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韓国のZ世代女子に「人間失格」が刺さりすぎて"5年間ずっとベストセラー”の異常人気に「18歳ですが日本特有の静けさと残忍な内容を黙々と語る文体が…」

文春オンライン / 2023年8月17日 17時0分

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韓国でロングセラーになっている「人間失格」(左上、教保文庫)

 1948年に刊行された太宰治の『人間失格』が韓国でベストセラーになっている。2004年に韓国語訳が初めて出版され、純文学作品としては知られてきたが、ここ数年は特に人気が高まっているのだ。

『人間失格』が韓国で初めてベストセラー20入りしたのは2018年。大手書店「教保文庫」が選ぶ年間のベストセラー総合小説部門で16位に登場し、19年には21位、そして21年には一気に7位に浮上した。2022年は11位だったが、現在も海外小説のベストセラー20で8位、ステディセラー(ロングヒット商品を韓国ではこう呼ぶ)にも入っている。

 今では数社が出版する『人間失格』だが、ベストセラーになっているのは最初に翻訳本を出した老舗出版社「民音社」の作品だ。2010年からの累積部数は電子書籍も含めおよそ50万部、紙の書籍の重版はすでに120刷だという。

2021年には1年間で10万部が売れた

 それにしても、今なぜ『人間失格』なのだろうか。民音社マーケティング部のチョ・アラン氏に訊くと、2つのきっかけがあったという。

「長く愛されてきた作品ですが、販売部数に動きがあったのは2017年以降です。17年に歌手のIUさんが人気のエンタテインメント番組で『人間失格』を読んでいる姿が流れて、注目が集まりました。さらに大きく動いたのは2021年で、これはYouTubeのプレイリストの影響を大きく受けました。この年には1年間で10万部ほど売れました」

 IUは韓国の歌手で、イ・ジウンという名前で俳優としても活動している。是枝裕和監督の映画『ベイビー・ブローカー』や多くのドラマにも出演しているトップスターで、特にZ世代から支持されている。

 YouTubeのプレイリストは言葉の通り楽曲を集めたリストだが、その時に小説、映画などの作品をテーマに選ぶことがある。

 プレイリストを専門とする「TAKE A LOOK」というユーチューバーが、2021年5月に『人間失格』をテーマに6曲を選んでアップしたリストが大きな話題になった。プレイリストのタイトルは、「第一の手記」の冒頭「恥の多い生涯を送って来ました」で、曲は日本の3人組「アコースティックカフェ」によるもので「ラストカーニバル」などが含まれている。

『人間失格』プレイリストの再生回数は428万回(8月3日現在)で、コメントはなんと4000以上にも達している。韓国ではYouTubeのプレイリストで注目を集めて書籍が売れる現象があるという。

 民音社によると、『人間失格』の読者の40%は10~20代で、特に20代の女性に人気があるという。プレイリストの書き込みを見ると「この動画を聞いて、『人間失格』を読みました」というコメントの他にも、作品についての思いを熱く綴るものが多い。

「中学生の時から日本文学が好きだった18歳ですが、日本の小説を読むと特有の静けさと残忍な内容を黙々と語る文体に圧倒されます。主人公の思いも分からなくなります。私は退廃的な文学が好きですが、『人間失格』は特にそんな感じが濃く、10回以上読むたびに主人公の感情に少しずつ共感を覚え、理解できるようになってきました」

「中学生ですが、このプレイリストを通して初めて『人間失格』を知りました。(中略)『神に問う。信頼は罪なりや』には頭を殴られた感じがしました」

「韓国のZ世代には“スマイル仮面症候群”が多いといわれ…」

『人間失格』がこれほど10~20代から支持される背景について、民音社のチョさんは「うまく人間関係が作れない主人公に自身を投影し、共感しているのではないかと言われています」と説明する。

