現在の北朝鮮から引き揚げた家族の体験談を基に、童話を創作した酒井さん(京都府城陽市寺田)

現在の北朝鮮から引き揚げた家族の体験談を基に、童話を創作した酒井さん(京都府城陽市寺田)

 ソ連兵に襲われないよう母は顔に炭を塗りたくり、若い女と見られないようにした―。終戦直後、朝鮮半島北東部から日本に引き揚げる一家の逃避行を描いた童話「羅津(らしん)からの道」を、京都府城陽市の女性が創作した。家族の実体験を基にしており、「物語を通じて悲惨な戦争への想像力を」との願いを込めた。

 元小学校教諭の酒井千津子さん(75)。京都で30年以上続く童話同人誌「風のクレヨン」に今年2月、寄稿した。自身は戦後生まれだが、両親と兄、姉が、警察官だった父親の赴任先の羅津(現在の北朝鮮・羅先)で暮らしていた。

 酒井さんは子どもの頃に母親のきみゑさんから引き揚げの体験談を何度も聞かされた。定年後に始めた趣味の童話創作を生かし、後世に伝えようと思い立った。

 作品は400字詰め原稿用紙で約30枚分。1945年8月に対日参戦したソ連が朝鮮半島北部に進駐する中、1年半かけて日本に逃げ帰る家族の絆を娘の視点で描く。エピソードは「全て母の実体験」といい、存命の姉や他の引き揚げ者の証言などで細部を肉付けした。

 物語で一家は南に向けて線路づたいにひたすら歩き、北緯38度線付近で南北を隔てる大きな川を越える。寒さや飢えで極限の状態。4歳だった兄を「引き取ろうか」と現地の人から何度も誘われたのも、きみゑさんの体験を基にしている。

 家族と同行した若い女性がソ連兵に連れて行かれる場面も盛り込んだ。詳しくは触れなかったが、きみゑさんの話では服が破れた姿で戻って来たという。「母は『かわいそうに』と何度も言っていた。戦争は人間が人間でなくなると感じる」

 朝鮮の人が母国語ではない日本語を話すなど、植民地支配の実態も浮かび上がらせる。「お金持ちではない私の家族の家にも、朝鮮人のお手伝いさんがいた。国が国を力で支配するようなことは二度とあってはならない」と訴える。

 終戦から78年。父親は生涯、引き揚げ体験を語らなかった。聞き取りに応じた姉も「惨めに思われるだけ」と長く口を閉ざしていた。酒井さんは「つらい大変な話もあるが、家族の体験談が、今の子どもたちが戦争と平和について学ぶことにつながれば」と話す。

 童話は「風のクレヨン15号」に収録されている。問い合わせは代表の上田恵子さん0774(23)3966へ。