し付ける側と受け取る先があって初めて、意味を持つものだ。

 

「憎しみも愛だって言ったのは、そう言うわけ。あれだって押し付ける相手と受け取る相手が居て初めて成立するからな。まあ、押しつけられた側はたまったもんじゃねえけど」

 

 ハンカチ拾って渡した時はあんなヤバいやつだとは思わなかったつーの。こんなに愛してるのにじゃねーよ。

 

「愛ってのは人の人生を簡単に歪めるものだ。一番影響が強いのは、憎しみと情愛。これは表裏一体で、押し付ける方も受け取る方も善かれ悪しかれ人生を変えられる。次点で性愛と家族愛。そして、一番無害なのは友愛と親愛だ。この二つはどれだけ強くなろうと、相手の人生を無理に変えたりはほとんど出来ないからな。出来て受け取る側の選択肢を増やしたりするぐらいで、もちろん何を選ぶかは受け取る側に依存する」

 

 つまり、

 

「相手の人生を歪める覚悟もねえのに、誰かを好きになってたまるかよ」

 

 そういうわけで、俺は星野アイにそういった好意を向けることはないのである。

 

「……めんどいな、アンタ」

「うっせ。人の人生哲学捕まえてめんどいとかいうなクソガキ」

 

 失礼なやつだな。わかってんだよ、そんなこと。

 

「じゃあ、アイがもしアンタのこと好きだって言ったらどうするつもりなんだ?」

「どうもしない。いや、そもそもアイツが俺のことを好きになるという前提が間違ってるから、何も起こりようがないってのが正解か」

 

 すげなくそう返せばアクアはため息を吐く。

 

「んだよ、違うか?」

「いや、まあ、アイもその気はないみたいなことを言ってたが……」

 

 だろうな、と困ったように眉を寄せる彼に笑った。

 俺たちの繋がりは友情ありきで、そこから進んだ感情を持つには遠いところにいる。それに今はアイツに子供がいて、俺はちょっとそう言った感情にトラウマがあるから、惚れた腫れたの話には慎重だ。

 男と女で仲が良いからってその感情が恋愛に結びつくとは限らないんだよ。

 そんなことを考えながら、話し込んで止まっていた手を動かして作業を進める。

 

「アイ、最近アンタの配信観てるぞ」

 

 そして、また止まった。

 

「はい?」

 

 おい待て。こいつ今とんでもないこと言わなかった……?

 

「当然と言えば当然だろ。アイは芸能界の人間で、流行りものには敏感だ。むしろ知らない方がおかしいだろ」

「ぐ……まあ、そうだが……」

 

 こんなことならvtuberにでもなればよかったとそう思う。

 いや、だいたいにして、未来がわかっているのに、高校時代にプロゲーマーなんてならなきゃ良かったのである。

 でも仕方ねえだろ。ゲームやって金稼ぎたいとか思っちまったんだから。誘われたりしたらホイホイ付いてっちゃうだろうが。

 稼げなかったけどな!!!!

 

「つまり何か、俺はお前らが話すまでもなく近況をアイツに追われてる、と?」

「お前が配信上で見せてる部分が少ないから、そこを俺たちが補完してるって感じだな」

「72時間配信も……?」

「全部は観れてないみたいだが、普通に心配してたな」

「競技現役時代の仲間と一緒にやったB小町ライブ映像同時視聴会はどうだ」

「呼んでくれればよかったのにって」

 

 呼べるか!

 

「で、アクアはそれを俺に教えて何が言いたいんだ?」

「いや、お互いがお互いの情報をせこせこネット経由で得続ける現状って、なんか不毛じゃね? と思ってな」

「……」

 

 まあ確かに不毛ではある。

 けれども、その不毛な行為にはそこに至るまでのそれ相応の理由があってだな。

 

「なあ、友達に会うことってそんなにごちゃごちゃ考えないといけないことか?」

「そりゃお前、立場とか色々あんだろ」

「二人がお互いに「友達」と思っている。それ以上の立場があるのかよ」

「……」

 

 それを子供の理屈だ、と突っぱねるのは容易かった。

 星野アイは時の人で、俺はこれでも顔出ししてる配信者。

 それらがどこぞで顔を合わせることの危険性と問題点をあげればキリがない。

 口にしたアクアだって、そんなことはわかっているはずだ。

 

 けれども、だからこそ、その言葉を否定することは出来なかった。

 

「仕方ねえな」

 

 そう言って、机に置いてあったスマートフォンを手に取る。

 以前、掛かってきた星野のものと思われる電話番号にSMSでメッセージを送った。

 

「ほらよ、これでいいか」

 

 アクアに画面を見せてやると、彼は呆れた顔で言った。

 

「今の時代にショートメッセージかよ」

 

 しゃーねえだろ、これしか連絡手段ねーんだから。

 

「しかも、『今週のどっかに飯食いに行こうぜ』って女性に送るメッセージか?」

「ダチならそんなもんだろうが」

 

 そうじゃなきゃ俺だってもうちょい気使うっての。

 しばらくそうして、如何にして女性を口説くかについての議論に花を咲かせていると、ぴろりんとメッセージを受信した音が鳴った。

 

「……返信きたぞ」

「早ッ。ちょい、スマホ返せ」

 

 返却されたスマホの画面を見る。

 

『じゃあ明日。お店予約しとく』

 

 性急過ぎません?