「『人間失格』には、いい人であることを強いられるプレッシャーや、対人関係での居心地の悪さなどが書かれています。韓国のZ世代には“スマイル仮面症候群”が多いといわれ、そんな自分自身の姿を小説の主人公に投影しているのでは、と推測されています。また、2016年頃から韓国で社会的なキーワードになっている『嫌悪』と、『人間失格』という直感的なタイトルの親和性もあるのではないでしょうか」

『人間失格』に限らず日本の小説は韓国で人気が広がっており、2014年頃から年間のランキングに何冊も入る状況になっている。作家は村上春樹と東野圭吾がツートップの人気で、東野圭吾の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は2013年に韓国語版が出版されてから10年間売れ続けている。

 ちなみに8月第1週のランキングでは、海外小説ベスト20の中に日本の本は『人間失格』も含め11冊。2位に『コンビニ兄弟 テンダネス門司港こがね村店』(町田そのこ)、3、4位は東野圭吾の『ある閉ざされた雪の山荘で』『マスカレード・ゲーム』、7位に『世界の終着駅』(櫻井寛)、9位『すずめの戸締まり』(新海誠)などだ。

 SNSなどの発達で読者の望む作品も細分化され、「そこへ登場したのが日本の上質なミステリーだった」(大手書店関係者)ことが影響しているという。

『人間失格』だけではなく、最近、日本に関連して人気が出ているものの中心にいるのは、韓国の“Z世代”だ。

 例えば、ハイボール人気。ハイボールはひとり酒が流行した2016年頃から登場していたが、コロナ禍の2020年からじわじわと人気になり、サントリーの角瓶が品薄で価格が高騰したこともある。

 今春、ゴルフのために1か月で3回福岡に行ったという知り合いは、20代の娘からサントリーの角瓶を頼まれて、毎回1本ずつ買ってきたと話していた。韓国ではこれまで「古い酒」として見向きもされなかったウイスキーの売り上げが伸びており、代わりにワインの消費が落ちてきているとニュースにもなっている。

2023年の前半だけで312万人が日本を訪れた

 そして、長らく忘れられていたJ-POPも「韓国にはないサウンド」がZ世代を中心に人気が出はじめている。この5月にはimaseの『Night Dancer』の韓国語バージョンが発売された。同曲の日本語版が、3月に韓国の音楽チャート「メロン100」にランクインしたのも記憶に新しい。最近imaseは、宮脇咲良がメンバーのK-POPの人気ガールズグループ「ル・セラフィム」ともコラボレーションしている。

 ポピュラー音楽評論家のファン・ソノプ氏は『weverse magaZine』(2023年4月27日)で、「(J-POPの拡散現象は)なんといってもショートフォーム(TikTokなど)」だと分析している。

 TikTokでは藤井風の『死ぬのがいいわ』やあいみょんの『愛を伝えたいだとか』などが人気となっている。

 また韓国ではコロナからの解放感から、「リベンジ海外旅行」が爆発的な人気になっており、その旅行先としても日本は人気だ。今年上半期の海外旅行者が日本は361万人だったのに対して、人口5000万人強の韓国では993万人にのぼっていることからも過熱ぶりがよくわかる。そしてそのうちの約3分の1の312万人が日本を訪れている。

 最近は「韓国で日本ブームが起きている」と言われることも多いが、筆者にはブームというよりは自然な傾向に戻ったという印象が強い。

 2018年には韓国からの訪日観光客が過去最大の753万9000人を記録したし、日本商品の不買運動「NO JAPAN」が始まった2019年でさえ、558万5000人が日本を訪れた。

 その後に韓国では政権交代が起き、今年1月には映画『THE FIRST SLAM DUNK』が韓国でも空前のヒットとなったことで、それまでもSNSで日本のコンテンツを楽しんでいたZ世代の関心はさらに高まったということだろう。

 コロナ禍がなければこの流れはもっと早く訪れたかもしれないが、政治的な日韓関係の改善により韓国社会の雰囲気が変わったことも大きそうだ。

(菅野 朋子)

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