ーー話は変わりますが、澤田さんが個人的に注目しているテクノロジーはありますか。
一番興味があるのはデジタルマネーですね。銀行の口座を経由しないで給与を支払ったり送金できたりする仕組みがありますが、今アフリカで加速的にこのソリューションが伸びています。日本でなぜこれが必要かというと、これから外国人労働者の国内就労数は間違いなく増えていくと思います。しかしながら、そういう人たちは日本の商慣習や金融ルールに馴染めない可能性が高いのです。
デジタルマネーを普及させようと思うと電子決済が必要になります。今、日本では電子決済比率を上げようとしていますが、それは何のためにやってるかというと、現金管理コストを下げたり、業務スピード上げたり、付加価値を上げたり、というのも理由にありますが、外国人労働者の就労環境や生活環境から、国内に呼びこめないという課題を解消しなければならないからです。
また、デジタルマネーだと使用目的を制限することができます。たとえば生活保護給付金やお子さんの就学助成金、これをデジタルマネーで支払うことが可能になれば、そのお金でギャンブルをしようと思っても決済できなくすることができる。そうすることで生活再建スピードが上がったり、使われるべきところに支援がしっかり届く可能性が高まります。
生活保護給付金や就学助成金の不適切な目的外利用によって、子どもの教育を阻害して貧困が連鎖することが起きています。デジタルマネーが入ってくると、適正な生活コストや教育コストにしっかり支援を実行することが可能になり、届けたい人に対して適切な用途のために送金できる。しかも決済データから、本当に正しく使われたかも確認できます。管理社会だと非難する人もいるかもしれませんが、これは社会課題の解決の切り札になると思います。
社会課題の解決にテクノロジーを使うのはすごくいいことだと思うんですよ。これは1地方自治体だけでは解決できないけれども、どこかがファーストランナーになっていかないといけない。国の制度設計を待っているだけだったら何年もかかってしまいますので。
ーー子どもの教育というところでは、渋谷区は小学生向けに教育のデジタル化を積極的に進めていますね。
僕らは全国の地方自治体のなかで、最先端のIT教育をやっている都市だと自負しています。子どもたち1人1人に、持ち帰り学習のためのLTE対応のタブレット端末を1台ずつ貸与しています。つまり彼らはいつでもどこでもインターネットにアクセスして、教育アプリケーションにアクセスして、自宅で勉強や調べ学習などができるんです。
2020年の秋からはさらにこれを高度化するため、より先進的な教育ツールに入れ替えを進めていく途上です。導入3年でPDCAが回り、改善すべきところが整理できたので、すぐに次の投資準備を進めています。デバイスやネットワークの作り方、アプリケーションの使い方も含め、よりパフォーマンスを上げる準備をしています。教科書は完全にデジタル化に向かいますから、子どもたちは教科書をランドセルに入れる必要がなくなります。とても楽しみにしています。
なぜ、そんなことをするかというと、未来を作るのは僕らじゃなくて子どもたちだから。我々の仕事は子どもたちの可能性を常に引き上げることで、そのために適正かつ有効に税が使われるべきです。
子どもたちの教育に投資できなくなるということは、都市行政としてのあるべき責任を果たせていないということになります。ここは最大の投資領域、最も優先すべきところです。だからこそ、僕らは先行してでもやっていかなければならいと教育委員会とともに熱量を上げて向き合っています。もちろん文部科学省とも連携しています。
ーー子ども1人1人にLTE端末を貸与するというのはインパクトがありますね。
いまだにLTE端末を小中学校の全生徒に1万台規模で導入している自治体はまだどこにもないですよね。Society 5.0におけるグローバル競争のなかで主役になるのは彼・彼女たちです。世界では数学と哲学、あるいはアートと科学が融合するような、STEAM教育と呼ばれる新しい概念の教育が進んでいますが、日本はまだまだ遅れている状況です。
世界的に見ると、日本のように教育を理系と文系にはっきり分けているところは少なかったりします。大胆な発想で教育分野も変革を進めていかなければならないと思います。個人的にはSTEAM教育特区になれないかと考えたりしています。