 普通もっと『どうして急に』とかそういう連絡来たり、電話とかで返ってくるパターンじゃないのこれ。なんか待ってましたと言わんばかりなんですけど。

 

「なあアクア、お前やっぱり星野の差金だったのか」

「……すまん。放っておいたらここまで会いに来そうなアイを俺たちにはどうすることも出来なかった」

 

 本当に申し訳なさそうな顔をするアクアにため息を吐いて、まあでも結果オーライだからいいか、とかそんなことを思いながら『了解』とだけ返事をしてスマホを閉じる。

 まあ家に来られるよりマシだしな。

 今はどんよりした雰囲気のアクアのケアをしようと、声をかける。

 

「……スマブラでもやるか?」

「ああ……」

 

 この後滅茶苦茶スマブラした。

 

 




星野アイ
数年前から女優業。
生きて伝えて欲しかったという願望により生存。
多分、一番しょんぼりしてる。
主人公とは友達で、中学時代以降音信不通になった癖に死にそうな時に現れた主人公とどうにか一度話をしたいと考えている。
最近、主人公の配信を見つけ、後方理解者面でコメントをすることにハマっている。
病んではいるかもしれないが、ヤンデレではない。普通に二児の母として成長している。子供が可愛い。
好きなアトラス作品シリーズは真・女神転生シリーズ
好きな悪魔はイシュタル

星野愛久愛海
健全に育った男の子。
多分、一番の苦労人。
主人公には能力やさりなちゃんのことがあり複雑な心境を抱えているが、それはそれとして友達みたいな距離感で接してくれるため、親戚のおじさんのようだなと思っている。
ただ、時々万札の入った封筒を「小遣い」とか言って渡すのはやめて欲しい。胃が痛い。

星野瑠美衣
この先も元気に育つ子。
多分、今が一番幸せ。
ママが悲しそうな顔をするのが許せないとは思っているが、主人公の言っていることも理解できるため複雑。
それはそれとして甘やかしてくれるので、主人公を悪く思ってはいない。我儘を言っても受け止めてくれる「大人」だと思っている。

来栖綾時
名前は来栖暁と望月綾時より。
ハンカチ拾っただけなのに刺され、「メシアライザー」を持って転生した。コンセプトは「都合の良い友人」
多分、一番楽観的。
前回が「愛」に応え過ぎた人生だったので、誰かに「愛」を注ぐ側になってみたのが今回。別にどちらかに辟易しているとかはない。
面倒臭い友達観と「愛」にまつわる感覚を持っている。だから刺される。
ゲームやって金が稼ぎたいとか言っているが、本当は、星野アイとは友達だけど、一般人のままじゃもしもの時にどう接すればいいのかわかんなくね? と思ったため、数年後の大ストリーマー時代を見越してFPSのプロゲーマーになる。プロでの戦績はそこそこ。
星野アイとその周囲の人間関係に甘いというよりは、一度内輪に入れた相手とその周囲にだだ甘になるだけ。
某彼について思うところが全くないと言えば嘘だが、自分に手を出されなきゃどうでもいいと思っている。
好きなアトラス作品シリーズはペルソナシリーズ
好きなメガテンは真・2とIF
好きなペルソナはオルフェウス・アプサラス・マリア・メサイア


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魔法の歌・2

タイトル
PEOPLE 1「魔法の歌」より

書く時に聞いてた曲
同上
amazarashi「雨男」


 アクアを家に帰してから二十四時間が過ぎた現在。

 時刻は午後十九時。場所は、星野の予約した店。その奥にある芸能人用の個室である。

 

 平日ということもあって、どうせなら昼間に人の少ない街中のちょっと良い店のランチで済ませたかったってのがお互いの本音だったのだが、向こうは撮影、こっちは今度参加させてもらうゲームの公式配信の打ち合わせで昼間は忙しく、結局会うのは夜になった。

 

 星野はまだ来ていない。店に入る前に仕事が少し長引いたと連絡が来ていたが、俺の方は打ち合わせの場所が近かったこともあって、先に席についていることにした。

 

「お、本当に安いじゃんこの店」

 

 密会とかに使うような個室のある店って高いところが多いんだよな。

 向こうは家計、こっちは元来の貧乏性的にあまりそういう店は嬉しくないし、そういうところには記者が張り付いているもので、そういう意味でもよろしくはない。

 

 しかしそこは芸歴十年を超える星野アイさん。リーズナブルで、こういった話にも理解があるお店を選んでくれたらしい。しかも喫煙所があるタイプの店らしく、俺が気兼ねなくヤニを吸えるという素晴らしい配慮をしてくれていた。

 まあ、酒入ったらタバコとか吸わねえんだけど。酔いまわるの早くなるから楽しくはあるんだが、今日みたいな日には合わない。

 それにメニュー見た感じ結構良い感じの日本酒あるし、たまには贅沢して飲んでみたいしな。

 

 ……しかしまあ、なんだ。昨日まであんだけ渋ってたのに、そこはかとなく楽しみな俺がいる。

 やっぱり大人になった友達と飯に行くってのはいいな。酒飲んで、思い出話に花を咲かせるってそれだけで楽しいんだよ。

 

 前世もあの時期は幸せだったし、今生もチームメイトと行った飲み会は最高に……

 

「お待たせ」

 

 なんて思いを馳せていると、個室の扉が開く音ともに聞き馴染みがあるものよりもいくらか成熟した声が聞こえた。

 きっとこの場が彼女の用意したものでなければ気がつかなかっただろう。幾年かの歳月は、その声から感じ取る印象を磨耗させてしまうのには十分だった。

 それでも、

 

「よお、久しぶり」

 

 俺はそんな風に、旧知の友人へと向けるような気安い挨拶をすることが出来ていた。

 サングラスとマスク、そしてキャップこそ変わっていないが服装は以前と違ってダサくはない。そのスタイルと彼女自身によく似合うストリート系の出立ちだ。

 

「うん、久しぶり。元気してた?」

「答える必要あるか? どうせ知ってんだろ」

 

 そう言って笑ってやれば、彼女はすぐさま何かに気が付いたらしく、少し不機嫌そうに俺の前に座る。

 

「……アクアめぇ、言わないでって言ってたのに」

 

 言わないでって言ってたのかよ。

 

「嫌われてんじゃねーの」

「嫌われてませーん。うちの子たちはずっと私のこと大好きですー」

 

 知ってる。

 

「んじゃ、反抗期だろ」

 

 何気なく冗談のつもりでそう言うと、星野の笑みが固まった。

 

「え……」

「え……?」

「反抗期、なのかな……?」

 

 いや、え……?

