完了しました
78回目となる終戦の日を15日に迎える。かつて日本の領土だった南樺太(現サハリン)では終戦前後にソ連の侵攻を受け、多くの人が犠牲になった。戦禍を逃れた元住民らは、ロシアによるウクライナ侵略に自身の経験を重ね合わせ、「戦争を繰り返してはならない」と平和への思いを新たにしている。(糸魚川千尋、土田浩平)
「命はない」覚悟
「二度とあんな思いはしたくない」。終戦時、樺太・真岡(現ホルムスク)に住んでいた小野雄次さん(90)(茨城県取手市)は、中1だったあの夏をそう振り返る。
1945年8月20日の朝。「ダダーン」という激しい音とともに、外から「艦砲射撃だ!」という叫び声が聞こえた。両親やきょうだいの一家6人で自宅近くの防空
小野さんは、ソ連兵から銃剣を脇腹に当てられ、両手を上げた状態で草むらにひざまずかされた。横にいた兄は引きずり出され、ソ連兵が刀を振り上げる。その瞬間、姉がかばうように兄に飛びつくと、上官がやめるよう命令し、九死に一生を得た。「もう命はないと覚悟した」。小野さんはそう話す。
父と兄は連行され、避難先で再会できたのは、それから約10日後だった。一家はソ連占領下での生活を余儀なくされ、日本に引き揚げたのは46年12月。樺太には、慰霊碑の除幕式のため、95年に1回、訪れたきりだ。小野さんは、「大自然の中、友達と遊んだ楽しい思い出があるふるさとを、戦争によって追い出されてしまった」と寂しそうに語る。
昨年2月に始まったロシアのウクライナ侵略で、小野さんは、避難を強いられる子どもたちの様子を新聞で知り、「まるで自分のようだ」と感じているという。戦後78年となるが、「戦争の恐ろしさを実感できなければ、また同じことが起きてしまう。戦争の現実を多くの人に知ってもらいたい」と強調する。
1
2