大沢さぁ。

びっくりしたよ、携帯のニュース見て。
あんな題名の本、どうして出したんだろう、って混乱したよ。

読んでないから軽率なことはいえないけど、これまでの人生を振り返った正当な自叙伝らしいね。よかった。

昭和57年1月17日のオーディション。70数名の中から選ばれたのは、俺とお前と正木のたったの3人だったな。

3人。

俺には1年間の学校による活動停止期間があった。その間に、お前はいとも簡単にイーグルスに抜擢された。羨ましかったよ。悔しかったよ。ほとんどキャリアの変わらない宇治やシゲ、内海とメンバーを組む。おかしいじゃないか、大沢以外は、みんな俺と同い年なんだぜ。でも当時の俺から見てもお前はくそ生意気だったけど、お前が選ばれて当然だと思ったよ。それほど、輝くものを持っていた。

イーグルスは失敗に終わったけど、今度は光GENJIで再デビュー。もうそのときには俺は事務所を去っていたけど、内海と大沢なら若い奴らを引っ張っていける、そう願っていたよ。正木は俺の抜けた穴を超君と上手く埋めてくれて…やっぱり俺の変わりはきつかったろうケド。後から入った連中にはね。

俺たち3人の中で、一番の出世頭は文句なくお前だ。
俺と正木は、歩む路線は違ったが、俺がやめるまでは俺が頭一つ正木よりリードしていたと、俺は思っている。俺は曲は出せなかったけど、連ドラとバラエティのレギュラーとってたからねっ。

正木は真面目で、おとなしいタイプだったけど、俺とお前は天狗の鼻がこれでもかってくらい高くそびえたっていたな…(笑)
でも、お前はみんなに愛されていたな。どんなに生意気なことを言っても、態度をとっても、みんなとうまくやっていっていけてたよな。

俺はダメだった。仲間を作ろうとせず、実力世界の論理で年上だろうと相手の気持ちを考えることなく自分の出世ばかり考えていた。だから、ジュニアの間で俺はみんなから格好の標的にされた。控え室の電気を突然暗くして、2~30人でよってたかってボコボコにされたこともあったよな(笑)。その様子を見て植草君が「なにがあった?」って聞いてくれたけど、移動のバスの中でみんなの目線が怖くて、「僕が悪いんです」って言った事、今でもはっきり覚えているよ。今だったら、鍛えているので全員相手にしても半分は倒す自信があるけどな(笑)。正木は真面目なタイプだから、俺に巻き込まれていじめの対象になってしまった。彼には直に会って頭を下げたい気持ちだ。

俺たち3人の中で、いち早く芸能活動にピリオドを打ったのは俺だった。でもお前ら二人は事務所と分かれても芸能界を諦めなかった。俺には、ジャニーさんを敵に回して戦う勇気がなかった。なんだかんだ言って、あの方は俺の恩人だから。

俺はここ十数年のお前のテレビを見て悲しかった。あれだけみんなから可愛がられていたのに、汚れ役をやるようになるなんて…
でも、ヤっくんだって、はなまるの前はそうだったじゃん。お前ならきっとチャンスはやってくる。そう信じてる。

お前も俺も正木も今や「アラフォー」世代だ。俺はIT業界でこの世界的不景気に捨てられないように毎日闘ってるよ。

お前の本のダイジェストを見て、「人間大沢樹生」が結婚、離婚、男の子育て、(芸能の)不景気…その中での人間成長。俺、きっともう叶わない事だろうけど、お前と一杯のみたいな。男と男として。本の題名は、人によっては「キャッチーだ」と揶揄されるかもしてない。でも俺はわかっている。お前は、変わったんだ。

俺は俺の信ずる道を行く。お前も、ファンのみんなやサポートしてくれる関係者の心から感謝を忘れず、お前の信ずる道を行け!