 何その覚えがありますよ、みたいな反応。困るんだけど。

 

「思い当たる節でもあんのか?」

「うん……」

「言ってみろよ。アイツらにはよく会うし、相談に乗れるかもしれん」

「実はね……」

 

 そこから始まったのは、反抗期の子供を持て余すシングルマザーの悩み……ではなく、ただの子供自慢であった。

 おい、こいつ親バカ過ぎんだろ。いやそのきらいは原作からしてあったけども。

 

「それで、最近アクアがあんまり抱き付かせてくれなくて……」

「うんもうわかった。反抗期じゃねーよ、普通にお前の子供に対する距離感バグってるだけだわ」

 

 ビビって損した……んだよ、幸せな限りじゃねえか。

 

「でも……」

 

 それでもなお不安そうな星野に、俺はため息を一つ。

 

「思春期の男の子はな、反抗期にしろ何にしろ母親とちょっと距離を取る時期なんだよ。そうやって自立するための準備を整えて、大人になっていくのが健全なんだ。それに今まで通り話はしてくれんだろ?」

「うん」

「なら大丈夫だ。アクアはお前のことは大好きだし、大切に思ってる。そこは俺でも理解できるぐらいだしな」

「……そっか。なら、安心かなあ」

 

 あー、マジで疲れた。何だこれ。どうして子供もいない俺が、こんなに育児のことで話してんの? 意味わからん。オープニングトークには重過ぎんだろ、話題が。まだ何も頼んでねーし。

 

「……話も一段落したことだし、とりあえずなんか頼もうぜ。腹減って仕方ねえや」

「そうだった、私もそういえばお腹空いてた」

「食いもんはテキトウでいいとして、飲み物はビールでいいか?」

「うん。あ、ここ、お刺身が美味しいから食べ物はそれがオススメだよ」

「あいあい」

 

 電子端末で注文を終えて、一息つく。

 何でこんなに疲れてるんでしょうね。昨日寝たよな、俺。

 

「そういや、こうして一緒に飯食うのって何気に初めてか」

「だねえ、どこかの誰かさんは頑なだったからなあ」

「だってお前アイドルだったろ。今も女優だしな」

「そうは言うけどさ、来栖くんだって知らない間にプロゲーマーになって、そのままストリーマーでしょ。どうして連絡くれなかったのかなあ、友達なのに教えてもらえないの寂しいなあ」

 

 それを言われると弱い。

 

「あと72時間配信とか48時間配信とかやめなよ。早死にしちゃうよ?」

「それ、アクアにも言われたわ。やっぱ親子なんだな」

「もう、君そうやって誤魔化すところあるよね」

 

 しばらくそんなこんなで話し込んでいると、程なくしてビールと刺身が運ばれて来る。

 ジョッキを手に取って、二人合わせて乾杯をした。

 それを一口飲んで、俺は話を続ける。

 

「そういうお前だって本名どうして公開したんだよ。アクアとルビーのことまで公表した時には、流石にキモが冷えたぞ」

 

 すげえ炎上してたし。

 

「うーん、二人のことを守るため。かなあ。ほら、公にしたらその時は炎上するし、大変だけどさー……結局、子供たちの身の安全とか考えたら知ってる人が多い方がいいかなって。多分、私まだ狙われてるしねー」

 

 そう言って苦笑する星野の顔は、昔と違っていてどこか落ち着きがあった。苦労はあれど、自分の選択が子供たちの為に正しかったとそう確信しているのだろう。それは紛うことのなき母親の顔だ。

 綺麗になったなあ、とそれを見てぼんやりと思う。

 反面、きっと本当に大変だった時に俺は寄り添ってやれなかったんだろうな、とそう思った。

 

「母は強し、だな」

「あ、わかる? 子供がいると辛くても大変でも、頑張ってやろう! って気持ちになれるんだよねー……来栖くんは、そういう話ないの?」

 

 気まずそうに聞いてくる星野に、今度は俺が苦笑した。

 

「ないな、全くないし、今はいらねえや」

「そう? もし興味あったら知り合いの女優の子紹介しようかって言おうと思ったんだけど」

「やだよ。誰が好き好んで芸能界とかいう地雷現場から地雷引き取ろうとすんだ」

 

 つーか俺も社会経験のないタイプのストリーマーとかいう地雷だからな。絶対上手く行かねえよ。前世は普通だったんですけどね。

 んで、子供。子供なあ……

 

「子供とか今更っつーか……だいたいアクアとルビーでその辺の需要満たされてる気がするわ。最近、アイツらに良いもの食わせたり、小遣いやる為に配信してるみたいなところはあるし。それも今は別にいいかな」

「あはは、なにそれ。じゃあ、来栖くんは二人の父親代わりってこと?」

「つーか親戚のおじさん?」

 

 自分で言ってて臭いが、そういうポジションでありたいとは思っている。親以外に気安く頼れる大人って、何気に大事だからな。教師とかそうあるべきなんじゃなかろうか。教育者じゃないからわからんけど。

 そんなことを思っていると星野は「ふーん?」と言って、目を細めて笑った。

 

「じゃあこれからも頼らせてもらおうかな、おじさん」

「お前それ自分に跳ね返って来ることに気づいてる?」

「うるさいでーす。私はまだまだ現役で女子高生やれるし〜」

「そこで見た目の若さ出すのはなんかじゃない?」

 

 俺だって別に見た目若いんだけど、正直こいつの溢れ出る「美少女感」みたいなのに勝てる気がしない。張り合う気もないけど。

 それから昔の話をしたりして一頻り笑ってビールを飲み干し、お代わりを注文するを二度ほど繰り返したタイミングで、星野は少し神妙な顔をした。

 

「来栖くんは、さ。私のこと嫌いじゃない?」

「あん? んだよ、急に」

 

 メンヘラ女みたいなこと聞くじゃん、と俺が言えば彼女は首を横に振った。

 