ただ、親の転勤で渋谷区から他の都市へ転出したり、もしくは他から渋谷区に途中で入ってきたりする子もいるので、難しいところもあります。他へ引っ越したら環境が変わりアナログに戻ってしまう、途中で入ってくると今までと勉強の仕方がツールが違うから戸惑うかもしれませんね。
ーー教育を電子化することの利点はどこにあると考えますか。
いい意味においても、悪い意味においても、教育って学校の先生のスキルに委ねられているんです。そのスキルは全員一致しているわけではありません。すごく人気の先生もいれば、そうでない先生もいる。特に小学校は1人の先生がすべての科目を教えるから、得意な分野も苦手な分野もあるはずです。
そうなったときにテクノロジーがそこをサポートしていくということですよね。eラーニングで補完するとか、一番教え方のうまい先生の授業をデジタル化して動画でいつでも見られるようにしてあげるとか。ドリルもデジタル化すれば、子どもたちのログデータを全部解析できるからウィークポイントもよく見えるようになります。
そこで見えてくるウィークポイントは1人1人違います。今のアナログの教育のなかでは、テーラードに1人1人に最適なアドバイスを送ることって難しいですよね。そういうところにテクノロジーは非常に貢献するはずです。たとえば算数の授業で教えている内容にキャッチアップできなくなる子どもがいます。3年生まではできていたのに、4年生になったら急にできなくなったりする。その手前のトリガーになるところのパスが繋がっていないのが理由かもしれません。そういうときは1段階ではなく2段階戻ってやり直すことで、再び授業をキャッチアップできるようになります。
ーー個々の学習進度に合わせたカスタマイズができるわけですね。ただ、そこまでデジタル化が進むと教師がいなくていい、学校に行かなくていい、という意見も出てきそうですが。
人間でなければ教えられないことはたくさんあります。先生がメンターとして精神的なサポートをすることもあるでしょうし、組織やチームの重要性というのは団体の中でしか学べないことがたくさんあります。倫理観のようなものをファシリテートするのは機械ではできないですし、道徳・ルールを遵守することは子どもたちの中で育まないといけない。
学校の先生を補完する意味においてテクノロジーはどんどん使っていった方がいい。経験と勘に頼った教育ではなく、データドリブンな教育アドバイスをする、あるいはAIがアドバイスする、といったことができるようになるでしょう。そうやって先生が子どもたちと向き合ってコミュニケーションを取れる時間をもっと増やさないといけないと思います。人間の持っている強みと機械が得意としている領域を融合させるのが、ICT教育で本当にやらなければならないことですね。
ーー子どもたちだけでなく、教師にとってもデジタル化の意義は大きいと。
教員のなり手はどんどん減っています。本当に先生の仕事は大変だから。事務作業が増えて、残業が増えて、でも残業手当が出ないような状況になっている。クラブ活動を監督したり、校外学習の準備など、やらなくてはならない業務量は劇的に増加しています。だから子どもたちとコミュニケーションする時間がどんどん少なくなってきています。
そして、保護者も変わってきています。特に渋谷はIT企業に勤めている人がいっぱいいて、デジタル教育を導入しようとすると「セキュリティのためにうちの製品を利用するべき」みたいな売り込みに来たりもします。ITリテラシーは先生よりも保護者の方が圧倒的に高い。もっと言うと、保護者の方が社会経験だけでなく専門性も高い方が多いのです。
かつては先生の方こそ高学歴で、偏差値が高かったのに、それが逆転したことによって以前はなかったような学校に対する理不尽な要求が増えてきています。要求だけするのではなく、たとえばもっとお互いのノウハウを交換して、生産性を高くするなど、学校現場を良くすることを考えるべきではないかと思いますね。
ーーデジタル化によって教育のあり方がどんどん変わっていきそうです。
子どもたちが学校に行きたくないなら、違う枠組みのフリースクール的な場所が受け皿になっていけばいいのです。(各国の都市に移り住みながらオンライン講義を受ける)ミネルヴァ大学みたいな新しい教育機関も注目されていますし、1つの制度やフォーマットだけでは教育サービスを提供できない時代なのではないでしょうか。多様性の時代ですから、いろいろな選択肢を用意してあげることが社会のミッションかなと思っています。
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