岸田文雄内閣にまたトラブルが持ち上がった。8月2日、日本橋高島屋で開かれた北朝鮮拉致被害者、横田めぐみさんの写真展で母親の早紀江さんに向かって、心ないヤジが飛んだのだ。
ヤジを飛ばしたのはこともあろうに、今年3月まで内閣官房拉致問題対策本部の事務局長を務めた元神奈川県警本部長で、現内閣官房参与の石川正一郎氏。北朝鮮拉致対策の陣頭指揮を執っていた公安幹部が、北朝鮮拉致被害者のシンボル的存在である早紀江さんを前に、悪態をついたのだから尋常ではない。
当日、早紀江さんと対談したジャーナリストの高世仁氏によると、
「石川氏がいたのは、会場に約100席用意された座席、立ち見席、報道陣のさらに後ろの最後尾でした。早紀江さんは石川氏のヤジに気が付かず、講演会が中断するようなことはありませんでした。私もあとから教えてもらったのですが、私が早紀江さんに声をかけたタイミングで、石川氏が『誘導尋問しているんじゃねぇぞ』とヤジを飛ばしたというのです」
ヤジに驚いた家族会関係者や報道陣が振り向くと、そこにいたのが来賓の内閣官房参与だったから、二重に仰天。2002年9月に小泉純一郎総理が電撃訪朝し、拉致被害者5人が帰国して以降、一向に進展のない北朝鮮拉致被害者問題に何が起きているのか。高世氏が続ける。
「北朝鮮の拉致問題に関しては『0%か100%か』で、政府関係者も家族会も方向性が二分しているんです。新たな情報が寄せられたのは、2014年。北朝鮮側が非公式協議で日本政府に、拉致被害者2名の生存情報を知らせてきた。これは政府認定の拉致被害者である、田中実さんと金田龍光さん。田中さんの奥さんは日本国籍で、夫妻の間には子供もいるとの情報があります。田中さんの奥さんも、拉致被害者の可能性があるのです。日本政府が北朝鮮に事実確認し、交渉するのは邦人保護のイロハでしょう。ところが日本政府は北朝鮮が用意した調査報告書の受け取りを拒否して、この問題は棚上げになったままです」
この情報が正しければ、田中さんの妻子は、横田めぐみさんとめぐみさんの愛娘キム・ウンギョンさんと同じ境遇にある。石川氏のヤジが飛んだのは、高世氏が早紀江さんに、まさにこの件について意見を求めたタイミングだというのだ。
早紀江さんら家族会が田中さん、金田さんに言及し、それがメディアに取り上げられると、政府関係者や公安の一部勢力の「拉致問題は2002年に解決済み」という方針が立ち行かなくなる。また家族会にも、新たに拉致被害者を認定することで、帰国の可能性が残された拉致被害者の交渉に悪影響が生じるのでは、と懸念する声があるのも事実だ。
結果、20年間も交渉に進展はなく、めぐみさんの父・滋さんが存命中にめぐみさんと再会することは叶わなかった。ヤジについて内閣官房と石川氏に事実確認の取材を申し込んだが、8月11日までに回答はなかった。
拉致問題の交渉の主導権を北朝鮮に握られたくない、歴代政権の方針は理解できる。だが交渉のカードは、多ければ多いに越したことはない。日本国民が岸田内閣に求めているのはただひとつ、「拉致被害者の帰国という結果」なのだから。
拉致被害者家族会関係者に言わせれば「石川氏はすぐに激昂するタイプで、神奈川県警本部長時代にも、パワハラ被害に遭った神奈川県警元幹部や警察官がいる」。
石川氏ら日本政府の内部対立と権力闘争の激化を最も喜んでいるのは、北朝鮮の金正恩総書記だろう。
(那須優子)