「だって不安にもなるじゃん。中学の時にさよならしてから十五年だよ? 会いに来てもいいし、連絡くれてもいいって言ったのに、結局それもなかったし」

「いや、でもドームライブの日に会ったし……」

「その時私、死にかけてたのわすれたのかなあ?」

「あー、後ほら、ドームライブは観に行ったぞ? 同じ日に死にかけてたとは思えないほど素晴らしいパフォーマンスだった」

 

 奇妙な会話だなと我ながら思う。

 死にかけた日にドームライブやるって、やっぱりこいつどっかイカれてんだろうな。

 

「君が治してくれたんだから当然でしょ? あと、サイリウムはちゃんと振って欲しかったかな。色も間違ってたよ。別の子の推し色だったし、強火オタク自称するならしっかりして欲しかったなー」

 

 だってしょうがないだろ。前世でも今生でもアイドルのライブなんて行ったことなかったんだから。地蔵にならないようにすんのが大変だったつーの。

 

「つーか見えてたのかよ」

「友達だもん。来てるって信じてたし、見つけるよ」

 

 信頼が重い。つーかこいつだいぶ絡み酒だな……

 

「終わった後に会えるかなって思ってたら、帰っちゃってたし。スタッフの人に止められなかった?」

「止められたけど、なんも悪さしてないのに急に止められて怖くなったから偽名名乗って逃げた」

「臆病者めぇ……」

 

 言いながら星野はジョッキを呷る。

 それはもういい飲みっぷりであった。

 

「そうじゃなくてさー、ほら、君は私のこと嫌いなの? どうなの?」

 

 どうなのおばさん押さえてるとか、こいつさてはひょっとしなくても結構ゲームやってんな?

 なんて茶化そうとする内心とは裏腹に、冷静な自分が声を出す。

 

「嫌いじゃねえよ。大切だと思ってる」

「じゃあ、どうして連絡もしてくれなかったの? 私、君の近況だって知りたかったし、相談したいことだってあったんだよ?」

 

 それを言われると弱いな、とそう思いつつ、どことなくこの状況に既視感を覚えていた。

 そういえば、好き嫌いについて一度だけ彼女と話したことがあったはずだ。ああいや、好きな人いるかどうかだったか?

 なんでもいい。ともかく、アルコールに侵食された思考でもってなお返事を間違えてはいけないと、誤魔化してはいけないとそう感じる。

 

「俺は……」

 

 スッと深呼吸を一つ。

 

「そうだな。あの時のお前に、俺じゃ寄り添えなかったんだよ」

 

 言葉を探す。ジッと静かにこちらを見つめる星野から目を逸らしたくなるが、それを気合で押さえ込む。

 ああ、そうだ。メディアバレなんて、ただの言い訳でしかない。少し会ったりすることや連絡を取り合うことなんてきっちりしときゃそうそうバレることでもないのだから。

 それに正直な話をすれば、バレたとして誤魔化しようはいくらでもあった。特にその辺りは星野ならなんとかしてしまえただろう。

 俺たちの関係性も何も知らない奴らに、語る事情など万に一つもありはしないのだから。

 メディア云々、立場云々。そんなものは距離を取るための理由でしかなかった。

 

「理解は出来たと思う。けど、多分共感が出来なかった。お前と俺は生まれも育った環境も違い過ぎたから。きっと、あのまま関わり続けていたら、いつか俺はお前を酷く傷つけていたかもしれない」

 

 それが心か体かはわからない。

 ただそうして傷つけた相手の背中をさすってすらやれないだろう自分がいると、俺は理解していた。

 別れの悲しさや寂しさなんてのは一瞬だ。どんなに辛くても、蓋をしてしまえば、いつか腐って朽ちるだけのものでしかない。

 それでも……

 

「必要な時に一緒に居てやれない不甲斐ない友人で、申し訳ないとは思ってんだ。けど、だからかな。こうして、お前と向かい合って酒を飲めてるってのが嬉しいんだよ。それだけで生きてる価値はあったな、なんてバカらしいこと思っちまうぐらい」

 

 無意味な人生の二周目に、意味をつけてくれたのは星野だ。

 人は誰しも仮面を被り、それを付け替えることで他者と自分の間にある溝を埋めようとする。その行為を欺瞞だという者もいるだろう。俺も多分その一人だった。

 けれども目に映る全てが嘘に見えるようなこんな世界で、ただ一人誰よりも素直な嘘で「本当」を求めていた彼女だから、俺は「友達」になった。だから、大切なんだ。

 なんかの歌の歌詞にもあっただろ。

 『友達の約束を守らなきゃ、それだけが僕の死ねない理由』って。

 笑えてくるよな本当に。

 

「俺はお前が生きていてくれるなら、別にこの先関わらずとも良かったんだよ」

 

 近くにいても遠くにいてもわからないことは多いけれど、近くても遠くてもようは心さえ繋がっていれば、さしたる問題にはならない。

 言葉足らずで誤解もさせただろうが、それがあの時に俺が出した結論だったしな。やっぱり、こういうのはちゃんと言葉にしておいた方が良かったんだろう。

 言いたいことも言ったことだし、とジョッキに手をつけようとして星野が変わらずこちらをジッと見つめていることに気がつく。

 

「……相変わらずだなあ」

 

 何か眩しいものを見るようなその表情は、アルコールのせいで少し赤らんだ顔と相まって、やけに綺麗だった。

 

「君はいつだって嘘を吐かないね」

「いや、吐くけど」

 

 必要とあれば、いくらでも。嘘も方便。割と初歩的な処世術だぞ。

 

「うん、人にはそうだと思う。でも来栖くんは自分に嘘を吐かないんだよ」

「……」

 

 まあ、少なくとも今生はそうかもしれない。

 前世で他人に気を使って、自分に嘘を吐いて生きてたからな。ハンカチ拾った時だって、本当は別の誰かが拾うだろってそんな気持ちはあったし。

 ただ皆の「優しい」来栖綾時くんは、そこでハンカチを拾わなきゃならなかった。んで、死んだ。

 だからそういうのはもうやめようって、そう思って好きに生きてきたつもりだ。

 

「自己中心的、とも言うけどな」

「それを言ったら私だってそうだったよ?」

 

 でね、と星野は続ける。

 

「確かに来栖くんは大変な時に近くにいなくて、私が死にかけた瞬間ひょっこり現れて、私を治してまたどっか行っちゃうような困った友達だよ」

「お、おう」

 

 そうか、困った友達か。なんか泣きたくなってきたな、自覚あるし。

 

「アクアとルビーの名前決める時とか、相談したかったなー、私」

「いや、いい名前だと思うぞ」

「本当に?」

「片方はもうちょい手加減してあげて欲しかったかもしれん」

 

 改めてアクアマリンってすげー名前だよな。斬新どころの話じゃないし、光中って書いて「ピカチュウ」ぐらいの衝撃はあるだろ。ないか。ないな。

 ピカチュウじゃなくて良かったな、アクア。

 

「後出しなので聞きませーん。アクアマリンはアクアマリンでーす」

「直せとは言ってないんだが」

 

 まあ、酔ってんだろうな。自分で聞いてきたくせにこれだし。

 で、何が言いたいんだよ、とそう思いながら星野を見ると、彼女はおかしそうに笑って、それから柔らかな微笑みを浮かべて言った。

 

「来栖くんは困った友達だけど、もっとちゃんと会いに来て欲しいな。話したいこと、いっぱいあるし、きっとこれからも増えていくと思うから」

 

 ……どうも、やっぱり俺は自己中心的だったようだ。

 きっとこれまでの俺は、星野の気持ちをちゃんと考えていなかった。彼女の命を救うために、彼女を傷つけないために、そんなことばっかに頭がいって、本当に大切なことを見誤っていたのかもしれない。

 彼女を傷つけたことで、自分が傷つくのが怖かったんだろうな、とそう思う。

 

「わかった。頻度はそう多くはならないだろうが、会うのは構わねえよ。この期に及んで張る意地もないしな」

「あはは、それはお互い様かなあ。いやー、私も無理矢理家に押しかけてやろうかーとは思ってたんだけどさー。今行ったら負けかなって」

「んじゃ何か、その流れでいくと俺は負けたわけか」

「あは、そうなるねー。私の勝ちだ」

「はは、そうだな。お前の勝ちだ」

 

 色々な意味で、俺の完敗だろこれ。最強で無敵なだけあるわ。

 

「それじゃあ、まあ改めてましてよろしく」

「うん、よろしく来栖くん」

 

 そう言って、本日二度目の乾杯をした。

 シリアスな話もそこそこに、その後は日本酒とかなんだとか頼んだりして、明るい話も盛り上がり、特に俺たちの間で白熱したのはアクアとルビーについての話題であった。

 共通の話題がそこである辺り、お互いに歳をとったなと思いつつ、以前うちのソファで双子が寝てしまった時に撮った写真を星野に共有したり、星野からはその二人が如何に天才かという自慢話を聞いたりした。親バカめ。

 そうしてしばらく、色々と酒を飲みながら話をしていると星野が船を漕ぎ始めたので、少し落ち着いてから会計を済ませて店を出る。

 星野はあまり酒に強くはなかった。




次回、昼ぐらいにあがります


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星と僕らと

タイトル
Lyn「星と僕らと」より

作業用BGM
同上
amazarashi「千年幸福論」

二回行動してます。前話からお読みください



「ああうん、そう。ほぼ泥酔状態だ。あん? 変なこと? するわけねえだろ、マセガキ……とりあえず送ってくから。そう、住所な。頼むわ」

 

 店を出てすぐアクアとの電話を終え、自分に「メシアライザー」をかける。それだけで体内のアルコールが分解され、薄れかけていた理性が戻って来た。

 こういう時に癒しの力は便利だ。

 酩酊状態を状態異常として捉えてくれているから、泥酔した翌日を迎えても二日酔いに苦しむことはないしな。加減ミスると老化も異常と捉えるからあんまり良くないんだけど。

 なんてことを考えながら、ふらふらとして隣に立つ星野に声をかける。

 

「おーい、星野。歩けるかー?」

「うぇ? そとぉ?」

 

 呂律が回っていない口調で喋りながら、彼女はひょこひょことふらふらの中間ぐらいな足取りで近づいて来る。完全に千鳥足の酔っ払いだ。

 調子に乗って飲むからそうなる。流石にこんなことで回復はしてやらんぞ。

 ったく、打ち合わせに車で来て駐車場に置かせて貰ってたからよかったものをそうじゃなかったら、どう帰るつもりだったんだ。

 

「かえるの〜?」

「ああ、車で送ってやるから少し歩け。アレだったら水も買ってやるから」

「あはは、いんしゅ運転じゃん。いけないんだー」

 

 こいつ……

 

「俺はもうアルコール抜けてんだよ。いいから行くぞ」

「えー、歩けなーい。歩きたくなーい」

 

 おい主張は統一しろ酔っ払い。したくないと出来ないの間には、大きな差があることを知れ。

 

「ほら、おぶってやるから……」

「あはは、来栖くんやっさしー」

「ッと、おい急に来るな。あと、サングラスとマスクちゃんとしとけよ」

「わかってまーす」

 

 おぶさって来た星野をどうにか背中で受け止めて、持ち上げる。

 普通に重いが、まあ駐車場まで歩くぐらいなら問題ない。

 

「ったく、自分の限界ぐらい覚えとけよ」

「いつも気にしてるし、べつにいーじゃん。ともだちと飲むときぐらい」

「お前な、一応俺も異性だぞ。警戒心無さすぎだろ」

「えー、なにかするつもりなんだー? 来栖くんやらしー」

「お前な……」

 

 一応往来だぞ、ここ。誤解されんだろうが。

 そう思うも、まあ信頼されているのだろうと思うことにして、ため息を吐く。

 そのまま星野を背負って、駐車場までの道を行く。

 

「んー、くるすくんのせなかは広いなあ。ねえ、るびいにもおんぶしたことあるんでしょ?」

「ん? ああ。まあ、ルビーにせがまれてな」

 

 あれは小学生の時だったか。

 二人を連れて外に飯を食いに行った時、帰り通りかかった公園で父親におんぶされている子供を見て、ルビーが騒いだんだったっけ。

 

「パパー! 私もおんぶ〜! ってな。おかげでご近所さんにあんなデカい娘がいると誤解されるわ、誤解が解けてもアイツらと歩いてると微笑ましい目で見られるわで、散々だ」

 

 俺の歳であんなでけえ娘がいてたまるかよ。

 

「あはは、その日るびいがきげん良さそうに帰ってきたからおぼえてる。よっぽどうれしかったんだろうな〜って」

 

 星野は、嬉しそうで、それなのにどこか寂しげな声で囁くようにそう語る。

 

「それをきいて、わたしね、いいなあって思ったんだ。おかしいよね、わたしもう大人なのに。おかあさんなのに」

「……まあ、おんぶを羨ましがる大人ってのも珍しいかもな」

 

 けどまあ、彼女の場合はまた違うんだろうな、とそう思う。

 

「だからさ、いまちょっとるびいのきもちわかったかも。おんぶしてもらうと、あったかいしあんしんするんだなあって……」

「……眠いなら寝ていいぞ」

「え〜? ねむくないよ?」

 

 そう言いながら、彼女はくわっと可愛らしいあくびをする。

 

「酔いが少し醒めてくるぐらいが一番眠いからな。あんま無理すんなよ」

「でも、ねむったひとっておもいらしいじゃん。だいじょぶ?」

「駐車場、そこの信号渡ったら着くから気にすんな」

「ん〜……うん、じゃあそうする。ごめんね」

 

 それだけ口にして、星野はすうっと寝息を立て始める。

 彼女の言った通り、意識を失った成人ってのは男女の別なく存外重いのだが、この重さが彼女が今を生きていることの証明だと思えば、それほど嫌ではなかった。

 

 そのまま信号を渡って、警備員さんに星野の名前は出さずに事情を話して、車へと向かう。

 後部座席に星野を寝かせて、運転席に乗り込むとエンジンをかけシフトレバーをドライブに入れ、ブレーキペダルを踏んでからスマホを開く。

 すると、アクアから住所が送られて来ていたのでそれをカーナビにセットし、ブレーキを離して発進する。

 

 警備員さんにお礼を言って、駐車場を抜けると軽くアクセルを踏んでスピードを上げた。

 

 そのまましばらく走っている間も、後ろの席の星野は起きる気配がない。

 

 いつもなら流している音楽も、本人がいるうえに寝ているためかけることもできず、鼻歌を歌って誤魔化すことにした。

 ゲームソングやらJPOPしか聞いてなかった俺のプレイリストに、いつの間にか入り込んだアイドルソングを見るたびに、我ながら影響されすぎだろと思って苦笑する。

 

 俺が星野アイ強火オタクだというのは、あながち嘘でもない。友人だから多分、誰よりも彼女を理解している気になって、割と真剣にエゴサしては本人でもないのに勝手に傷ついたりもしていた。

 

 星野アイ子供バレ事件の時とか、双子のこともあって心ない言葉に割と真剣にキレていたような気もする。事実はともかく変な憶測で星野を攻撃したり、何より子供を叩くのは違うだろって。

 まあ倫理的にやばいことしてるから、そこがバレてたら擁護はし難かったんすけどね。そうなったら横で別の炎上ネタになってやろうとは思ってたが、幸いその必要はなかった。

 

 そんなこと、わざわざ本人に言ったりはしないけれども。画面の外でキレていただけで、俺は何もしなかったわけだし。

 結局、その後テレビのドキュメンタリーだかなんだかで、星野の頑張りが脚色はあれどもある程度可視化されて、世間は一転して称賛ムード。叩いてた奴らが今度は叩かれ始めて、今では二児のシングルマザーで女優。

 

 子供を守るために世間に認知させるという彼女の目論見は、結果的にいい方向へと収束した。

 まあ、今でも好意的な見方をしないやつはいるが、そんなもんは気にするだけ無駄だ。ゴキブリみたいなもんだし。

 

 ともかく、斉藤さんやミヤコさんたちの協力を得つつも彼女はこれまで走り続けて来たわけだ。

 そんな彼女の止まり木になっていたのは、きっと子供たちなのだろうな。そりゃ溺愛もするわけである。

 

「……よかったよ。お前が幸せそうで」

 

 そんなことを呟いて赤信号で止まると、寝苦しそうな声が聞こえて思わず後ろを振り返る。

 

「んう……」

 

 どうやら本当に声を出しただけで、起きてはいないらしい。

 大人しいもんで、すやすやと安らかな顔は見ているこっちまで眠くなってくるほどだ。本当に酔ってんのかこいつ。

 

「しかし綺麗になったよな、本当に」

 

 泥酔して寝てる姿すら絵になるとか意味わからん。今生の俺の母ちゃんとか泥酔したらモンスターだぞ。イビキ的な意味で。

 そんなくだらんことを考えながら、カーナビの案内に沿って運転を続けていると、おかしなことに気がつく。

 あれ? ここから俺の家、近くね?

 そう思いながら、何度か通ったことのある住宅街に入ったところでナビが到着を告げた。

 

 いや、マジでご近所さんじゃねえか。何やってんだこいつら。

 

 そんなことを思いながらも、とりあえず、着いたとアクアにメッセージを送ると『すぐ行く』と返事が来たので、車を降りて後ろで寝ている母親のことを起こすことにした。

 

「星野、着いたぞ」

「んー」

「んーじゃなくて、一旦起きろ。アクア迎えに来るぞ」

 

 どうにか起こそうと体を軽く揺すって、アクアの名前を出すとむくりと起き上がって彼女は辺りを見渡し始める。

 

「あくあー?」

「おう、すぐ来るから寝るなよ」

「あー、くるすくんだー。あれ? でもどうしてくるすくん?」

 

 泥酔したうえに寝惚けているのか、ふわふわとした喋り方をする星野にため息を吐く。

 

「お前と飲んで、その後車に乗せたんだよ。んで、お前の家まで送って来たってわけだ」

「そうだっけ?」

「そうだっけ、ってお前なあ……」

 

 呆れて、一言言ってやろうとそう思った時だった。

 不意に体を引き寄せられる。一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 強い力で体を締め付けられたのを感じて、そこでようやく自分が抱きしめられているのだと気がついた。

 誰に……?

 星野にである。

 

「おま……」

 

 芸能人の自宅前でこんなところ撮られたらタダじゃすまないと思い、慌てて振り解こうとするが、完全にロックされているため上手く抜け出すことが出来ない。

 そのことに俺が焦って冷や汗をかいていると、星野が口を開いて、

 

「よかったあ、もう会えないと思ってた……」

 

 そんなことを言った。

 

「あのな、寝惚けてんだろうがその話はさっき……」

「夢じゃない。あったかい。来栖くんちの匂いする。あとちょっとタバコ臭い」

「おい……聞けよ」

 

 悪かったな、タバコ臭くて。

 若干申し訳なく思っていると、星野はさらに腕の力を強めて言う。

 

「でも、来栖くんだ。わたしのともだち……」

 

 嗚咽混じりのその声は聞いたこともないもので、俺は今日、散々自覚させられたはずなのに、自分の間違いをまざまざと見せつけられた気になった。

 何が心は救ってやれないが、命は助けてやれるだ。

 命が助けられてもこれじゃあ、傷つけた側とそう変わらないだろうに。

 

「悪かったよ、会いに行かなくて」

「ううん、いいんだ。また会えたからそれだけで……」

 

 彼女の生い立ちを考えれば、きっとこんなこと簡単に想像出来たはずだった。本当はフラッシュバックだってしたんだろう。そんな様子、飲んでる時は少しも見せはしなかったが、これからまた離れるってなったら不安になったのかもしれない。

 会えなくなること、連絡をしないこと。つまり、目に見える繋がりがなくなることは、彼女にとって永久の「さようなら」とさして違いはない。そうして置き去りにされた過去があるのだから。

 人との関係は目に見えるものだけが全てじゃない、とはいえそれは、彼女にとってはそうじゃない部分もあるのだろう。

 人の思いってのは、砂つぶみたいなものでどれだけ理解したと、掬い上げたと思っても指の間から零れ落ちてしまう。

 二度と会えないかもしれない。そんなことを思わせてしまっていた俺は、どうしようもなく友達失格だった。

 

「俺はいなくならねえよ」

「うん……」

「そう簡単に死なないし、それに俺はさっき知ったんだが、案外うちと距離離れてねえんだぞここ」

「うん」

「だから、まあ色々気を遣ってもらわんと困るが子供たち連れて来てもいいしよ。たまになら今日みたいに飲みに行けんだろ」

「……宅飲みは?」

「……したいなら好きにしろ。けどあんま飲み過ぎんなよ」

 

 お前、酔ったらだいぶ面倒だと今分かったわ。子供に見せられねえよこれ。

 

「わかったか? わかったらそろそろ放してくれ」

「やだ」

「やだじゃねえよ、酔っ払いめ」

 

 そう言ってやるが、しかし一向に放してくれる気配がない。

 

「だって放したらまたいなくなっちゃう……」

「いなくならんって」

 

 帰るけど。

 あまりの駄々っ子ぶりに困り果てていると、後ろからちょんちょんと背中を触られる。

 それに顔だけで振り返ると、神妙な顔をしたアクアが立っていた。

 

「……」

「……」

 

 お互いに目を合わせてしばし無言。

 俺は単純にこの場面を見られた気まずさから、アクアは恐らく母親の醜態の恥ずかしさから、互いに黙ってしまっていた。

 程なくして、先に口を開いたのはアクアだった。

 

「父さんって呼んだ方がいいか?」

「切実にやめてほしい」

 

 勘弁してくれ。

 

「冗談だ。それにしても、酔ってる母さんなんて初めて見たんだが、どんだけ飲んだんだ?」

 

 あ、本人いるからアイ呼びじゃないの新鮮でいいな。

 

「あー、ビールを三杯、温燗を三本と冷酒を一杯ぐらいか?」

「いや止めろよ」

「途中まで割と平気そうだったから強いのかと思ったんだが……」

「……すまん。母さん家ではほとんど飲まないし、付き合いで飲んでもちょっとテンション高いぐらいだったからな。俺も限界がどこにあるのか、正確にはわからないし、無茶言ったな」

「いや途中から凄い勢いで飲み始めたから、気分良くなってて止めなかった俺も悪いわ」

 

 言いながらどうにか体勢を立て直して、星野を持ち上げる。向こうが力を込めてるから案外持ちやすい。

 

「ほれ、立て」

「やだ……」

「アクア……」

 

 アクアに助けを求めると、彼は近づいて来て星野に話しかけた。

 

「母さん。家だから、来栖さん放してやってくれ。帰れないから」

 

 しかし返事はない。ただの酔っ払いのようだ。

 

「……すまん。家まで運んで貰えると助かる」

 

 頼りにならねえ……

 

「ったく……よっこいせ」

「わっ」

 

 そこに至っても放してくれそうにないので、そのまま俵を持つようにしてやると驚いたように星野は声を上げた。

 

「わー、来栖くん力持ちだー。あ、アクアー。ただいまー」

「母さん……」

 

 どうやら酔っ払いフィルターのせいで、都合の悪い言葉やらなんやらは、全部聞き流していたらしい。息子の言葉にぐらい耳傾けてやってくれ。

 ケラケラと楽しそうな星野を持ち、死にそうな顔のアクアを連れて、星野宅に入ると、ドタドタと凄い音を立てながらルビーが今度は現れる。

 

「ママー! おかえりー! って、あ、来栖?」

「はいはい、宅配の来栖です」

「ルビー、ただいまー」

「え、ママ!? 来栖、ママに何してるの!?」

「んなことより、そこの兄貴どうにかしてやれ。こいつは俺が運んどくから」

「え、あ、お兄ちゃんが死んだ顔してる!?」

 

 俵状態で帰宅した母親に困惑するルビーにアクアを押し付けて、靴を脱いで家にあがる。

 

「リビングどっち?」

「真っ直ぐいって右だよ。あ、落とさないでねー」

「……お前もう酔い醒めてんだろ」

「えー?」

 

 えー? ではないが。

 

「あはは、ごめんね。なんか楽しくなっちゃって、つい飲み過ぎちゃってたかも」

「まあ、それはいいんだが……いつ酔い醒めたんだ?」

「アクアが来た時」

 

 ああ、はい。

 流石にあの場面を息子に見られるのは、君も恥ずかしかったのね。いや、ならちゃんと反応してやれよ。あれかこいつ、俺の配信観てたこと言われたの根に持ってんのか? だとしたら言わなきゃよかった……

 そんなことを気にしながら、一先ず、リビングのソファまで星野を運んで下ろしてやると、彼女は満足そうに笑った。

 

「ようこそ星野家へ」

「ようこそじゃねえよ……つーか用済んだし、帰るぞ俺」

 

 長居したらルビーがうるさそうだし。

 

「コーヒーぐらい飲んでいったら? 淹れるよ、インスタントだけど」

「いらねえよ。俺はハンドドリップ派だ」

「じゃあ紅茶?」

「何か飲んでく前提で話進めないでくれません?」

 

 そういやこういうところあったわ、こいつ。

 忘れてたけど基本強引なんだよな。その割に変なところで遠慮するけど。

 

「誘いはありがたいんだが、悪いが配信しなきゃならんし今日のところは帰るわ」

「むう……まあ、それなら仕方ないか。迷惑もかけちゃったみたいだし。ダメだね、歳取ったら簡単に寂しくなっちゃって」

 

 そう言って星野はおかしそうに笑ってから、柔らかい笑みを浮かべてこちらを見つめた。

 

「またね、来栖くん」

「ああまたな、星野」

 

 そう言って、思わず二人で見つめ合って、また笑った。

 

「これじゃあいつかみたいで、ちょっと不安か?」

「どうせすぐ会えるし、気にしてないよ」

「いやすぐって……」

 

 確かに家は近いけど、明日来るとか言い出さないよな?

 まあいいか。

 

「んじゃ」

 

 リビングの外に出てからそう言って片手をあげると、星野は微笑んで軽く手を振り返してくる。それを見て、俺は今度こそその場を後にした。

 

*

 

 星野家の玄関で靴を履き、扉を薄く開いて辺りを見る。

 人の気配はないし、今更気にしてもというところではあるが念のためだった。

 

「何してるんだ?」

「ん、周り見てる」

「ああ……ここに越して来たの最近だから、マスコミにはまだバレてないし気にしなくていいぞ」

「お前の提案じゃないだろうな……って、おい顔逸らすなおじさんの目を見なさい」

 

 このガキ……

 

「……まあ、お前ら双子はよくうち通ってるし、これぐらい近い方が都合はいいか」

「ばったり出くわせと思ってたけどな」

「おい、ふざけるのも大概にしろよマジでこのガキ」

 

 おじさんだって怒る時怒るからね?

 

「でも結果的に良かっただろ?」

「いい悪いじゃなくて、モラルの話してんだよなあ」

 

 つーか悪いわ。あの一番星が朝に散歩感覚でうちに来たらどうすんだよ、我が家には明けの明星を受け止めるだけの防御力もヒットポイントもないからな。

 まあそうは言っても、自分たちだけじゃなくて俺のことも考えてくれて、わざわざそうしてくれたのなら、ちょっと嬉しくはあるんだけれども。

 

「したら、心配事も消えたし帰るわ」

「また来いよ、ルビーも聞きたいことあるみたいだしな」

「飯連れってってやるから自分が来いって言っとけ」

 

 それだけ言って、玄関の扉を開けて外に出た。

 

*

 

 家に辿り着いて、シャワーを浴び終えてソファで休んでいると、何はなくとも今日の一連の出来事が頭を巡っていく。

 笑ったり、怒ったり、泣いたり、かと思えば我儘を言い出したり。

 なんだか星野に振り回されっぱなしだったような気がするし、冷静になるとだいぶ恥ずかしいことを言っている自分に気がついて、死にたくなる。

 

 俺もだいぶ酔ってたかもしれん。

 次、どんな顔して会おう。格好つけ過ぎてるから普通にいじられそうである。

 

「なーんてな、次に会うまで多少時間あるだろうし、そんなに気にしちゃいないんだけど」

 

 星野はすぐに会えるだなんだと言ってはいたが、お互いにそこそこ忙しいわけで。

 それに俺は、三日後にゲームの公式イベントがあって、来月の頭にはオンライン大会に出るし、割と余裕がないからなあ。いやあまいったまいった。これじゃあすぐはちょっと厳しいかもなあ。

 

 そんなことを思っていたからだろうか。

 俺はすっかり失念していた。

 

 三日後のイベント。その台本に書かれた燦然と輝く「スペシャルゲスト」の表記を。

 

 彼女が酔いに任せたテンションで「勝ち」と言った理由は、きっとそういうことだった。

 まあ、つまり、なんだ。

 俺の完敗だった。




嘘吐きな女の子の酔いと寝惚けで現実の境界が曖昧になっているところまで行かないと出ない本音のその奥底って概念がエモくね?(早口)

Q.こいつら恋愛に発展すんの無理じゃない?

A.人間の感情はどこまでいこうとどう転ぶかわからないから好きよ、アタシ

Q.酔う基準ガバくない?

A.僕が一時間半で飲んで平気なラインなので許して欲しい


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